堀井On-Line



6540,読書日記 〜人生における読書の効能 〜3

2019年02月09日(土)


           『本を読む人だけが手にするもの』藤原和博(著)
  * 読書とは「他人の脳のかけら」を自らの脳につなげること
 他人の脳のかけらをつなげることで、脳は拡張する。一人の人生では、
自分が見て経験するには限界がある。だから他人が獲得した脳のかけらを
自分の脳に沢山くっつけることが出来れば、より拡張することが出来る。
この随想日記は18年分、6500テーマがある。 それを毎日、年に一回、同月
同日分を読返すことで、新たな自分が過去の自分と対話する役割を果たしている。
この自己対話の積重ねが内面生活を充実させてくれる。 HP内検索の機能が、
過去に書いた文章を時系列に検索させてくれる。それは自分の脳を受容体だけで
なく能動的にする。脳の活性化である。過ぎ去った読書の記憶が、毎朝、よみ
帰ってくる不思議な感覚は何とも奇妙。この繰返しは、脳をつなげる感覚という
よりも、脳に溶かすという方が正しい。読書百遍から得る感覚が、これか。
 とすると、ブログの継続は、些細な脳の拡張作業でもある。わざわざ、毎朝、
2〜3時間もかけてする程でもないが、ただ無念無想に近づける瞑想代わりと
思えるためである。この時に、セレンディピティー(求めずして思わぬ発見を
する能力)が多々起こる。 瞑想に近い状態なればこそ生じるが、早朝に、この
拙い脳内で、奇妙な内的世界で生じる不思議な感覚。当日分の随想日記を書き
上げて、過去の同月同日分を見直した時、不思議なセレンディピティ―が
生じることが多々ある。 それも2〜3年前の文章とすり合わせると… 第三者
なら、これを念頭に、いま書上げたテーマと内容を考えたと思われるが、そう
ではなく、思いもしない偶然の一致が、何かを示してくれる脳内作用である。
瞑想と酷似した状態の「18年効果」である。
さて、面白そうなので「ライブ」で、過去文の添付作業に入ってみる… 
 何が出てくるか?
 ――
追文: …2017年分である。理屈づけになるが。かくも私たちは「頭が悪い」。
 だから、たった、この程度の文章を,小学生のように、何度も何度も書換え、
書き加え完成させている。そのエネルギーを知っているから、誤字、当て字を
見出しても、諦めもつくもの。 かくも、こんなに頭が悪いのである。
☆ ところで、さっきから、カタカタカタという小さな音が、窓の外から聞えて
きた。ところが次に背後の廊下辺りに移動して聞こえる。 そして次は再び、
窓の外から… 何だ、これは? 事実である。よりによって、これをライブで
書いている時に… 20年以上、無かったことだが。こういうことが、あるんだ!
 そう思いだした。一月前辺りから、奇妙な音が寝室の周囲から聞こえていた。
蝙蝠だろうと思っていた。いま聴こえたのは、それと少し違う? 如何だろう。
で、どうした? 「セレンディピティ―」を改めて堀下げろ!のサインである。

・・・・・・
5809,どうして私たちは、こんなに頭が悪いのか
2017年02月09日(木)
                『困難な成熟』内田樹 著
   * どうして私たちは、こんなに頭が悪いのか
 人生を振返って、私は何故に、かくも頭が悪いのかと実感する。
そのことを知っているは、むしろ他者。しかし、その他者も、第三者から
見れば全く同じことがいえる。 現状とは過去の頭の悪さの集積の結果。
そう思うと諦めもつくが、問題は、その自覚を万人が持っているかというと、
そうではない。 だから他者の失敗をあげ諂い、「あの男、あまり頭が
良くない」と平気で宣う。 〜その辺りを抜粋〜
・《 現代日本社会の制度的瑕疵のほとんどは「想像力がないので、
 先のことは何も考えずに来た」ことの帰結だろうと僕は思います。…(略)  
 この社会に格差はあります。資源の分配についてのアンフェアはあります。 
 さまざまな理不尽がある。でも、それは誰かが自己利益のために工作してそう
 なっているわけではない。それは無数の「頭の悪さ」の集積なのです。…(略)
 むしろあまり深く考えなかったせいで起きたことが無数に集積して、
 「こんな事態」になっている。僕はそう思います。》(179〜183p)
さらに、
・《自分が選択したこと、自分がやっていること、自分が考えていることの適切
 さについて第三者的、価値中立的な視点から吟味できないことを僕たちは
 「頭が悪い」と言います。そして、第三者的、価値中立的な視点から自分自身
 の推論や判断を吟味するというのは、言い換えると「自分の頭の悪さを点検する」
 ということなのです。…(略)》(184p)
《「あ、オレ間違ったわ」とすぐにフィードバック」しなさいということ…(略)
 「自分は頭が悪いんじゃないか?」という疑問に捉えられて、…(略)
 常日頃から考える習慣をつけていると、「大きな間違い」を犯すリスクが
 軽減される。それだけのことです。》(185ページ)
――
▼ 私たちの頭の悪さを、想像力の無さが起因すると著者はいう。意外と、
 この事実を多くの人は理解してない。小説を読むことは、文字を通して作者の
物語の世界を想像すること。本を読むことは、想像力を培うため、必要になる。
ここで、〖20世紀、アジアアフリカで、欧米の帝国主義諸国を武力で放逐して独立
を勝ち取った革命政権のうち、奪還した資源を公平に分配することに成功したもの
は殆どいなかった。さらに植民地官僚より激しい収奪と独占を許した。』という
厳正な事実がある。20世紀の大殺戮が21世紀に繰返される可能性が無いものと、
思いこんでいるが、これもイメージ不足。人間は虚空の中の、小さな小さなチリ
の存在でしかないを頭では知っている。しかし、そのイメージが出来ないその
ことが人生を貧弱にしている。 それが、<どうして私たちは、こんなに頭が
悪いのか>の答。あの大統領が、その全てを表出している。無知は罪である。
それも重罪である。そして、自然によって間接拷問の後に、死刑に処せられる。
その前に、治療いう名目の毒薬を長年かけ盛られ、薬漬けされたのも知らず…
・・・・・・
5443,小学校担任の西澤先生への手紙
2016年02月09日(火)
  小学校の担任だった先生から『自分史』が送られてきて、一ヶ月、何とか、
『自己を見つめる』渡邊二郎(著) と一緒に、礼状を送る段取りができた。
達筆な先生に、悪筆の手紙を出すのは気が重いため、何とか故障していた
プリンターを直し、パソコンで書き上げた。 
 職業軍人の父を持つ、戦中派の典型で、恐ろしい先生だった。
何度か頭を殴られたが、先生から殴られたのは、西澤先生を含め二人だけ。 
去年9月に米寿をむかえ満87歳。奥さんに十数年前に先立たれ、現在は
私の自宅から10分ほどの川崎に一人住まいで、目の前の川崎小学校の
校長に息子様がなられており、やはり御近所に住まわれている。
 
 長岡出身の父親は職業軍人で、昭和9年に姫路高等学校の教官になられ、
先生の幼少期の11年を、姫路で過ごす。姫路中学校、陸軍経理学校、
新潟師範学校を卒業、教師、校長を多く歴任の後、見附市の教育長に。
 父親が、産業界に転進した関係で、請われて、産業界に転進し、その後、
再び、教師に舞い戻ったユニークの経歴を持つ。私の母校の阪之上小学校に
三度も勤められた。校長として幾つかの小学校の建物の建て替えに従事
してきたようだ。定年後は、見附市の教育長など歴任した。

 半世紀以上たった現在、人生の卒論としての報告書を書いているような
気持ちである。 以下の文章と、随想日記の幾つかをコピーして同封する
予定だが、何か見透かされているようで、一人赤面している。
この卒論は、私にとって大事な通過儀礼になるが、毎日書き続けてきた、
この随想日記が少しは有効に働くことになる。読んでいて、合わせ鏡
として見えてくる卑小な自分が、そのまま、露呈した思いである。
 ――――
  : 西澤正元先生へ

「出会いの軌跡」、シッカリと読みました。
教師人生と、校長人生、教育長人生の、長い道のりの軌跡が自然体で、
そのまま小説のように淡々と書かれており、人間・西澤正元先生の
世界が鮮明に現れでており、清清しい気持ちになりました。
親子鷹の御父様との道ずれも、そのまま、家系として息子様へ
受け継がれていく壮大な物語を読む思いです。

 今回、同封した『自己を見つめる』は、5年前の会社整理のさい、
「節目を打つ」ため、足元が揺らがせないために読んだ本です。
ブログの読書感想として、何回に分けて書き込んだもので、当時の
私にとって、この本が気持ちのシェルターになっていました。 
 内容は、先生の御年からしたら物足りないかもしれませんが・・ 
これが当時の私の支え棒の内容と、軽く読んでもらえればと、
同封させてもらいました。

 15年前から現在に至るまで、一日一文をブログに掲載しています。
レポート用紙1〜2枚分位で、大体2〜3時間かけています。
読み手は、家族、知人を中心に一日300人位で、時に千人だったり、
二百人を割ったりします。 これまで5400のテーマになっています。
休んだのが一回だけ。ツアーの参加の際は、ネットにアップした文章を
知人や息子に頼んで掲載しています。 内面生活の公開は気を強く保た
ないと、続けることは不可能のため、生活の張り合いになってます。
 
 人生、老いて?こそ解ることが多いですね。それも、己の無能が・・
先生の言われた、「話すより書け!」が、私にとってのブログの掲載。
親しい人の何人かに向かい、話しかけるように書いてます。
 私が面白いと思ったテーマを幾つか選んで、コピーしました。
暇のおりでも、読んでいただけたらと思っています。 御自愛のほど!
                      : 堀井八郎

・・・・・・
6176,閑話小題 〜雪道トラブル
2018年02月09日(金)
   * まさかの雪道トラブル
 スポーツジムの帰りすがらスーパーに寄って酒とツマミを買って、大通りを
駅方面に走らせて、セブンイレブンのある小さな道路に右折しかけたところ、
中央に出来た雪壁に車輪が入り込み、空回りのカメさん状態になってしまった。
車にシャベルがあるでなし、さて如何いうものかと茫然としていると、10m先で
女子高生が、私の様子を立ち止まって見ていた。カード会社の車両事故トラブル・
サービスセンターへの電話と思ったが、携帯電話は不所持。そこで、その人に
声を掛けて、カードにある番号に電話をして貰った。 
 問題は、片側3車線の大道路での16時頃。二つある高校の帰宅時間。
サービス・センターによると、雪道トラブルは実費で数万はかかり、その場の、
実費払という。(帰ってから家内から聞いたが、ゴールドカードは無料と知った)
 が、それが幸いした。ならば、通行人から助けを呼ぶ覚悟が出来た。 ます、
その女子校生に礼を言い、帰って貰い、後は出たとこ勝負。その直後、二人
連れの若い女性が声を掛けてきて、「高校生の帰宅時間だから、とにかく声を
かけなさいよ」と教えてくれた。 至近距離にある高校の教師のような? 
そこで直、通りすがりの男子高生の声をかけて、二人の女性と後方から押して
くれたが、ビクともしない。やおら高校生が仲間を連れてくると、その場に鞄を
おいて長岡高校の方に走っていった。もう少しで車の渋滞だったが、バス一台が
通れる位置が良かった悪かったか? 渋滞なら直に運転手数人が押してくれた筈。
そうこうしている内に、7〜8人の野球部の部員と顧問の先生らしき人を連れて
戻ってきて、その人の指示で除雪をして、総出でバックギアで脱出し、無事、
車が出発したが、一時、車を止めていたため、渋滞になっていて停車が出来ずに、
大声で運転席から礼を言っただけで、そのまま帰ってきた。今日の午前中に
御礼にいくつもりだが… ダンプの運転手が、縄で引っ張ろうとしてくれたり、
次々と声をかけてくれたり。成るほど、これが仏心というものかと…
 雪道の中、スポーツジムに来る人が激減するはずだ。雪国の人は、雪道の
恐ろしさを長年の経験から知り尽くしている。 このような大道の真中での
トラブル、初めての経験だったが、動揺している私の姿。よほど気の毒そう
だったようだ。実際のところ、そうだった。北陸の大雪の困難民に自分が
なろうとは! 人生、教えられることが、まだまだ多くある。 特に私は! 

・・・・・・
3972, 閑話小題
2012年02月09日(木)
  * 大地震が夜半に起きないのは何故
 関東大震災、神戸淡路大震災、中越地震、柏崎刈羽地震、この東北大震災、
そして海外ではスマトラ沖大地震、四川大地震、ペルー地震と、小さいのは
別として、最近の大地震は何故か殆どが日が明るいうちに起こっている。
太陽系の引力にも関係しているのだろうか?もし東北大震災が夜半だったら、
数倍の死者が出ていたはず。日の入りの時間は約半分として、上記の最近の
地震全てが日が明るいうち、というのも偶然にしては?台風も、不思議に
週末に集中する。
  * 単身女性の3割がワーキングプアー?
 先日、TVで単身女性の3割がワーキングプアーと報じていた。
個々人の事例を紹介していたが、男性のような暗さがない。その生活も決して
不満でなく、それなりに満足している? 心のどこかに「白馬の騎士が迎えに
来てくれるかも?」の願望があるのだろうか? 女が一人で生きていくのは
甘くないが、今さら元に戻れない。まだ社会に余裕があるから明るくいられる?
時代が、さらに厳しくなった時に、その明るさはなくなる。母子家庭の過半数
以上がワーキングプアーというが、単身女性も加え、女性の時代という掛け声と
現実の違いはあまりに大きい。 国民の平均所得の半額以下の収入の人をプアー
というが、その規定を見直すことも必要の時期にきている。
プアーの言葉が世に出てきたため、意識をするようになっただけか?
右上がりの時代から右下がりの時代の対比からみて、明らかにプアーの時代
になったことは確かである。この言葉の規定からすると、国民年金生活者は
全員プアーになってしまう。プアーだが、情報だけはリッチの時代。
・・・・・・
5079,閑話小題 〜夜明けのスキャット ー�
2015年02月09日(月)
   * 夢の中の幽霊の老夫婦
 何時まで続くか分からないが、夢日記を続けていると奇妙な感覚になる。
今度の夢は、霊界に入り込んだような物語。 以前、一度行ったことがあった
民家の軒先が小さな貸本の店。そこに入ると小さな店内が取り払われていて、
御婆さんが業者みたいな人と話をしている。たしか連れがいたはずと、奥に
声をかけると、80歳過ぎの爺さんが出てきた。「もう店をやってないのですか」
と聞くと、奥から書棚とか、台を引っ張ってきて、本やビデオを並べ始めたので、
自分が奥の座敷に上がる。元もと、爺さんの本やビデオを貸出していたようだ。
ところが何か不自然で、この老夫婦、実は、この世の人でなく、既に亡くなって
いるのを気づかないで、そのまま家に居るような? 
 そこで、「もう、あなた方は、死んでいるんですよ」と言ってよいものか、
迷っているうちに目が覚めた。 ただ、それだけの内容だが・・
   * つれづれに 〜あと少しで4年ですか!
 あと二ヶ月で、御隠居生活に入って4年、長いようで短い感がする。 
変化したことは、外で酒を飲む機会が半分近くなったのと、少し肩身が狭い?
ぐらいで、違和感は少ない。4年前に決めた日課どおりの生活が今も続く。
 気ままで、誰の干渉を受けない日常は極上だが、あるとすれは家内の壁。
仏間ノ書斎コーナー、寝室、スポーツジムで、半分の時間は開放されている。
 40年、事業に集中していたエネルギーを、自由に使えるのが非常によい!
この随想日記を14年近く書き続けてきたお陰で、気持ちを言葉でハキ出す
ことで、心に羽根が生えたように飛びまわり、開放される。
 ここは閉鎖社会の城下町。月に一度は聞こえよがしの嫌味か、卑しい視線を
受けるが、想定内。尾ひれはひれで、とんでも人間になっているのだろうが、
これも20歳時に起業を決心した時点で、割り切リ、そのまま受け入れている。 
世間とかいう修羅世界への私の視線がいかに冷たいことは今さらである。
 死んで三日もすれば、300年前に死んだと同じと考えれば、殆どの怒りや
悩みが消える。 無知は罪! 古希あたりから、さほど長くない先に死ぬこと
を前提に、モノゴトを考え、判断するというが。
去年、宅建主任免許の書換え、必要ないと、しなかった。 
・・・・・・・
3607、絵になりますね
2011年02月09日(水)
 「この風景、何処から撮っても絵になりますね」など、風景、場面の美しさ
を表現するのに「絵になる」という。「アート画転換ソフト」は、その言葉の
とおりにデジタル化した写真を絵画やアート画などに転換してくれる。
絵を描くのはプロでも大きなエネルギーを要するが、気楽に一瞬のうちに転換
してしまうから驚き。デジタル写真を絵に転換すると、何故、気持ちが響く
のだろうか? そもそも絵とは何か?
  ーそこで「絵」とは何かをウキィペディアで調べてみたー
≪ 絵画は、板や布、紙、壁といった支持体と、絵具などの描画材料による
 特定の支持体に対する描画で成立したもの。板や布に描かれた油彩画や
テンペラ画、フレスコなどで描かれた壁画を指す。紙に描かれた水彩画などは
含めるが、木炭や鉛筆で描かれたものは含めない。≫ 
 この説明では、書かれた絵の意味することの説明にはならない。
絵は描く人の直接手描きの主観と気持ちが入っている。対象に集中した魂が
絵画の絵画たる由縁である。それからして、この転換されたデジタル絵画写真は、
果たして絵画と言えるのだろうか。先ほどの「板や布、紙、壁といった支持体を
パソコン画面かネット上に替え、絵具などの描写材料がデジタル写真による
支持体とした描画で成立したもの」とすると、デジタル絵画としての立派な絵
になる。手描きはデジカメで現場で撮ったことに置き換えられる。
そう、これはバーチャルペインターという絵画ロボットが描いた立派な
芸術である。それは、誰もが過って見たことのない新しいバーチャルの世界
であり、これまでは一部の専門家しか出来なかったアート画を、気楽に絵画
ロボットが変幻自在に描き上げてくれる。そこに現れ出るのは、今までは
絵としては表現出来なかった、異次元のデジタル芸術の世界が創造される。 
実際に、過去のアナログの写真をデジカメで取り直し、ロボットで絵画転換
をする度に過去が新たによみ返ってくるようである。その現場で写した写真が
アート画になるとは、数年前までは、誰も想像すら出来なかったことである。
IT化の凄みの一例を垣間見ている。成るほど、20、200万年に一度の
境目で見えてくる現象はこんなものか。



6539,読書日記 〜人生における読書の効能 〜2

2019年02月08日(金)

 
             『本を読む人だけが手にするもの』藤原和博(著)
   * 第1章の『本を読むと、何が得か?』
 育った実家が商売屋だったことも含めて本を読む環境になかった。
それでも、その気になれば市営図書館とか、校内図書館で読書もあったが、
遊び優先で、思いもよらぬこと。中学に入ったと同時にTVが家庭生活に入り、
野球や、アメリカものドラマに釘付け。高校時代に読んだのは、小田実の
『何でも見てやろう』と『愛と誠を見つめて』。そして大学樹幹に失敗した
どん底の中で読んだ、『新約聖書』。少なければこそ、心の底まで響く感動
を覚えていた。そして、25人の今でいう、シェアハウスのような寮生活。
 直に知ることになったのが、読書量の絶対的格差。それと大学の同期生との
知識とセンスの格差。ただ、黙って聞き役になるしかない現実に茫然と…
まずは日本文学の森鴎外、夏目漱石、志賀直哉、川端康成などの文豪の全集を
集中して読むことと、世界のポピュラーを聴く生活。そこに寮生活の醍醐味の
小宴会で、先輩諸氏の薫陶とか… そのどれもかもが、新鮮で衝撃の強いもの
ばかり、中学、高校時代の受験生活が、あまりに自分の世界を小さくしていた
かを思い知ることに。 それが都会暮らしの学生の最も重要なことだろうが、
寮生活の、学園生活が、それを効率よい触媒になっていた。これに1〜2年が
「合気道」と、夏、春には軽井沢山荘のヘルパーのアルバイト。 3年は、
「欧州周遊1ヶ月のツアー」への参加。4年は、週2回、2時間の「武澤ゼミ」
の参加。そして卒論と… 田舎の純朴の受験校上がりなればこそ、余白が
大きいほど、ドップリと浸かることが出来た。それと、余りある閑の中での
喫茶店での、底の浅い議論も、自分の底を知るうえで、この上ない環境。
誰もかもが、これまで会ったことがない人種。その経験話の多彩なこと。
『俺の親父、不動産屋をしてるんだけど、いま刑務所に入ってるんだ』とか、
『この夏休みに、地元の知り合いと出来てしまって… それが初体験だった』
『大学を卒業と同時に、カナダに留学して、一度、外から自分を見てから、
 人生を考えるつもり。このまま平凡なまま終えたくない』
『県会議員になりたいが、秘書のアルバイトをしてみて、自信が無くなった。
 そりゃ、酷い世界。 選挙で勝つためには「地盤」「看板」「鞄」の3バン
 が必要。そのどの一つも無いのが、如何すりゃいいか分からない。』
とか、成るほど、これが娑婆世界と知らされる日々。何が「本を読む人だけが
手にすもの」かであるが、それを言っちゃあ、後が続かない。
――
  〜 一章の概要から 〜
≪ ・ここで、パチンコをしない2人のうちの1人に、次に携帯ゲームもしない
 4人に1人に、そして、それを読書に向けると8人に1人の人材に成れると! 
 4年前のデータだが、学生の47・5%が一ヶ月に一冊も本を読まないという。
 なら成人なら、さらに低い?
・読書は、著書を通して「個人的リアル体験」が味わえる手段と
 ラジオなどの受動的インプットと違い、「アクティブ・ラーニング」。
 言葉を頼りに想像力をかきたてる効果がある。
・その上に、読書によって、「集中力」と「バランス感覚」が身に付く。
・また読書は世界観を広げる役割がある。世界観の広がりは、様々な視点で
 物事や他者を見ることが出来るようになる。読書を続けておかないと、
 私たちは、何も考えず、平々凡々に過ごすと、自ずと、視野狭窄に陥る。
・読書は、人生のステージを上げてくれる。
・人間たるゆえんの3つの触媒は、『読書』『遊び』『芸術』である。
 これらを経験し、沈殿させることで脳内に回路が強化され、それら
 が繋がり、脳の電磁波がより強力になっていく。
・著書は作家の「脳のかけら」。読者は、そのカケラを自分の脳につなげる
 ことが出来る。 ≫
―
▼ 50数年にわたり、一日、2〜3時間は読書をつづけてきた。その割には大した
 実績を上げることが出来なかったが、それも内面的は大きん収穫を得てきた
充実感はある。自分の信念と、直感と、それを自動的に論理構成出来るベース
は出来たが? TVで訳の分からないコメントを瞬時に判別可能になっていると
思ってきたが、それも現在は思いこみでしかなかったのでは?と足元がぐらつき、
孤独感が強くなる。 ここで、人間たるゆえんの3つの触媒が、『読書』『遊び』
『芸術』という。 そこから生まれる『感動』『至高体験』『永遠との邂逅』。
同じ人生、可能な限り豊かな経験を引寄せて、充実させたいもの。 もう充分? 
いや、まだまだ! 内的余白は真っ白。 今までの経験、知識は、染み、汚れ!

