|
堀井On-Line
| 6409,閑話小題 〜リーマンから、10年ですか! |
|
|
2018年09月30日(日)
* そうか、まる10年ですか! 9・11から、地元の2つの中越地震、柏崎刈羽沖地震を経た7年間で売上げが 3分の2に。 2008年のリーマンショックで、3分の1に売上が激減した上に、 2011年の東北大地震がトドメで、あっけなく事業閉鎖。長期装置産業もあって、 万一の備えがあった為、最悪の事態を避けられたが、資本主義社会では、廃業、 倒産は、社会的には抹殺されるのが常。 過って書いた文章に、色いろ書いて あった内容を読返すと、甘くない実情が書いてある。後悔とか、愚痴とか、後ろ 向きでないのが救いとしても… 潮流の変化に鈍感だったことは否めない事実で、 当然の帰結である。 としても現業の中小の財務内容は8割は、当時の私より、 悪いはず。問題は、その一瞬の間を見失うこと! <エッ、とっくに失って途方に暮れてます?> <3割の仲間ですか! それでも、自覚しているだけマトモ! こういうのと、 人生不完全燃焼者が一番に石ぶつけをしてくるから、救われないね、ったく! だから、救われんだね、人生は!> 当事者はリーマンショックの重大な危機も、毒入り債権を『永久国債』にし、 埋めてしまえば、永久に罪を問われることはない。本来は世界戦争を起こして、 金融の価値基準を大幅に変化させ、平民に押し付ければ良かったが… 今じゃ、カラクリが直ぐに公表されるし。 激しく時代が変化しているが、 乗り遅れるのは弱者。今でも、強者だった我々世代が、実収入の2倍の国家予算 を組んで借金は弱者に。それに対して、鈍感な弱者。おまけに日本には、地震と、 噴火と、台風が、日常化している! その債権の支払いも、次世代への付け払い。 この国の実情は、ポピリズムの慣れの果てですか? ここは平和ニッポン。 現状維持が国是だから救いようがない。近未来は7割が移民希望の韓国社会に 酷似? 雨のため暗くなり過ぎましたですか!
・・・・・・ 2015年09月30日(水) 5312,閑話小題 〜リーマンショックから、まる7年 * リーマンショックから、まる7年 以下にコピーした文章は7年前のもの。このリーマンショックで、まさか 自分の事業に直撃するとは思ってもなかった。 アメリカの大手証券会社が、 ほぼ吹っ飛び、三大自動車メーカーが政府の直接管理化におかれ、アメリカ 経済界だけでなく日本経済も直撃を受けた。当時の殆どの上場企業は生き 残っているが、大手ほど痛んでいるはず。 リーマンショック以来、売上げマイナス25%が3年目半ばまで続き、 合計50%の売上げダウン。2001年の9・15テロ以来、売上げが三分の 一になっていた。そして、事業整理を本気に考えだした矢先の2011年の 3・11大地震が発生した。それもあって、躊躇なく事業断念の決断ができた。 その前年度まで、手がけた事業で一度も『営業赤字』を、出さなかったが、 その最終年度は赤字が決定的になっており、丁度よい引き時になった。 悔しさとか、後悔はないのは、万一の場合の備えが幾つかあったため。 一年休館後、物件を買取った事業主が、同じホテル名で事業を続けている ため、結果として、「前経営者と、借入金の6割カットのリストラ」になる。 追加借りで、危ない借入れをすることなく終わったので、比較的、スムーズに 事業撤退が出来たことになる。 もし、{準備を含め45年の事業。最後まで死守をする!}と決断したら、 金融機関は、まずは、家内や、身内の連帯保証を求め、身動きが出来なくし、 次は、高利貸しに目先の資金を求めて・・と、ドブ沼に嵌って、数年後には、 何処かに蒸発か、自殺のお決まりコースに歩んでいたに違いない。 それでも、心の傷は決して浅くはないが、お決まりコースより遥かによい。 * 地獄の沙汰も金次第! TVで、中東、アフリカ難民の個々のレポートを放送しているが、リアルで、 残酷で、末恐ろしい内容になる。 特に、親が子供に戦闘現地から、逃がし、 単独で、さ迷っているケースがある。ドイツからイギリスの国境に100人は いるという。ボランティアが、その救いの手を伸ばしているが、魔の手にかかる ケースが多いのだろう。シリアでは、過半数が、国内と国外に難民化して 彷徨っているとか。国内、三割、国外二割。着の身着のままというから、酷い。 難民の一人が、この逃亡の中で、「西欧の自由とは、お金!」と分かったと いう悲鳴が耳に残った。地獄の沙汰も金次第ということ。 ――― 7年前のリーマンショック直後の「論評時評」について書いた内容をコピー します。何事も無かったようだが、3・11震災ともども、大きなツケがマグマ として膨らんでいる。問題は爆発したときが、経済破綻が表立った状況、 ギリシャ、スペイン、韓国の現状。 韓国の海外移住希望者7割というから!
・・・・・・ 2017年09月30日(土) 6044,閑話小題 〜「空しさ」ですか ー1 <意味としての心〜「私」の精神分析用語辞書ー北山修著> *「空しさ」について ―1 還暦を過ぎて12年、「空しさ」が増していくかと思いきや、思いの外に少ない のは如何なることか? 16年以上、これを書き続けていることや、6年半前の リタイア後からスポーツジムに週5日、通っていることもある。一つ間違えれば、 30年手塩をがけた会社清算による「空しさ」で鬱になりかねない事態だったが、 それに足る?知識、情報と、「独り遊び」の習慣を長年かけ身につけていた。 読書、スポーツジム通い、早朝の自転車散歩、ネットサーフィン、年2回の海外 ツアー体験の蓄積と、週一のシネマ館と、TVによる映画鑑賞、居酒屋とカラオケ 通い、家内とランチ散策があった。 <苦悩1に対し、遊びに熱中を3〜6の割合、の習慣化にすること>を、自分に 課するスケジュールを守ることが、現在の「「空しさ」を埋めてくれている。 「空しさ」を抱え、誰彼なく人を求め、群れた結果、「空しさ」に取りつかれた 人たち。それを埋め合わせるため、酒、薬物で「気を紛らわせ、ごまかす」方法 があるが、それは目先の対処でしかなく、結果、「しんきくさい」「面倒くさく」 なり、鬱に陥っていく。 「つれ合いロス」「仕事ロス」などの『対象喪失』は、誰も経験する。 問題は、それが内的喪失に至ること。相互依存の強い人ほど、対象喪失の会社や、 2・5人称への「噂話」で気を紛らわす。放逐された飼犬が、首輪をつけ会社周辺 を、群れる「OB会」、そう「ゾンビの群れ」と相成る。「空しさ」は紛らわす のではなく、対峙し、味わうものだが… 万人にいえることだから書いているが。 このブログも、「空しさ」を紛らわすため、「生乾きのゾンビ」が、書いている に過ぎない。人生など、大河の濁流の一粒の泡が、生まれ消えていくだけのこと。 ところが、この一瞬の刹那なればこそ、面白い! 禅言葉の 「達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ」 まだまだ遊びが足りないようだ。充分に面白かったが! お後がよろしい様で。 ・・・・・・ 2016年09月30日(金) 5677、NHKスペシャル 自動運転 �� 2016年9月17日(土) 午後9時00分〜9時49分 自動運転車は、数知れない革命的技術が必要とされ、それらが、あらゆる 分野において応用可能になる。動力の電動化も含めて、ドイツは国家単位で、 大企業はグループの総力を上げ取り組んでいる。これから考えると、10年後 には、現在の企業形態の多くが、激変することになる。これは面白い極み。 『この時代の変化を見ずして死ねるか』である。 * 自動運転革命 〜B・各論 〜NHKのHPより 《 日産先進技術開発センター(神奈川県)にテレビカメラが初めて入った。 「Nissan Intelligent Driving」というマークが入った自動運転車がならぶ。 後部にはコンピューターがぎっしりと搭載されていた。 今までエンジンの燃費性能を競ってきてメーカーもこれからは、こうした コンピューターソフトウエアの開発競争になるという。車の周囲にはたくさん のカメラや近接センサーが搭載され、刻一刻と変化する周囲の状況を認識する。 20年後には生産台数の4分の1の年間3000万台を超えると予想されているため、 世界で大きなシェアを獲得すべく開発競争は激しくなる一方。 日産のカルロス・ゴーン社長も「とにかく早く実現させたい。遅れを取れば それは「停滞」を意味する。」と意欲的だ。》 ☆ 自動運転車に必要な技術 コンピューターとそれを動かすソフトウェア、周囲の状況を感知するカメラ、 などが必要。しかし自動運転の実現のためには、周囲の車の状況・歩行者・ 信号・交通標識等々の情報を取り込み、状況を判断して動かさなければならず、 非常に困難である。 ☆ グーグルの野望 自動車メーカーではないのに、自動運転車に取り組んでいるのがグーグル。 彼らは自動車メーカーとは違い、いきなりレベル4の無人の自動運転車を目指す。 テスト車両を走らせて「歩行者とはどういう形の物か」といったデータを取り 込み、それらを集めたビッグデータを使う方向で開発を行なっている。 グーグルは将来的には、OSのアンドロイドの様に、他者に自動運転の技術を 提供することを考えていると推測される。 ☆ 部品メーカーの将来 もし自動運転が実用化されれば、バックミラーなどは不要になってしまう。 そのためミラーメーカーはカメラの映像をバックミラーの様に写す技術とかを 研究している。また日本の自動車部品メーカーは個々の製品に特化しているが、 海外メーカーでは全てをまとめて取り扱う会社もあり、「自動運転車に必要な 部品一そろい」という形で提供可能となる。そういうメーカーが日本市場に 割り込んでくる可能性がある。 ――― ▼ 「自動運転革命」に、ネットによるグローバル化した「個人間の紐帯」。 <今世紀に入った10数年で、農業革命以来1万年の変化が起こっている> という説を信じたくなる。それほど、情報科学技術の進化が進んでいる。 その渦中にいるため気づいてないのが、私たち。良いか悪いかは別問題! ・・・・・・ 2013年09月30日(月) 4580, 2050年の世界 ー10 「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」 〜英『エコノミスト』編集部(著) 第十五章 バブルと景気循環のサイクル ーのまとめ ・バブルの発生期には、かならず、それを引っ張る新興産業がある。 十九世紀は運河と鉄道。1990年代はインターネット企業。 バブルは、新産業への投資として必要だとする考えもある。 ・ただし、歴史を振り返ると、結局はバブルによって新産業に投資した投資家 よりも、消費者が得をする。 その分野がすぐに過当競争になり、価格が 引き下げられるからだ。 ・2008年のリーンショック以来の最新のバブル崩壊によって、各国は債務超過に 苦しむようになっている。これは緊縮財政を呼んだが、しかし、それに耐え きれない国民が政治的な反乱をおこし、不安定化が促進される可能性がある。 ・しかし、この景気後退においても、物の価格は上昇に転じている。 これは、中国、インドという二大新興国がグローバル経済に組みこまれ、 成長の過程で、エネルギなどの需要をより欲しているためとする見方がある。 だとすると、現在は、長期の好景気の、とば口だと考えられる。 ・日本型の鈍化した市場が、欧米などで長期間続く可能性がある。 ・過去の実績のある株価を実績順に買っていくという成長株派の モメンタム理論。本来は過去の株価の推移は将来の価格決定にはまったく 関係がないはずだが、それがおおむねうまくいくことの理由は、そうした 投資家が増えることによる割安株派のバンドワゴン効果がある。 ・しかし、このモメンタム理論は、バブルの崩壊など経済に断層が生じると、 巨額の損失を被ることがある。 ・株式市場の投資家には企業に成長要因を見つけて投資する「成長株」派と、 過小評価されている株を買う 「割安株」派のふたつがある。成長株派は、 1990年代後半のITバブルのように、強気市場の最も勢いのある段階に関わる ことが多く、割安株派は、経済が景気後退を抜け出すときに実力を発揮する ことが多い ▼ 40年先のバブルと景気循環のサイクルを論じること自体が、土台無理。 20世紀前半の第一次大戦、世界恐慌、第二次大戦、の一連の変動期と、現在を 重ね合わせると、1933年辺りになる。とすると、第二次世界大戦が始まること になる。時代はバブルと崩壊、そして精算の戦争が、大小生じて流れていく。 20世紀前半は、欧米の中で、欧州から米国へのエネルギーの移動であったが、 今度は、アメリカから中国、インドなどアジアへの移動になる。 ・・・・・・ 2014年09月30日(火) 4947,閑話小題 ー中古車価格は、格付け項目のチェックで決められる * 中古車価格は、格付け項目のチェックで決められている 22年前のトヨタの「ソアラ」が大当たりで、大した故障もなく、これまで 満足をして乗ってきた。さすがに、この型のソアラを殆ど見かけなくなっていた。 その前も、やはり前の型のソアラを5年近く、その前はコロナを三年乗っていた。 ところが、この5月の車検で、修理に50万かかるといわれ、乗り換えることに。 そこで、急遽、車探しになった。新車への拘りはなく、まず中古センターを 一週間にわたって探し出したのが、ワゴン車『トヨタ・マークXジオ』。 ソアラに比べ出足しが弱いのが少し気になる以外は、満足している。 それにしても中古車の車種と、在庫量の多いこと。一週間探し回って知ったのが、 「全国共通の格付けがあり、それでに比例して値段が決められている」こと。 まず、価格と年式が、基本で、次に走行距離、車検時期があり、それに付属品、 タイヤ、人気が、加味された値段は、交渉で値切る余地が少ない。 中越地区の膨大の中古車から、個人事情で探し出すのだから、大変だが面白い! ー私の事情は、 ・自宅駐車場の家具としての家屋敷とのバランス。 ・事故も考えて、中型以上。 セダンか、ワゴンには拘らない。 ・何から三年の立場?を考慮して、目立たない、人に知られてない車種。 ・人生の最後の車として、数年後に後悔をしない車。 ・県外へ遠出はしないため、近場で、乗りやすく、燃費は程ほどのこと・・等々。 以上を考慮した、車検の期限までの一週間を区切った車探しの面白いこと、 この上なかった。去年秋に生産中止で、値段は格安? 団塊の世代以降の、 車好きを狙ったコンセプトカー。燃費が月8〜9千円が4〜5千円に下がった こともあるが、家内はお気に入り、センスが好きとか。 それにしても、 車のネット販売サイトには驚いた。「販売サイト」の格付けがあるから可能。 資金に余裕があり、世俗的謹慎の身でなかったら『トヨタ86』『スカGT』 『アクセラ・スポーツ』?
|
|
|
|
2018年09月29日(土)
* パックツアーの種類と、利点と欠点 〜B 洋服に例えると、スーツ、コート、ワイシャツは、注文服か、既製服、 イージーオーダーの何れかになるが、ツアーとて同じ。〈イージーオーダーとは、 洋服の仕立てで、あらかじめ幾種類かの型を用意し、客のからだの寸法に応じて 細部を修正、仮縫いなしに仕立てる方法をいうが、それぞれの長所、欠点がある。 各国の観光事情に長けた地元業者の企画したパックを、仕入れるのが一般的。 問題が起こると、携帯で本部が直接交渉し、解決するシステム。だから、フリー の添乗員のパーツでも可能になる。 各国のお国事情で、折角の旅行が台無しに なる危険を避ける必要もある。 私自身、英語力が全く無いことと、人見しりも あって、パックツアー派。若い人によって、イージーオーダーを好む人もいる。 慣れもあるが、全国から集まるツアー仲間の観察とか、添乗員の当り外れや、 その間で得る情報収集も楽しみの一つ。10数年前から、面白いワイシャツ専門店 が新潟駅前にある。最初、サイズをとって、パソコンに入力。店には生地見本を 置いておくシステム。中国で、製造されるのだろうが。 自宅のイタリア家具の 応接セットが、これに近い。 デザインと皮部分がイタリア、木工部分は韓国、 製造が中国製という。値段は4分の1。 ツアー先の企画デザインと、手配全てが 現地の旅行代理店。そこは数百年の熟練されたノウハウと、製品保証がある。 当然、歴史の浅い国内パックとでは、品質が違って当然のこと。行きなれた旅先 ならいざしらず、何を気どってイージーオーダーにすることがない。
:特徴 パックの利点と欠点: <ウキペディアによる検索より> ≪♢ 利点: ・(添乗員が同行してくれるタイプでは)不安感が比較的少ない。 (スケジュールが細かく、効率的に組まれていることが多いので)比較的多くの 観光名所を短時間に効率よく周遊出来、事前の現地情報収集は少なめで済み、楽。 自由旅行や手配旅行と比べると、旅行費用全体では割安なケースが多い。 (企画している旅行業者と宿泊施設などの間で、団体枠の料金(団体料金)が 適用され、旅行者ひとりあたりの原価が安くなっているため。) ・法律上、旅行業者が3つの責任(旅程管理責任、旅程保証責任、特別保障責任) を負うことになっているため、その点は手配旅行に比べると安心できる。 ♢ 欠点: ・スケジュールが極端に細かく設定されていて、やたら動き回らせる ものがあり、その場合、ひとつひとつの場所でそこを十分に味わう時間すら得ら れず、労働させられているような感覚を味わわされ、疲れるばかりで、満足感が かえって低下する場合がある。コースが「お仕着せ」なので、企画者のセンスや 好みと旅行者(参加者)の好みが異なっていると満足できない。 行動時間の大半は、他の参加者と集団行動をしなければならず、他の参加者が 様々なトラブルを引き起こして、それがとても煩わしく感じられることがある。 ・日本でもすでに格安航空会社が格安の航空チケットを提供しており、ホテル代の 割引が個人客にも開放されているので、昭和時代とは異なり、パッケージツアー よりも、むしろ自由旅行・手配旅行・一人旅などほうが安くなる場合もある。 特に1人参加で1人部屋追加料金を支払う場合はパッケージツアーはかなり高く つく傾向がある(見ず知らずの参加者同士の相部屋を認めるタイプもあるが、 そのかわりにそれなりのわずらわしさがある)。また、辺境地をチャーター便や 貸切バスで周遊するツアーも高額になりやすい。≫ ー ▼ 行先と、目的の選定から、まず開始。 まず欧州か、それ以外か。 僻地嗜好から欧米嗜好に舵をきり、最近では東カナダ以外は、欧州ばかり。 これで欧州17回目。カミさんの鞄持ちもあって、内向き(文化圏)に。直近では、 <北イタリアのドロミテと、イタリア側から観るマッターホルン>。 古希を境に、もう充分と止めていたが、迷惑覚悟に決断したが、これが思わぬ 拾い物。欧州の観光は深い。 10数年前に行った<北イタリア周遊パック>で、 ドロミテ街道を通り抜けたが、今度は二泊して湖水地方と、世界遺産のドロミテ 街道を観るもの。 更にミラノに戻り、裏側のマッターホルンと、ロープウェイ で登ったモンブランなどのアルプスを360度展望した雄大な「エルブロンネの絶景」 は、スイスアルプスと互角… 至福の時間を味わうことが出来た。 何ごとも、 限界を超えた先に、何かがある「一期一会の旅」。 このブログと、秘異郷を主にしたツアーと、TVから映しだされる映画と自然界の 映像の観賞が、世の名残りを明るくする。 無粋の私には、既製品なればこそ良い ことがある。己の能力を見限ればこそ、様ざまなシステムの有効利用が出来よう というもの。
・・・・・・ 2016/03/20 閑話小題 〜51回の海外ツアーで * 海外ツアーのテーマの棚卸 51回の海外ツアーに参加してきたが、その行蔵は何ものにも代え難い財産。 知れば知るほど、世界は広く深いことが解る。10回目辺りから秘境・異郷ツアー に重心移動をしたが、10年ほど前からは欧州中心になっている。リタイアー後、 諸事情で家内の鞄持ち?のカタチだが、何はともあれ、行けるだけで充分。 「行けるうちに、行けるところに、行っていて良かった」と実感する。 ・大陸別では、アメリカ大陸、オーストラリア大陸、ユーラシア大陸、インド 大陸、アフリカ大陸があるが、万遍なく行くのと、一つに絞り込む選択がある。 ・他に、テーマを、文明、文化、山脈、滝、氷河、平原、クルーズ、お祭り、 有名ホテル巡りなどのテーマを決めて周る人がいる。 〜テーマとして・・ ☆ まずは文化。 ツアーの過半数以上は、何処かの首都を経由地として一泊。 そこには、名だたる美術館や・博物館のコースが組み込まれていて、その国の 名画や工芸品、遺跡などで発掘された国宝クラスの古美術品が展示されている。 それらを、み続けているうちに、門前の小僧、その魅力に取込まれてしまった。 上野界隈の美術館で、その数点の展示で長蛇の列になる名画などが、数多く 展示されて、間近で見られるのが良い。 文化の一つに、各地の料理がある。 それぞれ各地の特色ある味が、そのまま染み出ていて実に美味しい。と同時に、 日本料理の美味しさに改めて気づくことになる。 文化といえば、お祭り。 北スペインのパンプローナの牛追い祭りと、リオのカーニバルの熱狂がよい。 ☆ 次に文明。古代の遺跡の7割がエジプトのナイル流域にあるというが、 これには圧倒される。他にアフリカ、中東の遺跡郡、中南米の遺跡群もよい。 圧倒的なのが、古代エジプトと、ポンペイと、シリアの遺跡群。そこには数百年、 数千の時空を超えた当時の人たちの息づかいが聞こえてくるようである。 石文明は、それが、そのまま残している。 ☆ 何といっても大自然の景観! アフリカ、インド、北米、南米、北欧、 アルプス連峰、ヒマラヤ連峰などの大自然の景観も圧倒的である。そこは、 文化・文明の数千年の時間とは違う、数万、数百万、数億単位の時間がある。 行蔵とは、よくいったもの。 以下は12年前のテーマだから、51回と すると、3年分、行ってないことになる。 世界的パンデミック騒ぎとか、 5年前の節目時などの件で、行けなかったが、それより、年齢からくる気力、 体力、金力?などの衰え。外側(辺境)から、内側(欧米圏)になっているが、 これはこれで、面白い! ライフワークとしての世界観光も、限界点になって きたが、移動が動くホテルのクルーズ・ツアーがある。しかし年金暮らしには チトきつい。「生きているうち、元気なうち」と思って、はや、20年、いや 25年になる。なら、あと5年を貫き通せば満点のライフワークになるが。
