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堀井On-Line
| 6852,BS世界のドキュメンタリー「遊びの科学」 |
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2019年12月18日(水)
<BS世界のドキュメンタリー 「遊びの科学」2019年> * 世界のドキュメント「遊びの科学」 価値観には、学び、遊び、働きの3つの要素があり、その中で、取分け 「遊び」が重要視される。他にも「休み」を加えたい。欧米の夏場の長期 休養が、これにあたる。…何もするでなし、ひたすら別荘地でボッとする。 本来、狩や、食べ物の収集以外は、ひたすら休むのが野生動物の生活習慣。 人間も然りで「遊び」の必然性がある。 死ぬときに、もっともっと遊んで おけばと悔やんでも、もっと稼いでおけば、学んでおけばの悔いは少ない。 一般的に遊び4割、働き3、学び3の割合だが、背景の生活環境で変わる。 日本列島は山が7割もあり、その周辺は海に囲まれた海洋国家。遊びには うってつけ。そこには、多くの遊びから生み出された芸術作品がある。
NHKの「遊びの科学」のドキュメントが簡便で解りやすい。 ― :番組内容: 動物も昆虫も遊び心を持っている。子ども時代に遊べば遊ぶほど “優れた大人になる”ともいう。動物たちが遊び回るレア映像と、 目からウロコの学説で遊びの効用を科学する。 ◉ コモドオオトカゲと、バケツや紙箱を使ってかくれんぼ。 水族館のタコは、清掃用のホースに合わせて踊っておねだり。 犬もヤギも、子グマがいたずらする映像も! たくさん遊んだクモのメスは子だくさんで、遊びを禁じられたハムスターは 精神不安定で協調性を欠くー ー人間も野山を駆け回り、転んだり擦り傷を負う「遊びのリスク」から学び 成長してきた。室内にこもりがちな子供たちの未来に、研究者たちは警鐘を 鳴らしている。 動物も昆虫も遊び心を持っている。 子ども時代に遊べば 遊ぶほど“優れた大人になる”ともいう。 動物たちが遊び回るレア映像と、 目からウロコの学説で遊びの効用を科学する。 ― ▼ 都会と地方の違いは文化の多様性にある。特に「遊び場の」質量が格段に 存在する。地方には、自然の遊び場が広く控えてある。 入学後、まず 驚かされるのが遊び心と、服装のセンス。都会では、これが生きる術になる。 その蓄積の違いは、そのまま、人生の質として現れる。といって、都会育ちが 優秀とは限らないが、代々の文化の差となれば、いかんともし難い格差を生む。 成績優秀な人は、遊び上手の人が多い。 ここで、「遊び」の効用を多く書い てきた。 …読み返すと、ほぼ同じことを、より詳しく書いてある。 人生を総括すると、一期一会で、実に面白かったというしかない。
・・・・・・ 2007/06/18 2267, 「遊び」 (゜∇^*)オハヨ♪ 遊びの重要性は、両親をみていたり、学生時代などの経験から 「働き」と「学び」と同じくらいの「位置づけ」をしてきた。 その三つのバランスを如何に組み合わせるかが人生の豊かさと信じて、 年、月、週の計画に組み込んでいた。 最後残るのは、特に「遊び」の中の充実感である。 「遊び」をネット百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』調べてみた。 ーーーーwww**ww*w(/⌒∇⌒)/〜∞**www***w ーーーー 楽しむ、娯楽、休養、リラックス、ストレス (生体)解消などの目的で 生物がする行動の総称。普通は生命活動を維持するのに直接必要な食事、 睡眠や、自ら望んで行われない労働などは含まれない。 また、工学などにおいて作られる、ある一定のたゆみ、ゆるみ、余白のこと。 これを作ることを「遊びを持たせる」という。 ハンドル等、機械で人間が操作する部分の遊びは、不覚筋動を機械の動きに反映させない という効果遊びとは、楽しむ、娯楽、休養、リラックス、ストレス解消などの目的で 生物がする行動の総称とされます。どのような時代においても遊びは存在し、 太古の昔から現代まで私達の心を楽しませてくれています。
人間以外で、動物は遊びの中で狩りやコミュニケーションの方法を学んでゆく。 ヒトは成熟後も遊びを行なうのが一般的である一方、ヒト以外の動物は成熟すると あまり遊ばなくなるが、ペット化(家畜化)された犬や猫などの動物は成熟後も 遊びたがる傾向があるようであり、野生動物でもカラスには、 成熟した個体に遊びと思われる行動が見られる。
フランスの思想家、ロジェ・カイヨワはホイジンガの著書「ホモ・ルーデンス」 に影響を受け、「遊びと人間」を執筆した。 その中でカイヨワは遊びを次の4つに分類している。 ・アゴン(競争):運動や格闘技、子供のかけっこ ・アレア(偶然):くじ(宝くじなど)、じゃんけん、ギャンブル(競馬など) ・ミミクリ(模倣):演劇、物真似、ままごと ・イリンクス(めまい):メリーゴーランド、ブランコ カイヨワの説は遊びはこれらの4つの区分に分けられるとしたものであったが、 遊びは必ずしもこれらの単一の要素からなるものではなく、複数の要素を含む ものも多いとする説もある。 ーーーー ▼ なるほど、と思うが・・・ 「遊び」については、何回か取り上げてきた。 人は良く遊び、良く働き、良く学ぶことを通し、良く生きることを目ざす。 どれも必要なことであり、それぞれにとって、背後に二つを必要とする。 何ごとも楽しみになるまで追求すれば、しめたものである。私の場合、ゲーム化 を楽しみへ持ち上げるポイントにしてきた。ゲーム化に対しては批判もあるが、 何ごともやりかた。到達地点を設定して、その間の障害を乗り越えながら プロセスを楽しめば、遊びへ転換する。 ゲームは、勝ち負けを争う遊戯、競技もしくは賭博として一般的に認められて いるが、日本では、「ゲーム」という言葉を使う場合、漠然とした「遊び」と 比べ、「パッケージ化された遊戯の一形態」という印象を与える。
学び、働きに対して、遊びが一番充実していた!ようだ。 遊びは他の二つと違って、他者との対比の必要はない。 一番好き嫌いの主観的要素が生かせるからよい。 同じ人生、楽しまなくては! 何ごとも「遊び」まで持ち上がるまで集中すべし!ということか。 ー以前、カラスの遊びについて書いた部分を抜粋してみるー カラスは「羽の生えた類人猿」というほどの高い知能が、 動物学者の研究観察から認められている。 その一つに人間と同じような“遊び”の感覚があることである。 ・目的もなく電線の巻いてあるテープをはがしたり、 ・空中でゴルフボールや小枝を落として奪い合うラグビーのような 行動で仲間と遊んだり、 ・滑り台で、人間の子供のように滑り降りたり、 ・くちばしでレールに小石を並べる行為も、電車が石をはじくのが面白くて 始めた“遊び”といわれる。 そのように無駄な行動を楽しむことをみても、彼らが知的動物であるといえる。 「無駄」なような行動も、「ラグビー行為は、オオタカなどの猛禽類に襲われた 場合に備えてのチームプレーの訓練」という見方もあるが、それを遊びにする ことが、高度な知的行為である。 ーー イルカや、サルなど知的レベルの高い動物ほど日常の中に 遊びが入っているところが、注目に値する。 d=(^_^)=b 競争、偶然、模倣、めまい、か〜〜〜! 何かの偶然の重なりで娑婆に生まれ、ママゴトのような人生の中で、 ワッペン取りや、かけっこ競争や、ブランコ遊びをして、 ふと、気づくと孫に囲まれ、遊びの手助け!、 これが人生。 Bye♪ ☆~~ヾ・ェ・)o尸~ マタネ~♪ ・・・・・・ 2004/05/12 1135, 「ライフ・レッスン」−13 ー遊びのレッスンー 遊びは仕事とともにもっとも大事にしなくてはならないことである。 何のために働くのかと問われれば、遊ぶために働いてますと真から 答えることができ、何のために遊ぶのですかと問われれば仕事を じゅうぶんできるために遊ぶのです、と答えることが理想といえる。
遊びとはつかの間の気楽な時間ではなく、遊びのためだけに捧げられた、 実際の時間である。私にとって、この随想日記を書くことじたい遊び。 遊びでなくては絶対に1000回も書くことは無理である。
散歩もわたしにとって、最大の遊びである。 初めは腰痛対策であったが、いつの間にか遊びに昇華してしまった。 歩いて楽しいのである。
晩年になって過去を振り返ったときに、あの時は良かったという記憶に 残るのは、やはり無心で遊んでいた時である。それぞれの年代において、 それぞれの遊びの中で我を忘れて楽しんでいた時である。
ー抜粋 ・われわれは趣味や遊びが何であるか忘れている。 家具つくりを趣味でしている人が、ある日突然「これを仕事にしよう」と 思い立つ。好きなことをして、それが仕事になれば、というかもしれない。 しかし趣味とは成果を気にしないで純粋に楽しむものである。 売るための家具をつくれば、もう趣味といえなくなる。 それは仕事である。そのことに気づかずに、好きなことを、純粋に楽し めないことにゆがめていく人が少なくない。
・おもしろくって、一日中でもやっていたい、本当に好きなことを やらずに、欲求を最大限おさえて生きていくなんて、何ておぞましい 人生だろう。遊びにかけているサファーを、われわれは並以下の人間に感じる。 しかし真剣に問われるべきは、われわれの大半が遊びのない世界に住んでいる のは何故かということだ。
・自分自身に上質な時間をあたえてほしい。 愛する人とすごす上質な時間が必要だということを、誰もが知っている。 ところが、自分だけのための、ひとりですごす上質な時間もまた 必要なのだ。ひとり取り残された時間でも、気がついたらひとりになっていた でもなく、純粋にひとりを楽しむ時間が一番大事だということを知って ほしい。 ・・・・・ 〜以前書いた文章 ー遊びについて―
人間にとって「遊び」は最も重要の一つである。 そこで「遊び」とは何かを考えてみよう。まずその達人を事例で 考えてみる。一番身近では母がそのプロ?であった。
戦前、戦中、戦後の動乱期に10人の家族が生きていく中で、 父とともに苦労の連続であった。そして長男、次男の連続の 不幸な死で今の重症のノイローゼーなった。 心筋梗塞、死の一歩の手前までいった。 亡くなった時、医師の要望で心臓を解剖したら、心臓の4分1が壊死していた。
それを乗り越えた後は、それまでのエネルギーを遊びに全て向けていった。 約40年近く遊びきって亡くなった。 日本舞踊、短歌、お花、旅行、茶道、写真。 毎日いそいそと何か遊びを見つけ楽しんでいた。
子供ながらに、そのエネルギーに感心をしていた。 遊びの重要さもそのため学んだ。 父は「働く人」、母は「遊ぶ人」と役割分担がハッキリしていた。 ただ父も仕事の合間に、結構遊びを作っていた。
「遊び」を儒教的影響の為か、キリスト教的倫理観の為か、 罪悪と教えられてなかったか。 子供のころ誰もが、毎日目を光らせて遊んでいた。 ただただ無心に遊んでいた。 あの遊びをいつの間にか我々は忘れてしまった。
人間は生きていかなくてはならない。 その為に働かなくてはならない。 競争に打ち勝たなくてはならない。 その為に勉強もしなくてはならない。
しかしそれだけでは、それだけの人生だ。 それがクロなら、その対象の白が必要になる。 どちらが大事かでない、どちらも必要なのである。 それを特に母の生き様から学んだ。
一般的にいうと、遊びの優先順位があまり高くない。 どうしてだろうか、やはり生活をしていかなくてはならないからだ。 そして厄介な不安という心理がある。その為に、お金をセッセと 溜め込まなくてはならない、「馬鹿な?生き物」である。
遊びとは、「好きな事をして、それを楽しむ事」をいう。 そうすると、仕事も遊びになりうる? 天才はその典型である。
あの子供の時の遊びを我々は忘れてしまった。 何でも遊びの対象にした「遊び心」を。 純真の心を失っているからだ。 「純真な遊び心」をいつの間にか忘れてしまった。 「遊んでないで、笑ってないで、もっと真面目にやれ!」 と暗示をかけられてないか?
私の趣味の一つにウオーキングある。 初めは腰痛対策であった。今は大事な趣味ー遊びになっている。 純真に楽しいーヽ(^o^)丿のである。
その中に純真な遊び心が躍動を始める。何々のためにといった 場合は、遊びでなくなる。それを乗り越え、純真な遊び心に なった時点で「遊びに昇華」する。
パソコンもそうだ、このホームページもそうだ。 そこまで持ち上げる必要性を人生で学んだ。 「遊びになるまで集中する」という事か。
さあ… 散歩だ! ーーーー 2002/01/05 一人遊び
孤独に強い人とは、一人遊びができるかどうかにある。 一人で楽しみを見つけ・・・、書いていて気がついた、 それって「お宅」でないか。似ているがやはり違う。 それは一人遊びのできない人が表面を見て、いっているのでは? 結局中途半端のそれをいうのではないか?
字のとおり、部屋に引きこもって自分の殻にこもった状態をいう。 山登りや釣りはやらないが、これなど一人遊びの典型である。 別にそれをお宅といわない。読書好きの人もお宅といわない。
自分の強みは孤独に強いことだ。人に何かを求めないこと、求めても そこに何もないことを、経験上知っているためだ。 結局人間最後は一人だ。そこでボールを一人でバウンドさせていくしかない。 そうしていれば、人が面白そうと自然に寄ってくるものだ。
「禅」とは、その修行によって、字のごとく、単(一人)を示すことだ「示単」。 これはある有名な禅僧から直接聞いたことだ。そこで自分の好きのことを見つけ、 それを楽しむことから始めなくてはならない。その積み重ねが個性を作る。 個性は孤独がつくる。 ノイローゼになる人をみていると、これができない。 常に他者に何かを求めるか、頼っているからだ。 ・・・・・・ 2018/04/05 閑話小題 〜遊びについての断章 <「群れるな」寺山修二著> 昨日、「加山雄三とヨット」のテーマで遊びについて書いたが、手元に 図書館から借りて積上げてある10冊の本の中に、『遊びについての断章』が あった。これまで「遊び」について繰返しテーマにしてきた。 「遊べるうちに遊んできなさい! 直、泣くときが来るんだから!」と 諭され、数十年が経つ。確かに切ない場面が多々、あったが、その数倍、 数十倍、楽しいことがあったのが実感。遊びの価値を両親の後ろ姿に 学んだことに加え、学生時代に味わっていたこともある。 ―― * 『遊びについての断章』 ー人生は遊びながら年老いて行く― ‘JRA’のCMのために書いた原稿。 実際に使われたものはこれからの抜粋である。このCMのなかでの寺山は 得意の肩かけコートで町をあるき、府中のスタンドをバックにたたずむ。 その後ろであの独特の語り口でこの断片を朗読していた。 ――
かもめは飛びながら歌をおぼえ 人生は遊びながら年老いてゆく * 遊びはもうひとつの人生である そこにはめぐり逢いも別れもある 人は遊びのなかであることを思い出し、あることを忘れ、 そしてあることを捨てる * 人はだれでも 遊びという名の劇場をもつことができる 悲劇 喜劇 活劇 メロドラマ そこで人は主役になり、同時に観客になることもできる * ぼくは人力飛行にあこがれていました 飛行機はただの道具にすぎなかったが、飛ぶことは思想でした ぼくあ大空を見あげて思いました プライバシーなんかいらない フライバシーがほしい、と 遊ぶことは 冒険することであり、 ためすことであり、知ることだったのです ぼくは「運の悪い女」がきらいです なぜなら「運の悪い女」には、人生が一つしかないからです 遊びは、不運な人たちにも 「もう一つの人生」があることを教えてくれるのです だからぼくは、いつでも自分に掛ける * どういうものか「誰が故郷を思わざる」という歌をうたうと、 ツキがまわってくるんです はじめて競馬場へ行ったとき はじめて玉突きを覚えたとき はじめて女を口説いたとき だからぼくは 皆で一度、一緒に唄ってみたらいいんじゃないかと思っているんです 政治の悪い時代には、「誰が故郷を思わざる」でも唄ってみる そういうもんじゃないのかな、遊びなんて * 人生が終わると、遊びも終わってしまう しかし、遊びが終わっても人生は終わらない 遊びは何べんでも終わることができるから、何べんでもやり直しができる 出会いと別れのくり返し そこが遊びのいいところなんだね * 人生では敗けられないが、遊びなら敗けられる そして敗けを知ったものだけが味わえる風景というものがある 「誰が故郷を思わざる」なんて唄は 競馬をやったことのある者にしか、味わうことができない唄ではないだろうか * 人生が、いつばん安上がりの遊びである 死が、いちばん高くつく遊びである * 遊びは、人生の時刻表である 人はそこに立ち止まり、自分の乗る汽車をえらぶ 人生は汽車である 旅をしながら年老いてゆく * 遊びは不幸な人間の第二の人生である 遊びは不幸な人間の第二の魂である * 人は誰でも、もう一つの人生をもつことができる それは遊びである ドストエフスキーは言っている 「一杯の茶のために、世界など滅びていい」 * 夢の中で無くしたものを 目がさめてからさがしたって見つかる訳はない 現実で失くしたものを、夢の中でさがしたって見つかる訳はない 人は誰でも二つの人生をもつことができる 遊びは、そのことを教えてくれるのです
― ▼ 個人のHP内の検索で調べると、次々と出てきた。 まあ真面目に遊びながら書いだこと。
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2019年12月17日(火)
* 「死に損ない」を捩った「生き損ない」 ◉ 「死に損ない」の逆で、「生き損ない」という言語に惹きつけられた。 常識に縛られて鬱鬱と生きてきた人たちにとっての老後は、極めて厳しい? いや人生を楽しんだ者も同じか? とは言え、比較社会の住民が大部分だから 心配することもなし… 折角の地球旅行で、日常に埋没、経験少なく帰路につく 人たちで死屍累々。人生というステージに、縛られたままでは勿体ない。 いや気付かないのだから、それはそれでいいのか…?