・・・・・・
6175,閑話小題 〜米朝開戦 −3
2018年02月08日(木)

   * トランプと、ケネディの対談だとさ
神さん: おい寅さん、今度は御前さんが出番だよ。トランプにケネディじゃ、
  やはり大家さんにフォローしてもらわないとね。
寅: 何でトランプなんだよ。寅に「トラ」を掛けたジョークですか?
  それにしても民主主義の矛盾が出たね。悪いことに、北朝鮮だも。
ケネディ: おいおい、選りにもよって、トランプ大統領と私を組合わせ!
  敵国に情報操作を依頼してマサカの当選をした泡沫だろ! いくらなんでも
  嫌だね。神様とはいえ、沈黙しますよ。それに寅との組合せとはね。
トランプ: 何で悪いって決め付けるんだ。民主党何ぞ、それも黒人を大統領に
  するセンス。 当然、開国のインディアンの虐殺は、誰の目にも明らか。
  スペインは南米、イギリス、フランスは北米を分けあっただろう。で、虐殺。
  だから北朝鮮に、ドテッ腹にミサイルを突きつけられるだ。私の役割は、
  悪しき民主主義と、平等主義を正すことさ。まずは、北朝鮮からね…
大家: 民主主義国家アメリカの歴史は、先住民の大量虐殺の上に成り立っている
  のは事実ですよ。その数は 1000万人とも1500万人とも言われじゃないですか。
ケネディ: … 
トランプ: その上に、アフリカから奴隷を持ち込んできて、何を今さらだ。
  世界は、白、赤、黄色、黒色の人種的階層が現実にあるの。インドのカースト
  を見れは解るだろう…
大家さん: それを言っちゃお終いさ。理想を掲げ、矛盾を乗越えるのが人間よ。
寅: でも、現実社会は、差別社会、階級社会ですよ。長屋だって、そうさ。
  一番上が、長屋でいえば、大家が一番で、次が八つぁん… 
大家: だからこそ、理想を掲げ、空に輝く北極星を目安に歩むしかない。
  それが、人間というものじゃないですか。
トランプ: 何を綺麗ごとを? ケネディは名門の出だろう。綺麗ごとをいって
  いられるのは親父が辣腕で、稼ぐだけ稼いだ元があるからじゃないか。
ケネディ: …
大家: いくら泡沫候補とはいえ、品位も何も無いじゃない。
トランプ: あんただって、あわや核戦争一歩手前までいったじゃないですか。
ケネディ: …
寅: そういう歴史の積み重ねた現在のアメリカの地盤を根こそぎ叩き壊して
  いるのが分からないんだ
大家: アメリカ建国の精神を否定してるんだよ。
トランプ: アメリカは、国民の約80%がキリスト教徒で、かつプロテスタント
  の比率が高く、多数のプロテスタント教派が存立してるんだ。キリスト教は
  弱者救済だけどね、ローマがキリスト教を国教にした時から、白人のための
  宗教に変わってのは歴史が証明しているじゃないか。ケネディ、そうだろう?
ケネディ: …
寅: この人、戦争おっぱじめるよ。 このままじゃ、弾劾もありうるし。
大家: 神様、何とかならないですか。
神様: なるようになるしかないし、見守るしかない。 トバッチリを受ける
  のは、何時も弱者。
寅: 冗談じゃないよ。北朝鮮の原子炉が破壊されると、季節風で放射能が
  日本を覆うじゃないないか。それと、活動中の原子炉を狙われるよ。
トランプ: レッドラインを遥かに超えたのを見逃すわけがない。それに多くの
  疑惑が有耶無耶になるしね。黒人と女の言いなりの8年間の後始末さ。
ケネディ: いざ、ボタンを押すか押さないかの瀬戸際。独り震えたいましたよ。 
  ああ、独り言ですけどね。
寅: 北朝鮮がオリンピック開催の前日に、軍事訓練とは。それじゃ、
  終わった直後に、アメリカの出番になる。
トランプ: …  
寅: 途中ですが、仮想対談、これで終わります。
  
・・・・・・
5808,閑話小題 〜毎日が面白い! (後編)
2017年02月08日(水)
  * 毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(後編)
 6年前に始めたが、何故か数度で止めてしまった。そして翌年、まず5回、
そして10回と意を決して再挑戦をして現在に至っている。平日・昼間コースの
ヨガの枠が5回ある。当初の週二の枠が、5回に増えたが、参加者も8割だった
のが、現在は、50人の定員が殆ぼ満タン状態。火・水は事前に予約チップを
数時間前に取りに行かなければならない。ヨガは、60〜90分で、1200〜1500円。
私の場合、月に18回として、一回千円とすると18000円になる計算。満タンに
なるわけ。慣れるほど、自分以外の人たちが気にならなくなる。5年になるので、
600〜700回は参加したことになる。ヨガは、心にも毒が溜まるのが自覚できる。
それを一刻の間に、少しでも吐出すことが出来る。最近、5年前とは体質が変化
した感がする。老いるとは、長年の心の毒が一人歩きをし、そのまま生老病死
の4苦として重く圧し掛かる。
 ポーズで、例えば『ガス抜きのポーズ』がある。仰向けになって曲げた両足
を両手で抱えるポーズとか。『ゴキブリのポーズ』で、仰向けで両手両足を
ゴキブリにように、ばたつかせるポーズとか。『立木(リツギ)のポース』で、
立ち木のように両手を頭の上に合わせて、ギリギリ上に伸ばすポーズとか、
顔をしかめたり、縦に伸ばしたり。犬や猫が背中を伸ばしたりするポーズが、
結構、面白い。これらを50人のポーズを一番後方から見ると、それは壮観。
――
2013/05/25
早朝座禅 
        「早朝座禅ー 凛とした生活のすすめ」山折哲雄著
  * 座禅とヨガの呼吸法
 雲頓庵で座禅を組んだのは六日町にある雲頓庵と、金沢時代の新人研修での
永平寺。近くでは悠久山の曹洞宗・堅正寺で、禅室で独り座禅を組んだことも
あった。そうこう考えると、延べ30回は座禅を組んでいた。禅僧からみれば
ド素人の野狐禅だが、青年期の私には新鮮で面白い経験であった。今から考える
と、自ら‘ひとり’の状態に追い込んで、心の整理を自然に任せ整理をしていた
ことになる。 進路が定まらない20歳代、迷いと混乱の中、禅寺心をゼロにし
行き先を考えていた。雲頓庵では新井石龍禅師から直接、姿勢の正し方、呼吸
の仕方、心のあり方を指導してもらったが、教えられるのはカタチだけ、
禅定に近づくには、只管、座禅を組しかない。 
 このところスポーツジムのヨガ教室で、瞑想のための呼吸法を教えているが。 
基本は鼻から1、2、3と10秒数えて吸い、5秒間止め、10秒かけて吐き出す。
そして5秒止め… を繰り返す。 実際にやれば分かるが、この息が続かない。
これに対し著者の丹田呼吸法は、2秒で吸い、4秒かけ吐き、2秒間息を止める。
それを繰り返す。
  ーネット検索の「座禅の呼吸法」ではー
【 息を吸うことよりも、吐くことに主眼を置いて下さい。上記の気海丹田まで、
 体の中の空気を全部吐きだす感じで、吐ききってください。吐ききれば、自然に
吸えます。数息観というのは、呼吸を整えていくための方法で、一〜十まで数える。
 ヒト〜で静かに長く深き吐き、ツで吸います。フタ〜で長く深く吐き、ツで
吸います。これを、何回も繰り返すのです。呼く息は、自分の気海丹田に吐き
かけるように、そして数えるのも気海丹田で数えるという観念でやることが大切。】
腹式呼吸で、吐きに意識を集中して長めに、そして少し息を止め、短めに吸い込み、
少し息を止め、吐きを長めに、を繰り返す。
  ー禅は腹式呼吸に対し、ヨガの呼吸法は腹式と胸式呼吸法のミックスー
【*腹式呼吸のやり方は、へそに意識を集中させ、鼻からゆっくり吸い込み、
 腹に空気を溜めて膨らませます。そして腹から空気を押しだすように、鼻から
 ゆっくりと息を吐いてお腹をへこませます。息を吐いた時は、お腹がぺたんこに
 なるようにします。呼吸のリズムは、3秒で息を吸って、6秒かけてゆっくりと吐く
 イメージ。胸式呼吸のやり方は、胸式呼吸とは肋骨を大きく広げて息を吸う呼吸法。
 ラジオ体操の深呼吸などが胸式呼吸になる。】
基本的には、座禅もヨガも同じだが、ヨガでは胸式呼吸を含むところが違う。
30年前からの早朝の散歩とミニサイクリングで、深呼吸は身にはついているが、
新鮮な空気は本当にうまい。新鮮な場所で、深呼吸をする習慣をすれば、
その必要もないが。
――
2013/05/16
ヨガと座禅の違い
 毎週二回、スポーツジムの「ヨガ」に参加して14ヶ月、百回は超えているが、
回数を重ねるたび、身体も、気持ちも解れていく。学生時代に野狐禅だが、六日町
の雲頓庵で持ち込んだ卒論の種本を読みながら、合間に広い禅室で独り座禅を
組んだことがあった。ただシーンとした中、「直ぐにでも止めようか」という気持
と戦いながらのたった独りの座禅は、永平寺での一瞬気持ちを緩めれば、禅僧に
叩かれる状況より辛い。誰もいないため、直ぐ止めたい誘惑との闘いになる。
 ヨガで仰向けになり全身を弛緩する「死者のポーズ」があるが、これは座禅の
禅定に似ている。飛行機内の座席で、耳栓をして姿勢を正し、次々出てくる思い
を泡のように流していると、何かのゾーンに入ってしまい、10時間以上の時間が
アッという間に過ぎてしまう。ヨガは、瞑想で心を解すのが目的で、禅は、その
状況から仏の悟りに近づくことにある。
ーヨガと座禅の違いをネットで調た中で、納得にいった3つをコピーしてみるー
《人は疲れたときに目をつぶる事がある。そこで何かを思い浮かべながら瞑想に
ふける。この繰返しがヨガという。 このヨガはもともと「軛(くびき)」という
ことで、牛に車を曳かせる腕木を指した。これが次第に神の力に人間を結びつける
ことを意味するようになり、その修行法として智慧、愛、行、瞑想が重視された。
一般にヨガと呼んでいるのは、このうちの瞑想による神人合一の方法である。
このヨガは紀元5世紀ごろには「ヨーガ・スートラ」を根本経典としたヨーガ派
が独立してさかえ、完全性をそなえたひとつの霊魂を最高神としてあがめた。
このヨガの修行法が仏教にも広く取り入れられてきた。それが坐禅につながる。》
《 ヨガと坐禅は、まず姿勢を正して、呼吸や五感(眼、耳、鼻、舌、身)を
 整え、誘惑をさけ、精神統一するのはどちらも同じ。ヨガは、これによって
初めて超自然的な力が得られ、対し禅は「禅定」に深くかかわり、静けさを求める。
禅とは(ジャーナ、禅那)という梵語の音写で、釈尊の悟りを追体験して
”身心脱落”し仏の境地になりきり坐禅をすること。禅は「無」を標誘し功徳や
利益を求めない。ひたすら足を組んで坐禅をすること。ヨガは神人合一して
身心の健康を増進させる。》
《ヨガは、インドに古くからあり、ウパニシャッドと言われる古代インドの哲学書
にも出てくるもので、瞑想や呼吸法、座法などによって心身を鍛える事で、心の
動きを抑制する方法として古くから用いられた。 後に、ヨーガ学派という哲学
集団によって、解脱への実践方法として体系化されていったと言われています。
そして仏教においても、このヨガは悟りへの実践方法として用いられ、釈尊も、
瞑想によって真理を悟ったと言われますし、「瑜伽行」という修行法として
確立されました。現代のヨガも、もともとはそのインド独特の修行法をアレンジ
したものですから、仏教の修行とヨガとは、出発点は同じであると言える。
違いと言えば、仏教における修行は、さとりを目指す為の方法であり、現代の
ヨガは、心身の健康維持のためのもの、という点でしょうか。座禅とヨガとの
関係についてですが、ヨガは、座法や呼吸法を盛り込んだ、精神統一の方法で
ありますし、「禅」といいますのは、「禅定」つまり精神統一をし、真理を観察
することであって、「座禅」は座法や呼吸法を用いた「禅定」一つの方法ですから、
根本的な部分で同じ要素を持つものと言える。》
▼ ヨガは座禅と出発点が同じ「座法」「呼吸」を盛り込んだ精神統一の方法
 に対し、座禅は精神統一を通して真理を観察するもので、少し意味合いが違う。
腰痛持ちの私にとって、週二回のヨガは腰痛緩和の自己マッサージ治療。
私の腰痛は完治はないが、仲良くするのは可能。その方法がヨガの中に多くある。
手軽なベストの場が見つかったもの。たまたまー「早朝座禅」山折哲雄著ーを
見つけ読んでいるが、数日前から、30分早く起き、早朝座禅を取り始めたが、
これが良い。4時から7時までは、正にゴールデンタイム。
60年以上溜まった毒出し、矯正の時間でもある。


6538,閑話小題 〜映画評『マスカレードホテル』

2019年02月07日(木)

   * ホテル業の影の部分
 「喉元過ぎれば熱さ忘れる」じゃないが、『新潟駅前の暴力団事務所が二つ
ある中で、4棟を30年間も、よくぞ経営してきた』と…。昨日も、地元で
暴力団が「メカジメ料」を要求して逮捕された。 脅し、自殺、窃盗、ヤクザ
の恐喝など、現在から考えても、怖いもの知らず。解っていたら出来なかった。
知らぬが仏も、必要なこと。これは人生と同じ! チンピラ、ヤクザ、渡りの
売春婦など、得体のしれない顧客が常時7〜8人は常住していた。そして、
警察が常時、彼らの動きを探っていた。何かあったら、寸時に、交番、警察に
電話する規定にしていた。それに暴対法で恐喝すれすれの行為を封じてしまった。
執行以来、彼らのエネルギーが激減した。植木鉢リースなど一度、妥協すると、
それが最低の利権、楔になって、業者の入替えは無理になる。
 世の中には、悪党という特別な人種が存在する。流動の激しい主要都市の
駅前が隠れ蓑になる。際どい人は、その日の宿泊費と食費を払うのが精一杯。
・夕暮れ時に出かけて朝に帰ってくる。
・映画もどきに、刑事に踏み込まれる直前に察知して逃げ去ったり、
・ロシア人が、ロビーに椅子をバリケードにして、たて籠ったり。
・訳ありの幼児?を抱えて、一週間分の宿泊代を前払いをして隠れるように
 ロビーに住む母子。
・赤いポロシャツのチンピラ風の男が、素人娘を騙し?売春や、ピンクサロン
 で稼いで… など、得体の知らない、それぞれの人生が垣間見れる。
兎にも角にも金が無いのが人生を狂わせる。『金が無い』という目安の金は、
「4万円」。 それを最後の拠りどころに、日々を過ごす人が… 
金も尽きて、駅前でホームレスなっている姿も。 誰も知らない遠くの街で、
独り茫然とすれば、それは死にたくなるのは当然のこと。その点、この高級
ホテルとは客層が違うが… 本質は何ら変わりはない。 
 ―
   ☆ 『マスカレードホテル』の解説
≪ 東野圭吾のベストセラー小説「マスカレード」シリーズの第1作
「マスカレード・ホテル」を映画化し、木村拓哉が初の刑事役に挑んだミステリー
ドラマ。都内で3件の殺人事件が発生した。現場にはいずれも不可解な数字の羅列が
残されていたことから、連続殺人事件として捜査が開始される。警視庁捜査一課の
エリート刑事・新田浩介は、その数字が次の犯行場所を予告していること、そして
ホテル・コルテシア東京が4件目の犯行場所になることを突き止める。犯人を見つ
けるためホテルのフロントクラークに成りすまして潜入捜査に乗り出した新田は、
教育係である優秀なフロントクラーク・山岸尚美と衝突を繰り返しながら、
事件の真相に近づいていく。ヒロインとなるホテルマンの尚美役に長澤まさみ。
「HERO」シリーズの鈴木雅之がメガホンをとる。≫    評価:85点
―
▼ 国内の宿泊は、ほぼ駅前のビジネスホテル。物音さえ気にしなければ、
 拘りは全くない。 格安の「秘・異郷のパックツアーハンター」を自認して
いるが、何故か8割のツアーの最終日には高級ホテルが組まれている。空けておく
より、日本人客はマナーが良いためか格安で販売する。良いものは良いが、
家内は、それが自尊心を刺激するようで… バイキングの料理を、底なしに…
40回も家内と同伴を重ねると、ホテルの朝食が日常生活のような錯覚になる。
非日常に、家内との日常が、何とも奇妙な感覚になる。それも欧州の主要都市の
高級ホテルでは… この積み重ねが、日常の粗食?に、何の抵抗感が無くなる
から不思議といえば不思議。それが日常生活にも及んでくるから、不思議。
アフリカの土人の酋長の一族が、こぞってブランド品を身につけても、漫画的
風貌でしかない。あれは、国際都市のホテルや、街角でヒケラカスもの。
貧乏人が憧れるなら、一品をさり気無く身につければよいものを… 
品性が身に付いてないのが… 漫画の世界になってしまう。サザエさんに
ブランドでは、顔とスタリルが、ミスマッチになるのと同じ。これだけは、
『馬子にも衣裳』とは違う。で、この商売を30年。そして、トリップを求めた
秘・異郷ツアー、そしてブログを18年も書き続けて、そのまま、公開するのだ
から、それは露悪。それが「売り」?でも、ドッチが? 大同小異? 同じ?

