|
堀井On-Line
| 6822,閑話小題 〜下越周辺、とりわけ新潟駅周辺は |
|
|
2019年11月18日(月)
* この数年、新潟周辺で… また新潟駅周辺で殺人事件が発生した。ここで4棟のビジネスホテルの経営を 30年してきたこともあってか興味がある。常時、危なそうな客が平均7〜8人が 宿泊しており、刑事が彼らの素性を把握し、尾行をしたりする。仮名を使えば 罪になるから犯罪者には肩身が狭い。フロント内には直近の指名手配書が貼られ、 そこは交番の様相。何も知らない流しのチンピラが、因縁をつけて脅しをかける のは無知なるがゆえ。小説『御宿かわせみ』の世界そのもの。得体の知れない、 その日暮らしの男女が出入りする。 自殺は多々あったが、火事と殺人事件は、 一度も無かったのが奇跡のよう。近くのピンサロに赤ちゃんを部屋に残して、 働きに出る若い女性。半崩のチンピラの紐の男。あきらかに素人娘に売春をさせ、 凌ぎを稼ぐ。年に一度、定期的にやってくる流しの売春婦。警察に怪しまれるの 熟知していて、初めから仕事を明かす。 2年に1度ぐらい、ジャスト7時の会社から電話は、自殺か、恐喝の報告。 宿泊業は、水商売そのもの。様々な社会の実態を目の当たりに見ることになる。 当事者として、ここで書けない内・外部の不審な現象が… とはいえ、これで 生業を成すものは、それは巧妙。 まあ…事業として20年が限界。 30年間は 10年も長く携わってしまった。 先日の事件は、私が事業をしていたホテルの 至近距離。若い男女の痴情の縺れ。殺したくなるような女も世の中に存在する。 痴情の沙汰には、正視できない問題が垣間見れる。 『何ゆえに、新潟周辺ばかり、危ない事件が起こるの?』と、家内に聞かれて 自然と出てきた言葉は、 『新幹線のドン詰まりで、東京から2時間。飛行場、港、高速道がある首都圏 の飛び地。何処にでも高跳びが出来るからさ!』と。海に近い河口は、飛込ん だら死体が消えてしまう? 闇の世界には魑魅朦朧の底知れない世界が… 〜つづく ・・・・・・ 6458,閑話小題 〜「ババくささは伝染(うつ)る」 2018年11月18日(日) *「先のない年代に大切なのは、偽装。これのみ」 内館牧子の朝日新聞のエッセイが面白い!「老いるほど、普段着と生活習慣 に気をつけろ!」と。 スポーツジムで様々な人を見るにつけ、そこには長年、 培ってきた生活習慣が滲み出ている。私の外出は、SJと、早朝の自転車散歩、 週一の映画館と、同級会位である。 一般的だが、一日、週一、月一、3月に一、 年一と、各スパンに分かれている行事。 その繰り返しで生延び、老いて、 「ジジくさ」「ババくさ」になっている。 70歳の峠を過ぎると、何ごとも 億劫になる。そこで気を緩めたら見事な老人の完成と相成る。そこで偽装で いいから、身なりと、生活習慣から気をつけるべしと、宣う。 =朝日新聞2018年11月10日掲載= ≪ 5年ほど前、80代中心の集まりにオブザーバーとして出た。 「くっきり二つに分かれていたんです。 自分に手をかけておしゃれにしている人たちと、身なりにかまわない人たち」。 見ていると、おしゃれな人たちは明るく元気で、リーダーシップがあり、気配り もすぐれていた。 「外見と中身は連動している」と感じた。 自分の同窓会で。さえない男たちに混じって、すてきな男性がいた。 友人に「あの人は何君だっけ」と聞いた。「ばかねえ、先生よ」と返された。 こうした体験から、品格ある老い方について考えた。おしゃれな高齢者の物語を 書きたいと思った。 そうして生まれたのが、主人公の忍(おし)ハナ。78歳。 銀座を歩いていてシニア向けの雑誌編集者に「写真を載せさせて頂きたい」と 頼まれるほどの女性だ。このハナさんの言葉が刺激的というか、過激というか。 ・「ババくささは伝染(うつ)る」 ・「先のない年代に大切なのは、偽装。これのみ」 ・「『ナチュラルが好き』という女どもは、何もしないことを『ナチュラル』 と言い、『あるがまま』と言っている」 ・「大事なのは他人の評価だ」 こうした言葉を連ねたのはなぜか。 「すぐ死ぬんだから楽が一番というのは分かる。中身が大事というのもその通り。 けれども、それだけではないのではないか。逆に、すぐ死ぬんだから好きにやる、 自分の装いを磨いて心を弾ませるという考え方があってもいい。 ハナを通じて、それを伝えたかった」 数年前、桜に見とれながら歩いていて段差があるところで転んだ。右足の指が 全部折れた。外に出なくなり、化粧もいいかげんに。誰かの手を借りるのが嫌で、 何をするのもおっくうになった。「ああ、これが老人になるということだな」と 思った。動けるようになって、自分に手をかける気力がよみがえり、ほっとした。 「終活」はしない。エンディングノートをつけるのも嫌だ。 「性に合わないから。相撲だ、プロレスだ、ボクシングだと心弾むことと接して、 残りの人生を生きたいんです」 ≫ ― ▼ さすが、物書き!老人の心得を、あっさり書上げている。著者の、骨折が、 私の7年半前の会社清算に同定して考えてみる。こういう危機管理は、て慣れた モノ… 要するに時節到来の「節目管理」になる。遊びとして、俯瞰した目線で 見おろしている自分と、見おろされている自分を、遊び感覚で楽しむゲーム。 そこに、やってくるのが… ヘドロの蚊。そこで、まず私レベルの二ランク上の スケジュールつくり。閑静の「閑」の門の中の「木」が生活習慣。「門」が下界 から吾身を守る唯我独尊。 一日一日を楽しみ、ストレスを貯めない。 デトックスといえば、嫌がらせに、その日の内に全身全霊で、あるイメージを 繰返す。独り傷口を舐めるより、これはスカッとするが、これも内なるゲーム。 ある意味、対象の魂の抹消になる。
・・・・・・ 3889, 積極的逸脱 ー2 2011年11月18日(金) 積極的逸脱は、その視点で捉えると多くの分野で見て取れる。 ベターに妥協せずベストを求めた結果の現象が逸脱になる。 天才と秀才の差は逸脱をしているかである。秀才は決して逸脱はしないで、 その世界の価値観の中で頭角する。野茂がメジャーに行き、その後にイチロウ、 松井秀喜が続いた。初めてのチャレンジは逸脱と捉えられがちになる。 彼らは天才、それとも秀才だろうか? 日本のレベルを超えているので、 日本では天才、アメリカでは秀才? いやイチロウはアメリカでも天才だろう。 そう考えると天才、秀才は比較の問題。とすると、自分で地元で、積極的逸脱 をしていたと思っていたのは、自己詭弁でしかなかったことになる。 単なるアウトサイダー、ハグレモノ。天才は、対象に没頭するあまり誤解の ベールに包まれ逸脱者として扱わた。ところで、酒や薬でトリップするのを 積極的逸脱というのか?というと、それは違う。前回、書いたが、40・50歳 代に多くの問題が重なり、そのストレス解消のため秘境旅行に数多く行ったが、 これは日常からの積極的逸脱であった。その総量のエネルギーと感動は、 その他の人生の総量と同じぐらいはあった。人生の積極的逸脱で見られるのは、 40歳半ばから50歳で一線を引退し、早々に自分の趣味の世界に入る人がいる。 江戸や明治時代には多く見られたが、現代では経済的事情があり、そんな優雅 がことは難しい。 いや、それより、早々に産業廃棄物扱いをされてしまう 恐怖感が壁になっている。 私も結果からして、10年前に会社を売却して、 第二の人生に入った方が得策だった?と考えたが、それは後講釈。 どちらにしても結局は同じ。事業に「たら、れば」はない。積極的逸脱もある なら消極的逸脱もあってよい。一般にいう落伍者である。落伍による失意の 果てに待っているのが自死。これも、あの世への積極的逸脱と考えられなくも ないが、好き好んで自死をする人は皆無に近いから、消極的逸脱の果てになる。 鎌倉時代中期の僧侶一遍は時宗の開祖。「捨聖(すてひじり)」 と尊称された。捨てて捨てて捨て去った人。 ・・・・・・ 4629, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか 2013年11月18日(月) 『夫婦格差社会 ー 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著) (その他) * 結婚相手に何を望むのか ー ∵ 「なぜ一夫一婦制なのか?」に、 第一に、子供を養育する義務があるのは、男女の関係を結んだ一組を明確に するためである。大昔は、生まれてくる子供の親が特定できないことが多々 あったため、養育に支障をきたした。一夫一婦制で子育てを義務化する ことができる。第二に、キリスト教などの倫理観から生まれた。 性の乱れを防ぐ目的もある。第三に、弱者保護の目的である。権力、資産、 容姿、体格、知能などを有する以上、弱者と強者が出てくる。強者が多くの 異性を抱え込んで、弱者が異性から排除される事態を防ぐための人類の知恵 としての制度という学説がある。 ∵「何故、男女が結婚をするのか?」に、「相補説」と「類似説」がある。 相補説は、互いに違った点をもち、補完できるような組み合わせの方が結婚 生活は、うまくいくと考える説。類似説は、素質の似た者同士の方がうまく いくという説。補完説でいえば、経済力がない人は、経済力のある人を、 精神的に弱い人は、心の強い人を、背の高い人は、低い人を求める、という ことになる。自分のない部分を相手に求める。 一方、類似説では、 背の高い人は、背の高い人を、低い人は、低い人を、美男は美女を求めるなど、 同じ素養、素質を共有する方が、相手の欠点を気にしないで済む。 人と好み、育ってきた環境で異なる。人それぞれの優先順位で変わる。 ∵ 「未婚者は相手に何を望んでいるか?」に、 第一に、男女とも相手の人柄で、具体的に会話が弾み、結婚生活をスムース に進む相手、 第二に、「家事能力」である。第三は、男女とも大きく異なるのが、職業と、 学歴。女性の9割は経済力、男性は4割でしかない。まだ男女の役割分担 の意識が高いが、学歴に関して、男女とも同類婚を望んでいる。 ∵ 「見合いか、恋愛か、どこで出会うか?」に、 大まかに分けると、職場と、友人・兄弟姉妹を通じてが、それぞれ30%。 学校が10%。サークル、街中、アルバイト、見合いが、5%と9割を越す。 見合いが低いが、結婚紹介所の出会いが、それを補完。 ▼ 世界のおお方が一夫一婦制のわけや、何故結婚をするのか、何を相手に 望んでいるのか、が解りやすい。殆どの人は、学歴、家柄、容姿のうち、 二つが揃っていれば良しとして結婚するしかない。誤解で結婚をし、理解し 合って、離婚するのが、今では3〜4組に一組。世の中、すべからく妄想で なりたっている。その最たるのが結婚の妄想。青年期を振返ると、女性の方が シビアで、見るところを見ていたようだ。それで人生、決まってしまうからだ。 ・・・・・・ 4264, しまった! ー12 2012年11月18日(日) ー しまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著) * 人生の財産 ーこの著書を総括するー 瞑想は、静かに独り座し、心を沈め、バイアスのかかった自分を見つめ、 かえりみること。ある人は、「飛行機のビジネスクラスで世界を移動する ことを仕事の核にしている」という。10時間以上の、まとまった時間、 ただひたすら、黙想する。その時、深い何かに触れるという。 前回の旅行でエコノミーの席だったが、耳栓をし、同じように、ただひたすら 黙想をしてみた。「一万メートル上空で、時速千キロ以上のスピードの空間の 半睡のような黙想体験は、言葉で表現し得ない悟りというか、マドロミに 包まれた夢のよう。 考えるでなし、何かの思いが浮かんでくれば思うまま、 半睡状態にいる。それが飽きることなく(トイレと食事以外)、その状態。 宇宙と一体になっているような、何かから解放されているような永遠な何かと 一体になっているような。疲れ果てたとき、決断したいとき、頭を整理したい とき、ただ、あの空間で、飲食のサービスを気ままに受け、自然体で黙想する には理想的空間である。高速の移動空間は、脳内活動を活発にすることは 新幹線内での読書で経験していた。学生時代の友人の娘が日航のスチュワーデス をしていて、小泉元首相が外国への飛行での機内専用サービスの担当になった時 の経験談を聞いたことがある。「10数時間、お茶を一口飲んだだけで、 ただ眠り続けていた」という。あれは疲れで寝ていたと同時に、黙想?も あったのだろう。 過去に機内で同じ状態でいた時間はあったが、ひたすら 10数時間を黙想状態にしたのは初めての経験だった。 時間とお金に余裕が あれば、充分価値のある時間になると、納得。この経験から、ひとつの習慣が 出来た。休日などで、ふと何もすることが無いとき、独り寝室で半睡をする。 大体30分〜1時間。ただ目を瞑り、休む。この春から始めたヨガで、 最後の5分、マントラを聞きながら大の字で弛緩する。これも機内と同じ状態。 好きなことに熱中している時も、これと似ている。この時間こそ、人生の財産 である。私には時間という財産だけは充分にあった。装置産業を選び、それゆえ に固定化されたマイナス面があったが、反面、自由になる時間が充分にあった。 これこそ財産。秘境ツアーに、読書に、パソコンに・・ 日本人には、何も しないと価値のない時間と思い込む妙な習性がある。定年をむかえ、それまでの 延長に生きている人が、あまりに多い。私も似たようなものだが、改めて、 じっくり時間の過ごし方を考えなければ! ・・・・・・ 4996,暴走する世間 −10 2014年11月18日(火) 「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著) * 公共性と「世間」とは、同じでない! 往復一時間の新幹線通勤を30年続けてきたが、そこは全国レベルの公共の場。 時どき、台風などで在来線が不通になると、一般客で満席になることがある。 そこが、公共性のある新幹線車内の「社会」と、通学、通勤の客の「世間」の ミスマッチのクロスになる。都会と田舎の違いは、両者がクロスしているか、 いないかの差。それは、ネット社会でも同じことがいえる。ーその辺りからー ≪「世間」は私たちを支配しているが、具体的にみえるモノではない。しかも 「世間」は、「広い世間」のウチに「狭い世間」が存在し、その「狭い世間」 のウチにもまた「より狭い世間」があるというように、一種の入れ子のような 複雑な構造をもっている。問題なのは、「世間」は「共通の時間意識」をもつ ために、「世間」のウチの人間にたいしては相互に「配慮」しあい「優しい関係」 をつくるが、「世間」のソトの人間は、人間だとは思わないという本質をもって いることだ。つまり「世間」は「世間」のウチにいる者を「身内」とよび大切に するが、ソトにいる者を「赤の他人」と排除する。公共性という概念が「世間」 に似ているのは、ある種の社会的強制力をもつからである。しかし「世間」が 公共性と異なるのは、「世間」がつねにウチとソトという区別をおこない、 「世間」の内部の原理がソトまで及ばないこと。さきほどの例でいえば、 「世間」のウチとみなされる町の駅はキレイに保たれるが、「世間」の目の とどかない「世間」のソトとみなされる富士山の頂上では、この「キレイにする」 「ゴミを捨てない」という倫理・道徳は通用しない。日本は「旅の恥はか捨て」 というとんでもない格言があるが、これこそ、自分の「世間」のソトでは、 「世間」がみていないので、タガがはずれて「なにをしてもいい」ということを 意味する。 居酒屋で盛り上がっている人間は「世間」をつくっているから、 他の人間は「赤の他人」であり、人間だと思ってない。「世間体」とか 「世間の目」という言葉は、その内部だけで通用するのであって、その外では まったく機能しないのである。花見でも同じで、世間はグループ内だけの話で、 他のグループには通用しない。最近若い女性が電車の中で他人の目を気に しないで化粧するのも、自分の「世間」を離れたところの行為。≫ ▼ ワールドカップで、日本人観客席が、帰り際に綺麗にゴミを持ち帰る 姿が話題になったが、これも「世間」の特質の現れである。その世間が、 神様かわりをしているとしたら、三年前の節目から突然、私の前に現れ出てきた 神様気分の、あの連中をコミック的に思えたのは当然至極。これは、実際に経験 してみないと味わえない経験でもある。世間様世界は、面白い動物で満ちている。 とすると私は、珍獣? ・・・・・・ 5361,うらやましい死に方 〜愛犬に見守られ 2015年11月18日(水) ーうらやましい死に方ー五木寛之[編] 20世紀末に、文芸春秋に投稿された、身近な「うらやましい死に方」が 幾つか編集されていた。死に方は様々あるが、この中には、素朴な何処 にでもある死だが、何か心をうつ味わい深い死が連なっている。 「死に方」は、その人生き方に左右されている。「うらやましい」は、 あくまで受けとめる者の主観でしかない。そう思うのも供養の一つである。 昨日、兄の連れあいの御父さんの葬儀に参列したが、故人は穏やかな 人生を絵にかいたような人で、白寿をむかえて、ひっそりと亡くなった。 うらやましい生き方で、うらやましい死に方だった。 御冥福を! * 愛犬に見守られ 吉田達也(広島県三原市85歳) ≪ 近所のアパートに30年住む、独居老人が昨年暮れ心臓発作で他界された。 老人は年金生活者で、数年前に連れ添った妻とも別れ、我が子も訪ねてこない 孤独な一人住まい。愛犬を連れての散歩が唯一の楽しみであった。 近所付き合いもなく、愛犬と寝食を共にする生活であった。 真夜中に急に苦しくなり、階下の管理人にすぐきてくれと電話する。 管理人が駆け付けると、苦しい苦しいと胸を押さえて寝返りする。 愛犬は部屋の中を泣きながらぐるぐる駆け回る。主人の死を予感したのか 泣き声は悲痛であった。管理人は直ぐ近くの医師に連絡する。医師と看護師が 駆け付ける。診察の結果心臓麻痺で手のうちようもなく、死亡が確認された。 その時の愛犬の泣き声がひときわ大きく、遺体に取り付いて離れようとしない。 周囲の人達は嘆き悲しむ愛犬の姿に、涙を拭うことができなかった。 主入を慕う愛犬の姿に、親子以上の関係を見ることができた。 老人と愛天とは十数年のつながりであったが、その後血のつながった我が子が 駆け付けると、涙ひとつ流すことなく、葬儀屋と相談し遺体を棺桶に型通り納める。 愛犬は棺桶から離れることなく、回りを泣きながら駆けまわる。 老人はいつも愛犬と一緒に寝る。愛犬を抱えた時の笑顔、微笑みは、安らぎの 境地を思い出していたのではないかと、管理人は回想する。 息子は犬が嫌いで、置いていくという。「ご主人様がこれほど可愛がっている 犬を置いていくとは何事か」と、犬は棺桶から離れようとしない。 「その犬はお父さんの形見だから連れて帰れ」と管理人は強く言う。 息子は周囲の意見に従い連れて帰ることになる。犬は嬉しそうに車に飛び乗る。 孤独な老入は愛犬によって、安楽な往生を与えられたのである。 我が家で家族に囲まれ、静かに息を引き取ることが、私の希望である。 とはいえ、一人暮らしの老人になったら、この老人のように、愛犬を友に 暮らすことも考えてみたくなった。孤独死だけは避けたいと思う。≫ ▼ 動画投稿で鮮明に記憶に残っているのがある。「殺された若いギャングの 傍で、可愛がっていた?野良犬が悲しげに佇んで、人を寄せ付けない姿」と、 「交通量の多い車道で、轢かれた仲間の犬を、必死に歩道に引いている犬の姿」。 犬は、死の何たるかを直感で分かるようだ。ところで、『孤独死』という言葉に 違和感がないか? 誰もが死ぬ時は、最たる孤独感が渦巻いているのでは?
