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堀井On-Line
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2019年10月28日(月)
< 『人生の目的』 五木寛之・著 > * 人生に目的が有りか、無しか? 人生の黄昏時に、今さら「人生の目的」と問いかけられたら何をか言わん。 現役なら、『全機』『生甲斐を見出し、邁進すること』『後味の良い人生を』 『節目を叩く』『宇宙の彼方からの旅人の視点で地球への旅として深く広く 世界と、人間観察をすること』などと、気の利いたことを考えていたが、 前期高齢者から後期高齢者に、あと一年数ヶ月で移行しようとする現在では、 <一日を味わい、満足できれば、それで良し。後先のことは、なるがまま> とまあ、変わるものよと… ‘まえがき’の冒頭の、父子心中事件の父親の 時間が、胸に刺さる。そこに隠れた人生のテーマ。人生は目的あり? そんなものは、あろう筈がない?という、二つの対立するテーマは、何世紀も わたって議論されてきた。成功者に意味ありでも、失敗者には、大した意味が ないのか。 ―― 〜内容紹介〜 《 妻に蒸発され、小学生の息子二人を抱えてまじめに働いていた父親が、 「疲れた」といって子供たちと心中した。父親のズボンのポケットには10円 銅貨一枚、子供の手帳には「おかあさんもじ国(地獄)へ行け」と書かれていた。 四十数年前にあった悲惨な事件だが、なんともいえないリアルさと、自分の胸 に指を突きつけられる思いが今もする。お金も家族も健康も、支えにもなるが 苦悩にもなる。人生はそもそも思うにままならぬもの。 ならば私たちは何のために生きるのか――。 人々に寄り添うその深い洞察が大反響を呼んだ衝撃の人生論。 時代が変わる今、再読したい心の羅針盤。 雨にも負け、風にも負け、それでもなお生き続ける目的は──? すべての人々の心にわだかまる究極の問いを、真摯にわかりやすく語る、 人生再発見の書。 》 ― ▼ 学生時代から、この方、「如何に生きるべきか、何を目指すべきか?」など 「人生の目的」について、色いろ本を読み、悩み、何か知ったような心持になり、 現在でも、「何をしてきたか、何だったのか」を、繰返し、最後は、「所詮は 宇宙の微細な存在」として諦観している日々! 閑なればこそ。 としても、 この年齢なりに、面白いほど刺激があるから、不思議である。充実していると、 自らに語りかけるしかないということ… 良く遊び、学び、働いたか、休んだか、 充実した日々を過ごしているか?と、毎日毎日、飽きもせず、同じようなことを 考え、戯言を書いている自問自答も面白いもの。 この本の冒頭に、子供の手帳に「おかあさんもじ国(地獄)へ行け」と書かれた 母親、当時、30歳半ばとすると、生きていれば80歳。 生きた分、地獄の苦海で、 ひたすら、子供の成仏を祈るしかなかったのか。 歎異抄の…《 弥陀の本願には、老少善悪のひとをえらばれず、たゞ信心を 要とすとしるべし。そのゆへは、罪悪深重煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願 にてまします。」(第一章)。念仏を唱える信心だけが、この母の人生の目的と。 天国も、じ国も、それぞれの心の内にあり。瞑想は、それらから達観するにあり。
・・・・・・ 6437,閑話小題 〜友、遠方よりくる 2018年10月28日(日) * バブル期に 10数年ぶりに学生時代の友人と飲む。38年前になるが、新潟シリーズの創業の 半年前に大手中堅商社の新潟支社に転勤で赴任してきたばかり。引継ぎの幾つか の案件に私の名前をみつけ電話をしてきた。新潟で知人が皆無の中で、ゼネコン 関係の資材を扱う部門で、情報を得るにうってつけ。 学生時代のクラブで親友 というほどでもなかったが、比較的親しい合気道演武の相方だった。 その後、 開業を経て16年、2〜3ヶ月の割合で新潟駅前と古町に飲み歩いていた。その後、 本社の方に戻っていたが、新潟滞在中に県外の女性と結婚、二子が生まれていた。 彼にとって新潟は第二の故郷、その息子にとって生まれ故郷になる。 勤めた商社が、4回も吸収合併を受け、そのハンデの環境で生抜いてくるには 並大抵でない苦労話を、飲む度に聞かされていた。 晩婚だったこともあり、 その関連会社に現在も勤務。その仕事の関連で新潟、北長岡に出張にきた帰りに 長岡駅周辺で一軒ハシゴをして、最終の新幹線で帰っていった。しかも翌日は、 9時出社というからリタイアから8年近くの私には…? 数年前、一度、退社 したが、社長交代で、新社長に呼び返され現在に至っているとか。社長直属の 便利屋的存在? お互い、あと3ヶ月で73歳。老いは隠せないが、気持は元気。 現役の良さは、気持ちの張りと、エネルギーを貰えこと…という。この年齢、 何処も家庭内で邪魔者扱い。<…老いは厳し〜野辺の花よ〜>で バブル期の絶頂期を古町の夜を飲み歩いた行蔵の味は、何ものにも変えがたい。 高校の後輩の広告代理店の支社長、ゼネコンの所長、不動産屋社長、某雑誌の 愛読者の会と、週末、週初めに、誰かしらと飲み歩いていた時期が懐かしい。 新潟シリーズの実業30年の、当初10年は上昇期間、中間10年は横ばい、後半 10年は後退期だった。その前半15〜6年が一緒だったため、面白い思いでばかり。 後半にかけた20年は年2回の秘・異郷ツアー。バブルで膨れ、その崩壊で萎んだ 人生そのもの。 過去を懐かしみ浸ることは問題だが、どう振返ってみても、 <そう考えたい>要素もあるとしても面白さは、プラマイ3対1、いや6対1。 良かったことが有りすぎ。何故なら自分から、そこに近づいたため。運は 自らを、そこに「運ぶ」。因縁の因は、直接原因。縁は、それに誘発された 間接原因。縁から因を探す方策もある。 世界史上最も恵まれた時代背景に生きただけでも有難い。人生は一度、好転 すると、そのまま転がる傾向にある。 問題は、如何に軟着陸するか? 死ん でしまえば、それさえ如何でもよいこと。 宇宙のチリでさえなくなる。 ただそれだけ! なら美味い酒を飲んで、【僕は幸せ!】と、ひと時を過ごす しかない。ただし、充実した日の名残りに! 空虚が一番悪い。その怒りを 他者に向けるしかないのが最も悪い。 それも老いてなお群れて! ところで、群れは何人以上をいうのでしょうか? これは、次回のテーマ。
・・・・・・ 2014年10月28日(火) 4975,閑話小題 〜好きなこと、非日常 * 嫌いなこと、無感動 酒席での、ある人の一言が気に入った。 『私の好きなことは非日常!嫌いなことは無感動、無反応!』 私の趣味の秘境ツアーは、非日常と感動を求めて海外に出ることにある。 毎日1〜2つはみるTVドラマも、週1度は、通っているシネマも非日常世界の 仮想体験をするため。人生を振り返ってみて、思い出されるのは非日常的のこと ばかり。しかし本当に大事なのは、その時節の日常。背景があればこその非日常。 したがって、この二つの組合せを知恵で生かせば良い。老いるということは、 日常に埋没し無感動になること。子供の頃の、青春時代の、あのキラキラ した気持ちは、どこにいったのやら。 * 塩の話 サラダは、だいたいが塩をかける。このサラダは塩の意味から派生した言葉。 ラテン語で塩のことをサルsalと呼ぶ。このsalから様々な言葉が派生した。 例えばサラーリーマン(salary man)がそれ。サラリーマンは和製英語だが、 そのサラリーsalary(給料)は塩sal。古代ローマでは、兵士の塩代のことを ラテン語でサルsal(塩)にちなんでsalariumといい、これがsalaryサラリー (給料)となった。 塩と同じくらい貴重なものという意味で、給料salarium が使われていた。他にも、例えばsauce(ソース)、sausage(ソーセージ)、 salami(サラミ)、soldier(ソルジャー:兵士:塩をもらう人)がある。 塩は空気や水とともに、人や動物が生きていく上で欠かせない。 これは生命が海から誕生したことと関係がある。世界で生産される塩の三分の二 が、岩塩を材料としている。岩塩は5億〜2千万年前に地球の地殻変動で海が 陸地に閉じ込められ、水が蒸発後に土砂が堆積してできたもの。 人類は魚介類や獣肉を食べて自然に有機塩を摂取する以外に、塩を意識 しだしたのは5千年前からと推定される。食物の味を高め腐らせない塩は、 古くから霊力を秘めていると崇められ、お清めや、相撲などで土俵にまくなど、 清浄の力で穢れを払う目的がある。「しおらしい」は、「塩を欲しがる」女性の 仕草が由来のようだ。 「塩梅がよい」「塩加減がよい」「敵に塩を送る」 「青菜に塩」「ナメクジに塩」「傷口に塩」など、諺にも多く使われている。
・・・・・・ 5340,もし上野さんが美人だったら? 〜身の下相談 2015年10月28日(水) 〜社会学者の身の下相談 * もし上野さんが美人だったら? ー身の下相談にお答えしますー 上野千鶴子 「私は美人故に読書量が少なかった。そうでない貴女は読書量が多く、知名な 学者になっておられる。その私は、どうしたら、その深みに到達できるのか?」 という辛らつな質問。 何かやらせ?のようだが、それはないという。 ● 質問: もし上野さんが美人だったら? 相談者主婦60歳 ≪ 60歳の主婦です。 愚息たちが独立し、ひとりの時は本ばかり読んで 過ごしています。が、読んでも読んでも足りないくらい読みたい本が次々と 出てきます。若い時代に「きれい」と言われるような部類に入っていたため、 ちやほやされながら過こしたことが悔やまれます。 そこで上野千鶴子さんにぜひ質問したいことがあります。 もし上野さんが絶世の美女に生まれついたとしたなら、現在のように、社会 の底辺にまで目をやる社会学の道に進んでいたでしょうか? フエミニズムや ジエンダーの問題、引きこもり、おひとりさまの考察も、ミソジニー (女性に対する憎しみや軽侮)のあの深さに到達したのでしょうか。≫ ● 回答 人生がそんなに単純ならねえ… ≪ アメリカにこんなジョークがあります。 キャンパスをメークの似合うきれいな女性がパンプスで歩いていたら、 教授秘書。すっびんで、さえない、若くない女性なら、教授、なぜかというと 花のハイスクール時代に、きれいな女の子は男の子にもててデートに忙しく、 勉強どころではないのに、きれいでない女性はこつこつとお勉強して名門大学 へ入り、成果を上げるから、と。かのボーヴォワールも、妹と何かにつけ比較 され、親に「あなたはかわいくないから、お勉強をいっしょうけんめいしなさい」 と言われ続けてきたとカそれならフェミニズムは「ブスの女のルサンチマン」 だという(今か40年も前にオヤジメディアが唱えた説は正しいのでしょうか。 娩曲な言い方ながら、あなたは全く同じことを言っていることになりますね。 あなたの説は容貌人生決定説です。人生がそんなに単純なら、どんなにいいで しょう。証言しておきますが、ウーマンリブに参加した女たちにはきれいな 女性がたくさんいました。きれいな女性は男にセクハラされ、ストーカーされ、 利用されていましたし、ブスの女性は男に無視され、黙殺され、からかいの対象 になっていました。きれいでもブスでもない、その中間の大多数の女性は男に つけこまれ、ふりまわされ、あなどられていました。残念ながらそれが40年前 の女性の現実でした。察するにあなたはそこそこ幸福な人生を送ってこられた ようですね。それを容貌のせい、とお考えでしょうか。「若い時代」と限定が あるので、女の容貌の価値が賞味期限付きだとは知っておられるのですね。 ということは「若い時代」が幸福のピークで、それからずっと下降線をたどって きたということでしょうか。察しのとおりわたしは「顔の不自由な」ひとですが (笑)、これまで生きてきた上で男女を問わず他人と関係をつくるのに、 そのせいで不都合があったことは、一度もありません。弱者に想像力を持つ ためには、自分自身が弱者でなければならない理由もありません。 この年齢になって読みたい本が次々に出てきたんですって! なんてすてき。 本と読者は出会いもの。若いときに本を読まなかったことを容貌のせいに してはいけません。容貌は容貌、幸幅は幸幅、知織欲はそれとはまた別、 その間に何の相関もない、っていうことぐらい、本を続めばわかりますよ。≫ ▼ 美人カースト制で恵まれた人だった質問者が、それ故に読書の絶対量が 少ない自分を責めている見識そのものが低い。容貌には賞味期限があり、 知識は絶対量が増すほど質に転化する。女性は容貌で大きく人生を左右する。 しかし、そこに品性と教養が伴なって、光の色が変わってくる。 人生に、「もし」や「たら」は無い。一期一会の積重ねが、その人となり。 「女性のセックスの質量は、容貌に大きく左右される」、統計があるとか。 容貌が崩れる前に、『やりたい時が、やれる時』と知るべし(笑い)。 ・・・・・・ 4608, 孤立無業 2013年10月28日(月) 朝日新聞の書評に、『孤立無業(SNEP)』 玄田有史〈著〉があった。 ネット検索で調べると、多くのレビューが出てきた。そこで、その幾つかを まとめてみた。孤立無業から独居老人に、そして孤立死を迎えることになる。 死ぬ時は、誰もが孤立死だが。 《 * 孤立が就労意欲を奪う 日本の若年無業者を「ニート」概念を用いて論じた東大社会科学研究所の 玄田有史が、新たな分析視角を提唱。ニートが15歳から34歳の無業者を 指すのに対し、本書が取り上げる「孤立無業」は、20歳以上59歳以下の未婚で 無業者のうち(在学中を除く)、ふだんずっと一人でいるか、一緒にいる人が 家族以外にいない人々を指す言葉。孤立無業者は、家族と一緒にいる時間が ふだんある「家族型孤立無業」と、ずっと一人の「一人型孤立無業」に分類。 その春、ウォール・ストリート・ジャーナルの日本版ウェブサイト 『JAPANREALTIME』が「孤立無業者『SNEP』が急増中」という記事を掲載した ことで、ネット上で「SNEP」に注目が集まることとなった。玄田教授によると、 「SNEP」のインターネット利用率は41.3%にとどまり、孤立していない無業者 に比べると20ポイントも少ない(2006年のデータ)。 〜玄田教授への質問〜 ―孤立無業と聞いても新しい概念とは思えませんが。 玄田:孤立無業は、英語でいうSolitary Non―Employed Personsの頭文字を 取ってSNEP。Solitaryには「ひとりぼっちの」「他人とつきあいのない」 「孤独な」「寂しい」といった意味があるように、無業者の中でもふだん ずっと 一人か、一緒にいる人が家族以外にはいない人々のことを指します。 ―ニートや引きこもりとどう違うのですか。 玄田:まず年齢の定義が違います。ニートは15〜34歳の若年無業者を指す一方、 孤立無業は20歳以上59歳以下の在学中を除く未婚無業者。仕事をしていない 点ではニートと同じですが、ニートは仕事を探す活動や準備をしていない無業者、 SNEPは友人や知人との交流のない無業者、約9割が6か月以上働いていません。 外出をめったにしない人もいますので、その意味では引きこもりはSNEPに 含まれていると考えていい。 また、過去1年にスポーツや旅行、ボランティア などの社交活動を一切行っていない割合が高いのが特徴です。 ――孤立無業者はどのくらいいるのですか。 玄田:総務省統計局の「社会生活基本調査」から導き出したところ、2006年に 112万人いた孤立無業が2000年代に急増し、2011年時点で162万人に達している ことが分かりました。これは60歳未満の未婚無業者の実に約6割を占めています 》 ▼ 老後にも「孤立無業」が待っている。特に男の場合、縦社会に慣らされて きたため、横社会では、孤立しやすい。それでも160万以上は驚き。 何とか 60歳に辿りついたが、それまでに一つ間違えれば『孤立無業』があった。 倒産は、ほぼ、孤立無業が待っている。事業は船底一枚下が地獄。だから必死に 考え、力と知恵が湧き出る。 最後は挫折で、孤立無業である。特に大都会での 「孤立無業」は厳しい。「独りは良い」というのは、独りでないからこそ 言えること。人の間にあってこそ、人は人間になる。先日、初老の独り暮らしの 人が、アルバイトで何とか生活している状況をリポートしていたが、鬼気(危機) 迫る深刻なもの。あの時、何もかも放り出し、独り東京の郊外に身を隠し、 年金暮しか、生活保護の道もあった。大部分が、それに近い。そこで寂しさと、 心の傷を癒すため、酒に溺れアル中、そして孤立死・・ としても、一歩も、 かたい岩場の穴に閉じこもった人生より遥かにまともに、思うのだが、 当人は、凍りつく日々。緩んだ方々より凍死? 何か最近、緩んできた? ・・・・・・ 6072,閑話小題 〜割合で理解する法則 〜4 2017年10月28日(土) ● メラビアンの法則 ≪ アメリカの心理学者/アルバート・メラビアンが1971年に提唱した概念。 人物の第一印象は初めて会った時の3〜5秒で決まり、またその情報のほとんど を「視覚情報」から得ていると言う概念。メラビアンが提唱する概念において、 初対面の人物を認識する割合は、 「見た目/しぐさ/視線等」の視覚情報が55% 、 「声の質/話す速さ/声の大きさ/口調等」の聴覚情報が38%、 「言葉そのものの意味/話の内容等。」の言語情報が7%と言われている。 ≫ ◎‘外観、印象などの非言語情報はメッセージの受け手に大きな影響を与える’ ということ。異性に対する判断も、飾りたてた外面と性欲に惑わされて大方 (9割)が失敗し人生を終わる。そのことに気づくか否かだが。ベルギー、 スペインなど、それに気付き7割方が離婚に至る。気づかないか、気づかない ふりをする手もあるが… しかし結婚はしなければ後悔が待つ。すればしたで、 桃色吐息、青色吐息より、『濁色吐息』が待っている。女性がファッションと 化粧にエネルギーを注ぐかが、このことから理解できる。 言語情報が7%とは、 これ如何に。私たちは、上っ面が罷り通る社会に生きている。それが現実世界 と思っている人を「世人」、その集まりを「世間」という。彼らは自然と沈殿、 ヘドロ化する。しかし半径500mの生活範囲なら、これが自然となる。 清水より、ドブ川の方が面白いのが多いのも事実! ナマズ、雷魚、ダガメ、 ボウフラ、フナなど、それぞれ荷物を背負った、共喰いなどの雑食世界。複雑 怪奇な娑婆の味である。少し先には小川が流れているが、水が合わない上に急流 のため適当なエサがない。時に紛込んだ外魚に、そ知らぬふりをし針を刺す。 また日本的世間様社会の話になってしまった。街を歩けば、それしか見えない なら、この法則に従いTPOSに合わせればよい。日常生活を省りみるに、TV とネット情報が、この位の比率だろう。とすれば、発信も、視覚情報を増やして 然るべきではと、思うが。
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2019年10月27日(日)
< 『小さな習慣』 スティブン・ガイズ著 > * 人一倍、無能を自覚すればこそ! 私の場合、「天性が全くない」の自覚から、まず一歩が始まる。 一歩といえば、行動になる。それは小さいほど良いと。それも変化への一歩。 人間の第二の天性は習慣で追加可能。その組み替えには、節目時がチャンス。 51歳の母親の死をキッカケにして、 <・還暦まで、捨身?で80歳までの30年分を圧縮する>ことにしてきたことは、 ここで繰返し書いてきた。このブログも、それらの記録と公開である。 だが、中途半端なればこそ、会社を整理するはめに? 還暦の到達時には、憑き物が落ちたような充実感が残っていた。 ・次の節目時は、65歳時の事業清算。これまた結構。生活習慣に孤立条件を 前提にスケジュールを変えた。それぞれの節目に、思考習慣と生活習慣が 変わっていった。 …この本に魅力は、「ちょっとしたポジティブな行動」から変えること。 2ヵ月前に、ソフトボール大の充電式マッサージを購入。マッサージといえば、 10数年前に通販で、足裏専用マッサージと、腰叩き用のパッセンジャー、 海老反り器具を購入、週に2〜3度は使用し続けてきた。腰痛の極み対策である。 そこに、これが。 TVタイム時の‘ながら’に、持ってこいの代物。 小さな習慣の一つと相成った。 習慣には良い習慣と、悪い習慣がある。 実生活で意識すれば、違った切口の習慣化が可能なことは、幾らでも存在する。 ― 〜ネットで、感想を検索すると… ◉ まずは毎日1回の腕立て伏せ “小さな習慣"が大きく変える タイトルの「小さな習慣」とは、〈毎日これだけはやると決めて必ず実行する、 本当にちょっとしたポジティブな行動〉のこと。たとえば腕立て伏せ1回。10年間 も運動不足だった著者は、そこからスタートして今では、本格的な筋トレをこなす ようになったとか。シンプルな提言と、心理学、脳科学など、それを支える骨太な 科学的記述が読者に受けてか、刊行から半年余り、順調に版を重ねている。 ◉ 「下訳を読んだ時点で、コンセプトが明快で、しかも説得力のある内容だと 思いました。ですから装丁や紙面のデザインはシンプルなものにしたんです。 本文の構成にはやや複雑なところがあったのですが、その点も日本で独自に内容が イメージできるような見出しをくわえ、より読みやすい形に編集しました」(担当) ―― 〜Amazonの内容紹介〜 【小さな習慣とは、毎日これだけはやると決めて必ず実行する、本当にちょっと したポジティブな行動。この方法を使えば、すべてのことは、習慣化し、目標 を達成でき、夢を叶え、人生を変えることができる。何しろ「小さ過ぎて失敗 しようがない」のですから】
科学的に実証されたデータを引用し、脳の仕組みからなぜ人は「はじめたことを 続けられないのか」を説明し、「小さな習慣」こそが「大きな変化」をもたらす ことを説く、潜在意識の法則の本質を解明する本です。
なぜ、「小さな習慣」がすぐれているかというと「脳には新しい変化を嫌い、 同じ行動の繰り返しを好む」、という傾向があります。私たちの毎日の行動の ほとんどは「習慣化」=「何も考えずにやっている」ことで、 脳は「習慣化された行動」が大好きなのです。
習慣化されていない行動をするときには、モチベーションや意志の力が 必要となるのですが、これが「何かをするとき」に大きな障害になります。 モチベーションは感情に左右されるし、意志の力には決断などさまざまな要素 が必要になり、それはとても不安定なものだからです。
それに対し「小さな行動」はモチベーションも意志の力も必要としないし、 とても簡単な「目標」なので失敗することなく、「成功」体験を感じることができ、 その「小さな行動による成功の繰り返し」が自己肯定感を生み、それが自信となり、 繰り返し行うことで習慣となっていきます。習慣化された行動が大好きな脳は こうしてやっと「新しい変化」を受け入れます。 ―― ▼ 無知無能の自覚があればこそ、第二の天性である良き習慣に縋るしかない。 人生の節目時の度に、新しい習慣を身につけて立上るしかなかった。 大きな ショックがないと、これがなかなか。しかし、腕立て一回なら直に可能。 <目標は、ばかばかしいぐらい小さくしろ!> の副題もよい。
・・・・・・ 6436,今年のドラフト会議の総論は? 2018年10月27日(土) ドラフト会議の結果は籤運だけでなく、トップの能力そのままが現れ出ていた。 問題は二巡目、三巡目。Sが日本ハムより、根尾を引当てた中日… しかし吉田 を二巡目で競争無しで獲得した日本ハムは流石。下位Dが阪神、巨人は間違いない。 何でまた?巨人の二巡目、早実の野村か、吉田だろうが、原の出身大学の選手とは。 データーがあるのだろうが、私には首を傾げざるを得ない選定。 高卒5人に隠れた逸材がいるのか?は神のみぞ知る。 Yahoo!のネットニュースに以下の通り… ≪ 元スカウト・得津氏のドラフト診断 「阪神、巨人は低く評価せざるを得ない」 【得津氏ドラフト診断】 S=日本ハム A=中日、西武 B=ロッテ、DeNA C=広島、ソフトバンク、ヤクルト、オリックス、楽天 D=阪神、巨人 今年のドラフトで指名に成功した球団はどこか。そしてうまくいかなかった 球団は…。元スカウトで本紙評論家の得津高宏氏が、本紙恒例「ドラフト診断」 で今年もズバリ採点した。
♢ ・真っ先に名前を挙げたのは日本ハム。「一番いい指名をした日本ハム で異論はないのでは。1位指名こそ外したが、夢のある選手が揃いました。 外れ1位で吉田輝星君の単独指名に成功したのはラッキーでしたね。有望な 素質型の高校選手をずらりと揃え、1位級の社会人投手を3位で確保できた。 知名度のある選手ばかりという見方もできますが、そういう選手をしっかり 育成してきた実績もある。見事なドラフトだったと思います」と絶賛した。 ♢ 次いで中日、西武の2球団がいいという。 「・中日は根尾昂君を引き当てたのはもちろんですが、2位でも即戦力1位級 投手の指名に成功。地元の選手も押さえながら、有望な高校捕手を4位で指名。 ・西武は1位で日体大の松本の単独指名に成功。2位で地元の1位級高校投手も 残っていたし、当初の思い通りに指名できたのでは。この2球団は、ほぼ完璧」 ♢ これに続くのはロッテ、DeNAの順。 「・ロッテは1位の抽選に勝ち、即戦力投手も押さえることができた。投手中心 になったのはチーム事情的に仕方がないのかな。 ・DeNAは2位の伊藤(立正大)がいい。柔らかい打撃で低めを打つ。 すぐに試合で使えるのでは。この2球団はまずまずでしょう」 ♢「可もなく不可もなく」は広島、ソフトバンク、ヤクルト、楽天、オリックス。 「広島はインパクトはそれほどありませんが、例年通りの育成中心といった感じ。 逆にソフトバンクは今年は珍しく即戦力にかじを切った印象で、ちょっと余裕が なくなったのかなと。ヤクルトは外れの外れで清水(国学院大)を獲れたのは 良かったですが、2位以下は無難にまとめたといった感じ。オリックスは外れ 1位でもうちょっと攻めてもよかったのでは。他球団が『やられた』と思う指名 ではなかったように思います。楽天は2位のウエーバーをもうちょっとうまく 使えなかったのかな。太田(大商大)の指名はちょっと早い。あせりを感じた」 ♢ 最後に残ったのは阪神と巨人。この2球団には厳しい言葉が並んだ。 ・「阪神は上位で野手を並べましたが、かなり異質。ここは例年、野手指名 優先の傾向があるのですが、それが球団の方針なら仕方がないのかな…。 斎藤(ホンダ)を4位で獲れたので少しは救われましたが… ・「巨人は1位で2度外しましたが、高橋(東海大菅生?八戸学院大)の指名 には東海大のからみもあるようで、残念。抜けた実力があるのならともかく、 監督の大学関連を1位でやるのはどうなのかな…と。個人的には外れ1位で吉田 に行ってほしかった。大阪桐蔭の柿木(日本ハム5位)より先に同校のチーム メートで控えの横川を4位で指名したのも、左腕とはいえ違和感を覚えましたし、 日本ハムとは逆に『夢のある指名』ではなかったように思います」
最後に得津氏は「あくまで現時点での私の個人的な感想で、結果はすぐに出る ものではありません。5年先、10年先に日本を代表する選手がこのメンバー から出てくるよう、がんばってほしい」とエールを送った。 … ≫
― ▼ シリアスな評価だが、こんなものか。何か浮付いてる原監督。三度目の監督 は無理がある。巨人も折角の改革チャンスを原の就任で潰えた予兆が現われ出た リアルな物語の始まりが、これ。 話題の中心にするだけ昔の名残りですか。 それより、やはりDH(指名打者)をセ・リーグに導入すべきである。 調べるとパリーグは、1975年に人気低迷にあえいだ時に出来た制度。 本場アメリカもアメリカン・リーグが1973年からDH制度を取入れているが、 ナ・リーグも導入と議論されてきたが、現時点では現状維持のまま。 攻撃面で様々な戦術が可能になり、投手の替わりに強打者を据えることが可能に なり段違いに強化することが出来る。これは、セ・パの戦いの結果をみると、 歴然と現れ出ている。片方を指名打者制度に、もう片方を、今までの制度で 戦わえば、当然、指名打者制度のチームが勝つ可能性が強くなる。ついでに、 キャッチャーも、指名打者にしても良いのでは。それほど、過酷なポジション。 これだけスピードが求められる時代。 決して極論ではない案である。 それも、セリーグよりパリーグで… さらにリーグ間の力の差が開く?
