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堀井On-Line
| 6590,つれづれに哲学 〜この数年で世界観が激変 |
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2019年04月01日(月)
* 世界は激動期に 世界が激動期に入ったが、それに劣らず自らの世界観も激変している。 タブレットPC二台を身近に持って、TVか、机上PCをみない時には、ネット サーフィンを、連れと交互に眺める日常。 ―― ・この数年来の読書でも、村山斉の『宇宙は何でできているのか』で、これまで 宇宙は一つと思い込んでいたのが、他に10の500乗も多宇宙が存在する?という。 この宇宙も半径+27乗億光年と−35乗の内なる広がりを持ち、1000〜2000臆の星 から成り立つ銀河系が100億も存在する。その他宇宙から、ダークマターとダーク エネルギーがループ状の管を通って、この宇宙に流れ込んでいる。宇宙は拡散 しており、外側に行くほど、エネルギーが希薄する筈だが、それらのエネルギー が穴埋めをしているため、この宇宙全体のエネルギーは希薄化されてないと… これまで宇宙の物質は原子から出来ているという通説が間違いだった。 8割が他宇宙からのダークマターとダークエネルギーで満たされている。 宇宙の研究機材の進化の御蔭である。 ―― ・最近、NHKスペシャルで紹介され知ったのが、『サピエンス全史』。 それに加えた、『第四の革命』。 ここで人間は、 1) コペルニクスで、天空の中心ではなくなり、 2) ダーウィンで、生物の中心ではなくなり、 3) フロイトで、意識の中心ではなくなった。そして 4) チューリングで、情報処理の中心でもなくなったと述べ、 『サピエンス全史』では、 <最凶の動物としてホモ・サピエンスを描き、さらに彼らがネアンデルタール人 など体力・知力に勝る旧人類を凌駕して発展してきた要因を『認知革命』>と。 そして、現在の情報革命は、人類だけでなく、生命が地球上に発生して以来、 40億年来の大革命とまで宣う。10数年ほど前までは「20年万年来の大変革」と 聞き、違和感を持ったが、いま起きている現実を知るにつけて、生命の起源以来 の革命と言われても、然もあらんと。 ―― ・それと、ネット大型TVの導入。居間から寝室のベッドの前に御隠居用の 「居」を移動して3年近くになる。連合いに気遣うことなく、ドップリとした 気まま暮らし。これと、廊下を超えたPCと交互の移動生活。高性能のネットは、 現場の視覚と聴覚を遥かに超えた能力がある。<現場より迫真場面と融合できる> とは、これ如何に。例えば、スイスアルプスの頂上付近の登山し、ゴーグルを装着 をして、仰向けになって、ドローンからアルプスと融合している自分を鳥瞰する。 その映像が、自分でないとしても、多くの気分が共有できる。ボクシング、大相撲、 サッカー、大自然の光景など、感動の共有が手軽にできる。 ―― ・そうこう考えると、情報革命の恩恵を充分に味わっている日々に気づかされる。 遊びの中で、読書が一番、効率よい遊びだったが、今ではネット―サーフィンと、 YouTubeなどのネット映像サーフィンに… ただ、後者は、思考能力の減退効果を 考えないと。やはり5分5分ですか。マイナス要素1に、プラス要素が3と割切って、 ―― このネット雑記帳の公開を18年間も続けて、6600近くのテーマの蓄積になった。 10,000万テーマとすると、あと6年で79歳になる。予定生存年数が、2年を切ったが、 10,000テーマを目標にしますか。4年延長は、予定外としても? それに何の価値が あるか?僅か、この2年だけで、これだけ世界が激減するのを確認したのなら… 75歳なら7300テーマ。 死に損なってしまう心配があるから、8000テーマなら 78歳ですか。先日、「80歳までは生きたくない」とクラス会の近況報告で言ったら、 その後で、「私の亭主は80歳」と、何人から聞いた。問題は、生存状態の質も問題。 死を間近にすると、異常性欲が出る「死に欲」がある。まあ、老いるのは難しい!
・・・・・・ 6227,閑話小題 〜猫の格言 2018年04月01日(日) * 猫の話 数日前のポタリングの道すがら、信濃川の大橋の袂の歩道に猫の死骸が 転がっていた。一人のウォーカーが立ち止まって、生きているかどうか、 見ていた。気持ちがいいものでないと思い、そのまま通過した。どうも、 自動車道で轢かれた後に、歩道に放置されたように思えた。もう一つの大橋を 一周して、その場所に様子見に戻ると、カラスが二羽、その猫を啄んでいた。 よく見ると、頭に血が付いていた。 私の実家は犬派で、名前は全てコロ。猫は一度だけ、小学生の頃、「タマ」 という三毛猫を飼っていたが、ネズミをガリガリ食べていたのをみたが、その 直後に捨てられてしまった。 猫と犬の数を調べたら、<「平成29年全国犬猫飼育実態調査」による飼育頭数 は、犬が892万頭、猫が952万6000頭で、長年にわたって多かった犬を2017年に 初めて猫が上回りました。>とあった。マンションは、犬より猫が飼いやすい ためだろうか。庭には、夏を中心に近所の猫の遊び場になるが、問題は糞。 姿を見る度に、小まめに足を強く踏み鳴らして追払っているため、少なくなって いる。10年ほど前に隣りの貸家に愛猫家がいて、庭にネットを張り、数匹飼って いたことがあった。そのため、庭は猫の集会所状態。10年近く、住んでいたが、 近隣の苦情がたて続いて、引っ越していったことがあった。 猫も曲者だが、 飼主も苦情対策には強か? 動物写真家、岩合光昭がネコ目線で世界中のネコを撮影する姿を、岩合自らが ネコに語りかける様子を紹介するNHK BS「岩合光昭の世界ネコ歩き」がある。 人気番組・日野正平のNHK-BS「にっぽん縦断こころ旅」の、冬場や、季間の穴を 埋めるように、年中、放映されているが、猫目線から、世界各地を見つめる光景 が好きで見ている。 そこで猫の格言から、人間から見た猫の世界を眺めてみた。 ところでアフリカの所どころで猫を見かけない地区があったので、聞いたところ、 直に食用になるためという。 …鳩もしかり。
―猫の格言―
・ネコ科の一番小さな動物は最高傑作である。 レオナルド・ダ・ヴィンチ ・トラを抱きしめる喜びを知りたがる人間のため、神はネコをお創りになった。 フェルナンド・メリー ・犬を飼うことは出来る。だがネコの場合はネコが人を飼う。 なぜならネコは人を役に立つペットだと思っているからだ。 ジョージ・ミケシュ ・ネコを嫌う人には気をつけろ アイルランドのことわざ ・人が拒絶を理解するには、ネコに無視されればよい。 アノン ・自分の家が大好きだからネコが好きだ。 しばらくしたらその二つは見える魂になる。 ジャン・コクトー ・惨めさから抜け出す慰めは2つある。音楽とネコだ。 アルベルト・シュバイツァー ・我々は心の奥深くに同じ欲望がある。ネコはそれに沿って生活している。 ジム・デイヴィス ・ネコの目には、全てのものはネコに属していると映っている。 英語のことわざ ・どれだけ多くの時間をかけても、猫との良き思出は消えない。どれだけ 多くのテープを使おうと、ソファに残されたネコの毛は取り除けない。 レオ・ドウォーケン ・ネコの飼い主が知っているように、誰もネコを所有していない。 エレン・ペリー・バークリー ・ネコを嫌いな人は、来世ではネズミとして戻ってくる。 フェイス・レズニック ・この世でどうネコに接するかが、天国でのステータスを決める。 ロバート・A・ハインライン ・ネコも当然男の親友になれるが、ネコはそれを認めてはくれない。 ルイス・J・カミュティ ・ネコはどこに座れば我々が不便になってしまうか、 その正確な場所を数学的に計算できる。 パム・ブラウン ・ネコは気にかけてくれる。例えば本能的に、我々が何時に仕事に行かない といけないのかを知っており、目覚し時計がなる20分前に起こしてくれる。 マイケル・ネルソン ・ネコは人間に対する意見を持っている。殆ど何も言わないが、全部を 聞かないほうがいいのは確かである。 ジェローム・K・ジェローム ・ネコのようにミステリアスに書けたらと思う。 エドガー・アラン・ポー ・ネコの愛より偉大なギフトがあろうか。 チャールズ・ディケンズ ・ネコは絶対的な正直さを持っている。 アーネスト・ヘミングウェイ ・僕は家にいるどの猫とも喜んで立場を変えていい。 ジョージ・ネイ ・イスタンブールで会った男が、絶対に神はネコだと言った。 どうしてそれがわかるのかを尋ねたらこう言った。 「神に祈っても、無視されるから」 ローウェル・トーマス ・犬は自分を人間だと思っている。猫は自分を神だと思っている。 犬は呼ばれたら、すぐに来てくれる。 猫はメッセージを取って去り、あとになって帰ってくる。 メアリ・ブライ ・猫の持つ清潔さ、愛情、忍耐力、尊厳さ、勇気の質を考えると、 何人が猫になる能力を持っているだろうか フェルナンド・メリー ・夫に出ていってもらった。うちのネコが夫にアレルギーだったので ビル・ダナ ・ネコのトレーニングは難しいと聞いていた。そんなことはない。 我が家のネコは僕を2日でトレーニングした。 ビル・ダナ ― ▼ 猫と人間の付き合いは1万年にわたる。その間に、ペット用として 改良?されてきた。その神秘性、優美性により愛され、東洋では幸福の 象徴にされてきた。幸福論を考えるに、猫を凝視すれば、そのヒントが 次々と現れ出てくるはずだ。またネズミを捕るため、航海の共に使われ もしてきた。エルミタージュ美術館では、常時、60〜70匹も飼われて、 ネズミ対策、顧客対策にしているという。昔から多くの芸術家に愛され、 アトリエで飼う画家が多いとか。 逆に嫌猫家のため「野良猫対策」で検索したところ、超音波とライトや 猫が嫌う匂いの粒状の薬品など様ざまのものがあった。 ところで人間には、猫タイプと、犬タイプがあるようだ。 男生は犬タイプが、女性は猫タイプが…比較的多いが。生きかたとして 猫が理想?だが。飼犬なら、犬も悪くはない? いや猫ちゃんですか。 二あ〜 ワンで、代々、我家のベランダではインコが鎮座している。 ・・・・・・・ 4765,閑話小題 ー感動の書換え 2014年04月01日(火) * 感動の追体験 以前、少し書いたが再び。 現在、ヤフーのブログ‘バードウォッチ’ に、以前に行った先をネットでひろった写真を載せている。これが面白い! 現地で思いもよらない光景に出あった感動は心の大きな財産だが、その瞬間は 決して写真や映像では残せはしない。対象と同化し振動しているからで 夏の 花火と同じである。ところが、デジカメの進化もあって、ネット上には違う 視覚の感動の瞬間(写真)が溢れているのを最近、知った。実際の感動の方が 遥かによいのは当然だが、ネット上の写真を見ていて、<ああ、これだ!> と感じた瞬間に、その時の感動が再度、浮び上がるから不思議。 エーゲ海 クルージングで、寝椅子に寝転がってエーゲ海の美しさの中、リラックスする 心地よさは、何ものにもかえがたい。一期一会の自分だけの至福の時である! 今では、誰でも、そのTPOSの光景をカメラやビデオで撮って、ネット上に 公開するようになった。その御陰で、その瞬間と似た体験をした者にとって、 手軽に感動の追体験?が可能になっている。カメラ目線が違っても、その瞬間 の感動は同じ。それは記憶の復習効果、書換えにもなる。 所詮は、全ては 幻想である。カメラ性能が格段にアップし、誰もが気楽に撮れるため、ネット 上には素晴らしいのが多い。豊かな気持ちは感動の質量の掛け合わせに比例する。 * 猪瀬の贈収賄、不逮捕されないの? 何ゆえに、猪瀬が逮捕されない? 次の東京オリンピックの汚点にしたく ないため? とすると、支離滅裂。ここまで真実(汚職)が露呈しているのに、 この結末はない!上記の御二人の、御意向か? 何が東京オリンピック? 江戸末期打ち壊しの「ええじゃないか、ええじゃなかい」の騒ぎに酷似。 同じアフォ(アフォのミクス)なら踊らな損!と笑ってられない。最も地政的 に危険な立ち位置にいるのが日本なのに!20世紀前半に酷似している。 * アベノミクスで生温かい風が吹いているが ー偶然、去年の今日に似たタイトルがあったー 何かが変なのは分かってはいるが、それでも?首を傾げることが多い。 それと6年後の東京オリンピックも。「デフレ脱却のため、無制限まで通貨を 増やしましょう、後は野となれ山となれ!そのため注意をオリンピックに 向けましょう」」ということ。それも、日本の財政破綻の責任者だった二人の 元首相が、現首相と副首相に居座り、更に悪化に向けた舵きりをするのだから! 電気光熱費と、消費税の値上げは、一般の消費者と、中小企業に大きな負担 になる。それと、欧米も、新興国の経済も波乱要素が大きい。 恐ろしいのは、突然の世界同時株安である。 ・・・・・・ 4024, 事業生活39年の、独り語り ー7 2012年04月01日(日) 11年前に、千城台ビル内で創めたベーカリーについて書いていた。 ―まず、そのコピーからー ≪ [103] センチュリーベーカリー 〜昭和50年3月ー8月31日(2001/08/09) 他人に話した事が殆んどないが、焼きたてベーカリを立ち上げた事がある。 千葉千城台のビルと養老の滝1122号店を立上げ一年、空きビルを埋めるべく 何がいいか考えた時、当時団地では全くなっかった‘焼きたてのベーカリー’ に目をつけた。冷凍生地を主体とした焼き立てパン屋である。商社の東レの 子会社の蝶理という商社が、このフランチャイズをやるという新聞記事をみて、 ホテル・レストランショーで実際にみて、早速やることにした。 東十条にある関連のベーカリーに朝4時に起き通う。そして二カ月後にオープン! 例のとうりパニックそしてーーー。 素人は初めは良いがある時期がくると、 応用が利かない弱点が出る。その時期に長岡の実家で問題が発生。 このタイミングを狙われたのである。そこで第三者に経営委託をして急遽 長岡へUターン。恐らくあのままやっていたら数年で行き詰まったと思われる ほど、実際は難しい商売。 振り返ってみると‘開発型委託経営ビル’を 造った事になった。 考えてみれば、ジャスコ、いとはん(北陸ジャスコ)、 ビル開発(飲食フランチャイズ+ベーカリー立上げ)、実家の衣料デスカウント・ ハウスと、12年近く、全く未経験の分野への自己配転をしていたことになる 。≫ ▼ このビルは、建設の7年後にテナントが埋まったこともあり総投資の二倍の 一億で売却した。 当時、5つのテナント部分は、養老の滝のオープン以来 一年数ヶ月経っても空いたまま。養老の滝も、軌道に乗り、サブだった人に任せ、 空きテナント部分で新しい店を考えた。そこでホテル・レストランショーで 見つけた、テイクオフのベーカリー。ジャスコでも、金沢の「いとはん」でも、 数ヶ月単位で担当売り場を変え責任を持たせる。キャリアを積ませるのである。 配送サンター、寝具、靴売り場、子供服、日用品、など次々に任される。 品種変われど、商品管理の本筋は同じ。居酒屋も、ベーカリーもシステムを把握 して全力で取り組めば、何でも可能ということを知っていた。そのため実家の 仕事を引き継いでも、ビジネスホテルを立ち上げるにしても全然、抵抗感がない。 何事も、表面が違っても、本質は同じである。
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| 6589,つれづれに哲学 〜相対的価値を絶対と思う下愚かさ |
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2019年03月31日(日)
* 思い込みによって生きている 池田晶子の『14歳からの哲学』の中で、 ≪人間はあらゆる思い込みによって生きている。その思い込み、つまり価値観は 人によって違う。その相対的な価値観を絶対だと思い込むことによって人は生きる 指標とするけれど、まさにそのことによって人は不自由になる。外側の価値観を 絶対と思い込むことによって不自由になる。この意味では、イスラム教過激派も 自由主義も同じことだ。「自分で考えようとしない人の不自由は、まったく同じ。 精神は、考えることで、自分の思い込みから自分を解き放つ。死が存在する ことも、アラーが絶対だということも、社会によって自由が保障されることも、 すべてが不自由な思い込みだ。これが思い込みだということは、考えないければ 気づかない。自由になるためには、人は、自分で考えなくてはならない。≫ ― ▼ これを読んだのは20年以上も前のこと! ほぼ誰も考えようとしない。 それを象徴した呼び名が『世間』という。ことあるごとに、非難するから、 それはそれは… <外側の価値観を絶対と思い込むことによって不自由になる> 致し方がないが、内側の価値観を長年かけて構築しておかなかった人の騒めきを 恐れて、耳を澄まし、その思い込みに沈んでしまい生涯を終えていく。思い込み も時に必要だが、自らを俯瞰する、読書と旅も…。 それと孤独。 ―― * 言葉の力 『暮らしの哲学』池田晶子 ≪ 明日、私は、確実に死ぬ、こうわかった時、あなたは、必ず、「言葉」を 求めるはずです。生死すなわち人生の真実を語る言葉、正しい考えを語る言葉 を、必ず求めるはずです。苦難や危機に際して人が本当に必要とするのは、 必ず言葉であって、金や物ではありません。 …我々の日常とは、明日死ぬ今日の生、その連続以外の何ものでもありません。 なのに、どうして人は、言葉を求めずにお金を求めるのか。≫ ― ▼ これを書き続けているのは、死の恐怖心を少しでも和らげたいため? その蓄積した言葉の沈殿が、魂を少しでも、すくってくれているようだが。 確かに、言葉の力は絶大である。それも沈殿している言葉の語りかけが孤独を 癒してくれる。逆に考えられないために、集う人達。何だろう、何をしに地球に 生れ出てきたのだろう。これも思い込みですか! 生命誕生から40億年以来の 大変革期ですか、この情報革命と、科学の進化がもたらす変革は! 以前、20万年 以来と言われていたが、今度は生命誕生以来というが、それが、決して大げさに 思えないのが、ネット社会の進化と変化。 良かった! これに間にあって! 生れてきて、「いま、ここ、わたし」を日々刻々味わえただけでも、有り余った 経験の上に、この断層を経験できたのだから… これって、オーバー? アタリの『サピエンス全史』に影響されですか?