|
|
|
|
2019年11月17日(日)
これまで、哲学の入門書を何冊か、ここでテーマにしてきた。 入門書といえば、ソクラテス、プラトン、アリストテレスから入る。 この3人の言葉は、何度も味わっても新鮮である。 特にソクラテスの 「無知の知」は心が洗われる。 若い哲学者のソクラテスの切口は、 その人により違っている。ところで、格言集を書いてなかったようだ… 〜そこで、『ソクラテス 格言』で検索すると〜
≪ できれば、人より賢くなりなさい。 でも、それを人に知らせてはいけません。
書物を読むということは、 他人が辛苦してなしとげたことを、 容易に自分に取り入れて自己改善する最良の方法である。
行動し経験しなさい。 人間の美徳はその行いによって おのずと増えていきます。
それぞれが抱える不幸を持ち寄って皆で平等に分けたら、どうなると 思いますか? ほぼまちがいなく全員が最初に持ってきた不幸の方がいい と言って、帰っていくことでしょう。
深く考えない人生は、生きるに値しない。
自身が無知であることに気づいた人間は、自身が無知であることに 気づかない人間よりも はるかに賢いのである。
心の底からの悪人など、この世に存在しません。
生きるために食べなさい。 食べるために生きるようになってはいけません。
良き友よりにまさる財産などありはしない。
富を持っているだけでは称賛には値しない。 その富をどう使うかが一番大事なのだ。
世界を動かしたいと願うなら、 まずは自分自身が動きなさい。
自分を売って、正義を買う者。 それが、指導者というものだ。
幼にしては、謙遜でありなさい。 弱にしては、温和でありなさい。 壮にしては、公正でありなさい。 老いては、慎重でありなさい。
あなたに対して褒め言葉しか言わない人間は信頼するに値しない。 間違いを指摘してくれる人こそ信頼に値する人物である。
―― ▼ <深く考えない人生は、生きるに値しない。> の言葉を、 さて<どう考えるか?> どのみち、微細な塵の存在なればこそ、 限界まで考え続けるべしか、<バカな考え、休むに似たり> と、 日々、安逸に、他人の顔色を窺い生きるか。
・・・・・・ 3888, 第二の人生は、「自由の刑罰?」 2011年11月17日(木) サルトルが「人間は自由の刑に処せられている」と述べた。 自由は人間の求めるところだが、突然の倒産や、会社に不満を持って辞め、 いざ自由の身になると何も出来ない自分に直面して戸惑うのが人間の常。 私も然。初めて会社勤めで、その過酷の仕事に疲れはて、再び大学に入り 直したが、もう社会的には傷物。その後、事業を始めるには、まだ能力不足で、 再度、金沢にある会社に入り直し鍛え直した時の苦しさは筆舌に出来ないほど。 何とか踏みとどまっていたが、逆に、その立場の視線で社会を見ると、多くが 見えてくると気づく。結果からみて、それは予定挫折への自己配転であった。 でも真の楽しみは、それなるが故に、魂の底から湧きあがってくるもの。 自由は厳しい!。「なるほどサルトルのいう自由は不自由!とは、このことか」 と骨の髄まで思い知った。結局は自分の思いは、想いでしかない。 その経験を人生の前半に何度か味わってきたため、今回の事態では、こんな ものかと冷静にいることが出来ている。それよりも65歳の現在、人生を振り 返ると、40年近く自分で事業を起こし、独立独歩であったことが、如何に 恵まれていたか。自由を自分のものにして、判断をし、その結果をプラスも マイナスも直接感受出来たことは、最大の人生の収穫。自由の不自由を克服し、 不自由の苦悶の褒美として、自由の使いこなしが出来たことほど、幸せなこと はない。サルトルは実存主義者だが、人間の本質は「投企=取捨選択しながら 未来に向けて自己を投げ入れ人生を切り開く」存在であるとし、実存が存在に 先立つとしている。しかし老年になると、その未来が少なく感じ、人生を切り 開く前に絶望が先立つから困ったもの。自由と平等と博愛の社会は理想だが、 こと個々人になると非常に難しい課題。「自由の刑罰」の獄死か、獄内で、 うち拉がれている人の山? それが世間という世界である。
・・・・・・ 5725,技術的特異点 〜�� 2016年11月17日(木) 『人工超知能が人類を超える』台場時生・著 * 生物的進化のゴールは「手、口、頭の獲得!」 ここで、<生物的進化のゴールは「手、口、頭の獲得!」>という。 現時点の具体的ゴールの一つが、スマートフォンと、ネットを如何に 使いこなすかにある。情報機器と、ネットシステムのとどまることのない 進化に日々に驚いているが、これが最近、加速を始めているようである。 〜その辺りを要約すると〜 《特異点問題を考える際に重要なことは、人工知能開発だけに的を絞って議論 するのではなく、人類や生物の進化といったより大きな観点から議論を行うこと。 例えば「人類700万年の進化史から見たときに、技術的特異点にはどのような 意味があるのか?」、「人類の生きる意味は何なのか?」、さらに 「私たちは人類の最終的な未来に何を求めるか?」といったような哲学的 かつ根源的な議論にまで立ち返る必要があります。 そこで、宇宙の始まりから現在に至るまでの進化の過程を振り返り、 その中で「生物進化におけるゴールとは何か?」について考える。 本書で、「手、口、頭」を獲得が生物進化における一つのゴールとみなす。 ・外界を操作できる「手」を獲得することで道具を操り、 ・多彩な音を出せる「口」を獲得することで言葉を話し、 ・高い「知能」を獲得することで文明社会を築けるようになった段階で、 生物学的な意味での進化はその役割を終えると考えます。 このゴールを迎えたといって生物的進化が止まってしまうわけではなく、 「生物的進化から次の進化へと移行するための切符を手にする」という意味で、 ここでゴールという。人類の祖先は、サルから新人(ホモ・サピエンス)へと 進化する過程で、これらの形質を獲得した。特に脳の容量が、猿人、原人、 旧人、新人となるにつれて徐々に肥大化していった。そして、最終的に、 その3つを揃えた人類が地球上で最初に文明のドアを叩くことが出来た。 ちなみに、3万年前まで生きていたネアンデルタール人が、新人のように高度 の言語を話せなかったという理由そのもので、絶滅してしまった。》 ―― ▼ この3つ能力が拡大した、止まることなく飛躍した人工超知能が、29年後の 特異点を過ぎると、その超能力は人知の知ることが出来なくなる。それゆえに、 「どのようにコントロールするか?」という哲学的問題になる。 この程度のレポートでも、私の能力からして、PCとネット環境がなければ、 15年間も書き続けることは不可能。公開で質の劣化を防ぎ、習慣化をすることで 何とか維持してきた。私にとって、外部脳化でもある。ところが、サーフィンを していると、最新機器を使った、頭とセンスの遥かに良いブログを見つける度に、 深く溜息をついている。まだ、それに気づいているだけマシと自らを慰めている。 私の現時点の生物的進化のゴールは、このブログの、「手、口、頭の獲得!」 ・・・・・・ 4995,河合隼雄 ー私が語り伝えたかったこと 〜�� 2014年11月17日(月) ー私が語り伝えたかったこと〜河合隼雄著ー * 「三年寝姫」ばなな が過ごした‘さなぎ’の時期 次の一節に考えさせられた。人生に無駄なし!である。 ≪ 先日、テレビの番組で、作家のよしもとばななさんと対談をしました。 ずいぶんと面白い話を聞かせてもらったのですが、その中で、「三年寝太郎」 ならぬ、「三年寝姫」という話がありました。「高校時代の三年間、私は寝て 通しました。教室の中でも、両手の上に頭をのせて寝てばかりでした」と、 よしもとさんが言われるのです。以前から私は、「思春期さなぎ説」を唱えて います。毛虫が蝶になる前にさなぎの時期が必要なように、人間も、子ども から大人になる前には、さなぎのように閉じこもり、内面的な変化を乗り 切っていくというもの。 この変化がさなぎの殻によって守られず外に向かって出ていくと、思春期の 破壊性を持った行動になるが、よしもとさんは、三年間、さなぎの時期を寝て 過ごしたわけです。そのことが、後の作家としての大きな成長に役だったことは 言うまでもないでしょう。それにしても、この間、よしもとさんが‘寝ること を許していた’高校の先生方も、大したものです。もしそうでなかったら、 よしもとさんはきっと不登校生になっていたでしょう。ちなみに、よしもとさん のお父さんは哲学者の吉本隆明さんですが、奥様ともども、ばななさんの意思 を尊重して、その三年間を黙って見守っていたそうです。間違ってもらっては 困るのですが、思春期の子どもは放っておけばよいと言いたいのではありません。 それは一番困ることです。その子の成長に関心は持っているけど、ある時期は 見守るだけにしておく、こういうことも大切だと言いたいのです。よしもとさん の御両親にしても、高校の先生方にしても、その点が大したものだ思ったのです。 そもそも、見守るということは、その子に対して何かをするよりもはるかに エネルギーがいることです。≫ ― ▼ ここには多くの示唆がある。私にとって受験のための高校生活は思い出した くもない時代。悪いことに鼻炎に悩まされ、机に向かうと頭が重くなるが、 山ほど記憶しなければならない教科がある。何とか卒業は出来たが、更に一年の 浪人生活を加えた『空白の4年間』。それもあって記憶から切り捨てていた。 もし希望校に入っていれば別だったのだろう・・ しかし実は、この期間を 「さなぎの時期」として見直すと、多の側面が思い当たる。 私にとって一番 面白く恵まれていた時節は、学生時代を加えた20,30歳代。 その中で特に20代。その背景には、この4年間があったという見方もできる。 読書習慣で培われたベースがあるわけでなし、何か夢中になったこともなし、 ただ、お受験の重圧の中、ただボ〜ッとしていた暗い日々! これが実は「思春期さなぎ説」の切り口で捉えると・・ 成るほど! この年齢で気づくことが、あまりに多い。振り返ると、「してしまった後悔より、 しなかった後悔」の方が、遥かに悔いが残っている。 しかし、「さなぎ」の 時節を改め肯定すると、新鮮な切口になる。そのまま一生ボ〜と過ごす人も いるが、どうだろう? それは、蝶か蛾によるのか。フランスでは、蝶と蛾は 同じというが・・ 以前、ここで取上げた『ぼんやりの時間』辰濃 和男(著)に、 「ぼんやり」と響き合う5つの「一文字」がある。 1、「闇」―蛍と星とダークマター 2、「独」―独りでいること 3、「閑」―逆茂木に囲まれて 4、「怠」―「1日4時間労働」の夢 5、「懶」―心の余白 ー彼女は、この世界に浸かっていたのである。
・・・・・・ 6457,映画観賞 〜『ボヘミアン・ラプソディ』 2018年11月17日(土) * 2〜3年に一度の感動でした! この年齢で、まさかロック会場に呑込まれてしまうとは、自分でも驚いて しまった。 ハリウッド映画で面白そうなのが見当たらず、邦画と思ったが、時に 普段、見ることのないロックバンドの世界を垣間見ることもありと判断をして見ること にしたが、何と、この異質の世界が面白い。最後の場面が、20世紀最大の伝説 のライブを特撮で再現していたが、この熱狂が感動もの。これが話題の4DXの シアターで放映されるというから、こっそりと行ってみたいと思うほど。 数万人が埋め尽くしたラグビー場の会場の客と一体化した歌の数々が圧巻。 ゲイと、麻薬、酒、ロック漬の異様な世界の薄気味悪さが、面白さを増していた。 最期はエイズで亡くなるが、遠くない死を前にした、渾身の歌が数万人の会場を 一つにする迫力があった。 〜映画サイトのブログより〜 ≪ 世界的人気ロックバンド「クイーン」のボーカルで、1991年に45歳の若さ でこの世を去ったフレディ・マーキュリーを描いた伝記ドラマ。クイーンの 現メンバーであるブライアン・メイとロジャー・テイラーが音楽総指揮を手がけ、 劇中の楽曲には主にフレディ自身の歌声を使用。「ボヘミアン・ラプソディ」 「ウィ・ウィル・ロック・ユー」といった名曲誕生の瞬間や、 20世紀最大のチャリティコンサート「ライブ・エイド」での圧巻のパフォーマンス といった音楽史に残る伝説の数々を再現するとともに、華やかな活躍の裏にあった 知られざる物語を描き出していく。「ナイト ミュージアム」のラミ・マレックが フレディを熱演し、フレディの恋人メアリー・オースティンを 「シング・ストリート 未来へのうた」のルーシー・ボーイントンが演じる。 監督は「X-MEN」シリーズのブライアン・シンガー。≫ ―感想―より 《 見るものの心に永遠に刻まれるであろう“特別な1本”が公開される。 世界中のだれもが知るスーパーバンド「クイーン」のボーカル、フレディ・ マーキュリーの半生を映画化した「ボヘミアン・ラブソディ」(11月9日公開)。 天性の歌声を持つ青年が、どのようにしてスターへと上り詰めて行ったのか。 栄光に隠された“苦悩”と“挫折”、その果てに到達した“救い”を限りなく エモーショナルに描いた本作に、名だたる映画のプロたちも号泣&絶賛の嵐!》 《 カラオケバーから漏れてくる外国人の大合唱。 人もまばらな早朝の空港、...イヤホンで聴きながら熱唱する外国人。 どのシーンでも人々を陶酔させているのはQueen の曲だった。 その様子を外から見ていた気持ちは、すっかり陶酔する側に変わってしまった。 孤独から生まれた全身全霊の歌の前には、理屈抜きの感動しかなかった。》 《 頂点に立つ人の孤独 子ども騙しのモンキービジネス…かつて音楽業界を、そう謳いあげた バンドマンがいました。そんな業界に、心惹かれしまうから、不思議です。 家族の映画だそうです。だから、ケンカもする。家出だってしちゃう。 ただ、本気で怒っても、許し合える。嫌いになっても、お互いを大切に思う。 ビジネスじゃない。DNA だけが家族じゃない。そんな映画。万引き家族とは、 随分違うけど。 さて問題です。業界のてっぺん極めた代償に、失うものは?。 多くの人が集まる程、少くなるものは何?とあるタレントさんが言ってます。 てっぺん極めたら、降りて来ないと。出来ないと、遭難だよ、とね。 戻るべき処、戻るべき家族を、一度は見失ったフレディ。劣等感と闘い 続けたフレディ。彼が冒頭で、パキ野郎呼ばわりされたのが、ショック。 そんな彼の闘いの証が、あのステージなんですね。 私のフレデイ像が、どんどん、パッと、豹変です。胸毛から声を出す、 風変わりなおじさんは、もういません。魂削って、自分の居場所を探し続けた、 求道者だったんですね。 》 ―― ▼ 館内の同年輩の人たちが多いのは、当時のロックファンだろうか。 ライブを再現した場面の後、エンディングの実写映像が流れていたが、 誰ひとり席を立つ人がいない。感動で席を立てなったのか?。 ところで、幾つか映画評を書いていたことを思いだして、分類コーナーの 『読書日記・映画鑑賞日記』のコーナーをみてビックリ。丹念に、90点以上 を評価した映画の評論を書いていた。 成るほど、数ウチャ当たるで、 ミニ感動をしていたことになる。TVでみたのは、ほぼ書かないから、結構、 刺激的日々を過ごしていることが分かる。シネマ館、自宅のTVの映画で、 感動・感激を数多くしていることになる。秘・異郷ツアーの旅先や、美術館、 博物館で数知れず感動体験の積み重ねから、『感動・感激力』が知らずと身 についていたようである。二年に一本として、この数年、年に50回平均は 通っているので、100分の1にあたる。是非、ご鑑賞を勧め! 評価:95点。
・・・・・・ 4628, 閑話小題 ー相棒 〜国民的刑事ものシリーズ 2013年11月17日(日) * 相棒 〜国民的刑事ものシリーズ 一昨年の春以来、見始めたTV番組のが「相棒」で、平日の16時前からの 一時間のスケジュールに込んでいる。10年以上続いた刑事ものドラマの再放送。 ー概要をウィキペディアでみるとー { 優秀なキャリアでありながら、ある事件の影響で出世コースから外れ、 警視庁内の窓際部署「特命係」に追いやられた警部・杉下右京(水谷豊)を 中心にした刑事ドラマ。いわゆるバディものであるが、相棒は3度変わっている。 1話ごとの基本的なプロットは、超人的推理力・洞察力を持つ右京が犯罪者を 理詰めで追い詰めていくというミステリ的なものだが、その一方、全体的な ストーリーとしては『踊る大捜査線』が打ち出した警察組織内部のいざこざを 描く警察ドラマ路線を更に推し進めたものであり、警察組織のみならず、 官僚・政治家の権謀術数を描いている。2000年6月にテレビ朝日系・土曜日で、 単発ドラマとして放送され、2002年10月より連続ドラマとしてシリーズ放送} ▼ 団塊世代以上のリタイアー組を対象としての時間帯の再放送。その対象の 一端に私も入ってしまった。 一年ほどして、家内に「これって、現代版の 水戸黄門でないか。トップ直通のルートを持った東大卒の歪んだ元エリートが、 最後は国家権力を振りかざし悪と対峙する勧善懲悪ものじゃないか」というと、 「今まで気づかなかったの?そんなのは、当初から言われていたこと」という。 12年も続いているので、過去分は、まだ2割も見てないが。 馬鹿馬鹿しいと 思いつつ、見ているが、内容は凝ったものが多い。刑事コロンボの逆の、 キザの東大卒の刑事が、相棒と様々な事件を解決する。その一つに、研なお子 が、明らかに美川憲一を思わせる役柄のタレントの犯人を演じたのが傑作。 再放送直後、家内が知人に、「あれ見た? 凄く面白かったわよ!」と、いう。 オバサマたちの多くが、見ているという。もう一つ、面白かったのは、岸恵子 がフランス帰りの「岸恵子」そのもののキャラを演じた犯人役のドラマも、 なかなかのもの。
|
|
|
|
2019年11月16日(土)
* 現在進行中のトラちゃんのパロディからみれば 驚いたのがドローン。 連射型の大砲から打ち出された大量のドローンが 集団で休暇中のトランブル大統領を襲撃する場面。それぞれが、シークレット の顔認識を持って、主人公を除いたシークレット全員を殺害していく場面。 ネタばらしになるが、副大統領が秘密の集団に襲わせたのだが… 何とも冷や冷やものだが、大胆の内容で、これが面白い。 しかし現在進行中の世界の混迷ってのは、この映画なんてものじゃない、 極右の白人第一主義者のホワイトハウス乗っ取り? ではないかという疑問。 評価:90点 ― 【解説】 【「エンド・オブ・ホワイトハウス」「エンド・オブ・キングダム」に続き、 ジェラルド・バトラーがアメリカ大統領専属シークレットサービスのマイク・ バニングを演じる人気アクションシリーズ第3弾。 世界を未曾有テロ事件から救ったシークレットサービスのマイク・バニング は英雄として名を馳せ、副大統領から大統領となったトランブルからの信頼も 絶大だった。しかし、歴戦の負傷によって肉体がむしばまれ、近頃は引退も 考えるようになっていた。 そんなある日、休暇中のトランブル大統領が大量のドローンによって襲撃 される事件が発生。マイクが容疑者としてFBIに拘束されてしまう。 隙をついて逃げ出したマイクは、何者かが仕組んだ陰謀を暴くため奔走するが… 主人公マイク役のバトラーのほか、トランブル大統領役もシリーズおなじみの モーガン・フリーマンが演じる。】
【 引退が頭をよぎるようになっていたある日、休暇中のトランブル大統領に 空から大量のドローン爆弾が襲いかかる。激しい攻撃で意識を失ったマイクが 目覚めると、大統領暗殺を企てた容疑者として拘束されていた。FBIの隙を 突いて逃げ出した彼は、陰謀の真実を明らかにすべく、最後のミッションに 身を投じる。 まずは新時代の兵器“ドローン爆弾”の奇襲からスタート。 バニングが命がけで大統領を護衛する姿、暗殺容疑をかけられて逮捕される様子 を映すだけでなく、真犯人探しの過程で描写される父(ニック・ノルティ)との 再会も活写。彼が息子のピンチを救うためにとったのは、予想だにしない行動― ―バニングが「俺まで殺す気か。爆弾じじいめ!」と思わず愚痴をこぼして しまうほどのハチャメチャぶりが切りとられている。】 ― ▼ で、夜半に目が覚めて考えると… < 現在のトランプ大統領の日々のパロディからみれば、大統領自らが主犯で、 敵国のロシアと組んだり、ウクライナ疑惑で「政敵バイデン前副大統領に関連 する捜査をウクライナ側に求めていたり、数知れないパロディ」からみれば、 まだ映画の方が可愛い?のでは。歴史に残る愚行をアメリカ白人社会が支持 している実態そのものが問われるが、これが白人第一主義の本音ということ。 多民族国家の複雑な様相がとして、この映画でも大統領が黒人で、黒幕の 副大統領が白人。これを暴く主人公が白人。FBIの担当捜査官が黒人と配慮 してある。 追文: 1〜2ヶ月に一度位、何故か不思議なことに、書いてある内容が 面白いのが揃っていることがある。それが、今日… これを書いた人ってのは、誰だろう! と思うこと屡々。 人は日々、変わっていく。書上げた次の瞬間には、全て忘れるからね。 それを誰かが読むのだから、不思議といえば不思議!
