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堀井On-Line
| 6964,閑話小題 〜新型コロナ感染による大問題は、これ? |
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2020年04月08日(水)
『なぜ夫は何もしないのか なぜ妻は理由もなく怒るのか』 高草木陽光 (著) * 今さら群れるな、家に引き籠れ!と言われても 9年前のリタイア後、家に曳き籠りがちな私に対し家内の風当たりは厳しい。 それまでは、平日以外は新潟と長岡と職住分離もあり、適当な距離感があったが、 今では家庭内に大半の時間を過ごす日々。それでも、冬期間以外(12月〜3月)は、 早朝のミニ・チャリ(ポタリング)と、午後のスポーツジムの一時間ずつの2時間 は外出。居間と台所は家内の陣地で、仏間の書斎コーナーと、寝室は私の陣地で 何とか最小の接点で済ます。家内は4人きょうだいの長女で、典型的エゴイスト。 私は8人姉兄の末っ子。弄繰り回されて常に周囲の顔色を窺う日々の生活環境。 リタイア後、年を重るにつれて、『なぜ何もしないのかと、理由もなく怒される』 日々。50年近く寄添えば、この中で指摘する事象は、全て経験済み。 40回も 秘・異郷ツアーを濃厚な3密状態で過ごせば、夫婦間の揉め事が露出するが故に、 問題解決のヒントの知恵も捻り出てくる。内づら、外づらの使い分けのテクニック の問題も。‘8割の外での接触を断ち切れ’となれば、そのエネルギーは、家庭に 向かい、当然トラブルが多々、発生する。…そこで見えてくるのは互いの本性の違い。 ― ― 〜Amazon 内容紹介〜 ≪ ◉ 7,000人以上の夫婦問題カウンセラーを実施してきた著者による 夫婦関係改善本。 なぜ夫婦はこうも相容れないのか! ? 「夫婦なのに夫婦じゃないような気がする」 「夫(妻)の気持ちがわからない」 「些細なことでケンカになってしまう」 「もっとお互いを理解し合いたい」 そんな悩みをもつ夫と妻のために、夫婦問題カウンセリング7000件の 実績をもつ著者が、これまでの相談内容から導き出した解決方法を紹介!
◉ 具体的な事例をあげ「夫と妻の考え方の違い」「夫と妻の受け取り方の違い」 「問題になりやすい事柄」「改善策につながるヒント」「考え方のポイント」 を、家事、育児、会話など38のテーマ別にアドバイス。 いま何かを決断をしようとしているなら、その前に読んでみてください。 きっとこの本の中にあなたの答えが見つかるはずです。
◉ 何らかの問題を抱えている夫婦にも、ひとり頭を抱えて悩んでいる夫・ 妻にも、「うちは問題ない」と思っている人にも役立つ一冊! 夫婦関係はちょっとしたコツさえつかめばうまくいく。
夫婦や男女のすれ違いの実例を示し、その原因を説明し、さらに解決する方法を アドバイスするというスタイルです。 数多くのコンサルでを通じての有益なアドバイスが多いです。 実例のサワリです。 ◆ 結婚したら結婚記念日を忘れるのが夫、結婚記念日にこだわるのが妻 ◆ 嫁と姑を仲良くさせようとするのが夫、姑と縁を切りたいのが妻 ◆ 目的があるから買物に行くのが夫、目的がなくても買物に行くのが妻 ◆ 必要とされていると実感する時、幸せと感じるのが夫、愛されていると 実感する時、幸せと感じるのが妻 ◆ 母親が好きなのが夫、実家が好きなのが妻 ◆ スポーツで汗を流してストレスを発散するのが夫、メロドラマで涙を 流してストレスを発散するのが妻 ◆ 子どもには自分と同じ道を歩んでほしいと考えるのが夫、 自分とは違う道を進んでほしいと思うのが妻 ◆ 夫婦ゲンカで逃げるのが夫、責めるのが妻 ◆ 離婚で白髪になるのが夫、茶髪になるのが妻 ◆ 老後はふたりで生きたいと思うのが夫、自分だけのために生きたいと 考えるのが妻。どうも夫は妻に依存する部分が多くて、妻の言動にアワワと なるケースが目立つように感じました。 ≫
―― ★ あれだけ赤提灯、スナックが立ち並び、それぞれが商売として成り立つのは、 そこに「疑似家庭」を見出すため。家でも、妻子に嫌われ、会社では四方に気使い。 唯一、週末に疑似家族で我居場所を見出す。憎き上司と、妻への愚痴を客同士で 慰め合う。 自立できない互いが、理解し合うことなど所詮は無いものねだり。 …としても、美味い酒と料理を数知れず飲んできたことも確か。 どれもこれも夢幻、幻想の世界。
・・・・・・ 閑話小題 〜お笑い副大臣 2019年04月08日(月) * コントのような 人生をふり返えみると、自問自答を繰り返えす、正しくコント。 無知の知で、この程度の自分を笑えるだけ助かっている… コントと思えば 何ごとも許容できようというもの。 ・再度、逮捕された日産のゴーン容疑者の妻が、夫逮捕の翌日、没収された パスポート以外の他国籍パスポートで国外脱出をした。これはゴーン自身に とって極めて不利。再度の逮捕の正当性を妻が肯定したことになる。 それを知ってか知らずか? これってコント? ・地元出身の副大臣の御粗末な本音の「忖度発言」。自民党にとって極めて 甚大な失言になる。権力を持つ者の驕りが集約されている。安倍首相の忖度 問題が沈静してきたのに、この時期に寄りによって… リップサービスと いう言訳がコントそのもの。「また地元出身かよ」が自然と出てくる。 ・地元の県議選、談合疑惑で棄権かどうか迷った末に、野党の候補者に批判票 として投票。それでも当人はトップ当選ともなれば、何をか言わん… 支持者の 忖度があったということ? ここは城下町長岡。この程度では落選はない。
* 庭の梅の木に鶯が連日… 庭の梅の木の花が満開で、このところ連日、鶯がやってきて「ほ〜ほけきょ」 と声高らかに鳴いている。全身が黒目で鶯色が混ざった小型の大きさ。絵に なっている。何故か何時もカラスの鳴き声の直後に、飛び出していく。 この咲き具合だと梅の実が大量に穫れる。そして、梅の隣の桜、次が藤の開花に。 植えた両親は亡くなっても、花は、その時節に咲く。家庭とは家+庭の佇まいを いう。家主が替わっても、そこの草木は育ち続け、花咲き、野鳥を受入れる。 梅も、桜も、藤も、老木?になったが、毎年、この時節に忠実に開花する、 4月上旬の春の息吹きが何とも嬉しい。そして、平成が春と共に終わる。。
・・・・・ 4772,ぼんやりの時間 ー5 2014年04月08日(火) 「ぼんやりの時間」辰濃 和男 (著) * 「独」―独りでいること ーぼんやり道 「ぼんやりの時間」は独りでいる時である。人間は生まれてくるときも、 死ぬときも独り。宇宙の一点に独りおかれた存在で、その背後には暗黒が 無限に広がっている。だから、自分という存在と、親しい人の存在が大事。 ー以下の部分に納得するー 《 アン・モロウ・リンドバーグは1955年に『海からの贈りもの』を刊行 している。この本には、多くの心に残る言葉がある。 たとえば 「今日、わたしたちは、ひとりになることを恐れるあまり、ひとりになる ことができなくなっている」という言葉。いつもだれかとつるんでいたい、 群れていたいという習性になじんでくると、人はしだいに「独りになること」 が怖くなる。仲間はずれにされるのが恐ろしくなる。群れてみたからといって、 心が満たされるものでもないのだが、独りっきりになるよりはましだという 気持ちになり、人は群れようとする。A・M・リンドバーグはこうも書いている。 「わたしたちは、ひとりの時間を求めなければならない。ひとりで静かに 過ごす時間。ゆっくりと考える時間。祈りの時間。音楽、読書、そのほか 何かの勉強でも、仕事でも、自分を自分の内部に向かわせて、わたしたちを 分断しようとする各種の遠心的な力に抵抗しなければならない。」 なぜ独りになるのか。独りでいることによって、人は「静かに過ごす時間」 というものを味わうことができるからだ。「ゆっくり考える時間しを過ごす ことができるし「自分の内部」に思いを向ける時間をもつことができるからだ。 「空想にふける」時間も生まれる。『孤独の空間に自分の夢の花を咲かせる」 ことだってできるのだ。そして、独りでいることと、ぼんやりすることとは かなり重なっている、と私は思う。・・(略) 「寄せては返す波。松林を吹き抜ける風。砂丘をゆったりとはばたきながら 飛んでいく都鶏。そんなものが、あわただしい都会の暮らし、時間割りや計画 のざわめきを消してくれる。そうして、ただそこに横になったままのわたしを、 あるがままでいさせてくれる。横になったわたしは、波で平らになった浜辺と ひとつになる」。「ぼんやり道」というものがもしあるとすれば、このあたり の文章はまさに「ぼんやり道の奥義」、といっていいだろう。 ただそこに横になっている。あるがままの自分がそこにいる。・・ リンドバーグは、さらにこの本で、「孤独の力」といったことについて、 重要なことを書いている。「ひとりでいる時間は、一生のうちでもきわめて 重要な時間である。ある種の原動力は、わたしたちがひとりでいる時にだけ 湧いてくる。芸術家は創造するために、作家は考えを深めるために、音楽家は 作曲するために、そして聖者は祈るために、ひとりにならなければならない ことを知っている」 独りでいる。独りでいることで、心安らかにぼんやり することができる。ぼんやりしながら、いつか自分の内面と向き合っている。 謙虚な気持ちで、内面と向き合っている。・・・ 》 ▼ 午前中の5時間は、ミニ書斎でブログの下書きと、修正、読書、ネット サーフィンのいずれかをしている。この時間帯は時間感覚が無くなって、 完全孤立の壺の中。没頭ないし、ぼんやりの世界という方が正確だろう。 そこで生じた内容を公開していることもあり、日常の生活でも、孤立感とか、 孤独感が全くない。毎夜、4時間の爆睡後、うとうとしたり、夢をみたり、 急に頭が冴えわたったり、またぼんやりしている時の漆黒時間帯がある。 この孤独の3時間は、何ともいえぬ味がする。潜在意識と、顕在意識の際が 混濁した時間帯で、時空を超えたフラッシュが現れ出てくるが、決して 楽しくない。老いとは、この時間帯の感覚が、昼夜続く孤独な老人になって いくこと。とすると!
・・・・・・ 6234,閑話小題 〜ストーカーについて 2018年04月08日(日) * ストーカーの特徴とは 最近、元アイドルにつきまとっていたタクシードライバーが逮捕された。 相手にされず逆恨みによるストーカーによる殺人事件も定期的に起こっている。 そこでストーカー研究者が上げる特徴を調べると… ・他人をコントロールしたがる(支配的な趣向) 自らの言動を他人のせいにする(責任を持てない) 社会的に孤立しやすい(社会への適応能力がない) の三つの性格を持つ。 ・自分をつねに周りの被害者(犠牲者)と感じている ・日常的に嘘をつき騙すことが得意 ・怒りをともなう愛情を持つ ・権利を主張したがり、他人への要求が多い ・拒絶を受け入れることが出来ない ・他人がいなくては自己を確立できない(依存心が高く、自立心がない) ・標準的か、もしくはそれ以上の高い知性を持つ 思い込みの激しい、唯我独尊の人で、まず浮かんだのが、刑事モノTV ドラマ『相棒』の陣川公平、その人物像は、 【警視庁捜査一課の経理担当。階級は警部補。大阪府寝屋川市出身。 刑事を目指して部屋中指名手配犯の写真を張り巡らしているが、思い込みの 激しい性格のため、二度も誤認逮捕を起こして、一度特命係に左遷される。 すぐ捜査一課に復帰し、その後も度々登場するが、思い込みが激しく人の話を 聞かないキャラクターにどんどん拍車がかかって、あちこちの事件に首を 突っ込んではひと騒動起こしている。良くも悪くもお人好しなので、呆れられ つつも人物評自体は悪くないが、その性格を利用される事も少ない無い。 思い込みが激しいために失敗が多いが、冷静に全体を俯瞰すると先の事を考え 行動出来る漢らしさを持っており、当て馬となって他人の恋を援助したり、 下記では杉下を先んじた事がある。】 とある。このタレントの演技が抜群。 <日常的に嘘をつき騙すことが得意>以外は、そのままストーカー・キャラ。
この幾つかの要素は、誰にもあるのだろうが… それが好意のある異性に 集中し暴走し、つきまとうとストーカーになる。4人の姉たちの薫陶と生身を 見ていた御蔭で、冷静でいられたが、巷には相性の良さそうな理想に近い女性 は思いの外、多い。数多の人を観てきた中で、この特徴を備えた人の顔が思い 浮かんできた。己が作り上げた虚構の世界に支配され、それが特定の女性に 向かった結果だが。被害者は恐ろしい限り。こういう人を「内省的」という より、「内向的」、いや造語で、「内性的」というのだろう。 片想いなら誰もするが、それが発展して粘着し捻じれた結果だろうか。 元の連合いに、執着し発展するのもあるそうな! …で、図書館で、 『ストーカー加害者〜 私から、逃げて下さい』を借りてきた。 この本のサブタイトルで、粘着型、求愛型、一方型の分類が理解しやすい。 それぞれの好みがあって社会は成立している。その拗れた行為を言う。 当人曰く「隙だらけ!」というが。付いている機能は同じと考え及ばないから、 やはり無知の成せる業。何の世界は、男も大変だが、女は、もっと大変だ!
・・・・・・ 5137,閑話小題 〜定年・夫婦で走った40日 2015年04月08日(水) * 定年・夫婦で走った40日 昨日のアーカイブの番組が現在の自分を考えるのに丁度良い内容。 平日の朝9時のプレミアムアーカイブスを、隔週に一回位はみるが、 今回の『定年・夫婦で走った40日』が考えさせられた。恐らく旅行代理店 の企画だろうが、全ての車が乗用車に牽引するキャンピングカー。 48台が連なって走るのは西部に向かう幌馬車隊を髣髴させ、壮観。 〜まず、NHKの番組案内より ≪ アメリカのテキサス州から中米のパナマまで、24台の車が連なって 5000キロの旅に出た。旅をするのは夫婦で第二の人生を走り始めた 中高年夫婦たち。子どもが独立した夫婦。伴侶に先立たれ再婚同士の夫婦。 伴侶の思い出を抱きながら単身参加する男性。さまざまな夫婦がメキシコ と中米6ヶ国を訪ね、向き合い、これからの人生を見つめた40日の 心の旅日記。 〜2001年放送分 ≫ ▼ 47人の平均年齢が67歳、年齢は50〜70歳半ばまで。 とすると、私と家内の平均と同じ。それぞれ夫婦の道中の会話で、人生を 振返り、語り合う。それまでの子育てと、それぞれの仕事のため、24時間、 向き合うことが無かった二人が、様々なトラブルの中で、協力し乗越えていく。 二人参加の旅は、夫婦関係にとって、非常に危険を伴う。普段、隠蔽? されていたトラブルが、圧縮された移動空間で、噴火する。だから、成田離婚の 悲喜劇が起こる。ツアーで、百回以上の参加経験者がいても、夫婦の参加者の 10回以上は今までなかった。多くて7〜8回。 24組の参加者で、一組の 脱落者が出なかったことに驚かされた。夫が『二度、殺したくなった』に、 妻が『寝ているときでしょう。解っていたわ』は、何とも迫真があった。 ところで、キャンプ地の料金は、平均10ドル。帰りは同じ道を辿る。 「ぼんやり!時どき旅」が理想か。それとも「旅をしながら、ぼんやり」か。 ・・・・・・・ 3665, 関係性が問題 2011年04月08日(金) カーラジオで「夫婦間のトラブル」について、その道の専門家が「夫婦間の 問題は関係性にあって、一方的に相手が良い悪いとか、自分が良い悪いという 問題でない」と論じていたのが、いやに説得力があった。要は相性と、互いの 立場のバランスなどの関係に問題が存在する。それでは夫婦間の関係性とは、 そもそも何か! 二世帯同居の嫁姑の立場とか、マザコン夫とファザコン妻の 組み合わせだったり、長女の嫁と末子の夫の関係だったり(これは私だが・・) 色いろある。 互いが相手のマイナスを見つめあうのでなく、互いの置かれた 立場と条件を理解するしか手立てはない。恋人同士の関係は良かったが、夫婦 関係になったら、破局をするケースが多い。そして別れたと同時に、関係が良好 になって、結婚と離婚を繰り返す芸能人が多く見かけられる。リズとバートン とか! 無知からくるのだろうが・・ 関係が重なるとネットになっていく。 ネットといえば、網目。それぞれ結び目で出来ている。 その結び目が関係性である。 ー ネットで、関係の意味を調べてみると ー 【関係】1 二つ以上の物事が互いにかかわり合うこと。また、 そのかかわり合い。「前後の―から判断する」「事件に―する」 2 あるものが他に対して影響力をもっていること。また、その影響。 「気圧の―で耳鳴りがする」「国の将来に―する問題」 3 人と人との間柄。また、縁故。「あの人とはどういう―ですか」 「友好―を結ぶ」「父親の―で入社する」 4 男女間の性的交渉。また、それをもつこと。「妻子のある男性と―する」 5 (他の名詞の下に付いて)その方面。そういう領域。「音楽―の仕事」 ▼ 何ごとも、関係性の中で成立している。触媒の中でこそ、自己は成立。
・・・・・・・ 5867,閑話小題 〜北越と第四銀行の経営統合 −2 2017年04月08日(土) * 大蔵直轄統治の大光は ・数日前になるが、地銀の第四と北越銀行頭取の合併に関する 記者会見が TVニュースで流れていた。気のせいか、第四頭取は明るく、北越の頭取は 下向き加減の暗い顔をしていたような? しかし、健全な経営体質なら、 前向きの統合策として評価されて然るべき決断。で、残る大光は、地勢上から 他県の有力な地銀との連合が筋道なるが… 考えてみれば、今まで動きが 無かったのが不思議。デフレと、首都圏一極化と、情報化による地方経済の 疲弊は、直接、金融機関の劣化に正比例する。20数行あった都市銀行は三行 まで激減した中で、地銀以下の集約は無かった方が不自然であった。 銀行の本質は職業柄、高利貸しの悪質の特性をも持つ。力の有る者に媚り、 弱者から利益を毟り取る。世界最大規模を誇る柏崎・刈羽原発の再開が見込め ない現在、地元経済の劣化は進む中で、締め付けは厳しくなる一方。それが 銀行憎しのガスを充満をしている。その最中のリストラの号砲一発。その弱肉 強食の現実が、世間とかいう人食いネズミ群の絶好の餌食?になっていく。 立場が一転、弱者の「こんなはずではなかった」へ、文字通りに立つ。 ・バブル崩壊後、大手地銀自ら格下げをした「リソナ銀行」?が、バランス からしてよい?…云々が、連想創作の「天の声」として1人歩きをしそうな。 長岡市内の4行のうち、二行が統合なら、残り二行の統合案も奇抜でない。 しかし、天領と、大波で削ぎ落とされた体質の銀行では、体質が違い過ぎる。 ちなみに次男の嫁さんと、両親がリソナ母体?の一つの旧埼玉銀行の出身。 また兄嫁が大手銀行出身。更に家内の妹が、一度退社後の子育てを終えた頃、 元上司に請われ、地銀のパートを20年続けている。 ・大蔵官僚として、天領の天下り先の地銀の『頭取』の座は残したいが、 問題は単独のリストラ能力の有無。直轄統治でも無理、と思うのは、官僚役人 の力を知らないから? このようなコンニャク政経談議。 今後、材料は 絶えることはない… 状況は条件の意味に近い。城下町小唄の世界にドップリ 浸かってしまった私。「事前の一策は、事後の百策に勝る」という。 この時節が、先手かどうか。以下の「一切は、君の自由だ」に、無理があるが、 文脈としてつながる。 「未来の健全のために、ご自由に、どうぞ!
