|
堀井On-Line
|
2018年11月09日(金)
* 秋晴の、非日常のドライブの旅 昨日の9時ごろ、急に家内が 『湯沢苗場のドラゴンドラの紅葉が素晴らしいとTVで見てネットで調べたけど せっかくの秋晴れ、今年最終の紅葉でも見に行かない! 今日、行かないなら 明後日に独りで、‘普通列車・二日間乗り放題のチケット”で行くつもり。 どうする? あんたはせいぜいスポーツジムに行くくらいでしょ!』と。… この数日、腰痛も出ているが、この秋晴れ! 車で遠出のドライブも、この 数年してないし、湯沢なら丁度よい距離。 途中で気が変わったら、川口の棚場 で鮎でも食べて帰ってくればいいと、日常生活に非日常の「苗場の紅葉かりへの ドライブが決まった。全く知識も情報なしの突然の出来事。 苗場の西武プリンスホテル近くの駐車場にある受付で、入場料2600円を払い、 ロープウェイの乗場まで5〜6分ミニバスで送られ、待つことなく4人乗りドラゴン に2人が乗せられた。 全長は5,481m。日本最長の苗場ドラゴンドラ。片道の乗車時間は25分もあり、 秋の紅葉が素晴らしいと… 2600円は、ちと高いが、これだけの景色なら良しと しなければ。麓は、まだまだ紅葉だったが、登るにつれて、ほぼ紅葉が終わって いたことに気づく。それでも、全く失望しないだけのパノラマが広がっていた。 車で二時間なら来秋の10月半ばに来るだけの価値はある。 成るほど、「よく見れば薺花咲く垣根かな…」。 10時に出発、宮内の青島でチャーシューラーメンを食べ、帰宅したのが17時半。 7時間半の非日常の世界の物語。 家内の突然の提案後、30分ほど間をおいて 考えたのが、 <この年齢、何があっても不思議でない、次の機会は、あるかなし! いま行かないと後悔、先に立たず。そうして、今まで生きて、今さら 何を躊躇する!>の大げさの内語。 突如の決心の場合もあったが…
☆ 『今日か、明日行きたい?』 『是非行ってらっしゃい。そこでなくとも!』 『次は、ほぼ無いですよ』 若い人ほど、それが言える! 『いま、しておかないと、永遠にしないことになりますよ! 今しておく 繰返しが、人生。老いてからの後悔ほど、哀しいことはない。』 それにしても、老いは哀しいものです。無為の人生。その内側たるや!
誰に言ってるの? 自分でしょ。自分へですよ。 何か間違えてるっじゃ ないですか? さて、ポタリング! へ。
・・・・・・ 5352,浅田次郎の人生相談 ー日々を無気力に過ごしていますー 2015年11月09日(月) ー『世の中、それほど平等でない』浅田次郎著 * 旅すれば、内向きの自分が解放される 学生時代の二年まで、学生寮とクラブの世界で、都会生活の日常に飽き あきしていた。しかし、二年生の夏休み前に(何度か書いた)、人生の将来 設計のレポート提出を、「キリスト教倫理」の教授の宿題を出されて、 自分の先行きを人生で初めて真剣に考えて提出をした。タイミング良く、 その夏休に、寮の(10年位年上)先輩夫婦が、軽井沢の『友愛山荘』という 宿舎のペアレント(管理人兼マネジャー)をしていた因縁で、二年先輩の Kさんと、手伝いにいくことになった。ところが、その一ヶ月間の、楽しく、 面白かったこと、この上なかった。若い女性が何かロマンを求めてくるのを 相手に、夕食後、歌ったり、踊ったり、ゲームの相手をする。 それまで、 寮も、クラブも男所帯が、全く違った世界の日々を味わうことになった。 その時の、ある出会いで、翌年、「30日間・欧州一周旅行」に参加する ことになり、人生観が一変した。 寮に、クラブに、クラスに多くの友人が 存在していたし、進級ごとに、アップスケールをしていた。要するに、 恵まれていた。 〜まずは、その辺りから〜 ●質問: 日々を無気力に過ごしています(19歳男性・大学生) ≪「この春から上京してきましたが、大学デビューに失敗し、自宅と キャンパス、あるいはバイト先をただ往復する毎日を過ごしています。 夏休に入っても、サークルにも所属していないし遊びに行く友達もいません。 このままではまずいと思うのですが.何かきっかけが欲しいです。≫ ●回答: 旅をすれば、内向している自分が嫌になる ≪・次郎: バイト代貯めて旅行でもなんでも行ってくればいいじゃないか。 何をうじうじしてるんだ。若い人はね、外国へ行くチャンスがあったらどん どん行きな。僕らのころは高くてなかなか難しかった。ここまでいろいろな 投稿を見て感じるけど、細かいことでぐずぐず悩んで内向している人、多く ないか? そういう人は外国へちょっと行ってこいって。自分の心が開かれる。 外国がいいってわけじゃないけど、内向している自分が嫌になるよ。 それは旅の功徳です。 ・太朗: 国内旅行はいかがでしょう? ・次郎: 国内旅行はもっと大切です。若いうちに遠いところだけ旅して 日本のことを知らない人は、結局外国に行っても何もわからない。 近いところから遠いところに足を延ばしていくというのが、理想的な手順では あると思います。まあ国内でも海外でも、自分の知らなかった世界に触れて、 小さい自分を吹き飛ばしてきなさい。行ってらっしゃい。≫ ▼ 大学の醍醐味は、サークルである。そこに入らないと面白みは半減して 当然のこと。まだ遅くはない、何かのクラブでも、ゼミに参加すること。 そして、大学生活の目的を早々に定めることだ。学生時代の4年間は、あまりに 短すぎる。 大学は各地の様々な人が、学問を学ぶという建前で、自由に学び、 遊ぶところ。とにかく、クラブに入ること。胸襟を開いて、対話が出来るのは、 この時期ぐらいである。 世の中には、本当に「変わった人」が、多くいる。 その一人が「自分」でもある。そこで自分の硬いバイアスに気付くことだ。 そして、これを一生かけて壊し続け、新たな自分を導きだしていくのが人生。 今さら、その手を緩めることなど、出来ようはずはない。 先回で、少し下げた目標回数50回目のツアーに行って、自己を達成した。 若い人だけでなく、外国からの視線で逆照射をして、自分と、所属する世界を 見直してみる必要がある。そうすれば、9割以上を占める、『世間人』の バイアスと共に、己の枠が鮮明に浮び上がってくる。それに、少しでも気づく か気づかないで、その人生は変わってくる。 私の人生で、20歳の頃に、 そのバイアスが、一度、粉々になったのが、人生で一番の収穫だった。 『世界は広く、深いこと』に、まず気づくことが大学生活の絶対なこと。 その為には、ありきたりだが、『感動、感激、感謝』の質量の絶対量を 確保することだ。 それは日常には無い。それは、『非日常』に埋まっている。 学生時代は、人生の中では『非日常の時節』である。それは自ら探さなければ。
・・・・・・ 4987,閑話小題 ー一日の閲覧者が、実は7倍の350! 2014年11月09日(日) * 一日の閲覧者が、実は7倍の350だった! 晴天の霹靂である。Yahooの「バードウォッチ」が20〜40の閲覧で、 エンピツのサイトが40〜50の閲覧。これは重なっている。それからみて、 「Hatena::Diaryは、同じだろうと、検索数を、バックアップ用 でもあり、開設以来の7年間、一度も調べてなかった。 ところが数日前に何気なく調べたら、(総検索数を7年×365日で割った) 一日、300近く。何かの間違いだろうと、この数日、日ごと調べたら、 7年間の平均と同じ検索数。多くて50〜60と信じていたが、実際は350 の検索があったのである。見続ける多くが決して好意的でない? とすると、 少し恐ろしい気がする。悪意の視線を意識してはきたとしても・・ 学生時代から、こと批判に関して、多くの人に重すぎる?と言われてきたが・・ 何気なく知人に聞くと、殆どが見続けているという。それにしても50〜60 は少ないと思っていたが、実は7倍の350以上の閲覧とは驚きである。 未来の自分への憶え置きと、毎日の出来事と、読書などの雑記帳として、 墓場として、書いてきたため、あけすけの内容になっていたが、周辺の知人 の50〜60人なら、まあ、いいだろうと・・ 全力で親しい友人に「とっておきの話をする感覚」で、5000日近くも、 面白おかしく書いていれば、この閲覧数は不思議でないが。それも三年半前 からは、ライブで、めったにない特異体験の生中継である。血だらけの手 (こころ)で、有りのままを、その血で書いていれば、第三者からみたら、 これほど面白い内容はないだろうし、心の歪みの露出が、そのまま現れ 出ている。特に、その特異の歪みが面白いのでは。 ところで10年位前、毎日新聞の記者から、何気なく書いた内容を指摘され、 「それを更に聞きたい、それにしても凄いことを書いてますね!」という 電話があった。そこで慌てふためき内容を書き直したが。もし積極的にネット 上に打って出れば数千は可能?ということか。間違えても、出るつもりは ないが、もしかして心境の変化がある? それぞれが特異点であり、 そのままを書けば、特異のブログになるはず。 < ところで、こうとも考えられる。10数年分の随想日記が、 コピーしてあるため、「Hatena」の読者のキーワードにヒットしていて 大部分が見てない可能性がある。いずれにしても、ネット上は、こんなものか> ・・・・・・ 6084,閑話小題 〜珍獣とチンころ ―2 2017年11月09日(木) * 対話は続く 「珍」とは、他と変わった差異のこと。差異を検索すると、 【ある物において、外の物と異なる(比べてみて同一ではないこと)点、即ち、 ある観点で同一の特徴を持つ事物の間にある自己を区別する別の特徴の事】と すると、誰もが、珍ころ、珍獣ともいえる。この言葉は、かけ合い漫才形式で、 面白可笑しく、解りやすくするため考え出したもの。大勢に流されて何も考え ようとしない俗にいう「世人」「世間様」を「珍ころ」。珍獣は、個人主義を標榜 し、外様に徹し、傍から見れば「変な人」。野獣でもない半端な獣、小乗仏教的と 言えるが。犬のニックネームに多い「ころ」に珍付きとは。これは万人に当て 嵌るため、自分を合せ鏡に出来て、シリアスになれる。これは「珍獣」に も言える。対他には、「珍ころ」。対自には「珍獣」とすれば、納得できる。 ― 珍ころ: それにしても「珍ころ」はないだろう。 珍獣:「チンチラ」と思ったが、犬より野性味が強い猫はあなたに適当でない。 珍ころ: 動物それぞれが、自分以外を珍獣と言うのでは。かけ合いのアヤは 解っているが、パピットで対話させるのはシリアス過ぎないかい。 珍獣: 犬の愛称に多いコロは、街中の半径500mの生活圏を全世界とする名称。 、 人間世界でも似たようなもの。それぞれが長い因縁を背負っている。 先祖の家柄とか、地元校が何とか。一歩街を出てしまえば何も通らない。 珍ころ: 視野狭窄は分かっているが、それしか見えないので仕方がない。 そのことを一番、自分が自覚している? だから、今さらの話。 「珍ころ」と言えば、「珍ころ姉ちゃん」が想定される。 誰もが、 「珍ころ」であり、「珍獣」じゃないか。 珍獣: 今では死語になっているチンコロ姐ちゃん。「小さくて、 太っている 若い女性」のことだが、半世紀も前の富永一朗の漫画。 珍獣: 左右の手のパペット(指人形)で、漫談をしている風でふざけている だけだが、死を覚悟して自らをふりかえる時に、自ら作った枠組を強く 実感する。その自己対話が、こんなようなもの。 珍ころ: だから、その時まで知らないふりをしている。 珍ころ: さっき気付いたが、あんた、20歳の頃、行方不明だった、あの犬? 珍獣: そうよ。勝手に汚れて見えた外顔をみて、珍獣と言っているだけ。 群れの仲間しか見てないため、風変わりの本能剥き出しの私に獣性を見て 揶揄しただけ。そりゃ、50年以上も、ほっつき歩いてくれば、変わるさ。 逆に、あんたの方が、珍獣に思えるのさ。 珍ころ: それは逆も言える。あんたこそ仲間内からみれば、薄汚れた珍ころ。 珍珍: ところで、アメリカ大統領。あれって、珍ころ? 珍獣? ロシア・マフィアシンジケートの「珍ころ」と、言っていたが。 あの品性から見て、「珍獣」。日本、韓国、中国の歓待に舞上がってる 裸の王様も可愛いといえば可愛い。とすると、プーチンは何? 野獣? いや、野犬。これまで、何人暗殺してきたことか。で、安倍首相は珍?、 ここで、止めておこうか。 ― ▼ これ、私が書いているより、誰かに書かされている感覚になっている。 なら、それって何? 何か人類にとっての重大な危機に対する本能が、 何かを言いたいのか。それとも、年齢の不安が、これを書かせているのか。 第一次世界大戦の犠牲者は、戦闘員と民間人の総計が約3700万人、 第二次世界大戦では5000万人をこえると記録されている。朝鮮戦争勃発なら 数百万人単位が予測されるが、チョッとした発火から全面戦争になる危険が 日ごと高まっている。 恐ろしい限りである。 … 大乗か小乗か、群れるか一匹狼かの問題でしかないじゃないか。
・・・・・・ 5717,技術的特異点 〜� 2016年11月09日(水) 『人工超知能が人類を超える』台場時生・著 * 2045年が『技術的特異点』の年 図書館で借りた本に「技術的特異点」たる言葉があった。 NHKスペシャルで、昨年の1月に『ネクストワールド』の5回シリーズで、 このテーマを取上げていたとあったので、早速、Youtubeで見てみた。 番組では2045年の世界が、どのようになっているかを予測し、ドラマ仕立て に構成をしていた。例えば、平均寿命が100歳になっているとか、人間より はるかに賢いバーチャル犬が、ドラえもんのように我々の生活をサポート してくれたり、アンドロイド(人間型ロボット)が会社で働いたりしている。 〜「技術的特異点」を‘ウキィペディア’で検索すると、以下のとおり。 ≪ 技術的特異点、またはシンギュラリティとは、人工知能が人間の能力を 超えることで起こる出来事とされ、テクノロジーが急速に変化し、それにより 大な影響がもたらされ、人間の生活が後戻りできないほどに変容してしまうと する未来予測のこと。未来研究においては、正確かつ信頼できる、人類の技術 開発の歴史から推測され得る未来モデルの限界点と位置づけられている。 =概要[編集] 技術的特異点は、汎用人工知能、あるいは「強い人工知能」や人間の知能増幅 が可能となったときに起こるとされている出来事であり、ひとたび優れた知性が 創造された後、再帰的に更に優れた知性が創造され、人間の想像力が及ばない 超越的な知性が誕生するという仮説である。 フューチャリストらによれば、 特異点の後では科学技術の進歩を支配するのは、人類ではなく強い人工知能や ポストヒューマンであり、従ってこれまでの人類の傾向に基づいた人類技術の 進歩予測は通用しなくなると考えられている。 この概念は、数学者ヴァーナー・ヴィンジと発明者でフューチャリストの レイ・カーツワイルにより初めて提示された。彼らは、意識を解放することで 人類の科学技術の進展が生物学的限界を超えて加速すると予言した。 意識の解放を実現する方法は、さまざまな方法が提案されている。カーツワイル はこの加速度的変貌がムーアの法則に代表される技術革新の指数関数的傾向に 従うと考え、収穫加速の法則と呼んだ。 特異点が現実化するかについては議論が 続いているが、多数の人がこの予測を肯定的に捉え、その実現のため活動している。 一方で、特異点は危険で好しくなく、あってはならないと考える人々もいる。 実際に特異点を発生させる方法や、特異点の影響、人類を危険な方向へ導く ような特異点を避ける方法などが研究されている。≫ ▼ 東京下町に住む従兄が、地元の従兄の通夜の御斎で、話すには、 『私は84歳で進行ガン。あと10年後に生まれたかった。これからの10年が、 一番面白いのに。現在4Kビデオに凝っていて、三台を持っている。私の一生は、 写真・映像を写し撮ることに特化してきた。4Kで一度撮ったビデオを4kTV で見ながら、ベストの一瞬を切取りとった写真が何とも良い。ドローンに、4K ビデオカメラを乗せて自然を思う存分、撮りたい・・』 と、目を輝かせながら 語っていた。 技術の進化が留まることなく続いている一コマの事象になる。
|
|
|
|
2018年11月08日(木)
* これがアメリカという国 今回のアメリカの中間選挙。トランプ大統領にとって、大きな痛手でない 結果に終わった。これほど致命的と思えるスキャンダルと失態に関わらずで… 下院が共和党、上院が逆に共和党が過半数を押さえ、真逆に変わっただけの結果。 下院で過半数の民主党が法案に反対して、通過しないと、『それは民主党の反対 のため』という言訳が出来るし、いざとなれば大統領令で通過が可能。 弾劾裁判も、下院で通過しても、上院では三分二の賛成が必要で、通過は無理。 大統領の思惑どおりである。 あと二年は好き放題、やりたい放題になる。 プーチンに秘密を握られながら、次回の選挙までなだれ込む? 喜劇と悲劇が 紙一重そのもの。その前に、老化か、病でプッツンもある。大統領の直接選挙の 恐ろしさである。白人第一主義、アメリカンファーストを、更に強引にすすめる しかないだろうから、世界は混乱を拡大する。ブロック化の潮流が、争いのタネ になって不安定化するのでは。 とはいえ、アメリカ白人にとって、黒人や、 女大統領より、金髪の太った悪役面した大男を望むのも解らないでもない。 グロック化といえば、イギリスのEUからの離脱が、その初っ端。イタリア、 ドイツ、ブラジルに連鎖を始めている。北朝鮮が当初の思惑どおり?、何やら 妙な動きが出始めている。成るほど、ロシア、中国が、ここで金保有量を増加 したのは、何かを察知してのこと? オバマとトランプ、偽善と露悪を並べ、 さあ、ドッチといえば、アメリカ白人なら、金ピカのトランプですか! 結局、韓国を差し出して、台湾、沖縄ラインに戦線を引き下げるか? さもなくば、ガム・ハワイまで引き下げられたら、どうなるんでしょうか。 ―――― 6082,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実 〜7 ポチポチきたか… 2017年11月07日(火) * ポチのポチの汚職問題が浮上 アメリカ政府筋、よくぞ次々と問題がポチの周囲に起こるもの。頭が、ロシア に育てられたポチ下の商務長官なら、さもあらん。ロシア筋は、自壊的現象を 冷笑してみていればよいだけ。オバマの高潔と気品は、何処に! それが良かったか、悪かったかは別問題… まずは、〜ネットニュースより〜 ≪ ★ ー米閣僚、ロシア企業から利益 「パラダイス文書」を入手ー 米トランプ政権のウィルバー・ロス商務長官が、タックスヘイブンにある複数 の法人を介して、ロシアのプーチン大統領に近いガス会社との取引で利益を得て いたことが、朝日新聞が提携する国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ) の調べでわかった。ガス会社の主要株主には、プーチン氏の娘婿や、米国の制裁 対象である実業家らが含まれている。商務長官は外国への制裁判断にも影響力を 持ち、複数の専門家が「深刻な利益相反の恐れがある」と指摘している。 【特集パラダイス文書】疑惑の島 トランプ政権X氏の謎 英領バミューダ諸島などに拠点がある法律事務所「アップルビー」などから流出 した膨大な電子ファイル「パラダイス文書」を元に、ICIJがロス氏の資産 報告など複数の公文書と合わせて取材した。「ロシア疑惑」に揺れるトランプ 政権にとって、新たな火種となることは必至だ。≫ ― ▼ 大変な問題だが、「で、どうする?」となれば、どうしようもない」が現実。 〜で、天空彼方からの内なる彼らの問答は、こんなものか… 《 A:「この男を使って、やっちまえ!」 B:「何を?」 A:「当然、あれ!」 B:「やばすぎない?」 A:「やばいでしょう」 B「:これ始めると、後に戻れ ないのでは?…」 A:「それがどうした?なるようになる!それで最終調整に、 周っている」 B:「本当か?」 A:「いま、決断しないと、世界も、取返し のつかない事態に」 B:「としても、止めておいた方がよい」 A:「そう言いつつ20年も経っている」 C:「これが必然なら、早い方がいいよ」 A:「あとあとの、歴史家も、必ずそういうよ」 B:「終戦処理の問題がある」 A:「誰が戦う前から、戦後を考えるか」 C:「朝鮮半島がイラク、シリアの戦禍状態に、日本はトルコ状態になる可能性 が充分にある。過去70年以上も平和ボケの日本には、想像を絶した事態。そう こう考えると、周辺国は、真剣に締付けをしないと!」 A:「どの道、あの国では無理! 国そのものがISのような狂信国家そのもの。 住民もろごと、破壊する必要がある。 》 書いている私自身、気分が悪くなっている。 どうもこうも! C:「一年ぐらいは、様子をみたら!」を支持したいが、ポチと、何?が…
