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堀井On-Line
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2019年05月31日(金)
* 深夜の冴えた時間帯で… 昨年暮れから、年を越えて10回シリーズで、BSテレ東で放送されたドラマ 『サイレント・ヴォイス 行動心理捜査官・楯岡絵麻』があった。残念ながら 見なかったが、「サイレント・ヴォイス」の言葉が妙に残った。 ネット検索 によると;【 取調室を舞台に繰り広げられる“超・心理サスペンス”! 嘘を付く瞬間に0.2秒間だけ現れる、その人固有の“マイクロジェスチャー” を読み取り『被疑者の嘘を見破る』女刑事の物語。】とあった。 ある犯罪モノのドラマに、『レム状態(半睡眠)の自分に暗示を与えると、 効果抜群』と犯罪心理学の教授が宣う場面があった。 20歳、30歳代は、就職、 結婚、住居の決定、子供の名づけなど、次つぎと決断に迫られる時節。 その頃から、眠れない深夜2時から2時半辺りに、あれやこれや考えて判断し、 翌々日に、決断する。1日、時間を置くのは、深夜の布団の中ではマイナーに なりがちのため。 この繰返しが、現在の「自分」を生成してきた。 20時半〜21時に就寝し爆睡、1時に目が覚め、半睡眠状態で3時半まで過ごす。 その時間帯の一連の命名を… その時間帯で考えて出てきたのが 『サイレント・ブルー』 その時の実感のためか、そのままのイメージ。 青い球体に包まれた中で、静かに自分と向き合う深沈厚重の心理状態。 これ般若心経の読経のフロー状態。最後の最後は、自ら独り判断し、決断する しかない。刑事モノの女刑事。一瞬の仕草の中で嘘を見抜く心理サスペンス。 現象を、あれやこれやと考え合わせて、道理、真理を導き出して、判断に 到達するところは同じ道理。以前、『白い雲に乗って』というテーマで、 子供時代、学生時代を振り返るミニ回想を書いたが、『サイレント・ブルー』 を背景に、孫悟空のように白い雲に乗って駆け回るイメージはドンピシャ! シネマ館で、寝室のTVで、パソコンのネットで、そしてサイレントブルーで、 見知らぬ世界を、現に駆け巡っている日々。 何か、変でもある?
・・・・・・ 5044,生と死をめぐる断想 ー1 2015年01月05日(月) 『生と死をめぐる断想 』岸本 葉子(著) * 死をそばに感じて生きる 〜団十郎の辞世 ー 色は空 空は色との 時なき世へ ー 以下は、序文の冒頭の内容。日本人の2人に1人の割合でガンになり、 3人に1人の割合で亡くなるという。高齢化で、ガンになるまで、死ななく なった結果、死を意識する時間が長くなったこともある。今では死に関する 知識を、一般の人が、ネットなどから死生観を収集したり、表現できる機会が 増えている。 ー まずは序文の冒頭からー ≪ 2013年2月に亡くなった歌舞伎俳優の市川團十郎の辞世の句だ。 葬儀の場で長男の團十郎のパソコンに残されていたという。 詠まれたのは前年の十二月、亡くなる数ヶ月前である。 色は空(そら)、空は色(いろ)との 時なき世へ、と海老蔵は読んでいた。 この句に接し、『般若心経』の中のあの一節を思い浮かべる方は多いだろう。 色即是空 空即是色。それに寄せて読むならば、冒頭の句は、 色は色(しき)空 空(くう)色(しき) との時なき世へ、となる。 色はかたちあるものと、ひらたくは言われる。空は空っぽ、何もない、という ことか。空しい、ということか。かたちあるものは実は何もない、空しい、と 教えているのか。そうではない。(略)・・ このことは追々深めたい。 時なき世とは。時間のない世。時間を超えた世。超時間性は永遠と言換えられる。 それは、この世に対するあの世なのか。この「時なき世」が團十郎の句では 「色は空空は色」と「との」でつながる。「との」は、と言われる、とか、と 聞いている、の意だ。色即是空、空即是色とかねてより聞いている時なき世。 「へ」は方向を示す助詞である。色即是空、空即是色とかねてより聞いている ところの 時なき世へ、自分はこれから行くのである。團十郎の死生観を 表す句と言える。(略)・・ 團十郎が、死を前に遺した五七五が、芸についての 教えでなく死生観の表出だったのは、私には少し意外、けれどもすぐに理解できた。 團汁郎は長く血液のがんを患っている。治療の副作用による絶え間ないめまいと 吐き気を無間地獄と、あるインタビューでは曝えていた。何度も再発入院し、 骨髄移植をしていた。・・・≫ ▼ 色を「しき」と「いろ」、空を「くう」と「そら」と、息子が間違えて 言ってしまった可能性もあるが、真偽はわからない。栄華を極めたあと、 とたんの苦しみの死際の言葉であればこそ、心に響く。 即興の辞世! 《 色即是空 死んでしまえば それまでよ 空即是色 》 ・自分の世界をつくって、門を開放し、取捨選択をして浄化、続けること。 ▽ 過去を振り返ると、冷汗が出るほど、多くの危険が多かった。が、何故か、 間一髪、すり抜けていた。親から引継いだ倫理観とか、学んできた知識、 情報からくる判断が、運の悪さを最小にしていた。特に、自問自答の「自答」 が大事ということ。良い本を選択、読み続けろ、そして楽しめ、ということ。
・・・・・・ 5069,あわいの力 ー� 2015年01月30日(金) ーあわいの力 「心の時代」の次を生きるー安田登(著) * 日本の「心(こころ)の三重構造」 ここで、「心」の三層構造がシンプルに説明されている。これまでは、 < 仏の心を、「こころ」、移りゆく感情などを中心にした西欧的解釈を、 「心」と解釈してきたが、この三層構造は面白い! 〜その辺りから〜 ≪ 「心」は、三層構造である。 ・一番上の表層が「心(こころ)」(=脳)があって、 ・その下に「おもひ」(=内臓感覚があり) ・深奥に「しん(心)」(=芯=神)がある。 ― 表層にある「こころ」の特徴をひとことでいえぱ「変化する」ことです。 たとえば、去年まではあの人のことを好きだと言っていたのに、今年はもう 違う人を好きになっている。そんな移ろいやすい感情が「こころ」です。 こころ変わりという言葉があるでしょう。 ― その「こころ」の下には、表層の「こころ」を生み出すもとになる動的な 心的作用、「おもひ」があります。「おもひ」のなかで重要なのが「こひ」 という言葉です。「こひ」は、ふつうは「恋」という漢字をあてて恋愛感情を いうことが多いのですが、本来は自分のなかに、なんらかの欠落感があって、 その欠落状態が埋まるまで、なんとも落ち着かない、そんな不安定な状態を さします。たとえば、さっきまで目の前にいた子どもがいなくなり、その子が 戻ってくるまでは安心できない、そんな状態のことです。漢字で表記するなら 「乞ひ」がいいでしょう。雨が降らないから「雨乞い」をし、お腹が空いて しかたがないから「物乞い」をする、そんな状態を「こひ」といいます。 ・・仏教にも以心伝心がある。世阿弥は、心より心に伝ふる花と言った。 言語以前である。能は、「おもひ」を圧縮した芸能である。演技により解凍 された「おもひ」は、観客の深奥に隠れている「おもひ」と同期して目覚め させる。「おもひ」の世界の言語は、歌(詩)である。 能というのは、この「おもひ」を圧縮した芸能で、そして能を演じるという ことは、その「おもひ」を解凍していく作業なのかもしれません。そこで解凍 された「おもひ」は客席にあふれていき、それがまた観客ひとりひとりの 「おもひ」と同期して、そこに何かを生み出す。それが能という芸能なのです。 ― 一瞬にして相手に伝わる何か、それが「心(しん)」です。それは「芯」にも 通じ、「神(しん)」にも通じる、ちょっと神秘的な心的作用です。以心伝心と いうときの「心(しん)」が、まさにそれです。言葉や文字を媒介とせずに、 一瞬にして相手に伝わる何か、それが「心」なのです。・・・ ≫ ▼ <お能は、「おもい」を圧縮した芸能> この一言にお能の本質が言い 表されている!「おもひ」は、「こひ(乞い)」も、解りやすい。人生は、 「おもひ」を求め流離う(さすらう)旅である。流離い流れついたのが、 現在の自分。「心・観・学・術・体」の、観が「おもひ」で、「学・術・体」が、 渡世(娑婆)で生きるということ。 この「心・観・学・術・体」は次回で! * また偶然だが、以下の内容が、丁度よい内容! お後がよろしいようで。 ・・・・・・ 4704,「考える」と、「思う」の違い 2014年01月30日(木) *「考える」と、「思う」の違い ー『散文』谷川俊太郎著より 何気なく書いている文章に、「・・・と考える」と、「・・と思う」がある。 「思う」は、感覚的、無意識的というニュアンスがあり、これを受けて論理を 組み立てるのが「考える」。この読書日記で、同感したり、感激、感動、感謝 した内容を取上げ、自分の考えに論理だてるプロセスが「考える」ことになる。 ーその辺りから 《 思うという行為は、考えるという行為に比べて、より感情的であり、 より不正確である。物思いという言葉にも表われているように、それは時には 余りにも漠然としていて、まるで自分を甘やかしているようにとれることがある。 けれどまたそれ故にこそ、思うことは考えるという行為に比ぺて、いっそう 未分化であり、人間のより多く部分をその中にまきこむ。考えるのが主として 理性の働きであるとすれば、思うのはおそらくまず感ずることにその基礎を 置いている。考えることは時に現実を離れて抽象的な理性の遊びに堕するが、 思うことの堕落はもっと肉体的な自己陶酔に向かう。こういう風に、思うと 考えるとを分けてみても、実際にはこのふたつの心の働きは、つねに亙いに 補いあってひとつである。思ったことを考えることでより精密化し、考えた ことをもういちど思ってみることで、より全体的にすることを、無意識の うちに私たちはくり返している。 ・・・ 》 ヽ(゜(-_-;)ゝ アッ! ▼ 上記の《 》が、同感、同調した部分になる。 それを受け「▼」部分が、 「思い」「考える」ことになる。◎「考える」は、「言語を用いて」 「意識的に」「論理的・合理的プロセスを踏んで」のに対し [(ーヘー;)え〜と ◎「思う」は、「言語を用いずに」「半無意識に」「思い浮かぶに任せ (必ずしも、論理的・合理的とは限らない)」「悔しいと思った。」 「悔しいと考えた。」と、すると、後の方が少し違和感がある?「思う」が どちらかと言えば受動的、「考える」が能動的な感覚のために、少し違った感覚。 英語では「考える」は「Think」。「思う」は「Feel」に近い。 何かを考えるキッカケは感謝、感動、感激など、感じ入った場合が多い。 だから一流の芸術作品を多く見たり、大自然の神秘に触れたり、書物を通したり して一流の人物に接して日々、新面目を見出すことが必要である。 「思う」を受けて「考える」ことは、受動から能動の切替ポイントになる。 積極一貫で人生に立ち向かう中で考えるしかない! /(@゜ペ@)ウーン ・・・・・・ 5433,人生で最も大切な技術 ー�� 純粋意識 2016年01月30日(土) 『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * 心の本質、純粋意識の経験 仏教の教えの真髄を、欧米人向きに説明するための、「純粋意識」が、明快 でよい「色即是空 空即是色」の心境が「純粋意識」であり、修行の一つが、 座禅になる。それにしても、明快な解釈である。 〜その辺りから〜 ≪ 心の中には、絶え間なく流れ続ける思考の流れがあるという、それまで 一度も気づかなかったことが見えてくるだろう。好むと好まざるとに関わらず、 感覚、記憶、想像から生まれる無数の思考が人間の心を永久に流れ続けている。 ところが、人間がどのような種類の考えを抱こうとも、心の中には、一つの 特質が存在している。それは、あらゆる思考の基礎をなす根源的な意識である。 それは心が安らかな稀な瞬間にしか現れず、ほとんど動かないが、心の知力が そのままそこに残っている状態でもそこに存在している。この単純に解放された 自由な存在は、「純粋意識」と呼ばれるものである。心を構成する内容が不在 でも、それだけは存在しているものだから、純粋意識と呼ばれるのである。 心が心を観察する作業を一段深めると、この純粋意識とその働きによって 生まれる思考を経験するだろう。純粋意識は必ずそこにある、としか説明の しようがない。この思考には生まれつき備わった性質があるのか。 特別に存在するのか。 答えは否である。 では、色や形はあるか。同じく否である。そこに見出すのは、知(無知の反対 の意味での)の本質だけであるが、それ自身には本質的な特徴はない。純粋意識 に突入すると、心に本来備わっている中身が空の状態を経験する。この思考 ゼロの考え方は疑いもなく、西欧心理学には馴染みのないものである。 「思考をゼロにする目的は何か」 「第一、怒りなどの強い感情や考えが生じたら、何が起こるのか」。 確かに、強い思考には誰でも簡単に屈しそうになる。なぜなら、人間を不安 や無分別にさせ、時には暴力的な発言や行為に走らせ、他者を苦しめ、やがて 後悔する結果を生じる、無数の新しい思考を増殖するのがこの強い思考だから。 このような雪崩現象が起こらないように、怒りのような激しい思考そのものを つぶさに点検すれば、それが最初から煙や鏡のような存在でしかなかったこと がわかるだろう。純粋意識から生まれる思考は、純粋意識に再び吸収される。 それは海から生まれた波が再び海に消えていくのと同じである。この原理が 理解できれば、心の平安に向かって大きく前進することができたといえる。 この瞬間以降は、思考が心の障害になる毒素が弱まり始める。この手法を習熟 するには、一つの思考が浮かんだ時、その考えがどこから来て、いつ消えるか、 どこに行ったか、を自問自答することである。取り留めのない散漫な思考に 妨げられない、この短い瞬間に、心の本質を熟視するのが良いだろう。 過去の考えが沈黙し、未来の考えが未だ起らないこの瞬間こそが、光り輝く 聡明・純粋な意識の存在を気づかせてくれる。その意識は、頭で組み立てた 概念的な構築にへつらうことがない。この純粋意識を実際に体験することで、 仏教がいう心の本質を次第に理解できるようになるのである。≫ ▼ 純粋意識で純粋意識を説明しているから、スッと理解できるのか。 般若心経を忘我の状態で唱えている状態が純粋意識。では、仕事に 没頭の状態は、どうだろう? 少し違うか。 以前、大きな決断をする直前の 眠れない夜の二時半が、純粋意識に近い状態になっていた。その時、さあ、 どうする?と。 それでも、多くの間違いがあったが、自分としては、 考え尽くして決めたことと諦めがつく。思考の果ての、思考ゼロもある。 これも純粋意識とチト違うか。
ーH0407高野山へ旅してー 十年前より行きたいと願っていた高野山へ二泊三日の旅(ドライブ)をしてきた。 初日は比叡山の延暦寺へ寄り、“根本中堂”へ、二度目だがその荘厳さに圧倒された。 また新しくできた国宝堂の国宝・重要文化財の仏像・仏画等も延暦寺ならではのもの。 翌日の高野山、特に“奥の院”への老杉に囲まれた参道は神秘的で左右の墓石群に 千年の歴史の深さを感じた。何げなくみた墓が上杉謙信、明智光秀、浅野内匠、 伊達政宗、前田利長、豊臣秀吉等の墓であった。 三十人位の白装束の集団がすわりこみ“般若心経”を、あげていたのが武田信玄 の墓であった。県内では村上藩、長岡藩、新発田藩などがあった。他にも代々の 天皇家の墓や松下(電器)家の墓等も印象的であった。 この終点にある灯竜堂も灯竜の灯火が天井等に無数にならび、形容しがたい感動的 なものである。その奥にある弘法大師の御廟所も信者がそれぞれ“お経”をあげて おり、奥の院そのものという感じであった。 秀吉が母の菩提を弔うために建てた金剛峯寺も剛荘な構えで、“柳の間” (関白秀次が切腹させられた間)がそれとは知らず、突然目の前に歴史を見せ つけられたようであった。高野山へ登る途中の林海の深さに感動、千百年も前に よくぞこの場所をみつけたものと不思議であった。 ーH0407霊的体験ー 二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験を してみた。死後一週間後位か妙な夢。私自身父の気持になり“死にたくない。 もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。 そして夢よりさめた時の妙な気持。私自身父になってしまった。いや私自身 (父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。 夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が実感 できたのだと思う。それが夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になった! という不思議な実感。経験した人間ではないとわからないはずだ。 また死後二〜三日後の夢も強烈な夢であった。何か強烈な恐怖感がおそってきた。 その時、父のベットで寝ていたが“おやじ助けて!”と言ってしまった。 と同時に廊下の向こうにある仏間より本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。 そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、その時隣に寝ていた母が スクッと立ちあがりトイレに行った。全身汗びっしょりであった。 まだまだ不思議な事がいっぱいある…。あれ以来最近は少なくなったが 幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。
―――― ーS6305ー 新井石龍禅師に学んだ事 ー1 学生時代に、父と禅師が親交があり、実家泊りに来ていただいた事等の因縁で、 六日町の禅寺“雲頓庵”に読書を兼ね春・夏休みになると滞在させていただいていた。 度々なので自然と禅師と話をさせていただく機会が多々あった。無知と若さの為 平気で生意気な質問をした私にいつも笑顔で答えていただいた事が、今では懐しい 思い出になっています。 (私) −禅とは一言で言うと何ですか? (禅師) −字の通り天地宇宙に己の単(一人)である事を示す(気づく)事。 社会に出て半年あまりで気負いすぎで早くも行き詰まり、五日間の夏休みでの 雲頓庵の禅師との対話 (私) −世間と理屈は違う。理屈どおりに世の中いかなという事がつくづく わかりました。 (禅師) −あなたの理屈がおかしいだけ、世の中は厳しくも甘くもない。 世間も理屈もあるものか! (厳しく感じたのは自分自身そのものが甘いだけ)。
後者の時は頭を真二ツにわられてしまったというのが実感でした。 頭で物事を考えていた私が、“自分が”前に出ていた私が、その時点でたたき こわされ、社会人の一員にやっと一歩踏み入った瞬間でした。 ーS6307ー 人生は雷光なり 二人で二百才になろうという人の対談の中で、過去百年をふりかえり、 実感として“人生は雷光のようなものだ” 以下字数の関係でカット2008年8月20日)
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| 6649,閑話小題 〜父親の命日にストーンヘンジの話 |
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2019年05月30日(木)
* 英国のストーンヘンジ 何度か、ストーンヘンジを取扱った旅番組や、ドキュメント見てきたが、 みる度に、多く学ぶことになる。世界各地にあるが、特にイングランドに 多くある。小さいのは1000ヶ所、埋もれたままのものものが、その倍はあると… 〜まずは、ネット検索より〜 ≪◉ 新石器時代最大級の建造物、ストーンヘンジは新石器時代最大級の建造物 として、世界に知られる遺跡。毎年130万人以上が訪れ、誰もその謎に魅せ られています。約4500年を経た今も、人々はその巨大な姿に息をのみます。 5000年前辺りからイングランド全体の広い範囲に2000ヵ所、つくられて、 その内の1000ヶ所が発掘され、あと1000ヶ所は、埋もれたままと言われている。 その後、低気温がつづき、不安になった国中のブリテン族が、手弁当で集まり、 イギリス南部ソウルズベリーの平原に巨大な重さが40トンに及ぶものもある、 巨石を40km離れた場所から運ばれ積み上げられた。内側にある小さめな 50個の石ブルーストーン1個の重さは1トン以上あり、240キロ彼方の ウェールズ地方から運ばれました。 ◉ なぜ巨石建造物は造られたのか。 最新の研究から、その答えは、古代人の独特な世界観に隠されていることが 明らかになってきた… 構造は、冬至の日没を意識した配置になっていること で知られている。 さらに近年の発掘調査で、火葬された人骨が見つかり、 それらが遠方から運ばれたものであることが判明した。ストーンヘンジは 古代の人々にとって特別な意味を持つ墓地だったのか? 現場からは盛大な 儀式が行われていた痕跡も見つかった… ◉ ストーンヘンジの構造は、冬至の日没とリンクするように意図的に配置 されていると考えられている。ストーンヘンジの正面に向かって真っすぐに 伸びるアベニューは、何らかの儀式に使われたと考えられています。 一年で最も昼が短い冬至の日の夕方、大勢の巡礼者がこの道を通ってストーン ヘンジへと向かったのかも。 ◉ 近くに巨大集落が! そのうちの巨大遺跡の近くに、集落があって、住居の大きさに格差がなくて、 平等の概念が強かったと… これが当時、イングランドの多くを占めていた ブリテンの特徴だった。それが欧州から入りこんだ新たな金属加工の能力を 持ち、格差支配の文化を持つ民族に短期間で絶滅させられる原因になった。 もう一つは、欧州から持ち込まれた病原菌に対する免疫力が無かったことも… その民族も、次々やってくる民族に洗われることになる。≫ ― ▼ アフリカ、南米、アジアなどの原住民が、金属加工の武器を持った欧州人 に蹂躙される構図は、現在も続いている。その一現象が、日米関係にも 見ることが出来る根が深い問題。また、アメリカ社会内にも、オバマ大統領と トランプ大統領の関係にも見られる。これは、数千年スパンの話。 ところが、 この情報革命、生命誕生以来40億年来の、断層があるというから…只事でない。 しかし、この考え方も、西欧史感でしかないのでは? と示唆するのが、 ストーンヘンジ。4500年前に、あの巨石を遠路から運び、積上げた、想像を 絶するエネルギーと、技法。それと平等の概念。チンパンジーが餌の分配で、 一番、怒るのが不公平。 猿の一番の特徴である公平の逆に歩むのが、人間! さて、平等か、自由か、博愛か? さもなくば、ギリシャ社会における、 67%の人たちの隷属人種化の推進か。それなら、現在と大して変わらない? 不思議なことに、このストーンヘンジ、世界各地に存在していること。 ある学者が、この不思議について、<同じ人種であるホモ・サピエンス。 同じ地球環境下で、同じような建造物が出来るのは、似た入力なら当然と 考えてよいのでは!」と… 少し無理もあるが。平等、公平と、自由の問題。 自分自身も考え合わせると、大問題。 一般的には比較するしかないもん… 何やってきたんだ人間は? いや、私めは! さて父親の46周年の墓参り!
