堀井On-Line



6903,閑話小題 〜人生花尽くし

2020年02月07日(金)

   * 人生花尽くし

 元旦に帰省してきた息子2人と家内を含めた恒例の新年会を
駅裏の居酒屋で飲む。 そこのコースターにあったのが、これ! 
 読返すほどに味が出てくる
 
 〜「人生花づくし」〜

 親の教えは  きくのはな  
悪に染まれば  くずのはな
 人の悪くち  くちなしで  
愚痴とまやかし なしのはな
 頭は垂れて  ふじのはな  
笑顔あかるく  ひまわりで
 愛をはぐくむ  ばらのはな  
心清らか    しらゆりで
 香りも高き  うめのはな  
迷いの綱は   きりしまで
 罪と障りは  けしのはな  
失意の胸は   なでしこで
 世は移ろいて あじさいの  
翳り背負いて  ゆうすげで
 月日は早く  たちばなで  
年もつもれば  こけのはな
 恍惚きざせば ぼけのはな  
露よりもろき  あさがおで
 行者の照明  つげのはな  
散り際さやか  さくらばな
 先は浄土の  はすのはな

こんな「花づくし」の人生を送れると、いいが!

 ―
▼ 目出度し目出度し(愛でたし)だが、これでは世人そのものの、
 面白くない人生をおくる羽目に。  そこで…
「人生、生きもの尽くし」を思いたったが、即興で思いつく能もなし。
イメージは、以前、テーマにした、林に住む、昆虫と、モグラ、コウモリ、
鳥と、近くの海と川に住む魚。それぞれの生物にも種類がある。時間を
かければ面白いのだろうが… 「世人 迷いづくし」の私めには無理。
そこで、組合せを変えてみると、なかなかの捻りになる。

親の教えは  呆けの花
人の悪くち  くずのはな
恍惚きざせば はすのはな
年もつもれば くちなしで
露よりもろき さくらばな
頭は垂れて  こけのはな

・・・・・・
6538,閑話小題 〜映画評『マスカレードホテル』
2019年02月07日(木)
   * ホテル業の影の部分
 「喉元過ぎれば熱さ忘れる」じゃないが、『新潟駅前の暴力団事務所が二つ
ある中で、4棟を30年間も、よくぞ経営してきた』と…。 昨日も、地元で
暴力団が「メカジメ料」を要求して逮捕された。 脅し、自殺、窃盗、ヤクザ
の恐喝など、現在から考えても怖いもの知らずで、解っていたら出来なかったが、
知らぬが仏も、必要なことは人生と同じ!チンピラ、ヤクザ、渡りの売春婦など、
得体のしれない顧客が常時7〜8人は常住していた。そして、警察が常時、
彼らの動きを探っていた。何かあったら、寸時に、交番、警察に電話する規定
にしていた。それに暴対法で恐喝すれすれの行為を封じてしまった。
執行以来、彼らのエネルギーが激減した。植木鉢リースなど一度、妥協すると、
それが最低の利権、楔になって、業者の入替えは無理になる。 世の中には、
悪党という特別な人種が存在する。流動の激しい主要都市の駅前が隠れ蓑になる。
際どい人は、その日の宿泊費と食費を払うのが精一杯。
・夕暮れ時に出かけて朝に帰ってくる。
・映画もどきに、刑事に踏み込まれる直前に察知して逃げ去ったり、
・ロシア人が、ロビーに椅子をバリケードにして、たて籠ったり。
・訳ありの幼児?を抱えて、一週間分の宿泊代を前払いをして隠れるように
 ロビーに住む母子。
・赤いポロシャツのチンピラ風の男が、素人娘を騙し?売春や、ピンクサロン
 で稼いで… など、得体の知らない、それぞれの人生が垣間見れる。
兎にも角にも金が無いのが人生を狂わせる。『金が無い』という目安の金は、
「4万円」。 それを最後の拠りどころに、日々を過ごす人が… 
金も尽きて、駅前でホームレスなっている姿も。 誰も知らない遠くの街で、
独り茫然とすれば、それは死にたくなるのは当然のこと。その点、この高級
ホテルとは客層が違うが… 本質は何ら変わりはない。 
 ―
   ☆ 『マスカレードホテル』の解説
≪ 東野圭吾のベストセラー小説「マスカレード」シリーズの第1作
「マスカレード・ホテル」を映画化し、木村拓哉が初の刑事役に挑んだミステリー
ドラマ。都内で3件の殺人事件が発生した。現場にはいずれも不可解な数字の羅列が
残されていたことから、連続殺人事件として捜査が開始される。警視庁捜査一課の
エリート刑事・新田浩介は、その数字が次の犯行場所を予告していること、そして
ホテル・コルテシア東京が4件目の犯行場所になることを突き止める。犯人を見つ
けるためホテルのフロントクラークに成りすまして潜入捜査に乗り出した新田は、
教育係である優秀なフロントクラーク・山岸尚美と衝突を繰り返しながら、
事件の真相に近づいていく。ヒロインとなるホテルマンの尚美役に長澤まさみ。
「HERO」シリーズの鈴木雅之がメガホンをとる。≫    評価:85点
―
▼ 国内の宿泊は、ほぼ駅前のビジネスホテル。物音さえ気にしなければ、
 拘りは全くない。 格安の「秘・異郷のパックツアーハンター」を自認して
いるが、何故か8割のツアーの最終日には高級ホテルが組まれている。空けておく
より、日本人客はマナーが良いためか格安で販売する。良いものは良いが、
家内は、それが自尊心を刺激するようで… バイキングの料理を、底なしに…
40回も家内と同伴を重ねると、ホテルの朝食が日常生活のような錯覚になる。
非日常に、家内との日常が、何とも奇妙な感覚になる。それも欧州の主要都市の
高級ホテルでは… この積み重ねが、日常の粗食?に、何の抵抗感が無くなる
から不思議といえば不思議。それが日常生活にも及んでくるから、不思議。
アフリカの土人の酋長の一族が、こぞってブランド品を身につけても、漫画的
風貌でしかない。あれは、国際都市のホテルや、街角でヒケラカスもの。
貧乏人が憧れるなら、一品をさり気無く身につければよいものを… 
品性が身に付いてないのが… 漫画の世界になってしまう。サザエさんに
ブランドでは、顔とスタリルが、ミスマッチになるのと同じ。これだけは、
『馬子にも衣裳』とは違う。で、この商売を30年。そして、トリップを求めた
秘・異郷ツアー、そしてブログを18年も書き続けて、そのまま、公開するのだ
から、それは露悪。それが「売り」?でも、ドッチが? 大同小異? 同じ?

・・・・・・
5807,閑話小題 〜毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(前編)
2017年02月07日(火)
  * 毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(前編)
 5年前から本気?で始めたヨガが日常生活に定着している。
ヨガというと、修行という感があるが、これはジム内のエアロヨガ。
慣れてしまえしめたもの。私にとって、これは集団のセルフマッサージ。
 年金生活に入り、娑婆とは間を置いた現実離れをした浮世を漂う日々。
ヨガについて何度か書いていたので、HP内検索をすると、次々と出てくる。
(下記の他に、「初心者のためのヨガ」の著書の読書日記があるが、字数
制限のため除外した) 毎日書き続けているとネタ切れで、身近な日常を書く
しかない。ヨガの切口で日常を垣間見ると、書くことの妙義の一端がみえてくる。
何事も継続、継続は力でもある。未来が残されてない感が強くなったこの頃、
どうしても過去に目がゆく。そこには、様々な行蔵があるが、封印したままの
マイナーな事が沈殿している。それがフラッシュとして、思い出されてくる。
無念無想というが、その心境になるのは所詮無理。
 ヨガは瞑想が目的。その上位目的が脳をクリアーにすること。歪んだ過去から
のフラッシュに捉われない心の管理が必要となる。脳をクリアーにするのは
何のためか? 万人、それぞれ違う。私は、「地球上に生まれ、80年の命を
与えられたからには、その広さと、深さを知り、体感すること。」である。
で、今でも毎日、読書やネットやツアーを駆使して、少しでも自分の世界を
広めている。最近、アンドロイドTVが加わった。どの道、直ぐに死ぬ運命。
それに味わいを加えたい。両親の老後に一緒に住んで学んだのが、これ!
・・・・・・
2016/10/03
瞑想とは 〜1
 スポーツジムの「ヨガ」に参加を始めて4年半になるが、人気は高まる一方。
当初は週2日、3年目から週3日、最近では週4日は参加している。腰痛の
私にはセルフ・マッサージの効用があり、40年来の万年腰痛が半減している。
さらに50人の集団ヨガで、スタジオ内に満ちたエネルギーの吸収効果もある。
 それに加え、早朝のポタリング(チャリ散歩)による土手の霊気のシャワー
も効果的である。ちょい時間の般若心経の唱えも、瞑想状態である。いつ欝に
なっても不思議でない状況下で、それらは心のマイナス面をカバーするための
必要条件でもある。
 ヨガの目的が瞑想。その瞑想の上位目的は、<脳のクリアー>。 
先日のNHK・TVの『ためしてガッテン』で、「瞑想パワー」の特集をしていた。
ずぶの素人向けだが、内容は簡潔だが、内容は濃い。〜NHK/HPよりコピー〜
≪ * ボケない!脳が若返る「めい想パワー」SP
               2016年9月28日(水)午後7時30分
・ボケを防ぎ、不安やストレスに負けない。そんな若々しい脳を取り戻す方法
として注目されているのが、めい想などの「呼吸法」! めい想というと、
宗教や修行というイメージを持たれる方が多いかもしれませんが、本当の目的
は「脳が持つ本来の力を最大限引き出すこと」です。そのため今では、世界の
一流企業や医療機関が、めい想を積極的に取り入れているほどです。
・番組では今回、様々な方法を駆使して、めい想の世界をひもとくことに挑戦
しました。その結果分かったのは、毎日たった3分間、目をつぶってめい想の
呼吸を行うだけでも、脳の記憶の中枢「海馬」などが活性化、若い頃のような
パフォーマンスを発揮してくれるという。
・いま世界中の科学者から注目され、ぼけやうつ、ストレス対策として果て
しない可能性を持つめい想。ぜひ皆さんも、1日3分の新習慣でスッキリ脳を
手に入れてみてはいかがでしょう? >
▼ 30数年前から、自宅から200M先の栖吉川の土手を一時間ほど、腰痛対策の
 ウォーキングを課してきた。その時間帯を7年前から信濃川の2つの大橋を
チャリで周って帰るコースに切替えた(冬期間の4ヶ月は休止)。その途中、
大手大橋上を1キロほどヒキチャリをして歩いている。その時が私にとって
「1日のピークポイント」にしている。 ヨガ、ポタリング、夜半の睡眠時の
睡眠瞑想は、瞑想と同じような効果がある。宇宙の中で、独り佇む己の確認が
瞑想の真髄である。 真逆の人たちの仮の姿が、IT、あれら、「世間人」。
・・・・・・
2016/09/10
閑話小題 〜SJの現場で!ー��
   * 週、5回のヨガにチャレンジ
 先々週は週に5回、先週は4回、続けて参加したが土曜日の5回目の予約チップ
を2時間半前に取りに行ったところ、既になく、目標達成はならずなかった。。
今週は、4回続けてきたが、今日は如何に?と思いきや、先週同様、昨日から
腰痛が出ている。 過ぎたるは及ばざるがごとくで、週4で十分が実感。
 先日、ヨガの待合の行列の前の同世代の人に、知りあいが声をかけてきた。
『週に5回、出席しているが、欠かさず参加して何が良くなったか、今のところ
分からない』と。私の実感と同じような疑問。先週の土曜には、少し、腰痛気味
だったため、予約チップが無かったのが良かったと思っていた。
そこで、行列の間、同じ状況の私が答えは何だろう?と、暇にまかせて考えた。
『効果云々は、その人によるが、週5回は、毎日になる。好きで、調子が良く
なければ、出来ないこと。思うに、<大好きになるため>ではないか。
大好きになれば、参加する理由はなくなる。理由は<好きだから>になる。』
 大好きとしても、週5がキツイなら、週4に減らせばよい。週3回、予約チップ
を取りに行くのもキツイなら、それだけ好きになれないとことになる。
 連日、続けることが出来るのは、集団でこそ可能。意思薄弱な私に、独りは
どだい無理。 蓄群と、群れる人たちの弱点を突きながら、自分は、群れヨガに
参加している。何をか言わんやである。 添乗員の付く、ツアーに参加して
世界の僻地に行けないのに、こと日常生活で、群れたがる人たちを冷ややかな
目線で見ている私が、ここにいる。 「集団セルフマッサージ」として費用
効果としては、最善だが。腰痛からして、今日は止めにする。 お暇なことで!
・・・・・・
2016/09/04
閑話小題 〜SJの現場で!
  * チャレンジ5! 二回目の最終日に
・週に3〜4回だったSJでのヨガ・エアロ、試みに二週前から週に5回に挑戦、
SJに行く日は欠かさず参加、昨日で二週間連続10回目になる予定だった。
 「昼間の割引コース」の枠内5日間で、月、火、木、土曜日が一回、水曜日
は12時半と15時の二回のプログラムが組まれている。週5回は少々キツイが、
SJの5年半の運動効果と、ヨガの4年半の鍛錬効果で、足腰の重さが半減から
三分の一に減っている。他にも、4ヶ月前から飲みはじめたサプリ効果もある。 
先週、5日続けた効果で足腰がより軽くなった為、今週も、「チャレンジ5!」
の標語を内語で呟き、続けてきたが、一昨日のシネマをみた後、腰が変に痛く
なってきた。で、昨日は迷ったが、とにかく、10日目、あと一日続けることに
した。 その土曜日は、平日コースと、土日・祭日コースが重なるため、人気
のヨガは、午前中に予約チップを取っておかないと満席になる。経験則で、
11時過ぎに、取りにいったところ、既に満席である。顔見知りが、その場に
いて、「11時前にきたが既になかった。二時間半前にきて満席とは、ちょっと
ね〜」と愚痴。で、「チャレンジ5」の二週連続は最終日で未達成になった。
・・・・・・
2016/03/26
人生で最も大切な技術 ー34 瞑想の実践        
        『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 瞑想の実践 ー��
 スポーツジムのヨガに参加して、まる4年になる。ヨガは瞑想の合間にする、
足腰の鍛錬や呼吸法で、その目的は瞑想。当初の二年間は週2回、後半の2年間
は週4回、所要時間は45分。その最後の5分の「死者のポーズ」。大の字になり、
全身の力を抜いて、宇宙と一体化したイメージで横たわる。
 自宅で横になった半睡眠の状態との違いは、瞑想は、それらの一環で、
集団の一人として参加すること。夜半寝ている時に、この状況を頭に描くと、
似た感覚に簡単になれる。 ヨガは、生気を溢れさせてくれる。 
≪ * 瞑想を始めてみよう!
 自分を取り巻く環境がどうであれ、生気溢れた状態にさせる可能性は誰の
心の中にも必ず存在する。それは、愛情豊かな親切心、思いやり、心の平安
を体得する可能性のことで、あらゆる人の心に秘められたものである。
天然に転がる金塊と同じで、掘り当てられ、磨かれ、現実のものにされない
限り、価値が高まらない。こうした可能性を引き出し、強化育成することに
より、精神的な健全状態が一段と定着化するだろう。可能性を放りっぱなしに
していても強まることは期待できない。それは一種の技術とし習得しなければ
ならない。手始めとして、自分の心に習熟することから始めること。それこそ
が瞑想修行の第一歩なのである。まず、バランスのとれた無理のない姿勢で
静かに座ろう。座布団の上で足を交差させた蓮華座が無理なら、椅子に座って
も構わない。どちらの場合も、常に緊張のない程度に自然に背筋を伸ばした
姿勢をとることが大切である。手は膝または腿の上に置き、目は自然に前方に
置き、呼吸は自然にまかせる。心の中に、思考が浮かんでは消えるのを見つめ
ていよう。最初は、思考が消えるどころか、滝のように心の中に乱入してくる
かもしれない。その場合は、思考を停止させたり、逆に、焚きつけたりせずに、
浮かんでは消えていく様子をただ眺めているだけでいい。作業の終わりには、
次第に静寂になった心によってもたらされる温かみと喜びをしばらく味おう。≫
▼ 学生時代に座禅を知り、野狐禅としても、静かに座り、心の底から湧出る
 雑念を見つめる、もう一人の自分の影を見ていた。それが魂なのか、自分を
見つめる第二、第三の自分なのか? それは、誰も持っているはずだが・・ 
フッと思いたち、般若心経を呟いて没我の状態を瞑想と、どこが違うのか?


6901、読書日記〜『自由への旅』−4 +6902,閑話小題〜パンデミック −4

2020年02月06日(木)

2020年02月05日
6902、読書日記 −4
          <自由への旅「マインドフルネス瞑想」実践講義>
   * 第3章 ウィパッサナー瞑想への道
 般若心経の「色即是空 空即是色」を直感することが瞑想である。その為には
ひたすら唱えるしかない。唱えて、唱えて、唱えて、その唱えている自分を忘れる
程に唱えるしかない。だから暗記をし、隙間時間を埋めが有効になる。 以前、
NM式発想法の中山正和氏の「運のツケカタ」という講演を聞いたことがある。
<『般若心経』を暗記し、ことあるごとに唱えなさい。判断に迷った時に、
 一度、無に立ち戻って純心に現象を見つめることに繋がるからです!> 
なる程と合点がいき、直に暗記をしたが…  
  〜Amazonの内容説明より〜
<仏教瞑想への関心が高まっている。しかも、それが宗教的文脈でというより、
 セラピーやビジネスといった世俗的な文脈での臨床的応用という観点から論じ
られている。そのキーワードになっているのが「マインドフルネス(気づきを
保っておくこと)」である。
仏教に淵源を持つマインドフルネスが多くの人々に受け入れられ、日常生活の
中で活かされようとしていることは、非常に望ましいことだ。しかし、それが
あまりにも手軽な対症療法的メソッドとしてのみ理解されると、仏教瞑想が
本来持っている深く豊かな内容がごっそりと見落とされてしまいかねない。
仏教瞑想は涅槃という本当の自由を目指す長い旅である。
 マインドフルネスが注目されている昨今、まことにタイムリーなことに、
そのような長い旅を始めるにあたって最適のガイドブックが登場した。
ミャンマーのテーラワーダ仏教指導者ウ・ジョーティカ師の、この
『自由への旅―「マインドフルネス瞑想」実践講義―』である。>
 ―
   〜Amazonの投稿より〜
<「物質的プロセス(ルーパ)と精神的プロセス(ナーマ)が動いているので
あって『私』という存在者が動いているのではない」という第一の洞察
(名色分離智)から始まって、最終的には精神的・物質的プロセスの停止、
つまり涅槃へと至る「自由への旅」の道行きが懇切丁寧にしかもわかりやすく、
仏教の深い伝統的英知に裏付けられながら、解説されている。
 肝心の前提を取り外すといくら熱心に実践しても「われわれは経験は手に
入れたがその意味を取り逃がした」(T・S・エリオット『四つの四重奏』)と
いうことになってしまう。この部分は、瞑想に取組む者がしばしば陥りがちな
誤りからわれわれを守ってくれる。 特に興味深かったのは心を留めておく
のはパンニャッティ(概念)ではなくパラマッタ(真実)でなければならない
という重要な指摘。瞑想行にはそのような厳密性が要求されるのである。>
 ―
▼ ツアーの行き帰りの、特に帰りの機内席で、強行軍のスケジュールから
 解放され、秘異郷の感動体験に浸る時間帯の感覚が… これである。
<正しく恐れよ!>が、一連の新型コロナ騒ぎのキーワードになっている。
これを瞑想にして捩ると…  <正しくドロップしろ!> になる。
『涅槃』が、これ? 亡くなった同期の性格の共通点が、ドロップ出来ない
男たち。現実に溺れて、その泥をタップリ飲みこみ… それさえ気づかず
生臭い彼方の消えていく。それで良いんじゃないかとはいうが… 仕方ない。 
 …ドロップですか、ドロップ。いずれにしろ、『死』というドロップが
涅槃?と共に足元に控えている。

・・・・・・
2020年02月06日
閑話小題 〜パンデミック −4
   * カミュの「ペスト」
         : 不条理が集団(都市)を襲った物語
 パンデミックの恐ろしさは、伝染過程で変化すること。その対応に何れの
国も対応が遅れ、伝染を爆発的に拡大する恐れがあることだ。グローバル化
の逆効果である。ネット検索をすると、カミュの小説『ペスト』についての
解説があった。

