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堀井On-Line
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2019年02月19日(火)
* 中学校の同期会 ☆ 先週の土曜日の夜は中学校の同期会。 出席者は17名。会費6千円。会場は長岡グランドホテルの地下にある『南天』。 17時〜20時半。二次会の終了が22時。あいも変わらず、元気で仲がよい。 この40年、当初は年平均に2回。今では3〜4回は開かれる。当初は、クラス会 だったが、次々と欠け、同期会のなってしまった。 還暦、古希の会など年一回 の正式の会と、その打合せ、そして反省会で年三回。それにプラス一が?… 古希、還暦などが100名、それ以外の本会は60人。打合せと反省会は17名前後。 亡くなった人が大よそ4分の1。年金生活に入って暫く経過するが、よくぞ続く。 中心の数名の団結の強さは女性なればこそ! 男は、何処も同じ添え物の存在。 今回、久々に?各自の近況報告があったが、相方か、自分の持病の話題が中心。 そこには、それぞれの人生がある。 次回は、悠久山で花見?を兼ねて… 実際のところ、どうなるか? それにしても、何かに憑りつかれてように親しい。女性たちはラインで互いに 連絡をとりあってるとか。 ― * つれづれに ☆ 最近、家内との会話で、「友人が新聞を止めた」という。そこで我家でも、 その可能性を探りだし始めた。このところ私も「価値が無い!」と思うように…。 20年前?にWowowの加入と同時に「新潟日報」を。ネット導入時に「日経」を 止め、最後は朝日新聞に対して?… 小学生の頃からの朝一番の朝刊の習慣を 断ちきれるか? 試しに二週間でも休刊すればよいが… この一連は、 アナログからデジタル文化への移行の象徴になる。 ネットTVとシネマ館での映画などとの価格対比、Wowowと朝日新聞、 NHK、BS・NHKも然り。 新聞が遥かに劣る。 時どき図書館やスポーツジムで、 新潟日報を読流して…‘これを今どき読むなんて!’と確信をもって…。 しかし知人で半日かけ隅々まで読む人もいるから、生活環境、年齢状況もある。 居間にiPadが二台あって、TVと交互に見ている生活習慣もある。さてどうする? ― * 人生、二度なし! 両親の生活習慣と、早朝の読書習慣から得た知識で、最も重要だったのが、 ・人生二度無し。それも一期一会で日々、ことにあたる。 ・その時々の、すべきことを済ましておく。それも全身全霊で。 ・群れない。群れても相手を選ぶこと。 ・苦悩を突き抜けて歓喜に。そのプロセスをゲームする。 ・「よく遊び よく働き よく学ぶ」 それを鳥瞰視する第三の目線を維持。 これらの総体が自分になるが、『我事において後悔せず(宮本武蔵)--』 後悔も時に必要。事跡を見て見ないふりよりも… 。 「やって後悔」「やらずに後悔」。対象の質量もあるが、同じ後悔なら、 「やって後悔」がプラスが多い。 8割の人が、「やった後悔にさい悩まされる 傾向が強い」という。 結婚相手の選定失敗が8割以上というが… 人生最大の 失敗が8割とは? 子供の8割が失敗の産物ということになるが、如何だろう? 人生は二度ないから面白いのである。 色即是空 空即是色 何ごとも裏腹!
・・・・・・ 6186,閑話小題 〜恋と愛の違い −2 2018年02月19日(月) * 熊と寅の恋愛談義 寅: おい熊や。最近、八つぁんのブログに、チャクラとか、愛・恋とか 小難しいことを書いているが、分かるのかい。 熊: 愛なら分かるけどね。手前のカカアに感じる愛おしさだろう。俺だって あるよ。しかし、恋となるとね。この歳でも、美しい若い女がすれ違う時に ドキドキする奴だろう。俺なんぞは、常日頃、恋していることになるよ。 寅: 御前と歩いていると、俺の方がこっ恥ずかしくなるよ。 熊: 御前だって、年増が来ると、そわそわするじゃないか。桜か、梅かの 趣味の違いだよ。 寅: 御前のような男が若い女を変な目で見つめられたら、気味悪るがるよ。 熊: カカアは、若い時分は良かったけどね。今じゃ、跡形がないけどね。 それでも何か馴染んだら、違う良さが出てきたね。 寅: え、あんなババアのどこが良いの? いや、うちも同じようなものか。 大家: 二人とも真剣な顔をして恋愛談義ですか? 何だかんだ言うけれど、 欧米も、日本も大昔から、歳とか身分など関係なしに最大の関心ごとさ。 熊: とすると大家さんも、まだ関心があるんだ。 大家: 勿論さ。今でも、カミさんに黙って、昔の女の墓参りに行ってるよ。 心の中では更に艶っぽくなって生きているよ。 寅: そういえば、公園で艶っぽい変な顔をして座っているのは、想い出に 浸っているためですか。 熊: 今度、虐めたら、御かみさん云い付けてやるよ。ったく、この色爺め。 大家: 冗談で言っただけだよ。冗談さ。でも、半分は本当さ。 でも、いい女って、年齢に関係ないね。傍にいるだけでワクワクするね。 寅: それって分かるね。熊みたいに若いのしか興味ないのは、可愛そうだね。 俺はね、兄弟ばかりで、女っ気がないから、母親のような大らかな年増 に魅かれるの。 大家: 後悔、後で立たずだよ。いや、先にだった。 熊: 年増を梅に例えれば、梅の花が恋で、実が愛になるね。 寅: 熊も、いいこと言うじゃないか! 熊: 「恋とは自分本位なもの、愛とは相手本位なもの」というじゃないか。 花が恋なら、見るだけで満足できるが、梅の実は梅干しにして食べられる。 大家: 御前も哲学的になったじゃないか。 「恋は幻想だが、愛は動詞」ですよ。行為の結果が愛になる。 恋の幻想から始まり、愛の行為の結果、子供が授かる。 熊: だから俺のガキは、バカでも可愛いんだ。夫婦とも幻滅しているけど、 我家は温か家族だよ。 寅: それにしても、若くて綺麗な女がくると、目つきが変わるな。 あっ、俺もそうかい。もうじき、梅と桜が開花するな! 大家: で、結論は、如何なの? 八つぁん: 今回の出演は無しと思っていたけどね。フッと「男はつらいよ」 の寅さんを思いだしたの。マドンナに恋焦がれて、最後は、失恋するけど、 相手を思って身を引くだろう。恋心が、愛に至るからだよ。そこまで純粋 で深い恋心と愛を監督は言いたいんだよ。 熊、寅には解りはしないよ。 大家: 実家の🍡団子屋の親仁が、ワシのようで、妹の旦那役が八つぁんで。、 隣の印刷屋のタコ社長が熊。で、寅が、そのまま寅役になる。熊は若い マドンナ役の時の特別出演の時になるがね。 寅: あの中の「リリー」役の浅丘ルリ子が良いねえ!恋心よりも愛を感じるね。 それと「ぼたん」という名の芸者(太地喜和子)と、大阪の美人芸者役の 松坂慶子が絶品だったな。 熊: おれ、吉永小百合と、タコの娘が好きだね。 八つぁん: 本当に暇だね。でもマドンナ役は永遠に残るから女冥利に尽きるよ。 大家: 暇だから、自由気ままにに書けるんじゃないか。金も大事だが、時間も 大事なんだよ。こんど暇をみて『男はつらいよ』の映画評をしましょうよ。 ―― 八つぁん: 二年前に、トラさんや、あんた方のような人たちが書いてあったよ! 《豊かな貧困者》 とね! 寅: あんた、さしずめ《豊かな時間持》じゃないですか。 大家: 問題は、その使い方だよ。使い方!生きた時間でこそ、 豊かな時間持と言えるんですよ。 ところでワシな如何だろう?
・・・・・・ 5453,人生で最も大切な技術 ー23 豊かな貧困者 2016年02月19日(金) 『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * ハッピープアー(豊かな貧困者)の存在 「豊かな貧困者」の言葉が意味深長。 仏教用語の「無一物中無尽蔵」の意味、 「人間は無一物が本来の姿だから 、それに徹したとき、逆に一切が無限に出現 する自在の境地が開ける」と似ている。最貧の状態が、最も豊かになることも ある。 その具体的なケースとすれば解りやすい。 〜その辺りから ≪ 心理学者グループの研究にハッピープアー(幸福な貧困者)と呼ばれる層 に関するテーマだが、ストレスに苛まれている富裕層が羨むような、陽気で 苦労知らずの人たちをこう呼んでいる。ディエナーによって実施された研究も その一つ。カルカッタの路上生活者とスラム居住者を対象にした調査から、 彼らの家庭生活、友情、道徳、食事、喜びを含む各種の分野における満足度が、 大学生レベルとほとんど変わらないことが判明した。 一方、社会的、感情的な愛着をほとんど断ち切っているサンフランシスコの 路上や保護施設生活者の場合は「非常に不幸」と答えている。社会学者たちは、 このハッピー・プア現象の説明に、以下の事実を根拠にしている。 カルカッタの貧困層の多くは、社会的、経済的な立場が向上する希望を まったく放棄している結果、この点で不安を感じない。しかも彼らは、食品 などの極めてささやかな物質を手に入れることで容易に満足感を得ている。 ハッピー・プアが単純極まりない楽観論者だ、とは言い切れない。 チベット語の教材を印刷するために、デリーの貧困地区に暮らしていた ことがある。ボロボロの三輪車の後ろに客を乗せて人力車のペダルを一日中 踏み続ける、リキシャ仲間がたくさんできた。冬の夜は、道端の空箱や ダンボールをくべて焚き火をして集まるのが常だった。大声で会話しては、 大笑いをし、あたりを騒がせていた。中には流行歌を歌う者もいた。 焚き火が消える頃には、それぞれの三輪車の中で眠る、という日常。 彼らの生活は楽とは程遠い、非常に辛いものだろう。だが、その善良性と 無頓着こそが彼らを幸福にしているのである。ストレスを溜めこんでいるパリ の広告代理店や証券市場の連中よりはるかに幸福だ、と考えざるを得ない。 年老いたブータンの小作人のことも忘れることができない。私のいた僧院 の若い僧院長が、新品のシャツと1000ルピーを差し出すと、小作人は、 「300ルピー(約7ドル)以上を手にしたことは一度もありません」と、 おどおどしながら話した。僧院長が「心配事はないか」と聞くと、 しばらく考え込んでこう答えたのである。 「はい、雨の季節に森を歩くとき吸いつく蛭です」 「他には何かないか」「それ以外ありません」 かの有名な樽に暮らすディオゲネスがアレキサンダー大王に向かって告げた。 「王よ、私はあなたより偉大です。なぜなら、王が所有したよりはるかに多く を捨て去ったのだから」。ブータンの小作農の単純さには、偉大な哲学者の 言葉と同じ重さがあるとは言えないだろうが、幸福と満足度が富に正比例 しないことをはっきり示している。驚いたことに、米国人の80%が幸福である、 と答えている。ただ、表面に現れている数字と現状には大きな落差がある。 物質的な状況は改善されているのに、若い世代のうつ病は、1960年代の10倍 に膨れ上がり、それが低年齢層に蔓延しつつある。40年前、うつ病に初めて 罹患する年齢は平均29歳だった。それが今日では14歳に低下。 世界の年間死亡者の2%が自殺で死亡し、戦争や殺人を上回る。米国では、 躁うつ病の患者の自殺が十代男女の死因の2位に上昇している。 スウェーデンでは、学生の自殺が1950年以降260%という驚異的上昇を記録。≫ ▼ 準備を含めた45年間の事業人生を終えて、丸裸? で、現在は家内名義の 自宅で、家内リッチで、私はプアー。しかし、何故か心はハッピ?ープアー そのもの。だから、卑しい?目線に快感すら感じることがある。実際に、 今日明日の生活に貧する路頭に迷ったら、その余裕はないのだろうが。 デリーのリキシャの明るさの一端が、少しは解る? それが、最大の収穫。 今さら現象としてのコスプレの衣装が、汚れ、擦切れたとして、着たきり雀 のコスプレを羨ましいとは思えないし、逆に、暑苦しくない? と、書くと、 逆だろうと勘違いされるか。 これだけは経験しないと分からないこと。 話題の川柳〜 我が家では イエスかハイの 二択制 (/へ\*)")ウゥ で、これも偶然だが、以下の内容に丁度よく繋がっていく。 (_ _。) ・・・・・・ 4357, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 −2 2013年02月19日(火) 「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」 橘玲 著 * 愛情空間、友情空間、貨幣空間 私たちは、まず家族、そして友人を第一に考える。そして職場の仲間、 定年になれば趣味仲間になる。しかし貨幣を媒体とする買い物やサービスを 受ける付合いもある。それらの空間を、愛情空間、友情空間、貨幣空間という。 家庭、職場、お店という空間である。その中で、いざとなると金である。 その魔力に、その隠された本性が現れ出る。貨幣で世の中の9割以上を 買うことが出来る実感がする。その本質は交換手段だが欲望を満たす手段。 金は自由そのもの。勤め人が我慢して働くのは、自分の自由を労働という 不自由と交換するため。しかし得た賃金は、自由そのものになる。 その交換の場を貨幣空間という絶妙な表現が良い。お金ほどグローバル価値 のものはない。空気と同じで、それが無くなれば今日の食事もままならない。 ーその辺りの要約すると ≪ 私たちにとって、一番大事なのは、家族や恋人などの関係である。 これが八割ほどとみてよい。そして残りの19%が友人関係。ここには 会社などの人間関係も含めて「政治空間」という。そして残りが貨幣関係。 この関係は商品などを通して世界中ともつながる。中国製のユニクロの シャツなどは、その典型である。その関係は空間にある。 ・愛情空間は2〜10人ぐらいの小さな人間関係で、半径10Mぐらい。 ところが、この小さな世界が、人生の大半を占める。人間は太古より、 愛情空間の出来事の中で、愛情を作ってきた。人間社会は親族のネット ワークで構成されていて、それを最優先をしても、誰も咎めをしない。 愛の至上主義は、生命の進化の過程で人類の遺伝子に組み込まれてきた。 だから、愛が無くなるなどありえない。 ・友情空間は、最大でも20〜30人ぐらい(普通は10人前後)、 半径100Mほどの人間関係。政治空間まで広げても100人ぐらいでしかない。 友情空間が大事なのも、人間が社会的動物だからだ。狩猟採集の時代、 過酷な自然環境のなかで人類の祖先は群れをつくって身を守ってきた。 群れから追放されることは死を意味していた。 ・貨幣空間は、人間関係においては、わずかに1%だが、実際の範囲は、 90%、いや99%を占めているといってよい。貨幣空間は、農耕と取引 によって成立してから僅かに一万数千年しかない。ここに私たちが、貨幣空間 に極めて少ない価値しか認めない理由がある。進化の歴史の重さによって、 愛情や友情という人間関係に比べ、貨幣を介するつながりの重要性を正しく 理解できないのだ。≫ ▼ その貨幣価値は、一歩、愛情空間と友情空間を出ると、ほぼ全てが 貨幣空間になる。新幹線に乗り、東京で同級会に出席してみれば分かる。 その会も、友情空間と貨幣空間のミックス。家を出て、帰るまで、全てが 貨幣空間になる。現実のシビアさと、家庭の温度はあまりに大きい。 とはいえ、愛情空間と友情空間も、残酷で残忍の一面がある。 愛憎空間というか。 ところが、これにネット空間が別に出来て、 現実社会を覆ってきたのだから・・・ ーつづく ・・・・・・ 5089,タガメ女の正体 ー� 2015年02月19日(木) ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著) * 魂の脱占領化 この著書で紹介されていた、「魂の脱植民地化」とは、言いえて妙。 この随想日記で、言い続けてきたことが、たった一言で言い表している・・ 「終戦の半年後に生まれ、アメリカの占領下、魂まで植民地化された自分に 学生時代から気づいてはいたつもりさった?が・・ しかし、私もダカメ妻? に絡めとられて40年、何時の間に前期高齢カエルになっていた、? いや、! 〜ネット検索をすると、以下の内容があった! ≪「魂の植民地化」とは、自由なはずの魂の活動が、人間社会によって呪縛され、 本来の自分を発揮できない状態のこと。国家による植民地化だけでなく、 親や学校、共同体、社会の空気・思想などが個人の魂を呪縛し植民地化する。 それによって偽装された自分によって、本来の情動や感情が、いかに抑えられ ているかを、まず自覚しないと。≫ ≪「不幸の均霑(キンテン)」という言葉は、第二次世界大戦下に、 「不幸が平等であるべきだ」という日本国民を縛付けた恐ろしい概念。 それが69年経っていまだに、日本人の心の中に生き続ける。これを作動させて いるのは個人個人の『蓋』と『箱』という人間の魂と言動を分断する装置だ。 『意図的に自らの言説空間にとって都合の悪いことを「認識しないことにする」 ことで、場の論理を維持する。』「和を以て貴しとなす」と云われるように 日本人独特の価値観がこれに拍車をかける。社会に対し不平不満や誹謗中傷 をぶつける前に、自らの感情の源泉はどこにあるのか考えることが 「不幸の均霑」という呪縛から抜け出す唯一の方法に思う。 ≫ ▼ 諸悪の根源である『世間』という幻想。それに縛られた状況が作り上る 窒息状態が人間を小さな岩穴に閉じ込め、歪んだ結果、病になる。その箍を 極力、意識し、そぎ落としてきたつもりだったが・・ それは具体的にいうと、 世間という妄想。この力が働くのは誹謗中傷で現れる。 これこそ、不幸な 人たち、何も出来ない魂の膿である。彼らの情報は、世間的価値の妄想で 作り上げた「裁き」という誹謗中傷。それが対象だけでなく、自分を毒殺 していることが自覚できない。これが世間の「魂の占領化」である。 毒殺された植民地現人が、ゾンビ化し彷徨って、不幸の均霑をしているのが、 娑婆。だから、自分の周りに柵を巡らし、ひと時でも宙遊の時を持たなければ ならない。その為、教養(魂の脱占領化)が必要となる。 ・・・・・・
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2019年02月18日(月)
『アドラー 人生に革命が起きる100の言葉』小倉広・著 * 一つ皮剥きゃホンダラホイホイ! またまたアドラーである。19・20世紀が、フロイト、ユングが潮流なら、 21世紀の混沌とした時代はアドラーである。これまでアドラーについて幾つか 書いてきた。彼は、フロイト、ユングに並ぶ心理学者で、<過去に縛られること なく、未来を変えることができる>の未来志向がベースにある。 〜 面白い個所を抜粋すると ≪ アドラーは、言いました。 <たった一人で住んでいる世捨て人のような人さえも、実は他人の目を気にする> ある村に世俗的な欲望を捨てた仙人のような人がいた。彼は村に住むことを拒否。 山の中に掘っ建て小屋を造って自給自足で住んでいた。村人と交流することに 意味を感じなかった。 ある日、その村が大火事になり、村は荒れ果て、人々はその土地を捨てて、 他の土地に移住することになり、大移住をしたのです。すると驚いたことに、 その仙人のような男までもが移住して、新しい村を見渡せる新たな山に引越した。 実は世捨て人のような人は、人間関係を捨てたのではなく、「世俗の欲望」を 捨てた仙人のように『清らか』で『優れた』であると村人から思われたかった だけだった。「観客」がいない場所で生きることに堪えられないかったのです。 『最近ウツっぽい』『忙しくて休みが取れない』など、内面の悩みに思え 言葉も、すべて対人関係の問題に起因している。 ―― ・人間であるということは、劣等感を持つということ ・・・劣等感と優越性追求について ・「強く見せる」努力をするな。「強くなる」努力をせよ ・・・優越コンプレックスについて ・「弱さ」を武器にしても人生は変わらない ・・・劣等コンプレックスについて ・勇気がない人は「特別」であろうとする。 勇気がある人は「普通」であろうとする ・・・勇気について ・あらゆる過ちは「共同体感覚の欠如」に起因する ・・・共同体感覚について ・激しい感情を使う人は強い劣等感がある ・・・感情について ・あなたには貢献する能力があり価値がある ・・・勇気づけについて ・ひとつのことができれば他のこともできる ・・・自己変革について ≫ ―― ▼ アドラーについての読書録を書いていた筈とHP内検索をかけると、 あるある。真面目に、真剣に取上げている。暗く、混沌の時代であればこそ 未来志向のベースが必要になる。すべての悩みは 対人関係にあり、それは3つの課題にありと… 1つ目が「仕事の課題」 2つ目が「交友の課題」 3つ目が「愛の課題」 フランクル心理学の3つ価値に似ている。 1つ目が、「創造価値」 2つ目が、「体験価値」 3つ目が、「態度価値」 <良く働き、良く遊び、良く学ぶ> の3つの切口。 フランクも、少しアドラーをパクった? より納得できるのは、フランクだが…
