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堀井On-Line
| 6660,閑話小題 〜映画観賞 『ミッドナイト・バス』 |
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2019年06月10日(月)
* 考えさせられた映画である! 去年早々に、シネマ館で見ようかどうか迷って、結局、見ず終いだった 『ミッドナイト・バス』。WOWoWで放映したのを録画して、数日前に見た。 新潟駅前で、31年、ビジネスホテル業を経営していたこともあって、東京〜 新潟間の高速バスの運転手の物語というから、見ないわけにはいかない。 殺人などの犯罪とかの特殊の重苦しい背景はないが、何処にでもある家庭内の 問題を徐々に引き出していた。 姑との折合いが悪かった妻との離婚と、 それが二人の子供を深く傷つけていたなど、徐々に問題が浮きあがってくる。 家族が問題を抱えながらも、必死に生きていく姿は何処の家庭内も同じ身に つまされた、考えさせらた映画である! ≪ ◇ 伊吹有喜の同名小説『ミッドナイト・バス』を完全映画化! バツイチ中年男の高宮利一は、新潟〜東京間を走る長距離深夜バスの運転手。 東京で定食屋を営む恋人・志穂との再婚を考えていた矢先、息子の怜司が東京 での仕事を辞め、帰ってくる。 娘の彩菜は友人とマンガやグッズのウェブ ショップを立ち上げ、実現しそうな夢と結婚の間で揺れていた。そしてある夜、 利一が運転する新潟行きのバスに、十六年前に別れた妻・美雪が乗り合わせる。 十六年の長い時を経て、やるせない現実と人生の不安が、再び、利一と美雪の 心を近づける。母の出現に反発する彩菜、動揺する怜司。突然の思いがけない 再会をきっかけに、停まっていた家族の時間が、また動き出す。 ≫ ◇「トンネルを抜けると男で、戻ると父親」 関越トンネルを挟んで「父性」と「男性」を往ったり来たりする。 かつて残した子どもへ負い目を感じつつも利一の優しさに心乱れる元妻・美雪 は東京で新しい家庭を持ち、新潟に独り暮らしている病床の父親を見舞うところ だった。 美雪の疲れ果てた様子が気になる利一。利一には、美雪との間に怜司 と彩菜という子どもがいる。 利一が東京で定食屋を営む恋人・志穂との再婚を 考えていた矢先、長男の怜司は東京での仕事を辞めて帰ってくる。 娘の彩菜は、友人とルームシェアしながら、インターネットでマンガやグッズの ウェブショップを立ち上げていたが、 実現しそうな夢と、結婚の間で揺れていた。 そして利一は、元妻の美雪が夫の浮気と身体の不調に悩み、幸せとはいえない 結婚生活を送っていると知る。利一と美雪の離婚で一度ばらばらになった家族が、 今、それぞれの問題を抱えて、故郷「新潟」に集まってくる。 家族がもう一度前に進むために、どうすればいいのか── ≫ ー ▼ 思い詰めた中年男の主人公の悲哀が、何ともじれったい。現在、就職氷河期 世代の引籠りが問題になっている。 80代の親と50代の子の親子関係での問題 であることから「8050問題」(7040問題)である。この親子の20〜30年後の現実! が、こんなものか。これに「2045年問題」が重なる。2045年にはコンピューター の性能が人間の脳を超えるという予測。何やら暗い気持ちになってきた。 そりゃそうだ、国家からして、将来図が描けず、目先の票稼ぎの人気取りに 目がくらみ… 個々人も、国家単位でも、誰も助けてはくれない! 中央値で、 400万しか貯金を持ってない国民に、「100歳生存の時代に2000万の貯金が必要」 と言われても… 時代は静かに大きく変わっていく。今月末のサミットが見もの! ・・・・・・ 6297,映画鑑賞 〜『万引き家族』 2018年06月10日(日) * 『万引き家族』 カンヌ受賞作に魅かれた見てきたが。成るほど、それだけの内容。 「疑似家族物語」とも言えるが… 駄菓子屋の親父が少年に、「妹まで万引きを させるなよ!」と諭すが、そこでハッとする。そして、わざと、万引きをして 捕まる。訳ありの幼女を住まわせて全国的誘拐事件になり、それが発覚。 静かで穏やかな日々の中に、恐ろしいほどの緊張感が漂う。 《 〜あらすじ〜 高層マンションの谷間にポツンと取り残された今にも壊れ そうな平屋に、治と信代の夫婦、息子の祥太、信代の妹の亜紀の4人が転がり 込んで暮らしている。彼らの目当ては、この家の持ち主である初枝の年金だ。 足りない生活費は、万引きで稼いでいた。社会という海の底を這うような家族 だが、なぜかいつも笑いが絶えず、互いに口は悪いが仲よく暮らしていた。 冬のある日、近隣の団地の廊下で震えていた幼い女の子を、見かねた治が家に 連れ帰る。体中傷だらけの彼女の境遇を思いやり、信代は娘として育てることに。 だが、ある事件をきっかけに家族はバラバラに引き裂かれ、それぞれが抱える 秘密と切なる願いが次々と明らかになっていく──。》 ― ▼ 「離婚率が、日本で35%、アメリカ50%、ベルギー、オランダなどは7割辺り。 家庭内離婚?を含めると、8割超が崩壊!」が家庭内の実態である。訳ありの 御婆さんの家に、年金目当てに、訳ありの人達がシェアハウスのように寄宿する。 外目で見れば、祖母と、両親と、3人の子供が家族の体裁。その疑似家族が、実際 の家族以上に寄添い暮らす。万引きで生計を補填しているため、危うさが逆に、 生々しく温かい生活感を醸し出す。 ―― * 県知事選、誰を入れる? まさか落下傘男? 今日は県知事選。 迷うことなく原発の再開反対派の女性候補? 悪さ比べの感が強い選挙だが、副知事経験者としても、パラシュート候補の 軽さは否めない。当り前だろう、二度も大地震があったのに再稼働賛成が見え みえの男に誰がいれますか。原発の直下に二つの活断層があるし… 元もと知っていて強引に誘致したのでは? 前県知事の下ネタにしても、 何処か?のマワシモノがリークしたと仮説をたてると、合点がいく…。 私の人生にそう先がないとしても、若者を考えれば、反対は当然のこと! 前の県知事選で保守系を入れたが、今から思い返せば、間違い。再稼働など とんでもない。 北朝鮮問題は、そう簡単に終わりません。 北朝鮮より、 アメリカが問題。旧式兵器の在庫処分の必要性があるし。そう簡単な問題でない。 8割の確率、いや9割の確率で… 勝負はついている。 としても、県の経済を考えると… だが。騙されていたのは地元民。 しかし、利益を得たのも既成事実。毒喰えば皿まで… もあるが。 でも駄目! 後記(2019年06月10日): 結局、県知事に県民は、落下傘男を選択した。 何も考えない県民が、何も考えてこなかったド素人の元官僚を選択した。 ならば成行きでいけばよい。 今までも、そうだったから、今さら!
・・・・・・ 4468, 99・9%は仮説、ですか〜 −6 2013年06月10日(月) 「99・9%は仮説 ー思いこみで判断しないための考え方」竹内薫著 * 第5章 「大仮説ー知的設計説」はありえる世界 宇宙・世界・人間の存在を考えるほど不思議なものはない。特に自然界には 驚くようなことばかり。極楽鳥や孔雀の美しい姿が、デザイン無くして、進化 だけで表現出来るのだろうか。地球という惑星もしかり。これらは知的設計者が 存在すると考えると一挙に解決する。進化論だけでは解決できない疑問があり過ぎ。 そこで神様を、そこに持ち出しても埋めることができない。所詮は、人間が創り 出した絶対者の主役でしかない。我々の住む宇宙以外に10の5百乗の数も 存在し、ループ状の管で繋がっている可能性があるというのだから、何があって も不思議ではない。いや10の5百乗の宇宙の存在の方が、この大仮説より 遥かに衝撃的である。 ーその辺りを抜粋してみるー ≪ もしかして、この宇宙は、どこかの実験室で創られたものなのかもしれない…。 こういった突飛な考え方を、頭ごなしに否定してはいけません。科学では、 どんな発想もアリなのです。前例がないから、常識からはずれているからと いって否定するのは、まったく科学的な態度ではないのです。・・「大仮説」と 呼ばれる仮説があります。現在の常識から考えると、ちょっと疑わしい仮説のこと。 でも、そんな「黒い(まちがっているように思える)仮説」であっても、 頭ごなしに否定することではできません。もしかしたら近い将来、大発見で これまでの常識がひっくりかえって、大仮説こそが「白い(正しいと思える) 仮説になっているかもしれない。現在、進化論を信じている人が、たった 37%。 いまのアメリカで物議をかもしだしている科学論争に、 「インテリジェント・デザイン説」というものがあります。直訳すると 「知的設計説」ですね。人類の起源の話です。むかしは、聖書の記述通り、 約6千年前に人類は神によって創られたという「創造者説」が一般的でした。 それに対して、すごく原始的な生物から40億年という時間をかけて少しずつ 進化していったものが人類であるとしたのが、ダーウィン(1809〜1882)。 ひとことでいうなら、知的設計者説というのは、このダーウィンの「進化論」 に対する対立仮説なんです。これは、カリフォルニアサンディエゴ校で 1999年に作られた仮説です。宇宙のどこかに知的設計者がいて、その知的 設計者がDNAを設計して、生物を創りだしたという説なんですね。だからこれは、 形を変えた創造説といえなくない。ただし、聖書に書かれているような神様で はなく、あくまで知的設計者という言い方をします。 さて、この説を高校や 大学で教えていいのかどうかという議論が、いまアメリカで盛んに行われている のです。「進化論は正しい、検証された仮説なんです」というように教える べきか、あるいは「進化論はたくさんある仮説のうちにすぎず、対立する仮説と してはたとえば知的設計者説というものがあります」というように教えるべきか。 そういう論争なんです。日本では、まだこの問題は論じられていませんが。 それでブッシュ大統領が、この問題に関して、後者(知的設計者説)の ようにしたほうがいいだろうみたいなことを公の場でいって、一気に大騒ぎに なっているんです。 ・・13歳から17歳までのアメリカの若者に、 ダーウィンの進化論についてアンケートをとった結果があります それによると、ダーウィンの進化論は証拠によって支持された、検証済みの 科学理論であると思っている人は37%。たくさんある仮説のうちのひとつに すぎず、それなりに検証されているが確定的ではないと思っている人は30%。 残り33%の人は「わからない」という結果です。これから、若者のあいだ では進化論が揺らいでいることがわかります。・・ ≫ ▼ 実際に我われは三次元の世界しか知ることが出来ないが、 4次元〜10次元の世界があるという。その次元の存在が三次元の我々の 世界を操作しているとしても、我々には認識しようもない。一神教はアッラー の神が、それにあたると主張するだろう。最後は宗教問題に行き当たる。 宇宙や世界の存在の不思議が深まるにつれ、認識と判断は困難になっていく。
・・・・・・ 4835,「出羽の守」の功罪 2014年06月10日(火) ー(耕論)「出羽の守」の功罪ーより 新鮮な海の魚貝などの港で、レポーターが、軽いのりで、 『これって、東京では、高くて・・』などを聞くと、またか〜何様じゃ御前は。 東京は東京、産地は産地だろうに!と。高校を卒業し上京した時、注意された のが、私の口癖、『いわゆる○○』。無意識で、『私の言葉では○○』の置換え。 小さな厚い殻から、社会や知識を置換えていた、自身の出羽の守を指摘された のである。 朝日新聞の文化欄のー「耕論」「出羽の守」の功罪ーが面白い。 ーまずは、その一つからー 《 あなたの周りにもいませんか。「アメリカでは」「ネットでは」を連発する 「出羽の守(かみ)」。うんざりすることもあるけれど、聞けばもっともな こともある。その弊害と効用とは。 * ペンギンに飛べと言うな 野島博之さん(予備校講師) 「出羽の守」を抜きにして、日本史は語れません。「中国では」という形で、 実に多様なものを取り入れてきた。古代なら律令と仏教、中世は禅宗、近世は 朱子学がその代表例です。日本の「出羽の守」には二つの特徴があります。 ・一つは、「出羽の守」ならではの吸収力を生かして、 ときどきの文明を高次化してきたこと。 ・もう一つは、最初は「出羽の守」で始まったものの多くが、 やがて日本化・独自化したことです。 日本のものすごい模倣力を示す好例が古代の都です。7世紀の終わり、日本は 中国の古典に学んで、宮城が都の中央に位置する藤原京という壮大な都を築いた。 ただこれは、当時の唐の都とは異なっていました。8世紀初頭の遣唐使が唐の 最新情報をもたらすと、日本は藤原京をあっさり捨て、今度は長安城にならって 宮城を都の北端におく平城京の建設開始。東京スカイツリーを3基も建てた 国家的プロジェクトの直後に、「あれ、ちょっと違うぞ」ということになって、 また3基、別の場所に建て直した感じです。 日本化・独自化という点では、 茶の湯や枯山水がわかりやすい。いずれも禅宗に起源をもち、やがて、追随 しがたい小宇宙とでもいうべき日本独特の様式を作りだしていきました。 よく知られているように、幕末以降、西洋文明の導入にも日本社会は異常な エネルギーを発揮しています。この過程で、帝国主義的な態度や行動も身に つけた。欧米諸国は第1次世界大戦のもたらした悲劇を背景にして、そうした 行動様式を転換していくのですが、大国意識を強めた日本は、第1次大戦の 教訓を真剣に学ぼうとはしなかった。そこには仕方のない面もありましたが、 ただこの「出羽の守」精神の決定的な欠如は、後に日本がみじめな敗北を喫する。 現在の日本は、キャッチアップ型の社会を終え、あらゆるところで「今度は 自分で飛べ」とけしかけられています。でも、日本は飛んだことのないペンギン のようなもの。突然変異は容易じゃない。夢をあきらめる必要はないけれど、 ペンギンはペンギンらしく、まずは自分の得意技を、とことん磨くべきです。 ・・(中略) イノベーションと「模倣の果て」はほとんど同義です。 ぶれずに考えて考えて、また考える。細部にこだわって工夫して工夫して、 また工夫する。この精神が必ずブレークスルーをもたらしてくれます。 ペンギンは空は飛べないけれど、水中なら自在に動ける鳥類ですから。 (聞き手・尾沢智史) 》 ▼ 高校を卒業後10年あまり経った後、Uターンで地元に帰って驚いたのが、 「長岡出羽守」の世界。実は現在も驚きは同時進行。 その違和感が強く、 同窓関係と、一部の人以外、殆ど付合いがない。それぞれの地区の出羽守には、 プラス・マイナスの両面がある。 私自身は、さしずめ「堀井誠作(父の名) 出羽守八郎」。流通先進国の米国出羽守で、何時の間にか、流通で米国に追い ついたら、こんどはネットで、アメリカに先をこされた。ネットは、デジタル の世界。果てることのない『出羽の守』が出現してきて、その功罪は大きく なっていく。
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2019年06月09日(日)
* あの世に持っていけるもの! 『そんなもの、あるはずがない』と一言で終わる問題だが、そうではなく 正面から考えなければならない『死』の問題でもある。そこで、まず <「あの世や来世は存在するか?」 はたまた「すべての終わりか? 」>の 人類永遠の素朴で、深遠の疑問に対峙しなくてはならない。
そこでネット検索をすると、ヘーゲル哲学の一人者の加藤尚武氏が…。 ≪ ◉ “人間は古今東西、 概ね2つの型の思想を語ってきた。 1つは死ぬことは体が分解してなくなることだという思想である。 旧約聖書には、 「すべてのものは塵から出て、すべてのものは塵に帰る。 誰が知ろう。 人の子の霊は上にのぼり、獣の例は地の下にくだるなどと」(伝道の書) (中略) 死生観は、概ね一回的生と反復的生(来世・輪廻)という矛盾した イメージの重なり合いとなっている。 世界には全く違ったものの見方があるので 自分と違った見方に対して 寛容でなければならないというのは事実であるが、実際には、さほど大きな 違いはない。 違った宗教のなかにも、同じ型の考え方がある。 <世界中のさまざまな考え方について、どういう共通の型があるか> 違いはどの点にあるかを明確にすることで、人類共通の見方があれば、 それを明らかにすることが、これからの哲学では大事である。 古今東西の共通思想の大筋を示す事が今、哲学に求められている。 ◉ 私はまず、「死についての共通思想」を描き出してみた。 武器を手に戦っている人々に、「あなたがあなたの敵と、どれくらい共通の 思想を持っているか」を伝えたいが、共通の考え方が何であるか、 ふだんからしっかりと認識しておくことが大事だと思う。” 共存する矛盾したイメージですが、 「あの世に持っていけないもの」を定義すると見えてきそうな気がします。 ・お金 ・地位、名誉 ・家族や親しい人々 など。 基本的には、持ってきたものしか、持って帰れないのは間違いなさそう。 誰かが、「人生で得たものは残らないが、与えたものだけが残り続ける。」 と言っていますが、 そんなものかも知れませんね。 ≫ ― ▼ 死の問題に関して、ここで数知れず書いてきた。数日前にTVでみた 『ワンダフルライフ』( 是枝裕和監督)が、これ。ここでは、一つだけの 思い出だが、それぞれの至高体験は、数限りある? 持っていけるのは、 御宝のつまった行蔵。この随想日記は、あの世に持っていけない行蔵の記憶や、 拙い知識の書き置き? 「それにしても、女々しく、下らない。」 そう割切っているから、続けられる。 あの世? 何それ! 娑婆(現実世界) が妄想なら、あの世は、妄想がもたらした外界の‘無’イメージ。 あの世に持っていけるものより、この世に何を残したか? 与えたものも、 残らない、宇宙の果ての、その外の10の500乗の多宇宙の、何処かの彼方に 消えていく。そうと思えば、楽。 ひと言でいえば、ムニャムニャ。 無にゃ無にゃ! …これがオチ。与えたモノすら残りりはしない。生臭い風さえ。 5円(御縁)玉だもの人生は。 どう使うか? 遊ぶか? 一期一会で。 参考:2019年6月7日 閑話小題〜映画観賞 ―『ワンダフルライフ』是枝裕和監督・1999年> ・・・・・・ 6296,久々のパレートの法則 〜3 2018年06月09日(土) * 世間を『3:10:60:27の法則』で分析すると 数日前の『3:10:60:27の法則』から、世間という妄想を分解する。 世間度数は、下位にいくほど影響度が高くなる。それは、法則それ自体が、 それを語っている。 《 ハーバード大学が調査して実証したデータ。 人生は、 ・27%の人が、何も知らず、自分からは何もせずに生きている人 ・60%の人が、知っているけど、行動しない人 ・10%の人は、知ったことを、出来るようにした人 ・そして3%の人は、無意識に出来てしまう人です。 この27%と60%を足した87%の人達がサービスを受ける側の人、 13%の成功者が提供する側の人です。もっとキツイ言い方をすれば、 87%の仕掛けられる側と13%の仕掛ける側に分かれています。》 ― ▼ 以前に、私と家内との会話を事例に「世間話のでき方」のテーマを書いた。 ただ流されるまま生きてきた87%が、何気ない会話や、親元や学校で、知らず に感化された分厚い固定観念。それに様々な環境が、本人を世人に育て上げる。 知識と経験を積むにしたがい、そのカラクリに気づくことになる。だから、まず 手軽な読書習慣と、読書録の作成が必要になる。それがないと、考えない世人と して蔑視され、無意識のうちに自身を分類することになる。 会話は出来るが、 対話が出来ない層が87%。当然、13%にも存在するが、その比率は低くなる。 そこに長年かけたライフワークがあるかどうか。後にコピーするが、やはり、 5歳までの基盤構築が必要ではなかろうか。逆に基底欠損の人が多い。
【熊:おれは27%で、寅は60%、八ちぁんは10%、大家は3%かい。 寅:いや、俺は40%さ。八は世間をシリアスに貶しているからな。 でも歳をとるたび、人嫌いになってるからね。 大家:私が3%ですか。5〜6%辺りじゃないか。それにしても、 この法則を世間度数に当てはめるとは流石。世間、現実に埋没するほど、 危険なことはないことは確かだよ。 今日から、『終わった人』という 映画が上映されるというけどね。東大出の銀行マンでも、ライフワークを 持たないと、こうなるんだ。 八:このブログを読める層は、ライフワークの必要性を気付いているだろうが… 仲間内のゴルフか、カラオケが、それじゃあ、節目がつくれないよ。 寅:10年前にさ、映画室が10ある映画が郊外に出来た際に、八つぁんに 勧められて月に1〜2度通いを始めてさ。御蔭で、少しは世界は広まったよ。 八:まだまだ、私は毎週だよ、毎週。それに寝室で、連日、4時間近くは、映画 とドラマ三昧さ。それが飽きないの。 熊:世間話の功罪、何時も聞かされているので、注意して他人様の話を聞くとさ、 あれってヤバイよ。この御蔭で、最下層より上層の35%と思ってるんだ。 大家:そのとおり、馬鹿な中傷を言わなくなったしね。 八:バカは死ななきゃ治らないというけど! 人の粗探しより、自分の好きな ことをしろよ。 そう誰も自分は違うと思ってるらしいが…。
世人:何にも考えず、何もしないで、周りの気だけをつかい、楽しそうに諂って 生きてきたが、ちっとも面白くなかったよ。だから、他人に腹が立つんだよ! 「上を見れば腹が立ち、横をみれば腹が立ち、下を見れば底がなし、さ」 誰か私の人生を慰めて欲しいけれど、今さらか! 若い時節の私が、今の私を 嘲笑しているようだし、何か大きい穴がポッカリ空いている苦痛を誰ぞ知る! 『基底欠損』と一言でいうが、それは、両親の質の問題だろう。それと時代。 寅:世人の生き方も良いじゃないですか。それも良しと、心の底からいえるかだ。 ただ自分がバカだと自覚はしているがね。一番、立腹すべきは、あんた自身さ。 泣いて、喚いて、七転八倒し、全身で感動し、感涙しなかったことは、アンタ 自身の問題。おれ、これでも、してきたさ。だから、ここで実存しているんだよ。 熊:俺だってそうだよ。尤も何も知らない、持たないことで、逆に実存してるけど。
