|
堀井On-Line
| 6640,閑話小題 〜晩年というには、あと二年ですか! |
|
|
2019年05月21日(火)
* 思いのままに 「一日一日が早く経つ」は日頃の実感している言葉だが、この加速が年々 ついてきている。お先が近い感じとは、こんな感覚か。日々、「遠くが近く なりにけれ」である。行蔵が、その人である。問題は、どんな品かである。
リタイア後の日常を「小さい世界」とすると、新潟や東京の会に出席のため 行ったり、40,50歳代に平均年に二回の海外旅行は非日常の「広い世界」か。 また高校卒業後の遊学で、あちこちで暮らした世界も私には「広い世界」。 そのどれもこれもが、小さな世界に戻ってくる度に、 <なんて小さな世界なのだろう。その狭い世界で、自分は安住している。 この温みに自分は安住してはいけない。この生活に安住するのは、 自分にとって危険な罠ではないか?>と思いつつ、日常に流されてきた。
この世界の迷宮に迷い込まないため、「閑居が必要」と、8年前、私には 二ランク上のスケジュールをたて、実行してきた。その日程は、ここで何度も 書いてきたので省くが、これも慣れると、面白い充実感が残る。その結果、 自由度が高まった感覚。習慣化の力は大きい。
数年前に、寝室の37㌅を65㌅の大型TVに入れ替えて、WoWoWを二台目 契約にして、ブルーレイで録画を300本、録画に入れたのを見たりして、一日 の半分の時間を過ごす。そして8畳の仏間の半分を書斎コーナーにして、廊下を 挟んだ二ヵ所が私のベース基地に…。座敷牢、いや「奥の院」と決め込んでいる。 家庭内の小さな地政学的「閑居」の場になる。
『6月末の22日の「クラブのOB会」と、28日の「50周年記念の集い」どうする?』 と、学生時代のクラブ仲間で、新潟時代に16年程、商社に勤務して滞在して いた折に、飲み歩いた友人から電話が…。「50周年記念の集い」の知らせの封筒 を家内がウッカリ乱雑した書類の下にしておき、手元に届かず。 その人の電話がなければ… ある意味、今回で…「今生の別れ」だった。 危ない危ない 追: 以下の内容には驚いた。これじゃあ… サイコパスは怒るは。 地方は、5人に1人ではなくて、2人だもの。そういう私も2人ですか。 ・・・・・・ 6277,閑話小題 〜老いるに従い、サイコパス化する? 2018年05月21日(月) * 陰口好きは軽いサイコパス 先日読んだ本に「内幕情報屋は、軽度のサイコという精神病」とあった。 そこで直に思い浮ぶのが、何人かの面々。特に営業屋のトップセールスへの 前フリネタの有効なエサとして最も有効なればこそ、知らずに自らが毒されて いることに気づかない。成るほど、あの人がサイコと思うと合点がいく。 人の不幸は蜜の味だが、悪口、噂話は気をつけるべし。問題は程度になるが… 男の風上に置けない腐った女のような一群の人たち。 そう書いている私も? 「老いるとは、サイコパス化していく。変化出来なくなるからだ」とすると、 先々が恐ろしい。 〜ウィキペデアによるサイコを特徴とは〜 【 犯罪心理学者のロバート・D・ヘアは以下のように定義している。 ・良心が異常に欠如している ・他者に冷淡で共感しない ・慢性的に平然と嘘をつく ・行動に対する責任が全く取れない ・罪悪感が皆無 ・自尊心が過大で自己中心的 ・口が達者で表面は魅力的 極端な冷酷さ・無慈悲・エゴイズム・感情の欠如・結果至上主義である。】 ― ▼ 5人に1人に、この傾向が強いという。 株屋、商品取引など金融系の末端?の人たちに端的に現れ出る軽い職業病。 それが今ではトップの金融庁の事務次官、国税庁長官がコテコテのサイコ?。 ところで、最もサイコパス的なのが、政治家じゃないですか! 陰口を陰口で書くなど、自虐そのものじゃないですかい。 ったく! 「自分は違うって?」 「魂のシリアルキラーじゃないですか?」 ただし、すべからく、だが。
● シリアルキラーとは、快楽殺人鬼のこと。大部分の人達が、日ごと 万引きより遥かに重い、快楽殺人のミニ版を行ってるの。 なら以下のことが分かるはず。馬鹿にバカというのが、一番バカか。 何かサイコの独り言のような。 老いるに従いサイコ化する?というが、 …成るほど。
―――― 5544,閑話小題 〜悪口は泥棒より悪いって知っていた? 2016年05月20日(金) ー「泥棒と悪口と、どちらが悪いか」三浦 綾子(作家) 『人間学入門』(致知出版社)より * 軽度のサイコパスだとさ 以前、この道理を知ったとき、そこまで悪口が罪悪とは思ってなかったこと もあって、驚いてしまった。大家族の中で育ったためか、本能的に、悪口や、 他人の誹謗中傷を言うことがタブーか知っていた。一番立場の弱い末っ子が、 まず身につけるしかない自己防御のなせる業である。それが、進級、進学に つれて、育った環境などにより、弱者に対する虐めや、悪口を言う人の比率が 増えていった。 学校、職場、一般社会も、階層があって、そのコントロール として、誹謗中傷と悪口が、大きな働きをしていた。 それを筆者がズバリ、 泥棒より悪口が、悪いと断じるから・・ 〜その辺から ≪・時折、講演で話すんですが、「泥棒と悪口を言うのと、どちらが悪いか」。 私の教会の牧師は「悪口のほうが罪が深い」と言われました。 大事にしていたものや、高価なものを取られても、生活を根底から覆される ような被害でない限り、いつかは忘れます。少しは傷つくかもしれませんが、 泥棒に入られたために自殺した話はあまり聞かない。だけど、人に悪口を 言われて死んだ老人の話や少年少女の話は、時折、聞きます。 「うちのおばあさんたら、食いしんぼうで、あんな年をしてても三杯も食べる のよ」と陰で言った嫁の悪口に憤慨し、その後一切、食べ物を拒否して死んだ、 という話があります。 ・それと、精神薄弱児の三割は妊婦が三か月以内に強烈なショックを受けた時 に生れる確率が高いと聞いたことがありますが、ある妻は小姑に夫の独身時代 の素行を聞き、 さらに現在愛人のいることを知らされた。 それは幸せいっぱいの兄嫁への嫉妬から、そういうことを言ったのです。 この小姑の話にちょうど妊娠したばかりの妻は大きなショックを受け、 生まれたのは精神薄弱児だったそうです。 恐ろしい話です。私たちの何気なく 言う悪口は人を死に追いやり、生まれてくる子を精神薄弱児にする力がある。 泥棒のような単純な罪とは違うんです。 それなのに、私たちはいとも楽しげに 人の悪口を言い、 また、聞いています。 そしてああきょうは楽しかった、 と帰っていく。 人の悪口が楽しい。これが人間の悲しい性です。 ・もし自分が悪口を言われたら夜も眠れないくらい、怒ったり、くやしがったり、 泣いたりする。 自分の陰口をきいた人を憎み、顔を合わせても口をきかなくなる のではないでしょうか。 自分がそれほど腹が立つことなら、他の人も同様に腹が 立つはずです。そのはずなのに、それほど人を傷つける噂話をいとも楽しげに語る。 私たちは自分を罪人だとは思っていない。 罪深いなどと考えたりしない。 「私は、人さまに指一本さされることもしていません」。 私たちはたいてい そう思っています。 それは私たちは常に、二つの尺度を持っているからです。≫ ▼ これを読んだのは、20年前になる。元もと、噂話や、他人の中傷誹謗に 興味がなかったが、大家族の中では、第三者の話題はタブーに近かった。 学生時代も、殆ど、批評はすれど、批判をしないのが通り相場。いい大人が、 悪口など、男が廃るという空気があった。しかし、自分が人を使う立場になると、 飴と鞭のムチを、知らず知らず使いだしていた。知人に噂話を売りにした人が 何人か存在するが、耳を塞ぎたくなるほど聞くに堪えない。長年、かかって顔が 暗く澱み、声まで変質している。あれ、万引き常習者になるが、これも悪口か・・ ―――― 2016/04/07 愛と孤独 ―池田晶子の言葉 〜�� 『幸福に死ぬための哲学 ―池田晶子の言葉 ー』池田 晶子(著) < 孤独の味わい方 > * 他人の悪口が気になる人へ 《 人間には、自分の中の気になるものを、自分の外に見つけ出すという妙な 癖があります。自分の中のそれが気になるからこそ、他人の中のそれが気に なるのですね。 よくあるでしょう、誰かの悪口を言っているその人が、 自分が悪口を言っているその人にそっくりだということが。つまり、人間は、 自分の中にあるものだけを他人の中に見る。裏返せば、人間は、自分の中にない ものを、他人の中に見ることはできない。当然ですよね、だって、ないものは、 ないんだから。ないものは、気になるはずがないんだから。 》〜『人生は愉快』 ☆ 時間薬の効果で言えることだが、5年前の会社清算の一連が、当事者と しての内なる記者の目線でみえた現象の面白さは格別であった。 プラモデルの趣味の人に、それが壊れたとて、喪失感は少ない。それは、 楽しんだ結果でしかないから。所詮、悪口とは、その人間そのものの影! ―――― 2003/11/25 965, 悪口についての一考察 悪口については、随想日記の中では何回も書いている。 しかしテーマにしたことは無い、一番イヤなテーマであるからだ。 昨日、新聞を見ていたら‘メジャー’ヤンキ−スの松井は中学校二年生以来、 悪口を言ったことがないという。(所詮は勝ち組が言っているから注目 している部分もあるが) それでは「私の場合は如何だろうか?」と考えてみた。 本音でいうと 可能な限り言わないようにしている。その為には嫌いな人のいる場には 極力行かないようにしている。例えば、ライオンズとか商工会議所などである。 痴呆名士志向の子狐的人間である。 地方で頑張っている人はこういう 傾向が強いから始末が悪い。自分より肩書きや収入が多い人間には媚び へつらい、下の人間には尊大な人だ。 仕方ないのは解っているが。 「お前の姿でもある」といえば、そうかもしれない。 人間にとって自分は善人であり他人は悪人なのである。 自分を理解しろと必死になるが、嫌な人を理解しようとはしない。 それは、怠惰という無精者に過ぎないことに気づいていないからだ。 〜辞典には ー悪口は「他人について、劣っていると(事実に反し、また実際以上に) いう言葉」とある。 ー陰口は「その人のいないところで、いう悪口」と書いている。 悪口とは事実に反してと書いている。 週刊誌などは、それで持っているいるようなものだ。 大衆の一番弱いところを狙っているのだ。 辞書のとおりならば、悪口の経験のある人は虚言罪で天国の門は間違っても 叩かれないことになる。 ☆ 思いつくまま「悪口」について頭に浮かんだことを書いてみる。 ・「悪口はドロボーより悪い!」と曽野綾子の本にあったが、まったく 曽野(その)とおりである。ドロボーは人を殺さない、しかし悪口は時に 人を殺す。 ・悪口は結局は、自分の事をいっているに過ぎない。 したがって根は深い。ただ自分で気がついてないのだ。 悪口はその人の歪んだ心象風景といってよい。 ・悪口にも色いろある。 本人に面と向かっていう悪口と 陰でいう悪口がある。 ・宗親(居酒屋おやじ)「馬鹿野郎!これで俺等居酒屋が、 商売でもっているんだ!でも酷いもんだよ! サラリーマンの悪口は耳を塞ぎたくなるより、 『その対象の奴より、言っている本人を張り倒したくなるよ!! まあ、そうでもしなくては精神のバランスが保てないのだろうがね』 ー続く ーーーー 2003/11/26 966, 悪口についての一考察 −2 どんなに憎んでも、面と向かって言ってはいけない言葉があると。 しかし、悪口は楽しいのである。これが人間の悲しい性である。 4~5年前にある泥酔の高校の同級生二人に呼び出されたことがあった。 片っ端から知人の悪口を言っていたが、私を呼び出す前までは私の悪口を 言っていたのがミエミエであった。そして「人の悪口は楽しい!」といって いる姿に唖然とした。そう、こう書いているこの文章も、彼らの悪口だが。 私の場合、こと人間の真髄に関しては何を話しても悪口になってしまう。 虚飾などどうでもよい?見えるのは裸の猿の狂った姿である。 大学のたまたま入った学部が社会学部であった。早くいえば人間学である。 人間関係の網の構造を瞬時に洞察する訓練を受けているから始末が悪い。 さらに、こういう社会学的な本が好きで40年近く読み続けているから 知らないうちに外部化しているのだろう。 表面的な付き合いの人間には、全てが悪口に聞こえるはずだ。 同級生のスナックのママに説教をされたが、その道の専門家いやアマチュア ということは知らないようだ。 ところで悪口という概念は、なんの思想も持ち得ない。 ー怒れば、ストレス解消・精神衛生などという隠れみので、自己のプライド など微塵もみせず?に罵詈雑言をいい続ける。 ー気分の良い時は調子よく聖句などを持ち出してきて、 「悪口はいけません」とのたまう。 この二面性を持っているのが人間の姿である。 悪口の後で「仕方ないさ、人間だもの」と繰りかえす。 ー悪口をいま思い出せる言葉を羅列してみるとー 「服のセンスが悪い」「だらしがない」「カスが人間をまとっていうような奴」 「子狐のような奴」「屑どもめ」「仕事が出来ない」「気がきかない」 「痴呆迷死」「ミス何々ー失敗ばかりする女」「ダニ」「自民党のような奴」 「たかり」「くそったれ」「共同便所のような女」「東京ガス」 悪口はまるで無尽蔵である。 嫉妬心・怒り・敵意・ねたみ・憎しみ・優越感・軽薄など心の底に 渦巻いているドブから発するガスである。 ー インターネットで調べた内容をコピー ー 「悪口をやめよ 」 ヤコブ4:11〜12 箴言26:17〜28 マタイ5:21〜24 ー皆川尚一牧師ー 悪口をやめよ! 兄弟たちよ。互に悪口を言い合ってはならない。兄弟の悪口を言ったり、 自分の兄弟をさばいたりする者は、律法をそしり、律法をさばくやからである。 もしあなたが律法をさばくなら、律法の実行者ではなくて、その審判者である。 しかし、立法者であり審判者であるかたは、ただひとりであって、 救うことも滅ぼすこともできるのである。しかるに、隣り人をさばくあなたは、 いったい、何者であるか(ヤコブ4章11〜12節)。 「兄弟たちよ。互に悪口を言い合ってはならない」(11節)。 ここで「悪口を言う」(カタラロー)というギリシャ語は「逆らう」(カタ) という語と「言う」(ラロー)という語が合わさって出来た合成語で、 「逆らって言う」とか「反対して言う」という意味です。 しかし、この語の使い方は、面と向かって相手に逆らって言うのではなくて、 今そこにいない人の悪口を言う場合に使われます。 だから日本語では「陰口をきく」とか「中傷する」とか「ざんげんする」とか 言います。顔と顔を合わせて相手に反対したり、悪口を言ったりする場合には、 相手の人は自分の考えを説明したり、自分のやり方を弁明したり、相手に 反論したりできますから、ある程度公平だと言えるでしょう。しかし、今そこ にいない人のことを悪く言う場合には、言われる人は弁明できず、反論も 出来ませんから、悪いうわさは毒ガスのように人から人へと伝わります。 二、三人のヒソヒソばなしやいわゆる井戸端会議からゴシップが流され、 話に尾ひれがついて、あること無いことが発展して人の名誉が汚され、信用が 失われ、せっかく築かれかけた良い人間関係が壊れていくのです。だから陰口 ほど質(たち)の悪いものはありません。 しかし、クリスチャンになってもこの悪い行いは、なかなか改まらない 人が多く、このために教会の親しい交わりが汚されるので、使徒ヤコブは、 特にクリスチャンお互い同士が陰口をきかないで、愛の交わりを育てるのに 心を配って行こうと呼びかけているのです。そこで大切なことは陰口をきく のは恐ろしい罪だということを認識する必要があります。 それは「神の律法に違反する罪」と「神の大権を犯す罪」の二つです。
|
|
|
|
2019年05月20日(月)
