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堀井On-Line
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2018年06月22日(金)
<『「知」の読書術』佐藤優著> * 電子書籍専用端末は別物で持つべし この本の圧巻は、 第二部の「知のツール」の活用法 ー第五章 私が電子書籍を使うわけー 電子図書関係への提言である。 ≪ ・まず、本は紙で読め。流し読みや復習は電子書籍専用端末が適して いるので、両者の併用を勧める。 ・タブレットと電子書籍専用端末は別物で、電子書籍を真剣に考えるなら、 迷うことなく専用端末を買うことを勧める。そのメリットは、「ネット断ち」 が可能になるため。どうしてもネットサーフィンなど、他のアプリに…
・過って読んだ本、つまり二冊目の本を買うことです。端末が、「携帯図書館」 になるから。携帯化にはさまざまなメリットがある。これを持ち歩くと、 何度も再読が可能になり、理解が深まり上に、知識が定着しやすい。 著者は、『カラマーゾフの兄弟』をキンドルに入れて、時々読んで、最大の 山場である「大審問官」について正確に話すことができるようになった。 ・また自発光でないので、目が疲れない。 ・電子図書は「流し読み」にも向いている。平凡社の世界大百科事典を電子辞書 で持ち歩く。 〜教養にカネを惜しまない。 ◉ 教養とは生き残るために必要な知恵のことですが、インテリジェンス=教養 ではありません。知性や理解力に訳されるインテリジェンスは、極論すれば ゴキブリや猫に対しても使える概念です。 しかし人間にしか使えない知恵は、 知識に裏付けされてなければいけない。教養とは「知識に裏付けされた知恵」です。 知識に裏付けされた知恵を持つということは、考えを言語化できるということです。 ―カスタマー・レビューより― 【・そもそも教養というものは、著者の言うところの「情報」や或いは「経験」 に触れる積み重ねの中で自らの頭で考え、得られたものを言うのであって、 いわゆる教養書と言われるものを読んだから「教養」が得るわけではないはず。 そのときに得られた(と思い込んでいる)「教養」なるものは、単なる「受け売り」。 「教養と情報」の差異よりも、むしろ強調すべきは「教養と受け売り」の違いで あろう。著者の言うことを真に受けるなら、その教養書を書いた人間の「教養」は 一体どこから得たのかという話になる。こういうところに著者の詐術が潜んでいる。 ・また、著者が勧めるようないわゆる教養書はかなりクセの強いものが多い。 大して知識のない人間がいきなりそのような本に接すれば変に影響を受けすぎて、 自分の基礎になる考えがそれによって固まってしまう可能性がある。そして、 そもそもの話で言うなら、情報を集積してそれを自らの頭で分析・解体・統合 (=教養化)することのできない人間が、無理にお仕着せの教養などを身につける 必要はないのである。「マルクスを読んでマルクスを疑う」くらいの知的能力の あるもののみが教養を身につける資格を有する。 マルクスを読んで「なるほど なあ、資本主義反対!」などと納得してしまうとしたら、その知識は単なる 「受け売り」であって「教養」とは言わない。 教養とは疑う力である。自分で考える力のない人間が教養書を読んだところで、 色眼鏡で世の中を見るようになるだけだ。】 ― ▼ 私の読書録など、受け売れでしかなかったのか。しかし、タドタドシク、 書込み、記録し、繰返し読みかえすうちに、自然と身についている実感はある。 誰もが最初は受け売りしかないだろう。
・・・・・・ 4480, 宇宙に外側はあるか 2013年06月22日(土) ー内容紹介ー 「宇宙に外側はあるか」松原隆彦 (著) ◎ 私たちの住んでいるこの宇宙がここに確固として存在している、 つまり唯一絶対の存在である、ということは疑いようもなく当たり前の ことだと思われるでしょうか。実は、現代の物理学の知識をもって この宇宙を眺めてみると、そんな基本的なことさえも疑わしくなってきます。 いま、人類の宇宙を見る目は大きく開かれつつある。宇宙の何がわかって いて、何がわかっていないのか? 宇宙の全体像とは? 宇宙の「外側」とは? 人類はどこまで宇宙のことを知ることができるのか? 現代宇宙論のフロンティアへと旅立つ一冊。 ◎ 目 次 第 1 章 初期の宇宙はどこまで解明されているか 第 2 章 宇宙の始まりに何が起きたのか 第 3 章 宇宙の形はどうなっているのだろうか 第 4 章 宇宙を満たす未知なるものと宇宙の未来 第 5 章 宇宙に外側はあるか ▼ 宇宙論を分かりやすく解説してあって、私のように最近、興味を持ち 始めた素人向けの本。村山斉著「宇宙は何でできているのか」と 「宇宙は本当にひとつなのか」のフォローに丁度良い内容。 村山斉の著書は、明快で分かりやすいが、それでも一歩も二歩も踏み込んだ 内容だが、この本の第1章から第4章までは、宇宙論の優しい入門のあらまし。 第5章で、マルチバースがあるかないかに触れているが、ハッキリした説明が無い。 私のような入門者にとって第1〜第4章の方が、噛み砕いてあって、分かりやすい。 村山斉の二冊を含めた三冊が私にとっての宇宙入門書になるが、としても 何がなにやらである。 プロローグに ≪ 現代宇宙論が明らかにしたことの中で最も大きな驚きのひとつは、 「宇宙は永遠不変のものではない」という事実。約137億年前に宇宙の始まり があるという「ビッグバン理論」が確立したことで、このことが明らかになった。 この宇宙に「始まり」があることがわかると、根源的な疑問がたくさん湧いて きます。≫ がある。 ーその疑問とは、 「宇宙はどうして始まったのか」 「宇宙が始まる前は何だったのか、宇宙が始まる前の宇宙は宇宙ではないのか」 「宇宙に始まりがあるなら、宇宙に終わりもあるのか」 「宇宙に終わりがあるとすると、宇宙の終わりの後には何があるのか。 次の宇宙が始まるのか」 「そもそも、始まったり終わったりするような宇宙はどこに存在するのか。 この宇宙よりももっと大きな、何か得体の知れないものの中にこの宇宙が あるのか」 等々である。マルチバース、それも10の5百乗の宇宙の存在 の可能性には驚いた。村山斉著「宇宙は本当にひとつなのか」に詳しく 書いてあるが、コペルニクスの地動説と同じ位の驚きを与えた根源的な問題 である。そうこう考えると、再び、人間原理の問題の戻ってきざるを 得なくなる。 宇宙は面白い! 宇宙お宅のブログにはビックリ。
・・・・・・ 5212,3%の本当に幸せな成功者から学んだこと 2015年06月22日(月) 『世界の大富豪2000人が教えてくれたこと』トニー野中(著) * 世の中全体の一割が成功者、3%が心満たされた人たち この本に、【いわゆる「成功者」「お金持ち」と言われる人たちは、世の中 全体の10%ほどいて、7%が「お金があっても時間がないとか、人間関係や、 健康に恵まれておらず、本当に幸せでない」と言われている。】とある。 別に、金満や、成功者でないとしとも、5人、いや3人に2人は、けっこう 幸せと思っているようだ。 私の場合、会社整理というハードランディングに 近い着陸だったが、ショックによる鬱症対策に、早朝から就寝するまで、好きな、 楽しいと思えるスケジュールを組みこんだ。そうもしないと、自滅する可能性が あった。いや、現在もである。 それらを、淡々とこなすことで、心身の健康 管理をしている。 このストレスの「苦」は、たやすく消せるシロモノでない。 それをカバーすには、その3〜6倍の「楽」をスケジュールに組み込むしかない。 著者はテーマで、3%が心満たされる人と決めつけているが、私の見立てでは、 金満でない人も含めると、3割。そのうちの上位の一割の3%が、十分に心満た されているということか。 金だけは有るにこしたことはない。 去年の暮れに、【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】エイカー著 を取上げたが、その中で、<ボジティブ比〜繁栄と衰退を分ける「ロサダライン」 を、マルシャル・ロサダが発見、2・9013という数字で表した。 これは、業績の よいチームと、悪いチームにおける「ポジティブな意識」と「ネガティブな意識」 が、2・9013対1以上でなければ、そのチームに成功はもたらされない> という法則を取り上げた。大富豪になるほど、その比率が飛躍的に高くなると 著者は言いたいようだ。 世の中を見渡すと、『貧すれば鈍す』か、 その真逆である。上手くいったから、成功したから豊かということではなく、 豊かだから上手くいく。 で、どうした? どうもしません! 全て夢幻。 ところで面白い時間帯を見つけた。 20時から4時間爆睡後の、0時から4時。 意識し、茫洋として無意識との塀上と見立て過去、現在を浮遊する。 これ、昼間やると、ボケ!