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2020年04月07日(火)
* 新型コロナ… どの辺りで済むのか ◉ 新規店・、事業の開業法則に、年々改善を加えないと‘3年、上昇、7年 下降の10年で消滅する…’<「へ」の法則>がある。そのため、次年度から、 それをカバーする新しい要素を足元に付け加えて延命する必要がある。 この新型コロナに当てはめ1年スパインとして、3ヶ月、上昇し、7ヶ月下降と 当てはめて、1年に仮説すると、年内が目安、という論法は少し強引か。 中国、欧州、アメリカ、日本へと、その中心を変える、このパンデミックは、 なかなかの強もの。当初は市場の野生動物が肉が発生源といわれたが、最近、 違う説も出てきた。
◉ 個人業主が多い、際モノの‘飲食、サービス業から、レジャー産業などを はじめ、全産業に至るため、このまま続くと経済恐慌が起きかねない重大局面。 世界最大の経済大国の米国が今、コロナウイルスとの泥沼の戦いでもがく。 感染拡大防止のため外出禁止などの対策を導入した結果、経済は一気に冷え込み 大量の失業者が生まれている。失業率は6月に30%超、3人に1人が失業者という 史上最悪レベルに達する予想も浮上する。地獄の様相が、今日明日にも始まると いうが…
◉ 今日、日本も重い腰を上げ、「緊急事態宣言」を出すが、罰則が弱い竹光。 実際の効果は危ぶまれている。そこは日本人の実直さでカバーが可能かどうか。 としても、遅きに失した。これは他人事で済まされない事態。 年齢からして、 伝染されたら危険な事態になる。特に年寄りは家から出るなというが… ◉ 感染症のパンデミック(世界的流行)は、社会格差をあらわにする作用がある。 生活に困難を抱える人、経済的弱者といったいわゆる「Low SES」と呼ばれる人々に 基礎疾患が多いことは、すでに確認されている。アメリカでオバマが、厚生年金 導入をトランプが、アッサリと潰した。 …死者急増の背景には、それがある。 社会的混乱を最小に抑えるため、各国の政府筋は楽観的見通しを出すが、簡単に 治まる訳があるでなし。悲観、楽観と迷ったら… 間違いなく悲観の見通しを とるべきである。何と恐ろしい事態になってきた。特に中近東、アフリカ難民には きびしい事態になる。
・・・・・・ 6596,閑話小題 〜即席・ショートショート −2 2019年04月07日(日) * 10年後の「技術的特異論者」の呟き ≪ 今から十年前の、この随想日記を紹介しよう。でも、83歳まで生きて いようとは思わなかった。成るほど「死にぞこない」である。しかし、 生死の際なればこそ、情報機器の進化の御蔭で、技術的特異の現象を味合う ことができた。 10年前の、この文章を読もうと思ってもみなかった。 一年近く前に1万テーマを書上げた。これらの内容を同月同日に読返すことで、 脳の活性化が出来ていた。老いるとは、老いという病気が重症化を していくことでもあった。 じゃあ、生きていて良かったかと言われれば、 「実に良かった」のが現実。世界は日々変わっていく。10年前に、 「技術的特異点」が2045年と言われていたが、既に、到達してしまった。 今では世界は、AIの判断を最大限に徴用する風潮になっている。そうするしか ないもの、正しいのだから。身体は老化で動きにくいけどね、小さなロボット に、これまで書いた随想日記をインプットすると、その時の気分に応じて、 呼出してきて、その関連映像を、自動的にゴーグルに360度の視界に呼出して くれる。嗅覚、味覚も、脳の神経を刺激することで再現できるとは… 自分の過去も、例えば20歳の1966年の映像が、瞬時に次つぎと現れる。 それは、10年前でも可能だったけどね。 当時、ドローンって有っただろう。 あれがAI化して進化して、配送の世界を激変させたの。自動車のAI化の技術が、 様ざまな分野に応用されてね。何でも自動化されて、人間を駆除したしまって。 通貨も今では、多くはネット決済。仮想通貨も当り前だもの。無用階級の 人たちが殆ど。何もできない… 誰の責任でもない。生まれが悪かっただけ。 当時、生命誕生から40億年来の革命って書いていたでしょ。まったく、その とおりになってね。 情報化って、何もかもが、直に評価され晒される。 この時代、物語化する能力が重要になってね。 何とか、それで昔を語っている から、娑婆?に繋がってるし。 ≫ ― ▼ 即席のショートショートだが、10年後の視点からの独り語りは疲れる。 8割かたは生きていないだろうが、死損なって、読返したら何と思うか。 以前、みた映画 「LUCY/ルーシー 脳が覚醒した女 」を想いだした。 【 ごく普通の生活を送っていた女性ルーシーは、台北のホテルでマフィアの 闇取引に巻き込まれてしまう。マフィアは人間の体内にある物質を埋め込み、 その人間を海外に送り出すことで物質の密輸を行おうとしていたが、ルーシー の体の中でその物質が漏れ出すアクシデントが発生。その影響により、普通の 人間なら全体の10%しか機能していない脳の機能が、徐々に覚醒していく。 脳の覚醒率が上がるに従い、超人的な力が解放されていくルーシーは、自分と 同じような人間を二度と生み出さないためにも、マフィアの計画を阻止するため に動き始める。 …覚醒度が進んだルーシーは、他人の肉体、磁波、電波の制御 が可能になり、量子物理学、応用数学を含めた膨大な知識を脳にインプットし、 細胞核の無限の可能性を体感するようになります。】 恐らく、このままの生活習慣を10年間も続け、情報機器の進化に馴化すると、 ヒロインのルーシーの数十分の一まででないとしても、脳力は、現在と比べて 数倍、数十倍にアップするのでは? それが世界中の人々ともなると… 考え合わせると、人類の、そう遠くない未来に悲観的になる。 <アッラーの御望みで、一度、清算を…>などと考える輩が出てくる可能性が。
・・・・・・ 6233,閑話小題 〜「人は成熟するにつれて若くなる」 2018年04月07日(土) 『人は成熟するにつれて若くなる』ヘルマン・ヘッセ (著), * 成熟は、若さを誘う <「わがままこそ最高の美徳」>と同様、Amazon内検索で見つけたヘッセの本。 還暦、古希を過ぎて暫く経つが、肉体の劣ろいは感じても、気持ちは40、50歳時 と殆ど変わってない。後先が少ないためだろうが、好奇心だけは、ますます冴え わたっている。老化で「バカの壁」が薄れてきたためだろう。私としては、 「成熟のため!」と思いたいが、如何考えても思い当たる節がない。 以下のヘッセの言葉は、鋭く私に問いかける。 ―― <☆は、思い立ったこと> ≪・<老年は、私たちの生涯のひとつの段階であり、ほかのすべての段階とおなじ ように、その特有の顔、特有の雰囲気と温度、特有の喜びと苦悩をもつ。> ・<老齢が苦しみをもたらすこと、そしてその終点に死があることは誰でも 知っている。私たちは年ごとにいけにえを捧げ、諦めなければならない。 私たちは自分たちの感覚と力に不審を抱くことを学ばなくてはならない。> ☆ 生贄ですか、あれが生贄… 。
・<六十年、七十年来もうこの世にはいない人びとの姿と人びとの顔が私たちの 心に生きつづけ、私たちのものとなり、私たちの相手をし、生きた眼で私たち を見つめるのである。いつの間にかなくなってしまった、あるいはすっかり 変わってしまった家や、庭や、町を、私たちは昔のままに、完全な姿で見る。 そして私たちが何十年も前に旅の途上で見たはるかな山々や海岸を、私たちは 鮮やかに、色彩豊かに私たちの記憶の絵本の中に再発見する。> ☆ 最近、故人も、現に生きている人も、同列に思えるようになってきた。
・<見ること、観察すること、瞑想することが、しだいに習慣となり、訓練と なって、気づかぬうちに観察者の気分と態度が私たちの行動全体に浸透してくる。 望みや夢想や欲望や情熱に駆り立てられて、私たちは人間の大部分がそうである ように、私たちの生涯の何年も何十年ものあいだ、あせり、いらいらし、緊張し、 期待に満ち、実現あるいは幻滅のたびごとに激しく興奮してきた。 ―そして今日、私たち自身の絵本を注意深くめくりながら、あの疾駆と狂奔から 逃れて『ヴィータ・コンテムプラティーヴァ』、すなわち『静観の生活』に 到達したことが、どんなにすばらしく、価値のあることであるかに驚嘆する。> ☆ この過去文を読んで、毎日、実感している。
・< 若い人びとが、その力と無知の優越性をもって私たちを笑いものにし、 私たちのぎこちない歩き方や、白髪や、筋だらけの首を滑稽だと思うなら、 私たちは昔、同じように力と無知をもって老人をせせら笑ったことがあったこと を思い出そう。そして敗北感を味わうのではなく、優越感をもって私たちが年を とってそのような年代を卒業し、ちょっぴり賢くなり辛抱強くなったと考えよう。> ☆ 上杉鷹山の言葉といわれる【 子ども叱るな来た道だもの年寄り笑うな 行く道だもの来た道 行く道 二人旅これから通る今日の道通り直しのできぬ道】 が思い浮かんできた。 人生の何れかの途上で世界をみている。そうこう言って いるうちにゲームオーバー、プッツン! そう簡単に死なせてくれないか? ― ▼ 老い先短くなると、寺山修司の<ふりむくな ふりむくな 後ろには夢がない> の言葉が空虚に聞こえてくる。 <ふりむけ ふりむけ 先には時間がない> になる。だから、焦り、苛立つ老人が徘徊する。その一人ですか? 女子供に近づくな!というが、あと、老人を加えた方がいい。耄碌とは呆けに 妄想が加わるから恐ろしい。その世界に一歩も、二歩も、踏み込んでしまった。
・・・・・・ 4404, 隠居大学ーよく遊びよく遊べ −4 2013年04月07日(日) * 第三時限 いい加減にしなさい ー「隠居大学」天野祐吉、お相手 赤瀬川原平 「遠き日は 年とるごとに 近くなり」 という句があるが、最近、特に 感じているのは私だけでないだろう。御隠居は日々この感慨を持ちながら 人生を振りかえ鳥瞰し、残された一日一日を噛み締め味わう楽しみがある。 隠居生活は娑婆(雑多な日常)から隠れることであって、人生からの御隠れ ではない。起承転結の「転結」を「転々」に変え、転がりながら最期を 迎えること。 それもこれも、どうでもよいこと! ーその辺りを抜粋ー ≪ 天野: 力を抜いて自分をコントロールする上で、老人力は非常に重要な 要素じゃないですか。前回のゲストの外山滋比古さんは、忘れるということ がいかに重要かという話をしてくれたんです。第二の人生で定年まで、 一生懸命詰め込んだような知識は、第二の人生で自由に生きるというとき には何の役にも立たない。そんなものは、思いっきりきれいに忘れて しまったほうがいい、というふうに。 赤瀬川: いらないものを捨てたら、キャパが広がりますしね。 天野: そう。頭の容積は決まっているわけだから、サラ地にして、 新しい作物をつくりましょうという話をしていただいてね。 そのときにも赤瀬川さんの『老人力』のお話を思い出していたんです。 老人は忘れっぽいということで世の中はいけないことのように思っている けれど、そうではないんだと。たとえば、若い人は失恋なんかしたら大変で、 その苦しみや悲しみを忘れることができなくていつまでもメソメソ悩む。 でも老人は「忘却力」を身につけているから、すぐに忘れてしまう。 赤瀬川: ええ、強い忘却力を持っていますね。 天野: そう、これまでマイナスイメージでしかなかった「忘れっぽさ」 をそんな悪いもんじゃない、というふうに書かれていた。あの本は、 ものすごいベストセラーになったけれども、どういうつもりで買ったので しょうね。老人はまだ社会に役に立つとでも思ったのでしょうね。実際は 違うのに。・・ ボケたとかモウロクしたのが、老人力がついたとか ポジティブに書かれて悪い気がしないですよね。≫ ▼ 「神様(自然)は、老いの苦悩苦痛を和らげるため、忘却と鈍感さを 与えて下さった」という解釈がある。老いて今さら気ばんでも致しかたが ないし、運命に従うしかない。忘却といえば、この随想日記。書き上げ アップロードをした瞬間、内容は勿論、テーマすら綺麗さっぱり忘れて、 頭は翌日のテーマと内容になる。直後から次回分の書き直しを始めるからだ。 だから数時間後でも、その文に対し第三者になっている。この最大の収穫は、 過去に書いた同月同日分12年分の文章に出会うこと。時空を超えた自分に 毎朝出会うのも良いもの。また「(自)己の分」の限界も見えてくる。 それを第三者に曝すのも自虐だが「所詮こんなもの」という諦観が出来る。 「いい加減にしろ、先は短いのだから娑婆気を減らせ」ということ。 ・・・・・・ 4771,ぼんやりの時間 ー4 2014年04月07日(月) 「ぼんやりの時間」辰濃 和男 (著) * 「ぼんやり」と響き合う一文字 ー� 響き合う一文字で、言葉の意味を考える方法もあるのだ。 そして、以下の5文字がよい。その最初が闇とは・・ 闇は人を思索の世界に誘う。「ぼんやり」とは、闇の世界で迷子に なっている状態なのか。 その5文字は 1、「闇」―蛍と星とダークマター 2、「独」―独りでいること 3、「閑」―逆茂木に囲まれて 4、「怠」―「1日4時間労働」の夢 5、「懶」―心の余白 である。 ☆ まずは「闇」から 《 消えてはまた光って飛びつづけている。お前さんは、眠るのを忘れて しまったのか、恋人が見つけられず、そうやってふらふらしていたのか、 いつまで舞いつづけるつもりなのか、とらちもないことを思って見守って いるうちに、蛍の光はふっと消えた。力を出し尽くしてくたびれてしまった のかもしれないし、劇的なめぐりあいがあったのかもしれない・・ 崖の上に何本かの椎の木が闇につつまれている。その梢の間に光るものがあり、 一瞬、それもまた蛍かと思ったが、星だった。蛍の光とは違って、星の光は ずっと小さく、冷たい感じだった。 夜空の闇の広さを見ながら、宇宙では やはり闇が主役なのだという思いがわいた。ごく感覚的にいえば、 銀河の壮麗さは、澄みきった大気に包まれた闇があってはじめて私たちの 視界に入るのだろうし、月を見る楽しさも透明な闇の濃さに左右されるはず。 花火の豪華けん麗さをひきたてるのも真の闇で、真の闇を失えぱ、花火は いくら塀を競っても人をひきつけない。蛍だって、闇があるからこそ光を 放つことの意味が出てくる。夜の景色の基調は、なんといっても闇なのだ。 ・・ いや、本音をいえば、私は光より闇、陽より陰、実よりも虚、 緊より緩、作為より無為、色よりも空などが、よほど、この世の仕組みを つくっているのに大切な役割を果たしているはずと思っている。・・ 》 ▼ ここで、宇宙を支配しているダークマター、ダークエネルギーを引合に だし、宇宙を本当の主役は暗黒物質とその エネルギーとして、考えると 闇の大切が、人生論で「ぼんやりのたいせつさが」が、重なりみえてくる。 そうである、もっともっとボ〜っとするべきである。 ・・・・・・ 4030, 一時停止 ー谷川俊太郎ー自選散文 2012年04月07日(土) 「一時停止」 谷川俊太郎ー自選散文ー1955〜2010 図書館で借りてきたが、直ぐにアマゾンで購入した。谷川俊太郎の詩集や 特集の雑誌を何冊か、読んできた。その散文集なら面白くないわけがない。 谷川の詩も文章も、ストンと心に落ちて振動する。青年期に、谷川の著書を 読んでいたら、人生は変わってはず。 言葉を仕事にしている詩人の書いた 文章は、分かりやすい。読み手の目線を常に意識しているためだ。 * 「青年という獣」1957年 ーより ≪・・生きているということと、生活しているということとの相違をもっとも てっと早やく云えば、前者を非人間的、後者を人間的と云って 差しつかい ないだろうとぼくは思う。生きるとは、コスモスの中に生きることだが、生活 するとは、人間の社会の中に生きることだ。現代ではこの違いを理解する人は 少ない。下手をすると、コスモスなどという言葉は野暮な言葉で、悪くすると 危険な言葉にされかねない。青年は意識的、無意識的にかかわらず、これに 抗議する。青年は生きようとするものであって、生活しようとするのではない。 一見如何にソシアルに見える彼の行為も、その意味では本当にソシアルになり 得ないものだとぼくは思う。何故なら、人間以外のものになることを、いやいや ながらでもあきらめてこそ、始めて人は人間になれるものだからだ。 人間は生活という唯一の現実によって人間になる。青年は生活以外のすべての 夢によって青年になる。青年は人間である必要はないのだ。彼は自分の夢を 喰って生きる位の非人間的な強さをもつていなければならぬ。 倦怠はおそかれはやかれ彼を襲うのだ。その前に彼の肉体がまだ新しいうちに、 青年は彼の役割を果さねばならぬ。ビリイ・ザ・キッドは若かつた。 彼は太陽や風や、残酷な青空や、愛らしい女を知つていた。彼はコスモスと その中の生命に気づいていた。彼は人間や、その生活などを知りはしなかった。 彼が強かつたのはそのためだ。彼は死のもつ非人間的な意味だけに気づいていた。 死のもつ人間的な意味などに気をとられなかつた。彼の手が震えなかつたのは そのためだ。そのためにこそ、彼は人間としても偉かった。彼は人間を代表して、 コスモスの真只中に立つてひるまなかつた。彼は人聞を殺すことで、 コスモスと戦った。 ≫ ▼ 創業は、全く経験のない思い込みの未知の生命体を創り上げること。 それは「生きる」分野にある。それは創業という獣的行為。生活のためで あっても、それを創るには人間性を、普通の生活者の考えを、根こそぎ捨てて かからなければならない。ここで、「青年は生活以外のすべての夢によって 青年になる。青年は人間である必要はないのだ。彼は自分の夢を喰って生きる くらいの非人間的な強さをもつていなければならぬ。倦怠はおそかれはやかれ 彼を襲うのだ。その前に彼の肉体がまだ新しいうちに、青年は彼の役割を 果さねばならぬ。」とある。新たな事業を始めよう決心した瞬間から、非人間的 になる。獣にならなくては創業など不可能。何時の間に獣から普通の生活者に なっていた。地元の生活者の中の創業は獣の姿を曝すことになる。 本当の生活者になるのは、これから。
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| 6962,ドキュメント 〜「モーガン・フリーマン 時空を超えて」 |
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2020年04月06日(月)
* 「この世界は仮想現実なのか?」 ◉ 老い先短い時節に至り、圧倒的に多い過去を慈しむ時間に、これまでの行蔵を 見つめ直すことが多くなっている。昔、住んでいた住居の近くを通り思うことは、 往年の悩んだ心の傷や、腹を抱て笑ったのは何だったか?などを考えると、当時、 自らを包み込んでいた世界は、仮想現実でしかなかった?と思うと不思議な感覚 になる。 あと5年〜10年があるかなしかの先からすれば、これまた夢幻… …だったら、同じ一日を面白可笑しく生きた方が良いが、そこに残るのは虚しさ。 何ごとも夢幻、共同幻想でしかないのは他者を凝視すれば、容易に理解できる。 ◉ 300本のブルーレイの録画に『モーガン・フリーマン 時空を超えて』があった。 人生74年を振返ればアッという瞬時でしかない。 世界の片隅で、ほんの僅かな ことしか知り得ない。その小さな経験、知識で膨大な宇宙と、世界を垣間見て、 それが全世界と信じて疑わない。それは仮装現実でしかない。その小さな知識・ 常識が分厚く自らを覆い新鮮な感受性を歪ませる。 一々、小難しく考えること なく、大方の人は、何も気づかず人生を終える。 〜番組紹介〜 ≪ 俳優モーガン・フリーマンが案内人となり、空間、時間、生命など宇宙の 秘密に迫るシリーズ。今回は、生命には何か究極の目的が存在するのかを さまざまな角度から探る。 私たちが今ここに存在することに理由はあるのだろうか。 生きる意味は何なのか。 ある進化生物学者は、数十年におよぶ実験を実施。 生きることの意味を進化の観点から説明する。生命の本質はアルゴリズムだと 主張する物理学者も登場。多種多様な進化は、周囲の情報をより効率的に収集 するためだと考えている。生命が存在する理由、そしてその究極の目的を、 さまざまな科学的アプローチで探っていく。≫ 〜あるビュアーの書込みが解りやすい。 ≪ …印象に残った個所といえば… ◉ 「映画「マトリックス」のように、この世界は仮想現実かもしれない」 「もしすべてがプログラミングされているとしたら? さまざまな科学者が展開する、奇抜な理論を紹介する」 「アメリカのある哲学者は、我々は子孫のコンピューターの中で 生きているという可能性を指摘している」 「あるコンピューター科学者は、わずか10行程度のコンピューターコードで、 全宇宙を動かすことが可能だと主張する」 「この世界がコンピューター上のシミュレーションではないかと考える 理論物理学者もいる」 「この世界は仮想現実なのか、あらゆる側面からその可能性を探る」 と紹介されている。 ― ◉ 宇宙の始まりや未来を考えた時に、人生で苦しみを味わったときに、 おそらく誰もが一度は考えたであろう事。「自分がいるこの世界は作られた 空想の産物で、この世界の外側にそれを作り出した存在があるのではないか」 「そう考えれば世の中で起きる不思議な現象も理不尽な世界も納得ができる」と。 でも現実は無情にも現実で眠りから覚めると前の日の続きから始まる。 過去に起こった事実は変わらない。でも、もしそれが作られた仮想現実だとしたら、 それはそれで恐ろしいように思える。人生は悲しく辛い事ばかりではない。 「楽しかった思い出」や「面白いと感じ夢中になった事」もプログラムだった では、それはそれで悲しい。 昔、何かのテレビ番組で見たことが思い起こされる。 それは将来、温暖化などで人間が地球に住めなくなる事態が目前に迫ったとき 「人間の意識をネットやコンピューターに移植する」というもの。 実体は無くて、そこにあるのは電気信号とそれを伝えるための機械だけ。 機械の中で電気信号と化した意識が思いめぐらし何かを感じる世界。 ただ、番組の予告を見ると そんな奇想天外な事を本気で考えている科学者が いるように思える。 ― 紹介文の一つに『我々は子孫のコンピューターの中で生きている』とある… このキーワードからは以前のテーマ「宇宙は永遠に続くのか」の中で語られた 「現在は未来からの投影」が思い出される。そこでは、未来は既に存在して いて現在や過去はその投影でホログラムのような存在だとする説。 ☆ こちらの記事もいかがか >>「宇宙は永遠に続くのか」>「現在は未来からの投影」 ただ「祖先が作ったコンピューターの中で」なら、あながち ありえなくもない と思うが「子孫が作ったコンピューターの中で」なら、その子孫はどこへ行った と仮定すればつじつまがあうのか? もし、この世が仮想現実だとしても「仮想現実の外の世界を知るためには 仮想現実世界の殻を破る」ことが出来なければ知る由もない。 この「外の世界を知る」がキーワードになるなら以前のテーマ 「宇宙人も神を信じるのか?」の中の[宇宙の全てを知りうるのか?]が思い出される。 自分たちの存在より大きなものを知るには「より大きなものを知らなければならない」 とする説。 ☆ こちらの記事もいかがでしょう >>「宇宙人も神を信じるのか?」>[宇宙の全てを知りうるのか?] 科学者は真剣に仮想現実と外を結ぶゲートの様なものが存在すると言うのだろうか。 番組にどんな科学者が登場するのか興味が湧く。 ―― ▼ なかなか広くて深い問題。せっかく選ばれて地球旅行に来ているのだから、 早々に可能な限り、地球を観光するにこしたことはない。 知れば知るほど、 見れば見るほどに、この地球に興味が湧いてくる。 80年では全く足りないが、 それでも分厚いサングラスを外して、見るべき一部は見たつもりだったが、それ さえ幻覚、幻想… 仮想現実でしかない。 それでも充実し、面白かった。 もし、この新型コロナで死ぬとして、人生を振返ると、なんと歪んだ人生と 我ながら思うしかない。それを白日にさらし、自ら知り得ただけでも充分と… ここに… 「現在は未来からの投影」とあるが… 未来は既に存在していて、 現在はホログラムのような存在」とは、世界は仮想現実のべつ表現になる。 プラトンの‘現実は洞窟の背後の投影の影絵’と同定できる…!
・・・・・・ 6595,閑話小題 〜つれづれに哲学 〜考えましょうよ 2019年04月06日(土) * 一番の重労働は、「考える」ということ! ブルームバーグの言葉… <考えるということは、あらゆる作業の中で一番の重労働なのですが、そこを 省いてしまう人が多い。そこを楽にしようとしても、何も手に入らない。> 何ごとも、利益の源泉となるのは、肉体的な労働で汗をかくことでなく、物事を 効率化できる仕組みや方法を考えること。 その為には、まずは絶対量の読書 の確保から、その質を高める生活習慣が必要となる。それを確保するために、 早朝の多くが寝入っている時間帯と、移動時間などの豆(隙間)時間の活用から 始めることが第一歩。人は経験と、触媒の範囲からしか、考えることはできない。 烏合の衆的集まりとの触媒は、「独りに徹して考える重労働」を放棄した人の 群れのため、表面的付き合いに陥ってしまう傾向が強い。「哲学とは、考える ことを考える学問分野。 早々に、ベースに組込んでおく必要がある。 世間話だけで生きている9割方の一員として、些細な世事の判事、検事、弁護士、 時には被告、訴追者になり、それしか知らない世界で、現実の世界に溺れた 土左衛門として生涯を過ごす。昨日録画をしてあったギャング映画で、 殺し屋の呟きが強烈であった。 大雑把だが… <黙っている奴に気をつけろ、奴らが何を観察しているか、何処に注意を向けて いるか、何を考えているかに全神経をはる訓練をすること。そして黙ること! 沈黙、孤独、目立たないこと。いざ、行動の前に、考えて考えて考えること。 そして一度、決定したら怒涛の如く実行することさ。それ以上に、断念の決断も。> 考えることを、「働き」「遊び」「学び」の何処に重心を置くか、その三位一体 とみるか。まあ、考え過ぎて、捩じれた己が脳も問題もあるが、考えないのは? たしかに、「考えるのは重労働」。 でも、面白くして軽減することは可能。 「バカな考え、休むに似たり」があるが… 「バカ考え」を考えている内に 己がバカに気づくだろうから、考えないより、まだマシ? いや、その分、 他を楽しめるはずだから、ボーッとした方が、周囲の迷惑にならない? 後記: これまた偶然だが、以下の内容が、丁度、脈絡として続く。 ふと見ると、昨日、図書館で借りてきた本が 『人生の9割は逃げていい。』井口晃著 があった。次回のテーマ?