* AI化と、『ルーシー』について AI化の結果、人間の脳力の行きつく先は、以前みた映画『ルーシー』の姿。 『ムーアの法則』がある。 <大規模集積回路(LSI IC)の製造・生産における長期傾向について論じた 1つの指標であり、経験則 ... 部品あたりのコストが最小になるような複雑さは、 毎年2倍の割合で増大してきた。短期的には、この増加率が上昇しないまでも、 現状を維持することは確実> 逆にみると、10年で100倍、20年で1万倍、1億倍になる。その結果、ネット上 で流通する情報量は飛躍的に増加。また情報機器は日々、飛躍的進化をとげて いる。8年前に会社清算をして、シガラミから解放されて、新しい生活習慣を取り 入れたため、自由度が飛躍的にのびた。これは、デジタル機器の御蔭もある。 10数年前、この情報革命を「20万年来の変革」との表現を「大げさ」と、心の 底で思ったが、今では『生命誕生40億年来の変革期』の言葉をスンナリと 受止めている。とにかく面白くなった。世界中の人たちが、『ルーシー』になって しまったのである。 情報化は、人を幸せにするのだろうか? 私は、「する!」 と信じている。10年、20年前と何が違うかというと、「自由感」が全く違う。 60歳までに人生を凝縮して生きたこともある。今までと違った情報機器の進化 の結果の能力は、世界の脳をネットで結び付けた。スマートフォン、スマート・ TVなどが、その一例である。 それが世界を滅ぼす可能性も充分、考えられる。 問題は、その能力を拙い権力者が握られてしまう危険。「世界の人々がルーシ化」 すると、如何なるでしょう? これまでの常識に囚われない「自由度」を持つ 反面、その自由度は、多重人格者などの疾患を持つ人たちを多く抱える社会を もたらすことになる。 <酒も博打も女も知らず 百まで生きてる馬鹿なやつ> の逆さま版の生き方、 < よく遊び よく働き よく学ぶ >一群。 < 自由を味わい こころ平和に 囚われない人 > これは、自分から求めないと、妄想でも結構。 所詮はアッと間のこと。 ところで、先週末のTVの『YouTube』は、野生動物のドツボに嵌った野生動物 救場面の始終の記録ものを幾つか。これが何とも… 感動させられた。 さて、チャリダ―! 一人静かに、楽しいことで! 一期一会だもんね。
・・・・・・ 5541,閑話小題 〜 『ルーシー』 2016年05月17日(火) * 『ルーシー』 先日、『ルーシー』をTVの再放送で観たが、半年に一回位は放映されている。 もう4〜5回はみている。私も微細だが、何か面白い特殊能力がある。誰も、 個々に特殊能力、いや脳力があるが、気づかず見逃しているだけ。この映画、 見る度、その面白さが増していくのも珍しい。それにしても映画は面白い! 〜まずは、その内容から〜 【ストーリー】 ≪ マフィアの闇取引に巻き込まれたルーシーは、特殊な薬が入った袋を体に 埋め込まれ運び屋にされてしまう。しかし、体内で薬が漏れたことで彼女の 脳機能は驚異的に覚醒。脳科学者ノーマン博士が見守る中さまざまな能力が 超人的に目覚める一方、少しずつ人間性が喪失、自ら制御できなくなっていく。 『レオン』や『ニキータ』などクールなヒロイン像を打ち出してきたリュック・ ベッソン監督と、スカーレット・ヨハンソンが初めて組んだアクションスリラー。 体内に埋め込まれた特殊な薬が漏れたことで脳機能が驚異的に覚醒し、 人間離れした能力を発揮し始めるヒロインの暴走を描く。通常は10%程度しか 機能していない脳が、100パーセントへ向かって覚醒していくヒロインを見守る 脳科学者役に、オスカー俳優モーガン・フリーマンがふんする。≫ ▼ 西アフリカを南に下っていく道すがら、面白いところがあると立寄った 数軒のテントの店が、全て呪いに使う小道具だけを扱う店だった。当時は、 民度が低いアフリカの地方の一現象と見ていたが、どうだろう、案外に効果が あるのかもしれない。変と思われるかもしれないが、この5年間、いや人生の 節目ごと、直接、私の心の傷口を蹴り上げてきた人の8〜9割が人身事故か、 大病か、ごく近い親族が倒れ寝たきりとかになる。あとの1〜2割は、それが 入ってこないだけと思っていたが、その数人が、ごく最近…? 自分でも 恐ろしい? 元もと不幸な性格の人が、他者の傷口に、自分の傷口の血を擦り 付けるため、それが膿んで、自分の傷口の毒が悪化するため。こんな映画を 数回も見るため、因果をつけた筋書きをしているだけとしても、実際に、何か あるのでは?と…。 人を恨ばま、穴二つ、いや多数! 逆に、恨まれている 憶えは数限り? それでも何とか、健康に?生きている。毛沢東、スターリン、 ヒットラーなど、狂い死にしてよいはずだが、そうでもない。 とすると、 これは私の創作した馬鹿話!がオチ。 でも不思議だが、娑婆は妄想である。
|
|
|
|
2019年05月19日(日)
* 通訳機器ー ポケトーク TV・コマーシャルで、この「ポケトーク」を知り買い衝動を堪えて数日が経つ。 こうなると「通訳ロボット」と表現してもよい。残念ながら、この年齢では使う 場面が思いつかないが、玩具と割切ってしまえば、遊べそうだ。 これで言葉の 壁が大幅に減ることになる。 〜ネット検索をすると〜
≪ ・翻訳は、端末ではなくクラウド上のエンジンを用います。 そのためいつも最新で、言語ごとに最適な翻訳エンジンを利用できます。 従来のオフラインの翻訳機ではなしえない高度な処理を実現しています。
・74言語を、組み合わせ自由で 超小型ながら、英語はもちろん、中国語、韓国語、ロシア語、フランス語、 タイ語、ベトナム語など、74言語のうち任意の2言語でコミュニケーションできます。
・128の国や地域ですぐ使える ポケトークは、箱を空けたらすぐ使い始められます。 特別な設定もなく、クラウドに接続して翻訳できます。 内蔵のグローバルSIMは128の国や地域に対応し、旅行先ごとに買い直したり 設定を変えたりする必要がありません。
・1回の充電で連続約7時間利用できる 連続で使用できる待ち受け時間は約240時間、翻訳時間は約7時間
・2.4インチのタッチスクリーン 音量や、明るさ調節などの設定も、タッチパネルで直感的に操作できます。
・会話は履歴に残る 会話内容の履歴は本体に1万件残せるほか、無料でさまざまなサービスが 受けられる「ポケトークセンター」を使うと無制限に記録できます。 ≫ ―― 〜顧客の声は〜
『 海外旅行用と語学学習用に購入しました。韓国など身近な国なのに語学の壁 で敬遠していましたがこれから自由に旅行が出来そうです。又、翻訳機能にも とても満足しています。気軽に自分の正しい発音も確かめられるので、新たな 語学にもチャレンジ出来そうです。静かな場所でもBluetooth機能があるので 語学学習に特に役立つと思いました 』
『日本語の認識能力が高く、一般的な医学用語も対応できます。日本語特有の 主語なし文だと翻訳の際に「私」と足されるので、意識して主語・目的語を 入れればかなり正確です。自分自身の英語・フランス語・中国語の発音練習にも 使っています。患者さんがマイナーな言語を話す際には役立ちそうです。』
ー ▼ 以前からあった改良品のようだが、それにしても、サイズ、値段が手ごろ。 ネット代金を含めて3万円なら、誰でも買える金額。 これで海外旅行や、 ネット上の言葉の壁を大きく下げることが可能に… このポケトークの応用版が、 幾つか考えられる。 今、思いついたのが、「哲学・思想版ポケトーク」である。 通訳って会話だが、ソクラテスの対話のように、思考補佐としての難しい、未知 の考えを導いてくれる機能を持たせれば… スマートフォンが、現在、その役割 を果たしている。 ・『なあ、幸せって何だ? 教えてよ!』と問いかけると… ◉ 『ソクラテスがね… アランがね… それ以前に、もっと現実をみろよ』 などを答えてくれる。それも、‘落ち’まで入っている人間的なもの。 対自、対他、即自などが絡んで面白そうだ。その答えに満足度を入力することで 自らの性格、脳力を知らしめて、丁度良い答えを探してもらう… など。 何か内向きだが、外向き可能。 AI化、何処までいくのでしょうか? こういう現象を見るにつけ、もう少し、生きたくなってきた。
・・・・・・ 6275,閑話小題 〜誕生日大全 2018年05月19日(土) <「誕生日大全―補強版」サっフィ・クロフィード著> 図書館の「返却コーナー」の棚にあった本で、その場で私の誕生日・ 1月15日を見ると、非常に納得する内容。そこで、15日の前後に14日と、 16日を見ると半分。一月前と半年前は4分1が思いあったため借りてきた。 まず冒頭から「1月15日生まれの人は、起業家精神の持ち主」と…。 「長所、短所」「性格と運命」「仕事と適正」は、起業を目指すと自ずと 生じること。とはいえ、起業家精神や、特性を論理的に言い表していると みると、これはこれで納得できる。ネット検索に、「誕生日大全 1月15日」 と入れると、本と同じ内容が出てきた。
―――― ★1月15日生まれ 1月15日生まれの人は、「起業家精神の持ち主」 ー ー長所は?ー ●自発的 ●気前がいい ●信頼できる ●優しい ●協調性がある ●価値を見極めることができる ●独創的なアイディアを持っている ―短所は?― ●秩序を乱す ●落ち着きがない ●無責任 ●自己中心的 ●自信を失いやすい ●心配性 ―― ー性格と運命― ●内なる情熱と持ち前の指導力で目標に向かって粘り強く献身的に 取り組み、高い地位に上りつめることができるでしょう。 ●現実的ではっきりとものを言いますが、生まれつき人づき合いの 才能があるので、社会的にはうまくやっていけます。 ただし、物質主義にとらわれすぎるのが玉にきず。 あなたの素晴らしい可能性を実現する妨げとなるので注意しましょう。 ●何でもはっきりさせようとする性格は、問題解決やビジネスセンスを 高めるためには好都合です。 ●勝ち気頑固で活動的で、組織をまとめたり人を触発したりする力を 持っています。 6歳〜35歳⇒グループ活動を重視し、肩の力が抜けて自由を愛する ようになります。 36歳を過ぎると⇒感受性や精神面が強化されmこれは未来への 展望、夢、理想となって表れてくるでしょう。 ―― ―仕事と適性― ●高い理想と確固たる信念を持ち、お金儲けの才能にも優れて いるあなたは、大きな事業を起こすことに成功するでしょう。 ●創造力や前衛的ひらめきがあるので、美術商、学芸員、美術品 の管理者などもおすすめ。 ●表現力が豊かで、人を感動させることができるので、演劇、 オペラ、音楽の分野にも向いています。 ―― ー恋愛と人間関係ー ●社交的で自己表現の場を強く求めるあなたは、活動的な 社会生活を送ること間違いなし。 ●この日生まれの女性は、スリルに満ちた生活を好む豪快 な男性に惹かれる傾向があります。 また、知性を刺激してくれる頭のよい人に魅力を感じます。 しかし、親しい間柄で疑念が生じると不安や失望の原因 となるので、常に明るく信頼される態度を心がけましょう。 ―― 運の良い誕生日 .... 150位 1月15日 ― ▼ 40歳後半頃か、新潟の古町を、既に亡くなった不動産会社の社長と 小料理屋で芸者をあげ、座敷遊びを楽しんだ後に、次の店へと歩いて いると、和服姿のクラブのママさんらしき人が飲食ビルに入ろうとして いた。早速、連れが「あんたの店、ついて行ってイイかい」に、 「うちは、運勢占いが売りでパソコンソフトで、誕生日を聞いて、直に 結果が出るの。それが一げんのお客様には大受けで… 是非どうぞ」と。 それまで、星占いとか、運勢占いは殆ど無かった。店に入って落ちついた 後に、誕生日を聞かれパソコンに入力した結果の内容の適格さに内心、 仰天していた。 詳細は忘れていたが、ほぼ同じだったような。占い など全く信じてなかったが… 創業人生を経験したこともあり、冒頭の ように、起業家以外は、その特性を述べているに過ぎないことを察知 できるが。もし大都会に住んでいたら、一人ぐらいは、馴染みの占い師 を知っておくのも良いのかも?それには、使い分けられる知性がないと! 最後は、そこに落ち着くが… < 考え尽くした後に、あとは、おまかせ! > 紆余曲折があっても、それしかないでしょうが… 【誕生日大全 ?月??日】と入力してみたら。今月いっぱいは、隣人 にスマートフォンを使い、調べ上げて、驚きの反応を共に楽しんだら…
ところで思いたって調べた家内の誕生日の入力の結果は、その前日が 完璧に合致するが、当日分は真逆。そうそう当たってたまるかですか!
・・・・・・ 4446, 屋根裏に誰かいるんですよ 2013年05月19日(日) 「屋根裏に誰かいるんですよ ―都市伝説の精神病理」春日 武彦著 数年前になるが、既に亡くなった知人の奥さんが会社の事務所に訪ねてきて 言うに、「誰かが留守に家に入りこみ、困っている」と切り出してきた。それも 会話の中で何気なくである。「ちょっと、待ってください。聞き捨てにならない話 で、もう一度、本当に侵入していたのですか」と聞きなおすと、現在も屋根裏に 隠れていると、写真を数枚だし、ここですと言う。 私の目には見えなかったが、本人には見えるという。「警官に来てもらい見たが、 何も見つからなかった。が、私には隠れているのが分かる。ところで、うちの主人 が生前、そういう話をしてませんでしたか? 貴方にはシックスセンスがあると 聞いてましたが、この現象をどう思いますか?」と真剣な眼差し。 「恐らく貴女は、魔界とか何か違う世界に取りつかれたと考えるしかありません。 そういう話は一度も本人から聞いたこともありません」と答えた。その話を、 その人の共通の知人に話すと、「実は私の家に訪ねてきて、全く同じ話をし写真 を見せてくれたが、私も何も見えなかった。他にも訪ねてまわっている」とか。 本人は60歳前後で、老女というには、まだ若い。 ーアマゾンの内容説明ー 精神科医である著者が、現代社会におけるさまざまな精神病理を、きわめて 冷静に考察したものである。ある日、ひとりの老女が、「自分の部屋に勝手に 人が入ってきて困る」と訴える。その侵入者は、彼女の部屋にある日用品などを 盗んでいったり、ちょっとだけ位置をずらしていったりするという。 しかし、姿は見えない。まるで、「座敷わらし」などの妖怪のしわざとしか 言いようがない不可解な話を、老女は真剣に語る。表題となっているこの症例は、 「幻の同居人」と呼ばれる。このような症例は、多数報告例があるらしい。 患者たちは、脳に器質的な異常が認められるわけではなく、精神的にも問題ない 場合が多い。「妄想の突飛さと当人の穏やかな常識人ぶりとのあいだに乖離が 生じているときには、精神医学はたちどころに歯切れが悪くなってしまう」と 著者は言う。それがこの症例の複雑さと奇妙さとを物語っている。 ― ▼ 当時は、この本の存在を知らなかった。子供達の巣立った家で、当人は深夜 怯えているのだろうが・・ 想像しただけで、背筋が寒くなる。当人にとって 感じるのだから! 私も一時期、女性の幽霊?を見たり、幽体離脱をしたり、 面白い経験をしたことがあるので、当人が真剣になるのは分かる。 ・・・・・・ 4813,閑話小題 ー高齢者の三割が認知症とは 2014年05月19日(月) * 高齢者の三割が認知症とは 先日の朝日新聞の社会面に「認知症徘徊 不明届け一万人」の記事があった。 その中で「65歳以上の高齢者のうち462万人が認知症で、軽度認知障害が 400万人もいると推計される」とあった。高齢者が人口に占める割合が 23〜4%からすると、高齢者が3000万人。その中の862万とすると、 三割が軽度を含めた痴呆症になる。前期と後期高齢者では、二倍以上は違って くるから、80歳までに4分の1、それを超えると、過半数は認知症になる。 そして徘徊で不明になるのが年に一万人というから、深刻な問題である。 それからして、長寿を願うのは実は考えもの。独り住まいの高齢者が増加 している中、本人も周囲も深刻な問題である。「健康診断などしないで自然死も 選択の一つ」も、理解出来る。胃瘻で一度、管につながれると、簡単に取り払う ことが出来ない。生かして拷問しているようでもある。 死ぬも地獄、生き延びる も地獄。老いて死ぬのも大仕事である。これを書いたためか、自分が認知症に なって呆然と佇んでいる夢をみた。脳は面白いものである。その夢とは、 <店頭で、ハンバーガーとコーヒーを注文するが、商品がなかなか来ない。 それを(どういう訳か中年男)の店員に言うが、何も答えない。ところが後で 入ってきた若い男が目の前のチケットを取って、カウンターに並んでいる。 私が店のシステムの要領を得ないで財布を持って勝手に立っていたようだ。 仕方がないので、店から出て、他のテイクオフの店に行くが、店内の座席は、 二人以上でないと座れないという。どうも自分が認知症で、街を彷徨っている ことに気づいた>ところで、目がさめる。何か恐ろしい夢だが、認知症とは、 こんなものと自分自身に知らしめる内容である。そうこう考えると、可能な 限り医者に行かないで、自然にまかせることも選択の一つである。いざ、余命 一年、半年と告げられると、その恐怖は、はかり知れないのは父親の姿で知った。 傍らに一年いて、その恐怖感が直に伝わってきた。それも、激痛が死にたくなる ほど激しくなっていく。死にいくのは、簡単なことではない。そのため認知症を 神様が与えた自然の業わいとも言える。マダラボケになるから、本人も、周囲も 地獄になる。 生きているうち、元気なうちである。以下の内容も、その類?