―――― 2018/11/14 つれづれに哲学 〜アドラーから学ぶ −3 <「生きづらさからの脱却」岸見一郎著> * 「価値低減傾向」と虐め 本書で、虚栄心に満ちた人に見られる「価値低減傾向」について取上げている。 誰でも持っている内幕情報など覗き込み願望も、これ。‘子ぎつね’‘腹グロ’ と敬遠され、その場の空気が汚れる為、名前を出すことすらしない。自分に甘く、 他人に厳しくが、もっとも端的に現れるから始末が悪い。特に、これを営業ネタ と活用をしているコテコテの小悪党。その毒は、対象の人間を自殺に追いやる程、 効果がある。当人が、どれ程、怨まれているか、全く気づかない。 人は短所の特徴で他人を呼ぶ傾向がある。 子供の頃から『アダナ』など、 自然と「価値低減傾向」をしているのである。 〜この言葉をネット辞書で検索すると ≪ 優越感を持とうとするあまり、他人の価値を貶める発言や行為をする… …いわゆるマウンティング。相手をケナすことで自分の価値を上げようとする ものの、実際には相手をケナしたところでその人本人の価値が上がるわけでない。 ところが本人はそのことに気づいていないため、必死にそれを繰り返す。 優越感を持ちたい人は、家族や知人間で価値ある人間だと思われたい。 そして自分に価値が無ければ家族や仲間が離れてしまう恐怖を抱えている。 そのため家族や仲間が離れていかないよう、自分にそれだけの価値があると 思わせたい。しかし自分にそれほどの価値があると証明できないなら、家族や 仲間の価値を下げればいい…というNot-Self(自分らしくない状態)に陥る。≫ ― ▼ 娑婆には、このコテコテの小キツネが面白いほど存在する。 他人の不幸は蜜の味と、蜜を振りまいている輩たち。 『メシウマ』=「他人の不幸で今日も飯がうまい!」。 『メシマズ』=「人の不幸でメシが不味い!」と、粗探しを酒のツマミにする。 それが、「生きづらさを自ら生産していることに自ら気づかない。 アドラーは、この性を「価値低減傾向」と名づけ戒める。 ところで、私たち、これを自分の過去に対してしるのでは? 青少年期頃の若気の至りのフラッシュからウジウジして… 酷いのになると、 痴呆症の悪例として、身近な人に、遥か昔の脚色をつけた窃盗などの妄想を ぶつける。「価値低減傾向』より性質が悪い話を聞く。日本社会の特徴の一つ に「同調圧力」の強さと「自尊意識の低さ」がある。自尊心が無いため、他者に 対する異質を取上げ、攻撃にまわる。その人のそれは、歪んだ自虐でもある。 ―――― 2018/11/12 つれづれに哲学 〜アドラーから学ぶ −2 感動を使う! <「生きづらさからの脱却」岸見一郎著> * アリストテレスの「原因論」 〜「質料因」「形相因」と、「起動因」 社会や、物事の原因を簡明の読み解くに、解りやすい事例である。 ≪ アリストテレスは、彫刻を例に原因を、次の4つに分類している。 ・まず、青銅、大理石、粘土などがなければ兆候は出来ない。この場合、 これらは、彫刻の「質料因」(何からできているか)である。 ・次に、「形相因」(何であるか)。彫刻が何を現しているかということ。 彫刻家は像を刻むに時に、何をつくろうかというイメージを持っている。 ・原因の三つめは「起動因」(動がそこから始まる始現)である。 父親が子供の始原であるように、彫刻家が彫刻の起動因である。 ・さらにアリストテレスは、これらの他に、「目的因」(何のために成立 したか)を考える。彫刻家が、彫刻を望まない限り、彫刻は存在しない。≫ ― * アドラーの「原因」論 〜 感情も脳も、感動さえ使う、極意とは 〜 ≪ アドラーも、行動について「なぜ」と問う時、「原因」という言葉を使う。 アドラーは「なぜ」という問いによって、行動の「目的」を答えとして期待して いる。「どこから」でなく、「どこへ」を問うのである。アドラーの「原因」は、 プラトン、アリストテレスのいう4つの原因のうちの「目的因」である。… アドラーは、他の原因は目的に従属していると考えた。 ―使用の心理学― …またアドラー心理学は「所有(何が与えられているか)の心理学」でなく、 「所有(与えられたものをどう使うか)の心理学」である。人が置かれている 状況がそのまま人のありかたを決定するのではない。 『大切なのは、何が与えられているかでなく、与えられたものを如何使うか』 … アドラーは、アリストテレスの原因論にプラスして「目的」を加えた。 目的論とは、「善」を目指し、それを目的にしているという観点から行動や 症状などを理解することである。 脳を例えると、私と脳は別物であり、私が 脳を使うのであって、脳が私を使うのではない。脳は大事ではあるが、人が行動 する時、それによって目標を決める起源ではなく、脳が心を支配するわけでない。 【善を実現する目的のため、脳を使う。】のである。 ―感情を使う― 感情もまた、我々を支配するのではなく、感情をある目的のため使うのである。 感情は意志の力によって左右する。交通事故で車をぶつけられた時に、男は 美人と意地悪そうな相手では全く対応が違ってくる。感情なぞ使い方で如何様に 良くも悪くもなる。ヒトラーは大衆煽動に怒りの力を利用した。怒りは、隠れた エネルギーとして直接的になる。 ― ▼「感情を使う」の論を考えていると、「感動をつかう」の言葉が類推された。 秘・異郷ツアーの旅先で、何度も何度も感動体験をする。その結果、脳に蓄積 された精神面でのデ・トックス(体内に溜まった有害な毒物を排出させること) で、心というより、魂の解放を実感する。「感動を使う」こと、そのものになる。 早朝の一時間のミニ・チャリも、小さな感動の旅になる。目的は、デ・トックス の「善」の自己実現。このブログの書き込みも一種のデ・トックスになっている。
―――― 2018/11/07 つれづれに哲学 〜アドラーから学ぶ 「生きづらさからの脱却」岸見一郎著 * 今でもバカやってんだ! 人生を10年スパンで振返りってみて、 ・10歳までは明るい性格だったが、 ・小5の頃からの十代は母親が重度の欝病と、直ぐ上の兄や同級生からの虐めや、 受験勉強もあって、アドラーのいう‘嘆きの谷’暗い10年間に迷い込んでいた。 ・20代の‘嘆きの谷’から外に向け一歩踏み出せたキッカケは、20歳の夏休みの 「キリスト教倫理」の教授の夏休みの課題、【人生設計のレポートの提出】。 まだ学生時代に馴染めず茫洋としていた私に、『将来設計、どうで生きる?』 と、ナイフの切っ先を喉に突きつけられたようであった。 その夏、学生寮のOBが夫婦でペアレント(管理人)をしている軽井沢の山荘で、 若い宿泊者や、ヘルパー仲間と夕食後に談笑し、様々な立ち位置や、生活環境を 話したり、聞きながら、ひと夏、自分の人生の方向を考えてみた。 いまから 考えると、最善の環境に引き付けられていた。様々な生き様が、学生仲間だけで なく、一般社会の人たちの生の具体例の全てがヒントになっていた。 そこで得たのは、「自由に生きる!」「アイデンティティ(何もの?)」の問い。 自由の第一歩が、「親からの自由」「血筋があればこそ、その人が存在する」。 都会生活に疲れ、癒しを求めてくる人の最初の質問は、『学生?社会人?』 『で、何処の学校、会社?』『どこの生まれで、実家は何している?』『趣味って 何?、クラブは何処に入ってるの?』が柱で、8割のレントゲン写真が出来上がる。 そこで、合せ鏡で自分の将来設計を考えた。あまりに丁度良いオープンハウスの ような寮生活の上に、今度は、その垣根を超えた山荘で、様々な人種、それも 自由闊達な明るい未来を信じて笑っている人達。20歳は、孵化しようとする時節。 高度成長期の真只中、明るい未来が広がっていた。せっかく頂いた恵まれた立場 を活かすには、皮肉なことに両親の創業を間近で体験した修羅場の追体験の設計。 「創業を目指す」の柱が思い浮んだ。 その時、暗い神経質な性格の‘嘆きの谷’ から次の谷に踏み出した一歩であった。それぞれ人生の修羅場の時節でもある。 その頃、母親に訪ねた、『どうして、こんなにしてまで働くの?』に、 『10人の家族が生きるに、人の何倍か稼ぐ必要があっただけ。それと、仕事の 拡大と同時に、人は成長するのよ!』 成るほどと実感した。 家の事情で、急遽、Uターンで帰ってきた時に心に決めたのは、「嘆きの谷」 の人のこと。(当時は、この簡明な言葉を知らなかった) せっかく落とした、 重荷を、そのまま背負った、不吉な神に憑りつかれた悲観的過ぎる人たち。 他者の噂話、失敗に異常に反応し、その攻撃で無為の人生の鬱憤を晴らす。 温暖化の影響もあり、以前ほどの積雪はないが、それでも一年の4分の1は 雪に閉ざされる。そのハンデを理由に何もしない不運を嘆く。その鬱憤たるや… 問題は、鬱憤を他者に振り向け互いにヘドロに陥ってしまう悪循環に嵌りこむ人。 峠道には、‘嘆きの谷’だけでなく、‘喜びの池’もある。そこは森に覆い 隠された奥にあるため、一見、目立たない。それも、森に立ち入らない人には、 その存在に気づかない。隠れた池の近くに、「嘆きの谷」の道とは全く違う ルートが存在する。その翌年、その道に初めて立入ってみた。 そこは 光り輝く別世界。それを哲学的に説いたのが、アドラー。 ‘嘆きの谷’の患者治療から、心理学を発展させたのが、フロイド、ユング。 聞くところによると、そこにも抜け道があるそうな。ただし煉獄か地獄への小道。 時に天国? それも、これも娑婆世界。 踊るか、踊らないか? 決めるのは、 おのれ独りで。
―――― 2016/12/04 つれづれに哲学 〜嘆きの谷 「生きづらさからの脱却」岸見一郎著 * アドラーの「嘆きの谷」 私がみるに、悲観的傾向が強い人が、女性で3人に1人、男性が4人に1人 の割にいる。その中で更に強い人は1割ぐらいか。知人にも数人、非常に悲観的 思考の強い人がいる。連れ合いとの不適性があるが、何もかもを悲観的に捉える。 ある婦人、目を見張るほど美人だが、いや、だった?が、常時、ウツ状態。 誰も躁鬱の波を乗越えて生きているが、問題はマイナスの程度。アドラーはカント 同様、クル病だが、そのハンデを乗越え、フロイト、ユングにつづく三大心理学者 の一人になっている。根には、「その程度のことで、何で落ち込んでいるのか!」 があるため、説得力が強い。 〜その一節から〜 ≪ 世界を「嘆きの谷」と見ようとし、いつも苦しんでいる人がいる。 アドラーはそのような人は「途方もない重荷を担って人生を歩もうと不断に 努力をする」と言っている。些細な困難をも誇張し、将来についても悲観的に しか見ない。身のまわりで喜ばしいことが起ると不安になり、どんな対人関係 にも「影の面」を持ち込む。 「嘆きの谷」という言葉は元もと旧約聖書の『詩編』に出てくる。 エルサレムに巡礼する人は、乾燥のため枯れ果てた谷底の道を歩まなければ ならなかった。このような人が、世界を「嘆きの谷」と見ようとするのはどう いうことか。アドラーの解釈と違って、『詩編』では、神によって勇気を出し、 広い道を見ている人は「嘆きの谷を通る時でも、そこを泉とするだろう」と 言われている。生きている限り、「嘆きの谷」を避けては通れないが、勇気 ある人はそれを「泉」と見るのである。ところが、この世界の嘆きの谷とみて、 どんな喜べる機会にも、「カッサドラの叫び」しかあげない人がいるとアドラー はいう。ギリシャ神話に出てくるカッサドラはアポロンに愛された。アポロンは カッサドラに愛を得るために彼女に予言能力を与えた。しかし彼女は、アポロン の求愛を断った。そのため、アポロンは誰も彼女の予言を信じないようにした。 カッサンドラはトロイアの滅亡を予言されたが、無視された。 アドラーは、<この世界を嘆きの谷とみて、「カッサンドラの叫びしかあげない」 というのは、不吉なことしか言わないという意味だが、決して、トロイアの滅亡 を望んでいた訳でない。 〜ネット検索に、「嘆きの谷」で調べると、 ≪・アドラーは仕事の課題、交友の課題、愛の課題という人生には避けては通る ことができない課題がある、という。これらの課題を解決する能力がないと 考える人は、なんとか理由を考えて、人生の課題から逃れようとする。 ・アドラーが「劣等コンプレックス」という言葉を使う時、次のような意味と して使っている。すなわち、「Aであるから(あるいは、Aでないから)、 Bできない」という論理を日常のコミュニケーションの中で多用するという 意味である。このAとして他の人がしかたがないと納得しないわけにはいか ない理由を持ち出すのである。 ・神経症はこの劣等コンプレックスに他ならない。人生の課題を前に直面しよう としなかったり、「ためらいの態度」を取って立ち止まる。「はい〜します、 でも、(yes...but)といって、結局課題に取り組まない。神経症に限らず、 人は意識しなければ、すぐに「でも」といってしまう。 <何かをしようと思う、しなければならない、「でも」と…> ・カウンセリングの時、あまりに頻繁に「でも」という人があって僕はその人が 「でも」というたびにカウントすることにした。本人はそのことを意識して いなかったからである。やがてこんなふうにいわれるようになり、次第に この言葉が用いられる回数が減っていった。「まだ今日は一度も『でも』と いってませんから、一度だけ『でも』といわせてください」 ・人生の課題に挑戦する時、失敗すること、敗北することを恐れる人は、課題 から退却しようとする。何をする時にも必ず成功しなければならない、と考え、 成功するという保証があれば挑戦する。しかし失敗が少しでも予想され、 成功することが確信できなければ最初から挑戦しようとしないか、失敗しても そのことによって致命的な打撃を受けることがないように、いわば綱渡りをする 人が転落することを予想して下にあらかじめ網を張っておくようなことをする。 症状はこのような目的のために創り出される。 ・人生の課題を前にして敗北を恐れる人は、課題に挑戦することを回避する ために時に神経症になって、「足踏みしたい(時間を止めたい)」と思う、 とアドラーはいう(『人はなぜ神経症になるのか』)。 ―― ▼ 上記の「カッサドラの叫び」しか上げない人に、マイナーな視点の話題を ふると、大きく首を振り、どんどん話が進む。何処にも、『内幕情報屋』が 存在して、ネタを探し出して人の懐に飛び込む。それが、万引き、置き引きと、 同じくらい、いや、それ以上の犯罪行為でしかないことを知らない。で、その 毒は、喜んで聞いてしまう方にも、同様に罪になる。誰もが持っている要素 だから始末が悪い。
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| 6548,読書日記 〜人生における読書の効能 〜5 |
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2019年02月17日(日)
『本を読む人だけが手にするもの』藤原和博(著) * 「情報処理力」と「情報編集力」 <正解のない時代を切り拓く読書> ≪ 20世紀後半を牽引したのは、要素から正解を選び出す、情報処理能力に 優れた人たちだった。この要素全てが出尽くしたのなら、これからの時代は 既にある要素をどのように組み合わせるかが問われることになる。 情報処理能力とは、「つなげる力」になる。通常、仕事の現場では、7割以上の ビジネスパーソンや公務員が情報処理側の仕事をしている。最先端のIT企業 でも、最初の発想段階を除くと、プログラミングそのものは処理的な仕事。 人によっては9割が処理仕事である。 この習慣がつくと、アイデアを出したり、 柔軟なマネジメントをしたり、人生の次の一手を考えたり、子育てをしたりと いったクリエイティブになる局面でも、つい正解至上主義のモードのまま取り こんでしまい、上手くいかないことが多い。 大事なのは、「情報処理能力」と「情報編集能力」の頭の切替え。 教育的な見地、子供の発達段階に応じて割合を変えながら両方の能力を育んで いかなかればならない。 例えば、 ・小学校なら情報処理能力9割に情報編集能力1割。 …まず「基礎学力」 ・中学なら7割と、3割 ・高校で5分5分 ・大学では9割方を… こんな流れで両者の技術を身につけさせることが望ましい。 抽象的には、グーグルの入試問題。 スクールバスの中にゴルフボールを詰めるとすると、どれだけ詰められる?」 この問題の答えは1つではない。とてつもなく難解を数式を駆使して証明する 人がいる反面、「スクールバスに乗っている子供は詰めたボールを外に放りだす ので、結局、一つも残らない」といった文学的な答えをする人も採用される。 このポイントは、それぞれが自分の知識を駆使をして、与えられた設問に 短期間で納得解を出すこと。頭の回転だけでなく、頭の柔らかさ(情報編集脳) が問われている。 ≫ ― ▼ 何度か読返している内に、「人生も、ピークポイントで、逆転して 最後は痴呆化する!」という現実に気づいた。人間の内面も、単純作業、 スペシャリスト、トップがあって、それらが操縦を司っているのでは…と。 一流のプロは、このどれもこれもが、卓越している。それらのベースは血筋 から生まれ出ることが多い。 <地頭が良い>とは、情報編集能力が卓越して いることをいう。それぞれが、その特性をプラスに生かして人生を泳いでいる。 このブログも、自分の最大の弱点の情報処理能力をカバーするため、18年間、 続けてきた…という、あと理屈づけが出来る。 それも断崖絶壁の瀬戸際の 生存本能がなせる業。 超一流?の人には親がかりが多いのは、長期的戦略が 必要条件。独学だけでは超一流にはなれない。 正解など何処にもない。 そう創り上げるのである。18年間も、全エネルギーをかけて情報処理をして きた割に、情報編集力が貧弱なのは、これ如何に? 「日々、是、自己完結」しているため? 何時も最後は、この辺りに収まる。
・・・・・・ 6184,閑話小題 〜恋と愛の違い 2018年02月17日(土) * 恋と愛の違い この年齢で「恋と愛の違い」について考えることでないが、昨日、シネマ館 に向かう車中のラジオから二人の若い男の会話が流れていた。その一人の学生 時代の専攻が哲学科で、卒論のテーマが「愛と恋の違いについて」という。 その大筋というと、<恋は愛の前段階で、花を例えるとツボミ。開花したのが 愛という。また、恋はまだ互いの間隔が空いた状態だが、愛は家族などの肉親 愛を意味することが多い>と。それを知っていたお陰で、恋愛に冷静になれた という。成るほどと聞いていたが。私の意味付けでは、<恋とは気にいった相手 に自分の理想像を張りつけた妄想> そうでもしなければ、両親、兄・姉の生生 しい実態をみていれば、結婚を誰がするものか?である。ネットで調べると、 この二つを合せ鏡となり、人間心理の奥行が深くみえるから、まか不思議。 決して軽い話でない。 <「愛」は真ん中に心があるので真心、「恋」は下に心があるので下心> だけでも酔い時のネタになる。 〜まずネット検索から〜 ――
愛は結果、恋は過程。 恋が育って愛になる。
1・恋は、一人でもできるもの。「恋をしてる」は、一人での行為です。 2・愛は、二人でないとできないもの。「愛をする」とは言いません。 恋は結局、自己愛だ。自分がそうするのと同じぐらい、相手から大事にされる ことを期待している。 それは結局、相手の瞳の奥に映る自分をこそ愛している ということなのだ。
