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堀井On-Line
| 6781,閑話小題 〜「美」を感じる心が『魂』 −1 |
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2019年10月08日(火)
<文芸春秋 令和元年/6月特別号 新連載 第一回「醜」> * 玉三郎かく語りき 大自然の絶景に魂がうち震えた経験を何十回、いや何百回もある。 大自然の絶景に、天空のオーロラに、時に、ふと邂逅した若い女性美に、 我を忘れて魅入ってしまった瞬間、「ああ、この感覚とは何だろう?」と。 それは、その人により違うが、それは生物の本能に備わっているものか。 脳科学の用語に、クオリアという「主観的体験が伴う質感」の言葉がある。 もっと簡単に言うと、今まさに、私の眼に映っている「赤」を赤と感じること。 「美」を感じとる質感は、その最たるもの。 幼児期に親の責任として、芸事や、絵画や、芸術のシャワーを浴びせる義務 がある。 その意味は、このクオリアのベースを構築しておくということ。 「美」を感じる心は、逆に「醜」なる人間が感じる原罪のようなものと… 以下の文章は、著者・真山仁から抜粋した内容。 ―― 美の達人と誰も認める認める歌舞伎の坂東玉三郎に、その「醜」について 尋ねた時に返ってきた言葉が… ◉ < 醜さというのは、人間だけが感じる原罪のようなもの。例えば、宇宙や 自然界に、醜さというものは存在しない。あるがままに、そこにあるだけ。 それを美しい、醜いというのは人間だけ。」> < さらに、残酷なのは、地球上の生物の中で人間だけが醜い。> 夕陽や、森の中の木漏れ木などの、自然現象を美しいと感じ、得意になる。 しかし、その歓びは、自らが醜い、美しいと自覚するがゆえというのは、確かに 残酷の話だ。 21世紀に入って、美の真髄に感じる人が少なくなったと。 玉三郎は嘆く。
◉ < 美を感じる器は、私は魂だと思います。自らの醜さを自覚した上に、 魂のあり方で美を感じとる必要があります。ところが最近では付和雷同して いるだけに見える。つまり理解した気になっている。 「インスタバエ」で美を誇る人たちは、その好例ではないだろうか。 ちょっとおしゃれな場を切り取って、それを他者に自慢するため発信する。 美とは現象の一部分を切り取り誇るものではない。 人間の根源的な部分=魂で感じとってこそ、美は輝きを放つ。 美を追求する人は、己の醜さを自覚している。
―― ▼ 51歳時に、いや40歳半ばに、何やら人生の折返しの時節を実感した。 ホモ・ハーベン(働き人間)から、ホモ・ルーベン(遊び人間)への転換。 これは、何度も書いてきたので省くが、その一つが、秘・異郷ツアーを通して、 今までの生き方を変えてしまうこと。 その行先で、感動することで、小さく 凝り固まった、それまでの人生を逆照射すること、それは、玉三郎の舞踏による 解放と同じ経験であった。魂の解放である。魂の解放といえば、個々の死も然り。 その前に、65歳時の会社清算が同じ。 これは現に経験して解ったこと。 何かの引力から素っ飛ぶ感覚。 そこに、何も解っちゃいない、下衆の何とか! こちとら、娑婆の柵から、素っ飛び、飛躍しているのに、柵の中の住人の何とも。 それらは、創造価値、体験価値を経過した後に、態度価値に至っていたから 平然?と受けられたこともある。 実はよれよれ? あと講釈だから、まあ。 岩盤がなければ、やはり、厳しい事態。 何とか、こころ安らかに居る。 最後は自分がつくり上げた魂の岩盤。 それは他者を愛する心根ですか。 人間の本質は『醜』ですか。ならば、他者も、自分も許せる! ったく。 〜で、これも偶然で、文脈として丁度良いのが続く〜 …としても不思議。 ・・・・・・ 6417,読書日記 〜『60歳からの人生を楽しむ技術』 ー1 2018年10月08日(月) 『60歳からの人生を楽しむ技術』渡部昇一著 * 人生を楽しむコツとは… 51歳で、痴呆症だった母親を5年半の介護の後、看おくり、さて私の人生を 如何に生きようか自問自答したとき、<30年分の余生を、還暦まで圧縮する、 3倍濃厚に生きるべし>との内なる声が聞こえてきた。何回も書いてきたが、 それまで続けてきた <秘・異郷ツアー>の行先の難度を1ランク上げ、回数も2年に3回のペースを、 年2回に!> …他には <個人用HPを開設し(当時はブログの出だし)、乱雑にしてきた情報管理 をネット上に移行すること> にした。 これで60歳からの人生を‘気楽’に愉しむことが出来るようになった。 とすると、それまで楽しみを味わい尽くしておかなければならないことになる。 これを言っては身もふたもないが、とはいえ人生をそう気楽に楽しめる訳がない。 何事も準備、60歳までに30年分を凝縮出来たのは、それまでの30年以上の読書 の集積などの準備があったため。更に21歳時に、1ヶ月の欧州旅行の楽しみの 極致の味を経験したこともある。それと両親の晩年の人生への取組を後ろ姿から 学んでいたことも。 楽しみは、自ら創造するしかない。その為には内的に、 外的な準備が必要となる。人それぞれだが、こと楽しみ方では、無知に近い人が まりに多い?… それでも知らないより知っておくべき遊び方が提唱されている。 〜本書のエキスは、巻末にまとめられている。 次回からランダムに幾つかの各章を取上げてみるが… 楽しみ方は、質の高い至高体験の味を経験すること。ある程度蓄積の質量が 高まると、「楽しみ自ら」が、知らずと擦り寄ってくる。最後に残るのは、 『楽しかった!』という実感だけ。そう思ったら、心の中で繰返すこと。
【 まとめれば ― 25のアドバイス
[基本的心がまえ] ◎晩年は「賢明さ」より「楽しさ」が大切 ◎時間はたっぷりあるので焦らなくていい ◎文科系の世界に生きがいを見つけるのが賢明 ◎「自分もああなりたい」という存在を思い出そう ◎平凡な人の平凡な教訓が役に立つ
[自分のテーマを発見するには] ◎自分の能力が生かされることは何か ◎若い頃にやり残したことは何か ◎何をしている時が楽しいだろうか ◎願望は紙に書いて貼っておこう ◎実現の手段は考えなくていい
[不安から脱出するには] ◎心配性の人は水泳を習いなさい ◎15歳に戻ったつもりでスタートしよう ◎本当のあなたとは「あなたの意志」のことです ◎自分の自由にならないことは諦めよう ◎将来のことを考えて今日を生きなさい ◎恍惚となる時間を増やそう
[さあ、トレーニングを!] ◎カラオケで記憶力を鍛えなさい ◎毎日、音読する習慣を付けよう ◎脳の活性化のために舌の運動をしよう ◎「職務」を作って忙しく生きよう ◎「歩行禅」で脳と足腰を同時に鍛えよう ◎腹を減らして身体を刺激しよう ◎真向法で身体を柔らかくしよう ◎毎日、30分昼寝をしよう ◎寝室を分けて1人で寝よう
「あとがき」で、 <95歳まで生きれば、たいていの人は苦しまずに死ぬ。生への執着、未練も なくなるし、死への恐怖もなくなる。正に聖人、高僧の心境で、そうなればお経も バイブルもコーランも不要になる。こんな観察にもとづいて、60で定年になった 人も、95歳をめざしてもう35年頑張ろう、ということを主張したかった> …
<若い時にお寺に入ったり、修道院に入れば、精神的・肉体的煩悩が多く、修行も 辛いであろう。正にそれが功徳にもなるのであろう。しかし凡人が俗世で生きて いくことにも、寺や修道院とは違った苦労が多い。お寺の中と世間の中と、どっち の苦労が多いかわからないと昔の日本人は考えた。だから俗世間で苦労しながら 生計を立て、子どもを育てたような人が死んだ時、戒名を与えて、お寺の中の修行者 だった人なみに待遇して、あの世に送ってやるということを発明した (戒名の起源はこのようなもので、日本独特の風習だという)>…
<老人は肉体的には成長できない。むしろ身長などは縮まる。しかし祈りや、 黙想や、読経などにより、精神的には最後まで成長できるのである>
・・・・・・ 6052,「老人の壁」 〜読書日記 −3 2017年10月08日(日) 「老人の壁 :養老孟司 , 南 伸坊 (著) 」 * 健康診断 健康診断を国民的行事で行っているのは日本だけのようだが。このお陰で? 世界で1,2番の長寿国になったことも確か。健康保険制度の拡充もあるが… 還暦を過ぎたら、逆に「早いもの勝ち!」の考え方もある。私も、平均健康 年齢をこえつつある。75歳を私の健康寿命とみたてると、あと3年少しになる。 まだ気持ちだけは若いつもりだが、75歳の後期高齢年齢を超えると、急激 の気も心も衰えるという。 〜その辺りの2人の対話から〜 ≪(南)先生は健康診断に行かないんですよね。 (養老)生きません。これはもうはっきりと言ってます。健康診断を受けても 受けなくとも、平均寿命は変わりないという調査結果がきちんと出ています。 検査で寿命が分かると言ってますが、神様じゃあるまいし。特に悪いのは ガン検診の結果、余命を言う。あと何ヶ月、今、これが段々と下がっている。 一年と言ったのに、10ヶ月で死なれたら困るので短く言う。 (南)最近はだいたい、ガンじゃなくても「ガンだ」っていう。 言っておいた方が勝ちなわけ。そうじゃなかったら、「じゃあ、よかった じゃないですか」って言える。 (養老)律儀にその通り死ぬ人が多いからね。 (南)日本人は、宣言されたとおりに死んでしまう。 (養老)それを避けるには検診に行かない、病院に行かない、これが一番。≫ ― ▼ ジムなどで、「血圧や血糖値がどうだの…」聞えてくるが、第三者の世間話 に、「それがどうした?」とも言えず…。 「どの道、助かるのは助かるし、 死ぬのは死ぬ」と、10年程前から、長年続けてきた年一回の検診を止めた。 検診では、ガンモドキの腫瘍を「ガン」など未病まで探られて、「とりあえず 薬を出しておきます」の言葉に惑わされてされて、一服盛られてしまう。 薬は続けて飲んでいると毒薬になる代物。 何種類の毒を定期的に何も疑わずに 飲んでいる姿は、何かしら哀れ? 確かに目先は効くのだろうが。その代表例が 抗鬱剤と称した麻薬。短期的には効果があるが、中長期的には薬漬けに… WHOのいう健康寿命は、「平均寿命から”日常的・継続的な医療・介護に依存して 生きる期間”を除いた期間」をいう。平均寿命より男性は約9年、女性は約12年 も短い。とすると、男性が70歳、女性が75歳になるが、身近を知る限り、それぞれ 10年は長い。 寝たきりなど介護を受け10年も生きるなら、健康診断を受けず、 手遅れで、サッサと逝くのも良い。が、いざとなると後悔するのが常のようだ。 週に5日、スポーツジムに通い、4日はエアロ・ヨガに参加しているためか、健康 そのものだが、なだらかな衰えは隠せない。あと3年、楽しめるだけ、遊べるだけ、 食べれるだけ、夕映えを味わうしかない。成るほど、人生は一瞬の稲妻と同じ。
・・・・・・ 5685,閑話小題 〜高校生に超大物が 2016年10月08日(土) * 女子アマチュアに超大物が 先日、国内で一番メジャーな女子ゴルフ大会をNHKTVで見た。 アマチュアが優勝することは未だかってなかったが、それも17歳のあどけなさ 残る少女が、最後の一打で優勝をした。ゴルフの試合を見ること少ないが、 「もしかしてアマチュアの少女が奇跡的に優勝か?」と、見入ってしまった。 世界ジュニアで二年連続優勝をしており、往年の名選手・中島が指導してきた というから、決してフロックではない。 高校野球では2年生の清武が逸材で知られている。柔道、大相撲も、この世代 に将来性ある逸材が揃っている。 早実の清武の1年後輩にも逸材がいる。 その点では、『東京オリンピック』に向けて頼もしい若者が揃っている。 共通点は親子鷹。幼児からの特殊別教育が絶対必要条件になる。 盲目の天才ピアニストの辻井伸行がピアノを始めたきっかけは、家族が買い 与えたおもちゃのピアノ。1歳〜3歳 の頃、既に曲を弾いているビデオを見た ことがある。「3つ子の魂」で、その頃から教え込まないと天才にはなれない。 盲目となると、聴覚と触覚だけで、あれだけの難曲を数知れず記憶するという のだから驚きである。 「条件=原因」というが、両親の能力と、理解が あればこそ。 * ストレス予防のためのトリップ 昨日は、週一のシネマの日。スパイモノの『ジェイソン・ボーン』を観た。 シリーズものだが、それが面白い。評価は90点。 毎週のため、内容は、場外 を出たと同時に忘れるが、1100円で気楽に別世界に?トリップ出来るのが良い。 前列三分の一辺りの人の少ない席に、独り座り、意識して、映画の世界に入る ように努めるのがコツ。 何はあれ、その世界にドップリ浸かり楽しむこと。 31年間、新潟〜長岡間を通勤し、客商売の事業だったこともあり、リタイア 後に何か強力な刺激を入れないと、穴倉の奥に吸込まれそうな恐怖感がある。 <城下町コスプレ世界の「大変な人」に、自ら甘んじてしまう恐怖>である。 その払しょくのために、「毎朝一時間のサイクリングの信濃川・川辺一周」、 「週一のシネマ観劇」、「年一回の旅行」は、私の必要条件でもある。 何がストレス回避? いや、ストレス予防の方が当たっていますか。
・・・・・・ 5320,閑話小題 ー曲線コースと直線コース 2015年10月08日(木) * TPPが合意されたが リタイアの身だが、TPP合意のニュースをみて、日本が今までと全く違った 領域に一歩、踏み込んだ妙な感覚になった。保護されてきた産業にとって 大打撃だろう。 日米を中心にした環太平洋経済圏の世界に入ったということ。 敗者はペルーやチリの貧民と同格の生活に入り、勝者は、アメリカの大金持ち と同格になる。TPP成立は、さらに競争激化を我々に強いてくる。私たちの 世代の時代背景が、奇跡的に恵まれていたのである。貧富の差も、さらに 拡大し、一部勝組の総取りになる。65対35の総中流から10対90、1対99の 総下流時代が、近未来に待っている。 * 曲線コースと直線コース 2日続きのノーベル賞が日本人に決定したが、 一昨日の朝日新聞の「天声人語」が考えさせられる内容だった。 ≪「自然は曲線を創り人間は直線を創る」と書き出す随筆が湯川秀樹博士にある。 丘陵の輪郭から草木まで自然には直線はない。しかし田の区画や人家の屋根や 壁などは、すべて直線を基調としている。人間はなぜ直線を選ぶのか。 日本初のノーベル賞学者の考察は奥深い。 今年のノーベル医学生理学賞に 決まった大村智さん(80)の来し方に、その短文が浮かんだ。 直線コースを歩んだわけではない。定時制で教え、大学院で学び直し、 微生物を探して土にまみれ――いわば曲線の歩みで大輪の花を咲かせた。 「成功した人は、人より倍も3倍も失敗している」はご自身の体験だろう。 とかく誰もが効率のいい直線を歩きたがるが、曲がったり折れたりの 道端にこそ宝がある。教えられるような受賞の笑顔だった。 冒頭の湯川博士の随筆は「極微の世界」という著書にあって、人間は 曲線的な自然の外貌にひそむ直線的な法則を発見してきたと続く。そして、 さらに奥へと進めば、いっそう深い自然の神髄に触れるのではないかと語る。 その極微の世界の研究で、昨夜は梶田隆章さん(56)の物理学賞が伝えられた。 素粒子のニュートリノに質量があることを証明した業績は、宇宙の成り立ちを 探る分野での重要な一歩だとされる。 宇宙間の万物を表して「天地人」などという。ビッグバンから138億年、 大宇宙では微の極みの「人」が自然の神髄を求める知的ロマンに、素人ながら 興味と感動は尽きない。さて、3日続きの興奮はあるか。(10月07日 朝刊)≫ ▼ 宇宙の果てから降注ぐトリノ(素粒子)は1�僂烹僑毅芦�個。それは、 地球をも通り抜けていくという。 その発見に世界の科学者は必死だが、 それに質量があることを証明したというから、ノーベル賞に値する。 その素粒子は、我々に住む宇宙からではなく、他宇宙?からのモノなら、 話は、当時のコペルニクスの天動説など比べようがない驚愕に値する説。 質量を持った素粒子とは何かは、私でも時間をかければ理解できるのだろうか。 ・・・・・・ 2050年の世界 ー17 2014年10月08日(水) 「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」 〜英『エコノミスト』編集部 (著) 第八章 弱者が強者となる戦争の未来 ーのまとめ ・第二次世界大戦後、戦争による死者の数は劇的に減っている。 それは冷戦期、米ソの対立によって、戦争が逆に管理されていたから。 ・その一方で不確実性は高まった。米英も地上兵力を科学技術力によって 劇減できると考えたが、9・11を皮切りとする非対称的な戦争では、 それは誤っていたことがわかった。 ・技術の拡散によって、不良国家やテロ組織がアメリカに非対称的な戦争を しかけられるだけの力を持ってきている。インターネットを基盤とする 既成の通信手段と暗号化ソフト、安価な精密誘導ミサイルと迫撃砲、人間が 持ち運びできる新型の防空兵器、対衛星システム、対艦ミサイル、核弾頭を 搭載できる高精度長距離弾道ミサイルなどの技術である。 ・一方、地域間の紛争の危険も高まり、その紛争の原因は宗教を起点として、 水やエネルギーなどの資源を実利として行なわれる。 ・そうした地域間の紛争で、核兵器の使用の懸念がある。米ソ冷戦期に おいては、距離的な緩衝材があったために、核戦争は管理され実際には 起こらなかったが、国境を接する国々ではそうした抑止の力がない。 ・イランは確実に核保有国家になるだろう。米国と同盟関係にあるはずの アラブ諸国は、米国を信じておらず、米の核抑止力に頼らず、独自に核を 持とうとするだろう。サウジアラビアとエジプト、そしてイラク、シリア などが核を保有しようとする ・現在英米の戦略は、空母打撃群を中心に、短距離飛行の戦闘機を中心に 組み立てられているが、そうした戦略に危惧をいだく専門家もいる。 彼らは、B-52のような長距離爆撃機こそ必要だと考えている。 ・無人飛行機などの戦争のロボット化は引き続き進む。 ・先進国は、高齢化による財政悪化で、かつてほどは防衛費に国家予算 を回せなくなる。 ▼ そうこう考えると、40年の間で、核戦争が起きない方が不思議で、必ず、 何度か起こるはず。20世紀前半では、1億以上の人が犠牲になったが、一桁上 の人たちの犠牲も有りうること。まだ、国家単位の核攻撃の内容だが、他の 科学兵器を含めた使用もある。狂った猿の兵器が、ますます強大になっていく。
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| 6780,閑話小題 〜そんなまでして生きたいか ー3 |
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2019年10月07日(月)
どんなに達観している人も、いざ!自分に直面すると… 「拷問は、むしろ苦しみを紛らわせてくれる」というから。 < 十分たったら、いや、三十秒たったら、いまにも魂が肉体から脱けだして、 もう二度と人間ではなくなるんだということを、確実に知る気持ちのなかにある> 成るほど、最後の30分の苦痛がキツイというが、それは、逆に、心の苦痛を 癒してくれている? 一人称の、この私しか経験できない恐怖と苦痛、苦悩に 対峙して消えていく。この極めの中に、それまでの人生が集約されるのでは! 以下の内容を直視しなくては… 一人称のそれは、絶対孤独だもの。
〜その辺りをネット検索から… ≪ <思想犯として逮捕され、死刑を宣告されながら、刑の執行直前に恩赦に よりシベリア流刑に処せられた著者の、4年にわたる貴重な体験と見聞の記録。 地獄さながらの獄内生活、悽惨目を覆う笞刑、野獣的状態に陥った犯罪者の心理> <彼が二十八才の時、ある政治事件で逮捕され裁判にかけられて死刑判決を 受けました(ぺトラシェフスキー会事件 一八四九年)。刑場に出た彼は、 銃殺刑直前に皇帝の恩赦が出て処刑を免れましたが、三十秒後の確実な死と直面 した時の体験を小説『白痴』の中で次のように書いています…(引用)> ★☆★ ◉ 「…まあ、ひとつ考えてみてください。たとえば、拷問ですがね。この場合 は、その苦しみも傷も、すべて肉体的なものです。ですからそれはかえって心の 苦しみをまぎらしてくれるんです。ですから、死んでしまうまで、ただその傷 のためにだけ苦しむわけです。でも、いちばん強い痛みというものは、きっと、 傷なんかのなかにあるのではなくて、あと一時間たったら、十分たったら、 いや、三十秒たったら、いまにも魂が肉体から脱けだして、もう二度と人間では なくなるんだということを、確実に知る気持ちのなかにあるんですよ。 肝心なことはこの『確実に』という点ですよ。… ◉ …いいですか、頭をこうやって刀の下において、その刀が頭の上へするすると すべってくる音を耳にする四分の一秒こそ、何にもまして恐ろしいんですよ。… …殺人の罪で人を殺すこと(死刑)は、当の犯罪よりも比べものにならないくらい 大きな刑罰です。判決文を読みあげて人を殺すことは、強盗の人殺しなんかと 比べものにならぬくらい恐ろしいことですからね。
◉ 夜の森などで強盗に切り殺される人は、最後の瞬間まで、かならず救いの希望 をもっているものなんです。もう喉を切られていながら、当人はまだ生きる 希望をもっていて、逃げたり、助けを求めたりする例はいくらでもあるんです。 ところが、死刑では、それがあれば十倍も楽に死ねるこの最後の希望を、確実に 奪い去っているんですからねえ。そこには判決というものがあって、もう絶対に のがれられないというところに、むごたらしい苦しみのすべてがあるんです。 いや、この世にこの苦しみよりもひどい苦しみはありませんよ。 ≫
―― ▼ 考えてみたら、私たちは須らく「死刑囚そのもの」。犯罪と言えば、 生きてきたこと。特に無知と無能が、それを拡大させている。だから、 確実にある目先の「いま、ここ、私」が、気に入った触媒を探し、事として 味わうしかない。それが充実!ということ。50歳代に、これを徹したから 還暦以降、何かえの知れない解放感があった。会社清算も、肩に羽根が生えて、 飛んでいるような感覚があった。 『寝たきりでも、何でもいいから、生きて いたい。』 拷問が如くであっても、そんなまでして生きたい!のが、本音か。 ということは、このテーマが甘い! ということ。 露わに生きるしかないと しても。逆に、そう簡単に死なせてくれないのが現代医療。 73歳と8ヶ月の実感、 『こんなに面白い娑婆、何でまた、生き急いでいる?』… 『楽しいものは楽しまないと。何せ先は少ないし、元に戻れない!』
〜成るほど、煉獄の心的現実は、こういう処ですか。
・・・・・・ 3847, 創造的破壊 2011年10月07日(金) 「創造と破壊」について考えてみる。何か新しいものが創造される時に、 古いものの破壊が、そこにある。新しく創造されたものも、時間と共に古くなり 破壊される運命にある。破壊をマイナスだけで捉えるのではなく、創造のベース として捉えることが創造的破壊である。 人生での挫折は、新しい自己へ生まれ かわるための破壊になる。但し、それを糧に生まれ変わった場合だが。 社会的な立場だけでなく、内面も重ねての人生の再生である。破滅の際だから こそ変われる。順調に来た人ほど後半になっての挫折は、心に大きい重石となる。 しかし挫折は人生の節目をつくる機会でもある。竹の節は、これがあるから 大風の時に折れない機能として全体のシナヤカさのバネになる。 予定挫折のいう言葉もあるとおり、人生で無くてはならない節目は必要のこと。 半年前の挫折?で、比較的平然でいられるのは、人生の前半に、多くの節目が あったためである。 節目時は耐えるしかない。 しかし挫折経験こそ人生を 充実させてくれる。 どちらにしても人生に挫折の2や3つはつきもの。 創造というと、まず「創造的破壊」が浮かんでくる。 ネットで調べると、 【 創造的破壊とは、オーストリアの経済学者シュンペーターによって 唱えられた考え方で、非効率な古いものは効率的な新しいものによって駆逐 されていくことで経済発展するという考え方であり、その新陳代謝のプロセスを そう呼んだ。不況は創造的破壊に必要であり、政府による介入はこれを妨げる ものとして否定した。 現在ではこれを読み替えて、 企業活動の中で古いもの を打破し全く新しいものを生み出す行動、という意味合いで使われることが多い。 ドラッカーは、これに近い意味として体系的廃棄という言葉で述べているが、 組織でも何でも発展にはイノベーションが不可欠。「脱皮できない蛇 は死ぬ」 も、脱皮しおえた蛇はまたその外皮が支えられる体型までは急速に成長するが、 そこまでいくと、退化が始ってくるという意味。 創造と破壊は、対をなして いるといってよい。・・・ 】 ▼ デジタル化、ネット化は、この創造的破壊を加速する。 情報化とグローバル化は、NO1以外のものを即座に駆逐するため、 創造利益を得るのが一部に限られる。しかし効率性からみて、最良のものが 生き残るシステムも決して否定できない。現在の世界の政治、経済の大混乱も、 ネット世界が現実世界とは別に出来、上位にたってしまった結果生じている 創造的破壊。この中で生き抜くことは至難の技。 全ての技がデジタル化し、 合理化を促すからだ。「面白こわい時代」である。 今回の私の挫折を 創造的破壊とすると、如何いうことか?考えるほど、人生の際(きわ) が見えてくる!次の段階に踏み込め!ということ?