・・・・・・ 5908、閑話小題 〜多重人格について 2017年05月19日(金) 先日みたシネマの「スプリット」が、24の多重人格を持つ精神病者と3人の 被害者の恐怖の物語。 これが、面白い。多重人格には、精神には多数の人格的 な意識が、多重人格者の個人差に関係なく、人格には共通した特徴があるという。 ≪ * 多重人格に多くみられる人格とその他の特殊な人格 ・基本人格:重大なストレスの体験を発端として、最初に別人格が分離した 後に生じる、多重人格の核となる人格。受身的で控えめな性格の傾向がある。 幼少時から眠っていたり、非活動的な状態になっていることも多い。 基本人格に関しては、出生時からの本来の人格の状態という捉え方もあります。 ・主人格:その時々で最も多くの時間、体を支配している人格。DIDの治療を 求める人格はたいてい主人格。典型的な主人格は、不安が強く、良心的であり、 頭痛に悩まされている。 ・交代人格:交代人格は、主人格と基本人格以外の人格を指す場合が多い。 あるいは、主人格は交代人格に含まれるという解釈もある。あるいは、人格交代 して体を支配して行動出来る人格を交代人格とする解釈もある。あるいは、機能 や感情反応や生活史がしっかりとあることが交代人格の条件とする解釈もある。 ・準(准)主人格:主人格の次に主人格のような役割を果たす人格で、 体を支配する時間や頻度が多い。 ・子供人格:多重人格に必ず存在する子供の人格。子供の人格は時間が凍結 されていて、早期の心的外傷体験の記憶や感情を保持する役割を担っている。 甘えられる状況の時や自傷行為の後などに意識上に出現する場合が多い。 ・異性人格:肉体の性別と異なる人格を指す。女性の男性人格は保護する役目 を持つことが多い。男性の女性人格は体を支配することが少なく、主に意識 内部で活動する。中性のような性別の人格や性別がない人格の存在もあり、 その場合も分類上は異性人格になる。 ・救済人格:良心が具現化したような人格。人格達の状況を全体的に把握して いて、危険を回避したり、適切に生きていけるように影響を与える。 理性的だが感情の起伏があまり無い。 ・記録人格:生活史についておおむね完全な記憶をもっている。 過去の出来事や他の人格の行動についての情報を与えてくれる。記録人格が 複数存在するケースでは、一部の記憶だけを管理している人格もいる。 ・統括人格:意識内部ではリーダー格の人格。人格達を統括する立場で、 誰を人格交代させるか決める権限を持っている場合もある。統括人格が複数 存在するケースでは、状況に合わせて別の人格が統括したり、一部の人格 だけを纏めている人格もいる。冷静で厳格な傾向がある ・保安人格:意識内部で、人格システム維持の為の任務を請け負う。 意識内部の領域を守る、問題をおこす人格に対して監視したり行動を抑制 したり活動を停止させる、その他の意識内部の管理など。 ・人格断片:人格の断片のような意識で、一つの情動による感情表現や、 決まった行動をする機能を持っている。人格断片は多重人格者に数多く 内在し、融合や分離を繰り返す。 ・人外(じんがい)人格:人間以外の生命体を象徴する人格状態全般を指す。 ペットになるような哺乳類の動物が主で、特に猫人格が多い。半人半獣や生物 の形態をなしていないなどの現実には有り得ないものもいる。大体は人間の 言葉を理解し喋ることが出来るが、動物の場合は動物の仕草をしたり鳴き声を 出す時もある。人外人格の多くは、しっかりとした自我を持っていない人格 断片のような存在。 ・憑依人格:憑依して人格交代する霊的存在による人格状態。悪魔憑きや聖霊 に満ちているような状態でも、憑依による人格的な存在が意識上に出現したら 憑依人格に分類される。たとえ霊的存在が憑いていたとしても、人格交代 しなければ憑依人格ではない。≫ ― ▼ 上記をよく読むと、「性格分類」そのもの。それぞれの性格として 現われでている。幼児性そのままを残した性格、優しさを持った救済人格、 傷つくことを異常に恐れる保安人格とか、人様々である。問題は、憑依するか しないかの問題。職場や、勤め先を転々としていると、今度は、優しさを 前面に出してやろうとか、厳しさを前面にしてやろうとか、その都度、イメージ を持って自己演出をしてきた。基本人格の上に、交代人格を付け加えてきた。 偽善、偽悪、露悪、露善の顔色である。これが、面白いほど、社会には通る。 詐欺師には、実際に騙すというより、様々な人に成りきっているため、罪の 意識は少ないのだろう。少し誇張しているうちに本当のように、思うように なってしまったとか。これも多重人格の要素が現われ出てきたということか。
|
|
|
|
2019年05月18日(土)
* セルフ化は止まることなく 最近、人手不足のためか、更なるセルフ化が進んでいる。現場の人手不足だ。 10数年前に、新潟駅近くの小学校跡地に図書館がオープンしたが、そこは、 半数がセルフ読取の受付であった。ちなみに長岡の自宅近くはセルフ方式は 取入れてない。数年前から、スーパーでもセルフレジが取入れられ、思いの外、 多くが利用している。ロボット化といえば、回転寿司。受付がソフトバンクの 人型ロボットのペッパー。一年程前から『受付け』を始めた。 <「何名様ですか」「テーブル、カウンターどちらですか」「受付席にどうぞ」> 注文はタッチパネルで、声優・野沢雅子が訛った声で「かしこまりました」と…。 毎週通っているシネマ館もそうだげ、何故か、自動受付に並ぶ人は少ない。 以前も取上げたが、< AI(人工知能)が人類の知能を超え、制御できなく なるときのことを、技術的特異点=シンギュラリティというが、コンピューター チップの性能は1.5年ごとに約2倍進化し、計算上、この技術的特異点は2045年に 訪れるとする学説がある。> 人知を超えたAIが誕生し、進化続ける先は定かで ないが、「今後10年〜20年間で人口の半分の仕事が人工知能に取って代わる」と、 野村総合研究所は分析結果を出している。 〜先日のNHKのTVレポートによると〜 <◉ 技術革新により仕事を失った例は今に始まったことではない。 歴史を見ても 近代化や社会構造の変化によってさまざまな職業が姿を消した。 たとえば自動車や交通の発達により、人力車やオート三輪車の運転手は昭和30年頃 には東京からなくなったと言われます。また鉄道システムの発達では、切符切りの 鉄道改札員やモノレール運転士が、通信システムの発達で、有線電信オペレーター や電報局員が、印刷・DTP技術の発達では原稿に合わせて活字を拾い集める文選工 がそれぞれのタイミングで職を失いました。 今でも電子書籍の発達により文字は紙からデータで読まれることが多くなり、 出版業界は斜陽と指摘されます。しかし新たに自動運転車やスマートフォンアプリ 開発などの雇用が生まれたように、失われる雇用よりも、新たな雇用をどう創出 するかを考える段階にあるのではないでしょうか。 ◉ カジノホテルの従業員たちがAI・ロボットに仕事を奪われることを危惧し、 大規模なデモを展開。アメリカでは、ホテルなどのサービス業や農業、金融業と いった様々な分野にAIやロボットが進出し、人間の雇用に置き換わっている。 中国もまたAIやロボットによる自動化を積極的に進め、無人スーパーや無人 宅配便などが続々と誕生している。その激しいうねりは、日本にも押し寄せている。 大手銀行が昨年発表した大規模なAI導入と従業員削減のニュースは、日本中の 金融関係者に衝撃を与え、多くの人が転職の道を探り始めた。AIやロボットが 幅を利かせる近い未来、私たち人間はどのようにして生きていけばよいのか? 知恵を振り絞って考える。>
追: 『技術的特異点』とHP内検索を入れると、これまで多くテーマにしていた。 これらを熟読すると、以前の自分は、現在の自分とは違うということ。ならば 書き残さない方が良いのかもしれないが… 毎日、読返す度に自分でも驚く。 自らを省みるには、魂、心の合せ鏡にうってつけ… だが失うことも多い。
・・・・・・ 2019/05/03 閑話小題 〜AIについて <「AIが人間を殺す日〜車、医療、兵器に組み込まれる人工知能」 小林雅一(著) > 最近の情報機器の進化には目をみなることが多々ある。数年前に、居間 から寝室に移住空間の主体を移動してきたことは、何度もテーマにしてきた。 廊下を挟んで対角にある仏間の書斎コーナーのパソコン前の空間を加えると、 一日の三分二に近い15時間は「奥の院」に在住している。そこでネットTVと、 録画した映画・ドラマと、旅紀行、各種の講演や、YouTubeで動画サーフィン などに没頭する。そこは現実社会とデジタル映像の世界が交差する不思議な 空間でもある。AIが人間をコントロールする可能性がある「2045年問題」 奥の院では睡眠以外の時間は情報端末で、コントロールされている。 〜Amazonの内容紹介より〜 ≪ ◉ 誰も言わない「一番の脅威」 ◉ 飛躍的な進化を遂げる人工知能(AI)。明るい未来が語られる一方で、 「AIに雇用が奪われる」という見方や、超越的な進化を遂げたAIが人類を支配する 「二〇四五年問題」などのAI脅威論も少なくない。しかし著者はむしろ、目前に 迫る危機として、車、医療、兵器の三つを挙げる。共通するのは、私達の命に直結 する分野であること。ここに今、最先端のAIが導入されようとしているが、中身の 見えないブラックボックスであるうえに、ときに暴走の危険性をはらむ。 世界の制御権が人間からAIへと移譲されたとき、その先に見えるのは自ら判断 する機械・システムが人の命を奪う衝撃の未来。AIの真の脅威が明らかに! ≫ 〜読者、感想より〜 ・本書でキーワードとなるのは、「Human in the Loop」「Human out of the Loop」。 すなわち制御の輪の中に人間を含めるか、それとも人間を除外するかということで、 自動運転車でいうと、Googleなどが目指しているような完全自動運転車は 「Human out of the Loop」の思想に基づくものになる。今やAIの主流となる ディープラーニングではビッグデータに基づきAI自身がある法則性の下でアウト プット(判断や命令など)を出すが、その過程はブラックボックスでAIの開発者 でさえなぜそういう判断になったのかを理解することができない。AIの判断が 統計・確率に基づくものである限り、現実世界との微妙な誤差により誤った判断 をする危険性があることを著者は指摘しており、自動車や医療分野など判断が 人の生死に関わる分野では「Human out of the Loop」は危険であると論じている。 一方、半自動運転車のように人間の関与も含める形の場合は、どこまで人間が 運転に注意を払わなければならないか曖昧な点が問題、実際に実用化されている 半自動運転車の死傷事故の分析では「ドライバーの混乱」が事故の主な原因と されている。ということで、AIの判断にどこまで人間が関与するかは難しい問題 であるが、急速な勢いでAIの開発と応用が進んでいる今こそ社会全体で考えて いかなくてはならないことは間違いないであろう。 ・本書では、主にAIの技術的な面に焦点を当てて論じているが、基本的にAIの 判断過程がブラックボックスでしかもIoTで様々なAI搭載機器がネットにつながる 時代では、悪意を持った個人やテロリスト、国などによる脅威もどんどん高まって いるだろう。自動運転車搭載のAIに外部からの操作で誤作動をさせて事故を起こす、 医療分野で治療を支援するAIのプログラムを操作して誤った治療方針を提示させ 結果患者を死亡させるといったケースがまったくあり得ないことではない時代に なりつつある。AI搭載の兵器がテロリストなどの手に渡った際の脅威は言うまでない。 こういったケースも想定した上で、AIの信頼性を更に高め、悪用を防ぐ方策を 考えていくことが特に人間の生死に直結する分野への応用においては重要であろう。 ― ▼ AIといえば、最近、コマーリャル等で、見かける『ポケトーク』。 翻訳は、端末ではなくクラウド上のエンジンを用いている。そのため、言語 ごとに最適な翻訳エンジンが活用できる。 従来のオフラインの翻訳機ではなし えない高度な処理を実現している。これで海外旅行での会話の心配が少なくなる。 これをみて、直ぐに考えついたのが『ポケフレンド』。何かを思いついたとき、 話しかけると、即座に、自分では考えつかないレベルの面白い考えを自動的に 伝えてくる機能の端末…。そう遠くない内に、こんなのが出てきたら、如何なる? これは思考AI、いや思考サイボーグである。協働ロボットならぬ「協考AI」。 もっとも、グーグルの検索機能も、その類。 自宅の2台のTVはソニーだが、 パナソニックのTVは、音声で直接呼びかける機能と言うが…
・・・・・・ 2019/04/07 閑話小題 〜即席・ショートショート −2 * 10年後の「技術的特異論者」の呟き 今から十年前の、この随想日記を紹介しよう。 73歳まで生きていようとは思わなかった。成るほど「死にぞこない」 である。しかし、際なればこそ、情報機器の進化の御蔭で、技術的特異の現象を 味合うことができた。それにしても、これほどとは…
≪ まさか、83歳まで生きようとは… そして、10年前の、この文章を読もうと 思ってもみなかった。一年近く前に1万テーマを書上げた。これらの内容を 同月同日に読返すことで、脳の活性化が出来ていた。 老いるとは、老いという 病気が重症化をしていくことでもあった。 じゃあ、生きていて良かったかと 言われれば、「実に良かった」。 世界は日々変わっていく。10年前に、 「技術的特異点」が2045年と言われていたが、既に、到達してしまった? 今では世界は、AIの判断を最大限に徴用する風潮になっている。そうするしか ない! 正しいのだから。身体は老化で動きにくいけどね、小さなロボットに、 これまで書いた随想日記をインプットすると、その時の気分に応じて、呼出し てきて、その関連映像を、自動的にゴーグルに360度の視界に呼出してくれる。 嗅覚、味覚も、脳の神経を刺激することで再現できるとは… 自分の過去も、例えば20歳の1966年の映像が、瞬時に次つぎと現れる。 それは、10年前でも可能だったけどね。 当時、ドローンって有っただろう。 あれがAI化して進化して、配送の世界を激変させたの。自動車のAI化の技術が、 様ざまな分野に応用されてね。何でも自動化されて、人間を駆除したしまって。 通貨も今では、多くはネット決済。仮想通貨も当り前だもの。無用階級の 人たちが殆ど。何もできない… 誰の責任でもない。生まれが悪かっただけ。 当時、生命誕生から40億年来の革命って書いていたでしょ。まったく、その とおりになってね。 情報化って、何もかもが、直に評価され晒される。 この時代、物語化する能力が重要になってね。 何とか、それで昔を語っている から、娑婆?に繋がってるし。 ≫ ― ▼ 即席のショートショートだが、10年後の視点からの独り語りは疲れる。 8割かたは生きていないだろうが、死損なって、読返したら何と思うか。 以前、みた映画 「LUCY/ルーシー 脳が覚醒した女 」を想いだした。 【 ごく普通の生活を送っていた女性ルーシーは、台北のホテルでマフィアの 闇取引に巻き込まれてしまう。マフィアは人間の体内にある物質を埋め込み、 その人間を海外に送り出すことで物質の密輸を行おうとしていたが、ルーシー の体の中でその物質が漏れ出すアクシデントが発生。その影響により、普通の 人間なら全体の10%しか機能していない脳の機能が、徐々に覚醒していく。 脳の覚醒率が上がるに従い、超人的な力が解放されていくルーシーは、自分と 同じような人間を二度と生み出さないためにも、マフィアの計画を阻止するため に動き始める。 …覚醒度が進んだルーシーは、他人の肉体、磁波、電波の制御 が可能になり、量子物理学、応用数学を含めた膨大な知識を脳にインプットし、 細胞核の無限の可能性を体感するようになります。】 恐らく、このままの生活習慣を10年間も続け、情報機器の進化に馴化すると、 ヒロインのルーシーの数十分の一まででないとしても、脳力は、現在と比べて 数倍、数十倍にアップするのでは? それが世界中の人々ともなると… 考え合わせると、人類の、そう遠くない未来に悲観的になる。 <アッラーの御望みで、一度、清算を…>などと考える輩が出てくる可能性が。
・・・・・・ 2019/04/04 技術的特異点 * <2045年、技術的特異点> 再び! 元号のキーワードでネットサーフィンをしている過程で、次期天皇が81歳位 まで在位なら、その時節が2045年。とすると、令和の25年は、シンギュラリティ (特異点)の『2045年問題』が最重要問題のテーマ。 一年一年の科学技術が もたらす情報機器の進化が社会を根底から激変する時代。それが社会的大問題 を生じることになる。知れば知るほど恐ろしくなる。 8年前の65歳から有り余る隠遁生活の中で、留まることのない情報端末の進化 を目の当たりにし、10年後の先読みなど到底、不可能。それもAIの進化など想像 を遥かに超えた領域。あと2年と割切っていたが、あと7年を目安に切替えた方が、 面白そうと、ここにきて思うように…。 この問題をテーマに2016・12月に数回、書いてあった。(後でコピペ) これは、その補完の内容。 読返し、改めて考えさせられた。 <特異点を理解して、自分の人生になにがもたらされるのかを考え抜く人を、 「特異点論者」というが、老化の胸突き八丁を乗越えて、少しでも、その一端 になりたいが… 少し早く生まれてしまいましたか。 「資産階級」に対する 「無産階級」を捩ったような「無用者階級」が新たに生まれてくる。 その逆は、「ホモ・デウス」、超人類の誕生。人工知能とバイオテクノロジーで、 人類は神に昇格する。乗り遅れた人間は、格差が進み就労不能な、欲望すらAIに 支配される無用者階級の誕生である。復習を兼ねて改めて、その予測をみると… 【 ーレイ・カーツワイルの予測ー 2045年問題とは西暦2045年にコンピューターの能力が人類を越えるという予測 があり、それによって起こるさまざまな問題のこと。人工知能(AI)が自らを規定 しているプログラムを自身で改良するようになると、永続的に指数関数的な進化 を遂げる。この結果、ある時点で人間の知能を超えて、それ以降の発明はすべて 人間ではなく人工知能が担うようになり、それ以降の進歩を予測できなくなる。 (人間がいくら考えても想像ができないレベルに達する。) ―ヒューゴ・デ・ガリスの予測― オーストラリアの人工知能学者 デ・ガリスは、人工知能は急激に発展して、 シンギュラリティが21世紀の後半に来ると予測。その時、人工知能は人間の知能の 1兆の1兆倍(10の24乗)になると主張している。デ・ガリスは、この人間の脳の1兆 の1兆倍の能力をもつコンピューターは、将来、角砂糖1個くらいの大きさになる、 と言っている。それを人間に貼り付けると、人間の知能は10の24乗倍になる。 ※人間の脳の細胞は10の11乗個あるといわれている。ひとつの脳細胞から シナプス(神経細胞と神経細胞の接合部)が1万本(10の4乗)でているとして、合計 10の15乗本。それらが10ヘルツ、つまり、1秒に10回スイッチングすれば、1秒間に 10の16乗回演算できる。それが人間の脳の性能とみなせる。将来のコンピューター が10の40乗で、人間の脳が10の16乗。 この違いが、10の24乗倍、すなわち、 1兆の1兆倍になる。】 ― ▼ プロ野球のイチロウ、大谷、そして将棋や囲碁の天才少年・少女が現に現われ 出ている。これは親がかりで出来てくる。内には大きな谷底を抱えているが、 それより、その高みから見える世界は格別の筈。 〔 上をみればキリがない。下をみれば底がない。横をみれば情けない 〕 なんて悠長な言葉が死語になる。殆どが「無用者階級」の方が、生き易そう? <何か奇跡的なほど良い時代を味うことが出来て、得した?ようだ>
|
|
|
|
2019年05月17日(金)
* 涙活とは 最近、「就活」を捩った婚活、終活、朝活なる言葉が目に付く。 そこで、「○活」で検索するとあるある。 【 婚活 終活 涙活(るいかつ) 留活 燃活 離活 妊活 恋活 朝活 昼活 ゆう活(夕活) 夜活 ソー活(So活) 転活 美活 コラ活 腸活 眠活(みんかつ) 寝活 呆活(ぼうかつ) ソロ活 ヲタ活 墓活(ぼかつ) 友活 ラン活 】 この中で「オヤッ」と注目したのが「涙活」。ネット辞書には… 《 「涙活とは意識的に泣くことでストレス解消を図る活動のことである。 寺井広樹によって考案、提唱された言葉である。 涙を流すことにより、人間の自律神経は緊張や興奮を促す交感神経が優位な 状態から、リラックスや安静を促す副交感神経が優位な状態に切り替わる。 涙活は、この仕組みを利用したストレス解消法とされている。」 ストレス解消に効果があるのは、悲しみや感動などによる情動の涙。 なお目を潤すための基礎分泌の涙や、タマネギを切った際に出る角膜保護の涙 には、ストレス解消効果はない。こうした涙の効果に注目が集まり、泣ける映画 や朗読を聞いて意識的に涙を流す涙活イベントも各地で開催され、泣ける話に 特化した噺家として泣語家も登場。 涙活をともにした仲間を涙友という。》 ー ▼ 20歳代前半、布団の中で度々、泣いていた。「涙が出るだけ、甘さが残って いる証し」と自覚するには苦悩の質量が浅かったことを、その後の人生が教え てくれた。「感動のあまり涙が出てきた」の物語が人生には必要になる。 初犯者が刑務所に入所すると、一晩中、号泣するのが習いという。金沢で泥酔 して一晩、号泣したことがあった。涙は、何時までも留まることなく流れ出る ことを、その時に知った。 その頃、城卓矢の骨まで愛しての情歌が流れていた。 〈 生きてるかぎりは どこまでも 探しつづける 恋ねぐら 傷つきよごれた わたしでも 骨まで 骨まで 骨まで愛して ほしいのよ 〉 それは、女性関係の縺れを因にしたことではなかったが、どん底の気持ちは同じ。 一番辛い時は、また一番、面白いことが次つぎと続くもの… その時に、必要 だったのが、どん底の底の経験。何とも『金沢のオデン』の美味かったこと。 〔下を見れば、底がない。上を見ればキリがない。横をみれば情けない。〕 25・6歳頃の人生劇場の『金沢版』。 そして、次のステージ『千葉版』が…。 次が4年後の『長岡版』が4年と半年。 そして、『新潟駅前版』が31年と、つづく。 先ほどの『○活』の全てが混入したようで、この上なく面白かったのは当然。 だからこそ、『脳活』で、浅く小さい井戸の中で、一日一日を楽しんでいる。
・・・・・・ 6273,閑話小題〜 つれづれに ー新潟・少女殺人事件 〜2 2018年05月17日(木) * ロリコンですか 新潟の幼女誘拐殺人事件。加害者だけでなく、犯人も、家族も茨の道を歩く ことになる。刑務所内で一番嫌われるのが、この手のの暴行殺人。徹底的に 苛め抜かれる地獄絵が待っている。
逮捕の前に記者から自宅玄関で、犯人の弟が、インタビューを受けていたが、 その時、何が起こっているか知る由もなく、あっけらかんとして応対していた。 小さな地域社会、残された家族は、居た堪れなくなって… ? その後、母親がかわって対応していたが、家の近くに車が止まる音がして、 いま帰ったようですよと、いった直後に発進音が聞こえていた。犯行時間の 数分前? …
犯人の両親は、まだ50歳代そこそこ?。 幼女を殺害し、線路に放置し、 バラバラ?にして証拠隠滅にしようとした手口は… まだアドケナサが残って いるロリコン青年。中学生の頃からロリコン癖が表立っていたコテコテ。 現場沿線には幾つか大学があり、アパートに多くの学生が住んでいる。 まさか自分の息子が?と、何人かの親御は心配していただろうに。
ロリコン趣味の外に、様々な嗜好が世にあるようだ。同性愛、デブセン、 変わったところでハードホモ、ジュク(熟)セン、ブスセン… 私の性癖は「ビジョセン」。なら、異常者ではない! が。 センスも、頭も、性格が比較的良いの揃っているのが多い。例外もある…
それにしても、今回の事件は、悪質で同情の余地は全くない。犯人の自宅から 直線距離で50mというから、少し離れたところでやれよ!と言いたくなるが、 これだけは、病気だから何をいってもダメ。 どんなイヤラシイ顔つきの男と思いきや、何処にでもいる普通の兄ちゃんに 拍子抜けした思いである。
《 ロリコンの性格的特徴を検索すると… 1.A型男性が多い 2.貧乳を好む 3.同世代の女性との会話は難しくインドアの人が多い 4.世話上手 5.二次元アニメを好む 6.ステータスを好まない 》
逆にロリコン好きの少女も多いというが… 山口達也騒動、考えてみたらロリコン?だった。 御相手を間違えただけ?