・・・・・・ 5942,閑話小題 〜「ベストエフォート」とは 2017年06月22日(木) * 「ベストエフォート」とは 「ベストエフォート」とは、《日々、できる限り全力を尽くしている感覚を 持つことで、大きな結果が出なくとも、全力を出していることが大事と考える。 例えば、大事業を起こせなくとも、毎日、やれるだけのことをしているという 実感があれば、それで十分と考え、自分を支える継続的な成功体験になる。》 このベストエフォートの言葉を知った時、この随想日記を16年、続けてきた 意味そのままを言当てられたように思えた。 『ともかく、ベストをつくして一日一文を書き上げる』と。 6年前の節目で、挫折からの落込み対策に「少し厳しい日課」を立て、 実施してきたが、これが私にとって「ベストエフォート」のプログラム? 私の範囲では、これ以上ないプログラムだったが、数ヵ月もしない内に習性 になり、現在に至っている。鬱症状態に追詰められる前の、事前の一策である。 面白いことに、この日程を熟す内に、何かしら面白い感覚、「内なる自己」 というか、「真なる自己」が、クッキリと浮上がってきた。その視線で他者と、 普段の自己の間に顔を出すのである。 〜ネット検索によると、こうとも〜 《最大の結果を得られるよう努力することをいう。通常、委任契約等における 受任者の負うべき義務を規定する場合に使われる用語で、そのような努力が なされないときは債務不履行責任を負うものの、そのような努力がなされた うえは、結果に対する責任を負わないことを定める際に用いられる。》 仏教でいう『全機=十分に機能する人間』と意味が似ている。人は須らく、 ひたすら努力をして、結果は天にまかせるしかないもの。
・・・・・・ 4847,閑話小題 ー75歳が死の目安が、級友と一致 2014年06月22日(日) * 75歳が死の目安が級友と一致して 前回、葬式で連合いを亡くしたばかりの同級生のことを書いた。 私が「75歳を死亡年齢に目安に、歯医者以外、病院に行かないことにした」 と他の級友から聞き、曰く、「数年前に、ある病院で検査をしたところ、肝臓 に、オデキがあると言われ、肝臓ガンと覚悟を決め、親戚を集めた家族会議を して、生前葬の案も出たが、その前に、別の病院で検査を勧められ、再検査を したところ何もなかった。それから、一切の検査をしないことにした。 母親と父親の死亡年齢を合計し、半分にすると75歳。その年齢の目安と、 病院に行かない方針が同じことに、驚いた」と。しかし、死や、生について の知識を持っている様子がなく、漠然とした不安が全体を覆っていた。 少しでも、その類の知識を持ったと持たないとでは雲泥の差になるが・・ 私の平均余命11年。そのうち介護年齢9年、寝たきり6年とすると、 決して長寿は、私らしくない。下手に治療で死にそこなうと、薬の逆効果で、 拷問のようは束縛の寝たきりか、痴呆症が出てくる。ならば出たとこ勝負。 75歳を目標、目安にした。その分、運動量を多くし、食生活を気をつけて いるが、いざ、余命を告げられ、目先は後悔をして逝くことになっても・・ 死に方、自分の選択も有りである。 * つれづれに ー「事業人生を決心して45年」の語り直しーをテーマに、回を重ねて 書いているが、思いもよらない当時の記憶、40数年前の出来事が、昨日の ように、次々に連動してフラッシュバックしてくる。それだけ、激しい日々 だったが、封印しておいた記憶を見つめ直すのは、当時の自分を慰め、癒すと 同時に、多くの過ちを知り、後悔も出ることになる。それは、それぞれの 行蔵から、自省をすることにもなる。私は何をしてきたのだろう? 「面白かった!」だけでは済まない、未熟な己が、厳然と、そこにいる。 神様は、人生を自省させるため、老後という余白を人生に与えたようだ。 私を含めた大部分には、基礎教養の絶対量が足りてない。だから 「死ぬまで勉強」が必要になる。周辺を見わたすと、それが分かるが、 自分自身になると分からないのが人間の性。 「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」 =「往ける者よ 往ける者よ 彼岸に 往ける者よ さとりよ 幸いあれ 」。 「往ける者よ」を「過ぎ去りし日の自分」に置換えて、「青き者よ、 幸いあれ!と、祈り直すしかない。成るほど、私は、こんな人間だったか! と・・ 南無阿弥陀仏の念仏は、そのためある! 私もお近い ようで? 「では、皆様、さようなら!」
・・・・・・ 5577,突然、余命宣告を受けました ー�� 2016年06月22日(水) * 死ぬこと(事業整理も)は、不幸なことか 5年前に、悪あがきの悪例を身辺で幾つも見ていたこともあり、追詰められる 前に事業断念をした。その一瞬の決断の間合いがポイントだった。 その時、 『事業整理は決して悪いことではない。適切な時期であれば、むしろ良い。』の 考えがあった。 創業、実業を経験し、最後は清算の決断に至る、文章作法でいう「起承転結」 のフルコースになる。 思いもよらないブラック・スワンの到来でも、何とか 軟着陸に至ったが、倒産は倒産。その一年後に地元の運送業者が買取って、 同じホテル名で現在も運営をしている。弁護士の力量と、事前の備えがあって、 思いの外、スムーズにいった。一般的には、10〜40年かけた備えの体質に 一切、気づいてない。で、内なる俄か判事になって、好き勝手な裁判話になる。 しかし自らの財務体質に気づかない。「事業設計の段階で、万一のシェルター の組みこみ」など、知る由もない。 その戯言が想像できるから面白い。 〜その辺りから〜 『あの世へ逝く力』 小林玖仁男著 ≪ 人が死ぬと「不幸があった」と言い、「病魔には勝てなかった」とも言う。 死をすべて「不幸」とか「敗北」にしてしまうのです。この脳への刷り込みに よって、社会中みんなが間違った方向を向いてしまっています。 生まれ落ちた全員が死ぬのに、その全員が、最後は負け戦? 結末は「不幸なこと…」で「敗北」だと決めつけてしまうのは、あまりにも 乱暴でひどい話です。人間の尊厳に対して非礼な話であり、この発想パターンは とてもおかしいと思います。 その結果、人々は死ぬ前から必要以上に死に恐怖を持ち、死んだあとも、 必要以上に深い悲しみに包まれてしまいます。悲しまれるよりも「ありがとう」 と言われたほうがいい。 私は今まで幸せに生きてきたし、幸せの中で満足して逝きたいから、 この「死」=「不幸」「敗北」という大間違いは正しておきたいと思うのです。 ある宗教に「抜苦代受」という考え方があります。教祖の子が二人、早くに亡く なったのですが、霊界のこの二人が「信者の苦しみを抜き去り、代わりに二人が 受けている」という教え。簡単にいえば「お星さまになって守ってくれている」 ということ。ここでは死を「不幸」とせず「希望」に転じています。 違う宗教の教えでは、「短命な一生では、生かすはずの能力が余っているので、 生まれ変わるときはその分が足され、豊かな才能を持った人として生まれてくる」 という教えがあります。ここでも死は「希望」です。 死を悲劇としてとことん追いつめるのか。早い死にも肯定する理由を見つける のか。すべては考え方の問題に過ぎません。≫ ▼ 事業清算で、人生の大方の問題が解決してしまった。綺麗さっぱり、 焼き尽くし、未練も悔いも残らないプラス面に暫くして気づくことになる。 「事業清算」=「不幸」「敗北」は、間違い。 前後一年間は、迷惑をかけた 罪と罰の時節だが、前後の一年を除けた30年、いや45年は、面白く、幸せな日々。 何の事情の知らない人たちの俄か裁判の判決に従うことはない。楽しんだ充実感 こそが私にとっての「実体」。で、批判した人が、死ぬか、不幸に陥っていく。 これが、不条理ではなく、『条理』である。いや、『情理』か。 で、偶然に、以下につづく。
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2018年06月21日(木)
〜『善人は、なぜまわりの人を不幸にするのか』 曽野綾子著より * 地獄へ道は善意で舗装されている 〜2 書上げてから気づいたが、このテーマ、以前も取上げたことがあった。 複雑な悪意と善意が交わりあう世界では、知っておかなければならない基本的 知識になる。世間とは、私ー>両親ー>家族ー>御近所―>町…の方向性を持つ。 また逆の方向性の性格を持つ。それは善意という人間としての温みを持つ。 しかし、「良かれと思って行ったことが悲劇的な結果を招いてしまうこと。 または、悲惨な出来事が皮肉にも善意の行いが発端となっている」ことを言う。 これが「日本では誤用されている」との主張もある。その論を要約すると 実際には、「天国をめざして信心する人は多いが、そのために善行を続ける人は 少なく、結局は地獄へと進む事が多い。地獄への道には、そうした人々が心の中 から落としてしまった善意(直訳は「善き意図」)が降り積もっているのだ」 … という言葉である。つまり「善意を持っていても、実行がともなわなければ、 いずれその人は地獄へ落ちる」という意味になる。 ところで、善意って、それを被った悪意? その自覚さえ無い無知? 地域社会でホワイトナイト気取りに、是非、身に付けるべき絶対センス!