・・・・・・ 5716,フラッシュバック 2016年11月08日(火) * フラッシュバック 「フラッシュバック」について何回か書いてきたはずと、HP内を検索すると、 幾つか出てきた。人生経験を積むにつれて、過去の行蔵に反省、独り赤面する ことが多くなる。振返って見える自分は、知識・経験の少ない「若造」である。 老いるにつれ、フラッシュバックが変形して、妄想化していく事例を幾つか、 見聞きしたことがある。「心に疚しいことや、後悔することはしない!」を 行動規範にしてきたが、振返りみると、多くの人たちを傷つけてきた。 このブログでも現在進行形? 現在も、そのフラッシュに悩まされる日々。 〜ネット検索すると、精神科医と思しき人の書き込みがあった。 ≪ フラッシュバックとは、 「過去の体験を連想させる」ような、「過去の体験を感覚させる」ような、 何かのきっかけに接した時、あるいは、何かそうした刺戟を受けた時に、 (これをトリガー「引きがね」と呼ぶ)「 あのとき 」と同じ感情や感覚が、 不意に甦ってきて、それによって、さまざまな反応を引き起す状態を云います。 あるときテレビで、住宅街で爆発火災があったニュースが流れ、現場の近所に 住む老人が、「 爆発音を聞いて、太平洋戦争のときの東京大空襲の情景を思い 出して、こわかった 」と、震えながらカメラの前で語っていたのを、見たこと があります。 フラッシュバックでは、このように、「あのとき」の情景や 記憶も、共に甦ってくるケースもあります。 一方で、ただ感情や情動(あるいは気分の様なもの)だけが、生じるような ケースも多く、そうしたケースでは、ご本人自身も、フラッシュバックが起きて いる(いた)と、気づくことが難しくなります。 そのため、実はそれは フラッシュバックの反応によるものなのに、「自分の性格のせい」とか 「自分がダメだから」と、悩んだり苦しんでいる方たちも、多くいる。 更に、カウンセリングやクリニックを受診しても、フラッシュバックである ことを見落とされ、「それはあなたの心のクセ」だとか「あなたの性格の問題」 とされて、治療やカウンセリングがいっこうに良い方向へ進まない、という ケースがあります。 【 フラッシュバックと感情(情動)】 感情とは、ご存じのように、怒り、恐怖、くやしさ、恥ずかしさ、悲しさ、 不安、などのことです。(よろこびとか幸福感も、感情に入る) そして、感情のエネルギーのより強いものを「情動 」と呼んでいます。 強い感情や情動は、自律神経系などを通して、心身の反応を瞬時に引き起す ことになります。それはフラッシュバックに限らず、発生する感情や情動が 強いほど、たとえば、動悸が激しくなったり、手足が震えてきたり、手のひら に汗をかいたり、息が詰まりそうになったり、頭が真っ白になったり、ワッと 叫びそうになったり・・などの心身の反応を、様々に引き起すことになります。 つまり、フラッシュバックとは、過去の出来事や体験による感情や情動が突然 甦ることで、なんらかの心身反応が引き起される「 情動反応 」のことです。 パニック症状・パニック発作の中には、フラッシュバックによる反応が、 かなりの割合で含まれていると、考えられます。≫ ―― ▼ 心の傷は、何時までも残るもの。老齢化は、それに打ち負けていくプロセス でもある。老いるほど、遊びと学びが重要になるのは、マイナスの情動反応に 対して、若い気持ちと、体力が必要条件ということ。老いるとゾンビ化するのは、 その押しつぶされた退行状態。多くの感動体験が必要なのは、それらを中和を させるフラッシュになるためである。幸せに生きた人は、幸せに死んでいく。
・・・・・・ 4986,暴走する世間 −3 2014年11月08日(土) 「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹 (著) * 世間学的エポケー 節目時は、それまでを一度、清算して、新たな世界への区切りである。 その時に重要なのは、その時に感じたことを優先すべしというのは、現在の 私に言えること。その意味で、毎日、書き続けている、このブログは、大きな 役割を果たしている。だから、世間という幻想、幻覚に迷いそうな、いや、 迷っている自分を見つめ続け、世間学的エポケーの立場を守らないと、 その節目が薄れてしまう。 ーその辺りからー ≪ エポケーというのは、E・フッサールの現象学の用語である。 エボケー{現象学的判断伴止}とは、自分がそれまでとらわれていた 主観/客観という世界認識の方法の自明性を、いったんカッコに入れるという、 世界像の判断停止のことである。これにならっていえば、自分がこれまで 自明であたり前だと思っていることの一切を、デカルトのように徹底的に疑い、 すべてをいったんカッコに入れる。 〜フッサールの現象学的判断停止 について、哲学者M・メルロー・ポンティが、次のように説明している。 < われわれは徹頭徹尾世界と関係していればこそ、このことに気づく唯一の 方法は、このように世界と関係する運動を中止することであり、あるいは この運動とのわれわれの共犯関係を拒否すること(フナサールがしばしば語って いるように、この運勤に参与しないでそれを眺めること)であり、あるいはまた、 この運動を作用の外に置くことである。それは常識や自然的態度のもっている 諸確信を放棄することではなくて―それどころか逆に、これらの確信こそが 哲学の恒常的なテーマなのだ― むしろ、これらの確信がまさにあらゆる思惟 の前提として〈自明なものになっており〉、それと気づかれないで通用している からこそそうするのであり、したがって、それらを喚起しそれとして出現させる ために、われわれはそれらを一時さし控えねばならないこそそうするのである。> そのさいに重要になるのが、「内在」という現象学の方法である。 それによれば、自分の判断の根拠を、自分の「感じ」だけに置く。 いいかえれば、たいていのものは「可疑的」、つまり疑いうるが、疑いえない ものがたったひとつあり、それが自分が「こう感じた」ということだという。 簡単にいえば、他人がいうことではなく、「世間」の評価ではなく、自分が 素直に「感じたこと」だけを信じる、ということである。思いだしてほしい。 じつは、さきほどのべたように、これが阿部さんの「世間」論の方法だった。 自分が「感じた」ことだけを信じ、これに徹底的に言葉を与えてゆく。 すべてのものは疑いうるが、たったひとつ、疑いえないものがある。 それが自分の「感じたこと」なのだ。≫ ▼「大病による長期休養」や、「長期間の旅」はエポケーになる。人 生には、一度、属している世界の外に出て、自分を見つめなおす必要性がある。 外側から、内側で「感じたこと」を感じなおす必要性である。以前から、 小さな洞窟内を自己に、その前にある湾を世間に例え、その外海を社会に 例えていた。自分(洞窟)と、世間(その前に広がる砂場)と、外界を見極めて、 外から、これらを見つめなおすことが必要である。所詮は、これらは集団幻想で しかない、そのことを自覚するためにも! ・・・・・・ 6083,「砂の文明 石の文明 泥の文明」〜読書日記 2017年11月08日(水) 「砂の文明 石の文明 泥の文明」松本健一(著) 世界の「文明の衝突」を分りやすく説いた内容。砂、石、泥の例えが何とも妙。 人見知りもあり、パックツアーのシステムをフル活用をして、これまで51回の 海外旅行をしてきた。 パックとはいえ、そのエネルギーは膨大にかかる。 行先で世界の大自然、文化・文明を数多く見てきた。その中で、各地の住居は、 その周辺の物で作られた文化の象徴。エスキモーは氷で、チチカカ湖では、群生 している葦で浮島と家を作っていた。 北アフリカや中東の動乱で、数百万単位のアラブ人が、欧州になだれ込んでいる。 当然、そこでは文明の相剋が出てくる。砂の文明は、金持ちが貧乏人に施すのが 当然というイスラムの教えがある。キリスト教圏は、弱者に施しの教えがあっても、 大部分の人にとって、自らの生活で精いっぱい。流民を見過ごす余裕などはない。 そこで人道上の問題もあって、郊外に仮説小屋を建て、囲いこむ。最近、トルコ に資金援助をして、何割かを引き受けさせている。そこに欧州人と、アラブ人の 生活格差の問題が現われ出てくる。所詮、砂と石の文明は、体質が合わない。 砂の定義を調べると、<岩石が風化・浸食・運搬される過程で生じた岩片や鉱物 片などの 砕屑物から構成され、サンゴ・貝殻などの石灰質の化石片を含む …」 とある。砂漠の民が、石の文化と適応するには時間がかかる。 〜Amazonの‘内容紹介’より ≪ 砂のイスラム、石のヨーロッパ、泥のアジア― ―文明の原点を風土に根ざした三つに分類。 「泥の文明」に位置付けられる日本の独自性に迫る。世界はいま「文明の衝突」 の世紀を迎えたという。だが「アメリカ中心の民主主義」VS.「野蛮なテロ集団」 という構図だけで、深層は読み解けない。ここでは、民族と風土のあり様を 三つのカテゴリーに分類。 「砂の文明」としてのイスラム、 「石の文明」の欧米、 「泥の文明」のアジア。 そして、各々の本質が <ネットワークする力><外に進出する力><内に蓄積する力>であることを 考察。 著者は、「泥の文明」が生んだアジア的思考に、西洋文明を超える力 が秘められている、と語る。 世界を歩き、縦横に思索を広げた独創的文明論。 ―主な内容― Amazon 【人はなぜ「不毛」な砂漠に住むのか/中国の「精神文明」、日本の「精神文化」/ 「文化」は民族の生るかたち/「文明の衝突」はあり得ない/「アメリカ原理主義」 という病理/アラブの国境線が点線である理由/なぜ日本車が世界を制覇したのか/ 日本文化の底層にあるインド文明/力のヨーロッパ、美のアジア/ など。 〜ヨーロッパ=石、アラブ=砂、アジア=泥。それぞれの文明の違いを著者の言葉 でわかりやすく述べている。 また、文化と文明の違いについての考察も興味深い。 文化=民族の生きる形、すなわちそれぞれの民族が固有に持っている個性的な 暮らし方であり、伝統であり、風習にほかならないという。 一方、文明とは何か。普遍的なものであり、非常に使いやすいものだという。 それゆえにグローバルに浸透していく。普遍的なゆえに必ず滅びていく、つまり 新たな普遍的なものに取って代わられるということになる。全く同感である。 著者の教養がにじみ出ている書であり、特に泥の文明の記述は、さらに詳細に 知りたいという欲求を生じさせる。編集者がインドへ旅立ってしまったのも、 さもありなんと思う。あと一つ知りたいのはアメリカとヨーロッパの関係である。 単純に石の文明がアメリカに持ち込まれ、外へ進出する力がアメリカで働き つづけているとすると、今のヨーロッパは過去から変化しているようにも見える。 また、本当にアメリカは石の文明が移植されたものなのか、アメリカという 土壌を得て別の文明と考えるべきではなのか。検証してみたい事柄である。】 ― ▼ 泥は水分の混ざった土。土は腐った植物などで出来ている。人間の体質には 土が理想的だが、地域により違う。欧米は、石、コンクリートの建物。日本は 木造づくり。石の文明は、あとあと残り続けるが、木は腐って土になるか、燃え て消失する。すると、日本の文明は「木の文明」か。いや、だったか。 まだ文明が出来て一万年も経っていない。森林の木から地上に降り、歩行を 始めて数百万年史か経ってない。 世界は知れば知るほど面白い。もっと味わう べき。苦悩も喜びも、感動も感激のネタは幾らでもある。 ただ気づかないだけ。
|
|
|
|
2018年11月07日(水)
「生きづらさからの脱却」岸見一郎著 * 今でもバカやってんだ! 人生を10年スパンで振返りってみて、 ・10歳までは明るい性格だったが、 ・小5の頃からの十代は母親が重度の欝病と、直ぐ上の兄や同級生からの虐めや、 受験勉強もあって、アドラーのいう‘嘆きの谷’暗い10年間に迷い込んでいた。 ・20代の‘嘆きの谷’から外に向け一歩踏み出せたキッカケは、20歳の夏休みの 「キリスト教倫理」の教授の夏休みの課題、【人生設計のレポートの提出】。 まだ学生時代に馴染めず茫洋としていた私に、『将来設計、どうで生きる?』 と、ナイフの切っ先を喉に突きつけられたようであった。 その夏、学生寮のOBが夫婦でペアレント(管理人)をしている軽井沢の山荘で、 若い宿泊者や、ヘルパー仲間と夕食後に談笑し、様々な立ち位置や、生活環境を 話したり、聞きながら、ひと夏、自分の人生の方向を考えてみた。 いまから 考えると、最善の環境に引き付けられていた。様々な生き様が、学生仲間だけで なく、一般社会の人たちの生の具体例の全てがヒントになっていた。 そこで得たのは、「自由に生きる!」「アイデンティティ(何もの?)」の問い。 自由の第一歩が、「親からの自由」「血筋があればこそ、その人が存在する」。 都会生活に疲れ、癒しを求めてくる人の最初の質問は、『学生?社会人?』 『で、何処の学校、会社?』『どこの生まれで、実家は何している?』『趣味って 何?、クラブは何処に入ってるの?』が柱で、8割のレントゲン写真が出来上がる。 そこで、合せ鏡で自分の将来設計を考えた。あまりに丁度良いオープンハウスの ような寮生活の上に、今度は、その垣根を超えた山荘で、様々な人種、それも 自由闊達な明るい未来を信じて笑っている人達。20歳は、孵化しようとする時節。 高度成長期の真只中、明るい未来が広がっていた。せっかく頂いた恵まれた立場 を活かすには、皮肉なことに両親の創業を間近で体験した修羅場の追体験の設計。 「創業を目指す」の柱が思い浮んだ。 その時、暗い神経質な性格の‘嘆きの谷’ から次の谷に踏み出した一歩であった。それぞれ人生の修羅場の時節でもある。 その頃、母親に訪ねた、『どうして、こんなにしてまで働くの?』に、 『10人の家族が生きるに、人の何倍か稼ぐ必要があっただけ。それと、仕事の 拡大と同時に、人は成長するのよ!』 成るほどと実感した。 家の事情で、急遽、Uターンで帰ってきた時に心に決めたのは、「嘆きの谷」 の人のこと。(当時は、この簡明な言葉を知らなかった) せっかく落とした、 重荷を、そのまま背負った、不吉な神に憑りつかれた悲観的過ぎる人たち。 他者の噂話、失敗に異常に反応し、その攻撃で無為の人生の鬱憤を晴らす。 温暖化の影響もあり、以前ほどの積雪はないが、それでも一年の4分の1は 雪に閉ざされる。そのハンデを理由に何もしない不運を嘆く。その鬱憤たるや… 問題は、鬱憤を他者に振り向け互いにヘドロに陥ってしまう悪循環に嵌りこむ人。 峠道には、‘嘆きの谷’だけでなく、‘喜びの池’もある。そこは森に覆い 隠された奥にあるため、一見、目立たない。それも、森に立ち入らない人には、 その存在に気づかない。隠れた池の近くに、「嘆きの谷」の道とは全く違う ルートが存在する。その翌年、その道に初めて立入ってみた。 そこは 光り輝く別世界。それを哲学的に説いたのが、アドラー。 ‘嘆きの谷’の患者治療から、心理学を発展させたのが、フロイド、ユング。 聞くところによると、そこにも抜け道があるそうな。ただし煉獄か地獄への小道。 時に天国? それも、これも娑婆世界。 踊るか、踊らないか? 決めるのは、 おのれ独り。
・・・・・・ 2016/12/04 つれづれに哲学 〜嘆きの谷 「生きづらさからの脱却」岸見一郎著 * アドラーの「嘆きの谷」 私がみるに、悲観的傾向が強い人が、女性で3人に1人、男性が4人に1人 の割にいる。その中で更に強い人は1割ぐらいか。知人にも数人、非常に悲観的 思考の強い人がいる。連れ合いとの不適性があるが、何もかもを悲観的に捉える。 ある婦人、目を見張るほど美人だが、いや、だった?が、常時、ウツ状態。 誰も躁鬱の波を乗越えて生きているが、問題はマイナスの程度。アドラーはカント 同様、クル病だが、そのハンデを乗越え、フロイト、ユングにつづく三大心理学者 の一人になっている。根には、「その程度のことで、何で落ち込んでいるのか!」 があるため、説得力が強い。 〜その一節から〜 ≪ 世界を「嘆きの谷」と見ようとし、いつも苦しんでいる人がいる。 アドラーはそのような人は「途方もない重荷を担って人生を歩もうと不断に 努力をする」と言っている。些細な困難をも誇張し、将来についても悲観的に しか見ない。身のまわりで喜ばしいことが起ると不安になり、どんな対人関係 にも「影の面」を持ち込む。 「嘆きの谷」という言葉は元もと旧約聖書の『詩編』に出てくる。 エルサレムに巡礼する人は、乾燥のため枯れ果てた谷底の道を歩まなければ ならなかった。このような人が、世界を「嘆きの谷」と見ようとするのはどう いうことか。アドラーの解釈と違って、『詩編』では、神によって勇気を出し、 広い道を見ている人は「嘆きの谷を通る時でも、そこを泉とするだろう」と 言われている。生きている限り、「嘆きの谷」を避けては通れないが、勇気 ある人はそれを「泉」と見るのである。ところが、この世界の嘆きの谷とみて、 どんな喜べる機会にも、「カッサドラの叫び」しかあげない人がいるとアドラー はいう。ギリシャ神話に出てくるカッサドラはアポロンに愛された。アポロンは カッサドラに愛を得るために彼女に予言能力を与えた。しかし彼女は、アポロン の求愛を断った。そのため、アポロンは誰も彼女の予言を信じないようにした。 カッサンドラはトロイアの滅亡を予言されたが、無視された。 アドラーは、<この世界を嘆きの谷とみて、「カッサンドラの叫びしかあげない」 というのは、不吉なことしか言わないという意味だが、決して、トロイアの滅亡 を望んでいた訳でない。 〜ネット検索に、「嘆きの谷」で調べると、 ≪・アドラーは仕事の課題、交友の課題、愛の課題という人生には避けては通る ことができない課題がある、という。これらの課題を解決する能力がないと 考える人は、なんとか理由を考えて、人生の課題から逃れようとする。 ・アドラーが「劣等コンプレックス」という言葉を使う時、次のような意味と して使っている。すなわち、「Aであるから(あるいは、Aでないから)、 Bできない」という論理を日常のコミュニケーションの中で多用するという 意味である。このAとして他の人がしかたがないと納得しないわけにはいか ない理由を持ち出すのである。 ・神経症はこの劣等コンプレックスに他ならない。人生の課題を前に直面しよう としなかったり、「ためらいの態度」を取って立ち止まる。「はい〜します、 でも、(yes...but)といって、結局課題に取り組まない。神経症に限らず、 人は意識しなければ、すぐに「でも」といってしまう。 <何かをしようと思う、しなければならない、「でも」と…> ・カウンセリングの時、あまりに頻繁に「でも」という人があって僕はその人が 「でも」というたびにカウントすることにした。本人はそのことを意識して いなかったからである。やがてこんなふうにいわれるようになり、次第に この言葉が用いられる回数が減っていった。「まだ今日は一度も『でも』と いってませんから、一度だけ『でも』といわせてください」 ・人生の課題に挑戦する時、失敗すること、敗北することを恐れる人は、課題 から退却しようとする。何をする時にも必ず成功しなければならない、と考え、 成功するという保証があれば挑戦する。しかし失敗が少しでも予想され、 成功することが確信できなければ最初から挑戦しようとしないか、失敗しても そのことによって致命的な打撃を受けることがないように、いわば綱渡りをする 人が転落することを予想して下にあらかじめ網を張っておくようなことをする。 症状はこのような目的のために創り出される。 ・人生の課題を前にして敗北を恐れる人は、課題に挑戦することを回避する ために時に神経症になって、「足踏みしたい(時間を止めたい)」と思う、 とアドラーはいう(『人はなぜ神経症になるのか』)。 ―― ▼ 上記の「カッサドラの叫び」しか上げない人に、マイナーな視点の話題を ふると、大きく首を振り、どんどん話が進む。何処にも、『内幕情報屋』が 存在して、ネタを探し出して人の懐に飛び込む。それが、万引き、置き引きと、 同じくらい、いや、それ以上の犯罪行為でしかないことを知らない。で、その 毒は、喜んで聞いてしまう方にも、同様に罪になる。誰もが持っている要素 だから始末が悪い。