・・・・・・ 5195,魂が擦り切れるまで哲学に徹したか 2015年06月05日(金) * 哲学という気晴らし 〜『人生、しょせん気晴らし』中島義道著 こういう文章を読むと、<この10〜20年、独学で「哲学」を学んできま した>など、よくも言っていたと自嘲をする。どの道も、命がけでなければ プロとはいえない。「ひきこもり」と「哲学をする」は、紙一重。 20歳代に、スランプになると、度々、六日町にある「雲屯庵」という禅寺に 本を持ち込み座禅をしていたが、そこの若い雲水が、時々、「野狐禅など してもしなくても同じだ」と強烈な批判をしてくれた。若い雲水は命がけで、 禅道を歩んでいるのに、少しの挫折で横たわる代わりの私の野弧禅など、 この馬鹿野郎である。しかし今から考えると、決して無駄ではなかった。 これと同じことが、哲学の道でもいえる。 〜その辺りから(p91) ≪ 私が哲学にのめり込んだのは大森荘蔵先生に会ったからである。東大 法学部に進むはずであった二十歳の私は、突如哲学に鞍替えしようと決意した。 その頃、大森先生の書いたものをむさぼるように読んでいた私は、大森先生に じかに会って、いったいこんな自分でも市民から哲学者という「ならず者」へと 転落する資格があるのか賭けに出た。「駄目だ」というわずかな言葉をも、 視線をも、サインをも見逃さず、その時は哲学を潔く諦めよう。 こうした悲壮な決意で先生に対したが、思いがけないことに、私は先生から 文句なしの適性を保証されてしまった。「来なさい」と言われ、胸も張り裂けん ばかりに嬉しかったが、同時に奈落に突き落とされた。ああ、これで俺はもう まともな市民としては生きていけない。哲学で行き詰ったら、後は死ぬしかない と思い、泣きたくなるような気分だった。 それがまもなく現実になった。 法学部を捨てて先生の所属する教養学科の科学史。科学哲学分科に進学するや 否や、私は深刻なノイローゼに陥った。現実の哲学に失望したわけではない。 哲学は、そして先生はますますすばらしい存在として私に迫ってきた。だが、 だからこそ、自分に絶望した。そんなにすばらしい世界が与えられたのに、 それを充分活用できない自分の愚かさ、無能さに絶望したのである。 蛆虫のような老婆を殺した瞬間に、自分もまた蛆虫だと悟った『罪と罰』の ラスコーリニコフのように。俺は誤解していた、分不相応の高望みをしていた、 俺は真理のために生きることなぞできないのだ、俺はやはり蛆虫として真理を 横目で睨みながら何もわからずに死ぬほかないのだ。そう思った。そう思って、 自分の浅はかさを嘆きながら引きこもり、死ぬことを考えていた。 ずっと後になって、奥様から「あの頃たびたび、主人は中島君自殺するかも しれないと言っていました」と聞かされた。そんな苦しい時でも、私を哲学 へと「誘惑した」先生を瞬時も恨んでいなかった。ただ、せっかく見込んで くれたのに、こんなテイタラクで申し訳ない。そのために死のうかと思った。 それからいかにして「治った」のかは、長い話になるので割愛する。 とにかく、私は門下の仲間たちとはよほど違って不思議なほど転び、蹟き、 滑りながら、哲学を続けている。といって、私は先生に普通の意味で 「感謝している」わけではない。私が駆け込み寺のように先生のもとに身を 寄せてから、本当に辛くきつい人生が待っていた。だが、私はこうしか生き ようがなかったのだから仕方ない。先生との出会いも運命であり、私が哲学 を志すと「そこに」先生がいたのだ。 先生は私の恩師であろうか? いまさら「恩師」などと言えば、「私は中島君の師であったことなどない」 と切り返されるであろう。そうなのだ。私が先生を、一番煩わせた問題児で あったとは確かであるが、先生は私の恩師なのではない。私は先生に哲学とは こういうものだということを教えてもらったが、その後いまに至るまでその通り のことをしていないのだから。だから先生は権威・権力におもねることを蛇蝎 のように嫌った。『哲学の教科書』がベストセラーになり、わずかの褒め言葉を 期待して勇んで病院に見舞いに行った時、「もう少ししたら何か言います」 と言われた。だが、何も言わずに死んでしまった。これもずっと後から聞いた 話であるが、私がウィーンから帰ってきて人より十年も遅れて駒場の助手に なった頃、「今度帰ってきた中島という男は難しい所もあるが、どうか寛大に 見てくれ」と哲学仲間に訴えていたという。何も知らなかった。涙が出る思い である。それほど気にかけてくれた先生は、物書き業に堕した私を許してくれ ないであろう。魂が擦り切れるまで哲学をしていない私を軽蔑するであろう、 それが苦しいので、時折私は必死に叫んでみる。「私は先生とは違うのです、 こういう形でしが哲学ができないのです」そうしながら、「それでいいのだよ」 という先生の優しい言葉を期待する。だが、いくら耳を澄ましても何も聞こえて こない。≫ ▼ 何度も読み返えすたび、その都度、それぞれの青年期の節目の苦悩が蘇る。 多かれ少なかれ、青年期には、各自が、似たような苦悩を抱えて苦闘するが、 いつの間に現実に同化してしまう。で、娑婆娑婆して、この有様! 色即是空
・・・・・・ 2016/06/04 フーテンの寅の、本質と家族の幸せとは 〜�� 最近になって、『男はつらいよ』のシリーズの再放送を見なくなったが、 以前は再放送の度、何度も観ていた。もちろん48作の全部を観ている。 TVの再放送を含め平均3回を観たとして、150回は観たことになる。 特に浅丘ルリ子の、リリー役ものは、5〜6回以上は観ていた。この映画が 始まった1969年は、新社会人として、四日市、神戸、桑名と、転勤生活の中で、 家族の温みを寅さんの実家の団子屋の中に温みに求めていたようだ。 精神分析医と、『男はつらいよ』の山田洋次監督の対談が、なかなか面白い。 * 寅は「基底欠損」 <山田洋次:名越康文 対談>より ≪ 山田:寅は「人間というのはこんなにみっともないよね」という恥部も 見せてくれる。自分が食る分のメロンがないというだけで、「どうせ俺はね、 この家では勘定に入れてもらえない人間だからな」と言って大ゲンカしたり。 名越:有名なメロン騒動ですね(第15作『寅次郎相合い傘』)。『男はつらいよ』 を全作観て、僕は寅さんの中にとめどないブラツクホールのようなものを 感じました。寅さんを心理分析すると、99%は温かいものでできているけれど、 残りの1%に、ダークマダーのようなものがギューッと凝縮されている。 それは下手したら温かい99%を無にしてしまうようなすごい闇です。 「俺の気持ちをわかってくれ!」という精神的な甘えも強烈で、カッとして暴れる こともしょっちゅう。じゃあなぜ寅さんにこのような攻撃的なエネルギーが 生まれるのかと考えた時、「基底欠損」という精神分析用語がハッと頭に浮か びました。幼い頃、親に甘えても受け入れてもらえなかった。おっぽいが十分 に吸えなかったとか、抱っこしてもらえなかったとか、満たされるべき欲求が 満たされなかった。そういう根本的な愛情や安心感の欠如が、大人になって から甘えたり、無理を言うことにつながってしまう。寅さんもそうすることで、 親に拒絶された「欠損」を埋めようとしているんじゃないかと解釈したんです。 山田:とても面白いですね。「基底欠損」という言葉を初めて聞いたし、そういう 心理学的なことは何も知りませんでした。だけど、寅みたいな人間はどこか心 の中に空洞があるんだろう、そういう人間って、赤ん坊の時がひどく不幸 だったと考えて、寅が産みの母に捨てられたという設定にした。≫ ▼ 私の母親が、世にも珍しい<ママ父>虐めの被害者。その恨み辛みを、 ことあるごとに聞いていた。3人の子供を残して逝った父親の後添えに、 祖母は男後家と再婚、八百屋を維持した。その義父との間に4人の子供が できたが、義父は徹底して3人を虐めたという。祖母も、男後家の関係上、 3人には冷たくせざるをえず、一番末の母は、幼児の頃から、両親の温みを 知らないで育った。その為、自分の子供に対して、どう愛情を与えて育てて よいのか、知る由もなく、それが、母親の「基底欠損」である。当然、その 子供も、基底欠損になる。何れも多かれ少なかれ、それを持っている。 両親の温みの実感が無いのも辛いものがあるようだ。 〜つづく
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| 6658,閑話小題 〜つれづれに ―たまには息抜き… |
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2019年06月08日(土)
* シリアスな内容が続いたので このところ小難しい話が続いたので、今日はなか抜き。 週の中心が木曜日で周っているような。 ・月、火、水曜日が‘前半’でホップ。 ・木曜日が‘なか日’で、ステップ。 ・金、土、日曜日が‘後半’でジャンプ。 後半のジャンプの方が楽だが、ホップ、ステップも悪くない。 単調になりがちな日常で、何かリズムが必要。 ところで、何に向かってジャンプする? ストレス、退屈の向う側に 向かってですか。何にも残らないから良いんじゃないですか。
一日単位のスケジュール。少し、きつめだが、慣れてしまえば、修行僧? のようで… きつめは、私の基準の感覚では少し濃いめ。 いや、薄め。 あと一年半で後期高齢者、大年寄りに分類される御年頃。 〜私のライフワークを改めてみてみると〜 ・30年以上の秘・異郷を中心にしたツアー(52回)と、 ・18年以上続けているブログで、「随想日記」のクラウドへの上奏と、 ・ビデオレンタル(当初)、シネマ館通い、そしてWoWoWで年間、4〜500本 の映画とドラマ観賞。 TVドラマをいれると1万本?はゆうに超える。 何のための人生かって… 所詮は、実人生も振返れば妄想じゃないかと。 ・早朝の散歩が30年と、10年前に切替えたミニチャリ(ポタリング) ・それと、居酒屋とカラオケスナック通い… ・そして、午前の読書習慣が、老後の精神を何とか正常に?保っている。
地方都市で、摩擦を避け? 暢気に、生きると、この程度。内的自由の錯覚は あったような。いや、石牢の囚人。微睡みの合間に、鉄格子の窓から天空を みていたに過ぎなかったのか。私にとっての節目は満70歳。何かしら吹っ切れた ような。あとは一方的に右下がりが大きくなっていく実感。 次が75歳まで 1年7ヶ月。 たまには息抜きと思いきや、書き進むほど重くなる。いや、軽くなる!
後記: 書上げた後に、同月同日分を読返すと、『何だ…これは』という、 重い内容に気楽に向き合っている自分にドッキリする。真面目くさって、 何が面白いのだろう。 そう、『ひろしです』の一人自虐漫談そのもの。 「まあ、いいっか! 今さら。」 ところで、このフレーズ自体、テーマになる。
・・・・・・ 2018年06月08日(金) 哲学の窓 〜「モナド」とは
* 精神的存在の原子にあたる言葉、「モナド」 神の存在が深く信じられていた古代、中世には精神的存在の原子にあたる言葉 を語ることは、神への冒涜として論じられなかったのか。概念上の『点』としての 『モナド』。そして『予定調和』で最善に導かれていく考えは、非常に面白い。 〜『哲学用語図鑑』ーP120 ≪ 世界を精神的存在と考えるなら、それらを分割していくことが可能になる。 ライプニッツは、この精神的存在の原子に相当する概念を、『モナド』と呼んだ。 そして、世界は、このモナドが調和しあって出来ていると考えた。彼によると、 「世界は最善になるようにあらかじめ神によってプログラミングされていると いう考えを多元論という。 モナドは、原子論に似ているが、原子のような物質ではなく、概念上の「点」。 モナドは1つとして同じものはなく、互いに連絡し合う手段を持っていない。 「モナドは窓を持たない」 すべてが神のプログラミング通り動くとされている。 精神を分割し、更に分割し、その上に分割した最小の点がモナドである。 モナドが世界を最善になるように予定調和で最善の世界を創るもので、世界は 偶然できたものではないと… 要するに楽観的に世界を捉えているのが特徴。 ライプニッツにとって、世界はただ「ある」のではなく、神が最善の状態に くだしたから、そう「なった」のです。これを「充足理由律」という。 要するに、どんな出来事にも十分な理由がなければならないという原理。≫ ― ▼ 物理的存在の、原子は、古代哲学から取上げられていたが、精神的な 最少単位については考えられなかった。そこでライプニッツが、初めて取上げ 注目された考え方。面白い考え方だが、人間に都合のよい神の楽観的傾向が見て とれる。世界の知性が問われる現代。トランプ、金、習、プーチン、安倍… 何でしょうか? モナドの最小の『点』からして… モナドですか? 現代の国際政治を問うこと自体が、間違っている。 どうなるのでしょう。 「世界は最善になるようにあらかじめ神によってプログラミングされているはず」 なのに。
・・・・・・ 4466, 余命半年 −4 2013年06月08日(土) 「余命半年〜満ち足りた人生の終わり方」大津 秀一著 * 末期から死ぬまで ー末期の現象をまとめてみると、 ≪ 「末期」の一つの定義は、余命六ヶ月以内、である。しかし、その状態の 悪化は右下がりの直線ではない。 要するに、調子がズッと良かったのが、 急に悪化するケースや、凸凹であったりする。 ・緩和治療を行っている患者の場合、死の1〜2週間前まではそれなりに元気 だが、その辺りから身の置き所がないような全身倦怠感が強くなる。また点滴の 量が増えることもあり、むくみが酷くなったりする。この時期が一番、患者に とってきつい症状。そして歩行が困難になり、トイレに行くのも困難になる。 特に、きれい好き、清潔好きの人にとって辛い。 他にも食べものや水分を 飲み込むのも難しくなる。喋り辛くなり、耳鳴りがして、口はカラカラに 渇くなど様々な苦痛症状が出てくる。だから、1〜2週間前辺りまでに、 できることは早めにしておくべき。 ・そして、余命日単位になると、患者の苦痛も限界に近づき、家族の心労も 募ってくる。この時期に家族を苦しめるのは、患者の混乱、錯乱である。 「つじつまの合わないことをいったり」「周囲の状況が全く理解できなかったり」 「幻覚がみえたり」するなど、大声を上げたり、暴れたりするなど、患者を 見守る家族の苦痛は大きい。 そうだとしても、家族は身近にいることが大事。 無くなる24時間前が、そのピークなる。それが「最後の山」という。 ・余命数時間単位になると、痰がつまってゴロゴロ音がずっと続いたり、 呼吸が荒くなったりするが、患者の苦痛はない。 しかし聴覚は最後まで 保たれるので、発言には十分に注意が必要。その中で、家族も辛いだろうが、 傍に付き添うこと。最後は、お医者さんも、教えるだろうから、大声を出す のではなく、静かに耳元で囁きかけ、手を握ってやったり、身体を擦るのが、 死出への旅立ちにふさわしい。 ・最後は、まず呼吸の仕方が変化をし、下あごを突き出すような医学語で いう下顎呼吸になり、数分から数十分で呼吸が停止する。呼吸停止後、数分で 心臓も停止。その時が、死亡時刻になる ≫ ▼ 実際の臨終に立ち会ったのは、近くに住んでいた伯母と、母親である。 父の臨終は、私が当時、立ち上げていた千葉のビル現場の打ち合わせで立ち 合えなかった。臨終の場面は人生が終わるのだから荘厳だが、厳しく生々しい。 家族も疲労困憊する。幻覚、幻聴、錯乱などは付きものと割るきるしかない。 母親の子宮から、管につながれ、のたうち回って産まれ出て、それぞれの 一生を生き、最後は管に巻かれ苦痛の中で死んでいく。せめて、その間、 精一杯生き、悔い無い終わりを遂げたいもの。末期を具体的に想定する ことは、高齢者の生き方を考える糧になる。で、偶然だが、以下文に続く。 ・・・・・・ 5563,「オカネがなくても楽しめる社会」に住みたい 2016年06月08日(水) * 私の住みたい社会 雑誌に、私の現在の生活に似た生活を理想とするレポートがあった。 リタイアをし、年金生活に入って5年余り、隠居という身になっても、修行僧? のような真面目なスケジュールに慣れ親しんでいるためか、思いの他、不自由も 肩身の狭い思いもない。この生活習慣が、著者の「住んでみたい社会」の生活に 近いから驚いた。4時に起床、この随想日記を書き上げ、ネットにアップした 6時過ぎに(冬期間を除いた)ほぼ毎日、一時間、電動アシスト自転車でミニ・ サイクリングに出る。200M先の栖吉川の土手と、バイパスと、信濃川・土手で コースの9割以上を占めていて、ポタリングには、これ以上ない快適なコース。 これに午後1時から2時間、近くのSC内のスポーツジムに週5日通っている。 他に週1回のシネマ通いと、月に1回の飲み会を入れれば、もう十分満足である。 ≪ ☆「私の住みたい社会」 青山文平: 「どんな社会に住みたいか」と問われたら、私は迷わず、「オカネがなくても 楽しめる社会」と答えます。オカネがたくさんある方と、そうでない方とでは、 どっちが多いかといえば、そうでない方のほうと思えるので、社会が「オカネが なくても楽しめる社会」になれば、誰にとっても楽しい社会になるでしょう。 しかも、オカネがなくても味わえる楽しみというのは、けっして我慢した 楽しみではなく、けっこう奥深いのです。むしろ、オカネを使って味わう楽しみ よりも深いかもしれません。 たとえば、もしもいま住んでいる町がすごく歩い て快い町で、毎日散歩してもぜんぜん飽きないとします。その日々の散歩は、 年に数回行く海外旅行よりも楽しみの深度が深くて、つまりは贅沢であると 言えないでしょうか。そういう町を多く抱く社会はまちがいなく、「オカネが なくても楽しめる社会」でしょう。 私は散歩もよくしますが、自転車に乗るのも好きです。気に入った自転車 さえ手に入れれば、あとはほとんどオカネのかからない楽しみですが、残念 ながら、私の暮らしている地域に、自転車で走って気持ちいい景観を待つ道は 数えるほどしかありません。昔、仕事でスコットランドや北イタリアに行った ときは溜め息が出ました。どこをクルマで走っても、全域、自転車好きなら よだれが出そうな道ばかりなのです。 ちなみに欧州では、日本ではすっかり 下火になってロードバイクに取って代わられた、クルマで言えばジーブタイプ のマウンテンバイクもいまだに人気です。マウンテンバイクで走って楽しい シングルトラックなどの道が、遠征などしなくとも、毎ヨ暮らしている町の かたわらにあるからです。自転車造びが楽しいかどうかは道しだい。 自転車はいい道を楽しむ遊びであって、マウンテンバイクの不人気はそういう 道がないことを表しているのです。 ・・(中略) 「オカネがなくても楽しめる」遊びが、逆に消費を拡大させるかもしれません。 いま求められている遊びは、そういう深い遊びのような気がします。欧州には 「キャナル.ツアー」という楽しみがあります。実は、欧州には網の目のように 運河が張り巡らされていて、その運河を使うだけで地中海から北海へ抜ける ことが可能なのです。けっしてカネモチの遊びではなく、定年退職者の夫婦が、 キッチン・ベヅド付きの中古のボートがあれば、あと必要なのは燃料費と、 家にいてもかかる毎日の食費だけです。これまた、「カネがなくても楽しめる」 深い遊びなのです。そういう社会に私は住みたいのですが、いまの日本は、 さて、どうでしょうか。≫ ▼ 一月あたり6000円のスポーツジムに、週一のシネマ館通いで月に5000円、 月に一度の飲み会が10000円、読書の本題は近くの図書館が主で、ほぼゼロ。 毎朝のミニ・サイクリングがゼロ。パソコンとTV代が10000円で、酒と肴で 20000円で、大よそ合計5万円が、月あたりのお遊び代。これが「オカネが なくても楽しんでいる生活」かどうか分からないが、満足をしている。 振返ってみて、仕残してしまった悔いが少ないためか、遊ぶ金が欲しい、 何かが欲しいと思わないでいられるのが有難い。それぞれの時節に、充分 楽しんでいたのが大きい。家内の厚生年金受給が、こうなると大きい。 〜で、以下の文章に、続いていく。 ・・・・・・ 5198,ライフサイクルより、ライフコースへ 〜1 2015年06月08日(月) * 多様に選択される人生 ライフスタイルの一つに、10年節や、女7年、男8年、節目節がある。 その視点、振り返ると、思い当たる節がある。ところが、現在では多様な人生が あたり前になって、それぞれのライフコースという概念に取って代わってきた。 『本当にわかる社会学』現代位相研究所著の中で次のような論説があった。 ≪ 社会学で、ライフコースという概念がライフサイクルという概念を置換する 形で用いられるようになった背景には、個人の人生の軌跡の多様性への認識が あるとされている。ライフサイクルを「だれも同じように人生の道筋をたどれる こと、ある一つのライフコース・パターンが高い頻度で再生産されること」とし、 ライフコースがライフサイクルに取って代わられるようになったのは、みなが 同じような人生を送る社会からいろいろな人生を送る社会へと発展的に進化した ためであるとする。主として生物学および心理学で発展してきたライフサイクル 研究は,生物としての人間が一生のうちに示すある範囲内での規則的な推移を 考察し,人々の人生を横断する共通の特徴に着目してきた。他方,個人の生活を 取り巻く社会的歴史的文脈を重視する社会学的視点が生かされたライフコース 研究では,個々人の人生の多様性が強調されてきたのである。しかし,20 世紀 後半に入ってライフコースの社会学が多様性の研究に大きく舵を切り、今や ライフサイクルは古い概念であるかのごとく扱われるようになった。ーつづく≫ 息子2人と甥っ子を加えた9人のうち、3人が独身。あまり独身が不自然でない。 ライフステージ、ライフサイクル、ライフコースの意味をネット検索をすると、 ◎ ライフステージlife stage 個人の一生の発達過程にみられる諸段階。人間の発達には生物的・生理的側面, 心理的側面とともに社会的側面があり,これらの相互作用を重視しつつも, とりわけ社会的側面の発達段階に焦点が当てられる。具体的には,個人の地位・ 役割の大きな変化と段階移行に着目して段階設定がなされることが多い。 ◎ ライフサイクルlife cycle 生命体の一生にみられる規則的変化のパターンをいう。人間のライフサイクル においては,出生から死に至るまでの生命現象とともに,学校への入学や卒業, 就職,結婚などの生活現象にみられる節目や変化パターンが重要な意味をもつ。 近年では,人々の価値意識やライフスタイルの多様化とともに,ライフサイクル 概念が前提とする平均的・標準的パターンを設定することには無理があるとの 批判もなされるようになった。 ◎ ライフコースlife course 社会的存在としての個人の生涯にわたる加齢過程をいう。ライフコース研究 では,個人の地位・役割のありようと時間的経過のなかでのその変遷,そして これに変化をもたらすような社会的・個人的出来事が関心の焦点となる。 ライフコース研究が登場した背景には,非歴史的なライフサイクル研究の限界を 超え,個人の生活史と社会の歴史のダイナミックな相互影響関係を捉えよう という研究意図があった。 ライフステージの背景の「時流」が、大きくライフステージを左右する。 私のように終戦直後から復興過程を経て、高度経済成長期と、その崩壊期を 生きた者にとって、この3つが鮮明に浮かび上がってくる。 ・・・・・・ 4833,「事業人生を決心して45年」の語り直しー11 2014年06月08日(日) * 創業? 実は、そんな格好いいものでなく、半狂乱! あなたが転機に立たされて何か新事業の創業の課題を与えられたとして、 何が考えられるだろう? 具体的には、何も思いつかないのが実際だろう。 そこで、幼児から、その時点までの自分が経験してきた中で、大きは時流に 対し、何か材料を探し、新たな装いをするしかない。それまで、顧客として 何を経験してきただろうか? そう、学生時代に池袋駅の居酒屋と、その後の 勤務先のスーパーの経験と、その近くの飲食店と居酒屋くらい。対象の物件の 道路を隔てた膨大の空地に、近々に5百世帯の団地が計画されている。 それなら、その小判鮫の商店が必要。とすると、テナントビルと、その一角 での手堅い商売。しかし、ノウハウは無い。ならば、それを買えば良い。 そのためには、フランチャイズに加盟すれば良い。で、問題は、その選定。 失敗は、状況から許されない。それも、父の余命が一年での、調査になった。 「第一の協力者の連添いを、真剣に探しておくべきだった!」という後悔も、 先に立たず。とにもかくにも、適切なフランチャイズの本部巡り。 で、見つけたのが、当時、国内最大レベルの居酒屋チェーンの『養老乃滝』。 さっそく、説明会に参加したが、「駅前立地が基本。郊外型立地は皆無だが、 これからは郊外の時代、非常に面白い立地、是非とも組みたい!」と、乗り気。 考えあぐねた末に、思い切って参加することにした。その具体的内容を13年前 に書いたのを、コピペをしたが、今でも、あのパニックを鮮明に憶えている。 人間、何事も忘れるから、勇敢になれる。知らないからこそ出来ることがある。 二ヶ月前まで、全く知らなかった家内との結婚。商業ビルの完成。そして、 二ヶ月も経験してない、チェーンの居酒屋の立ち上げ。 その直前には、 最大の後楯だった父の死の中の創業は、極限の事態に自分を置くことになる。 顔は平静だが、気持ちは半狂乱。創業とは、半狂乱というより、狂乱状態で なければ、出来はしない。それも血だらけで。その傷口が、その人にとって の事業。それも1〜2年もすれば、その状況を自ら受け入れ、それに見合う ようになっている。 当時の飲食業界も、逆境の人たちが集まる、 気違い水を飲ませる異様な世界。千葉といえば、首都圏をアメリカに喩えると、 未開の荒野の西部。 江戸っ子にとっては、地方出身者の田舎者も吹き溜りの 地と、一段下に見られていた。そこは、土木作業員や、ヤクザが屯する底知れぬ 世界があった。それなら、狂うしかなかったのが、実情。その後の人生も、 狂いっぱなしだったが、致し方ない。 自分が選んだ道だから! だから、面白いのである。
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| 6657,閑話小題 〜映画観賞 ―『ワンダフルライフ』 |
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2019年06月07日(金)
<『ワンダフルライフ』 是枝裕和監督・1999年> * 何れの思い出を選ぶ? 何らかのテーマの随想日記を個人ブログで公開を始めて18年も経過した。 一度だけ5分遅れで掲載出来なかった以外は、何とか続けてきた。旅行中は、 書きだめをして、ネットにあげて知人に頼んでいた。6600ともなれば、何から 何まで? 書いてしまった感覚になる。で、周囲の人たちを傷つけ、反発され もした。どうしても、言葉の中から本音や毒素が出てしまう。 先ずは、概要から ≪ 天国まであと7日 … 月曜日。霧に包まれた古い建物に人々が吸い込まれていく。全部で22人。 彼らは面接室に案内され、職員からこう告げられる。 「あなたは昨日お亡くなりになりました。あなたの人生の中から大切な思い出を ひとつだけ選んで下さい。いつを選びますか?」 死者たちは天国にいくまでの 7日間を、この施設で過ごすことになっている。 死者たちが選んだ思い出は職員 たちの手で撮影され、最終日には上映会が開かれるという。 火曜日。職員の望月、川嶋、杉江、しおりたちは死者から思い出を聞き出し、 撮影の準備を進める。 それが彼らのこの施設での仕事だ。 ・生き別れになっていた恋人と再会した瞬間を選ぶ76歳女性。 ・子供の頃の夏休みの前日を選ぶ56歳の男性。 ・女性経験ばかり話し続ける男性。 ・友達とディズニーランドへ行ったことを話す少女。 ・太平洋戦争中のフィリピンのジャングルを選ぶ85歳の元軍人。 ・選ぼうとしない青年 ・ ・ ・ etc 。 人それぞれにかけがえのない大切な思い出がある。 水曜日。望月が担当する死者のひとり渡辺は70歳。なかなか思い出を選べずに 困っている。 「どうせなら… 生きた証が分かるような出来事を選びたい」と 自分の人生が録画された71本のビデオテープを見る渡辺。 しかし、次々と映し 出される自分の平凡な姿に幻滅するばかり。 そんな時、渡辺の新婚生活の映像に 眼を奪われる望月。その表情の変化をしおりは見逃さなかった。 この夜を境に、 望月、しおり、渡辺、それぞれの感情は大きく揺れ始めるのだった… 。 職員たちとカメラマン、美術スタッフが、死者の思い出を再現するための会議 を開く木曜日。スタジオに組まれたセットの中で思い出が撮影されていく金曜日。 そして土曜日、職員たちの演奏に見送られ、死者たちは思い出の再現映画を 見届け、天国へと旅立っていく。 ≫ ― ▼ ブログの御蔭で、人生を振返る機会が多く持てたが、たった一つだけと 言われれると… 思い出といえば、『白い雲に乗って』である。 夜半、 「白い雲にのって、『幼児から少年時代』や、学生時代の『青雲寮』の一室に 戻ったり、金沢の修行時代の店舗でのエピソードの現場を彷徨ったり… それらのフラッシュの断片を書いてきた。 ・10年スパンで選ぶなら、やはり20歳代。次が10歳までの一桁代。そして30歳代、 50歳代になる。 ・5年スパンなら、20歳代前半。次が30歳代後半、そして50歳代後半。 ・一年スパンは、23歳。次が27歳。39歳。 ・一月スパンは、21歳の7月。<欧州30日の旅> そして30歳の頃。次が35歳。 人生のハイライト。 ・一週間〜10日間スパンでは、各アフリカツアーの日々。 ・一日スパンでは、大学の卒業式の一日。 そして、タンザニアでの晦日のハイエナに囲まれた草原のドライバー達との 焼肉パーティ。その生々しい現場感覚が何とも味があった。 『こういう体験を三桁はしてきた』と、ある姉に話すと、『そんなことが絶対、 ある訳がない』と怒りをこめて反論してきた。「際に絶対に行かない人」 には、解る筈はないからである。この切口でみると… ここで止めておく。 ―――― 2658, 幸福の4階建て 2008年07月15日(火) ヾ(●´∀`●)GOOD MORNING!! 京都大学の工学部の新宮教授が、古今東西の幸福論を読み漁った成果としての 「幸福の4階建て論」説が面白い。 《「幸福ということ?エネルギー社会工学の視点から」 新宮秀夫著 》 「新ストレス学説」の創始者・ハンス・セリエ(1907-82)は、そこで、 《人間はあまり「無事」だけでは、死ぬ時にガッカリする。 「ストレスは欠くことのできない人生のスパイス」こそが重要》と主張しているが、 その部分から触発されて、幸福論を4つのステージに分類した。これが面白い。 4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。 3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。 2階:獲得した「快」を永続させる。 1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。 ・幸福の1階は人間の本能的な「快」、つまり富、恋、名誉を得て、それを増やす。 ・2階は獲得した富や名誉を永続させることである。 そこに時間的要素を入れ、 いかに長続きさせること。 ・3階は苦難や苦しみを経験し、これを克服することである。自己実現の要素が入る。 ・4階は克服できない苦しみや悲しみの中に究極の幸福があるのだという。 これは解かりにくい。 さすがに、教え子達に猛反発を受けたそうだ。 1、2階の心の感動よりは、3階の苦悩や、難問を乗り越えた方が、より感動を 得られることを経験的に知っている。「感動することが幸福」だと看破している。 確かに1、2階による心の感動よりは3階の自己実現のほうがはるかに 大きな感動を得られる。苦難を乗り越えた成功体験を知った人たちは自発的 かつ前向きになる。成功の対価としてのお金はもはや副次的なものとなってくる。 達成感が生きがいになるのである。しかし新宮教授は、その上のランクとして、 克服できない苦痛や悲しみの中に、幸福があるという。 この辺は、解るような解らないような。 三階までは、この世の幸せ。 4階は克服できない苦しみの中でこそ強まる天国の世界の願望と、その混濁した 中の幸せ。その苦しみの中で、己が融けてしまう状態が幸せということのようだ。 何か、凄い話になってきたが、両親の創業期の苦しみを身近に見たのが、 その感じである。ロマン・ローランの「ベートヴェンの生涯」の中に、 『苦悩を通り抜けて歓喜へ』という言葉にも近いか。 苦悩を得てこそ歓喜があるが、歓喜を予感しながら苦しみに耐えることが、 最上の幸福ということだ。それにしても、大きな棍棒で思い切り殴られたようだ。 教え子は大反発をするのも当然のこと。死ということを前提にして、この4つの ステージはなりたっており、死という最大のストレスを迎える人生の終わりに、 最上の感動を見出すこと!という意味なのか。この問いは今後の持続的自問自答 になるほど、大きな問いである。 「克服できない苦難の中こそ、幸福がある」とは? それも最上階にあるとは? (^わ^)(^か^)(^ら^)(^ん)(^!^) ・・・・・・ 6294,久々のパレートの法則 〜2 2018年06月07日(木) 『世界の自己啓発 50の名著 エッセンスを読む』 T・バトラー=ボートン著 * ふりかえって、実感としてのこの法則は? アメリカ的合理主義といえば、実利主義と、80対20の法則、そして今では、 スティーブン・コヴィーのビジネスマンのバイブルともいえる『7つの習慣』。 中学校に入り、俗にいう「ノメシ」という参考書の存在を知り、試験前に、必死に 赤線をひいて憶えたもの。この存在を知っているかどうかで成績に左右する? 人生という面でライフワークを持ってきたかで、それは明らかに2割の部類に 入る。 私のそれは、秘異郷ツアー。その体験の積み重ねが、魂そのものに、 何かしら重要要素があると気付いていた。 この書を読んだ20年前に、 これは、人生の80対20法則の20に入ると…。その後の10年間で、20数回、行く ことになった。この80の下、20を分け、「20:60:20の法則」もある。 ネット検索で見つけたのが、更に面白い『3:10:60:27の法則』。 《 ハーバード大学が調査して実証したデータ。 人生は、 ・27%の人が、何も知らず、自分からは何もせずに生きている人 ・60%の人が、知っているけど、行動しない人 ・10%の人は、知ったことを、出来るようにした成功者 ・そして3%の人は、無意識に出来てしまう大成功者です。 この27%と60%を足した87%の人達がサービスを受ける側の人、 13%の成功者が提供する側の人です。もっとキツイ言い方をすれば、 87%の仕掛けられる側と13%の仕掛ける側に分かれています。 ― ここには明らかにマインドの差がありました。 ・27%の『知らない何もしない』人のマインドは、人をあてにしたり、運命論者 のように、なんとなく過ごすだけ。生活保護をあてにする人も多くいました。 ・60%の『知ってるけど、やらない』人ののマインドは夢や希望を持っているけど、 そこへの道筋をしっかり定めないでいる人。変化を恐れて今に留まる人たちです。 ・10%の『知ったことを、実践して、出来るようになった』人のマインドは、 3年〜5年くらいの未来をしっかり考えられた人たちです。 ・そして3%の『無意識で出来てしまう』成功者たちのマインドは 人生の目標に使命感あって、それに向かって進んでいた人たちです。 他にもこの割合をこのように定義している人もいます。 ・27%の人達は、Take & Take(常に人から価値をもらおうとする) ・60%の人達は、Take & Give(価値を与えられたら返す) ・10%の人達は、Give & Take (人に価値を与え見返りを得る) ・3%の人達は、 Give & Give (人に価値を与え続ける) もしくは、 27%の人 ・・・ 三流の人 60%の人 ・・・ 二流の人 10%の人 ・・・ 一流の人 3%の人 ・・・ 超一流の人 ― ▼ 能力分類される、中学校最終年のメンバーの顔が思う浮かぶ。 成るほど、各自がそのままスライドした人生を過ごしてきたようだ。 ここで、誰もが思うのは、自分は、どの辺りだったか? そこで出てくる言葉、<他者と比べないこと> の言葉が出てくる。 こう考えればいい。『それぞれの持味の要素で切り込めば、それぞれ違う。 あの人は、あの分野で、私は、この分野で、秀でているだけのこと。』と。 その意味では、やはり長年かけたライフワークが必要になるが… それもこれも、生きている内、3日もすれば生臭い宇宙の彼方へ… 最後は、『 ぎゃーてい ぎゃーてい はらぎゃーてい 』ですか。
・・・・・・ 4465, 余命半年 −3 2013年06月07日(金) 「余命半年 満ち足りた人生の終わり方」大津秀一著 * モルヒネか、プチッか 父や、義兄などの末期ガンで悶絶しながら死んでいく姿を垣間見ると、 プチッ(安楽死)と早々に最期を向かいたいと思うのは、私だけでないだろう。 ガンが進行するにつれ、その痛みが強くなり、それにつれモルヒネも強くする しかない。中毒の心配など、先のない末期患者には関係ない。 著者は、進行度に合わせてモルヒネを調整すれば、問題はないという。 ガン患者の7割が痛みを訴え、その半分がモルヒネでないと痛みが取れない。 一般的にモルヒネを使うと、死期を早めるが、専門医が適切に使えば苦痛を 減らせる。死因はあくまでガンの進行。傍からみれば、モルヒネが死期を早めて いる、と思われるが、ガンの進行に合わ強くしているための誤解。 末期患者は3年、5年先まで生きるわけでない。 ここで知ったのが、 「鎮痛補助剤」。坑うつ剤、坑痙攣剤、坑不整脈薬など、本来の効果とは 別に、痛みが伝播する回路に働いて痛みを緩和する。で、プチッ=安楽死? これは現在の日本では禁止されている。ただし死ぬ前から、その意思表示をして おけば、医師は、それを元にモルヒネなどの加減で、延命をしない判断も出来る。 現在、日本人の二人に一人がガンになり、三人に一人がガンで死んでいく。 何らかのカタチで、余命を言い渡されるか、自分で悟ることになる。その時から 死ぬまでの数ヶ月間は、生存への渇望と肉体と精神の苦痛の中で、独り悶絶する。 生きることは大変だが、死ぬのも大仕事である。 父も最期の最期は、モルヒネ を大量に投与をして亡くなっていった。「苦しみを最小にするに、それはそれで 良い」と著者もいう。ある映画の一場面に、ガンになって入院してきた男に、 古手のガン患者が、こっそり、のた打ち回る患者を数人掛りで押さえ縛りつけて いる現場に案内、隠れ見る場面があった。義兄のガン末期の似たような場面を 聞いた。父が亡くなる数日前、病院の一室で、頭を掻き毟っている姿もみた。 三人に一人は、このような状態で亡くなっていくのが現実。元気なうち、出来る うちにすべきことを成すべき。アル中や薬中には、モルヒネは普通の人の数分の 一しか効かない。 酒の絶対量を飲んできた私も、その報いが出る可能性が高い。 「プチッ!」とは、どうも逝けそうもない。モルヒネで恍惚状態も悪くないが。 高校の同級会のメンバーと、中学の男の同級生の四分の一が既に亡くなった。 生きている限り「他人は先、我は後」だが。
・・・・・・・ 5197,歩くことが人間の特徴 2015年06月07日(日) 養老孟司の対談の中で、「人間の身体は、走るでなく、立っているでなく、 歩くに都合の良いように出来ている」という。考えるとき、独り黙想をしながら 歩くのが良いというのも、歩いている方が自然体のためである。 ★ 養老孟司対談より ≪ 養老:例えば、歩くのは人間の特徴です。速く走るのは苦手だけれど、長距離 を歩くのは動物の中で一番得意なのです。そういうことは殆ど教えられません。 人間は、単に転ばないように重心を移しながらバランスだけで歩いている。 四つ足の動物は自分の力で体重をまともに移動させなければならないのです。 田部井:人間は走ることではなく歩くのに向いている。そう痛感しながら、 山を登っているのです。 養老:だから、アフリカで発生して、南米まで行けたのです。あれは歩いて 行ったに違いない。アジアを通り北米を経てアメリカ大陸の南の果てまで。 田部井:ひづめを持っている動物は走るのに適していると思いますけれど、 人間の足は歩くためにあって、歩くから身体のいろいろなところが働く のだなと思います。 養老:後足に頭が乗っているのはほとんど人間だけですからね。馬とかキリン とか、みんな前足に頭が乗っているでしょう。だから、前足がコケると 頭がコケる。人間の場合、手がいくらコケても頭は平気です。 だから、 そのぶん手が余った。その手は昔から頭と関係が深いわけで、それは脳 からすれば大革命なのです。見えている風景が全然達うでしょう。 ≫ ▼ 青年期には、読書や、旅行先で、様々な感動があリ、その都度、大きく 変わっていった。逆に、挫折も大きな変化をもたらした。20歳前後から、 一日、2〜5時間の読書時間を持ってきたが、魂を揺するほどの感動というと、 どれほどあっただろう? 秘境ツアーでも、何度も、その経験をした。 その都度、小さな硬い殻が壊れていき、何かから自由になっていた。 〜次の言葉も、含蓄がある。 『現実は人それぞれ。あなたの行動に影響するものが、あなたの現実です。 知識が増えても、行動に変化する影響がなければ、それは現実にはならない。 「授業を聞いて何か知っても、それによって自分が変わらなければ勉強した ことにはならない」・・』 『知ることは自分が変わること。がんを告知されて、あと半年の命と思ったら、 同じ桜でも違って見える』 ・・・・・・ 5927,ネットの未来 〜ネットの住民には 2017年06月07日(水) <「鈴木さんにも分かるネットの未来」川上量生著> * ネット住居派と、ネットツール派 ネットとTVの未来をテーマにした面白い本である。寝室にソニーの 4K・TVを入替をして5ヶ月経過。一日、3〜4時間は、録り溜めの映画か、 ドラマか、ドキュメントを見ているが、一度、TVを入れると別世界になる。 また、廊下を隔てた仏間の机上のパソコン前に4時間は座っている。これも、 座ると同時に、現実世界から遮断され、唯我独尊の世界になる。 この2つのマシーンの未来をテーマなら、面白くない筈がない。 〜まずは、ネット世界の住人について、まとめた〜 ≪ ネットを利用している人には二種類の人種がいる。 ネットをツールとして利用する人と、ネットに住んでいる人の二種類。 ・ネットを便利なツールと思っている人をネットツール派、一般はこっち。 ・リアルな現実世界ではなく、バーチャルなネットの中に自分の居場所があると 思っている人=ネット住処派と定義。著者は、自らを「ネット原住民」とする。 当然、重なるが比重の問題。家内は明らかにツール派で、私はネット住処派。 ここで、「住処派の住人は、パターンとして特別な趣味を持っている人」で、 彼らが困っている共通のテーマが、同趣味を持つ仲間を見つけにくいこと。 マイナーの趣味を持つ人を近くで見つけよとするのは難しいが、ネットだと、 全国から探せるため、比較的仲間を見つけやすい。特に現実社会で仲間を見つけ にくいオタクはネット仲間と相性がよく、現実社会よりもネットに仲間と帰属 意識をもつ。もう一つのパターンが、そもそも友達が少ないか、いない場合。 現実社会でイジメにあっている人、落ちこぼれている人、そういう人たちは、 現実社会では居心地が悪くて、ネットがにべ場所になります。ネット社会の方で こそ輝ける人生を送れる、人気者になれる、憩いを感じる、そういう人がネット 住人になれるのです。≫ ― ▼ このテーマ日記も、地元原住民にとって、特殊な切口をするネット住処派 変人のネタ探しと、上から目線でみるには丁度よい情報源というところ?。 <井戸の蛙、井戸の外の世界は見えずとも、満天の空を見ることができる>が、 ずばり、オタク世界の本質である。 ネットの面白いところが、<内省だけならず、外の数多の「内省」>を気楽、 かつ簡単に出来ること。だから、毎日が面白く楽しい、充実した時間に様がわる。 要は、「クールヘッド、ウォームハート」の視線で、ネットや、チャネル・ サーフィンが可能になるということ。今では、TVでYouTubeに高画質の動画が 見れるため、ポテトチップオタクも、ネットオタクの仲間入り。自然界を、 現場に立った生の視界を、人間の視力の数倍、数十倍で見ることが可能のこと。 それ故に、毎日が、TV画面で、現実世界でも、過って見たことがない世界に 出会うことになる。映像は映像でしかないとしても、これがバーチャル世界の 住処派の面白いところ。 ハヤブサの首に超高速のカメラをつけて、林の中を 滑空する映像や、南米の祭りで、街中に放たれた闘牛に住民たちが素手で立ち 向かう映像は、迫力満点。 そういうこと!