―――― 6232,閑話小題 〜逃げろ、生きろ 2018年04月06日(金) <「群れるな」寺山修二著> * 逃げろ、生きろー 『旅の詩集』より 強烈なインパクトのある文章である。 誰の心の奥底には、生命が進化してきた過程に、あるいは、「若気の至り」 による原罪が隠されている。その「若気の至り」の儀礼通過をしてない人間を 私は信じないと下ネタ女流作家の言葉があって。 寺山は、アメリカで、これを 目にして、逃げた奴隷は、今でも逃げ続けているのだろう、そして「逃げろ、 生きろ」と思ったと… ≪ アメリカへ行ったときの話をしよう。私はケンタッキーの旧家に民宿し、 チャーチル・タウンで行われるケンタッキー・ダービーの開催日を待っていた。 夜中に停電があって、庭では犬が吠えていた。女主人はもう九十歳を過ぎていた ので、私がかわって、地下室にある配電盤をたしかめにゆくことになり、燭台を もって石の階段を下りていった。私はそこで、思いがけぬものを見出したのだった。 「逃げたわが家の奴隷をさがしています 懸賞金つきです」 それは卒業証書か何かのように、額に入っていたが、中には一人の黒人の写真が 入っているのだった。写真の中で、黒人は笑っていた。私には、この埃をかむった 古い手配書がどんなドラマを秘めているのかよくわからなかった。 おそらく、事件の核心にふれるためには「アメリカの歴史」にまでかかわって いかねばならないことだろう。 しかし、逃げていった一人の黒人は、(百年の時の経過を超えて)いまでも、 まだ、シカゴかマンハッタンのハーレムにかくれているのではないか、という 気がした。かくれている黒人は、ときどき、このケンタッキーの家のことを思い 出すこともあるだろう。夏に咲く花のことや、喘息病みの女主人のこと。 そして、一度逃げはじめたものにとっては「逃げる」ことが生きることになり、 どんな充たされた場所や条件を与えられたとしても、定住すること自体が桎梏 であるということに気づき、「永久逃亡」のほかに、生きるすべがないという ことを悟るのである。≫
― ▼ 昔みた重い夢の話をしよう。私が、強姦をして山の中に埋めた殺人者本人に なって逃亡している夢である。前もっていうが、〈男の多くが、この類の夢を みている〉ことを、あるフロイト系の本で知ったが、当時は全く知らなかった。 その夢が連続したドラマになって、毎晩のように続いていたことがあった。 そう、アメリカのTv連続ドラマ『逃亡者』があった。それもあって、この内容に 異様に反応したのだろう。私は引き際は心得ている。これが私の特徴でもある。 7年前も! その30年数年前も然り。昔みた夢の殺人犯が、自分自身の心底に ある原罪である。 良くいえば、自己配転、予定挫折。悪くいえば、「逃走」 になる決断。それに対峙する私に、「逃げろ、生きろ!」と、絶叫する誰か! 「永久逃亡」しか、生きるすべがないのが人間。若い時、勤務先の老いた夜勤の (太平洋戦争の生残りのパイロットだったという)オジサンに言われた一言。 「黒い影が見受けられるが、何に追われているの?」。 今から思うと、 「自分の理想の影」。青雲の影である。今でも、逃げ回っているのだろう。 無知蒙昧のバカの影である。面白いのが、他者の陰影の重なり。殺人逃亡犯が、 逮捕をされ、監獄で大イビキを書き、寝入っている日々? ここで、「捨てる」ー『書を捨てよ、町へ出よう』に対する某・書評が良い! 【 一つの時代に、詩人がいた。その詩人は、ライスカレーの幸福に安逸する サラリーマンに嘆息し、生活を極貧の底に落とす程に全てを捧げてでも マセラティ(イタ車)を買えと、平均を逸した極点を持てと言った。詩作も、 競馬も、自殺も、その手段だ。時代を捉える言葉がある。社会評論家が語る 無味乾燥な「分析」ではなく、例えば文学の中にポロッと出て来る、その時代に おける「いま、ここ」を捉える言葉。それはもちろん、僕たちの「いま、ここ」 ではない。しかしご存知の通り、そのかつての「いま、ここ」は、時に千年の時 をも耐えて語り継がれることもある。】
・・・・・・ 4403, 隠居大学ーよく遊びよく遊べ −3 2013年04月06日(土) 『 隠居大学ーよく遊びよく遊べ 』天野祐吉、お相手 * 第二時限 「ゆっくり急げ」 外山滋比古講師 ー人生二毛作の進めー 二期作と二毛作の違い、「二毛作は、ひとつの耕地で、一年で種類のちがう 作物を二度栽培すること。二期作は同じ作物を二度栽培をすること。 人生においては、二毛作をすべし!」と、「ゆっくり急げ」が御隠居の要。 そのために、これまた長年かけた準備が必要になる。土壌は今さら変える ことは無理。ならば移住するか、その土壌に合った新しい作物を長年かけて 用意しておかなければならない。 ーその辺りを抜粋するー ≪ 外山:わたしもそうですが、長いこと組織の従業員をやってきた サラリーマンの場合はですね、それまでの価値観を、いっぺんひっくり 返さないといけません。前半の人生ではだれかに仕えていた人も、後半の人生 は自分が自分の大将になり、自力で道を歩むための新しい志をかかげなければ。 そういう意味で、この隠居大学というのは、たいへん面白い試みですね。 天野:あまり実践的でない大学ですが、気楽におしゃべりで、いろいろな 隠居の楽しみ方を紹介する遊び場になればいいと思っているんですよ。 ところで、外山さんの『「人生二毛作」のすすめ』、すごく面白く読ませて もらいました。二毛作っていうのは、ひとつの耕地で、種類のちがう作物を 二度栽培することですよね。たとえば、春から夏にかけて稲をつくったら、 二回目は大豆や麦なんかをつくる心つまり隠居の楽しみというのは二毛作目の ようなものであって、前半の人生と同じものをつくったんじゃ面白みがないと。 外山:そうそう。人生も折り返し地点に来ると、価値観というものがおおむね 逆になります。そもそも、前半で立てた志というのは、学校出て就職したら ある程度の方向が決まってしまうようないいかげんな志です。わたし自身も そうでしたが、いちどエスカレしターに乗ったら、自分の力で歩かなくても 成長しているような気になって、それでは本当に生きてきたといえるかどうか。 天野:もし二毛作にチャレンジしなかったら、どうなるんでしょう。二期作と いうのかな。前半の人生と同じものをつくる。たとえば、定年を迎えたけれど、 嘱託社員として会社に残って、空いた時間で好きなことをするというような・・ 世の中には、そういう隠居スタイルの人もいると思うんですけど。 外山:いや、それはエセ隠居です。高級官僚の天下りがいい例です。二毛作目 をやるのは面倒くさいし、自信がないから、とにかく一毛作の延長で行こう としがみつく。そんな甘い考えではいい年寄りになれません。といってもわたし もね、少々まわり道をしたんですよ。大学で教師をしていたんですが、最初の 勤め先を定年退職後、もう一度別の学校に勤めに出たが、がよくなかった。≫ ▼ 私の長年の友人は、ほぼ二毛作の人生を過ごし三毛作の人もいる。 転進すべき節目時に決断している。情報を持っていたのである。逆に一毛作 でハッピーエンドだったら、小さな畑で隣の田畑と比べるだけの水平の人生も、 それもご愛嬌。 価値観の転換など関係のないのも、これも人生。 死んで三日も経てば、みな同じ。あるのは?永遠の虚空だけ! ・・・・・・ 5500,閑話小題 〜『男って、定年になったらいらないのよね!』〜�� 2016年04月06日(水) 『老いかたレッスン』渡辺淳一著 より * 70歳代、特に後半は、すざましい! 「70歳代、特に後半は、すざましい!」は、医師である著者からみて、私の 同世代からみて、充分に頷ける。 数ヶ月前に70歳代になって感じたことは、 「(3年を見据えた)一年単位でしか、人生計画を立てられない」という実感。 後方から迫ってきた己の死が、真正面から迫りくるような感覚は、やはり60歳代 とは、全く違う。 人生の峠から見えてきた風景も、寒々としてきた。 〜その辺りから〜 ≪ 六十代で運動して、体力をつけるのも悪くはないが、外に出てさまざまな 人と触れ合い、話し合うのは、それ以上に明るく、若返らせるはずである。 そして七十代、これはなってみて改めてわかるが、すさまじい世代である。 すさまじいとはなにか。これをあえて具体的にいうと、日々、確実に老いて 弱っていく年代、とでもいおうか。 その前、六十代は老いるとはいえ、まだ鍛えようによっては伸びる、 強くなる余地もないわけではなかった。しかし、七十代はすべて下るだけ。 あれ、こんなことができなくなった、これも無理かと、不可能なことが増える ばかり。といって、努力しても無駄。 かくして、ここからは「諦めの時代」、 老いてやがて死ぬ、そのための準備期間といえなくもない。 こう書くと、人生の末期、暗いだけの時代、と思うかもしれないが、 そうともいいきれない。 このすべて終わりに向かって傾き出す、このときに、 とてつもない発想にとりつかれ、動き出すことがある。 たとえば、突然、 動物や植物に異様に熱中したり、今迄と全然、別の仕事に全力を注ぎこんだり、 激しい恋に溺れたり。 七十代の高齢者とは思えぬ、激しい行為に熱中する人が少なくない。 そう、わたしも七十代後半になって、突然、自らの不能、インポテンツに ついて書こうと、思いついたけど。これも、七十代の狂気かも。 賀寿のなかで、七十七歳を喜寿としているが、なにをやらかすか知れない、 狂寿としたらどうだろう。とにかく人生、長く生きてみるとそれなりに 妙味に富み、面白いものですよ。 ≫ ▼ 夜半に目が覚めて、フッと自分の死を考えることがあるが、ここにきて、 それが、リアルなフラッシュの塊と、生きてきた人生が小さな丸=(。) に凝縮して、それが更に点(.)になり、無限の極小になり、消滅していく イメージが出てくる。 そして我に返ると、その微小の人生が愛しく思える。 その点の中には、両親、亡くなった兄姉、因縁のあった知人たち、恩師が リアルに生きている。そして行蔵が詰まっている。 我が人生、万歳。 我が両親、万歳。我が恩師、万歳。我が因縁在りし恩人たち、万歳。 残された人生に、万歳。 考えてみれば、『人生はそのものが狂寿』である。 「誰の?」「すべての!」 だったら、せめて心の底で、狂喜乱舞したら? 考えたことが無かった? なら、考えてみたら! 考えている? 本当に? バカバカしい? バカになってみてから言ってみたら! で、『男はつらいよ』 を見たら!「泣いても笑っても、同じ空」。「狂っても正気でも、同じ空」。 「エライコッチャ、エライコッチャ、同じアフォなら踊らな、ソンソン」か。 それが面倒だから、ウタタネ寝をしている。それもありか! で、残された 時間を、どうしようか? うたた寝で、心の中で狂喜乱舞か、これまでの 人生で培った材料を駆使して、燃焼するか? それもこれも、今さらか。
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2020年04月05日(日)
閑話小題 〜メラビアンの法則
* 馬子にも衣裳 韓国では女性の約6割が自分の容姿に不満を抱いており、 4割を超える女性が美容整形の手術を受けたことがあると回答した… また韓国騒然となった「芸能人の100人中99人は整形している」と。 〜それによると、 < 人間が他者の印象を決定する際に重要視するものは、 視覚情報(Visual)・・・55% 聴覚情報(Voice)・・・38% 言語情報(Verval)・・・7% この結果から伺えることは、非言語のコミュニケーションが、 人物の印象の90%以上を決定づけているというわけ。> 上記が「メラビアンの法則」である。名古屋の花嫁学校は、内的美容より 如何に良質の相手をゲットするか手練手管の技量を磨くことに絞って教え込む。 名古屋的でシリアスだが本筋をついている。社会は格差で出来ている。 男なども年頃ならサカリのついた犬と同じ。如何に表ッツラを飾て、収穫するか。 その為には、色気を清潔感と、お嬢様風に飾りたて、良い漁場を探し、自らを 餌にして、数うちゃ当たるで勝負。そこで効果が出るのは、「メラビアンの法則」。
― ▼ ネット炎上のリスクを分散するため、同じ内容を掲載した2つのブログを運用 しているが、片一方に関連した写真を貼りつけている。これに30分を要するが… テーマの内容を選ぶか、ブログの写真から空気を選択するかは、好みの問題。 書いたテーマにそぐうイメージの写真を探すのも、なかなか面白い。折角のテーマ 日記の文章に写真で気持ちを込めるのも悪くはない。写真は、ある意味、絵画の 額の役割を果たす。 …ファッションも然り。 ところで、聴覚情報が4割近いことを改めて自覚して、早速、このところ使って なかった二つのiPodを聴きだした。 …これ見よがしにブランド品で身を固めてる 御仁も、逆に卑しさしを感じられるのも愛嬌といえば愛嬌。それはアフリカ人が ブランドを身につけているのに奇異を感じるのと同じ。ブランド物は白人金持の 特権を擽るように構成されている。だから黒人には不自然で、似合わない。 視覚情報は、その本質まで公開する。4k、8kTVも、5Gも、恐ろしい貧弱な内面 まで公開することになる。誤解しあって結婚した挙句に、理解し合って離婚するが、 実体になる。哀しいかな、これが娑婆の実態である。何やら、いやに実感が籠ってる。 ・・・・・・ 6594,閑話小題 〜つれづれに 地方選挙 2019年04月05日(金) 春の甲子園の高校野球は、愛知県の東邦高校が優勝。 石川という投手が一番の殊勲者。 平成元年に父親が当時の一員で優勝。 平成の最終年に息子が優勝した親子鷹。念じただけでは出来ようもない。 そこに信念の力が必要。人生を物語化して生きた親子の物語が、現実にあった。
日産のゴーンが再び逮捕。一度、逮捕された人が再度、逮捕されるのは 異例中の異例。記者会見を予定するなど明らかに挑発的態度のためか? 検察も元は役人。欧米が牛耳る世界で、よくぞ踏ん張るもの。それも日産の 内部リークがあればこそ。この物語は、まだ序盤。まだまだ… 極東、日本の東京の留置場で、ゴーン様、何を考えている? 所業からみて、 よほど見下していたのか。
再び県内出身の副大臣が、失言で失脚直前。こともあろうに、 『公共事業の推進を、麻生副総理に「忖度した」』と口を滑らせた塚田一郎 国土交通副大臣。その瞬間、この男の政治生命を自ら断ったことになる。 地元の星野県議も。秘書の忖度行為で逮捕されて然るべき状況?だが… 選挙後ということ? さもなければ長岡的談合? これでも当選するのが 長岡の長岡たる由縁の濃厚なシガラミか。 さて、この状況でどう判断? 当選すれば、この異様な城下町体質を晒すことに。それも必要なら… で投票、如何しよう? 今後の『何』を考えて、何せ自分を『地元便利屋』 が売りの、やはり星野先生ですか。リバラル派ってのは何の役にも立たないし。 地元密着の県議の、こういう人物こそ、あるべき姿ですか。 中越地区の中核都市の長岡は、何やら厳しい激風が吹き荒んでいる。そこに、 前県知事の少女買春とか、塚田代議士などの政治家の質の問題が。上は首都圏、 下は新潟市のストロー効果と、柏崎・刈羽原発の休止問題が重なっている。 厳しいが、そこが雪国の県民性。何とかなるでしょう。 これらを他人事で済まされる年金生活者は気楽な稼業。所詮は、無用階級者 の戯言。 自虐的自己対話で何とか息をしている日々ですか、 後記: いいな〜、以下の断章! ・・・・・・ 6231,閑話小題 〜遊びについての断章 2018年04月05日(木) <「群れるな」寺山修二著>
昨日、「加山雄三とヨット」のテーマで、遊びについて書いたが、手元に 図書館から借りて積上げてある10冊の本の中に、『遊びについての断章』が あった。これまで「遊び」について繰返しテーマにしてきた。 「遊べるうちに遊んできなさい! 直、泣くときが来るんだから!」と 諭され、数十年が経つ。確かに切ない場面が多々、あったが、その数倍、 数十倍、楽しいことがあったのが実感。遊びの価値を両親の後ろ姿に 学んだことに加え、学生時代に味わっていたこともある。 * 『遊びについての断章』 ー人生は遊びながら年老いて行く― ‘JRA’のCMのために書いた原稿。 実際に使われたものはこれからの抜粋である。 このCMのなかでの寺山は得意の肩かけコートで町をあるき、府中のスタンドを バックにたたずむ。その後ろであの独特の語り口でこの断片を朗読していた。 ――
かもめは飛びながら歌をおぼえ 人生は遊びながら年老いてゆく * 遊びはもうひとつの人生である そこにはめぐり逢いも別れもある 人は遊びのなかであることを思い出し、あることを忘れ、 そしてあることを捨てる * 人はだれでも 遊びという名の劇場をもつことができる 悲劇 喜劇 活劇 メロドラマ そこで人は主役になり、同時に観客になることもできる * ぼくは人力飛行にあこがれていました 飛行機はただの道具にすぎなかったが、飛ぶことは思想でした ぼくあ大空を見あげて思いました プライバシーなんかいらない フライバシーがほしい、と 遊ぶことは 冒険することであり、 ためすことであり、知ることだったのです ぼくは「運の悪い女」がきらいです なぜなら「運の悪い女」には、人生が一つしかないからです 遊びは、不運な人たちにも 「もう一つの人生」があることを教えてくれるのです だからぼくは、いつでも自分に掛ける * どういうものか「誰が故郷を思わざる」という歌をうたうと、 ツキがまわってくるんです はじめて競馬場へ行ったとき はじめて玉突きを覚えたとき はじめて女を口説いたとき だからぼくは 皆で一度、一緒に唄ってみたらいいんじゃないかと思っているんです 政治の悪い時代には、「誰が故郷を思わざる」でも唄ってみる そういうもんじゃないのかな、遊びなんて * 人生が終わると、遊びも終わってしまう しかし、遊びが終わっても人生は終わらない 遊びは何べんでも終わることができるから、何べんでもやり直しができる 出会いと別れのくり返し そこが遊びのいいところなんだね * 人生では敗けられないが、遊びなら敗けられる そして敗けを知ったものだけが味わえる風景というものがある 「誰が故郷を思わざる」なんて唄は 競馬をやったことのある者にしか、味わうことができない唄ではないだろうか * 人生が、いつばん安上がりの遊びである 死が、いちばん高くつく遊びである * 遊びは、人生の時刻表である 人はそこに立ち止まり、自分の乗る汽車をえらぶ 人生は汽車である 旅をしながら年老いてゆく * 遊びは不幸な人間の第二の人生である 遊びは不幸な人間の第二の魂である * 人は誰でも、もう一つの人生をもつことができる それは遊びである ドストエフスキーは言っている 「一杯の茶のために、世界など滅びていい」 * 夢の中で無くしたものを 目がさめてからさがしたって見つかる訳はない 現実で失くしたものを、夢の中でさがしたって見つかる訳はない 人は誰でも二つの人生をもつことができる 遊びは、そのことを教えてくれるのです
― ▼ 個人のHP内の検索で調べると、次々と出てきた。 まあ真面目に遊びながら書いだこと。
―――― 2688, 「エリック・ホッファーの 人間とは何か」 2008年08月14日(木) −読書日記− ー遊びをせんと生まれけむー 亡き佐治敬三氏がサントリーの会長だった頃(1995年頃)、 口ぐせのように言っていた言葉に「美感遊創」がある。
・「美」は、羊が大きいが語源。大きく艶やかな羊の美しさを表わしている。 美に感応する心である。 ・「感」は、 感性、感動、共感。 旅に出て自分の世界の外に出会って感動したり、 絵画、音楽、映画、演劇などに感動することが人生を豊かにしてくれる。 ・「遊」は、神代の昔から人間にとって一番大事なこと。 「遊びをせんとや生まれけむ」と「梁塵秘抄」にあるように、人間は「ホモ・ルーデンス」。 遊ぶことで人間性を回復し、活力を得る。遊び心。 ・「創」は、新しい断面、局面を切り開いて、個性のある創造をすること。 一瞬の新しいものへのシュンパツ力。 以上だが、この4つが人間の心の豊かさの要素。 確かに、人生はこれを磨くプロセスであった。この中でも、「遊び」が、 人間にとって最も有用な行為になる。