〜内容紹介〜 ≪ たしかにあの人は「いい人」なんだろうけど……。 ときに悪意よりも恐ろしい、善意の人との疲れない〈つきあい方〉 <人と接するのが待ち遠しくなる!> 1 善意は何をもたらすか 2 「知らない」ことの不幸 3 不完全のすすめ 4 矛盾を抱えてこそ人生 5 どうすれば自分を失わないでいられるか 6 図らずも心が救われるとき 7 傷ついた人にしかわからないことがある 8 生きることの厳しさを教えられる親になるために
善意の人々は、自分の好み、自分の思想、が正しいのだから、それは世間に とってもいいことだ、と疑うこともない。たとえ正しいことでも、世間では、 その正しさが相手を苦しめることもあるなどとは夢想だにしないのである。 もちろん家族や世間を困らせるのは、いわゆる犯罪であり、悪意や憎悪である。 しかし善意もまた、時には油断がならない。 本書「まえがき」より -- ≫ ― ▼ 日本の裁判の9割が「善意が仇となって起きる争い事」と… 。 学生時代にロマンローランの『ベートーベンの生涯』の中で、 『良く、かつ高貴に行動する人は、それだけで不幸に耐えることが出来る』 『苦悩を通り抜け、歓喜に!』という言葉を読んで、座右の銘にしていたこと があった。これがもしかして、地獄の道の善意ではなかったのでは? 英国、スペイン、それ以前の、キリスト教布教を建前にした、アフリカ、アジア、 アメリカ大陸の植民地化が、まさにキリスト教という弱者救済の善意の舗装工事 の押付けでしかなかった。相手の気持ちを考えずに平然と相手を傷つけていた 憶えが多々あるが、これも、相手のためという善意が見え隠れする。毎日、 数時間もかけて、これを書上げ、ネット上に公開しているが、未来の自分と、 共感して?くれる読者に対する善意があるが、これが曲者になる。 としても、露悪より、偽善の方が、まだマシ。だって…コスプレが面白いもの。
7年前の以下の文章は、この文章を書上げた後に、ネット内検索で拾ったもの。 何か、7年前の自分が、現在の文章を見て冷笑しているような? でも、 この重なりも悪くはないという、言い訳も。 ―――― 2011/10/05 地獄への道は善意で舗装されている 〜1 20数年前の経営セミナーで、創造工学の中山正和が、 「日本の裁判の中で、9割が善意でしたことが発端で裁判になっている。 『地獄の道は善意で舗装されている』のが、現実社会である。」という言葉が 印象的だった。甘い善意は、地獄の入り口と心に刻んだことを記憶している。 特に事業においては善意は絶対禁物が人間関係の第一歩。当たり前のことだが、 それを知らない人が多い。 善意の積み重ねは、その人の人徳を高める第一歩。しかし一つ歯車が狂うと、 「軒先を貸して、母屋を取られる」結果になる。営業を生業とするものは善意を ノウハウとする。それが相手にとってのニーズであり、対象の懐に入る。 善意、好意を示され喜ばない人間はいない。この格言は昔から言われいる基本。 ー ウィキペディアによると ー ≪*「いかに悪い結果につながったとされる事例でも、それが始められた 当時までさかのぼれば、善き意志から発していたのであった」 (地獄への道は善意で舗装されている について) ーユリウス・カエサル *「天国へ行くために最も有効な方法は、地獄への道を熟知することだ」 (地獄への道は善意で舗装されている について)ーマキャヴェリ *マルクスは、この格言の発祥でこそないものの、これを援用、敷衍させ、 「地獄への道は善意で、天国への道は階級闘争と俺の濃い髭で舗装されている」 などと語ったと言う。 *キリストとその弟子達は、善意からキリスト教を発足させた。 その結果、十字軍や宗教戦争、魔女狩りなどの惨劇が起こり、人々に夥しい 地獄を体感させた。・・・ 善意という言葉は、法律用語で言えば、 「知らないこと、認識していないこと」という意味も含有する。 つまり、犯罪と知らずに 窃盗を行ったり、人を殺したりしても、その原因は善意になるのである。 法律用語の善意も考慮に入れると、古来起こってきた全ての惨劇や、人間同士の 軋轢は、全ては善意が引き金になっていると言っても過言ではない。しかし、 ウィキペディアでもコミュニティの円滑化、利用者の齟齬防止の為に善意にとる ことが推奨されているように、人間同士の意思疎通や、社会の構築とその円滑な 運営には「善意」が必要不可欠なのだ。この二律背反に、多くの哲人達が煩悶 してきたことは言うまでも無い。 哲学者であり、レスラーとしても著名な木吉カズヤが、地獄への道である善意 をよすがとしなければ生きていけない人間、保てない社会を悲しみ、「救いは ないね!救いはないんですか?」と絶叫したことは、あまりにも有名である。≫ ― ▼ 善意をもって事に当たるのは、それはそれで良いが、逆手に取られても、 恨まない範囲で示すと割切ることだ。善意も捨石として、直接の見返りを求め ないこと。「積善の家に福が集まる」は、見返りを求めないからこそ福が来る。
・・・・・・ 5211,宝くじを当てた95%が、5年以内に 2015年06月21日(日) 『世界の大富豪2000人が教えてくれたこと』トニー野中 (著) * 宝くじを当てた95%が、5年以内に当選金を失う 日本では『悪銭、身につかづ』という諺がある。入る器の方を育て上げないと、 その殆どが溢れ流れていく。私も事業投資の当初の10年で5倍まで純資産を 増やしたが、2001年の9・11と、2008年のリーマンショックと、2011年の3・11の 10年で壊滅! 辛うじて保険代りに家内名義で積みたててきた給与の預金と、 二人厚生年金で、これまでの生活を維持している。 その辺りから 〜p40 ≪ アメリカやイギリスでは、「宝くじを当てた人が、その後どうなったか?」と いう追跡調査が、よく行なわれます。 それによると、「宝くじの一等が当たった 人の95パーセントが、5年以内に手にした当選金の全てを失っている」という。 「器のできていない人がお金を持っても身につかないこと」を、データは如実に 証明しているわけです。 