堀井On-Line



6670,閑話小題 〜先週のYouTube!

2019年06月20日(木)


   * YouTubeでみる大波の襲来
 週末のTVは、YouTubeを中心にして見ることにしている。そこで自然と、
「アフリカの野生動物」「KOシーン」「逃走車の追跡劇」「ドローン・レース」
「バンジージャンプ」「ムササビ・スーツの滑空」‥など、テーマが絞られる。
 心身にあり余るフラストレーションのはけ口でもある。何の?それは…
先週は、津波などの大波による事故現場を映しを中心に見た。大波に飲まれて
いく人を、近くから高みの見物している人たち。ところが、自分たちも、更なる
大波の襲来を知らずに… そして次の瞬間、飲みこまれる。
 それを見ているうち、1990年のバブル崩壊から、2001年の9・11テロ、2008年
のリーマンショック、東北大震災で廃業に至った我姿が重なってみえてきた。
『まさかの坂』『ブラックスワン』が突然に現われ、襲いくる恐ろしさ。自分
だけは絶対大丈夫という慢心が知らない内に、身に付いてしまっている。
 私の年齢になれば、『死』と『高齢による病』の問題。 で、…
―
   * 75歳まで、あと一年半!
 最近、高齢者による交通事故が問題視されている。首都圏など交通網が張り
めぐされていればよいが、地方暮らしは車が必要。まさか自分が高齢者に
仲間入りするとは?誰も思いはしない。足腰は年々重く、怠くなり、何をする
にも億劫になる。マイナス事象の連環が、老化の特徴。その後期高齢の75歳
まで一年半! 免許証の返還も、考えなければならない時節。
 社会施設は、あくまで現役、若者を中心につくられている。
「老いるとは無念のコトじゃ!」と天敵?の母に病床で宣った伯母の言葉が
浮んで来た。たしか、90歳を超えていた。
藤山一郎の『恋はやさし野辺の花よ』じゃないが、『老いは悲し野辺の石よ』
に向かって一歩ずつ…。 それでも生きていること自体を味わないと…
 年齢のせいか段々と書くことがうさん臭くなる。それでも元気な内。

・・・・・・
3738, 自分の居場所のみつけかた ー��
2011年06月20日(月)
       「自分の居場所のみつけかた」 ー 斉藤学著
【  * 勝ち負け社会のカラクリ P−100
 だいたい社会の価値システムなどというものはその時代がつくる幻想。
今は市場社会ですから金儲けが価値観の基底にある。金を儲けようとする企業家
は市民大衆を導いて「消費者大衆」へと変身させることを考える。その際に用い
られるのは「不安」です。 ヒットラーのナチズムからオウム真理教まで、大衆
動員の手段は不安の醸成ですが、消費者大衆の動員も不安を動力として行われます。
まず市民たちの中に「無能力」や「醜悪」への不安を流す。たとえば「英語を
巧みに操ることの能力が現代社会にとっていかに必要かを宣伝する。
それによってその能力が乏しい人の不安をかきたてれば、英語の教材屋や英語学校
が繁盛する。言葉なんてその必要が出てくればいくらでも使いこなせるようになる
ものですから、英語能力に関する不安などは将来という幻想の一つに過ぎない。
 将来なんて、あるかないかわからないものですから、それを実在と考えること
そのものが幻想なのです。株で儲けたという人の話題は株ブームに乗り遅れる不安
をかきたてています。将来の不安というものがアチコチに散蒔かれているのが
「勝ち負け社会」の特徴。幻想に乗らない人は最初から勝ち負けゲームに乗りません。
世の中を地位、名誉、金の勝ち負けゲームと見なすと、このゲームにはゲームに
つきものの公平のルールというものが決定的に欠けています。だいたい人生ゲーム
の参加者である子どもは自分に配分される親を選べない。この点ではトランプの
カード配りに似ています。ゲームの最初から勝つに決まっているようなよいカード
が配られている参加者もいれば、勝ちようのない持ち札の人もいる。親の金力、
人脈、知的資産、美貌に恵まれない人は人生ゲームの負けが決まっている。
しかし人生ゲームはトランプと違って、勝者だけが参加できる第二次、第三次、
第四次のゲームが用意されているから、ひとまずの勝者だって、いずれ敗者になる
というカラクリになっている。要するに世の中をこの種のゲームと見なすとすれば
勝者はひと握り、敗者は圧倒的多数となります。ところで、この大衆社会の中で
力を持っているのは少数派ですか多数派ですか? 衣装やダンスの流行からお笑い
芸人のハヤリスタリまで、カギを握っているのは一般大衆と呼ばれる
「貧乏で無責任で無教養で悪趣味な多数派」じゃありませんか。世の中は彼ら
向きにできているから、地位・名誉・金に恵まれた人々へのジェラシー(嫉妬)や
エンヴィー(羨望)に身を焼かれる必要などないのです。そこを間違えるから
「敗者の恨み」にのたうつテロリストになってしまうのです。 】
―
▼ それでも、負けるより勝つほうが良いに決まっている。 要は、いずれ巡って
 くる負けの時に、どのように対処するかにある。現在の自分の現状は、まさに、
人生も勝ち負けゲームと割り切ってしまえば楽である。「全米N0・1弁護士の
勝ちセオリー」を書いて、日の経たないうちに、これだもの、支離滅裂か・・・ 
勝ち負けに囚われないということか! 不安を利用し巧みに大衆を誘導するのが、
ビジネスの背景といえば、これから10年は健康ビジネスが良くなる。
<一般大衆と呼ばれる「貧乏で無責任で無教養で悪趣味な多数派」が世の中を
ほぼ占めているなら、あえて「敗者の恨み」にのたうつテロリストに自らなる
こともないか!>  我が内なる沼は清潔に!
・・・・・・
3373, 凄い時代
2010年06月20日(日)
 *「凄い時代ー勝負は2011年ー」堺屋太一著
   「はじめに」の前半に、この本の要約がズバリ書いてある。
〜その部分から。
《 「凄い時代」である。一年前は「大昔」、二年先はまったく新しい世の中に
 なるだろう。二年前の2008年の洞爺湖畔で8ケ国のサミットが開かれた。それが
一年後にはイタリアで、たった半日だけで、他は13ケ国の拡大会合や17ヶ国の
会合に当てられたのは、国際金融の建て直しと世界大不況の対策である。
たった一年で、世界会議の枠組も、語り合う議題も、変わってしまった。
・・2009年の世界経済は政策支援の「集中治療室」状態。各国とも生命維持装置の
カテールが何本もつけてある。しかし、やがてそれを抜きはじめる。その時こそ、
本当の衝撃が始る革命的改革期だ。それが2011年になる。本当の「凄い時代」。
なぜそうなのか。今次の不況が巨大な文明の転換に起因しているからだ。 
 それは欧米で進む「知価革命」(情報革命)だ。「物財の豊かさが人間の幸せ」
という近代思想が失われ、「満足の大きさこそ人間の幸せ」という知価社会的的
発想が広まった。これに対し中国を中心とする東アジアには、近代工業社会の
思想と体制が確立した。 この文明的ズレこそが、世界経済の凸凹構造の基盤。
この凸凹が維持できたのは、ドルを中心としたペーパーマネー体制があったから。
赤字垂れ流しでも、ドルの地位と価値を保ったのは、借り手が存在したからである。
アメリカ金融界は、様々な借り手を創り出した。その究極がサブプライム・ローン。
 …これからの世界は、人口問題の構造変化で動くだろう。色いろな条件の中で、
再生を図らなければならない。これは財政支出の垂れ流しの不況対策だけでは
済まされなくなる。だから凄い時代」が続く。・・・ 
 〜〜
 現在が「凄い時代は、誰でも分かっているが、ここで理路整然と分かりやすく
ダイジェストで書いてある。私の知る限り、現在は集中治療室の中で管が繋がれて
いる状態で、本当に大変なのは三年目の今年から5年間である。その意味で、
凄い時代=激変の時代になっていく。 ネット世界が、現実社会とは別に、
いま一つできてしまった。情報網が一般の人たちに張り巡らされて、殆どタダ
同然に情報が手に入るようになった。物理的なものより、その情報に価値を
見出すことが優先されだしてきたのである。その傾向が日ごと進むことになる。
・・・・・・・・
2998,他人に厳しく、自分に甘く
 2009年06月20日(土)
 「世界は感情で動く」 ー3           読書日記
 ー 行動経済学からみる脳のトラップー
* 他人に厳しく、自分に甘く
 我われは「感情のトラップ」にはまっていることは自覚をしていたが、それを
一つずつ解明している本である。前に「ピーク・エンドの法則」を取り上げたが、
今回は「帰属のエラー」について取り上げてみる。
 17章の「他人には辛く、自分には甘い?帰属のエラー」である。
ーまずは帰属のエラーとはー
まわりに起きる社会的事象や、自分や他人の行動の原因を推理・推論することを
「帰属」あるいは「原因の帰属」という。それを理論化したものが「帰属理論」。
下記のような、色いろなエラー、ゆがみなどを「帰属のエラー」という。
1. 知覚的に目立った情報・刺激に左右されること。
2. 他者の行動に対しては性格・個性などの内面的要因を重視する。
3. 自分の行動に対しては極めてポピュラーで普通の反応であり、普通とは
 違ったとすれば状況、すなわち外的要因が異なったと思い込むこと。
4. 自分が成功すると、自分の内面に理由があり、失敗すると外部に要因を求めること。
 こうしたバランスの取れない判断は、とても奇妙な結果を生むこともある。
 2,3に関しては誰でも身に覚えがあるだろうし、他人の失敗は、元々あいつは、
 そういう奴だと非難するが、自分が失敗をするとタマタマ失敗しただけと、
 自分に言い含めてしまう傾向がある。
 「期限を守る」ということにかけては、自分の能力に信頼を置いているし、
 「期限を守る」他人の能力は高く評価する。でも、自分が期限が守れなかった
 場合は、「めったにないほど大変な事情があったからだ」と言い訳をしたりする。
 しかしながらその事情とやらは、距離を置いて眺めたり、他の人に当てはめたり
 してみれば、少しも例外的なものでなく、どこにでもあることだとわかる。
 かくして「期限を常習的に守らない人の言うことは信用するなかれ」という
 帰属のエラーにひっかかる。
▼「世界は感情で動く」というより、「世界は気分で動く」という題名の方が
 適切ではないかと読み込むほど思ってしまう。気分で90パーセントは動いている
のだろう、人間は。だから、それを如何に隠すか、目立たないように勤めなければ
ならないのである。 人生をふり返ってみた時に、そのことが鮮明に見えてくる。
それほど人間は理性的ではないのである。特に人間は他人に厳しく自分に甘くなる。
そういう人は、評論家に向いている。特に引退した野球の選手に、それが露出して
見える。 思わず、「それほどの選手だったの?」と言いたくなる評論が度々である。

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2634, 娘に贈る12の言葉  ー3
 2008年06月20日(金)
 ー2、大好きなことに情熱の全てを注ぎなさい。ー
・何かを始めるのに年齢なんて関係ない。好きな道を歩みなさい。
・素晴らしい人生を歩むためには「お金をもらえなくても、
 やりたいことをやるべきだ」。
・細部に注意を払えるかどうかが成功と失敗を分ける。
→大半の人が成功できないのは、限られた範囲の、不十分な調査しないから。
→徹底的に調べる。それによって初めて他人よりも多くの知識を得ることが出来る。
 →大変な労力を要するが、そのステップこそが人に差をつけられるところだ。
 →情熱を傾けられることに打ち込みなさい。
 私は中国に価値があると「思っている」のではなく、中国に価値があることを
 「知っている」のだ。
  I thinkではなく I know なのだ。
解)「好きこそモノの上手けれ」
 「好きと嫌いじゃ どれほど違う 命ただやる ほど違う」 
 自分が好きなことを、早めに見つけること。
ー 3、常識はそれほど常識ではない。 ー
・ほとんどの常識は間違っている。 危険な場所には誰も行きたがらないし、
 投資もしない。
 →だから全てのものが非常に安い。
・新聞だって、そのまま信じてはいけない。
 →時にはジャーナリズムが大衆をミスリードすることもある。
 人口の半数以上の知性は平均以下だということを覚えておきなさい
 解)そのことをどれだけ知っているかどうかである。
  大衆と違った視点で投資先を探せ! ということ。
   ことあるごとに「定説」を連発していた教祖様がいたが。
ー 4、世界を自分で見ておいで。 ー
・「イギリスだけしか知らないものに、イギリスが本当に理解できるはずがない。」
 →他を知ることで、他から眺めてみることで観察は深まる。世界を視野に入れ
 なさい 世界市民になってくれ。
・BRICsの重要性を理解するんだ。ブラジル、ロシア、印度、中国などだ。
 その中で、特に中国が重要。
 解)知れば知るほど、自分が何も知らないことを知るからだ。  
  それと自分の世界の小ささを。
・・・・・・・・・
2007年06月20日(水)
 2269, 家は大事である        *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ!
隣家が4年ほど前に新築に建てかえたが、日毎に家庭が明るくなっているのが、
手に取るようにわかる。「家は大事」とつくづく感じる。何か家によって家族
のあり方が変化するようだ。「人間の器は育った家の器に大きく左右される」
と聞いたことがあるが。家はその天井の高さと、居間の広さがポイントになる。
更に大事なのが、「風通し」と「太陽」と「湿気」の三つである。
     (字数制限のためカット 2011年6月20日)
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2006年06月20日(火)
1904, グーグル Google -9         ー読書日記    
 「ロングテール」に関しては、『ウエブ進化論』の中に詳細があったが、
大事なキーワードである。情報の劇的なチープ化と、検索社会の象徴的な現象。 
私自身も図書館で気にいった本で、既に廃刊されている本をアマゾン・コムから
数分の一で買ったことがある。 以前なら有得ないことである。この書の、
めっき工場や羽田の駐車場は、ロングテールのアマゾン以外の卑近の事例として
参考になる。 
 第四章 めっき工場が見つけた「ロングテール」
パレートの法則という理論があり、広くマーケッテングに応用されてきた。
「20対80の法則」という名でしられている。20?の商品群が、80?の売り上げを
つくっているとか、20?の富裕層が、世界の80?の富を独占しているという法則だ。
最近になってオンライン書店の「アマゾン」が、この法則を覆してしまった。
アメリカのアマゾン・コムの売り上げの半分以上が、販売部数ランキングの
4万から230万位までの本の売り上げをあげるようになったのだ。リアル書店では
在庫をもてない「売れない本」でも、インターネット上にリスティングするコスト
はほぼゼロだから、230万点の書籍を扱えるのだ。しかも売れない本は競争が
無いから、利幅も大きいという良いことずくめである。
   (字数制限のためカット 2011年6月20日)



6669,閑話小題 〜 『ああ、またか!』

2019年06月19日(水)

   * 昨夜の「新潟沖地震(仮称)」
 地元経済にとって、この地震は厳しい。5年先?には、何とか飼い馴らし?を
謀ってきたのに、これで二倍の10年先に… 何せ、柏崎・刈羽原発は、世界最大
規模を誇る原発基地。柏崎市内の公共投資は、その収入を前提で造られている。

≪ 日本海側、過去にもM7クラスの地震 津波で死者も 新潟震度6強
    6/18(火) 23:54配信 /毎日新聞
  ◉ 過去の近隣の地震は?
・日本海側では津波を伴う地震が繰り返し起こっている。地震の規模を示す
マグニチュード(m)が7.5だった1964年の新潟地震では日本海沿岸一帯を
津波が襲い、全国で26人が死亡した。
・83年の秋田県能代市沖を震源とする日本海中部地震(M7.7)でも津波の被害が
大きく、104人が死亡した。
・93年の北海道南西沖地震(M7.8)は北海道の奥尻島北西沖が震源で、地震発生
から2〜3分後に奥尻島に津波の第1波が到達したとされ、奥尻島を中心に死者は
202人に上った。
・2007年の能登半島地震(M6.9)、同年の中越沖地震(M6.8)でも津波が観測。
 =大竹政和・東北大名誉教授の話=
【日本海側は東北地方から中部地方にかけて地震帯があり、これまでいくつも
 大きな地震が起きていた。今回の地震は1964年の新潟地震に震源が近い。
 もう少し北側には近年、地震の起きていない地域もあり日本海側は要注意】≫
―
▼ 既に爆睡していた22時過ぎ、強い揺れで目が覚めた。「中越地震」「柏崎・
刈羽沖地震」「東北大地震」を経験していたこともあり、『ああ、またか!』と、
震度予測「5弱」と予測…。これで世界最大の規模を誇る『柏崎・刈羽原発』
の再開は当分ない?と考えると県内、とりわけ中越地区の経済の回復の見通しは、
更に厳しくなった。 2007年に、350億円の赤字を抱えて事実上破綻した北海道
夕張市が、どうしても類推される。東京電力と政府は、補償金の捻出のためにも
再開が絶対条件。 それ以前に、万一の大地震の場合、我々の生命そのものが、
脅かされることになる。としても、角栄さんよ、公共事業のプラスの遺産は、
有難いが、何とまあ、酷い?負の遺産を残していったもの。あれだけ反対運動を
していた左翼系の言い分が正しくて、餌を吐き出してくれた何?が、極悪?…。
差引ゼロとしても… ここは越後・新潟、何だったんだ。 その恩恵の一端を
受けてきた一人としても。 で、その原発って大丈夫?   娑婆!