・・・・・・ 6456, 閑話小題 〜10年後に後悔する事とは? −2 2018年11月16日(金) 12年半前(2006年/05/23)に、このテーマで書いていた。 自虐的に書いた予測より、遥かに?客観的な世界情勢は悪くなっている。 ・翌年の2007年に、中越刈羽沖地震が発生 ・その翌2008年09/11に、リーマンショックが… ・2011年/03/11に、東北大地震 直後の/03/31には、新潟駅前のホテル事業を閉鎖 当時でも、2001年の9・11テロ、そして、アフガンへアメリカ攻撃、 2004年の中越地震がたて続きに続いていた。 9・11テロから売上が下降し、 2007年の柏崎・刈羽沖地震で加速し、リーマンショックで更に悪化していった。 信じられ事態の連続である。50歳代に人生のギアを切替え、遣り残しを潰して いたのが救いになった。 まさかのブラックスワン(想像を超えた事態)が 続くとは思っていなかった。そのため思いきった、(前倒し)事業清算の決断 が出来た。これを書いたのが還暦の時節。51歳から9年間で、30年分を生きた 節目の年である。人生に何ら後悔がないと… 独り万歳を叫んでいた。 ― 改めて読返すと面白い。先に記した3つの大激震の煽りでまさか、事業閉鎖に 追いやられるとは… 人が想定できるのは、この程度ということ? あるのは、 9年間かけて、30年分を生きた行蔵。ということは、途中で頓挫しても、80歳 までの計画というより、想定。 80歳の私の自己問答の想定! 《 おいおい、まさか80歳まで生きているとは。 60歳を過ぎて考えたことは、 75歳が死に頃と設定し、それを前提に生きること。しかし75歳になっても何ら、 その兆候が見えない。で、あれよあれよと、80歳。 同年代の半数近くが亡く なってしまった。長寿願望は全く無い。年寄りには、決して生き易い世の中で ないが、面白いのが、情報端末が限りなく進化して、年々、その恩恵を実感 できることが有難い。後悔といえば、5年間も想定より生きていること。 しかし、この5年間の面白かったこと。何が75歳で充分生きたと思い込んでいた 馬鹿さ加減に呆れるよ! バーチャルリアルティが、何ともまあ、世界を広く、 深く誘うのである。知れば知るほど、世界は味わい深くなる。今でも、毎日が、 感動と、感激の雨嵐のように吹き付ける。世間とかいうのから、我が身を守って いたから、この孤高の世界を守れた。だから、毎日が面白くて面白くて、仕方が ないのさ。だから、ここまで生きられたのさ。ざ・ま・あ・みろ、である。》 ―――― 2006/05/23 1876, 10年後に後悔する事とは? おはよ〜!(*^ワ^*)i あるHPを見ていたら、次の言葉に引きつけられた。 「10年後に後悔しそうなことをリストアップして、それを潰していく 生きかたをする」である。(七田チャイルドの七田真氏と本田某氏の対談) 私が十年前に考えたことは、 (。-`ω-)ンー 「50代の10年間で60歳以降の人生を全て押し込んで生きる」である。 20~30年間を50歳代の10年間で全て前倒しにする、と。 それがこの程度の変化でしかなかったのか? という自問自答は残るが。 現在になって振り返ると、先まわしをして良かったと思っている。 後悔しそうなことを潰していく生き方は消極的に思えるが、 「消極的な生き方(後回しーその大部分は中途半端)が一番後悔する」 とリストアップすれば、逆に積極的な生き方が出来る。 想定可能なマイナスをあらかじめ潰すのは、最善の行為と同じか、 それ以上である。後悔することは、その時は気がつかない行為と、判断ミス が最悪だったということになる。 それが想定可能かといえば、可能である。 ということは、その想定は最善の準備と同じぐらい大事なことになる。 ― (‐”‐;) ところで10年後に何を後悔するだろう? 一期一会と、何ごとも真摯に立ち向かえば後悔することはないはずだが。 10年前に事業で時代の先行きを、より悲観的に読んでいれば、より シビアな手が打てたはず。まあ甘さが見えてくる。 ー面白おかしく「10年後の最悪の後悔」をイメージをしてみた? ・酒を飲んで暴れて、家内に愛想をつかれて離婚。 現在は年金で、何処かの街の安アパートで冷酒を飲みながら懺悔の日々・・ それでも冷酒を飲んでいるのだから、懺悔にはならないか? -ω-`A) フ… ・死んで、この世にいない。誰も、もうこの男のことを憶えていない。 二人の子供も、あの父親のことだけは思い出したくもないと墓参りもない。 (しかし、自分がいないのだから後悔しようがないか!) ・脳梗塞で入院しているが、気が短く、毒舌が冴え、 同室の患者や看護婦から嫌われて自閉症気味。 ・考えていたより遥かに、日本という国家の疲弊が酷い状態。 10年前に海外に思い切って財産や生活の場を代えておけば よかったと、毎日の生活の追われる日々。 ありそうな10年後の姿である。より深く時代を読まなくては! 酒にも、病気にも注意しなくては! ――― 〜2016年6月29日・記〜 この2年後に、リーマンショックが起きて世界経済は大混乱をした。 その煽りを受けて、3年後に事業清算に至ったが、何とか、それまでの 生活の延長上にある。大病もなく、この随想日記を書き続けている。 〜2018年11月16日・記〜 この激変の中で、この年齢で、10年後の想定すること自体に無理がある。 しかし、その無理な物語を、振りかえ見ると、時分が想定する脳の甘さが 一部でも垣間見れるだけでもよい。「自分など、こんなもの!」と。
・・・・・・ 3887, 積極的逸脱 2011年11月16日(水) 異端をマイナスに捉えるのでなくポジティブにみる 「ポジティブ・デビアンス」という言葉がある。日本語にすると積極的逸脱。 世界を巡ってみると、それぞれの地域の閉鎖性が垣間見え、それが異端に見える。 当然、自分の住んでいる異端が合せ鏡で見えてくる。そういう私の方が地域社会 では異端になる。それもあり、地元の人の付き合いは一部の人と因縁ある学校の 同級生を除いて最小にしてきた。 これが私にとっての積極的逸脱。 職場が新潟、住居が長岡だったこともあり比較的上手くいったと思っていた。 しかし、私という存在は他者がいてこそ成り立っている。その他者が限られた 閉鎖社会としたら、その兼ね合いは難しい。「ポジティブ・デビアンス」は、 もともと社会問題の解決法に使われていたが、現在ではビジネスに使われて いるようになっている。後進国の農村で死亡率が高い中で、ある村が何かの きっかけで、手を洗い、動物性タンパク質を取る習慣があって、たまたま 近くに医者がいる部落があったとする。その地域からすれば、その習慣は 他の地域社会の常識から逸脱していることになる。しかし、それを知った 外部の人が、それを他の部落の人に広めることで、全体の死亡率が減って いったという事例がみられる。 コンピューターの世界に「暴走熱」がある。 一定期間継続して作動するコンピューターが、熱を出して不具合が生じる トラブルで、これはエンジニアの世界共通の常識であった。これをアメリカの 大手コンピューター・メーカーの一人のエンジニアが立ち上がり、世界中の ポジティブ・デビアンスを探し出し解決をし、会社への競争優位をもたらした。 大体の改革とは、そういうもの。従来のやり方を根底から変えることは、 どうしても摩擦が生じる。秘境ツアーそのものも、極的逸脱である。 在り来たりの観光地から、秘境・異郷に興味が向いたのは積極的逸脱のため。 そうしなくてはストレスが解消出来なかった。逸脱する対象が奥地になるほど、 比例して満足度が高くなっていた。 あと二週間しか生きられないとしたら、何をしますか?」という質問がある。 死に直面したら、当然、日常生活からの積極的逸脱が残された人生を生きる 術になる。ベターの時間より、ベストの時間を過ごす何かを求めるはず。 そこで、それを本気になって探すと、自分の生きている世界に、それが無限に 転がっていることに気づくことになる。第二の人生でのキーワードは、 積極的逸脱である。 緑の原野から、視界の広がったサバンナへの逸脱へ・・
・・・・・・ 5724,技術的特異点 〜�� 2016年11月16日(水) 『人工超知能が人類を超える』 台場時生・著 カーツワイルの技術的特異点について、さらに知りたいので、 ネット検索すると、以下のようにあった。 ≪・「特異点とはなにか。テクノロジーが急速に変化し、それにより甚大な 影響がもたらされ、人間の生活が後戻りできないほど変容してしまうような、 きたるべき未来のことだ。それは理想郷でも地獄でもないが、ビジネス・ モデルや、死を含めた人間のライフサイクルといった、人生の意味を考える うえでよりどころとしている概念が、このとき、すっかり変容してしまう。 特異点について学べば、過去の重大な出来事や、そこから派生する未来に ついての見方が変わる。特異点を正しく理解できれば、人生一般や、自分自身 の個別の人生の捉え方がおのずと変わるのだ。特異点を理解して、自分自身の 人生になにがもたらされるのかを考え抜いた人を、「特異点論者」と呼ぼう。」 ・「特異点〜人間の知能が、非生物的知能と融合して、何兆倍も拡大するとき〜 が これから数十年の間に到来する」 ・「2030年代初めのコンピューティングの状況は、特異点ではない。 まだ、われわれの知能を根底から拡大するまでには至らないからだ。 しかし、2040年代の中盤には、1000ドルで買えるコンピューティングは 10の26乗cpsに到達し、一年間に創出される知能(合計で約10の12乗ドル のコストで)は、今日の人間の全ての知能よりも約10億倍も強力になる。 ここまでくると、確かに抜本的な変化が起きる。 こうした理由から、 特異点― 人間の能力が根底から覆り変容するとき ―は、2045年に 到来するとわたしは考えている。 非生物的な知能が2040年代半ばには 明らかに優勢を占めるにしても、われわれの文明は、人間の文明であり 続けるだろう。生物を超越はするが、人間性を捨て去るわけではない。」≫ ―― ▼ 現在でも、その一端をみることが出来る。2045年といえば29年後とすると、 29年前の1987年から現在を予測できただろうか。現実はSF学者でも想定外。 ソ連連邦と東側の共産圏の崩壊。中国の実質資本主義化。中東の戦乱。 IS国というSF小説並みのテロ組識の発生と、地域支配と、主要都市への攻撃。 それらの背景の一つが情報革命。最新の情報機器が安価に一般大衆が手にする 時代の到来。これを遥かに超えたテクノロジーの進化が、想像を絶した世界に 変化させていく。それ以前に、世界が消滅?考えただけでも恐ろしいが面白い? あと10年、特異点に近づいた世界をみたくなってきた。
・・・・・・ 4262, しまった! ー10 2012年11月16日(金) ー しまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著) * どう思うかは、そのときまでわからない 今回、思ってもみなかった事態に陥ってみて大変ではあったが、一度、 受け入れると、諦きらめがつき、後悔とかは皆無。この一年八ヶ月の生活は、 この10年間の気苦労の生活より、少し近所の視線が気になる以外、はるかに 気楽な平穏な日々に自分でも驚いている。これまで何かにチャレンジをして 不安になると、その結果に対して「なるようになる、その時は、その時!」 という言葉が常に繰り返していた。 何事も、その場に立たないと分からない から面白いのだ。 ーその辺りよりー ≪ 大方の人は、自分が将来どう感じるかの予測は得意のはず。だが人生は、 遠くから眺めるのと近くとでは違ってみえるもの。人はとかくその瞬間が くるまで、自分がどう感じるかなどわからない。たとえば、自分が若いときは、 老いて、特別な延命治療を受けるかの質問に、殆どが「受ける」と答えない。 ガンの専門医で「受ける」と回答したのは6%、化学療法士でゼロ、健康の人 で10%だった。しかし、死にかけている人に同じ質問をすると、重病患者の 58%の人が、たとえ一週間しか命が延びなくても、治療を望むだろうと 答えている。・・ ≫と。 ▼「こと(実践)」に擦り寄って、体感しないと、実際のところ分からない。 一流のエキスパートには二つの共通点があるという。一つは、「幼少期から はじめている」ことと、二つ目は、「肉体面でも、頭脳面でも、生まれもった 能力は人が思うほど大した要因でなく、重要なのは練習量、特に10年間の 持続的な努力を要している点」。 研究者によると、バイオリニストの調査で、 同年代で、世界の最高レベルの人たちのグループは、20歳までに一万時間 の練習量を超えており、それほど成功してないレベルの人たちの平均は、 2500〜5000時間だった。当然ただ練習をすればよいのではなく、 練習の繰り返しの中で、パフォーマンスの記憶を改善する方向を目指すことが 必要。ところで秘境旅行は実際に当地に行き直接、その大自然に接し感動して こそ醍醐味が実感できる。どんな大自然に出会うか、そのときまでわからない。 それが良いのである。それは事業でも人生でも同じこと。未知への不安に 対しては、自分で乗り越えるしかない。私の友人の哲学(信念)は、 「迷ったら、とにかくやる!」見ていて面白い人生である。節目ごとに私の ところに相談にくるが、見事なぐらいに転進していく。どうなるのか、 現に実践してみないと分からないのを本人は知っている。本題から逸れたが、 ある程度を考えたら、後は出たとこ勝負である。
・・・・・・ 5359,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー�� 2015年11月16日(月) * 男の結婚詐欺師は天性のサービス業 ≪・シマジ:種族保存の本能で、動物のメスは自分の遺伝子を残すため、 より優秀なオスを選ぶだろ。オスはとにかくあちこちにタネをばら撒ければ いいから、そんなに選り好みしない。人間のメスも同じ。自分の容貌はさておき、 背が高くてイケメソで頭のいい、つまり子どもの生き残る確率が高くなるような 男のタネを手にしろと本能が囁く。それゆえ結婚詐欺男の吹く大ボラは、 スケールが大きいほど女にとって魅力的に聞こえる。そこに女性をお姫様の ように持ち上げて夢見心地にする巧みな話術と、悦楽の極致にまで運んでくれる 閨房術を加え女を虜にする。だから男の結婚詐欺師は天性のサービス業かも しれない。女性も薄々おかしいと分かっているのだろう。これだけの悦びを 与えてくれる男なら、詐欺でも仕方ないというくらいの気持ちなのかもしれん。 ・ミツハシ:一方、婚活詐欺女の紡いだ物語は「学費が未納なので援助して」 ですから夢がないよね。金銭的な援助を施すということまで、自分が女性と 結婚するためのりアリティーにつながるのだとしたら悲しいことですよね。 ・シマジ:日本の恋愛文化の貧困さの表れだよ。男と女のスリリングな駆け 引きが不足しているから、こういう事件が起きる。大企業の社長になるような 人間でも同じだよ。≫ ▼ 普段の生活でも別に口説かなくても、リップサービスなら出来る。 営業を生業にしている人は、それが身についていて、直感的に光っている 部分を見つけて褒めてまわる。美人ほど褒めて欲しいが、日本の男は遠慮を してか、褒めてくれない。特に女性は、『私を、どう思っているか』に、敏感。 日本の恋愛文化の貧困に対する供給として、クラブ、キャバクラという日本 独特のサービス業が生まれてきた。そこで、日々、ホステスと、客の、恋愛 ごっこがおこなわれている。今では女性用にホストクラブもある。 ネット検で、「都都逸」を検索したら 〜習う事より 慣れろと言われ あの夜覚えた 四十八〜 〜大きくなくても あたしはいいわ 使い勝手が 良かったら〜 即興で、 〜ブーちゃんも 使い勝手は ほぼ同じ〜
|
|
|
| 6819、閑話小題 〜つれづれに人生 …よる年なみに |
|
|
2019年11月15日(金)
* あと14ヶ月で後期高齢者 あと14ヶ月で後期高齢の75歳に相成る。還暦の時は老齢の実感がなかったが、 さすがに65歳からは、年々、老いを実感する。でも、あと一年、いや5年もある から、まだまだ楽しめる! その中で、老化現象を実感する一つが、駐車場に車をバックで入れる時に 真っ直ぐに収まらないのである。 これは、自宅の駐車場が二台分あるため、 適当に止めておく習性のためとしても、外で停める時には必ず捩じれている。 SJの2Fにあるランニング・マシーンで歩きながら、駐車場の収納をみて いると、一発で整然と納めている。 捻じれの傾向は数年前から続いている。 腰痛は、ジム通いの効果で当初よりかなり良くなったが、歩行は、休みを 入れないと30分以上は歩けない。 早朝のミニチャリと、週4回のジム通いで、 運動量は確保してある筈だが。
数ヶ月前に、大学の10年に一度の同窓会に参加したが、10年前とは空気が 変わっていた。この10年で、思いの外に全体の空気感が老けこんでいた。 30、40歳代の頃、70過ぎの老人をみたとき、それは大年寄りにみえていた。 そして還暦時に辿り着いて気づいたことは、精神年齢は40代のまま。還暦の 同期会では、無事何とか到達した喜びが全体を覆っていた。 …が10年後は、 明るさが半減したような。何とか辿り着いたが、持病や、連合いや家庭内の 重荷が背中に覆って、ただ明るくしていられない状況のようだ。 その分岐点は65歳辺り。その時、私は会社清算をした。背おった重い荷物 から解放された実感は思いの上に大きかった。会社員などの組織生活の人は、 ゴルフなどで会社の延長上で愉しみ遊んでいる。事業系の人は、独自の愉しみ で我が道を歩いている。 生きてきたように老いている。 それもこれも 「75歳が大きい節目」。さて、如何のように節目を打ちましょうか。 ほゞ、コトに変えてあるので、気持ちの上では楽の筈だが。 何とも愉しみ 過ぎたきらいが! 静かに、大人しく、明るく、面白く、一日一生で、 日々を過ごすしかない。