・・・・・・
6174,閑話小題 〜米朝開戦 −2
2018年02月07日(水)
   * 緊迫してきた朝鮮半島
 冬季オリンピックが韓国で開催されるが、何か盛り上がらない。終わると
同時に一挙に米朝開戦の可能性が高まるのが解っているからだ。昨年暮れの
週刊誌の特集記事がシリアスである。キワモノの内容は週刊誌であればこそ。
沖縄で空軍のヘリの事故が続いているのは、実戦訓練が多くなっているためか。
 ‘まず目先は、4月が危ない!’
≪ 4月に、アメリカが北朝鮮を空爆 金正恩はロシアに亡命する「米朝開戦と
 なる確率は百%」。 こう言い切るのは元外交官の原田武夫氏。
原田氏は、小泉政権時代に外務省北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)として
訪朝し、拉致問題の解決に尽力した北朝鮮問題の専門家である。

 この結論に至るロジックは次の通り。
米中だけでなく、フェルトマン国連事務次長までもが訪朝し、北朝鮮と交渉の
努力を重ねてきたが効果が無かった。トランプ政権は、北朝鮮との交渉は失敗
と判断、残された選択肢は軍事オプションしか無い。

この記事のもう一つの目玉『米朝開戦は4月頃になる』と言うのは韓国の著名な
軍事問題専門家。アメリカが『3ヶ月程度で北朝鮮のj大量殺戮兵器が完成する』
と、その時期がレッドラインと設定しているのがその主な理由らしい。

平昌オリンピックの開催が2月9日、パラリンピックが3月18日で、米韓は大規模
な合同軍事演習を予定している。これに北朝鮮が猛反発して水素爆弾実験を強行
するかもしれない、また平昌オリンピックでテロを起こすかもしれない。

また、記事によれば11月に訪中したトランプ大統領に中国の習総書記が
『3月までの開戦は絶対に避けてほしい』と伝えたこと、ロシアも3月18日に
大統領選を控えており同様なことも開戦4月説を後押ししてる。≫
 ――
   * 2万発以上の砲弾が降り注ぐ
≪ 韓国は、米朝開戦時の被害をどのように見積もっているのか。
 韓国政府の朝鮮人民軍分析は、韓国軍や国家情報院、統一部などが取った情報、
脱北者の証言、それにアメリカから提供された情報などに基づいて行っている。

本誌が入手した韓国政府の内部情報によれば、38度線の北側では、射程距離54km
で1分間に2発撃てる170mm自走砲550門余りと、同60kmで1分間に40発撃てる240mm
放射砲440門余りが、ソウル首都圏に狙いを定めているとしている。

これらを合わせると、開戦時には、1時間あたり2万4000発以上もの砲弾が、
それぞれの弾を発射後3分30秒でソウルに降り注ぐことになるという。
そうなれば、一般のビルやマンションばかりか、首都圏のガス管、ガソリン
スタンド、電気通信施設なども根こそぎ破壊され、まさに1000万首都が火の海
になると、韓国政府は分析しているのである。
 その場合の死傷者は、一体どのくらいになるのか?
「1994年の第一次北朝鮮危機の際、アメリカ軍がクリントン政権に提出した
評価見積もりによれば、開戦24時間以内に、ソウル首都圏で約150万人が死傷
するとしています。
この見積もりは当時の金泳三政権に衝撃を与え、韓国政府は絶対に北朝鮮を
空爆せぬよう、クリントン政権を説得しました。

その後、2004年に韓国の合同参謀本部が作成した『南北軍事力評価研究』では、
開戦後24時間以内の韓国側の死傷者は、230万人と見積もっていることが判明。
これはあくまでも、通常兵器による被害です」
(ソウル在住ジャーナリスト・金敬哲氏)  ≫
―
▼ これらからして、北朝鮮、日本を含めると1000万の死傷者の数もあながち
 オーバーでない。起きてはならない戦争としても、既にレッドラインを
遥かに超えてしまった感がある。この二日間で8%も株価を下げたが、戦争の
危機感も織り込まれているのだろうが…。株価への関連記事はタブータブー?
 〜 以下のように、毎日が面白い! など遠い昔話になるのでしょうか。
トラちゃん、金ちゃんの、掛合い漫才で済めばよいが。

・・・・・・
5807,閑話小題 〜毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(前編)
2017年02月07日(火)
  * 毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(前編)
 5年前から本気?で始めたヨガが日常生活に定着している。
ヨガというと、修行という感があるが、これはジム内のエアロヨガ。
慣れてしまえしめたもの。私にとって、これは集団のセルフマッサージ。
 年金生活に入り、娑婆とは間を置いた現実離れをした浮世を漂う日々。
ヨガについて何度か書いていたので、HP内検索をすると、次々と出てくる。
(下記の他に、「初心者のためのヨガ」の著書の読書日記があるが、字数
制限のため除外した) 毎日書き続けているとネタ切れで、身近な日常を書く
しかない。ヨガの切口で日常を垣間見ると、書くことの妙義の一端がみえてくる。
何事も継続、継続は力でもある。未来が残されてない感が強くなったこの頃、
どうしても過去に目がゆく。そこには、様々な行蔵があるが、封印したままの
マイナーな事が沈殿している。それがフラッシュとして、思い出されてくる。
無念無想というが、その心境になるのは所詮無理。
 ヨガは瞑想が目的。その上位目的が脳をクリアーにすること。歪んだ過去から
のフラッシュに捉われない心の管理が必要となる。脳をクリアーにするのは
何のためか? 万人、それぞれ違う。私は、「地球上に生まれ、80年の命を
与えられたからには、その広さと、深さを知り、体感すること。」である。
で、今でも毎日、読書やネットやツアーを駆使して、少しでも自分の世界を
広めている。最近、アンドロイドTVが加わった。どの道、直ぐに死ぬ運命。
それに味わいを加えたい。両親の老後に一緒に住んで学んだのが、これ!
・・・・・・
2016/10/03
瞑想とは 〜1
 スポーツジムの「ヨガ」に参加を始めて4年半になるが、人気は高まる一方。
当初は週2日、3年目から週3日、最近では週4日は参加している。腰痛の
私にはセルフ・マッサージの効用があり、40年来の万年腰痛が半減している。
さらに50人の集団ヨガで、スタジオ内に満ちたエネルギーの吸収効果もある。
 それに加え、早朝のポタリング(チャリ散歩)による土手の霊気のシャワー
も効果的である。ちょい時間の般若心経の唱えも、瞑想状態である。いつ欝に
なっても不思議でない状況下で、それらは心のマイナス面をカバーするための
必要条件でもある。
 ヨガの目的が瞑想。その瞑想の上位目的は、<脳のクリアー>。 
先日のNHK・TVの『ためしてガッテン』で、「瞑想パワー」の特集をしていた。
ずぶの素人向けだが、内容は簡潔だが、内容は濃い。〜NHK/HPよりコピー〜
≪ * ボケない!脳が若返る「めい想パワー」SP
               2016年9月28日(水)午後7時30分
・ボケを防ぎ、不安やストレスに負けない。そんな若々しい脳を取り戻す方法
として注目されているのが、めい想などの「呼吸法」! めい想というと、
宗教や修行というイメージを持たれる方が多いかもしれませんが、本当の目的
は「脳が持つ本来の力を最大限引き出すこと」です。そのため今では、世界の
一流企業や医療機関が、めい想を積極的に取り入れているほどです。
・番組では今回、様々な方法を駆使して、めい想の世界をひもとくことに挑戦
しました。その結果分かったのは、毎日たった3分間、目をつぶってめい想の
呼吸を行うだけでも、脳の記憶の中枢「海馬」などが活性化、若い頃のような
パフォーマンスを発揮してくれるという。
・いま世界中の科学者から注目され、ぼけやうつ、ストレス対策として果て
しない可能性を持つめい想。ぜひ皆さんも、1日3分の新習慣でスッキリ脳を
手に入れてみてはいかがでしょう? >
▼ 30数年前から、自宅から200M先の栖吉川の土手を一時間ほど、腰痛対策の
 ウォーキングを課してきた。その時間帯を7年前から信濃川の2つの大橋を
チャリで周って帰るコースに切替えた(冬期間の4ヶ月は休止)。その途中、
大手大橋上を1キロほどヒキチャリをして歩いている。その時が私にとって
「1日のピークポイント」にしている。 ヨガ、ポタリング、夜半の睡眠時の
睡眠瞑想は、瞑想と同じような効果がある。宇宙の中で、独り佇む己の確認が
瞑想の真髄である。 真逆の人たちの仮の姿が、IT、あれら、「世間人」。
・・・・・・
2016/09/10
閑話小題 〜SJの現場で!ー��
   * 週、5回のヨガにチャレンジ
 先々週は週に5回、先週は4回、続けて参加したが土曜日の5回目の予約チップ
を2時間半前に取りに行ったところ、既になく、目標達成はならずなかった。。
今週は、4回続けてきたが、今日は如何に?と思いきや、先週同様、昨日から
腰痛が出ている。 過ぎたるは及ばざるがごとくで、週4で十分が実感。
 先日、ヨガの待合の行列の前の同世代の人に、知りあいが声をかけてきた。
『週に5回、出席しているが、欠かさず参加して何が良くなったか、今のところ
分からない』と。私の実感と同じような疑問。先週の土曜には、少し、腰痛気味
だったため、予約チップが無かったのが良かったと思っていた。
そこで、行列の間、同じ状況の私が答えは何だろう?と、暇にまかせて考えた。
『効果云々は、その人によるが、週5回は、毎日になる。好きで、調子が良く
なければ、出来ないこと。思うに、<大好きになるため>ではないか。
大好きになれば、参加する理由はなくなる。理由は<好きだから>になる。』
 大好きとしても、週5がキツイなら、週4に減らせばよい。週3回、予約チップ
を取りに行くのもキツイなら、それだけ好きになれないとことになる。
 連日、続けることが出来るのは、集団でこそ可能。意思薄弱な私に、独りは
どだい無理。 蓄群と、群れる人たちの弱点を突きながら、自分は、群れヨガに
参加している。何をか言わんやである。 添乗員の付く、ツアーに参加して
世界の僻地に行けないのに、こと日常生活で、群れたがる人たちを冷ややかな
目線で見ている私が、ここにいる。 「集団セルフマッサージ」として費用
効果としては、最善だが。腰痛からして、今日は止めにする。 お暇なことで!
・・・・・・
2016/09/04
閑話小題 〜SJの現場で!
  * チャレンジ5! 二回目の最終日に
・週に3〜4回だったSJでのヨガ・エアロ、試みに二週前から週に5回に挑戦、
SJに行く日は欠かさず参加、昨日で二週間連続10回目になる予定だった。
 「昼間の割引コース」の枠内5日間で、月、火、木、土曜日が一回、水曜日
は12時半と15時の二回のプログラムが組まれている。週5回は少々キツイが、
SJの5年半の運動効果と、ヨガの4年半の鍛錬効果で、足腰の重さが半減から
三分の一に減っている。他にも、4ヶ月前から飲みはじめたサプリ効果もある。 
先週、5日続けた効果で足腰がより軽くなった為、今週も、「チャレンジ5!」
の標語を内語で呟き、続けてきたが、一昨日のシネマをみた後、腰が変に痛く
なってきた。で、昨日は迷ったが、とにかく、10日目、あと一日続けることに
した。 その土曜日は、平日コースと、土日・祭日コースが重なるため、人気
のヨガは、午前中に予約チップを取っておかないと満席になる。経験則で、
11時過ぎに、取りにいったところ、既に満席である。顔見知りが、その場に
いて、「11時前にきたが既になかった。二時間半前にきて満席とは、ちょっと
ね〜」と愚痴。で、「チャレンジ5」の二週連続は最終日で未達成になった。
・・・・・・
2016/03/26
人生で最も大切な技術 ー34 瞑想の実践        
        『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 瞑想の実践 ー��
 スポーツジムのヨガに参加して、まる4年になる。ヨガは瞑想に合間にする、
足腰の鍛錬や呼吸法で、その目的は瞑想。当初の二年間は週2回、後半の2年間
は週4回、所要時間は45分。その最後の5分の「死者のポーズ」。大の字になり、
全身の力を抜いて、宇宙と一体化したイメージで横たわる。
 自宅で横になった半睡眠の状態との違いは、瞑想は、それらの一環で、
集団の一人として参加すること。夜半寝ている時に、この状況を頭に描くと、
似た感覚に簡単になれる。 ヨガは、生気を溢れさせてくれる。 
≪ * 瞑想を始めてみよう!
 自分を取り巻く環境がどうであれ、生気溢れた状態にさせる可能性は誰の
心の中にも必ず存在する。それは、愛情豊かな親切心、思いやり、心の平安
を体得する可能性のことで、あらゆる人の心に秘められたものである。
天然に転がる金塊と同じで、掘り当てられ、磨かれ、現実のものにされない
限り、価値が高まらない。こうした可能性を引き出し、強化育成することに
より、精神的な健全状態が一段と定着化するだろう。可能性を放りっぱなしに
していても強まることは期待できない。それは一種の技術とし習得しなければ
ならない。手始めとして、自分の心に習熟することから始めること。それこそ
が瞑想修行の第一歩なのである。まず、バランスのとれた無理のない姿勢で
静かに座ろう。座布団の上で足を交差させた蓮華座が無理なら、椅子に座って
も構わない。どちらの場合も、常に緊張のない程度に自然に背筋を伸ばした
姿勢をとることが大切である。手は膝または腿の上に置き、目は自然に前方に
置き、呼吸は自然にまかせる。心の中に、思考が浮かんでは消えるのを見つめ
ていよう。最初は、思考が消えるどころか、滝のように心の中に乱入してくる
かもしれない。その場合は、思考を停止させたり、逆に、焚きつけたりせずに、
浮かんでは消えていく様子をただ眺めているだけでいい。作業の終わりには、
次第に静寂になった心によってもたらされる温かみと喜びをしばらく味おう。≫
▼ 学生時代に座禅を知り、野狐禅としても、静かに座り、心の底から湧出る
 雑念を見つめる、もう一人の自分の影を見ていた。それが魂なのか、自分を
見つめる第二、第三の自分なのか? それは、誰も持っているはずだが・・ 
フッと思いたち、般若心経を呟いて没我の状態を瞑想と、どこが違うのか?


6537,閑話小題 〜世界は知らないことばかり…

2019年02月06日(水)

   * 山椒魚の生態から見えたこと
 ★ アマゾンの人が入ってない地区の動物の生態研究が生々しい
 そのレポートの一つの『山椒魚』の生存実態の内容に驚かされた。
雨季だけの湖のような水溜りの中で、山椒魚が小魚を襲って食べていた。
ところが水が減少すると共に小魚がいなくなり、仲間同士の共喰いが始まる。
そして、最後に一匹だけ大きな山椒魚が残った。そこでエラが退化をして、
肺機能が出来上がり、陸に上がって生延びる。 動物の起源は海にあり、
それらが陸上に進出してきた、そのままを一匹で体現した山椒魚には驚き… 
 象の先祖はクジラと言われる。これは、海上で肺機能をつくり上げた上で
陸上に進出し、象に進化したもの。その原型が、この山椒魚。エラから肺呼吸
を進化させて上陸したのが一般的。ガラパゴス諸島の海イグアナのように、
戻ってきて海藻を餌にするのもいる。 世界は広くて深い。
 人間様の小池(半径500m)だけが世界ではない。スーダラ節じゃないが、
<解っちゃいるけど縛られる?>  淡水や海水を飲み分けられれば、海辺の
岩場に閉じ籠って生きるのも案外、良い? 多かれ少なかれ、人間の触媒は
限られている。
 ★ この年齢になってみて、好奇心、知識欲の減退が全くないだけでなく、
 無尽蔵に増えていることに驚いている。リタイアで、空の領域が広がったため? 
それより、世界に対する‘視野狭窄’が現実ですか。まだ、このブログ習慣と、
 老年であと先が少なくなったため? 新鮮な知識が流れ込んでくるようで、
とにかく毎日が面白い! 「今の内!」感が現実のためだろうか。 いや、
50歳代に入って20数年、ズ〜ッとそうだ。 …今さらか。
丁度、個人HP、ブログ開設の準備とネットを始めた頃。 現実社会を水中に、
ネット社会を陸地に例えると、ネット世界の肺機能が出来上がり、陸地に
這い上がってきたことになる。ところで、この山椒魚のようなタクマシイのが
人間社会にもいる?。いや、人生とは、こんなもの? 全てを食べ尽し、独り
陸地生存用の肺の機能をつくり陸地に旅立っていくのが。誰の中にも、いや、
全ての生物の中に、生存競争の結果、環境の変化に対する原始的適応能力の
遺伝子がある筈。そのためには、極限に自らを晒さないと! 極限にこそ、
生きる術が、こみ上げてくる。野良猫と、山椒魚の共通点は、遺伝子レベル
の生命生存の能力。 …底の浅い人には理解不能? そりゃ、無理無理!
 ★ 『予定挫折』って言葉と、経験。 これを自らに課すのが、キャリア。
 官僚は、それぞれの省庁のノウハウで、これを計画的に行う。
創業者は、計画的自己配転で、転業で、身につける。そのため、少しパーの
要素を必要とする。 これを知識で体得できるのが地頭。イチロウ、大谷の
ような論理構築の出来るのが、叩き上げの高卒超一流選手。プロ野球から
メジャーリーグへの変身が、上陸に。その為には、二代、三代の親がかりの
必要悪が… 最後は親を食い潰して、一匹、上陸していく物語が必要となる。
出来なかったのが自分で、この様。 誰もが通る挫折への一本道。それが
結果としてベストとなるから、皮肉なもの。それが、人生でもある。
この山椒魚から自然の持つ多くの摂理を学ぶことになった。
世界は、全てが繋がっている。
 
・・・・・・
6173,閑話小題 〜映画観賞 ー『スリービルボード』
2018年02月06日(火)
   * シネマ『スリービリボード』
 前回みた邦画が面白かったが、今回はハリウッド映画。
何処にもありそうな東部の田舎町の、化粧気のない普通の中年のオバさん
がヒロインの物語が奇抜で良い。西部劇のガンマンのごとく、怒りをエネルギー
にして、立向かっていく姿に引込まれていく。フィクションなればこその物語。
  〜HPの紹介から
<米ミズーリ州の片田舎の町で、何者かに娘を殺された主婦のミルドレッドが、
犯人を逮捕できない警察に業を煮やし、解決しない事件への抗議のために町
はずれに巨大な広告看板を設置する。 それを快く思わない警察や住民と
ミルドレッドの間には埋まらない溝が生まれ、いさかいが絶えなくなる。
そして事態は思わぬ方向へと転がっていく。娘のために孤独に奮闘する母親
ミルドレッドをフランシス・マクドーマンドが熱演し、ウッディ・ハレルソン、
サム・ロックウェルら演技派が共演。「セブン・サイコパス」「ヒットマンズ・
レクイエム」のマーティン・マクドナー監督がメガホンをとった。>
  〜評価・レビューより
≪ カールした髪を少しだけ後ろで束ねて、そこにバンダナを締め、ツナギで
武装した怒り心頭の母親、ミルドレッドが、ギターの爪弾きに乗って、レイプ
され、焼き殺された娘の敵を討ちに行く。さながら現代のミズーリにカウボーイ
がワープしてきたかのようではないか! ジョン・フォードと同じくアイルランド
に故郷を持つ監督&脚本のマーティン・マクドナーは、偉大な先人に敬意を表し、
西部劇の再構築を果敢に試みている。 しかし当然、ここでは善対悪の構図は
かつてのように単純ではなく、悪人に見えた人間には情状酌量の余地が大いに
あり、さも善人面して登場する人物が巨大悪の手先だったりする。そんな時代に、
ひたすらいがみ合い、傷つけ合うことなど無意味なのだ。互いに思いやりを持ち、
理解する努力を怠らないことこそ、人としての知恵ではないのか?想定外に次ぐ
想定外で観客をとことん混乱させる物語は、最後に心和む着地点を用意して、
そこはかとない余韻を残して幕を閉じる。その余韻はしばらく消えることはない。
オスカー云々に関係なく、今年まず観るべき1作だ。≫
―
≪激しい怒りや悲しみ、笑いといった様々な感情という糸が絡み合い、最後は
 スッと解ける映画。主人公のミルドレッド母ちゃん、娘が何者かによって
殺され、一向に解決しない警察に対して、警察への非難のメッセージが記された
広告看板を建てて、それに携わった人々の人生が変わってしまう物語。
 ミルドレッド母ちゃん、町の人々から尊敬されている警察署長、そして、
マザコンのクズ警官の主要三人のそれぞれの関係者があの広告看板によって、
人生がだんだん変わる様の描き方が非常に上手い。監督が天才過ぎ。 あと、
キャストそれぞれ良かったが、一番印象的なのが、ディクソン。マザコンで
クズ保安官でだが、最初はサイコ野郎と思っていたら中盤〜終盤辺りから
印象が変わる。逆にミルドレッドは、最初は同情してたが、彼女の怒り、暴言、
暴力といった行為がかなりエスカレートしていき、町の人々は同情が失せます。≫
―
▼ アウトサイダーの生き方を標榜している私と重なる部分があってか、過剰に
 同調して見ていた? 保守的な田舎町で、三枚の大看板に、抗議メッセージを
掲げて波紋を呼ぶ、それを物語にするアイデアは面白い。
【 熊さん: 何か八つぁんに似ているね。
 八つぁん: 私は、接触を最小にしているだけ。しかし、声高々に、ここで
      書いているけどね。ここまで書けば嫌われるのは分かっているよ。
 寅さん: いや解ってないんじゃないか。「良いこと3つ、悪いこと1つ」と、
      常に言ってるじゃないか。その三倍はあるよ。何を怖れているんだ。
八つぁん: 毎日、ない頭を絞って書いていると、どうしても本音が出るの。
      怖れるといえば、もう亡くなった一番上の姉夫婦が、地元豪族的
      肩書信仰の妄信を見ていて、反面教師になっているの。
大家さん: 可愛いもんじゃないですか。フリをしていれば済む話。
八つぁん: 今さら、フリもありゃしない。かなり変人と思われてしまったね。
熊さん:  そりゃ、酷い言われようだよ。少し外れても遠からじだよ。
寅さん:  俺など、面白くてさ。フーテンの寅が、知恵足らずの男に、
      「おい、相変わらずバカか」といった返事、「御母ちゃんが、バカに 
      バカというのが一番バカだよと言っていたよ!」の台詞を思いだすんだ。
八つぁん: 実は自分もさ。本当に奴らバカなのさ。そういう私が一番バカだね。 
      この随想日記が、この映画のビルボード代り? まあ、怒るは…。
大家さん: フウテンの寅の実家の叔父さんが、寅に、「本当に馬鹿だね!」
      と言うけど、「御前も本当にバカだね。」
八つぁん: 本当にバカだもの。熊、寅が小バカなら、俺は大バカさ。
      いや、バカ違うんねん、パーなんねん、ですか。
大家さん: とすると、さしずめワシはグウですか… 何かコンだね。
      グウはパーに勝てませんってね。 グウは、愚うだもの。  
寅さん:  大家さんまで、フザケチャいけません。 それは熊と俺の役割。
熊さん:  ツマラナイというよりクダラナイ。 で、テーマって何だっけ? 
八つぁん: 風変わりなハリウッドものシネマの評論よ。 評価は85点。 
      自ら進んで映画の世界に入り込むか観劇のコツになるが… 
大家さん: 毎週、よくも飽きずに通ってるけど、そんなに面白いの?
八つぁん: そりゃ面白いよ! 一時的に「あっちの世界」に飛ぶんだもの。
      シネマ館で見るのは違うよ。1100円も出すんだよ。2000円だと、
      月に一回になるけどね… 