追文:去年、以下のような文章を書いていた。日ハムは、高卒ルーキーは、 二軍でジックリ基礎を叩き直すため活躍の機会が少なく表立ってはいない。 吉田輝光にとってはベストのチームに当った。
・・・・・・ 5704,自分のための人生 〜�� 2016年10月27日(木) ◆これが人生だ! 幸福であるためには、充実した時間の積み重ねが必要である。 停滞した社会の中で、人生は、日常を暖かく明るく営むことことだ。 〜以下の一節が良い。 ≪ 何よりも大切なことは、彼ら人生の達人が自分自身を愛しているということ。 「成長したい」という願望に促されて彼らは行動する。どちらかを選択せよと 言わたら、必ず彼らは自分を大切にするほうを選ぶ。自己憐憫や自己否定や 自己嫌悪に陥る隙を、自分に与えない。彼らは幸福を追い求めたりはしない。 生きることがすなわち、彼らにとっての幸福である。 次に引用するのは、これまで述べた<充実した生き方>の要約である。 < 幸福を見つけようとすることが、何よりも幸福から遠ざかってしまうこと なのである。 歴史家のウィル・デュラントは、知識の中に幸福を見いだ そうとしたが、見つけたものは幻想だったと書いている。 彼は次に旅行の中に幸福を求めたが、退屈しか見いだせなかった。 さらに、富の中に求めたが、仲たがいと心配しかなかった。 著述の中に幸福はないかと探したが、疲労しかなかった。 ある日彼は、眠っている赤ん坊を抱いた女性がクルマの中で夫を待って いるのを見かけた。しばらくすると、夫が列車から降りて近づいた。 そして、その女性にやさしくキスをし、次に、その赤ん坊にも眠っている のを起こさないようにそっとキスをした。 それから、その家族はクルマで去っていってしまったのだが、後に 残されたデュラントは、そのとき、はたと幸福の実体に思い当たった。 むきになって幸福を追求するのをやめてみたら、 「日常生活のすべての営みが幸福を含んでいる」ことに気がついた。 現在という時を最高に充実させることによって、あなたも、幸福の傍観者 ではなく、幸福な人間のひとりになれるのである。> ≫ ▼「いま、ここ、わたし」の垂直が永遠につながっている。その垂直を大事に して生きればよい。そのためには、日常が充実してなくてはならない。 メーテルリンクの夢幻劇。 <貧しいきこりの子の兄妹チルチルとミチルが、 クリスマス・イブの夜、仙女の訪問を受け、その言い付けで「青い鳥」を探し に出かける。「思い出の国」「夜の宮殿」「未来の王国」などを探しまわるが、 どこにも「青い鳥」は見つからない。ようやく自分たちの家に帰ってきたとき、 すべては夢だったことがわかる。そして「青い鳥」(幸福)は家で飼っていた キジバトだったことを知る…> 人生も、気持ちの持ちようの日常にある。 ・・・・・・ 4607, そして、人生はつづく ー7 2013年10月27日(日) * そして、『私』の人生はつづく 「そして、人生はつづく」に、それぞれが、「そして、『私の』人生はつづく」 と、想定するだろう。私の場合、「51歳で母を亡くした時、還暦までに人生の やりたいことを燃焼する」と、決心した。到達時に心の底で「万歳!」。 そして、人生がつづいて8年近くになる。二年半前に会社整理せざるを得なり、 本来は致命傷だが、軟着陸?もあって、立ちなおりは早い。既に燃焼した人生が あったこともある。20歳で事業創業の人生を決め、踏み出して45年スパンの 事業人生。その物語の終わりのピリオドが会社整理。誰にでも、何事にも挫折が 必ず待っている。私にとって還暦が区切り。還暦から新たなステージが始まって 第一の区切が65歳時の事業精算。次は死期を覚悟する「余命半年」の宣言時か、 寝たきりになった時、そして最期は、プッツンの前日から数秒前辺り。その時、 全てが夢幻と気づく・・ ところで、一昨日、タクシーに乗って早そう、 50代後半の運転手が、身の上話を始めた。「両親の仲が悪く、離婚。母親に 引き取られ、母一人子一人の母子家庭。生活が厳しく、直ぐに働かざるをえなく、 結局、水商売の世界へ。職場のホステスと結婚したが、カミさんが客と浮気、 離婚。女の子がいたが、裁判の結果、私が引き取り、母親ともに育て上げた。 子供は巣立ち、今は、母と暮らしているが、生活で手一杯。人生何も良いことは なかった・・」と、数分で彼の人生を物語風に語った。「一限の客に、 よく話しますね!」というと、「ここまでくれば、恥も何もない・・ 実は、お客さんを乗せたことがあり、身の上話をしたことがあったんで」と。 タクシーで、必ず景気とか、収入とか、生活状況を何気なく聞く習慣がある。 以前、何か聞いたのだろうが、色いろな人生がある。人生は一度、歯車が 狂うと、孫子何代、その影響を受けてしまう。順調時から、「まさか」の坂に 備え(シェルター)をつくっておくべきは、身をもって言えること。 助けてくれるのは自分だけ! 「自分だけは、自分の会社だけは、大丈夫!」と、 つい思いがちだが・・ 地球規模から見れば、グローバル化が世界を激変 させている中、各人の「そして、人生がつづく」。 情報化、グローバル化、 まさかの事態(ブラック・スワン)、弱肉強食などがキーワードになる。 特に、グローバル化は、島国の日本にとっては大きなマイナスをもたらす。 それぞれの『私』も、思い込みでしかないが・・ ・・・・・・ 5339,構造主義とポスト構造主義 〜�� 2015年10月27日(火) * ポスト構造主義とは 〜『世界の哲学・思想』小須田健著 ポスト構造主義とは、現状を追認する保守的思想形態に陥りがちな構造主義を 批判、多様性を認める必要性を説いた。米ソ対立、自民党対社会党の二項対立 から、ソ連崩壊と中国の資本主義化などを経て、現在の、混沌とした社会を 語るに「ポスト構造主義」は、正にうってつけ。 〜その辺りから〜 ≪「ポスト」とは、「の後に」という意味です。ですから、ポスト構造主義とは 構造主義の後に登場した思想のことを指します。ただし、「ポスト」構造主義と いう呼称から想像できるように、実存主義における「実存」や構造主義における 「構造」にあたる明確なキーワードがそこには欠けています。 これは、もはや現代が一つのキーワードで包括的に語れる時代ではなくなって しまったことを反映しているのかもしれません。この名称そのものは、八○年代 にデリダを中心としたフランス現代思想を積極的に受容したアメリカで生まれた。 当初は主に文芸批評の領域で用いられていましたが、やがてフランスにも逆輸入 され定着していったようです。 構造主義は、私たちをとりまく諸制度の中に潜んでいる諸構造の分析に 主眼を置いていました。ただそのために、ややもすると現状を追認する 保守的思想形態に陥りかねない危険性がそこには内在していたのです。 このような構造主義のあり方に不満を覚えたデリダ、ドゥルーズ、リオタール らは、西洋の文化形成を根本から疑問視したニーチェやハイデガーといった 思想家の考えを受け継ぐ形で、思索を展開します。この考えの中心は、哲学に つきものの「同一性の思考」の批判にあります。「それはなんであるか」という 問いのスタイルを特徴とする形而上学は、本質という観点からすべてのものを 一様にとらえる営みです。ここでは本質からはずれたものは、すべて不純物と して排除されるより他にありません。つまり、本質(A)か本質でないか(非A)と いう基準だけですべてが選別される。ここに多様性や変化の余地がありません。 ポスト構造主義は、そうした決めつけが哲学形而上学の常套句だと批判した。 ただし彼らは、対象への正面からの批判や否定を避けました。なぜなら、 このような態度は結局否定すべき対象と同じ土俵にとりこまれてしまうからです。 肝心なのは、Aか非Aかという二項対立的な価値付けにもとづく土俵そのものを 揺さぶることなのです。このため、〇リオタールは、相手の流れに乗りながら その方向をずらしていく「漂流」というスタイルを、〇デリダは、対象の中に 住み込むことで内側から亀裂をもたらす「脱構築」という方法を、〇ドゥルーズ は、一カ所への定住を嫌う「ノマド(遊牧民)」的運動という戦略を採ることに なったのです。また実践面において、後期のフーコーや晩年のサルトルのように、 知と権力の共犯関係を暴くことや、フェミニズムや少数民族の自立運動への 積極的な支援が行なわれました。構造主義からポスト構造主義への移行点を なした出来事に、1968年にフランスで起こった五月革命(パリを中心に起こった 学生、労働者、市民による反政府運動)があります。この事件は、後に日本にも 飛び火して学生主導で進行する学園紛争を巻き起こしました。この事件は、 もはや学問が大学という隔離された制度の内部では安住できなくなったことを 象徴する出来事でした。今必要なのは、学問を完成したものとして受けとる のではなく、知が生まれつつある現場に身を置き続けることなのです。 だからポスト構造主義では、生成や出来事がより重要視されるのです。≫ ▼ これからすると、現代の世界情勢は、この思想に沿っている。 世界は「漂流」をし、内側からの亀裂をもたらす「脱構築」になり、 民族の大移動といわれるシリア難民などの欧州への移動が始まった。 その根は情報化がある。それは生成や出来事が一瞬にして地球の隅々まで 周知される世界である。個々人がスマホという情報機器を持ってしまった。 これは、ポスト構造主義も「新しい?主義」に取って変わる起因になるのか。
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| 6799,閑話小題 〜 セ・リーグも指名代打制にしたら! |
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2019年10月26日(土)
* 野球も、時代と共に変わらないと 現在のセ・パの実力そのままの結果か、何と巨人が4連敗。 その力の差は指名打者制にあるようだ。 打てる割合が少ないピッチャーに 打撃専門打者を組込めば、そこに当然、強打者が… 打者にとってチャンスが 増えるが、投手もまた、質の向上が求められる。 当然、何年かするうちに、 それが、選手の質の向上につながった結果が、これ。 セ・パ交流戦で、 セ・リーグがアウエーの試合の方が圧倒的に面白いことからして… 何故か、 セは今まで通り。 …マイナス要素もあるから、実施しないのだろうが。 今回は、ラグビーのワールド・カップに人気が取られてしまい、盛上りの ない試合が多かった。試合前から巨人が勝てる空気が全くなし。 9番ピッチャーが、4番クラスの強打者に!なら、面白くない訳がないのに。 ― * 野党も野党、よく言うよ 経産相の秘書が地元の有権者に香典などを配った疑いが浮上した問題。 それも10数年前の問題に、野党も野党、よく言うよである。菅官房長官まで 「菅原大臣自身が必要な説明をするよう求め」辞任を迫った。今さら、この 程度の問題を掘り起こすこと自体が問題。大臣なったなればこそ、掘り起こ された問題。マスコミにも責任がある。これでは誰も大臣、次官になれない。 韓国の政治混迷の醜態が、「まだマシ」とカバーしてくれているが。 ― * カラス撃退と、電動マッサージの、その後 ◉ 玄関前の電柱から大量の糞をバラ蒔かれ、このままではと、我家の庭を テリトリーにしたカラス撃退を決心。「来なくなるまで、手立てを加える」 と、まずは隼のカタチをした鳥人形と、ハロウィンの鬼形相のカボチャ型の ボンボリをベランダに掲げた。それ以来、何故か虫の鳴き声もなし。しかし、 一月もしない内に庭のカラスが、人形に対して威嚇を始めてきた。 そこで、更に一匹の隼と風車を百均で追加購入。 さらに黒い靴下をカラスの 死骸に摸して… 現在に至っている。 野良猫にも、効果があるようで…。 ◉ 2ヶ月程前に導入したマッサージボール、充電式で携帯可能で、部屋移動 の度に 持ち歩けることもあって、主にTVを見ながら、両手、両足、首筋に、 腰まわりに1〜2時間は利用している。何気なく足裏をみて吃驚。裏全体が ピンク色に。
・・・・・・ 6435,定期的に、魂と心の話を… 〜2 2018年10月26日(金) 魂と霊は深いところで関係がある。魂といえば、全身全霊を対象に打込んだ 時に『魂を込める』という。意識・無意識の無意識の分野に夢の世界がある。 眠りの世界に永遠の眠りがある。我々は数限りない死者(霊)、永遠の眠りに 入った霊魂に囲まれて生きている。その上に、生霊も… 【魂】のキーワードでHP内検索をすると、これまで多く書いていた。 これは知れば知るほど面白くて深い世界。世界は計りしれない、広く深い。 私たちは、その一端をなぞっているだけ。 霊・魂から、外界(世界認識)の話になるが、 <『哲学人』ブライアン・マギー著>に… 《 果てしない時間と果てしない空間は、それゆえに所与のものではなく、 経験される現実でもない。では、この二つはどんなものか? この疑問に 対して、カントーショーペンハウアーの考えでは、<私たちが経験する時間と 経験は私たちの感性の形式であり、時間と空間が経験の次元として現れるのは、 感性という能力の内においてである。経験がなければ、時間と空間には手がかり になる、特徴づける対象になるものは何もない。これが、どれほど直感に反して いるか私は承知している。… 》 とすると、たびたび、事例に出す洞窟、外界は、私の感性の世界であり、 これが、私の範囲でしかないことが自覚できる。 心理の話から、急に哲学の話になってしまったが、ソクラテスの「無知の知」と、 「魂」に通じるためである。 通り過ぎた時間の中の、文章の中に、様々な心理 状態がべられている。私たちは、世界の一端さえも見ていないことを知るべきだ。 ほぼ何にも知らないで、何にもしないで死んでいく。所詮、限界がある! ・・・・ 2711, 臨死体験を経験できるヘルメット 2008年09月06日(土) 何の知識無しで初めて幽体離脱を経験したときの驚きをリアルに憶えている。 それを契機に、キュープラ・ロス、立花隆の臨死体験などの本を読み、その経験 の意味を知った。ところが最近になり、アメリカでパーシンガー博士の開発した ゴッドヘルメットと呼ばれるものがあり、これ装着すると万人が体外離脱できる という。博士はてんかんの治療で、脳を電極で刺激する手術を400例以上やって いて、その手術の際に側頭葉のシルビウス溝と呼ばれる、右耳の上を電極で刺激 すると、体外離脱がおこることを発見した。これで体外離脱した意識が、遠くの ものを見てきて、現実と一致したり、霊が他人の体をジャックしたイメージも 起こるという。これまでのように脳を開いて直接電極を押しあてたりせず、電磁気 で脳を刺激して、反応を見る研究が盛んのようだ。体外離脱とは、脳の中の幻覚 ではなく、アストラル体のような意識が、抜け出している状態ともいわれる。 実際に体外離脱の経験者に装着したところ、同じような経験をしたという。それまで 一部霊能者とか、そういう体質を持った人だけしか経験できなかったことを、科学者 は誰にでも体験できるようにする。何年もしないうちに、家電店頭で並ぶかも。 これを被って気が向いたら幽体離脱をするのも面白いだろう。そういえばアルファー 波を発生させる器械を買ったことがあった。またマリファナを吸ったと同じ気分に なるCDのセットも買ったことがあったが、少し酔ったような気分の状態になる。 私は酒に酔いの方が好きだが。他のTPOSが面白いだけであるが・・・恐らく、これを 被っても、私の経験した幽体離脱の緊迫した感覚とは違うだろう。色いろな状況の 中で独りで、誰にも言えない奇妙な体験だから神秘的なのであって、ヘッドギアの 器械で幽体離脱をしても、味も素っ気もないだろう。しかし、面白そうである。 前に書いたことがあるが、欧州の帰りの飛行機の中での夢。「自分の身体が突然に フワフワ空に向かって上昇して、電信柱が下に見えてきた辺りで恐怖心が出てくる。 夢から早く覚めて布団に身体を戻さないと、我に返った。ところが、そこは飛行機 の中で、身体が地上に在るはずなのに逆に、その遥か上を猛スピードで移動している。 そこには、飛行機も、シートも、周囲の人たち消えて、独り宙を移動している」 身体が凍りつくとは、このことだろう。 恐らく、死ぬ瞬間とは、あの感覚になる のでは? 絶叫をしそうになったが、ギリギリ抑えることができた。 人間は大地の上で生きているのである。 死ぬと、大地から離れるのである。 幽体離脱で元の身体に戻ってこれないで、狂ってしまうケースもあるというし、 自分が外に出ている間に、動物か彷徨っている霊が入り込む場合が往々にあるという。 オウム教が騒がれていた頃、ニュースなどの映像で、ヘッドギアをしている信者の 姿を見かけたが、あれがゴッドヘッドだったのか? 集団維持の手法や典型的カルト の教え否定されるべきだが、宇宙からの視点とか、こういう幽体離脱の手法は、 なるほどと感心する。脳はまだまだ未知の世界である。脳は3?しか使われておらず、 10?も使えば天才になれるという。神様(自然)は何を脳にさせよとしたのだろう。 我われ凡人は、パソコンなど、道具を有効に使ってせめて5〜6?を使えるように すればよい筈だが?