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| 6656,閑話小題 〜映画観賞 ー『幸せの絵の具』 |
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2019年06月06日(木)
* 『幸せの絵の具』 何気なくブルーレイで録画を映画を寝室でみた。可能な限り、 一日一本は、心の底から『面白かった!』と思えるのを選択するが、 そう考えると実際あるから不思議。問題は、ある筈と信じて探すかどうか。 毎週、シネマ館通いをして10年近くなるが、大よそハリウッドものが85点平均。 邦画は80点評価。 家で見るのが、85〜90点とすると、これまた素晴らしい 日々を送っていることになる。週末に集中し見ているYouTubeでは90〜95点平均。 ということは毎日が極上の日々を過ごしていることになる。 映画は、幼少の頃、リウマチを患い、発達障害の女性が、生きがいの 絵画の才能を開花させる実話。『基底欠落』の2人が、何とか知恵を出しながら 生きていく姿が神々しい。 そこで垣間見る絵画が、光を放っている。 最後のテロップの合間に、彼女の絵画は挟まっていたが、どれもこれもが、 息を飲む、魂の光を放っていた。 ところで、エンピツのブログhttp://www.enpitu.ne.jp/usr5/54909/ の読者の皆様、今回、その絵画がhttps://horii888888.hatenablog.com/ が掲載してあるので、ご覧ください! 〜内容説明より〜 ≪ カナダ東部の田舎町で叔母と暮らし、絵を描くことが生きがいのモード (サリー・ホーキンス)は、魚の行商をしているエベレットの家で住み込みの 家政婦として働き始める。 幼少期にリウマチを患い身内に冷たくされてきた モードと、養護施設で育ったエベレットは互いを認め合い、やがて夫婦になる。 ある日、モードの絵の才能を見いだす女性が現われ……。 実在の女性画家、モード・ルイスの自伝的作品。 身体に障害のあるモードとはみだしもののエベレットが小屋みたいな小さな家で、 ケンカしながらも肩を寄り添って生きているなかで、モードが書く絵が注目されて いくけれど、ふたりの生活はちっともかわらず… 生きるのに不器用なふたりが、それぞれのなかの輝きをしっかりうけとめて、 生きて行く。 サリー・ホーキンスとイーサン・ホークの(熱演を感じさせない) 温かな演技に引き込まれる「映画ファン」を唸らせる作品。≫ ― ▼ 人生は、それぞれのハンディを抱えて、よろめきながら生きていくもの。 問題は、それに気づいているか否か。気付いていれば、俗にいう『世間』から 距離を保つことが可能になる。 『ビッグ・アイ』という映画を彷彿させる内容。 何れの夫婦も、それぞれハンデを抱え不器用に生きている。 人生は、煮え立つ油の大釜の上で一つ間違えると、転落する淵にある。だから 面白いと言い切れない危うさがある。 ところで、その直前に見たのが、 『ワンダフルライフ』。 <あなたの人生の中から、大切な思い出をひとつだけ選んで下さい。> (1999年。監督・脚本・編集:是枝裕和)。これも考えさせられた。 次回に… 〜 ところで、何だかんだと、面白いのを見てきた! 〜 脈絡として、去年、一昨年、3年前、4年前の『基底欠落』の同月同日に 丁度良く、続くから不思議!
・・・・・・ 6293,閑話小題 〜シネマ観賞 ―『のみとり侍』 2018年06月06日(水) * バカ殿が、何と長岡藩主の…! 先日 「のみとり侍」を見てきたが、何と長岡藩の江戸屋敷の侍の… 愚鈍の殿様に嫌われた情けない下級武士の話。話題の映画の割には地元と話題に ならなかったのは、プライド高き長岡モノゆえに…。これでは長岡藩の名折れ。 春を囲った「のみとり侍」が、田沼意次の囲い女と懇意となり、田沼から、 <「のみとり侍」にされたのは、藩内不正調査をを良しとしない藩主が主人公を 陥れるため、仕組まれた陰謀>と知らされる。 田沼は賄賂政治の諸悪の根源の イメージが定着しているが… 最近は再評価されているようだ。 【ストーリー】 越後長岡藩藩士の小林寛之進(阿部寛)は藩主の気分を害してしまい、表向きは 猫ののみとりを商売にしつつ、実態は床で女性の相手をする裏稼業「のみとり」 を命じられる。長屋で暮らす人々の助けを借りながら新たな生活を始めて、間も なく出会ったおみね(寺島しのぶ)が、最初の「のみとり」の相手となる。 亡き妻にそっくりな彼女にときめく寛之進だったが「下手くそ!」とののしられ、 伊達男の清兵衛から女の喜ばせ方を学んで腕を磨いていく。 ― ▼ 観客50〜60人の半分は高齢者だったが、長岡藩江戸屋敷が舞台と知った 瞬間、館内がどよめいた。そういう私も驚いた。 現実離れした江戸時代の 風情が何とも良い。
* YouTubeに再び ―ブラックYouTubeの楽しみ 一昨年暮れに、寝室に大型TVを入替えた時に、嵌ったのだYouTube。ところが 今年に入ってからは、全く見ることがなかったが、先月末から再び見ている。 録画3百本の録り溜の存在は大きい。その中で最も面白そうなのを選ぶ。 その上に、連日、Wowowで面白い映画放映されるため、YouTubeなどのネット 配信の映像を見る時間がない。 TVだったら、カットされる残酷シーンものが、YouTubeでは検閲なくみれる。 中南米の何処かの国の祭りの余興で、闘牛を街中に放ち、街の通りで牛を揶揄う。 身体を盾にした死をかけた遊び。以前からあったが、今では撮影機能が年々と アップしたため、迫力がアップ。傘や、布きれ一枚で、突進してくる牛をかわす。 それが滑って転んで、牛にグチャグチャにされたのが、そのまま、放映される。 当地のTV番組だろうが、ボコボコにされた場面を、次々と出し、スタジオ全員 で笑い飛ばすのもあった。 酷いのが、ムササビスーツを着て、断崖を飛び降りる失敗したケースだけを 編集したものや、インド象が街中で暴れて次々と、群衆を襲う生生しいのとか。 生きたまま、ライオンに食べられていく水牛とか… ホワイトYouTube?では、スイスアルプスの山頂から、ドローンで山々を背景に 自らを撮影したものとか、ドローンのスピードレースの映像とか、巨大波の サーフィンとか… これらも、あと1〜2週で飽きるのだろうが。いい歳を して何をしているかだが、面白さの感受性は年齢に関係ないこと。 静かにクラシックも良いのだろうが、これまた実に面白い!
・・・・・・ 5926,閑話小題 〜居間のTVが寿命に 2017年06月06日(火) * 居間のTVが寿命に 去年暮れに7年以上使った寝室のTVを入れ替えた。4Kのアンドロイド機能の ついたものだが、異次元の世界に迷い込んだと錯覚をするほどで、評価は100点。 ソニーのTV画面、最高の出来というだけはある。 居間は旧来のもので、それぞれ3〜4時間は見ているが、新しいTVと旧式の画面が、 覚醒前と覚醒後の精神世界の違いは、かくありと、その都度、考えてしまう。 まだ発売されてないが、8KTVとなると、如何なるものか。寝室の旧式TVは 7年以上使ったが、2年前にブルーレイビデオを購入したと同時に、WoWoW の複数契約をして、映画・ドラマ、ドキュメントなど300本を限度一杯の録り 溜をしてきた。面白そうな順にみているが、自分がセレクトした内容もあって、 どれも面白い。これにYouTubeの映像を見ると、一般放送を寝室で見ること は、ほぼない。アンドロイド機能で、Amazon、蔦屋、グーグルなどの、 レンタル映像は、ネット経由。ということは、既存の電波の経由は、あまり 見ないことになる。既存放映の受動選択が、ネット経由の能動選択に様変わり ということになる。それにしても、半年前までは想像もできなかった、驚き の日々である。 〜5ヶ月前に、書いてあった内容より〜 ≪ 閑話小題 〜シェルター内事情 2017/01/05 * 居間から寝室へ重点移動 ★ 一昨年の11月に寝室のTVにWoWoWの二台目契約をした上で、ブルーレイ を入れて13ヶ月、経過した。 居間では外界の音が入ってくるが、寝室は、 ほぼ無音状態。この間の録画数が300本を超え、限界状況の表示が出てきた。 今では録画する都度、優先的に何かを見るか、消しているが、これは、 『録りだめしても、二度と見ないのでは?』の対策がある。映画に飽きた気分 転換に、小まめに録画一覧を見て、頭部分だけを見るのもよい。 習慣的に見ていると、これ自体が面白くなる。 また再び続きから見るのも、 連続ものを見るようで抵抗がなくなる。 面白いものは、何があれ面白い。 ★ 年末年始の一週間、面白い番組が目白押しのためベッドにクギ付け状態。 それに飽きると、廊下を挟んだ仏間の一角のパソコン前に移動するか、居間 まで出張をし、お茶を飲む生活。その寝正月も、昨日からはスポーツジム通い が始まり、TV漬け生活も終わった。といっても、図書館と、スーパーの酒と、 ツマミの買出し、が加わるだけだが。 6年続けてきた、週一のシネマ通いは、 今年から減らす予定。ベッドで映画を連日見れば、二週に一度で充分?だが、 実際はどうなるか。『こんな生活、飽きない?』という声が聞こえてきそうだが、 そうでもないから困ったもの。雪国の冬場は「晴耕雨(雪)読」で、シェルター に閉じ籠りを楽しむしかない。 <50歳代の還暦までの10年間に、30年分を圧縮して生きる>が、実際に、 そこまで出来たかどうかは別としても、この年齢になると、気持ちを穏やかに させてくれる。老いの愚痴、怒りは、世間的制約で、出来なかったこと、実践 できなかった、不燃焼が起因している。で、攻撃は、弱者や、社会そのものに 向かう。次々と立ちあらわれるフラッシュに、独りごとを呟く自分がいる。≫ ― ▼ そうこうみると、高齢者の7割が自宅引き籠り、そのままになる。人間は、 直ぐに適応する。日々が新鮮で、かつ面白ければ、これで良いじゃないかと。 居間のTV、何か相性が良くて、いや、良すぎて、家内と時間配分をして、一日、 10時間?は見ていた。7年余りでガタがくるのは当然。で、私は、おバカに。 今更だが。 で、居間のTVは? 可能な限り持たせて、次世代の到来を待つ? 脳の奥から、『黄昏に、TVや、こんなのを書いてないで、古典などをジックリ と読み込んだら!』の声。
・・・・・・ 5561,フーテンの寅の、本質と家族の幸せとは 〜�� 2016年06月06日(月) 「基底欠損」を、ネット検索すると ≪ ■概要 基底欠損とはBasicFaultの日本語訳で、「基本的信頼感の欠如」を意味する。 基本的信頼感とは人間の根源的な信頼関係であり、お母さんと赤ちゃんのような 何物にも代えがたい関係を言います。この基本的信頼感がしっかり形成されて いますと、精神的にも情緒的にも安定した状態でいられます。 基底欠損はこの基本的信頼感がうまく形成できていない状態で、そのせいで、 世の中や他者に対して信頼をおくことが難しい状態をいう。言い換えれば、 世の中や他者に自分の身を預けて安心することがなかなかできません。 パーソナリティ障害では、情緒不安定パーソナリティや境界性人格障害など、 この基底欠損がみられる。≫ とあった。 ―― 名越が山田洋次との対話で、「寅さんのように幼少期に愛されずに育ったため、 恋愛などで相手と関係を構築できなくなることを基底欠損という」と述べ、 山田監督に、「もし僕が寅さんに『基底欠損ですよ』って言ったら、 『てめえさしずめインテリだな!』って返されますかね」と聞いたところ、 山田は「いや、『俺は基底欠損ってんだそうだ』って、自慢するんだろうね。」 と答えていた。 名越の一映画ファン兼心理学者のマドンナ=女優評も面白い。 ・吉永小百合「謙虚で清純で、優しくて気高い、でもどこまでも頑固で 人から影響を受けない性質」 ・竹下景子「かわいらしいけれどもどこか野暮ったく、知的だけれども控えめな 『ザ・日本女性』」 ・都はるみ「芸を売って生きる女の悲哀、色気、さすらう人生が匂ってくる」 マドンナ・リリー役を演じた浅丘ルリ子については、ない。 ▼ さしずめ私は「基底肥大」と前回書いたが、基底欠損と、基底肥大が入り 乱れた歪な性格になる。親の愛情こそ必要なのが人間。その絶対量が、その人 の人生を決めることになる。 何故か、長女のA型の女性に引かれるのは、 優しさと、芯の強さを母親代わりに求めるためか。「この人の、基底欠損、 基底肥大は何か?」と知るだけで、その人となりを知ることができる。 ところで、日本の基底欠損、基底肥大は何かを、今度、考えてみる。
・・・・・・ 5196,閑話小題 〜ギリシャが? 2015年06月06日(土) * ギリシャがユーロから離脱? ギリシャ危機が再燃している。TVで、現地経済の実態をレポートしていたが、 かなり深刻のようだ。厳しすぎる財政再建を批判し当選したチプラス首相は、 欧州連合(EU)の財政再建路線と衝突し、このまま対立が続けば、ギリシャは 財政破綻とユーロ離脱に追い込まれるのではないかと見られる。 ーネット検索で、最新レポートをみつけたー ≪ なんでも賭けの対象としてしまうロンドンのブックメーカーでは、 ギリシャがユーロに残って財政再建を果たすのか、それともユーロ離脱をする のかの賭けが成立しなくなったという。ギリシャがユーロにとどまることに 賭ける人が殆どいないからだ。ギリシャが現在の路線を強行し、欧州諸国が それに妥協しないかぎり、ギリシャは財政破綻になり、ユーロ離脱になる。 2012年の危機の時には、こうした破綻シナリオは回避された。ギリシャの 当時の政府が、現在のチプラス政権よりは厳しい財政再建を受け入れる姿勢を 示したことがある。 こちらの方が重要かもしれないが、2012年の時点では ギリシャが財政破綻・ユーロ離脱になれば、それがスペインやポルトガルなどの 国に波及する危険が大きかったからだ。もしそのようなことが起きれば、ユーロ の仕組みそのものが維持できなくなるかもしれない。その場合には、ドイツや フランスなど健全財政の国だけで、以前より縮小したユーロの制度を再度構築 すべきであるというような議論さえ出ていた。 では今回はどうだろうか。 今回は2012年とは状況がだいぶ違うと言う人も多い。スペインやポルトガルなど で、財政再建がだいぶ進んできたからだ。ギリシャ国内では何が起きたのだろう。 財政再建するため、歳入を増やすことと歳出を削ることの両方をしなくては いけない。歳入増は増税しかない。消費税などの税率を引き上げ、また税金徴収 もこれまで以上に厳しく行う。ギリシャでは節税や脱税に近い行為が横行して いたと言われるが、こうしたところにもメスを入れざるをえない。増税も国民 には厳しいものだっただろうが、歳出削減はより国民の生活を直撃した。 年金が削られ支給開始年齢が引き上げられる。公務員が大幅に解雇され、 医療や介護や教育などの予算も大幅にカットされる。これまで当たり前のように 考えられていた公共サービスが受けられなくなるのだ。 財政再建は重要だが、 それをあまりに拙速に行おうとすれば景気が失速してしまう。景気失速は税収の 縮小にもつながりかねないので、一時的には財政再建の負荷はさらに重くなる。 ギリシャのデフォルトを回避するために、救済団(トロイカ=EU、ECB、 IMF)とギリシャ政府で、瀬戸際交渉が続いている。6月5日、12日、 16日、19日とIMFへの返済が続くため、切迫感が強まってきた。更に、 スペインの選挙で反緊縮を掲げる党が躍進したことで、南欧諸国への「政治的」 伝染が危惧される。ギリシャ政権はドイツに対して第2世界大戦時のドイツ ナチス占領に対する賠償金として36兆円を請求する暴挙に打って出た (不思議なことにこの金額はギリシャがこれまでEUやIMFから受けた支援額に近い 数字であり、この賠償金でこれまでの支援をチャラと目論んでいることが明白)≫ ▼ ネット(録画)のレポートで、教会が市民に救いの手を差し出している姿を 映し出していた。【4月下旬、アテネ市内カリフェア地区にある聖ニコラス教会 を訪れた。教会には、貧しい人たちに温かい食事を提供する「スープ・キッチン」 がある。午前中に訪れると、教会の裏手にあるプレハブ小屋から、いいにおいが 漂ってきた。ガス台には大鍋がいくつも並び、大型オーブンにも焼たて料理が 用意されている。この日のメインはローストチキンで、パスタやチーズ、パン など添えられていた。イリニ・スピリダクさん(82)は、数年前に夫が亡く なってから、月337ユーロ(約4万6000円)の年金で1人で暮らしている。 「教会のおかげでなんとか生きている。電話、暖房代、電気代も払えない。 ああ、早く死にたい」と嘆いた。 ナディアさん(45)は、病院で清掃員 として働いていたが、5年前に債務危機が深刻化した際に失業した。 建設作業員の夫も職がなく、教会から食料をもらうことで家族4人がなんとか 生活している。「チプラス政権が何かするのを待っている。子どものために いい方向に向かってほしい。」】・・と。 いずれ、デフォルトがある! 〜また、偶然だが、6年前にギリシャ問題について書いていた。 ―――― 3359, ギリシャ問題の深層 2010年06月06日(日) 現在、欧州ではギリシャを発端にしてPIIGS(豚ども)といわれる ラテン系を中心にした国々の金融破綻が問題になっている。アメリカ発の金融 恐慌が欧州に飛び火をし危険な状態になっている。 ギリシャがユーロ通貨圏に 入りたかった理由は、防衛面(イスラム教諸国に隣接)と(万年金融破の) 金融面があった。 02年ユーロ通貨加盟を検討していた際、 「財政赤字をGDPの3%に抑えなければならない」というハードルがあった。 そこにゴールドマン・サックスが「とにかく財政赤字の帳尻を合わせる施策を」と、 エサを差し出した。 追い詰められたギリシャ政府はその誘いにのってしまった (当時の政権は現政権と同じパソック、首相はシミティス。現首相パパンドレウ は当時の外務大臣)。財政赤字を3%以下に抑える“魔法”(虚偽)と引き換えに、 GSは観光国としては大きな収入源に目をつけた。ギリシャが空港税の30年分の 収益と将来の宝くじなどの収入を差し出すなどの契約を交わした。 ギリシャにとっては加盟さえすれば当時のギリシャの外国からの借入金利が 13〜4パーセントから、3〜4パーセントに引き下げることが可能になる。 加盟の結果、さらにお金を低金利で借りまくった結果が深刻な財政危機である。 加盟のための粉飾決算をしていたのである。そのことを国民はなんの説明も 受けていない。 その上に、ある日突然の「財政破綻寸前宣言」である。 ゴールドマン・サックスはこのような誘いを他にも、複数国に持ちかけていた。 ギリシャの公務員は4人に1人もいて、国民も納税意識が非常に低い。 それをドイツ、フランスから合理化を要求されると拒否反応を示して国家レべル のゼネストに入る。4人に1人が公務員だから、どうにも抑えようがない。 ドイツからみれば、「単独であれば1〜2パーセントの金利で済むものを、 まともに働かないギリシャと同じ金利を払う必要があるのか?」と、不満が 出るのは当然のこと。 ドイツ、フランスにとって、アメリカの対抗上、 欧州連合の共通通貨のユーロの価値の創造が必要である。しかし、ギリシャ、 イタリア、スペインなどの国家の存在。「何で私たちの血の滲むような苦労を、 御前らの様な怠け者のためにしなければならないのか、まっぴらだ!」となる。 ラテン系の南欧だけでない、東には、まだ共産主義の計画経済ボケをした東欧 諸国がある。彼らにも多額の借金がある。彼らは自由競争と今さらいわれても! という気持ちが残っている。欧州連合が、果たして維持できるかどうかの 土壇場である。 今度の恐慌は、20世紀に残されてきた問題が一挙に噴出、 その破壊であるから、20年は最低でもかかってしまう。
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| 6655,読書日記 〜『遅刻してくれて、ありがとう・上巻』 −2 |
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2019年06月05日(水)