・・・・・・ 2013年03月31日(日) 4397,「武士道」という諸悪の根源 * 「武士道」という諸悪の根源 《「世間」の捨て方 ー3》 「武士道」が諸悪の根源という説は面白い見方。しかし少し考えれば当たり前 のこと。徒党を組んだ侍の親分が武力で農民の米を徴収し、仲間内に配っていた。 その暴力装置を持つ集団が綺麗ごとで尤もらしい規範をつくりあげだけ。 それを子育てを含め根こそぎ否定しているところが新鮮。ーその辺りから抜粋ー ≪ 子育ての見本として、絶対に見習ってならないのが江戸時代の武士道。 「武士という者が日本を悪くした存在です。(略)武士の頭の中にあるものは 主君に使えるということだけ。端的に言えば、奴隷ですよ。(略)・・ この奴隷というものを、武士道だなんて、日本人はやけに持ち上げるんですよね。 ・・(略)その点、ヨーロッパは違いますね。武士はすべて傭兵だった。 戦争は国王が傭兵を使ってするわけです。武士は『七人の侍』みたいなもので、 雇われの用心棒だった。「日本は典型的な武士の社会。 鎌倉幕府が成立して以後、ずっと軍事国家だと私は思っています」≫ ▼ 現在も武士社会が会社に入れ替わっただけ。そのため現在でも勤め先の藩と 役職と禄高で、社会的評価がされている。そうこうみると、我われは現在でも 奴隷、それも人生の大半を何も考えずに、その生活に満足して過ごす。その中で、 人は趣味を見出し、奴隷生活の中で自由な時間を持つ。士農工商が江戸時代の 身分制度。そこで他の奴隷管理をしていた武士のつくった武士道など 信じるなどもっての外。 ーウィキペデアで葉隠れをみると ≪「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」葉隠の中で特に有名な一節。 葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して武士道精神と単純に解釈 されていて実際、太平洋戦争の特攻、玉砕や自決時にこの言葉が使われたが、 山本常朝自身は「私も人である。生きる事が好きである」と後述している様に、 死を美化した書物と一括りに出来ない。現代でいうビジネスマナーのマニュアル に近い記述がほとんど。また衆道(男色)の行い方を説明した記述等、一般に 近代人の想像するところの『武士道』とはかけ離れた内容もある。戦後、軍国 主義的書物という誤解から一時は禁書扱いもされたが、近年では地方武士の生活 に根ざした書物として再評価されている。先述したように処世術のマニュアル本 としての一面もあり『葉隠』に取材したビジネス書も出版されている。≫とある。 奴隷社会の処世術というところ。どうも日本人は、やたら道を付けたがる。 商人道、柔道、剣道とか。何かを極めるのに、どの位置にいるかを知る道標が 必要だから、道を思い浮かべたのだろうが。日本が、戦後、ここまで経済成長を 遂げたのも、江戸時代の「お家制度」の文化が背景にあったのも事実。 絶対否定は出来ない。元長岡藩の城下町、今でも色濃い武家社会の影響が大きく、 世間とかいう噂の奴隷の群れがいる。
・・・・・・ 2018年03月31日 6226,閑話小題 <世紀の贋作画商: 「銀座の怪人」と三越事件、松本清張、そしてFBI; 七尾 和晃(著) > * 世紀の贋作画商: 『銀座の怪人』 偽札つくりは大罪になるが、贋作つくりは、それほどの罪にはならない。 また客を騙す行為も、贋作か本物かの鑑識眼の問題であり、それは誰も証明 出来ない。だから横行するのである。従って、趣味とはいえ、素人の骨董収集 は頂けない。もう一つが、本人の鑑識眼と信用の問題になる。父親の収集癖を 見ていて、別に自宅倉庫に仕舞いこんで二度と見ないのなら、美術館の国宝級 の宝物をジックリと接した方が遥かに良いのに? これは、毎日毎日、せっせと 知識・情報の収集しているこれにも言える。「この程度なら、ネットサーフィン の方が遥かにプラスになるのに、如何して?」と同じ?。「この行為そのものが 面白いから、充実するから」の私の答えは、父の骨董収集も同じことになる。 成るほど、世界は騙し騙されの闇が広く深く存在している。 Amazonー内容紹介 ≪ 銀座・並木通り画廊街―。贋作絵画を雨あられと降らせた男がいた。 松本清張、江上波夫ら大家の名を騙り、手練手管の画商たちを操った稀代の 詐欺師、「銀座の怪人」と呼ばれた男を追う。 9.11テロの関連捜査をしていたFBIがニューヨークで捕えたユダヤ人画商は、 日本に驚くほどの数の「贋作」を売りさばいていた。バブル狂乱前夜から銀座 を拠点に暗躍したこの男は、企業、富裕層、美術館を標的に贋作を撤き散らし、 作家松本清張にも接触していたという。82年には三越の贋作秘宝事件で世間を 驚愕させ、社長解任・逮捕まで巻き起こした。FBIをして「世紀の贋作画商」 と呼ばせたその数奇な運命、そして彼の贋作バブルに生命を与え続けた日本人 の精神の「膿」を、綿密な取材からえぐり出す。 ≫ 〜レビューより〜 本作は、バブル時代の前後に、ニセモノの美術品を売りまくっていたユダヤ人 画商イライ(エリ)・サカイの事件を追いながら、著者の七尾和晃氏が、イライ が逮捕されるまでに直接インタビューを成功させることができるのだろうか… という迫真のノンフィクション。 個人的に注目した点は二つ。 ・一つは、昭和57年(1982)8月29日付の朝日新聞にすっぱ抜かれた、 「三越本店で開かれている古代ペルシャの秘宝展の大半が偽物である」という 記事から始まる「三越贋作事件」の顛末。 殺人事件まで起こっていたこの事件 (しかも遺体は遂に見つからなかった)には、事件発生前にニセの展示物と同じ アナーヒター女神像を松本清張に売り込みに来ていたというちょっとした事件も あって、清張も興味津々。 「(三越の)渡辺社長も、サカイという外国人ではなく、『無尽蔵』の主人の ような日本人が持ち込んだものなら、だまされなかっただろうし、三越の展示品 でなければ、ニセ物の解説を書く学者も、予約する客もいなかっただろう。 今度のニセ秘宝事件は、舶来崇拝、ノレンや権威に弱い、といった以前から指摘 されている日本人の欠点を改めて露呈させたといえる」と‘清張’が呆れ顔で語る ように、未だに本当にあった事件なのかと首を傾げてしまうほど馬鹿げた事件。 ・二つ目は、その事件の中心にいるイライが、「『あの人はいい人だった。 もう死んでしまったけれど』と懐かしそうに称える人物のこと。 「圧倒的な実績と権威を誇っていた。おそらく日本の考古学会では一切の抵抗を 無に帰せしめる唯一の人物」と、著者の七尾氏が満を持して登場させしめた、 本書の裏ボス敵存在の話が大必見。「東京大学名誉教授の故・江上波夫」その人。 <(前略)イライが、日本民族の由来を説いた『騎馬民族征服王朝説』で文化 人類考古学の最高権威に君臨した東大名誉教授の故・江上波夫を『いい人だった』 と讃えたとき、日本だけでも潜在被害が数百億円は下らないと言われるイライ・ サカイの贋作事件は、戦後の日本が遮二無二に突き進んだ経済発展の裏で、絵画 という文化や芸術をも『通貨』に貶めた無節操ぶりを、鏡のように映し出しても いよう。生前の江上をよく知る弟子筋の人間に会って、江上とイライとの関係を 質すと、当人は意外という風もなく、むしろ納得いくといった様子で語りだした。 『やはり江上さんの名前が出てしまいましたか…』>と某氏が語る衝撃の話。
≪ 高価な美術品に贋作はつきもの。ニセの『有名ブランド品』と同じです。 現存するモジリアニ、ゴッホなど、名画の作品点数は、増え続けています。 増え続けている、という現実そのまま、贋作であることを証明しているわけ。 とくに、近代、現代の名画に関する真贋判定は、ほとんど不可能性です。 なぜなら数百年まえの作品ではないので、近年の作品は科学的鑑定が難しいから。 作者が現存していても、アテにならないこともあります。 画家自身が制作の有無を忘れていて、判別できない場合です。 ようするに、画家(作者)自身に判別できないほど、クオリティーの高い贋作が ある、ということです。ということは、過去の巨匠の作品も、おなじということ。 本書は、美術品市場の現実を裸にしています。美術館の収蔵品にも、贋作は すくなくないのです。 本書は、美術品市場の現実を覗き見た、稀有な取材の成果といえるでしょう。 美術に趣味がある人間には、本書は一読の価値があります。
― ― 寅: おい熊よ、最近、なけなしの金をたたいて、変な骨董を買ったと 言うじゃないか。誰かに騙されたと、もっぱらだよ。大体、長屋に、 何が骨董だよ。 熊: いや、これを持っているだけで御利益があると言われてね。 生まれてこの方、俺の人生に良いことがないから、仏像の一つでも 欲しいと思ったが、盗まれないかと冷や冷やだよ。でも、これを買ってから いやに良いことが続くんだ。不思議だよ。 大家: 金持ちの家には、仏像か七福神の像が、幾つかあるというじゃないか。 御前のような、あまり恵まれてないオツムの男には、きっと効果があるよ。 この御蔭で、良いことが起こってると像に思いこめれば、それ自体で、 良いことを呼寄せるんだよ。 八: 私の家には、大きい仏像が3体に、5〜20?のモノが20はあるね。机の パソコンの隣には10体はあり、毎日、頭を撫ぜているが心が落ち着くよ。 半分は両親が集めたモノ、半分は私が国内外で買った民芸品だがね。 マリア像が2体、七福神、仏像3体に… その割には、金が無いがね。 寅: あれだけ、使えば? 貯まらないよ。 八: いいじゃないですか、持って、あの世に行けないし。死んで三日も すれば300年前に死んだと同じというじゃないか。 熊: ところで、何で骨董収集に興味がないの? 八: 子供の頃から、父に連れれて骨董店に行って、見飽きるほど、 見た上に、ツアーでパリ・ロンドン、フィレンツェ、旧レニングラードで、 世界の名品のシャワーを浴びるほど見てきたの。その時だけは、気持ちを 一期一会と思い、集中するの。そうすると、何しれないエネルギーが伝わって くるんだ。だたただ無心になり、対象の世界に入り込むんだ。ピカソとか、 ゴッホや、セザンヌの絵画が凄いよ。分かったような言い方をするが、 「心が垂直 に立っている感」がするんだ。 寅: 何のことかサッパリ分かりません。 熊: 俺って、仏像を握って昼寝をするとね、何か気持ちが安らかになるんだ。 あの気持ちって、悟りに近いんじゃないか。 寅: 俺に、その仏像、貸してくれよ! 熊: 御前に貸すと、かえってきたためしがないから、嫌だよ。
▼ これらを読むと、お宝鑑定団の判断も間違いが多いみてよい。本物か、 偽物かを確かめる内容の、それ自体が、ほぼ判定不能なら、番組そのもの が成り立たない。 詐欺師が罷り通る闇世界のエログロの笑をつくキツイ 側面がある。ここでいう、「文化や芸術品を『通貨』に貶めて笑い飛ばす バラエティである。そう固く考えることでもないが… 楽しくもあり、恐ろしくもあり、哀しくある内容だということ! 何が恐ろしいかといえば、無知の自覚の無い無知な人。 私ですか? 自覚をしているが、実は心の底から自覚をしてないのでは?と。 いや、してるさ! ― 寅: おい熊よ、最近、なけなしの金をたたいて、変な骨董を買ったと 言うじゃないか。誰かに騙されたと、もっぱらだよ。大体、長屋に、 何が骨董だよ。 熊: いや、これを持っているだけで御利益があると言われてね。 生まれてこの方、俺の人生に良いことがないから、仏像の一つでも 欲しいと思ったが、盗まれないかと冷や冷やだよ。でも、これを買ってから いやに良いことが続くんだ。不思議だよ。 大家: 金持ちの家には、仏像か七福神の像が、幾つかあるというじゃないか。 御前のような、あまり恵まれてないオツムの男には、きっと効果があるよ。 この御蔭で、良いことが起こってると像に思いこめれば、それ自体で、 良いことを呼寄せるんだよ。私の家には、 八: 私の家には、大きい仏像が3体に、5〜20�僂離皀里�20はあるね。机の パソコンの隣には10体はあり、毎日、頭を撫ぜているが心が落ち着くよ。 半分は両親が集めたモノ、半分は私が国内外で買った民芸品だがね。 マリア像が2体、七福神、仏像3体に… その割には、金が無いがね。 寅: あれだけ、使えば? 貯まらないよ。 八: いいじゃないですか、持って、あの世に行けないし。しんで三日も すれば300年前に死んだと同じというじゃないか。 熊: ところで、何で骨董収集に興味がないの? 八: 子供の頃から、父に連れれて骨董商の店に行って、見飽きるほど、 見た上に、ツアーでパリ・ロンドン、フィレンツェ、エルミタージュで、 世界の名品のシャワーを浴びるほど見てきたの。その時だけは、気持ちを 一期一会と思い、集中するの。そうすると、何しれないエネルギーが伝わって くるんだ。だた只管、無心になり、対象の世界に入り込むんだ。ピカソとか、 ゴッホや、セザンヌの絵画が凄いよ。分かったような言い方をするが、垂直 に立っている感がするんだ。 寅: 何のことかサッパリ分かりません。 熊: 俺って、実は仏像を握って昼寝をするとね、何か気持ちが安らかに なるんだ。あの気持ちって、悟りに近いんじゃないか。 寅: 俺に、その仏像、貸してくれよ! 熊: 御前に貸すと、かえってきたためしがないから、嫌だよ。 ・・・・・・ 2013年03月31日(日) 4397,「武士道」という諸悪の根源 * 「武士道」という諸悪の根源 《「世間」の捨て方 ー3》 「武士道」が諸悪の根源という説は面白い見方。しかし少し考えれば当たり前 のこと。徒党を組んだ侍の親分が武力で農民の米を徴収し、仲間内に配っていた。 その暴力装置を持つ集団が綺麗ごとで尤もらしい規範をつくりあげだけ。 それを子育てを含め根こそぎ否定しているところが新鮮。ーその辺りから抜粋ー ≪ 子育ての見本として、絶対に見習ってならないのが江戸時代の武士道。 「武士という者が日本を悪くした存在です。(略)武士の頭の中にあるものは 主君に使えるということだけ。端的に言えば、奴隷ですよ。(略)・・ この奴隷というものを、武士道だなんて、日本人はやけに持ち上げるんですよね。 ・・(略)その点、ヨーロッパは違いますね。武士はすべて傭兵だった。 戦争は国王が傭兵を使ってするわけです。武士は『七人の侍』みたいなもので、 雇われの用心棒だった。「日本は典型的な武士の社会。 鎌倉幕府が成立して以後、ずっと軍事国家だと私は思っています」≫ ▼ 現在も武士社会が会社に入れ替わっただけ。そのため現在でも勤め先の藩と 役職と禄高で、社会的評価がされている。そうこうみると、我われは現在でも 奴隷、それも人生の大半を何も考えずに、その生活に満足して過ごす。その中で、 人は趣味を見出し、奴隷生活の中で自由な時間を持つ。士農工商が江戸時代の 身分制度。そこで他の奴隷管理をしていた武士のつくった武士道など 信じるなどもっての外。 ーウィキペデアで葉隠れをみると ≪「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」葉隠の中で特に有名な一節。 葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して武士道精神と単純に解釈 されていて実際、太平洋戦争の特攻、玉砕や自決時にこの言葉が使われたが、 山本常朝自身は「私も人である。生きる事が好きである」と後述している様に、 死を美化した書物と一括りに出来ない。現代でいうビジネスマナーのマニュアル に近い記述がほとんど。また衆道(男色)の行い方を説明した記述等、一般に 近代人の想像するところの『武士道』とはかけ離れた内容もある。戦後、軍国 主義的書物という誤解から一時は禁書扱いもされたが、近年では地方武士の生活 に根ざした書物として再評価されている。先述したように処世術のマニュアル本 としての一面もあり『葉隠』に取材したビジネス書も出版されている。≫とある。 奴隷社会の処世術というところ。どうも日本人は、やたら道を付けたがる。 商人道、柔道、剣道とか。何かを極めるのに、どの位置にいるかを知る道標が 必要だから、道を思い浮かべたのだろうが。日本が、戦後、ここまで経済成長を 遂げたのも、江戸時代の「お家制度」の文化が背景にあったのも事実。 絶対否定は出来ない。元長岡藩の城下町、今でも色濃い武家社会の影響が大きく、 世間とかいう噂の奴隷の群れがいる。
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2019年03月30日(土)
* ショートショート ―独白録― ≪ 〜 その状況のわりに、何か楽しそうだね 〜 独白って面白いもんだよ… まあ8年も経てば、状況を受入れられるしね。 20世紀半ばの1946年1月に生れ、奇跡の時代と言われる高度成長真只中を生き られた幸運を充分に味わえたしね。運命は早々に受入れた方が良いぐらいは よ〜く解っているさ。結局は両親との相性が良かったということ。 最後は、 ハードの着地だったが、規模の割には、上手く乗りきれた。 何はともあれ、 個人と、会社と、家族の三身を分けていたのが幸いしたね。事業設計から、 その辺りの方針どおりに運営してきたし。人生って何が起こるか分らないこと を両親の教えられ育ったことと、創業期の1970年代の二つの大きなイベントで 肌身に沁みていたもの。そのイベントは「ドルショック」と「石油ショック」。 創業期に、これに直面したお陰で、万一の備えの必要性を実感していたしね。 その割に阿波踊りをしたな〜 〜何で、これがショートショートなの? 同じことを繰返すがね、振返ると、目先1年と、5・10年と、50年スパンを、 分けて考えられる時期にきたからね。 ここで整理も必要かとね。それには、も う少し大胆な切口も必要かとね。 以前に『白い雲に乗って』のテーマで、 幼児・少年期の思い出話を書いていた。それと、450年前の御先祖様の語りと、 飯田橋駅前の居酒屋の店主の独り言。 感情移入が少なくて現在、読返しても 稚拙だけれども書いていた時には不思議な気持ちになっていたね。10数年前の テーマだったけど。本当に白い雲に乗って里帰りをしているよう。そのまま、 詳細を表現すれば、日々がドラマの場面? 70年近く経ったんだからね。 73歳だよな。それなのに、朝っぱらから、こんなことを書いている。70年前は 今では大昔だもの。生れた直後が、太平洋戦争の敗戦直後で、実家は空襲で 焼け出されて、両親が10人家族を養うために必死に生きていただったもの。 何か、魂の故郷を彷徨っているようである。間違いなく、その時、そこに あった光景… 心象風景が見えてくる。 ≫
― ▼ こうして書けること自体が幸せである。いま思うと、軍事国家の縛りから 解放されて、与えられた民主国家に国民の心と頭が塗り替えられようといて いた時節。一家にとって大変な時代。その幼児体験、いや胎子体験が、人生に 色濃く影響していたようだ。これは同時代の人たち全てが同じ。どん底なるが 故に、青壮年時代は奇跡的な右上がり経済の恩恵を授かった。自分の人生に 心から感謝できるのが最も大きな収穫である。そして、地球上に生命が生まれ 出て40億年来の、最大の変革の『情報革命』に直面することが出来たことも、 大きな収穫である。 ならば可能な限り、その現象と本質を味わないと… 生れてきた甲斐がないじゃないですか。世界は、いや、宇宙は広い。そして、 他にも10の500乗もある宇宙の存在。 それを知ったのは、僅か数年前のこと。 まだまだ、知りたい、味わいたい。生きている内に。それにしても、このバカの 壁。何とかなりませんか。 まずは、老齢?からくる『面倒くさい』
・・・・・・ 2007/02/10 2139, 白い雲に乗って ー1
* 両親の思い出 夜半に幻想的な夢をみた。小さな白い雲があった。それに乗ると、ふかふか 浮いて異次元の世界に引き込まれてしまった。そこは4歳の頃の世界におりたよう。 すべてが鮮明な蘇った当時の世界が浮かび上がってきた。 両親がいて、兄達と姉達、そして多くの従業員がいた。 そこは越後長岡の十字路のど真ん中にある当時の私にとって大きなビルの中。 一階が店、二階に事務所と倉庫があり、三階に家族の住まいと台所、四階には 従業員と姉達の部屋があった。白銀に輝くファンタジーの中に包まれていた。
三階の住まいに猿のタロー、そしてタマという茶色の猫がいて、そこでラジオ から童謡とか歌謡曲が聞こえていた。店には若い女店員が多くいて、ぼくを 「ハッちゃん」と頭を撫ぜてくれている、正に当時の真っ只中にいた。 コロという生まれたばかりの白黒の小犬を運一・兄が拾ってきた。 そして三毛猫のタマとコロがジャレている。 その空間には何時も緊張感がただよっていた。
燕が飛んできて窓に当たって死んでしまった。初めて死をみた瞬間だ。 いやに首の下の赤い色が印象的だ。そこを出たところには大きな通りがあり、 多くの人が歩いている。小さな三輪車で駅の方に行くと右手に小さな公園があり、 その脇に池があり小さなスイッカスが水上を泳いでいた。
そうだ、ここは公会堂の裏にある小さな山の上に神社が祭ってある公園である。 周りを見渡すと植木の展示会が開かれていた、多くの植木鉢がところ狭しと 並んでいる。その先に大きい広場があった。それは阪之上学校の運動場。 何時も遊んでいる近所の子がいたので声をかけると、スーと消えた。 夢をみているのだろうか?いや、夢のはずがない。 ぼくは間違いなく、ここにいる!
ズットここにいるのだ。 何で、ぼくは、ズ~ットここにいるのだろうか? 忘れたが何か遠い遠い旅をしてきたようだ。 何の旅だったのだろうか、僕はどこにいってきたのだろうか? そこで、無性に悲しくなり大声で泣いてしまった。 泣いても泣いても、あの遠くのズット向こうの世界は戻れない! ぼくはもう、あの遠い世界には返れないのだろうか? ふと脇をみると小さなコロが悲しそうな顔をして、ぼくをみていた。 でも、コロがいたので安心をして三輪車を引っ張りながら家路についた。
両親は忙しそうに働いている。 その横で姉達は今度法事で着る洋服を試着して笑っている。 その後に夕飯の時間がきて、丁度みんなで食べようとしていた。 父チャンがいて、ぼくもふくめて子供達が8人が勢揃いをしてご飯を食べた。 外がいやに賑わしいのでみると、長岡祭りの山車が次々と通っている。 三階の窓から手を振ると、屋台の上から男の人が笑いながら手を振り返した。 何かそれをみていたら、嬉しくてケラケラ笑ってしまった。
しばらくすると父親が今日の売り上げを持って、下にある店から上がってきた。 札を十枚ずつ数えて束にまとめて小さな金庫に入れている。嬉しそうな顔。 何か自分が白い雲の中で浮いているような感じがしている。 ふと目が醒めると、隣に両親が寝ていた。 あ〜ぼくは、一人ではないんだ!よかったと独り言をいっていた。
ここは間違いなく大手通の世界である。 どうして、ぼくはここにいるのだろう! それにしても、それにしても、どうして浮いているのだろうか? というところで、目が覚めてしまった。 幻想的な遥か彼方の遠い世界に舞い戻ったのだ。
ーーーー 2007/02/18 2147, 白い雲に乗って ー2 b(^o^)dおっ W(^O^)Wはー♪ 先日のつづきの夢をみた。半分は覚醒をしていたのかもしれない。 前回の夢が契機になって当時のイメージがドンドン出てくる。 如何いうことなのだろうか?それは57年前の世界そのものである。 その世界から此方をみている感覚と、此方の感覚の間にある塀の上での 微妙な世界に立っているようだ。 ーー 白い雲に乗って再び、その世界(4歳)へ行ってきた。 そこは前回よりリアルな当時の世界があった。 中央保育園の面接があるというので、目新しい服を着せられて、 母の手に引かれて「同じぐらいの小さい子が多くいるところ」に行った。 そこは家から10分ほど歩いた小さな小路にあった。 面接のオジサンがニコニコしながら、色々なことを聞いてきた。 母に前もって聞いていたので、驚くほど上手く答えた。 恐らく入れるだろうと思った。 家(店)に帰った後、三輪車に乗って前の安栄館というビルの同じくらい の友達のところに行った。やはり最近できた大きなビルのところの子だ。 何か遊んでいると楽しい!
その数日後に場面が変わり、幼稚園の合格のしらせがきた。 手紙を待っていたが、何時までたってもこないので、お母さんが 「落第したのかもしれないけれど、そんなことがないはずだが・・」と言う。 ガッカリしていたところ、合格の葉書がやっと届いたが、凄く嬉しい。 クリスマスの飾り付けのため、二番目の姉の恭子と近くにツリーの飾りを買いに 二人で行った。大きな雪がフワフワと降っている。ツリーに吊るす色いろな ものを二人で選んだ。小さな家とか、星とか、動物とか、人形などがあった。 それを袋一杯に買って家に帰って3Fの食堂で飾り付けをした。ラジオの クリスマスの音楽を聴きながら、それを他の姉たちと飾りつけた。 ツリーの電飾がいやに奇麗だ! こんな楽しい気持ちは初めてと喜んでいる自分を誰かがみている。 あれは誰だろう? 翌日の朝、枕元に箱に入ったサンタの贈り物があった。 雪が、ドンドン降っていて窓の下は雪で埋まりそうだ。 突如、周りを見渡すと誰もいない空間になってしまった。 何処に行ったのだろう、皆は! 白い靄がかかり、その中で恐ろしさが襲ってきた。 目をつぶって白い布団を被った。 目が覚めると、そこは寝室の布団の中であった (o ・д・)ツ バイ! ・・・・・・ 2007/04/25 2213, 白い雲に乗って ー3 (・_・) ノ オハヨウ! これは現在の日常の話。 お風呂に入った直後の22時過ぎにクラッシックを聴きながら就寝する。 就寝30分後に爆睡を4〜5時間した後、午前の3〜4時に一度目が覚める。 そして冬時間の起床時間が5時半、夏時間は5時に起床する。 起床前の2時間が半睡状態の時間になる。その時間が、ある意味で ゴールデン・タイムになる。夢をみたり、夢と現実の塀の上を遊ぶ?