・・・・・・ 3444・秘・異郷の旅、よもやま話・・1 2010年08月30日(月) * 海外旅行に見せられて これまで47回の海外旅行で、フラッシュ的に記憶から飛び出したことを 思いのまま書いてみる。その方がむしろ、これまで書けなかった生の体験を リアルに表現できそうだ。 痕跡として残るのは、現場で撮った写真と言葉。 人生を旅に喩えることがあるが、素晴らしい経験と同時にトラブルを如何に 少なくし有意義な旅に仕上げるかがポイント。そのために、行き先の選定、 日々の過ごし方、対処の仕方などのコツが大切になる。また日本の遥か彼方 から、逆照射してみた自分の人生の卑小さが何とも滑稽に感じることがある。 それが気持ちに余裕を持てるのが収穫になっている。 まずは、思いもよらない経済恐慌に出くわした為に、人生の仕上げに入った 計画に狂いが生じてきた。それも、なるがままの人生。旅先で、絶対に行きた かったが行けなかったところはない。ガラパゴス諸島ぐらいだが、それほど 行きたいと思わない。 秘・異郷旅行での最大の収穫は、想像を遥かに超えた自然が与えてくれる感動。 自然そのものが何か波動を発している。その波動に飲み込まれにいくのである。 この感動は、山好きの人が国内の色いろな名山で経験しているものと同じだろう。 世界の異郷の地で、違う形で経験をするのである。 学生時代の多感な頃に 北海道、九州、そして紀州と一人旅をしたことがあるが、あの時の下地と、 21歳時の一ヶ月の欧州旅行でのカルチャーショックが下地にあったから、ここ までノメリ込んだのだろう。その結果、ほぼ毎晩、BS/衛生TVの何処かの チャンネルで、これまで行った先を放送しているが、見ていると旅の延長の ようになる。「一回の旅は、帰ってきても、そのまま続いていく」が、 そこで実現してくる。一点豪華主義?としても、贅沢である。
・・・・・・ 2010年08月31日(火) 3445・秘・異郷の旅、よもやま話・・2 *初めての21歳の欧州旅行 ー1 どの旅行が一番良かった?と聞かれても、答えられない。半分、いや三分の二 以上が、それに当たるからである。ショックの段差が大きかったのは、初体験 の学生時代の一ヶ月間の欧州旅行。見るもの、聞くもの全てが驚きの連続。 当時は、やっとカラーテレビが普及し始めたばかりで、欧州の映像など殆んど 目にしたことはなかった。モナリザや、ミロのビーナス像、パリの凱旋門などは 中学か高校の教科書の小さな白黒の写真でしか目にしてなかった。それが突然、 目の前に本物が次々に現われるのだから、驚き唖然とするのは当然である。 まず飛行機乗って、夕飯にヒレのステーキが出てきた。まだ憶えているが、 牛肉に細い糸が巻き付いていた。生まれてこのかたヒレステーキなど、食べた ことはなかった。 そのためか、その味の美味しいこと。次に初めての海外に 降り立った地はデンマーク。そこは、私が今だ見たことがなかった明るい空と 緑の中に街がある御伽の国に思えた世界があった。人種が違うのである。 金髪の大柄な男女。空の色が違うのである。そして、林や森のグリーンが、 違うのである。考えてみたら、日本全国の自然さえ見てなかったのである。 それが、いきなりデンマークの空とグリーンと、北欧人を目の当たりにする のだから。一挙に御伽の国の真っ只中に降り立った時の驚きは新鮮であった。 自分の精神を正常に保つだけで精一杯であった。当時、海外旅行に出る人は、 まだ20万人でしかなかった。現在の100分の一である。 だから、出発前から気持ちが高揚していた。
・・・・・・ 3446.秘・異郷の旅、よもやま話・・3 2010年09月01日(水) *初めての21歳の欧州旅行 ー2 デンマークの初めての夜はレストランのバイキング料理である。 当時の日本にはセルフ形式は全くなかった。それより、自分が食べたいだけ 皿にとってよい、とうのが珍しく、不思議な感覚であった。 そして、スウェーデン。夏のせいか、金髪の若い女性が裸足で、 超ミニスカートで、街を闊歩している。その美しさが街並みにマッチして いるのに驚いた。 また郊外にある古城の絵に出てくるようは美しさ。 それと高台からみた高原の輝く景色。それが次々と続いて出てくるのである。 そしてロンドンに。中学校の教科書の小さな写真でしか見たことのない バッキンガム宮殿、ロンドン市内には、シルクハットをかぶって歩く風格ある 紳士。パブに入って飲んだビールの美味さ。重厚なパブの雰囲気も異次元世界へ タイムスリップをしたような感覚であった。そこで仲間数人酔ってしまい、 子供時代以来、腹の底から笑った経験をしてみた。こんな楽しく高揚をした ことは今だかってなかった。もう、その世界に入ってしまったのである。 これを何度か経験すると、チョッとしたキッカケで同じ気分になれる。 これが人生を楽しさの面で非常に豊かにした。元もと実家で商売をしていて、 年に一回、家族、従業員、取引先など5〜60人が、年末に飲めや歌えやの ドンチャン騒ぎをしていた回路があったが、ロンドンで仲間と騒げば面白みが 格段と上がる。それで酒席が好きになり、ハメがきかなくなってなっていった? パリのシャンゼリゼ通りと、凱旋門、エッフェル塔。歴史的な積み重ねが、 そのまま、街並みに出ている。そのシャンゼリゼを、独りで歩いたことが 今でも記憶に鮮明に残っている。歩行者の、ほぼ全員が白人。 その中で、東洋人の自分に違和感を初めて覚えたということ。
・・・・・・ 3447.秘・異郷の旅、よもやま話・・4 2010年09月02日(木) * 初めての21歳の欧州旅行 ー3 初回の欧州旅行で、帰国して半年間は自失呆然状態であった。自分の心が粉々 に粉砕されてしまった。カルチャーショックである。今から思うと、これが 良かった。両親から受け継がれていた小さな世界の価値観が根こそぎ壊れた。 それと「自分は東洋の小さな島国・日本の黄色人種」という目線を得たこと。 これをキッカケとして、根こそぎ自分を変えなければ学生時代の4年の自由時間 を与えられた価値がないと気づいた。それと社会、世界は、不平等で格差である こと。世界には豊かな人種と国家があり、反対に貧しい人種と国家が満ちている。 その中で生きていく自分を作る基礎を学生時代に培わなければと気づいたのである。 とにかく世界は広く、深い一端をみた。 話は戻るが、ロマンチック街道から見た、川添に展開するお城と、景色。 それと、早朝にスイスに霧の中から見えたレマン湖とスイスの渓谷の美しさに 言葉を失ったことを思い出す。毎日、これまで、想像すらできない光景を、 これでもか、これでもか、と見せられるのだから・・ 当時、中高年の人で、 あまりのカルチャーショックで精神の異常をきたす人が多いと聞いた。 現在のように、写真に、テレビの旅番組に、ニュースに、映画の背景として過剰 に入ってくる時代ではない。 私のように、中高校の白黒の小さな写真でしか見た ことがないものを、次から次へと見れば、感動の蓄積で、脳が変になって当然である。 幕末の獅子たちで、当時、欧米渡航経験があるかないかで、動乱の中で大きく、 その後を左右したというが、当時の彼らは欧米の社会を驚愕の目で見てきて近代 国家の絵図を描いたのである。時代も、スケールも、全く違うが、それでも 21歳での経験として、大きな財産になっている。
|
|
|
|
2018年09月28日(金)
* まあ、仲の良いことで! 一昨夜は中学校の同期会の幹事会。15名が参加、二次会終了時間が23時過ぎ。 何時も盛上る。御蔭で、今朝の声がガラガラ。 それほど騒いだ憶えがないが、 これからすると、そうでもないようだ。それぞれ老いのストレスが大きいとか。 老いるほど、寂しさと、不安感を増加させるようだ。年に一度、正式の会が開催。 その前後に二度、幹事会、都合三回開かれる。多い時で、年に4回の時もある。 駅周辺に住んでいる従姉の会は3ヶ月に一度、50数年も続いているというから… 小中高の同期会は<魂の故郷>というが、成るほどと実感。地方の利点ですか。 グランドホテルで一次会。二次会が殿町のスナック。某男の補助金があって、 5時間で7000円であげるとは流石、女幹事である。 ― * 屋根の防水工事 屋根の防水工事。やるべきか、はたまた先延ばしか? この数年、冬越え前の 心配事になっている。今年こそ?思っていた矢先、「近くで工事をして業者が、 飛び込みで「見積もりと!」。見積もると、前回の二倍近い300万。家内は 「雨漏りで天上が腐るから」と、焦る。 ところで一年程前から、近くのスポーツジムに、以前、幾つかのビル設計をして もらった設計事務所の担当が来るようになって、ヨガ・エアロでは、近くに座る ことが多かった。 春先に、秋口になったら、プロの目線で張り替えの診断を依頼 していたが、昨日、屋上に上ってもらった結果は… <あと数年は大丈夫、6ヶ所の排水溝のゴミをシルバー人材センターに頼んで、 数年に一度、掃除をして貰えばよい。さらに一m程の高さの排気口が腐りかけて おり、囲いを付けた方がよい!>とのこと。年金暮らしで、家内の預金から 持ちだし生活の身。 目先の出費を回避。まずは助かった。 もう亡くなったが、 営業先の担当が、「実家の両親から、家の屋根の修理をしたいが、金が無いので、 都合してほしい。しかし、家内が、一杯いっぱいで無理。弟が金周りがいいから、 そっちにしたら?」というが、如何いうものか?」と相談してきた。私の答えは、 「弟と折半が道理。この機会に相続を含めて話あったら!」。
・・・・・・ 5675,【賢者の言葉】�А �F.W.デクラークの言葉 2016年09月28日(水) 【賢者の言葉】 ショーン・スティーブンソンの言葉 トニー・シェイの言葉 ビル・ハリスの言葉 エブン・ペーガンの言葉 ★F.W.デクラークの言葉 ダライ・ラマ方法14世の言葉 * ネットによる「個人間の紐帯」が、世界を激変させている 著書と離れるが、ネット社会が現実社会を覆った世界を説明するに丁度よい 内容のため取上げる。 〜批評家で実業家の山口揚平氏の一節から、 《「世界は三つの“層”で出来ていて、その三層が明確化・対等化しつつある」。 私たちが生きる世界は、「国家」「企業」「個人間の紐帯」の三層にまたがり、 三層のうち、「国家」に対し「企業」や「個人間の紐帯」の重要性が増してきた。 たとえば、日本の将来を悲観し、国外脱出を図ったところで、それは「国家」の 枠組みの話でしかない。むしろ、「企業」や「個人間の紐帯」での自分の存在感 を増す努力をすべきだ。それには、英語とITリテラシーが不可欠だが、プラスα の能力が必要である。》 ▼ 農業革命に比する今世紀の革命的出来事がネット社会の構築である。 その三層で、特に、「個人間の紐帯」に重心が移動しつつある。以前のように 権力で大多数の貧しい個人を軽視出来ない時代に入ってしまった。 四半世紀前 には、『ネット社会の構築』『ソ連と国際共産主義の崩壊』『世界的テロ』 『エイズの影響』など、当時、正確に言い当てる人はいなかった。 この数年では、『ISの出現』と『自動運転車』である。 その自動車が、 数年後に現実に売出されるという。これについては、後で取り上げる。 三層の下位に位置していた『個人の紐帯』が、地域に縛られないネットで、 世界中が瞬時に繋がる時代に入った。これが、国家ー>企業ー>個人という 上位関係が逆転を始めたため、大混乱を始めた。 ISが、その事例の典型。 徒党を組んだ武力で立向かわなくとも、個々が、何時、何処でもテロ攻撃の 手段を持った。イスラム原理主義をネット経由で無垢な若者を洗脳をすれば、 最小費用で、ことがたる。人種、民族、国家、地域社会、など関係なく、 この「個人間の紐帯」が世界中、可能になってしまった。これが、10数年で、 一万年の変化に匹敵する革命的事件である。その背景に、情報革命があるが。
・・・・・・ 4578, そして、人生はつづく 2013年09月28日(土) 『そして、人生はつづく』 川本三郎著 図書館でみて、「まえがき」の文章が現在の心境に似ていたので驚いた。 還暦過ぎれば、誰も似たような現実が待っている。まずは介護が平均10年が 終末に控えている。私など、「そして、・・」より「それでも、人生はつづく」 が合っている。 まずは ー「まえがき」の全文ー 《 2008年の6月に35年連れ添った家内を癌で亡くした。子供がいないので それから一人暮しが始まった。その「独り居」を毎月一回、日記の形で書いて いった。物書きという仕事柄、幸い一人でいることに慣れている。というか、 物書きとは一人でいることが仕事のようなもの。 本を読む、映画を見る、 音楽を聴く、町を歩く。一人ですることばかりだ。旅も大半は一人旅。 これに、家事という新しい仕事が加わった。愛読しているアメリカ人の詩人、 作家メイ・サートンの『独り居の日記』(武田尚子訳、みすず書房、1991年) は、ニューイングランドにある緑豊かな田舎家での一人暮らしの日々を綴った ものだが、こんな言葉がある。「私にできることといえば、瞬間瞬間を、 一時間一時間を、生き続けることだけだ――小鳥に餌をやり、部屋を片づけ、 たとえ私の内部には築きえなくとも、せめて私の身の周りに、秩序と平和を 創造することだ」。一人暮し、もうじき七十歳になろうとする人間にとっても 「秩序と平和を創造すること」がいかに大事であるか。自己管理をきちんとし、 静かに暮すこと。一人暮しになって静かな一日を送る困難と、幸福を知るよう になった。 家事をし、仕事をし、散歩をし、一日の終わりに酒を飲みながら、 昔の映画をビデオで見る。無論、そんな平穏な一日が毎日あるわけではないが、 それだからこそ「秩序と平和」が大事なものに思えてくる。 もうあまり 大きな声でものを言いたくない。「独り居」のなかにささやかな喜びを 見つけてゆきたい。3・11のあともそんな思いで書き続けた。 あれはフェリーニの映画だったか、「私は生きることより思い出すことの ほうが好きだ。結局は、同じことなんだけど」という意味の言葉があった。 日記を書くとは、まさにその日その日を思い出にしてゆくこと。 》 アマゾンの ーBy FANTASMA UCCIDENDO MECCANISMOレビュアーが、よい! 〜編者か著者のどちらかの投稿?〜{評論家・川本三郎は2008年に妻・ ファッション評論の川本恵子を亡くし、以来独りの物書き生活が始まった。 読書、映画鑑賞、音楽鑑賞・・でも独りだ。たまには旅にも出る。 一見、悠々と見えても、心は独りさびしき、時の旅人である。面倒な“家事” も自分でしなくてはならない。そんな老境に入った著者の日々が綴られている。 著者は当たり前に生きてきたつもりだが、妻の死、そして3・11で変わった・・ 著者は、震災後に東北を応援しようと小さな鉄道の旅にでる。3・11と 世の中のこと・・ 淡々と静かに自分の日々を綴る・・ そして彼自身 独りの人生の時は流れてゆく・・・。たった数歳しか違わないのに、私とは まるで異なる時をゆく。それでいいのだと思う。そして、人生はつづく・・ ターミナルは一つであっても、そこに至る道は人それぞれに異なるのだ。 独りという寂しさの重圧は、若き時には跳ね返せても、老齢に至れば、 そのエナジーも枯れつつあることを自ら認識、体験中のトロイGKMです。 余韻が残った久しぶりの大人の文章。} ▼「本を読む、映画を見る、音楽を聴く、町を歩く。一人ですることばかりだ。 旅も大半は一人旅。 ・・もうじき七十歳になろうとする人間にとっても、 秩序と平和を創造すること、がいかに大事であるか。」が、言い得て妙。 私は二年半前に、その半年前までは思いもしなかった事業整理をせざるを 得なくなったが、それでも、人生はつづいている。そこでのコツは「独り」 の世界の中で、秩序正しい静かな生活を守ること。 一応、準備を含めた45年かけた独りの世界があるが・・・ ・・・・・・ 5310,テクノロジーと退化 〜テクノロジーと退化 2015年09月28日(月) ー クオリア再構築 〜島田雅彦:茂木健一郎対談集 「まえがき」の島田雅彦の文章である。ネット社会の現状と、 それが故の、生身の人間の退化に対する処方を示している。 * テクノロジーと退化 〜島田雅彦 ≪ 20C終わり頃から、仕事のほとんどは1台のPC上で行うようになっていた。 原稿の受け渡しも個人的な通信も読者との交流もリサーチも息抜きもすべてPC 画面を通して行っている。つまりはPCが壊れれば、いきなり原始時代に逆戻りだ。 知らぬ間にPC依存の度合いが進み、PCなしでは何もできない体になっている。 思えば、コンピューター・テクノロジーとインターネットはライフスタイルを 根底から変えた。自宅に引き籠り、ウエッブ越しに世界とにらめっこしていれば、 買い物も投資も社交や恋愛も、また中傷、犯罪、テロも自在に展開できるように なった。キーボードの操作一つで社会を混乱させたり、巨額の賭けや、損失を 出したりできるので、この世の営みの全てが安っぼくなつた。電脳経済は 確実に世界恐慌の元凶になっているし、電脳政治は世論の単純化、批評の 衰退をもたらし、政策議論よりもキャラクターを重視する傾向を生み、衆愚政治 や集団ヒステリーを強化した。万人が同「のメディア、情報ソース、ソフトを 用いることにより、言論や表現の多様性が著しく失われた。手っ取り早く、 わかりやすく、扱いやすいもの……それはみな退屈だ。CG映像の薄さ、 パワーポインターのブレゼンテーションの味気なさ、シンセサイザーの陰影の ない音に飽きた頃、おのずと私は六〇年代の映画や文豪の講演テープや 蓄音機の音に含まれている揺らぎ、ノイズに心地よさを態じるようになっていた。 手先、指先に物足りなさを覚え、何かプリミティブなことをしたがっている 自分がいた。電磁波を発したり、コードが付いているものではなく、もっと 武骨な自然物に触れたかった。これは本能の欲求だった。衣食住、交通通信、 文化活動のあらゆる面で、私たちは自分の体や頭を使わなくなった。便利さ・ 快適さ・手軽さを最優先すれば、出来合いの工場産物を食べ、大量生産の 商品を使い捨て、絶えず供給される情報をいたずらに消費することになる。 そんな受動的な暮らしを続けるうち、おのが思考能力、身体能力をすっかり 衰えさせていたのである。テクノロジー進化は生身の人間の能力を退化させる に違いない。とはいえ人間もまた自然の産物である。その基本構造は一万年 くらい変わっていない。私たちはみなどうしようもなく原始的なのだ。 原始的なくせに、もはや、私たちは古代の狩人や、農民やサムライに戻ること はできない。 近頃、竹細工に凝っていて、暇さえあれば、竹を削っている。 奥出雲のタタラ製鉄で打ちだした鋼を鍛えたナイフで、近隣の竹林から拾って きた竹を削り、茶杓や花入れを作るのである。目下の生活の優先順位は酒、 竹、仕事、家庭といったところか。竹細工の優先順位が高いのは、それが 自分の脳と肉体に施す一種のリハビリだからである。竹細工をすれば、 おのずと道具と手先の関係が深まる。慣れない道具で怪我をすることもある。 また、里山を歩き、野草や木々と戯れることになる。自然を愛でるところに 風流が生まれ、詩が生まれる。 ・・・ ≫ ▼ TVのアーカイブで、アメリカでの手つくり飛行機の趣味と、 その出来栄えを競う大会のレポートがあった。これは、生身の自分の生命と、 最先端の技術が絡んだ命をかけた趣味。 大金持ちクラブの一例だが、能動的、 本能的要素と、知的、金銭的、時間的要素の全てが必要とされる。 その人の趣味をみれば、大方の人物像が見えてくる。 私の(悪)趣味は、 柵(しがらみ)に縛られた人間の滑稽で、ケッタイな人間のウォッチング! 漏れ聞く金融関係の、それは、タチの悪い珍獣の精神症のオンパレードとか。 ・・・・・・ 4945,閑話小題 ー「なんでも鑑定団」の面白さ −2 2014年09月28日(日) * 骨董の世界は、魑魅魍魎の世界 ー�� 私には骨董品や美術品の保有欲が全くない。一流品などは美術館で見れば よいし、何ゆえに手元に置かなければならないか不思議である。両親を見て いると、隠れた名品を探し、さり気なく、格安でハンター、倉庫に収めることが 趣味のようだ。これは骨董収集家の全てにいえるが。それなら、名だたる名品を、 世界の美術館で見ればよい!というのが、私の持論。21歳の時に、ルーブル 美術館、大英博物館などで、世界的名品を見た経験が、更に裏づけになった。 鑑定団を見ている共通点は、「骨董店の主が、アマチュア気取りの素人に、 太鼓持ち話術で売りつけているのが殆ど。だから、出てくる当人、いやに識別感 に自信を持っている。が、それは店主の刷りこみ。株や骨董は、素人が手を出す ものではない。「買いで騙され、売りも騙され」が、素人の悲しさ。 数代前の先祖が大事にしていたお宝にも多くある。両親の場合は元プロで、 特殊ケースだが、骨董世界は、「俺おれ詐欺」より、タチが悪い側面がある。 そこは特定少数の愛好家の世界。特定少数の本物の骨董品の周囲には、 その数十、数百倍の贋物と、詐欺紛い人たちが存在する。もし、金に窮したら、 どこかの骨董市などで、高そうな骨董を探して、金を持っている友人等に、 「これは我家の蔵にあったもの。何時でも引取りますから、買ってください」 と、売りつけ、そ知らぬ顔か、ドロンをすればよい。大体が、素人が一度 買った骨董品を、逆に骨董店に持って売ることはほぼない。太鼓持ちの大臣 扱いで偉くなった幻想で満足した段階で、大部分の買いの目的を果たしている。 だから、素人衆の倉庫は、騙された骨董品の山。で、騙す方は、買取の誓約書 を平気で書く。ばれた時は、そのまま引き取れば、詐欺ではないからだ。 適当に「時代が変わりました」「この品の相場が現時点で暴落しました」 「自分も実際のところ騙されていました!」で済ますことも可能。ーつづく ・・・・・・ 6042,閑話小題 〜 一年・前倒しの解散 ー2 2017年09月28日(木) * 民進党解体の奇策 私がニュースで、<民進党が自ら解体し、希望の党に合流!>と知ったのが 17時。前日、それらしき話があったが、まさか、そこまで?と… 。 そして、何故か、笑いが込み上げてきた。安倍首相に党首交代の隙を狙われた 前原が「安倍政権打倒のためなら!」と捨身の決断をした。 敗戦前の日本の荒廃の中、出口なおが創設し、養子の王仁三郎が拡大した 大本教があった。急激な拡大に対し、政権打倒の疑いで、逮捕され裁判にかけ られるが、その過程で裁判長に「虎穴問答」を仕掛ける。 <虎穴で、絶対の助からない時に、如何すれば良いか? …自ら進んで食べ られること。そこには、愛と誇りがのこる!> と。 この瞬間から裁判長の 態度が変わった。民進党の決断は、決定的大打撃を受けるなら、自ら解党し、 勝馬の「希望の党」に合流し安倍政権に対抗しようという魂胆、安倍首相も、 「まさか?」と思っただろう。明らかに汚職疑惑隠し解散に国民の7割が疑問を 持っているため、その票が大量に流れる。万一、政権交代にでもなれば、 「前首相・阿部晋三逮捕」も有りうる。これでは、総保守政党になっていまう。 それとも、自民有利にと、アメリカの北朝鮮攻撃が早まる可能性が出てきた。 としても、この難局ではベテランの安倍・麻生コンビの方が当面の日本には 適切と考えるのは年齢のためか。しかし小沢一郎と組めば、遜色はないか。 これで俄然、面白くなってきた! でも前原よ、御立派!