◉ 日本では、「世間教」の島国特有の宗教が個々を縛りつけている。 流動性の少ない世界では、生き損なわない「生きがい」を見つけるのは難しい。 生き甲斐とは、目標、目的に向かい張合いを感じる心持ち。子供を育てるため 必死に働く母親の心持ちに端的に現われる。今さら言い立てることでもなし。
◉ 「ネット社会」が「現実社会」を覆って、情報化なるが故に、個々人を 井戸の底に縛りつけ、井戸の内しか見えなくする面もあるが、夜半には天体 の星が数限りなく輝きを見ることができる。 これをネット社会に譬えると、 それぞれの星と星座につながる。 井戸からみえる世界は、違って当然の話。 ネット社会は、その個々の井戸の世界を透ししてみせる。 そこに、 「上をみればキリがない、下を見れば底がない、横をみれば情けない!」。 これも、価値観の比較問題になる… ◉ 生き損なうとは、これ如何に? 持って生まれた才能の一部さえ気づかず、 生涯を欝々と生きてきた結果をいうのだろう。養老猛のいう、「ばかの壁」 の内側で…仲間内の顔色を窺い、仲間の外、自分の世界の外を見ないとしな 人たち。これも比較になるが… 虚ろな80数年の年月、ひたすら日常にまみれ、 生きるしかない人たち。といえば、まずは自分自身の問題になる。一応、山あり、 谷ありだったが、大した峠を越えてきたわけでなし。
◉ 「生き損なう」は、人生を通して、楽しめたか充実していたかどうかにある。 これも両親の質や、生れた時節もある。戦時、終戦時の中、8人兄姉の末っ子 もあり、それぞれの立ち位置に微妙な運不運が見てとれる。 終戦を跨いで 生まれた幸運が、最後まで就いてまわったようだ。人生、一つ足を踏み外すと、 地獄の鍋に呑込まれる危うさがあった。ある日、突然、思いもよらない時代の 波が、覆い被さってきた。流されながら、何とか目先のボートにしがみ付いて、 大波を乗越えてきた。それも救命胴着の準備のお陰で、乗越えられた。 そこには「死損ない」「生き損ない」の甘さは、ほぼ無かった。とすると、 この言葉は、「頭でっかちの戯言」になる。書いてきた最後に気づくとは…
・・・・・・ 6487, 閑話小題 〜指の話題 2018年12月17日(月) あらためて気を取りなおし、昨日、誤って消去した内容を辿って文章化を したが、微妙に違った内容になってしまった。 ネット検索も一期一会で、 これはこれ! 一応、より深堀をした内容になった?。手を活発に動かすと、 その刺激は脳の多くの部分に伝わる。 細かい手仕事に熟練した職人や、脳の 創造力と手の描写力を駆使する画家など長生きの人が多いのは、手から脳への 刺激が絶えず伝わるため...‘手’は、外に出た”脳”と言われる由縁である。 世界の宗教でただ一つ共通しているのが両手の指先を顔の前で合わせ願いを 念じること。念じないのと、100,1000回、念ずるのと自ずから違って当然。 〜ネット検索によると〜 ―― <・親指の持つ意味=一般的に、親指につける指輪は「信念を貫く」 ・人差し指は「意思や開拓する力」を意味し、自分で考え、道を切り開く意志。 ・中指は、「道しるべ」という意味。文字通り貴方を導いてくれる。 ・薬指は、「願いを叶える」指。そして愛情。 ・小指は「チャンスに巡り合う、願いを叶える」指。> 〜 ★左右別ってのもある。 ー左手= ・親指: 内なる自信・信念を強める。 ・人さし指: 内面が成長、成熟していく。 ・中指: 内なる声、宇宙からのメッセージが受け取りやすくなる。 ・薬指: 豊かな心・感受性を高められる。 ・小指: 幸せを受け取る力を強化する。 ―右手― ・親指: 「我ここにあり」の存在感を強める。 ・人さし指: 自他共にモチベーションをアップさせる。 ・中指: 魔術的、神秘的な魅力やパワー(通常を超えた能力)を発揮する。 ・薬指: ハートを満たす選択で、人生を進めていける。 ・小指 願いを叶える力を強化する。 〜 ―使用例― 1.左小指【願】;願望達成やお守りに相応しい指。 恋に限らず願いを込めるのに良い指です。明るさや活発さがほしい、 いらいら気分を解消したい、別れ話をスムーズに切り出したいときに。 2.左薬指【愛】;愛の約束に相応しい指。 愛の願いがあるなら、眠る時だけにこの指に指輪を。 人から注目されたい、金運をよくしたい、自信を得たい、友達と仲直りしたい。 左手の薬指:愛の絆を深めたいときに。 3.左中指【閃】;直観力の指。 目的に合った宝石をつけると閃きや インスピレーションがアップ。 信頼感を得たい、落ち着いた行動をとりたい、自分のペースで物事を進めたい、 自己主張したい、落ち込んだときに早く回復したいときに。 判断力がほしい、ポジティブ思考になりたいとき。 4.左人差し指【誓】;精神的に導き能力をアップさせる指。 人知れず心に誓う事がある時に最適。勇気がほしい、恋のキッカケを つかみたいときに。左手の人差し指:感受性や直感力を高めたいときに。 5.左親指【意】;自分の意志で現実を変えていく指。 難関突破が必要な時や影の支持者に最適。 自分の信念を貫きたい、目標に向かって着実に進みたいときに。 6.右親指【導】;指導者の指。 集団のトップとして働く為、又はその地位に相応しくある為に。 自分の信念を貫きたい、目標に向かって着実に進みたいときに。 7.右人差し指【貫】;現実を導く指。 自分の意志で周囲を動かしていきたい時や意志を貫徹したい時。 勇気がほしい、恋のキッカケをつかみたいときに。 8.右中指【現】;自分の意志の力で、意志のままに行動したい時や現実的な パワーが欲しい時に。 信頼感を得たい、落ち着いた行動をとりたい、自分のペースで物事を進めたい、 自己主張したい、落ち込んだときに早く回復したいときに。 9.右薬指【石】: 人から注目されたい、金運をよくしたい、自信を得たい、 友達と仲直りしたいとき。右手の薬指:相手を説得させるパワーがほしいときに。 10.右小指【守】;お守りの石をするのに良い指。 現実的な生活でのお守りの意味を持つ宝石をつけましょう。明るさや活発さが ほしい、いらいら気分を解消したい、別れ話をスムーズに切り出したいときに。 右手の薬指:社交性をアップさせたいときに。
―― ▼ 少し専門的で難しいが、両手の指が意味するところは憶えておくのもよい。 座禅を組む時、ヨガの瞑想時、両手の親指と人差し指で輪を作り膝の上に置く。 ヨガではムンドラーという。人差し指が我であり、親指が大地、大自然を意味し、 大地と我が一体化することを意味する。成る程、落ちつくわけである。 で、この内容の創作時間とエネルギーは、半分で済んだが、内容を少しアップ? そういえば、『光の手』という分厚い本を、何度か繰返し読んだことがあった。 手に気持ちを集中して、相手のチャクラにエネルギーを注ぎ込む作法。これに 熱中していた時節に、トルコ、エジプトのムスクや、イスラエルの岩の洞窟などに、 行ったとき、両手がパンパンにはって痛くなるほど。エネルギーが満ち溢れて いたためである。砂漠の民は、『和して、同ぜず』では、なくて、『和して同ず』 でなければ、生きてはいけないのである。砂漠の民が、今さら、欧州へ難民として 移動しても上手くいくはずがない。ユダ対アラブの問題、そう簡単な問題ではない。
・・・・・・ 4658, 2050年の世界 ー21 2013年12月17日(火) 「2050年の世界ー英『エコノミスト』誌は予測するー」 〜英『エコノミスト』編集部 (著) * 第四章のまとめーソーシャル・ネットワークの可能性 ・インターネットが人類に与えた影響は、ソーシャル・ネットワークのくくり でみるとわかりやすい。コンピュサーブなどのパソコン通信の掲示板の世界 から、よりIDが実名化したフェイスブックの世界まで、その世界は、八億人 を超えひとつの国家となっている。 ・SNSの興隆により、三つのトレンドが将来に予想される。 一つめは、意思決定において友人の影響力が強まる。 二つめは、集団の英知を利用したウィキペディア型のサービスを利用する 度合いが強まる。 三つめは、新聞やテレビなどの大マスコミに頼らずとも大規模な運動を 起こすことができる。 ・社内の協業を促すために、セキュリティの厳しい社内SNSの新しい形が 生まれ、それを利用する企業が増えるだろう。 ・トヨタは、自動車間でソーシャル・ネットワーキング機能を持つことの できる車を発売するが、車に限らず、日常の電化製品のあらゆるものに、 常時接続のものに、常時ネットを利用したソーシャル機能が搭載される ようになる。 ・一方で、一社支配によるプライバシーの管理への懸念は、政府の規制を 招くか、あるいは非営利団体によるデータの管理といった方向に向かう かもしれない。またSNS上のプライバシーの規定などを共有化する 「権利章典」が作られる可能性がある。 ・但し一社支配が長く続く可能性は少ない。新しいイノベーションを 持ったネットワークが参入し、既存のSNSに取って代わる。 ・異なるSNS間で、ウェブ上の人格を移動し、共有できるシステムが開発される。 ▼ この予測で、ここが一番予測しにくい分野。パソコンが携帯に収まるとは、 10年前は誰も思ってもなかった。そして、今度はメガネ型パソコンで視覚 情報を直接、遣り取り可能なものまで出てきた。グループチャットが、広島で 少女殺人事件を引き起こしてしまった。ーその事件をネット検索をするとー 《 広島県呉市の山中に女性の遺体を遺棄したとして16歳の少女が逮捕 された事件で、警察は男女数人を死体遺棄の疑いで逮捕。この事件では逮捕 された少女の友人3人が17日朝、警察に出頭し、任意で事情を聴かれていた。 また、逮捕された少女が携帯電話の通信アプリ「LINE」で友人に犯行時の 状況などを打ち明けていたことが新たにわかった。 》 この事件に至った具体的内容がTVで放映されていたが、多くの見知らない人が 会話に出入りをしてエスカレートしていく。逆に趣味などの世界の人が簡単に 結びつくことが可能。それぞれのレベルの結びつき強くなり、固定化すると、 ネットカーストも出来てくる。レベルが違うと理解できない世界になる。 価値観の違いとレベルの差異は違う!そこが問題。 ・・・・・・ 5755,閑話小題 〜これが今どきのギャル語ですか! 2016年12月17日(土) * リア充から、ソロ充へ 「ギャル流行語の意味が分かりますか?」というワイドショーのTVレポート をみてネット検索をすると、先日発表された【2016年ギャル流行語トップ10】 があった。若い娘は、これらを使うことで、仲間意識を持つようだ。要するに、 幼児化を互いに楽しんでいるような。若いのは一瞬、若いうちに楽しむのもよい。 〜まずは、【2016年ギャル流行語トップ10】 1位:沸いた :「嬉しい!」「最高!」といった興奮状態の時に使用される 2位:よき :「最高!」「OK!」といった意味合い 3位:らぶりつ :「いいね=ハートマーク」「らぶりつください!」 「らぶりつありがとう!」とフォロワーなどに呼び掛ける言葉として使用。 4位:リアタイ :リアルタイムの略だけではなく、リアルタイムで“見る”」 といった意味合いを持っている 5位:最&高 6位:ソロ充 :現実の生活(=リアル)が充実している人を指す「リア充」 から派生した言葉『ソロ充』が登場。1人でも充実した時間を過ごしたり、 単独行動でも人生を楽しんだりしている人を指す言葉として、 「今日はひとカラでソロ充!」 7位:やばたにえん :「やばい」が変化した言葉『やばたにえん』は、SNSや LINE、日常会話においてブームに。「明日のテスト、マジやばたにえん!」 「頭痛やばたにえん」の使い方で言葉にアレンジを加えてくれるギャル語 8位:ありよりのあり :物事の可否を決める時に「超あり!」といった意味 9位:フッ軽 :「フットワークが軽い」を略した『フッ軽』がランクイン。 「すぐ来てくれるフッ軽な友達、最高!」「〇〇のフッ軽具合にありたみ (ありがとう)!」といった意味合い 10位:きびつい ―― 参考に、【2015年ギャル語流行語トップ10】 1位 パリピ パ−ティーピープルを略した言葉 2位 ◯◯かよ SNS投稿に対して、ツッコミを入れる言葉 3位 リア友 リアルな友達の略、「ネッ友」の対比言葉 4位 初見(しょけん) ツイキャスで使用されキャス主の放送を初めて見た ユーザーが使用する言葉 5位 cp SNSなどで、カップル(couple)の変化形として 頻繁に使用された言葉 6位 鬼コ 鬼電が変化した言葉として使用された、鬼コールの略語 7位 レベチ レベルが違うが略された言葉 8位 メンディー 面倒くさいが変化した言葉 9位 やーよ GENKINGがメディアで発信したことで人気を集めた言葉 10位 つ 都合のいい女を略した言葉 〜〜 これらは、スマフォの会話で、気楽に自己表現を出来るから便利。 これに絵文字を絡めれば、何か孤独を紛らわすことが出来る。この幾つかを 入れた現在の私の気持ちを現すと、 「毎朝の、この時間帯は、ソロ充で最・高。リアタイで、独り沸いている。 こういうのも、ありよりのありで、よきかな。」 何か心寒くなってきた。 世界は寒々しいが、ギャルは若いというだけで温みがある。
・・・・・・ 5390,自分史の書き方 ー�� 2015年12月17日(木) 『自分史の書き方』立花 隆(著) * 事前の(授業内容紹介) 「自分史」のモデルを日経新聞の【私の履歴書】のするとはさすがである。 担当の専属記者が、時系列の表の項目に、対話からエピソードなどを引出して 埋めこんだ後に語り口調の物語化をする、これこそ有名人の個人史とである。 −‘はじめに’の冒頭の文章を抜粋するー ≪【これは実践的な授業である。目標は、各自が、自分史を書き上げることに 置く。それも単なるプライベートな身辺雑記的自分史ではなく、同時代史の流れ の中に、を置いて見る、「自分史+同時代史」としたい。 セカンドステージのデザインに何より必要なのは、自分のファーストステージ を見つめなおすことである。そのために必要な方法は、自分史を書くこと。 おの程度の自分史にするか。目標は日経新聞の「私の履歴書」あたりに置く。 「私の履歴書」は1日およそ400文原稿用紙3〜3・5枚が30回続き、 全部で100枚程度で終わる。この程度の自分史は、正しい手順に従って少し ずつ書いていけば誰でも一書ける。その手順を教える。代表的な「私の履歴書」 の構造分析から始める。次に各自の自分史年表と同時代史年表を書く。 この授業では、各自がそれまでに書いてきたものを、相互に読み合い、批評 し合うことを随時行うから、恥かしいなどの理由でそれができない者は、 はじめからこの授業をとらないこと。】 開講当時、一般社会のリタイア年齢(定年ー年金生活)は、60歳だった。 しかし、日本人の平均寿命が男性79歳、女性86歳まで延びている現在、 60歳はリタイア年齢としてちょっと早すぎる。むしろ、60歳は人生の中間地点 ぐらいに考え、「そこから、人生のセカンドステージがスタートする再出発 地点だと考えるべきだ」というのが、このコースの発想の原点だった。 だが再出発してどこに向かうべきなのか。いま自分たちの未来にはどんな 可能性が横たわっているのか。日本は、世界は、これからどうなっていくのか。 そして、自分たちはいま何をなすべきなのか。 このような「中間再出発地点」に立ったときに、なすべきことは、 「過去(自分と社会の両面。日本と世界の両面)を総括する中締めと、いま 自分たちが立っている地点を再確認すること」ではないか。そして 「未来の可能性を展望すること」ではないか。そのために必要なのは、 じっくり考えることと学び直すことだ。そのような学びに最適の場は大学だ。 そこには人生の学び直しのためのあらゆるインフラ(請座、教師、学び伸聞、 学び舎)がそろっている。こういう発想に立って開講されたのが 「セカンドステージ大学」だった。≫ ▼ 昨年の今ごろ、やはり立花隆の著書を取上げていた。 私の人生の中間点は、5年半の「まだらボケ」だった母親を看おくった後 だった。さて、今後、どうするか? 「最適な正解が考えられないなら、 還暦までの9年間で、30年分を生きること!」とし、そのまま実行した。 それについて何度か書いてきたので、ここで省くが、還暦を向かえた時、 「無事到達でき、心底、良かった!」と思えたのも、その5年後の節目時の、 「でも、まさか!」の坂を、何とか越えられたのも、この実践のため。
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2019年12月16日(月)
* 成長戦略は必要だが、衰退戦略の切替も 何ごとにも言えることだが、「成長戦略」は必要だが、「衰退戦略」も必要、 これも時節によって変えていくしかない。 現在の日本が、正にそう。 バブル崩壊後に経済成長を維持するため、多額の債権を発行してきた結果、 国債残額はウナギ上り。…衰退の時節に「衰退」をすればよいが、政権維持に、 成長を無理やり維持する必要がある …これがアベノミックスの本質。 安倍首相は無理を重ねてきたが、そのツケは後世に必ず回ってくるが、批判は あまりに少ない。地政学的にみて、エネルギーの中心は、中国に。 日本の前門にアメリカ。後門は中国が存在。有態にいえば、アメリカの属国。 アメリカに天下があるうちは、まだしも、劣化すれば、その矢面が日本に向かう。 ゾンビ化している韓国をみれば日本の近未来が見てとれる。民主化の問題点が、 そのまま韓国と、日本に現われ出ている。とはいえ、バブル崩壊後の日本の 衰退戦略は、何とか成功している? ところで、『還暦』。 人間にも、時節があり、満60歳を祝う。 それ以降は年齢からして、衰えていく。 現在は69歳の古希辺りが節目に。 75歳で、前期高齢者、後期高齢者を区切るが、これは妥当。 …男には、この節目に社会的不適応の老害という難問題が出てくる。 これもまた、長年かけた準備が必要。一番、重要なことは、感動、感激の蓄積。 この裏付けを持っての衰退戦略。あと一年、穴埋めの充実した日々を過ごせたら よいが… 薬漬けで脳がやられる老害そのもの人を見かけるが、私は?漬け老人。 としても、これでも面白かったことは確か。 あと良いところ一年ですか… 離れ犬として、生きたいが、いや現在も同じようなもの。心身共々に老いていく 味わいも、また何とも言えない心持ち。
・・・・・・ 3552, 何に出会うかを、成長と呼ぶ 2010年12月16日(木) 「何に出会うかを、成長と呼ぶ」 ある雑誌の新聞広告にあった言葉である。 実際に出会った人、著書を通して出会った人、宗教的啓示で触れた何もの。 大自然の荘厳な景色から受けた感動、絵画や音楽を通して感じた作者・作曲家 の魂など、出会いそのものが成長になる。マイナーの何ものかの出会いは、 マイナー成長ということか。その中で、書物を通して崇高な教えや啓示などの 出会いは、一番身近で誰もが出会う機会になる。最近は、ネットやテレビや 映画などからも多くの出会いが可能になってきた。長年の風雪の中で、これまで 読み継がれてきた古典には、何かがある。その辺から多くのことを学ぶことも 出会いになる。65年間に多くの出会いと別れがあった。自分が経験してきた 蓄積が新たな出会いを呼び込むのである。 最後は自分の「死」の直感という 厄介な何に出会うのだろうが。それも刷り込まれたイメージでしかない。 出会いといえば、感動が伴なった経験である。人はどれだけ、感動、感激に 出会えるかで人生の豊かさが決まってくる。ところで、この出会いに関して、 本当に豊富であった。その蓄積が、さらなる上質な感動の場面を作上げる。 感動した対象に対し我われは何だろうか?と知りたくなる。それが、考える キッカケになる。もう一つ、出会いの中で、宗教がある。知識を持ってしまった 人間は、いずれは死ぬ運命にあることを身近の人の死を通して知ってしまう。 それは二人称の死で自分の死とは違うと分かっていても、長年かけて、知人の 遺体と焼却を目の当たりにすると、二人称の死を一人称の死に重ね合わせて しまう。出会いこそ人生であり、生き方が変る。未知との遭遇、無知との 遭遇、人生には色いろある。
・・・・・・ 5024,読書脳 ぼくの深読み300冊の記録 ー2 2014年12月16日(火) 『読書脳 ーぼくの深読み300冊の記録 』立花隆(著) * ドーキンスの『神は妄想である』 ランダムに、印象の強い順に取り上げてみる。ここで、ドーキンスの 「神の定義」が、簡潔に書かれている。何か現時点の私の考えそのままと 思わせられる内容。自然界の、動植物の美しさは誰が創ったか? 自分自身に 起こる因果応報のリアルさは、神が与えたのでは?とか、いま、ここにある 自分という存在の不思議さ等々、考えるほど不思議なことばかり。 ーまずは、その一節からー ≪ リチャード・ドーキンス『神は妄想である』は、無神論を説く本という より、神の存在を信ずる有神論者に対する激しい批判の書。 一口に神と いっても、さまざまな神がいるから、まず定義が必要になる。ドーキンスは 単なる宇宙創造神を信じる人にはあまり目くじらを立てない。ドーキンスが はっきり否認するのは、創造されたあとも被造物のその後の運命をいまだに 監視し、影響を及ぼすような超自然的存在。 「人の祈りに応え」たり、 人の罪を赦したり罰したりするなど、主体的意図的に行動する神。奇跡を行う ことで世界に干渉する神。人間のすることや考えることを常にウォッチして それに対応して行動する全知全能の人格神。ドーキンスが信じるのは 「存在するものの整然たる調和のなかに自らを現している神であり、人間の 運命や所業に関心をもつ神ではない」というアインシュタインの神。 あるいは、「もし〈神〉という言葉によって、宇宙を支配する一連の物理法則 を意味するのであれば、そのような神は明らかに存在する。この神は情緒的な 満足感を与えてくれるものではない」という、カール・セーガンの神。 要するに、ドーキンスは汎神論的な神ないし、理神論的な神は認める。 しかし、「ここに、悪く書くことをいっさい許されない一つの考え、ないし 概念がある。けっして許されないのだ。なにゆえに? ―許されていないから 許されないのだ!」というような盲目的信仰には激しく反発する。 ・・≫ ▼ 共同幻想などと、格好よいものでなく、妄想というところがよい。 所詮、全てが夢幻でしかない。死んでしまえば3日も経てば、300年前に 死んだのと同じことになる。としても、知識を持ってしまった猿は、自他とも、 共同幻想でコントロールをするしかない。せめて、自分だけは汎神論を持って、 自然界を走り回りたいもの。で、出会うのは神秘的神? 偶然だが、3年前の 3917, 精神力ーその偉大な力 ー7 <2011年12月16日(金)> 「精神力ーその偉大な力」ダン・カスター著 * 『まず相手を許すこと、そして自分自身を許すこと』に続く!と、 7年前の<2007年12月16日(日) 2447, 四四太郎の霊日記>に続く。 ・・・・・・ 3917, 精神力ーその偉大な力 ー7 2011年12月16日(金) 「 精神力ーその偉大な力 ー 」 ダン・カスター著 * まず相手を許すこと、そして自分自身を許すこと ◎ヤコブは聖書に書いている、「汝が乞うても受けないのは、誤り乞うからだ」 それを別の訳にすれば、「あなたが求めるが受け入れられないのは、間違った 求め方をするからだ」ということ。「その人を許しなさい。そうすれば 天にいます貴方の父、すなわち大生命力は、あなたを許して下さる」 ◎傷ついた否定的過去の記憶では、大生命力のエネルギーの自由な流れを妨げる。 それを愛と信念をもって書き換えねばなりません。「なんびとかに、また、 なにものかに反抗して抱く全てのものをゆるせ」といったキリストの言葉は、 非常に実用的である。 ◎もし彼を許さなかったら、私自身を不愉快な体験に、そしてまた、その人に 結びつけておくのです。彼を思うたびに、不愉快な体験を繰返すことになる。 もし、私が誰かを傷つけたとして、彼が私を許せば、彼は解放されたことになる。 その許すということは、彼の側の精神活動です。怒りは憎しみは、恨まれた人 より、恨んだ人を傷つけるものです。賢い、常識的な考え方は、愛し、理解し、 そして許すことです。「神よ、彼に祝福を」とだけ、心の底から言いなさい。 ◎私たち各自は、毎日、静かに座って自分向かって次のことを言い、それを まじめに務めるがいい。「・・ 私たち各自は大きな無限の大生命力の一部で あって、大生命力は実在の一部である。その大生命力の中で、すべてを生き、 動き、そして実在している。これは真理だから、私が行なったあらゆる過ちに ついて私自身を許す。そして多少とも私を害したあらゆる人を私は許す。 許すなら、あらゆる体験から善いことのみが私に来ると知るから。 私が行なった一つ一つのあやまちは、より大きな理解と、より大きな機会への 踏み石だから、過去のあらゆる体験を私は祝福する。どんな過去の体験も、今日 あるいは未来において私を害さない。私が許れたいよう、私はことごとく許す」 ▼ 自己啓発の、このようなセミナーに出席して感化を受け、日常の考え方と、 祈りに取り入れたら、心の傷は和らぐだろう。20歳代半ば何度も何度も、 この本を読んで救われていた。こういう経験があったから、何人かの鬱病の相談 にのれたのだろう。現状でも平然?としていられるのは、自分で見つけ、何度も 読んで一人で手当をした経験があるためと、再確認をしている。数ヶ月前に、 地球の芯からの声が聞こえてきたのは、こういう経験があったからである。 芯の声は大生命の声、魂の声である。 ・・・・・・ 6486,閑話小題 〜いや、まいりました! 2018年12月16日(日)
* 貧乏な夫婦 貧乏な夫婦がリビングルームのソファに座っているとき、夫が言った。 「ちょっと呑みに行くから、コートを着なさい」 「まあ、私も連れて行ってくれるの?」 「違うよ。ストーブのスイッチを切るんだ。」
* いやいや、まいった! 今朝のこと。何時ものとおり、書上げて、さてアップの際に、全てが消去! これまで一回経験していたが、これで二度目。それも有りかと、気持ちを切替え 他の下書きと思ったが、どれも中途半端。ならブラックジョークをと、ネット サーフィンをしたが、ジョークは、気持ちに余裕がないと、見つけられない。 これ程、ガックリくることはない。で、そのまま、書くしかないと… そこで、間違えて消去した内容の概要を書くと… <人類が人類たるゆえんは、4本足の前足を手にして、ここまで、進化してきた。 その中でも、指の効用は最たるもの。 ・親指・・・先祖. ・人差し指・・・父. ・中指・・・母. ・ 薬指・・・配偶者. ・小指・子ども. 人差し指 ― ▼ 成るほど、ヨーロッパでは、人差し指は「大胆」 、中指は「分別」、 薬指は「愛情」、小指は「傲慢」と、それぞれの指にも意味があると ... じゃあ、親指は? これは私の論として、信念ですか。 改めて、今度、 取上げるが…
・・・・・・ 6121,閑話小題 〜日馬富士事件を哲学すると 2017年12月16日(土) * よく支えてくれたが、さらば白鵬! この一連の事件を哲学の構造主義の切口で断面を捉えると、理解しやすい。 まず構造主義の意味は、【広義には、現代思想から拡張されて、あらゆる現象 に対して、その現象に潜在する構造を抽出し、その構造によって現象を 理解し、 場合によっては制御するための方法論を指す語】。 構造を考えると、『横綱アドバンテージ』『モンゴル力士の日本角界支配』 がキーワードになる。『横綱アドバンテージ』は、以前、私が命名した造語。 立合いの「張手」と、カチ上げ風肘打ち。横綱は使えても、下位力士はタブー という「決めつけ」。破れば、稽古場に押しかけて、可愛がりの「シゴキ」。 これは、鬼に金棒になる。それを知った貴乃花は、貴乃岩に合同稽古を制限。 そこで40回優勝のモンゴル人横綱が、二人の舎弟格横綱を誘い、数年前に 追放された先輩横綱・朝青龍の追放劇と、人種差別に反発を持った怒りの蓄積 をベースに、その矛先が純粋培養育ちの貴乃花親方に…。その部屋に所属する モンゴル力士の出席する宴会に、白鵬が二人の舎弟格の横綱を連れて押しかけ、 暴行を加えた。直接、手出しをしなくとも同罪。三人横綱の最盛期が終わった のは、誰の目にも明らかだが、それを貴乃岩が指摘したという噂が発火点。 この三枚看板のモンゴル人横綱三人の支配下にあるのが大相撲協会。 良くも悪くも、「ポチ」でしかない。 貴乃花親方の判断は何ら傲慢でない。こうもしないと「ポチたち」に阻止され、 ウヤムヤにされるのは、火を見るより明らか。しかし貴乃花も、認識と判断に 自信がない。それは、白鵬も、協会も同じことだが。 現・理事長は早々に次期理事長の立候補の断念を表明し、『貴乃花理事長』 の立候補支持を表明するのが筋道。本来の古武道の原点に立ち返る時期。 いずれにしろ、来年早々に鶴竜が。後半から再来年に白鵬は引退だろう。 もう充分、働き貢献をしたし、相撲年齢からして、明らかに限界点に達した。 この辺りが潮時。<発つ鳥、あとを濁さず>。 このままでは、朝青龍と 同レベルになってしまう。 『よく支えてくれていたが、さらば白鵬! 国外への御退出の準備を。』 若手に、素質のあるのが出てきている。 ー 面白味という側面では、やはり、あと二年は必要ですか、やはり!ー と、考えさせるだけ、一流ということ。 ところで、「逸ノ城」を協会上げて、つくり変えられないかい。 「ダメ!」ですか。素材だけでは無理。『横綱アドバンテージ』を自ら つくれないだろう、あれでは。 ところで、これって「哲学する」というより、「相撲談義」じゃない?