* とにかく変化が激し過ぎる 最近、著しく変わったのが「高賃金で中スキル」の仕事が、少なくなったこと。 フランスまで修行をして帰国しても、料理としては、スーパーのパックした冷凍食 の方が安くて美味しい場面に出くわす。冷凍技術の進化の成せる業。 それが、 あらゆる分野でみられ、中途半端なプロを必要としなくなった。超一流シェフの 料理(製品)を、標準化し、特殊加工し、大量に安価で提供可能になったのである。 グローバル化とテクノロジーがレベルラインを格段に上げたのである。 AI化が、 更に、それを推し進め、「曖昧なプロ」を必要としなくなったのである。効率的に 考え続ける特殊な能力が必要になったのである。とにかく、10年で100倍、20年で 一万倍の情報量の増加である。当然、それは質に変化する。その結果、人間の能力 が、それに供わなくなる。その結果、スペシャリストが、スペシャリストでなくなり、 半端なジェネラリストに格落ちしてしまう。『遅刻してかまわない、改革を考える ことが必要』ということ。 とにかく変化が激し過ぎる! 激変に心せよ! 〜商品説明から〜 ≪ 本書は史上もっとも変化が激しい加速の時代、それらの変化と、どう向き合い、 受け入れ、繁栄していくかの著者の考えを記している。本書の表現をそのまま借り れば、「端的にいえば、本書は現在の世界についての膨大な1本のコラムである。」 となる。あまりの膨大の情報と、時代の変化に、如何立ち向かうかのヒントが多く 盛り込まれている。時代の変化にしり込みすることなく、真正面から直視するしか ない。人生の節目では、ただ茫然とし、途方に暮れている時にこそ、チャンスが顔 を現してきた。順調な時には、有り得ない因縁と出会っていた。考えるからである。 モラトリアムという言葉がある。本来は「支払い猶予期間」の意が転じて、社会的 責任を一時的に免除あるいは猶予されている青年期をさす。 この言葉を初めて 心理学的に使ったのがフロイトで、その後、現在の解釈と近い意味で用いたのが 精神分析学者のエリクソン。≫ ― ▼ 節目を打て!とは、そこにエネルギーを集中し、変化することをいう。 時代の変化が激しい過ぎる中で、熟考こそが必要。ムーアの法則が、そのまま 続いていく中で、置かれた立場で、イノベーションを続けるしかない。 リタイアをしたからこそ、見えてくることが、あまりに多い。 この意表を突くこのタイトルは、著者が遅刻した相手を待つ間、熟考する ことができた経験から来ている。 底の部分を引用すると… <あるとき、相手の遅刻がちっとも気にならないことに、ふと気づいて私はいった。 「いや、やめてくれ、謝らないでほしい。 それどころか、遅刻してくれて、 ありがとう」なぜなら、あなたが遅れてきたおかげで、自分のための時間をつくる ことができたからだと、私は説明した。じっと考える時間が“見つかった”> 最近、ますます実感しているのが、『下手なハッピー・エンドでなくて有難い』 と思う日々。これが21世紀で、世界がフラット化し、それがプラスにもマイナスに、 直接私たちに迫ってくる。ネット化が、それを促進させている。兎にも角にも、 日々が面白い! この十数年、いや、2007年から起きたテクノロジーの大加速。 これが現在進行形で続いている現実。それが奥座敷で、それを気軽に味わえる… 『閑居』の環境なればこそである。塀に囲まれた一本の木を門の前から見る木が 『閑居』になる。スマ―フォン、タブレットそのものが、『閑』? その木は、 地球全土の脳に繋がっている。面白く、底知れぬ世界なればこそ、魅かれる。
・・・・・・ 6292,久々のパレートの法則 2018年06月05日(火) 『世界の自己啓発 50の名著 エッセンスを読む』 T・バトラー=ボートン著 * 80対20の法則ですか 20年前に読んだ本。現在、読返して、なかなか面白い。それが要約本に あったが、当然、私の要約より遥かに切口が新鮮で、面白く、解りやすい。
≪ ・効果の8割は努力全体の2割から得られるという紹介する法則は、いま 一つピンとこないが、売上のほとんどは、全品目の2割から上がる。とか、 カーペットの摩耗は、殆どが、全体の2割に集中する。 個々の数字は少々違うかもしれないが、世の中の動きが基本的に教えよう としているのは、基本的に不均衡ということ。 ・法則が示す結果は、知らないものには、魔法のように見えるだろう。 それは「最小の法則」と言われ元もとあったことだが… ―50対50の信念 vs 80対20の法則― 普通の知識で考えれば、費やされた努力と、得られる結果は、5分5分だが、 時代の進化は、これだけでは通用しない。簡単にでき、しかも好きなことを すべきである。そうすれば、他人よりずっと有利になり、その分野の頂点に たてる。80対20の法則で動いている世界は、この活用をしたものが、遥かに 大きな成果が期待できる。 ―時間革命― 私たちが価値あると思うもののほとんどは、費やした時間のごく一部から 得られる。大いに効率を高め、より幸福になり、より稼ごうと思ったら、 その「ごく一部」を10,20と言わす最大限に増やさなければならない。 私たちの社会は時間に対する評価が、あまりに低いと! 「時間管理など必要でない、必要なのは時間革命だ」 コッチは、「ほとんどの人は、的外れなことを、一生懸命やりすぎている」 という。大事な時間を、非合理的に湯水のごとく使っている。 ―よく知ってることなら怠けても大丈夫― たえず何かをして奮闘しているのに、結局、何もしていないのである。 コッチは、ドイツ将校のマトリックスを紹介し、「最高の将軍とは、ミスが最小 で、もっとも先見の明があり、有能でありながら怠惰な傾向がある者」と定義。 スターになるために不可欠なのは、「怠ける能力を磨く」ことだと述べる。 困難なことや、難しいこと、尊敬されそうなありふれたことより、簡単に出来る ことに集中すべきである。 驚くべきことに、資本主義では、個人が自分自身で あるというだけで成功し、豊かになれるようになっている。自分の能力を最大限 に発揮すれば、ごく小さいながらでも極めて高い価値ある独自の分野を自ずと 築くことになる。この法則は、野心と、悠然と自信に満ちた態度の組合せである。 内省的な思考、習慣にとらわれない時間の使い方、そして「快楽主義的な哲学」 を必要とする。「はたらくほど成功する」と考える私たちの文化において、 徹底的に虐げられてきたと、コッチは考え、やっていることを愛するほど、 その道に上達する出来、他人に役にたてるからだ。 コッチは、ジョセフ・フォードのある言葉を紹介している。 <神は、宇宙を相手にサイコロをふられるが、そのサイコロは細工されている。 いかに宇宙が「予測された通りに不均衡か」を教えることで、80対20の法則が、 私たちが自ずと有利に賭けられるようにしてくれる。好きでもないことに 長じるより、自分にしかない才能を充分に発揮するというのが重要なことだ。 そうすれば、秀でるだけに留まらず、傑出した存在になることができる。≫ ― ▼ 改めて45年の細やかな事業人生を振返りって、有り余った時間を面白、 可笑しく、使い切ってきた思いが残っている。多くは、外交的で、目先の 時間に追われて、怠ける機会も少なく、周囲の目線に気遣い、一生を終える。 そのことに気づきもせずに。それも人生だが… 『今・現在、楽しいかい?』 『これまで、どうだ面白かった?』の問いに『楽しい!』と心の底から言えるか?
―――― 2003/06/29 『80対20の法則』ー読書日記 リチャード・コッチ著 ー私の解説ー 数年前になるが、この本を読んだ時はショックであった。約100年前の イタリアの経済学者パレートは、19世紀のイギリスにおける所得と資産の分布を 調査した結果、所得と資産が一部の人達に集中していることを発見し、2つの奇妙 な事実に気が付いた。「わずか20%の人達に資産総額の80%が集中していた」 という数理的事実を発見した。以前からABC分析や戦略論などがあったが、 この本は非常にわかり易い内容であった。この法則を知っているかどうかで、 数倍も人生を濃く生きる事が可能になる。7つの法則ー最優先事項ーに、 要約すると似ているところがある。人は無意識的に「如何でもよい方の80」を 選択しているように思えて仕方がない。どの要因の20%が結果の80%を決定 するのかを、つねに自分に問いかけてみる習慣をつけるかだが。
■80対20の法則ってよく聞くものだが、この本を読むと「一人勝ちの経済」 「スピードの経済」とも絡みあい、そのバックボーンとなっている。 この法則を知るか知らないかは大きな分岐点。
★80対20の法則は、われわれが何をすべきかを教えてくれる。 努力の平均水準を上げるのではなく、努力を集中する。決められたコースを 走るのではなく、近道を探す。最小限度努力で人生の支配権を。多くの分野で 平均点をとるのではなく一つの分野で卓越した成績を上げる仕事でも自動車の 修理でも、自分でやらずにできるだけ専門家に任せる。よくよく考えて、仕事と 会社を選ぶ。できれば、他人に雇われるより、他人を雇った方がいい。 一番得意とすることで一番楽しいと思うことだけをやる。あたり次第にチャンス に追いつくのではなく、気を沈め、仕事量を減らしゴールへの最短距離に照準を あてる油が乗り切った時期に訪れる幸運の連続を大切にし、それを元手に将来の 成功を確保。
★成功している企業は、努力で最大限の収益を上げられる市場で事業を行っている。 そして、投資収益率の絶対水準が高く、なおかつ利益率が競争相手より高くなければ、 成功している企業とはいえないこれはすべての企業にいえることだが、現在最大の 「黒字」を上げている市場分野や顧客グループにまとを絞れば、業績を目覚ましく 伸ばすことが常に可能である。最も黒字を出している分野に資源を再配分し、 他には資源と経費の全体の水準を下げなければならない。社内の不均衡を解消する ことで、黒字を増やすことができる。最高の黒字を出している会社の部分・営業所 ・部門などを見つけ、抜本的な改善策をメリット、改善の見込みがなければ、 その部分での資源投入をやめることで、それができる。
☆80対20の法則を生かした付加意思決定の原則
極めて重要な決定はそれほど多くはない。何かが決定を下す前に行って目の前に 二つの書類を受けがあると想像してみよう。机の上によくある掲載箱と未決箱の ような箱の代わりに、重要な決定というラベルを張り、もう一方に重要でないと いうラベルを張る。そして重要な決定に入るものは20のうち一つくらいである ことを思い出しながら、頭の中で決定事項を振り分けていく。重要でないものに ついては、あれこれ頭を悩ましてはいけない80%のデータを集め、使える時間の 20%で80%の分析を行い、残りの時間を100パーセントを使って下す。 そして、下した決定が100パーセント正しいと信じて、果敢に行動する 下した決定が間違っているかがわかったら、すぐに考えを変える。市場をという のは休みなく動き続けているものなので、山のように積まれた分析結果をより、 市場の方がはるかに正しいのだから、実験を恐れてはいけない。間違った決定版 にしがみついてはいけない。市場の流れに逆らってはいけない。 事態が思い通りに突き進んできたら、掛け金を2倍に増やしていく。 なぜうまくいっているのかわからなくても、追い風が吹いている間に全力で従う。
★多数より常に少数の方がはるかに重要 ★生産性が低い分野から生産性が高い分野に資源をうつすのが、起業家の 仕事であり自由市場の本来の役割である。しかし、起業家も市場もその役割
・・・・・・ 2004/03/21 1082, 「80対20」革命 −1 (読書日記)
前著に続いて、早速この本を買ったがなかなか面白い。 この本は、ベストセラーになった「人生を変える80対20の法則」 (TBSブリタニカ、1998年)の続編である。 前著は、ABC分析やパレートの『80対20』の法則を解りやすくまとめてあり、 非常にインパクトの強い内容で、特に80に対する見直しをするキッカケになった。
この新著は更に深耕された内容といってよい。 ビジネスに特化し、「より少ない労力で富と幸せ」を獲得する方法が書いてある。 特に大きな組織から自立し、個人として成功するための方法を、具体例を多数 紹介しているのが特徴である。
もともと『80対20の法則』はパレートが発見をした法則である。 前回も書いたが、ここでおさらいをしてみる。
ーイタリアの経済学者ヴィルフレード・パレートが1897年に発見した法則で 今では社会の様々な分野で実証されている経験則である。 例えば、 「会議では20%の出席者全体の80%を決める」 「営業マンの上位20%が、利益の80%を出している」 「納税者の上位20%が税金総額の80%を負担している」 など、いろいろと当てはまるのです。
これは、自然界にも当てはまる。 例えば、働きアリの集団でも本当に一生懸命に仕事をするのは2割で、 残りの8割のアリたちは、仕事を怠けているという。 「働く2割か、怠ける8割か」が、生まれつき決まっているか、と言うと、 そうでも無い。試しに、働いている2割のアリと、怠けている8割のアリを 分けてみるとまじめに働いていた集団の8割が怠け始めるという。 反対に、怠け者のアリの集団では、2割が働き始める、というから不思議である。 人間の場合ありえないと思うが。
つまり集団をどう選んでも、やがて全員の2割が平均以上に働いて、 残り8割は怠けてしまうという結果に落ち着くのが実験結果という。
ーこれを人間に喩えると… 怠け者を全員解雇して、よく働きそうな人間ばかりを雇用し直しても、 しばらくするとやっぱり、結果は同じことになる。 どこの会社でもみられる「なんで、うちの社員は働かないんだ!」 という悩みが、無くならないことが、このことよりよくわかる。
本書にはこのパレートの法則でいうところの20%を、 自分の中に見つける方法が多く書いてある。
著者はこの本の『主人公』である“80対20人間”について、こういっている。 ・「おそらく一パーセントにも満たない人々が、ほぼすべての変化をもたらしている。 創造力豊かな個人が、これまでの物事のあり方を変えているのである。」(31P) ・「こうした80対20人間の特徴のひとつは、独自の強みを生かそうとすると 同時に、多くの弱点をも自覚していることである。 80対20人間はその弱点を補うため他の個人を必要とする −80対20人間が能力を発揮できるのは、周りに他の人たちがいるからなのだ。」 「私が「個人」と言った場合、「個人とその小チーム」の意味であるということを 覚えておいてほしい。」 (38P) つづく ・・・・・・ 2004/03/22 1083, 「80対20」革命 −2(読書日記)
この本は、簡単に言えば、いま「創造的な個人を中心とした新しい経済」 が出現しつつあり、つまり、個性を発揮して新しく有益なものを作りだす 『80対20人間』こそが次の時代の担い手であり、その一人になりたい人には、 どんなビジネスが可能か、そのための方法があるかを説いている。・・・
特徴的なのは、 「何かを創造したいなら、まず自分の20�佑離好僖ぅ�(強み)を見つけ、 伸ばさなければならない。新しいビジネスをつくりたいなら、ビジネスについて 考えることからはじめてはならない。自分自身について考えることから始める べきである」 個人の中にある20�佑離好僖ぅ�(強み)に対して忠実であるべきである。 この並外れたスパイクを自分で見つけ、強力に育て上げなくてはならない。 そして「取るに足りない多数」を外に外注に出し、エネルギーを 「きわめて重要な少数」の20�佑肪蹐阿海箸世伴臘イ靴討い襦�
20�佑凌諭垢寮源裟�は80�佑凌諭垢裡看椶任呂覆ぁ�何とその二乗の 16倍なのである。
・農業革命(10000〜7000BC)ー> 産業革命(1750〜1850)ー> 経営者革命(1900〜1950)ー> 80対20革命(1980〜2020) へとニューエコノミーの時代は移行している。 ・時代背景という面でみると、 農業経済ー>市場資本主義ー>経営資本主義ー>個人主義 へと変化している。 ほとんどの企業が主要な個人を中心に回る時代がやってくるだろう。 個人のスパイクこそが重要な資源に取って代わるのだ。 個人主義が資本主義に取って代わるのだ。 −−−− 以上は私が主観を込めて、まとめてみたものだが、 優秀な個人が世の中を支配する時代になってくるのか? 下手をすると、違ったカタチの独裁の時代になるのか? 結局は動物社会と同じところに行き着くということか? (一番優秀な個しか生き残れないのでは?) 等、考えさせられることが多い本であった。 それもグローバルという単位であるから、企業も個人も激しい競争に 直に巻き込まれる時代になったのだ。
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2019年06月04日(火)
* 古代、神々は怒り狂っていた 怒りをテーマに、これまで多く書いてきた。 先週末の朝日新聞の日曜版<Globe>の特集記事が… 【angry? 怒りの正体】であった。様々の切口が新鮮の内容。 その一つが、『古代から神々は怒り狂っていた』のテーマ… 〜その概要は〜 ≪ 平和が続いている現在、なかなか怒れない時代になった。 古代から神々は怒り狂っていた。 ・古代からの有名な怒りとしてホメロスの叙事詩「イリアス」の冒頭で 「アキレスの怒り」を挙げる。「イリヤス」はトロイヤ戦争10年目に生じた 怒りと、それによってもたさらせられた悲劇の作品。 ・旧約聖書にも神の怒りが記されている。人間の堕落に怒った神が洪水を 起こしてノア一家と動物たちを残して滅ぼした「ノアの方舟」がそれ。 ・ローマ時代に怒りを考察したのがセネカ。皇帝をネロのブレーンとして 支えたが、後に謀反の疑いで自害させられた。セネカは随筆「怒りについて」で、 「怒ることは所詮無益なこと」「しばし我慢をすればよい。そら、君たちを 同等とする死がやってくるではないか」と説いている。 ・フランス革命や米独立戦争などは民族の怒りが発火点になり、社会改革 の起動力になった。自爆テロも一種の怒りの表出だという見方がある。 ・江戸時代は武士がサラリーマン化して、怒りや、暴力をふるえなくなった。 ・明治時代になると、外国への民衆の怒りを利用して富国強兵にはしり、 戦争に突入していった。 ところが、現代は「怒れない社会だと、宗教学者の島田裕己がいう。 パワハラに会えば、転職の道があり、「逃げ道はいくらでもある」 <グローバル化で、全てがつながり、個人の自由の領域が狭まった。 世界が安定を求める中、人々は抗えず飼い慣らされていく」 一方、元仏レジスタンス闘士のステファン・エセルが2010年に発表した 冊子「怒れ! 憤れ!」は世界35ヶ国で計450万冊を売るベストセラーに。 その中で、無関心でいると「人間が人間足らしめている大切なものを失う。 その一つが、怒りであり、怒りの対象に自ら挑む意志である」と… ≫ ― ▼ 老いは、正常な人間を異常の人間に変えていく。老いること自体が「病気」 のためである。それを本人も周囲も全く気付かいため悲劇が起こる。 『自由、平等、博愛』という欧州が生み出した建前。これに対して、無知の 大衆は怒っている。世界のごく一部の人たちが、その富の半分を占有している 現実が世界に知られれば、それは怒って当然。古代から、神々が怒っていた のだから、現代の人たちが怒らないでいられない。最近、シネマ館でみる ハリウッドもの。先週末に見た『ゴジラ』も大画面の中で、怪獣同士の闘いの 中で街中を破壊尽くす。その背景音に、日本の囃子まで入っている。観客に 破壊を共有させて、怒りの蓄積を破壊と共に飛ばしてしまう。老いの最大の 敵は、老化から出てくる怒りの感情。 何とも嫌な無念な姿である。 それらが群れると「溝だめ」になる。
―ー―― 2012/06/04 老いの見本帳ーダークサイト −8 「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日武彦(著) * 老いと鬱屈 私の嫌いな言葉に「世間」がある。日本の社会は、「世間」という言葉と 視線に常に怯えて暮らしている。属している社会が固定化されているほど、 そこには難儀なものを抱えたグロテスクな世界ができている。それで一生 何も出来ないで死を間近にしたときに、その正体に初めて気づくのである。 その不快な毒を体内に蓄積して、ただれている世間という虫。シラミである。 老化は、否が応でも毒が蓄積されている。そう、世間の一員に陥っていく。 だから、熟年になったら群れてはならない。 ー次の箇所は、老いの屈託を巧妙に表現している。 ≪老いることは、人生経験を積むことによって「ちょっとやそっとで動じない」 人間になっていくこととは違うのだろうか。難儀なこと、つまり鬱陶しかったり 面倒だったり厄介だったり気を滅入らせたり鼻白む気分にさせたりするような ことへの免疫を獲得していく過程ではないのか。 難儀なことを解決するのか、 避けるのか、無視するのか、笑い飛ばすのか、それは人によって違うだろうが、 とにかく次第にうろたえなくなり頼もしくなっていくことこそが、老いの 喜ばしい側面ではないかとわたしは思っていたのだった。 だが、世の中にはまことに嫌な法則がある。嬉しいことや楽しいことに我々 の感覚はすぐに麻痺してしまうのに、不快なことや苦しいことにはちっとも 馴れが生じない、という法則である。不快なことや苦しい事象は、砒素や重金属 のように体内へ蓄積して害を及ぼすことはあっても耐性はできないものらしい。 だから老人は欝屈していく。歳を取るほど裏口や楽屋が見えてしまい、なおさら 難儀なものを背負い込んでいく。世間はどんどんグロテスクになっていき、 鈍感な者のみが我が世を謳歌できるシステムとなりつつある。・・・老いても 鬱屈や煩悩は蓄積していくばかり、難儀なことには事欠かない。遅かれ早かれ、 この世界のほうを、さながら迷子みたいに置き去りにしてやれるのである・・≫ ▼「嫌な法則がある。嬉しいことや楽しいことに我々の感覚はすぐに麻痺する のに、不快なことや苦しいことにはちっとも馴れが生じない、という法則。」 は、正に人間の不幸の起因である。それを打ち消す方法は数多あるが、その毒は 体内に蓄積し、さらに体外に放出する。そして、マイナスの循環で、体内の毒は、 ますます濃くなっていく。この本は、その見本帳でもあるため面白いのである。 これまで見てきた身近な老人に、酷似しているため妙に馴染むのである。 本格的に一歩ずつ仲間入をしていく。それならば老いは鬱屈するものと初め から割り切って孤立していた方が良い?