・・・・・・
6306,読書日記 〜良い人生だっただろうか?
2018年06月19日(火)
      『老年を愉しむ10の発見: ドイツ流「穏やかに生き抜く」哲学 』
                    ヴィルヘルム シュミット (著),
    * 「いい人生だった」を言える人生を
 人生を振返り、「いい人生だった」、一日を振返り、「いい一日だった」
と言えるために、最後の4分の1の老齢期を泰然と生きるべしと、著者は言いたい
のである。それも、長年の準備が必要とする。 『いい人生だった!』の言葉を
聞いたのは、私が27歳の時だった。父が余命1年の末期ガンを察知し、その恐怖心
と格闘していた最終に近づいたとき、『ああ、良い人生だった。今度、生まれても
全く同じ人生を生きたい』と突然、話したことを思いだす。その時に、
 私の僅かな死に対する知識、
『哲学でさ、自分って死なないっていうの知ってる。死んだ瞬間、自分が消滅
するでしょ。死体は、もう自分でない。死体を見るのは他者でしょ。
だから自分は永遠に生きると考えられるでしょう。』と聞いた父がハッとし、
『こんな話を聞いたのは初めてだ。死が何か、ここで初めて知った』と正直に
吐露していた。それより、太平洋戦争を跨ぎ、2つの人生を生き抜いてきた人も、
死の前の恐怖心には… で、私も「いい人生だった」― の、この一言を口に
出来るだろか?
≪ ―内容紹介― Amazon
 ドイツ『シュピーゲル』誌で18週にわたりベストセラー1位の話題の書!
年を重ねる中で得ていく「落ち着き(Gelassenheit)」とは何か。
 私は「アンチ・エイジング」より「アート・オブ・エイジング(年をとる術)」を
身につけることが大切だと思う。これは、老化というプロセスを拒否するもの
ではなく、それとともに生きるための術である。―ヴィルヘルム・シュミット
・これから得られる「豊かな実り」とは
・自分に起こる「変化」と折り合いをつける
・「それまでの積み重ね」が花開くとき
・「心穏やかに生きる」のに欠かせないもの
 〜カスタマー・レビュウより
古代ギリシャの哲学者デモクリトスが「朗らかさ」を、
外的な財産や感覚的な満足感に依存しない最高の「内面的な財産」とみなした、
というエピソードが心に残った。
快活さ=平安に満ちた心地よさを持つための土台が「生」についてなどの
スケールの大きい思慮から得られた朗らかさだと。
彼自身、「笑う哲学者」と呼ばれていたほど明るく快活だったという。
快活こそ悟り。≫
―
▼ 紀元前6Cのピタゴラスの時代より、死に方に対して様々な可能性について
 語られていた。生きているうちから繰返し何度も「死の瞬間」という極限の
地点に立っているつもりで、これまでの人生を振返り、それを自ら評価し、
時に人生の新たな指標をもとめる哲学的修練。
 この数年、何度何度も、死に関する読書の中で自問自答し、夜半に独り、
考えてきた。それを考えることは、自らの人生を振返ることになる。
人生において何が大事だったのか。何を間違っているかの問題に行き当たる。
如何だろう? いい人生とは何か?からすれば、自問自答で満点のはずだが。

・・・・・・
4844,「事業人生を決心して45年」の語り直しー18
2014年06月19日(木)
   * 衣料量販店のコツ
 肩書きは取締役本店店長。通称、「店長」。母が社長で、兄が専務。
家業そのもののパパママストア。出社日から多くの判断が次々と求められたが、
衣料量販店経営など全く知らない白紙からの出発。ところが、その白紙状態が、
結果としてベストに働くことになる。心だけでなく、何事も、空即是色である。
四日市、神戸、桑名、金沢、千葉と渡り歩いてきたが、いずれも、駅前は競争
激化と、新興のチェーン店の進出で、劇的な変化の過程であった。ところが、
当時の豪雪は、現在と比べようもないほど多く、冬期間は、雪の壁が、町を
遮断する特殊の商圏でもあった。そのため、地元百貨店が二店。
金沢の百貨店と、寄合専門店ビルと、実家である衣料量販店と、その支店の
ファッション衣料店が、そして駅に隣接した一等地に大型チェーン店が、
駅前のメイン通りに並んでいた。しかし、豪雪地区のため、他県からみれば、
その波の強さは、穏やか。この本店、規模の割には、「超繁盛店」で全国で
知られていた。その中での、御家騒動は、世間話の絶好のネタ。
 本店の過去のデーターは、全てを前任者が持ち出し、その上に、前任者達の
意をくんだ残留者は無言の抵抗。一週間、二週間経つうちに店内の商品が底を
ついてくる。その中、地元の問屋の一社が、当面、全面協力をしていた。
そうこうするうち、私の知らぬ間に、秋物衣料相場が、値崩れを起こしてきた。
普通なら、導入期に一通り秋物を並べ、次の最盛期に値崩れの仕入れをして、
稼ぐ。しかし、導入期の商品が無い中の、絶妙なタイミングに、東京、大阪へと、
現金を持って初めての仕入れ。何も知らないのに知ったふりの緊張感の中での
仕入れは、今でも忘れられない。そして、何とか値崩れ品の仕入れが終わった。
そして次回は、名古屋、大阪、岐阜へ現金問屋や、メーカーへの飛込み仕入れ。
 その時、思い浮かんだのが、父と中学、高校時代に一緒にまわった記憶。
まずは、一回り目は情報を取り、そのシーズンの流行と、相場を把握。その後、
商品を選び出し仕入れていく。それも現金で。右上り時代の中で、誰も忘れて
いた商売の原点を、動物的直感で綱渡りの瀬戸際で、始めていた。何とか一月が
過ぎた頃、店に高崎の有力衣料問屋の部長が訪ねてきた。店頭の立話しだったが、
現在の経緯と、自分の経歴と、現状を手短に話したところ、『当社として、
全面的に協力します!』という。暫くしてから、その意味を知った。それは
『その窮状を、産地問屋として、当分の間、原価ギリギリで商品を提供します!』
であった。これが大きかった。それに現金を持って産地を歩く、基本的原理を、
父から教わっていたことも大きい。これで、地元の問屋、メーカー、百貨店の
相場を根こそぎ叩き壊す、本来の姿に戻ったことになる。その中、その年末は、
思いもよらない暖冬で、冬物衣料の相場が大崩れをした。他の大型店は、事前
予約の冬物の在庫の山だが、当方の店の中は、予約など無しのカラ。
その中での、大阪、岐阜、岡山、に現金を持っての仕入れ。多くの筋ものが、
半値以下の大量仕入れ。それを、そのまま、小利で売りに出せば、大当たりに
なって当然。 時代の流れもあって、全てが、プラスに働いていた。
激変の中、むしろ既存の常識無視の方が、プラスに働く。

・・・・・・
5574, 突然、余命宣告を受けました ー��
2016年06月19日(日)
    『あの世へ逝く力』 小林玖仁男著
   * 自殺願望の八割が、いざとなると
 苦しめるために生かしておくような延命治療なら、そうそうの安楽死を選択
したいが、現実は痛み止めの薬を強くすることで早めに死に導く。安楽死に
ついて、まだまだ議論が足りないようだ。 考えてみれば、人間は穏やかな
自殺か、安楽死の道を歩いている。 自分の死の決断こそ、最期に残された
人間の最大の自由の行使になる。  〜その辺りから〜
≪ 現在スイスでは安楽死が認められていますが、興味深いデータ報吉がある。
 自殺蓄助による安楽死を希望する場合、希望者の医療記録を徹底的に分析し、
生き続けていくのが困難だと判断された場合にのみ致死量の薬が処方される
そうです。しかしここからが驚くべきことなのですが、安楽死のための薬の
処方が可能と判断された患者でも、いざ安楽死可能と分かった時点で"自殺願望"
が弱まるというのです。その割合が何と八割もの人々の自殺願望が急速に冷める。
つまり、「苦しみながら死を待つ。この生き地獄から抜け出すことが可能と
分かれば、この理不尽に社会が理解さえ示してくれれば、我慢もできる」と
言っているのです。やはり、倫理観からも、宗教観から見ても、家族の手前も、
「苦痛だから死ぬ」というのは、どこかでなじめないのかもしれません。
だから、「この苦しみに、大いなる同情と、法的な権利さえくれればそれで
いい。我慢もできる」と。気持ちを分かってさえくれればー。そういうこと
なのではないのでしょうか。≫
▼「苦痛を最小に消え去りたいため、余命を告げられたら、早々、リンゲルの
 大量投与を」と思っていたが、「いざ安楽死が可能になると、八割が自殺
 願望から冷める」という事実。何だろう、これは? 
 〜ところで、私が生死に関する言葉で、気に入ってるのが、
<死ぬことは、生前の自分が存在しなかった状態に戻るだけ>
<遺伝子が私の身体を借りていただけ、それが無くなっても、数限りない
 遺伝子が、何処かの身体を通して生き延びる。「私」など他愛のない存在>
<充実した過去と現在を生きている(きた)なら、死など、恐れることはない>
<死んでしまえば、それまでよ。生きている内、できる内。>
<当人にとって、『死』は存在しない。死んだ瞬間、本人は存在しないのだから>
<宇宙の彼方から地球へ旅に来て、見るだけ見て、するだけして、帰っていく
 のが死である。> 
それにしても、辛いだろうに。

・・・・・・
5939,閑話小題 〜無知は、教養より金がかかる
2017年06月19日(月)
   * 無知は、教養より金がかかる
<教育にはカネがかかる。とはいっても無知にもカネはかかる。
                    〜クラウス・モーザー卿 >
☆ 何とまあ、人生をシリアスに切って捨てた言葉である。
 そう、人は無知で失った方が、知っていたが故に得たことより遥かに多い。 
なればこそ、無知を少なくし、知識など教養を長年かけ蓄積しておかないと。
私の場合、5歳までの、家系としてのベースが貧弱だったということ?
いや、それは99%の人たちに当てはまること。ならば学び続けるしかない。

   *  BE(なる)―DO(する)―HAVE(持つ)
<目標は、この3つのうち『持つ』の部分。スタイルが良くなりたい、恋人や
配偶者といい関係を持ちたい、あるいは百万ドルほしい、こういった目標は
どれも何かを『持ちたい』です。目標が決まると、次に、そのため何をなす
べきか、リストを決めまtす。問題は、スタイルが良くなる、金持ち、BEの状態
になること>
☆ 以前、<上手くいったから幸福になるのではなく、幸福であればこそ
 恐れることなく上手くやれる>という幸福論の一つの道理について触れた。
< BE(なる)の状態なればこそ、―DO(する)のプラス循環の結果、―HAVE
(持つ)になる>  6年前の大きな節目からこの方、見えたのが、マイナーの
人たちの視線。彼らは自らの傷口の膿を、他人の傷口に塗りつける自傷行為の
業の磁力が強い。マイナーのばい菌は、人に塗りつけると、他者のばい菌が、
当人の膿を更に濃厚にする。その毒のため、何人かが倒れていったような。 
自業自得、いや事業自毒。 これは私自身にも当てはまることだが。
 で、当時、直ぐに実行した手順が、2ランク上の習慣づけ。慣れてしまえば、
習慣自体は「第二の天性」となるはずだが… ただ淡々とコナシテいる。
ベストのことは、張りのある充実感と、毎日が兎に角、面白いこと。
 〈・BE=充実感のある日々 −> ・DO=生活習慣 −> ・HAVE=楽しみ〉
『こんな日々の何が楽しい?』かって。 『いいじゃないですか!これで…』
 「知らないバカ」と、「知ってるバカ」と、どちらがマシ?
「知ったかバカ」もいるが、「知ってるバカ」は、まだ、すくいがあるか?
・・・・・・
5209,閑話小題 〜何気ない会話の中で
2015年06月19日(金)
   * 何気ない会話の中で
 先日、中学校の来週の同期会の幹事の打合せの会で、顔は何となく憶えて
いるが、話を1〜2度したかしないかの男が隣席に座って酒を酌み交わす
中で、私が、『以前も話をしたかもしれないが、たしか40年以上、消防隊員
になったと憶えているが・・ 』と語りかけると、次の言葉が返ってきた。
『自分は、当時の花の中卒で、地元の津上製作所に入社。同期の殆どが、
夜間高校に4年通い、高卒の資格をとって地方公務員に転職をしていった。
自分は消防署に勤め変え42年間、勤め上げた。』と、さらりと言った。
15歳で働きながら高校資格をとって地方公務員になり勤め上げるコース。
こういう人生もある。これまでの私の恵まれた?生活環境と、あまりに
掛離れた生活環境に、言葉が出なかった。地道だが、地に足のついた
恵まれた人生である。 問題は、自分の歩んできた人生を肯定できるか
どうか。消防士といえば、火事と救急救命の現場の仕事。そこでは、
様々な露出した人生模様が垣間見れる上、生き死にの瀬戸際に立ち合う。
小さな世界の安穏とした人生を根こそぎ否定してきたが、それも人生。
彼にとって、救急搬送と、消防は、生き死の境目の現場の仕事である。
何か世間とかに捉われていたのは、逆に自分ではないか? 日々、是、
目覚め。それぞれの人生を否定も、肯定もしてはならない!ということ。
数年後?には、私なりの結末(死)が待っている。 貴方もだが・・
 『ああ〜、面白かった!』と、心底から言えるかどうか。
そういえる背景には、いえるだけのエネルギー量が必要だが。
・・・・・・
4477, アベノミクスへの疑問
2013年06月19日(水)
 日本経済の危なさは、二年前の事業断念に至るプロセスで直接、肌で感じ
取っていた。ここでバブル経済とは、とんでもない誤りを犯そうとしている。 
「10年後に一人あたりのGDPを150万増加」など、方向は逆。
それも以前に放り出した元首相二人が恥ずかしげも無くである。
何人かの経済学者がアベノミクスに批判をしているが、円安、株高の現象の
前に表立っていない。 先日、図書館で借りてきた
「文藝春秋4月号に神谷秀樹のレポートーアベノミクス「危険な熱狂」ー
があった。ネットで調べたところ、これを簡略したブログの内容があった。
★ ーブログにゃんと〜 ー神谷秀樹『アベノミクス「危険な熱狂」』
              文藝春秋4月号の一部を抜粋ー
≪◎ アベノミクスを冷静に分析し「A=アセット(資産)、B=バブル、
 E=エコノミクス」と揶揄している人々がいるが、彼らのほうが正しい
 ことは、いずれ歴史が証明する。いま喜んでいるのは、バブルに乗って
 一儲けしたい投機家ばかりだ。「持続可能な経済基盤」を構築するものには、
 人口、中産階級の収益力、イノベーション(技術革新)、エネルギー価格、
 政府の健全な財政等々があるが、中央銀行はここに述べた経済成長の大きな
 要因のうち、何一つコントロールできない。
◎ 安倍政権は「市場にお金が不足している」と考えているようだ。
 だが、これは完璧に間違った認識、市場にはお金があり余っている。
 企業はもてあますほど現金を持っており、日銀の当座にも銀行が使い
 切れない「ブタ積」が山ほどある。 
◎ 株価が上がって投機家は喜んでいるが、何も企業の競争力が回復した
 わけではない。企業の持つ外貨資産の評価額が上がっているだけの話だ。
 (中略) 外貨建ての資産が評価益を出すということは、裏返せば円建て
 資産が、国際通貨のバスケットで見れば価値が目減りしていることになる。
◎2000年代初めから民主党に政権を譲るまで、
  自民党政権時に彼らが行なった不況対策は、
 ?「円安麻薬」で輸出ドライブをかけること、
 ?「契約社員化」で賃金を切り下げ、国際競争力を維持することだった。 
  しかし、この政策は完璧に破綻。
 「インフレを起こせば賃金が上がる、雇用が増える」というのは、
  全くのイリュージョン(妄想)で、「国際的に価格競争力を失ったのは
  円高のせいだ」というのもイリュージョンだ。 競争力を失った理由は、
 同じ質の労働に対する賃金が海外に比べ高い、製品の質の面でも優位に
 立っていないことだ。
◎「バブル崩壊の対策は新たなバブルの演出で」が正しい処方箋でないのは
 「失われた二十年」で学んだ筈だったが、実際には学んでいなかったようだ。
 ABEがバブルを大きく膨らませれば膨らますほど大きな破綻を日本に
 もたらし、その時はもう復活不可能なほどの致命傷となるだろう。≫
▼ グローバル化の中では、日本一国の金融緩和でコントロールが出来よう
 はずがない。アベノミクスは、一部の輸出産業と大手の金融機関がプラス
 になるだけ。逆にマイナスのエネルギーは、弱者を直撃する。
 二ヶ月前の地元の高校の同級会の当初からのメンバー20名をみると
 (5人が死亡)、この1〜2年で私を含めて6人が倒産、廃業、自殺、経営
 責任での辞任などで(半数近く)やられたことになる。そう遠くないある日、
 中国かアメリカの投機筋から、売りを浴びせられ株価が暴落するだろう。
 参院選前にもう一度、そして、参院選挙の後の秋あたり。



6668,閑話小題 〜今週のYouTube!

2019年06月18日(火)


   * YouTubeでみる大波の襲来
 土日の週末は、TVはYouTubeを中心にして見ることにしている。
自然とテーマが絞られる。「アフリカの野生動物」「KOシーン」や、
「逃走車の追跡劇」「ムササビ・スーツの滑空」「ドローン・レース」
「バンジージャンプ」‥など。
 先週は、津波などの大波による、事故現場の映像を中心に見た。 
大波に飲まれていく人を、近くで高みの見物している人たち。ところが、
自分たちも、その後、更なる大波の襲来を知らずに… そして次の瞬間、
飲みこまれる。それを見ているうち、1990年のバブル崩壊から、2001年の
9・11テロ、2008年のリーマンショック、東北大震災で、廃業に至った我姿が
重なりみえてきた。『まさかの坂』『ブラックスワン』が突然に現われ、
襲いくる恐ろしさ。自分だけは絶対大丈夫という慢心が知らない内に、
身に付いてしまっている。私の年齢では、『死』の問題。
 で、…
―
   * 75歳まで、あと一年半!
 最近、高齢者による交通事故が問題視されている。首都圏で交通網が張り
めぐされていればよいが、地方暮らしは車が必要。まさか自分が高齢者に
仲間入りするとは?思いもしなかった。足腰は年々重く、怠くなるにしたがい、
何をするにも億劫になる。マイナスの連環が、老化の特徴。後期高齢者に75歳
まで、一年半! 免許証の返還も、考えなければならない時節。
 社会施設は、あくまで現役を中心につくられている。
「老いるとは無念のコトじゃ!」と天敵の母に宣った病床での伯母の言葉が
浮んで来た。たしか、90歳近かったが。
藤山一郎の『恋はやさし野辺の花よ』じゃないが、『老いは悲し野辺の石よ』
に向かって一歩ずつですか。 それでも生きていること自体を味わないと…
段々と書くことがうさん臭くなる。それでも元気な内ですか。

・・・・・・
6305,読書日記 〜『死の準備教育』 ー1
2018年06月18日(月)
             〜『死の準備教育』曽野綾子著より       
   * 死ぬまで5分間我慢する  
 曽野綾子女史の言葉である。死について数多の書物を読んできたが、
この一言は、「強烈」である。 たった、これだけのこと誰が教えてくれた?

【私は弱いから、暗示がよく効いたのである。私はいよいよ或る種の男よりも
強くなり、ますます、女らしくなった。何にせよ、いつ死んでもいいと思うこと。
死ぬまでに5分我慢すれば死ねる、と考えることは、私の精神の安らぎに役立った。
私はその5分間に決して平成ではあり得ないだうけど。】
―
▼ そうか、5分か! イメージとして、先だった家族に囲まれてボンヤリ
 消えていく。こらなら、イメージコントロールが出来る。面白そうである。
しかし、死期を悟って、最期の5分に至る道は地獄道である。煉獄といういう
のが、それだろうか? 恐怖心がつくり上げた究極の心理状態で、恐れて待つ
より、早く、その5分後先の安楽を期待する方が、気持ちは遥かに楽?
 生まれてきたからには、どのみち、死ななけらばならない。
どのみち、人生、プチッで、終わるのだから。 暗い? 暗黒の中心点を
凝視するしかない、この問題は。そうしないと灼熱砂漠の真只中で慌てるよ。
――
   
   * 死の果たす役割は、平等の『死』である
 死の清算があるからこそ、面白く、味が出てくるのである。死からすれば
全てが夢幻である。人生で、何が面白いかといえば、死ぬからである。その
当り前のことを、我々は忘れてしまい、無駄に人生を過ごす。
 勿体なじゃないか、など微塵も思わない。公平でないところが、奇妙?
【もし人間が平等であるとするならば、それを果たしているのが「死」である。
 誰もが一回ずつ死ぬのである。しかし、日本の教育は死を教えなさすぎた。
…戦争体験をした私は小学校のうちから、否が応でも毎日、死について考える
癖をつけられた。だが、戦後教育では死を考えることがタブーになった。
人が何歳までも生き続けることが医学的に目指すようになり、人が死ぬかも知れ
ない状況をつくる政治は「悪政」とみなされて、批判される。
今は死を覚悟しましょうというだけで、戦争を連想させるとか、貧困を肯定する
とか、批判が出るが、それがおかしい状態である。死は人間の運命であり、人間
の生きかたなんだから。】  
―
▼ 中学校の古希を祝う同期会で、司会で、「古希を過ぎると、背後にいる死神が
 前から迫ってくるとか云々…」を話していると、『3・10・60・27の法則』の
27%男が、『暗い!』の一言。ハイデッガーって何?は、60+27=87%の問い?…
メメント・モリは、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」。
 【小説】「死を忘れるな」CommentsAdd Star
< イギリスの作家ミュリエル・スパークの『死を忘れるな』。
 登場人物の平均年齢が70歳代半ば以上という高齢者小説。それぞれのところへ
「死ぬことを忘れるな」という謎の電話がかかってくるが、対応はさまざま。
慌てふためく者、警察に訴えて犯人を見つけようとする者、そして穏やかに
それを受け入れる者。生きることは常に死ぬことと背中合わせになっている訳
だが、人生の真っ只中にいると、そういうことは忘れがちである。
だから、「メメント・モリ」。>
 72歳男の心象風景は、「同年代が4分1が亡くなり、残りの半数が介護。
とすると、健常者は8分3の世界」 死は、ある日、突然やってくるのではない。
「生/老/病/死」と、じわじわと前側から近づいてくる。近づけば近づくほど、
その影は色濃く迫ってくる。