いえ、当選金を失うどころか、それ以上のマイナスを 被ることがあります。たとえばアメリカでは、宝くじに当選すると、宝くじ売り場 まで乗ったタクシーの運転手まで「分け前を寄こせ」と主張してくるそうですし、 100万ドルを当てたーカ月後に毒殺されるという事件まで起こっています。 『となりの億万長者』というベストセラーで知られるトマス・J・スタンリーは、 その著書で「宝くじを買う頻度と、その人の資産レベルの間には非常に顕著な 反比例関係がある」(『なぜ、この入たちは金持ちになったのか』日本経済新聞社) ということを証明しています。それは、「お金があるから、宝くじなんて買わない」 という理由だけではないのです。宝くじの当選確率など、計算すれば、ビジネスで 成功する確率よりはるかに低いとすぐにわかります。大富豪になるような人で あれば、そんな確率の低いことよりも、もっと確実に稼げることに、時間とお金 を投資しようと考えるのが当然でし欲う。それでも多くの人が宝くじをほしがり、 "当たる"と評判の宝くじ売り場に朝一から並んでいるのは、 「楽して莫大な富が手に入る」という誘惑に逆らえないからです。≫ ▼ 宝くじは夢を買うもので、それ自体に矛盾がある。夢は長年かけて地道に 積み上げ実現するもの。そのプロセスにこそ価値(意味)がある。数羽の ブラックスワンで、私の事業は終わったが、プロセスで元をとっていたので、 後悔は意外に少ない。宝くじの当選金を5年で失っても、持ったままより、 遥かに良い!とも考えられる。「失う」と思うのは傍目で、実際に使えば、 その価値を味わい尽くすことが出来る。 5年で数億など使ってみたいもの。 いや実際に使ってみた。一棟、ホテルを建てると土地代を入れると3〜10億。 そのプロセスを遊びに昇華すれば、遊びとして、それだけ使ったことになる。 遊びとしてみても、実際に面白かった。当事者の実感は、「失った」というより 「使った」である。本人が言うから間違いない! ということは、著者は浅い? ボロボロになって涙した方が、その数倍増やしニヤニヤしているより味は濃い。 「大恋愛の成就より、失恋をした方が遥かに良い」ことを考えれば解るだろう。 『 宝くじを当てた95%が、5年以内に当選金の全て使う! 』良いでないか。
・・・・・・ 5941,自由な脳のつくり方 −強固なマインドセット 2017年06月21日(水) <「世界一自由な脳のつくり方」茂木健一郎著> * マインドセットとは 「人生は、18歳までに洗脳された固定観念、常識を生涯かけて破壊して いくプロセス」である。常識という名の牢獄に押し込まま、定年をむかえ、 それに初めて気付き、涙する。それさえ気付かずに、もやもやした不満を、 周囲に八つ当たりするのが、俗にいう「世間」。18歳までのセットが如何に 強固であるかは周知のはず。親は、可能な限りしなやかなマインドを、子供 にセットするため、家族旅行や美術館などで、世界の広さ、深さを長年かけ、 教え込み、常識にとらわれない基礎教養のベースを幼児期から構築しておく 必要がある。ということは、両親の質の掛け合わせで、ほぼセットが 決まっている。これは壁にもなり、土台にもなる。 〜その辺りから〜 ≪ マインドセットは以下のように定義されています。 経験、教育、先入観などから形成される思考様式、心理状態。 暗黙の了解事項、思い込み(パラダイム)、価値観、信念などがこれに含まれる。 マインドセットの言い方は、人の意識や心理状態は一面的なとらえ方はできず、 多面的に見てセットしたものがマインドの全体像を表しているということから 来ている。 靴を販売する会社の営業マン2人がアフリカへ現地調査に向かい、靴を履かず に裸足で生活する人々を目のあたりにしました。それを見た1人の営業マンは ・「誰も靴を履いていないので、売れる見込みはありません」と報告、 ・もう1人の営業マンは「誰も靴を履いていないので、無限大の販売見込みが あります」と報告しました。 報告の方向性からも分かるようにこの2人は真逆のマインドセットの持ち主で、 当件での成果に差が生まれるといえるでしょう。この例では、行動する前から 諦めてしまう癖がついている人と、プラス思考が出来る人の間に、大きな違いが 生まれるということが学べます。 ドゥエック教授は、マインドセットという概念を提唱した第一人者。 教授は研究で、子どもの成績や学習意欲・行動は、 ・「努力しても変わらない」(硬いマインドセット)という考えの持ち主か、 ・「努力次第で伸びる」(しなやかマインドセット)という考えの持ち主かに よって、変わることが分かったとしています。 マインドセットによってあらゆる能力に差異が現れ、ひいては人生の幸不幸に 影響するというのです。またマインドセットを変えるのは簡単ではないけれど、 それは可能であるとしています。マインドセットを変える、すなわち固定観念を 再構築することは、簡単ではありません。それこそ子供のころからついた習慣 という基礎部分を全面的に改修しようというのですから、強い意志を持って 臨まなければなりません。とはいえそれは決して難しいことではなく、 ポイントをおさえることで、効果的に改善していくことができます。≫ ― ▼「慶応幼稚舎」などに、親が必至の思いで入園させるのは、真っ新な幼児期 にマインドセットをするため。逆に言えば、この頃、しなやかマインドセット をしておかなければ、大方と変わらない能力にとどまることになる。 恐ろしいのは、「知っていること以外は何も知らないこと。もっと恐ろしいのは、 そのことすら知らないこと」 その範囲で物事を捉え、思い付きで決めつける、 人間の愚かさ。他者に見えても己のそれは、見えない。この「随想日記」は、 その露呈の列記になる… 読む方からしたら、これほど、面白いことはないはず。 キャリアとうのは、職場転換、転職で、マインドセットを切替え続けた結果、 身についていく能力。深い穴は、まずは広く掘らなければならない。 それもこれも、死んで三日も経てば、みな同じ。 そういうこと!