以前書いた「白い雲にのって」は、半覚醒で子供時代に立ち返った内容。 夢のような、魂の故郷を漂った白昼夢の世界の描写である(いや白朝夢か)。 白い雲に乗ったイメージで当時の思い出の世界に入ると、記憶がドンドン 出てくる。脳の奥行きの深さに驚いてしまう。
ある意味で夢と同じぐらい深い脳の領域に思える。 50〜60年前の赤ちゃんから幼児の記億の世界は、魂の世界である。 殆んど忘れてしまった、古い古い記億の痕跡への旅である。 立ち返って気がついたのは、それからの人生の激しい時代の記億より、 ず〜と刺激の強い世界の思い出である。
白銀色の毎日が新鮮な経験のシャワーを浴びているようで、愛情に包まれた 夢のような日々であった。ドラマをみているような、自分そのものが舞台劇の 小さな子供の役者を担っていた。
初めての大きなショックが、柏崎の親戚の近くの海を初めてみた時である。 それまでは近くの公園の池しか見たことがなかった。 海のコバルト・ブルーを見たときの驚きは現在でもはっきり憶えている。 それと、舟と漁師の姿と磯のカオリも記億に鮮明に残っている。 よほどショックだったのだろう。
ところで、私が生まれたのは第二次大戦の終戦の5ヶ月後の1946年1月15日である。 越後長岡の東神田で産湯をつかり、長岡駅から100�胆菷鵬擲垢了佑蝶僂忙扱邯紊� 戻ってきた。百日風邪になり「もしかしたら駄目かもしれないと医者に言われた」 と、父は口ぐせのように言っていた。 私の名前は八人兄弟の末で「八郎」というが、実際は九人目で、 もう一人2歳で亡くなった兄がいた。父が42歳、母が38歳の時の子供である。 そのためか、特に父親にはペットのように特別愛されて育った。 16歳、14歳、年上の兄と、その下に姉が4人、その下にすぐ上の兄がいて、 最後に私という構成であった。(2~3歳違いで、双子、年子は一人もいない) 終戦直後で両親は大家族の生活維持のため人一倍働かなくてはならない条件が。 産まれてから10年間の長岡のど真ん中の大手通の生活は刺激の強い環境にあった。
東神田から大手通に連れてこられた生後三ヶ月後の記憶が残っている。 リンタクに乗せられて、大手通の家に行った記憶である。 そこでは、「福ちゃん」という喫茶店をしていたが、一年もしないうちに 止め、衣料品店に転業をした。
そして2歳になった頃に、その店兼住宅を丸太を下にいれ、転がしながら、 近くの公会堂の前に引きずっていき、仮店舗を開きながら4F建のビルを建築した。 個人名義のビルは国内で始めてと市役所で言われたとか?その記憶が一つ一つ 記憶として残っている。人生を振り返って一番楽しい日々といえば、10歳までの 大手通のビルの立ち上げから、店の開店、そしてそこで起こった悲喜交々も日々。 本当に刺激的な日々だった。 ヾ(@⌒▽⌒@)ノ バイ ・・・・・・ 6225,閑話小題 〜贋作の世界 −1 2018年03月30日(金) 「ピカソになりきった男 」ギィ・リブ (著), * 贋作の世界 「開運!なんでも鑑定団」は常日頃、見ている。殆どが録画だが、骨董などの お宝の真贋と、値段の鑑定である。 特に借金の形に…、持っているお宝と交換 などに贋作が多い。その贋作専門の世界を知りたくなり、AmazonのHP内で検索 すると、面白そうな本が幾つか出てきた。その中の一冊が、これ! 贋作の世界の奥行きの深さが垣間見られる。逆上せ上った素人が一番の餌食 になることが分かる。相手は詐欺のプロの住人。 〜ネットによる粗筋といえば〜 ≪ 本書は、「その朝、俺はピカソだった」ではじまる天才贋作画家ギィ・リブ の告白手記である。波乱に富んだ彼の生涯は、まるでアラン・ドロンが出てくる フィルム・ノアールのようだ。贋作画家の前に「天才」との冠が付いたのは、 ・ピカソ、ダリ、シャガール、マティス、ルノワール、フジタ等、多数の画家の 贋作を手掛けたこと、 ・名画のコピーではなく、画家たちが描いたであろう「新作」を創造したこと、 の2つの理由からであった。 ある美術評論家は、彼の腕前を評して 「ピカソが生きていたら彼を雇っただろう」と証言している。
ギィ・リブはフランス中部リヨンの娼館で生まれた。父親は殺人犯、母親は 占い師の家庭で育ったが、少年期に家を出てリヨンの暗黒街で不良少年として 路上生活を経験。20歳の頃には天賦の才能を独学で磨き、水彩画で生活できる ようになるが、その才能に目を付けられて贋作ビジネスに取込まれてしまう。 それ以来、2005年に逮捕されるまで30年間を贋作画家として過ごした。
ギィ・リブが贋作を制作する過程が興味深い。ピカソ、ダリ、マティスに彼は なりきるのである。そのためにギィ・リブは何日間もかけて専門書を読み、試作 を繰返した。画家が、いつ、なぜ、どのように作品をつくり、いかなる精神状態 であったのか。画家のすべてを理解してから制作に取り掛かった。つまり、 ピカソがギィ・リブにまるで憑依しているような状態で彼は絵筆をとっていた。 それが彼にとっての創作活動であり、贋作が本物と認められることに彼は無上の 喜びを感じていた。そして、描き終るたびに用いた資料一切を廃棄し、本来の 自分に還っていった。
彼の告白によって贋作ビジネスの実態が詳しく明らかにされている。 驚くべきことに有名画商や鑑定家もそのビジネスに大きく関与していたのだ。 彼らは実名で書かれているので本書の記述は信じるに足りる。 アート市場に おいて絵画の資産価値が増大するにつれて、作品の品質よりも画家のネーム・ バリューが重んじられてくる。「人は作家の作品ではなくサインに大金を払う」 ようになったのである。そうした市場では、ギィ・リブのように名作の模倣では なく「新作」を描ける贋作画家は、少ないリスクで大金を稼げる制作者として 重宝されたのである。ギィ・リブの卓越した技術は有名画家の遺族によって 「本物」のお墨付きを得るほどであった。また、ある画家はギィ・リブの描いた 作品を「自分が描いた」と誤って証言した逸話が残っている。
現在もなおギィ・リブの贋作が世界中の美術館に展示され、オークションの カタログに掲載されているという。認められるまで貧困の生活を余儀なくされた 画家は多い。彼がもう少し忍耐強ければ、いずれ才能が見出されて有名画家の 一角を占めたかもしれない。ギィ・リブは仕事に誇りを持ち、憎めない性格と 魅力を備えた男である。本書はアート市場の裏面のドキュメントとしてのみ ならず、一人の男の波乱の半生の物語としても出色である。
『本物か偽物かそれほど重要な問題なのだろうか?もし絵がうっとりするほど 魅力的で、力強く、心乱されるものだったら、その絵が誰の手によるものかと いうのは、本当に重要なのだろうか?』は印象的。彼には、画家として決定的 な何かが欠けていたのだろう。しかし「贋作」を書くことについては天下一品。 それも、すでにある絵を模写するのではない。 その画家のあらゆる特徴を捉え、存在しない絵を描くのだ。≫ ― コトバンクによると… 【 贋作とは、制作者あるいは制作年代などを偽って,買手をだます意図の もとに制作された美術品。現存作品もしくは実在した作品をそのまま模倣 したもの,特定の作者または時代の様式を模倣したもの,いくつかの原作を もとにその諸部分を集めて作られたものなどがある。文献に残る最古の例は ローマ時代のファエドゥルスが語るローマ人によるギリシア彫刻の贋作。 中世ではほとんどその例がないが,ルネサンス期に再び現れ,18世紀の考古学 の興隆とともに増加する。近代から現代にかけては鑑定家の目を欺くきわめて 巧妙な贋作も少くなく,19世紀でギリシア,エトルリア,ローマ,ルネサンス 初期の彫刻の贋作者 A.ドッセーナ,20世紀ではフェルメールの贋作者 H.メーヘレンなどの例が特に有名。日本では,江戸時代初期から日本画の贋作 が行われるようになり,中期以後は在世の名人の贋作も現れた。】
― ▼ 実家の商売が戦前まで老舗の「古美術商」だったこともあり、両親の趣味が 書画骨董の収集。子供の頃から父に連れられ骨董店の散策に、連れていかれた。 そのうち、仏像や、茶器の真贋の眼が増していくのが自覚するようになっていた。 家の茶室の床の間には、季節季節の骨董が並べられている生活環境にあった。 良いものを見続けると、二級品は、直に分るが、贋物の見分けは、非常に難しい。 書画の世界には、「写し」という言葉がある。 言わば絵を描く際の模写に当たる行為です。これ自体は全く問題ありません。 特に有名人のものは、それを前提に高値で売買されている。 <ピカソも、実は、多くの画家の模写を繰り返した画家。かれの摸写が他の画家 と違う点は、ただ真似をするのではない。少し変化させたり、自己流に写しかえる のでもない。その原画を完全に自分のものとして消化し、自分だったらこう描く という大展開をさせてしまうところだ。> そのピカソ自ら、「その出来の悪いの が、私の作品かも知れない」とも宣っているとか。 ピカソ 『酒場の2人の女』 も模写である。 彼の名言「凡人は模倣し、天才は盗む」は、あまりに有名。 知れば知るほど、経験を積むほど、知らないこと、未経験の己の小さな壁を しることになる。やはり挫折体験と、そこからの再生の繰返しこそ必要になる。
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2019年03月29日(金)
< 欧州壊滅 世界急変〜 「英EU離脱」で始まる金融大破局の連鎖/渡邉哲也(著) > * さもあらん英国と欧州の動揺 2016年に英国がEU離脱を決めた直後の書かれた著書。 その時節が、今まさにやってきたが、いざ直面して、ことの大きさに、英国と あろう国が大きく動揺している。 あの大英帝国も、このザマ。直接国民投票 の弊害がモロに出てしまった。 イギリスに欧州の経済戦略拠点を置いていた グローバル企業が次つぎと撤退を発表。これで英国の欧州における存在価値は 廃れる一方。 「自国ファースト」の本音が表立って、新たな冷戦状況が顔を もたらしている。この選挙に影響されてアメリカではトランプが大統領に成上り、 世界を震撼とさせている。 この著書の内容そのままが、3年近く経った現在、、 欧州経済にとって大混乱の幕開けになった。かっての力を失った英国の力は 強くはない。プロが決めるべき政策を、凡庸の国民の一時的意志に委ねるとは… この根底には情報化、グローバル化の潮流の激変がある。 それを読み取り、 導くのが政治家。それを… 酷い状況の時節に、ヒトラー、ムッソリーニ、 スターリン、毛などの醜悪の独裁者が現われ出てくる。今からふり返れば、 こんなゴミだが、当時は雲上人の存在。違いは現在は、知能程度がまる見え。 とはいえ、如何にも成らないのが一度与えた権力の持つ脅威。 「欧州激変」だけでなく、アメリカを含めた「世界激変」になっている。 ― 内容紹介 英国の国民投票の結果、予想外のEU離脱が決定した2016年6月24日以降、 世界では経済の乱高下が繰り返され、移民問題やテロ問題が拡大、2017年の 仏・独・蘭での選挙により欧州分裂が現実となる可能性が高まっている。 一方で英国と蜜月関係を築いた中国への影響も大きく、AIIBは先行き不透明 となり、さらに仲裁裁判所で南シナ海の支配権も否定され習近平政権は暴発寸前。 米国大統領選の帰趨、混乱する世界の行方と参院選後の日本の変化を読む! ◉第1章「英EU離脱で世界の勢力図が大激変する」では、 イギリスの国民投票の結果分析と、直近1ヶ月ほどの間の市場や世界の動きを 解分析。グローバリズムの終焉と、イギリスの動きがなぜ中国に影響するのか を解説しています。 ◉第2章「2017年、EU分裂への秒読みが始まる」では、 金融、経済、難民といったEUが抱える問題を紹介。CoCo債とドイツ銀行、 フォルクスワーゲンなど、金融も経済も深刻な状況であると分析しています。 また難民問題では収拾がつかず、EU各国が国境を復活。EUが自力では この問題を解決できないと指摘。 ◉第3章「日本主導で『中国排除』が世界の新秩序に」では、 混乱する欧州とは対照的に存在感を増す日本の話題。日本が進める対中包囲網 を伊勢志摩サミットと首脳宣言から分析し、次代の世界秩序が日本主導で構築 されつつあると、指摘。 ◉第4章「絶命寸前の中国経済、そのウソと矛盾」では、 中国問題を解説。バブル崩壊後の中国が、さらにイギリスという後ろ盾を 失ったことで混迷を極めてると指摘しています。 なお、この章は昨年出版された『中国壊滅』と『余命半年の中国経済』の 「その後」であり、併せて読むといいでしょう。中国の状況が渡邉先生の予想 した通り… というか、悪いほうに悪いほうに進んでいるのが、わかり過ぎて 切なくなります。 ◉第5章「租税回避でねらい撃ちにあうグローバル企業」では、 脱グローバルを経済の面から解説。世界の流れがグローバルから現地生産方式 にシフトしていくことを、アップルとトヨタを例にしてりして、わかりやすく 説明されています。この章については今年5月に発売された 『パナマ文書:「タックスヘイブン狩り」の衝撃が世界と日本を襲う』 のダイジェスト的な感じになっていますので、『パナマ文書』も合わせて 読むといいかも。 ◉第6章「大混乱へ向かう世界で日本が躍進する道」では、 消費増税再延期と参議員選挙など、最近の国内問題を採り上げています。 参議員選挙で浮き彫りになった野党の迷走ぶりと連合の分裂、安倍政権と 財務省やメディアの関係に言及。日本の製造業の可能性を評価するいっぽう、 銀行には厳しい指摘をしています。
全6章のうち2章がEU、中国で1章、脱グローバル関連で1章、 日本メインが2章です。『欧州壊滅 世界急変』ですが、全体の3分の1は 日本に割り当てられています。というのも、読んでいただければわかると思う のですが、この荒ぶ世界でキーマンとなるのが日本あり、私たち日本国民です。 読後には、そういう使命感が湧いてくると思います。 大変な世の中ですが、がんばらないといけませんなぁ……。 ≫ ― ▼ その最中に起こったのが、日産のゴーンの逮捕劇。これは検察の権威回復 を狙った突発行為。一番、慌てたのが安倍政府。トラの尾を踏んでしまった のである。ならば、トラの狙い目は『東京オリンピック』の妨害。誘致先の 決定の全ての何れの場面をとっても、汚職につながる。アベノミクスの推進に 必要かもしれないが、幾らなんでも、この時節にオリンピックはない! その付けは、次世代の人たちにやってくる。衰退する国家を彼らが担う。 世界は、第一次、第二次世界大戦の前夜に酷似している。 その前に、 今年は、あの歴史的経済事件・リーマンショックの前年の状況と同じ。生臭い 空気が流れている。火種は、世界中に幾らでも転がっている。 英国にしろ、 アメリカにしろ、中国、北朝鮮問題しろ、一神教の仲間内と、一神教対その他 の争いになる。それは、人種、民族の相克の永遠のテーマになる。それらは 抱え込んで発火に注意するしかないが、これも何時まで保たれるのか?
・・・・・・ 6224,閑話小題〜 「わがままこそ最高の美徳」だと! 2018年03月29日(木) <「わがままこそ最高の美徳」ヘルマン ヘッセ (著)> * 我が道を行け! 何処かの誰かが聞いたら卒倒しそうな内容だが、我ままの核心を如何に上手く 隠しながら、生き方として貫けるか否かに人生がかかっていると。 利己的遺伝子論は、ドーソンは遺伝子を人間的表現の利己的遺伝子と表現して 広まった説である。集団内の他者に対する「利他性」は、種の生命維持のため、 必要に迫られたものとする。その説の一部を引用して本来の自我は「わがまま」 であり、それを前提にコントロールの必要性があると飛躍した論が罷り通った。 〜内容紹介〜 ≪ ヘッセは少年時代から我が強く、親の手に余る子で、神学校の寄宿舎から脱走 して落ちこぼれになる。しかし、ずっと詩人になる夢を諦めず、独学で大作家 になった。自分を信じて生きることの重要性を説いたエッセイと詩を集めた詩文集。 「人生の下劣さに抗する最良の武器は、勇気と、わがままと、忍耐です。 勇気は私たちを強くし、わがままは愉しさを生み出し、忍耐は平安を生み出して くれます」(ヘッセ) ―小さいときから我が強く、非行少年のレッテルを貼られ ながらも、自分の好きな道を邁進し世界的な文学者になったヘッセの「わがまま」 礼賛の書。戦争や政治の季節の中でも自説を曲げなかった強靱な精神とは。 素敵な詩文集。」 〜レビューより 「わがまま」と言えば、悪徳とさえ思われるもの(特に、日本において)なのに、 何故に「最高の美徳」なのか?ドイツ語圏でも「わがまま(Eigenshinn)」と 言えば、「普通あまりよい意味で用いられる言葉ではない」と翻訳者の岡田朝雄 も「訳者あとがき」に記している。 「個性の尊重」と日本でも言われる場合があるが、本当にそれを実現していこう とすれば、「わがまま」「組織を大事にしなくちゃね」「世間はそんなに甘くない」 などという非難にすぐに出くわすことだろう。 日本では、「大勢順応主義」が 唯一のイデオロギーであるだけに、諸外国に比べても、「個性の尊重」に対する 圧力(もっといえば、抑圧)の度合いがいっそう深いといえるだろう。 ヘッセは、この本の中で、「真に個性をもつ人びとは、この世でほかの人びと よりも難儀しますが、またずっとすばらしい生活をします。彼らは群衆の保護を 受けませんが、自分自身の想像力の喜びを享受します」と言う。 自己実現には、困難や孤独が付きまとうものらしい。 しかし、そこには、 何物にも侵されない喜びもあるのである。 ヘッセ自身、学校からの脱走、自殺未遂、心の病を体験しつつ、自己実現を成し 遂げからこそ、その喜びを語ることができたのだと考えられる。 ― ▼ 我ままといえば、子供の頃の黒柳徹子。そこで調べると、 【 彼女が通ったトモエ学園は、かつては東京・自由が丘に実在した。 2016年5月7日付朝日新聞によると、自由教育の提唱者である手塚岸衛氏が 1928年に創立した「自由ケ丘学園」の幼稚園・小学校を、小林宗作氏が1937年に 引き継いだかたちで創設した。小林氏は音楽教育法リトミックを基盤に、子ども の個性と自主性を尊重する教育を実践したという。 ドラマの原作となった自伝小説「窓ぎわのトットちゃん」によると、 黒柳は母の紹介で、この学校に転入した。黒柳は好奇心旺盛すぎて授業中に机の フタの開閉を100回ぐらい繰返したり、教室の窓から大声でチンドン屋を呼んだり したため、尋常小学校を1年で退学になったという。 トモエ学園では、本物の電車も教室に使われ、授業はめいめいが好きな科目を 選んで始めることができた。午後にはみんなで散歩という、一風変わった学校 だったが、黒柳は大好きだった。当時の自身について、「びっくりする事件を、 いくつも起こしていた」と黒柳は「窓ぎわのトットちゃん」で振り返った。 しかし、そんな事件が起きても、校長の小林氏が黒柳の両親を学校に呼び出す ことはなかったという。かわりに小林氏は黒柳見かけると、「君は、本当は いい子なんだよ」といつも言った。】とあった。 ここで、<ヘッセへの治療にもかかわったといわれるユングは、 「人格が未熟の状態から完全な自己意識へと発達することは、賜物であると同時 に呪いでもあるのだ」と述べたが、ヘッセの主張とも符合する。それは二人とも 自己実現がいかに激しい二律背反を伴うものかをよく知っていたからだと言える。 だからこそ、孤独を恐れずに自分自身と向き合いつつ、日々の生活の中で、自己 実現に心を砕いていく「狂狷の徒」に対し、この本は勇気と喜びと平安を与える ものとなるだろう。>が、ずばり核心をついている。 創業で自己実現を図ってきた人生に少し疑問を持っているが、その面白味と 充実感が残っている。父親の後ろ姿を、幼児の頃から見てきたから、何とか続け てこられたようだ。結果など、二の次と… 何を選び、何を徹するか。 彼女が繰り返し語る言葉に、「他と比べない」がある。経験と知識の絶対量の 少ない三分の二の人達は、身辺の比較だけが、彼らの科学になる。それが長年 かけて自分自身を押さえつける。 追)以下の文章を読返し、芸術家とは、「エゴそのまま」の人間になる。 ということは、芸術家には都会の環境が良いことになるか?それも閑静の。