・・・・・ 4657, 閑話小題 ーゴミ箱周辺で蠢く人々 ー2 2013年12月16日(月) * ゴミ箱のネズミとカラス 古ビルは、どんなに安くとも買うものではない。それなりでしかないから。 まず内臓(設備)が腐りかけて、メンナンスのコストと、交換が莫大にかかる。 一般的に建物の撤去コストを土地相場の総額から差し引いた更地値で売りに 出されるため、一見、格安と勘違いをする。そのことが長期物件投資の経験が 少ないと分からない。バブル時に古ビルで大損をした経験があるからこそ 分かった知識。それに税制の問題がある。テナント率の低下で物件価値が 下がっても、税金は下がらない。日本のビル建設の償却は、実態の価値下落と かけ離れていて、所有者にとって絶対的に不利。それがランニングコストを 押し上げる。(逆もあるが)これが大きい。知らないことは罪悪。 その無知のお陰で、このザマ。「万一の備えが長期投資の絶対条件!」 バブルになると、それが見えなくなる。10年前になるが、新潟駅前の古ビルを 買いまくっていた人がいた・・ 本体に火がついた今、どうなったことか? ところで、私が手がけた六棟のビルは、売出と同時に即売。設計段階から、 転用を前提につくってあった。 ・これは西武鉄道の堤義明が著書で「私が手がけたホテルは、 全て事務所に転用可能」と述べていたのをヒントに、 ・私の父親からは「ビルは長期物件、時代の変化に対応できる基本設計 にすること」と教わっており、 ・設計事務所の当時社長のビル建設の基本が、「ビル設計は神の代行」 の理念が建物に入っていたことで、再利用しやすい建物のため。 話を元に戻すと、山の中腹からみえる津波本体の到来を前にした海辺の人が、 何とも気の毒。ある日突然、株式か国債の暴落から始まるが、それまでは 小春日和がつづく。純資産10億以上の金持の多くは、既に外国に資産避難 を終了とか。何処かのゴミ箱ではカラスとネズミが長閑に戯れている。 国が滅ぶとは、こういうこと。あとは素ウドンを啜りながらの楽しい 東京オリンピックが待っている! 丁度、後期高齢者だが、元気かどうか?
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2019年12月15日(日)
「遊びの科学」 <BS世界のドキュメンタリー 「遊びの科学」 2019年> * 世界のドキュメント「遊びの科学」 価値観には、学び、遊び、働きの3つの要素があり、その中で、取分け 「遊び」が重要視される。他に「休み」を加えたい。 欧米の夏場の 長期休養が、これにあたる。何もするでなし、ひたすら別荘地でボットする。 本来、狩や、食べ物の収集以外は、ひたすら休むのが野生動物の生活習慣。 人間も然り。その中で「遊び」の必要性がある。死ぬときに、もっと遊んで おけばと悔やんでも、もっと稼いでおけばとか、学んでおけばの悔いはない。 一般的に遊び4割、働き3、学び3の割合だが、背景の生活環境で変わる。 NHKの「遊びの科学」のドキュメントが解りやすい。 ― :番組内容: 動物も昆虫も遊び心を持っている。子ども時代に遊べば遊ぶほど “優れた大人になる”ともいう。動物たちが遊び回るレア映像と、 目からウロコの学説で遊びの効用を科学する。 ◉ コモドオオトカゲと、バケツや紙箱を使ってかくれんぼ。 水族館のタコは、清掃用のホースに合わせて踊っておねだり。 犬もヤギも、子グマがいたずらする映像も! たくさん遊んだクモのメスは子だくさんで、 遊びを禁じられたハムスターは精神不安定で協調性を欠くー ー人間も野山を駆け回り、転んだり擦り傷を負う「遊びのリスク」から学び 成長してきた。室内にこもりがちな子供たちの未来に、研究者たちは警鐘を 鳴らしている。番組内容動物も昆虫も遊び心を持っている。 子ども時代に遊べば遊ぶほど“優れた大人になる”ともいう。 動物たちが遊び回るレア映像と、目からウロコの学説で遊びの効用を科学する。 ― ▼ 都会と地方の違いは文化の多様性にある。特に「遊び場の」質量が格段に 存在する。その蓄積の違いは、そのまま、人生の質の違いとして現れる。 といって、都会育ちが優秀とは限らない。それが代々となれば、いかんとも し難い格差を生む。成績優秀な人は、実に遊び上手い。これまで、その効用に ついて、多く書いてきた。
・・・・・・ 2007/06/18 2267, 「遊び」 (゜∇^*)オハヨ♪ 遊びの重要性は、両親をみていたり、学生時代などの経験から 「働き」と「学び」と同じくらい位置づけてきた。 その三つのバランスを如何に組み合わせるかが人生の豊かさと信じて、 年、月、週の計画に組み込んでいた。 人生で最後残るのは、特に「遊び」の中の充実感である。 「遊び」をネット百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』調べてみた。 ーーーーwww**ww*w(/⌒∇⌒)/〜∞**www***w ーーーー 楽しむ、娯楽、休養、リラックス、ストレス (生体)解消などの目的で 生物がする行動の総称。普通は生命活動を維持するのに直接必要な食事、 睡眠や、自ら望んで行われない労働などは含まれない。 また、工学などにおいて作られる、ある一定のたゆみ、ゆるみ、余白のこと。 これを作ることを「遊びを持たせる」という。 ハンドル等、機械で人間が操作する部分の遊びは、不覚筋動を機械の動きに反映させない という効果遊びとは、楽しむ、娯楽、休養、リラックス、ストレス解消などの目的で 生物がする行動の総称とされます。どのような時代においても遊びは存在し、 太古の昔から現代まで私達の心を楽しませてくれています。
人間以外で、動物は遊びの中で狩りやコミュニケーションの方法を学んでゆく。 ヒトは成熟後も遊びを行なうのが一般的である一方、ヒト以外の動物は成熟すると あまり遊ばなくなるが、ペット化(家畜化)された犬や猫などの動物は成熟後も 遊びたがる傾向があるようであり、野生動物でもカラスには、 成熟した個体に遊びと思われる行動が見られる。
フランスの思想家、ロジェ・カイヨワはホイジンガの著書「ホモ・ルーデンス」 に影響を受け、「遊びと人間」を執筆した。 その中でカイヨワは遊びを次の4つに分類している。 ・アゴン(競争):運動や格闘技、子供のかけっこ ・アレア(偶然):くじ(宝くじなど)、じゃんけん、ギャンブル(競馬など) ・ミミクリ(模倣):演劇、物真似、ままごと ・イリンクス(めまい):メリーゴーランド、ブランコ カイヨワの説は遊びはこれらの4つの区分に分けられるとしたものであったが、 遊びは必ずしもこれらの単一の要素からなるものではなく、 複数の要素を含むものも多いとする説もある。 ーーーー なるほど、と思うが・・・ 「遊び」については、今まで何回か取り上げてきた。 人は良く遊び、良く働き、良く学ぶことが、良く生きることを目ざすことだ。 そのどれも必要なことであり、それぞれにとって、背後に二つを必要とする。 何ごとも楽しみになるまで追求すれば、しめたものである。 私の場合、ゲーム化が楽しみへ持ち上げるポイントであった。 ゲーム化に対しては批判もあるだろうが、何ごともやりかたである。 到達地点を設定して、その間の障害を乗り越えながらプロセスを楽しめば、 遊びへ転換する。 ゲームは、勝ち負けを争う遊戯、競技もしくは賭博として一般的に認められて いるが、日本では、「ゲーム」という言葉を使う場合、漠然とした「遊び」と比べ、 「パッケージ化された遊戯の一形態」という印象を与える。
学び、働きに対して、遊びが一番充実していた!ようだ。 遊びは他の二つと違って、他者との対比の必要はない。 一番好き嫌いの主観的要素が生かせるからよい。 同じ人生、楽しまなくては! 何ごとも「遊び」まで持ち上がるまで集中すべし!ということか。 ー以前、カラスの遊びについて書いた部分を抜粋してみるー カラスは「羽の生えた類人猿」というほどの高い知能が、 動物学者の研究観察から認められている。 その一つに人間と同じような“遊び”の感覚があることである。 ・目的もなく電線の巻いてあるテープをはがしたり、 ・空中でゴルフボールや小枝を落として奪い合うラグビーのような 行動で仲間と遊んだり、 ・滑り台で、人間の子供のように滑り降りたり、 ・くちばしでレールに小石を並べる行為も、電車が石をはじくのが面白くて 始めた“遊び”といわれる。 そのように無駄な行動を楽しむことをみても、彼らが知的動物であるといえる。 「無駄」なような行動も、「ラグビー行為は、オオタカなどの猛禽類に襲われた 場合に備えてのチームプレーの訓練」という見方もあるが、それを遊びにする ことが、高度な知的行為である。 ーー イルカや、サルなど知的レベルの高い動物ほど日常の中に 遊びが入っているところが、注目に値する。 d=(^_^)=b 競争、偶然、模倣、めまい、か〜〜〜! 何かの偶然の重なりで娑婆に生まれ、ママゴトのような人生の中で、 ワッペン取りや、かけっこ競争や、ブランコ遊びをして、 ふと、気づくと孫に囲まれ、遊びの手助け!、 これが人生。 Bye♪ ☆~~ヾ・ェ・)o尸~ マタネ~♪ ・・・・・・ 2004/05/12 1135, 「ライフ・レッスン」−13
ー遊びのレッスンー 遊びは仕事とともにもっとも大事にしなくてはならないことである。 何のために働くのかと問われれば、遊ぶために働いてますと真から 答えることができ、何のために遊ぶのですかと問われれば仕事を じゅうぶんできるために遊ぶのです、と答えることが理想といえる。
遊びとはつかの間の気楽な時間ではなく、遊びのためだけに捧げられた、 実際の時間である。私にとって、この随想日記を書くことじたい遊び。 遊びでなくては絶対に1000回も書くことは無理である。
散歩もわたしにとって、最大の遊びである。 初めは腰痛対策であったが、いつの間にか遊びに昇華してしまった。 歩いて楽しいのである。
晩年になって過去を振り返ったときに、あの時は良かったという記憶に 残るのは、やはり無心で遊んでいた時である。それぞれの年代において、 それぞれの遊びの中で我を忘れて楽しんでいた時である。
ー抜粋 ・われわれは趣味や遊びが何であるか忘れている。 家具つくりを趣味でしている人が、ある日突然「これを仕事にしよう」と 思い立つ。好きなことをして、それが仕事になれば、というかもしれない。 しかし趣味とは成果を気にしないで純粋に楽しむものである。 売るための家具をつくれば、もう趣味といえなくなる。 それは仕事である。そのことに気づかずに、好きなことを、純粋に楽し めないことにゆがめていく人が少なくない。
・おもしろくって、一日中でもやっていたい、本当に好きなことを やらずに、欲求を最大限おさえて生きていくなんて、何ておぞましい 人生だろう。遊びにかけているサファーを、われわれは並以下の人間に感じる。 しかし真剣に問われるべきは、われわれの大半が遊びのない世界に住んでいる のは何故かということだ。
・自分自身に上質な時間をあたえてほしい。 愛する人とすごす上質な時間が必要だということを、誰もが知っている。 ところが、自分だけのための、ひとりですごす上質な時間もまた 必要なのだ。ひとり取り残された時間でも、気がついたらひとりになっていた でもなく、純粋にひとりを楽しむ時間が一番大事だということを知って ほしい。
・・・・・ 〜以前書いた文章〜 ー遊びについて―
人間にとって「遊び」は最も重要の一つである。 そこで「遊び」とは何かを考えてみよう。まずその達人を事例で 考えてみる。一番身近では母がそのプロ?であった。
戦前、戦中、戦後の動乱期に10人の家族が生きていく中で、 父とともに苦労の連続であった。そして長男、次男の連続の 不幸な死で今の重症のノイローゼーなった。 心筋梗塞、死の一歩の手前までいった。 亡くなった時、医師の要望で心臓を解剖したら、心臓の4分の1が壊死していた。
それを乗り越えた後は、それまでのエネルギーを遊びに全て向けていった。 約40年近く遊びきって亡くなった。 日本舞踊、短歌、お花、旅行、茶道、写真。 毎日いそいそと何か遊びを見つけ楽しんでいた。
子供ながらに、そのエネルギーに感心をしていた。 遊びの重要さもそのため学んだ。 父は「働く人」、母は「遊ぶ人」と役割分担がハッキリしていた。 ただ父も仕事の合間に、結構遊びを作っていた。
「遊び」を儒教的影響の為か、キリスト教的倫理観の為か、 罪悪と教えられてなかったか。 子供のころ誰もが、毎日目を光らせて遊んでいた。 ただただ無心に遊んでいた。 あの遊びをいつの間にか我々は忘れてしまった。
人間は生きていかなくてはならない。 その為に働かなくてはならない。 競争に打ち勝たなくてはならない。 その為に勉強もしなくてはならない。
しかしそれだけでは、それだけの人生だ。 それがクロなら、その対象の白が必要になる。 どちらが大事かでない、どちらも必要なのである。 それを特に母の生き様から学んだ。
一般的にいうと、遊びの優先順位があまり高くない。 どうしてだろうか、やはり生活をしていかなくてはならないからだ。 そして厄介な不安という心理がある。 その為に、お金をセッセと溜め込まなくてはならない、 「馬鹿な?生き物」である。
遊びとは、「好きな事をして、それを楽しむ事」をいう。 そうすると、仕事も遊びになりうる? 天才はその典型であろう。
あの子供の時の遊びを我々は忘れてしまった。 何でも遊びの対象にした「遊び心」を。 純真の心を失っているからだ。 「純真な遊び心」をいつの間にか忘れてしまった。
「遊んでないで、笑ってないで、もっと真面目にやれ!」 と暗示をかけられてないか?