≪ ◉ 筆者は、新型コロナウイルスの感染拡大の様を見ていると、
 アルベール・カミュが書いた小説『ペスト』を思い出す。奇しくも出版は
筆者の誕生の年の1947年だ。
カミュは、中世ヨーロッパで人口の3割以上が死亡したペストを、不条理が人間
を襲う代表例と考え「ペスト」で、不条理が集団(都市)を襲う様子を描いた。
 物語(フィクション)は、フランスの植民地であるアルジェリアのオラン市を
ペストが襲うという設定だ。ペストが蔓延する中、人々が何もコントロール
できない無慈悲な運命を非情な語り口で描いている。
◉ 新型コロナウイルスが発生し、感染が拡大している武漢市あるいは中国全土は
「ペスト」の舞台となったのオラン市(面積は64平方キロで2006年時点の人口は
68万人)とは面積・人口とも比べ物にならないが、相似性はある。
■ 新型コロナウイルスの感染拡大が継続
 2月2日現在、感染拡大が継続。中国本土での患者は1万4300人を超え、死者は
304人に達した。なお、香港大の研究チームは、武漢市の感染者が最大7万5800人
に上っている可能性があるとの推計値を1月31日付の英医学誌ランセットに発表。
余談になるが、北朝鮮の金正恩氏はこの事態に臨み、習近平国家主席にお見舞い
の書簡を送り「苦痛分かち合い、助けたい」と述べたという。それを見た習近平氏
は金正恩氏が置かれた苦境を察知し、苦笑しているに違いない。 ≫
 ―
▼ 横丁長屋の≪御隠居、八ちゃん、寅さん、熊さん問答方式で…
 熊: 何やら突然、湧いた恐ろしい大事件じゃないですか!
大家: 御前でも心配になるほど、背景が広く深いからね。まだパンデミック
   宣言が出てないが、時間の問題。中国人は国民性からして、好い加減!
八: あと3ヶ月後が、如何なっているか、誰も知るところではないね。
   ホテルでも営業していた分には…  問い合わせに、
  <中国人が泊まってますか?>になるが、棟が分れているから「大丈夫」。   
 寅: タブーのようだが、東京オリンピック開催の問題も出てくるだろうし。
大家: IOCの決断次第で中止と決まったら、何も抵抗できないしね。
  そりゃ世界中から人びとが集まってくるから… そこでウィルステロでも
  やられたら、と誰も考えるからね。
八: 穿った見方をすると、中国にとって、香港の暴動、台湾では親米派の
  総統の大勝利。アメリカ大統領は弾劾裁判から目を叛けさせてくれて…
  阿部首相は、桜見の会の汚職疑惑もアヤフヤになってしまい。
  医薬業界は特需デ、良いコトづくめ。
大家: こういう有事には、権力の集中の必要性が必要だからね。とすると…
  まあ、下衆の勘繰りになるから、ここで止めておいた方がいい。
 熊: イラン問題も、北朝鮮問題もあるし… 
八: 株価と為替相場が、目先、比較的に安定しているが、これも突然、
  どうなるか、神のみぞ知る!ですか。
 
・・・・・・
6537,閑話小題 〜世界は知らないことばかり…
2019年02月06日(水)
   * 山椒魚の生態から見えたこと
 ★ アマゾンの人が入ってない地区の動物の生態研究が生々しい
 そのレポートの一つの『山椒魚』の生存実態の内容に驚かされた。
雨季だけの湖のような水溜りの中で、山椒魚が小魚を襲って食べていた。
ところが水が減少すると共に小魚がいなくなり、仲間同士の共喰いが始まる。
そして、最後に一匹だけ大きな山椒魚が残った。そこでエラが退化をして、
肺機能が出来上がり、陸に上がって生延びる。 動物の起源は海にあり、
それらが陸上に進出してきた、そのままを一匹で体現した山椒魚には驚き… 
 象の先祖はクジラと言われる。これは、海上で肺機能をつくり上げた上で
陸上に進出し、象に進化したもの。その原型が、この山椒魚。エラから肺呼吸
を進化させて上陸したのが一般的。ガラパゴス諸島の海イグアナのように、
戻ってきて海藻を餌にするのもいる。 世界は広くて深い。
 人間様の小池(半径500m)だけが世界ではない。スーダラ節じゃないが、
<解っちゃいるけど縛られる?>  淡水や海水を飲み分けられれば、海辺の
岩場に閉じ籠って生きるのも案外、良い? 多かれ少なかれ、人間の触媒は
限られている。
 ★ この年齢になってみて、好奇心、知識欲の減退が全くないだけでなく、
 無尽蔵に増えていることに驚いている。リタイアで、空の領域が広がったため? 
それより、世界に対する‘視野狭窄’が現実ですか。まだ、このブログ習慣と、
 老年であと先が少なくなったため? 新鮮な知識が流れ込んでくるようで、
とにかく毎日が面白い! 「今の内!」感が現実のためだろうか。 いや、
50歳代に入って20数年、ズ〜ッとそうだ。 …今さらか。
丁度、個人HP、ブログ開設の準備とネットを始めた頃。 現実社会を水中に、
ネット社会を陸地に例えると、ネット世界の肺機能が出来上がり、陸地に
這い上がってきたことになる。ところで、この山椒魚のようなタクマシイのが
人間社会にもいる?。いや、人生とは、こんなもの? 全てを食べ尽し、独り
陸地生存用の肺の機能をつくり陸地に旅立っていくのが。誰の中にも、いや、
全ての生物の中に、生存競争の結果、環境の変化に対する原始的適応能力の
遺伝子がある筈。そのためには、極限に自らを晒さないと! 極限にこそ、
生きる術が、こみ上げてくる。野良猫と、山椒魚の共通点は、遺伝子レベル
の生命生存の能力。 …底の浅い人には理解不能? そりゃ、無理無理!
 ★ 『予定挫折』って言葉と、経験。 これを自らに課すのが、キャリア。
 官僚は、それぞれの省庁のノウハウで、これを計画的に行う。
創業者は、計画的自己配転で、転業で、身につける。そのため、少しパーの
要素を必要とする。 これを知識で体得できるのが地頭。イチロウ、大谷の
ような論理構築の出来るのが、叩き上げの高卒超一流選手。プロ野球から
メジャーリーグへの変身が、上陸に。その為には、二代、三代の親がかりの
必要悪が… 最後は親を食い潰して、一匹、上陸していく物語が必要となる。
出来なかったのが自分で、この様。 誰もが通る挫折への一本道。それが
結果としてベストとなるから、皮肉なもの。それが、人生でもある。
この山椒魚から自然の持つ多くの摂理を学ぶことになった。
世界は、全てが繋がっている。
 
・・・・・・
6173,閑話小題 〜映画観賞 ー『スリービルボード』
2018年02月06日(火)
   * シネマ『スリービリボード』
 前回みた邦画が面白かったが、今回はハリウッド映画。
何処にもありそうな東部の田舎町の、化粧気のない普通の中年のオバさん
がヒロインの物語が奇抜で良い。西部劇のガンマンのごとく、怒りをエネルギー
にして、立向かっていく姿に引込まれていく。フィクションなればこその物語。
  〜HPの紹介から
<米ミズーリ州の片田舎の町で、何者かに娘を殺された主婦のミルドレッドが、
犯人を逮捕できない警察に業を煮やし、解決しない事件への抗議のために町
はずれに巨大な広告看板を設置する。 それを快く思わない警察や住民と
ミルドレッドの間には埋まらない溝が生まれ、いさかいが絶えなくなる。
そして事態は思わぬ方向へと転がっていく。娘のために孤独に奮闘する母親
ミルドレッドをフランシス・マクドーマンドが熱演し、ウッディ・ハレルソン、
サム・ロックウェルら演技派が共演。「セブン・サイコパス」「ヒットマンズ・
レクイエム」のマーティン・マクドナー監督がメガホンをとった。>
  〜評価・レビューより
≪ カールした髪を少しだけ後ろで束ねて、そこにバンダナを締め、ツナギで
武装した怒り心頭の母親、ミルドレッドが、ギターの爪弾きに乗って、レイプ
され、焼き殺された娘の敵を討ちに行く。さながら現代のミズーリにカウボーイ
がワープしてきたかのようではないか! ジョン・フォードと同じくアイルランド
に故郷を持つ監督&脚本のマーティン・マクドナーは、偉大な先人に敬意を表し、
西部劇の再構築を果敢に試みている。 しかし当然、ここでは善対悪の構図は
かつてのように単純ではなく、悪人に見えた人間には情状酌量の余地が大いに
あり、さも善人面して登場する人物が巨大悪の手先だったりする。そんな時代に、
ひたすらいがみ合い、傷つけ合うことなど無意味なのだ。互いに思いやりを持ち、
理解する努力を怠らないことこそ、人としての知恵ではないのか?想定外に次ぐ
想定外で観客をとことん混乱させる物語は、最後に心和む着地点を用意して、
そこはかとない余韻を残して幕を閉じる。その余韻はしばらく消えることはない。
オスカー云々に関係なく、今年まず観るべき1作だ。≫
―
≪激しい怒りや悲しみ、笑いといった様々な感情という糸が絡み合い、最後は
 スッと解ける映画。主人公のミルドレッド母ちゃん、娘が何者かによって
殺され、一向に解決しない警察に対して、警察への非難のメッセージが記された
広告看板を建てて、それに携わった人々の人生が変わってしまう物語。
 ミルドレッド母ちゃん、町の人々から尊敬されている警察署長、そして、
マザコンのクズ警官の主要三人のそれぞれの関係者があの広告看板によって、
人生がだんだん変わる様の描き方が非常に上手い。監督が天才過ぎ。 あと、
キャストそれぞれ良かったが、一番印象的なのが、ディクソン。マザコンで
クズ保安官でだが、最初はサイコ野郎と思っていたら中盤〜終盤辺りから
印象が変わる。逆にミルドレッドは、最初は同情してたが、彼女の怒り、暴言、
暴力といった行為がかなりエスカレートしていき、町の人々は同情が失せます。≫
―
▼ アウトサイダーの生き方を標榜している私と重なる部分があってか、過剰に
 同調して見ていた? 保守的な田舎町で、三枚の大看板に、抗議メッセージを
掲げて波紋を呼ぶ、それを物語にするアイデアは面白い。
【 熊さん: 何か八つぁんに似ているね。
 八つぁん: 私は、接触を最小にしているだけ。しかし、声高々に、ここで
      書いているけどね。ここまで書けば嫌われるのは分かっているよ。
 寅さん: いや解ってないんじゃないか。「良いこと3つ、悪いこと1つ」と、
      常に言ってるじゃないか。その三倍はあるよ。何を怖れているんだ。
八つぁん: 毎日、ない頭を絞って書いていると、どうしても本音が出るの。
      怖れるといえば、もう亡くなった一番上の姉夫婦が、地元豪族的
      肩書信仰の妄信を見ていて、反面教師になっているの。
大家さん: 可愛いもんじゃないですか。フリをしていれば済む話。
八つぁん: 今さら、フリもありゃしない。かなり変人と思われてしまったね。
熊さん:  そりゃ、酷い言われようだよ。少し外れても遠からじだよ。
寅さん:  俺など、面白くてさ。フーテンの寅が、知恵足らずの男に、
      「おい、相変わらずバカか」といった返事、「御母ちゃんが、バカに 
      バカというのが一番バカだよと言っていたよ!」の台詞を思いだすんだ。
八つぁん: 実は自分もさ。本当に奴らバカなのさ。そういう私が一番バカだね。 
      この随想日記が、この映画のビルボード代り? まあ、怒るは…。
大家さん: フウテンの寅の実家の叔父さんが、寅に、「本当に馬鹿だね!」
      と言うけど、「御前も本当にバカだね。」
八つぁん: 本当にバカだもの。熊、寅が小バカなら、俺は大バカさ。
      いや、バカ違うんねん、パーなんねん、ですか。
大家さん: とすると、さしずめワシはグウですか… 何かコンだね。
      グウはパーに勝てませんってね。 グウは、愚うだもの。  
寅さん:  大家さんまで、フザケチャいけません。 それは熊と俺の役割。
熊さん:  ツマラナイというよりクダラナイ。 で、テーマって何だっけ? 
八つぁん: 風変わりなハリウッドものシネマの評論よ。 評価は85点。 
      自ら進んで映画の世界に入り込むか観劇のコツになるが… 
大家さん: 毎週、よくも飽きずに通ってるけど、そんなに面白いの?
八つぁん: そりゃ面白いよ! 一時的に「あっちの世界」に飛ぶんだもの。
      シネマ館で見るのは違うよ。1100円も出すんだよ。2000円だと、
      月に一回になるけどね… 

・・・・・・
5440,人生で最も大切な技術 ー心の自由
2016年02月06日(土)
      『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 自由への大いなる飛躍
 ここで、エゴから開放されることが、心の自由という。御隠居生活は、
今さら、老いさき短いのに、エゴもなにもないだろうという諦観が、拘りから
自らを解放させる。森の生活から、サバンナの生活の移行が、「心の自由」を
実感させる。森は森で面白いが、サバンナにはサバンナの面白さがある。
 心を自由にするにエゴからの解放を勧める。遺伝子科学は、遺伝子の進化
の本質はエゴにあると解明したが、そこは知的生物?たる人間様。せめて
心の自由を、「私の・・」からの解放が必要である。 〜その辺りから〜
≪ 自由になる、ということは、自分の運命の支配者になることである。
 ただ、自由と聞くと、行為、動作、意見等の自由、自分が決めた目標達成
の機会を獲得する自由、等というふうにとかと解釈されがちである。
そのように自由を納得することは、自分の外側に自由を置いて、思考の横暴な
振る舞いを看過することになる。実際、西欧では、自分のしたいことをして、
衝動おもむの赴くままに行動するのが自由、という解釈が一般的である。
しかし、そうした考え方はおかおとししい。したい放題とは、心を混乱させる
思考の慰み者として、自分自身を決めるのも同然である。それは、山頂で吹き
まくる風によって、あらゆる方向にへし曲げられる草と同じ状態である。
「私にとって幸福は、したいことを誰にも一切ロを挟まれないですること」
とBBCのインタビューに答えていた英国の若い女性がいた。無秩序な自由の唯一
の目標は、欲望を即座に達成することである。だが、果たしてそれが幸福を
もたらすだろうか、という疑問が生じる。その疑問には十分な根拠がある。
 自然で自発的な行動は、精神的な混乱がない限り、長所となる。しかし、
心の中で渇望、嫉妬、傲慢、恨みなどの狂犬を荒れ狂うままにさせておくなら、
間もなく、心はそれらの狂犬に占拠される。一方、自由な心は、膨大で、
明確で、静寂な空間で、そこに痛みはなく平安だけが強化される。・・(略)
心の自由は、とりわけ、「私に」と「私の」という独裁者エゴからの解放で
ある。エゴは自分が嫌うあらゆるものと衝突し、自分が欲するあらゆるものを
自分のものにしようと必死になる。それ故、自由になることは、心を支配し、
曇らせる苦痛の絆を断ち切る作業と言える。それは、自分の人生を、習慣と
心の混乱によって作りだされる性癖や性質に明け渡す代わりに、自分の手中に
収めることである。水夫が船の舵柄を緩めて帆が風にはためくままにして、
潮の流れに漂わせている場面を想像すれば、それが自由な航行とは呼ばれずに
漂流した状態だとわかるだろう。自由な航行とは、舵をしっかり握って
自分の選んだ目的地に向けて航行することである。
 日常生活でこうした自由が体得できたなら、他者に対して心が開かれる上、
忍耐力が備わることになり、自分の選んだ人生の方向からまったく外れずに、
断固として突き進む覚悟ができるだろう。実際、方向感覚を持つことは
生きる上で不可欠である。ヒマラヤをトレッキングする際には、何日でも
何週間でも歩く覚悟をしなければならない。・・≫ 
▼ 英国の若い女性が言った、「「私にとって幸福は、したいことを誰にも
 一切ロを挟まれないで・・」の「したいこと」を、「幸福になるために」
に替えれば良いこと。そのために、少々自由を犠牲にしなければならない。




6900,閑話小題 〜ゲルクッション、その後

2020年02月04日(火)


   * 今回のYouTubeシリーズは
 何度も、YouTubeについて書いているが、ますます面白さが増している。
日曜日を挟んだ辺りに集中的に見ているが、様ざまな現場のトラブルが生なま
しく放映しているため、その非日常の多彩さと、迫力は刺激の少ない日常の身に
とって、新鮮で、刺激的で面白い。 昨夜と、一昨日のは、路上の違法駐車。
投書の苦情から、TV局が仕掛けた?もの。警察官を立合いに、陸軍関係の
事務所前の歩道上の違法駐車。警察対陸軍の対立の現場版になる。陸軍の男が、
撮影者を小突いたり、自動車をぶつける。それが生々しく撮影される。
他の場面では、学校通りの広い歩道を高級車が堂々と走るのを、学生を中心に
した数人の人たちが阻止をする。運転者の『自分たちは、特別の存在で、何を
してもよいという特権意識』が露わに出ている。そして、車をブツケテくるが、
それも撮影されているため、段々と弱気になり、次々と車線に戻っていく。
ロシアは、いまだに社会主義国の価値観が支配されたままなのが、画面から
リアルに感じとられる。取り締る警官が路上駐車をしており、平然としている。
倫理観、社会意識が、そのまま露呈している。…ツアーで世界中を見て周って
きたが、倫理観不足は、何れの国でも見受けられる。特にロシア、中国が酷い。
とはいえ、ここでいう倫理は欧米目線の言葉。
 ―
   * ゲルクッションの効果
 元旦にメモ日記用の「DIARY」を購入した折に、棚エンドで山積みしてあった
のがゲルクッション。その直後、非常に良いと、ここで書いていた。 
寒くて冷たい仏間の「書斎コーナー」の3〜4時間と、寝室でのTV視聴用の
ロッキング・チェアで合計6時間は座った生活をしているが 冬場の寒さで腰痛
には厳しい。そこで数日前に二枚目を購入し、重ねて使いだしたが、1枚とでは、
だいぶ違う。二枚を重ねることで、いかに椅子座りが腰に重圧かを再確認をして
いる。柔らかく弾力が増すため、自由に腰への重圧の位置を動かすことできる。
長時間の椅子座りは腰骨に大きな負担が分る。…低反発クッションからゲル
クッションに進化した!ということ。低反発が70点とすると、ゲルが85点! 
 ―
  * 〜パンデミック 〜3
 潜伏期間もあり、今週は一応、刺激的なニュースは抑えこみが効いているが、
それでも数字は連日、1・25倍の確率で増え続けている。そのピークが3カ月後
のゴールデンウィーク辺り?と専門家の御言葉! 公共意識が低い中国なるが故
にタチが悪い。死亡率が比較的に低いのが、その中でも好材料とはいえ、油断が
出来ない。

 ―――
3237, 白川義員
2010年02月04日(木)
*「われわれが住んでいる世界っていうのは、何億光年という悠久無限の
 宇宙の中にあって、たかが知れた粟粒ですよ。その粟粒が、鮮烈荘厳で
神秘に満ちて、こんなに素晴らしい粟粒ってことを知っている人間が、
この世界に何人いるだろうか、と思い始めたわけです。それならば、
このスゴイ風景を自分が撮影して、それを知らない全世界の人間に知らしめて
やったらどうだろうと。そしてこの粟粒が全人類を乗せた運命共同体で
1点の命と知ったら、人間いかに生きるべきか、生きる方向も限られ連帯感も
生まれるだろうと、そう考えた。それが私の写真のメッセージ」
*「要するにフィルムであろうと印刷であろうと、つまらない写真を一発で
  凄い写真にするウルトラCなどないということ。小手先の技術だけで
  凄い写真が出来るわけがない。」
*「世界は『使われなかった人生』であふれている」
*「ネパールの人にとっての山が信仰の対象になるのは当たり前。
  神々しいご来光が有るかと思えば地獄のような天候に日々出会うから
  祈るしかないのだ…… 」
*「神々しい山を見ると自分が清められ透明になって行きます。」
〜 白川義員はヒマラヤや南極など世界の大自然を撮りつけている写真家。
「世界の100名山」のDVDを持っているが、素晴らしい映像が次から
次へと映し出される。20数年前、ある雑誌で彼がプロとしての写真家になる
切っ掛けになったスイスの幻影的な光景の出会いの文章を読んだ。
天国とは、このことをいうのかと写真を撮るのを忘れ見とれていたという。
その場面が、言葉の中から浮かび出てくるようであった。 私が世界中の
秘境・異郷ツアーに行くのも、スゴイ景色との出会いをするからだ。
「こんな世界が地球にあったんだ、知らなかった!」という瞬間に百回以上は
出会っている。それは、別に海外の秘境まで行かなくても、日本の名山など
でも経験可能だろう。大自然は、我われを通して自分の姿を見る。 
その経験をしてきたから、何ごとがあっても、自分の中の不安が
最小に押しとどめてくれている。