心理学者ロバート・スターンバーグの言葉。 「愛」には、三つの構成要素があります。「情熱」、「親密さ」、「意気込み」。 「恋」には、この構成要素のうち、「情熱」に「親密さ」が加わったもので、 「意気込み」はありません。また、「愚鈍な恋」には、「愛」の構成要素のうち 「親密さ」が欠けています。 では、三つについて。 「情熱」=恋愛感情や肉体的な魅力、性的な欲望が含まれる。 「親密さ」=温かみや相手との近さ、つながり、絆といった感情。 「意気込み」=誰かを愛する決意と、その愛を維持しようとする意気込みのこと。
恋を人間的感情で支える重要な部分が、情や愛の観念、感情。つまりは 『愛や情』が存在しない『恋』は、他者から見れば利己的な欲望に過ぎない。 恋とは、そこに愛や情を内包して始めて美しく輝く。
さだまさしの「恋愛症候群」という歌にこんなフレーズがあった。 相手に求め続けてゆくものが恋 奪うのが恋 与え続けてゆくものが愛 変わらぬ愛
「恋」は天気が変わりやすい山の中にいる感じで、 「愛」は凪いだ海の浜辺みたいなイメージです。
恋は溺れるもの。 愛は身を焦がすもの。
恋とは相手を独占したいという欲求。相手の特別でいたいという願望。 相手の内側に居場所を求める行為。 愛とは相手を大切にしたい、尽くしたいという感情。 大好きな相手を慈しむ生物が持つ普遍にして不変の本能。 ―― ▼「一番、上質の相手と出会う機会が多い学生時代に結婚相手を選定しておく のがベスト」と聞いたことがあった。それも卒業のまじか。それらしき人が、 居ないでもなかったが、その後の様ざまな出会いからして、それでは面白く なかった…。<一人を決めると、その他の全てを捨てることになる>の言葉が 重かった。フリーハンドは、環境が良ければ、イチャツキのスリルとサスペンス が満ちてある。わずか5〜6年だったが。「恋」は塀の上側、「愛」は塀の内側。 で、大方は内側に落ちて無期懲役とあいなる。そこで脱獄か、仮釈放もあるが… ってな訳で、イチャツキをしてくれるキャバクラが繁盛するのは、それが足り なかった人が行くところと思いきや、夢をもう一度という男の方が多いそうな。 そこは仮想恋愛ゴッコで身を焦す異空間の竜宮城。 奪われるのがキャバ代。 換わりに得るのが、『愛や情』が存在しない『恋』モドキ悦楽。で、そこが 楽しいらしい。テレビ東京『 家、ついて行ってイイですか?』でキャバクラ嬢 が登場。この仕事に就いたところ、子供の頃からの様々な病気が治ったという。 客を癒すうちに、それが自分の癒しになったとか。「愛」の何かを身をもって 知ることになったようだ。 何か、真面目な切口が… <恋とは、そこに愛や情を内包して始めて美しく輝く> てなこと言われて、その気になって… 問題は、その後。
・・・・・・・ 4722,心を上手に誘導する方! 2014年02月17日(月) 「心を上手に透視する方法 」トルステン・ハーフェナー(著) *「運がいい」と思っている人ほど、幸運に恵まれるのはなぜ 「マインド・リーディング」のテクニック&メソッドを紹介した本だが、これは 他人だけでなく、まず自分のマインド・リーディングに使えばよい。それだけ、 心は未知で、扱いにくいもの。ランダムに、面白そうな部分をテーマにするが、 運、不運は、その最たるもの。運は判断の結果をいうが、その為に必要なのが 「観察力」である。このところ長年信じてきたバイアスに気づくことが多い。 『私はもの覚えが悪い!』と、数十年思い込んできた。 そのため、対象を観察さえしようとしないため、さらに、もの覚えが悪く なっていたことに、最近、気づいた次第。私は「運が強い」と思ってはいるが、 その運を呼び寄せるのは、長年かけた努力の集積の結果ということを経験上、 分っていた。運がいい、という思い込みなら、良いが。ーそのあたりからー 《 自動車メーカーの創設者ヘンリー.フォードはこう述べている。 「あなたは、自分は何かがとても上手にできると思おうが、全然できないと 思おうが、どちらも正しい」 あなたの思考パターンが、目標を達成する 妨げになっていないかどうかをよく考えてほしい。なぜなら、それがあなたの 人生の運に大きな影響を及ぼすからだ。イギリスの心理学者、リチャード・ ワイズマンも、大規模な調査によってそのことを証明している。 ワイズマンは、人生における幸運と不運は本当に偶然によるものなのか、 それとも運のいい人と悪い人がいることを心理学的に説明できるものなのか、 ということに興味をもった。そこで、ワイズマンは、自分が幸運に恵まれて いると思っている人と、ついていないと思っている人を探し出した。 調査の対象になった人たちは「新聞に載っている写真の枚数を数えるように」 と言われた。その後、ワイズマンは被験者に、写真が何枚載っていたか尋ねた。 しかし、被験者には知らされていないもっと重要なことがあったのだ。 その紙面の中央に、ワイズマンはある文章をかくしていた。その文章とは、 紙面の半分くらいの大きさで、「実験の担当者に、これ見たと言えば、あなたは 百ポンドを獲得します」と書かれていたのだ。自分には運がないと思っている 被験者たちは写真を数えるのに必死で、その文章に気づかなかった。 一方で運が良い人たちはリラックスしており、もっと全体を見渡すことができ、 ほぼ全員が百ポンド手に入れた。ワイズマンはこのことから、運の良い人は、 運がない人よりもチャンスに気づくということを導き出した。私たちの思考は 私たちの行動に影響を及ぼし、不思議なことに幸運か不運のどちらか引き寄せる。 ワイズマンは、こう書いている。「楽観的な人は前向きでエネルギッシュで、 新たな機会や経験にオープンである。一方運の悪い人は、控えめで、頼りなく 心配そうな反応をし、目前にある機会を見つけて活かす気がないようだった」》 ▼ 運とは、判断の結果であり、判断には対象の観察力が必要になる。 過去の行蔵を見ると、失敗の場合は、観察をする詰めが甘かったケースである。 運を良くするには充分なる準備が必要で、浮ついて取り組めば、当然、そこには 失敗が待っていた。そう簡単に成功など出来る程、甘くはない。貧しい家には、 貧乏神が住んでいる。今回の一連でも多くのことを学んだが、それも捉え方一つ。 この結果が、『あ〜、運が良かった』と思えば思えるし、『あ〜、何て運が 悪かった!』と思えば、そうである。運が良った!と捉えれば、長年かけた リスク管理を幾つかしていたこと。運が悪いと思えば『長年の努力の結果が、 このザマ!神も仏もあるものか!』になる。モノは考えよう。 ・・・・・ 4355, 閑話小題 ー常日ごろがあるということ 2013年02月17日(日) *「今日という日は、残された日々の最初の日」 還暦を過ぎた頃より、「今日という日は、残された日々の最初の日」の言葉の とおりになってきた。44年前の学生時代の終わりの頃の日記のコピーを、毎年 この時期に読んでいるが、当時から現在に至る年数が長いような短かいような。 60歳を過ぎると「時間軸が横になる」というが、一年前も50年前も同じ感覚。 残された日々だけでなく、過去の時間軸も横になってきた。50歳を過ぎた頃に、 それ以降の残された20年、30年分の人生を捨て身で10年に圧縮し、前倒し 実行したのは、時間軸を横にしたのと同じことだった。横にして見えるのは、 「死」である。また、その裏にある「生」。どちらにしても、人は死ぬ。 そして数ヶ月もしないうちに、ほぼ忘却。それなら、今日という一日を目いっぱい 生きるしかない。人生は50歳を過ぎれば、人間は「残された日々」になり、毎日 が、その最初の日になる。それにしては、まあ、いい加減な日々を過ごしている。 ポイントは、「時間もお金も、‘いましかできないこと’のために使う」になる。 面白い映画を見て、良い音楽を聴き、腰をすえて本を読み、新たな世界に チャレンジし、より孤独に徹し、日々を過ごすことである。その意味では 自己評価は70点だが・・いや、50点か? * 常日ごろがあるということ 一線を離れ、毎日が日曜日のような平凡な常日ごろの日々が続く。 しかし、この「常ごろがあること」が実は素晴らしい。中学、高校、大学の日々 で懐かしいのは、当時の「常日ごろの生活」であるため。その年齢ごとの常日 ごろこそが価値があり、光輝いている。時代を背景にした、その時節の自分が、 そこにいる。だから現在も時代背景と、「常日ごろ」を味あうことが 必要になる。ところで真に味わっているだろうか? ・・・・・・ 5087,タガメ女の正体 ー�� 2015年02月17日(火) まず、タガメ女の定義:田んぼに生息してカエルを捕獲するタガメのごとく、 収入や社会的地位のある男性を捕獲し、「幸せな家庭」というタガにがっちり はめて自由を奪い、リソースを吸い尽くす女性。夫、子供、ママ友など周囲の 人間関係をもタガによって呪縛する。搾取される男性を「カエル男」と呼ぶ。 〜概要をまとめると〜 ・現代日本社会には男性を搾取して弱らせる「タガメ女」なるものが存在し、 巧みに男を捕まえて専業主婦という地位に収まり、その後は様々な約束で夫を 箍(たが)にハメては、わずかな小遣いで働かせる。軽い筆致で現代社会の 極めて重大な問題を提起する。それは標準化された「幸せ」の形式を盲信する ことの危険性であり、それを「魂の植民地化」と呼ぶ。「エリートとの結婚」 「郊外の一戸建て」「年に一度の海外旅行」など、標準化された「幸せ」の 強迫は、強者、弱者 とも不幸にする。この問題の答は、読者が自分で考え、 一般の価値観に捉われないことである。 ・政府の施策やマスコミの世論誘導や、家電の普及で家事労働負担が劇的に 軽減されたにかかわらず「家事が重労働だ」というプロパガンダが成功した ことで、「男に寄生して一生楽に血肉を吸い続けるタガメのような害虫女」 が生まれてしまった。タガメ害虫女も、己の存在価値を賭けタガメ女同士 の見栄の張り合いや、夫や周囲に忙しさや幸せの演出を続けなければならない ため、決して幸せではない。 夫の犠牲の上に「専業主婦」という楽園を 作って女性が逃げ込んだ先が実は「タガメ同士が殺し合い潰し合う修羅界 の地獄」だという不都合な真実」がある。 ・箍にハメられ、カネと社会的リソースを「タガメ妻」にと吸い取られる カエル男が支配する日本社会に、「責任転嫁」「現実逃避」の病根がある。 タガメ女に箍めとられてカネと社会的リソースを搾取される「カエル男」 たちが、日本の政治、経済を動かし、部下や下請け会社、取引先といった 周囲の関係者を逆に搾取の”倍返し”で支配する。 ▼ 4年前に御隠居生活に入って、(現役の)森の世界の木や林での価値観が 如何に官製でしかないことと、世間様とかいう「魂の植民地人」の哀れさを、 改めて知った。それは40年近い現役時代の家内の目線は、タガメ女のそれ。 ・・・・・・ 5817,緩和小題 〜しまった! 〜「犯罪者の容姿が醜い」説は本当かー 5 2017年02月17日(金) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > * 「犯罪者の容姿が醜い」説は本当か 卒業直後から女性の多い職場にいたこともあって、直ぐに気づいたことが、 美人は性格が温厚で優しい人が多いという容姿と性格の関係。子供の頃から 周囲に可愛いといわれ、男の子から優しくされ続ければ、歪みも少なく、自然体 になるのは至極当然(例外もあるが)。その逆に、マル暴事務所に属している人 たちは、確かに人相が悪い。 刑務所内で、悪党諸君と悪さ自慢をして、粗食を 食べているのと、美術館で名画を観て、美味しい食事をして、音楽会でクラシック を聞いているのとは、人相は違って当然のこと。それが何代も続いて容姿になる なら、尚のこと。 貧すれば鈍する! 恒産に恒心あり! で容姿がつくられる。 〜そのシリアスの研究が、ここで紹介してある。 ≪ アメリカの大学で、1万5千人の高校生の被験者の容姿を「美形」から、 「ひどくブサイク」の5ランクに評価する。この容姿の評価と10代の犯罪歴から、 ブサイクな若者は送った暗い青春の長期的影響は、ささやかだが、抜きがたいと 結論づけた。「容姿の劣る人は普通の人と比べて犯罪を起こしやすい。美しい人 は、普通の人より犯罪を起こしにくい」犯罪者は普通の人より醜いと。≫ ▼ 大人数の兄姉の末っ子で、幼児の頃から常に顔色を窺いながら育ったことも あって、特に女性に対する用心深さが人一倍あったような。 美形である程、 視線に対し敏感の半面、それを褒めて欲しいのが特質。しかしさほどに、人は 褒めてはくれない。だから何気なく褒めるのがポイント。表づらと内づらは違う。 逆に、犯罪者は蔑視に非常に敏感である。だから怒り、争い、傷つき、傷つける。 また老いるに従い、気づかず顔は曇り、老醜が漂ってくる。特に清潔感には注意… 大国アメリカの失敗が、毎日のニュースで御存じの… あれ。 で、偶然だが、男はすべからく、「しまった!」と後悔する。で、以下に続く!
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2019年02月16日(土)
< 『最後の授業』〜心を見る人たちへ ―北山修著}> * 精神分析は心の裏の意味を読み取る 図書館で見つけたのが「北山修」の著書。何とザ・フォーク・クルセダーズで 故・加藤和彦や、はしだのりひこさんとともに一世を風靡した1人。私と同年齢 で共に生きた仲間という感がある。グループ解散後も「戦争を知らない子供たち」 「あの素晴らしい愛をもう一度」などをヒットさせたが、突然、医師になって 芸能界から引退をしてしまった。 精神分析を学ぶためイギリスで研究活動を した後、九大で教鞭をとっていた。 精神分析の世界に入った理由が、何と 「それが圧倒的に面白かったから」。 彼の言わんとすることは… ≪ ☆ 心の裏を読み取る 「心とは意味に満ち満ちているものです。私は、心はなにかを思い、そして 意味しようとしている装置であると思っています。(…)ここでは精神分析の 観点を強調するために単純化して、「心とは裏の意味である」という定義に 焦点づけた。それは、「何々とかけて何々と解く、してその心は」というとき の心ですね。この心は表にははっきりとあらわれていない。こういう、表に出 にくい心の部分を私たちは取り扱っているのです。 だから、言ってみればこの授業の総合タイトルは「裏をめぐって」です」 (第I部の「テレビのための精神分析入門」12-13頁)と、授業の冒頭で多義的な 「心」という言葉について、空間的なイメージを提示し、つづけて「裏の意味」 から連想して、「うら悲しい」「うら寂しい」という時の日本語の「うら」は 「心」という字であること、だから我れ知らずにじみ出る感情は、心の中でも 「裏側」から生まれてきているように日本人は感じてきたのだ…と。 心の意味を言葉にすることで得られることを、確認するに… ・先ず一番目に、目に見えないモノに名前をつけることで、それが取扱い対象 になるということ、これが非常に大事な営み。言葉にすることこそ重要である。 ・二番目は、言葉にすることで、溜まっていることを外に出せること。これは 「『カタルシス効果」… 「浄化法」と訳されている、鬱憤していた情報や 思いを吐き出すことで、心がすっきりする。 ・三番目は、言葉によって意識化できること。裏の意味、裏の心が言葉によって 表になる。これを狙っているのが精神分析の意味しようです。更に、言葉にする と筋をとおすことになる。 ☆ 言葉が人生を物語にする 言葉の利点は、「言葉は人生を物語にする」こと。物語を、第二者、三者と 共有することが出来る。患者と治療者で共有するには言葉なしでは難しい。 絵物語にする方法もあるが、音楽も、踊りもあるが、言葉は自分の人生を語る ことが可能なのは、長く生きてきたからこそ可能であり、それを自ら噛みしめる ことが出来る。人や人生を取扱う学問の臨床心理学は、言葉なしでは成立しない。 ☆ 私たちは心の表と裏の葛藤を生きている 心には意識と無意識、あるいは表と裏があるが、これが混乱するのが精神病で あり、この間で、葛藤をしてのた打ち回るのが神経症であり、これを分裂させて 二重に生きてしまうのがパーソナリティ障害と呼ばれる。これは誰も持っている 心の葛藤であり、何らかの、これは誰もが経験している。これが分裂するのが パーソナリティ生涯。 ≫ ― ▼ 問題はTVである。この前では、本音と建前の、建前しか言えない。その建前 だけを信じて跳ね回るのが『世間人』 …あれらである。 誰も、そのことが 解らず生きている。政治家も然り。18年間、6500のテーマで、本音を公開して きたが故に多く人を傷つけてきた。それも致命的? それでも、表面的現象だけを 信じて蚊トンボのように生きることも今さら。成る程、毎日、テーマを探して、 それを物語にして意識化して、過去文を読返すことが如何に大事なことか! と、 自己浄化をしていたことになる。 それは同時に、言葉の暴力にもなっていた。 自分が大事に生きようとすれば、表だけを装って、裏をひた隠しにすればよい。 半径500〜2000mで、つつがなく生きるのも、一つの生き方。徹してアウトサイダー に徹するのも生き方。成るほど、私は、「うら悲しい!」物語を生きているのか。 でもね〜 建前、表向きだけの人生じゃあ… 面白味もヘッタクレもないし! このまま、大根、いやバナナで、いやゴボウ? 薩摩芋で 生きますか。
・・・・・・ 6183,閑話小題 〜座禅は心の安楽死 ー6 2018年02月16日(金) 『坐禅は心の安楽死〜ぼくの坐禅修行記』横尾忠則 (著) * ピラミッド・パワー �� 座禅の空間環境にはピラミッド空間は最適だろう。実家の仏間の一角に、 書斎コーナーがある。その環境が、ピラミッド・空間と似ている。仏間が 亡き先祖の魂、とりわけ両親の魂と同化しているような安堵感がある。 これを書上げ、アップした後に、仏前で祈っている。早朝のこの時間と、 9時から2時間の読書か、ネットサーフィンか、随想日記の下書きの時空間が パワーの源になっている。 ――
≪ ぼくがピラミッド・テントの中で座禅、あるいは瞑想をするようになって からの効果となると、まだわからない。 しかし、この中に座ると、 <自分が完全に外界から遮断されているという意識だけは強烈に起こってくる。 それと、同時に非常に特殊な空間によって保護されている安心感が得られ、 また普段と違ってある種の聖なる意識を伴った上昇感がある。> になるのが特徴。 …アメリカにはフラナガンというピラミッド・パワーの研究者がいる。 彼とそのグループは過去数年間にわたって生体宇宙エネルギーと呼ばれる エネルギーの諸現象に関して研究を続けているが、まだ誰一人としてこれこそが そのエネルギーであると現実に示した者はいないという。このエネルギーは古来 から色いろな呼び方をされている。生体エネルギー、磁気エネルギー、プラーナ、 マーナ、クンダリーニ、気、その他で、これらのエネルギーの根源や特徴について 殆どが宗教的あるいは秘教的修法にかかわる見解ばかりである。