―――― 閑話小題 〜つれづれに ー新潟・少女殺人事件 〜1 2018年5月02日 * 新潟・少女殺人事件 熊: 県知事の買春事件で大騒ぎの後に、父子五頭山遭難騒ぎにつづいて全国区 ニュースが続くね。何でわざわざ、死体を線路に置いたのだろうね。 寅: バラバラにして死因を隠すためだろうか? それを目撃する快楽を味わう 快楽犯も考えられるけど、それは考えすぎ?。 白い車で、黒服の男という から、2〜3割?は、該当するからね。女児が朝、しつこく声をかけられたと いうから、何処かの監視カメラに録画されている可能性が高いし… 解決は早いだろうよ。昨年9月には、同じ小学校の女子児童が男に声を掛け られたり体を触られたりする不審者情報が3件あったというしね。 熊: 死んで何時間すると轢かれても出血しないことを、この事件で知ったけど、 犯人も知らなかったみたいだね。ということは、死因を隠したかった?と しても、殺した上に… 寅: 俺らさ、北欧の刑事モノ連続ドラマに、この数年嵌っているので、こういう 異常な事件になると、色いろ思い浮ぶんだ。俺なら、阿賀野川の河口に 捨てるとか…。イギリス、北欧モノには、少年少女への暴行殺人が、結構、 多いし。としても、異常過ぎる事件だね、これは。 何も知らない子供の頃 から、異常ドラマを見て育ったら、映画と現実の境目がつかなくなっても 不思議でないさ。 大家: 情報化がもたらした、マイナスの一面ですか。全国版で、リアルタイム の犯人探しとして扱われるのだろうが… 私も、興味本位では、その一人。 マスコミにとって、犯人逮捕が遅れれば遅れるほど、視聴者の興味が膨らむ ため、有難いのだろうがね。 寅:<9月に、逮捕していれば>のそもそも論が、当然てるため、警察は必死に なるから。 9月、5月からみて、学生が考えれるね。 熊: 昨日さ、たまたま寅さんに勧められて録画していた北欧の刑事モノを見た けど、酷い内容。 この内容を思わせる事件で、何か、背筋がゾッとしたよ。
・・・・・・ 4444, 過去の意味は変えられる 2013年05月17日(金) * 過去は変えることはできないが、過去の意味は変えられる 何気ないが心に響く言葉、「過去は変えることはできないが、過去の意味は 変えられる」がある。40年近い事業人生と、この結末を如何に受容するか。 所詮は、人生も事業もバブルと、その崩壊過程の側面がある。何事も始まりと 終わりがある。その行蔵は残るが、変えることはことはできないが、意味は 変えられる。それは、自分が何を目指すか、楽観的か悲観的か、などで意味の 捉え方で変わる。過去の意味(価値)を変えることは、未来と現在に対する 考え方を変える。過去を結果に言い換え「結果は変えることはできないが、 結果の意味は変えられる」として、人生、事業を総括すると多くの視点が 見えてくる。現在こうして存在していることは奇跡である。 全てがベストであったから今の私が、ここに存在している。 (この宇宙、地球、人間など全てだが)それでは「過去の意味を変える」とは 如何なることか。意味に近い言葉に価値がある、意味=価値として考えてみる。 価値とは、その人にとっての優先欲求、優先順位でもある。ということは、 何を目指しているかに行きつく。過去の価値は、現在の価値で解釈が変わって 当然、作り変えられ、加工される? 歴史が、時間と共に解釈が変ると同じ。 意味には真実も含まれるが、その真実もあてにならない。当人が信じていること、 それが真実といわれるケースが殆ど。そこで、真実と意味を辞書で調べると ・【真実とは、虚偽の反語。本当のこと、偽りでないこと。歪曲や隠蔽や錯誤を すべて排したときに明らかにされること。漢字の意味は、事柄の中身を開いて 見たときに、実(じつ)として充満しているもの ...】 ・【意味とは、表現に対する「なかみ」。意図するところ。表現(結果)を さかのぼる真意、意図、目的。ある現象(行為・言語・その他)に添付される、 ある種の上位概念。】とある。 真実も、意味も、言葉の解釈で如何様に変わる。あるのは現在しかないとすると、 過去は記憶でしかない。その記憶も曖昧ときたら、成り立つ基盤は在って無い ようなもの。「過去の意味は、現在の解釈で如何様にもなる」ということ。 ・・・・・・ 5906,閑話小題 〜回転(回らない)寿司 2017年05月17日(水) * 回転(回らない)寿司 TV番組のレポートで、回らない回転寿司のレポートを知っていた。 それが近くにできたSC内の一角にオープンした。歯医者がたまたま目の前 で昼時だったこともあり、一人で入ってみた。注文の全てがパネルタッチ方式で、 既存のパネルだけで発注するシステムと思えばよい。客の立場から一番良いのが、 厨房から握りたての寿司が数秒で目の前に届くため美味しさが違う。シャリが 立っていて街中の寿司屋のようだ。回転寿司といえば、目の前に次々と回って くる皿を取るが特徴だが、握られてから手に取るまでに平均10分?は要する。 しかし、これは口に入るまで、1分そこそこ。 美味いのは当り前。これでは、 従来の寿司屋はますます廃れる。あと5年もしないうちに、8〜9割方は、これに とってかわる? * つれづれに 毎日、スケジュールどおりに変わらない日々を過ごしているが、その中の柱が、 この随想日記を書上げること。これまで人生で起こったことと、日常の全てが テーマのネタになる。過去のネタと、日々のネタを仕入れ、縫い上げる物語化 するのに頭が一杯。しかし、これも慣れてくると面白い。いや、面白くなった が正直のところ本当。一寸したことで、落ち込みそうになるが、それも、物語化 をして面白がることで、何とか乗りきっている。これを書き続ける効用の一つが、 マイナスの出来事を、プラスに変容できること。 表現は、他人をも救うが、 自分も救ってくれる。たしかチャップリンが、映画の中で言った言葉、 <死は避けられない。しかし、生もまた避けられない>があるが、 避けられない生ならば、それを目一杯楽しむしかない。で、周囲からしたら、 奇妙な老人が、何かバカをしている? だけとしても、楽しければそれで充分。
|
|
|
|
2019年05月16日(木)
* 京マチ子が、生きていた! 京マチ子が5月12日に心不全のため東京都内の病院で死去、享年95歳だった。 たまたま借りてあった『文芸春秋』の<スターは楽し 芝山幹郎>で、彼女を 取上げていた。出来過ぎだが、こういう偶然は日常的。 さすがにプロ物書き の言葉は味があり、的を得ている。 (平成29年 文芸春秋12月号) 《 二代目中村岩鴈治郎、田村次郎、山崎豊子、溝口健二… ひと癖もふた癖 もある顔ぶれだが、彼らは京マチ子と相性がよい。逆にいうと、彼らと相性の よい京マチ子の存在が興味深い。美貌だけでは持たない。豊満だけではあきられる。 愛嬌だけでは白けられる。 肉にコクがあって、動物的な知恵が豊かで、しかも 諧謔性がないと、まず取りあってもらいない。そんな人たちと、京マチ子は繰返し 協働している。溝口とは『雨月物語』『楊貴妃』『赤線地帯』で組んだ。 彼らだけじゃない。小津安二郎も黒沢明も市川崑も増村保造も…京マチ子と 仕事をしている。初期の代表作は『羅生門』『雨月物語』だろう。戦後まもなく、 あれほどの奔放で肉感的な女優が躍り出てきたのは時代の要請だったかと驚いた。 「玄人」と呼ぶしかない山田五十鈴や、「大輪の花」ともいうべき原節子と 異なり、京マチ子の印象は一言で表現しづらい。あでやかで妖しい柄の奥に、 複雑で目の詰まった紋様がびっしり縫い込まれている、とでもいおうか。 何しろ芝居が重層的だ。… 京マチ子は、「ぼんち」をはじめ、山崎豊子の 映画に四本出た。なかでも、『女の勲章』『女系家族』の味が濃い。どちらも 田村二郎に転がされる。洋装学院長を演じ、マネジャーの銀四朗に資産も肉体 をしゃぶりつくされる。どちらの役柄も「お人よし」。 … 》 ― ▼ 何か、書き写しながら、筆の鋭さに圧倒されてしまった。それだけ濃厚な 大女優だった。 『京マチ子 あでやかでおかしくて』の副題がよい。 殆どに人は、「まだ生きていたの?」の反応だろう。山田五十鈴の往年の銀座 の老獪な高級クラブのマダム役の姿が印象に残っているが、『京マチ子』も 似合っていただろう。<愛想があって、愛嬌があって、肉が濃くて、動物的な 知恵が豊かで、転がされ上手で… 夜の巷の蝶のような女。> 昭和の良き時代の消滅ですか。
・・・・・・ 6272,閑話小題 〜情報の階層化について −3 2018年05月16日(水) 〜NHK:BS1【三和:人材市場〜中国・日給1500円の若者たち〜】 * 弾け出された中国の若者 あるのは小さなカバンと、着たきりのTシャツと、ズボンと小銭。 月給制の職場に堪えられず日雇い仕事で日々を暮らす若者。寝ぐらは、 ゲーセン。その実態は、現代社会の蔭を象徴している。日本のホームレスの 中国・深セン・バージョンというところか。大陸なればこそ、深刻度は深い。 これなら犯罪を犯しかねない状況である。 〜NHK・HPより〜 《 中国・深センにある職業斡旋場・三和人材市場。 工場労働からはじき出され、1日働いて3日遊んで暮らす「三和ゴッド」 と呼ばれる中国の若者を、何が追い詰めているのか。 総資産が1億7000万円以上の富裕層が7万人に達する深セン。 格差社会の底辺から脱出できずもがく若者たちの間に不満が高まっている。 豊かになる夢を持ってやって来た出稼ぎ労働者の希望は、失望と不満に変わる。 三和市場で日雇いの暮らしを3か月送った男性は、深センを離れることを決めた。 中国の繁栄を謳歌する最先端都市・深セン。その発展を支えてきた人々。 しかし急成長がもたらした貧富の格差と負の連鎖によって、若者たちの夢は 更に手の届かないところに行こうとしている 。》 ― ▼ 月給制は縛られ窮屈と、日給の働きを求め、ゲーセンで過ごす若者達。 情報化がもたらした原子化した流砂の民の象徴。誰が悪いのではない… 思わず魅入ってしまったのは、彼らの姿の中に、何やら、老い先短い? 我が身の姿「俺たちには明日がない」に重なる部分があったからか。 ネットサーフィン、TVドラマ、TV]映画、シネマ館の仮想の世界に日々、 逃避しているような? としても、それで充実するから不思議だが。 ―― 熊: カミさんとガキがいる以外、俺と大して変わりはしないよ。 寅: 俺もだがね。原子化さえしてない俺たちは、良い悪いかは別として 少しましかい。でも、砂粒がネットで強固に繋がるのも問題だね。 それとゲーセンでネット仮想世界の逃避ね。八つぁんと大して変わりはしない。 熊: インドの人力車の車夫と似ているね。俺たちの寝泊りは、人力車のかわり に長屋の部屋だけど。でも、老い先短くなれば、何もかも同じよ。 大家: 私に対する嫌味かい。確かに死んで三日もすれば3百年前と同じさ。 情報社会のグローバル化ってのは、誰もが一瞬で底なしになる可能性があるね。 寅: 豊かさで恩恵を受けるのは衣食住を除けば、情報の質量の差だろう。 それが両親の質と、本人の才覚で変わる。確かに出発点で殆どが決まるね。 熊: 俺なんて、貧しさしか知らないだろう。豊かさの恩恵を一度でもよいから 受けてみたいね。良いことなかったもの。バブルで阿波踊りしたかったね。 大家さんは経験したというじゃないですか。 大家: ああしたよ。20年、いや40年は、そりゃ天国さ。良い時代に良い思い をさせてもらいましたよ。それがあったから、老いても心だけは豊かさね。 寅: 行蔵内の御宝が無いと、人間、老いてからの歪みが大きくなるの。 それが顔に出るから、恐ろしいね。他人事じゃないがね。 熊: 何で今、俺の顔を見るんだよ。貧乏も馴染むと、けっこう面白いんだ。 寅: でも、傍で見ていて、「天気晴朗なれど波高し」がピッタシだね。 舟は大揺れでさ。特に月末は、ウドンばかりじゃないか。 熊: 御前も同じようなモノじゃないか。御前のように宝籤など俺、買わない。 大家: 御前らが話すと、折角の社会問題も卑しい話になってしまう。
・・・・・・ 4443, ヨガと座禅の違い 2013年05月16日(木) 毎週二回、スポーツジムの「ヨガ」に参加して14ヶ月、百回はゆうに 超えているが、回数を重ねるたび、身体も、気持ちも解れていく。学生時代に 野狐禅だが、六日町の雲頓庵で持ち込んだ卒論の種本を読みながら、合間に 広い禅室で独り座禅を組んだことがあった。ただシーンとした中、 「直ぐにでも止めようか」という気持ちと戦いながらのたった独りの座禅は、 永平寺での一瞬気持ちを緩めれば、禅僧に叩かれる状況より辛い。誰もいない ため、直ぐ止めたい誘惑との闘いになる。ヨガで仰向けになり全身を弛緩する 「死者のポーズ」があるが、これは座禅の禅定に似ている。飛行機内の座席で、 耳栓をして姿勢を正し、次々出てくる思いを泡のように流していると、何かの ゾーンに入ってしまい、10時間以上の時間がアッという間に過ぎてしまう。 ヨガは、瞑想で心を解すのが目的で、禅は、その状況から仏の悟りに近づく ことにある。 ーヨガと座禅の違いをネットで調ベた、納得した3つをコピーしてみるー 《 人は疲れたときに目をつぶる事がある。そこで何かを思い浮かべながら 瞑想にふける。この繰返しがヨガという。 このヨガはもともと 「軛(くびき)」ということで、牛に車を曳かせる腕木を指した。これが 次第に神の力に人間を結びつけることを意味するようになり、その修行法と して智慧、愛、行、瞑想が重視された。一般にヨガと呼んでいるのは、 このうちの瞑想による神人合一の方法である。このヨガは紀元5世紀ごろ には「ヨーガ・スートラ」を根本経典としたヨーガ派が独立してさかえ、 完全性をそなえたひとつの霊魂を最高神としてあがめた。このヨガの修行法 が仏教にも広く取り入れられてきた。それが坐禅につながっていく。 》 《 ヨガと坐禅は、まず姿勢を正して、呼吸や五感(眼、耳、鼻、舌、身) を整え、誘惑をさけ、精神統一するのはどちらも同じ。ヨガは、これに よって初めて超自然的な力が得られ、対して禅は「禅定」に深くかかわり、 静けさを求める。禅とは(ジャーナ、禅那)という梵語の音写で、釈尊の 悟りを追体験して”身心脱落”し仏の境地になりきり坐禅をすること。 禅は「無」を標誘し功徳や利益を求めない。ひたすら足を組んで坐禅をする。 ヨガは神人合一して身心の健康を増進させる。 》 《 ヨガは、インドに古くからあり、ウパニシャッドと言われる古代インドの 哲学書にも出てくるもので、瞑想や呼吸法、座法などによって心身を鍛える 事で、心の動きを抑制する方法として古くから用いられた。後に、ヨーガ学派 という哲学集団によって、解脱への実践方法として体系化されていったと 言われています。そして仏教においても、このヨガは悟りへの実践方法として 用いられ、釈尊も、瞑想によって真理を悟ったと言われますし、「瑜伽行」 という修行法として確立されました。現代のヨガも、もともとはそのインド 独特の修行法をアレンジしたものですから、仏教の修行とヨガとは、出発点は 同じであると言えるでしょう。違いと言えば、仏教における修行は、さとりを 目指す為の方法であり、現代のヨガは、心身の健康維持のためのもの、という 点でしょうか。座禅とヨガとの関係についてですが、ヨガは、座法や呼吸法を 盛り込んだ、精神統一の方法でありますし、「禅」といいますのは、「禅定」 つまり精神統一をし、真理を観察することであって、「座禅」は座法や呼吸法を 用いた「禅定」一つの方法ですから、根本的な部分で同じ要素を持つ。 》 ▼ ヨガは座禅と出発点が同じ「座法」「呼吸」を盛り込んだ精神統一の方法に 対し、座禅は精神統一を通して真理を観察するもので、少し意味合いが違う。 腰痛持ちの私にとって、週二回のヨガは腰痛緩和の自己マッサージ治療。 私の腰痛は完治はないが、仲良くするのは可能。その方法がヨガに多くある。 手軽なベストの場が見つかったもの。たまたまー「早朝座禅」山折哲雄著ー を見つけ読んでいるが、数日前から、30分早く起き、早朝座禅を取り始めたが、 これが良い。4時から7時までは、正にゴールデンタイム。 60年以上溜まった毒出し、矯正の時間でもある。