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5440,人生で最も大切な技術 ー心の自由
2016年02月06日(土)
      『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 自由への大いなる飛躍
 ここで、エゴから開放されることが、心の自由という。御隠居生活は、
今さら、老いさき短いのに、エゴもなにもないだろうという諦観が、拘りから
自らを解放させる。森の生活から、サバンナの生活の移行が、「心の自由」を
実感させる。森は森で面白いが、サバンナにはサバンナの面白さがある。
 心を自由にするにエゴからの解放を勧める。遺伝子科学は、遺伝子の進化
の本質はエゴにあると解明したが、そこは知的生物?たる人間様。せめて
心の自由を、「私の・・」からの解放が必要である。 〜その辺りから〜
≪ 自由になる、ということは、自分の運命の支配者になることである。
 ただ、自由と聞くと、行為、動作、意見等の自由、自分が決めた目標達成
の機会を獲得する自由、等というふうにとかと解釈されがちである。
そのように自由を納得することは、自分の外側に自由を置いて、思考の横暴な
振る舞いを看過することになる。実際、西欧では、自分のしたいことをして、
衝動おもむの赴くままに行動するのが自由、という解釈が一般的である。
しかし、そうした考え方はおかおとししい。したい放題とは、心を混乱させる
思考の慰み者として、自分自身を決めるのも同然である。それは、山頂で吹き
まくる風によって、あらゆる方向にへし曲げられる草と同じ状態である。
「私にとって幸福は、したいことを誰にも一切ロを挟まれないですること」
とBBCのインタビューに答えていた英国の若い女性がいた。無秩序な自由の唯一
の目標は、欲望を即座に達成することである。だが、果たしてそれが幸福を
もたらすだろうか、という疑問が生じる。その疑問には十分な根拠がある。
 自然で自発的な行動は、精神的な混乱がない限り、長所となる。しかし、
心の中で渇望、嫉妬、傲慢、恨みなどの狂犬を荒れ狂うままにさせておくなら、
間もなく、心はそれらの狂犬に占拠される。一方、自由な心は、膨大で、
明確で、静寂な空間で、そこに痛みはなく平安だけが強化される。・・(略)
心の自由は、とりわけ、「私に」と「私の」という独裁者エゴからの解放で
ある。エゴは自分が嫌うあらゆるものと衝突し、自分が欲するあらゆるものを
自分のものにしようと必死になる。それ故、自由になることは、心を支配し、
曇らせる苦痛の絆を断ち切る作業と言える。それは、自分の人生を、習慣と
心の混乱によって作りだされる性癖や性質に明け渡す代わりに、自分の手中に
収めることである。水夫が船の舵柄を緩めて帆が風にはためくままにして、
潮の流れに漂わせている場面を想像すれば、それが自由な航行とは呼ばれずに
漂流した状態だとわかるだろう。自由な航行とは、舵をしっかり握って
自分の選んだ目的地に向けて航行することである。
 日常生活でこうした自由が体得できたなら、他者に対して心が開かれる上、
忍耐力が備わることになり、自分の選んだ人生の方向からまったく外れずに、
断固として突き進む覚悟ができるだろう。実際、方向感覚を持つことは
生きる上で不可欠である。ヒマラヤをトレッキングする際には、何日でも
何週間でも歩く覚悟をしなければならない。・・≫ 
▼ 英国の若い女性が言った、「「私にとって幸福は、したいことを誰にも
 一切ロを挟まれないで・・」の「したいこと」を、「幸福になるために」
に替えれば良いこと。そのために、少々自由を犠牲にしなければならない。
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5076,閑話小題 〜火あぶりの処刑
2015年02月06日(金)
   * 火あぶりの処刑
 イスラム国のヨルダン人パイロット兵の処刑の映像には驚いた。
ブログに掲載するかどうか迷ったが・・ 少し考えてみれば、ガンで死ぬ時は、
少しカタチが変わるだけ?いや、違うか? これ、殺伐とした時代の象徴である。
彼らはイスラム原理主義の名を借りた殺戮集団。世相が20世紀前半の第一次、
第二次世界大戦辺りの、ニヒリズム的様相になってきた。 ウネリの元は、
情報端末とネットの普及による情報革命。それはグローバル化と、一強多弱を
推し進め、弱者に格差と差別が曝け出され妬めと怒りが充満していく。
島国日本にとって、テロの不安は少ないが、今後は、そうはいかなくなる。
 初めてイスラム圏に入ったのがエジプト。深夜に入国し、数時間後に飛行機で
ルクソールに向かったが、早朝、街から聞こえてきた、アッラーの祈りの音声。
丁度、ラマダン(断食)の最終日で、ホテルの従業員が殺気だっていた。
 現地の日本人ガイドに、飛行場からホテルに向かうバスの注意。
『ここは、イスラム教の国。私たちは欧米文化の国。まず全ての常識を
横に置いて下さい。違うのです、全く違うことを忘れないで下さい!』と・・
「これだから、秘境・異郷は面白い!」と、思うようになるに、何度かの
経験を要した。世界は、それぞれ違うのである、全てが! 旅行は、日常生活
との差異を求めて外に出て、日常を外の目で見て、考える機会でもある。
原理主義者としても、誘拐、殺戮を容認する思想が現に存在している。そして、
それを脅しとして公開する。彼らにとって、テロも戦争の一つでしかない。
欧米が勝手につくったアラブの、いや世界の国家を否定し、イスラム原理
主義国家という共同幻想を優先し、地域を州と見なすとは、考えたもの。
共同幻想のイスラム原理主義に感化され、『そこでテロで、戦闘に参加せよ!』
と煽られれば、誰にもチャンスがある。まさか、半年前まで、こんな現象が
出るとは誰も思ってもみなかった。 恐ろしい時代である。
 良い時代を、数限りない良い思いで過ごせたと、感謝する日々である! 
東京オリンピックに大きな不安要素が加わった!幻に終わらなければよいが。
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5806,「7回読み」勉強法
2017年02月06日(月)
            <超速「7回読み」勉強法〜山口真由 (著) 
* 勉強法とは、最大限の努力すること
< まず目を通すだけで気楽に読むのを3回、キーワードに注目して3回、
 仕上げに1回、合計7回読むことが基本 >という本。「この経歴の人が、
7回読むのだから、凡庸の私が、1〜2回、目を通すだけでは駄目」という
道理を、この年齢でつくづくと実感するのだから我ながら何をかいわん。
「学生時代から、2〜4時間、本を読み続けている」という慢心が、勝手に
枠をつくっていたようだ。著者にとって、『1〜2回読んで理解したつもり
にならないで』といいたいのである。    
 〜内容紹介
【東大を首席で卒業するトップエリートは、いったいどんな勉強をしてきたのか。
一般の人とはもともとの頭の作りが違うのか、努力の量が違うのか、みんなが
知らない暗記のコツを知っているのか。東大法学部を首席で卒業し、官僚を経て
弁護士、テレビコメンテーターなどとして活躍する著者が、どのような勉強法を
実践してきたのか解説。「勉強は決して楽しいものではない」と著者は言い切る。
知識を学び、自分のものにするには「努力」が必要です。 勉強という作業は
極めて地味で、時には退屈、多くの場合は苦痛でさえあるのです。そんな作業を
継続してこられた大きな要因は、自分に合った勉強法を確立できていたから。
勉強法さえ確立できれば、知識の獲得は断然楽になります。
 本書では、その具体的な勉強法として、誰でも実践可能な「本を7回読む」
というシンプルな方法を中心に、著者が編み出した勉強のコツをたっぷりと
紹介しています。
――
▼ 初めは全体を把握して、3度4度と徐々に精度を上げていく手順を教える。
 まずは絶対量の勉強をしろ、それ以外の安易な方法はないと著者は教える。
これは人生について言えること。「ますはベースになる、ある程度の教養が必要。
そして目先の問題解決に最大限の努力をしろ。その知恵と知識は‘独学’でしか
身につかない」ということ。 独りの行為で一番、効率的なのは読書という。
今ではネットサーフィンがあるが、それでも熟考をするに、読書が最適。
その為には、好きな分野を早めに見つけ、読書好きになるしかない。
 そういえば、Amazonの電子書籍kindle、まだ買ってない! 
図書館だけではなく、実際に身銭を切って書籍を買い読んで、二回目以上は、
電子書籍で読返すのが、基本だが… 
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3969, 首都圏崩壊の可能性、7割 ー3
2012年02月06日(月)
    * 情報(言葉)の恐ろしさ
「7割の確率で首都圏直下型地震が4年以内に起こる」とうニュースが衝撃的
だったが、土曜日の朝、BS朝日で例の東大地震研究所の教授が、その首都直下
型地震について話をしていた。「首都直下に7割起こるとはいっていない。
 南関東全域で7割の確率で、震源が首都直下の場合、死者1万1千人、
建物消失が85万棟になると算出したのであって、マスコミがそれを編集する
上で、南関東と都心直下の言葉が入れ替わった情報が一人歩きをした」。 
それも研究員個人の見解で、東大地震研究所が発表したのではない、という。 
記事の内容をよく読めば決して嘘ではない。見出しが誤解を生む内容で、
記事の内容も「都心が震源の場合」と書いてある。 情報とは、こんなもの。 
言葉の組み合わせで、受け止め方で、意味合いが違ってくる典型的事例である。
 見出しをそのまま、信じてしまう甘さに自分でも呆れている。 
マグネチュード7の地震は、3・11直後、何度も起こっている。それが南関東で
起こって当然で、実際その地域で小さな地震が多く続いていることから、4年で
7割の可能性が出てきたようだ。東北の沖合で500年に一度の大地震が起こった
ため、周辺で大地震が起こる可能性が10倍になっていることからして、数年間は
特に厳重な注意が必要。 ニュースで早速、スーパーなどで、避難・災害用
グッズ売り場を二倍にしたと報じていた。多くの家庭で準備が始まったようだ。
世界的金融不安の上に、足元の地震の心配。ますます殺伐としてきた。
 とはいえ、首都圏崩壊の可能性?の備えは、充分にしておくべきである。 


6536,閑話小題 〜郊外化の流れが止まらない

2019年02月05日(火)

    * ヨーカ堂撤退と、東京インテリア家具のオープン
  何とか長岡駅前で一棟、生残っていたヨーカ堂が2月11日で撤退。
駅周辺の衰退と郊外化の流れに逆らえず… 
 その交代要員のように、『東京インテリア家具』が2月1日に、信濃川西郊外
にオープン。県内には10数年前に新潟市郊外にオープンしていた。「ニトリ」
とは趣の少し違った商品構成。ニトリの仕様書発注に対し、問屋とメーカーが
企画する仕入れが中心。ここは実用より家庭内ファッション性の高い一般雑貨
の比重が高いこともあり、既存SC内の様々な店舗に甚大な影響を与える黒船。
 隣接するシネマ館『T・ジョイ長岡』に隣接しており、シネマに毎週、通って
いることから立寄る機会が多くなる? 家具売場のウィンドウ・ショッピングは、
若い時からの趣味の一つ。高級家具を見ているだけで豊かな気分にさせられる。
 数年前、ヤマダ電機が「家電製品とコーディネートを提案した「家具と家電」
の混合店を郊外にオープンした。驚いたのが、値段とセンスの提案。
「これこそカテゴリーキラー!」と思わせる業態店舗。 
 食品スーパーと、ドラッグストア、コンビニの「業態間競合」そのままが、
総合家具屋と家電屋間で生じた現象が面白い。 これにネット販売が加わり
競争が激しくなる一方。
――
寅: 熊よ、何だかんだといってもよ、丸大を加えた『ヨーカ堂』は昭和生れに
 とってさ、最後の拠り所だったんだよ。『ヨーカ堂文化ロス』になるんじゃない。
熊: 地元スーパーとは、商品力が違っていたね。それと、ヨーカ堂の文化と
 いうか何かがあったよ。でも、この数年、一度も行ってないね。
寅: ワクワクしなくなったね。筋ものでは、イオンと、アピタのユニに押され
 ていたね。でも、やはりショックだね。存在するだけで温みがある店だったしね。
熊: 昭和生まれ、それも戦中、戦後生まれの俺たちには、ここがないと困るよ。
 そろそろ自動車免許証も返さなくなるしね。ただね、ヨーカ堂ばかり行っていた
 らさ、徘徊しているじゃないかと気になるしね。
大家: だから、あまり行かなくなったの。いや、行けなくなってね。だいたい
 もの自体が欲しくなくなってね。経営サイドからみて、年寄りばかりが目立って
 くるし、とにかく金がないしね。その上に活気がないね、地方の老人は! 
寅: 店員も居心地が良いのか、中年から老年ばかり。何か侘しさがあったね。
 客も店員も「老々」じゃあ、商品まで新鮮味がなくなるしね。
八: 上さんが言うにね、どんどん在庫商品が少なくなって、「終わり!」って
 感じになってきたとさ。それでも、今まで値下げしなかった売れ筋を、どんどん
 下げているらしい。週に二回、バスで川西のイオンのジムのエアロと、SCの
 アピタに通っている上に、帰り道にヨーカ堂と、駅の専門店街に立寄って帰って
 くる家内が、ショックというから… 
大家: 廃れが止まれないのも仕方がないね。あまり大きな声で言えないけれど、
 柏崎・刈羽原発の操業停止、これがボデーブローで、効いているね。
八: 柏崎だけじゃなくて、長岡が響いているようだね。で、柏崎と長岡の
 ヨーカ堂店の撤退。県会議員秘書の談合問題も厳しくすれば… ハイそれまでよ。
大家: 第四銀行と北越の統合問題も、経済の下方圧力として効いてくるね。
熊: 俺様のような下系じゃ、これ以上、悪くなりようがないしね。としても、
 街全体が活気がないとね。冬なんぞ、独り寂しくTVを見るしかないもんね。
寅: それにしては大笑い声が聞えてくるね。
大家: 熊さんの、あれが空笑いって気づかないのかい。
熊: 別に空笑いじゃないよ! 笑うしかないじゃないか。大声で笑うとね、
 本当に面白くて、楽しくなるのさ。空笑いじゃないのよ。切実なんだよ。
八: 解るわかるよ… それって。ヤケクソでもね、腹の底から笑えるって、
 特技なんだよ。これって少しの訓練で出来るんだ。 習慣、習性だからね。
寅: 今度、熊さんから教わらないとね。いや、これは八っあん、ですか。
八: 理屈なしで、先ず笑う。 長くなるから、この話は今度ね。もっと
 もっと笑わなくては… 自分を振返れば笑えることばかり。まずは自嘲から!
大家: ヨーカ堂の撤退の話が全く変わったじゃないですか。
 「暗い話の中で、笑うしかない」ということですか。

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6172,閑話小題 〜米朝開戦 −1 
2018年02月05日(月)
  * 寅さん、プーチン、スターリンに問いかけ
神様: 熊さんの望み通り、プーチンとスターリンを、スペシャルルームに
   招いておきましたよ。次は、トランプ大統領と、ケネディを予定して
   いるがね。
熊さん: まさか実現するとは思ってもいなかったが、仮想会見としても。
   相手がね。といって、神様の特別の計らいだからね、誠実に聞くよ。
   敬語など使えないので、普段どおりだけど、断っておくね。
神様: そうだね、お前さん一人じゃ無理ですか。じゃあ、大家さんを呼ぶよ。
熊: プーチン大統領、いま、アメリカのロシア疑惑というのは本当ですか。
プーチン: 私も、当のトランプも、まさか大統領に当選するとは思っても
   いなかったさ。でも万一と思って、自分たちでは出来ない情報工作を
   頼んで来たのさ。聞いた時は、まさかと思ったけどね。
大家: 事実でなければ、FBIの長官や、今度は副長官が、早々に辞めないよ。
プーチン: もう、当分世界はワシのようなもんさ。
スターリン: 何か、私を参考にしているようだが。お前さんに私のように
   非情になって自国民を殺せますか。
プーチン: 中東では、ISを手当たり次第に殺しましたよ。それとチェチェン
   でも。今度は、アメリカと北朝鮮の相討ちを狙っているが… 今では
   虐殺現場がカメラビデオに映しだされるんで、殺り辛いんですよ。
   北朝鮮とアメリカ、いいところまで来ているですがね。上手くいき、
   中国の参戦で相討ちともなれば、理想的ですがね。
熊: 何か居た堪れなくなってきたけど… で、開戦の結果は分かっている
   戦争じゃないですか。一般の人が気の毒じゃないの。
大家: 金様にしろ、プーチンにしろ、自分が弾丸の中の悲惨な経験をして
   ないので、現実の悲惨さが解ってないの。
熊: そんなのが大統領なの。 
スターリン: 1000万、2000万を殺したところで、麻痺をしてしまえば、
   何てことはないよ。まだまだプーチンは、柔いよ。ワシのつくった
   ソ連邦を解体されて。何じゃい。敵はアメリカ連邦の解体だよ。
神様: お前らを見ていると、神でいることが嫌になるよ。
熊: 本当に戦争になるの? 東京にミサイルを打ち込まれると、一瞬に
   して80万人が死ぬというけど。それと、難民問題もあるしね。
大家: これが大変だよ。 中国じゃ、3ヶ所の難民収容所を想定し、
   万一の備えを考えているらしい。 中東、アフリカの、欧州への
   難民問題と同じことが、今度は極東で起こるんだ。
プーチン: ズブの素人が突然大統領になるんだから… バカな話さ。
スターリン: ワシが聞いても恐いよ。大統領は、プロ中のプロがなるもの。
   あの顔からして、相応しい指導者ではないね。 どうなってるの?
プーチン: 正直なところ、ワシも、同じ考え。8年にわたった黒人大統領と、
   女の国務大臣に、世の中の冴えない白人層が腹を据えかねていたからさ。
   としても、娘婿の援助の依頼には驚いたよ。 アメリカを見ていて、
   民主主義の建前ほど変なのはないね。
スターリン: やっちまえ、今の内だよ、ソ連邦解体の復讐の機会は。
神様: 何で、こんな男を、呼出してしまったのか? プーチンの思惑を
   聞きたかったので、これはこれで… 二人とも、トリックスターじゃ
   ないか。それも陰湿、露悪の。 熊さんよ、現在の平和は、仮の姿。
   もう、動き出したの。その辺の計らいを読み取って大家さんにばかり
   頼らないで、自分の頭で考えなさい。白鳥もいれば、黒鳥もいる。
プーチン: 日本っていうのは、この72年間、軍備を蓄積していたのは流石。
   生真面目過ぎるけど、侮れないんだ。 北朝鮮なぞ誰が相手にするか。
大家: 貧しさを国民に強要してきた国は、国家として卑しいのは当然。
   まともな正論は通じないの。
―
▼ 寒さの中でのライブの内容のため、悲観的になったが、スターリンの参加
 を思い立ったのは我ながら驚いた。「陰惨で、残酷で、疑り深い」人物と
いうが、プーチンも似たようなもの。 彼の前のトランプなど赤子そのもの。
この数ヵ月は、過ってないほど緊迫した事態が続くことになるのだろうが… 
 
 〜で、これまた6年前の以下に、脈絡として丁度よく繋がっていくr。
 ・・・・・・
3968, 民主主義への疑問 ー2
2012年02月05日(日)             
 * 明治元年の五箇条の御誓文 「民主主義とは何なのか」長谷川三千子著
【 たとえば自国が経済危機に陥っているからといって、若者たちがデモをし、
 店や車を壊して為ばれるという海外ニュースを、われわれはよく目にする。
愚かしいかぎりの行動であるが、民主主義イデオロギーに即していえば、彼らは
正しいふるまいをしているのである。指導者に対する不信と敵意を破壊的な
行動によって示すのは、近代民主主義の出発点をかざるフランス革命以来の
偉大なる伝統だからである。民主主義が本質的にかかえ込んでいるこうした
愚しさを克服して、かくも厄介な民主主義をなんとかうまく使いこなす方法は
ないものだろうか? 考えてみれば、「国民の、国民による」政治という形
それ自体は、活気にみちた健康的な国家をっくり上げてゆくうえで不可欠な
ものともいえる。国民自身が意欲を失い、やる気をなくした国家に、
「国民のための政治」が実現するはずはない。・・明治元年の五箇条の
御誓文には、そのエッセンスともいうべきものが簡明に表現さきじている。
 一、広ク会議ヲ興シ万機公論二決スヘシ
 一、上下心ヲ一ニシテ盛二経編ヲ行フヘシ
 一、官武一途庶民二至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス
 一、旧来ノ随習ヲ破リ天地ノ公道二基クヘシ
 一、智識ヲ世界二求メ大二皇基ヲ振起スヘシ
 ここでまず注目すべきところは第二条である。 
この「経論」という言葉は、もともとは政治を指して使われる言葉であったが、
ここではむしろ経済活動に重点を置いて使われている。つまり指導者も国民も、
すべて心を合わせて、政治・経済の活動に積極的にかかわろう、ということ。
あたり前の呼びかけとも思える。政治であれ経済であれその他何であれ、上も
下も心を一つに合わせておこなわなければ、よい仕事はできないのである。
しかし今みてきたとおり、この「上下心ヲ一ニシテ」ということは、まさに
民主主義が捨ててしまった心構えである。その意味で、実はこれは極めて
根本的な民主主義批判ともなっている。】
▼ 日本の近代の始まりの明治元年に立ち返り日本の誇りを取り戻すことが必要。
 一条の「公論」の心構えこそ、この非常時に求められること。相手の論を叩き
潰すのでなく、危機を乗り越えるための論でなくては。目標が明確であれば、
公論が可能になる。声をだして、何度も読んでみたが、なる程、そのとおり。
現在の日本は壊滅状態、これを第二の敗戦とみるなら、近代日本の精神を、
 この御誓文として新たな第一歩とすべき、という著者の論も納得する。 
 ・・・・・・
5075,強みを生かす
2015年02月05日(木)
  * 強み生かす ー無駄な努力はダメ―  
 ドラッカーのマネジメントの法則に「自分の強み生かす」がある。
この「強みを生かす」について、ネットで簡潔にまとめてあった。
≪ 卓越した仕事を生き生きしている人がいる。彼は単に有能な働き者
 ではない。自らの強みを知り、自らの属する場所を得た人がゆえと、いう。
誰でも、自らの強みはについてはよくわかっていると思っている。だが、
たいてい間違っている。気づいているのは、せいぜい弱み。それさえ間違って
ることが多い。しかし何ごとかをなし遂げるのは、強みによってである。
弱みによって何かをおこなうことはできない。どうすれば自らの強みを知る
ことができるか。ドラッカーは、フィードバック分析しかないと言う。
 ドラッカー自身が五十年以上続けてきた方法だ。方法は簡単。まず何かを
することを決めたら、「自分はそれに何を期待するか」を記録しておく。
そして九ヵ月〜一年後に、自分が期待した内容と実際の結果とを比較。
フィードバック分析により、強みを生かすために行うべきことが明かになる。
�\�果を生み出す強みに集中する
��誰にでも学べる技能や知識は身に付ける
��専門馬鹿にならない
�だ�果を挙げるうえで邪魔になっている悪癖は仕事ぶりは直す
�タ佑悗梁个景�、礼儀はわきまえる
�Χ貅蠅諒�野の仕事は引き受けない
��努力しても並にしかなれないことはしない
              ―(プロフェッショナルの条件』)≫
▼ ポジティブ思考は、ただ楽観的だけでなく、己の強みを生かすことで、
 ものごとをプラスに発展させる。幸せは、己の得意分野を生かしている
状態とすると納得できる。「得手に帆を揚げ」、フィードバックをする。
御隠居生活の強みは、「好きなことだけをして、嫌なことをしないで済むこと」
で、因業になっていくが、それで良い。まずは周囲に迷惑をかけないことだ。



6535,閑話小題 〜『動的均衡』とは

2019年02月04日(月)