|
|
|
|
2018年09月27日(木)
* 貴乃花が親方引退! 良かった良かった! 大相撲も白鵬の全勝優勝で終わったが、何故か不自然な感が残った。 横綱の張手が解禁?されて、引退間近と思われていた稀勢の里が奇跡的復活。 角番大関の栃ノ心も勝越し、目出度しめでたしと言いたいところだったが、 貴乃花親方が引退宣言。誰の眼にも、「イビリ出された」と映る。 幕下のヒラの審判をさせられ、何か一回り小さくなった姿が印象的だった。 辞めてしまえば、あとは自由な世界が待っている。タレント性があるので、 けっこう高い出演料がもらえるはず。こういう運命に生まれているのは、挫折 しても、それがバネになる。 このまま、あんな世界に閉じこもって終わる 程度ではない。兄が、それを証明している。 仲たがいし?、外の飛び出した 兄の方が遥かに、良かった良かったである。 他の親方衆とは全く違う。 彼らは、お雛様で、壇上に座っているしか能がない。 貴乃花の実績とキャラを、 マスコミは黙っていない。その上に、段違いの高給取りになる…。 彼は3%層の人。黙っていても周囲が取り立てるが、今は誰も理解できない。 現・役員は、その真逆の人達。これだけは生れ。これで大相撲協会というより、 相撲業界は大きな存在を失った。チビッコ相撲上りが台頭してきたのに、これ で台無し! その功罪は計り知れない。そんなことさえ気づかない。 白鵬が、心臓発作で亡くなっても、誰もこれほど騒がないが、彼は違う。 何故なら貴乃花は無欲だから。 映像が、この一連の騒ぎの本質そのままを 映し出している。役員のインテリジェンス(地頭)無さがは日大アメフト問題 と同じ。体質は何ら変わらない。あの理事長、自分が辞めないこと自体が日大 そのものからしたら万死に値することに気づかない。ますます『ポン大』の 意味合いが深くなっているのに… これで大相撲も中長期的にみて致命的 大打撃を受けている現状に、あのポン理事たちは気づいていない。 演芸部門としての面白さが残存し、それを糧に生きるという面でもマイナス! <大相撲は演芸スポーツですか!> やはり。
・・・・・・ 5674,【賢者の言葉】�Α �F.W.デクラークの言葉 2016年09月27日(火) 【賢者の言葉】 ショーン・スティーブンソンの言葉 トニー・シェイの言葉 ビル・ハリスの言葉 エブン・ペーガンの言葉 ★F.W.デクラークの言葉 ダライ・ラマ方法14世の言葉 * 『この10年間で「1万年分の変化」が起きている』 〜F.W.デクラークの言葉 まず思うことは、『本当かいな?』『そんな馬鹿な!』。しかし、 少し考えてみれば解ること。 10年程前に、郊外に次々と乱立した、 『ショッピング・モール』が、ネット通販と宅配の普及のため閉鎖を始めた。 その旗振りの一つが、コンビ二のファミリーマートに吸収合併?をされた。 そういう私の事業の低プライスホテルも、ビジネス客が、不景気のため、 二時間日帰り圏内となり、ネット普及が煽りも重なり、呆気なく整理に至った。 これは全く想定外だったが、一万年分の変化の最中と思えば諦めもつく。 70歳の年齢から見えてくる。世界の激しい変化は、何とも奇妙で、面白い。 ≪【アマゾンの概要】 この10年間で、人類の1万年間分の変化に匹敵するものがある。 それは、人が取り扱う情報の量。 今のインターネットシステムでは、 約2秒間に20万テラバイトの情報が行き交う。この情報量は、世界一 の情報量を誇る、米国議会図書館に貯蔵されている情報量と一緒。 そして、人が扱う情報量は5年おきに倍増している。 メール、フェイスブック、ツイッター、このブログもインターネットの 中にある1つの情報。 昔では知り得なかった事が、今は検索をすれば、 簡単に情報を入手できる。 だからこそ、本当に現在必要とする情報は どんなものなのか?かを意識しておく必要がある。》 《 必要とする情報に、意識がなくインターネットやYouTubeを見てしまうと、 結局、その時に興味があることをダラダラとみて、時間だけが過ぎ去って しまうことがあり、余計な情報に流されてしまう。これからも情報量が 増えてくるだろう。その時に情報に踊らされることがなく、自分が必要とする 情報を選択していく。その為にも、自分のビジョンを持つことが、これからの 時代は大切な事だと思う。》 ▼<今世紀に入って私たち社会が経験した変化は一万年分の変化より大きい> というが、一万年前といえば、天変異変で人類は大きな岐路に立たされ、 自ら種を植え、動物の家畜化を始めた時代。そして人類がアラスカの海峡を越え、 初めてアメリカ大陸に到達したころ。その後、5千年を経て文明が生まれた。 その農業・牧畜革命に比する象徴の情報端末が、『スマートフォン』。 これで、10年あまりのうち、現実社会を覆う、『ネット社会』が構築された。 これで、「一万年分の変化」が起こったと言っても過言ではない。それに 世界の現実社会が、全く、なす術がないのが、現在の世界の混乱の原因である。 だから、そう簡単に、世界が平穏に戻ることはない。それと時を同じくして、 天変地異が生じている。権力者は、それを機会に戦争を始めたくなる。 暗い時代の到来である。イタリアは2024年のオリンピックの招致の立候補を 辞退した。当り前といえば当り前のこと。 で、日本は、馬鹿騒ぎで… < あふぉ、違うねん、パーやねん > 何か自分のことのようである。
・・・・・・ 5309,閑話小題 〜人生について 2015年09月27日(日) * つれづれに 人生について この年齢になればこそ、‘人生について’の格言の示唆が身に沁みる。 老いの人生問題は決して甘くないが、豊富な経験があるため、青年期とは 味わいが違ってくる。過去は変えられないが、解釈、受止め方は変えられる。 人生は、私たちがそれが何かを知った時点で、その大部分が過ぎている。 精一杯生きた行蔵を、諦念を持って愛おしく振りかえるに人生訓はよい。 人生の何たるものかを知るには、一人の一生では無理だから、格言が必要。 結局、いかに世間から超越できる時間を持てるかどうかになるが、各人各様 にあるのが、人生である。 〜心の琴線に触れた幾つかを取り上げる。 ―― ・【人生に疲れたという人がいたら、それは人生のほうが その人間に疲れたのだと思えば間違いはない。〜ジョージ・サンダース】 △ ‘成るほど’である。人生に疲れたは、壮年の人のいうこと。 老年には、誰もが生老病死の問題に直面し疲れ果てている。 老人に慢性のウツ症、ウツ病はない。誰もが、際どい局面にいるからだ。 『百里の道は九十九里をもって半ばとす』というが! ―― ・【思った通りの人生ではなかった。 しかし、よかったとなら言える人生だったかもしれない。 〜アルセーヌ・メルセデス・ヒロコ】 △ これまで、大方は、『自分は不幸な人生だった』と悲観していると 思っていたが、どうも、そうではないようだ。 『そこそこ、幸福な人生な人生だった!』と、思っているらしい。 傍からみた私が、現に不幸の結末の典型? しかし、実は!である。 ―― 〜孤独の問題も、人生論では欠かせない問題。 誰もが最期は孤独死で終わる。 ・【孤独に歩め…悪をなさず求めるところ少なく…林の中の象のように〜仏陀】 【我々はみな真理のために闘っている。 だから孤独なのだ。 寂しいのだ。 しかし、だから強くなれるのだ。 〜イプセン】 ・【真の幸福は孤独なくしてはありえない。 堕天使が神を裏切ったのは、 天使たちの知らない孤独を望んだために違いない。 〜チェーホフ】 ・【最高のものを求める人は、つねにわが道を行く。 人間は最高のものを決して共存しない。 幸福になろうとする人はまず孤独であれ。 〜ハーマーリング】 △ うつ病は、独り遊びの苦手の人に多い。躁と欝は「禍福は糾える縄の如し」 のように交互に密着している。孤独も、群蓄本能も、同じように・・
・・・・・・ 4577, 2050年の世界 ー8 2013年09月27日(金) 「2050年の世界ー英『エコノミスト』誌は予測するー」 〜英『エコノミスト』編集部 (著) 2003年のビッグバン理論が観測で認定され、大きな境い目になった。 宇宙衛星などの観測から宇宙が拡大しているにかかわらず、膨張が加速して いることが分かった。膨張のためには他の宇宙から何かのエネルギーが、 注ぎ込まれなければ成り立たない。それが暗黒物質と暗黒エネルギーである。 現在、その発見に世界中の科学者が躍起になっている。 第十七章 苦難を越え宇宙に進路を ーのまとめ ・冷戦時代に予想されたフロンティアとしての有人飛行競争は終わりを告げ、 宇宙の商業利用の時代が来ている。 アメリカの全地球位置発見システム (GPS)など人工衛星群の商業的価値は、2009年には1609億ドルにのぼり、 前年比11パーセント増の成長を達成。 ・アメリカが宇宙へ独自に有人飛行をすることをやめた反面、中国の台頭が 目立っている。中国は、2025年をめどに月着陸をめざしている。 しかし、これは米国が月着陸を果たしたときの世界的興奮と比べれば、 はるかに小さなニュースとなるだろ。 ・NASAは、小惑星への有人飛行を計画しているが、火星への有人飛行のほうが はるかに、世界的インパクトが見込める。 ・軍事的な宇宙利用の主眼は、引き続き情報収集という機能に集約される。 ・民間会社による宇宙飛行はすでに実現しており、アメリカは宇宙探索の、 部分をそれらの会社にアウトソースしている。ヴァージン航空を率いる リチャード・ブランソンは、ヤーキェリー計画のような弾道飛行によって 宇宙に出るサービスを提供する会社を始めているが、まだ一回あたりの費用が 二〇万ドルと高すぎる。民間会社による観光目的の宇宙飛行は、今後費用が 下がっていき、金持ちの娯楽の一部となるだろう。 ・銀河の動きを説明するために、暗黒物質なるものが宇宙の五分の一を 占めなければならないことになっている。 その正体を知ることは、当面の 大きな宇宙探索の目的のひとつ。宇宙の膨張が速度を増していることが近年 観測されたが、それを説明するための暗黒エネルギーの正体も解明が待たれる。 ・太陽系以外に生命の可能性のある惑星はいくつもあり、観測技術の 発達によって地球以外の生命の発見が今後なされるかも。 ▼ ひと時代前には、他の宇宙などSF小説さえ取り上げなかった。 それが10の500乗の別宇宙の存在の可能性が、実しやかに語られている。 宇宙の知識も、天文科学の進化で飛躍的に伸びている。40年前では、想像すら できなかった別宇宙の存在に匹敵する新たな事実が発見されているだろうが・・ 「人間を一の単位とすると、我々が住む宇宙が10の27乗の世界で、 ミクロではマイナス35乗の世界が我々の世界」という。言葉として、 マイナス35乗のミクロ物質が、どのように考えても私の頭では理解できない。 現在、暇を見つけては、そのイメージを持とうとするが、無理。 もしか、持てたとしたら、どうだろう?お釈迦様より、遥かに超えた 何かを実感できるのでは? 137億光年の宇宙の果てが27乗の外の世界で、 逆にマイナス35乗の物質世界の合計62乗が私の世界? 理解不能! ・・・・・・ 6041,閑話小題 〜 一年・前倒しの解散 2017年09月27日(水) * 情報化社会下の選挙で… 〜「前回の総選挙も一年前倒しに実施されたはず」とネット検索すると〜 <3年前の第47回衆議院選挙は12月14日に投票が行われ、即日開票された。 自民・公明両党が法案の再可決や憲法改正の発議に必要な、全体の3分の2の 317議席を上回る326議席を獲得。選挙前の324議席を、2議席増やして大勝。 一方の民主党は、選挙前の64議席を上回る73議席を獲得したが、海江田万里 代表が落選する結果となった。小選挙区の投票率は朝日新聞デジタルでは52% 前後と推計され、戦後最低だった前回の59.32%を下まわった。>と、あった。 ― この経験から味を占め、朝鮮危機を使用して汚職疑惑を有耶無耶にする 魂胆が見え見えの今回の選挙。そうはいかない結果か、太平洋戦争並みの 戦争危機の中で、国民の選択が問われる選挙になる。 朝鮮半島の情勢が、 このままの延長が難しい局面に入っているとすれと、早々に戦時体制政府に 入るのも当然。ロシアのプーチンの思惑通りに、開戦で体力を消耗し尽くした アメリカが、冷戦以降、続けてきた世界支配の終焉になり、世界の中心軸が 中国・インドなどアジアに移動を始める序曲になる。人口減少が始まった日本 もアメリカからの厚遇も、薄れて現在の韓国並みの国家に…? 「何が東京オリンピックか」である。中期的視点からみて、ギリシャ、韓国、 中国、ブラジルも、オリンピック開催により経済が大幅に弱体したのが実情。 アベノミックスも含め、安倍首相の責任は甚大。 では、アメリカ占領下の 現情の中、これしか選択の余地はないのも事実。中国に秋波を送って力を 削がれた小沢一郎の姿が、このことを象徴している。いずれにせよ、刺激的 近未来が待っている。いや、やってきた。 人工衛星と市町村の防災無線を 利用して緊急情報を伝える「全国瞬時警報システム」のJアラートが、日常的 に鳴り響いているのだから。 良き時代は終わってしまったのか! 地中海で漂流している難民の国での虐待の実情が生々しい。麻生副首相の 北朝鮮難民の扱い。<欧州のように難民部落と称した隔離か、射殺か(平服 の軍人のテロを考え)> も現実的な話。ただならぬ事態になること必定。 地元の中越地震、柏崎刈羽地震、3・11東北大震災、朝鮮半島危機と、 今世紀に入ってから、たて続いて大きな事態が起きている。20世紀末も、 バブル崩壊、ソ連・東欧と中国の共産圏の消滅と、混乱もあったが。 ・・・・・・ 4944,閑話小題 ー「なんでも鑑定団」の面白さ ー1 2014年09月27日(土) * 「なんでも鑑定団」 熱狂的ファンでもないが、好きな番組である。骨董の世界は奥行きは深く、広く、 果てしない。私の実家が江戸末期からの骨董商の分家で、父は、その分家の二代目。 当時の地元名士様に的を絞った、上客を多く持っていたが、太平洋戦争で骨董販売 では生活が成り立たず、父が戦中、戦後にかけ、転業した後、終戦後、衣料量販店 で大当て、骨董を趣味として、買い手としての収集家になっていた。 それもあって、幼児の頃から父に連れられ、昔の仲間だった骨董店などに連れて いかれていた。そのお陰で、知らずと骨董の真贋を見分ける目がついていた。 良いものを見続けると、贋物が感覚的に分かってくる。 (これ人間にもいえるが) 更に20数年、世界中の美術館を見てまわったことも目を養ていった。 美術館は古今東西の超一流の骨董品の展示場である。 ーネットによるとー 《 1994年4月19日放送開始。テレビ東京系から放送中。元々は、島田紳助が過去 に司会をしていた深夜番組「EXテレビ」の「家宝鑑定ショー」がルーツ。 ・・・ 様々な人が持っている「お宝」を、専門家(主に古美術品やアンティーク ショップの経営者が中心)が鑑定し、値段付けを行う。意外なものが高価な鑑定 結果を得たり、高価だと思われていたものが偽物などで安価になってしまうという 意外性や、鑑定物に対する蘊蓄が堪能できるのが特徴。鑑定の結果、埋もれて いた芸術家や芸術作品が発見されたこともあった。・・ 本番組からいわゆる鑑定ブーム、骨董品ブームが起きたが、何でも金銭で 換算してしまう点や、美術品をパフォーマンスで見せる点などを苦々しく 感じている美術関係者もいる。 しかし、依頼品にまつわる人々の熱かったり切なかったりする思い入れや、 鑑定結果に一喜一憂する依頼人の表情などは人間味にあふれ、鑑定を単なる 金銭的評価に終わらせていない。また、鑑定結果が出る前には、これから 鑑定する依頼品に対する予備知識の解説が入る。そこでは、製作者の生い立ち、 歴史的背景などのほか、作風、作品の見方、味わい方などが紹介される。 このために文化史、美術史などにおける教養番組としての側面も持ち、 その観点から当番組を楽しむ視聴者も多いと言われる。・・・ 》 ▼ 子供の頃から、両親の日常の会話の中心が、何時も骨董の話。 そこで購入した骨董品を二人で楽しそうに眺めていた。部屋の中では、 常に骨董品が季節ごとに変わる。その環境が当たり前の世界であった。 母親が亡くなった時の相続で、兄が倉庫に溢れていた骨董品。私は現在 住んでいる自宅だった。で、あの骨董の山、どうなったか?不動産も実売に なると半値だから、他人事ではない。実際、事業も・・ 売り家と唐様で書く三代目!『 努力して築き上げた家産も孫の代になる と遊び暮らして使い果たし、ついに家まで売りに出す。しかも「売り家」 札は その道楽ぶりを物語ってしゃれた唐様の書体で書いてある」ということ。 『この随想日記そのものが、唐様そのもの?どの道、宇宙のゴミ、同じこと』 と、バカがいう。『同じバカなら、踊りゃなソン』と、更にいう。 その目で「何でも鑑定団」を見ると、同類憐れむで面白い! ・・・・・・ 4202, 閑話小題 ー危所に遊ぶ 2012年09月27日(木) * 危所に遊ぶ 芭蕉の『俳諧問答』に「危所に遊ぶ」という言葉がある。 危所は字のとおり危ない所だが、「名人は定跡から外れ、未知の分野 にも冒険心を持って飛び込み、そこで楽しむ」という意味がある。 が、他にも、「危ない所で遊ぶぐらいの心の余裕を忘れないこと」と、 「危ない所の先に宝が隠されている」という解釈もある。 事業の創業も、自分を一度、絶壁に追い詰め、そこから湧き出るエネルギーを 動力にする。 危所を見極め、そこに隠されたキーを見つけることがポイント。 ゲームとは危所(難関)を設定し、知恵で乗り越える遊び。難度の高い危所を 合理的に乗り越える域に達した人が名人になる。これは人生にもいえる。 生まれ、死ぬまでの間に難関が次々と立ち塞がってくる。人生を充実させる には、その難関を最大のエネルギーを使い知恵にかえ乗り越えることにある。 これも「危所に遊ぶ」である。 * 最近の私の言説は「悲観的すぎ?」 この数年来、世界恐慌に突入直前という論調で書き続けている。 10年前に同じ位の悲観論で書いていても、今から振り返れば、その数倍も 酷い惨状になっている。まさか地元越後で大地震が二回も起き刈羽原発が破損。 上越新幹線もトンネル内で脱線。世界を見れば、アフガン、イラクにアメリカが 攻撃し、政権を転覆。それに百年〜四百年に一度の経済震災のリーマンショック。 更に東北大震災で二万人の死者と、津波による福島原発の最高7レベルの破損。 そして近将来には、リーマンショックによる世界恐慌が覆い尽くそうとしている。 この10年間の惨状の数倍規模の変動が起きるとすると、私が書いている内容 など、まだ甘い。 東北大災害が起こるまでは、心の何処かに首都圏か東海地区 の温和なところに終の住み家の憬れがあったが、今では考えられない。 更に、この秋口から年末にかけての恐慌への不安定材料が、あまりに多い。 これに中国が権力移譲期の混乱の隠れ蓑にするため、尖閣列島の領土問題を 大々的キャンペインを始めた。日本の政治の混乱を見抜いてのこと。 ドラッガーではないが、「断絶の時代」に本格的に入ったということ。 何事もなく、凡々とした時代より、断面が見れるだけ良いと思うしかないが・・
|
|
|
|
2018年09月26日(水)
