堀井On-Line



6520,読書日記 〜「なぜ夫は何もしないのか」 −2

2019年01月20日(日)

 姉が4人もいて、常に気配りをしなければならなかった生活環境にあり、
シスター・コンが私の内面奥に根付いている。その上にマザコン・ファザコンが
微妙に絡んで何とも可笑しな性格に?… 人間とは須らく何らかコンプレックス
がベースにあるもの。それが夫婦間の歪みで生じる。そこで、生じるのが、
「なぜ夫は何もしてくれないか?」と相成る。 で、野生馬と同じ。
「飼い慣らした後に調教からするんだよ!」が、まず頭に浮かぶ。
そこで、生物、動物、猿、人間などの共通点と差異を把握し、飼い慣らす。
男女には、それぞれの特性があり… 「女性管理ができれば天下をとれる」
という格言があるほど、これがまた難しい。 バイロンの名言に、
「ずいぶん敵を持ったけど、妻よ、お前のようなやつははじめてだ。」… 
最悪と思ってるが、その実は、互いは最悪の中の最善?の相手。
お互い翻ってみれば、割れ鍋にとじ蓋。まず「雄雌の違い」の認識が必要。
   * ここで紹介しあった実例
◆ 結婚したら結婚記念日を忘れるのが夫、結婚記念日にこだわるのが妻
◆ 嫁と姑を仲良くさせようとするのが夫、姑と縁を切りたいのが妻
◆ 目的があるから買物に行くのが夫、目的がなくても買物に行くのが妻
◆ 必要とされていると実感する時、幸せと感じるのが夫、
  愛されていると実感する時、幸せと感じるのが妻
◆ 母親が好きなのが夫、実家が好きなのが妻
◆ スポーツで汗を流してストレスを発散するのが夫、
  メロドラマで涙を流してストレスを発散するのが妻
◆ 子どもには自分と同じ道を歩んでほしいと考えるのが夫、
  自分とは違う道を進んでほしいと思うのが妻
◆ 夫婦ゲンカで逃げるのが夫、責めるのが妻
◆ 離婚で白髪になるのが夫、茶髪になるのが妻
◆ 老後はふたりで生きたいと思うのが夫、
  自分だけのために生きたいと考えるのが妻
 ――   
  〜Amazonの投稿から〜
< 夫は妻に依存、妻の言動にアワワとなるケースが目立つように感じました。
 著者は女性の立場寄りの意見が多いように感じました。
夫婦、男女に限らず人との付き合いは、付かず離れずの距離が大切といいます。
男女の間には深くて暗い河が流れているのだと、あらためて痛感しました。
 結婚式にお呼ばれしたときだけでなく、子どもの入学式だとかちょっとした
飲み会だとか、家以外の場所に行く時に決まって夫が耳にする魔法の呪文。
 妻の「着ていく洋服がない」。
「おいおい、クローゼットやタンスには、俺の10倍はあるやんけ!」とツッコ
むこことすらも飽きてしまうほど耳にしています。一歩進んで会話をすると、
「これは◯◯さんの結婚式に着たし」と謎の呪文が繰返しも、いつものパターン。
 ――
▼ 私が考えあぐねた末に出した結論が、「40回も同伴で‘秘・異郷ツアー’
に行けたのは、相方の天然ボケの性格ゆえ。旅仲間と同居していると思えば、
それだけでも合格としなくては!」である。大学の同級会で、仲間内での
ゴルフの話題が多く出るので、近況報告で、「ゴルフと、国内旅行を捨てて、
家内同伴で、40、50歳代を中心に、血みどろの喧嘩をしながら秘・異郷ツアー
をしています」と話すと、久しぶり参加の、前に座った男が、私の話を
遮って、「アナタの話はお惚気だよ!」と宣う。私は愚痴半分のつもりだった
が…。そういえば、本人のスピーチの中で、「数年前に連れをなくして… 
これが何とも侘しい!」と話したばかり。「最悪の中の最善の相手」と
思えば、何とか我慢がなる? 
「最悪の中の最善」のテーマが思い立った。 近々に取上げてみようか。

・・・・・・
6156,閑話小題 〜好奇心指数
2018年01月20日(土)
   * 枯れないために
 CQ(好奇心指数)たる言葉に引き付けられた。何ごとにも興味を持ち、仲間を
集い、チャレンジするのは比較的、女性に多い。男は仕事本位でなければ、
荒波の中で生抜いていけないため、好奇心があっても、集中を維持できない。
第二の人生には、妻たちの好奇心との圧倒的な格差を知り、愕然とする。
 そこで、ネット検索すると… 
≪IQ(知能指数)やEQ(心の知能指数)と並びCQ(好奇心指数)が注目される
・IQとは 知能指数のこと。高いほど知能が高いことを、低いほど知能が低いこと
 をあらわす。
・EQとは、(心の知能指数、「自己や他者の感情を知覚し、自分の感情をコント
 ロールする知能」。
・IQにちなんだ新しい知的な精神活動の指数Curiosity Quotient 
(好奇心指数)を 指す。 好奇心が学習や仕事などの精神活動にとって重要で
 あろうこと は、多くの人が経験上、なんとなく気づいている。
目新しいものに興奮しやすい一方で、決まったルーチンにすぐ飽きてしまう。
独創的なアイデアを思いつくが、反体制的になりやすい。
もちろん賢いことは重要だ。でも知的好奇心のほうがもっと重要だ。
 グーグルで成功する人は、すぐに行動を起こしたがる傾向がある。
グーグルが従業員に贅沢なまでの快適なオフィス空間を提供するのは、オフィス
空間が従業員の創造性に大きく影響を与えることを熟知しているからだ。
一つのことを最短で答える能力であるIQから、一つのことからたくさんの
ことを連想する創造力であるCQの養成へ、教育もシフトしていくべきだ。
CQは自分自身の努力で高めることができる。IQは生涯かけても変わらないかも
しれないのに対して、感情や好奇心は発達させることができる
出典:<IQの高さより大切なのは「ICE」 ライフハッカー[日本版]> ≫
―
▼ この随想日記で一日一テーマを17年間、続けてきたが、問題はテーマ探し。
 これは常日頃から好奇心を持ってネタ探しをしなければならない状況になる。
備忘録、アイデアノートとしても、第三者に公開するため、面白く、何か
しらプラス!に… というサービス精神が働く。とすると、当り前の内容
では、自分の心に残らないし、価値がない。常に何か新奇なテーマの影に追い
かけられることを良しとするかどうかの問題になる。その緊張感も慣れると、
中毒になる。常に、頭を空にして網を張っておかないと、好奇心を煽るテーマ
は出てこない。その為には、「快適な空間」と、「快適な心的状況」が必要。
 一応、知的な精神活動の継続が、IQを高めているのか! 成るほど、毎日が
面白く、刺激的なのは… また手前味噌の話で終わる?
逆に、この結果、EQ指数が減退していたような。 そういうこと!

・・・・・・
4694, 知恵と、教養と、知性の違い
2014年01月20日(月)
ー人生は65歳からがおもしろいー河村 幹夫 (著)
  * 知恵と、教養と、知性の違い
 この本には、なかなか含蓄ある内容がある。ーその幾つか書き出してみるー
・ シニアこそ、教養と教育が必要! 教養とは「今日、用がある」 
  教育とは「今日行くところがある」
【 これは、面白い。40年少し前になるが、勤めていた会社の人事課長を揶揄
 して「今日行くか」が来たぞと誰かが言った言葉を思い出した。「教養が無い」
 は「今日用が無い」と、学問を疎かにすること」と定義づけていた。「シニア
 は特に、自分から何かを探して実行をしなくてはならない!」ということ。
・ ー知恵と、教養と、知性の違いとはー
 知恵とはー「(知識・情報+経験)×思考 =知恵」 
 教養とはー「人間の生き方のもっとも深い部分に存在し、人間の原点になり、
       人間性を律する基本となるべきもので、すぐれて個別的なもの」
 知性とはー「教養を感性でくるんだもので、教養×感性=知性と表現できる、
  なお一層個別的なものであり、何人も簡単に到達できない高次元の精神性」
 ▼ 著者は、この3つをを意識的に区別して自分のレベルを知ろうと
   努めている、という。
  ☆ 知恵は、自らを土壇場に置かないと出てこない、ある意味、
   神の領域から出てくる偶然、霊感的要素がある。
  ☆ 教養は、「学問、幅広い知識、精神の修養などを通して得られる創造的
   活力や心の豊かさ、物事に対する理解力。また、その手段としての学問・
   芸術・宗教などの精神活動」とある(ネット辞書)。これは長年かけて
   積み上げた結果の精神状態。良い文学を読み、より美術品に触れ、崇高な
   音楽を聞き、大自然に触れて精神を高める結果にある。
  ☆ 知性は、「(1)物事を考え、理解し、判断する能力。人間の知的能力。
   「豊かな―の 持ち主」「現代を代表する―」 (2)感覚によって得られた
   素材を整理・統一して、新しい 認識を形成する精神のはたらき」とある。
   これらは、人間の深い精神レベルの核の部分のもの。その点、これらは
   年齢とともに熟成していくため、人生を楽しむに、必要条件の大きな
   ベースになる。だから、ライフワークを若い時から持っておくべきである。
   ライフワークは、それらを具体的に求める趣味である。この3つの区分は、
   自分の程度を図るに明確にしておくべき『知識』になる。
・・・・・・・・
5423,人生で最も大切な技術 ー�А/瓦瞭眤Δ鮟六襪垢�
2016年01月20日(水)
        『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
  * 幸福に関する名言 〜心の内側を熟視する
 ここで、無知からの脱出の方法として内観がある、という。その方法は
「分析」と「瞑想」。とすると、私の夜半の半睡の4時間が「瞑想」に近く、
この随想日記の完成のプロセスが「分析」に近いから、夜半から早朝にかけて
毎朝、内観をしていることになる。 幸・不幸は、現実に対する光の当て方、
内側の問題になる。心の熟視は、熟年の楽しみの一つ。 〜その辺りから〜
≪ どのような探求の仕方であろうと、それを喜び、義務、情熱、満足の
 うちの何と呼ぼうと、幸福こそが人間の目指す最大の目標ではないだろうか。
アリストテレスいわく、
「幸福は人間の唯一の目標である。人間は常に幸福そのもののため幸福を選択
するのであって、何か別のもののための手段として、それを選択したりしない。」
それに異論を唱える人は、自分が何を望んでいるかを実際にわからないだけで、
幸福という言葉を使わずにそれを求めているに過ぎない。数々の障害を乗り越え、
最終的に価値ある目標を達成するときの満足感は、疑いもなく本当の幸福
「スカ(安楽)の一つの側面が反映された状態といえる。
 それは、自分が内面的に調和していると感じさせてくれる。
苦悩や苦難は「自己鍛錬」に繋がる、と信じこんでいる人が、自分の「義務」を
立派に果たす場合でも、自分または人類全体の不幸を培養しようとは望まない。
こうした至福感を手に入れる方法を誤認するのは悲劇的である。
 無知は、向上心を歪める。
 チベット密教の高僧トゥルンバは、無知についてこう説明している。
「無知は愚鈍とは関係がない。無知とは、ある意味で非常に知性が高い、
ただ、その知性が、あるがままの現実の姿を単純に捉えずに、専ら自分の
固定観念に反応する方向に向いているとき、それは無知と呼ばれる」。
 仏教辞典で、無知は、あるがままの現実を認識することができず、幸福と
苦悩を左右する因果の法則があることも理解していない状態、と定義される。
例えば、最善の世界を築きたいだけ、と主張して民族浄化を支持する人たちは、
自分たちの憎悪が正当化できると確信している。利己的な衝動を満足させる
ためなら、死や破壊の種をばらまくことも躊躇しない、という連中は、それが
まったく理屈に合わず、不健全な考え方であっても、自分たちの行為が一定の
満足感をもたらしてくれると期待している。
 悪意、妄想、侮辱、傲慢などは、純粋な幸福を手に入れる手段にならない。
にもかかわらず、残酷で、妄想に取りつかれ、独善的で、思い上がりの激しい人
は、物事の本質をまったく気づかないまま、突然に向きを変えてみたりしながら、
ただ闇雲に幸福を追求しようとする。耐え難い心身の苦痛にけりをつけようと
して自殺する人は、ただ幸福を求めて破れかぶれの行為に及んだだけである。
 こうした根本的な無知からどうしたら抜け出せるだろうか。
唯一の方法は、誠実に真剣に心の内側を熟視することである。
この内観には、分析と瞑想の二つの方法がある。分析とは、自分の苦しみと
自分が他者にもたらした苦しみを、あらゆる角度から明確かつ整然と評価する
ことであり、どの考え、言葉、行為によって痛みが生じたか、反対に精神的
健全性がもたらされたか、を理解する作業を伴う。手始めとして、自分の在り様
と自分の行為に何らかの問題がないか、ということを探求し、続いて、自己変革
への燃えるような願望を抱くことが望ましい。
 瞑想的アプローチでは、混乱した思考に飲み込まれない状態をほんの少しの間
保ち、心の奥底にある願望の正体を見つけるために、心の内側にひろがる景色を
静かに眺める、という作業をする。人によって瞑想は、快楽の醍醐味を一つ一つ
味わいながら、一瞬一瞬を激しく生きる生き方に繋がることがある。
あるいは、家族、社会的成功、レジャー、またはささやかながら苦しみない
人生、等の目標達成の手段にする場合もある。残念ながら、こうした願望達成
の瞑想はどれも未完成に終る。≫
▼ 行蔵を取り出し、支点を変え眺め直すと、その時点では思いもよらない
 気づきがある。それぞれの場面で、知っている範囲でしか、理解できない
のである。そう、それは現時点の私にも、他者にもいえる。独りになりきり、
分析と瞑想こそ、最も重要になる。〜また偶然だが、以下の内容が丁度良い!
この年齢になって、何にも分かってない自分に、毎朝、気づくのも辛いもの!
・・・・・
4327, 10年日記も最終年
2013年01月20日(日)
 十年日記を書き始めて10年目。1ページに上から4行分に仕切られて、
 10年分書けるようになっている。10年分が一目で俯瞰できるので、
 なかなか面白い。具体的な内容を書き込んでいるので、その時々が分かる。
2004年1月20日(火) 万代のダイエーと紀伊国屋とソフマップに、第三の長期
         滞在用の部屋の備品探しにいく。第三の二つを一つにした
         部屋の一つの出来上がりが不満。
2005年1月20日(木) 昨夜半に、独り布団の中で、一日の出来事をイメージで
         再現してみる。意外と憶えていないもの。その後眠って
         しまったが、多くの夢をみる。 脳は複雑で繊細である。
2006年1月20日(金) 昨夜、長男から、お返しの贈り物と相手の私に関する感想
         の電話報告が入った・・ 学生時代の合気道の師範の生活
         救済の以来の10万円を振り込む。私らしくないが必要なこと。
2007年1月20日(土) 昨夜は午前二時まで飲む。朝は8時過ぎまで寝てしまった。
         騒ぎすぎた為、まだ疲れが残っているが、随想日記に気持ち
         を集中する。 外は天気だが、一歩も外出はなかった。
2008年1月20日(日) 昨夜、パソコンが不調。しかし朝になると元に戻る。
         積雪のため昼、長岡駅セゾンの一周ウォーキング。
2009年1月20日(火) 昨夜は新潟駅前の大橋で「一六会」。8名出席。その後、
         駅南6Fのスナックと沼垂のスナック街へ。新館に泊まる。 
         今週の宿泊予約を見ると、良くない。 オバマが新大統領に。
2010年1月20日(水) 家内は義妹と東京へ。8時過ぎに家を出る。通勤途中の
         長岡駅で文芸春秋を買う。学生時代の友人の鈴木さんから電話。
         合気道の黒岩先生が亡くなった。21日に通夜、22日に本葬。 
         私は、欠席にする。
2011年1月20日(木) 9時半に免許証書換え。眼の検査、辛じて合格。
         山田電器に立ち寄り12時半〜16時半、防火管理者講習。
2012年1月20日(金) 回転寿司で昼食後、シネマ「マイウェイ」
        (12時5分〜14時半)をみる。これが大当たり。
         その後、サンライフのジムで50分運動後、帰宅。
▼ 書き写していて、全ての日が浮かび上がってくる。書いた範囲だけだが、
 具体的に書き残しておく価値を実感する。全く書き残してなかった空白の
時期が、あまりに勿体ない。千葉・千城ビルの立ち上げの日々とか、実家の店を
死に物狂いで立ち向かっていた日常を書いていたら・・ 忘れることも大事だが。
2011年までは事務所にこれを置いていた。土日分は月曜日に事務所で書いたもの。 
今日も家内が毎年恒例の割引セールの新幹線で義妹と東京へ。三年前と同じだ。
  9年前の2004年には売上減対策で、第三・シングルインを長期滞在用ホテル
にする様子が窺われる。記録は記憶!である。
 ・・・・・・


6519,閑話小題 〜史上最低横綱の引退劇!

2019年01月19日(土)

   * 遅きに失した引退
 あまりに気の毒な稀勢の里の引退。あれはない! マスコミは、受けを狙い
綺麗ごとで並びたてるが、記録は、史上最低横綱を示している。 その中で、
見つけたのが、Yahoo!のニュース記事。何故、辞めさせなかったのか?
TVの美辞麗句は何故なのか? 辞めずに出てくること自体、恥の上塗りである
ことを何故にいえないのか。私が思ったままの、以下の記事を読んで、健全な
論評にホッとしたのは私だけだろうか! TVなどの大衆迎合が、如何に好い加減
かである。失禁した男の子が、真赤な顔で立ちすくような姿が同情を生んだのだ
ろうが、それにしても、マスコミって何でしょうか? 全国版世間向けの窓?