この情報機器の進化による社会の変化が面白い。それを見て、体験する だけでも生きている甲斐がある。後期でも何でもよい、この時代の濁流? 何とも激しく豪快。 やはり21世紀は違う景色になったということ。
・・・・・・ 6455,閑話小題 〜大相撲、つれづれに 2018年11月15日(木) * 引退しかないでしょうよ! 大相撲も、貴乃花へのいびり出しをしたことと、2人の横綱が休場したためか、 2日目には満員札止め御礼の垂れ幕がなくなり、空きスペースが目立っていた。 その上に、初日から4日連続敗戦の稀勢の里の引退問題が出てきた。 〜ネットニュース記事より〜 【・稀勢の里が、初日から4連敗を喫した。結びの一番で初日から3連勝と好調の 前頭2枚目の栃煌山にすくい投げで敗れた。 土俵際に押し込み、軍配は1度、 稀勢の里に上がった。だが、物言いの末、稀勢の里の体が先に落ちたとして軍配 差し違えで、初日から4連敗となった。横綱の初日から4連敗は31年1月場所の 宮城山以来、87年ぶり、1場所15日制になってからは初。】 場所前は「絶好調の仕上り」のコメントで言訳が立たない。 一人横綱は、 当然、プレッシャーが大きい。気の弱さを必死に隠している姿が痛々しい。 白鵬、鶴竜は、稀勢の里の4連敗で引退の危機で、結果的には非常に有利の立場 になった。邪魔者の貴乃花親方を協会から締め出し、残った日本人横綱を引退の 淵まで追いやり… 次は、憎い元貴乃花一門の力士を、陰に陽に潰しに… 。 ― ▼・その貴乃花も、嘘か真か、「手元資金が財布の5万円だけの「金欠病で身動 きがとれない」と女性週刊誌の見出しにあった。素っ裸で放り出され、まず直面 するのが懐具合。相撲馬鹿で、実社会が如何なっているか何にも知らない。 「自由が如何に不自由なものかを実感する日々」が実情だろう。 サルトルがたしか、「人間は自由の刑に処せられている」と宣っていた… 怖ろしいのですよ、これ。で、まず自由の代用品として人はお金を発明した。 ここは日本社会、スポンサーは直につくはず。空即是色で、彼なら「空」に なれば、色としての資金は、入ってくる?… 問題は、あの気取りの壁。 それが重大な判断ミスをおかす元になる。いや、既に侵してしまった! こういうことでしょう! 《理事長なんぞは名誉職でしょう。君臨すれども統治せず。祭上げておけばよい。 ならば大鵬、千代の富士、貴乃花を何故にさせなかった? それが貴乃花の本音。 貴乃花が怒るのは当然! 横綱審査会より、理事審査会をつくり、それを明文化 して、決定権を持てばよい。利権が蠢く小さな世界では、そこから変えないと… <国技などチャンチャラ可笑しい>が、ピッタリに戻りつつある! せっかく、面白くなりかけたのに… 》 「はっけよい、はっけよい」より、「はってよい、はってよい」、 いや「ほっとけ、ほってけ」ですか。 …面白ろ! ・・・・・・ 4626、閑話小題 ー今度は絶食系男子! 2013年11月15日(金) * 今度は絶食系男子だと! 草食系男子、肉食系女子が話題になっているが、今度は「絶食系男子」 を、NHK番組で紹介していた。彼らは女子に興味がなく、将来も結婚する イメージが出てこないという。別にホモ系でもない。女性と付き合ったこと がない若者が45%いて、男の2割と女1割が生涯独身。2030年には男の3人 に1人、女4人に1人が生涯独身になるという。 アラフォーや、アラフィーの独身男性が「現在の収入や、独り身の気楽さを 考えると、結婚に躊躇」とインタビューに答えていた。それにしても絶食系 男子のネーミングにビックリ。本来、男は「絶倫系男子」だが! ある小話に「月は雲間に隠れたし、貧乏人の俺等には何の楽しみも無いし、 (女房)おや、お前さん今夜もかい!」がある。 情報化の時代、面白いこと が山のようにある。お金もないし、敢えて束縛されることもないし、面倒! というのも分かる。しかし、妻子のない老後の独り暮らしは非常に厳しい という。べき時に、べくことを、べくすべし、でないと・・ 絶倫系も、絶食系も、割り切ってしまえば、これほど面白いことはない。 漫画に、夫婦が互いの首輪の紐を持って、ソッポを向いているのがあった。 何人かの紐を持って困っているのもいる。人生、ままならぬ、ということか。 * ソリスト 自転車入門書によると、ソロでツーリングをしている人をソリストという。 ソリストの本来の意味は、「(1)独唱者。独奏者。(2)バレエのソロを踊る 踊り手。第一舞踏手」 冬期を除いて4年以上、毎朝、1日時間、自宅から 15分かけて信濃川の土手周辺をポタリングをしている。私の一日の スケジュールをみると、殆どがソロ。スポーツセンターでも誰と話すわけ でなし、一人で行って、幾つかのエアロに参加して、帰ってくる。ヨガとか 青竹エアロで、誰かと仲間になり楽しそうにしている人と、私のように 誰にも挨拶するでなし、数人に軽く会釈するだけのソロ組に分かれる。 ヨガでは、50人中、男は10人前後。スタジオの右前方に5〜6人が 陣取り、左最後方に4〜5名のソロと、夫婦連れが横一列に並ぶ。あとは 中高年の女性たち。SJには同級生やスナックのママなど顔見知りがいるが、 挨拶程度で、会話はない。早朝のポタリングや、ウォーキングも、ソロと 二人連れに分かれる。それと犬連れ。で、独身主義が、人生のソリスト? それが自分から求めたかどうかもある。ポタリングは当然、ソロである。 単独か、群れるかは、人であることを優先するか、人間であることを 優先するか、である。 ・・・・・・ 5358,島地勝彦の 〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー? 2015年11月15日(日) * 女の結婚詐欺師がブーちゃんは、昔からの通り相場 渡り歩いた、どの世界にもブーちゃんだが魅力的女性が存在していた。 『やり手ブーちゃん』である。彼女らの対象は、下位八割の男衆のため、 思いの外、声がかかる。 そのやり手ブーちゃんも、1〜2割いるかどうか・・ ブーちゃんだから営業努力をしている? ということは、誰もが営業サービス を望んでいるのである。それが、日本の貧困な恋愛社会では、満足度が低い。 だから、まずは、以下のようなシステムが必要になる。 ≪・シマジ:これは俺の持論だが、男は十代の後半に十歳くらい年上の女性と ねんごろになって、童貞を失えば、みんなきちんと大人になれる。 その意味で、このダーリンは理想形だよ。女はどういうふうに考える生き物 なのか、女のどこを押せばどうなるか。性道を含めて若いころに年上の女から しっかり学んでおけば、三十四歳の婚活詐欺女や三十五歳の鳥取ホステス みたいなのに騙される心配はない。 ・ミツハシ:両方とも男が夢中になるようには見えないスタイルと容貌ですね。 ・シマジ:女の結婚詐欺師はブーちゃんと昔から相場が決まっているんだ。 びっくりするような美人だと、モテない男は「これはおかしい」と警戒する。 俺にこんないい女が「結婚して」なんていってくるはずがないというわけ。 これまでの人生の中で女にモテた経験があまりなく、結婚をできずにいた男 にとって、あれくらいの女のほうが自分の結婚相手としてリアリティーがある。 逆に男の結婚詐欺師は饒舌な二枚目なんだ。つまりクヒオ大佐だよ。 ・ミツハシ:エリザベス女王の親戚でアメリカ海軍特殊部隊パイロットの クヒオ大佐ですね。しかし、「私と結婚すれば、英王室から数億円の 祝い金が出る」という話に至ってはギャグにしか聞こしえませんけどね。 男はロマンチスト、女はリアリストというが、結婚詐欺に関しては、逆。≫ ▼ 結婚に対する憧れも、「共同幻想」の一つ。その幻想=夢を与え、お金を 引出すのが、詐欺師の仕事。「割れ鍋に綴じ蓋」の割れた部分を隠し、高く 売りつけるのが、恋愛の妙味。その仮想(仮装)世界を、キャバクラや、クラブ が提供。 ネット検索で見つけた、二年前の、松本人志のモーニングビッグ対談 第17回 「女結婚詐欺師」の(初めての詐欺) 第18回 「女結婚詐欺師」(過去の失敗)がリアル。 詐欺のポイントは、 ・金を取った後、如何に諦めさせるか ・失敗したときは、さっさと次のターゲットに切り替える ・結婚詐欺は、結婚したら結婚詐欺でなくなるため、独身を通す 映像を見ていて、寒々しい気持ちになったが・・ 埼玉と、鳥取のブーちゃんの女結婚詐欺、あまり奇妙で、被害者が気の毒 だが、老いた天涯孤独の身には、結婚の可能性があれば、少々ブーでも? という気持ちになってしまうのだろう。 ・・・・・ 2011年11月15日(火) 閑話小題 * 江戸時代の幸福とは 江戸時代の幸せを並べた俗うたがある。 <世の中は、年中三月、常(じょう)月夜、嬶(かかあ)十七、俺三十、 負わず借らずに子三人> 17歳の嬶に、子が三人もいるわけでない、月日も止まるわけでもない。 借金も、何時の世にもついてまわる。最後は、子供の顔でも見て幸せを 感じるしかない、ということになる。 これを現在に置き換えると? <世の中は、年中連休、常外食、嬶働き、俺は主夫、負わず借らずに子一人> というところ? ざれ歌を、まっとうに考えることもないが、いかに幸福感 が妄想で不平の上に成り立っているかである。 * 人生に意味(価値)があるのだろうか 40年近い事業人生を終え、毎日が日曜日の日々で、 「自分の人生は何だったのか? 意味=価値があったのか?」等を、 考えざるをえない?日々。 人生の価値とは何か?は、人生の根本問題。 その時点時点で、価値を見出し、それに従って生きているのが人間だが、 実際には考えているフリをしているだけで、漫然と生きているだけ。 ニーチェが、そのいい加減な万人の生き方を取り上げ、人生に意味などない、 世の中に価値など無いと知るべきと、指摘している。 キリスト教の教えを、 弱者の救済の思想とし、その教えの価値も全く無いと切り捨てている。 価値無きものを求めるから、人間は間違えるものと。そうこう考えると、 せっかく哲学書を読み続けていながら、今さら、自分の人生に価値=意味が あったか?などという思いは妄想そのもの? あるのは充実していたか どうかの一点である。その辺のオバサンかオバアサンが、したり顔で人の 悪口、陰口を言っている醜さは、結局は自分のことを言っているに過ぎない ことを自覚してないためでる。 まして大の男が腐った女?のような価値論 を述べているなど・・ エッ私のこと?いえ、貴方のこと!いや全ての人。 ・・・・・・ 4993,暴走する世間 −9 2014年11月15日(土) 「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤直樹(著) * ケイタイ、スマホが子供、若者を駄目にするわけ 以前、繁華街でTVレポーターが若者に何か質問をしたところ、やおら ケイタイを取り出し、友人に連絡をして、その友人の言葉を鸚鵡返しに答えて いたのには驚いた。考えようとせず、反射的に誰かに聞いて、その場を繕って いる現代の若者の姿が、そのまま現れ出ていた。それが今ではスマホで検索 すれば答えが瞬時に出てくる時代、便利さが、考える能力と自立心をそぎ 落としている。 ー以下の指摘が、まさに、言当てている! ≪ アメリカでは、子どもにケータイをもたせることは、子どもの自立を 妨げるのではないかという議論がある。アメリカの社会学者タークルが、 つぎのような興味深いことをいっている。 <かつては、たとえばニューヨークの繁華街に初めて自分だけで行くとか、 地下鉄に一人で乗るとか、ボストンの街をどこまでも歩いていいという許しを もらうとか、都会の子どもがそういう経験をするとき、その子にとっては 「自分だけが頼り」だったわけ。自分がただ一人ですべての責任を負うわけ ですから、何か危険なことや恐ろしいことが起こっても、自分で身の振り方 を決めなければなりません。人は、どこかでそういう経験をし、そこで湧き 起こる感情と闘う術を学んでいかなければならない。どんなことが起こった としても、状況を打開できるかどうかは自分次第だったのです。 しかし携帯電話の登場以来、子どもがこういう経験をして理屈上は一人で あっても、親がずっとそばにいるという不思議な状況が生まれています。 また子ども自身も、自分が一人ではないと感じているのです。また、携帯 電話は、このような状況を作り出しているわけです。子ども一人では心 もとないだろうと思われる場面で親が見守っているという経験をさせる ことは可能になりましたが、自立の時を遅らせているだけだともいえます。 (タークル「技術を本来の役割に」より)> ケイタイによって、親が子どもとずっと一緒にいるという状況が生じ、 子どもひとりやらなければならないことが阻害されるというのだ。 「ひとりでいてもひとりじゃない」状況は、自立を妨げるということ。≫ ▼ 重大な岐路に立たされると、直ぐに電話がかけてくる男がいる。 重大な岐路であるほど、担当と議論を重ねて自分独りで熟考すべき時に、 身近な人に判断をあおごうとする。関西で、子どもが誘拐され殺害された として、何で北陸の学校が送り迎えを集団でしなくてはならないのか? 変なのは分かっていても、それを声高々に言えない。戦勝国のアメリカ から与えられた自由民主主義の弊害である。そして、次がネットである。 これにプチ世間が結びついた弊害が、青少年だけでなく、成年まで変に している。情報化社会になるほど、個人の教養のベースが必要になる。 その基盤がないため「IT世間」が、個人の内面を縛り付ける。 恐ろしいかなである。 私も、その犠牲者? でも、面白い時代である。 ・・・・・・ 6090,閑話小題 〜 映画鑑賞 ―ザ・サークル 2017年11月15日(水) * 映画鑑賞 ―ザ・サークル 先週みた<ザ・サークル>がGoogleを彷彿させる会社を揶揄したストーリー。 だが、意外に内容は深くない。しかし後半は、一挙にドラマ仕立ての展開に 引き付けられたのはさすが。 ストーリ―といえば、〈主人公メイはSNSで 生活を公開して、多くの人から支持を得る。そしてサークルも、多くの利用者 が増えるなどプラスになる。共有(シェア)が与える恐怖と、市場の影響力 (シェア)が持つ恐怖が、そこにあることを教える。 〜 HPの解説によると、 ≪エマ・ワトソン主演、トム・ハンクス共演によるSNSを題材のサスペンス。 ユーザーのあらゆるデータを蓄積し、世界ナンバーワンのシェアを誇る超巨大 SNS企業「サークル」。憧れの「サークル」に採用された新入社員のメイは、 あることがきっかけでカリスマ経営者のベイリーの目に留まり、新サービス 「シーチェンジ」のモデルケースに大抜擢される。「サークル」が開発した 超小型カメラによって、自身の24時間を公開することとなったメイは、あっと いう間に1千万人を超えるフォロワーを集め、アイドル的な人気を博すが…≫ ― ▼「最後は、創業者自身が、そのシステムで透明化されて窮地に立たされる」 のがオチで終わるが、もっとドロドロ、ネバネバした部分があっても… これはGoogleに対する気遣いのため? 偶然だが、去年の以下の文章。 何故か?何人かに伝わったような?… それも覚悟で書き続けているとしても、何か気味が悪い。(いや、気味が悪い のは私か?) これだけ、『世間様』のことを書いていれば、更なる反感も。 自己を透明化していると、後あと読返すと、その時々の自分が透けて見える ようなところが良いが… 何だろう、この私は?と、想い返すことシバシバ。 「何とも馬鹿な奴(私)!」と、ビュアーは読んでいるだけだが。
|
|
|
| 6817、閑話小題 〜大相撲ですか…+ 6818,エピソード記憶と自伝的記憶 |
|
|
2019年11月14日(木)
2019年11月13日 閑話小題 〜大相撲ですか… … 2019年11月14日 閑話小題 〜エピソード記憶と自伝的記憶 【記載ミスのため、二日分を】 * 大相撲・談義 ◉ この日曜から大相撲が始まったが、未だワールドカップ・ラグビーの熱が 残っているためかマスコミは騒がない。その上、天皇の即位に伴うパレード 「祝賀御列の儀」が重なれば尚のこと。初日の取組前に早速、怪我で横綱・鶴竜 が休場を発表。初日の取組で大関の豪栄道が負傷休場。水をさす結果に。 全般に若手の台頭があり、それぞれ本番が面白いのが多くなったが、横綱・ 大関が、その特権を微妙に使って直ぐに休養、いや休場をしてしまう。その 最たるのが、これを利用して居残り組の、現在の、あの…。これでは、神事の 建前に逆流する応しくない。誰だって特典は使いたくということ。 鎮守の神社の祭りごとに砂漠の不毛の地からやってきた闖入者が利用できる ルールを最大限に利用するのは当然のこと。参入を認めたのがお門違い? 今どき、これほど割の悪い格闘技に国内でだけでは… 無理なら仕方がないのか。
◉ その大相撲に暴力問題が生じている。白鵬などモンゴル人が、同国人内の 八百長システムを強制するために、飲み会に押しかけ暴行した事件辺りから、 力士社会の暴力が云々されてきた。 格闘技は、ルールを決めた上での暴力行為。それが分かってない部外者が、 あたかも正義の審判をしたつもりで報道し、それをマスコミが受けを狙って 騒ぎ立てる。 清く、正しく、美しくの建前が罷り通る社会に。グローバル化 社会で、そうは綺麗ごとではいかないのは「EUの壮大な失敗?」が、リアルに 示す。それは解っちゃいるが、その矛盾を総括して抱ていくしかない。それが グローバル化の知恵。 特に日本は、敗戦74年から今までが良かっただけ! これから綺麗ごとでは済まされまい。 ◉ 大相撲の妙味は立合いから数秒で間に、勝負が決すること。 闘志を内に秘めた力士が無言の対話を交わし、立合いの一瞬に気力を充実 させてブツカリあう。そこに「小よく大を制する」の妙の味と、時に「霊気」 のようなオーラが漂ってくる。ただし土俵を下りればタダの人。 その辺りは、神主、坊主、俳優、政治家と同じ。そこには膨大の蓄積された エネルギーが蓄積している。なればこそ、その接点の爆発は光り輝く!