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4674, 閑話小題 ー何だろう、この現象は ―1 2014年01月02日(木)) * 我ながら気持ちの悪い不思議な現象と城下町小唄 ー正月にインパクトの強い話を一つ!ー 隣の新築工事の本体が済んで、家周りの庭と駐車場の土間工事に入っているが、 何故か長野県の業者が2〜3人で作業をしている。夜はビジネスホテルにでも 泊まっているのだろう。ところが書斎に居ると、親方か上司が部下を怒っている のがまる聞こえ。それが口を極めた罵声で、聞えている私も変になりそう。 冬空の雨と霙の中で、あの罵声を浴びせつけられながらの仕事は極限だろう! 様々な際どい場面の経験をしてきたが、冬場での、これは酷いを超え残酷に思えた。 2ヶ月前に、近くのSCの上新電機でデジカメを買った時のこと、これも上司 が切れて、部下に口を極めた罵声の嵐。店内のため、声を抑えている分、言葉が 鋭くなる。近くの数人の客も驚いて聞き耳を立てていた。これでは言われた方は 恨み骨髄で、殺傷沙汰があって当然と思えるほど。 ーとこで、最近、思わず奇妙なことに気づいた?ー ーその前に、私のブログ「バードウォッチ」に書いた一節のコピーから 【 最近、フト気づいたことがある。人生の節目を振返ると、心の底から怒りを 感じた相手が高い確率で、交通事故、 人身事故、大病になっていること。 30〜40年前の節目でも気づいたが、ある人が真剣な顔で、同じことを言って いるのを聞いて「バカくさ!」と思い、その気づきを打ち消した。 再び、 この視線で改めて考えると「何か危ない」 私は?怒りを抑えると逆に、 相手に何かが起こる? オカルトめいたが、そう考えると、次々と、色いろな 現象が思い当たる。その思い込みが、その要素を浮かび上がらせるとしても… 】 ▼ 一昨年の10月になるが、旅行に出発しようと自宅を出たところ、痴呆らしき? 80過ぎの爺さんに4〜5Mの背後につかれ罵声を200mの間、浴びせつけられた。 しかし振返ると目をそむける。で、川端で人けが無くなると、恐ろしいのか、 間隔を広げ、更に大声を張り上げているが、何を言っているか意味不明? 数日前に旅行ケースを宅配に出すのを隣の地銀勤めの奥さんに見られ? その噂話を爺さんとしているタイミングに、私が玄関を出たようだ。その地銀の 借金はないが、銀行員なら蟄居の立場?で旅行など悪行そのもの? (銀行員でなくても同じ?)しかしニャロメと続けるのがライフワーク! 何の迷いも、引け目もないし、過去の旅行は全て同じような条件下。それでも 行くから価値がある。その後、痴呆老人が、パンクの修理先の自転車屋の主? と思い当たった。とすると以前から狙われていた?リピーター客を狙うとは 言語道断。当人は落人狩りの地侍の心持ち?私が両手に鞄を持って大丈夫と 思ってか、自分の激怒に酔っている風。パンク修理の間の世間ネタの材料の 仕入れ?の世間様レベルの現象が全世界の人? 色分けで戦中派の「C」さん で、旅行の見送り?として盛大な旗振り役? 旅行先から帰って交番に届けたが 「罵声では犯罪にならない」という。その半年後の昨年春先、パンク修理のため、 本人確認も含めて店に行ったところ、本人は動転。「雪道で転んで腕を骨折して 修理は無理!」という。おあとは、次回のお楽しみ・・ それにしても、 こういう手合いの話題なら山ほどある私は何? ハ? ーつづく ーーーー 2014/01/03 閑話小題 ー何だろう?この現象は ー2 * では、なぜ事故や大病になるのか? ー私も、あなたも自業自得! 痛々しい包帯だったが「私も手伝うから」とタイヤも交換しながら本人確認。 80過ぎの好々爺の黄門様の勧善懲悪レベル!にぎやかな見送りを受けた飛行機 の中で、心の内で静かに激怒をした結果、「直ぐに病気か事故で(-人-;)! それまでのこと」と怒りを収めた。そして正に「復讐するは我(自然)にあり」 の骨折。除雪作業中の骨折直後に、私の自転車がパンクの修理で骨折の確認とは、 奇妙な偶然の巡り合わせ。で、その半年以上も経った現在になって、これは シンクロ二シティ? 「私の静かに充満した怒りは、対象者を重症の病気か、交通事故、転倒事故で 一生モノの深手になっている?」ことに気づいた。 そこで、次の筋書き 『まずは骨折だったが、80過ぎの年齢から、あと2〜3年で Ωチーンi~ 気の毒?だが・・』が思い立つ。こういう視点でみると、この節目だけでも、 あるある! 更に40〜50年スパンでみた人生の節目なら数知れず。 逆の立場で「私も静かな怒りの対象になって、色いろ危ない目にあっている。 が、自分では気づかなっただけ?」とすると、これも山ほどある。 「この奇妙な現象は、その解釈、受けとめ方の一つでしかない!」が正論。 「静かな怒りで、対象を破壊する力?は、私だけでなく、エネルギーの特に 強い何割かに備わっていて、破壊された私が、ここにいる」という事にも、なる。 『他人を恨めば穴二つ』この呪文を解くには周囲への感謝の念しかない? この偶然はシンクロニシティの「節目バージョン」なのだろうか? 願って なるのでなく、本人の因果応報。アフリカの市場で、呪いグッズだけの市場が あった。 町が沈んでいくと、こうなるのか。 仕事として自主独立の事業が 通せたのが私の人生の最大の幸運。こういう人たちと距離が置けたからである。 「当人が怒っているのは、本人自身の毒! それに、私の何かが反応した!」が、 私の解釈。私への毒が少ない?のは、それを経験と知識で最小にしているため? シンクロニシティに関する知識のない人は、それに遭遇しても自覚できない。 オカルトめいているが、自転車屋の主は発病か事故で +_@)!の時期が早まると 思えば怒りが消える。 人生の節目で、思い当たる人が10数人はいる。 3年前の節目からして・・ 40年以上も事業をすれば、トラブルや怒りが山ほど あって当然。 その対象の人たちの不幸な事故や病を因果付ければ、こんな筋書 が幾らで出来る。対象者の共通点が幾つかあるが書くのは止めた! 万人が持っている?この現象は、以前から気づいていたが、同じようなことを 聞いて、「偶然を、自分勝手の思い込み、解釈じゃないか!」と感じ取り、 その思いを打ち消した。で、今回の節目の様々な現象。来年にかけ、私の目で 非常に危ない人が4〜5名いる!といえば、どうだろう? しかし、これまでの 現象を凝視すると、それも当人の自業自得。それを都合の良い解釈、物語に しているに過ぎない? 数ヶ月前にリメイク版の『キャリー』という映画をみた。 苛め抜かれた少女が『超能力』で、苛めた人たちを根こそぎ破壊する物語。 さて、この物語は、どうなる? それが、そのまま私自身へ向かう可能性もある。 前回のオチ「こういう話題が山ほどある私は何? ハ?σ・Д・)お前バカ?」 がやはり結論! で、どうした? 正月から毒を吐き散らしただけ。 それにしても我ながら酷い思い込み、内容である! ――――
2014/01/07 閑話小題 ー何だろう?この現象は ー3 * この現象から考えさせられたこと ふと気づいた仮説、静かに激怒した相手が、事故とか病気になっているケース が多いことから、これはユングの「意味ある偶然の一致」ではないかと思い立った。 その数週間前にシネマで『キャリー』という映画も見ていた事もある。 静かに激怒した相手が、事故とか病気になっているとすると、過去のトラブル で多くの人が、事故や病気になっているはず? か?というと、そうでない! また、逆の立場のトラブルの相手が、静かな怒りのエネルギーを私に向けている ので、私は、今頃、とうの昔に死の病か、事故で亡くなっているはず。 事業の立ち上げを幾つか経験してくれば、その分、軋轢がある。それを避けての 創業など無理。この仮説から演繹法と帰納法が具体的ケースとみると解りやすい。 演繹法は、まず仮説を立て、その証明の要素を集める。帰納法は、節目時に因縁 のあった人との軋轢で激怒した相手が、その直後から3〜4年以内に事故か 病気が生じる現象。そこから、これユングのシンクロニシティでは?と行き着く。 これを書いていて、「バカくさ!」と思える部分と、「偶然にしては出来すぎ!」 が交互して結論は出ないが、両方とも否定ができないところがある。 現に、自分が、ここに、生きていること自体が偶然の積み重ねの結果。 大気圏を持った惑星が、宇宙に存在すること自体が奇跡。さらに生物が存在し、 知識を持ったサルが、ここに存在いていること自体、奇跡も奇跡。このテーマ自体 が無知蒙昧丸出しの仮説である。自分に都合の良い要素を集めて、勝手に、さも 不思議そうに思い込んでいるだけ。それも、一時的にしろ、私自身が信じていた のだから。 人間は自分の言葉を持ち、物語をつくって生きていく動物。その思い を書き出すことで、如何に好い加減な考えで日常を過ごしている己に気づかされる。 それでも一応、経験も知識も、積み上げてきて、これ?? おっと、それ以上は言うなよ… ったく! ここで気づいたことは、静かな怒りの相手を改めて見つめると、怒りだけでなく、 むしろ感謝する対象である。怒りと感謝が相まっていることに気づかされる。 夫婦の関係と同じである。だから、犬も喰わない。まあ、未熟ということ! 以前から、怒りなどマイナーの念に囚われている外に出る鍵として、 10回、目をつぶり「ありがとう」の言葉を繰り返していた。そうすると、 そこから一歩、外に出ることが出来る。感謝を間違いなく、互いに忘れている。 この結末の節目の意味を考えると・・ ひたすら、ひたすら祈るしかない!
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| 6653, 閑話小題 〜「この国は犯罪政権の手中にある」 |
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2019年06月03日(月)
「この国は犯罪政権の手中にある」ロッシェル・カップ
* 現実の方が面白い!
朝日新聞の別冊・Globeに面白い見出しがあった。 <「この国は犯罪政権の手中にある」ロッシェル・カップ>である。 あまりに刺激的、かつシリアスである。 要約すると、 【 マーラー特別検察官によるロシア疑惑に関する捜査報告書に関する 報告書が出ればトランプ政権の悪夢は終わると、多くのアメリカ人は 首を長くして待っていた。トランプによる司法妨害などの司法行為が 明らかになり法の裁きを受けると期待した。バー司法長官は人をだます ような行為でトランプを守ろうとしている。これを書いている本人は 共和党員だが、現在は反トランプだ。アメリカはヤクザに則られた 街のようだ。街なら、州や、連邦政府に助けを求められるが、連邦政府 自体が犯罪政権では、どうにもならない。だが、これが残虐な現実だ。 トランプに問題があるのは明らかだ。マラーの調査が終わらない段階で 顧問弁護士だったコーエンに連邦政府に違反するように指示を出している。 報告書には司法妨害にあたる少なくとも6つの決定的な事案が書かれている。 それでもバーは、トランプは法の適応は受けないとまで示唆をする。 それに対しトランプは自分の裁判相手には法を武器に使う。 これ程自分の身を守るため法の支配を目に余るほど破壊した大統領が 他にいないが、状況を改善する手立てはない。トランプやバーの弾劾を 求めても、上院で多数の共和党が賛成しないだろうから、悲観だけが 残る。つまり、トランプは力を持ち続け、犯罪を犯すように勇気づけられる。 それでは国が犯罪政権に翻弄されると… 】 ― ▼ かなり気が滅入る内容だが、これが現実、世界を惑わせているトランプ とアメリカの現実である。KJB上がりのロシアのプーチンと手を組んだ犯罪者が 現に大統領としてアメリカ国民に一定の支持を受けているのだから、そして、 安倍首相に恐喝まがいの貿易交渉をしているのだから、日本も他人ごとでない。 アメリカは、食いつめた欧州各国の白人が、現地民を虐殺して建国した国家。 白人第一主義が、その根底にある。インドのカースト制が、厳然と社会背景に 存在している。プーチン、習、金、などを相手にするなら、この程度の悪党が 丁度良いと、思いがちだが、核戦争を持ちだす可能性が大。やはり危険過ぎる。 日本で行われるG20サミット、現在、下地で様々な交渉がおこなわれている。 さて娑婆は、如何、変わっていくのでしょうか。そしてポチの尻尾振りは、 ますます大きくするしかないのでしょうか。 時代は、「平成」から「令和」 に変わっていく。「前門の虎、後門の狼」 前門がアメリカ、後門に、中国、 朝鮮、ロシア。いくら海に囲まれているとしても、一つ間違えると、湯だった 釜の中に… 本当に危ないのは?
・・・・ 6290,あいつ今何してる? 特別編 2018年06月03日(日) <あいつ今何してる? 2018年5月23日(水) 19:00〜20:00 特別編 名門高校の先生の記憶に刻まれた天才&奇才卒業生は今?> * 鬼才の今! 家内が録画をしたのを翌日に見たが冒頭の女性のケースからして驚いた。 親の「何で?という好奇心を徹底的に伸ばす」という教育方針。 子どもの 「何で?」の質問に対して、面倒くさいと思わずにとことん付き合う親の姿勢。 それ故に、友達から嫌われるが、それを徹して乗越え、異能になった姿が良い。 私も社会科学が大好きで、それ故に、小さな世界に馴染み過ぎた人からは、 嫌われてきた。 <折角の人生、何やってるんだ>の自問自答が、 自分だけでなく、他者にも向いていた。問題は脳の質の問題になる。 私の場合、才能、基本が出来てないため、奇人・珍人の類… 。 彼女は、その後も、エリートコースを着実に歩んできた… 「上を見上げればキリがない、下を見れば底がない… だが。 事例で取上げるだけの価値が充分にある人物のようだ。 ◇内容1 【生徒】2000年卒の青木瑛佳さん 1.茨城県屈指の進学校・江戸川学園取手高校…教師歴30年以上の超ベテラン 教師が「こんな生徒出会ったことない!」 ・「教師の上を行く天才」 ・「常に廊下で人間観察して“あの子は成績が上がって来た"など同級生を分析」 ・「質問が鋭すぎて教師が恐れていた」 ・「当然のように東大に現役合格」など…天才と奇才を兼ね備えた学年No.1 の秀才少女は一体今何をしているのか! 【現在の仕事内容】 �� 国立環境研究所の研究員 環境省が行う10万人対象の国家プロジェクト「エコチル調査」に携わっている。 エコチル調査は、化学物質等の環境要因が子どもの健康にどう影響するか、 赤ちゃんがお母さんのお腹にいる時から13歳になるまで定期的に健康状態を 確認し、明らかにする調査。 �� 法政大学で心理学の講師(英語only) �� 子育て 【進路】 江戸取(首席)⇒東大理2⇒東京大学大学院⇒コロンビア大学大学院⇒帰国後、 区役所等で働く⇒現在 ― ▼ ネット検索によると、《優秀さから妬みからのイジメが半年間が続いた。 彼女は勉強だけは絶対に負けないという強い気持ちでイジメを乗り越え難関校 全て合格し、通いやすい私立江戸川学園取手中学校に主席で入学した。この頃 から子供を研究したいと思いを抱いたという。そのキッカケについて公立中学の ある女の子がいじめに遭い、不登校になってしまった。という話を聞き、自身も いじめに遭っていたが不登校にならなかった違いについて理由を知りたくなって しまったという。そのため人間関係などを観察し、その経験を職業にしたいと 考え東京大学理科二類を志望。しかし、心理学は本来は文科三類で学ぶので 真逆の進学を進んでいる。その理由を聞くと文系の友達ばかりになるのは面白く なく、文系以外の人も観察したいと思い、理科二類に現役合格した。2年生まで 理系の人間を観察し、定員2名という文学部社会心理学課程へ進み、心理学を 本格的に研究開始した。そこで最先端の心理学を学ぶことを勧められコロンビア 大学大学院に進学した。》 世の中は広いし、色いろの人生がある。「何故、何故、何故」の好奇心を追い 求める姿勢を上手く誘導して伸ばしていく親の能力を見逃すことが出来ない。 イチロウも、大谷も、ロジックを基本から鍛え上げていたようだ。 「何で、何で、何で?」と、トコトン追及する知的好奇心。これが人間の原点 ということか。これにスマートフォン、タブレットの機能の果てない進化。 「親の因果が子に報い」のプラス・バージョン。親の資質から派生しないと… 能力、履歴とかではなくて、何故何故の問いかけの秘儀そのままを追及した、 彼女の人生の一端を垣間見れたことに驚いてしまった。 そこには、 「虐め」の存在が。その怒りこそ、エネルギーの炉になっている。虐める方も、 親の不仲が原点にあり、彼女の場合は、その方面に。親の立場から原点を再構築 しなければならない。
・・・・・・ 5193,半隠遁五箇条 2015年06月03日(水) 『人生、しょせん気晴らし』中島義道著 * 半隠遁五箇条 ≪ 自分のしたくないことは一切せず、世間から半分だけ降りることにしよう。 俗世間からすべて降り切ることは、山ごもりでもしない限り無理なのだから、 妥協案として「半分」だけ人生を降りることにしようと決心、五十歳を潮時に ‘半隠遁生活五箇条’なるものを宣言した。 1.「清貧の思想」にあらず 2. 趣味を追求するなかれ 3.不快を避ける 4.無理しても快適を得る 5.金に執着しない、 とした。 ・『人は誰も、もうじき死んでしまい、永遠の無が訪れるのだから、何をしても 虚しいだけである。何をしても、何を成しても、どうせみんな死んでゆく・・』 ・『生きることに意味など無い。ただ偶然と偶然が重なっただけで生まれた宇宙の 中のちっぽけな地球も、いずれ消滅して跡形もなく消滅する。それだけのこと。 すべては移ろい変わってゆく。永遠なるものなど一切ない。 その一瞬の永遠の中で、人は生き、必ず死んでゆく。意味などない・・』 ≫ ▼ 私と同じ年齢の著者は、半隠遁だが、何度も書いているが、51歳時に、 似たような?『還暦までに、その後の30年分を生ききってしまう』という、 逆の選択をし、実行した』 そして、4年前から隠遁生活者。だから、後悔 の念は少なく、ただ淡々と、今日一日、無事平穏に過ごせればと生きている。 現状というより、目標を書くとすると、 <隠遁生活五箇状> 1、不快は、あって当然と割り切るー不快の3倍の快を求める 2、辰濃和男著『ぼんやりの時間』 の、「ぼんやり」と響き合う5つの「一文字」。 ?、「闇」―蛍と星とダークマターをみつめ ?、「独」―独りでいること ?、「閑」―逆茂木に囲まれて ?、「怠」―怠け猿のように ?、「懶」―心に余白を持つ 〜を意識して、世界に浸かる 3、その中でも、新しい知識、感動、感謝を貪欲に求め続ける 4、想定死亡年齢を75歳とする。その淵から、一日、一日をみつめ、味わう 5、具体的な死に準備を、一つ一つ実行する まだまだ娑婆ッケがあるが、現実は変な壁が低くなったためか、現実が 面白くて、少年のように好奇心で一杯である。壁が高すぎたのだろう。 それと14年間、随想日記を書き続けてきた蓄積効果と、新たなネットと、 デジタル世界の恩恵もある。 表立っては隠遁だが、内側は真逆のような。 「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」というところ。これもまた、気晴らし!