「エリック・ホッファーの 人間とは何か」という著書に、 遊びについて次のように述べている。 《実用的な道具はほとんどすべて非実用的な関心の追求や暇つぶしにその起源がある。 最初に家畜化された動物ー小犬1は、もつとも役に立つ動物ではなく、もつとも遊び 好きな動物であった。猟犬が出現したのはかなり後のことである。最初に家畜化された 動物は子供たちのぺットであった。おそらく,植物栽培と灌漑も、初めは遊びとして 行なわれたのである。 車輪・帆、煉瓦なども遊びの中で発明された可能性が強い。 たとえば、南アメリカのアステカ人は車輪を使わなかったが、足の代りにローラーを つけた動物の玩具をもっていた。装飾が衣服に先行した。弓は武器となる以前は楽器 であったといわれている。人間が初めて粘土を使用したのも、土器をつくるためではなく、 土偶をつくるためであった。 こう見てくればわかるように、昔から人間のもつとも 有用な行為は、遊びであった。土器をつくり、布を織り・金属を加工し、動物を飼育 するはるか以前に、人間は絵を描き、線刻画を描き、彫刻をし、像をつくったことを 銘記すべきである。 芸術家としての人間の誕生は、労働者としての人間の誕生より もはるかに早かった。 遊びが労働に先行し、芸術が有目的な生産に先行した。 人間はしばしば必要に迫られて楽しむためのものを有目的なことに利用した。 必要に迫られて働いている間は、依然として人間は動物界の一員である。 人間は、ただ生きるだけであったら不必要なもののためにエネルギーを注ぎ、さらに 生命の危険さえもおかす場所に、特異な存在としての人間となり、最高の創造力を 発揮する、したがって、人間の人間化が起こったのは、自然の恵みで豊かで、 余暇があり、遊び戯れる性向があった状況においてであったと考えるべきである。 自然界における人類の台頭は、心細い戦場においてではなく、 エデンのような遊びの庭において起こったのである。・・ 私にいわせれば、オートメーションの時代の到来は、魔法円の完成である。人間は エデンという遊びの庭で初めて人間になった。そして今、人間は遊びの庭に帰還して、 人間の究極的使命を、すなわち人間性の完成をはかりうる機会をてにしている。 》 〜〜 遊びの重要性を上手く説明している。良く遊び、良く学び、良く働く、を バランスよく豊富にすることが人生の豊かさだが、私の場合は、そのバランスは とってきたが、「良く」に問題があった? まあ、いいだろう。遊びが4、学びが3、 働きが3というところだろうが、厳しい娑婆では、働きが4で、他が3だろう。 学びも、働きも、遊びまで持ち上げるのが理想である。そのためには好きなことを 仕事にすれば良い。
・・・・・・ 2786, 人生ゲームを楽しまむため、生まれけん! 2008年11月20日(木) ー次は、ある雑誌(文藝春秋)の中にあった、角川春樹の文章であるー 【私は平成五年八月二十八日、麻薬取締法違反で逮捕され、ニ年五ヶ月、 干葉拘置所に拘束されていた。その間、私を悩ませた課題は、 「自分は何故生まれ、何処へ還るのか」という古代ギリシャ以来の疑問。 ある時、一冊の本が差し入れられた。立花隆の『宇宙からの帰還』である。 その中で私を惑動させたのは、宇宙飛行士のエド・ミッチェルの、次の発言。 〈 すべての存在がそれぞれにその役割を担っているある神的なプランがある。 そのプランは生命の進化である。個別的生命は全体の部分である。個別的 生命が部分をなしている全体がある。すべては一体である。 この全体の中で、人間は神と一体だ。宇宙は創造的進化の過程にある(略)。〉 彼の言葉が、完壁に理解できたのは、平成十年の大晦日である。朝から二度 倒れ、四度嘔吐した。その時、突然、次の唱句が天から降りてきた。 年ゆくや天につながるいのちの緒 春樹 この瞬間、あらゆる生命が宇宙意識と繋がっていること、宇宙は一つである ことを直感したのだ。エド・ミッチェルが宇宙で体験したことを、私は地上で 体験したのである。そして平成十六年九月一日、私は静岡刑務所の独房の中で、 自分の意識が宇宙の果てまで辿り着いた時、逮捕されて以来の長い間の疑問が あっけなく感受できた。 答えは、人間は人生ゲームを楽しむために地球に 生まれて来た、ということだった。】 ▼ 人生のゲーム化については、ここで何回か書いているが、彼が他の人と 違うところは、そのコンセプトのもとに雑誌を刊行したことと、刑務所の中 で、絶望の底で、実感として掴み取ったことである。‘ゲームとは、到達地点 を決めて、その間に障害を置いて、如何に効率よく到達するかを競う遊び’。 人生ゲームの醍醐味は、死の完成までの障害を乗り越えるプロセスを如何に 楽しみ、味わうかにある。それも命がけに取り組むほど、ゲームが面白くなる。 【 父母に 呼ばれてこの世の 客となり用が済んだら はいさようなら 】 という一休の詩がある。せっかく、客として呼ばれたからには、この世の 人生ゲームを充分楽しまなければ、生まれてきた甲斐がないじゃないか! ということだ。そうこう考えると幸せの4階建ての4Fが、克服できない苦難 や悲しみ、というのが少しは分かるが。 4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。 3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。 2階:獲得した「快」を永続させる。 1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。 人生ゲームは、このビルの中で遊ぶようなものである。 何か際どい話になってきたが。 ・・・・・・ 2789,人生ゲームを楽しまむため、生まれけん! −2 2008年11月23日(日) 人生ゲームの基準を、私ならどのようにするかを考えてみる。 昔から言われているように「良く遊び、良く学び、良く働く」を 目安にすると解りやすい。 ・どのような趣味をもって、ライフワークにしてきたか。 ・どのような仕事に従事して、楽しんだか。 ・長年かけて教養を積み上げてきたか。 ・それらを達観できる視線を、自分の孤独の世界で創りあげたか、である。 人生の価値基準は心の内の問題だから、第三者がとやかくいえることではない。 この4つを、どうバランスよく拡大、深耕したかを、自分のゲームとして 楽しんだかが人生ゲームを楽しむことと、定義づけてみた。 鼻歌を歌いながらスキップするしかない場面も人生には往々にある。 人生には、ある程度の長生きも必要である。人生を楽しむには、楽観的で、 能動的でなければなるまい。そのためには、常に楽しい明日をイメージして、 その実現の準備を地道にすること。耳には、何時も心地良い音楽を流すことは、 誰でもできる。 目は、大自然の風景や、美術館で良い絵や陶器をみたり、 本やネットで良い写真や、ビデオで映像をみることができる。鼻や口は、 季節季節の新鮮なものを食べればよい。 誰でも、身の回りに楽しめることは、 幾らでも転がっている。「おもしろきなき世を おもしろく」は、長州藩士、 高杉晋作の辞世の歌である。彼が死ぬ間際に、そばにいた野村望東尼 (福岡の女流歌人)が受けて、「すみなすものは心なりけり」と下の句をつけた というが、成るほど上手い歌である。いずれにしても、ゲーム化した段階で、 自分を客観視する冷静さを持つことになる。何が起きても「その時は、その時。 それも、また娑婆経験」と、魂が、自分の心に語りかける冷静さこそゲーム化で 身に付けることで可能になる。 人生を振り返ると、全く下手なゲーマーの自分 が見えてくる。そういえば、最近、「人生ゲーム」というゲームがマスコミで 話題になっている。ウィキペディアによると、 【原型は1860年ごろ、イギリスの印刷業の社長Milton Bradleyによって考案 された「The Checkered Game of Life」。日本版は、1968年、株式会社タカラ (現タカラトミー)から発売された。タカラトミーの発表によると、日本版の 累計出荷数は 1000万個を超える。 ゲームシステムは、双六の発展形。 ゲーム序盤のルーレット目によって「人生の筋道」が決まり、その後の人生が 左右されていく。プレイヤーはサイコロではなく「ルーレット」を回し、 人の一生になぞらえたイベントをこなしていく。現在でも改良版が発売されて いる、息の長いゲームである。】 面白そうなので、一度試してみたいもの。 v
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| 6960,映画観賞 〜『 Fukushima 50 』 |
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2020年04月04日(土)
この時節、福島第一原発と重ね合わせたいと観ることに… あの時に、もし福島・第二原発が爆発をしていたら、死者が数十万人も出る 瀬戸際だったことを、この映画で知った。私の住む長岡市は、その境界線上に。 この映画を観る動機が、現在の日本が、これから起こる大津波の前夜に似て いるため。原子炉の溶解と、爆発が国内の新型コロナの爆発と酷似ている。 それが、アメリカのニューヨーク州と、関東首都圏である。イタリア、スペイン では既に医療崩壊が起こって、手が付けられない実体がTVニュースでリアルに 報じられている。阿部首相と小池都知事は、東京オリンピック開催を優先 して、初期に決断すべき手立てが遅れさせてしまった。トランプ首相も、然り。 これで権力維持は消えてしまった。これから、日本でも数万、数十万の死者が 出るなど、現在の日本人には想像が出来ない。しかし、隔日に初期の封じ込み 失敗のツケは何倍になって襲いくる。大地震が中国で、欧州に、そして連鎖して アメリカで起こった。その連鎖が、現在、日本に襲いくること必定。 映画館のドラマそのものが、私たちの現実に襲いかかっている。 前回の 「3・11 東北大震災が、映画のごとく様相で事業清算の直接原因になった。 肌で直に経験したため、諦めがついた。生活が可能であるだけ、有難いと。 立ち位置が少し良かった人たちには、その諦めこそが最重要要素と分からない。 何とも、それが面白い。そして、自滅。この事態は、私にとって、日常である。 「枝葉を切って、根を養え」という、大自然からの警告。、 原点に立ち戻って、現在を見つめ直せ>ということ。「志村けん」を人身御供 とした自然からの警告である。 温暖化を甘くみたトランプを大統領にした シンジケートに対した警告。欧州のEU推進派系に、中国の利益第一主義に対し、 問いかけたもの。何が東京オリンピックか! 何がアスリート・ファーストか。
≪ :解説: 『Fukushima 50』 2011年3月11日に発生した東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故で、 未曾有の事態を防ごうと現場に留まり奮闘し続けた人々の知られざる姿を描いた ヒューマンドラマ。2011年3月11日午後2時46分、マグニチュード9.0、最大震度7 という日本の観測史上最大となる地震が起こり、太平洋沿岸に押し寄せた巨大 津波に飲み込まれた福島第一原発は全電源を喪失する。 このままでは原子炉の 冷却装置が動かず、炉心溶融によって想像を絶する被害がもたらされることは 明らかで、それを防ごうと、伊崎利夫をはじめとする現場作業員や所長の吉田昌郎 らは奔走するが……。現場の最前線で指揮をとる伊崎に佐藤浩市、吉田所長に 渡辺謙という日本映画界を代表する2人の俳優を筆頭に、吉岡秀隆、安田成美ら 豪華俳優陣が結集。「沈まぬ太陽」「空母いぶき」などの大作を手がけてきた 若松節朗監督がメガホンをとった。≫ 【 〜ビュアー コメントより〜 9年前、TV中継を目にする私は、あそこに命がけの人々がいることを知りながら、 頭でその意味を理解するのを避けていたように思う。本作は等身大の人間の行動 や感情を突きつけ、同じ血の通った人々が身を投じていたことを改めて伝える。 見ていて怖かったし、結果が分かっているのに震えた。もちろんこれは状況の ほんの欠片に過ぎない。他にも様々な立場の方々がいらっしゃるし、本作に ついても様々な感想や指摘があるはず。我々は今後もできる限り「知りたい」 と求め続けねばならない。そう強く感じさせる一作だった。】 ― ▼ あれよあれよと、事態が深刻になっている。日本全体が凍りつき、その目は 外国の現場の様相に…。その意味で、この映画は、タイミング的にベスト。 今朝のネットニュースでも 《 ♢ 在日米大使館 帰国を強く促す 在日アメリカ大使館は4月3日、日本に滞在するアメリカ国民に対し、帰国を 強く促す文書をホームページ上に掲載した。その中で、「幅広く検査をしないと いう日本政府の決定によって、新型コロナウイルスの有病率を正確に把握する ことが困難になっている」と指摘した。同盟国のアメリカから、日本の検査不足 が指摘される形となった。… 》
・・・・・・ 6593,閑話小題 〜技術的特異点 2019年04月04日(木) * <2045年、技術的特異点> 再び! 元号のキーワードでネットサーフィンをしている過程で、次期天皇が81歳位 まで在位なら、その時節が2045年。とすると、令和の25年は、シンギュラリティ (特異点)の『2045年問題』が最重要問題のテーマ。 一年一年の科学技術が もたらす情報機器の進化が社会を根底から激変する時代。それが社会的大問題 を生じることになる。知れば知るほど恐ろしくなる。 8年前の65歳から有り余る隠遁生活の中で、留まることのない情報端末の進化 を目の当たりにし、10年後の先読みなど到底、不可能。それもAIの進化など想像 を遥かに超えた領域。あと2年と割切っていたが、あと7年を目安に切替えた方が、 面白そうと、ここにきて思うように…。 この問題をテーマに2016・12月に数回、書いてあった。(後でコピペ) これは、その補完の内容。 読返し、改めて考えさせられた。 <特異点を理解して、自分の人生になにがもたらされるのかを考え抜く人を、 「特異点論者」というが、老化の胸突き八丁を乗越えて、少しでも、その一端 になりたいが… 少し早く生まれてしまいましたか。 「資産階級」に対する 「無産階級」を捩ったような「無用者階級」が新たに生まれてくる。 その逆は、「ホモ・デウス」、超人類の誕生。人工知能とバイオテクノロジーで、 人類は神に昇格する。乗り遅れた人間は、格差が進み就労不能な、欲望すらAIに 支配される無用者階級の誕生である。復習を兼ねて改めて、その予測をみると… 【 ーレイ・カーツワイルの予測ー 2045年問題とは西暦2045年にコンピューターの能力が人類を越えるという予測 があり、それによって起こるさまざまな問題のこと。人工知能(AI)が自らを規定 しているプログラムを自身で改良するようになると、永続的に指数関数的な進化 を遂げる。この結果、ある時点で人間の知能を超えて、それ以降の発明はすべて 人間ではなく人工知能が担うようになり、それ以降の進歩を予測できなくなる。 (人間がいくら考えても想像ができないレベルに達する。) ―ヒューゴ・デ・ガリスの予測― オーストラリアの人工知能学者 デ・ガリスは、人工知能は急激に発展して、 シンギュラリティが21世紀の後半に来ると予測。その時、人工知能は人間の知能の 1兆の1兆倍(10の24乗)になると主張している。デ・ガリスは、この人間の脳の1兆 の1兆倍の能力をもつコンピューターは、将来、角砂糖1個くらいの大きさになる、 と言っている。それを人間に貼り付けると、人間の知能は10の24乗倍になる。 ※人間の脳の細胞は10の11乗個あるといわれている。ひとつの脳細胞から シナプス(神経細胞と神経細胞の接合部)が1万本(10の4乗)でているとして、合計 10の15乗本。それらが10ヘルツ、つまり、1秒に10回スイッチングすれば、1秒間に 10の16乗回演算できる。それが人間の脳の性能とみなせる。将来のコンピューター が10の40乗で、人間の脳が10の16乗。 この違いが、10の24乗倍、すなわち、 1兆の1兆倍になる。】 ― ▼ プロ野球のイチロウ、大谷、そして将棋や囲碁の天才少年・少女が現に現われ 出ている。これは親がかりで出来てくる。内には大きな谷底を抱えているが、 それより、その高みから見える世界は格別の筈。 〔 上をみればキリがない。下をみれば底がない。横をみれば情けない 〕 なんて悠長な言葉が死語になる。殆どが「無用者階級」の方が、生き易そう? <何か奇跡的なほど良い時代を味うことが出来て、得した?ようだ> ―――― 2016/12/02 大格差 〜書評 ー「大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか」 タイラー・コーエン (著) 一月ほど前に、<技術的特異点『人工超知能が人類を超える』台場時生著> の書評、【2045年問題=汎用人工知能、あるいは「強い人工知能」や人間の 知能増幅が可能となったときに起こるとされる出来事であり、ひとたび優れた 知性が創造された後、再帰的に更に優れた知性が創造され、人間の想像力が 及ばない超越的な知性が誕生するという仮説。すなわちこのままの人工知能が 進化し続けれると、2045年が『技術的特異点』の年になる。】を書いていた。 この書は、この論の延長上にある。これらの周辺産業などに従事した人は、 よりリッチになるが、単純作業のワーカー層や中間層の仕事はロボットなどに 置換えられて、一部の人たちに総取りをされる時代の到来を論じている。 〜まずは、Amazonの内容紹介〜 《 * テクノロジー失業に陥らないために何をなすべきか? 近年の世界的富裕層と貧困層の格差拡大の根底には「経済のグローバル化」 「テクノロジーの進化による生産性の向上」「停滞した産業と活力のある産業 の二極化」という抗うことのできない変化がある。 本書は、飛躍的な進化を遂げるテクノロジー=機械の知能に注目し、技術革新 が未来の雇用・所得・ワークスタイルに与える恐るべき影響を徹底検証する。〉 〜書評の書込みには、 《 チェスでコンピュータと協業できる人が最強になるという例えがきわめて 説得的な論理を展開している。そして、人々は、大きな政府の福祉国家よりも、 自分の可処分な金を保持する生き方を好むという点も説得的である。 (大きな政府が、人々の幸せに奉仕するためには、官僚機構が民主主義の原則 に従って多数の市民に奉仕する公僕で構成されなければ不可能である。現状は 原子力ムラ、土建ムラ、安保ムラなどの特定利権組織に国民の富が浪費される。 日本に多額の税金を市民の幸せのために使う官僚機構が実現できるとは思えない。 高福祉社会は北欧の市民社会・官僚機構だからこそ成功しているのだ) 《 60年代・70年代という中流層が厚かった時代が特異な時代であって、 中世のように「格差が大きい時代」に落ち着く(P.303)の説明も納得できる。 日本でも、第二次大戦以前は過半数の農業従事者の間に地主−小作関係、都市 でも少数の経営層(ホワイトカラー)と多数のブルーカラーがいた。 その階層が、生まれや幸運によって位置づけられていたのが、機会は均等に 与えられていて、あとは本人の集中意欲の有無によって成否が分けられる社会 になる、ということも納得できた。 その他、政府の財政不均衡も解決しないだろうという予測も説得力がある。 総じて、平易に洞察を説いているからこそ、力がある。現実を見るにつけ、 パンとサーカスの時代は古今東西不変なのかと思ってしまう。 》 ―― ▼『自動運転車』が、そう遠くない未来に可能とは今でも信じられない。 これを世界中の大企業、政府が全力をあげ取組みだしたという。運転には あらゆる情報判断が必要だが、それに向けた知能を開発するプロセスで想像 を絶するノウハウが開発される。その応用が、職場レベルに降りてくる。 コスト面からすると、明らかにロボットが人間より効率が良くなる。とすると、 30年先でなく、年々、時代が激変することに。そして、現に激変している。 気づかないのは99・9%の人たち。 その一人が「私!」 今さら遅いか!