・・・・・・
5573,突然、余命宣告を受けました ー��
2016年06月18日(土)
            『あの世へ逝く力』 小林玖仁男著
   * 言葉のチカラが、心を救う
 言葉の力は絶大である。【心の傷を通して、あなたの優しさが沁みてくる】
死に直面したから、人と心の優しさを感受できるのである。死に対しても、
[正・中心・一点・無]に向合っていけば、無限の慈愛を得ることが出来る。
後ろ向きになるほど、恐怖心は大きく圧し掛かってくる。あの世に逝くのにも
力が必要のようだ。しかし、全身脱力で。
≪ 恐怖感が薄らいでくると、徐々に死の覚悟らしきものが見えてきました。
 それは友人たちをはじめとする多くの人の言葉に支えられた(ている)からでも
あります。濁流に呑み込まれそうな私を引き上げてくれ、どうかすると叫び
駆け出したくなるほどの際どい精神状態を、何とか押しとどめてくれました。
・「悪魔と取引してでも生きることを考えてみて」 友人。
・「父も間質性肺炎だったが苦しいのは最後の一週間。なら他の死も同じ」友人。
・「これからは、なるべく僕がそばにいて支えるようにします。それに小林さん
 からは、まだまだ吸収したいものがたくさんあるから、横で盗みたいんです」
                           知人の息子さん。
・「神社仏閣は、当時の陰陽師が決めたパワースポット、行けば落ち着きます」
 「我慢せず泣き喚いたほうが楽になる。私が手を貸しますから」ライフコーチ。
・「夕日の没れるが如し(万事休む時である)」鹿島神宮のおみくじ「凶」の言葉。
・「小林さんがどう死を達観しようが、僕はまだ認めないですから」大学の後輩。
・「大変なことがあると自分が大きく変われますよ」占い師。
・「ふるさとに行かれたことはとても良かうたですよ」占い師。
・「小林さんは新しいステージに立った。死を覚悟したから、生を大切に
  生きられます」占い師。
・「気持ちと、運気と、医療と、努力が整えば、より長く生きられます」占い師。
・「求めなさい、そうすれば必ず与えられます」教会の牧師。

・「笑えば必ず、病気は持ちこたえられます」ライフコーチ。
・「もう、ろくでないことなんか、なぁ〜も気にせんでよかと。たっぷり
 お金を用意して世界一周クルーズでも行ったらよか。ところで、死ぬにも
 お金がかかるけたい。あんた大丈夫?」博多の知人女性。
こういう言葉の全部が私を勇気づけ、奮い立たせ、「死の覚悟づくり」を
手助けてくれました。≫
▼ 父親は余命宣告どおり、一年で亡くなった。その間、自分の心と、母親を
 観察をしていたが、最愛の人とはいえ、あくまで他人事。その刹那さの一部も
引受けることなど出来はしない。そうと思わないと、精神のバランスを保てない。
子宮の管に巻かれ息苦しい苦痛の中から産まれ、最期も一人、管にまかれ七転
八倒の中で死んでいく。生まれるも一人、死ぬも一人である。最期の一週間は、
もう生きていたくなくなるほど、苦しめばよい。そう割切るしかない。
 元気な身体と、良好な精神状態で、出来る限り生きたいが、時期がきたら、
早々、逝くのも悪くない。40、50代で亡くなった人には、少し早めに逝かれたと
思っていたが、そうでもなかった? 当人にとって、丁度良かった? 
 偶然だが、で、以下に続く!
――――
5208,「自分」という言葉自体が「自然の分身」
2015年06月18日(木)
      『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』堤未果:佐治晴夫対談
 * 世界を通して私自身のことを学ばされる
    こだまでしょうか  〜金子みすず
< 「遊ぼう」っていうと    「遊ぼう」っていう。
  「ばか」っていうと     「ばか」っていう。
  「もう遊ばない」っていうと 「遊ばない」っていう。
   そうして、あとで さみしくなって、
  「ごめんね」っていうと   「ごめんね」っていう。
  こだまでしょうか  > 
≪ 佐治:人間という生きものは何か?の答えは自分で考えていても
 何も出てこない。「自分を包括する宇宙を知ることで、人間というのが
 見えてくる。 私たちは自分の顔を自分で見ることはできません。
 相手の顔は見えるけれど、自分の顔は鏡に映しても左右反対ですし、
 小さい粒子の集合体である写真がそのまま自分の顔だともいえない。
 だからあえていえば、私の表情は、あなたの表情のなかに見るしかない、
 ということになりますね。あなたの表情を見て、私の表情を推測している。
堤:相手がいてこそ、自分のことがわかる。鏡なんですね.
佐治:そこに宇宙の研究の目的があるというわけですね。繰り返しますが、
 自分のごとを知るためには、自分を包括している宇宙のことを知ること。
 それによって自分が見えてくる。それが宇宙研究の目的です。
堤:私は昔あたまでっかちな理想に燃えていて、国連で働いていたころは、
 いろいうな悪いものを排除したり、世界を転換させなければ平和はこない
 と思いこんでいました。でもジャーナリストになり、取材していくと、
 二人の人のなかにも善と悪が同じくらいあって、一つの国のなかにも
 善と悪があることに気づかされた。広く世界を見ようとするほどに、結局
 自分自身と向きあわされる。世界を通してじつは私自身のことを学ばされる。
佐治:当然ですね。それを数学の言葉でいうと、フラクタル(どんな微小な
 部分をとっても全体に相似している)構造だということになるのでしょうね。
 全体のものは自分という部分にすべて投影されているということ。世界って
 そういうふうにできているわけです。そうでなければ世界というのは物理的に
 存在しえない。木の全体像を考えれば、全部、Y字形の枝の分岐でできているで
 しょう。その分岐の仕方によって松の木になったり桜の木になったりしている。
 木をよく見ると、全体もY字形になっているし、枝も葉っぱもY字形になっている。
 つまり、全体というのは、部分のなかに投影されているというのが、数学的に
 見た世界像です。全体を見ることによって、自分がわかるということですね。≫
▼ 心の合せ鏡を持つ必要性をいっている。世界を、宇宙を合せ鏡にして、己を
 知ることだ。逆に、己を合せ鏡にして世界を見ると、歪んだ小さな自分の分が
 見えてくる。「こだまでしょうか」の、幼児の問いかけが、そうである。
 内語で、さて「遊ぼうか」と問いかけ、そう「遊ぼうか」と。
「今日は、寝てようか」といえば、「そうだ、寝てよう」と。
「俺って馬鹿か」というと、「つくづく俺って馬鹿だ」と返ってくる。
「これで良かったのかな」といえば、「今さら、仕方がない」と、ブツブツ。

・・・・・・
4476, 閑話小題 ーオノマトペ
2013年06月18日(火)
 6月11日のNHKの情報番組「クローズアップ現代」で、「にっこり」「ドキッ」
などのオノマトペの魅力を取り上げていた。擬声、擬音語には、その背後の豊か
な情報を伝達する力があるという。 ーNHKのHPによるとー
≪ 「ぐにゃり」に「ほっこり」。「ぱみゅぱみゅ」に「じぇじぇじぇ」。
 今、私たちの身の回りでオノマトぺ=擬音語、擬態語が急速に増えている。 
  放送では、
* トップスポーツの現場から。「“べちょべちょ”」「“ぬめぬめ”」
* 新製品の開発を模索する企業でも。「“ガシガシ”」
* ロボットの人工知能の研究現場まで、“どどどどっ”
 と熱い視線を集めているのです。人を引き付ける理由は、オノマトペが
持つ音の爆弾とも言われる、“ドキッ”とする力。オノマトペは、普通の言葉
とは比べものにならない豊かな情報量を持っていることが明らかになった。
言語学者は、「普通の言語では、そぎ落されてしまったものが全部、オノマトペ
の中に引きずり込まれて凝縮する。」 大手コンビニチェーン 広報
「“もちっと”ホットケーキや、“もちもち”くるみパンが、人気があります。」
商品名に、“もちもち”と付けると、売り上げが5倍に増える。そんな都市伝説
のようなうわさが、駆け巡っているという。大手コンビニチェーンの広報では、
「“ふんわり”とか、“サクッ”としていない商品は、比較的“もちっと”。」
おいしいを感じる言葉のアンケート調査でも、“もちもち”や、“もっちり”
がどんどん急上昇する一方で、“コシのある”や“舌ざわりのよい”は、
“ひゅるひゅるっと”急降下。短く直感的に伝わるオノマトぺがランキングを
席けん。オノマトペは、“パキッと”堅いイメージのある国会でも増殖・・ ≫
▼ 小泉元首相が、一言コメントで、国民の‘考えない層’の取り込みで世論を
 巧く誘導したが、「一言実感売り手コメント」とも言える。ツイッターの発信は、
現場感覚のオノマトペのようなもの。スマートフォン、タブレットの情報端末も、
現場感覚のオノマトペを親しみやすくしている。早朝の信濃川の土手の、ある場所
で「あ〜あ、清清するな!」と独り呟いているが、これも、それか。 変わった
スナックの名前に、‘ひとり静か’‘それから’‘そこ’‘どん底’などあるが、
オノマトペのニュアンスの店名が増えてくるだろう。で、「面白スナック名」と
検索したら、「まぬけ」「あくびちゃん」「夜光虫」「団地妻」「メロメロ」
「あんたが大統領」「スナックとしま」(池袋にある)「いい娘(こ)銀行」
「居酒屋どんぶり勘定」。 そこで考えついた面白いスナック名・・
{化け猫、寄生虫、からおけ音痴、娑婆娑婆、ここそこあそこ、ノミスケべイ}。
とっておきは、「ま、いいか!」以前、新潟駅前にあった? 
「へっくしょん」「ずぼずぼ」「プッツン」も? 


6667,閑話小題 〜ヨガ・エアロに7年と3ヶ月

2019年06月17日(月)



   * どう?効果があるの?
 数日前のこと、7年の間、ヨガで隣り合せの人に、参加をしたばかりの人が、
『腰痛、少しは良くなってるの?』と聞いていた。 暫し迷った上、
『何ともいえない!』との答え。実感だろう。 私の内なる問答では、
『ジムに8年、ヨガが7年3ヶ月、参加してきた。選択しているコースが、
「平日会員のメンバー」。 <月、火、水、木、土曜日の10〜17時までの
週5日間コース>。 昨年までは、旅行などを除くと、ほゞ皆勤の出席。
今年からは歳相応に週4日にダウンした。参加目的は腰痛対策と、運動量の確保。 
それと誰もが陥るらしい老人性鬱病と痴呆症への予防対策。これに加え早朝の
一時間のチャリ散歩(ポタリング)が加えると3時間の運動の確保になる。
 しかしパソコン前と、ベッドの寄り掛りを加えると一日8時間を過ごすため、
腰への負担は甚大。これでもカバーしきれてない?のが実感。
 …で、私の実感は、
<完治には程遠いが、続けてなかったら現状より悪くなっていた。歳を重ねる
度に、間違いなく衰弱をしている実感は否めないが、それでも三割方は軽く
なった実感がある。SJに通い始めた数年間は、急なストレッチの刺激のためか、
逆に足腰が重く、痛さが増したが、それは改善の過程の兆候。その後は少しずつ
軽くなっている。> でも、上京やツアーの参加の直後や、現在のような季節の
変り目には定期的に病状が現われる。そして、現在、予測通り、出ている。
 ところでSJは、様々な人生を生きてきた人たちが見受けられる。 当初は
戸惑ったが、それも最近では見慣れてきた。ジム内は、雰囲気が明るく、気分
転換のリズムをつけるに効果的居場所。 私には、効果というより、人混みに
身を晒すことが目的。
 ―
ところで、一ヶ月前に所用で日帰りの上京をしてきた。それ以来、治まっていた
腰痛が、今でも続いている。季節の変り目もあるが… 今週に、学生時代の
クラブの寄り合い、来週は大学主催の10年ごとに開催される「卒50周年の集い」
がある。直前まで腰痛の様子をみたが、二週続けた上京は無理と判断。
「50周年の集い」の一本に絞ることにした。

・・・・・・
6304,閑話小題 〜鼻毛を毟り取る
2018年06月17日(日)
   * 鼻孔さっぱり、ノーズクリーン
 半年に一度ぐらい、スーパー床屋に行くが、座ったと同時に「300円で鼻毛を
取りませんか? 粘着ワックスを使って一瞬で鼻毛と角質を取れます。スッキリ
しますよ」と誘われ、300円ならと受けてみた。鼻の穴に少し温めた人さし指ぐらい
のジェル状の塊を入れられた数分後に一瞬で抜かれる。少し痛いが、耐えられる
範囲。で、成るほど鼻孔が、これまでと違う軽い感覚。 抜かれたワックスを
見せてくれたが、数ミリの産毛と角質がビッシリ付いていた。勧めの言葉とおり、
‘鼻孔スッキリ、これは良いわ’の実感。
 さっそくネットで調べると流行ってるらしい。ドラッグでも売っているようで、
自分でも可能。その夜半、寒さもあってか、夜半にクシャミの連発。鼻風邪か?
と思ったが、翌日には治まっていた。人差し指が届く範囲のため、奥の産毛は
残るため、チリから肺が守れるというが、寒さは無理ということ。
――
   * 野本恭八郎
 先日、<牧野の殿様、3万石の世界>のテーマで野本互尊翁について書いた。
戦前、父親が骨董商をしていた際に、津上退助と、野本翁の二人に気にいられ、
多くの骨董品を納めていたと聞いていた。で、ふと、二番目の姉の名が、「恭子」
私が「八郎」は、恭八郎から頂いたのでは?と、思い至ったが、如何だろう。
確か、家に彼の書画があった。父親から聞いてなかったが… 名前には、
様々な親の想いが込められている。フルネームは、最短の物語というが。
  〜ネットのコトバンクによると
【 1852−1936 明治-昭和時代前期の社会教育家。 嘉永5年10月24日生まれ。
 第六十九国立銀行取締役,新潟県会議員などをつとめる。互尊即独尊を説き,
大正4年長岡に互尊文庫を創設。昭和9年には日本互尊社を設立し,全財産を寄付。
昭和11年12月4日死去。85歳。越後(新潟県)出身。旧姓は山口。号は互尊。
【格言など】独尊は互尊と知れ,互尊は独尊と覚れ(信条)

・・・・・・
5937,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −7
2017年06月17日(土)
   * いま話題の「2k、4k、8kTV」とは何?
 家電チェーンのチラシ広告で目につくのが大型薄型TV、とりわけ4kTV。
その上に、4k有機TVである。去年暮れ、寝室に、その4kTVを購入して、
視覚世界が一変して現在に至っている。居間中心だった生活が、寝室に移動し
てしまった。「2k、4k、8kTV」とは何か、その「k」とは何かを検索して
デジカメで画面に使われている解析度「千」の省略用語「k」と、知った。
 〜ネット検索で調べると〜
≪ 現在、我々がみているデジタル放送は、フルハイビジョンといわれる規格で、
 解像度は1920×1080ピクセルで約200万画素相当。今、次世代の規格として注目
されている4K映像は解像度3840×2160ピクセル、約800万画素相当で、フルハイ
ビジョンの4倍の画素数からなり横方向の画素数が約4000ということから4Kと
呼ばれている。実はこの4Kのさらに先をいく、スーパーハイビジョンと呼ばれる
8K映像の研究が現在進められている。8Kは、現在のフルハイビジョンの16倍に
あたる7680×4320ピクセル、約3300万画素という超高精細な映像を実現します。
フルハイビジョンのテレビは、画面の近くに寄ると液晶のドットを視認すること
ができますが、8Kの超高精細なディスプレイではどれだけ画面に近づいても
液晶のドットがわからないほど精細です。そのためそこに映し出される映像が
あまりにリアルに見えてしまい、画面に映った映像と認識できないほどです。≫
 ―
▼ 7年前に購入したTVは、ハイビジョンだったので100万画素とすると、
 寝室の新たなのものは800万画素+40%アップしたもの。とすると、居間の
TVの10倍は鮮明な画面になる。これでは手放しで感動して当然である。
同級会で、それを説明すると、「その結果、何が如何、違って見えるのか?」
と、素朴な疑問。直感的に答えたのが、「大相撲のTV観戦を例にとると、
これまでは、土俵上の力士と行司だけにピントが合っていて、土俵周りまで
関心がいかなかったのが、観客のファッションとか、所作まで鮮明に見えて、
今日は、どんな人が、どんなファッションで、どんな連れと同伴しているか
などを見るようになった。個々が浮き上がって鮮明にみえる」と答えると、
納得したようだ。スマートフォンのカメラ機能で、画素の違いは判るだろう。
8kTVの一般の普及は、7〜8年先のようだ。ところが、今度は「4k有機TV」
が出てきた。8k並みの4kTVと、有機TVの話題は次回に… 

――――
5801,閑話小題 〜4k8kテレビの世界
2017年02月01日(水)
  * 冥途の土産に
・一昨年の暮れ、寝室にWoWoWの二台目契約をしたのと同時に、ブルーレイの
録画機を設置して一年。次は6年半経過したTVを思いきって買換え、はや一ヶ月
経過。居間から寝室にシェルター内の居場所の重点移動になる。一切、家内に
秘密で、新潟駅前の家電チェーンを含めて10軒近く、見て聞いた後、買換え
の結論を出した。少しでも家内に気づかれれば、瞬時に潰されるのは自明。
決めて納入までの罵声の嵐は覚悟の上だが、全身での罵声は覚悟としても、
やはり堪えた。敵は、この機会とばかりに普段の鬱憤を怒りこめてくる。
奥の間は、外界からの雑音が皆無ということも含め、そこは異世界である。
これをベッドでみた後、廊下を隔てた仏間のパソコン前と、居間に向かう時、
何か夢の世界から現実社会に、引き戻されつつ歩んでいる感覚になる。 
・20年以上、年末のNHKの紅白歌合戦を見ることがなかったが、早速、初めから
終わりまで、一睡もすることなく見てしまった。背景がデジタル映像を主体に
した世界に変っていた。
・更に大相撲初場所も、幕下上位から、打上げまで、ほぼ見ていた。 
最近に知ったが、これが8kの試験放送。いやに生々しいはず! 映し出される
力士だけでなく、観客の姿が立体的に鮮明に映し出される。服装、表情を見て
いるだけで飽きはしない。より立体的に、力士も行事も、砂被りの観客も、見る
ことが出来る。4kと8kの違いは、より鮮明に立体的に浮かび上がる画像の差。
・店頭の中年店員が「他は800万画素だが、これは2000万画素の異世界の映像
を映し出している」というのも実感できる。4k8kTVの情報は、東京の従兄が、
葬式で地元に来た時の通夜の席で、「別次元の明るさがあり、鮮明で、臨場感が
違う」と聞いた情報。
・そこで【長岡花火 2016】とYouTubeに入力すると… 過って見たことの映像
世界が次々と出てきた。見方によれば、現場で見るより、華やかさという面では
圧倒的に?まさっている。「4k・8k映像世界とは、これ」と現出された内容。
「人間の視力、聴力をデジタル技術で遥かに超える世界が、TV映像にも出てきた」
ということ。3Ⅾが最近、話題に上がらなくなったのは、対象が立体的になった
ためという。
・グーグルが、ストリートビューを美術館内の芸術作品で始めた。まだ出だし
だが、世界の名画が、パソコン、TVで本物よりも本物らしく映し出される時代
になった。8kの次世代の画面の段階に研究は進んでいるという。あまり長生き
をしたいと思わなかったが、ここで、少し気持ちが変化をしてきている。  

――――
5833,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −3
2017年03月05日(日)
   * 現在も驚愕の日々が続く 〜ドローンで空撮
 昨年の秋に東京の葛飾に住む一回り年上のカメラマニアの従兄から、
「4kTVと、ビデオカメラが如何に素晴らしいか」を教えてもらい、寝室の
6年半使用のTVを少し早めに買換えた。当然、さほど余裕がない立場の身、
家内からの激しいバッシングを受けることに相成った。 従兄が語った
「私は進行ガンで老老介護の日々。生まれるのが10年早かった。ドローンに
8kカメラをつけて、名所の自然を空中から撮ってみたかった!」という悲鳴
に近い口惜しさが直に伝わっていた。そこで一月かけて、4kTVとは如何なる
ものか、家電店を10回近く見て回った。特に「ソニーの‘ブラビア’は別次元
の世界に誘う。4kだが実際は8kに近いしろもの」という殺し文句を数人の担当者
から聞くことができた。 人間の視覚を遥かに超えた4k・8kの画面は、現地
で見るより数倍に視覚能力を持つ。 TV検索によるネットサーフィンで昨日、
行きついたのが、
<ハネムーンに400日! BBCも取り上げた日本人夫婦の仰天新婚生活>の映像。
 そういえば、去年の暮れに話題になりワイドショーで取上げていた。
  〜ネット検索によると〜
【 「一生分の夫婦の話題づくりをしよう」
 そんな一言から、ある夫婦の壮大な旅路が始まった。関西国際空港から飛び
立った2人は400日をかけて地球を一周、48か国を巡った。2人は自分たちのこと
を「ハネムーントラベラー」と呼ぶ。400日間の世界一周旅行は彼らにとっての
新婚旅行だったのだ。新婚旅行で世界一周というのもユニークだが、彼らの旅
にはもうひとつ独特な試みがあった。行く先々でドローンを飛ばし、世界各地の
名所の空撮映像をSNSで公開していたのだ。これをイギリスの国営テレビ局BBCが
報じたことによって、2人はいちやく有名人になった。千貴さんがネット上に
アップした一連の動画の合計再生数はいまや1000万回を超えるという。
400日間もの旅路は夫婦に何をもたらしたのか、そして夫婦を旅にいざなった
ものは何だったのか。2016年8月に日本に戻った。新たな生活を営み始めた2人に
話を聞いた。<ドローンから撮影した絶景はこちら> 】
▼ 従兄も、これを見たのだろうが、写真マニアなら実に無念のはず。
 私が50年かけて51回、合計延べ500日間、予算が3500万円。 
この二人は、予算500万で、400日。家賃3万円のアパートに暮らし、徹底した
節約生活を送り、2年でこの大金を貯めたという。それにドローンに4kビデオ。
何とも羨ましい限り。プログラマ―のため、仕事で路頭に迷うことがないという。
2人の行先の多くが重なる… 毎日、真昼間から寝室に籠り、異世界に入り込む
のも、変といえば変だが、それでも精神は異世界で羽ばたいている。
 〜で、再び、文脈が、去年の同月同日の内容に続く。



6666,閑話小題 〜また新潟県、長岡!