* パックツアーの種類と、利点と欠点 〜A 年に2〜3回のペースだと、一応、立派な海外ツアー御宅になる。 帰って2〜3ヶ月は、その余韻が残っているが、それも冷めてくる頃、次のパック 探しに入る。現役時代は、もっぱら家内の役割だった。しかし、ツアーの最中に 次の行先探しを同行のツアー仲間と、添乗員から聴き出すことが多い。だから、 話す方も、聴く方も真剣になる。 その内容といえば… ・『<ユーラシア旅行社>の添乗員は全て正社員で、徹底的顧客志向。添乗員 の質の当たり外れで何度も嫌な思いをしてきたが、あそこは外れはないの。』 ・『<○○社>で北ケニアに行ったとき、添乗員がシステムエンジニアで、全く 経験がないのに、仕切りたがり屋で、おまけにアフリカオタクの中年の二人 連れがさ、アクが強くて…』 ・『<旅のデザインルーム>で南米のパタゴニアに行ったとき、少し高かったが、 凄いベテランで、次々と起こってくる難局を、軽く熟しているの。日本から 遠く離れた僻地は、安全代と思って、評判の良いところにしているの… 』 ・『<日本旅行>で、ケニアに最初に行ったときさ、家内と2人と、男の一人客 が2人と、添乗員含めて5人だった。何処に行くにもジープでさ、自由気まま。 こんな楽しいツアーは初めて。こういうことってあるんだ、と思いましたね!』 値段からすると、季節の変わり目は、天候の当たり外れがあり、人気がないため、 ディスカウントの商品が多い。 その辺りを考えながら、パック商品選びに、 2〜3ヶ月かけて探す。一月前に締め切りなる直前まで、その選定を愉しむ。 ということは、年に2〜3回になると、4〜6時中、その世界に嵌ることになる。 :パックの種類: 〈ウィキペディアより〉 【 ・海外旅行のパッケージで、添乗員(日本人か日本語を話せる外国人)で、 現地国に駐在して、現地のみ添乗・案内するケースが非常に多くなっている (旅行業者が諸経費を節約するために、こうしたことがしばしば行われている)。 この場合は旅行行程表などに「添乗員は同行しませんが現地係員がお世話します」 などと記載される。 例えば、行程表に書かれている日本と海外の往復空路の 航空券の手配は旅行業者が行ってくれるが、日本から飛行機に乗り海外へ行き、 海外の指定の宿泊施設にチェックインするまで、自力で判断して辿りつかな ければならないものも増えている。 ただし、海外旅行のフリープランでも、 参加者が犯罪にまきこまれたり、外国語でのコミュニケーションで苦しむのを 防止するため、現地空港から宿泊施設までは現地係員が専用車などで案内し、 チェックイン手続を代行してくれるプランもある。 ・他方、価格が高めで、予算に余裕ある団塊の世代や高齢者層を主な対象 にしたパッケージツアーを(も)企画している旅行業者もある。そういったタイプ のパッケージは添乗員が同行することが多く、高級志向のホテル・旅館や豪華客船 などを利用しているものが多い。新聞広告、あるいはクレジットカード・銀行・ 証券会社の情報誌などで募集が行われている。 ー ▼ コストに関して、額面と実際は違う。年間100〜150万といえば高い?が、 旅行中は、日常の生活、遊行費はゼロ。更に何れにしろ、国内旅行に出かける とすると、差し引き半値。国内ツアーは高すぎ。実質海外ツアーの倍の実感! そのプラス効果からして、決して高い買物ではない。 ―――― 3480, 秘・異郷ツアー、よもやま話 ー? 2010年10月05日(火) * 旅行代理店の選定は? 旅行代理店の選定は、金に糸目をつけないなら別だが、如何に良くて安い パッケージを探し出すかは他の商品選定と同じである。・まずは趣味の問題に なるが、地方の代理店は避けるべきである。地方名士様ならチヤホヤしてくれる ので、それが目的なら問題がない。同じような目的の人が来ているから、同レベル の人なら良いが・・とにかく、添乗員の場数が少ない人が多い。地方同士の なれあい客しか相手にしてないので全国区の質の差が歴然としている。 ・初心者なら、JTBとか日本旅行辺りで良いだろう。「ビールばかり飲んで いたが、今度から日本酒を飲んでみたいが・・」という人は、全国区の灘の酒 辺りのブランド品で、そのイメージで味わえばよい。同じ外国に行くなら同行 の人は異質の全国区がよい。 ・初心者としてアフリカや、南米など異郷に行くなら、秘境・異郷専門の1ランク 上の客を狙っている「ユーラシア」とか、「旅のデザインルーム」などが良い。 JTBや日本旅行でもワンランク上のブランド名でツアー募集をしている。 アフリカ専門とか、南米専門とか、特定の地域に絞った代理店もあるが、添乗員 の質のムラが非常に大きい。これも外れると、場所が場所だけに、客にとっては 大きな問題。 名前の通った代理店は必ず御客のチェックリストがあり封書に密閉 して送られ厳しく審査されるので、外れは少ない。旅行は添乗員の質で半分近くは 決まってくる。 何度か、添乗員で旅行そのものが台無しになった経験がある。 しかし怒りを会社にぶつけるのも大人気ないので、二度と行かないという消極的 手段しかない。ブランドで高いのは外れが少ないし、安いのは外れの危険が多い。 安いものに、シーズンの終わり間じかのものがある。これは経験からして外れの方 が多い。しかし安さの誘惑で負けて何度か失敗をした。 反対に少し高いと思った が、他にないので仕方ないので、という大当たりというケースが何度かあった。 行っている人達の人品が良いと心が洗われる。南アフリカ、南米のマケドニア、 北スペイン、新羅ウィグル地区・カラコルムハイウェー、などは同行客の人品の 御かげで、厳しい日程でも楽しく過ごすことが出来た。行き先を決めて、それに あった代理店のコースの選定に集中すれば自ずと見えてくる。旅行先で、良かった 旅行先の情報を聞いたら、代理店と、その時期まで聞いて、その通りに選定する のがベスト。 何ごとも同じ。
・・・・・・ 2016/03/22 閑話小題 〜51回の海外ツアーで ー�� * 世界の絵画 ベルギーのフランドル地方の古都ゲントの大聖堂にある 『フランドルの祭壇画』を、以前にみてきたが、立花隆が、死ぬ前にみて おきたいと、わざわざみにいった絵画。この絵画はスペイン圏では、非常に 有名で、スペインから毎日、特急が出ているという。教会の定位置には、模写 の絵画飾られていて、特別のコーナーに本物が防弾ガラスの中に、監視の中で 飾られていた。模写のコーナーでは写真撮影はオッケーだが、本物のコーナー では不可。少女が賛美歌を歌っている表情に、それぞれの内面が出ていてよい。 ルーベンスの『夜景』と、エル・グレコの『オルガス伯爵の埋葬』、 ダビンチの『モナリザ』、ベラスケスの『ラス・メニーナス』、 ボッチィチェリの『春』、ゴッホの『ひまわり』、ピカソの『ゲルニカ』と、 このファン・エイクの『フランドルの祭壇画』を見れたのだから、これで良し としなければ。 絵画といえば、スペイン、英国、オランダ、ベルギー、 イタリアである。 一枚の絵画の中に、さまざまな思惑、情報が詰込まれている。 ひとつ『夜景』を取上げると、ここに出てくる人たちは、自分の姿を後世に 残すため、この絵画を特注したという。 〜『夜景』をネット検索すると 《 レンブラントに発注した18人の名は中央右後方の盾に描かれている。 その他、鼓手、少女、少年などが絵の中には描かれたほか、左側には絵が 切り詰められる前はあと2人ほどの傍観者が描かれていた。この時の支払いや 受注の記録は全く残っていないが、発注者たちの記録によれば各人が 100ギルダー、計1,600ギルダーがレンブラントに払われた。これは当時の 肖像画の報酬としては大きな額である。 絵画は次の三つの要素のために有名である。 ・まずその巨大さ(縦3メートル63センチ、横4メートル37センチ)、 ・次に光と影の効果的な使用、 ・そして当時は不動の姿勢で描かれた軍隊や自警団の集団肖像画に 動きの要素を取り入れたことである。 『夜警』はオランダ黄金時代の絶頂期であった1642年に完成した。 この絵は題名となった(火縄銃手組合による)市民自警団)が出動する瞬間 を描いている。・・一斉に人々が動き始めたため、その下では犬が吠えたて、 左には少年が走り回っている。各隊員はそれぞれ異なった方向に体を向け、 多様な表情を見せて、隊員の動きが交錯して画面に興奮を生み出している。 いずれも体の一部分しか画面に映されておらず、全身が描かれているのは 3人のみ。》とある。 絵画を描かれる背景の意味などを知るか知らないかで、 捉え方が全く違ってくる。芸術とは、そういうことである。
・・・・・ 2004/11/19 ーー地域別分類ーー 『アメリカ大陸』
ー中南米 「18」ブラジル(リオのカーニバル・イグアスの滝) −1995・02 「22」ペルー・(マチュピチ・チチカカ湖) ー1996・06 「23」べネゼイラ・(ギアナ高地) ー1997・08 「34」メキシコ ー2001.01 「39」パタゴニア ー2002・12
ー北米 「2」アメリカ・商業界 ー1976・07 「7」カナダ・ナイアガラの旅 ー個人 ー1987・08 「8」アメリカ西海岸SC・ペガサス ー1987・06 「11」アメリカ・ペガサス(ボストン・アトランタ) −1989・04 「13」カナダ・ロッキーの旅 ー会社 −1990・05 「40」アラスカ ー2003・07
ーーーーー 『欧州』 ーーーーー 「1」欧州30日一周 ー1967・07 「10」スペイン・イタリア・パリ・ヘルシンキの旅 ー1989・12 「14」スペイン1周の旅 (アンダルシア・アルハンブラ宮殿・闘牛) ー1991・08 「16」ドイツ・パリ(ライン川下り・ロマンチック街道) ー1993・12 「25」北スペイン パンプローナ ー1998・07 「30」ノルウエー・トロムソ ー1999・12 「35」北欧ーロシア-スカンジナビァ ー2001・06 「38」スイス ー2002・07 「41」アイスランド ー2003・10 「42」オーストリア ー2004・08
ーーーーーーーーー 『アフリカ・中近東』 ーーーーーーーーー
ーアフリカ 「17」ケニヤ(ナクル湖・マサイマラ・アンボセリ ) ー1994・06 「20] 南アフリカ(ビクトリアの滝・チョベ国立公園・喜望峰)ー1995・10 「21」エジプト・トルコ(カルナック神殿・ ピラミット) −1996・02 「24」タンザニア(ウンゴロウンゴロ・セレゲッテイ高原) ー1997・12 「29」ケニア・ヌー ・08 「33]モッロコ ー2000.11 「37」西アフリカーコート−ジボアール ・ガーナ・ベナン・トーゴ ー2002・03 ー中近東 「31」シリア・ヨルダン・レバノン ー2000・04 「28」イスラエル ー1999・04
ーーーーーーーーー 『アジア・オセアニア』 ーーーーーーーーー ーアジア 「6」香港の旅 ー1986・10 「9」中国(北京・けいりん・上海) ー1988.09 「12」香港クルージング ー1990・07 「26」北インド ー1998・10 「27」ネパール ー1998・02 「32」パキスタン・中国 ー2000・06 「36」ベトナム ー2001・11
ーオセアニア 「3」ハワイの旅 ー1978・08 「4」ハワイの旅 ー1980・08 「5」ハワイの旅 ー1983・08 「15」フィジー(コマ島・ ) ー1992・11 「19」ニュージーランド(クウィーンズタウン・ バンジージャンップ・ミルフォードサウンド) −1995・05
・・・・・・ ・・・・・・ 2004/11/01 海外旅行ー履歴
「42」オーストリア 2004・08 「41」アイスランド ー2003・10 「40」アラスカ 2003・07 「39」パタゴニア ー2002・12 「38」スイス 2002・07
「37」西アフリカーコート−ジボアール ・ガーナ・ベナン・トーゴ 2002・03 「36」ベトナム ー2001・11 「35」北欧ーロシア-スカンジナビァ 2001・06 「34」メキシコ 2001.01 「33]モッロコ ー2000.11 「32」パキスタン・中国 2000・06 「31」シリア・ヨルダン・レバノン 2000・04 「30」ノルウエー ー1999・12 「29」ケニア・ヌー ・08 「28」イスラエル ・04 「27」ネパール ・02 「26」北インド ー1998・10 「25」 北スペイン ・07 「24」タンザニア(ウンゴロウンゴロ・セレゲッテイ高原)ー1997・12 「23」 べネゼイラ・(ギアナ高地) ・08 「22」 ペルー・(マチュピチ・チチカカ湖) ー1996・06 「21」エジプト・トルコ(カルナック神殿・ ピラミット) ・02 「20] 南アフリカ(ビクトリアの滝・チョベ国立公園・喜望峰)ー1995・10 「19」ニュージイランド (クウィーンズタウン・ バンジージャンップ・ミルフォードサウン) ・05 「18」ブラジル(リオのカーニバル・イグアスの滝) ・ 「17」ケニヤ(ナクル湖・マサイマラ・アンボセリ ) ー1994・06 「16」ドイツ・パリ(ライン川下り・ロマンチック街道) ー1993・12 「15」フィジー(コマ島・ ) ー1992・11 「14」スペイン1周の旅 (アンダルシア・アルハンブラ宮殿・闘牛) ー1991・08 「13」カナダ・ロッキーの旅 ・05 「12」香港クルージング ー1990・07 「11」アメリカ・ペガサス(ボストン・アトランタ) ・04 「10」スペイン・イタリア・パリ・ヘルシンキの旅 ー1989・12 「9」 中国(北京・けいりん・上海) ー1988.09 「8」アメリカ西海岸SC・ペガサス ・06 「7」カナダ・ナイアガラの旅 ー1987・08 「6」香港の旅 ー1986・10 「5」ハワイの旅 ー1983・08 「4」ハワイの旅 ー1980・08 「3」ハワイの旅 ー1978・08 「2」アメリカ・商業界 ー1976・07 「1」欧州30日一周 ー1967・07 * つれづれに、哲学 10数年前から、哲学に興味を持ち、初心者用の本を、読んできたことも あってか、少しずつ、現象を自分の脳で考えることが出来るようになってきた。 意外と、人は考えてないことが解るようになってきた。 それと、考えない ことは罪であり、その罪で、自分が罰しられていることに気づいてない。 まずは認識だが。対象に主観が従うのではなく、主観が対象を従わせることが 自覚できない。小さな脳の主観の妄想が世界と信じきっている自覚がない。
|
|
|
|
2018年09月25日(火)
* 経験則の詰まったパックでしか行けないところに… パックツアーとは、ツアー仲間と、熟練した企画のパックで世界を股に かけて遊ぶゲーム。地球儀を碁盤目にして、埋めていくライフワークは、 遊びとしてベストで、これが面白くない訳がない。本当に面白く、ゲーム 感覚になるには7〜8回の経験を要する。ネット検索で、その意味を調べると、 これが面白い! パッケージツアーと侮るなかれ、欧州では600年以上の歴史 がある。一般的には、世界各地の地元の業者のパッケージを購入、添乗員、 飛行機などのパーツをパックにしたツアー商品を売り出す。パックを愉しむ コツは回数しかない。 日本旅行、阪急旅行社など大手から、秘・異郷先を 専門の業者する弱小や、それぞれの地区に根差した地元密着の業者などが 存在している。大都市には大空港が必ず存在、そこで乗り継ぎ、目的地に 分散していく。これが回数を重ねるうちに、文化、文明、大自然など、 各地の「光を観る」観光別の目的が分かれる。 パッケージツアーは、 観光の既製品。それも無駄を一切省いて合理的に遊ぶゲーム。 ユーザーは如何に面白いパックを見つけ、観光ゲームを短時間で楽しむ かにある。後あと、魂の刻印として残る点を加えると価格価値は10倍は あると実感している。家内と子供分を加えると100回、3500万。本格的に ライフワークとして30数年。年に平均100万のコストが高いか安いか? 私の行蔵にあるコーナーの宝物。 〜ウキぺディアによると〜 < パッケージツアーとは、旅行業者が主催して、一般の人から参加者を募り、 運送・宿泊・観光の料金を一括して集めておこなう団体旅行のこと。>とある。 旅行業者から見れば、出発地(集合場所)から帰着地(解散場所)までの全旅程 を"管理"する形で提供する商品の一種という位置づけ。 :歴史と業態: ヨーロッパでは、組織化された旅行は既に1400年頃にあったといわれており、 エルサレム巡礼者向けの旅行代理人が宿泊契約や乗船契約の代行を行っていた。 このほかにも簡単なパックツアーは実施されており、1600年頃にはローマの観光 ガイドがナポリに宿泊したのちヴェスヴィオ山へ登りさらにガエタへ船で周遊 する2週間旅行などを実施していた。18世紀には宿泊・食事・観光ガイドの料金 すべて含む一定料金でパリやローマに案内する旅行代理人が存在した。 19世紀初めごろには観光産業という言葉が使われるようになったが、組織化 された旅行産業が誕生するのは鉄道や汽船の技術的な発達によって交通網が発達 してからである。近代の旅行産業の先駆けとして団体旅行と呼ばれるプランを 初めて実施したのは家具職人で巡回牧師だったイギリスのトーマス・クックと されている。トーマス・クックは1841年7月5日に割引料金の臨時列車を仕立てて 570人が参加するレスターからラフバラまでの往復旅行を実施し、この鉄道旅行 が近代旅行業の始まりといわれている。 > ー ▼ 色いろの旅行代理店から週に2〜3冊のパンフレットが送付されてくる。 それを元に、家内が、行先をネットサーフィンで、ネット、ウィンドウ・ ショッピング気分で遊んでいる。それが面白いという。現在ではTVのYouTubeで 面白いのが見ることが出来る。とはいえ、70歳過ぎと、年金暮らしでは… 30数年前に、80歳の母親が、姉二人と、家内と、義姉を従えた5人と 「二週間の欧州周遊のパック旅行に参加したことがあった。母のポケットマネー。 少し痴呆初期の勢いもあったが、欧州は老人に非常に優しい社会。殆ど、迷惑を かけなかったようだ。その後も、姉二人を連れてカナダに行ったから、驚き。 その一年後に初期痴呆症、要するにマダラ呆けになって、5年半後に亡くなった。 HP内検索でパックツアーを入れると、アルアル… <楽しめるうち! 直に泣く時がくるからね!> の言葉。 この歳ともなれば、 <ニコッと笑ってハンカチーフ> というよりも、<ニヤッと笑って…>ですか。
・・・・・・ 2016/12/19 閑話小題 〜ファースト・クラスのラウンジ 先日のTVで、ファースト・クラスの飛行場待合ラウンジをレポーターが 実際に入って撮影していたのを家内が録画をしていて是非、見てみたらという。 ゆったりしたラウンジに、顧客1人にサービス員1人が召使のように付きっ切り で応対する。パックツアー専門の私はエコノミークラス。で、10回に1度?は、 エコノミー席がダブルブッキングで無料で格上げすることがある。 一度だけ、ツアー添乗員の計らいで、ファーストクラスにまわしてもらった ことがあるが別に何とことはない。 ベテラン添乗員から以前に聞いた話。 <「エコノミー席」が格安にできるのは、ファーストクラスとビジネスクラス の代金の肩代わりで料金をカバーしているが、エコノミー席で飛行機全体の バランスをとるための「重り」の役割がある。格安エコノミーが「重り」には 驚いた。「重石でも何でも安けりゃ良い」は貧乏人の発想か。以前に書いたが、 飛行機は社会の縮図が露出する。 世の中は残念ながら格差社会。