・・・・・・ 6416,読書日記 神さまって、そもそも何? 〜2 2018年10月07日(日) * 神を信じる方に賭ける(パスカルの賭け) 学生時代、愛読書だった『パンセ』の<パスカルの賭け>に、嫌に納得した ことを思いだした。都会暮らしに慣れず、孤独感にさい悩まされていた時に 手にした新約聖書に救われていた時があった。子供の頃、二年ほど、教戒師が 家に来て、家族と説教を聞き、賛美歌を歌っていた時期があったから、抵抗感 なく聖書の世界に入ることが出来た。 学生時代の後半、同級生に、その話を すると、「何で?」と不思議そうな目で見つめられた。 教養課程に、 『キリスト教倫理』の科目があったが、他の学生はツマラナソウだったが、 一言一言が、心底に突き刺さるようであった。 ・一日二時間の読書時間の確保と、 ・心底に濁らせてはならない純真・純白たる領域の確保! これが学生時代の一番の収穫である。
≪ ‘パスカルの賭け’とは、 「神を信じて、本当に神が存在すれば天国に行き、 もし存在しなければ天国も地獄もない。 神を信じないで、もし神が存在すれば地獄へ行き、存在しなければ 天国も地獄もない。ゆえに、 神の存否が分からない時は、神を信じた ほうがよい。(パンセ)≫
パンセといえば、第一節 < 人間は一本の葦にすぎない。自然の中で一番弱いものだ。 だが、それは考える葦である> があるが、その先の文章がよい。 < これを押しつぶすには、全宇宙は何も武装する必要はない。 ひと吹きの蒸気、一滴の水でも、これを殺すに十分である。>
今さらだが、‘パスカルの賭け’ネット検索をすると… ≪・パスカルの賭けは、フランスの哲学者ブレーズ・パスカルが提案したもので、 理性によって神の実在を決定できないとしても、神が実在することに賭けても 失うものは何もないし、むしろ生きることの意味が増す、という考え方である。 ・パスカルは、神の本質は「限りなく不可知である」として、神の実在/非実在は 人間の理性では証明不能だという前提を出発点とした。理性がその問題に答え られなくとも、人は憶測や盲信で「賭け」をすることになる。実際には我々は 既に(信仰の)選択を行って生活しており、パスカルの観点から言えばこの点に 関しての不可知論はあり得ない。我々は「理性」と「幸福」という2つのことだけ を秤にかける。パスカルは、神の存在についての問題は理性では解けないため、 コイントスのような「損失と利益の等しいリスク」があると見なした。そういう わけで我々は、神の存在を信じたときの損失と利益を考慮して、自らの幸福に したがって判断しなければならない。パスカルは「得るときは全てを得、失う ときは何も失わない」として神が存在する方に賭けるという判断が賢いと主張。 すなわち、神が存在するなら永遠の命が約束され、存在しない場合でも死に際 して信仰を持たない場合より悪くなることは何もない。 ・パスカルの賭けで定義される可能性は、以下のような意思決定マトリックスを 使い不確かな状況での選択として考えることができる。なお、パスカルは地獄 については何も言っていないし、神が存在してそれを信じない場合に得るものに ついて何も言っていない。彼の観点からは神を信じることで無限の利益が得られる ー ▼ 中原中也の 『汚れちまった悲しみに』が、ふと思い立った!
「汚れちまった悲しみに・・・」
汚れちまった悲しみに 今日も小雪の降りかかる 汚れちまった悲しみに 今日も風さえ吹きすぎる
汚れちまった悲しみに たとえば狐の皮衣 汚れちまった悲しみは 小雪のかかってちぢこまる
汚れちまった悲しみは なにのぞむなくねがうなく 汚れちまった悲しみは 倦怠のうちに死を夢む
汚れちまった悲しみに いたいたしくも怖気づき 汚れちまった悲しみに なすところもなく日は暮れる 【中原中也】
〜 後記: 個人HP内検索に【パンセ】を入れると、2004、2005年に テーマにして書いていた。本来は、これを書上げる前に気づくべきだった。 〔 行蔵、嘘つかない! 〕 我ながら真面目。メルクマールそのもの… それにしても詩人は凄いこと、お書きになる!
―――― 2005/07/31 1580, パンセについて
昨日の随想日記の昨年の同日分に、パスカルについて書いてあった。 その中の格言を読み返してみて、現時点の考えを書きたくなった。 学生時代に感じたこととは自ずから違ってくる。
・人間は一つの極端にあるからといって、その偉大さを示しはしない。 むしろ同時に二つの極端に達し、その中間を全て満たすことによって、 それを示すものである。 ーー 二つの極端とは、善と悪・神と野獣・観念と実践、等々あるが、 中庸こそ偉大さがあるということか。 偉大さも所詮は人間の価値観の判断でしかない。
・人間は偽装と虚偽と偽善にほかならない。 自分自身においても、また他人に対しても ーー 偽装・虚偽・偽善と気づくかどうかだ。
・もしクレオパトラの鼻がもっと低かったなら、世界の歴史は変わっていただろう。 人間のむなしさを知ろうとするなら、恋愛の原因と結果とをよく眺めるがよい。 −ー 恋愛の原因と結果とを眺めてみて、男とは他愛のないものである。 それだけ若き性欲は昇華して恋愛を促進する。 その障壁が高ければ高いほど燃え上がり、お互いが見えなくなるから困ったものだ。 ・人間はつねに、自分に理解できない事柄はなんでも否定したがるものである。 −− それが、親から・環境からの植えつけられた強固な先入観であれば、 養老猛のいうバカの壁になってしまう。 ・人間相互の尊敬を結ぶ綱は、一般的に必要から生じたものである。というのは、 全ての人間が支配者になりたがるが、みながそれになるわけにはいかないし、 種種の階級が存在せねばならないのだから。 ーー お互いの尊敬か〜
・悲しみは知識である。多く知る者は恐ろしき真実を深く嘆かざるをえない。 知識の木は生命の木ではない。 ーー 軽く、いや生命の木でもある!といえないところが、この格言の深いところである。 不条理が何事にもついてまわるし、無知の涙と同じくらい知識は涙をともなう。
・好奇心というものは、実は虚栄心にすぎない。 たいていの場合、何かを知ろうとする人は、ただそれについて他人に語りたいからだ。 −− 実をいうと、これがあるから、この「随想日記」が続いている。 これが無かったら、これだけ毎日本や雑誌などこれほど読まない。 といって、その時点時点の好奇心を書き残すのは、 自分のためのメルクマールである。 パスカルもそうだったのだろう。 ・人からよく言われたいと思ったら、自分のよいところをあまり並べ立てないことである。 −− このHPを閉鎖して方がよいと、忠告されてはいるが。 人に良く思われたいと全く思わないから自分のことを並べ立てることができるのだが。。
・この無限の空間の永遠の沈黙は私に恐怖を起こさせる。 ・人間は考えるために生まれている。 ゆえに人間は、ひとときも考えないではいられない。 −− 一日、6〜7万位のことを考えるというが。 人は本当に考えるために生まれてきたのかどうか?
・ひとつの事柄についてすべてを知るより、すべての事柄について何らかのことを 知るほうが、ずっとよい。
・我々は現在についてほとんど考えない。たまに考えることがあっても、 それはただ未来を処理するために、そこから光をえようとするに過ぎない。 現在は決して我々の目的ではない。 過去と現在は我々の手段であって、未来のみが目的である。 −− 若いうちは、そうだとしても未来がだんだん少なくなってくると、 現在と過去に光を与えようと必死になる。 それも必要ではないのか? ・習慣は第二の自然だといわれているが、 人は、自然が第一の習慣だということを知らない。 ーー 自然体を基礎においた習慣を意識してないと、習慣そのものが続かない。 ・誤った法律を改正する法律くらい誤ったものはない。 法律は正義であるがゆえに従うといって服従している者は、 自分の想像する正義に服従しているのであって、 法律の本質に服従しているのではない
・偉人が我々より偉いのは頭が少しばかり高くでているだけのことで、 足のほうが我々と同じくらい低いところにある ーー 足の位置が同じとみて、同じ気になってしまうから困ったものだ。 しかし、少し頭の位置が高く出るということは大変なことである。
・実物には一向に感心しないくせに、それが絵になると、似ていると言って感心する。 絵とはなんとむなしいものだろう。 ーー 実物も移り変わるものだから。 関心をもつチャンスになることも確かだ。 画家の意図を見てくれる人が必ずいるものだが。
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2019年10月06日(日)
* 今どき、耳を疑うような汚職が 今どき関西電力上層部の汚職事件が… 。何か深い闇が広がりを感じる事件。 検察からのリークか? 内部告発か。その贈賄側の主役の当事者が、この春に 亡くなっていた。病死のようだが、事件が事件だけに、自殺か、他殺かと頭に よぎる。 韓国・闇政治の世界を他山の石と笑っていられない。これだけ露骨 な汚職をマスコミが、感知出来なかった報道関係者にも責任が? 政治家絡みもあってか、関西というと …? 反応が鈍い。 ― * ワールドカップのラグビーが面白い 昨夜、TV観戦を楽しみにしていたが、その直前、爆睡してしまい目を覚ました時 に終わっていた。快勝していたから悔しさ倍増。あまりラグビーをみなかった私が、 このワールドカップをキッカケにファンになったのだから、好い加減なもの。 自国に関わらず、強豪同士の試合が、心に余裕を持てる分、楽しめる。 世界一位をかけ、自国の名誉のため、死力を尽くして戦うのだから、面白いに 決まっている。2mもある大男が集団同士でぶつかりあう。ルールも見ている内に、 解ってくる。ルーツは、「サッカーに興じていた男たちが、我を忘れて、手に 持ってゴールに向かったのが始まりだから、ルールのベースはサッカーに。 ラグビーの選手ほど、収入面で割の合わないスポーツはない。名誉のため、 戦っているため面白さが倍増する。ハリウッドのドンパチと違うのはこの辺り! ― * 最近、このアップが遅れる訳 10日ほど前から、このアップが遅れるのは、何故かネット接続が不調に なるため。あれやこれやで、9時過ぎに、ネットの電源と配線をリセットし、 パソコンもゼロにして… そのストレスたるや。ただ、諦めず独り淡々と 粘るしかない。そのストレスの対処は、慣れしかない。慣れてしまえば…
・・・・・・ ・・・・・・ 4211, 異郷日記 ーアフリカの不思議の力 2012年10月06日(土) * ライオンの魂 「異郷日記」西江雅之著 アフリカ、アメリカ、中国、東南アジアに住んでいた頃の逸話は、生々しく 惹きつけられるものばかり。アフリカでは、今でも魔術が信じられている ところが多いというが、芯から信じれば、それは現実。ー以下も、その一つー ≪ 不思議な力を持つものには、以前に出会ったことがある。東アフリカで 生活をしていた頃のこと。村人の話によると、雄のライオンのなかには、 死ぬ瞬間に自分の魂を勢いよく口から吐き出すものがいるという。普通の 姿勢を保っている状態では、ライオンの口は下を向いている。死ぬ瞬間に 吐き出される魂は、地中深く埋まってしまい、人の目に触れるしとはない。 ある猟師はライオンに出くわしてしまって正面から撃った。その瞬間に ライオンも自らの魂を吐出した。その魂が飛ぶスピードは弾丸並みであった。 そこで、猟師とライオンは相討ちとなり両方とも死んでしまった。 まことしやかに話すというのではない。本気で語っているのである。 東アフリカの多くの地域では、ライオンの魂は貴重品である。 それを家に置いておいたり、携帯していたりすれば、戦争に行っても 弾には当たらない、旅に出ても強盗に襲われない、病魔も近づかない・・ などなど、如何なる災害からも身を護ってくれると信じられている。 ある時、わたしはそのライオンの魂なるものを村人から手に入れた。 直径三インチほどの毛玉のようなものである。わたしの目には、それは どうやらライオンが食べた動物のうぶ毛が腸のなかで結石のようになった もののように見えた。とにかくそれを持って町に帰り、嬉しくなって 近所の人にそのことを話したら、なんということか、その後の何日か、 わたしの部屋は狙われ続けて、すベての害から身を護れるはずのものを 手に入れた途端に、それまでは一度もなかった害の恐しさを経験する ことになったのだ。ライオンの魂は、それほど素晴らしく、安全を求める 人心を惑わすほどどのものなのだと、わたしは納得した。 ≫ ▼ 「所有すると、その家に不幸があると言われる高村光雲の像を一時期、 購入して所有したことがあったが、何故か不幸が続いて気持ちが悪くなり、 売ったことがある・・云々」という逸話を父から聞いた話が妙に記憶に 残っている。私の高校の知人が写真家をしているが、仏像の写真集で写真を 撮っているときに不思議なことの連続だったという話も聞いた。 それと、このライオンの魂の話は少し違うが、こういう話を聞いて信じるか、 信じないかだけである。現在、「神は妄想である」という遺伝学者の本を 読んでいるが、これが面白い! 裸の王様の一神教の信者の愚かさ、 信じる者は救われるか! 逆か? ・・・・・・ 6050,「老人の壁」 〜読書日記 −2 2017年10月06日(金) 「老人の壁 :養老孟司 , 南 伸坊 (著) 」 * 生まれ変わる快感! 人生とは、「生まれ変わる快感」が突き動かしている、という切口で 振り返えみると、納得する。 ・21歳の7月の30日の欧州旅行で、それまでの固定観念の壁が崩れてしまった。 「世界は広く、深い」という実感。あの時に、生まれ変わっていた。 ・翌年、武澤ゼミで、現象の中にある真理を科学的に解明する訓練を一年間させ られた。 いま流行りのオープンハウスに近い25人の寮生活。他者の私生活と 内面そのままが現われ出る中での、互いの葛藤の経験も生まれ代わりの一つ。 ・それから51回の秘異郷を中心とした旅行も、その都度、「生まれ変わって 帰ってきた」。ロッキー山脈を遠望して、「何、これ! ここは地球? これを見ないで死ぬと死なないとは天と地の差。それにしても!」と… 40、50歳代に、このような感動を数多く出来たのは、「生まれ変わる快感」 の味を知ったため。このブログの記述と公開も、日々、生まれ変わるため。 〜その辺りから抜粋〜 ≪(南)真面目な人は、お手本通りにやろうとする、そうするとうまくいかない ことがストレスになったりする。いわゆる評価じゃないものが見えてくれば、 やっている途中も、やっていること自体が楽しい。そういう、自分が楽しむ 方向を見つけられればいいですね。 (養老)自分が知らなかったところに行き着けば、自分が変わり、世界が突然、 変わってしまう。「それまでのわたしは、そのことを知らなかった」という 発見です。世界は広くて、そんなことはたくさんある。それを覚えると、 年を取らない。だってそうでしょ? しょっちゅう生れ変わってんだもの。 (南)世間で言われる正解というものがあると思うから、つい後ろの解答ページ をみてしまう。それをやると、もう楽しくなくなる。僕は「わかった嬉しい」 と思っていたけど、今までと違う人になることが嬉しいんですね。 (養老)虫なんかしょっつう見ていると「ええ?こんなふうになっているよ!」 と仰天する。病みつきになって、やめられない。1人でいて、ほっておかれ ても何も気にならない。 … (養老)本当は、勉強や学問ってそういうもので、自分が知らなかったことに、 気づくという、それだけでなんです。そういう楽しみを持たない人が増えた としたら気の毒ですよね。今の親や教師に真面目な人が多いから、その快感 を教えられる人が少ないんじゃないですか。 (南)それまでちゃんとした答えだけでやってきた人が先生になってしまうと、 それは教えられないですね。正しい答えじゃなくて、わかった!ってときの 快感ですもんね。 (養老)案外、古典なんかにちゃんとあって、ゲーテも「死んで生まれ変われ」 などと書いています。前の自分がいなくなって、新しい自分になるという ことです。確かに近代生活の中できちんと生きていたら、そういう楽しみは 妨害される可能性がかなりたかまる。学んだり発見する喜びは内面にあって 他者の評価によらないし、それが人を若々しくしたり幸福にするというのは、 当り前のことなんでしょうけど。 ≫ ― ▼ 書き続けていると、そして、同月同時の過去文を読返していると、当時の 己と、現在、読返し、時間をおいた自己対話が「自分」ということに気付く ことになる。そこに年々、生まれ変わっている「自分」が見て取れる。知らない 人からみたら、今でも内面は激しく変わっているのだから、「大変な人」だが、 それが至極当然のこと。穴倉も、岩場の外の、内海も、外海も、大して変わりは しないとはいえ… 少々、危険でも、外海も出ればこそ、何らしか、想像を 絶した世界が広がっている。
・・・・・・ ・・・・・・ 6415,読書日記 〜神さまって、そもそも何? 2018年10月06日(土) 『砂漠と鼠とあんかけ蕎麦』山折哲雄:五味太郎・対談 * 神様はなぜ必要か < 五味: 神様はなぜ必要なんでしょうか? 山折: 対話者が必要なんだな。人間同士ではちょっとレベルを超えた対話者。 そういう上位のパートナーを人間は本質的に必要としている。 山折: 母親と子供、父親と子供の関係で一番大事なのは、やはり聞くこと。 それで解放されていく。仏教は、最終の重大問題にしたのではないかと。 五味: 「人というのは罪を犯すものだ」という形で、それをどう救済して いくかという感覚で立ち向かうビジョンと、初めから殺すな、盗むな、 何するなって止めていくタイプと、あります。 山折: そう、殺すな、嘘いうな、盗むなという黄金律を守る流れと、 聞いて聞いて聞くことに徹する流れと、二つあります。 山折: 五味さんの胸をすくうような次の一言、 「神さまは無神論者だと思いますよ」 これは本当に驚きました。… 無神論者の神であるなら、宇宙の秘密を読み解くなど朝飯前のこと、 ビッグバンに火を点けた張本人もまた無神論の神だったかもしれない。 ― ▼ アラブ人用に、AC/610年にモハメッドがイスラム教を立ち上げた。 その源流は旧約聖書があり、モーセの律法を行動規律とする。ユダヤ人を 神が選んだ民として考え、終末論とメシアの到来を信じる宗教。奴隷として、 エジプトに従属していたユダヤの民が脱出してイスラエルの地に帰国した、 その時からアラブの民と摩擦が生じ現在まで至っている。キリスト教は、 その亜流で、新約聖書の教えがある。仏教はインドの風土が生んだ宗教。 ― 山折: 砂漠の民は、考え抜いて手段を発見しないと死滅してしまう。 風土に圧倒されてしまう。我々は何も考えなくとも、豊かに生活 しているわけです。森と川、森の幸と、川の幸、これだけ恵まれて いるのは世界でも日本だけ。ものを考える必要が無い。 五味: 翻って、生き抜くための精神力みたいな意味での宗教と、ぼんやり している時に出てくる宗教とは、似て非なるものですか。 山折: 一神教というのは「信じる宗教」、天上の彼方に永遠の絶対神が 存在するかしないか、それを信じるか信じないかが決定的な問題。 だけど、我々の豊かな自然界が存在する世界では、そこに身をひたし、 自然に共感していけば、充分に救われる。僕は、「感ズル宗教」と 言っている。 五味: そんなことを言っていたら、砂漠では死んでしまう。 山折: ものを考える必要がない。だから感じていればいいわけ。 ー ▼ アラブ人用に、AC/610年にモハメッドがイスラム教を立ち上げた。 その源流は旧約聖書があり、モーセの律法を行動規律とする。ユダヤ人を 神が選んだ民として考え、終末論とメシアの到来を信じる宗教。奴隷として、 エジプトに従属していたユダヤの民が脱出してイスラエルの地に帰国した、 その時からアラブの民と摩擦が生じ現在まで至っている。キリスト教は、 その亜流で、新約聖書の教えがある。仏教はインドの風土が生んだ宗教。 人間は、何はともあれ孤独の存在。最期は死に直面し、絶望の中で死ぬ存在 である。死だけではない、何かを決断する時、孤独の際に立つしかない。 内なる世界で自己対話で決断するが、その時に、内なる対話の相手に、 過去の人たちの苦悩と、解決策の集約した答えを神が導いてくれるか、 どうかでは雲泥の差がある。神の代わりが、愛してくれた両親でもよいが、 熟練してる、神様が相手なら、最善に導いてくれるはず。神の魂と同化し、 その知恵なら間違いは最小で済む。私の現在の対話相手は、毎日読返す、 このブログの同月同日の、かって書いた文章。 ・・・・・・ 3846,‘よい写真を撮る’コツは ? 2011年10月06日(木) 海外旅行など、つまらない写真を見せつけられて困った経験は誰もある。 それは撮るほうも撮られるほうも構えるからである。私もスナップ写真を中心 に多くの写真を撮り続けてきたが、少しは真っ当な写真が撮れるようになった のが、デジカメで写し始めてからである。 デジカメはコストを考えないで 済むので、気分に沿ってドンドン撮り、後で気に入ったものを選べばよい。 観光地などの写真は、幾らでもネットや絵葉書で入手が可能。そこには、 自分が撮ったという現場感覚が入ってなくては面白くない。写すというより、 その場の雰囲気に従って対象から逆に「自分の一番良いところを撮ってくれ」 と、指示された目線で撮るとよい。その為には対象の景色に、まず感動し、 その感動をカメラに収める気持ちが必要である。また小さな花をアップにし、 その背景として撮りたい景色を背景にすれば、大小のコンストラストが現場 の空気を際立たせてくれる。 人物を撮るときに、「撮りますよ」と自分から 構えては良い写真は撮れない。後姿やリラックスの自然体の姿を撮るのが原則。 その為に、その人の表情が出てくるタイミングを待たなければならない。 だからハイ(雰囲気に酔った)の状態で、その場を撮ると比較的良いのが撮れる。 それは、その場に自分が溶け込んでいるためである。篠山紀信や荒木経惟の 女性などの撮影現場をTVでみたが、徹底的に相手をリラックスさせ、 その個性が湧き出るまで待っている。 その為には、まず撮影していること 自体を忘れさせてしまう。動物も人間も見られると緊張する生き物。 電信柱にとまっているカラスをジッと見つめると、緊張の反応を示す。 人間も同じでカメラなど構えれば、緊張するなという方が無理。そこで、 撮影を忘れさせ、何気なくカメラを向けると良い。今まで、デジカメは 少しは使いこなせたが、一眼レフを使いこなせたことはない。どうしても、 構えて良い写真を撮ろうと、構図の選択に構えが出てしまうからである。 対象の真善美を、リラックスした自然状態で、純心に同化することが理想。 その為には、やはり場数と、基本的原則を知っていなければならない。 何ごとも同じ。スナップ写真こそ難しい。 文章も同じことになる。