2019年06月16日(日)

   * 日本籍タンカーの攻撃
 何か奇妙な日本籍タンカーの攻撃が発生。真相は闇の中だが、安倍首相の
イラン訪問の時期だけに? 状況からみて、CIA辺りの策謀? はたまた
サウジなどの産油国が、原油価格の上昇を狙ったものか? 如何だろう?
イランにとって、安倍訪問のタイミングに、わざわざ攻撃するのも不自然。
とはいえ、火種を見せるディスプレーになる。アメリカにとって、北朝鮮問題
から、目を逸らすに?丁度良い事件。 日本にとって原発の再開にプラス材料。
それぞれの思惑があるため、これ!と言えない難しい要素が絡む。
 イランの工作船が、仕掛けた爆弾を取り外した映像が有ったが… その時に、
取り外しを良しとしない、イラン以外の国の攻撃のようにも思える。
 この2ヶ月で、シネマで『ハンターキラー:潜航せよ』と『空母いぶき』
をたて続きに見ていたことも含め、あの映像を見ただけで多くにイメージが
わいてくる。宗教、人種間対立の怨念が絡む、重くて深い問題ゆえに、現場は
一触即発の緊迫感が満ちているのだろう。
 ―
   * また長岡、新潟県?
 地元県会議員の談合汚職の問題、何ゆえに中途半端な幕引きに終わったのか。
秘書が逮捕ともなれば、当然、本人の取調べ、逮捕が当然とみられたが、現時点
でお構いないとは、何でしょう。 この数年、新潟県人絡みの事件が相次いだ。
・前県知事、前々知事のスキャンダル。<米山知事女性関係発覚で辞職>
・一昨年は新発田市の高齢夫婦殺人事件。
・昨年は、新潟小2女児・殺人と線路遺体遺棄事件
・県会議員の汚職疑惑。<秘書逮捕…>
 近々では、山形県東根市の医師、矢口智恵美さんが自宅マンション殺害事件。 
 犯人の出身が長岡市。長岡高校の中退で、親が医師。 三国人?
・市役所女子職員による、「生後3か月の長女の殺害事件」。
 夫も、市役所職員。妻は殺人で留置所。その着替えなどの差し入れ、
 裁判、子供が他に一人いるから家事など一切が本人に。そして、職場での針
 の筵の勤務。妻も本人は生き地獄。 市役所職員達にも冷たい視線。
 <前市長の県知事への道を閉ざされた祟りじゃ!> と、何に?変わって…

それもこれも、柏崎原発の稼働中止と、北陸新幹線の開業からくる
「幹から枝への越後地域の格下げ」を起因とする現象」。その結果の一現象が
「北越銀行と第四銀行の合併」。新潟市の一極化の集中の力が強まる。弱り目に、
祟り目の陰湿な弱者攻撃。 下り坂に入ると、それは陰湿で厳しいが、ここは
揺ったりした温情溢れる雪国。そう悲観することもなし。成るようになる。

・・・・・・
6303,映画鑑賞 ―『終わった人』
2018年06月16日(土)
    * 終わった人 −3
 今日のシネマ観賞は、『終わった人』。期待してなかった分、面白かった。   
評価は85点。『終わった人』が、終われなくてジタバタする63歳男の物語。
屋内犬から屋外犬、そして野良犬への生き方にギア・ダウンしていくのは、
非常にエネルギーを要する。群れを性分としてきた人たちの、定年後の私生活に
戸惑うのは当然。しかし、その時節到来は当初から知りえたライフワークの要。
当然、出世コースから外れた時に、価値観の転向を図り、重心を趣味に移行する
か、新たなビジネスに切替えるべきであった。長期戦略が持てない故に、転籍
させられた意味が理解できなかった。 次の問題は、「終わった後」の人生設計
を自らたてれるか、実践コントロールが出来るかどうか。 群れの生活から、
個(孤立)の生活に徹し楽しめるかどうか。この物語は、群れ犬から、孤独犬、
野良老犬への転換の失敗物語。面白いといえば面白い。東大出のエリートの
首輪と、紐を引きづり露頭を迷う姿に、まずは連合いに嫌悪される。
 個々の定年後の準備が、どの程度かは知らないが、サラリーマン系には、
準備が無しが多いみたい。月一に、何処かのスナックか、居酒屋に示し合せた
OB会が必ずあるという。こういう手合いの群れである。現実に溺れ、毒された
御犬様が、突然、一匹狼になって戸惑うのは…自然の理。 
深刻なのは「人生、如何に生きるべきか」の基礎知識部分不足と、小金の有無。
孤独・孤立レッスンの有無になる。群れたままも、また良し。それが彼らの
全世界のため、これはこれで。
  〜あらすじ 
≪ 定年後の人生のすごし方を考えさせられる小説である。
 主人公の田代は、大手銀行の子会社専務として63歳の定年をむかえた。
最終日のチャイムが鳴ると、花束と記念品の祝福を受けたあと、最後の日だけ
の黒塗りのハイヤーに乗りこみ、全社員に見送られながら会社を去った。
 定年退職したらのんびりすごしたい、という人もいる。しかし、田代は会社人生
に悔いが残っていた。彼は東大法学部を卒業し、日本を代表するメガバンクに入行。
39歳で最年少の支店長に抜擢され、その後も銀行で順調に出世してきたが、49歳の
ある日、子会社への出向を命ぜられた。「1〜2年で本部に戻ってやる!」と必死に
業績をあげたが、2年後、51歳のときに「転籍」を言われた。「転籍」とは、親会社
を退職して子会社の社員になることだ。これで本部にもどる可能性がゼロになった。
このまま社員30人の雑居ビルの子会社で会社人生を終わる、と考えたとき、ああ、
俺は「終わった人」なのだと、頭の中が冷たくなった。それから12年。田代は、
「俺は定年の日だけではなく、毎朝夕、黒塗りに送迎されるべき人間だった」との
思いが捨てられないまま定年の日を。経済的に余裕はあるものの、まったく心の
準備ができていない。しかも、身体はまだまだ元気で、時間だけはたっぷりある。
ここから主人公は、絵に描いたような定年退職者のコースを歩む。
まず、妻に旅行を提案して「そんなに長い旅行はつきあえない」と断られる。
(田代の妻は、43歳でヘアメイク専門学校に入り、今は活き活きとヘアサロン
ではたらいている) 歩数計をつけて公園を散歩するが、どうにも楽しめない。
かといって「ジジババが集まる場所」と勝手に思っている図書館やカルチャー
スクールに行くのはプライドが許さない。… ≫
―
▼ 以下の担任の先生の方が、遥かに深刻。魂の悲鳴である。親は親、子は子だよ! 
 20年ぐらい前に毎朝、土手で自転車に乗りながら、ブツブツ話す、20歳前後の変
な人がいた。後から自転車に乗りながら、聞こえよがしに、『俺は、じいちゃん、
ばあちゃんに潰された。畜生、俺の人生を返してほしい。何とかしてくれ!』と。
 このエリートコースを歩んだ主人公は、真逆で、40代後半まで順調だったが故
に深刻である。新潟駅前でビジネスホテルを30年間、経営をしていたが、二年に
一度あたり、自殺者が出る。当事者として、自殺原因が警察から知らされるが、
燃え尽き症候群の中年が… 人生は、私たちの全く知らない世界を、現に、見る
ことが出来る。現実に溺れた人たちは、悲惨である。
 
以前、こんなことを書いていた。 そこの「サイコ」ちゃん、聞いてる?

――――
2006/05/26
つれづれにー俺に人生は無かった!
 湯沢のイナモト旅館が自己破産をしたと先日の新聞に載っていた。18年前
に中学校の担任の定年祝いを兼ねた同級会を泊り込みで開いた老舗料理旅館。
40歳代前半の同級会が一番良いと聞いていたが、なるほど普段出たことのない
東京に住んでいた面々が5~6名出席をした。総勢25人、丁度総勢の半分が
出席をした。社会的にも、家庭的にも人生のピーク時で大いに盛り上がった。
その東京の在住のうち3人が、7~8年前に癌で亡くなってしまった。
 その時、担任の先生が翌日の長岡のスナックで、
「自分の人生は無かった!」と深刻な顔をして言われた。
(以前にも書いたが)一番寂しい言葉である。
「両親が現在も90歳近くて矍鑠としていて、全てを支配されていた人生。
俺の人生は無かった。本当に辛い!」と。
 60歳直後の鬱病は人生で一番キツイとは聞いていた。そういえば、
亡き義父が鬱病になりかけたのを助けたことがあったが、60歳になると歪み?
が出てくるようだ。私のように元々歪んでいる?と歪みようがないが…
 還暦になってみて、なるほど色いろの問題がシワ寄せに重なるものと思い
知ったが、欝などはほど遠い状態である。 この10年、我武者羅に生きてきた。
綱渡りで生きてきたから‘そう’いう悩みに、ただ驚いてしまった。
――
2013/08/16
閑話小題 ―悲しい酒!
何回か書いたが、先年に亡くなった中学校の担任の先生が
 定年退職時の同級会の二次会での対話。
《「堀井よ、俺の悩みを聞いてくれ! 俺には俺の人生が無かった。
  両親とも教師で、当たり前のように教員になった。現在、両親とも90歳
 近くでカクシャクとしているが、定年をむかえた今でも監視されているよう
で生涯を通して自立できなかった。何時も自問自答で『私自身の人生は無かった
のでは?』が付いてまわり現在に至った。 あるのは二人への憎しみだけ。
この苦しみは並大抵でない・・ 》
 初老性鬱症の典型事例。 赤ら顔をして、一人合点で自分の成功物語を信じて
疑わない「あの方たち」こそ、「つまらない人」。自分の姿が見えてないため。
欝になるには、それなりの多くの原因がある。 先生にとって両親は、「影」。
人生には、それぞれの現象、節目がある。それは、多面体であり、光の当て方で、
白にも黒にも、黄金にも変わりうる。中学の担任は、初老性鬱症もあって、
影両親の価値の刷り込み 牢獄の捉われに、気付いただけ。両親の過剰な愛の
牢獄から逃れるためには、自分で作り上げたライフワークを持つべきであった。
その世界は、その加熱から自身を守ってくれる。 そのことに気づく教養の蓄積
が足りなかっただけ。 それでも、気づいただけでも、良かった。 少くとも、
群て慰め合っている「あれらより」遥かにまし。 先生の両親への憎しみは、
ポンティーと、その師のフッサールがいう <考えないでしまったこと>が問題。
自分の人生の節目での選択、それも極限での選択が無かったが故の苦しみである。
避けて通っていたのである。ある意味で、万人が抱えている深刻、かつ根源的
悩みになる。それすら分からず紋付袴の紋章を競っている、それも人生だが。
 「つまらん男、それは私」と、つくづく実感している。 が、日々が、面白い!
――――
2016/08/18
終わった人 −1
         <『終わった人』内館牧子(著)>
 これは、アマゾンのHPで見つけた本。リタイアをした身にとって、
『終わった人』の内容は、身にしみる。団塊の世代が、この数年で大量に
職場から押し出され、『終わった人』になっている。 まだ終わってない、
その端にいる人ほど一歩先に終わった人に言い放ちたい言葉でもある。
還暦ならいざ知らず、古希も過ぎれば、何をいわれても馬耳東風。
まだ若いと思っているのは自分だけ。老兵は、ただ黙って去るのみ。
恵まれたサラリーマンほど、節目の切替が難しい。
  〜アマゾンの内容説明より〜
≪ 銀行の出世コースから子会社に出向させられ、定年を迎えた田代壮介。
 仕事一筋だった彼は途方に暮れる。妻は旅行などに乗り気ではない。
図書館通いや体を鍛えることは、いかにも年寄りじみていて抵抗がある。
職探しをしてみると、立派な職歴が邪魔をしてうまくいかない。
妻や娘は「恋でもしたら」とけしかけるが、気になる女性がいたところで、
思い通りになるものでもない。惑い、あがき続ける田代に安息は訪れるのか?
  〜アマゾンのビュアーの声より〜
《 何と云っても、タイトルが秀逸。長い人生、生物的には最期の時まで
「終わり」はないはずだが、「社会的には」確かに終わった人は年々増えて
いるし、殆ど全ての人間は(自分も含め)そうなることを改めて教えられ、
身に沁みた。「散り際千金」「散る桜残る桜も散る桜」(2頁)と考える田代
壮介、49歳で子会社に出向、51歳で転籍、63歳のとき年収1,300万円で退職
(あと二年働けたが、そうすると6割近く下がる)、保有資産は現金で
約1億3,600万円(275〜6頁)の「卒婚」(358頁)物語。
(しかし、こんなに恵まれたサラリーマンなんて、そうそういないでしょう)
★ 卒婚とは 離婚との違いとしては、夫婦の関係を断ち切るのではなく、結婚
という形を持続しながら、それぞれが自由に自分の人生を楽しむ、という前向き
な選択肢。 必ずしも別居ではなく、同居しながら卒婚というスタイルも有りうる。
  〜印象に残った箇所〜
「もし、私が田代さんのお部屋に泊まれば、あとは別れるか、愛人になるか、
 結婚するかしかありません。男と女になれば、十年も二十年ももつ関係が、
 半年や一年で終わります」              (217頁)
「あんなにきれいな人だもの、今に誰かと結婚してトシは捨てられるわよ」
                           (239頁)
「恋? お前も情けないものと比べるね。あんなものは十代でも二十代でも、
 生きてるついでにするものだよ」           (252頁)
「「先が短いのだから、好きなように生きろ」ということなのだ。嫌いな人
 とはメシを食わず、気が向かない場所には行かず、好かれようと思わず、
 何を言われようと、どんなことに見舞われようと「どこ吹く風」で好きな
 ように生きればいい。・・ これは先が短い人間の特権であり、実に幸せな
 ことではないか」                  (287頁)
「今後、介護やあなたの世話をする気はない。
 でも、離婚という形は取りませんから」       (292頁)
「将来を嘱望された男ほど、美人の誉が高かった女ほど、
 同窓会に来ないというのはよくわかる」       (314頁)。
「思い出と戦っても勝てねンだよッ」  (319頁)
「思い出と戦っても勝てない。「勝負」とは「今」と戦うことだ」(333頁)
「僕が笑うと、久里も笑った。きれいだった」     (366頁)。
▼ 産業廃棄物の典型的な人物描写である。第一の人生をソツなく卒業すると、
 こうなるのだろう。学生時代の友人が、いまだに、関連会社の社長に、
しがみ付いている。曰く、『何もすることがない事が恐ろしい!』と。
それも良い人生かも知れない。 『日々、是、口実』よりも? 
「終わった人」ならまだしも、「いらない人」になっていく私? 
で更に、内館は、『必要のない人』という本を書いている。 ったく!

――――
2018年06月02日
終わった人 −2
   * 終われない群像
 一昨日の朝、NHKTVに内館牧子が出演して、映画の『終わった人』について
感想を述べていた。昨日、行ったシネマで、その映画の予告を流していた。
まあ、シリアスで内容は濃い。
 〜内容は二年前に、この随想日記で取上げているが…
【東大法学部卒で大手銀行に勤め、役員レースの手前で出向に出されて定年を
迎えた男が主人公。仕事一筋で生きてきて、終わりを迎えた男のあがく姿を…】
―
▼ 今さらだが、私自身、27歳で事業を立ち上げ、40年近く、自由気まま?に
 生きてきた。会社清算とはいえ倒産は倒産。万一を考え、シェルターを用意
していた為、最悪の事態を避けることが出来たとしても、「終わった人」。
 で何が悪い!と、自分に尻をめくってみても、何の不具合も利点もないし、
ただ、それだけ。 一般的に「終わった人」は定年になる。 

「自由ほど、不自由はない」をドップリと味わうしかのが宮勤めの性。
じゃあ、如何すれば良かったか? それを認識するしかないのである。現実は!
  内舘は、戸惑う彼らについて、
《まず「終わった人」を認めなくては! 東大出とか、一時はエリート社員
 だったとかを、過去と認めて、再出発しなければならないのに、その逆を
求めている人達。同級会に久々に参加して、美人も不美人も、秀才、鈍才も
横一線になった姿を見て、このテーマを思いついた。》という。
 
 終われない人たちの物語だが、居酒屋、スナックには、その哀れなが一群が
スーツにグリーンか、赤いネクタイをして、過っての仲間の噂話に花を咲かせる。
要するにゾンビの一群。 世間人のなれの果ての哀しき地獄絵。自分の多くが、
重なるから、シリアスに見えるためだが。 二年前の感想文を読返してみて、
成るほどと… 最後の最後は、いや、最期の最期は、自分一人である。
 昨日書いたパタゴニアの初老の言葉、夜這いする御婆さんを取上げ、
「寂しいのよ!」の言葉が、再び過ってきた。こんなもんだよ、世間とは!
と薄ら笑っていられないだろう。

 ホームレスは、普段は寝っ転がってはいない。只管、歩いているという。
――
自問自答: これまで歩いてきた? エッ小走りで? どこに? 忘れた? 
何を? 自分さ。 自分って何さ? そうか、私の、いやアナタの自分は世間様
だもんな。それがどうした。だって、他の世界を知らないからね。それで良いの!
それが全世界だからね。 薄っぺらと自覚しているの? 知るわけないでしょう。
ゾンビは互いに対話、いや会話が出来ないの。だから生きていけるじゃないか?
知ったふりして、知らないのが仲間だもの。 成るほど、終われないはずだ!
◉ 熊、寅: おい! ワシらをおいて自問自答するなよ。出番がないじゃないか。
 大家: お前らが相手に出来る相手じゃないよ。この時ぞと、何を言いだすか? 