ピラミッド製品を取り寄せたパンフレットに、フラガン博士のパンフレットの ‘ピラミッドと、その生体宇宙エネルギーとの関係’の一部が紹介してある。 【 現在私の研究では、生体宇宙エネルギーは磁気の特殊性質によって起こる現象 であることを実験的に確認しており、このエネルギーは宇宙の諸力と密接不離に 結びついています。 … 磁気形態共鳴によって、ミクロ的次元のエネルギーは ピラミッドのようなマクロ的次元の形態の中に凝縮化されていくに違いない。 電磁スぺクタルに於ける周辺効果の場合には、このエネルギーはしばしば隠されて しまいますが、これと同じように、このエネルギーは不可視の次元で存在し、ただ その性質だけが現われてくるのです。さまざまな物理的現象がこのエネルギーを 現出せしめていても、このエネルギーの本性自体は人々の注意を引くことはない。 このエネルギーは生体絶縁子によって引き付けられ、磁力と同じように熱や光を 発生しますが、この熱や光自体がこのエネルギーの正体ではありません。これら 多くの発見は、ピラミッドによってもたらされたものです。】 横尾忠則『わが坐禅修行記』より ≫ ―― ▼ 気といえば、学生時代のクラブで、「合気道」に属していた。演武が中心で 実戦がないが、「気」の鍛錬で相手を丸め込む技。これも、大男のアスリート には、実のところ敵わない。しかし、「気」が鍛錬されているため、少なくとも 相手に気合負けすることはない。宇宙の気と自ら一体化する訓練は、ヨガ、座禅 に通じるところがある。特に重視するのは呼吸。 ヨガも同様だが、聖なる意識 空間が、道場にある。4〜11月の早朝の信濃川土手へのポタリングも同じ。 人間には7つのチャクラがあり、ヨガは第7のチャクラを活性化させることが 目的と言われている。ピラミッドには、そのチャクラを全開にしてくれるパワー を引出すのが目的に創られたとは、驚きである。いま、思いだしたのが、以前、 『光の手』ー上・下』と『7つのチャクラ』を読んでいたこと。倉庫の書棚にある 筈だが。この2冊は手かざしで7つのチャクラの歪みを正し、病を治す、ヒーラー への道しるべの内容である。長年かけた不摂生の中でも、現在、生き残っている のは、聖なる?生活習慣と、内臓に向けた夜半の手かざしの習慣があるためか。 毎日、心かけていることは、「ああ面白かった」と心の底からいえること。 そう考えると、結構、面白い日だった。有難いことだ。で、今日はシネマの日。 『グレイテスト・ショーマン』を予定。 ☆「地上でもっとも偉大なショーマン」と呼ばれた19世紀アメリカの 実在の興行師P・T・バーナムの半生を描いたミュージカル… 面白そう。
・・・・・・ 5450,閑話小題 〜木鶏クラブにて ー�∩和づ�生き方とは 2016年02月16日(火) * 創造的生き方とは 去年の会で初めて会ったが、ここに新大医学部二年生が参加している。 平均60数歳の中で、良くぞと感心する。彼の一年終了後の一年間の休学は、 人生設計上、理想的に思えた。当時、『よく、その発想と決断が出きたね』 と褒めると、『「一年終了時の一年間の休学」は東大の医学部で流行ってる、 その真似しただけです』と謙虚な答え。私が知る限りの医者の選択肢には、 医院の開業医の独立(父親の開業医を引継も含め)か、勤務医での昇進 (山登り)がある。更に、僻地医療も専門にするか、あくまで都会にするか。 医師で探検家で大学教授など、様々な顔を持ち、 「グレートジャーニー」 で有名な関野 吉晴みたいに、探検を気ままする生き方もある。 直後に連れといく、近くのスナックに誘うと、喜んで参加したが、そこに 60歳半ばの男が話しかけてきた。それが、何と、内科の勤務医を66歳で退職 直後の、高校も、大学も、その学生の先輩という。 本人にとって、医師としての人生設計上、知りたい情報の宝庫である、 嘘のような偶然の出会い。二人の話が盛り上っていたので、列車の都合で、 中座をしたが、普通なら誘われても断るのだろうが、求める何かがあると 感じたからだろう。こういう人に、偶然という形で、大いなるチャンス を与えてくれる何かが存在する。大成のためには、この頃から志にそって、 着実に知識と経験を積み始めている若きエリートの一端を見た思いである。 父親は医師ではないが、祖父が精神科開業医で、退職した勤務医の近所にあり、 その医院の存在を知っていたような? 命を扱う医師こそ分厚い教養が必要。 分厚い教養を得るに、一年間の休学という予定挫折?こそ、代えがたい経験だ。 羨ましいというより、これからのキャリアを積むプロセスが大変だが、明るい のが良い! で、以下の内容をHP内を検索、コピーしてみた。 ・・・・・・ 5086,タガメ女の正体 ー� 2015年02月16日(月) ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著) 子供の頃、小川で見かけたタガメが、カエルなどを主食にした肉食昆虫で、 捕食する姿から、夫婦に例え、「世の亭主は、すべからず女房にお金も人生も 吸いとられる」という切口が、なかなか説得力がある。〜その辺りから抜粋〜 ≪ タガメとは、体長5〜6・5�の肉食の大型水中昆虫 ・・ 今から一〇年以上前、私はNHKのハイビジョン番組を観ていました。 琵琶湖近くにある〆里山の四季を追いかけるというもので、写真家の指導のもと 撮影された映像はそれは美しく、素敵だなあと目を奪われていると、初夏の水田 風景のなかでショッキングな映像にでくわしました。それはタガメの捕食シーン。 じつはタガメというのは肉食で、魚やカエルを獲物にしています。 場合によっては、自分よりも身体が大きい生物をいったいどうやって捕まえる のかというと、これがなかなかエグいやり方なのです。 その映像では、まず土のなかに身を潜めて獲物がくるまでじっと待ちます。 そして、カエルが近くにやってきたらガバッと飛びつき、鎌状の前脚でガッチリ と挟んだら、鋭い注射針くちばしのような口吻(鳥でいう噛)を刺します。 タンパク質を溶かす消化液を注入するのです。カエルも当初は異変に気づき、 「バタバタと必死にもがいているのですが、タガメの締め付けはハンパでは ありません。やがて気力を失ったのか全身に毒がまわったのかグッタリ。 体内の消化液で溶かされ、肉をチューチューと吸われて絶命してしまいました。 番組ではそこまで映してはいませんが、タガメに吸い尽くされた獲物は骨と皮 しか残りません。言葉ではさほどではありませんが映画『エイリアン』を彷彿 とさせるグロテスクな捕食方法。タガメが「水中ギャング」と呼ばれる所以。 そんな捕食シーンをハイビジョン映像で目の当たりにし、息をのみました。 自然界とはいえ、やはりひとつの命が奪われるシーンというのは衝撃的だった ということもありますが、私にはこれが別の場面と重なって見えたからです。 『これって男と女の関係にそっくりじゃないか――』 女はガッチリと男を捕まえて、月一万円という小遣いで身動きがとれない ようにし、チュフユーと夫の収入と社会的なリソースを吸いつくすつ男たちは といえば、最初はバタバタもがくも、やがて諦めたようにグッタリとして、 ゆっくりと収入やリソースを吸い尽くさ最後は骨と皮になって死んでいく。≫ ▼ タガメ女の餌食の「カエル男」は、妻の洗脳で「ATM」と揶揄される タガメ女の搾取と奴隷生活を巧みな洗脳と人格改造により「それなりに幸せ」 と勘違いさせて心の平衡を保ち、保てない人間は職場で溢れたストレスを パワハラ、セクハラ、不倫で発散させる。タガメの顔写真が、女性の股間に 見えてきた。これでカニバサミされ、一度食らいついたら骨の髄まで(ノД`) あ゙ ・・・・・・ 5816,緩和小題 〜しまった! ー 人は意味を探す ー 4 2017年02月16日(木) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > 人は意味(価値)を求めて生きている。当然、自分だけでなく、他人にも、 それを求める。男女別なく、死ぬまで生活をしていかなくてはならない。 まずは、その確保。そして好きなこと(趣味)を生涯続けることが出来れば、 これに越したことはない。 それが連れ合いと重なれば尚のことよい。そこで 連れ合いとの相性の問題(価値の共有)がある。 また連れ合いとのバランス がある。相方は長期物(人)件?。選定の9割は間違えるか、長年かけ破損する。 それでも、何とか… * 人生何を生業(なりわい)にし、何に価値を求めるか? <名前が他の要素に比べて、さほど重要ではないことは、数年前の英国の実験で 証明された。にせの人物のプロフィールを暗記させる実験だ。各プロフィール に架空の名前のほかに、人物ゆかりの地名(出身地など)や職業、趣味といった、 にせの情報が記されている。たとえば、〖アン・コリンズ。有名なアマチュア 写真家。プリストル近郊在住。地元で訪問介護師として働いている〗とする。 憶えていた第一が、職業で、69%。 第二位がタッチの差の68%で「趣味」。 第三位が、62%の「出身地」。最下位が、「名前」で、ファーストネーム(名) が31%、ラストネームが30%しか憶えてなかった。なぜか、人は意味を求めて いるため。その人の名がパン屋を営んでいることは姓がベーカリーより憶えやす かった。人の名は、あまり意味がない恣意的につけられた「ラベル」でしかない。 それに対して、職業、趣味、場所は「意味論的に豊かで何かを意味している。> ―― ▼ 当り前のことだが、その人となりの判断基準が生活を支える「職業」と、 長年かけて蓄積された「資産」。そして、「趣味」になる。 次に男なら、 「美形」と「センス」。女なら「出身地」「最終出身校」と続く。男は、実は 「美形」と「センス」ではない。 それに加えた身についた魅力で8割は知り えるが、それでも数ヶ月は様子をみなければ…。当然、名前などどうでもいいが、 相手の注意を惹きたいなら、フルネームを覚えればよい… このことから、 人生如何に生きるを読みとく示唆がある。 まず職業を何にするか。そして何を 趣味にしたライフワークを続けるか。その為の学校の選択。その条件としての、 両親の職業(家柄)と、学歴の土台を元に、自分の特性をキャリアを加えていく。 それが、各自の人柄になる。「で、このザマ」が、知る限り万人に当てはまる。 そう思えば、気が休まる。社会など、世間など、他人など、妄想でしかない。 あるのは、行蔵と知恵だけ。遊べるうち、学べるうち、今のうち、人生を歩め!
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| 6546,閑話小題 〜地元長岡は、底知れぬ不景気感が… |
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2019年02月15日(金)
* つれづれなるままに ☆ 先の3連休はYouTube観賞。今ではユーチューバ―で稼いでいるプロの一群が 存在して、その内容は日々向上している。 1万のフォロアーで千円が相場。 土日・祭日など週末にはテーマを絞って集中して見ている。 先週末は、 「ドローンレース」。先々週は「街中闘牛」。その前は「世界の景観」。これが、 数カ月単位で大幅に内容が更新される。これでは地上波の番組は廃れて当然。 今まではパソコンで見ていたのを大型TVに移行しただけで面白さが倍増する。 刺激的動画を検索で探して見ていると、受動的に見ていたTVを、能動的にみて いるような感覚が奇妙。 その上に、Wowowで次々と映画や、新シリーズの ドラマが放映されるのを録画をするが、限られた時間の中で、300本の録画分 を見ないまま消去することが多くなる。その繰返しが在庫の質を上げるため、 面白いのが残る。映しださる世界は竜宮城の世界。 御宅とはかくあらん。 確かにバカになるが否かは内容による。10〜15日もかけて辿り着いたベスト ポイント絶景が現地の視覚より鮮明に映し出されるため、連日、感動、感激 の連続。20年前に買って目の前の書棚に鎮座してある『世界のプピリチュアル・ スポット』という大型写真集。 何これ?である。尤も、YouTubeの目録と 割切れば良いだけだが。<何時も、TVのことばかり書いている… それだけ、 撮影機種や、ドローンなどや、受信機能が向上。一般人が様々な視点から 新鮮な画面を投稿するようになった。
☆ 積雪が、この時節まできて30〜40�僂箸肋�ない。そこで各店が慌てて冬物の 逃げ切りバーゲンに入って暫くになる。恒例の冬物衣料の半額セールを目指し、 イオンの紳士服売場を覗いたが、そこは売れ残りの山。 他山の石でも… 地元もスキー場も小雪で苦戦。 ☆ ヨーカ堂が昨日、閉店をした、この半年で長岡、柏崎、上越店が閉店。 家内が週に2回、川西のイオンのSJに行く。 数日前に駅でバスを下りて、 ヨーカ堂を振返ってみると閉鎖…。 帰路、駅内専門街の「こころ」は、幾つ かの店が廃店。北銀は第四に吸収。そして、近くの地元スーパーに立寄ると、 食品の値上げ。何やら底知れない恐怖を覚えたという。 ☆ 女子大生の殺人事件。図書館で週刊誌の立読みで、援助交際の金銭トラブル?。 約束の金額の支払いで揉めた結果の殺人? 15〜30万につられて… 真面目な身持ちが固そうなお嬢さん風で! 一行にすると 〔女子大生、無銭援交・居直り殺人事件〕何やら薄気味悪い時代になった。
・・・・・・ 6182,閑話小題 〜座禅は心の安楽死 ー5 2018年02月15日(木) 『坐禅は心の安楽死〜ぼくの坐禅修行記』横尾忠則 (著) * ピラミッド・パワー 著者の横尾は、家で座戦をする時は、瞑想用のピラミッド・テントを使う。 アメリカから取り寄せたもので、瞑想用につくられたもの。 これはエジプトの ギゼーと同じ精密な比率を持ったもので、人体に実際に反映し、エネルギー場を 反射し、生成、蓄積することがあるということから、開発されたもの。私が 20歳代半ばの頃だったが、世界的大ブームになって、カーター大統領の出身地の ジョージア州では60%の家庭が、ピラミッドを所有しており、テキサスのラレド の病院でもピラミッド・テントが病室に置かれているという。ファラオの墓と して建てられたとした説が、『人間成長の器械』として建てられた説が有力に なっている。 ピラミッドによって発生するエネルギー場が人間の意識を上昇 させる目的という説である。 〜そこで、ウィキペディアで検索すると〜 ― ・ピラミッドパワーとは、ピラミッド形の物体に宿っているとされる 不思議な力のこと。 ・1930年、エジプトのギザにあるクフ王のピラミッドを見学していた アントワーヌ・ボビーが、ピラミッド内に残された死骸が脱水状態である ことに不審を抱いて、再現実験を行ったのが最初と言われる。 ・腐敗を防いだり、精神を集中させて悟りを開いたり大幅に頭の回転が速く なったりさせるといった効果があるとされているが、科学的根拠が無いため 疑似科学の一つと考えられることが多い。日本では1970年代から1980年代 にかけブームとなった。 目次 1 語られている効果 2 ピラミッド(形)の条件など 3 ピラミッドパワーに関する諸説 3.1 「生命力を活性化させ、腐敗を防ぐ」説 3.2 「中のものを乾燥させる」説 3.3 「精神集中を助ける」説 3.4 学者の見解
1 語られている効果 腐敗(細菌繁殖)の抑制 剃刀の刃の寿命が延びる 静電気の発生 瞑想、ヒーリング(癒し)効果 植物の成長促進効果 食品の味が(マイルドに)変わる
2 ピラミッド(形)の条件など 正四角錐であること。 方角を南北合わせること。 パイプ等で稜線を構成するのみでも可 形状が大きい程、効果が大きいといわれる。
3 ピラミッドパワーに関する諸説 1、「生命力を活性化させ、腐敗を防ぐ」説 ピラミッドの形そのものが宇宙エネルギーなどを受けて、その内部に おかれたものの生命力を活性化させる効果があるため、人間は元気になり、 食品などの腐敗を防ぐ効果があるという説。 2、「中のものを乾燥させる」説 ピラミッドはその内部におかれたものの水分を 奪い去る力を発揮するという説。 3、「精神集中を助ける」説 ピラミッド型の施設の中で瞑想をすると悟りにいたる道が開かれるという説。 4、学者の見解 エジプト研究の学者である早稲田大学(現在客員教授)の吉村作治は、 ピラミッドの中で物が腐敗しないなどいわゆる「ピラミッドパワー」が 起こるのはピラミッドに使用されている石材の石質が磁性体であるために ピラミッド内部に磁場が生じて起こるレナード効果現象であって、ピラミッド の形(正四角錐)によって起こるという説はまったくのでたらめである、と 述べている。 ―― ▼ 半世紀前の世界的ブームで、ピラミッド・パワーについての知識はあり、 以来、TV番組で取上げられたのを見てきたが、半信半疑の域を出なかった。 人生を振返ると<見て見えず、知ったつもりで何も知らなかった>に、尽きる。 年齢もあってか、バカの壁が低くなったのか、受入れ能力が出てきたようだ。 横尾のテントの中での効果についての記述が、面白い! 〜つづく
―――― 5815,緩和小題 〜しまった! ー見れど見えずー 3 2017年02月15日(水) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > * 見ていても見えているとは限らない 「人生の幸せは金ではなくその人に与えられた時間の過ごし方にある」が良い。 古希も過ぎ、70歳代に入り一年。残された時間は、5〜10年在るか無しか。 その間の過ごし方は、やり残したことを遣り、好きなことを好きなようにして 過ごすこと。 その点、現状は満足できるといってよい。 6年前のリタイア時に、精神のバランスを崩さないためにと、少し厳しめの 一日、一週単位のスケジュールをたて、実行し、現在に至っている。 「習慣は第二の自己」というが、その点、我ながら充実している。16年続けて いる、この「随想日記」の掲載が『核』になる。与えられた時間を好きなこと に徹せるなら、これほどの幸せはない。で、書きながら思うことは、これまで 気づかなかった、「しまった!」ことばかり。 人生すべからく「ったく!」 と、「あ〜良かった!」で、「まっ、いいか」の諦念で成立っている。そこで、 美空ひばりの<悲しい酒>の台詞が落ちになる。 この本には、面白い逸話が 次々と出てくる。上手くいった背後には、失敗が数限りあるが、人はそれを 敢えて表立てないだけ。「失敗したって良いじゃないか」は、結果オオライ なればこそ言えること。その上に、「手ごわい、あと知恵バイアス」がある。 その上に、「見ていても見えているとは限らない」ときている。真に見える のが、目の前にたてた一本の指の幅2cmだけ。人間とはそんなもの。 その一つが、「不思議なドアの実験」 <仕掛け人の「よそ者」に、大学を歩いている学生に道を尋ねるように指示。 この実験にはヒネリがはいっていて、よそ者と学生の間を、ドアを運ぶ二人 の学生が割って入る。その時、ドアを運ぶ1人が「よそ者」と入れ替わる。 ドアを通り過ぎた時には別人の男は素知らぬ顔で話しを続けるが、歩行者は、 そのことに気づいたか?という実験。 実は気づかない方が多かった。 気づいたのは15人にうち7人だけだった。> 信じられない結果だが、気付いた7人は、ほぼ同年代の人だったという。 TVのお笑いで、SC内のモールで、同じ設定で違う人と入れ替わり、その驚きの 反応をみて笑いをとるの場面を見たことがある。 それだめでない、 <厳しいはずの運輸安全局の潜入調査によると、飛行機に乗客の拳銃検査で、 4丁に1丁の割で、手荷物に隠した爆弾と、材料の60%が見落とされた。> 彼らエキスパートですら見落とすのだから、私たちは何おかいわんや。> 初回にみる映画より、二度目の方が、画面を冷静にみるため、新鮮に思える 経験が誰にでもある。映画館を出たと同時に、全てが忘却の彼方。 本も新聞も雑誌なら、尚のこと。で、こうして書き残し、毎年、読み返す。 「見てなくとも、見ている気になっているのが、凡庸な我々、問題は自覚が 出来ているかどうか。少ないほどゾンビ人間に陥っていく。要するに世間様! ・・・・・・ 5085,真の友人 ー楽しく生きる一日一話 〜� 2015年02月15日(日) * 真の友人 【本日「いいかげん」日和 】ひろさちや (著) 私に真の友人がいただろうか? 学生時代からの友人が存在するし、 仕事での付合いから、気心が知れた人が何人かいる。そういう人は、年に 一度か、数年に一度しか会わないが、それで十分。この随想日記は、一方的 に、友人にトッテオキの情報を知らせる感覚で書いている。 その意味で、 ビュアーは私と会っていると同じ? しかし残念ながら、知人で同じ感覚で ブログを書いている人はいない。今ではソーシャル・ネットワークもあるが、 何か参加する気になれない。 ー以下のドイツ人の友人観に同感するー ≪ ある日本人がドイツ人に尋ねられた。 「あなたに友人はどれくらいいますか」 日本人は、『さあ、百人か二百人くらい……」と答えたが、 それを聞いてドイツ人は驚いたという。 ドイツでは、その人のために自分を犠牲にできる人 ――自分が何も言わなくても、自分をわかってくれる人―― この二つの条件が満たされて、はじめて「友人」と言えるそうだ。 だとすれば、百人も二百人も友人がいるわけがない。 ドイツ人が驚くのも無理はない。 わたしたち日本人は、いささか「友人」を安売りしているのではないか…。 簡単に友人ができる、友人をつくれる、と思い込んでいる。 だから、自分に友人がいないとさびしくなる。 しかし、真の「友人」というものは、一生に一人得られるか否か、 といった存在なのだ。そう考えると、いま自分に「友人」がいなくても 悲しむ必要はない。これから死ぬまでのあいだに、真の「友人」に めぐりあえぱいいからである。きっとチャンスはあるであろう。 ≫ ▼ 以前、トーク番組で、『私には友人がいません!』といってのけ、 周囲が一瞬、静寂になった、のが印象的だった。これを公然と言放つには 強さが必要である。20歳時に、両親の後姿から、創業を決意した時から、 自ら友情を求めない孤独業、一種の自閉症になっていた。といえ、友人は 存在していたが。 創業を決意して見えるのは、自分の卑小、無能だけ。 しかし、今さら後には退けない袋小路で、その都度、友人ができていった。 ・・・・・ 3613, 旅ばなし 小題 2011年02月15日(火) * マッターホルンの登山ツアー 先日、BS/TVでマッターホルン山頂の登山ツアーを放映していた。 それもNHKの女性ディレクターが、それにチャレンジをする内容。 ここはアルプスの中で最後まで登山を許さなかった標高は4478メールの魔の山。 140年前に初めて英国の7人の登山家によって征服された。しかし下山の途中に 4人が足を滑らせて死んでしまった。その山頂へ地元のプロ登山家のガイドが 先導して登る内容を克明に記録した内容。もちろんクライマーは経験者で、 登山前に近くの山頂へのロッククライミングで、その人の能力がガイドによって 試され、合格者のみが登山が許される。コースは決まっているので何組も同じ コース登っていたことには驚いてしまった。もちろん、一つ間違えば滑落して 死んでしまう。頂上には、登って休んでいる先着者が何組かいて、パラダイス を眺めていた。そのガイドは70回以上登っているという。 その頂上から見る パノラマの素晴らしいこと、この上ない。スイスには何回か行っているが、 学生時代の車窓からみた景色の美しさは今でも忘れることが出来ない。 スイスツアーにトレッキングのコースもあるが、山は、その時の天候で大きく 左右される。外れたら、山頂からの景色は霧一色で覆われて何も見えない リスクが伴なう。近くの丘のビューポイントからのマッターホルンは絶品。 天候に恵まれた場合になるが、スイス山岳ツアーはお勧めである。 ここと、カナダのロッキー、ヒマラヤ、北スペインのピレーネの絶景は、 深く心に刻みついている。一度行ったところは、TV放送で再び楽しめてよい。