・・・・・・ 5127,「魂」の思想史 ー�� 2015年03月29日(日) 〜「魂」の思想史: 近代の異端者とともに ー酒井健 (著) * ゴッホの魂 ーA ゴッホの魂は、ルター派のひとつ、カルヴァン派の職業観から生まれ出て くる「働く神」であった。貧しかった彼は、いつも神から「退けられた者」 という劣等感にさい悩まされ、それが、そのまま、魂のエネルギーとして 絵画の中に残っている。 〜その辺りから(p27)〜 ≪ ドイツ人のマルティン・ルター(1483〜1546)がカトリック権力者たちの 信仰姿勢にプロテスト(抗議)したのが始まり。ルターによれば、信仰は、神と 信者の直接的な関係を本質としており、両者の間で唯一認められる媒介項は 聖書だけだとなります。カトリックの総本山ヴァチカンの豪華な教会装飾などは 邪道の最たる例となります。質素に信仰に励み禁欲的に労働に従事することが 称えられ、贅沢、無駄遺い、怠惰は批判されました。聞くべきはイエスの言葉。 「わたしの父は今に至るまで働いておられる。わたしも働くのである」 天上の神も地上の神イエスも労働に専念しているのだから、神に喜ばれたけれ ば、禁欲的に働かなければいけないというわけ。こうしたルターの禁欲的労働 思想をさらに神中心に改革したのがジャン・カルヴァ(1509〜1546)でした。 人類を救済する全権は神が握っている。救われる人を神はすでに選んでいる (「予定説」)。 では、「選ばれていること」は何によって分かるか、その証は 何なのか。カルヴァン派の人々は、自分の職業を神から与えられた天職とみなし、 それに禁欲的に励んでいられることが「選ばれていること」の証だと考えた。 こうなると、誰しも、この証を示そうと自分の仕事に真剣に従事するように なります。同時に、職についていない人間は、神から「退けられた者」と みなされ、蔑まれます。カルヴァン派の労働論にはもう一つ注目すべき点が ありました。労働を個人の問題ではなく、社会への貢献・社会にいる人々への 隣人愛と捉えた点です。隣人愛といっても、神中心に考えられているわけです から。まず神への愛があり、それから同じ社会に生きる人々への愛があるが、 端的に言えば、人類を愛する神に愛をもって応えねばならないということです。 カルヴァン派にとっても神は基本的に「働く神」でした。その神は神自身に 合わせて人間の社会を働く集団にしようと欲した。人類の幸福を願って、 そう欲した。こうした人類に寄せる神の愛に応えるべく、労働社会に役立つ 労働をしなくてはいけない。神への愛の証とて社会に役立つ仕事、社会の人々 を愛する仕事をしていなければいけないとカルヴァン派は考えていた。 (略)・・「逆境にいる人々に平和と安ぎを与える。」これがゴッホにとって、 愛するということの第一義でした。この愛に照らして神学部の受験勉強は役に 立たないと感じられたため、彼はこれに興ざめし、アムステルダムの赤線地帯 の補助説教師に、ボリナージュ炭田の見習い伝道師に、身を転じていった。≫ ▼ ロンドンのナショナルギャラリーのゴッホの‘ひまわり’の前に立った時、 その漂っている空気に立ち竦んでしまったが、その作品が、ゴッホの2千点 ある作品の中で、最高傑作のひとつだったことを最近知ったが、納得である。 ひまわりに関しては、次回に取り上げる。 ・・・・・・ 4021, シングルイン、31年間の総括 ー3 2012年03月29日(木) * 計画倒産というが 何人かの知人に、「計画倒産?」と揶揄された。目先の資金ショートで 倒産したのではないので、言われて当然である。売上が10年で三分の一に 減少、東北大震災で四分の一が予測されれば、99%行きずまりは見えている。 それを前提に続けるべきかを考えれば、見切り千両の決断は当然のこと。 そこで計画倒産について考えてみる。何度か、ここで書いたが、私の理解して いる意味は、「手形決済をしている会社が倒産をする場合、仕入れ商品を増やし、 現金にして私用にまわし倒産すること」と、思っていた。 そこで弁護士に、「計画倒産って何ですか?」と聞くと、 ≪ 計画倒産と、計画的倒産は別物。 普通、倒産は資金繰りがつかなくなり 資金ショートをして倒産する場合をいう。しかし同じ倒産でも、事前に継続 不能と察知したら、最小の混乱で済むように手はずを踏むのを「計画的倒産」 という。計画倒産と、計画的倒産は全く違う。詳しくない人は、それを混合し、 噂のネタにする・・ 計画倒産か計画的倒産かより、「良い倒産」と、 「悪い倒産」の分類を私はしています。≫ との答え。 高利貸しなど、街の金融が入り、家族・親戚に連帯保証の受け判を押させて、 最後が自殺か夜逃げが、倒産に付きもの。幼児の頃から、何時も夜逃げ話を 聞いていた。それだけ商売の恐ろしさは知っていた。そして、身近の倒産を つぶさにみていた。それもあり、「万一の場合、危機管理用の準備資金を用意し、 運転資金に食い込んだ時点で、会社整理を考える」と決めていた。 それが去年の1月末に一時的に使いざるを得なくなった。二年続けて2割半ば 減少していた売上が、三年目に入っても、とどまることなく続いた結果である。 そこで、色いろシュミレーションをしたところ、半年から一年内の資金ショート が明白。会計事務所の担当に相談すると、「事務所の三割の会社が今日明日の 資金繰りに駆け回っているのが実態。現時点は下から4割レベル」という。 しかし、取引先の月末の支払いをし、退職金を、ある程度、払えるのは、 今しかない、とシュミレーションの数値は示している。 7月には地デジ化 のための客室テレビの入れ替えが予定されており、その上、ボイラーの入れ替え 予定がある。両方ともリース会社の受諾を受けていたが、事業継続が果たして 正しい判断かどうかの正念場。 その矢先に、東北大震災。30年の現事業 経験からして、更に2〜3割の売上減が予測。春恒例の催事が、ほとんど中止、 宿泊のキャンセルが続いた。その時に浮かんだのは、「一瞬早い決断は、打撃 は半分で済むが、一瞬の遅れは2倍になる。この躊躇は、差引き4倍の打撃。」 そして、閉鎖の二週間前に決断をした。これを計画倒産の範疇といえば、 答えようがない。明日で丸一年になる。これも事業の一環。 (字数の関係でカット2017年03月29日)
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2019年03月28日(木)
* 新元号ですか? あと数日で‘新元号’が発表される。ネットに『永光』とあったが、スクープ なら、それは急遽、排除されるというが如何だろう。幾つかの候補から、直前に 選定するため、これはなし? 改元は、心持の上で大きい。青少年期から、 「明治は遠くなりにけり」と耳にしてきたが、今度は「昭和が遠くなりにけり」 になる。 歳月人を待たず。 刻々と人生という蝋燭の残身が短くなっていく。 大相撲が終わり、春の甲子園野球が開幕、そろそろプロ野球が始まるその頃、 全国的に桜の開花! 世の中には新社会人と、進学・進級したての若者の姿が 現われる選手交代の時節。この机の前のガラス戸の外の小鳥の囀りも、何やら うれしいが、改元ともなれば何やら寂しい感が先立つ。 ― * 小噺を3つ 【 幼い子を乳母車に乗せて、若い父親がゆっくり歩いている。 子どもは大声で泣き続け、泣き止む気配がない。父親は低い声で、 「気を楽にしろ、ジミー。落ち着くんだ。心配するほどのことじゃない」 そこに、後ろを歩いていた女性が近づいて話しかけた。 「私は小児科ですが、先ほどから見ていて貴方は立派です。腹を立てずに、 対処なさっていますもの。このお子さん、名前はジミーですね。きっと 良い子に育つでしょう。 父親は言った。 「いや、この子はピーターです。 ジミーは僕の方でして。」】 【 病院に担ぎ込まれた男。医師の「右半身不随です」にすかさず、 動く手で、何を左に移動… 】 【 病院から逃げ出た瞬間こと切れた男に、駆け付けた病院長、誰も居ない のを確認して、「来院直前に倒れたことにするためさ!」と、向きを逆に。 ・・・・・・ 6223,閑話小題 〜佐川・喚問 2018年03月28日(水) * 森友学園問題と書換について… 昨日は、午前の参院で、その後にSJでエアロ・ヨガに参加して、午後の衆院 の(財務省の文書改ざん問題をめぐる佐川宣寿・前国税庁長官の証人喚問)を 釘づけで見ていた。その後、自民党の幹事長がコメントで<安倍晋三首相を始め、 政治家がどういう関わりあいを持っていたか、一つの焦点だったと思うが、幸いに (関わりは)なかったことが明白になった。こういうことが再び起こることのない ように、党として十分、慎重に丁寧にやっていくことは言わずもがなで大事だ。> とコメントを出していた。この茶番を見るにつけ、自民党の腐った体質が、国民 感情に対して、悪化するのは必定のことを知らないのか? 〜まずはネットニュースより〜 《 森友学園の土地は過去に 大阪音楽大学が7億の土地購入を申し出て 財務省 が「安すぎる」と蹴った経緯があるにもかかわらず、日本会議関係者の共謀で 森友学園に1億円程度で安く売るために「ゴミがあった。その撤去費用が巨額だ」 などの文書を作らせて 財務省に安く売るように圧力をかけたのが 事の発端。 以後 当時の理財局長 佐川の国会答弁に合わせて 財務省で辻褄を併せるために 文書の改ざんが繰り返し行われた。しかも、 内閣人事局の人事権で 佐川は安倍 に「首に縄を付けられた状態」。虚偽答弁の恩賞で 国税庁長官になったのもその 御蔭のため。佐川をトップにした圧力のダウンで精神的に疲弊したノンキャリア に自殺者を出すという最悪の結末。 事実上政治が人殺しをしているのに、それを 闇に葬れと言っているのが現実です。》 ― ▼ 首相夫婦がつるんで、森友学園に、実質的便宜で、数億の利益を与えた。 貰った方は逮捕され留置場に収監されているが、便宜を与えた首相夫妻は、 権力をかさに、シラを切る。首相の犯罪を、首相自らの配下が、裁けるわけが ない。国会喚問とはいえ、所詮は、限界がある。しかし、権力の腐敗の構図が、 そのまま現れ出ていることに、権力者側が気づいていない。 〜 熊:おい寅さんよ、昨日の喚問を見たかよ。 寅:下手なドラマより遥かに面白かったよ。初めは気の毒にと思っていたが、 「刑事訴追のため、御答えは控えさせて頂きます」の連発には、ウンザリしたよ。 それと、午前の出端の自民党の女性議員の誘導的な質問と、午後の演説風質問も、 見え見えさ。庶民は、刑事モノドラマで、ゴマカシに、鋭いのを知らないんだ。 熊:あんな受答えで、いいのかよ? 寅:40数回も、受答えを拒否したのに、議長は注意しない。仲間の長の喚問なら 当然ですか。早速、野党議員が、「佐川は、自分をトカゲの尻尾になろうと している」と、怒りの形相で語っていたけどね。 大家:それにしても、国税局といえば、公務員社会では、エリート中のエリート、 いくら何でも、「森友学園」への国有地売却に関する決裁文書の書換は酷い。 誰が指示したかは、当然、安倍首相だよ。安倍。首相の立場じゃないと、指示 できないほどの案件と、早速、元官僚上りの評論家が、語っていたが… 八:とはいえ、憲法を変えられるのは安倍ぐらいだろうから困ったもの。 それと、この緊迫した極東情勢の中で、サッサと、問題解決の必要があるが… 熊:でも、国税局が国家の存在を揺るがす、秘密文書の改ざんをしたのが明るみ に出てしまい、それが出来るのは首相の立場からの指示というからには! 大家:それにしても、奥さんがつるむと問題は深刻だよ。亭主をバカにする動物 だからな。小沢一郎も、隠し子の発覚で奥さんに逃げられてから意気消沈した ままだよ。政治家など激務だろう。それが安心して休まる家が無くなると、 魂が抜けたようになる典型だね。安倍ちゃんも、辛いところだが踏ん張りどこ。 寅:聞いているだけでも辛いね。俺は俺で良かったよ。絶対に政治家など嫌だね。 それと、佐川の自殺が心配だね。それと口封じも。誰が、それを最も望むか? 熊:おいおい、その位にしておきなよ。で、如何なるの? 八:この問題、改ざん問題が加わってしまったのだから、この延長は難しいさ。 麻生の首で手打ちが、順当か、安倍の引退かだが… そう遠くないうちに、 思いもよらない事態が生じる? 私にも分からないけどね。 政治家は消耗品というけど… 光り輝くだけのエネルギーが残っているか?
・・・・・・ 4394, 私たちの住む宇宙は、10の27乗・10の−35乗の世界 ー1 2013年03月28日(木) 「宇宙は何でできているのか」村山 斉 (著) * 私たちの住む宇宙は、10の27乗・10の−35乗の世界 ー1 村山斉の「宇宙は本当にひとつなのか」が非常に刺激的で、去年読んだ 本ではベスト。「現在、宇宙論はコペルニクス以来の大転換期にある」と素人 に分かり易く書いてあった。「我われの住む宇宙の他に10の500乗の宇宙が 存在している」というから、驚きである。この「宇宙は何でできているのか」 は、その10ヶ月前に発行されたもの。比べてみると、新著が宇宙論入門書で、 これは素粒子論が主とした内容。素粒子を突き詰めると宇宙と同じというから・・ =まずアマゾンのー内容紹介ーより= ≪ 全ての星と原子を足しても宇宙全体の重さのほんの4%。で残り96%は 何なのか?物質を作る最小単位の粒子である素粒子。誕生直後の宇宙は、素粒子 が原子にならない状態でバラバラに飛び交う、高温高圧の火の玉だった。だから、 素粒子の種類や素粒子に働く力の法則が分かれば宇宙の成り立ちが分かるし、 逆に、宇宙の現象を観測することで素粒子の謎も明らかになる。 本書は、素粒子物理学の基本中の基本をやさしくかみくだきながら、 「宇宙はどう始まったのか」「私たちはなぜ存在するのか」 「宇宙はこれからどうなるのか」という人類永遠の疑問に挑む、 限りなく小さくて大きな物語。≫ ーキーポイントの部分の抜粋ー 【この本のテーマは『素粒子物理学で解く宇宙の謎』。なぜ素粒子と宇宙が 関係あるのか? 最も大きいのが137億光年の宇宙で、最も小さいのが素粒子・・ たとえば、リンゴは直径約0.1m。人間の身長は、桁がーつ上がって1〜2m程度。 ビルやマンションはもう1桁上がって、数十mの高さ。東京タワーは333m、 建設中の東京スカイツリーは634mにです。それぞれおよそ「3×、10の二乗m」 「6×、10の二乗m」。高い富士山(3776m)、「10の三乗」という桁数。 では、富士山が載っている地球の直径は約1万2千キロmですから、メートルに 直すと桁数は「10の7乗」。富士山の1万倍。その地球が太陽のまわりを公転 する軌道の大きさは、富士山の1万倍のさらに1万倍(10の11乗m)のオーダー。 でも、それは宇宙全体から見ればほんの小さな点のようなもの。太陽系は 「天の川銀河」の片隅にありますが、この銀河は地球の軌道の約10億倍の大きさ (10の20乗m)。さらに天の川銀河はほかの銀河系と一緒に「銀河団」を形成して おり、その銀河団は天の川銀河の1000倍程度の規模(10の23乗mのオーダ)。 もちろん宇宙には、そういう銀河団がほかにもたくさんあります。それらを すべてひっくるめたのが、宇宙です。そして、私たちがいま実際に観測できる 宇宙のサイズは、1つの銀河団のさらに1万倍(10の27乗)。こうなると 「兆(10の12乗)」や「京(10の16乗)」とといった単位では表せないので 「10のX乗」という表現が必要になります。これがまさに、いわゆる 「天文学的な数字」のスケールなのです。】 ▼ 最も小さな素粒子については次回するが、我われのすむ宇宙は、極大と 極少合わせ10の62乗の世界。しかし、この他に宇宙が10の500乗もある 可能性がある。世界観が変わったとかいう問題でなく、宇宙観が変わってしまう。。 他の宇宙から、我われの住む宇宙にループ状になってつながって暗黒エネルギー を供給しているという。これを読むと、人生、社会、人間がつくり上げた神、 正義、愛、価値とかは、虚無の彼方の中に消えてしまいそうになる。 それなら日々を味わいつくし、楽しめば良い。少なくとも、何時の間に 刷り込まれたバイアスに縛られないこと。 −つづく ・・・・・・ 4020, 事業生活39年の、独り語り ー6 2012年03月28日(水) 初めての千城台ビルの建設中に石油ショックが起きてしまった。 そのビル前の数百世帯の建設予定だったマンション建設が急遽、 中止になってしまった。 その世帯群を当てにしていたため、テナントの 問い合わせはゼロ。 完成した時には、最悪低迷の状態。 この時、つくづく 時代の激変の恐ろしさを痛感した。その最悪の出発の中で、テナントとして 商売を当て、ビルそのものを活性化しなければならない。父親の死の問題も あって、この時は必勝が絶対条件の土壇場であった。衣料スーパーは立地的 にみて商圏が狭すぎ現実的でない。考え抜いたのが当時、破竹の勢いで店舗 展開していた養老の滝のFC。その暖簾なら客を確実に呼び寄せると直感。 そして、ビルの完成と同時に養老の滝のオープン。その1ヶ月後の結婚と、 慌しい日々が続いていった。連日、朝の7時から23時までの激務である。 ≪ ー 養老の瀧1122号店、店長の日々 ー H・0907 両親の創業を幼児の時みていて、その厳しさを知っていたつもりだったが、 自分がその立場に立ってみて、その認識の甘さを思い知った。千葉の新興住宅地 (五万人)の十字路に“貸ビルの建築”“養老の瀧オ−プン”“結婚”という 人生の初体験を同時に始めた。丁度石油ショックにより高度成長期が弾け、 ビルの前の数千世帯のマンション計画が中止となり、最悪の出発となった。 そしてオ−プン...!完全にパニック状態!オ−プン人気も含めお客の列! しかし、全くの素人である。ビル建築等、他に諸々が重なり、地獄のような 日になってしまった。 当初の、2〜3ヶ月は朝8時より夜半の1時までの 激務であった。指導員と私とアシスタントの3人の激しい日々であった。 “勤め人”と自営業の立場の大転換がその時おこった。それまでは8時間 プラス2〜3時間、という立場が、‘24時間(休んでいても仕事のうち) 仕事’という立場になった。サラリ−マンが事業をおこし大部分が失敗する のは前者より脱皮できない為である。大手ス−パ−の創業期に入社、異常に 近い厳しい世界に3年近くいたが・・ その厳しさが全く違う。はじめの 数ヶ月は、今日辞めるか明日辞めるかという位、厳しいものであった。 あの空ビルをテナントで埋めなければ、私の立場が無くなる!という前提が あった為乗り越えられたと思うが。でも不思議なもので、真っ正面より立ち 向かっていると、いつの間にか辛さが辛さでなくなってくる、適応能力が 自然についてくるのだ。ヤクザ、土方、得体の知れない人間に“気違い水=酒” を飲ませているのだ。それと兎にも角にも全くの無警察状態に近いのだ。 そこで自分で店を衛らなくてはならない。酒を飲んだ人間の本当の恐ろしさ をそれまで、ほとんど知らなかったためだろう、命が幾つあっても足らない事件 が月に一度はおきた。恐怖の中で1人トイレの中で(他人にはわからないよう) 震えた事があった。そこで、大きく唸った。 そしてお客に対処したところ 腹が据わったのだろう、お客が逆に竦んでしまった。“これだ!”と直感した。 また店の従業員に前もって、うち合せをしておき、お客に怒鳴る変わりに 従業員を怒鳴りつけ竦ませたり、土壇場に立つと知恵がついてくる。 フランチャイズのシステムは今でも素晴らしいものであった。標準化、単純化、 マニュアル化がきっちりできあがっていた。創業時の勉強という点、 このシステムは自らに非常に有効に働いたと振り返って思えるようになった。 創業は辛い! 1973.11.07〜 ≫ ▼ 計画も、それが完成をした時に、時代が全く変わってしまう経験を創業の 出だしに経験することになった。現在からみると、良い経験だが、実際に窮地 に立つと、思わぬ力と知恵が湧いてくるもの。必死に問題の中心にエネルギー を集中していると、思わぬところからチャンスが転がり込んでくるもの。
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2019年03月27日(水)
<「超ショートショート講座」 田丸雅智著> * 不思議な言葉をつくる 不思議な言葉とは普段は使わない言葉である。去年の秋口に参加した、 <ドロミテと、北イタリア側からみる裏マッタ―フォルンの旅>に、ドローンを 持参したショートショート。もちろん、フェクションだが、YouTubeでアルプス の空撮を多く見ていたので、想像と創作は簡単に出来る。 ライブで想いのまま書いてみた… 【 持っていったゴーグルを装着し、ビューポイントから少し離れた目立たない 空地からドローンを飛ばすのは、年齢が年齢だけに少し勇気がいった。老い先 短い年齢なればこそ、絶対に飛ばすと覚悟を決めていたため、躊躇することなく、 組み立てをしてを飛ばせた。 快晴の空、音の小さな機種のため、幸いなことに、 ほぼ誰も気づいてない。 そこからみるマッタ―フォルンの絶景は、ゴーグルを 被っていることすら忘れるほど迫力があった。自分が鳥になって空を飛んでいる 快感は、これまで何度か体験してきた至高体験である。これを味わうために、 生れてきたという感覚。その瞬間、肉体が、この世の中の小さな縛りから、解き 離されたような解放感に満ちたような自由と慈愛と喜びに浸ったような。 ところが、何か黒い物体が私の視界に目がけて突っ込んできた。それは現実で あり、幻覚でもある。その境目での驚きと恐怖感で絶叫をあげていた。 「死にいく瞬間とは、これだな」と思いつつ気を失っていた。 フト気づくと、宇宙に投げ出され無限の彼方の光に向かっている薄っすらした 意識があった。その意識は、何度も経験した感動した時の、至福と至高体験の 絶対世界の感覚。目の前の大きな鏡に、それまでの人生の記憶が、次々と現われ 出て、消えていく。 … 近くの椅子で寝込んでいるのを連れが見つけたようだ。 その全てが夢だった。】 ― ▼ 至高体験を解説すると、このような経験になる。三桁の経験はある? 何ゆえに即席で書いた「超短編小説」が、『至高体験』に行くつくのでしょう?