―――― 5717,技術的特異点 〜�� 2016年11月09日(水) 『人工超知能が人類を超える』台場時生・著 * 2045年が『技術的特異点』の年 図書館で借りた本に「技術的特異点」たる言葉があった。 NHKスペシャルで、昨年の1月に『ネクストワールド』の5回シリーズで、 このテーマを取上げていたとあったので、早速、Youtubeで見てみた。 番組では2045年の世界が、どのようになっているかを予測し、ドラマ仕立て に構成をしていた。例えば、平均寿命が100歳になっているとか、人間より はるかに賢いバーチャル犬が、ドラえもんのように我々の生活をサポート してくれたり、アンドロイド(人間型ロボット)が会社で働いたりしている。 〜「技術的特異点」を‘ウキィペディア’で検索すると、以下のとおり。 ≪ 技術的特異点、またはシンギュラリティとは、人工知能が人間の能力を 超えることで起こる出来事とされ、テクノロジーが急速に変化し、それにより 大な影響がもたらされ、人間の生活が後戻りできないほどに変容してしまうと する未来予測のこと。未来研究においては、正確かつ信頼できる、人類の技術 開発の歴史から推測され得る未来モデルの限界点と位置づけられている。 =概要[編集] 技術的特異点は、汎用人工知能、あるいは「強い人工知能」や人間の知能増幅 が可能となったときに起こるとされている出来事であり、ひとたび優れた知性が 創造された後、再帰的に更に優れた知性が創造され、人間の想像力が及ばない 超越的な知性が誕生するという仮説である。 フューチャリストらによれば、 特異点の後では科学技術の進歩を支配するのは、人類ではなく強い人工知能や ポストヒューマンであり、従ってこれまでの人類の傾向に基づいた人類技術の 進歩予測は通用しなくなると考えられている。 この概念は、数学者ヴァーナー・ヴィンジと発明者でフューチャリストの レイ・カーツワイルにより初めて提示された。彼らは、意識を解放することで 人類の科学技術の進展が生物学的限界を超えて加速すると予言した。 ここで意識の解放を実現するさまざまな方法が提案されている。カーツワイル はこの加速度的変貌がムーアの法則に代表される技術革新の指数関数的傾向に 従うと考え、収穫加速の法則と呼んだ。 特異点が現実化するかについては議論が 続いているが、多数の人がこの予測を肯定的に捉え、その実現のため活動している。 一方で、特異点は危険で好しくなく、あってはならないと考える人々もいる。 実際に特異点を発生させる方法や、特異点の影響、人類を危険な方向へ導く ような特異点を避ける方法などが研究されている。≫ ▼ 東京下町に住む従兄が、地元の従兄の通夜の御斎で、話すには、 『私は84歳で進行ガン。あと10年後に生まれたかった。これからの10年が、 一番面白いのに。現在4Kビデオに凝っていて、三台を持っている。私の一生は、 写真・映像を写し撮ることに特化してきた。4Kで一度撮ったビデオを4kTV で見ながら、ベストの一瞬を切取りとった写真が何とも良い。ドローンに、4K ビデオカメラを乗せて自然を思う存分、撮りたい・・』と、目を輝かせながら 語っていた。 技術の進化が留まることなく続いている一コマの事象になる。 ―――― 5724,技術的特異点 〜�� 2016年11月16日(水) 『人工超知能が人類を超える』 台場時生・著
カーツワイルの技術的特異点について、さらに知りたいので、 ネット検索すると、以下のようにあった。
≪・「特異点とはなにか。テクノロジーが急速に変化し、それにより甚大な 影響がもたらされ、人間の生活が後戻りできないほど変容してしまうような、 きたるべき未来のことだ。それは理想郷でも地獄でもないが、ビジネス・ モデルや、死を含めた人間のライフサイクルといった、人生の意味を考える うえでよりどころとしている概念が、このとき、すっかり変容してしまう。 特異点について学べば、過去の重大な出来事や、そこから派生する未来に ついての見方が変わる。特異点を正しく理解できれば、人生一般や、自分自身 の個別の人生の捉え方がおのずと変わるのだ。特異点を理解して、自分自身の 人生になにがもたらされるのかを考え抜いた人を、「特異点論者」と呼ぼう。」 ・「特異点〜人間の知能が、非生物的知能と融合して、何兆倍も拡大するとき〜 が これから数十年の間に到来する」 ・「2030年代初めのコンピューティングの状況は、特異点ではない。 まだ、われわれの知能を根底から拡大するまでには至らないからだ。 しかし、2040年代の中盤には、1000ドルで買えるコンピューティングは 10の26乗cpsに到達し、一年間に創出される知能(合計で約10の12乗ドル のコストで)は、今日の人間の全ての知能よりも約10億倍も強力になる。 ここまでくると、確かに抜本的な変化が起きる。 こうした理由から、 特異点― 人間の能力が根底から覆り変容するときは、2045年に 到来するとわたしは考えている。 非生物的な知能が2040年代半ばには 明らかに優勢を占めるにしても、われわれの文明は、人間の文明であり 続けるだろう。生物を超越はするが、人間性を捨て去るわけではない。」≫ ―― ▼ 現在でも、その一端をみることが出来る。2045年といえば29年後とすると、 29年前の1987年から現在を予測できただろうか。現実はSF学者でも想定外。 ソ連連邦と東側の共産圏の崩壊。中国の実質資本主義化。中東の戦乱。 IS国というSF小説並みのテロ組識の発生と、地域支配と主要都市への攻撃。 それらの背景の一つが情報革命。最新の情報機器が安価に一般大衆が手にする 時代の到来。これを遥かに超えたテクノロジーの進化が、想像を絶した世界に 変化させていく。それ以前に、世界が消滅?考えただけでも恐ろしいが、面白い? あと10年、特異点に近づいた世界をみたくなってきた。
―――― 5725,技術的特異点 〜�� 2016年11月17日(木) 『人工超知能が人類を超える』台場時生・著
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2020年04月03日(金)
* この語源について 一昨日は【4月バカ】… そう、エイプリルフール。新型コロナ騒ぎで、 あまり話題にならなかった。起きている現実こそ、非現実のような様相。 ジョークで笑い飛ばせる事態でない。学生時代に寮生活の日常で、この手の エピソードも当然あった。 今回は、その語源をテーマにするが、これは 世界中で昔からあった遊びの一つ。 〜ウィキペディアによると〜 ≪ その昔、ヨーロッパでは3月25日を新年とし、4月1日まで春の祭りを開催 していたが1564年にフランスのシャルル9世が1月1日を新年とする暦を採用。 これに反発した人々が、4月1日を「嘘の新年」とし、馬鹿騒ぎをはじめた。 ◉ インドで悟りの修行は、春分から3月末まで行われていたが、すぐに迷いが 生じることから、4月1日を「揶揄節」と呼んでからかったとする説もある。 この説によれば、インドの「揶揄節」が西洋に伝わったのがエイプリルフール、 中国に伝わったものが「万愚節」になったという。 ◉ イングランドの王政復古の記念祭オークアップルデーに由来する説がある。 ◉ フランスではエイプリルフールを Poisson d’avril(4月の魚)といい、 子供達が紙に書いた魚の絵を人の背中にこっそり張り付けるいたずらをする。 この『4月の魚』とはサバのことを指すと言われ、丁度この頃にサバがよく 釣れるためこう呼ばれるとされる。 ◉ 日本には大正時代に欧米のエイプリルフールが伝わったが、前述の中国の 「万愚節」が江戸時代の日本に伝わり「不義理の日」と呼ばれていた説もある。 しかし、暦の都合上正確には4月2日が本当のエイプリル・フールであり、 4月1日に嘘をつく人々は暦に騙されているということになる。 ≫ ― ▼ ジョークで済まされない事ほど効果がある。それが許されるのが学生時代。 先日、ここでテーマにした「志村けん」…そこに居るだけで笑いを誘った男。 一番圧巻が…自家用車がリムジン。そして麻布・六本木の豪遊。 それだけで 笑いを誘う材料になるコメディアンの役得である。冷笑対象そのものが何とも 味がある。年に一回、公然と笑いで済ませる嘘がつける日。それが出来ない 事態の、この「新型コロナ」。 …それにしても深刻である。 ・・・・・・・ 3660,音信不通だった友人から連絡が! 2011年04月03日(日) * 5分の差で助かった 学生時代の友人の奥野和夫さんから、昨日の午後に電話が入った。 安否を知るために、宮城県亘理町の住所先に葉書を出していた。 それが昨日になって本人の手元に届き、電話をくれたのである。 彼の話の概要は! ≪ 妻が病院に行くのに付き添った後、自宅に帰ってきて、たまたまTVを 見ていたら、激しい地震が襲ってきた。それが長い時間にわたり続いたが、 急にTVの画面が変わって6メートルの津波が押し寄せるという緊急の内容。 直ぐに6Mより10Mに変わったのをみて、着のみ着のままで自動車で高台の 方面に向かった。しかし、道路は渋滞で前に進まない。そこで機転をきかせ 農道に回ったが、そこも渋滞。その間に余震が激しく前に進めないほど。 それでも何とか高台に辿り着いた後の5分後に大津波が襲ってきたという。 その後、避難所に行ったところ数百人の先客がいて寝れる状態ではない。 そこで車中で一晩過ごしたが、着の身着のままのため、寒さがきつい。 暖房もガソリンが無くなるので、一晩中、5分ごとにエンジンをつけたり、 止めたりして過ごした。朝までの時間が非常に長く感じた。水洗トイレは、 ボランティアの中高学生が水を近くの川から次々と運んでいた。 命は助かったが… 妻が病のため、避難所では悪化の可能性がある。 ふと30分の所に前の会社の先輩が住んでいるのを思い出し、そこに9日間、 避難させてもらった。そのうちに群馬の実家の兄に連絡がつき、車でガソリン を新潟県経由で持ってきてもらい、何とか兄のいる実家にたどり着いた。 最近になって道路が復旧してきたので、自宅を見てきたが、1Fが海水の泥で 滅茶苦茶のため、廃材処理の手続きをしてきた。命一つでも助かっただけ充分! 火災保険に入っていたが、地震保険には入ってなかった。 ≫ ー以上が、彼の15分間の電話内容。一つ判断を間違えれば助からなかった。 住所の亘町荒浜は仙台飛行場の南下に位置し、阿武隈川の河口にある。 終の住処を、そこに選んだことに羨ましさを感じていた。それが、まさか・・ それでも命が助かっただけでも喜ばなければなるまい。 他人ことではない、まさかまさかの日々。
・・・・・・ 6592,閑話小題 〜平成元年は西暦1989年 2019年04月03日(水) * 和歴の話 この時節なればこそ話題になる。私の両親は明治生まれ。連合いの両親は 大正生まれ。元号が変わると、昭和生まれ、それも20世紀前半生れは、大年寄り のような…
そこで、和暦を西暦年を調べると〜 <1989年・平成の和暦:「昭和64年は1月7日まで、平成元 年は1月8日から」 1926年・昭和の和暦:「大正15年は12月24日まで、昭和元年は12月25日から」 1912年・大正の和暦:「明治45年は7月29日まで、大正元年は7月30日から」 1868年・明治の和暦:「明治元年は1868年、大政奉還前は慶応 > ― 大よそだが、明治が45年、大正が15年、昭和が64年、平成が31年になる。 今度の天皇は年齢からみて25年が目安とみると、西暦2044年の御退位?の頃は、 世界は激動の真只中。 シンギュラリティ(特異点)の『2045年問題』の時節で、「人間の頭脳では予測 不可能な未来の始まり」であり、その到来は2045年と予測されていることから、 2045年問題とも呼ばれている。人工知能が人類の知性を超えた場合、核兵器以上 の『脅威』との懸念もある。 <優れた人工知能が一度創造されることで、再帰的に更に優れた知性が創造され、 人間の想像力が及ばない超越的な知性が誕生するという仮説。> それが現在では、2029年には起こるのではないのかとも。
和暦の話から、少し逸れたが、その意味では『令和』は、時代を読んだ元号と 言えるのかも? ということは、やはり、少しでも、この時代を長く生きて いたい! いや現在の情報端末で、世界を可能な限り、広く深く知りたい! ということ。 再び、この『令和』の時代の最大問題になる『自然災害』と、 『2029年、2045年問題』について掘下げたい。とりわけ、令和10年時点の 特異点まで起こる現象を… ホモ・サピエンスから、ホモ・デウスの姿を! とりわけ、人間と超知性(AI)との関係を。
・・・・・・ 6229,閑話小題 〜 <「場」は未来からやってくる> 2018年04月03日(火) <『生きる勇気 死ぬ元気』 帯津良一&五木寛之、p115 > * 「場は未来からやってくる」 〜「場」をネット検索によると、 《場(ば)、英語: fieldという。工学分野では電界・ 磁界など界ともいう。 (界)とは、物理量を持つものの存在が、その近傍・周囲に連続的に影響を 与えること、あるいはその影響を受けている状態にある空間のこと。》と…。
例えれば大相撲の立合いの一瞬や、野球の投手とバッターの対決の「場」を 想いうかべると、解りやすい。確かに未来が瞬時、現在にさま変わる。 私のルーツはビッグバン。 死はブラックホールのような世界? ― 【帯津】 私、東大名誉教授で場の研究所の清水博先生を尊敬しているんですが、 先生が、昨年の秋に親鸞仏教センターの会で、「場は未来からやってくる」 ということをおっしゃったんです。 【五木】 ほう。場は未来からやってくる。 【帯津】 われわれは、環境という「場」のなかの存在です。家庭、学校、 職場、地域、自然環境、国家、地球、宇宙、そして虚空などの場のなかに 重複しているのです。これらの場は、宿命的な場ともいえます。嫌だから といって、そうやすやすと逃げ出すわけにはいかないのです。 【五木】 なるほど。 【帯津】 私たちは、毎日、場のなかを移動しながら生きているわけです。 たとえば宿命的でない一時的な場となると「広場、市場、酒場」、さらに 修羅場、正念場」とさまざまです。そして、われわれはいつもいずれかの 場に身をおき、ひとつの場を去るときは、新しい場を迎えるときです。 【五木】 なるほど。 【帯津】 いま、こういう場に五木さんと私がいて、対談が終わると車に乗り 家に帰り、また仕事場や一時的な場に入るというように。清水先生は、 「自分を固定してみると、場が未来からどんどんやってくる」とおっしゃった んです。それを聞いて、先生はずいぶん上品におっしゃったなあと思いました。 【五木】 というと。 【帯津】 私には、「場は未来からおそいかかってくる」という感じなんです。 それで、おそいかかってくいる場を「予感」と「直観」で選別し、取捨 選択している。いい場だったら、そこに居すわってみよう、悪い場だったら、 体をかわしてやりすごそうと。そういうことを予感と直観でやっているんだ と思うんです。それが、われわれが生きているということでして、つぎつぎ 襲いかかってくる場を、かたづけながら進んでいると、最後にかならず死後 の世界が来るんです。永遠に生きるというわけじゃないですから。 そうすると死後の世界いというのは、信じる信じないじゃなくて、かならず 来るものとして、覚悟してこれを迎えなきゃならないと思うんです。 【五木】 まさに覚悟ですね。自分を固定して考えると、いろいろな場がどん どんやってきて、状況をつくりあげていきますから。 【帯津】 ええ。また、清水先生は、不安というのは、突きつめれば自分の 居場所がなくなることだとおっしゃっているんです。 死の不安とは、 この世に自分の居場所がなくなることですけれど、この世ではなくなっても、 あの世には、居場所があるとわかれば、死は、こわくなくなります。 かえって楽しみのようになります。 【五木】 いやあ、そう考えれば、こわいものではないですね。死後の世界は あるかないか…ではなくて、かならず来るものとして覚悟するというのは、 いいことですね。「絶対ある」と覚悟したほうがすっきりする。 【帯津】 ええ。2年前に40代後半の若さで亡くなった哲学者の池田晶子が、 「池田は死ぬけど、私は、死なない」と書いていたけれど、要するに「池田」 とレッテルをはられた自分の肉体はほろびるけれど、命はずっと存続し つづけるということでしょう。どうも、この考えかたが、私にはあたってる ような気がしてしょうがないんです。 夏目漱石も、死後の世界はあると考えていたようで、「死んでも自分はある。 しかも本来の自分には、死んで始めて還れるのだと考えている」と、門下生 への手紙で書いていますね。 【五木】 なるほど。 ― ▼ 10年前に、自分の死期を75歳に定めた。その時から逆算して、その時点時点 に何をしておくべきか考えて行動指標にしてきた。その時点時点が、「場」に なり、死の瞬間のブラックホールのエネルギーの力が加わったような。 それぞれの人にとって、「死」が最大の『場』になる。 我々が住む宇宙は138億年前のビッグバンから生まれた。その中に星の消滅など でブラックホールといわれる、吸込まれると二度と戻ることが不可能な穴。その 行先が他宇宙で、11次元の世界という。〔死〕とは、その穴そのもの? その 他宇宙が、あの世と考えたくなるが、そんな訳はない。変な物体が消滅するだけ。 直径276億光年の時空を持つ我々宇宙の外に、「10の500乗の多宇宙」が存在とは、 考えるだけで楽しくなる。それらも、『場』である。あの世も、この世も、同じ。 こうも言える、「いま、ここ、私」の刹那刹那が、『場』。 「生まれて死ぬまでの生涯が、私の人生の場」。その周辺の暗闇の一点の光を 愛おしく見つめるのが追憶ですか。 追:7年前の、以下の文章からして、友人の場合の(場)の意味が読取れる。
・・・・・・ 5497,幸福 〜あなたはなぜ満たされないか ―池田晶子の言葉 〜�� 2016年04月03日(日) 『幸福に死ぬための哲学―池田晶子の言葉ー』池田 晶子(著), 〈幸福 ーあなたはなぜ満たされないか〉 * 人は何ゆえに満たされないのか? 《 幸福」の名で、反射的に、人は「暮らし」もしくは「暮らしぶり」と 思ってしまう習性それ自体が、実は見事に不幸を示している。幸福の言葉で、 あれこれ中身を考える人の不幸は、そこに比べる心があるからだ。自分の幸福 に完結している魂が、どういう理由があって、他人のそれを気にするのだろう 》 ☆「暮らしぶり」とは、生活水準や、その満足感をいうが、それは幸不幸に 関係ない。要するに、充実感を持ちえるかどうか? 振返ってみて、どん底 と思っていた、正に、その時が、実は一番充実していた。どん底と思うという ことは、その下がないから、底を蹴り上げることが可能になる。 ―― * 人を愛せないと悩む人へ 《 愛する人がいないから幸福になれない、と思い込んでいるから、 あなたは不幸なのです。どうして他人がいなければ、あなたは幸福に なれませんか。他人がいなければ幸福になれないというまさにそのことが、 「愛する能力に欠けている」というそのことなのです。だって、 自分を愛することができない人が、どうして他人を愛することができますか。 愛のない人が、どうして愛することができますか。すべては順序が逆だった ということに、気がつくことが、始まりですね。》 『人生は愉快だ』 ☆ 学生時代から50年、早朝の読書が私にとってベストの習慣だったと、 実感する。最後に残ったのは、読書を含めた行蔵と、習慣だけ。人は、 知っている範囲しか知りえない。そして、知っている他者の知識については 知りえないため、誤解する。それが小さく、浅いほど、その分厚いレンズは 歪んでいる。他者との触媒は必要だが、それは読書でも可能。身近に、 「友人が出来ない。孤独だ!」と、愚痴をいっている人が多い。読書の深読み が出来てない。そのこと自体が、友人が近寄いてこない理由に気づかない。 ―― * どんな困難に出合っても 《 どんな生活、どんな職業であっても、生きている限り、不幸は必ずやって くる。つらくて苦しくて、自分はなんて不幸なんだろう、そういう時は誰に でも必ずやってくる。だけど、不幸は、いかにそれが外からやってくるものの ように見えても、やはりどこまでも自分の心が作り出しているものなんだ。 不幸だと思うその心が不幸なんだ。幸福だと思うその心が幸福なんだ。 幸福も不幸も自分の心のありようなのだということを忘れさえしなければ、 これからの人生、どんな困難に出合っても、君は幸福になることをあきらめず にいられるはずだ。》 『14歳の君へ』 ☆「 ポジティブ3に、ネガティブ1の割合が、幸福の状態。逆に、 ネガティブ3に、ポジティブ1の状態が不幸の状態」と割り切って、幸福の 状態におく幸・不幸管理をすれば、どんな困難にも立向かえる? これは生活 習慣のデザインから始めなければならない。そして、一つずつ積上げなければ ならない。そう簡単に人は前向きになれはしない。 ・・・・・・ 4767,閑話小題 ーさあ、ミニ書斎をつくろう! 2014年04月03日(木) * 書斎は、自分の壺中! 3年前のリタイアで、まず考えたのが自分の居場所。それまで仏間の一角に 本棚と机を置いていたが、ほぼ座ることはなかった。家では、早朝に起きて、 本を読むか、ノート型パソコンでブログを書いていた。仏間の一角は、あくまで、 そのための予備コーナーの場でしかなかった。また通勤の新幹線の往復一時間の 座席も、大事な読書空間。高速の移動空間は、脳にとって最適だが、この様。 更に会社の事務所も、訪れる人も少なく、ここも書斎空間になっていた。 しかし、リーマンショックで、リタイア時期が三年早く到来してしまった。 一挙に失われた会社の事務所と新幹線の時空間が必要になって、倉庫と仏間の 一角に移動することになる。もともとあった机と書棚に、サイドテーブルを設置、 事務所のパソコンと、ミニコンポ小型書棚を移動した結果、そこは私の最適空間に なっている。今では早朝に2〜3時間、午前9時半〜12時まで、5時間はいる。 ここは心の落ち着く自由空間で、我ながら気にいっている。音楽をBGにて、 自由気ままに、読書をし、ブログを書き、ネットサーフィンをし、瞑想をしたり。 男には趣味に没頭できる空間が必要。先日、図書館で文庫本のコーナーで偶然、 『ミニ書斎をつくろう』杉浦 伝宗 (著)を見つけた。立読みだったが、 「書斎が無理なら、ミニ書斎をつくりなさい」には、全く同感である。 私の空間は、仏間の半分の、2m四方の4平米だが、著者の目安は1・3m四方。 私の一歳下の団塊世代が、一斉に停年になって家に入っているが、問題が居場所。 著者は狭小住宅を手がける建築家で、1畳・1万円の予算から、階段下や寝室の 一部などの空きスペースを書斎化するアイデアを提示している。 流し読みで、 面白いと思ったのが、「ミニ書斎は壺空間」。自分独りのシェルターの確保こそ、 粗大ゴミと蔑まれる我身の守るため必要なことである。もう一つ、電子書斎が あれば、その空間は更に良いものになる。オタクもいいところだが! 「大不況には本を読む」(橋本治著)を、借りてきた。ネットの検索に、 「ミニ書斎 写真」と入れたら、面白いものが多くあった。私のミニ書斎 と共に、ヤフーブログに載せたが、理想的な良いものが多くある。 ・・・・・・ 5862,閑話小題 〜春うらら 2017年04月03日(月) * 春うらら ★ 寒さのせいか、庭の梅の花が今だ咲き始めてない。あと数日で開花する のだろうが。 昨日の早朝、去年11月末以来の年明けの信濃川土手への チャリをと支度を終えて自転車に乗ろうとしたところ、後輪のタイヤがパンク のため、急遽、中止。ひと月前に、家内の自転車の空気入れを頼まれたついでに 空気を足したが、何で今になってパンク? 『誰かが悪戯で?…』と考えたが、 ワザワザするわけもなし。明日にでも修理に行く予定だが。さい先が良くない。 ★ WiFiが、この一週の間、変調をきたし、iPadとTVのネットが繫がらない。 様ざま試みたが無理と、メーカーに電話をしようとした矢先、金曜にiPadが、 土曜日にTVのネットが何故か正常になった。 原因が分からず、先週は鬱々と した日々… それにしても如何して? 最悪の場合、6千円の派遣サービスが あるとHPにあった。で、改めて、4kTV映像と、アンドロイド機能の凄みに驚い ている。世界的ブランド・メーカー同士の熾烈な競争の中で、果てしなく機能 進化をしているTVと、ネット世界。 寝室のTVのスイッチを入れた瞬間、寝室が別宇宙空間に様変り。これでは、 大新聞、テレビ局などのマスコミの将来は暗澹たるもの。個人が企画をたて、 自撮り映像を世界に向けて直接、売り込む時代。「ピコ太郎」が、その一例。 最近、話題になったのが、新婚旅行の思い出撮影に、4kカメラ+ドローンの 自撮り空撮映像を、観光先からネットに現在進行形で載せた企画が大当たりを 云々… 等が、次々とネットに現れている。 巨人戦など野球中継を観客席 視線の生中継も可能。 とすると、様々な生現場中継を見ることが可能の時代 に入ったようだ。
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2020年04月02日(木)
* ウィルスが変容して5〜10倍の凶悪 この数日来、感じたのが、<北部イタリアから、フランス、スペインに拡散 している新型コロナの拡散速度がチョット異常過ぎないか?> ということ。 コロナ菌には二種類あって、悪質なのが、欧米で拡散したのでは?という疑念。 今日のテーマを書上げた後、翌日のテーマの下書きにとネット・サーフィンを して見つけたのだ、以下の内容。『…ウィルスが変容して5〜10倍の凶悪の タイプに変容したのでは?』という、驚くべきレポートを見つけた。 そこで、差替えて、今日のテーマに。
【 新型コロナウイルスが欧州で急拡大を続けている。厳しい「戦時体制」の対策 を敷いて2週間にもなるのにだ。東・東南アジアとここまで違うと、ウイルスが 変異して、より凶悪なタイプに変わったのではないかという疑いが出てくる。 拡大外出が原則禁止され、普段は混み合う道路は車がほとんどなくなった。 ウイルスは変異を起こしやすいものの、そのほとんどはウイルスの性質を変え ない微細な変異だ。 イタリアの公的機関も遺伝子解析の結果から「COVID-19は 事実上の変異は起こっていない」と発表している。だが変異が小さいからといって、 危険度が変わらないとは限らない。既にSタイプとLタイプという毒性の大きく 異なる2種類が見つかっているのだ。だから、現時点で流行している「欧州型」が どこまで危険なのかはぜひとも知りたい。 …以前ギランバレーで3カ月間人工 呼吸器のお世話になり、今も身障者で、今年還暦の私はリスクグループに属する わけで、この情報がないのは困るのである。しかしどの公的機関も危険度について 発信していない。そこで、自分で調べてみることにした。その結果は、欧州型が 東・東南アジアのCOVID-19と別物というべき危険度を持っていることを示していた。 ☆ 情報がないなら、公開データから推定せよ 私は地球太陽系が専門で、医療の部外者だ。COVID-19に関する詳しいデータは 手に入らない。 でも、感染者数と死亡者数だけは多くの機関が公表しており、 それを解析することはできる。地球太陽系科学者は異なる種類のデータの比較を 日常茶飯事に行なっているわけで、国ごとに異なった基準で求められた数値の 客観化は難しくない。もちろん正確な値は求められないが、 (1)感染力と(2)死亡率の国ごとの相対評価はできる。 】 ― ― ▼ 湿気の多い島国の日本。都市閉鎖も何でも有り。とんでもな事態が近未来に 待っている。まずは、新学期の開始を、連休明けまで延期すること。そして、 首都圏の閉鎖と、戦時体制の特別立法を加えること。予断は許されない。 日々刻々、事態は厳しくなってきた。 今朝のネットニュースでも ≪【ワシントン=住井亨介】米ホワイトハウスの新型コロナウイルス対策チームは 3月31日の記者会見で、現在の行動制限などの対策をとっても米国内で10万 〜24万人の死者が出る可能性を指摘した。記者会見に同席したトランプ大統領は 「すべての米国民には厳しい日々に備えるよう求めたい。とても厳しい2週間になる」 と語り、感染拡大を抑えるため行動自粛の必要性を訴えた。 世界の感染者数を集計、分析している米ジョンズ・ホプキンズ大によると、世界の 死者数は31日、4万人を超えた。米国は約3900人とイタリア、スペインに 次ぐ死者数となった。米国全体の感染者数は約19万人で世界最多。ニューヨーク州 だけで約7万6千人を占めている。≫ 日本の首都圏からみて、アメリカより、流行後の事態は悪くなるという悲観的な 見方が出来る。それは現状から見て、想像を絶した事態も有りうる。 ・・・・・・ 6591,閑話小題 〜改元ですか 2019年04月02日(火) * 『令和』 …何と申しましょうか 改元名を知った時の国民の反応が面白かった。 <・『まず何? 変だよ。』 で、周辺の顔色をうかがい、 ・同じ反応に安堵するが、それを言葉に出来ず… ・で、TVの反応を見ても、その反応は同じ。大方は鳩に豆鉄砲をくらった ような。で、誰かが正直に『これって変だよ』の反応を待って、大方が 非難。ネットをみると62%が肯定的。下手に批判すると、軽く思われるし、 黙っておこ、どうでもいいことだし… > というところか。 ネット記事によるとアクセントは「平和」と同じ平音。 そう発音すると、 成るほど違和感が薄れる。明治、大正を生きた平民が、『昭和』の改元名を 知った時は、こんなものだろう。これを書いている内に、実際に改元名の単語 を失念してしまった。令… 何だった? ああ、昭和の「和」で『例話』じゃ なくて、『令和』。昭和、昭和、昭和、そして令和と発音すると、成るほど。 頭文字の略語が、昭和のs、平成のhから、rは恰好いいと若者が宣っていた。 初めて知った時の私のイメージ採点が25点。 一晩過ぎても同じ。一月後が 60点だろう? 一年経てば何の抵抗感も消え失せて… <『令和』の令は冷ややか、上から目線。和は、同調のイメージ> この言葉そのままが、実際のところの反応とみる。 マスコミは、早速、令和という名の人を見つけてインタビューをしていた。 ―― :元号 の豆知識: (ネット検索より) 【 新元号「令和」の意味・理由は? ・「初春の令月(れいげつ)にして、氣淑(きよ)く風和ぎ、 梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後(はいご)の香を薫す。」 〔 人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ。 梅の花のように、日本人が明日への希望を咲かせる国でありますように。〕 ・ 元号とは? 年を記録する方法(紀年法)の一種。「元号〇年」は和暦と 称される。645年の大化の改新が始まりとされ、新元号「令和」は248番目。 元号の条件は? 「国民の理想としてふさわしいよい意味を持つ」「漢字2文字」「書きやすい」 「読みやすい」「これまでに元号や天皇のおくり名として用いられていない」 「俗用されているものでない」の6つとされる。】 【「元号」は、中国をはじめ中国文化の影響を受けた漢字文化圏において、 特定の年代に年を単位として付けられる紀年法。中国やその周辺国では、 独自の元号を定めることは王朝の正当性を主張し、天子を奉ずる独立国家 であることを意味していた。 】
―― ▼ 欧米からすれば、極東の島国の酋長、いや首長が、代が交代する度に、 年号を決める。日本はモンゴルの移民?の朝鮮系民族の末裔が、騎馬集団の 徒党戦法で日本を制圧したのが天皇一族のルーツ。 その名残が天皇陵の 『前方後円墳』。この原型がモンゴルから朝鮮にかけて多く存在する。 『令和』ですか… これ、繰り返している内に、抵抗感が少なくなリ、 一月もすれば『昭和』並みに、根づくから不思議。 御目出度いことです!