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| 6545,読書日記 〜人生における読書の効能 〜4 |
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2019年02月14日(木)
『本を読む人だけが手にするもの』藤原和博(著) * 読書は私の人生にこんなに役立った(第三章) 若者向きに書いているので、このような言い方になるなるのだろうが、 『人生における読書の役割とは?』が適切な問いかけだろう。それを軸に、 青少年期を振返ると、成るほど、人生の「どん底」時に縋るように読んだ本が 自分を支えてくれ、精神の滋養になっていた。それらが、精神的支柱になり現在 に至っている。そして、それらを抱いて死んでいく。 …次々と襲いくる挫折感。そこで自分の弱さと直面する。その時、書店や 図書館で見つけた本で魂が救われたことしばしば。何の手がかりも見出せない中、 フッと灯を、先人の言葉、行蔵の中で見出し、独り言を呟きながら嚙みしみた 言葉。それが重要な分岐点になる。学生時代、新たな門出に向って気持ちが 大揺れの頃、ロマンローランの『ベートーヴェンの生涯』の 「悩みを突き抜けて歓喜に到れ!」 「 良くかつ高貴に行動する人間は、その事実によってだけでも不幸に耐える ことができる」。 聴覚を喪失しながらも音楽家として最高の成果をあげた人物。 狂人と天才は紙一重そのままの人生を過ごした大作曲家。 ロマンローランで想いだすのが、 <もっとも偉大な人々は、人に知られることなく死んでいった。 人々が知るブッダやキリストは、第二流の英雄なのだ。> 金沢時代の25〜6歳の頃、大本教を知った。その生々しい重厚な教義をモデルに した高橋和巳の『邪宗門』も、気持ちがどん底が故に人生の何たるかを垣間 見ることが出来た。学生時代の前半に、新約聖書、日本純文学書を読み込んで いたことが、長い人生で非常にプラスに働いていた。最後は独りだけ… 「経験と知識と情報」の質・量の総計と、両親からの血筋が、その人そのもの。 それと、触媒の質も… 更に挫折という節目も。その限界の眼鏡で、私たちは 世界を感じ、考えているに過ぎない。殆ど知らないで、何も味わうこともなく、 小さなミクロの粟粒が、膨大の宇宙の中で彷徨い、浮いているだけ。読書は、 それを教えてくれる媒体。司馬遼太郎シリーズ、海音寺長五郎の『天と地』 『孫子』。などなど、独り自分の世界に閉じ籠って孤高になる時間の快楽。 それこそが人生の滋養である。 <達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ> の 禅言葉もある… ・・・・・・ 3977, 人生を振り返る時節に 2012年02月14日(火) 還暦を過ぎ60代半ばを越えて、そろそろ人生の整理に入る時節に入った。 一年近く前に会社も倒産し、事業人生を終えてしまった。後悔も、未練も全く ないのが自分でも不思議である。しかし時間に余裕が出来、気持ちも落ち 着いた現在、人間は時代の波に漂う存在でしかないことに思いやられる。 出身の長岡市が生まれる直前の戦災で、両親も含めた我家全て焼け出された。 子供の頃の記憶は3歳位から始まるというが、私は生後三ヶ月から始まっている。 大人数の中で育ったこともあるのだろう。 長岡の商店街の真っ只中で何時も 独りで遊んでいた。その習性が、そのまま現在に至っている。 幼児の頃から 住み込み従業員と10人の家族の中で、常に周辺の人の顔色を窺っていたが、 それが刺激的であった。そして年齢を重ねるのと同時に、経済が成長していく 右上がり社会で、その豊かさを享受してきた人生だった。それも20年前の バブル崩壊で、一挙に右下がり経済になり、それと正比例した引き潮に私の事業 も浚われてしまった。それでも66年を振り返れば、ベストの時代に生きることが 出来たと両親に国家に天(運命)に感謝している。人生の満足度では90点以上。 しかし振り返るとフラッシュのように恥ずかしい場面が次々に思い出される。 それでも嫌なことより、良いことが数倍あった実感が気休めになる。 時代と家庭に恵まれて、社会に出てからも独学を続けてきたこともある。 で、これだが問題はこれから。 老齢は、おのずから病気、老い、死の問題が 背後から追い越し目前に突きつけられる。 自然と気持ちが暗くなり、慢性 老人性鬱症が付きまとう。初老の心象風景とはこんなものかと思っているうちに、 中老になっていく。人生それぞれの年齢の心象風景は、それなりに微妙な味がし 面白い。やはり、読書と芸術と自然に深く触れることが晩年の味。人生万歳! ・・・・・・ 5814,緩和小題 〜しまった! ー概要とは? ー 2 2017年02月14日(火) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > * 概要とは? 「しまった!」で一番多いのが結婚相手の選定。ベルギー、ポルトガルなどは 7割が、アメリカでは5割以上、日本は3割半ばが離婚に至っている。家庭内離婚 を含めると9割が破綻している? とはいえ、家庭だけは持ってみないと… 失敗を最小にとどめるに、知識と情報が必要。 ここで、 <医師の84%は、同業者がメーカーからの贈与に影響されていると考える。 だが、自分が影響されていると考える医師はわずか16%しかいない。> 成る程、日本は贈答社会(ミニ収賄社会)であるわけだ。 〜Amazonの内容紹介〜 ≪ 「人間はなぜ、まちがうのか」というテーマについて、 面白くてネタになるトピックを「これでもか」というぐらい集めて 分析した本です。たとえば・・・・・・ ★レントゲン技師は、画像に写っていた悪性腫瘍の9割を見落とす? ★トップレスダンサーの収入は、彼女の月経サイクルに左右されている? ★黒いユニフォームのチームは、ペナルティーをとられる可能性が高くなる? ★人間は、誤りを犯しそうなときは、むしろ「行動を起こさない」という 誤りを犯すほうを選ぶ? ★「セックスした相手の数」を、男は女の四倍も多めに答えたがる? ★人はなんらかの形で自分が不正をしていないことを証明すると、 その後の作業でもっと不正をしやすくなる。 ★映画を「あとで見る」人は高尚な作品を、 「いま見たい」人は大衆的な作品を選ぶ。 ★キャッシュローンを勧める通知書に女性の写真を載せるだけで、 利率を五ポイント下げたのと同じ効果が期待できる。 ★予備選名簿の一番目に載った候補者は、得票に三ポイント上乗せできる。 ★投資家は、金曜日の経済記事には月曜日の記事ほど注意を向けない。 ★人間は、印象の操作など特定の目的のためには平気で話をつくり変える。 ★無意識につくり変えた話でも、二度三度と繰り返すうちに、いつしか 「記憶」そのものになってしまうことがある。 ★一般的に、男は自分を持ち上げるために、 女は他人を持ち上げるために嘘をつくことが多い。 ★社会的地位や学歴、収入は、全体の幸福度における三%しか占めていない。 ★ 人を単純作業に従事させるためには、お金の力がものを言う。 だが、たいていの行動では、人間は総じて金銭的同期には左右されない。 (ゆえに、行動経済学はあまり役に立たない?)≫ ―― ▼ 上記の中で、【☆人間は、印象の操作など特定の目的のためには平気で話 をつくり変える。☆無意識につくり変えた話でも、二度三度と繰り返すうち に、いつしか「記憶」そのものになってしまうことがある。】などは、如何に 世間話の「噂話」が奇形されて流布されるかを端的に言い当てている。 9割は好い加減な馬鹿話。それを信じ真面目に論じているのが、世間人。 ・・・・・・ 4719,「余命3カ月」のウソ ー3 2014年02月14日(金) * 苦しみ抜いて死に至るがん治療 ー「余命3カ月」のウソー近藤誠 (著) 著者は、現在のがん治療は拷問するために生かしておくようなもので、角を 矯めて牛を殺す喩えそのもの。がんを治そうとして本体を痛めつけ、死に至ら しめる危険が大きい。ー以下は、その典型。知り尽くしているのに、であるー 《 名誉総長はこう語っています。{妻は抗がん剤のつらい治療も受けてくれ ました。1回目はマーカーが下り、喜びました。しかし、2回目からは効果が なく、副作用ばかりが出てきた。薬を代えたのですが、今度は口内炎、食道炎が ひどく、食べるのもつらそうで、かわいそうでした。医師も転移したリンパ節 1個は治せると思っていたはずで、前向きに治療していました。 しかし、最後は敗戦処理のような感じにもなりました。抗がん剤の効果を 本当は信じていなくても、前向きに闘いたいという気持ちでした}。妻が余命 3ヶ月と思われる時期を迎えても、「緩和ケアのことは考えませんでした。 迷うことなく再入院し治療を」と、玉砕しか考えていない。ふともらした 「敗戦処理」「抗がん剤の効果を本当は信じていなくても」という言葉に、 がん治療の恐ろしさが集約されています。医者はこのように「がんと闘う」の 一点張りで、効果を信じてもいない残酷な治療を患者に次次へと平気で押し つけるのです。患者がどれほど苦しみ、弱っていようと。がんセンター名誉総長 の妻は一度だけ「こんなつらい治療を受けたのは、あなたのためですよ」 とつぶやいたそうです。・・・ 》 ▼ 老人ホームの専門医の中村仁一が、「ホームでの放置患者は、ほとんど 苦しまず亡くなっている」という事実が、上記の名誉総長の妻の悲惨さの 逆を物語る。私の父がスキルス性胃がんになって、余命半年〜一年と身内に 宣告された。そこで当時名医といわれた東京女子医大の中山教授に執刀して もらったが、一年で亡くなった。父は亡くなる直前、「あれほど苦しむなら、 死んだ方がまし、同じならしない方が良かった!」と、こっそり打ち明けた。 死ぬ間際の肉体的苦痛は、それは酷く、「結果はどうであれ、モルヒネを うって苦痛を止めてくれ」になっていた。 がん死か、痴呆老人になって紐に 繋がれ死んでいくか、どうするか?と言われたら、私は前者の選択になる。 酒の飲みすぎの罰として、モルヒネの効きは飲んだ量に比例して悪くなる。 神は生きていたくなるほどの苦痛を与え、天に召されるようだ。だから 生きている内、五感と肉体がしっかりしている内、楽しめる内に、積極一貫 に生きるしかない。成るほど、後ろに感じた死神が、そろそろ横並びになり、 数年後は正面から? 死ぬべき時には死ぬが良い!ということ。
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2019年02月13日(水)
* 時代の変化は全てを飲みこんでいく 駅で北越銀行出身の知人とすれ違った時に、『如何なんだ?』と聞くと、 誰からも同じ質問をされ?でウンザリした顔で『新聞発表以外は何も知らないが、 吸収合併さ!私には、もう関係ないが…』と…。 聞く方も聞く方だが。現役 だけでなくOBまで肩身が狭くなる典型? 目立たない生活をすれば、それなりに 良い思いをしていた団塊の世代。 娑婆という言葉がピッタリの社会で、吸収 されるサイド、特にリストラ対象の管理職は厳しい。 元もと、行員は実家が 豊かな人を優先して採用するから、さほど深刻ではない? のが実情…。 <サラリーマンには二種類ある。実家が裕福か、貧乏か>という。 そこに自ずから資金力の格差がある。 学生時代の友人によると〜 < 都会のリタイア組にも二種類の階層があって、連れに拘束されない資金が 1000万あるか無しかが階層ライン! > まあ、面白いもの。 切れた首輪の紐を付けたまま彷徨う一群。社会は変われど地銀だけは守られて きたが、一度、堰が切れれば世界が一変。 営業悪化の資金難など地域社会の 粗探しが職業故に、心底、嫌悪される職業なればこそ‘返り矢’が集中する! 看板が地に落ちれば、如何に自分の能力が看板との融合で生かされてきたかが 実感させられることになる。‘同じ雪には変わらねど、融けてしまえば皆同じ!’ 元武士の家系程度しか誇るものがない、ここは窒息しそうな城下町の閉鎖社会! 高みの見物の、それが無くなれば…。 問題はライフワークが有り無し? OB同士のゴルフで寂しさを紛らわす生活も、ここまで? せっかく職業の縛り から解放されて、余白を埋める時節に、切れた紐付きの首輪のままでは、蛇の ような目つきの老人になり下がる? 『どうしたら、なる?』と自問自答の末、 『節目に節目を打たず、そのまま生きていると、ああなる!』… 人の世は、あくまでクオリティの純度である。
ところで古希過ぎた辺りから独り遊びが益々、面白くなって、死にたくなく なってきたから困ったもの。成るほど、人生プラスが3〜6、マイナス1だが、 両者とも年齢を重ねていくと、濃度が飛躍的に濃くなっていく。特に老いの 実感は何とも面白い心的映像、それも人生全体の、底に沈んでいた心象風景が 突然、湧き上がってきて、自己否定と、肯定感が根こそぎ動揺をする。 伊勢丹が三越を、大丸が松坂屋を、西武百貨店をヨーカ堂が傘下に置く時代。 第四が、北越を吸収合併も何ら不思議でない時代。
―――― 2017/03/17 閑話小題 〜北越と第四銀行の経営統合 * 北越と第四銀行の経営統合、の号砲一発 昨日の夕方、TVのニュースで「地元NO・1と、NO・2の地銀の統合合併の ニュースが報じられた。 6年前に一線を離れた身としても、驚きは大きい。 実際にあるとすれば、元・第二地銀の大光銀行と北越銀行と思って当然。 まさか殿様?の北越と第四銀行とは鳩に鉄砲の組合せ。 「合併に対等はなし」の通例からして第四の吸収になるが、目的は人員と 関連会社の整理。機械化と、ネット化などの合理化で、人員の三分の?が 不要になるという。ニュースであまり取上げられてないが、2年前の 北陸新幹線開通のマイナス効果。それと、二つの地元の大地震の損害と 原発停止による経済の弱体化も大きな要素。 〜ネット記事から ≪・新潟県の地方銀行で最大手の第四銀行(新潟)と二番手の北越銀行 (長岡)が経営統合する方向で最終調整に入ったことが、16日分かった。 4月にも基本合意を交わした上で、2018年春をめどに統合を目指す。 統合の形態は共同持ち株会社を設立して、2行が傘下にぶら下がる方式を検討。 将来的な2行の合併も視野に入れる。2行は統合による規模の利益の追及など によって経営効率を高め、今後の生き残りを図る。 2016年9月末時点での2行の連結総資産額を単純合算すると、8.2兆円。 統合が実現すれば、全国の地銀約100行・グループの中で10位台に浮上 する、大規模な地銀グループが誕生することになる。 ・2行を経営統合へと突き動かした要因は大きく二つ。 一つは、ここ数年で相次いでいる他の地銀再編と同じく、地元地域の人口減少と 超低金利環境だ。 国立社会保障・人口問題研究所によると、2行が地盤を持つ 新潟県における25年時点での15〜64歳人口は、10年時点と比べて約2割も減少 するという推計結果(13年3月推計)が出ている。 2つめは、足元の経営環境も16年2月の日本銀行によるマイナス金利政策の導入 以降、一層厳しさを増している。超低金利の状況において、預金と貸出金の 金利差である利ざやの縮小が進んでいるためだ。 対前年同期比で見た、2行の16年4〜12月期決算における業績がそれを示唆する。 一般事業会社の営業利益に当たる実質業務純益では、第四が26.7%減の117億円、 北越銀行が18.9%減の65億円。さらに、連結経常利益では2行共に3割以上の 減少という苦境に陥っている。この状況が長く続けば、将来的に地元である 新潟県の地域金融を支えられなくなるかもしれない。そんな危機感が2行を 統合交渉のテーブルに着かせた。≫ ―― ▼「15〜64歳人口は、10年時点と比べて約2割も減少」は、この記事で知ったが、 これは深刻な事態。常識的にみれば、中越地区は3割減?。これからして、 この合併は、当然といえば当然。第四にとって第二地銀との合併は避けて当然。 その結果が第四+北越銀行の組合せ。「地方経済の弱体化モデル地区の象徴」 として、越後長岡は取上げられる。全体エネルギーが、3分の2に落ちている 感はあったが… それでも合併で何とかなる?から、よいのか。 今後10年で第四の3分の1、北越の2分1の人員と店舗の整理があって然るべき。 目的は時代に即した合理化。 地銀の整理淘汰の号砲一発。 今夜と明日の殿町の巷は如何なることに? 金融関係者は青い顔、中小・零細 経営者は赤い顔で。今さらだが、「毒喰えば皿まで」。県知事は建設省出身者 の選択しかなかった? 床柱だった北海道拓殖銀行の倒産は、地元道民が乾杯 をあげたという。地元は、如何なることに? 倒産でもないし… 越後新潟も、新潟市一極化は、ますます顕著になる。ここというより、地方の 常識は非常識。負け犬の遠吠えでしかないが… ワオ〜ン。いや、キャン! ―――― 2017/04/08 閑話小題 〜北越と第四銀行の経営統合 −2 * 大蔵直轄統治の大光は ・数日前になるが、地銀の第四と北越銀行頭取の合併に関する 記者会見が TVニュースで流れていた。気のせいか、第四頭取は明るく、北越の頭取は 下向き加減の暗い顔をしていたような? しかし、健全な経営体質なら、 前向きの統合策として評価されて然るべき決断。で、残る大光は、地勢上から 他県の有力な地銀との連合が筋道なるが… 考えてみれば、今まで動きが 無かったのが不思議。デフレと、首都圏一極化と、情報化による地方経済の 疲弊は、直接、金融機関の劣化に正比例する。20数行あった都市銀行は三行 まで激減した中で、地銀以下の集約は無かった方が不自然であった。 銀行の本質は職業柄、高利貸しの悪質の特性をも持つ。力の有る者に媚り、 弱者から利益を毟り取る。世界最大規模を誇る柏崎・刈羽原発の再開が見込め ない現在、地元経済の劣化は進む中で、締め付けは厳しくなる一方。それが 銀行憎しのガスを充満をしている。その最中のリストラの号砲一発。その弱肉 強食の現実が、世間とかいう人食いネズミ群の絶好の餌食?になっていく。 立場が一転、弱者の「こんなはずではなかった」へ、文字通りに立つ。 ・バブル崩壊後、大手地銀自ら格下げをした「リソナ銀行」?が、バランス からしてよい?…云々が、連想創作の「天の声」として1人歩きをしそうな。 しかし、天領と、大波で削ぎ落とされた体質の銀行では、体質が違い過ぎる。 ちなみに次男の嫁さんと、両親がリソナ母体?の一つの旧埼玉銀行の出身。 また兄嫁が大手銀行出身。更に家内の妹が、一度退社後の子育てを終えた頃、 元上司に請われ、地銀のパートを20年続けている。 ・大蔵官僚として、天領の天下り先の地銀の『頭取』の座は残したいが、 問題は単独のリストラ能力の有無。直轄統治でも無理、と思うのは官僚役人 の力を知らないから? このようなコンニャク政経談議。 今後、材料は 絶えることはない… 状況は条件の意味に近い。城下町小唄の世界にドップリ 浸かってしまった私。「先手の一策は、事後の百策に勝る」という。 この時節が、先手かどうか。以下の「一切は、君の自由だ」に、無理があるが、 文脈としてつながる。 「未来の健全のために、ご自由に、どうぞ!」