6665,閑話小題 〜二千万の預貯金が本当に必要か?

2019年06月15日(土)


    * なんとまあ、正直に
 それこそ、忖度して1000万に屁理屈を付け発表すべきだった? まあ、何と!
『二千万が必要か?』は哲学的な問いでしかない。 平均寿命が100歳とした、
単純計算。まず歳を重ねるごとに、生活費が少なくて済むという要素が入って
いない。せめて『理想的なら…』の付記でも入れておけば。 老いるほど食は
細くなり、行動範囲も減っていく。平均貯蓄の平均値が400万というから、500万
辺りで三分の二を占める。じゃあ、如何なるか? 如何にもならないなら餓死? 
何かに適応して何とか生きれる? 0円にしろ、1億円にしろ、死んでしまえば、
大した差はない〜 そうでしょ!
 〜HP内の過去文を検索すると…あるある。 
良く言えば時間リッチ、悪くいえば、よほど閑と思える。 しかし、概ね新聞
特集の域にはある? 国あっての国民。「好き放題やってきて、大借金を積上げ
後はよろしく!」とは、あいならない。なら如何するか、忖度するしかない。
忖度。いくら、札を刷っても、マジックでインフレにならない不思議な国家! 
 生きる方からしたら、長生きするほど、重病化するということ。 ならば、
せめて中病の内に… 生死の問題は難しい! 無様な自分も面白いし。

 〜その一部より〜  
 ――――
2018/11/11
閑話小題 〜余命?年宣告の罠
   * 他人事でない難しい問題
 先日のTVワイドショーで、「余命一年・120%」と宣言された患者が、
5年経過後も生きており、それを信じて仕事も財産も全て処分したため、生活に
貧している人をレポートしていた。樹木希林ではないが、全身転移と宣告されて
何年も生きたケースが多い。 余命?年とは、100人の50番目の人の余命で、
それが死亡時期でないという。
 日本人の平均貯蓄残高が1800万だが、中間値の人の貯蓄高は、400万あまり。
ほぼ、ゼロが三割。400万以下の人が2分の1を占めるている現実がある。
余命も、人様ざま。 現実に、父親や実姉の余命宣告は、ほぼ正確だった… 
 知人がステージ3、4の宣告を受けた話を聞くが、元気な人が多い。
医者は、概して短めに余命期間を宣告するというが… 入院をして数ヶ月で逝く
ケースも多いことも事実。 私と家内は、互いに余命期間を知らさないように、
決めている。どのみち、直ぐに逝くのだから、その期間は、安らかな気持ちで
いたいもの。 〜『余命宣言』で、検索すると…
≪ 慶應大学病院放射線治療科の近藤誠医師が語る。
「実は、医者がウソを言うのは、余命に関してが一番多い。初対面の医師が、
いきなり『あなたは余命3ヵ月です』と言ってくるケースはよくある。特に若い
医師に多いようです。だいたい短めに言って脅し、不安にさせ、救いの手を差し
伸べる。長めに言うと、患者はセカンドオピニオンを求めたり、他の治療法は
ないかと考えてしまう。そうした心の余裕を患者に与えないために、あえて
短めに言うんです。昔は家族を脅すのに『余命6ヵ月』がよく使われたのですが、
がん告知が当たり前になった今は『余命3ヵ月』に短縮された。そう宣告された
多くの患者の話を、私は直に聞いています」…
 …この「余命3ヵ月」には、もうひとつの理由がある。
「医療裁判に対する怯えはがんに携わる医師のほとんどが抱いている。余命に
関しても、1年と言ったのに半年で亡くなったなどとなったら、医師の責任を
追及されかねない。だから余命は短めに告げておく」(都内の総合病院外科医)
 これらはいずれも医師が病状を理解した上で、あえてついているウソだ。
だが、病状がわかっていないままつく、許されないウソもある。
…「開業医には、患者を抱え込みたいという意識が強い。だから、専門外で的確
に診断がつかない場合でも、患者には『ちょっと様子を見ましょう』という言い
方をすることがあります。 『様子を見ましょう』の真意は、
『もっと病状が進んで、症状が出るまで待ちましょう』ということです。
そして最後に、『様子を見ている間に自然に治ることもあります。悪くなったら
また来てください』と言い含める。そうすると、患者は医者に言われた通り様子
を見て、具合が悪くなったらまた来院してくれますからね」(都内の内科開業医)≫
――
▼ 医者も人の子、妄信しないこと。私たちの年代も、数年で後期高齢者の時節が
 到来しようとしてきた。老いは、病であり、生延びるほど、その病は重くなる。
長生きはしたくはないが、それ故に、苦しみたくもなし。長寿願望は、その時々の
体調を前提にしてだが、先々の老化から考えると? さて、どういうものか? 
現時点では、日々の日常と、非日常が面白い上に、楽しいと、つくづく実感。
17年半にわたるこの随想日記の継続の蓄積も、孤独感や寂寞感を少なくしている。
 同月同日の過去文を読返して、孤独の世界で独り俯瞰して、それぞれの自分を
振返るのも、瞑想のようで何とも味わいがある。 孤独の世界とは、自己問答
でもある。時に思いもよらぬ未知の旅人に出会うことも! 『誰だ、アンタは?』

・・・・・・
2007/06/07
2256, 定年後の生活費は幾ら?
      
 私の年代が定年に突入をはじめた。
そこで、その後の平均値はどうなっているのだろうか、調べてみたら、
平成16年度の総務省家計調査で、世帯主が60歳以上の無職世帯(二人以上世帯)の
・実支出の月額は28万。
・公的年金を含めた平均現金収入は、22万円。
 ということは差額の6万円は下げるしかないということになる。
 下げるためには、小さな家に引っ越すとか、車に乗らないとか、
 食費を斬る詰めるとか、義理を欠くとか、それぞれ割り切るしかない。
 でも「括り」そのものを捨てるには腹をくるしかない。

それに対して、(財団法人の「生命保険センター」の統計では)
夫婦で「ゆとりある生活」をするためには、月額38万円が必要としている。
それにしても「ゆとりある生活」をおくるには、あまりに大きな差がある。
だったら「ゆとりある生活」とやらの幻想を捨てて、
22万円以下の生活に甘んじ、それを楽しむようにするしかない。

反対に、定年生活者は将来の不安から、3割は貯蓄にまわすという
日本的な国民性があるという。余裕があるからいえるのだろう。
しかし、老後の不安とやらの心理が、自分の楽しみの壁になる。
もう子供も巣立ちをしているし、健康のために粗食も求めらるから、
切り詰めた生活に不満も持たないで貯蓄に励む滑稽な存在が垣間見られる。
子供や連れ添いにとって、これほど有難いことはないが、アフォバカな
哀れな姿でしかない。

 一年前のある意識調査で1�佑�上流、74�佑�中流、25�佑�下流と
自認しているというから、まだまだ日本は健全の国。
大部分が中流意識を持っているのは、世界の奇跡?である。
まあ、60歳も過ぎれば食べるものも決まってくるし、車も軽自動車で充分。
いいようになっている。収入と支出だけが豊かさではない。
しかし、それは最低限が保証された人間が言うこと!でしかないのも事実。
    
 昨日、ネットで注文していた「今日、ホームレスになった」という本が届いた。
毎日のように新潟駅構内で、彼らを目にする。
一人のホームレスの背後に大きなドラマを、想定していたが、
その一端が見えるのだろう。まあ、いずれ死が清算するのだろうが・・・
極限に真実が見えてくるから、ついついこういう本を買ってしまう。
2〜3日で読み終わるので、何時でも貸しますよ。  
    
ところで、取引先の社長、行詰ると寝袋を持って
新宿のホームレスのところに行って泊まってくるという。
何があったかわからないが? 娑婆は面白いところだ!ツクヅク思う。

・・・・・・
2016/11/14
老後崩壊 〜現代思想・2016
            『現代思想・2016b 老後崩壊』 
  * 経済状況から見た老老格差
 NHKスペシャルで、若年女性、子供、単身世帯、都会サラリーマン、
アメリカ国内などの貧困問題を取上げる度に、ここでテーマにしてきた。 
経済停滞が続く中、貧困と老人問題の二つが絡むと、ことはより深刻。
老いて貧しいのは心細いようだが、死んでしまえば、皆同じだが・・
貧困の中で、単身世帯、とりわけ単身女性世帯が、その中核を占める。
 〜この特集の、<経済状況から見た老老格差ー橘木俊詔>を要約すると〜
≪・30%が預金ゼロ。これは、病気でも病院にいけない事態。
  3人に1人が預金0〜50万。
・逆に3000万以上が、8〜9%と、約1割。2000〜3000万以上が15%強、
 合わせて24%、合計すると4人に1人が2千万以上の預金を持つ。
・国民の中間値の人は大よそ400万円。単身老人は20万。
・老老格差は、その人の若い世代からの人生が大きく反映される。
  第一の要因は、学歴・職歴。
  第二は、誰と結婚したか。
  第三は、所得に応じた貯蓄率。例えば2割の定期預金の習慣。
  第四は、親からの遺産の相続の額。
 これらが相まって、老老格差が決まってしまう。
・老後の収入源泉は年金が圧倒的。そこに現役時代の職業が大きく影響する。
 国民年金か厚生年金の違いである。 自営業者の国民年金が低いのは、
 自営業に停年がないため収入が持続してある前提のため。≫
 ――
 都会では見えづらい格差が、地方では露出する。人の集まる公共の場では、
不用意の発言は収入格差として怒りをかう。貧困老人といえば男が通り相場
だが、実際は女性の貧困問題が中核。それは、職場では男優位の職階と収入が、
そのまま年金額に比例するため。私のように家内との家庭内資産格差がある。
年金格差で何とかバランスが取れている。何処かの同級会の某女性に気の毒
そうな顔で、『飲み会の費用は、その都度、奥さんから貰ってるの?』と、
同情される始末。そういう金は、ヘソクリをしておくのが、呑み助の悪知恵。
その都度、嫌味を言われ貰うなら、初めから飲み会など出る由もない。 
 とはいえ、同期会は、外に出る絶好の機会。老いた時節に、人生が凝縮して
現れ出てくる。 〜以下に、これまでの幾つかをコピー〜   
 人生の性が露出する貧困問題だが、まあ、真面目に書いたもの!

・・・・・・
2015/12/05
閑話小題 〜独身世帯の半分、全体の3割は貯蓄ゼロ!

  * 〜単身世帯の47.6%は貯蓄なし
 ネットサーフィンをしていると、以下の深刻なレポートがあった。
核家族化が進んだ日本は、老夫婦の片割れは単身世帯になる。その時、
多くが下流老人に陥る厳しい現実がバブル崩壊以降、突きつけられている。
年金支給日の支払窓口の殺伐とした年寄りの姿があるが、貯蓄ゼロなら当然。
 オリンピックバブル崩壊の数年後、10年、いや5年もしないうちに、
スペインやアメリカのように、宗教団体やボランティアが提供する、
無料食事提供所への行列が街中に出来る現実味が出てきた。
《 2015年の貯蓄率ですが、単身世帯の貯蓄なしが47.6%となり、
 2014年より8.6%も増加しています。また平均値は773万円
ですが、中央値は20万円で、2014年より何と55万円も減少している。
この55万円も減少している理由は定期的収入の減少により貯蓄を取り崩した
とされています。このペースでいけば2016年には単身世帯の貯蓄平均値は
10万円を下回り、限りなくゼロに近づくことになります。
 今や日本は恐ろしいスピードで単身世帯の貧困かが進んでいますが、
では全世帯ベースではどうでしょうか? 貯蓄なし世帯は30.9%と
2014年より0.5%増加しています。全世帯ベースでは平均値は
1209万円となり、中央値は400万円となっており、この中央値は増減
なしとなっており、収入を全て使っていることになります。日本の貧困は
この数字から見ますと単身世帯の貧困となりますが、今後益々単身世帯が
増えるとなれば国民の半分以上が貯蓄ゼロになる日も近いと言え、そうなれば
貯蓄ゼロ単身世帯は生活保護一歩手前にきているとも言え、日本の社会保障
制度は崩壊に直面します。この社会保障制度を維持するには持つものから
持たざる者へ所得を移転させる他なく、即ち政府による持つ者への課税を
通じて再分配するしかありません。 具体的には資産2000万円以上の
富裕層へ90%課税を行い、その課税分を社会保障に回すことになるのかも
知れませんが、持つ者が持たない者の面倒を見るしか道はありません。
あと5年もすれば、日本には貯蓄ゼロの単身世帯が50%を超え、全世帯
ベースでも40%が貯蓄ゼロになるかも知れないのです。
日本は今や貧困社会に入りつつあると認識しておく必要があります。
(註:中央値とは、対象の人口の丁度中央の人の値) 》
▼ 単身世帯の半数、全体世帯の3割が、貯蓄ゼロとは、驚き。
 他人事ではない。ブラックスワンの到来で呆気なく事業清算をしたが、
何とかセフティネットで、現在の生活を維持している。今のところ夫婦とも
健在だが、どちらか欠ければ、片方が大きな岐路に立つことになる。 
若者も老人の弱いところに貧困問題が直に現れてくる。娑婆は誰も助けて
くれない。あるのは自助努力。 〜で、以下の若者の貧困問題につながる。

・・・・・・
2007/04/30
2218, 団塊格差は、かくもついたり
     『団塊格差』三浦展著  
                ー読書日記ー
 2005年12月に、この著者の『下流社会』について書いたことがあった。
今度は『団塊格差』という本が書店に並んでいた。
丁度、団塊の世代が今年から定年を向かえるのでタイミングがよい。
これもまた買うほどでないので、ネットで概要を調べてみた。
時代背景が良かったので、格差がついたとしても、
それぞれの立場で納得しているところが、見かけられる総中流時代の中で、
結果として格差がついても、時代の恩恵は受けていた年代である。
歴史的にみても、団塊の世代は日本の黄金時代の背景があった。
格差がついたとしても、それが如何した!でしかない。
格差は、その子供たちに直接影響を受けるから、問題は子供である。
それが大きい!が、どれが如何した!と言えば、それまでのこと。

  ーまずは、ネットで調べた内容からー
 
月刊誌『文藝春秋』との共同調査で、2000人の男女から得られた様々な
数字を基に、「団塊たち」の人生60年とこれからを考える
*貯蓄:   300万円未満ー29%、 2000万円以上ー19% 
*退職金:    なしー35%   2000万円以上ー28%
 
人生60年の棚卸しをしてみたら、実は団塊の世代にも大きな階層間格差が!
月刊『文藝春秋』との共同調査をもとに、所得、資産、仕事、結婚、定年、
子育ての視点から現状を分析。
・女性にはもてたい43%、
・不倫したことがある28%なども含まれている。
『下流社会』の著者が、団塊世代の格差をとらえている。
    
 ー団塊格差ー
1.リッチ・シニア層
 退職金は2000万円以上、充分な年金、ある程度の資産を保有。
 職業を持つ場合、実業家であれ、再雇用で会社従業員になるにしろ、
 収入のためというより、社会貢献の一環として、好きで働く層。
 職業を卒業した場合は、ボランティア活動をしたり、趣味に生きたり、
 学問や研究をしたり、自分の好きなように、自由に、有意義に
 セカンド・ライフを送ることができる階層。
2.アクティブ・シニア層
 金銭的に不安があるため働かざるを得ないが、法制度の改正にうまく乗って、
 シニアになっても職業を得ている階層。
 例えば、労働基準法の改正による、会社の雇用延長制度や
 再雇用制度を上手に利用して就職できている人々。
 健康で元気なうちは良いが、病気やケガで働けなくなると心配。
3.ワーキングプア・シニア層
 金銭的に不安があるのに、アクティブ・シニア層のように
 収入を得る職業に就くことも難しい層。
 ーー
 調査が浮き彫りになった団塊世代こととは何か。
  著者があとがきに記している次の一文が、それを端的に表している。
*「団塊世代はマスメディアによってつくられた大きな虚像である、
 という側面があるのではないか」。
 当然ながら、この世代にもいろいろな人がおり、
 “リッチな趣味の人”というのが平均的な姿ではない。
*「男性の個人所得」には大きなバラツキがあり、
 「高所得1割、中所得7割、低所得2割」になっている。
  定年を前にして「所得150万円未満」の人たちが1割いることを見ても、
  団塊世代のほとんどはリッチ」ではない。
 「貯蓄500万円未満」が4割、「退職金なし」が35%。
  その一方、貯金も退職金も多額の額という人たちもおり、
  社会問題になっている「格差」「二極化」が進行している。
*「夫婦関係」というと。「世間のイメージはまあまあ正しい」と言えない。
 「女性のほうがより離婚願望が強めであることはたしか」
 「定年と共に捨てられる団塊男性が増える」と分析を行う。
  自分たちはがむしゃらに働きながら、しかし
*「本当は好きなことを仕事にするのがいちばんいい」
  という価値観を持っているこの世代の人たちは、
  その夢を自分の子どもに託す傾向が強いと分析。
 「ムリに嫌な仕事をする必要はない」
 「自分に合った仕事をゆっくり探しなさい」
  と言われて育った子どもたちは、“自分さがし”から派遣、
  フリーター、ニートの道を歩むことが多い。
 
  団塊世代の子どもの3割(在学者を省く)が非正規雇用者という。
 妻は離婚願望を秘めていて、子どもはフリーター。 
 団塊世代にもひとつだけ胸を張れる点があるとすれば、
 「仕事人生に満足」という人が過半数を超えていること、
 そして、仕事に対する満足度には学歴でほとんど差がない。
 所得や職業に学歴が決定的な因子ではない。
 学歴にかかわらず階層の上昇が可能だったことも、調査結果は明らかになる。
 彼らには自分のやる気や努力ひとつで人生を変えられる、
 という大いなる自己決定権が与えられていた。
 「自分の人生は自分のもの」と思い込む自由は、手にしていた。
 これが、自分の階層が親の年収や学歴であらかじめ決められ、
 そこから這い上がるのが困難ないまの若い世代とは、決定的な違いなのである。
 ーーー
 以上が著者が描き出した「団塊世代の実像」である。
  私の見たところ、「質的に元々格差がついていた」のが、そのまま結果と
 なっただけ!分別される中学校の同級会や同期会に出ると、そのことを感じとれる。
 この年代の二年先を露払いをしてきただけに、非常に興味がある問題である。
  ただ、収入や社会的活躍だけで、その人の価値をハカルのはどうかとおもうが。             
しかし、あながちピンとが外れてもいない。
受けとめ方、受けとめ方、それぞれの!   (*・ω)ノβψε★βψε
 


6664,閑話小題 〜我れらは、可愛い囚人ですか! ―2

2019年06月14日(金)


   * 何とも、はや!
・このシステムから多くのことが思い浮ぶ。 情報・知識管理である。
中央の管理塔を自分として、それぞれ周囲を直接、見えるようにして、
各フロアーごとに分類し、各階をテーマごとに色分け、ナンバリングで分類し、
その中にキーワードを潜らせ、直にも見えるようにする。キーワードが、監視
カメラの役割にして、中央塔はモニターに囲まれた司令塔そのもの。各室が、
今では中央塔に繋がり、各室も交互がネットで繋がっている。ネット社会その
ものの構造を理解するには、これを凝視すれば、その輪郭が見えてくる。

・18年にわたり書き続けてきた、随想日記。22の分類項目がフロアにあたる。
フロアは日付ごとにナンバリングされ、年に一回、同月同日分に部屋のチェック
に入る。各部屋にはキーワードが埋め込まれていて、中央塔の司令塔に繋がって
いる上に、それは世界中のネットとも繋がっている。ある意味で、相互の監視
機能の役割を果たすことになる。まさしく自由の不自由である。
階級社会の恩恵は情報の質量に直接、繋がるが、情報革命は階級の垣根を越えて
直接、恩恵を得ることが可能になった。

・2年半前に、寝室に大型TVを設置し、睡眠を含めると1日の半分は閉じ籠もり。
廊下を挟んだ仏間の一角の二畳の書斎コーナーを含めると、3分の2は閉じ籠る。
アクティブカウチポテト族そのもので、心と魂は、世界を駆け巡る。
 一日、3時間はSJ(スポーツジム)や、ミニチャリで時間を過ごすが、これだけ
座れは解消できない筈と… 奥の院の第一の外側が居間。そして、次が、SJ。
その次が、チャリ。週一のシネマ館とランチ。そして図書館。酒と肴の買出し。
このテーマ日記の作成と、ネット世界の遊泳。 
ところで、『ロッキング・チェア』をネット予約をした。来月納入予定だが、
リクライニングで、前後に揺れる椅子。 まさしく起きて半畳、寝て一畳。

・このベストのチェアをネットで探す過程で、面白いネーミングのベッド、
『人間をダメにするベッド』があった。1・5畳のスペースのシステム・ベッド。
これが笑ってしまうほど便利に出来ている。また、ネーミングが良い。
脚元に机があり、上側が棚になっており… 本棚っぽいコーナーもある。 
独り暮らしには最適な空間。考えてみたら、私の書斎コーナーも似たような。 
何時間、座っていても飽きない居心地の良さがある。だから、このブログが
継続している。これに近くにコンビニがあって、仕事がそこそこ面白かったら、
『誰が、より好んで結婚などするものか』になるのも解る。枕元に27インチの
ネットTVを置いて酒でも飲んでいれば、そりゃ駄目になる。…私も似たようか!