〜辛辣になるため、批評、批判を控えていたが、より掘下げた記事!〜
≪ 「史上最弱横綱」稀勢の里を生んだ“機能不全”横審の大罪
    ★ 「相撲が幼い」
・横綱が負けると、普通は館内から悲鳴にも似た声が上がる。期待を裏切られ、
「まさか」という気持ちがそうさせるのだ。しかし、稀勢の里(32)の場合は
「あー……」という、諦めまじりのため息が大半。もはや、負けて当然、と
思われているのだ。15日も栃煌山に完敗し3連敗。昨年9月場所から数えれば、
横綱として史上ワーストの8連敗となった。立ち合いから前に出るも、まわしを
取るのか押すのかハッキリしない取り口で、栃煌山にあしらわれるように寄り
切られた。そして翌16日、ついに引退を決断。記者会見ではその心境を、
「私の土俵人生において、一片の悔いもございません」と語ったものの、
相撲取材歴50余年、評論家の中澤潔氏は現役最後の取り組みを見て、こんな
ひどい横綱は今まで見たことがない」と、こう続ける。
「新入幕力士が横綱と当たったときのような相撲でした。稀勢の里は立ち合いで
前に出たが、いきなりもろ差しを許している。年齢や地位を考えれば、これまで
の集大成を見せるべきなのに、相撲があまりに幼すぎます」  横綱としての
通算成績は「36勝36敗97休」。2017年3月場所で左上半身を大ケガ
したとはいえ、土俵に上がるより休んでいる方が多い。もともとメンタルが脆く、
大関時代から「ノミの心臓」と言われ、何度も綱とりに失敗した。だからだろう、
稀勢の里本人に対しては当然として、そんな横綱をつくり上げた相撲協会、
横綱審議委員会に対しても批判の声が上がっている。
・中澤氏は「本来、横審とは相撲協会のチェック機関ではないか」と、こう話す。
【横審が誕生したのは1950年。当時、東富士、照国、羽黒山の3横綱がいたが、
成績不振のため、協会は横綱の大関降格ルールをつくってしまった(後に撤廃)。
これに好角家たちが『自分たちで横綱をつくっておいて、降格を許すようでは
権威も何もない』と猛反発。『強い横綱をつくらなくてはならん』という名目で
横審が誕生した。それが今の横審は何ですか。見識も知識もないド素人の集団。
しかも、彼らの素人目で見ても、稽古総見の稀勢の里は『不安』だったという
じゃないですか。それが実際に3連敗。引退勧告などをすべきなのに、それすら
できない。これでは何のためにあるのかわかりませんよ】
・問題横綱を野放し、横審がマトモに機能していた時代も過去にはあった。
貴乃花は大関時代の94年、9月場所で全勝優勝を果たすも、7月場所が優勝次点で
すらない11勝だったことから、横審は昇進見送りと判断。貴乃花はこの年の
1月場所と5月場所で優勝しており、安定感は稀勢の里の比ではなかった。
にもかかわらず、「基準を満たしていない」という理由で昇進を拒否された。≫
―
▼ 大衆迎合も極まれりのマスコミ。TVタレントという職業。如何に世間受けを
 する人の良さそうな何を、即席評論家に仕立て上げ、表面的な現象の一部分を
捉えて迎合する。その典型が、あの横審であり、大相撲協会である。貴乃花の
引退の至る批評も、誰もしない。もっとも、『20回以上の優勝の俺様に、それ
以前には千代の富士を理事長にしないのが不満さ。それも言えずに、悶々として
「相撲道」とか訳のわからない文言を並びたてているだけのボンクラ!』とも、
言えば、総スカンを食らうのが、日本の風土。その500m〜1k圏内の常識世界
で生れて、死んでいくのが世間様。その9割は面白おかしく作り上げられた嘘、
常識ってやつ。それが本人にとって全世界なら、それはそれで幸せなこと。
 ってなことを真面目くさって書いているのが、この私。 
流石に、天覧相撲は? まだ白鵬が残っているから…辛うじて? でも、天皇
在位で最後、ご覧になりたいでしょうが。 いや〜 白鵬もヘロヘロじゃね〜 

・・・・・・
6155,読書日記 〜合理的無知とは誰のこと? −1
2018年01月19日(金)
   『クラウド時代の思考術ーGoogleが教えてくれないただひとつのことー』
                   ウィリアム・パウンドストーン著
   * 人は自らの知らないことを知ろうともしない
「知れば知るほど、知った領域の周辺の知らない知識が多いことに気づく。」
これは知識の質量の拡大、向上の継続の必要性を一言で解らしめる言葉である。
このブログを開設して17年近くになるが、‘対自分’的には効果的であり、
面白いが、‘対他人’的には、マイナス効果の比重が大きいのは自覚している?
エゴイストの本音の丸出し、経験と知識の未消化そのままを露出し続けてきた。
露悪、偽悪、そのものである。 直ぐ上の姉に、青年期の頃から、
「あんたの欠点は悪ぶること」と、キツク言われ、他の姉からも、
「露悪というより偽悪。まだ偽善なら良い…」とも。
「まず偽善を演じな。演じれば自ずに善人になれる。偽悪も続けていれば
悪人になってしまうよ」とも。 偽悪と偽善の問題?… 露悪よりマシ?
姉に頭が上がらないのを長女である家内に詰られ続けられ、末っ子は大変。
品が無い? だって男だよ幾つになっても。わざわざ言うことでもない?
 〜クルーガー効果という研究結果がある。 
≪ 優越の錯覚を生み出す心理学的現象は研究によって、自らの能力の低さを
認識することの困難さが過剰な自己評価につながる、認知バイアスの一形態で
あると認識された。なぜ人間は自身の不得意を認識できないのか(2003年)と
いった認知的不協和に関する調査は、与えられた活動の評価基準の無知に由来
する自己評価の誤りの多さを示している。自身の能力に対する過大評価の傾向は、
読解や診療、自動車の運転、チェスやテニスの試合など様々な場面で見られた。
また、この効果を策定したダニングとクルーガーによって2012年に行われた
「なぜ能力の低い人間は自身を素晴らしいと思い込むのか」の調査によれば、
 能力の低い人間は以下のような特徴が分かった。
・自身の能力が不足していることを認識できない
・自身の能力の不十分さの程度を認識できない
・それ故に、他者の能力を正確に推定できない
その能力について実際に訓練の後であれば、自身の能力不足を認識できる。
2005年に執筆された自身の著書「Self-insight」の中で、ダニングは自己認識
欠損の類推を「日常生活の病態失認」に適用し、身体障害者が自身の身体能力
の不全を否定、或いは認識しないといった認知バイアスが存在することを発見。
「あなたが無能なら、あなたは自分が無能であることを知ることはできない。
正しい答えを生み出すために必要なスキルは、正解が何であるかを認識するため
に必要なスキルと同じである。」
2000年、この効果を策定したダニングとクルーガーは、優越の錯覚を生み出す
認知バイアスについて1999年の論文で、イグノーベル賞の心理学賞を受賞。≫
―
▼「・無知がどれほど正確な判断や決断に影響を与えているか、
 ・デモクラシーがどれほど脆弱な大衆の知恵と判断に基礎を置いているか、 
・知識の多寡が個人の豊かさとどれほど相関しているかを、繰返し述べている。
青年期の挫折経験の必要性は、如何に己が無知かを骨身にしるための必要条件。
「破壊からの創造」の言葉が示すように、一度、それまで植えつけられた常識を
粉々にし、棚卸をし直し、再出発する機会になる。 
 20歳半ばの金沢時代に学んだことが、「自己能力の限界の設定」。闇雲の
プラス思考や、ポジティブ思考だけでなく、冷徹な自己能力の在庫管理が必要
ということ。…とはいえ、選ばれやってきた、大よそ『80年滞在の地球旅行』。
可能な限り、広く、深く知って、味合わないと生れてきた意味(価値)がない。
<アポロンの託宣を通じてもっとも知恵のある者とされたソクラテスは、
これを、【自分だけが「自分は何も知らない」ということを自覚しており、
その自覚のために他の無自覚な人々に比べて優れているのだ】と考えたとされた
「無知の知」。「賢い者ほど、無知であることを自覚しよう」を伝えたかった。
学生時代の総括が<私は全くの無知!>の自覚。ならば生涯、独学を自らに
課すことを誓い… で、17年前から、この習慣化に至る。で、以下の間抜けな
泥棒のように「見えないレモンジュース」を顔に塗ったつもりのように、毎日
ネットに… 成るほど、馬鹿は死ななきゃ治らない。

・・・・・・
5058,閑話小題 〜中の人・外の人
2015年01月19日(月)
        ーベストエッセイ〜「中の人・外の人}いしいしんじ著〜
   * 着ぐるみの「中と、外」
 黒いベール(ヒジャブ)で全身を覆ったイスラム教徒の女性。
異教徒が、あれを全身に覆って街中を歩くと、何か透明人間になったような
不思議な感覚になるという。それが動物の着ぐるみなら、尚のことだろう。
ファッションも一種の着ぐるみ。著者が一年間、外出に、これを着ていた感想が
何とも新鮮! 城下町は、家紋の縫ぐるみを街ぐるみ着ているようなもの。
常に、縫ぐるみの外と内を盗み見て、他人と自分を比べ、神経を尖らせている。 
 〜その辺りから〜
≪ 三十になりたてのころ、外出するとき必ず着ぐるみをかぶっていた。
 着ぐるみには目がくりくりで表情がデフォルメされた「ファンシー」タイプ
と、わりとじっさいの動物に近い「リアル」タイプの2種類がある。
僕が着ていたのはすべて「リアル」のほうである。クマ、犬、ウサギほか。
 テレビ局の衣装部につてがあって、使わなくなった中古を安値で譲り受けた。
真夏以外、Tシャツ一枚の上に玄関で胴体をつけ、両足をはめ、すっぽり頭部を
かぶる。ふつうに地下鉄に乗り、書店で本をえらび、頭部をずらしてストロー
で水筒の水をのむ。外見は動物で、めちゃめちゃ目立っているわけだが、誰も
いない穴蔵にじっとひそみ、覗き穴から外界を盗み見ている、という感覚だった。
 着ぐるみのうちにこもって外を覗いているはずなのに、ときどき、巨大な外部
にハジキだされ、世界の外から内側を覗きこんでいるという感覚にとらわれる
こともあった。交差点を渡っているとき、酔ったサラリーマンに「ウサギちゃん」
と頬を殴られ、路上でネクタイをひっつかんだら、むこうは恐怖そのものの
真っ白な表情で、それこそ脱兎のごとく逃げていった。僕の内側と外側は
「からっぽ」ということで一致していた。だからこその着ぐるみだった。
 翌年に心身のバランスを壊し、実家に戻され、そこで、四才半の「いしい
しんじ」が三十年前に書いた原稿を発見した。その驚きをもとに小説を書いて
いくことになる。物語を書く身ということで考えれば、着ぐるみにこもっていた
一年間、僕は「胎児」だったという見方もできるかもしれない。
 いま住んでいる京都のひとは、「うち」と「そと」の使い方が絶妙である。
内面と外面と違うとう単純なことでなく、「うち」「そと」のあわい、中間領域
を共有しながら京都の暮らしが営まれていく。子どもにはみなが目配りするし、
お地蔵さんの掃除、水まき・おみやげにおすそわけ、すべてこの、流動する中間
領域でやりとりがなされる。路上で自転車をとめ、立ち話しているひとがやたら
目立つ。互い量なりあったあわいで、京都のひとはみな、惜しみなく「うち」と
「そと」の光を交換しあう。胎児だった僕が、マンションの部屋にとじこもる
ことをせず、着ぐるみを着ながら毎日に出ていたのは、やはり「うち」「そと」の
循環を、からだで、こころで、希求していたからだろう。そこから物語ははじまる。
「そと」から見える「うち」、「うち」から見える「そと」の世界。
そのあわいに、目にうつらない、ふくよかな世界がある。 (略)・・ ≫
▼ プロの作家のエッセイは、「成るほど」と唸らせる。子供のころ、両親の
 会話の中で度々、『旅の人』という言葉が印象に残っていた。『旅の人』は、
『よそ者』のことで、自分、家族、一族、従業員、近所、近隣、そして外部の人
=よそ者と、ハッキリ色分けをしていた。 それは現在でも地方では同じである。
そして、紋付袴のコスプレを、コスプレの自覚無しで、その中と、外を覗き込む。
 城下町は、ある意味、紋付袴のコスプレ世界。だから、旅の人の視線でみると、
これが縫いぐるみに見えてくる。その「あわい」が、気の毒か、幸せかは紙一重?
・・・・・・
4693, 閑話小題 ーがん哲学外来 
2014年01月19日(日)
  * がん哲学外来科なるもの 
 病気の死因が95%、自殺が3%、その他が2%という。
その他の2%は交通事故、転倒事故、災害、犯罪の被害など。自殺の3%で、
その2倍の予備軍が存在するので、人生は苦海を四苦八苦で泳いでいることが
見てとれる。私も、あと一年で古希になる。父が亡くなった歳まで、あと3年。
亡くなる父親の姿から多くを学ぶことができた。「所詮、人生は夢幻、何事も
その時どきを精一杯生き、楽しむしかない。それも正道で・・」というところ。
 で、先日、図書館で『末期がん、その不安と怖れがなくなる日ー樋野興夫著』
なる本を見つけ、借りてきた。副題はーがん哲学外来から見えてきたものー。
がん患者の苦悩を真正面から取り組むもので、なかなかの内容。近日中の随想
日記で取り上げるつちもり?だが、心は重い!もし、余命半年と宣言されたら、
何も考えずに生きてきた多くは大混乱になるはず。従容と死に立ち向かうなど
土台無理。そこで「がん哲学外来」が出来たのだろう。 
 哲学の一番の問題は、知識を持ってしまった人間が、限られた生と、
その終りを予め知ってしまった。 そこで苦悶をし、考えるしかない。
それが哲学の大問題になる。それを具体的に受け止めようというから、凄い!
といえば凄いが、あって当然の専門部門。そこは極限の生々しい哲学的問答の場。
100%の解決でなくとも、70%にすることが出来るが、その差は、当人にとって
膨大である。生への希求の砂漠の中での水を与えるという喩えが言い得て妙になる。 
死んでしまえばゴミ?死ななくともゴミ?
   * パソコン売り場にて
 iPadを購入して2年半近く、今では身体の一部のようになっている。
しかし、ネットで、この文章を書いたり、検索したりするのはディスクトップ
パソコン。それも以前の会社の事務所にあった6年以上も使ったもので、
iMacにWindowsのVISTAを乗せたもの。それが書斎と、居間にあり、これに
iPadがあればPCとネット環境としては十分。それも6年もたてば、
この世界は激変している(はず)。それとVISTAのサポートも三月で終了もあり
入替え時期。そこで暇をみては家電のパソコン・コーナーで見ると、面白い! 
春先の新機種の発売が始まるので待つか、昨年の秋の型落ちにするか?
あと一年、現状のまま? その世界に詳しいSEの知人は「机上型も、ノート型
でもタッチ方式が良い」という。しかしiPadがあるため迷いが出る。
次がディスクトップか、ノート型。 現在使っているパソコンをWindowsから
iMacの方に切り替え使うとするとノート型が良いが、iPadに重なり迷いが出る。
やはりギリギリまで待つのがベストのようだ。もしかして最後?のパソコンの
可能性がある。また、現役と違い、年金暮しも躊躇の要因になる。
消費税前の狂乱騒ぎの後の4月末が買い時だが・・それまで待つのが理になる。
これを機会にiMacの画面にするのがベスト? まずは、画面切り替えか! 
・・・・・・
5788,閑話小題 〜つれづれに大相撲 ��
2017年01月19日(木)
  * つれづれに大相撲 〜��
 20年、NHK大相撲の解説をしている「北の富士」が、心臓病の手術で今場所
は休んでいる。スキャンダル塗れの現役時代だったが、解説者としてははまり役。
以前、「神風」という元力士の解説は、歯切れが切れて、相撲ファンを楽しま
せてくれていた。途中から「玉ノ海」と交互に出ていたが、何時の間にか消えて
しまった。相撲解説としては、「神風」の右に出る人はいない。
 ラジオ放送を含めて65年以上も相撲を趣味としていた者にとって、半端な解説
は耳障りである。 横綱をはった「大乃国」や「北の富士」と「舞の海」とでは
一言一言の滲み出る実感の重みが違う。 その中で、舞の海が堂々と持論を披露
するには、余程の苦労をしているのだろう。解説者は、まず自分が好角家で、
その楽しみを、視聴者に伝えるのが第一歩。論理力のない人の解説は、聞く
方も大変。 中でも「高見盛」の解説が劣悪。愚直が売りの力士だったが…
 白鵬最盛時代が終り、
・これまで目立たなかった地味なモンゴル人が台頭を始め、
・怪我などで出遅れた「逸ノ城」「照ノ富士」のグループと、
・学生相撲出身の「遠藤」「正代」「御嶽海」「北勝富士」「小柳」の若いが
 相撲センスがある新興グループ。新鮮なチビッ子力士は、あくまでアナザー。
 地元出身の「小柳」は、あと1年後の力士。目先の期待はしない方が良い。
・そして、潜在能力が燻っている元期待された力士たち。
大相撲、のめり込まないで適当に観ている分には面白い。


6518,閑話小題 〜20歳・40歳の私との対談 …

2019年01月18日(金)

   * 人生の総括: 自己問答ですか!それもライブで
≪ 40歳の私: 社会に出っぱなしの頃、ドルショック、石油ショックに直面
  したのが良かったね。現実には思いもしない不意打ちの事態が襲って、
  全てを洗い流すんだよ。「登り坂、下り坂、まさか」の三つの坂。
  その中で一番キツイのが、「まさか」の坂。
73歳の私: 下りも登りもヘッタクレもないの「まさか」が、ある日、突然。
  でもね、中長期的な情報を注視していれば、気づくこと。
20歳の君: 73歳のアナタを知ると、どうだろう? 生き方を変えるか、
  そのまま、潮流、いや濁流を抗うことなく流されるのも仕方がないのあ?…  
40歳の私: <20歳の僕… わかんない!>ですか。 この40までの20年間、
  辛いけど実際は面白いよ。少なくとも私はね。 若い御前が羨ましいよ!
  …それとね、人生は何とかなるもの。20歳の頃に、人生設計を真面目に
  考えたレポートを描いただろう。あれが大きかったね。とにかく前向き
  なっていったもの。純朴だったから、描けたんだよ。
73歳の私: 翌年、「欧州一ヶ月間の旅」で、固い殻が弾けたね。その翌年は、
  「武澤ゼミ」の入会。 一年一年の心象風景も様変わりしていったね。
20歳の君: もっとマシな終わり方があったんじゃない? 
40歳の私: 確かに私が悪かったことは認めるけど、これが限度だったのさ。
20歳の君: この程度が限度ということ? やはり、青少年期の絶対的読書量
  が足りなかったことを当時の自分が危惧していたけどね。それが最後まで
  祟ったということ。でも、装置産業を選択して、豊かな「時間持ち」の
  生活環境を享受できたね。
40歳の私: 自分のことだけど、「小人、閑居して不善をなす」そのもの。
20歳の君: 不善でも何でも、まず閑居こそ大事でしょう。そして、まず
  「なす」ことが、重要では? としても、やはり阿波踊りのやり過ぎ? 
73歳の私: ‘40歳のお主’は楽しそうだったよ。それは、‘20歳のお主’の
  人生設計から始まっていたよ。要するに、御前さんが、その後を決めて
  しまったということになる。とすると、この三者の問答は、人生の総括だ。
20歳の君: それにしても‘小さい輪’しか作れなかったね。これで精一杯?
40歳の私: 私が節目を作れなかったのが、悪かったんだよ。駅前の箱物事業
  の面白さは、それは面白いさ。何もかもが永遠に右上がりに続くと思って
  しまってね。言われたね、ある金融関係の人に、
  『直に、転進しなさい、勿体ない!』とね。
73歳の私: 考えてみたら、私の特性は、『引き足の早さ、決断』
  遅きに失したね。所詮は、こんなものですか。
  使用前(20歳)、使用真っ最中(40歳)、使用後の魂の自己問答よ。これ!≫
▼ こんにゃく長屋の面々のこのテーマの総括は、少し、経ってから!
 ライブ故に気づいたことが、10年先の83歳の自分の存在との対話。
どうであれ、娑婆も、現実も妄想。ならば、20年後も含めた対談は?
『死に損なった愚痴』ばかりですか。ならば、止めておくべき… 。
老化という病気が、年々、重くなるということなら… あまり深く考え
ない方がよい。一日一日を味わい尽くす日々を過ごせばよいということ?
実際のところ、まだ自分の年齢を受入れられない心底が見え隠れする。