・・・・・・
6535,閑話小題 〜『動的均衡』とは
2019年02月04日(月)
   * " 動的平衡 " とは…
 分子生物学者・福岡伸一の最後の講義『生命は機械ではない』の、
‘動的平衡’が面白い! 生きるということは「動的均衡」だもの。
< 排便は、人間の食べる食品の残りカスの排出と思いきや、その半分が、
新しいインプットの交代に排出するデトックス>という。たったこれだけの
ことすら知らなかった。食べる行為が「動的均衡」。神経質になり過ぎること
もないが、大事な基礎知識。自然と世界も、この肉体も入れ替わっている。
  〜その概要は…
《 生命体の中の細胞や分子は 流動的に常に 入れ替わり続けていて
 分子レベルでいうと「1年前の自分」と「現在の自分」は全くの別人であるが、
外見的にも 内面的にも同じ " 個体 " として保たれている。そのような生命体
のバランスを ハカセは " 動的平衡 " と考えた。
〔 あるタンパク質分子のメカニズムを研究していた時、そのタンパク質分子の
 役割と重要性を 確かめるために、そのタンパク質分子の元を取り除いて発生
させたマウスにどんな変化(=不都合)が起こるのかを莫大な研究費をかけて実験。
しかし 結果は…" 何も起こらなかった "
何を意味するかというと「生命体は 機械ではない。部品の一部が 損なわれても
生物は 動的平衡を保つことができる。ということは…私達の身体の中で何か
不都合が起こったとしてもなんとかなる。細胞や遺伝子が 協力しあって生命が
維持されるようにやりくりして 働き続けてくれる…と 》
―
▼ ネット検索でみると、要約として
< 絶え間なく動き、入れ替わりながらも全体として恒常性が保たれていること。
 人間の社会でいえば、会社組織とか学校とか、人が常に入れ替わっているのに
ブランドが保たれている、そういうものをイメージしてもらってもいい。
近代科学は、生物や自然もミクロな目で見れば、部品が集まって機械じかけに
なっていると読み解いてきた。そこで大きく見失ってきたのが、生物や自然は
時間の関数として常に動いていること。絶え間なくこちらと思えばまたあちらと
動きながらバランスをとっている。>とある。
 人生一般にもいえること。自然体で生きていれば、自ずから知恵が湧出てて
バランスを保ってくれる。考えてみれば、このブログの連載のためのテーマと
内容が「動的均衡」そのもの。その背景に、18年分の蓄積がある。 そして、
それらが繋がっている。その背後には掲載出来ず、消え去った内容もある。
不安に対して、経験則、『何とかなる、その時は、その時』がある。
『何とかならないのも経験の一つ』でしかなかった。この論を人生論の
『幸福』に当てはめてみる。私は、これまでも、現在も幸せであった。
<良くない良い>の比率が「1対6」辺り。一般的には2対1。「1対1」が妥当と
思いがちだが、人間は頭脳を持っていて、「動的均衡」が働き「2対1」に。
そこに、少し意識を集中すれば「3対1」幸福感を維持できる。その確固の為の
習慣で、何とか「1対6」にしている。これが「動的均衡」にすれば、より良い
日々を過ごすことが可能に。群れるも良し、孤独も良し。その人、それぞれ。
<「生きている」とは「動的均衡」によって「エントロピー増大の法則」
 と折り合いをつけているということ、らしい > の教授の言葉が、これを
続けている動機である。 もし続けてこなかったら、静的不均衡?に… 
いや、現在の私が、その穴に陥っている? いや、不均衡じゃないし、
内面は間違いなく流れ動いている! と、これまた、日々、是、口実ですか。

・・・・・・
6171,閑話小題 〜座禅は心の安楽死 ー4
2018年02月04日(日)         
        『坐禅は心の安楽死 〜ぼくの坐禅修行記』横尾忠則 (著)
   * あっちに行った者たち
< 悟りの境地とは、雪担さんは、悟った者のことを、あっちに行った者、
 という呼び方をするが、雪坦さんはまさに、このあっちに行った人である。… 
あっちの世界には観念が存在しないのだろう。あっちの世界は、こっちの世界と
何ひとつ変わっているわけではなく、このままであるという。雪坦さんのいう
現象界とあたり前の世界よりクリアーに知覚することが俗にいう悟りの世界と
呼んでいるものかもしれない。当たり前の世界は地球ができた時からずーっと
当り前で存在していているのだろう。われわれが生まれた時にはこのあたり前の
世界がちゃんと把握していたはずだ。それがいつの間にか、この感覚を忘れて
しまったようだ。>
< 現在から数えると17年ほど前に、ニューヨークで初めてドラッグを体験した。
 目の前のグラスを掴もうとして手を伸ばした。この時、不思議な感覚を僕を
捉えた。本来ならぼくの手がグラスに近づくにしたがってその距離が縮まって
いくはずが、この時は全くそんな風には考えられなかった。僕の手が、たとえ
グラスと1センチのところにあっても、グラスに手が触れない限り手とグラス
の間の距離は月と地球の距離に等しいということを感じた。つまり、1センチも
何十万キロも距離に関しては変わりないということだった。距離の長短を決めた
のは人間で、神の世界では距離など無いはずだ。それと同じように、時間も
もともとないのかも知れない。この経験を雪坦さんに話したところ、あっちの
世界に似ているという。ドラッグの世界と根本的に違うところは、一度その
世界を経験してしまうと、泳ぎのコツを覚えると同じように、常にその状態
にあるという。その状態はきっと、カスタネダのいう分離したリアリティであり、
われわれが存在と呼ぶところのものというのだろう。いってしまった世界が実は
すでにあり――いやもしかしたらわれわれさえ‘いって’しまっているのかも
しれない―― しかし、誰もそんな風に思わないから、どこかきっと素晴らしい
世界があると思って、観念の世界を駆け巡っているのである。観念の世界は
あくまで観念で、観念の中なんぞに真理などあるはずはない。
―
▼「悟ったことがあるか?」と問われれば、「ある筈がないだろう!」だが、
 それでは、「何かしら近い状態を思い浮かばないか?」と問われれば、
(「あとはオボロ―」の話は別として…) 至高体験なら数多くある。
主に大自然の景観に圧倒され魂を揺さぶられる瞬間の歓喜。 こっちから、
あっちの世界に同化した瞬間である。
 前の会社で、取引先の営業やトップを含めた宴会で、一、ニの三で、盛上り、
集団による至高体験宴会を100数十回は開いていた。 その面白かったこと、
この上ない思い出だ。 他を加えると、どうだろう? 数知れず。
それらが、沈殿した砂金のように数メートルもあるだろうか? 時々、
『私の人生に良いことは殆ど無かった』とか、
『自分の人生を生きてこなかった』などの愚痴を聞き耳を疑うことがある。
 過去に幾つかの創業と、それに伴うビルを立ち上げる度に、心の底で、
至高体験を経験してきた。事業を失っても、この悟りに近い行蔵は、魂の
作品として心底に残っている。上野界隈の美術館や、世界の主要都市の美術館
で、世界の御宝に魂を吸取られた瞬間も然り。
 何度か経験を重ねると、それらが磁石の働きをし、自ずと、対象の魂に吸い
寄せられていく。至高体験の度に磁気が増し、様ざまな出会いを生むことに。 
 秘境ツアーは、大自然の景観に手順を踏んで、当たるも八卦、当たらぬも
八卦と踏み込んで、「あっちら側の世界」を味わう感動的遊び。副作用はなし。
 坊様は座禅を、修行者は、ヨガを通して、「あっちに行く者」たち。
プロセスは違えど、大自然の景観から受ける感動を通した至高体験で、
「あっちにトリップ」する。 今では、4k・TVでも、その一部の経験可能?
副作用が少ないが、バーチャルはバーチャル、体感が無いのが玉に傷だが。
蓄積された至高体験の感覚が、画面の触媒からボコボコと湧き上がってくる
から不思議。 
ーー
 熊: 何だ最後は、また自慢かよ、ったく。それと、悟ったこともないのに、
    よく言うよ。バカじゃないか。
 寅: 愚痴るなよ。独りの世界に浸っているだけだよ。それも小さなね。
 八: 「至高体験」と「悟り」、直感的に酷似していると言いたかっただけ。
大家: 他人からみれば、熊の言う通りだよ。経験だけは本人の体感だから、
    本人じゃない人は理解は出来ないさ、誰も至高体験とやらを経験を
    しているから、言いたいことの少しは通っているよ。
 熊: 俺もあるよ。酒を飲んで、可愛い女房とイチャイチャしている時の
    「ああ、いいな〜!」と思う心持だろう。その膨らんだのだろう。
 寅: 週に一度、早朝にさ、独りで近くの川辺を散歩するが、草の匂いや、
    鳥の鳴き声や、河のセセラギを聞いて歩くと、嫌なことを忘れるよ。
    それと同じだろう。何か、こっちから、あっちに行っている感覚が
    好きなんだ。この習慣で大いに助かっているよ。
大家: 私は少し高尚で、読書を兼ねた魚釣りの時間さ。だから、憂さの
    溜まりようがない。自然に一体となった感覚が好きだよ。
 八: 私は、4月〜11月まで、自転車で、一時間のチャリダ―になってるの。
    もう8年になるけど。信濃川の大河と、近くの栖吉川の土手が、これ 
    また最高の環境よ。 クラシックやポップをiPodで音楽を聴いたり、
    無心になってね。
 熊: そうそう、最近、シリーズモノの夢をみるんだ。それが面白いの。
 寅: 俺たちの話は、この辺にして… 限がないもんね。

・・・・・・
5804,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −2
2017年02月04日(土)
   * 鮮烈荘厳で神秘に満ちた粟粒の光景
 たまたま、7年前の写真家・白川義員の文章があった。
4k8kTVで、YouTubeサイト、『世界の秘境 高画質』などで検索すると、
次々と息をのむ光景が出てくる。それも現場で見るのと遜色ない神々しい
シーンなら… 何おか言わんである。4k8kのビデオカメラから映し
出された世界中の秘異境の高画質のものなら、感動しないわけがない。
間違いなく旅先で神秘的な光景を見ることが出来るとは言えない。絶妙な
天候などで、外れる可能性を含んだ上で、その神々しい光景との一期一会の
出会いが感動を高めてくれる。 『長岡花火 フェニックス』と、音声入力
をすると、現場の裸眼で見るのとは違った高性能カメラが映しだす信じがたい
色彩の花火が息もつかさず現れ出てくる。 以下の文章にある、
<スゴイ景色との出会い>が、現場とは違ったカタチで、TV画面を通して、
気楽に見れる。 毎日、その画面を見て、独り溜息をついている。
秘異境での光景との出会いが沈殿してあることもあるが。 
それもこれも、高質な『キーワード』に順じて写真、映像が出てくる。
経験があればこその『キーワード』であり、映像である。これが、プロだけで
なく、一般人が高性能のデジカメを持てる時代の産物である。 例えば国際線の
機長が、機上で目にした下界の光輝く景観の写真集を、図書館で見つけたことが
あった。機長しか見れない光景だからこそ素晴らしいのである。
 娑婆に執りこまれていては、見ても見えず。そちらから、娑婆を新たに
見れば、内幕情報とか何とかなど、何おかいわんになって然るべきになる。 

・・・・・・
5438,人生で最も大切な技術 ー�押�
2016年02月04日(木)
       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 厄介な感情と、その治療法、        
 ネガティブな感情に対してのアプローチに、「解毒剤」「解放」「活用」
の三原則をあげる。問題を直視し、根本問題レベルに下がって解決しようと
するもの。私が取入れてきた問題に対する「正中心一点無」である。
何事もネガティブのまま放っておけば、ポジティブの感情まで歪む。
  〜以下の瞑想の解釈が分かりやすい。
≪ 瞑想は、退屈な日課を小休止して、木陰に静かに座ってリラックスする
 こととは違う。物事の新しい見方に慣れ親しみ、心に生じる思考を正しく
管理し、人々に対する見方と世の中での経験の仕方を体得する新たな道である。
 仏教は、以上を「習熟」するために、様々なアプローチを提供している。
とりわけ、「解毒剤」と「解放」と「活用」を三原則とする方法が最も主要と
なっている。「解毒剤」の方法とは、各種のネガティブな感情に対して
処方された特別の解毒剤で対応するというものである。
・一番目の「解毒剤」とは、生じてくる感情を即座に直視し、
それが自然に溶け去るままにする方法である。毒を中和させるやり方。
二番目の「活用」法とは、感情に自然に備わった力を、心の変革の触媒として
利用すること。どの手段を選ぶかは、使おうとする瞬間、状況、能力によって
決まる。これらの方法には、対立する厄介な感情の犠牲になるのを防止する
のに役立たせる、という共通の側面と目的がある。
・二番目の「解放、解脱」。この方法は、苦痛をもたらす感情に適した、
個々の解毒剤を処方することで、感情を抑えようとするのではなく、根本的
レベルに下がって、すべての心の苦しみを一つの解毒剤で退治するという方法。
心の自然の活動を抑え込むことは、不可能であると同時に望ましいことはない。
また、思考を遮断するのは無駄であると同時に不健康である。感情をつぶさに
調べれば、それがダイナミックに流れていて、それ自体には本来備わった
固有の実体がない、ということに気がつくだろう。こうした現象の非実在性
を仏教では「空性」という言葉で表現している。厄介な感情を正反対の感情
(例えば、怒りに対する忍耐)で相殺しないで、単純に感情そのものの性質を
熟考するだけにとどまった場合、何か起こる感情を解き放つ術。
・苦痛を伴う感情を無効化する三番目の「活用」の方法は、最も繊細で
神秘的、その上、罠に嵌りやすい。感情を熱心に調べると、楽譜のように、
無数の要素とハーモニーで成り立っているのがわかるだろう。例えば怒りは、
時に人を奮起させ、行動に導くし、障害を克服させる力ともなる。その上、
それ自体が有害とならずに、明快で焦点が合って、効率がよい側面もある。≫
▼ この4年間、前半は週二回、後半の二年間は週三回、ヨガに参加。
 そこはポジティブの空気が満ちており、ヨガマット内の独りの世界が良い。
ヨガは静かな運動と、深く長い呼吸が主の瞑想世界だが、浮世からの
トリップは、慣れるほど深くなる。やはり、般若心経は暗記した方がよい。


6899,閑話小題 〜人生の出口戦略

2020年02月03日(月)

   * 出口戦略
 ネットサーフィンで、<出口戦略(exit strategy)>の言葉が引っ掛った。
あと一年で、私も後期高齢者の仲間入り、同期の男たちの3割は鬼籍に入った。
それぞれの死に様があるが、彼らに人生の出口戦略が有ったか、否か。
  〜ネット検索によると〜
【 軍事用語で戦場から兵を引き揚げる際、人命や物資の損失を最小限に抑える
 ための撤退作戦。 ベトナム戦争時にアメリカ国防総省内で使用されたのが
この語の始まりとされている。転じて、金融緩和や財政支出によって景気が浮揚
したと判断し、金融引締め、財政支出削減に転換することをさす経済政策用語と
して頻繁に使用されている。市場に大きなショックを与えず、持続的な経済成長
へ導くよう軟着陸させることが優れた出口戦略であるとされ、誤ると景気は後退、
ふたたび金融緩和、財政支出拡大に舵(かじ)を取らざるを得なくなる。
2000年代の日本は出口戦略につまずくことが多く、そのことがデフレ経済の
長期化を招いたとされている… 】
 ―
▼ 出口戦略といえば、51歳で88歳の母親を見送ったあと、還暦までの9年間で
 30年分を前倒し、圧縮して生きる決めて、このブログを開設し、秘異郷旅行を
一段、ギアアップして生きたのが、私の『出口戦略』になっていた。還暦には、
独りで、心の中で『万歳』と叫んでいた。次は、事業清算になるが、きれい
サッパリ過ぎてフワフワした気分。これも出口戦略の一環? 太平洋戦争から
バブルと、その崩壊以降、何とか破綻に至らず、インフレ経済からの出口戦略で、
軟着陸出来そう? それともパンデミックで、オリンピックの中止で、日本経済
が大混乱…も無きにもあらず。 この一週間が見もの!
 
・・・・・・
6534閑話小論 〜映画評・『否定と肯定』
2019年02月03日(日)
   * ある映画批評
 映画といえば、昨日、録画をしていた映画『否定と肯定』が面白い。
<「ホローコースト」が元もと無かったと主張する学者が、それを批判をした
学者を訴えた裁判の物語。> 戦勝国とユダヤが、ホローコーストを
デッチあげと堂々と論陣をはる学者。日本の保守系?の政治評論家も、一時期、
同調?し非難を浴びていたが。ナチ肯定論学者の偏見?が、あまりに極論過ぎ… 
収容所の生残りの証人に対する罵倒も酷い。 腕の収容者ナンバーに対し、
「それで、どの位、稼いだ?」「収容所など、後で偽造したもの。勝者側の
でっち上げ」と論をたてる。裁判所前には、ネオナチ党のグループと、被害者
などの反ナチのグループが裁判関係者に罵声を投げかける。訴えられた弁護側は
ヒロインに、「相手にすれば同じ目線に引きずり降ろされる」と無言を要求する。
  〜Amazon 評論〜
【 ホロコーストの“真実"をめぐって、女性歴史学者はどう闘ったのか
 インタビュールームにリップシュタットが入ると一瞬で空気が明るくなった。
「通訳が間に入ると、私のユーモアがうまく発揮できないわ」と笑う歴史学者は、
17年前、世界中が注目する世紀の裁判に出廷した。 彼女は著書
『ホロコーストの真実』の中で、イギリス人歴史学者D・アーヴィングを
「ホロコースト否定論者であり、極右派である」と書き、名誉毀損で訴えられた。
裁判で勝つには、「ホロコーストは事実だ」と法廷で証明するしかない。
かくして、ポーランドでもドイツでもなく、イギリスにおいて「ナチスによる
大量虐殺はあったのか」を判断する裁判が行われることになる。
 その経緯を認(したた)めたのが本書『否定と肯定』である。ユダヤ人としての
出自、弁護士選びでの逡巡、狂騒するマスコミ、著名映画監督からの金銭的援助の
オファー、さらには法廷に立つアーヴィングが着たストライプのスーツ、ランチで
弁護士が食べたまずいサンドウィッチの話まで。記述はこれでもかというほど詳細だ。
「解説するのではなく、一連のすべてを書いて、読者に判断して欲しかった」
詳細な記述が臨場感をもたらし、情景が目に見えるようで、読物として面白い。
近年、ホロコースト否定に限らず、「歴史修正」や「オルタナティブファクト
(事実に対するもうひとつの事実)」を奉じる動きが世界中で見られるようになった。
「物事を捉えるには『事実』『意見』そして『嘘』の3つの見方があります。
例えば、第二次世界大戦があったことは『事実』。そこで大量殺人は起きていない
というのがホロコースト否定論者の『意見』。個人的な意見を持つことは自由ですが、
事実と混同すると、それは『嘘』になるのです。昨今の歴史修正論者はカギ十字
付きの制服を着ません。あたかも羊の皮を着た狼のように。白人優越主義者は
おしゃれなプレッピー風ファッションで、『白人のアイデンティティを祝福させて
ください』などといいます。これを私はエスノナショナリズムだと思い、危険に
感じています。今後、白人優越主義者が行進するとき、彼らはわかりやすい旗など
振らないでしょう」
『否定と肯定』は執筆中からすでに映画化のオファーがあったが、いよいよ
現実のものとなった。リップシュタット役を演じたのはイギリス人実力派女優
レイチェル・ワイズ。 映画は、原作の詳細な記述が、よく生かされており、
非常にリアルな作品となった。
      評者:「週刊文春」編集部(週刊文春 2017.11.30 号掲載) 】
――
▼ ここで、<「物事を捉えるには『事実』『意見』そして『嘘』の3つの見方
 がある>と。世間話という御伽話の幻想の中で生きている人たちの問題点が、
『嘘』が、伝播の過程で下ぶれを起こすこと、尾ひれはひれが数知れずつく。
それが『事実』を変容され、『意見』に大きく左右する。『事実』と下系の
『意見』が一致して、『嘘』に比重が移動する傾向になる。フェイクが、恰も
『事実』と混同し、『真実』に変容していく。 500mの神様に取り込まれ、
一生を、その溝沼のヘドロに沈んでしまう。これは、別に地元だけでなく、世界
一般にいえること。「何も知らないということが、何をモタラスか理解できない。
人生の晩年に差掛り「知らなかった恐ろしさ」に愕然とする。何はともあれ、
読書をつづけて、自分の頭で判断する努力は、自分自身しか出来ない! 
ヘドロの沼のボウフラ。まず、その自覚が第一歩。 それってのは私のこと?
「人間も、人生も流体。固体ではない」というが、この激変の時代にあって。
時々刻々と、変化せざるを得ない。ヘドロ化とは、新たな潮流から取残された
半端な濃厚な部分。19年分の過去文を流し読みをすると、それが見えてくる。
恐ろしいかなである。『真理』『真実』『事実』『現実』『嘘』。何でしょう、
これらの言葉は? これらを銜えたハイエナ、いや古狐が、今日も走り回る!