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| 6778,閑話小題 〜南海トラフの大地震と津波の脅威! |
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2019年10月05日(土)
* 30年以内に交通事故が起こる割合は24% 今後30年以内に「南海トラフ」地震の起こる割合が70%に対し、 30年以内に交通事故が起こる割合は24%。火災の羅災率は1・9%。これに対し、 ほぼ100%が保険をかける用心深さに対して、あまりに楽観的過ぎる日本人。 <今後30年以内に「南海トラフ」地震の起こる割合が70%>は、実は非常に危険 な事態で、あれだけの東北大震災を経験してきたのにも関わらず一時期、マスコミ が面白おかしくつくり上げた話題としか捉えられないのが現実。私が20歳、いや 30歳代としたら、首都直下を含め、名古屋、大阪に住んでいたら、吾が身に 対する保険として、直ぐにでも引越すのが妥当… にしても何だろう、 人口の過半数が対象地区になり、報道機関も煽り立てることは良識に反する? 周囲も今さらと騒がないからである。まずは、直下型と、南海トラフが重なった 東京のど真中の○○から、行動として見本をみせるべきでは? それを推し 進めるべきが首相では? 在住のインテリと称する知識人では? 「そう言われるまで、解らなかった!」と、聞えてきそうだが、実は私も! ― * 巨人のリーグ優勝が決まったものの… 去年の同月同日のテーマが巨人の次期監督問題。原監督の復帰案には大きな 疑問を感じ、反対の立場だったが、広島の丸の移籍効果もあって、原・巨人が 優勝することに。これが果たして良かったか、如何か? 巨人は読売新聞が 後ろ盾で付いていることもあり、資金力と、ブランド力で、人材を集めてきた 反面、若手のチャンスが少ないこともあり、伸び悩みと、ハリボテ軍団の弱点が 直に露呈する。常勝を求められるが故の弱点が漂うのは否めない。 それにしても、前年の私の持論が面白い。終わってみれば、球団サイドの 判断が的を得ていたのだろうが。
・・・・・・ 6414,閑話小題 〜巨人の次期監督は 2018年10月05日(金)
* 高橋監督辞任で… 巨人の高橋監督が辞任を表明、受理された。 球団の内部環境が悪いのは 分かるが、巨人の純粋培養のスター選手の監督選定に問題がある。 座卓犬は監督にそぐわないのは自明。二度の原監督の失敗?に懲りず3度め? 同じ轍を踏まないと思うが、ギャラリーとしては、俄然、面白くなってきた。 ・内部昇格とすれば、安倍と、元投手の斎藤が考えられるが、同じ穴の貉。 やはり、外の水を飲んだ、松井秀喜、桑田、江川、中畑などが、頭によぎる。 ・現実的なのが、桑田監督。次期監督含みで松井副監督、江川バッテリーコーチが 面白い。松井も、江川も監督以外は断るだろうが… 今さら晩節を汚さないと。 ・変わったところで、野村監督の息子が如何だろう。黒子としての親父と一体と するには、無理があるか。親父が許さないだろうが。 ・もう一つ、インテリジェンス(地頭)が良いイチロウが面白い! 世界ブランドが汚れるから、断るだろうが… ・ネットニュースで、『後任に原辰徳が4年ぶりに指揮を執るのが有力(報知)』 とあるが、あまりに新鮮味がない。 等々かんがみ観ると、ヘッドコーチに川相の桑田佳祐が、的を得ている?… ドン様に実権があるなら、江川になるが、その辺の事情はどうだか? 優勝争いなど、如何でもよいなら、イチロウ監督、江川ヘッドコーチが絵になる。 ★ 他チームの監督が最も薄気味悪くなるのは、篠塚、川相、安倍。 取組み易いのは采配データー豊富の原元監督。 …まさか、ないと思うが?
・・・・・・ 5682,瞑想とは 〜3 2016年10月05日(水) <ボケない!脳が若返る「めい想パワー」SP 2016年9月28日(水)午後7時30分> * 瞑想の目的は何だろう? 瞑想とは何か、その目的とは何かについて考えるため、ネットで、 <瞑想の目的>と検索すると、明快にまとめた内容があった。 ≪ 瞑想の目的は、悟るため? いえ、そうではない。悟りたいと思って瞑想 している限り永遠に悟りなどやってこない。むしろ神経過敏になる分だけ、 ろくなことなどない。 瞑想は、ただ、「気づき」のための時間である。 「気づき」と言うと、何かすばらしいことに気づくための時間と誤解する人も いるかも知れないが、これまた誤解を招きそうである。言い方を変えてみよう。 英語で言えば"be aware of"、つまり、「〜に気付いている状態」、または 「目覚めている状態」とでも言ったほうが近い。ただひたすら、自分の周りで 起こっていることを、そのまま感じるための時間である。 「ヴィパッサナ」という瞑想法がある。自分の呼吸を見ることだけに意識を 集中させる。吸う息、吐く息をじっと見つめる。40分間くらい自分の呼吸を 見つめることができるようになれば、とりあえず合格。 しかし、時間を はかったりすれば、それは呼吸以外のことに意識が行っているわけだから 失格になる。しかし、あまりかたいことを言う必要などない。とりあえず自分 の呼吸を見つめていればよい。「無心」になろうとすることもない。 雑念がわいてきたら、それも悪くはない。そのうち色々と考えることも出るが、 それも無理に止めることもない。 ただ言えることは、瞑想をするに、最初から何かの具体的な目的は持たない ほうがよい。目的のない時間を取り戻すことが目的かも知れない。 皮肉なことであるが、瞑想状態のことを言葉で表現しうようとすると、 いつもこうなってしまう。 とりあえず40分間、ヴィパサナができるように なったら何が起きるのだろうか。 何か良いことがあるのだろうか。 これには、私はあるともないとも言えない。まずよいことなど何もないと 思っておいたほうが間違いない。少なくとも、瞑想中には99%、何も起きない。 清浄で、「目覚めた時間」を作りだすための稽古の場にすぎない。瞑想では 悟ることなどできない。特に、瞑想で悟りたいと思っているのなら、まず絶対 悟ることはできないだろう。 もしあなたに何かのお悟りがやってくるとしたら、それはSEXをしているとき かも知れないし、庭を掃いているときかも知れない。芋を洗っているときかも 知れない。金魚が泳いでいるのを見たときかも知れない。それは私の知った ことではない。そして、あなたの知ったことでもない。 Who knows it? 誰にもわからない。しかし、ひょっとしたら何かが起きる かも知れない。 たぶん、やって損はないとだけ言っておこう。何が起きるかは、 起きたときのお楽しみ。≫ ▼ この7年間、早朝のポタリング時に、大手大橋でヒキチャリをしている。 地球の芯に『球芯様』と命名し、橋の途中から、話しかけて対話をする。 幼稚だが、その会話が面白い。 <球芯様、おはようございます!> ≪ オウ、お前か。お前を通して、周囲の景色を見るのが一番の楽しみじゃ! ジックリと見回してくれ。それが私を呼起した見返りじゃ。それにしても、 ワシに命名し対話を求めるのは御前ぐらいだ。 大体が、人間は、どうでもよい 細かいことに気が向きすぎじゃ。もっと大自然に、道理に、無心になりなさい。≫ <それにしても絶景ですな> ≪ 慣れるとは、恐ろしい。この美しさを、そのまま味わいば良い。 それがワシにとっての解放になる。この川のせせらぎ。飛遊する鳥たちの姿。 遠くの山々。そして、陽光と、雲の織りなす美しさ。こうして御前が、私に 見せてくれるのは有り難い。この見返りは、世界の絶景の場に、お前を導くこと になるのさ。 ≫ この内語の対話も一種の瞑想。この景色の美しさに気づいたのだから。 世界の絶景を数知れず見てきため、地元の絶景に気づくことが可能になる。 それが次の旅に、誘っていく。あり難いことだ。 あり難いことに気づくこと こそ瞑想の目的である。感謝、感激、感動の触媒は、幾らも身近に存在している。
・・・・・・ 4210, 異郷日記 ーサンジバル 2012年10月05日(金) 「異郷日記」西江雅之著 * サンジバルの逸話 人は家の中に閉じこもっているほど危険なことはない。外界に出て戦い 続けないと人生の自殺者になってしまう。硬い殻に閉じこもり、しがみつく しかない人生こそ避けなければならない。ーその辺を抜粋してみるー ≪ 東アフリカのタンザニア国。大陸側からの最短距離で約四〇キロほど 離れた沖に浮かぶザソジバル。平坦な島の中に、幾つかの町と、多くの村が 散る。住民のほとんどは、イスラム教使だ。そこでは目の前に現れる事物の すべてが、次々に過去を語り出すザンジバルは史実虚構が入り交じる物語に 埋もれた土地なのだ。散歩に出かければ、崩れかけた石造りの建物や、 アラビア数字が消えかけている大小の墓石が目に入る。海に目を向ければ、 緩やかな波のうねりや潮騒が、すでにこの世を去った冒険家、奴隷商人、 奴隷、征服者、イスラム教徒、ヒンドゥー教従、キリスト教の宜教師たちの 声を告げてくる。それらの声には、優しいものあり、人々威嚇するものあり、 高笑いあり、探い嘆きを伝えるものもある。各々の声は複雑に紺み込まれた 歌となって、何こからか聞こえてくるドラムの音の伴奏に乗り、道行く人の 内部にすべり込んでくる。 (・・・中略) わたしがアラビア語に接し始めた頃に聞いた話がいつも頭に浮かんでくる。 ある老人が海辺へと通じる道で、一人の青年に出会った。彼は漁から戻った ばかりなのだろう、漁に使う道具を担いでいる。「アッ・サラーム・アライクム (汝の身に安らぎあれ)」。若者は老人に言った。「アッ・サラーム.アライクム」。 老人は挨拶を返してから、「ところで、おまえは海が恐ろしくはないのかね? お前のおじいさんは、海で命を失った。おまえのお父さんも海で命を落とした。 それでもまだ、おまえは海に出て平気で仕事をする。恐ろしくはないのかね?」 若者は怪訝な表情をして言った。「じいさん、あなたのおじいさんは家で死んだ。 あなたの父さんも家の中で亡くなった。それなのに、よくまあ恐ろしがらずに 平気で家に住んでいられますね」。 妙に頭に残る話なので、わたしは ザンジバルで、何人もの知人にスワヒリ語で何度も同じ話をした。 「そうなんだ。人はどこかにしがみついて生きているのだ。そのこと自体が 恐ろしいことなんだ」と、わたしの知人の漁師は言った。「どこかにしがみつく。 そして安心する。それにしても、人間は酷い動物ですよ」と、わたしは言う。≫ ▼ 目先の安定にしがみき、安心をもとめ人生を棒にふる愚かさを批判し、 節目時には果然と行動すべしというタンザニアの逸話。何処の道理も同じ。 著者は‘あとがき’に、「私は今も‘異郷の人’である。自分の皮膚の外側は、 すべて異郷と感じている。」と述べている。そうでなくては、流れ者のように 世界中を渡り歩けないだろう。逆にいえば、世界中を渡り歩いたため、皮膚の 外側を、異郷に感じるようになったともいえる。著者からみれば、一般人の 誰もが「どこかにしがみついて、人生を棒に振っている」のである。 私も、地方の城下町で生まれ、10年間は、外で生きた。それ以外は職場は 新潟、住居は長岡の生活としても、地元に縛られていた。と同時に、しがみつき、 安心していた。リタイア以降は、多くの縛りから解き放され、宙に浮いている 感がする。それでも、まだまだ楽しみが足りない。縛りの残物があるためだが、 それも最期の砦で必要。それを無くすに死ぬしかないが、まだ死にたくはない。
・・・・・・ 6049,「老人の壁」 〜読書日記 −1 2017年10月05日(木) 「老人の壁 :養老孟司 , 南 伸坊 (著) 」 * 老人の壁を突き抜けて 「老人、如何に生きるべきか」を、根赤の養老孟司が御隠居で、南伸坊が 熊さん役が軽く、明るく対話した内容。数年前の葬式で、80歳半ばの従兄が 同席していた。一人は地元商人。いま一人は東京下町の何かしら特許収入を持つ 商人。 前者は痴呆症が少し入っている?と思しき愚痴と悪口を語る。 後者は、一生をカメラ・映像の撮影を趣味とした人で、「老人の壁」をとうの昔に 超えている。 その二人の姿そのままが、このテーマの答えのようだ。年々、 暗くなりがちになる古希を越えた現在、如何に面白可笑しく日々を生きるか。 地方性もあるが、周囲には暗いのが多い。他人事ではない。周りから、一人 ひとり欠けていけば、然もありなんだが! 〜Amazonの内容説明より〜 《 「明るい老人の本」 大好きな虫採りに明け暮れる解剖学者・養老孟司。古今東西さまざまな「本人」 になっていくつもの人生を送るイラストレーター・南伸坊。ともに老人になった 二人が「老人とは何か」「老人はどう生きるべきか」を、科学とユーモアで徹底 討論! 病気になったらどうしよう。死んでしまったらどうしよう。暗い気分に なってしまうのは、暗い気分になるものしか見ていないからだ。どんなに年を 取っても人生を変える発見がある。死んだ後のことは生きている人にまかせよう。 人間のことより花鳥風月に目を向けよう。養老孟司のエッセンスと、南伸坊の 笑いが炸裂する心が軽くなる対談集。 》 《 人生に“発見”があるかぎり、老後は明るい!心が軽くなる対談集。 大好きな虫捕りに明け暮れる解剖学者・養老孟司。古今東西の「本人」となって、 数多の人生を送るイラストレーター・南伸坊。ともに老人になった二人が、人生 百年時代をどう生きるべきか、科学とユーモアで徹底討論。 》 ―― 〜印象に残った個所から… (養老)「年をとって自分がなくなってくると、気が楽なんですよね」 (南)「健康で長生きするためにはどうしたらいいですか」 (養老)「だから、健康な間だけ生きてりゃいいんです」 「ちゃんとした介護なんか、誰にもできないですよ」 (南)「そうですね、それが世間の常識になったらラクなのに」 (養老)「いい老人ってどういう老人だろうね」 (南)「そうですねえ、ゴキゲンな老人でしょうね」 (養老)「にこにこしてりゃいいんですよ」 (養老)「趣味なんか、世の中の役に立たないんです。それでいいんです。修行 と同じ。修行っていうのは、自分を完成させるための作業。一番いいのは、 比叡山の千日修行。あんなのをやったって、誰も儲かりません。GDPが増える わけでなし。だけど、何が残るかって、「本人が残るですね。それをやった本人 が残るんです。それが「作品」ということです。 だから、自分が作品である ような、作品としての自分を完成させるつもりで、好きなことをやれば、老人 としての時間を本当に楽しめるんじゃないかな。」 (南)「老人の壁を越えると、作品の自分がいる。」 ―― ▼「まさか、ここまで元気で生きられるとは!」が、実感だが、老いた実感は まるでなし。だが、世の中は、そういう鈍感な人にプレッシャーを与える。 そこで、ポタリングで、身近な「風月花鳥」を、PCや、4kTV画面で世界の 「大自然の光景」を楽しむこととにあいなるが、これが素晴らしい! 〜偶然だが、また文脈が以下に続いていく。
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2019年10月04日(金)
* 瞑想の具体的実践と効果をみると 明治以来、資本主義社会の価値観の中で、『倒産や会社清算が悪い」と 信じてきた。しかし自分が31年の事業を清算するにあたって実感したのは、 善悪が複雑に重なっているということ。思いもよらぬ断層の中で、節目を 清算というカタチで綺麗サッパリ終わるのも、ひかれし者の虚言として… 当然、バッシングが飛んでくるが、それを、一つずつ引きずっていては、 自滅する。当然、対応できる生活習慣の質も変える必然が求められる。 早朝3時半に起床、二時間かけて、この文章の下書きを修正、書上げて、 (冬季を除くが)、信濃川の二つの大橋を一周し… と禅坊主?のような フローが続く。何処の世界にも8割の不燃焼の人たちが存在する。それらが、 3月に一度は、直接、罵声を浴びせる。その対応として、その日の内に、 その生首を全身全霊で?回、叩き切るイメージを持つのがストレス解消に。 ところが、その対象者が3年もしないうちに、一身上の大問題にぶち当たる。 これは必然でもある。家族や身辺の人は、同年代が多い。その中で、 マイナス系の人が、率先してくるから、当然、毒素が多い輩。この現象が 不思議でも何でもない必然?。 …消去したが、深手を負って、目の前に、 何とか現われてくる人に対しては、更に断絶するため、親切にするのが一番。 そこで出会ったのが、以下の以下の『慈悲の瞑想』。 現実社会で、現に経験してきたから、これにピンときた。 マインドフルネス瞑想や禅などの仏教的な話の後、 上座部仏教の慈悲の瞑想について2人が語る場面が出てくる。 ≪永井: 慈悲の瞑想は、完全に自分のふだんの心の働き方が終わって 透明な状態になった段階で、今度はあえて言葉を使って、ふだんの 心の働き方をさらに強力に逆転させるんですね。 香山: あれはすごいと思うのですが、 「 …私の嫌いな人々も幸せでありますように 私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように 私の嫌いな人々の願い事が叶えられますように・・・」 と念じるのだが。 永井: むこうはどういう人であれ、それとは関係なく、その人自身が真に 幸せでありますようにと、こちらから一方的に、心の底から願うということが 重要ですね。 ≫ ― ▼ 著者の香山が、これを深く実践していれば、彼女がヘイトやレイシストと 蔑む対象は最終的にはいなくなるはずだが、年を追うごとに世の中に対する 憎しみのようなものが増大していくように見える。同じ人間、当然である。 私の場合、一度、消去した相手に、これは意外と簡単に可能になる。 『ああ、幽霊が居る。まあ、幸せそうで良かった。幸多きことを!』と、更なる 断絶を… SJでのヨガ効果もあってか、これが気楽に可能。 慈母観音とは、 こういう複雑な心情を溶かすのだから、深い愛があってこそ。 …成るほど! やはり、無知と慈愛慈悲がない人は、不孝になるのは解る。 特に??