・・・・・・ 2018/04/24 閑話小題 〜死のむこうには? <魂でもいいから、そばにいて─3・11後の霊体験を聞く 奥野 修司 (著)> * 霊的なものは身体や脳という物質を介さなければ… 霊的な世界を簡潔に説明している個所である。霊感に関しては体質の問題で、 全く霊体験をしたり、持ったことのない人には、解りようがない。何度か経験 してきたが、現在は薄れている。私は父親の霊?が、10年近く体質化して心底に あり、不思議な現象を度々、経験をしていた。孫のようにように幼児の頃から、 愛され育ったこともあり、元もと、脳内などに染み込んでいたことも… それにしても、死ぬまでの、生への渇望のエネルギーには、驚いてしまった。 丁度、27歳、起業へのジャンプ台から飛び出すに、このエネルギーが、その まま原動力になっていた。 以下は佐伯啓恩の『反・幸福論』のー死後の世界と生命についてーの一節。 ≪ 実際、この宇宙にはまだとらえられてない、不可思議なエネルギーが存在 するようで、それどころか、宇宙を構成している物質の殆は未知のエネルギー とか、物質だか、正体を知りえないものだという。そこで仮にそうした霊的 エネルギーが存在するとしましょう。それでもそれが人間の精神を形つくると するには、やはり人間の身体や脳という物質がなければなりません。そうで なければ、この不定形で停泊場所をもたない宇宙的なエネルギーが我々の 意識や精神になるとは思えません。仮に人間のうちに霊的なもの、つまり、 「精神」と呼ぶようなものがあるとしても、それは、物的な身体性と不可視 の霊的エネルギーの結合というほかないでしょう。とすれば、身体が消えれば 意識も精神も消えてしまう。それは宇宙に拡散して存在するかも知れません。 しかし、それは「私の霊」ではないでしょう。「私」がないのだから「私の霊」 などというのはありません。 …確かに死ねば何もなくなるかもしれないが、『魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く』奥野 修司 (著)という本がある。東日本大震災に 後に、多くの霊的現象や体験が報告されている。その聞き込み取材を行った 著者によって、多くの事例が紹介されている。… これらの全てが錯覚だと いう勇気がないが、少なくとも、地震や津波で身内を失った多くの人達が、 何か説明のつかない体験をしたと信じていることは事実であり、しかも、 多くの場合、その霊的体験によって、残された家族が多分に安らかになった という事例を読めば、そのことに疑いをさしはさむ必要もありません。≫ ― ▼ 具体的な霊的現象の記述を、ここで数限りなく書いてきた。霊体質とか、 霊的経験のない人からみれば、『いい歳をして、馬鹿か?』でしかない。 脳内現象では割切れないことは、世界には現にある。 兎にも角にも、以下の内容を…
・・・・・・ [204] 霊体質ー3 今まで起きた実際の事実を書く!信じようが信じまいがその人の判断だ。 シンクロニシテー(意味ある、考えられない遇然の一致)と重なっている。
1、5〜6年前柏崎の義父の葬式の帰り、峠で行く先々で7〜8回虹ができ その下を通った。100回以上そこを通ったが虹が出たことは初めて。 かつ虹の下なぞ通ったのも初めての経験である。
2、近くの堀井といううちの分家にあたる従兄弟が、7〜8年前「自死」を したときの事。丁度通夜の日、ジャイアンツの二軍が悠久山で試合があった。 それで天侯を憶えていたが、午後3時過ぎに突風がふくと天気予報がいっていた。 3時に納棺であったが、その時突風がふき桜の花が納棺の最中吹荒れた。 終わったと同時にピタッと止んだ。彼は毎年桜の花を写真に撮るのを 趣味としていた。その年は桜の当たり年で、私もかなり多くをとった。 彼もそれを覚悟で多くの写真を撮っていた。
3、母の葬式の日、‘おとき’のかえり天気なのに突然雨が降ってきた。 涙雨といってよくあるそうだ。その時初めて知った。 4、昨年東京の叔母の葬式の時、丁度焼き場に遺体が行っていて、式場で家族以外が 待っている時、急に気分が悪くなった。ハッとした、今叔母が私の処にきている のが解った。横を見ると鏡のついた柱があった。「鏡は霊を呼ぶのかーと思った。」
ということは、10年前に抜けた霊体質がまだ残っているのかもしれない。 また以前の文をコピ−しておく。
------------ S6201霊的体験 私には少し強めな霊的感覚があります。今回より数回シリーズで実体験を公開。 “A”さんが数年前になくなった時の事です。同じ会社仲間だった“B”さんと 十日町の彼の家へおまいりにいきました。その途中の車中で“B”さんと 般若心経の話になりました。 そこで彼の供養も含めてお経をとなえました。 その後、Aさんの家の確認のため車をとめ地図をみました。何げなく“B”さん の顔をみると、彼の顔がまっ青になっているのです。やはり車中で“C子”さん の話をしていたのです。 “A”さんが入社試験にやってきた時、彼(A)が優秀という事であり、 同じ十日町出身の美人C子さんにお茶を出させ、郷里の話をさせたのです。 そのせいかどうか彼は私の思いどおり入社したのです。 そのおもい出話をした事であったのか数万分の一、いや数十万分の一の確率で 彼女の家の前に車がとまったのです。十日町に出店をした時、彼女の家の前を “B”さんが通って知っていたのです。私がそこに“偶然”(?)車をとめて しまったのです。 “B”さんはあまり霊的な事を信じない人ですが、その時は最後まで信じられ ないという風でした。私自身またかというのが実感でした。
ーーーー 霊的体験‐ 平成4年7月 20年近く前になるが、父の四九日の終わるまで何度か不思議な体験をした。 死後一週間後位か妙な夢をみた。私自身父の気持になり“死にたくない。 もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。 夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が 自身実感できたのだと思う。父が‘なんだ自分はこうして生きているではないか’ という内的実感。 夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になったという不思議な実感。 恐らく経験した人間ではないとわからない。 また死後二〜三日後の夢も強烈な夢(?)であった。 何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが “おやじ助けて!”と言ってしまった。と同時に廊下の向こうにある仏間より 本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。 そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、 その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。 全身汗びっしょりであった。まだまだ不思議な事がいっぱいある…。 あれ以来最近は少なくなったが幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。
・・・・・・ 2003/04/25 不思議-シンクロニシテー 以前にもシンクロニシティーについて書いたが、再び書く。 親戚の葬式で不思議なことがおこることが多い。 不思議な現象で特に多いのが虹だ。5~6回はある。 先日も葬式から帰ってきて散歩にでると、過去15年以上を散歩 をしているコースで初めて大きな虹を見た。 ああまた出たという感覚である。
その中で一番凄かったのは、7~8年前に義父が亡くなった時である。 葬式が終わり柏崎から車で帰ってくる曾地峠で虹が7回も次々に出て、 その下を通ってきたのだ。曾地峠は過去に数百回は車で通っているが 虹が出たのは勿論はじめてである。 以前にも書いたが、ゾクッとしたのは8年前に近くの分家にあたる 従兄が自死した時のある現象。 納棺の時に、突風が自宅に吹き込み桜の 花吹雪が舞い込んだのだ。写真を撮っていたが、汗びっしょりになった。 そして納棺が終わると同時に、その突風が止んでしまった。 天気予報で午後の三時過ぎに突風が吹くといっていたが、納棺の時間が 偶然に一致したのだが。死ぬ前日に桜の花をいっぱい撮っていた。 こういうのをユングが「意味ある偶然の一致」といっている。
涙雨というのは昔からある。晴天でも葬式の時だけ雨が降る現象だ。 それなら大都会では毎日降っていなくてはならない。 地方におきやすいのだろう。 人知のはかれない何かがあることは間違いない!
・・・・・・ H0511妙な夢―(�機� ある夜半、自宅のどこかで音が聞こえた。 泥棒ではないかと起きようとするが半睡眠状態で身体が動かない! 起きよう起きようとしているうちにスーッと身体が起きて廊下に出て、 居間に行き、台所を通り、寝ていた部屋へ一周してもどってきて布団 に入る。ところが、ところが、自分の肉体は反対側の向きでねている。 まずいと思い反対側にねがいって自身の肉体と一緒になるという夢(?) である。これが単なる夢か幽体離脱七日まだわからない。 また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて (そのまま水平にいて)下をみると自分の肉体が下にみえる!直観的にまずい と思い下にもどろうとするがもどれない。かなりうなされていたと思うが? 何年か後に誰かにきいたが、霊現象の一つで、よくある事だそうだ。 こんな事もあった、これは夢ではないが屁の天井や床の下四ケ所で次々と 音がする。はじめは気のせいか夢かと思い、じっくりと観察を数回してみたが、 しかし夢ではなかった。ところで当社の税務事務所の応接間でも同じ現象が あるそうです。 ・・・・・・ H0511妙な夢―(�供� 秋葉原のワシントンホテルに泊まった時の事、夜半、何かのケハイに横を見ると 女の人の顔が浮いている。夢だろうと腕をつねったが痛い、これは面白いと、 メガネをかけじっくりとみた。全体が白光色の黒髪の27〜28才位の、 のっぺら美人であった。別に恐ろしいという事もなかったが顔ははっきりと 憶えている。ところが何年か後に会社のある人にその話をしたところ、 “それってみんな同じ顔をしているんだよね!“といわれた時、はじめて ゾーッとした。 またこんな夢もある。夜半目がさめて寝むれないので、般若心経をとなえて、 ウトウトした頃、急に別空間にひきずりこまれそうな感覚になり、まずいと 中断した。あの別空間は“別宇宙”“ブラックホール”的イメージであった。 その前後の夜半に夢で宇宙船みたいなものが近くおり、乗れという、これも 乗ったら危険と直観し去けた夢である。あれに乗ったらどんな景色がみえた のだろうか?単なる夢とかたずけられない妙な内容であった。
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2019年10月25日(金)
* 何でしょうか、韓国大統領! 海をこえた隣国のこととしても、その混乱は、あまりに酷い。 そこに前・法相の妻が、逮捕されたニュースとくる。 < 子供の入試不正と私募ファンドの不法投資、証拠隠滅に関連した11件 の疑いが持たれているチョ・グク前法務部長官の妻、チョン・ギョンシム教授 が拘束された。これにより「頂点」であるチョ前長官を狙った検察捜査も加速化 することになった。> とかく噂のあった人物を強行突破で、法相に任命したが、その疑惑で辞めざる を得なくなった。野党は、「泥棒を法務大臣にする!」と猛抗議を無視した上の 人事。これで本人が逮捕をされることがあると、一挙に、体制崩壊が現実化か? 権力を失えば獄につながるため、必死に踏ん張る大統領。悲劇と喜劇が混濁した 様相は、財政の貧困なるが故? 近隣に、北朝鮮、中国、ロシアに囲まれ、幾つか の財閥に企業が独占されて、将来の夢は断たれ、日本に、その怒りの刃を向ける。 合せ鏡で日本を省みると… 未だ明治維新の薩長の血筋が権力を把握。 彼らを米国が間接的に実権を維持しコントロール。横須賀には米国の第七艦隊 が鎮座し、日本と韓国と、中国、ロシア、北朝鮮を威圧する。 象徴天皇制を主とした憲法を与え、そのまま薩長の残党にコントロールさせて、 はや70数年も経過する。アフリカや中近東の欧米支配による奪略の構図そのままが、 我が国に当てはまる。それでも、中国、ロシアに対抗する地政学的な意味合いが あるため、露骨な搾取はない?が。 韓国を笑っている立場にない。 その国際政治の狭間の環境下。奇跡的な経済成長の大波に、何とか溺れずに、 ここまで来たのは、非常に幸運といえる。 …生臭いが政治と官僚は重要な要。
・・・・・・ 6434,定期的に、魂と心の話を… 〜1 2018年10月25日(木) * 見え隠れする魂のイメージ 一昨日、8年前の10月23日分のテーマ、『魂とは』が、考えさせられた。 幽体離脱の経験が難度かあるので、高橋信次の娘・佳子の『魂』の説明が、受け 入れやすい。深いところで、亡き両親と繋がっている感覚が現にある。 誰にもあるのだろうが、その感覚を、 < 私たちの心・想いは、平和で満ち足りた天上界から苦しみばかりの地獄界まで、 あらゆる世界に通じています。その魂の抱いている内宇宙とは、それにとどまらない。 魂の次元は過去・現在・未来が一つになり、自他を超えるもの。魂とは、この人生 だけでなく、永遠の生命として経験してきた幾度もの人生の記憶と限りない智慧を 湛えた存在であり、私たちを超えた無意識の膨大な経験と記憶の貯蔵庫、宇宙の源 という次元に繋がっています。> とすると… 両親から受継いだ愛情に繋がっているような感覚が納得できる。 心とは、岩から流れ込んだ淡水と海水が混濁した洞窟内に。魂は外海に例えると 理解しやすい。自他の自が洞窟、他が外海。心・魂の説明の簡潔な解釈は、他に 多くある。他と繋がっている感覚は、両親の愛情の温もりと同じ感覚。 『魂を込める』といえば、「いま ここ わたし」に心を集中した状態である。 それが永遠の世界にコンタクトした垂直の時間になり、刻印される。
―――― 3498, 高橋信次の娘・佳子のいう〈魂〉とは 2010年10月23日(土) 先日の読売新聞の一面に高橋信次の娘の高橋佳子の著書広告があった。 高橋信次といえばGLAの教祖で、何冊かを20歳代に読んだ記憶がある。 ーまずはウキィペディアによると ≪ 10歳頃(1937年頃)から現在で言う「幽体離脱」現象のような霊現象を体験 するようになり、その肉体の自分とは違う霊体の自分を「もう一人の自分」と 呼び、その現象に幼心に疑問を持ち、以来約32年間、電子工学や物理学等の自然 科学を修めつつ、探求を続けた。しかし、従来の宗教書を読もうとはせずに、 独自の探求を続けた ・・・≫ ウキィペディアには、彼とGLAの詳細がこと細かく書かれている。 それより、彼女の魂の解釈が分かりやすい。 ー概要と印象的な部分を私の主観でマトメテみたー *敗北の時代 ー現在の日本は、困難な時代である。高度成長以降バブル崩壊 から嘘のように元気を失っている。財政赤字は900兆以上にもなり、収入は 日ごと目減りを、老後を支えるはずの年金は崩壊の危機に直面している。 自殺者は3万人を10年以上続けており、明るい話題は陰を潜めている。 *最大の危機は「冒険」の喪失ー 何より問題は、未来に希望が持てなくなり、 新しい挑戦が出来なくなっているからだ。 *人間には外界に左右されない内なる可能性があるーそのためには、今までに ない生き方に挑戦するとき、前向きな挑戦は本当に想像を絶するほどの違い が出てくる。人間の中には、未知の可能性がある。 *「人間は魂の存在」が出発点 ―「人間は魂の存在として受けとめること」 −>「人間は肉体と魂から成り立つ」こと。 まず人間の肉体は、地球上の生命進化の究極の姿を現す叡智に満ちたもの。 この世界の物質をつくる元素は星の中で生成され、星が終焉を迎えるとき、 超新星爆発で宇宙に散らばったものから出来ていて。その延長が肉体である。 その魂の方はどうかというと、魂は心とつながり、 さらにその深奥に広がる 存在である。肉体の基である外宇宙が百億光年以上のとてつもない広がりを 抱いているものならば、 これに劣らない広大の内宇宙をもたらしている。 仏教の一念三千という言葉は、その広がりを示している。私たちの心・想いは、 平和で満ち足りた天上界から苦しみばかりの地獄界まで、あらゆる世界に 通じています。その魂の抱いている。 内宇宙とは、それにとどまらない。 魂の次元は過去・現在・未来が一つになり、自他を超えるもの。 魂とは、この人生だけでなく、永遠の生命として経験してきた幾度もの人生 の記憶と限りない智慧を湛えた存在であり、私たちを超えた無意識の膨大な 経験と記憶の貯蔵庫、宇宙の源という次元に繋がっています。あらゆる生命 と存在を一つに結びつける、つながりと絆が張り巡らされたどの宇宙を、 ≪ユニバース≫と呼ぶ。その≪ユニバース≫こそ、計り知れない広がりと深さ を抱いている私たちの母胎であり、だからこそ、私たち人間は、宇宙= ユニバースに通じるゆたかな智慧によって 自らが進化するだけでなく、 世界と光の共鳴を果たせる存在となる。 *魂が引き出す宇宙=ユニバースの世界 ―我われは偶然が支配する科学的 世界観の下では、自分が意味もなく生まれ、世界とは特別なつながりはない と思っているかもしれない。しかし、そうではなく魂の次元に気づいた 時、みな「つながり」によって生かされる「絆」の塊となる。その絆の基、 宇宙の源には、私たちが拠るべき、全ての解答と青写真が湛えられている。 〜〜 解)魂について、これだけ明快に説明している文章も珍しい。「魂とは、生前、 死後に自他を超えて広がる広大なる内宇宙の基につながっている」は、神秘的、 宗教的である。
H0403事業百訓 385 、否定は結論であって、探究を中止する事だ。 正しい結論は自ら体験をして、あらゆる角度から探究をして、 疑問を解明してこそ出るものだ。 根拠のない否定は自らを否定する事になる。(高橋信次)
・・・・・・ 2004/07/11 1195, 授かった不思議な力 ー鈴木秀子の本を何冊か読んだことがある。先日図書館で借りてきた対談集 を読んで、その中の臨死体験の話に興味を引かれた。何かこの世には窺い知れ ない何かがあるような気がする。何回か書いたことがあるが、私にも何回か 幽体離脱?の経験がある。 歳を重ねれば重ねるほど、「不思議」という言葉 の奥行きの深さを感じるようになってきている。 私は「自分の接した人の運勢が良くなる」話しは、かって聞いたことがない。 神憑りである、いや今風にいうと「上げまん」だが、これは結婚した場合である。 有能な右上がりの人は、周囲に似た現象が生じるだろうが、全ての人の運勢を良く はしない。やはり、何かの特殊能力が臨死体験以降身についたのだ。人間には、 本来持っているが退化して隠れてしまった能力が多くあるような気がする。 あるキッカケでそれが飛び出してくるのだ。
以下は、ある対談集を書き写した。 ーー …臨死体験後、不思議なことがありました。 結婚式に招かれて待機をしていたら、背広を着た人が男性がいらして、 「あなたのような人にようやくお会いできました」っておっしゃるんです。 自分は高野山系統の住職で、生まれたときからひとを見ぬく特別の能力がある。 そして、あなたの授かったような能力を自分も欲しかったけれどもらえなかった。 どういう能力ですかと聞くと、大きな大宇宙の力が私を通って出会う人に伝わって、 どんどんその人の運勢が良くなる能力だというんです。
私も最初はその能力をまじめには信じませんでしたが、それだけ色いろなことが 重なると信じざるを得なくなりました。今では人に会うのが楽しみになりました。 そのたびに、その方の運勢がこれから良くなると思うと、人に会うのがうれしい。 だから生きていくことが、とても楽しくなったのです。…
…人間は地球上にみんなバラバラに住んでいるような気でいて、実は根っこで 繋がっているということです。自分の手にたとえると良くわかりますが、 人は指の部分、見える部分だけを見てこの人の学歴がいい、お金があるって お互い比較するんです。でも手のひらの部分、根っこの見えない部分では 平等で,全部繋がっているんです。 何が平等かというと,命をもらって生かされている存在であるということ。 誰もいつか死ぬということ。大宇宙の大きな慈しみに満たされて生かされている 大切な存在という三つにおいて平等だと思うんです。
…だから臨死体験をしてつくづく、あの至福の世界が本物で、この世は 経ていく世界だっていう感覚があるんです。やはり人間の本分、ビーイングと、 現実社会での自分の役割、ドゥーイングのつながりに意識を向けていかないと 虚しくなっていくのではないかと。 人生のテーマを考える時、ビーイングの世界にまなざしを据えてこそ、 充実したものになるのではないでしょうか。 ーその臨死体験の講演をまとめてみるー
奈良での学会に出席するため、友人のいる修道院に泊めてもらっていた。 その修道院は、宮家の立派な屋敷を改造した建物で、二階の客間から下に降りる 階段は高く急であった。
その夜、寝つかれなかった彼女は、何となく夜中に起き出し、暗がりの廊下を 壁づたいにそっと歩いた。曲がり角らしきところで一歩足を踏み出したが、 実はそこは廊下ではなく、その急な階段だったのである。 踏み出した瞬間、足は空をつかみ、体はバランスを失った。
恐怖を感じる暇もなく、一気に下まで落ち、床に叩きつけられて、そのまま気を 失ってしまう。 ふと気づくと、私のからだは宙に浮かんでいます。 そして、空中にまっすぐ浮いている私を、高いところから、もう一人の私が 見つめているのです。
空中に浮かんだ私 の足の周りを、なぜかたくさんの筍の皮のようなものが 覆っていました。 それが蓮の花びらだとわかったのは、ずっとあとのことです。 台湾のさる有名なお寺を訪れたとき、仏像の足の周りを筍の皮のようなものが 包んでいるのを見て、あ、これだったんだと思いました。
それは蓮の花びらでできた台座でした。 その筍の皮のような花びらが足もとから一枚一枚散っていくのです。 高いところからそれを見ているもう一人の私は、花びらが散るごとに、自分が 一つひとつの苦しみから解放されて、自由になっていくのがわかりました。 一枚落ちると、 「ああ、これでもう人の言うことに煩わされなくてすむ、私は自由になった」 と思い、さらにもう一枚落ちると、 「もう人に気を遣い、不安に脅かされなくてもすむ、私は自由になった」 とつぶやいているのです。 限りない解放感と喜びが胸に溢れてきました。
花びらが最後の一枚になり、これが落ちたら完全な自由になれると思ったとき、 最 後の一枚の花びらは落ちることなく、からだがすっと飛翔しました。 そのとき、見ている自分と見られている自分が一つになりました。
一瞬のうちに高さの極みに飛翔し、私は今まで見たことのないような美しい光に 包み込まれました。白っぽい金色の輝きに満ちた、いちめん光の世界にいたのです。 まばゆい輝きでしたが、まぶしすぎるとは感じませんでした。 それは人格を持つ命そのものの光であり、深い部分で、自分とつながり、 交流している生きた光なのでした。 これが至福なのだ、完全に自由なのだ、と私は感じていました。 不思議なくらい、五感も思考もすべてが生き生きと冴えわたっています。 オリンピック選手がベストコンディションで世界記録を破る瞬間とは、 こんな状態のときなのでしようか。