―――― 2018/06/27 閑話小題 〜覚醒剤と、マリファナ ―2
* 麻薬の二次災害 麻薬を吸った高揚の音楽、『上を向いて歩こう』『今日は赤ちゃん』 『夢で会いましょう』などから、その一部を感じることが出来る。 作曲家の故・中村八大は重症の薬中患者。あの感覚は異次元の快感の世界。 何曲か、それらしきα波のCDをネットで購入しiPodに入れ、時々、 聴いている。 『余命、半年』と宣言されたら、考えても良いが… やはり止めておくべきと、和歌山ドンファンなどの一連の報道が教えている。 私の至高体験は、秘異郷ツアー先の大自然との邂逅の感動体験と、アルコール による高揚感が多々ある。薬物中毒には、禁断症状がついてくるため始末が悪い。 「達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ」の禅語がある… 美味い酒は数限り飲んできた。酒の肴と、美女を侍らせば別に薬物使用の必要も ない筈だが… 中毒者は、金の無いため? 中間カットの薬にいくのか? 問題は止めどなく深みにはまること? 二次災害の問題が当然生じる。 「CSI: 科学捜査班」というラスベガスなどを中心に最新科学を駆使した操作 技術で様々な凶悪犯罪を解明していく1話完結形クライム・サスペンスがある。 これが面白い、10数年にわたり数百本はみただろうか。 その一つに、麻薬にやられた妻に、支配された夫との共犯事件の筋書きがあった。 表向きは普通の夫婦が、実はサイコパスで… これに近い話を知人から聞いた。 <鬱病の治療薬の長期服用から薬中が酷くなり、痴呆症に陥った姉が、夫と供に 妻の妹のところにやってきて、「高校時代にお金が紛失したが、犯人は絶対に アナタ。正直に言いなさいよ」 旦那も止めるふうもなく…40,50年前の話を> 身内に痴呆症の人を抱えたことのある人は、理解できるはず。 私は5年半… これをマダラ呆け状態で周辺に言って周るため、たまったものではない。 薬中の場合にも多々ある。私にも、幾つか憶えがある。具体的には、あまりに 酷すぎて書けない内容。そこに、世間バカが絡み込んでくるから始末が悪い。 ならば、不幸系ほど世間様度数が高くなる…その観察を楽しめば良い。
―――― 2007/07/06 LSDを一服した状態とは、どんな状態? −1
植草甚一の「カトマンズでLSDを一服」という本が面白い。 「植草甚一スクラップブック」の一冊でNO/11になるが 古今東西、植草甚一の読んだ麻薬に関する記事・文献などが話題になっている。 図書館で借りてきた本だが面白そうなので、一とおり目を通して、中古本だが、 直にアマゾンで注文をいれた。麻薬のトリップに対して興味がある。しかし麻薬 をまさか使うことは出来ないし、中毒になったら取り返しがつかない。 といってバッド・トリップやグッド・トリップの状態を、経験してみたい誘惑も。 まあ、死ぬ直前の楽しみにしておいた方がよい。ならせめて、どういう状態か、 知識として知りたくもなる。手元に何冊か、その状況を紹介した本がある。
私の枕元には、麻薬を使った状態に近づける音楽のCDがある。 買ってから10年近く、寝る前などに聴いてきたが、寝つきがよい。 酒を飲んでホンワカした気分と同じである。 私の場合、秘境旅行や、酒席などで至高体験を数知れないほど経験してきたので、 アルコールや、寝る前の音楽で、直にトリップしやすい蓄積があり、 体質的に脳内には回路が出来ている。まあ、それはいい!
以下は、この本の冒頭に出てくる心理学者ジュラール・ボルの 「麻薬への旅」の中の一節である。麻薬のトリップの状態を書いた本を何冊か 持っているが、どれも似ている。面白く解りやすいので紹介しておこう。 ーー1967年10月から著者ボルの2年間の経験談であるーー ーーー p・12~13 ネパールではハシーシを政府が許可しているし、1�舛涼傭覆�150フラン 前後(ヨーロッパでは五十倍の値段)なので、ヒッピーの顔ぶれは変るが、 いつも400人ぐらいいるそうだ。力トマソズには彼らの連絡場所になっている 「リトル・チペタソ」というチベヅト人経営の小さなキャバレーがあるが、 ある日のことリーというアメリカのヒッピーがLSDを持ってやってきた。 そうしてカトマソズの谷間の平地に仲間たちと「ヒヅピーラソド」と名付けた 小コミュニティのテソト生活をはじめるのだが、夜の十時ごろ、 みんなしてカプセル入りのLSDを少量の水で飲んだときの経験を、 著者ポルは書きはじめる。暗い夜で、キャンプの焚火が赤い。 遠くにヒマラヤ山脈の輪郭が見える。
みんな声を出さないでLSDが効きはじめるのをジーッと待っている。 夜の静寂さ。二十分したとき、耳のうしろの首筋が急に熱くなったかと思うと、 舌ざわりが金属的になった。まだ効果はあらわれないし、意識は平常どおりだ。 すると始まったなと思う感覚の変化。神経が局部的にピリッと硬直し、 その瞬間はロではいえない異常な現象がおそいかかった気持である。 いろいろなLSD体験記から想像していたのと同じ状態であって、自己が解体し、 まわりの知覚世界に溶けこんでいく。それがすこしたつと、こうなった。 焚火を見ていると、その火のなかに、ぼくがいる。ぼくは火なんだな、 いや火の向うに存在しているようだ。というのは火や明りや影が、 ぼくの思考や意志に服従するように動いているからで、まわりの世界を、 ぼくが上からブタをしているような気持になってきたからである。それなのに、 ぼくとは違ったものなのだ。まわりのすべてと同じものになっていく。
と同時に余計だと思う漠然としたものが、仮面をかぶったように引っこんで しまった。そうして宇宙的になりはじめた精神的内部の知覚作用。 いろいろなものが重なり合って見える。 その重なりかたの度合が強烈な作用をもっていて、たがいに矛盾するかと思うと 無限の連想へとみちびいていく。そのときレコードをかけた者がいて、 チベットの宗教音楽が流れてきた。
すると意識がより複雑になり、その音楽は、ぼくが作曲したものではないか、 なぜならばくの体内から生まれてきたようだし、ぼくの思考と厳格に一致して いるからだ。単調だが美しく流れていく音楽は、ぼくなのである。 一つの音が、つぎの音になるまでにハッキリと分離して耳に入ってくる。 ぼくと周囲との溶解状態が、さっきよりずっと完全なものとなった。
ハシーシやメスカリンが効きだしたときのように、しぜんと目ぶたがふさがる。 すると音楽が目に見えてきた。一つの音が明りで書いたようになり、キラギラと 雑色になって飛び散る。無限に大きい万華鏡のまん中にいるようだし、ある音が、 ほかの音よりも強くぼくのなかで反響し、それが後頭部や胃のあたりをシピれさせ、 打楽器の音が強烈な電気ショックのように全身を飛びあげるようにするのだった。 ぼくは手を見る。それは歪んだり、大きさや色の具合が変化したりする。そばに いる仲間の顔を見ると、小さなダイヤモソドがちりばめられていてピカピカと輝き、 とても美しい。ぼくは目を閉じる。するとまた心の奥ふかくへと落ち込んでいく。
自己と別世界との溶解。非現実の現実的な知覚状態。 これは,「シュールモア」(超我)と呼びたい。 そのときの解放感は、口ではいえないくらい気持を昂揚させる。 道徳的な規準といったタブーのすべてが取りのぞかれてしまうのだ。 そうした宇宙をなにかのシソポルや連想や知覚の種類や合理的なイメージで 説明しようとしても、文字や言葉は単純化された嘘になるだけである。 ただあとで考えたことだが、人間というものは、いかに不条理で憐れむぺき存在か、 歴史や文化の発展のなかで「権力」に支配されて生きてきたのだ。 そこから解放されるものがLSDだということはハッキリといえるのだった。
そのとき誰かの笑い声がした。なぜ笑ったのだろう。 それは、ぼくが四十年間というもの、無知だったことを笑っているような気がする。 三十人くらいの仲間が、誘われたように笑い声を出し、ぼくもいっしょに笑いだした。 以上は「麻薬への旅」の、ほんの一部の紹介だが、LSDの研究は、 ますます興味ぶかくなってきた。
―――― 2018/04/14 閑話小題 〜加山雄三とヨット −2 * 加山雄三、ヨット全焼で何を思う? 寅: 悲しいだろうにな〜 八: いや、そうでもないと思うよ。保険にかかってるかどうか、おりるかの 問題ですよ。自分が会社整理をして綺麗サッパリと割切れたのも、万一を 考えて保険かわりに家内名義の預金をし続けていた前提があればこそ。 大家: この一件で、もう一つや二つの歌詞とメロディーが出来てヒットでも すれば、不幸中の幸いになりますよ。 寅: 歳が歳だから、前のように簡単につくれないよ。でも、あの面構えから して、もう一艘、購入して、最期の墓場として海遊びツアーでもするさ。 幸せな奴は、何があってもバネにして幸せになるさ。それが男だろう。 熊: まさか、万歳!と諸手を挙げられないしね。でも、本心は、誰も、いや 自分さえ分からないからね。 八: 気力が萎えて落込むのが、一番心配だね。今頃は、中古か、サラのヨット の資料を探しているかだ。幸が多きい人間は、そういう考え方をするんだ。 世の中には、それを妬む、不幸な奴がいるから、隠密裏だろうけどね。 大家: わしなんぞ、甲斐がないから妬む方の部類になるがね。それにしても、 羨ましいよ。遊びと、仕事が、両立しているんだから。過っての印税も 入ってくるからね。私なら、大型クルーザーに乗って、ノンビリして いた方が気楽で良いけどね。そんな金もないがね。 八: 私なんぞは、寝室に4k・TVを入れてね、世界各国をユーチュブの映像で、 遊ぶくらいですよ。でも、それが面白いから、カウチポテト族そのもの。 早速、<4k、金沢ひがし花街>で映像を楽しんだけど、実に良かった。 熊: ったく! 楽しみを二倍三倍にしてしまうんだからな〜。 八: 大家さんと同じく、老い先が短くなって来たからね。 寅: 八つぁんは、俺と熊と違って、さほど加山雄三を羨ましく思ってない ようだが。如何して? 大家: 好きなことの幾つかを年月かけて楽しんでいたからですよ。 そうすると、内なる世界があって、他人の世界と比べなくなりますよ。 八: 最後の最後は、自分の行蔵しか残らないもの。金沢バスツアーをキッカケに 20歳代半ばの行蔵が多く思いだされたしね。それと、好きな非日常を味わえ たしね。また桜の時節も、花見という非日常を楽しんでいるし。 大家: 人間、感情の動物だもの、そう簡単に割切れないですよ。 八: ここで至高体験の絶対量が問題になるの。彼は、それは信じられないほど の経験があるから、行蔵の内側は宝庫の山さ。そんなチャチなものではないよ。 熊: 人間って、不平等過ぎないか。普通、良いこと2に悪いこと1、って 言うけど、俺の場合、真逆で、1対2の感じがするね。 八: そんなことはないね。なら鬱病で、病院通いさ。私が見る限り、2対1さ。 熊: なら普通だ。 大家: 近くに私と八つぁんが居るからさ。それと楽しみに長けている寅さんもね。 それも、死んでしまえば、ハイ、それまでよ。何も持っては逝けないしね。 後期高齢者の身には、一日一日を楽しむしかないね。 八: <笑って過ごそう、ハンカチーフ!> ですか。泣いても笑っても同じ人生 だもの。泣くも良し、笑うも良いだと、つくづく思うよ。 寅: それにしてもさ、娑婆には、つまらなそうな老人が多いね。 大家: そりゃ、生老病死の問題が色濃くなって、身体は日ごと弱って、 周辺は次々に亡くなり、内面は穏やかじゃないよ。 八: 問題は、横の顔色ばかりみてさ、笑いものにする腐ったような奴ら… 大家: 「早く死にな!」と、思うが、あれじゃあ、当分は死なないね。陰口、 悪口のオンパレード。私も、そう思われているし、現にそうだろうがね。 八: 今回の金沢ツアーの帰路の車内で、キミマロの漫談のDVDを流していたが、 年寄りの悪口が、冴えわたっていたが、途中でハッとしたね。28人の参加だが、 私が一番の御年寄り。自分の姿を笑っていることに、途中まで気づかないとは。 大家: まだ八つぁんは、私より10歳近く若いけど、80歳の峠は、それはキツイよ。 キミマラ、いや失礼、キミマロも、年寄り弄りだったのが、自虐ネタの年齢 に入ったためか、それはそれは、漫談ネタの毒が重苦しくなってさ。 八: そうだ、加山雄三の話に戻そう。失えばこそ、見えてくる己の人生を 味わるのも、これも人生。どのみち、生きている内の泣き笑い。加賀百万石の 金沢を46年ぶりに振返ってみて、その折々の「いま、ここ、わたし」と再開し、 自虐の漫談を味わいつつ、現実に溺れつつある日常の中からドロップしながら 日々を過ごしている自分との対話も悪いものではない。 大家: おやおや、丁度よく話を、まとめましたね。 ―――― 2002/10/04 至高体験−2
「この経験をしただけでも、この世に生まれてきた価値が充分にある。 この瞬間を経験する為に生まれてきたとといって良い」という感覚である。 精神病は精神のマイナスの偏りの病だが、プラスの人(何をしてもうまくいく人) は、至高体験を異常に多く重ねているという。
それでは具体的に書いてみよう(恋愛・下ネタはないのが少し残念だが?) 旅行先でのそれが多いが
・初めて海外旅行ーヨーロッパに行った時、生まれて初めて腹の底から笑った、何回も! 確かイギリスのパブで、それとオーストリアのワイン居酒屋で、それとミュンヘンの ビアホールで。感動と歓喜の毎日であった。 その旅行で私の固い頭を(固定観念を)叩き壊されたのが最大の 収穫であった。 中学高校時代は腹の底から笑う事は本当に少なかった。 またそれだけ刺激の強い事は、それまで全く無った。
・あとは20数年前、実家の会社にいた時30人近くを引き連れてハワイに行った。 その時も、至高といっていい位ぐらいハワイの総てに感激した。 世界に名だたる観光地、ショーにしても、洗練された内容が次々出てきた。
・カナダのロッキーも感動感動の連続であった。「一回しかチャンスが無いが、 何処に行ったらよいか?」といわれたら、カナダのロッキーだ。 多くの旅行経験者はそう言う! 地球でなくどこかの星に行ったような錯覚に陥る。 「ロッキーでの旅行の感激は、「自分の家を売ってでも経験する価値がある」 とその時思った。 この日を境にして、この経験をする前と後という感じだった。
・9年前に震えながらいったケニアもそうだ。 アフリカの大地の広大のサバンナを見たときの驚きと感動! 遙か彼方にシマウマとヌーが数十頭走っている姿を始めてみた時の 感動も強烈な思い出だ。
・事業でもそうだ。 初めて千葉で千城ビルを立ち上げ仕事も軌道にのり、 ふとそのビルを見上げた時の何ともいえない絶頂感も良かった。 誰もがその瞬間を持っているはずだ。
・会社の忘年会や竣工式の後の宴会でも、それに近い気持ちになる。
成功経験を重ねる人は、至高体験を重ね続けることの出来る人だ。 巨人の長島は至高体験を普通の人の数百倍、いや数千倍経験している。 それがますます至高体験を呼び寄せる。 自分を良くしようとしたら、至高体験を重ねる事だ。 ―――― 2004/10/17 1293, 「閑」のある生き方ー読書日記 −3 「今ここに」を、更に考えてみる。 ー前回では 「空」を時の上から解釈して、「即今」、 平たくいえば、ーただいまーと解釈した。 「空」がわかるというのは、その「ただいま」がわかるということである。 この「ただいま」を手に入れなくてはならぬ。 この「ただいま」を無限そのものだと悟るとき、零すなわち見元の式が成立する。 「今ココニ」を丸ごと心で把握するなら、そこには、 あとに残る過去も先に待つ未来もなく、ただ永遠の今があるだけということに気づく。 空と時を合わせて「一念」というほうがよい。 hereーnow が、それである。 ーを抜粋し、そして感想を書いた。 今回は、その即今の凝縮した瞬間はどういう時か考えてみる。 感動、感激、至高体験、歓喜、感謝の時といえよう。 その瞬間が「今ここ」を実感する時である。 その瞬間を経験した時、それが永遠に通じている感覚がする。 それが「永遠の今」である。 感動の時、その瞬間は自分の中に永遠に残る切り取られた時である。 この経験をするため、この瞬間を経験するために、生まれてきたといってよい。 それまでの全てを超えた体験する飛躍の時である。 その「今ここ」は、悟りの世界でもある。 この中に、感激、至高体験、歓喜、感謝が含まれる。 いや、これらの言葉の中に、それぞれが含まれる。 「今ここ」は、決してプラスの時だけでない。 挫折をした時、死を宣告された時、絶望を味わった時、身近の人の死の時、 等々、あげることが出来る。 意識の深くに陥ってしまう時といってよい。 その時は意識は研ぎ澄まされ鋭く自分を切り裂く。 「今ここに」を意識している時は、宇宙の中心に立っている時であり、 宇宙と直接つながっている瞬間である。
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2019年03月26日(火)
* 年中、イベントだらけで… ☆ 大相撲、終わってみれば白鵬の全勝優勝。そして幸か不孝か、腕の負傷。 これで来場所、どうどうと休場が出来る。負け越しても、その座を失なう ことなく、給与が貰える。ならば予定?通り… 目標は来年のオリンピック での土俵入り。優勝と休場を交互にしながら。 大関の座の入替え戦(大関・栃の心と関脇・貴景勝)が何とも非常な一番。 年齢からみて、翌場所10勝は難しいことを解っているため、必死だが… 貴景勝も、2度あるか無しかの大一番。関脇は成れても、大関の壁は大きい。 ところで、白鵬が17年九州場所でも、優勝インタビュー後に万歳三唱を促し、 ファンと行って顰蹙をかったが、今度は三本締め。相撲協会として、一場所 出場禁止処分をすべきだったのに、それをしなかった怠慢。今回も出来ない のだろうが… すかすかした頭が丸見え。天は二物を与えないというが。 自動調整ですか?
☆ 庭の桜の蕾の膨らみが目立ってきた。今年の桜の開花は、4月初旬辺りか。 小雪の桜は、さていかに。 ところで、数年前に、金沢日帰りバスツアーで、 道すがら立寄った、富山・朝日町舟川の「春の三重奏」 が良かった。見慣れて 麻痺をしているが地元の「福島江」と「悠久山」の桜も素晴らしい。さほど 知られてないが、それぞれ地域の桜の名所があるそうな。桜と花火は、一瞬の 輝きゆえの、一期一会の出あいの美しさがある。
☆ 昨日の朝方、二回目のポタリング(ミニ・チャリ)。だが、まだまだ寒い。 道すがら一時停車のラインで車の走行音が聞こえたので、停車をしたところ、 それがパトカー。 数秒、早ければ、注意か、チケットを切られるところ。 危ない危ない! 定期コースを10数年、チャリに乗っていれば、一時停車違反 や、車道と歩道を都合よく使い分けているため、目を付けられているのだろう。 直にパトは左折して停車。すかさず、一時停止。目があったので、職質かと 思いきや無言。何時も思うのは、交通手段で‘自転車は最も危ない乗りもの’ ということ。 雨の中で、点滅している信号を無理に渡った際に、スリップを して数メートル吹飛んでから、注意に注意を重ねてきた。 で、例年とおり、鼻かぜと、クシャミの連発。 さて、出かけますか!