−追文ー ということは、怒りの毒消しで何より、慈母観音を想念して替わりに、 その人を祈ってやればということ! それが仏心ということ? 難しいが 出来ないことではない。
・・・・・・ 4209, アラン 幸福論 2012年10月04日(木) 『アラン 幸福論』 合田正人著 アランといえば幸福論で、まず思いつく人。幸福論と言えば、スイスの ヒルティ、イギリスのラッセル、アランの幸福論など「世界三大幸福論」。 アランのそれは93の断章からなっていて、かみくだいた、「幸福小咄」 「幸福のコラム」といった軽いもの。とはいえ、ちゃん哲学に関するもの。 かれの幸福論は、観念論というより、あくまで日常生活に立脚して 幸福への指標を導き出した文学的にも優れたものとして読まれてきた。 アランは、「人は誰にでも幸福になれる」そして「人生の主役になれ」、 そのために「ダンスのように人と付き合え」、 最後に「幸福になることは義務である」と断言している。 ーここで紹介されている断章の一部よりー 〔 解)は、私の主観 〕 ・よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ。 という言葉のとおり、「哲学は、生についての省察である」という立場から、 幸福は誰かに与えられるものではなく、「自らの意志と行動によって つくりだすもの」であると説いた。 ・不幸になったり不満を覚えたりするのはたやすい。ただじっと座っていれば いいのだ。人が自分を楽しませてくれるのを待っている王子のように。」 解)王子のようにただ待っているだけの人が何と多いことか。 待つだけでなく、不平不満を言い、人のせいにする大多数のように。 ・自分で自分を不幸にし、その不幸を伝染、増大させていく人々こそが 本物の不幸をもっと不幸にしていく」 解)正反対もいえる。 ・よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ。 解)だから人生は意思の格闘技である。 ・快楽を抑制したから人間は幸福になるのではなくて、幸福であるから 快楽を抑制することができる。 解)金持ち、喧嘩せず。 ・喜びは行動とともにやってくる。 解)行動の行は決心、判断の意味がある。 自分の勘を信じて行動をし続けよ、ということ。 ・幸福は自分の手作りである。解)時間をかけ、ライフワークを続けることか。 ・幸せだから笑うのではない、笑うから幸せなのだ。 解)自嘲も笑いか? ・未来に幸福が見えているなら、すでに幸福である。 解)おもしろそう!楽しそう!と思うことから何事も始まる。 ・悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する。 解)意志が濁ると意地になる。楽観6の悲観4の割合が丁度よい? ▼ アレンではないが、「幸福になる五ヶ条」が目前のパソコンに貼ってある。 「一、今日一日、親切にしようと思う」 「一、今日一日、明るく朗らかにいようと思う」 「一、今日一日、謙虚にしようと思う」 「一、今日一日、素直になろうと思う」 「一、今日一日、感謝をしよと思う」である。 これがいざ実行となると難しい。 ・・・・・・ 6413,読書日記 〜人生の黄金律 2018年10月04日(木) 『砂漠と鼠とあんかけ蕎麦』山折哲雄:五味太郎・対談 * 「殺すな」「盗むな」「嘘つくな」 なかなか面白い対談集である。 まずAmazonの紹介内容からして惹きつけられる < 考えることの面白さを思い出させてくれる、過激でキュートな対談集! ここまで言ってしまって、いいのだろうか? 絵本作家と宗教学者が、「神さま」について、延べ30時間にわたり、 とことん語りあった白熱の対談。 ・そもそも「神さま」って、何? ・日本人は宗教を「感じる」民族 ・「祟り」は日本のお家芸 ・グローバリズム=「ノアの箱舟」戦略 ・海とキリストと親鸞 ・エコロジーと言うなら、間伐材で火葬せよ ・滅びる覚悟を持て=「無常」戦略…etc. > ―― カスタマー・レビューが簡潔に要点を書いている。 < 絵本作家の五味太郎と宗教学者の山折哲雄の不思議な組合わせの対談集。 対談のきっかけは、1995年の某TV番組での司馬遼太郎と山折哲雄の対談。 「神道とはどういう宗教なんですか?」と司馬が質問すると、 「あれは宗教ではありません、生活の礼節ですよ」と山折が軽く答えるのを 五味太郎が見て(この人はすごい!)とその瞬間から恋に落ちたらしい。 五味は早速「神って、いったい何ですか?」と聞いてみたくて山折に対談を 申し込んだ。という経緯で成立した、延べ30時間にわたる対談をまとめた モノがこれ。 五味の素朴な疑問に対して、古今東西の知識を縦横無尽に駆使して答えを探す 山折のやり取りが見物です。ホントに山折先生、博識です。 一神教と多神教、その成立の背景は風土の違いによる、という指摘には納得 させられた。> ― ▼ 実を言うと、前回のテーマの『閑話小題 〜まず聞いてやること!』 の‘ユング心理学の真髄’のネタは、この本である。ここで、(そもそも 「神さま」ってなに?)の素朴な質問を、哲学宗教学者がアッサリと答える。 安易なればこそ、奥行きが深くなる。山折は、日本の近代にとって、20世紀 は夏目漱石の時代だったいう。 唐突に、「殺すな」「盗むな」「嘘つくな」 という、いわば人類的な黄金律を破り続けてきたのが人間という、強烈な認識 を文学作品にあらわした、これが漱石という。 ところが、21世の現在、これらが真に問われる問題に直面している。 北朝鮮の金様は、実権把握のため、恩人の叔父、実兄、身近な幹部を処刑。 ロシアのプーチンも、スパイ上りの昔とった杵柄で、対抗馬を処分。アメリカ のトランプは、次つぎ露呈するスキャンダルに平気で嘘を重ねる。 「殺すな」「盗むな」「嘘つくな」の真逆、「殺し」「盗み」「嘘の上塗り」 を地にいっている。まだ憶えているが、中二の頃、隣の席に平気で嘘をいう 男がいた。この頃は危ない御年頃、少年から青年に一歩足を踏み込む時節。 フランスでは授業に哲学を取入れて、考える基礎を叩き込む。多人数家族で、 末っ子もあって、「他人の陰口と嘘は、絶対タブー」の暗黙の了解があった。 それは、子供の世界でも同じ。捻じれていても、嘘はつけない、つかないのが 当り前だったが、こういうのが、居るんだと。それと印刷屋の子供が、映画 の入場券を家から盗んで、ばら蒔いているのもいた。振り分け前なればこその 世界だからである。奇妙なことに、アンハッピー組は、ほぼ亡くなっている。 改めて、「殺すな」「盗むな」「嘘つくな」は、黄金律だが、悪口、陰口で、 「間接的殺人?」をし、「知恵は盗む」し、「尾ひれはひれの嘘話」を酒の 肴にしているのが常。それが全世界に近い人が、三分の二? その下位の 三分の一の約二割に、マイナーの八割が集中することに気づかない。 上辺の社会的役割に関係ないのは、金、トラ、プー、習の顔ぶれで分かること。 「何を偉そうに!」と思うのは当然だが… じゃあ、ヒトラー、スターリン、 毛、ムッソリーニの悪行と比較して、遥かに低いと見てとれるでしょうが…
いや、話の飛躍すぎ? 10の500乗の他宇宙の存在など知識が、 そう言わせているんじゃないですか?
・・・・・・ 3844, 正常性バイアスと同調バイアス 2011年10月04日(火) 日曜日のNHKスペシャルで「巨大津波 その時ひとはどう動いたか」 が凄い!と家内から聞き、録画を見ることにした。 その内容は、 ≪「津波が来るかもしれない」という時、人は何を考えどう行動し、 何が生死を分けるのか。≫ が テーマ。 ここで正常性バイアスと同調バイアスが、多くの犠牲者を出してしまった ケースを炙り出していた。そこでネット辞書で調べると 【 正常バイアスとは、外界の強烈すぎる刺激に対して、理知的動物がそれを 心理で抑制して、慌てないようにしてしまうこと。当然、日常性を保護する ために必要な措置だが、度が過ぎると「本当の危険」に対しても、「煙はやがて 収まるだろう」とか「今の地震が全てで予震などではなく、もっと大きな地震 などやってこない」とか、暴風雨被害や津波、テロ等々あらゆる事態に対して、 緩い判断をしてしまいかねない。現代は謎を駆逐した明るい社会である。が、 そのために殆ど無感覚者と化し、まさにこれが原因で被害が甚大化している。】 とある。また同調バイアスは、 【大災害のとき、人は大多数の人と同じ行動をとる(ことで判断を誤る)】 ▼ ここで、「いざとなった時の人間の判断は、鈍い」ことを浮き彫りにする。 そこで気づいたことは、この千年に一度の大地震と津波を察知して直ぐに 逃げる判断は、一般的に難しいという事実である。この大津波から連想される のが、リーマンショック。これは数百年に一度の経済大震災であり、その本格的 大津波=大恐慌が今年から数年かけて、世界中を大混乱に陥れる大惨事の震災。 その影響は、まずG8の中で一番弱体化している日本の地方にやってきている。 それが、次に欧米の株式の大暴落がくるのは必定。 日本の大多数の中小企業 と鈍い大衆には、それが他山の石としてしか見えてない。 地球規模の大津波 (ハイパーインフレ)が目先に来ているのが現実とし受けとめることが出来ない。 何故か? 正常性バイアスと同調バイアスが働いているからだ。 その先取りしてしまったこともあり、それがよく見える。 思わず耳を疑う言動 に唖然とすることしばしば。「御前のところは低地だが、自分のところは上 (業績の見通しは悪くない)、偉そうなことを言っているが、その様は!」と。 私から見れば「 それは数年の時差でしかない、数キロ先に過ってなかった 大津波が来ているのに、当方の崩壊の立ち話をしているだけ」という単純な 視線が冴えてくる。 色いろなシェルターや近くに裏山があるから、大丈夫の ようだが・・人は人の智慧がある? 轟音をたてて、そこに来ている事実を、 「正常バイアス」と、鈍い連中間の「同調バイアス」が、動物的直感を狂わす。 ドルとユーロの暴落は2年ほど前から始っていて、まだ下落の道半ば。 株式の暴落も始まっている。 リーマンショックの上に半年前の東北大震災。 この費用は増税で賄うしかない。 その各家庭の預金は、回りまわって、 アメリカ国債と日本国債にいっている。それも暴落することになる。 ギリシャ国民の、あの鈍感さは察知しても、自国になると! 偶然だが、以下に、日本の近い将来を暗示する内容が取り上げてある。 韓国ドラマが受けるのも分かる。 以下の状態を経験する以前に、 隣はカルト国家がある。
・・・・・・ 5316,閑話小題 〜本を読まないのはケダモノと同じ 2015年10月04日(日) 藤原正彦・レポート〜「読書と教養」が大局観を育てる〜 * 読書と教養が大局観を育てる 読書をしない人は、直ぐに分かる。これだけは、隠しようがない。 今でも遅くない、学歴、血筋とは関係なく本だけは読まないと! ここで、その読書と教養の必要性を、鋭く簡潔にまとめている。 ≪ 教養を、積極的に身につけていくにはどうすればいいか。 もちろん、実体験を重ねることは非常に大切です。様々な人間と会い、 話をして、恋をしたり、裏切られたり、騙されたり、喧嘩をしたり、悲しい 別れにあったり、そういった体験すべてが教養になる。それが、後々の選択や 判断にあたって効いてくる。ただ、やはり実体験で得られるものは限られます。 1人の人が一生の間に関わることができる人間の数は限界があります。 ましてや、深く意思疎通をすることができるのは、その中でも一握りだけ。 そうすると、実体験による教養というのは、非常に重要だけれども、 限られたものにならざるを得ない。 その点、読書を通してなら、古今東西の賢人の言葉に耳を傾ることができます。 あるいは、庶民の哀歓に涙すること、もできる。金持ちの驕り、貧しい人々の 苦しみに触れることもできる。美しいものに感動することもできる。 ありとあらゆる経験をなぞることができるのです。しかも、本には、誰かが 考えた「思考の形」が、まるごと詰まっています。普通の人がふだん喋る話は、 たいてい筋も順序もめちゃくちゃです。でも、本は、どんな本であれ、著者が 読者を説得するために必死になって書いていて、ちゃんと構造というものを 持っている。それを読むと、なるほどへ脳ミソの回転、論理の展開、とは、 こういうふうにするのだということを会得できる。物事をきちんと体系化する 能力、構造を分析する能力が身につくのです。 ・・(略) うちの女房の祖父は、今の愛知教育大学の前身の岡崎師範の教頭や時習館 高校の校長をつとめた教育者ですが、彼はいつもこう言っていたそうです。 「1日1ぺージでもいいから、必ず本を読んで寝なさい。1ページも読まないで 寝るのは、けだものと同じだ。けだものと人間との違いは、1ページでも いいから、本を読むことだ」と。 だから彼の子どもたちは、寝る前に2〜3へージでも本を読んで、寝ていた そうです。この教育の効果は絶大で、そうやって育った子どもたちは、皆、 一角の人物になっています。'本を読まない人間というのは、けだものと同じ。 だからこそ、これからの子どもたちにどうやって本を読ませるようにするか、 真剣に考えなければなりません。 例えば、齋藤孝氏の言うように、小中学校の通信簿の国語に、「読書」 という欄をつけ加えるのもいいでしょう。そうすれは、多くの親が率先 して本を読ませるようになる。子どもの頃に本の面白さに触れれば、 本が好きになる。独創的で素晴らしいアイデアです。 私が考えるのは、東大の入試で読書を課すという方法です。 例えば定員の1・2倍までは学力一本で判断し、そのあと、定員の1倍まで しぼる過程では、読書を中心に面接する。入試の3年以上前に課題図書を 100冊くらい挙げて、それについていろいろ聞くのです。そうすれば きっと、学生は目の色を変えて読むようになるでしょう。東大がやれば、 ほかの国立大学や私立大学も真似をする。そうすると、子どもの時から本 を読むようになるし、読む習悩さえつけば、面白さが段々とわかってくる。 もちろん、「朝の読書」運動が成功したように、他にも方法はいろいろ あると思います。若い頃に読んだ本というのは、とりわけ感激するものです。 そうした読書体験が失われることのないように、今こそ大局観をもって この国の出版文化を守っていかなければなりません。≫ ▼ 読書の積み重ねのないのは、年を重ねると表立ってくる。 特に 青年期に読書習慣を身に着けておかないと。しかし、実際は10歳。 とすると、受験に追われ、大学から本気になって読書を始めた私は20年近く 遅かったことになる。その弊害が、今でも続いている。子供の頃から、母親が 常日頃から読書の必要性を説いていたが、その割りに読書をしてこなかった のは私の素養の低さである。しかし、現在でも、吸い取り紙のように、知識が 入ってくるのは、長年の読書習慣の効果もある。いや、知的余白が有余って いるためか。これは余白という言葉自体が間違っている! 空即是色である。
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2019年10月03日(木)
* その後の「電動マッサージボール」は? ◉ 「電動マッサージボール」は、その後の如何なったかというと、一日も 欠かさない生活の一部となり、主に寝室でTVを見ながら使っている。大きさが ソフトボール大で、充電方式で無線でに携帯できるところが良い。腰痛持ちで、 運動不足気味?が故に、1時間は使え、その効果が実感できる。健康機器として 久々のヒット。 ◉ 表面がゴム状で、ソフトボール大。 3�儡岾屬領海�付いていて、1�儖未� 粒が付いている。これをベースにして、他の機能を付けた新たな商品化が出来る のではと考えてみた。 例えば、ステレオ、補聴器、360度の球形TVとか、人間 応対型AI、照明機器。デジカメも面白いし、パソコン端末も… ドローンの腹に 持たせると、これまた。移動型監視カメラも。製品開発担当なら、このアイデア、 ピンと来るはず。地球も考えてみれば、球状。何か人を引き付けるものがある のでは? 鷲の頭に球状のカメラ付きヘルメットを被せて、撮影も。 野球審判の頭にカメラを付けたTV中継は、スポットで時どき行われている。 卓球の玉とすれば、充電式ホッカイロも。
◉ 球形の飛行機といえば、気球が思い立つ。ケニアの早朝サファリで乗って みたが、思いの外、安定していて恐怖感はゼロ。ヌ〜の群れや、ライオンが、 怖ろしいのか、二匹が必死に逃げていくのを追いかけたり、空からサファリも ある。 砂漠の真中で、銃で野生動物から襲われないようにガードマン付きの 朝食も何とも優雅。そこで、サファリカーに乗換て、次のサファリゲームへ。 そうこう、人生を考えると、『遊び』『働き』『学び』『休息』の4つと 分けてみると、遊びが飛び抜けていたようだ。 とすると、男より女性が得意になる。若いうちは、特にそうか。但し、親から 自立できているかどうか! これは男も言えるか。
◉ 話を電動マッサージに戻す。10数年前、腰痛が重くなり、様々な対策を。 海老反りマシーン、腰叩きパッション、土台振動マシーン、居間では、 低反発座布団。ベッドでは、低反発枕にシート。久々に健康機器売場で 驚いたのが、以前は「キワモノ」扱いだった、それらが主役に。ある意味で、 このマッサージボールは、その集約した機器のように思えるから不思議。。
―― H0609 ケニア・サファリ紀行(�供法� �� 国立公園よりナイロビへの帰り道(雨あがりの泥々のいなか道)を 命がけで四時間、つきぬけた、その時の赤茶色の大地と緑の森の コントラストのすばらしさと、 数十km先までみえた広大な地平線も生まれて初めて見る光景だった。 そして小学校の近くを走っている時みた、 子供達のあどけない愛嬌のある目と顔も忘れる事ができない。 �� 野生動物も、今まで動物園でみたのと全く違うものだった。 毛色の光沢、目のかがやき、悠然たる動きが、あの大地を背景として 自然と一体となり絵になっているのだ �A當�の牧場の乗馬もよかった。 新鮮な空気と草の臭い! その帰りの車で、前方に10人あまりの若い男達が必死な形相で走っている。 その後を、一頭のバッファローが追かけている。我々の車が間に入って その場は収まったが・・。離れバッファローは非常に危険だとか! �ささ紊茲蠍�たアフリカの広大な草原。 下を見るとシマウマの群、他に目を向けると、気球に驚いて逃げている 二頭のライオン。そして、気球を降りての食事。 乗客三人に対して、10人のスタッフ。そして一応、機長もいる。 360度の展望の中での食事が、格別美味しい。 �シ,知�て小屋のイメージだったロッジが、実際は高級ホテルであった。 食事も高級レストラン並。 夜半聞こえてくる不気味なハイエナの声! ケニア人の90�涌幣紊蓮�一生の間で野生のライオン、キリンを見ないという。 それだけ一般大衆は貧しいという。首都ナイロビでホテルから一歩外に出ると、 物乞いと、物売りが瞬時に寄ってくる。現地の女の日本人ガイドが、 その貧しさに涙を溜めて訴えていた。 日本人の観光客は、年間に一万人に 満たないという。その点で超穴場といえよう。 実感として、一試合で二本のホームランを打った感! であった。
―― H0807 インカ帝国<夢の旅> ナスカの地上絵編
AC百〜六百年の昔、海岸から三百八十kmの乾燥地帯に、 一つの文化が栄えていた。謎の地上絵で知られるナスカ文化である。 彼等は何を思ってか九百k�屬砲錣燭觜�大な大平原に、 直接、三角形の図形と線の動物、虫、植物、宇宙人(?)の絵を描いた。 (その絵と同じものが、当時の土器に描かれているので、 彼等の時代に描いたのが判明できたという。)