・・・・・・ 2013/03/29 ヘリコプター勉強法 ー超「超整理法」より ヘリコプター勉強法とは自分で麓から山の頂上まで勉強するのではなく、 ネットなどを駆使することで一気に山頂を極める方法。 野口悠紀雄著 『超「超」整理法』にあった内容で、以前はパラシュート法といっていたもの。 本など一番のキーポイントを見つけ、そこだけ集中して学ぶ方法である。 10数年前、ある知人に、「あなたの読書方法の要は何か?」と聞かれた。 直ぐ誰から聞き知った上で質問してきたのは分かった。その時に自然に出た 答えは、「熟読する本と、目的を持って読む本を分けている。後者の場合、 読みに足りる部分を主観的に読む」であった。その答えがベストでないが、 初めから対象に従うのでなく、主観的に読むことでポイントを把握する方法。 随日を毎日書いていると主観的でなければ続けることは不可能。 そのため、読書感想文は自ずとヘリコプター読書法になる。 この本の何処が 一番の要点かを、まず探す。小説と哲学書以外は、まともに読みやしないない。 80対20の法則で、20だけしか拾い読みをするだけ。図書館で借りて読むことが 多く、10冊は机の前に積んで置いて、時どきパラパラと流し読みをし、その後 アマゾンの内容紹介と書評を読む。そこに幾つかのピンポイントが表示され、 関連した本の紹介まである。20分も流し読みをすれば八割は把握できる。 それを纏め書き残せば、後々まで、残る。 だから面白く病みつきになって 続いている。 ところで国内外のパックツアーも、ピンポイントを揃えてパックにしている。 ポイントだけに舞い降りると点で、「ヘリコプター旅行法」ということになる。 旅通の人は小ばかにするが、ツアー好きな私は元もと旅行などと思っていない。 専用ヘリで富士山頂上などの観光ツアーで充分。何も麓からの登山をしたいと 思わない。富士の頂上から下界を眺めるだけで充分。旅とツアーは違うもの。 情報化の時代、熟読とヘリコプター勉強法を分けておくべきである。 検索にキーワードを入れれば、情報と他人の知識は幾らでも手に入る。 その意味で、幾ら時間があっても足らなくて、面白くて面白くて仕方がない。 幸せなことだが、何時、死を含めブラックスワンが舞い降りてくるか分からない。 楽しめ、笑え、悲しめる、今のうちである。
・・・・・・ 5615,かわいい自分に旅させた 2016年07月30日(土) <『かわいい自分には旅させよ』浅田次郎著> * かわいい自分に旅させた 〜A 40〜50歳代にかけて40回、合計51回。家内と遇わせて?90回、海外旅行に 出かけたが、その殆ど格安パックツアー。 夫婦で月あたり10万の贅沢。 10万×360回。一点豪華主義?で 何とか可能にしてきた。凡そ家屋敷一軒分。 あと5回で家内と合計で、100回になるが、年、二回なら可能だが、無理? 肉体的には、厳しいだろうが、問題は気力と、体力と、?。 10億円の現金と、どちらを選ぶかといえば、間違いなく旅行を選ぶ。 では100億なら、どうする? さあ、どうだろう? 旅行可能が5年とみて、 半分の50億、年に10億を使ってみたいが、私には無理か。そうこう考えると、 10億の価値は充分あった実感がする。「かわいい自分に旅させよ」のフレーズ は、さすが作家。 別腹の人生が、そこにもう一つあるような。 ≪ 私は感動を求めて旅に出る。いや、あえて求めずとも旅は必ず感動を もたらしてくれる。感動に出会ったとき、日ごろ金や時間や手間を惜しんで 旅せぬ自分を愚かしく思う。誰のためでなく、かわいい自分のために旅する のである。 先人たちは不便な旅をしていた。しかしその一方で、悠長で あるがゆえ深い旅の味わいを知っていたはずである。 今やその気になりさえすれぽ、日本中どこであろうとあらかた日帰りが できるのだが、その手軽さ気軽さのおかげで私たちは、まるで漫然と映像でも 眺めるような旅をするようになった。 非日常の世界を訪れ、感動する。本物に触れ、五感をふるわせる。 先人たちの不便で悠長な旅、あるいは知らぬことぱかりの子供のころに体験した 旅とは、そうしたものであった。もし今日の旅の便利さはそのままに、本来の そうした感動を得ることのできる旅があるとしたら、どんなにすばらしいだろう。 より深い日本を求めて旅に出たい。いにしえの旅人と刻を同じくし、溜息を 分かち合えるような、深く美しい日本にめぐりあいたい。 私たちは生まれ 育ったふるさとについて、知らないことが多すぎるのだから。≫ ―― ▼ 旅は、非日常の世界であり、日常と違った世界が別次元で流れている。 そして、自分の世界も、その一つでしかないことを教えてくれる。 それと、感動である。「ここ、いま、じぶん」を、感動は焼き付けてくれる。 「この感動を、ほぼ大部分の人は、知らないで死んでいくのだ。もしかして、 自分も、その一人だったかもしれない!」という激しい感情と、その世界との 同化である。この「かわいい自分には旅させよ」のフレーズのとおり、この 感動を、自分に与えてくれのは自分だけである。 〜つづく
・・・・・・ ーH0607 ケニア・サファリ紀行 前知識はほとんどなし、 「何がおきるのか出たとこ勝負の旅」というのが率直な気持であった。ところが 秘境の旅というイメージで行ったところ、そこは欧州の高級リゾート地であった。 三十年前まで英国領であった為、欧米のサファリを目的としたリゾート地として 区画整備されてあった。広大な動物保護区及び国立公園と一般の土地はわけられ ており、前者は天国、後者は貧困そのものであった。 サファリ(動物ウォッチング・ドライブ・ゲーム旅行)は生まれて初めて、 一日一日、一シーン、一シーンが鮮明な感激として脳裏に焼きついている。 強烈な印象の順に列記してみると、 ・夕方、五十頭の象の群れが一列になり、右手にキリマンジェロをみながら林 の方に帰っていく、(TVでこのシーンを見た事があるが、まさか初日に これをみれるとは思わなかった) ・ライオン二匹がペアリングしている横で一頭がシマウマを食べているシーン、 ・チーターが二百m先に一匹のガゼルをねらいを定めて木影でスキをねらっている、 ・ 二十頭位の象の群れに三m位近ずいたシーン、 ・湖でカバの群れに近ずいたところ一頭が我々のボートを追いかけてきたシーン (一ケ月前にその群れに漁師が殺されたとか) ・数千〜数万頭のヌーの大移動、 ・マサイ・マラ族の村の中での異様な雰囲気、 ・気球の船上よりのアフリカの大地の景色、 ・四〇〜五〇頭の水牛の群れの真只中にサファリーカーでつっこんだシーン、 ・キリマンジェロの遠景、等々書けばきりがない。過去十七回の海外旅行の中 でも最も刺激的印象的なものであった。欧州では“アフリカの毒”という言葉 があるとか。その毒(魅力)にあたり、ウワ言のようにアフリカ、アフリカと 言うそうで、今の私はまさに毒にあたっている状態です。 (1994.7/10 〜18 )
|
|
|
|
2018年09月24日(月)
* 変なのは社会の方! 最近、特に思うことは現在の社会感覚。TVやマスコミが、やたら事件の 異常性を取上げて、責任を押し付ける。異常、異常者から身を守るために、 防御策を決める。これって考えてみれば不思議である。異常者から身など 守れないのである。毎朝、集団登校の姿を見かけるが、「何やってんだか!」 と思っても、口に出来ない。暴走車、異常者から、子供など本来、守れる訳が ない。変なんのをコントロールすればいいが、問題を勘違いし、大勢に従って しまう。変なのは、これまでも存在したし、今後も存在する。防御など、土台 無理なのに誰も口に出来ない。 その結果、異常者より異常な変な常識が、 異・常識が罷り通っている。北朝鮮の社会を奇異と認識できても、こと自国の こととなると全く気づかない。集団登校の写真をみると、これはこれで必要か?
≪養老孟司: 現代人のみんなが抱えている最大の問題の一つが、毎日、毎日、 日々新たっていう、生きる感覚がね。どんどん消えていくことですね。 同じって世界を作ってきたから、その感覚を、逆に積極的に消しているな と思うんだけど、そういう意識がない。ビルの中でずっと仕事をしている 人って、何をやってるんだと思うわけ。 ビルの中に居たらさ、明るさ、 変わらないでしょ。外にいたらどんどん変わるんだ。風が吹き、温度が 変わるでしょ。それ、全部、ないでしょ。徹底的に「違い」をなくして いるんですよ。感覚の全部、消している。同じってものを突詰めていくと、 それは頭の中にしかなくて、そこから何が出てくるかっていうと、やはり 同じもの。コピーが出てくる。世界をコピーで埋め尽くそうってのが、我々 現代人がやってること。コンピューターの中身も、スマフォも、全部コピー。 それを効率的、経済的、合理的だって、それをやっている内に、フッと 気づくと、「生きているって、どういうことか」っていうことが分からなく なってしまった。一番象徴的なのが、子供が減ってきたこと。 今、ほとんどの日本人が「自分が生きてきた時代よりも悪い時代を生きる」 と思っている。その「悪い」の意味が分からないが、子供はコピーじゃない。 そのクローンを世界中で作っている。 人生は、それぞれ違う。生きるってことは日々、新しいものに出会うこと … 子供たちに差異があるのはよくないって、暗黙に教えてね。 「カケッコで、全員手をつないでゴールイン」になるんじゃないですか。 南伸坊: 以前から「本人術」っての知ってたけど、最初は自分でも面白かった。 面白いからやっていた。でも、何で面白いか本当のところわからなくなって いたんですよ。 ≫ <『超老人の壁』養老孟司;南伸坊 対談> ◇「本人術」とは(南伸坊)… 【昔から「ヒトの身になって」考えよという。私は文字通り「ヒトの身」に なってみようと思った。それがつまり「本人術」というものだ。私は、さま ざまな本人になってみた。そしてその本人になって文章を書いたのである」
― ▼ 新潟〜長岡間を31年、通勤。毎日のように、その差異を見てきた。 半径500〜2kmの世界。城下町クローンの温みと、歪さが交互した味わいも、 何とも甘じょっぱい味がする。閑居していられるから、冷静にいられるが。 40,50代の20年間、秘・異郷ツアーに行って、生の大自然に接し続け、 ドチラが異常か、ドッチの異常を確認してきた。コピーが悪いのではない、 コピーそのままを鵜呑みで受入れる事が悪いのである。「違い」を容認し、 違う切口を合せ鏡をして、自分の違いを認識することが重要。 出身校の和同の精神、「和して同ぜず」である。地元に沈潜すると、 「和して同じてしまう」。 何処の世界も、異郷であり、そこが世界の中心地である。 そう中心は、 「いま、ここ、わたし」である。ならば、全てが差異であることが分かる。
ああ、そういえば、今日は母親の誕生日ですか! 私にとって最良の両親だった! 誰もが、そう? いや、捻じれたのも多いか?
・・・・・・ 6038,閑話小題 〜シネマ観賞評 2017年09月24日(日) * 『三度目の殺人』 〜シネマ・評 ≪ それはありふれた裁判のはずだった。殺人の前科がある三隅が、解雇された 工場の社長を殺し、火をつけた容疑で起訴された。犯行も自供し死刑は確実。 しかし、弁護を担当することになった重盛は、なんとか無期懲役に持ち込むため 調査を始める。何かがおかしい。調査を進めるにつれ、重盛の中で違和感が生れる。 なぜ殺したのか? 本当に彼が殺したのか? 得体の知れない三隅の闇に呑み込ま れていく重盛。 弁護に必ずしも真実は必要ない。そう信じていた弁護士が、 初めて心の底から知りたいと願う。その先に待ち受ける慟哭の真実とは?≫ ― ▼ 前半は淡々と物語が進行するが、途中から、殺された社長の不正と娘との 関係が暴かれていく。同じ年頃の娘を持つ犯人が、それを察知し… 評決直前、 その娘が、弁護士に告白するが、裁判長、検察は、今さらと取り合わない。 容疑者は、当初から母親の殺人依頼というが、誰も受け入れてもらえない。 三度目の殺人とは、裁判関係者による死刑判決を「三度目の殺人」と簡潔に表現 したもの。 娘が嘯く、『関係者は誰も真実を述べてない!』 の言葉が重い。 72年近くの人生で実感じたことは、この言葉。社会、いや娑婆とは、左程の世界。 なら、閑静の世界=「読書、ネット空間、映画鑑賞、旅行の世界などに浸して、 隔離した孤高の時間」を持たなければ… 周囲からすれば『大変な奴』だろうが。
* 母親の命日に 母の命日だ。老いれば老いるほど、両親に感謝の念が深くなる。 毎年、供養で色いろ書いてきたが、様ざまな人生体験をしてきたが、両親の後姿を 見てきたため、どれもこれも、深刻に考えず何とか乗越えてきた。さて、墓参りだ! 振返ると、11回も母親について書いてあるが、成るほど、「書くことの秘儀」を 実感する。 両親から受け継いだ愛情は魂の継承になる。 <楽しみ方が足りない、もっともっと楽しめ、それが御前の務め!>と、 仏壇から地鳴りの様に響いてきた。実際、楽しみが少ない!さて、何にしようか? ・・・・・・ 5671,閑話小題 〜母親の命日に 2016年09月24日(土) * 今日は、母親の20回忌。 昨年の母親の命日には、それまで書いてきた母親について纏めてあった。 10数年、毎日、書き続けてきた過去からの贈り物である。自画自賛になるが、 もし子供に、亡くなって20年近く後に、このように想い出してもらえたら、 幸せだろうに。 末っ子で特別視された恩返しと考えれば当然だが。 親子の関係は、特に父親との関係は、シックリいかない永遠のテーマ。 順調にエリートコース?を歩いてきた知人が、ある時、深刻そうに、 『何か私は、父親に愛されなかったような気がする。』と、話してくれた。 最近、特に思うのは、『人格の背骨は、両親の愛情で作られている』である。 末っ子は末っ子で、兄・姉から軽く扱われ虐められ、大変だったが、両親からは、 「特別扱いされ、何があっても守られ、許される」という妙な甘い意識があった。 父親が亡くなってから、複雑な家族環境のため、「独り立ち」が、否応なく 求められた。そこから、両親から受けた愛情と精神の背骨を感じるようになった。 次々に立ち塞がる難問に、「父なら如何しただろう?」の自問自答で湧き上る 知恵に大いに援けられた。その上、同居の老いた母親の温みが直に伝わっていた。 追)去年、母親について書いた文章を纏めたが、もし、それをしてなかったら、 昨日、一昨日、時間をかけて同じことをしていたはず。私は去年も、今年も 同じ私である。母は父と伴に、戦前、戦中、戦後を生き抜いてきた。 常に何かを目指し努力をしていた後ろ姿を垣間見えていた。会社清算の痛みも、 「痛、痒い!」と思えるのも、万一の備えの上に、両親の修羅場を見ていたため。 70年の人生を振返ると、両親の懐で、面白、可笑しく、生きてきたと実感する。 父の口癖、「死んでしまえば、それまでよ!」では、決してない。死んだ後にも、 背骨として子供たちの中に生き続けている。ところで私は 子供に対し、両親の ように膨大な愛情を与えてきたのだろうか? それにしても、甘さ丸出しで、 ネホリハホリ書いたもの。
・・・・・・ 5306,閑話小題 〜今日は母親の命日 2015年09月24日(木) * 今日は母親の命日 今日は母親の命日、19回忌になる。早いものである。 ほぼ毎年、父の命日には思い出などを取り上げるが、振返って調べると、 母の命日には、時どきしかなかった。しかし、その前後に夢に必ずといって いいほど出てくる。昨日の朝方も、夢に出てきた。寝室の二つの ベッドが、廊下をおいた差向かえにある仏間に移動してあって、寝室には 一つだけ母のベッドが置いてある。その枕元には文庫本が一冊あり、何かの 読書指導書。さすがと思ったところで目が覚めた。 また今朝方も極楽にいるような夢をみた。 《自宅の1Fの勝手口の前に、花園に色々の種類の花が咲乱れている。 そこに様々な小鳥や鳩の大きさの鳥が次々やってくる。そこで、デジカメで、 写真を撮るが、いつの間にか、その花園の赤い花が、周囲に広がっている。 鳥と花の兼合いが、何とも美しくて写真を撮ることを忘れて見入っている。》 これを書いていて、この夢が実は母親の贈りものでは?と、思いついた。 この随想日記から、母について書いていた文章を内部検索で調べると、 以下の内容が出てきた。書くこと、書き残こして外部化しておくことは、 心の、想いの刻印になる。 燃焼しきった人生は、奥行きが深い。 極楽の景色を、母に鮮明に見せて貰ったことになる。毎日、世界の絶景を ブログに乗せているが、極楽的光景を連日、目にしている背景があるようだ。 さて、ポタリングをして、母の墓参りだ。 ――――― 4200, 閑話小題 −スマート家電 2012年09月25日(火) * 母の命日 昨日は母親の16回目の命日。亡くなって、16年経つ。 やはり、その年月は長い。今でも2〜3ヶ月に一度は、母の夢をみる。 先日、倉庫で母親のアルバムを見つけた。四人姉妹の末娘の姉と、旅行先で 当時の映画俳優と記念写真を撮っていた。戦後、戦中、戦後という激動の中に 生きてきた逞しさがあった。当時の男も女も皆そうだったが、平時の数倍の 人生を生きてきた。私の知恵は、こと何かあると両親に語りかけることから 生まれることが多い。夜半に問題を語りかけると、思いもよらない答えが出る。 読書は著者との対話でもある。愛読書を読み返すとは、最も信頼する著者の魂 と対話していることになる。両親は、自分の限界であり、かつ土台である。 両親は、私にとって限りなく純粋で愛情の塊のような人だった。 独り何かを求め続ける、これが両親から学んだこと。 * スマート家電 ( ・・略 ) ・・・・・・ 2007/04/24 2212, 宇宙的自己?が語りかけてきた? (。・8・。)ノ おはよう! *一昨日の朝方の夢 10年近く前に亡くなった母の夢を時々みるが、一昨日の夢が不思議な夢。 晩年の母は5年半ほど痴呆症だったが、夢の中の母は平常の状態。 不思議に思い、「如何したら呆けないでいられるのか?」と聞いたら、 「何を経験しても、その都度ごとに文脈としてまとめることよ、 また、一つ一つの要素をキッチリと言葉にしておくことよ。」 と諭すように答えた。そして、家の宝として、小さな仏像を5~6個持ってきた。 さらに家にある大きな封書を持ってきた。神聖な昔から家にある「書置き」の ようだ。そこで目が覚めた。普段の自分の世界から一歩抜け出た不思議が感覚。 ‘遥か遠い向こうの世界からの魂の呼びかけ’のような、‘宇宙的自己と しての母の自己が、地上の私に直に語りかけてきている’ようであった。 現に毎晩、私が寝ているところが、母が30年以上寝ていた処である。
「魂とは何なのだろうか?」不思議で不思議で仕方がない。 誰もが持っている、不死の何かなのだろうか? あの夢に出てきた母とは誰なのだろうか? 自己の創り出した(記憶の底から出てきた)母のイメージだろう。 夢も考えてみたら不思議である。 犬も夢をみるというが、自分の無意識がつくり上げた物語である。 以前は不思議な夢を多くみたが、最近はめっきり少なくなった。 モーニング・ページに起きざまにみたばかりの夢の内容を書いている。 そのまま、大学ノートに書きなぐるが、生々しい夢を書くのも面白い ものである。モーニング・ページの大きなコーナーになっている。 内容は他愛もないが、それでも時どきハッとするような深い内容がある。 夢と魂とは何か結びついているんじゃないのか?と時どき思う。 それも身近な母や父などの夢は、特に!