からだの全機能が最高の状態に保たれ、調和し、研ぎ澄まされているのです。 その冴えわたった意識の中で、私ははっきりと理解したのでした。 「この命そのものの光の主に、私はすべてを知りつくされ、理解され、 受けいれられ、許され、完全に愛しぬかれている」 これが愛の極致なのだと。
もし愛の究極の状態というものがあるのなら、こういう感情に貫かれること ではないかしらとも思いました。真に満たされた状態とは、こういうことを 言うのでしよう。しかもその満たされた光の世界には、時がないのです。
あっ、これが永遠なんだと私 は思いました。 心は愛に満たされ、知性は冴え、能力のすべてが最高の状態で調和しています。 そんな至福感に包まれていたとき、どこからか声が聞こえてきました。 「癒してください、癒してください」 その声には、少しつたない感じの独特のアクセントがありました。 その声が聞こえてきたとき、光であり命そのものの主が「現世に帰りなさい」 と言いました。 それは言葉ではなかったのですが、そう伝えられたのがわかりました。 そしてさらに、「現世に戻ったとき、いちばん大切なのは、知ることと愛する こと、その二つだけが大切なのだ」というメッセージを私は受け取ったのです。 真夜中に突然、大きな音がして叩き起こされたシスターたちが見たのは、 寝巻き姿で階段の下にうずくまっている見知らぬ女性だった。 鈴木氏は、 それでも「大丈夫」と言いながらよろよろと立ち上がり、支えられながら 二階の部屋にあがったという。が、また気を失った。そして、上に述べられた ような不思議な体験が彼女に起こったのは、救急車が到着するまで修道院の 二階のベッドで意識を失っていたあいだのことだったようだ。 至福感のただ中にいたときに聞こえた、少しつたない感じの「癒してください」 という声は、そのときベッドの周囲を囲んでいたなかにいた外国人シスターの 祈りの声だったらしいという。
幸い肋骨のひび程度で大怪我をまぬかれた鈴木氏は、事故後の静養中にさらに 次のような体験をしている。 階段から落ちた翌日は、運動会の次の日のように全身がズキズキ痛んでいました。 全体が大きな瞳れ物と化したようで、ベッドの上で寝返りを打つのも、つらい 状態でした。けれども、そんな肉体の痛みとは裏腹に、精神は高揚していて、 とても 気持ちがいいのです。
階段から落ちた前後の自分の行動の記憶はまったくないのに、あの不思議な 光に包まれた記憶は鮮やかに脳裏に焼きついていました。あのまばゆい光の余韻 や、悟りの境地にも似た研ぎ澄まされた感覚は、忘れようとしても忘れられない ものでした。私は限りない至福感に満たされ、恍惚とした気分でベッドに横た わっていました。 ようやく歩けるようにたった次の日、外の空気が吸いたく なった私は、痛いからだをひきずって窓のところへ行きました。 窓を開けると、そこには秋の田園風景が広がっていました。 刈り入れを終えたあとの田圃がどこまでも続き、稲が束になって下がっています。 のどかな景色を眺めながら、自分が今、奈良郊外にいることをふと思い出しました。
すがすがしい稲の香りが胸の中に広がったとき、突然、大きな感動がからだを 貫きました。 稲や土、光や風、自然界のありとあらゆるもの、大宇宙のさまざま なものがすベて、素晴らしい秩序の中にあって、それぞれが一つひとつの役割を 果たして調和している、そうして燃えている―─。
それは閃きに似た強烈な感動でした。大宇宙との一体感を、頭ではなく、 からだ全体で、魂の深みで悟ったような感じでした。目から鱗が落ちるどころ ではありません。そのような至福の状態が三日間くらい続いたでしようか。 からだが治っていくにつれ、その高揚感も薄れ、やがて徐々に日常の平静な状態 に戻っていきました。
けれども、あの光に包まれる体験をしてから、まるで別次元の境地に達したよう に、私の中ですべてが変 化していました。それまで悩んでいたいろんなことが、 とても小さく見え、いっせいに霧が晴れたように、私の人生はすがすがしく晴れ 渡っていました。そして、私の心の中には、ある言葉が、美しい鐘の音のように 響きわたっていました。 「大切なのは、知ることと愛すること。それだけが大切なのだ」
鈴木氏は、その後に彼女の身に起きた数々の不思議な出来事によって、あの光 との出会いの体験が、たんなる夢や幻覚ではなかったという確信を深めていく。
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| 6797,読書日記 ー退屈なのは、世界か、自分か 〜5 |
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2019年10月24日(木)
<僕が旅に出る理由 NIPPON DREM PROJECT> 【同月同日の文章を読み返してみて、当たりと外れ日がある。 今日は当たり日!最後まで、ご覧あれ!】
* 閉じこめられた社会からのトリップ ヨガや座禅の目的は瞑想! これは現実社会からトリップすること。 アルコールや薬物でなく… 沈思黙考で。 その他の手っ取り早い方法が、 「旅に出ること」。これは非日常でトリップ出来る味なもの。 人間は、文化、 文明をつくり上げる過程で、不公平、不自由、合理的だが、不快感な共同体を つくり上げた。優劣の力のあるものにとって有利な代物だが、不快。 それが進化?するほど、ヘドロ化して、私達の脳に、重く圧し掛かっている。 時どき、そこからトリップし、ガスを抜かないと、統合失調症に陥り、 『悪魔の代弁者』に相成り街を徘徊する。映画に出てくるゾンビは、それを 象徴した生きた屍。 もう一つの手軽にトリップ可能なのが、シネマ館。 そこは別世界に私達を誘う。他にも、読書、ネットサーフィンなど、周囲 には幾らでもある。そこでストレスを殺ぎ落とす。もっとも料理の香辛料と して、これを幾つか抱えておく必要もある。(ストレスがないのも辛いもの)。 歓喜も必要だが、絶望も人生には大きな役割がある。 当然、退屈も! 飽食の上での退屈なら、まだ良いが。抑え込まれた上の退屈に問題がある。 洗脳され、押しこまれた退屈、それも自覚できない人の、ストレスである。 ストレスが最たるのがイスラエル、とりわけエルサレム。30年前に行ったが、 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地で、世界中から観光客で満ちている。 そこは、際どい緊張感が漂っていた。 この本で、その衝突に出会って しまった経験が書かれていた。 文化と文明の境目のイスラエルという国。 この旅行の全てが『瞑想』のような錯覚させられた濃厚な… 余命、半年と宣言され、動転しているなら、是非、行かれたら! 殺伐とした砂漠の景色の先に、生の輝きを垣間見ることになる。 ― 〜30年前の社内報に書いていた文章が手元にあった〜 (生の体験そのままを書き残す意義とエネルギーを感じる内容である) これでも、実感のほんの僅かしか書ききれてない。 再度言う… 自分が主人公になるしかないインドとイスラエル、是非とも! 『 今さら遅い? 生きて煉獄の一端を味わえるのだからこそ行くべし。』
≪ * 1999/0105 〜イスラエル聖なる旅〜 この旅行は、四千年の旧約・新約聖書に出てくる歴史と出会う旅であった。 四国の面積とほぼ同じ中に、数えきれないほどのドラマがあった。 現地の日本人ガイドのシャワ−のような説明が新鮮かつ面白く驚きと感激の連続。 その為か帰ってきて、新約・旧約聖書をじっくり読む事ができた事が最大の成果 となった。関連を含めると十冊を前後二ヶ月たらずで読んでしまった。 考えてみたら私の人生の転機の度に必ず聖書か聖書関連の本があった。 人生のもっと早い段階で、じっくり読むべきであった!。
旧約は先入観で固く難しそうであったが、読んでみれば何もむずかしくない、 ただただ面白い!内容であった。旧約はユダヤとユダヤ民族の歴史の書であった。
また新約は出会い=イエスの心との出会いの書と言ってよかった。 印象の強い順に列記してみると、
◉ まずは何といってもエレサレムである。イスラエルがそのまま凝縮されている といってよい。四千年の昔から神の名と民族の誇りをかけ、数え切れない戦いの 舞台となった。そして現在も続いている。 この街を歩く事は世界の歴史の生き証人と出会い同行することかもしれない。 イエスが十字架を背負って歩いた悲しみの道=ヴィア・ドロロ−サ。 磔刑に処せられたゴルゴダの丘。最後の晩餐の部屋。イスラム教の重要な寺院 =岩のド−ムとアクサ寺院。 ユダヤ教徒にとって最も貴い嘆きの壁と広場、 そしてダビデの塔。旧市街を囲んでいる城壁は四千年の歴史の深さをそのまま 物語っている。 ◉ 次はモ−ゼの十戒で有名なシナイ半島のシナイ山である。 深夜の二時に三時間かけて登って山頂からのご来光とシナイ山の山並み。 そして、その麓にあるカタリ−ナ修道院と、神の声をきいたという“燃える柴”。 そして帰路にたちよったベトウィンの部落。そして、そこで飲んだ紅茶。 “マサダの要塞”=この旅行までは全く知らなかったが、キリストが死んだ 四十年余り後に、ロ−マ軍に追いつめられた熱心党員のユダヤ人九六七名が たてこもった自然要塞。陥落の前日、そこの指揮者ベン・ヤイルの演説の後、 七名を除く九六〇人の集団自決のあった場所であった。 その時の詳しい内容が生き残った者の証言で残った (ヨセフスの“ユダヤ戦記”に生々しく残っている)。 =「奴隷にされる前に...自由の状態におもむこうではないか。」 =自殺を厳禁しているユダヤ教徒の集団自決であるからその意味が違ってくる。
イエスの生まれたベツレヘムの岩のほら穴の馬小屋と岩の飼葉桶。 ユダヤ教エッセネ派の“死海写本”が発見されたクムラン洞穴。 一九四七年、近くを歩いていたベトウィンの少年が、洞穴で土器に入った 巻物を発見。壷に納められた六〇〇を越える巻物には、イザヤ書全巻や旧約聖書 等々記されていた。今世紀最大の発見といわれている。ここで他にとんでもない 事が記された文書があった。
―イエスキリストが主張された大すじが、そのずっと昔のこの文書の中にあった。
“イエスはエッセネ派の指導者の一人でしかなかったのでは?”という疑問が でてきたのである。そうすると西欧キリスト教の根底が変わってしまう。 あと十年後に振り返った時、恐らく今回のイスラエル旅行は私の内的深奥で 一大転機の経験となるのではないだろうか。旅行は外界を訪れるだけでなく 内奥の自分との出会いの機会でもある。
【別記】 この旅行と旧約聖書を読んで今の日本に絶望的気分になった。 四千年間の他民族・他宗教と血と血で争う闘いが現在まで続いている。 六十年前には六〇〇万人ものユダヤ人がナチに殺されている。 現在も一歩間違うと今の国土より追放されかねない緊張感・危機感が全土にあった。
男子は三年、女子は二年の兵役があった。国中どこにいっても機関銃を持った兵隊。 一歩家の中に入ると機関銃が無造作においてあるという。といってその手の事件は 一切ないという。その銃の目的は敵に使うもの、国を守る為のものというのが はっきりしているからである。今の日本の防衛に対する考え方甘さが対比すると 浮き彫りにされた旅行でもあった。 [1999.4.14〜4.24 -ryokou ]
・・・・・・ 4971,閑話小題 ー飛行機の座席にみる社会構造 2014年10月24日(金) * 人生を憎めば、人生は憎しみを返す 「あなたが人生を憎めば、人生は憎しみを返す」。 これを「人生を愛せば、人生はあなたを愛し返す」と言い直すことが出来る。 現在の私の状況は、まさに、この二つの間で揺れ動いていい筈だが、しかし・・ この状況を肯定することで何とか平静を保っている。不幸系の人は、まず憎しみ を持った受止め方をする。何でマイナーな考えを持つか? よく観察すると、 育った環境が大きく左右している。 まず、親を憎むことが、そのまま自分の 人生を憎むことなる。「相方には、両親に愛され育った上に、運がある人かを 第一にして見分けなさい」という。幼児から20歳代までに、プラス・マイナス の両極端の世界を垣間見てきた。やはり金持ち喧嘩せず。異性に惹かれるのは、 自分と違った要素を持つ人。しかし、それは短期間だけで、長い目で見れば、 その違いが性格の不一致になる。そこから憎しみが湧き出て、争いが子供に 大きく影響し、その結果、子供は両親を憎むことになる。90%の夫婦間が 実質破綻をしている?というが、子供はたまったものでない! そこで、 「されど、妻(夫)を愛す。人生を愛す!」が、人生を生抜く要諦になる。 * 飛行機の座席に垣間見える社会構造 飛行機は、集約された社会構造が、そのまま露出する場所。 見てみないふりしかない。飛行機の座席のランクには、一般的にファースト クラス、ビジネスクラス、エコノミークラスがある。 ーその料金体系といえばー (欧州の場合) ・エコノミー: 12万〜50万(12万は格安、50万は割引の無い 正規運賃で、サーチャージ込み) ・プレミアムエコノミー: 20万〜50万(本来はエコノミーの正規料金 を支払っている人に対するサービス) ・ビジネスクラス: 36万〜90万(90万は割引の無い正規料金) ・ファーストクラス: 150万前後(割引料金は基本的にありません) ▼ 私のような格安パックツアーは、大型機の後部座席が主で、旅行代理店が 年間契約で3万5千〜7万円の格安で仕入れ契約をする。だから少々、窮屈を 我慢をすれば格安旅行が可能になる。ちなみにホテルも、観光シーズンのピーク を除けば、三分の一、五分の一の仕入れが可能。 だから、パックツアーに慣れ、 使いこなせば、結構、価値ある旅行が可能になっている。私は格安パックツアー もあって、エコノミーだが、たまたま満席で、ビジネスクラスを5〜6回、 一度だけラッキーなことにファーストクラスに乗ったことがある。4分1の 確率で、窓側3人席に家内と2人になるが、ほぼビジネスと同じ環境?になる。 露骨な格差を目前で見せつけられても、そこは非日常世界、瞑想には最適時空。
・・・・・・ 6433,死について考える 〜『樹海考』書評を読んで… 2018年10月24日(水) 数年前に青木ヶ原の樹海を舞台にした日米映画をTVで見た。そういえばと、 HP内検索をすると、4年近く前に、書いていた。二本とも暗く地味だが、『死』 に直結するシリアスの内容だが、TVの興味を引くだけのレポートとは一線を 隔している。死を求めて彷徨う姿を通して、自分の死の問題を考えさせる。 まず、アメリカ映画 《 樹海へ赴いたアメリカ人と、そこで遭遇した日本人との出会いを描いたもの。 自殺の名所として知られる日本の青木ヶ原樹海を舞台に、マシュー・マコノヒー &渡辺謙共演で描いたドラマ。 人生に絶望して自殺を決意したアーサーは、 富士山麓に広がる青木ヶ原樹海を訪れる。磁石が狂い携帯電話も通じない森の 中で、出口を求めてさまよう日本人タクミと遭遇したアーサーは、怪我を負って いるタクミを放っておけず一緒に出口を探すことに。過酷な状況に立たされる中、 アーサーは運命共同体となったタクミに次第に心を開く。やがてアーサーは、 自分が死を決意するきっかけとなったある出来事について語りはじめる。》 一方、邦画の『樹海のふたり』は、 《 お笑いコンビ「インパルス」の板倉俊之、堤下敦を主演に、自殺志願者を 取材したテレビディレクターたちの体験談をもとに、悩みや苦しみを抱き ながらも生きていくことへの希望を見出していく人々の姿を描いたヒューマン ドラマ。フリーの落ちこぼれテレビディレクターの竹内と阿部は、なんとしても 視聴率のとれる番組を作ろうと、富士山麓の樹海で自殺志願者を追う。 しかし、彼らの人生に触れるうちに良心の呵責を感じた2人は、自分たちの行動 に疑問を抱きはじめ、それぞれが抱えていた問題に向き合っていくことになる。》 ― あまりにシリアス過ぎた記事で休刊に追込まれた『新潮45』10月号の書評に <『樹海考』村田らむ著>があった。書評としても、なかなか的をついている。
≪・青木ヶ原樹海のイメージというと、多くの人は『自殺の名所』と答える。 実際に樹海を擁する山梨県では自殺対策事業を続けており、自殺防止として、 ボランティア監視員を多数、配置している。私などは、人工的な都会生活に 疲れた人が樹海に死に来ると思っていた。死までが管理されている都会ではなく、 野生動物がそっと消えるように自分の意思で自然に還りたいと考えると…。 ・これまで20年にわたり、100回以上樹海に入ったという著者自身も、樹海を 歩くと自然の大きさを感じ、自分が大事にしているモノ、仕事や家族や、 お金や、命などどうでも良いモノなんだと思えてくるという。大自然である 樹海を前にしたら、人間などひれ伏すしかないと。 ・だが本書で著者はいきなり、樹海はコンパスがグルグル回って利かなくなる 人外魔境ではなく、洞窟やキャンプ、名物料理まで楽しめる観光地という。 自殺スポットとして脚光を浴びたのは自動車文化で気楽に樹海に訪れるように なったためだが、それは外周部の話。その内部はディープの内容で満ちていた。 風光明媚な観光地であり、同時に死と隣り合わせた異界でもある。美しさと 怖さの陰陽を兼ね備えた場所、それが青木ヶ原樹海だ。本書はガイドブックと ノンフィクションを兼ね備えた‘樹海’のような一冊といえよう… ・864年の貞観大噴火の溶岩が湖を埋めてできた樹海。たかが1200年しか 歴史がない。地面は溶岩のため、木々は値をはれず、成長すると倒れて しまうため、生命の種類が少ないという。それが異界の不気味さを増す。≫ ― 写真をみると、ヤクザの死体の捨て場という噂が、然もありなんと思わせる… 自然に還りたいという本能が、樹海で野垂れ死の願望になるのか…
―――― 5060,閑話小題 ー樹海のふたり 2015年01月21日(水) * 映画「樹海のふたり」 録画をしていた映画の「樹海のふたり」を先日観たが、何とも味わい深い。 富士山麓の樹海で、自殺者のTVレポート番組を何回かみていたこともあり、 WoWoWを録画をしていたもの。 重い内容を軽いタッチで飽きさせない内容。 〜ネット検索の内容より〜 ≪フリーのテレビディレクターとして活躍する竹内と阿部。二人は富士の樹海の 近辺をさまよう自殺志願者たちにインタビューしては、その経緯や心情を聞き 出しつつ、自殺を思いとどまらせるドキュメンタリー番組を制作する。番組は 高視聴率をたたき出し、テレビ局や彼らが所属する制作会社は続編の撮影を持ち 掛けてくる。しかし、自殺志願者たちのさまざまな人生に触れてきた二人は、 そうした番組の制作で生計を立ることに良心の呵責を覚えるようになっていく≫ ▼ 自殺のため樹海に足を踏み入れようとする人々の姿を追うドキュメンタリー 番組のディレクターの二人が、おのおのの事情を抱えた自殺願望の人たちと 接する中で、二人の問題を抱えた人生を見つめ直していく筋たてがよい。 この中で、「何故、富士山麓の樹海を死に場所にするか?」の疑問に対し、 「自殺は、自宅内の首吊り、ガス自殺、服毒死、そして自宅近くが殆ど・・」 ところが、自殺を決意できないため、「樹海に行けば人知れず決行できる」と、 思いたって来るという。そういえば、以前、ここで、『実録・ゴールデン・ ブリッジからの身投げ』を取り上げたが、こんな映画は国内の製作は無理! 私のブログのビュアーに、『最近、いやに死を扱った読書録が多いですね。 (陰の声として、何か危ないのですか)』と、怪訝な顔で言われた。 そこで、『その時になってからでは予習効果は少なく、死の問題は、まだ先 と高をくくっていられるうち、これは長年の蓄積が必要。』と答えていたが。 「正中心・一点・無」の最たる難問が死の問題。これも、突き詰め、凝視を 続けると、慣れが出てくる。ところで方法の三分の二が首吊り自殺で、 9割の人が、その瞬間、止めておけばと後悔する、という。世間様とやらと、 妄想に充分に気をつけ、何があっても苦海を面白おかしく生きなければ! ―――― 503, 実録・ゴールデン・ブリッジからの身投げ 2013年07月15日(月) 先日、蔦屋で本を一冊買ったところ、レジの人がいうに「今なら、シニア様 なら無料でDVDが借りられます」という。そこで借りてきたのが、『ブリッジ』。 軽い気持ちで、身投げ自殺のドキュメントのタイトルにひかれ借りてきたが、 初めから終わりまでシリアスで見入ってしまった。次次とサンフランシスコの ゴールデン・ブリッジから身投げをしていくのが映し出され、遺族や友人が、 インタビューに答えている。このところ『大往生したけりゃ医療とかかわるな』 や『どうせ死ぬなら「がん」がいい』の読書録と、その下書を書いているので、 死にゆく者の心模様がシリアスに伝わる。橋の手前で、死のうか迷って考え込み、 決断する悲痛な姿が痛ましくバンジージャンプのように飛び込んでいく姿が 痛ましい。その後の身近の人の証言では、ほぼウツ病で、それが高じ自殺に到る。 生きているのが辛く、死にたいのである。 反面、誰かに助けて欲しい気持ちが 迷いを生み出す。その中で、一人、助かった人がいた。足から落ち、上手く靴が 水面に突き刺さって衝撃を和らげた上に、水中でサメかアザラシ?が踏み台に なり、押し上げられたという。普段なら40Mの落差の衝撃で亡くなるが、 このブリッジは66M。内容は暗く恐しいが、心の闇が、身投げを通して 浮かび上がってくる。 ーウィキペディアによるとー ≪『ブリッジ』(原題:The Bridge)は、2006年に公開されたアメリカの ドキュメンタリー映画。社会の禁忌としている『自殺』をテーマにしている。 観光の名所のゴールデンブリッジに1年間カメラを設置し、自殺者の様子を カメラに収めた。後に遺族にインタビューをし、そこから自殺を図る人々の 様子を映しだそうとしている。映画では24人が、橋から66Mの高さから海面に 向かって飛び降りている。監督のエリック・スティールはこの映画を取る際、 映画の宣伝効果で自殺者が増加しないように極秘に行っていた。また、 橋の柵に足をかけたら管理局に通報することをルールとして定めていた。 映画は主に橋とその周囲の日常を撮影した風景、自殺者の飛び降りるシーン、 遺族や友人、目撃者へのインタビュー、遺書などから構成されている。 中でもインタビューの映像が多く、自殺者の情報はインタビューの情報でしか 語られない。自殺者の多くが精神的な病やトラブルを抱えていることが その中で分かる。≫ ▼ 2006年の時点で、この橋からの自殺者は年に24人もいるというから、 全員撮ったことになる。次から次へとブリッジから飛び降りるが、躊躇している うちに警官や近くの人に、取り押さえられた人が数人いた。 生死の問題もあり、 それぞれの人生が浮かび上がる。ゴールデンブリッジという名所が、ロマンチック な気持ちを駆り立て、志願者が国内から集まってくる。県内なら新潟の万代橋が 河口に近いため海に流され、死体が上がりにくいとか。人知れず消えている人 がいるのだろう?テーマがテーマだが、決して後味が悪くないのは、 シリアスすぎて、実感がわかない為? 死ぬには死ぬ理由があるはず!