私の趣味の一つにウオーキングある。 初めは腰痛対策であった。今は大事な趣味ー遊びになっている。 純真に楽しいーヽ(^o^)丿(^^♪!(^^)!(#^.^#)(*^^)vのである。
その中に純真な遊び心が躍動を始める。 何々のためにといった場合は、遊びでなくなる。 それを乗り越え、純真な遊び心になった時点で「遊びに昇華」する。
パソコンもそうだ、このホームページもそうだ。 そこまで持ち上げる必要性を人生で学んだ。 「遊びになるまで集中する」という事か。
これから散歩だ! ーーーー 2002/01/05 一人遊び
孤独に強い人とは、一人遊びができるかどうかにある。 一人で楽しみを見つけ・・・、書いていて気がついた、 それって「お宅」でないか。似ているがやはり違う。 それは一人遊びのできない人が表面を見て、いっているのでは? 結局中途半端のそれをいうのではないか? 字のとおり、部屋に引きこもって自分の殻にこもった状態をいう。 山登りや釣りはやらないが、これなど一人遊びの典型である。 別にそれをお宅といわない。読書好きの人もお宅といわない。
自分の強みは孤独に強いことだ。人に何かを求めないこと、求めても そこに何もないことを、経験上知っているためだ。 結局人間最後は一人だ。そこでボールを一人でバウンドさせていくしかない。 そうしていれば、人が面白そうと自然に寄ってくるものだ。
「禅」とは、その修行によって、字のごとく、単(一人)を示すことだ「示単」。 これはある有名な禅僧から直接聞いたことだ。そこで自分の好きのことを見つけ、 それを楽しむことから始めなくてはならない。その積み重ねが個性を作る。 ノイローゼになる人をみていると、これができない人だ。 常に人に何かを求めているか、頼っているからだ。 ・・・・・・ 2018/04/05 閑話小題 〜遊びについての断章 <「群れるな」寺山修二著> 昨日、「加山雄三とヨット」のテーマで遊びについて書いたが、手元に 図書館から借りて積上げてある10冊の本の中に、『遊びについての断章』が あった。これまで「遊び」について繰返しテーマにしてきた。 「遊べるうちに遊んできなさい! 直、泣くときが来るんだから!」と 諭され、数十年が経つ。確かに切ない場面が多々、あったが、その数倍、 数十倍、楽しいことがあったのが実感。遊びの価値を両親の後ろ姿に 学んだことに加え、学生時代に味わっていたこともある。 ―― * 『遊びについての断章』 ー人生は遊びながら年老いて行く― ‘JRA’のCMのために書いた原稿。 実際に使われたものはこれからの抜粋である。このCMのなかでの寺山は 得意の肩かけコートで町をあるき、府中のスタンドをバックにたたずむ。 その後ろであの独特の語り口でこの断片を朗読していた。 ――
かもめは飛びながら歌をおぼえ 人生は遊びながら年老いてゆく * 遊びはもうひとつの人生である そこにはめぐり逢いも別れもある 人は遊びのなかであることを思い出し、あることを忘れ、 そしてあることを捨てる * 人はだれでも 遊びという名の劇場をもつことができる 悲劇 喜劇 活劇 メロドラマ そこで人は主役になり、同時に観客になることもできる * ぼくは人力飛行にあこがれていました 飛行機はただの道具にすぎなかったが、飛ぶことは思想でした ぼくあ大空を見あげて思いました プライバシーなんかいらない フライバシーがほしい、と 遊ぶことは 冒険することであり、 ためすことであり、知ることだったのです ぼくは「運の悪い女」がきらいです なぜなら「運の悪い女」には、人生が一つしかないからです 遊びは、不運な人たちにも 「もう一つの人生」があることを教えてくれるのです だからぼくは、いつでも自分に掛ける * どういうものか「誰が故郷を思わざる」という歌をうたうと、 ツキがまわってくるんです はじめて競馬場へ行ったとき はじめて玉突きを覚えたとき はじめて女を口説いたとき だからぼくは 皆で一度、一緒に唄ってみたらいいんじゃないかと思っているんです 政治の悪い時代には、「誰が故郷を思わざる」でも唄ってみる そういうもんじゃないのかな、遊びなんて * 人生が終わると、遊びも終わってしまう しかし、遊びが終わっても人生は終わらない 遊びは何べんでも終わることができるから、何べんでもやり直しができる 出会いと別れのくり返し そこが遊びのいいところなんだね * 人生では敗けられないが、遊びなら敗けられる そして敗けを知ったものだけが味わえる風景というものがある 「誰が故郷を思わざる」なんて唄は 競馬をやったことのある者にしか、味わうことができない唄ではないだろうか * 人生が、いつばん安上がりの遊びである 死が、いちばん高くつく遊びである * 遊びは、人生の時刻表である 人はそこに立ち止まり、自分の乗る汽車をえらぶ 人生は汽車である 旅をしながら年老いてゆく * 遊びは不幸な人間の第二の人生である 遊びは不幸な人間の第二の魂である * 人は誰でも、もう一つの人生をもつことができる それは遊びである ドストエフスキーは言っている 「一杯の茶のために、世界など滅びていい」 * 夢の中で無くしたものを 目がさめてからさがしたって見つかる訳はない 現実で失くしたものを、夢の中でさがしたって見つかる訳はない 人は誰でも二つの人生をもつことができる 遊びは、そのことを教えてくれるのです
― ▼ 個人のHP内の検索で調べると、次々と出てきた。 まあ真面目に遊びながら書いだこと。
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2019年12月14日(土)
* 動物の不思議な世界 この春に、玄関・横の電信柱からカラスが大量のフンをして一面が真っ白。 その退治のために百均の店から、隼の形をしたコケおどしの黒い飛行物体と、 ハロウィン用の鬼顔をした丸い提灯を購入。一時、姿が見えなくなった。 ところが、その数ヵ月で、カラスが近くにやってきて威嚇を始めた。そこで、 もう一つ、隼人形を買い増し、二羽、並べて吊るしたところ、カラスだけでなく、 野鳥と虫の声が一切、消えてしまった。特に虫が反応したのには、驚いた。 春先に、河原で燕が虫を追いかけるを見かけるが、虫の天敵は鳥と独り納得。 ― * あと一月で74歳 私も「老人」と思いたくないが、現実は、歳月、人を待たず。姿、形だけで なく、心も年々、老いてきた実感が増している。自分だけでなく、人それぞれ の姿に、合せ鏡で確認せざるを得ないのが厳しい。しかし、心は還暦辺りに、 そのまま留まっているため、その差が何とも哀しく思う日々。 これが老年の 哀しみと… 閑なればこそ、過去が浮び上って、一つの塊りとして自分に迫り くるため、それは重荷として被さってくる。それは老年だけでなかった。 今さら何、老年の哀しみと思って始まらない。ゾンビとは「生き損ない」か。 世間体で縛られてきた老醜が強いコテコテの「生き損ない」が抜っぽしてきた。 ― * 英国のEU離脱が決定 選挙結果が、離脱派の保守党の圧倒的勝利に終わり、これで、世界の枠組みが 大きく様変わりになる。乱暴な解釈になるが、日本が中国・インド圏に入るか、 アメリカ・イギリス圏に入るかの国民投票のようなもの。英国にとって、 海洋国家として欧州から離脱決定の選択も、正しいと思える。 …EUは、本来、独仏主導で、端のイギリスは、地勢上からみて、絶対的に不利。 イスラム教徒が、堰をきってなだれ込むのを良しとしない。その責任をEUに 押付けて、ドーバー海峡を、海の砦にして、あとは南ア、オーストラリア、 ニュージーランド、カナダ、アメリカと組む戦略も、賢明でシタタカである。 しかし確定をすると、の問題… …EU残留を希望するスコットランドの独立問題。
・・・・・・ 6484、つれづれに哲学 〜現在という絶対地点 2018年12月14日(金) 〜『絶望を生きる哲学』池田晶子著 * 幸福とは、ここに尽きている! <「不幸」とは、じつはそれらの事態そのものでなく、それらを不幸と「思う」 ことにある。死ぬことが不幸なのではなく、死とは何かが知られてないことが 不幸なのである。 現在しか生きることができないと知ったら、現在において、 為すべきことを為し、現在において、愛するだけ愛する。 われわれの「幸福」は、十分にすぎるほど、ここに尽きていると私は思う。 ― 〜「考える日々」> ▼ 池田晶子が亡くなってはや10年以上経過する。 彼女が宣う、人生は 「現在を生きる!」の一言に尽きる!と。とはいえ、過去も、存在するだろう 未来も、「現在」が(を)孕んでいる。 さほど多く残されてない時間の中で、 一日一日、一刻一刻を生ききるしかない。現在といえば「いま、ここ、わたし」。 永遠に向かい垂直に立つ。 ―― *なぜ「ない」ものが怖いのか 〜『14歳の哲学』より < 生死の不思議とは、実は「ある」と「ない」の不思議なんだ。 人は、 「死」という言い方で、「無」ということを言いたいんだ。 でも、これは本当におかしなことなんだ。「無」とは「ない」ということだね。 無は、ないから、無なんだね。それなら、死は「ある」のだろうか。 「ない」が、「ある」のだろうか。死は、どこに、あるのだろうか。 君は、たぶん、死ぬのを怖いと思っているだろう。死んだら何にもなくなる じゃないかって、でも、何にもなくなることは「ない」はずだ。なぜって、 「ない」ことは「ない」からね。じゃあ、なぜ「ない」ものが怖いのだろう。 ないものを怖がって生きているなんて、何か変じゃないか。> ― ▼ 池田晶子の書籍を多く読んできたが、上記のエピクロスを噛み砕いた、 個所が私にとって、ベストの部分である。父が亡くなる前に、死の恐怖に 慄いていた時に、エピクロスの一節、 【われわれが存するとき死は存せず、死が存するときわれわれは存しない】 を説き、一人称の死は、妄想とと知った時の父の安堵した顔を忘れられない。 たった、これだけのことを知っているかどうかで、死の恐怖が10分の1、100分 に激減するのだから。 〈所詮は10の500乗の多宇宙の中の、この宇宙の生臭い塵でしかない『自分』…〉 でしょう。 なら、生臭い人生、何おか言わん! となるとエピクロスの快楽 主義に毒され過ぎた私の脳レベルが露呈する。 最後は、「達磨さん、ちょいとコチ向け」ですか!
―――― 2011/01/31 3233, 死は‘別れ’のとき ー2 * あなたと出会って良かった ! 昨日は高校の同級生の葬儀。 150人位の参列者で、同級生は15〜6人位。 通夜は11名で、通夜と重なっている人をならすと22〜3名。それぞれが 背負って生きてきた人生の全体が 垣間見えるのが葬式である。高校の同級生の 葬式といえば、次は誰かと互いに詮索し押し付けあうのが恒例。ところで葬式で、 火葬場の最後の別れの場面が人生模様の圧縮が表出する。実は、この場面の 立会いが好きである。悲しみと同時に故人と家族の愛が全体を包むからである。 故人の奥さんの絶叫が涙を誘った。御棺の顔部分の蓋を閉めるとき、奥さんの声 が聞こえてきた。 「あなたの奥さんで良かった! 幸せな人生でした。 ありがとう。ありがとう。 ありがとうございました。ありがとう。ありがとうございました。」と。同時に 家族全員が号泣。そして娘さんが遺体を焼却炉に入れる直前に 「いや、入れないで!」と絶叫。 これまで、数かぞえ切れないほど、その場面に 立ち会ってきたが、これほどの感動的な悲しい場面は初めて。 会場の殆どの人が 涙を流し、立ちすくんでいた。奥さんと家族の感情が自然に堰を切ったように 出たのである。火葬場からの帰りのバスの中でも涙が止まらなかった。 自分の家族に、果たしてこんなことを言ってもらえるだろうか。無いだろう! ところで、本人の死に顔は気の毒なほどやつれていた。 すざましい苦痛との死闘があったのだろう。 ご冥福を!
・・・・・・・・ 2009年01月31日(土) 2858, 人生を振り返り、俯瞰してみると −2 63年を振り返ってみると、人生は自分しか歩けない一本道ということがわかる。 その時節ごとに、それぞれの時代背景があり、その度に色いろな人との出会いが あった。その時どきには、それが全てに思え、またそれしか見えなかった。 前回書いたように、それぞれの年代を上から下へと断層面として眺めると面白い。 断層面としてみると俯瞰がしやすい。「父が現在の私の年齢の時には私22歳。 そうか父は私を大きな期待と不安を持って見ていたのか!」とか等々。 十年単位の断層を見ていたら、「私の周期は9年」ということが見えてきた。 9,18、27、36、45、54、63歳である。 この時期に大きな節目に なっている。これからすると、次は72歳になる。もしかしたら、あの世への御門 が待っているか? それとも今年? ーところで、人生をビルに例えて階層を重ねてみたら解りやすい! 屋上ー 8階ー80歳代以降は、一日一生で、毎日を味あう時期。 7階ー70歳代は、人生の整理の時期に入り、全てをシンプルに変えていく時期。 6階ー60歳代は、人生の豊穣の時、それまで出来なかったことを新たに始める時。 5階ー50歳代は、大きな人生の回り角、競馬で第三コーナーを回って直線に差掛 かかる時期。 4階ー40歳代は、人生の八割がたが決まり、一息つけるが胸突き八丁でもある。 3階ー30歳代は、それまで蓄積した全てを創造に向けて吐き出す時期。 2階ー20歳代は、泥まみれになりながら、社会人としての基礎を身に付ける時期。 1階ー10歳代は、スポーツと勉強を通して、選別されていく時期。 学びの時期。 それぞれにフロアーは一年一年ごとの10の回り階段になっているとイメージ すればよい。地下は母親の胎内?、それとも姉・兄?基礎構造は家庭、そして祖先。 だから家庭は大事になる。しかし相方との長期の相性は、実際のところ5分5分 だから難しい。相手の家庭を見れば、絶対に止めておいた方が良い人は分かるが。 ・・・・・・ 2008年01月31日(木) 2493, 読書の腕前 −1 [ォハヨ]○o。(>ε<☆)ノ 「読書の腕前」 岡崎武志著 ー 読書日記 面白そうなところを何箇所、書き写してみた。なかなか含蓄のある読書論であり、 何度も肯いた。 ーー 川面に多くの舟が漂っている、私たちはひとりひとりが違う舟に乗って流されている。 中には錨を下ろしている舟がある。川の流れを時の流れ、舟を人生にたとえたらいい だろうか。本を読んでいる時間は、動かぬ舟の中で、川の流れを感じるようなものだ。 川は永遠に流れていく。水がある限り、流れることをやめようとしない。そんな悠久 の流れを、ひととき止めたりを舟の中で感じる。本を読むということは、そういう ものだと思っている。 ーー 飯島耕一が「何もつよい興味をもたないことは /不幸なことだ /ただ自らの内部を /目を閉じてのぞきこんでいる。/ 何にも興味をもたなかったきみが / ある日/ ゴヤ のファーストネームが知りたくて / 隣の部屋まで駈けていた。」 「生きるとは / ゴヤ のファーストネームを/ 知りたいと思うことだ」 ーー 読書に費やしたこれまでの膨大な時間を、もっと別の有意義なものに置き換え られなかったのか。そんなふうに悔やんだことは一度もない。一度もない、といま 気づいたことに驚いている。ほんとうに、一度もないのだ。そうして生きてきたのだ。 だから、明日からも同じように生きていく。 ー― 「本を読むことで得る大切な収穫の一つは、他者を知ることだと思います」色川武大 「読書の楽しみの一つは、私にとってこの他人を生きること、他人になれる喜び かもしれない」 遠藤周作 「僕は本を読む労働のための忍耐力をつちかったのである」大江健三郎 本は膨大な人間のモデルを提供してくれる。しかも、相手の忖度を気にせず、 思うまま、自由にそのモデルと触れ合うことができるのだ。 ーー 田辺聖子が読書論の中で、「もし出世と引き換えに何をとるか、ということに なったら、それは何か」と、同年代の友人たちと、あるとき話題になった。 さまざまな意見が飛び出した。いい女房を持つ、硬骨に生きる、世間を捨てて 山頭火になる・・。しばらくして、誰かがしみじみ言ったことに、みんながうなる。 「出世せんでもええ、毎日読みたい本を読んでたのしく暮らせたらええなあ・・」 −− 以上だが、今のところ読書が人間にとって、一番良い習慣である。最近はインター ネットというトンデモナイ手段が出てきたが、それでもジックリと他者と対話が 出来るのは本である。この本も、直ぐにアマゾンの中古本を発注したが、まだまだ 面白い箇所が多数ある。 ーつづく ・・・・・・ 2006年01月31日(火) 1764, 袖に涙のかかるとき・・ 「袖に涙のかかるとき」と検索をしたところ次のHPのコーナーに行当たった。 リハビリに励んでいる人達の「名言・名句」だから深く魂に響いてくる。 深い心の底から、人間を、健常者では知りえない世界を、見つめている。そして 「生きている、それだけで素晴らしい!」ことを知っている。 実際に絶望の淵に立たなければ、その言葉の奥行きは解らない。 −− あるHPの ー心に残る名句名言集ーより リハビリに励んでおられる患者さん、家族の皆様から寄せられた ”心に残ることば”を「名言・名句集」としてご紹介いたします。同じ障害を もった皆様に、これらのことばが少しでも励みになることを念じております □病気になってみえてくる一番大切なことは、人間の生命が生きてそこにある ことが実に不思議な、貴重なことだと気づくことである。 (西江孝之) そうです。生きているってこと自体がすごいことなんですね。これからは、 生きていることに感謝してまいります。□言う言葉がないから、よく家内に 頑張れ頑張れって言っていたが、失語症なった多くの人達の場合は、実は見え ないところででも頑張っている。 (西江孝之) 私もつい「頑張れ!頑張れ!」といっていました。そんな自分を恥ずかしく 感じました。□君は看よ。双眼の色。語らざれば憂い無きに似たり。(良寛) ことばはでないけれど、主人の表情はとってもすてきです。 字数の関係でカット(2008年01月31日カット) −−− 名言、名句に対するコメントも味わい深い! そして全ての名言・名句が深く 心を揺り動かす! 誰もが病に倒れしみじみと、この言葉を味あう日がくる。 そして、如何に人生の表面しか生きてなかったことを思い知ることになる。 他人事ではない! 健常の今日という日々を噛みしめて生きなくては!
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2019年12月13日(金)
* 今日は「13日の金曜日」 さて、今日は数年に一度はある13日と金曜日が重なる一日。 その前後に騒がれるが、記憶には、大した問題は起こってはない。 ネットで、その辺りの解説ニュースを見ると、アルアル… ― 《12日(木)は英国総選挙、13日(金)はメジャーSQ、12月調査の 日銀短観も発表される。欧米で「金曜日と数字の13は不吉」という概念は、 キリストの最後の晩餐が金曜日に催されたと広く信じられ、その場には13人 の人物がいたので、13が不吉と見なされるようになったという。 米国の国家標語は「IN GOD WE TRUST(我々は神を信じる)」で、 紙幣・硬貨にも表記されている。 トランプ氏は支持基盤に配慮し、「神」を 否定するような共産主義・中国とは厳しく交渉に臨むだろう。12月に入り、 米中対立は通商・ハイテク分野から香港・ウイグルなど統治問題へと変貌、 今後、どうなるか予測困難、師走相場に寒風が吹くかもしれず冷静に構えたい。》 ― ▼ 何やら現状はバブル崩壊時の日本経済に空気が似ている。日本にとって、 太平洋戦争以来の敗戦で、甚大な衝撃だった。そのツケは、現在の国債発行高 が示している。アメリカの国家戦略の陰謀で、敗戦後からの蓄えを、そっくり、 持っていかれた。12月に入って、米中対立は通商・ハイテク分野から香港・ ウイグルなど統治問題へと変貌、今後どうなるか予測困難で、師走に寒風が吹く 可能性がある。 ― * 楽観的って 寒さが増す師走は悲観的になりがちだが、今日は〔師走+13日の金曜日〕 アメリカは狂信的キリスト教国家で、どうしても神経が敏感になるのだろう。 そこで逆に「楽観的」の意味を調べると… 小さなことに気を取られず、 明るい気持ちを表す言葉だが、最近、妙に納得する楽観論を知った。 〔あるがままでいれば、何とかなる。何故なら、これまで、そうだったから…〕 なる程、節目の度に、そこで想うこと、そのもの。これ、一休の名前の由来の歌 「人生は、この世からあの世のまでの間の一休み」や数々の奇行、腐敗した宗教界 への批判、そして悟り…数年後、弟子たちが本当に困り果てその手紙を開けると、 中には「心配するな、大丈夫、何とかなる」と書かれていたという話に似ている。 哲学者・アランの言葉には、「悲観は感情、楽観は意志」がある。東洋では、 二項対立をしたがる西洋的なやり方は、整理・分類には適し、あまりに整理し 易いため「東洋哲学の深さ」というものを抜かしてしまい、本質的なものを 忘れてしまう傾向になる。
・・・・・・ 5386,閑話小題 〜クソバイス 2015年12月13日(日) * 立場かわれば、クソバイス 「クソバイス」とは、「クソ」と「アドバイス」と掛合わせた造語。 アドバイのつもりが、言われたほうからすれば、クソ!という屈辱の言葉 を浴びせられたにすぎない。過っての具体的嫌味を言われた経験を街角で (女性に)聞くインタビューを放映していた。 アドバイスそのものは、 上から目線。それが正しいほど、相手を傷つけることになる。私も何人も、 これで傷つけたことか!このブログ自体、多くのクソバイスが埋まってる? 〜ネットで、私がみた番組を検索すると、以下のとおり〜 ≪ 12月7日に放送された日本テレビの番組「スッキリ!!」で、 「クソバイス」という言葉が特集され物議を醸しています。 この言葉の意味は「クソみたいなアドバイスで、一見アドバイスみたい だが上から目線で自分の持論を押し付けること」ですが・・ 番組によれば 「クソバイス」という言葉は犬山紙子さんが作った言葉 番組では、「あなたが受けたクソバイスは?」という質問を街の人たち にしていた。 〜次のような人たちがインタビューに答えていた。 ・ママ友に「働いていたらお子さんが寂しがるよね」と言われた47歳自女性 ・彼氏がいる友人に「恋愛は頑張るものじゃない」と言われた20歳女子大生 ・ママ友に「赤ちゃんぽくしないためにはお母さんも努力をしなきゃ」 と言われた 49歳保育士。子供の発達が遅かったらしい ・上司に「もうちょっと日焼けしたら」と言われた 23歳アパレル非常に肌の色が白い女性 ・女性の上司に彼氏を作りたいと相談したところ「短いスカート履いたら」 と言われた 26歳会社員 ・旦那の母から「ママらしい格好を」と言われた 26歳のギャルメイクママ ・旦那から「ママの格好をしなさい」と言われた 30歳女性 ・旦那に「いつも一緒の服を買うので違う服を買えば」と言われた35歳女性 この言葉を作った犬山紙子さんは「クソバイスで悩むのはもったいない。 クソバイスの場合は真剣に悩まない。受け流すのが一番いい」とアドバイス。 コメンテーター陣からは、 「クソバイスを聞くことがある。"あなたのことを思って言うけど"というのは クソバイス」という意見や、逆に「言われているうちが花」「言われないと 寂しいから言って欲しい」「愛情の表現だし、そこには真実もある」も。 ≫ ▼「クソバイス」も悪くはないが、造語で、「ヘド」を絡ませた「ヘドバイス」 も考えられる。 最近、中古ビルを購入して得意満面の人に、 『バイパスか高速道路の出入口を間違え、逆走を始めた車と同じじゃない。 気が狂った?』と、思わず叫んでいた。4年前に4つの中古ホテルと、一つ の駐車場を持つビジネスホテルを清算。その結果、過大借金から開放された 経験をしたこともある。その前にも中古ビルの購入で、数億の損失経験も あって、思わず、「クソバイス」を叫んでしまったが、本人は目をパチクリ。 それと、知人が二つの中古ビルの処分で苦労しているのを身近で見聞き している。 果たして「高速道路の逆行」は言いすぎの、クソバイス? 「中古ビルは、ババ抜きのジョーカー。最後に引いた者が負け!」 これだけは経験しないと分からない。 中古の飲食ビルを次々を買い捲って いる得意満面の知人がいたが・・「どんなに安くても買ってならないのが 中古ビル」が私の経験が教えてくれた教訓。 私が30年間経営していた ホテルを競売で半値八掛で購入、同じホテル名で経営している現オーナーの 苦渋の姿が目に浮かぶ!それも私の妄想かも?都会のビル郡のオーナーは、 不良物件を、あれだけ抱えていることになる。数年後に、ハイパーインフレが 生じれば、先を読んでの正しい投資になる。 ハイパーインフレは、根こそぎ 社会を破壊するからやはり正しくない、とも考えられる。『貸ビルという長期固定 投資は、激変の時代に問題あり』が、助言の資格がない(逆にある?)私の 「クソバイス」。 長期投資は難しい!が、経験上の実感。あの空きスペースに 過剰人員を抱え込む可能性がある。それより、投資物件に資金が縛られる のが良くない。長期の結果が歴然とするのは5年〜10年後。その時は、その時? まったく、こんなことを言いえる立場じゃないが、言いたいのだろう、この男!