・・・・・・ 6286,読書日記 〜かなえた望みは‘余韻’にすぎない 〜1 2018年05月30日(水) 『人工超知能が人類を超える』台場 時生(著) * 人工知能が人類を超える 情報化社会の現在地を知るに丁度良い本である。現時点から人生を振返ると、 多くの節目があったが、 ・父親が亡くなり、その直後に結婚、創業に踏み込んだ27、8歳と、 ・母親が亡くなった51歳の頃。PCにWindows95が売出されて数年経った頃。 ネット社会の到来に、取残されないよう四苦八苦していた。 その数年後の2001年の春、近くにPC教室がオープン。個人HPの作成に入った。 時代も、会社も、私自身も何やしら大きな変り目にあることに気づいていた。 2001年は21世紀の幕開きの年で、ニュ―ヨークの9・11テロが、その道標になる。 ムーアの法則<2年後に2.52倍、5年後に10.08倍、7年後に25.4倍、10年後 に101.6倍、15年後に1024.0倍、20年後に10000倍…> は止まることなく、 現在も続いている。そして、それが人工知能、ロボット化、タブレットPC、 スマートフォンなど、身近な生活分野でも目立つようになってきた。 20年、いや10年前、現在のネット社会の有様や、ドローンを誰も予測でき なった。逆に10年、20年後の予測は不可能だろう。 《内容紹介》 人工知能の激しい開発競争と急速な進歩、その後にやって来る開発者(人間)を 嘲笑するかのような�爛轡鵐�ュラリティ(技術的特異点)�瓩寮こΑ� シンギュラリティとは、科学技術進化のスピードが、人類の予測が不可能な までに高速化する状況(その時点)を言い、それが2045年あたりに生じるとされる ところから「2045年問題」とも呼ばれる。これは人類文明としての科学技術の 進歩が、人知を逸脱した特異な状況であり、「機械が人間の仕事を奪う」と いったレベルをはるかに超える問題であるという議論もある。 それは本当にやって来るのか? やって来たときに人類はどう生きるのか? ロボット工学者が生物進化、技術進化に遡って説き起こす人類近未来の物語。 なお、「人工超知能」とは人間が製造した人工知能を超えた存在であり、 それは人工知能が作った人工知能、つまり機械が製造した機械のことを言う。 《著者の言葉》 本書は技術的特異点の問題を中心に、人類の未来のあり方を議論した本。 近年この問題に関連して、人工知能の開発の是非が議論されるようになってきた。 人工知能が人間の仕事を奪うのではないか、またさらには人工知能と人類が対立 するのではないか、という話がよく聞かれます。 私は大学でロボット工学の研究に携わっていることもあり、以前から人工知能や ロボットと人間との関係性、またそれらが導入された後の社会について強い関心 をいだいてきました。本書はこの問題に対する私なりの答えをまとめたものです。 本書の目的は「人類史と人工知能、ロボット、特異点の問題を一体的に捉え、 人類の過去から未来までを総括する」というものです。 ◎人工知能、ロボット、特異点問題が私たちの未来に及ぼす影響、そこで生じる 問題、解決策などをわかりやすく、広く一般の読者に伝える。 人工知能、ロボット、特異点の問題は、文系・理系を問わず、あらゆる人間の問題。 一説には、人工知能が社会にもたらす影響は、原子力技術以上だとも言われています。 ◎人工知能、ロボット、特異点問題を考えるためには、人類や生物の進化史と いった大きな観点から議論する必要がある私たちがこの問題と向き合う場合、 「人類700万年、さらには約40億年という生物の進化史から見た時に、特異点には どのような意味があるのか?」、さらには「生物や人類の生きる意味は何なのか?」 「私たち人類の最終的な未来に何を求めるのか?」といった根源的な議論にまで立ち 返る必要があります。
― ▼ 私にとって幸運は、2001年5月に個人HPをたちあげ、17年、継続出来たこと。 その結果、これをベースに、ネット社会のベースをつくれた。あくまで対自 としても、ベースになっている。書斎コーナーのPC前と、居間ではタブレットPC。 新たな知識、経験そのままを、ネットに物語化しパッケージしてアップをすれば、 後は、内部検索で、それを気楽に拾えるのは私にとっては、革命的ツール。 何はともあれ、「しょうがない、これが私以外何ものではない」のだから。
追: 同月同日分の過去文を貼りつけようとして気づいた。今日は父親の命日だ。 45年経過した。時代も、私も、まるで変わってしまった。もう父親より三年も、 長生きをした。死ぬまぎをまで「あと三年生きたかった!」と、言っていたが…
・・・・・・ 5919,閑話小題 〜今日は父の44周の命日 2017年05月30日(火) * 今日は父の43周の命日 今日は父親の命日。はや44周年になる。現在の私の年齢で余命一年の末期癌 が発見され、予告通りに亡くなった。その間、千葉市郊外の飲食ビルの立上げの ため、実家で同居していたが、死の恐怖と戦う姿は実に壮絶だった。 そのシリアスな日々の中で多くのことを学んだ。 前ぶりなく、突然襲って くる死神。その前で人間は全く無防備のため、独り灼熱砂漠の真中に立たされた 旅人のように生への渇望に悶絶する。半面、人間の持つ、神秘的な力も現れ出る。 生きるとは、愛とは、死ぬとは、行蔵とは、創業とは如何なることかを、最後の 炎の輝きの中から、まさに‘業を授かる’一年の授業をさせて貰った。その後の 人生の大きな糧になっていた。最後に残るのは、「両親の温み」である。 温みだけはタップリ残っているが… さて墓参りだ!
* 大相撲5月場所総括 ・白鵬が1年ぶりの優勝に13回目の全勝で自己記録を更新して終えた。 表彰式で「ただいま帰ってきました。国歌を久しぶりに歌えて最高の気持ち」 と嬉しそうだった。 次の目標は、あと二回の40回の優勝記録。 ・さらに、関脇の高安が大関昇進を決めた。フィリピン人の母親を持つハーフ。 色々なこともあるようだが、横綱の可能性を持った逸材。あとは怪我をするか、 しないか、の問題。 ・さらに、若手の学生相撲上がりの、北勝富士、正力、御嶽海、宇良、石浦、 輝などが活躍した。地元の新入幕の豊山が、大負けをして再び十両になる。 一年間は、実戦の中で揉まれ土台をしっかり再構築をした方がよい。
・・・・・・ 5554,閑話小題 〜父親の43周期に 2016年05月30日(月) * 父親の44周期に 私も、父親の亡くなった年齢まで、あと一年になる。その一年前に胃癌の 大手術を受けて、余命一年と宣告されていた。現在の私の年齢で、余命一年の 宣告を受けたことになる。手術直後、急遽、金沢から帰ってきて、千葉市郊外 の千城台ビルの建設計画に着手することになる。父親から直接、創業ノウハウ を受継ぐ貴重な経験になっていた。 父親は、年末年始と法事以外は、酒を一切に口にしなかった。大酒飲みの 私からして、いつ、癌の余命宣言を受けても不思議ではない。新潟での事業を 立ち上げた頃の営業関係の多くが飲酒過剰?で倒れ、既に亡くなっている。 で、私の死期を75歳にラインを引いたのは、あながち間違いでもない? 毎年、飽きもせず、父親のことを書いているが、これが私の供養。父親が、 ハッキリした具体的行動指標になってくれたのが、私のアドバンテージになって いたようだ。 事業も、最悪の想定を課して、平常から長年かけた準備をして おくことの必要性も学ぶことが出来た。数十年ぶり学生時代の友人が、 『お前は、用心深かった。それと、曲がりそうになるが、直ぐに元に戻る!』 という。 用心深い両親は学歴が無かった分、必死に基礎教養を日常生活から 求めていた。趣味も、しかり。早寝、早起きも同じ。連合いへの別立て給与 の支給と別口座預金も、実家からの継続習慣。今回の事業整理の決断も、 本能的に幼児体験と、両親の教えのベースが働いたため。その辺の下衆の 想定とは? 違っている。父親にとっての太平洋戦争と、敗戦は、それまでの 価値観が根本から変わった一大イベント。 日本人は軍人が230万人、 一般人が80万人死亡したが、東北大震災の死者の150倍である。 それでも、資産管理は、手堅くしており、何とか戦中、戦後の混乱期を、 何とか乗り越えていた。その幼児体験を、そのまま書けば、これほど面白い 舞台と物語はないはず。「すざましい!」の一言。 父親は二代目だが、私の、 この随想日記は、まさに悲しいかな、<売り家と唐様で書く三代目>の現代版 と自覚をしているが、実家文化のお陰で、何とか軟着陸をすることが出来た。 しかし、人生を十分に楽しんだことだけは、両親に負けてない。これ、負け犬 の遠吠えか! 45年の事業人生を十二分に楽しんだのだから、両親も許す? 「日々、是、口実」ということ! そういえば、母親に晩年に聞いた逸話。 <父親が徴兵されたが、肋膜で、除隊をされた。今さら、地元に帰れなく、 東京の同業者の一間に、一年間、居候していたことがあった> という。 父は一切、その話をしなかったが、他人には言えない話は、誰にもある。 父親に魂を通して『これ、話してよいか』聞いたところ、 『娑婆のことは、娑婆で判断して良い。死んでしまえば、そこまで、 此方は、此方の世界がある。』という。そう悪いところではなさそうだ。 それも、これも妄想でしかないが。 さて、花を買って墓参りだ。
・・・・・・ 5189,閑話小題 〜父親の42周期に 2015年05月30日(土) * 父親の42周期に 毎年、父への想いを書いた内容を読み返すと、年齢ごとの思いを書くこと、 書き残しておくことの秘儀の意味が見えてくる。父親の亡くなった年齢に、 あと二年でなる。 余命が少ないことを悟って死ぬまでの生き様、死にざまを 通して多くのことを学ぶことが出来た。 死んでしまえば、いっさい無。 物や金を残したところで、あの世に持っていけるわけでなし、あるのは暗黒の 死の不安と、人生の後悔。死を前にすると、世間とかいう壁がうき上がってくる。 そして、それが如何に、他愛がないものと思えてくる。 あの超保守的な父が、 何を思ったか、『赤旗』をとって読み始めて、自民党批判を始めていた。 それと、死に関する予備知識の絶対量が必要ということも痛感した。しかし、 誰も『自分が死ぬ!』とは思わない。『他人は先、我はあと』と確信している。 あの時の父の激しい生への希求が直接伝わって、「当りまえの、先ある人生が いかに素晴らしいことか」を思い知った。亡くなる直前に、『良い人生だった。 全く同じ人生を、もう一度生れ変って生きたい!』と母親に話したという。 考えつくした上での人生賛歌の総括をしたのである。 で、死に際の苦痛は例外 なく悲惨そのものだった。私のような大酒飲みは、リンゲルの効きが悪いそうな。 晩酌に缶ビール5本飲んでいた友人が先年、亡くなったが、それは酷かったとか。 さて、墓参りだ! * 久々のジョーク ・「おい、見てみろ、日本の総理大臣が共食いしてるぞ!」 「はぁ? 中国人じゃあるまいし、何を食ってるんだ?」 「アメリカンドッグさ。」 ・なぜ手術室から逃げたのか、お話しいただけますか? 病院の理事が患者に尋ねた。 なぜって、看護婦が 『大丈夫、盲腸の手術はとても簡単なのよ!』って言い聞かせたんです。 それで… 「彼女はね、それを先生に向かって言ってたんですよ!!」 ・・・・・・ 4824,閑話小題 ー今日は、父親の41周期 2014年05月30日(金) * 今日は父親の41周期 5月30日は父親の命日で、毎年、ここで思い出を書いてきたが、年々、 似ていることを繰返し偲ぶことになる。歳を重ねるほどに、父親に顔も性格も、 ますます似てきているが、父親を知る人は、もう周囲には殆ど居ない。 人生を振返ると、父親の大きな影響の中で生きてきたことが思いやられる。 その父の亡くなった年齢に、あと二年でなる。 三年前の会社整理もあって、 父親を乗越えることが出来なったが、私にとって、父の視線が、常について まわっていた。内語で、大事な決断時に「オヤジ、どうしよう」の自問自答を 繰り返していた。その内なる対話が、知恵の原泉である。父親が42歳時の末っ子 のため、溺愛に近い状態で育ってきた。 この温もりが心の奥にあればこそ、 多くの難関を乗り越えることが出来たようだ。いざとなると、折れてしまう人は、 両親の温もりが少ない人が多いようだ。 親の温もりが、その人の温もりになり、 それが、生きていく大きな力になる。良い時代に、良い両親に、良い人に 恵まれたことが、私の大きな財産になっている。特に、父親の愛情と恩恵は、 何ものにも代えがたい。 * 内省の日々 数日前から、ー「事業人生を決心して45年」の語り直しーのテーマで 書き出しているが、ここで気づいたことは、これは内省そのものということ。 それをそのまま公開するとは、自分は何だろうと疑問がわいている。 父の命日の想いも、内省になる。いま現在、命日の朝4時、父の魂と自分が向い 合っていると、背後の数メートルから、「なんてザマだ!」と、一喝されて いるよう。父親が私にもとめたのは、「人生、社会の規制にとらわれず、事業も 趣味も最大限に生きろ!」ということ。 しかし、この程度しか生きることが できなかった反省と、後悔がある。酒癖の悪さで、多くのチャンスを自ら潰し、 世界を小さくしてきた自分を省みることも、内省である。 それからみて、 この結果が私にとって‘ベスト’では? と・・ これは自己鎮撫になるか。 来し方を振返ると、何とも浅ましい己の姿が浮かび上がってくる。 このような人生を自嘲した歌謡曲があったが・・ 老いていくと、真面目に なりざるを得ない。その視点で、過去を後悔するのは、所詮は老人性欝症の なせる業ではと、内なる声もするが・・さて、これをアップして、 父親の墓参りに行くことにするが、この随日も、私の法事になる。
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2019年05月29日(水)
* 何てこっちゃ 先日のこと、前日のテーマ日記の下書きを1時間近くかけて修正し、さてアップ しようとして、それが何と前日の文章と気づいたのである。 文面は如何にでも 手直しできる未熟な内容と知った時のショックたるや、如何ばかり! ところが、 実は、この経験を何度かしていたのである。そこで気を取り直して新たなテーマ をたてて書き下ろすには、数倍の気力を要する。 気力充実してないと、文章は 書き続けられない。 同月、同日分の内容を流し読みをして思うことは、内省が 浅い自分の枠。だから、自然と無口になる? 一度、書いた自分の文章を客観視 することは土台、無理。翌日、読返すと、まず誤字当て字。人は、まず対象の 欠点を察知し、それだけが記憶として残す習性がある。 それが如何した? と自嘲するしかない。 ― * トランプが帰国の当日に、何故に よりにもよって、「トランプの帰国当日に、わざわざ外務省役人の父娘2人が 殺傷された事件」と思ってしまうのは… 『相棒』などの刑事ドラマの見過ぎ? 犯人も予定通り?その場で自殺。 真実は永遠の彼方へ。これが単純の無差別 殺傷事件だろうか? 何処か?の挨拶代わり?のメッセージ。 「公安扱い」 になるのだろうが… 危ないテーマ故に、ここまで。 ― * 先週末にみた映画、『空母いぶき』 先週末に公開された『空母いぶき』の内容とは。 トランプ大統領の訪問姿と、川崎の外務省役人父娘の殺傷事件が、何やら、 映画の延長のドラマを見ているようで… 【 現代最新鋭機の空中戦とは!!? (漫画原本) 中国軍に占領された尖閣・先島諸島に接近する「いぶき」第5護衛隊群!! 垂水首相を筆頭に内閣が国内外に必死の対応を行う中、中国軍空母「広東」 から最新鋭機「殲20」が発艦 ―― 「いぶき」艦隊を襲う!!! 対応するは、 イージスミサイル護衛艦、そして空自最新鋭機「F35JB」!!! 】 ▼ 実は、日本にも空母があって、その事実を大統領の訪問で、知らしめ ようとする政府筋の思惑がみえみえの国策映画のような。 米中貿易戦争、 それは、50年先を見定めた戦争の一端でしかない。最終的には、中国、インド に、その覇権は移ることになるが、その間に日本の人口減からくる衰退は 避けることは出来ない。平成の時代が、そのための国家的リストラのホップ の時代。「令和の時代」は、ステップに。 縮む時節には縮めば良い。 その辺りを間違えているのが現政権の政策。「天気晴朗なれど、波、高し」