・・・・・・ 5923,閑話小題 〜帰りの宇宙船内で 〜3 2017年06月03日(土) * 武澤信一教授 遠くの席に、武澤ゼミの武澤信一教授の姿が見えたので、 隣席に座って、思い切って一方的に話しかけてみた。 ≪ 先生が亡くなられて20年近くになります。 武澤ゼミの一年間の思い出は、 何もかもが新鮮でした。 ・八王子のゼミ・センターでの泊りがけのセミナー。 ・NECのコンピュータ工場訪問。 ・出光の造船工場の作業現場での組織を一望する体験。 ・自由課題の「卒論」に四苦八苦した経験。 ・一年に及ぶ、ケース・スタディの討論会。 様々な企業内トラブルのケースの現象を一次とすると、その背景に、 二次、三次の構造と背景を洞察し、対策を立てる手法を、一年間かけて 学んだことは、何によりも変え難い経験になりました。仏教語で、それを 「真・仮」とも言いますよね。現象を「仮」、二次的構造を「真」と。 ゼミを終えて部屋から出たとき、目のまえが黄色に見えていました。 人事管理は、それほど、重い仕事ということですよね。 地頭で考えぬく訓練は、戦場の真中で出来ても、なかなか出来ること ではありません。創業は、正に、その都度、目の前に現れた困難に対し、 その背景にある構造を直感し、手持ちの材料を組み立て変えて、新たな価値 を作り上げることでした。としても、ドン・キホーテのような、己の姿を 思い出すたびに、赤面しています。先生が亡くなられ、その後、暫く出席 していた奥様が亡くなられた現在も、年に一回、ゼミ出身のメンバーが経営 する赤坂見附のフランス料理店で、数十人が集まって、生前のまま「偲ぶ会」 に変わって今でも開かれています。 ホテルを開業後、一度、新潟の何かの学会のおりに、泊まっていただき、 古町で語りあかしたことが、今でもハッキリと憶えています。≫ ー ▼ <ところで、この宇宙船内とは、何なんでしょうか>という先生の問い かけに、<何なんでしょうか〜>と、赤面する私。父親と、武澤先生が、 私の陰として、「馬鹿なお前は、ひたすら、挑戦と、変化と、己の無知との 闘いを続けるしかと、凝視しているような。で、独り、早朝に、こんな 瞑想をしている。 ・・・・・・ 4461, 99・9%は仮説、ですか〜 −3 2013年06月03日(月) 「99・9%は仮説 ー思いこみで判断しないための考え方」竹内薫著 * 第2章 自分の頭のなかの仮説に気づく 自分の頭にあること全てが仮設(思い込み)とすると、「自分とは何か」 という根源的問いかけになる。しかし、自分の思い込みに気づかない限り、 それから一歩も外に出ることは出来ない。そして、他人のフィルターを通した 思い込みに惑わされてしまう。 現象の背後にある事実、真実について考え ようがない。とはいえ、その事実、真実も、思い込みとすると、その立つ場が なくなる。 ーまずは、その自分の中の仮説」についての箇所よりー ≪ 頭の柔らかい人は、常識がただの仮説にすぎないことを知っています。 逆に、頭の固い人は、先入観や固定観念にしばられて、思いこみでものを いいます。では、天才でないわたしたちは、どうして自分の頭にこびりついた 仮説をはがせばよいのでしょう ・・世界の見え方自体が、あなたの頭にある 仮説によって決まる。ということは、人は自分の都合の良いように解釈する。 われわれはよく事実、事実というけれど、事実はすべて、実は仮説の上になり たっている。「裸の事実」などない。データーを集める場合も、やっぱり その仮説―最初に決めた枠組みがあって、その枠組みの中でデーターを解釈 するわけです。ガリレオの例でいえば、名だたる教授たちは、宇宙は完璧な 世界だと思い込んでいるから、実際に望遠鏡で月のクリエータを目撃しても、 「望遠鏡はデタラメだ!」という結論に達する。いまある枠組みに都合の 良いほうに、事実の方が捻じ曲げられる。でも本人には意図的に事実を捻じ 曲げたという意識はない。自覚がないから、自分が特定の仮説に縛られている ことに気づかない。天才でない普通の人が、どうすれば頭の中にこびりついて いる仮説に気づくことができるか? 「タブーに挑戦し、あらゆる仮説に 触れてみよ」と、ある科学者がアドバイスをする。あえてタブーに挑戦し、 あらゆる仮説に触れることで、知的な「免疫力」をつけろ、ということ。 たとえば、われわれは自由な民主国家に住んでいますが、あえて専制国家や 共産国家の「思想」にも、触れてみよ、ということです。・・ 「仮説の呪縛から逃れる万能薬などありません」ですが、できるだけみなさん の仮説を見比べることにより、支配的な仮説を疑うことができるのです。≫ ▼ 自分の仮説(思い込み)に自分で気づくのは非常に難しい。 気づくようでは、思い込みではないからだ。20数年前のバブルと、崩壊と、 その後遺症が今だに続いている。「土地が限られている日本では土地価格の 崩壊は絶対にない」という土地神話、この仮説が前提にあった。 それが仮説=思い込みということに気づかなかった。だから突然、それが 崩壊すると、日本全体がひっくり返ってしまった。商家に生まれ育って、 身に沁みていたことは、「人生も、事業も舟板一枚下は地獄」ということ。 舟(=店)が沈めば、全てを失うという恐怖。だから、常に万一に備え、 万一の備えをしておくこと。その手っ取り早いのが、普段の生活を合理的 にしておくこと。それさえさえあれば、如何なる事態にも対応できる。 現在、比較的気持ちの落ち込みが少ないのも、「で、どうした!」という のが幼心から、あったから。周囲の視線が可笑しくさえ思えるのは無知が 見えているから。それも私の仮説でしかない。
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| 6652,閑話小題 〜映画感想 ー『GODZILLA ゴジラ』 |
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2019年06月02日(日)
ゴジラ映画を、米ハリウッドで新たに映画化して、‘T-lex'劇場で見たら こんなに面白くなった『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』。 「T=LEX」といえば、一月前に、『アベンジャー』で、ド肝を抜かれた。 (後にコピー)。東宝特撮のスター怪獣を動員をさせ、より鮮明、かつ大画面 で次々と闘わせるのだから面白くない筈がない。 評価:95点 〜ネット検索の内容紹介より〜 ≪・『GODZILLA ゴジラ』から5年後の世界を舞台に復活した神話時代のモスラ、 ラドン、キングギドラらの怪獣たちとゴジラの戦い、それによって引き起こ される世界の破滅を阻止しようとする特務機関・モナークの活躍を描く。 ・2014年の映画『GODZILLA ゴジラ』の続編で、同作と2017年公開の 『キングコング:髑髏島の巨神』が属する“モンスター・ヴァース”シリーズ の第3弾。 ・[もし、放射能による変異をなした生き残り恐竜が都心に上陸したら]という 仮定をシュミレートしたストーリーは子供向けに媚びたもので無く緊迫感が 表されていた。 ・東宝特撮映画のスター怪獣を動員した今回は、複数のモンスターアタックや 各々の登場スタイル、そしてライトモチーフとなる音楽に至るまで、誰もが ゴジラ映画に覚える定石や約束ごとを逐一カバーしている。そのイメージは ことごとくパワフルさ倍増しのアップデートがほどこされ、どれも興奮で血が 逆流するほどに素晴らしい。挙げるとキリがないが、特に衝撃波で街を破壊 する場面や、戦闘機を撃墜しながら海面スレスレを滑空し、キングギドラに 猛襲をかけるラドンの飛翔シーンは本作トップを誇るだろう。またゴジラの 熱線にギドラの反重力光線が絡み合うなど、海外のモンスタームービーでは 稀有な光線バトルが鳥肌を誘う。 ≫ ― ▼ 年齢からくる足腰の重みや、欝々とした精神の静かなる気分を、一刻なり とも晴らしてくれる。驚いたのが、月末の金曜日で、翌日は「一日の1100円 サービスデー」に関わらず、大会場に老若男女の200人の観客がいたこと。 最近、映画館の客数が増えている。デジタルの撮影機器が進化していることと、 TVドラマとの競合もあって、格段と迫力が増しているためである。 デジタル機器の飛躍的発展と普及が、映画撮影機器と、大劇場の大画面と 音響の高度鮮明にしている、結果か。とにかく、日々、面白くなっている。 「映画・ドラマ御宅」そのものだが。 現実より遥かに面白い?のだから、 これだけは? いや、やはり現実の方が、絶対に面白い! 振返ればだが… でも、味付けとしても… マイナスの記憶も濃厚だが、味わい方による。 ―――― 2019/04/27 閑話小題 〜『T=LEX』には驚いた * これまた驚いた 最近の3Dに驚いたが、この「T-LEX」の大型スクリーンの大きさと音響の 迫力には驚かされた。従来比、約135%の大型スクリーン+4Kデジタルシネマ プロジェクター仕様が売りだけのことはある。 シリーズモノの『アベンジャー』そのものがド派手な内容だが、それにこれ だけの鮮明な画面と音響とくれば、映像の世界に吸い込まれてしまう。 何か、そこに座っているだけで恐ろしくなる緊迫感がある。これがデジタル 機器の進化の一現象ということかと… 二年半前に、寝室に65㌅TVをとブルーレイを導入し、シネマとドラマの 世界に没入する日々の中で、週一のシネマ館通いも10年に…。そろそろ、週一 から隔週にペースダウンをと考え始めていた矢先、これである。疲れるが 面白さは格段上がったような。 〜ネット検索によると… <ティ・ジョイは、独自のプレミアムシアター「T-LEX」を、新潟県のT・ジョイ 長岡に3月21日よりオープン。県内最大級を謳う大型スクリーンとJBL製4ウェイ・ シネマスピーカー、 4Kプロジェクターの上映設備を設置するほか、高級革張を 採用した … …「Large(巨大)でLuxury(贅沢)、Exciting(刺激的)なExperience (体験)を提供する空間」としている。JBL製の4ウェイ・シネマスピーカーが巨大 な音から微細な音までを表現。> ― 帰って直に、直前まで録画していたWoWoWの生臭い北欧の刑事モノドラマ3本 をたて続けに見てしまった。映画オタクそのもの。まだ、このブログの書上げと、 SJ通いと、早朝のポタリングがあるため、何とか正常な?精神を保っているが… それらのどれもこれもが我を忘れるほど面白いとくる!
・・・・・・ 6289,終わった人 −2 2018年06月02日(土) * 終われない群像 一昨日の朝、NHKTVに内館牧子が出演して、映画の『終わった人』について 感想を述べていた。昨日、行ったシネマで、その映画の予告を流していた。 まあ、シリアスで内容は濃い。 〜内容は二年前に、この随想日記で取上げているが… 【東大法学部卒で大手銀行に勤め、役員レースの手前で出向に出されて定年を 迎えた男が主人公。仕事一筋で生きてきて、終わりを迎えた男のあがく姿を…】 今さらだが、私自身、27歳で事業を立ち上げ、40年近く、自由気まま?に 生きてきた。会社清算とはいえ倒産は倒産。万一を考え、シェルターを用意 していた為、最悪の事態を避けることが出来たとしても、「終わった人」。 で何が悪い!と、自分に尻をめくってみても、何の不具合も利点もないし、 ただ、それだけ。 一般的に「終わった人」は定年になる。
「自由ほど、不自由はない」をドップリと味わうしかのが宮勤めの性。 じゃあ、如何すれば良かったか? それを認識するしかないのである。現実は! 内舘は、戸惑う彼らについて、 《まず「終わった人」を認めなくては! 東大出とか、一時はエリート社員 だったとかを、過去と認めて、再出発しなければならないのに、その逆を 求めている人達。同級会に久々に参加して、美人も不美人も、秀才、鈍才も 横一線になった姿を見て、このテーマを思いついた。》という。 終われない人たちの物語だが、居酒屋、スナックには、その哀れなが一群が スーツにグリーンか、赤いネクタイをして、過っての仲間の噂話に花を咲かせる。 要するにゾンビの一群。 世間人のなれの果ての哀しき地獄絵。自分の多くが、 重なるから、シリアスに見えるためだが。 二年前の感想文を読返してみて、 成るほどと… 最後の最後は、いや、最期の最期は、自分一人である。 昨日書いたパタゴニアの初老の言葉、夜這いする御婆さんを取上げ、 「寂しいのよ!」の言葉が、再び過ってきた。こんなもんだよ、世間とは! と薄ら笑っていられないだろう。
ホームレスは、普段は寝っ転がってはいない。只管、歩いているという。 ―― 自問自答: これまで歩いてきた? エッ小走りで? どこに? 忘れた? 何を? 自分さ。 自分って何さ? そうか、私の、いやアナタの自分は世間様 だもんな。それがどうした。だって、他の世界を知らないからね。それで良いの! それが全世界だからね。 薄っぺらと自覚しているの? 知るわけないでしょう。 ゾンビは互いに対話、いや会話が出来ないの。だから生きていけるじゃないか? 知ったふりして、知らないのが仲間だもの。 成るほど、終われないはずだ! ◉ 熊、寅: おい! ワシらをおいて自問自答するなよ。出番がないじゃないか。 大家: お前らが相手に出来る相手じゃないよ。この時ぞと、何を言いだすか? ―――― 2016/08/18 終わった人 −1 <『終わった人』内館牧子(著)> これは、アマゾンのHPで見つけた本。リタイアをした身にとって、 『終わった人』の内容は、身にしみる。団塊の世代が、この数年で大量に 職場から押し出され、『終わった人』になっている。 まだ終わってない、 その端にいる人ほど一歩先に終わった人に言い放ちたい言葉でもある。 還暦ならいざ知らず、古希も過ぎれば、何をいわれても馬耳東風。 まだ若いと思っているのは自分だけ。老兵は、ただ黙って去るのみ。 恵まれたサラリーマンほど、節目の切替が難しい。 〜アマゾンの内容説明より〜 ≪ 銀行の出世コースから子会社に出向させられ、定年を迎えた田代壮介。 仕事一筋だった彼は途方に暮れる。妻は旅行などに乗り気ではない。 図書館通いや体を鍛えることは、いかにも年寄りじみていて抵抗がある。 職探しをしてみると、立派な職歴が邪魔をしてうまくいかない。 妻や娘は「恋でもしたら」とけしかけるが、気になる女性がいたところで、 思い通りになるものでもない。惑い、あがき続ける田代に安息は訪れるのか? 〜アマゾンのビュアーの声より〜 《 何と云っても、タイトルが秀逸。長い人生、生物的には最期の時まで 「終わり」はないはずだが、「社会的には」確かに終わった人は年々増えて いるし、殆ど全ての人間は(自分も含め)そうなることを改めて教えられ、 身に沁みた。「散り際千金」「散る桜残る桜も散る桜」(2頁)と考える田代 壮介、49歳で子会社に出向、51歳で転籍、63歳のとき年収1,300万円で退職 (あと二年働けたが、そうすると6割近く下がる)、保有資産は現金で 約1億3,600万円(275〜6頁)の「卒婚」(358頁)物語。 (しかし、こんなに恵まれたサラリーマンなんて、そうそういないでしょう) ★ 卒婚とは 離婚との違いとしては、夫婦の関係を断ち切るのではなく、結婚 という形を持続しながら、それぞれが自由に自分の人生を楽しむ、という前向き な選択肢。 必ずしも別居ではなく、同居しながら卒婚というスタイルも有りうる。 〜印象に残った箇所〜 「もし、私が田代さんのお部屋に泊まれば、あとは別れるか、愛人になるか、 結婚するかしかありません。男と女になれば、十年も二十年ももつ関係が、 半年や一年で終わります」 (217頁) 「あんなにきれいな人だもの、今に誰かと結婚してトシは捨てられるわよ」 (239頁) 「恋? お前も情けないものと比べるね。あんなものは十代でも二十代でも、 生きてるついでにするものだよ」 (252頁) 「「先が短いのだから、好きなように生きろ」ということなのだ。嫌いな人 とはメシを食わず、気が向かない場所には行かず、好かれようと思わず、 何を言われようと、どんなことに見舞われようと「どこ吹く風」で好きな ように生きればいい。・・ これは先が短い人間の特権であり、実に幸せな ことではないか」 (287頁) 「今後、介護やあなたの世話をする気はない。 でも、離婚という形は取りませんから」(292頁) 「将来を嘱望された男ほど、美人の誉が高かった女ほど、 同窓会に来ないというのはよくわかる」(314頁)。 「思い出と戦っても勝てねンだよッ」 (319頁) 「思い出と戦っても勝てない。「勝負」とは「今」と戦うことだ」(333頁) 「僕が笑うと、久里も笑った。きれいだった」(366頁)。 ▼ 産業廃棄物の典型的な人物描写である。第一の人生をソツなく卒業すると、 こうなるのだろう。学生時代の友人が、いまだに、関連会社の社長に、 しがみ付いている。曰く、『何もすることがない事が恐ろしい!』と。 それも良い人生かも知れない。 『日々、是、口実』よりも? 「終わった人」ならまだしも、「いらない人」になっていく私? で更に、内館は、『必要のない人』という本を書いている。 ったく!