・・・・・・ 2016/11/12 嫌われる勇気 『嫌われる勇気 〜自己啓発の源流「アドラー」の教え』 都会では目立たない「個人主義」を地方で貫けば、「大変な人」として 忌み嫌われる。「郷に入っては郷に従え」だが、どうしても露見するのが 地方の生きづらさ。これは、そのまま欧米社会と日本社会に、スライドする。 それでも、31年間、職住分離だったためかファジーだった。 二人の青年の対話が、そのまま、青年と哲人とも、現在の日々の自己対話 に近い。更にいえば、これを20歳の立志から続けてきたことになる。 普通の生き方では、世間に押しつぶされたIT(こいつ)になる。 〜まずは、Amazonの「紹介内容」より ≪・フロイト、ユングと並び「心理学の三大心理学」と称されるアドラーが 再評価されている。それは、トラウマに象徴される“原因論”の心理学とは 一線を画す“目的論”を唱えたものだ。過去も世界も変えることはできないが、 「自分は変わることができる」とするコペルニクス的転回の心理学を知ることで、 対人関係の悩みも解消されるかも。
・アドラーの心理学を、青年と哲人の対話という形式でまとめた本書では、 「どうすれば人は幸せに生きることができるか」という哲学的な問いに迫る。 「人は変われる」「世界はシンプルである」とする哲人に対し、青年は懐疑的だ。 なぜなら青年は学歴や容姿の劣等感があり、過剰に人の視線が気になってしまう 悩みを抱えているため、哲人の主張が絵空事に聞こえてしまうのだ。 しかし、世界を複雑にしているのは青年自身の主観なのだと哲人は言う。 過去に「トラウマ」という「原因」を見つけて物語的に分析するのがフロイト的 心理学だが、アドラー心理学はトラウマ(過去)を明確に否定し、 「いま」の「目的」で考えることを基本としている。
・何年もひきこもっている人が「両親に虐待を受けたから社会に適合できない」と 主張していたとしたら、親は子育てが間違っていたのかと思い悩み、腫れ物に触る ように子どもを丁重に扱うようになる。これは、自らのトラウマを武器に相手(親) の注目を集め、支配しようとする働きかけなのだ。ただし、家にひきこもっている 限り自尊心は守られるが、一歩外に出ると誰からも注目されない凡庸な「私」に なってしまう。ひきこもりの状態に不満もあれば不幸も感じているが、自尊心を 傷つけられることはもっと嫌なこと。これを避けようとする「目的」が、過去の トラウマに理由付けしているのだ。
・過去の経験が人格形成に及ぼす影響がゼロだというわけではない。 ただし、過去の経験が必ずしも人格を決定するわけでもないのだ。 経験をいかに解釈するかが自らを決定する、というのがアドラー心理学の考え方。 過去を変えることはできない。しかし、経験に対する意味づけや解釈は更新する ことができる。これが「人は変われる」とするアドラー心理学の前提となっている。
・青年はひねくれた性格であることや自意識過剰という短所ばかりが目につき、 自分のことを好きになれない。これに対し、哲人は「他者との関係のなかで 傷つかないこと」が「目的」となっているため、対人関係に踏み込まない理由 付けとして、自分の短所ばかりに目を向けていると言うのだ。
・孤独や劣等感を感じるのも他者あってこそのものであり、 「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」とアドラーは断言した。 そして、対人関係の軸に「競争」がある限り、人は悩みから逃れることは できないとする。「競争」で考えると、他者が敵のように映り、世界が危険な 場所のように感じられてくるからだ。「競争」から解放されることができれば、 他者が「仲間」だと感じられるようになり、世界の見え方は安心できる居場所 へと変わってくるのだという。≫
―― ▼ これを平易の問いかけに転換すると、こうなる。 『そこで、まだ、何やってるの! 群れてないで、人のことばかり 気にしないで、もう少し自分のことを考えたら!』 『何で本を読まないの? 一歩、外に出ないの? 今を遊ばないの? 果てしない世界の深さと広さを知ろうとしないの? それも今!』 『何で、愚痴ばかり言っている内向きな老人のマイナスから学ばないの?』 せっかく与えられた地球上で、何もしないで、何も知らないで、卑近な 物事に拘り、気付いた時には先がないのが人生。あくまで比較の問題だが。
・・・・・・ 2018/10/30 閑話小題 〜群れとは、そもそも何? −2 * 群れたがる本能とは ・今まで通り考えないで済むから、同類が群れるのである。 どの方向に行くべきかを常に考えるべき時に、「群れ犬」は考えないで、 大勢の方向についていく。これがフラフラ、フワフワしている群れ犬の実態。 駄犬の群れの中では、地頭で考えることが異質になる。 …こうもいえる。 <我うちに、何匹かの一匹オオカミを持ちなさい。彼らの内なる野生の隠れた 直感を聞き、従うのです。その声は、駄犬の群れの真逆の習性にある。> 次男が外資系コンサルタント会社勤務。非常に厳しい話の中で、「年々、 入社してくる人たちが、優秀なのが多く、そのプレッシャーは大きい。」 と聞いた家内が、そんな優秀な人って、どんな人か具体的に教えて?」と、 聞いたところ、少し考えて曰く… 「お母さんと正反対の人!」 家内、 その一言で妙に納得したとか。 そこで考えたのは、「判断、決断は 後回しか、人任せ。 失敗したら、必ず誰かのせいにし、そのため、知恵が 浮かばない。変化を嫌い…」になる。群れ犬は、これらを承知して、カバー するため群れる。 ― ・逆もある。ホモ・サピエンスが、生延びたのはクロマニョンが20人、30人 の家族単位の集団しか形成できなかったが、サピエンスは、100,200人の集団 生活をしていた。その方が、激変していく地球環境から吾が身を助ける情報と、 知恵の産物を共有できたため。その拡大が都市化である。 孤立、孤独は、 人間たる特性を否定することに繋がるのではないか?と。報伝達の言葉と、 絵画・言語と、その記録能力と、道具の開発能力、そして大きく群れる習性が 拡大したのが村、町、そして都市へ拡大してきた。 問題は、そこで本来 持っていた生物の利己主義本能が希薄化すること。そのことを実は誰も教えて はくれない。それを自覚するには、孤独、孤立の状況でしか知りえない。 特に死に直面した時に知る場合が多い。逆に利他に目覚める場合もあるが… 付和雷同の第一歩は、両親など家族の教えを頑なに守ることから始まる。 これに学校、会社の価値観が加わり、損得の計算が加わり立派な世間様の 完成と相成る。これに法律が加わって社会人とかいう構造が取り囲む。 これが、その時々の権力者達が吾が身のために長年かけて作ってきた 枠組みでしかない。突然、余命宣言を受け、驚愕し、絶望し、孤独地獄の底で、 初めて「自分とは何か、死ぬとは、幸福とは何か、自分とは、そもそも何か?」 の問題をつき尽きられ慌てふためく。群れて考えなかった群れ犬に、こういう 傾向が強い犬コロが多い。群れ犬は、仲間の弱者に極端に冷たい! 弱者は 外敵から身を守るために身を寄せ合っているだけで、瀕死の弱者には、強者に 変身する。群れていれば、より弱者がいるため当面は身を守れる。 『 …でも割切ると群れって良いこともあるんだよ。群れに加わればこそ、 出来ないことも出来ることがあるんだよ世界には。いくら部屋で4kTVで、 その世界を見ても、所詮は映像の世界。汗かき、よれよれになって、大自然 の真っ只中で、驚愕してみると、世界観が変わる。群れた仲間から、一人、 離れた別口の自我が内側から新鮮に、鋭く、喜びが湧き上がる体験をする。 写真家は、それを画像を通して伝えてくる。 一言で、群れ云々は語り尽く せない。目的を持って集まるのは群れとはいわない? いや群れは群れか。
〜これまた偶然、4年前の内容が、脈絡として最適な内容〜 ・・・・・・ 4977,閑話小題 ーツアーゲームの醍醐味 〜�� 2014年10月30日(木) * 人生も旅行もゲームも、難問の解決過程を味わうこと! ゲームとは、仮に障害を幾つかつくり、条件と、約束事を決め、 目標達成をすること。ツアーの行先を地区ごとに埋めることをゲーム感覚にし 30年近く、様々な出来事があった。トラベル(旅)の語源がトラブルの難問を 乗り越えるプロセス自体が楽しみになっていく。 創業で、幾つかの難題を障害 と見立て、乗越えてきたことが、旅行にも生かされていた。 ツアーの49回の内わけとして、欧州15回。中東、アフリカ10回。 インド・パキスタンを含めたアジア7回。ハワイなど南太平洋6回。 南北アメリカ11回になるが、それぞれの地域の空白を埋めるのもゲーム感覚。 一回のツアーには、普段のトラブルの殆どが全て出てきて、楽ではないが、 ゲームで、それを楽しまないと二度と行きたくなってしまう。最近は、家内の 意向で欧州が多い。南米、南アフリカ、パキスタンのシルクロードなどの最果て の地から日本を見ると、日本は最果ての地。すべからく行先に辿りつくのが 目的でなく、途中に起こる様々の経験全てを味わうことが目的になる。 特に飛行機の行き帰りと、目的先の移動中のバスの車中を楽しめるかがポイント。 アランの幸福論に、「憂鬱の人に言いたいことはただ一つ。 『遠くをごらんなさい』」がある。憂鬱な人が殆どみんな、読みすぎ!人の目 (心)はこんな近距離を長く見ていられるようには出来ていない。広々とした 空間に目(心)を向けてこそ、人間は安らぐのである。夜空の星や水平線を 眺めている時、目(心)は、まったく、くつろいを得ている」がある。 この言葉が遠く旅する目的を言い表している。 贅沢なライフワークだが、 それ一つに絞り、何とか続けられたことが、人生の様々な難問を乗越える支えに なってきた。人生ゲームというキッズがあるが、難問が高いほど面白いのは、 深淵の意味が含まれている。死んでしまえば、それまでよ!死んで花実が咲く ものか!である。 大部分を占める世間様という人たちと一線を画すこと、 それには、良い芸術作品、大自然の神秘、良書を浴びなくてはならない。 その前に立ちはだかる難問を乗り越えるゲーム化が、人生のゲーム化である。
|
|
|
|
2018年11月06日(火)
* さてどうなりますか? ☆ 二年前の大統領選挙の信認にあたるアメリカ議会選挙、今日が投票日。 その結果によって世界の情勢が大きく変化するため、要注意である。 下院が民主党、上院が共和党がそこそこの差で有利のようだ。 トランプの失脚までいくかどうか? これだけ失態を続けた割に、トランプ容認 の空気が強い?のが魔訶不思議。 白人優位の保守層が共和党の岩盤にある。 ☆ この選挙に向け中南米難民の行進が始まったが、トランプ陣営が仕掛けた? という穿った見方を否定できない。アメリカが本音の「アメリカファースト」を 前面に押し出し、友好国まで攻撃対象にするとは… それも人種差別を容認し、 人種差別を露骨に前面に押し出してくるとは。 以前から、孤立主義の可能性を主張していた学者があったが、明らかな泡沫が ロシアの後ろ盾で大統領になって、あれよと建国の理念を自己否定を露骨にする。 さらに心配なのが、ドイツ。難民に寛容だったメルケル首相が、それ故に、引退 に追いやられ可能性が大に。その上、ブラジルも、ミニ・トランプのような極右 候補が勝利をした。 どうなってる? ☆ 文明の相剋が、これから直面する大問題となるのだろうか! <3%の支配層、30%のお裾分け層、67%の被支配層の階級闘争の乱世の時代> とみると、この議会選挙、面白い社会構造の正体を垣間見れる。金も力のない人 には、ますます生き辛くなる。 …しかし弱肉強食は、自然のならい! 民族、国家間、思想対立だけでなく、社会階層の争いが絡みあう奇妙な世界。
☆ 地道だが、日本の軍事力、かなりの武器の蓄積があるそうな!特に空・海軍に! 何せ、74年間、戦争無しは、軍事的体力は充分に温存してある。 室町時代のモンゴル襲来は、日本にとって最大の危機で、その恐怖心が遺伝子に 深く沁み込んでいる… 表立ってないが日本こそ官僚国家、 …その最たるのが 不戦の自衛隊。 これに原爆を公然と持てば、その実力は、並大抵ではないが、 そこはアメリカが許さない。戦争に関係ない広島、長崎の一般市民を原爆二発。 東京空襲を合わせ数十万も虐殺した加害国。怖れるのは当然。 それにしても、 英国のEUからの撤退。 米国は泡沫のトランプを大統領とは、あまりに酷い事態。 アメリカ国民の判定結果が如何に? 数日後には、ここで何を書いているのやら。 ― ここで、いま一度、北朝鮮問題を考えてみよう。あの北朝鮮が、本当に核放棄を するだろうか。どのみち、この選挙か、2年後の大統領選挙で大敗すると、読んで いる。年齢からみて、あの肥満度からみて、そう長く持たないとみて当然。 中国、ロシアが、この数ヶ月で金を大量購入したという。天気晴朗なれド波高し!
・・・・・・ 2018/10/22 閑話小題 〜アメリカ上院、下院総選挙 〜2 * 露骨な中間選挙用映画 先週末のシネマは、『デス・ウィッシュ』。年金後の土曜日で、同年代の 人たちで40人はいただろうか。 〜内容といえば… 《 警察すら手に負えない無法地帯となったシカゴで救急患者を診る外科医 カージー。ある日、彼の家族が何者かに襲われ、妻は死に、娘はこん睡状態 になってしまう。警察の捜査は一向に進まず、怒りが頂点に達し、復讐の鬼と なった医師は自ら銃を取り、犯人抹殺のために街へと繰り出す。》 「デス・ウィッシュ」とは<死を祈る、死の願い> 御前ら悪党よ、俺様 の手で死んでくれという意味。チャールズ・ブロンソン主演「狼よさらば」の リメイク。白人の外科医が、ラテン系や、黒人のギャングを容赦なく殺して いく姿は痛快だが、有色人種を虫けら扱い。助ける医師の立場から、ギャング 狩りの殺人に… 最後は、殺したギャングに罪を擦り付け目出度しめでたし。 現在のアメリカ(白人)第一主義を地でいった筋立て。世論は、痛快にギャング を殺戮する処刑人に好意的。 … これって、中間選挙目当て? 朝鮮半島情勢、今のところ安定しているが、ここだけは何が起きるか? これもアメリカの中間選挙次第。中間という意味は大統領選挙を挟んだ中間 という意味。4年に一度の本格的な議会総選挙。トランプといえば、その正体が 露呈しスキャンダルが連発。側近は、次から次へと辞任。国家自体の自己否定 とさえ思える大統領。 専門家の見立ても、世論も共和党に悲観的。 < 予測専門サイトの一つが3つのモデルで選挙結果を予想、下院における 多数党交代の確率は、9月下旬時点で70%台後半から80%。また、バージニア 大学政治センターが紹介する4人の専門家の予測モデルは、下院における民主党の 議席増を27〜44議席とはじき出す。多数党交代に必要なのは23議席の変動であり、 モデルどおりなら、共和党は「青い波」に屈する。共和党とすれば、想定以上の 苦戦だろう。「強い経済」と「トランプ大統領の熱狂的な支持者」という2つの 強靭な防波堤が、多数党の座を守ってくれるはずだった。だが今回の選挙では これらの防波堤は十分に機能してないどころか、共和党の弱さとなっている 気配すら感じられる。> しかし、そこはトランプ。起死回生の奇策を狙う可能性も。 ロシアのプーチン。トランプを大統領にした策略だけでも、その任を果たした。 ・・・・・・ 2018/10/21 閑話小題 〜アメリカ上院、下院総選挙 〜1 * アメリカ中間選挙 アメリカ議会選挙、アメリカのみならず、世界にとっても重要な選挙。 ソ連時代のKJB上りのプーチン大統領の息のかかった泡沫候補が、その力を 借りて大統領になってしまい、泡沫ゆえの政治的素人が、アメリカ第一主義と 称して白人第一主義を打ち出し、露骨な貿易保護主義を世界に押付け始めた。 これがアメリカ白人の本音。 しかし移民の国アメリカの建国精神とはチト 違う。 本音は建て前を自己否定するもの。 それを表に押出すと、建前の 世界の警察が、実は強盗に他ならぬ本性を丸出しになる。この二年、トランプ の政治手法を目の当りにしたアメリカ国民が、どう判断を下すのか、非常に 興味のある選挙になる。 いくら何でも〈トランプがそこそこ善戦〉は無い と思うが… そこで、ネット検索で、改めて議会選挙の状況を検索してみると… ― ≪ アメリカの中間選挙は4年ごとの大統領選挙の中間の年に実施されます。 ことしの中間選挙は11月6日に行われ、 ・100ある上院の議席のうち35の議席、 ・435議席ある下院のすべての議席、 ・そして50の州のうち30の州で知事選が行われます。
☆ 中間選挙は、大統領の任期のちょうど中間に行われることから、大統領選挙 からの2年間の実績や、大統領を支える与党の評価を問う「国民からの審判」 とも言える選挙です。中間選挙が終わると、次の大統領選挙の候補者選びに向けた 駆け引きが表面化することが多く、11月の中間選挙は2年後の2020年の大統領選挙 に向けた前哨戦とも位置づけられています。 ☆ 議会上院は100議席のうち、現在、与党・共和党が51議席、野党・民主党は 同じ会派に所属する無所属の議員2人を含めると49議席で、与党と野党の差は 2議席となっています。 今回の中間選挙では、このうちの35議席が改選され、 非改選の議席と合わせて過半数を確保した党が多数派となります。 ☆ 一方、435議席すべてが改選される議会下院は、現在、共和党が236議席、 民主党が193議席、空席が6議席。過半数は218議席のため、野党・民主党が 多数派となるためには、25議席以上の議席の上積みが必要となる。
中間選挙は歴史的に、政権与党に厳しい審判が下ることが多く、過去30年間に 行われた中間選挙の結果を平均すると、政権与党は上院で4議席、下院では およそ22議席を失っています。
こうした中、共和党が上下両院のどちらかでも過半数を維持できなければ、 トランプ大統領は難しい政権運営を迫られます。そのうえ議会で、いわゆる 「ロシア疑惑」などをめぐってトランプ大統領の弾劾を目指す動きが勢いづく ことも予想され、2年後の大統領選挙にも大きく影響することになります。
逆に、共和党が上下両院で過半数の議席を維持すれば、トランプ大統領は 「信任を得られた」として政権運営に大きな弾みがつくうえ、共和党内からの 支持もより取付けやすくなるため、安定した政権のかじ取りで、次の大統領 選挙での再選も視野に入ってきます。中間選挙の結果、与党・共和党が引き続き 上下両院の過半数を維持できるのか、それとも野党・民主党が両院のどちらかで 多数派を奪還し、政権与党と議会の多数派が「ねじれ」の状態となるのか。 トランプ大統領は、任期の折り返し地点でアメリカ国民からどのような審判を 受けるのかが焦点となります。
しかしトランプ大統領の人気は根強く、共和党支持者の間のトランプ大統領の 支持率はこの1か月の世論調査でも8割を超えています。この人気にあやかって、 不法移民対策や貿易問題でトランプ大統領と同じ主張をする「ミニトランプ」 ともいえる候補者も増えています。こうした状況に伝統的な保守派の間では、 共和党の「トランプ化」が進み、長年の伝統が失われるという懸念の声も 上がっています。 ≫ ― ▼ 数日前にみた映画は、ブルース・ウィリアム『デス・ウィッシュ』。 これが明らかに白人第一主義者のトランプを擁護するような露骨な内容。 流れからして、共和党の惨敗になるのだろうが… 黒人大統領の後に、 クリントンの女大統領選出を拒否したのは分からないでもないが…これでは? 頭も尻尾も、その上にハラワタ(白人下層)も腐ってしまったアメリカ。 ロシアも、中国も、北朝鮮も、共和党惨敗を先読みしていたとしたら… アメリカ保守層からしたら、頼りなさそうなクリントンより、少々、頭が軽く とも、頼りに有りそなトランプの選択も… でも惨敗だろう!