〜去年は?とみれば、さほど変わらない文章が… 何でしょうね、これは〜
―――― 閑話小題 〜金沢・富山バスツアー 2018年 4月某日
昨日は、数年ぶりに、観光バスツアーに参加してきた。 地元の越後交通(ゴールデンツアー)の日帰りコース。出発が長岡駅東口で、 早朝の7時20分発。地元到着が19時20分。値段が9500円(税込)。家内が長岡駅 への道すがらにある越後観光ビル内の案内所で見つけてきたツアー。 ・富山県北アルプスを背景にした『あさひ舟川・春の四重奏』の花見と、 ・金沢市内の『金沢ひがし茶屋街・散策』 ・『ホテル日航金沢のランチ食べ放題』のメニュー。 家内が、このコースに甚く気にいって誘ってきた。この数年、ライフワークの 秘異郷旅行に行ってないため、即座に合意し、参加した。 一つだけ誤算が、 桜の開花が一週間早くて満開の時期を逸し、半分ほど散っていたこと。それでも 、満足できる散策。その後、金沢駅前にある「ホテル日航」のランチが思いの外、 美味しかった。「ひがし茶屋街」散策を1時間ほどして、帰路についた。 金沢には、20歳半ばに一年半ほど、修行も兼ねて勤務をしたことがあった。 立場が立場だけに、気持ちがどん底だったが、ところは、「いとはん」という、 マナーに厳しいと定評のあったファッション衣料チェーン。人手不足の中、 女性専用のマンションが大うけで、若い女性が殺到していた急激な右上がりの 会社で知られていた。しかし、努めて半年もしないうちに、ドルショックが 起きて時代は一変し、売上は激減し、西武流通グループの傘下に入る激動の 最中。社長と、ナンバー3の人物の対立もあって社内は荒んでいた。 しかし、3人に1人は、いわゆる金沢美人。仕事の半分は、様々な悩みの 相談相手と、イチャツキ。肩書が無い立場からこそ、気を許してくる。 最悪が故に、面白いことが多かった。寮内に、誰か茶道に通っている人が 居ないかと聞いたところ、寄宿していた寮の近くに、一般の家庭の主婦が 教えている茶道の家を紹介してもらい、1年程、通っていた。当然、そこに 数人、金沢美人が通っていて、週の二回、火曜日と、木曜日と、交互に通い ながら、様々な地元美人と茶道の練習を楽しんでもいた。金沢は外モノには 優しく、仲間内にはキメ細かい暗黙の気遣いがある歴然とした階級社会。 男尊女卑が歴然と残っている男社会で、一歩も二歩も、女性が表立っても、 男をたてる世界。富山、福井、能登、飛騨高山が近くにあり、何はともあれ、 金沢に… 。当然、遊び場も、茶屋街に。芸者衆の集まる、茶屋街が、 「ひがい茶屋街」「にし茶屋街」「主計茶屋街」の三つが金沢藩の肝いりで 集められ、現在に至っている。その「にし茶屋街」に、何も知らずに店の パンフレット配りをして、その奥深い世界を一端を見た時の驚きを忘れられ ない。出あうのは今まで見たことのない御公家顔の美人ばかり。あれは、 芸子のスッピン顔だった、今回の散策で気づいたが、それは綺麗なはずだ。 雑種の地方の寄り集まりの首都圏を除き、四日市、神戸、金沢、新潟市、 長岡市と仕事で、渡り歩いたが、こと美人とセンスに関しては、金沢が 一番粒揃いである。一番、影響を受けているのが、京都の文化のようだ。 北陸新幹線開通まで、あまり知られてなかったのが、他に、料理文化の深さ。 現在は、如何か知らないが、おでん屋、小料理屋、喫茶店に味わいの深い 店が多い。当時の金沢の話は尽きないほどあるが、どの場面も、青春の 真只中のような思い出は尽きない。時代は、経済が激動していても、 右上がりの、今となっては夢のような時代背景があった。 ドップリ、地元城下町の一角に沈んでいる自分に気づかされた一日だった。
追: これを書いた後に、20分後にポタリングに出発し花見をする予定。 長時間バスの座席の固定で腰痛を心配をしたが、殆ど問題は無かった。 習慣の力だが、定時の3時50分に起床し、これを書上げ… 日常に世界。 一日とはいえ、この非日常の反動は、数日後に出てくることになるが…
追: これまた、いま現在、気づいたが、3年前に、以下を書いていた。 少し出来過ぎだが、こんなものですか。話題の在庫が少ないだけだが。 ―――― 閑話小題 〜金沢・富山バスツアー 〜2
* こんにちは、わが青春の金沢へ 日帰りの『金沢、富山コース』。 国内のバスツアーは、十数年前に、、 夜行バスで行った『京都の桜・観光以』以来、二回目。40歳辺りまでは家族と とものドライブ旅行か、友人とか、仕事仲間内の企画に参加するとかが主だった… その後、趣味を一品豪華主義とした秘異郷旅行など海外ツアーに絞ったため、 国内旅行は皆無だった。しかし、海外ツアーで腰痛の負担が増えてきて… 今回は、日帰りツアーとしても、腰痛が心配だったが、何事もなく帰ってきた。 バスツアーは中高年が多いので、海外ツアーのような、強硬日程は基本的に組み こんでないようだ。 今回は、金沢の『ひがし茶屋街・散策』と、富山の『あさひ山連邦を背景とした、 「あさひ舟川」の花見』が主である。 『金沢ひがし花街』が風情があって味わいがあった。 写真は、ネットでひろったものだが、着物姿の若い女性や、男女は、貸衣装で 着付けをしたと思われる。当地で数組の芸子らしき連れが歩いていたが、直に、 観光客の「芸子コスプレ」?と気づいた。しかし馬子にも衣裳、派手な和服の 若い女性が妙に色っぽく場に馴染んでいた。 ネットでひろった写真の芸子は、金沢美人の典型だが、勤め先の女店員の 3分の1は、この程度の美人が揃っていた。当時の写真が一枚も存在いないのが 悔やまれる。私の年代は、戦中、戦後の境目。同じ年代でも、男は数年後の 団塊世代の女性が有り余っているが、女性は終戦直前のため、対象の男が極端 に少ない。特に当時の城下町は、隠れた男尊女卑の文化が浸透していたようだ。 無役が故の気楽さと、加賀百万石の大らかさが相まって、ドップリと粋ある 美人に囲まれ、鈍よりした女社会の生温かさに浸った日常を過ごしていた。 それと、様々な小料理屋や、おでん屋の酒の味を思いだしていた。世間を渡り 歩いてきたと思っていたが、底辺の一部しか、みてなかったことも、あい知る ことになった。 花街とは、裕福の男の3%の遊び場の名残りということ。 何時も、極限の先に、大きく世界が広がっていた。 金沢、娑婆娑婆の一節! 〜【金沢・茶屋街】で検索すると〜 <江戸時代、城下町近郊を流れる犀川・浅野川両界隈に多くの茶屋が立ち並んだ。 文政3年(1820年)、加賀藩の許可を得、犀川西側に「にし」の茶屋町、浅野川 東側に「ひがし」の茶屋町が共に開かれ、大いに賑わった。この際、旧来の不整形 な町割は改められ、整形な街区が形成された。浅野川をはさんで北西には、茶屋街 の1つである主計町がある。 茶屋町創設時の敷地割をよく残し、全国でも希少な茶屋様式の町屋を多く残して いるとし、2001年11月14日、種別「茶屋町」で国の重要伝統的建造物群保存地区と して選定された。二番丁にある茶屋「志摩」は、歴史的価値が高いことから2003年 12月25日に国の重要文化財に指定され、一般公開されている。> ―――― 2001/12/21 [178] 忘れられない店ー4(金沢) ー平家ー鉄板焼き 金沢にいた時期によく行った店である。もう30年も前の話である。 4〜5年前に行った時まだっその店があったが、しかし個性的な親父は死んで しまっていた。その店のかみさんがそのままいた。高級化して二店になっていた。 落人焼きといって、何でも鉄板で焼く鉄板焼きやで‘平家’というだ名前の店だ。 今でもちょっとないかわった店だ。食塩の箱入りとともに、キャベツが山盛りで ツマミにでる。大きい鉄板の上で魚や肉や野菜や豆腐を焼くのだ。その為店が 油でギトギトで真っ黒で、またそれがいい。親父が遊び人風の個性の塊のような 親父で、その話を聞いているだけでよかった。 当然お母ちゃんがいて、人間味あふれた夫婦であった。2時間ぐらいいるうち、 必ず大喧嘩をするのが名物で、皆それが始まるのを待っている節があった。 「マダ喧嘩始まらないの?」と聞く人が出る始末。そしてすざましい喧嘩である。 たまに奥さんが休みの日、一人ショボンとしているところがまた可愛い。 何回も家に電話しているのだ。たまたま初めて行ったのは、会社の先輩が競馬で 大あてをして連れていってもらったのだが、「お前の人生は今日で終わりだ、大穴 を当てた味を知ってしまったのだからだ!」と先輩に説教が始まった。 それがいやに説得があって面白かった事を思い出す。
・・・・・・ 6221,閑話小題 〜 つれづれに春 2018年03月26日(月) * 年齢もあるが、気持ちは… 大相撲も、千秋楽を待たずに鶴竜が優勝をした。予想外だったが、終わって みればこんなもの。ファンの立場からいえば『白鵬が居なくとも、充実した場所』 というのが収穫だ。 『平成シゴロ(4・5・6年生まれ)』と勝手に命名したが、この辺りに有望な力士 が多い。他に思いついたのが、『平成のコロ(5・6)組』も。 その顔触れが幕内前半に出揃い始め、新旧入替りの時節になってきたようだ。 それに焦った昭和モンゴル組が、起こした事件が、『貴ノ岩、殴打事件』。 コロ(5・6)チャン組に、いやに明かるい力士が多いと感じるのは若さのせいか。 天皇の御退位で年号が変わると、昭和生まれは、ますます肩身が狭くなりそう。 『花のサンパチ組』は、昭和38年生まれの力士らを指す。 双羽黒光司(第60代横綱) 北勝海信芳(第61代横綱、現在の年寄八角) 小錦八十吉(現在はタレント) 寺尾常史(現在の年寄錣山) 琴ヶ梅剛史(現在は相撲料理店経営)である。 この一群が十両から幕内上位に上がってくる頃に、多くの名場面が見られた。 相撲取りを大別に色分けすると、「外国勢」「大卒組」「中高卒、叩き上げ組」 に分けられ、これに年齢分別を横割りして「昭和組」と「平成組」も加えてよい。 ―― ラジオで、<「小春日和」を初春に使いそうだが、実は秋口の晴間に使う言葉> と話していたが、その前日のブログで「小春日和の時節」と使ったばかりだった。 まあ、知らないことが実に多い。70歳を過ぎた頃から、日々、年齢の衰えを感じる。 とはいえ、SJの運動効果も実感している。酒さえ控えれば、体調は頗る良い。 ふと「介護年齢になった現在、何があっても受止める心の準備があるだろうか」 と思うことがある。 ――
昨日の早朝、長岡大橋から大手大橋の土手一周の自転車の初乗りをしてきた。 今年の走り初めである。 散歩からチャリ遊覧に切替えて10年目になる。まだ 寒さが残っているが… やはり気分は爽快だが、まだ日曜にしては人出は少ない。 早朝の、この文章作成時間は、これで一時間近く減少することになるが…。 精神面、肉体面で非常にプラス効果を直に実感できる。散歩を含めた早朝の運動、 40年間、続けているが、このお陰で何とか生命保持が出来ている。
・・・・・・ 5124,閑話小題 ーボンヤリも悪くない 2015年03月26日(木) * つれづれに 〜ボンヤリしながら 「はてな」のブログのアクセスが3月3日から、何故か5倍の1500に 増加した。不自然なので一時的と思っていたが、なかなか減らない。ところが、 数日前の連休から、以前の300前後に戻ってしまった。突然、増えた理由も、 減った理由も分からない。300でも多いと思っていたが、1500になった、 アクセスが20日近く減少しないので少し自信を持ちかけていたが・・ 内容からしたら、300でも、出来過ぎだが。14年近く、毎日2〜3時間 かけて、一日一文を書いてきたが、気がつけば、5000以上。自分のデータ ベースを公開し、自己コントロールするため、どうしても、他者の目線を意識 をしてしまうが、こうともしないと5千日も続けられなかったことも確か! ところで、一昨日の早朝、一時間ほど早く起きて机に向かったため、ブログ のアップも、一時間早く終わった。そこで、意識的にボンヤリとしてみた。 目の前の書棚の本や、図書館で借りてきた本を次々と流し読みをしたりしたが、 この何をするでもない時間が良い。午前中のネットサーフィンでも、この間 (ま)でするが・・ * オープン戦の原・巨人が変? 明日からプロ野球の開幕だが、パ・リーグは、ソフトバンクとオリックス。 セ・リーグは広島と巨人の前評判がよい。しかし、どうも巨人の原監督の 監督としての賞味期間が切れているのは確か。巨人というブランドの監督の 消耗度はただ事ではないはず。もう無理である。新監督は、江川か、桑田辺り がベストと考えられるが、どうだろう! それにしても、あの戦力、他チーム を圧倒している。それを賞味期限を終えた監督で勝てないゲームを観るのも、 味わいがあることも確か。三年期限で、江川監督、桑田ヘッドコーチにし、 その後、江川が退くシナリオ。何故か、誰も言わないのは何故だろう! 原に実績があるため? ・・・・・・ 4759,挫折と悲哀こそ、人生のパスポート! 2014年03月26日(水) ーひと言でいいのですー吉川直美編 * 挫折と悲哀こそ兄弟との共感のパスポート 人生で、何も挑戦しないで、挫折も悲哀も味わったことがない人が思いの外 に多い。それも人生だが、ポッキリと折れてしまう危険がある。その時に立直る に大きなエネルギーを要することになる。秘境ツアーの中に、こういう人を 何人か見かけたことがある。かなり深刻の悩みのようだっただが、それを経験 する方が、しないで済んだ人より幸運? 悲哀さえ、知らず終えていくのも人生。 大きな挫折を経験してない人ほど、「まさか、自分が!」の声が心底から 生じてくる ーその辺りから!ー 《【苦しんだことのない人々がどんなに我慢のならないものかは、人生の あらゆる分野で教えられる。挫折と悲哀こそ人間がその兄弟たちと共感し 合い、交るためのパスポートである。ーロバート・ゴルティス】 ある心理的・霊的成熟を目指す研修会に、いつもピンと背筋を伸ばした 人はきぜんを寄せつけない、毅然としたシスターが参加されていました。 ほかの参加者が様々に痛みや弱さを分かち合う中で、彼女は両親にも家族にも 愛され、早くから神に仕え、とくに記憶に残る挫折も後悔もなく、どんなに 心を探っても痛みがないと胸を張られました。その研修会にも、修道院長に 命じられてしぶしぶ来られたのでした。ほかの参加者が嘆き、もだえ苦しみ、 寄り添い寄り添われ、やがて十分泣いて気の晴れた子どものように笑顔を取り 戻したころ、思いがけずうちひしがれていたのは彼女でした。「私には人の 痛みがわからないことがわかりました。それがはじめて知った挫折です。」》 ▼ 人生の味わいは、挫折と悲哀と諦念から滲み出てくる。それなくして、 最後の最後に、味わいの無い自分の人生に愕然。秘境旅行の参加者には、 そういった風な人が人生の悲哀を味わい尽くしてきた人より、多く見られる。 それこそ一番の挫折に気づいた人たちである。何度も書くが、中学校の担任の 先生が、定年時に私に深刻に話したのは、このことだった。「定年になった 現在も90歳前後の両親に見守られ、のうのうと順調に生きてきた。しかし、 そこには自分の人生が全く無かった。これほど、無念のことはない。思いのまま 生きている、お前が羨ましい!」と。それも人生。その怒りを周囲の挫折や悲哀 に向ける人たちより、遥かにましである。この節目で‘自分の傷口を他人の血で 洗おうとする哀れな人たち’を多く観察しただけでも、良い経験をした! 自分の経験範囲しか理解できないのが人間の性。そのことを自覚できないのも 人間の悲しい性である。 ところで私も、このシスターの範疇? で、最期は!
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2019年03月25日(月)
<「超ショートショート講座」 田丸雅智著> * 具体的な手順から △ まずは、20の名詞から いざ、具体的な名詞と思ったら重い! その思い自体が、現在の感情で しかないと、気楽に、自然任せに、思い浮かんだまま羅列してみる。 ― <桜の時節> <幸福> <何かチャレンジ> <改元って…> <先日見た映画> <鶯の初囀り> <学生時代の青雲寮のこと> <イチロウの引退会見> <私(イチロウ)は監督は絶対に無理> <春の甲子園野球が開幕> <成るほど70歳を超えると、急激に弱る> <もやもや> <大相撲も、また白鵬かよ> <再び小噺> <ツアーへ> <75歳まで、あと2年> <無我の境地> <ドローン> <他宇宙論> <ゴーグル> =この名詞探しに3分。 成るほど、この程度の語彙の限界が分った。 △ 次に、この中から『ゴーグル』を選択、そのイメージを10ほど書き出す。 〔マッターホルンからの空撮〕〔カメラ付き無線凧揚げ〕〔YouTubeの映像〕 〔街中の闘牛の空撮〕〔鳥の目線〕〔何だ、AI飛行機ですか〕〔日曜日の憂鬱〕 〔空撮現場でゴーグルをつけてみると〕〔現実と、空撮と、ゴーグルの組合せ〕 〔留まることのない可能性〕などを思いのまま書きだしてみた。=所要4分。 合計=7分。 これを読返してみた感想は<これ自体が文脈として、一つのショートショート> ということ。『ゴーグル』を装着して、山岳頂上周辺から、ドローンを飛ばし、 自らの姿を頭上から鳥の視線で見る。現に、マッタ―フォルンのドローン映像を 見たことがあるが、それは不思議な感覚の共有をしたような… ネットで生配信 も可能。 それを手を加えて文章化すれば超短編の物語にもなる。 △ で次は、他に残った19の名詞の中から、<無我の境地>を組合わせると、 ショートショートにするには、そぐわないが、それでも、ドローンから見える壮大な スイスアルプスを背景にした、新たなドラマのイメージが湧いてくる。 マッタ―フォルンのスイス側からの全景のビューポイントで、日本人の老夫婦が 西欧風の凧をあげていた。そこで、せめて自分たちが上げている風にと少しの間、 糸を持たせてもらった。それが今では、小型ドローンからの空撮が可能になった。 このエピソードを加えると、丁度良いプロットになる。 私にとっての旅は、日 常からのトリップ。2年前に参加した、<ドロミテと、北イタリア側からみる マッタ―フォルンの旅>に、参加した話題を加えると、丁度良い味付けになる。 で、次回は<マッタ―フォルンの電子凧揚げ> の『超ショートショート』を! 尤も、この文章自体、ノンフェクション系ショートショート?
・・・・・・ 2911,人生は作品である 2009年03月25日(水) 「人間にとって、その人生は作品である」これは司馬遼太郎の言葉である。 「人間には志がある。その志の味が、人間の味である」という言葉もある。 身近で亡くなった両親の生き様を見てきてつくづくと、人生は作品という ことが理解できる。そして生きている限りは未完であるところが、ミソ。 死んだ時に完成するが、その時は自分にとって関係ないことになるから絶妙。 哲学では人生を「劇場」に喩え、その役割配置から、その真理を突き詰めていく。 それぞれが人生劇場では主役。 それは第三者が口挟むことでない。 本人の意志に従う物語。従って還暦を迎える頃になると、その物語の辻褄 合わせが始る。シナリオ、主演が自分であり、観客の一人も自分。 だから面白いのであり、悲しくもある。 自分で悲劇の場面と思っても第三者 の目からみれば喜劇に思える。(逆も言える) 年齢を重ねて分別がついてきて、人生を振り返ると顔から火が出ること度々。 主役は次から次へと襲ってくる難問を乗り越えるのが役割。 難問そのものの 内容が物語を決めることになる。だから、問題に対して嘆いてはならない。 (自分の火種もあるが)問題と本人の意志が自分の人生の作品を決定する。 キュープラー・ロスは<人生劇場は「レッスン=学び」であると看破> (以下、字数制限のためカット 2015年3月25日) ・・・・・・ 5853,物語で経験する「生老病死」 −3 2017年03月25日(土) <老いの風景 ー物語で経験する「生老病死」〜石光勝・著> * 寂聴と今東光 若き日の官能作家「瀬戸内晴美」を見知っていたが、今では尼僧の身。 一言一言が、常人では理解できないような人生を味わい尽くしたが故の 圧倒的なエネルギーが満ち溢れている。着の身着のまま家出をしたくだりと、 本人と思われる「そういう一日」の、この圧倒的場面が強く印象に残っている。 〜その部分から ≪ タイトルの『風景』とは?自身のことを書いた3作「デスマスク」「絆」 「そういう一日」を景色として眺めたことによるのか? 全7篇。 なかでも、「そういう一日」に描かれている出家に到る様は、ある種の 凄まじさがある。 その凄まじさは・・・ 【 <出家させて頂きたいのです> 「御家族はどう言われている」 <家族はございません。両親はとうに死亡しています。姉が一人、父の残した 家業を守っていますが、電話で出家すると告げましたら、あら、いい年貢の 納め時ねと申しました> 「そのお姉さんが、得度式で一番泣かれるよ。 肉親というのは泣くものだ。 髪は?」 <剃ります> 「無理に剃らなくてもいいんだよ」 <私はだらしない駄目人間ですから、型からも、 きちんと入らないとつづかないと思います> 「下半身は?」 <断ちます> 「ふむ。仕事は?」 <続けたいと思っています。でも出家したら書かせて くれない場合も予想しています> 「その時は?」 <ひとりで書きおきます> 「わかった。あなたは尼僧になる前に、れっきとした小説家だったことを 忘れてはならない。死んでもペンを放さないように。坊主とつきあうことも ない。寺をもつこともない。書くために出家をするのだから」 】 この会話の二人、真偽は別にして今東光と寂聴である。≫ ― ▼ 奔放すき放題に生きれば、娑婆には思い残すこともないはず。 宇野千代と対談で、この日のことを具体的に話している。女傑同士の話は… 世には魔性の女がいるそうな? リアルな、純粋一途で、床上手な、しかし 恐ろしいのが巷を徘徊しているそうな。水商売より、普通風の人に多いという。 人生という森林には、様ざま広くて深い闇と、ドブと蓮の花が紛れ込んでいる。 「やはり野に置け、蓮華草」 摘んで持ち帰るより、眺めるが良し? ったく! ・・・・・・ 6220,閑話小題 〜米朝開戦 −8 「見捨てられ症候群」とは言え… 2018年03月25日(日) <「トランプ症候群」 〜法哲学者・井上達夫と精神科医・香山リカの対談> * 精神疾患ですと… 一時風靡した船村徹の『矢切の渡し』の歌詞 < つれて逃げてよ……」「ついておいでよ… 夕ぐれの雨が降る 矢切の渡し 親のこころに そむいてまでも 恋に生きたい 二人です … >が 何とも物悲しいが、弱者・日本の「見捨てられ症候群」に重なって聞こえる。 冷戦時の日米同盟においては、「巻き込まれ」の懸念が圧倒的だった。当時は、 「米国の戦争」に関与せざるを得なくなることが恐れられたのである。他方で、 地理的には冷戦の最前線国家の日本で、中国・ソ連への脅威は、さほど高くは なかった。 しかし、その時代は去り、北朝鮮の核弾道ミサイル開発や、中国の海洋進出 が進む中、日本の領土防衛がより深刻の課題となっている。そこで果たして、 有事の際に米国は本当に日本を守ってくれるかが問われている。「見捨てられ」 の懸念である。 昨日の内容を、眉唾と思った読者が多くいたと思われたと 推測するので、この一節を紹介する…