・・・・・・ 6285,読書日記 生きることへの冒�必とは! 〜2 2018年05月29日(火) 『旅人よ どの街で死ぬか。〜「男の美眺」』 (伊集院静 2017年)から。 * 旅、あるいは「出逢い」について ◉ 「人間は焦がれる生きものである。 彼は焦がれていた。崇高なる精神がそこにはあざやかにあった。 美しい旅人であった。人が何かに焦がれるのは、私たちの生が哀切で あふれているからである。」 64p <青年期には、確かに崇高な精神があった。あの精神は、今でも心の中核に 確かに残っている。それが魂というのだろうか? 20歳代も、現在も… 。 ◉ カタルーニャの広場の地の底から死者の声がする。その声は私の耳には 届かない。だがじっと佇んでいると奇妙な心持になる。そしてかすかな 声が我うちから聞こえてくる。 「御前は何者なのだ? ここに何をしに来た。どういう血が流れているのだ。 その血には誇りがあるのか。」 自分という存在の、生きる根源としての誇りが、身体のどこかを刻んでも 流れてくるののか、と問われている気がする。 78p <地球の各地で、感動で茫然とした時に、必ずといってよいほど、生じてくる 内なる声である。「いま、ここ、わたし」が、この大自然に同化している。 わたしは、何ものでもない。この一部であり、永遠のカケラでしかないが、 ただ、いま、ここにわたしが間違いなく存在している… と。 > ◉ ルソーがなぜゲルニカを世界の理想と言ったのか。ゲルニカは町の中心に 一本の樫の木があり、五百年近くの間、この木の下に人々が集まり、あらゆる 問題を合議し、決定してきた。イサベルとフェルナンドが結婚し、大航海時代 のスペインが誕生する以前から、この共和制の原形を人々は存続させていた〜。 〜一本の木を見る旅をぜひおすすめしたい。 91-93p <庭の草木の全てが両親が植えたもの。春から夏にかけて、その多くが花を 咲かせる。確かに、二人とも亡くなったが、残したものは生きている。> ―― ▼ 『男はつらいよ』の寅さんが、旅先の年寄りに、「ちょっと、旅のお方!」と 呼び止められる場面がある。その土地モノにとって、旅人は止まり木の渡り鳥。 ましてツアーの団体客など… 30歳近くまで東京、三重、神戸、千葉、金沢と 今からすると「旅の人」だったが、私は何ものでもなかった、なれなかった 存在だった。大波の合間を自分という板切れにしがみ付いて漂う存在でしかない。 それが青春なのだろうが。その時の出逢いと邂逅こそが人生だったようだ。 それは人生全般に言えること。だからこそ、人との「別れ際」が重要なのである。 行動指標に「後味の悪いことは極力避ける」を通していたが、甘かったようだ。 それは大方の人に見れるが、大方の人は関係ないこと。 「世界は広い、そして深い!」…求める者にとって、世界は辛い以上に面白い! 「半径500の世界は狭い、そして浅い!」のは、出ないだけ。 ‘自分の知っていることしか知らないことを自覚ない’から自分を保てるのさ。 アナタじゃない、今の私。落ち着くところは無知蒙昧! せめて比べないこと。
・・・・・・ 5918,閑話小題 〜帰りの宇宙船内で 2017年05月29日(月) * 帰りの宇宙船で 「何故に生まれてきたか?」の問いかけの答えを考えるに、 「宇宙彼方の惑星から地球の80年の旅に来ていると想定すると考えやすい」 と、そして、「子猿に纏わりつかれ、殆ど地球上の大自然も、人間も、人間が 営々としてつくり上げた「文化・文明」をみること出来なかったことに後悔 する」と書いた。 秘境異郷ツアーに嵌って、私にとっての世界の果てからの 現実社会からのトリップする経験をしてきた。この感覚を「人間の生死」の 極みの実感から、「人間の生きる目的」を考えるヒントにしている。 旅行から自宅に近づくにつれ、ホームベースがあればこそ、余裕を持って世界 の果てに飛ぶ立つことが出来た。それを拡大して、宇宙の果てから地球へ、 約80年の時間に色々な条件を与えられた上に、世界と内界を知り、味わい、 宇宙船に乗って帰っていく。宇宙船内で、自問自答するのは、如何だろう? 観て、経験した、感動と、感激と、感涙した極上の感情体験。四苦八苦、四楽 八楽の経験。それを阻んでいたのは、地球のシリアスな小憎らしいが、可愛い 子猿たち。それらも元の惑星に着いたと同時に宇宙の旅として忘れ去られる。 ただ、帰りの宇宙船内には、両親など因縁のある人たちが居る。数年前から、 早朝の仏壇前で、因縁深かりし故人のイメージを繰り返し想い浮かべている。 「末期の死の床での予行演習」の準備の一環ですか、これは。「暗い!」と、 いうアナタ。これは時間をかけ身につける「必須科目」。私だけの話だが…
・・・・・・ 4823,変えてみよう!記憶とのつきあいかた ー4 2014年05月29日(木) 「変えてみよう!記憶とのつきあいかた」ー高橋雅延・著 * 万能薬としての「語り直し」 ー「事業人生の45年」の語り直しーを書き始めたが、何故か心が重い。 気持ちの中で目的のため、多くを切り捨ててきた部分を違う視点で見ることに なるからだ。しかし、一つのことを得ようとしたら、それに見合うだけを捨てて かからないと、何も得ることができない。万能薬として「語り直し」も、劇薬 にもなってしまう。これまでの記憶のありようを現在の主観的経験で変えようと するのが、「語り直し」である。 ーその辺りから 《 その人の立ち位置によって、同じできごとでも違って解釈できる。だから、 過去のどんなできごとも、必ず違ってみることができることを、肝に銘じて 賜おくことが必要だ。その上で、ある過去のできごとについて意味づけを変える ために、そのできごとを、それまでとちがうことばで語り直さなければならない。 世間には「時間が癒す」という言いまわしがある。ここで、見過ごされがちな ことだが、「時間が癒す」のは、単に時間が過ぎ去るからではない。 時間が過ぎ去る間に、人はそのできごとについて何度も考え、悩み、さらには 新しい経験をする。このことによって、元のできごとの意味づけ、語りかたが 変わるからなのだ。 ・・(中略) 「記憶をつくり変えたり、それを遠ざけるのは無理なことである。・・(略) しかし、―つねにー私たちは、自分の苦悩、自分自身の内的経験、自分自身の 精神の経過を処理しているわけである。それは、過去とよばれる客観体ではなく、 現在とよばれる主観的経験である。変える必要があるのは、誰か他の人間では ない。最も大きく影響されているのは、私たち自身である。記憶をぬぐい去る ことはできないが、記憶の有りようを変えることは可能なことを、私たちは 知っている。」・・ 》 ▼ 現在、連続シリーズで書き始めたのは、「語り直し」だが、それより、 全く忘れていた記憶の書き加えが多くなる。それが、書き直しということだが、 太い幹の記憶から、忘れていた細い幹と小枝と葉っぱ記憶が出てくる。 その記憶が新たな気づきを喚起する役割なってくる。若い時分は、誰も経験も 知識の絶対量が足りなく、ただ漠然と日々を過ごすしかなかった。あるのは、 何とかなるのでは?という、儚い想いだけ。語り直しは内省そのものになる。
・・・・・・ 5553, 「要するに」「面倒くさい」「面白くない」「あとでしよ」」 2016年05月29日(日) * 「要するに」「面倒くさい」「面白くない」「あとで」 <「要するに」「面倒くさい」「面白くない」「あとで」>は、自らの壁を つくることになることに気づかない。この随想日記を読み返すたびに、 「要するに」が目に付いてしまう。 要約を一度する癖も必要としても、 自分の理解した枠に、せっかくの新しい知識、情報を押し込むために、 次の深化が、そこで止まる。 最近、老いの一現象か、「面倒くさい」の思いが先立つ。しかし、何事も、 「面倒くさい」先に、面白いこと、楽しいことが待っている。乗り越えてこそ、 面白いのに、「よる年波に勝てず」と、年齢のせいにする。「面倒くさい」を 乗越えるためには、一日、週、月、年単位のスケジュールを予め組むとよい。 次に、「面白くない」。 これは老化のバロメーターである。以前は、 あれほど面白かったことが、何か詰まらない。「あれは、ああいうこと、 これは、こういうこと」と、小さな自分の範疇に入れてしまう結果である。 何事も、急がしい合間に、無理をしてするから楽しいことが多い。 老いるほど、中村天風の『積極一貫』を心がけなければならない。 「あとで」と後回しにして、多くのチャンスを逸してきた。「あとで」と 後回しにした事の山積みが、あまりに多い。『20秒ルール』と法則があり、 とにかく、20秒以内に、手をつける。投手がキャッチャーからボールを 受取ってから投球に入らなければならない時間を、何事にも当てはめれば よい。これは、上記は老化現象として、私たちの生活を劣化させる。 ・・・・・・ 5188,人生相談という気晴らし! 〜�� 2015年05月29日(金) 『人生、しょせん気晴らし』中島義道著 * 父親とは、息子にとって「存在自体が悪」である 父と息子の関係は、古代より続く永遠のテーマである。「息子にとって、 存在自体が悪!」とは・・ 私にとっての父親は、最大の理解者で、 独立を一歩、踏出したベストのタイミングで亡くなった。私に必要だった のは、まず父親からの独立だが、計ったように亡くなっていった。 人生で一番に恵まれていたのは、父親の直の愛情。その温もりは、 今でも残っている。ただ、私には具体的な指示は一切しなかった。 私から、能動的に具体的な何かを求めてくるまで、何も言わなかった。 ≪ Q: 父親とはどういう存在であるべきか? 六十二歳の父親です。三十歳代の息子と娘がいます。私が育った家庭環境は 封建的であり、父を敬う風潮のある時代でした。しかし、その風潮も現在では 古臭いと子供や妻に反感を買うだけです。最近、思うのは私自身が父親として、 どんな存在だったかということです。子供たちは、大学を出たのですが就職 氷河期ということもあり、安定した職につくことなく、社会を彷徨ってますし、 結婚もしていません。私は家族の幸せを考えこれまで働き、経済的な豊かさも 獲得してきたつもりでしたが、これで良かったのかと疑問が残ります。 子供たちに一体何をしてやれたのかと考えるとやりきれない思いに囚われます。 父親の役目を終える時期が近づいているのですが、父親とはどういう存在である べきかと今頃になって悩んでおります。中島先生はどのようにお考えでしょうか? A: 父親は子供から忘れ去られることを望まなければならない 今回の二つのご質問を読んで、あらためて私は「人生相談」に向いていない なあと思かました。人生相談を持ちかける人は、たぶん常識の範囲を超えない かぎりで、つまりあまり苦労なく実行できる範囲で、何らかのポジティヴな 回答を求めている。あるいは、ちょっと考え方を変えれば「楽になる」そんな 妙薬を求めている。とすると、私にはそういうご期待に答える素質も趣味も ないからです。人生が何の意味もないことは自明であり、その無意味な人生 の終局は死であって、永遠の無に突入するのでしょう。こうした差し迫った 大問題に比べると、どんな相談も失礼ながらちっぽけなもの、どうでもいい ものに思われてしまうのです。と厭味を言ったうえで、お答えします。 私も一人の息子の父親ですが、「父親とはどういう存在であるべきか」と悩んだ ことはまったくない。なぜならば父親とは、とくに男の子にとって三島由紀夫 の言葉なのですがー「それ自体としての存在が悪だ」ということがよくわかって いるからです。もともと存在が悪なのですから、善人ぶってもすぐに化けの皮が はがれてしまう。父親は子供に何をしても、いや、何かをするほど嫌われます。 とくに、感謝されよう、尊敬されようとして何かをすることが一番いけない。 とすると、何もしないのが一番いいという結論が直ちに出ます。父親は勝手に 子供を作ったのですから、子供を経済的には二十歳までは支援する義務がある。 子供に生きていくカを授ける義務もあるかもしれない。しかし、それが「義務」 なのですから、何の見返りも期待してはいけない。とくに、「立派な人」に なること、「幸福になること」を期待することが一番いけない。そんなことは、 (父親という)他人が口出すことではないのです。父親は苦労に苦労を重ねて 子供を育て上げたら、子供から忘れられることを望まなくてはならない。 子供に対する執着を断つこと、子供から独立することです。どうせ、ちょっとで 死んでいくのだから、子供の人生は、子供に任せて、残された人生を自分の ために使ったらいかがでしょうか?悪人は悪人に徹することです。≫ ▼ 父の亡くなった年齢に近づくにつれ、やはり父親が、最大の理解者で あったと同時に、教育者だった。いつも、待ってくれていた。傷ついて、 横たわっていた時に、ただ一言『死んでしまえ!』以外、何も言わなかった。 死ぬに死ねないから、ただ、ジッとしていた。そのジッとしている効用こそが 人生にとって大事なことである。 明日は、その父の43回忌になる! ・・・・・・ 4456, 一日5分「簡単ヨーガ」健康法 ー4 2013年05月29日(水) 『一日5分「簡単ヨーガ」健康法』ー番場浩之著 * 1日目 "胸を開いて積極的に A・完全な呼吸法をする体位……40 1、基本体位=仰向けに寝て、脚を少し開く。両手は臍の上に置き、 親指と一さし指で三角形を作る。「静かな一息」−>「軽く一息」で息を 出し切りながら、足の甲と膝裏を十分に伸ばす。顎も引いてウナジも伸ばす。 2、お腹と脚を緩めると自然に息が入る。さらに「深く一息」を入れながら、 万歳をするように両腕を左右45度に開いて上げ、手指を開いて肘を伸ばす。 次に、膝裏を伸ばしながら、足先を手前に引っ張るように足裏を反らし、 足指も充分に開く。この状態を保つ。 3、ゆっくり息を出しながら、手を元に戻して「基本体位」で「軽く一息」。 4、もう一回、1〜3を行い、最後に「軽く一息」−> 「静かに一息」−>「各自の一息」で整える。 B・背骨をねじる体位(腕で半円を描く)……47 1、基本体位=仰向に寝て両足を揃え、手のひらを上に向けて腕を横に伸ばす。 次に右手を左の手の平に重ね合わせて左脇を下に横向きになる。次いで右膝 を曲げて床につけ、足裏を左膝上部にあてがう。右腕を顔前の床に伸ばし、 左手は右膝にあてがってしっかりつかむ。 2、「静かな一息」−>「軽く一息」の後、「深く一息」を入れながら 右腕を垂直に上げ、腰を入れる。このとき、入息に合わせて指先は きちんと揃え、肘もまっすぐ伸ばす。 3、息を出しながら足指を握り、左膝裏を伸ばして腰をしっかり入れて意識 しながら、右腕を背中側に押し倒して背筋をねじる。ここで、出息に合わ せて、足先から手指先までの「大地のアパーナ気」の流れを感じながら行う。 (膝が床から浮かないように注意し、首もねじって右手先を見ながら行う) 4、戻すときは、まず息を入れながら腕を垂直に上げて腰を感じ、次に、 ゆっくりと息を出しながら、丁寧に1の姿勢に戻す。「軽く一息」したら、 もう二回2〜4を繰り返す。計三回。軽く一息、静かな一息、各自の呼吸で、 息を整え手、右腕側が終了。 5、向きを変えて、反対側も、同じことを繰り返す。 ▼ 座位で呼吸する他に、仰臥の姿勢で身体を伸ばしたり、捻って呼吸する ことで、「大地のアパーナ気」と、「天のアパーナ気」を取り入れるポーズ。 ヨガの実習は、前屈、反り、ねじり、直立、完全弛緩、座法の姿勢を意識的に 繰り返す実習で本来の姿に戻すことを目指すもの。特に、一日目の、二つは、 基本中の基本である。これを身に着ければ、ダイナミックな「気」を引き出す ことが出来るはず。そういえば、学生時代の合気道に、ヨガの呼吸法に似た ところがある。合気道は相方と呼吸を合わせて気を練る。それに対しヨガは あくまで己独りの世界。 合気道の基本技には、「前屈、反り、ねじり、 直立、完全弛緩、座法の姿勢」の全てが含まれている。ヨガの「大地の アパーナ気」と、「天のアパーナ気」を取り入れる行(ポーズ)も、20年位 前の早朝ウォーキングの途中の橋の上で、天に両手を上げて天の気を取り入れ、 それを、大地の底(地球の芯)に吸い込ませる呼吸をしていた。ところが、 暫く休んでいたら、地球の芯が「ひさしぶり!」と反応してきた。 あくまでも擬人化した対自か即自だが、現在では「球芯様」と名づけて、 早朝のミニ・サイクリングの自転車上の自己対話の相手にしている。
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2019年05月28日(火)
* 大相撲、今場所の雑感 ◉ 何時のことだが、初日と、千秋楽と、その前日の取組が、何とも必死さが 伝わり面白い。千秋楽に近づくと、10両下位と、幕下上位陣の力士の入替え戦が 組まれる。これは「前に立つか、後ろに回るか」の、シリアスの立場の交代戦 のケースが多い。前に立つのは十両以上の関取、後ろの立つのは、その世話役の 付け人。昔は「フンドシ担ぎ」と言われていた。ほぼ無給か、小遣い銭の収入か、 高給取りかの境目となる。現実に、前後の立場が逆転した姿を何度も見てきた。 この数場所、幕下10枚目以上に、有望若手7〜8人が集まっている。 5〜6年に 一度位ある現象。 彼らが元三役力士を投げ飛ばす姿は、残酷そのもの。 サラリーマン社会によくある現象。 大鵬の孫、大関・琴の若の息子。朝青龍の 甥など元三役力士の子弟や親戚筋がズラリと控えている。最近目立つのが、兄弟 力士と、双子の力士。双子の関取は初めてとか。「貴の富士」と「貴源治」。 貴乃花の愛弟子だったが、その後も順調に力をつけている。当初は有望だが、 問題は怪我と糖尿などの病気。原風景が、「緑の原野」が突然、何の先の見えない 「荒野」に変わってしまう。華やかなればこそ、それは寂しく風は冷たい。 … 白鵬などのモンゴル勢の談合?システムが綻びはじめたためか? この数年、 ダークホースの優勝が目だつ。朝の山の優勝も、その一つ。下位に下がって 対戦相手に恵まれた結果。勝負の世界は、勝てば官軍、負ければ賊軍。恐ろしい 世界である。引退でもすれば、過去の人と、鼻先であしらわれる存在に。 白鵬も、時どき、横綱特権?を、利用して時どき休場しながら翌場所を優勝する 戦略。 策士としての延命も、これはこれで… 退職金換わりになる。
・・・・・・ 6284,閑話小題 〜結婚について 2018年05月28日(月) 『困難な結婚』内田樹(著) 2016/7/4 * ああ結婚 ―心の安全保障ですか 「心の安全保障」というより、番犬ですか、それも宅上というより、庭先の!