・・・・・・ 5349,浅田次郎の人生相談 ーうつ病で、死ぬことばかり考えています 2015年11月06日(金) ー『世の中、それほど平等でない』浅田次郎著 このところ、中島義道、西原理恵子、島地勝彦、上野千鶴子など、 各分野の人たちの人生相談を取り上げているが、それぞれの個性が面白い。 今度は図書館で、浅田次郎の‘最初で最後の人生相談’のタイトルに惹かれ 借りてきた。雑誌『プレーボーイ』の今東光などの人生相談の一連の作家の後 を引き継いだ相談、肩を並べるには?〜ランダムに目に付いたところから〜 ● 質問: うつ病で、死ぬことばかり考えています ≪「先日、ヘルニアになり入院して、その後、自宅に戻って安静に過ごし、 心身の状態が回復してから今の職に復る予定でした。しかし、その間に、 好きだった草野球や水泳ができなくなり、鬱屈したものがたまっていくなかで 妻とも些細なことでもめるようなってしまいました。精神不安定になり、 病院で『うつ病』の診断を下される事態はさらに悪くなり、最近では死とか 自殺とか、『どうしたら周囲に迷惑をかけずに死ねるか、などということ ばかり考えています。現在は自宅療養中なので、経済的にも厳しくなってます。 今の職に復帰することは可能ですが、どうしてもそのような気持ちが起こり ません。しかし一方で、こうして自宅で療養できるのも今の仕事で稼いだ 貯えがあるからなので、普通に考えれば辞めないで復帰したほうがいいと いうこともわかっています≫ ● 回答: まずは妻と仲良く! 次郎: ひとつ思うのは、あなた、病気のせいにしてないか? もともと今の 仕事に対して嫌なことがあって、病気がきっかけでそういうネガティブな 気持ちが表層に出てきてしまった。それをすべでヘルニアのせいにして しまっている。それは‘ジョーカー’なんだよ。 「健康上の都合で」という力ードは、やたらめったら切るべきじゃないんだ。 うつ病だって働かない理由にはならない。 太郎: お言葉ですが先生、うつ病というのは正しい治療の必要な、 れっきとした病気ですよね。 次郎: もちろんそうだ。そうなんだけど、薬を飲めばそれで治るという ものでもないだろう。最後には、自分を奮い立たせる心の強さが要る。 それがなければどんな良薬を使っても根本的な解決には導けない。 そんなあなたに、特効薬になるであろう助言をひとつ。何よりもまず、 奥さんと上手く、やりなさい。夫婦仲が上手くいってないなら、それが一番 ダメージになる。だって会社に行って、どんなに嫌なヤツと顔を合わせて 仕事をしなければならないとしてもせいぜい8時間、9時間くらいだろう? ところが残りの15、16時間というのはほとんど女房が隣にいるわけだ。 週末の休みを入れればもっとだよ。ある人とふたりきりの時間が一日の 三分の二あるのに、その人と上手くいっていないというのは、これは精神的 にこたえるよ。会社でどんなに嫌なことがあっても「お帰りなさい」と 言って飯の支度をしてくれて、愚痴も聞いてくれる女房がそこにいるから こそ、明日またがんばって働こうって気になるのよ。それなの女房と 上手くいってなかったら24時間嫌なことだらけじゃないか。まずは女房と セックスをし、どうせ仕事を休んでいるんだったら割り切って旅行でもし、 夫婦関係を取り戻しなさい。ヘルニアを治すよりよほど効果があるよ。 自分に近い人から大切にしていくというのが、良い人生を歩むための鉄則。 男ならまずは女房、子供。ぞれができたらひとつ先、親や兄弟を大切に するんだ。≫ ▼ 各分野の先生?の、人生相談の相談を読んで、まず私なら、どう答えるか、 一度、自問自答するのが面白く読むコツ。一歩間違えれば、離婚、家族離散、 など、最悪な事態が口をあけて待っている。 私なら、 <徹底して、その最悪の事態を徹底的に想定する。そのうちに、凍り付き、 その解凍と同じに、会社にいくとか、ステップを踏み出す。隠れた野性は、 その究極の中から顔を出す。> 『出てこない?』なら、保険を充分かけ? サッサと死んでしまうがよい。それも出来ない? まずは、死に場所を探し、 彷徨ってみれば?いざ死ぬとなると、ゾッとする。しなかったら、そのまま 逝けば!死ぬ覚悟のない奴に、生きる覚悟があろうはずはない!> その前に図書館か、大型書店を彷徨ってみなさいよ! 苦しさに合わせ、妖精が、その本の場所に導いてくれるはず。 ・・・・・・ 4242, しまった! ー1 2012年11月06日(火) ー しまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著) 誤りは人の常。人はそれぞれのバイアス(体系的偏見)から、自分自身と 世界を見ている。問題は自分で、それに気づかないで、それぞれの岩の中 (バイアス)で一生を過ごしてゾンビになってしまうこと。そして魂の抜け殻 人間になってしまう。そして最期に、「しまった!」と後悔する。年寄りの 顔が暗いのは、そのため。同じ後悔ならバイアスに気づき、出るしかない。 ーまずは、内容紹介ーより 「人間はなぜ、まちがうのか」というテーマについて、面白くてネタになる トピックを「これでもか」というぐらい集めて分析した内容。たとえば・・ ★ レントゲン技師は、画像に写っていた悪性腫瘍の9割を見落とす? ★ トップレスダンサーの収入は、彼女の月経サイクルに左右されている? ★ 黒いユニフォームのチームは、ペナルティーをとられる可能性が高くなる? ★ 人間は、誤りを犯しそうなときは、むしろ「行動を起こさない」という 誤りを犯すほうを選ぶ ? ★ 「セックスした相手の数」を、男は女の四倍も多めに答えたがる? ★ 医師の84%は、同業者がメーカーからの贈与に影響されていると考える。 だが、自分が影響されていると考える医師はわずか一六%しかいない。 ★ 人はなんらかの形で自分が不正をしていないことを証明すると、 その後の作業でもっと不正をしやすくなる。 ★ 映画を「あとで見る」人は高尚な作品を、「いま見たい」人は 大衆的な作品を選ぶ。 ★ キャッシュローンを勧める通知書に女性の写真を載せるだけで、 利率を五ポイント下げたと同じ効果が期待できる。 ★ 予備選名簿の一番目に載った候補者は、得票に三ポイント上乗せできる。 ★ 投資家は、金曜日の経済記事には月曜日の記事ほど注意を向けない。 ★ 人間は、印象の操作など特定の目的のためには平気で話をつくり変える。 ★ 無意識につくり変えた話でも、二度三度と繰り返すうちに、 いつしか「記憶」そのものになってしまうことがある。 ★ 一般的に、男は自分を持ち上げるために、女は他人を持ち上げる ために嘘をつくことが多い。 ★ 社会的地位や学歴、収入は、全体の幸福度におけるわずか 三%しか占めていない。 ★ 人を単純作業に従事させるためには、お金の力がものを言う。 だが、たいていの行動では、人間は総じて金銭的動機には 左右されない。(ゆえに、行動経済学はあまり役に立たない?) などなど、 興味深い話がてんこ盛り。 ▼ 多くの事例で人の「まちがい」メカニズムを解明。人はミスを防ぐ ことができるのだろうかを問う内容。人は自分を騙す動物だが、自分に 騙されている自覚がゼロに近いため、その蓄積が致命傷になる。 本来、 「人生は、しまった」の連続。その最たるものは結婚。9割の夫婦が失敗と 思っているというデーターがある。 人間の最期は死に直面するが、誰もが シマッタと思う。バイアスに閉じ込められていた自分に初めて気づく。
|
|
|
|
2018年11月05日(月)
* この連日は各種格闘技の全日本選手権の日 ・11月3日は、格闘技などスポーツTV観戦が大好きな私にとって、年末年始を 除くと、年で1番、楽しめる連日。 ・午前は、何時ものとおりの日課を熟し、 ・午後からは寝室で… 「全日本学生相撲選手権」「全日本柔道体重別選手権」 「全日本剣道選手権」「全日本極真空手」と…一部録画に録り、イギリスの 刑事ドラマを同時に見ながら、合間に、この文章を書き込を… ・17時過ぎに寝室から居間に移動し、晩酌になる。1時間半もしないうちに、 TV前のベッドに戻り、録画していた番組を見ながら一時間もしないうちに 寝入ってしまう。 何れの格闘技、一発勝負の晴れ舞台の気迫が直に伝わため、観戦でも疲れる わけである。でも、どれもこれも魅入ってしまう。 この中で、来年のプロ入りが係る「全日本相撲選手権」が特に面白い。 二年生にレスリング上がりの、モンゴル人に有望なのがいるが、途中で敗退。 去年、相撲を始めて半年で準決勝まで残った、将来は横綱になれる逸材だが 卒業まで、2年あるため、来春入門の逸材は皆無? 後は、高校生、実業団を 含めた「全日本相撲選手権があるが…
― ・思いの外面白いのが剣道。毎年、楽しみにしているが、張りつめた中での 一瞬の隙をつく、竹刀と身体さばきが良い。 この数年は、内村、西村選手を 中心に競っていて、今年の決勝も2人が勝ち残こり、西村が優勝。内村から 西村の時代を印象付けた内容。
― 2日間、快晴のため、早朝のミニ・チャリ(ポタリング)が出来たのが幸い。 TVで、スポーツ、映画、ドラマの観戦も、息を抜かないと、ストレスになる。 その点、10年近く続けてきた信濃川土手への自転車散歩は、毒抜きに効果的。 「ストレス蓄積ほど悪いものはない」という持論で、この数十年、生活をして きた。それでも、単調な生活パターンの中で、73年分の記憶のフラッシュが 湧き出てくる。良いことも悪いことも。だいたい、悪いことが多いが、可能 な限り後味が悪くなる選択をしないよう心掛けてきた。それで、これ。 なるほど、良いこと3に、悪いこと1の割合が心が平安の幸せ状態。無理する こともないが、心がければ、何とか維持可能。 ・・・・・・ 4983,暴走する世間 −1 2014年11月05日(水) 〜暴走する「世間」―世間のオキテを解析する〜佐藤直樹 (著) ーまずは、アマゾンの解説から < 日本社会の見えないオキテ、それが「世間」である。事件が起きマスコミ で報道されるたびに「犯人」にたいして極端なバッシングが起きるのも、 「空気を読め!」という無言のプレッシャーが生じるのも、携帯を使ったいじめ が起きるのも、「世間」という同調圧力のなせるわざ。「お世話さまです」 「おかげさまで」といった物言いにさりげなく顔をのぞかせ、いじめ・うつ病 ・自殺の引き金にもなる「世間」。バブル崩壊以降とみに暴走しはじめた 「世間」の危ない構造にメスを入れる長編評論> ~~ ~~森林(現役)の生活からサバンナ(御隠居)へ、住居を移動したことで、 見えていた世界が様変わりをした。社会から、世間への移動?それとも、逆? いずれにしても、ますます、独善になっていく自分がいる。 世間的強制力に アタフタするのは、やはり個人が確立してないため。 実は社会も、世間も共同幻想でしかない。そう思えば楽だが、それが比較的 楽に出来るのが御隠居の身分。 ーその辺りからー ≪ 社会も個人もいない「世間」のなかで、「世間」的強制力をともなって、 個人に責任を押しつける「自己責任」や「心理主義」が強調された場合、 「世間」はますます住みにくくなる。しかし「世間」は、日本人であれば、 生まれたときから取り囲まれ、あるものと親から教えられ、そのなかで生きて きたから、それを意識的に取りだすのがとてつもなくむずかしい。 これに加えて、「世間」は具体的なものではなく、ある種の共同幻想、つまり 人々のアタマに宿る観念である。人によって「世間」は広かったり、狭かったり するが、それは「世間」とは関係そのもののことであって、本質的には人間の アタマに宿る共同幻想だだから。共同幻想とは、複数の人間に宿す観念である。 厳密にいえば二人の間だけでは、共同幻想とはいえない。たとえば恋愛関係 などのように、二人の対になる関係においては、世間は存在しない。 この二人の関係を、思想家の吉本隆明さんにならって「対幻想」とよんで おくことにする。 「世間」は三人称的な関係で、三人以上の人間が共同して生みだす幻想。 なぜかといえば、「世間のオキテ」といったようなルールや規範が存在する ためには三人以上の人間を必要とするからだ。「世間」は幻想であるから、 ないと思えば、ない。「世間のオキテ」も、ないと思えば、ない。げんに外国 で生まれ、日本に住んでまだ間がない外国人には、「世間」も「世間のオキテ」 も間違いなく、ない。だから原則として外国人は、「世間」には入っていない。 かなり長く日本に住んでいる外国人でも、日本の「世間」のなかに入ることが できるのは、まれである。外国人が「日本人はとっても親切だ」というのは、 かれらがはじめから「世間」に入っておらず、そもそも「世間」の外にいる 「お客さん」であるから、親切にされるにすぎないのだ。 問題なのは、 「世間」が具体的なものではなく、共同幻想であるがゆえに、それを否定 するのが相当にむずかしいということである。具体的なものなら、捨てるか、 近づかないようにすればいいが、共同幻想は観念そのもののことだから、 そうはゆかない。簡単に捨てることができないし、そのなかで生活している 以上、近づかないでいるわけにもゆかない。だからこそ、「世間」の存在は なかなか意識化できないのだ。しかし、これを意識化する方法がある。 それが、「世間学的エポケー」である。・・・≫ ▼「あの老人、一度も恋をしたことが無いんだって!現実に溺れすぎて」 という強烈な言葉がある。共同幻想の前の「対幻想」の幻想である。 その共同幻想も、何も考えもせず、ただ、成り行きで染められた幻想で しかない。Uターンで地元に帰った時に感じたのが、城下町という特殊の世界。 専門が社会学だったことと、10年間の外界経験から、これが特殊ということ が分かっていた。で、アウトサイダーに徹し、そして、事業場を新潟にした。 これが「世間学的エポケー」これも事業設計、人生設計の一つ。 予め世間を特殊世界と割切って捨てれば、これほど楽なことはない。一般的 には御隠居になって気づくが、気づかないままが殆ど!あのゾンビの群れ。
・・・・・・・ 4616, 君は1万円札を破れるか? ー4 2013年11月05日(火) ー君は1万円札を破れるか? 〜お金の洗脳を解くと収入が倍増するー 苫米地英人 (著)ー * 年収は人の価値判断の基準になるのか? 森の生活(経済社会)から退いて、サバンナ(隠居生活)に出て 気づいたことは、これまで、「人の判断基準に、手持ちの資産と、年収を 価値基準にしていたこと」である。資本主義社会の洗脳である。 「格差社会」「勝ち組・負け組」の言葉の背景に資本主義社会の価値観がある。 それも一線を退けば、その比重は低くなる。お金を気にしないで済む収入と、 蓄財が幾らかあれば、それ以上は皆、同じ。森の生活では、稼ぎが、その人の 価値と錯覚をしてしまいがちになる。他人との比較で、その額の差が人間の価値 と錯覚をしてしまう。「お金には絶対的価値がある」「お金はすべてのモノの 価値を規定する物差し」という洗脳が長年かけされ、それを疑おうともしない。 お金で、自分の労働や価値を規定され、振り回されている状態は、宗教に洗脳 された信者と同じ。 著者は、ここで、現代社会における「価値」を 「物理空間における価値」と「情報空間における価値」と分ける。 物理空間とは、体で触れることができるモノの世界。情報空間とは、脳や心の中 に存在する様々な概念が作る空間。米を例にとると、タイ米と魚沼コシヒカリ。 その価格差は10倍近いが、物理的な味と栄養は、せいぜい二倍? あるかなしか。「美味しい」という感じ方はそれぞれ違い、何倍美味しいとの 数字化は不可能。タイ米と魚沼コシヒカリと表示されなければ、値段の差だけ の価値を感じることはできない。ブランドものはバーチャルバリュー が、その価値を高めている。年収も財産も同じで、ある金額以上になると大して 変わらない? いや2千万と、2百万の年収では生活の快適さは違う? 貧すれば鈍するし、豊かさには幸運の機会を多く集まる。年収が多いに越した ことはない。貧しさは、人間性を卑屈にする。問題は、年収が「絶対的」では ない、ということ。タイ米なら、タイ米にあう調理をすればよい。 考え方である。「資本主義社会の洗脳」の自分を一度突き放し、冷笑し、 卑屈にも、のぼせ上がらないこと。所詮は、娑婆のこと。それを自覚し、 超越するために、ライフワークを持つこと、それが教養につながる。 多趣味か、一つの趣味を深く追求するかと、年収が多少の差とを類推すれば、 理解しやすい。= 偶然、7年前に、同じようなテーマの読書日記があった。 〜〜〜 2073, 金は人を幸せにするか? 2006年12月06日(水) 才八∋ウ_〆(∀`●) お金に関しては、何度か書いてきたが・・ 先日の書評「金は人を幸せにするか?」は題材として面白い。 毎日新聞の『「豊かさ」の誕生…』=W・バーンスタイン著の書評で、 その内容が紹介されていたが、なかなかよい。建前でいえば、 「お金で幸せが買えるかって?冗談じゃない。幸せは心の問題だろう。 それが金で買えれば、世の中の金持ち全部幸せのはず。 質問そのものがナンセンス」が正論である。 しかし本音のところ、 「金は何でも買うこともできる自由の塊、何で そんな建前をいうのか? そんなことを言えるのは充分ある人のこと。」 と、陰の声がささやく。 「貧乏の極みで家庭は崩壊、借金で高利貸しに追われ、最後は不幸のどん底、 投身自殺を図ったが死に切れず・・・」 これなど不幸のカタチで何処にもあるパターンである。 倒産や失業では金欠が当面の切実の問題になる。 人間の品性は「金欠と女性問題」で露わになる事例を山ほどみてきたので、 間違いなく「金のないのは、人を不幸にする」ということだけは断言できる。 幸せになるのもいるが、それは珍しいから小説の種になる。 私の持論は、「金で8割の幸せは買えるが、あとの2割は金で買えない。 その2割こそ一番大切なことである。しかし8割は買える。 幸せとは、したいことがあり、それをやり遂げた心のさまである。 それは金では確かに買えない部分もあるが、しかし金=自由であるから、 やり遂げる手段としては、最有効になる。」である。 理屈として、 「買えるものは買えるし、買えないものは買えない。買えるものは金があれば こそ買える。金が無ければ‘買えない’範囲が広くなる。そのぶん自由度が 狭くなる。自由は人間にとって非常に大きい幸福の要素である。 自由度を大きくするには、より多く金が有ればよい。生存レベルで必死の人 にとって、{生活手段としての資金の確保から解放されることが幸せである} のは当然のことであり、お金は資金確保からの解放を意味する。 生存レベルの資金確保の束縛から解放された人は逆に、 幸福感が 「生活資金確保の段階」からアップスケールしているのだから、身近な世界の 人との比較や、違うレベルの欲望の達成の幸福感でなくては、幸せなれなくなる。 金が無くなって「お金だけが人生ではないお金は決して人を幸せにはしない」 と、言うに丁度よい言葉の羅列にはなるが。
・・・・・・ 6080,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実 〜6 2017年11月05日(日) * トランプ大統領の来日 「ロシアゲート」疑惑とは、トランプ米政権とロシアとの間で不透明な関係 があったのでは ないかという疑惑の総称。 日ごと、その疑惑は大きくなる。 『文芸春秋・7月号』で、神谷秀樹が<トランプとロシア 深すぎる絆> のレポート、トランプとロシアの疑惑を取上げている。 特にトランプの富の形成の背後にロシアマフィアの資金があり、ロシアと マフィア資金の分別が難しいと… この疑惑、ニクソンの「ウォーター・ゲート 事件」より遥かに質が悪く深刻というから。 有り体にいえば、「ロシアが、 マフィアを使い、ソ連解体時に流失した資金の一部を、元KGBや、マフィアが 組んで、アメリカのラスベガスやニューヨークのビル群を買い漁ったが、その 一つのルートがトランプ。これを読んでいて、何か末恐ろしい感がしてきた。 トランプがロシアマフィアのポチ? 彼なら、このまま失脚するなら、朝鮮戦争 を決断するのでは? 更なる問題は、就任後のロシアゲート疑惑捜査に対する「司法妨害」。 後者も十分、大統領の資格を問う材料になる。手足になったイヴァンカと、夫 クシュナーに追及の矛先が近づいているような。問題なのが、クシュナー家が、 ポーランド系ユダヤ人の不動産投資家で、父親がニュージャージーの現州知事 クリス・クリスティーが検事だった時に、違法な選挙資金を提供、税法違反、 そして義兄に美人局を仕掛けて逮捕されていた経歴の持ち主。息子のジャレッド も、怪しげな人物で、ハーバード出というが、「父親が、250万ドル寄付でして 入ったもの」だし、彼と取引をした人は、「話が信用出来ない要注意人物」 という。 この不安定な政権のトップが、吾が身のために何をしでかすのか? その煽りを受けるのが、日本と韓国。 危ない時節には、こういう手合いの役者 が集合する。実に危ない恐ろしい現実が目の当たりに。「冬季オリンピック」が 何故か盛り上がらない。戦争まじかの危険があるため。実質的非占領国家・日本 の悲哀が悲劇に変わらないことを祈るばかり。 大統領歓待の日々が始まった。 これも仕方がないことだが…
・・・・・・ 5713,つれづれに哲学 〜レヴィナスの、「他者の顔」 2016年11月05日(土) * レヴィナスの「他者の顔」 仏壇の横に、30年前の実家の法事の集合写真を置いてあり、度々みている。 40数人の参列の7割方が故人である。30年来の時々に、写真を見る習慣が、 私の生き方に大きな影響を与えていた。そこから、生き残っている親戚縁者も、 「散る桜」でしかないと、故人達が呼びかけてくるような。 生きている不思議と意義の実感。亡き縁者の顔の背後に無限の存在を直観が、 死の不安を解消してくれる。遠くない日に私も阿弥陀の世界?に入っていく。 生れてきたからには死ななければならないのが世のならい。自分の内に取込め ない「他者」の「顔」が、自分の周りを囲んだ壁の外に、自らを誘う。 レヴィナスは、こう宣う〜 ≪ 自分の解釈の中にすべてを取り込んで、自分中心の世界を創っても 「イリヤ」の恐怖から逃れることが出来ない。彼にとってイリヤから抜け出す カギは「他者」の「顔」。もし、他者の顔が、「汝、殺すなかれ』と訴えたら、 人間は理性からでなく、無条件で他者に倫理的な責任を負わざるをえなくなる。 人は自律などできないのである。他者とは自分の世界に取り込めない、その外側 にいる無限の存在です。その「顔」に責任を持つことで、わたしはイリヤの恐怖 が渦巻く私の世界から抜け出し、永遠に向かう。≫ ▼ ここでいう「顔」とは、 <実体的な顔のことでなく、他者の他者性を 意味する概念>として捉えられる。 お互いの顔は、他者を通した「無限」の広がりの入り口になる。キリスト、仏、 を通した教えを例えると理解しやすい。自分の世界に固執すると、私はイリヤ から抜け出すことができない。その行き詰まった結果、自己崩壊に至る。 その挫折が、己の殻を打破る。留まると、そこに「世間様の壁」が、強硬に立ち 塞がってくる。で、ゾンビに! 他者の顔を見ることで、その背後にある永遠の 直観こそ、「イリヤ」の恐怖を和らげてくれる。生まれ生れ、死に死にていく!