   * " 動的平衡 " とは…
 分子生物学者・福岡伸一の最後の講義『生命は機械ではない』の、
‘動的平衡’が面白い! 生きるということは「動的均衡」だもの。
< 排便は、人間の食べる食品の残りカスの排出と思いきや、その半分が、
新しいインプットの交代に排出するデトックス>という。たったこれだけの
ことすら知らなかった。食べる行為が「動的均衡」。神経質になり過ぎること
もないが、大事な基礎知識。自然と世界も、この肉体も入れ替わっている。
  〜その概要は…
《 生命体の中の細胞や分子は 流動的に常に 入れ替わり続けていて
 分子レベルでいうと「1年前の自分」と「現在の自分」は全くの別人であるが、
外見的にも 内面的にも同じ " 個体 " として保たれている。そのような生命体
のバランスを ハカセは " 動的平衡 " と考えた。
〔 あるタンパク質分子のメカニズムを研究していた時、そのタンパク質分子の
 役割と重要性を 確かめるために、そのタンパク質分子の元を取り除いて発生
させたマウスにどんな変化(=不都合)が起こるのかを莫大な研究費をかけて実験。
しかし 結果は…" 何も起こらなかった "
何を意味するかというと「生命体は 機械ではない。部品の一部が 損なわれても
生物は 動的平衡を保つことができる。ということは…私達の身体の中で何か
不都合が起こったとしてもなんとかなる。細胞や遺伝子が 協力しあって生命が
維持されるようにやりくりして 働き続けてくれる…と 》
―
▼ ネット検索でみると、要約として
< 絶え間なく動き、入れ替わりながらも全体として恒常性が保たれていること。
 人間の社会でいえば、会社組織とか学校とか、人が常に入れ替わっているのに
ブランドが保たれている、そういうものをイメージしてもらってもいい。
近代科学は、生物や自然もミクロな目で見れば、部品が集まって機械じかけに
なっていると読み解いてきた。そこで大きく見失ってきたのが、生物や自然は
時間の関数として常に動いていること。絶え間なくこちらと思えばまたあちらと
動きながらバランスをとっている。>とある。
 人生一般にもいえること。自然体で生きていれば、自ずから知恵が湧出てて
バランスを保ってくれる。考えてみれば、このブログの連載のためのテーマと
内容が「動的均衡」そのもの。その背景に、18年分の蓄積がある。 そして、
それらが繋がっている。その背後には掲載出来ず、消え去った内容もある。
不安に対して、経験則、『何とかなる、その時は、その時』がある。
『何とかならないのも経験の一つ』でしかなかった。この論を人生論の
『幸福』に当てはめてみる。私は、これまでも、現在も幸せであった。
<良くない良い>の比率が「1対6」辺り。一般的には2対1。「1対1」が妥当と
思いがちだが、人間は頭脳を持っていて、「動的均衡」が働き「2対1」に。
そこに、少し意識を集中すれば「3対1」幸福感を維持できる。その確固の為の
習慣で、何とか「1対6」にしている。これが「動的均衡」にすれば、より良い
日々を過ごすことが可能に。群れるも良し、孤独も良し。その人、それぞれ。
<「生きている」とは「動的均衡」によって「エントロピー増大の法則」
 と折り合いをつけているということ、らしい > の教授の言葉が、これを
続けている動機である。 もし続けてこなかったら、静的不均衡?に… 
いや、現在の私が、その穴に陥っている? いや、不均衡じゃないし、
内面は間違いなく流れ動いている! と、これまた、日々、是、口実ですか。

・・・・・・
6171,閑話小題 〜座禅は心の安楽死 ー4
2018年02月04日(日)         
        『坐禅は心の安楽死 〜ぼくの坐禅修行記』横尾忠則 (著)
   * あっちに行った者たち
< 悟りの境地とは、雪担さんは、悟った者のことを、あっちに行った者、
 という呼び方をするが、雪坦さんはまさに、このあっちに行った人である。… 
あっちの世界には観念が存在しないのだろう。あっちの世界は、こっちの世界と
何ひとつ変わっているわけではなく、このままであるという。雪坦さんのいう
現象界とあたり前の世界よりクリアーに知覚することが俗にいう悟りの世界と
呼んでいるものかもしれない。当たり前の世界は地球ができた時からずーっと
当り前で存在していているのだろう。われわれが生まれた時にはこのあたり前の
世界がちゃんと把握していたはずだ。それがいつの間にか、この感覚を忘れて
しまったようだ。>
< 現在から数えると17年ほど前に、ニューヨークで初めてドラッグを体験した。
 目の前のグラスを掴もうとして手を伸ばした。この時、不思議な感覚を僕を
捉えた。本来ならぼくの手がグラスに近づくにしたがってその距離が縮まって
いくはずが、この時は全くそんな風には考えられなかった。僕の手が、たとえ
グラスと1センチのところにあっても、グラスに手が触れない限り手とグラス
の間の距離は月と地球の距離に等しいということを感じた。つまり、1センチも
何十万キロも距離に関しては変わりないということだった。距離の長短を決めた
のは人間で、神の世界では距離など無いはずだ。それと同じように、時間も
もともとないのかも知れない。この経験を雪坦さんに話したところ、あっちの
世界に似ているという。ドラッグの世界と根本的に違うところは、一度その
世界を経験してしまうと、泳ぎのコツを覚えると同じように、常にその状態
にあるという。その状態はきっと、カスタネダのいう分離したリアリティであり、
われわれが存在と呼ぶところのものというのだろう。いってしまった世界が実は
すでにあり――いやもしかしたらわれわれさえ‘いって’しまっているのかも
しれない―― しかし、誰もそんな風に思わないから、どこかきっと素晴らしい
世界があると思って、観念の世界を駆け巡っているのである。観念の世界は
あくまで観念で、観念の中なんぞに真理などあるはずはない。
―
▼「悟ったことがあるか?」と問われれば、「ある筈がないだろう!」だが、
 それでは、「何かしら近い状態を思い浮かばないか?」と問われれば、
(「あとはオボロ―」の話は別として…) 至高体験なら数多くある。
主に大自然の景観に圧倒され魂を揺さぶられる瞬間の歓喜。 こっちから、
あっちの世界に同化した瞬間である。
 前の会社で、取引先の営業やトップを含めた宴会で、一、ニの三で、盛上り、
集団による至高体験宴会を100数十回は開いていた。 その面白かったこと、
この上ない思い出だ。 他を加えると、どうだろう? 数知れず。
それらが、沈殿した砂金のように数メートルもあるだろうか? 時々、
『私の人生に良いことは殆ど無かった』とか、
『自分の人生を生きてこなかった』などの愚痴を聞き耳を疑うことがある。
 過去に幾つかの創業と、それに伴うビルを立ち上げる度に、心の底で、
至高体験を経験してきた。事業を失っても、この悟りに近い行蔵は、魂の
作品として心底に残っている。上野界隈の美術館や、世界の主要都市の美術館
で、世界の御宝に魂を吸取られた瞬間も然り。
 何度か経験を重ねると、それらが磁石の働きをし、自ずと、対象の魂に吸い
寄せられていく。至高体験の度に磁気が増し、様ざまな出会いを生むことに。 
 秘境ツアーは、大自然の景観に手順を踏んで、当たるも八卦、当たらぬも
八卦と踏み込んで、「あっちら側の世界」を味わう感動的遊び。副作用はなし。
 坊様は座禅を、修行者は、ヨガを通して、「あっちに行く者」たち。
プロセスは違えど、大自然の景観から受ける感動を通した至高体験で、
「あっちにトリップ」する。 今では、4k・TVでも、その一部の経験可能?
副作用が少ないが、バーチャルはバーチャル、体感が無いのが玉に傷だが。
蓄積された至高体験の感覚が、画面の触媒からボコボコと湧き上がってくる
から不思議。 
ーー
 熊: 何だ最後は、また自慢かよ、ったく。それと、悟ったこともないのに、
    よく言うよ。バカじゃないか。
 寅: 愚痴るなよ。独りの世界に浸っているだけだよ。それも小さなね。
 八: 「至高体験」と「悟り」、直感的に酷似していると言いたかっただけ。
大家: 他人からみれば、熊の言う通りだよ。経験だけは本人の体感だから、
    本人じゃない人は理解は出来ないさ、誰も至高体験とやらを経験を
    しているから、言いたいことの少しは通っているよ。
 熊: 俺もあるよ。酒を飲んで、可愛い女房とイチャイチャしている時の
    「ああ、いいな〜!」と思う心持だろう。その膨らんだのだろう。
 寅: 週に一度、早朝にさ、独りで近くの川辺を散歩するが、草の匂いや、
    鳥の鳴き声や、河のセセラギを聞いて歩くと、嫌なことを忘れるよ。
    それと同じだろう。何か、こっちから、あっちに行っている感覚が
    好きなんだ。この習慣で大いに助かっているよ。
大家: 私は少し高尚で、読書を兼ねた魚釣りの時間さ。だから、憂さの
    溜まりようがない。自然に一体となった感覚が好きだよ。
 八: 私は、4月〜11月まで、自転車で、一時間のチャリダ―になってるの。
    もう8年になるけど。信濃川の大河と、近くの栖吉川の土手が、これ 
    また最高の環境よ。 クラシックやポップをiPodで音楽を聴いたり、
    無心になってね。
 熊: そうそう、最近、シリーズモノの夢をみるんだ。それが面白いの。
 寅: 俺たちの話は、この辺にして… 限がないもんね。

・・・・・・
5804,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −2
2017年02月04日(土)
   * 鮮烈荘厳で神秘に満ちた粟粒の光景
 たまたま、7年前の写真家・白川義員の文章があった。
4k8kTVで、YouTubeサイト、『世界の秘境 高画質』などで検索すると、
次々と息をのむ光景が出てくる。それも現場で見るのと遜色ない神々しい
シーンなら… 何おか言わんである。4k8kのビデオカメラから映し
出された世界中の秘異境の高画質のものなら、感動しないわけがない。
間違いなく旅先で神秘的な光景を見ることが出来るとは言えない。絶妙な
天候などで、外れる可能性を含んだ上で、その神々しい光景との一期一会の
出会いが感動を高めてくれる。 『長岡花火 フェニックス』と、音声入力
をすると、現場の裸眼で見るのとは違った高性能カメラが映しだす信じがたい
色彩の花火が息もつかさず現れ出てくる。 以下の文章にある、
<スゴイ景色との出会い>が、現場とは違ったカタチで、TV画面を通して、
気楽に見れる。 毎日、その画面を見て、独り溜息をついている。
秘異境での光景との出会いが沈殿してあることもあるが。 
それもこれも、高質な『キーワード』に順じて写真、映像が出てくる。
経験があればこその『キーワード』であり、映像である。これが、プロだけで
なく、一般人が高性能のデジカメを持てる時代の産物である。 例えば国際線の
機長が、機上で目にした下界の光輝く景観の写真集を、図書館で見つけたことが
あった。機長しか見れない光景だからこそ素晴らしいのである。
 娑婆に執りこまれていては、見ても見えず。そちらから、娑婆を新たに
見れば、内幕情報とか何とかなど、何おかいわんになって然るべきになる。 
 ―――
3237, 白川義員
2010年02月04日(木)
*「われわれが住んでいる世界っていうのは、何億光年という悠久無限の
 宇宙の中にあって、たかが知れた粟粒ですよ。その粟粒が、鮮烈荘厳で
神秘に満ちて、こんなに素晴らしい粟粒ってことを知っている人間が、
この世界に何人いるだろうか、と思い始めたわけです。それならば、
このスゴイ風景を自分が撮影して、それを知らない全世界の人間に知らしめて
やったらどうだろうと。そしてこの粟粒が全人類を乗せた運命共同体で
1点の命と知ったら、人間いかに生きるべきか、生きる方向も限られ連帯感も
生まれるだろうと、そう考えた。それが私の写真のメッセージ」
*「要するにフィルムであろうと印刷であろうと、つまらない写真を一発で
  凄い写真にするウルトラCなどないということ。小手先の技術だけで
  凄い写真が出来るわけがない。」
*「世界は『使われなかった人生』であふれている」
*「ネパールの人にとっての山が信仰の対象になるのは当たり前。
  神々しいご来光が有るかと思えば地獄のような天候に日々出会うから
  祈るしかないのだ…… 」
*「神々しい山を見ると自分が清められ透明になって行きます。」
〜 白川義員はヒマラヤや南極など世界の大自然を撮りつけている写真家。
「世界の100名山」のDVDを持っているが、素晴らしい映像が次から
次へと映し出される。20数年前、ある雑誌で彼がプロとしての写真家になる
切っ掛けになったスイスの幻影的な光景の出会いの文章を読んだ。
天国とは、このことをいうのかと写真を撮るのを忘れ見とれていたという。
その場面が、言葉の中から浮かび出てくるようであった。 私が世界中の
秘境・異郷ツアーに行くのも、スゴイ景色との出会いをするからだ。
「こんな世界が地球にあったんだ、知らなかった!」という瞬間に百回以上は
出会っている。それは、別に海外の秘境まで行かなくても、日本の名山など
でも経験可能だろう。大自然は、我われを通して自分の姿を見る。 
その経験をしてきたから、何ごとがあっても、自分の中の不安が
最小に押しとどめてくれている。
・・・・・・
5074,ツィッター、その雑念のゴミばこ 〜2
2015年02月04日(水)
         『ツイッター、その雑念のゴミばこ』横尾忠則(著)
   * 単純ですから・・
 単純にも、様々ある。シンプルに物事の要点を考えるのも、『20対80の法則』
の20への集中と、同じこと。問題は、その組み合わせになる。服装一つとっても、
欧州では、黒が基調。そこに白か赤の小物をポイントに置く。
以前『すべては「単純に!」でうまくいく』ザイヴァート(著)を読んだが、
概要といえば【人は単純なことを複雑に考えてしまう? モノ、金、自身を
シンプルにすれば、ストレスが消えてゆき、仕事も人生もラクになる。】である。
 〜まずは、その辺りから〜
―「私は単純ですから」と卑下とも謙虚ともとれる言い方をする人が結構多いが、
この人は単純の意味が解ってない場合が多い。「あんまり頭を使わない」という
意味だと思うが、単純こそ人間の究極の理想の姿じゃないかね。ぼくも一度は、
「ぼくは単純なんですよね」と言ってみたいものだ。   ーMay 10/2010 13:41
― 人はなかなか単純にはなれないものだ。問題をあれこれいじくり回し、大抵
は複雑にしてしまうので、なかなか問題から開放されない。ーMay 10/2010 13:44
― 単純って、いわゆるアホになること。黒住宗忠という江戸時代の神道の教祖、
ある時、手相を占ってもらった。すると「あなたの相はアホです」といった。
怒られるかと思ったら、忠神は「そうか、わしは長年アホになる修行をしてきた。
それが顔に表れたのか、実に嬉しいことだ」とおっしゃった。ーMay10,201013:49
― 子供の頃、田舎で、「アホ・ボケ・マヌケ」と相手を罵って喧嘩をしたもの
だが、このアホと黒住神のおっしゃるアホとは格が違う。
アホな政治家というアホは馬鹿というアホだ。     ーMay10,201013:59
― ぼくの中にも複数のアホが住んでいるが、なかなか立派なアホになれないまま。
「ツイッターをやっている人間はアホだと週刊誌に書いてあったわよ」と瀬戸内
寂聴さんから電話があった。「私もやろうと思っているのよ」。折角悟った
瀬戸内さんが、ツイッターでこれ以上悟ることになるのかな。ーMaylO,201014:10
▼ 単純といえば、カントの二番目の二律背反、『◎テーゼ:世界は単純な部分
から構成され、世界は単純なものか、またはその単純なものの合成されたものしか
存在しない。◎アンチテーゼ:世界はいかなる単純な部分で合成されたものでない。
また、世界に存在するものは単純なものを含まない。』がある。コンピューター
が、飛躍的進化をしたのは、0と1の組み合わせの二進法をベースにしたから。
 レーガン元アメリカ大統領が、問題に対し、重要度を3つ羅列させ、その3つを、
3つに分け、さらに3つに分けて報告させ、対応をしていたという。
・・・・・・
5438,人生で最も大切な技術 ー�押�
2016年02月04日(木)
       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 厄介な感情と、その治療法、        
 ネガティブな感情に対してのアプローチに、「解毒剤」「解放」「活用」
の三原則をあげる。問題を直視し、根本問題レベルに下がって解決しようと
するもの。私が取入れてきた問題に対する「正中心一点無」である。
何事もネガティブのまま放っておけば、ポジティブの感情まで歪む。
  〜以下の瞑想の解釈が分かりやすい。
≪ 瞑想は、退屈な日課を小休止して、木陰に静かに座ってリラックスする
 こととは違う。物事の新しい見方に慣れ親しみ、心に生じる思考を正しく
管理し、人々に対する見方と世の中での経験の仕方を体得する新たな道である。
 仏教は、以上を「習熟」するために、様々なアプローチを提供している。
とりわけ、「解毒剤」と「解放」と「活用」を三原則とする方法が最も主要と
なっている。「解毒剤」の方法とは、各種のネガティブな感情に対して
処方された特別の解毒剤で対応するというものである。
・一番目の「解毒剤」とは、生じてくる感情を即座に直視し、
それが自然に溶け去るままにする方法である。毒を中和させるやり方。
二番目の「活用」法とは、感情に自然に備わった力を、心の変革の触媒として
利用すること。どの手段を選ぶかは、使おうとする瞬間、状況、能力によって
決まる。これらの方法には、対立する厄介な感情の犠牲になるのを防止する
のに役立たせる、という共通の側面と目的がある。
・二番目の「解放、解脱」。この方法は、苦痛をもたらす感情に適した、
個々の解毒剤を処方することで、感情を抑えようとするのではなく、根本的
レベルに下がって、すべての心の苦しみを一つの解毒剤で退治するという方法。
心の自然の活動を抑え込むことは、不可能であると同時に望ましいことはない。
また、思考を遮断するのは無駄であると同時に不健康である。感情をつぶさに
調べれば、それがダイナミックに流れていて、それ自体には本来備わった
固有の実体がない、ということに気がつくだろう。こうした現象の非実在性
を仏教では「空性」という言葉で表現している。厄介な感情を正反対の感情
(例えば、怒りに対する忍耐)で相殺しないで、単純に感情そのものの性質を
熟考するだけにとどまった場合、何か起こる感情を解き放つ術。
・苦痛を伴う感情を無効化する三番目の「活用」の方法は、最も繊細で
神秘的、その上、罠に嵌りやすい。感情を熱心に調べると、楽譜のように、
無数の要素とハーモニーで成り立っているのがわかるだろう。例えば怒りは、
時に人を奮起させ、行動に導くし、障害を克服させる力ともなる。その上、
それ自体が有害とならずに、明快で焦点が合って、効率がよい側面もある。≫
▼ この4年間、前半は週二回、後半の二年間は週三回、ヨガに参加。
 そこはポジティブの空気が満ちており、ヨガマット内の独りの世界が良い。
ヨガは静かな運動と、深く長い呼吸が主の瞑想世界だが、浮世からの
トリップは、慣れるほど深くなる。やはり、般若心経は暗記した方がよい。


6534閑話小論 〜映画評・『否定と肯定』

2019年02月03日(日)

   * ある映画批評
 映画といえば、昨日、録画をしていた映画『否定と肯定』が面白い。
<「ホローコースト」が元もと無かったと主張する学者が、それを批判をした
学者を訴えた裁判の物語。> 戦勝国とユダヤが、ホローコーストを
デッチあげと堂々と論陣をはる学者。日本の保守系?の政治評論家も、一時期、
同調?し非難を浴びていたが。ナチ肯定論学者の偏見?が、あまりに極論過ぎ… 
収容所の生残りの証人に対する罵倒も酷い。 腕の収容者ナンバーに対し、
「それで、どの位、稼いだ?」「収容所など、後で偽造したもの。勝者側の
でっち上げ」と論をたてる。裁判所前には、ネオナチ党のグループと、被害者
などの反ナチのグループが裁判関係者に罵声を投げかける。訴えられた弁護側は
ヒロインに、「相手にすれば同じ目線に引きずり降ろされる」と無言を要求する。
  〜Amazon 評論〜
【 ホロコーストの“真実"をめぐって、女性歴史学者はどう闘ったのか
 インタビュールームにリップシュタットが入ると一瞬で空気が明るくなった。
「通訳が間に入ると、私のユーモアがうまく発揮できないわ」と笑う歴史学者は、
17年前、世界中が注目する世紀の裁判に出廷した。 彼女は著書
『ホロコーストの真実』の中で、イギリス人歴史学者D・アーヴィングを
「ホロコースト否定論者であり、極右派である」と書き、名誉毀損で訴えられた。
裁判で勝つには、「ホロコーストは事実だ」と法廷で証明するしかない。
かくして、ポーランドでもドイツでもなく、イギリスにおいて「ナチスによる
大量虐殺はあったのか」を判断する裁判が行われることになる。
 その経緯を認(したた)めたのが本書『否定と肯定』である。ユダヤ人としての
出自、弁護士選びでの逡巡、狂騒するマスコミ、著名映画監督からの金銭的援助の
オファー、さらには法廷に立つアーヴィングが着たストライプのスーツ、ランチで
弁護士が食べたまずいサンドウィッチの話まで。記述はこれでもかというほど詳細だ。
「解説するのではなく、一連のすべてを書いて、読者に判断して欲しかった」
詳細な記述が臨場感をもたらし、情景が目に見えるようで、読物として面白い。
近年、ホロコースト否定に限らず、「歴史修正」や「オルタナティブファクト
(事実に対するもうひとつの事実)」を奉じる動きが世界中で見られるようになった。
「物事を捉えるには『事実』『意見』そして『嘘』の3つの見方があります。
例えば、第二次世界大戦があったことは『事実』。そこで大量殺人は起きていない
というのがホロコースト否定論者の『意見』。個人的な意見を持つことは自由ですが、
事実と混同すると、それは『嘘』になるのです。昨今の歴史修正論者はカギ十字
付きの制服を着ません。あたかも羊の皮を着た狼のように。白人優越主義者は
おしゃれなプレッピー風ファッションで、『白人のアイデンティティを祝福させて
ください』などといいます。これを私はエスノナショナリズムだと思い、危険に
感じています。今後、白人優越主義者が行進するとき、彼らはわかりやすい旗など
振らないでしょう」
『否定と肯定』は執筆中からすでに映画化のオファーがあったが、いよいよ
現実のものとなった。リップシュタット役を演じたのはイギリス人実力派女優
レイチェル・ワイズ。 映画は、原作の詳細な記述が、よく生かされており、
非常にリアルな作品となった。
      評者:「週刊文春」編集部(週刊文春 2017.11.30 号掲載) 】
――
▼ ここで、<「物事を捉えるには『事実』『意見』そして『嘘』の3つの見方
 がある>と。世間話という御伽話の幻想の中で生きている人たちの問題点が、
『嘘』が、伝播の過程で下ぶれを起こすこと、尾ひれはひれが数知れずつく。
それが『事実』を変容され、『意見』に大きく左右する。『事実』と下系の
『意見』が一致して、『嘘』に比重が移動する傾向になる。フェイクが、恰も
『事実』と混同し、『真実』に変容していく。 500mの神様に取り込まれ、
一生を、その溝沼のヘドロに沈んでしまう。これは、別に地元だけでなく、世界
一般にいえること。「何も知らないということが、何をモタラスか理解できない。
人生の晩年に差掛り「知らなかった恐ろしさ」に愕然とする。何はともあれ、
読書をつづけて、自分の頭で判断する努力は、自分自身しか出来ない! 
ヘドロの沼のボウフラ。まず、その自覚が第一歩。 それってのは私のこと?
「人間も、人生も流体。固体ではない」というが、この激変の時代にあって。
時々刻々と、変化せざるを得ない。ヘドロ化とは、新たな潮流から取残された
半端な濃厚な部分。19年分の過去文を流し読みをすると、それが見えてくる。
恐ろしいかなである。『真理』『真実』『事実』『現実』『嘘』。何でしょう、
これらの言葉は? これらを銜えたハイエナ、いや古狐が、今日も走り回る!