その地上絵は飛行機ではじめて発見、判明された。 それが何を意味しているのか、宇宙人説、空飛ぶ人間説、星座をあらわす カレンダー説などあるという。 灰色の土地を十cmも削ると黄色の地面が出てくる。 それを三十cmの巾で十〜三百mにおよぶ絵をえがいている。 その数がペルー全土で二百以上あるという。 そしてその多くがナスカに集中している。 セスナ機で二十分位飛んだ大平原にあちこち見えてきた。 本当に宇宙人にみせる為としか思えない。“UFO”のまさに世界である。 少なくとも、このフライトの間は宇宙人は本当に存在しているのでは と確信したくなる光景であった。 ハチドリ、クモ、コンドル、サル、宇宙人の絵と、その背後に何キロにわたる 縦横に描かれた直線は誰に見せる為のものであろうか不思議そのものだった。 編みあげの髪の毛のインデォのおばちゃん、アンディスの山脈、チチカカ湖に すむ原住民の素朴な生活、そして世界の七不思議といわれる巨石建設の技術等に、 強烈なペルーの魅力的な世界が今でも脳裏にやきついてはなれない。
高山病に悩まされ死ぬ思いであったが、そんな事は些細に思わせるほどの 聖なる不思議な日々であった。 (次の南米はペルーの反対側にあるキアナ高原にある世界最後の秘境、 テーブル・マウンテンとエンゼル・フォールに是非行きたいものである。) (H 8.6/6〜6/12 )
・・・・・・ 6412,閑話小題 〜まず聞いてやること! 2018年10月03日(水) * ユング心理学の真髄 17年半の間、休むことなく、一日一テーマのレポートを書いてきた。 その日に書き残しておきたいこと、未来の自分に、親しい友人に、語りかける ように、その為には、まず自分が理解し、納得した情報、知識を刻印するつもり で書き続けてきた。およそ集中した1万5千〜2万時間を入れてきた。 ある本に、 <ユング心理学の神髄は「聞く人間がいないと必ず狂気を発する、不安定になる。 それがさまざまな犯罪を発生させる原因になっている。>の言葉に、ハッとした。 カーネギーの6原則の一つ、このテーマ日記、何かしら心に残った知識情報を物語 にし、誰かに知らしめることで、毎日、生じては消えていくワダカマリの毒消し になっている… 刑務所内で人知れずに犯してきた犯罪者が、つい仲間に話して しまうのは、己の良心の呵責の狂気に陥いることから、逃れる為ではないか、と。 ― ほぼ犯罪に近いと思われる内幕情報屋は何処の社会に存在する。彼らは、 その類稀なる嗅覚で、それぞれが持っている傷を何食わぬ顔で、聴き出し、 静かに触れまわることを業とする。問題は、その醜態の己に気づかないこと。 対話の基本は、まず相手の話を聞くこと。その後に、自分の話を語ることが、 基本。とすると、‘聞き手は相手に話す時を与えることになる’ 誰もが、自分 の話を聞いて欲しいのである。で、私は、毎日、3時間かけて、一テーマを物語に して静聴して貰っていることになる。成るほど、感謝しなくてはならない。 少々、馬鹿丸出しでも、聞いてもらえる、読んでもらえるだけで充分。 デール・カーネギー著『人を動かす』に「人を好かれる六原則」がある。 1.心から関心を寄せる a.人は自分のことばかり考えている b.相手に関心を引くのではなく、自分から関心を寄せる 2.笑顔: 非言語コミュニケーションは嘘をつかない 3.名前を憶える: 名前が言葉で一番心地よく重要 4.良い聞き手になる。相手が自分のことを話すように促す a.話し手を満足させる b.相談されたら聞き役に徹する 5.相手の興味があることについて話す 6.褒める: 相手が自分のことを重要だと思えるようにする a.初対面で褒める b.とにかく褒め
以上だが、この中で最も重要なのは、まず「良い聞き役になること」。 内幕情報屋は、この人間の持っている弱点を利用する。噂話は自らを最も 卑しめる犯罪的行為。どれだけ魂の殺傷行為を繰返したか、それが分からない。 「悪い聞き役」である。 ネット社会は、それが瞬時に拡大するから恐ろしい。 ある意味で、私も「ネット内幕情報屋」に成り下がっているのかも… 自他の、魂と心の境界を超え、語りかけるためもある。毎日、聞いていただける だけでも、救われるが、<多くの人を傷つけていることを自覚しろ!>と、兄に 忠告された。自らの心の傷の血を、知らずに、誰かの傷口に擦りつけている。 現代人、とりわけ、都会人の心の内は『孤独の群衆』。求めているのは、他人 の温もり。それも{不幸の味は蜜の味」の温みを。だから、あのようなのが、 闊歩できる。誰の心にも「内幕情報屋」がヘドロ化して住みこんでいる。 本来は、「男は黙ってサッポロビール」だが…
・・・・・・ 4950,「嘘みたいな本当の話」 2014年10月03日(金) * 「嘘みたいな本当の話」の書き方 『嘘みたいな本当の話』内田樹、高橋源一郎:選者 この内容に似たテーマの文章を幾つか書いてきた。空中離脱や、ジンバブエ の鉄橋からのバンジージャンプや、意味ある偶然の一致の経験、などなど。 それもあってか、もの足りないが、その軽さと、切口も悪くはない。 ≪ 投稿された中での選定の基準のひとつは、「奇妙な後味の残っているもの」 と、「そういうことってあるよね」感のあるものという。これは随想そのもの にも言えるが。例えとして、次の古典的なショートショートが良い! ≪「地球最後のの男が、最後に残ったシェルターで、いま死を迎えようとして いた。すると、ドアをノックする音がした。」 これを選者の内田樹が読んだ のが、中学校の時で、半世紀も忘れてなかった。そして、いまでも、 「人間とはあらゆる修辞的装飾を剥ぎ取った場合に何ものか」という定義を 試みるとき、この条件設定をしてしまう。それだけこの「奇妙な味」は僕の中に 内面化してしまったことになる。もうひとつ、「そういうことって、あるよね」 と言うのは人間の可能性を押し広げる重要なキーワード。 「成瀬さんて、空中浮揚するらしいよ」「うん、そういうことってあるよね」 そういう感じで使います。・・ つまり、「奇妙な後味」も「そういうことって、 あるよね」も、どちらも自分が「人間とはこういうものである。世界はこういう もので成り立っている」とリアルかつクールに考えていることの 「ちょっと外側」を感じさせ、結果的により精密に、かつ奔放に自己観察を するきっかけになるものだということになる。・・ ≫ ▼ ものを考えたり、文章化をする時、この二つの基準が、何が大切かを 考えさせる。「嘘みたいな本当の話」のネタは、考えれば幾らでもある。 モノゴトをじっくり観察すれば、何事も「嘘みたいな本当の話」になる。 問題は、気づくか気づかないだけ。だから精密に、奔放に観察するしかない。 そこに、奇妙に味わいが出てくる。「本当のような嘘の話」が、小説だが、 その間逆をショートショートで書くのだから、それなりの観察が必要だ。 ・・・・・・ 5315,投資も人生も長期思考で! 2015年10月03日(土) 【澤上篤人×出口治明対談=投資も人生も長期思考で! 新潮45・3月号】 * 戦後40年が特別の時代だった {戦後からバブル崩壊をするまでの35年間が、地球史上、稀なる高度成長期 にあった。その時代に生まれ出たこと自体が、幸運中の幸運で、現在の長期不況 が当り前と思った方がよい」という論は、充分に実感できる。私の事業立上げが 丁度、天辺だったことになるが、その時は、そのことを知りえようがない。 だから準備期間の15年の方が、実業期間より面白かったのは、右上がりの 経済環境の所為もあったことになる。長期設備投資の事業もあって、長期的 思考を求められたが、見切り時期が最終段階になってからだった。それでも、 表層雪崩の段階で決断したが、甘かったことは間違いない。 〜その辺りより ≪ 出口: 朝起きて、今日も頑張ろう、今日も楽しいなと思っていれば、 それが最高のライフワークバランスだと思うので。人間にとって何が いちばん楽しい人生かといえば、やりたいことをやることです。 澤上: 出口さんが言われたとおり、好きなことをやるのがいちばん面白い。 今までは日本経済が伸びてきたから、みんな右肩上がりに成長してきた。 ・・大企業、中企業、小企業、町工場、それぞれが右肩上がりの三角形の どこかに乗っかっていた。だから、生きていけたし、落ちこぼれもなかった。 でもその右肩上がりの三角形はもうないんです。大企業でも潰れるし、 逆に小さな会社が何回もチャレンジしてのし上がることもある。 出ロ: 二十世紀の後半は、冷戦があったというのがまず大きい。 世界でいちばん豊かなアメリカが、日本に脛をかじられても怒らなかった。 僕がサラリーマンだったころ、日本がアメリカの繊維産業を潰したとか、 次は鉄鋼産業や自動車産業も潰すんじゃないかと。昔だったら戦争です。 でもアメリヵがなぜ本気で怒らなかったかといえぱ、冷戦という枠組みで、 日氷の存在が貴重だったから。これはラッキーでした。 ・・・(略) 出口: 高度成長には自分で行動しなくても、みなと同じように働いていれば 自然に成長するのです。めちゃくちゃ楽ですよ。日本は一九九〇年のバブル 崩壊まで三十五年間、実質七%成長していました。七%成長というのは、 十年間で、経済規模が倍になる数字です。給料もそれに近い形で増えます から、とんなに幸せなことはないのです。 澤上: それが先ほどから言っている右肩上り三角形です。企業に勤めて、 真面目に働いて、自分でも頑張っているような気がしている。 でもよく見てみると三角形に乗っていただけ。その大前提が全部なくなった。 そうすると一人ひとりが自分で考えて-行動するレかない。でも、それは実は 経済の原点なんですよ。これだけ幸せな状況が続いたのは日本だけです。 世界には全く例がない。日本がやっと世界の常識と同じになったんです。 出口: ええ。戦後の日本が特別だというのは、中国の歴史を見ても分かります。 中国では、平和で成長して、みんなが幸せだった時代を盛世と名付けています。 漢の文景の治と、唐の貞観の治と開元の治、そして清の康煕帝の時代です。 四千年の歴史のなかでたった四回しかなくて、しかもそれぞれが平均すると 二、三十年です。二十年戦争がなくて、経済も良くてというのは、本当に 世界中を見わたしてもめったにない。だから「あの頃はよかった」とか 思わずに、戦後は宝くじが五回くらい連続で当たった特別な時代だと思った 方がいい。今が普通だと。≫ ▼ こと人生と、事業の万一の備えは、してきたが、50歳代に、捨身で 余生30年分を圧縮した生き方をしたのが良かったと実感してる。 両人の言うとおり、奇跡的な良い時代背景に生きてきた。これだけは自分の力 の及ぶ領域でない。この時代に生きただけ充分、結果?何ぞは如何でもよい。 まったく時代背景の豊かさにに鈍いのが多い! で、偶然、以下の文章に続く。
・・・・・・ 6047,一億総貧困時代 〜読書日記 −1 2017年10月03日(火) 「前書き、後書き、目次」を図書館で一読して借りてきたが、一つ間違えれば、 私も、この具体例の一員になっていた可能性が充分あった。ネット時代、 情報は一瞬にして世界を駆けめぐり、ベストにエネエルギーが集中するため、 大方は一強多弱の弱者になり、貧富格差は広がるばかり。義務教育の最終年の 中3のクラス・メンバーを想いだすと、玉石混合の社会の縮図であった。 ・戦災孤児で、寺男のような生活を… ・継母と折り合いが悪く… ・居酒屋の店の2Fの6畳の部屋に… ・父親が土方で、休日は、その手伝いが日課… ・ 昔・遊郭の真ん中で育ち、やがてヤクザに… それが更に… その大方が、既に亡くなっているか、看護生活に入っている。 逆に上位数人は… 順調な?人生を歩んでいた。 〜まず、内容紹介より ≪ … 「え、まさか、今のニッポンでこんなことが…と思ってるあなた。 これはあなたの明日かも。雨宮さんだからこそ聞き出せた、現代ニッポン の“棄民"レポート」-----上野千鶴子氏。 ごく一部の富裕層を除き、多くの人々にとってすでに他人事ではない 「貧困/自己責任大国」日本の現実とその構造を、さまざまな「当事者」たち への取材を通して、平易な言葉であぶり出す。疲弊する個人と社会に、今、 どんな処方箋がありうるのか。 貧困問題>を10年以上にわたりさまざまな角度から追ってきた著者による、 いままさに、切実な1冊。超格差・超高齢化社会の中で、今後、必然的に <弱者>となる多くの私たちは、どう生き抜くことができるのか? (「もくじ」より抜粋) (1)「お父さんの子どもを産みました」─虐待の末、路上に辿り着いた女性/ (2)子どもの虐待と<貧困> ─見えない孤立と声なきSOS、その傍らで/ (3)介護離職から路上へ、そして路上から支援者へ─親の介護から人生が一変し/ (4)「生き残ったのが、父じゃなくて私で良かった」─<利根川一家心中事件> 裁判傍聴で明らかになったこと/ (5)スーパーグローバルな「おせっかいおばちゃん」─この国で生きる外国人を 支える人々/ (6)原発避難者の今─「原発はもう安全」というストーリーが生み出す<貧困>/ (7)学生が1600万円以上の借金を背負うシステム ─奨学金破産1万人・日本の特殊な現状/ (8)<アリさんマークの引越社>、その「アリ地獄」的実態─剥き出しの悪意と 人権侵害の企業で闘う/ (9)性産業はセーフティネットたり得るか ─「風俗」と「福祉」を繋ぐ<風テラス>の試み/ (10)人の命を財源で語るな──<生存権裁判>が問いかけるもの/ (11)<相模原障害者施設殺傷事件>を受けて ─<スーパー猛毒ちんどん>と、ALS患者たちの生きる実践/ (12)<座談会>それでも私たちは生きていく ─30代男女に聞く「非正規労働者」の現在・過去・未来 ―― ▼ 具体的貧困ルポが11本掲載の何れも生々しい。一度、貧困への地雷を 踏んでしまうと、二度と浮かび上がれない。 ・精神を病む母親に生後6ヶ月で捨てられ、父親にレイプされて子供を産む。 ・デパートの課長だった男性は、親の介護のため退職したことが路上生活に。 読んで実感するのは「恒産あって、恒心あり」である。これは長年かけて 積上げでこそ可能。 唖然としたのは、単身世帯の預金0が、1年間で、 4割(38・9%)から5割(47・6%)に激増したこと。 アパートの一室で、 預金0で、長い夜を過ごす辛さは並大抵でないはずだ。それが単身世帯の半数 とは。 日本の「隠れ難民」でもある。生活レベルが朝鮮半島、中国大陸、 アジア地区に平準化されるのは当然だが。 何か寒々としてきた。
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2019年10月02日(水)
* 茨城県境町、その後は… 何故か得体のしれない事件である。空巣の居直り殺人が有力のようだが、 雨降る0時40分に、空巣に誰が入るのか? 当然、疑われる長女。犯人ならば、 返り血をあびて血だらけのはずで、事情聴取を受けて然るべきなのに、それ らしき報道もなし。(初七日は葬式を含めて事情聴取を控えている?と推測 したが)強盗に入って、騒がれている内に、警察に通報されて何も盗まず逃げ 出した単純犯行にしては凄惨過ぎる。ことの真相が近々現われ出てくるはず。 そもそも、この事件とは… ≪ 茨城県境町若林の民家で会社員の小林光則さん(48)と妻の美和さん(50) が殺害され、長男(13)と次女(11)が重軽傷を負った件で、複数の近隣住民が 異口同音に明かすのは「大きな犯罪はないが泥棒は多い」(付近の男性)という 土地柄。侵入窃盗被害の頻発を受け、町が周辺の道路に複数の防犯カメラを設置 した矢先だった。殺傷事件に解決の糸口が見えない中、以前からくすぶっていた 住民の不安感の増幅を招いている。 「私も、自宅で就寝中に財布を持っていかれた経験がある…」 こう苦い表情を浮かべるのは、小林さん方の近くに住む男性(86)だ。 近くの会社に勤める別の男性も「4年くらい前に、畑に置きっぱなしの トラクターなどの盗難が多発した。それを受けて町が防犯カメラを設置す るようになった」。 周辺を車でよく通るという古河市の男性(72)は 「境町は侵入盗が多いらしい。私の知人も『就寝中に何者かに押し入られ、 気づいたら襲われてしまうから寝たふりをしていた』と話していた」と明かす。 こうした状況に不安を感じる住民は少なくなかった。町による防犯カメラ設置 などの対応に加え、最近では住民組織が自ら空き巣への注意を呼びかけるなど の動きもあった。≫ ― ▼ 怨恨より、空き巣が居直ったとも考えられるが、雨降る深夜に、こんな 人里離れた家に何ゆえに…の疑問。 長男が目撃した男が目撃されたとの 報道もあったが、フェイクの可能性も? これ、TVドラマに触発された愉快犯 なら解る。外部の人の犯行なら、監視カメラが数年前に設置されたことを知る 由もない。TVを通してみる娑婆とドラマが混同するからヤヤコシイ。 被害に遭って気づく『まさか自分が!』 車と自宅に監視カメラの設置ですか…
・・・・・・ 6411,閑話小題 〜久々のYouTube! ー2 2018年10月02日(火) * 直に思いついた動画とは YouTubeの映像も一年もしない内に、新たな内容に入れ替わる。 直接投稿の人気順もあって、迫力のある画面に出合う機会が多い。 「事実は小説より奇なり」を実写で見られることになる。 準備無しでも、強烈な印象の映像が次々と想い浮かぶ。 新聞、TV、雑誌などのマスコミを通したら必ずカットされた内容ばかり。 最近、それらの動画集を紹介する番組も多く見られるようになった。
…ISが、捕虜を生きたまま焼き殺す場面や、 斬り落とした異教徒の幾つかの生首を串刺にして柵に並べたものとか、 …街中の闘牛で、突刺された場面だけを特集したTVバラエティとか、 …鳴き叫ぶ水牛を、ライオンの群れが生きたまま食す場面とか、 …水牛とライオンのドックファイトとか、1対1の血みどろの死闘や、 …重量級ボクシング、異種格闘技、大相撲の迫力が圧倒的に増した。 …世界各地の絶景をドローンで空撮したドキュメントや、ドローンの 空中レースを、ゲーマーのゴーグル・カメラ目線で撮影したもの、 …ムササビ・スーツの滑空に失敗し、地面に叩きつけられた場面集や、 …数m四方の30?の水深の水たまりに、10mの高さから飛込む場面とか、 …高度7600mの飛行機上から、パラシュート無しで地上に設置された 30m四方のスペースのネット上に着地するとか、 …パンツ一枚の裸で機上から飛び降りた人を、モモンガ・スーツの滑空した 人が、空中で拾って密着、最後はパラシュートで無事着地する場面とか、 …白頭鷲が赤ちゃんの入った手提籠ごと、連れ去ろうとし失敗した場面、 …大鷹が、崖の中腹にいる家族?の少年を落下させようと襲った場面とか、 等々、過って見る機会がなかった迫力ある映像に出くわす。
今では、ドローンが加わったため、多種多彩な場面を垣間見れる。 例えば、プール付きの豪邸の中を、小型ドローンで鮮明に撮影した 映像や、ライブの築地市場で、マグロを解体しているとか… 買ってきたゴーグルの箱を開き、実際に装着し、その映像そのままを ドラマ風に仕上げたリアルものも、面白い。大型4k・TVもあった。 若者は、YouTubeに限らず、ゲーム、SNSなどを駆使して楽しんでいるが、 羨ましい限り。嫌なこともあるのだろうが。 今日の午前中は、『タイソンKO特集』『異種格闘技』でも見ようか!