ところで母が持ってきた、あの封書の中味は何だったのだろう? 母の残した、「詩」だろうか?それとも家を守りなさいというサイン? あのイメージは、家筋としての記録である。 家系としての筋道? 胡散臭いが! ホンジャ (~▽~*)/ ・・・・・・ 2006/09/24 2000, 継父 (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜 今日は母の命日で、亡くなってまる十年経った。 この随想日記2000回と重なるところが不思議である。 早かったのか遅かったのかというと、大昔のような気がする。 5年半の間、痴呆症になっていたが死に際の入院までオシメをする ことがなかった。痴呆症を切れ掛かった蛍光灯に例えると分かりやすい。 始めは時々切れてはつくが、その回数が増えてくる。 マダラボケがジワジワと悪化すると被害妄想や、抑えていた 悪口・陰口が始まる。心が腐っていくのが手に取るように解る。
マダラボケは一緒に生活をいていると疲れるものである。 亡くなって一月後に、 「人様はなんて楽な日常を過ごしているのだろう!」と、驚いた。
両親の一生をみると、人生の深さを思い知る。戦争は全ての 国民に深い傷と重石を担がせる。第二次大戦直後に生まれたが、 あと十数年早く生まれていたら戦争にとられて・・
ところで母の命日なので供養として、 母の幼少時の、絵に描いたような地獄絵の世界を話してみよう。 そして、それが長男・次男の死の間接的な死の原因になってしまう。 この話を故人になったが教育学者の森信三さんが間接的に聞いて、 「自分の主催している会で話して欲しい」と依頼があったが、 断ってしまった。20年前で母が生存中なことと、それを多くの セレブの前で話すには自分が出来てなかった。 その時、是非話しておけばと悔いが残っている。
母が幼児の頃、父親が母の兄と姉を残して亡くなってしまった。 (奇しくも昨日 WOWOWで「世界で不幸な物語」という映画を観た。 3人の資産家の孤児が、里親に命を狙われ転々とする筋書きであった) 家が商売をしていたので残った祖母は男後家をもらうしかなった。 そして祖母と男後家との間に4人の子供が生まれた。 そこで何が起こるだろうか?この設定は、言わずもがなの結果になる。 義父による実子との差別と、徹底的な虐めである。 3人の末であった母に、特に虐めがいったという。 それが母のトラウマになってしまった。 ーつづく さて墓参りだ! ーー 書いた後に気がついたことだが、 ほぼ同じ文章を、2年前に書いていた。(後にコピー) 次回は更に深く母の一生を掘り下げて書いてみよう。 (。・ω・)ノ☆゜+.バイ! ・・・・・・ 2004/09/25 1271, 母が亡くなって、まる八年!ー2 十数年前のこと、新潟に有名な教育者が講演に来た。その夜、勉強会の 「新潟木鶏クラブ」で、彼を囲んだ座談会を開いて話を聞いた。 そしてそのままホテルに泊まってもらった。 翌朝お礼を兼ねて、弥彦の良寛で有名な「五合庵」などを車で案内をした。 二人きりの車の中、4時間位話をする機会になった。 そして直に旧知の友のようになった。知らないうちに、昨日書いた 母の生い立ちと、それゆえの不幸の出来事の話と、不条理の話に及んだ。 本人も、思いもよらない「五合庵」の散策と、新潟の田舎の風情を楽しんで いたようであった。 それから2ヵ月後、本人から連絡が入った。 「先日のお母さんの話」を、森信三さんに話したところ 「すごい内容だ。是非うちで開いている勉強会で話してくれないか」 と依頼されたという。
いま考えたら、そこにいって話をすべきであった。 「自分の話ならするが、母の話なので、勘弁して欲しい」と断ってしまった。 こういう機会でなければ、森信三という戦後日本最大の教育者とは、会う機会 がなかったのに、本当に惜しいことをした。また、そこに聞きに来ている人は ふだん会えない、凄い人ばかりのはずである。 後悔あとに立たずである。 森信三氏も似たようなことがあったというが。それから数年後の1992年に、 森信三氏は亡くなったのだ。本当にバカのことをしたものだ。
話は元に戻るが、母の7人の兄弟・姉妹のうち、母の実父の上・三人は 幸せな人生をおくり、下4人は?? ー 幸せ不幸は、本人が決めることであるが。 「事実は小説より奇なり」というが、母方の姉妹をみていると軽く一冊の 小説になる。一人一人の一生は深く重いものである。 ・・・・・ 2004/09/24 1270, 母が亡くなって、まる八年!ー命日に,母の魂に捧げる
今日の9月24日が母の命日。まる八年経った。遠い昔のような気がする。 今でも夢に出てくるが、その頻度は少なってきている。母の優しさは、誰に とっても共通である。父の真の厳しさと、母の優しさの深さを知るのは、 自分がその年齢になって初めて解るものだ。
世界広しといえども、母は一人である。そして、ただ無条件で愛して くれたのは両親だけである。親の愛こそ、神の愛に勝るものである。 真実の愛は、親の愛がその原点にある。
愛は力である。内面の強さは突詰めてみると、親の愛が基盤になっている。 キリストの愛も、最後まで見守っていてくれた母マリアの愛の反映である。
人間形成は、10歳までの家庭構造とそれを取り巻く環境ー条件で ほぼ決まってしまうが、その中で母の役割は非常に大きい。
ー命日ということで、母のことを少し話してみる。 母は特異な家庭環境の下で育った。兄一人、姉一人の三番目に生まれた 二年後に、実父が亡くなってしまった。そこで祖母は、(後妻でなく) 後夫をもらった。(要するに男後家)
その後、後夫の子供が4人生まれた。 後夫は当然のことながら、前夫の子供を徹底的に苛めた。 特に一番幼い母が、その対象になった。 祖母は後夫の手前、守ることも、直接的な愛情を注ぐことができなかった。
そのトラウマが母の一生を通してついてまわった。 子供に対する扱い方(直接的愛情のかけ方)を全く知らなかった。 ただ厳しく当たることしか自分の体験がなかった。
それが長兄、次兄が不幸を向かえるキッカケとなってしまった。 その結果、重度のノイローゼになった。私が7〜10歳の時である。 立ち上がるのに5年もかかった。その時、心臓が四分の一壊死してしまった。 (亡くなった直後の解剖で判明) そういえば、私も子供を抱きしめる ということは一切しなかった。その苦悩・苦痛の中から、神様のような 優しさを持つようになった。そして強さも。
その環境の中で育った兄姉は、それぞれが何らかの神経症が残った。 私が癒し系の話題が多いのも、その神経症系を乗りこえるプロセスで 多くの本を読んだからだ。いやそれより、面白いこともあったが。 どの家庭も、色いろな事情はあるものだが。 特に、戦争下を通り抜けてきた世代には。 さあ墓参りだ! 23日6時半ー記
|
|
|
| 6402,ロバート・グリーンの「マスタリー」 〜1 |
|
|
2018年09月23日(日)
<『マスタリー』 ロバート・グリーン著> * 天才の育て方 イチロウ、大谷選手、将棋の藤井聡太などにはマスタリーという親が存在して いて、幼児の頃から、この本のような基礎教育を施してきたはず。その意味で 教育ママ・パパの手引書でもある。彼らほどの天才は無理としても、親として、 子供に対して、あるいは自己マスタリーが可能というのが、言わんとするところ。 としても、非常に難しい問題を含む。 中学の担任の悩み、<両親とも教師で、 定年を向かえても、共に90歳過ぎで矍鑠。両親に同じ道を歩くように誘導され… 『これでは自分の人生が無かった!』>という深い苦悩を聞かされた。初老性 欝病の典型だが… 天才音楽家とうたわれているモーツアルト。 <オーストリアのザルツブルクに生まれる。父は宮廷音楽家のレオポルト・ モーツァルト。幼いころから才覚を現し神童と称され、4歳でグラビィーア (ピアノの前身)を習い始めると、5歳の頃には小品を作曲するようになり、 父レオポルトも自分の教育だけでは不足と感じてか、ヨーロッパ各地に演奏旅行 に連れていきました。 実に人生の3分の1の期間におよんだ旅の中で、次々と 新しい作風を取り入れていき、交響曲、協奏曲、室内楽、ピアノ曲、オペラなど あらゆる分野に傑作を残した。> 彼も父親の天才教育のベースがあった。 それらを分析し、教育プログラムにしてプロセスを踏めば、天才に… ーAmazonの内容より 人生でなすべきことを見つけ、経験を積み、仕事と生き方に熟達した“究極の境地 (マスタリー)”に到達する ―ひと握りの天才にしか達成できないと思われがちな そのような成功には、じつは誰にでも実践可能な方法がある。 平凡な私たちが、 自分の人生をより良く生きるために、“熟達・精通の状態”を少しでも長く維持し、 自在にコントロールして、“人生の主人公になる”ための方法が示される。 ー ートップカスタマーレビュー ● 黒子: 5つ星のうち5.0 学生時代に何か特別な職業に就きたかったが、その方法が分からなかったと 言う人も多いと思う。オートバイのレーサー、戦闘機のパイロット、船舶の設計、 テレビのレポーターなど、心引かれる物があったが、その道筋が学校と家庭生活 では全く手掛かりが掴めず、自動的に進学し就職したケースが大勢であったので はないかと思う。本書は、あこがれの職業・専門知識で才能を開花させたい人に、 その可能性を広る基本的な手順や考え方を説明している。天職発見の可能性を示し、 また興味の対象に対する能力の伸ばし方を、アインシュタインやキーツなど先人 の実例を挙げながら語っている。また、能力の開発は本人の努力だけでは効率的 ではなく、取り巻く環境やメンターの係わり方とかも説明している。高校時代に 読みたかった本である。憧れを現実にできる可能性を高めてくれる本。
―― ▼ 分類される直前の小・中学の最終年のメンバーをみると、両親、特に母親の 存在が 見え隠れする。成績下位組を新めてみると、継母だったり、戦災孤児の 養子や、○○の養女だったり、水商売の子供だったり。家庭環境の決して良くない 人は、成績も悪く、その後の人生も恵まれてなかった。逆に成績上位の人は、性格 が穏やかで、真面目で、独りの世界を持っており、それは家庭環境から生じていた。 さすがに天才は存在してなかったが、それでも一応は、秀才?コースの人生。 何が幸せかは別として、それぞれの親が子供に対し <人生でなすべきことを見つけさせ、それぞれの経験を積み、仕事と生き方に熟達 した“究極の境地(マスタリー)”に到達するよう指導していた> 存在があった。 人生の質は、両親の質で既に決まっていた。 それも、所詮は砂利と同じ。 それぞれの条件、環境下で楽しめば同じこと。朝起きて「さて何を愉しもうか?」と 呟き、就寝時に「ああ良かった、楽しかった!」と安らかに思えれば、それで充分。 そう言わしめるのは、晩年なればこそ、言えることですか! ということは、 晩年の口癖に「ああ、良かった!面白かった!」を擦込めば良いということですか。
・・・・・・ 4198, 閑話小題 ーとある話 2012年09月23日(日) * ランチの席で漏れ聞こえてきた、とある話 一昨日の長岡駅裏の居酒屋で、一人でランチを食べている時に聞こえた話。 至近距離の六階にあるスポーツジムの帰りらしい6人連れの中年女性。 ある女性Aから・・・ A:「ねえ最近聞いた話だけど、都会のチョットした家には2千万も 預金があるというけど、どうなの?」 B:「そんなに持っているの? うちなど遥かに及ばないわ!」 A:「Cさんは、ご主人がお医者さんだから、あるわよね?」 C:「そんなにあるわけないでしょ! 家のローンが残っていて、 あれば、そっちに向けてるわよ!」 A:「Dさんはどう?」 少し考え込んでいた彼女 D:「それって一人あたりの金額のこと?」 その一言で、その場がシラー。 その強力なボケをかましてしまった本人、悪気はなかったようだが横で 聞いていて、その場に飲み込まれてしまった。一年ほど前に、この随想日記で 一世帯の預金高について書いたが、平均預金1150万を 鮮明に記憶している。 ーそこでHP内検索で改めて調べてみると・・ ≪・一世帯平均平均1150万。人々の実感に近い中央値 (答えた世帯の中間の値)は前年500万より80万円少ない420万円。 ・一億以上の預金を持つ人は108万人(総世帯4700万ですから全体の2.3%)。 ー40世帯に一世帯になる。 ・都会サラリーマンの65歳の年金者の平均値は2500万の貯金を持ち、夫婦で 月額30万円の年金収入があり、30%を預金にまわす。貯蓄残高が1年前に比べ 「減った」世帯は40%で、「増えた」世帯(21%)の2倍近い。 ・預金ゼロ世帯が何と28・6%と約3割近い。ローン残高を差し引いたら 0の人を加えたら、過半数を超える。 【 金融広報中央委員会が22日発表 した2011年の「家計の金融行動に関する世論調査」による】 ≫ ▼ 実家で親と同居し、それを引き継いだサラリーマン以外なら、子供を 育てあげ家のローンを払い続ければ、貯金と借金で、差し引きゼロだろう。 平日にスポーツセンターに行き、ランチをするというだけで、収入が中の上以上 クラス。更に言葉のニュアンスと服装からして、地方では上クラス。 推測すると三人が預金が一千万辺りで、ボケをかました奥様は5千万以上。 日替わりランチを食べながら耳を逆立て聞いている私は、シャーロックきどり の馬鹿そのもの。ところで少ない私の知人の中で、数人は一億以上を持っている。 (本人から聞いてみた)それが身体全体から滲み出ている。それ以上に、 使い方が実に巧い。だから金の方から近づいてくる。 使い方は巧いが貯め方 イマイチの人なら幾らでもいる。いや逆が多い? 何は使える時に使うもの! 森林から出て世界を振り返ると違ってみえてくる。サバンナには味がある。
・・・・・・ 5670,【賢者の言葉】�ぁ 船轡隋璽鵝Ε好謄�ーブンソンの言葉 ーD 2016年09月23日(金) * 自分の才能を発揮する6つのレッスン ショーン・スティーブンソンは、 『自分の限界を超えてさらに前進するにはどうすればよいか、自分に与えられた 才能を存分に発揮して人々と分ち合うには何をすればよいか』の6つの方法を説く。 ≪ 1:心を通わせる 人とだけでなく自分自身とも心を通わせる。恥ずかしいという気持ちは、 自分自身のことを考え始めた瞬間にわいてくる。周りの人に手を差し伸べよう として無私無欲で考えたり行動したりし始めると、恥ずかしさは消えていく。 ☆ ブログを書き続けていると、以前の自分に同調したり、逆に間違った考え だったことに気づき反省させられることが多い。それ自体が自分に心を通わ せる行為になる。心を通わせるには言葉と握手などボディタッチが有効。 ―― 2:自分に対する言葉に注意する 優しい言葉は人を素敵な気分にすることができる。人を傷つける言葉は害を 及ぼす。想像してみるといい。毎日ずっと毒のある言葉ばかりを浴びていたら、 いつか病気になってしまうだろう。 ☆ ブログは、何を書いても、自慢話に陥るのは否めない。 だから自嘲気味に書いて丁度よい。人の考える7割がマイナスのこと。 だが、せめて自分にはプラスの言葉を投げかけないと。 ―― 3:身体で自信を表現する 心と身体は別々の存在だと思われているかも知れない。でも本当は、心と身体 は一体である。身体を変えることによって心の状態も変えることができる。 ☆ 早朝の、信濃川一周の自転車乗りは、土手川原の緑と川面の空気を吸込む ことで、心身とも洗われる。途中、大橋を牽きチャリをしながら、地球の芯と 会話をする。これが気力を充実させる。 球芯が、自分に仮身したような。 ―― 4:意識のフォーカスを定める 自分の望まないもの、自分にはないもの、世の中は不公平だと思うこと、そう いった部分ばかりに意識を向けている人は、その後もずっと悩み苦しんでいる。 ☆ 内語に気をつけなければ。自分を自分で大切にすれば、悩みは半減するはず。 そのために、読書習慣をつくらないと。毎日毎日、マイナス要因を濾さないと! ―― 5:ピットクルー(仲間)は慎重に選ぶ 現状を変えるために何も行動しようとしない人は、その後も何も変わらない。 ☆ 仲間の最たる人は、連れ合い。だから神様は一番、相性の悪いのを選ばせる。 距離を置くため。相性の良いより、悪いほうが、人生、豊かになることが多い? ―― 6:自分の人生は自分で所有する 自分の問題を人のせいにしたり何かのせいにしたりして責任転嫁し、言い訳を 続けている人はどんどん弱くなっていく。 ☆ 「自分の人生とは何ぞや?」という疑問が残るが、「自我を押通した人生」 ということ?「志を持って、突進んだ人生」「自問自答を、独り続けた人生」 「自分の人生で良かったことは、なにひとつ無かった」の愚痴こそ、自分の 人生を自分で所有できなかった有様である。 ▼ 上記の6つのレッスン、毎日、心をこめた日記を書き続ければ、ほぼカバー 出来ること。 「日記御宅も、如何なものか」は、私の自問自答になる! ・・・・・・ 4940,閑話小題 〜昭和33年卒の小学校の同期会 2014年09月23日(火) * 56年前の坂之上小学校の同期会 一昨日は昭和33年卒の坂の上小学校の同期会。会場は長岡の奥座敷 といわる蓬平温泉の「よもやま館」。 前倒しの『古希』の祝いでもある。 出席者が西澤先生をふくめ25名。 前回より数人少なかったが・・ 18時から始まり、21時からは、近くの部屋に移動して二次会が開かれ、 22時に日帰りの数人と、送迎バスで長岡駅東口近くに無事帰ってきた。 その4時間は、タイムマシーンが昭和33年に戻って、大いに盛り上がった会 であった。南は九州、広島、佐渡などから、この会に出席のため、わざわざ 帰ってきた人たちがいた。小学、中学校の集まりは魂の故郷でもある。 10年に一回あるかなしかの会、やはり出席をして良かった。私のクラスの 担任の西澤先生は、来年の9月の27日で米寿というが、健康そのもの。 幾つかの小学校の校長を歴任し、長岡の教育長にもなられた人。 奥さんを10年前に亡くされ、独り暮らし。炊事、洗濯、掃除を全て一人で こなしている。近くに近くの川崎小学校の校長をしている長男が、住んでいる ため、一人暮らしの心配は無いという。ガタがきている私たちとは、出来が 違うようだ。 小学校、中学校、高校、大学の同級会も、今では同期会 にぢしないと、人数が集まらなくなってきた。 ・・・・・・ 5305,全球凍結(スノーボールアース) 〜�� 2015年09月23日(水) 『新潮45ー2015年5月号 〜スノーボールアースについて』 * 穏やかでなかった地球環境 わずか20年前まで、地球は比較的穏やかな、生物が進化するに都合のよい 環境と考えられていた。三度も、地表が凍りついた氷の惑星だった時期がある など想像すらされてなかった。ところが赤道域で、氷河の痕跡が発見された ことで、全球凍結説が出てきた。これで生命が全滅する可能性があったが、 これを乗越えるべく、真核細胞が生まれ出てきた。危機が、革命的進化を 生み出したのである。 ーその辺りからー (『新潮45』、280‐281頁) ≪ ・たけし:そもそも、なぜ全球凍結したかは分かっていないんですか。 ・田近:考え方としては温室効果が急になくなったからと推察できます。 原因としては、火山活動が弱くなったからではないかと私は考えています。 火山から排出される二酸化炭素が少なくなると、(二酸化炭素は温室効果ガス であるので)温室効果が弱まります。その結果、気温が下がって、 地表を覆う氷河の面積が増えていくことになります。 ・たけし:寒くなって氷河が増えると、地球上の白い部分が増えて、ますます 太陽光線を反射していってしまう。 ・田近 そうです。それを惑星アルベド(太陽放射を反射する割合)といいます。 氷で覆われる面積が広がると、惑星アルベドが増加して寒くなり、さらに氷の 面積が増えて…と、正のフィードバックが起き、全球凍結に至ったと考えられる。 氷河堆積物を調べていくと、約二十二億年前と、約七億年前、約六億五千万年 前の三回、全球凍結が起きていた証拠が発見されています。 ・たけし では、少なくとも三回、地球は氷の星だった可能性があるわけですね。 ・田近:そうです。ただ、この説には、地球が全て凍りついてしまうと、全ての 生物が消滅してしまわないかという疑問が生じました。そうしたら、私たちも 存在しないことになってしまうので、そんなことはありえないというわけです。 研究者のイメージの中では、地球は金星や火星といった他の惑星とは違って、 今のような穏やかな環境がずっと維持されてきたと思われてきました。 ですから、海の水が全て蒸発してしまうとか、全て凍ってしまうとか、 そんな極端なことは地球では起こらなかったと信じられていました。 スノーボールアース仮説は、これまでの考えを覆す説だったので、 学界からの反発も大きかったんです。 ・たけし:地動説を唱えたガリレオみたいなものですね。 ・田近 私が学生の頃、そんな説はもちろんありませんでした。 地球は穏やかな環境が続いてきたのだと考えられていました。 それが何故なのかが、実は私の研究テーマだったんです。 ・たけし: まったく今とは逆の研究だったんですね。 ・田近: 気候が変動することは、誰もが知っています。しかし、それは 小さな変動だから、私たちは生きていけるわけです。しかし、大きな変動が 起こったら、生きていけないですよね。では、どうして地球上で大きな変動が 起こらないのか。「それを説明しなさい」と言われたら、誰も説明できない。 ですから、それを解き明かそうとしていました。 ・たけし:その穏やかな環境で、生命は進化してきたと考えられてたわけ。 ・田近:そうです。だからこそ、スノーボールアース仮説は、それまでの 考えを覆すような説でした。科学では、こうした考え方が大きく転換する ことが時々あります。八〇年代に、恐竜が絶滅したのは、地球と小惑星の 衝突が原因だと提唱されましたが、あれも当初、相当な反発がありました。 今でこそ定説ですが、当時はそんな天変地異で恐竜の絶滅を説明するのは、 とんでもないという意見が根強くありました。・・・≫ ▼ ネット上で、氷河時代の迷い石の写真の幾つかをみつけヤフーのブログに 掲載したが、その多くは二万年前の氷河期のもの。どれが20億年、7億年 前のものか、私には分からないが、自然の力のなせるわざ。現在の海の深さが 平均四千m弱と富士山と同じ位だが、当時と現在は違うとしても、その大部分 が凍り付いたという。しかしアイスランドのように、北極でも、火山で地熱が あって温泉が沸いている場所もある。また、海底でも地熱で細菌が生きていた 可能性があったから現在の我々が存在している。面白い惑星に生まれたもの。 この地球の旅で、多くの知識を得て、面白い経験をさせて貰った。 現世のことも大切だが、宇宙からの逆照射の視線も必要である。
6037,閑話小題 〜今度は携帯とタブレットが… 2017年09月23日(土) * 6年前のタブレットが 6年使用してきたタブレットPCが不調。またガラケイの携帯電話も、リタイア もあって使用頻度が激減。しかしiPadはパソコンがあるので別に必要が無いが、 これまで非常に重宝してきた。スマートフォンもデジカメ機能など新しいアプリ も気になる。そこで一昨日、ドコモショップに、昨日は PCデポ で事情を話し、 説明を受けてきた。ドコモで、iPadの新機種と、ガラケイ二台のiPhoneの買替え の見積もりをしたところ、2台分で、月額8千〜1万円もコストがアップとの結果。 以前なら迷わず切替えたが、年金暮しもあり躊躇した。ならば現状のままか、 中古か、他メーカーで探すしかないと PCデポで、他の可能性を聞いてみた… 当然だが、コストそのままに正比例して値段が設定されている。WiFiの環境 があるので、中古iPadか、格安の他メーカー? 今さらだが、「年金暮しは、 こういうことか」と。 他に朝鮮情勢もある。購買意欲が明らかに減少する。 身軽で、気楽な身分としても、これは危ない! ― * 第二次朝鮮戦争の可能性は? ここまでいうか、やるかの御二人のやりとり、品位も何もありはしない。 こんどの締付けは、北にとって厳しいはず。ファジーなテロを仕掛けてくる 可能性がある。 私がアメリカのトップブレーンと仮説した脳で考えると、 <数百万?の死傷者も致し方ない! クリントン政権時の危機の時に数十万の 犠牲者で、処理をしておくべきだった。その先延ばしの結果が、これなら。 当然、ロシアのプーチンの思惑通りとしてもだ。> 安倍首相には、その時期が知らされてはないが、10月中は無いが、自民党不利 なら、選挙戦最中にやるだろう。アメリカには安定した安倍政権が必要条件。 韓国では、57%の国民が「開戦無し」と見ているようだが、「狼少年化?」。 やはり、注意しておかなければならない異常事態。「韓国のソウルが危ないが、 日本も同じくらい危ない。」が、現実。 … 「東京オリンピック開催確率」の数値を問うことは、絶対にタブー?