・・・・・・
6154,閑話小題 ~ ドラマめいた展開に
2018年01月18日(木)
  * これまた面白く深い展開に
熊さん: 白鵬と稀勢の里が連敗したね。結構、稀勢の里も張り手を使って
  いたしね。白鵬など、初日から全く精彩がないね。八つぁんの言う通り、
  この一連の事件を引き起こした「横綱アドバンティジ」を無くした
  大横綱の正体が、このザマさ。
寅: 貴乃花親方の含み笑いが聞こえそう。白鵬も、「アドバンティジ」の
  有効利用無しで優勝したかっただろうがね… あれじゃ、この一連の事件、
 『横綱アドバンティジ暴行事件』と命名されるよ。勝てないのが何より証拠さ。
熊さん: 俺たちの、会話を相撲関係者が聞いているのでは? 何か変?
八つぁん: 大丈夫だよ。誰の目にも明らかな内容だからね。それにしても、
  ライブで事件の謎解きを見れるのだから。こんなに面白いことはないね。
大家さん: 私も、黙っていられなので、参加するよ。一番、震えているのが、
  理事長と取巻きだね。日本の祭りごとの根本にあるのが、御賽銭。これって
  神様への小さな賄賂だよね。神社仏閣の行事の根本が、賄賂と談合がある。
  その強要が、これさ。
熊: とすると、土俵周りの親方の役割は、勝負の審査だけでなく… 他に。
  でも、そこまで言っちゃあ、お終いよ。でも、毎日毎日、あの不甲斐ない
  負けを続ける横綱の姿は… 
大家: 『横綱アドバンティジ』疑惑など根幹に関わる問題だね。やはり、
  八角親方には引退をしてもらい、貴乃花を押すべきだね。
八つぁん: でも、あの自閉症的性格では無理だね。
大家: おや、初め、そう言ったのは八つぁんが言い出したんじゃないか。
  他に居ないのは解るけどね。
ハつぁん: 理事長、理事会も、性格上、自助能力、自浄能力が持てないん
  じゃないの。だったら、国技とかいう、法律上は何もない協会を一度、
  解散し、税金免除のない普通の営利団体にすべきだが… まあ無理だね。
・・・・・・
6028,閑話小題 〜大相撲・炎上
2017年09月15日(金)
   * 横綱・大関の権威失落
 大相撲が大変な事態になっている。私の相撲ファン歴からして、これほどの
大関・横綱の権威失落の事態は初めてで、理事長自らが辞任しても然るべきほど
である。初日から4人横綱のうち3人が休場。残る一人の横綱が前半で2勝3敗とは、
これいかに。上位に上がったばかりの阿武咲が横綱初挑戦で金星を挙げ5連勝。
日馬富士の負け方が空中に1回転して裏返し。その上に、大関の照の富士が負傷、
3人の大関も2人が休場ともなれば。 面白といえば面白いが、この惨状では、
首を傾げざるをえない。その背後には若手に実力があるのが何人か台頭してきた
ことがある。もしかして、半年、1年後の番付が、これかとも… 
 ファンが、相撲協会の心配をする必要がない。横綱・大関の権威の崩壊を
見ながら、誰が優勝をするかを楽しめば、「また白鵬!」よりも遥かに刺激的。
「何で今の若手が強いのかって?」というと、勝つために頭(情報機器)を活用、
稽古土俵から考えているため。それも親がかりで。 将棋の新生人と同じ。
白鵬が、それ。素材が良いだけでは難しい。一月前に、高校横綱のトーナメント
を見たが、その中で、強そうなのが数多く見かけた。底辺の育成が出来ていると
いうことか。 
・・・・・・
6135,閑話小題 〜熊さん、八つぁん、珍問答、再び 
2017年12月30日(土)
  * 熊さん、寅さん、大家に、八っつあん
熊さん: 貴乃花の処分、こりゃ何じゃい!あの理事連中の面構え、暴力団面
  じゃないかい。頭の中は、?学校一年程度。俯瞰して考える元がないのに、
 まともな判断など出来ようがない。これだけは公然と言えないことだが。
大家: あの横審というのも胡散臭いね。肩書は御りっぱだが、前例主義の
  役人上がり。知恵とか、個人的理念が全く見えてこないね。
八つぁん: 初めから言っていたとおり、朝青龍、白鵬に舐められる訳だ。
  必死に戦っているのに… お人形そのもの。奴らを間接恫喝で若手力士を
 怒鳴り上げたら、震えあがっていたよ。主犯が白鵬、実行犯が日馬富士、
 なだめ役が鶴竜。まあ、暴力団の脅しじゃないか。左からの張り手と、右腕
 のカチ上げ風肘打ち。これが、朝青龍からモンゴル横綱に引継がれてきた
 「横綱アドバンテージ」。逆をすると、稽古場に押しかけ『可愛がり稽古』。
寅さん: 何故、実行役だけが告発をされ、他の2人が大した御沙汰がないの? 
  貴乃花は、何はともあれ、この二人を刑事告発すべきさ。
大家: それと八角理事長は、先場所と、先々場所の横綱・大関の多数の休場
  責任と、今回の事件を受け退任をするのが筋だろう。現役時代の「保志」と
 いう力士は良かったが、あれは理事長の器じゃございません。
寅さん: 白鵬も真摯で良い相撲取りだったが、何ですか、あれは。
  大相撲はあくまでも日本の神事が建前がある。それを…逆上せ上りも
 いいところ。実際、間垣を除いた他の理事たちの心の底は拍手喝采さ。
熊さん: 貴乃花も、かなり変だよ。ありゃガキだね。もし報告していたら、
  百%、有耶無耶にされて表沙汰にならなかったね。 若い時分に、教育係
 が必要だったのさ。でも、横綱になる確証がなければ、それも依怙贔屓になる
 から無理ですか。でも、今回の処分に貴乃花は不満だろう。彼も一時代を築き、
 一代横綱部屋の権利を貰ったが、引退すれば日陰の人。 
八つぁん: この事件を受けて白鵬への、この権利が怪しくなったね。
  40回優勝の権勢で、貴乃花親方の一番弟子の酒宴に三人して殴り込みとは… 
 怒るのは当然だ。あとの二人を告訴すべきだね。来場所には引退に追込まれる
 可能性の高い?鶴竜が、力士会の会長を辞退しないで受けたのも、少しでも
 有利の立場にいたいための浅知恵さ。     
大家: ところで熊さん、白鵬のことになると、いやに生き生きするね。
熊さん: だって、あの万歳はないだろう。舐めるのも好い加減しろだ。
八つぁん: そもそも論になるが、こうなると、国技と称して税金逃れをして
  きた仇が、ここにきて跳ね返ってきたのさ。「相撲取り、引退すればただ
 のバカ」。何で検察が動かなかったか? 何を特別委員会の会長にしていた
 お陰だろう。でも、貴乃花は、本気になってモンゴル横綱を追い出すべきさ。
大家: それにしても、朝青龍の不祥事後の大相撲を、しっかり、横綱の役割を
  務めてくれたし、一概には言えないよ。彼も人の子だよ。
寅さん: 幼稚でバカなら、せめて利口な振りをさせる必要があるよ。そのことに
  周囲がもう少し気を使ってよ。
八つぁん: 私の中学校の同級の友人に、大手レコード会社の重役をしてた後に、
  レコード協会の専務理事をしていたのがいたが、彼が入社の仕立ての頃には、
 森進一や、山口百恵の教育係の専属をしていたとか言っていたよ… アイドル
 や歌手には基礎教養を意図的に加味させていたようだ。三役にもなれば、大物
 としての教養のベースをつけてやらないと… 白鵬を見ていると、気の毒だよ。
 でも焼き直さないと無理だろうね。
大家: こんな与太郎レベルの会話の中に私を呼び出す必要などないよ。何故だい。
八つぁん: 大家さんが出てこないと、こんな話を大声?で話せますか。
 総括として、<貴乃花よ、よくやった。それが好角家の総意であります。>
大家: ついでに告訴をして、一歩踏む込んだ問題の解決が必要。
 「張り手、肘打ちの禁止」の規定をすべきだが、あの面々からして無理ですか。
寅さん: このままでは終わらない禍根が深まっていく根深い事件だよ、これは。


6517,閑話小題 〜ボロボロの韓国の辿り着く先は?

2019年01月17日(木)

    * 際どく危ない国家‘日本’を、お忘れなく!
 北朝鮮とアメリカの頭越しの交渉に、韓国大統領の存在価値は大きく下がった
中で、70数年前の問題などで、国民の関心を日本に向けるしかないのも分から
ないでもない。海外移住希望者が国民の7割というから… 何おか言わん。
 朝鮮民族の歴史で、隣国への攻撃をしたことがない事実からして、儒教から
くる誠実な国民性を窺い知ることが出来る。 中国、ロシアの圧倒的圧力の中で、
身をわきまえることが第一。それに引き換え、地政学的にみて四方の海に囲まれ、
それが自然要塞になっている日本。その上に、台風が大雨をもたらし、冬の積雪
がダムとなって大量の地下貯水をもたらす。その豊かさの蓄積が両国の経済的な
格差を生んでいる。太平洋戦争の戦勝国の朝鮮の現状は貧しく、敗戦国の日本が
圧倒的に豊であるのが現実。で、お隣には、時代がかった、危ない金王朝国家。
現在も、その北朝鮮とは臨戦状態。ぬくぬくした日本に特殊な感情を持って、
至極当然。で、日本国内で「アパルトヘイト」で、見下げられれば… 
人間にとって国家の存在がベースにある。 朝日新聞・コラム(折々のことば)
にあった。米原真理の小説『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』の一節…
【 ロシア語通訳・文筆家の米原は、ルーマニア人の旧友、アーニャと31年
ぶりに再会し、故国の人々の惨状に冷ややかなその言動に戸惑う。共産党幹部の
娘として例外的に英国に留学していた、その強烈な一言。
<どの人にも… 母国の歴史が背後霊のように絡みついている。
 それから完全に自由になることは不可能よ。> 
―
▼ 太平洋戦争の半年後に、日本に生れ、復興と、経済成長、日米経済戦争の
 敗戦を目の当りに経験してきた。成るほど、国家あっての私を肌身を持って
感じ取ってきた。ボロボロの韓国ほど追い詰められてはいないが、このままなら、
ある日、国家破綻という現実が、そして… 近未来が「ボロボロの日本」に?

・・・・・・
4324, 財政恐慌 −2
2013年01月17日(木)
  ー まずは具体的な内容を抜粋してみる  ー『財政恐慌』浜矩子著
≪   ー 今回の質問の内容 −
 ● 我々は今どこにいるのか      ● いかにしてここにきたのか
 ● なぜ、ここにきたのか       ● 我々はどこに行きたいのか
 ● 行きたいところに、我々はいかにして行きたいのか
◎ まずは、「我々は今どこにいるのか」「いかにここにきたか」「なぜきたか」
□ 今、我々は閉塞感のさなかにいる。 いかにしてここにきたのか・高度成長期
 が終わり、ニクソン・ショックがあり、プラザ合意があり、バブル経済を経て、
 失われた一〇年に見舞われ、小泉劇場に踊らされ、リーマン・ショックの衝撃を
 味わい、格差の深化におののき、衰退国家化することを恐れつつ、ここにきた。 
 なぜ、ここにきたのか。ここに至る変転の節目節目で、タイミングを逸し、
 時流に身を任せ過ぎ、時流に飛びつき過ぎ、変身を恐れたから、ここにきた。
◎ 我々はどこに行きたいのか
□ 我々は、ほっと安心できるところに行きたがっている。デフレや失業や年金
 問題や通貨戦争や国々の財政破綻などを心配しなくていい。
 そのような安らぎの天地を求めている
◎ 行きたいところに、我々はいかにして行きたいのか
□ 政府は、「新成長戦略」をもってそこに到達するのだと言っている。
 だが成長神話は古い。それに、この間を通じて日本経済はそれなりに成長
 してきた。ところが、それによって人々が安心することができるように
 なっているわけでない。今、必要なのは、成長戦略ではなくて成熟戦略だ。
 大きく積み上がった富をいかに上手に分かち合うか。
  そのための新しいメカニズムを考案していくことが必要だ。 ≫
▼ アメリカが日本に強いたプラザ合意。国内需要の喚起のため、ばら撒いた
 金が不動産投資などバブルを引き起こした。そして5年後のバブル崩壊。
その後は歴代首相が経済成長という幻想を目指すばら撒きの繰り返し。
その結果の膨大の借金。偶発的?に権力を握った二人の元首相がすることは
決まっている。更なる膨大の国債発行。 これが最期のトドメとなる。
・・・・・・
6153,閑話小題 〜ネガティブな感情が成功を呼ぶ
2018年01月17日(水)
         『ネガティブな感情が成功を呼ぶ』
              ロバート・ビスワス=ディーナー (著),
  〜Amazonの内容紹介〜
ー100%ポジティブをめざす人よりも、20%のネガティブ時間を有益に使える人
のほうが、仕事でも学問でも成功し、幸福な人生を歩める!ー
怒りは想像力の燃料となる、罪は改善を促す、自己暗示こそがパフォーマンスを
向上する、我ままは勇気の源だ、非情(マインドレス)がよりよい決断につながる。
 ポジティブ心理学の若手精鋭研究者による(心の暗い部分)がもたらす効用に
関するユニークな論考。どのような状況にも素早く対処できるように、あえて
いろんな感情に目を向ける力を持つこと、ありのままの自分と付き合うことの
大切さをわかりやすく説く。ー
―
▼ リタイア―以降から現在に至る私の実感である。 表向きは「落ちた人」
 の立場。イメージとしては、「遠くの火事場を楽しみにしている人達が大挙
してやってきて、特に金融系の何?にとって、経済犯罪者そのものの欠席裁判。
これほど楽しい検事たちの酒のツマミの罪状つくりにあいなる。 ところが、
これが見え透いているため、そのネガティブな感情そのままが合せ鏡で見える
のが、実に面白い。それを感じるほど、その数倍のポジティブの心理状態に
自らを置きざるを得なくなる。これが、新たな旅立のための習慣化を促す。
特に、自分自身と、岩場に閉じこめられた山椒魚に… 怒りと侮蔑感が湧出る。
これがエネルギーとして、世界を改めて再構成して見ることになる。それが
面白い。「喜怒哀楽」の感情で最も重要な役割は「怒り」である。エネルギー
の源であるため。これを知ったのは、20代半ばの頃。 ナチスの大衆煽動に、
使ったのが、「怒り」。今では、北朝鮮の金王朝の一連のドン様の権力維持の
ための手法である。白鵬の自作自演の暴行事件もしかり。脇役の若頭の横綱が
思わず、モノを使っため追放になったが、誰が何の為かは、自明である。
・熊さん: 白鵬の『横綱アドバンティジ』の左手の張り手と、一瞬遅れの
  カチ風「肘打ち」を封じられて、連日苦労していたが、昨日は負けたね。
・寅: プライドの高い白鵬、それがバレて今まで通りに勝てない上に、
  八百長強要の疑惑が明らかになれば… 40回の優勝記録も何の価値もなし。
  まあ、あの酷かった朝青龍並みに落ちてしまったな。相撲に取り組む
  姿勢は好きだったがね。 … ネ、大家さん。
・大家さん: 私が話に参加するより、二人のレベルだろう。これは。
・熊: モンゴル人の子供たちのドリームの選択肢は、大相撲の横綱
  ぐらいしかないしね。次から次への強そうな出ているね。
・八つぁん: チビッコ相撲上がりの力士にも、有望そうなのもいるしね。
  これまでも、これからも、こういう事件を抱え込んでいくしかないし、
  そのネガティブを抱え込むから、進歩があるんだよ。 要するに、
  「正・反・合」あればこそということ。
大家: あら、あんたも出てきたの。なら私にも話をさせて…
  21世紀の大相撲は、かくあらんで、内向きの日本人だけよりも遥かに
  面白いよ。『横綱アドバンティジ』つくりと、八百長疑惑もあってさ。
八つぁん: まさに、『ネガティブ』を孕んで乗越えてこそですか…
熊さん: 何か一連の事件を通して、話し合っている内に、利口になった
  ような。こういうのを知っているかいないかで大いに違うね。
寅さん: これが21世紀ということね。ところで、稀勢の里が、前評判とおり、
  引退の危機だね。弱いのを強引に祭上げたせいさ。気の毒なのは本人さ。
・・・・・・
2844, 「ほめる」言葉  −1
2009年01月17日(土)
 《精神対話士》の「ほめる」言葉 ーメンタルケア協会偏 読書日記
図書館で何気なく手に取った本。人間関係を円滑にするための褒めるノウハウ書
と思ったが、《精神対話士》の、という部分が気になり借りてきた。ところが、
なるほど口先で褒める言葉ではなく、心の底から褒める言葉が並んでいる本。
基本は、「相手の存在を認めることから、すべてが始る」である。この本を編集
した財団法人メンタルケア協会とは何か?がHPにあったのでコピーする。
< 慶応大学医学部出身の医師達が中心となって設立された協会。
「人間は病気など、さまざまな障害によって心に不安を抱え、人生をマットウ
するための根幹となる「生きがい」を見失いがちになることに着目。それらの
人々を真心の対話によって励まし、「生きることの尊さ」を共感できる
「メンタルケア・スペシャリスト養成講座」を開催。一般に普及させるため
精神対話士の育成、認定、派遣を行っている。この本は、精神対話士の効用の
一端を「ほめる言葉」にまとめたもの。「温かいひと言」を相手に投げかける
ことで、親密な人間関係を築けることを教えている。>
 借りて少し読んだ後に、直ぐにアマゾンで注文をして取り寄せた。
こういう場合、アマゾンは有り難い!私が人を褒めると、知人や同級生に
驚かれることが何度かあった。「おい、どうした?お前が人を褒めるなんて
殆どないのに!」である。ということは、「けなしても、褒めてない」のである。 
私はけっこう褒めているつもりだが、違うのである。「営業用の褒め言葉」を
聞きなれているため?言えないのである。全て知った上で「嫌味」を言うより、
営業用でも褒めた方が良いのだが、しかし、しかし、言えないのである。
  (字数制限のためカット 2012年1月17日)
 ・・・・・・・
3584,閑話小題
2011年01月17日(月)
 * 日めくりの格言
    「仕事に雑用はない!」  そうか! そうだ! 
   これ 「人生」にも「普段の生活」にも当てはまる。
 * セレンディピティとは
  − ウィキペディアによると、
 <セレンディピティは、何かを探しているときに、探しているものとは
  別の価値あるものを見つける能力・才能を指す言葉である。何かを発見した
  という「現象」ではなく、何かを発見をする「能力」を指す。平たく言えば、
  ふとした偶然をきっかけに閃きを得、幸運を掴み取る能力のことである。
   例えば、諺の『犬も歩けば棒に当たる』や、北原白秋作詞の童謡
  『待ちぼうけ』の一節「ころりころげた きのねっこ」の状況にちかい。>
  ー「運」が良い人は、突き詰めると、この能力が研ぎ澄まされている。
  それには心根が真直ぐに伸びてないと、土壌もあるが?
  * 「あげぽよ」「うけぴー」「わや」「ちゃいちゃい」
  これが女子中高生ケータイ流行語大賞の候補と!ニュースにあった。
  まったく理解できないが、感覚的には面白い。
  ーそこで早速ネットで調べてみたー その内容といえば、
【 流行語大賞の候補に、「あげぽよ」「アラシック」「ちゃいちゃい」
 「うけぴー」「うぇーい」「わや」「もふもふ」「やっふぃ」「もいきー」
 「ちゃんねー」「ポイポイポイポポイポイポピー」「やびゃあ」など20が
 あるとか。それぞれの言葉の意味や出所だが、
・「あげぽよ」は「テンションアゲアゲな状態」を意味するギャル語。
 『ぽよ』は、可愛いので語尾に付けるが特に意味はない。 
・「ちゃいちゃい」は『ばいばい』『またね』を意味する」
・「アラシック」は「アイドルグループ『嵐』のファンを指す。
 病気になってしまうほど、嵐が好きという意味。」
・「やびゃあ」は、「『やばい』が変化した言葉で意味は同じ。
・「ポイポイポイポポイポイポピー」は、素人女性宴会芸集団
 『あやまんJAPAN』が『LOVE&JOY』という曲に乗せ歌い踊る中で
 使用される掛け声」などである。…
ー流行語は、その時代に反映するが、女子中高生の間だけなら
 良いとも言ってられない。 普段使う言葉こそ重要だが、
 「今どきの若い者は!」のレベルダウンになる。何処かの女子大生の
 別れ際の言葉「皆様、御機嫌よう、さようなら」もある。
・・・・・・
5056,閑話小題 〜つれづれに
2015年01月17日(土)
   * つれづれに
☆ 一昨日の新潟駅周辺で、後ろから連れのオバサンの話が聞こえてきた。 
 その話題の内容とは、「年金は、とにかく前倒しに貰った方が良いみたい。 
 ところで〇〇さんの主人、定年で一日中、家にゴロゴロしていて、何処にも
 出かけないというけど、小遣いを一万しか与えてないのなら、出かけようが
 ないわよね・・プライドが高いので、財布が空なら人とも会えないしね〜」 
 と、何か深刻の内容。そして物価値上がりの愚痴が続いていった。
☆ 地元のカラオケスナックでは、60歳位のチイママのところに電話が何度も
 入って真剣な顔。聞くと、「アパート持っているが、その住人が気分が悪くなり
 救急車を呼んだが、親戚が分からないので、大家の私に連絡があった。
 本人は生活保護を受けていて・・ でも、どうしようもないしね」とか。 
 何か、切ない話ばかり。 
☆ 最近、人に会うたびに、顔色がツヤツヤしているといわれる。自分でも鏡を
 みると、そう思うが・・ スポーツジムの効果があるのだろう。朝、4時起床
 からのスケジュールを真面目にこなしているので、当然だが・・
☆ どうも冬期間(12〜3月)は、チャリが雪道のため乗れない。
 早朝のポタリングはストレス解消というより、エネルギーの充電になる。
 それでも週3〜4回のスポーツジムでのエアロヨガがあるからまだ良いが。
☆ 人から聞いた夫妻の話が凄い。「旦那の職場からも、一人娘と親も含め、
 夫婦して年賀葉書が一通こない」という。ただ、それだけの話だが・・ 
 夫婦自閉症ということ? 老いる度に、最後は、誰もが津軽海峡冬景色?
・・・・・・
5786,閑話小題 〜つれづれに大相撲
2017年01月17日(火)
  * つれづれに大相撲
 初場所が始まって、はや後半になる。いつもの場所と同様、
<全勝の稀勢の里が、最後は残念ながら優勝を逸しました>の物語の様相に
なってきた。前の親方が、他の部屋への稽古を禁止したのが、いざとなると、
負けてしまう脆弱な性格をつくりあげたようだ。白鵬も、やはり相撲年齢も
あってか最盛期の力はない。だから面白いのだが。一連の八百長相撲の問題で
ヤリニクイだろうが、阿吽の呼吸で??でもしないと… この男には!
  * 張り手の禁止が必要では
☆ 白鵬と、朝青龍の時代から張り手が多くなったが、これは変だと常日頃から
 思っていた。上下関係の厳しい大相撲の世界で横綱の顔を張るなど、とんでも
ない思いこみを利用した卑劣な行為。張る方も、脇が甘くなり、差されてしまう
危険が大。先場所、張られて脳震盪をおこした力士がいた。今場所も、その恐怖
が残っていてか、初日はオドオドしていた。 やられたらやり返すのが、プロ。
必ず2倍は張り返せばよいが。そこを逆に狙われる? 相撲は立合いから数秒で
勝負がつくため、立合いの駆け引きが面白いが、張り手の瞬間、何か白ける。
  * チビッ子相撲上りの中に?
☆ 最近、チビッ子相撲上りの相撲取りの方が、野性味は少ないが、子供の頃
 からの基本があるため、強そうなのが出てきた。指導者も方針を変えたようだ。
だから、年末に全日本相撲選手権、学生相撲選手権で、逸材を見抜くのを楽む
ようになっている。もう5年前になるが、中村大輝が二年生の時に、東日本学生
相撲選手権で優勝をしたとき、これは強くなると思ったことを憶えている。
来場所入門組の中にも有力なのがいるが、現在の2年3年にも多くいるようだ。
相撲は年寄りの楽しみということか? そうこうみると、外国に開放したのも、
正解だったのかもしれない。ただしアジア系に限り…
・・・・・・・
3209, 年金支払い総額 1400万
 2010年01月17日(日)
「年金定期便」とかいう大型の封書が日本年金機構から送付されてきた。 
41年間で総額1388万円である。(以前の年金通知の中にもあった
かもしれないが、記憶に残ってなかった>)その間の金利や貨幣価値の変動
などからみて3倍が妥当。実質の支払額は 1400×3=4200万は
積み立ててきたことになる。それも半強制的にである。 
 私の年齢は63歳の去年の7月から21万円が死ぬまで年金として支払われ。
21×12ヶ月×(平均余命80−63歳=)17年 −>4284万になる。 
成るほど、こんなものになる。但し、自民党と官僚が、これを過去に食い散ら
してなければである。ところが、田中角栄様が、その年金を食い散らす算段?
をしていたのである。その掛け金の支配金は、我われに年金が支払われる
時点の掛け金で賄われるシステムに換えていたのである。未来のために
積み上げた年金を現政府が自由に使えるようにしていたのである。 
酷いものである。腹がたつ以上に、情けない。 当時の政府も、少子化とか、
国家のダウンサイジングが現実のものになるとは思ってもいなかったのだろう。 
数年前から団塊世代が年金組になって、大問題になってきた。こういう事態
をみて、今の若い世代の人たちは年金を支払いに疑問を持つのは当然である。
いずれにしろ我われは大きな問題に直面していることだけは確かである。 
年金税も現実問題として有りえる。