後記: こういうことでもね書き残し、晒すという行為の習慣は、数知れない マイナスもあるが、何か、底知れないプラス効果を、読返すごとに実感する。 日常の流れの中で、実感を書き残すことは、垂直にフックを残すような、 働きがある。言葉にし、さらに起承転結の物語化から沸き立つ刻印といえば、 少し大げさだが、後から振り返ると、確かに魂の刻印という感覚である。 ―――― 5801,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 ―1 2017年02月01日(水) * 冥途の土産に ・一昨年の暮れ、寝室にWoWoWの二台目契約をしたのと同時に、ブルーレイの 録画機を設置して一年。次は6年半経過したTVを思いきって買換え、はや一ヶ月 経過。居間から寝室にシェルター内の居場所の重点移動になる。一切、家内に 秘密で、新潟駅前の家電チェーンを含めて10軒近く、見て聞いた後、買換え の結論を出した。少しでも家内に気づかれれば、瞬時に潰されるのは自明。 決めて納入までの罵声の嵐は覚悟の上だが、全身での罵声は覚悟としても、 やはり堪えた。敵は、この機会とばかりに普段の鬱憤を怒りこめてくる。 奥の間は、外界からの雑音が皆無ということも含め、そこは異世界である。 これをベッドでみた後、廊下を隔てた仏間のパソコン前と、居間に向かう時、 何か夢の世界から現実社会に、引き戻されつつ歩んでいる感覚になる。 ・20年以上、年末のNHKの紅白歌合戦を見ることがなかったが、早速、初めから 終わりまで、一睡もすることなく見てしまった。背景がデジタル映像を主体に した世界に変っていた。 ・更に大相撲初場所も、幕下上位から、打上げまで、ほぼ見ていた。 最近に知ったが、これが8kの試験放送。いやに生々しいはず! 映し出される 力士だけでなく、観客の姿が立体的に鮮明に映し出される。服装、表情を見て いるだけで飽きはしない。より立体的に、力士も行事も、砂被りの観客も、見る ことが出来る。4kと8kの違いは、より鮮明に立体的に浮かび上がる画像の差。 ・店頭の中年店員が「他は800万画素だが、これは2000万画素の異世界の映像 を映し出している」というのも実感できる。4k8kTVの情報は、東京の従兄が、 葬式で地元に来た時の通夜の席で、「別次元の明るさがあり、鮮明で、臨場感が 違う」と聞いた情報。 ・そこで【長岡花火 2016】とYouTubeに入力すると… 過って見たことの映像 世界が次々と出てきた。見方によれば、現場で見るより、華やかさという面では 圧倒的に?まさっている。「4k・8k映像世界とは、これ」と現出された内容。 「人間の視力、聴力をデジタル技術で遥かに超える世界が、TV映像にも出てきた」 ということ。3Ⅾが最近、話題に上がらなくなったのは、対象が立体的になった ためという。 ・グーグルが、ストリートビューを美術館内の芸術作品で始めた。まだ出だし だが、世界の名画が、パソコン、TVで本物よりも本物らしく映し出される時代 になった。8kの次世代の画面の段階に研究は進んでいるという。あまり長生き をしたいと思わなかったが、ここで、少し気持ちが変化をしてきている。
―――― 5804,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −2 2017年02月04日(土) * 鮮烈荘厳で神秘に満ちた粟粒の光景 たまたま、7年前の写真家・白川義員の文章があった。 4k8kTVで、YouTubeサイト、『世界の秘境 高画質』などで検索すると、 次々と息をのむ光景が出てくる。それも現場で見るのと遜色ない神々しい シーンなら… 何おか言わんである。4k8kのビデオカメラから映し 出された世界中の秘異境の高画質のものなら、感動しないわけがない。 間違いなく旅先で神秘的な光景を見ることが出来るとは言えない。絶妙な 天候などで、外れる可能性を含んだ上で、その神々しい光景との一期一会の 出会いが感動を高めてくれる。 『長岡花火 フェニックス』と、音声入力 をすると、現場の裸眼で見るのとは違った高性能カメラが映しだす信じがたい 色彩の花火が息もつかさず現れ出てくる。 以下の文章にある、 <スゴイ景色との出会い>が、現場とは違ったカタチで、TV画面を通して、 気楽に見れる。 毎日、その画面を見て、独り溜息をついている。 秘異境での光景との出会いが沈殿してあることもあるが。 それもこれも、高質な『キーワード』に順じて写真、映像が出てくる。 経験があればこその『キーワード』であり、映像である。これが、プロだけで なく、一般人が高性能のデジカメを持てる時代の産物である。 例えば国際線の 機長が、機上で目にした下界の光輝く景観の写真集を、図書館で見つけたことが あった。機長しか見れない光景だからこそ素晴らしいのである。 娑婆に執りこまれていては、見ても見えず。そちらから、娑婆を新たに 見れば、内幕情報とか何とかなど、何おかいわんになって然るべきになる。
―――― 5833,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −3 2017年03月05日(日) * 現在も驚愕の日々が続く 〜ドローンで空撮 昨年の秋に東京の葛飾に住む一回り年上のカメラマニアの従兄から、 「4kTVと、ビデオカメラが如何に素晴らしいか」を教えてもらい、寝室の 6年半使用のTVを少し早めに買換えた。当然、さほど余裕がない立場の身、 家内からの激しいバッシングを受けることに相成った。 従兄が語った 「私は進行ガンで老老介護の日々。生まれるのが10年早かった。ドローンに 8kカメラをつけて、名所の自然を空中から撮ってみたかった!」という悲鳴 に近い口惜しさが直に伝わっていた。そこで一月かけて、4kTVとは如何なる ものか、家電店を10回近く見て回った。特に「ソニーの‘ブラビア’は別次元 の世界に誘う。4kだが実際は8kに近いしろもの」という殺し文句を数人の担当者 から聞くことができた。 人間の視覚を遥かに超えた4k・8kの画面は、現地 で見るより数倍に視覚能力を持つ。 TV検索によるネットサーフィンで昨日、 行きついたのが、 <ハネムーンに400日! BBCも取り上げた日本人夫婦の仰天新婚生活>の映像。 そういえば、去年の暮れに話題になりワイドショーで取上げていた。 〜ネット検索によると〜 【 「一生分の夫婦の話題づくりをしよう」 そんな一言から、ある夫婦の壮大な旅路が始まった。関西国際空港から飛び 立った2人は400日をかけて地球を一周、48か国を巡った。2人は自分たちのこと を「ハネムーントラベラー」と呼ぶ。400日間の世界一周旅行は彼らにとっての 新婚旅行だったのだ。新婚旅行で世界一周というのもユニークだが、彼らの旅 にはもうひとつ独特な試みがあった。行く先々でドローンを飛ばし、世界各地の 名所の空撮映像をSNSで公開していたのだ。これをイギリスの国営テレビ局BBCが 報じたことによって、2人はいちやく有名人になった。千貴さんがネット上に アップした一連の動画の合計再生数はいまや1000万回を超えるという。 400日間もの旅路は夫婦に何をもたらしたのか、そして夫婦を旅にいざなった ものは何だったのか。2016年8月に日本に戻った。新たな生活を営み始めた2人に 話を聞いた。<ドローンから撮影した絶景はこちら> 】 ▼ 従兄も、これを見たのだろうが、写真マニアなら実に無念のはず。 私が50年かけて51回、合計延べ500日間、予算が3500万円。 この二人は、予算500万で、400日。家賃3万円のアパートに暮らし、徹底した 節約生活を送り、2年でこの大金を貯めたという。それにドローンに4kビデオ。 何とも羨ましい限り。プログラマ―のため、仕事で路頭に迷うことがないという。 2人の行先の多くが重なる… 毎日、真昼間から寝室に籠り、異世界に入り込む のも、変といえば変だが、それでも精神は異世界で羽ばたいている。 〜で、再び、文脈が、去年の同月同日の内容に続く。
ー――― 5834,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −4 2017年03月06日(月) * 世界の絶景をドローンで空撮 新婚旅行で行き先の絶景をドローンで空撮をしながらYouTubeに進行形で投稿 した録画の新鮮さが、バズって世界中で大ヒットした。ごく普通の人が、2年間、 節約した金で世界各地の絶景を空撮した切口と、絶景録画が何とも素晴らしい。 数日前に、かつて録画していた世界絶景紀行のボリビアのウユニ湖の紀行モノ をみた。ここで現地ガイドが、サービスの一つとしてドローンで空撮をした画面 をタブレットで、見せていた… 南米の僻地でも、時代の先端をいっている。 その録画から見える絶景が美しかったのに驚いた。YouTubeで検索で、出てきた 星座群と、湖面に映しだされた輝きはTVでも感動もの。4kビデオ+ドローンの 空撮は、空中からの自撮りも、空中探索も可能になる。 〜2人のネット記事から〜 【 ● 彼らの旅を彩ったのが、ドローンによる空撮だ。 いまや旅人が自身の写真や動画をとり、SNSに投稿する行為は珍しくないが、 これほど大掛かりなガジェットを使うケースはなかなか稀有。ーなぜドローン だったのかー 夫の千貴さん曰く、それは「たまたまだった」という。 「もともと考えていたのは、2人一緒に並んだ写真をいっぱい撮ろうということ。 世界の観光地の写真は綺麗なものがネット上にいっぱいあります。でも2人の 写真は僕たちにしか撮れないから、自分たちのために残したかった。でも旅行が 近づいたある日、YouTubeですごく格好いいドローンの空撮映像を観たんです。 それで、2人の記念撮影とドローンを組み合わせたいと思いました」 いまYouTubeに「ハネムーントラベラー」と打ち込むと、千貴さんと真理子さん が撮影した数多くの映像を視聴できる。映像の始まりは、どれも仲睦まじく並ぶ 2人の姿から。ドローンが空高く上昇するにつれて2人は小さくなり、やがて息を のむような絶景があらわになる。千貴さんは「正直なところ、行く先々で撮影した 映像をネットに投稿していればバズるかなー、なんて気持ちもありましたけど、 BBCにとりあげられて、世界中の人に見ていただけるなんて想定外」とはにかむ。 ● 2人が旅から得たものは? ドローンを持参したことで、確かに2人の旅はより実りあるものになった。 例えば、通常の視点では気付けない風景を知ることができたという。…(略) 上空から見ると、二つの川の水の色がぜんぜん違うのです。些細なことですけど、 すごく得した気分。また、ドバイの人工島を空撮した時のことも忘れられません。 パームとはヤシの木のこと。この島はヤシの木の形をしていることで知られて いるのですが、自分の目でそれを確認することができました。上空から見ない とわからないことって、意外とあるんだなと気付けたんです」 また、ドローンを通じて、地元の人々と交流を深められたことも貴重な体験 だった。ドローンの映像には、さまざまな人々に囲まれる2人の笑顔が映っている。 千貴さんは「地域によってはドローンを見るのも初めてという人もいて、撮影を していると珍しがってくれました。ドローンのコントローラーには空撮している 映像をリアルタイムで確認できるディスプレイがついているのですが、 『自分たちが住んでいる場所を初めて空から見た!』と喜んでくれたんです」と。 そして、ドローンを使った一連の経験は、千貴さんに新たなキャリアを提示 している。BBCにとりあげられて以来、世界中から映像作家としての仕事の オファーが舞い込むようになった。ニューカレドニア、タイ、南極、日本国内と、 最近の仕事だけでも多岐に渡る地域を股にかけている。記者が取材した当日も、 「明後日からまた海外に出発です」ととても忙しそうだった。 ― ▼ ドローンの空撮も、4kビデオも、カメラもデジタル技術の飛躍的進化の 結果である。ますます空撮などの面白いのが世の中に溢れることになる。 この5〜6年、週一度はシネマ館に通っているが、これも特撮などデジタルの 進化で圧倒的に面白くなっている。それを最大限に利用して楽しめるのも時代 からの贈物。ハリウッドの連続モノドラマ『CSI』に、サイバー犯罪シリーズ があるが、近未来の世界の先取りで面白い。 長年かけ培ってきた感謝、感動の 受信能力がデジタル技術で拡幅してくれる時代! それこそ有難いことだ。 〜 で、偶然、「黄金の時間をデジタル化して伝える」という文脈として続く。
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2019年10月01日(火)
<「リベラルじゃダメですか?香山リカ(著) 2014/8> * ポジナショナリズムの時代に 5年前に、著者:香山リカが、<ぷちナショナリズムからガチナショナリズム、 そしてさらにポジナショナリズムに> と予言していた。まさか、この論が 予測したようにアメリカにトランプ政権が成立、それに従い、世界は内向きに 変わろうとしている。ということは、トランプ大統領の誕生や、英国のEUから の離脱はフロッグでないことになる。 リベラルの空論では、このご時世では、 綺麗ごとの御託にされてしまう。香港のデモも、鎮圧される運命にある。 日本のリベラルが一時期、政権を握ったが、その粗雑さに、国民が卒倒する ほど驚いてから暫く経つ。その二番煎じが現在の韓国政権と、オバマ前大統領。 圧倒的支持で当選した文韓国大統領。その固い地盤の上で、さて…と思ったが、 「悪いのあいつらだ」の前大統領の否定と、北朝鮮の対立だけでは理想論が通じ ないため、始まるのが歴代大統領が繰返してきた75年前の戦争責任の日本叩き。 しかし歴代の大統領が持ちネタを使い果たした中で、底の浅さが露呈。更に、 こともあろうに、失脚後に間違いなく汚職疑惑で逮捕されんとする検察の力を 削ぐために、汚職の玉ねぎと揶揄されてきた男を強引に法務大臣に。これで ほゞレイムダックに。その根底にあるのは。韓国の地政学的マイナス事情。 日本では、小沢一郎が中国を買被り、大きく舵を親米から親中に舵を切ろうと して失敗。 今や剛腕・小沢も風前の灯火。アメリカは、極右思想のトランプが、 これまたド素人の正体が露呈。歴史に残るマイナスを背負った人物とした名を 残すことに。こういう時に始めるのが戦争。朝鮮半島は、少なく見積もって 数百万人の死傷者が予測される為、ホルムス海峡を狙い目に変更した謀略を…。
〜Amazonの内容紹介〜 《 昨今、ネット上では中国・韓国を批判する書き込みが目立ち、排外的な ヘイトスピーチも問題となった。加えて安倍政権による集団的自衛権の行使 容認が決まり、一連の動きを日本の「右傾化」と見る向きは多い。 その背景には、単に「保守派」「タカ派」の影響力が増しているだけでなく、 リベラル派の衰退がある。彼らの影が薄くなった要因は、他ならぬリベラル派 自身にあるのではないだろうか。端的に言えば、リベラル派は「嫌われている」。 彼らはなぜ支持を集めることができないのか。 リベラル派を自認する著者が、 自戒を込めその理由と対策を探る。 ― ▼ 「悪いのあいつらだ」を求心力にしたリベラル派の限界が、あまりに明確 に露出するから、困ったもの。これは負け犬の論理。人生を不燃焼に過ごして きた人間像に重なる。あくまで日陰の身を今さら。「自由・平等・公平」の実現 を目指すリベラル派。これらは、あくまで、建前論。現実世界は、実は 不自由で、歴然とした格差があり、不公平が現実。 自国最優先の何処が 悪いか。核弾頭と空母を持ち、紙幣の価値決定の立場を利用して、世界中から 富を吸い上げ、威嚇する。その何処が悪いか!というアメリカが牛耳る世界。 その一番のポチが日本であり、第7艦隊が横須賀に鎮座して占領?状態。 斜にみると、世界は面白く、姿が変わって見えてくる。で、韓国、香港が発火 寸前の事態ですか。それと、アメリカも、日本も! 問題はオリンピック後。
・・・・・・ 6410,閑話小題 〜久々のYouTube! ー1 2018年10月01日(月) * TVのYouTube三昧 ・Youtubeといえば、2年程前に寝室のTVを買い替えた時をキッカケに本格的に 見るようになった。それまでPCで見ていたが、4k・8kを記録するビデオ撮影と、 一桁以上、画面が鮮明になった大型TVとでは、面白さ、迫力が全く違う。 大型TVとPCとでは、シネマ館とTVの差と同じ位の差。 当初から、 その生々しさに嵌ってしまったが、今では月に1〜2度になっている。 次々に放映さる映画、ドラマ、大自然の景観ドキュメントと、数年の間を かけた録画にエネルギーをとられているためもある。
・まずは街中の闘牛祭りが面白い。放たれた闘牛に命をかけて立ち向う男たち と共に街中のギャラリーが楽しむ祭りが圧巻。幾つかの国々で行われているが、 これが見ていてハラハラの連続。プロたちが招待され参加しているのもある。 年々、ビデオ撮影機が良くなったためか、迫力が増している。今までは聞こえ なかった興奮した闘牛のうめき声と息遣いを拾いだすのが最近の特徴。 ギャラリー受けを狙った生死の際(きわ)を愉しむ遊びが故に面白い…