|
|
|
|
2018年11月04日(日)
* 成田への機内で気づいたこと 52回の旅ゲームのツアーを重ねるうち、それぞれが、文化、文明、大自然の 要素の全てが入っていることに気づくことになった。 「ケニア、タンザニア」旅行を例にとると〜 【 まず欧州のハブ空港のあるパリ。そしてエジプトのカイロから、ケニアへ。 その場合、パリの市内観光でギザのピラミッドに立ち寄り、ケニアへ。… 大型サファリカーで360度パノラマの大草原へ。夜半、耳元1m先から聞こえて くるハイエナの息遣い。部屋と策で砦のように円形状に囲んでいるため、窓まで 近づいていることなど、深夜到着で、知る由もないため、恐怖のどん底。 『ライオンか、象一匹が見れるかどうか?』と思いきや、翌日のサファリから ヌ〜や象の群れがオンパレード。夕景のキリマンジェロと、ピンクから、黄色、 オレンジ色、そしてどす黒い黄み色、漆黒の黒へと変わっていく中、砦のホテル に、何処までも続く一本道をサファリカーで突っ走る。 その中は、100年、 200年続いてきたイギリス統治のリゾートホテル。中央がレストランやロビーに なっていて、部屋はコテージになっており、警備の現地人が長銃を肩に警備を している。 …そして、早朝6時から、朝食前の一回目のサファリへ。 二時間のサファリの後に、朝食と休憩。二回目のサファリ。サファリは、無線で ドライバー同士が情報を共有しているため、「ライオンがヌ〜を狩って、何処そこ で朝食」とかの情報で現場に直行。これじゃあ、合理的で面白いわけだ。 欧米の金持ちがつくり上げた遊びを、20〜30万そこそこで、楽しめる。 帰路のカイロは、エジプト考古学カイロ博物館。館内には、ツタンカーメン王の 黄金のマスクや、カフラー王座像、ラムセス2世のミイラなど驚くべき文化財が 陳列されている。そして、最終のホテルは、最高級ホテルの宿泊が組込まれている。 帰路の機内のエコノミー席も回数を重ねる度に、その狭さが気にならなくなる。 この到着するまでの時間こそ、基調と瞑想状態に持っていく。これが可能になるに、 10年近くかかった。人生と、その都度のツアーを重ね合わすうちに、日常が、夢幻で ないかと? <他の銀河系から80年間、肉体と精神を借りた旅に来ているのでは?>】】 数年前に、この宇宙の他に、10の500乗の他宇宙の存在の有無が言われ出した。 ならば、こんな空想もタワイのないもの。そんなことをしていないで、繭から 出てね、羽ばたいたら。 バカくさいことなど、横に置いてね。 繭って両親、 家族、身辺がつくり上げた、その壁。喰いちぎらない限り、外に出れないと…。 といっている、それ自身も、妄想が成せる業でしかないと! なら如何するか? さて早朝のポタリングに出る時間に近づいてきた。 ―― 某ブログより [旅の記録] 10月18日 夜、エジプトのカイロに到着。ホテルはナイル川沿いのラムセスヒルトン。 部屋からのカイロの夜景が幻想的だった。
10月19日 カイロは7年ぶり。ギザのピラミッドとスフィンクスを観光。遠くから見ると やっぱり大きいな〜と思ってしまう。クフ王のピラミッド入場は限定300名/日に なっていたが、チケット売り場に並んで入場した。 お昼はピラミッドが見える レストランで魚料理を食べる。エジプト考古学博物館では前回行けなかった ミイラ室を見学、気持ち悪かった。その後、ハンハ-リで買い物して、ナイル川 ディナークルーズへ。お決まりのベリーダンスよりも、甲板で風に吹かれながら カイロの夜景を見るほうが気持ちよい。ナイロビ行きは1時間ほど遅れて、 深夜1時過ぎに出発になり、すごく眠かった。
10月20日 早朝にナイロビに到着。ナイロビからアンボセリまで約260km、途中、悪路を 進み、昼過ぎに到着。昼間は雲に隠れてなかなか見えないキリマンジャロの雄姿 がバッチリ見えた!キリマンジャロを眺めながら昼食、その後ロッジで休憩。 夕方、サファリに出発。キリマンジャロをバックにした野生動物の風景はホント 絵になる。公園内で唯一車を降りて歩けるオブザベーションヒル(展望台)に登る。 天気がよく、キリマンジャロや大草原の眺めがすばらしい。 今日はヌーや シマウマ、ゾウ、キリン等の草食動物の他、ライオンの親子も見れて、満足な 1日だった。
・・・・・・ 5918,閑話小題 〜帰りの宇宙船内で −1 2017年05月29日(月) * 帰りの宇宙船で 「何故に生まれてきたか?」の問いかけの答えを考えるに、 「宇宙彼方の惑星から地球の80年の旅に来ていると想定すると考えやすい」と、 そして、「子猿に纏わりつかれ、殆ど地球上の大自然も、人間も、人間が営々 としてつくり上げた「文化・文明」をみること出来なかったことに後悔する」 と書いた。 秘境異郷ツアーに嵌って、私にとっての世界の果てからの現実 社会からのトリップする経験をしてきた。この感覚を「人間の生死」の極みの 実感から、「人間の生きる目的」を考えるヒントにしている。 旅行から自宅に近づくにつれ、ホームベースがあればこそ、余裕を持って世界 の果てに飛ぶ立つことが出来た。それを拡大して、宇宙の果てから地球へ、 約80年の時間に色々な条件を与えられた上に、世界と内界を知り、味わい、 宇宙船に乗って帰っていく。宇宙船内で、自問自答するのは、如何だろう? 観て、経験した、感動と、感激と、感涙した極上の感情体験。四苦八苦、四楽 八楽の経験。それを阻んでいたのは、地球のシリアスな小憎らしいが、可愛い 子猿たち。それらも元の惑星に着いたと同時に宇宙の旅として忘れ去られる。 ただ、帰りの宇宙船内には、両親など因縁のある人たちが居る。数年前から、 早朝の仏壇前で、因縁深かりし故人のイメージを繰り返し想い浮かべている。 「末期の死の床での予行演習」の準備の一環ですか、これは。「暗い!」と、 いうアナタ。これは時間をかけ身につける「必須科目」。私だけの話だが…
・・・・・・ 5921,閑話小題 〜帰りの宇宙船内で 〜2 2017年06月01日(木) * 帰りの宇宙船内で 〜まずは父親と〜 宇宙船内に父親の姿が見えたので、隣に座る。 開口一番に聞いてきたのは、<どうだ面白かったか?>である。 〜その答えは〜 ≪ お陰様で本当に面白く満喫しました。子供の頃から、色いろ教えて貰った 知識と経験に加え、20歳時に創業の志を立て、読書など独学していたことが、 そのまま面白さに味を添えたようです。早寝、早起きと、新聞などの活字情報、 知識を収集する姿を幼児期から見ていた要素が大きい。新たな経験を加える たびに教えを思い出し、参考にして、生きてきた。貴方が亡くなった半年後に 一緒に計画した飲食ビルの立上げと同時に結婚をしました。 悪いことに、 その時に石油ショックに直撃されたが、テナント部分に、居酒屋と、焼き立ての ベーカリーを立上げ、一応カタチにし、数年後に、投資金額の二倍で売り抜けました。 恐れていたとおり、動けないとみて、その隙を姉夫婦につかれましたが、 経営委託の奇策で乗り越え、実家にトンボ返り。任された本店に全エネルギー を投入し支障なしに引継ぎが出来ました。 これも高校の頃、二度、仕入れの現場で、直に見ていたのが大きかったです。 それが、そのまま貴方の分身のように動けた大きな要因です。 また、質素倹約と、合理的思考の習慣も大きなベースになりました。 分かっていたとしても、姉夫婦には驚いた。シロアリとは、こういう人かと。 貴方の静かな怒りが、そのまま伝わりました。 地元経済の御仲間の存在にいるためには何でもござれだったということ。 貴方が一番嫌っていた、あの何も考えようともしない紋付羽織人たち… 根性の良い、母と、実兄も… 二人の姿に当初、茫然自失していたが、それぞれ 役割を果たし乗越えました。それも避けて通れない一本の道の現象と割切れば、 それもこれも許すことができます。その後、姉夫婦も、起業準備不足故に、創業 に失敗。最期は凄惨な結果に終わりました。 という私も、手を広げ過ぎて、9・11テロ、リーマンショック、東北大震災で、 遭えなくダウン。教えの通り実行していた幾つかのシェルターのお陰で、生活の 質を落とすことなく、ここに乗込むことが出来ました。この45年間で世界は 大きく変化しました。ソ連が解体してロシアに縮小。東欧など共産圏も消滅。 中国・共産党も、自由経済を取り入れ、今ではアメリカに次ぐ経済大国に成長し、 現在に至っています。さらに情報化社会が到来、社会の激変ぶりに驚きを持って います。 地元商店街の「イチムラ」「丸大」「丸専」「大和」「長崎屋」 も消滅、当時、セトモノ屋からスーパーに転身をした「原信」が、一部上場 を成しとげたが、これも、10年?もしないうちに、商社か、ネット系の 資本系列下に統合されるでしょう。 父方、母方の親戚の商家も、全て廃業し、一軒も残ってません。 また、地元の地銀の「北越銀行」も、第四銀行に経営統合が決まり、風前の灯。 あまりにも時代が激変してしまいました。面白いには面白いが、面食らう日々。 こうして宇宙船内から、地球ツアーを省みると、地球は豊潤で、奇跡的 世界であったと思います。人間という生き物は、ケッタイで、変わった生物と 実感します。 生れ出た先の地球上の役割と舞台で、丁度よい両親と、時代に 巡りあえたことに感謝しています。特に貴方には! 幼児期から、長期に渡る 定期預金を続け、増えていく楽しみと、それを元手でベストのタイミングの 学生時代に、「30日間の欧州を中心とした世界旅行が出来たことが、人生の ベースを培ってくれました。それが切っ掛けで、ライフワーク「秘異郷ツアー」 を続けることになりました。その先で、「感謝、感動、感謝」の念を、実感を 持って、報告出来るのは、これ以上の幸運はないと思ってます。 若くして 亡くなった2人の兄の分まで、生きた気がします。「有難うございました!」≫ 辞世の文みたいだが。 ・・・・・・ 5924,閑話小題 〜帰りの宇宙船内で 〜3 2017年06月04日(日) * 母親と供に 宇宙船内の両親の席の母の隣に座り、一方的に話した内容とは。 ≪ 父親も尊敬してましたが、貴女も人間として見上げる存在でした。 亡くなった時、医師の希望の解剖の結果、心臓の4分の1が壊死していたこと を知り愕然としました。2人の息子を死なせ、母としての責任と後悔で重度の ノイローゼに陥ってしまったことは知っていました。それでも、心臓が四分の一 も壊死していたとは。 中学校2年の時に、夜半、心臓発作のため、立川病院の 院長自らが駆けつけて、止まりかけた心臓のマッサージをしながら、大声で、 『堀井さん、自分で生きようとしなければ助かりません。苦しくても生きたいと、 思って自ら立ち上って下さい!』と絶叫していたのを覚えています。 言語に絶する苦しみが当時の私に伝わっていたと思ってましたが、殆ど分かって なかったということですよね。 白髪が逆立ち、両手を上に突きあげ。私を見て、 「助けて!」と、絶叫していましたね。 その急場を乗越えた後、少しずつ病状が 良くなっていく過程で、新興宗教に助けを求めたり、宗教書や倫理書を熟読する ことで、苦しみの種を、一つずつ取除いて立上っていく姿を身近で見ることが 出来ました。貴女の生い立ちは、生れて直ぐに父親が亡くなり、男後家の義父に 苛め抜かれたと、ことあるごとに聞いてました。実母も義父に気遣い、表向き 幼女の貴女には冷たくしていたと。 親からの直の愛情を、子供に与えられた 経験のなさが、仕事の忙しさも手伝って、目先、ガムリャラに生きるしかなく、 息子の不幸を招いたと、聞いていました。これは子供の私たちにも影響をあった ようです。 その反動が、私に集中し、孫のような特別待遇をして貰いました。 結果的に、それが良かったか、悪かったか。貴女は、子供でも分かるような、 宗教書や倫理の本を何気なく、茶の間において、自然に読ませてくれていたのが、 間接的教育だったのですね。 10年近くの重度のノイローゼの中で気づいたことは、「過酷の環境下での、 『無教養』が、取返しのつかない不幸の原因だった」ということですよね。 私自身も、「知識の絶対的不足」に気づいたのは、地元を離れた学生時代。 オープンハウス的な寮生活で、全国の多くの人と、私生活を共有したためです。 「面白い共同体の寮があって、実に社会勉強になる」と、何処かから聞きつけ、 放り込まれましたが、その実態について、殆ど話した事はなかったですが… これが絵に書いたような雑多の家庭事情を持った玉石混合の25室の寮。その部屋 には、その友人も多く出入りをしており、良いにつけ悪いにつけ、赤裸々な様々 な品位を垣間見ることが出来ました。これが、面白い別次元の空間。都会の寮や、 アパートなら、こんなものでしょうが… そういう貴女と33年間も同居することが出来、あまりに多くを学ぶことが 出来たことが、この地球ツアーで一番の成果だったようです。両親にならって 何が創業人生を目指してきたのが、この程度で、です。 『ご覧のとおり、そのまま結構!』とは、あなた方を省みると、決して 言えません。何はあれめぐり会えたことが、一番の感謝すべき幸運だったと、 黄昏の日々を過ごしています。≫ ー ▼ 書いて初めて気付くことが、あまりに多い。愛情は与えることであって、 受けているだけではダメということですね。
・・・・・・ 5959,閑話小題 ―帰りの宇宙船内で 〜4 2017年07月09日(日) * 人生の元をとったかい ふと気づくと、学生時代の友人だったAが、隣に座っていた。30年前に 脳梗塞で亡くなった男だが、突然の死で、当分の間、成仏できなかったようだ。 開口一番『人生の元を取ったかい?』と問うてきた。 A君が言うには、 『人生の最も美味しい時節の前に、突然終えたのは残念。成仏出来ないまま、 見えていた情報化時代と、ソ連と東欧の共産圏の崩壊の時代に立ちあえた君ら が、羨ましい限り。あと、老いた父親から強引に実権を取ったことも。』と。 ここでは故人の愚痴の聞き役になっていた。幸せを絵にしたような男だったが… 『堀井な〜。生きている内だよ人生は。それも日常の平凡と、それとは別の 非日常でトリップする経験の組合せを、楽しむことを心掛けることだよ。 それと、孤立でも、孤独でも何でもいい。自分を閉じ籠めて、暗闇の漆黒を 味わうことだよ。そうした分、外の世界の輝きが違って見えてくる。地球は、 広く、深いと、つくづく思うよ。地球は極上の観光名所であり、そこには、 地球自身がつくり上げた大自然と、人間のつくり上げた文明・文化もある。 それらと可能な限り、触媒し、直感し、味わうことだよ。自分は現実に 溺れ過ぎて、一番大事なこと、平凡の日々と、トリップして現実から離れた 時空を味わうことが、あまりに少なかったよ。』 といって、消えていった。 フッと気付くと、宇宙船が消え、宇宙の漆黒の中、魂だけが独り漂っていた。 30年前に、新潟駅前で事業をしていた時の不動産屋社長で、町内会長だった 酒友で古町を月に一度、10数年、飲み歩いた人と、私の母親の二人への質問 と同じだった。二人とも、「よくぞ聞いてくれた」と?、急に顔色が輝き だしていた。 老いるに従い、「人生、これ果たして良かったか、悪かった のか」の自問自答が深くなる。良し悪しとは別に、充実した人生かは、本人 の心の問題になる。2人とも、『とったとった充分とった!』であった。 2人とも、当時70歳後半だった二人の共通点が、何れの時点でも人生を 楽しんでいた。太平洋戦争の最中、何とか家庭を支えて生き抜いてきた。 その質問を、学生時代の友人が、私に質問をしたのには驚いた。そして、 私の答えも同じ『充分とった!』。 ★ 後記= で、偶然だが、以下に続いていく。あの世だけでなく、 娑婆も漆黒の闇である。
|
|
|
|
2018年11月03日(土)
閑話小題 〜生きる意味とは?