・・・・・・ 6228,閑話小題 〜『ペンタゴン・ペーパーズ』 2018年04月02日(月) * 最高機密文書のリーク 先週のシネマは、<ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書>である。。 ドンパチの派手さないが、重厚で、50年前のニューヨークの白人社会を垣間見て いるようで、なかなかの内容。この事件を発端にしてニクソンのウォーター事件 に発展していく。 評価:85点。 ―解説ー 【 巨匠スティーブン・スピルバーグ監督のもとで、メリル・ストリープと トム・ハンクスという2大オスカー俳優が初共演を果たした社会派ドラマ。 ベトナム戦争が泥沼化し、アメリカ国民の間に疑問や反戦の気運が高まっていた 1971年、政府がひた隠す真実を明らかにすべく立上がった実在の人物たちを描いた。 ベトナム戦争を分析・記録した国防省の最高機密文書=通称「ペンタゴン・ ペーパーズ」の存在を、ニューヨーク・タイムズがスクープする。ライバル紙でも あるワシントン・ポスト紙の発行人キャサリン・グラハムは、部下で編集主幹の ベン・ブラッドリー らとともに、報道の自由を統制し、記事を差し止めようと する政府と戦うため、ニューヨーク・ タイムズと時に争いながら連携し真実を 世に出すため奮闘する。第90回アカデミー賞で作品賞と主演女優賞にノミネート。】 ― ▼ この隠れテーマが、女性がワシントン・ポストの最高責任者であったこと。 自然法則からみれば、管理は女、決断は男の役割が得意の分野。しかし、時に 男を遥かに超えた豪胆なヤリ手が存在する。もしかすれべ、国家反逆罪に問われ かねない上に、会社の存続さえ危なくなる重大決断に動揺する姿がシリアスに 表現されている。現在の、トランプの『ロシア疑惑問題』とは違った時代に、 「最高機密文書」を持ちだした職員のリークだから、アメリカ国内で、激震が 走るのは当然である。事実は小説より奇なり、それが可能な米国の社会 システムの健全性? でもある。
―― * プロ野球が開幕 先週末からセ・パのプロ野球が開幕した。巨人中心に何試合を同時進行で 見ていたが、新人など若手と、ベテランが入り乱れたチーム同士が戦う観戦も、 非常に楽しいひと時になっている。特に開幕から5月半ばまでが、一番面白い。 今年の前評判が、セ・リーグでは、広島がダントツで、巨人、DeNA。 パ・リーグでは、ソフトバンク、西武、楽天… …まあ、こんなものだろう。 日本のプロ野球も、大リーグの二軍・三軍化されてしまったが、それでも、 オリンピックの競技種目に選ばれ、この3年間は熱気が高まり新しいスターが 誕生してくることになる。 ・・・・・・ 4766,ぼんやりの時間 ー1 2014年04月02日(水) ぼんやりの時間 辰濃 和男 (著) リタイア以降、時間が有り余り、ぼんやりの時間が増えたかというと、 そうでない。ウツ病に陥らないために、早朝から寝るまでのスケジュールを 決め、ただ淡々とこなしているからだ。 3年経った今、良いタイミングに、 この書に出あった。平坦な一日がアッという間に過ぎていく。 それはそれで良いが、ぼんやり時間が少なすぎる? ーまずアマゾンの内容紹介ー 《 常に時間に追われ、効率を追い求める生き方が、現代人の心を破壊し つつある。今こそ、ぼんやりと過ごす時間の価値が見直されてよいのでは。 では、そうした時間を充実させるために何が必要であり、そこにどんな豊かさ が生まれるか。さまざまな書物にヒントを求め、自らの体験もまじえながら つづる思索的エッセイ。 》 ーカスタマーレビューよりー 【「ぼんやり」と生きるライオンやサンマは生存していないのであろう、 だから、人間にも本来、「ぼんやり」は許されないのだ。幼い時から、 悪臭や異音に鋭く反応しつつ成長し、身を守って生きている。このような 絶え間のない外界との緊張関係は、必然的に対極の「ぼんやり」へ憧憬を生む。 すなわち、「ぼんやり」は人間に生来備わった自然感情や心のあり方と見る よりも、生物として必須条件である「対外緊張」を運命付けられた人間に 根差した”解放願望”として捉えられるべきであろう。 従って「木と共に過ごす」串田孫一、「湖畔の小屋を建て、畑を耕す」ソロー、 「隅田川の川面を眺めているうちに、あっという間に2時間過ぎた」池波正太郎、 「珊瑚や熱帯魚を求めてダイビングに浸る」玉三郎、「夏の夕暮れ時の樫の木々 に映える日の光に心を満たされた」ミッテランなど、どの登場人物も眩く輝いて いる。彼らのどのエピソードも懐かしい幻想のように温かで、ユートピアの ように心和ませるものがある。しかし「ぼーっとしながら生きる」のが好きと いう深沢七郎の背後には片目失明の不自由をこらえて右翼暴力から逃げ惑った 日々が刻印されており、「林に入り黙座す」と「武蔵野」で詠んだ国木田独歩 には、帰れば妻との確執の絶えない実生活が待っていた筈である。 著者は自らの体験も含め、こういう人間の現実の生活を冷静に観察した上で、 「ぼんやりの時間」を持つことは実際には口で言うほど簡単なものではないこと を熟知するが故に、だから敢えて「ぼんやりの時間」を人間にとってかけがえ のない、貴重なものと見ている。本書に見られる「ぼんやり賛歌」は、大抵 の生身の人間には実現困難だという著者の苦い現実認識と、それでも尚、 人間らしく生きる上で我々が忘れてはならない理想願望がベースになって いることを見逃してはなるまい。 】 ▼ 欧米人のバカンスはリゾート地で、かけ替えのない貴重な時間をのんびり 過ごす。 日常を離れた自然の中で、ボ〜っとするのが、最高のレジャー。 日本には温泉宿で湯治で身体を休めるレジャーがあった。私のネックになって いるのが、この随想日記と、ネットサーフィン。誰に頼まれた訳でもないのに、 毎日、これで自己達成をした気分にとらわれている。そうでもしないと自分を 支えていられない状況もある。偶然だが、去年の今日(4月2日)の文章は、 ノンビリしないで遊べ遊べというのから、この内容の意図に反している? 「自分の限界としても、還暦までに、やりたいことをやった!」という思いが、 ある。この時節も、ぼんやりなど、してはなかった。時節があるのだろう。 どの道、死んでしまうまでの精神のあり方の問題でしかない。 ・・・・・・ 4399, 隠居大学ーよく遊びよく遊べ ー1 2013年04月02日(火) 『隠居大学ーよく遊びよく遊べ』天野祐吉、お相手 御隠居 御隠居生活に予定より三年早く、二年前の65歳をもって入った。 しかし振り返ってみると、51歳から実質的御隠居生活に一歩踏み込んでいた。 同居していた母親が痴呆症になって5年半後に亡くなった後、数ヶ月間は呆然と していたが、「今までの延長は捨て、50歳代に、その後の余生の全てを 遣り尽そう」という思いが湧き上がった。そして残り30年分の人生を圧縮して 生きようと決心をして、「思い浮かぶ限りの遣り残した事を迷わず優先的にする」 ことにした。 50代で秘境ツアーを中心に24回の旅行。美味い酒を飲む。 当時、まだブログが無かったので、パソコン教室に通い、個人HPを立上げて、 全エネルギーをかけ思い浮かぶことを毎日「随想日記」として書き続け現在に 至っている、これである。これが私の隠居生活の移行で、それを私自身も 気づかなかった。どれもこれも面白く、楽しくなければ続かない。 この経験から学んだことは、「御隠居は覚悟が無ければ出来ない」ということ。 傍からみたらつまらないこと?でも、遊び気分で全エネルギーで取り組んでこそ 道楽。これも毎日、よくぞ真面目くさって書いている。でも、私にとって面白い。 だから道楽である。 御隠居は道楽をもっているかどうか。たっぷりある時間を 遊べるかどうかである。 まずはー内容紹介ー 【こんな時代こそ「隠居」を見直そう!原始、「隠居」は遊びの達人だった。 若いモンの憧れだった。目指すは、自由で洒脱な遊びの達人。横尾忠則、 外山滋比古、赤瀬川原平、谷川俊太郎、安野光雅、坪内稔典の豪年を取るって、 いいもんだなァ。 豪華講師陣を迎え、ここに隠居養成大学がオープン。 オモシロキビシク、いい加減精神の真髄を語り明かす。】 老いは、生老病死のマイナス面が表立ってくる時期。その時、失われつつある 喜怒哀楽を道楽の中に求める必要性がある。考えてみれば「良く遊ぶ」のは 非常に難しい!次回は、一時限目の「横尾忠則 対 御相手の天野祐吉」より ・・・・・・ 5861,7つの習慣 ー1 2017年04月02日(日) 「7つの習慣-成功には原則があった! スティーブン・R. コヴィー 」 20数年前、この本を読んで衝撃を受けたことを憶えている。 特に「Win-Win」の、「互いの利益をまず考えていくと、互いに有効になる」 という道理。ニュースなどで、互いの「Win-Win」を前提に協力しよう…など、 安倍首相や各国首脳の文言が日常的に聞かれるようになっている。 (amazonの商品説明) ≪ 本書は1990年に初版が出版されセンセーションを巻き起こしており、 以来1,000万部以上を売り上げ、今でもベストセラーを続ける。 著者のスティーブン・コヴィーは、国際的に高い評価を受けるリーダーシップ 研究の第一人者。真に成功を果たすには個人としての有効性と職業としての 有効性をバランス良く備えることが重要だと認識しており、それを反映して 本書は、この2つの領域でより効果的に行動するための手引書となっている。 ここで引用される具体例では、ビジネス上の課題を題材にしたものと同じ くらい家庭内における状況を数多く取り上げている。 7つの習慣を身につける前に、コヴィーが「パラダイムシフト」と呼ぶ、 世の中の仕組みに対する認識と解釈の転換をまず実現する必要がある。 著者は、この転換の実現を支援し、生産性、時間管理、前向きな思考、 「予防的に働く筋肉」(何かに反応するのではなく自発的に行動すること) の開発など、他にも多くのことに関する認識と行動に影響を与えている。 本書は明日からでも実践できることを謳い文句にしたヒント集ではない。 そのコンセプトは時に複雑であるため、流し読むのではなく、じっくりと 腰を据えてここから学び取りたいと感じる筈である。読み終えたときには、 どの章にも付箋や手書きの注釈が数多く残され、コヴィーの集中セミナーに 参加したような充実感に満たされることだろう (7つの習慣とは) 1. 主体性を発揮する(自己責任) 2. 目的を持つ(自ら立つ) 3. 重要事項を優先する(自己管理) 4. Win-Winを考える(人間関係) 5. 理解してから理解される(感情移入) 6. 相乗効果を発揮する(創造的な協力) 7. 刃を研ぐ(常時向上システム) ―― ▼ てっきり、この本の評論を書いてあると思いきや、HP内検索をしても出て こない。20数年前なら、16年前に始めたブログに、書いてないのは当然。 6年前の節目で、隠居用の新たなスケジュールを立てたが、その時、この本を 思いつかなかったのは、これ如何に。 せめてamazonの書評を読んでおけば? 当時、読み直していれば、よりアップした習慣づけをしていたか?如何だろう? 習慣化は個人の脚本づくりでもある。自分の物語を変えようとしたら、習慣 の構造を変えることからになる。チャンスは、大きな時代の変り目に、全く 違った習慣の設計を立て、実行すること。事態に合わせ脱皮しろ、ということ!
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2020年04月01日(水)
閑話小題 〜20ステージが、3に激減!
* ヨガの先生の話 スポーツジムのスタジオでのヨガ。 50人の定員が、ほぼ満席。半年前から、 ホットヨガ室が別に増設され、その方も満席だったが、このコロナ騒ぎ以来、 全てのスタジオのエアロは中止。客足が2割程度まで落ちていた。で、ヨガも 中断をしていたが、最近、30人の定員で再開した。それでも参加者は半分。 先生曰く「他を含めて週に20ステージを持っていたのが、今では3つまで減って しまった。已む無く自宅で一人ヨガをしているが、張合いがない!」と… 20ステージを熟していたことに驚いたが、3ステージに激減とは… 1ステージ、5千円として、週10万。月に40〜50万になる。それだけ重労働で 納得するが…「ある日、突然、思いもよらない一種、自然災害で」のパターン。 オウム教でのヨガを駆使していた悪いイメージから、やっと抜け出し、最近では、 腰痛など健康対策を主にしてスポーツ・ジムなどで多く開かれていた。 この新型コロナの影響は、最低、数年は続くとみられ、あとは財務体力、次第。 緊急対策として「一人、10万円か、一家族20万の支給」とは…。 クラブ、スナックのママさんが「昼間コース」に来ていたが、一瞬で消えた。 〜誰か曰く… <銀座と京都に、中国人観光客が溢れていたのに違和感があったが、やはりね!> ―― 今朝のヤフーニュースでも、これだけ刺激的見出しが… あと一月後には… 想像が出来ません ◉ 国内感染者 初めて1日200人超 ◉ 新型感染者 世界で80万人超に ◉ 全入国者に14日間待機要請へ ◉ 都立高校 新学期再開先送りへ ◉ 緊急宣言 焦点は経路不明感染 ◉ 世界の新型コロナ感染者:80万人超 死者:3・9万人 ◉ 伊で約590万人感染か ―― * 何でまた、外出自粛にパチンコ店に客が… 家内に「この時節に都内のパチンコ店に何でお客が…」と問われ、 「この際どい時節に外出する輩は、その程度だからさ!」の返答に妙な説得力が。 行くところも無く、スポーツジムに行くしかない私も私。 年収1〜2億で、独身の志村けんの車はリムジン他、二台?三鷹に豪邸があり、 この新型コロナ騒ぎで、麻布、六本木の馴染みからヘルプの電話で大判振る舞い の挙句、その恩情が仇となり… でも惜しまれて、幸せな人生を全うしたことに。
・・・・・・ 6590,つれづれに哲学 〜この数年で世界観が激変 2019年04月01日(月) * 世界は激動期に 世界が激動期に入ったが、それに劣らず自らの世界観も激変している。 タブレットPC二台を身近に持って、TVか、机上PCをみない時には、ネット サーフィンを、連れと交互に眺める日常。 ―― ・この数年来の読書でも、村山斉の『宇宙は何でできているのか』で、これまで 宇宙は一つと思い込んでいたのが、他に10の500乗も多宇宙が存在する?という。 この宇宙も半径+27乗億光年と−35乗の内なる広がりを持ち、1000〜2000臆の星 から成り立つ銀河系が100億も存在する。その他宇宙から、ダークマターとダーク エネルギーがループ状の管を通って、この宇宙に流れ込んでいる。宇宙は拡散 しており、外側に行くほど、エネルギーが希薄する筈だが、それらのエネルギー が穴埋めをしているため、この宇宙全体のエネルギーは希薄化されてないと… これまで宇宙の物質は原子から出来ているという通説が間違いだった。 8割が他宇宙からのダークマターとダークエネルギーで満たされている。 宇宙の研究機材の進化の御蔭である。 ―― ・最近、NHKスペシャルで紹介され知ったのが、『サピエンス全史』。 それに加えた、『第四の革命』。 ここで人間は、 1) コペルニクスで、天空の中心ではなくなり、 2) ダーウィンで、生物の中心ではなくなり、 3) フロイトで、意識の中心ではなくなった。そして 4) チューリングで、情報処理の中心でもなくなったと述べ、 『サピエンス全史』では、 <最凶の動物としてホモ・サピエンスを描き、さらに彼らがネアンデルタール人 など体力・知力に勝る旧人類を凌駕して発展してきた要因を『認知革命』>と。 そして、現在の情報革命は、人類だけでなく、生命が地球上に発生して以来、 40億年来の大革命とまで宣う。10数年ほど前までは「20年万年来の大変革」と 聞き、違和感を持ったが、いま起きている現実を知るにつけて、生命の起源以来 の革命と言われても、然もあらんと。 ―― ・それと、ネット大型TVの導入。居間から寝室のベッドの前に御隠居用の 「居」を移動して3年近くになる。連合いに気遣うことなく、ドップリとした 気まま暮らし。これと、廊下を超えたPCと交互の移動生活。高性能のネットは、 現場の視覚と聴覚を遥かに超えた能力がある。<現場より迫真場面と融合できる> とは、これ如何に。例えば、スイスアルプスの頂上付近の登山し、ゴーグルを装着 をして、仰向けになって、ドローンからアルプスと融合している自分を鳥瞰する。 その映像が、自分でないとしても、多くの気分が共有できる。ボクシング、大相撲、 サッカー、大自然の光景など、感動の共有が手軽にできる。 ―― ・そうこう考えると、情報革命の恩恵を充分に味わっている日々に気づかされる。 遊びの中で、読書が一番、効率よい遊びだったが、今ではネット―サーフィンと、 YouTubeなどのネット映像サーフィンに… ただ、後者は、思考能力の減退効果を 考えないと。やはり5分5分ですか。マイナス要素1に、プラス要素が3と割切って、 ―― このネット雑記帳の公開を18年間も続けて、6600近くのテーマの蓄積になった。 10,000万テーマとすると、あと6年で79歳になる。予定生存年数が、2年を切ったが、 10,000テーマを目標にしますか。4年延長は、予定外としても? それに何の価値が あるか?僅か、この2年だけで、これだけ世界が激減するのを確認したのなら… 75歳なら7300テーマ。 死に損なってしまう心配があるから、8000テーマなら 78歳ですか。先日、「80歳までは生きたくない」とクラス会の近況報告で言ったら、 その後で、「私の亭主は80歳」と、何人から聞いた。問題は、生存状態の質も問題。 死を間近にすると、異常性欲が出る「死に欲」がある。まあ、老いるのは難しい!