・・・・・・ 6483,閑話小題 〜注意に注意しても、転倒!… 2018年12月13日(木) * あわや、後頭部の打撲に ベランダのインコに餌をやろうと、篭の前の折りたたみイスに座った瞬間、 布地の底が真っ二つ。後ろ向きに転倒、あわや後頭部を打つところ。…どこで 災難が待っているか! 10数年もドンと思い切り座るため制度疲労のため。 躓きの転倒、階段の下り、風呂場、自転車には、特に注意を払っていたが、 思わぬところで… ひと事ではない、危ない危ない! 家内の知人の転倒話は日常的に聞いていた。一週間前に、3月に一度位、お茶を する友人が利き腕を骨折するなど…。骨折は主に腕か、足腰になる。どっちらも、 厳しい状況。問題は、それを起因とした運動不足と、それによるストレス。 50歳半ば頃から、知人や学友が、転倒で半身不随などで看護生活の人が 出はじめ…。その結果、運動不足やストレスで、ガンや、鬱病になリ… 現実はシリアス。 ということで、注意に注意をしていたが、思わぬところに 落とし穴。先日の東京の同級会でも、股関節の骨折の話になり、骨折保険に 入っていて助かった旨の近況報告があった。 ガン、脳卒中、心臓病の三大 成人疾病病の他に、思いもよらない骨折の伏兵が控えていた。リタイア以降、 飲酒機会が激減したが。家の中のチョッとした隙に転倒する可能性がある。
・・・・・・ 5751,マシュマロテスト 〜�� 2016年12月13日(火) 『マシュマロ・テスト』ウォルター・ミッシェル著 図書館を彷徨っていると<マシュマロ・テスト〜成功する子・しない子> が目にとまった。子供に2つの御菓子をみせて、ある時間を我慢すれば二個、 貰えるが、我慢できない子は一個だけと教え、席を立つ。自制心の弱い子は、 目先の欲望に負けて食べてしまう。その結果と、将来の成長度を比べるテスト。 当然、我慢する子は将来成功する確率が高くなるという面白い実験結果の分析。 〜ネット検索の内容が簡潔である〜。 ≪ マシュマロ実験、またはマシュマロ・テストとは、子ども時代の自制心と、 将来の社会的成果の関連性を調査した著名な実験。スタンフォード大の心理 学者・ウォルター・ミシェルが1960年代後半から1970年代前半にかけ実施した。 マシュマロ実験という名前ではあるが、報酬はマシュマロの代わりにクッキー やプレッツェルが使われることも多くあった。 ◇ スタンフォード大学での実験 「自制心」「セルフコントロール」などと呼ばれている「将来のより大きな 成果のため、自己の衝動や感情をコントロールし、目先の欲求を辛抱する能力」 が、人の社会における成功に重要であることはよく知られている。この実験の 本来の目的は、この能力の幼児期における発達を調査するためであった。 最初の実験は、ミシェルと、エッベセンによって1970年に行われた。 最終的にこの実験には、600人以上が参加した。 ☆ 実験方法 ・職員の子どもたちが通う、学内の付属幼稚園の4才の子供186人が実験に参加。 被験者である子どもは、気が散るようなものが何もない机と椅子だけの部屋に 通され、椅子に座るよう言われる。机の上には皿があり、マシュマロが一個 載っている。実験者は「私はちょっと用がある。それはキミにあげるけど、 私が戻ってくるまで15分の間食べるのを我慢してたら、マシュマロをもう一つ あげる。私がいない間にそれを食べたら、ふたつ目はなしだよ」と言って部屋を 出ていく。 ・子どもたちの行動は、隠しカメラで記録された。1人だけ部屋に残された子ども たちは、自分のお下げを引っ張ったり、机を蹴ったりして目の前の誘惑に抵抗。 小さな縫いぐるみのようにマシュマロをなでたり、匂いをかぐ者もいた。 目をふさいだり、椅子を後ろ向きにしてマシュマロを見ないようにする者もいた。 映像を分析した結果、マシュマロを見つめたり、触ったりする子どもは結局 食べてしまう率が高いこと、我慢できた子どもは目をそらしたり、後ろを向いたり して、むしろマシュマロから注意を逸らそうとする傾向があることが観察された。 すぐ手を出してマシュマロを食べた子供は少なかったが、最後まで我慢し通して 2個目のマシュマロを手に入れた子どもは、1/3ほどであった。 ・ミシェルの娘も実験に参加した一人だったが、娘の成長につれミシェルは実験 結果と、児童の成長後の社会的な成功度の間に、当初予期していなかった興味 深い相関性があることに気がついた。そして1988年に追跡調査が実施された。 その結果は、就学前における自制心の有無は十数年を経た後も持続していること、 またマシュマロを食べなかった子どもと食べた子どもをグループにした場合、 マシュマロを食べなかったグループが周囲からより優秀と評価されていること、 さらに両グループ間では、大学進学適性試験の点数には、トータル・スコアで 平均210ポイントの相違が認められるというものであった。ミシェルはこの実験 から、幼児期においてはIQより、自制心の強さのほうが将来のSATの点数にはるか に大きく影響すると結論した。2011年にはさらに追跡調査が行われ、この傾向が 生涯のずっと後まで継続していることが明らかにされた。 ・また被験者の大脳を撮影した結果、両グループには、集中力に関係すると される腹側線条体と前頭前皮質の活発度において、重要な差異が認められた。 同実験は、スタンフォード大学で「人間行動に関する、最も成功した実験の うちの1つ」とされた。≫ ―― ▼ 15年かけ創業の準備をかけ30年間の実業の結果が、9・11テロ、リーマン ショックと、東北大震災のブラックスワンの到来で45年のミニ物語が呆気なく 終わりをつげた。しかし、失ったモノ、コトより、得たコトが、少なくとも10倍 はあった実感がある。そこには想像を絶する忍耐を要した。両親の後ろ姿を見て いればこそ、45年間を面白おかしく過すことができた。 学生時代に、水商売の アルバイトなどから同棲や、二股、三股をかけるなど私生活の乱れがある知人は、 その後の人生は恵まれていない。それは目先の快楽を御菓子に例えられる。 家系もあるが… 独身時代数年の女職場は、猛毒入りのマシュマロ、いやマンジュウだらけ? 一度かじったら…それまで! 20歳の頃、ダブル合コンの片割れが目出度く成立、 卒業と同時に結婚した。その後の様々な女性とのイチャツキを、その時点で放棄 したことに、不思議な感覚にとらわれた。 いや、相手によるか? 今でもして いるのもいる? 選んだ相手が、「猛毒を持ったタガメ」のケースが? 誰のこと? 人生は複雑怪奇!「若い時に誤りがないのが最大の誤り」としても。
・・・・・・ 4289, 学ぶということ −3 2012年12月13日(木) 「最終講義 生き延びるための六講」内田樹著 * 教えたい人間が引き受けるべきリスク ー教育の原点 教育だけでなく、事業も、忘年会の幹事も全てに通じる内容である。 何かを引き受けたり、事業を立ち上げたようと決心した瞬間から全うしよう とする自己責任が起きる。これは誰の問題でなく自分の問題。決心と実践の 本質の問題。著者は教育者のため「教えたい人間」が主語だが、実は 「実践者としての人間」が、引き受けるリスクのテーマである。 ー まずは、その辺を書き出して考えてみる。 ≪ 教えるということは本質的には「おせっかい」だということが骨身に しみたのは、ある出来事のせいです。・・80年代の中ごろ道場を始めた。 台風がきて、一時間くらい薄暗い体育館の中でまっていたけど誰も来ない。 そこの道場の中に座りこんで、来るか来ないかわからならない門人が来るのを 待っている。これは理不尽でないかな、と。 「だいたい、ただ同然のすごい 安い月謝で教えているのにさ、ちゃんと来いよな」と思ったり、だんだん気分 が沈んできた。そのときに体育館の鉄の扉がガラガラと開いて、近くの中学生 が顔を出した。「あ、先生いたんだ。今日台風だから稽古ないのかと思った」 「台風でもやるよ」。それから二人で一時間くらい稽古をしました。 そのとき、外で嵐が荒れ狂う暗い体育館で腕組みしながら、誰も来ない畳の 上に座って待っていたときに、僕は覚悟したんです。人に教えるって、 多分こういうことだろうって。誰も「教えてください」と言ってこないけれど、 こちらが「教えたい」と言って始めた以上、教える人間はこのリスクを引き 受けなければ! そう思ったんです。誰かが扉をあけて来てくれるまで、 待ってなければいけない。畳を敷いて、準備体操をして、呼吸法もして、 いつでも稽古できるように備えていなければならない。それが「教えたい」 と言った人間の責任の取り方じゃないか、と。そのとき、教育というのは 多分そういうものと思ったのです。27・8歳の頃でしたが、気持ちは 今でも変わっていません。それが僕のなかの起点的経験としてあるのです。≫ ▼ 新潟で30年近く前に立ち上げた会が、今でも続いている。私は10年ほど 前に抜けたが、先日、参加してきた。私の経験からして幹事は大変。 これを立ち上げに際して、3年は続ける!が、後は成り行き次第と決心をした。 最初は我慢我慢の連続。「荒れ狂う、体育館で腕組み」なんてものでない。 その会を利用してやろうという気が全くないため、逆に欲が見えてくる。 それも土足で平気で上がりこんで来る。「私は来てやっている」というのが 丸見え。その我慢そのものが修養になったが、「自分が引き受けたからには、 やるしかない」と続けたが・・ 慣れると、その我慢も面白くなる。 何も知らず参加している方々は、私は鼻持ちならない傲慢な場所貸しの男で しかない。そして30年、時代は大きく変わった。 事業も同じ。これは 己の魂の問題。生きんがため、そして自己実現のため、リスクを背負い、 心の奥底は半狂乱。それを隠し、ひたすら思いの実現のため手順を踏む。 起承転、の後に待っていた「結」は、経済大震災。40年前に事業を始める にあたって、全てを失っても後悔はしないと何度も心に誓ったので、 後悔の念は無い。リスクに、普通のリスクと震災型リスクがあったのだ。 ・・・・・・ 6118,『今日のつぶやき』−6 生つぶやき 2017年12月13日(水) * 今日の「生」つぶやき このブログ自体が、「生」つぶやきである。 < 合コンのときに思う。笑わせているんじゃない、笑われているんだ、と…> これそのままと、独りつぶやきが、自虐として癖になる…。
ブログの本質は自慢。 少々、自虐で丁度よいと言うが、どうだろう。 ― ( ・ 学生時代、3日間、同じガムを嚙み続けていたら溶けてしまった。 〜少し、自分が恥ずかしかった。
・ 20年前。散歩で同じ靴を修理をしつつ毎日のように10年近く歩いた。 靴底が擦り切れて、二つに割れてしまった。 〜何故か、悲しかった。 30年前、通勤に使っていた靴。会社近くの靴修理店に持っていったら、 変な目つきで「新しいの買ったら!」と言われた。 〜少し惨めな気分になった。
コーヒーカップを20数年、使い続けていたら、手元にヒビがはいった。
3台目の「ソアラ」 「20年以上も乗り続けている」と言ったところ、 怪訝な顔で「本当ですか?」ですと。私も初体験だった。最後は恐怖が…
・「わ〜ん!」と泣くのは悲しみを吐出すから良いが、「シクシク」と静かに 泣くのは内に吸込むのでダメだと聞いた。 〜泣けるうちは、まだよいが… 今ではニヒルに笑って、丸まって寝る。 ・ 毎日、挫折と再起の繰返し。 〜その日に再起しないと、二度と立ち直れない気がする。
・ みんな馬鹿にみえる。 〜それ以上に自分が馬鹿に思え自嘲する日々刻々。
・ 一年程前、北朝鮮の金様が養豚場で吊るされた豚肉を見上げる映像が流れた。 そこに、「一匹だけ生きたのが…」と、誰の目にも明らかだったが… 〜側近の何人かが高射砲で粛清されているのでは? 〜あれは絶対、ブラック側近の陰謀だ。 と独りつぶやいていた。
・ 全国各地の冷蔵と冷凍ラーメンに嵌っている。 〜それが美味いのなんの。 (B級グルメと生活に満足する私) ― ▼ そんな真剣に考えないで… <「自虐的」というキーワードで書いたため、 シリアス、かつ誇張だよ!>と言い訳したいところだが… 偽悪的、自虐的で、 まず己の心のドアは開かと…。ところで、「ヒロシです…」で始まるネガティブ ネタの一人漫才家がいる。「前向きじゃなくても生きていける」とのコンセプト が面白い。 <1日過ごして万歩計が27歩>など、この年齢では、明日の我身の 可能性がある。 次のテーマが、彼の自虐ネタを取上げてみようか。 【数日前から、気に入った順に並び替えています。今日は、去年のがベスト?】
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2019年12月12日(木)
小噺を読むときのコツは、まずニヤリと笑う! 笑うから可笑しいのである。 何ことも同じ。泣くから悲しくなるのである。人間たる由縁は、感情豊かで、 言語表現が豊かで、言語を通した記憶能力が高いことにある。 小噺の意味を検索すると… <冷笑>とあった。シリアスの意味が含まれる。 シリアスとは、<事態などの深刻なさま> 。場面は、生き死にや、下ネタの 極めて危ない業の設定でオチで、一瞬の笑いをとる。だから、斜に構えていては 面白さが半減する。 ――
★ しょうがない姉と弟 弟「お姉ちゃん、寒いから一緒に寝ていい?」 姉「しょうがないねえ。」 弟「ねえ、おねえ〜ちゃんのお臍に指入れてもいい?」 姉「しょうがないねえ、でも、そこはお臍じゃないよ」 弟「うん、僕も指じゃない!」 ― ★ 先生 “君たちは大きくなったらどうするの” 生徒A “大統領を目指します” 生徒B “医者を目指します” 生徒C “前を隠します” ― ★ 機上で… 飛行機に乗ってしばらくするとスチュワーデスが 「お客様の中でお医者様はいらっしゃいませんか」と聞いてきた。 偶然乗り合わせた医者が席を立ち、事態を解決することになった。 またしばらくするとスチュワーデスがやってきて言った。 「お客様の中でジャンボジェットを操縦できる方はいらっしゃいませんか?」 =逆バージョン= 飛行機に乗ってしばらくするとスチュワーデスが 「お客様の中でお医者様はいらっしゃいませんか」と聞いてきた。 偶然乗り合わせた医者が席を立ち、事態を解決することになった。 またしばらくするとスチュワーデスがやってきて言った。 「お客様の中で牧師さんはいらっしゃいませんか?」 ― ★ 200ドルの賭け 一人の男がバーに入り、バーテンダーに賭けを申し出た。 彼は言った。 「あそこの床にグラスを置いて、20フィート離れたとこから小便を一滴も こぼさずに命中させてやる。これに50ドル賭けよう。ただし、こぼれた小便は お前さんが掃除しなけりゃならんがね」 バーテンダーがこの賭けに乗ったので、男はグラスを床に置いた。 そして、そこから20フィート(約6m)離れると、小便をバーの中全体に撒き 散らした。 小便は通路、床、バーの中にいた者のグラス、そしてバーテンダー にまでひっかかった。 バーテンダーは、勝ち取った50ドルに笑みを浮かべ、バー内を清掃した。 すると、賭けに負けたはずの男が笑い出した。 バーテンダーは訊いた。 「おい、あんたは50ドル負けたんだぜ。なんで笑ってられるんだ」 男は答えた。 「外の歩道に突っ立ってるヤツがいるだろ。 オレは、あいつに200ドルを賭けたのさ。 このバーに入って、小便を撒き散らして、バーテンダーに、笑みを浮かべ ながら掃除させてやるってね」 ― ★ お召しのままに… 患者「歯を抜くのに五万だと?ふざけるな!たった五秒の仕事だろ!」 医者「それじゃあ一時間かけて抜きますか?」 ― ― ▼ オチは、意外性がミソ。面白のは、何度、読み返しても笑ってしまう。 河合隼雄は 《笑いとは、楽しさ、嬉しさ、おかしさなどを表現する感情 表出行動の一つ。 一般的に快感という感情とともに生じ、感情体験と深く かかわって… 笑いがすぐれて人間的である理由として、笑いには「笑う者」 と「笑われる者」という分離があり、その意味 において何かを「対象化」する 心の働きが存在する事実があると。》軽い笑いには、センスが必要ということ。 まずは駄洒落から… 相手から心の内でバカにされても続ければよいが、 それがなかなか。
・・・・・・ 6117,『今日のつぶやき』−5 2017年12月12日(火) ( ◎アンサーは、私の感想 ) * 無いもんねだりはやめましょう! 〜��
・ アナウンスが「… …次は新宿、おデブちん右側です」と聞こえる。 (電車トド、32歳・男) ・ 松井稼が、松井嫁にいつも見える。 (誰かの嫁になりたい女・35歳) ◎アンサー:私の耳には、「不味いオカズ」と聞こえる。 ・ 停めておいた自転車に「粗大ゴミ捨てないで」という貼紙を貼らてた。 (ゴミはお前じゃ) ◎アンサー:「ゴミはお前じゃ」と書いて、一日、置いておけば! そしたら、きっと「ゴミに言われたくない!」と… ・ 近所で遊ぶ子供たちの横を通ると、子供たちの口数が減り、皆目を 合わせないようにする。 (何でやねん・38歳・男) ◎アンサー:近所の小母さんが、そうそう。 私もそうそう! ・ 今日、「東急バンズ」で無心になって乗馬乗り運動にまたがっていた 人がいた。 (何を思って乗ってんだ) ◎アンサー:ロデオの騎乗者の気持ちだと思う。だから無心になれる。 ・ 「このままでいいのか」と考え、また寝る。(22歳・男子学生) ◎アンサー:その前に、トイレに行ったら。 ・ 年賀状より喪中ハガキが沢山来る。 (23歳・男性)
・ 飼っている犬が私を見て震える。 (匿名希望の女) ◎アンサー:うちのインコは家内がくると、すっ飛んで巣に入る。 ・ 彼氏が来るたび、ブランド品がなくなる。(28歳・女性) ◎アンサー:「どのみち、貰ったもん!」と思ってんだろう。 ・ 美人は3日で飽きないし、ブスは3日で慣れない。(バランスが大事君) ◎アンサー:女の職場で、つくづく実感した。付いてのは皆同じなのに!
・ 来世でがんばろう…。 (消防士・男性) ◎アンサー:無いものねだりはやめましょう。 ・ ブスの女子高生ほど透けブラが派手だ。 (でも見ちゃう男) ◎アンサー:よっぽど、それがエロイんじゃない。 ・ 俺をどこの保険に入れるかで両親が大喧嘩。(長男・26歳男性) ◎アンサー:まだ、どっちの名義にするかの喧嘩でないから…
・ 心も体も裸になったのは、私の方だけだった。 (どんぞ子・28歳女) ◎アンサー:経験、経験! ― ▼ アンサーを書きながら、誰かに支配されている心持がした。誰だろう?