* 自分が最善だと信じるように生きればいい 今さら「生きる意味とは何?」と考えることもないが、といって、何度も 繰返し考えるべき問題である。「何のため、生きてきたの?何で生きているの?」 死の問題と同じ哲学上の問題である。そして、その自問自答を、テーマとして 取上げてきた。
≪ 殆どの哲学者は表現の仕方が違っても、「生きる目的があるかどうか、 知ることができないのだから、自分が最善と信じるように生きればいい、 という結論に至っている。 カミユは、哲学において真に重要な問いかけは「なぜ自殺しないか」だという 言葉が的を射ている。 ・自分を偽らず生きること、 ・よりよく生きること、 ・正しいことをすること、それが人生の目的である。 価値ある何かは、自分自身がつくりだすものだ。≫ ― ≪ ハイデッガーは1927年の著作『存在と時間』の中で、人間の意識の重く圧し 掛かる死すべき運命について考察した。彼は人間を「現存在」――文字とおり、 「現にそこにあることを意味する――と定義した。 …私たちは、現に限られた 人生をどう過ごすかを自分で選ばなくてはならず、しかも賢い選択をしなければ ならない。何しろ私たちは一度しか生きられてないからのだから。 死が、私たちを生きることに集中させる運命を認識することは、何が私たちに 重要かを決めるように迫り、それに集中させる。もし、吸血鬼のように、永遠に 生きる命を与えられたら、きっと何をするにもやる気を失ってしまう。 優先順位が消えて、意味あるものが何ひとつなくなってしまう。人生に意味が あるのは、やがて間違いなく死が訪れるかわかっているからだ。≫ ― ▼ ズ〜ッと後ろから追いかけられていた死が、ある日を境に前側から迫って くるという70歳を過ぎて、3年近くになる。準備期間を含めた45年に亘った 事業整理を終えて7年半を過ぎ、行蔵から自分の姿を垣間見えるようになった。 良いも悪いも、「そのまま結構」。 満足度は、人生全体からみれば、80点。 「遊び、学び、働き」を三分割してみれば、自己満足度の採点は、 「遊び90点、働き60点、学び80点」に…。バブル崩壊の認識に対し、あまりに 甘すぎた。それと、2001年のハイジャックテロ、2004年、2007年の二つの 地元の地震と、2008年のリーマンショックの認識も、あまりに甘かった。 2001年5月から、この個人HPを始めて、ブログの両立をしていた割に、この ブラック・スワンの到来の認識と対策が、甘かった。会社と、家族、個人の名義 を明確に分けていたため、路頭に迷うことのないと… で、これらの始末で、 「生きる意味とは何?」を肌身で味わうことなった。 『ご覧のとおり、そのまま、結構』で。「生きる意味とは、生きる味わい」と。 成るほど、甘じょっぱいが、食えない味でもない。結局は、自問自答で、 「日々、是、口実」。ふざけているのではない、これが自己葛藤。 後記: 過去文を個人HP内検索で、「生きる意味」と入れたところ、あるある。 まあ、真面目なモノよと… 「‘良く’生きる」と、その意味あいが深まり、 味わいが深くなる。特に‘良く遊ぶが、基点。
・・・・・・ 2018/04/04 閑話小題 〜加山雄三とヨット * 遊びをせんと生まれけむ! 人間の価値は、それぞれ重複するが、遊び、働き、学び、と分けて考えると 理解しやすい。何処に重きを置くかになる。 それも時節により変化する。 幸福を目指すか、充実して人生を目指すかにより、大きく左右される。 世の中には生れつき幸福な人がいる。波乱万丈では加山雄三が、その部類に 含まれる。彼の趣味がヨットであることは、よく知られている。そのヨットが 全焼したというニュースが流れ、加山が涙を流した映像が映し出されていた。 問題は、保険に入っていたかどうか。入ってなくとも、80歳の年齢からして、 そう遠くない旅立ちの未練が少なくなるのが幸いと穿った見方も出来る。 「遊びをせんとや生まれけむ 戯(たわぬ)れせんとや生まれけん 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動( ゆる)がるれ」
《 西伊豆町の港で、俳優で歌手の加山雄三が事実上のオーナーのプレジャー ボート「光進丸」が炎上した火災で、出火当日に船内でエアコンなどの点検が 行われていたことが2日、下田署への取材で分かった。同署は出火との関連の 有無を調べる。同署によると、船を管理する地元の船舶修繕会社の従業員が1日 午後1時ごろから約1 時間、船内で作業した。エアコンは、カビの発生を防ぐ ため常時稼働しており、点検でも異常はなかったという。火災は1日午後に発生。 出火当時、船は無人でけが人はない… このヨットは、27歳の時に自ら設計に加わり建造した中型クルーズ船「光進丸」 の3代目。値段は4〜5億。趣味として、自ら設計に加わったヨットの航海は最高の 贅沢な遊びになる。幸福を絵に描いたような男の一人である。》 ― ▼ 幸せな男としてと有名人を絞ると、故・植木等、赤塚藤雄、 関野吉晴 (探検家・人類学者・外科医)、数年前に亡くなった鳩山邦夫などがあげられる。 逆に野球一つに絞った長嶋茂雄のようなの幸せがある。 関野は、アフリカから ユーラシア大陸を経て、 広大な無人の新大陸(南北アメリカ大陸)へと旅した。 グレート・ジャニーなどの旅をするために医師になった冒険家。 加山雄三に似て趣味を貫徹するために職業を選択している。 7年前に事業整理を決断したが、加山のニュースで思ったのが、ホテルの整理 とヨット消失。これを類推し、<彼がヨットを失っても、設計段階から参加した ヨットの創り遊びと、航海を楽しんだ行蔵が酷似している。元は、そこで既に 取った行蔵を当事者以外は知り得ない!>と、思っていた。 1〜2年もしない うちに、諦めがつく? 当人の心の内を吐露は出来ないが、悔いは少ないはず。 わたし個人として、遊びの切口では、9割方は満足しているが、遊び足りなかった 悔いは少ない。加山と比べようがないが、羨ましい限り! そこで… 「上を見れば、キリがない、下を見れば底がない、横をみれば情けない!」 の言葉が浮かぶが。これも元もと少ない。 人生、こんなもの!
・・・・・・ 4401,フランクル ーつれづれに 2013年04月04日(木) * フランクル 昨日、何気なく昼、NHK/Eテレをまわすと、 ≪フランクル“夜と霧”−終−第4回「苦悩の先にこそ光がある」≫ を放送していた。フランクルの著書は何冊か読できたが、いずれも大きな 感銘を受けた。 ーNHKのブログによると、 【 フランクルは、生きる意味は自ら発見するものであり、苦しみは真実への 案内役だと説いた。最終回では、フランクルの言葉に支えられながら生きて きたという、姜尚中さんをスペシャルゲストとして招く。姜さんは「与えられた 運命を引き受け、それをバネにすることで成長が生まれる」と言う。先行きの 見えない不安が広がっている今、わたしたちは生きる希望をどのように見いだす べきなのだろうか。「夜と霧」から考える。】とあった。 メモを取ってなかったので、少し文言は変わるが、 《 ◎ 成功、失敗は左右の水平軸に分けられるが、縦線の上に意味、 下には絶望・苦悩を置いて縦横の立体で捉えるべき。 ◎ 砂時計で上の砂が真ん中の細い管を通って落ちて、下に溜まる。 上の部分が未来、細い管の部分が現在、下が過去になる。私たちは 下の過去に重きをおかないが、苦悩などを含め必死に生きた管(現在) を過ごした過去は、充分に価値があり、その人そのものになる。 ◎ 苦悩とは、人間を成熟させて真実の自分を呼び覚まし、 生きる意味を成就させるチャンスそのものになる。 ◎ 人生に期待するのでなく、人生の方が私たちに期待している。》が印象的。 フランクルといえばー自己超越のための3つの意味(価値)ーが、挙げられる。 1・創造価値: 創造行為を通して得られる意味 =仕事・子育て・学問・芸術 2・体験価値: 体験を通して得られる価値・意味 =自然・芸術・愛 3・態度価値: 運命に対し模範的な態度を取ることで得られる価値・意味= 極限状況の中での尊厳ある態度。また、ー人生には発見されるべき価値や 意味があるーとして 1・意志への自由 (いかなる境遇でも自由意志を持つことができる) 2・意味への意志 (意味と目的を発見し充足するのは人間の努力である) 3・人生の意味 (創造・体験・態度など生きる姿勢の中に意味を見出す) の3つを上げている。フランクルは、「生きるとは価値判断(学習)と選択の 連続である」という信念が一貫してある。よく遊び、よく学び、よく働くことだ。 それに私の考えを加えれば、喜怒哀楽を開放してやることだ。 ・・・・・・ 2015/05/22 アウシュビッツの回想 『読書脳』立花隆著 * アウシュビッツの奇跡的幸運(地獄に仏) 二ヶ月前のNHK/BSのアーカイブで、ある女性の奇跡的生還を扱っていたが、 これも似たケース。奇跡的幸運が重ならないと、この過酷の状況下で生延びる ことなど出来ようはずがない。 ≪「シモーヌ・ヴェーユは驚くべき女性だ」と書くと、日本では社会思想家の シモーヌ・ヴェーユを思い浮かべる人が多いかもしれないが、私が言及している のは、もう一人のシモーヌ・ヴエーユだ。フランスで最も有名な女性政治家。 一九七四年シラク内閣で保健大臣になったのを皮切りに、歴代の内閣で保健大臣 をつとめ、フランスに人工妊娠中絶法を導入したことで知られる。一九七九年 には、第一回欧州議会で直接選挙による初代議長に選出されてもいる。 だが彼女を何より有名にしているのは、ドイッがフランスを占領している最中、 ユダヤ人身分証偽造)に問われて、ゲシュタポに逮捕され、アゥシュヴィッツに 送られながら、奇跡の生還をとげたこと。彼女の腕には、いまでも囚人番号の 入れ墨がある。シモータ・ヴェーユ『シモーヌ・ヴェーユ回想録』は自ら筆を とってその数奇な人生をふり返ったもので、フランスでは〇七年に発売されるや たちまちベストセラーになった。政治家になってからの話も面白いが、圧巻は 第二章「罠」と第三章「地獄」。逮捕劇とアウシュビッツ時代を語ったくだり。 【アウシュヴィッツに着くとすぐに、その場で囚人の仕分けが行われた。彼女は 十六歳だったが、見知らぬ人の耳打ちで「十八歳」と申告し危くガス室送り をまぬがれる。子供、老人、身障者など労働に適さないと判定された者は、 その場でガス室送りのトラックに乗せられたのだ。「親や子どもがどこへ 行ってしまったのか(略)カポー(女看守)に尋ねる人がいると、彼女たちが 窓から見える死体焼却炉の煙突とそこから上がる煙を指し示していたことを 私は覚えている。(略)死体焼却炉の煙は休みなく煙をはき出していた。 堪え難い匂いが立ちこめていた】 読んでいくと、彼女が生きながらえたのが 不思議に思えるくらい地獄の生活がつづく。収容所の娼婦あがりの女監督官に 気に入られて「あんた本当にかわいいねえ、ここで死なすにはもったいないよ。 別のところへ行けるようにしてあげる」「でも母と姉が一緒だからいいです」 と断ると、「じゃお母さんとお姉さんも一緒に」と、本当に三人そろって、 アウシュヴィッツから別?収容所に移され、仕事も調理担当に代えてくれる というウソのような話が本当に実現した。その女監督官がなぜそんな特別の ことをしてくれたのか、理由はよくわからない。その頃かわいい女囚に同性 愛的サービスを求めて特別の便宜をはかる女看守もいたが、それ的な要求も なかったという。それから間もな-戦争が終り、女監督官は英国の手で 逮捕され処刑されてしまったので、その理由がいまでもわからないという。 本書には若いときのヴェーユの写真もおさめられているが、確かにガス室で すぐ殺すには惜しい容貌だ。≫ ▼ アウシュビッツといえば、フランクルである。12年前に、彼の本を 集中して読んだが、人生への絶対的肯定に驚かされた。こういう極限の中で 奇跡的に生延びている人の共通点がある。それは、この状況下から生延びて、 家族か、友人たちと楽しい時間を過ごす具体的イメージを持っている人という。 【人生に何かを求めるのでなく、人生が私に何を求めているかを問うべきだ!】 が、特に印象に残っている。女監督官は、ただヴェーユが可愛いという理由 だけでなく、光る何かを見出したのだろう。そして、その後、彼女は光った のである。肯定的イメージ化と、信念こそが、人生で最も必要ということか。 ―― 2003/09/19 《V・E・フランクル》について 十数年前にフランクルの「夜と霧」を読んで感銘した。 そして数年前、春秋社の以下の彼のシリーズをむさぼり読んだ。 人生の調度まがり角であったためであろう。 その意味の深さー絶対的人生の肯定に魂を揺さぶられた思いであった。 彼の「意味」発見のための3つの問い 「私は、この人生で,今何をすることを求められているか」 「私のことをほんとうに必要としている人は誰か。その人は、どこにいるのか」 「どの誰かや何かのために、私のできることには、何があるか」 この3つを常に念頭において生きることが,『なすべきこと』 『満たすべき意味』を発見するための手がかりになると、 フランク心理学では考えている。
特に以下の分析には深く納得をした。 ー自己超越のための3つの意味(価値)ー 1・創造価値: 創造行為を通して得られる意味 =仕事・子育て・学問・芸術 ー力への意志 2・体験価値: 体験を通して得られる価値・意味 =自然・芸術・愛 ー愛への意志 3・態度価値: 運命に対し模範的な態度を取ることで 得られる価値・意味ロゴスの覚醒=対象との一体化 ※自身が何らかの喜びに満たされていること ー知への意志 人生には発見されるべき価値や意味がある (1)意志への自由 (いかなる境遇でも自由意志を持つことができる) (2)意味への意志 (意味と目的を発見し充足するのは人間の努力である) (3)人生の意味 (創造・体験・態度生きる姿勢の中に意味を見出す) ー生きることは価値判断(学習)と選択の連続である
ー私が読んだ本は以下であるー ・「夜と霧」:ドイツ強制収容所の体験記録 V・E・フランクル 霜山徳爾(訳) みすず書房 1985年 ・「それでも人生にイエスと言う」 V・E・フランクル 春秋社 1993年 ・「宿命を超えて、自己を超えて」 V・E・フランクル山田邦男・松田美佳(訳) 春秋社 1997年 ・「<生きる意味>を求めて 」 V・E・フランクル 諸富祥彦(監訳) 上嶋洋一・松岡世利子(訳) 春秋社 1999年 ・「フランクル回想録:20世紀を生きて」 V・E・フランクル 山田邦男(訳) 春秋社 1998年 ・「フランクルに学ぶ 」 斉藤啓一 日本教文社 2000年 ・「どんな時も、人生に‘YES’と言う 大和出版
|
|
|
|
2018年11月02日(金)
「やさしさ」という技術 2015/12/3 ステファン・アインホルン (著), * およそ3千ある宗教の共通点 ≪ 人間の集団化、社会に倫理が存在する理由を、アインホルンは2つ挙げる。 一つは「人間が社会を機能させるために倫理をつくり出した可能性」、 もうひとつは、「人間に生まれつき倫理力が備わっていたという可能性」。 ツグミやクジラやサルなどには、集団全体の益になるふるまい(危険を知ら せたり、エサを共有する行動など)がみられる。これは「相互利他主義」であり、 人間社会で言えば「持ちつ持たれつ」という言葉で表されること。 動物行動学の観点を入れつつ考えれば、「進化」の過程で倫理的ふるまいが 身についていき、それを社会の統合理念にまで練り上げた動物がヒトである、 という話になる。 「人間どうしの協力作業は、快感を高めるドラッグと同じ 生理的効果をもたらす」のだという(p.125)。これは、幸福感と相互扶助行為が 関係していることを示唆するが、同時にアインホルンは、「やさしさは得だ」 と説いてきたのが宗教であると述べている。 地球上のおよそ三千の宗教に共通するのは、 「他人からこう扱われたいと思うやりかたを、自分が他人に接するときの指針 にすべきだ」(p.132)という、似たような倫理を持っている点。 ・自分が嫌なことを他人にしてはいけない (ユダヤ教、タルムード)、 ・人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい (基督教、マタイ福音書)、 ・自分のために望むことを兄弟のためにできない者は信者とはいえない (イスラム教、スンナ)、 ・己の欲せざるところを他人に施すことなかれ(儒教、論語)等々の教えは、 よく知られている(p.132-134)。
本書でまた、米国を拠点に活動するNPO団体フリーダムハウス(世界の自由の 拡大を目的とする監視機関)の調査結果を引用し、民主主義国家と専制国家とを 比較すれば、人命尊重を旨とする民主主義国家のほうが、戦争や飢饉による 死者が少ないという結果が出ていると指摘している(p.139-144)。 ≫
― ▼ 経験を積むほど、教養が深まるほどに、やさしくなるのは、これ如何にと 考えると、著者の言わんとする一部分が解るということ。 老いて、 「いじわる婆さん」「いじわる爺さん」ほどの老醜化はない。しかし足腰が弱る など、身体が不自由になれば、愚痴も言いたくなるし、怒りを他者にぶつけたく もなる。だから、老いたら群れるのも程ほどが良い。いや、自動的に孤立化、 孤独化する。だから、独り遊びの習慣が必要。そして、その結果の楽しさを 他者に分け与えることが、やさしさでもある。 ‘もう少し人にやさしく!’が、人生の要諦ということか。 けっして難しくないのに、何故、今まで 気づかなかったのでしょうか。 自分には、いやに、やさしく振る舞っていたのに。その辺りが限界だからで しょうね、きっと! この年齢になったのだから、こう言いかえれば。 「熟年の年頃と感じたいなら、分け隔てなく、やさしい言葉をおかけなさい!」 聞いてやる、それもトコトン聞いて聞いて聞いてやる。 難しい? なら聞いたふりでも充分。「分かるわ〜 で?」を、繰り返せば。それが やさしさ。誰にでもこびり付いた傷がある。今さら消そうと思わないで、受け 入れるしかない。受入れ容認することを諦念という。諦めることを諦めること から第一歩が始まる。 で、毎日、ウダウダ、これを書いています。
・・・・・・ 5345,私が送りたかった人生なのか? 〜身の下相談 2015年11月02日(月) ー身の下相談にお答えしますー上野千鶴子 * 私が送りたかった人生なのか 読んでいてバカバカしいが、こういう人が男にも多い。 私の周辺には少ないが、金融関係者に見かけられる。で、決断出来ない まま定年を向かえ、OB会で他人の噂話で憂さ晴らしするしかない。 誰もかもが最後は死という挫折が待っている。 ● 問い: 私が送りたかった人生なのか?=相談者会社員女性41歳 ≪ 41歳で会社員、幼児1人の母で、人生80年の半分を過ぎ、最近、私は こんな人生を送りたかったのか、という後悔に似た気持ちがあります。 37歳で出産以来、自分の思い通りに行かないと強く感じています。 それまではやりたいことをやってきたように思っていたし、いざやる気に なれば何でもできると思っていました。しかし、子ども中心の生活に変わり、 自分のやりたいことを我慢し、仕事も勤務時間を短縮している状態です。 これが子どもが18歳まで続くのかと思うと、本当に私が送りたかった人生 なのかと思ってしまいます。私は海外(西洋文化圏)で生活基盤を作り、 自分の目でいろいろな国を見たり、世界を感じたbしながら働きたかった。 欧米圏に3年弱、大学生・大学院生としていたときは生き生きと生活していた と思います。でも、節目で安易な方へ流れたようです。現在は、英語を多少 使う程度の仕事で、海外旅行も行っていないです。夫は私とは正反対で 自分が生まれた地が一番好きなので、海外に行きたいという話にはとても 嫌がります。自分の夢に近づこうと何かしたほうがいいのか、でも守るもの が増えて思い切つた行動ができず、行き詰まりを感じています。 若い娘のような悩みで恥ずかしいですが、信念を持って人生を生きている 上野先生に、ご助言お願いしたいです。≫ ● 答え: 求めて得た経験を楽しまなくちゃ ≪ 困りましたね、アラフォーでこんなに「夢みる夢子ちゃん」状態では。 今の生活がイヤだからリセットしたいだけ、としか聞こえません。 のぞんで結婚し、ほしくて子どもに恵まれたんですよね。きつと晩婚・晩産 なんでしょうから、若気の至りで結婚ヘジャンプしたわけでもなさそうです。 「自分が生まれた地が一番好き」な夫と、地に足のついた暮らしをしようと、 熟慮の末に選んだ生活だったのに、こんなはずじゃなかった、と……。 今の生活もあなたの「夢」じゃなかったんですか?「安易な方へ流れた」 ことも含めて。節目の決断に、あなたは自分の限界を思い知ったのでしょう? いじょうぶです、こんなにワリの合わない気分がするのは子どもが小さい うちだけ。「子ども中心の生活」なんてすぐに終わります。中学生にもなれば もう親とは同行してくれません。夢を語る人の多くは現実逃避したいだけ。 その証拠には、夢を実現するために今、何をしていますか、という問いに 答えられないからです。あなたの夢がホンモノなら……子どもをひっかかえて 海外生活することも可能。そのために今何か準備をしていますか? ただし 外国ギライな夫との生活をリスクにかける覚悟が必要です。なら、なんで オマエはオレを選んだんだ、と夫は言いたい気分でしょうね。で、いったい、 あなたは外国で何がしたいんですか?学生生活ならお客さま。おカネを使って 帰ってくれるだけの消費者。ですが、そこで暮らしを立てるなら死にもの ぐるいの努力が必要です。あなたのいう「外国」はたぶん「ここではない場所」 を意味してるんでしょうね。現実逃避したいほど、あなたは今の生活にくさく さしているんですね。そんな母親に育てられる子どももかわいそう。 まず仕事と子育てにテンパってる状態からラクになるために夫の協力を求めま しょう。そして子育ての今を楽しめるように余裕を作ることです。もし外国 暮らしの「夢」を実現していたら・・今ごろ海外で往きくれた「おひとりさま」 難民になっているかもしれません。≫ ▼ 求めて得た経験が無いに等しい人だから、こういう悩みが、背後から 覆いかぶさってくる。
・・・・・・ 6077,閑話小題 〜チョットした旅の思い出 2017年11月02日(木) * 世界で出会った動物の世界 10年ほど前のニューカレドニアのオプションの、小島の磯辺での出来事。 小さな湾の浜辺で、家内と休んでいると、同行の若いカップルが楽しそうに 遠浅の沖から戻ってきた。 彼氏が興奮気味に、『沖に行くと、小魚が一杯、 嘘のように、まとわりついてくる!』という。 そこで、家内が冗談で、 『その群れ、ここまで連れてきて!』というと、『パン屑あります?』と。 そこでビスケットを差し出すと、それを持って沖に出ていった。家内と私が 唖然として見ていると、沖から何と魚群を連れて嬉しそうに戻ってきた。 魚自体が人間という天敵と出会ったことが無いようである。 南米のテーブルマウンテンでも似たような経験をした。群生していた花園に、 蝶々が群れていたが、これまた、触っても逃げない。条件反射で逃げるのが 当り前と思っていたので「ああ此処はワンダーランドなのだ!」と思い知った。 ペルーのチチカカ湖でも、葦で作られた500〜1000平米の小島にいた鵜に 似た鳥が、逃げようともしないで、目の前で現地人の親子に捕獲されていた。 日本でもアホウドリが逃げないで殺されるため、この命名になっている。 日本ではカラスは幼鳥しか襲わないが、カラコルムハイウェーで、雀を 小型のカラスが襲っているのをみた。雀はケタタマシク鳴いて、私たち人間 の間に逃げ込んできた。鳥の本能がそうさせたのだろうが。
スペインで見たのが、鳩の群れとカラスの群れが空中で入乱れて争っていた。 異種の群れが争うのを「ドックファイト」というが、本来は、飛行格闘戦。 <航空戦で、戦闘機同士が 互いに機関銃・機関砲または短射程空対空ミサイル の射界に相手を捉えるために機動しながら行う空中戦闘。> 自然界には、 多いのだろうが、フッと空を見上げて見えてきた戦闘に一人、興奮していた。
TVのドキュメントやユーチュブで、ライオンと、ハイエナやバッファローの 群れの闘いを、詳細に映しだしたのが多くある。これが真剣勝負の迫力がある。
<達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ> より、遥かに面白いことが満ちている。 YouTubeに面白いキーワードを入れさえすれば。 世界は広くて面白い。
追)何はともあれ、家庭内、いや夫婦間のドックファイトを忘れていた。
ここで取り上げた事例も、まず、仲間の立場に自分を置いて、間接的に説得 している。 口説きも、性欲という面で、似たような? ーつづく ・・・・・・ 4613, 君は1万円札を破れるか? ー3 2013年11月02日(土) ー君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増するー 苫米地英人 (著) *「銀行」は詐欺から始まった! 手持ちの資金の8倍まで資金の貸出可能というから、必死になって預金を 集めるわけである。その8倍の枠も、米国の強制によるもの。それ以前は無制限。 そのアメリカといえば、自国に抜け道を多くつくっておいて、8倍の枠組みを他国 に強制するのだから、悪質。銀行ほど良い商売はないが、バブル崩壊で都市銀行は 三行に集約された。 ー以下が解りやすいー 《 現在のような形態の銀行が誕生したのは中世末期、17世紀ごろのヨーロッパ。 この当時、ヨーロッパでは貿易などの拡大によって商業取引が盛んになり決済 に使われていた金を大量に保有する人たちが出てきました。大量の金を手元に 置いておくと、泥棒に狙われて危ないので、預けることにしました。その預け先と いうのが「ゴールドスミス」と呼ばれる人たちで、金を加工して、金貨を造る 金細工商。彼らは、金をしまっておくための頑丈な金庫を持っていた。 ゴールドスミスは、お客さんから金を預かった際に、預かり証を発行しました。 この預かり証は本来、クロークに上着を預けたときにもらうチケットや、 パーキングのチケットと、なんら変わりないはずです。ところが、ここから 意外なことが起こります。重たい金を持ち運ぶのは不便なので、人々がゴールド の預かり証を金の代わりに取引の決済に用い始めたのです。そして、ゴールド スミスたちはあることに気づきました。それは、預かり証を持ってきて金を くれという人がほとんどいない、ということでした。というのも、決済で 預かった人も、自分の手元に置くのが不安なので、そのままゴールドスミスに 頂けておくからです。預けに来る人ばかりで、受け取りに来る入が少ないならば、 自分たちが実際に保有する金の総量以上の預かり書を発行しても、問題に ならない。預かり書を持った人々が一斉に窓口に来て金を取り戻そうとさえ しなければ、どれだけ架空の預かり書を出してもバレないというわけ。彼らは これを利用して、預かり書を大量に発行し、人に貸して利子を取り始めました。 これはハッキリいって、詐欺行為です。もし、個人が同じことをやったら、 完全に詐欺。でも、現代の銀行がやつていることも、原理はこれといっしょです。 このように、預かりを保証する金よりも頂かり証の量の方が多くなるのが、 「信用創造」です。銀行というのは、そもそも信用創造という考え方による、 合法的な詐欺行為をなりわいとしているのです。ゴールドスミスのやり方を まね、やがてヨーロッバ全土に同業者が現れ、それぞれ独自の預かり証、 つまり紙幣を発行するようになります。そうなると、これまでのように国家が お金の発行権をコントロールできなくなっていきます。 時の権力者であった君主たちは、自らの権力が脅かされるわけですから、 「お前ら、何をやっているんだ」と口を出します。ところが、銀行家、 「こんなにおいしい商売はないですよ」といわれ、「じゃあ、俺にも入させろ』 ということになる。自ら権力を奪われるとも知らずに。そして、国が必要とする 金が賄えないと、銀行から借りるようになる。銀行家は、国家に貸し付ける ことで、権力を自らの手に引き寄せていったのです。・・・ 》 ▼「銀行の本質は詐欺! 金で世界が回っているが、その金は、架空の 預かり書の紙切れ。」 現在の日本は、得体の知れない恐怖に覆われ、 将来に希望が持てなくなる。その恐怖に慄き、竦み、預金に励む。 それも結局、アメリカ国債を買わされ、その国債が4兆ドルに至っている。 売ろうとしたところ、それは米国に対する宣戦布告と脅されている始末。 日本の出世システムは、米国の属国たる優秀なポチになること。 優秀な人ほど人相が悪い?のは、そのため。 ・・・・・・ 5710,閑話小題 〜2016/11/02 5:15 2016年11月02日(水) * 思いのままに ☆ 暫く見ることがなかったTV番組、<家についていっていいですか>を、 先日見たが、これが面白い。 ・元バレリーナで、今はファッション店で働いている20歳代後半の女性と、 ・京大出身の、塾を経営している初老の男と、 ・一子の連れの奥さんの間に、一子がいる40歳過ぎの中年男。 東銀座の マンションに住んでいるが、奥さんがステージ3cの進行癌。それでも三年、 生存をしている。当人が浪費癖が酷くて大変。状況からして、奥さんの病気は 自然の成り行き? 突然、訪ねる家庭内には、その人の生活が、そのまま凝縮して現れる。 大都会の中の孤独と、人生を、盗み目視線で、づかづかと入って垣間見れるのが、 何とも痛快である。一時はYoutubでも見ていたが、今では、そこまでは?