・・・・・・ … 2019年11月14日 閑話小題 〜エピソード記憶と自伝的記憶
認知心理学では、記憶について、様々な角度から見ていきますが、 その中で、エピソード記憶と自伝的記憶というものがあります。過去を、 例えば学生時代の記憶で、寮生活のエピソードが現在でも鮮明に記憶として 残っている。それが自伝的記憶として残る。軽井沢の先輩が山荘のペアレント (山荘管理人)の手伝いに夏休みや、春休みにヘルパーで手伝いに行っていた 時の様々のハプニングや、寮主催の合同ハイキングのエピソードがあるが、 どれもこれも昨日のように、記憶に残っている心の財産である。 幼児の頃からの記憶や、青春期、壮年期のエピソードを考え合わせると、 人生には多くの行蔵が溢れんばかりにある。その一部分を、ここで披露して いるが、自伝的記憶と、エピソード記憶を分類するだけでも、詰まっていた 記憶が、記憶の底から湧きあがってくる。 人生の晩期ともなれば、 「昔は近くなりにけれ」となる。そこでネットで『自伝的記憶』と検索すると! 〜〜 〜まずはエピソード記憶とは? たとえば、朝ごはんとしてトーストを焼いて、コーヒーを入れて、テレビを 見ながら食事をしたなど、イベントや、一連の情景をまとめて覚えているもの エピソード記憶には、イベントが起きた時間や場所、その時の感情などが入り 混じっています。 エピソード記憶の一種なのですが、自分の人生で体験してきた色々なことを 記憶する自伝的記憶というものもあります。たとえば、人生において、大きな 事故に遭ったとか、小学校の時には、こんなことがあったとか、学校に面白い 先生がいたとか、妻と出会ったのは図書館だったとか、色んな出来事を覚えて いるものです。これは、エピソード記憶の中でも、特に印象が強かったものが、 自伝的記憶に変化するということです。基本的に、エピソード記憶については、 自伝的記憶よりも、早く忘れてしまいます。 〜その次が自伝的記憶 自伝的記憶は、印象に残った記憶の集まりですから、長期間に渡って忘れる ことはなく、一生覚えている場合もあります。ただし、自伝的記憶は、美化 したりして、自分の思うように書き換えられる傾向があります。 この自伝的記憶については、若い時の記憶が最もはっきりと残っています。 では、どうして、若い時の記憶が、最もはっきり残っているのかと言いますと、 若い時は、何もかも初めての経験が多くて、非常に刺激的でエキサイティング であり、活動量も多いからです。初めての経験や体験については、非常に印象 に残りますので、記憶にはっきりと残りやすいのです。 また、毎日が楽しく、希望に燃えて、刺激的であり、いろんな冒険や挑戦も しますから、最も活性化されて、色んな出来事がはっきりと記憶に残るのです。 老いた人に、人生の思い出を語ってもらいますと、やはり若い時の思い出を、 リアルに語ってくれるものです。 逆に、壮年期や老年期になってきますと、初めての経験が少なく、毎日が単調 になり、驚くような体験もなくなってきますから、時に比べると、あまり記憶 に残りません。その他、幼少時の記憶についても、あまりはっきりとは覚えて いません。どちらかというと、断片的に覚えていたり、ぼんやりと覚えている だけだったりします。 これは、なぜかと言いますと、幼少時は、まだまだ脳も発達段階であり、 記憶機能も完全にできあがっていないため、脳がはっきりと記憶できないから。 ましてや、赤ちゃんの時などは、脳の機能がほとんど発達していませんから、 普通の人であれば、赤ちゃんの時のことは覚えていません。 以上、自伝的記憶については、若くて新しいことにチャレンジしていた時の 記憶が、一番、鮮明に覚えているものであるということをご理解いただきたい と思います。
― ▼ この年齢で、つくづく良かったと思うのは、「後味が悪いことはしない!」 というコンセプトを自らに課してきたこと。 さほど経験はないが、 「振るより、振られること」 直後は後味が悪くとも、その方が後あと後悔が 残らない。
|
|
|
|
2019年11月12日(火)
* 「閑」で、「門かまえ」に興味を持って 人間は動物や泥棒から身を守るため、垣根や塀をつくってきたが、当然、 そこには出入り口の「門」が必要となる。 それは物理的なものだけでなく、 自分という他者とのバリアをつくる意味合いもある。 「閑静の住宅地」の 「閑」は、他と隔離する「門」に「木」。幸福度を高めるためには、まずは、 己の周囲を一般から隔離して、己という木を手入れする。 なる程と… そこで、他に何か?と思いつく文字をあげてみると、耳で、聞く。口で問い。 日で間。才で閉。音で闇。 なる程と。門構えの中に、何をおくかで、その人柄 が見えてくる。 ・「一」を入れると閂(かんぬき)。これは左右の扉もしくは扉と枠の双方に 跨る様に通す事で建具を開かない様にするための棒状の金物や木材などの部材。 なる程。門番が開門の時に引き抜く棒である。門に犬を入れたらと思ったが、 さすがに、これはない。 ・鳥居のカタチが入る「開」、門の奥の鳥居に向けて御開正か。 ・「閣」とは{御殿・見晴し台など高く構えた建物」で、各階がある建物。 ・「閊」は 〈つかえる。とどこおる。さしさわる。つまる。「後ろが閊える」。 門の内側から見える山が、己を閊えさえる。
〜「もんがまえ」で調べると、 【 門. 1. 閂. 2. 閃. 3. 閊 · 閉. 4. 開 · 間 · 閑 · 閏 · 閔. 5. 閘. 6. 閣 · 関 · 閨 · 閤 · 閧 · 閥. 7. 閲 · 閭. 8. 閾 · 閻 · 閹. 9. 闊 · 闃 · 闍 · 闇 · 闌. 10. 闕 · 闔 · 闖 · 闘. 11. 關関. 12. 闡. 13. 闥 · 闢 · かねへん · ながい ·もん ·おか こざとへん· れいづくり· ふるとり· あめかんむり…】 ― ▼ 漢字も、改めてみると含蓄がある。闖入で使われる「闖 」は「突然現れる」 を意味する。突然、馬が門の中に闖入というと、目に浮かぶようだ。 ・・・・・・ 6452,つれづれに哲学 〜アドラーから学ぶ −2 感動を使う! 2018年11月12日(月) <「生きづらさからの脱却」岸見一郎著> * アリストテレスの「原因論」 〜「質料因」「形相因」と、「起動因」 社会や、物事の原因を簡明の読み解くに、解りやすい事例である。 ≪ アリストテレスは、彫刻を例に原因を、次の4つに分類している。 ・まず、青銅、大理石、粘土などがなければ兆候は出来ない。この場合、 これらは、彫刻の「質料因」(何からできているか)である。 ・次に、「形相因」(何であるか)。彫刻が何を現しているかということ。 彫刻家は像を刻むに時に、何をつくろうかというイメージを持っている。 ・原因の三つめは「起動因」(動がそこから始まる始現)である。 父親が子供の始原であるように、彫刻家が彫刻の起動因である。 ・さらにアリストテレスは、これらの他に、「目的因」(何のために成立 したか)を考える。彫刻家が、彫刻を望まない限り、彫刻は存在しない。≫ ― * アドラーの「原因」論 〜 感情も脳も、感動さえ使う、極意とは 〜 ≪ アドラーも、行動について「なぜ」と問う時、「原因」という言葉を使う。 アドラーは「なぜ」という問いによって、行動の「目的」を答えとして期待して いる。「どこから」でなく、「どこへ」を問うのである。アドラーの「原因」は、 プラトン、アリストテレスのいう4つの原因のうちの「目的因」である。… アドラーは、他の原因は目的に従属していると考えた。 ―使用の心理学― …またアドラー心理学は「所有(何が与えられているか)の心理学」でなく、 「所有(与えられたものをどう使うか)の心理学」である。人が置かれている 状況がそのまま人のありかたを決定するのではない。 『大切なのは、何が与えられているかでなく、与えられたものを如何使うか』 … アドラーは、アリストテレスの原因論にプラスして「目的」を加えた。 目的論とは、「善」を目指し、それを目的にしているという観点から行動や 症状などを理解することである。 脳を例えると、私と脳は別物であり、私が 脳を使うのであって、脳が私を使うのではない。脳は大事ではあるが、人が行動 する時、それによって目標を決める起源ではなく、脳が心を支配するわけでない。 【善を実現する目的のため、脳を使う。】のである。 ―感情を使う― 感情もまた、我々を支配するのではなく、感情をある目的のため使うのである。 感情は意志の力によって左右する。交通事故で車をぶつけられた時に、男は 美人と意地悪そうな相手では全く対応が違ってくる。感情なぞ使い方で如何様に 良くも悪くもなる。ヒトラーは大衆煽動に怒りの力を利用した。怒りは、隠れた エネルギーとして直接的になる。 ― ▼「感情を使う」の論を考えていると、「感動をつかう」の言葉が類推された。 秘・異郷ツアーの旅先で、何度も何度も感動体験をする。その結果、脳に蓄積 された精神面でのデ・トックス(体内に溜まった有害な毒物を排出させること) で、心というより、魂の解放を実感する。「感動を使う」こと、そのものになる。 早朝の一時間のミニ・チャリも、小さな感動の旅になる。目的は、デ・トックス の「善」の自己実現。このブログの書き込みも一種のデ・トックスになっている。
・・・・・・ 6087、閑話小題 〜 「日の名残りに」 (2)―つれづれに 2017年11月12日(日) * 51歳の誓い 人生を変える切掛けになった、カズオ・イシグロの『日の名残り』を読んだ 51歳の時節に、「還暦までの9年間に80歳までの大よそ30年分を圧縮して生きる」 と決心し、実践した。そこで「具体的に、どのように生きたか」を思い返した。 ・まずは、捨身で! 目先に面白そうと思えば、迷うことなく決断。常識的な人 や会合と一線を画す。何故か、その頃、近しくしていた友人・知人が、亡く なるか、転勤などで遠ざかっていった。 ・その頃、拡大戦略の教えのペガサス・クラブから脱会。拡大路線の見直しに 入っていた。 ・また、意識の重心をパソコンとネット世界に移動することに決心した。 まず、取引先のパソコンに詳しい人を紹介してもらい、個人HPの開設のための 基礎の教えを乞うことに。その数年後に自宅近所にパソコン教室がオープン。 早速、通うことに。その数ヶ月後に、このブログを開設することになる。 ・40歳代の10年間に合計10数回、2年に3回?近く、海外ツアーに参加していたが、 2年で5回近く?にアップ。結局、50歳代では20数回、行くことに、 40,50歳代 で40回、年に2回近くの割合になった。それも秘境・異郷の難易 を数ランク アップ。 ・母親の介護の5年半で、子供たち二人が巣立っていった。
死に物狂いで、目先の面白そうなチャンスには躊躇することなく挑むことに。 少し迷うと曽野綾子女史の言葉、<人生の良いところは還暦まで、今を楽しめ」 のキーワードを想い浮べ実行していた。毎日が面白く、楽しく、精一杯の日々。 そしてハッピー還暦を向かえることに。 ☆ そういえば、1994年のケニアツアーの同行者の一人が、『父親の介護を 終え、念願のケニアにきた。万感の想いだ』と涙を浮かべてキリマンジェロ を見ていた。イスラエルでは60歳の女性が目を血ばらし『2000万の退職金の全て を毎月のツアーで使い切る予定。働きづめの人生を取り返すの!』と宣っていた。 アフリカ・中近東の一人参加には、深い人生を背負い、思い詰めて来る人が多い。 人生、生きているうち、動けるうち、気力があるうち、笑えるうち、泣けるうち! 追)日々是口実か、結局は自慢話ですか!それも似たようなことを何度も何度も。 でもね、何度言いたいのが、「楽しんだもの勝ちさ、人生は」。 <エッ、楽しそうに思えない?> <薄汚れているからね、日常に、誰の眼も。> …これを「日々是口実」という。
―――― 「45」ギリシャ 2007 「44」北イタリア 2006・ 「43北ケニア 2005・08 「42」オーストリア 2004・08 「41」アイスランド ー2003・10 「40」アラスカ 2003・07 「39」パタゴニア ー2002・12 「38」スイス ー2002・07 「37」西アフりカーコート−ジボアール・ガーナ・ベナン・トーゴ /02・03 「36」ベトナム ー2001・11 「35」北欧ーロシア-スカンジナビァ ー2001・06 「34」メキシコ 2001・01 「33]モッロコ ー2000・11 「32」パキスタン・中国 ー2000・06 「31」シリア・ヨルダン・レバノン 2000・04 「30」ノルウエー ー1999・12 「29」ケニア ー ・08 「28」イスラエル ー ・04 「27」ネパール 1999 ・02 「26」北インド −1998・10 「25」 北スペイン 1998・07 「24」タンザニア・ウンゴロウンゴロ・セレゲッテイ高原) 1997・12 「23」 べネゼイラ・(ギアナ高地) ・08 「22」 ペルー・(マチュピチ・チチカカ湖) 1996・06 「21」エジプト・トルコ(カルナック神殿・ ピラミット) ・02 「20]南アフリカ(ビクトリアの滝・チョベ国立公園・喜望峰)1995・10 「19」ニュージイランド(クウーンズタウン・ミルフォードサウン)ー ・05 「18」ブラジル(リオのカーニバル・イグアスの滝)・ ー ・02? 「17」ケニヤ(ナクル湖・ ) 1994・06 「16」ドイツ・パリ(ライン川下り・ロマンチック街道) 1993・12 「15」フィジー(コマ島・ ) 1992・11 「14」スペイン1周の旅(アンダルシア・アルハンブラ・闘牛) 1991・08 「13」カナダ・ロッキーの旅 ー ・05 「12」香港クルージング 1990・07 「11」アメリカ・ペガサス(ボストン・アトランタ) ー・04 「10」スペイン・イタリア・パリ・ヘルシンキの旅 1989・12 「9」 中国(北京・けいりん・上海) 1988.09 「8」アメリカ西海岸SC・ペガサス ー ・06 「7」カナダ・ナイアガラの旅 1987・08
・・・・・・ 2016/06/29 60歳までに、人生を前倒しをしていて!
70歳を過ぎた現在、「60歳までに人生を前倒しをしていて良かった!」と、 つくづくと思うことしばしば。以下にコピーしたの13年前の文章を読返すと、 1年後に中越地震、その3年後に刈羽柏崎沖地震、4年後の2008年に、リーマン ショック、更に8年後に東北大震災が、たて続いた。その結果、私も、まさかの 事業整理に至った。 作家の曽野綾子が、「人生の良いところは、60歳まで」 といっていたが、体力も考慮すると、成るほど正しいと実感する。 以下の内容を書いて13年間、友人、知人、親族が次々と倒れ、亡くなった。 病に倒れて発する共通の言葉は、「まさか、自分が! これから、ノンビリ するつもりだったのに!」である。 死に直面した時の恐ろしさと動揺は、 「人生に、やり残した無念」があるため。 とすると、老後の残務整理は、 それを探し、潰していくこと。そうこう考えると、【して失敗した後悔より、 しなかった後悔の方が遥かに大きい】ことになる。 どうだろう? 「してしまった後悔1に対して、しなかった後悔が3」ではないか。 30年分を10年に圧縮して生きた50歳代は、充実感があって実に面白かった。 60歳代の最大のイベントが、会社整理だったが、3・11もあって、未練も後悔も、 最小になっていた。両親の晩年に同居していたこともあって、「その都度、 計画的に楽しんでおくべし」という、人生の何たるかを、後姿から学んでいた。 この教えを学んで実行していたのは大きい。10年前と、13年前に書いてある 文章を読返してみると、計画通りに、遊び、楽しむ必要性を知っていた。 その時々に、真面目?に学び、楽しみ、遊んでおけ、ということ。 辛いことも多かったが・・ それも楽しみの内。 ―――― 2003/06/16 50歳の頃ー1 −60歳までの人生 曽野綾子の本で『人生の良いところは60歳まで』という文章があった。 丁度私が50歳の時であった。50歳で、母親を見送り(亡くなり)人生の 損益分岐点を超えたという思いがあった。あとの人生を如何生きようかという 自分への問いかけをしていた。その翌年、下の子供と家内と3人で南米の ギアナ高地に出かけた。テーブル・マウンテンのキャンプ場で、夕陽を見ながら 息子と日本酒を飲みながらふと思った、「自分の人生の元は充分にとった」と。 その時に考えたのは、 「曽野綾子の『人生60歳までがよいところ』なら、それ以降の人生を60歳 までに詰め込んで生きよう!『人生の純益』を60歳までにとってしまおう」と。 ・海外旅行をそれまでに50回行くことー不景気で無理か? ・人の目を気にしない生き方を更に徹しよう ・好きな事を可能な限りしよう 等、生き方を変えようと。 しかし曽野綾子は60歳少し前の文章である。 その時、母の行き方を見ていたこともあり、まだ解っていないと思っていた。 本当に良いのは60歳からというのを母から教わっていたが、しかし 「60歳以降の前倒しにする決心』は良いと解釈した。 その翌年にネパールに行ったとき、67歳の初老の人から人生の秘訣を 教えてもらった。「私は43歳までに必ず死ぬ家系であった。それを前提にし、 そこまでに人生のすべてを燃焼し尽くした。その一つに日本を全てを家内と 娘と3人で回り尽くした。しかし死ななかった。その後は世界にチャレンジを 始めて、ほぼ全てをまわり尽して現在もこうして生きている。短命の家系の 前提がなかったら人生をここまで味わいつくせなかった!」。 深い人生の示唆 であった。「60歳までに人生の全ての前倒し」を自分の生き方に取り入れた 直後であったから、尚のこと心に響いた。あと2年半で、その60歳である。 「それでは60歳以降如何いう生き方をするのか?」。 元を取ってしまったので、逆にあとは一日一日をじっくりと味わって生きる ことができるのではないだろうか。そして、それまで経験をしたことのない 分野を探し出しチャレンジすることである。その意味では、逆に広い世界に 飛び出せるのではないかと考えている。 最近、景気後退ー恐慌一歩手前になってきたり、SARSやテロなどで アフリカや中近東には以前ほど気楽に行けなくなってきた。 この時勢に優雅に海外旅行などともいっていられなくなってきた。 あの時点にやはりギアチェンジをしていて良かったと思っている。
|
|
|
|
2019年11月11日(月)
* 娑婆娑婆… 今どきの倒産事情は如何かとネットサーフィンをしていると、こんなものか というネット記事があった。バブル崩壊時の中堅以上の会社の平均寿命が30年 だったが、あと数年後20年に近づくようだ。このネット社会の中で、社会変化 の対応は非常に難しい。現実社会の上を情報社会が覆った大津波に対応するに、 長年の企業体質が立ち塞がる。因みに個人・零細企業は6年。 年金暮らしに入って、経済世情に疎くなっているが、家内の消費行動を見る と、当然シリアスで厳しい。企業にとって、違法すれすれのことが年々、罷り 通りにくくなっている。その典型がヤクザのしのぎ。オチオチ恐喝も出来ない。 スマートフォンなどデジタル機器が、ほゞ全ての人に普及、社内機密を手軽に 撮影やコピーで持ち出し可能。 社内告発も、メール一本で可能である。 社内チェックなど、ほぼ不可能。情報化は一強多弱の二番手以下に厳しい事態。 〜ネット記事から〜 《◉ かつて企業の寿命は30年といわれていた。初出は1980年代の日経ビジネス。 1つの企業が「繁栄を謳歌できる期間」を平均30年としたもの。それから時を 経て、ビジネスを取り巻く環境は大きく変わりました。IoTとAIを軸とする 第4次産業革命は、既存の産業を破壊し、さまざまな業種の淘汰・再編を加速 させるともいわれている。そんな時代にあって、「企業の寿命」は今後どの ように移り変わっていくのでしょうか? 東京商工リサーチの調査によれば、 2017年に倒産した企業の平均寿命は23.5年。前年よりも0.6年低下しています。 倒産件数そのものは9年連続で前年を下回っているものの『参入が容易な飲食業、 高齢化を見越して設立された老人福祉・介護業などの業歴の浅いサービス業 他の倒産増加により平均寿命を引き下げたようだ。』(東京商工リサーチ ) ◉ 昨今、企業の存亡に多大な影響を及ぼしているのが、IoTやAIに代表される テクノロジーの進歩です。第4次産業革命と呼ばれるその波は、あらゆる業界の 境界線を取り払い、企業間の競争を激化させています。 「今まさに起こっているイノベーションは、既存の産業を次々と駆逐しています。 たとえば、スマートフォンの普及によりデジタルカメラが売れなくなったのは 最も分かりやすい事例だと思います。
◉ アメリカではアマゾンをはじめとするインターネット通販の成長により、 小売業界が大打撃を受けています。2017年には8,000店以上もの大手小売店舗が 閉鎖しました。日本ではまだ街の書店が姿を消しているくらいで大手小売業 の破綻という事態にまでは至っていませんが、『アマゾン・ショック』の影響 は避けられないでしょう」。 また、自動車産業ではGoogleやAppleなどが参入し、熾烈な技術競争が繰り 広げられています。もし国産車のリーディングカンパニーが遅れを取れば、 日本経済の屋台骨を支える自動車すら電機産業のような苦境に立たされる恐れが あるといいます。 ◉ 「世界最大の市場である中国が電気自動車に舵を切ったほか、ヨーロッパ でも2020年代半ばからガソリン車の販売禁止が検討されています。これからは 電気自動車化、自動化の流れをひとつ間違っただけで、いかなる大手企業も 窮地に立たされる可能性があるわけです」 》
― ▼ 情報化社会の進化は、一部の適応者に絶対有利で、外れた者には、 厳しいのは古代ギリシャ社会と現代も変わらない。目を叛けたくなる <3,30,67%の階層>の色分を下から目線で逆照射すると、それは鮮明… としても、死んで三日で消え去る代物! その辺りが人生の妙味。 で結局、最後は人生論で終わりですか!