・映画、ドラマの合間の気分転換や、気分が塞いだ時に丁度良い。TVも考えて みたら、情報機器の最たるもの。スマートフォン、タブレットPCと共に、進化の 速度は止まらない。 年内に、4k・8k専門チャネルが開局するが、これを境に 映像世界は大きく変化する。 暇な人間なればこそ、激しく面白い時代である。 後記) YoutubeとHP内検索をすると、何やしら如何でもよいことを真剣に 書いている自分がいる。これだけの画面の鮮明さと、思いもよらない場面と 毎日のように、遭遇すれば、興奮するのは仕方がないと、日々口実?になる。 しかし、今さら気どっても致し方がない。面白いものは面白いのである。 他人様の感性は分からないが、信じられるのは、自分の感性だけ。何ごとも、 決めつけないで、純真に、映像としても向き合うことしかと思うが… 黄昏の時節、もっともっと、「馬鹿の壁」を乗越えたかった! < 上を見れば、キリがない。下を見れば、底(其処)がない。 横をみれば情けない。 > その「情けない!さえ、自覚できない奴ばかり? 無知なるが故に、 人は生きていける! まあ、他人様のことじゃなくて、私自身のこと! 〜つづく ―――― 2017/06/17 閑話小題 〜話題の「4k、8kTV」とは * 2k、4k、8kTV 家電チェーンのチラシ広告で目につくのが大型薄型TV、とりわけ4kTV。 その上に、4k有機TVである。去年暮れ、寝室に、その4kTVを購入して、 視覚世界が一変して現在に至っている。居間中心だった生活が、寝室に移動し てしまった。「2k、4k、8kTV」とは何か、その「k」とは何かを検索して デジカメで画面に使われている解析度「千」の省略用語「k」と、知った。 〜ネット検索で調べると〜 ≪ 現在、我々がみているデジタル放送は、フルハイビジョンといわれる規格で、 解像度は1920×1080ピクセルで約200万画素相当。今、次世代の規格として注目 されている4K映像は解像度3840×2160ピクセル、約800万画素相当で、フルハイ ビジョンの4倍の画素数からなり横方向の画素数が約4000ということから4Kと 呼ばれている。実はこの4Kのさらに先をいく、スーパーハイビジョンと呼ばれる 8K映像の研究が現在進められている。8Kは、現在のフルハイビジョンの16倍に あたる7680×4320ピクセル、約3300万画素という超高精細な映像を実現します。 フルハイビジョンのテレビは、画面の近くに寄ると液晶のドットを視認すること ができますが、8Kの超高精細なディスプレイではどれだけ画面に近づいても 液晶のドットがわからないほど精細です。そのためそこに映し出される映像が あまりにリアルに見えてしまい、画面に映った映像と認識できないほどです。≫ ― ▼ 7年前に購入したTVは、ハイビジョンだったので100万画素とすると、 寝室の新たなのものは800万画素+40%アップしたもの。とすると、居間の TVの10倍は鮮明な画面になる。これでは手放しで感動して当然である。 同級会で、それを説明すると、「その結果、何が如何、違って見えるのか?」 と、素朴な疑問。直感的に答えたのが、「大相撲のTV観戦を例にとると、 これまでは、土俵上の力士と行司だけにピントが合っていて、土俵周りまで 関心がいかなかったのが、観客のファッションとか、所作まで鮮明に見えて、 今日は、どんな人が、どんなファッションで、どんな連れと同伴しているか などを見るようになった。個々が浮き上がって鮮明にみえる」と答えると、 納得したようだ。スマートフォンのカメラ機能で、画素の違いは判るだろう。 8kTVの一般の普及は、7〜8年先のようだ。ところが、今度は「4k有機TV」 が出てきた。8k並みの4kTVと、有機TVの話題は次回に…
後記:確か、これまで何回かテーマにしていた?と、HP内検索をすると、 あるある! 閑というか、おバカというか… 両方! ツアー御宅、カウチポテト御宅、ブログ御宅、ポタリング御宅、居酒屋御宅に、 晩酌御宅に、瞑想御宅… まあ、お寂しいことで。 ―――― 2017/09/02 閑話小題 〜またまた、4kTVの話題 * 4kTVを入替えて8ヶ月 去年暮れに、寝室のTVを7年ぶりに入替えた感想を何度か書いてきた。 その1年前に、ブルーレイを入れ、WoWoWの2台目契約をして、1年分の 映画、ドラマ、海外旅番組など、私専用の300本を録画していたこともあって、 毎日が面白さが格段、上がった。その上、TV画面がフルハイビジョン以前の 100万画素から1100万画素にアップ。0・3の視力が3・0になっと同じようなもの。 更に、ネット配信で、YouTubeなどの映像が自由にみることが可能になった。 これは、生のリアル社会より、虚構のドラマや、旅人の代行をするレポーター の映像に埋没する「オタク」に陥ってしまう。 まだ、スポーツジムと、 早朝のポタリングと、図書館と、随想日記で自己主張の外出が組んであるため、 平衡感覚を保てるが。 5〜7年スパンで、TVを入替えてきたが、7年前に入替えた時の驚きも大きく、 日常のTV生活が大きく変わってしまった。地上波の全ての番組を自動録画を 28時間分してくれる。ゴールデンタイム19〜24時まで設定すると、約5日分を 録画をしつつ、過ぎた分を消していく。これでゴールデンタイムの気になる 番組から開放される。その分、録画したドラマや、BSの番組を見れる上に、 録画機能が内蔵されているのが、意外と便利。イチイチ録画機を立ち上げる ことなく録画を呼出せるのが、便利になっていた。ところが、今度の4kは… ということで、ますますオタクバカになっている。 〜HP内検索をすると、よくぞ!と感心するほど、詳細に書いていた。 余程、閑とみえる。 ―――― 2017/06/06 閑話小題 〜居間のTVが寿命に * 居間のTVが寿命に 去年暮れに7年以上使った寝室のTVを入れ替えた。4Kのアンドロイド機能の ついたものだが、異次元の世界に迷い込んだと錯覚をするほどで、評価は100点。 ソニーのTV画面、最高の出来というだけはある。 居間は旧来のもので、それぞれ3〜4時間は見ているが、新しいTVと旧式の画面が、 覚醒前と覚醒後の精神世界の違いは、かくありと、その都度、考えてしまう。 まだ発売されてないが、8KTVとなると、如何なるものか。寝室の旧式TVは 7年以上使ったが、2年前にブルーレイビデオを購入したと同時に、WoWoW の複数契約をして、映画・ドラマ、ドキュメントなど300本を限度一杯の録り 溜をしてきた。面白そうな順にみているが、自分がセレクトした内容もあって、 どれも面白い。これにYouTubeの映像を見ると、寝室で一般放送を寝室で見る ことは、ほぼない。アンドロイド機能で、Amazon、蔦屋、グーグルなどの、 レンタル映像は、ネット経由。ということは、既存の電波の経由は、あまり 見ないことになる。既存放映の受動選択が、ネット経由の能動選択に様変わり ということになる。それにしても、半年前までは想像もできなかった、驚き の日々である。 〜5ヶ月前に、書いてあった内容より〜 ≪ 閑話小題 〜シェルター内事情 2017/01/05 * 居間から寝室へ重点移動 ★ 一昨年の11月に寝室のTVにWoWoWの二台目契約をした上で、ブルーレイ を入れて13ヶ月、経過した。 居間では外界の音が入ってくるが、寝室は、 ほぼ無音状態。この間の録画数が300本を超え、限界状況の表示が出てきた。 今では録画する都度、優先的に何かを見るか、消しているが、これは、 『録りだめしても、二度と見ないのでは?』の対策がある。映画に飽きた気分 転換に、小まめに録画一覧を見て、頭部分だけを見るのもよい。 習慣的に見ていると、これ自体が面白くなる。 また再び続きから見るのも、 連続ものを見るようで抵抗がなくなる。 面白いものは、何があれ面白い。 ★ 年末年始の一週間、面白い番組が目白押しのためベッドにクギ付け状態。 それに飽きると、廊下を挟んだ仏間の一角のパソコン前に移動するか、居間 まで出張をし、お茶を飲む生活。その寝正月も、昨日からはスポーツジム通い が始まり、TV漬け生活も終わった。といっても、図書館と、スーパーの酒と、 ツマミの買出し、が加わるだけだが。 6年続けてきた、週一のシネマ通いは、 今年から減らす予定。ベッドで映画を連日見れば、二週に一度で充分?だが、 実際はどうなるか。『こんな生活、飽きない?』という声が聞こえてきそうだが、 そうでもないから困ったもの。雪国の冬場は「晴耕雨(雪)読」で、シェルター に閉じ籠りを楽しむしかない。 <50歳代の還暦までの10年間に、30年分を圧縮して生きる>が、実際に、 そこまで出来たかどうかは別としても、この年齢になると、気持ちを穏やかに させてくれる。老いの愚痴、怒りは、世間的制約で、出来なかったこと、実践 できなかった、不燃焼が起因している。で、攻撃は、弱者や、社会そのものに 向かう。次々と立ちあらわれるフラッシュに、独りごとを呟く自分がいる。≫ ― ▼ そうこうみると、高齢者の7割が自宅引き籠り、そのままになる。人間は、 直ぐに適応する。日々が新鮮で、かつ面白ければ、これで良いじゃないかと。 居間のTV、何か相性が良くて、いや、良すぎて、家内と時間配分をして、一日、 10時間?は見ていた。7年余りでガタがくるのは当然。で、私は、おバカに。 今更だが。 で、居間のTVは? 可能な限り持たせて、次世代の到来を待つ? 脳の奥から、『黄昏に、TVや、こんなのを書いてないで、古典などをジックリ と読み込んだら!』の声。
―――― 2016/12/27 閑話小題 〜ウィングスーツ * ムササビスーツの飛降り映像がリアルに TVやYouTubeの映像で最も興奮してみたのが、ムササビスーツを着て崖から 飛び降りる映像。小型ビデオカメラを頭に付け飛降りる映像は見る者にも、 臨場感を与える。時々TVでも放映されるが、これが迫力満点。着陸失敗の激突 映像が今でも目に焼き付いている。最のシネマに、これを使ったシーンがあった。 それにしてもムササビからよくぞ思いついたものである。 〜ウィングスーツで検索すると ≪・ウイングスーツは、1990年代中頃にフランス人スカイダイバーのガヤルドン によって考案された、手と足の間に布を張った滑空用特殊ジャンプスーツである。 ムササビスーツと呼ばれることもある。 1999年にはフィンランドのBIRDMAN社から世界初の市販ウイングスーツが発売。 また飛行機の翼のようなタイプは「ウイングパック」と呼ばれ、カーボン ファイバーなどで出来た硬い翼を身に着けて滑空する。 ウイングスーツで飛ぶことを、“スカイフライング” と呼び、 ウイングスーツで飛ぶ人のことを、“ウイングスーツ・パイロット”、 “ウイングスーター”“スカイフライヤー” と呼ぶ。 ・スカイダイビングのように飛行機やヘリコプターにより上空からや、高い崖 からの “BASEジャンピング” により飛び降り滑空する。空気抵抗を増やす だけでなく、揚力も発生するようになっている。 翼タイプの「ウイングパック」ではジェットエンジンなどの推進器を付けるなど して速度、飛行時間を増大させている。また軍事目的としても開発されている。 最高時速は200km以上に達し、着陸の際は、事前にパラシュートを開いて減速し 着地する。 ・2011年5月28日、米国カリフォルニア州にて、伊藤慎一がウイングスーツ世界 最長飛行の自己記録を更新。高度32,000ft (9,754m) から降下し、23.1kmを時間 5分22秒で飛行した。同時に、ウイングスーツでの最高水平速度世界記録363km/h も達成する。 2012年5月26日には、ウイングスーツ水平飛行距離26.9km。 総合飛行距離28.7kmを飛行し自己記録を更新、通算5回の世界記録を達成する。≫ ▼ ミスがそのまま死につながるから恐ろしい。バンジージャンプでも、 あれだけ恐ろしかったのに。そこで思い立つのが「メガネ型動画プレイヤー」 。 これで見たら気絶するのでは? 最近では有機画面の生々しいのもある。 「生きているうちに、こんな経験するとはおもってもみなかった!」と、体験 直後の中年女性がインタビューに答えていたが。 さもありなん……
―――― 2016/12/19 閑話小題 〜何だ何だ? * ユーチュブが変わっていた ・久しぶりにYouTubewoをみたが、様変わり。ネット社会は日進月歩である。 ドローンに搭載した4Kカメラによる空からの映像が壮観。また野生動物に 近づいて揶揄う映面も迫力がある。玩具の小型ドローンで、家庭の犬猫を 揶揄う画面が面白い。 ・グーグル・グラスの映像も以前とは違っている。 興味のある電化製品の 商品説明を売場担当がコト詳しくする説明をする映像もある。これは売場で 聞くのと遜色ない。 ・他にはソニーとパナソニックのアンドロイドTVが面白い。これはパソコン 機能をTVに融合したもの。YouTubeに、「4K・築地」と入力すると、4K で録画した築地のマグロ解体の場が出てくる。やはり、長生きをせねば。
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2019年09月30日(月)
* 前期高齢者の区分の最終年の同期会 74歳が44名も集った中学の同期会も、若い人たちからみれば、どう見えた? 大学の卒50周年記念は300人。総長は「これだけの御年寄りの会も「ギネスもの」 と! こういう会は、恵まれた人生を過ごしてきた人たちしか出席できない実情 もあるが… 中学の同期会は、集合時間が9月28日(土曜)の16時。 クラス別のテーブルに 分かれての会。連合いが亡くなっているか、寝込んでいる人が… ガン、脳溢血、 転倒で、辛うじて出席している人も多々… 段々と我身にも? この年代が44人 も集まれば、起こって然るべき病気、事故が、そのまま現われ出ている。 「人生は75歳が大きな区切り」を実感。 「好いところは60歳まで」。 50歳、60歳、65歳、70歳、そして75歳と、胸突き八丁の峠が続く。 後期高齢者の年齢は、病そのものと実感する。「先に逝ったもの勝ち」も然り。 御迎えの方が、むしろ有難い年齢になりつつある。これまで、「老いの悲しみ」 について多く書いてきた。シリアス過ぎる内容だが、それでも直視しなければ。 質の良い老々介護など有りようがない。生きてきたように死んでいくとか。 さあ、良質な人生だったか? 良く遊び、学び、働き、良く休息してきたか? 死んでしまえば、それまでよ! 幸せそうだったのが、そのまま人生にスライド しているような。 結局、家庭の土壌の問題ですか。中学は分類される前ゆえに、 それはそれは! 社会の縮図として現前するのも、シリアスと言えばシリアス。 終わってしまえば皆、同じとしても、人生のセンスの良さそうな人ばかり? やはり、良い年代に生まれて、人生を謳歌出来たということ… 幸せは幸せを 呼び込んでくる。 例外もあるが… ところで、来年は後期高齢者への祝賀会? 再来年は、喜寿の祝い? ―――― 2018/04/28 閑話小題 〜平均介護年齢に、あと半年で、 * 72歳、あと半年で平均介護年齢に! 男の平均寿命が80歳、介護年齢が7年というから、あと半年で平均介護年齢に。 周囲を見渡すところ、同年代の3割が鬼籍にはいっているので、健康体でいるのは、 同年代で3分の1になった。半分なら分かるが。もう、この時節に到来したのか。 数少ない地元の酒のみ友達と、去年の暮れ以来、4ヶ月間も連絡がなかった。 30数年来、初めての間隔のため心配をしていたが、先週末に連絡があり、久々に カフェテラスで会ったところ、「自宅近くで転倒、複雑骨折をして手術をして 1ヶ月間の入院後、自宅で1ヶ月あまり療養していたという。運転は、ままならず、 カフェには奥さから車で送ってもらい、帰りは私が映画館への道すがら自宅近くに…。 リハビリが週に2回。介護4というからただ事ではない。あと数ヶ月で78歳。 介護には、要支援が2段階、要介護が5段階合計7段階がある。その6番目とは、 かなり深刻な状況。 握力が弱くなり、コーヒーカップを持つのが、精一杯。 複雑骨折の手術と、その苦痛は並み大抵でないと話が続く…。 介護用電動リクライニングベッドを月800円で借り受け、寝起きしている…。 75歳が体調の節目で、その後3年は右下りの一方と…。その上に複雑骨折。 転勤、リタイアなどで酒友が次々と減り、最後の?一人も… ただし生命力が ある人なので、回復してくるはずだが。私自身の75歳への峠道は厳しい寒風が 吹きそうだと…。 年末に行われる大学の同級会も、毎年、一人二人倒れて不参加組が… 小・中・高校と同様に、他のクラスか、学部が加わる「同期会」に変わってる。 何処も、三大疾患、連合いの死などの厳しい現実の話ばかり。その中で、酒友の ような転倒による負傷が多いと聞いていたが、よりによって。それも室内の躓き のケースが。進学するほど健康寿命が高かったのも、前期高齢年齢まで。 兄姉、その相方も、去年、一昨年と、一人ずつ欠けはじめてきた。生存年齢が 80歳なら、然もありなん。 今までは、「人は先、ワシは後」だったが、私の 順番も遠くないのか? 古希の壁は無事超えられたが、問題は、後期高齢者の 区分の2年半後(75歳)。 身近に、その辺りが私の終末の目安と宣言してきたが、さて如何なることか! 「あと千日の晩御飯」など思いもよらなかった。ここまでくると「べきことを、 べき時に、べくすべくしてきたのが、良かった」と自身を慰めるしかない。
ところが最近、情報化社会への激変現象ウォッチッグ体験が面白くて面白くて、 死に欲(いや生き欲か)が出てきて… 追) 何故か、丁度よい過去文が次々とつづく。 何か、宴会そのものの人生のような… …そういうことにしておこうか!