6516,閑話小題 〜40歳の私との対話

2019年01月16日(水)

    * 何でまた、こんなテーマを?
  〜ライブそのままで、さて、如何なっていくのでしょうか…
≪ 40歳の私: 1990年ってさ。バブル崩壊とソ連・東欧圏の崩壊が重なった年。
   それでも毎日が楽しくて、面白くてね。1989年12月にスペインに行ってね、
  バルセロナの公園で、中高年の男たちが自然集会のように集まって、何か
  を議論していたね。その時、これは只事でないとね。その帰路、ローマに
  立ち寄った時に、ツアー仲間から離れてオプションで、地元会社のツアー
  『ポンペイの一日ツアー』に参加したの。 その時に、車中が異様な空気で、
  ルーマニアのチャウシェスクがクーデターで殺害のニュース記事の新聞が
  車中にまわってきて、リアルな射殺体が掲載されていて… 日本と欧州との
  温度差の大きさに驚いたね。
73歳の私: 永遠に続くかと思われたバブル崩壊には驚いたね。 
  せっかく欧州で、劇的現実を目の当たりにしながら、何を考えていたのかね。
  日米経済戦争の敗戦の現実に鈍感過ぎ、拡大路線を走ってさ。
  バブルで狂ったまま、その延長を直走ってしまったね。
40歳の私: 1960〜1990年の花の時代を生きてきて、直に切替えろってのも、
  難しいもの。奇跡的だもの、あの時代は。
73歳の私: 最終的な結果に、何故か後悔もないし、面白かったという実感しか
  残ってない。アメリカによって与えられた自由民主主義も、その根底が定か
  でないため自国がアメリカの属国であることの自覚が国民に足りなすぎ。
  その後、ダイエー、ニチイ、西友、西武百貨店、西武鉄道、そごう百貨店、
  などが破綻していったが、他山の石としか、考えられなった。
40歳の私: それにしても、よくぞ生きているね。何か全く違ってしまったね。
73歳の私: その後ね、本格的デフレになってさ。株価は6000円代まで下落し、
  国債が一千数百億まで膨らんで、今では、国家予算の半分は国債で賄って
  いるんだよ。信じられるかい。それにさ、アメリカがね白人第一主義の
  本音を主張した泡沫候補が大統領になってさ。
40歳の私: それじゃあ、アメリカ立国の精神に反するじゃないか。
73歳の私: 泡沫の極右の側近も、呆れ果てて、二年で一人残らず、辞めて
  いった中で、4割近くが、この大統領を支持しているからね。
20歳の私: 私にも参加させてくださいよ。この事態は、嘘としか考えられない!
  世界は大混乱の極みになるんじゃないですか。
73歳の私: 既になってるけど、誰も引きずり下ろせないの。あれだけの
  批評能力のあるマスコミも、大統領の権限だけは、抗えないの。
40歳の私: 「時代背景を背負った上の自分」って何でしょう。
20歳の私: 主要各国の現在の顔ぶれを持っている時代背景が33年後のアナタ
  ということ?…何か末恐ろしくなってしまうよ。 半世紀も前の私の時代。
  <文化・文明の相克、文化間の摩擦、文明の衝突を人類がいかに克服して
  いくか>って言っていたんだけど、何も良くなってないじゃないですか。
40歳の私: 何ですか、スマフォ、タブレット、大型TV、グローバル化。
  SF的というより、想像すらできない科学技術の進化。何ですか、これは!
73歳の私: 誰も、抑えきれないから困ったもの。 それとAI化の問題。
  これじゃあ、近未来の予測さえ不可能になっている。それでも、51歳で、
  これじゃあ駄目と気づいて方向転換を図ったので何とか最悪の事態を
  避けることが出来たがね。
20歳の私: 用心深さだけは保っていたんだ。
40歳の私: 社会に出っぱなしの頃、ドルショック、石油ショックに直面
  したのが、良かったね。誰も思いもよらいない不意打ちが襲ってきてね。
  全てを洗い流すんだよ。「登り坂、下り坂、まさか」の三つの坂の
  一番、キツイのが、「まさか」さ。
73歳の私: 下りも登りもヘッタクレもない。「まさか」が、ある日、突然。
20歳の私: 何か73歳のアナタを知ると、どうだろう? 生き方を変えるか、
  そのまま、潮流、いや濁流を抗うことなく、流されるのも…  
40歳の私: <僕わかんない!>ですか。 この40までの20年間、辛いけど
  実際は面白いよ。若い御前さんが羨ましいよ!…それと何とかなるさ。

・・・・・・
6152,閑話小題 〜ドップリ独りで
2018年01月16日(火)
   * つれづれに、独り言
☆ 少し積雪があったようだが、8〜100�僂阿蕕い�。一月半ばはこんなもの。
例年は1・5m位は積もる。地元の道路は大方、消雪パイプのため乗車に問題ない。
要は今週の積雪が如何なるか。居間と寝室にエヤコンがあるが、冷暖房費を
考えて、殆どつけない。家では、古くなったダウンジャケット、ダウンベスト、
フリースに、アンダーベストの重ね着をして過ごす。 姿見をみると、恰も
エスキモーか、ホームレスのよう。夜間も、電気アンカを抱いて寝ている。
それでも、電気代は普段月の2倍以上になる。 これを書上げる為に冬期間は3
0分遅れの4時半に起床して、まず風邪予防に生姜湯と、ヨーグルトを飲み、
仏間の一角のパソコン前に鎮座する。で、常に鼻風邪気味状態。

☆ 昨日から大相撲が始まった。土日は15時から、平日は16時〜18時までTVの
相撲観戦になるため、日常の生活が少し変わる。今場所は「暴行事件の不祥事
の最中、モンゴル人対日本人若手力士の対立構造が浮上がり、それに加え、
最高格行司の式守伊之助が男色で、泥酔の上、セクハラ行為の結果、業界から
実質追放の結果、天覧も中止に相成った。初日、横審のメンバー御揃いの前で、
白鵬が御得意の「横綱アドバンティジ」(左手張手、右肘打ちの立合い)を
披露するかどうか?が注目されたが、流石に無理!マトモな立ち合いの結果、
初日は、土俵際で一本足で残し辛うじて勝を拾い。昨日も、張り手が使えず、
苦労の勝利。「幽霊の正体見たり枯れ尾花…」。40回優勝の威厳が地に落ちた。
その結果、張りつめていた気力も萎えて引退も近づいてきた。 …としても、
大横綱であることは間違いない。

☆ 冬と季節の変り目には、40年来、腰痛予防も含めてホッカイロと腰ベルト
を装着するが、今では5月と11月に一週間位になっている。スポーツジム通いと、
そこのヨガ効果である。ヨガそのものも良いが、普段の生活の中で、無意識で
ストレッチをするようになったこと。布団の中で、背筋を延ばしたり、足の裏
を合わせたり、パソコン前で、顔面と耳と頭をマッサージする。リタイアから
7年になり、現在の生活に馴染んで、楽しんでいる。「独りリズム」で心を浮か
せる「独楽」は、昔とった杵柄。この随想日記もそうだが… この生活も何時
まで続くことやら。 幸せな人は、何があっても、何をしても幸せになる。
「独りのリズム」を作れるため。基本は己の居場所を見つけ、そこで転々と
すること。 傍からみれば、気味が悪いのだろうが… 

・・・・・・
5055,生と死をめぐる断想  ー6
2015年01月16日(金)
           『生と死をめぐる断想 』岸本 葉子(著)
   * 時代という背景
 それぞれの時代背景に相応しい、医療からはみ出た民間の癒しが出てくる。
著者が、それをシンプルにまとめているが、これは大衆の生活の知恵でもある。
癒しは、心奥で誰知れず独り納得するもの。長年かけた信仰を持たない人たち
にとって、手近な癒しに縋るしかない。 〜その辺りを抜粋〜
≪「癒しを生きた人々〜近代知のオルタナティブ』(田邊信太郎.島薗進編)
という本は、そうした煩悶の中でひかれた本だ。タイトルに多くのメッセージ
が含まれている。「癒し」は医療からはみ出た広汎な領域を、考察の対象として
いることを示す。そしてそれをオルタナティブ(代替)な知と位置づけている。
「生きた」は「実践」であろう。実践した当人による主観的な記述でなく、
第三者たる研究者が客観的に論じているのも、読みたい気持ちを起こさせた。
取り上げている、それぞれのキーワードを一文字で、著者らは示している。
 坐  岡田虎二郎と岡田式静坐法
 霊  大本と鎮魂帰神
 心  森田療法の心と癒し
 食  マイクロビデオテックの世界観
 気  野口晴哉と「全生」思想
・岡田式静坐法は岡田虎二郎が創始した、呼吸と姿勢を重んじる静坐法。
・大本は出口なおを開祖とし出口王三郎が礎を築いた神道系の新宗教で、
・御魂帰神という技法を特色とした。人についた霊にはたらきかけ、
 その人の口を通じて霊に語らせ、病気その他の問題の原因を突き止めて、
 霊を祓い鎮めることにより解決を図る技法である。
・森田療法は精神科医の森田藤慰が考案した、神経症に対する独自の精神療法。
・マクロビオティックは医師で薬剤師でもある石塚左玄の提唱を、桜沢如一
 が発展させた、狭義には食事療法だ。
・野口晴哉は野ロ整体の創始者である。現代にも活動が引き継がれ、健康法
 として修養として今なお多くの人を集め、海外まで広まっているものもある。
・森田療法は一章でふれたサイコオンコンコロジーの医師が、欧米の研究者
 から禅に次いで質問を受けるものだと言っていた。
・野ロ整体はカルチャーセンターの講座でみかけ、現在も読まれ続けている。
・マククロビオティックは毎外の著名人が実践していることで知られ、
 レストランや物販の展開、料理本の相次ぐ出版と、商業的にも
 一定の 成功をおさめている。 ≫
▼ どれも東洋的土着の癒し。他に、天理教、お光様など様々ある。
 どの時代も、ストン!と暗黒の穴に嵌まり込み、独り、思い悩んでいる人が、
多く存在する。現に、様々の落ち込んでしまった人を多く見てきたが、確かに
人生は厳しいことの連続。逆に、この暗黒の穴に落ち込んで、独り這い上がった
経験がない人に、恐ろしい未来が待っている。四苦八苦を乗越えてこそ人生だが。
・・・・・・
5785,閑話小題 〜アンドロイドTV 三週間後
2017年01月16日(月)
  * アンドロイドTV 三週間後
 昨年暮れに寝室のTVを入替えたが、これがアンドロイドTV。
グーグルとソニーの共同開発のソフトのアンドロイドが組み込まれたTVで、
コントローラに声認識が付いて、キーワードの声認識で、YouTubeなどの番組、
映像を呼び込んでくる。今までは20インチのパソコン画面だったが、今度は
大型TV。それが見たことがないようなクリアーの画面となれば、オーバーに
いえば、毎日が異次元の日々に様変っている。
 タブレットと同じ位に驚かされたPC。特に、秘境の大自然の光景に惹れたが、
過去の蓄積がさせているため。 「ゴッフのヒマワリ」と声認識で入力すると、
美術館で、現物をみるより繊細に加工された、より綺麗な絵画が現れたとした
ら… それが大自然の光景なら、更に素晴らしい。白川義員のヒマラヤ上空を
見たことがあるが、これも人間の裸眼で見るよりも遥かに美しい光景を映し
出していた。
 数年後には4k、8k画質の画像が、配信されるというが、これでは映像世界
が様変るだろう。世界各地の名所で自撮棒で撮った4k映像を編集し投稿した
映像が幾つか投稿されているが、どれもこれも息を呑む異次元の世界。 
私の数十回の秘異境ツアーそのままを撮影し編集したとしたら、これらに決して
劣らないと思う。が、当時は、デジカメさえない時代。
 当初、アンドロイドTVはPC機能が入っているものと勘違いしたが、これは
オプション。パソコン機能の端末を購入すればよい。 6年半前のTVとは、
機能性能からみて一桁違うアップしている。
  〜AndroidTVをネット検索より…
【 AndroidTVでできることは
※「テレビ画面で、インターネット配信映像を見られる」
※「スマートフォンやタブレットをリモコンにして、配信動画をテレビで表示できる
Chromecast互換機能『Google Cast』が使える」
※「Android TV向けのアプリが実行できる。ゲームやさまざまなアプリを実行できる」
という3つが挙げられます。
・1つ目は、スマートテレビとしては当たり前の機能ですが、YouTubeだけでなく、
Google PlayムービーやHuluといったビデオオンデマンド配信サイトの映像も購入し、
テレビでそのまま鑑賞することができます。ちなみにGoogle Playムービーなど
Google Play関連からコンテンツをダウンロード・購入する場合、Googleアカウント
が必要となりますが、既にAndroidスマートフォンで使っていたGoogleアカウントを
AndroidTVでも共有できます。GoogleアカウントのAndroidTVへの登録は、Android
スマートフォンで指定にURLにアクセスし、画面に表示されるパスコードを、
AndroidTVに入力するという簡単なオペレーションで行うことができます。
・「Google Cast」は、「Chromecast」互換とも言える機能です。
Androidスマートフォン・タブレット、およびiPhone、iPadといったiOS搭載機器
から映像をキャストできます。キャストとは、Androidスマートフォンなどの端末
からURLを指定し、そのURLの動画を写すという機能のことです。
・そして「アプリ実行」は、AndroidTV搭載のテレビであれば、テレビ単体でAndroid
向けのアプリを実行することが可能という機能を指します。 Androidスマート
フォン・タブレット用には多くのアプリケーションがGoogle Play から提供されて
いますが、Android TVでも同様にGoogle Playからアプリをインストールし、実行
することが可能です。テレビのGoogle Play画面からインストールすることも
可能ですし、PCのGooglePlayからリモートでインストールさせることも可能です。
・ちなみに、Android TV用のアプリケーションは、Androidスマートフォン・タブレット
用に開発されたアプリケーションに、多少の改修(Android TV用ライブラリのリンク、
Android TV向けUIに対応した操作の追加)が必要となりますが、ほぼ共通のソースを
使うことが可能で、モジュールもAndroid TV・スマートフォン両方対応のものと
なります。
 ――
▼ 去年の秋口に地元の従兄の葬式に、東京下町に住むカメラマニアの従兄が来た時、
「84歳で進行ガン。あと10年遅れて生まれたかった!4kテレビと、4kカメラを
4台持っているが、これが素晴らしい。ドローンにカメラをつけた空中写真を撮るのが
夢だったが!」と語っていた。彼の年齢は85歳だが、このテレビに切替える切っ掛け
になった。そこで、考えたのが、これまで行った秘異境と、遺跡、美術館などを、
アンドロイドTVで映像を通して訪ねること。白黒TVとカラーTVでシネマを見るのと、
違うように。情報、音量、迫力はシネマに及ばないが、画面は、この方が良い?
 パナソニックとソニーのTVは、これに絞った付随した機器グループの戦になるとか。
―――
5764,パソコン融合TVの時代に
2016年12月26日(月)
   * 再びYouTube
 以前、ÝouTubeが面白くて、別のブログ『バートウォッチ』に、面白そうな
映像を紹介していたが、今では各TV局がチョイスをして放映している。
 一月ほど前、家電チェーンの売場を暇に任せ彷徨っていると、売場担当者に
『アンドロメダTVが最近売れてますよ』と声を掛けられた。ソニーがグーグル
と共同開発したアンドロメダを基本にしたパソコンとTVを融合した、一言で
いえば『画面検索付パソコンテレビ』。グーグルの検索機能をコントローラに
付けて、音声入力をすれば、目的の映像を呼寄せる機能。 選択したÝouTubeに、
「4k画面 築地 マグロ」と発声すると、4K画面のマグロの解体シーンが
映しだされた。ミソは「4k画面」のキーワード。一般放送で、まだ4k放送は
少ないが、YouTobeには4k録画の映像が投稿されている。それは、これまでの
映像とは違った鮮明な画面。担当がいうに『売れているのが、アンドロTV』。
そこで家でチラシを改めて見ると、ÝouTube付が有るのと無いのがある。
 新しい方のソニーのPCで、その画面をみると4kで入力された画面があった。
生々しい現場で撮影され投稿された映像、例えば、『シナイ山の初日の出』
『北欧のクリスマスイブの光景』『聖地の祈り』『ナイル川クルーズ』とか、
『サントリニー島の日没』等々、何でもござれ。これらを大画面TVの音声検索
で瞬時に茶の間で見れるのだから驚いてしまう。18ケ月〜24ヶ月で、情報機器
が半額に下り続けているというが、商品としての機能が、それ分アップする。
 パソコンTVが、既に売れ筋の主流になっていたとはね。グローバルになるわ!
・・・・・・
4690, 身近な貧困 ー4
2014年01月16日(木)
   * 最も貧困なのは、自分の脳! と、人生の貧困
 貧困といえば、その最たるものが己の脳、いや各々方の脳。「無知の知」
ではないが、まずは、その自覚が第一歩。脳は暗黒大陸といわれたアフリカと
同じように、未開の分野。何故か一生の間に脳の2〜3%しか使わない。
あっても使えないのは、無くて使えないことより遥かに問題。自分で知恵を
絞って使うしかない。脳活動を邪魔をするのが「自分は他人とは違う」という
逆上せ上がりと、逆に「自分は、この程度」という枠の設定。
まずは知らずに洗脳されたまま、脳を使いこなせてない自覚が第一歩。
ソクラテスの自分は何も知らないという、「無知の知」から出発するしかない。
ところが、それが難しい。最近、スマートフォンやタブレットPCという脳補佐
マシーンが出現し、これまで使いこなせなかった高年齢者や、女・子ども気楽に
使えるようになってきた。これで世界が一変してきている。何せ、キーワード
で各々の脳が繋がり、それぞれ蓄積してきた知識・情報・知恵の公開を始めた。
そのアクセスも、記憶補佐マシーンの普及で一瞬で可能になっている。 
問題は、その消化。そのためには基礎知識がベースに必要である。
しかし目標を定めれば、情報と知識はネットから誰でも簡単に手に入る。
チャンスはスマート機種開発に中にある。今年から数年にかけて奇想天外な
面白い端末が出てくる。既にあるが、コスト面で表立ってないが、量産に目処
が立てば大幅ダウンで普及する可能を含んだものがある。「脳の貧困と何を
もっていうか?」の疑問が立つ。 もう一つの貧困といえば、人生の達成感、
充実感。死を恐れる原因の最大の心理要因が、この貧困感。私の嫌う「C」
さん、に多いが、これも脳の貧困が起因している。何度も書いてきたが、
秘境ツアーに来ている初老に差し掛かった人が、けっこう正直に、
『 人生、あまり深く考えずに親の価値観を信じて、ここまで生きてきた。
ところが、残された人生も後僅かと気づいた。このままでは死にきれない! 
世界の果てで独りになって考えるため、ここまで答えを求めてきた。
帰ったら、直ぐに直面する問題が待っている!』と。それでも、
そのことに気づいただけ良い。人間という無限のエネルギーが、小さな
肉体と生活習慣と運命・宿命に閉じ込められ窒息しそうな一生を終える。
これが人生だが、このことに気づくか?気づかないまま、一生を終えるか? 
気づかないのも、人生。亡くなったが、中学の担任の定年時の悩みを直接、
聞いたが、それは深刻だった。「90歳を過ぎた両親に言いなりの人生。
一歩も外に出れないほど苦しいことはない!」 人生の貧困感である。
決して、それが貧困ではないが、初老性ウツである。これも偶然だが、
以下の去年の「我々がみずからに投げかけるべき質問群」に継っていく。


6515,閑話小題 〜理事長と、稀勢の里、好い加減、引退しろよ!