・・・・・・ 6451,閑話小題 〜余命?年宣告の罠 2018年11月11日(日) * 他人事でない難しい問題 先日のTVワイドショーで、「余命一年・120%」と宣言された患者が、 5年経過後も生きており、それを信じて仕事も財産も全て処分したため、生活に 貧している人をレポートしていた。樹木希林ではないが、全身転移と宣告されて 何年も生きたケースが多い。 余命?年とは、100人の50番目の人の余命で、 それが死亡時期でないという。 日本人の平均貯蓄残高が1800万だが、中間値の人の貯蓄高は、400万あまり。 ほぼ、ゼロが三割。400万以下の人が2分の1を占めるている現実がある。 余命も、人様ざま。 現実に、父親や実姉の余命宣告は、ほぼ正確だった… 知人がステージ3、4の宣告を受けた話を聞くが、元気な人が多い。 医者は、概して短めに余命期間を宣告するというが… 入院をして数ヶ月で逝く ケースも多いことも事実。 私と家内は、互いに余命期間を知らさないように、 決めている。どのみち、直ぐに逝くのだから、その期間は、安らかな気持ちで いたいもの。 〜『余命宣言』で、検索すると… ≪ 慶應大学病院放射線治療科の近藤誠医師が語る。 「実は、医者がウソを言うのは、余命に関してが一番多い。初対面の医師が、 いきなり『あなたは余命3ヵ月です』と言ってくるケースはよくある。特に若い 医師に多いようです。だいたい短めに言って脅し、不安にさせ、救いの手を差し 伸べる。長めに言うと、患者はセカンドオピニオンを求めたり、他の治療法は ないかと考えてしまう。そうした心の余裕を患者に与えないために、あえて 短めに言うんです。昔は家族を脅すのに『余命6ヵ月』がよく使われたのですが、 がん告知が当たり前になった今は『余命3ヵ月』に短縮された。そう宣告された 多くの患者の話を、私は直に聞いています」… …この「余命3ヵ月」には、もうひとつの理由がある。 「医療裁判に対する怯えはがんに携わる医師のほとんどが抱いている。余命に 関しても、1年と言ったのに半年で亡くなったなどとなったら、医師の責任を 追及されかねない。だから余命は短めに告げておく」(都内の総合病院外科医) これらはいずれも医師が病状を理解した上で、あえてついているウソだ。 だが、病状がわかっていないままつく、許されないウソもある。 …「開業医には、患者を抱え込みたいという意識が強い。だから、専門外で的確 に診断がつかない場合でも、患者には『ちょっと様子を見ましょう』という言い 方をすることがあります。 『様子を見ましょう』の真意は、 『もっと病状が進んで、症状が出るまで待ちましょう』ということです。 そして最後に、『様子を見ている間に自然に治ることもあります。悪くなったら また来てください』と言い含める。そうすると、患者は医者に言われた通り様子 を見て、具合が悪くなったらまた来院してくれますからね」(都内の内科開業医)≫ ―― ▼ 医者も人の子、妄信しないこと。私たちの年代も、数年で後期高齢者の時節が 到来しようとしている。老いは、病であり、生延びるほど、その病は重くなる。 長生きはしたくはないが、それ故に、苦しみたくもなし。長寿願望は、その時々 の体調を前提にしてだが、先々の老化から考えると? さて、どういうものか? 現時点では、日々の日常と、非日常が面白い上に、楽しいと、つくづく実感。 17年半にわたるこの随想日記の継続の蓄積も、孤独感や寂寞感を少なくしている。 同月同日の過去文を読返して、孤独の世界で独り俯瞰して、それぞれの自分を 振返るのも、瞑想のようで何とも味わいがある。 孤独の世界とは、自己問答 でもある。時に思いもよらぬ未知の旅人に出会うことも! 『誰だ、アンタは?』
・・・・・・ 4989,暴走する世間 −5 2014年11月11日(火) 「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤直樹(著) * うつ病は「世間」の共同幻想にやられる病! ここで、次のような精神療法家M.バリントンの指摘を紹介している。 ≪・「三人関係の対人状況」(三人状況)といわれているのが、吉本さんの いう共同幻想であり、 ・「二人関係の対人状況」(二人状況)が、対幻想であり、 ・「一人状況」が自己幻想である。 各々、 それぞれ、「三人以上の人間がつくりだす観念」 「ペアとなった二人の人間がつくりだす観念」 「一人でいて、じとーとしている時の観念」と考えればよい。 「三人状況」(共同幻想)が、躁鬱病(うつ病を含む)に、 「二人状況」(対幻想)が、統合失調症になっていく。 とすると、「世間」とは、三人以上の人間がいるところに現れる 幻想・観念であるから、うつ病はこの「世間」に関わる病だということになる。 ところで当たり前のことだが、うつ病は全世界的に普及した病だが、 西欧のうつ病は「三人状況」(共同幻想)として「社会」に関わる病であると すると、日本のうつ病は「世間」に関わる病ということになる。 ・・「世間」は個々の具体的な人間のことではないが、抽象的な人間一般でも なく、上司や同僚や近所の人などといったような「顔のみえる」他者のこと。 うつ病の患者にとって問題となるのは、こうした他者なのである。≫ また、木村敏と阿部謹也との対談で、木村敏の次の言葉を紹介している。 ≪ 日本では、西欧社会のように、「判断が神との一対一の関係」で決定されず、 世間は空間的な概念だが、それを時間的にとらえた表現が『御先祖様』であり、 『御先祖様に顔向けができない』ということになる。世間の中には「呪術性」 という原理があり、そこには森羅万象、動物や植物やモノや死者まで含む。≫ ▼ 日本の自殺者数は、先進国の中でダントツに多い。 {さらに多い韓国は先進国に含まない} 経済的理由による自殺は、日本では「借金」という金銭貸借関係が、たんなる 法律上の契約関係としてだけでなく、「贈与・互報の関係」ととらえられている ため、それを守っていけない人間として{世間」からつまみはじき出される ところからおきる。日本人は世間とかいうのから、つまみはじけ出されると、 「ご迷惑かけました」という遺言を残して自殺をする。決して心が弱いだけ でなく、その思い込みが原因。要するに情緒的体質が、その背景にある。 私など「世間」に袋叩き?で、気違い扱いだろうが、45年前に、見限って 生きてきたため、今さらである。むしろ叩かれることが自己存在と自認。 暴走しているのは、世間様。その世間様の暴走をネット社会が更に推し進めて いるから、ことは深刻。死んで三日も経てば、ほぼ忘れ去られる世間など、 のっけから相手しないで、アウトサイダーを決め込んできた。特に晩年は 「老人性うつ病」がすべての人の問題。群れればウツが振幅し孤独を深める。
・・・・・・ 5354,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー�� 2015年11月11日(水) * コンプレックスは神様が与えた素晴らしい武器 20歳代に軽い視線恐怖症に悩まされたことがあった。都会の街中の雑踏や、 電車に乗るのが鬱陶しく苦痛だったり、他人に接する瞬間、異常なくらいな 緊張を引き起こす。それで、どれだけ誤解され、マイナスになったことか。 しかし、それが集中力にもなっていた。それも現実社会で揉まれているうちに 消滅していった。誰にも、幾つかの、多面の神経症を持っている。 ● Q:いつも緊張のあまり、顔が赤く染まり声が震えてしまいます ≪ 私は自分でもイヤになるくらい、あがり症です。取引先のエライさんは もちろん、上司(部長)と話すときも、緊張のあまり頭の中は真っ白になる。 会議で発言するときなどは、心臓は早鐘を打ち、顔は真っ赤に染まり、声の 震えが止まりません。女性と話をするときも同じ症状に見舞われます。 このままでは、会社の中で馬鹿にされ続けるでしょう。結婚もできないかも しれません。生きていく自信を失いそうです。どうしたら、もっと普通に 話せるようになりますか。助けてください。(二十九歳男性) ≫ ● A:コンプレックスを武器に変えた人間こそ人生の勝利者 ≪ ・シマジ:二十九歳の相談者よ、君はどもる苦しさを知るまい。 俺はどもりなんだ。頭に浮かんだ素敵な表現が、音にならず舌の上で 死んでいくんだよ。これは辛いぞ。ちゃんと言葉が出てくるんだから、 声が震えたり、顔が赤くなったりするくらい何でもない。顔を真赤にして、 一生懸命しゃべれば、優しい正直者に見える。世渡りに便利なくらいだ。 こうしたコンプレックスは多かれ少なかれ必ず誰にでもある。そして、 人生の勝利者というのはこのコンプレックスを武器に変えられた人間だ。 ・アソシエ:シマジさんはどんなふうに武器にしているのですか。 ・シマジ:女と食事をするだろ。ずっと口説いて、最後にこう締めくくる。 「お、俺が、きっ、君をどれくらい素敵だと思っているか、も、もっと もっと君に知ってもらいたい。つづ、伝えたい言葉は頭の中に渦巻いて いるんだが、そ、それが、し、舌の上で死んでいくんだ。残念でならないよ」 これで何人もの女が落ちた、といっておこうか。 ・アソシエ:そこまで行くと武器というより凶器ですね。 ・シマジ:インタビュアーとしても、どもることは強みなんだ。俺が どもりながら話すだろ。そうするとインタビューを受ける側は安心する。 特にインタビュー慣れしていない人は、うまく自分の思いを伝えられる だろうかという不安を抱えているから、インタビューアーに立て板に水 のごとく話されると圧倒され萎縮してしまう。俺のようにつっかいながら 訊いてくる相手だと、上手に話さなければというプレッシギーから解放 されて、気楽に詰せるようになるらしい。 ≫ ― ▼ 起業をして半年、何か気持ちが落ち込んだ時に、フッと内語で、 「その上段に構えた両手を下げ、力を抜いて、ありのままの自然の自分を 前面に出したら」という声が沸いてきた。それから、良きに、悪きにつけ、 何かが変わった。 色いろあった究極の場面だから、構えの硬さに、 自ら気づいたのだろう。学生時代、どうも会話のセンスが都会育ちの 友人に比べ落ちている自分にコンプレックスを持っていたが、 『それなら、聞き手に回り、誠実に相手の話を引き出せば!』という 趣旨の道理を知り、それに徹してから、何時の間に友人が増えていた。 話す割合を50対50から、20対80にすればよいだけで、人に好かれる。 ・・・・・・ 6086,閑話小題 〜経験価値 2017年11月11日(土) * 経験価値 物の価値を追い求める時代から、『経験価値』=「こと」を求める時代に なっている。もっとも、「もの」は、「こと」のスローの形式でしかないが。 確かに「もの」を持って死ぬことは出来ないが、「こと」は、あの世とやらに 「持ち帰り」が可能? 趣味で何かを収集する趣味はほぼなく、海外旅行とか、 早朝サイクリング、スポーツジム通い、ネットサーフィン、シネマ通い、TVの ドラマ観賞など、「こと」を楽しむのが主。父親の骨董収集は、上野界隈の 美術展とか、世界各国の美術館で、観賞することで、充分、満足できる。別に 富士山が自分名義の必要など全くない。この「こと」の価値を「経験価値」という。 そこで「検索」すると… ≪ 経験価値とは、製品やサービスそのものの持つ物質的・金銭的な価値では なく、その利用経験を通じて得られる効果や感動、満足感といった心理的・ 感覚的な価値のこと。カスタマー・エクスペリエンスともいい、顧客を単なる 購入者ではなく、最終利用者としてとらえる考え方に基づいている。 この概念を提唱したバーンド・H.シュミットによると、経験価値には 以下の5つの側面があるとしている。 •SENSE(感覚的経験価値):視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感を通じた経験 •FEEL(情緒的経験価値):顧客の感情に訴えかける経験 •THINK(創造的・認知的経験価値):顧客の知性や好奇心に訴えかける経験 •ACT(肉体的経験価値とライフスタイル全般):新たなライフスタイルなどの発見 •RELATE(準拠集団や文化との関連づけ):特定の文化やグループの一員という感覚 もはや古いですが、経験経済的価値をもう一度、考えてみると… これからは商品の使用を通じて得られる経験を売るんだ!とよく言いましたね。 例えば、スターバックスはコーヒーを売っているのではない、スターバックス 体験を売っているんだ!とよく言いました。 経験経済的な価値というのはなんでしょう?というところを圧縮して 説明しますと・・・、 よく言うのは、お客さんは商品を買いに来ているのではない、価値を買いに 来ている、まあ、便益と言う人もいますけどね。その便益にしても、誰でも提供 している機能だと、コモディティ化してしまいます。どんどん価格が落ちていく。 結局、商品自体という形があるものではなく、どんな価値を提供するのか?が 大事で、その価値にしても、どこにでもある機能だと価値は低いけれども、 買う人の情緒に訴えるような価値であれば、固有のものなので、比較がしにく くて、価格交渉圧力にさらされにくいというところです。 ただし、情緒に訴えるにしても、そんなに毎回毎回感動がありえるの?という 疑問もあります。毎回感動させるにはどうすればいいの?という論点があります。 人間は必ず飽きるものです。 女性を敵に回すことを承知で申し上げれば、 「美人3日で飽きる、不美人3日で慣れる」というところです。≫ ― ▼ この経験価値を実感したのが、50年前の「30日間・欧州一周ツアー」。 中・高校の教科書で、白黒写真でみた、パリのエッフェル塔や凱旋門や、 ロンドンの大英博物館や、ローマのコロッセオ、パンテオン。ポンペイ、 ギリシャのパルテノンなどが、連日、目の前に突きつけられた経験は、21歳の 私にとっての人生のハイライトといえる「経験価値」になっていた。 上記の5つの側面を、同時に味わった価値は、何にもかえ難い経験になった。 で、以降に50回の経験価値を積んできたが、元は、この旅行経験である。 フランクル心理学の、創造価値、体験価値、態度価値の『体験価値』の部類。 ・創造価値とは、人間が行動したり何かを作ったりすることで実現される価値。 仕事をしたり、芸術作品を創作したりすることがこれに当たる。 ・体験価値とは、人間が何かを体験することで実現される価値である。 芸術を鑑賞したり、自然の美しさを体験したり、あるいは人を愛したりする ことでこの価値は実現される。 ・態度価値とは、人間が運命を受け止める態度によって実現される価値である。 病や貧困やその他様々な苦痛の前で活動の自由(創造価値)を奪われ、楽しみ (体験価値)が奪われたとしても、その運命を受け止める態度を決める自由が 人間に残されている。 ☆ 振りかえ見ると、実に良かった人生であった。 「上をみれば、きりがない。下をみれば底がない。横をみればない」 の比較をしなければ、世界は微笑みかけてくる。何故、比較をする? 知識の絶対量が少ないから? 比較しか、尺度を、価値の大小を、見分けられ ないため。 悪貨は良貨を駆逐するというが、それはそれは… 悪貨か〜
|
|
|
| 6814,閑話小題 〜トランプ大統領の三年目の総括 |
|
|
2019年11月10日(日)
* 急遽、トラのテーマに 今日分の、テーマ日記を書上げて、同月同日分をとみると、3年前のトラさん の大統領と、去年は湯沢のゴンドラ、「ゴンドラゴン」をテーマにした文章が あった。そこで急遽、私くしめ目線のトランプ大統領の総括をすることに… 米国という国も、一皮むけば、こんなものを、ただ正直に体現しているのが、 トランプ。40%何があってもトラ支持の岩盤層がある。学生時代に白人の クォーター(4分の1白人混血)がいた。海外旅行研究会の部長で、何か一風 変わっていた男だった。その人と同席をした時の話題がシリアスで、アメリカ の実情をしめしていた。 <アメリカにイメージとして黒人が多く3〜4割は存在していると思われがち だが、実は15%ほど。それも、下町などの住居地区が分れていて、繁華街など 表通りでは、ほぼ見ることはない。一般的に白人社会で、熱狂的キリスト教 社会で、日曜日には礼拝に通い、生活は質素。日本で想像した社会とは 全く違うことが、日本人の大部分は知らない。> 身近で、そのような話を直接、聞くのは初めてで、驚いたことを思いだす。
当然、思い込みの激しい極右の白人第一主義者が大統領の職に就任すれば、 側近は、その不適応に驚き、呆れ果て辞任をする。当初の側近は、ほぼ全員が 辞めていったが、本人は何とも思いはしない。その本音は、「わしファースト」。 大統領の権限は、弾劾で辞めさせることも不可能に近い力を持っている。 そして、次の大統領選挙に、その権限を使って当選するつもりでいる。 その背景の白人第一主義の岩盤が基礎にある。アメリカンドリームの体現者 であるトランプは、岩盤に貧困層の白人を加えて次期大統領の座を、恰も 当然のように狙う。黒人のオバマや、女のクリントンより、支持者には、 まだ真面と思えるため。憎い中国や北朝鮮、ロシアを叩くには粗野なトラが まだマシと。安倍は、このトラ扱いにはウッテツケのようだ。 来年は、その意味で米国大統領選と、東京オリンピックと、EUの崩壊と、 中国の政治的不安定?そして韓国の大混乱を含めて、何やら怪しげな区切りに なる節目の年。 オバマ大統領の三選はないが、もし3選ありと仮定したら、 「トランプが良かった」と米国民が思っても不思議でないと思えるのは、如何して? まあ、世界のトップが何?なだけに、来年が面白そうだ!