・・・・・・ 4846,閑話小題 ー同級生の急逝の式場で 2014年06月21日(土) * 同級生の急逝の式場で 一昨夜の三条での通夜が500人、本葬が100人の参列。 通夜を含めて中学校の同級生6人?が出席した。膵臓がんが発見されて二ヶ月! 七転八倒の苦しみの中で、亡くなったという。御焼香で手を合わせると同時に、 『おれ、こんなに早く、死にたくなかった!』という、彼の声が聞こえたような? その後の親族の挨拶でも、故人が同じようなことを言っていたというから・・ 故人は晩酌が楽しみで、その過多が原因? 7〜8歳の孫が二人、別れの顔見と、 出棺時に、大泣きをしていたのが涙をさそっていた。去年の同級会の三次会に 故人と、二人飲んだのが最期。「俺の最後の仕事は、家族に一億を残すとと!」 と真顔で話していた。自宅に帰って一時間後に、シネマに行く予定だったが、 グッタリ!急遽、中止。 ところで、参列した同級生の一人の奥さんが一月前の20日に亡くなって、 今日が同月命日。『絶対にカミさんより、早く死んだ方が良い!連れの死は、 こたえる。生まれてこの方、一度も炊事の経験無しが、長男と自分の炊事と、j 家事は、非常にきつい!』の言葉が、重い。まだ、同居の長男がいるだけよいが。 入院して二週間で17年前の乳ガンの腰骨への転移での急逝というが、連れは 死ぬつもりがなかったため、何処に幾らの金があるか、全く分からず、 大変だったとか。 亡くなると本人名義の貸金庫、預金は凍結され、葬式の 金さえ工面がつかない中で、何とか葬式を終えた等の話は非常に深刻。 私が家内より先に逝くつもりだが、これだけは? 自炊経験はあるし、 スーパーの買物は好き。宅配弁当もあるので、大丈夫と思うが。 「早いもの勝ち」は、夫婦の死期にも当てはまる。老いの辛酸は、身近な 人から、聞こえてくる。 これで中学校の同級男子で、7人も亡くなった。 不明を除くと、3〜4人に1人が、御先に逝ったことになる。
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2018年06月20日(水)
* あらら、勝ってしまった! ワールドサッカーが始まったが、国内の盛上がりが少ない。これだけ期待 出来ない日本チームを見たことがない。そのために世界の一流チームと選手の 競技に集中できる。引分けにだったスペイン対ポルトガル戦は圧巻だった。 こういう期待できない時ほど奇跡的に勝ち進む可能性も無いとはいえない。 問題は、昨夜のコロンビア戦。すべて、この一戦にかかっていた。80%以上 負け予想の試合は見ない主義。21時は私の就寝時間。家内に面白そうだったら 起こしてくれ!と頼むが、面白いほど、起こさないのが… 何せ、9・11テロ 直後の臨時ニュースの時でさえ、特別番組を息子と楽々見たいと風呂上がりの 私に知らさず無視したツワモノ。 夜半にトイレで起きて、万一?勝っていた?と、iPadをみたところ 『あらら、勝っている!』 寝る直前まで、他国同士のサッカーを興奮して 見ていたのに、日本チームの勝利に、さほど驚きも、嬉しさもないのは何故。 私の性格が、自国の試合に対するヒイキが、何故か試合をツマラナクする。 ≪ ◇サランス 日本代表が、ワールドカップ初戦のコロンビア戦の後半28分、途中出場 したMF本田圭佑(32)の左CKを、FW大迫勇也(28)が頭で押し込み、 劇的な勝利を挙げた。 日本は前半2分40秒過ぎ、右サイドからのクロスボールを、DF昌子源(25) がヘッドで前線にクリア。そのボールをMF香川真司(29)が右足で1タッチで 前線に送った。そのボールに反応した大迫がDFと競り合いながら抜けだし、 左足でシュート。GKオスピナが弾いたこぼれ球を、香川が左足でシュートすると、 止めに入ったMFのC・サンチェスの右腕に当たり、レッドカードで1発退場を 誘うとともにPKを獲得。前半6分、そのPKを香川が落ち着いて右足でゴール 中央に決めた。香川はコーナー方向に滑り込み、胸をたたいてアピールした。≫ ―― 熊:勝っちゃったよ! 寅:サンチェスの一発退場は、大きかったね。これが全てさ。 大家:全く期待されてないため、ノビノビとしていたね。負けてもともとと… 八:何ごとも結果。これで監督交代が吉と出たし、それを決断した責任者は、 ホッとしただろう。一番、ガックリしたのは、首になった前監督。 しかし、それまでの指導の基盤があればこそとも言える。 熊:八つぁんの話では、間違っても勝てないようなことを言っていたじゃないか。 大家:ブラジルが、スイスと引き分けたり、ドイツがメキシコに負けたり、 セネガルがポーランドに勝ったり、<サランクスの奇跡>の言葉が躍ってるね。 これで盛り上がりに欠けた国内に火をつけたね。現金なモノさ。 寅:この一勝で、更に勝ち続けるか、ここまでか? 次のラウンドまで勝って 欲しいけど、どうしても悲観的になるよ。見る方も、選手も期待しないことさ。
・・・・・・ 5575, 閑話小題 〜適正寿命 2016年06月20日(月) * 適正寿命 ある本の中に、『適正寿命』という文字があった。漠然と長生きできれば よいと思っていたが、経済面、健康面、生き甲斐面の3つの条件が整った上 での、適正な人間の寿命を考えると、死にそこなわない、『適正な寿命』の 時節が考えられる。 男性の場合、健康年齢(寝たきりや介護を受けず日常 生活が可能な年齢)が70歳。死亡平均年齢が80歳からして、10年の介護が必要。 とすると、適正寿命は、その中間の75歳辺りか。 70歳になった私の実感から しても、その辺り? 数年前に、仮説で、私の健康年齢を75歳に設定をした。 で、そろそろ、ガンか、脳梗塞の兆候が出てきそうだが。 何せ、平日は、 平均3時間も運動をし、何とか未病で抑えているため、表立っては、いたって 元気。「死ぬべきときには、死ぬがよい」が、余命半年か、一年と確定したら 動転し、奈落の底に沈むのだろうが。 * 今週が注目 この23日に、英国のEUからの脱退か居残りかの正否の国民投票がある。 最後の最後は、残留だろうが、これだけは終わってみなければ分からない。 もし脱退なら、世界の景気が更に落ち込むことになり、アメリカ大統領選や、 独国、仏国にも大きな影響を与える。今年前半の一大イベントになるか否か。 時を同じくして欧州サッカー選手権の国別の戦いが、佳境に入っている。 今回から、機会がある度にTVで観ているが、これが面白い。他国同士でも 観客の熱狂に引き込まれる。彼らにとって、サッカーを通したリアルタイムな 代理戦争に参戦している感覚である。 リタイアをすると、自分の立場の デバイスが小さくなるため、何事も新鮮に受止めれるようになる。
・・・・・・ 5940,閑話小題 〜帰りの宇宙船内で 〜4 2017年06月20日(火) * 帰路の宇宙船内で独り思うこと 考えてみたら、人生後半からのライフワークの「秘異郷ツアー」は贅沢 な趣味である。40歳代半ばのプレッシャーは御たぶんに漏れず大であった。 その解消も含めて年・2回の旅行を自らに義務付け、何があっても行くと決心、 20年以上、行き続けてきたことは、ここで何度も書いてきた。家内と2人で 年150〜200万の出費は、現役当時は苦労することなく捻り出せていた。 振返えった実感としての価値は、値段の3倍以上である。地球上の自ら の立ち位置を、宇宙側から逆照射して見る感覚が何とも絶妙で面白い。 このテーマも、地球上の秘異境を宇宙に拡大したもの。何処の地でも、 人間、動物、自然環境の普遍的事象は様々。それぞれ違う時間が流れている。 その経験を重ねるたび、地球の広さと、深さと、意味そのままが見えてくる。 「観光」の言葉は軽い響きがあるが、自然自らが地球上につくり上げた「光」 を神自らの目で観るような感覚は人間としての本分になる。新たな別物の魂が 独立し、その視点で自分と、自ら存在する世界を鳥観している感覚を持った ような。内なる別の魂が、行った先の魂と邂逅、その場で自ら燃え尽きるよう な経験。これが「魂の出会い」というのだろう。 