・・・・・・
6170,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −3
2018年02月03日(土)
              <『人工知能の哲学』松田雄馬著>
   * フィルターバブルとは
<インターネットで、利用者が好ましいと思う情報ばかりが選択的に提示されて
しまう現象。サーチエンジンなどの学習機能によって、利用者の望む情報が優先
され、望まない情報から遠ざけられることにより、自身の作り出したフィルター
で泡(バブル)のように包まれて、思想的に社会から孤立するさまを表す。
米国の活動家イーライ=パリサーが自著で用いた造語。>
 Yahoo!で商品を検索すると、検索した商品と、関連商品が次々と表示される。
便利は便利だが、Yahoo!のブログにも同様なことが起きるため、閲覧する第三者
にまで知られることになる。これを購買戦略に個々に応召したのが‘パーソナライ
ゼーション’。 〜ネット辞書によると
<パーソナライゼーションとは、顧客が望む時間、場所、方法で直接顧客に訴え
かけるコンテンツとエクスペリエンスを提供するための戦略と戦術のこと。
消費者が購入プロセスの主導権を握るようになるにつれ、パーソナライゼーション
は成功への要件となりました。>
―
 40数年前に、11年ぶりに地元にUターンをしてきた時に直感したのが、この
「フィルターバブル」の臭気である。多かれ少なかれUターン時に受ける故郷の
味だが。閉鎖的社会の城下町の長岡藩という分厚い文化の壁に囲まれて、思想的
にも社会的にも孤立した世界を構成している。 江戸時代から営々と続いた閉鎖
社会自らが生み出したフィルターで生じた泡で囲まれた大いなる?藩社会。
大いなる田舎といえば名古屋が、それに近いというが… 
 逆に商売上のリサーチからすれば、簡単に入りこめる世界でもある。
老舗とかいう地方豪族が営々と築いてきた人間関係を探ればよい。そこには、
うって付の文化の世界がある。茶道、華道、そして地域社会ある、ロータリー、
ライオンズや、出身校の集まりに下っ端から入り込めみ、臭気を身に付ける。
10年、いや5年もすれば立派なインサイダーに一員に成長すれば快適な社会だ。
 私の選択はアウトサイダーだが、リタイア後からして、性格からして、正解と
確信している。幸い、Uターンから42年経過するが、30年間は新潟通いのため、
泡の臭気は、最小で済んだ?が。地元の親戚の葬祭冠婚の集いに参加する度に… 
 アウトサイダーは、常に身を正しておかなければならないが、実際は逆。
で、こうしたツマラナイ文章を書いている。‘金儲けの神様’の異名をとった
直木賞作家の邱永漢が、『出身地で事業を興すな、やむを得ない時は、一切の
付き合いを断て』と宣っていた。「地元の常識は、一歩出れば非常識である」と、
言いたかった。 
 人間は、誰でも「自身で作り出したフィルターで泡のように包まれて、思想的
に社会から孤立する傾向」にある。まず気の弱い者が、虐めで自滅。群れをなす。
その大人版の群れが、世間。その構成員が世間人。問題は、眼に見えない縛り。
 ここで、数十回も述べているが。 しかし地元密着の、例えば電器屋の生き方
もある。 セブンイレブンを30年近く経営している学生時代の友人が、
「最近、近所の見守りまでしている」という。それはそれで、生きがいになって
重荷でないという。インサイダーも、止まらず進化していれば、決して泡は発生
しない。逆に、独りで泡に囲まれているのはアウトサイダーもある。 孤高を
気どって、綺麗ごとを求めている貴乃花親方?。いや、私もか。
寂しく、独りで彷徨っています。
―
・熊さん: ったく、如何でもいいだろう。俺なんぞ、泡踊りの熊さんって、
  言われてるよ。その何が悪いんだ。いらぬお世話さ。知らない強さもあるよ。
・寅: ただ黙ってりゃいいことを、グダグダと。娑婆では、それぞれ、知って
  いることしか、知らないんだから… そうだろう。八つぁんよ!
・大家さん: 八つぁんは、自分がバカだから、他人までバカと思いたいんだよ。
・八つぁん: そうじゃないよ。バカに耐えられないから、自虐的に書いてるの。
  それにしても、急に熊さんが登場してくるとはね?
・熊さん: 見ちゃいられないよ。俺より遥かにバカをみると! 
・寅さん: 熊さんほど、バカじゃないよ。熊さんは純朴バカ、俺はヒネタバカ。
  八つぁんは、バカぶっているバカ。
・大家さん: 寅さんも良いこというね。
・八つぁん: 瘋癲の寅じゃないけど、バカにバカというのが本当のバカだよ。


6898,映画観賞 〜『AI崩壊』

2020年02月02日(日)

映画観賞 〜『AI崩壊』

   * 『AI崩壊』 
 この10数年、コンピューターが人間を支配する映画を数多くみてきた。それが
25年後の2045年に現実化する可能性が… 云々が問題になってきた。この映画は、
AI社会を映像化してみせる内容でなくで、それに携わる人間社会の問題。やはり、
日本は、その分野は二番、三番手を思わせるストーリー。驚いたのが、月末の
平日に関わらず100人近い観客の入り。人はAIの未来像には惹かれるということ。
≪  【解説】
◉ 「22年目の告白 私が殺人犯です」の入江悠監督が自身のオリジナル脚本で、
AIを題材に描いた近未来サスペンス。2030年、天才科学者の桐生浩介が亡き妻
のために開発した医療AI「のぞみ」は、年齢、年収、家族構成、病歴、犯罪歴
といった全国民の個人情報と健康を管理していた。いまや社会インフラとして
欠かせない存在となった「のぞみ」だったが、ある時突然、暴走を開始。
AIが生きる価値のない人間を選別して殺戮するという恐るべき事態が巻き起こる。
警察庁の天才捜査官・桜庭は、AIを暴走させたのは開発者である桐生と断定。
身に覚えのない桐生は逃亡を開始する。桐生は「のぞみ」を管理するHOPE社の
代表で、義弟でもある西村悟とひそかに連絡を取りながら、なんとか事態の収拾
を目指すが…。 ≫  :評価85点。 
 ―
▽ 昨夜、近未来を暗示する映画『トランセンデンス』が放映された。
 偶然にしては出来すぎだが、これも今さら語ることでもない。
 ―   
  〜検索すると〜
≪ ◉ 世界初の人工知能PINN(ピン)を研究開発する量子コンピュータ科学者
ウィル・キャスター(ジョニー・デップ)とその妻エヴリンは、コンピューター
が人間の能力を超えた世界を構築する為に、技術的特異点(Singularity)への到達
を目標に、感知コンピューティングを開発していた。
 しかしそのさなか、ウィルは反テクノロジーを唱える過激派テロ組織RIFT
(リフト)の凶弾に倒れてしまう。エヴリンは夫を救うべく、死の際にあった
ウィルの意識をPINNにアップロードする。彼女の手により人工知能としてよみが
えったウィルは、軍事機密から金融、経済、果ては個人情報にいたるまで、あり
とあらゆる情報を取り込み、驚異の進化を始める。 ウィルとエヴリンは荒野の
小さな町に巨大な地下施設を建造し、身を潜めながら様々な研究を続けた。
◉ 2年後、ウィルは自らの思い通りに動き、瞬時に人間を治療するナノマシンを
完成させ、施設には多くの人が救いを求めて訪れるようになった。 しかし、
このナノマシンを投与された人間は肉体を強化され、またウィルの意識とリンク
して意のままに操られてしまう。この人間をRIFTは「ハイブリッド」と呼んで敵視、
FBIからも私設軍隊として脅威と認識されはじめる。ナノマシンを使って人造人間
をも作りはじめたウィルに、エヴリンもまた疑念を抱き始めるのだった。 ≫
 ―
▽ 比べようがないほど、この洋物の方が面白い!   :評価90点。
 いい歳をした大人が、毎日、YouTubeをみたり、録画した300本のブルーレイ
の映像世界を彷徨い、それにも飽き足らず、週一のシネマ館通い。そして、この
ブログの作成に熱中! そのどれもこれもが、面白いとくれば、その日常に疑問を
持ちようがない。 いや、やはりオカシイか… 御宅そのものじゃないか。 
 先日も、YouTubeに「タンザニア」のドローンの空撮映像があった。
その時、20年以上以前の既視感が湧きあがり、その空撮の映像が、三カメ映像の
ように思われた不思議な感覚。こうなると病気? 今年は是非ともゴーグルで
アフリカのサバンナを散策してみたいが… 数年前に、親戚の葬式で、10歳、
年上の従兄が、いみじくも語っていた… <10年は長生きをしたい>といっていた
のが、これですか。

・・・・・・
6533,閑話小題 〜確かに便利になっている
2019年02月02日(土)
   * 冷凍食品の商品開発が止まらない
 競争で面白いのが最近の冷凍食品。 競争相手はファミレス、コンビニ、
スーパーの惣菜。 昼時に家内の外出が多いため、総菜売場の「冷蔵」の
ラーメンパックか、「冷凍」食品を買置きをしておく。その冷凍食品の進化が
止まらない。スパゲッティ、ピザ、焼き飯。最近、頻繁に買うのが、焼肉ライス
バーガ。これにフリーズの具入り味噌汁。手間は5分で目安が150〜200円。成る程、
これは便利。スーパーの野菜売り場には、「洗わずに、そのまま食べられる切り
刻んだ野菜パック」が並んでいる。考えてみれば、規格外れで売れない葉物を
カットすれば仕入れ値が半値以下で済む筈。若い人は結婚をしなくなるわけだ。
面白いのが家内の対応。二人の時には、絶対に自分が主導し完成形にする。
それで、あたかも自分が全てを作った錯覚になり、こんな、拙いモノを…と愚痴
を加える。モスバーガのメニューにあったようだが「焼肉ライスバーガ」の冷凍
には驚いた。ならばマクドナルドもと、<マクドナルド ライスバーガー>と、
検索すると、あるある。おまけにカツ丼も出てきた。面白い時代である。
年金生活も面白い!と思えば幾らでも楽しめる。 一番良いのは‘昼飯抜き!’
 追: そういえば、スキ焼もあった! ネット上だがステーキも… 
    居酒屋の美味いステーキも、もしかしたら…
いま現在、頭の浮かぶ新製品? 焼きサンドイッチ、焼き芋、寿司(ある?)
すっぽん雑炊(ある?) フグ刺し(ある?) 問題は価格ですか。
 ところで、この随想日記、この瞬間の冷凍パック?と想うと… 
『永遠の今』。 いや、『永遠の居間』ですか、ここは。

・・・・・・
6169,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −2
2018年02月02日(金)
              <『人工知能の哲学』松田雄馬著>
 強い知能とは、「精神を持つ」知能である。だから、精神論を馬鹿にする
なかれである。問題は、純粋で、崇高で気高く、力強いかどうか。20代、30代
の自分が今さら懐かしい。若さゆえの清濁のそれは、それとしてもだが… 
「人工頭脳」の本質を哲学をすることから人間の頭脳、生物のづ頭脳を問う
ことになる。だから説得力があり、理解しやすいのである。
   △ 人間に出来て、機械に出来ないこと
≪・「弱い人工知能」にとって、まず「何が出来ないか」を知ることが重要だ。
 それは「自ら意味を作り出す」ことと考えられる。…私たちの脳は「生存脳」
と「社会脳」が関わる中で、豊かな社会性を作り出している。社会性は、他者の
「行為の意味」に対して「共鳴」し、「他者理解」を行う中で形成されていくと
考えられる。…私たちが世界を認識できるのは、私たちが「身体」を持つからだ。
機械にとっての「意味」は、こうした「身体」を中心に置いた考察が必要だ。
私たちにとっての「意味」とは、「行為の意味」であり、「行為」を行うには
「身体」が不可欠になる。「身体」にとっての「意味」は、「身体」と「環境
(状況)」との関係において、即興的に作り出される。そのために、強い知能が
必要になる。それが人間たる由縁である。
 ―
   △ 意味を持つとは「物語」を見出すこと
・「椅子」を認識するに、「椅子に座って考え事をする」「椅子に座って休む」
といった「物語」を見出している。自身の物語の中に、椅子という存在を見つける
ことで、関係性を見出す。これは、まさに「意味を見出す」ことである。≫
 ―
▼ 学生時代のゼミ友との様々な議論が忘れられない。その一人の、自由課題が、
 <人生の年代ごとの価値観の変遷>という、思いもよらないテーマに驚いた。
奇抜な言動が面白い人物だった。結局、テーマが実力に伴わない?ことも
あってノイローゼ気味になって卒業の直前、ゼミをやめるはめになった。
 価値観といえば、太平洋戦争と敗戦は、明治維新、戦国時代、二度にわたる
蒙古襲来と撃退、を超えた日本の歴史上、最大の事件だった。その廃墟の中で
アメリカ主導の民主主義に国民は戸惑った。父が死際に、「太平洋戦争を境に
した二つの人生を生きた気がした。」と語っていたが、価値観の劇的変化が、
そう言わせたのだろう。「天皇」中心の軍閥主導の思想を妄信するのが善で、
個人の考えを口に出すの悪だったのが、根本から、否定され、自由、民主主義と
言われても、何が何やら? と、戸惑うのも当然のこと。全体主義の中の市民の
「弱い知能」から、アメリカ的個人主義の、個々人の「強い知能」が求められた
動揺は大きかった。生きる意味が、「国家天皇への御奉仕」から、個々人の
人生を全うする生き方への変更である。そして器用な日本人は素朴な性格も加え、
即座に適応。地政学的の関係で、共産圏からのアメリカの防御盾と位置づけされ
現在に至っている。怖ろしいかな、今では、北朝鮮からのアメリカの盾に? 
 韓国、日本、台湾は、中国、北朝鮮、ロシア人からみれば、「バナナ」。
中は白で皮が黄色。イエローモンキーと揶揄されるのも理解できる。そして、
それなりの「強い知能」を持った白人第一主義のトランプ大統領の登場となる。
彼らにとって、日・韓・台湾は、地勢上の盾でしかない。必要になれば、当然
戦場にすると考えるべきである。とにかく、「弱い知能」の人達からなる、
盾でしかない。ならば今の内と… 熊さん、寅さんの政治談議的になったか。
 ――
熊さん: 石ころも少し離れて見りゃ砂利じゃないかい。
寅: せっかく寝ていたのに起こすなよ。砂利じゃなくて、砂だろ。
大家さん: せっかく、八つぁんが真面目くさってきたのに台無しじゃないか。
八つぁん: いいんだよ、こんなもんだよ。金サマと、トラちゃんの掛合いを
  みていると、情けないというより、神様の思し召しと思えるよ。この二人
  から、根こそぎ、人生の砂場を鳥観し、考え直せとね。 
  釈迦の説教、屁、一つとしてね。いや二つか。選ぶ方も選ぶ方だがね。
大家さん: 民主主義と、独裁主義の限界を、そのまま、提示させているだけ。
  これが現実としてね。
神様: これからビッグ・ブラックスワンが、次々と到来しますよ。大量に!
熊: 有り金持って、酒を買ってくるよ。酒で気を紛らわすしかないよ。
大家さん: 我が家にはシェルターが、あるの。
神様: さっき、全部、焼いておいたよ。どのみち、同じことだもの。
寅さん: 八つぁんよ、何で俺たちを呼び起こすんだよ。ハチャ滅茶じゃ。
八つぁん: 「弱い知能」が気になって、最後に掻き混ぜたくなったの。
熊さん: チョッとストーブの温度が高いからじゃ? 
 
追)偶然だが、以下の通り、「弱い知能」は、世間と寝て、隣家の火事に
 鈍感になって、もらい火で全焼か焼死ですか。ノウタリンとは私ですか。
 それとも? 
――――――
5802,なぜ日本人は世間と寝たがるのか ―読書日記 1
2017年02月02日(木)
      <なぜ日本人は世間と寝たがるのか: 空気を読む家族
                         佐藤 直樹 (著) >
   * 世間とは何か?
 私の好きな?「世間学」の本。 しかし何故か私は世間が大嫌い。
「私」という個人に目覚めた為である。逆に、世間には、「私」という個人に
目覚めてない人が、殆ど。 何処かしこにも存在する、18歳までに擦り込まれた
常識に縛られていることすら気づかず一生を終える人たち。 日本人には欧米の
‘社会’が根付かなかったという。
ホンネが「世間」、タテマエが「社会」の二重構造が日本社会の特徴。小さな
島国では致し方がない。「世間」=「自分(の周囲)」、「社会」=「他人」
の切口がある。それもこれも、脳内の妄想のなせる業でしかないが。それでも
情報化の進展で、その圧力は減っても、まだまだ根が深く、こびり付いている。
いま流行りの「おもてなし」も、世間が織りなす特徴。
   〜まずは、内容(Amazon)より〜
≪ なぜ、妻を「ママ」とよぶのか。母子心中は、どうしてなくならないのか。
 事件の加害者家族がメディアで謝る理由は。 よく考えたら奇妙なことが、
あふれている。“「私」なき国”の家族のありようを徹底解剖。
 「世間学」で読み解く日本の実像。≫
  〜あるレビューより〜   <解りやすく要約してある>
《 著者は、日本は、西欧に倣って近代化せざるを得なかった、どの「発展
 途上国」の中でも、人間の尊厳と一体の「個人」の輸入に失敗した唯一の国。
そのため底部に「世間」(ホンネ)という人間関係が存在し、その上に社会
(タテマエ)という人的関係が存在する2重構造になっている。
日本の家族は、「世間」の侵食に対して、個人が存在しない為に「愛情原理」
をもって社会に対抗・対立できる西欧の近代家族と異なり対抗できない。
98年、アーカンソーの学校乱射事件では、メディアによる犯人少年の実名
報道に対して、実名を知った人々から、その家族には手紙が殺到したのだが、
その内容のほとんどが、犯人少年の家族を激励する内容であった。
 戦前の天皇制ファシズム体制の中では、国という「公」に対して、「私」
としての国民が滅私奉公を強いられた。戦後、国に取って代わったのは企業や
会社であり、世間もそれに準じるので、「公」である企業に対して「私」で
あるその構成員が滅私奉公を強いられている。「家族思いの良い夫」=
「公としての家族に滅私奉公してくれた良い夫」と。
 80年代以降の高度資本主義=高度消費社会の成立の中で、家族や学校を巻き
込む形で外部の経済原理=市場原理が席巻する。それによって「愛情原理」を
もつ家族が「解体」され、子どもも商品経済に巻き込まれる。
 お金さえ持っていれば市場経済は大人と子どもを区別しないので、子どもは
小さな大人」となる。この風景は、どことなく欧州の「中世」に似ている。
こうして日本では近代家族が成立しないまま、個人を単位とする社会が進む。
 こうした状況を背景として、96年には選択的夫婦別姓法を盛り込んだ民法
改正案が国会に提出される。
 フランスでは、婚外子出生率の上昇などで60年代以降、その問題は表面化し、
99年のPACS法の成立で、事実婚をしているカップルに法律上、結婚している
カップルと同じ保護を与えた。フランスの52%、スウェーデンの55%と比べて
日本の婚外子は2%、と依然として低い。 これは「できちゃった婚」のように
世間体を考えて、子どもができたら結婚しなけばならないと、「いえ」が完全に
内面化されているから。 夫姓も96%あり、妻が夫の「いえ」に入るという
「世間」における「身分制」が貫徹していると考えるしかない。
 結婚後の姓についての考え方は、83年の47%から10年ないし15年間は03年に
29%と伝統的な意見が減少したが、最近の5年間では4%増え、98年と同じ数字に
なり、世の中全体が保守化している。
 日本の夫婦間では、互いにその名を呼ぶことは稀で、子どものいる場合、
互いに「お父さん」「お母さん」と読んで、何の違和感も感じない。
 これは自分たち夫婦が男と女の関係としては既に終わっているということを、
堂々と宣言していることに他ならないが、子どもを中心としたタテの関係の
親族名称を使うことは、家族の呼び方として極めて安定したものであるだけで
なく、日本の家族においては子どもの存在が必須条件であることを暗黙の内に
示している。男自体も大人の男性ではなく「成人した幼児」で、妻に対しては
まるで「母親」に対するような態度で接するマザコンでしかなく、「支配ー服従」
か「包むー包まれる」関係になりやすい日本の「母子関係」もあいまって、
はじめは恋愛関係であった夫婦も時間が経てば母子関係として安定的になる
ので、「ママ」や「お母さん」という呼び方は、その関係を象徴している。
 先進工業国のうちでも日本で犯罪発生率が極めて低く抑えられているのは、
「世間を離れては生きて行けない」との思いが存在しているからである。
それは、幼児期に子どもたちが両親の権威を受け入れ、両親からの期待に無理
やり答えさせられると同時に、両親に依存することを許され「存在論的安心」を
得られることを学ぶからで、西欧の独り寝などの独立した存在としての扱いで
なく、沢山の身体的接触によって「小さな大人」でなく「大きな子ども」と
して扱われ、過剰に両親に依存するようになる。この依存と支配の受容の関係は、
ウチ集団への依存とその社会集団による社会統制の受容の関係となる。
 悪いことをした時、米の親が家に閉じ込め、日本の親が家から締め出すと脅す
ことに象徴されるように、日本では罰がウチ世界からの排除であることを学ぶ。≫
 ――
▼ ホンネ=世間、タテマエ=社会の図式の日本社会でも、現実社会の上に
 別個に出来たネット社会の潮流の中で、大きく変化をしている。否が応でも、
それぞれがスマートフォンを持てば、「家」より各個人の結びつきが優先される。
とはいえ、その「私」が貧弱のままのため、「世間」とかいう魔物に執りつかれ、
身動きが出来ない。サラサラの砂のように、それぞれがバラバラで、まとまりが
つかない中国人の特質のように… 
 次回は、<「世間」の4つのルール>をテーマにする。世間は世界中に
あるが、ここでは、「一神教的欧米世間」に対し、「日本的世間」である。
・・・・・・
5072,読書脳 ぼくの深読み300冊の記録 ー7
2015年02月02日(月)
        『読書脳 ーぼくの深読み300冊の記録 』立花 隆(著)
* 進化は必然か偶然か 〜ブライアン・スウィーテク著『移行化石の発見』
 地球の大気圏が一度、消滅をして、再び同じ状況下で、同じようなプロセス
を経たとしたら、同じような生命と類人猿が生まれるだろうか?という素朴な
疑問があるが、それに対して「存在は偶然の積み重ねでしかない!」と!  
と断言している。 〜その辺りから
≪ 昔から、ダーウィンの進化論を信じない主要な論拠の一つが、種が進化
するときの中間形態の化石が発見されていないということにあった。
しかし、近年、見つからないがゆえに‘ミッシング・リンク’と呼ばれてきた
中間形態の化石が続々と見つかりはじめている。ブライアン・スウィーテク
『移行化石の発見』は、そのような驚くべき化石の発見史の物語。
 たとえば、クジラは陸にあがった哺乳類が再び海に戻った種だが、陸上を
四本足で歩いていた時代の化石が見つかっているし、鳥は恐竜から進化した
という説が長らく本当のこととされなかったが、移行期の羽毛におおわれた
恐竜の化石が発見されて本当だと信じられるようになった。
 面白いのは最終章「進化は必然か偶然か」。ある環境が与えられたら、
ある進化が起こるのは必然なのか。別のいい方をするなら、この地球環境が
人間を産み出したのは必然なのか。ある進化が起きたとき、やり直したら同じ
進化が起きるのか。一九八八年ミシガン大学で大腸菌を使って壮大な実験が
行なわれた。全く同じ大腸菌群を育て、五百世代ごとに冷凍保存していった。
 三万千五百世代で重大な進化が起きた。世代をずっとさかのぼって、サンプル
解凍で多数のやり直し実験をしたところ、また三万世代で大きな進化が起きたが、
進化の方向は違っていた。さらに実験を続け四万世代まで来ているが、結論は、
進化は偶然の上に偶然が積み重なって起きるのだから、同じ進化は二度と
起こらないというもの。人間も同じで、この進化は偶然の積み重なりで起きた。
地球環境がさらに数億年続いても同じ進化は起こらない。我々人間が滅んだら、
人間が再生することはない。・・・ ≫
▼ これは、個々の人生でも同じ。偶然の積み重ねが現在の自分であって、
 何事も一期一会である。だから、志や、信条を明確にして、日々、生きな
ければならない。志、信念を強く持って、偶然を機会として、将来を切り開いた
結果が必然のように錯覚してしまう。それにしても存在は、不思議である。