・・・・・・
6301,閑話小題 〜トラ金劇場 〜米朝首脳会談
2018年06月14日(木)
   * 何か変で、チグハグな
 一昨日、閑にまかせてTVで見ていたが、 何だろう? 終わりまでチグハグ
した感が免れない。トランプはトランプ。ロシアに支援をもらって大統領になった
クワセモノが何をしても、こんなもの。あと1〜2年先に政治生命があるかなしかの、
呆け老人。中国、ロシアから入知恵された北朝鮮の思うまま。どこの誰が、核放棄
をする訳がない。その逆に、アメリカが、見逃すわけがない。短期政権と判断の上、
空約束をすればよい。相手は70歳のボケ老人。
 まずは目先のアメリカの攻撃を回避すればよい。トランプは国家最優先より、
白人第一主義者。その男が「極右を政権中枢に集め、いざ戦争!」に怖気ついた
兄殺し、叔父殺しが、中国、ロシアの忠告で、目先を乗越えようとした茶番劇。
それをシビアな金融機関が気づいており、株式、為替相場は、冷ややかな反応。
 北朝鮮は、何時ものプロセスを踏むことで何とかしたが、これで済むわけがない
のは、周知のこと。韓国首都圏の人質(2560万)をとって65年。朝鮮戦争で
400万の死者、これは人口の2割になるというが… それが、いまだに続いている。
中国、ロシアからすれば、脳梗塞状態のアメリカの国力を更に削ぐ機会到来である。
逆に恐ろしい日々が、続くことに。全ての核施設、核ミサイルの位置情報の提出を
求める中で、必ず行き違いが出て、仲たがいで、戦争突入の道筋に入る可能性
が高くなったとも考えられる。夜も寝れなかったという、韓国大統領の恐怖は
如何ばかりか。東京も火の海の可能性があったが… 数百、下手をすると1000万
単位の死者の可能性があるから、それはそれは。
 ――
熊: 面白かったね。大家さんからの下知識があったからね。
寅: トランプ劇場だが、北朝鮮もしたたか。数回にわたり、交渉を重ねて
  徐々に締付けを解除するというけど… そうアメリカも甘くないさ。
大家: 交渉が出来ただけで、今回は良しとしなければ。その前に、TV電話を
  していた」というじゃないか。北からしたら、目先、大成功さ。顔を合わ
  せれば、鬼でも蛇でもないことが分かるし。
八: 表立つと、北朝鮮の疲弊とハリボテが露わになるし、北も大変だよ。
  酷い虐殺と粛清が表立ってくるしね。何が体制保障だよ。
寅: 韓国民の恐怖の辛さも解るよ。とにかく、目先、安泰のようだしね。
熊: この方が危ないってのは俺だって分かるよ。これで「少し安心していい」
  など、絶対ないね。俺だっていいこと言うだろう。
八: 誰かの受け売りだろう。新幹線内で、また無差別殺傷事件があったろう。
  あの男と、北が重ねって見えてさ。孤立してさ、自らを追い込まれ、最後は
  野宿して、情けないけど、独りで死ねない狂った男。実兄と、叔父と、旧来
  の身の周りの人達を粛清し、独り怯える姿は同じじゃないか。殺傷対象が、
  関係ない、一般の国民とね。
寅: 今度は自分が粛清されるかの疑心暗鬼が独り歩き、ますます怯えるさ。
  二回、三回と交渉を重ねるうちに、亀裂がワニの口のように大きく開いて、
  内部が動揺をきたす。とにかく、金も食料も燃料も底をついて、ササクレ
  立っているだろう。アメリカだって、ここは緩めないで、締付けを強めるさ。
大家: 一番、怖いのは、軍事クーデター。自分たちは必要なくなるだろうし。
  それと、粛清さ。とにかく末端兵士の食料が無いんだもの。そりゃ怒るさ。
八: アメリカの戦術は、締付けを解除しないで、ゆるゆるしながら、自壊を
  待つこと。そうだろ、ハリボテだからさ。風雨になれば、その正体が暴露
  されるしね。中国も、あの男を見限っているし。だから、危険度が増した
  ことになったということ。 それとトランプも異常だね。
  ロシア疑惑を大統領特権で恩赦も… とか言いだした? このままじゃ、
  無理だが、朝鮮成敗で恩赦もと見えみえの… まあ今日は、この辺りで。

・・・・・・
5204,教育には「驚き」と「なぜ」が必要
2015年06月14日(日)
    『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』 堤未果:佐治晴夫対談
「驚きを立てよ」と、検索を入れたところ、二番目に10年前の私の文章が
出てきた。最後にコピーをするが、成るほど、ネットの世界は恐ろしい。
この文章を書き上げた後に検索したが、前だったら、書かなかっただろう。
以前の内容より、今回が劣って? 書き残しておく秘儀をつくづく実感する。
 * 教育には「驚き」と「なぜ」が必要  (゚Д゚`*)エ〜[なんでぇ!?゚Д゚@)
堤:「氷が解けて水になった」というのが正解で、「氷が解けて春になった」
 がバツになったという話と似てますね。
佐治: 結果だけを重視するのではなく、そこに至るプロセスを加味して判断
 することや、まず相手を受け入れることが大事だと思いますね。
堤: だとすると先生がやってらつしやる宇宙物理学や科学の世界は、
 まさに驚きの連続じやないですか。
佐治: 科学は、「驚き」と「なぜ」です。しかし、「なぜ」と問う前に
 「驚き」がないと科学にならない。いまの親御さんたちは、「なぜ」に最初に
 答えてしまいます。たとえば、きれいな虹を見たときは「わあvきれいだねえ」
 とまず驚いてほしい。それが教育。教育というのは子どもの「なぜ」に火を
 つけることです。本当にいい先生というのは、懇切丁寧に中身の解答をその
 まま教えることではなく、子どもの心に灯をつけることだと思います。
 灯がともれば、ひとりでに燃え続けます。
堤: 先生は、いまの教育には「なぜ」と「驚き」が減っているといいました。
佐治: 教育には、まず「なぜ?」と疑問をもつことが大切です。
 たとえ人にみかんを二個ずつ、三人の人にあげるには、みかんは全部でいくつ
いるでしょう」という問題。普通は「2×3=6」という式で答を出しますが、
ある子は「3×2=6」と書いてバツになり、それが原因で登校拒否になって
しまったという例があります。そこで「どうして3×2にしたの?」と訊いたところ、
「みかんを二つずつあげるのにA君、B君、C君が待ち遠しいといけないから、
とりあえず一人に一戸ずつあげた。それを二回繰り返したから、3×2の式にした」
といいます。やさしい子でしょう。それが学校では間違いとして処理された。
プロセスというのは、考え方の道すじで、それが正しければそれはそれでいい。 
 ・・・(略)
佐治: これまで行なってきた小学校での特別授業を通して感じていることは、
 小学生の感覚はまだまだすばらしい。手遅れになっていません。これが救い。
しかし、中学生になると、とたんにおかしくなる。
堤: 十二歳くらいまでは大丈夫ですか。小学生はまだ、体を使って遊んだり
 しますが、中学に入るとそれが減っていきます。それと関係がありますか?
佐治了体が先か、脳が先かという問題になるんですが、最近の脳科学の立場から
 いえば、体が先だと考えられています。眠らなければ眠らなければと心で思う
 よりも、横になって寝る体制をつくることによって眠りに入りやくなる。
 脳は、そのようにできでいるのだそうです。体が先だということですね。≫
▼ ネット辞書で『驚き』を検索すると、< 予期しない事態の突然の出現に
 伴う強い一時的情緒。プラトン (『テアイテトス』) とアリストテレス
(『形而上学』) は,驚きから哲学が始るとした。デカルトは驚きを基本的6情念
の筆頭におき,他のあらゆる情念に先立って起り反対情念をもたないものとした
(『情念論』) 。> また、< 驚きとは、動物が予期しない事象を体験した
ときに起こる瞬間的な感情をいう。驚きには好ましいものも好ましくないものも
ある。むしろ、怒りや恐怖などの爆発的な感情変化を、分類する以前の状態が
驚きかも知れない。驚いた状態をびっくりしたという。>ともある。 以下参照!  
 以前も現在も、我ながら真面目?なものである。 驚いた!  (゚Д゚`*)エ〜
――――
2005年03月26日(土)
1453, おどろき、そして感動
 「考えるにはどうしたらよいですか?」という純朴な問いかけがある。
この問いかけに対して、いずれの哲学書にも
「おどろき」が「考える」突破口になると書いてある。何でもないことの中にも
新しい発見を見つけ驚くことがその出発点。驚きは、そのまま感動につながる。
その感動が人生を動かす。仏教の教えの中に「驚きをたてよ」という言葉がある。
この言葉は、考える、生きるという面で深い意味がある。歳を重ねると、多くの
ことを経験しすぎて驚きが少なくなる。しかし、歳をとって解ったことは
「驚きが桁違いに多くなった」ことである。知れば知るほど、その周辺に
知らない発見が増えるからだ。驚くということは、未知・無知の分野に果敢に
挑戦して新しい何かに衝撃を覚えるということだ。それと未知なるが故の不意打ち
が驚きになる。 そして、それが考えにつながっていく。無能の人は、何を見ても
聞いても驚かない。驚く素養がないのだ。 いや思い込みというバカの壁が
取り囲んでいる。破れている太鼓が音が共鳴しないのと同じである。
隣の太鼓の音にもよい太鼓は響くが破れ太鼓は実際に叩いても音が響かない。
驚きには、その皮の張りが必要である。世界を旅をすると、驚きに満ちている。
そして、その深い世界に感動をする。こんな世界があったのかと、内面が爆発
しそうなほどの感動を数知れず経験する。そして対象にのめりこんでいく。
人間は感情の動物といわれる。たしかに理性的な部分が人間たる所以だが。
人間を突き動かすエンジンのはたらきをするのが感情である。 感情は
・おどろき ・愛 ・憎しみ ・喜び ・悲しみ ・欲求の6つから
成り立っている。他の感情は、この6つの感情の組み合わせでしかない。
希望はー>喜び+欲求  ねたみー>愛+悲しみ この感情の中で「おどろき」
は一番の根本にある。未知なものに不意に直面した時に、こころは変容する。
その変容の状態そのものが「おどろき」である。おどろいて呆然と立ちすくむ
状態である。おどろきは、最も原始的な感動である。おどろきは未知なものが
現われた時、それを説明できない不思議を自分に知らす。
正も反(喜びに対して悲しみ)の感情も越えた「おどろきの対象」に対して、
説明できる必要性が出てくる。おどろきは未知に対する無知に気づき、
知的探求を刺激する。あるイベントの会場で、BOSEのコンポを聴いた時に
思わず立ちすくんでしまった。聴いたことのないような音響におどろき、何回か
足を運んで聴きなおした。こんな小さなコンポから、こんな音が聞こえてくる
のか不思議でたまらなかった。そこで係り員から説明を聞いた。パンフレットを
見て、その原理を知って、知人から情報を得て、インターネットで検索をして、
購入に至った。会場で聴いた音に対する、おどろきと感動が出発点であった。
そして、なぜ、どうして?と、その理由を探していった。昨日も早速、音楽に
対する本を二冊買ってきた。 三枝成彰の「音楽の本」と、「CDクラッシク
の名盤」である。一流なものに接して感動と驚きをシャワーのように
浴びなくてはならないのだ。以前にも書いたが、親は子供に感動とおどろきを
シャワーのように与えなくてはならない。躾と、最高のものを知らしめる
ことが家庭教育の基本である。おどろきを得るためには、3C-チェンジ、
チャレンジ、コンペティションがキーワードになる。
挑戦しろ、変化しろ、そして戦えである。


6663,閑話小題 〜我れらは、可愛い囚人ですか!

2019年06月13日(木)

   * パノプティコン【panopticon】
 これは面白い。権力者が大衆をコントロールするにも思想的にも応用されて
いる。アフリカや、アメリカ、アジアの進出に、まずは部族長を懐柔し、周辺の
部族を従わせる手法。その前に、キリスト教の普及の下準備がある。 日本は、
天皇を錦の御旗にした国家建設。アメリカにとって、アジア進出のために、
途中から割りこむに、部族長たる天皇を担ぎ出す一派への資金提供。それを
利用した薩長藩を中心とした新たな国家建設が明治政府。そのために、可能な
限り、天皇を神格化し、光を強くする。 それが、現在も続いている。面白いが、
何かしら幼稚で笑ってもいられない。 要するに、中央の高い塔が、皇居と、
霞が関と、中央政府。 万視塔になる。 
 〜その一望監視施設とは…
≪ 中央に高い塔を置きそれを取りまくように監房をもつ円形の刑務所施設。
 ベンサムが考案し、フーコーは管理システムをこれにたとえた。
一望監視施設。万視塔。
 18世紀末に J.ベンサムが考案した監獄のモデルである一望監視施設を意味する。
の建築学的構造は中央に監視塔を設け,その周囲に円状の収容施設を配置する。
中央の塔からは収容施設の各独房に監視のための光線が送られるが,それに
よって囚人を監視しつつも監視者の姿は決して見られない環境がつくり出される。
これは監獄の効果的・能率的な経営をもたらす。たとえ監視者がいなくとも,
その光線があるかぎり囚人は監視者の存在を意識せざるをえないからである。
M.フーコーはこの原理が規律・矯正型の権力技術として近代社会全域に応用
されていることを指摘している。 ≫
 ―
▼ ギリシャの時代にも、現在のアメリカ、日本社会の階級制度、見られる
 <3、30、67%の階級社会制度>。 カースト制度は、インドだけではない。
進学で上京して、直ぐに気づくのが、大都会の圧縮された社会構造。その社会
構造が、実は、パノプティコンのシステムで厳然と守られている。
俗にいう『世間』とは、その立ち位置すら気づかない人たち。「知っている
ことしか、私たちは知らない」ことに気づいていないのである。 私たちは、
数多ある牢獄の一つの一員に過ぎない。 失脚した日産のゴーン。この一連の
報道の中に、権力者の優位性の一端が見てとれる。まだ、日本も明治維新の権力
構造そのままが残っている。それも、40億年の生命誕生以来の、情報革命で大元
が揺らいでいる。 トラちゃん曰く …『手前ら、下々のもの、この大統領の
印籠が見えないか!ガタガタいうと、首を叩き落とすぞ!』の高笑いが聞えて
くるようだ。 そして就任当時の側近は誰一人、存在しなくなった。 
ただ、下々は高性能のスマートフォンを手にしていることを知ってか知らずか。
それぞれが一望監視塔を、監視可能になってしまったから… 
さて、如何にウエーブが動いていくのでしょうか。

・・・・・・
6300,読書日記 〜『こんな長寿に誰がした!』 〜2
2018年06月13日(水)
             『こんな長寿に誰がした!』ひろさちや(著) 
   * 「超高齢社会」の病巣
 100歳以上の老人が増加している。しかし、寝たきりにしろ、元気なら尚のこと
周囲は大変である。私の兄・姉が私を含めて9人いた。 そのうち存命が5名。
相方の存命が3名。存命平均年齢が80歳と相成った。末っ子の私も、あと2年半で
後期高齢者の仲間入り。私の鬼門が、この辺りと想定しているが…。
 ライフワークの海外ツアーも、70歳が大きな関所。体力の限界である。
私の弱点は腰痛だが、先回のツアーで限界を実感した。
この年齢で驚いたのが、好奇心が全く衰えないこと。見聞きする何もかもが
面白くて面白くて… 。のんびり、ゆっくり、退屈など、ほど遠い日々。
これを書き続けてきた効用だろう。私たちは老いるにつれ、周囲に迷惑をかける。
それと「しょぼくれ」が、日々増していくことを自ら知る必要がある。我身を
整えるため、少しキツメな日程を組み、フル回転?の日々を過ごしているが、
このまま続けると「死ねない病」に陥る可能性がある。
 もう健康年齢の平均値に到達した。何時、寝込んでも不思議でないが、相方は? 
甲斐甲斐しく介護をするタイプでないから、明るい未来は待ってない。逆も有り
うることを微塵だに考えられない。とはいえ、残された健康年齢のうち、生き
きることしかない。
 週5日のスポーツジム通いも、週3〜4回にし、遠くない日に、止めないと、
「死ねない病」になる可能性がある。「死ねない病」の老人が「散歩好きが
悪かった!」と、後悔する話から、底知れない老いの恐ろしさが垣間見た。
死ぬことは恐ろしいが、老いて生きることは更に恐ろしい。 としても、生きて
いる限り、良いこと3.良くないこと1 のバランスの維持は可能だ。
私には、6300の書連ねたブログと、ネット写真集と、4000曲の入ったiPadがある。
それと面白可笑しい笑い経験と、感動体験の行蔵が… 
  ったく、最期は自画自賛かい!
 誰が自分を肯定してくれますか。 孤独は最高の友人。私は、過去に書連ねた
文章が、その時々の永遠に垂直に立っていた心情が…。老いるほど、過去という
友人が増えていく。それにしても、悪い実例が多い。私も含めてだが、好い加減に
生きてきたからだ。その「好い加減」が大事のこともあるから一概に言えないが。
 10年前から、歯医者を除いて、一切、行かなくなった。そこから見ると、血圧が
幾つとか、血糖値が幾つとかの雑談から、何だろう?この人達と… 未病まで
わざわざ穿りかえして。毒(薬)を飲まされてと。そうでしょう。「老いたら、
さっさと死んだら!」とも言えないか。日本だけだよ、一般の人まで一般検診
するなんて国は! チューブに繫がれて、薬づけにされ、死ぬに死ねなくなるよ。
何が「百歳、おめでとう」ですか。「90歳過ぎたら死に損ない」が、現実と、
著者が言いたかったことは! 辛いけど、これが現実。あのトランプを見れば
分かるでしょう。老害では済まされないでしょ。側近も含めて。先が無いのが、
世界政治の決定権を持つなど、もってのほか。本人たち以外に気づいているが、
当人たちは、微塵の自覚無し。60歳過ぎたら、未来を託す政治から排除するのが
自然でしょうが。他人事でなかったから言えること。あなたも、私も老害なの!