宇宙彼方の星から、地球への観光旅行をした帰路の宇宙船内で、覚めた目で、 人生の観光を思い出し総括するのも、なかなかの味。生きている内が花である。 <「宇宙船に乗っていいよと言われたら、どんな席かなんて聞いている 場合じゃない。さっさと乗るだけだ。」〜シェリル・サンドバーグ> で、地球にやってきて、帰りの宇宙船での地球観光の総括が、これ。 キリスト教に、『煉獄』というのがあった。 〜ネットによると〜 <浄罪界ともいう。キリスト教において神により罪をゆるされ義とされたが, その罪の償いをまだ終っていない死者の霊魂が死後至福の状態に導かれるまで, 残された償いを果すためにおかれると信じられる苦しみの状態。この状態に ある死者のために祈ることが可能であり,またよいこととされる。ダンテの 『神曲』第2編はこの信仰に基づく。この教義はカトリック神学者間にも解釈上 の問題があり,プロテスタントでは概して煉獄の存在を否定している。> 私の思いついた「別宇宙からの観光論」は、生死の境目で人生を、因縁ある 亡き人と語り合う、際ものの対話で、枠が私の人生の因縁ある人だけ… そういえば、哲学者の池田晶子女子の哲人との対話も、『幸福の科学』の 教祖様も、歴史的人物を呼び出し? 対話をしていた。 まあ、難しいことは 考えないで、因縁ある何人かと、帰路の宇宙船内で、総括の対話そすればいい。 それにしても、学生時代の誓い、『己の魂(良心)にとって、やましいことは しない』で、あわやの危険を何度もさけてきた。『良かったか悪かったのか』と 思い返すことしばしばだが。最期は、プツン前の自己対話の中で終わる… ・・・・・・ 4478, うつ病 ー高島忠夫の場合 2013年06月20日(木) ーカスペ! 真実の高島ファミリー「忠夫さん、死ぬまで一緒やで」 〜寿美花代・献身愛で闘う夫の病〜 ーが感動的であった。 一昨日のゴールデンタイムに放映されたが、二時間がアッという間であった。 「うつ病」については、何度か書いてきたが、高島一家の底なし沼のような状況 そのままがドラマになる。芸能界きってのおしどり夫婦と言われた高島と寿美。 高島は98年頃からうつ病、糖尿病、パーキンソン症候群、 さらに、3年前 には不整脈で心臓にペースメーカーを付ける15時間にも及ぶ手術を受けていた。 ーまずはTV局のブログよりー 【“日本一有名な芸能一家”高島ファミリー。一家の主、高島忠夫がテレビ の表舞台から姿を消して5年… その自宅にカメラが入った。いったい何が あったのか。献身的に夫を支える元宝塚歌劇団のトップスターである妻、 寿美花代の思いを通じて、いますべてが明らかになる!そして、夫婦として 「死ぬまでにやりたかったこと」… それは忠夫の夢の実現。寿美花代は、 ある賭けに出た。“最後になるかもしれない”家族旅行へ…。】 ▼ 高島の妻で女優の寿美花代が、自らの口で明かした悲劇。 夫妻の第1子の長男・道夫が生後5カ月で殺害されたのは、1964年 (昭和38年)8月。住み込みで働いていたお手伝いの 少女(当時17歳)が 風呂に沈めて殺害したもの。 寿美はこの時を振り返り、「夜中に、道夫が いないと、探し回り、最後にお風呂を…フタを明けたら、道夫がいた…。 夜中2時すぎぐらいに、あちこち病院行ったが、どこも受け入れてくれなく、 やっと1軒 受けてくれた時には…」。 家政婦は殺人罪で起訴され、 懲役3〜5年の不定期刑となった。事件後に、赤ちゃんの泣き声や、 「ママー、苦しいよ」という泣声のいたずら電話が頻繁にかかってきていた。 高島忠夫も既に82歳。寿美花代は81歳。その夫を懸命に支えてきた寿美は 「介護うつ」も経験。「介護で一番大事なのは 完璧にやろうと思わないこと」、 「忠夫は私を本当に姫のように優しくしてくれた人。いまはその恩返し」と。 番組では俳優として活躍していた頃の若き日の高島の姿や、バラエティー番組 の様子など懐かしい映像も出ていた。 この隠れた“主役”は寿美。妻の目線、 2人の息子の母親の視線で番組は進んでいく。番組では、うつ病患者の家庭の 危機状況が、多く語られて無かったが、実際は壮絶。ただ事実を語り映し出す だけで、物語になっていた。二年前の倒産劇で気をつけたことは、脳をやられない (うつ病に陥らない)こと。そのためには、運動と、マイナーの毒?から身を 守ることであった。ゾンビは自分の傷口の膿を擦りつけてくるから、性質が悪い。 その中で、堕ちこまないように作り上げた生活習慣こそ、最大の成果だが、 それでも時々、傷口が痛む。それにしても、寿美の開き直りは凄みがある。 少し性質の悪い連合いだったら、病院の中で亡くなっていただろうに。
・・・・・・・ 5210,大脱出 〜お金、健康、格差からの・・ 2015年06月20日(土) 『大脱出――健康、お金、格差の起原 』アンガス・ディートン(著) * お金、健康、格差からの大脱出 いまひとつピンとこない内容だが、切り口は新鮮で面白い! 進歩には格差の 問題が生じる。それは、金銭だけでなく、健康問題にも関係する。小・中学校の 同期をみると、進学ごとに分類される前の社会の縮図がそこに見て取れる。 この年齢になっても、その格差は少しの浮き沈みが少しあっても、大した変化は 見られない。 何をもって貧しいか、豊かかの問題があっても、貧しい人は 貧しいまま? 豊かな人は豊かのまま。 同級生の男子の三割は亡くなったが、 何故か成績が悪い人が7割がた。すべからく、人は金、健康、容姿、両親の 愛情量に格差があり、その中に沈んでしまう。 〜アマゾンの内容紹介〜 ≪ 世界はより良くなっている ――より豊かになり、より健康になり、 平均寿命は延びている。しかしその反面、貧困という収容所から「大脱出」を 果たせずに取り残された国や人々がいる。産業革命以来の経済成長は、大きな 格差も生んだのだ。経済発展と貧しさの関係について最先端で研究を続けてきた 著者が、250年前から現在までを歴史的にたどりながら、成長と健康の関係を 丹念に分析することで、格差の背後にあるメカニズムを解き明かす。 「本書は、進歩と格差の間の終わりなきダンスについて記している。 …単純に考えると、貧困からの脱出は金銭的な問題だと思いがちだ。 だがお金と同じくらい、もっと重要なのかもしれないのが健康と、 繁栄する機会を手に入れられるだけ長生きする確率の向上だ。 …富の歴史について語る本は数多くあるし、格差の歴史について語る本も多い。 健康と富がいかに密接な関係にあり、健康の格差が富の格差をいかに鏡のように 反映しているかについて語る本もたくさん出ている。私はその両方について 一冊で語りたいと思う」(はじめに) ≫ ▼ その格差も浮き沈みがあり、目まぐるしく変化する。元プレイボーイ誌の 編集長の島地勝彦が、作家の故シバレンに受けた薫陶、『いいかシマジ、 平等や民主主義なんてものは、人生に何も生んでくれやしないんだ。上質の 脳みそに裏打ちされた、えこひいきを享受出来る人生を歩まなければダメなんだ。 えこひいきされるようじゃなくちゃ一人前とはいえない、みんなと同じように 行列に並んでいては凡庸な生き方しかできないだ』が、面白い。沈んだまま では・・ 沈む時には沈めばよいが、何事も備え! 国の幸福度は、たいがい、 平均年齢で計ることが出来るという。その点、ロシアが酷いという。解るが! その点、日本は平均年齢が最上部にあるが、幸福感が少ないのは何故だろう。 島国で、海が要塞となって長い歴史の中で、揉まれてないため。 小学校から大学まで、同期会・同級会は可能な限り出ているが、格差と 健康問題は、嫌でも目に付く。上質な脳みそは、自らつくっておかないと! で、このザマだが。これも、格差の範疇で沈んでしまったということ? 石ころの大小、形を比較したって、所詮は砂利の話。 気にしないこと! ・・・・・・ 4845,「事業人生を決心して45年」の語り直しー19 2014年06月20日(金) * ペガサスクラブの加入と、システムの改革 衣料量販店は、天候と相場を敏感に読み、時間差で勝負するのが要。 