・・・・・・ 6482,つれづれに哲学 〜因果はめぐるは、本当か? 2018年12月12日(水) * 人生は公平か? 以前、ここで、「平等と公平の違い」について考えてみた。 平等も、公平も、少し考えれば妄想と… 。 そこで、「人生は公平か?」 の前提になる考え方のベースを取上げてみる。これが『15分間 哲学教室』で、 ズバリ、指摘してあった。 〜『15分間 哲学教室―アン・ルニー』〜 < 公平とは、良いことをすれば良いことが起こり、悪いことをすれば悪いこと が起こると、一見、正論に思える「因果はめぐる」になるが、この「因果論」は、 カルマ、インドのヒンドゥー教と、それ以前のインドの信仰に遡る。 「カルマ」は、行為の意味だが、行動と、その結果の因果関係を意味する。 この原因と結果が広く行きわたっていて、キリスト教にも、「人は、自分が 蒔いたものを、また刈りとることになる」と、ある。 ヒンドゥー教には、 輪廻転生の思想があり、現世の行いだけでなく、前世でどう振る舞ったかも、 カルマの関係してくる。これは責任逃れにも使える。もし善人と生きてきたなら、 その恩恵として、将来、恵まれた生涯を過ごすことになる。もし悪運に悩まされて いるなら、すべては前世での(人間でも獣が)悪い行いのせいに出来る。 19世紀の哲学者のニーチェが、その考え方のカルマを「奴隷の信仰」と切って 捨てている。> ― ▽ 物理学や自然の摂理なら、因果応報は当然のことだが、こと人生の出来事 に対して因果応報が当てはまるのか? そう思い込んでいるだけでないか? 交通事故や犯罪に巻き込まれるのは、業の問題ではなくわけ隔てなく襲い来る。 そのカルマの思想を、直接、間接的に悪用し『魂の救済』と宣い、金を巻上げる のが、宗教の一部に存在している。いや大部分? 物理、大自然の摂理と、 人生を混同し、騙されてしまうのが、俗にいう『世間人』。人生において、 善行の習慣を長年かけると、そのこと自体が、そのまま福(善果)になる。 何気なく、信じ、習慣化している大元が、実は、カルマにあった。輪廻転生と いう前世まで遡った構図も、面白い! で、人生は公平か? この問い自体が愚問になる。公平なわけがないでしょう。で、パリ、ベルギー で、不公平への怒りが爆発している。 起因している大元が永遠の人類の課題 だから。 あまりにも根が深い『公平・不公平』の問題。そして輪廻の問題の ためである。ガス爆発として、時間の経過を待つしかない。 誰が解決できる? 出来ようがあるわけない。 これだけは! 野良犬は群れて、離れ犬は離れて、 夜空に吠えるしかない。 カルマ、そして前世、・後世を巡る輪廻転生ですか。 二度とないと信じていた人生が。 「死んでしまえば、それまでよ」だよ。 キット。 いや、所詮! < めぐってきた因果だけにいえる事で、めぐってこない方が遙かに多い ・・・・・・ 5750,大格差 〜書評 �� 平均は終わった! 2016年12月12日(月) ー「大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか」 タイラー・コーエン (著) * 気の毒な大部分の若者たち! 上位15%になれない若者たちにとって、ますます生きづらい時代になる。 若者の賃金指数は未来の先取りになる。20世紀は数百万、数千万単位の集団殺戮 の時代といってよいが、21世紀は科学が飛躍的に伸びて、「想像すらできない 現象が起る」ことしか知りえない。その中で生きていくことは並大抵ではない。 激変の中で、安定した職業など極わずか。変化のうねりの中を漂うことになる。 政治家は、若者の将来など考えている余裕などない 〜その辺りから〜 ≪ 若者の失業は減らず、職に就いている若者が受取る賃金も下がっている。 2000年の時点で、若い高卒者の賃金は10年以上前に比べてわずか11%しか 増えておらず、若い4年制大卒者の賃金にいたっては5%以上減少している。 若い大卒者のなかで、失業者の割合が10%前後、フルタイムの職に就けていない 人の割合が20%近くで推移するようになって久しい。大不況による歴史的な景気 収縮期が終わり、経済が再び成長しはじめてから数年がたつのに、多くの若者の 就労機会は減っている。それが厳しい現実なのだ。いま多くの人は、自分の 経済的な未来が蝕まれつつあると感じている。見当はずれの不安ではない。 若者の雇用問題(多くの国に共通する問題)は、仕事の世界の未来像を先取りして いる。今後、しかるべき技能をもたない人は、これまで以上に、職に就く機会 から締め出されていくのだ。それを尻目に、高学歴中心とする所得最上位層は、 ますます高額の所得を手にするようになる。 "平均は終わった"というのは、今日の世界のさまざまな局面に当てはまる言葉 だが、未来の世界はそれがますます顕著になるだろう。」そして、その背景が提示 される。「こうした潮流の根底には、元に戻ることのない、いくつかの大きな変化 がある。その変化とは、経済のグローバル化、賢い機械の生産性の向上、停滞した 産業と活力のある産業の二極化である。」ここでも平均層が消滅するというわけ≫ ―― ▼ 半世紀前に若者だった私たち世代の就業環境と比べようないほど悪化している。 それが更に止めどなく右下がりになるという。まして地方経済の惨状では、若者 の住むところは限られる。中流の下流化は、それぞれ差別が明確になり貧相の社会 になっていく。隣国の南北朝鮮が、それを示している。私たち世代が生きた、高度 経済成長時代の、高揚した社会は何だったのか、特殊の時代だっただけか。 ・・・・・・ 4288, 学ぶということ −2 2012年12月12日(水) 「最終講義 生き延びるための六講」内田樹著 * 母親と父親の育児戦略の違い −まずは、親の教育論の部分より ≪母親は破局的状況を生き延びることを求め、父親は優劣を競う戦いに勝ち 残ることを求める。相対的競争の勝者になって目立つことを求める父親型育児 と、群れに紛れて、あたりと見分けのつかないものになって欲しいという 母親型育児、この二つは実は排除しあうものではない。対になっている。 その二つの育児戦略の拮抗の中で、子供はいい具合に育つ。この拮抗の並列が 一番バランスが良いのが理想的。これが両方とも「競争に勝て」と子供を責め たてたら、子供はストレスで壊れてしまう。「生き残っていさえすればよい」 と言えば、社会性がつかない。でも、数多の親たちをみると、どちらかに 偏りすぎでバランスの良いのは少ない。偏りすぎると社会的成熟が出来ない。 1980年代からあとは、日本社会では、母親までが父親型の「競争優位」に なってしまった。あまりに日本が豊かで安全な国になってしまったから。 もう破局的状況を生延びる緊急性がなくなった、どう転んでも心配なくなった。 だから、人のことなど顧みず、私ひとりよければ、それでいいという時代に なった。競争に負けても、取りあえず食べていける保証があったからです。 まだ50年代までは貧しい時代で、「共和的貧しさ」であった。ところが時代は 変わった。日本が例外的な豊かな時代が終わった。「ラットレース」は勝った ものの総取り、負けた人間には何も与えない時代になったら、本当に飢死にする 可能性が出てきた。そこで、ここで「ルールを変更しようと」という話になった。 競争原理は、豊かな社会向けルールだった。しかし今や資源が限られた中 「潮目の変化」。 限られた資源を複数の個体で分け合うためには、行動 パターンを変えなくてはならない。動物は、そういうようにしてきた。 あるものは夜行性になり、あるものは昼行性になる。樹上で生活するもの、 地下で生きるもの、肉食か、草食で、あるものは大きく、あるものは小さく、 など生態学的な地位をずらしていく・・ それが共生の原理なのです。 ≫ ▼ 時代は、父親型から、母親型生存戦略に変わってしまった。もう二度と 終戦から半世紀近く続いた右上りの時代は戻らない。当然、母親が子供教育 でも家庭内で主導権を持つようになるのが自然の成り行き。首都圏に住んで いれば、何時、直下型地震が襲ってくるか分らない、とにもかくにも生き 延びることが優先される。日本という国家からして資源のない条件の中で、 これほど危険な状態はない。国家も母親的戦略と、父親的戦略の拮抗が必要。 これが三極の「石原・維新の党」と「未来の党」の戦略に見て取れる。 地政学的にみて、これまで丁度良い島国が、これから大きな試練に立たされる。 韓国と日本の差は、近隣に時代錯誤の軍事国家が在るか無いかである。 徴兵制度で、青年期に鍛えられるかどうか。それを見守る母親は自然、 優しくなる。日韓の若者は青年期に歴然とした差がついている。 ・・・・・・ 5020,幸福優位7つの法則 −10 2014年12月12日(金) 【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】ショーン・エイカー著 * 幸せの波及効果 その人を判断したければ、まず両親を、そして連れ合いを見て判断すべし、 というが、幸せも、同じこと。『血筋』とは、よくいったもの。特に、幸せの 波及効果は横だけでなく、親子など縦にも出てくる。親の背中を見て子は育つ。 ーその辺りを抜粋ー ≪「楽しい、嬉しい、幸せ」などプラスの感情を、積極的に表に出すことで、 周囲に幸せの人が集まることで「上昇スパイラル」が生まれ、仲間同士の絆が 強まり、幸福度が高まっていく。「幸せ」は無条件で「ある」ものでなく、 積極的に「幸せになる」のだ。幸せかどうかを決めるのは自分である。 ・・ 「七つの法則」は、自分自身がまず実践しなければならないのだが、 決してそこで終わりではない。自分に変化を起こすことが、周りの人にも影響を 与えるということを話したいと思う。 自分の生活に「幸福優位性(ハピネス・ アドバンテージ)」を活用するようになると、すぐにポジティブな変化の波及効果 が始まる。だから、ポジティブ心理学はかくもパワフルなのである。これまでに 述べた「七つの法則」を全てに使えば、幸福と成功の上昇スパイラルが点火される ので、その効果はすぐに何倍にもなる。その後、ポジティブな効果は周辺に 向かって波及し始める。周りの幸福を高め、同僚の働き方を変え、最終的には 自分が働く組織全体をいい状態に整える。7つは全部が分ちがたく関連している。 だからいくつかを一緒に使えば、総合的な効力を高めることができる。 たとえば法則3「テトリス効果」は、法則4「再起力」を支援する。 身の回りからポジティブなものを探し出す訓練ができれば、失敗も成功の機会 と再定義できるようになるからだ。また、法則7「ソーシャルへの投資」は、 法則6「二〇秒ルール」を活用するのに役立つ。周りからの応援によって、 新しい習慣を簡単に投げ出さなくなるからだ。また逆に、法則6「二〇秒ルール」 によって、職場のよい人間関係を作るために必要な「活性化エネルギー」を減らし、 法則7「ソーシャルへの投資」を成功させることもできる。そして、職場において 上質のつながりができるほど、自分の仕事を単なる勤めではなく「天職」だと 思えるようになり、その結果「幸福優位性」による"競争優位性"が生まれる。 そのように波及効果が次々に生じていく。一つの法則の効果が他の効果を 引き起こし、単にそれぞれの寄せ集めをはるかに超えた力になる。 全部が総合的に働くと、一つだけでは望めないほどの効果が得られる。・・≫ ▼ベルギー、ポルトガル、ハンガリーの離婚率は70%前後というから、日本の 35%の二倍になっている。日本でも家庭内離婚を含めると90数%が破綻して いるというから、多くの人たちは、不幸な家庭環境で育ってきたことになる。 だから、自分から積極的に「幸せなる」しかない。その意味で、この7つの法則は、 人生の基本姿勢として、身につけておかなければならない。逆に「不幸だから、 何もかも上手くいかなくなる」ことは周辺を見渡せば分かる。いや、まず自分? 人生の総合幸福度は、自己評価85点。現時点は75点。老いる度、現時点の 満足度は減っていくのだろうが、何ごとも心がけ。ここまできたら 「日々是好日」しかないが、これなら得意! で、また偶然、以下の内容に続いていく。
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2019年12月11日(水)
ジョークには、起承転結の‘結’の捻りの妙の落としの妙がある。 それを面白く思えるか否か。 数行の物語で、何故か納得させられる妙味。 気どっていても、身体についている共通の機能は、皆、同じ。そこに、 自然と笑いが滲み出てくる。ひねた性格の人たちが、練りに練って捻りで、 笑いをとる。腹の底から笑える人は、それだけで、人生を豊かに過ごせる。
★ ある女性が、自分のモチモノが大きすぎるのを悩んで 産婦人科で診てもらった。 診断にあたった医師が 「なんて大きな穴!」 「なんて大きな穴!」 「なんて大きな穴!」 と叫ぶのを聞いて女性が抗議した。 「3回も叫ばなくていいじゃありませんか!」 「いいえ、私は1回しか叫んでませんよ。」 :こだま ― ★ ジョーは、新婚旅行から帰ったばかりで幸せの絶頂のはずだが どこか元気がありませ ん。心配した友人がたずねました。 「いったい何があったんだ?」 「うん・・。新婚旅行で、僕は妻と初めて結ばれた」 「そりゃいいじゃないか」 「でも、終わった後で僕は、日ごろのクセでつい枕元に1万円置いて しまったんだ」 「おいおい!そんなことしたら奥さんいやがるだろう」 「いや。妻は慣れた手つきで、2千円お釣りをくれた・・」 ― ★ 私は子供の頃から犬です 精神病患者:「先生、私は自分が犬なのではないかと思っているのですが」 医者:「そんなばかな。それで、いったいいつ頃からそのように思うように なったのですか?」 患者:「私が子犬の頃からです」 ― ★ 精神病院で自分はナポレオンだと信じてる患者がいた。 あるとき、医師が 「なぜキミは自分がナポレオンだと主張するんだ」と訊くと、その患者は、 「神様がおまえはナポレオンだと言った」と答えた。 すると、すぐそばにいたべつの患者が怒った顔でこう言った。 「おれはそんなことを言った覚えはない!」 ― ★ 医師「良いニュースがありますよ、ミセス・ボンド」 女性「失礼ですが、私はミス・ボンドです」 医師「でしたら、悪いニュースがあります」 ― ★ 美人の秘書がボスのオフィスにスーっと入ってきて、 「いいニュースと悪いニュースがあります」と告げました。 「頼むよ、今日はジョークはやめてくれ」と困り果てたボスが答えた。 「いいニュースだけにしてしてくれないか?」 「分かりました。……いいニュースは、あなたは子供を作れる能力が ある、ということです」 ― ★ ヒトラーが、あるとき占い師にたずねた。 「私はいつ死ぬのかね?」 占い師は水晶玉をのぞいたあとで、 「ユダヤ人の祝日の日にお亡くなりになるでしょう」と、自信満々に言った。 ヒトラーが驚いて、「ほう、どうしてそれがわかるのか」と、聞き返せば、 占い師が答えて、「はい。いつ総裁がお亡くなりになっても、その日は 確実にユダヤ人の祝日になりましょうから」
― ― ▼ 喜怒哀楽の感情を、一瞬の捻りで、笑いに昇華させる技が、そこにある。 人間の持つ業を、捻って、回して笑いにする。ってなことを言えば、人生 こそが、ジョーク。ジョークの人生を生きていると自覚すれば、肩に背負った 荷物が軽くなる。 そういえば、最近、腹の底から笑ったことはない。 < 逆は、あるのだろうが… > これが、今朝のオチ! これも各々方にいえることに気づくか気づかないか! だって、そうだろう。 薄笑い人の顔を見て… 折角なら大笑いしたら!