・・・・・・ 5175,人生相談という気晴らし! 〜�� 2015年05月16日(土) 『人生、しょせん気晴らし』中島義道著 * 老いた人の絶対的孤独との向き合い方は ここで、自分のしたいことを誠実に熱心に追及している限り、理解者は 出てくるというが、どうだろう? 今では、ブログなど、ネットで繋がることが 可能なので、ある程度の他者と繋がることが可能だが。 ≪ Q: 〜年齢とともに肥大する孤独との向き合い方〜 六十五歳の男性です。人間、歳を取るとだんだん孤独になるものだとつくづく 実感しています。若い頃は学才に恵まれていた男が、いつのまにか「俺は文化 なんてものには興味はねえ」と野卑な口調で本性をあらわしたり、デリカシーに 欠けていた男の品性がますますひどくなったり。さらには盟友が亡くなったり…。 そんなこんなで、私はこの七〜八年ほどの間に若い頃からの友人をあらかた 失くしてしまいました。孤独であることにもそれなりの味わいはありますが、 しかし、人生、いや歳を取るということは、かくも無漸なものなのでしょうか。 歳を取ることによって生じる、どうしようもない孤独にどう対応したらいいのか? 適切なるご教示をお願いします。 A: 〜わずかでも心の通じ合える人がいれば絶対的孤独は避けられる〜 私は「孤独」がそれほど嫌いではなく、「それなりの味わいがある」と思って いますので、「どう対応したらいいか」に対する直接のお答えにはならないかも しれません。あなたの問題にされているのは、主に「他人との関係」でしょう。 それにも二つあって、1つは、人間、歳を取ると「品性」がますますひどくなる こと、そしてもう1つは、親しい他人や愛する他人が次第に自分より先に死んで いって、だんだん心細くなること。前者については、私も同じ印象を持ってます。 私が同年齢の男女との付き合いをかなり切っているのは、―自分はともかく― 一般的に言って中高年の「醜さ」に耐え難いからかもしれません。それに加えて、 私は「哲学」なんぞに首を突っ込んでしまったので、50や60の「普通に出来 あがった」男たちと話すことは何もないと確信しているせいでしょう。 この歳で、妙に哲学に擦り寄ってくる老人も嫌いです。大学の教師や研究者、 あるいは物書きをしていて気が晴れることは、若い学生たちや若い研究者たちや 若い編集者たちや若い読者たちとの「交流」が、適当にあることです。 もちろん、彼らの中にも「心の醜い」輩はいますが、私の周りには総じて 「心のきれいな」人が集まります。そう自分が厳選しているからなのですが。 このことは、第二の孤独にも通底しています。私の場合、特殊とも思いますが、 自分と同世代の男女との付き合いをほとんど完全に絶っていますから、という ことは、小学校から大学までの同級生などとの交際はないので、誰が生き残って いるのか、誰が死んでいるかさえ(連絡がないので)わかりません。それに、 私は目上の人との付き合いは(どんな恩人でも)苦手で、これもほぼ完全に切り 捨てていますので、目下、誰が死んでもいっさい葬式に行く義務はないのです。 別に老後の孤独に備えてこう準備したわけではありませんが、私はその時々で 一緒にいて心の通じ合える人がわずかにいればそれでいい、という「刹那主義」 に徹しています。どんなに歳を取っても、自分のしたいことを誠実にかつ熱心に 追求している限り、理解者は出てきますし、その限り絶対的孤独は避けられると 思いますが……。≫ ▼ 著者から肩書をとったら、「醜悪なクレーマー」と思われる。 これまでの著書を読んでいると、クレーマーとしての信じがたい内容が リアルに書いてある。それはそれは・・ 特に街中や電車などの騒音に敏感。 それと、著書を出し、思いを表現していると、孤独感は半減する。中島の口癖、 「いずれ直ぐ死んでしまう!」は、亡くなった友人を自分に置換えると分かる。 『死んでしまえば、それまでよ! そんなことなど死んで3日も経てば・・』 ・・・・・・ 4810,Quirt <内向型人間の時代> ー1 2014年05月16日(金) <内向型人間の時代> スーザン・ケイン著 * 内向型人間かどうかのチェックリスト 私は、あまり外交的ではない。だから、事業創業の人生を選んだのである。 この書の冒頭にあった内向型リストで、○✖▽で、チェックしてみた結果、 20のうち、13が○、✖が3、どうだろう?▽が4で、明らかに内向的 人間である。家内は明らかに外交的人間と思っていたが、○が15に、✖が3、 ▽が2で内向的人間には驚いた。専業主婦ということもあるが、驚きである。 ー以下、左が私、( )が私から見た家内である。 ーまずはチェックリストからー 日本人、特に地方、北国は8〜9割は内向的人間? ○グループよりも一対一の会話を好む ○ (▽) ○文章のほうが自分を表現しやすい ○ (✖) ○ひとりでいる時間を楽しめる ○ (○) ○周りの人にくらべて、他人の財産や名声や地位にそれほど興味がないほうだ ○ (○) ○内容のない世間話は好きではないが、関心のある話題について深く話合う のが好きだ。 ○ (○) ○聞き上手だと言われる ○ (▽) ○大きなリスクは冒さない ✖ (○) ○邪魔されずに「没頭できる」仕事が好きだ ○ (○) ○誕生日はごく親しい友人一人か二人や、家族だけで祝いたい ○(○) ○物静かだ」「落ち着いている」と言われる ○ (○)
○仕事や作品が完成するまで、他人に見せたり意見を求めない。▽(○) ○他人と衝突するのは嫌いだ ▽ (○) ○独力での作業で最大限の実力を発揮する ○ (○) ○考えてから話す傾向がある ○ (○) ○外出して活動したあとは、たとえそれが楽しい体験であっても消耗したと 感じる。 ✖ (✖) ○かかってきた電話をボイスメールに回すことがある。 ✖ (✖) ○忙しすぎる週末よりも、なにもすることがない週末を選ぶ ○ (○) ○一度に複数のことをするのは楽しめない ▽ (○) ○集中するのは簡単だ。 ○ (○) ○授業を受けるとき、セミナーよりも講義形式の方が好きだ。▽ (○) ▼ 意外なことに、アメリカ人でさえ、2〜3人に1人は、内向的人間という。 事業人生を30年以上、たずさわり、人との接触が多い仕事もあって、外交的 部分も多かった?反面、嫌な場面へ行かないで済む、自由もあった。逆に仕事上、 内向的姿勢も求められたこともあった。家内の友人に、極度の内向型人間がいて、 その話を度々、聞くことがあった。内向的にも、暗いのと、明るいのがいる。 冷たいのも、温みがあるのもいる。携帯パソコンが一般に普及した中、情報選択 と決断が重要になっているが、この時代だからこそ内向型人間の時代というのも、 説得力がある。ヨガブームというが、週二回、26ヶ月、参加して、成るほど、 内向き、精神性の時代が、実感できる。 高齢者は、どうであれ、内向きに なりざるをえない。 ーつづく
・・・・・・ 5905,閑話小題 〜映画評:『スプリット』 2017年05月16日(火) * 『スプリット』〜映画評 先々週末は行かなかったが、先週は『スプリット』をみてきた。評価:85点。 一人の男に24人の人格が宿って、監禁した3人の少女の前に次々に現れる。 恐いが、これが面白い。16年にわたり、随想日記を書き続けながら、同月同日分 を読み返していると、自分の中に、何人もの違った人格をみている心持ちになる。 人は毎日、進歩と後退をしながら変化しているのである。 その中で、50年近く 前の日記の内容に驚いてしまう。社会人になる前の使用前、リタイアの使用後 なら違って当然。「気持ちは大して変わってない」と思うのは、そう思いこんで いるだけ? 読み返す度に、若い時分に戻りたいとも思わない… ≪ 〜『スプリット』 あらすじ 級友のバースデーパーティの帰り、車に乗った3人の女子高生。見知らぬ男が 乗り込んできて、3人は眠らされ拉致監禁される。目を覚ますとそこは殺風景な 密室…彼女たちはその後、信じがたい事実を知る。ドアを開けて入ってきた男 はさっきとは違う異様な雰囲気で、姿を現す度に異なる人物に変わっていた― なんと彼には23もの人格が宿っていたのだ! そして、さらに恐るべき24番目 の人格が誕生すると、3人は恐怖のどん底に。≫ ▼ 内なる他者?が存在して、どれが主体人格かさえ分からない人が、世の中 に現に存在している? 政治家など、理想の政治的リーダーを演じて票に する日常。頭にあるのは、票とお金のことばかり。集金の主体は、汚職ぎりぎり の塀の上の美味しい取引しかない。 で、主体人格が、まず歪む。 演じる理想的政治たる表の顔と、それを演じる主体人格の間の皮膜の中に 自分の個性をつくるしかない政治屋タレント。心の底に、多重の人格が育つのも 解らないでもない。 24人目の人格が、人間の奥底に潜む、モンスターのような 強固の人格がオチとして現れ出てくる。 映画は面白い! 多重人格を検索したが、これが面白い。 近くテーマにする。
|
|
|
|
2019年05月15日(水)
ノムさん、サッチー亡くし外食の日々「男の弱さを痛感」
* 没イチ 「配偶者を亡くし単身となった人たちが自らを“バツイチ”ならぬ “没イチ”と呼ぶ動きが広がっている」という。、 『悲しみを抱えながらも、先に亡くなった配偶者の分も精一杯生きる』 という意思の入った言葉。 ところで、朝日新聞に 妻・沙知代に先立たれた野村克也の、寂しさの「ぼやき」が載っていた。 そこでネット検索すると、彼特有の「ぼやき節」が… ≪・プロ野球の数々の球団で監督を務めた野村克也さん(83)は2017年12月、 妻の沙知代さん(享年85)を亡くした。今でも「先に逝かれると思わなかった」 「男の弱さを痛感している」とぼやいています 配偶者を亡くした喪失感を、 野村さんはどう乗り越えようとしているのでしょう。 ――沙知代さんが亡くなった後、どんな心境でしたか。 男は弱いと言うけれど、それを痛感してますよ。朝起きても話し相手がいない。 毎日何をして生きて行けばいいんだろう、そんな手探りばかり。マイナス思考の 典型ですね。少しはましになったけど、今でも感じます。 人には言えないことも女房なら言える、ということがあるでしょう。愚痴とか。 世の男性も、話し相手がいないというのはどんな気分か、考えてみた方がいいね。 やっぱりね、女性は強いですよ。僕は3歳のときに父親が戦死して母子家庭で したけど、がんに2回かかっても生き延びた。すごく貧しかったけど、僕と兄を 育てたんだから。サッチー(沙知代さん)も口癖は「大丈夫よ」。何があっても サッチーが先に逝ってしまって本当に寂しい。男は弱くて、一人では何も できない。絶対に、奥さんより夫が先に死んだ方がいいよ」そうボヤく。
・沙知代さんといえば、その歯に衣着せない大胆さが魅力だった。ただ、その言動 が理由で、野村さんが2回も監督をクビになった騒動を覚えている人は多いだろう。 ・最初は、野村さんが南海の監督をつとめていた77年のこと。沙知代さんが選手 起用や作戦にまで口を出すという噂が流れ、球団から監督解任を宣告される。 別れるように勧める周囲に対し、野村さんはこう言って沙知代さんを守った。 「世の中に仕事はいくらでもあるけれど、伊東沙知代という女は一人しかいない」 ・2001年には沙知代さんが脱税容疑で逮捕され、当時66歳だった野村さんは、 阪神の監督を辞任せざるをえなくなった。思わず「大バカもの!」と怒鳴りたく なったが、「沙知代の夫を務められるのは、私しかいない」 こう思い、世間の バッシングから妻をかばい続けた。妻であり、仕事のマネージャーであり、野村 さんの生活全体に目を配る監督でもあった沙知代さんを亡くし、いま、野村さんは 大きな喪失感にさいなまれていると。≫ ― ▼ 同級会で、最近、「連れ合いの喪失の寂しさ」の話を聞く機会が多くなった。 生別れもキツイが、死に分かれもキツイと。一週間、二週間、一言も会話を することがないとか。私の従姉の連合いが、後追い自殺をしたこともあった。 傷口の痛みに慣れるに2年というが… それでも、毎日、インタビューや、講演 などの仕事があるため、何とか精神を保っていられるのだろうが、大都会の 「連れロス」を大変だ。特に「男やもめ」は厳しい。愚痴の聞き手が無いほど… 配偶者を亡くした人は、65歳以上だけで860万人以上も存在する。 「毎日お風呂に入る。 1日2食以上食べる。 野菜をいっぱい食べる。 毎日外出すること。」が基本とか。
還暦、いや古希を過ぎたら、「先に逝った者、勝ち」ですか。特に男は!