それには情報を多角から取り、後は直感に頼るしかない。その感覚を、 僅か数ヶ月で知ることになる。そのため、産地の大問屋の太いパイプが 絶対に欠かせない。 その冬のシーズンも大成功のうち終わり、事務所で 円座をして、ストーブで温めた日本酒を乾杯した時の旨さが格別。毎日が、 全てが新鮮で、知らないことだらけ。その経験そのものが面白く、次々と 知恵が湧き出ていた。 その年の暮に、チェーン店展開を指導する『ペガサスクラブ」に入会し、 衣料チェーンの展開を錦の美旗にする。そして、大御所の渥美俊一のセミナー に隔月ごとに聴講することになる。このカリスマ、当時の新興チェーンの 拡大に大きく影響していた。卒論に、その著書をネタ本にしたこともあり、 そのセミナーの面白さは、この上ない。おまけに、聴講者はチェーンの幹部。 チョットした会話でも充分に元がとれた。現場でも、セミナーでも、全てが 学びの場になっていた。振返ってみて、当時の自分自身は、父親の秘蔵っ子で、 20歳代でジャスコ、いとはん勤務。そして、貸ビル建設と、その中で、 養老乃滝、ベーカリーをオープンさせていたのだから、凄いエネルギー。 姉夫婦が焦るのは肯ける。 ところで、改革で直ぐに手をつけたのが、 ジャスコ、いとはんで取り入れていたチェーンストア統一伝票システム。 これは、5枚綴りの複写で、・仕入先別、仕入伝票1[青] ・仕入伝票2[緑] ・仕入伝票3[灰色] ・物品受領書4[茶色]・納品書5(控)[紫]になっていて、 大口の仕入先に持ってもらい、仕入れ商品の内容を書いて、同封してもらう。 そのうち一枚が先方に、残りの4枚が、そのまま、商品管理、仕入管理、 経理の支払管理に使えるシステム。これは部門別管理にも大きは働きをする。 また、部門別内の小項目が、そのまま、商品管理にもなる。 数値責任が 明確になれば、仕入れや、販売を担当者に大幅に権限委譲が可能になる。 そのベースをつくるに、2〜3年はかかるが、旧来の社員も何の抵抗もなく、 あっさりと導入出来たのは、システムが、シンプルで、便利であるため。 もちろん、大手のメーカー、問屋が多くが、このシステムを取り入れていた。 次に、仕入れと販売の担当責任制度である。現場の情報を、仕入れに直結 するには、仕入れ権限を現場に与えること! 帰って一月も経たないうちに、 翌年の新入社員の採用の時期になった。 さて、何人にしようかと、考えて いると、長年、勤務の内幕情報屋的存在の総務の女史が、「思いきって多く 入れた方が良いですよ!」と、助言?してくれた。 要は「殆どが辞意を持った 社員が、多いですよ!」ということを察知し、当初の予定の二倍の13名を、 採用する。 ところが、翌年の年次を含め、新しいシステム導入に、丁度 良い教育対象になっていた。 次は、TKCの伝票システムの導入である。 これも、思い切って判断した。そして、接客などのマニュアルの作成と、 売上日報の解りやすくしたカジュアル化。 不信感の強い既存社員からの 情報は皆無の中、それならば、欲しい情報を日報に書かせればよいと、 次々と、項目を増やしていった。こういった現場での知恵は、立ち上げの 経験から、身についていた。創業は、瀬戸際に自らを追込み、ことに 直接触れ、エネルギーと知恵を融合しカタチ創ること!
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2018年06月19日(火)
『老年を愉しむ10の発見: ドイツ流「穏やかに生き抜く」哲学 』 ヴィルヘルム シュミット (著), * 「いい人生だった」を言える人生を 人生を振返り、「いい人生だった」、一日を振返り、「いい一日だった」 と言えるために、最後の4分の1の老齢期を泰然と生きるべしと、著者は言いたい のである。それも、長年の準備が必要とする。 『いい人生だった!』の言葉を 聞いたのは、私が27歳の時だった。父が余命1年の末期ガンを察知し、その恐怖心 と格闘していた最終に近づいたとき、『ああ、良い人生だった。今度、生まれても 全く同じ人生を生きたい』と突然、話したことを思いだす。その時に、 私の僅かな死に対する知識、 『哲学でさ、自分って死なないっていうの知ってる。死んだ瞬間、自分が消滅 するでしょ。死体は、もう自分でない。死体を見るのは他者でしょ。 だから自分は永遠に生きると考えられるでしょう。』と聞いた父がハッとし、 『こんな話を聞いたのは初めてだ。死が何か、ここで初めて知った』と正直に 吐露していた。それより、太平洋戦争を跨ぎ、2つの人生を生き抜いてきた人も、 死の前の恐怖心には… で、私も「いい人生だった」― の、この一言を口に 出来るだろか? ≪ ―内容紹介― Amazon ドイツ『シュピーゲル』誌で18週にわたりベストセラー1位の話題の書! 年を重ねる中で得ていく「落ち着き(Gelassenheit)」とは何か。 私は「アンチ・エイジング」より「アート・オブ・エイジング(年をとる術)」を 身につけることが大切だと思う。これは、老化というプロセスを拒否するもの ではなく、それとともに生きるための術である。―ヴィルヘルム・シュミット ・これから得られる「豊かな実り」とは ・自分に起こる「変化」と折り合いをつける ・「それまでの積み重ね」が花開くとき ・「心穏やかに生きる」のに欠かせないもの 〜カスタマー・レビュウより 古代ギリシャの哲学者デモクリトスが「朗らかさ」を、 外的な財産や感覚的な満足感に依存しない最高の「内面的な財産」とみなした、 というエピソードが心に残った。 快活さ=平安に満ちた心地よさを持つための土台が「生」についてなどの スケールの大きい思慮から得られた朗らかさだと。 彼自身、「笑う哲学者」と呼ばれていたほど明るく快活だったという。 快活こそ悟り。≫ ― ▼ 紀元前6Cのピタゴラスの時代より、死に方に対して様々な可能性について 語られていた。生きているうちから繰返し何度も「死の瞬間」という極限の 地点に立っているつもりで、これまでの人生を振返り、それを自ら評価し、 時に人生の新たな指標をもとめる哲学的修練。 この数年、何度何度も、死に関する読書の中で自問自答し、夜半に独り、 考えてきた。それを考えることは、自らの人生を振返ることになる。 人生において何が大事だったのか。何を間違っているかの問題に行き当たる。 如何だろう? いい人生とは何か?からすれば、自問自答で満点のはずだが。
・・・・・・ 4844,「事業人生を決心して45年」の語り直しー18 2014年06月19日(木) * 衣料量販店のコツ 肩書きは取締役本店店長。通称、「店長」。母が社長で、兄が専務。 家業そのもののパパママストア。出社日から多くの判断が次々と求められたが、 衣料量販店経営など全く知らない白紙からの出発。ところが、その白紙状態が、 結果としてベストに働くことになる。心だけでなく、何事も、空即是色である。 四日市、神戸、桑名、金沢、千葉と渡り歩いてきたが、いずれも、駅前は競争 激化と、新興のチェーン店の進出で、劇的な変化の過程であった。ところが、 当時の豪雪は、現在と比べようもないほど多く、冬期間は、雪の壁が、町を 遮断する特殊の商圏でもあった。そのため、地元百貨店が二店。 金沢の百貨店と、寄合専門店ビルと、実家である衣料量販店と、その支店の ファッション衣料店が、そして駅に隣接した一等地に大型チェーン店が、 駅前のメイン通りに並んでいた。しかし、豪雪地区のため、他県からみれば、 その波の強さは、穏やか。この本店、規模の割には、「超繁盛店」で全国で 知られていた。その中での、御家騒動は、世間話の絶好のネタ。 本店の過去のデーターは、全てを前任者が持ち出し、その上に、前任者達の 意をくんだ残留者は無言の抵抗。一週間、二週間経つうちに店内の商品が底を ついてくる。その中、地元の問屋の一社が、当面、全面協力をしていた。 そうこうするうち、私の知らぬ間に、秋物衣料相場が、値崩れを起こしてきた。 普通なら、導入期に一通り秋物を並べ、次の最盛期に値崩れの仕入れをして、 稼ぐ。