家庭内離婚も含め9割が破綻すると言われる夫婦問題。オランダ、ポルトガル、 ハンガリーでは7割近くが離婚。アメリカでは55%が離婚するといわれる。 日本は35%。いずれアメリカの数値に追いつくと… 身近の姉と兄たちの結婚と、その後の実態を垣間見るにつけ、私も含めて、 人生の最終版に入りつつある現在、複雑な感情に包まれるのは私だけではない。 ここで、<「もっと良い人はいません」>の突き放した言葉が何ともいえなく 心に響いてくる。そう思えば、そう思えるし、断じて間違っていたと思えば、 そうでもある。 ―内容紹介―より どの言葉も、身にしみこんでくる。 《 ・結婚とは安全保障である。 ・「もっと良い人」はいません ・今より幸せになるために結婚してはいけません ・結婚生活を愛情と理解の上に築いてはならない ・「よくわからない人」だから素晴らしい [本文より] 結婚しておいてよかったとしみじみ思うのは「病めるとき」と「貧しきとき」。 結婚というのは、そういう人生の危機を生き延びるための安全保障なんです。 結婚は「病気ベース・貧乏ベース」で考えるものです。 ―― ー目次― ・「はじめに」 ・こうすれば結婚できる(あるいは、あなたが結婚できない理由) ・結婚するのはなんのためか? ・結婚式はしたほうがいい ・結婚と戸籍と姓 ・結婚とは不自由なものである ・家事という「苦役」について ・夫婦間コミュニケーションを巡る諸問題について ・他人とうまく暮らすには ・結婚してからのお金問題 ・コップのふちから水をこぼさない努力──結婚を続けるには? 「あとがき」 ―― =ビュアーの感想= 内田氏は、「結婚は私事だが、<公的であるという擬制>を必要とする」という 一般的真理で押し切っているが、重要なことは、その<公的であるという擬制> の中味がどう変わったか、にあるのではないだろうか 著者は以下のように述べています。 「これは昔の見合いのときと逆ですね。 昔は『迷っているなら、嫌いっていうわけじゃないのよね? じゃあ、式場とか いろいろ手配があるから決めるわよ。いいわね』と『晩春』における杉村春子的 なおばさんがどんどん決めてしまったんですけれど(小津安二郎の映画を観て いない人にはわかりにくい喩えが続いてすみません)、今はそうもゆきません」
さらに著者は、以下のように述べるのでした。 「『迷っているなら、止めなさい』的発言をするお母さんは今はけっこう女性 の側に多いみたいです。たぶん結婚に自分の『果たしえぬ夢』があって、それを 娘に投影しているんでしょう。だから、『こんなところで手を打っちゃだめ』 みたいなことをおっしゃるんではないでしょうか。待っていれば、もっと条件が 良い相手が現れると考えているんでしょう。でも『迷っているなら、止めなさい』 というのは、ある種のイデオロギーだと僕は思います。結婚するときは、 『「この人だ」って、ビビビと来るものよ』なんて言われても。 『ビビビが来たかな? どうなのかな?』なんてわからないですよ」 「結婚しちゃえばだいたい同じ」として、著者は以下のように述べます。
「昔の母親は『いい縁談が来たんだから、あんた、もう30なんだし早く結婚 しなさい』とか『男なんてみんな同じよ』と言って結婚をせっついたものなんです。 これはたしかに一理ある発言であって、男はもちろんピンキリなんですけれど、 それはあくまで社会生活において際立つところの差異であって、家庭生活に おいてはそれほど劇的な差異は見られないのであります」 そして、著者は次のようなトドメの一言を述べるのでした。 「娘に向かって『もっといい男が出てくるまで結婚を急いじゃだめよ』と言って いる母親たちって、心のどこかでは『このまま結婚しなくてもいい』と思っている じゃないかな。ずっと結婚しないで、そのまま年を取ってゆく。そういう娘の姿を、 どこかで期待しているんじゃないかと思うこともあります。ご自身の結婚生活が あまり幸福じゃなかったせいで、『どうせ結婚してもいいことなんかないのよ』 という経験知で、娘の結婚を無意識的に妨害している」
―― ▼ 海外ツアー51回の質量は大して自慢は出来ないが、連れと40回の同伴数は、 ツアー経験の中でも聞いたことがない。 5〜40人のグループの密室の中で、 夫婦間の軋轢は、それはそれは言語では表現出来ないほど。それでも、一人参加 より二人の方が楽しく面白い。二人の方が、大揺れの心の安全保障になる。 そこでは凝縮された日常のトラブルの多くが発生する。ツアーという圧縮された 時空が、普段隠されている問題を発生させる。と同時に、そこは外地の密室空間。 そこで火事場の馬鹿力が、その難関を乗越えさせる。誰も好き好んで、連れとの 同伴旅行は避けるのが当然。それも5回10回と重なると、自然とコツが出来てくる。 それが結果としての最善のノウハウになる。成るほど、旅行前と旅行中のストレス をバサ!と、彼方に捨ててくるとは、言いえて妙である。 そうでもしないと、とっくに死んでいましたよ。 ― エッ! 元もとそんなストレスもないし、何で、そんな果てまで行って、 捨ててこなければならないの? 500mの世界だから? それはそれで… 熊さん: 「 」 大家: 5円玉の穴ですか? この沈黙は。 寅: 話せばカカアに殴られるからね… 男は黙ってサッポロビールだよ!
・・・・・・ 5187,世間の捨て方 ー�� 2015年05月28日(木) 『世間の捨て方』ひろさちや著 * 「がんばればよくなる!」の馬鹿馬鹿しさ 〜二つの愚問、「生きがいとは何か」「どうすれば幸せになれるのか」〜 この二つの愚問?を真面目に自問自答してきたが、これこそ、「世間の奴隷」 が発する問いかけ、という。「生きがいは、がんばれば出てくる」も似たもの? 我々は「幸せでなければならない」という考え方が、そもそもオカシイとは、 面白い切口である。 〜以下が、考えさせられる (P36)〜 ≪ 「永遠のものなどない」が仏教の基本的な考え方です。仏教では、この世 のすべては常に変化していると考え、どんな世の中も滅びるのは当たり前。 「日本は滅びない」と考えるほうが不自然なんです。『平家物語』の冒頭に 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」とありますが、この「諸行無常」 ということばに、仏教の考え方が端的に表現されています。 「すべてのものは常ではない」、つまり「あらゆるものは永遠の存在ではあり えない」ということを述べているわけです。「永遠の存在がないとしたら、 この世の中は何なんだ?」と誰もが疑問に思うでしょう。そんな疑問に対して、 聖徳太子は「世間虚仮、唯仏是真」と述べています。「世間虚仮」の「虚仮」 というのは、字を見て分かる通り、「虚ろであり仮のもの」という意味。 「おれをコケにしやがって」という、あのコケの語源です。早い話が、わたし たちが生きている世間は「嘘偽り」だというわけです。そして、「唯仏是真」は、 ただ仏だけがまことであるという意味。これが仏教の基本線ですむ世間が虚仮 であるならば、世の中をよくしようなんて、思わないことが大切です。 ・・「いい世の中にしよう」なんて、仏教の教えに反する行為です。 世間は嘘偽りなんですから、それを良くしようなんて思わないことです。 『法華経』というお経では、この世の中は「火宅」であると記されています。 私たちの住んでいる全世界は火事になっているという。燃えているんだから、 さっさと逃げ出しなさいと『法華経』は教えているんです。「世の中を良く したい」という人にしてみれば「火宅だったら、それを消してやろう」という のでしょうが、それは馬鹿げています。大火事なんですから、消火活動なんて やっていたら焼け死んでしまうじゃありませんか。せっかく『法華経』がいい ことを教えてくれているのですから、それに従いましょうよ。問題は「自灯明」 です。お釈迦さまは、自分自身を灯明にしなさいと教えられたのです。これは、 自分に自信を持って歩めという意味だとも取れます。しかし、それよりも 「世間の奴隷になってはいけない」と解釈したほうがはっきりとします。 わたしたちはあまりにも世間のことを気にしすぎるきらいがあります。 世間の人の平均や流行に常にとらわれていて、自分が世間でどう評価されている かが気になって仕方がない。でも、世間なんていい加減なものだということは、 さきほど述べた通りです。「世間の奴隷になっていては、自分というものを 失ってしまうよ」とお釈迦さまはおっしゃりたかったのではないでしょうか。 人間は、つい「生きがいとは何か」「どうすれば幸せになれるのか」と自問 自答しながら暮らしてしまいます。でも、そうしたことを考えること自体、 世間の奴隷になっている証拠です。「幸せ」「生きがい」を求めるのは、 自分で手枷足枷をはめて、進んで奴隷の列に加わるようなものです。 つまらない常識にとらわれることなく、生きたいように生きたらいいんです。 勝ち組になったとか負け組になったというのは、単に世間の物差しで測った 結果に過ぎません。・・・ ≫ ▼ TVのコマーシャルや、番組の根にあるのは、コンプレックスの刺激が、 隠されている。健康食品、美容品、ファッション用品など、『世間では、 こういうのが流行しています。これを使って、カバーしましょう』と! その手段として、最近ではタブレットPCや、スマートフォンが普及した ため、逆に世間が、狭くなって、個々への締付けが日々、強くなっている。 世間虚仮も必要だが、その過剰は、世間体コスプレになってしまう。 ・・・・・・ 5917,閑話小題 〜ジョンレノンの言葉がよい 2017年05月28日(日) * ジョンレノンの言葉がよい 最近に知った、ビートルズのジョンレノンが残した言葉が、なかなか良い。 この年齢なればこそ、感応するのか、ただ知らなかっただけか。〜その一つ〜 < ビートルズは、ほしいだけの金を儲け、 好きなだけの名声を得て、何も無いことを知った。> 至極、当然のことだが、レノンが言うから良いのだろう… 歌心のない私でも、学生時代、ビートルズ、プレスリー、ナッキング・コール、 シナトラ、ローリングストーンズ、ルイ・アームストロングス、サイモン& ガーファンケルなどの50枚位のレコードを持っていた。それら全てとステレオは、 卒業時に、全てを姉の一人にあげてしまった。その中で、印象に残っていのが、 やはりビートルズ。 ネットでジョンレノンの言葉を検索をしたところ、 以下の言葉が出てきた。 現在の私が当時の私に贈りたい言葉でもある。
≪ ・ 僕がこれまで どうやってきたかは教えられるけど、 君がこれからどうするかは 自分で考えなきゃ。
・ 根本的な才能とは、自分に何かが出来ると信じることだ。
・ 心の中のヴィジョンは、現実になるんだ
・ 問題は、これからのことや 過ぎ去ったことを思いわずらう必要は ないってことなんだ。大切なのは、今この瞬間を楽しむ、ということさ。
・ 仕事は元気のもとだね。 仕事がなければ 恐れと不安があるだけだよ。
・ 未知なる物を恐怖するからこそ、みんな夢や幻想や 戦争や平和や愛や憎しみなどを追いかけて、右往左往するのさ。
・ 愛とは僕らが出来ることを知ることなんだ。
・ 希望… それ自体は幸福の一様態にしか過ぎない。 だが、ひょっとすると 現世がもたらし得る 一番大きな幸福であるかもしれない。
・ 大ざっぱな言い方をすると、 子供たちがクレージーな理由は、 子供を育てるという責任に、 誰も立ち向かうことができないからだよ。
・ 目を閉じてれば、生きるなんて楽なことさ。 目を開けてるから誤解が生じるんだ。
・ みんな平和について語るけど、 誰もそれを平和的な方法でやってないんだ。
・ 僕らは、自分のすばらしさと不完全さのなかで、 何よりも自分自身を愛することから学ばなければいけない。
・ 誰でも非凡な才能を持っているし、すべての人が美しいんだ。 自分がいったい何者なのか、誰かに指摘してもらう必要のある 人間なんて一人もいない。あなたは、そのままであなたなのだ。
・ エルヴィスの前には何もなかった。
・ 僕の言うことなんて、半分は意味もない。 ただ君に聴いて欲しくて話しているんだ。
・ 平和を試してみよう! 僕らが言ってるのはそれだけだ。≫
ー ▼ TVのYouTubeで改めて聴くと、半世紀を隔てた青春時代に戻った感覚 になるが… 日本もアメリカも、良き時代、真っ只中。良い時代に青春を 過ごしていたことを音楽から改めて知ることになる。団塊の世代の二年先に 生を受け、その世代の勢いに相乗りをし、その恩恵そのままを受けてきた。 当時の音楽は時代背景もあってか、明るく、ポジティブで、楽観的で、今でも 踊りたくなるような高揚感が湧き出てくる。その音楽そのものを言葉にした のが、上記の中に迸し出ている。 こういう時代も、あったのである。 この世代も既に定年をむかえてしまった。
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2019年05月27日(月)
* 「おばさん」についての一般論 ◉ ある調査機関が、全国20代〜60代の男女1,349名を対象に「おばさん」と思う 年齢を調査をしたところ、全体で最も多かった回答は41〜45歳(25.4%)と… イメージからすると、30歳代半ばから40歳を超えると、おばさん? 20代、30代、40代で、それぞれ扱いが変わり、40代では、はっきりとおばちゃん 扱いされる。しかし年齢よりも、見た目もある。 おしゃれを辞めたり、化粧を しなくなったり、女性らしさを捨てた瞬間からおばさんになる。 これが仕草、 雰囲気で微妙に変わるから不思議。 ◉ 地元にUターンをした30歳頃から、地元中学同級生の変化の推移を40年以上、 見てきた。街中の商家の子弟が多いためか、若々しい身なりの女性が比較的多い。 年齢と服装だけでなく、教養と品位と生活実感の濃淡も加味され、はっきりした 線引きはなかなか難しい。「おばさん」と呼ぶに相応しい期間は、女の一生の 過半数になる。 ごく身近に?生活実感がまるでない人が存在するが… ◉ ところで「おばあさん」といえば、一昔前は還暦の60歳が目安だったが、その後、 65歳以上となり、現在では後期高齢者と呼ばれる75歳以上を、老人(おばあさん・ おじいさん)、またはシルバー世代というようだ。 〜また、その線引きは… 「‘おばさん’は「子供が独立していない、まだママ。」 ‘おばあさん’は「子供が結婚していたり独立していて、自分も、周りが、 御年寄りと認めた人」というところ… 私の実感は、55から60歳前半が初老。65歳から75歳が中老。75歳から80歳は大老? とすると、80歳代は元老になる。 一般的に男性の3割以上は、30代女性を「おばさん」。65歳以上を「おばあさん」 だと思っているとか…
作詞・作曲:小椋佳. 歌:美空ひばりの『愛燦燦』 < 雨 潸々と この身に落ちて わずかばかりの運の悪さを 恨んだりして 人は哀しい 哀しいものですね それでも過去達は 優しく睫毛に憩う 人生って 不思議なものですね 風 散々と この身に荒れて 思いどおりにならない夢を…> 成るほど、夕闇迫る頃ってのは、この歌詞のとおり、燃焼した人生なら、明るく、 暖かく受止めることが可能。逆なら、500m内の「哀しみ探し」ですか。 『清潔感』と『品性』と『明るさ』と『水気』が、どれ程、残っているか? どれも、これも、血筋も関係しているが、行蔵の結果でもある。 そうすると… 何やら不安になってきた。
・・・・・・ 6283,読書日記 生きることへの冒険心とは! 2018年05月27日(日) 『旅人よ どの街で死ぬか。〜「男の美眺」』 (伊集院静 2017年)から。 * 旅、あるいは人生について 私の人生を振返って、一番良かったことは世界中を旅してきたこと。 それも8割かたは家内同伴である。その良さは秘・異郷世界の非日常に、 家庭の日常を持ち込むこと。 日常そのままを、非日常の世界を持ち 込む奇妙な感覚は絶妙。エンジェルフォールの滝への大きはテントに 次男と、家内と共にハンモックで泊まる奇妙な感覚… ところで私は自分の人生を気にいっている。 ・まずは経済成長の真只中の昭和40年代と20歳代が重なり、些細だが アップスケールできたこと。 ・次は、45年の「起承転結」の結が、最後はアンハッピー?としても、 充実した手応えがあり『ご覧のとおり、そのまま結構!』 ・趣味では、30年にわたるロングランの世界秘異郷ツアー。 ・40年モノで、早朝のウォーキング+ポタリング(チャリ散歩)の継続。 ・50年モノでは、居酒屋+カラオケスナック+宴会遊びの行蔵。 そして、読書… ・シネマ館や、自宅での映画・ドラマ数千分の観賞… これは40年モノ。 どれもこれも、充分に満足しているが、アマチュアというより素人レベル。 これらを光とすれば、その背後には、その時々に「生老病死」の大きな 闇が口を広げていた。不幸、絶望、涙あればこそ、幸福感が光り輝くもの。 世界の光景の感動は、魂に刻印されて、永遠に残す力を持つ。
プロローグの「旅人よ、旅人よ、至福あらんことを」の冒頭がよい。 ≪ ◉ あなたが何歳かわかりませんが、私たちはこの世に生れてきて、 やってみなくてはならないことが幾つかあるとおもってます。 少しオーバーかもしれませんが、それをせずして死ぬということは、 生きることの冒�必ではないかと思います。 それを‘恋愛と言うロマンチストもいるでしょうし… 素晴らしい音楽を聞くことであると… 美味しいワインを飲むことだという人も… 人生の伴侶を見つけることという人だと言い切る人もいる。 そして、私にとって、この世に生まれれてきて、これをしなくてはならない と思えるのは、断然、旅です。> <◉ 近世のヨーロッパで、グランドツアーという名称がつけられた旅が流行 したとき、その謳い文句は「人間として生まれてきて、もっとも至福なことは、 旅をすることである」とありました。…それでも私は旅をしたことで私の体に、 記憶に、今もきちんと埋めこまれている旅の日々が他の行動では決して得る ことのできなかったことを、確信できます。出来ることなら、生涯旅を続ける ことができたなら、と今でも思ってます。 24-25p ◉ 私の旅の基本とはどんなものか。…すべてを実感だけで捉るのが私のやり方。 〜そのいい例が第五章のポーランド、アウシュビッツの旅です。 … その街に足を踏み入れ、あてどなく彷徨すれば、皆さんの身体のなかに、 その街は生き続けます。それが旅の至福を得るということです。 30p ◉ なぜ軟弱なのか?それは連るむからである。一人で歩かないからである。 ”弧”となりえないからである。〜”弧”を知るにはどうすればいいか。 さまようことである。旅をすることである。 34p ◉ 想定する生には限界がある。所詮、人が頭で考えるものには限界がある。 想定を超えるものは、予期せぬことに出逢うことからしか生まれない。43p> ― ▼ 旅好きが、旅好きの人のために書いた本。何度も何度も、ここでテーマと してきた。その感動は、それぞれ年代の人生の横糸として織り込まれている。 ―――― 2016/08/01 かわいい自分に旅させよ ー�� <『かわいい自分には旅させよ』浅田次郎著> * かわいい自分に旅させよ 〜B 40歳代に入って直ぐの頃、『年一回の海外に出ること』を決めた。 そして、半ばも過ぎた頃、それを年二回に切り替えた。20歳から20数年間、 ストレスの多い「創業」の為の転進を繰り返してきた。何事も現実に直面 すると、火事場のバカ力が生じてくる。その奇跡に近い偶然を拾い上げて、 その場を切り抜ける。しかしストレスは並大抵ではない。その沈殿がピーク になっていった頃である。その解消剤にツアーのストレスと感動が、合理的で あることに気づいた。早朝の読書習慣と、散歩、そして、海外ツアーが、 何とか、自分を支えてくれた。 半年単位、一年単位で、そのストレスを、 払い落とすしかない。そこで、「秘境・異郷ツアー」のストレスで、それを 削ぎとるしかなかった。それが、結果として、心の、いや魂の財産になった。 〜以下の部分は、「苦労でなくなった旅を、自分に与えよ」と勧める。 ≪ 「かわいい子には旅をさせよ」という格言は、今や死語であろう。 かつては苦労の代名詞であった旅行も、世の中がすっかり便利になった今日 では娯楽の王者となってしまった。もしかしたら今の若者たちは、この言葉の 意味を「かわいい子には娯楽を与えよ」と曲解しているかもしれぬ。 たしかに旅は苦労ではなくなった。ただし、経験としての価値が損われた わけではない。人間は経験によってたゆまぬ成長をとげるものであるから、 苦労を伴わずに経験を得ることのできる今日の旅は、子供よりもむしろ大人に とっても好ましいかたちになったと言える。この福音に甘んじぬ手はあるまい。 「かわいい自分には旅をさせよ」である。金だの時間だの手間だのと、旅に 出かけぬ理由を思いつくのは簡単だが、よく考えてみれぽ金は貯めるものでは なく使うものであり、時間はあるなしではなく作るものであり、手間を惜しむ は怠惰の異名に過ぎない。つまり旅に出てはならぬ合理的な理由は、実は何も ないのである。 ≫ ▼ 秘境への旅の決断と実行は、非常に抵抗が生じる。まず、家内が、激しく 抵抗する。そこで一人参加を決意すると、家内も渋々、決意するパターンの 繰り返し。で、抵抗感が強いほど、その内容は、濃厚で味わい深い物語になる。 しかし、極限を超えた経験のオンパレード、可愛い自分へのプレゼントになる。