☆ さすがに、晩秋となれば、早朝の信濃川土手での散歩と、チャリダーは少ない。 何か大きな鳥が、南に向かって10羽、20羽と隊列を組んで飛んでいく光景を、 見ることができる。大河の空は渡り鳥の通路のようだ。自宅の近くでは、雀の 大群が、この数日の朝晩、大騒ぎ。突然、何だろう? そういえば、時々、夕刻、 カラスの大群が、学校の運動場の地べたと、近くの電線に数百羽が集会して、 何ごとか相談しているような?場面を数回見たことがある。 鳥には鳥の人知の出来ない世界があるような。
☆ 韓国大統領の、奥の院の女。誰の目にも○○と疑われても仕方がない状況。 一国の長のスキャンダル?としては、生々しい。これでは大統領として死に体。 何が起きても不思議でない情勢。この事態、クリントン女子には、大統領選に 大きなマイナスになる。まさか、あの泡沫が大統領に? 選挙は水もの。 恐ろしい事態にならないとよいが。娑婆は面白い!と言っていられない。何か変。 ・・・・・・ 4980,瞬間説得 ー1 2014年11月02日(日) 「瞬間説得ーその気にさせる究極の方法」ケヴィン・ダットン著 面白い本である。その大部分が、一瞬の説得で、その気にさせた事例だが、 面白いものばかり。ヤクザの恐喝も、これ。何かに因縁をつけ、恐怖のどん底 に落としいれ、金を巻き上げる。書籍の帯も、店頭の客への瞬間説得のため。 情報化社会こそ、これが必要ということ。 ー背表紙裏のないよう説明からー 【 そんなつもりはなかったのに、その人にはなぜかいつも説得されてしまう。 もしかしたら、あなたの相手は瞬間説得力を身につけているのかもしれない。 ことば巧みというだけでは説明できない、この特殊能力はどこからくるのか? 視覚、聴覚、先入観と、説得力の密接な関係とは?心理学者が 科学を武器に、 隠された説得の方法を探りだす!】 〜まずは、幾つかの事例から〜 ≪ ◎ 問題を一つ。 金曜の夜、ロンドンの地下鉄で信号機故障があり、電車は五分ほど途中停車 しました。車内は満員で、しかもさらに五分間停車するというアナウンス。 すると、ジョギングウェアを着た男がいきなりタバコを取りだして火をつけた。 車内は不愉快そうな沈黙に包まれましたが、誰もが黙っています。 あなたならどう声をかけますか? トラブルもなく一発でやめさせるには?・・ [ 答えは、明日ここで ] ◎ いま一つ。 イギリス連邦政府の要人のためにロンドンで催されたある晩餐会でのこと。 ウィンストン・チャチルは、顔見知らぬ客が値のつけられないほど貴重な銀の 塩入れを盗もうとしているのに気づいた。問題の紳士は、稀少な工芸品を ディナーをジャケットにすべりこませ静かに出口へと歩きだしだ。 チャーチルはどうしただろうか? 主催者の顔も立てなければならないが、 不祥事も避けたい。その板ばさみに悩んだすえに、妙案を思いついた。 一秒も遅れてはならないと、すぐにペアの胡椒入れを手にしてこっそりと自分 のディナージャケットに入れた。それからゆ共犯者に近づき、ひそかに持ち だした調味料入れを見せた。「おれたちは見られたみたいだ」とチャーチル は呟やいた。「あそこに戻したほうがいい」 ≫ ▼ ここで、5つの要素、「単純性・私的利益感、意外性、自信、共感」 が重要だとしている。(著者は英語での頭文字をとってSPICEとしている) 上記の、いずれにも、この5つの要素が入っている。おれおれ詐欺も、ブラック の営業も、同じである。相手を混乱させ、瞬間説得で、金を、契約を騙し取る。 ファッション店の売り子も、迷っている客に、買わせるように誘導する。
|
|
|
|
2018年11月01日(木)
「やさしさ」という技術 2015/12/3 ステファン・アインホルン (著), * やさしさは、気づかいから… 〜まずは本書の印象に残った個所をコピーから〜 ≪ ☆「おはずかしい話ですが、私は生涯、人類の行く末について考えてきた というのに、結局は“もう少し人にやさしくしなさい"という言葉よりもましな 助言を人に与えられないことがわかったのです」 ――オルダス・ハクスリー(イギリスの哲学者・小説家) ☆ ―「はじめに」より― 「お金持ちになる方法や、頭がよくなる方法、創造力や仕事のスキルを高める 方法について書かれた本はすでにたくさんある。だが、やさしさの技術を磨き、 よいことをして成功する方法について書かれているのは、本書以外にはないと…。 一般的な通念では、やさしさとは「生まれもった資質・性格」であって、個人 の意思でコントロールできるものではない。だが本書を読んでもらえればわかる とおり、これは正しくない。一部は親から受継ぐものだが、やさしさというのは、 誰でも意識的に身につけることができ、一生磨き続けることができる「技術」だ。 そしてこの技術こそが、人生で成功を収めるために、そしてこの世界をより住み やすい場所に変えるために、もっとも重要な要素なのである。 さらに私が伝えたいのは、私たちは自己犠牲的な博愛主義者になる必要はなく、 利己的な動機から他人によい行いをしてもまったく問題はないということだ。 やさしさは、まちがいなくあなたの得になる。こう聞いて憤慨なさる方も いらっしゃるかもしれないが、本書を読み終えるころには、みなさんにも納得 してもらえると私は信じている」 ―― ☆「毎晩ベッドで寝入るまでに一時間はかかる。でもその時間を苦痛には感じ ないんだ。あれこれと考え事ができるから。そうだな、その時間は家族に何を したら喜んでもらえるかをじっくり考えるよ。昼間は仕事のことをあれこれ 考えてしまうからね」 ☆ 公の場で大変な状況に出くわした時。「私の問題じゃない」と思った時は 「もしこれが私の問題じゃないのなら、いったい誰の問題だろう? こんな時、人間らしく、仲間として行動をするのは誰の役目なんだろう?」 ☆ チューリッヒ駅に一人の年老いた女性が立っている。しかもここ10年間、 毎日。女性の名はハイジ。通行人のために祈っている。慈愛に満ちた眼差し で通行人に神様のご加護がありますようにと。 ☆ ー人は自分がいい扱いを受ければ自分も周りに人を大事に扱おうとする ー晴れの日の方がチップが多い。 ー良いテスト結果と伝えたグループは募金額が多い。 ☆ 人生は計り知れないほど豊かで意味あるものだ。問題は私たちが忙しすぎて 重要なことや意義のあることをなかなかできないことにある。できたとしても 私たちはそれらがどれだけ意義深くどれほど重要かを必ずしも理解している ワケではない。だからこそ私たちは立ち止まって周囲を見渡し自分の行動を 見直すべきだ。そして私たちは何が意義深くて何がそうでないかを判断する 能力をやしなうべきなのだ。 ≫ ― ▼ やさしさ。 人生を振返るとき、多くの人は、それを実感するはず。 父親が家族、親族に一家を引継いだ当主としてからか、身内に対して非常に 親切だった。現在、核家族化が進む中で、身内の中も、距離が出来てしまった。 属する社会が、家族、親せき、学生時代の友人から、ネットへ大きく移動した 昨今、さらに、この傾向が強くなっている。ネット上だけでなく、身辺の人の やさしさが必要のようである。 「その善良さは、他の資質が相まってこそ」と、言いたいが… 結局は、相手の 話を果てしなく聞いてやるのが、第一歩。しかし、特に年齢を重ねるほど、その 必要性がある。それは分かってはいても、老いるほど、何事も億劫になる。 底が浅いということになるが、私は、まずは自分の心の声を聴くことから。 で、毎日、過去17年分の、このテーマ日記を読み直し、当日分を読返している。 まず読返すのが前日分を読むが、恥ずかしいかな、必ずや間違い文字や、いい 加減な論理が目につき、修正する。 これをしないと、数年後に読返した時に 何とも嫌な心持になる。 この程度の内容でも、私にとって限界の線上。 だから諦めもつく。鼻先で笑うなら、実践してみたら? と。翌日、読返し、 前日分の誤字、当て字を見出し、その上に、数年前の中の文章にも… そして、 知能の程度が露わな内容の直面が連日、続くことに。愚痴になったが… 昨日も、連れに、『今朝のブログに「やさしさ」をテーマに書いて、何よ。 まずは、私からでしょう! 笑わすんじゃないわよ』 と一括された。 その一言に、ロクに読んでないことが見て取れたから怒る以前の愚痴。 『やさしくなれないから、テーマに取上げたんだ!』とも言い返せず、ったく!
後記: 芯から優しくなるには、苦労に苦労を重ねないと出来ないんじゃない。 テクニックではないんじゃないですか? 力も、知性も、あってこそ、包み込め るんじゃないですか? しかし、それでもやさしさは必要。放っておけば人間は 野獣の顔になるから、せめて、「ふり」から入ればいいのさ。そうでしょ! 8年前から現在に至るまで、年に数度、吠えかけられるが、ほぼ老化現象か、 鬱症が見て取れる。2〜3年以内に、そのまま表立つから面白い! 私も含めてだが、抱え込んだ問題を病気とすると、解りやすい。 問題は、対象にあるのではなく、当人の病の中にあるのである。それに 気づかないから、直ぐか、2〜3年後に、返り矢として当たる自然な事態。
・・・・・・ 5709,つれづれに哲学 〜「イリヤ」について 2016年11月01日(火) * レヴィナスの、「イリヤ」について 収容所から生還したレヴィナスの知人・親戚縁者の殆どが殺されていた。が、 世界は、そのまま、何事も無かったように存在している、その不思議と恐怖。 それを「主語無き存在」と語る。二人称の消滅した世界も末恐ろしいのだろ。 80歳半ばにもなると、同年代が次々と亡くなっていく恐怖に似ているのか。 ≪ 【ハイデガーと対決したレヴィナスは、「存在」について、いかなる 存在者も存在しないが「この存在者が存在しないという無」それ自体は 存在するとし、存在者なき存在を「il y a」と表現した。 存在について、ハイデガーは「〜がある(独語:es gibt〜)」を用いたが、 レヴィナスは「〜がある(仏語:il y a〜)」を用いて語ろうとした。 ハイデガーの「es gibt」は「それが与える」という意味の他動詞。 一方、レヴィナスの「il y a」は「それがそこで持つ」という自動詞。 ハイデガーが指摘した「存在者(あるもの)」と「存在(あること)」 という区別を、レヴィナスも踏襲はするが、その時、「存在」が「存在者」の 述語となっているので、「存在」のより根源的な意味が見て取られていない、 とレヴィナスは批判する。レヴィナスがここで考えるのが「存在者なき存在」。】 ヤスパーは、ユダヤ人だったレヴィナスの妻など、親戚・知人の殆どを ナチストに殺される。辛じて強制収容所から生き延びたものの全てを失う。 それでも、なお、世界はそのまま存在している…。 何が存在しているのだろう。レヴィナスは、このような主語無き存在を、 「イリヤ」と呼んだ。自分中心の世界を創り上げれば、イリヤの孤独から逃れる ことが出来るのか。いや、できない。それは、自分が知っている範囲で世界を 構築しているため。その恐ろしいイリヤから、抜け出せる道を、 「他者の顔に、その道を見いだす」とする。≫ ▼ 死に直面すると、「自分の死後も、世界は何事もなかったように 動いていくことが奇妙に思われ、それが恐怖心を呼起す」という。 それと、この世で遣り残した事と、残していかざるをえない家族と財産。 「あ〜、何で物でなく、事にしておかなかったか。事なら持っていけたのに!」 誰もかも、何も持たずに生れてきて、何も持たずに死んでいく。 レヴィナスの考える、<「存在者なき存在」> の自らの体験。絶対孤独の 世界の恐怖が、死に向かう人たちの共通の感覚だろう。 で、以下につづく。
・・・・・・ 5344,自殺っていけないの? 〜身の下相談 2015年11月01日(日) 身の下相談にお答えしますー上野千鶴子 * 自殺って何でいけないの? 〜問い: 自殺は本当にいけないですか 〜相談者無職男性50代 ≪50代の無職男性です。自殺について相談します。自殺者は13年連続で 年3万人超と報道されています。世間一般的には自殺は良くない、弱い人間の することだという暗いイメージができあがっています。どんな理由があっても、 自殺は絶対にいけないと言います。でも私は、自殺を正当化できないか、後ろ 暗いイメージを残さないで自死できないかと考えてきました。人に迷惑をかけ ない方法で自殺するとしても、本当にいけないことでしょうか。将来性のある 小学生や中学、高校生の若い子たちが、いじめが要因で自死を選ぶのは肯定 できません。でも私のように50代で無職、独身、今までにやbたいよにや⊃て きたし、親しい友人や知人もいないし、兄弟親戚もいないなら、遺族となって 悲しくつらい思いをさせる人たちもいません。特にこだわることも無く生きて きて、年金保険料は25年以上納めました。私が年金支給年齢に達する前に自死 を選択すれば、国から支給されるはずの年金は国庫に戻ります。将来の年金を 支給するための財源として、消費税の増税をしようとしている政府にとっても、 私が自死すれば負担は軽くなり、究極の社会貢献だと思います。 世間一般的に言う将来を悲観しての自死ではなく、明るく前向きな自死だと 私自身は思うのですがいかがでしょうか。≫ ≪ 答え: 正直に弱さを認めましょう ひとは社会的な理由からではなく、個人的な理由から自殺します。 冒頭「世間一般的には」と書き起こすあなたは、自殺する気が、はなから ない人とお見受けしました。するってえと、このご質問の意図は? ☆ 解釈そのー。 回答者に議論をふっかけてどんな答えが返ってくるか相手を試す。 残念ですがそんな一般論に付きあっているヒマはありません。 ☆ 解釈その2。「自殺の正当化」の理由を求めているあなたは、この欄の回答 をその司正当化」の根拠にしようとしている。自殺は積極的なアクションで あり、遺書は生涯最後の命をかけたメッセージ。そこに「朝日の悩みのるつつぼ で、こんな回答をもらったから」なんて書かれてはたまりません。その手は桑名 の焼きはまぐり。そもそもこの欄の回答には、命をかける値打はありません。 ☆ 解釈その3。信念や信条で自殺なさるならとくにおとめしません。ただし あなたのその信頼にわたしは同意しませんし、つまらない信条だと思います。 くりかえしますがひとは社会的な理由から自殺することはありませんし、あなた が言うように「将来を悲観して」自殺を選ぶこともありません。ひとは個人的な 理由から現在を悲観して自殺を選ぶので、現在とくに死ぬ理由がなければ、 ホンモノの自殺志願者から自殺をロ先でもてあそぶ者と、怒りを買うでしよう。 ☆ 解釈その4。この文章には書かれていない何かもっとべつな理由で、 あなたは死にたいと思っており、それを引きとめてほしいと思っている。 そもそも本気で死ぬつもりのひとは、お悩み相談なんてしません。 「死にたい」メッセージは、その実「死にたくない」メッセージ。 自殺者がたび重なる自殺予告をすることは知られていますが、それはその メッセージを受け止めてほしいという心の現われです。 ▼ 誰も、好んで自殺をするのではなく、それだけの苦しい理由がある。 自殺も、時と場合によって肯定されて然るべきである。誰が社会的理由で 自殺をしなければならないのか? その辺が中途半端。自殺の正当化など、 死んでしまえば、如何でもよいこと。但し、身辺の人を傷つける気遣いは? ・・・・・・ 79,閑話小題 ー話すより書け 2014年11月01日(土) * まずは、話すより書け 数ヶ月前になるが、小学校の同期会が近隣の温泉宿で行われた。 86歳の担任の西澤先生も出席され、会の始まる前に別室の先生に挨拶にいき20分 ほど話をさせてもらった。以前、新潟で一晩、御一緒して古町に飲みにいった ことがあった。その時、社内報に書きつらねた『事業百訓』のコピーを差上げたが、 その話から、『今ではブログに13年以上、毎日欠かさず文章を書き続けて、身近な 30人〜40人位が読者になっています。慣れてくると、これが面白くなって、毎日 2〜3時間はかけてます』と話すと、『そうですね、話すより書けと言いますよね。 書けば、一度、内容を整理できるうえに、考えますから・・』と答えられた。 先生から、高校、大学の合格時に、お祝いの葉書を頂戴した。そして三年前? も慰めの葉書を頂いていた。先生は筆書の達筆家。そのため、悪筆の私には、 それがプレッシャーになり、その返事に悪戦苦闘。 大学のゼミの武澤先生も、何度も、手紙を頂いた。話すより、書けである。 入院した人に一番良いのが葉書の便りというが・・ 書く癖をつけると、論理的 になって、相手の話の骨格が把握できるようになる。読書と、手紙を多く書いて いる人は、そうでない人に比べ、話す内容が格段の差が出てくる。逆に、一寸 した世間話に、気楽に答えられなくなり、結果として、硬い印象を与えてしまう。 性格もあるが・・ 頭に浮かんだ言葉を、一度、書き出してみると、更に、 考えが出てくる。話すことで、次々と、新たに考えるタイプもいるが・・ 早朝、この文章の加筆、修正をしていると、意識内での自己対話をしている 感覚になる。それと、誰かに向かい問いかけをしているような・・ それが内省、 内観にもなっている。大自然に、一流芸術に触れ、驚き、感激し、感動し、 それを言葉にし、自己対話をし、誰かに話す、そして書き出し、残す。 この一連が人生を豊かにする。 ・・・・・・ 6076,閑話小題 〜「CSI」もどき事件 2017年11月01日(水) 「CSI:科学捜査班」とは、10数年来みてきた刑事モノ。まだ見てない録画 が30本も残っている。ということは、録画が300本あるので一割を占める。 当初は、外れが少なく面白かったが、さすがにマンネリ化していた。 猟奇連続殺人モノが多く、7人のチームが豪華な小型機で都市間を移動する。 取扱う犯罪は、トラウマを抱えた異常者が次々と犯罪を重ねるが、短時間で 手際よく解決していく。こういう大量殺人は時々、表立って大騒ぎに。 これに刺激されてか、日本でも起きてしまった。2ヶ月で9人の殺人とは! これで果たして済むのか。更なる大量殺人が露見するのか? 〜 「CSI」を検索すると ≪ 『CSI:科学捜査班』(CSI)は、 アメリカ合衆国のCBS他にて2000年から 2015年まで放映されていたテレビドラマ。大ヒットにより、多くの人がCSIは 警察に実在する組織と誤認、ここに就職したいとの志望者が殺到した。 そこで各警察署でも科学捜査を行うセクションを独立させ、CSIと命名した、 とのことである。概要は、華やかなカジノを中心に人々の欲望が渦巻く街・ ラスベガスを舞台に次々に起こる難事件を、科学捜査班(正しくは鑑識班)が 最新科学を駆使して、現場証拠から犯人及び犯行過程を解明していく。 シーズン1から平均視聴者数は2000万人超えを記録、通算100話目となる シーズン5第8話「第三の性」では、シリーズ最多となる3146万人の視聴者数を 記録した。その後、サイバー犯罪に的を絞った『CSI:サイバー』も視聴率が 伸び悩んだため第2シーズンで打ち切りとなり、2016年3月で16年間続いてきた CSIシリーズは終焉を迎えることとなった。≫ ― ▼ ドラマとはいえ各国の社会の実態を垣間見れるが刑事モノ。 物語は生生しくシリアス。それぞれの社会の陰の一部を抉り出す。 最近は英国、北欧の刑事モノが面白い。子供の臓器販売とか、人身売買とか、 東方諸国の移民問題のトラブルとか様ざまだが、スリルとサスペンスに満ちて いる。しかし、物覚えもつかない子供の頃から、見ていたとしたら、こういう 事件も起きるだろう。還暦も過ぎた頃から実感するのは、社会は若い人たちを 中心にまわっていること。充分に味わってきたので、「ああ時代が変わった!」 で済むが、味わってこなかったとしたら、社会に怒りを感じ、何かしらの怒りを 向けたくなるのが人の情。で、自殺願望の弱者に対して、こういう犯罪が起 しまった。「事実は小説より奇なり」の実態とは? 当分、このニュースが 中心になるが。朝鮮戦争の危機から目を離さないことだ。一番危ないのが、 足元が大揺れのトランプ大統領と、金様。数百万の人命に関わるからだ。