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| 6796,読書日記 ー退屈なのは、世界か、自分か 〜4 |
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2019年10月23日(水)
<僕が旅に出る理由 NIPPON DREM PROJECT> * 旅は流離い ですか 18年半にわたって、この随想日記を書き続た御蔭で、退屈など有得ない状況。 そんな暇があったら、読書やネットサーフィンでネタ探しをしていた。左程、 毎日、書き続けるにはエネルギーをようするもの。しかし、些細なことでも、 それを物語化を続けると、何時の間にか、それが娯楽化してしまうから不思議。 直近にシネマ館で見た映画や、TVのドキュメント、同期会など、全てが物語の ネタになっていく。習慣は第二の天性というが、貧弱な私の天性に、絶対必要 条件である。
高齢者の貧困や孤独死が急増 ー認知症も5人に1人とは怖しい。これは 「令和リスク」としての大問題。 私の死期を75歳と公言してきたが、あと 1年と3ヶ月になったが、現状をみると、あと5年は大丈夫? 駅前や繁華街で、通りすがりりの人に、突然インタビューをする番組が 流行り。また駅構内や、飛行場の待合にピアノを設置して、自由に弾かせる 番組で、その人の人生を挟んだり… 「世界タクシー」のテーマで、運転手に 行先を任せて、何ゆえにドライバーに?とインタビューをするものも。 なかなか深堀の人生が滲み出る。その走りが『家についていっていいですか?』。 これは、何度も此処でとり上げてきた。人生80ゆう余年となれば様々なことが。 それをギュ〜ッと凝縮をしたのが非日常の最たる遊びの『旅行』。 それも大した分別のついてない若い時分の時に、味わっておくべきこと。
行き帰りの航路の機内で、行きは期待と不安、帰路は充実感で、様ざま考え、 行蔵の御宝としてパッケージ化する。これを重ねているうち、自分の人生が、 他の宇宙から地球に遊ぶにきた宇宙人のようなイメージが湧きあがってくる。 人生を旅行に例えると、「地球上の80年限定パックツアー」。 なら、何を? 大自然の絶景か、人類が数千にわたって創り上げた文明と文化。そして生命と しての息ふき。喜怒哀楽、感激、感動を味わい尽くす魂の真髄を経験し尽くす ことこそ、人生が充実したことに。 当然、絶望と、歓喜も必要。 『物語の主人公』に一番に手っ取り早くなれるのが『旅人』になること。 そこには「流離う」というイメージが出てくる。「流離い」… そこには 「自由」…それも「何々」からの「自由」よりも、ただボーッとした「自由」 が感じとれる。 〜つづく ・・・・・・ 6432,閑話小題 〜安ければこそ! 2018年10月23日(火) * 眼鏡業界も様変わり 去年の今時分に、iPadを購入して一年が経過する。7年前のは、ほぼ使う こともなく居間の片隅にある。チラシに一代前のミニ・iPad(7・9インチ) の中古品が出ていたので現物を見に行くと、セールステクニックで最新機種を 勧められ、買うところだったが、冷静に?当初の中古品を購入した。 PCの中古は?と思ったが、使ってみれば、これで充分。安さは多くを解決する。 廉さといえば、眼鏡。地元の眼鏡店から、眼鏡スーパー、眼鏡市場、現在は ジーンズと、格安店に移動している。 安い御蔭で、寝室TV前用、居間用、 パソコン用、外出用と、4つの眼鏡を、それぞれの場所に置いて、使い分けて いる。 家内が‘ジーンズ’で度付きサングラスを2つ購入。値段の割には、 ファッショナブル。 そこで免許証書換の検査を機会に買うことに… 。 安さもあってか、ガラスも、柄体も薄いが、その軽さと値段に驚いた。 これまで7〜8万以上したものが、7〜8千と10分1の価格。で、これで充分に 満足できる… 。 眼鏡業界も様変わりをしていた。 ― * プロ野球も日本シリーズへ セリーグが広島、パリーグがソフトバンクが日本シリーズ進出に決定。 終わってみればパリーグ?… 次に控えるストーブリーグが面白そう。 ドラフト会議が明後日に行われるが、何故かパリーグが圧倒的に籤運が強い のは何故? 巨人の次期監督が三度目の原辰則というが、新鮮味が全くない。 球団トップに長期的展望が出来ないのなら、外部委託で決めるべき。 原監督は改善。 いま必要なのは思い切った改革! とすると球団社長が 落合? 監督が松井、桑田辺りで? 2人とも花があり過ぎ? いまの巨人じゃ、絶対に無理。ガチガチだもの。 それより、まず指名打者制の導入ですか! これも巨人で駄目? ・・・・・・ 5700,「現代に求められる知性とは何か」 2016年10月23日(日) 『知の読書術』佐藤優著 *「現代に求められる知性とは何か」 過去からのフラッシュで人生を振返り、独り赤面することしばしばの日々。 そこに現れるのが己の知性の限界と、品性の問題に行き当たる。良心に反する ことは、極力しないよう心がけてきたが、一つの判断には+−の様々な要素が 含まれる。その時には気づいてないマイナス面が、重く思い出されてくる。 戦場の極限で、矛盾が積み重なり、心の底に沈殿、それが心の病として、 何時までも付きまとうという。戦場では知性も、理性も、問題の外になる。 イラクとアフガニスタンに派遣された米兵は200万人。そのうち50万人が帰還後 も心の 病を抱えているという。目前で仲間を失い、敵を殺すという戦闘経験が 心的 外傷後ストレス障害を発症させ、多くが自殺まで至る。その縮小版が、 老いとともに生じてくる。そこに、長年培われた教養が必要とされる。 グローバル化の中、世界がフラットになり、今までの常識が通じない中で、 「教養の再生」が大きなテーマになる。 これからは、「教養共同体」を再生 が重要と、以下のように、著者は述べる。 ≪・「教養共同体とは、自分たちの教養や思想を社会に還元していく ような教養人のネットワークのことを言う。資本主義や国家の暴走は、 『給料を上げろ!』『戦争反対!』と声をあげるだけではブレーキをかけられ ません。 なぜか ―それは戦争を推進するような運動や排外主義的な運動も、 その背後にはどんなに稚拙であれ必ず思想の組立てがあるからです」 ・また、「知識人や教養人が思想の組み立てや教養の構築を怠ると、 その空白を縫うように、粗雑な反知性主義者が物語を語り始めます。 そして現代の日本には、政治家やビジネスエリート、運動家に至るまで、 論理の体をなしていない気合主義や自己啓発のような物語が溢れています」 ・そして、このように訴える。 「こうした乱暴な思想はやがて人々を動員し、物理的な暴力性となって 秩序を破壊します。排外主義的なヘイトスピーチの登場はその兆候です。 反知性主義的な思想の暴力性に対抗するには、知識人や教養人が連帯して、 別の思想・物語を語らねばなりません。だからこそ知識人・教養人の共同体や ネットワークが、今の時代にはたいへんな重要性を持っているのです」 反知性主義がはびこる国家に未来などない。そのためにも、「教養共同体」 が重要になってくる。≫ ▼「教養共同体」は、ネット世界で『ネット教養共同体』として容易になる。 ネットの端末機器の進化は留まることなく進化しているが、情報を教養と して効果的に身につけるには、基礎教養が必要になる。が、子供の頃からの ベースがないと、教養共同体の理解と共用は難しい基礎教育格差の問題がある。 米国のトランプ、フィリピン大統領のような反知性的思想の持ち主が、同類の 人たちを扇動し、国家を危機に向かわせる。集団心理は本来、反知性的である。 ・・・・・・ 4970,野心のすすめ 2014年10月23日(木) * 野心という山登り 〜「野心のすすめ」林真理子著 創業の準備を含め45年間、その最後は、この様だったが何故か後悔はない。 野心があったからこそ出来た様々な成功と、挫折経験は何物にも変えがたい。 自分の限界の壁が常に目の前に立ち上がっていて、何時も溜息をついていた。 野心を持っていると、「棒ほど願えば針ほど叶う」になる。棒ほど願わなくて は針ほども叶わないのである。創業の頃は、高度成長期の絶好の環境があった。 それに、条件づくりに父が陰で協力をしてくれたこともあった。 野心は志と似ている。自分では志と思っても、人から見れば野心というのだろう。 何かに志をたてると、それが高く、大きいほど、その差が見えてくる。 そして、途中で、頓挫させるような難関が次々と立上がってくる。しかし、今さら、 後は引けないという瀬戸際で、壁が崩れ、内在した力が沸々と湧き出てくる。 ー以下の内容が、野心を解りやすく要約している。 ≪ 野心を持って努力をし続けるのは、本を読むことにも似ています。 本を読み始めると、自分はどれほど無知なんだろうとか、この分野を知らない のはまずいなあとか、この先また別の本を読んでみたいなと思う。努力をする人 にはいろいろなページが開いてくるんです。反対に、本をまったく読まない人は、 何を読めばいいかわからないし、そもそも本の存在すら意識下に入ってこない。 自分はこういう人生を送りたいという目標を決めたら、歯を食いしばってでも 頑張ってみることです。野心が山登りだとすると、少し登り始めると、頂上が どんなに遠いかがわかってくる。少しクラッとするような場所まで来て、下を 覗いてみると、登山口の駐車場ではみんなが無邪気にキャッキャッ楽しそうに 群れている。でも、自分はぜったいその場所にはもう下りたくないと思う。 自分はこの先、あの高いところまで登れるのかという不安を常に抱えながら、 ズルズルと下に落ちたくないから常に手を抜けない。なぜ、わざわざ辛い思いを してまで山登りを続けられるのでしょうか。それは、必死で登って来た場所から 見る景色があまりに美しく、素晴らしい眺めを自分の力で手に入れて味わう 満足感と幸福をすでに一度知ってしまったからです。そうなったら最後、 もっと美しい景色が見たい、もっと満足したい、もっと幸福を味わいたい、 と、さらに上へ上へと登りたくなる。 平地で遊んでいる人間には一生見えない 美しい景色、野心を持って努力をした人間だけが知る幸福はあります。 もちろん辛い試練だって待っているかもしれないけれど、野心という山を登ろう とする心の持ちようで、人生は必ず大きく変わってくる。チャレンジしたから こそ初めて手に入れることのできる、でっかい幸福が待っている。 人の一生は短いのです。挑戦し続ける人生への第一歩を踏み出して くださる方が、増えることを祈ります。さあ、山に登ろう! ≫ ▼「やってしまった後悔は、日ごと小さくなるが、やらなかったことの 後悔は日ごと大きくなる」の彼女のモットーが、良い。三年前の経験で、 つくづく思ったことは、山の麓で遊んでいた人たちほど、攻撃してきたこと。 特に、城下町の体質が、人間関係にられ一生を棒にふった人の割合が多い。 それが、「他人の血で、自分の一生を棒にふったという傷口を洗おうとして いる姿そのもの」に私には見えていた。しかし、実際に、人生の夕暮れ近くに なって、それも有り!ということに気づいた。 山登りの景色も、麓の景色も、 大して変わりはしない、ということ。しかし、麓でも何かにチャレンジして ないと、麓の美しさ、面白さに気づかない。 ともあれ、何かに挑み、闘い、 変化する中で、人生は面白くなるようだ。せっかく、地球に知的生物として 80年を頂いたのだから! 有りがたく頂戴しないと! ・・・・・・ 5335,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー�� 2015年10月23日(金) ー結婚しなさい。いい相手を俺が紹介してあげようー 私に今東光が乗移ったら、『サッサと転職をしろよ。次の職場で後悔する 状況に直ぐに陥るから、少しはマトモになるはずじゃ!』というだろうに! ≪ ◎ 質問: 信念や主張がなく、すぐ諦める自分がもどかしい 〈 私の悩みは「こだわり」がないことです。そのためか、人にただ流される 生活をしているような気がします。仕事をするうえでも、周りの人が 「こうするべきだ!」と強く出してくると、「だったらそ札でいいんじゃない」 と迎合しがちで、会議などでもあまり意見はいいません。何かを強く主張を して揉めるくらいなら、初めから諦めてしまうほうが面倒がなくていいと 思ってしまいます。人材開発・組織開発の仕事をしていますが、この仕事は すぐ結果が出るような類のものではなく、周囲とのコンフリクトが当然の ようにあります。それだけに、信念やこだわりがなく、すぐ諦めてしまう 自分がもどかしいです。三十歳を超えて、このままだと仕事は中途半端な ままで終わりそう、と不安です。(三十歳女性) 〉 ◎ 答え=人生で最大の罪悪は退屈すること ・シマジ: うーん、難しいな。俺とは全く違うタイプだ。何が原因で自己主張 を諦めるようになったか分からないが、相談者は人生に退屈をしているんじゃ ないか。主張しない、迎合する、すぐ諦める。これではノッペリした平板な毎日 で退屈で仕方がないだろう。俺は人生で最大の罪悪は退屈をすることだと思うよ。 何だっていい。何か一つのことに十年ものめり込めば、間違いなく自分の世界が できる。確固とした価値観や美意識が形作られ、オリジナルの主張や、譲れない 一線としうものが生まれる。すぐに諦めることもなくなると思うがな。 ・アソシエ: 趣味に打ち込んでみたら変わりますかね。 ・シマジ: 実のところ、「たしなむ」レベルではあまり変わらない。結局のところ 「道楽」でもまだ足りず本当は道を極めるところまで行かないと世界は作れない。 つまり「極道」まで行く必要があるんだが一まあ、そこまで要求するのも酷だから、 まずは何か打ち込めそうなものを探してみてはどうかね。空手なんかどうだ。 ・アソシエ: いきなり空手ですか。 (略)・・・ ・シマジ: 経済力があって頼れるいい男を見つけて結婚すれぽ、相談者は 昔ながらの良妻賢母になり、幸福な結婚生活が送れると思う。何も仕事で成功 するばかりが人生の幸福でほない。自分の意見を強く主張し、周囲と競い合って 仕事で成果を上げるということが向いていない人もいるんだ。そういう人は無理 をして仕事場で「できる女」を目指さなくてもいいと思う。 というわけで、相談者には旦那さん候補としてこ人の男性を紹介しよう。 じつは、いい人がいたら紹介してくれと二人の男から頼まれているんだ。 いま、その男たちの写真を持ってくるよ。 ・アソシエ: まっと待って。それは人生相談の範疇を超えているような気が。 ・シマジイ: どうしてだね。人生相談というのは相談者の悩みに真剣に対峙 するものだろう。少なくともシバレン先生、今東光大僧正、開高健文豪は、 相談者に胸襟を開き、自らこれと信じるということを真剣に語った。 人生に正解なんてありはしないんだ。だから人生相談にも正解やあるべき姿 なんてない。語るだけでなく、人助けの実践的サポートまでやる人生相談が あってもいいじゃないか。俺は、この相談者の幸福は結婚にあると思っている。 そして、良妻賢母になることを確信している。相談者に結婚する気がないなら 無視してくれれぽいいだけだ。もし、その気があるなら、連絡してくれ。≫ ▼ こういう人は、男にもいる。学生時代など20歳半ば頃までは、 経験の絶対量が少なく、まず周囲と同化することに神経がいって当然。 女性なら家庭に入ることで逃避する道があるが、男は、そうはいかない。 人生に正解はないとしても、より良い道は自分でしか切り開けない。 で、知恵を絞り出すしかない。この後の二人の対話が面白いが、止めておく。 ・・・・・・ 6067,閑話小題 〜選挙結果について 2017年10月23日(月) * 次は、戦時体制に? 選挙結果は、安倍首相の目論見とおりに終わった。民進党の解党の結果、 左派の立憲民主党が実質的に残存したことになった。解党がなかった場合、 立憲民主党の当選数にも及ばなかったはず。これで「憲法改正」が本格的になる。 隣国に軍事独裁国家が存在する限り、現状の憲法では対処出来ないことは自明。 私は憲法改正賛成、アベノミックスは反対、原子炉現状維持派のため、賛同より、 バランスを考えた上で、それに近い「希望の党」に、家内は「立憲民主党」に? 地方区は野党議員に入れた。一年以内には、朝鮮戦争の可能性が高まる中で、 国民は強固の保守体制を選択したことになる。Jアラートを日常的に鳴らした 効果は大きい。小池のミスジャッジなしで、みごと希望の党の勝利だとしたら、 問題が残るから、この選択は、正しいのだろう。 そして時局は「戦時体制」に入っていく。 既に、北工作員のテロ対策、難民収容所基地の準備、負傷者用の緊急病院など が具体的に作成されているのだろうが…。 恐ろしいが、これが現実。ロシアの プーチンの思惑どおりに事態が進んでいく。 弱者の戦法で、北朝鮮は長期戦に 持込みたいのだろう。日・米・韓国にはスパイによるテロ戦術になる。そこで、 「何が冬季・平昌オリンピックか、東京オリンピックか」の空気が強くなる。 恐ろしい身近な現実の具現化が始まる。この不安、そのままが、自民党の大勝利 の原因になった。米韓日が勝利するとは限らない。北には30〜40年かけた準備が あり、そう侮れない国家である。恐ろしいのが、北の国家ぐるみの自暴自棄。 ・・・・・・ 4603, 閑話小題 ー呆けも大変だけど・・ 2013年10月23日(水) * 呆けも大変だけど、しっかりしているのも? 幼馴染と酒を飲んでいた時、何気ない話から、相方には90歳を過ぎた 義母と三人暮らしという。「ボケはあるの?」と聞くと、「全くない!」と。 その時、自然と昔の記憶が湧き出てきた。 { 私の母親が痴呆症になって5年半で亡くなったが、それは大変だった。 亡くなる半年ぐらい前のこと、元旅館の女将をしていた母の最も親しかった 92歳の友人が、実娘に付き添われて数十年ぶりに訪ねてきた。最期のお別れ という空気が、そこに漂っていたが、呆けは全くなく元気そのもの。 家内が台所で、こっそりと、「呆けもなく、元気で良いですね」とこぼすと、 さん、「なに言っているのよ、元気は元気で、そりゃ大変! むしろ・・} その時の一期一会の二人の姿が、現在でも頭に焼きついている。看護十年は、 される方も、するほうも、大変である。「呆けは老いの苦痛を和らげるため 神が与えし精神状態」という。呆けないで余生を楽しむのも芸のうち、 ということ。 * 米国のデフォルト危機 米国のデフォルト、何とか乗り越えたが、その信用失墜は大きい。 計画的世界恐慌、このタイミングがベストに思えたが? まずシリア爆撃に 目先を向け、のドサクサにデフォルトだったのでは?国家戦略からして、 オバマ二期目の二年目。やるべき仕事はデフォルト? 来年の2月7日まで 先延ばしたが、まだまだチャンスは続く。日本と同じく国債増発しか予算が 組めないため、増発をするしかない。がん末期のリンゲル投入と同じで、 死ぬまで続けるか、恐慌を起こし精算しかない。そのプロセスを踏まない限り、 米国債を出し続けるしかない。 水面下では静かなる経済恐慌が既に起きている。 更に深刻なのが日本。特に地方の惨状は、ここで何度も書いている。その上、 世界恐慌が表立ってきたら、どうなるのか。まずハイパーインフレとすると、 年金生活者は?今や何が起きても不思議でない。我が身は自分でしか守れない。 「まさか!」は起こってからでは遅いが備えは可能。「まさか!」が、危ない。 私の「まさか!」は、リーマン。備えてはいたが、現実に起こると「まさか」 が、「まさか」でなくなる。その典型が、「まさか!東京電力が」・・ 一万円前後していた株価が、今では500円、これも国家管理になればゼロの 可能性がある。安定株の筆頭だったのに。
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| 6795,読書日記 ー退屈なのは、世界か、自分か 〜3 |
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2019年10月22日(火)
<僕が旅に出る理由 NIPPON DREM PROJECT> * 何かを求めて、探し続ければ退屈など滅相もなし 新潟駅前の土地取引先の、老境というより死期に迫った老夫婦の御婆さんが、 最期に語ったことは! 『2人でいっぱい旅行をしてきた。もう人生に何を 求めるでなし。いつ死んでも悔いはない。』と… 辞世のような言葉を残して 亡くなっていった。そう、両親2人とも同じようなことを言っていた。 結局、人生に残るのは、生活圏から逸脱した解放感!ということになる。 その予行練習を、学生時代に一度、経験すべしということか…
私のライフワークの一つが『秘・異郷旅行』というより、『秘・異郷ツアー』 このテーマは、今まで数限りなく書いてきた。 老境真只中になる程に、この ブログと、ツアーの蓄積は、大きな心の拠り所になっている。人生、退屈という のは少なかった。20歳の頃、キリスト教倫理の教授に、夏休みの課題を与えられ、 考えあぐねた結果、出した結論が「両親の生き方の肯定」。 「私も父親の生き方を目指す」と…。 ぼんやりと人生を生きてきた、それまでの自分から、40〜50年スパンの人生設計 の土台つくりが、その時に決まった? 周囲の状況が全く変わって見えてきた。 内向きだった性格が、外向きに変わっていった。25部屋のシェアハウスの共同の 私生活が、まずは赤裸々な人間の内面を曝け出す舞台そのもの。クラブも然り。 何より鮮明に見えてきたのが、授業内容の多彩さと、途轍もない金持の別荘群の ある軽井沢の山荘のアルバイト。
何よりも感じたのが、凡庸の己の器。そして、それぞれが背負った荷物の質量。 そして、脱クラブ、寮仲間との超越。そこに、山荘仲間からの自由な発想の感化。
安保闘争の真只中で、『何だ、世界は自由に満ちている。まずは、
小さく固まった行動範囲を広げること!』と。そして、欧州一周の旅に 繋がり、それをキッカケに武澤ゼミの一員になっていく。 「退屈で凡庸だったのは、それまでの自分」という逆上せが、そこに生まれ52年 経過する。「退屈で卑小なのは、間違いなく自分!」 早々、自分の小さな器が 粉々に破壊されて、良かったと! あの悪魔の代弁者に固まるところ… …正しく人生は旅である。 退屈なのは、自分の凝り固まった狭い視野のせい。 達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ
・・・・・・ 6431,閑話小題 〜アメリカ上院、下院総選挙 〜2 2018年10月22日(月) * 露骨な中間選挙用映画 先週末のシネマは、『デス・ウィッシュ』。年金後の土曜日で、同年代の 人たちで40人はいただろうか。 〜内容といえば… 《 警察すら手に負えない無法地帯となったシカゴで救急患者を診る外科医 カージー。ある日、彼の家族が何者かに襲われ、妻は死に、娘はこん睡状態 になってしまう。警察の捜査は一向に進まず、怒りが頂点に達し、復讐の鬼と なった医師は自ら銃を取り、犯人抹殺のために街へと繰り出す。》 「デス・ウィッシュ」とは<死を祈る、死の願い> 御前ら悪党よ、俺様 の手で死んでくれという意味。チャールズ・ブロンソン主演「狼よさらば」の リメイク。白人の外科医が、ラテン系や、黒人のギャングを容赦なく殺して いく姿は痛快だが、有色人種を虫けら扱い。助ける医師の立場から、ギャング 狩りの殺人に… 最後は、殺したギャングに罪を擦り付け目出度しめでたし。 現在のアメリカ(白人)第一主義を地でいった筋立て。世論は、痛快にギャング を殺戮する処刑人に好意的。 … これって、中間選挙目当て? 朝鮮半島情勢、今のところ安定しているが、ここだけは何が起きるか? これもアメリカの中間選挙次第。中間という意味は大統領選挙を挟んだ中間 という意味。4年に一度の本格的な議会総選挙。トランプといえば、その正体が 露呈しスキャンダルが連発。側近は、次から次へと辞任。国家自体の自己否定 とさえ思える大統領。 専門家の見立ても、世論も共和党に悲観的。 < 予測専門サイトの一つが3つのモデルで選挙結果を予想、下院における 多数党交代の確率は、9月下旬時点で70%台後半から80%。また、バージニア 大学政治センターが紹介する4人の専門家の予測モデルは、下院における民主党の 議席増を27〜44議席とはじき出す。多数党交代に必要なのは23議席の変動であり、 モデルどおりなら、共和党は「青い波」に屈する。共和党とすれば、想定以上の 苦戦だろう。「強い経済」と「トランプ大統領の熱狂的な支持者」という2つの 強靭な防波堤が、多数党の座を守ってくれるはずだった。だが今回の選挙では これらの防波堤は十分に機能してないどころか、共和党の弱さとなっている 気配すら感じられる。> しかし、そこはトランプ。起死回生の奇策を狙う可能性も。 ロシアのプーチン。トランプを大統領にした策略だけでも、その任を果たした。
・・・・・・ 5334,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー�� 2015年10月22日(木) 元・プレーボーイ編集長の島地に、亡くなった三人がのり移った設定の 人生相談だから、面白くないわけがない。ランダムだが、面白そうな相談から 紹介していく。 ー大企業で出世する男の見分け方を教えてくださいー 〈 私がつき合っている男性は慶応大学卒の28歳、某大手電機メーカー勤務です。 有名企業ですが、このご時世、サラリーマンの一寸先は闇。彼が出世競争を勝ち 抜ける人かどうかを知りたいのです。私も大手といわれる保険会社勤務ですが、 ずっと仕事を続けるつもりはありません。というか、専業主嫁になりたいです。 ただし、貧乏臭い節約生活は送りたくありません。銀座で気軽にショッピングを したり、一流のレストランでランチができるくらいの余裕のある生活が希望です。 そのためには、旦那さまにかなりの稼ぎがないことには。かといって、ベンチャー 経営者なんていうのは、蟹産の危険と考中合わせで不安定だからイヤ。大企業で 出世する人がいいのです。そういう人の共通点って何でしょうか。どんなところ で見分けられるでしょうか。こんな質問をしたら、コメントは欄では非難轟々 かもしれませんが、本音でお蜀きします。(27才女性) 〉 ーお答えー 〈・シマジ:その慶応卒の彼氏とやらに会って、食事をしながら二時間も話せば、 出世するかどうかをぴったりいい当ててあげるよ。だが、一般論として出世 する男はこうだとはいい難いな。それこそ千差万別だ。だから、会わずに語る のは無責任だな。無責任だが、これだけはいえる。この男が大企業の中での 競争を勝ち抜き出世するだけの知力と感性の持ち主なら、相談者を一生の伴侶 として選びはしない。すなわち、相談者を妻にするような男なら出世の見込みは 薄く、出世する男なら、いずれ相談者と別れるだろう。 ・アソシエ:辛口ですね。 ・シマジ:相談者の本音の質問を本音で答えたまでだよ。出世をする人間の 大事な条件の一つが人を見る眼力だ。大きな組織の中でこれぞという先輩や 上司を探り当て、その人に教えを請い、その人を尊敬して命がけでついていく。 あるいは営業マンなら、取引先のキーパーソソを見極め、そこにしっかりと 食い込み、人脈を広げていく。いずれにせよ、そうした人を見る眼力があれば、 女のたくらみも見通してしまうだろう。それにしても、相談者の考えは浅いな。 だってそうだろう。日本の大企業の中で課長に出世をする男には眼力が必要だ。 課長になり、部長になり、ついには役員になったとして、どれほどの生活が できるというんだ。第一、子供はどうする。子供が二人もできたら、優雅に お買物にラソチになんていっていられなくなる。しかも、教育に金がかかる。 こういう相談者だから、子供に有名幼稚園や小学校をお受験させるだろう。 そのうえで、有閑マダムよろしくブランド品のショッピングに精を出し、 高級レス.トランでランチ三昧なんてことをしようとしたら、数千万の可処分 所得が必要になる。ということは旦那は税込みで一億円近く稼がなくては ならず、サラリーマンには到底無理な話だ。〉 ▼ 以前、田圃や小川に生息する〈タガメ〉について書いた。蛙や、小魚に 抱きつき、栄養分を死ぬまだで吸い取る昆虫で、日本の専業主婦に酷似 しているという分析の書籍を、ここで紹介した。 何か、誰かさんみたい? 〜二年前に取り上げた内容を下にコピー〜
・・・・・・ 6066,閑話小題 〜 少し考えてみたら 2017年10月22日(日) * 少し考えてみたら 日本人は第二次朝鮮戦争が起こるとは、よもや思っていないようだが、 少し考えてみれば、充分に起こりうること。アメリカのいうレッドラインを 遥かにこえた「水爆実験」と「ミサイル実験」を平然と行い、隣りの大国の 中国やロシア首脳と会談すらしようとしない。直接会談を避けるのは、底の 浅さが読み取られてしまうため。 肉親や幹部の粛清が、あの方にとっての錯乱原因で、自らの破滅の道を ひたすらまっしぐら。これでは数百、一千万規模の犠牲者が出る可能性がある。 「米国は核保有のイランの事例からして攻撃してこない」という甘さが見て 取れる。黄色人種の元首から、これだけ罵詈雑言と挑発を続ければ、欧米の 極右が見逃すわけがない。人生の夕暮れ時に、一つ海を越えた朝鮮半島で生々 しい戦争が突発するのか? * つれづれなるままに! 会社清算に至った現在、後悔が殆どないのが不思議なぐらい。創業に向けて 一歩、踏み出した時から、万一の場合、「われ後悔せず」と決心をしていた こともある。その上に、思いの外、楽しみが、「差引きゼロ」というより、 80点以上の実感がある。何もしなかった10億、100億より、経験を楽しんだ現状 の方が良かった手ごたえがあるからこそいえること。 『納得出来る行蔵は、何ものにもかえ難い』とでも自己説得でもしないと… どの道、全てが夢幻でしかない。 * 政治ものコンニャク談義 ・ 昨夜、グランド・ホテルで、先ほど行われた中学の同期会の「反省会」 が、行われた。出席者が15名。余剰資金があったようで、会費は3千円。 二次会は欠席し、21時に帰宅。一次会の後半は、衆院選挙の話題で盛上った が、意外にも、自民の候補より、野党の女性議員の支持が圧倒的だった。 自宅にも、大平事務所から『前知事に負けそうで、助けてください』と、 悲鳴に近い泣き落とし?の電話が4度もあった。 「新潟市在住?の前知事が、今さら長岡で原発容認の自民党から出馬など、 もってのほか」と言われれば、成るほど肯ける。一般市民に「稼働してない原発 は空箱と同じ、ミサイルを撃ちこまれても、全く問題なし」の情報が意外と 知られてないこともある。で、私は、全国区で「希望の党」、地方区は「泉田」 に投票予定。それとも、国家危機の視点から、全国区が「自民党」、地方区は 「大平」。泉田は「長岡の女たち」を知らなすぎのため大敗の可能性がある。 「無所属で、新潟市地区で立候補すれば、当選の可能性もあったのに…」だが、 比例区で拾われる?今回の選挙結果が楽しみだが、『憲法改正』は必要とする と、自民党は圧勝して然るべきである。とすると「希望の党」でも良いが…。 二転三転後に、「全国区」が「希望の党」で、地方区は「大平」が結論。
・・・・・・ 5699,老老介護の現実 2016年10月22日(土) * 姉夫婦と従兄弟が老老介護の年齢に 先日の通夜に東京から日帰りでやってきた従兄は、老老介護の真只中。 総武線沿線の葛飾と千葉市近郊に、姉夫婦が三組、父方の親戚が三組が住む。 そのうち姉夫婦の一組と、いとこの二組の連れ三人、4分の1が亡くなっている。 そして残る三組は老老介護の真最中。平均年齢が80歳代に入った老老介護は 日々是戦場状態。長寿が果たして幸せかどうかの問題につき当たる。それでも、 近くに親戚と子供たちが住んでいるのが幸い。連れ合いは、生きているだけ でも老いの身には支えになる。末っ子のため、従兄弟も含めた自分の数歩先の モデルの人生、山あり谷ありが垣間見える。 さほど多くない市内の従兄弟や、 義兄が、去年から今年にかけて3人も亡くなった。後は誰が先か後かの問題。 <死ぬまでは生きている、死んだ瞬間から無になるから、自分の死はない。> と思えば気が楽。現実は、「先に逝ったもの勝ち!」「先に呆けたが勝ち!」 ブログ内検索で『老老介護』を入れたところ、以下の文章があった。 実にシリアスの内容である。 ―― 2011/09/14 閑話小題 〜老老介護 * 老老介護 先日、近くのチャンコ鍋チェーン店に久々に食事に行ったところ、 案内され小座敷の隣に80歳は超えている老夫婦の先客がいた。 少し妙な直感がしたが、別に気にはとめてなかった。しかし私たちが入店 した時には食事が終わっていたのに、私たちが帰る直前まで、そのまま御茶を 飲みながら周りの客の話を聞いている雰囲気が伝わってきた。それは別に問題 ないが、家内がセルフ・サービスのコーヒーを取りに行ったところ、帰りかけで 入り口にいた御婆さんが、家内に「足が痛くて歩けないんだけど、どうしたら よいですか?」と話しかけてきたので、家内は戸惑い「私には、どうにもなら ないんで、店の人に御願いしたらどうですか」と、少し冷たく答えたという。 連れもいるのに見知らずの人に訴えること自体が変で、明らかに痴呆症が半分 入っている風とか。私も腰痛を持っているので、その酷いときの辛さを痛感する ので(痴呆が入ってなくとも)誰彼なく言いたいのも分かる・・・ 長生きは有難いが、そこに精神的、肉体的苦痛の代償を自然は与える。老いた だけ、無念が増す、ということか。 本気で「来年は存在ない」という思いで、 一日一日を生きる時節になってきた。あの人は誰かに愚痴を聞いて欲しかった? のか。長生きはしたいが、老いたくない。この矛盾が老いの問題になってくる。 ―― 2015/05/17 人生相談という気晴らし! 〜�� 『人生、しょせん気晴らし』中島義道著 さすがの個人主義の哲学者も、老老介護の相談には歯切れが悪い。 介護の世界は複雑で、根深い。極限の場面で、真実を知ったところで、 せめて、気晴らしになるぐらい。最期の最期は、宗教に頼るしかない? ≪ Q: 〜老老介護から人の〈生〉と〈制度〉を問う〜 私は七十四歳の女性。以前の「死ぬ作法」の記事を読み考えるところが多く、 質問させていただきます。私は現在、九十五歳の母親の介護をしております。 昔であれば一番上の子供が還暦を迎えるころには親は天に旅立ってゆくもの でしたが、医療の進歩もあり、寝たきりであっても延命治療が続いております。 世間では後期高齢者医療制度が問題になっていますが、むしろ末期の医療現場を 考えていただきたいと思っています。人が生きるとはどういうことであるのか、 死に近い位置から医療をはじめ生きるということを見直すことが必要ではないか と思っております。哲学のご見地から、寝たきりとなった高齢者の生、死について 何かご示唆いただきたくお願いします。ちなみに私の兄弟三人は皆、病に倒れ 入院生活を送っています。私が倒れたら、どうすればいいものか不安で一杯です。 A: 〜われわれは「生きている」ことの意味が分からないのです〜 これは大変難しいご質問です。私も大学でここ十年ほど「生命倫理」の講義を 受け持ちましたが、さまざまな学説を紹介することはできても、自分の意見を 言えといわれると、とたんに分からなくなる状態です。 逃げのようですが、 あなたのご質問に対して「哲学の見地から」何の示唆もできない、と言うほか ありません。哲学は人を救えないものです。正確に言えば、世界とは、私とは、 時間とは、善悪とは、何か分からなくて悩んでいる人をある程度救えますが、 幸福になりたい人を救う能力は皆無だと確信しています。むしろ、哲学とは 不幸になってもいいから真実を知りたいという欲望をもっている人にのみ 開かれている。真実は必ずしも人々に慰めや、平安や幸福を与えるわけでは なく、逆に不安や不幸を与えるとしても、あえてそれを追究するのですから、 相当ヘンな欲望ですね。そもそも、われわれは「生きている」ことの意味が 分からないのです。ですから、生きているほうが、死んでいることより「いい」 ことを論証できないのです。哲学は「いかに」生きるか「いかに」死ぬかを 教えることはできず(それを安直に言い出す哲学者はニセモノ)、人間が死ぬ ことの意味そのものを問い続けることができるだけです。私も人間ですから、 直観的に「人を殺してはいけない」とか、「老人を虐待してはいけない」という ことは理解できますが、さらに「なぜ?」と問うと途方に暮れてしまいます。 まさに、ここに問題を見出す人のみが哲学に突き進むのであり、そんなことは 何の問題でもない、目の前に苦しんでいる人がいれば助けるのがあたりまえ ではないか、という考えの人は決して哲学の門にはいらないでしょう。・・ ≫ ▼ 難しく、深刻な問題だが、決して他人事ではない。人生の最期は、決して 不幸から逃れることが出来ない現実がある。それに対し、「南無阿弥陀仏」か、 「南無妙法蓮華経」と唱えるしかない。哲学は、「ことの道理」を追求すること が出来ても、人を救うことは出来ない。ということは、人生相談に、哲学は 向いてないことになる。だから、逆に質問の内容そのものの甘さを指摘して 納得させるのが、ベストになる。『人の心の問題は、ほっとけ!』と。
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| 6794,読書日記 ー退屈なのは、世界か、自分か 〜2 |
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2019年10月21日(月)
<僕が旅に出る理由 NIPPON DREM PROJECT> * 旅の目的地は、新しい自分 ;編者が100人の学生の旅行体験から感じたことは:
「旅の目的地は、いつも新しい自分なんだ」ということ。 52年前から此の方、 何時も、旅行先で、それまで背負った肩の荷を振り落としてきた。 旅先で、 新しい何かに出会い、こころと、魂を刺激され、今までの自分に向き合い、 新たな気持ちで歩み出してきた。 異なる世界で、感動し、そこから逆照射して みる日本と自分。その背景は私が過ごしている日常世界。そこに戻っていく返り 旅の機内の中で、新たな視線で、自分を見つめ直す感覚。それは外国でなくても 可能だが、差異の感覚が大きいほど、それまでの自分と、その世界をクッキリと 浮びあわしてくれる。 最初の欧州旅行の衝撃度の大きさは、その後の人生に大きい影響を与えた。 それを経験した100人が集い、11名が経験談を一冊の本にしている。 ここで… 『叩き壊された日本製の当り前』の実感が記されている。 知らなかった世界で出会ったのは、見知らぬ自分。そして新しい視点の私自身と、 ちっぽけな日常。 取分け面白いのが第一フライトと、帰路フライトの機内。 第一フライトは期待と不安で胸が裂けそうになり、帰路フライトは、満ち足りた 気持ちと安堵の感で… 還暦とは、良くいったもの。 ハイライトも過ぎて、 帰路に流れが変わり、「下り坂、最高!」の気持ちに切り替わる頃。
数年前に亡くなった従兄。 20年位前の法事の席で、 『あなたの話の全てが現実的でない!』と、怒るように話しかけてきた。 500mの生活圏から、数年に一度、市外に出るか出ないか。日常世界が、現実と しか思えないようだ。 読書習慣がないため、言語を通したイメージ世界を、 想像出来ない。一歩外に出る勇気を無くしてしまったようだ。その歪んだのが、 先日、映画評でテーマにした『ジョーカー』。 若い時節に経験した挫折感。茫然として、気力も何もかも失われ、ひたすら 暗い気持ちで時を過ごす。残っているのは、それでも、残っているのは、それ まで経験してきた充実感と両親から貰った温み。
・・・・・・ 4601, 読書という体験 ー3 2013年10月21日(月) 「読書という体験」 岩波文庫編集部 (編集) * 読書欲のすすめ ――「本をものにする、これは快感だ!」齋藤孝著 前回の藤原正彦の授業内容がアップダウン方式に対し、斎藤孝は、読む本を 受講者自らが選び、直接、受講生同士が、情報を交換させる方式。一長一短が あるが、融合も可能。 読書の質量を増やすに非常に効果的である。ーその辺りー 《 私は今、「読書しない人間撲滅運動」を展開している。といっても、 明大の教職課程の授業での話だが、これがなかなかいい線まで来ている。 読書をしないのは、受講生約四百人中残り五人ほどになってきた。この場合の 読書しない基準は、一週間何も読まなかったというケースだ。一週間ごとに 何冊読んだかをチェックする。週二、三冊読む者も30%を超えるほどになった。 やり方は簡単だ。一週間に読んだ本をコメント付きのリストにして書いてきて もらい、それを持って教室内を自由に動き回り、学生同士で情報交換をして もらう。これは効く。教師が本をすすめるだけでなく、学生同士の方がむしろ 刺激が強い場合もある。大いに本を読んでいる人間と出会って話を聞くと、 自然に読書欲がかき立てられる。おすすめ本の情報交換は読書のきっかけづくり にはもってこいだ。「本を読む読まないは個人の自由だ」と言う学生がいる。 私は、「本を読まない人間には教師になる資格はない」と言い切ることにして いる。本を読み、勉強し続け、知識を得る喜びを常に味わい続けている者からは、 知識に対する「あこがれ」の熱気が発散される。それが生徒たちの向学心に 火をつけるのだ。私自身が、そうした読書好きの先生たちから多くのいい影響 を受けてきた。授業のはじめに、そのとき読んでいる本の内容を楽しそうに 紹介する先生がいた。本を律疏むことがどれほど楽しいことであるかが、 その話しぶりや表情から伝わってきた。本は買って、線を引きながら読むもの。 本は自分のものにすることが大事。全部読み切れなくても気にすることはない。 途中で倒れても、読んだことにしてしまう。とりあえず読書の目安は文庫百冊。 並行的に何冊も読みすすめる。スポーツと同じ。量が大事だ。人から借りた本 は本気で読めない。本が自分のものにならないと身を入れて読むことができない。 本を自分のものにしてしまうのだ。読んでいるときには微妙な判断力を働かせ ながら読んでいるものだ。...》 ▼ 一週間に読んだ本の学生同士の情報交換方式は、素晴らしい。ネットで、 この直の方法を兼用すれば、更に良い。その点、私たちの時代より、現在の 方が遥かに知的レベルが上がっているはず? 各自に読書日記専用のブログを 持たせ、イントラバックさせれば良いが、教室内で、手書きで、自由に、直接、 交換するところがミソ。知人のブログは読みやすい、のと同じ。一二年間、 このブログが続いているのは、久々に会う知人が、思いのほか親しげに、評論し、 励ましてくれる要素が大きい。読んだ感想を文章化する効用は非常に大きい。 それも同級生同士はライバル心がある為、本の選定から、読み方、受け止め方、 すべてが変わってくるはず。少ないブログの愛読者の中で、誰かブログを公開 して欲しいが。何とか千回、続ければ病みつきになる。 底の浅さの公開は 勇気がいるが、所詮は、こんなもの、と開き直ればよいだけ。
・・・・・・ 6065,閑話小題 〜割合で理解する法則 〜1 2017年10月21日(土)
法則ではないが、『世界がもし100人の村だったら』がヒットしたのは、 100という数字は、比率として、簡潔に世界の実態を示してくれる。
世界には63億人の人がいますが もしそれを100人の村に縮めるとどうなるのでしょう。 100人のうち
52人が女性です 48人が男性です
30人が子どもで 70人が大人です そのうち7人が お年寄りです
90人が異性愛者で 10人が同性愛者です
70人が有色人種で 30人が白人です
61人がアジア人です 13人がアフリカ人 13人が南北アメリカ人 12人がヨーロッパ人 あとは南太平洋地域の人です ―
ここで、まず思いつくのが、パレートの80:20の法則。 その20を更に、 20:80の4対96に絞り込む「96:4の法則」。「仕事の成果の8割は、費やした 時間全体の2割の時間で生み出している」で考えてみよう。成果の8割は費やした 時間全体の2割の時間で生み出しているかもしれないが、成果へのきっかけ (コツや、的確なアドバイスなど)になったのは、その2割の時間のなかの さらに2割。つまり全体を100としたときの4にすぎない。 ― * パレートの法則(80対20の法則) 簡単に言うと、全体の20%の要素が、大きく影響を与えているというもの。 •売り上げの8割は全顧客の2割が生み出している。 •離婚件数の80%を離婚経験者20%が占めている。 •蟻の群れのうち、真面目に働いているのが80%、働かないのが20%。 例えば、あるサービスを利用する「全体の上位20%が利益の8割を占めている」 ということになり、顧客全員の満足度を増やそうと努力するよりも、上位20% の顧客満足度を上げるよう努力したほうが賢明であるということもできます。 ▼ まず受験校に入る。で、20%に。そして早慶、国立一期校で4%が目安に。 そして一流企業に入り、1%の仲間入り。 逆に下位はヤクザ者か犯罪者に。 義務教育最終年の人達も、この数字のとおりになっている。ノンフィクション の読書に、これを適応すると、「目次、はじめに、終わりに、一章の冒頭と、 最終章の1ページと、図示・統計ページ」で、8割がた理解できる。 ― * 10000時間の法則 マルコム・グラドウェルが提唱した法則で、偉大な成功を収めた起業家や 世界的に有名なスポーツ選手など、何かの分野で天才と呼ばれるようになる 人達に共通しているのは、10,000時間というこれまでに打ち込んできた時間が 関係しているというもの。では今から新しいことに挑戦したとして、どれくらい で天才や一流になれるのでしょう。 例えば、マジックをこれから始めて、1日 3時間練習するとしたら、約9年後には一流ということなります(あれ、意外と早い) ▼ この随想日記のエネルギー投入。 6050のバックナンバー×2〜3時間= 12000〜18000時間になるが、一流など、ほど遠い。せいぜい、珍獣の戯言で しかないのは、基礎工事が軟弱のため。珍獣でも‘獣は獣の考え方がある’程度。
・・・・・・ 6430,閑話小題 〜アメリカ上院、下院総選挙 〜1 2018年10月21日(日) * アメリカ中間選挙 アメリカ議会選挙、アメリカのみならず、世界にとっても重要な選挙。 ソ連時代のKJB上りのプーチン大統領の息のかかった泡沫候補が、その力を 借りて大統領になってしまい、泡沫ゆえの政治的素人が、アメリカ第一主義と 称して白人第一主義を打ち出し、露骨な貿易保護主義を世界に押付け始めた。 これがアメリカ白人の本音。 しかし移民の国アメリカの建国精神とはチト 違う。 本音は建て前を自己否定するもの。 それを表に押出すと、建前の 世界の警察が、実は強盗に他ならぬ本性を丸出しになる。この二年、トランプ の政治手法を目の当りにしたアメリカ国民が、どう判断を下すのか、非常に 興味のある選挙になる。 いくら何でも〈トランプがそこそこ善戦〉は無い と思うが… そこで、ネット検索で、改めて議会選挙の状況を検索してみると… ― ≪ アメリカの中間選挙は4年ごとの大統領選挙の中間の年に実施されます。 ことしの中間選挙は11月6日に行われ、 ・100ある上院の議席のうち35の議席、 ・435議席ある下院のすべての議席、 ・そして50の州のうち30の州で知事選が行われます。