―――― 2016/05/02 若者よ、外に出よ! ー �Α\こΔ虜廚蝓 � * 祭りから世界を知る 『若者よ、まず楽しさを経験しろ!』である。「嬉しい、楽しい」という 感情が、人間を突き動かすことになる。ゲームでも、ミニ祭りの飲み会でもよい。 その極地が街レベルで行われる祭り、それも世界的祭りの楽しさを知ること。 世界最大の祭りといえばクリスマスだが、ど派手な祭りの、ブラジル の「リオのカーニバル」と、北スペイン「牛追い祭り」を体験してみた。 その熱狂の渦が全ての人を恍惚に誘う。この2週間の北スペインのバスツアー は、これまでのツアーのベスト5に入れることが出来る。祭りは、原始人の頃 から営なわれていたことは壁絵から推察される。生き抜く苦労と、その憂さ 晴らしは、古代も現代も同じ。祭りには時代の文化が現れ出る。 大相撲も神事で行われていたのが始りだった。 祭りは実に楽しい! が、その背後には、普段の地道な生活が必要である。 ≪ ☆ パンプローナの牛追い祭り(2002/09/07 記) 今朝9時半より、衛星TVで今年のサン・フェルミン祭を放映していた。 もし神様が一日だけもう一度同じ日を与えてくれるといったら、4年前の この祭りの最終日を間違いなく選ぶだろう。今年は例年になく多くの負傷者 が出たようだ。今日の番組は毎朝の牛追いに絞った8日間の内容の為、毎年 放映される中でも特に迫力があった。初めから最後まで手に汗を握る内容だ。 この祭りはヘミングウエーの「日はまた昇る」で舞台になり世界に一躍 知られるようになった。 この期間ー7月上旬の8日間、町中の人が白い服に赤の腰巻の布を巻き、 赤いネッカチーフをつける。パンプローナの出身者の多くが帰ってくる。 毎朝6頭の闘牛とそれを先導する虚勢牛6頭の合計12頭が闘牛場に向かう 街の道路に放たれる。毎日異なるドラマを生みながら熱狂を8日間重ねる。 その6頭の闘牛が毎日おこなわれる。4年前その最終日の闘牛をみたが、 会場が異様な熱狂に包まれていた。 その牛の前を走るエニシエロが、勇気 試しになる。19世紀半ばからこの祭りが始まり、闘牛とか牛追いは途中 からその祭りに加わった。 ーユーラシア旅行社でいくと、市役所広場の前の4階の部屋から 最終日のエンデングと牛追いが見れる。 ―――― 4年前の「北スペインの旅」−より抜粋ー …この中で一番のハイライトがパンプローナの“牛追い祭り”であった。 延々8日間にわたって毎夜、闘牛が行われる。その牛を毎朝、市役所から 闘牛場へ、町中を追い上げる。その前を街の若者が走って、度胸試しをする。 死人が出ることがあるという。我々が着いたその日が最終日の為、最高の盛り 上がりであった。夜の闘牛もその為か異常な熱狂を会場にただよわせていた。 これこそ正しくスペインと思われた。 深夜の十二時に向けたファイナルギャザリングが、一生の思い出になる 感動的場面であった。市役所前に数千の群集がロウソクを手に持って集まり、 ロウソクをかざしながら歌い踊るのだ。 彼らが心の底からパンプローナを 愛しているのがよくわかる。民家の4Fの一室を借りて見たのだが、光の海を 見ているようであった。トランペットやバイオリン・タイコの楽団の演奏に あわせて歌を全員が歌っている。 キリスト教で祭りを集団で祝うのはスペインだけといわれている。 イスラムとキリスト教が融合して、神聖かつ感動的・熱狂的なお祭り騒ぎ なのである。このような宗教的感動的場面に出会ったのは初めての経験。 この場面に出会っただけでもこの旅行は充分の価値があった。 一生の心の財産になった。 ≫ ―――― ≪ ☆ リオのカーニバル(2003/04/23) この時期になると例年、NHKハイビジョンでその内容が放映される。 毎年三月の初旬に開かれ,約一月後に放映されている。 何とも派手で陽気で豪華で楽しい! 8年前にいって、その雰囲気を知っているから、観ていても楽しいのだろう。 違うのは音量の大きさと、会場の熱気が直接伝わっていることだ。 TVを観ていると、会場に行っているような錯覚をしてしまう。 以前にも書いたものを後でコピーしておくが、なかなか奥行きが深い。 ブラジルではTVなどで生中継される全国的な行事なっている。 今回、あるチームの準備などの内幕をドキュメント風に紹介していた。 80分の持ち時間の演技のために一年間の準備をする。 審査項目が10項目あり、それを細かく説明していた。 ・テーマ曲の良し悪し ・打楽器ーバテリアの内容 ・テーマの紹介のパフォーマンス ・同じ衣装のダンス隊のダンス ・山車の美しさ、テーマの解りやすさ、迫力 ・チームの旗手の踊り ・そのチームの女王の観客へのアピールと反応等々ある。 プロの演出者を雇い、その年のテーマにそって カーニバルとサンバと山車や音楽や衣装が組み合わされる。 今年もなかなかの出来であった。 数回再放送でやるから、何回もみるつもりである。
ーー以前書いた文章をコピーしておきますーー H0703 ブラジル旅行記 “行って吃驚!玉手箱”主観をこめて現地の実感を書いてみる。 カーニバルはリオディジャネロだけでなく、全国津々浦々の都市で 行われており、四日間全国がお祭りの為休みとなる。 その最も有名で世界的に知られているのがリオのそれなのである。 リオのカーニバルのランクがA・B・CとなっておりAランクが9チーム、 Bランクが15〜16チーム、Cランクは数十チームとなっている。 AとBチームが特設スタジオのメーン、ストリー800mを80分の 持時間で踊りながら行進する。そこは六万人の観客席があり、審判席で 厳格に審査され、その年の優勝等順位があらそわれる。
そのチケットは一般の人はほとんど入手不可能である。我々のTV 新聞等で目にするのはCチームが街頭で行進するものでしかなかった。 チームは四千名が1チームで構成されており、それが約500名×8チームに 細分化され統一のコンセプトのもとに仮装が華やかにつくられている。 音楽も各チームごとに毎年新しいコンセプトのもとに有名作曲家が名誉を かけてつくる。その作曲も採点の大きなポイントになるという。 一日6〜8チームが夜の七時より翌朝の七時まで延々と踊りの行進が続く。 観客席もその行進曲にあわせて半数以上が踊っている。 音響もすさまじく隣の人の声は全く聞こえない。
上位数チームが翌週の土曜日に優勝をかけて再び行進がおこなわれて優勝 チームは10億以上の賞金がつき、かつ翌年に向けよいスポンサーが約束される。 その年の山車とか衣装は翌年に持ちこさずすべて破棄するという。 カーニバルをみていて“気”とか“色即是空”とか“禅の悟り”がすべて含まれ ており、東洋的なこのような言葉が小さくみすばらしくさえ思えるくらいだ。 ブラジルの印象として残ったイメージとしてのキーワードを書くと“サッカーと “サンバ”(カーニバル)と“森林”と“イグアスの滝”そして “汚職まみれの国”である。さらに加えるなら“まずしさ”である。≫
―――― ▼ 祭りは、普段の質素倹約した単調な生活の憂さ晴らしのための爆発の 『晴れ』を集団で楽しむ娯楽。特に、イタリア、スペインのラテン系の国の 祭りは歴史があって、ど派手。日常からの集団トリップの一端に触れるだけで 充分に価値がある。そこには、セックスと血と死の匂いが、漂っていた。 リオのカーニバルには、「カーニバル・チルドレン」が、結果として誕生し、 捨てられ、ストリート・チルドレンになるという。
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| 6645,閑話小題 〜思いもよらない展開で …目出度し目出度し! |
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2019年05月26日(日)
* 大相撲で無名の力士が 一敗した時点で、あとは連敗だろうと思っていたが、神がかったように、 連勝を続けて優勝したのが『朝の山』という無名の力士。 アメリカ大統領杯 を、世界が注目する中で大統領から直接与えられる栄誉を得ることになった。 これだけは、貰おうとして貰える栄誉ではない。本来は、鶴竜も勝って二人の 優勝争いなら、興業的に盛上ったはずだが… 翌日に持込まれると下位力士が 不利になるため、この結果をベストとしなくては… ところで、外国首脳の大相撲観戦を調べると、思いの外、多い。 ≪・ホワイトハウスによると、<大統領杯はアメリカで作られ、重さはおよそ 30キロ、高さは137センチあるという。トランプ大統領は「アメリカ国内で制作 したトロフィーを、優勝力士に直接贈呈する」と意気込んでいる。 ・今回のトランプ大統領の相撲観戦は、アメリカのメディアも注目しており、 土俵上は土足が禁止されているため、贈呈式で大統領がスリッパを履くのでは ないかなどと話題になっています。 アメリカと相撲観戦は?というと、大統領として日本で初めて相撲を観戦した のはフォード大統領。日米外交において相撲が登場するのはずっと前の江戸時代 までさかのぼる。 黒船と共に浦賀に到着したペリー提督。日米和親条約が締結 された1854年、ペリー提督を迎えた人の中に、相撲力士も含まれていた。 力士たちは、アメリカに贈った米俵などの贈呈品を船に運搬したほか、 兵士たちに稽古相撲をみせたという。 ・大相撲を観戦した外国の首脳といえば、シラク仏大統領(大阪 2006年3月)。 愛犬を“SUMO”と名付けるほどの相撲好きで、在任中、何度も大相撲を 観戦しています。 他に両国国技館を訪れたのがチャールズ皇太子とダイアナ妃(1986年5月) 昭和61年(1986年)に日本を初めて訪問した際、相撲観戦を強く希望し、 チャールズ皇太子と国技館で大相撲を観戦した また、大相撲で活躍している外国人力士の出身国であるモンゴルや ブルガリア大統領も日本を訪れた際、大相撲を観戦しています。 》 ― ▼ 全く、無名で純朴な青年力士が、世界のマスコミに紹介され一躍スターに。 本人も、まだ、その何たるかを知らないが、この刻印は歴史に残る勲章となる。 これをキッカケにして化けるか、潰されるかは神のみぞ知ること。 日本も、相撲協会も、外国人に上位を占拠?されている中で、無名の日本人 力士の優勝で、何とメンツがたったことに、こうでなくては。 〜以下は、この優勝の関連記事である〜 ≪ ◇豪栄道に快勝しても… ・大相撲夏場所14日目(25日、東京・両国国技館)、トランプ米大統領を 迎える千秋楽を待たずに、西前頭8枚目朝乃山(25)=富山県、高砂部屋= の初優勝が決まった。三役経験のない力士の平幕優勝は58年ぶり。快挙には違い ないが、前日の判定がまだ尾を引き、笑顔もうれし涙もなかった。朝乃山に 責任はないが、取組編成のまずさも微妙な影を落とす優勝だった。 ・この日の一番は快勝だった。大関豪栄道に立ってすぐ得意の左上手を許す。 勝負あったかと見えた。「いつもなら右(を差した)だけで出て行ってすくい投げ とかしちゃうけど、きょうは何か分からないけどじっとしておこうと思った」と。 大きなことを成し遂げる時の「ゾーン」に入った状態だったのかもしれない。 ・二の矢を打てない豪栄道を、左から絞り、体を寄せて前に出る。左上手に手が 掛かり「(まわしが)深かったがむしゃらに出ようと」、腰の位置をしっかり 決めて東土俵へ寄り切った。 胸を張れる白星。勝ち残りで見上げた土俵で 栃ノ心が鶴竜を破り、優勝が転がり込んだ。普段のキャラクターからすれば、 笑いが止まらないかと思われたのに、支度部屋へ戻っても神妙だった。》
・・・・・・ 6282,閑話小題 〜米朝首脳会談、延長ですと! 2018年05月26日(土) * 無事済むわけがない朝鮮問題! 一月前と、4ヶ月前に長屋の住人の談義方式で、閑にまかせて、色いろ 書いてあった。そして、昨日のアメリカの会談延期の発表。金書記長と、中国の 習主席との二回目の対談直後から北朝鮮の態度が急変。アメリカは急遽、会談 延期を発表した。トランプにとって、秋口の中間選挙が試金石になるが、この ママでは、惨敗は目にみえている。で… アメリカは完全核放棄か、戦争の 二者択一しかない。ロシア、中国からしたら、現状維持がベストで、引き返し の出来ない核放棄が北の体制崩壊は容認できないため、入れ知恵をするのは、 当然のこと。トランプにとって、この緊迫状態が続くことが望ましいため、 やはり会談延期も当然のこと。そのことは一月前に書いてあった… ―― 熊: こうなりゃ焼けのヤンパチ、何でも言うけど。このニュースを聞いて 何にも驚かなかったね。初めから分かっていたことさ。 銀行強盗から武器を取上げれば、ただの豚。 大家: 頭の軽い男に、とにかく人参を見せて目先を引き延ばせておけば と… そうはいかないのは、それが常套手段で、また使えると、たかを 括ったのがばれたのだろう。 寅: やはり戦争かい。全く実感がわかないがね。トランプも後がないほど、 追い詰められているし。実際に、危ないと思うよ。ここで、金ちゃん、 ミサイルか、水爆実験でもしなければよいけどね。 熊: ロシアかアメリカが、北の領海から偽装で、日本上空を超えてミサイル を打込むとか。見え見えでも可能性があるね。 寅: 危ないのが、日本。まあ、骨抜きの日本憲法を改憲さえ出来ないからね。 ここで一挙に緊迫するかどうか。いざ、いざ戦争となると、日本の体質が、 あまりに弱いことが露呈されるね。アメリカ頼り一辺倒だもの。敗戦から 70数年の蓄積された軍事力は中国も侮れないというけれど。 大家: 役者は揃ったし、このまま、見逃すわけがないという前回の懸念が、 さらに深まったね。 一度、起こってしまったら、第一次、第二次世界 大戦規模になる可能性があるため、自重をしているが… 役者が役者だけに。 熊: また、あの重苦しい日々が続くのかよ! 中近東や、北アフリカじゃ なくて、今度は隣国だよ。そりゃ酷いことになるのは、俺でも分かるよ。 アメフトでラフプレーとか騒いでいるが、現実世界は、全く異次元だよ。 あっちが異次元でなくて、日本が異次元なの! 東京オリンピック? 主催の東京は狙われない? そんな甘くないのが世界の政治。 〜つづく
・・・・・・ 2018/04/26 閑話小題 〜長屋のコンニャク談義
熊: 何だよ、急に。 大家: 去年の同月同日のテーマを見て、急に思い立ってさ。 金ちゃんのことなら、御前ならズケズケ言うに丁度良いからさ。 熊: 俺だって、こんな兄殺し、叔父殺しの奴の悪口など話したくないね。 寅: 朝鮮といえば儒教の国だろう。そりゃ罪悪感で日々、恐れ慄いているさ。 それと、暗殺の恐怖もさ。側近と、その親族を根こそぎ処刑しているからね。 熊: 急に態度が変わったのは、締付けが効いてきたからさ。でもさ、誰が どうみても、核兵器も、ミサイルの放棄など、するわけないよ。 寅: 米朝首脳会談前に強硬派のCIA長官が渡朝し、厳しい前提条件を突き つけたはず。突如、中止になったり、会談が決裂したら、即、戦争の危機さ。 大家: 私は悲観的さ、アメリカは本気で戦争をするとみている。ロシア疑惑と、 秋口の中間選挙対策もあるし、中国、ロシアへの見せしめもあるしね。 やらない訳がない。それを前提に、これからの一連の会談を見るといいね。 熊: でも、トランプってバカだろう。プーチンがスパイ網全てを使って 大統領に押し上げた男。バカを大統領にして、子バカを嗾けただけだろう。 寅: おいおい、本当のことを言うと、暗殺されるぞ。 熊: 北、アメリカのどっちから? …ああ、両方かい。 八: プーチンは、世界を支配しているのがユダヤ資本と看破していて、憎悪に 近い感情を持っている。だからトランプを大統領に当選させて、北と相討ち をさせるのが戦略。かなり際どい日々が続くことになるね。 大家: 下手なハリウッド映画のようだな。トランプとプーチンじゃ、器が 違い過ぎ。政治家としての余命からして持ち時間の量が格段と違うよ。 寅: 悪い夢をみているようだね。でも、プーチンの、ありゃないよ。 熊: アメリカの俺程度の白人が支持層だろう。それなら、如何ともなるよ。 俺たちのレベルは、とにかく目先さえ良くしてくれれば、それで良いのさ。 そうだろう、それしかないからね。 寅: 俺も、熊に近い方だからね。でも、クリントン女史じゃ、あのままだろう。 八: どっちの政党でも「金持ちによる、金持ちのための政策」は変わらないよ。 日本は地政学的に、アメリカと中国の境目に位置している恩恵を忘れない ことだね。 熊: 世界の3分の2は、俺のような貧民の奴隷層だろう。しかし全く自覚が 無いんだよな。 寅: 日本人というだけで、3分の1の層だよ。でもさ、最近、つくづく貧しさを 感じるんだ。一生懸命働いて、生活するだけ何も残らないんだよ、何も。 大家: 三食食べて、こうしてノウノウと政治談議が出来るだけ、有難いと思わ ないとね。だけど、危ない状況の現状認識を忘れないことさ。
・・・・・・ 閑話小題 〜米朝開戦 −1 2018年02月05日(月) * 熊さん、プーチンと、スターリンに問いかけ 神様: 熊さんの望み通り、プーチンとスターリンを、スペシャルルームに 招いておきましたよ。次は、トランプ大統領と、ケネディを予定して いるがね。 熊さん: まさか実現するとは思ってもいなかったが、仮想会見としても。 相手がね。といって、神様の特別の計らいだからね、誠実に聞くよ。 敬語など使えないので、普段どおりだけど、断っておくね。 神様: そうだね、お前さん一人じゃ無理ですか。じゃあ、大家さんを呼ぶよ。 熊: プーチン大統領、いま、アメリカのロシア疑惑というのは本当ですか。 プーチン: 私も、当のトランプも、まさか大統領に当選するとは思っても いなかったさ。でも万一と思って、自分たちでは出来ない情報工作を 頼んで来たのさ。聞いた時は、まさかと思ったけどね。 大家: 事実でなければ、FBIの長官や、今度は副長官が、早々に辞めないよ。 プーチン: もう、当分世界はワシのようなもんさ。 スターリン: 何か、私を参考にしているようだが。お前さんに私のように 非情になって自国民を殺せますか。 プーチン: 中東では、ISを手当たり次第に殺しましたよ。それとチェチェン でも。今度は、アメリカと北朝鮮の相討ちを狙っているが… 今では 虐殺現場がカメラビデオに映しだされるんで、殺り辛いんですよ。 北朝鮮とアメリカ、いいところまで来ているですがね。上手くいき、 中国の参戦で相討ちともなれば、理想的ですがね。 熊: 何か居た堪れなくなってきたけど… で、開戦の結果は分かっている 戦争じゃないですか。一般の人が気の毒じゃないの。 大家: 金様にしろ、プーチンにしろ、自分が弾丸の中の悲惨な経験をして ないので、現実の悲惨さが解ってないの。 熊: そんなのが大統領なの。 スターリン: 1000万、2000万を殺したところで、麻痺をしてしまえば、 何てことはないよ。まだまだプーチンは、柔いよ。ワシのつくった ソ連邦を解体されて。何じゃい。敵はアメリカ連邦の解体だよ。 神様: お前らを見ていると、神でいることが嫌になるよ。 熊: 本当に戦争になるの? 東京にミサイルを打ち込まれると、一瞬に して80万人が死ぬというけど。それと、難民問題もあるしね。 大家: これが大変だよ。 中国じゃ、3ヶ所の難民収容所を想定し、 万一の備えを考えているらしい。 中東、アフリカの、欧州への 難民問題と同じことが、今度は極東で起こるんだ。 プーチン: ズブの素人が突然大統領になるんだから… バカな話さ。 スターリン: ワシが聞いても恐いよ。大統領は、プロ中のプロがなるもの。 あの顔からして、相応しい指導者ではないね。 どうなってるの? プーチン: 正直なところ、ワシも、同じ考え。8年にわたった黒人大統領と、 女の国務大臣に、世の中の冴えない白人層が腹を据えかねていたからさ。 としても、娘婿の援助の依頼には驚いたよ。 アメリカを見ていて、 民主主義の建前ほど変なのはないね。 スターリン: やっちまえ、今の内だよ、ソ連邦解体の復讐の機会は。 神様: 何で、こんな男を、呼出してしまったのか? プーチンの思惑を 聞きたかったので、これはこれで… 二人とも、トリックスターじゃ ないか。それも陰湿、露悪の。 熊さんよ、現在の平和は、仮の姿。 もう、動き出したの。その辺の計らいを読み取って大家さんにばかり 頼らないで、自分の頭で考えなさい。白鳥もいれば、黒鳥もいる。 プーチン: 日本っていうのは、この72年間、軍備を蓄積していたのは流石。 生真面目過ぎるけど、侮れないんだ。 北朝鮮なぞ誰が相手にするか。 大家: 貧しさを国民に強要してきた国は、国家として卑しいのは当然。 まともな正論は通じないの。 ― ▼ 寒さの中でのライブの内容のため、悲観的になったが、スターリンの参加 を思い立ったのは我ながら驚いた。「陰惨で、残酷で、疑り深い」人物と いうが、プーチンも似たようなもの。 彼の前のトランプなど赤子そのもの。 この数ヵ月は、過ってないほど緊迫した事態が続くことになるのだろうが… 〜で、これまた6年前の以下に、脈絡として丁度よく繋がっていく。