・・・・・・ 6227,閑話小題 〜猫の格言 2018年04月01日(日) * 猫の話 数日前のポタリングの道すがら、信濃川の大橋の袂の歩道に猫の死骸が 転がっていた。一人のウォーカーが立ち止まって、生きているかどうか、 見ていた。気持ちがいいものでないと思い、そのまま通過した。どうも、 自動車道で轢かれた後に、歩道に放置されたように思えた。もう一つの大橋を 一周して、その場所に様子見に戻ると、カラスが二羽、その猫を啄んでいた。 よく見ると、頭に血が付いていた。 私の実家は犬派で、名前は全てコロ。猫は一度だけ、小学生の頃、「タマ」 という三毛猫を飼っていたが、ネズミをガリガリ食べていたのをみたが、その 直後に捨てられてしまった。 猫と犬の数を調べたら、<「平成29年全国犬猫飼育実態調査」による飼育頭数 は、犬が892万頭、猫が952万6000頭で、長年にわたって多かった犬を2017年に 初めて猫が上回りました。>とあった。マンションは、犬より猫が飼いやすい ためだろうか。庭には、夏を中心に近所の猫の遊び場になるが、問題は糞。 姿を見る度に、小まめに足を強く踏み鳴らして追払っているため、少なくなって いる。10年ほど前に隣りの貸家に愛猫家がいて、庭にネットを張り、数匹飼って いたことがあった。そのため、庭は猫の集会所状態。10年近く、住んでいたが、 近隣の苦情がたて続いて、引っ越していったことがあった。 猫も曲者だが、 飼主も苦情対策には強か? 動物写真家、岩合光昭がネコ目線で世界中のネコを撮影する姿を、岩合自らが ネコに語りかける様子を紹介するNHK BS「岩合光昭の世界ネコ歩き」がある。 人気番組・日野正平のNHK-BS「にっぽん縦断こころ旅」の、冬場や、季間の穴を 埋めるように、年中、放映されているが、猫目線から、世界各地を見つめる光景 が好きで見ている。 そこで猫の格言から、人間から見た猫の世界を眺めてみた。 ところでアフリカの所どころで猫を見かけない地区があったので、聞いたところ、 直に食用になるためという。 …鳩もしかり。
―猫の格言―
・ネコ科の一番小さな動物は最高傑作である。 レオナルド・ダ・ヴィンチ ・トラを抱きしめる喜びを知りたがる人間のため、神はネコをお創りになった。 フェルナンド・メリー ・犬を飼うことは出来る。だがネコの場合はネコが人を飼う。 なぜならネコは人を役に立つペットだと思っているからだ。 ジョージ・ミケシュ ・ネコを嫌う人には気をつけろ アイルランドのことわざ ・人が拒絶を理解するには、ネコに無視されればよい。 アノン ・自分の家が大好きだからネコが好きだ。 しばらくしたらその二つは見える魂になる。 ジャン・コクトー ・惨めさから抜け出す慰めは2つある。音楽とネコだ。 アルベルト・シュバイツァー ・我々は心の奥深くに同じ欲望がある。ネコはそれに沿って生活している。 ジム・デイヴィス ・ネコの目には、全てのものはネコに属していると映っている。 英語のことわざ ・どれだけ多くの時間をかけても、猫との良き思出は消えない。どれだけ 多くのテープを使おうと、ソファに残されたネコの毛は取り除けない。 レオ・ドウォーケン ・ネコの飼い主が知っているように、誰もネコを所有していない。 エレン・ペリー・バークリー ・ネコを嫌いな人は、来世ではネズミとして戻ってくる。 フェイス・レズニック ・この世でどうネコに接するかが、天国でのステータスを決める。 ロバート・A・ハインライン ・ネコも当然男の親友になれるが、ネコはそれを認めてはくれない。 ルイス・J・カミュティ ・ネコはどこに座れば我々が不便になってしまうか、 その正確な場所を数学的に計算できる。 パム・ブラウン ・ネコは気にかけてくれる。例えば本能的に、我々が何時に仕事に行かない といけないのかを知っており、目覚し時計がなる20分前に起こしてくれる。 マイケル・ネルソン ・ネコは人間に対する意見を持っている。殆ど何も言わないが、全部を 聞かないほうがいいのは確かである。 ジェローム・K・ジェローム ・ネコのようにミステリアスに書けたらと思う。 エドガー・アラン・ポー ・ネコの愛より偉大なギフトがあろうか。 チャールズ・ディケンズ ・ネコは絶対的な正直さを持っている。 アーネスト・ヘミングウェイ ・僕は家にいるどの猫とも喜んで立場を変えていい。 ジョージ・ネイ ・イスタンブールで会った男が、絶対に神はネコだと言った。 どうしてそれがわかるのかを尋ねたらこう言った。 「神に祈っても、無視されるから」 ローウェル・トーマス ・犬は自分を人間だと思っている。猫は自分を神だと思っている。 犬は呼ばれたら、すぐに来てくれる。 猫はメッセージを取って去り、あとになって帰ってくる。 メアリ・ブライ ・猫の持つ清潔さ、愛情、忍耐力、尊厳さ、勇気の質を考えると、 何人が猫になる能力を持っているだろうか フェルナンド・メリー ・夫に出ていってもらった。うちのネコが夫にアレルギーだったので ビル・ダナ ・ネコのトレーニングは難しいと聞いていた。そんなことはない。 我が家のネコは僕を2日でトレーニングした。 ビル・ダナ ― ▼ 猫と人間の付き合いは1万年にわたる。その間に、ペット用として 改良?されてきた。その神秘性、優美性により愛され、東洋では幸福の 象徴にされてきた。幸福論を考えるに、猫を凝視すれば、そのヒントが 次々と現れ出てくるはずだ。またネズミを捕るため、航海の共に使われ もしてきた。エルミタージュ美術館では、常時、60〜70匹も飼われて、 ネズミ対策、顧客対策にしているという。昔から多くの芸術家に愛され、 アトリエで飼う画家が多いとか。 逆に嫌猫家のため「野良猫対策」で検索したところ、超音波とライトや 猫が嫌う匂いの粒状の薬品など様ざまのものがあった。 ところで人間には、猫タイプと、犬タイプがあるようだ。 男生は犬タイプが、女性は猫タイプが…比較的多いが。生きかたとして 猫が理想?だが。飼犬なら、犬も悪くはない? いや猫ちゃんですか。 二あ〜 ワンで、代々、我家のベランダではインコが鎮座している。 ・・・・・・・ 4765,閑話小題 ー感動の書換え 2014年04月01日(火) * 感動の追体験 以前、少し書いたが再び。 現在、ヤフーのブログ‘バードウォッチ’ に、以前に行った先をネットでひろった写真を載せている。これが面白い! 現地で思いもよらない光景に出あった感動は心の大きな財産だが、その瞬間は 決して写真や映像では残せはしない。対象と同化し振動しているからで 夏の 花火と同じである。ところが、デジカメの進化もあって、ネット上には違う 視覚の感動の瞬間(写真)が溢れているのを最近、知った。実際の感動の方が 遥かによいのは当然だが、ネット上の写真を見ていて、<ああ、これだ!> と感じた瞬間に、その時の感動が再度、浮び上がるから不思議。 エーゲ海 クルージングで、寝椅子に寝転がってエーゲ海の美しさの中、リラックスする 心地よさは、何ものにもかえがたい。一期一会の自分だけの至福の時である! 今では、誰でも、そのTPOSの光景をカメラやビデオで撮って、ネット上に 公開するようになった。その御陰で、その瞬間と似た体験をした者にとって、 手軽に感動の追体験?が可能になっている。カメラ目線が違っても、その瞬間 の感動は同じ。それは記憶の復習効果、書換えにもなる。 所詮は、全ては 幻想である。カメラ性能が格段にアップし、誰もが気楽に撮れるため、ネット 上には素晴らしいのが多い。豊かな気持ちは感動の質量の掛け合わせに比例する。 * 猪瀬の贈収賄、不逮捕されないの? 何ゆえに、猪瀬が逮捕されない? 次の東京オリンピックの汚点にしたく ないため? とすると、支離滅裂。ここまで真実(汚職)が露呈しているのに、 この結末はない!上記の御二人の、御意向か? 何が東京オリンピック? 江戸末期打ち壊しの「ええじゃないか、ええじゃなかい」の騒ぎに酷似。 同じアフォ(アフォのミクス)なら踊らな損!と笑ってられない。最も地政的 に危険な立ち位置にいるのが日本なのに!20世紀前半に酷似している。 * アベノミクスで生温かい風が吹いているが ー偶然、去年の今日に似たタイトルがあったー 何かが変なのは分かってはいるが、それでも?首を傾げることが多い。 それと6年後の東京オリンピックも。「デフレ脱却のため、無制限まで通貨を 増やしましょう、後は野となれ山となれ!そのため注意をオリンピックに 向けましょう」」ということ。それも、日本の財政破綻の責任者だった二人の 元首相が、現首相と副首相に居座り、更に悪化に向けた舵きりをするのだから! 電気光熱費と、消費税の値上げは、一般の消費者と、中小企業に大きな負担 になる。それと、欧米も、新興国の経済も波乱要素が大きい。 恐ろしいのは、突然の世界同時株安である。 ・・・・・・ 4024, 事業生活39年の、独り語り ー7 2012年04月01日(日) 11年前に、千城台ビル内で創めたベーカリーについて書いていた。 ―まず、そのコピーからー ≪ [103] センチュリーベーカリー 〜昭和50年3月ー8月31日(2001/08/09) 他人に話した事が殆んどないが、焼きたてベーカリを立ち上げた事がある。 千葉千城台のビルと養老の滝1122号店を立上げ一年、空きビルを埋めるべく 何がいいか考えた時、当時団地では全くなっかった‘焼きたてのベーカリー’ に目をつけた。冷凍生地を主体とした焼き立てパン屋である。商社の東レの 子会社の蝶理という商社が、このフランチャイズをやるという新聞記事をみて、 ホテル・レストランショーで実際にみて、早速やることにした。 東十条にある関連のベーカリーに朝4時に起き通う。そして二カ月後にオープン! 例のとうりパニックそしてーーー。 素人は初めは良いがある時期がくると、 応用が利かない弱点が出る。その時期に長岡の実家で問題が発生。 このタイミングを狙われたのである。そこで第三者に経営委託をして急遽 長岡へUターン。恐らくあのままやっていたら数年で行き詰まったと思われる ほど、実際は難しい商売。 振り返ってみると‘開発型委託経営ビル’を 造った事になった。 考えてみれば、ジャスコ、いとはん(北陸ジャスコ)、 ビル開発(飲食フランチャイズ+ベーカリー立上げ)、実家の衣料デスカウント・ ハウスと、12年近く、全く未経験の分野への自己配転をしていたことになる 。≫ ▼ このビルは、建設の7年後にテナントが埋まったこともあり総投資の二倍の 一億で売却した。 当時、5つのテナント部分は、養老の滝のオープン以来 一年数ヶ月経っても空いたまま。養老の滝も、軌道に乗り、サブだった人に任せ、 空きテナント部分で新しい店を考えた。そこでホテル・レストランショーで 見つけた、テイクオフのベーカリー。ジャスコでも、金沢の「いとはん」でも、 数ヶ月単位で担当売り場を変え責任を持たせる。キャリアを積ませるのである。 配送サンター、寝具、靴売り場、子供服、日用品、など次々に任される。 品種変われど、商品管理の本筋は同じ。居酒屋も、ベーカリーもシステムを把握 して全力で取り組めば、何でも可能ということを知っていた。そのため実家の 仕事を引き継いでも、ビジネスホテルを立ち上げるにしても全然、抵抗感がない。 何事も、表面が違っても、本質は同じである。
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2020年03月31日(火)
* コメディアンの死がもたらしたこと 以前から、何やら重とうの病気が報じられていたが、マサカ、新型コロナで 亡くなるとは思ってなかった。一人の死が中高年だけでなく、若者に対して、 これほどタイミングの良い警告がないだろう。 イタリア、スペインから見えてくる日本の若者の緩んだ現状が、そのまま伝わる から恐ろしい。今まで、多くの黒鳥(想像を絶する世界的事変)の到来を経験 してきたが、これは最大クラス。一つ間違えると、数百万人の死を招く事態。 小池都知事が、昨日、改めて… 『 30日夜、緊急記者会見を開き、「“感染爆発・重大局面”だ。感染拡大を 押さえられるかどうか重大局面だ」と強調したが、日銭で成立つ業界からの 反発は大変なはずだが、背に腹は代えられない。恐ろしいのは2週間のタイム ラグがあること。 〜ネット上でニュース解説では〜 【 志村は長年タバコを吸い、酒も浴びるように飲んできた。ここ数年は健康に 気を付けるようになっていたというが、それでも体に蓄積したダメージは残る。 先月には下血症状がみられ、胃のポリープの切除手術を行ったことも明し、 「術後、免疫力が弱っていたところにコロナが侵入すればひとたまりもない。 志村さんのレントゲン写真には肺に広範囲にわたって白い影が確認された。 医師も絶句したと聞いている」(スポーツ紙記者) すでに志村と直近2週間で“濃厚接触”した人物は特定されているが、 アナウンスされないのは感染ルートだ。仮に感染場所を断定的に報じた場合、 当該箇所に甚大な経済的被害が出るため、マスコミは知っていても、それを 報じない傾向にある。芸能プロ幹部の話。 厚生労働省のクラスター(感染集団)対策班は、夜間を中心に営業する飲食店 などで感染が広がっている可能性が高いとの見方を強めている。複数の感染者が 銀座や六本木の高級クラブなどを利用していたことが調査で判明。クラスター 対策班は、こうした場でクラスターが形成された可能性があるとみて分析を 進めているという。新型コロナの影響で飲食店は閑古鳥が鳴いている。 志村さんの元にも多くの人から“ヘルプメール”が来ていたそうです。そういう 人のためにお金を使うのが志村さん。ここ最近はコロナで経営が苦しい馴染みの 店をはしごで回って、ハイペースでお金を落としていたそうです」… 】
―― ▼ これでは、体力のない店が、ゴールデンウィーク明けに、3分の1から半数は 廃業、倒産、代変りが激増することになる。逆に、力を蓄えていた獅子身中の虫 に機会到来になる。現在、激しい闘いが繰り広げられているのだろう。 次々と黒鳥の到来で会社整理にに至った経験からして、この巨大な黒鳥は、 あまりに大きい。 <世界が『瞬間冷凍』を経験している>が最適な表現か。 <昭和と平成が吹き飛んでいった!> …その象徴が「志村けんの死」である。
・・・・・・ 2019年03月31日(日) 6589,つれづれに哲学 〜相対的価値を絶対と思う下愚かさ * 思い込みによって生きている 池田晶子の『14歳からの哲学』の中で、 ≪人間はあらゆる思い込みによって生きている。その思い込み、つまり価値観は 人によって違う。その相対的な価値観を絶対だと思い込むことによって人は生きる 指標とするけれど、まさにそのことによって人は不自由になる。外側の価値観を 絶対と思い込むことによって不自由になる。この意味では、イスラム教過激派も 自由主義も同じことだ。「自分で考えようとしない人の不自由は、まったく同じ。 精神は、考えることで、自分の思い込みから自分を解き放つ。死が存在する ことも、アラーが絶対だということも、社会によって自由が保障されることも、 すべてが不自由な思い込みだ。これが思い込みだということは、考えないければ 気づかない。自由になるためには、人は、自分で考えなくてはならない。≫ ― ▼ これを読んだのは20年以上も前のこと! ほぼ誰も考えようとしない。 それを象徴した呼び名が『世間』という。ことあるごとに、非難するから、 それはそれは… <外側の価値観を絶対と思い込むことによって不自由になる> 致し方がないが、内側の価値観を長年かけて構築しておかなかった人の騒めきを 恐れて、耳を澄まし、その思い込みに沈んでしまい生涯を終えていく。思い込み も時に必要だが、自らを俯瞰する、読書と旅も…。 それと孤独。 ―― * 言葉の力 『暮らしの哲学』池田晶子 ≪ 明日、私は、確実に死ぬ、こうわかった時、あなたは、必ず、「言葉」を 求めるはずです。生死すなわち人生の真実を語る言葉、正しい考えを語る言葉 を、必ず求めるはずです。苦難や危機に際して人が本当に必要とするのは、 必ず言葉であって、金や物ではありません。 …我々の日常とは、明日死ぬ今日の生、その連続以外の何ものでもありません。 なのに、どうして人は、言葉を求めずにお金を求めるのか。≫ ― ▼ これを書き続けているのは、死の恐怖心を少しでも和らげたいため? その蓄積した言葉の沈殿が、魂を少しでも、すくってくれているようだが。 確かに、言葉の力は絶大である。それも沈殿している言葉の語りかけが孤独を 癒してくれる。逆に考えられないために、集う人達。何だろう、何をしに地球に 生れ出てきたのだろう。これも思い込みですか! 生命誕生から40億年以来の 大変革期ですか、この情報革命と、科学の進化がもたらす変革は! 以前、20万年 以来と言われていたが、今度は生命誕生以来というが、それが、決して大げさに 思えないのが、ネット社会の進化と変化。 良かった! これに間にあって! 生れてきて、「いま、ここ、わたし」を日々刻々味わえただけでも、有り余った 経験の上に、この断層を経験できたのだから… これって、オーバー? アタリの『サピエンス全史』に影響されですか?
・・・・・・ 2018年03月31日 6226,閑話小題 <世紀の贋作画商: 「銀座の怪人」と三越事件、松本清張、そしてFBI; 七尾 和晃(著) > * 世紀の贋作画商: 『銀座の怪人』 偽札つくりは大罪になるが、贋作つくりは、それほどの罪にはならない。 また客を騙す行為も、贋作か本物かの鑑識眼の問題であり、それは誰も証明 出来ない。だから横行するのである。従って、趣味とはいえ、素人の骨董収集 は頂けない。もう一つが、本人の鑑識眼と信用の問題になる。父親の収集癖を 見ていて、別に自宅倉庫に仕舞いこんで二度と見ないのなら、美術館の国宝級 の宝物をジックリと接した方が遥かに良いのに? これは、毎日毎日、せっせと 知識・情報の収集しているこれにも言える。「この程度なら、ネットサーフィン の方が遥かにプラスになるのに、如何して?」と同じ?。「この行為そのものが 面白いから、充実するから」の私の答えは、父の骨董収集も同じことになる。 成るほど、世界は騙し騙されの闇が広く深く存在している。 Amazonー内容紹介 ≪ 銀座・並木通り画廊街―。贋作絵画を雨あられと降らせた男がいた。 松本清張、江上波夫ら大家の名を騙り、手練手管の画商たちを操った稀代の 詐欺師、「銀座の怪人」と呼ばれた男を追う。 9.11テロの関連捜査をしていたFBIがニューヨークで捕えたユダヤ人画商は、 日本に驚くほどの数の「贋作」を売りさばいていた。バブル狂乱前夜から銀座 を拠点に暗躍したこの男は、企業、富裕層、美術館を標的に贋作を撤き散らし、 作家松本清張にも接触していたという。82年には三越の贋作秘宝事件で世間を 驚愕させ、社長解任・逮捕まで巻き起こした。FBIをして「世紀の贋作画商」 と呼ばせたその数奇な運命、そして彼の贋作バブルに生命を与え続けた日本人 の精神の「膿」を、綿密な取材からえぐり出す。 ≫ 〜レビューより〜 本作は、バブル時代の前後に、ニセモノの美術品を売りまくっていたユダヤ人 画商イライ(エリ)・サカイの事件を追いながら、著者の七尾和晃氏が、イライ が逮捕されるまでに直接インタビューを成功させることができるのだろうか… という迫真のノンフィクション。 個人的に注目した点は二つ。 ・一つは、昭和57年(1982)8月29日付の朝日新聞にすっぱ抜かれた、 「三越本店で開かれている古代ペルシャの秘宝展の大半が偽物である」という 記事から始まる「三越贋作事件」の顛末。 殺人事件まで起こっていたこの事件 (しかも遺体は遂に見つからなかった)には、事件発生前にニセの展示物と同じ アナーヒター女神像を松本清張に売り込みに来ていたというちょっとした事件も あって、清張も興味津々。 「(三越の)渡辺社長も、サカイという外国人ではなく、『無尽蔵』の主人の ような日本人が持ち込んだものなら、だまされなかっただろうし、三越の展示品 でなければ、ニセ物の解説を書く学者も、予約する客もいなかっただろう。 今度のニセ秘宝事件は、舶来崇拝、ノレンや権威に弱い、といった以前から指摘 されている日本人の欠点を改めて露呈させたといえる」と‘清張’が呆れ顔で語る ように、未だに本当にあった事件なのかと首を傾げてしまうほど馬鹿げた事件。 ・二つ目は、その事件の中心にいるイライが、「『あの人はいい人だった。 もう死んでしまったけれど』と懐かしそうに称える人物のこと。 「圧倒的な実績と権威を誇っていた。おそらく日本の考古学会では一切の抵抗を 無に帰せしめる唯一の人物」と、著者の七尾氏が満を持して登場させしめた、 本書の裏ボス敵存在の話が大必見。「東京大学名誉教授の故・江上波夫」その人。 <(前略)イライが、日本民族の由来を説いた『騎馬民族征服王朝説』で文化 人類考古学の最高権威に君臨した東大名誉教授の故・江上波夫を『いい人だった』 と讃えたとき、日本だけでも潜在被害が数百億円は下らないと言われるイライ・ サカイの贋作事件は、戦後の日本が遮二無二に突き進んだ経済発展の裏で、絵画 という文化や芸術をも『通貨』に貶めた無節操ぶりを、鏡のように映し出しても いよう。生前の江上をよく知る弟子筋の人間に会って、江上とイライとの関係を 質すと、当人は意外という風もなく、むしろ納得いくといった様子で語りだした。 『やはり江上さんの名前が出てしまいましたか…』>と某氏が語る衝撃の話。
≪ 高価な美術品に贋作はつきもの。ニセの『有名ブランド品』と同じです。 現存するモジリアニ、ゴッホなど、名画の作品点数は、増え続けています。 増え続けている、という現実そのまま、贋作であることを証明しているわけ。 とくに、近代、現代の名画に関する真贋判定は、ほとんど不可能性です。 なぜなら数百年まえの作品ではないので、近年の作品は科学的鑑定が難しいから。 作者が現存していても、アテにならないこともあります。 画家自身が制作の有無を忘れていて、判別できない場合です。 ようするに、画家(作者)自身に判別できないほど、クオリティーの高い贋作が ある、ということです。ということは、過去の巨匠の作品も、おなじということ。 本書は、美術品市場の現実を裸にしています。美術館の収蔵品にも、贋作は すくなくないのです。 本書は、美術品市場の現実を覗き見た、稀有な取材の成果といえるでしょう。 美術に趣味がある人間には、本書は一読の価値があります。 ― ― 寅: おい熊よ、最近、なけなしの金をたたいて、変な骨董を買ったと 言うじゃないか。誰かに騙されたと、もっぱらだよ。大体、長屋に、 何が骨董だよ。 熊: いや、これを持っているだけで御利益があると言われてね。 生まれてこの方、俺の人生に良いことがないから、仏像の一つでも 欲しいと思ったが、盗まれないかと冷や冷やだよ。でも、これを買ってから いやに良いことが続くんだ。不思議だよ。 大家: 金持ちの家には、仏像か七福神の像が、幾つかあるというじゃないか。 御前のような、あまり恵まれてないオツムの男には、きっと効果があるよ。 この御蔭で、良いことが起こってると像に思いこめれば、それ自体で、 良いことを呼寄せるんだよ。 八: 私の家には、大きい仏像が3体に、5〜20?のモノが20はあるね。机の パソコンの隣には10体はあり、毎日、頭を撫ぜているが心が落ち着くよ。 半分は両親が集めたモノ、半分は私が国内外で買った民芸品だがね。 マリア像が2体、七福神、仏像3体に… その割には、金が無いがね。 寅: あれだけ、使えば? 貯まらないよ。 八: いいじゃないですか、持って、あの世に行けないし。死んで三日も すれば300年前に死んだと同じというじゃないか。 熊: ところで、何で骨董収集に興味がないの? 八: 子供の頃から、父に連れれて骨董店に行って、見飽きるほど、 見た上に、ツアーでパリ・ロンドン、フィレンツェ、旧レニングラードで、 世界の名品のシャワーを浴びるほど見てきたの。その時だけは、気持ちを 一期一会と思い、集中するの。そうすると、何しれないエネルギーが伝わって くるんだ。だたただ無心になり、対象の世界に入り込むんだ。ピカソとか、 ゴッホや、セザンヌの絵画が凄いよ。分かったような言い方をするが、 「心が垂直 に立っている感」がするんだ。 寅: 何のことかサッパリ分かりません。 熊: 俺って、仏像を握って昼寝をするとね、何か気持ちが安らかになるんだ。 あの気持ちって、悟りに近いんじゃないか。 寅: 俺に、その仏像、貸してくれよ! 熊: 御前に貸すと、かえってきたためしがないから、嫌だよ。