6897,閑話小題 〜パンデミック −2

2020年02月01日(土)

   * タイミングが絶妙ゆえに…
◉ 中国の権力者にとって、これで香港のデモ騒ぎが当分の間、沈静化する上に、
台湾独立派の圧倒的勝利の問題からも目を逸らすこともできた。しかし、これも
両刃の危険がある。 
 アメリカ大統領の弾劾裁判も然り。 
国内では安倍首相の花見問題なども政治的に一呼吸が出来た。
 これからは 細菌テロの心配がクローズアップする? 
医療システムが崩壊している北朝鮮も、パンデミックは冷や冷やもの。独裁国家
にとっては、戦略的にみて医療崩壊は最大の弱点。細菌テロは弱者に犠牲が多く
出る為、恐ろしい。 犠牲者は三分の二の平民階級。
◉ ネット上では、これ故に、デマが溢れている。その一例とは、
《 新型コロナウイルスは生物兵器だとの説がネット上に飛び交っているのか。
 この"疑惑"を早い段階で発信したメディアは、英タブロイド紙デイリー・メール。
タイトルがも長いが、中国は武漢にSARSやエボラの研究施設を建設。アメリカの
バイオセーフティ専門家は2017年、同施設からのウイルス流出の可能性を警告。
新型コロナの感染拡大との戦いのカギはそれだという記事(1月23日付)。
 デイリー・メールはいわゆる飛ばし(=根拠の薄弱な記事)が多いことで
知られる。しかし筆者が読んだところでは、この記事は飛ばしが比較的少ない
健康面の担当記者が書いており、よく調べられている。 》
◉ <おすすめ感染パニック(パンデミック)映画10選>がある程、様ざまある。
 その中で、『アウトブレイク』が、思いだされるが、名前は失念したが、
医薬品メーカーによるテロの生々しいのがあった。
としても、オリンピック開催にパンデミック騒ぎが収まるか微妙。
リスクが大と延期、中止ともなれば日本経済は如何なることに。
私の見るところ、5割の確率とは恐ろしい。それも10日も経てば判断できる。
◉ イランNO2の男… 死んで40日目に喪が明ける、2月の10、11、12 日が危ない。
2月11日がイラン革命部隊の「革命記念日」とぶつかる! とすると、
陰に籠った??テロもありうる。何やら、新年早々から… 
何処かの独裁者の原爆ミサイルパフォーマンスの演劇効果が一段と低くなった。
その結果の暴発も心配の種。 何でまた、この時節に東京オリンピック? 

・・・・・・
6532,閑話小題 〜創業の面白い男たち! 〜1
2019年02月01日(金)
   * 嫌がる仕事の代行の請負
・30年前になろうか、従兄(故人)の嫁さんの弟に、人の嫌がる仕事代行を
 始めた面白い男がいた。ラブホテルの掃除、フロント業務一切を請け負う。
リスクは少ない上に、数を熟せば、稼ぎは大きくなる。 ただ一言、
<人の嫌がる仕事に徹する!> ‘これ!って気づいたな’と感心していたが…
こういう分野は探すと幾らでもある。最近、風の便りに地元の業者間では、知ら
ない人がいない程という。経営サイドは、それぞれの経営者に任して、自らは
泥を被ることに徹すれば、大きな利益を得ることが可能。資本もリスクもないが、
それは野良猫商法で面白くない筈… しかし商売の基本中の基本。 
それを横に広げていったのだろう。
・同級生に小さなペンキ屋の息子が、地元名士様の世界で顔を売り、塗装の
 ディスカウントに徹して、財を成した男がいる。知性の無いことを逆手にとり、
「露悪、偽悪に徹し、請負は価格破壊」を業とする。一つに絞り、拡大し過ぎ、
失敗したのが何処かにいる? 事業は、一代で終えて良かったと、今でも嘯いて
いるから始末が悪い。
・宅配の『クロネコヤマト』が、そう。細かい宅配は運送業者が最も嫌がる業務。 
 その成功事例をアメリカの業界で見つけて、ベンチマークをして拡大をした。
飛ぶ鳥落とす勢いだった『三越』の強引の値下げ要求が直接の原因だった。
その三越も伊勢丹の傘下。 野良猫でも、クロネコ?
・学生時代のゼミの後輩に、新宿で呉服業をしていたが限界を知って、一念発起、
 『不動産鑑定士』の資格を取って開業。そこで考えたのが業界の常識の破壊。
顧客の鑑定依頼から3〜6ヶ月の納期を二週間に短縮すること。これが受けて、
面白いように次つぎと受注が続き… これも呉服業界の商法を応用したという。
・現在のアメリカと中国の関係もしかり。「ネズミと中国人は世界中、何処にも
 いる」と揶揄されてきたが、グローバル化と、情報化で、分散化された力が、
ネットで結ばれ、世界を蹂躙を始めた。これこそが「底力」である。
                              〜つづく
・・・・・・
6168,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −1
2018年02月01日(木)
              <『人工知能の哲学』松田雄馬著>
   * 「知」とは何か?
 面白い本である。人工知能を考える時に、まず浮かぶのがドローンである。
自撮り無人ヘリである。数m、10m、100mの距離を設定すると、本人を空中
から自撮りするロボットである。 自然空間などでの空撮にとって、革命的
ロボットで、AIなど最新科学がフルに活用されている。しかし、あくまで、
道具であるが、テロとして使用されると危険な代物になる。
 〜印象に残った部分をランダムに抜粋してみる〜
≪ ・私たち人間を含む生物が生きる空間は、時じ刻々と変化する予測できない
 「予測できない「実空間」である。こうした「実空間」においては、得られる
 情報は不完全であり、その不完全な情報に基づいて、環境に適応して生きて
いかなければならない。すなわち、不完全な情報で、環境との「調和関係」を
作り出していくことが、生命にとって必要な「知」と考えられる。
 ・人工知能は、「強い人工知能」と、「弱い人工知能」があるが、今のところ、
「強い人工知能」は存在しない。「弱い人工知能」は、あくまで、人間が使う
道具である。そのため、人間が行っているどんな仕事でも、「弱い人工知能」
であっても、それだけで仕事を行うことは不可能である。
 哲学者ジョン・サールの考え方によると、次の2つに分類される。
強い人工知能:知能を持つ機械 (精神を宿す)
弱い人工知能:人間の知能の代わりの一部を行う機械
 重要なのは、現在、私たちが用いている「人工知能」は、あくまで、
「人間の知能の代わりの一部を行う機械」である「弱い人工知能」に過ぎない。
この軸を持っておくと、様ざまな論調を冷静にみることができる。
<ある校長の話で、「ある木を切っている大工に「何をしているのですか?」
 と尋ねると、「私はただ木を切っているのではなく、皆さんが快適な暮らしが
出来る家を作っているんです。」と答えたというんです。「木を切る」職業は、
作業効率化で失われていくかもしれないが「素敵な暮らしを作る」という観点で
仕事をしていれば、仕事が減るばかりどころか、いくらでも作り出せるのです。>
――
▼ このブログに毎日、6千回以上も書き続けられたのは、ネットと、情報機器
 の活用無くしては絶対に無理。それと職業柄もあって、自由時間が充分あった
こともある。自らの価値(意味)を元に、その時々に、パックに出来るのは、
身体を持つ私だけである。といっても、問題は私の「軽い脳」、いや「弱い知能」。
1万5千時間も投入した行蔵の中身も、所詮は、哀しいかな貧乏人の蔵の我楽多。

・・・・・・
5801,閑話小題 〜4k8kテレビの世界
2017年02月01日(水)
  * 冥途の土産に
・一昨年の暮れ、寝室にWoWoWの二台目契約をしたのと同時に、ブルーレイの
録画機を設置して一年。次は6年半経過したTVを思いきって買換え、はや一ヶ月
経過。居間から寝室にシェルター内の居場所の重点移動になる。一切、家内に
秘密で、新潟駅前の家電チェーンを含めて10軒近く、見て聞いた後、買換え
の結論を出した。少しでも家内に気づかれれば、瞬時に潰されるのは自明。
決めて納入までの罵声の嵐は覚悟の上だが、全身での罵声は覚悟としても、
やはり堪えた。敵は、この機会とばかりに普段の鬱憤を怒りこめてくる。
奥の間は、外界からの雑音が皆無ということも含め、そこは異世界である。
これをベッドでみた後、廊下を隔てた仏間のパソコン前と、居間に向かう時、
何か夢の世界から現実社会に、引き戻されつつ歩んでいる感覚になる。 
・20年以上、年末のNHKの紅白歌合戦を見ることがなかったが、早速、初めから
終わりまで、一睡もすることなく見てしまった。背景がデジタル映像を主体に
した世界に変っていた。
・更に大相撲初場所も、幕下上位から、打上げまで、ほぼ見ていた。 
最近に知ったが、これが8kの試験放送。いやに生々しいはず! 映し出される
力士だけでなく、観客の姿が立体的に鮮明に映し出される。服装、表情を見て
いるだけで飽きはしない。より立体的に、力士も行事も、砂被りの観客も、見る
ことが出来る。4kと8kの違いは、より鮮明に立体的に浮かび上がる画像の差。
・店頭の中年店員が「他は800万画素だが、これは2000万画素の異世界の映像
を映し出している」というのも実感できる。4k8kTVの情報は、東京の従兄が、
葬式で地元に来た時の通夜の席で、「別次元の明るさがあり、鮮明で、臨場感が
違う」と聞いた情報。
・そこで【長岡花火 2016】とYouTubeに入力すると… 過って見た映像
世界が次々と出てきた。見方によれば、現場で見るより、華やかさという面では
圧倒的に?まさっている。「4k・8k映像世界とは、これ」と現出された内容。
「人間の視力、聴力をデジタル技術で遥かに超える世界が、TV映像にも出てきた」
ということ。3Ⅾが最近、話題に上がらなくなったのは、対象が立体的になった
ためという。
・グーグルが、ストリートビューを美術館内の芸術作品で始めた。まだ出だし
だが、世界の名画が、パソコン、TVで本物よりも本物らしく映し出される時代
になった。8kの次世代の画面の段階に研究は進んでいるという。あまり長生き
をしたいと思わなかったが、ここで、少し気持ちが変化をしてきている。
・・・・・・
4339, 自己とつきあうということ −5
2013年02月01日(金)
      「自己の探究―自己とつきあうということ」和田 渡 (著)
ー 人間が壊れやすく、制御が容易でないことについて、ヘラクレスと
 同じ頃にブッダは以下のように述べている。まずは、その辺りを抜粋。
  * ブッダが説く「自己制御」の必要性!
▽「自己こそ自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか?  
 自己をよくよくととのえたならば、得難き主を得る。」おそらく、ブッダ
 ほどに自己の危険性、脆さ、悪への傾向を意識していた人はいない。
 彼は、自分が自分の主になることのむずかしさ、自分をよく整えることの困難
 さを知りぬいていたがために、ことあるたびに自己制御の必要性を説いた。 
▽「善からぬこと、己れのためにならぬことは、なし易い。ためになること、
 善いことは、実に極めてなし難い。」 ブッダは、不要なことに心傾けて、
 必要なことをしない人間、自分を制御することから遠い人間の現実を直感。
  ブッダはまた、ヘラクレイトスの強調する「思慮を健全にたもつこと」から、
 人間がいかに遠い存在であるかを繰返して述べた。 
▽「避けねばならぬことを避けなくてもよいと思い、避けてはならぬ
 (=必らず為さねばならぬ)ことを避けてもよいと考える人々は、
  邪な見解をいだいて、悪いところ(地獄)におもむく。」ブッダによれば、
 真に必寝なことを考えることよりも、邪悪な思いにかられ、嘘をつき、
 愚かしいことをたくらむことに忙しく、汚れ、滅びていくのが人間であると。
▽ 「人間が生れたときには、実に口の中に斧が生じている。ひとは悪口を
 言って、その斧によって自分自身を斬るのである。」ブッダは、自分のことは
 棚にあげて、他人のことをけなじたり、悪く言わずにいられない人間の傾向を
 巧みな比喩でいいう。
  * 自己を乱す力!
▽「この身体は水瓶のように脆いものだと知って、この心を城郭のように堅固に
 安立してー知恵の武器をもって、悪魔と戦え。克ち得たものを守れ。――しかも
 それに執着することなく。」ブッダは、身体が愛欲や欲情、妄執の源泉であり、
 心を汚れたものにする不浄なものであると見なし、身体の誘惑から身を守ること
 の必要性を強調した。心は不断に身体によって汚染される危険にさらされており、
 制御されなければならないものであった。
▽「心は、捉え難く、軽々とざわめき、欲するがままにおもむく。その心を
 おさめることは善いことである。心をおさめたならば、安楽をもたらす」
 へラクレイトスと同様に、ブッダも欲情や危険を身体の内に見ていたことは
 否定できない。ブッダは、先にも述べたように、自己を、自己の主となるべき
 ものであると見なしていたが、それはまた、自分の心に一定の方向を与え、
 乱れやすい自分の心を制御するという課題を担うことを意味しでいた。
 ブッダにとっての自己とは、自己によって注意深く配慮し、支配、制御すべき
 ものだったのである。ブッダが身体をネガティブに捉える観点には賛同しかねる
 としても、注意を促している点は共感できる。
▼ 釈迦は弟子たちに向かい「修行僧たちよ、 すべては移ろいゆく。
 怠りなく努め励めよ」 と言い残され入滅された。世の変化に対し、己も変化する。
そのために己の中の動物性をコントロールし、心を整えることが目指すところである。
・・・・・・
5435,人生で最も大切な技術 ー��
2016年02月01日(月)
       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * セルフの分解
 セルフをネット辞書でみると、
☆ 「自己・自我・自身」「自身で」と、
☆ ユング心理学で,無意識を含む心全体の中心であり,かつ心の外
 にもあって意識と無意識の調和を図る超越的な存在。
ここでは、「私」+「人格」=「セルフ」の分解 が明快。〜その辺りから〜
≪ この問題をより深く理解するために、詳細な分析に再挑戦してみよう。
個人的アイデンティアイの概念には「私」「人格」「セルフ」の三つの側面が
ある。これらの側面は基本的にはたいした違いはないが、自分は自分である、
というアイデンティティへの執着の仕方が違うことを反映している。
・「私」は現在に存在する。「空腹だ」とか「存在する」と考えるのは「私」
 であり、 意識、思考、判断、意思の発信源である。要するに、現在の状態
 を経験するのが「私」である。
・精神神経学者、デビツド・ガーリンは、「人格」の観念はより広範囲である
 として、 次のように結論づけている。「人間の肉体的、精神的、社会的な
 存在の多様な側面が組み込まれた過去、現在、未来を通じ、ダイナミックに
 流れる流動体であり、その境界線は流動的である。
『人格』は以下のように広い範囲に該当する「肉体(健康状態などの)、
 個人的な考え(極めて個人的な感情などの)、性格(良い人などの)、社会的
 関係(個人的生活と職業生活を分離するなどの)、一般的な意味での人間
 (人格を尊重するなどの)」。このように時間を越えた連続体は、過去の
 自分のイメージにも未来の投影にもつながり、個々の人間が他と異なって
 いて、独自の質を備えていることを明示する。・・・(略)
 今この瞬間を経験する「私」を、存在の連続体である「人格」に結びつけると、
「セルフ」が出現する。デビッド・ガーリンの説明にあるとおり、人間には、
複雑なグループ分けを、「実体」という一つのグループにまとめることで単純化
を図り、次に、その実体は恒常的特性を持つ、と結論づけようとする傾向がある。
環境が刻一刻変化することがなく、ほとんどの現象が永続するという考え方を
受け入れたほうが、世の中で楽に機能できる。・・・ ≫
▼この「セルフの狭い世界を、コップ一杯の水に喩え、一握りの塩を入れれば、
飲料水に相応しくなくなり、セルフの壁を突破すれば、同じ一握りの塩を入れ
ても、味が変わらない巨大の湖のように心が広がる。」と例える。
 老いていく利点が、この湖のように広がることだが、一つ間違えると、溝沼
のように淀んでいく。大方の人にとって、老いるとは無念である。〜纏めると、
「私」+「人格」=「セルフ」。現在の状態を経験するのが「私」。
「人格」は存在の連続体。「存在の連続体」を「習慣の集合体」にすると、
そこに天性が現れ出る。5400のテーマの、その日分の内容が「私」。
その全ての内容に、私の「人格」が現れ出ている。「そのまま結構」だが、
どぶ沼のボウフラや、逆に湖の大魚と自己錯覚した比較社会の小魚には? 


6896,閑話小題 〜‘つれづれに哲学的’ですか?

2020年01月31日(金)



   * 知らずに教え込まれていた教え
               <ショーペンハウアー(その大切な教え)>
                    〈 ▽は、私の評論 〉
 ショーペンハウアーの言葉は、何故か残らないと思っていたが、沁みとおる
から、原型をとどめない、改めて、この書を読んで気づいた。その幸福論が典型。
 豊かな知性が備わった人は、誰よりも幸福な人間である。
そして、客観よりも主観のほうが、私たちに大きな影響を及ぼすに間違いない。
客観は、どんなものであっても間接的で二次的なはたらきしかせず、常に主観を
通じて作用するからだ。   (ショーペンハウエル)
 ▽ 問題は、その客観にある。世間と社会の、その人の質量。多けりゃ良い
わけでなく、質が高けりゃ良いわけでなし。そこで出てくるのが『知性』。
あまり好きではないが… これは「比較の知恵」を使うと見えてくるから面白い!