・・・・・・ 5718,閑話小題 〜アメリカ大統領選挙 2016年11月10日(木) * 「もしトラ」が現実に!で、どうなる? 日本国内で「もしトラ(もしトランプが勝ったら)」という言葉が飛び まわっていたが、日本や、ニューヨーク市場の株価からみて、「もしトラ」は 無いと思われていた。トランプ自身、よもや勝利するとは思ってもいなかった から、好き放題が言えたのである。二人の候補の罵り合いをみて、アメリカの 凋落そのままが現れていた。政治経験のないトランプが共和党の大統領候補に 選ばれること自体がアメリカの恥。彼の暴言がアメリカ白人の本音とすれば、 この方言が、今後、政治に露骨に反映されてくる。ロシア、中国は、強権国家。 日本も保守派の阿部首相が政権をとったのだから、アメリカが対抗するには、 独裁者風の人物がなっても、何ら不思議ではない。15%を占める黒人が8年間 も現職大統領なら、白人の怒りが蓄積さて自然。それにしても、「隠れトランプ」 が、これほど多く存在するとは、驚きである。フィリピンの、あの大統領をみて、 トランプと重ねみれなかったアメリカの文化度の低さが露呈してした。 彼が、 方言のまま、政策を実行すると、まずは日本が、その犠牲になるのは自明である。 〜流れは、こういうこと。 <ドイツ移民の血筋のゲルマンが、白人優位主義と、アメリカ孤立主義を掲げ、 中・下層の白人の積もり積もった不安心理につけ込んで、ホワイトハウスを 乗っ取ったハリウッド映画並みの珍事。 小ブッシュが世界を大混乱を 生じたのを、何とかオバマが修復したが、この男が、根こそぎ叩き壊す 4年間の始まり!> 演劇としてみれば面白いが、これが現実となると。直近には、政権交代後、 トランプと中国が裏取引をした上、尖閣列島を占拠する可能性がある。 そして、沖縄も、独立派を煽り、独立運動を起こし、乗っ取りを画策する。 その間、東京オリンピックに浮かれ、終わってしまえば、大不況。 現在の韓国の惨状に少し形を変え日本社会に現れ出ても何ら不思議でない。 5年後には、「アベノミックス? 何それ」で、遠い彼方になっている。 中近東、欧州に次いで、アメリカにも移民による暴動の日常化の火がつく?
・・・・・・ 6450,閑話小題 〜ゴンドラの話 2018年11月10日(土) * ゴンドラとロープウェイ 先日の湯沢の紅葉観光で乗ったのがゴンドラ。 先年行った北イタリアのスイスアルプスを臨む時に乗った360度展望のものが ロープウェイ。ゴンドラとロープウェイの違いをネット検索すると… ・ロープウェイ 支索(上側の太いロープ。これは動かない)と 曳索(えいさく:下側の細めのロープ、これが動いて引っ張る)、 平行索(これも引っ張るロープ)を使うもののようです。 曳索は山頂側でロープを巻き揚げ、平行索は山麓側で重りなどを使ってロープ を動かす。 曳索と平行索は1つだけの場合と、両方使う場合がある。 支索や曳索の数はそれぞれ2本ずつ使うこともある。 ・ゴンドラ 支索、曳索、平行索を兼ねた一本のロープで支えつつ牽引。 場合によってはロープが2本ある場合もある。 この仕組みのため、運転にも違いが生じます。 ―― ▼ ロープウェイの場合、片方が降りると片方が昇る、交互運転が多い。 ゴンドラの場合は、1本のロープが循環してぐるぐる回る4〜8人乗りの小型。 出発地点と到着地点を循環する。北イタリアのアルプスを巡るバスツアーの ドロミテ街道で、ゴンドラを彼方此方で見かけた。建設コスト格安のためか。 日本最長の湯沢・苗場のゴンドラは、全長は5,481m。その間に、35本の立柱が、 大よそ150m間隔にあって、それぞれに35:01とかのナンバーが表示してあった。 スイスは欧州の観光地への道路のインフラを100年、200年かけて、国家事業とし、 道路、鉄道建設をしてきた。しかし、今では、出発と到着地点に基地を設けて、 あとは立柱を立てて最短にロープで結べば、建設コストが数十分の1、数百分の1 で済む。成るほどドロミテ街道など、観光スポットが無数にあるところで、彼方 此方に見かけられる筈。 遊園地感覚で壮大な景観を見られるところが良い。 来年の紅葉狩りは、早朝に出発し、田沢湖コースを兼ねてになりますか!
・・・・・・ 4621, 2000年前のポンペイー7 2013年11月10日(日) * ポンペイの迷子 二回目のポンペイで、あわや迷子になりかけた。1989年に会社でスペイン ツアーに行った帰路のローマでフリーの一日。20数年ぶりに再びポンペイを 見たくなり、オプショナルツアーに参加した。ところがバスに乗ると日本人は私、 一人だけ。往路の高速道路が大事故で渋滞。おまけに前日、ルーマニアの チャウセスクがクーデターで殺され車中に殺伐とした雰囲気が漂っていた。 で、ポンペイ。急ぎ足で、まわっているうちに、グループからはぐれてしまった。 そこは、世田谷と同じ広さ。直ぐに見つけなければツアーバスで帰れない。 背筋が凍りつく思いで、駆けずりまわった末、辛うじてグループを見つけた。 帰りのバスで、「あのまま、はぐれていたら、翌日のローマの出発に間にあわ なくなっていた」と、考えたら脂汗が出てきた。ツアーとて決して甘くはない。 ところで、三回目のポンペイで、家内がツアーからはぐれてしまった。 それも、夕刻。バスが次の目的地パレルモに向けて出発しようしたが家内が 居ない。トイレと思っていたが、途中ではぐれていたようだ。その時の、 添乗員と、イタリア人ガイドの慌てようで、ことの重大さを知った。 ところは南イタリア、それも薄暗くなりかけた遺跡である。館内の職員全員と、 警察のパトカーが駆けつける大騒動。一時間以上ほど探したが見つからず、 添乗員が、まさかと、移動予定の一時間先のホテルに電話をしたところ、 本人は着い部屋にいるという。はぐれた直後、暫くそこにいたが、心細くなり、 他の団体の後について、出口に出た。そこで待ったが見当たらず、近くのGSで、 事情を事情を話している時、たまたまタクシーが来た。そこでアマルフィーまで 値段交渉をして、宿泊先のホテルに行ったという。直ぐにホテルから添乗員の 携帯に電話するのが、当然だが、動転していて、ただ、ボーッとしていたとか。 バスで待っている間、ツアー仲間の冷い視線の中、ひたすら待つしかなかった。 家内は、殆ど娑婆経験が無く、万一の備えの観念が皆無。旅行中には、 まずは添乗員から目をつけられる。彼らは、そういう人を数人、把握。 二割の人が、八割の問題を起こすことを学んでいるからだ。移動とか食事時間 に、常に遅れてくる。40回近く、数百回、注意しても治りはしない。 以前もアテネの・・ これだけ迷惑をかけても、翌日の夕食時間に遅れるのだ から、大したもの。で、夫婦連れのツアーは、途中から、別々の単独ツアー になっていく。一つだけ自慢が出来ることは40回近くの夫婦連れ海外旅行経験。 今までのツアー仲間の最高が8回。その間に、二人の間に、自然発生的にルール が出来ている。「互いに(単独旅行者と割切り)頼らない」こと。 何度もツアー仲間に、「どういう御関係ですか?」と聞かれている。 移動と食事以外は、単独でいるため。これまで二組、夫婦別室がいた。 そこまでは、してない。これも慣れと訓練!その時、懲りない家内に 「ざまをみろ!」という気持ちが何処かにあった。 が、誰かに 見透かされていたようだ。で、一日もしないうち、全てを忘れ、彼方此方で 笑い声を上げていた。 (*∠_*) ダカラドーシタ。で、人は生きられる! で、以下の内容に続く! 偶然だが!
|
|
|
| 6813,閑話小題 〜映画評: 「ターミネーター ニュー・フェイト」 |
|
|
2019年11月09日(土)
* 老いの行末は、オタクモですか 老いの風景は、寝たきりでなければ、御宅ということ。アメリカの統計で、 リタイア後の人たちの7割が、年金暮らしもあるが、スーパーか、コンビニ以外 は、家に閉じ籠っているとか。、日本も同じ? キリスト教の影響もあって、 神に祈るアメリカ人とは、群れを好む日本人とは、違うのだろうが。 50、60、 65,70歳から見える社会と、それぞれの年代の自分が、それぞれ初体験なるが 故に、面白いやら、哀しいやら。年寄りは肉体に比例して精神も緩んでいく! 内語で自らに「ガンバレ、ガンバレ」と、むち打ち、そして老いを諦念し、 とにかく一日を感動し、楽しむしかないのが実情だが、それが面白くて堪らない のは、65歳時に発てた少しキツメの行動習慣のためだろう。 晩酌は旨いし、 TVや、PCは面白いし、読書も、ミニチャリも、毎日が新鮮。 人生を振返ると、 ストレスも多かったとしても、恵まれて面白かった手応えがある。 現在も 同線上にある「二度とない人生。楽しんだもの勝ち」。直にプッツンだもの。
― * 映画評: 「ターミネーター ニュー・フェイト」 みる度に、アクションが激しく、面白くなっている。初日もあってか、 100人以上は入っていた。(地元では100人は多い方) 同年代が多いのは、 シリーズ・モノで6作目もある。ここで悪役が破壊されても、何度も生き返る 不気味さがある。 最近、TVで放映されてもみることがなかったが、何故か、 衝動にかられて、みてきたが… ストレス解消には良い! 評価:85点。 ― ≪ 解説 ジェームズ・キャメロンが生み出したSFアクション「ターミネーター」の シリーズ通算6作目で、キャメロンが直接手がけ、名作として人気の高い 「ターミネーター2」の正当な続編として描れる。 キャメロンが プロデューサーとなり、「ターミネーター2」以来にシリーズの製作へ復帰。 「デッドプール」を大ヒットさせたティム・ミラー監督が新たにメガホンを。 人類滅亡の日である「審判の日」は回避されたが、まだ危機は去っていなかった。 メキシコシティで父と弟とごく普通の生活を送っていた21歳の女性ダニーの もとに、未来から最新型ターミネーター「REV-9」が現れ、彼女の命を狙う。 一方、同じく未来からやってきたという女性戦士グレースが、ダニーを守る ためにREV-9と壮絶な戦いを繰り広げる。 何度倒しても立ち上がってくる REV-9にダニーとグレースは追いつめられるが、そこへ、かつて人類を滅亡の 未来から救ったサラ・コナーが現れる。リンダ・ハミルトン演じるサラ・ コナーも28年ぶりにカムバックし、シリーズの顔であるT-800を演じる アーノルド・シュワルツェネッガーも出演。 ≫ ― ▼ 年齢もあるが、大画面でみる、アクションは、時どき目を瞑ることが 多くなっている。地球外生命体なるが故に、その残忍性を和らげてくれるが、 それでも正視できない場面がつぎつぎに続く。自宅では、TVで、刑事モノの アクションや、プロボクシングを連日のように見て、刺激を受けているため、 退屈というのは全くない。結局、縛られるのが、最小で、一日を刺激的に 過ごせるためか! 愉しみ周囲を見渡し、探せば、幾らでもあるから不思議。 ・・・・・・ 4987,閑話小題 ー 一日の閲覧者が、実は7倍の350! 2014年11月09日(日) * 一日の閲覧者が、実は7倍の350だった! 晴天の霹靂である。Yahooの「バードウォッチ」が20〜40の閲覧で、 エンピツのサイトが40〜50の閲覧。これは重なっている。それからみて、 「Hatena::Diaryは、同じだろうと、検索数を、バックアップ用 でもあり、開設以来の7年間、一度も調べてなかった。 ところが数日前に何気なく調べたら、(総検索数を7年×365日で割った) 一日、300近く。何かの間違いだろうと、この数日、日ごと調べたら、 7年間の平均と同じ検索数。多くて50〜60と信じていたが、実際は350 の検索があったのである。見続ける多くが決して好意的でない? とすると、 少し恐ろしい気がする。悪意の視線を意識してはきたとしても・・ 学生時代から、こと批判に関して、多くの人に重すぎる?と言われてきたが・・ 何気なく知人に聞くと、殆どが見続けているという。それにしても50〜60 は少ないと思っていたが、実は7倍の350以上の閲覧とは驚きである。 未来の自分への憶え置きと、毎日の出来事と、読書などの雑記帳として、 墓場として、書いてきたため、あけすけの内容になっていたが、周辺の知人 の50〜60人なら、まあ、いいだろうと・・ 全力で親しい友人に「とっておきの話をする感覚」で、5000日近くも、 面白おかしく書いていれば、この閲覧数は不思議でないが。それも三年半前 からは、ライブで、めったにない特異体験の生中継である。血だらけの手 (こころ)で、有りのままを、その血で書いていれば、第三者からみたら、 これほど面白い内容はないだろうし、心の歪みの露出が、そのまま現れ 出ている。特に、その特異の歪みが面白いのでは。 ところで10年位前、毎日新聞の記者から、何気なく書いた内容を指摘され、 「それを更に聞きたい、それにしても凄いことを書いてますね!」という 電話があった。そこで慌てふためき内容を書き直したが。もし積極的にネット 上に打って出れば数千は可能?ということか。間違えても、出るつもりは ないが、もしかして心境の変化がある? それぞれが特異点であり、 そのままを書けば、特異のブログになるはず。 < ところで、こうとも考えられる。10数年分の随想日記が、 コピーしてあるため、「Hatena」の読者のキーワードにヒットしていて 大部分が見てない可能性がある。いずれにしても、ネット上は、こんなものか> ・・・・・・ 6449,閑話小題 〜10日遅れの湯沢の紅葉へ 2018年11月09日(金) * 秋晴の、非日常のドライブの旅 昨日の9時ごろ、急に家内が 『湯沢苗場のドラゴンドラの紅葉が素晴らしいとTVで見てネットで調べたけど せっかくの秋晴れ、今年最終の紅葉でも見に行かない! 今日、行かないなら 明後日に独りで、‘普通列車・二日間乗り放題のチケット”で行くつもり。 どうする? あんたはせいぜいスポーツジムに行くくらいでしょ!』と。… この数日、腰痛も出ているが、この秋晴れ! 車で遠出のドライブも、この 数年してないし、湯沢なら丁度よい距離。 途中で気が変わったら、川口の棚場 で鮎でも食べて帰ってくればいいと、日常生活に非日常の「苗場の紅葉かりへの ドライブが決まった。全く知識も情報なしの突然の出来事。 苗場の西武プリンスホテル近くの駐車場にある受付で、入場料2600円を払い、 ロープウェイの乗場まで5〜6分ミニバスで送られ、待つことなく4人乗りドラゴン に2人が乗せられた。 全長は5,481m。日本最長の苗場ドラゴンドラ。片道の乗車時間は25分もあり、 秋の紅葉が素晴らしいと… 2600円は、ちと高いが、これだけの景色なら良しと しなければ。麓は、まだまだ紅葉だったが、登るにつれて、ほぼ紅葉が終わって いたことに気づく。それでも、全く失望しないだけのパノラマが広がっていた。 車で二時間なら来秋の10月半ばに来るだけの価値はある。 成るほど、「よく見れば薺花咲く垣根かな…」。 10時に出発、宮内の青島でチャーシューラーメンを食べ、帰宅したのが17時半。 7時間半の非日常の世界の物語。 家内の突然の提案後、30分ほど間をおいて 考えたのが、 <この年齢、何があっても不思議でない、次の機会は、あるかなし! いま行かないと後悔、先に立たず。そうして、今まで生きて、今さら 何を躊躇する!>の大げさの内語。 突如の決心の場合もあったが…
☆ 『今日か、明日行きたい?』 『是非行ってらっしゃい。そこでなくとも!』 『次は、ほぼ無いですよ』 若い人ほど、それが言える! 『いま、しておかないと、永遠にしないことになりますよ! 今しておく 繰返しが、人生。老いてからの後悔ほど、哀しいことはない。』 それにしても、老いは哀しいものです。無為の人生。その内側たるや! 一つ間違えると、建て直すに、それは膨大のエネルギーを要する。 だから、万一の備えをすべきということ。 誰に言ってるの? 自分でしょ。自分へですよ。 何か間違えてるっじゃないですか? さて、 ポタリング! へ。
・・・・・・ 5352,浅田次郎の人生相談 ー日々を無気力に過ごしていますー 2015年11月09日(月) ー『世の中、それほど平等でない』浅田次郎著 * 旅すれば、内向きの自分が解放される 学生時代の二年まで、学生寮とクラブの世界で、都会生活の日常に飽き あきしていた。しかし、二年生の夏休み前に(何度か書いた)、人生の将来 設計のレポート提出を、「キリスト教倫理」の教授の宿題を出されて、 自分の先行きを人生で初めて真剣に考えて提出をした。タイミング良く、 その夏休に、寮の(10年位年上)先輩夫婦が、軽井沢の『友愛山荘』という 宿舎のペアレント(管理人兼マネジャー)をしていた因縁で、二年先輩の Kさんと、手伝いにいくことになった。ところが、その一ヶ月間の、楽しく、 面白かったこと、この上なかった。若い女性が何かロマンを求めてくるのを 相手に、夕食後、歌ったり、踊ったり、ゲームの相手をする。 それまで、 寮も、クラブも男所帯が、全く違った世界の日々を味わうことになった。 その時の、ある出会いで、翌年、「30日間・欧州一周旅行」に参加する ことになり、人生観が一変した。 寮に、クラブに、クラスに多くの友人が 存在していたし、進級ごとに、アップスケールをしていた。要するに、 恵まれていた。 〜まずは、その辺りから〜 ●質問: 日々を無気力に過ごしています(19歳男性・大学生) ≪「この春から上京してきましたが、大学デビューに失敗し、自宅と キャンパス、あるいはバイト先をただ往復する毎日を過ごしています。 夏休に入っても、サークルにも所属していないし遊びに行く友達もいません。 このままではまずいと思うのですが.何かきっかけが欲しいです。≫ ●回答: 旅をすれば、内向している自分が嫌になる ≪・次郎: バイト代貯めて旅行でもなんでも行ってくればいいじゃないか。 何をうじうじしてるんだ。若い人はね、外国へ行くチャンスがあったらどん どん行きな。僕らのころは高くてなかなか難しかった。ここまでいろいろな 投稿を見て感じるけど、細かいことでぐずぐず悩んで内向している人、多く ないか? そういう人は外国へちょっと行ってこいって。自分の心が開かれる。 外国がいいってわけじゃないけど、内向している自分が嫌になるよ。 それは旅の功徳です。 ・太朗: 国内旅行はいかがでしょう? ・次郎: 国内旅行はもっと大切です。若いうちに遠いところだけ旅して 日本のことを知らない人は、結局外国に行っても何もわからない。 近いところから遠いところに足を延ばしていくというのが、理想的な手順では あると思います。まあ国内でも海外でも、自分の知らなかった世界に触れて、 小さい自分を吹き飛ばしてきなさい。行ってらっしゃい。≫ ▼ 大学の醍醐味は、サークルである。そこに入らないと面白みは半減して 当然のこと。まだ遅くはない、何かのクラブでも、ゼミに参加すること。 そして、大学生活の目的を早々に定めることだ。学生時代の4年間は、あまりに 短すぎる。 大学は各地の様々な人が、学問を学ぶという建前で、自由に学び、 遊ぶところ。とにかく、クラブに入ること。胸襟を開いて、対話が出来るのは、 この時期ぐらいである。 世の中には、本当に「変わった人」が、多くいる。 その一人が「自分」でもある。そこで自分の硬いバイアスに気付くことだ。 そして、これを一生かけて壊し続け、新たな自分を導きだしていくのが人生。 今さら、その手を緩めることなど、出来ようはずはない。 先回で、少し下げた目標回数50回目のツアーに行って、自己を達成した。 若い人だけでなく、外国からの視線で逆照射をして、自分と、所属する世界を 見直してみる必要がある。そうすれば、9割以上を占める、『世間人』の バイアスと共に、己の枠が鮮明に浮び上がってくる。それに、少しでも気づく か気づかないで、その人生は変わってくる。 私の人生で、20歳の頃に、 そのバイアスが、一度、粉々になったのが、人生で一番の収穫だった。 『世界は広く、深いこと』に、まず気づくことが大学生活の絶対なこと。 その為には、ありきたりだが、『感動、感激、感謝』の質量の絶対量を 確保することだ。 それは日常には無い。それは、『非日常』に埋まっている。 学生時代は、人生の中では『非日常の時節』である。それは自ら探さなければ。