▼ これらを読むと、お宝鑑定団の判断も間違いが多いみてよい。本物か、 偽物かを確かめる内容の、それ自体が、ほぼ判定不能なら、番組そのもの が成り立たない。 詐欺師が罷り通る闇世界のエログロの笑をつくキツイ 側面がある。ここでいう、「文化や芸術品を『通貨』に貶めて笑い飛ばす バラエティである。そう固く考えることでもないが… 楽しくもあり、恐ろしくもあり、哀しくある内容だということ! 何が恐ろしいかといえば、無知の自覚の無い無知な人。 私ですか? 自覚をしているが、実は心の底から自覚をしてないのでは?と。 いや、してるさ! ― 寅: おい熊よ、最近、なけなしの金をたたいて、変な骨董を買ったと 言うじゃないか。誰かに騙されたと、もっぱらだよ。大体、長屋に、 何が骨董だよ。 熊: いや、これを持っているだけで御利益があると言われてね。 生まれてこの方、俺の人生に良いことがないから、仏像の一つでも 欲しいと思ったが、盗まれないかと冷や冷やだよ。でも、これを買ってから いやに良いことが続くんだ。不思議だよ。 大家: 金持ちの家には、仏像か七福神の像が、幾つかあるというじゃないか。 御前のような、あまり恵まれてないオツムの男には、きっと効果があるよ。 この御蔭で、良いことが起こってると像に思いこめれば、それ自体で、 良いことを呼寄せるんだよ。私の家には、 八: 私の家には、大きい仏像が3体に、5〜20�僂離皀里�20はあるね。机の パソコンの隣には10体はあり、毎日、頭を撫ぜているが心が落ち着くよ。 半分は両親が集めたモノ、半分は私が国内外で買った民芸品だがね。 マリア像が2体、七福神、仏像3体に… その割には、金が無いがね。 寅: あれだけ、使えば? 貯まらないよ。 八: いいじゃないですか、持って、あの世に行けないし。しんで三日も すれば300年前に死んだと同じというじゃないか。 熊: ところで、何で骨董収集に興味がないの? 八: 子供の頃から、父に連れれて骨董商の店に行って、見飽きるほど、 見た上に、ツアーでパリ・ロンドン、フィレンツェ、エルミタージュで、 世界の名品のシャワーを浴びるほど見てきたの。その時だけは、気持ちを 一期一会と思い、集中するの。そうすると、何しれないエネルギーが伝わって くるんだ。だた只管、無心になり、対象の世界に入り込むんだ。ピカソとか、 ゴッホや、セザンヌの絵画が凄いよ。分かったような言い方をするが、垂直 に立っている感がするんだ。 寅: 何のことかサッパリ分かりません。 熊: 俺って、実は仏像を握って昼寝をするとね、何か気持ちが安らかに なるんだ。あの気持ちって、悟りに近いんじゃないか。 寅: 俺に、その仏像、貸してくれよ! 熊: 御前に貸すと、かえってきたためしがないから、嫌だよ。 ・・・・・・ 2013年03月31日(日) 4397,「武士道」という諸悪の根源 * 「武士道」という諸悪の根源 《「世間」の捨て方 ー3》 「武士道」が諸悪の根源という説は面白い見方。しかし少し考えれば当たり前 のこと。徒党を組んだ侍の親分が武力で農民の米を徴収し、仲間内に配っていた。 その暴力装置を持つ集団が綺麗ごとで尤もらしい規範をつくりあげだけ。 それを子育てを含め根こそぎ否定しているところが新鮮。ーその辺りから抜粋ー ≪ 子育ての見本として、絶対に見習ってならないのが江戸時代の武士道。 「武士という者が日本を悪くした存在です。(略)武士の頭の中にあるものは 主君に使えるということだけ。端的に言えば、奴隷ですよ。(略)・・ この奴隷というものを、武士道だなんて、日本人はやけに持ち上げるんですよね。 ・・(略)その点、ヨーロッパは違いますね。武士はすべて傭兵だった。 戦争は国王が傭兵を使ってするわけです。武士は『七人の侍』みたいなもので、 雇われの用心棒だった。「日本は典型的な武士の社会。 鎌倉幕府が成立して以後、ずっと軍事国家だと私は思っています」≫ ▼ 現在も武士社会が会社に入れ替わっただけ。そのため現在でも勤め先の藩と 役職と禄高で、社会的評価がされている。そうこうみると、我われは現在でも 奴隷、それも人生の大半を何も考えずに、その生活に満足して過ごす。その中で、 人は趣味を見出し、奴隷生活の中で自由な時間を持つ。士農工商が江戸時代の 身分制度。そこで他の奴隷管理をしていた武士のつくった武士道など 信じるなどもっての外。 ーウィキペデアで葉隠れをみると ≪「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」葉隠の中で特に有名な一節。 葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して武士道精神と単純に解釈 されていて実際、太平洋戦争の特攻、玉砕や自決時にこの言葉が使われたが、 山本常朝自身は「私も人である。生きる事が好きである」と後述している様に、 死を美化した書物と一括りに出来ない。現代でいうビジネスマナーのマニュアル に近い記述がほとんど。また衆道(男色)の行い方を説明した記述等、一般に 近代人の想像するところの『武士道』とはかけ離れた内容もある。戦後、軍国 主義的書物という誤解から一時は禁書扱いもされたが、近年では地方武士の生活 に根ざした書物として再評価されている。先述したように処世術のマニュアル本 としての一面もあり『葉隠』に取材したビジネス書も出版されている。≫とある。 奴隷社会の処世術というところ。どうも日本人は、やたら道を付けたがる。 商人道、柔道、剣道とか。何かを極めるのに、どの位置にいるかを知る道標が 必要だから、道を思い浮かべたのだろうが。日本が、戦後、ここまで経済成長を 遂げたのも、江戸時代の「お家制度」の文化が背景にあったのも事実。 絶対否定は出来ない。元長岡藩の城下町、今でも色濃い武家社会の影響が大きく、 世間とかいう噂の奴隷の群れがいる。
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2020年03月30日(月)
* 脳ロボット ◉ 『翻訳ロボット』に驚かされたが、対話する『脳ロボット』には更に仰天。 ある人物のデーターを入力して、それを元に本人の脳を形作り、知人や、 自分と対話するAIが現実に出現した。これなら、その人物が亡くなった後でも 対話可能になる。19年近く7千のテーマを書き続けてきた効用として、不思議な 経験を度々する。 ◉ この程度の文章でも… 資料集めを含め、2時間以上の集中したエネルギー をかけている。それが数年来にテーマとして書上げた同月、同日と偶然に 脈絡として繋がることが屡々ある。 その時に時間を超えた魂の融合のような 妙な心持ちになる。7千のテーマが、一つの魂の塊りとして無意識に働いている ような…。その番組を見るうちに、ネット上のAIロボットが、別人格として 当人から独立し、独り歩きしているような… 「一人」から、「独り」という 言葉の変容。それまで要した1万5千時間の塊りが、魂として厳然として、そこに 存在している不思議さ。 ◉ この19年の集積は、脳の外在化でもあり、それぞれの時節の魂の痕跡になる。 それと毎朝向き合うことは、内省そのものになる。その時々の己と、現在の己 と対話をしていることになる。とすると、7千の内容が、その日の『自分』になる。 ◉ 紀元1世紀〜2世紀にかけてキリスト教徒たちによって書かれた文書で、 『旧約聖書』とならぶキリスト教の正典だが、これもまたキリストの魂の外在化 ともいえる。皆で祈れば、現実に功徳になろうというもの。
仮に『脳ロボット』とすると、これが進化すると、それぞれにデーターを集積 した歴史上の様々な天才ロボットの出現が考えられる。とすると、読書の効用が クッキリと浮かび上がってくる。その実践から得た知恵と知識が教養として人格 を築き上げる。「脳ロボット」の効用は、それを直接、擬人化して対話をして 教えてくれる。そうこう考えると、あと5〜6年、80歳までは生きたくなってきた。 …まずは、この風邪に引っ掛からないことだ。 毎日、この継接ぎの、同月、同日の脳ロボットとの会話を「対話」に格上げから! つまらない本より、はるかに良いが、詰まらないのを選んだ自分に問題がある。
・・・・・・ 6588,閑話小題 〜即席ショートショート 2019年03月30日(土) * ショートショート ―独白録― ≪ 〜 その状況のわりに、何か楽しそうだね 〜 独白って面白いもんだよ… まあ8年も経てば、状況を受入れられるしね。 20世紀半ばの1946年1月に生れ、奇跡の時代と言われる高度成長真只中を生き られた幸運を充分に味わえたしね。運命は早々に受入れた方が良いぐらいは よ〜く解っているさ。結局は両親との相性が良かったということ。 最後は、 ハードの着地だったが、規模の割には、上手く乗りきれた。 何はともあれ、 個人と、会社と、家族の三身を分けていたのが幸いしたね。事業設計から、 その辺りの方針どおりに運営してきたし。人生って何が起こるか分らないこと を両親の教えられ育ったことと、創業期の1970年代の二つの大きなイベントで 肌身に沁みていたもの。そのイベントは「ドルショック」と「石油ショック」。 創業期に、これに直面したお陰で、万一の備えの必要性を実感していたしね。 その割に阿波踊りをしたな〜 〜何で、これがショートショートなの? 同じことを繰返すがね、振返ると、目先1年と、5・10年と、50年スパンを、 分けて考えられる時期にきたからね。 ここで整理も必要かとね。それには、も う少し大胆な切口も必要かとね。 以前に『白い雲に乗って』のテーマで、 幼児・少年期の思い出話を書いていた。それと、450年前の御先祖様の語りと、 飯田橋駅前の居酒屋の店主の独り言。 感情移入が少なくて現在、読返しても 稚拙だけれども書いていた時には不思議な気持ちになっていたね。10数年前の テーマだったけど。本当に白い雲に乗って里帰りをしているよう。そのまま、 詳細を表現すれば、日々がドラマの場面? 70年近く経ったんだからね。 73歳だよな。それなのに、朝っぱらから、こんなことを書いている。70年前は 今では大昔だもの。生れた直後が、太平洋戦争の敗戦直後で、実家は空襲で 焼け出されて、両親が10人家族を養うために必死に生きていただったもの。 何か、魂の故郷を彷徨っているようである。間違いなく、その時、そこに あった光景… 心象風景が見えてくる。 ≫
― ▼ こうして書けること自体が幸せである。いま思うと、軍事国家の縛りから 解放されて、与えられた民主国家に国民の心と頭が塗り替えられようといて いた時節。一家にとって大変な時代。その幼児体験、いや胎子体験が、人生に 色濃く影響していたようだ。これは同時代の人たち全てが同じ。どん底なるが 故に、青壮年時代は奇跡的な右上がり経済の恩恵を授かった。自分の人生に 心から感謝できるのが最も大きな収穫である。そして、地球上に生命が生まれ 出て40億年来の、最大の変革の『情報革命』に直面することが出来たことも、 大きな収穫である。 ならば可能な限り、その現象と本質を味わないと… 生れてきた甲斐がないじゃないですか。世界は、いや、宇宙は広い。そして、 他にも10の500乗もある宇宙の存在。 それを知ったのは、僅か数年前のこと。 まだまだ、知りたい、味わいたい。生きている内に。それにしても、このバカの 壁。何とかなりませんか。 まずは、老齢?からくる『面倒くさい』
・・・・・・ 2007/02/10 2139, 白い雲に乗って ー1
* 両親の思い出 夜半に幻想的な夢をみた。小さな白い雲があった。それに乗ると、ふかふか 浮いて異次元の世界に引き込まれてしまった。そこは4歳の頃の世界におりたよう。 すべてが鮮明な蘇った当時の世界が浮かび上がってきた。 両親がいて、兄達と姉達、そして多くの従業員がいた。 そこは越後長岡の十字路のど真ん中にある当時の私にとって大きなビルの中。 一階が店、二階に事務所と倉庫があり、三階に家族の住まいと台所、四階には 従業員と姉達の部屋があった。白銀に輝くファンタジーの中に包まれていた。
三階の住まいに猿のタロー、そしてタマという茶色の猫がいて、そこでラジオ から童謡とか歌謡曲が聞こえていた。店には若い女店員が多くいて、ぼくを 「ハッちゃん」と頭を撫ぜてくれている、正に当時の真っ只中にいた。 コロという生まれたばかりの白黒の小犬を運一・兄が拾ってきた。 そして三毛猫のタマとコロがジャレている。 その空間には何時も緊張感がただよっていた。
燕が飛んできて窓に当たって死んでしまった。初めて死をみた瞬間だ。 いやに首の下の赤い色が印象的だ。そこを出たところには大きな通りがあり、 多くの人が歩いている。小さな三輪車で駅の方に行くと右手に小さな公園があり、 その脇に池があり小さなスイッカスが水上を泳いでいた。
そうだ、ここは公会堂の裏にある小さな山の上に神社が祭ってある公園である。 周りを見渡すと植木の展示会が開かれていた、多くの植木鉢がところ狭しと 並んでいる。その先に大きい広場があった。それは阪之上学校の運動場。 何時も遊んでいる近所の子がいたので声をかけると、スーと消えた。 夢をみているのだろうか?いや、夢のはずがない。 ぼくは間違いなく、ここにいる!
ズットここにいるのだ。 何で、ぼくは、ズ~ットここにいるのだろうか? 忘れたが何か遠い遠い旅をしてきたようだ。 何の旅だったのだろうか、僕はどこにいってきたのだろうか? そこで、無性に悲しくなり大声で泣いてしまった。 泣いても泣いても、あの遠くのズット向こうの世界は戻れない! ぼくはもう、あの遠い世界には返れないのだろうか? ふと脇をみると小さなコロが悲しそうな顔をして、ぼくをみていた。 でも、コロがいたので安心をして三輪車を引っ張りながら家路についた。
両親は忙しそうに働いている。 その横で姉達は今度法事で着る洋服を試着して笑っている。 その後に夕飯の時間がきて、丁度みんなで食べようとしていた。 父チャンがいて、ぼくもふくめて子供達が8人が勢揃いをしてご飯を食べた。 外がいやに賑わしいのでみると、長岡祭りの山車が次々と通っている。 三階の窓から手を振ると、屋台の上から男の人が笑いながら手を振り返した。 何かそれをみていたら、嬉しくてケラケラ笑ってしまった。
しばらくすると父親が今日の売り上げを持って、下にある店から上がってきた。 札を十枚ずつ数えて束にまとめて小さな金庫に入れている。嬉しそうな顔。 何か自分が白い雲の中で浮いているような感じがしている。 ふと目が醒めると、隣に両親が寝ていた。 あ〜ぼくは、一人ではないんだ!よかったと独り言をいっていた。
ここは間違いなく大手通の世界である。 どうして、ぼくはここにいるのだろう! それにしても、それにしても、どうして浮いているのだろうか? というところで、目が覚めてしまった。 幻想的な遥か彼方の遠い世界に舞い戻ったのだ。
ーーーー 2007/02/18 2147, 白い雲に乗って ー2 b(^o^)dおっ W(^O^)Wはー♪ 先日のつづきの夢をみた。半分は覚醒をしていたのかもしれない。 前回の夢が契機になって当時のイメージがドンドン出てくる。 如何いうことなのだろうか?それは57年前の世界そのものである。 その世界から此方をみている感覚と、此方の感覚の間にある塀の上での 微妙な世界に立っているようだ。 ーー 白い雲に乗って再び、その世界(4歳)へ行ってきた。 そこは前回よりリアルな当時の世界があった。 中央保育園の面接があるというので、目新しい服を着せられて、 母の手に引かれて「同じぐらいの小さい子が多くいるところ」に行った。 そこは家から10分ほど歩いた小さな小路にあった。 面接のオジサンがニコニコしながら、色々なことを聞いてきた。 母に前もって聞いていたので、驚くほど上手く答えた。 恐らく入れるだろうと思った。 家(店)に帰った後、三輪車に乗って前の安栄館というビルの同じくらい の友達のところに行った。やはり最近できた大きなビルのところの子だ。 何か遊んでいると楽しい!
その数日後に場面が変わり、幼稚園の合格のしらせがきた。 手紙を待っていたが、何時までたってもこないので、お母さんが 「落第したのかもしれないけれど、そんなことがないはずだが・・」と言う。 ガッカリしていたところ、合格の葉書がやっと届いたが、凄く嬉しい。 クリスマスの飾り付けのため、二番目の姉の恭子と近くにツリーの飾りを買いに 二人で行った。大きな雪がフワフワと降っている。ツリーに吊るす色いろな ものを二人で選んだ。小さな家とか、星とか、動物とか、人形などがあった。 それを袋一杯に買って家に帰って3Fの食堂で飾り付けをした。ラジオの クリスマスの音楽を聴きながら、それを他の姉たちと飾りつけた。 ツリーの電飾がいやに奇麗だ! こんな楽しい気持ちは初めてと喜んでいる自分を誰かがみている。 あれは誰だろう? 翌日の朝、枕元に箱に入ったサンタの贈り物があった。 雪が、ドンドン降っていて窓の下は雪で埋まりそうだ。 突如、周りを見渡すと誰もいない空間になってしまった。 何処に行ったのだろう、皆は! 白い靄がかかり、その中で恐ろしさが襲ってきた。 目をつぶって白い布団を被った。 目が覚めると、そこは寝室の布団の中であった (o ・д・)ツ バイ! ・・・・・・ 2007/04/25 2213, 白い雲に乗って ー3 (・_・) ノ オハヨウ! これは現在の日常の話。 お風呂に入った直後の22時過ぎにクラッシックを聴きながら就寝する。 就寝30分後に爆睡を4〜5時間した後、午前の3〜4時に一度目が覚める。 そして冬時間の起床時間が5時半、夏時間は5時に起床する。 起床前の2時間が半睡状態の時間になる。その時間が、ある意味で ゴールデン・タイムになる。夢をみたり、夢と現実の塀の上を遊ぶ?
以前書いた「白い雲にのって」は、半覚醒で子供時代に立ち返った内容。 夢のような、魂の故郷を漂った白昼夢の世界の描写である(いや白朝夢か)。 白い雲に乗ったイメージで当時の思い出の世界に入ると、記憶がドンドン 出てくる。脳の奥行きの深さに驚いてしまう。
ある意味で夢と同じぐらい深い脳の領域に思える。 50〜60年前の赤ちゃんから幼児の記億の世界は、魂の世界である。 殆んど忘れてしまった、古い古い記億の痕跡への旅である。 立ち返って気がついたのは、それからの人生の激しい時代の記億より、 ず〜と刺激の強い世界の思い出である。
白銀色の毎日が新鮮な経験のシャワーを浴びているようで、愛情に包まれた 夢のような日々であった。ドラマをみているような、自分そのものが舞台劇の 小さな子供の役者を担っていた。
初めての大きなショックが、柏崎の親戚の近くの海を初めてみた時である。 それまでは近くの公園の池しか見たことがなかった。 海のコバルト・ブルーを見たときの驚きは現在でもはっきり憶えている。 それと、舟と漁師の姿と磯のカオリも記億に鮮明に残っている。 よほどショックだったのだろう。
ところで、私が生まれたのは第二次大戦の終戦の5ヶ月後の1946年1月15日である。 越後長岡の東神田で産湯をつかり、長岡駅から100�胆菷鵬擲垢了佑蝶僂忙扱邯紊� 戻ってきた。百日風邪になり「もしかしたら駄目かもしれないと医者に言われた」 と、父は口ぐせのように言っていた。 私の名前は八人兄弟の末で「八郎」というが、実際は九人目で、 もう一人2歳で亡くなった兄がいた。父が42歳、母が38歳の時の子供である。 そのためか、特に父親にはペットのように特別愛されて育った。 16歳、14歳、年上の兄と、その下に姉が4人、その下にすぐ上の兄がいて、 最後に私という構成であった。(2~3歳違いで、双子、年子は一人もいない) 終戦直後で両親は大家族の生活維持のため人一倍働かなくてはならない条件が。 産まれてから10年間の長岡のど真ん中の大手通の生活は刺激の強い環境にあった。
東神田から大手通に連れてこられた生後三ヶ月後の記憶が残っている。 リンタクに乗せられて、大手通の家に行った記憶である。 そこでは、「福ちゃん」という喫茶店をしていたが、一年もしないうちに 止め、衣料品店に転業をした。
そして2歳になった頃に、その店兼住宅を丸太を下にいれ、転がしながら、 近くの公会堂の前に引きずっていき、仮店舗を開きながら4F建のビルを建築した。 個人名義のビルは国内で始めてと市役所で言われたとか?その記憶が一つ一つ 記憶として残っている。人生を振り返って一番楽しい日々といえば、10歳までの 大手通のビルの立ち上げから、店の開店、そしてそこで起こった悲喜交々も日々。 本当に刺激的な日々だった。 ヾ(@⌒▽⌒@)ノ バイ ・・・・・・ 6225,閑話小題 〜贋作の世界 −1 2018年03月30日(金) 「ピカソになりきった男 」ギィ・リブ (著), * 贋作の世界 「開運!なんでも鑑定団」は常日頃、見ている。殆どが録画だが、骨董などの お宝の真贋と、値段の鑑定である。 特に借金の形に…、持っているお宝と交換 などに贋作が多い。その贋作専門の世界を知りたくなり、AmazonのHP内で検索 すると、面白そうな本が幾つか出てきた。その中の一冊が、これ! 贋作の世界の奥行きの深さが垣間見られる。逆上せ上った素人が一番の餌食 になることが分かる。相手は詐欺のプロの住人。 〜ネットによる粗筋といえば〜 ≪ 本書は、「その朝、俺はピカソだった」ではじまる天才贋作画家ギィ・リブ の告白手記である。波乱に富んだ彼の生涯は、まるでアラン・ドロンが出てくる フィルム・ノアールのようだ。贋作画家の前に「天才」との冠が付いたのは、 ・ピカソ、ダリ、シャガール、マティス、ルノワール、フジタ等、多数の画家の 贋作を手掛けたこと、 ・名画のコピーではなく、画家たちが描いたであろう「新作」を創造したこと、 の2つの理由からであった。 ある美術評論家は、彼の腕前を評して 「ピカソが生きていたら彼を雇っただろう」と証言している。
ギィ・リブはフランス中部リヨンの娼館で生まれた。父親は殺人犯、母親は 占い師の家庭で育ったが、少年期に家を出てリヨンの暗黒街で不良少年として 路上生活を経験。20歳の頃には天賦の才能を独学で磨き、水彩画で生活できる ようになるが、その才能に目を付けられて贋作ビジネスに取込まれてしまう。 それ以来、2005年に逮捕されるまで30年間を贋作画家として過ごした。
ギィ・リブが贋作を制作する過程が興味深い。ピカソ、ダリ、マティスに彼は なりきるのである。そのためにギィ・リブは何日間もかけて専門書を読み、試作 を繰返した。画家が、いつ、なぜ、どのように作品をつくり、いかなる精神状態 であったのか。画家のすべてを理解してから制作に取り掛かった。つまり、 ピカソがギィ・リブにまるで憑依しているような状態で彼は絵筆をとっていた。 それが彼にとっての創作活動であり、贋作が本物と認められることに彼は無上の 喜びを感じていた。そして、描き終るたびに用いた資料一切を廃棄し、本来の 自分に還っていった。
彼の告白によって贋作ビジネスの実態が詳しく明らかにされている。 驚くべきことに有名画商や鑑定家もそのビジネスに大きく関与していたのだ。 彼らは実名で書かれているので本書の記述は信じるに足りる。 アート市場に おいて絵画の資産価値が増大するにつれて、作品の品質よりも画家のネーム・ バリューが重んじられてくる。「人は作家の作品ではなくサインに大金を払う」 ようになったのである。そうした市場では、ギィ・リブのように名作の模倣では なく「新作」を描ける贋作画家は、少ないリスクで大金を稼げる制作者として 重宝されたのである。ギィ・リブの卓越した技術は有名画家の遺族によって 「本物」のお墨付きを得るほどであった。また、ある画家はギィ・リブの描いた 作品を「自分が描いた」と誤って証言した逸話が残っている。
現在もなおギィ・リブの贋作が世界中の美術館に展示され、オークションの カタログに掲載されているという。認められるまで貧困の生活を余儀なくされた 画家は多い。彼がもう少し忍耐強ければ、いずれ才能が見出されて有名画家の 一角を占めたかもしれない。ギィ・リブは仕事に誇りを持ち、憎めない性格と 魅力を備えた男である。本書はアート市場の裏面のドキュメントとしてのみ ならず、一人の男の波乱の半生の物語としても出色である。
『本物か偽物かそれほど重要な問題なのだろうか?もし絵がうっとりするほど 魅力的で、力強く、心乱されるものだったら、その絵が誰の手によるものかと いうのは、本当に重要なのだろうか?』は印象的。彼には、画家として決定的 な何かが欠けていたのだろう。しかし「贋作」を書くことについては天下一品。 それも、すでにある絵を模写するのではない。 その画家のあらゆる特徴を捉え、存在しない絵を描くのだ。≫ ― コトバンクによると…
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