 ―
◉ 【真に幸福な人】
   * 幸福に生きる前提
 どんな幸福論も、「幸福に生きる」とは、「あまり不孝でなく生きる」、
すなわち「我慢できる人生を生きることだ」という点を認識することから始め
なければならない。もともと、人生は、楽しむべきものではなく、克服し、
乗り越えるべきものでなのである。  (ショーペンハウエル)
 ▽ 行けど行けど、乗越えなければ壁がある。その束の間に、楽しみがある。
それがあるから生きられる。
 ―
   * 金持ちの強み
 自分だけでも独立し、あくせく働かなくても快適に生きていけるだけの財産を
初めから持っているということのは、かなりの強みだ。それは、、人間生活に
疫病神のようにしがみついて離れない。貧困という持病を免除されることであり、
全人類の自然の定めといえる。義務づけられた労働から解放されることだから。
                    (ショーペンハウエル) 
 ▽ 「恒産あって恒心あり」は本当だ。これだけは、相手を選ばなくては!
結局は、その両親になる。次は、友人。新潟で16年の間の酒友だった学生時代の
友人の愚痴を聞いてきた。その一つが、「出世してやってくる支店長の実家が
何故か良いんだよな! 人間って、一代、二代では出来ないんだ。」
 ―
  * 金持ちのフラストレーション 
 富とは、海水のようなもの。飲めば飲むほどかえって喉が渇く。
名声もまた、同様である。       (ショーペンハウエル) 
 ―
  * 自分を生かす
 私たちにできるのは、与えられた資源を最大限に生かすことだけ。
したがって、自分の素質にあった目的を追求し、自分に合った完璧さ向って
努力をし、ひいては、素質の発達に見合った地位や職業や生き方を選ぶこと。
 ▽ 金沢で恩師? の一言が、これですか!
< まずは、自己能力の限界の設定。それがハッキリすると、その近隣が
 見えてくる。その辺がアヤフヤだと、何をしたらよいかわからない。> 
若さとは、そのアヤフサにある。カネなし、経験なし、信念なし、あるのは若さ。
 それが良いのだということは、当時、知るはずがない。
 ―
   * 自分にあった仕事を選ぶ
 人が楽しい状態にあるか苦痛を感じているかは、結局のところ、本人の意識を
何が支配しているかによる。この点では、純粋に知的な仕事のほうが、そういう
能力を備えた人にとっては、成功、失敗が絶えず移り変わる実際的な生活形態と
そこ生きるショックや苦悩よりも、はるかに幸福に貢献するといっていい。
 ▽ なる程、9年前に、ネット空間に生活の重心を切替えたのは必然だった?

・・・・・・
2019年01月31日(木)
6531,読書日記 〜人生における読書の効能 〜1

          『本を読む人だけが手にするもの』 藤原和博(著)
  * 「よのなか科」特別授業― 読書の効能
今さら「読書習慣を持たなければならないか?」でもないが、それでも改めて、
その意味(価値)を考えるに最適の内容である。「3、30,67%の法則」から
みて、これだけは3%の層に入っていなければ!と、思わせる内容。
<50年以上も読書を継続してきた割には?>という疑問が常に頭によぎるが、
これだけは、素質の問題。それにしても明解である。その結果、得たことは、
こんなものでしかない、脳内貧困の確認。「無知の知」である。情報社会なれば
こそ、それらを処理するベースを広げ続ける必要に迫られる。また、逆に脳を
休める必要性も。そこに自ずから「集中力」と、「バランス感覚」が身に付くと、
いう。もう幾つかを加えるなら「創造力」と「想像力」。それらの水分を失った
群れが<ゾンビ>。要するに「世間様」。 そういう私も一員? 
「あなた方と指さす世間の下の指、中指、薬指、小指は己を指している。
親指は道理…」 
 ―
≪  〜Amazonの内容紹介〜 
 「何で、本を読んだほうがいいのか?」という質問に答えられるか?
親や先生は「本を読みなさい」と言いますが、その素朴な疑問にきちんと答え
られる人は少ないのではないでしょうか。
 本書は、「人生における読書の効能」について、リクルート社で初のフェローや
東京都の義務教育で初の民間校長を務め、「よのなか科」という現実社会と教育を
リンクさせた大人気の授業やベストセラーで知られる藤原和博氏がひも解いていく。
  序章 成熟社会では本を読まない人は生き残れない
現在は、「本を読む習慣がある人」と「そうでない人」に二分される階層社会
 になりつつあると警告。
 ―
第1章 本を読むと、何が得か?
「読書と収入の密接な関係」「読書によって身につく、人生で大切な2つの力」
 など、ズバリ、読書のメリットを答えていきます。
 ―
第2章 読書とは「他人の脳のかけら」を自分の脳につなげること
「1冊の本にはどれほどの価値があるのか」
「本を読むことは、2つの『みかた』を増やすこと」
「脳をつなげて未来を予測する」など、本を読むことの本質に迫っていきます。
 ―
第3章 読書は私の人生にこんな風に役立った
「人生を変える本との出合い方」「自分の意見を述べるための読書」
「読書で人生の鳥瞰図を獲得する」など 人生と読書との関連性がリアルに
 綴られています。
 ―
第4章 正解のない時代を切り拓く読書
 21世紀の成熟社会に不可欠な「情報編集力」とそれを構成する5つのリテラシー
「コミュニケーションする力」「ロジックする力」「シュミレーションする力」
「ロールプレイングする力」「プレゼンテーションする力」を、いかに読書で
磨いていくか解説していきます。
 ―
第5章 本嫌いの人でも読書習慣が身につく方法
読書嫌いの子も少なくなかった中学校の校長時代の経験なども踏まえ、いかに
 読書を習慣化させるかを現実的な側面からポイントを押さえていきます。
 ―
巻末――「ビジネスパーソンが読むべき11冊」
「小中高生を持つ親に読んでほしい本」
「親が子どもに読ませたい10冊」という著者のおすすめ本も紹介します。
 なぜ本を読むのかを教えてくれる一冊。2017年3月14日       ≫
――
 〜読者投稿より〜
これからの世の中は、成熟社会を生きて行かなくてはならない。そのため、
多種多様な生き方が強いられており、答えは1つだけではなく、無数に存在する
納得解を得られるように考え抜いて生きて行かなければならない時代に突入している。
その納得解を得るためには、数多くの知識を日頃から得る習慣を身につけ、豊かな
想像力を武器に想いや考えをアウトプットして行く事が求められる。これこそが、
これから成熟社会を生きて行くための武器であり、身に付けて行かなければ、
第2、第3のキャリアを得る事が出来ず、長寿社会を生き切れない事になり兼ねない。
知識、技術、経験は、リアルであればあるほど、明確な想いや考えが生まれる。
1番有効な手段は、リアルな経験を積む事であるが、多種多様な経験を積む事は
容易でない。それをカバーするのが、本から得る事が出来る他者からのリアルな
経験に基づいた知識である。これを得る事が、本を読む目的且つ最大の価値であり、
想像力を働かせ、自分のこれまでの経験と絡めて、より正確な想いや考えを身に
付けて行く事が出来る。だからこそ、日頃から本を読む習慣を身につけ、想像力
を磨く訓練が必要なのである。
――
▼ 次の機会に、各章単位をテーマにして考えてみる。
 ここで「世の中」という言葉。別の機会に、「世間」との違いを考えてみる。
いま頭に浮かんだのが「世間と社会の中間のニュアンスの言葉」。 大方に人が、
「それが持てないんだ!」で、終わり。逆算から、その問題を考える能力がない?
で、誰かの言葉を受け売りで… その前に捏ねろって! ひと様には言えないが!

・・・・・・
2017年01月31日(火
5800,ミネルバ大学という未来の大
   * 未来の大学の構造とは
《世界中から集まったクラスメイトと一緒に4年間、世界の7つの国際都市に
 住みながら、現地の企業、行政機関、NPO等でのインターンをする学生生活を
想像してみてください。授業は午前中の2コマだけ。午後は事前課題と自由時間
で、その国の暮らし、文化を体感し、多様性を身につけることができる学生生活。》
 これだけで、グローバル化の基礎が充分に身についていくのが理解できる。
世界を股にかけたキャリアの養成カリキュラムである。それも20歳そこそこで、
その基礎を身につけるのだから… まだ、開校以来二年半で在校生が300人。
厳選された若者に、このカリキュラムである。 
 インターンとは、【専門職につく前に研修施設で実施修練を行う者をいう。
医師のインターンは、独立して診療できる医師になる前の課程としての実習生。】
――
▼20歳で創業を決意し以来、独りでカリキュラムをつくり、それに沿った実体験で
自分づくりをしてきた。まず、イオンの創業に参加、その後、産能大に編入後に、
再び体力づくりのため、金沢の新興衣料服チェーンに期限付きで入社をした。
その後、千葉市校外の5万人ほどのニュータウンの中央十字路にある新興商業地区
で郊外型飲食ビルを立上げた。 その後、実家の御家騒動で、急遽、Uターン。
実家の衣料量販店に4年半、従事し、その後、新潟駅前でビジネスホテルを立上げ、
30年。2001年の9・11テロ。2008年のリーマンショック、2011年の3・11大震災直後、
撤退を決意をした。 三匹の黒鳥(思いもよらない大変事)の到来も、振返れば、
「止めろ」というサインと思えば、諦めもつく。
 金沢時代にドルショック、千葉の立上げ時に、石油ショック。そして、21世紀に
入ってからは3羽の黒鳥である。その発信源は一部のシンジケートの意思による。
この未来の大学は、その発信源を抑えるには、現地にネットを張って置け!も
理解できなくもない。現実社会からのアップスケールしていく人材に変容する? 
そこで解脱こそが、人間としての生きる目的に気づく? 所詮は娑婆は娑婆と。
 〜で、偶然だが、以下の去年同月同日の文脈に続いていく。
一度、上記のコースで10〜20年、キャリアを積んだ上に、解脱するのが理想?

・・・・・・
2018年01月31日(水)
6167,閑話小題 〜映画鑑賞 
    * 「祈りの幕が下りる時」
 ハリウッド映画の何かと、決心して評価を見たところ、3・4(5)。
そこで邦画で何か面白そうなのうと調べたところ、この『祈りの幕が下りる時』
の4・4で急遽、変更して決めたもの。シネマ観賞予定(金曜日)の翌日が初日
だったが、横殴りの雪もあり一昨日に変更、ジムを休んで行くことになった。
成るほど、4・4だけの内容である。早速、 私の評価も4・5。90点である。
最初から終わりまで、息をつかせない面白さ。最後には、製作者狙いのお涙が
流れ出ていた。涙を流すのは2年に一度位…。 前作のシリーズの東野圭吾原作
「新参者」シリーズが3本も出ているので、早速借りる予定。
  〜HPの説明から〜
≪2010年4月に連続ドラマとしてスタートした東野圭吾原作「新参者」シリーズ。
阿部寛演じる日本橋署に異動してきた刑事・加賀恭一郎が、 謎に包まれた殺人
事件の真犯人を探すというミステリー要素と、事件の裏に隠された人の心の謎を
解くというヒューマンドラマ要素がこれまでにない“泣けるミステリー”として
大きな話題に。 2本のスペシャルドラマ「赤い指」「眠りの森」『麒麟の翼
〜劇場版・新参者〜』を経て、遂にシリーズ完結作『祈りの幕が下りる時』が
映画化される。事件の鍵を握る美しき舞台演出家・浅居博美を演じるのは松嶋
菜々子。そして監督は「半沢直樹」、『私は貝になりたい』を手掛けた福澤克雄。
重厚かつ緻密な演出でシリーズに新たな風を吹かせる。
――
 東京都葛飾区小菅のアパートで女性の絞殺死体が発見される。
被害者は滋賀県在住の押谷道子。
殺害現場となったアパートの住人・越川睦夫も行方不明になっていた。
やがて捜査線上に浮かびあがる美しき舞台演出家・浅居博美(松嶋菜々子)。
しかし彼女には確かなアリバイがあり、捜査は進展しない。
松宮脩平(溝端淳平)は捜査を進めるうちに、現場の遺留品に日本橋を
囲む12の橋の名が書き込まれていることを発見する。
その事実を知った加賀恭一郎(阿部寛)は激しく動揺する。
それは失踪した加賀の母に繋がっていた――。
 加賀恭一郎“最大の謎”がついに明らかに。»
――
▼ 昨日、SJにヨガの予約チップを取りの帰りすがら、蔦屋の検索機で調べよう
 としたが、作品名を失念したまま帰ってきた。 で、1日、時間をおいたところ、
如何でもよくなっていた。これがシリーズ最高傑作ということは、他は期待した分、
失望をするからだ。あとは成行き… 「フリーハンドは素晴らしきかな」である。
 後記)下記の過去文を出来具合の順に並びかえるため、毎日、読返しているが、
  我ながらシリアスな内容に驚いている。それも毎日。冬期間の早朝は寒さも
 あり、身が引き締まることもあるのか。自ら言うことでもないが、1年過ぎれば、
自分であっても、自分ではない赤の他人のような冷静な得体のしれない獣の臭いが?
 それも脳タリンの、腑抜けの("^ω^)・・・

・・・・・・
2013年01月31日(木)
4338, 嘘と真実
   * 嘘は真実の糸を織り込んである
 最近、耳に残った言葉に「嘘には真実の糸を織り込んである」がある。
私も真実を伝えたいために少しオーバーにいう癖がある。嘘と穿った噂は、
その辺りから生じてくる。自分の思いもよらない噂話を聞いて驚いたことがある。
伝達の過程で脚色されたのだろうが・・ この一連の件で、面白おかしく脚色
したのが流れたはずだろうが、元より承知で、深入りをしなかった。 
 象(地球、宇宙)の皮膚(世界)の襞(国)に巣くう虱(会社などの社会)に、
更に寄生するダニ(個人)と割り切ればよい。もちろん自分も含まれるが、
それを常に忘れないで、一日一日を楽しむしかない。で、嘘の話に戻る。
何かの喩えで考えると、詐欺がある。相手を信用させ嘘で固めて金を騙し取る
のが仕事。そのために真実を、丁度よい割合に混ぜ込む。噂も同じこと。
ーそこで、嘘と真実についての格言を調べてみた。
・ いちばん嫌らしい嘘は、いちばん真実に近い嘘だ ージイド
・ 嘘とは何か、それは変装した真実に過ぎない   ーバイロン
・ 嘘つきの受ける罰は、誰も信じなくなるというだけでなく、
       誰も信じられなくなることである。 ーバーナードショウ
・ 嘘つきの名人でないならば、真実を語るのがつねに最良策だージェローム
・ 嘘とは、私がつくったものでなく、階級に分かれた社会に生れたものである。
   だから私は生まれながらに嘘を相続している。 ーサルトル
・ 人生において最も難しいことは、嘘をつかずに生きること。
   そして、自分自身の嘘を信じないことだ。 ードストエフスキー 
・ 誰かが嘘をついていると思ったら、信じているふりをすればよい。
   そうすれば、もっと嘘をついて正体を暴露する。 ーショウペンハウェル
・ 半分の真実は嘘より恐い           ーフォイヒタースレーベン     
・ 我われの肉体が衣服で包まれているように、精神は虚偽に包まれている。     
                          ーショウペンハウェル
 それでは真実とは何か? 主観的な思い込みを真実と解釈しているだけでは
ないか?という疑問が残る。 あるブログに、次のようにあった。
『自分が信じる事実、それがその当事者にとっての真実。しかし、それは
その当事者にとっての真実であり、別の当事者にとっては別の真実があっても、
何の不思議もない。なぜなら、それぞれ違った自分勝手な思惑で物事は起こるから。
事実は一つでも、それぞれの当事者の勝手な思惑がそこに加われば、真実は一つ
ではなく、いくつもの真実が発生してしまう。このような状況の中、人の世で、
真実を見極め、物事の本質を見極めるには、心で物事を見、心で聞き、感じる
しかない。』 カントの「認識は対象に従うのでなく、主観に対象が従う」
ということか。深入りしないこと!


6895,閑話小題 〜パンデミック

2020年01月30日(木)


   * 思わぬ伏兵が
 こともあろうに、春節直前に新型コロナが発生した。問題は全国的里帰りで、
世界にちった国民が、ばら蒔いたコロナ菌の影響。 今回は、潜伏期間があり、
春節が終わった1週〜2週間が経たないと解らないのが気がかりで、2〜3月後
の状況は予測不能。これで春の観光シーズンだけでなく、東京オリンピックの
出鼻を挫かれることに。
◉ パンデミックといえばスペイン風邪が思いだされる。 これは…
<アメリカとヨーロッパを襲った新型インフルエンザ。のちに「スペイン風邪」
と呼ばれたウイルスは瞬く間に広がり、1年で5000万〜1億人の死者を出した。
今からちょうど100年前、第一次大戦末期の出来事。戦時中のため、敵に対して
戦争にマイナスになるため、各国は緘口令で、拡大を防ぐことが出来なかった。> 

◉ 死者数も驚きだが、全世界の三分の一にも及んだこと。問題は飛行機などで
細菌が瞬く間に拡散される可能性があること。 中国社会は、世界中に数多く
存在しているため、何処で何が出てくるか分らない。 あまり語られてないが、
日本国内で、45万人が死亡している。あまり騒ぐと、当時の戦時下、政治利用
される可能性があるため、世論の歯切れが悪い!
 ―
◉ 「パンデミック」で検索すると… 「ペスト」があった〜
<人類の歴史のなかで、最も致死率が高く、壊滅的な被害をもたらした感染病の
ひとつがペスト…  14世紀に流行した「黒死病」も同様で、わずか数年で
ヨーロッパ全体に広がり、人口の60パーセントが死亡したと考えられている >.
 これでは、異常に世界が反応するのも当然である。
 ―
◉ 北朝鮮の医療崩壊は、よく知られている。  現地の人々は
「中国でも治療できないのなら、わが国(北朝鮮)では完全に不治の病。
 国内に入ってきたら終わり」との反応を示し、SARSやMERSを想起して
「打つ手のないままにやられた」と嘆いているという。伝染の過程で、濃度が
強くなり、悪質化する可能性もある。

 異常気象と、パンデミックの共通点は、人間世界に対する自然からの反撃!

・・・・・・
6530,閑話小題 〜いや、困った!
2019年01月30日(水)

   * はてなダイアリーの更新停止!
 11年間、続けてきた「はてなダイアリー」のサイトが1月28日で中止となり、
「はてなブログ」に統合されることになっていたが、全く知ることもなく、
翌日の29日になって、慌てている始末。
<新たに「はてなブログ」を立上げて、そこに自動転送させろ!>ということ。
  〜その告知とは〜
【 はてなダイアリーは、2019年1月28日に記事の更新を停止し、2月28日には
 全機能を停止する予定です。はてなダイアリー終了に伴って、全て投稿データ
 をはてなブログに自動移行する旨の告知を致しました。
  http://d.hatena.ne.jp/hatenadiary/20181004/1538636539
2月28日までにご自身ではてなブログへの移行を行わない場合、はてなブログ
への自動移行を行います。】
―
▼ こういう変化に、ベースが出来てないブロガーの弱点が出てしまう。
 安易に終わらせたい焦りがまず起きて、ミスを繰返してして独りパニック。
それでも数時間、試行錯誤の末に、新たなサイトを立ち上げた。 まだまだ
混乱は続いているが、今日明日中には?何とかなりそう? 

――
   * リタイアの身の処し方
 あと2ヶ月で、リタイア生活が8年になる。会社清算もあって、心の危機管理
もあって、少し厳しめの生活習慣のスケジュールをたてて、現在に至っている。
その詳細は、何度も書いてきた(後にコピー)。 HP内検索で、『会社清算』
と入れると、あるある、幾らでも。これじゃ、心の自滅などあろう筈はない?
「日々、是、口実(好日)」そのもの。アメリカの話だが、リタイア後の
人の7割は、漫然と何もしないで過ごすと、何かの本にあった。人間の分類は
ギリシャの時代から現代まで同じ。3%の選ばれし者と、それにアヤカって
いる30%、そして67%の外れ組? の構造がある。リタイア後も、同じ構造が
そのまま、存在しているから… これだけは、あくまで、構造として冷静に
見つめるしかない。 これも、目くそ鼻くそを笑う程度の話ですか? 