・・・・・・
6170,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −3
2018年02月03日(土)
              <『人工知能の哲学』松田雄馬著>
   * フィルターバブルとは
<インターネットで、利用者が好ましいと思う情報ばかりが選択的に提示されて
しまう現象。サーチエンジンなどの学習機能によって、利用者の望む情報が優先
され、望まない情報から遠ざけられることにより、自身の作り出したフィルター
で泡(バブル)のように包まれて、思想的に社会から孤立するさまを表す。
米国の活動家イーライ=パリサーが自著で用いた造語。>
 Yahoo!で商品を検索すると、検索した商品と、関連商品が次々と表示される。
便利は便利だが、Yahoo!のブログにも同様なことが起きるため、閲覧する第三者
にまで知られることになる。これを購買戦略に個々に応召したのが‘パーソナライ
ゼーション’。 〜ネット辞書によると
<パーソナライゼーションとは、顧客が望む時間、場所、方法で直接顧客に訴え
かけるコンテンツとエクスペリエンスを提供するための戦略と戦術のこと。
消費者が購入プロセスの主導権を握るようになるにつれ、パーソナライゼーション
は成功への要件となりました。>
―
 40数年前に、11年ぶりに地元にUターンをしてきた時に直感したのが、この
「フィルターバブル」の臭気である。多かれ少なかれUターン時に受ける故郷の
味だが。閉鎖的社会の城下町の長岡藩という分厚い文化の壁に囲まれて、思想的
にも社会的にも孤立した世界を構成している。 江戸時代から営々と続いた閉鎖
社会自らが生み出したフィルターで生じた泡で囲まれた大いなる?藩社会。
大いなる田舎といえば名古屋が、それに近いというが… 
 逆に商売上のリサーチからすれば、簡単に入りこめる世界でもある。
老舗とかいう地方豪族が営々と築いてきた人間関係を探ればよい。そこには、
うって付の文化の世界がある。茶道、華道、そして地域社会ある、ロータリー、
ライオンズや、出身校の集まりに下っ端から入り込めみ、臭気を身に付ける。
10年、いや5年もすれば立派なインサイダーに一員に成長すれば快適な社会だ。
 私の選択はアウトサイダーだが、リタイア後からして、性格からして、正解と
確信している。幸い、Uターンから42年経過するが、30年間は新潟通いのため、
泡の臭気は、最小で済んだ?が。地元の親戚の葬祭冠婚の集いに参加する度に… 
 アウトサイダーは、常に身を正しておかなければならないが、実際は逆。
で、こうしたツマラナイ文章を書いている。‘金儲けの神様’の異名をとった
直木賞作家の邱永漢が、『出身地で事業を興すな、やむを得ない時は、一切の
付き合いを断て』と宣っていた。「地元の常識は、一歩出れば非常識である」と、
言いたかった。 
 人間は、誰でも「自身で作り出したフィルターで泡のように包まれて、思想的
に社会から孤立する傾向」にある。まず気の弱い者が、虐めで自滅。群れをなす。
その大人版の群れが、世間。その構成員が世間人。問題は、眼に見えない縛り。
 ここで、数十回も述べているが。 しかし地元密着の、例えば電器屋の生き方
もある。 セブンイレブンを30年近く経営している学生時代の友人が、
「最近、近所の見守りまでしている」という。それはそれで、生きがいになって
重荷でないという。インサイダーも、止まらず進化していれば、決して泡は発生
しない。逆に、独りで泡に囲まれているのはアウトサイダーもある。 孤高を
気どって、綺麗ごとを求めている貴乃花親方?。いや、私もか。
寂しく、独りで彷徨っています。
―
・熊さん: ったく、如何でもいいだろう。俺なんぞ、泡踊りの熊さんって、
  言われてるよ。その何が悪いんだ。いらぬお世話さ。知らない強さもあるよ。
・寅: ただ黙ってりゃいいことを、グダグダと。娑婆では、それぞれ、知って
  いることしか、知らないんだから… そうだろう。八つぁんよ!
・大家さん: 八つぁんは、自分がバカだから、他人までバカと思いたいんだよ。
・八つぁん: そうじゃないよ。バカに耐えられないから、自虐的に書いてるの。
  それにしても、急に熊さんが登場してくるとはね?
・熊さん: 見ちゃいられないよ。俺より遥かにバカをみると! 
・寅さん: 熊さんほど、バカじゃないよ。熊さんは純朴バカ、俺はヒネタバカ。
  八つぁんは、バカぶっているバカ。
・大家さん: 寅さんも良いこというね。
・八つぁん: 瘋癲の寅じゃないけど、バカにバカというのが本当のバカだよ。

――――
4341, イタリア人と日本人、どっちがバカ?
2013年02月03日(日)
「イタリア人と日本人、どっちがバカ? 」ファブリツィオ・グラッセッリ(著)
   * 「南イタリア人と、日本の地方人、どっちがバカ?」
 日本在住のイタリア人が書いた本だが、なかなか面白い。イタリアは、北と南
では民度が大きく違っていて、著者も、その一人だが、北イタリアはドイツを
しのぐといも言われる。 南イタリアは北の植民地的存在で・・ 首都圏と、
他の地方とかいう日本の感覚に似ている。最近の日本は欧州のPIIGSと同じ
レベルか、その下にまで成り下がってきた。まず、ーアマゾン〜内容紹介ーより
《 アメリカ型経済を真似て、私の国はメチャクチャです」。在日20年以上の
イタリア人建築家ファブリツィオ・グラッセッリは、こう語ります。 敗戦後
の奇跡的な復興から、近年の政治・経済・社会の劣化、教育制度の危機、
アメリカ主導のグローバリゼーションまで長い歴史を誇りながらも、今では
「立派な」借金大国である日伊両国には多くの共通点が存在します。国家破産
に向かう今日のイタリアは、明日の日本の姿なのでしょうか。架空のイタリア人
一家(ビアンキ一家)。ミラノの工場で働き、賃金カットの危機にある
ビアンキ氏と憧れの国日本にやって来るニートでオタクの息子。彼らを主人公
にストーリーが展開し、かの国で今、何が起きているかを描くとともに、日本
を少しでも良い国にするための、ウィットに富んだ提言を行っている。》  
 ー 要所を抜粋してみる ー
・「北イタリアだけを取り出してみれば、その経済の成長力や生産性の
 高さは、ドイツよりも上で、事実上「ヨーロッパ随一」であることが、
 よく言われます」(30頁)。
・「お互いがギブ・アンド・テイクの関係で成り立つこうした縁故関係を、
 イタリアでは「クリエンテリズモ」と言います。そしてイタリア人の
 社会は、この縁故関係をもとにした、無数のいわば「利権集団」の集まり
 から成り立っています」(38頁)。
・「イタリアは、近代国家建設の時点で、南イタリアを「絶対に」必要
 としていました。・・・ それは、一種の「コロニアリズム」=植民地主義
 だったと言って良いでしょう」(70頁)。
・「今もなお、イタリア人が「あまり働かない」国民であるというイメージが
 根強く残っているのは、はっきり言って「偏見」でしかありません。それは、
 ヨーロッパの労働者について調べた具体的な統計にも、はっきり表れている」
・「ベルルスコーニは ・・・ イタリアの政治の仕組みを、アメリカ型の
 「新自由主義」に変えること、そして、イタリアの経済を本格的に
 「グローバル化」するという使命を帯びて首相官邸に乗り込んで行ったわけ。 
 ・・ にもかかわらず、その政策遂行に当たって、ローマ政界の政治システム
 に頼らざるを得なかったのです。・・ 結果、ベルルスコーニは、彼のバック
 についていた勢力から見限られ、首相の座を降りることになった」(178頁)。
・「彼らにとって、プライオリティーの最上位にあるのは、
 「国際金融システムを、健全に保つこと」です」(189頁)。
・「バブル経済の興隆と崩壊、そしてその後の「空白の20年」と言われる
 時代に、一番大きく変わってしまったものは、日本人のメンタリティー
 だと私は思います」(207〜8頁)。
▼ 青の洞窟内でイタリアの船頭が、カンツォーネの歌の合間に、
「がんばれ日本」と言っているのをTVでみた。北が南を植民地化しているのを、
この本で初めて知った。その視点からみて、日本も首都圏が日本を支配している。
ということは「地方は首都圏の御荷物」であり、「南イタリア人と、日本の地方人、
どっちがバカ?」の質問になる。その首都圏も8年以内に100%、直下型地震がある
・・「人からコンクリート」は、埼玉周辺の副都心造りが最重要になる。
何がオリンピックか! まだ高度成長期のバイアスが罹っている石原。 
戦後日本のバイアス(偏見)そのもの。
・・・・・・
5073,閑話小題 〜夜明けのスキャット 
2015年02月03日(火)
   * 夜明けのスキャット 
――前日の夜半(2時半位)、半睡状態の中、淡い金色の球体を思い浮かべ、
その中に入り横たわるイメージを持ったいた。暫くすると、何と20歳代
半ばの金沢時代にスリップをしていた。何故か、金沢時代の写真が一枚も
残ってなかった。境遇的には、どん底だったが、そこは金沢。人間関係も、
華やかで、職場も美人が多く、楽しい面白い時間を過ごしていた。
夢の中の人達は、さらに光り輝いていた。一番辛い時ほど、裏腹に楽しい
ことが張り付いている。それから40数年後に、こんな夢を見るとは、
そろそろ危なくなってきたか? 当時は、「嫌なこと3つに良かったこと、
1つ」だったが、だから、輝くのだろう。それにしても、ほぼ忘れていた
当時の人たちの姿形が、映像として輝き現れ出るとは、脳は不思議である。
――で、今朝方の夢は恐ろしい物語。半睡の中、同じように金色の球体に
入って暫くすると、丸の内の大きなオフィスビルのロビーに、誰か二人と
居た。ところが、トイレに行きたくなって、外に出たが、見つからないため、
戻ってきたが、二人が見つからない。そこでビル内を探していると、
小さな部屋がある。そこに一人の男が居て、『何で自分が、こんな部屋に
居なければならないのだ!』と叫びながら出て行った。どうも、閑職に
追いやられたようだ。そこで、再び探し回ると、違った部屋に入った。
そこに10人位の人が、ノウネクタイのYシャツで、並んで立っている。
机は有るが、椅子がない。そこは退職を促すタコ部屋。
 その内の一人が突然、『謝って元に戻してもらいたい!』と叫び、
入口にいくと、自動的にドアが開き、出て行った。監視カメラがあって、
外出を認めれば出れるようだ。その後、数人が出て行った。
そこに、昼休時に数人の女性がジャケットを持ってきた。寒いらしい。
オフィスビルを探しまわった結果、そこで、サラリーマン残酷物語を
垣間見たみた夢だった。
――何ゆえに、こんな夢を見たのか? その直後、考えてみたがサッパリ
分からない。あの10人がうな垂れた暗い部屋!何だった? それぞれ、
色いろあったのだろうし、辞められないのだ。実際は、これより酷いはず! 
――今になって気づいたが、前日の夢と関連付ければ、当時の私のドン底の
心象風景が、この10人と同じ? 夢は結構、複雑な己を自分に提示する。
夢分析とは、成るほどこれか!前段(前日分)が、光、輝き。後段が、
その背景の暗闇の物語。ビル内を探し回って見たものは、当時の自分の姿。
とすると、あのジャケットを差し入れしてくれたのは? 辛いほど、
人には優しくなる。 同時に、人から優しくされる。これが娑婆!


6533,閑話小題 〜確かに便利になっている

2019年02月02日(土)


   * 冷凍食品の商品開発が止まらない
 競争で面白いのが最近の冷凍食品。 競争相手はファミレス、コンビニ、
スーパーの惣菜。 昼時に家内の外出が多いため、総菜売場の「冷蔵」の
ラーメンパックか、「冷凍」食品を買置きをしておく。その冷凍食品の進化が
止まらない。スパゲッティ、ピザ、焼き飯。最近、頻繁に買うのが、焼肉ライス
バーガ。これにフリーズの具入り味噌汁。手間は5分で目安が150〜200円。成る程、
これは便利。スーパーの野菜売り場には、「洗わずに、そのまま食べられる切り
刻んだ野菜パック」が並んでいる。考えてみれば、規格外れで売れない葉物を
カットすれば仕入れ値が半値以下で済む筈。若い人は結婚をしなくなるわけだ。
面白いのが家内の対応。二人の時には、絶対に自分が主導し完成形にする。
それで、あたかも自分が全てを作った錯覚になり、こんな、拙いモノを…と愚痴
を加える。モスバーガのメニューにあったようだが「焼肉ライスバーガ」の冷凍
には驚いた。ならばマクドナルドもと、<マクドナルド ライスバーガー>と、
検索すると、あるある。おまけにカツ丼も出てきた。面白い時代である。
年金生活も面白い!と思えば幾らでも楽しめる。 一番良いのは‘昼飯抜き!’
 追: そういえば、スキ焼もあった! ネット上だがステーキも… 
    居酒屋の美味いステーキも、もしかしたら…
いま現在、頭の浮かぶ新製品? 焼きサンドイッチ、焼き芋、寿司(ある?)
すっぽん雑炊(ある?) フグ刺し(ある?) 問題は価格ですか。
 ところで、この随想日記、この瞬間の冷凍パック?と想うと… 
『永遠の今』。 いや、『永遠の居間』ですか、ここは。

・・・・・・
6169,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −2
2018年02月02日(金)
              <『人工知能の哲学』松田雄馬著>
 強い知能とは、「精神を持つ」知能である。だから、精神論を馬鹿にする
なかれである。問題は、純粋で、崇高で気高く、力強いかどうか。20代、30代
の自分が今さら懐かしい。若さゆえの清濁のそれは、それとしてもだが… 
「人工頭脳」の本質を哲学をすることから人間の頭脳、生物のづ頭脳を問う
ことになる。だから説得力があり、理解しやすいのである。
   △ 人間に出来て、機械に出来ないこと
≪・「弱い人工知能」にとって、まず「何が出来ないか」を知ることが重要だ。
 それは「自ら意味を作り出す」ことと考えられる。…私たちの脳は「生存脳」
と「社会脳」が関わる中で、豊かな社会性を作り出している。社会性は、他者の
「行為の意味」に対して「共鳴」し、「他者理解」を行う中で形成されていくと
考えられる。…私たちが世界を認識できるのは、私たちが「身体」を持つからだ。
機械にとっての「意味」は、こうした「身体」を中心に置いた考察が必要だ。
私たちにとっての「意味」とは、「行為の意味」であり、「行為」を行うには
「身体」が不可欠になる。「身体」にとっての「意味」は、「身体」と「環境
(状況)」との関係において、即興的に作り出される。そのために、強い知能が
必要になる。それが人間たる由縁である。
 ―
   △ 意味を持つとは「物語」を見出すこと
・「椅子」を認識するに、「椅子に座って考え事をする」「椅子に座って休む」
といった「物語」を見出している。自身の物語の中に、椅子という存在を見つける
ことで、関係性を見出す。これは、まさに「意味を見出す」ことである。≫
 ―
▼ 学生時代のゼミ友との様々な議論が忘れられない。その一人の、自由課題が、
 <人生の年代ごとの価値観の変遷>という、思いもよらないテーマに驚いた。
奇抜な言動が面白い人物だった。結局、テーマが実力に伴わない?ことも
あってノイローゼ気味になって卒業の直前、ゼミをやめるはめになった。
 価値観といえば、太平洋戦争と敗戦は、明治維新、戦国時代、二度にわたる
蒙古襲来と撃退、を超えた日本の歴史上、最大の事件だった。その廃墟の中で
アメリカ主導の民主主義に国民は戸惑った。父が死際に、「太平洋戦争を境に
した二つの人生を生きた気がした。」と語っていたが、価値観の劇的変化が、
そう言わせたのだろう。「天皇」中心の軍閥主導の思想を妄信するのが善で、
個人の考えを口に出すの悪だったのが、根本から、否定され、自由、民主主義と
言われても、何が何やら? と、戸惑うのも当然のこと。全体主義の中の市民の
「弱い知能」から、アメリカ的個人主義の、個々人の「強い知能」が求められた
動揺は大きかった。生きる意味が、「国家天皇への御奉仕」から、個々人の
人生を全うする生き方への変更である。そして器用な日本人は素朴な性格も加え、
即座に適応。地政学的の関係で、共産圏からのアメリカの防御盾と位置づけされ
現在に至っている。怖ろしいかな、今では、北朝鮮からのアメリカの盾に? 
 韓国、日本、台湾は、中国、北朝鮮、ロシア人からみれば、「バナナ」。
中は白で皮が黄色。イエローモンキーと揶揄されるのも理解できる。そして、
それなりの「強い知能」を持った白人第一主義のトランプ大統領の登場となる。
彼らにとって、日・韓・台湾は、地勢上の盾でしかない。必要になれば、当然
戦場にすると考えるべきである。とにかく、「弱い知能」の人達からなる、
盾でしかない。ならば今の内と… 熊さん、寅さんの政治談議的になったか。
 ――
熊さん: 石ころも少し離れて見りゃ砂利じゃないかい。
寅: せっかく寝ていたのに起こすなよ。砂利じゃなくて、砂だろ。
大家さん: せっかく、八つぁんが真面目くさってきたのに台無しじゃないか。
八つぁん: いいんだよ、こんなもんだよ。金サマと、トラちゃんの掛合いを
  みていると、情けないというより、神様の思し召しと思えるよ。この二人
  から、根こそぎ、人生の砂場を鳥観し、考え直せとね。 
  釈迦の説教、屁、一つとしてね。いや二つか。選ぶ方も選ぶ方だがね。
大家さん: 民主主義と、独裁主義の限界を、そのまま、提示させているだけ。
  これが現実としてね。
神様: これからビッグ・ブラックスワンが、次々と到来しますよ。大量に!
熊: 有り金持って、酒を買ってくるよ。酒で気を紛らわすしかないよ。
大家さん: 我が家にはシェルターが、あるの。
神様: さっき、全部、焼いておいたよ。どのみち、同じことだもの。
寅さん: 八つぁんよ、何で俺たちを呼び起こすんだよ。ハチャ滅茶じゃ。
八つぁん: 「弱い知能」が気になって、最後に掻き混ぜたくなったの。
熊さん: チョッとストーブの温度が高いからじゃ? 
 