・・・・・・ 4442, 閑話小題 ーリタイア後の幸せ度 2013年05月15日(水) * リタイア後の幸せ度 退職後の幸せ度は、一番高いのは創業者、二番目は違う会社で勤めている人、 三番目が、そのまま再雇用している人、最後は、そのままリタイアした人、 という調査結果がある。一番高いのが創業者は自分が、そうだから分かる。 それも、私のように会社を倒産させた人がいうと、強がりにように聞こえる だろうが、複雑な実感である。挫折感より遥かに達成感が強いことは確か。 自己完結してキレイサッパリするから。意外なのは、完全リタイア組の幸福度 が一番低いこと。長年かけたライフワークを持ってないためだろう。 「自分が、まだ有用の存在でいたい」のか。後は、解釈になる。収入の関係も あるのだろう。幸せの感じ方は様ざま。 鼻歌でスキップしていくしかない? そのためには、少々のお金と、知恵と、意欲が必要である。一番の問題は、 やはりお金に行き当たるのか。 * 節目を超えたようだ! 昨日、もう一つのブログ《バードウォッチ》に。「一月ほど前か、現在の自分 と娑婆に対し、底知れぬ可笑しさを感じて、知らずに独り腹から笑っていた。 これで節目を乗り越えたようだ。こういうのをアップスケール(脱皮)という。 独り万歳! あとは、心置きなく流しの遊びの世界で我を忘れればよい。 割り切るのに、やはり二年。節目としての4分割の最後のシリーズ。 心の還暦になる」と書いた。50歳になった時が、これかと思ったが・・、 もう一破壊が必要だったようだ。そして少し楽しめ!ということになる。 まだまだ重いし、最近、何事にも面倒が先に立つ。ただ、バイアスが日ごと 取れて好奇心が強くなっている。遊びに対して、まだまだ修行が足りない。 「節目を打て」というが、なるほどである。 (後記)ところで偶然だが、去年の以下の文章が、これに連動していた。 面白いもの。決して傷は浅くないということか!
・・・・・・ 5904,『しあわせ仮説』 −7 2017年05月15日(月) 『しあわせ仮説』ジョナサン・ハイト著 * 適応原理の機能とは 考えられる最善も、最悪のことも、あまり変わらないという。人間は直ぐに 適応し通常状態に戻るためである。30歳半ばまで自己配転をしてきた中で、 常に「そのときは、そのとき、何とかなる」と不安と恐怖心に押しつぶされない ように暗示をかけ、何とか乗越えてきた。適応原理が、その度に、働いたていた。 崖っぷちには知恵が湧き出て、底知れぬ力が働く。火事場の馬鹿力である。 《 適応原理の機能は、以下のように機能する。 現在の自分の状態に関する判断は、自分が慣れている状態よりも良いか悪い かに基ずく。適応は、部分的には、単なる神経細胞の性質である。それは 新しい刺激に対しては活発に反応するが、徐々に「馴化」し、馴れてしまった 刺激に対しては殆ど発火しなくなる。生命の関わる重要な情報を含んでいる のは「変化」であり、安定状態ではない。しかしながら人間は、認知的は極限 に対し適応してしまう。私たちは、単に慣れるだけでなく、再調整をする。 私たちは、自分のために多くの標的を創り出し、その標的の一つに当たるたびに、 それを別の標的へと置き換えていく。一連の成功の後には、目標を高くするし、 首の骨を折るような大きな挫折の後は、目標を低くする。 …(略) 適応の原理と、人の幸福の水準は遺伝子が高いという発見を結びつけると、 私たちは衝撃的な可能性にたどり着く。<長期的には、あなたに何が起こるかは さして重要でない。幸福であれ不運であれ、あなたは、常に自分の幸福の基準点、 つまり幸福におけるあなたの脳の初期水準に戻ってくる。> それは、あなたの 遺伝子によって決定されることが大きい。遺伝子というものが知られるはるか昔、 1759年にアダム・スミスは同じ結論にたどりついている。 < 変化が予測されない永遠的な状況下においては、すべての人の心は、遅かれ 早かれ、生来の平穏な通常状態へと戻ってくる。繁栄において、ある一定の 時間が過ぎれば元の状態に戻り、逆境において、ある一定の時間が過ぎると、 その状態に戻っていく。> この考えが正しいとすれば、私たちは皆、「快楽のトレッドミル」と呼ばれて きたものの上に留まっていることになる。人生においても、好きなだけ一生懸命 働き、欲しいだけ富をえ、果樹を植え、愛人を囲うことができるが、少しも先に 行くことはできない。なぜなら自分の「自然ないつもの平穏状態」を変えることが できないので、蓄えた富は単に期待値を上げるだけで、以前の状態に比べてより、 幸せだということにならないからである。しかしながら、私たちはその努力が 無駄であることに気づくことなく、それが人生ゲームで勝つために役立っている 限り、努力を続ける。常に自分が持っている以上のものを欲し続けて、回し車の 上のハムスターのように、走って走って走り続けるのである。 》 ー ▼ 6年前の節目から現在に至るまで、それ以前と比べて、格落ち感や、 引け目が思いの外、少なかった。逆に、今まで意識することがなかった、 人たちを凝視する機会になった。その姿は、節目以前の自分の姿でもある。 人間は深い内面をそれぞれが持っていて、日々刻々、変化し、順応している。 それが分からないのが大方の人間であり、他者を元もと分かってない上に、 内的順応の変化など知りようがない。平穏な状態と、波乱の織りなす絵柄が、 その人の人生になる。そして、永遠の彼方にプッチと消え去っていく。
・・・・・・ 6271,閑話小題 〜情報の階層化について −2 2018年05月15日(火) * 「情報についての情報」 〜選び取ってる「世界についての物語」 カントだが、私たちは「私が知っていること」を優先したがる。そして、 同程度の連中で群れ階層化する傾向が強い。TVひとつとっても、4k(スマート・ TV)か、否かでラインが引かれる。ガラケイとスマートフォンの以上の格差がある。 その階層化も、今では、それぞれがバラバラになり、「原子化」状態である。 ― ≪ 「情報の良否が判断できないユーザー」の特徴は、 ◎ 話を単純にしたがること、それゆえ最も知的負荷の少ない世界解釈法である 「陰謀史観」に飛びつくこと。 ネット上には、世の中のすべての不幸は 「それによって受益している悪の張本人」のしわざという「インサイダー情報」 が溢れかえっている。「陰謀史観」は、この解釈を採用する人々に「私は他の人 たちが知らない世の中の成り立ちについての“秘密”を知っている」という 全能感を与えてしまう。そして、ひとたびこの全能感になじんだ人々はもう以後 それ以外の解釈可能性を認めなくなる。彼らは朝から晩までディスプレイに しがみついている自分を「例外的な情報通」だと信じているので、マスメディア からの情報を、世論を操作するための「嘘」だと退ける。こうやって「情報難民」 が発生する。彼らの不幸は自分が「難民」だということを知らないという点に。
◎ 情報の二極化がいま進行している。この格差はそのまま権力・財貨・文化 資本の分配比率に反映するだろう。私は階層社会の出現を望まない もう一度 「情報平等社会」に航路を戻さなければならないと思っている。そして、 その責務は新聞が担う他ない本稿では「情報の階層化」について書いたが、 実際に起きているのは、「階層化」というよりはむしろ「原子化」である。 人々は今では個人単位で情報を収集し、「自分が知っている情報の価値、自分 が知らない情報の価値」についての中立的なメタ認知能力を失いつつある。 「自分が知っている情報の価値、自分が知らない情報の価値についての中立的な メタ認知能力」のことをここでとりあえず「情報リテラシー」を名付ける。 情報リテラシーとは一言で言えば「情報についての情報」である。「自分が 知っていることについて、何を知っているか」というメタレベルの情報のこと。 例えば、「この情報をあるメディアは伝えているが、違うメディアは伝えて いない」という情報の「分布」についての情報。「この情報には信頼性の高い データによる裏付けが示されているか、いないか」という情報の「信頼性」に ついての情報。 「この情報はこれまで何度も意匠を変えて登場してきたある種 のデマゴギーと構造的に同一か、先例の見いだしがたい特異性を示しているか」 という情報の「回帰性」についての情報。などなど。 以上、それは政治的なしかたで解決するしかない。 〜つづく ≫ ― ▼ スマートフォン、スマートTVが普及するほど、人々は何が本当かフェイクか 判断できない「情報難民」に陥る欠点が浮かびあがる。中国人を「流砂の民」 というが、大陸が故に、それぞれが原子化し、孤立化する。その結果、TVゲーム、 ネットサーフィンの仮想の世界に、目先、避難する。
・・・・・・ 5174,人生相談という気晴らし! 〜�� 2015年05月15日(金) 『人生、しょせん気晴らし』中島義道著 * 個人主義者の覚悟 自分を、「アウトサイダー」「ソリスト」「個人主義者」と自認している。 老いるということは、孤独の重圧に押し潰されていく過程でもある。だから、 そのスタンスを取ってきたが、それでも、弱気になることがある。 今さら、「世間びと」になれないし、なる気は一切ないが、彼らの破壊兵器も ただならぬものがある。だから、「自分とは何だろう」と考えるに丁度よい エネルギーになる。どの道、永遠の彼方に消滅していく。老いは厳しいのです。 ≪ Q: 〜個人主義者にとっての老後を生きるヒントは?〜 現在、53歳既婚、フリーランスで仕事をしている男です。 私は元来、めんどうくさがり屋でわがままで、人付き合いも苦手です。 特に冠婚葬祭、歓迎会、忘年会など、あらゆる会合や行事に出席を拒否。 こんな利己的性格ですから当然、会社組織に馴染めるはずもなく、こうして 一人で事業をし、近隣との人間関係の希薄なマンション生活をしています。 しかし、現在、老後の問題など何となく将来に一抹の不安を感じています (目の前にある離婚の危機による自信喪失でしょうか)。自分本位な生き方 をしてきたため、義理を欠くことも多く、自ら世間を狭くしているように 感じています。いずれしっぺ返しがくるように思います。 個人主義生活者に「老後を生きるヒント」を教えてください。 A: 〜「自分とは何か?」という問いを突き詰めて生きることです〜 「個人主義生活者」にと、その「老後を生きるヒント」とい言葉によって、 あなたが何を期待されているのかよくわかりません(そもそも「個人主義」 とう言葉の意味がはっきりしない)。もし、長く世間に背いて自分本位を 貫いてきたが、老境に至り身体もガタが来ているし、このまま一人で生きて いくのも寂しいし不安だから、どうにかしたい、というのなら、あなたの言う ところの「個人主義」をきっぱり捨ててしまえぱいいのです。前後左右の 他人の思惑に常に媚び、自分勝手な考えはぐいと抑え込み、厭なことも率先 してなし、「和」を大切にし、これから必死になって「もちつもたれつ」の 人間関係を復元するのです。それはイヤだ、やはり「個人主義」を貫いた まま安全な老後を迎えたい、と言いたいのなら、そんなムシのいい話はない と答えましょう。「いずれしっぺ返しが来る」ことを予見もせずに、よくも 「個人主義」などに乗ってきましたねえ。失礼ながら、おめでたいとしか 言いようがありません。わが国民が、「個人主義」を蛇蝎のように嫌っている ことを知らなかったとは! 漢然と知っていたとしても、その大量破壊兵器級 の威力に対する自覚がなかったとは!あきれ果てます。しかし、もはや手遅れ ですから、残された老後は、先に言ったように、「個人主義」をできるだけ 「緩和」して、世間との和解策に奔走するか、あるいは潔く居直って、暗く 寂しい老後を迎えるか、のどちらかしかないように思います。そして、ここ までがんばってきたのですから、できれば「転向」せずに「個人主義」を 貫くことをお勧めします。それには、自分ひとりでできる仕事を見出すことが 絶対に必要です。単なる趣味ではなく、あなたの実存の中核に届く仕事。 例えば、「自分はなんでこうまで人付き合いが苦手なのか、利己的なのか、 自分本位なのか」という問いを、つまり「自分とは何だろう?」という問いを 突き詰めることです。そのためには、絶えず思索しなければならず、これまで の体験を微細に至るまで想い起こさねばならず、多方面にわたる読書も しなければならない。つまり、孤独かもしれませんが、ずいぶん充実した 老後をエンジョイできるのではないでしょうか。≫ ▼ ほぼ大部分の人の心には、相談者のような恐れを抱えている。老いて、 弱って、病気になって、疎んじられ、永遠の絶対無に吸取られ消滅するのが 人生である。個人主義を我が国民は蛇蝎のように嫌っているのは、一連の中で、 多いに実感したが、それ自体も幻想でしかない。 ・・・・・・ 5539,閑話小題 〜消防士の収入 2016年05月15日(日) * 地に足が着いた人生 ー2 先日の小テーマで、「地に足が着いた人生」を書いた。 そこで地方公務員資格試験は、如何なるものかと、「地方公務員資格試験」と、 「消防士」の二つで検索したところ、消防士の平均収入が700万以上とあった。 危険な仕事としても? あまりに・・ 〜その辺りから〜 ≪ 消防士は718万円が平均年収!(地方公務員給与実態調査結果の概要調べ) 消防士に支払われる給料の平均は36万円が基本で諸手当が65万円で、 民間企業と比較すると非常に高くなっています。 民間企業平均の平均年収は 409万円となっており、消防士はその300万円以上高い年収を得ている事になる。 消防士に割り当てられる諸手当を調べたところ、特殊勤務手当てがあり、 (1) 危険作業手当(2) 不快作業手当(3) 重勤務作業手当 (4) 非常災害業務手当 (6) 消防業務手当などの手当てがつきます。 現在全国の消防職の職員は15万8000名。 30代の平均年収は600万円、40代になると720万円といわれており、50代では 800万円以上と民間の平均よりも非常に高くなっています。民間の場合は50代 になると年収が減少する傾向が多いのですが、消防士は着実に上昇する。≫ とあった。成るほど、自信に満ちた彼の受け応えも、こういう背景があった。 * 「道」という漢字は、「生首」に由来する ある本に、「道」という漢字は、「生首」に由来するとあった。 道は「導く」の意味もある。道は血生臭いのである。人生を道に例えると、 納得する。道には血と汗と涙が詰まっている。 ≪ ・古代中国では、自分の領地をへいで取り囲み、そこから外へ抜ける道 には敵の首を埋めて、攻め込まれないように「まじない」をしたとする説。 ・敵から討ち取った生首をちょうちんのようにぶら下げ、「まじない」がわり にして外に通じる道を進んだとする説。 いずれの説も討ち取った敵方の生首を魔よけや、まじないがわりに使ったこと が道の漢字の成り立ちに含まれています。 ・「行が変化→辶(みち)」、と、「首(シユ/シウ→チウ疇=長く通っている 意味)」。 長く通じている「みち」→「道を行く」「みちびく」の意味。≫ ▼ 人生の道を切り開くとは、戦い、血だらけで進み、途中で行倒れて・・ と解っていても、進むしかない。急ぐのも、ゆっくり行くのも、人生。 とすると、ゆっくり急ぐのがベストということか。 人によるが。
|
|
|
| 6633,読書日記 〜『無知の科学』だってさ! −6 |
|
|
2019年05月14日(火)
<『知ってるつもり――無知の科学』 スティーブン スローマン,フィリップ ファーンバック(著)> * 身もふたもない事実 =訳者のあとがきが簡潔で解りやすい= ≪・私たちは自分が思っているよりずっと無知である。合理的な個人という 今日の民主政治や自由経済の土台になってきた概念自体が誤りであった。そんな 身も蓋も無い事実を本書は突きつける。それでも爽快感があるのは、本書終盤の、 本当の「賢さ」とは何かという議論と関わっている。… これまで個人の知能指数(IQ)によって賢さを測ろうとしてきた。しかし人間の ・知的営みが集団的なものであれば、「集団にどれだけ貢献できるか」を賢さの 基準にすべきではないか。記憶容量の大きさや中央処理装置(CPU)の速度といった 情報処理能力と並んで、他者の立場や感情的反応を理解する能力、効果的に役割を 分担する能力、周囲の意見に耳を傾ける能力脳力なども重要な構成要素とみなす べきだ。脳内CPUの性能には、生れつきの個人差があるのかもしれない。 ・<ただ私たちの知識のコミュニティが向き合る問題の複雑さに比べたら、個人の CPUの機能の違いなど誤差の範囲である。それ以上に重要なのは、身の回りの環境、 とりわけ周囲の人たちから真摯に学び、知識のコミュ二ティの恩恵を享受しつつ、 そこに貢献しようとする姿勢。それによって生れつきのスペックにかかわらず、 知性を磨きつづけることが出来る。>と。…何とも希望の持てる話ではないか。≫ ― ▼ 二ランク上の目線の男、颯太と、二ランク下目線の凡太の仮想対談より… 凡太: 何だ、あんたって、思ったより無知だって? 颯太: 御前が勝手に思っていただけだが。そう思わせていた部分もあったね。 ここでさ、…と最後に余韻につけているだろう。これも、その一つかもね。 凡太: 自分だけが、無知と思ってたけど、実は全てが無知で、石ころの大小と 大して変わらないという、たった、この位のことが俺様には解ってなかった。 颯太: そうだよ、それを少し知っていただけ、御前よりマシということ。 だから、人知れず、本を読んでいるのさ。誰も、読書自慢などしないよ。 自分が無知だと認めたくないもの。知った分、その周囲の無知が見えるのさ。 凡太: あんたさ、毎日、読書をするか、映画やドラマを見るとか、自転車で 出かけるとか、年に数回、ツアーに出かけるだろう。 颯太: 問いかけられたから答えるけど。一度、世界の果てまで、その企画に 参加してみたら解るけど、ツアーって凄いの。 凡太: 価値を理解できない人は馬鹿にするけれどもね。説明文と写真で一端は 解るけど、所詮は、既製品だろう。 颯太: その既製品が、洗練された価値があるなら、これほど、合理的な既製品は、 他にはないよ。行先に近い、主要都市のホテルに泊まり食事をし、街中か、近郊 にある遺跡をみて、美術館か博物館に行くだろう。当地料理を味わい、博物館 と美術館で国宝級の文化を。そして遺跡で文明を垣間見れるだろう。そして、 秘・異郷で大自然の真只中で、景観と邂逅出来るんさ。一回行く度に、生れ 変わったような感覚を味わえるんだ。 凡太: そんな話、知らなかった。何で教えてくれないんだ。 颯太: 旅の話はね、「旅自慢」になって、後味が悪くなるんだ。明らかに優劣 が見えてくるからね。 問題はね、汗して辿り着いた先の絶景で時どき、経験 する至高体験さ。絶対幸せ気分というか。 そりゃ、一度経験すると、再び、 味わいたくなるさ。 凡太: 好きな女と… と、如何だね? 颯太: 次元が違う、快感だね。 薬中が、「何でまた?」の質問に、 「出会ってしまったからさ!」というけど、これと同じじゃないか。 「未知の未知」に出会ったことに、理屈はいらない。これだけは味わって… 凡太: じゃあ、何と同じじゃないか。 颯太: 話にならんよ。御前じゃ。文化、文明。そして大自然との邂逅。 そのフルコースを、短時間で味わる地球を碁盤として埋めていくゲームさ。 凡太: 俺なら、布団の中、TVで見るだけで充分さ。 颯太: 「無知の未知」かい。いや、「未知の無知」かい。自分の知っている 範囲しか、理解できないということですか。 凡太: 時どきね、何から不安の嵐に襲われ、茫然とするんだ。何もしないで、 現実に溺れて、既知の世界の住人に嫌気をさしてね。だから、誰かの不幸を 探しだして、仲間で罵倒するのが生甲斐になるの。それが積もり積もってね。 自業自得だけど。俺の周りは、俺みたいのばかり。 颯太: 80対20の法則でさ、そういう人に8割の膿が集まるんだ。その部類かい。 『既知の無知』ということかい。こういうのが老化するとね、愚痴の塊りに なるんだ。 凡太: どうしたら良いんか? 今さら遅いのは解っているけども。 颯太: 図書館の音楽コーナーに行くとね。α波の音楽集があるから、 借りてきて、iphon に入力して、聴くことから始めたら… そうですかと、 素直に実行できないしね。その頭じゃ。音楽って良いよ。としても無理か? バカは死ななきゃ治らないというから、死になさいよ。死ぬ覚悟が出来れば 第一歩を踏み出せるからね。
追文: また偶然だが、去年の15日に… ところで精神を保てたのだろうか? ―――― 4809,ある明治女性の世界一周日記 2014年05月15日(木) 「ある明治女性の世界一周日記―日本初の海外団体旅行」野村みち(著) 何気なく、図書館内を彷徨っていたら、この本が目につき借りてきたが、 現在の朝のNHKの連ドラの「花子とアン」の、出身校の東洋英和女学校出身と あったことも借りる動機にもなった。そして、読んでみて、面白いこと。 ランダムに、どのページを開いても、その日その日の、本人の視線が、 そのまま直に伝わる。 ーAmazonの内容紹介よりー 「母親からの厳しい「良妻賢母」教育と共に、東洋英和女学校でキリスト教と 英語という新しい教育を受けた明治の女性、野村みち。豊かな感性と柔軟性で、 真摯に、率直な心情を綴った世界旅行記。」 ーレビューよりー 《 元横浜YWCA会長を務めた野村みちの「世界一周日記」。若い頃から洋行に 憧れを持っていたことが書かれていた。その「世界一周」は、1908年3月18日 から96日間にかけて行われた。冒頭に旅のルートが掲載してあり、米太平洋郵船 会社のモンゴリア号で横浜港を出港し、ハワイを経由し、サンフランシスコ、 ソルトレークシティ、シカゴ、ボストン、ワシントン、ニューヨーク、英国 ホワイトスターライン社のセドリック号で大西洋を渡り、ロンドン、パリ、 ローマ、ナポリ、ヴェネチア、ベルリン、サンクトペテルブルク、モスクワ、 シベリア鉄道を利用してウラジオストック、敦賀に帰ってくる世界一周旅行。 一行54名、女性3人。筆者の夫は、横浜の実業家・野村洋三氏で、外国人相手の 古美術商のサムライ商会を営んでいました。本町通りにあったサムライ商会は 横浜の古い写真集を見ていると必ず登場するようなエキゾチックでユニークな 外観をしています。258ページに写真が掲載してありますので。筆者の家族の 写真や世界一周時の集合写真も掲載してあり、文章だけでなく当時のイメージ が理解できるようになっていました。旅行中の装いも和装で通す意味合いも 書いてあり、このあたりに聡明さが伺えます。アメリカのルーズベルト大統領 との謁見や、パリで名バイオリニストのサラサーテの演奏を聞いたことも記され ています。巻末に番外編として「野村みちとは」と題する生涯を、北川原美乃 さんが25ページにわたって紹介していました。戦後すぐマッカーサーが占領下の 日本で初めて接した民間人が野村夫妻だったことも書いてあります。 そのような生き方を貫いた女性であることが分かる書でした。》 ▼ 100年前の96日間の世界一周日記、そこに女性が3人、加わっての旅行、 それは大変だっと思われるが、幕末、明治初期の一女性の目で見た当時の、 外国への視線が面白い。長年にわたり、多くの人が様ざまな経験をして記録に 残されているのに、改めて感心する。情報端末がノートしかない時代に、その 人の記録が逆に、生々しさとして、後世の者の心に訴える。横浜で外国人相手 の古物商をしていたため、カルチャーショックは、さほど無かったようだが、 そうでなかったら、その参加自体してなかっただろう。ところで、居間の座椅子 の横に、二年以上も「世界の旅行記101」が置いてあり、毎日、数分間、読む。 2〜3ページに要約した101の旅行記が、それぞれ何人かが分担して書いてある。 ところが、どれもこれも、重いため、せいぜい、一日、数分しか読めないが、 それでも門前の小僧で、少しずつ、階段を下りるように、何とか読んでいる。 それらから比べれば、ツアーで内容が軽いが、それ故に、親近感がわいてくる。 世界は広く、それぞれ深い!