≪ ・井上: 日米安保から巨大な利益を受けているのは、むしろアメリカ。 日本はただ乗りどころか巨大な負担を背負わされている。アメリカは、海外に おける世界最大のしかも代替え不能な戦略拠点を日本に持っているわけですから。 ベトナム戦争も、朝鮮戦争の時もそうだった。日本は技術水準の極めて高い兵站 拠点になるわけ。石油基地にしても、海軍の最大ものは、本土にあるが、第二、 第三位は日本にあり、二つを合わせるとアメリカ本土より大きい。その放棄は、 世界に対する軍事的な優位を放棄することになる。アメリカが、この大事な拠点 を保持する経費は殆どタダです。日本が75%の駐留費を持っている。もっと負担 をしろと言ったのはトランプだけ。知らないだけです。 …日本人が「見捨てれれ不安」を持っているのは、日米安保の軍事的・戦略的 実態に対し知識が無さすぎるからです。軍事問題がタブー化していたためです。 ・香山: 50年前に、精神疾患と思しきゴールドウォーターがジョンソンと 大統領選で闘った時、敗戦後の裁判で、彼が勝訴した。その時以来、『診断を してない著名人の精神鑑定を、精神科医が診断するのを控えるべし』という 規定をつくった背景がある。トランプが大統領になって以来の、問題の続出で、 「黙っていられない」とばかりに何人かの精神科医が口を開き出した。 「自己愛性パーソナリティー障害」が一番多く、他に 「反社会性パーソナリティ障害」「妄想性障害」… …その都度、精神学会が警告を出しているが、精神科医たちは、「私たちには 危険を社会に警告する義務があるのだ」と引かず、シンポジウムや、本を出したり デモをしたりしています。私自身、トランプ氏の多くを知りませんが、何らかの パーソナリティ障害、それも‘かなり病態水準が悪い’と思います。病態水準とは、 現実検討能力、自我同一性、心的防衛メカニズムが上手く機能しているかどうかで 判断するのですが、いずれもかなり低めで、人格のまとまりが悪いということ。≫ ― ▼ アメリカの民主党だけでなく、共和党さえも、この怒れた老人を苦々しく 思っているようだ。歴史に残る漫画的日々を全世界が唖然と見ているのが実態。 安倍首相の政治生命も、危険状態の極みにあるようだが、トランプ退陣以降も 考えておくべきである。 熊: 副大統領のクーデターかい? 寅: そりゃないよ! いくら何でも! 颯太: とすると… 発病? 心不全、脳梗塞? 熊: やば! 颯太: ウィトゲンシュタインの「論理哲学論考」の末尾で、 「語りえないものについては沈黙しなければならない」といったけど 我々庶民は、黙って静観するしかないのかな〜。 大家: …「 」… 性質の悪い「劇場型コミックショー」ですか。 ・・・・・・ 4391、大衆は何も考えない 2013年03月25日(月) * 劇場版「相棒の映画感想 一年前から、平日の16時から刑事モノ「相棒」の再放送をみているが、 物語に捻りと味わいがあって面白い。一昨日、その劇場版をシネマで見てきた。 ーまずは、専用サイトの内容よりー 【‘謎のデータ’がネット上にバラ撒かれ、削除された・・。 直後、燃え残った数十枚の一万円札と死体が発見された現場で、捜査一課刑事 ・伊丹とサイバー犯罪対策課専門捜査官・岩月は出会った。死体は東京明和銀行 本店システム部の中山雄吾。ネットに不正アクセスし、機密情報を流していた 疑いでサイバー犯罪対策課にマークされていた。殺人事件として真実を追う 伊丹、不正アクセス容疑を追う岩月。いがみ合いながらも、共に捜査を進めて いく二人だったが、目に見えない圧力に曝され、捜査は行き詰っていく・・。】 ー私の主観で要約するとー ≪ 官僚が銀行閉鎖の「Xデー」を策定・計画していた。が、その内容が ネット上に流され、それを知った暴力団関係のトレーダーが、そのXデーを 知ろうとして偶発的に告発者を殺してしまう。しかし官僚たちと政治家と警察 トップが、銀行閉鎖の計画を知られるのを阻止するため捜査妨害する。公然と マスコミに出てしまえば、その日がXデーになってしまうからだ。 キプロスで偶然、銀行閉鎖騒ぎがあったこともあり、銀行の取付け騒ぎや 銀行閉鎖計画に現実味が感じられる内容。金融庁などの各省官僚と政治家の 打ち合わせの中の言葉が、辛らつ、かつ真実を含んでいる。 ・国民は、厳しい現実を示されるより、甘い将来の絵図を求めている。 ・難しい真実より、簡単な嘘を好む。 ・現在が、そのまま将来も続くと信じて疑わない。 現在何が起こっているか知ろうとしない。 等々、 アベノミクスに両手を上げて喜んでいる愚衆を、そのまま言い当てている。 貨幣も国債も信用があってこそ通用する。誰も信用しなくなったら只の紙切れ。 映画とはいえ、現在進行形のアベノミクスを批判している。アベノミクスで Xデーを早める必要性も確かにある。何れにせよ、一度、焼け野原にしてから 立て直さなければならないならば。それにしても、あまりに国民は無知と (私を含め)思い知る。少し逸れるが、このオバマの中東訪問で、 「シリアへの攻撃と、イスラエルのイラン核施設攻撃のXデーの相互確認が あった」という仮説を立て二人の会見をみると、近々に始まると思えたが。 ・・・・・・ 5488、閑話小題 〜人間の尊厳とは 2016年03月25日(金) *「人生の意味」の、コペルニクス的転回 〜主語を入れ替えるか、逆照射をするか カントは、認識について、「対象が意識を規定するのではなく、 意識が対象を規定する」と、「認識が対象に従うのではなく、対象が認識に 従う」と、コペルニクス的転換を示した。 かってテーマとして取上げたが、 フランクルは、アウシュビッツで、『私が人生の意味を問う』のではなくて、 『私自身が人生から問われたものとして体験される』と、転換してみせた。 この逆照射の視点から、人間の尊厳の問題が提示される。 『生きるとは、人間としての尊厳を大事にすること』と。 ・『幸福とは、上手くいったからなるのではなく、幸福だから上手くいく』 という、幸福論がある。学生時代に、ある2つのグループに属したことが あったが、上記の通りである。彼らは、明るく、物事に動じず、教養があり、 気楽で、積極果敢の要素を多く持っていた。 〜フランクの哲学をネット検索〜 ≪ 「 私はもはや人生から期待すべき何ものも持っていないのだ。」 そう言って生きることをやめようとした囚人に、フランクルは説く。 「他人によって取り替えることができないこと、かけがえのないあなたを 待っている仕事、待っている愛する人がいる。人生はあなたからあるものを 期待している」と。 フランクルたち囚人は、そのすざましい生活において、 生きるための「なぜ」を常に問わなければならなかった。そして、生活目的 を意識する。 目的が無くなったととたん存在の意味も消えてしまいます。 拠り所が無くなった人は死んでしまうのです。 そして、生きのびるために、人生の意味をひっくり返した。 『人生から何をわれわれは期待できるか』が、問題ではなくて、 『人生が何をわれわれから期待しているか』が、問題なのだと。 『私が人生の意味を問う』のではなくて、『私自身が人生から問われたもの』 として体験される。人生は、私に毎日毎時問いを提出し、私はその問いに、 詮索や口先だけでなくて、正しい行為によって応答しなければならない。 「われわれ」「私」と「人生」を入れ替えることで、まったく違う世界を 出現させたのです。≫ ー別の検索結果はー ≪「生きる意味」は強制収容所の中でのみ必要だったのではなく、強制収容所 は単なる野蛮な装置ではなく、凝縮された異形の近現代でもあった。 人生の無意味さに悩み、人生の意味に憔悴する「時代の精神病理」は、 これから近現代が極まろうとしている21世紀において、ますます世界を覆って いるのではないか。これは、飽食と並ぶ先進国病理ではなく、近現代の成り ゆく果ての病理としてとらえるべきではないかと。「ぜいたく病」ではなく 必然の摩擦ではないのかと。 「およそ生きることそのものに意味があるとすれば、苦しむことにも意味が あるはず。苦しむこともまた生きることの一部なら、運命も死ぬことも 生きることの一部なのだろう。苦悩と、そして死があってこそ、人間という 存在ははじめて完全なものになるのだ。」 池田香代子訳『夜と霧』より≫ ▼ フランクルの強制収容所の経験の後で書くこと自体が、そぐわないが、 私自身にも、かって心の変化があった。どん底の時節に、沸いて出た言葉が、 『この最悪の状況は、私にとっての最高の状況ではないか。最悪と思っている 現在こそが、事業に耐える力を培っている。何を勘違いしているのだろう』 という心の大転換だった。5年前の会社整理の時に思ったことは、 『この結果に意味(価値)がある。事業の準備から、創業、会社清算の一連 を含めた45年間の一括りを、「学び、遊び、働き」のきり口で物語化して捉え、 自分で納得できれば、それで充分。他者の視線、批判に惑わされることはない』 である。で、直後に、シリーズのテーマとして、ここで書いていた。 残ったのは充実感だけだが、それで十分。 ・・として思うしかない! で、これも丁度良く、以下に続いていく。
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2019年03月24日(日)
* つれづれなるままに〜
☆ 一昨日のシネマは『バンブルビー』 評価85点。 ロボット同士のアクションを中心にした内容。青少年向けだが、私たちの年代 でも楽しめるような内容。ド派手なアクションだが、人間の代理のロボット同士 のため、凄惨さがないのが良い。 何時ものように、道すがら回転寿司により、 スポーツ用品チェーンで、ジム用の7割引のタイツを買ってから映画観賞。 その後、待ち合わせの映画館の待合で連れを拾い、長岡駅で下して帰ってきた。 ☆ 何やら、中途半端な天候のためか、外にも出れず… 先日、初鳴きをした 鶯も来ないまま、数日が経ったが、今朝、予報通りの薄っすら積雪があった。 何はともあれ腰痛に気を付けなければ。さっそく、買ったばかりのタイツと、 裏ボアの室内用ズボンが寒さを和らげてくれている。
☆ 昨日から、春の甲子園野球が開幕。初日から優勝候補同士の対戦。予想通の 投手戦で引き締まった内容。石川の星稜高校が勝ったが、投手が噂通りの逸材。 毎年、全身バネのような選手が出てくる。 私より50年も多い人生の余白?が、 あると、思うのが年寄りの想いですか。 【 第1日 星稜3―0履正社(2019年3月23日 甲子園) 第91回選抜高校野球大会は23日、甲子園球場で開幕。第3試合は1回戦屈指の 好カード、星稜(石川)と履正社(大阪)が対戦。大会No・1右腕・奥川恭伸投手 (3年)が自己最速151キロをマークし、17奪三振3安打完封。履正社を3―0で 下して初戦突破を果たした。】
☆ イチロウが引退を表明、一昨日の深夜、記者会見があった。 飄々として、 クールの内容。 『監督になる予定は?』に… 『自分には人望というのが全くありません。監督には間違ってもなりません!』 が、何とも的を得た答え。「50歳過ぎまで現役を持続」を公言したためか、 何やら後ろめたい感があったような。 最後は、『顔見せパンダ』で終わった 無様さがイチロウらしくもあった。 『野球人生で一番良かったことは?』 の質問に、『今日です』も何とも味のある答え。身体から滲み出てくる言葉を 発する彼らしい。この開幕戦の二試合で、打ちまくり惜しまれるように終わる より、この方が遥かに‘メジャーの厳しさ’と、その中で打ち立てた記録が、 如何に生易しいものでなかったを知らしめてくれた。 ご苦労様! 平成を象徴する一人。 松井、田中、大谷、松坂ともかけ離れた選手。川上、王、 長嶋、落合、張本は、一ランク格下になる。 卓越した右脳に、練習を裏付けした 左脳が掛け合った異能がつくり上げた実績。他人は他人というが、これは別格!
・・・・・・ 6219,閑話小題 〜米朝開戦 −7 2018年03月24日(土) <「トランプ症候群」 〜法哲学者・井上達夫と精神科医・香山リカの対談> * 如何みても精神疾患では? トランプ劇場も、ここまでくると、漫画的過ぎと笑っていられない。 長くてみても三年、間違いなく収監としか思えない嫌疑が多くあり、死にもの 狂いで保身を図る姿を「トランプ症候群」と呼ぶに相応しい。昨年暮れに発売 されたばかりの本を図書館で見つけた。リベラルな二人の切口は、鋭い。 それだけではない、精神疾患だけでなく、痴呆症では? の疑いも。 強制的執務停止も? 何かハリウッド映画みたいである… その視点で、 最近のスタッフの交代劇を見てみると、あながちオーバーに思えない。 〜ネットで、この内容を要約したのを見つけた…、まずはご覧あれ ≪ 題名にある通り、トランプ大統領に象徴される時代の特徴、差別、偏見、 憎悪、自己中心性、言語の歪曲・壊変について語られているが、読んだ感想 としては、題名よりとても広いテーマを扱っている。 ・アメリカの覇権 ジョゼフ・ナイ(国際政治学者)が唱えていたソフトパワー(精神的・思想的 指導力)は衰え、圧倒的な軍事力でもって世界に影響力を与える姿勢が明確に。 ・アメリカは巨大な田舎者の国家 クオリティ・ペーパーを読むようなインテリや教養人は一握りで、ほとんどは 国際情勢など知らない人たちが多数。本音では他国に好戦的に関わりたくないが、 ちょっとした感情的な事がきっかけで火が付きやすい。 ―アメリカには、民主主義の強さと危険性の両面がある。 ・中間層の崩壊 排他的ナショナリズムの根本原因は経済問題。 中間階級が崩壊したら本当に危ない(ドイツのナチズム) 経済のモラルハザードの真の原因は、市場経済のグローバル化ではなく、 金持ちによる税逃れ(タックスヘイブン)などの無責任体制。 ―保護主義と開発主義(草創期は保護し、競争力がついたら自立する)は違う ・日米安保の誤解 憲法9条のせいで軍事問題がタブー化され、知識人含め、日米安保の軍事的・政略 的実態に対する知識がなさすぎ。アメリカは日米安保から圧倒的な利益を得ている。 ・アメリカ政治の衰弱 トランプが勝ったのはおぞましいことだが、ヒラリー・クリントンが負けたのは 正しかった(ウォールストリートとの癒着)。 ―民主党は自己改革の圧力を高めなければならない オルタナティブ・ファクト(もう一つの真実) ・断片化する物語 統合失調症(精神分裂症)の患者が軽症化している傾向があるが、喜ぶべきこと ではなく、言語能力、思考力が劣化してきて、面白い妄想を語る人がいなくなった。
これ以外にも、井上氏のアメリカ留学時に感じたアメリカ人の愛すべき点など、 興味深かったが、井上氏が語っていた 「私は、いま安倍政権批判をしている人たちだけではなくて、安倍政権を支持して いる国民、その人たちにもアメリカとの関係について本当に考えて欲しいと思う。」 という言葉が重かった。≫ ―― この本の中でも、精神科医の香山リカが、トランプの精神疾患の疑いを指摘して いる。 この一月末に、以下のニュースが流れていた。 ≪ ☆ トランプの発言や行動は認知症の初期症状?それとも人格障害? トランプ米大統領に対して、「精神面の検査」を受ける事を求める書簡が、 70人を超える専門家によって送付されていた事が報じられました。 書簡を送ったのは、アメリカ、カナダ、ドイツの著名な専門家たちです。 トランプ米大統領の発言や行動は認知症の初期症状なのでしょうか? 専門家が問題視した言動はどんなものか?ホワイトハウスは一蹴するが 精神面の検査を求める専門家の声に対して、ホワイトハウスは「くだらない」 と一蹴し、トランプ米大統領が精神面の検査を受ける事はないとコメントを 出しています。専門家が問題視したのは、次の言動です。 ※発言にまとまりがない ※ろれつが回らない ※古くからの友人の顔がわからない ※同じ内容の発言を繰り返す ※細かい動作をする能力が低下した ※読んだり聞いたり理解したりするのが困難 ※判断、計画立案、問題解決、衝動抑制の能力が疑わしい ※最近めっきり語彙力が低下した トランプ政権の内幕を描いた『炎と怒り』の著者、マイケル・ウォルフ氏も、 CNNとのインタビューで、トランプ大統領の周囲にいる人は、トランプ氏に 職務遂行能力が無いと、全員が考えていると述べています。≫
― ▼ 娘と娘婿が側近中の側近ともなれば、大統領の失権は、即座に逮捕か、 身の破滅につながる。何があっても、それだけは避けたい。で、考えるのが 「朝鮮戦争」と連想するのが当然のこと。これに近いのが、北の?ともなれば…
熊: 本当かよ? そんな訳がないだろう。ビジネスマン上がりだから、実際に 大統領になれば、現実的になると、大家さんが言ってたじゃないか。 寅: それが大統領になったら、精神病か痴呆症で、それを娘と娘婿が必死に 隠して取り繕っているだけの程度の構図かい。片方は、異常太りの痛風で頭 をやられたガキじゃ、洒落にもならないよ。 熊: おいおい、そこまで言っていいのかい? 国家最大秘密の公開をすると、 暗殺されてしまうよ。でもさ、こんな病人が核ボタンを握ってるんだ。 どうしたというの? 蓄えもないしね、物価が暴騰でもしたら困るよ。 大家: 悲観しても仕方がないけど、楽観過ぎも、あとあと困ることになるよ。 寅: じゃあ、如何すればいいか? 大家: 常に最悪の事態を頭の中だけでも想定しておくんだよ。何があっても 不思議じゃないよ。 欧州からみたら、極東地区は火薬庫そのものさ。 まだ発火してないからノンビリしているがね。直近でも国務大臣、補佐官が 首だもん。とにかく酷い精神状態。以下の二週間前の内容をみれば、何も オーバーじゃないのご分かるだろう。 ―― 2018年03月10日 閑話小題 〜米朝開戦 −5 * 朝鮮戦争への道 プーチンの思惑どおり、ホワイトハウス内の混乱が増すばかり。 一年で、国務大臣、FBI長官、首席戦略官・上級顧問、首席補佐官などを 次々と罷免してきた。「凡庸な泡沫が大統領になると、この有様さ」そのままを、 私たちは目の当たりにしている。 直近から遡って、その履歴を検索すると… ≪ ☆ ティラーソン米国務長官の罷免= トランプ米大統領は3月13日、ツイッターで、ティラーソン国務長官を 解任し、ポンペオ中央情報局(CIA)長官を後任に充てると発表した。 ☆ コーン国家経済会議(NEC)委員長の辞任= ホワイトハウスが18年3月6日、近く辞任すると発表した。 ☆ マッケーブ連邦捜査局(FBI)副長官の辞任= 18年1月29日に辞任した。 ☆ プライス厚生長官の辞任= 17年9月29日に辞任した。可能な限り定期便を使うよう求める連邦政府 の内規に反し、高額なチャーター便を頻繁に利用し、税金の「無駄遣い」が 批判された為。 ☆ バノン大統領首席戦略官・上級顧問の辞任= 16年11月の大統領選で選対本部最高責任者としてトランプ氏を当選させた 立役者で、最側近だった。保守強硬派の政策を推進した「黒幕」とも目されて きたが、強引な手法の影響で内紛も絶えず、17年8月18日に辞任した ☆ スカラムチ・ホワイトハウス広報部長辞任=、 17年7月21日に就任したが、同31日に辞任した。31日就任のケリー 大統領首席補佐官が「白紙の状態から自身のチームを組めるようにする」ため。 ☆ プリーバス大統領首席補佐官= ケリー国土安全保障長官の首席補佐官就任に伴い、17年7月31日に辞任。 事実上の更迭とみられる ☆ コミー連邦捜査局(FBI)長官= 17年5月9日に解任された。ホワイトハウスによると、先の大統領選中、 民主党候補クリントン元国務長官の私用メール問題に関する捜査情報を公表 したコミー氏の判断は「重大な誤り」だったとして、司法省が長官交代を進言、 トランプ氏も受け入れたという。 ☆ フリン大統領補佐官(国家安全保障担当)=2017年2月1日 トランプ氏の側近の一人だったが、政権発足から1カ月に満たない17年2月 14日に辞任した。フリン氏をめぐっては、補佐官就任前だったにもかかわらず、 16年12月に駐米ロシア大使と対ロシア制裁について話していたことが発覚。 民間人の外交交渉介入を禁じる法律に抵触する可能性が指摘されていた。 事実上の更迭とみられる。 ―― ▼ 極めつけは、ポンペオ中央情報局(CIA)長官を国務大臣の後任に充てた こと。これは、戦争の可能性が更に強くなったことを示唆する重大事。 北朝鮮が到底、飲めない条件を示して決裂? そして、ここで衰弱した張子の虎 の実態が現われ出て、自滅か? 戦争か? 近く、大家の皆さんと蒟蒻問答で話合ってもらおうか。 家族経営主義を露わに持ち込んだ泡沫候補上がりの大統領と、金日成気取りの、 撲ちゃん。観てる分には面白い!では、済まない。あそこまで挑発してしまった からには、イラク、アフガンの国家破綻への道は避けられないとみるのが順当。 秋口のアメリカの中間選挙対策にも、戦争状態は必要? 共和党の支持率は34%、 不支持率は59%というから。更に大統領に不満が7割というから、何をかいわんや。 これは北朝鮮問題で有耶無耶のようだが、アメリカ政治史に残る、大問題。 どうなっている? 日本では、安倍首相が、この失態。どうなってる? 追) 偶然だが、5年前の黒鳥、今では朝鮮戦争?
・・・・・・ 5852,閑話小題 〜証人喚問の生中継 2017年03月24日(金) * 何とも、まあ 昨日行われた大阪の学校法人「森友学園」の籠池理事長への証人喚問を、 午前の参院と、午後からの衆院(後半の半分)の中継をみたが、その生なましい やり取りと、自民・公明党議員の露骨な安倍優位の為の質問が逆に、100万円 寄付が現実にあったことを浮び上がらせる結果に繋がっていた。屋根に上った 瞬間、梯子を外された見返りの死なばもろとも、蜂の一刺しを地でいった一連。 誰が、時の最高権力者に嘘の偽証をする筈がない。地下に埋まったゴミを理由に 8億円の土地代の値引きは、誰の目にも、??の「間接贈賄」に映る。 〜ネット検索による記事より 【 安倍記念小学校起源の226安倍松井籠池会合 安倍首相は「全く寄金集めには関わっていないことをはっきりと申したい」 と答弁。 このことは、「私も妻も」ということである。しかし、森友学園の 籠池理事長は安倍昭恵氏から、安倍晋三からの寄附として100万円を受け取った と話している。 寄附があったとされるのは2015年9月5日。 昭恵氏が塚本幼稚園で講演を行った日である。領収書は発行していないという。 領収書は発行してないが、記録に残すために、籠池氏側が森友学園の口座に 100万円を振り込んだ振込用紙の控えを保有しているとのことである。 安倍晋三名義での振り込みを検討したが、会計士からの助言で森友学園の名義 での振込みになったと説明している。安倍晋三氏サイドは、安倍晋三氏からも 安倍昭恵氏からも、事務所からも寄附の事実はないと発表したが、肝心の昭恵氏 からの寄附について、本人からの直接の説明はない。 籠池氏とは講演料について確認するメールのやり取りがあったとされるが、 このことは安倍昭恵氏の記憶が定かでないことを示唆している。 安倍昭恵氏の発言は「記憶にない」というもののようであるが、「記憶にない」 ことは「事実でない」こととは異なる。国会答弁で稲田朋美防衛相は顧問弁護士 をしたことも法律相談に乗ったことも訴訟事案を受任したこともないと断言して いたことについて、事実によってこれを否定されると「記憶にない」と述べた。 「記憶にはなかった」が「事実は存在した」のである。】 ― ▼ 上記を元に喚問が行われた。『事実は小説より奇なり』と籠池氏そのものが 語っていた。こういう想像を絶するような政治家と役人が手を組んだ?? 「たまたま、ドサクサに紛れ浮かび上がった小さな小さな間接贈賄?の一つ」と 思うのは私だけではない。 自殺?という名の暗殺がないと思うが… これだけは「何とも、まあ」。 日本は官僚原理主義の国家。大蔵・検察官僚 からすれば、零細?の一匹や二匹は、虫けらだろうに。 もう一度、言う。 『誰が、好んで、時の最高権力者を貶めるため、偽証をいうか!』 これを確信した上で、この顛末を見ていくと、権力構造の何たるかが浮び上って 見えてくる。 安倍御婦人の証人喚問があって然るべしになるが、これ無理?