|
|
|
|
2018年09月22日(土)
『頭のよさはノートで決まる』斎藤孝 * ノート術ですか 自己啓発本といえば日本では斎藤孝になる。 特にノート術に関しては 第一人者のようだが… 大学ノート術を中学校時代に身に付けていたら、 人生は、更に開けていただろうに。 卒業前後に己の浅学に気づき、 緑の原野(現場フィールド)の記録をカード化して残そうとした。その進化 したのが、このブログ。 炎上を考えて原始的?個人HPと両立し運営しているが、 圧倒的(20対1)にブログの方が多い。 テーマ探しと選定を入れると、ゆうに 1万5千〜2万時間はかけてきた割には、プロの領域にほど遠いが、これは能力 の問題で割切っている。当日分を入れると、18年分の自分の魂(全エネルギー を投入した意味で)にで会えるのと、HP内検索で、キーワードで、何時でも、 引張りだせるのが最大の効用になっている。ベースが書斎の机上型パソコン。 サブが、居間のiPad。書いても書いても尽きることはない。 何気なく借りてきた本の「ノート術」が面白い。‘ノートのニックネーム、 ページには日付と、タイトルを’と、本のノート化が良い。 ◇齋藤式ノート術 �,い弔皀痢璽箸魍鵑涼罎砲い譴討�く →常に持ち歩く �⊆�分にフィットするノートを見つける →お気に入りのノートだけ開けやすい ��ノートに名前をつける →名前をつけておけば、常に課題を意識できる(例:おやっとノート、 段取りノート、出世したくなくても出世してしまうノート) �ぅ據璽犬縫織ぅ肇襪鬚弔韻� →タイトルを付けることで、書けるようになる �セ或Д棔璽襯撻鵑鮖箸� →頭に入りやすく、効率もよくなる ��図を描く →話の構造がスッキリして、理解が深まる �Д櫂ぅ鵐箸鬘海弔砲泙箸瓩� →要点を押さえるには3つくらいまでがベスト ��日付を入れる →自分の生きた記録となる ��ノートは1冊にする ��本をノート化する →ノートに移すより、効率的 ー ▼ ノートに関しては、ずぼらもあって、あまり重要視してこなかった。 17年前に、パソコンとネット駆使を目的に個人HP作成をと、近くに出来た PC教室に通いだした。この時から、毎日、一テーマの随想日記が始まった。 それは40年前のカード式日記とカードをホチキスでとめファイル状にして、 面白そうな記事などをに放りこんでいたのと類似していた。 新聞記事や 雑誌の切抜きが、毎日≪ ≫で括ったコピペの内容になる。当時、それを 大きい茶封筒に入れかえていたが、2度と開くことなく… これでは、ゴミ 収集と同じと疑問符を持って止めてしまった。しかし、それだけでも、 7〜8割方は目的を果たしていたことを理解するのに数十年もかかった。 しかし、それがHP内検索で、瞬時、引っ張りだせるのだから。上記の斎藤式 ノート術も、シンプルだが核心をついている。このテーマ日記、ネット上に 公開することで、客観性と、継続、主観の歪みの修正、そして絶対に休ま ない継続性などの狙いがある。 実際のところ、稚拙の脳の公開のマイナーは、想像を絶するほど多いはず。 しかし、せっかく得た獲物(情報・知識)を、公開するのも、ネット上から 得た知識・情報への細やかな返礼と思えば、マイナーなど気にすることもない。 ‘人生と同じ、良いこと3、悪いこと1。しかし、悪い事1には3倍の濃さが 含まれる。’ これ、『脳内整理術』というより、『脳外(化)整理術』?? それとも脳のメビウス化ですか? ライフワークのメビウス化?
・・・・・・ 6036,閑話小題 〜もう衆院選挙! その結果は? 2017年09月22日(金) * 自民党が本当に勝てるの? 前回と同様、任期満了まで1年以上残し衆院を解散するという。 まだ汚職疑惑が生々しく残る中、果たして思惑通りに勝利するのだろうか。 第二次朝鮮戦争勃発の可能性が膨らむ中、そのための体制造りもあるのだろうが。 第二政党の民進党が解体の危機の中でチャンスとみたのだろうが、自民党議員も、 スキャンダルが次々と発覚、そう甘くないはず。大よその開戦時期が知らされて いるなら納得。決断するなら年内。ミサイルを撃ちこむなら、世界最大規模の 柏崎・刈羽原発。とすると他人事ではない。 ところで、暴言で自民党から追放された女子議員。その後の発言からみて、 挫折経験がないのだろう。何が起こってしまったか理解できないようだ。 会社清算の我が立場からして、このブログの公開も止めておくべきだが… この自虐的性格は今さら! 実際のところ、自分のシリアスの視線が我ながら 何とも面白い、そのままを、物語っているのだから。 で、解散の成否より、結果が問題だが、戦後最大の危機の有事の戦争の可能性を 煽った自民党が、何とか勝利をするシナリオに落ち着くのか。〜ネットによると 【 安倍晋三首相が今月下旬召集の臨時国会冒頭を含めた早期の衆院解散に踏み 切るとの見方が政界で広がっている。投開票日は10月22日か29日になる公算だ。 北朝鮮が核実験やミサイル発射など挑発行為を続ける中、内閣支持率が回復した ことや、民進党から離党者が相次ぐなど野党が混乱していることが背景にある。 読売新聞が9月8日から10日にかけて行った世論調査では、安倍内閣の支持率は 50%と前回8月調査の42%から8ポイント上昇した。民進党は臨時党大会で前原 誠司代表が就任したが、その後も笠浩史衆院議員らが離党届を提出。東京都の 小池百合子知事に近い若狭勝衆院議員らが結成予定の新党もメンバーがまだ確定 していない。 ー政治評論家の有馬晴海氏は、 <安倍首相が28日に予定されている国会召集日に解散に踏み切ると予想し、 衆院選で「与党で3分2の勢力を失っても、過半数を取ってしのげれば、安倍 首相が来年の総裁選で再選する道も開ける」と分析。 また北朝鮮情勢は 「秋以降の方がより激化する可能性もある」とし、内閣支持率が回復傾向にある ことも考えると「解散するのは今しかない」との見方を示した。】 ― ▼ 北朝鮮にとって、日本に何かを仕掛けるチャンスにもなるため、非常に危険 な状態でもある。問題は、小池知事が、知事の座を投げ打って新党をつくるか どうか? 資金や人材からして、どうだろう? もう一人のキーマンの小沢一郎 が、どう動くかも注目される。いずれの党にとっても、修羅場になる選挙。 資金、票集めなど、政治家は尋常な神経ではなれない職業。 選挙で勝つための「地盤」「看板」「鞄」の3バンが潤沢でなければ、一朝一夕 では成りえない職業。間違ってなるのもいるが、直ぐにボロが出るからシリアス。
・・・・・・ 5669,閑話小題 〜マイナスが大きいほどプラスも大きくなる! 2016年09月22日(木) <「20歳からの人生の考え方」外山滋比古著> * マイナスが大きいほどプラスも大きくなる! 何気なく、目を通していたら、このテーマがあった。以前のテーマに した、<幸福の状態は、マイナス1対プラス3の状態>があった。 「マイナス1をカバーするには、三倍のプラスを集めるエネルギーを要する」 ということ。それ自体が、プラスの幸福をもたらす。だから好きになるまで、 徹するしかない。 この言葉を、ネット検索すると、以下の内容があった。 《 アランの言葉に、『すべてのマイナスと見える出来事は、 「縦線、つまり気づきへと至る 垂直の動きを待っている」』がある。 換言すると、マイナスが大きいほど、気づきもプラス も大きくなる。 『どんな、ささいなことでも、悩みがあるのは誰だって苦しいもの。 悩みや挫折がない人生が、いい人生と考えるのは大きな間違いです。 悩みがあることはかえって、それをバネにして成長するチャンスで、 まずは、自分の頭で、徹底的に、次の行動を、考えることが大切です! それができれば、他人のアドバイスに素直に耳を傾けられるし、マイナス が大きければ大きいほど、次にやってくるプラスも大きくなるのです。』、 「人生はプラスとマイナスの交錯であり、 マイナス先行の方ががよい」 との人生観を説いている。 》 ▼ この道理は、〈人生は、プラスとマイナスの交差であるが、 人はプラスばかり望みたがる。マイナスがあって初めてプラスがある。 しかも、マイナスが先行してないと、不運である。私たちは、それを認めたく ない心情があって、それで不幸になる。楽あれば苦あり、ではなく、苦あれば 楽あり。人間は苦から逃げられないのだから、むしろ、ありがたい先生、 と考えたほうが懸命である。〉に要約できる。 〜いま一つは、 〈無敵大敵 〜人生には敵がつきもの。無敵を謳歌しているものは、 苦難の敵とわたり合う力を身につけないまま、転落する。敵は案外、 味方である。〉 がある。 ここで、「三代目がなぜ失敗するか」を、無敵大敵で説明している。 敵こそが、力をつけてくれるが、三代目は、それがないため失敗をする。 一見、マイナスの敵こそが、自分に力をつけてくれる。欠点こそが長所を カバーする。逆に、信じていた味方に足を救われる。これが世のならい。
・・・・・・ 5304,スノーボールアースについて 〜�� 2015年09月22日(火) 『新潮45ー2015年5月号 〜スノーボールアースについて』 * 赤道域から氷河の名残りが見つかった 二ヶ月前に、NHKスペシャルの再放送「全球凍結〜地球大進化46億年ー� 廖� の感想記を書いた。その詳細が、〜新潮45・2015年5月号〜で、ビートたけし と東大大学院の田近英一の対談『スノーボールアースについて』があった。 再放送の内容は後でコピーするが、これは、その続編のような内容。再放送では、 二度の全球凍結とあったが、実際は三度。この新説が出てから、まだ20年しか 経過してない。 人が地上に生まれてきたことを、地球への旅と譬えると、 地球誕生と、生命、人間の誕生、そして、この地球の全球凍結は、旅人として、 非常に興味を惹きつけられる。 先が見えてきた人生、振り返ると、面白い惑星 での旅路の真只中にいたことになる。 〜その辺りから (『新潮45』279頁) ≪:たけし:宇宙から見た地球は「青い星」というイメージがあるけれど、 ここ二十年ぐらいの研究でかつては「白い星」だったことが分かってきた。 地球全体が氷河で覆われた凍った星で、そんな地球を真っ白な雪玉にたとえて 「スノーボールアース」と言われているんですね。 :たけし: 先生はその分野についての権威ですが、氷河の名残りって意外に 身近なところにあるんですね。ニューヨークのセントラルパークに「迷子石」 というのがある。大きな岩の塊が一つだけポツンとあるので、迷子石と呼ばれて いるのだけど、あれは氷河によって削り取られた岩石が運搬された(氷河堆積物) だという。つまり、セントラルパークは大昔、氷河で覆われていた。 しかし、怪談みたいに、昔は石が勝手に移動してきたと言われていたとか(笑)。 :田近: 昔は多分、なんでそんなところに「迷子になった石」があるのか 分からなかった。地球の歴史を調べてみると氷河期というものがあって、 迷子石が氷河によって運ばれてきたことが明らかになりました。ニューヨークの 迷子石はわりと最近(約2万年前)のものです。ところが、古い時代の氷河堆積物が 当時の赤道域からも見つかるようになりました。これが大きな謎だったのです。 :たけし: 赤道域で氷河堆積物の証拠が見つかった時、カリフォルニア工科 大学のジョセフ・カーシュビンク博士が「そんなことあるはずがない」と、 誤りを証明しようとしたら、逆にその報告を立証する結果が出てしまったという。 :田近: その結果を説明するためには、赤道も氷河に覆われていて地球が全部 凍りついたと考えればいい。これがスノーボールアース(全球凍結)仮説で、 1992年に提唱されました。 :たけし: 間違ったところを検証しようとして、かえって新しい発見に つながっていくのは面白いですね。 :田近: それをどうしてなのかと考え続けたことが偉いのです。そこが境目。 赤道域に氷河堆積物があった事実から、全球凍結の仮説に持っていくのは、 実はかなりの勇気がいる話で、誰にでもできるわけではないと思います。 ≫ ▼ NHKの再放送を見るまでは、全球凍結の言葉さえ知らなかった。 人類は、地球自身も、宇宙も、人間そのものもほとんど分かっていなかった。 ビッグバン理論が、2003年に宇宙観測の結果、確定してから我々の宇宙が、 10の500乗の多宇宙の一つでしかない多宇宙説が出てきた。そして、そこから、 暗黒物質、暗黒エネルギーが、この宇宙にループ上の管を通って供給されて いる説が、有力になっている。地球では、このスノーボールアース説である。 ・・・・・・ 5250,全球凍結 〜地球大進化46億年 ー�� 2015年07月30日(木) ー「地球大進化 第1回 知られざる“生命の星”の秘密」2004年11月22日分ー の再放送を先日見たが、これが、面白い! 〜まず、その内容説明より〜 《 私たちの「母なる地球」は小惑星の衝突・融合で生まれ、海洋蒸発や 全球凍結等の大変動を経てきた「荒ぶる星」だった。40億年前に、微生物で 始まった生命は、大変動を乗り越え、酸素を作り、目に見える大きさにまで進化 してきた。そのたくましさを幅広い取材で描く。》 * 二度の全球凍結 生命が現在に至るまで多くの試練があった。二度の全球凍結と、二度の大爆発。 (二度の大爆発は次回に取上げるが)、初めの全球凍結を乗越えるため、 「真核生物」が生まれでた。その凍りついた氷が解けて、海がうまれ、そこから 生命が進化していった。新しい全球凍結では、「多細胞生物」が生まれた。 何事も、克服できないと思われる困難に自らを劇的に変化させ(進化)、 生命は生延びてきた。 〜その辺りから〜 ≪40億年の生命の歴史のなかで、80%以上の時間、私たちの祖先は微生物の ままだった。では、なぜ大きくなったのか。その謎に迫る「全球凍結」仮説が注目を 集める。全球凍結とは、二度、地球全体が赤道付近も含め完全に氷床に覆われた 状態のこと。その二度というのは、22-24億年前と、6−7億年前のこと。 不思議なことに、どちらの出来事も生物進化の重要な局面と時期的に一致する。 古いほうの全球凍結は、「真核生物」(簡単に言えば細菌以外の生物)の、 新しいほうの全球凍結は、「多細胞生物」の出現と一致するのです。 そして、そのどちらも酸素濃度の急激な上昇が生物進化の鍵を握っていたのでは ないかと考えられています。この二回、地球はすべて凍りついた時に、光合成 による酸素が、空気中のメタンを激減させ、温室効果を低下させたからだ。 しかしこの危機が、長い進化の停滞を打ち破った。全球凍結後、一転して高熱 になった地球では、光合成が活発化し、そこで作られた酸素を利用して、生物は コラーゲンを大量生産するようになったのだ。コラーゲンが細胞の接着剤となり、 生命は大型化を可能にした。≫ ▼ この番組で、科学者は、「地球の生命は、この2度にわたる全球凍結の 大変動がなかったら、今でもバクテリア以上に進化していなかった可能性がある。 動物は現れず、微生物だけの世界になっていたかも知れない」という。 生物黎明の太古の時から、地球は環境大変動システムで、生き延びる生命を 選別してきた。宇宙、地球、大自然、そして生命は、知れば知るほど面白い! ・・・・・・ 4939,「あなたの家の宝物は何ですか」 2014年09月22日(月) * 我家の宝物は私です! 〜『お金の正体』日下公人著より 「あなたの家の宝物は何ですか?」に、「わたしです!」の答えが良い。 何度も書いてきたが、多くの兄姉の末っ子として生まれ、両親、とりわけ 父親に孫のように扱われて、幼児の頃から、法事や外出時には、私を連れ歩く ことが多かった。また、母親も、忙しい商売の最中でも、時々だが寝しなに、 「世界で一番大好き」と抱きしめてくれていた。 その温もりが、人生の修羅場で、自分を大きな支えになっていた。 親に愛された温もりこそ、お宝になる。 ーその辺りからー ≪ 昔、伊藤忠商事の人事部長から、こんな話を聞いたことがあった。 若い女性を採用するとき面接をするが、あらかじめ渡した質問状に 「あなたの家の宝物は何ですか」というのを入れた。そうするとたいていは 「なんでも鑑定団」に出てくるようなものを答えるが、「子供」と書いた女性が いたという。「子供って何ですか? あなたの子供のはずはないでしょう」と 聞と、彼女は「そりゃあそうです、わたしのことです。わたしがわが家の宝です」 と答えた。父親が工場で働いているので、夜遅くまで残業して、疲れて帰って くるが、ときどきは酒を飲んで、酔っ払ってから寝る。 そのときはわたしの 頭をなでて、『わが家の宝は子供だよなあ』と言う。父さんがそう言ってた から、わたしは家が宝だと思っています、と答えた。 人事部長は感激して 採用したが、「はたせるかな、いい女性でした」と語っていた。つまり、かつて の日本では、家族のため、が働く動機の第一で、お金のありがたさは、子供が 育つことにあったのだが、そういう日本がなくなってきて、お金はいったい何を するためのものですか、ということになってしまった。だがふたたび、お金の 背後にある人間の気持ちとか社会とかを考える時代がやってきたと思う。≫ ▼ やはり基本は夫婦仲の温もり。温かい人の根っこが、そこから生まれてくる。 その割には、温みが少ないのは何だろう?終戦直後に生まれて、ドサクサの 生活環境もあったのか? 20〜30人に一人の割合で、その温もりが、そのまま 出ている人がいる。それが品位と重なった時、内なる優しさが熟成される。 「あなたの(家の)お宝は何?」の質問そのものが、お宝。そして、「わたし」 こそが、お宝である。 その「わたし」とは、外界との触媒の中で、 「こころざし」「行蔵」「温もり」「知識」「品性」などから成り立っている。 ということは、子供に、一流の芸術作品、一流の人物、大自然の景観などに シャワーのように浴びさせるのが、親としての勤めになる。それ以前に、 まず自分に対しての勤め。それこそがお宝である。 とすると、やはり家系と、温もりが大事? ・・・・・・
|
|
|
|
2018年09月21日(金)