・・・・・・ 閑話小題 〜米朝開戦 −2 2018年02月07日(月) * 緊迫してきた朝鮮半島 冬季オリンピックが韓国で開催されるが、何か盛り上がらない。終わると 同時に一挙に米朝開戦の可能性が高まるのが解っているからだ。昨年暮れの 週刊誌の特集記事がシリアスである。キワモノの内容は週刊誌であればこそ。 沖縄で空軍のヘリの事故が続いているのは、実戦訓練が多くなっているためか。 ‘まず目先は、4月が危ない!’ ≪ 4月に、アメリカが北朝鮮を空爆 金正恩はロシアに亡命する「米朝開戦と なる確率は百%」。 こう言い切るのは元外交官の原田武夫氏。 原田氏は、小泉政権時代に外務省北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)として 訪朝し、拉致問題の解決に尽力した北朝鮮問題の専門家である。
この結論に至るロジックは次の通り。 米中だけでなく、フェルトマン国連事務次長までもが訪朝し、北朝鮮と交渉の 努力を重ねてきたが効果が無かった。トランプ政権は、北朝鮮との交渉は失敗 と判断、残された選択肢は軍事オプションしか無い。
この記事のもう一つの目玉『米朝開戦は4月頃になる』と言うのは韓国の著名な 軍事問題専門家。アメリカが『3ヶ月程度で北朝鮮のj大量殺戮兵器が完成する』 と、その時期がレッドラインと設定しているのがその主な理由らしい。
平昌オリンピックの開催が2月9日、パラリンピックが3月18日で、米韓は大規模 な合同軍事演習を予定している。これに北朝鮮が猛反発して水素爆弾実験を強行 するかもしれない、また平昌オリンピックでテロを起こすかもしれない。
また、記事によれば11月に訪中したトランプ大統領に中国の習総書記が 『3月までの開戦は絶対に避けてほしい』と伝えたこと、ロシアも3月18日に 大統領選を控えており同様なことも開戦4月説を後押ししてる。≫ ―― * 2万発以上の砲弾が降り注ぐ ≪ 韓国は、米朝開戦時の被害をどのように見積もっているのか。 韓国政府の朝鮮人民軍分析は、韓国軍や国家情報院、統一部などが取った情報、 脱北者の証言、それにアメリカから提供された情報などに基づいて行っている。
本誌が入手した韓国政府の内部情報によれば、38度線の北側では、射程距離54km で1分間に2発撃てる170mm自走砲550門余りと、同60kmで1分間に40発撃てる240mm 放射砲440門余りが、ソウル首都圏に狙いを定めているとしている。
これらを合わせると、開戦時には、1時間あたり2万4000発以上もの砲弾が、 それぞれの弾を発射後3分30秒でソウルに降り注ぐことになるという。 そうなれば、一般のビルやマンションばかりか、首都圏のガス管、ガソリン スタンド、電気通信施設なども根こそぎ破壊され、まさに1000万首都が火の海 になると、韓国政府は分析しているのである。 その場合の死傷者は、一体どのくらいになるのか? 「1994年の第一次北朝鮮危機の際、アメリカ軍がクリントン政権に提出した 評価見積もりによれば、開戦24時間以内に、ソウル首都圏で約150万人が死傷 するとしています。 この見積もりは当時の金泳三政権に衝撃を与え、韓国政府は絶対に北朝鮮を 空爆せぬよう、クリントン政権を説得しました。
その後、2004年に韓国の合同参謀本部が作成した『南北軍事力評価研究』では、 開戦後24時間以内の韓国側の死傷者は、230万人と見積もっていることが判明。 これはあくまでも、通常兵器による被害です」 (ソウル在住ジャーナリスト・金敬哲氏) ≫ ― ▼ これらからして、北朝鮮、日本を含めると1000万の死傷者の数もあながち オーバーでない。起きてはならない戦争としても、既にレッドラインを 遥かに超えてしまった感がある。この二日間で8%も株価を下げたが、戦争の 危機感も織り込まれているのだろうが…。株価への関連記事はタブータブー? 〜 以下のように、毎日が面白い! など遠い昔話になるのでしょうか。 トラちゃん、金ちゃんの、掛合い漫才で済めばよいが。
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2019年05月25日(土)
* こてこての「大阪のおばちゃん」 「おばさん」といえば、「大阪のおばさん」に代表されるこてこての 「唯我独尊」の塊りの女性。 「えげつなさ」が、その最たる特徴。 だが憎めなさも兼ね備えてある。その中和したところが「おばさん」。 〜 ネット検索をすると 《 ・見たことのないような派手な服装 ・基本はママチャリに乗ってお買い物。 <カゴの中には大根や白菜など、スーパーで購入した物がたくさん 入っていることが多い。大阪市内は平坦な道が多いため、ママチャリ でも楽に移動ができます。> ・自転車のベルはフル活用 ・安く買えたことを自慢する ・お世話好き ・ポケットティッシュがそこらじゅうに ・会話は漫才のよう ・飴玉は飴ちゃん <飴ちゃんは大阪のおばちゃんのコミュニケーションツール> ・行けたら行くわ <気が進まないお誘いに対して「行けたら行くわ」と言う。 他府県の人からすると、他に予定が入っていなければ来てくれるもの と勘違いをする。同じような使い方で、「できたらやるわ」もある。 ・ファッションといえば虎柄。また原色が好き ・いつも陽気で世話好き。口汚い聞えよがしの悪態。 ― ▼ 上記の特徴の要素の多くを、「おばさん」がもっている。 大阪は昔から商人の町。商売人は明るいコミュニケーションが必要。 その中にあって、大阪のおばちゃんは憎めない明るい存在。目に浮かぶ。 「好かれ、嫌われの塀の上の住人」だが、そこは何処か憎めない関西人 の特徴を磨いてある。…そして「意地悪ばあさん」に知らぬ間にあいなる。
・・・・・・ 6281,閑話小題 〜ビデオ撮影の恐ろしさ ー4 2018年05月25日(金) * 監督・コーチサイドから(架空対談) ポン督: 何で、こんなに騒がれるのか? アメフト部は集団格闘技。 ドツキのぶつかり合いの世界で、如何に潰すのが 隠れテーマだろう。 綺麗ごとは誰にも言えるがね。そこで優勝するには、短期、中期的に 相手を負傷させる、それもQB(クオータ・バック)を狙うのは当然だ。 問題は、ドサクサに紛れてやり、証拠を残さないことさ。 理事長がさ、 暴力団と懇意でね。まさか、録画に撮られていたとは、運が無かったのさ。 執行猶予の付いた有罪で、後は野となれ山となれか。 ポンコチ: トップの息のかかった人から、一切を被ってと暗に言われてきたが、 自分の生命の危機がね… ここは地の果てナイジェリア。都会としても、 特殊社会だもの。結局、俺が背負うしかないのかな。消されるよりマシか。 でも、あまりに過酷で受止められないよ、これは。日頃、選手に根性論を しつこく説いてきたのに、立場が逆転さ。 颯太: 20歳そこそこの学生が、自らを露出して単独の記者会見だろう。 そうでもしないと、負傷した相手に詫びたことにならないとね。それに対し、 本学の常務がさ、あの無様な言訳、そりゃ、OB、在校生は怒るわ。 ポン太: 誰も言わないけどさ、負傷した学生、3週間になるじゃない。 退院した頃だろう。アメフトなら、負傷は付きもの。ここまで騒ぐのも。 問題になっているのが日大の体質と、アメフトの王者の驕りでしょう。 ポン督: 男らしくないというけど私でも、あれは行き過ぎと思うよ。 他人事に聞こえるけどね。でも表立たたなかったら、良くやった行為か? 颯太: その日か、翌日に謝りに行けば、何でもない日常の出来事だったのに。 何もしないから、こうなったんだ。それが日大の体質なら、起こるべきして 起こった問題だね。自分でも、何か憂鬱になるよ。この事件は。これじゃあ、 マスコミの餌食さ。自民党には丁度良い、目くらましさ。何か日大と、自民 体質が酷似しているな。ポピュリズムの最たるマスコミの攻撃対象の分散に…。 ポンコチ: 今までは、監督にヘバリツイテ顔色を見て、少し先読みをして、 判断すればよかったが、誰も何も言ってくれないし、仲間の態度は一変、 あとは、自分の先々を考え、独りで判断していかなければならないのか。 今さら、宅上犬の私には難行苦行。 颯太: 丁度良い、試練ですね。でも、分かるよ、実力格上の宿敵の関学が 相手だもの。実際のところ、似た者同士さ。 ポン督: 見ている分には面白いだろうが、自分がブラックナイトとなると… 八つぁん、如何だった、7年間のそれは… 八つぁん: それは気分は最悪だが、あなたとはレベルが違うよ。いや、落差が。 一つ間違えると、あんたは前科者だもの。でも、私も経済社会では、そんな もんだが… 創業準備から、シェルターを組みこんでいたし、幼児の頃から、 街の真中で、生々しい夜逃げ話を聞いていたからね。そりゃ、残酷なもの。 ポン督: 兎にも角にも、去年の優勝は良かった。しかし、その代償がこれか! 万事塞翁が馬って、これかと… 実は暗殺が怖いね。この数年で、数十人が、 怒り狂って辞めっていったからね。それと口封じ。 颯太: これを読んでいて、リアル過ぎて、他人事でも恐ろしいし、憂鬱さ。 ポンコチ: この流れからして、私が自殺かベストになるじゃないですか。 でも言っておくけど、楽になるのは分かっているがね、自殺はしないよ。 ポン督: それと、PI PI。 政府筋からすると… もっと延焼した方がね。 とにかく、この国は程度の低いポピリズムが過度に浸透しているしね。 ポンコチ: でも、叩けば幾らでも埃が出てくるじゃないですか、貴方からは。 ポン督: … …
・・・・・・ 5184,世間の捨て方 ー�� 2015年05月25日(月) 『世間の捨て方』ひろさちや著 常日頃から〈『世間』という妄想と、その害毒〉について何度も論じて きた。それを、この前書きで、そのまま、理路整然と書いてあった。 20歳で、創業的人生を選択した時から、悪くいえば「自己中心」の生き方に 徹してきた。大部分の人が、何か得体の知れない模範的良い人を求め、他人の 視線を気にして日常を過ごしていた。そんなものは、転勤か、転職をすれば、 何とことはなく過ぎ去っていく事象でしかない。そして、人生の最終になり、 その妄想に気づいて慌てふためく。いや、気づきもしない人が大部分だろう。 そして、やらなかった後悔、出来なかった後悔に涙する。 以前、取上げた、 ある担任の先生が私に吐露をした、「自分には人生が無かった!両親とも教員で、 自分も教員を半ば強制的に歩んできた。定年になった現在も、90歳になっても 健在だが、何事も無い人生ほど詰まらないものはない!」と、かなり強い 初老性鬱病の前段階。一番身近な親たる「世間」の犠牲者である。 〜まえがき〜より ≪ 「俺はどんな女も口説き落とせる」と豪語する男がいました。ところが 彼は、ある女性から肘鉄を食らった。「きみも失敗することがあるんだね」 と言う友人に、彼はこう言いました。「なあに、あれは女じゃなかった」 こういう人を世間では「自己中心」と呼ぶようです。 では、「自己中心」の反対は何でしょうか? わたしは、それは「世間中心」 だと思います。普段、わたしたちは「世間中心」で生きています。 無意識のうちに世間を気にしているのです。世間に気兼ねをしています。 子どものころから、わたしたちは、 「そんなことをすると、世間の人から笑われますよ」と・・ 「世間の人から褒められる人間になりなさい」「立派な人になりなさい」と 教えられてきた。つまり、世間の「期待」に応えることが求められていたのです。 しんどい生き方ですね。よく考えてみてください。世間の「期待」に応えると いっても、その「期待」が何なのか、あなたに分かっていますか? 企業が「期待」する模範社員は、おとなしくて、あまり自分の意見を言わず、 仲間と協調する人間でしょうか? それとも、独断専行的ではあるが、行動力 のある人間でしょうか? 場合によって違っています。とすると、あなたが 企業の「期待」に応えるためには、場合に応じて自分を変えねばなりません。 どう変えればよいのかさっぱり分からないままに、ともかく自分を相手に 合わさねばならないのです。 疲れますよ。そんなことをしていると、 人間失格になってしまいます。だから、世間を捨ててしまいましょう。 世間の「期待」なんかに応えなくていいのです。 だいたい優等生というのは、相手の「期待」に応えようとして、うじうじ 悩んでいる人間です。いままでの時代は、そんな人間がある程度幅を利かせて いたかもしれません。でも、これからの時代、世の中がどう変わるか、誰も 予測できません。とすると、優等生的生き方をしていてはだめなんです。 「世間中心」ではなしに、もっと大胆不敵に「自己中心」でいきましょう。 たとえば、学校の試験において、かりにあなたが不合格点をつけられたら、 「あんな問題を出すなんて、教師がまちがっている」と言えるぐらいの人間が いちばんいいのです。あなたが働きやすい場所でなければ、それは会社が悪い のです。会社の管理職は、あなたがもっと働きやすい組織形態に会社を変える 必要があります。そう思えるようになるのが「自己中心」の生き方です。 本当にお先真っ暗な時代です。こんな時代を生きるには、世間に気兼ね していてはだめですよ。だって、世間のほうがどうしてよいか分からず、 われわれに気兼ねしているのです。わたしは、いまの時代をそのように 読んでいます。本書において、わたしは自己流の時代の読み方に従って、 われわれの今後の生き方を考えてみました。これまで誰も言わなかった ことですから、きっとあなたの生き方の指針になると思います。・・ ≫ ▼ 母親が亡くなった財産分与の話合いの時に、姉四人が、私に 『何で特別に、アナタだけが、学生時代から、何ごとも自由に許されて、 したい放題。私たちは両親の監視下で、何にも出来なかった。あまりに 理不尽過ぎる。特に父親は厳しすぎた。しかし、あなたに甘い』と、 あたかも、私が父親であるかのような怒りをぶつけていた。厳しかった 父の姿を見てきたこともあり、両親を含めた「世間様」とは、心の奥で 一線を隔した内省的な性格になっていた。 で、このザマだが、自由に? 生きられた充実感は、何ものにも勝る。今日は、「ひろさちや」の過去分 の読書日記を、以下にコピーした。 改めて読んでも、納得する内容。
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2019年05月24日(金)
* 林真理子の「おばさん」の話 なるほど、売れっ子作家の『オバサン』の話題は面白い! その一部を抜粋する。 ≪ 「オバサン」という言葉を、とてもポジティブにとらえるようになった。 少なくとも、「おばあさん」と言われるよりずっといい。 つい先日、 東北に旅行することになった。泊まるところが廃校を利用した施設で、二段 ベッドと聞いて私は叫んだ。「まだ寒いってのに、二段ベッドはやめて! 60過ぎのおばあさんにはきつ過ぎる」 するとうちの秘書が、 「ハヤシさんは、都合が悪くなると自分がおばあさんって言い張ると使い 分けるんだから」と笑った。本当のところ、私はおばあちゃんと思ってない。 60歳は昔なら初老かもしれないが、今だったら中年後記であろう。 若くもないが、そう年寄りでもない。そう「おばさん」と言われるのが一番 しっくりくる。ある人が書いていた。日本は「おばさん」の期間がとても長い。 70歳過ぎても「おばさん」といわれる。… 私はレキッとしたオバサンと思う とどんなことも出来る。… 世界でいちばん優しくて、世話好きでマメな人。姿かたちがおばさんだと、 大抵の人は警戒しない。おばさんになると、全体的に丸みを帯び、目も下がって くる。ぐっと懐かれやすくなってくる。おばあさんになるにはチッとはやい。 しばらくの間、おばさんでいると、決めている。 ところで私と同じ位の年齢の友人で、とにかく強引でケチな女がいる。 情緒がまるでない。「おばさんの皮をかぶったおじさん」と、面と向かって ワルグチを言った。 ≫ ― ▼ そういえば、「おばさん」について書いていた?と、HP内検索を入れると、 やはり幾つかあった。前回に取上げた時、検索しておくべきだったが… としても忘却の彼方の自分の文章を読返すのも面白い。その時々の全エネルギー が凝縮してあるため。 誰かが言っていた。 <老化すると、男はオバサン顔に、女はオジサン顔になるんだよ!> 品良く老いる? 今さら無理ですか! ならば、せめて外見の品だけでも 良くするのが御年寄りの務めですか。 せめて足掻いてみたらどうでしょう。
としても、よくぞ書いていたものだ! ―――― 2002/08/20 女の盛り 表面的のことだが、女性を語る上には大事なこと。 ・女性の若いときの盛りは、やはり18歳から21歳。 ・次は少し社会に揉まれた30歳。 ・最後の円熟の年増の最高潮が41歳である。 これは生命保険の偉いさんから聞いたが、正しくそのとおりである。 妙齢の年頃という頃だ。 ・往年の大女優がエッセイで書いていたが、 45歳を境に坂道を転げ落ちるように、衰えが激しくなる。 姉や従姉妹など見ていると全くそのとおりになっていった。 色が全体に黒くなってくる。閉経期と一緒だ。 それに図々しさが加わると小母ちゃんになってしまう。 その時こそ、本当のお洒落が必要になってくるという。 それと教養が顔に出てくるから更に怖い。
去年の同級会に出てびっくりした。 55歳の同級会だったが、見事おばさん化していた。 男もそうだが、それでも女性ほどではなかった。 肉体の衰えが、精神を抑えることができないのか。
そこに残るのは品性だけだ。 そういう意味で、品性は大事である。 その時にお洒落の意味が出てくるという。 如何に老いをプラスに表現できるかである。 けっして若く見せることでない。
TVタレントや女優を見ていると、その良し悪しが見えてくる。
・・・・・・ 2005/06/13 1532, 「おばさん」の定義
図書館で何気なく見た本に「おばさんとは?」という、 チェックポイントがあった。 私の一番嫌いな人種といえば、教養のないオバサンである。
「オバサン」の私のイメージでいうと、 以下の通りである。 1.傲慢で緊張感が全くない 2.自己中心的かつ利己的で 3.他人の噂話が日々の潤いになっている 4.他人の行動が気になり節介をやきたがり 5.服装が世帯じみていて、アンバランス 6.知性が全く感じられない
「お前こそ、オジサンそのものじゃないか?」 と言われれば返す言葉もないが。 しかし、 「何がオジサン・オバサンか」は、自覚をしておかなくてはならない。
その本を目を通しただけでも「なるほど!」という内容が幾つかあった。 服装研究家のようであったが、男の私でも合点がいった。
「過去を背負っている感じが出ている人」と、まずあった。 時間とともに人間は変わっていくが、気を許すと年齢の変化についていけないで、 アンバランスになってしまう。その過去の蓄積度がオバサン度を高くするという。
その年齢にあった着こなしをしなくてはならないが、 放漫のため 気がまわらなくなるのだ。 まずは「クローゼットの大整理を、常にしておくべし!」と。 「オバサンにならないためには服装や化粧は気をつけて、 年齢だからと諦めては駄目!」ということを聞いたことがある。 諦めたと同時にオバサンに転落するのだ。 心のクローゼットも整理をしなくてはならないが。 姉をみていても、オバサン化をしているかどうかは五分五分。 常に何かを求めて、世界に自分を晒せる環境にいるかどうで左右する。 新幹線にオバサンのグループが入ってくると、異物が混入してきた空気になる。 新幹線の車内は社会の集約された場である。 そこに全く緊張感のない変な集団が入ってくると・・・? ゾロリ・ゾロリ軍団という弛緩の塊が異様に目立つのだ! 懐かしのメロディーで、昔のアイドル歌手が出てくるが、その外形の変容や、 「普通のオバサンになっている弛緩の姿」を見ると、悲しくなる。 一番大事な時期に基礎教養を蓄積しなかった無残な姿が、そのまま露出している。 中尾ミエなどの三人トリオや、天地真理などが典型である。
今日も、スーパーの近くで「凄いオバサン」を見た。 ブラジャーなしで、アパパーを着て、頭はボウボウで、 だいたい想像がつきそう?