追)偶然だが、以下の通り、「弱い知能」は、世間と寝て、隣家の火事に
 鈍感になって、もらい火で全焼か焼死ですか。ノウタリンとは私ですか。
 それとも? 
――――――
5802,なぜ日本人は世間と寝たがるのか ―読書日記 1
2017年02月02日(木)
      <なぜ日本人は世間と寝たがるのか: 空気を読む家族
                         佐藤 直樹 (著) >
   * 世間とは何か?
 私の好きな?「世間学」の本。 しかし何故か私は世間が大嫌い。
「私」という個人に目覚めた為である。逆に、世間には、「私」という個人に
目覚めてない人が、殆ど。 何処かしこにも存在する、18歳までに擦り込まれた
常識に縛られていることすら気づかず一生を終える人たち。 日本人には欧米の
‘社会’が根付かなかったという。
ホンネが「世間」、タテマエが「社会」の二重構造が日本社会の特徴。小さな
島国では致し方がない。「世間」=「自分(の周囲)」、「社会」=「他人」
の切口がある。それもこれも、脳内の妄想のなせる業でしかないが。それでも
情報化の進展で、その圧力は減っても、まだまだ根が深く、こびり付いている。
いま流行りの「おもてなし」も、世間が織りなす特徴。
   〜まずは、内容(Amazon)より〜
≪ なぜ、妻を「ママ」とよぶのか。母子心中は、どうしてなくならないのか。
 事件の加害者家族がメディアで謝る理由は。 よく考えたら奇妙なことが、
あふれている。“「私」なき国”の家族のありようを徹底解剖。
 「世間学」で読み解く日本の実像。≫
  〜あるレビューより〜   <解りやすく要約してある>
《 著者は、日本は、西欧に倣って近代化せざるを得なかった、どの「発展
 途上国」の中でも、人間の尊厳と一体の「個人」の輸入に失敗した唯一の国。
そのため底部に「世間」(ホンネ)という人間関係が存在し、その上に社会
(タテマエ)という人的関係が存在する2重構造になっている。
日本の家族は、「世間」の侵食に対して、個人が存在しない為に「愛情原理」
をもって社会に対抗・対立できる西欧の近代家族と異なり対抗できない。
98年、アーカンソーの学校乱射事件では、メディアによる犯人少年の実名
報道に対して、実名を知った人々から、その家族には手紙が殺到したのだが、
その内容のほとんどが、犯人少年の家族を激励する内容であった。
 戦前の天皇制ファシズム体制の中では、国という「公」に対して、「私」
としての国民が滅私奉公を強いられた。戦後、国に取って代わったのは企業や
会社であり、世間もそれに準じるので、「公」である企業に対して「私」で
あるその構成員が滅私奉公を強いられている。「家族思いの良い夫」=
「公としての家族に滅私奉公してくれた良い夫」と。
 80年代以降の高度資本主義=高度消費社会の成立の中で、家族や学校を巻き
込む形で外部の経済原理=市場原理が席巻する。それによって「愛情原理」を
もつ家族が「解体」され、子どもも商品経済に巻き込まれる。
 お金さえ持っていれば市場経済は大人と子どもを区別しないので、子どもは
小さな大人」となる。この風景は、どことなく欧州の「中世」に似ている。
こうして日本では近代家族が成立しないまま、個人を単位とする社会が進む。
 こうした状況を背景として、96年には選択的夫婦別姓法を盛り込んだ民法
改正案が国会に提出される。
 フランスでは、婚外子出生率の上昇などで60年代以降、その問題は表面化し、
99年のPACS法の成立で、事実婚をしているカップルに法律上、結婚している
カップルと同じ保護を与えた。フランスの52%、スウェーデンの55%と比べて
日本の婚外子は2%、と依然として低い。 これは「できちゃった婚」のように
世間体を考えて、子どもができたら結婚しなけばならないと、「いえ」が完全に
内面化されているから。 夫姓も96%あり、妻が夫の「いえ」に入るという
「世間」における「身分制」が貫徹していると考えるしかない。
 結婚後の姓についての考え方は、83年の47%から10年ないし15年間は03年に
29%と伝統的な意見が減少したが、最近の5年間では4%増え、98年と同じ数字に
なり、世の中全体が保守化している。
 日本の夫婦間では、互いにその名を呼ぶことは稀で、子どものいる場合、
互いに「お父さん」「お母さん」と読んで、何の違和感も感じない。
 これは自分たち夫婦が男と女の関係としては既に終わっているということを、
堂々と宣言していることに他ならないが、子どもを中心としたタテの関係の
親族名称を使うことは、家族の呼び方として極めて安定したものであるだけで
なく、日本の家族においては子どもの存在が必須条件であることを暗黙の内に
示している。男自体も大人の男性ではなく「成人した幼児」で、妻に対しては
まるで「母親」に対するような態度で接するマザコンでしかなく、「支配ー服従」
か「包むー包まれる」関係になりやすい日本の「母子関係」もあいまって、
はじめは恋愛関係であった夫婦も時間が経てば母子関係として安定的になる
ので、「ママ」や「お母さん」という呼び方は、その関係を象徴している。
 先進工業国のうちでも日本で犯罪発生率が極めて低く抑えられているのは、
「世間を離れては生きて行けない」との思いが存在しているからである。
それは、幼児期に子どもたちが両親の権威を受け入れ、両親からの期待に無理
やり答えさせられると同時に、両親に依存することを許され「存在論的安心」を
得られることを学ぶからで、西欧の独り寝などの独立した存在としての扱いで
なく、沢山の身体的接触によって「小さな大人」でなく「大きな子ども」と
して扱われ、過剰に両親に依存するようになる。この依存と支配の受容の関係は、
ウチ集団への依存とその社会集団による社会統制の受容の関係となる。
 悪いことをした時、米の親が家に閉じ込め、日本の親が家から締め出すと脅す
ことに象徴されるように、日本では罰がウチ世界からの排除であることを学ぶ。≫
 ――
▼ ホンネ=世間、タテマエ=社会の図式の日本社会でも、現実社会の上に
 別個に出来たネット社会の潮流の中で、大きく変化をしている。否が応でも、
それぞれがスマートフォンを持てば、「家」より各個人の結びつきが優先される。
とはいえ、その「私」が貧弱のままのため、「世間」とかいう魔物に執りつかれ、
身動きが出来ない。サラサラの砂のように、それぞれがバラバラで、まとまりが
つかない中国人の特質のように… 
 次回は、<「世間」の4つのルール>をテーマにする。世間は世界中に
あるが、ここでは、「一神教的欧米世間」に対し、「日本的世間」である。
・・・・・・
5072,読書脳 ぼくの深読み300冊の記録 ー7
2015年02月02日(月)
        『読書脳 ーぼくの深読み300冊の記録 』立花 隆(著)
* 進化は必然か偶然か 〜ブライアン・スウィーテク著『移行化石の発見』
 地球の大気圏が一度、消滅をして、再び同じ状況下で、同じようなプロセス
を経たとしたら、同じような生命と類人猿が生まれるだろうか?という素朴な
疑問があるが、それに対して「存在は偶然の積み重ねでしかない!」と!  
と断言している。 〜その辺りから
≪ 昔から、ダーウィンの進化論を信じない主要な論拠の一つが、種が進化
するときの中間形態の化石が発見されていないということにあった。
しかし、近年、見つからないがゆえに‘ミッシング・リンク’と呼ばれてきた
中間形態の化石が続々と見つかりはじめている。ブライアン・スウィーテク
『移行化石の発見』は、そのような驚くべき化石の発見史の物語。
 たとえば、クジラは陸にあがった哺乳類が再び海に戻った種だが、陸上を
四本足で歩いていた時代の化石が見つかっているし、鳥は恐竜から進化した
という説が長らく本当のこととされなかったが、移行期の羽毛におおわれた
恐竜の化石が発見されて本当だと信じられるようになった。
 面白いのは最終章「進化は必然か偶然か」。ある環境が与えられたら、
ある進化が起こるのは必然なのか。別のいい方をするなら、この地球環境が
人間を産み出したのは必然なのか。ある進化が起きたとき、やり直したら同じ
進化が起きるのか。一九八八年ミシガン大学で大腸菌を使って壮大な実験が
行なわれた。全く同じ大腸菌群を育て、五百世代ごとに冷凍保存していった。
 三万千五百世代で重大な進化が起きた。世代をずっとさかのぼって、サンプル
解凍で多数のやり直し実験をしたところ、また三万世代で大きな進化が起きたが、
進化の方向は違っていた。さらに実験を続け四万世代まで来ているが、結論は、
進化は偶然の上に偶然が積み重なって起きるのだから、同じ進化は二度と
起こらないというもの。人間も同じで、この進化は偶然の積み重なりで起きた。
地球環境がさらに数億年続いても同じ進化は起こらない。我々人間が滅んだら、
人間が再生することはない。・・・ ≫
▼ これは、個々の人生でも同じ。偶然の積み重ねが現在の自分であって、
 何事も一期一会である。だから、志や、信条を明確にして、日々、生きな
ければならない。志、信念を強く持って、偶然を機会として、将来を切り開いた
結果が必然のように錯覚してしまう。それにしても存在は、不思議である。
・・・・・・
4707,<つまずき>の事典 〜分別  ー2
2014年02月02日(日)
            <つまずき>の事典> 中村邦生編著
  * 何ゆえに神はノアの方舟に人間を選んだのだろう?
『ノアの箱舟の上で俺たちは絶えず不可解な気持ちで頭を悩ましていたんだ、
どうして神は他の明かにもっと優れている候補をさしおいて、人類を被保護者と
して選ぶことになったのかって。神がもし他の種を選んでいたら、そのほとんど
は人間なんかよりずっと忠実なことに気づいただろうさ。もしもゴリラを支持
していたら、神への不服従にしたって人間の半分も犯さなかったんじゃないか。
そうなけりゃ第一、洪水だって起こす必要はなかっただろうね。一バーンズー
 箱舟の密航者であるキクイムシが語っている一節。{神が「人類を被保護者
として選ぶ」ことにしたのは、地球環境から言えば取り返しのつかぬ〈過失〉
であったのは間違いない。したがって、あるフランスの皮肉屋の次の言葉は、
紛れもない真実なのだ。「人間は祖先が猿であることを自慢している。しかし
猿は祖先が人間であると決して自慢などしないだろう」。したがって、ある
フランスの皮肉屋の次の言葉は、紛れもない真実なのだ。「人間は祖先が猿で
あることを自慢している。しかし猿は祖先が人間であると決して自慢などしない
だろう」。』
 ▽ 人間こそ、地球の大気圏の生物にとって、ガンそのもの。
   * 分別
 『どんな愚者でも真実は言えるが、嘘の上手のつきかたには、分別のある人間
  である必要がある』 ーサミュエル・バトラー
 ▽ 今まで平気で真実を誰かまうことなく公言してきた。それも常に上から
  目線で! 時と場合で、嘘と真実を混ぜ合わせて語ることこそ、分別ある
 人間のすること。そうこう考えると、この随想日記の公開は非常に危険。 
 真理と真実を直感したまま書き続けると、分別がついたように錯覚に陥るが、
 愚者の真実は気違いに刃物? 相手を思いやる嘘こと必要である。 
   * 失敗には安らぎがある
 『それは前に数学の試験に失敗して、かえったほっとし、解放感があった時に
 似ていた。失敗というのは明快で、そして確実なものだ。確実なものの中には、
 いつも安らぎがあるのだ。』ートルーマン・カポーティ「最後の扉をしめよ」
 ▽ 強がりか、居直りかもしれないが、<つまずき>の半年辺りから、奇妙な
 心の安らぎが出てきた。不確実な日常の45年間の緊張が切れたこともあるが、
 この安らぎは思いの他。私自身が招いた因果応報と認めれば、人の思惑など
 考える必要もない。実際に経験してこそ分ること。「会社を綺麗に後継者に
 引渡すより、全て失い独り佇んでいる方が良いのでは?」と思ったのは、
 確実なものの中に心の安らぎを感じたため。前者は解放はされなく不安が
 常にまとわりつく。 道理は何処も同じ!である。


6532,閑話小題 〜創業の面白い男たち! 〜1

2019年02月01日(金)

   * 嫌がる仕事の代行の請負
・30年前になろうか、従兄(故人)の嫁さんの弟に、人の嫌がる仕事代行を
 始めた面白い男がいた。ラブホテルの掃除、フロント業務一切を請け負う。
リスクは少ない上に、数を熟せば、稼ぎは大きくなる。 ただ一言、
<人の嫌がる仕事に徹する!> ‘これ!って気づいたな’と感心していたが…
こういう分野は探すと幾らでもある。最近、風の便りに地元の業者間では、知ら
ない人がいない程という。経営サイドは、それぞれの経営者に任して、自らは
泥を被ることに徹すれば、大きな利益を得ることが可能。資本もリスクもないが、
それは野良猫商法で面白くない筈… しかし商売の基本中の基本。 
それを横に広げていったのだろう。
・同級生に小さなペンキ屋の息子が、地元名士様の世界で顔を売り、塗装の
 ディスカウントに徹して、財を成した男がいる。知性の無いことを逆手にとり、
「露悪、偽悪に徹し、請負は価格破壊」を業とする。一つに絞り、拡大し過ぎ、
失敗したのが何処かにいる? 事業は、一代で終えて良かったと、今でも嘯いて
いるから始末が悪い。
・宅配の『クロネコヤマト』が、そう。細かい宅配は運送業者が最も嫌がる業務。 
 その成功事例をアメリカの業界で見つけて、ベンチマークをして拡大をした。
飛ぶ鳥落とす勢いだった『三越』の強引の値下げ要求が直接の原因だった。
その三越も伊勢丹の傘下。 野良猫でも、クロネコ?
・学生時代のゼミの後輩に、新宿で呉服業をしていたが限界を知って、一念発起、
 『不動産鑑定士』の資格を取って開業。そこで考えたのが業界の常識の破壊。
顧客の鑑定依頼から3〜6ヶ月の納期を二週間に短縮すること。これが受けて、
面白いように次つぎと受注が続き… これも呉服業界の商法を応用したという。
・現在のアメリカと中国の関係もしかり。「ネズミと中国人は世界中、何処にも
 いる」と揶揄されてきたが、グローバル化と、情報化で、分散化された力が、
ネットで結ばれ、世界を蹂躙を始めた。これこそが「底力」である。
                              〜つづく
・・・・・・
6168,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −1
2018年02月01日(木)
              <『人工知能の哲学』松田雄馬著>
   * 「知」とは何か?
 面白い本である。人工知能を考える時に、まず浮かぶのがドローンである。
自撮り無人ヘリである。数m、10m、100mの距離を設定すると、本人を空中
から自撮りするロボットである。 自然空間などでの空撮にとって、革命的
ロボットで、AIなど最新科学がフルに活用されている。しかし、あくまで、
道具であるが、テロとして使用されると危険な代物になる。
 〜印象に残った部分をランダムに抜粋してみる〜
≪ ・私たち人間を含む生物が生きる空間は、時じ刻々と変化する予測できない
 「予測できない「実空間」である。こうした「実空間」においては、得られる
 情報は不完全であり、その不完全な情報に基づいて、環境に適応して生きて
いかなければならない。すなわち、不完全な情報で、環境との「調和関係」を
作り出していくことが、生命にとって必要な「知」と考えられる。
 ・人工知能は、「強い人工知能」と、「弱い人工知能」があるが、今のところ、
「強い人工知能」は存在しない。「弱い人工知能」は、あくまで、人間が使う
道具である。そのため、人間が行っているどんな仕事でも、「弱い人工知能」
であっても、それだけで仕事を行うことは不可能である。
 哲学者ジョン・サールの考え方によると、次の2つに分類される。
強い人工知能:知能を持つ機械 (精神を宿す)
弱い人工知能:人間の知能の代わりの一部を行う機械
 重要なのは、現在、私たちが用いている「人工知能」は、あくまで、
「人間の知能の代わりの一部を行う機械」である「弱い人工知能」に過ぎない。
この軸を持っておくと、様ざまな論調を冷静にみることができる。
<ある校長の話で、「ある木を切っている大工に「何をしているのですか?」
 と尋ねると、「私はただ木を切っているのではなく、皆さんが快適な暮らしが
出来る家を作っているんです。」と答えたというんです。「木を切る」職業は、
作業効率化で失われていくかもしれないが「素敵な暮らしを作る」という観点で
仕事をしていれば、仕事が減るばかりどころか、いくらでも作り出せるのです。>
――
▼ このブログに毎日、6千回以上も書き続けられたのは、ネットと、情報機器
 の活用無くしては絶対に無理。それと職業柄もあって、自由時間が充分あった
こともある。自らの価値(意味)を元に、その時々に、パックに出来るのは、
身体を持つ私だけである。といっても、問題は私の「軽い脳」、いや「弱い知能」。
1万5千時間も投入した行蔵の中身も、所詮は、哀しいかな貧乏人の蔵の我楽多。

・・・・・・
4706,<つまずき>の事典   ー1
2014年02月01日(土)                      
            <つまずき>の事典> 中村邦生編著
図書館内を彷徨っていると、そこに住む天使が、その時どきの最適な本に
導いてくれる。今回は、これ。そろそろ節目も終わり、切り替え時期。 
冷静に<つまずき>を見つめ直すに丁度よい本である。
新たな創造前には、崩壊が必要。この挫折経験から、傍からみえた現象は
ワーストだが、私の人生にはベストと仮説をたてると、そう思える。
「これまで信じていたことが、ほぼ全てが間違っていたのでは?」という
視点が、大きな収穫。実際に経験すればこそである。
  ーアマゾンの内容紹介ー
【 世の中楽しいことばかりじゃない!様々な挫折があればこそ生まれた
 名言・名句の数々。"つまずき"の中に人生をみつめ、自分の失敗を笑う
勇気がでてくることばのアンソロジー。英米・日の文学作品・映画・芝居や
ヒットソング・広告コピーから選んだ237句にスパイスの利いたコメントと
原文を添えた。小さな文学事典を兼ねた作家・作品案内でもある。】
   * 新たなチャレンジに迷っている時に
「君はこれまで何度も失敗した、覚えてはいないかもしれないが。
 はじめて歩こうとしたとき 君は転んでしまった。はじめて泳ごうと
 したとき 君は溺れそうになってしまった、そうだったろう?」
▼ 転ぶことも人生の一部。自分の手と足で立ち上り、新しい人生に歩き出す
チャンスでもある。つくづく実感したのは、私にはこれがベスト!ということ。
で、次のチャレンジは?そう、あれ? いや、まだまだ、楽しみが足りない?
   * 世界の涙の総量は一定なのさ
《『世界の涙の総量は一定なのさ。だから、誰か一人が泣きだすたびに、
 どこかで別の誰かが泣き止むんだ。同じことは笑いにもあてはまるよ』と、
サミュエル・ベケット(二十世紀を代表するアイルランドの文学者)は、
ある登場人物に言わせています。もし自分が悲しみに沈んでいる状態にある
とすれば、この世界の誰かのところにあった涙がたまたま自分のところに
集まっているのに過ぎず、そのことによってその人の悲しみや苦しみを密かに
和らげていることになるからだ。もちろん逆の喜びの総量に関しても同じことが
言えるだろう。涙も笑いも実は私たちすべての者が分ち持っているのである。》
▼「泣いても笑っても同じ空」 (ノ∀`)っても(;_;)ても、同じなら、
 笑っていた方が良いが、時に悲しみも必要。「人生、あざなえる縄のごとし」
で、哀しみも、笑いも、同じ束の藁。それが人生。そう思えば、冷静でいられる。
喜怒哀楽のどれもこれも、人類の一定量の共有物と思えば、バランスをもって、
引き出せばよい。ところで、私の人生には哀しみが足りなかった! 実感として、
「喜3、怒2、哀1、楽4」の割合。楽の4を2にし、哀を3で丁度良い?で、
神様は、この結果を与えた!が、今で2? いや1のまま? σ@(゚∀ ゚) クルクルパ
・・・・・・
5801,閑話小題 〜4k8kテレビの世界
2017年02月01日(水)
  * 冥途の土産に
・一昨年の暮れ、寝室にWoWoWの二台目契約をしたのと同時に、ブルーレイの
録画機を設置して一年。次は6年半経過したTVを思いきって買換え、はや一ヶ月
経過。居間から寝室にシェルター内の居場所の重点移動になる。一切、家内に
秘密で、新潟駅前の家電チェーンを含めて10軒近く、見て聞いた後、買換え
の結論を出した。少しでも家内に気づかれれば、瞬時に潰されるのは自明。
決めて納入までの罵声の嵐は覚悟の上だが、全身での罵声は覚悟としても、
やはり堪えた。敵は、この機会とばかりに普段の鬱憤を怒りこめてくる。
奥の間は、外界からの雑音が皆無ということも含め、そこは異世界である。
これをベッドでみた後、廊下を隔てた仏間のパソコン前と、居間に向かう時、
何か夢の世界から現実社会に、引き戻されつつ歩んでいる感覚になる。 
・20年以上、年末のNHKの紅白歌合戦を見ることがなかったが、早速、初めから
終わりまで、一睡もすることなく見てしまった。背景がデジタル映像を主体に
した世界に変っていた。
・更に大相撲初場所も、幕下上位から、打上げまで、ほぼ見ていた。 
最近に知ったが、これが8kの試験放送。いやに生々しいはず! 映し出される
力士だけでなく、観客の姿が立体的に鮮明に映し出される。服装、表情を見て
いるだけで飽きはしない。より立体的に、力士も行事も、砂被りの観客も、見る
ことが出来る。4kと8kの違いは、より鮮明に立体的に浮かび上がる画像の差。
・店頭の中年店員が「他は800万画素だが、これは2000万画素の異世界の映像
を映し出している」というのも実感できる。4k8kTVの情報は、東京の従兄が、
葬式で地元に来た時の通夜の席で、「別次元の明るさがあり、鮮明で、臨場感が
違う」と聞いた情報。
・そこで【長岡花火 2016】とYouTubeに入力すると… 過って見た映像
世界が次々と出てきた。見方によれば、現場で見るより、華やかさという面では
圧倒的に?まさっている。「4k・8k映像世界とは、これ」と現出された内容。
「人間の視力、聴力をデジタル技術で遥かに超える世界が、TV映像にも出てきた」
ということ。3Ⅾが最近、話題に上がらなくなったのは、対象が立体的になった
ためという。
・グーグルが、ストリートビューを美術館内の芸術作品で始めた。まだ出だし
だが、世界の名画が、パソコン、TVで本物よりも本物らしく映し出される時代
になった。8kの次世代の画面の段階に研究は進んでいるという。あまり長生き
をしたいと思わなかったが、ここで、少し気持ちが変化をしてきている。
・・・・・・
4339, 自己とつきあうということ −5
2013年02月01日(金)
      「自己の探究―自己とつきあうということ」和田 渡 (著)
ー 人間が壊れやすく、制御が容易でないことについて、ヘラクレスと
 同じ頃にブッダは以下のように述べている。まずは、その辺りを抜粋。
  * ブッダが説く「自己制御」の必要性!
▽「自己こそ自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか?  
 自己をよくよくととのえたならば、得難き主を得る。」おそらく、ブッダ
 ほどに自己の危険性、脆さ、悪への傾向を意識していた人はいない。
 彼は、自分が自分の主になることのむずかしさ、自分をよく整えることの困難
 さを知りぬいていたがために、ことあるたびに自己制御の必要性を説いた。 
▽「善からぬこと、己れのためにならぬことは、なし易い。ためになること、
 善いことは、実に極めてなし難い。」 ブッダは、不要なことに心傾けて、
 必要なことをしない人間、自分を制御することから遠い人間の現実を直感。
  ブッダはまた、ヘラクレイトスの強調する「思慮を健全にたもつこと」から、
 人間がいかに遠い存在であるかを繰返して述べた。 
▽「避けねばならぬことを避けなくてもよいと思い、避けてはならぬ
 (=必らず為さねばならぬ)ことを避けてもよいと考える人々は、
  邪な見解をいだいて、悪いところ(地獄)におもむく。」ブッダによれば、
 真に必寝なことを考えることよりも、邪悪な思いにかられ、嘘をつき、
 愚かしいことをたくらむことに忙しく、汚れ、滅びていくのが人間であると。
▽ 「人間が生れたときには、実に口の中に斧が生じている。ひとは悪口を
 言って、その斧によって自分自身を斬るのである。」ブッダは、自分のことは
 棚にあげて、他人のことをけなじたり、悪く言わずにいられない人間の傾向を
 巧みな比喩でいいう。
  * 自己を乱す力!
▽「この身体は水瓶のように脆いものだと知って、この心を城郭のように堅固に
 安立してー知恵の武器をもって、悪魔と戦え。克ち得たものを守れ。――しかも
 それに執着することなく。」ブッダは、身体が愛欲や欲情、妄執の源泉であり、
 心を汚れたものにする不浄なものであると見なし、身体の誘惑から身を守ること
 の必要性を強調した。心は不断に身体によって汚染される危険にさらされており、
 制御されなければならないものであった。
▽「心は、捉え難く、軽々とざわめき、欲するがままにおもむく。その心を
 おさめることは善いことである。心をおさめたならば、安楽をもたらす」
 へラクレイトスと同様に、ブッダも欲情や危険を身体の内に見ていたことは
 否定できない。ブッダは、先にも述べたように、自己を、自己の主となるべき
 ものであると見なしていたが、それはまた、自分の心に一定の方向を与え、
 乱れやすい自分の心を制御するという課題を担うことを意味しでいた。
 ブッダにとっての自己とは、自己によって注意深く配慮し、支配、制御すべき
 ものだったのである。ブッダが身体をネガティブに捉える観点には賛同しかねる
 としても、注意を促している点は共感できる。
▼ 釈迦は弟子たちに向かい「修行僧たちよ、 すべては移ろいゆく。
 怠りなく努め励めよ」 と言い残され入滅された。世の変化に対し、己も変化する。
そのために己の中の動物性をコントロールし、心を整えることが目指すところである。
・・・・・・
5435,人生で最も大切な技術 ー��
2016年02月01日(月)
       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * セルフの分解
 セルフをネット辞書でみると、
☆ 「自己・自我・自身」「自身で」と、
☆ ユング心理学で,無意識を含む心全体の中心であり,かつ心の外
 にもあって意識と無意識の調和を図る超越的な存在。
ここでは、「私」+「人格」=「セルフ」の分解 が明快。〜その辺りから〜
≪ この問題をより深く理解するために、詳細な分析に再挑戦してみよう。
個人的アイデンティアイの概念には「私」「人格」「セルフ」の三つの側面が
ある。これらの側面は基本的にはたいした違いはないが、自分は自分である、
というアイデンティティへの執着の仕方が違うことを反映している。
・「私」は現在に存在する。「空腹だ」とか「存在する」と考えるのは「私」
 であり、 意識、思考、判断、意思の発信源である。要するに、現在の状態
 を経験するのが「私」である。
・精神神経学者、デビツド・ガーリンは、「人格」の観念はより広範囲である
 として、 次のように結論づけている。「人間の肉体的、精神的、社会的な
 存在の多様な側面が組み込まれた過去、現在、未来を通じ、ダイナミックに
 流れる流動体であり、その境界線は流動的である。
『人格』は以下のように広い範囲に該当する「肉体(健康状態などの)、
 個人的な考え(極めて個人的な感情などの)、性格(良い人などの)、社会的
 関係(個人的生活と職業生活を分離するなどの)、一般的な意味での人間
 (人格を尊重するなどの)」。このように時間を越えた連続体は、過去の
 自分のイメージにも未来の投影にもつながり、個々の人間が他と異なって
 いて、独自の質を備えていることを明示する。・・・(略)
 今この瞬間を経験する「私」を、存在の連続体である「人格」に結びつけると、
「セルフ」が出現する。デビッド・ガーリンの説明にあるとおり、人間には、
複雑なグループ分けを、「実体」という一つのグループにまとめることで単純化
を図り、次に、その実体は恒常的特性を持つ、と結論づけようとする傾向がある。
環境が刻一刻変化することがなく、ほとんどの現象が永続するという考え方を
受け入れたほうが、世の中で楽に機能できる。・・・ ≫
▼この「セルフの狭い世界を、コップ一杯の水に喩え、一握りの塩を入れれば、
飲料水に相応しくなくなり、セルフの壁を突破すれば、同じ一握りの塩を入れ
ても、味が変わらない巨大の湖のように心が広がる。」と例える。
 老いていく利点が、この湖のように広がることだが、一つ間違えると、溝沼
のように淀んでいく。大方の人にとって、老いるとは無念である。〜纏めると、
「私」+「人格」=「セルフ」。現在の状態を経験するのが「私」。
「人格」は存在の連続体。「存在の連続体」を「習慣の集合体」にすると、
そこに天性が現れ出る。5400のテーマの、その日分の内容が「私」。
その全ての内容に、私の「人格」が現れ出ている。「そのまま結構」だが、
どぶ沼のボウフラや、逆に湖の大魚と自己錯覚した比較社会の小魚には? 