2019年01月15日(火)

   * 73歳ですか…
・ 毎日、同月同日のテーマ日記を読返すが、誕生日モノが心に響く。
それも去年モノが何とも。完全忘却をしているため、何か不思議な感じ。
実感は、老化が確実に進んでいて、面白さ、楽しさが増している反面、心身
とも重苦しさが増している。私たちは、過去の延長に捉われ生きていることが、
読返して気づかされる。そして、来年の誕生日も、現在の私と大して変わりない
延長上を生きている? そうあって欲しいが、消滅している可能性も大かも。
目先は、9月の卒業50周年記念の会の参加。次は、来年の東京オリンピックを
健康体であること。ライフワークの一環としての「秘・異郷ツアーの参加」。
・ 去年は、20歳の私との対談だったが、今年は、40歳、それとも10歳?
今日・明日は40歳にして、明後日が、10歳ですか。まあ、面白くなりそう…
 ――
第三者:いいの、危なくないの! 去年にしろ、よく思いつくね!
 73歳の私: 面白そうだが、やはり気が思い。厄年の前年だからね。
40歳の私:それより、今まで生きてたね。全くの予想外さ。40歳まで生きて
 いる自分が不思議なのに、何でまた33年後の自分と対話するのかね。
 今の時代は、1990年さ。バブル崩壊辺り。毎日が楽しくて、面白くてね。
 
〜長く続きそうなので、あとは、次回に… 〜
 ―
   * いくら何でも稀勢の里よ、引退しろよ!
 強引に日本人横綱をつくり上げた協会の責任を一身に背負った二年間。
あまりに厳しい事態。横綱に適任でないのは、昇進時に誰の眼にも明らか。
モンゴル、東欧から出稼ぎにくるのとハングリーと、肉食系と草食系とでは
根本がらして違う。徒党を組んだ狼の連携プレーにボーッとした日本力士が、
敵うわけがなく、横綱、大関の大部分を占拠されてしまったのが現状。
横綱が6連敗をしても、その座に存在していること自体、大問題。
まず、横綱引退の規約、『三連敗をしたら引退!』を、つくるべき。
子供の頃に活躍した栃錦が、全勝優勝をした翌場所に、二連敗した直後、
引退をした。これぞ横綱の理想と絶賛されたが、その真逆が、これ!
現理事長と、全横審が連帯責任をとって、自認すべし! 理事長、力士と
してはファンだったが、理事長職としては最低。千代の富士を理事長に、
本人は副理事長が適任の筈。 「雉も鳴かずば撃たれまい」。
一昨日は、一横綱、三大関が、昨日は、二横綱に二大関が敗れた。
それも打ち止めの一番で、白鵬も際どい薄氷の勝利。その上に、
大関、横綱の12番の取組で、4勝8敗とは…、これ如何に!
公益法人の認可の取消し、再出発しかない? 自浄効果など土台、無理。
 
・・・・・・
6151,閑話小題 〜誕生日の早朝、20歳の私との対話!
2018年01月15日(月)
   * 20歳の私とですか!
 今日は「72歳の誕生日」。「目出度くもあり目出度くもなし」である。
「自分が、この年齢になるとは!72歳の私って誰のこと?」が実感。
面白いので即興で、20歳の私を呼び出し、現在の私と対話させてみる。

―
20歳の私: 72歳の自分と出会うなんて何か奇妙な心持がする。
 私: 私でも、そう思うよ。自分で自分じゃないみたいな… 老いるとは、
  こんなことかと、毎日、新しい老いの発見の連続だよ。
20歳の私: 精神年齢は正直のところ幾つぐらいに思えますか。
 私: そうね〜 20歳から60歳の間を、彷徨っている感じかな〜
  とにかく、ネットと、TVの御蔭で、キーワード探しをして、面白い
  情報と知識に次々と出あえるからね。それは、アンタには解らないよ。
  想像しろと言っても無理だろうがね。
20歳の私: 1966年と、2018年じゃ、想像も出来ないよ。でも、ソ連が崩壊。
  中国が自由経済社会に変身。日本もアメリカによって骨抜きが進み、属国
  状態。それと現実社会をネット社会が覆ったというが、どうだった、
  この半世紀の実感は?
 私: あの頃はバブル経済の二段階辺りで、何もかもが夢のようだった。
  あなたは、翌年に一ヶ月間の欧州旅行をすることになるよ。
20歳の私: 本当ですか。
 私: そうだよ翌年のゴールデンウィーク時に、ヘルパーとして手伝いに
  行っていた軽井沢の『友愛山荘』で、他のヘルパーに感化されて… 
  欧州一周旅行。それで小さい、固い殻が木っ端微塵に叩きこわれ、新たな
  真我が顔を出すことになるんだ。
20歳の私: そこで、人生が変わりそうだね。
 私: 今考えると、あれが良かったか、悪かったか? それでも、以来、
  51回も、地球を広く深く見て歩けるんだよ。そりゃ面白いことは確約する。
  大変だとしても、これは絶対に良いよ。デズニィのキャラクターのように、
  今は頭でっかちで良いんだ。とにかく、毎日をフル回転すべきだよ。
  私は、当時のアナタに感謝しているんだよ。
  「キリスト教倫理」の教授が、夏休みの宿題に、「生涯展望の見取り図」
  を、一夏かけて必死に書いたよね。
  それに対し、教授が丁寧な返事がきたよね。 あれが良かった。
20歳の私: 軽井沢の山荘で、早朝、近くの「離れ山」を散策しながら、
  必死に考えたさ。毎日が若い女性の旅人たちと歌い踊ってね。
  今が人生の春ど思っていたが、もっともっと面白いことが連なり待って
  いるなんて。 ところで、激変の中で、生きてきた実感は?
 私: 当時、『全機』という禅語に出会ったね。あの言葉を貫いてきたのが
  ポイントだったようだ。 正法限蔵全機の巻に、「それそのものが何もの
  とも相対せずに存在していることを全機という。」と。「人が持つ全ての
  機能を現し、発揮する」事をよしとする意。 これだったんだよ。
20歳の私: かなりズッシときたが、成るほど。
 私: でも、こうして話せるのは、この年齢まで生きているからさ。
  「純真な心の芯が魂」ということさ。 最後の最後は、そこだよ。
20歳の私: 行蔵を覗くと、そうでもないようですが… 何か偽悪と、
  露悪を楽しんでいたような。こんな筈ではなかったんじゃないですか。
  何か、勝手に自分を卑小化していませんか。 
 私: いや、こんなものさ。
20歳の私: 面白いから、また呼び戻して下さい。
―
▼ あたかも、別の存在に憑依され支配されている自動書記のような感覚の時間
 が過ぎていたような。対話は、あたかも「己の人生の使用前と、使用後の内面
の自己対話のような。インナーチルドの青年期の私との対話とも。
 煉獄内の独り言?

・・・・・・
1月15日  1969年
 今日は学生時代最後の誕生日だ。
毎年この日にNHK「青年の主張」を必ず見ることにしている。
このよう見るのは最後だろう。
 内容と評価を、メモをしながらみた。
・北海道代表の武田(女)さんの主張 
 あまりハッキリした意志が感じられないー65点
・東北代表の清水さん
 働きながら夜間にいっている。自分をしっかり把握して真正面から
 自分を見つめられる人間になりたい −70点
・四国代表の中西さん(女)ー実習教官
 自分を温かく包んでくれる深い何かに感謝−80点
・東海代表の須田さん(女)
 女である自分の農業の立場 75点
・東京代表の守屋さん
 青春の喜びー無限と思われる未来の夢に対する生き方
  若さの代名詞は可能性  75点
・沖縄代表の宮城さん(女)
 沖縄県民の心情ー85点
・近畿 林さん 精薄施設の女指導員
 園児の美しい心の素晴らしさについてー75点
・関東代表の関谷さん
 自分1人で生きていく心構え 70点
・九州 河嶋(女)
 生活の為働かなくてはならない姉妹について
 老人対策など       90点
・中国代表の吉原さん
 非行少年の観察員の主張
 心が病んでいる少年達ー80点

  〜以上が私のつけた評価の点数である。
現実にドップリ使っているのだから、仕方がないがもっと
広い視野で自分を見下ろす目が必要ではないか。
可能性の追求をもっと見つめることが大事ではなかろうか。
 この目で自分を見つめ直すと、どうであろうか。
流通で生きると決めたのだ。そこで何を可能性として求めるべきだろうか。
そこで自分の基盤を深いものにしなくてはなるまい。
そこで自己建設をしていくことになる。
 ここで忘れてはならないのは、他人もそれをおこなっているということだ。
何故、そんなことをしなくてはならないか?
人間として生まれ、最後は死ぬ中で自分の生きた証を残す為である。
それが義務といってよいからだ。
その立場によって、それぞれが違って当然である。
私は今、そのスタートラインに立っている。
誕生日に毎年この番組を見るのが私にとってベストになった。
・・・・・・
5784,閑話小題 〜今度は71歳ですか
2017年01月15日(日)
  * 今度は71回目ですか
 昨日は誕生日の前日だったが、地元ステーキチェーン店で、細やかな誕生日
祝いをしてきた。 昼間の千円ランチでの誕生祝いの品は、皿にアイスとか、
ケーキがついた、飾りには小さな閃光花火がチリチリと光っていた。
隔年ぐらいは、その線香花火に癒されている。
 この年齢になると、祝いというより、あの世への一里塚の感が強くなる。
還暦か、その一年後の70歳代になったら、自分への贈物をと考えた挙句、
アンドロイドTVの買替えを思いついた。家内に察知されれば、即、潰される。
 とはいえ、年金生活者には重負担。家内の罵声覚悟の上だったが… それが
何とも、老いの身に堪える。で、何とか乗り越えた。一番喜ぶのは家内。
この5年半はタブレットPCに夢中だったが、今度は、これに気持ちが移行する。
で、結果として、思い通りに大正解。 これが思いのほか極上の機能。
白黒からカラーTVへのアップスケールした以上の画期的代物。一時、3Dテレビ
が話題になったが、この立体的に見える画面であれば、その必要性は薄れる。
例とえば、大相撲の力士が土俵下で映し出されるが、同時に観客席の観客の
姿かたちと表情が力士と同じ位に鮮明に見える。 相撲も面白いが、様々な
コーデネイトや、長年かけて出来上がった、様々な仕草を見ているだけで、
現場の臨場感がある。何か異次元世界に足を踏みこんだ感がする。17時〜20時
までは居間で晩酌をしながらTVを見ていたのが、今では1時間もしないうちに、
奥の院の寝室に行く。居間のTVでは頭が痛くなるため。 
 明日は、このアンドロイドTVをテーマにする。

・・・・・・
5419,閑話小題 ー今日で満70歳ですか
2016年01月15日(金
  * 世界的不況が更に深刻のようだ
☆ 庭の木々の積雪は15センチほどか。これでは冬物衣料は、大打撃だろう。 
世界的不景気もあり、原油が一時的にしろ30ドルを割った。一年ほど前は、
120ドルだったから、4分の1。これは世界的デフレと産油量の供給過剰が
背景にある。世界の広がりあるテロと地球温暖化による、作物の不作もあり、
株式からも目が離せない。現役の立場だったら、かなり厳しいはず。
☆ 去年の暮れに、大学時代の同級会で隣席の有名な夏はゴルフ場、
冬はスキー場で某リゾートホテルを経営している人に、
『万一の備えを、たとえば、夫婦して厚生年金に入っているとか、
奥さんの通帳を別立てにしているとかの万一の対策をしている?』
と聞くと、『妻は長い間入院して働いておらず、二人とも国民年金。備え
などしている余裕などない。それより目先のスキー場の積雪が心配だ! 
まだ、中国、オーストラリアなどの外国人の来客があるからよいが・・』
と、弱気な顔。それぞれ事情があり、無神経な質問をしたと反省。
地方経済は、いずこも厳しい経済環境。 
☆ 最近、太平洋側のゴルフ場が次々と閉鎖され、芝生の上には、太陽光
発電のパネルが立ち始めているとか。こんな話をきくと、バブルの時代を
知っているため、隔世の感が強い。ここで、阿部首相が、リーマンショック
規模の経済変動が無い限り、10%の消費税を実行すると述べたが、その
クラスの経済事変の可能性がないとはいえない事態である。 年初来、
株価が連日、下げて、昨日は何とか反発。 不況の影響は、まず年金生活者
など弱者を直撃するから、たまったものじゃない。
  * 今日で満70歳 
 今日から70歳の大だいに入る。50,60歳の大だいという点で、
一番、心理的にショック。この数年、いやに気持ちが老け込んできた。
そう遠くない、ある日、末期ガンと宣告され、七転八倒のうえ死んでいく。
そして、3日もすれば、忘却の彼方に消えていく。元気なうち、一日一日を
噛み締めていくしかない。いや、かみ締めてきたから今さらか。
 70代は、還暦時の感慨より、年齢の重みを実感する。
60歳代の10年間で、気持ちも、身体も、日々衰えが身に沁みていたが、
これから10年、いや5年は、更に衰えを実感する日々になるのか。
 とはいえ、老いへの不安とか、死に対する恐れは、何故か少ない。
<楽しむだけ楽しみ、やりたい事をやった> 実感があるためだ。
 なるほど、日々の気持ちを書残し、改めて読返すと、昨日、確信した
<「永遠の命」が実相で、「わたし」と思っている、「これ」は妄想で
 しかない>と思い知らされる。過去も、いま、ここの、わたしも夢幻!
これを、その時点時点で、見ているのが、「永遠の命」の片割れの実相。
まあ、我ながら、本当に真面目、いや馬鹿真面目なことだ。
喩えでいうと、「精神的な腰痛もちが、日々を生きていくための杖代わり
に、書き続けている」が、よくも15年も毎日、飽きもせず。

・・・・・・
5054,閑話小題 ー古希ですか! ー2
2015年01月15日(木)
   * 古稀ですか ー2
 過去分の、1月15日分を読み返すと、それぞれの年ごとに、現在と同じ
気持ちになって感想を書いている。どの年齢の感慨も、少し文章を変換するば、
同じような内容になる。自分が老人など、どうしても信じ難いが現実は現実。
 年末年始の三週間以内に、クリスマス、晦日も、元旦、誕生日と、収まる。
当日ごとに、同じような共同幻想を何とも不思議がらず、受け止め、こんな
文章を書いている。果たして、古希まで生きたのが目出度いのか? いや逆?
どうだろう。同期の大よそ4分の1が亡くなった。あと10年で、更に4分の1が
亡くなる。私の想定余命を、あと6年、と数年前にした。 私の父親が71歳で、
母親は88歳で亡くなった。その平均が79歳。このところ幸福論などの本が
面白くて、ここで書評を書いている。人生の先が、決定的、絶対的挫折?
の『私の死』がやってくる。そこで、ささやかな、幸せがほしくなる。
 目先、『一対三の法則』(ネガティブ・1対ポジティブ・3)で、
己をコントロールするしかない。何か、今日を区切りとして、
「一年一区切り」と想定して、生きることが出来そうだが・・
 この程度としても、恵まれていたし、面白かった!
現在も続けている、この早朝の学習習慣のお陰である。
それにしても、過去の、自分の誕生日の感慨がメルクマールとして、
面白いが、ひと様からみたら、これほどツマラナイものは無い? 
・・・・・・
4689, 閑話小題 ー68歳に、つれづれに〜
2014年01月15日(水)
   * 68歳に、つれづれに〜
 今日は68歳の誕生日、毎年同じような感慨を書いている。早生れなので、
同期生は古希になる。スポーツジムに通っているためか何とか肉体は元気だが、
それでも日々、老いていくのが自覚できる。ただ知的好奇心と、頭の方は
マスマス冴え渡っている。情報機器の進化もあって、何もかもが新鮮に思える。
日々、固定観念が壊れていくこともある。それにしても、もっと早く、隠居
になっておくべきと後悔が残る。としても、まだまだ分厚いバイアスに囲まれて
いる自分が、ここにいる。地方の良さは、のんびり出来ることだが、反面、
情報が薄れていること。これも人生だが・・ 以前なら、飲みに出るが、
もう面倒の方が先に立つ。過去分の誕生日の感想を読み返すと、面白い。
他人にとって些細なことでも本人にとって一年で一番、感慨深いことが、
この日を振返ると見てとれる。その時どきの誕生日の感慨を真剣に考えている
自分の心(文)を振返ると、真剣に向き合っている、この人は何だろう? 
誰だろう? と不思議な感覚になる。来年の、この日には読み返す自分が
いないかもしれない。しかし誰かが読んでいるかもしれない。その人が、
自分の一部を蘇らせてくれるかもしれない。もし、2020年まで生きていて、
「75歳に、つれづれに〜」を書いていたら、どんな文章になるのだろう?
そのイメージで書くと・・
〈まさか、この年まで生きていようとは思ってなかった。
今年の東京オリンピックを見ることが出来ようとは、感謝である。
そして、あの日から10年になる。良きに悪きに、この7〜8年で激変した
・・ それにしても、ここまで生きてきたもの!万歳である。〉 
こんなふうか・・ なるほど、「今日は、残されて人生の最初の日」
であるのが分る。「余命半年!」と宣言され、覚悟が固まれば、
この言葉の通り一日一日を過ごすことになる。何か年寄りくさい話
になったが、とにもかくにも自分が滑稽で面白かった!
・・・・・・
4322, 閑話小題 ―住宅ローン破綻と、立ち退き
2013年01月15日(火)
 * ネットカフェ難民から、マック難民へ
 * 住宅ローンの破綻と立ち退き
 * 命を投げ打ち憲法改正をやる覚悟があるのか? (略)
    * 67歳か〜
 65歳過ぎてから特に、誕生日が冥土の一里塚という感が強まっている。
最近になって「長く生きてきた」と思うようになった。先が見えてきたため。
父の死の歳まであと4年少し。これだけ大きな時代の裂け目にいることに、
自分でも驚いている。 それと、タブレットPCと、スマートフォンの存在。
これだけの機能が手の平に収まってしまったのだから。この金融恐慌と、
欧米と日本の経済惨状。世の中変わった!


6514,閑話小題 〜何かしら、嫌味なブログ脳になってしまった?