|
|
|
|
2018年10月31日(水)
「やさしさ」という技術 2015/12/3 ステファン・アインホルン (著), * やさしさは、気づかいから… 10年前に、人生の終止符の目安にしてきた75歳まで、あと2年3ヵ月。 この年齢で、ガンで余命2〜3年か、脳梗塞で寝たきり状態のはずだが、腰痛が 少し辛いぐらいでいたって元気。事業の新潟駅前シリーズで縁あった営業関係者 たちが、この10年で次々と亡くなっている。そろそろ順番が来そうだが… 全く、その兆候がない。 75歳が男にとって大きな節目。そこで心の底から 〔 いや面白かった! やり残し、言い残しはないし、後悔は多々あっても、 抱えて逝くに丁度良い質量。『自分の人生、これで結構気にいっている!』 〕 と、言えるかどうか。自分への「やさしさ」は、実に良かったといえる行蔵を 蓄積してきたかどうか。この本の副題が「賢い利己主義者になるための7講」。 <賢い利己主義者> 利己主義には、何やら賢くないの意味が含まれるが、 少なくとも集団第一主義より遥かに良い。賢いに「考えている」の意味が 含まれるため。 <20歳で起業を目指す>と決心した時から、利己主義、個人主義の傾向が強く なったが、当然といえば当然。当時の時代の趨勢からしたら、個人主義に なるということ。 これは我が道を行く孤独業でもある。自分の周囲に垣根を つくり門を構えて、出入りを制限。そして家の奥間で、自問自答。 それが慣れるほど社会が面白く見えるが、嫌な奴と誤解される。嫌な奴そのもの になる。常に森の上から、自分と、環境を観る視線があるからである。それが 現在まで続き、このブログの17年半の継続に繋がっている。 それは、まず自分の立ち位置をはっきりさせる、まず自分に優しくなることに 他ならない。自分への優しさは、他人へ直につながる。 「内が白で、外側が黄色の日系ハワイ?、?をバナナと」いうが、大都会なら受け 入れられても、個人主義は、まだまだ拒否反応が強い。 それが現在ではスマートフォンなどの情報化で、内側は白基調の混濁色に… 面白くなってきている。
―― 内容紹介(Amazon) 北欧で社会現象となった世界初の「やさしさ学」講義。
なぜ、見返りを求めない行為があなたの得になるのか? なぜ、「高い収入」や「名声」を求める人ほど幸福度がダウンするのか? なぜ、多くの動物が「思いやり」や「やさしさ」を持っているのか? ノーベル賞の選考委員会を擁する世界トップ医大・カロリンスカ医科大学で 「学生が選ぶ最優秀教授」に輝やいた名医が、わかりやすく、感動的に語る! 「死ぬ前に後悔しない人生」を確実に手に入れるための名講義、日本上陸。
◎やさしさは誰でも身につけることができる「技術」である ◎「高収入」「名声」を求める人ほど幸福度が低い ◎銀メダル選手より銅メダル選手のほうが満足度が高い ◎他人に目をかけられることは心身の健康に不可欠 ◎他人を褒める人ほど出世する ◎衝突は百害あって一利なし ◎やさしさは個人にとっても社会にとっても大きな「得」をもたらす
― ▼ 先日、学生時代からの酒友と10数年ぶりに地元の長岡駅周辺で酒席を共に した。73歳になろうとした現在でも、1年2ヶ月ぶりに、社長交代で現場に 呼戻されて今も現役という。社長直属のコントローラ役の便利屋的存在か。 20〜50歳代が占める中で大変だろうと思うが…。声は小さく、掠れ気味だが、 絶対肯定的なオーラが出ていた。 一軒目の居酒屋では、出てくる料理に 箸をつけると、次々と「美味い!」と。特別サービスセットもあり、値段から みて好感が持てた、そのまま、「良い店を紹介して貰ってありがとうと…」と。 そして二軒目のスナックでは、隣の客と、直ぐに馴染んで… そして、何気なく 褒めたおす。地元の否定的空気に慣らされて馴化してしまった自分と比べ? 早々のリタイア肯定派の見方が、ここで軽く躱されてしまった。 群れるのも、人によって、必要条件、絶対条件も、あるのでは! 家のスペースが小さい為、居心地が悪いこともあるというが。 卓上の大型犬が、再度、働き出た直後、夫婦して働きに出て散歩時間が 激変をしたためかストレスで亡くなってしまったというから、犬が逝くか、 当人かだったと、ブラックジョークも忘れない。 やさしさ〜 人生で一番足りなかったのかも。 末っ子はやさしさを受けて当然と思いがちで、与え方が苦手。 何やら褒めることが第一歩は分かってはいるが…
・・・・・・ 5318, そもそも教養とは何だろう 2015年10月06日(火) 〜『世界の哲学・思想』小須賀健著より * もっともっと本を読んでおけば良かった 学生時代の卒業まじかに、「もっと読書量をこなしておくべきだった!」と 気づいたが時が既に遅し、ノイローゼ気味になり留年さえ考えた。しかし、 まず一度社会に出てから考えることにし、その代わり、一日2〜3時間の読書を 自分に課すと決心、それが現在まで40数年続いている。それが学生時代の一番 の収穫だった。 今から振返って、学生時代の砂場には数知れない経験が 詰まっていた。 〜哲学入門的な本の冒頭に以下の内容があった〜 ≪ なぜ私たちは、一人前の大人になってから「もう少しまじめに学校の勉強 をやっておけばよかった…」と反省したりするのでしょうか。 じっさいに 学校にいたときには、「こんな勉強がなんの役に立つのかさっぱりわからず、 まじめにやる気になどなれなかった」という人が(私も含め)ほとんどでしょう。 では、大人になってから、もう少しまじめにやっておけばと反省するのは、 社会に出て勉強の必要性が身にしみてわかったからなのでしょうか。 どうもそのようには思えません。どんな職業であれ、「自分の仕事に学校の 勉強が役立った」と確信した、などという話はあまり聞いたことがありません。 義務教育で学ぶ勉強が実社会で役に立つはずだ、という思いこみがまったく 幻想であることは、みんな分かっています。社会で要求されるのは、効率よく 仕事をこなすこと、あるいは無駄なく目の前の課題を片づけていくこと。 こうした日々を送っていると、逆に学校時代における学習という行為が、 そのような効率や目的から自由であったことが理解できるはずです。 古代ギリシアの人々は、人口の二倍にもおよぶ奴隷に基本的な生産労働を 行なわせることで、少なからぬ時間的余裕を謳歌していました。 ただ、彼らはこの余暇の時間を、漫然と過ごしていたわけではありません。 こうした時間を使って、自分を磨く、あるいは教養を高めるといった活動に 励んでいたのです。この「余暇」をギリシア語で「スコレー」といいますが、 この語が英語のスクールの語源であることはなかなか示唆的です。 おそらく、もともと学ぶという行為は、生産性とか利便性といった功利目的 からは隔絶されたものだったのです。今私たちが、学校時代を振りかえって ちゃんとやっておけばよかったのにと後悔を覚えるとき、そこでイメージされて いる勉強もおそらくそのようなもの、つまり功利性とは無縁に過ごせた時間 への郷愁なのではないでしょうか。 しかし、じつさいの学校における教育はどうでしょう。学校は、社会とは 区別される領域でありながらも、社会への通路でもあるために、社会一般の 価値観がその中に侵入してしまいます。そのため勉強するのはいい大学に入る ため、あるいは楽な人生を送るためといった功利的な発想がすでに蔓延して います。私たちが外から夢想するほど、学校での勉強はうらやましいものでは ありません。たぶん学生のころにもっとちゃんとしていればよかったと振り かえって後悔する人は、仮に今それが可能になったとしても、同じことを 繰りかえして漫然とときを過ごすだけでしょう。そのときにできなかった人は 今もできないままなのです。それなら振りかえるのはやめて、今からしたい ように勉強すればいいのです。逆に後悔しても、そのときは勉強できるような 余裕も環境ももてなかったという人もおられるでしょう。そういった人たちも 含めて、何かの役に立つとか、なにかのためにやるとかといった一切の功利性 から離れて、学問(ここでは哲学に限定ざれますが)と向きあってみたいと 思われる方に、すこしでも参考になればと思って書いたのが、この本です。≫ ▼ リタイア後から、私レベルだが、読書の質が少しだがアップした感がする。 学生時代に読んだ本で、社会に出てから自分を支えてくれたのは、効率とか、 創造工学とかいう内容のものより、何かに迷い、吹っ切るために、孫子や、 諸子百家、聖書、仏教書、漱石、鴎外、川端全集などが、面白く没頭して 読んだ本だった。 確かに、ドラッガーの『集中、得手に帆を張れ、内部より 市場に焦点を!』などの知識も、役にたったが・・ で、このザマ。 何にも社会経験のない純真なまっさらな時節に、何も捉われることなく 読んだ本こそ、独り彷徨う中で、強い指標になっていた。「逆境に根を、 順境に枝を張れ」というが、その栄養分の元は実体験と培った知識である。 人生の晩秋に枝の葉は枯れても、枝として残る。この年齢で、たわわな 葉っぱを求め、枝を張ることしか知らない人を無知の人という。 要するに、あのケモノの臭いの強い『世間人』。
・・・・・・ 2017年10月31日(火) 6075,閑話小題 〜珍獣と珍ころ ―1 * 珍獣と珍ころ 珍獣とは姉の一人が私につけた嫌みの名称。もう30年になる。数ヶ月前に亡く なった連合いが元専売公社の事務方だったこともあり、転職、転業のキャリア? を繰返してきた私を揶揄したあだ名。まあ、面白いと感心し、納得したが、軽蔑 のニュアンスが含まれていた。ジャングルの獣の餌は自前。そこには、命をかけた スリルとサスペンスが日常になる。考えてみれば人間の本質は、「獣」と「神」 のロープ上を右に左に揺られながら渡るようなもの。そこで「珍獣」の言葉を 逆照射した言葉と、思い浮んだのが「珍ころ」。「コロ」は犬とすると、適当。 そこに、「珍獣」と「珍ころ」の対話が自然と生じる。 珍ころ: あんたよ、「変わってるな」と皆が言ってるよ。 珍獣: あんたは、家畜の群れと何ら変わらない! 温むには良いだろけど。 珍ころ: 何時も、がつがつ餌探し。それもこれも、群れに適応できないため。 少し尻尾の振り方を身につければ良いだけなのに。 珍獣: 餌が暫く穫れずに、久しぶりに穫れた時の喜びと味を知らないだろう。 珍ころ: あんたが、何で珍獣と言われるか、知っとるか。雑食だからさ。 珍獣: 雑食も何も、ありゃしない。とにかく群れたくないと心に決めて、直接、 自然界に触れて、活きた感覚を得たいと、20歳頃に決心したためさ。 尤も、父親に誘導されたところもあったがね。 珍ころ: お前のような奴が、庭先や、近所でウロウロするのが目障りそのもの。 見ていると、潮流に流され、成行きでしか生きていないんじゃないか。 珍獣: 何を言いなさる。それだから面白いんじゃないか。だから、あんた達が、 仲間内に気を使っている分、外界に全神経を使うしかない自分を楽しめる じゃないか。 珍ころ: 右上がりでは、その好きなことが出来るのが羨ましかったが、右下がり で、時代変化の激しい時代に、己だけの感覚で生きるは長い目でみて、 リスクが大きすぎるのではないか、それで、弾け出されたじゃないか。 珍獣: だから、長年かけてリスクヘッジを人知れず、したきたんだ。そんなのは、 幼児の頃から両親に教えらた当然の知恵と体質。とはいえ、脇が甘いのも 自覚している? 珍ころ: これ、志村けんと加藤茶のコント「ぼけ老人」のような内容じゃないか。 珍獣: そう、コントだよ。要するに理解しようがない2人が、ひたすら聞いている ふうをして、自分の話を垂流しているだけのこと。それが娑婆じゃないか。 珍ころ: なるほど、「馬鹿ちがうねん。アホやんねん」ですか、二人とも。 ところで、珍獣にみえたオマエさん、行方不明だった、あの珍ころ?
・・・・・・ 2016年10月31日(月) 5708,閑話小題 〜今どきの冷凍食品 * 今どきの冷凍食品 何度か取上げたテーマだが、最近の冷凍食品が‘妙に’生々しく、美味しい ので、再び取り上げる。不景気もあるが、ファミレスやサイゼリアなどに卸して きた冷食メーカーが、コンビニやスーパーに販路を求めた図式である。 これが、今ではメーカーがネット直販が本格化を始めている。 当然、本格的味であり、それが進化している。TVのワイドショーも、最近、 その幾つかを紹介を始めている。このところ、外食の機会が少なくなったのは、 冷蔵庫に買貯めの冷凍食品のため。 スぺゲッティ、ピラフ、ドリア、ラーメン、ヤキソバ、炒飯、惣菜など、 そのままレンジにかければよい。問題は、完成品がそのまま冷凍してあること。 特にスぺゲッティとピラフの種類が多く、味はイタ飯<サエゼリア>と遜色ない? 最近、目につくのがジャンボサイズ。これが夫婦二人で丁度よい量になる。 これまで、食品売場の片隅に追いやられていたコーナーが、今では大スペースに なって多くの種類を置くようになっている。共働き家庭の家事の削減に、レンジ に入れるだけで済むのも良いのだろう。思い立って、「やき上げたステーキ」が ないか調べたが、ローストビーフはあれど、焼きあげステーキは見当たらなかった。 瞬間冷凍の技術とマシーンの小型化がすすめば、料理屋が手作り料理を冷凍 をした直接販売が可能になる。面白いところではリンガーハットのメイン料理の 「長崎チャンポン麺」が店頭に並んでいるし、ネット上で直販されている。 これがけっこう美味い。新聞広告で、一週間分の冷凍宅配弁当をみて、何か不味 そうなイメージだが、これなら大丈夫。『冷凍食品など、不味いに決まってる』 の思い込みを捨てて、頭を軽くしておかないと・・ 何か面白い時代である。 苦節10年の料理の修行が、むしろ必要としない時代でもある。それは、どんな に積上げても、次善の味でしかないためである。恐らく、ある料理のタレを、 スマフォのアプリで、その場で、一番近いか、それ以上の、メーカーの供給先に 辿りつける時代が、来ているのかもしれない。それより、『これ不味い!』と? 情報化の時代、『与太郎』を決め込む生き方もある。怠け者はは寝ていた方が?
・・・・・・ 2015年10月31日(土) 5343,閑話小題 〜電動アシスト自転車を乗り始めて6年
* 電動アシスト自転車を乗り始めて6年 6年前の、この31日分の文章をみると電動自転車のことが書いてあった。 まる6年間乗ったことになる。年間200日×6年=1200日。さらに一回15キロ として1万8千キロ走ったことになる。地球半周近くになる。2年前に、4年間 乗ったマウンテンバイクから、現在のクロスバイクの乗り換えたが、今では 早朝の日常生活の一部になっている。それまで、殆ど、自転車に乗ることは なかった。しかし、これを乗りつけると便利な代物。 しかし、何故か街中で 見かけることが思ったより少ない。買換えの時期に来ているママチャリに 電動アシストを家内に勧めても、「近くだから必要ない!」の一言! 試乗を1〜2度しても、いま一つピンとこないようだ。あくまで、スーパー の買い物の手段としてしか見てないため。乗っていること自体を楽しむ、 着想が持てないため。こうした感動を書き残していると、当時の光景が、 そのまま伝わってくるからよい。 ――――
|
|
|
|