・・・・・・ 6481,閑話小題 〜非日常論 2018年12月11日(火) * 非日常は、老い実感のバロメーター 先週、先々週と、新潟、東京の忘年会に出席した。引籠り?に近い小世界の 吾が身にとって、非日常になるが、考えてみれば、年行事の日常の一つ。 海外ツアーの参加も含めて、肉体的、精神的に少々、堪える? 頭も、心も鈍く 重くなっているのを実感のバロメーターになる。それも酒が入るため、過重する。 出発前に予定していた時間より遅れる。それも予定に入れておくが、それも腰痛 持ちのため早く歩けない。腰を屈め、ゆっくり歩く自分は… そして、その場の 空気に馴染むのに時間を要する。とはいえ、非日常をスケジュールに入れないと、 自分のマイナス変化に、気づけない。数ヶ月前に、時間調整のため、上野駅の 地下待合室から、乗換の客を眺めていて気付いた。70代以上の年代の人の多くが、 キャリーバックを歩行補助にしていること。それか、長傘を携えている。 旅の効用は、非日常にあり。とにかく、日常の世界から一歩、出ることにある。 余裕のある人は『別荘』を持つか、長期バカンスは、非日常で、日常の世界の ストレスから自らを解放するため。このブログも、自ずから非日常を書くことが 多くなる。日常など、直にネタが尽きているため、非日常の世界を覗くしかない。 日常世界から、非日常を気楽に見れるのが、TV、パソコン、スマートフォン、 タブレット。映画、ドラマ、ドキュメントなどスイッチ一つで垣間見れる。 ある程度の経験と、知識の蓄積があれば、現実と仮想の世界の境目の識別が可能 になるが、若い人には、それがない。彼らは、大部分が非日常になる。 少し考えれば判ることだが、私たちは日々刻々、非日常に生きているのである。 気づかないのは、日常と思い込んでしまう鈍重の壁。 要するに養老孟司のいう、 『バカの壁』である。 〜彼はインタビューで、 <「いまの時代、本当は変なんじゃないか」> それを 2つのキーワードを軸に 「病」をひもとき、「意識」と「感覚」。頭で考える「意識」にばかりとらわれ すぎて、心や体で感じる「感覚」を疎かにしているのではないか…> と。 <頭の中なんですよ、われわれが住んでいるのは。もっと自由に生きられるんじゃ ないかな。」>とも。 非日常こそ、頭で考えている「意識」から「感覚」を 取り戻すと… 。 早朝、4時に起きて、「意識」と「感覚」で、この日記を 完成させ、自転車で信濃川べりを遊覧する。 日記書きで、「意識」に偏った 「感覚」を、自然に直に触れて、自動解放をしていることになる。 Sjのヨガ・ エアロも、感覚解放の一つになる。 <日常=意識の偏り、非日常=感覚の偏り> 上質の日常有ればこそ、上質な非日常がある。逆に上質な非日常があればこそ、 日常も上質になる。 「日常論、非日常論」になるが、問題は質料ですか。
・・・・・・ 3912, 精神力ーその偉大な力 ー6 2011年12月11日(日) ◎ 想像力の魔力 「精神力ーその偉大な力」ダン・カスター著 * あなたの心のなかに、絵または型やプランなどを作る能力がある。 応答する性質のある大生命力は、そういう絵や型に応じて、あなたの体験内に 流れいるのです。心に以上のようなイメージを作る能力を想像力といいます。 誰もが想像力を持ち、それを使って自分の望むこと、または望まないことへの プランを立てます。考え尽くした末に、これをしようと思い定めた心の絵は、 あなたが大生命力に送り込む計画案です。こういうプランには、信念が方向を 与え、かつ統御します。信念は、心の中の確信です。あなたにとって真であり と確信するものです。これがこころの中につくる絵やプランの型を決定します。 大生命力は、それに始動されて行動に入ります。想像力は、心の中の技術する 部分です。・・・ フランスの精神治療医クーエは「毎日あらゆる点で、私は よりよく、よりよく、なっていきます」と、自分に言い聞かせるよう教えた。 また、「幅30センチ位の長い平板を地上に置くと、たいていの人なら、 どんな長い距離でも、平気でその上を歩いていけます。しかし、二つのビル の10階の高さのところに渡すと、話は全然違ってきます。歩こうという人は 殆どいません。想像力が、落ちる絵を作るためバランスを崩し落ちてしまう と想像をしてしまいバランスを崩す。 が、30センチの高さでは、逆に 大丈夫という想像力が、バランスを保ってくれる。」という。タバコを止める ことも、酒を飲むことも、止めたときに得られる利益が将来、いかに多いかの イメージを書き出し想像すればよいのです。10年で、20年で、30年で・・ と。昔の人は、意思力を養おうとしました。 近代医学では、それを強いると いうことで効果なしとし(強要することは、感情的な欲求に反するからと)、 イメージを利用するように変わったのです。逆に想像力はマイナスに働く力が 非常に強い。被害妄想とか、心配性とか・・それも生きていく上で必要だが。 ▼ 最近、歳を重ねて実感することは、「貧すれば鈍する」ということ。逆に 「馬子にも衣装」もある。豊かな環境と知識は、その人を豊かにする。 また逆も、ある。格差社会というが、中産階級が減ってきた日本が、最近、 いやにギスギスしてきた。高度成長期の時代は、歌謡曲も、何もかもが夢。 将来に対して豊かなイメージを持つことが出来た。しかし、現在、どうだろう。 夢がもてない背景がある。信念を持てといったところで、持てないのである。 長期楽観、短期悲観は人生に生きていくために必要なスタンス。 楽観は意志でもあるが、意志の具体的イメージ化にヒントがある。
・・・・・・ 6116,『今日のつぶやき』−4 〜私の‘つぶやき’ 2017年12月11日(月) * 私の‘つぶやき’ 身近な「つぶやき」ネタを考えると、あるある… 幾らでも! ― < 以前、ある人が失職した上に大手術。暫くしての酒席を共にした時。 その男、『そろそろ私も一念発起」』をしなければ…」に、思わず 『その前に、まず「一念勃起」では』と自然に、つぶやいてしまった。 隣席の上品そうな見知らぬ御婦人二人、「あっは・ははは〜」 > < 20年前になるが、会社の若い女子社員が会社の二次会のスナックの隣席に 来て、「私、変態なの!」と一人つぶやいていた…。「どういう変態なの?」 と聞きたかったが、立場上、ただ黙るしかなかった。真面目そうで、清潔感が あったのに。> ― < 金沢で、同僚の女子に、『今日は閑古鳥が鳴いているね』と言ったところ、 『それって、どんな鳥?』と真顔で聞き返えされ、思わず吹き出した。美人 だったが、二度と近くに来なくなった。店内にアゲハチョウが飛んでいた。> ― < 警察官になった友達から「友達を逮捕してしまった」と連絡が…(32歳の男)> 内省: ?学校時代の同級生に、二人がヤクザ、一人が窃盗で…。それに 倒産が一人。この男、「それがどうした」と開き直って何の自覚がない。ったく! ― < どこかの誰か?が『私って特別の存在なの!』って、真顔で話すので、 思わず『本当に?』と聞き返した。更に念を入れ、『本当よ!』だと。> だから、生きていけるじゃないかい、人間は。「僕はきっと不幸だよ〜」 ― < 姉の一人がシリアスな人で。上京したばかりの私に、『女ってね、 やられるふりをして、やるんだからね、気をつけなさい!』と注意された。> ・内省: 最近、やたらため息ながら、「後悔、先にたたず」じゃなくて、 「後悔、あとでたたず」の‘つぶやき’しきり。 ― <「楽しんだもの勝ちだよ」> < 感動をもっと求めたら > < もっと柔軟に生きていればよかったのに > < こんなものかい > < これでも実に面白かったよ > ― ▼ 学生時代のタメ息混じりの独り言が、「何か良いことないか〜」。 だから、面白いこと、良いことを引寄せていたようだ。
【 重要なお知らせ: 過去文を読返すのも億劫になってきたため、 「時系列」から「気に入った」順に並び替えます。 】
・・・・・・ 3547, 「モテキ」の話 2010年12月11日(土) 毎日新聞に《ザ・特集: なぜ今、「モテキ」かー今年の新語・流行語大賞にノミネート》があった。 ◇人生にはモテる時期が3回来る?ーブームの背景に「草食系」への慰めと 励まし?ーの副題もよい。面白い特集だが、この大不況の中、結婚をするだけ でも大変。その人なりに?その時期はあるという。振り返ると21〜26歳辺り 男の一番の盛り、女は18歳から24歳辺り。私の場合は団塊世代の女性が対象 のため、恵まれていた。で?・・ その日々が過ぎ、ある日、突然、潮を引く ように誰も相手にしてくれなくなる。その時になって慌てても、既にカタオチ? になっている。それが青年と成年の境目。 ー以下、その特集をまとめたー 【 今年の新語・流行語大賞にノミネートされた言葉の中に、「おやっ」と 思わせる一語があった。「モテキ」。文字通り「異性にモテる時期」の意味 だが、ずっと前から口にしていたという方も多いのではないか。それが、 なぜ今? 甘酸っぱい香り漂う恋愛用語を読み解いた。【平野幸治】 ― 「現代用語の基礎知識2011年版」の「モテキ」の項目には <モテ期。 人生には3回の異性にモテる時期がくる、などという>とある。飲み会の席や 友人同士で「それってモテ期じゃない?」「来たーモテ期!」というよう使う。 この言葉が恒例の「ユーキャン新語・流行語大賞」の候補に選ばれたのは、 女性漫画家、久保ミツロウさんの作品「モテキ」が評判になり、さらに テレビ東京でドラマ化されたことが大きい。・・主人公は派遣社員の藤本幸世、 29歳。 ある日突然、知り合いの女性たちから電話やメールが殺到し、 話したこともなかった職場の同僚女性からもコンサートに誘われる。 「これがモテ期か」と舞い上がるが、恋愛経験が乏しいだけに屈折していて 不器用で、美女たちに振り回される(実は振り回している?)という物語。 モテ期が「ある日突然」訪れるという設定は、作者のある「メッセージ」が 込められているのだが、そもそも私たちはどんなときにモテるのか。 「どうやって」の研究は雑誌などで盛んだが、「いつ」というのは意外に難問。 (字数制限のためカット11年12月11日) ・・・・・・ 5749,大格差 〜書評 � 平均は終わった! 2016年12月11日(日) ー「大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか」 タイラー・コーエン(著) * 21世が姿を現してきた 〜平均は終わった 1946年生れの私は、太平洋戦争敗戦の20世紀後半を主に生きたことになる。 そこは歴史的経済成長の稀な恵まれた時代であった。その時代を壮年まで 半世紀も過ごせたことが私たち世代の総て。その時代が終わった21世紀は、 ぶ厚かった中間層が下層になり、一部上層の総取りの時代となる。 大部分の者は生きづらい世界である。 〜その辺りから〜 ≪・「このような変化は、所得格差にどのような影響を及ぼすのか?まず言える のは、機械とともに働くことができ、機械を発明でき、機械に関する知的財産 を所有し、機械の産物を世界中の消費者に届ける人たちは、非常に裕福になる。 日本にも新たな富裕層が出現するにちがいない。しかしその一方、多くの人は 賃金が上昇しなくなる。若い世代、とくに若い男性の多くは、満足に生計を立て られなくなるだろう。低賃金のサービス業の職にしか就けない人が多くなる。」 ・「日本の平等社会の伝統も揺らぎはじめるだろう。テクノロジーが進化して 多くの分野で人間の労働が必要なくなれば、私たちが創造性と時間をもっと 自由に活用できるようになる面はある。抑圧的な上司に縛られて働く必要も なくなるかもしれない。しかし、私たちは本当にその変化の恩恵に浴せるのか? これからやって来るのは、新しいルネサンスの時代なのか、それとも経済的な 苦しみの時代なのか?ひょっとして、その両方が現実になるのかもしれない。」 ―― ▼ 問題は、進化し続ける高度の情報端末を経済弱者が持ってしまったこと。 その結果、20世紀のような集団殺戮を公然と出来なくなった。 機械とともに働き、機械を発明でき、機械に関する知的財産を所有し、機械の 産物を世界中の消費者に届ける人たち以外は、その機械によって、除外される。 その矛盾のガスは、何時か大爆発を起こすことになる。22世紀まで人類が 持つのだろうか? 狂ったサルが人間になり、その中で、一番狂ったのが、 人類を滅ぼす現実が、目の前にきつつある。隣国の韓国、北朝鮮の露出した 姿そのものが、日本の先行きを示している。混乱は、これからである。
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| 6844,閑話小題 〜何にも手にしてないことに気づいた |
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2019年12月10日(火)
* 何にも手にしてないことに気づいた この年齢になって、何にも知らないことに気づいた日々。真面目くさって、 読書時間を、最低、2時間以上をかけても、このさま。ジョン・レノンの次の 言葉が世界に衝撃を与えた。彼らビートルズが残した曲は、歴史に残る。 しかし、そのリーダーたる、この言葉も曲と共に歴史に残る。 ― 《 1962年、ビートルズがリヴァプールからデビュ―すると、瞬く間に世界中に 知られる存在になった。アメリカでも大成功を収めて、翌年には女王閣下に 招待を受ける。日本にも武道館が初めてロック・コンサートに使われた。 ところが、何れの場でもモミクチャにされて疲れ切って1966年にツアーを中止。 その前年、リーダーのジョン・レノンは、記者会見で、こういっている。 <ビートルズは成功し、欲しいだけの金と名声を手に入れたが… 最後に、何も手にしてないことに気づいた。> 》 ― 好きなことに打込んだ上に、お金と名声を手に入れたのに満足を手にすることが 出来なかった。 10日前に『イエスタディ』を、みたが、その功績は大きい。 この音楽を聴けば解ることだが、麻薬からトリップした世界の音楽。女王と会見 している時も、隠れて麻薬を吸引していた後日談がある。 この文章を読んで思いたったのが、 『この年齢になって、何にも知らないことに初めて気づいた』ことである。 ‘まだ気づいたから少しは良い’としてもである。上を見上げればキリがない、 下を見れば底がない、横を見れば情けないとしても。 竹トンボのように、 いやシャボン玉のようにフワフワとんで、破れて消える己が姿を。 薬害の一つに突如の不安状態があるようだ。充実感の真逆の空虚、虚無感。 何が幸せか、そこで考えたのが、先のジョン・レノンの言葉。 先人の哲人が、この答えを求めて、考えて考えて考えぬいたが… それは、個々人により、違って当然。それぞれが、哲人の言葉などから、 自分で答えを出すしかない。
昨夜の就寝中に、‘御上り帰り’の家内に起されデジカメ画面を見せつけられた。 その顔は童女そのまま。格安新幹線をフルに使って連日、楽しむ姿に、『今度、 私も連れてって!』の情けない我が言葉。どうしたら、こんな顔が出来るか? これでは‘わしも族’の仲間入りになる。 …誰も居ない寝室で、YouTubeや、 録り溜めの映画の見放題も至福。 まず25%の現実体感の確保がベースに必要。 40歳半ばから60歳半ばに確保済み?が、ここで生きてくる。現在の生活習慣 レべりが私の器ですか。‘わしも族’程度の自己確認になるから、同伴参加は 止めてこうか? 生き急ぎ過ぎですか。 彼方からの「地球ツアー」も、 終着点に近づいてきた今日、この頃、これも人生。解答は、‘気づくこと’
・・・・・・ 映画評 〜『イエスタディ』 2019年12月02日 ハリウッドものドンパチの映画に、少々うんざりをしていた。 今回も、このファンタジーものか、ドンパチに迷ったが、これを選定。 これで良かったと感じさせられた映画。時空を超えて昔に帰ったような心地に させらていた。世界中のリタイア年代をターゲットにした筋立てで、ビートルズ 好き用には恰好の映画。 …私も学生時代にはレコードを繰返し聴いていたこともあり次つぎと主人公 ジャックが記憶を頼りに楽曲を披露するプロセスの物語に何とも味わいを感じた。
〜物語とは…〜 《 世界規模で原因不明の大停電が起こり、彼は交通事故に遭う。昏睡状態から 目を覚ますと、史上最も有名なビートルズが存在していないことに気づく─ 更にビートルズのレコードも消え去っている。その摩訶不思議な状況の中、唯一、 彼らの楽曲を知っているジャックは記憶を頼りに楽曲を披露するようになる。 物語はジャックの驚きや興奮、戸惑いや葛藤、そして喜びがビートルズの珠玉 の名曲とともに語られていく。何気なく友人たちの前で歌った“イエスタデイ” がジャックの人生や世界までも大きく変えていくが、夢、信念、友情、愛情… ビートルズの楽曲が人生のすべてのシーンを豊かに彩る。 》 ー評価90点。
〜ネット上の映画評より〜 《 ☆ 曲がかかる度にこみ上げてくる感情 ◉ 世代を超えて愛され色あせず心に響く多くの曲を作り上げ時代を変えた 偉大なビートルズ。ビートルズ好きでも好きじゃなくても楽しめる。舞台が 現代になっているだけに若者からコアなファンまでも楽しんで観れる映画。
◉ 脚本そのものの構成は、伏線なども特になく、ただただビートルズの曲を 盛り込むためなだが、だからこそ際立つ楽曲の歌詞がとても良かった。 ただ、両親含めインド系で、ジャックなんて名前はありえない。 マリクもゼインマリクから取ったのかもしれないが、中東系の名前。 盗作に近い状況を主人公にさせるからこそ、白人ではない有色人種を使った? それはビートルズの概念には反するし、なんだかなぁでした。
◉ ジャックが導き出した答え、そして映画だから出来るあのサプライズ。 作品を通して伝わる優しさと愛に、温かい涙が何度も溢れました。 ビートルズが奏でる愛の詩が、物語を彩り、寄添い、時に主役にもなる、 まさにビートルズへのラブレター。温かく優しい気持ちになれて、 観終わった後は自然と笑顔になれる本当に素敵な作品。 また一つ、大好きな映画が出来ました。 ― ▼ 半世紀を超え、学生時代にタイムスリップしたようなビートルズの音楽。 学生時代のシャア・ハウスのような、4畳半の部屋には、小さなステレオと、 カラーTVと、その前に卓袱台があって、横に机と椅子が配置してあった。 その空間は学生生活を過ごすには最適だったような。 レコード盤は、ナッキン・コール、ビートルズ、レイ・チャールズ、 プレスリー、高校時代に集めていた世界の民謡シリーズと、国内ものでは ダークダックス・シリーズなどがあり、コーヒーを飲みながら、寮仲間と 日々、人生を語りあったり、夜を徹して酒を飲む日々。 その中でも、取分け、ビートルズは1960,70年代の特別の存在。圧倒的人気 にもかかわらず、成長・発展・変質を続け、現在でも、その人気を保ち続けた 不思議なグループ。 そして、何よりもビートルズがこの世に存在し、彼らの 音楽を聴ける幸せを噛み締めることができる映画である。 …そういうこと! 毎日、毎週のように、別世界にトリップしている日々… 「明日は少ない!」という感覚が強まっているためか? これで良いのか? この程度で満足する小さな枠が言わせているのは自覚しているが… 面白い!
ーーーーーー 6480,閑話小題 〜下ネタじゃない、〜ホワイト・ジョークを −2 2018年12月10日(月) ホワイトジョークなる言葉を思いついたが、ジョークは、心の底の暗闇を 笑い飛ばすものとするとグレー・ジョークになるがインパクトが薄れる。 人生には笑い飛ばすしかないことだらけ。とはいえ、後味の悪さが残る下ネタ では、品性?が下がる。 理想的なのが、仄仄したもの。 HP内検索で 「お笑いファンタジー」と入れると… けっこう面白いのがあった。 それは、次回にするが、まずはグレー・レベルのジョーク、小噺がある。 ―― * 親子 子「産んでくれなんて頼んでないぞ!」 父「頼まれていたら断っていたさ!」 ―― * 地雷 クウェートにおける男女の役割について記事を書いた、熱心なフェミニスト の記者がいた。 それは湾岸戦争の何年か前のことだったが、当時のクウェート では、妻は夫の3mほど 後ろを歩くのが当たり前だった。 その記者が最近 クウェートに戻って来て気がついたことは、今度は夫が妻の何mか後ろを歩いて いることだった。驚きのあまり感動さえしてしまった記者が、理由を説明して もらおうと 一人の女性の方へ近づいていった。 「何年か前は妻は夫の後ろを歩いていたのに、今は夫が妻の後ろを歩いてますね。 本当に驚きました。一体どうして役割が逆転したのですか?」 クウェートの女性が答えた、「地雷よ!」 ―― * 夫婦 ある二人の夫婦がいた。 しかしその夫婦の仲は最悪で、いつも喧嘩ばかりしていた。 ある日、豚小屋を見た妻がこういった。 「あなたの親はあの豚達なのでしょうね」 すると夫はこう言った。 「ああ、そうさ。」「義理のな」 ―― * 宗教 ある熱心なユダヤ教徒が神に祈った。 「神様、うちの息子がキリスト教に改宗してしまいました。 どうしたらいいでしょう?」 神様、答えていわく。 「うちの息子もじゃ」 ―― * M 母親が息子の部屋を掃除していると,ベッドの下から多量のSM本が出てきた。 めくってみると,息子はどうもMらしい。 ひどく動揺してしまった母親は, 父親が帰ってくると,その本を見せて相談することにした。 「いったい,どうしたらいいのかしら?」 父親が答えた。 「やつを叩いても無駄な事だけは確かだな」 ―― * 知らせ ある男の親友が言った。 「君には悪い知らせと良い知らせがある。」 「一つは君の妻が死んでしまったんだ…」 そして男は言った…「そうか…で、悪い知らせは?」 * 幸運 記者「墜落した飛行機に乗遅れて危機一髪、死神の手から逃れられたのですね?」 男「そうです」 記者「まったく幸運ですな」 男「ええ。でも幸運はそればかりじゃありません」 記者「ほう?ほかに何か……」 男「家内は間に合ったんです」 ―― * 拒食症 酷く拒食症の犬を飼っている男は悩みを友人に相談した。すると相談を うけた友人は「それならあの不細工なステイシーに預けてごらん、 1週間もすれば拒食症は直るよ」 男は言われたとおりステイシーに預け、 1週間後に引き取った。 拒食症が治ったことを友人に報告すると 友人は「でもバターしか食べないだろ、あの犬!」
―― ▼ 即興で思いついた小噺 * 結婚して数年経った夫婦の会話 < 妻:アンタに騙された! 夫:どっちが? ったく! 妻:私がウソつきなことは知っていたでしょ! 夫:そのウソつきの上に、超エゴイストが、ここまでとはな! 妻:アナタには敵わいわよ。何言ってるのよ。好き放題じゃない。 夫:オレはアッシーで、「都合が良さそう」が結婚理由かよ? 妻:あったり前でしょ。女って、そんなって知っていたでしょう。 アンタは、黙って従っていればいいだけ。何を今さら! 今さら離婚じゃ、女の方が絶対不利ぐらいのことは、熟知しているわよ! 騙す騙されたとかいう問題じゃないでしょ。男が外で稼いで、家では 妻に尽くすのが一般道理でしょう… もっと、有難いと思いなさいよ! このグウタラ亭主。 夫:騙されたという言い方が気にいらないんだよ。自分を特別の存在と思い 込んで。何が特別なんだよ。愛嬌が良いだじゃないか。 妻:その愛嬌が問題なのよ。少しは愛嬌を良くしなさいよ。男も愛嬌よ。> ― こうなると一般夫婦の日常の描写? 多かれ少なかれ、一歩立入れば大同小異? で、タガメに抱きつかれ、エネルギー全てを吸い取られ生涯を終えることに… これこそシリアスな小噺ですか… この程度はファンタジー・ジョーク? 仰ぎ見える4組の家付き娘の姉夫婦も、気の毒なのが夫と思うのは… 夫婦円満には、「忍耐、愛情、理解」というが、それは互いの条件次第。 ひたすら独り自嘲するしかない男たち。それ故にジョークで笑い飛ばすか、 カラオケで歌の世界で癒すしかない? 男も女も哀しいものです。 で、これまた丁度良い、脈絡で以下に続く。 もちろん、偶然です。 ・・・・・・ 6115,『今日のつぶやき』−3 〜読書日記 2017年12月10日(日) 『今日のつぶやき』リリー・フランキー (著), * つぶやきは、リアリティが満ちて 早朝の新鮮な空気のなか、こんなのを打込んでいると、哀しく、可笑しな 自虐的な笑いが込み上げてくる。下手なジョークより面白い上に、同化して いる自分が一時的にも解放されるような複雑な心境を醸し出す。 ― ・ カッコをつけて外人に英語で話しかけたら、「え?なんスか?」と 日本語で返された。 (シケメン 26歳) ・ やっぱビールとセックスは生だよね。(19歳・女) 答え: 危ないよ。その歳で! 生は、ハムと刺身にしていたら! ・ 会社の電話応対で、「はい」を言おうとして、「へい」と言ってしまった。 (限界がきたのかな 女) ・ ファンと会うたびファンが減る。 (漫画家 35歳男) 答え:わかるわかる! 自分の漫画のコスプレでもして会ったら。 ・ どうすれば一人の男で満足できるか教えてもらいたい。(女学生) 答え:数うちゃ当たる! ・ 自分の彼女が、知らない男から呼び捨てで呼ばれていた。(無欲の男・20歳) ・ 彼氏が医療用の太い浣腸を入手してきた。なんだか、もう逃げられない予感。 (34歳・女医) ・ タラレバを珍味と思っていた。 (33歳・男) ・ 今までにエッチしている最中に「ママ」って言ってきた男が三人。 (ママじゃない普通のOL・27歳) 答え: マ〜マ〜 ・ ネガティブでもいいや!というポジィテブ・シンキング。毎晩。(男・29歳) 答え:<ポジィテブでもいいや!というネガティブ・シンキング。毎晩。> ・ とにかくやりたい。この際、デブでも、ハゲでも誰でもいい。 (欲求不満女・29歳) ・ 正常位からバックに移る瞬間。「ウィーン、ガチャン」と言ってしまった。 (男・40歳) ・ 昔は器用貧乏。今はただの貧乏。 (31歳の、ただの貧乏女) ・ どんなデブでもハゲでもワキガでも、外科医の85%には愛人がいる。(女…) 答え: ところで産婦人科医なら、どうなの? ― ▼ そういえば、小池都知事が、ニュースキャスターをしていた時に、 <「火が出た」というところで、「屁が出た」と言ってしまった!> との失敗談が印象的だった。それらの殆どが実体験?なればこそ面白い。 生々しいところでは、 <コンビニから出てくると、自転車の両ハンドルに、コンドームが装着…。 (29歳・男)> <アルバイトでレジをしていたら、客が渡した小銭に、陰毛が混ざっていた。 (女アルバイト 年齢不詳)> などは、リアリティあり過ぎなればこそ笑える。 今日はこの辺で… 次回は私の「生つぶやき」! お後が、宜しいようで。
一緒になって見ていたが、あまりに面白いので隣の男に声をかける。
その男曰く「いや1週間前はもっと面白かった! 馬鹿な素っ裸の男が鶏を追いかけて鶏姦をしていた。」
−−−− -------- [ 一発の銃弾 ] ☆☆
スミスさんは狩猟用の双眼鏡を買うため、ライフル持参で店に入りました。 「お客さん、この双眼鏡はいかがです。どんなに遠くでもはっきり見えます。 ほら、あの丘の上に僕の家があるんですが、ここからでもはっきり見えますよ」
「どれ」
双眼鏡を目に当ててのぞきこむと、スミスさんは突然ゲラゲラ笑い出しました。 「お客さん?どうしました?」 「あはははは。きみの家で、裸の男と女が走り回ってる」 「な、なんだって!」 店員はぶるぶる震える手で双眼鏡をのぞきこみ、やがて意を決したように銃弾を2個 取り出しました。
「…お客さん。そのライフルであいつらを撃ってください。1発は妻の頭、もう1発 は男のナニをふっとばしてください。お礼はします」
「そう?じゃあもう一度双眼鏡を」 スミスさんは双眼鏡をのぞき、やがて言いました。
「あのさ。今なら銃弾は1個だけでできそうだよ」
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2019年12月09日(月)
『「秘伝「書く」技術 /夢枕 獏(著) 』 * 最後は‘精神的、物理的な自由への天使の羽ばたき’!