2019年01月14日(月)

   * さて大相撲が始まった
 昨日から、大相撲が始まった。一時半過ぎにチャネルを回すと、幕下の取組
だったが、何と『この一番まで打ち止!』まで見ていた。長い相撲のTV観戦で
初めてである。それも高校女子バレー、女子ジャンプなどと同時観戦で、一番も
見逃すこともなく… 貴乃花が協会から去って面白味が薄れた感がある。本人は、
サッパリしたのだろうが、元弟子たちの手前、間違っても、口に出せない本音。
 ところで現在の上位陣にスター要素の強い力士が見当たらない。白鵬の天下が
長いこともあり、相撲協会の土壌が腐りかけて…? 白鵬はオリンピックまでの
現役維持のため、休場と優勝を繰返す戦略が見え見え。それは勝負師として当然。
そして休養タップリで今場所は優勝の可能性が大。41回の優勝経験は伊達でない。
ところで元貴乃花の愛弟子を日馬富士の復讐と、暗黙裡のうち、身体の何処か
一ヶ所を集中攻撃をされ潰される可能性が大。気の毒だが、そんなもの!
 ―
   * 何かしら、嫌味なブログ脳になってしまった?
 ブログを書き続けて18年近く、6500のテーマを書いてきて、「ハッ」とし、
自己嫌悪に陥ることが多くなってきた。 あるブロガー曰く、
「ブログってのは、突詰めると自慢話なんだよ…」 
何かしら面白そうな、受けそうなテーマを探しだし、自慢げに提示する。
旅行の感想を書けば、旅行自慢に。中学の同期会で、久々に知人に会って
話す内容といえば、
<18年欠かすことなくブログを書いていてね>とか、
<40,50歳代に年2回。その前後に12回、52回、豪華1点主義でツアーに行った> 
とか。テーマ日記書きの習性で時分を曝け出す。それしかないから、それをいう
が、聞く方からして、「何だ、いきなり」となる。自分の自慢話の曝け出しも、
程があるが、そんなことを気にしていたら、18年も続けることが出来ない。
相手あっての自分。ブログ脳が醸し出す偽悪、偽善、露悪、露無知に、時どき、
底知れない自己嫌悪に陥ることに… 自問自答の世界のドツボから、自分の
無意識を覗き込み、自己嫌悪を勝手にしているだけのこと。40年も前のことに
なるが、仕入れで岐阜から名古屋に向かう普通電車の中に、精神をやられて
青年が独り言が、今でも鮮明に残っている。前の北海道旅行をしたが、その
面白かったこと。そして、友人の批判… そして、自分が変であるのは分かって
いるが、コントロール不能とか、延々と自己問答が続く。車内は、シーンとして
凍り付いたように。 このブログの自問自答と、何が違うというのか?
 で、偶然だが、丁度よい文脈になる。

・・・・・・
6149,閑話小題 〜熊さん、八つぁん、珍問答、再び −3 
2018年01月13日(土)

* 書きネタが無いと、御呼びですか!
大家さん: 書きネタが無くなると、御呼びですか。仕方がないがね。
熊さん: 北朝鮮が、オリンピックに参加だってさ。有得ないと思ってたがね。
寅さん: 精一杯の虚勢さ。まあ、物資不足は明らかだこそ、ここが土壇場。
    国そのものが張りぼて。よくぞ、やってるよ。そろそろボロが出るさ。
大家* 中国が、本気になってきたからね。そこに、韓国が抜け駆けをして、
   オリンピック参加の勧めの尻尾振りをしたから、アメリカと中国は動転?
   韓国も開戦ともなれば、百万、二百万の死者も出るから、解るがね。
八っあん: この時節に冬季オリンピックとは、何でまた?の疑問が残るね。
   ここまでは、手を出せまいという思惑のためですか。
熊さん: これほど辛辣な挑発を繰返したのだから済やしないよ。
寅さん: 何かマンジリしなかったが、数ヶ月の猶予期間を稼げただけでも
   良しじゃないかい。ただ間延びをしただけだと思うけどね。
八つぁん: どうも私たちの心の底には、最悪の事態を期待する悪魔が存在
   しているところがあるね。アメリカ人なら、まさか大陸間核ミサイル
   が飛んでくるとは思わないから、今のうちにヤッチマエと。
熊さん: どうも朝鮮半島問題は暗くなるから、大相撲の話題にしましょうや。
   といっても、これはモンゴル人問題になるか。 …でも気が晴れるね。
大家さん: 朝青龍と白鵬が長年かけてつくり上げた「横綱アドバンティジ・
   システム」が、露わになり、使えなくなったから、今までとは違うよ。
   これは八つぁんが創った造語だけど、ズバリ言当てているね。
八つぁん: それでもやってくる可能性があるね。貴乃花の母親に手紙でも
   出して、バラエティで10回、このキーワードを繰返せば、ポチとはいえ、
   立合いの張り手を禁止条項にせざるを得なくなるね。
熊さん: 「横綱アドバンティジ」の実情を聞いて、白鵬と遠藤の立合いを
   見てから、白鵬への見方が全く変わったよ。 大陸と島国の考え方、
   体質の問題になるよ。開放したのだから…云々か、日本の国技だから、
   島国用に合わせなければならないとか…。確かに難しいのは解るけど。
大家さん: 白鵬への大横綱とかいう特別視が無くなったのは大きいね。
   新弟子からして誰も偉大な力士と思わなくなってしまったのは、本人に
   とって衝撃さ。でも、その孤独こそ、最も大事なことだが、その自覚は、
   逆上せガエルになった当人には、土台、無理だろうね。
八つぁん: 今場所は、色いろな面で面白いだろうね。大鵬の孫もデビュー
   するしね。ところで、先日、元・琴欧州が開いた小部屋のブルガリア人
   の新弟子のドキュメントを見たけど、一人の新弟子の稽古の激しさが
   直接、伝わってきたね。土俵の中でのド突きあい、殴りあいだね。
   あれじゃあ、強くなるわけだ。
大家さん: 私も見ていたが… 他の部屋の幕下力士が「御前は気が弱い!」と
   注意していたのが、本人には堪えたようだね。「自分は東欧から遠来して
   いるだけでも気が強いはず。何で気が弱いと言わなければならないのか!」
   と…。 幕下力士は、「気が弱い」と、「気が優しい」の言い違いを 
   していただけ。気が優しいのは、気が弱いとは、違うのさ。
熊さん: こういう問題があるからこそ、面白いんだよ。白人、赤、茶色の
   人種が肌の色を超えて戦うからさ。俺も、哲学的になってきたね。

・・・・・・
4687, エッセイ力は人生力 ー2
2014年01月13日(月)
              「60代からのエッセイ教室」木村治美著
  * エッセイを書く目的と、日記との違い
    ーまずは、その辺りの抜粋より
《 あるエッセイ教室の作品集を読んでいたら、はからずも、エッセイを書く
 目的を端的にいい当てた文章に巡りあった。その文章は創刊号であるためか、
おのおの、自分の作品のあとに、小さなコラムで、なぜこの教室に入って
エッセイを書くようになったかの動機を綴っている。ひざ思わず膝を打ちたく
なったのは、つぎの一文であった。「エッセイを書こうと思うようになったのは
十年前のこと。それまでは、日記に思いを記していた。心の重荷をおろすように
書いていたが、後日、読み返すと、もっと心が重くなった。物事の見方、人の心
の動きを観察することで、誰が読んでも傷つかない文章を書きたくなった。
きれいごとのとらえ方ではない。考えることで、自分を成長させたい」
 ここにはエッセイが日記と異なる点が、自分自身の体験から、明確に意識
されている。感動的ともいいたい鋭い「気づき」である。エッセイには自分自身
がどこかに登場していなくてはならない。しかし難しいのは、書いている自分と、
書かれている自分との間に、距離をおくことである。自分を他人のように
客観視すること、といい直してもよいだろう。日記ではこの客観化がなされ
にくい。恨みも痛みもドロドロのまま流しこむ。恥も外聞もなく。どうせ自分
以外に読むひとなんていないのだから……。しかし、「後日、読み返すと、
もっと心が重くな」るのはなぜだろうか。日時がたったことで、やや他人に
なった自分が読むからである。おそらく、書いたのが自分であるだけに、
ヘドが出そうになったであろう。自己嫌悪である。そこで、「だれが読んでも
(つまりあとから自分が読んでも)傷つかない文章を書きたくなった」のである。
それには、教室という読者のいる環境で、「物事の見方、人の心の勤きを観察」
しようと思い立った。それが自分を成長させる。そう、日記は記録とはなり
えても、以上に述べたような効能は期待できない。・・・ 》
▼ この随想日記の「閑話小題」は、エッセイそのもの。だから読書日記の
 メモ的のものより面白い。これを書くときは、ネタ切れのケースが比較的多い
ため、苦し紛れで日常の身近なことを書くしかない。それが面白みを出すようだ。
だから、何気ない日常の現象と気持ちを書いている「バードウォッチ」の内容
こそエッセイになっている。そのため、時どき、切り取って、「閑話小題」
に転用する。何気なく思っていることを書き出すと、ハッとすることがある。
人はそれぞれの心の中で様ざまな思いを数限りなく繰り返しているが、
そこにこそ砂金が混ざっている。それを取り出し、書き出すのがエッセイの目的
であり、日記との違いになる。日記は他の砂も含まれるし、それも必要とする。
・・・・・・
5052,生と死をめぐる断想  ー5
2015年01月13日(火)
            『生と死をめぐる断想 』岸本葉子(著)
  *「いのち」に「わたし」がいっとき宿る 〜玄侑宗久
「而今」とは、今のつらなり。あるのは「今」「今」「今」だけである。
 禅とは、この「而今」を繰返づことで、「わたし」の輪郭を薄くする行。
成るほどである。今、この瞬間が永遠のときの一端がある。
瞑想は「わたし」という「閉じた系」から「いのち」を開放するものだと。
  ーその辺りから抜粋ー  〜P90
≪ 暗唱をしているとき意識は「而今」にあると、玄侑氏は言う。
「而今」とは目的論も因果律も届かないような、三昧にある時だそうだ。
たしかに、すでに口から出て過ぎ去った音を意識が追いかけたり、
次に出す音を頭の中で先取りしたりすると、とたんにつかえる。あるのは
常に「今」「今」「今」。音の連なりは、すなわち「今」の連なりである。
暗唱をするとき、その間だけでも「而今」を体験している。(略)・・ 
 玄侑氏も認めている。人間である限り「わたし」を完全に「なくす」こと
などあり得ない。であるからこそ禅は「而今」を繰り返すことで「わたし」
の輪郭を少しでも薄くしたいと願うのだという。
 玄侑氏が再三書いているのが、「わたし」と「いのち」の関係だ。
「いのち」は「わたし」の生れる前からある。
「いのち」に「わたし」がいっとき宿るのだと。
「いのち」が存在の実相で、「わたし」は頭で作り上げたフィクション。
 はじめにそう読んだとき、逆ではないかと私は思った。
「いのち」が「わたし」に宿っている、「いのち」が「わたし」の一部だろうと。
なぜって私の体の諸器官が停止すれば命は終わる。たしかに、私の体が土に還り、
その土から芽が出て、その草を虫が食べて、虫を鳥が食べてといった意味での命
の連続はあるだろう。が、それは灰を収めた骨壼も壊れて形をなくした後という、
相当に長い年月のことだ。頭では理解できても、実感からはかけ離れている。
植物も動物もひとつの生態系をなし人間もそれに属するもの、といった類の知識、
それこそ知性によってとらえられるものだろうと。
 自分の命があと数年単位なのか数十年の単位なのかと気を張っている、
そんな長いスパンの命のことを考えられない、という反発もあった。
が、往復書簡をするうちいつの間にか、「わたし」が「いのち」にいっとき宿る、
「わたし」<「いのち」という発想が自然なものになってきた。・・ 
それとは別に、「わたし」を超えた何かもっと全体的な何かがあるらしい
ことを感じるようになってきた。・・ ≫
▼ {「いのち」が存在の実相で、「わたし」は頭で作り上げたフィクション
 でしかない}という玄侑宗久の言葉に近い{大自然が元もと存在していて、
自分の姿を見いため人間をつくった}を、何かの宗教書で読んだことがある。
地球上に生まれた生命が延々と時間をかけて、この「わたし」が存在する。
その全てを経たものを「いのち」というなら、その「いのち」にいっとき
宿るのが「わたし」というのは当然である。死ぬのは、それから離れるだけ。
・・・・・・
5417,人生で最も大切な技術 ー��
2016年01月13日(水)
       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 幸福の探求
 図書館でみつけた非常に面白い本。当分、細部の知識化のため、
24の各章をテーマとして取上げる予定だが、それだけの響きがある。
 フランスの知的環境の整った家庭で育ったエリートが、チベット仏教に
ひかれ、それまでの業績をすべて捨て、ネパールの僧院で30年以上の修行を
行なった後、現在はダライラマ法王のフランス語通訳やインタビュアーの役を
任せられ法王の協力で行なわれている「心と生命会議」なども参加している。
 この経歴で、「世俗的な精神性」の幸福について書いているため、いずれの
言葉も心に響く。 新年早々、現在の私には得難い指導書になる予感がする。
  〜まずは、アマゾンの内容紹介〜
≪ リカール,マチウ: 1946年フランス生まれ。チベット仏教僧。
 パストゥール研究所のノーベル医学賞受賞者フランソワ・ジャコブ教授の
指導の下、分子生物学の国家博士号を取得後、チベット語を学び、仏教修行の
道に入る。チベット仏教の文献を欧米に翻訳・紹介、ダライ・ラマ14世の
フランス語通訳も務める。フランスにおいて細胞遺伝子の分野で将来を嘱望
された研究者の経歴を放棄し、ヒマラヤ山間で仏教僧として35年間修行に専心。
現在は著述家、翻訳家、写真家としても活躍するほか、瞑想の脳に及ぼす効果
に関して展開中の科学研究にも参加。チベットとネパールを生活の拠点として
人道的プロジェクトに従事する。 ≫  
  〜リチャード ギアの内容紹介より〜
≪ マチウ・リカールは、深い思いやりとシャープな論理性と、思わず笑い
 出してしまうユーモアも交えて、人間の可能性に関する偽りを暴き出し、
これまでの仮定に反駁してくれた。‘本物かつ永続的な幸福が可能であるのみ
ならず、幸福は人間の生得権である’ことを明確に示した。我々の中で最も
叡智に富み、最も信頼に値する友人による類い稀なる書である。≫   
▼「はじめに」で、《 本書がフランスで出版されるやいなや、喧々轟々の
 議論が全国で沸き起こった。インテリ層は幸福には関心がない、という意見
を明らかにして、技術として習得することが可能である、という私の議論に
一切耳を傾けようとしなかった。ある作家は、「幸福を逆手に取って人心を
惑わせるのもいい加減にしてほしい」と詰問するような記事を書いている。
挙句の果てに、「幸福の妖術師」と題する雑誌の特集記事まで出る騒ぎに。
パリでの議論やマスコミとの応酬で散々な目にあい、ばらばらに崩された
ジグソーパズルのひとかけらのような自分を見る思いがした。ネパールの山に
戻り、元の生活を始めたことが無常の喜びとなった。以前よりは確かに多忙に
なったとはいえ、ネパールのシェチェン僧院を本拠地として、ヒマラヤを
見上げる隠遁生活を年2ヵ月程度することにしている。》と、あった。
 一冊の世俗的な『幸福本』に、フランスのインテリ層が、ごうごうたる
議論を起きたのは、35年のチベット仏教修行の裏づけのある内容なら、
インテリ総掛りでも論破できないはず。「幸福の妖術師」良いじゃないか!
 素晴らしい魂との出会った思いである。 〜で、以下につながっていく。


6513,読書日記 〜「なぜ夫は何もしないのか …

2019年01月13日(日)

       <「なぜ夫は何もしないのか なぜ妻は理由もなく怒るのか」
                         高草木陽光 (著)
 リタイア後、家庭内の力関係が明確に変わってしまった。最後のシェルター
の自宅が、家内名義と相成り、居候の身分。その愚痴を繰返し、ここで書いて
きたが、我慢をするしかない。 チョッとでも反論でもすれば、
「家事を何もしないで、何よ!」と怒り出す。それそのままの題名の本が、
図書館の返却コーナーにあった。ある東京の友人と、リタイア後に、数年ぶりに
地元で酒を飲んだ時、「そろそろ引退をした方が良いよ。手ぶらも良いものだよ」
と話を向けると、「実は、数年前に1年半、リタイアをしたが、次男と同居を
していて、4畳半の一室で座敷牢のような生活。連れも、息が詰まるのか、
直ぐにパート先を見つけて…」という、何処も同じかと実感。 知人の愚痴を
間接で聞いた内容とは… 「連れに、一度、外の出て行って!居るだけで息が
詰まるのよ!と言われても、そうそう行くところも無いし…」と、生々しい。
 私の場合、仏間の半分の3畳ほどの書斎コーナーと、寝室の大型TVの前で。
大半を過ごす。あとは、スポーツジムと、電動のクロスチャリ散歩。ただし、
この生活を気に入っている。 
 家内は週の大部分(4日以上)の半日は出歩く。人生の消耗は、ほぼゼロ?
のような、宇宙人のような! 68歳で顔に皺一つないのが自慢? で、雨雪が
続くと、腹いせに…『何にも家事をしないで、何よ!』と、気分の解消。 
 そこでソクラテスが愚民の批判に対して吐いた言葉、
「犬に吠えられて怒る人はいない、それと同じさ!」と、聞き流す。私は? 
「居ないより、遥かに良いさ…」と、
「誰が私と40回も秘・異郷ツアーに同行してくれただけ有難い…」
「天然ボケにも、良いところ3に、悪いところが1。私も同じようなもの?…」
一が諦め、二に感謝、三、四が無くて、五に微笑み、ですか? 
 少し無理が、ありますか! いや、かなり?
――
    ー内容紹介ー
  なぜ夫婦はこうも相容れないのか! ?
「夫婦なのに夫婦じゃないような気がする」
「夫(妻)の気持ちがわからない」
「些細なことでケンカになってしまう」
「もっとお互いを理解し合いたい」
 そんな悩みをもつ夫と妻のために、夫婦問題カウンセリング7000件の
実績をもつ著者が、これまでの相談内容から導き出した解決方法を紹介!
具体的な事例をあげ、「夫と妻の考え方の違い」
「夫と妻の受け取り方の違い」「問題になりやすい事柄」
「改善策につながるヒント」「考え方のポイント」を、
家事、育児、会話など38のテーマ別にアドバイス。
 このままでいいのか悩んだらこの本を開いてください。
いま何かを決断をしようとしているなら、その前に読んでみてください。
きっとこの本の中にあなたの答えが見つかるはずです。
何らかの問題を抱えている夫婦にも、ひとり頭を抱えて悩んでいる夫・妻にも、
「うちは問題ない」と思っている人にも役立つ!
夫婦関係はちょっとしたコツさえつかめばうまくいく。
いま以上に生きやすく、潤いのある人生を構築するために、ぜひお読みください。
――
▼ 腰痛の持病で… 私が出来るのは、御得意の『聞き役』で、一通りの、
 その日の出来事と、面白かったニュースの感想を返すことと、最近では、
外出の際のファッションチェック。二者択一の判断で、私の選んだ方に、
『私も、そう思っていたの!』と、必ず宣う。『だったら聞くな』と言えず。 
基本は、聞き役に徹して、カウンセラー役と割切ること。
 姉4人の我ままの実情を独身時代に見聞きした情報があればこそ!

・・・・・・
4687, エッセイ力は人生力 ー2
2014年01月13日(月)
              「60代からのエッセイ教室」木村治美著
  * エッセイを書く目的と、日記との違い
    ーまずは、その辺りの抜粋より
《 あるエッセイ教室の作品集を読んでいたら、はからずも、エッセイを書く
 目的を端的にいい当てた文章に巡りあった。その文章は創刊号であるためか、
おのおの、自分の作品のあとに、小さなコラムで、なぜこの教室に入って
エッセイを書くようになったかの動機を綴っている。ひざ思わず膝を打ちたく
なったのは、つぎの一文であった。「エッセイを書こうと思うようになったのは
十年前のこと。それまでは、日記に思いを記していた。心の重荷をおろすように
書いていたが、後日、読み返すと、もっと心が重くなった。物事の見方、人の心
の動きを観察することで、誰が読んでも傷つかない文章を書きたくなった。
きれいごとのとらえ方ではない。考えることで、自分を成長させたい」
 ここにはエッセイが日記と異なる点が、自分自身の体験から、明確に意識
されている。感動的ともいいたい鋭い「気づき」である。エッセイには自分自身
がどこかに登場していなくてはならない。しかし難しいのは、書いている自分と、
書かれている自分との間に、距離をおくことである。自分を他人のように
客観視すること、といい直してもよいだろう。日記ではこの客観化がなされ
にくい。恨みも痛みもドロドロのまま流しこむ。恥も外聞もなく。どうせ自分
以外に読むひとなんていないのだから……。しかし、「後日、読み返すと、
もっと心が重くな」るのはなぜだろうか。日時がたったことで、やや他人に
なった自分が読むからである。おそらく、書いたのが自分であるだけに、
ヘドが出そうになったであろう。自己嫌悪である。そこで、「だれが読んでも
(つまりあとから自分が読んでも)傷つかない文章を書きたくなった」のである。
それには、教室という読者のいる環境で、「物事の見方、人の心の勤きを観察」
しようと思い立った。それが自分を成長させる。そう、日記は記録とはなり
えても、以上に述べたような効能は期待できない。・・・ 》
▼ この随想日記の「閑話小題」は、エッセイそのもの。だから読書日記の
 メモ的のものより面白い。これを書くときは、ネタ切れのケースが比較的多い
ため、苦し紛れで日常の身近なことを書くしかない。それが面白みを出すようだ。
だから、何気ない日常の現象と気持ちを書いている「バードウォッチ」の内容
こそエッセイになっている。そのため、時どき、切り取って、「閑話小題」
に転用する。何気なく思っていることを書き出すと、ハッとすることがある。
人はそれぞれの心の中で様ざまな思いを数限りなく繰り返しているが、
そこにこそ砂金が混ざっている。それを取り出し、書き出すのがエッセイの目的
であり、日記との違いになる。日記は他の砂も含まれるし、それも必要とする。
・・・・・・
5417,人生で最も大切な技術 ー��
2016年01月13日(水)
       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 幸福の探求
 図書館でみつけた非常に面白い本。当分、細部の知識化のため、
24の各章をテーマとして取上げる予定だが、それだけの響きがある。
 フランスの知的環境の整った家庭で育ったエリートが、チベット仏教に
ひかれ、それまでの業績をすべて捨て、ネパールの僧院で30年以上の修行を
行なった後、現在はダライラマ法王のフランス語通訳やインタビュアーの役を
任せられ法王の協力で行なわれている「心と生命会議」なども参加している。
 この経歴で、「世俗的な精神性」の幸福について書いているため、いずれの
言葉も心に響く。 新年早々、現在の私には得難い指導書になる予感がする。
  〜まずは、アマゾンの内容紹介〜
≪ リカール,マチウ: 1946年フランス生まれ。チベット仏教僧。
 パストゥール研究所のノーベル医学賞受賞者フランソワ・ジャコブ教授の
指導の下、分子生物学の国家博士号を取得後、チベット語を学び、仏教修行の
道に入る。チベット仏教の文献を欧米に翻訳・紹介、ダライ・ラマ14世の
フランス語通訳も務める。フランスにおいて細胞遺伝子の分野で将来を嘱望
された研究者の経歴を放棄し、ヒマラヤ山間で仏教僧として35年間修行に専心。
現在は著述家、翻訳家、写真家としても活躍するほか、瞑想の脳に及ぼす効果
に関して展開中の科学研究にも参加。チベットとネパールを生活の拠点として
人道的プロジェクトに従事する。 ≫  
  〜リチャード ギアの内容紹介より〜
≪ マチウ・リカールは、深い思いやりとシャープな論理性と、思わず笑い
 出してしまうユーモアも交えて、人間の可能性に関する偽りを暴き出し、
これまでの仮定に反駁してくれた。‘本物かつ永続的な幸福が可能であるのみ
ならず、幸福は人間の生得権である’ことを明確に示した。我々の中で最も
叡智に富み、最も信頼に値する友人による類い稀なる書である。≫   
▼「はじめに」で、《 本書がフランスで出版されるやいなや、喧々轟々の
 議論が全国で沸き起こった。インテリ層は幸福には関心がない、という意見
を明らかにして、技術として習得することが可能である、という私の議論に
一切耳を傾けようとしなかった。ある作家は、「幸福を逆手に取って人心を
惑わせるのもいい加減にしてほしい」と詰問するような記事を書いている。
挙句の果てに、「幸福の妖術師」と題する雑誌の特集記事まで出る騒ぎに。
パリでの議論やマスコミとの応酬で散々な目にあい、ばらばらに崩された
ジグソーパズルのひとかけらのような自分を見る思いがした。ネパールの山に
戻り、元の生活を始めたことが無常の喜びとなった。以前よりは確かに多忙に
なったとはいえ、ネパールのシェチェン僧院を本拠地として、ヒマラヤを
見上げる隠遁生活を年2ヵ月程度することにしている。》と、あった。
 一冊の世俗的な『幸福本』に、フランスのインテリ層が、ごうごうたる
議論を起きたのは、35年のチベット仏教修行の裏づけのある内容なら、
インテリ総掛りでも論破できないはず。「幸福の妖術師」良いじゃないか!
 素晴らしい魂との出会った思いである。 〜で、以下につながっていく。