「エ~、何処かのカアチャンの家庭の中の姿?」 そこまで、言うな!家の中は弛緩の場だから? ・・・・・・ 2670, おばさん、の話 2008年07月27日(日)
「おばさん」という言葉が、既に「何とかハラスメント」という圧力がある。 ーおばさんとは、 「女という演技を止めた女性」 「男と同じ部分をみつけて、同化を始めた女性」 「老化のバランスの崩れに対して抵抗しなくなった女性」 「世間という世界にドップリ漬かった中年女」等々、幾らでも要素が出てくる。
女という演技を止めた女というのが、言いえて妙。 女性が一番美しいのは、40歳前後。 おばさんへの、折り返し地点であるからだ。 演技を止めようか、それとも最後の濃艶な女を演じようか、その際(キワ)が光輝く。 一子(長男、長女)の子どもから手が離れ、少し余裕が出てくるが、多くの問題 が一挙に押し寄せる時期。 人生の境目でフト我に返ったときに、女の最後の美も失われようとしている。 「私の人生は何だったのだろうか。男(亭主・恋人)には仕事という生甲斐がある。 自分には、空しい小さな世間しかない。これでは、自分の人生は浮かばれない。」 等々の妄想がよぎる。肉体的には本格的な老化が始まり、精神のバランスも崩れる。 まさに人生の断崖絶壁に立っているといって過言でない。何か解るような気がする。 ここを、そのまま過ぎると「こてこてのおばさん」の弛緩した日々が待っている。 自分の趣味を持たないで、日々に流されると、「こてこてのおばさん」になる。
そこで、「おばさん」という言葉から、女性の魅力とは何かを導き出してみよう。 ・女という魔物の演技を自作自演でする 男のニーズに合った女づくり ・男とは違う部分を強調し、そこをアピールする ・「美とはバランス」という事実を意識して、バランスの崩れを諦めないで フォローする。 ・世間とは、その辺の5〜6人と割り切り、彼らとは違った個性を追求する等々。 その位のことは、誰でもしている? いや、それを止めないことです! 私の知人の女性が、最近、ある会社の営業に勤めだしたという。 間接的な話しだが「そこはジェラッシック・パークというより、動物園の世界だった」という。 その言葉の中に、何かしら中年にさしかかった女性たちの姿が目に浮かぶようだった。
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2019年05月23日(木)
* 「おばさん」 「おばさん」をネット検索すると… 【 かつて成人女性全般を「おばさん」と呼んでいた。しかし、語感として 年長感があることから、主に中年・初老の女性を指す呼び方になっている。 中年の範囲は明確ではなく、何歳からおばさんにあたるのか、その辺は非常に 曖昧でデリケートな問題。 女性の場合、中年どころか初老の年齢でもおばさんと呼ぶのはあまり好ましく ない。(「皺やシミが増えたね」「加齢臭がするね」「若い子より老けてるね」 「太ってるね」の隠語のように聞こえる為)。 成人の女性(男性もだが)は、 本来なら名前や役職で呼ぶべきであるし、女性に対しておばさんやおばあさん と呼ぶのは控えたほうが良い。 三人称でも「あのおばさん」ではなく女性、女の人と言っておくのが無難。 なお、熟女好きの男性には中年・初老女性の疲れた目元や(幸せ太り、お産など で)微妙に崩れた体型などに母性を感じる人も少なくないが、褒めるつもりで 「だらしない体が好き」などと言っても、言われた本人は良い気持ちはしない と思われる。 】 ― ▼ バブル華やかな頃、大手生命会社から直接、中期資金を借りていた。 当時の上場企業の新潟市の位置づけは高く、キャリア組の一時的安息地で、 そのレベルが高かった。 当時の支店長は、<現場叩き上げで、中年女性の 生態を知り尽くしている>と御付きがコッソリと教えてくれていた。 その持論とは… 『女性の本当に輝くのは40歳辺り。あと一花咲かせるか、このままで終るか、 の境目で、真の女の魅力が現われ出てくる。それは何とも表現しようのない 美しさ。その彼女を奮い立たせて営業成績を供に上げるには、男女の関係の塀 の上に立たないと無理。40歳頃の女性の精神と身体のバランスが何とも奥行き のある魅力を醸し出す』 何とも小説のような危ない話。‘{おばさん化」するとは、30歳代で、 ‘おんな’を捨てた女性。諦めた瞬間、おばさんにまっしぐら。 思いつきのテーマだが、このキーワードで思いつく材料が次々と浮んでくる。 で、ネット検索で見つけたのが、林真理子の「おばさん」のエッセー。 これが面白い… 〜つづく 追文: 4年前の以下の文章。「‘おんな’を捨てないで生きていく覚悟」 が、女性道での悟り。精神の奥で自立するかしないか。 としても、 「腐った女」 のような男が多いこと。自立できない、あの一群のゾンビ。 それも他人事ではないか。
・・・・・・ 5182,人生相談という気晴らし! 〜�� 2015年05月23日(土) 『人生、しょせん気晴らし』中島義道著 * 悟りが在りや無しや? 世には、「悟り」を真面目に求める人がいるものだが、私の答えを正直に いえば、「自分が、つくづくバカを悟ること」「体裁を過剰に求めないこと」 と、「自分に対し、あまり誠実でないと自覚すること」である。それは悟り の問題というより、「自覚」の問題だが。 世界の果て(秘境)で、想像を 遥かに超えた絶景に出会った感動の瞬間が、悟りに近い? これは自分が実感するしかないが。 ≪ Q: 「悟り」の世界はただの夢なのでしょうか? 私は五十六歳の主婦です。三十年ほど前、結婚して心のバランスを崩した ことがきっかけで、精神世界に関する本を読み漁り、悟りという煩悩に支配 されない境地に憧れるようになりました。それから、さまざまな講演や参禅会に 参加したりしましたが、今でも悟りなどとはほど遠く、つい感情的になったり、 主人に嫌味を言ってしまいます。以前と何一つ変わらず、同じところを堂々廻り しているような気がします。最近はいっそ、悟りなど無いと言われたほうが 気が楽だとさえ思ったりします。本当に悟りというものはあるのでしょうか。 それとも、元々ない夢を追い求めていたに過ぎないのでしょうか。 何か手がかりをいただけると幸いです。 A: 〜自分で一生かかつて確かめてみるしかないでしょう〜 今回の相談も「いらいらする」ものですね。大体、哲学者ごときに 「悟り」が在るか無いかを聞いても、まともな答えが返ってこないことぐらい わからないのでしょうか? 同じように、神はいるのか、善悪の基準はあるか、 真理はあるのか-…、といった問いに、ハキハキ答えてしまう哲学者は、 正真正銘のニセモノです。では、哲学者はこうした問いに対して何もできない かというと、そうではない。 哲学特有の領域を指し示すことはできます。 あなたはすでにわかっているかのように「在る」とか「無い」という言葉を 使っていますが、じつはその意味は皆目わからないのだ、ということを あなたに気づかせることです。「悟り」が「在る」としても、それはコップの ように、空間のように、数字のように在るわけではない。では、「どのように」 在るのか、もしかしたら「無い」のか、と問えば、まず論理学的法則から決め られるのでないことは確かです。「悟り」は別にそれ自体として矛盾している わけではないのですから。また、物理学などの科学を持ち出して決定できる わけでもない。現代科学のすべての成果をもってしても、意識については わずかにも説明できない。「見える」ということ、私が私の手を「上げられる」 ことさえまったく説明できません。このことを話すと話が長く(千倍くらい) なりますので、いまはやめます。疑いなく、「悟り」とは意識に関すること ですから、科学者をはじめ、その体験をしたことがない人が「外から」アレコレ 詮索しても仕方ないのです。言いかえれば、あなたが本当に確かめたかったら、 実際あなた自身で確認してみるしかないでしょう。あなたがいままでどの ような修行をなさったのか知りませんが、そんなに気になるのでしたら、 自分で一生かかって確かめてみるしかないのです。しかも、最後まで わからなくて、そのまま死んでいくかもしれないのです。本当に心の底から 出た問いなら、それでもかまわないはずですし、そもそも他人から「手掛かり」 を得ることでは満足できないはずです。そうしないで、安直に答えを求めて いるあなたにとっては、悟りなんか「無い」と割り切って「気が楽」になった ほうがいいのではありませんか? ≫ ▼ 悟りとは、現象を、色即是空、空即是色と直感できたような一瞬の感覚? ネット辞書によると、《悟り(さとり)とは知らなかったことを知ること、 気がつくこと、感づくことを言い、覚りとも書く。宗教上の悟りは迷妄を去った 真理やその取得をいう。サンスクリットでは日本語の「理解」「気づき」 「通達」などの意味に相当する単語はある。》とある。悟りで、恐ろしいのが 「死期」だろう。それから死ぬまで、生きてきた分の人生を生きるというが。 ということは、「死期を悟り、それを受け入れる葛藤を通して得られる心境? ・・・・・・ 6279,閑話小題 〜ビデオ撮影の恐ろしさ ー2 2018年05月23日(水) * こうなれば、廃部ですか! 〜産経のネット記事より ≪・アメリカンフットボールの定期戦で日大選手の悪質な反則行為で関学大選手 が負傷した問題は、反則を犯した日大の宮川泰介選手が22日に開いた会見で、 内田正人前監督ら指導陣の執拗な指示があったことを浮き彫りにした。 「真実を明らかにしたい」と臨んだ会見で示された経緯は、日大側が指示を 否定してきた見解と明らかに食い違う。指導陣がルールを逸脱した負傷行為を 指示したのであればスポーツへの冒冒涜(ぼうとく)で、部の存続そのものも 危機に直面する事態だ。 ・宮川選手は会見で19日に辞任した内田前監督は試合後、反則行為について 「俺がやらせたんだと言え」と語ったと主張。関学大への質問で日大が説明した 「監督の指導と選手の受け取り方に乖離が起きたため」との内容とはかけ離れる。 宮川選手の父が「監督、コーチの指示」の公表を求めた際にも、拒絶された ことを明かした。 ・監督、コーチが反則を指示し、警察に被害届が出される事態は極めて異例だ。 大学スポーツ界では、過去に名門の運動部であっても不祥事によって廃部に 追い込まれたケースがある。大学日本一に10度輝き、メキシコ五輪バンタム級 銅メダリストの故森岡栄治氏や元プロボクサーでタレントの赤井英和さんを 輩出した近畿大ボクシング部は平成21年、部員2人が起こした強盗致傷事件 で廃部(24年に活動再開)した。 ・宮川選手は会見で「チームや指導に対して言える立場にはない。同じことが 起きないことを願う」と言葉を選んだ。 ただ、日大の現役部員からは 「監督だけでなく、コーチも総退陣しないと、チームは立ち直れない」との 不満の声が漏れる。選手らの悲痛な叫びに耳を傾けなければ、大学日本一 21回の名門に未来はない。(田中充)≫ ― ▼ 熊: 八つぁんよ、昨日、言っていた一年間の試合中止で済まされず、 廃部っていうじゃないか。そういわれれば、それが妥当かもね。 寅: マンモス大学のNO・2が、これじゃ、当然かもしれないね。 大家: あの記者会見には日大当事者も、監督も驚いただろうね。 2〜3年、刑務所に入って、頭を冷やすことだね。当然、本人もだが。 寅: 問題の録画が無ければ、有耶無耶に終わったのだろうが。それにしても、 酷いものだね。サッカーなど、日常茶飯だろうがね。ラグビーでスクラム 組んで押合いするだろう。その時、顔をさ… まあ、書かない方がいい。 八: 考えてみれば大問題だね。いくらポン大とはいっても、最高学府の スポーツ競技で、大学のNO2が、あれは酷い話だね。実行犯の話の脈絡から して、最初から鉄砲玉としてコーチと監督が、この物語の筋書きがあった と思うのは私だけでないはず。 大家: 東京オリンピックを前に、神様が与えた教訓ですよ。金さえとれば、 その前に、参加さえできればと… 異様な空気が既にあるからね。 寅: 日大の対応の遅さと、曖昧さが、炎を拡大させてしまったね。 八: NO・2というから、トップが躊躇するのは分かるが、グループの解体も 考えられるよ。他の問題を、これをキッカケで現れ出て来るよ。 熊: 日大相撲部といえば名門だが、黒い噂が… これとは関係ないがね。 寅: でも、実行犯が自ら記者会見とは前代未聞。ここまで明らかにされると 言逃れは出来やしないよ。でも、鉄砲玉自らが記者会見で告白とは、 まさに劇場型エンターテナーの世界だね。としても、これはグローバルでも 大受けするね。街頭のインタビューで、たまたまアメリカから帰国していた アメフトファンの人が「こんな話、前代未聞!」と言っていたけど。 大家; 一つの現象の背景の30の、その30後ろも300の問題があるというがね。 八: 政治的にみて、安倍ちゃんは、シメシメと… 「事実は小説より奇なり」 というが… 私も、あのインタビューの評価が良かったか悪かったか? 熊: どうだろう? 俺様的には賛成! 寅: 俺は、反対だね。自爆テロだろう。心情的には大賛成だがね。 八: 私も賛成。 タイミングが、今しかないし、そりゃ、何が起きるか? この日本も危いのが多いしね。ああでもしないと、事故とか、自殺の体裁で? 大家: オリンピックに向けた戒めと考えても、死なば諸共はいけません! 熊: 何で、俺よりバカなこんな人が、日大のNO・2なの? 寅: 何なればこそ、ここのトップになれたの… 。そうだろう! 大家: そこまで言っちゃあ、おしまいさ。 八: 嫌だね、皆んなホワイトナイト気取りで「ブラックナイト裁判」とはね。 ・・・・・・ 4817,いま、一人前の条件 2014年05月23日(金) 朝日新聞の(耕論)「いま、一人前の条件」=規範ない、寅さんのつらさ」 ノンフィクション作家・高野秀行が面白い。 私が一人前として自立できたと 感じたのは27歳の時。父が亡くなり、最初の事業を千葉で立上げと同時に結婚。 その時、石油ショックが起きて、ただ無我夢中の日々だった。両足に鉄の下駄 を履き(結婚生活)、背中には創業という重い荷物を担ぎ、よろよろと坂道を 登っているような日々だったが、これが私の独り立ちであった。 以下の内容は、世界における「一人前の条件」だが、やはり結婚が大きな 目安のようだ。 ーその全文をコピーするー 《 早大の探検部以来、外国人が入らないような辺境も含め、世界60カ国 以上を旅してきました。その経験を踏まえて言えば、 ・先進国以外の大部分の地域では、結婚しているかどうかが「一人前」の 一つの大きな基準。20歳過ぎても独身だと、 何か特別な理由、特殊な 事情があると思われます。正確には子供が生まれて完全に一人前という 感じでしょうか。 ・かって半年ほど住み込んでいたミャンマーの少数民族の村では、子供が できて初めてその人の土地がその人の名を冠した「○○の畑」と呼ばれて いました。一人前になることは、財産を含めて地域社会から認知を受ける という意味でもあります。 ・長年、無政府状態が続いたソマリアの取材を続けていますが、ここでは 「大人」という言葉に、成人という意味に加え、「偉い人」「長老」という 意味があります。長老はだいたい50歳以上、10人の集団に2、3人の割。 人望や財力、教養があり、何か問題が起きた時に「あの人に相談しないわけ にはいかない」というような存在です。氏族内のトラブルや他の氏族との 争いでは、交渉の窓口になり、決定権や責任を持ちます。前例をもとに 物事が決まる社会なので、年を重ねることは知識と経験をもつ貴重な データベースということになり、尊敬されます。私はいま47歳ですが、 日本も私が子供の頃はアフリカやアジアの発展途上国のように、結婚して 家庭をもって初めて一人前扱いされるという感覚が一般的だったと思います。 ・最近は日本を含めた先進国で、年寄りの経験値の意味が薄れてきています。 情報技術を駆使できる若い世代が圧倒的に知識量が多い。従って社会的に 年寄りが尊敬されることもなければ、年をとるメリットも感じられなく なります。何歳から何をすべきだ、この世代はこうあるべきだという 決めつけがなくなり、多様なライフスタイルが認められるがゆえに、単純に 一人前とはこういう人といえなくなっています。例えていうなら、今の日本 は山田洋次監督の映画「男はつらいよ」シリーズで、社会規範にとらわれず、 気ままに旅を続ける「フーテンの寅さん」が急増している社会です。 寅さんが増えると少子高齢化がさらに進み、社会が回っていかない。 同時に本人もつらい。規範がない社会では自分でそれを作らなければ ならないからです。特に日本人は自分で自分の価値観を作ることが苦手。 でもいったん自由になると、なかなか過去の価値観には戻れません。 「一人前とはこうだ」というモデルを強要しない社会は、 「自由はつらいよ」ともいえるんじゃないでしょうか。 * 高野秀行 66年生まれ。早大探検部時代にコンゴを探検し 「幻獣ムベンベを追え」 でデビュー。》 ▼ 私の人間としての一人前は、三年前の節目時。「なるほど、自立する とはこういうことか!」という感覚。 家庭持った時点の自立は社会の中の 承認だが、リタイアー後の自立は、社会の束縛?からの、自立になる。(>'A`)> いや、超越の方が正しい。真の孤独を味わうべき時に、自立できないで アタフタしている姿がイジマシイ :((゙゚'ω゚')):