・・・・・・ 6270,閑話小題 〜大相撲が始まった 2018年05月14日(月) * 大相撲の楽しみ方 ただ、漫然として相撲を見るのではなく、「こういう観方もある」切口の、 様々な木や、枝から鳥瞰して見ると面白い。 白鵬も左張手と右肘打ちの 『横綱アドバンティジ』が使い辛くなったため勝てなくなった。で今場所、 どう判断するか?考えあぐねて、張手の多様に決めたようだ。この程度の 横綱ならばと、下位力士も平然と張り手、肘打ちを狙ってくる。とすると、 怯えるのは大関、横綱になる。張手・肘打ちの多用が無ければ11〜12勝が 精一杯。更に貴乃岩に持ち掛けた、暗黙の圧力の八百長?も、もう使えない。 その結果、 相撲現役の余命が長くて一年、最短で年内で… 。 それが、見どころ。 白鵬の身体つきが、全体として萎み、オーラにみえた艶も消えてしまった。 鶴竜も然り。 建設業界のような構造汚職?のような談合は難しくなった。 白鵬、日馬富士、鶴竜のトライアングルの+照ノ富士の圧力構造の半分が 消滅、これにアヤかって、何気ない張手で怯ませ勝ってきた稀勢の里、豪栄道 も勝てなくなった。そこにチビッコ相撲上がりの、学生相撲が台頭してきた。 これを前提に、日々の対戦をみると、面白味が増す。 モンゴル、東欧系の ハングリーな若手に、親がかりの温室育ちが勝つのは難しい。 ところで、全身に萎みがみられる稀勢の里の回復は絶望的。引退前の力士の 黄疸現象が… 初期症状だが、白鵬も然り。格闘技の世界はシリアスである。 隠れテーマは、<張手・肘打ちが出来ない横綱の断末魔!>でしょうか?
ネットニュースが何とも面白い! そうしないと早々の引退になるため。 【 大相撲夏場所>◇初日◇13日◇両国国技館 2場所連続休場明けの横綱白鵬(33=宮城野)が立ち合い、馬力で定評の ある東前頭筆頭玉鷲(33=片男)の出足を止めるべく、左から張って立った。 【写真】玉鷲と激しい取組をする白鵬 立ち合いの張り手とかち上げには、横綱審議委員会から苦言を呈され、何かと 物議を醸している白鵬の動きだが、この日、審判部長として本場所初仕事と なった阿武松親方(56=元関脇益荒雄)は容認の姿勢を示した。 この日は幕内後半戦の審判長を務め、白鵬の一番は土俵下から目を光らせた。 その白鵬の立ち合いについて問われると「張り差しですよね?」と再確認した上で 「エルボー気味の(かち上げ)は問題ですが、張り差しは問題ない」と述べた。 再度、言葉を慎重に選ぶように「ヒジを合わせたりするのはアレですが」と、 本来のかち上げでなく、相手の顔面目がけて繰り出す“ヒジ打ち”は問題外と しつつ「張り差し自体は大丈夫」とし、エルボー気味のかち上げにも 「自分の中で調整するでしょう」と改善に期待した。】 ですと… ― ▼ たかが相撲、されど大相撲としても、これじゃあ、半年前の騒乱な何だった? 閑にまかせて、如何でもいいことをグダグダと。「世間の正体とは?」かいって いるが、最も世間馬鹿は私自身ですか。楽しむとは、「同じアフォなら踊らな きゃ損損」というところですか。 熊:お笑い長屋の雑談ですよ、雑談! 寅: 御前がいうと、何しら座が和むよ。 北の富士: 相撲そのものが、神社の御祭りの座興だったもの。 神主: 賽銭そのものは神さんへの些細な賄賂だろう、賄賂! 八百長でも何でも、大受けすればよいだけ。 ―――― 2018/01/18 閑話小題 ★ 番外 * これまた面白く深い展開に 熊さん: 白鵬と稀勢の里が連敗したね。結構、稀勢の里も張り手を使って いたしね。白鵬など、初日から全く精彩がないね。八つぁんの言う通り、 この一連の事件を引き起こした「横綱アドバンティジ」を無くした 大横綱の正体が、このザマさ。 寅: 貴乃花親方の含み笑いが聞こえそう。白鵬も、「アドバンティジ」の 有効利用無しで優勝したかっただろうがね… あれじゃ、この一連の事件、 『横綱アドバンティジ暴行事件』と命名されるよ。勝てないのが何より証拠さ。 熊さん: 俺たちの、会話を相撲関係者が聞いているのでは? 何か変? 八つぁん: 大丈夫だよ。誰の目にも明らかな内容だからね。それにしても、 ライブで事件の謎解きを見れるのだから。こんなに面白いことはないね。 大家さん: 私も、黙っていられなので、参加するよ。一番、震えているのが、 理事長と取巻きだね。日本の祭りごとの根本にあるのが、御賽銭。これって 神様への小さな賄賂だよね。神社仏閣の行事の根本が、賄賂と談合がある。 その強要が、これさ。 熊: とすると、土俵周りの親方の役割は、勝負の審査だけでなく… 他に。 でも、そこまで言っちゃあ、お終いよ。でも、毎日毎日、あの不甲斐ない 負けを続ける横綱の姿は… 大家: 『横綱アドバンティジ』疑惑など根幹に関わる問題だね。やはり、 八角親方には引退をしてもらい、貴乃花を押すべきだね。 八つぁん: でも、あの自閉症的性格では無理だね。 大家: おや、初め、そう言ったのは八つぁんが言い出したんじゃないか。 他に居ないのは解るけどね。 ハつぁん: 理事長、理事会も、性格上、自助能力、自浄能力が持てないん じゃないの。だったら、国技とかいう、法律上は何もない協会を一度、 解散し、税金免除のない普通の営利団体にすべきだが… まあ無理だね。 ・・・・・・ 6028,閑話小題 〜大相撲・炎上 2017年09月15日(金) * 横綱・大関の権威失落 大相撲が大変な事態になっている。私の相撲ファン歴からして、これほどの 大関・横綱の権威失落の事態は初めてで、理事長自らが辞任しても然るべきほど である。初日から4人横綱のうち3人が休場。残る一人の横綱が前半で2勝3敗とは、 これいかに。上位に上がったばかりの阿武咲が横綱初挑戦で金星を挙げ5連勝。 日馬富士の負け方が空中に1回転して裏返し。その上に、大関の照の富士が負傷、 3人の大関も2人が休場ともなれば。 面白といえば面白いが、この惨状では、 首を傾げざるをえない。その背後には若手に実力があるのが何人か台頭してきた ことがある。もしかして、半年、1年後の番付が、これかとも… ファンが、相撲協会の心配をする必要がない。横綱・大関の権威の崩壊を 見ながら、誰が優勝をするかを楽しめば、「また白鵬!」よりも遥かに刺激的。 「何で今の若手が強いのかって?」というと、勝つために頭(情報機器)を活用、 稽古土俵から考えているため。それも親がかりで。 将棋の新生人と同じ。 白鵬が、それ。素材が良いだけでは難しい。一月前に、高校横綱のトーナメント を見たが、その中で、強そうなのが数多く見かけた。底辺の育成が出来ていると いうことか。
|
|
|
| 6632,読書日記 〜『『無知の科学』だってさ! −5 |
|
|
2019年05月13日(月)
<『知ってるつもり――無知の科学』 スティーブン スローマン,フィリップ ファーンバック(著)> * 未知の未知 ・21歳時に初めて一ヶ月間の欧州旅行で経験したのが「未知の未知」。 欧州は石の文化。世界史そのままが遺跡として、そのまま現存する世界。 「世界は「知らないこと、想像を絶することで満ちている」ことすら知らな かったのである。世界史の教科書の写真が目の前の突きつけられ衝撃は、無知 たる自分に未知を知らしめてくれた。カナダのロッキーの広大な景色に触れた 時の驚愕。『 ここは地球上? これを目の当たりにしないで大部分の人は 死んでいくんだ。全てを投げうっても、経験すべき光景。良かった!』 感動とは「未知の未知」に、その人を導いてくれる。
ここで… <・物事には、「自分が知っていると知っていること」、既知の知。 ・「自分が知らないということを知っていること」、未知の知。 ・さらには「自分が知らないということを知らないこと」、未知の未知がある、 とアメリカのラムズフェルド長官は言っている。> と。 未知である認識がないことには手が打ちようがない。知らないということ 自体がわかっていないのだから事実上お手上げ。
・ダニング=クルーガー効果の原則がある。、 < 能力の低い人物が自らの容姿や発言・行動などについて、実際よりも高い 評価を行う優越の錯覚を生み出す認知バイアス。この現象は、人間が自分で 自分自身の不適格性を認識することができないことによって生じる。 「優越の錯覚を生み出す認知バイアスは、能力の高い人物の場合は外部(=他人) に対する過小評価に起因している。一方で能力の低い人物の場合は内部(=自身) に対する過大評価に起因している。」とする。若い女の思い入れ深い自己評価 の過剰な差異などに見られる。
・この研究で、「与えられた活動の評価基準への無知に由来する自己評価の誤り」 の多さを示している。自身の能力に対する過大評価の傾向は、読解や診療、自動車 の運転、チェスやテニスの試合など様々な場面で見られた。また、この効果を定義 したデイヴィッド・ダニングとジャスティン・クルーガーによって2012年に行われた 「なぜ能力の低い人間は自身を素晴らしいと思い込むのか」という調査によれば、 能力の低い人間は以下のような特徴があることが分かった。 〜自身の能力が不足していることを認識できない 〜自身の能力の不十分さの程度を認識できない 〜他者の能力を正確に推定できない その能力について実際に訓練を積んだ後であれば、自身の能力の欠如を認識できる。 キャリア組の高速配転による育成は、それで、自分の能力不足を埋めるためにある。
・・・・・・ 6265,閑話小題 〜「これ以上はいけない」と宣告する境界線 −2 2018年05月09日(水) 《『街場の読書論』ー歩哨的資質についてーより》 * 歩哨的資質ですか! 聖地や秘境との邂逅の場で、何やしらかが、「これ以上、立入るな!」と 無言の得体のしれない何かを感じたこと屡々。その時々に私の知っていること など、ほんの僅かで、圧倒的未知の世界の一部から得る啓示に慄然とする。 <「存在しないもの」と「存在するもの」のフロントラインにおけるふるまい> とは、分かりやすい表現である。人間は未知とのフロントを守護する歩哨ですか。 考えさせられる内容のため、全文を数回に分け紹介しながら考えていく。 ――
≪毎日新聞社が高野山金剛峯寺で開いているセミナーで一席おうかがいしてきた。 「公共性の再構築」という演題だったのだが、それは3・11以前に出した ものなので、もう少し踏み込んで「社会制度の作りなおし」というテーマで 70分お話しする。 このところ繰り返し述べている「存在しないもの」と「存在するもの」の フロントラインにおけるふるまいということをまた申し上げる。
私たちの世界は「存在しないもの」に囲繞されている。 宇宙の起源を私たちは知らないし、宇宙の果てに何があるか (というより「何がないか」)も知らない。 時の始まりを知らず、時の終わりを知らない。 『ヨブ記』で主はヨブにこう問う。
「わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。 わたしが地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか。 あなたに悟ることができるなら、告げてみよ。 あなたは知っているか。 だれがその大きさを定め、 だれが測りなわをその上に張ったかを。 その台座は何の上にはめこまれたか。 その隅の石はだれが据えたか。 (・・・) あなたは海の源まで行ったことがあるのか。 深い淵の奥底を歩き回ったことがあるのか。 死の門があなたの前に現れたことがあるのか。 あなたは死の陰の門を見たことがあるのか。 あなたは地の広さを見きわめたことがあるのか。 そのすべてを知っているなら、告げてみよ。」(『ヨブ記』38:3−18) ヨブはこの問いの前に絶句する。
私たちは私たちの生きているこの世界の「外部」についてほとんど何も知らない。 私たちは私たちの手持ちの度量衡では考量できないもの、手持ちの言語では 記述できないものに囲繞されている。 私たちが理解できる世界と、理解を超えた世界のあいだには目に見えない境界線 がある。 「存在するもの」と「存在しないもの」のあいだには目に見えない、 手で触れることもできない境界線がある。けれども、その境界線を守護するのは、 私たちが「人間の世界」で生きてゆくために必須の仕事なのである。 誰かが境界線を守護しなければならない。 『ヨブ記』においては主がその仕事を担っている。 主はこう言う。
「海がふき出て、胎内から流れ出たとき、 だれが戸でこれを閉じ込めたか。 (・・・)わたしはこれをくぎって境を定め、 かんぬきと戸を設けて、言った。 『ここまでは来てもよい。しかし、これ以上はいけない。 あなたの高ぶる波はここでとどまれ』と。」 (『ヨブ記』38:8−11)
「存在しないもの」に向けて「ここまでは来てもよい。しかし、これ以上は いけない」と宣告する境界線がある。 高野山の奥の院に足を踏み入れたときにも 「フロントライン」に近づいた感覚がした。 弘法大師がそこでとどめた「高ぶる波」の微かな波動が感知された。 聖域というのは、そこで完結している場所ではなく、何かとの「境」なのだ。 機能的には「かんぬきと戸」なのだ。 〜つづく ≫ ― ▼ カナダに初めて行って、ロッキーの景観に圧倒され自失茫然とした。 その時の内なる声、「もしかして、これを見ずして死ぬところだった! とんでもない! 夜半8時過ぎの薄暮のなか、バンフのレイクルイーズの周辺を家内と散策した 時のこと。家内が疲れ果て帰った後、更に独りで湖畔を歩いていると、何やしら リスやカワウソ、ビーバー、鹿?などが威嚇する鳴き声。それでも女性一人が、 次々と帰ってくるのに励まされ歩いていると、今度は雷音が、「もう帰れ!と 言わんとばかりに聞こえてきたため、Uターンをして帰った。 世界的カーレーサーの明言、『限界までは誰でも行ける。問題は、その先、 どの位行けるか!』。 イスラエル、ケニア・タンザニア、シリア・ヨルダン など秘境、異郷ツアーで味わうのは、その歩哨の感動体験の感覚。 <これらを見ずして、誰が死ねようか。見なければ、体験しなければ、それは 存在しないことと同じ。聖域とは、聖地とは、大自然の懐とは、そういうところ!>
追:【そんなことこそ大変だろうが、拘ることもないさ。中心を穴が空くほど 凝視して、捨身になれば、一瞬でも解放されるよ、自分という柵から! 折角、宇宙の彼方から観光旅行で、『光』を見に来たのだから。 縛ってるのは自分以外、誰も居ないよ。 分かってはいないのは私自身。】
|
|
|
|
2019年05月12日(日)
日曜夕刻の『笑点』の前座に度々、出てくる何ともいえない悲哀を漂わせた 語り口に思わず笑ってしまう。 自虐的一人芸漫談…「ヒロシです」。 お笑い芸や漫談を、1人コントを演じるピン芸人。3名をトリオ、2名をコンビ、 に対し、1名でネタを演じる。先日、亡くなったケーシー高峰や、劇団ひとり、 友近などがいる。「ヒロシです…」のフレーズの「自虐ネタ」は、味わい深い? 味がある。大都会の真只中で、独り、部屋の中で自嘲気味に夕飯を食べながら、 こんなことを呟いている人が男女関わらず多く存在しているのだろう。 ネットで検索するとアルアル。
・ヒロシです。 彼女の浮気が心配でこっそり携帯電話をのぞいてみました。 俺の電話番号は取引先のグループに分けられていたとです。 ― ・ヒロシです。 「いつからいたの?」って聞かれましたが最初からいました。 ― ・ヒロシです。 テンションを上げる催眠術を覚えました。 これでもかかっているとです。 ― ・ヒロシです。 俺の握手会なのに「握手はいいです」って断られた事があります。 ― ・ヒロシです。 よく当たると評判の占い師に見てもらったら 「あなた最近仕事の事で悩んでいるんじゃない?」って言われました。 誰にでもわかるとです。 誰でもわかるよね? ― ・ヒロシです。 生活感のない部屋に憧れて余計なものを捨ててみました。 生活ができなくなりました。 ― ・ヒロシです。 「ヒロシ君可愛いわね」。 「お姉さんヒロシ君の事が大好きなの」。 「ねえヒロシ君…」。 自分で録音して聞いています。 ― ・ヒロシです。 「ワイルドだろぉ?」って言ってる高校生が「古いよ」って言われていました。 俺はどうなるんですか? ― ・ヒロシです。 手首にロレックスの絵を描いてみました。 取り外しができません。
スケジュールを聞かれたので「その日は仕事です」って答えたら 「ウソでしょ?」って言われました。 ウソです。 ― ・ヒロシです。 不況のせいかホームレスの特集番組を頻繁に目にします。 俺よりテレビに出ているとです。 ― ・ヒロシです。 自分の寿命がわかるというゲームをやってみました。 2年前に死んでいたとです。 ― ・ヒロシです。 「ヒロシさん一生応援します」。 「ヒロシさん一生ラブです」。 16年前までたくさん届いてたファンレターに必ず書いてあった言葉です。 みんな死んだんでしょうか?