・・・・・・ 5192,ロシアの小話 ぷらす4つ 2015年06月02日(火) * ロシアンジョーク ロシア帝国やソ連の圧制の中で、したたかな市民はジョークで、憂さを 晴らしていた。だから、内容は強烈な毒が含まれている。話す方も、聞く方も 命がけ。ジョークは、その内に秘められている毒が理解できればこそ笑いになる。
・ワルシャワの精神病院をソ連の視察団が訪れ、一人の患者に入院理由を尋ねた。 「亡命しようとしたからさ」 視察団は首を捻った。 「我が国なら政治犯収容所に入れるところだが?」 医者が答えた。 「いや、こいつはソ連に亡命しようとしたんです」
・工場の財産を労働者たちがくすねるのを防ぐため、門で守衛が見張っている。 その守衛が、手押し車に袋を乗せて通り過ぎようとするイワンに目を付けた。 「袋の中はなんだ? イワン」 「おがくずでさ。家でたき付けにするのを監督さんが許可してくれたんだ」 しかし、守衛はイワンの言葉を信用しない。 「開けるんだ!」 袋の中味がぶちまけられるが、おがくずしか入っていない。 次の日も同じ場面が繰り返される。 「今度はだまされないぞ。開けろ!」 イワンは袋を開ける。やはり、おがくず 以外なにもない。三日目、四日目と、同じことが繰り返される。 七日目、 ついに守衛は根負けしてしまった。 「なあイワン、お前が何かくすねてるってことはわかってるんだ。だけど、 もうおれは検査しないよ。おれは見て見ぬふりをする。誰にも言わない。 だから、こっそり教えてくれ。何をくすねてるんだ?」・・ 「手押し車」
・ 監獄で三人の囚人が話していた。 「おれはサボタージュのかどで逮捕されたんだ。工場に五分遅刻したもんで」 「おれは反対に五分早く出勤したために逮捕されちまった。スパイ容疑で」 「おれなんか、時間きっかりに職場に着いたんで逮捕されたんだぞ。 西側の時計を持っているという容疑で」
・ 第二次世界大戦後。終戦直後で皆食べるものに困っていた時代。街中で、 ある若い女性が一人の盲人に話し掛けられた。白い封筒に入った手紙を封筒の 表面の宛名の住所まで届けて欲しいのだと言う。帰り道だったため、女性は 快く引き受けた。そのまま二人は別れたのだが、暫く行って女性は、盲人男性 が他に要るものがないかと振り向いた。すると盲人だと思っていた男が白い杖 を小脇に抱え、健常者の様に反対方向に走って行くのが見えた。おかしいと 思った女性は、近くにあった交番に駆け込み、事情を説明した。 警官達は宛名の住所に突入し、そこで食用に売られている、山と積まれた 人間の死体を発見した。封筒には便箋が一枚。そこにこう書かれていた。 「こいつが今日最後の獲物だ」 ▼ ユーモア、ジョークを楽しむには、あるレベルの教養とセンスが必要。 その隠された捻りを一瞬で理解できないと笑いが浮かばないため、話し手も、 一発芸の要素が必要になる。そこで相手を選ぶしかないが、それが皆無? <ところで、ロシアの小話を7年前に、取上げていたのを忘れていて、 分類のにアップの際に気づいた。幸い、重なる内容は一つも無いので、 テーマを「ロシアンジョーク」から「ロシアの小話+4つ」に変更した。 7年前も、時間がタップリあったということか!>
・・・・・・ 2008/03/18 2540, ロシアの小話、8つ 小話といえば、ユダヤと、ロシア、そして中国などがある。 その中で、一番スリルとサスペンスがあったのは、ソ連の体制時の小話だろう。 ひつと間違えば、秘密警察に連行されシベリアに流される。 そのギリギリの中で、ひねりを入れた小話を「アネクドート」といいうが、 ロシア人は食事時などに、普段人には言えない鬱憤をぶちまけるために 作られたブラックジョークだからこそ、毒があり捻りに味がある? その幾つかインターネットで探してみたが、ブラックージョーク収集を趣味と している私でも、含み笑いをしてしまう。まずは、強烈なやつから順に・・
・息子が服をボロボロにして帰宅しました。 「どうしたんだ、お前」 ―父親が厳しく問い詰めました。 「隣りの子と喧嘩した」 「なんてことをやらかしたんだ。これじゃ新しい服を 買わなければならないじゃないか。」 「だからどうなの。」 ―息子が自慢気に答える。 「あの子を見てみればいいんだよ。あの子のお父さんは 新しい子供を買うことになるだろうさ。」
・母「ぼうや、大きくなったら、何になりたい?」、 子「お母さん、僕、外国人になりたい」
・地獄に落ちたブレジネフは数ある罰の内の一つを選べといわれる。 レーニンは針の山でもがき、スターリンは煮えたぎる熱湯の中で苦しんでいた。 ところがフルシチョフは何とマリリン・モンローと抱き合っているではないか。 フルシチョフと同じ罰を所望するブレジネフに地獄の番人は答えた。 「とんでもない。あれはマリリン・モンローが受けてる罰です」
・ソ連共産党が70年かかって出来なかったことを、 エリツィンが僅か三年でやり遂げた。それは何だろう? 答え:国民に社会主義お良さをわからせた」
・16歳の娘を母親が教えています。 「私を見習いなさい。私は今45歳で、結婚して20年になるけど、 ずっと一人の男性だけを愛しつづけてきたのよ。」 「ってことは、パパが知ったらスキャンダルになるわね。」
・「私の将来の夢はパパと同じように月10,000ドル稼ぐようになることなの。」 「ええ、あんたのお父さん月に10,000ドルも稼いでいるの?」 「ううん、パパも夢見ているの。」
・「ちょっと、ウェイター!先週の日曜日はあんたんところには 出来立てのビールがあったじゃないか!」 「信じてください、これはそれと同じものです。」
・素っ裸の女性がバーに入ってきてバーテンに言います。 「ウイスキーちょうだい。え、何よ、そんな変な目で見て。 裸の女を見たことがないの?」 バーテンが答えます、 「いやあ、どこからお金が出てくるのかと思って...。」
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2019年06月01日(土)
* サイレント・ブルーで ブルーは空と海の色。人が青に魅かれるのは、生物の起源が海にあるため、 緑と茶に魅かれるのは、陸地の森と林が起源となるため。深海は、まだまだ 未知の世界。 〜海の概要といえば… 【 ・地球表面の70%を占める海。その海全体の98%が「深海」。「深海」とは、 太陽の光の届かなくなる200m以深のすべての海をさし、暗黒、低温、高圧が世界 を支配する。 ・「超深海」は、6,000m以深の海域をよび、主に海溝で構成されている。 世界で一番深い海は、日本の南東に位置するマリアナ海溝。深度は約11,000m、 世界一高い山であるエベレストも沈む。 ・地球全体の海の深さを平均すると、平均の深さは、約3,800m。富士山が 沈む深さ。また、海底は3000mから6000mの深さが最も広く全海洋の70%、地球 の全表面積のほぼ半分を占めています。】 ― ▼ 深夜を海に例えると、超深海が、夜明け前の2時〜2時半。成るほど、 サイレント・ブルーの言葉が似合うわけ。 「サイレント・ヴォイス」は、 さしずめ深海魚。それが、海底から湧き上がる直感ということも理解できる。 そこには、古代魚が、生延びている。自ら発光する魚や、内臓や骨が透けて みえる怪魚などが、生存をしている。何やら、ブラックホール周辺の漆黒の闇 のイメージに似ている? 大たい、それを命名するのに問題はないのか? 仮死状態を自らつくり、漆黒の脳空間を漂い遊ぶことは… 許されない行為?
で、やはり一年前の文章に、つながっていく。 人生なぞ一瞬だもの!
・・・・・・・ 6288,読書日記 生きることへの冒瀆とは! 〜3 2018年06月01日(金) 『旅人よ どの街で死ぬか。〜「男の美眺」』 (伊集院静 2017年)から。 * 予感、あるいは沈溺
≪ ◉ 長く旅を続けるには術が必要である。友人の勝負師とどうように、 頓着を持たないことだ。旅人の一人の些細な感情など都会という土地では とるに足りなぬものだ。 そんな時は高台に行き、都会を見おろせばいい。 河岸に立って川を眺めればいい。人の感情など関わりなく、 ―川はただ流れている。それだけのことだ。 ー何かを手に入れたものは何かを失う。自明の理である。 旅を続けている限り、失うものはない。しかし失わないことが旅に求める 安堵であるのなら、その旅は愚かな行為でしかない。流れる水を見て思った。 ともかく旅を続けるしかない。 127-128p ◉ ヨーロッパ大陸を飛行機で旅し、窓から大陸を見たことがある人は、初夏に レモンイエローの花を咲かせた菜の花畑の美しさを知っているはずだ。148-149p ◉ ポーランドのアウシュビッツ収容所を訪ねた。見ておくべき場所だから 出かけた。私をむかえてくれた日本人の案内人は物静かで温和な人だった。 収容者たちが列車から降ろされ、歩かされた道を案内人と歩いた。折から やわらかな初夏の風が吹いて流れ、路傍の野花を揺らしていた。かつてここが 殺戮の場所であったとき、花は咲いてもいなかったろう。収容所で目にした ものは、予期したとおり私たちが見ておくべきもの、知っていなくてはならない ものだった。黙示であってはならないものである。残されたものたちが立証して いるのは、これがまぎれもなく人間がなしたものであるということだ。 〜過ちをくり返すのが人間だとしたら、人間はどうしようもない生きものである。 −そうかもしれない…。 207p ≫ ― ▼ ツアーの面白さ、厳しさの一つが、1〜2週間、移動空間と旅先空間を密着 すること。 嫌でも、様々な人生を垣間見ることになる。また、重厚な人生観を 知ることになる。行先の多くが秘異郷もあるが… 10年近く前までは、まだまだ、 高度成長時代の恩恵を受けた人たちが多かった。その反面、仕事に追われてフッと 気づくと晩年に差し掛かり、人生を取り戻そうとすがる思いの人が半数だろう。 それが圧倒的大自然の只中で、自然と出てくる激情が、呟きで聞こえてくる。 『ズ〜ッと老人ホームで働いてきたの。で、ハッと気づいたら、自分が年寄りに。 現実に流されて、周辺の人だけを見てね。何にも考えないで、決断もしなくて、 これまで生きてきたの。ところが先を切られたの… …旅行前に色いろの問題を 箪笥の中に押しこんでね。帰ったら、それを出して整理をしないと。 でもここに来て良かった。心おきなく死ねるわ。』 パタゴニアの、山中の道すがら、初老の女性が、何気なく話しかけてきた言葉。 話は続く。 『養老院って、人生の果てでしょ。人間の本性が丸出しになるの。特にね、 夜這いって、御婆さんの方が多いの。夜中に男の人の悲鳴が聞こえてくるの。 ‘何するんだ、この野郎’ってね。 寂しかったのね。』
・・・・・・ 2004年06月28日(月) 1182, 秘境・異郷ツアーレッスン −3
いま一つ面白いのは、添乗員と現地ガイドである。 旅行の3分の1は添乗員の質できまってくる。 そして、質とは我々をいかに楽しませてくれるかである。 結局、自分でその仕事を積極的に楽しんでいるかどうかである。 そして自分の仕事の役割を理解しているかどうかだ。 どんな仕事でも、それは共通している。
そこには、その人の素材としての質と会社の教育が重なって出てくる。 ツアー客の、代理店に対する評価は辛辣であり、それに耐え得なくては 存立し得ない厳しい世界である。見ていて本当に激務の仕事である。 次から次に起きてくる予期せぬトラブルを、一つずつ確実に処理をしていく。 ベテランなら解るが、20代の女性の場合見ているほうが辛くなることが多い。 トラブルを処理をしてくれるのから、ツアーは非常に楽といえば楽である。
北スペインの時の女性はまだ忘れることができない。20代半ばなのに、 30分前に閉館した博物館を日本からワザワザ来たと談じ込んで開けさせた のには驚いてしまった。「私は不可能を可能にする女」と自分でいっていた。 そして最後まで、その姿勢を崩さなかった。 最後は泣きながら大きなトラブルを処理をしていた。 仕事の辛さという面で、究極の場面が次々と出てくる。
やはり南スペインのアンダルシアの時の女添乗員もすばらしい。 スペインが大好きという本人の気持ちが全員に伝わっていた。スペインの カセットを持ち込んで、バスの中ではその地方地方の音楽を流してくれた。 まあ、人生の何であるかを教えてもらったようだ。厳しい中でも、その環境 を楽しむこと、それだけでなく世界を知る努力の必要性である。 つづく ―― ー以前書いた文章をコピーしておきます。 [90] 人生のコツ 2001/12/21
ツアーで今ひとつの楽しみは、全国より集まってくるツアー仲間である。 本当に色々な人がいるものだ。推測だがどこかの高校の校長だったのでは ないかと思われる67歳初老の人の事が印象的であった。 「60歳までに50回の秘境を中心にした海外旅行と、人生の余白を可能な限り 埋め尽くす生き方」をその人の感化でその旅行で決心した。
その人が言うには「自分の父の家系は40歳前半までに全員死ぬ家系! 若いときよりその死期までに人生総て生ききる生き方をしてきた!家族で 日本中を車で総て回る計画を立て実行、そしてその時期がやがてやってきた。 しかしどういうわけか死ななかった。 それなら一年一年が勝負と世界中を回る計画をたて実行、いまだ死なず世界中を ほとんど回ってしまった。」
この時これだな!と思った。そして先ほどのの決心をしたのである。 「人生は後回しでなく、前回し」人生だけでなく何事もそうであるが。 その時「貴方だけが何故生き残れたか、こころあたりは?」の私の質問に 「毎日朝食にキャベツを千切りにして、紫蘇のドレッシングをかけて食べている」との答え。 「あとは好きな事だけをやること」だそうだ。
なるほどと考えさせられた。
・・・・・・ 2018/03/07 閑話小題 〜大変な人 * 旅は根こそぎ人生観を変えた 何度も書いてきたが、51年前の21歳の「30日間・欧州旅行」が人生を変えた。 国内さえ殆ど旅行したことがない私が、年間20万人しか渡航してなかった当時に、 ツアーに大金持ちの子女・子息たちと豪遊旅行に参加したのだから…、当時の 日常との段差が如何ばかりか。それまでの人生と、その後の人生というほどの 段差によるカルチャーショックが、そこにあった。 良かったのが、事前情報が皆無に近かったこと。名所名跡に出あいがしらの 感銘がより大きくなっていた。その衝撃は、その後の秘異郷旅行のライフワーク に繫がっていた。 当時よく聞いた話が「カルチャーショックで気が変になる人が多々ある」。 今では情報化で現地の事前情報があるため少ないようだ。私も帰国後の数ヶ月は 自失茫然状態であった。それまでは、私なりの世界観、価値観を保って秩序を 守ってきたが、そのベースが根本から揺れ、それが新たな再生になっていた。 老いる度に、私たちは小さな世界に閉じこめられ、その世界しか知らなかった ことに気づき、慌てる。その後、数知れない衝撃を受ける度に、生き方、人生観 が根こそぎ変化していった。成るほど、「大変な人」と言われるのは至極当然。 私の限界の中の衝撃で、破壊と再生の「変化」を経験すれば、「変」が大きく なる筈である。 とはいえ、その道のプロ、例えば、秘境の地への赴任とか、 添乗員から見たら、何をバカなことと笑われる半端なド素人でしかない 。 一歩、旅行に向け踏出すと、非日常の世界になる。 新幹線から成田線に 乗継いで、機内に入ると、非日常が、日常になり、これまでの普段生活の日常が 非日常に逆転する。黄色のミニ集団の一員として、こちらの正しいことは、旅先 では正しいとは限らない世界になる。世界は多様であり、それぞれが特殊であり、 また自分の世界も特殊であることに、気づかされる。それぞれの地域で、それ ぞれの言葉を話し、様々な考え方をし、地産地消をしており、それぞれの文化 の中で生活をしている。その実体験が旅行の醍醐味になる。一回の旅行で、 ホテルや、観光先や、乗り物内で、様々な文化文明に触れ、感動や感激をする。 変わっていく旅先に順応しながら、自分も変わっていく。感動、感激の経験は自分 の感情を豊かにする。旅に出て、感動し、感激し、感涙する度に、違った自分に 変化していることに気づく。
一年前に入れた4KTVが内なる世界を変えた。『アクティブ・カウチポテト族』 と言うが、世界の秘異郷先を、実際の人間の視力より、遥かに鮮明に映し出す。 今では、YouTubeで4kの映像を見ることが可能になっている。数十年経っても、 これで追体験が可能になる。更にブログで、旅先からライブの生々しい写真と 映像と実感の言葉を見ることが出来る。 21世紀は、楽しみ方を知ってるものに とって面白い時代だ。 これは何事でも言えることが…
・・・・・・ 2017/11/02 閑話小題 〜チョットした旅の思い出 * 世界で出会った動物の世界 10年ほど前のニューカレドニアのオプションの、小島の磯辺での出来事。 小さな湾の浜辺で、家内と休んでいると、同行の若いカップルが楽しそうに 遠浅の沖から戻ってきた。 彼氏が興奮気味に、『沖に行くと、小魚が一杯、 嘘のように、まとわりついてくる!』という。 そこで、家内が冗談で、 『その群れ、ここまで連れてきて!』というと、『パン屑あります?』と。 そこでビスケットを差し出すと、それを持って沖に出ていった。家内と私が 唖然として見ていると、沖から何と魚群を連れて嬉しそうに戻ってきた。 魚自体が人間という天敵と出会ったことが無いようである。 南米のテーブルマウンテンでも似たような経験をした。群生していた花園に、 蝶々が群れていたが、これまた、触っても逃げない。条件反射で逃げるのが 当り前と思っていたので「ああ此処はワンダーランドなのだ!」と思い知った。 ペルーのチチカカ湖でも、葦で作られた500〜1000平米の小島にいた鵜に 似た鳥が、逃げようともしないで、目の前で現地人の親子に捕獲されていた。 日本でもアホウドリが逃げないで殺されるため、この命名になっている。 日本ではカラスは幼鳥しか襲わないが、カラコルムハイウェーで、雀を 小型のカラスが襲っているのをみた。雀はケタタマシク鳴いて、私たち人間 の間に逃げ込んできた。鳥の本能がそうさせたのだろうが。
スペインで見たのが、鳩の群れとカラスの群れが空中で入乱れて争っていた。 異種の群れが争うのを「ドックファイト」というが、本来は、飛行格闘戦。 <航空戦で、戦闘機同士が 互いに機関銃・機関砲または短射程空対空ミサイル の射界に相手を捉えるために機動しながら行う空中戦闘。> 自然界には、 多いのだろうが、フッと空を見上げて見えてきた戦闘に一人、興奮していた。
TVのドキュメントやユーチュブで、ライオンと、ハイエナやバッファローの 群れの闘いを、詳細に映しだしたのが多くある。これが真剣勝負の迫力がある。
<達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ> より、遥かに面白いことが満ちている。 YouTubeに面白いキーワードを入れさえすれば。 世界は広くて面白い。
・・・・・・ 2016/05/06 若者よ、外に出よ! ー�� 日本には限界がある 『人生の教科書』なかにし礼著 * 日本だけでは限界がある 40歳前半までは、自宅に中・高の二人の息子がいた。そこで、行くところ といえば国内の自動車旅行が中心だった。その二人が学園生活のため、上京 していったのを機会に、海外ツアー切替わっていた。その非日常の面白さに 惹かれたのが家内もである。一人では躊躇する秘境・異郷でも、家内と一緒だと 何とか行ける。また、非日常の中に家庭の日常を持ち込むのも慣れてしまえば 悪くはない。 夫婦してのホテルのレストランの朝食が何とも豊かな気持ちになる。 学生時代の昭和42年に、大学の「海外旅行研究会」というクラブが企画した 『世界・30日の旅』の存在を知り、行ってはや、49年になる。当時の海外旅行者 は20万人。信じられない数だが、これがツアー観光の愛好者になる切欠となる。 何もかもが新鮮で、ただただ面白い経験だった。人生観が一変した経験である。 なかにし礼の、以下の内容には大いに賛同するが、自分では書けない。 書けば上から目線が、露出する。 しかし、事実は事実である。 ≪ 旅に出るならば1日でも早いほうがいい。自分の感受性が全部そこで 晒されて、カメラにたとえるならいろんな映像を受け止めていることになる。 そのインプットは大きいものだ。そのインプットは日本にいてもできない類 のものなのだ。これは賭けてもいい。日本という国には限界がある。 刺激の限界だ。食べものだけ見ても、なんの刺激もない。それが日本の料理 だといえば、それは確かにそうだ。だが世の中の料理はそれだけではない。 「肉じゃがを作れる女性がいい」、とか言う男がいる。こういう人も旅行を していない男と思う。世界の味を知らないからこうした面白くない発言になる。 北アイルランドのジャイアンツ・コーズウェイにも肉じゃがはある。 それはスープという形で出てくる。肉じゃがの原型はビーフシチューだが、 これはさらにその原型だと言える。牛肉と芋が入ったこの肉じゃがの原型を、 現地の黒いビールを飲みながら食べる。これがうまい。明らかに元祖の味。 日本の肉じゃがよりも断然おいしい。だから日本は食事にしても、もっと研究 しなければいけないと思う。日本の文化は確かに素晴らしいものがあるが、 そこに踏みとどまって進化をストップしていい理由にはならない。・・(略) 日本人のいいところはいっぱいある。創意工夫とか、細かいことに関する こだわりとか・・ しかし、一方では何かにつけて「疑いを持つ」ことが 非常に罪悪視される環境になっている。それで画一的な価値観を植付け られて、「肉じゃがを作れる女性がいい」などという頭になってしまう。 これではもったいない。 だから若者よ、疑いを持つために旅をしなさい。 そしていろんなものを自分にインプットする。 インプットしたらさらに視野を広げて守備範囲を広げる。 そうしないとインプットする内容も尽きてしまう。 だから何度も言うように、限りない欲望と探究心、好奇心を持ち続けないと いけない。それは、夢という非日常の世界を見続けるためである。 寝たときにだけ夢を見るのでは寂しい。目醒めて、そこで夢を見るべきだ。≫ ▼ 何度か書いたが、成田へのスカイライナーに乗って暫くすると、 「あ〜帰ってきた!」という妙な感覚になる。そこから非日常の刺激の強い 時空になるため、その蓄積が、磁石となって、旅を誘い、その非日常の世界が、 真なる時空、真実の自己であるような錯覚をもたらす。だから、別腹の 世界を自分の中に持っていて、暇な時間にトリップすることが出来る。 この現実世界に、世間の常識に対し、疑問を持ち続けることが出来る。 <目醒めて、夢をみることができる>
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