・・・・・・ 5912,『しあわせ仮説』 ー10 2017年05月23日(火) 『しあわせ仮説』ジョナサン・ハイト著 * 「純粋な悪」を、北朝鮮のドン様にみる ドン様と、それを支持している北の上層部にとっての「純粋な悪」とは、 アメリカ、韓国、日本であり、今では中国も加わりつつある。金日成、金正日、 金正恩になるにつれ、中国に対し、自ら不信感を強めて孤立を強めているようだ。 叔父、実兄、幹部を次々に粛清し、その亡霊に恐れおののいて、精神が歪んで きているのが見てとれる。一人の殺害を癒すのは、25倍の英雄的実績を必要と すると、宿敵アメリカ、日韓に対し、戦争をしかけ英雄的勝利を得るしかない。 そのため出来ることなら何でもする姿が画面に溢れ出ている。 これが 狂った小心者の心の内の中。 純粋に悪いのは、アメリカ、日韓。その思いで、 臣下の数十万、数百万の犠牲者など、大したことではない思い込み。気違いに 刃物とはこのこと。それを演じて世界を恫喝していれば、世界の皇帝並み待遇? の立場でいられる。金日成、金生日の人質は、ソウルの2000万人だったが、 核と弾道弾で今では日本の首都圏の3〜4千万人と北京の数千万。アメリカの 数千万。最後は欧州も含めた世界中の全てを破壊できる核とミサイル。 最後は、細菌兵器に至る。とすると、数百万から一千万位で済むものなら、 今のうちに!という戦略的判断が働いても何ら不思議ではない。 内部コネクションを使った内部処理が一番、効率的だが、そうはいかないので ここまできた。 成るほど、これもグローバル化の一端ということになる。 ヒトラーが、「パリは燃えているか?」が、「東京は燃えているか?」 「ニューヨークは燃えているか?」に、時代は変わってしまったのか。
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| 6641,読書日記 〜『遅刻してくれて、ありがとう』 −1 |
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2019年05月22日(水)
* 「固体から液体へ」! この数年で社会の有りようが根底から変化して、何か、途轍もないことが 起きているのではという不安感が世界を覆っている。ネット世界が現実社会を 覆って数年経つ。 図書館で、ずばり、それをテーマにした新書の上・下巻が あった。さっそく、借りてきたが、分厚い濃厚の本。アメリカのジャーナリスト、 トーマス・フリードマン著、『遅刻してくれて、ありがとう』である。副題が ー常識が通じない時代の生き方ー Windows95や、スマ―フォンが普及して以来、あまりにも安易に面白い知識、 情報が入手可能になり、それが「考える時間」を少なくしている?… 20万年、 いや生命誕生40億年来の変革期の中で、タイミング的にはベストの内容。 人生の黄昏時の際に、こんなに面白い時代の際が重なるとは、非常に幸運。 この年齢で今さらだが、まずは、この幸運の自覚を持つこと。 著者は、インターネット社会を、「固体から液体へ」「フリクションレス (イライラが無い)になる」という表現をする。その反面、何かしら大きな 不安に包まれる。 遅刻をしてくれた御蔭で、考える時間を持てて、有難う」 と、そのままを本題にしている。 何度も書いてきたが、 『事業経営を自ら清算できて有難う』と、毎日、思うこと。失敗には、考える ことしか残されてないからだ。 私の失敗の本質は、1990年のアメリカによる 経済戦争で日本が敗戦した意味を深く理解できなかったこと。 右上がりの 経済成長が、下向きになってしまった現実の認識が、あまりに甘かったこと。 その結果、現在、毎日、考えることがあまりに多いことに驚いている。 右上がりの風で舞上がり、まさかの疾風で失速したに過ぎない」だけ。 「考えないこと、考えられないこと」が、人生に大きくロスを生んでいる。 とはいえ、「考えてもたかが知れている」。でも、考えないと、せっかくの 地球旅行で何も見ない、知らないで消滅する! 面白かったと実感できるのが 幸いだが… 〜つづく
〜歳をとって後悔するのは、あまりに勉強してこなかったかだよ!〜 ・・・・・・ 5546,子どもはなぜ勉強しなくちゃいけないの? 〜�� 2016年05月22日(日) 『子どもはなぜ勉強しなくちゃいけないの? 』 おおたとしまさ(著) 子供はこんなテーマの本を手にしない。手にするのは親など大人たち。 とすると、[子供偏]だけでなく、親向けの勉強の必要性を説く[大人編]があって、 至極当然である。私のようなリタイア後のシニアに、最後の総仕上げも含めて、 学ぶべきことは数限りなくある。せっかく地球上に、「遊び、学び、働き」に 来たのだから、総括の仕上げが必要である。この歳になっても、相も変わらず、 頼まれもしない、このような文章を書き続けている。しかし、今のところ 止めたいと思わないのは、テーマを探し、文章構想をたて、書上げるプロセスで、 多くの考える時間を得ることが出来るから。「考える」ことが、己を己たらし めしている実感があるため。死ぬまで学び続ける姿勢そのことが最も大事である。 [大人編] :荒俣 宏 動物だって勉強している/ 人間は一人で生きていけないから勉強する/ 人間は生き残るために知的欲求を発達させた/ 「やってみたい」こそが「コンテンツ」集めの最強の動機/ 「コンテンツ」が増えれば勉強はラクになってくる/ マイペースで勉強するのがいちばん身に付く/ 親のアドバイスが子どものストレスになるジレンマ :瀬戸内寂聴 勉強しないと「心の栄養失調」になる/ 子どもの得意なことを見つけてやるのが教育の第一歩/ 「先生は尊敬すべき人」と教えるべき/ 子どもはテストの点でなく親の顔を気にしている/ 1行でも印象に残る文章を見つければ立派な読書/ :坂東眞理子 「人はパンのみにて生きるにあらず」/ グローバル社会の処世術を身につけるには/ 自分が今ここにいるのは自分の努力のおかげだけじゃない/ 裾野が広くなければ高い山にはならない/ 型を破るためにはまず型を覚える/ :福岡伸一 「脳の水路付け」から逃れるために/ 勉強には人類の文化史が折りたたまれている/ 教養とは知識の時間軸を持つこと/ 「小さな問い」に一つ一つ答えていく/ 大人になれないサルが「大きな問い」を発明した! ?/ 「センス・オブ・ワンダー」が人生を豊かにする/ 科学と技術は違う。教育と職業訓練は違う :藤原和博 成長社会から成熟社会への移行/ 情報処理力から情報編集力へ/ 勉強と遊びの両方が必要/ クレジットをためれば自由になれる/ クレジットを希少性に投資するリターンは大きくなる/ :茂木健一郎 知恵を得る以上に価値のあることは存在しない/ 「フロー」のサイクルができれば子どもは勝手に勉強する/ 知識や教養は高性能な脳内ネットワークを形成する/ 今こそ日本の教育のベストシナリオを描くチャンス/ 親がすべきは、子どもの「学ぶ本能」が起動するきっかけづくり :養老孟司 昔なら「くだらないころ聞くんじゃない! 」でおしまい/ 「くだらないころを聞くな」と「そういうもんだ」は違う/ 「勉強したくない」というのが本当のメッセージかも/ 好きなことを突き詰めればすべての学問に通じる/ 山道を登り始めればさらに先が見たくなる/ ―――― ▼ 世の中には、「心の栄養失調」の病人?の多いのに驚かされる。 私自身、どうだろう。 倒産という形で事業生活を終えた私の人生は、 <この結果なればこそ、「五目並べ」の白の石目が一挙に黒に変わって しまったことで、過去の白を黒として問い直せ!>ということになる。 成るほど、どれもこれもが面白可笑しく、それらの事象が変わってくる。 視点の変化で、「大人は、なぜ勉強しなくてはならないの?」が、そのまま 我が身に突き刺さってくる。人生を洗いなおすために、学び直すために、 この結果はベストだったことになる。 福岡伸一氏の《教養とは知識の時間軸を持つこと》からすれば、この随想 日記を書きつらね、同月同日の内容を毎日、読み返す行為は、ベストになる。 15年分の同月同日の時間軸で、自分を省みる勉強になっている。 「シニアになっても、何ゆえに学ばなければならないの?」の答えは、 「あなたの現状そのままが、答えになっている!」 「自由になるため、心の平安のため、広く深く遊ぶため、後悔しないため!」 で、これもまた、以下の文章に繋がっていく。 ・・・・・・ 6278,閑話小題 〜ビデオ撮影の恐ろしさ 2018年05月22日(火) * 日大・アメフト部ですか 〜ネット記事によると〜 ≪ アメリカンフットボールの日大と関西学院大の定期戦で悪質な反則行為が あった問題で、危険なプレーをした日大の守備選手が「『(反則を)やるなら (試合に)出してやる』と監督から言われた」と周囲に話していたことが16日、 分かった。関係者が明かした。日大広報部は、内田正人監督が学内の調査に対し 「違反をしろと言っていない」と述べたと明らかにし、否定した。 日大の選手は下級生の頃から主力としてプレー。しかし関係者によると、 最近は内田監督から精神的な部分で苦言を呈され「チーム内で干されている 状態だった」という。6日に東京都内で行われた定期戦前に「やるなら出す」 と反則行為を条件に出場の機会が与えられたという。 当該選手は、パスを投げ終えて無防備な状態だった関学大のクオーターバック に背後から激しくタックルをして負傷退場させた。その後もラフプレーを繰り 返して資格没収(退場)となった。 ≫ ― ▼ この衝撃的場面が録画されネットで世界に発信され炎上したことが問題。 集団格闘技なら然もありなんだが、問題は記録として残されてしまったこと。 何処まで問題が発展するかだが、「監督の永久追放と逮捕と、チームの1年間の リーグ戦の出場停止」が妥当な収まりどころ。 一番、傷ついたのが、日大の イメージ。元もと低いのに、これで以前の「ぽん大」に逆戻り。学生時代の寮 の隣室に日大で3年留年の先輩がいたが、その私生活の御乱行のそれは… これまで表立たなかった問題も、録画されると有耶無耶出来なくなる情報社会 の恐ろしさを連日のように知ることになる。100キロもある大男がぶつかり合う 格闘技、不正ぎりぎりの陰湿なタックルも多々あるのだろうが、あれでは言訳は 出来ない。これで、去年の優勝の栄誉が、実は多くの不正の上に成り立っていた 可能性も。観客のビデオで新たな不正場面が掘り出されなければよいが… ネットニュースで<負傷させた日大の守備選手が22日に東京都内で記者会見、 内田監督とコーチの指示に基づいて反則をしたと主張することが分かった。>とあるが、 これで刑事訴追の可能性も出てきた。「壊してこい」も、ルールに則ってを 前提だったか? の立件は難しい。 不正暴力事件といえば、あの事件以来、大関・横綱が、立合いの張手が使え ないため、盤石な強さが消えてしまった。何せ番付の上下関係が厳格にはたらく ため、「肘ち、張手」は最たるアドバンティジ。守らないと、その力士の部屋 の道場に押しかけ可愛がり! 一人時間差攻撃。合理的朝青龍直伝のシステム。
・・・・・・ 5911,『しあわせ仮説』 −9 ネガティビティ・バイアス 2017年05月22日(月) 『しあわせ仮説』ジョナサン・ハイト著 * ネガティビティ・バイアス 動物も人間も、エサを逃してしまうより、外敵のエサになる方が遥かに リスクが高い。エサになってしまえばゲームオーバーで、その固体の終焉に なるため、「悪いことに対し、良いことより大きく反応する」ように、自然 淘汰の中で、設計図を変えて生延びてきた。ポジティブだけでは生きていけ ないのである。ポジティブ3〜6に、ネガティブ1の割合で必要なこと。 但し、その濃度は、3〜6倍が必要となる。成長しなければ競争に負け淘汰 される。 〜その辺りから ≪ ネガティビティ・バイアスを調整する【悪いことは良いことよりも強い】 自分‘が’食べるものを見逃しても、すぐには死なない。しかし、自分‘を’ 食べるものを見逃したら、すぐに死ぬ。だから動物は、恐怖・不快に対して 好機・快よりも敏感に反応する。人間もその例外ではない。 人の心というものは、良い物事に比べて、同程度に悪い物事に対して、より すばやく、強く、持続的に反応するということが心理学者によって繰り返し 見出されている。私たちの心は、脅威や侵害や失敗を発見して反応するように 配線されているため、すべての物事を良く見ようとしても、単純にできない のである。 ≫ ― ▼ ハイトは、「このマイナスのバイアス原理は、心理学の至る所で現れる」 と、さまざまな例を示す。その一つが、『一度の殺人を埋め合わせるためには、 人命を救うような英雄的行為を25回しなければならないと見積もられている』。 人は、自分に恐怖や不快を与えた人のことを容易には忘れない。≫ しかし、その逆の心理も言える。傷をつけたり、殺した相手に深く傷つく。 北朝鮮のドン様。叔父を銃殺し、実兄を暗殺し、多くの側近を殺してきた。 何を恐れ、ここまで狂気になっているのか? 処分してきた身近な人たちの 亡霊を恐れているためである。外敵が日米韓なら、内なる敵は、処分した政敵 の亡霊。だから何をしでかすか、最たる危険な小心の男である。 夫婦関係を身近にみれば… 一度、争ったら、その25倍の代償が必要となる。 だから、代償の負債残高が数知れず蓄積されていく。「おお妻よ、どんな敵でも 御前のような酷いのはいなかった」と、独り呟くことになる。 そして、ネバティビティ・バイアスは、ここで再生産されることになる。 だから、自分の世界を長年かけてつくっておかないと、爆死することになる。 ・・・・・・ 5181,アウシュビッツの回想 2015年05月22日(金) 『読書脳』立花隆著 * アウシュビッツの奇跡的幸運(地獄に仏) 二ヶ月前のNHK/BSのアーカイブで、ある女性の奇跡的生還を扱っていたが、 これも似たケース。奇跡的幸運が重ならないと、この過酷の状況下で生延びる ことなど出来ようはずがない。 ≪「シモーヌ・ヴェーユは驚くべき女性だ」と書くと、日本では社会思想家の シモーヌ・ヴェーユを思い浮かべる人が多いかもしれないが、私が言及している のは、もう一人のシモーヌ・ヴエーユだ。フランスで最も有名な女性政治家。 一九七四年シラク内閣で保健大臣になったのを皮切りに、歴代の内閣で保健大臣 をつとめ、フランスに人工妊娠中絶法を導入したことで知られる。一九七九年 には、第一回欧州議会で直接選挙による初代議長に選出されてもいる。 だが彼女を何より有名にしているのは、ドイッがフランスを占領している最中、 ユダヤ人身分証偽造)に問われて、ゲシュタポに逮捕され、アゥシュヴィッツに 送られながら、奇跡の生還をとげたこと。彼女の腕には、いまでも囚人番号の 入れ墨がある。シモータ・ヴェーユ『シモーヌ・ヴェーユ回想録』は自ら筆を とってその数奇な人生をふり返ったもので、フランスでは〇七年に発売されるや たちまちベストセラーになった。政治家になってからの話も面白いが、圧巻は 第二章「罠」と第三章「地獄」。逮捕劇とアウシュビッツ時代を語ったくだり。 【アウシュヴィッツに着くとすぐに、その場で囚人の仕分けが行われた。彼女 は十六歳だったが、見知らぬ人の耳打ちで「十八歳」と申告し危くガス室送り をまぬがれる。子供、老人、身障者など労働に適さないと判定された者は、 その場でガス室送りのトラックに乗せられたのだ。「親や子どもがどこへ 行ってしまったのか(略)カポー(女看守)に尋ねる人がいると、彼女たちが 窓から見える死体焼却炉の煙突とそこから上がる煙を指し示していたことを 私は覚えている。(略)死体焼却炉の煙は休みなく煙をはき出していた。 堪え難い匂いが立ちこめていた】 読んでいくと、彼女が生きながらえたのが 不思議に思えるくらい地獄の生活がつづく。収容所の娼婦あがりの女監督官に 気に入られて「あんた本当にかわいいねえ、ここで死なすにはもったいないよ。 別のところへ行けるようにしてあげる」「でも母と姉が一緒だからいいです」 と断ると、「じゃお母さんとお姉さんも一緒に」と、本当に三人そろって、 アウシュヴィッツから別?収容所に移され、仕事も調理担当に代えてくれる というウソのような話が本当に実現した。その女監督官がなぜそんな特別の ことをしてくれたのか、理由はよくわからない。その頃かわいい女囚に同性 愛的サービスを求めて特別の便宜をはかる女看守もいたが、それ的な要求も なかったという。それから間もな-戦争が終り、女監督官は英国の手で 逮捕され処刑されてしまったので、その理由がいまでもわからないという。 本書には若いときのヴェーユの写真もおさめられているが、確かにガス室で すぐ殺すには惜しい容貌だ。≫ ▼ アウシュビッツといえば、フランクルである。12年前に、彼の本を 集中して読んだが、人生への絶対的肯定に驚かされた。こういう極限の中で 奇跡的に生延びている人の共通点がある。それは、この状況下から生延びて、 家族か、友人たちと楽しい時間を過ごす具体的イメージを持っている人という。 【人生に何かを求めるのでなく、人生が私に何を求めているかを問うべきだ!】 が、特に印象に残っている。女監督官は、ただヴェーユが可愛いという理由 だけでなく、光る何かを見出したのだろう。そして、その後、彼女は光った のである。肯定的イメージ化と、信念こそが、人生で最も必要ということか。 ―― 2003/09/19 《V・E・フランクル》について 十数年前にフランクルの「夜と霧」を読んで感銘した。 そして数年前、春秋社の以下の彼のシリーズをむさぼり読んだ。 人生の調度まがり角であったためであろう。 その意味の深さー絶対的人生の肯定に魂を揺さぶられた思いであった。 彼の「意味」発見のための3つの問い 「私は、この人生で,今何をすることを求められているか」 「私のことをほんとうに必要としている人は誰か。その人は、どこにいるのか」 「どの誰かや何かのために、私のできることには、何があるか」 この3つを常に念頭において生きることが,『なすべきこと』 『満たすべき意味』を発見するための手がかりになると、 フランク心理学では考えている。
特に以下の分析には深く納得をした。 ー自己超越のための3つの意味(価値)ー 1・創造価値: 創造行為を通して得られる意味 =仕事・子育て・学問・芸術 ー力への意志 2・体験価値: 体験を通して得られる価値・意味 =自然・芸術・愛 ー愛への意志 3・態度価値: 運命に対し模範的な態度を取ることで 得られる価値・意味ロゴスの覚醒=対象との一体化 ※自身が何らかの喜びに満たされていること ー知への意志 人生には発見されるべき価値や意味がある (1)意志への自由 (いかなる境遇でも自由意志を持つことができる) (2)意味への意志 (意味と目的を発見し充足するのは人間の努力である) (3)人生の意味 (創造・体験・態度生きる姿勢の中に意味を見出す) ー生きることは価値判断(学習)と選択の連続である
【2018年5月22日字数制限のためカット】
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