* 大相撲も終盤に 思わぬ展開…、 白鵬全勝、鶴竜と、大関の豪栄道と高安が二敗、 三敗が稀勢の里とくれば、相撲協会としては願ったり叶ったりの結果。 憎き貴乃花は、平の審判の姿をTVにさらし、公然とした虐めとは幼稚。 モンゴルの二人の横綱と日本人大関は、臆することなく張り手を再開。 大関候補の御嶽海は、中盤で失速。大関とりより勝越しさえ危ぶまれ、 台頭してきた豊山は一勝するのが精一杯。 一年前の貴乃花によるモンゴル横綱支配による、八百長強要事件で日馬富士 追放騒ぎも、今では何事もなかったように無関心。目出度し、目出度しだが…。 これが興業を旨とする、大相撲社会の実態。 とはいえ白鵬の時代は明らかに 終焉。それでも一昨日の大関・高安の一戦でも取りこぼさず勝つから、さすが! ふと気づけば、幕内上位に平成4,5、6年生れが中心に占めてきた。 白鵬と鶴竜には『東京オリンピックで横綱土俵入り』の明確な目標がある。 ところで平成天皇の最後の天覧が今のところない。 まだ生々しい事件から、 一年も経過してない。 来年初場所の中日辺りに、最後の天覧相撲!という 筋書き?… 次の大物の影すら見あたらないのは困ったもの。 ―― * 毎日、テーマを探し、文章化して 一つの習慣になってしまっているが、テーマが定まらないこと屡々。 その中から捻り出してくるところがポイント。記者の視線が17年半の間に 出来てしまったようだ。この記者目線こそ重要のこと。常にテーマという餌を 探っている捕食者の目線。ブログに晒すということは、客観性を意識しなければ ならない。そして、テーマの内容を、まず自身が納得していなければならない。 ネット検索という強い味方が存在している。更に、17年余り書き続けてきた、 蓄積してきた文章の内部検索がある。 要するにテーマの設定と、文章構築を 通した自己対話をしながら内省していることに。絶対否定したくなる自分の行蔵。 それを自己肯定せざるを得ない自分の浅ましさ。それと連日、格闘している姿が 文章の行間から見えてくる。客観性と、主観性も、小さな思い込みと思いつつ。
・・・・・・ 5303,閑話小題 〜白鵬のいない大相撲も悪くない 2015年09月21日(月) * 白鵬のいない大相撲も悪くない 「終わってしまえば、やはり白鵬か!」が、この8年も続いていた。 先場所、白鵬が序盤に敗れたとき、解説の舞の海が『白鵬、弱りましたね!』 の名文句?に反発したのか、最後に何とか優勝をした。優勝インタビューで、 その言葉に反論したが、思い当る節があったから。そして、今場所の初日 からの二連敗と休場で、彼の指摘が正しかった証明になったのも皮肉。 これだけの大記録をつくりあげたのだから、そろそろ限界になって当然。 で、三日目から白鵬が不在だが、先入観の[終わってしまえば、白鵬」が 無くなった分、面白みが出てきた。良く出来たもので、大横綱候補の照の富士 の地固めの場所に? そして半年〜一年遅れで、逸の城が照の富士に追いつく? あとは、遠藤がどうなるか? 毎日、20本の懸賞がつき、あれだけの大歓声が、 相手力士は目の色を変え挑んでくる。その中で、それ相応の相撲を取らないと 勝てないため、自然と力と勝負勘がついてくる。それ故に潰される可能性も 大だが、過っての千代の富士のような相撲力と花がある。少なくとも大関の 可能性はある。一連の不祥事から、危機感を持った力士の真剣度が観客を 呼寄せている。後は、日本人の大力士が望まれるが、どうだろう? * 終活の時節に入ったが・・ 実兄・実姉、私の合計9人きょうだいのうち、4人が既に亡くなった。 末っ子の私が、あと数ヶ月で70歳なら当然だろうが、生存している5人と、 その連れあいの平均年齢も80歳近い。 先日、10数年前に亡く なった一番上の姉の連れあいの葬式に参席したが、何か寒々としてきた。 寝たきり、痴呆なども他人事でない。 身辺整理も4年前の会社整理で、 大部分が終わってはいるが。14年半にわたって、言い残したいことは、 ここで書いてきたし、死に関する知識も積んできたし、諦念も、ある程度は 出来ている? 良いにつけ、悪いにつけ、時代の激変を目の当たり出来た ことと、世界の隅ずみの光景を見ることが出来たことも、幸運だったと、 いえることが有難い。としても、まだまだ見たりない、味わいたりないこと ばかり。「前向きに、貪欲に未知を求める」が、現在の活きる道しるべか。
・・・・・・ 4938,閑話小題 ー節目年齢の呼称と、厄年 2014年09月21日(日) * 長寿年齢の呼称と、厄年 〜還暦は満年齢、その他は数え年〜 先年、還暦が終わったと思ったら、あと半年で古希になる。色いろあったが、 アッという間である。ここまで生きてこられたことに我ながら驚いている。 同期の男の4人に1人の割で亡くなっている。これが10年後には2人に1人の割りに。 もう、何時お迎えがきても、死に時と割切るしかない。 ーそこで長寿年齢の呼称を調べると 60才 還暦(かんれき)60年で十二支の組み合わせが一回りすることから。 70才 古稀(こき) 唐の詩人、杜甫の詩「人生七十古来稀なり」にちなんで。 77才 喜寿(きじゅ) 喜の草体が七十七と読まれるから。 80才 傘寿(さんじゅ) 傘の略字が八十と読まれるから。 88才 米寿(べいじゅ) 米の字を分解すると八、十、八。 90才 卒寿 卒の通用異体字が卆だから。 99才 白寿(はくじゅ) 百の字から一を引くと99になるから。 100才 百寿(ももじゅ) 白の字に一を足すと100になるから。 108才 茶寿 草冠を二十 その下が米に見立てて88を足すと108。 111才 皇寿 皇の字を白、一、十、一に分解して99を表す白に 足すと111になる。 112才 珍寿 112歳以上は珍しいため。 ところで、人には「厄年」がある。人生の中で不幸や災難が降りかかり やすい年のこと。厄年は、中国の陰陽道・思想からもたらされたもので、これが 一般に広まったのが江戸時代のこと。江戸時代には、厄年は数えで男性が25歳、 42歳、61歳。女性が19歳、33歳、37歳だったが、現在では、男性が25歳、42歳、 女性が、19歳、33歳とするのが一般的である。その中で、男性は42歳、 女性は33歳が「大厄」と呼び、その前後を「前厄」「後厄」といって、 恐れる風潮がある。 自分を振り返ると、その辺りが絶頂期であると同時に、大きな落し穴があり、 節目時でもあった。家長制度のあった時代から、核家族、弧族の時代へ変化して いる現在、果たして長寿が幸せか疑問である。 まずは、父の亡くなった歳まで 二年が目安。 次の目安が喜寿が7年数ヶ月。傘寿まで11年ヶ月。健康年齢 (介護を受けないで済む年齢)を3年先と想定して、人生の余白を埋めていく ことが当面の判断基準になる。老いても3S(チャレンジ、チェンジ、 コンペティション)の開発と、フラッシュで浮かんだ記憶を捉えて、遡ることに ヒントがありそうだ。 「いい年をして」の「何をするにもいい年」とプラスに 解釈して、ソロで、彼方此方を渡り歩くことが良いのは分かってはいるが、 老いからくる面倒くさい!が先に立つ。
・・・・・・ 4571,閑話小題 ー火事に遭遇 2013年09月21日(土) * 火事に遭遇 何時ものポタリングで、長岡大橋から川西にわたり、大手大橋から再び、 長岡大橋に戻って水道町公園前に来たとき、長岡大橋の道路を隔てた向こう側 から煙が立っていた。工場の煙のような、火事のようでもみえる。まずはカメラ で写真を撮り、次に近づいて撮ったが、まだ警察も消防もきていない。 写真を撮ったのは長岡大橋のバイパスの上からで、現場まで150m先、 駆付けるか、帰ろうか迷ったが、帰ることにした。少しバイパスを走ると パトカーと消防が追い越していった。シャッターチャンスにタイミングよく 撮れたが・・・(9・19記) ー9・20日、追記ー 昨日の火事。今朝の新聞によると、72歳のご主人が亡くなったとある。 18歳の孫と老夫婦の三人暮らしで、6時40分に台所からの出火、孫と 連れそいは逃げて無事。あのまま近くまでいっていたら、修羅場に立ち会った ことになる。まさか、死者まで出ているとは! 改めて写真をみると凄い煙。 通行人は、まさかと関心なさそうに見向きもしないし、車も止まらずいくし・・ 死者が出た火災の写真とは!新聞社に送ろうか?いや止めておく! 朝のポタリングには必ずカメラを持って出るが、こういう日に限って忘れる ことが多いが・・ ところで火事といえば長岡駅前の商家に住んでいた頃に、 4軒ほど先の「監物ビル」の大火災があった。近所の二人の少年の火遊びが 原因だったが、自宅のある店のビルが、その熱で熱くなったことと、近くで 遊んでいたため、警察に呼ばれ事情聴取をされたことも記憶に残っている。 更に斜め前の丸大という衣料品店が全焼したのも見ている。
* 来春、購入予定の自転車を前倒しで発注 来春三月に購入予定をしていた電動アシスト自転車を、前倒しで注文。 現在の電動アシストのマウンテンバイクのブレーキが前後の車輪とも不調で、 やむなく注文。ブレーキの不調を運転で逆に楽しんでいる自分が怖くなった。 我ながら変な性格である。今度のものはパナソニックの電動アシストで、 タイプはクロスバイク。来週早そうの入荷予定。 ・・・・・・ 6035,閑話小題 〜米国・トイザらスが倒産 2017年09月21日(木) * ネット社会到来の象徴 <米国・トイザらスが倒産>のニュースには驚いた。 日本の法人は、今のところ大丈夫だが。 〜ネット新聞によると〜 【 かつて玩具業界の巨人と言われたトイザらスが9月18日、米連邦破産法の 適用を申請して破綻した。負債総額は約52億ドル(約5800億円)と報道。 アマゾンでの玩具の売上が、2016年に四半期あたり40億ドルまでに膨らんだ 一方で、トイザらスは2013年以降、利益を生み出せていなかった。ただし、 トイザらスにも失地回復のチャンスはあった。 世間がドットコムバブルに沸いた2000年、アマゾンとトイザらスは10年契約を 結んだ。これはアマゾン上でトイザらスが唯一の玩具の販売業者となる契約で、 トイザらスの公式サイトをクリックするとアマゾン内のトイザらス専用ページ に飛ぶ仕掛けになっていた。この取り組みは当初、アマゾンとトイザらスの両社 にメリットをもたらすと見られていた。しかし、アマゾンはその後、トイザらス が十分な商品を確保できていないことを理由に、他の玩具業者らをサイトに招き 入れ始めた。トイザらスは2004年にアマゾンを提訴し、10年契約を終了させた。 そして2006年に自社サイトを立ち上げた。しかし、その後のトイザらスの動きは 遅すぎた。 トイザらスの場合は今年5月になってようやく、Eコマース事業の 立て直しに向け、今後3年間で1億ドルを投じるとアナウンスした。しかし、 彼らの取り組みは遅すぎたとしか言えない。 最新の統計では米国人の90%が今も実店舗で買い物を楽しんでいる。しかし、 小売業者を破滅に追い込むには、残りの10%が実店舗での購入をやめるだけで 十分だ。米国では今年に入り、靴の販売のペイレスシューソースや、子供服の ジンボリーらが相次いで破産した。トイザらスがもっと早く、大きな投資を ウェブ向けに行っていればこの事態は防げたはず。 トイザらスもまた他の小売業者と同じ破滅への道を歩んでしまった。】 ― ▼ ネット社会・到来を象徴するニュース。先日、スポーツシューズと、 デニムのベレーを衝動買いする直前、「いや、ネットを見てから!」と 思いとどまり、検索すると、まず出てきたのが『Amazon』の販売コーナー。 見ている内に、「まあ後で」になったが、勿論、より気に入ったもので、 安価のものが次々と出てきた。iPhoeが手元にあれば、その場でも、検索可能。 となると、実店舗の販売は大変だ。まだ米国人の90%が今も実店舗で購入して いるというが、この流れは止まらないだろうに。 ネット販売が「2割」を超えると大問題というが、それも、近未来に間違い なくやってくる。 Amazonが何で書籍関連からネット通販を始めたというと、 「本が一番、手軽だったため」。他にも様々な分野の小売の大型書店、靴、 子供服の大型チェーンが、ネット店舗の影響で倒産が続いている。面白い! といえば面白いが、ベストの商品と、システムしか残れないことになる。 ・・・・・・ 5668,【賢者の言葉】�� 〜ショーン・スティーブンソンの言葉 ーC 2016年09月21日(水) * 『傷ついている人は人を傷つけ、癒されている人は人を癒す!』 5年前からの一連の中で、倒産をした者に対する『差別』は思いの他、大きい ことを実感してきた。『被差別民』の扱いである。自分が逆の立場の時は、 「終わった経済敗者」として、排除された人と特別視をしていた。 資本主義社会なら当然、経済難民と見られて当然。カラスが、生きもが弱点を 曝すだけで、攻撃を加えるのと同じ。で、その先頭に立つのが、「下位にあって、 無為に過ごしてきた人たち」。なぜか、直接攻撃をしてきた人たちが、2〜3年内 に、家族か本人が、事故か、大病などのアクシデントが起こる。これは、今回 だけでなく、これまでの節目でも経験してきた。「傷ついている人こそ、二人称 の人の不幸に、己の傷口が疼くため」である。「他人の傷口に、自分の血を 塗り込みたいその衝動が、自らの毒になり、家族に異変が生じる。 <他人を指さす時、親指は上に(天の理)、他の3本の指は己を指している> 指摘する対象を天理と思いこんだ思いは、己の内なる認識を指摘しているに 過ぎない。一般的に、10倍の誇張で思い込む癖が脳にあるから始末が悪い。 天理思いの、ほぼ全てが、これ。だから「世間」の妄想は信用してはなら ない最大の敵になる。 それに、気づくのは、余命数ヶ月と宣告された時。 まだ、気づけば良いが。この世のことは、夢まぼろし、特に世間とかいう、 馬鹿の壁が、自分の世界を狭めていたことに、人生のハテに気づく! が、時は既に遅い。一つのことを成そうとすると、他の多くを捨てなくては ならない。しかし、捨てても捨てても、上手くいかないのが娑婆。だから、 せめて他者の傷を蹴り上げるしかない。そこで一番、痛むのが己の傷口。 自分の傷口は、自分しか癒せない。自己治癒は可能だが、それは長年かけると 自ずと癒しが大きくなる。傷つく度に、傷口を清潔に治療しておかないと! 膿んでしまう。その膿は、自分だけでなく、他人をも殺してしまう猛毒に化す。 その観察だけでも、この経験は充分の価値がある。「痛痒い!が、面白い!」 その辺りにも、膿を振り撒いている輩がいる。「マイナス3に、プラス1」 の状態、いや、「マイナス6に、プラス1」 曽野綾子ではないが、 「泥棒以下の人たち」 それからすると、万人が常習万引き者になるが・・ ・・・・・・ 4196, 呪いの時代 ー13 2012年09月21日(金) * 原発供養 「呪いの時代」内田樹著 この東北大震災に際し皇室一族が最大限のお見舞いをしていた。 国家の元首として、歴史的大惨事に現地に真っ先に行かれ、見舞うことが役割 として最優先されることだが、その行為に呪鎮の意味が入っているとみる ことができる。 ー以下も納得できるがー ≪ 一神教文化圏の人々は荒ぶる神を巨大な神殿に祀り、それを畏れ、隔離 することでいっときの安心を買い、日本人は荒ぶる神を金儲けの道具にまで 堕落させ、その在所をずっぽりとベニヤの書き割りで囲って、「あんなもん、 怖くも何ともないよ」と言い募ることでいっときの安心を買った。 どちらの 安心が長持ちするものだったかは今回の事故があらわにした。 福島原発の ふざけた書き割りを見たヨーロッパやアメリカの原発関係者はかなり衝撃を 受けたのではないかと思う。その施設の老朽ぶりや、コストの安さや、安全 設備の手抜きに心底驚愕したのではないかと思う。どうして原子力のような 危険なものを、こんなふうに「雑に」扱ったのだろう… と海外の原子力 研究者は頭を抱えたはず。そこまでして「コストカット」したかったのか? 日本人は命より金が大事なのか? もちろんそうではない。話は逆なのだ。 あまりに怖かったので、「原子力は所詮金儲けの道具にすぎないという嘘」 を採用した。原発の設備をあれほど粗雑に作ったのは、原子力に対する 恐怖心をそうやってごまかそうとしたからなのである。「こんなものいくら 粗雑に扱っても抵抗しやしねんだよ」と蹴ったり、唾を吐きかけたりして、 「強がって」みた、 (・・・中略) ・・原子力についても、そもそもその設営のときに、伝来の古法に則って、 呪鎮の儀を執り行うべきだったと思う。盛り土をして、原子炉を土中に置く のである。塚に草が茂り、桜が咲き、鳥がさえずるような広々とした場の下に 原発を安置する。そこに神社仏閣を勧請する。「原発神社」。荒ぶる神が とりあえずは「よきこと」だけをなし、恐るべき力の暴発を抑制してくれて いることを感謝するのである。 そして、桜が咲く頃には地域の人を集めて、 「原発祭り」を挙行する。荒ぶる神がとりあえずは「よきこと」だけをなし、 恐るべき力の暴発を抑制してくれていることを感謝する。(・・中略) ・・・ 福島原発の設概工事のときにも、間違いなく地鎮祭は行われた はずである(地鎮祭を執行しなければ、建築現場には誰も入らない)。 なぜ地鎮祭の執行を禁止しなかったのか。地鎮祭をしないと、日本人の作業員 が現場に入ってくれないのなら、中国からでもフィリピンからでも建築労働者 を連れてきて断行すればよいではないか。 なぜ地鎮祭を行うのか。 それは平屋の家を建てる工事においてでさえ、行われる。「恐るべきもの」 の不意の現場での警戒を怠れば、思いがけない事故が起こることを現場の 働く人は経験知として知っているからである。地鎮祭は地祇を鎮めるため ではなく、人間の緊張を亢進させるための心的装置なのである。・・・≫ ▼ 「原発供養をすべし」とは、思いもよらぬ切り口。供養すれば済む問題でも なかろうが。ビル建設で地鎮祭を何度か経験したが、それはそれで大事な神事。 しかし世界中のビル工事で行われるかといえば、そうでもなく、日本的心的装置。 施工業者と、施主と、土地・建物を一つの魂にする儀式ということか。 最後は祈るしかないという、ブラックジョークか。
|
|
|
|