・・・・・・
2019/01/21
閑話小題 〜『最悪!』と思ってることが、実は最善
 「最善を期待しなさい。時にあなたが『最悪』と思っていることが
   実は最善なのです」    ―ジェームズ・レイ
 
 人生を振返って、『ああ、あの時は最悪と思いこみ落込んでいた時、その底に
金鉱を見つけだすことが多かったことに気づかされる。人間は縮んでいるとき
にこそ、極限の底で何かに気づき、変化が生まれると同時に「火事場の馬鹿力」
が湧出てくる。右手に最悪とすると、左手には最善が寄添っている。少し考え
れば解ること。1月04日に<「人生のどん底」〜両親の壮絶!>(後でコピー)
をテーマに書いたとおりである。逆に最善の時節に「大失敗の種」をセッセと
蒔いていることも、後悔と共に気づかされる。ブログ内検索をすると…
 10年近く前と、半月ほど前に、書いてあった。8年前の節目では、少し厳し目
のスケジュールの習慣を自らに与えて、現在に至る。それが、最悪の事態に、
最善の生活習慣にあたる。 私にとって最善のライフワークの一つの
<秘・異郷ツアー>、この<一日一文章の書き残し>、<毎日、一ドラマ、
一映画(TVだが…)。週一の<シネマ館での観賞> などなど、最悪の状態で
身につけた最善の習慣。最近、加わったのが、土日・祭日のYouTube観賞日。
意識するかしないかで、日々の充実感が全く違ってくる。最善でも、最悪でも、
ポッカリと逆効果の空白が、そこに控えている。 考えらる最悪の事態は、
<余命3カ月の宣言>である。しかし、これが最善の死に方らしい。
 ♢ そういえば、こんなテーマで書いたことを思いだしたので、ブログ内検索で
拾うと幾つか引っかかってきた。非常に便利である。半月前と、10年前の自分
の魂?(気持ちを入れた文章)と、再び邂逅できるのである。読返すと、成る程、
何度も、蕎麦、うどん打ちのように、文章内容をコネてあるのが窺い見れる。
それでも稚拙で、甘さばかりが目に付く。素人は素人でしかない。それも、似た
内容を飽きもせず、何度も何度も… だから、何気なく発する他者の言葉に、
甘さ、厳しさ、浅さ、深いかを一瞬に知ることに… これは逆も言えること。
無造作に思い当たることを平気で書いて、公表している恐ろしさである。
書いてクラウドにアップする直前に、前日分を読返すと、そこに当て字、論理の
甘さ、などが見えてくる。ああ、これが第三者の目線化と… 誰に頼まれて、
自分の底浅い脳内を晒すのだろうか? テーマや、論理全体の整合性よりも、
まずは、間違いだけが印象として残る。世間、社会と同じ。 他人認識は、
まず欠点の印象である。 「釈迦の説法、何?ひとつ」で、全てが消え去る。
 これが書上げたテーマを含めて、19年分であれば、それはそれは… 
その中に、<『幸福ということ』ー新宮秀夫著>の 【4階:克服できない
苦難や悲しみの中に、幸福がある。】が、まさに、このテーマの答えになる。

 ところで、ネットで【最悪】を検索したところ、何と「400人の子供を殺して
食べた」男の死刑直前の写真が出てきた。  何ともはや!
――――
2019年01月04日
閑話小題 〜つれづれに、 <ここが、「どん底」>
  * 「人生のどん底」 〜両親の壮絶!
 NHKの「街録」を初めてみたのが、<「人生のどん底」って何ですか?>
の街頭インタビュー。次つぎとインタビューで、真に迫った人生のどん底体験
が生なましく語られていた。小中校時代、家庭内でも深刻な問題があり、それは
それは… 両親を含めて10人家族が戦中戦後を生き抜くことが如何に厳しいか?
10歳の頃、母親が重度のノイローゼに倒れ、3年程、寝込む事態に… 長男、次男
をたて続けて亡くした自己けん責の結果である。その中から何とか立上り、生延び
たが、それは尋常ではない家庭生活。その中で父親が独り、乗越えていた後姿を
みて育ってきた。母は、その心労で心筋梗塞で生死の場面に何度も陥っていた。
発作で苦しむ中で、白髪が逆立つ母を立川病院院長が押さえつけて、
『堀井さん、助かるかどうかは、自分次第ですよ。気力を奮い立てなさい!』と、
絶叫していた。 88歳で亡くなった時、医師の解剖の求めで、心臓の3分2が
壊死をしていたことを知った。 今からみて、小説のような特殊の生活環境の中
で育っていた。そこで「自らも創業人生を生きたい」と決意したのだから無謀も
程がある。太平洋戦の戦前の老舗骨董商(総資産が7〜8億)から、戦死者家族の
仏壇、古着販売、衣料量販店への転業で活路を開き、衣料品の製造産地で現金
決済の仕入れ、格安販売で大当り、一時期、全国的に知れわたっていた。
戦前、戦中、戦後の動乱の中で10人家族が生抜くのは至難の業。 子供でも、
家庭環境の窮状は直に伝わっていた。 シリアスになって当然。だが、自らが
現実に潰されそうにならなければ、理解不能も然り。
―
▼ 6〜7年前のこと。近所の新築の庭周りの業者が冬空の毎日続くミゾレの
 厳寒の中でのこと。 2人連れの親方が若い男に口を極めて罵倒していた。
県外ナンバーの車だから、越後の冬場工事がここまで厳しいものとは思っても
なからようで、その怒りを虐めで… 裏地が隣接しているため、パソコンが
置いてある机から丸聞こえ。それも数日間も…。まだまだ心の傷が癒えないが
故に、怒鳴りが私自身に向けているような。
<私だったら、逃げ出すだろうに… もしかして親子?いや、自分の子供に、
 これほどの虐めは無理? 成るほど障害、殺人がある訳だとか>と… 様々
な想いが沸きだっていた。どん底に、底がある。底がなければ、奈落に…
その感覚の一端、二回のバンジージャンプで味わってみたが! おぼろ!
――――
3058,逆説思考 −2
2009年08月19日(水)
 逆説思考といえば、ここでも取り上げた京都大学工学部の新宮教授が、
古今東西の幸福論を読み漁った成果としての「幸福の4階建て論」説が面白い。
《「幸福ということ」−エネルギー社会工学の視点からー新宮秀夫著 》
  4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。
  3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。
  2階:獲得した「快」を永続させる。
  1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。
この論に関しては釈然と出来ないので何度も考えてみた。それでも疑問が
残ったが、考えるという面では良い問題提起である。これを逆説思考と考えると
違った見方になる。挫折、失恋、倒産、などで失意のどん底でもがいている、
そこに幸福があるのだろうか? 金沢時代を振り返ると、そこには何とも
いえない酒の味とか、友情とか、仲間の邂逅があった。節目となる失意の底
ほど、無駄なようでいて、一番大事なことをしているのである。
「窮すれば変じる、変じれば通じる」である。竹の節目と同じ。哲学的にみれば
横の時が平常とすれば、窮した時は垂直の時ということになる。 垂直で
立ちっぱなしも問題だが、ここは志が試されている時である。
 ーネットで逆説思考を調べてみたところ
《逆説思考 ー自分の「頭」をどう疑うか 森下 伸也著》が、あった。
   ーその概要とはー
逆説こそ「思考力」「洞察力」の根本とし、通常の価値観の一面性を暴露し、
それを反転させてしまう思考のスタイルを、「逆説思考」と定義している。 
転倒思考(常識の命題を逆にする)、逆因果思考(常識の因果関係の結果を
逆にする)、因果反転思考(常識の因果関係を因果反対にする)という3つの
類例を設定する。 ことわざや文豪の例でその3パターンを具体的に観察し、
オイディプスの予言では逆説が与える心理的な効果を考察、さらに逆説は欠陥
動物である人間に本質的なものであり、それゆえ人類の文明は終末が来ると
広がっていく。
「ロミオとジュリエット効果、カリギュラ効果(禁止されるとやりたくなる)」
「ハンディキャップ進化論(人類は記憶力や体毛が退化したことで言語や火を発明)」
「エラー進化論(人類は失敗を成功の元にして発展してきた)」 
「エゴイズム的自殺(自由が空虚を生む)」
「アノミー的自殺(規範がなくなって不安になる)」など、
逆説的なトピックを紹介している。
エジソンやアインシュタインそしてダ・ヴィンチ は、脳に障害があった。
しかし、その傷害のおかげで、天才になった。その人に とって負の面が、
逆に、その人を形成している重要なファクターになっている。天才の殆どが
梅毒という説もある。
 ー
以上だが、通説とか常識を根こそぎ疑うことこそ、
時代の大変動期には特に必要である。 次回は、この逆説思考を逆説してみる


6894,閑話小題 〜今場所の総括 …80点!

2020年01月29日(水)

   * 大相撲の総括
◉ 終わってみれば、十両と幕内を上がり下がりの幕尻の地味な力士が、千秋楽
 最後の取組で奇跡的に勝利し優勝。 優勝呆けした?白鵬の優勝より遥かに
面白い場所。 他にも朝乃山、遠藤、正代,北勝富士が活躍し、2人の横綱の穴
を埋めたカタチ。東京オリンピック辺りを境に、大相撲も様変わりするはず。
大関・豪栄道は、この場所で息絶えた。数場所前までの三人の大関が壊滅。
モンゴル力士による歪な支配体制は最終段階に…  
 〜今場所総括は、80点! これで良しとしなければ!〜
◉ 三賞は『初優勝の徳勝龍が殊勲賞と敢闘賞を獲得。33歳5ヶ月での三賞初受賞は
 4番目の年長。遠藤は殊勲賞を初受賞。敢闘賞は正代が2場所連続4度目、新入幕
の霧馬山も受賞。北勝富士は2度目の技能賞。条件付きだった炎鵬は千秋楽に敗れ、
2度目の技能賞を逃した。』
◉ 人気の炎鵬が、やはり面白い。バランス感覚が良いのと、白鵬の入れ知恵が、
全身から垣間見れるのが、何ともよい。問題は、大型力士に捻りつぶされた時の
怪我! 宇良の二の舞にならなければ… 
◉ 今場所の収穫は、正代が目覚めたこと? 朝乃山、御嶽海、北勝富士、遠藤、
 阿災が、これに加わり、丁度良い塩梅である。次世代も芽も生えている。
地道に努力をしていれば、こういう奇跡も有りうるという教訓にもなった。
急折した近大の恩師の霊が降りているのではと思わせる相撲も何番かあった。
33歳の徳勝龍にとって、一生に一回あるか無しかのチャンス。これもなければ!
◉ 以前から、通は,幕下の取組を好むと聞いていたが、この数年、私にも、
 それが分ってきた。地味の力士が精いっぱい闘っている姿が。感動もの。
逸材あり、凡庸あり、怪我など訳あり、老化あり、など人生を背負って闘う姿に
味わいを感じるのは。年齢の成せることですか。
 
・・・・・・
6529,閑話小題 〜初場所の総括
2019年01月29日(火
   * 創造と破壊
 大相撲は、ダークホースの玉鷲が優勝した。力の割に目立たない真面目な
モンゴル力士。 10日までは、誰もが白鵬の優勝と信じて疑ってなかった。
ところが怪我をして後、再出場した御嶽海にあっさり負けたショックは、
大きかった。大関、横綱が総崩れ。 
 大相撲といえば、ここで何度も指摘してきたが、朝青龍と白鵬がつくり上げた
『横綱アドバンティジ』。「張手とカチ上げ風肘打ち」と、「稽古土俵上で行う
リンチに似た報復の組合せ」の組合せシステムが、日馬富士の暴行事件で機能
しなくなった。先場所から新たな取り口を模索していたので、何かしらの感動
を覚えていた。それも10連勝まで。一挙に三連敗と相成り、休場に至った。 
 一昨年の貴乃岩に対する、日馬富士の暴行事件が、根にある。大関以上が、
この恩恵で、勝ち星のベースを積み上げてきた。それが、私でも、把握でき、
その仕組みをネット上に流されれば、権威も何もなくなる。
惨憺たる状態に「貴乃花よ何をしてくださった!」と追出したが、破壊された
大関・横綱の権威の妄想?は地に落ちて、このザマ。あと3ヶ月で平成が終わる。
と同時に、旧態依然の大相撲も、新世代交代が、今まさに起こり始めてきた。
18、19、20歳辺りの若手に有望な力士の一群があるため、何とかなるだろうが… 
残留している大関、横綱、さて如何なる? 

・・・・・・
6165,閑話小題 〜相撲談義(初場所)
2018年01月29日(月)
   * モンゴル人対、日本チビッコ相撲
 初場所はジョージア出身・栃ノ心の幕内優勝で終わった。14勝1敗である。
前評判は良かったが、誰も、この力士の優勝を予測する者はいなかった。
 いつもは前日までに下書きをしたのを書き加えたり、修正をするが、今回は
ライブの談義になる。 さて御立ち会い!
≪ 熊さん: いや大家さん、八つぁんの講釈を聞いて御蔭で面白かったよ。
 大家さん: そりゃそうだ。まず白鵬の『横綱アドバンティジ』が場所前から
   問題になって封じられ勝てなくなったな。左張り手と同時に右腕
   の肘打ち。スプレーでガチガチに固めてあるキワモノ。上位の横綱は使え
   ても下位の者は、無礼になる。貴ノ岩の暴行事件は、これに従わない
   貴乃岩に対するモンゴル力士の八百長仲間への勧誘で偶発的に起こった
   事件。偶発とはいえ、白鵬主導だったのは状況からしてあきらか。
 八つぁん: モンゴル対日本人の対決そのものとみると、これほど面白い
   場所はなかったね。結果は、相討ちで、その間隙をぬって東欧人力士が
   優勝をさらってしまった。鳶にアブラゲというところ。
 寅: フロックだべ! フロック。純朴だから、直に阿波踊りを始めるよ。
   それだけ、夜の巷は誘惑が強いからね。まず、4年前に幕下まで陥落した
   古傷を稽古場で、さりげなく集中的に狙われるね。特に、モンゴルにね。
 熊さん: 稀勢の里は、もう駄目なのは間違いないが、白鵬は?
 八つぁん: 次の場所は必死に頑張るが、年内は無理だろうね。その前に、
   貴乃花親方からの刑事告訴もあるかもしれない。
 寅さん: 鶴竜、4場所も休んだあとの、11勝は合格じゃなの。
   他の2人の横綱の御蔭で、助かった部分があるがね。
 大家さん: 鶴竜、どうだろう? 白鵬、稀勢の里、なき後の繋ぎとして
   あと二年は頑張らないと。高安と、逸ノ城辺りが出てこないとね。
 八つぁん: 白鵬を頂点にしたモンゴル人支配の構図は、ほぼ崩壊したね。
 大家: まだ判断するのは早いよ。肉食系は、草食系とは違うよ。
   骨格と筋肉の質が草食系とは違うからね。旭天鵬をみれば分かるだろう。
 熊さん: 栃ノ心の活躍に刺激を受けて、大人しかった東欧系力士などに
   火がつくんじゃないの? 
 寅さん: 先場所、今場所、高校相撲上がりの4人が入門してきたね。
   早速、先場所入門した二人が、序の口の優勝決定戦に出てきたね。
   来場所は大鵬の孫と、朝青龍の甥っ子がデビューするしね。
 大家さん: この4人は強くなるよ。怪我さえなければね。
 八つぁん: 今場所を総括すると、個々の相撲内容が真剣なのが多くて合格。
   最近、相撲そのものと同時に、砂被りの観客の服装と、表情見物が面白いの。
   それに地域性があってさ。
 大家さん: あの辺に居るのは選ばれしもの達だもの。それなりの金額と。
   長年の因縁が無いと、座れませんよ。
 八つぁん: カメラ目線の要所に、洋装、和装の綺麗どこや有名人が目立つね。
   当然、相撲協会も広告代理店を使って、国内外向けに、彩を考えているよ。
   以前だったら、目立たないのが、今では大型TVで鮮明だからね。≫
 ―
▼ というわけで、相撲の神様が存在をしていたら。こう結論するのでは?
 < あくまで、相撲は興行の世界。しかし私(神)に供える儀式。儀式で
  悪いのが、格式だち過ぎること。それと白鵬の様に逆上せあがっちゃ
 いけません。品よく、明るく、楽しませてくれれば、充分。その点、
充分に合格ですよ。貴乃花親方、良いじゃございませんか、純朴で。
長い目で見て下さい。今回の事件も、彼の御蔭で浄化をしたじゃないですか。>
 まあ… 暇人の独り言。
・・・・・・
5068,あわいの力 ー��
2015年01月29日(木)
        ーあわいの力 「心の時代」の次を生きるー安田登(著)
   * 「道具」を持たないワキ 〜身体が道具
 身体そのものが「道具」というワキの存在が面白い。
これは何もワキに限ったことではなく、すべての人間に当てはまること。
アスリートは、肉体が道具!、いかに勝利につながる道具に身体をつくり
上げていくのが勤め。 人生を演劇に喩えると、役割が道具になる。
その役割としての道具には道が備わっている。 ーその辺りから抜粋ー
≪・「お道具」ということばですが、能の世界では鼓や笛を楽器といわずに
 「お道具」といいます。「道具」というのは「道が具わっている」から
 「道具」だといわれることがあります。語源としては間違っていますが、
 しかし「お道具」の性格をよくあらわしています。お道具は、それ自体で既に
 道が具わっている。しかし、それを演奏する自分の道が具わっていなければ、
 いい音が出ない。何年もの修行によって自分の道が具わったときに、はじめて
 「お道具」が本来の輝きを発し始める。つまり、シテ方や笛方、鼓方は、
 「道具」を通じて能楽師としての道を歩んでいくことができる。
 しかし、道具を持たないワキ方は、それができない。
・こんなふうにして、ある程度自分の音を鳴らせるようになると、
 その人の弟子にまた笛を譲り渡し、その弟子が何十年もかけて自分の音を
 十分に鳴らせるようになると、また次の弟子に笛を受け継いでいきます。
 そうやって、数百年にもわたって、「道具」を次につないでいくわけですが、
 ワキはそのための「道具」が何もないじゃないか。そう、シテ方や笛方、
 鼓方の人たちは言うのです。 が、じつはワキ方にも「道具」はあります。
 それは、自分の身体です。自分の身体と「道具」として向き合い、いかに
 つきあっていくか、というのがワキとしての道の歩み方です。さらにいうと、
 このことは何もワキにかぎったことではなく、すべての人間にとって当て
 はまること。どんな人間も、身体を持たずして生きることはできませんから。
・能の笛というのは、わざと音が出づらいようにつくられているんじゃないか
 と思うような購造になっています。しかし、だからこそ、稽古を積み重ねた
 結果いい音が鳴るようになります。同じことは身体という「道具」にも当て
 はまります。つまり、身体が完全でないからこそ、ワキとしての道、
 人としての道を歩んでいけるということです。・・ ≫
▼ 現代の「お道具」といえば、パソコン(スマートフォンを含む)とネット。
 今ではウェアラブルPCという道具と身体が一体化したものが出始めた。
その道とは、アプリであり、予め完成されている。その意味からして、「お能」
の世界は時代の流れの真逆。だからこそ、そこに、「あわい」の必要性が出る。
文化度が高いフランスのレジャーで、長期休暇は、リゾート地で長閑に、
時間を過ごすこと。ただ、ただボーッとするのが贅沢という。で、痴呆症が
多いというが、それも「あわい」であろう。ただヒタスラ心も身体も休める。
それが御隠居の仕事である。それには、その暇を楽しめる知識と余裕が必要。
・・・・・・
4336, 自己とつきあうということ −4
2013年01月29日(火)
  「自己の探究―自己とつきあうということ」和田 渡 (著)
 ギリシャ哲学の初めのころから、己について考えていた哲学者がいた。
この文明の世でも、「自分」について考えようとしない人が多い中、
2500年前に、このやっかいな自分について考えていた。
そのギリシャは、現在、国家危機の崖っぷち。
 * 古代の人間たちと自己の問題(ヘラクレイトスの驚きと戒め)
≪ 自己を問う試みは、ソクラテス以前の哲学者たちによってなされている。
 なかでも、その試みを自覚的に遂行したと考えられる人物の一人は、初期
ギリシアの哲学者ヘラクレイトス(前五〇〇頃)である。彼が残したとされる、
「わたしはわたし自身を探究した」(断片一〇一)という言葉の背後には、
探究の視線を外部の自然から自己自身へと移し、自己の内に広大な探究の
次元を見いだしたヘラクレイトスの、自己への驚きが見てとれる。
彼にとって、自己は問われるべきものとなった。彼は次のようにも述べた。
「自己を認識すること、健全な思慮を持つことは、万人に許されている」。
(断片二六) その短い言葉を通じて、われわれが自己への関心、配慮を
ばねにして自己への探究を開始する存在であることが端的に示されている。
しかし、それを裏返せば、われわれは通常、自己を問題として受けとめる
ことは少ないし、思慮を健全に保つことからも遠い存在だ、ということである。
よきことを考えて生きることよりも欲情にかられよからぬ方向へひっぱられて
いきやすいのが人間である。それゆえ、彼は自戒の言葉を口にしている。
「欲情と戦うのは困難である。なぜなら、それを欲する者を魂[命]をかけて
購うから。放漫を消すことは火災を消す以上に急務である」(断片四三)
ヘラクレスは、人間がしばしば欲情の虜になり、とりかえしのつかぬことをしで
かしたり、放漫、不遜になって、他人に不快感を与える存在であることを見抜いた。
人間は思わぬ仕方で壊れやすく、健全を失いやすいがゆえに、それに抗するため
にも、よく認識し、思慮を健全なものに保つようにしなければならないと考えた
ようにみえる。彼が認識したことは、自己を壊すものから、自己を防御し、
自己をよく整えるための自己認識であった。・・・≫
▼ 古代に、「わたしはわたし自身を探求した」とは、驚き。
 その頃から現在に至るまで、その問いが繰り返されてきた。まずは、他者と私、
そして、自己対話をする内なる私と、分裂した私。それより、今過ぎ去った
ばかりの己と、現在の己。 欲望に支配されている私と、それを見ている私。
ギリシャ哲学を知るにつけて、人間は二千五百年も考え続けてきたわりに、
殆ど進歩していないというより、後退しているとも思える。いや、西洋的進歩
という言葉自体が疑問である。それが構造主義につながっている。大きな節目
には、それまでの自己が壊される。その中で、破壊されてはならない核心は
守らなければならない。そのために、この随想日記で、「節目どきに」
「自己をみつめる」「自分の居場所のみつけ方」とかをテーマに、していた。
このテーマも、その一連だが、哲学の具体的入り口は、「自分」と「死」と
「神」と「自然」についてである。「私の事業」が崩壊して、残ったのは
「自分」である。それも傷物としての自分。しかし、核心まで傷ついた訳でなし、
問題は自己認識だが、どうもこうも、考えるほど、滑稽な行蔵しか残ってない。
これも気づくかどうかの問題だが・・「欲する者を魂[命]をかけて購う」、
その自分も、それぞれの他己から、自分の核心を守ることは至難の技になる。
・・・・・・
4703,閑話小題 ー若年女性の貧困問題
2014年01月29日(水)
  * 若年女性”の貧困問題
 一昨夜のNHKTVの「クローズアップ現代」で「あしたが見えない〜深刻化する
“若年女性”の貧困〜」を放送していた。隠れた恐慌は、ジワジワと社会的弱者
より影響を与えてきた。成るほど、社会の仕組みは、強者のために作られている
のを日々、実感する。  (まずは、NHKのHPの番組趣旨より)
《 貧困状態に苦しむ若い女性が増えている。親の生活苦の影響を受け、
 早朝と夜間のバイトを掛け持ちしながら家計を支える10代の女性。困窮を
抜け出そうと苦学して専門学校に通ったものの、正社員になれない20代の女性。
中でも、先の見えない生活を強いられているのが若くして子どもを産んだ
シングルマザー。国の成長戦略で「女性が輝く」ことがうたわれる中、深刻化
していく若い女性の貧困。 現場のルポから現代社会の新たな課題を浮き彫り
にしていく。  ーあるプレビュー    \(;$д$@)\ カ.金-\\\   
 働く女性は全国で2770万人いるうち、不安定な非正規雇用で働く女性の割合は、
57.5%と男性の2倍以上。そして、単身女性の3分の1が、年収114万円未満と
いわれており、深刻化しているのが、10代、20代の若年女性の貧困です。
朝から晩まで、アルバイトをいくつも掛け持ちする若い女性たち。
コンビニやファミレス、スナックなど、いずれも時給650円前後の仕事です。
別の女性は、周囲の男性も非正規で働く人が多く、結婚して出産することは
考えられないという。 さらに深刻な状況に陥っているのが、10代20代の
シングルマザー。20代のシングルマザーのうち、およそ80%が年収114万円
未満の貧困状態に置かれているといいます。そんな中で、VTRで紹介されていた
風俗店の話が衝撃的でした。風俗店で働く女性の中には、店側が提供する
住まいや託児所などに惹かれて、やむなく風俗店で働くケースが多いという。
公的なセーフティネットではなく、風俗店が提供する住居や託児所に頼る
というのは、皮肉な現実と言わざるを得ません。
▼ ゴールデンタイムや、NHKのモーニングショーで、生活のため主婦が
 やむを得ず風俗で働いている実態を放映するまで、困窮者の数が増えている。
実際、新潟駅前で30年近くの事業で、風俗嬢の長期宿泊などから、その実態を
垣間見てきた。 地元??が営業する風俗店で、泣き叫ぶ赤ちゃんを客室に
置いて働く姿は、阿修羅そのもの。見て見ぬふりしか手立てはない。
 それにしても単身女子の3分の1が10万以下というから、深刻。 20年前に
「3つ掛け持ちのパートで、子供三人を育てている人がいる」という話を
聞いて、驚いたが、今では話題にすらならない! 静かな恐慌が、現象として
現れてきている。「うどん一つを親子で、つゆを多めにして食べること、
しばしば」には・・ あと数年後は、更に深刻になるという!