☆ 中間選挙は、大統領の任期のちょうど中間に行われることから、大統領選挙 からの2年間の実績や、大統領を支える与党の評価を問う「国民からの審判」 とも言える選挙です。中間選挙が終わると、次の大統領選挙の候補者選びに向けた 駆け引きが表面化することが多く、11月の中間選挙は2年後の2020年の大統領選挙 に向けた前哨戦とも位置づけられています。 ☆ 議会上院は100議席のうち、現在、与党・共和党が51議席、野党・民主党は 同じ会派に所属する無所属の議員2人を含めると49議席で、与党と野党の差は 2議席となっています。 今回の中間選挙では、このうちの35議席が改選され、 非改選の議席と合わせて過半数を確保した党が多数派となります。 ☆ 一方、435議席すべてが改選される議会下院は、現在、共和党が236議席、 民主党が193議席、空席が6議席。過半数は218議席のため、野党・民主党が 多数派となるためには、25議席以上の議席の上積みが必要となる。
中間選挙は歴史的に、政権与党に厳しい審判が下ることが多く、過去30年間に 行われた中間選挙の結果を平均すると、政権与党は上院で4議席、下院では およそ22議席を失っています。
こうした中、共和党が上下両院のどちらかでも過半数を維持できなければ、 トランプ大統領は難しい政権運営を迫られます。そのうえ議会で、いわゆる 「ロシア疑惑」などをめぐってトランプ大統領の弾劾を目指す動きが勢いづく ことも予想され、2年後の大統領選挙にも大きく影響することになります。
逆に、共和党が上下両院で過半数の議席を維持すれば、トランプ大統領は 「信任を得られた」として政権運営に大きな弾みがつくうえ、共和党内からの 支持もより取付けやすくなるため、安定した政権のかじ取りで、次の大統領 選挙での再選も視野に入ってきます。中間選挙の結果、与党・共和党が引き続き 上下両院の過半数を維持できるのか、それとも野党・民主党が両院のどちらかで 多数派を奪還し、政権与党と議会の多数派が「ねじれ」の状態となるのか。 トランプ大統領は、任期の折り返し地点でアメリカ国民からどのような審判を 受けるのかが焦点となります。
しかしトランプ大統領の人気は根強く、共和党支持者の間のトランプ大統領の 支持率はこの1か月の世論調査でも8割を超えています。この人気にあやかって、 不法移民対策や貿易問題でトランプ大統領と同じ主張をする「ミニトランプ」 ともいえる候補者も増えています。こうした状況に伝統的な保守派の間では、 共和党の「トランプ化」が進み、長年の伝統が失われるという懸念の声も 上がっています。 ≫
― ▼ 数日前にみた映画は、ブルース・ウィリアム『デス・ウィッシュ』。 これが明らかに白人第一主義者のトランプを擁護するような露骨な内容。 流れからして、共和党の惨敗になるのだろうが… 黒人大統領の後に、 クリントンの女大統領選出を拒否したのは分からないでもないが…これでは? 頭も尻尾も、その上にハラワタ(白人下層)も腐ってしまったアメリカ。 ロシアも、中国も、北朝鮮も、共和党惨敗を先読みしていたとしたら… アメリカ保守層からしたら、頼りなさそうな民主党より、少々、頭が軽く とも、頼りに有りそなトランプの選択も… でも惨敗だろう! ーつづく ・・・・・・ 4968,閑話小題 ー女のカースト制度 2014年10月21日(火) * 美人カースト制度 先日のTVのトークショーで、ある女性タレントが、女世界の 「美人カースト制」の存在を話していた。言われてみれば成るほど! 『女社会には、美しさの三角形をなしたカースト制があり、美人ほど、 その階層が高く、歴然とした序列が決まっている。美人は同レベルの人 だけで仲間をつくり、それ以外は仲間に入れない。入れると、僻み妬みが 入りバランスが崩れるため。』とか。女という生きものは、自分を引き立たす ため、少し劣っている人を仲間にすると思っていたが・・ 女性職場の経験 からみて、思い当たる節がある話。特にギャルまでは、美しさが大きな価値 判断になる。それまで育ってきた過程で、彼女らには値踏みが付いてきたし、 自覚がある。美人かどうかは、両親からの問題(親の因果が子に報い)だが、 これは本人には、どうにもならない運命の問題。私の姉4人は美人系だったが、 顔と身体の均整が取れているだけで、それが何?でしかない。が、独身時には うら若い女性となると、全く違って見えてくる。 初対面の女性同士はまず、 相手の年齢や服装や住所やバッグなどの持ち物から「相手のレベル」を察知、 自分に近いかどうかを判断してから付合い方を決めてくる。 女カーストには、他にマンションカースト、ママカースト、 ヒルズカースト、キャリアカースト制度がある。 ◎マンションカーストは、住んでいるマンションと、住んでいる階層で、 ◎ママカーストは、旦那の社会的格付けで、 ◎ヒルズカーストは、そのヒルズ(丘の上の住民)のレベルで、 ◎キャリアカーストは、職場などの、キャリアで格付けされる。 面白いといえば面白いが・・ 逆に超越さえしてしまえば、本当に楽なだが・・ それにしても、美人カーストの存在とは、面白い! で、往年の美女? その後、どうなった? 年齢でバランスを崩してしまえば、ただの?? だから、コンプレックス広告に引っかかる。バランス修正で世界が一変する なら、韓国みたいに、どんどん整形すればよい! 即席で、化粧があるが、 見慣れてしまえば、皆、同じ。いや、そうでもないか? まあ、娑婆は面白い! 石も集まりゃ、砂利だが。
・・・・・・ 5698,閑話小題 〜県知事選の結果に ~�� 2016年10月21日(金) * ドラフト会議 昨夜、ドラフト会議があった。指名枠にある選手にとって、人生を左右 する運命がクジ引きで選択される場面は、みる者には、たまらなく面白い。 幸運?にもとれた選手が当りか外れは、数年経ってしか判明しない。 翌年から、中軸として活躍するのもいれば、プロ向きでなく、そのまま消えて いく選手も多い。 大相撲は、本当に強いのは、そのまま、幕内まで、駆け 上がっていくのが通例。何故か怪我が少ない。最近、こういう大物は、白鵬と、 朝青龍以外、存在しない。十両と、幕下に、個性的な力士が数人いるが、大物 というと、どうだろう。 有望力士が多くが怪我で消えていくケースが多い。 高校野球と高校相撲と柔道に数名、超大物がいるが、これらがプロとして 表だってくるには、あと3~4年は要する。 * 県知事選の結果に ~�� 県知事選に、原発再開慎重派の県知事が生まれた。この結果は、地元経済に とって大打撃になる。柏崎刈羽原発は、世界最大の規模である。その近くで、 二度の大地震が現実に起きている。一つ間違えると、福島原発事故のように、 溶解の可能性もあった。再開に異議をとなえた泉田は、明らかに策略?と、 おぼしき手段で、再選を断念した。三期で充分だが、原発に対する現地民の 危機感を、森元長岡市長は読み違えた。選挙運動の彼の態度には、既に県知事 の風格が滲み出ていた。 もう一つ、東京都知事選挙に続いての新潟県知事選の自民党の敗退の意味 するところは、利権の塊のような風貌の幹事長の傲慢な態度と、本性を露骨に 表してきた自民党の体質。これが、そのまま、TVや、ネットで流れている。 豊洲市場の談合疑惑や、盛り土の変更問題、明らかに汚職の痕跡が露わである。 更に、富山市の市議の不正受給の問題もある。北方領土の返還交渉成立直後、 アベノミックスの失敗が表立つ前の衆院の解散を目論んでいるが、前回のような 二匹目のドジョウがいるかどうか。改憲には賛成の私には複雑な感がするが。
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2019年10月20日(日)
映画評 〜『ジョーカー』 −2
* 人間の悪の原点とは 重く、息苦しく感じるのは、人間の原罪を目の当たりにする内容だから。 誰もが内に秘める狂気が何かをキッカケに呆気なく爆発する。ヒットラーに しろ、スターリンも、こういう狂気を秘めていた。多かれ少なかれ人間には、 傷があり、それが膿んで心を歪めている。 ジョーカーこと「アーサー」は、 心優しさが、実は自分を苦しめさせている。恐ろしいのは、このピエロの 殺人鬼に底辺の人たちが喝采の浴びせ、英雄視されること。人生を真面に生きる ことは、「狂気」に生きることか? 一人の人間の中には、生命誕生以来の 経験が刻まれている。弱肉強食の結果、それぞれが特徴を生かした結果が、 現時点の自分が存在している。我々は、この小さな肉体の中に、知識という 情報を詰め込まれて、満ち溢れた欲望で窒息しそうに生きている。ある意味、 既に生まれ落ちた時から人生が決まっている。問題は母親。「親の顔が見て みたい」…それである。
その時、アーサーのジョーカーが、トランプ大統領に重ねってみえたのは、 これ如何に!
〜ネットに、要所をついた評論があった〜
≪ ジョーカーは父親の暴力によって笑病を発症したと記載しましたが、 この事実が明らかになるのは劇終盤。のちのジョーカーこと「アーサー」 は、年老いた母と二人暮らしをしています。 この母は市議選に立候補した「トーマス・ウェイン」に過去、仕えていたこと があり、ウェインから援助をしてもらいたいと、たびたび彼に手紙を送っています。 トーマス・ウェインは、のちのバットマンであるブルースの父です。 中盤にさしかかり、母親がトーマスに宛てた手紙をアーサーは盗み見しました。 そこには、トーマスと母の間にできた子供がアーサーで、アーサーはトーマスの 息子であることが記載されており、アーサーは驚愕すると同時に激怒。 母を問い詰めて母からトーマスの息子である旨を聞き出します。 自分はトーマスの息子だと知ったアーサーは、トーマスのもとへ行きますが、 トーマスから「いかれ女がいう戯言である」「母親と関係を持ったことはない」 「お前はあの女の養子だ」と殴られ、追い返されてしまいました。
トーマスから母親が精神病院に入院していたことを聞いたアーサーは、 トーマスが言っていたことが本当かどうか、病院で記録を確かめます。 その記録には、 ・アーサーが母と血のつながりのない養子であること ・アーサーは母の恋人の暴力で頭部に損傷を受けたこと(これが原因で笑病に なったとは記載されていませんが、おそらくこれが原因) ・母がそれを全く止めなかった(ネグレクト) ・父は本当にトーマスではなかったなど…知りたくもない事実が記載されていた。
また、衝撃の事実が判明したころアーサーが付き合っていたと思っていた相手も、 アーサーが薬の副作用で幻覚を見ていただけで付き合っておらず、彼は独り ぼっちであることを思い知らされる。仕事もリストラされ、信じていた母に 裏切られ、全てをなくしてしまったアーサーはジョーカーにならざるを得な かったのかもしれません……。
結局ジョーカーは再度つかまり、精神病棟にいれられてしまいます。 しかし、面談が終わり、部屋から出てきて廊下を歩くジョーカーの足跡は血に 染まっていました。このことから、ジョーカーは誰かを殺し、病棟から出よう としている?のではないかと思わせる終わり方をしています。 ≫
― ▼ 暴発殺人から始まった異常殺戮の当人に感情移入に入っている自分に 驚いてしまう。 〜ジョーカーとは。 1 しゃれや冗談をいつも言う人。道化者。 2 トランプで、道化師の絵などが描いてある番外の札。最高の切り札、または 手元にない札の代用として使う。「ばばをひく」の「ばば」。 あたりの悪い「はは」を「ババ」とは、これ如何に? 人生には、どん底に 幾回か陥ることが… その時の、気分が、このジョーカーを貫いていた心地か。 アーサーの「病気故に笑うことをコントロール出来ない」という症状。 笑いが止まらくなって狂い死ぬケースも。一気飲みをして泥酔した同僚が、笑い だして、死ぬのではないかと…ゲラゲラと笑いが止まらなくて、本当に苦しそう だった。最後は疲れて寝入ってしまって事なきをえた。 それまで付いていたも 全てが、その時に落ちた?
・・・・・・ 6429,読書日記 〜魔法の器 2018年10月20日(土) 『バーカウンターは人生の勉強机である』島地勝彦著 * 騙されと思って、この器で飲んでみてくれ もう10数年も経とうか、ラジウム岩盤浴が持て囃された時期があった。 知人の2人が実際に<ラジウム岩盤施設をオープンしたが、一人は倒産、他の 一人は?… 成功したという話は入っていない。一時期、ホテル内にと考えた ときもあったが、止めてよかった。 結局はブームと共に殆ど話題にならなく なっていった。 しかし、玉川温泉は定期的にマスコミに取上げられている。 末期ガンの最期の聖地? 同病相憐れむ癒しも兼ねている。 著者が『騙されと思って、この器で飲んでみてくれ』とは… 。
≪ …さて今宵は何を持ってきてくれるかわくわくしていると、冷い風と同時に 山岡さんが現われた。 ・「マスターの好きなボート・エレンを持ってきましたよ。魔法の器とね。」… 「この陶器は、名古屋の陶芸家、中村公之さんとのコラボで制作したウィスキー 専用の器。地球を思い起こらせるやや球形のフォルムと、ビートなどの土の ニュアンスに絡めて『アース』と命名したんだ。これだけ薄く繊細に焼くのは 至難の業で、このボート・エレンに、まずいいつものグラスで飲み、その後 この器に入れ替えて飲んでみてください」 ・「たしかにまろやかになった気する。ビートの香りも立ってくるね」 ・「この器はお茶を飲む茶碗と一緒で土でできている。常滑焼で有名な愛知県の 常滑の土でしてね。土の性質、焼成の仕方で化学変化を起こしているかもしれ ないし、とにかく肉眼ではみえないけれど、底が網の目のようになっていて、 そこで濾過されているようです」 ・「マイケル・ジャクソンが考案したので飲んだことがあるが、こんな変化は はじめてだ。」 … ≫ ― ▼ 一時期、ラジウム岩石でつくられた「コーヒーカップ」と「盃」を使用 していたが、破損などで消失した。確かに味は一ランク美味しくなっていた。 現在も毎夜、ピンポン球の大きさのラジウム石を左手薬指に括り付け寝ている。 (数年ごとに始めたり、止めたりを繰返し)現在は左手薬指輪ゴム巻き健康法 を実施したのを切っ掛けに再び開始している。枕元のベッドボードに吊るして、 深夜に目が覚めた時に握ると、その後の寝入りが早くなる。 著者の器も ラジウムを含んだ上位のものか… 。
・・・・・・ 6064,閑話小題 〜負と、正のエネルギー 2017年10月20日(金) * 負のエネルギーと、正のエネルギー 何処の社会にも、より「負のエネルギー」を背負った人と、「正のエネルギ―」 を背負った人が存在する。「負のエネルギー」を背負った人は、負に呼応して 近づいてくる。己の負を他の負にチューニングをする技術は高度? 人生一般に 恵まれなかったダークなればこそ…。逆に「正のエネルギー」の強い人が存在する。 NHKTV「グローズアップ現代」で、3人の高校野球のスラッガーを特集していた。 彼らに見てとれたのが、強力な「正のエネルギー」。〜NHKのブログによると… 【・清原和博の大会最多本塁打記録を塗り替えた広陵高校の中村奨成選手。 ・甲子園出場は逃したものの、高校通算最多とされる本塁打数を更新した 早稲田実業の清宮幸太郎選手と、 ・通算65号で清原の記録を超えた履正社・安田尚憲内野手。 3人の超高校級スラッガーたちに見えてきたのは、親がかりの、たぐいまれなる 素質と努力がある。現代高校野球の劇的な「進化」。他に、両親や監督 の連携もあるが、「正のエネルギー」に満ちている。】 素直で、前向きで、明るく、健康的な心身。「正のアドバンテージ」がベース にある。 (幸福優位7つの法則ショーン・エイカー著)によると、 【 ハーバード大の優秀な一群への調査で、「ハピネス・アドバンテージ (幸福優位性)は、「成功が幸せの周りを回るのであって、幸せの周りを成功が 回るのではないことを示すという「ロサダライン」の法則がある。 <心理学者であり、ビジネスコンサルタントであるマルシャル・ロサダが発見した 重要な数字。「2・90対1」。「メンバー間のポジティブな相互作用とネガティブ な相互作用の比率」が最低でも「約3対1」の割合が必要。このライン以下だと、 チームの仕事ぶりは一気に落ち込む。調査では「6対1」が理想。ポジティブな フィードバックとやり取りが、職場の生産性を上げ、業績を上げてくれる。】 ― ▼ この生活習慣や行動パターンが、豊かな人生への道になる。通ってるジムで、 3月に一度は不快な事象で休みたくなる。 その時、内語で「少なくとも3倍は プラス要素があるはず」と思い考えると、全く、その通り。何か判断を迫られ たとき、この「3対1の法則」を当てはめると良い。とにかく、決断は先延ばし にしたくなるが、後になるほど、数倍のエネルギーを要する。 動物は狩るもの、狩られるものの両面がある。前者は失敗しても、次の機会が あるが、後者は、そこで終わる。だから負の最悪事態にとらわれる。しかし、 何事も、より正のエネルギーを増やそうとすれば、より多くの負の危険を乗越え なければ。 歪んだ老人や病的後ろ向きの人の歪んだヘドロのような視線。 その人自身と先祖が積重ねてきた「負の遺産」そのもの。 老いるにつれ、 この負の遺産である毒が溜まってくる。 このドブ掃除には、知らないこと、 面白そうなこと、好きなことをみつけ、自分に注ぎ込み続ける必要がある。 老いるとは無念だが避けて通れない独り道。だが宵の独り宴会?も、工夫で、 楽しくなるもの。 今の私は、スケジュールの御蔭で何とか、「6対1」を維持。 時々、3月に一度は大揺れ? になるが、せいぜい全治3日間。 この程度は、 平凡な日々のストレスに、丁度良い按配。 〜追い書き〜 これも偶然だが、面白いことに、文脈として去年の文章に丁度よく続く。 かくいう私も愚痴をつぶやく哀れな老人。 <恋はやさしい 野辺の花よ>から、<老いは悲し 野辺の愚痴よ>ですか。 ―――― 5697,閑話小題 〜愚痴言う老人 2016年10月20日(木) * 愚痴言う老人 とある法事に出席する度に、いつも聞こえてくるのが、✖の愚痴と小言。 不快だったこともあり、その幾つかを 記憶している。 ・「後期高齢者の名前が気にくわない。」 「免許証の返納も、私たちには嫌味としか聞こえない。」 私も、あと4年になると解らないでもないが。 ・「最近の若者はなってない。」 この言葉、数千年前のエジプトのピラミッドに書いてあった 人類永遠のテーマの事実を知らないためか、平気で人前で言う。 永遠のテーマといえば、旧約聖書の「カインとアベル」の、長男カインと 父アダムとの親子対立。 最近、飲み会で、「長男と二世帯同居をしたが、 これが大きな誤りだった。」と愚痴るから、「それ、旧約聖書にも出てくる、 人類永遠のテーマで、タブーは元もと分かっていたこと。」と諭すと、 「全く知らなかった!」と宣う。 ・「昔は、本当に良かった。それにしても、生きづらい世の中だ。」 この言葉は、老化状況をはかる物差の言葉、これを言いだしたら、 認知症の初期?現象。 ・今回の通夜では、「あの人、リタイアをして威張れなくなったので、 その怒りを周囲にぶつけている。」これは、一線から退いた万人にいえる ため、誰も良い気持ちがしない。 特に私には? そうこう、書きだしてみると、さほど酷い愚痴でもない? しかし70〜80歳を 超えた愚痴は、毒を含んで生なましく語るため、聞こえた人の心に黒く残る。 読書習慣なしで、「世間話」に明け暮れしてきた人生がうかがえる。 もしかして、ここで書いてきた怒りの籠った内容、こんなものでない? 老化は日々進んでいく。 問題は、その自覚と対策。今さら遅いか? つくづく老いて思うことは、長年かけた教養の程度。下は見えても、上から 視線は見えないから始末が悪い。「・・ったく」と思うことが、あまりに多い。 こうして他者を批判するのは、所詮は、内なる己を、自分の仮身を語っている に過ぎない。 4年前に、「老いの鬱屈」についての書評があった。 故人の家の法事で、この人の愚痴を聞いたことや、多くの半ボケ老人を 目の当たりにして、以下の本を図書館で見つけて、テーマにしたようだ。 ―ー― 2012/06/04 老いの見本帳ーダークサイト −8 「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日武彦(著) * 老いと鬱屈 私の嫌いな言葉に「世間」がある。日本の社会は、「世間」という言葉と 視線に常に怯えて暮らしている。属している社会が固定化されているほど、 そこには難儀なものを抱えたグロテスクな世界ができている。それで一生 何も出来ないで死を間近にしたときに、その正体に初めて気づくのである。 その不快な毒を体内に蓄積して、ただれている世間という虫。シラミである。 老化は、否が応でも毒が蓄積されている。そう、世間の一員に陥っていく。 だから、熟年になったら群れてはならない。 ー次の箇所は、老いの屈託を巧妙に表現している。 ≪老いることは、人生経験を積むことによって「ちょっとやそっとで動じない」 人間になっていくこととは違うのだろうか。難儀なこと、つまり鬱陶しかったり 面倒だったり厄介だったり気を滅入らせたり鼻白む気分にさせたりするような ことへの免疫を獲得していく過程ではないのか。 難儀なことを解決するのか、 避けるのか、無視するのか、笑い飛ばすのか、それは人によって違うだろうが、 とにかく次第にうろたえなくなり頼もしくなっていくことこそが、老いの 喜ばしい側面ではないかとわたしは思っていたのだった。 だが、世の中にはまことに嫌な法則がある。嬉しいことや楽しいことに我々 の感覚はすぐに麻痺してしまうのに、不快なことや苦しいことにはちっとも 馴れが生じない、という法則である。不快なことや苦しい事象は、砒素や重金属 のように体内へ蓄積して害を及ぼすことはあっても耐性はできないものらしい。 だから老人は欝屈していく。歳を取るほど裏口や楽屋が見えてしまい、なおさら 難儀なものを背負い込んでいく。世間はどんどんグロテスクになっていき、 鈍感な者のみが我が世を謳歌できるシステムとなりつつある。・・・老いても 鬱屈や煩悩は蓄積していくばかり、難儀なことには事欠かない。遅かれ早かれ、 この世界のほうを、さながら迷子みたいに置き去りにしてやれるのである・・≫ ▼「嫌な法則がある。嬉しいことや楽しいことに我々の感覚はすぐに麻痺する のに、不快なことや苦しいことにはちっとも馴れが生じない、という法則。」 は、正に人間の不幸の起因である。それを打ち消す方法は数多あるが、その毒は 体内に蓄積し、さらに体外に放出する。そして、マイナスの循環で、体内の毒は、 ますます濃くなっていく。この本は、その見本帳でもあるため面白いのである。 これまで見てきた身近な老人に、酷似しているため妙に馴染むのである。 本格的に一歩ずつ仲間入をしていく。それならば老いは鬱屈するものと初め から割り切って孤立していた方が良い?