‘あとがき’に、文章作法でいちばん大事なのは、 〈自由!〉 〈虚仮の一念〉 〈森羅万象を面白がる力!〉 が、『秘異郷ツアー』と、 この書き続けてきた感覚と同じ響きである。
毎日、欠かさず書き続けて18年半、‘雑記帳’のネット上公開に。 上記の3つの著者の信念、自由、虚仮の一念、森羅万象を面白がる力を、 並びたてて文章化をすると、 《 毎日欠かさず’を書き続けて18年半、〈虚仮の一念〉で書続け7千近い テーマ’に。 一万テーマまで、あと9年。82歳だが… それは無理? 書上げた瞬間の開放された〈自由〉な心境の味わいがあればこそ続いてきた。 それを続けているうちに〈森羅万象を面白がる力!〉が自然と培われてきた ようだ。 さらに蓄積が有効的に働く実感があればこそ… 私だけにしか経験 できない事象を記録に残しておかないと、虚無の彼方に消え去ってしまう。 それは書き残してない熱風の日々を省みると解る事。 「自分が納得する文章を書上げる」には、まず魂を入れるしかない。 魂とは時間をかけた経験とエネルギー。 決心したからには…〈虚仮の一念〉 の「とにかく書き続ける」しかない。 著者は、ここで、<考えに考えたとき の僕の感覚を言葉にすれば、「脳が鼻から垂れるまで」考える。 …こうやって、考え抜くことで「神を生む力」が得られるんです。> … ≫ ―― ▼ この程度の稚拙な文章でも、何度も推敲をいれてある。それでも後日、 いや後年に読み返す度に、その粗が見えてくる。2〜3月に一度は、前日に 書上げた文章を、気づかず再び1〜2時間もかけて推敲して、アップする段に なって、そのことに気づく。それだけ稚拙の内容である…。それでも、毎日、 過去の同月・同日の文章に間違い文字、言い回しのいい加減さに気づく。 ‘メモの公開だから良いか’と思いたいが、そこに冷ややかな視線がある。 「だったら、毎日、私と同じことをしてみたら…云々」は、罷り通らない。 金が取れるプロ筋の文章は、凄味が違う。そのベースが違うから当然である。 私の、もう一つのライフワークの「秘異郷ツアー」が、著者の書く信念 〈自由!〉〈虚仮の一念〉〈森羅万象を面白がる力!〉と同じ感がする。 大自然との邂逅で精神の自由を感じる時間を持たないと! 大自然が教えてくれることは、『愛すればこそ、愛される!』こと。 懐の奥にわけいってこそ、その愛の温もりが伝わってくるもの。 凡人には、絶対量のエネルギーが掛かるが、それこそが良いのである。 妄想でも、フリでも、まずは自由を求めないと。カール・ブッセの; 【 山のあなたの 空遠く; 「幸」住むと 人のいふ; 噫われひとと 尋めゆきて; 涙さしぐみ かへりきぬ…】がある。 その「幸」は、心の自由でないか。それなら、別に山の彼方でなく、 心の内にある。それと身近に森羅万象が控えてある。天使の肩にある 羽根は、自由への羽ばたきのためにある。それは意志であり、言葉にある。 つまるところ…‘精神的、物理的、大自然への‘自由の天使の羽ばたき’!
・・・・・・ 6114,『今日のつぶやき』−2 〜読書日記 2017年12月09日(土) 『今日のつぶやき』リリー・フランキー (著), お笑いのような、お笑いでないような。そこには悲哀と、自虐が滲み出てる。 本人にとって、曝け出し、独り笑うしかないない失敗。とすると、ここで度々、 心の安定のために自虐的、偽悪的内容になるのは、自己治癒のため。 その典型的な「つぶやき」の一つを! <そういえば、居酒屋の親仁が、知ってか知らずか、奥の調理場で呟いている のが、そのまま聞こえていた。ところが、一人だけの客の私に「あの客、苦手 なんだよな〜」だと。> その店も、道路拡張の恩恵を受けて、何処かに移転?していった。 ― ・ 合コンのときに思う。 笑わせているんじゃない、笑われているんだ、と… (ピエロ君のつぶやき・20歳・大学生) ・ 後ろからナンパされて振り向いたら「すいません」と謝られた。 (女医のつぶやき・31歳) ・ 「アーナルほど!」 (著名人のつぶやき・49歳のイラストレーター) ・ 勝負下着の出番がない。 (女のつぶやき・ 25歳) ・ そりゃ女だって溜まる (女のつぶやき・ 20歳) ・ ホームセンターのアルバイトをしていたら、見ていた子供から、 「子供の頃の夢は何だったの?」と聴かれた。(女のつぶやき・20歳) ・ この歳で尿漏れ。 (女のつぶやき・17歳) ・ 彼氏から「このセックスマシーンが!」と言われた。 (一年前まで処女・23歳) ・ 高校生から席を譲ってもらった。 41歳。 (男のつぶやき) ・ 僕だけがデートのつもりでした。 (男のつぶやき・26歳) ・ 野グソのときだけ山盛りに出る。 ( ) ・ ノイローゼ気味の叔父から「鬼どもが人魂狩りの血祭りだ」という 手紙が来た。全部赤字で。 (男のつぶやき・23歳) ・ 温めますか?「はい」。今日、声を出したの、これだけだ…。 (一人暮らし8年目・23歳) ・ 兄が寝言で大笑い。楽しそう… 。(女のつぶやき・ 23歳) ・ 26歳の彼氏と7回やったら 2人で熱を出した。この歳で何をやってだか。 (女のつぶやき・ 31歳) ・ 「あなたよりセックスが上手なの」 これほど納得できるフラレ文句は 今までない。 (男のつぶやき・32歳) ・ 下ネタ、聞くのも、話すのも苦手。断然実際するのが好き( ) ・ 同じ人と二回以上セックスしたことがない。(女のつぶやき・24歳) ・ ブスだけど、性格の良い人を見たことがない。(男のつぶやき・37歳) ・ 2回のベランダに蛙がいた。どうやって来たの? ( ) ・ 知り合いのガキに「いくつ?」って聞いたら「10万3歳であ〜る」って 言われた。 (吾輩は10万29歳の女) ― ▼ 「つぶやき」「ぼやき」で検索すると… 【「つぶやき」=小さな声で独り言の ように言う。 内容には関係がない。 「ぼやき」=自分の意に適わないことに不平不満を言う。声の大小に関係がない。 つぶやきはほかの人に聞こえなくてもよい発声 による不平不満の表現、 ぼやきは近くにいる人に聞こえるような発声による不平不満の 表現。】 これからして、二つの意味合いは、非常に似ている。聞いて欲しいため、 投稿する野だから、殆どが「ぼやき」とも言える? しかし、ホノボノした のが「つぶやき」には多い。やはり面白いのが「自虐・下ネタ」。そのまんま 赤裸々になる。<ブスだけど、性格の良い人を見たことがない>は、現実。 <すぐに「やらせろ」って言う男いないかな…。過程が面倒くさいんだよな、 過程が。 ―発情中の女・24歳> など、何をか言わんで、気にいった。 男は、金さえ出せば… だが、女性は? 女の職場空間では、断じて言えない。 即座に、「いいわよ、直ぐに、その気になるの私…」と。しかし、それが女史間 に、ふれまわり、息を凝らて事の成り行きを見られる最中で何も出来ようない。 そこで終われば良いが、上記の「つぶやき」のような人が次々と… 色気で、 からかいに! シリアスに、猿のごとく、本能的視線で、相手を見抜く。 それが女の職場。なればこそ、「つぶやき」は、女性の方が遥かに面白く、 下ネタの底が深い。馬鹿の方が多いのは今さら。されど女性は少々馬鹿が良い…。 振り返れば、そこは大河の濁流。何故か私は、笑っていた。いや笑われていた。 そこは笑い返すしかない、笑いだった?それも今では同じこと? <アルバイトをしていたら、見ていた子供から「子供の頃の夢は何だったの?」 と聴かれた。(女・20歳)> シリアスで、情けなさが直に伝わる。でもね、 「そういう経験こそ、料理の塩加減になるところが人生」の内なる声も聞こえる。
・・・・・・ 5747,なぜ本を読むといいか? 〜8 :マタイ効果 2016年12月09日(金) <本を読む人だけが手にするもの>藤原和博著 * マタイ効果 〜アジャ・パー 今さらだが、現実社会の実態は弱肉強食の冷酷な世界。住宅地も、歴然と 高級住宅地と下町が分かれている。都会だけでなく、地方も然り。世の中は、 不自由・不平等・憎しみで満ちているため、逆に、<自由・平等・博愛>が 叫ばれる。それも家柄、富で何世代も引継がれ、富める者には富が集まり、 貧者は互いの足の引張りあいで貧しくなる。これが一度、貧者に陥ると、 元に戻るのは難しい。 だから万一の備えが重要。人生が、それを教える。 〜「マタイ効果」をネット検索をすると、以下のとおり〜 ≪ マタイ効果とは、富める者はますます富み、奪われる者はますます 奪われるという現象です。例えば、面白い情報がたくさんあるところには、 利用者がたくさん集まり、人が集まればその人達に知って欲しい情報が更に 集まってきます。逆に情報が少ないと、人は集まらず、人が集まらないから 情報が更に集まらず、寂れてしまいます。雪だるま式の効果を良い方向へ 回転させることを考えるべきです。仕事のできる人に仕事が集まってくる 現象で、経験が増えるからますます仕事ができるようになり、良循環になる。 だから「仕事は買ってでもせよ」と言われるわけです。それを仕事の中で経験 することが一番人生経験に役立ちます。幸福な人はいつもニコニコしています。 その結果、善人にみえるので人から好かれ、他の多くの仲間が合体して、より いっそうの地位を固めていきます。厄介なのは、一歩進み始めたマルビとの コースは、なかなか変更ができないことです。こうして階層の分化が進行して いきます。この言葉は人々の間での階層分化とその拡大再生産のメカニズムを 述べています。 ≫ ―― ▼ 『貧すれば鈍する』で、経済的余裕、お金が無いと心まで鈍くなる。 そこで踏んばって『窮すれば通ず』、極限の立場になると知恵が湧出て活路 が開けることがある。『火事場の馬鹿力』『窮鼠猫を噛む』が、これに近い。 科学技術の進化が、ネット社会と情報端末を飛躍的に及ぼし、マタイ効果を 拡張、加速させる。2045年が、人工知能の進化の特異点になって、世界が 一変する可能性があるという。極々、少数の天才が、世界を支配する日である。 最近、シネマで、その類の物語を見たが。 マタイ効果が現れ出ている現実は、 何ともいえない味がする。 味はパッ いや、 アジャ・パー ですか。 世間とは、アジャ・パーというと、味わい深くなる。 ったく!
・・・・・・ 5017,幸福優位7つの法則 −7 2014年12月09日(火) 【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】ショーン・エイカー著 * 法則6: 20秒ルール 森(現役)から、サバンナ(御隠居)の生活に移動するについて、まず考えた ことは、ウツ対策。そこで、毎日の習慣を、更に厳格にする実行することにした。 < 4時起床。この文章の修正と完成、アップの後、一時間のミニサイクリング。 9時から11時半まで、読書と、ブログの下書き。 午後からは、スポーツジム、ポタリング、図書館、テレビなど自由時間にあて。 17時から20時までは、居間で食事やテレビなど。そして20時過ぎに就寝。> 20分ほどの誤差は出るが、ほぼ毎日この日程である。我ながら真面目だが、 習慣(日程)は第二の天性と信じ、このパターンを続けている。この20秒 ルールを、早速、取り入れたが、早朝など、寒さで布団から出れない時、 ピッチャーから投球を受け、制限時間20秒以内の投球動作のイメージを持つと、 何故か不思議に行動に移れる。コツはキャッチャーが球を渡すタイミング。 ー要点を纏めるとー ≪ 私たちは「単なる習慣の塊」。そして、習慣は「初期設定」を変更しないと 変えられない。そして初期設定は、一番楽なこと、に集約されていく。 著者はギターが趣味だが、忙しくて弾く機会がなかった。そこで一念発起、 「毎日30分ギターを弾く」誓いを立てた。 習慣が身につくには21日かかる 研究結果から、21日分のカレンダーに✓マークをつけることを想像していたが、 その計画は4日で頓挫。そこで、著者が学んだのは、[一番の問題は、「ギターが ギターケースに入れられ、リビングのソファーから歩いて20秒かかるクローゼット にしまってあること」] そこで著者はギタースタンドを購入、ソファーの座る 位置から手が届くよう配置したところ、21日後に著者は、✓マークが21並んだ カレンダーと、ちょっと上達したギターのテクニックがついたという。 この二つの事例の違いは、クローゼットまでギターを取りに行く、20秒しか かからない行動の「面倒くささ」が習慣化を拒んでいた、ということ。 重要なのは、「望ましい行動」を「最も抵抗の少ない道にする」ということ。 著者は正反対の実験へと自らを進める。彼は帰宅後にだらだらテレビを観て しまう習慣を何とかしたいと思いつつ、やめることができずに、オフィスから 自宅に戻ると、リビングのテーブル上にあるリモコンでまずテレビのスイッチ を入れてしまうのだ。そこで、テレビのリモコンから電池を抜き、リビング から20秒かかる部屋の引き出しにしまい、代わりに積ん読の本を自分が座る 位置に置いた。もちろんギターも手に届く場所にある。当初は、帰宅すると、 電池が抜いたことを忘れてリモコン操作してガッカリしたが、そこで引き出し まで電池を取りに行ったか? 面倒だから行かないのである。立ち上がって テレビまで行って操作するのも面倒だと。その代わりに、すぐそばにある本を 手に取ってパラパラめくったり、手許にあるギターを弾いて時間を過ごすよう になった。著者は、テレビ番組に対する興味が薄れている自分に気づいた。 そしてその代わりに読書とギター練習という、より「望ましい」習慣を 身に付けた自分を発見した。≫ ▼ 老齢化には、これは有効に働く。とにかく、億劫になってしまうが、 ピッチャーの20秒以内の投球制限のイメージを持って次の動作に移る 習慣化は、有効になっている。これは実際に回数を重ねるしかない。で、 「大リーグで、来年から更に厳格に実行される」とニュースで報じていた。 ・・・・・・ 4650, 老後の生活破綻、そして死 ー3 2013年12月09日(月) 「老後の生活破綻 - 身近に潜むリスクと解決策」西垣千春(著) * 健康面から見る、高齢社会の現実 ー健康面から、高齢社会の現実を要約するー 《日本人の要介護期間は平均約七年と、2008年にWHOより報告されているが、 軽いものを含めると十年前後。介護を要するきっかけは、脳血管疾患が最も 多いものの、認知症や老衰、関節疾患、骨折・転倒とばらつきがある。認知症、 老衰、関節疾患の多くは緩やかに進行するが、脳血管疾患や骨折は突然起きる ことが多く、生活の急変をともなう。65歳以上の死因別死亡率は、約半数が 心疾患、ガン、脳血管疾患の三大病で亡くなっている。後期高齢者は増加すると、 肺炎や、老衰で亡くなるものが増える。注目するのは、不慮による事故による 死亡が死因の6番目にあること。 交通事故、入浴中や、転倒によるもので、 予期せぬ人生の終末は、周囲のものにとっても後悔を残す。 60歳以上の自殺者は、全体の3割を占めている。 55〜65歳で三番目の死因が自殺。 高齢者の自殺原因で、健康問題が半分、経済問題4分の1が動機になっている。 まずは、ウツになり、それが自殺につながる。目先に迫ってくる死の影に慢性 の鬱症がつきまとう。 恩師、上司、同年代の友人、配偶者、時には子供の死 などが身の回りに次々に起きて、周りのつながりが、どんどん減る。さらに 体調が悪くなり慢性的に不調を抱え、収入も減り、医療費の支出が増えたりして 経済的に不安定になる。それらが増るのに対し、鬱憤を晴らすチャンスが減る。 それが自己否定になり、生きている意味を感じられなくなる。高齢者の自殺の 6割が健康問題。その中で、ひたすら峠を歩くことになる。・・・ 》 ▼ 峠からみる下界も時に美しく光り輝くこともあるが、人間の肉体は生もの。 時間とともに、腐っていくのが老いであり、病気である。それをカバーする には、運動と読書と趣味の深耕を続けること。その気力が衰えれば、思い出の 宮殿に入るしかない。欧米の公園で年寄りがボンヤリ座っている姿は、思い出の 宮殿の中にいる抜け殻の姿。50歳代で、数人の友人が亡くなったが、老いの 経験をしないで済んだプラス面もある。としても、長く生きたい。 特に、これから10年、厳しいが面白いはず。眺めは良いが、風は冷たく強い。 荷物を一度下ろして、思いきった整理の時! ・・・・・・ 4285, 閑話小題 ー痴呆老人?の罵声 2012年12月09日(日) * つれづれに ー痴呆老人?の罵声と娑婆 最近、近所で徘徊している?80歳過ぎの痴呆のような老人がいた。 一年前から2〜3回見かけるが、服装は普通だが何か変。一月以上前になるが、 駅に向かっていたところ、その老人が突然、7mほどの道路の反対側で並列 状態で歩いて大声で喚き出した。私を罵倒しているような、しかし何を言って いるか意味不明。見ると目をさける。100mほどすると、そこは土手で民家 が無くなる。恐ろしくなったのか、少し離れて更に大声で喚いていた。 汽車時間がギリギリだったので、通り過ごしたが、列車に乗ってから急に腹が 立ってきた。帰った後に警察に相談に行って「収容をしないのか?」というと 「無理」。それと「言っていること自体が本当かどうか?」と。実は痴呆でなく、 私の現状を近所で聞きかじった「寂しい老人性欝病者の鬱憤ばらい」か、 など考えてしまった。それにしては異常な怒りかた。上下の黒スーツに 白ワイシャツ、14時からして、「近所の孤独死をした老婆の49日法要の 帰りで酒が入った勢いか?」と仮説を立てると、怒りは増す。 「怨みの時代」の一現象だろうか、何だろう、これは。 私の事業整理は内情を 知らない人からすれば計画倒産そのもの。 私には外海の大津波(金融恐慌) が内海に向って押し寄せているのが実感できるので、この事業整理には割り 切りが出来ている。しかし倒産にしては、今でも自宅に住み続けているし、 大型車はそのまま。(20年乗った査定ゼロ車など知る由もない)毎日、何処 かに出かけ、それまでと変わらない生活。誤解され罵倒されても仕方ない状態。 その上、旅行バックを持っていれば・・ あれは軋轢のあった地元の人の罵声を 代表したと思えば、一つの具象として分かる現象。シラミの世界は、こんなもの、 真当に生きれば当然!と、納得するしかない。地元に住む限りは半年に一度は、 と割切っているが・・ ゾンビ?は無感覚で襲いかかってくる。 私が「死にぞこない!」と怒鳴り返せば大打撃だろうが、痴呆老人との言い争い レベルに下がる。でも、面白い? あの怒り、色いろな顔を思いかべ当てはめる とドレもコレもピッタリ。その数の多さに今さらの感がする。神様は丁度良い タイミングにボケ老人を遣わし、忠告したと感謝するしかない。 ここで、 アメリカ、中国、韓国、そして日本の選挙と政権交代が進行中。 変動期には 何かが起こる可能性が大きい。株式・国債相場の暴落か戦争を機会に世界経済は 恐慌に入る。ある朝、突然に始るが、それを境に想像を遥かに超えた日々になる。 特に経営者は厳しい。それより何気なく病院で検査を受けた結果が、 死の病の宣言!の方が、よほど恐いか。人生は喜劇、かつ悲劇。
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