・・・・・・ 2016/04/04 閑話小題 〜『男って、定年になったらいらないのよね!』〜�� 『老いかたレッスン』渡辺淳一著 より * 産業廃棄物の末路 第二の人生の準備のない人の末路は哀れである。 この言葉は、著者の淳一が、老後の生き方の講演で、聞こえてきた言葉。 リタイア後、邪魔者扱いされている団塊世代の夫に対する、奥方の、 『男って、定年になったらいらないのよね!』が、耳に聞こえてくるようだ。 私自身が、その一人だからこそ身にしみる。ただ、少し離れた仏間に、書斎・ 兼パソコン・コーナーをつくって棲み分けて、何とかバランスがとれている。 また日中は、互いに違ったスポーツ・ジムや図書館に行ったり、別行動が多く、 それで丁度良い間隔が出来ている。 一般的に、夫は妻より7〜8年も早死に するが、これも長年の仕事からくる磨耗の結果。 雄ライオンも、支配下の群れを、何時か、より強いのに敗れて乗っ取られた 後は、離れライオンとしての野垂れ死が待っている。先日、旅行帰り立寄った 居酒屋で、何処かのOBらしきグループ7〜8人が、不在の元同僚の悪口が、 襖を隔て聞こえてきた。退職後も、会社の首輪と紐を付けたまま集まって、 昔の傷口を舐めあっている姿が、痛ましい、というより何とも哀れ。 定年後の寂しさを紛らしているようだが、せっかく解放されて、自由を謳歌 できるのに、今さら何だろう? 飼い主の家が全世界で、それも仕方がない といえば、ないが。 こういう人が、四六時中、家でゴロゴロしていたら 連れあいは、地獄。そういう私も大同小異。 それでも一日単位では、 スポーツジム、図書館、早朝の一時間のミニ・サイクリングに。週単位で、 シネマと、月単位では、何処かの飲み会に。年単位は、家内の鞄持ちの旅行と、 何とかバランスを保っているだけ。 一般的に、夫が驚くのが妻の外出の多様さという。何せ、長年の主婦歴と、 横に繋がる人間関係の幅が違う。『あの人、息子の小学校時代の友達の母親 で気が合うの』とか、『今日は大学の同郷OB会の幹事の打ち合わせ』とか、 地元密着型。ところが、男は縦社会の他動型ロボットで、指示をされないと、 動けないのが多い。「自由の不自由」で、自失呆然。 家に篭るが、妻から 家から追い出されて、午前は図書館か、公設のSJ辺り。午後からはSCの ベンチで、人通りを眺める日々。これが慣れると悪くないらしい。 そこで、小遣い格差と教養格差がシリアスに出てくる。 ーつづく ―――― 2016/04/05 閑話小題 〜『男って、定年になったらいらないのよね!』〜�� 『老いかたレッスン』渡辺淳一著 より * 出かけようにも、何処に? 『男って、定年になったらいらないのよね!』 リタイア後に、 こんな言葉を投げかけられたら夫は、グサッとくる。これに近い言葉を 週一は投げかけられているが、長年かけられたら生きる気力がなくなる。 著者は私より12歳年上。この本を発行した2年後に80歳で亡くなった。 私にとって、70歳代を生きる道標のような内容。75歳からの後期高齢期は、 右下がり一方で厳しいらしい。 教訓として、あと5年間、捨身で生きろ! 〜世田谷区内の高齢者10万人のデーターによると、 ・65歳以上の高齢者の4人に3人は、自宅内から一歩も外に出ない。 ・近所付き合いは、「ほとんど付き合いがない」「挨拶をする程度」が6割弱。 都会の高齢者、特に男性は家に篭りきりで、外には滅多に出かけないため、 急速にボケるらしい。外に出かけようとしても、何処に行っていいか分からない 上に、手持ちの金が少なく、足腰が痛んだりして外出が億劫になる。 それに比べ女性のキャリアが長いため、日々を楽しんでいる。 ここで、著者は妻の禁句として、『どこかに出かけたら』の言葉。 これを言われると、すべての夫は居たたまらなくなり、「うるさい!」と、 言いたいが、その気力もなくなり、それが痴呆化を促す。だから、人生設計に ライフワークを長年かけてつくっておく必要がある。 そこで、『自伝』の作成 を勧める。誰のための自叙伝でなく、自分のための自叙伝と割切ってしまえば、 過去の思い出は、次々と湧き出てくる。 独立独歩で生きてきたので、リタイア以後の生活に全く戸惑うことはないし、 部下を介して何かをするのより、一長一短があっても、自分の手足でする方が、 物事がはかどる。 以前から実行してストレス解消になっているのが、週一の 酒とツマミと飲料の買い物。買物症候群という精神質症があるが、私のは小さな ストレス解消。それと嫌なことがあった時の「百均」の買物。一時間で、7〜8個も 買えば、心が晴れる。 高齢期は特に『おもしろき こともなき世を おもしろく すみなしものは 心なりけり』の高杉晋作の言葉のように生きるしかない。 目を凝らすと、面白いこと、楽しいこと、知りたいことが、あまりに多い。 如何に馬鹿の壁のため、それに気づかなかった?か。 「犬も歩けば 棒にあたる」と、成るほど、昔の人は良いことをいった。 ―――― 2016/04/06 閑話小題 〜『男って、定年になったらいらないのよね!』〜�� 『老いかたレッスン』渡辺淳一著 より * 70歳代、特に後半は、すざましい! 「70歳代、特に後半は、すざましい!」は、医師である著者からみて、私の 同世代からみて、充分に頷ける。 数ヶ月前に70歳代になって感じたことは、 「(3年を見据えた)一年単位でしか、人生計画を立てられない」という実感。 後方から迫ってきた己の死が、真正面から迫りくるような感覚は、やはり60歳代 とは、全く違う。 人生の峠から見えてきた風景も、寒々としてきた。 〜その辺りから〜 ≪ 六十代で運動して、体力をつけるのも悪くはないが、外に出てさまざまな 人と触れ合い、話し合うのは、それ以上に明るく、若返らせるはずである。 そして七十代、これはなってみて改めてわかるが、すさまじい世代である。 すさまじいとはなにか。これをあえて具体的にいうと、日々、確実に老いて 弱っていく年代、とでもいおうか。 その前、六十代は老いるとはいえ、まだ鍛えようによっては伸びる、 強くなる余地もないわけではなかった。しかし、七十代はすべて下るだけ。 あれ、こんなことができなくなった、これも無理かと、不可能なことが増える ばかり。といって、努力しても無駄。 かくして、ここからは「諦めの時代」、 老いてやがて死ぬ、そのための準備期間といえなくもない。 こう書くと、人生の末期、暗いだけの時代、と思うかもしれないが、 そうともいいきれない。 このすべて終わりに向かって傾き出す、このときに、 とてつもない発想にとりつかれ、動き出すことがある。 たとえば、突然、 動物や植物に異様に熱中したり、今迄と全然、別の仕事に全力を注ぎこんだり、 激しい恋に溺れたり。 七十代の高齢者とは思えぬ、激しい行為に熱中する人が少なくない。 そう、わたしも七十代後半になって、突然、自らの不能、インポテンツに ついて書こうと、思いついたけど。これも、七十代の狂気かも。 賀寿のなかで、七十七歳を喜寿としているが、なにをやらかすか知れない、 狂寿としたらどうだろう。とにかく人生、長く生きてみるとそれなりに 妙味に富み、面白いものですよ。 ≫ ▼ 夜半に目が覚めて、フッと自分の死を考えることがあるが、ここにきて、 それが、リアルなフラッシュの塊と、生きてきた人生が小さな丸=(。) に凝縮して、それが更に点(.)になり、無限の極小になり、消滅していく イメージが出てくる。 そして我に返ると、その微小の人生が愛しく思える。 その点の中には、両親、亡くなった兄姉、因縁のあった知人たち、恩師が リアルに生きている。そして行蔵が詰まっている。 我が人生、万歳。 我が両親、万歳。我が恩師、万歳。我が因縁在りし恩人たち、万歳。 残された人生に、万歳。 考えてみれば、『人生はそのものが狂寿』である。 「誰の?」「すべての!」 だったら、せめて心の底で、狂喜乱舞したら? 考えたことが無かった? なら、考えてみたら! 考えている? 本当に? バカバカしい? バカになってみてから言ってみたら! で、『男はつらいよ』 を見たら!「泣いても笑っても、同じ空」。「狂っても正気でも、同じ空」。 「エライコッチャ、エライコッチャ、同じアフォなら踊らな、ソンソン」か。 それが面倒だから、ウタタネ寝をしている。それもありか! で、残された 時間を、どうしようか? うたた寝で、心の中で狂喜乱舞か、これまでの 人生で培った材料を駆使して、燃焼するか? それもこれも、今さらか。
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| 6772,閑話小題 〜そんなまでして生きたいか ー2 |
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2019年09月29日(日)
* 所詮は、宇宙のゴミだもの
◉ その際にある人が、数ヶ月前、深刻な顔で、 『平気な顔をしているが、怖い! 一応、目やすにしていた5年を超え6年目 に入ったが、夜半に恐怖が襲いくる。…寝たきりでも、質のいかんに関わらず、 少しでも生きていたい。この恐怖を乗越えるには、如何したらよいか?』と…。 『砂漠のど真中にただ一人、うち捨てられて、生への渇望にノタウチまわるって いる心境ですか!』と返すと、「我が意を得たり」と、急に明るい顔になった。 何か癒されたような。 さらに、 『2人に1人がガンになるし、夫婦にすれば、100%じゃないか』と。 死からみれば、娑婆の悩みなど、かすり傷。 哲学の最重要事項である。 死後の世界があるか無しか。アルわけない、といってしまえば、それまで。 ◉ 50歳を超えたら、いや、若い時分から一般常識として、まず知識として 知っておくべきこと。フランスでは中学に「哲学」が取入れらている。 悲しいことに、それ程度が、会のレベル。 ガン末期を宣告された牧師が平静を 装い?「子供の頃、身近な人の死に出あい、底知れぬ恐怖感におそわれ、それに 耐えられそうな牧師の道を選んだ。死とは神の御元に帰るだけと、神に帰依して いて良かった」と…
◉ 数年前、我々の住む宇宙以外の「他宇宙の存在」が話題に。 他宇宙が10の500乗の数、あって。 そこから、ループ状の管を通って、 私たちの宇宙にダークエネルギーが流れ込んでいる。我々の住む宇宙はプラス 27乗に対してその素粒子のサイズがマイナス10の35乗。無を何となく実感 させられる言葉。太陽系を含んだ我々の銀河に数千億の星が存在し、その銀河系 が数百億も存在する、この宇宙に存在している。この宇宙が、10の500乗も存在 するという仮説を考えただけでも、「死」の恐怖が少しは吹っ飛ぶ? いや、そうはいかないから、考え、悶えるしかないですか…。
・・・・・・ 6408,旅行の話 〜パックツアーの構造 ー3 2018年09月29日(土)
* パックツアーの種類と、利点と欠点 〜B 洋服に例えると、スーツ、コート、ワイシャツは、注文服か、既製服、 イージーオーダーの何れかになるが、ツアーとて同じ。〈イージーオーダーとは、 洋服の仕立てで、あらかじめ幾種類かの型を用意し、客のからだの寸法に応じて 細部を修正、仮縫いなしに仕立てる方法をいうが、それぞれの長所、欠点がある。 各国の観光事情に長けた地元業者の企画したパックを、仕入れるのが一般的。 問題が起こると、携帯で本部が直接交渉し、解決するシステム。だから、フリー の添乗員のパーツでも可能になる。 各国のお国事情で、折角の旅行が台無しに なる危険を避ける必要もある。 私自身、英語力が全く無いことと、人見しりも あって、パックツアー派。若い人によって、イージーオーダーを好む人もいる。 慣れもあるが、全国から集まるツアー仲間の観察とか、添乗員の当り外れや、 その間で得る情報収集も楽しみの一つ。10数年前から、面白いワイシャツ専門店 が新潟駅前にある。最初、サイズをとって、パソコンに入力。店には生地見本を 置いておくシステム。中国で、製造されるのだろうが。 自宅のイタリア家具の 応接セットが、これに近い。 デザインと皮部分がイタリア、木工部分は韓国、 製造が中国製という。値段は4分の1。 ツアー先の企画デザインと、手配全てが 現地の旅行代理店。そこは数百年の熟練されたノウハウと、製品保証がある。 当然、歴史の浅い国内パックとでは、品質が違って当然のこと。行きなれた旅先 ならいざしらず、何を気どってイージーオーダーにすることがない。
:特徴 パックの利点と欠点: <ウキペディアによる検索より> ≪♢ 利点: ・(添乗員が同行してくれるタイプでは)不安感が比較的少ない。 (スケジュールが細かく、効率的に組まれていることが多いので)比較的多くの 観光名所を短時間に効率よく周遊出来、事前の現地情報収集は少なめで済み、楽。 自由旅行や手配旅行と比べると、旅行費用全体では割安なケースが多い。 (企画している旅行業者と宿泊施設などの間で、団体枠の料金(団体料金)が 適用され、旅行者ひとりあたりの原価が安くなっているため。) ・法律上、旅行業者が3つの責任(旅程管理責任、旅程保証責任、特別保障責任) を負うことになっているため、その点は手配旅行に比べると安心できる。 ♢ 欠点: ・スケジュールが極端に細かく設定されていて、やたら動き回らせる ものがあり、その場合、ひとつひとつの場所でそこを十分に味わう時間すら得ら れず、労働させられているような感覚を味わわされ、疲れるばかりで、満足感が かえって低下する場合がある。コースが「お仕着せ」なので、企画者のセンスや 好みと旅行者(参加者)の好みが異なっていると満足できない。 行動時間の大半は、他の参加者と集団行動をしなければならず、他の参加者が 様々なトラブルを引き起こして、それがとても煩わしく感じられることがある。 ・日本でもすでに格安航空会社が格安の航空チケットを提供しており、ホテル代の 割引が個人客にも開放されているので、昭和時代とは異なり、パッケージツアー よりも、むしろ自由旅行・手配旅行・一人旅などほうが安くなる場合もある。 特に1人参加で1人部屋追加料金を支払う場合はパッケージツアーはかなり高く つく傾向がある(見ず知らずの参加者同士の相部屋を認めるタイプもあるが、 そのかわりにそれなりのわずらわしさがある)。また、辺境地をチャーター便や 貸切バスで周遊するツアーも高額になりやすい。≫ ー ▼ 行先と、目的の選定から、まず開始。 まず欧州か、それ以外か。 僻地嗜好から欧米嗜好に舵をきり、最近では東カナダ以外は、欧州ばかり。 これで欧州17回目。カミさんの鞄持ちもあって、内向き(文化圏)に。直近では、 <北イタリアのドロミテと、イタリア側から観るマッターホルン>。 古希を境に、もう充分と止めていたが、迷惑覚悟に決断したが、これが思わぬ 拾い物。欧州の観光は深い。 10数年前に行った<北イタリア周遊パック>で、 ドロミテ街道を通り抜けたが、今度は二泊して湖水地方と、世界遺産のドロミテ 街道を観るもの。 更にミラノに戻り、裏側のマッターホルンと、ロープウェイ で登ったモンブランなどのアルプスを360度展望した雄大な「エルブロンネの絶景」 は、スイスアルプスと互角… 至福の時間を味わうことが出来た。 何ごとも、 限界を超えた先に、何かがある「一期一会の旅」。 このブログと、秘異郷を主にしたツアーと、TVから映しだされる映画と自然界の 映像の観賞が、世の名残りを明るくする。 無粋の私には、既製品なればこそ良い ことがある。己の能力を見限ればこそ、様ざまなシステムの有効利用が出来よう というもの。
・・・・・・ 2016/03/20 閑話小題 〜51回の海外ツアーで * 海外ツアーのテーマの棚卸 51回の海外ツアーに参加してきたが、その行蔵は何ものにも代え難い財産。 知れば知るほど、世界は広く深いことが解る。10回目辺りから秘境・異郷ツアー に重心移動をしたが、10年ほど前からは欧州中心になっている。リタイアー後、 諸事情で家内の鞄持ち?のカタチだが、何はともあれ、行けるだけで充分。 「行けるうちに、行けるところに、行っていて良かった」と実感する。 ・大陸別では、アメリカ大陸、オーストラリア大陸、ユーラシア大陸、インド 大陸、アフリカ大陸があるが、万遍なく行くのと、一つに絞り込む選択がある。 ・他に、テーマを、文明、文化、山脈、滝、氷河、平原、クルーズ、お祭り、 有名ホテル巡りなどのテーマを決めて周る人がいる。 〜テーマとして・・ ☆ まずは文化。 ツアーの過半数以上は、何処かの首都を経由地として一泊。 そこには、名だたる美術館や・博物館のコースが組み込まれていて、その国の 名画や工芸品、遺跡などで発掘された国宝クラスの古美術品が展示されている。 それらを、み続けているうちに、門前の小僧、その魅力に取込まれてしまった。 上野界隈の美術館で、その数点の展示で長蛇の列になる名画などが、数多く 展示されて、間近で見られるのが良い。 文化の一つに、各地の料理がある。 それぞれ各地の特色ある味が、そのまま染み出ていて実に美味しい。と同時に、 日本料理の美味しさに改めて気づくことになる。 文化といえば、お祭り。 北スペインのパンプローナの牛追い祭りと、リオのカーニバルの熱狂がよい。 ☆ 次に文明。古代の遺跡の7割がエジプトのナイル流域にあるというが、 これには圧倒される。他にアフリカ、中東の遺跡郡、中南米の遺跡群もよい。 圧倒的なのが、古代エジプトと、ポンペイと、シリアの遺跡群。そこには数百年、 数千の時空を超えた当時の人たちの息づかいが聞こえてくるようである。 石文明は、それが、そのまま残している。 ☆ 何といっても大自然の景観! アフリカ、インド、北米、南米、北欧、 アルプス連峰、ヒマラヤ連峰などの大自然の景観も圧倒的である。そこは、 文化・文明の数千年の時間とは違う、数万、数百万、数億単位の時間がある。 行蔵とは、よくいったもの。 以下は12年前のテーマだから、51回と すると、3年分、行ってないことになる。 世界的パンデミック騒ぎとか、 5年前の節目時などの件で、行けなかったが、それより、年齢からくる気力、 体力、金力?などの衰え。外側(辺境)から、内側(欧米圏)になっているが、 これはこれで、面白い! ライフワークとしての世界観光も、限界点になって きたが、移動が動くホテルのクルーズ・ツアーがある。しかし年金暮らしには チトきつい。「生きているうち、元気なうち」と思って、はや、20年、いや 25年になる。なら、あと5年を貫き通せば満点のライフワークになるが。
・・・・・・ 3444・秘・異郷の旅、よもやま話・・1 2010年08月30日(月) * 海外旅行に見せられて これまで47回の海外旅行で、フラッシュ的に記憶から飛び出したことを 思いのまま書いてみる。その方がむしろ、これまで書けなかった生の体験を リアルに表現できそうだ。 痕跡として残るのは、現場で撮った写真と言葉。 人生を旅に喩えることがあるが、素晴らしい経験と同時にトラブルを如何に 少なくし有意義な旅に仕上げるかがポイント。そのために、行き先の選定、 日々の過ごし方、対処の仕方などのコツが大切になる。また日本の遥か彼方 から、逆照射してみた自分の人生の卑小さが何とも滑稽に感じることがある。 それが気持ちに余裕を持てるのが収穫になっている。 まずは、思いもよらない経済恐慌に出くわした為に、人生の仕上げに入った 計画に狂いが生じてきた。それも、なるがままの人生。旅先で、絶対に行きた かったが行けなかったところはない。ガラパゴス諸島ぐらいだが、それほど 行きたいと思わない。 秘・異郷旅行での最大の収穫は、想像を遥かに超えた自然が与えてくれる感動。 自然そのものが何か波動を発している。その波動に飲み込まれにいくのである。 この感動は、山好きの人が国内の色いろな名山で経験しているものと同じだろう。 世界の異郷の地で、違う形で経験をするのである。 学生時代の多感な頃に 北海道、九州、そして紀州と一人旅をしたことがあるが、あの時の下地と、 21歳時の一ヶ月の欧州旅行でのカルチャーショックが下地にあったから、ここ までノメリ込んだのだろう。その結果、ほぼ毎晩、BS/衛生TVの何処かの チャンネルで、これまで行った先を放送しているが、見ていると旅の延長の ようになる。「一回の旅は、帰ってきても、そのまま続いていく」が、 そこで実現してくる。一点豪華主義?としても、贅沢である。
・・・・・・ 2010年08月31日(火) 3445・秘・異郷の旅、よもやま話・・2 *初めての21歳の欧州旅行 ー1 どの旅行が一番良かった?と聞かれても、答えられない。半分、いや三分の二 以上が、それに当たるからである。ショックの段差が大きかったのは、初体験 の学生時代の一ヶ月間の欧州旅行。見るもの、聞くもの全てが驚きの連続。 当時は、やっとカラーテレビが普及し始めたばかりで、欧州の映像など殆んど 目にしたことはなかった。モナリザや、ミロのビーナス像、パリの凱旋門などは 中学か高校の教科書の小さな白黒の写真でしか目にしてなかった。それが突然、 目の前に本物が次々に現われるのだから、驚き唖然とするのは当然である。 まず飛行機乗って、夕飯にヒレのステーキが出てきた。まだ憶えているが、 牛肉に細い糸が巻き付いていた。生まれてこのかたヒレステーキなど、食べた ことはなかった。 そのためか、その味の美味しいこと。次に初めての海外に 降り立った地はデンマーク。そこは、私が今だ見たことがなかった明るい空と 緑の中に街がある御伽の国に思えた世界があった。人種が違うのである。 金髪の大柄な男女。空の色が違うのである。そして、林や森のグリーンが、 違うのである。考えてみたら、日本全国の自然さえ見てなかったのである。 それが、いきなりデンマークの空とグリーンと、北欧人を目の当たりにする のだから。一挙に御伽の国の真っ只中に降り立った時の驚きは新鮮であった。 自分の精神を正常に保つだけで精一杯であった。当時、海外旅行に出る人は、 まだ20万人でしかなかった。現在の100分の一である。 だから、出発前から気持ちが高揚していた。
・・・・・・ 3446.秘・異郷の旅、よもやま話・・3 2010年09月01日(水) *初めての21歳の欧州旅行 ー2 デンマークの初めての夜はレストランのバイキング料理である。 当時の日本にはセルフ形式は全くなかった。それより、自分が食べたいだけ 皿にとってよい、とうのが珍しく、不思議な感覚であった。 そして、スウェーデン。夏のせいか、金髪の若い女性が裸足で、 超ミニスカートで、街を闊歩している。その美しさが街並みにマッチして いるのに驚いた。 また郊外にある古城の絵に出てくるようは美しさ。 それと高台からみた高原の輝く景色。それが次々と続いて出てくるのである。 そしてロンドンに。中学校の教科書の小さな写真でしか見たことのない バッキンガム宮殿、ロンドン市内には、シルクハットをかぶって歩く風格ある 紳士。パブに入って飲んだビールの美味さ。重厚なパブの雰囲気も異次元世界へ タイムスリップをしたような感覚であった。そこで仲間数人酔ってしまい、 子供時代以来、腹の底から笑った経験をしてみた。こんな楽しく高揚をした ことは今だかってなかった。もう、その世界に入ってしまったのである。 これを何度か経験すると、チョッとしたキッカケで同じ気分になれる。 これが人生を楽しさの面で非常に豊かにした。元もと実家で商売をしていて、 年に一回、家族、従業員、取引先など5〜60人が、年末に飲めや歌えやの ドンチャン騒ぎをしていた回路があったが、ロンドンで仲間と騒げば面白みが 格段と上がる。それで酒席が好きになり、ハメがきかなくなってなっていった? パリのシャンゼリゼ通りと、凱旋門、エッフェル塔。歴史的な積み重ねが、 そのまま、街並みに出ている。そのシャンゼリゼを、独りで歩いたことが 今でも記憶に鮮明に残っている。歩行者の、ほぼ全員が白人。 その中で、東洋人の自分に違和感を初めて覚えたということ。
・・・・・・ 3447.秘・異郷の旅、よもやま話・・4 2010年09月02日(木) * 初めての21歳の欧州旅行 ー3 初回の欧州旅行で、帰国して半年間は自失呆然状態であった。自分の心が粉々 に粉砕されてしまった。カルチャーショックである。今から思うと、これが 良かった。両親から受け継がれていた小さな世界の価値観が根こそぎ壊れた。 それと「自分は東洋の小さな島国・日本の黄色人種」という目線を得たこと。 これをキッカケとして、根こそぎ自分を変えなければ学生時代の4年の自由時間 を与えられた価値がないと気づいた。それと社会、世界は、不平等で格差である こと。世界には豊かな人種と国家があり、反対に貧しい人種と国家が満ちている。 その中で生きていく自分を作る基礎を学生時代に培わなければと気づいたのである。 とにかく世界は広く、深い一端をみた。 話は戻るが、ロマンチック街道から見た、川添に展開するお城と、景色。 それと、早朝にスイスに霧の中から見えたレマン湖とスイスの渓谷の美しさに 言葉を失ったことを思い出す。毎日、これまで、想像すらできない光景を、 これでもか、これでもか、と見せられるのだから・・ 当時、中高年の人で、 あまりのカルチャーショックで精神の異常をきたす人が多いと聞いた。 現在のように、写真に、テレビの旅番組に、ニュースに、映画の背景として過剰 に入ってくる時代ではない。 私のように、中高校の白黒の小さな写真でしか見た ことがないものを、次から次へと見れば、感動の蓄積で、脳が変になって当然である。 幕末の獅子たちで、当時、欧米渡航経験があるかないかで、動乱の中で大きく、 その後を左右したというが、当時の彼らは欧米の社会を驚愕の目で見てきて近代 国家の絵図を描いたのである。時代も、スケールも、全く違うが、それでも 21歳での経験として、大きな財産になっている。
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