・・・・・・ 5332,閑話小題 〜人生のリハビリ 2015年10月20日(火) * 人生のリハビリ 会社清算から4年半になるが、現時点の実感は、その結果のリハビリより、 「創業の準備を含めた事業人生45年間で歪んでしまった異型の自分を一度 リセット、本来の人間性に戻すべく、再出発の日々を過ごしている」という ところか。 資本主義という拝金主義から、一度離れて、地球上の大自然、 身近な自然、文化・文明を見直し、せっかく訪れた地球を改めて見直し、 人生を振り返り、味わうために、現在の自由な時間を与えられていることに 気づくことだ。リセットは、こういうものか。 ある意味、人生で一番、 落ち着いた時である。異型があるから、今がある。 * ぬるい幸福は人を駄目にする 「ぬるい幸福は作家を駄目にする」という作家の言葉があるが、これは万人 にも言えること。そのぬるい幸福を私たち凡人が目指しているのだから・・ 「そのどこが悪い!」といえば、それまでだが、その人は、そこまで。 人の一生は、常に変化する社会と、時代の中で、「変化、闘い、挑戦」が 間断なく押し寄せてくる。考えてみれば、ぬくい幸福などは束の間の幻想。 今が、その「ぬるい幸福」の時かも。しかし、その一瞬の味わいが、 人生の味になる。 今さら駄目でも何でもよい!ぬるさが一番である。
・・・・・・ 4967,閑話小題 ー夜半、4時間の熟睡の後 2014年10月20日(月) * 4時間の熟睡後に 以前から20時半に就寝するようになったが、熟睡後、目が覚めるのが 0時前後。一度トイレに行き、水を飲んで床に就くが、その辺りに家内も就寝。 ところが起床の4時まで、半睡と覚醒が交差するが、この時間を楽しめないかと 長年かけ工夫している。臨床心理士によると、「布団の中の考え事は、たいてい 考えすぎ。とりあえず起きて、トイレや、水を飲んだりして体を動かすと良い」 という。私は既にトイレも、水も飲んでしまっているので、その時間を苦痛と 思わないようにコントロールしている。その一つに、この随想日記のテーマや、 内容を考えたりしているが、マイナーの考えを厳禁にしている。それでも時に 不快いに思うと、煉獄につながれた状態?になる。「このボ〜ッとして状態こそ、 最高!」と、心に言い聞かせていると、そう思えてくるから不思議。週2〜3回 のヨガで、最後の5分間の「死者のポーズ」で、大の字になり全身を脱力をして 横たわるが、その感覚を思い出し、宇宙の一点に独り漂っているイメージを 持つようにする。これを楽しめるかどうかが、問題でもある。 で、このところ一種の瞑想状態になっている。 もう一つの問題は寝返り。一晩に大体20〜30回、寝返りをうつというが、 寝返りは、その日の身体の動きから生じた歪みを取り除く無意識の体操でもある という。成るほど、寝返りの多い日は、終日、机やテレビの前でジッとしている。 仰向けの姿勢が良いとされているが、仏様の入滅の時の右側向きを子供の頃から とっている。胎児が子宮内にいる時が、この姿勢という。数年前から低反発の クッションと枕を使い出してから、眠りが深くなったが、これはお勧めである。
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2019年10月19日(土)
* 気持ち悪くて正視できなかったが、そこが面白い! バッドマンの悪役ジョーカーの由来を演じたドラマで、内容は暗い。 決して軽くない精神疾患を抱えも何とか生きてきた大道芸人だった男が、 ある時、爆発する。精神疾患?の映画といえば、明るく切ない内容 「フォレスト・ガンプ 一期一会」がある。長い人生の中で誰もが 精神的に傷つき、それを乗越えてきた。真面に生きるほど、それは深い。 身近に、その事例を多く見るが… 因縁が悪い方向に逆回転すると、 それは駄馬も駿馬に変わる。その時節は、早々に倒れて、時が過ぎ去るのを 待てばよいものを… 見ていて、何かしら、内なる暗いエネルギーが頭を もたげてきそうな感覚になりげそうな。この映画の暗さに、途中で席を立ち たくなったが、此処は踏ん張りどこと、堪えていたら、そこが狙い何処の ようで、次々と、殺戮が始まって、狂った主人公の世界に引きづりこまれて いった。成るほど、これは面白い!と、思わせてくれた。このピエロ殺人に 下層階級が、ジョーカーを英雄視し、喝さいするところが観客の一員として、 何とか慰めてくれる。 見ようかどうか迷った末に見たが、導入1時間は、 きついとしても、見るべき映画。もしかして『アカデミー賞』が貰えるかも? それだけの力作を感じとれた。 評価は、90点。
〜あらすじ〜 孤独で心の優しいアーサー(ホアキン・フェニックス)は、母の「どんなときも 笑顔で人々を楽しませなさい」という言葉を心に刻みコメディアンを目指す。 ピエロのメイクをして大道芸を披露しながら母を助ける彼は、同じアパートの 住人ソフィーにひそかに思いを寄せていた。 そして、笑いのある人生は 素晴らしいと信じ、底辺からの脱出を試みる。
* 「ジョーカー」正義への称賛を拒絶させる、 悲哀を極めた悪への到達 ダース・ベイダーに悪感情も恨みもないが、自分はヒール(悪役)の起源を描いた 映画を、あまり好ましいものとは思っていない。かって優しく純粋だった人物が、 自己犠牲のすえにやまれず暗黒面へと身を寄せる。そんな綺麗ごとによって 正当化される悪に、はたして説得力などあるのだろうか?
ヒーローコミックス「バットマン」の宿敵として登場するジョーカーは、 廃液の満ちたタンクに落下し、異貌となった形相が本性を肥大化させ、世界で 最も知られるヴィランの一人となった。だが彼の出自を再定義する本作は、 そんな固定されたジョーカー伝説とは異質のコースをたどる。心を病み、 それでも人々に笑いを提供する貧しい大道芸人が、社会からの孤立や資本主義 がもたらす貧富格差といった膿汁で肺を満たされ、呼吸困難からあえぐように 悪の水面へと浮かび上がっていく。苦しいのか、それとも開放感から出る笑み なのか分からぬ表情で。
このようにジョーカーこと主人公アーサーは、自ら道を選んで悪の轍を踏んだ わけではない。そこにはダークヒーローなどといった気取ったワードとは無縁の、 逃れられない運命の帰結として悪が存在する。人生に選択の余地を与えぬ、 容赦ない哀しみの腐臭を放ちながら。
“狂っているのは僕か? それとも世間か???“ ドーランを血に代えた、悲哀 を極める悪の誕生を見た後では、ジョーカーへの同情が意識を遮断し、もはや バットマンに肩入れすることなどできない。なんとも恐ろしい作品。(尾崎一男)
―― ▼ 物語の力を感じさせる映画。社会の底辺で、母親の面倒を看る精神疾患の男。 誰も、自分たちには注意を一切、むけてくれない孤立した人たちが群れるのが 大都会。そこで、一度、底辺に落込んだら… だからピエロ姿の殺人者に対して、 同調者が英雄に祭り上げる社会風刺そのものが味がある。 劇場から出てきた 中年女性同士の会話が、『さっぱり、理解できなかった』と。 遺跡巡りが 好きな人が、『家内が、こんな工事現場のような石組の何が良いの?』と 不思議そうに言うがごとし。 ここで、フッと浮んで来たのが、『悪魔の代弁者』。 そこで連想した言葉が、『悪魔の大便』。 そう、あの男どもが、そうか? いや、自分のことですか。これを、ある人物に的を絞ったテーマにしたら… 当人、一生の傷になる? 頭に浮かんだだけで、まずは20〜30人は軽く出てくる。 人生の30%は、影として、マイナスが歴然と存在している。それも絶対必要条件!
・・・・・・ 6428,閑話小題 〜過去の同月同日と再会して 2018年10月19日(金) * 誰だろう、過去の不思議な自分は 現在乗っている二代目の電動アシスト自転車。既に5年も乗っていたことに 驚いている。3月末から11月末まで8ヶ月間、雨が降らない限り、連日、一時間、 信濃川の二つの大橋を一周して帰ってくる。前の自転車は5年。これが5年になる から、10年になる。前のは、5年でボロボロ。しかし現在のは、ブレーキ修理と、 パンクが一度。タイヤ交換の時期に来ているが、あと数年は持ちそうだ。 以前のは、小型の『マウンテンバイク』。現在のはクロスバイク。マウンテンと、 シティバイクがクロスした中間。シティバイクを、通称『ママチャリ』という のに対し、『パパチャリ』という。道路で見かける本格的アマチュアが乗ってる のが、『ロードバイク』。競技用のバイクが『トラックレーサー』という。 ロードバイクに乗っていた男が、猛スピードで道路の真中を、電動アシストを 乗っていた男を怒鳴りつけたくなるのも分からないでもないが… 自転車は、確かに危険な乗り物。その対策として、コースを土手と、バイパスの 側道を9割以上にして、原則7時までに限定。一度だけ、雨道で転倒した以外は、 ほぼない。自転車とはいえ、乗ってしまうと、危険に対するギアが切り替わる。 一つ間違えれば死の危険が伴う。だから、面白いのだが。 毎朝、一テーマで、一文章を書上げ、過去の文章を書上げていると、 <何だろう、誰だろう。この過去の不思議な自分は?>と思うことしきり。 この文章も、書上げた後に、過去文を読返して、5年前の同日の内容を読んで、 急遽、変更して書いたテーマ。
・・・・・・ 4599, 閑話小題 ー二代目・電動アシスト自転車 2013年10月19日(土) * 二代目・電動アシスト自転車 ブレーキが前後とも壊れ、来春予定していた電動アシスト自転車を購入して から、一ヶ月足らずになる。これまではマウンテンバイク(MTB)だったが、 今度ものはクロスバイク。値段は4年間で電動アシストの普及もあり、全体的 にみて3〜4割は値下がりをした。MTBはスポーツチェーン店の通販で買った 中国製。やはり故障続きであった。しかし、電動アシストの楽しさは十二分に 味わうことができ、既に1万キロは走った。冬期を除いた毎朝、一時間、年間 200日は乗るので、一回百円とすると、償却は済んだことになる。 実感としての価値は、300円〜500円はある。で、新しいクロスバイクは、 値段が二倍、一日200円になるが、価値は充分にある。雨の日にスリップして、 転倒したが、車さえ気をつけ注意をすれば、それほど危険でない。毎朝、 10キロ以上は乗って5日に一回の充電で済んでいる。クラッチを最大の重さ にして、電力を使うパワーにして乗っているが、ロードレーサー並みの速さ。 少しオーバーに表現すると、地上を走る車輪付きのグライダーか、水上を走る ミニエンジン付きヨットという感覚である。で、兼用して乗るつもりだったが、 一度MTBに乗ったが、もう乗る気がなくなり、昨日、知人に引取って貰った。 ・・・・・・ 5696,‘我慢内燃説’ 2016年10月19日(水) <20歳からの人生の考え方ー外山滋比古著> * 我慢の善用活用、‘我慢内燃説’ 他の著書の中に、「キズをのり越える努力が、人を大きくする」がある。 <青森で朝市に寄ってリンゴを買った。私が、「キズのあるリンゴの方が甘いん ですよね」と言うと、おばあさんが「東京の人のようだけど、よく御存じで。 みんなに 嫌われているキズのついたリンゴ。傷をかばおうとして、力を出す のであろう。無キズのリンゴよりうまくなる。キズのないリンゴがなまけて いるわけではないが、少しいたんだ方が、おいしい。> 人間も似ている。秀才は、傷なしの特上のリンゴ。天才は傷だらけだが、 特質の能力がある。このリンゴから例えると、よく理解が出来る。 ここで、「我慢の善用活用、‘我慢内燃説’」を述べる。 〜p-139 ≪ 我慢を通せば、病気になるし、我慢をしないと無作法で反社会的になる。 どうしたら、悪玉我慢を善玉我慢に転化できるか考えどこ。長い間、考えた末、 ひとつの解決法を得た。 それを‘我慢内燃説’と勝手に命名した。 我慢のストレスは、ガソリンのようなもの。そのままで不用意に火を近づければ、 引火する恐れがある。我慢をガソリンとすると、そのまま発散すれば、その場限り になる。じっと我慢すれば、内圧が高まって、ストレス化する。その内圧を燃焼 すれば、恐ろしいほどの力が生まれる。いつまでもストレスをためておくのは 愚かなこと。充分に高まったら、目的のため噴出させる。発噴とは、その内燃 を元に大きなことをうごかせる心的活動だと考えることが出来る。 ≫ ▼ リンゴの自然治癒力と、我慢の善用活用、の作用は似ている。 人生の節目時は、破壊から創造への変化への我慢時。それまでのプラス、 マイナスが、同時に覆い被さってくる『真実の時』。 その時、溜まった エネルギーが新たな変化を生む。創造にはなくてはならない条件である。 既存の自分を一度、ゼロにして、新たな目標にむかう節目時である。 <順境には枝を、逆境には根を張れ!>という諺がある。リタイア時期を 過ぎても、枝にしがみついて人、例えば森元首相や、石原慎太郎のような人を みるにつけ、人生の不条理を見る思いになる。人生も見切り万両である。 でないと、人生にとっての「死に損ない」になる。
・・・・・・ 4966,閑話小題 〜ある男の動揺 2014年10月19日(日) * 80までは生きれると思っていたけど! ある飲み会で一年ぶりに出会った男が出会いがしらに、 「最近、切腹をした。もう長生き出来そうもない。片足、いや両足を 棺おけに入った。80歳までは生きると思っていたけど!」と悲鳴。やり手? だが、人の弱点を見ると見境なく攻撃をする性格で、三年半前の私の倒産劇 以来、三度の会で、続けて露骨な嫌味を言っていた。三度目の会で、目前の座席。 早速、私への攻撃が始まった。「俺は学が無いので、哲学などは分からないが〜」 と、薄笑い。その言葉には(その様は何だ)との皮肉が込められていた。 それまでの二度は、聞き流していたが、この言葉にはカチッときた。 5年程前の話になるが、本人の趣味の茶器づくりが認められ、銀行のロビー に飾られ本人が有頂天だった頃、その人と親しい知人から、「あの男、私生活も、 茶器づくりりも、仕事もスランプらしい」と聞いていた。たまたまポタリング をしていると、車が停まり、当人が話しかけてきた。それが偶然、本人の会社前。 「まあ、お茶でも飲んでいけや!」と誘われるまま、事務所に行ったところ、 応接室に茶器が並んでいて、素人としてはナカナカの出来栄え。 「何でもよいから一つくれないか」というと、快諾。その数日後、自慢の豪邸? に家内と行くことになった。その時の茶器の御礼に何かと考えた時思い出した のが彼のスランプ。 初心者用に噛み砕いた哲学を説く池田昌子の 「14歳からの哲学ー考えるための教科書」を持っていった。それを逆手に とって、皮肉を言ってきたのである。酒の勢いもあって「茶器は、作者の魂の 顕現そのもの。 あなたが茶器づくりなどでスランプというから、ヒントにと 本をあげたのだ!スランプ解消には『魂そのものが何か』が分からなくては ならないはず・・ 『魂を叩き込むとは、自分の持っている全てを作品に 叩きつけることだろう。』」と、怒鳴りつけていた。 其処にいた、 ほかの何人かも、私の言葉に同調。その直後、幹事が会の予算が足りないと 当人に資金補助を頼みに来たところ、内ポケットの数万を私の前に投げつけた。 もし金に貧していたら深く傷ついただろうが・・ あまり経験出来ない面白い 遣り取り。それから一年ぶりの再会で、これ。 余命数ヶ月?に感じられた 深刻な様相だったが、それは恐ろしいだろう! 哲学の最大の問題は「死」。 余命を突然告げられ、まず考えるのが、 ☆死ぬとは、如何いうこと? ☆自分が本当に消え去るなど有得ない! ☆自分の生き様は、これで良かった? 等々、心は七転八倒。 最後の最後は当人の心奥の問題だが。 去年の5月の随想日記、 4429,ー「死ぬのが怖い」とはどういうことか?ー前野 隆司著の 「死の恐怖を克服する七つの登山道とは」を読めば、少し気が休まるだろうに。 こういう類は予習しておくしかない。他人事でないのが、この内なるブラック スワンの死の問題。 先日、ある30人位のツアーでのデナーの席で、三年前に 旦那を亡くした還暦過ぎの女性と、70歳過ぎのアマチュアカメラマンと、家内と 同席をした時の話。 還暦過ぎの女性が旦那を見送った具体的話題をして、 本人もガン持ちと告白した。その女性が私に「変な話をして御免なさいね!」 というから、「別に全く問題はないです。この年齢になら言葉として表現するか、 しないかですよ」と、答えた。 70過ぎのカメラマンも奥さんを最近見送り、 自分も何時、再発するか分からない、と達観?した様子だったが、内面は 穏やかではなさそう。 即興になるが、「男は黙って、サッ、コロ、キエル」。 そして誰も居なくなる。 死の問題、一に準備、二に準備!である。 こういう話は、語りだせばキリがない!
・・・・・・ 4224, 閑話小題 ー地軸様 2012年10月19日(金) * 地軸様 何度か書いたことがあるが、30年来、近くの土手を散歩しているうちに橋の 上で呼吸法を取入れた深呼吸をするようになった。大きく息を吐き出しながら シャガミコム。その時に地球の芯に気を落とすイメージを持つ。 そして、そこから大きな息を吸い上げながら立ち上がり、今度は空に向かって 気を吐き出すイメージで息を出す。それを一回につき7〜8回、続けていた ところ、擬人化した地球軸に話しかけるようになった。「おはよう!」 「久しぶり!」とか。 ところが何回かするうちに、逆に地軸の方が、 「よう、昨日は散歩に来なかったな!」「より深く呼吸しろよ!」と思いも よらない切口で呼びかけてくる。 サルトル的にいえば、「対自」と「即自」 の掛け合いになる。ところが何時もの散歩道のコースに、大規模な道路拡張 工事が始まり通行止。そこで違うコースを迂回して歩いているうち、電動 アシスト自転車を購入した。試しに信濃川の土手を長岡大橋から大手大橋を 一周したところ、この景色と空気に魅されてしまった。三年前のことである。 それをキッカケに早朝ウォーキングがミニ・サイクリングへ変わってしまった。 ところがチャリだけでは、物足りなくなり、大手大橋を渡る時にヒキチャリを しながら歩くようになった。 暫くすると、その地球軸が再び話しかけてきた。 「久しぶりだね、まあ、下世話なことなど考えてないで、ここを歩いている時 は360度のパノラマを味わえよ!」、 「もっと深い呼吸をしな!」 「自分にせっかく出会えたのだから、エネルギーを、もっと吸い上げろ!」、 「何か考える時や、音楽を聞く時には、わたしが同一になったイメージを持つと、 感覚が鋭敏になる!」(ワシにも聴かせろ)とか、なかなか面白い。
スポーツセンターで、ウォーキングマシーン上でiPodの音楽を聞きながら 運動している時などイメージすると、音楽に集中できる。で、この擬人化した 地球軸に何か名前をつけてやろうと、この数日で考えた名前が、「地軸様」。 知らない人が、これを読んだら、「この男、ついに頭にきたか」と思うだろうが、 私にとっては、20年以上の対話の過程がある。自分の魂を擬人化した「真魂様」 でもよい。常に話相手として擬人化して対話すれば、それで深い自己対話になる。 問題は意識してやるかどうか。アブラハム、キリスト、釈迦などは、 このエネルギーの大元と繋がっていたのでは? 魂とは、内的宇宙=地軸様。
・・・・・・ 6063,閑話小題 〜「真理とは何?」 2017年10月19日(木) * 「真理」? 所詮は「?理」だろうに 「真理とは、事実の中の真実と瞬時に思う言葉」という冗談とも思える言葉が 印象に残っている。 〜ネット検索によると 【真理とは、確実な根拠によって本当であると認められたこと。ありのまま誤り なく認識されたことのあり方。真実とも。 真理は、現実や事実と異なり、妨害・障害としての虚偽・誤謬を対義語として おり、露わさ、明らかさ、隠れなさに重点がある。そのものありのままであり、 あらわであり、その本質が覆われていない、という意義に関しては、哲学的には 本質主義や同一性とも関わりが深い。 西欧哲学において真理論は論理学や認識論においてとりわけ主題化される。 真理論の歴史は、古代ギリシアに始まる。人間を尺度とする相対的なものの 見方に反論する形で、永遠性・普遍性を有する真理の概念が生まれた。 このような絶対性を内実とする真理概念は独断主義を生み、これに対する防衛・ 反抗が懐疑主義を生んだ。 そのどちらにも陥らず、確実な知識の基礎付けを 求めて近代の認識論が始まり、その後、真理の担い手が思惟・観念・判断、命題、 「事物」等のいずれであるか、について議論がなされてきた。 ・現代論理学では真理の担い手は命題であるとされ、真と偽を合わせて真理値 という。 ・論理学で、「Pは○か○でないかのいずれかである(○であり、かつ○でない、 ということはない)」という形をした文は○の内容に関係なく正しいので、 これは「形式的真理」と呼ばれ、思惟と思惟自身の一致と定義される。 ・このような形式的な形相についてではなく、質料について真理が語られるとき は「実体的真理」という。 ・判断について真理が語られるときを「認識論的真理」といい、 ・存在について真理が語られるときを「存在論的真理」という。 現代の真理概念は様々な形で修正を受け、相対的な傾向を強めている。】 ― ▼ ニーチェ『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである 』 現象、事実、真実、真理と掘下げていっても、いずれも解釈だけでしかない。 とはいえ、事実、現象の世界だけにとどまれば、その世界だけの住人になり、 現象に右往左往するしかない。ステップをして右往左往する手もあるか? 哲学の命題の一つの「真理」なんぞ、ここで語り尽くせるものでない。 脳の奥から、< お前らのは、「珍理」だろうに! >の声。
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