・・・・・・ 6181,閑話小題 〜相撲談義(トーナメント戦) −2 2018年02月14日(水) * 貴ちゃん登場 寅ちゃんが貴ちゃんに憑依して登場する… 思わぬ展開になりそう… ―― 大家さん: こうなったら貴ちゃん本人に登場願うが、本人は拒否。しかし、 寅ちゃんが、本人に憑依して答えるというから… 実際に憑依しているか どうかは私は責任取らないよ。で、貴ちゃん、何か一言! 貴ちゃん: 大相撲は、江戸時代から続いてきた興業の一つで、大名、大金持 のタニマチへの集り‘ごっあん’の奢られ体質と、利権で部屋の維持を してきた。その調整を相撲協会がしてきたの。だから古い体質が染みついて。 大家: 相撲取りも潰しが効かないため引退後も、生活を面倒見なくてはね。 貴ちゃんのようにタレント性がある力士はいいけど、大部分は、やめて しまえば只の大男。翌日から生活が困窮するんだ。だから、御前さんの 綺麗ごとに怒りさえ感じるんだ。 八つぁん: でも、この騒動は正解よ。モンゴル人の協同組合的仕組は、露骨。 警察への直訴の判断は、当然じゃないですか。 熊ちゃん: あの親方たち、俺と大して変わらないとは思いもしなかったけど。 大家: あれだけ厳しい縦社会で、生きているんだから、御前とは違うさ。 八つぁん: 頭に丁髷を付けて、神官の衣装をつけた行司が仕切るんだもの。 神前の厳かさ価値があるのに。彼ら出稼ぎ気分はいけないけど、異国の地で 捨身で生きているから、生半可の根性じゃないよ。とは言え、横暴過ぎはね。 貴ちゃん: それが言いたかったの。いくら何でも、「横綱アドバンテージ」の 洗脳はいけません。 誰かが理解してくれると思っていたが… 大家: 誰かに解って貰いたいなんて思わない方がいい。生温い相撲界を掻き 混ぜるだけで充分価値があったさ。 喧嘩の本質ってさ、相討ちなの。 「身を切らして骨を切る!」では覚悟が甘い。「骨を切らして、肉を切る」 ぐらいの捨身でないと、勝てないの。 目先、負けでも、長い目でみて 正しいなら、その恩いを込めた精神は永遠に残るさ。世の中、捨てたもん じゃないよ。 八つぁん: 話を元に戻すね。 稀勢の里と、鶴竜、このトーナメン大相撲を 欠場したね。三人とも現役として限界なら、如何なるかだ? 熊ちゃん: あんたが心配するすることでもないよ。 貴ちゃん: うちのカミさん上智大出で、アナウンサー出身だもの。母親とは、 ソリが少し合わないけどね。マスコミの裏表と群衆操作を知っているもの。 協会も、横審も、利益と名誉の塊で、このザマさ。 大家: この大相撲協会の構造体質を知って、観戦するのとしないでは、面白味 が格段と違うさ。当面、今までの白鵬、日馬富士、鶴竜、照ノ富士、玉鷲の 横綱、大関、関脇のトライアングルの崩壊プロセスが、年内続く。 八つぁん: その代り、東欧の栃の心と、モンゴルの逸ノ城が繋ぎで入る可能性 が強いが、これも甘い。 貴ちゃん: うちの部屋に若い双子の力士が育ってきた。それにしても、横審 とかいうの、権威づけのためのお人形だろう。何じゃあれは、ですよ。 八つぁん: せめて理事長の選定だけは、横審にさせたら良い。選定基準の 要素採点化をして、公表すればね。何が選挙ですか。変ですよ。 大家: それか、税金免除など、以ての外。特殊法人で無くなれば、部屋ごとに 企業単位や、国家単位のスポンサーがついてさ、あれは三菱、これはトヨタ とかね。四股名も貸せば、多彩で面白くなる。例えば、『朝の山』ではなく、 醸造の『朝日山』とか、『麒麟山』とかね。 面白いだろう、それ。 熊ちゃん: 野球場、スポーツドームの名前も、売却する時代だよ。 大家さん: そういえば、八つぁんも、以前、30年間、経営していたホテル名。 変形か、ファッション学生服のメーカー名にしたね。あれって、時代の 先取りだったよな。 八つぁん: 『ベンクガーホテル』とかね。10年で変えたけどね。当初の10年は かなり儲かったけどね… 後半は、資産デフレと、価格デフレで食潰して、 黄色の点滅で、早々に断念をし、自宅で年金生活が出来る身分で収まって いるけどね。自分で起こした会社は、割切りが早いの!面白かったしね。 貴ちゃん: 部屋の経営も大変。転身していった弟が羨ましいぐらいよ。 大家: 私も、弟の生き方が正しかったと思うよ。 貴ちゃん: でも、二代続いた血筋。この選択しかないでしょう。 大家: 今の状態が一番理想的だと思えるけどね。また、このままじゃ、 不祥事が間違いなく起こるよ。あまりに深い汚点だね、この横暴は。 八つぁん: それも取返しのつかない大問題がね。この落選が生きて来るよ。 良かったじゃないですか、この結末は。最後に残るのは、精神ですよ。 熊ちゃん: 大家さんは如何だろうと、俺は、この一連の貴ちゃんの態度、惚れ 直したよ。 あのメンバーの一員にしておくには、面構えがが違い過ぎるよ。 寅ちゃん: 仮面は厳しいね。 ボケ役の方が遥かに楽だよ。でも、貴ちゃん、 好きになれないよ。 大家: チャランポランの御前じゃ体質が違い過ぎですよ。それが逆に融合して いたんですよ。 大家: 丁度、お時間のようで… 寅ちゃん、ご・く・ろ・う・さ・ん。
・・・・・・ 5448,人生で最も大切な技術 ー21 幸福の社会学 2016年02月14日(日) 『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * 幸福の社会学 〜A:幸・不幸になりやすいタイプ' 客観的には分からないが、私は幸福の典型的タイプと自認している。 8人姉兄の末っ子で、両親の愛情を一身に享受してきたことが大きな要素。 幸せのタイプといえば、家内と、その母親が幸せな人。家内には幸せが磁石の ように、擦寄ってくるようだ。 空っぽの頭にあるのは視界にある楽しみと、 楽しかった想い出のみ。幼稚園から小学校の頃、お人形のように、次々と習い事 を重ねたのが底に沈殿している。何事にも興味を持つが、直ぐ他に気持ちが移る。 私も、家内も、不幸系の人の匂いを直ぐ嗅ぎわける。言葉にあらわすと、 品位というが・・ 「じゃあ、お前さんはどうだ?」というと、『品位とは、 言葉と行動に責任を持てるか』という基準からしたら、あるのかないのか。 口先で綺麗ごとをいうのを、品位とはいわない。 〜その辺りから ≪ 幸福を引き寄せるのはどのような心の状態か。幸福を妨害するのはどの ような心の状態か。それを見分けるのが本書の主旨である。では、人生の質に 影響を及ぼす要因に関する社会心理学的な研究から、何か学ぶことがあるだろう。 20世紀初期の心理学と精神病医学の関心のほとんどが、心理学的障害と精神病 の解説と治療にあった。ごく最近まで、科学は、人間が、「正常」な状態から、 精神的に最も健全で生気に満ち溢れた状態に変革する可能性についての研究には、 ほとんど関心がなかったが、このところ認知科学と「ポジティブ心理学」が 非常な関心を集めるようになり、状況は変わりつつある。 人間には、幸福になりやすいタイプ、不幸になりやすいタイプ等の遺伝的素因 が生まれつき備わっているのだろうか。家庭のしつけや人生経験は、主観的な 幸福感に対して、どの程度、有利に働いたり不利に働いたりするのだろうか。 人格的な特性をどの程度まで修正することができ、どの程度まで永続的な満足感 を起こさせることができるだろうか。精神的要因のどれが変革に貢献するのだ ろうか。 過去30年の間に、以上の問題は十分な時間をかけて研究されてきた。 70数力国で、何十万というテーマの研究が実施されており、膨大な量の研究結果 も出版されている。これらの研究結果から、大まかに三つの結論が導きだされる。 ・その第一は、富、教育、社会的地位、趣味、性別、年齢、民族等々、外的条件 その他の一般的要因が、満足度指数にもたらす影響は付随的でたいした重要性 がなく、変動幅は10〜15%以下にとどまっている。 ・第二の結論は、幸福になるか不幸は、遺伝的素因が関係しているらしい。 幸福になる潜在能力の25%が遺伝子によって決まる、ということである。 だが、遺伝子は状況に応じて、適応したり無視したりできる、いわば青写真 のような機能を持つ。 ・第三の結論は、人間の生き方、人生観、人生における出来事の認識と反応の 仕方は、幸福や不幸の体験に多大な影響を及ぼす、というものである。 この結論は朗報である。なぜなら、幸福になる能力が不変のものなら、幸福の 現象を研究したり、持続的に幸福になるために努力したりする意味はなくなる。 これらの結論により、幸福に関するこれまでの膨大な量の理論が誤りだったこと になる。幸福は健康にいい、楽観主義者は人生を長く楽しむ、幸福になる技術は 磨くことができるといった考え方は・作家や哲学者によって、しばしば笑い種 にされてきた。ところが、これらが立証済みの事実として認められようとして いるのである。≫ ▼ 過去を内省すると、様々な節目の危機があったが、判断と決断を大きく 間違わなかった?のは、早朝の読書習慣を続けていたことか?その蓄積が、 何とかポジティブとネガティブの比を3対1に維持させていた。もしかして、 自分で気づかないだけで、判断と決断を間違え、ここまで生きてきたのだろう。
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2019年02月12日(火)
* 釈迦に説法ですか… この発表で、新年度の4月から、現場の具体的リストラの手順に入る。 普通、内部的には、廃店予定の店は、残る店の「何々付け店」になる。 敵対してきた新潟の主が長岡の主を呑み込むため、プライド高き銀行マンの 悲喜こもごもの「帰り矢」風ドラマが生まれんとしている。都銀21行が3行に 集約された時の経緯と同じドラマが…、弱者にまわると現実社会は実に厳しい ことは周知している? ・街全体が弱体化しているため受皿が少ないのが大問題。 ・それと職業柄、マイナス思考が強いため、潰しがきかない。 ・また中長期の準備があったかどうか? ・最後は、最も銀行員の得意問題?の黒鳥の到来時の「資金準備」に行きつく。 ・もう一つ、ライフワークを持ってるか… これしか危機は乗りきれない。 即席ライフワークなら、週一のシネマ通いか、大型TVでWowow加入をしての 映画三昧がある。 ・あとは、野良犬、猫へのギアの切替。そう『態度価値』を切替えること。 そう割切ると世界が俄然と面白くなる。これには、一度、孤立をして、 孤独を噛みしめて、仲間たちとの「断捨離」から始めないと。 野良猫、野良犬への切替は難しい必要条件! 今まで真白の五目の目が、 振返ると、真っ黒にみえる爽快感? 面白さ! 実は、そこには空風しか 吹いてなかった認識。比較脳しか持ち得なかった人生。 今さら孤立をいて独り考えろ!という方が土台無理。舟底には固定観念が、 ビッシリヘバリツイテ、重く動き辛い舟を、操縦しろと迫れれても、エンジン そのものも錆がついて… こんなイメージが、先に立つ。人生を殺伐とするか オアシスにするかは当人次第。文化都市長岡市民のエリートなら、準備万端? ところで、先週、北越銀行OBの知人と駅で擦れ違いざまに… ああ、これは次回のテーマに。 この手の話題。小池に嵌った世空言。 他者に厳しく、吾が身に甘い世間話ですか。 一番嫌っているのに… 〜つづく ・・・・・・ 5082,閑話小題 〜地方の現場では 2015年02月12日(木) * 佐渡経済からみえてくる地方経済の惨状 ネットサーフィンをしていたら、ウェブ版産経新聞に以下の記事が載っていた。 内容は、去年4月のものだが、3月14日の北陸新幹線の開通で、更に追い詰め られることになるが、止めるに止められないのが実情。 固定資産と、水道料金 の滞納の金額からみて、かなり重症。これは一部であって、地方経済全体が死に体 状態である。地方再生というが、土台無理。 その大都会も、行き着く先は、 ブラックホール化現象になる。周囲を吸い込んでいくが、最後は自滅状態。 ≪ 〜【島が危ない】第2部 佐渡に迫る影 産経ウエブ 〜 ◎ 一時、年間120万人の観光客で溢れていたが、長年にわたり減少が続き 昨年は53万人にまで減った。島の主力産業だった観光業界は縮み続けている。 元県議の清野正男(64)によると、景気がよかったころの上客は全国の農協。 東京オリンピックと新潟国体以降、観光バスを連ね、百人規模の団体で訪れた島 には、大型ホテルができ、木造の小さな旅館も大きなホテルに変わっていった。 ◎ 観光業の深刻さを表す数字は多い。平成24年度末現在で佐渡の固定資産税 滞納者をみると、滞納額の1位から9位までがホテル、旅館業者。1位は 1億2255万円、2位は7307万円、3位は4102万円…と8位までが 1000万円以上だ。水道料金滞納者も、滞納額の1位から5位までがホテル、 旅館業者。1位は3397万円で2位は965万円。いずれも100万円以上を 滞納している。 ホテルや旅館の関係者からは悲鳴ともいえる声が聞かれる。 「道の駅がタダ同然だったように、値段うんぬんというより、どこでもいいから、 うちのホテルを買ってほしい。このままやっていても赤字が膨らむだけだ」 「中国でもどこでもいいから買ってくれるところがあれば喜んで売りたい」 「佐渡にはアベノミクスという言葉はない」 ◎ 観光客激減にもがく佐渡。「トキや佐渡金山で話題を呼ぼうとしているが、 なかなか難しい」と市議会の祝(ほうり)優雄議長は苦悩の表情をみせる。 甲斐市長は中国による観光施設の買収にも言及した。 「中国が山林をあさっているという形跡はないし、ホテルを買い占められている こともない。むしろ、反対に高く買って経営でもしてくれればありがたい」 そこには、経済疲弊から脱却するため、韓国に近づいていった長崎県・ 対馬と同じ構図が見えてくる。(宮本雅史) ≫ ▼ 佐渡経済の惨状は、以前から聞いていたが、こんなもの。4年前、決断が 出来なかったら、佐渡の同業者と同じ事態に至っていたのが実感できるため、 悲鳴が直接伝わる。 地方再生の名のもとに、地方経済の惨状は覆い隠される。 これがアベノミクスの実態。政権は、任期さえ乗切れば好いだけ! ・・・・・・ 4717,閑話小題 ー45年前の自分 2014年02月12日(水) * ゴーストライターの報酬は? 一般的にゴーストライターの報酬の相場は幾らほどか?書籍、音楽の印税は その一割が作家や作曲家の取り分になる。だから、ミリオンセーラーには、億 以上の報酬になる。「現代のベートーベン」のゴーストライターの場合、20曲で 700万。一曲35万円は決して安くはなく、CMソングで、40〜50万。 フォークとかは100万が相場。 時と場合で、ゴーストに印税10%のうち、 2〜3%が支払われることもある。物書きの場合、200Pで100万前後(50 〜130万)で、雑誌のコラムの場合は2〜3万。有名作家や作曲家は、ゴースト ライターから出版社や、レコード会社に認められ世に出てきた人が多いようだ。 で今回、本当か嘘か、男同士の愛情関係の縺れ?と誰かタレントが話していたが、 話題としては面白い! ゴーストライターの存在は、この世界においては暗黙の 了解事項。前提の絶対の秘密事項の約束事からみて、何故、この時期に、発表 するのか疑問であり、愛憎関係?と考えると、成るほど? 笑点の「大喜利」 の巧妙な落語どうしの遣り取りも、放送作家のつくったもの。 子供のゴーストライターは、両親?父、母?それとも先生? * 45年前の自分と向き合って 毎年、この時節になると、学生時代の社会に飛び出す直前の日記を読み返えす ことになる。当時の逼迫した不安と期待が相まった緊迫感が懐かしい。それも 年々、リアルに記憶が鮮明に蘇る。「遠き日は年とるごとに近くなり」であり、 書き残す重要さを改めて思い知る。書いてない期間の記憶は、空白に近く、 具体的記憶は蘇えらない。書いたそこには、息づいている当時の私が存在する。 当時の友人と何十年ぶりに会ったところ、『堀井は、用心深かったからな。 今回の件を聞いても、手立ては必ずうっていると思っていた! 汗かきも、 顔色がツヤツヤしているのも変わってない』という。当時から心配性で、何事 にも用心深く逃げ口を用意をしていた。それを40数年ぶりに会った友人に 指摘されると、本質は何にも変わってないことになる。「真面目な路線上を、 面白可笑しく」は、当時も今も同じ? しかし45年間の激動は、思いのほか。 それと、情報化社会も想像を絶するSF世界。毎日が、刺激的で、面白く、 夢のようでもある。当時の自分に言いたい! 『その気持ちを忘れずに、 学び続けなさい! 相手と自分を思いやる気持ちを忘れずに!』 ・・・・・ 4350, 書くことが思いつかない人のための文章教室 ー2 2013年02月12日(火) *「思う」と「思い出す」の違いは? 「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著) ー この違いを具体的に述べている箇所を抜粋してみる。 ≪ ◎ まず「思う」を列記してみると ・さびしい ・孤独感 ・人間の幸、不幸 ・忙しいとか慌ただしさ ・一年の反省 ・街のあかり ・年末行事のこと ◎ 次に「思い出す」の列挙である ・暮れも押し詰まったころの祖父の卦報 ・船上でのメリークリスマス体験。遠く見えるみなとみらいの夜景 ・祖父母の家に帰省する時の父の革ジャン ・パーの匂い ・親戚一同でやる暮れのそば打ち ・ラグビー早明戦前の一週間に、一年生みんなで夜通しでやった グラウンドの落ち葉拾い ・所属していた吹奏楽部の厳しい練習の日々。 ・野球部恩師の死(もうすぐ一周忌 ・センター試験に向けての勉強 など「思う」ことと「思い出す」ことではこんなにも違うのです。 原稿用紙に向かって何も浮かんでこないとき、いかに乗り切るか。その手立て としては具体的に描写しやすく、かつ書き進めやすい題材が並んでいる。それ には「思う」ことより「思い出す」こと。 これはぜひ覚えておいてください。 「師走」というテーマで「さびしい」「孤独感」といったことをいくら 文章にしようと思っても、それらは心の中のことですから目に定かでない。 五感も働かないから描写もできない。 最悪、一行すら書けないということに なりかねません。