6893,閑話小題 〜最近にない暖冬!

2020年01月28日(火)


   * 温暖化の負の影響がモロに
 昨年、台風19号が日本の大阪、名古屋、首都圏の東海ベルトラインを直撃。
この現象は温暖化によるもので年中行事の一つになりそうな。 そこに、暖冬
も加われば… 今年は、更に新型コロナ。
 例年の積雪は、消えて無くなるのではなく、地下水になって一時保管のダム
の役割を果たした後に、海に流れ込み、魚を育てる役割を果たす。 
台風といえば、主に沖縄、九州、四国が直撃を受けてきた。それが今では
大阪、名古屋、首都圏に吹き込んでくる。暖冬も10〜20年に一度はあるが… 
今年のは、最たる暖冬。 冬期間は休んでいるミニ・チャリを今年に入って
6度も信濃川土手沿いを遊覧してきた。 暖冬、北朝鮮、中国の新型コロナ
騒ぎ、そして、東京オリンピック。風雲が立ち込めてきた。
 ―
   * 新型コロナの行末は?
《 2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)には共通点が2つある。
 どちらもコロナウイルスが原因で、生鮮市場から始まっている。…
…「シンプルな介入方法の1つとしては、野生生物の取り引きを減らし、市場を
 きれいに掃除することです」と専門家。 
《 イギリスの大学などの研究チームは、新型コロナウイルスの感染者数が
 来月4日に武漢市だけで25万人以上に達するとの推計値を明らかにした。
人から人への感染について、1人が平均3.8人に感染させる可能性がある…》
《 伏期間にも伝染する可能性がある。これがSARSとの違いだ」 中国当局は
 新型コロナウィルスについて「潜伏期間は最長14日で、その期間中も感染させる
 可能性がある… 》 
▼ …としても、春節直前に何でまた? タイミングが絶妙。
 トランプの弾劾 裁判、東京オリンピック開催の半年前、イラン核開発問題、
北朝鮮問題。アベノミクス失敗?の隠ぺいなどが複雑に絡んだ現状で… 
 日本の冬場の観光地は、踏んだり蹴ったり。 白馬のホテルの学生時代の
同期の男の顔が目に浮かぶ。温暖化や、この新型ウィルス騒ぎに共通点を
見出すとすると、人間のエゴに対する、自然界からの反撃である。あまりに
人間勝手に地球の自然界を支配し、破壊した結果の、このあり様。

・・・・・・
6528,読書日記 〜『天才!』
2019年01月28日(月)
           <天才! 成功する人々の法則 ハードカバー  
                 マルコム・グラッドウェル (著), >
   * 大方の凡人は、先ずは一万時間
 何かしら自己嫌悪に陥ってしまう内容である。個人HPを開いて新たな情報、
知識を毎日2〜3時間かけてパック(文章化)にして積重ねてきた。 その合計
時間は二万時間は超えている。それでこの程度。としても、この習慣がない
自分は考えられない。私にとっては自在の世界。ある意味で竜宮城でもあり、
一日単位のメルクマールにもなっている。これが面白いから続いたのである。
葛飾に住むmひと回り(12歳)年上のカメラマニアの従兄がいる。5年に1度位、
法事などの席で話すが、二年数ヶ月前に、長岡の法事で隣席に座った折に、
『彼方には、感謝してもしきれない。幼児の頃から青年期にかけて、多くの
スナップ写真が多く残っている。その全部が彼方が撮ってくれたもの。これが
存在するとしないとでは大きな違いがある。本当にいい趣味ですね』と語ると、
4k撮影機を取りだし、『いま現在は、これに凝って三台持っていて、キャリー
バックに入れて持ち歩いている。それを4kテレビで、ベストポイントを切取り、
保管している。まず、何はともあれ4k・TVを入れ替えて、映像世界を満喫
した方が良いよ。それにしても、映像世界の進化は言語に絶する。あと10年は
長生きしたいが、末期がんでね…!』と言われて、その数ヶ月後に、寝室の
TVを、家内の猛烈な反対を押し切り、自分専用のネットTVと、ブルーレイを入れ、
二年余、生活が居間のカウチポテトから、寝室のベッドポテト族に、衣替えに…
 話は逸れたが、一万時間といえば、一日2〜3時間、2時間半として4000日、
大よそ10年になる。成るほど、その辺りから面白味が急激に増していた。
 これは、あくまで趣味かつ、脳内のデジタル保管庫。自己嫌悪云々など
考える方が… 日々、是、口実の一つですか! デジタル墓場? 

  =内容紹介=
・世界の一流スポーツ選手に共通する、ある「幸運」とは?
・ビートルズやゲイツ、ジョブズが生まれた本当の理由は?
・IQ190“全米一の天才”が大成できなかったのはなぜ?
・「ユダヤ人」「移民」「服飾業」が成功する弁護士の条件だった?
・頻発した大韓航空機事故。最大の原因は“文化の違い”?
・アジア人の「数学的才能」は水田から生まれた?
・NY・ブロンクスに生まれた“秀才学校”の正体?

その内容をひとことで言えば、「成功」の要素を“個人の資質”だけでなく、
周囲の環境や文化的な側面から考察した、いわば「21世紀の成功論」です。

   【ポイント】  (Amazonの投稿より)
・成功は社会やシステムによって決められる
⇒成功している人は特別な機会を与えられる可能性がもっとも高く、さらに成功
する。金持ちがもっとも減税の恩恵を受ける。できのいい生徒ほどほどよい教育
を受け、注目を集める。そして、体格のいい九歳と一〇歳の少年がもっとも
たくさんの指導を受け、練習する機会を与えられる。
・調査は、一流の音楽学校に入る実力を持つ学生がトップになれるかなれないか
 を分けるのは、「熱心に努力するかどうか」によることを示していた。彼らを
分けるのは、ただそれだけ。さらに重要なことに、頂点に立つ人物は他の人より
少しか、ときどき熱心に取り組んできたのではない。圧倒的にたくさんの努力を
重ねている。
⇒調査から浮かびあがるのは、世界レベルの技術に達するにはどんな分野でも、
一万時間の練習が必要だということだ
・彼らの経歴を本当に際立たせているのは、驚くべき才能ではなく驚くべき好機。
・知能と成功との間には完璧な相関関係があるというにはほど遠い
・実社会で役立つ機知は知識である。習得すべき技術なのだ
・「世界的な成功を得る」という大それた望みもなしに、まずは世間からよく
 知られていない分野で努力を重ねた。そしてあるとき、ドッカーン! 
 とパソコン革命が起き、彼ら(ビル・ジョイやビル・ゲイツ)はすでに一万時間を
 突破していた。準備ができていた・逆境を克服したのではない。逆境が好機に
 変わったのだ。長年、ある技能に磨きをかけてきたところ、それが、とつぜん
 とてつもなく重要になったというわけだ
・第一のポイントは、フリードマンが勤勉を厭わず、自分の人生に責任を持ち、
 働きながら大学を卒業したことにある。だが、第二のさらに重要なポイントは、
 フリードマンが勤勉を厭わなければ、人生に責任が持て、働きながら大学を卒業
 できる時代に生まれた点
・もっとも頭のいい人間が成功するのではない。成功とはまた、人間が自分のため
 に行う決断や努力の単純な総和でもない。それはむしろ、贈物である。
・成功者は歴史と社会、好機と遺産の産物である。その成功は、異例のものでも
 謎に満ちたものでもない。それらは、複雑に編み込まれた、優位性と彼らが
 受け継いだ遺産から生まれる。みずから勝ち取った分もあれば、単なる幸運で
 手に入れた分もある。つまり、アウトライアーは最初からアウトライアーだった
 わけではないのだ。
・本人の努力はもちろん必要だが、「ティッピング・ポイント(臨界点)」
 が起こるには周囲の力が重要であったように、環境要因が後押ししなければ、
 なかなか成功することはできない。
・「長時間にわたってトレーニングを積める機会」こそが「並外れた好機」
・知能は必ずしも成功の要因ではない。人間とは、周囲の他者の協力を上手に得る
 ことができないかぎり、どんなに高い能力を備えていても、成功はおぼつかない
・成功した一部の人々は、当時うまくいっていた人々の仲間に加われなかった、
 あるいはあえて加わらなかったからこそ、成功できた。なぜなら、時代環境が
 変わる中で、既存の権益がない人間ほど、リスクをとることができたからだ。
――
――
▼ 「成功、失敗は大した問題ではない。問題は充実していたかどうか?」
 その辺りの言葉で何とか自分を納得させている。 私のライフワークの
『秘・異郷ツアー』。 一回に250時間として、1万時間を割ると40回になる。
その辺りが、『行った〜』という「臨界点」の実感がする。この実感は、
第3者の成功に、羨ましいと感じさせない。 あの人は、あれ。私はこれ!
早朝の散歩でも、映画館通いも、先ずは1万時間が第一歩。それもこれも、
死んで3日も経てば、行蔵も何もない。 
〜
追文 : プロ野球選手、大相撲力士。その中には遠い異国から人生を背負って
 やってくるでしょう。1万時間はおろか、その数倍も入れて… それって、
才能の差でしょう。これだけは、どうにもならなって、元巨人の星が泣きそうな
顔をしていたけど… 少なくとも凡人にとっての目安として考えれば? 
 充実感が持てる目安? と気楽に考えれば!

・・・・・・
6164,閑話小題 〜キツネとハリネズミ −2
2018年01月28日(日)
          『クラウド時代の思考術』パンウドストーン著
   * キツネとハリネズミタイプの事例
 まあ、シェークスピアとダンテを対極におくとは、解りやすい分析である。
 その二つを兼ね備えているのがトルストイとバーリンはいう。トルストイ
 自らはハリネズミ族に属していると信じていたようだ。 
  〜その辺りから抜粋〜
≪ 政治哲学者アイザイア・バーリンは自身の著書『ハリネズミと狐』で、
 トルストイの超大作『戦争と平和』の歴史哲学を真っ向から論じた。
バーリンは、ダンテは“ハリネズミ”であり、
 シェイクスピアは“狐”と分析
 ─では、トルストイは? ロシア文学者で東京大学名誉教授の川端香男里に
『ハリネズミと狐』で語られるトルストイの姿を聞いた。
【『戦争と平和』を真っ向から論じた本は日本では数少ないですが、外国では
たくさんあります。あまたの文献の中で傑出しているのが、『戦争と平和』の
歴史哲学を論じた、ラトヴィア出身の政治哲学者アイザイア・バーリンの著書
『ハリネズミと狐』でしょう。
 バーリンは、人間類型を二つに分け、
第一に、一つの基本的ヴィジョン・体系を中心にして、自分の作品を求心的に
 構築して行く「一元的」タイプを置きます。
第二に、遠心的に拡散した「多様な」対象を、自分固有な心理的・生理的脈絡
 の中にとらえようとするタイプを置きました。
そしてギリシアの詩人アルキロコスの詩の断片「狐はたくさんのことを知って
いるが、ハリネズミはでかいことを一つだけ知っている」を、バーリンは上記の
二つのタイプにあてはめ、第一部類をハリネズミ族、第二部類を狐族と名付けた。
 第一類の代表選手はダンテで、第二類の方はシェイクスピアです。
・プラトン、パスカル、ヘーゲル、ドストエフスキイ、ニーチェ、イプセン、
 プルーストはハリネズミであり、
・ヘロドトス、アリストテレス、モンテーニュ、エラスムス、モリエール、
 ゲーテ、プーシキン、バルザック、ジョイスは狐です。
ロシア文学はバーリンによれば、プーシキンとドストエフスキイという二つの
極の間で成り立っています。ところでトルストイはこの二つの部類のいずれに
属しているといえるのでしょうか。 バーリンの仮説では、
トルストイは本来は狐族であるのに、自分はハリネズミ族であると信じていた、
とされます。トルストイほど世界の多様性ともろもろの状況の多面性を明確に
把握していた作家はいません。しかもトルストイはこの多様な世界を普遍的に
説明してくれる統一原理を終生求めて止みませんでした。狐とハリネズミの共存
です。対象の多様性を明敏に知覚することのできたトルストイは、既存の統一的
原理のまやかしに反発し、それをロシア化され単純化された合理的教説で破壊
して行きました。このような破壊の背後には必ず、本物の統一的原理があるはず
という「ハリネズミ」の信念がありました。
ですからトルストイの破壊・否定は、真理の探究と表裏一体だったのです。≫
▼【 熊さん: 俺なんて、針ネズミじゃなくて、ドブネズミだね。
  寅さん: じゃあ、俺はモグラですか。せめてリスかモモンガ?
    こうシリアスにタイプに選り分けられると嫌になるよ。ったく。
 大家さん: とするとワシはムジナ辺りですか。
八つぁん: 一応、役割はキツネですがね… じゃあ私は何でしょうか。
  ハリネズミに近いハツカネズミ? 私が、‘世間人’を子キツネというが、
  他人様の家族の内情の覗き込みのネタを餌に渡り歩くのを性にする人たち。
  とすると、子ネズミの方が適切な言葉になるね。
大家さん: 世間様の話は、御品が悪くなるから止めておきましょうや!
  誰もが持っている悪い癖だもんね… 
寅さん: 八つぁんが「世間」の話をすると、俺のことかと冷や冷やだよ。
  俺はね、裏話に花を、いやゴミを添えて楽しむしかないのさ。悩がないから。
  熊さんは、素朴だが、俺は少しマシな役割のようですか。
熊さん: 呆け役なんだろう。それも天然呆け役。でも、純粋な疑問ほど道理
  を突くって言うじゃないか。しかし寅さんは、少し捻った性格なんだろう。
寅さん: 低俗の中の上が俺、下が御前だよ。
八つぁん: 呆け役の切口に彩をつけるには二人の呆けが必要だからさ。
  何かさ、自分の言えないことを二人が代弁してくれて便利だね。
  しかし、品格が下がったね。
大家さん: ワシの役割は、八っあんの中の知性というか、冷静さを持った
  役割だろう。それにしては、自分で、それが全く感じられませんね。
熊さん: だいたい、これを書いている奴の程度が低いからね! 
八つぁん: 『 … 』  
寅さん: ここまで話を引っぱって、落ちがこれ? 俺らを呼び出すのも、
  そろそろ止めたら。 …いや、大相撲の総括で言いたいことがあるか。】

・・・・・・
4702,漂流者たち
2014年01月28日(火)
  * 漂流者たち ー若者には未来など無い! あるのは現在のみ     
                  ー『散文』谷川俊太郎著より
  ーこれは全文であるー  
【若者を『私』、夢を『思い出』に置き換えると、現在の私(同年代)
                       の心境に似ている?】
《 若者には未来がある、とはいいふるされたことばである。これは若者の
ことばではなく、感傷的なおとなのことばであろう。 若者には現在がある。
むしろ、若者には現在しかない。そのことはだれよりも若者自身がよく
知っている。過去をふりかえるひまがないのと同じように、若者には未来を
考えるゆとりがない。彼らはいまの一瞬々々を、手づかみしようとする。
それはこっけいで、そのくせ悲劇的だ。 若者は、生活しようとはしない、
生きようとするのだ。「仕事?つまんないなあ」 深い吐息のように、
ある自動車工場の工員はいった。自分にも、いったい自動車のどの部分を
造っているのか、よくわからないのだそうである。昼休みの、日だまりで、
牛乳を飲みながら彼は、ほんとうは、新車のテスト・ドライバーになりたい
んだと、はにかみながら話した。「いかすもん、なあ」活宇にすると、
こんなにも無力で、使いふるされたことばが、若者の口の上では、この上なく
生き生きとするのである。若者は夢見る。夢に夢中になる。恋の夢、金の夢、
正義の夢、純粋の夢。未来に向かう夢ではない。時のない夢、広漠とした情念
の世界にひろがる夢だ。だぷん夢が深ければ深いほど、彼らは現実に目ざめて
いる。きのうもあすも、後らにとっては観念にすぎない。唯一の現実、それは
今日である。いまである。土曜日の晩のダンスホールの芋を洗うような混雑の
中で、若者はちっとも陶酔せずにツイストを踊っている。踊ることで、やっと
あの若さのもつ、底ぬけの無為のひとときをつぶしている。
彼らはまるで漂流者のように見える。家庭という岸辺からも、仕事という港
からも遠く離れて、むなしく何かを求めている。おとなから見て、頼もしい
若者、すなわち余りに早くおとなの秩序の継承者たることを自らに課した若者に、
おとなは奇妙な不信をおぼえる。そんな若者は、どこか痛ましい、さらに
いけないことにはどこか病的にすら思えるのである。若者の健康は、獣の健康
であっていい。エネルギーという、便利なことばがある。若者にも、しばしば
このことばがむすびつけられる。だがこのことばのもっている危険の味わいに、
わざと目をつむっているのではあるまいか。エネルギーの源は、いのちである。
そしていのちそのものは、善にも向かうかわりに、悪にも両かう。
エネルギーはいのちを自己否定する可能性すらはらんでいる。若者はいつの世
にも、おとなにとっては、危険な存在なのだし、またそうあるべきなのだ。
 いつかは君らにも金ができるさ、といったところで、若者はなっとくしない
だろう。若者はいま、金が欲しい。若者はいま、楽しみがいる。若者は正義を
求める。なぜなら、若者はいまを、生きている。 労働の場で、時には恋愛
の場で、若者はおとなたちと時代をわかちあっている。だが、おとなの現在に、
若者が自分の未来を見るようになる時、ひとつの時代の成長はとまる。
おとなは若者に未来を用意してやるべきでない。現在をこそ与えるべきだ。》
▼ 1970年に書かれた谷川俊太郎の『漂流者たち』である。当時、この文章を
 読んでいたら、どれほど慰められたかと思うのは私だけでないはず。
仕事は辛く、金は無く、自信も、先の見通しも無い。あるのは、心の奥の野望と
他人からの視線の恐怖。そこに「果たして、私に何が出来るのだろうか」の絶望
がまとわりつき、心は焦りと虚無感が渦巻いていた。若い時は良かった!
など、振り返ればこそ言えること。これは当時の心象風景そのもの。
そして、今は家の中の漂流者?   (>_<)ゞ  (ノ_<。)うっ


 < 過去  INDEX  未来 >


horii86 [HOMEPAGE]