・・・・・・
5203,人間だけが、教育されなければならない動物
2015年06月13日(土)
       『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』堤未果:佐治晴夫対談
 「大地震で森からサバンナに追いやられたサルが四足か二足歩行に進化。
その結果、産道が狭くなり、未熟児の状態で出産。外敵から身を守るための
教育をしなければならなくなった。」という、論旨が面白い。
  * 人間だけが、教育されなければならない動物
≪ 佐治: あるとき、いまのアフリカあたりに、これまでなかったほどの
 大地震が起きました。いまもその痕跡が残っていて、隆起した山のあいだが
陥没して平原になっています。山に吹きつける風は上昇気流になり、雨が降って
山の森は豊かに保たれました。一方、陥没した部分には雨が降らしてカラカラの
サバンナになった。そこにいたサルさんたちは、さあ困った。いままでは木に
登って、遠くを見渡しながら、おいしいものがないか、危険な動物が来ないか
見ていられたのに、カラカラの草原になってそれができなくなってしまった。
 その結果、いつしか、遠くが見通せるように四本足から二本足になって立ち
上がりました。すると身体の背骨の上に頭がのる形になりますから、重くて
大きい脳を獲得できるようになり、人間になったのです。(註)
 ところが、二本足で立ち上がったことから骨盤の広さが70%ト狭くなった。
頭の大きい赤ちゃんを産めなくなり、自然分娩ができなくなります。
そこで人間は、未熟児のまま子どもを産まざるをえない宿命を背負う。
サルは生まれたばかりの赤ちゃんでも、自分で立ち上がって、お母さんの
おっぽいを飲めるけれど、人間の赤ちゃんはお母さんのサポートなしでは
何もできません。つまり、カントがいうように「すべての哺乳類のなかで、
教育されねば一人前になれないのが人間である」ということになります。
だから学校がある。小学生には「それが、君たちが学校で勉強しなくては
いけない理由です」としめくくりました。
<(註)アフリカで、800-1,000万年前に大地溝帯の活動が始まり、周辺に高地や
山脈を含む隆起帯が形成されたことにより、大西洋側から大陸東部に湿った空気
を運んでいた赤道西風がさえぎられると、大地溝帯の東側は徐々に乾燥して森林
が衰退し、やがて草原に変わっていった。森林に住んでいた多くの類人猿は、
この環境の変化に適応できずに絶滅したが、ヒトの祖先は樹上から地上に降りて、
直立二足歩行に移行した。すなわち、乾燥化によって木と木の間隔が広がった
ことにより、木から木への移動を行う際に地面に降りる必要が生じ、ついに
直立二足歩行を獲得した、とするものである。>
▼ 現在では、専門学校・大学を含めると8割が20歳過ぎまで親の庇護が
 必要となる。乳ばなれが出来れば目出度いが、そうはいかないのが人間様。
担任の先生が定年の年のクラス会の二次会で、この歳で、両親が90過ぎても
矍鑠として、自分を見守っている。これほど辛いものはない」とノイローゼ
気味に語っていたが・・ 趣味の世界があれば悩みが半減したのだろうが。
20歳頃に、自分の人生デザインを持てたかどうかが豊饒の人生か、そうで
ないかの大きな分れ目になる。今はネットがあり、情報は手軽に入るし、
趣味の道を深耕するのが比較的恵まれている。要は、意思するかしないか。

・・・・・・
4838,Quirt <内向型人間の時代> ー5
2014年06月13日(金)
              <内向型人間の時代> スーザン・ケイン著
   * ソフトパワー
 国にも、個人にも、内向型、外交型がある。さしずめ、江戸時代は内向型
国家の典型。そのため、鎖国の時代は、江戸文化という円熟した時代でもあった。
そこに外交型国家・米国の到来で大きは節目を迎え、近代国家へと歩み始める。
アメリカのカレッジで、白人系と東洋系の学生の差異に、そのまま見てとれる、と。
東洋系の持っている内なるパワーを「ソフトパワー」と、捉えている。  
   ーそこで、「ソフトパワー」をネットで検索するとー
《 ソフト・パワーとは、国家が軍事力や経済力などの対外的な強制力によらず、
 その国の有する文化や政治的価値観、政策の魅力などに対する支持や理解、
共感を得ることにより、国際社会からの信頼や、発言力を獲得し得る力。
対義語はハード・パワー。 ・・・ジョセフ・ナイはこのソフト・パワーによる
対外政策の重要性を説く上でブッシュ政権や、その中枢を占めたネオコンという
勢力に対し、客観的に評価または批判をし、軍事力や経済力など強制力の伴う
ハード・パワーにのみ依存するのではなく、アメリカの有するソフト・パワー
を活かすことの重要性を唱えた。  ・・ナイは、ソフト・パワーを構成する
要素を掲げている。ひとつは、その国の有する文化である。その具体的な例と
して文学や美術、高等教育などのエリートを対象とする高級文化や大衆の娯楽
などの大衆文化が挙げられる。ナイはその国が有する文化の価値観に世界共通
の普遍性があり、その国が他国と共通する利益や価値を追求する政策を
とれば、自国が望む結果を獲得することが容易となるとし、一方で偏狭な
価値観に基づく文化では、ソフト・パワーが生まれにくいとする。・・ 》
  ーこの著書のソフトパワーの説明箇所から抜粋ー
《「ソフトパワー」、教授はそれを「火ではなく水によるリーダシップ」
 と呼んだ・・ 「アジア文化では、自分が欲しいものを得るために、しばしば
微妙な方法を使います。それはつねに攻撃的とはかぎらないが、けっして
ぶれない巧みな方法です。 最終的には、それによって多くを達成します。
アグレッシップパワーは相手を打ちのめすけれど、ソフトパワーは相手を
納得させて味方にしまいます」・・ ソフトパワーの実例とはどんなものかと
尋ねると、彼は目を輝かせて、アイデアと心をパネにしている人々のことを
話しだした。たとえば、各種の雇用者団体のまとめ役をしている人々―彼らを
達成するために、力学ではなく信念によって人々を結集してきた。
また、飲酒運転根絶をめさす母親の会は、カリスマ性ではなく思いやりの
パワーで世の中を変えようとする人々の集まりー そうした人々は自分の
メッセージを伝えるのに十分なコミニケーションスキルを備えているが、
本当の強さはメッセージの内容にある。 》
▼ この図式は、都会と、地方の関係と同じ。しかしアメリカを例にとれば、
 そのソフトパワーは、ハードパワーと同じぐらいに、充実していることは、
インターネット先進国ということからも垣間見ることが出来る。現役の時代は、
 パワーソフトの占める割合が高く、御隠居は、ソフトパワーに比重が移動する。
そのソフトは、長年の蓄積が必要。そのためにはハードパワーも必要である。
私のソフトパワーの蓄積は、数十年続けてきた、一日2〜5時間の読書。
 最近は、読書からネットとパソコンに比重が移動しているが・・ 
この二年間、スポーツジムのヨガに週二回、参加しているが、これは、
ソフトパワーそのもの。


6662,閑話小題 〜日々・是・好日 ー2

2019年06月12日(水)


   * つれづれなるままに
       〜『こんな私に誰がした!』 ですか。

 口癖になって繰返しになっているのが、
『あっという間に、1日、1週間、1月が経ってしまう!』
リタイア後、日を追うごとに、その感が強くなっている。ストレスが
減っていることと、大して変わり映えのしない日程が、そう思わせている。 
 ところで、リタイア後、似た状況の人は、どう過ごしているか気になる?… 
アメリカの話だが、7割が、誰と会うでなく、身近のスーパー、HCでブラブラ
しているだけ。日本人は群れを好むとはいえ同傾向にある。 もっと旅行など
趣味の集まりや、ボランティア活動に専念と思っていたが… そうでもない。
それまで長年かけたライフワークと、教養のベースが有りか否か。

 シネマ館で、私と同年代の観客が多く見られる。このところ、映画そのものが、
デジタル機器の向上で圧倒的に面白味が増しているとしても…  僅か千百円で、
幻想世界にアッという間に誘ってくれる。それは家庭内の大型高感度TVでも可能。
問題は、それらを消費する時間が足りないこと。
 ところで、映画や、ドラマをただ万遍に見るのではなく、「何に対して、
何をみるか」の視野が必要ではないかと。遊びの分野に、小難しい話は何だが、
私は、ストレス解消。一日、週、月、年単位で、それらを潰していく。
 映画・ドラマの物語の中で、喜怒哀楽や感動を、味わうこと。 ベッド前の
ブルーレイに自己評価85点の録画が300本と、YouTubeも控えてある。ネットも
含めると‘何か陽気な自閉症’? 体感は少ないとしても、脳幹に直接、響く。

 現職に携っていた時は、目先を含めた将来と、現実社会のウエーブに
エネルギーの大部分を吸取られていた。 リタイア後の現在、先の心配、気遣い
のエネルギーが、フラッシュのように現れ出てくる記憶から、当時、気づかな
かったことがリアルに見えてくること屡々。それはそれは… 沈思黙考なれば
こそ、稲妻のような光と轟音に圧倒される。夜半の0〜2時半の、サイレント・
ブルーの中で、フラッシュとして轟音と稲妻が襲いくる。
とはいえ、それもこれも、過ぎ去ったことは妄想の類? でしかない、 
今さら後悔しても… 成るほど、これが『日々是口実』ですか。
 
後記(2019年06月12日): 以下のテーマをみて、
 『こんな自分に誰がした!』の言葉が… 最近、何やら後悔すること多し?
 それでも、私の人生、けっこう気に入ってるけど! 
「しない成功より、してしまった失敗」レベル… の話だけれど。
 
・・・・・・
6299,読書日記 〜『こんな長寿に誰がした!』
2018年06月12日(火)
             『こんな長寿に誰がした!』ひろさちや(著) 
   *‘人生100年’は本当にいいことか?

 曽野綾子の、<人生の良いとこ60歳まで>説を、50歳ごろに知り、「10年間を、
30年分に圧縮して生きた経験」を何度か、ここで書いてきた。 現在から考えて
みて、これが良かったと深く実感している。60歳を過ぎて、遣り残し感が少ない
ため、気持ちに余裕が持てる。会社清算に対しても、節目の時節到来と… 
迷いなく処理をすることになった。
 この年齢に自分が到達しようとは思ってなかったので、年々、変わりいく、
年齢の日々が、何とも新鮮である。
 「年寄りとは、自分より5歳年上をいう」という言葉がある。成るほど、私の
「5歳年上」は、77歳になるが、やはり75歳が分岐点で、止まることない老化を
実感する年齢のようだ。 私も、あと良いとこ2〜3年と実感はしている。
姉が二人、80歳に到達したが、見るからに厳しいそうだ。特に81歳が鬼門。
100歳まで親が生きたとしたら、それも矍鑠としていたら、周りは?
   
《 ー内容紹介ー
「人生100年」は、本当にいいことか? 延命治療を選ばざるを得ない医療の現実。
「治るはず」と、現実を受け入れられない患者と家族。経験を若い世代に伝えず、
権利の主張ばかり覚えたシニア世代。 誇るべき長寿とは違う形で超高齢化を
加速するこの国のありように、宗教思想家が鉄槌を下しつつ、本当に幸福な人生
の締めくくり方を提案する。
  ーカスタマー・レビューー
【 生きることは苦しい。老人は長生きしたことが幸せか。枯れることが大事。
 知識ではなく知恵。病気のとらえ方。そして減ることのない欲。こういった
永遠の真理がつづられています。所々で、キリスト教徒と仏教の智慧と心理は、
過去はパーソナルな形で時代を超えて伝達されていたのですが、このような形
での伝達が不可能となった今、著者はこの作業を自分の使命と考えているよう。
真理を指摘するのは簡単だが、実践することが難しい。実践できないまでも、
頭の片隅に置いておく。それくらいかな、凡人にできるのは。】
―
▼ はからずして、ここまで生きた実感は、「ここまで生きて、21世紀の実相の
 一部を垣間見ることが出来て本当に良かった。 年々の老化現象はあるが、
この激変の時代の一年一年の時代の重みを経験出来るだけで、充分、価値がある。」
人生、100歳までは?だが、やはり75歳辺りが死に時か! あと2年半ですか。
紀州のドンファンという痴呆症老人を見るにつけ、死際の難しさを知らされた。
ここで、「死ねない病」について述べているが、最も恐ろしい病のようだ。
誰知れずに自分の死を申告し、清潔な環境の死の家に入居し、スッと死ねる施設
があれば… 自ら死ぬ権利があってしかるべきだが。健常状態で、せめて5年は!
2年半と変わらない? そう思って生活していると、毎日がエキサイティングに。
このまま医療制度が拡充されると、100歳まで死ねなというが… それこそ残酷。
程ほどに…
  
 〜で、5年前の文章に続く 成るほど!
・・・・・・
4470, 最悪の結果に隠された、お宝は?
2013年06月12日(水)
   * この結果に意味があるとすると、それは何?
 「三羽の黒鳥(9・11テロ、リーマンショック、3、11震災)の到来で、
この結果に終ったのに何か意味(価値)があるか?」が、問いかけとして残る。
これまでの人生の節目で、最悪の状況こそチャンスが隠されていた。今回も下手
に切り抜けるより、早々に止めた方がベストだった。 この一連の三羽の黒鳥の
到来前に、日本は支配国アメリカによる意図的なバブル経済の生成と、崩壊が
あった。機を同じくソ連の崩壊と、中国の共産党支配化での資本主義経済の導入
で、世界を二分していた垣根が無くなった。更に欧州の経済統合による大混乱と、
アメリカの衰退が重なり、ここにきて一挙に混迷を深めている。 さて、私に
とっての今回の一連の隠されたベストの意味=価値は何だろう?の問いかけ。
《 森の生活からキレイサッパリと決別し、サバンナの生活というより、
 死に支度をすべし! そして、森の生活で、切り捨て目を背けてきたことに
対する再考。さらに、せっかく奇跡の星に人間として生まれたのだから、もっと
世界の広さと深さを知り、経験し、味わうこと 》が、結論。
「早々に隠遁生活に入り、老いと死に準備に本気に入れ」ということ。
 昨日の随想日記に書いたが、日本人男性の健康年齢(寝たきりや介護を受けず
日常生活ができる年齢)が70歳。死亡平均が79歳からして、9年の介護が必要。
80歳を過ぎなら分かるが平均としても、「70歳から10年間も、介護など誰かの
世話になる生活が待っている」とは思いもしなかった。「好きなことが出来る
のも、そう長くない」ことになる。9年間の不自由な介護状態なら長生きも
考えもの。 還暦を過ぎた辺りから生老病死の問題が、真正面からやってくる。
60歳までに、やりたい事をやり尽くした感があるので、焦りは少ないが、
甘くない近い将来が待っているのが現実である。そこで、「一日一日を、面白
おかしく生きる」しかない。また自分の「知識の球」「経験の球」の外側を少し
でも広げることだ。もっと人生の少なさに焦るべきは、身近な人の死をみれば
分かる。そういう年齢に入った自覚をより持つべきである。前期高齢者に入った
65歳が、森の樹上の生活も早々止めて、一度、森から離れ、世界を見直す時節。
「今さら、そんな小さな己の世界を広げてみたとて、何になる」というが、そう
としても、前向きに倒れた方が良い。知ること、行動すること、愛することを、
死ぬ瞬間まで少しでも広げることである。人生には多くの意味があって面白い!

・・・・・・
5567,閑話小題 〜魂の御馳走
2016年06月12日(日)
   * 魂へ御馳走を与えてますか
 TVを観ていると、【ご馳走をするからと誘われ連れていかれた先が美術館。
そこで、『芸術作品が、魂への御馳走』と言われて吃驚した】と粋な場面が。
 そこで私の魂への御馳走は何だったか考えてみた。幾つかの一つに、51回の
『海外ツアー』がある。資金的、時間的、精神的にも長年かけて、強硬な意思を
貫ぬかなければ不可能。心が折れそうな時、というより魂が衰弱した時、秘境、
異郷での大自然との邂逅や、立寄った美術館での名画との感動が魂への御馳走
になる。哲学の始祖であるソクラテスの、「人生の目的が魂の鍛錬」ならば、
大自然や、人類の歴史に残る芸術作品との触媒の感動で、自ら魂に滋養を与え
続けなければならなかった。40〜50歳代に年2回の秘境・異郷旅行の感動こそが、
魂の御馳走であった。魂の疲れが感動の滋養を必要としため、惹きつけられた
のである。親は子供に、幼児期から一流の芸術作品や音楽をシャワーのように、
浴びせ続ける義務がある。 聞くところによると、家内は10歳代半ばまで、
あらゆる習い事に通っていたという。幼少期に、こういうのに多く接触させて
おかないと、俗にいう、「世間人」になってしまう。 彼らは、噂話という
『毒団子』の餌で、魂をやられ、ゾンビになる。 幼児時期から少年期の頃、
父親は暇が出来ると、私を連れて古美術店に行き、茶道具や、仏像、絵画に
触れさせていたのも、一流品を幼児期から触れさせるためだったようだ。 
そのお陰か、逆に、『そういう物は、自分が所有をするのではなく、美術館で、
幅広く鑑賞し、多くの作者の魂と触れるべきで、何故にわざわざ買うのか?』
と思っていた。 感動、感激、歓喜、感謝は、人間の感情の最たる部類になる。
それは、所有をしなくても可能なこと。 大自然が数億、数千万年かけて作り
上げた景観に自ら近寄り、荘厳な世界に我を忘れ、感動するのが魂への最高の
御馳走。大都会の良さは、美術館や大ホールが多くあり、一流の芸術作品や、
演劇などに多く触れる機会が多くある。地方の良さは、自然の懐が深いこと。
 どちらも、それを感じ、受止める基礎がなくてはならないが。せっかく、
地球に生を受けたのだから、魂へ滋養を与え、鍛錬しなかれば生まれた甲斐が
ないではないか。余裕がない? ならTVを通して滋養は充分に取ればよい!

・・・・・・
5202,「人生はドラマだ」の演繹論的アプローチ
2015年06月12日(金)
      〜『社会学〜フシギなくらい見えてくる!』現代位相研究所(著) 
   * ドラマトゥルギー
 哲学では、古来から人生を演劇に例えて、役割、演出、観客の目線から、
人生の意味を考えていた。それを社会学者が研究対象にしたのが以下である。
≪ 「人生はドラマだ」といわれることもあるが、まさにそのようなものとして
社会を研究した学者がいる。アメリカの社会学者アーヴィング・ゴフマンである。
ゴフマンは、人々が日常生活の中で、まるで舞台俳優のように演技し、周囲に
与える印象に気を配りながら行動しているという観点から、そのさまざまな実践
を詳細に描き出そうとした。ゴフマンのこのアプローチを「ドラマトゥルギカル
アプローチ」(演劇論的アプローチ)という。
ゴフマンの指摘によれば、私たちは常に「会社員」「親」「教師」「患者」と
いった社会から与えられた役割を状況に応じて演じ(役割演技)、自分の与える
印象を管理している(印象管理)。しかしゴフマンは、人々がただ自分の都合を
よくするために印象管理を行なっているといいたかったわけではない。
ゴフマンは、印象管理が時に舞台の維持を、つまりその場の秩序を維持するため
にも行なわれている、という点に着目した。「この状況では誰がどういう役割を
果たすべきなのか」という「状況の定義」が参加者に共有され、それぞれが役割
演技を行なうことで初めて、日常生活が成り立つと考えたのである。
 たとえば教師が生徒の前で、自分のわからないことを巧妙に隠そうとしたとする。
もちろんこれは自分の体面を守るために行なわれていることでもあるだろうが、
その一方で「学校の授業」という状況を守るためにも行なわれている。
教師は生徒に勉強を教え、生徒は教師の授業を聞く。「学校の授業」は、「教師」
「生徒」という役割に基づいた一つの舞台であり、これが壊れてしまえば、
まさに学級崩壊になってしまいかねない。
しかし、人は一方的に与えられた役割を演じるばかりではない。役割から敢えて
距離をとり、そこに役割から離れた別の自分を示そうとする場合がある。これを
「役割距離」と呼ぶ。「学校をサボる」ことを考えてみるとわかりやすいだろう。
往々にしてそういう場合、学校をサボって何かしたいことがあるというよりも、
それによって「生徒」という役割から距離をとることが第1の目的だったりする。
ゴフマンは、ドラマトゥルギーという観点を通じて、日常生活がごく些細な
不具合で破綻する壊れ物であり、役割演技と役割距離との駆け引きによって成り
立つ動的なものであるということを示そうとしたのである。「人生はドラマだ」
という言葉の通り、この観点は一見当り前のように思えるかもしれないが、
「現実が事実としてどうであるか」ではなく、「人々にとって現実はどう成り
立っているか」に視点を転換させることによって、人々のコミュニケーシヨンの
あり方を研究するために重要な役割を果たしているのである。 ≫
▼ 「世間様」の人々も、それが現実という幻想なら、それに同調するのも、
 一つの在り方であり、役割ということになる。硬く、蛇蝎のように嫌うことも
ないのである。旅行の効用の一つに、日常から「役割距離」を置いて、自分を
改めて見つめる効用がある。「印象管理」も、目新しい言葉だが、「役割演技」
に、必要なこと。その名人が、かのクレオパトラ。自分の美貌をわきまえ、
それを際立たせる「印象管理」が、抜群だったという。創業の組織つくりが、
そうである。役割を想定して人材を集め、訓練を入れ、役割を実行させる。
会社整理も、この視点からすると興味深い演劇になる。軟着陸?だからいえる?