ちなみに司馬遼太郎の『関ヶ原』は、こう書き出されています。 「いま、憶いだしている」 作品は大小、長短を問わず、「思い出す」ことを おいては始まらないのです。・・ たとえば「つらい」というのは心に抱く思い。 皆さんは「つらい」はつらいと表現すればいいのでは、と言うかもしれませんが、 「つらい」というだけの言葉なら、A君の「つらい」もB君の「つらい」も みな一緒だということになります。でも、同じつらい体験と言っても、人が 違えば体験そのものも異なるはず。心に抱く感情も人それぞれでしょう。 それをみんな同じ「つらい」という形容詞で表現していいものかどうか。 つまりどうつらいのかが具体的に書かれていないと、自分の心にある思いを ちゃんと表現したことにはならないのです。そうだとすると、自分がつらいと 思った出来事(体験)を細かく描写して、読んだ人に追体験してもらい、 そのときの胸中を察してもらう表現法を心がけるべきなんですね。 ▼「思い出す」は、状況の具体的再現ということになる。果たして詳細に 記憶が残っているかどうか? を、自分の幼稚園時代を具体的に思い出すと、 意外と記憶が戻ってくる。更に小学、中学、高校、大学時代に焦点をあてると、 記憶が戻ってくる。その機会は同級会か同窓会でしか焦点を合わせることがない。 ガンなどの病気で、「あと半年」と宣言されると、急に過去の記憶が溢れかえり 出てくる。あと僅かと思うと、自分の人生を具体的に思い出し、味わい懐かしみ、 物語として編成する。これを訓練するに、日記や随想を書く習慣が必要になる。 ・・・・・・・ 3975, iPad購入半年、経過報告 2012年02月12日(日) 再びiPad購入半年の途中経過報告である。居間と書斎の二台の卓上型パソコン のiMacに、iPadが新たに加わり、生活パターンが変わったことは何度か書いた。 先日、新たに書籍を70冊を電子化のため業者に送ったが、愛蔵書の電子化は 合計120冊。蔵書の電子化は一応終了だが、これで何処にいても書斎にいる 気持ちになれる。それにネットで購入した電子本が入っている。 タブレット一枚を持ち歩けば、何処にいても自分の居場所にいるような 不思議な感覚になれる。タブレットの読書は抵抗がないか?と問われれば、 まったくない。 三台のパソコンの画面のファイルに入れておき、ことある ごとに開けるのがよい。 タブレットPCの柱として、 ◎読書◎ゲーム◎お気に入りブログの閲覧◎電子新聞、雑誌の閲覧◎メモ。 便利なのは、常に手元におき、気楽に立ち上げ、直ぐ目的のウィンドウにたどり 付けること。そのためチョットした隙間時間を有効に面白く使うことができる。 卓上パソコンは、電源を入れ、スタートボタンをクリック・・の時間がかかる。 それに対しタブレットは極めて短時間で済む。 それと自分の気に入った蔵書 を入れたのが良かった。 一度読んだ本は自分の一部のように感じるもの。 読書の効用に何ども繰り返し読むことがある。繰り返す間に、知識が熟成される。 それがタブレットに入れると気楽に繰り返しが可能になる。ノートパソコンを 自分の鞄、書斎とみたて使っている人がいるが、タブレットPCで、その感覚に なってきた。 購入時に半年を導入期としてきたが、一応、及第。iPhon より私には相性が良い。「事業も終え5ヶ月後、気持ちが落ち着いた頃に iPadを購入、気持ちを紛らわせてきた。 そして、半年を経過した現在、 それに同化を始めてきた」ということ。 現在、タブレットPCが、スマート フォンの陰に隠れているようだが、そろそろ、タブレットPCにエネルギーが 向かい始めた。 ところで有機Elの画面がタブレットに向いているようだ。 画面の鮮度と薄さと軽さが次のメーカーの争いのポイントになる。 これに居間の大型液晶TVとの連動もポイント。 ・・・・・・・・ 3610, 大相撲八百長事件 ー2 2011年02月12日(土) 八百長事件は昔から深い闇に包まれてきた。ウキィペディアに、その一端 が書かれている。あの名解説の北の富士に以下の恐ろしい?過去があった。 初場所では八百長に関しては歯切れの悪いコメントをしていた。 ≪橋本 成一郎(1940年 - 1996年4月14日)は、元大相撲力士で、元横綱・ 北の富士の現役時代の名古屋後援会副会長、元関脇・高鐵山の大鳴戸親方が 経営した大鳴戸部屋の後援会会長。元力士で力士時代は幕下まで昇進した ことがある。廃業後はバーやキャバレーを経営し、昭和40年代には北の富士の 名古屋後援会の副会長を務めた。元大鳴戸親方の著書によれば、第52代横綱・ 北の富士の横綱昇進・優勝では八百長資金面などをバックアップ。 黒幕として暗躍したとされ、多大な尽力があったとされている。北の富士と 決裂してからは、独立した元高鐵山の大鳴戸部屋の後援会会長とし大鳴戸部屋 の最大のタニマチとして存在した。週刊ポスト誌上では、元大鳴戸親方とともに 角界の八百長体質などの裏事情を暴露。しかし、1996年に元大鳴戸親方と同じ日 ・同じ病院・同じ病気(肺炎)で死亡(同時刻とされることも多いがこれは誤り であり、元大鳴戸は午前4時45分、橋本は午後7時48分に死亡している。≫ この事件は報道規制のためか? あまりマスコミは騒ぐことはなかった。 しかし誰もが、この事件は不可解であり、何?がらみと思っても、声を高く いえない不気味さが付きまとっていた。先日、地元紙の新潟日報で取上げていた。 そこで、優勝のかかった勝負は230万円で、橋本は、これまでいくら使ったか 数知れずという。何で橋本が告発に踏み切った理由は感情のもつれである。 北の富士は潔く早々、弟子の千代の富士に親方の座を譲った背景に、こういう 事件があったのである。 興行世界の一端が垣間見れる。 ・・・・・・・・ 3245, アメリカ一極は終了したのか? 2010年02月12日(金) 欧州のユーロが、ここにきてジワリ下げてきて、1ユーロ120円割れ 直前で数年前の三分の二である。PIIGS(ポルトガル、イングランド、 イタリア、ギリシャ、スペイン)といわれている国も破綻懸念。 その上に、中東欧のルーマニア、ハンガリーなどの危機もある。ドバイの バブル破裂の今後も、どうなるか先が見えてない。日本も異常な財政赤字で、 国家も経済も疲弊しきっており、いつ経済の底割れが起こるか分からない事態。 今年は欧州か日本が発火点になる可能性がある。ところが発火点のアメリカは 大きな変動がみられないのもおかしな話。彼等は不良債権を発行し世界中から 過剰輸入をしたが、その見返りはドル札とアメリカ国債、それと怪しげな債権を 発行しただけ。発行残高の数字が増えただけで、いざとなれば踏み倒せばよい。 支払ったドルも、行き場が無いのでアメリカに戻ってくる仕組み。 リーマンショックからの金融恐慌で「アメリカの一極体制が終焉した」 と思っていたが、経済雑誌に欧米の数人の学者が、 ≪ 経済の寡占化には、歴史的にみても必ず軍事的な圧倒的な優位が必要で、 アメリカが、いまや圧倒的な軍事力を有している。特に海軍の戦力の影響が 大きく、地勢的に見てアメリカは大西洋と、太平洋に面しており、その海軍力は 世界で圧倒的に強い。中国はもちろん、ロシア、欧州も、どこも、その力は無い。 その力を背景に、今後ともアメリカは世界一極の中心でありつつける」≫ という。 大英帝国をつくった英国も、当時は大艦隊で世界を圧していた。スペインも同様。 世界が不安定になるほど海軍力がものをいう。 海軍力の上に、さらに圧倒的な 空軍も、核弾頭もある。中国と2G体制など、おこがましいというのがアメリカ の本音。 日本など、隷属国でしかないのは自明のこと。その暗黙の上で、世界が 成り立ってきた。ところが、この世界恐慌でアメリカ一極体制が本当に終わって しまったのだろうか。それとも圧倒的な軍事力と情報産業で、その主導権を 持っている強者の立場が、これから続くかどうかの見極めである。 残念ながら、続くのではという論に一理あるようだ。アメリカ一極支配は、 まだ始ったばかりか?それとも飛躍的情報革命の進行は、それさえ呑み込んで いくか?その辺が面白いところ。この数年が見ものなど、いっていられないか。
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2019年02月11日(月)
* 生々しいドラマの始まり! 地方経済と地銀の衰退、特に中越地区は深刻な経済状況。今後とも止まること がないのは厳然たる事実。その上にネット社会の本格的到来。何もかもが検索で… 社会が一変してしまった。当然、事業環境も一変。 私も8年前に決断せざるを 得なかったため実感で衰退状況が理解できる 地銀関係者の「大丈夫かい!」 の指先は今度は誰に向かって? 先日書いた「一匹だけ生き残った山椒魚」。 何かしら、何処ぞの地銀とそっくり! あとは元第二地銀? 地元不況は原発操業中止と、第二原因は人口減少! 〜『地方経済の将来』で検索すると… ≪2030年から2035年にかけて、すべての都道府県で総人口が減少し、 2045年には秋田県の2人に1人は65歳以上の高齢者になる… 。 国立社会保障・人口問題研究所がこの3月に発表した地域ごとの人口予測は衝撃的。 2015年時点の人口を100としたときに、2045年の人口がどのくらいに減少するかを みると、もっとも減少する秋田県は約4割減少し、現在102万人の秋田県の総人口 は60万人になる。また、東北地方の高齢化の進行度合いは深刻で、65歳人口の割合 の高い上位5県はすべて東北地方が占める。市区町村別にみると、総人口が5000人 未満になる市区町村が全体の4分の1以上を占めることも予想されている。≫ 〜新潟県でみると… ≪新潟県は169万人と15年比26%減少する見通しだ。15年に比べて県内30市町村 すべてで人口が減少、全国で14番目に多かった。65歳以上の高齢者が占める 割合が、45年に40.9%と15年比で11ポイント上がる一方、14歳以下の年少人口の 割合は10%と2ポイント下がる。≫ ― ▼ 私の兄姉の甥姪が10名いるが、9名が首都圏在住。何やら心細い状況。 その隙間に、中国、韓国人が埋めてしまう図式は避けられない。その中で、 当然、地銀の存在意義が根本から問われることになる。行員の作業の大部分が AIに換わることになる。飛行機の座席予約も自宅で済まし、入国審査もセルフ 審査に取って替わるとは、驚き。銀行の窓口作業の自動化も尚も当然である。 柏崎で家内の実家を引継いだ義弟が曰く、『大手が売上減のカバーのため、 自分たちの得意分野の隙間に平気で入りこみ根こそぎ取っていき厳しさが増す ばかり…』と。結局は都会の会社の下請け作業を中高年を主とした地元請負に 活路を見出すしかないと、何かしら心寂しい話。大蔵省の末端窓口の立場も、 潮流に逆らえず。彼らの仲間内の絆が異常に強いとか。 それがプラスに 生きれば良いが、孤立に弱いのが組織人の弱点。首輪を嵌め紐をつけた ままの姿は。今さら夜警や、駐車場の管理人、事務雑用は、プライドが… 。 〜つづく ・・・・・・ 6178,閑話小題 〜ソウルダスト 2018年02月11日(日) 『ソウルダスト―意識という魅惑の幻想 』 * 意識って、そもそも何か? ニコラス・ハンフリー (著), 我々は毎日、意識を失う。寝るからだ。といって、寝る態勢を整えられるが、 自分の意思で寝ることは出来ない。目を覚ます時は、誰かに頼むか、目覚まし 時計か、習慣の力を借りる。その意識を自分だと思っているが…何だろうこれは。 毎日、ここで一文章を7時に完成し、アップし提示している。それを成している のが意識であり、意思である。過去の同月同日の文章を読返すたびに、その時の、 意識を省りみることになり、不思議な感覚になる。その意識とは何か? そこで 図書館を回遊して、「意識は脳内のマジックショー」の副題に魅かれ借りてきた。 結論から言うと、<意識とは、ミステリアスなマジックショーで、 『万人が心底で自らを特別の存在』と思い、自作自演を演じる存在ということ。 マジックこそが意識の要である発見を公表した> 書だと。とすると この幻想 を自他に自作自演するのが、人生ということになる。 他人の中に、それを 見出しても、自分のそれは、見出すことは難しいから娑婆は面白いのである。 その露出が、このブログそのもの。 露出狂?だから出来ること? ったく! 自意識過剰も、見方を変えれば、それはそれで良し。但し、不快感を持たれない 範囲で。今度、雑談で、『あなた、自分を特別な存在と思ってるでしょう』と… 聞いてみたら… Amazon内容紹介 ―〈意識〉は脳内のマジックショーにすぎない― それはいったいなぜ発生し、生物学的にはどのような役割を果たしているのか? 意識研究の最先端を切り拓く大胆な仮説を提唱する、理論心理学者ハンフリーの 集大成! 著者は本書で驚くべき新理論を提示する。 意識は私たちが頭の中で自ら上演するミステリアスなマジックショーにほか ならないというのだ。この自作自演のショーが世界を輝かせ、自分は特別で 超越的な存在だと私たちに思わせてくれる。こうして意識はスピリチュアリティ への道をつけ、そのおかげで私たち人間は、ハンフリーが「魂のニッチ」と呼ぶ 場所に暮らす恩恵を受けることができると同時に、死への不安も抱くことになる。
隙のない主張を展開し、知的好奇心と読書の喜びをかき立てながら、深遠な 難問に次々と答えを出していく。そして、誰もが頭を悩ます疑問、すなわち、 「いかに生きるべきか」「いかに死の恐怖に立ち向かうか」という課題に、 意識の問題が直結していることを明らかにする。
神経科学や進化理論を基盤に、哲学や文学の豊富な知見を織り交ぜて書かれた 本書は、意識の正体についての独創的な理論を提唱すると同時に人間の生と魂を 讃えるリチャード・ドーキンスやダニエル・デネット、マット・リドレーら著名 な科学者たちからも支持を得る〈知の軽業師〉ハンフリーの刺激的論考。 ―― 【本書への賛辞】 理論心理学者のハンフリーは絶好調だ。シェリーやキーツなどのロマンティック な詩情と、シャーロック・ホームズばりの鋭利な知性を持ち合わせた彼は、その 明敏な頭脳をもって、科学の一大難問「意識の進化的な起源」に切り込んでいく。 そしてこの解決不可能とされる問題に、これまでで最も優れた答えを出したのだ。 ――V.S.ラマチャンドラン(『脳のなかの幽霊』著者) 科学者が自然現象の解明を試みると、マジックのようなミステリアスな面を見落 としていると非難されることもある。だが、この詩的な驚異の一冊で、ハンフリー は正反対のことをやってのけた。彼は脳を探究するうちに、マジックこそが 意識の要であることを発見したのだ。 ――マット・リドレー(『やわらかな遺伝子』著者) ― ▼ 当日分を含め18年分の幾つかのマジックショーと毎日、再会している。 これが面白いため同月同日が再読する動機になる。書上げた瞬間、安堵もあり、 内容そのものを客観視出来ない。そこで、その日の内に、再チェックをするが、 まず、誤字と、稚拙な文章に、赤面し修正する。それでも、数年後に再読すると、 全く違う切口の視線の自分を見つけ出す。意識は絶え間なく変わっていく。 読返すたびに、第三者の違った視線(=意識)を、道標として見出している。 書き残すことは、意識の刻印になる。 マジックで『自分は特別で超越的な存在』だと誰もが心の奥に思っている。 問題は、万人が持っていることが理解できないこと。魂の居場所(ニッチ)は、 実は自分が特別の存在と思える場所や心の内、例えば両親の面影や想い出とか、 小中学校の同級会での歓談の中や、人生の節目の決断をした心の刻印にある。 毎朝、17年分の、マジックショーを省みれる幸せも悪くない。マジックショー といえば、大家、八、熊、寅の対話も、ショーに相応しい面々? 特別の存在ですか、特別の! そうだろう、『存在の不思議』を考えれば! マジックでも何でもない、元もと特別の存在だから… 純粋の意識こそ大元。 で、何時ものように、文脈が丁度よく続いていく。
・・・・・・ 4349, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー15 2013年02月11日(月) * 床の間は、本来、仏の座る場所だった 日本家屋の様式を取り入れている家には大抵、床の間が存在する。 そこには掛け軸、生け花、木彫りの熊などが飾ってあるものだ。床の間は室町 時代の書院造りに由来する。書院造りとは禅の思想にもとついて設計された 建築様式であり、書院とは幽玄を悟るための部屋とされる。床の間は書院の 中にあって仏を祀る場所、つまり仏が座る場所であった。そのため床の間は 部屋の中でもっとも上等な場所とされる。人間が座る場所よりも一段高く設置 されたり、板張りの床が普通であった時代でも床の間だけは畳を敷いたりした。 宴会の席などでいう上座は床の間の前に設けられるが、これは仏に近い場所が 上座にあたるという昔の慣習の名残である。もともとは仏を祀る場所であった 床の間だが、時代とともに形式が省略されていく。仏像は仏画となり、また すぐれた僧侶の筆跡や経の一部となった。そしてしだいに美術品が飾られる 場所となったのである。このように床の間は聖なる場所であるから、けっして テレビを置いたり、物置にしてはならない。仏壇の横には床の間があるのは、 そこに仏様が座るためと、今になって気づいた次第。 * どこまでが宇宙か どこからが宇宙か、その前に何時から宇宙が始まったか?という問題が、 これまで世界中の昔より科学者を悩ませてきた。 天体観測の進歩で、星が 遠くに離れていくのが解り、それでは、逆に時間を遡って、その始まりを計算 した結果、137億年前にラグビーボウル大の素粒子が爆発したビッグバン説が、 現在知られているところ。しかし、観測結果から、宇宙全体のエネルギーの 内訳は星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは、宇宙全体の 4・4%しかないことがわかった。それでは何か? 実は23%の暗黒物質と、 約73%の暗黒物質を占めていたことである。膨張している先の宇宙の物質が 希薄化している筈だが、それが同じということは、他の宇宙から、 そのエネルギーが、流れ込んでいるのではという仮説が出てきた。この宇宙の 他に、10の50乗分の宇宙があるかもしれないという。 ところで、一般 でいう宇宙は、どこから設定するというのか。1967年の『宇宙条約』でも 明確にされてない。地球の空気が無くなる辺りとか、宇宙船が燃え尽きない 90〜110キロ辺りとか、議論がされている。アメリカは、その辺に対して 消極的に。上空の領有権の問題が絡んで宇宙船を自由に飛ばせないからだ。 ・・・・・・ 5811,下降感覚の仏教と、上昇感覚の仏教 2017年02月11日(土) ー生きる事はおもしろいー五木寛之著 * 下降感覚に身をまかせ 上昇感覚が最も現れ出ているのが日蓮宗の法華経。太鼓を叩いて、 「何妙法連華経」と連呼すれば元気が出てくる。40歳後半から年々、老いを 感じきたが、これだけは自然の摂理、従うしかない。 その時に、上昇か、 下降感覚のどちらが、その人の理にあっているか… 日本に、浄土宗、浄土真宗が多いのは、四季の差がハッキリしている気候に 合わせ生きるしかない自然条件の摂理のため。下り坂最高と諦念しても、 凡夫の自分を慈しみながら最期は消える運命。 〜その辺りから(p115) ≪ 仏教思想の中にも上昇感覚と下降感覚との二つの対照的な傾向がある。 ・上昇感覚の仏教とは 悟りを求める仏教がある。 即身成仏をめざす仏教がある。 立正安国をとなえる仏教がある。 天地自然との合一を願う仏教がある。 六道輪廻からの離脱をうたう仏教がある。 それぞれに修行をつづけ、人格の向上と真理への飛躍をめざす仏教だ。 これらの正統的仏教は、いわば上昇感覚の世界だろう。みずからを 高めていく仏教だからである。 ・これに対して、下降感覚によって成り立つ仏教をあげれば、浄土宗、 浄土真宗だろう。浄土宗は、法然を宗祖とする。浄土真宗は、親鸞である。 この両者は、ともに念仏による救いをめざす仏教だ。その前提が末世である 前提だ。…(略) 最低、最悪の時代が「いま」である、という自覚は、 まさに下降感覚そのものでないか。…(略) その最悪の「われ」をみちびいてくれる唯一の道がある。それが阿弥陀仏 と仏を信じて、その名を呼ぶことだ。それが念仏である。念仏を唱える前に、 この時代は末世と確認する。そこに生きる自分を、最悪の凡夫として認める。 そこから出発するということは、人間存在の最底辺に下降していくことに 他ならない。…(略) 光を求めるために、頭上をあおぐのではなく、うつむいて自己の内面を 凝視する。悪の自覚から出発するということは、まさしく人間存在の底辺 への下降にほかならない。≫ ―― ▼ 『南無阿弥陀仏』とは、南無(頼む)、阿弥陀様! と自然に身を委ねる。 そうとしかならないなら、初めから自然の法則に従えばよい。大乗仏教の 教えである。オートバイで目的地に向かうより、仏様仕立てのバスに乗り、 念仏を唱えて生きていく生き方。 私の体質は、上昇感覚が強いためか、 オートバイで独りで向かう方が、私らしい… それも死ぬ瞬間、プッツン。 老いてこそ知ることがあるが、基本として下降感覚に支配される。それに 抵抗するか、自然に身を任せるか。たそがれ時の宴も、それはそれは良い。 スポーツジムで、外観から観察すると、生きている限り上昇感覚は必要と 思うが。 80歳半で亡くなった従兄の葬式に参列していた、やはり80歳の 従兄弟が典型的な下降と、上昇感覚の持ち主だったが、生き様が、そのまま 現れ出ていた。恵まれた人生には上昇感覚があり、愚痴・悪口の多弁の人 には、恵まれてない人生がみられる。この人をみて、無知からくる不幸は、 重罪と思うが、合せ鏡か!人にもよるか… 同じ空の下、泣いて笑えばいい。