・・・・・・ 5487,閑話小題 〜人間原理とは 2016年03月24日(木) * 人間原理とは何か ベルギーのテロが、やはり起こってしまったが、イスラム教は恐ろしい。 というより、イスラム原理主義が恐ろしい。 考えてみれば、アメリカも キリスト教原理主義国家。旧約聖書によると、この世界が現れたのが7千年前。 それを信じろというのは土台無理。イスラム教徒とキリスト教徒が、アブラハム のX(エックス)たる神の存在を信じているというから・・ この当り前の 矛盾の指摘を、ただの無神論者として軽く退けられる。そこで、最近よく目に するのが、『人間原理』たる言葉。この宇宙には、なぜ私たち人間のような 理性的な存在者がいるのか。人間は偶然この世に現れたのか。それとも現れる べくして現れたのか。人間が存在しない世界は可能だったのかを神抜きで 論じた原理。 〜そこで検索すると〜 ≪ 1. 人間の存在は奇跡である 人間のような理性的存在者が、それどころか原始的な単細胞生物であっても、 宇宙に生まれてきたことは必然ではなかった。もしもビッグバン初期の膨張 速度が実際よりほんの少し速ければ、重元素(水素やヘリウム以外の元素)や 銀河が形成されず、低濃度の水素ガスが希薄になるだけの歴史しか展開し なかっただろう。逆にもし膨張速度が実際よりほんの少し遅ければ、宇宙は 数分の一秒以内に崩壊しただろう。いずれの場合にも、生命の存在余地はない。 生命を育む宇宙を初期の特異点が作る確率は10の−1230乗と試算されている。 宇宙開闢の段階で、生命誕生はもう既に十分偶然的と言えるが、生命が誕生 する条件が整うためには、これ以外にも多くの偶然が重なっている。 プランク定数、光速度、電子と陽子の質量比などが現在の値と異なっていても 生命は存在しなかったはずだ。またこうした基本的な条件がそろっていても、 もし太陽系の適正な惑星数、太陽と地球の間の適当な距離、地球の程よい重力、 大気の温暖効果、太陽風や紫外線のカットなど様々な偶然のうち一つでも 欠いていたら、地球上に人間は誕生していなかっただろう。 2. 結果から原因を説明する このように、宇宙に人間が現れたのは、奇蹟的な偶然である。 この偶然を説明するために科学者が持ち出した仮説が、人間の存在から宇宙を 説明する人間原理である。ビッグバンから人間の存在を導こうとすると、奇蹟 のオンパレードになってしまうが、人間の存在から宇宙の現状を導こうとする と説明に必然性が出てくる。ただ科学者は原因から結果を説明する因果論的 説明に慣れているので、結果から原因を説明する目的論的説明に反発する 科学者も少なくない。 人間原理には弱い人間原理と強い人間原理がある。 ・前者は、「宇宙の年齢は100億年以上である。なぜなら、主として重元素から できている太陽系や人間が存在するためには、宇宙の開闢当時存在しなかった 重元素が星の内部で合成され、それが星の爆発によって外部に放出され、 そこから太陽系ができるまでに100億年以上かかるからだ」といったもので、 常識の範囲内である。 ・強い人間原理はもっと過激である。宇宙の存在は人間のような知的生命の 認識にかかっており、もし宇宙に知的生命がなかったとすると、その宇宙の 存在は認識されないのだから、存在しないも同然であるとまで主張する。 こうした「我思う、ゆえに宇宙は存在する」という主張は、自然科学者に とっては奇妙に思えるかもしれないが、哲学者にとってはおなじみの超越論的 観念論である。≫ ▼ キリスト教圏、いや一神教圏では、その大元がアッラーの神の名の下、 解決してくれていたが、現代社会では、それでは納得することは出来ない。 で、現れてきたのが、人間原理である。これは、哲学者にとってはおなじみの 超越論的観念論である。だから哲学は面白い。今だに一神教が支配する世界に アッラーの絶対神をアナザーワンとして論じるのだから面白くない訳がない。 で、ユダヤ教の現代版の生活共同体の応用の社会主義が現れ出て、壮大の 実験の結果が、以下の結果。狂信的独裁者にとって、これほど都合の良い システムはない。 が、一般大衆にとって、それは悪魔でしかなかった。 しかし、大衆は考えない羊でしかないことも確か。だから問題は続いていく。
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2019年03月23日(土)
<「超ショートショート講座」 田丸雅智著 >
この随想日記を18年近く6580テーマになるが、1000辺りから、面白く なってきた。フロー状態で2〜3時間があっという間に過ぎてしまう。 何ごとも継続のためには、楽しみにまで持ち上げること… これも 面白味が何ともよいから続いてきた。 この作法とは如何なるものか? エキスは二枚のワークシートに凝縮されている。 ―― 二枚のワークシートがあり、 ・一枚目が、右に、20項目の空欄があり、左に10項目の空欄になっていて、 まず右の空欄に思いつく名詞を書きこむ。 ここでは「太陽」「粘土」 「ガラス」「冷蔵庫」などがある。その「太陽」に丸印があって、左側に 10項目―「発電に使える」「マグマみたい」「夕焼け」などが書き込んである。 ・ワークシート2では、「不思議な言葉から想像を広げよう」とある。 「選んだ言葉」の空欄があり、これがテーマ? その下に、 ・それがどんなものか説明してくださいの下に空欄が… その下に ・それは、どこで、どんな時に、どんな良いことがありますか? どんな悪いことがありますか?が左右に分かれた空欄がある。 ・その下に、「上に書いたことをまとめて下さいとあり、 題名を書きこむ空欄がある。 ―― ▼ これは、考え方の方法、帰納法と演繹法の「帰納法」になる。 一枚目がテーマ探しの帰納法。 二枚目が演繹法で、そのテーマから内容を 筋たっていくよう誘導されている。要するに、青少年向けの考え方の基本 システムになっている。この『テーマ日記』の難関が「テーマ」の選定。 朝4時に起床。その直前の1〜2時間は、半睡眠状態の混濁状態で、あれや これやと… それと10日に一度の図書館で、書棚の間をさ迷い歩く。それは、 ただランダムに、気ままに、その日のテーマを決めていただけ。 そう、書き 始める前に、大学ノートの雑記帳に、思いつくまま書きなぐり、それを書き 足し、書き直す作業が必要だったということ。そのアイデアはあったが、 持続できなかっただけ。 ただ、このブログが、その役割を果たしている? ここに<ショートショートをつくるための3つのステップ>が提示… :ステップ1: 不思議な言葉をつくる :ステップ2: 不思議な言葉から想像を広げていく :ステップ3: 想像したことを短い物語にまとめる この3つのステップを経て、作品の完成を目指す。
物語は、背景の設定と、主人公の設定から始まる ・主人公は? ・ほかの登場人物は? ・どこで起こったの? ・いつ起こったの? 以前、ジェームス三木の「シナリオ」の創り方について書いたことを 思いだしHP内検索をすると、8年前と17年間に、テーマに取上げていた。 以下、参照あれ! 〜つづく ―――― 272,人生は問題解決のプロセス 2001年12月17日(月) ー小説・脚本の創り方と人生ー ジェームス三木の「脚本の創り方」という講演を10年前に経営セミナーで聴いた。 「藍より青く」を創ったエピソードである。朝の8時15分の連続TV 小説の時間の 身近にあるもの考えた。「醤油と魚」である。醤油やと網元の対立に恋愛をかませ、 それから「藍より青」ができた。その子女、子息の恋愛に対して、困難という山を 次々と置き、それを主役が解決していくプロセスをドラマとして筋を付けていく。 「へー、どうということないんだ!自分でも創れる!」ということを思い出した。 主役とは「問題解決人」だ。水戸黄門もそうだ、勧善懲悪だから解かり易い。 人生も考えてみれば、問題解決のプロセスだ。そして一山二山越えていく事だ。 自分がその主役である。その意味で[みんなが大将!」である。 自作自演の舞台劇である。しかしそれをまた間接的に操っている存在に気づく事が ある。どうにもならない運命という奴である。それを神という存在で解決しようと いうのが宗教であろう。 いづれにしても問題は派生する。そういうものだと割り切ってしまえばいい! 「その問題はその時のその人に、ピッタリの内容」と思えば諦めがつく! その時私のおまじないは以前も書いたように「正中心一点無」だ。 問題から逃げないで、その中心から目をそらさない事だ。 それが出来ないのが人間だが。 ―――― 3554, ドラマの基本形は三角形 2010年12月18日(土) * 脚本家ジャームス三木の目からみた「人生」とは 十数年前に、ジェームス三木の「ドラマの作り方」をテーマにした講演を 聞いたことがある。朝の連続ドラマを書こうとしたら朝食の場面を思い浮かべる。 そして味噌汁と醤油から、そのライバルメーカー同士の男女の恋愛を想定。 二人が親同士の反対を乗り越えていく物語を作れば、大衆に受けいれられる。 成る程と感心して聞いた憶えがある。 ある雑誌に「ドラマの基本形」のテーマで書いていた。 ーまずは、その部分からー 【「あなたは死にますよ」この予言だけは絶対にはずれない。死ななかった 人間はひとりもいないからだ。 ただし生きているという前提がなければ、 死ぬことはできない。死は生存のあかしでもある。ならば生きるとはどういう ことか。脚本塚として四十数年、人間のありようをこつこつ書いてきたが、 ドラマの基本形は突きつめると二種類しかない。 ・ひとつは敵と闘って勝つか負けるか。 ・もうひとつは困難を乗り越えて愛が実るかどつかだ。 闘争系ドラマは戦争もの、犯罪もの、出世物語、スポーツ根性ものといった たぐいで、勝ち負けは生存本能につながる。愛情系ドラマは恋愛・子育てを中心 に、メロドラで、ホームドラマ、文化教育ものなど、種族保存不能と深ぐ関わる。 つまりドラマは、動物の二大本能である食欲と性欲を、あの手この手で表現した。 私たちが生きる意味のヒントはここにある。人類が他の動物より少し偉いのは、 集団社会を維持する手段として、食欲と性欲の暴走を制御するシステムを編み 出したからだ。 それが神である。 神が人類をつくったのではない。人類が 神をつくったのである。史上最大の発明である神は、集団のコントロールに 絶天な威力を発揮した。人々は神の下に行いを正し、倫理道徳を守り、欲望に ブレーキをかけた。 ドラマ作者から見れば、人類の行動論理は「神と食欲と性欲の三極」に支配 されている。人間の実体は三角形といってもいい。人によっては平べったい 三角や、とんがった三角もある。ぐにゃぐにやした三角も、硬直した三角も あるだろう。いずれにしても三角形の内角の和は、すべて百八十度である。 ところが厄介なことに、人類は複数の神様を創った。集団ごとに神が違えば、 信仰は対立し排他的になり衝突する。人類を救うはずの宗教が戦争を起こす。 文明が発達し、生活様式が変わると、集団杜会のシステムも修正せざる得なく なり、三極のうち食欲ど性欲は変えようがないので、 神のかたちを合理化する しかなかった。それが憲法や法律、イデオロギー、正義、秩序、ルールといった 〔神〕になった。新しい神は仕分けに不慣れで、いまだに掌握しかねている。 「死は生の終末」人はこんなシンプルなことさえ、きちんと認織していない。】 〜〜 神と性欲と食欲の三角形が人間の実体か〜 歳を重ねると、食欲と性欲が 減退し、神様がノサバッテきて、変に尖がった三角形になってなってくる? それがイスラムの禁欲主義?性欲と食欲をコントロールするため神を創った?か〜
・・・・・・ 6218,閑話小題 〜「ディドロの後悔」 2018年03月23日(金) * 人生と消費 < ディドロはあるとき、緋色のガウンを贈り物としてもらっていたく喜んだ。 しかし、やがてガウンの見事さに較べて自分の書斎が貧相なのが気になり、 ガウンに合わせて家具も次々と買い替えてしまった。そして気づいてみると、 書斎は最新の家具に囲まれてかえって居心地悪くなってしまっていた…。 これはディドロの『私の古いガウンを手放したことについての後悔』という題 のエッセーだが、現代のある経済学者は、所有物の調和を求めて次々と物を 消費してしまうことを、この話にちなんで「ディドロの後悔」という。> ― ▼ これはマイナーの事例の話だが、プラスとして、知識と経験にもいえる。 この質量の総計が、その人の人生の幅だろうが。古いガウンを手放さずに、 使い続けるのも、最新の家具を揃えていく生き方も人生。 「フランス人は宝くじが当たっても、最高級の3つ星レストランには行かない。 行きつけの最高のワインを飲んで一番美味しい料理を食べる。それが一番、 心地いいから」と。
―― 熊: 俺ならサシズメ「熊の後悔」になってしまうが… こんな後悔を、 一度でもいいから、してみたいよ。 寅: 御前のは「ヘドロの後悔」だね。貧乏だから、そんなことしか思えられ ないんだよ。直に最新の家具に馴染んで、それが当然と思うんサ。 人間は環境の変化に適応するからね。 八つぁん: 例えば、テニスのラケットでも、「道具は最高品を買え!」って いうじゃないか。至近の例で、私は40年前に、それに気づいて、TVだけは、 ソニーか、東芝などの上位機種に決めていた。TVって、家電メーカーが 総力をあげたテクノロジーの完成形だからね。それで茶の間の生活が大きく 左右するんだ。それにパソコンなど情報端末もだがね… 寅: 熊さんよ、その汚い服を早々、買い替えなよ。須らく「孫にも衣装」だよ。 熊: 金が無いのに、如何すれってんだよ。でも、俺って投げやりで、モノゴト が長続きしないから、この様さ。 八つぁん: 居心地が悪くなるのは、貰ったガウンに合わそうとするからさ。 ガウンに合わせるのは書斎の本だろうに。ガウンの見事さに合わせた書斎、 私なら満足するがね。書斎って、男の砦だろう。熊さんには、それが無いね。 寅: 俺にもないけど、図書館が「俺様の書斎」と決め込んで、ある椅子を自分 の居場所にして、週に一度は、ドップリと異世界にトリップするんだ。 熊: 現実に溺れた詰まらない奴と思っていたが、そんな世界を持っていたんだ。 今の今まで気づかなかったよ。そこが俺らと少し違うんだ。そうそう、時々、 喫茶店で難しそうな顔をして本を読んでいる姿を、何度かみていたがね。 八つぁん: 「ユニクロ」が、「ディドロの後悔」を逆手に取った商法だろう。 10年前のカジュアルでも、新しいものでもコーデネートしても、違和感が 少ないだろう。それと、高いブランド品とも、何故か、しっくりいく。 今では世界のブランド品だからね。普段着だからさ熊さんもフィットする。 大家: 私だって、何気なく着ているんだよ。とにかく、安いしね。 それと恥ずかしいから最近はネットで買ってますよ。 八つぁん: ベンチマークが、マクドナルドだっていうじゃないか。 イタリヤでデザイをして、中国、東南アジアで製造し、日本を中心にして 世界中で売るグローバルのシステムを完成させたのだからね。 寅: 熊や、大家さんから、パリジェンヌまで、着れるんだからね。 八つぁん: 居間にある、イタリヤ家具。見た目には100数十万のと、遜色ない けど、25万円で買ったの。5分の1だもの。 イタリヤ家具の専門店の親仁と 親しくなって勧められて。 イタリヤでデザインし、皮はイタリア製の物を 韓国に送って、木製部分と、組み立ては韓国産。(韓国は木製が得意の分野) そりゃ、見た目も豪華絢爛、居心地は良いしね。 熊: また自画自賛ですか? 八つぁん: 露悪のつもりだけれど… 「上物を、中から下の上の値段で」と 言いたかっただけのこと。 でも何故か、今では家内の私物置き場?
・・・・・・ 5121,「魂」の思想史 ー� 2015年03月23日(月) 「魂」の思想史: 近代の異端者とともにー酒井 健(著) 魂と心について、これまで多くここで取り上げてきた。秘境の大自然で 感じる神秘的感動は、そこに宿る神霊と、自分の魂との邂逅になる。 だから、おい立てられて、行くのである。この邂逅は、心の奥底に蓄積 され熟成され、次の神秘的感動に磁石のように引き付けられていく。 ーまず、アマゾンのないよう説明よりー ≪ 合理主義と功利主義を基調とする近代。ゴッホ、ニーチェ、ボードレール から岡本太郎、三島由紀夫まで―、彼らは時代の趨勢に齟齬を覚えつつ、魂の 声に引き寄せられ、思策と表現を行った。曖昧で無限定な概念でありながら、 人々を揺り動かしてきた「魂」とはいったい何か。人間の内部と外部を通わせる その働きに、著者は現代人が見失ってしまったものを看取する。 近代の異端者を通して生の息吹に触れる異色の思想史。≫ ▼ 魂の振動といえば、大自然や芸術作品だけでなく、父親との魂との邂逅 の経験がある。それ以来、10年あまり、変な感覚がとりつかれていたが・・ 今では抜けている。 〜以前書いた内容から〜 ≪ 霊的体験‐ 平成4年 7月 20年近く前になるが、父の死後49日まで何度か不思議な体験をした。 死後一週間位か妙な夢をみた。私自身父の気持が乗移り、“死にたくない。 もっと生きたい、生きたい!”という“念”になった夢である。 夢の“念”は父そのもの。父と一年身で苦しんだ為に“念”が自身に、 実感できた。目覚めた時、父が‘なんだ自分はこうして生きているではないか’ という内的体験。夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になった実感。 これだけは経験した人間ではないとわからない。また死後二〜三日後の夢も 強烈な夢(?)であった。夜半に強烈な恐怖感がおそってきた。その時、 父のベットで寝ていたが、“おやじ助けて!”と思ってしまった。 と同時に廊下を隔てた仏間より強烈な“引力”が足をひっぱった。 その瞬間ベットにしがみついたが、隣に寝ていた母がスクッと立ちあがり トイレに行った。全身汗びっしょりになっていた。まだまだ不思議な 出来事が多くあった… あれ以来、10数年にわたり、幽体離脱とか、 妙な霊的体験などを多く経験した。 最近は少なくなったが・・ ≫ 魂とは何かの解釈もあるが、脳には底知れない何かが刻みこまれている。 そこには地球上に生命が誕生して20億年の経験が記憶されているのだから。 ・・・・・ 4389, 「うつ」かもしれない ー4 2013年03月23日(土) * 「うつ」による自殺 ー「うつ」かもしれないー 〜磯部潮著 自殺の八割が精神疾患になっていて、その六割がウツ病。何と自殺者の 半分がウツ病による。自殺は一昨年まで10数年間、3万人を超えているが、 実際は4万と推測される。ということは二万人がウツ病による自殺をして いる恐ろしい病である。もし原発の被爆で毎日55人が亡くなったとしたら、 外国人の大方は即刻、帰国するはず。それが何故か、ウツ病に対して 騒がない。ガンと同様に初期発見・早期治療をすれば大部分が治るのに、 それには疎い。「ウツ」による自殺を促進する最大の因子は「視野狭窄」。 絶望感にとりつかれ、「自分は絶対に治らない」「治ったところでどうなる」 という考えにとれわれ、結果として死にたくなる。全ての人に心を閉ざし苦しむ。 前の会社の取引先の営業が高校の後輩もあり懇意にしていた。 ところが、 責任者になって暫くすると重い躁鬱病になった。その過程で、私のところにも 相談に来ていた。「躁鬱は、あくまで病気の一つ、恥ずかしがることはない。 医者に行って治療すれば回復する。ただし放置したりすると手遅れになる 恐ろしい病」と、再発する都度繰り返し説いていた。そのうちに、会社の 役職を降り、平社員として営業を続けいていたが、最期は癌で亡くなった。 親戚の人の自死の葬式に参列した時に、誰かが「何で自ら死ななければ ならないのでしょうね」と囁いたところ、「死ぬほど苦しかったためですよ」 と、誰かが答えたのが印象に残っている。心も治療しないで放置しておけば、 傷口がタダレて苦痛は耐えきれなくなるが、第三者は全く気づかない。 数年前、幼馴染が倒産、離婚、引きこもり、アル中で崩壊していく過程をみた。 最後は娘の住んでいる県外に行ったが、壮絶そのもの。幼児期から、このような 話を聞かされ育てば、万一に備えるのは当然。ウツは、その知識と前向きの心 (言葉)の習慣化が必要である。心は壊れやすく、儚く、繊細。 だから大事に扱わないと! ・・・・・・ 5851,物語で経験する「生老病死」 −2 2017年03月23日(木) <老いの風景 ー物語で経験する「生老病死」〜石光勝・著 > * 人生を色分けすると <青春、黄夏、赤秋、白冬> 古代の中国の「陰陽五行」による季節・色わけがある。 ネット検索によると、 ー色 五行 季節 ー 青 木 【春】 東 朱 火 【夏】 南 黄 土 長夏(土用) 白 金 【秋】 西 黒 水 【冬】 北 とあった。 ちなみに、フランスの国旗は、 ・青=自由 ・赤=平等 ・白=博愛の意味。 三色の色合いに、若者、青年、老年の各世代が共に、の意味まであったか どうか? この二つを合わせると、青春期には自由を謳歌し、成人期は平等に、 老年期には博愛を主とすべし、といえば成程、理になる… <青春、黄夏、赤秋、白冬>の色分けを、現代に合わされば、 <壮年期は「朱夏」、還暦辺りから「白秋」、後期高齢者は「玄冬」と。 白い秋の定年ではいかにも侘しいし、黒い冬の余生はやりきれない>と。 そこで著者は、夏は逞しい陽光の黄色。秋は枯れなんとする前に燃える紅葉の 赤を。冬は同じ「やりつくしてない」を表すにしても、人それぞれ色づけられる 雪の白さの色分けに、という。71歳の私は、さしずめ日没直前の地平線の黄金色 のはずだが。 65〜74歳の前期高齢者が黄色で、75歳以降の後期高齢者が白。 そしてブラックに… 75歳以降がブラックは? 実感として白からネズミ色へ。 石原慎太郎の残姿を見るにつけ、85歳辺りからは、ねずみ色からブラックに。
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