『果報は寝て待て』っていいますが、どれくらい寝ればいいのだろうか。
― ▼ 大都会で、独り部屋で、孤立を味わい、時には涙をした寒々した経験が 青春の一ときに必要である。また群衆の中で、フッと我に返り、つくづくと 孤独感に陥るとき、前からくる電車に身を投じたくなる誘惑にかられるという。 まだ経験も知識も乏しい時節の喪失感の中では… そこから一歩踏み出すのが 都会生活の第一歩。失業をして、連れ合いの愛想をつかれ、離婚をして欝病に 陥った直後の第一歩に私のところに訪ねてきた幼馴染がいた。50歳代半ば だったが、風貌は白髪で、歯の大部分が抜けて、80歳以上にみえていた。 営業ネタは、自分の倒産、離婚、欝病の話題。 その直前にも、倒産、離婚 の同じ経験を持つ人がいた。 深い心の傷が、人知れず、周囲の人を傷つけて しまうのが共通の現象。倒産は私も経験積み… その上、離婚でもすれば、鬱に なるのだろうが… 中年期以降の離婚は、傷が深くなるのは、聞いてきた。特に 男は、非常に厳しい。信じられない言葉が、「離婚して気づいたのが前妻が自分 には格上の相手だった!離婚しなければよかった!」の言葉。 経験してこそ 気づくことが多い。 で、それを前提で、この悲哀漫談を味わうと面白さは 倍増するのだろうが…
・・・・・・ 6268,閑話小題 〜「これ以上はいけない」と宣告する境界線 −4 2018年05月12日(土)
以前ほど、ユングの集合的意識(普遍的無意識)について語られなくなったが、 それでも心理学の主流を占めていることは違いない。ユングは何気なく描いた 自分の絵が曼荼羅に似ていたのに気づき調べてみると、世界中に似た模様がある ことに気づき、それは神話にも共通点が多いと知る。それまでフロイトが見出し た無意識のもっと奥底に、人類に蓄積された集合的無意識があるのではと考えた。 共通したイメージ、原型である。これも知らざる世界の門戸である。 以下では、刑事の能力の中に、「知らざる能力」の柵の向う側の世界を垣間見て いる。 《『街場の読書論』ー歩哨的資質についてーより》 ≪ 先日、こんな記事を読んだ。 大阪京都両府警の捜査官が広域事件について打ち合わせしたとき、京都府警の 刑事が「こういう事件もあるんです」と、ある空き巣事件の容疑者の写真を大阪 の刑事に示した。打ち合わせが終わって外へ出て10分後に大阪府警の刑事は 近くの競艇場外発売所近くでその容疑者を発見した。この捜査員は雑踏の中から 指名手配犯などをみつける「見当たり捜査」の専門家だったそうである。 「そういうものだ」と思う。 彼らは警察官の視野から逃れようとする人々が発する微細なオーラを感知する 能力を備えている。 「職務質問」というのは組織的にやるものではなく、 「挙動不審」な人間をピンポイントして行うものである。 「挙動不審」という のは、チェックリストがあって、そのスコアが高い場合にそう判断するという ものではない。 遠くにいる人間の、わずかな眼の動きや呼吸や心拍数の変化の ようなものが「際だって感知される」場合にそう言われるのである。 そういう能力を持っている人が警察官になるべきであり、これまではなってきた。 警察という制度はそのような能力を勘定に入れて制度設計されている。 私たちは刑事ドラマを見ているときに、刑事たちが街中であまりにも容易に挙動 不審な容疑者と偶然遭遇するのを「ご都合主義」だと嗤うことがあるけれども、 警察の捜査というのは、もともと「そういうもの」なのである。 だが、挙動不審な人間を感知する能力や嘘をついている人間とほんとうのことを 言っている人間を直感的に見分ける能力などは、その有無や良否をエビデンスに よって示すことができない。本来は捜査員の採用のときには、「そのような エビデンスをもって示すことのできない能力」の有無を基準に採否を決すべき なのである。でも、エビデンスをもっては示すことのできない能力の有無の判定 にはエビデンスがないので(当たり前だが)、現在の公務員採用規定ではこれを 適用できない。そのせいで、わが国の司法システムは劣化したのだと私は思っている。 冤罪事件が多発するのは、司法システムが「嘘をついている人間と真実を述べて いる人間を直感的に識別できる能力」を備えた司法官が一定数存在することを 前提に制度設計されているからである。 司法官の少なくとも一定数は物証がなく とも、自供がなくとも、証言の真偽を直感する力を備えていると想定されている。 「裁判官の心証形成」という不思議な法律用語があるが、これは裁判官が 「複数の解釈可能性のうち、ある解釈を優先的に採択したくなる気分」のことである。 「気分」に法律的な力が認められているのは、司法官(の少なくとも一部)には、 「証言の真偽を直感的に判定する力が備わっている」ということが司法界では 広く信じられていたからである。そのような能力を備えた人間が一定数存在する ことを前提にしてつくられた制度が、まったくそのような能力を持たない人間に よって運用されるから冤罪事件が起きるのである。 シャーロック・ホームズのモデルのエジンバラ大学医学部教授ジョーゼフ・ベル は患者を一瞥しただけで、出身地や職業や疾病歴を「言い当てる」ことができた。 医師(の少なくとも一部は)そのような能力を有しているということを勘定に 入れて医療制度は設計されている。 司法や医療や教育はひろく社会的共通資本の中の「制度資本」にカテゴライズ されるけれど、これらはいずれも「わからないはずのことが、わかる」という 人間の潜在能力を勘定に入れて設計された制度である。これらはいずれも 「存在しないもの」とのフロントラインに位置する「歩哨的制度」である。 人間の世界の内部では「存在することが明証的であるものだけが存在する」 「存在することのエビデンスの示されないものは、存在しない」というルール が適用されている。 「内部」はそれでよい。 でも、「存在しないものとのフロントライン」では、そのルールは通用しない。 そこはまさに「存在しないはずのもの」が「存在するもの」にかたちを変える、 生成の場だからである。そのような場にどのようにして「歩哨的資質」を持った 人々を配することができるか。 子どもたちのうちから、そのような「歩哨的資質」 を備えたものをどうやって見出し、その能力を選択的に育成してゆくのか。 これは原理問題ではなく、純粋に技術的な問題である。≫ ―― ▼ 世界の平和の先行きが、裁判長レベルだけでなく、世界の重大事項の決定権を 持つトランプ、プーチン大統領、習主席、金主席が、あってはならない世界大戦 の世界への歩哨とすると、これは重大問題にある。殆ど世界政治の経験のない、 彼ら、とりわけトランプに核弾頭のカバンが渡ってしまった。さすがの、何も 恐れをなして… として、誰の眼にも、これで済むわけがない。怒れた歩哨が、 門戸に立ち、今まさに開けんとする重大危機に立っていることを忘れるべきで ないと著者は言いたかったのでは… 。 「気違いに刃物」とは、このことと? <気違いに刃物、大衆にポピリズム!> ポピリズムを検索すると… 【一般大衆の利益や権利、願望、不安や恐れを利用して、大衆の支持のもとに 既存のエリート主義である体制側や知識人などと対決しようとする政治思想、 または政治姿勢のことである。日本語では大衆主義や人民主義などという。】 歩哨に立つ、あの方がた。大衆を「下衆」、いや虫けらぐらいでしか見てない。 門戸の向う側の何かしらが、彼らを選んだ可能性も考えられる。その狙いは? 狂った猿の自滅ですか? 若い人は面白いが辛い時代を生きねばならない。 ・・・・・・ 5171,閑話小題 〜ボ〜ッとしたデカルトの時間 2015年05月12日(火) * ボ〜ッとしたデカルトの時間 御隠居の生活に入って、早朝からスケジュールとおりに時間を過ごしている。 その時間の中で一番大事なのがボ〜ッとした時間。だが、それが過ごせてない。 ひとつ終わると直ぐ、次のスケジュールに移行するため。 以前もふれた事が あるが、宗教学者の山折哲雄が、早朝30年続けてきた座禅で、無念無想を諦め、 この時間帯は、デカルトの「ものを考えている」と思いつき、全身が解放された、 という話にハッと何かを感じとった。 最近、パソコンや読書の合間に、何を するでなし、意識的に弛緩した状態でボ〜ッとしている。考えてみたら、現役 時代は何時もしていたことだが、問題は意識してボ〜ッとすることだった。 〜その辺りの記述を抜粋〜 ≪ 朝3時か4時に起きて、毎朝一時間ぐらい座る。毎日香っている線香一本 燃えるのにだいたい50分前後。その一本を闇の中でつける。その明りを 見ながら座る。道元が言っている「無念無想」なんてのになれるものならなって みるか、なんてやっていたけど、ぜんぜん無の境地にはならなかったですね。 雑念、妄想とズ〜ッと戯れている。30年近くこれをやって、「俺はもうダメだ」 と思ったのが50代の終わりぐらい。でも、もう癖になっているからとにかく 朝は座るんです。で、あるときハッと思った。「無念無想になろう」と思うから いけないのであって、「ものを考えている」と思えばいいじゃないかと。 あっという間に全身が解放されたような気分になってね。「俺は今デカルトを やっているんだ」と。道元の時間と思っていたからできないのであって、 デカルトの時間と思えばいいと。すると、何を考えてもいいわけです、金、 女性、喧嘩したこと…。「我考える、ゆえに我あり」。道元だって大部分 の時間は無念無想じゃなくて妄想と戯れていたんじゃないかと思ったのね。 それで瞬間的にパッと無の瞬間が訪れる。逆にデカルトだって、考えづめに 考えていて、ときには無念無想の時間に恵まれたことがあるんじゃないかと。 そうすると、道元とデカルトはぜんぜん違う世界の人間じゃなくて、彼らは 同じ時間を共有していたのかもしれない、そう思ったときはうれしかったね。 座禅が終わって五時ぐらい。それから本を読んだりものを書いたり。以前は 夜型だったんだけど、朝一時間は夜の3〜4時間に匹敵する、それがわかって から夜は仕事をしないことにした。朝2〜3時間仕事をすることが、だいたい 自分のノルマになったかな。 ・・・。 ≫ ▼ 数ヶ月前から、ブログを書上げネットにアップした後、それまでは、 次のプログラムを直ぐに移行するが、その時、ただボ〜ッと全身を弛緩し、 ただ座ることにした。これが意外と難しい。要するに雑念が次々と思い浮ぶが、 その中に思いもよらぬ砂金が含まれていることがある。「我考える」とはいえ、 どうせ、碌なことしか考えてない。それなら、この随想日記のように、まず 禄でもないことから、考えればよい。元もと『禄でない』だから! 早朝の散歩も、ポタリングも、ある瞬間、『無念無想』の瞬間がある。 『エッ!俺、何時もボ〜ッとしている』って? それってバカじゃないか。 それってバカじゃない。
・・・・・・ 5901,閑話小題 〜病は覚醒装置である 〜3 2017年05月12日(金) * 自己を失うことと、存在を失うこととは違う <自己を失うことと、存在を失うこととは違う>とは、意味深長の言葉。 挫折を例にすると、「挫折で自己を失った時期があったが、その中でも、 自己の存在が、その状況を冷たく、優しく見つめていた」という存在である。 印税が多く入ってくるのだろうが、浪費癖のため、蓄積は多くない? ≪ 入院した半年後に退院したが、仕事が皆無になっていた。いきなりバッタ 扉を閉められたのだ。世界は私を拒否をした。私は何もかもを失ってゼロに なった。ゼロに、そうゼロである。仕事もなければ、身体を支える足も萎え、 私は私の知っているではない。見慣れない老いさらばえた女が鏡に映っている。 …(略) 仕事を失ったと同時に、私は社会から閉め出され、私を規定する 他者を失った。他者を失うことは、すなわち自己を失うことである。ここで あえて「ゼロ」を「無」とは表現しない。世間が中村うさぎを消し去っても、 私の存在自体がこの世から消えるわけではない。 「自分を失うことと、存在を失うことと同義ではない」。 自分がゼロになった感覚は恐ろしいものだが、しばらくすると何だかどうでも よいいいことのように思えるようになった。ゼロになったということは、単に リセットされたということではないか。 たとえば、ゲームをやっていて、いきなり何かのエラーで強制終了になって 今までやってきたことが、全部リセットされるなんてことは、昔は日常茶飯事 だった。同じようなことが人生でも起きたと思えばいい。また一からやり直せば いい。そんな強制終了も人生でも起こりえるのだと、と学べただけでも儲けもの ではないのか? …(略) 結局のところ、人間は自分で自分を救わなくては、 どこにも行けない。≫ ー ▼ 深く考えることも、大きく挫折したことのないサラリーマンが、定年を むかえた時に、上記のような初老性欝病に陥るケースが多い。「私の人生、 何だった?」の根本的疑問である。20歳代から30歳半ばまで多くの変転を重ね、 リセットの最中で、著者の「自分で自分を救わないと、どこにも行けない。 何者にもなれない!」と独り言を脳裏で呟くしかなかった。それが、6年前の リタイアの節目から、現在に至るまで、他者の存在に気にすることなく、 現在に至っている。元もと自分も、他者も、幻想でしかない。そこまで、 精神を覚醒していれば、何のことはない。どうでもよい事である。
|
|
|
|