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2019年02月10日(日)
* 具体的店舗の統廃合が発表された 北越と第四銀行の具体的店舗の統廃合が発表されたが、予測通りの 厳しいリストラ。200店舗のうち50店舗少ないが、主要都市の駅周辺ばかり、 取扱い金額からすると、軽く半数以上? 問題は長年かけた関連会社の統廃合。 情報化による首都圏一極化が進行する中で、地方経済の減退は加速するばかり。 県会議員の汚職疑惑も、その一連の事件になる。 日経新聞のネット記事によると ≪ 第四北越フィナンシャルグループは8日、2021年1月に傘下の2銀行を 合併後、同年4月から3年がかりで実施する営業店統合の計画を発表した。 第四と北越の合計で約200ある店舗のうち50店が現在の建物での営業を終え、 近隣店に移転する。合併の準備作業として今年5月から10月にかけて順次、 56店舗の名称と店番号の変更に着手することも決めた。近隣にある店舗の 移転・統合準備を本格化する 営業店の統合は原則として「店舗内店舗」 と呼ぶ手法を採用する。ある営業店に別の店舗が移り、1つの建物内に複数 の営業店が併存する。顧客の中に店舗を混同する人が出る懸念はあるが、 口座番号の変更手続きなどが不要で利便性の低下を抑えられる利点がある。 移転する50店舗の内訳は、第四銀が20店、北越銀が30店。 新潟県内の店舗が49を占め、県外では両行の東京支店が統合する。 詳細な統合の時期は未定で、具体的なコスト削減の効果も明示しなかった。 県内の統合対象のうち、移転する店と移転先の店の距離は500メートル以内が 40例と約8割を占める。最長で第四銀の小針南支店と平島支店の約1.2キロm。 過疎部など地域に1つしかない店舗は当初方針通り維持する。 50店舗のうち43店舗では、支店名に「中央」を加えるなどして名称を変える。 例えば、第四銀と北越銀両方の店舗がある村上支店では、北越銀の支店が 「村上中央支店」と名前を変え、将来的に第四銀の村上支店の建物に移転して 2つの支店が営業を続ける。一方、21年1月の両行の合併とシステム統合を控え、 今年5月から5回に分けて56店舗の店名と店番号の変更を始める。現在は店舗の 名前や番号が重複する例が多いためで、北越銀の39店と第四銀の17店で変える。≫ ― ▼ これからすると、半数に近い?行員のリストラ? これだけ、銀行業務の セルフ、AI化が進んでいれば、既存業務が激減して当然。 逆にいえば、まだ リストラ可能の体質の証明でもある。新潟県は、何といっても柏崎・刈羽原発 の操業停止の影響は大きい。何が再開! その地下層には二つの地震帯の存在 があることを知りながら… 何処の誰が首を縦に振りますか。 答えはノー! 当り前でしょう。普通なら。老い先少ない人工層が主流を占める なら、如何でも良いと頭を縦に振るかも? いや、振らないでしょう! 年1万の危険給付金を、月に1万にすれば、こっくんこっくんと… その辺り? でも、それが全国の原発地区に知れると、無理! 〜つづく
・・・・・・ 6177,映画鑑賞 −羊の木 2018年02月10日(土) 保守的な田舎町に6人の異物の元殺人者が住むという、不気味で異様な緊張感 が漂う物語。それぞれが深い傷を持ち、生きている。そして、それぞれの事情が 自ずと湧き上がってくる。ある意味、哲学的内容である。人殺しの過去の深い 傷口から見える、「人生、如何に生きるか、何を成すべきか、何を知るべきか、 どこまで臨むべきか」を失ってしまった絶望の底に、湧き上がってくる眼差し。 生きていれば、例えば、不注意で子供を死なせたり、大怪我をさせてしまうこと もある。人生は不条理である。 <ご覧通り、そのまま結構> の諦念の中で、 日々、暮らすのが老年の心境である。手負い獅子であればこそ、魂が脈々と、 波打っている。 〜あらすじ ≪ さびれた港町・魚深(うおぶか)に移住してきた互いに見知らぬ6人の男女。 市役所職員の月末(つきすえ)は、彼らの受け入れを命じられた。 一見普通にみえる彼らは、何かがおかしい。やがて月末は驚愕の事実を知る。 「彼らは全員、元殺人犯」。 それは、受刑者を仮釈放させ過疎化が進む町で 受け入れる、国家の極秘プロジェクトだった。ある日、港で発生した死亡事故 をきっかけに、月末の同級生・文をも巻き込み、小さな町の日常の歯車は、 少しずつ狂い始める・・・。 ー内容ー 日本海に面した富山県の寂れた港町、魚深市。 ここで、政府の極秘プロジェクトが実行されようとしていた。人口減少が著しい 地方都市へ、仮釈放された受刑囚を仕事・住居付きで移住させることで、刑務所 のコスト削減と過疎対策を実施しようという政策だ。
市役所に務める月末一は、そんな元受刑囚の新規転入者達の受け入れ担当係を 命じられた。個性的でどことなく危険な香りのする6人の元受刑囚の転入と定住 手続きを進める月末だったが、あとで調べてみると、6人ともが元殺人犯だった ことを知り、愕然とするのだった。
ある日、月末は、市役所内でかつてのバンド仲間で、同級生だった石田文に 出会う。都会の生活に疲れて田舎へと出戻ってくるため、転入手続きをしていた ところだった。昔から文に片思い中だった月末は、同級生の須藤も誘い、文と 再びバンド活動を始めることにした。
6人の元受刑囚のうち、月末と年が近く、一番気が合いそうだったのが、魚深市で 宅配業者として働き始めた宮越一郎だった。宮腰は、勤務中、月末や文のバンド 練習中に偶然通りかかったことで、彼らのバンド練習に加わることになった。 しかし新たに加わった宮越と急速に仲良くなっていく文を横目に、月末は複雑な 心境だった。
受刑者達が、魚深市でそれぞれの生活に馴染んで来た頃、町では「のろろ祭」 という、地元に伝わる半魚人の神様をお祭りする奇祭の準備が始まっていた。 その祭りのクライマックスは、白装束に篝火を持った男たちが、のろろ様を先頭 に練り歩く行事だが、そこへの参加者として、元受刑者が選ばれたのだった。 元受刑者同士、一触即発の場面もあったが、無事に祭りはスタートするのだった。
しかし、翌日の全国紙の紙面にて、宮腰一郎が映った写真が掲載されたことを きっかけに、過去に宮腰と因縁があった男性が魚深市で宮腰の動向を探り始めた。 一方、宮腰は、月末の知らない間に文と恋仲になっていた。動揺した月末は、 ついうっかり文に、宮腰が過去に殺人事件を起こした重罪犯であることを告げて しまう。一方、のろろ祭りで宮腰のことを知った別の元受刑者、杉山勝志は、 宮腰に犯罪計画をもちかけるのだった。こうして、宮腰や月末の周辺は、一気に 不穏な空気に包まれていくのだったーーー。
― ▼ ある元受刑者の女性が語る心の内の告白が心にしみる。 『監房内にトイレがある。その臭いがキツイが、それよりも、身内や恋人を 思ってか、何処かで誰かがシクシク泣くと、それに共鳴してアチコチからすすり 泣きが聞こえてくるのが哀しかった。人殺しの私が人を愛していけませんか…』 の言葉が、重く響いた。波乱万丈と一言でいうが…。人生を振返ると、よく無事 で、ここまでこれれたことに感謝の日々である。 何が悪いかといえば、無知と、 その自覚の無さ。知ってる事は知ってるが、知らないことは知らない、無知の 自覚無さ。 親鸞の『歎異鈔』に「善人なほもて往生をとぐ,いはんや悪人をや」 と、この思想が言及されている。阿弥陀仏の本願は、善人よりは,悪人こそ本願 により往生しうるとする考え方。この思想は,親鸞の師である法然から出ている。 作者の意図が、そこまであったかは知らないが、彼らのためにこそ、 『南無阿弥陀仏』が必要に思えた。それは心が乾いて空から。 『空即是色』
・・・・・・ 4715,閑話小題 ー時どき、10年前から現在を振り返えり 2014年02月10日(月) * 時どき、10年前から現在を振り返えって 見えてくるのは! 株式のチャート見るように、その時どきから、5、10年間を振り返えると 思いもよらない事件に遭遇していることが分る。では2004年の2月から2014年 2月まで、何が起きたか?を調べると想像を絶することばかり。先の10年間は、 これより遥かに大きな自然災害と経済震災に間違いなく遭遇することになるが、 これだけは起きてから分かること。 時系列であげると! ・2004年に、中越地震とスマトラ沖地震、 ・2007年に、中越沖地震、 ・2008年には、ミャンマーでサイクロンで死者・行方不明は13万4千人以上。 5月12日- 中国で四川大地震発生。M8.0、累計で4千万人以上が被災し、 6万9千人が死亡。米国でリーマンショックが発生。 ・2009年1月20日 - バラク・オバマがアメリカ合衆国建国以来、初の黒人 大統領とし第44代米国合衆国大統領に就任。 ・2010年には、チリとハイチで大地震。ハイチでは30万以上が死亡。 ・2011年に、東北大地震で2万人近くが亡くなり、福島第二原子炉が破壊された。 チュニジアのジャスミン革命が各国に波及し、アラブ各国で独裁政権に対する デモに発展。エジプトでムバーラク政権が崩壊、リビアでNATOが軍事介入し 半年間の内戦の末にカダフィ政権が崩壊した。(アラブの春)アルカーイダ の最高指導者とされるウサーマ・ビン・ラーディンが、パキスタン・ アボッターバードにて米国の特殊部隊との銃撃戦の末に殺害される。 ▽ 東北大地震の直後、私の事業もあっけなく消滅。 時系列でみると、 10年前に、こんな予測は誰も信じない。が、現実には次々に起きている。 とすると、2014/02〜2024/02年は、より大きな自然、経済災害があるはず。 それを前提に対策を立てておく必要がある。まさか地元の中越地区に二度も、 大地震があるなど思いもよらなかった。考えられるのは、首都直下型地震、 南海トラフ地震、富士山の噴火の可能性が高い。また静かな世界恐慌?が 表立ってくるのも自然の成りゆき。その中で、情報革命が劇的に進んでいる。 パソコンがスマートフォンや、タブレット型に収まるとは、当時は考えられ ないこと。次の10年は、メガネ型、腕時計、ジャケットなどの身体の一部 になる装着式。危険な大震災の可能性と、反面、面白い時代になる。 ブラックスワンがいるが、大部分はホワイトスワン。私個人としての ブラックスワンは、「死」。5分5分、いや6分が到来?で、その日のため の予習を楽しんでいる。一応、やりたいことは、やり終えた実感は、 小さい範囲としても、気が楽である。 それも吹っ飛ぶのだろうが。 ・・・・・・ 4348, 書くことが思いつかない人のための文章教室 2013年02月10日(日) 「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著) *「思い出」を簡素に書き出せば、それで立派な文になる! まずは ー内容よりー ≪「文章を書く」とは、長い間の記憶から体験を引き出し描写することだ。 自分にはそんな特別な経験はないと考える人でも、 ・うまい引き出し方さえわかれば書ける。また、伝わる文章にしたいなら、 くどくど説明してはいけない。とにかく描写せよ。 ・細部に目をこらして書けば、真に迫る。たとえばさびしい気持ちなら、 「さびしい」と書くな。さびしさを表わす「物」を描写してそれを伝えよ ―ベテラン記者で名コラムニストが、ありきたりにならない表現法から、 書く前の構成メモ術まで使えるコツをやさしく伝授。≫ ▼《「文章を書く」とは、長い間の記憶から体験を引き出して描写すること。》 この本の要点は、この一文に要約されている。12年近く、一日に2時間以上 かけて、この随想日記を書き続けているが、膨大なエネルギーを入れ続けても、 この程度。今の私にとって、これがベストの習慣。そこで一番の難しいのが テーマの設定。そうそう毎日、ネタは出ては来ない。全く浮かんで来ないときは、 気まま、思いのまま書いた些細なテーマの「閑話小題」が逆に面白いと言われる。 その日常のことは、もう一つのブログ「バードウォッチ」に書いているので、 更に見つからない。数度に一度は、そこの文章をカットし、閑話小題として 随想日記に書き直している。兎にも角にもテーマのネタ切れに毎日のように直面 している。そこに図書館でこの本を発見した。そこで、たまたま手元にあった 随筆集を目を通したら、全てが体験の思い出。フッと浮かんだ体験を意識し 書き出せば良かった。これまではキーワード探しに気持ちが向っていたが、 「思い出」でよかったのである。随想は、その人特有の「思い」を書くものだが、 「思い」を書こうとするとテーマなかなか出てこない。「思い出」なら、誰に でも生きてきただけある。それを気楽に書けばよい。体験談は、自分にとって 当り前の記憶でも、第三者からみれば、これほど面白いものはない。 著者は、「良い文章とは?」に対し、「内容があること、そして、それが的確に 表現されていること。この二つが借ものでなく、その人自身のものであること」 という。そのため、思い出を素直に具体的に書けばよい。 経験を書くことを「ひけらかす」と思い、躊躇していたら良い文章は書けない。 たったこれだけの事を、12年間も書き続けてきて、殆ど意識しなかった。 それぞれの人生は、唯一無二の体験の蓄積。それをそのまま表現すれば、 これほど面白く、興味深いものはない。だから、ツイッターなどの何気ない 呟きの公開が爆発的に世界中に受け入れられた。 ということは、これは、 メモ的雑記帳を総称して「随想日記」と言っているにすぎないことになる。 随想と、他と分ければよいのである。それも12年も書き続けると、お分かりの とおり、同じ事を、見方を変えて繰り返することになる。 続けることは大変! ・・・・・・ 5810,閑話小題 〜毎日が面白い!〜このブログの書きあげ 2017年02月10日(金) * ブログのテーマ探しと書きあげ 何を血迷ったか、16年前に個人HPを立上げ、毎日、公開の随想日記を始めた。 一日の主軸が書上げの完成にあるといって過言ではない。頭の中が常に、この テーマ探しにある。それまで数十年来、読んできた書籍の内容も、毎日の行動 刻印のダイアリーにあるメモ欄とか、会社の社内報に、書いたりしていたが、 大学ノートなどに定型の記録として時系列に残してはいなかった。 そのメモを何とか刻印できないかと思っていた矢先に思いついたのが、個人 HPを立上げ、ネット上に公開し、第三者に晒して管理をすれば、否が応でも 持続するだろうと始めたのがこれである。21世紀に入った頃から『ブログ』 たるものが、世に出て一般的に普及を始めていた。これで万人が個人HP=ブログ を持てるようになった。 6千近いテーマを16年近く書き続けているが、好きでなければ到底、無理。 続けるうちに要領も得たが、それでも「愚直に、純粋に、誠意を込め、全力を 込めて、集中しなければ、この程度の内容でも書き続けることはできない。 何度も何度も読返して修正を繰返すしかない。 書きあげて、公開をすれば、 後は一人歩きをする。問題は、数年後、読む自分の視線。 数年後に読むと、 得体の知らない当時の自分と出会うこともある。時間を置いて知る己とは、 かくあるのか?と、感慨すること屡々。 問題はネタ探し。月に一・二度は、 ネタ切れで、しばし茫然。 その緊張感が重要。その都度、何とかなることを 経験から知っている。その時、日常行動の刻印の呟き用の『バードウォッチ』 に、リアルに日常の些細なことを思いのまま書き込む。そこに何かしらヒント が出てくる。逆に、ツアーの出発前に、10日分のテーマを考え、書上げるのは、 さほど苦にならない。「10日分を必ず書き上げる」という覚悟がなせるわざ。 テーマが見つからないのは、覚悟が薄れているとき。気力が萎えたとき。 だから自然と、本音そのままを書いてしまう。それで、他者をキヅつける。 内なる得体のしれない心の闇を感じることが時々ある。持ち越してきた、情念 の蓄積されたヘドロからのガス?を書き出すことで、何とか落込みを最小に している。心の闇の中を、あっちフラフラ、こっちフラフラが我ながら面白い! ーーー 3608, 人生には3つの坂があるというが 2011年02月10日(木) 以前にも書いたことがあるが、人生には上り坂、下り坂、そして「まさか」 の3つの坂がある。この言葉は大河ドラマの毛利元就の中でも言っていた。 この十年を振り返ると「まさか」の連続であった。2001年の9・11テロから始まり、 地元では大地震が二つ、世界では数万人以上の死者が出た地震が相次いだ。 その間に携帯電話がスマートフォンに進化、ノートパソコンから板状の タブレットパソコンに重心を移行始めた。政治ではアメリカで最初の黒人大統領 が選出された。そして現実社会とは別に、いま一つネット社会が出来てしまった。 そしてHPからブログに進化し、さらにミニブログのツイッターや動画サイトの Youtubeが出現してきた。今年に入ってネット普及の結果、一瞬にして チュニジア、エジプト、イエメンなどの独裁政治がドミノ倒しになっている。 その飛び火が、アルジェリア、シリア、リビアに及ぼうとしている。経済面では、 2008年のリーマンショックで、世界恐慌に陥る寸前の様相。 次の「まさか」が 何かを知りえないから「まさか」になるのだが、その背景にあるのは、半導体の 「ムーアの法則」といわれる日進月歩の進化である。 この法則は、1965年に インテル社のムーアが「LSIのチップ上に集積されるトランジスターの量は、 18〜24ヶ月ごとに二倍になる」という法則で、45年経過した現在でも続いている。 これは微細加工の技術よるもので、現在では一センチ角にトランジスターが 地球上の人間数を遥かに上回るほど乗る集積度というから驚きである。 私が中学生の時に初めてみた、あのトランジスターが一センチ角に100億以上も 乗るのである。10年に一度位に、もう限界に来たと騒がれるが、何時も、それを 乗り越える技術が出来る。それとネットが結びつき、それぞれの情報基地を結び つけるのだから、情報は一瞬のうちに世界中を飛び回る。10年前に、現在の姿を 誰が予測できただろうか。それ以上に、今後10年の変化は加速度的に進むとしたら、 どのような姿であろう。この十年の変化以上のことは間違いないとすると・・
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