|
|
|
| 6812,閑話小題 〜 賞金が2臆じゃ、頑張るは! |
|
|
2019年11月08日(金)
* 異次元の強さの井上もドネアには… 「井上の実力からしたら、その力の差は歴然としている」が、前評判だったが、 賞金が賞金だけに、ベテランのドネアも、踏ん張った試合であった。賞金が2臆 じゃ、頑張るは!今ではWowowoで面白いのが放映しているため、YouTubeを含めて 面白い試合を観戦可能。デビュー以来、15戦全勝と、7割KO率の全勝チャンピオン との対戦で… 最後は挑戦者の勝利> とか。YouTubeでは、ヘビー級のKO集 とか、逆転KO集とか、それは面白いのが目白押し。 〜ネットニュースによると… 《 バンタム級決勝が行われ、WBA・IBF世界同級王者・井上尚弥(26)が 3−0(116−111、117−109、114−113)の判定で、WBA 世界同級スーパー王者のノニト・ドネア(36)=フィリピン=を破り、優勝。 2回にドネアの左フックでキャリア初のカットを負った井上は5階級制覇の ベテランの底力に苦戦を強いられる。苦しい展開の中、11回に右アッパーから の左ボディーでダウンを奪い、再開後もKO寸前に追い込んだ。驚異的な粘りを 見せるドネアをKOすることはできなかったが、判定でバンタム級最強を証明。》 ― ▼ 21時過ぎると、睡魔で寝入るが、22時半近くまでTVに見入ってしまった。 まあ、幸せなこと。 試合としては面白かったが、KOでなかったのが少し 悔やまれる。まだノビシロがありそうな井上選手、主戦場がアメリカに移動する のだろうが… 世界は広い、途轍もないのが隠れていて当然。で、起床が一時間 遅れの4時半で、このネットへの上奏が、この時間になってしまった。 ― * 何かうら哀しいインタビュー 駅前や街中で、NHKの「ガイロク」など「一言インタビュー」が大流行り。 最近、印象に残ったのが、公園や川辺のヤツレタ中高年の男たちの愚痴。 「何にもするでなし、毎日がつまらない」「死んでしまいたいが、死なせて くれない」「人生、ちっとも良いことがなかった」など等… つづく。 しかし、「こうしているのが好きなんだ!」もあった。これは名回答! それが全身から滲み出ているから、なる程と納得する。図書館で読書をすれば… と、教えたくもなるが。無為に過ごした人の老後は、それは厳しいというが。 人生の面白いところは、「人生二度無し」の一回性に。これが解ってないから、 「世間人」に成り下がる。いや、なり上がる。
・・・・・・ 6448,閑話小題 〜中間選挙の結果から… 2018年11月08日(木) * これがアメリカという国 今回のアメリカの中間選挙。トランプ大統領にとって、大きな痛手でない 結果に終わった。これほど致命的と思えるスキャンダルと失態に関わらずで… 下院が共和党、上院が逆に共和党が過半数を押さえ、真逆に変わっただけの結果。 下院で過半数の民主党が法案に反対して、通過しないと、『それは民主党の反対 のため』という言訳が出来るし、いざとなれば大統領令で通過が可能。 弾劾裁判も、下院で通過しても、上院では三分二の賛成が必要で、通過は無理。 大統領の思惑どおりである。 あと二年は好き放題、やりたい放題になる。 プーチンに秘密を握られながら、次回の選挙までなだれ込む? 喜劇と悲劇が 紙一重そのもの。その前に、老化か、病でプッツンもある。大統領の直接選挙の 恐ろしさである。白人第一主義、アメリカンファーストを、更に強引にすすめる しかないだろうから、世界は混乱を拡大する。ブロック化の潮流が、争いのタネ になって不安定化するのでは。 とはいえ、アメリカ白人にとって、黒人や、 女大統領より、金髪の太った悪役面した大男を望むのも解らないでもない。 グロック化といえば、イギリスのEUからの離脱が、その初っ端。イタリア、 ドイツ、ブラジルに連鎖を始めている。北朝鮮が当初の思惑どおり?、何やら 妙な動きが出始めている。成るほど、ロシア、中国が、ここで金保有量を増加 したのは、何かを察知してのこと? オバマとトランプ、偽善と露悪を並べ、 さあ、ドッチといえば、アメリカ白人なら、金ピカのトランプですか! 結局、韓国を差し出して、台湾、沖縄ラインに戦線を引き下げるか? さもなくば、ガム・ハワイまで引き下げられたら、どうなるんでしょうか。 ―――― 6082,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実 〜7 ポチポチきたか… 2017年11月07日(火) * ポチのポチの汚職問題が浮上 アメリカ政府筋、よくぞ次々と問題がポチの周囲に起こるもの。頭が、ロシア に育てられたポチ下の商務長官なら、さもあらん。ロシア筋は、自壊的現象を 冷笑してみていればよいだけ。オバマの高潔と気品は、何処に! それが良かったか、悪かったかは別問題… まずは、〜ネットニュースより〜 ≪ ★ ー米閣僚、ロシア企業から利益 「パラダイス文書」を入手ー 米トランプ政権のウィルバー・ロス商務長官が、タックスヘイブンにある複数 の法人を介して、ロシアのプーチン大統領に近いガス会社との取引で利益を得て いたことが、朝日新聞が提携する国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ) の調べでわかった。ガス会社の主要株主には、プーチン氏の娘婿や、米国の制裁 対象である実業家らが含まれている。商務長官は外国への制裁判断にも影響力を 持ち、複数の専門家が「深刻な利益相反の恐れがある」と指摘している。 【特集パラダイス文書】疑惑の島 トランプ政権X氏の謎 英領バミューダ諸島などに拠点がある法律事務所「アップルビー」などから流出 した膨大な電子ファイル「パラダイス文書」を元に、ICIJがロス氏の資産 報告など複数の公文書と合わせて取材した。「ロシア疑惑」に揺れるトランプ 政権にとって、新たな火種となることは必至だ。≫ ― ▼ 大変な問題だが、「で、どうする?」となれば、どうしようもない」が現実。 〜で、天空彼方からの内なる彼らの問答は、こんなものか… 《 A:「この男を使って、やっちまえ!」 B:「何を?」 A:「当然、あれ!」 B:「やばすぎない?」 A:「やばいでしょう」 B「:これ始めると、後に戻れ ないのでは?…」 A:「それがどうした?なるようになる!それで最終調整に、 周っている」 B:「本当か?」 A:「いま、決断しないと、世界も、取返し のつかない事態に」 B:「としても、止めておいた方がよい」 A:「そう言いつつ20年も経っている」 C:「これが必然なら、早い方がいいよ」 A:「あとあとの、歴史家も、必ずそういうよ」 B:「終戦処理の問題がある」 A:「誰が戦う前から、戦後を考えるか」 C:「朝鮮半島がイラク、シリアの戦禍状態に、日本はトルコ状態になる可能性 が充分にある。過去70年以上も平和ボケの日本には、想像を絶した事態。そう こう考えると、周辺国は、真剣に締付けをしないと!」 A:「どの道、あの国では無理! 国そのものがISのような狂信国家そのもの。 住民もろごと、破壊する必要がある。 》 書いている私自身、気分が悪くなっている。 どうもこうも! C:「一年ぐらいは、様子をみたら!」を支持したいが、ポチと、何?が…
・・・・・・ 5716,フラッシュバック 2016年11月08日(火) * フラッシュバック 「フラッシュバック」について何回か書いてきたはずと、HP内を検索すると、 幾つか出てきた。人生経験を積むにつれて、過去の行蔵に反省、独り赤面する ことが多くなる。振返って見える自分は、知識・経験の少ない「若造」である。 老いるにつれ、フラッシュバックが変形して、妄想化していく事例を幾つか、 見聞きしたことがある。「心に疚しいことや、後悔することはしない!」を 行動規範にしてきたが、振返りみると、多くの人たちを傷つけてきた。 このブログでも現在進行形? 現在も、そのフラッシュに悩まされる日々。 〜ネット検索すると、精神科医と思しき人の書き込みがあった。 ≪ フラッシュバックとは、 「過去の体験を連想させる」ような、「過去の体験を感覚させる」ような、 何かのきっかけに接した時、あるいは、何かそうした刺戟を受けた時に、 (これをトリガー「引きがね」と呼ぶ)「 あのとき 」と同じ感情や感覚が、 不意に甦ってきて、それによって、さまざまな反応を引き起す状態を云います。 あるときテレビで、住宅街で爆発火災があったニュースが流れ、現場の近所に 住む老人が、「 爆発音を聞いて、太平洋戦争のときの東京大空襲の情景を思い 出して、こわかった 」と、震えながらカメラの前で語っていたのを、見たこと があります。 フラッシュバックでは、このように、「あのとき」の情景や 記憶も、共に甦ってくるケースもあります。 一方で、ただ感情や情動(あるいは気分の様なもの)だけが、生じるような ケースも多く、そうしたケースでは、ご本人自身も、フラッシュバックが起きて いる(いた)と、気づくことが難しくなります。 そのため、実はそれは フラッシュバックの反応によるものなのに、「自分の性格のせい」とか 「自分がダメだから」と、悩んだり苦しんでいる方たちも、多くいる。 更に、カウンセリングやクリニックを受診しても、フラッシュバックである ことを見落とされ、「それはあなたの心のクセ」だとか「あなたの性格の問題」 とされて、治療やカウンセリングがいっこうに良い方向へ進まない、という ケースがあります。 【 フラッシュバックと感情(情動)】 感情とは、ご存じのように、怒り、恐怖、くやしさ、恥ずかしさ、悲しさ、 不安、などのことです。(よろこびとか幸福感も、感情に入る) そして、感情のエネルギーのより強いものを「情動 」と呼んでいます。 強い感情や情動は、自律神経系などを通して、心身の反応を瞬時に引き起す ことになります。それはフラッシュバックに限らず、発生する感情や情動が 強いほど、たとえば、動悸が激しくなったり、手足が震えてきたり、手のひら に汗をかいたり、息が詰まりそうになったり、頭が真っ白になったり、ワッと 叫びそうになったり・・などの心身の反応を、様々に引き起すことになります。 つまり、フラッシュバックとは、過去の出来事や体験による感情や情動が突然 甦ることで、なんらかの心身反応が引き起される「 情動反応 」のことです。 パニック症状・パニック発作の中には、フラッシュバックによる反応が、 かなりの割合で含まれていると、考えられます。≫ ―― ▼ 心の傷は、何時までも残るもの。老齢化は、それに打ち負けていくプロセス でもある。老いるほど、遊びと学びが重要になるのは、マイナスの情動反応に 対して、若い気持ちと、体力が必要条件ということ。老いるとゾンビ化するのは、 その押しつぶされた退行状態。多くの感動体験が必要なのは、それらを中和を させるフラッシュになるためである。幸せに生きた人は、幸せに死んでいく。
・・・・・・ 4986,暴走する世間 −3 2014年11月08日(土) 「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹 (著) * 世間学的エポケー 節目時は、それまでを一度、清算して、新たな世界への区切りである。 その時に重要なのは、その時に感じたことを優先すべしというのは、現在の 私に言えること。その意味で、毎日、書き続けている、このブログは、大きな 役割を果たしている。だから、世間という幻想、幻覚に迷いそうな、いや、 迷っている自分を見つめ続け、世間学的エポケーの立場を守らないと、 その節目が薄れてしまう。 ーその辺りからー ≪ エポケーというのは、E・フッサールの現象学の用語である。 エボケー{現象学的判断伴止}とは、自分がそれまでとらわれていた 主観/客観という世界認識の方法の自明性を、いったんカッコに入れるという、 世界像の判断停止のことである。これにならっていえば、自分がこれまで 自明であたり前だと思っていることの一切を、デカルトのように徹底的に疑い、 すべてをいったんカッコに入れる。 〜フッサールの現象学的判断停止 について、哲学者M・メルロー・ポンティが、次のように説明している。 < われわれは徹頭徹尾世界と関係していればこそ、このことに気づく唯一の 方法は、このように世界と関係する運動を中止することであり、あるいは この運動とのわれわれの共犯関係を拒否すること(フナサールがしばしば語って いるように、この運勤に参与しないでそれを眺めること)であり、あるいはまた、 この運動を作用の外に置くことである。それは常識や自然的態度のもっている 諸確信を放棄することではなくて―それどころか逆に、これらの確信こそが 哲学の恒常的なテーマなのだ― むしろ、これらの確信がまさにあらゆる思惟 の前提として〈自明なものになっており〉、それと気づかれないで通用している からこそそうするのであり、したがって、それらを喚起しそれとして出現させる ために、われわれはそれらを一時さし控えねばならないこそそうするのである。> そのさいに重要になるのが、「内在」という現象学の方法である。 それによれば、自分の判断の根拠を、自分の「感じ」だけに置く。 いいかえれば、たいていのものは「可疑的」、つまり疑いうるが、疑いえない ものがたったひとつあり、それが自分が「こう感じた」ということだという。 簡単にいえば、他人がいうことではなく、「世間」の評価ではなく、自分が 素直に「感じたこと」だけを信じる、ということである。思いだしてほしい。 じつは、さきほどのべたように、これが阿部さんの「世間」論の方法だった。 自分が「感じた」ことだけを信じ、これに徹底的に言葉を与えてゆく。 すべてのものは疑いうるが、たったひとつ、疑いえないものがある。 それが自分の「感じたこと」なのだ。≫ ▼「大病による長期休養」や、「長期間の旅」はエポケーになる。人 生には、一度、属している世界の外に出て、自分を見つめなおす必要性がある。 外側から、内側で「感じたこと」を感じなおす必要性である。以前から、 小さな洞窟内を自己に、その前にある湾を世間に例え、その外海を社会に 例えていた。自分(洞窟)と、世間(その前に広がる砂場)と、外界を見極めて、 外から、これらを見つめなおすことが必要である。所詮は、これらは集団幻想で しかない、そのことを自覚するためにも! ・・・・・・ 6083,「砂の文明 石の文明 泥の文明」〜読書日記 2017年11月08日(水) 「砂の文明 石の文明 泥の文明」松本健一(著) 世界の「文明の衝突」を分りやすく説いた内容。砂、石、泥の例えが何とも妙。 人見知りもあり、パックツアーのシステムをフル活用をして、これまで51回の 海外旅行をしてきた。 パックとはいえ、そのエネルギーは膨大にかかる。 行先で世界の大自然、文化・文明を数多く見てきた。その中で、各地の住居は、 その周辺の物で作られた文化の象徴。エスキモーは氷で、チチカカ湖では、群生 している葦で浮島と家を作っていた。 北アフリカや中東の動乱で、数百万単位のアラブ人が、欧州になだれ込んでいる。 当然、そこでは文明の相剋が出てくる。砂の文明は、金持ちが貧乏人に施すのが 当然というイスラムの教えがある。キリスト教圏は、弱者に施しの教えがあっても、 大部分の人にとって、自らの生活で精いっぱい。流民を見過ごす余裕などはない。 そこで人道上の問題もあって、郊外に仮説小屋を建て、囲いこむ。最近、トルコ に資金援助をして、何割かを引き受けさせている。そこに欧州人と、アラブ人の 生活格差の問題が現われ出てくる。所詮、砂と石の文明は、体質が合わない。 砂の定義を調べると、<岩石が風化・浸食・運搬される過程で生じた岩片や鉱物 片などの 砕屑物から構成され、サンゴ・貝殻などの石灰質の化石片を含む …」 とある。砂漠の民が、石の文化と適応するには時間がかかる。 〜Amazonの‘内容紹介’より ≪ 砂のイスラム、石のヨーロッパ、泥のアジア― ―文明の原点を風土に根ざした三つに分類。 「泥の文明」に位置付けられる日本の独自性に迫る。世界はいま「文明の衝突」 の世紀を迎えたという。だが「アメリカ中心の民主主義」VS.「野蛮なテロ集団」 という構図だけで、深層は読み解けない。ここでは、民族と風土のあり様を 三つのカテゴリーに分類。 「砂の文明」としてのイスラム、 「石の文明」の欧米、 「泥の文明」のアジア。 そして、各々の本質が <ネットワークする力><外に進出する力><内に蓄積する力>であることを 考察。 著者は、「泥の文明」が生んだアジア的思考に、西洋文明を超える力 が秘められている、と語る。 世界を歩き、縦横に思索を広げた独創的文明論。 ―主な内容― Amazon 【人はなぜ「不毛」な砂漠に住むのか/中国の「精神文明」、日本の「精神文化」/ 「文化」は民族の生るかたち/「文明の衝突」はあり得ない/「アメリカ原理主義」 という病理/アラブの国境線が点線である理由/なぜ日本車が世界を制覇したのか/ 日本文化の底層にあるインド文明/力のヨーロッパ、美のアジア/ など。 〜ヨーロッパ=石、アラブ=砂、アジア=泥。それぞれの文明の違いを著者の言葉 でわかりやすく述べている。 また、文化と文明の違いについての考察も興味深い。 文化=民族の生きる形、すなわちそれぞれの民族が固有に持っている個性的な 暮らし方であり、伝統であり、風習にほかならないという。 一方、文明とは何か。普遍的なものであり、非常に使いやすいものだという。 それゆえにグローバルに浸透していく。普遍的なゆえに必ず滅びていく、つまり 新たな普遍的なものに取って代わられるということになる。全く同感である。 著者の教養がにじみ出ている書であり、特に泥の文明の記述は、さらに詳細に 知りたいという欲求を生じさせる。編集者がインドへ旅立ってしまったのも、 さもありなんと思う。あと一つ知りたいのはアメリカとヨーロッパの関係である。 単純に石の文明がアメリカに持ち込まれ、外へ進出する力がアメリカで働き つづけているとすると、今のヨーロッパは過去から変化しているようにも見える。 また、本当にアメリカは石の文明が移植されたものなのか、アメリカという 土壌を得て別の文明と考えるべきではなのか。検証してみたい事柄である。】 ― ▼ 泥は水分の混ざった土。土は腐った植物などで出来ている。人間の体質には 土が理想的だが、地域により違う。欧米は、石、コンクリートの建物。日本は 木造づくり。石の文明は、あとあと残り続けるが、木は腐って土になるか、燃え て消失する。すると、日本の文明は「木の文明」か。いや、だったか。 まだ文明が出来て一万年も経っていない。森林の木から地上に降り、歩行を 始めて数百万年史か経ってない。 世界は知れば知るほど面白い。もっと味わう べき。苦悩も喜びも、感動も感激のネタは幾らでもある。 ただ気づかないだけ。
|
|
|
|