6531,読書日記 〜人生における読書の効能 〜1

2019年01月31日(木)


           『本を読む人だけが手にするもの』藤原和博 (著)
  * 「よのなか科」特別授業― 読書の効能
 今さら「読書習慣を持たなければならないか?」でもないが、それでも
改めて、その意味(価値)を考えるに最適の内容である。「3、30,67%の法則」
からみて、これだけは3%の層に入っていなければ!と、思わせる内容。
<50年以上も読書を継続してきた割には?>という疑問が常に頭によぎるが、
これだけは、素質の問題。それにしても明解である。その結果、得たことは、
こんなものでしかない、脳内貧困の確認。「無知の知」である。情報社会なれば
こそ、それらを処理するベースを広げ続ける必要に迫られる。また、逆に脳を
休める必要性も。そこに自ずから「集中力」と、「バランス感覚」が身に付くと、
いう。もう幾つかを加えるなら「創造力」と「想像力」。それらの水分を失った
群れが<ゾンビ>。要するに「世間様」。 そういう私も一員? 
「あなた方と指さす世間の下の指、中指、薬指、小指は己を指している。
親指は道理…」 
 ―
≪  〜Amazonの内容紹介〜 
 「何で、本を読んだほうがいいのか?」という質問に答えられるか?
親や先生は「本を読みなさい」と言いますが、その素朴な疑問にきちんと答え
られる人は少ないのではないでしょうか。
 本書は、「人生における読書の効能」について、リクルート社で初のフェローや
東京都の義務教育で初の民間校長を務め、「よのなか科」という現実社会と教育を
リンクさせた大人気の授業やベストセラーで知られる藤原和博氏がひも解いていく。
  序章 成熟社会では本を読まない人は生き残れない
現在は、「本を読む習慣がある人」と「そうでない人」に二分される階層社会
 になりつつあると警告。
 ―
第1章 本を読むと、何が得か?
「読書と収入の密接な関係」「読書によって身につく、人生で大切な2つの力」
 など、ズバリ、読書のメリットを答えていきます。
 ―
第2章 読書とは「他人の脳のかけら」を自分の脳につなげること
「1冊の本にはどれほどの価値があるのか」
「本を読むことは、2つの『みかた』を増やすこと」
「脳をつなげて未来を予測する」など、本を読むことの本質に迫っていきます。
 ―
第3章 読書は私の人生にこんな風に役立った
「人生を変える本との出合い方」「自分の意見を述べるための読書」
「読書で人生の鳥瞰図を獲得する」など 人生と読書との関連性がリアルに
 綴られています。
 ―
第4章 正解のない時代を切り拓く読書
 21世紀の成熟社会に不可欠な「情報編集力」とそれを構成する5つのリテラシー
「コミュニケーションする力」「ロジックする力」「シュミレーションする力」
「ロールプレイングする力」「プレゼンテーションする力」を、いかに読書で
磨いていくか解説していきます。
 ―
第5章 本嫌いの人でも読書習慣が身につく方法
読書嫌いの子も少なくなかった中学校の校長時代の経験なども踏まえ、いかに
 読書を習慣化させるかを現実的な側面からポイントを押さえていきます。
 ―
巻末――「ビジネスパーソンが読むべき11冊」
「小中高生を持つ親に読んでほしい本」
「親が子どもに読ませたい10冊」という著者のおすすめ本も紹介します。
 なぜ本を読むのかを教えてくれる一冊。2017年3月14日       ≫
――
 〜読者投稿より〜
これからの世の中は、成熟社会を生きて行かなくてはならない。そのため、
多種多様な生き方が強いられており、答えは1つだけではなく、無数に存在する
納得解を得られるように考え抜いて生きて行かなければならない時代に突入している。
その納得解を得るためには、数多くの知識を日頃から得る習慣を身につけ、豊かな
想像力を武器に想いや考えをアウトプットして行く事が求められる。これこそが、
これから成熟社会を生きて行くための武器であり、身に付けて行かなければ、
第2、第3のキャリアを得る事が出来ず、長寿社会を生き切れない事になり兼ねない。
知識、技術、経験は、リアルであればあるほど、明確な想いや考えが生まれる。
1番有効な手段は、リアルな経験を積む事であるが、多種多様な経験を積む事は
容易でない。それをカバーするのが、本から得る事が出来る他者からのリアルな
経験に基づいた知識である。これを得る事が、本を読む目的且つ最大の価値であり、
想像力を働かせ、自分のこれまでの経験と絡めて、より正確な想いや考えを身に
付けて行く事が出来る。だからこそ、日頃から本を読む習慣を身につけ、想像力
を磨く訓練が必要なのである。
――
▼ 次の機会に、各章単位をテーマにして考えてみる。
 ここで「世の中」という言葉。別の機会に、「世間」との違いを考えてみる。
いま頭に浮かんだのが「世間と社会の中間のニュアンスの言葉」。 大方に人が、
「それが持てないんだ!」で、終わり。逆算から、その問題を考える能力がない?
で、誰かの言葉を受け売りで… その前に捏ねろって! ひと様には言えないが!

・・・・・・
2017年01月31日(火
5800,ミネルバ大学という未来の大
   * 未来の大学の構造とは
《世界中から集まったクラスメイトと一緒に4年間、世界の7つの国際都市に
 住みながら、現地の企業、行政機関、NPO等でのインターンをする学生生活を
想像してみてください。授業は午前中の2コマだけ。午後は事前課題と自由時間
で、その国の暮らし、文化を体感し、多様性を身につけることができる学生生活。》
 これだけで、グローバル化の基礎が充分に身についていくのが理解できる。
世界を股にかけたキャリアの養成カリキュラムである。それも20歳そこそこで、
その基礎を身につけるのだから… まだ、開校以来二年半で在校生が300人。
厳選された若者に、このカリキュラムである。 
 インターンとは、【専門職につく前に研修施設で実施修練を行う者をいう。
医師のインターンは、独立して診療できる医師になる前の課程としての実習生。】
――
▼20歳で創業を決意し以来、独りでカリキュラムをつくり、それに沿った実体験で
自分づくりをしてきた。まず、イオンの創業に参加、その後、産能大に編入後に、
再び体力づくりのため、金沢の新興衣料服チェーンに期限付きで入社をした。
その後、千葉市校外の5万人ほどのニュータウンの中央十字路にある新興商業地区
で郊外型飲食ビルを立上げた。 その後、実家の御家騒動で、急遽、Uターン。
実家の衣料量販店に4年半、従事し、その後、新潟駅前でビジネスホテルを立上げ、
30年。2001年の9・11テロ。2008年のリーマンショック、2011年の3・11大震災直後、
撤退を決意をした。 三匹の黒鳥(思いもよらない大変事)の到来も、振返れば、
「止めろ」というサインと思えば、諦めもつく。
 金沢時代にドルショック、千葉の立上げ時に、石油ショック。そして、21世紀に
入ってからは3羽の黒鳥である。その発信源は一部のシンジケートの意思による。
この未来の大学は、その発信源を抑えるには、現地にネットを張って置け!も
理解できなくもない。現実社会からのアップスケールしていく人材に変容する? 
そこで解脱こそが、人間としての生きる目的に気づく? 所詮は娑婆は娑婆と。
 〜で、偶然だが、以下の去年同月同日の文脈に続いていく。
一度、上記のコースで10〜20年、キャリアを積んだ上に、解脱するのが理想?

・・・・・・
2018年01月31日(水)
6167,閑話小題 〜映画鑑賞 
    * 「祈りの幕が下りる時」
 ハリウッド映画の何かと、決心して評価を見たところ、3・4(5)。
そこで邦画で何か面白そうなのうと調べたところ、この『祈りの幕が下りる時』
の4・4で急遽、変更して決めたもの。シネマ観賞予定(金曜日)の翌日が初日
だったが、横殴りの雪もあり一昨日に変更、ジムを休んで行くことになった。
成るほど、4・4だけの内容である。早速、 私の評価も4・5。90点である。
最初から終わりまで、息をつかせない面白さ。最後には、製作者狙いのお涙が
流れ出ていた。涙を流すのは2年に一度位…。 前作のシリーズの東野圭吾原作
「新参者」シリーズが3本も出ているので、早速借りる予定。
  〜HPの説明から〜
≪2010年4月に連続ドラマとしてスタートした東野圭吾原作「新参者」シリーズ。
阿部寛演じる日本橋署に異動してきた刑事・加賀恭一郎が、 謎に包まれた殺人
事件の真犯人を探すというミステリー要素と、事件の裏に隠された人の心の謎を
解くというヒューマンドラマ要素がこれまでにない“泣けるミステリー”として
大きな話題に。 2本のスペシャルドラマ「赤い指」「眠りの森」『麒麟の翼
〜劇場版・新参者〜』を経て、遂にシリーズ完結作『祈りの幕が下りる時』が
映画化される。事件の鍵を握る美しき舞台演出家・浅居博美を演じるのは松嶋
菜々子。そして監督は「半沢直樹」、『私は貝になりたい』を手掛けた福澤克雄。
重厚かつ緻密な演出でシリーズに新たな風を吹かせる。
――
 東京都葛飾区小菅のアパートで女性の絞殺死体が発見される。
被害者は滋賀県在住の押谷道子。
殺害現場となったアパートの住人・越川睦夫も行方不明になっていた。
やがて捜査線上に浮かびあがる美しき舞台演出家・浅居博美(松嶋菜々子)。
しかし彼女には確かなアリバイがあり、捜査は進展しない。
松宮脩平(溝端淳平)は捜査を進めるうちに、現場の遺留品に日本橋を
囲む12の橋の名が書き込まれていることを発見する。
その事実を知った加賀恭一郎(阿部寛)は激しく動揺する。
それは失踪した加賀の母に繋がっていた――。
 加賀恭一郎“最大の謎”がついに明らかに。»
――
▼ 昨日、SJにヨガの予約チップを取りの帰りすがら、蔦屋の検索機で調べよう
 としたが、作品名を失念したまま帰ってきた。 で、1日、時間をおいたところ、
如何でもよくなっていた。これがシリーズ最高傑作ということは、他は期待した分、
失望をするからだ。あとは成行き… 「フリーハンドは素晴らしきかな」である。
 後記)下記の過去文を出来具合の順に並びかえるため、毎日、読返しているが、
  我ながらシリアスな内容に驚いている。それも毎日。冬期間の早朝は寒さも
 あり、身が引き締まることもあるのか。自ら言うことでもないが、1年過ぎれば、
自分であっても、自分ではない赤の他人のような冷静な得体のしれない獣の臭いが?
 それも脳タリンの、腑抜けの("^ω^)・・・
・・・・・・
2013年01月31日(木)
4338, 嘘と真実
   * 嘘は真実の糸を織り込んである
 最近、耳に残った言葉に「嘘には真実の糸を織り込んである」がある。
私も真実を伝えたいために少しオーバーにいう癖がある。嘘と穿った噂は、
その辺りから生じてくる。自分の思いもよらない噂話を聞いて驚いたことがある。
伝達の過程で脚色されたのだろうが・・ この一連の件で、面白おかしく脚色
したのが流れたはずだろうが、元より承知で、深入りをしなかった。 
 象(地球、宇宙)の皮膚(世界)の襞(国)に巣くう虱(会社などの社会)に、
更に寄生するダニ(個人)と割り切ればよい。もちろん自分も含まれるが、
それを常に忘れないで、一日一日を楽しむしかない。で、嘘の話に戻る。
何かの喩えで考えると、詐欺がある。相手を信用させ嘘で固めて金を騙し取る
のが仕事。そのために真実を、丁度よい割合に混ぜ込む。噂も同じこと。
ーそこで、嘘と真実についての格言を調べてみた。
・ いちばん嫌らしい嘘は、いちばん真実に近い嘘だ ージイド
・ 嘘とは何か、それは変装した真実に過ぎない   ーバイロン
・ 嘘つきの受ける罰は、誰も信じなくなるというだけでなく、
       誰も信じられなくなることである。 ーバーナードショウ
・ 嘘つきの名人でないならば、真実を語るのがつねに最良策だージェローム
・ 嘘とは、私がつくったものでなく、階級に分かれた社会に生れたものである。
   だから私は生まれながらに嘘を相続している。 ーサルトル
・ 人生において最も難しいことは、嘘をつかずに生きること。
   そして、自分自身の嘘を信じないことだ。 ードストエフスキー 
・ 誰かが嘘をついていると思ったら、信じているふりをすればよい。
   そうすれば、もっと嘘をついて正体を暴露する。 ーショウペンハウェル
・ 半分の真実は嘘より恐い           ーフォイヒタースレーベン     
・ 我われの肉体が衣服で包まれているように、精神は虚偽に包まれている。     
                          ーショウペンハウェル
 それでは真実とは何か? 主観的な思い込みを真実と解釈しているだけでは
ないか?という疑問が残る。 あるブログに、次のようにあった。
『自分が信じる事実、それがその当事者にとっての真実。しかし、それは
その当事者にとっての真実であり、別の当事者にとっては別の真実があっても、
何の不思議もない。なぜなら、それぞれ違った自分勝手な思惑で物事は起こるから。
事実は一つでも、それぞれの当事者の勝手な思惑がそこに加われば、真実は一つ
ではなく、いくつもの真実が発生してしまう。このような状況の中、人の世で、
真実を見極め、物事の本質を見極めるには、心で物事を見、心で聞き、感じる
しかない。』 カントの「認識は対象に従うのでなく、主観に対象が従う」
ということか。深入りしないこと!
・・・・・・
2014年01月31日(金)
4705,末期がん、その日のための予習を ー3
     ー「末期がん、その不安と怖れがなくなる日」樋野 興夫 (著)
 がんをポジティブに捉える提言である。この「がん」を、『挫折』か『苦難』
に置き換えると、人生訓になる。その時から、残された貴重な時間をどのように
過ごすかは切実な問題。最期の大仕事、それは淡々と死ぬこと!
  * 第二章がんになって見えてくるもの
がんとの闘い・自分自身との闘い  
  ー自分と闘い、支えるのは、自分自身。それに気づくのは自分
がんは人を哲学者にする      
  ー「人生とは何か」「より良い人生は何か」を考え直す機会にする
ムダを捨てれば頭も心もクリアに  
  ー死を前にして、虚飾、名誉も無駄 クリアになって人生を見つめ直すこと
がんだからこそ手に入るものがある 
  ーがんで疎外され、孤独、孤立をするが、それが自由に繋がる。
まず自由な時間が命よりたいせつなものを見つける  
  ーこれは人によって違う。自分で探すもの。それが最後の仕事。何だろう?
がんは生きる「WHY」を見つけるきっかけ 
  ー「HOW」から「WHY]へ重心を移動する機会。それが哲学
ほんとうの自分を見つける旅    
  ー社会的役割が削ぎ落とされた時、自分の本質が見えてくる
使命感があれば充実した日々    
  ー自分が何か必要とされているといないとでは、大きく違ってくる
自分が「なすべきこと」は何か   
   ー「やらなければならないこと」と「なすべきこと」は違う。
その見直しから暇を怖れず、暇を楽しむ      
   ー「何もしない」時間の必要性に気づく機会。
    暇を楽しむ、遊ぶ、心の切り替え時     
自分を変えることは感動のドラマ  
   ー外へのネガティブな反応を自分の内面へ切替えると、大きな変化がでる
がんは「人間力」を高めるチャンス 
   ー急激な石段を登った先には、全く違った視界が見えてくる。
辛いががんは親しい人たちを大きく育てる 
   ー家族など集団は、困難になるほど結束するもの・・
がんになっても「与える喜び」はある 
   ー感謝の念は、深いほど相手に伝わるもの。感謝、感謝、感謝
最高のプレゼントは笑顔   ー「笑顔」は、最大の言葉!ドキドキ((〃゚艸゚)
本との出会いで自分が変わる ー膨大な時間と不安の中で、良い出会いが
               あった本と、読みたかった本を手に取ること
許し許されることが最大の癒し ー「死ぬ前にしておきたいことは何」に、
               「人に会うこと」と答える人が一番多い  
「黄金の藁」に頼りすぎない ーほぼ効果のない「藁(健康食品等)」に
               すがりたい患者がいるが、あるわけがない?
死もまた「ありがたくいただく」ー死も生と同じく、自然からいただくもの。
               なら有り難く頂けばよい|ョ゚Д゚ll))怖ァ・・
死は敗北ではない     ー死は万人の通る道、それが何ゆえ敗北だろうか?
             これは何故生きる?の問いと同じ
人生の目的は「品性の完成」    
 ー成功したか、より、如何に誠実に生きたかを自分に問うてみるほうが先決。
死というだいじな仕事が残っている ー人生の最後の大仕事!死を悟ってから、
  それまでの一生分を生きることになる!
「ありがとう」のひとことを家族に ーたった、この一言で、残された人
の悲しみが、喜びに変わる。最期は感謝!になる。
▼「より良い人生は何か?」 死を前にして、初めて考える人が多い。
その人によって様々だろうが・・ 今回、倒産という死の疑似体験に近い
体験をした。そして「事(自)業自得!これが自分。それでも面白かったから、
これで良し。」 これが、そのまま、その時の答え! 
「本当に、これで良かったのだろうか?」の疑念の海での筏の言葉?((;◔ᴗ◔;))


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