6661,閑話小題 〜日々・是・好日

2019年06月11日(火)


    * つれづれなるままに

 中高年の引籠りに関する事件と、高齢者の交通事故が続き、その詳細は、
週刊誌や月刊誌が、その背景と実情を報じている。各家庭でも、多かれ
少なかれ抱えている問題。久しぶりに出会う友人とは長男の話はタブー。

 今月末には大学同期の50周年記念の会があり、出席予定だが面白そうだ。
10年ごとに学校主催で行われているが、それは懐かしい。どちらかというと
ハッピーの部類の人が多いが、ハッピーだった人は、ハッピーのまま。
ある意味、年齢からみて、『ハッピーエンドの合同生前葬』。
 明るく、清潔感の比率が高い人が多い。それに引き換え…
『おやつは、やめられないとまらない♪. カルビーかっぱえびせん♪』
4分の1が亡くなり、4分の1が介護生活で、残る半数の何割が出席するか?

 アメリカと中国の貿易摩擦。何かしら生臭い臭いが。トランプ大統領、
ロシア疑惑と、他に多々あるスキャンダルを隠すため、敢えて摩擦を起こす
算段がミエミエ。犯罪者もどきが、凄んだ上に堂々と政権運営をしている
のだから… それも白人中心を容認している国家。後世、歴史に残る愚民と
言われることを知ってか知らずか。文明の相剋の、いや人種の相克という
ところ。日本は、アメリカにとってアジアとユーラシア大陸への地政学的
戦略的拠点。日本にとって、中国に対し、アメリカの後ろ盾が絶対必要条件。
 何とか台湾と、韓国が緩和地帯で残っているが、これも如何なることか。
 
 今年のセ・パ交流戦が面白いが、やはりパリーグ優位が否めない。
「投手に代わり打撃専門の野手を打順に組み入れるDH(指名打者)を取入れて
いるパリーグが有利であるのは当然のこと。この結果、代打専門の選手や、
投手は打撃練習の必要性がなくなった。 チームとしては、3,4,5番の
クリーンナップを、下位打線に打撃専門の打者を組み込むことで、二つの
ポイントの組入れ可能になった分、面白みが増える。ピッチャー、バッター
とも、よりスペシャリストとしての能力が求められる。何故、セ・リーグが、
取入れないのか実のところ分からない? 試合に強弱を持たせるからこそ、
おもしろいのか?

 たまたま、去年の同月・同日の、以下の「サイコパス」が考えさせられる。
メビウスの帯ではないが、そのまま、心底が繋がっているからこそ、恐ろしい。
怖いのが、精神薬を飲んでいる内に、『薬中』になった人たちのサイコパス。
 もっと恐ろしいのが、持って生まれた、サイコパス! 誰にも沈殿して
いればこそ… また、最後が暗い話になってしまった。 
――――
6298,閑話小題 〜何で、サイコなの?
2018年06月11日(月)
   * 何で、あの連中がサイコなの、
 サイコを「悪口、陰口は、万引きより悪い」という説を、横スライドると分かり
やすい。万引きは「軽度の泥棒」。それが身近な知人、他人の財布に、そして家宅
侵入の泥棒に… そして強盗殺人に行きつく。
 陰口、噂好きの極端の人は、ごく身近に事例で多いので分かる。
80対20の法則からして、2割の人が8割の蔭口、内幕情報を言うが、そういう人を、
多くを誰しらずに、心の底で忌み嫌う。サイコをネット検索をすると「精神異常」
とある。上位2割に良いことの8割が、下位2割に悪いこと8割が集まるが、不幸系
は、悪口、噂話を生活のメインにしている。
亭主が愛人をつくってとか、出世コースより外れて、子供の出来が悪い…等々。
一般的には±(プラマイ)バランスが2対1だが、サイコは1対1か、それ以下が多い。
物理的にも、知的要素が下位ほどサイコになる。それは心の奥に静かに沈殿し、
他人の不幸を見ると、表立つ「変質的性格」。しかし、「サイコパス」は、
「猟奇性を秘めた異常犯罪(もしくはそれを行う者)」をいう。悪口、噂を妄信し、
行動に踏み出した重度の犯罪行為者をいう。だから心理学者は、軽度の傾向でも、
注意をすべしと… 問題は、生活環境、己の生き方から派生する。
『3:10:60:27の法則』の下位ほど、サイコの傾向が強いという説が、これ。
可能な限り、人を選び、ライフワークを貫く生き方が必要になる。
先日、見てきた『万引き家族』で、親父役の男が『俺が子供に教えられるのは、
万引きぐらいしかない!』と話す場面が、何とも哀しい。サイコ、サイコパスの
言葉を使うことも注意しないければ。いじめっ子が、弱者を見つけて、攻撃する
それからして、マイナーの転嫁である。相手を選ぶこと。ライフワークを早々、
決めて貫くこと。あの人たちと距離をおくこと。
4C主義=チャンス、チェンジ、チャレンジ、コンペティションという
チェーン店の行動理念があるが、激流に身を挺して生きる生き方が正しいとは
いえないが、底に留まる場合、サイコ化する危険も多い。 4C主義こそ、
サイコパスへの道になりかねない。 サイコの言葉を知りえるかどうか。
その知識が、何気ない会話の中の危険を知らしめることになる。少なくとも、
8割の蔭口を業とする2割の人との距離を置くのが、その一歩。無知は罪である。
老いるとは、オバサン化するとは、サイコ化。別名、ゾンビ化、ヘドロ化する
ことである。

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5201,老年期の意味 
2015年06月11日(木)
   * 目標なく生きる重要性
 現役から、余生の時節に移行して、それまで見えていた社会の様相が、
全く違ってみえてきている。現役時代は目的的な強い束縛の中で日々を
過ごしてきた。何もしないことは良くないことと、信じて疑ってなかった。
現役の知人に、『何もすることがないのも、良いことだよ!』といった時に、
明らかに恐れと戸惑いが現れ出ていた。ただ、ブラブラと無目的的に日々を
暮らすと、日常の中の、景色が、違ってくる。それが御隠居の特権である。
 京大教授の山極寿一の、「老後の意味」の論が面白い。
≪ 人類の進化史の中で、老年期の延長は比較的新しい特質だと思う。
 ゴリラやチンパンジーなど人類に近い類人猿に比べると、人類は多産、
長い成長期、長い老年期という特徴をもっている。多産はおそらく古い時代
に獲得した形質だ。人類の祖先が安全で食物の豊富な熱帯雨林から出て、
肉食動物の多い草原へと足を踏み出した頃、幼児死亡率の増加に対処する
ために発達させたと考えられる。成長期の延長は脳の増大と関連がある。
ゴリラの3倍の脳を完成させるため、人間の子どもたちはまず脳の成長に
エネルギーを注ぎ、体の成長を後回しにするよう進化したのである。
脳が現代人並みに大きくなるのは約60万年前だから、その頃すでに多産と
長い成長期は定着していたに違いない。
しかし、遺跡に明確な高齢者の化石が登場するのは数万年前で、ずっと
最近のことだ。これは、体が不自由になっても生きられる環境が整わなかった
からだと思う。定住し余剰の食料をもち、何より老人をいたわる社会的感性が
発達しなければ、老人が生き残ることはできなかったであろう。
家畜や農産物の生産がその環境整備に重要な役割を果たしたことは疑いない。
ではなぜ、人類は老年期を延長させたのか。高齢者の登場は人類の生産力が
高まり、人口が急速に増えていく時代だ。人類はそれまで経験しなかった
新しい環境に進出し、あつれき人口の増加に伴った新しい組織や社会関係を
作り始めた。さまざまな軋礫や葛藤が生じ、思いもかけなかった事態が数多く
出現しただろう。それを乗り切るために、老人たちの存在が必要になった。
人類が言葉を獲得したのもこの時代だ。言葉によって過去の経験が生かされる
ようになったことが、老人の存在価値を高めたのだろう。
 しかし、老人たちは知識や経験を伝えるためだけにいるのではない。
年や壮年とは違う時間を生きる姿が、社会に大きなインパクトを与えることに
こそ大きな価値がある。人類の右肩上がりの経済成長は食料生産によって
始まったが、その明確な目的意識はときとして人類を追い詰める。
目標を立て、それを達成するために時間に沿って計画を組み、個人の時間を
犠牲にして集団で歩みをそろえる。危険や困難が伴えば命を落とす者も出てくる。
目的が過剰になれば、命も時間も価値が下がる。その行き過ぎをとがめるために、
別の時間を生きる老年期の存在が必要だったに違いない。老人たちはただ
存在することで、人間を目的的な強い束縛から救ってきたのではないだろうか。
その意味が現代にこそ重要になっていると思う。≫
▼ 落語の『御隠居と与太郎』の問答が、正しく、これ。人生を消化した
 御隠居と、何もしらない与太郎の無目的の状態の二人が、目的的社会に
ついて笑い飛ばす。4年前に、それまでの自分の姿が急に面白くなり、腹の
底から笑ってしまった。それで憑物が落ちたのだろう、開き直れたようだ。
元もと、アウトサイダーを自認して、社会との関りを最小にしていたことも、
現在の日常を楽にさせてくれている。夕暮れには夕暮れ時の楽しみがある。
 〜以下のことは森のこと。後は、娑婆娑婆したり、しなかったり!

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4469, 余命半年 −5
2013年06月11日(火)
        「余命半年  満ち足りた人生の終わり方」大津 秀一著
  * 生物の最大寿命は生物の性成熟年齢×五
「生物の最大寿命は生物の性成熟年齢×五」説によると、人間は75歳。
その辺りが大きな目安になる。去年、知人が75歳で亡くなったが、70歳
前後から急激に衰えていった。特に男は75歳、女性は80歳辺り。成るほど
後期高齢者の区切りである。この辺の健康状態で、あと何年かが決まって
くるようだ。 ーその辺りからー
≪ 川上嘉明氏の著書『自然死を創る終末期ケア』を読んで、私は生物の生命
 過程の事を知った。生物には成長期・生殖期・後生殖期の三つの時期がある
という。そして人間は後生殖期が長いのが特徴であるとのことだ。なるほどと。
確かに昆虫など、生殖期を終えればすぐに死んでしまう種の数は多い。ほ乳類
の場合は、最大寿命と性成熟年齢が性の相関関係にあるとされ、生物の最大寿命
は生物の性成熟年齢×五であるらしい。最大寿命と言うのは、限界の寿命である。
人ならば性成熟年齢の十五歳×五の七十五歳が本来限界となるはずだ。
しかし、周囲を見回せば明らかなように、今や限界超えが当たり前。
図をみると、実際にヒトだけが逸脱して限界を超えてしまった。人類がなぜ
後生殖期が終わったのちに、これほどまでに生きられるようになったのか。 
それは「医療」の発展ゆえである。ついぞ五十年くらい前までは「人生五十年」
の世界であった。しかし、人類にとってかなりの強敵であった感染症に対して、
西洋医学が優位に立つと、寿命はぐっと延びるようになった。もちろん栄養状態
の改善も影響しているだろう。あるいは衛生環境の改善等も。体格が世代を重ねる
ごとに良くなっていることは、清潔で栄養に満ちた生活が提供されている
一つの証明でもあると考えられる。≫
▼ ちなみに類人猿のチンパンジーは50歳、ゴリラは40歳後半で、50年前
 までは、人間と変わらなかった。病気を治す術を得た分、長生きが出来るように
なった。その最大寿命の75歳に近づいてきた。70を過ぎると、摂生してきた
人と、不摂生してきた差が鮮明になる。 私も酒の飲み過ぎもあり、その辺りが
大きな関門だろう。 ところで、介護を受けたり病気で寝たきりになったりせず、
自立して健康に生活できる期間を示す「 健康寿命」を2010年に男性70・4歳
(10年の平均寿命79・5歳)、女性73・6歳(同86・3歳)と厚生省が
初めて算出し、発表した。大体10年間が、介護か寝たきりなる。 
あと3年で平均で達するので、現在、介護を受けても不思議でない。そうすると、
まだ元気な現在、好きなことが出来る時間的余裕が少ないことになる。
10年間の介護を考えると、末期ガンになってもジタバタしないで、悄然と
従うのが良いのかもしれない。そうこう考えると、老いの現実は厳しい!
介護、寝たきりまで平均3年、死まで12年? 男が平均70歳で、寝たきりか
介護? 周囲を見渡しても、そうだろうか? 自分を考えると3〜4年先に倒れ、
その2〜3年先とすると不思議でない。とすると二年前の会社整理は正解? 
ものは考えよう。

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5931,閑話小題 〜狂ったドン様と、耄碌した泡沫候補 
2017年06月11日(日)
  * 耄碌した泡沫大統領と、狂ったドン様
 トランプ米国大統領は、現代版の裸の王様そのもの。本人も勝利をすると
思ってもいなかったため、白人至上主義や孤立主義を掲げ、ロシアの援護射撃を
要請するなど、やりたい放題。ところが間違って当選したのだからことは重大。
耄碌した泡沫候補は政治的経験もなく、適応が困難。 出来ることは朝鮮戦争を
仕掛けることぐらい。泡沫も、老い先少ないため、後は野となれ山となれ。
危ない要素が、あまりに大である。その隙に血迷ったドン様が、核弾頭ミサイル
の開発に専念。国際社会に対し、脅しをかけているのが現状。
 北の核ミサイル潰しなら、東洋人の100,200万人の犠牲も厭わないと…? 
一番困るのは、矛先を向けられる東京とソウル市民? 大陸間核ミサイルが
完成する前の現在が最後のチャンスと、総攻撃の可能性が出てきた。叔父と
兄を殺し、目障りな側近を粛清し、得意満面な血迷ったドン様。日・米・韓と、
中国、ロシアとケッタイな役者が勢揃い。ロシアが、陰湿の手段で、朝鮮戦争
を仕掛け、その隙に、勢力拡大を目論むには最適な情勢になっている。ところで、
トランプが4年の任期を全うできる側の賭けのオッズは2倍。できない方は1・4倍。
 先週のシネマは、数年前にあったテロを扱った <パトリオット・ディ>。
犯人の二人の兄弟の目線もあって、いつの間にか引き込まれていった。
直ぐに思い立ったのが、狂ったドン様、自分が何をしているのか全く自覚がない
のだろう。とはいえ、数百万の生命がかかっているだけに、下手に手を出せない
が、そのまま放っておくわけもいかず、思案のしどころ。欧州のテロ騒ぎに
引き続き、今度は、朝鮮半島と、日本の本土にも飛び火が? 
 成るほど、韓国人の7割が移住希望というのも理解できる。
父親の金正日ドン様、『男はつらいよ』のファンで知られていた。

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5566,フーテンの寅の、本質と家族の幸せとは 〜��
2016年06月11日(土)
    * 『男はつらいよ  寅次郎ハイビスカスの花』
 少し足らない流しのテキヤの映画を取上げること自体、少し憚るが、
人間の本質が、その足らなさから現われ出ているから、共感するのだろう。
『男はつらいよ』シリーズで最も良かったのは、リリーの三部作の完結篇。
TVの再放送で5〜6回以上は観ただろうか。 他に、印象に残ったのが、
石田あゆみマドンナの『男(赤)はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』。29作目。
これもシリーズで屈指の名作。片岡仁左衛門、柄本明の役者陣も見事である。
  〜『ハイビスカスの花』を検索すると〜
≪『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』は、1980年8月2日に公開された。
 男はつらいよシリーズの第25作目。リリー三部作の完結篇。マドンナは
4度目の出演となる松岡リリー役の浅丘ルリ子。観客動員数は206万3千人。
尚、2006年3月、シリーズ全作品を放映したNHK-BS2が募集した人気投票で、
視聴者から「後半24作品中のベスト1」に選出された。
  〜あらすじ〜
【博が街でリリーを見かける。リリーは寅次郎に逢いたいと博に告げる。
とらやで、寅次郎の噂をしていると、偶然寅次郎から電話があり、リリーが
逢いたがっていると伝えると、寅次郎は興味を見せない素振り。しばらくして、
寅次郎は柴又に帰ってくる。しかし間の悪いことに、とらや一行は水元公園に
ピクニックへ出掛ける所であった。慌てて、荷物を隠し体裁を取ろうとする
さくら達。その事で機嫌を損ねた寅次郎は、さくら達と大喧嘩をする。
出て行こうとする寅次郎の下へ、手紙が届く。手紙の内容は、リリーが沖縄で
病気で倒れたとの事で、寅次郎はあわてて沖縄に向かおうとする。皆で相談
しあった結果、飛行機で行く事に決まるが、寅次郎は断固拒否する。
博に説得されしぶしぶ了解するが、翌日飛行場で柱にしがみつき駄々をこねる。
そこへ通りかかったスチュワーデスに連れられ搭乗し、なんとか沖縄へ。
寅次郎と再会したリリーは涙を流し喜ぶ。次第に、彼女の病気はよくなり、
漁師町で一緒に生活を始める。しかし、その一方で地元の娘と浮かれる寅次郎。
ある日、ちょっとしたことで二人は大喧嘩。翌日リリーは沖縄を去ってしまう。
寅次郎は慌てて身支度を整え、手近な船に乗り、東京へ戻ろうとする。
島伝いに、時に行き倒れになりながらも、なんとか柴又にたどり着いた寅次郎。
そこで、偶然リリーに再会し、おおいに喜び合うのであった。さくらは、
リリーに寅次郎と結婚して欲しいと漏らし、寅次郎も「俺と所帯を持つか」と
発言するが、リリーは冗談として聞き流す。そうして、柴又駅で二人は悲しく
別れるのであった。好き合いながらも、お互いのプライドや体裁で一緒に
なれないリリーと寅次郎であった。】 ≫
▼ 考えてみれば、風に吹かれるまま、自由気ままでいられたのは、時代背景
が高度成長期にあったから。 その日暮しの安宿を泊まり歩く、ホームレスの
テキヤの寅と、フリーの売れない歌手リリーの境遇は似ている。
以前、経営していたホテルの宿泊客に、全国を股にかけた、流しのホテトル嬢
が何人かいた。 夕刻に出掛け、朝帰りのため、聞き込みの刑事に怪しまれない
よう、自分の職業の申告を最初からする。 外見からして、ごく普通の女性。
 寅と、リリーの明日をも知らない危うさから生まれるドラマが、共感を呼ぶ。
最初は、1960年代半ばの、鶴田浩二や高倉健、池部良らを主役脇役に据えた
「ヤクザ映画」のパロディとして企画された映画が、シリーズ終了後、20年
も経つのに、今でも、再放送されるのは、現在、失われつつある日本の家族の
原型が、そこにあるため。TV欄を見ながら、『また寅か、されど寅ですか〜』
〜これも偶然、寅さんの生き様、「目標なく生きる重要性」が書かれている〜
寅の生き様こそ、人間のあるべき姿かもしれない。
 「アホ違うねん、パーなんや」  で、「パーは、どっちがねん?」

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