・・・・・・
2018年01月13日(土)
閑話小題 〜コンニャク長屋ですか

   * 書きネタが無いと、御呼びですか!
大家さん: 書きネタが無くなると、御呼びですか。仕方がないがね。
熊さん: 北朝鮮が、オリンピックに参加だってさ。有得ないと思ってたがね。
寅さん: 精一杯の虚勢さ。まあ、物資不足は明らかだこそ、ここが土壇場。
    国そのものが張りぼて。よくぞ、やってるよ。そろそろボロが出るさ。
大家* 中国が、本気になってきたからね。そこに、韓国が抜け駆けをして、
   オリンピック参加の勧めの尻尾振りをしたから、アメリカと中国は動転?
   韓国も開戦ともなれば、百万、二百万の死者も出るから、解るがね。
八っあん: この時節に冬季オリンピックとは、何でまた?の疑問が残るね。
   ここまでは、手を出せまいという思惑のためですか。
熊さん: これほど辛辣な挑発を繰返したのだから済やしないよ。
寅さん: 何かマンジリしなかったが、数ヶ月の猶予期間を稼げただけでも
   良しじゃないかい。ただ間延びをしただけだと思うけどね。
八つぁん: どうも私たちの心の底には、最悪の事態を期待する悪魔が存在
   しているところがあるね。アメリカ人なら、まさか大陸間核ミサイル
   が飛んでくるとは思わないから、今のうちにヤッチマエと。
熊さん: どうも朝鮮半島問題は暗くなるから、大相撲の話題にしましょうや。
   といっても、これはモンゴル人問題になるか。 …でも気が晴れるね。
大家さん: 朝青龍と白鵬が長年かけてつくり上げた「横綱アドバンティジ・
   システム」が、露わになり、使えなくなったから、今までとは違うよ。
   これは八つぁんが創った造語だけど、ズバリ言当てているね。
八つぁん: それでもやってくる可能性があるね。貴乃花の母親に手紙でも
   出して、バラエティで10回、このキーワードを繰返せば、ポチとはいえ、
   立合いの張り手を禁止条項にせざるを得なくなるね。
熊さん: 「横綱アドバンティジ」の実情を聞いて、白鵬と遠藤の立合いを
   見てから、白鵬への見方が全く変わったよ。 大陸と島国の考え方、
   体質の問題になるよ。開放したのだから…云々か、日本の国技だから、
   島国用に合わせなければならないとか…。確かに難しいのは解るけど。
大家さん: 白鵬への大横綱とかいう特別視が無くなったのは大きいね。
   新弟子からして誰も偉大な力士と思わなくなってしまったのは、本人に
   とって衝撃さ。でも、その孤独こそ、最も大事なことだが、その自覚は、
   逆上せガエルになった当人には、土台、無理だろうね。
八つぁん: 今場所は、色いろな面で面白いだろうね。大鵬の孫もデビュー
   するしね。ところで、先日、元・琴欧州が開いた小部屋のブルガリア人
   の新弟子のドキュメントを見たけど、一人の新弟子の稽古の激しさが
   直接、伝わってきたね。土俵の中でのド突きあい、殴りあいだね。
   あれじゃあ、強くなるわけだ。
大家さん: 私も見ていたが… 他の部屋の幕下力士が「御前は気が弱い!」と
   注意していたのが、本人には堪えたようだね。「自分は東欧から遠来して
   いるだけでも気が強いはず。何で気が弱いと言わなければならないのか!」
   と…。 幕下力士は、「気が弱い」と、「気が優しい」の言い違いを 
   していただけ。気が優しいのは、気が弱いとは、違うのさ。
熊さん: こういう問題があるからこそ、面白いんだよ。白人、赤、茶色の
   人種が肌の色を超えて戦うからさ。俺も、哲学的になってきたね。

・・・・・・
5052,生と死をめぐる断想  ー5
2015年01月13日(火)
            『生と死をめぐる断想 』岸本葉子(著)
  *「いのち」に「わたし」がいっとき宿る 〜玄侑宗久
「而今」とは、今のつらなり。あるのは「今」「今」「今」だけである。
 禅とは、この「而今」を繰返づことで、「わたし」の輪郭を薄くする行。
成るほどである。今、この瞬間が永遠のときの一端がある。
瞑想は「わたし」という「閉じた系」から「いのち」を開放するものだと。
  ーその辺りから抜粋ー  〜P90
≪ 暗唱をしているとき意識は「而今」にあると、玄侑氏は言う。
「而今」とは目的論も因果律も届かないような、三昧にある時だそうだ。
たしかに、すでに口から出て過ぎ去った音を意識が追いかけたり、
次に出す音を頭の中で先取りしたりすると、とたんにつかえる。あるのは
常に「今」「今」「今」。音の連なりは、すなわち「今」の連なりである。
暗唱をするとき、その間だけでも「而今」を体験している。(略)・・ 
 玄侑氏も認めている。人間である限り「わたし」を完全に「なくす」こと
などあり得ない。であるからこそ禅は「而今」を繰り返すことで「わたし」
の輪郭を少しでも薄くしたいと願うのだという。
 玄侑氏が再三書いているのが、「わたし」と「いのち」の関係だ。
「いのち」は「わたし」の生れる前からある。
「いのち」に「わたし」がいっとき宿るのだと。
「いのち」が存在の実相で、「わたし」は頭で作り上げたフィクション。
 はじめにそう読んだとき、逆ではないかと私は思った。
「いのち」が「わたし」に宿っている、「いのち」が「わたし」の一部だろうと。
なぜって私の体の諸器官が停止すれば命は終わる。たしかに、私の体が土に還り、
その土から芽が出て、その草を虫が食べて、虫を鳥が食べてといった意味での命
の連続はあるだろう。が、それは灰を収めた骨壼も壊れて形をなくした後という、
相当に長い年月のことだ。頭では理解できても、実感からはかけ離れている。
植物も動物もひとつの生態系をなし人間もそれに属するもの、といった類の知識、
それこそ知性によってとらえられるものだろうと。
 自分の命があと数年単位なのか数十年の単位なのかと気を張っている、
そんな長いスパンの命のことを考えられない、という反発もあった。
が、往復書簡をするうちいつの間にか、「わたし」が「いのち」にいっとき宿る、
「わたし」<「いのち」という発想が自然なものになってきた。・・ 
それとは別に、「わたし」を超えた何かもっと全体的な何かがあるらしい
ことを感じるようになってきた。・・ ≫
▼ {「いのち」が存在の実相で、「わたし」は頭で作り上げたフィクション
 でしかない}という玄侑宗久の言葉に近い{大自然が元もと存在していて、
自分の姿を見いため人間をつくった}を、何かの宗教書で読んだことがある。
地球上に生まれた生命が延々と時間をかけて、この「わたし」が存在する。
その全てを経たものを「いのち」というなら、その「いのち」にいっとき
宿るのが「わたし」というのは当然である。死ぬのは、それから離れるだけ。


6512,読書日記 〜老化は治せる −1

2019年01月12日(土)

                 『老化は治せる』後藤 眞著
   * 老いは炎症、治せる病!
 図書館の返却コーナーで見つけて借りてきた本。カバーの背裏には、
<老いのメカニズムがついに解明された!老化の原因は炎症、ならば「老化」
 は治せるのだ。すでに医学の世界では、炎症の治療法・治療薬の研究が進んで
おり、「老化」はもはや治療可能な疾病なのだ。炎症と老化の関係に早くから
着目し、早老症、老年症などを治療・研究してきた著者がやさしく解説する
最新の「不老の医学」。「老化」を治して若返るための生活術も。> と。 
 何何…それは違うでしょう。老化は時の流れと同時に進行し、時の産物と
抗うことが出来ないと信じてきたのに? 
 以前から現在に足るまで、各種・健康薬品を何種類か飲み続けてきた。
早朝、直ぐに飲むのが生姜湯。寝る直前に飲むのが’キャベジン・コーワ’
(胃薬だが、整腸のため)。これにセサミンと、ヨーグルトと、ビタミンCの
喉飴を… 同級生などの知人が50歳代半ばから還暦辺りで次々と亡くなった。
生真面目!で、世間的に良い人! 群れに同化、その世界から一歩も出て
気晴らしができない共通点がある。ストレス発散方法が上手く出来ない。
心の炎症より、魂の炎症までいっている? それを知っていたため、青年期
までにストレス対策を意識し身につけてきたが、現実は甘くはない。
現実にトラの穴に落ち、追いかけまわされ、這い上がって来ないと… 
 Amazonのレビューの要約が、明快である。

≪  ☆ 常識を覆す一冊
 身体の最大の宿命は如何に有害な「炎症」を抑制するか、有害な炎症によって
身体のあらゆるダメージが引き起こされ、老化もそれに該当すると言う、従来に
無かった説である。よって殆どの病気の進展は炎症であり、炎症を制御すれば病気
は治せるし老化も抑制できる。炎症抑制の最たる薬剤は「アスピリン」であり、
アスピリンの発見経緯や効能について詳しく解説されている。健康の最大の敵が
炎症と言う病理現象であっても、それが全てではなく、まして「老化は治せる」と
いう表題はいささか売らんが為・目を引く為とは思うが、概ね得心する内容であり、
改めて健康と「炎症」の因果関係について考えさせられた良書である。
 ―
   ☆ 炎症とアスピリン
 炎症とアスピリンの歴史、および新薬の話題が主で、サプリメントや歯周病、
便秘、低体温の維持、睡眠の質、軟骨と筋力トレーニングなど、アンチエイジング
全般の話題へ。しかし後半の内容は新規性に乏しく類書からの参考程度。
 第二章の酸化コレステロールと動脈硬化について。活性酸素が血液中のコレステ
ロールを酸化させ、それをマクロファージが貪食する。次にマクロファージが炎症
を引き起こすタンパク質を周囲に散らす。やがてその周囲にマクロファージの死骸
が堆積し、脂肪細胞の塊ができる。さらに血小板が集まり血液を凝固させ、血栓が
でき、動脈硬化の完成。ここで、そもそも酸化した油を食事から摂取してしまうと、
それは体内で免疫システムから異物とみなされ攻撃されるために、根本は酸化した
油を摂取しない事では無いのか。抗炎症薬でどうこうする手前で対処しなければ
いけないと思うが、本書ではアスピリンやその後継となる新薬の話題が主であった。≫
―
▼ サプリメントを続けると、続けないとは雲泥の差が出る。ストレスを、酒と
 麻雀などで目先、散すのが一番悪い。その世界から一歩も二歩も出ることが、第一歩。
仲間内で、これで解消しよとするから、沈殿したヘドロが、爛れを悪化させる。
無知ということ? その必要条件が、ブラックアウトを(人知れず?)組込んで
おくこと。ある会?で当初の会員が20人いた5人が亡くなったが、その全てが??
そこに格差が、見てとれるが… シリアスといえばシリアス。足りない部分を何とか
世間術でカバーをしようと無理を重ねる。表向きのホワイトアウト! 
アメリカ大統領のトランプが、まさに、これ! ホワイトアウトで、ホワイト
ハウスとは、これ如何に! 成るほど。これで満足して人生を終えて、目出度し、
目出度しですか。 私のようにブラックアウトより、まだ、マシか! 
 自虐しかないでしょう。でも、魂の底からの自虐ってのは、なかなかの味! 
自虐は、魂への炎症の「アスピリン」だった? そう思えるだけ有難い。
 で、座禅とヨガに取り組んできました。  娑婆!

・・・・・・
6148,閑話小題 〜座禅は心の安楽死 ー3
2018年01月12日(金)       
        『坐禅は心の安楽死 〜ぼくの坐禅修行記』横尾忠則 (著)
   * 輪廻転生を考える
 輪廻転生は如何だろう?『遺伝子学の論からすれば遺伝子が自ら生延びる為に
生物の身体を乗換えるという。 己の身体の中は、数知れない遺伝子から成り
立っており、己が消滅しても遺伝子は子供を通して次世代に受継がれる。
この身体は両親の結合で生まれ出てきた。宇宙開闢以来のたった一つの生命。
しかし、アナザーワンの一つ。輪廻転生は疑問だが、似た存在と、己と何が違う
というのか?」 しかし、父親の死をまじかにし、思いもしない霊体質を10数年、
持った経験がある。幽体離脱とか、幽霊らしき存在の実感とか… それもあって、
著者の『輪廻転生論』に共鳴するのだろう。面白いところでは、アフリカからの
帰路の飛行機内で似たような経験がある。疲れ切った中の夢で、自分の身体が
地面から浮遊していく。ハッとして地面に戻ろうとするが、機内の足元も消え、
空中をタダ独り、ふっ飛んでいる。その恐怖感は極限を超えていた。
 私より霊体質が遥かに大きい人の体験談、実感は、説得力がある。
これも、夢、霊感の言葉を切口にした‘内観’になる。
<内観ばかりしてないで、外観? をしてみたら> ていう貴方へ。
<外観しかできないアンタ、内観をしたら!>  野暮ですか?
  〜その辺りから〜
≪ 肉体で、現生にいることは確かに苦痛である。因果のサイクルから解脱
 しない限りわれわれはいつまでもこの世に生れてこなければならない。
この世は、神の国に入るための修行の場である。この修業の場で修行を怠れば、
永遠に神の国に入ることが許されず、魂までもこの世から消滅しかけない。
これ以上の不幸はどこにあろうか。肉体であろうと、魂であろうと、この宇宙
の何処かにあることは素晴らしいことである。肉体でいることがたとえ苦痛でも、
あの霊界に閉じこめられているよりましだ。果たしてどれくらの時間、霊界に
いたのだろう。… 
 神の国にいた者も選ばれたものでなければならないが、転生してくる者も
霊界の試験のパスをしてもう一度修行するためにこの世に、選ばれた者ばかり。
このように考えると、この現象界は魂を向上させるための場所であるともいえる。
われわれは過去世から因果を背負ってこの世に転生してきている。一日でも早く、
因果を帳消しにして神の国に入るべきである。その為に、神は善を与えている。
しかし、一方に善を試すために悪を与えている。
 輪廻転生のない唯物的な一回こっきりの人生なら神はわざわざ人間に善を
与えなかったはずだ。一回こっきりの人生なら好き勝手にしてエゴイステック
に生きればそれでいいはずだ。人間に理性があるのは人生が一回性でない証拠
である。たった一回で、人間は悟れないことを神は御存じだから、数多くの転生
を繰返す中で、善悪の何かを悟って、最終の人生で因果から解脱をして神の国
の住人になるのである。まことに気の遠くなる話だ。自分のことを考えると
怖ろしくなる。一体あと何度転生を迎えればぼくは因果のサイクルから抜出せる
のだろう。あの恐ろしい霊界に再び戻らなくてはならないのかと思うとぞっと
する。なぜぼくが霊界を恐ろしいかと思うかというと、現在の自分の本性を
よく知っているからである。なんともいやな自分である。こんな粗雑な罪深い
自我が霊魂になった時、霊界で体験するビジョンを想像しただけで、身の毛が
よだつ。『チベットの死者の書』では、「汝は肉体を持っていないのだから、
たとえ身を切られようと恐れることはない」と諭している。
しかし、たとえ肉体がなくとも肉体感覚だけは残っているはずだ。よく夢の中で
体験する恐怖がある。あれに似た様なものだろう。いや、あれ以上に増幅されて
いるはずだ。人間は死ぬと天国か地獄に行くといわれる。天国も地獄も、その
人間の因果次第であり、全て想像が作るビジョンである。これはあくまで幻覚で
あるが、霊の世界ではすざましいリアリティを持っているはずだ。夢が幻想で
あるにもかかわらず強いリアリティを持っているように。… ≫
―
▼ 前準備を含めて50年以上の実務を終えて第二か、第三の人生を踏み出して
 7年間、心の底では輪廻転生を繰返していたような。因果応報のカエリ矢が、
次々と… これでも、後味の悪くなることは、極力、避けてきたが。
恐ろしい自分の言葉の刃が、自己被虐、自己嫌悪として向けられる。成るほど、
現生だけでは解決できないはずだ。 ヒトラー、スターリン、毛沢東を考え合わ
せると分かるだろう。殺した数だけ、転生が必要である。生臭い彼らの魂が、今
でも漂っているとすると…。心に疚しいことは最小のはずだったが 娑婆娑婆!
 
・・・・・・
2001/12/19
[70] 夢についてー2
 「何か欲しい!とか、どこかに行きたい」といかいう夢と、夜見る夢との
共通点が非常に多い。トイレを探している夢は目を覚ますと殆どトイレにいき
たい状況である。 次の夢は不思議な不思議な夢だ。‘母とか父が死んだ後も
自分のなかに生きている!’というが、私にとって、夢の中で、実際生きている。
痴呆症になり幼児に退行した幼児に変身した母が出てくる。それは正しく母が
私の中で事実生きているのだ。 ↓に以前書いた文章をコピーしてきます;。
――
2001/12/19
[69] 夢について−1
 夢分析も非常に奥行きの深いテーマだ。
年に一〜二回熊に追われている夢を見る。熊に追われて二階‐三階の部屋に
逃げるが、どこまでも追いかけてくる。そこで目がさめるという内容である。
熊は現実の問題の変形、逃げているのは恐怖心・不安である。誰も?経験する
夢のようだが。 一度凄い夢を見た。
 以下、10年以上前に社内報に書いた文章をコピー。
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霊的体験‐                 
平成4年 7月
 二十年近く前になるが、父の死後の四九日まで何度か不思議な体験をした。
死後一週間後位か妙な夢。私自身が父の気持になり “死にたくない。もっと
生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢。
 夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が
自身で、実感できたのである。 父が‘なんだ自分はこうして生きているでは
ないか’という内的実感。夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になった
という不思議な実感。恐らく経験した人間ではないとわからない。
 その二〜三日後の夢も強烈な夢(?)。何やしら強烈な恐怖感が覆ってきた。
その時、父のベットで寝ていたが、思わず“おやじ助けて!”と言った瞬間、
廊下の向こうにある仏間より強烈な“引力”が足をひっぱられた瞬間、ベットに
しがみついた。 その時、隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。
全身汗びっしょりであった。まだまだ不思議な事が多くある…。 
あれ以来最近は少なくなったが幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。
                            2001/06/30
ーー
2003/04/25
不思議-シンクロニシテー
・以前にもシンクロニシティーについて書いたが、また書く。親戚の葬式で
不思議なことがおこることが多い。不思議な現象で特に多いのが虹だ。5~6回
はある。先日も葬式から帰った後に散歩にでると、過去15年以上を散歩をして
いるコースで初めて大きな虹を見た。 ああまた出たという感覚である。
 その中で一番凄かったのは、7~8年前に義父が亡くなった時のこと。
葬式が終わり柏崎から車で帰ってくる曾地峠で虹が7回も次々に出て、その下
を通ってきたのだ。曾地峠は過去に数百回は車で通っているが虹が出たのは勿論
はじめてである。 
・前にも書いたが、ゾクッとしたのは8年前、近くの分家にあたる従兄が自死
した時のある現象である。納棺の時に、突風が自宅に吹き込み桜の花吹雪が
舞い込んだのだ。写真を撮っていたが、汗びっしょりになっていた。
そして納棺が終わると同時に、その突風が止んでしまった。
天気予報で午後の三時過ぎに突風が吹くといっていたが、納棺の時間が偶然に
一致したのだが。死ぬ前日に桜の花をいっぱい撮っていた。
こういう現象を、ユングが「意味ある偶然の一致」といっている。
・涙雨というのは昔からある。晴天でも葬式の時だけ雨が降る現象だ。
それなら大都会では毎日降っていなくてはならない。自然に囲まれた地方に
おきやすいのだろう。人知のはかれない何かがあることは間違いない!
――
H0511妙な夢―(�機�  
・ある夜半、自宅のどこかで音が聞こえた。泥棒ではないかと起きようとする
が半睡眠状態で身体が動かない! 起きよう起きようとしているうちにスーッと
身体が起きて廊下に出て、居間に行き、台所を通り、寝ていた部屋へ一周しても
どってきて布団に入る。ところがである。自分の肉体は反対側の向きでねている。
まずいと思い反対側にねがいって自身の肉体と一緒になるという夢(?)。
これが単なる夢か幽体離脱七日まだわからない。
・また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて
(そのまま水平にいて)下をみると自分の肉体が下にみえる!直観的にまずい
と思い下にもどろうとするがもどれない。かなりうなされていたと思うが?
何年か後に誰かにきいたが、霊現象の一つで、よくある事だそうだ。
・こんな事もあった。これは夢ではないが屁の天井や床の下四ケ所で次々と音が。
はじめは気のせいか夢かと思い、じっくりと観察を数夜してみたが、夢ではない。
当社の税務事務所の応接間でも同じ現象があるそうです。
――
H0511妙な夢―(�供�  
・秋葉原のワシントンホテルに泊まった時の事、夜半、何かの気配に横を見ると
女の人の顔が浮いている。夢だろうと腕を抓ったが痛い。 これは面白いと、
じっくりとみた。 全体が白光色の黒髪の27-8才位の、のっぺらした美人。別に
恐ろしいという事もなかったが顔ははっきりと憶えている。ところが何年か後に、
会社の人にその話をしたところ、“それってみんな同じ顔をしているんだよね!”
といわれ、はじめてゾーッと。
・またこんな夢もある。夜半目がさめて寝むれないので、般若心経をとなえて、
ウトウトした頃、急に別空間にひきずりこまれそうな感覚になり、まずいと中断。
あの別空間は“別宇宙”“ブラックホール”的イメージであった。
・その前後の夜半に夢で宇宙船みたいなものが近くおり、乗れという。
これも乗ったら危険と直観し去けた夢。あれに乗ったらどんな景色がみえた
のだろうか?単なる夢とかたずけられない妙な実感があった。


6511,閑話小題 〜「シュガーベイビー」 再び!

2019年01月11日(金)

    * 父が愛人を持つ子供心は
 10年ほど前に、40年ぶりに学生時代の友人二人と東京で再開し、酒を交わした
ことがあった。それぞれの歩んだ人生を語りあった中で、その一人が思いがけない
告白をした。卒業後、一般会社に就職。その後、カメラマンを目指して数年間
AD(小間使い)をしていた頃に、父親の愛人の存在を知り、大きなショックを
受けた旨の内容。父親は既に亡くなっているが、当時、母親は健在。かなりの
資産家だが、それをワザワザ話すということは、その衝撃は並大抵でないから。
砂を嚙むような思いだったのか? 私の父は、明治生まれの堅物で浮いた話は
全くなかった…。彼の母親も大変だったろうが、子供にとっても耐えがたいこと。
家庭内には何か大きな問題がある… それを察知して世間話を楽しむのが世間人。
 一度、その外側から、例えば、他宇宙、宇宙の果て、地球の外、国外、県外、
市外、生活圏の外から、見直すことが「哲学」。その積み重ねが教養ですか。
 ほんの数時間前の夜半、漆黒の中を渦に突き進むイメージしながら、行き先の、
他宇宙に吸いこまれる感覚を持ってみた。繰返すうちに寝入ってしまったが、
熟睡から起きた時間が、想定の一時間もオーバーしていた。
これって「死にいく予行演習」ですか。
 また外から内というと、個人と、他者の境の問題にもなってくる。
性欲からの「想い」の比重が大きいのが恋人。複数の金銭を含めて契約をする
のが愛人。大方は1〜2回の渡り鳥を選ぶ?… 恋人で終わる術を身につけるか? 
愛人を持った上に、複数の子供を持った人を多々?見かける。何れも、スリル
と、サスペンスがあるようだ。恋人以上、愛人未満の役割を難なくやるのが、
ホステス、ママの腕前。 駅前キャッチのインタビューTV番組、
『家まで付いていってイイですか?』で、キャッチされた人のよさそうな
ホステスが自室で曰く、
< 私、彼氏を持たない主義。客とは枕はしないが、サークル会員と
 呼ぶ人は数名いるの。将来、酔客対象の家庭料理の店を持つのが夢。> 
取材者の素朴な問いかけ「サークル会員とは、如何なる人ですか?」に、
口を濁す。「枕をしない」とは、代償に直接の金品のやり取りをしない代わり
に、プレゼント〈客の使命料、隠れチップ、アフターとか、日中のデート?〉
を貰う人。プレゼントは直に中古買取専門店に… 夜の巷の狸と狐の騙しあい。
学生時代の友人が、当時の女友達と結婚、伊香保温泉の旅館に婿養子になった
と聞いたので、東京帰りに立ち寄って一泊したことがあった。 年増芸者が、
深夜の酔客専門の居酒屋をやっている店が面白いと、連れていかれたが…
 一般人からすると、その世界の内情は異界そのもの。若旦那なればこそ、
話したのだろうが、『 …誰誰が廃業して蒸発したでしょ。あれって○○って
芸者にね、喰いつぶされの。これまで他にも何人もね… 』の類の話が次々と、
で、足は股間に。何でまた(股)… 凄みありすぎ?でチジミ上がっていた。
東北大震災で九死に一生を得た友人と、廃業の二年後に、同級会で40数年ぶりの
再開した。その時の一声、『あんたは、何があっても大丈夫。そういう男だった
もの!用心深くて、深みに嵌らない。失敗しても、直ぐに元に戻る!』 
成るほど、そうか? と。 裏側ではのた打ち回っていたが、隙を見せられない
のが大家族の末っ子の知恵。そのままの姿が学生時代にもあったようだ。

・・・・・・
5415,だれもわかってくれない ー��
2016年01月11日(月)
      『だれもわかってくれない』ハイディ・グラント・ハルバーン著
   * パワーレンズ
 パワーを有効に引上げるには、よりパワーを持った人やグループに認められる
必要がある。そのためには、対象のパワーアップの手助けが可能と、アピール
する必要がある。企業採用も、昇進が、これである。 社会も、結婚生活も、
パワーバランスで成立している限り、パワーを持つこと、それをデスプレーし、
アピールすることが必要である。 ーパワーレンズー項目の要約よりー
≪ ★ パワーレンズレは、誰でもつけたり外したりするのです.
 ★ パワーを持つ人は、あなたのことをきちんと認識してくれません。
  その理由は多くの場合、相手が自分の目標達成に集中していて、ほかの人
 の問題や考えにまで気がまわらないからです。ショートカットを駆使して
 大まかに理解するので、他者の複雑で微妙な点までは目に入りません。
★ パワーは状況によって変わります。ある時点であなたよりパワーを持って
 いた人が、別の状況ではパワーが低下することもあります。パワーは動的で常に
 変化しているので、「パワーレンズ」は、誰でもつけたり外したりするのです。
★ パワーを持つと、ステレオタイプや先入観により強く依存するようになる。
 パワーのある人に自分を特別な個人として認めてもらうことは至難の業。
★ 大きなパワーを持つ人が他者について的確に理解しようとするのは、それが
 自分の目標達成のために必要なときです。だからこちらが有用な存在、つまり
 相手の目標達成を助ける人になることが大事です。そうすれば相手は、時間と
 精神的エネルギーを使ってあなたを正しく見極めることに意味があると思って
 くれます。 ≫
 ―――
▼ パワーは集中と、その維持の中から生まれ出てくるため、アップ続ける
 には、長年かけること。生きていく必要条件である。そのパワーも、所詮は、
直ぐに消え去る一現象。特に女性の伴侶選びは、一生を左右するため、シビア
なレンズになっている。で、一生かけてパワーを吸取られる浮世の無限地獄。 
結果、自律神経失調症など精神がやられる。その対策として、独りを楽しめる
ライフワークが必要となる。一番、手っとり早いのが、読書だが・・
・・・・・・
6147,読書日記 〜座禅は心の安楽死 ー2
2018年01月11日(木)     
        『坐禅は心の安楽死 〜ぼくの坐禅修行記』横尾忠則 (著)
   * 寿命は70〜80年で丁度よい
 それそろ寿命の尽きる御年頃に入ってきたが、この辺りが消え時だろう。
80歳後半ばまでとは思わないのは、長年の不摂生のため、そこまでは到底無理
と直感している心の保険かも…。<古希を過ぎれば皆、同じ>が、現在の心境!
 〜80歳適正寿命説を著者が理路整然と説明する。
≪ …人間は死を迎えてやっと一段落するのである。もし人間の一生がが5百年
 もあれば、今のボクなら、その途中で狂人になってしまう。人間がもっと進化
していれば別だが。進化していない状態で、こんなに生かされてもどうにもかな
わない。第一、5百年の間、毎日毎日他人と競争し、妻と憎しみあい、金儲けを
考え、―ああ、考えただけで気が狂うじゃないか。5百年の間に作った因果の
重みを一体どのように処理すればいいかというのだ。
 今の人間の進化状態からいえば7、80歳の寿命が限度であろう。
死ぬことによって一旦ひと休みをして、前世の記憶を一切合切、きれいさっぱり
忘れて、別の顔と別の名を持って、新たな環境に生れてくるのが一番いいこと。
前世を忘れると同時に人間は死後の世界で経験してきた様々な出来ごとも忘れて
転生してくる。もし、憶えていたら、彼の一生は大混乱を起こすだろう。…
 …人間の想念というのは波動だと思う。幽霊は波動の塊であろう。言い方を
かえれば想念の塊ということになる。強い想いを持ったまま死んだ人間はその
時の想念がそのまま霊魂の中に残され、それがしばしば形となって三次元世界に
物体現象を起こすようだ。… ≫
―
▼ 17年近く連載してきた随想日記のHP。今生の想いの墓場として、全霊を入れ
 書き続けてきた。『私には生霊の墓参りをして貰った方が向いている』と… 
これで。 その時々の想いは死んだ後でも残るが、「生前に御参りをして貰って
いるのだから残す必要もない」ともいえる。 数年は残すが、5年後以降は
息子の判断で消去してもらう…。 その間は、魂は生き続ける? 毎日、自分
の17年分の‘生霊’を成仏させている、現生霊。 明日になれば、ただの笹音。           
・・・・・・
3578, 10年一昔というが ー2
2011年01月11日(火)
 この10年で、デジタル機器が飛躍的に進化し、パソコンや携帯電話などで
ネット社会が出現。地球上の人たちのあり方を根底から変えてしまった。この間に
ブログが世界的に普及、誰もが個人サイトの発信基地を気楽に開けるようになった。
更に携帯電話機能が飛躍的に性能アップ、そこにインターネットが接続され、
ミニ・ブログのツイッターが受発信と、Youtubeで世界中の動画の受発信が可能に。
これらがグローバル化を押しすすめる結果となった。
この10年の潮流を知るために、大きな出来事を重要順に選んでみた。
 ー2001年〜2010年、世界10大ニュースー
1、2008年のリーマン・ショック 2、2001年の9・15テロ、アフガン、イラク戦争
3、ネット社会の出現      4、デジタル機器の飛躍的進化
5、3,4の結果、世界のグローバル化、フラット化が進む
6、インド洋、中国・四川、ハイチ大地震などの大災害が相次ぐ
7、アメリカで初の黒人大統領が選出 
8、中国・インド・ブラジルなど飛躍的経済発展 
9、電気自動車がクローズアップ、今後の重要産業に目される
10、環境問題が待ったなしに!その一つとして原発開発の機運が世界中に高まる
 この主な出来事をみても、10年前では想像を絶する現象が、
たて続きに起きている。今後10年は、これより激変が起こるとみると、それは
想像を絶することになる! 分かっていることは、「この現象は百年単位の変化
の現象でなく、数千年、数十万年単位の変化の入り口に入った」ということ。
それからすると、この変化は恒常的に続木、その結末として人類の歴史は、
それほど長く続かないと見るべき?
・・・・・・
4318, 幸せはいつうもちょっと先にある −6
2013年01月11日(金)
     「幸せはいつもちょっと先にある」ーダニエル・ギルバード著
 * 意外と知られてない事実ーすべての人は自分を特別存在と思い込んでいる
心の奥を覗いてみれば、「みんなが大将」である。 但し皆が、それを隠して
いるので、そう思っているのが自分だけと思っているから始末が悪い。
人より優れてないと思わないまでも、自分は他人とは違った世界を持っている
と自負している。 −その辺りの心理がリアルに書かれてある
≪ あなたがほとんどの人と同じなら、ほとんどの人と同じように、自分が
 ほとんどの人と同じだということが分らない。科学は平均的な人について、
たくさんの事実を明らかにしてきた。なかでもとくに信頼できるのが、
「平均的な人は自分自身を平均的だと思っていない」という事実だ。
ほとんどの学生が自分は平均的学生より頭が良いとおもっているし、
殆どの営業部長は、自分は平均的営業部長より能力があるとおもっているし、
殆どのフットボールの選手は、チームの他の選手より上と思っている。
・・皮肉なことに、自分を平均以上だと考える偏見は、自分を平均より偏見の
少ない人間だと考える原因にもなる。 ある研究機関は、こう結論づけた。
‘ われわれはたいてい、自分が平均的な人より運動ができ、頭がよく、
几帳面で、道徳的で、論理的で、面白くて、公正で、健康で、(もちろん)
魅力的だと思っているようだ’ 自分を他人に勝るものと考える傾向は、
自分を他者と違うもの(ー勝るものも多いが、劣るものもあるー)と捉える傾向
の一例かもしれない。人は寛大さについては、他の人より数多く寛大な行為を
していると主張する。ところが、身勝手について尋ねられると、他の人より
数多くのしていると答える。車や自転車の運転といった簡単な課題に対し、
その能力は優れていると答えるが、ジャグリングやチェスといった難しい
課題をこなす能力は、劣っていると評価する。 ≫
▼ 勝っている部分が少ないと、自分は他者と違った特別の存在と思い
 込もうとする。そのために特別な方法をとりたがる。この随想日記からして、
まずは、そう。「12年間近く、これを休むことなく書き続けた。凄いだろう!」
という気持ちが何処かにある。「48回も世界中を旅をし、それぞれの地域から
見れば、私の生活圏も同じように変わったところでしかないことを体感してきた。
それが私の大きな財産!」とか、まあ、心の奥の馬鹿くさ! 所詮は石ころは
石ころとして、自分で自分を慰めるしかない私が、ここにいる。大津波か何か
知らないが、挫折を、「外海に大津波がきているのが見えて、その本体の巨大
津波で浚われる前に、事業整理をした」とか何とかを、恥ずかしげもなく
ブログに書いている有様。まあ、読んでいる分には面白いだろう。 
ただ、面白がっている方も大して変わらないのを知ればこそ書いている・・
ある人が面と向かって、「私は特別な存在!」と確信を持ち言われたことがある。 
純粋か無知なのか、本当にその通りかマジマジと、半ば呆然と顔を見た。 
これからすると、その人は、心の内を正直に述べただけ。 どう見ても、
そうには思えなかったが! 考えてみるに素直なだけ。その人、誰も、そう
思っていると知っていたら、言わなかっただろうに。そこで、これからは
魂を込めて一人ずつ誉めることにした。心の奥の魂には、魂を込めないと。
 独身時代、美人が大好きで、タイミングをみて、「あんた美人だね。私は、
実は美人大好き!」と軽くいっていた。ポイントは一回だけ、こっそりと。
この感覚で人を誉めろ、ということ。人生を振り返り、もっと誉めれば
良かった!ったく。 ところで私がやたら誉めると私らしくないのが問題。 
どういう人生を生きてきたのか、この男。 母親が還暦のとき、「子供たちは、
みんな感謝している。ただ誰も口に出さないだけ」と、言ったら、
「生きてきて良かった!」と。歳をとるにつけ、それがだんだん言えなくなる。
そうそう言ってはならないが・・ 言わなければならない時もある。      
・・・・・・
5050,生と死をめぐる断想  ー4
2015年01月11日(日)
   * 免疫学者・多田富雄の受苦
 7〜8年前、『「生と死をめぐる断想』でふれた「多田富雄の生死の淵」を
取り上げたNHKドキュメントを見ていた。そこで、自分の中の「新しい自分」を
「鈍重な巨人」と名づけていた。全身全霊だからこそ、内なる巨人が現れ出る。
「受苦は魂を成長させるが、人格まで破壊するから頑張っている!」が良い。
  ーその辺りを抜粋するー
≪「にもかかわらず」の哲学を実践したと思える、免疫学者の多田富雄がいる。
1934年生まれ。医学の道に進みながら若いころから専門の研究のかたわら文章を
著し、さらには能を創作し自らも小鼓を打つなど、旺盛な表現活動をしていた。
2001年、脳梗塞に倒れ、一命はとりとめたものの、右半身の完全麻痺と嚥下障害、
言語障害という重度の後遺症が残った。多田にとって右手は利き手であり、
字を書く手だ。その自由と声とを失ったのは、表現とコミュニケーションを
奪われたに等しい。どうにか自由になる左手でパソコンを覚えようとする。
利き手ではない上、それまでパソコンを使ったことがなく、わからないところを
口で訊くこともできないから、習得は困難を極めた。それでも少しずつ文字が
打てるようになり、執筆を再開。その頃のことをうった文章では、もどかしく
遅々とした歩みを「鈍重な巨人」に喩えている。「私の中に、何か不思議な
生き物が生まれつつあることに気づいたのは、いつごろからだろうか。
初めは異物のように蠢めいているだけだったが、だんだんそいつは姿を現した。
まず初めて自分の足で一歩を踏み出したとき、まるで巨人のように不器用な
そいつに気づいた」。「私はこの新しく生まれたものに賭けることにした。
自分の体は回復しない巨人はいま形のあるものになりつつある」(略)・・
 自分の中に「新しい人が生まれる」のだ。緩慢で寡黙で、そしてときどき
転んで多田の体に痣を作るなどして、彼を裏切るその人を、いとおしさも込め
て「鈍重な巨人」と彼は呼んだ。 やがて多田は音声合成装置を用いて発話も
できるようになった。文章の執筆の他、能の創作も再開、車椅子での出かけも
はじめた。その多田に、さらなる試練が降りかかる。2005年に前立腺がんが
見つかって、手術をするも少しずつ進行し、転移による胸膜炎で2010年死亡。
 ・・リハビリの中で、努力を続けるわけを彼は次のように述べる。
【 受苦ということは魂を成長させるが、気をゆるすと人格まで破壊される。
  私はそれを本能的に逃れるため頑張っているのである。】 ・・≫
▼ 4年前からの御隠居生活の環境で、新しい自分が動き出した実感がある。
 それは、風によって、行き先が変わる「羽毛のような天使」のように宙に
浮いたよう。一歩間違えると、人格まで破壊されるマイナーのエネルギーの風
でもある。私も愛情を込め、内なるこれを、『羽毛の天使』と、呼ぶことに。
コヤツ晴れた日は良いが、雨風にねっぽう弱いが、過去未来に平気で飛んでいく。
そして、私と娑婆には、いやに冷淡?である。

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