しかし、導入期の商品が無い中の、絶妙なタイミングに、東京、大阪へと、 現金を持って初めての仕入れ。何も知らないのに知ったふりの緊張感の中での 仕入れは、今でも忘れられない。そして、何とか値崩れ品の仕入れが終わった。 そして次回は、名古屋、大阪、岐阜へ現金問屋や、メーカーへの飛込み仕入れ。 その時、思い浮かんだのが、父と中、高校時代に一緒にまわった記憶。 まずは、一回り目は情報を取り、そのシーズンの流行と、相場を把握。その後、 商品を選び出し仕入れていく。それも現金で。右上り時代の中で、誰も忘れて いた商売の原点を、動物的直感で綱渡りの瀬戸際で、始めていた。何とか一月が 過ぎた頃、店に高崎の有力衣料問屋の部長が訪ねてきた。店頭の立話しだったが、 現在の経緯と、自分の経歴と、現状を手短に話したところ、『当社として、 全面的に協力します!』という。暫くしてから、その意味を知った。それは 『その窮状を、産地問屋として、当分の間、原価ギリギリで商品を提供します!』 であった。これが、大きかった。それに現金を持って産地を歩く、基本的原理を、 父から教わっていたことも大きい。これで、地元の問屋、メーカー、百貨店の 相場を根こそぎ叩き壊す、本来の姿に戻ったことになる。その中、その年末は、 思いもよらない暖冬で、冬物衣料の相場が大崩れをした。他の大型店は、事前 予約の冬物の在庫の山だが、当方の店の中は、予約など無しのカラ。 その中での、大阪、岐阜、岡山、に現金を持っての仕入れ。多くの筋ものが、 半値以下の大量仕入れ。それを、そのまま、小利で売りに出せば、大当たりに なって当然。 時代の流れもあって、全てが、プラスに働いていた。 激変の中、むしろ既存の常識無視の方が、プラスに働く。
・・・・・・ 5574, 突然、余命宣告を受けました ー�� 2016年06月19日(日) 『あの世へ逝く力』 小林玖仁男著 * 自殺願望の八割が、いざとなると 苦しめるために生かしておくような延命治療なら、そうそうの安楽死を選択 したいが、現実は痛み止めの薬を強くすることで早めに死に導く。安楽死に ついて、まだまだ議論が足りないようだ。 考えてみれば、人間は穏やかな 自殺か、安楽死の道を歩いている。 自分の死の決断こそ、最期に残された 人間の最大の自由の行使になる。 〜その辺りから〜 ≪ 現在スイスでは安楽死が認められていますが、興味深いデータ報吉がある。 自殺蓄助による安楽死を希望する場合、希望者の医療記録を徹底的に分析し、 生き続けていくのが困難だと判断された場合にのみ致死量の薬が処方される そうです。しかしここからが驚くべきことなのですが、安楽死のための薬の 処方が可能と判断された患者でも、いざ安楽死可能と分かった時点で"自殺願望" が弱まるというのです。その割合が何と八割もの人々の自殺願望が急速に冷める。 つまり、「苦しみながら死を待つ。この生き地獄から抜け出すことが可能と 分かれば、この理不尽に社会が理解さえ示してくれれば、我慢もできる」と 言っているのです。やはり、倫理観からも、宗教観から見ても、家族の手前も、 「苦痛だから死ぬ」というのは、どこかでなじめないのかもしれません。 だから、「この苦しみに、大いなる同情と、法的な権利さえくれればそれで いい。我慢もできる」と。気持ちを分かってさえくれればー。そういうこと なのではないのでしょうか。≫ ▼「苦痛を最小に消え去りたいため、余命を告げられたら、早々、リンゲルの 大量投与を」と思っていたが、「いざ安楽死が可能になると、八割が自殺 願望から冷める」という事実。何だろう、これは? 〜ところで、私が生死に関する言葉で、気に入ってるのが、 <死ぬことは、生前の自分が存在しなかった状態に戻るだけ> <遺伝子が私の身体を借りていただけ、それが無くなっても、数限りない 遺伝子が、何処かの身体を通して生き延びる。「私」など他愛のない存在> <充実した過去と現在を生きている(きた)なら、死など、恐れることはない> <死んでしまえば、それまでよ。生きている内、できる内。> <当人にとって、『死』は存在しない。死んだ瞬間、本人は存在しないのだから> <宇宙の彼方から地球へ旅に来て、見るだけ見て、するだけして、帰っていく のが死である。> それにしても、辛いだろうに。
・・・・・・ 5939,閑話小題 〜無知は、教養より金がかかる 2017年06月19日(月) * 無知は、教養より金がかかる <教育にはカネがかかる。とはいっても無知にもカネはかかる。 〜クラウス・モーザー卿 > ☆ 何とまあ、人生をシリアスに切って捨てた言葉である。 そう、人は無知で失った方が、知っていたが故に得たことより遥かに多い。 なればこそ、無知を少なくし、知識など教養を長年かけ蓄積しておかないと。 私の場合、5歳までの、家系としてのベースが貧弱だったということ? いや、それは99%の人たちに当てはまること。ならば学び続けるしかない。
* BE(なる)―DO(する)―HAVE(持つ) <目標は、この3つのうち『持つ』の部分。スタイルが良くなりたい、恋人や 配偶者といい関係を持ちたい、あるいは百万ドルほしい、こういった目標は どれも何かを『持ちたい』です。目標が決まると、次に、そのため何をなす べきか、リストを決めまtす。問題は、スタイルが良くなる、金持ち、BEの状態 になること> ☆ 以前、<上手くいったから幸福になるのではなく、幸福であればこそ 恐れることなく上手くやれる>という幸福論の一つの道理について触れた。 < BE(なる)の状態なればこそ、―DO(する)のプラス循環の結果、―HAVE (持つ)になる> 6年前の大きな節目からこの方、見えたのが、マイナーの 人たちの視線。彼らは自らの傷口の膿を、他人の傷口に塗りつける自傷行為の 業の磁力が強い。マイナーのばい菌は、人に塗りつけると、他者のばい菌が、 当人の膿を更に濃厚にする。その毒のため、何人かが倒れていったような。 自業自得、いや事業自毒。 これは私自身にも当てはまることだが。 で、当時、直ぐに実行した手順が、2ランク上の習慣づけ。慣れてしまえば、 習慣自体は「第二の天性」となるはずだが… ただ淡々とコナシテいる。 ベストのことは、張りのある充実感と、毎日が兎に角、面白いこと。 〈・BE=充実感のある日々 −> ・DO=生活習慣 −> ・HAVE=楽しみ〉 『こんな日々の何が楽しい?』かって。 『いいじゃないですか!これで…』 「知らないバカ」と、「知ってるバカ」と、どちらがマシ? 「知ったかバカ」もいるが、「知ってるバカ」は、まだ、すくいがあるか? ・・・・・・ 5209,閑話小題 〜何気ない会話の中で 2015年06月19日(金) * 何気ない会話の中で 先日、中学校の来週の同期会の幹事の打合せの会で、顔は何となく憶えて いるが、話を1〜2度したかしないかの男が隣席に座って酒を酌み交わす 中で、私が、『以前も話をしたかもしれないが、たしか40年以上、消防隊員 になったと憶えているが・・ 』と語りかけると、次の言葉が返ってきた。 『自分は、当時の花の中卒で、地元の津上製作所に入社。同期の殆どが、 夜間高校に4年通い、高卒の資格をとって地方公務員に転職をしていった。 自分は消防署に勤め変え42年間、勤め上げた。』と、さらりと言った。 15歳で働きながら高校資格をとって地方公務員になり勤め上げるコース。 こういう人生もある。これまでの私の恵まれた?生活環境と、あまりに 掛離れた生活環境に、言葉が出なかった。地道だが、地に足のついた 恵まれた人生である。 問題は、自分の歩んできた人生を肯定できるか どうか。消防士といえば、火事と救急救命の現場の仕事。そこでは、 様々な露出した人生模様が垣間見れる上、生き死にの瀬戸際に立ち合う。 小さな世界の安穏とした人生を根こそぎ否定してきたが、それも人生。 彼にとって、救急搬送と、消防は、生き死の境目の現場の仕事である。 何か世間とかに捉われていたのは、逆に自分ではないか? 日々、是、 目覚め。それぞれの人生を否定も、肯定もしてはならない!ということ。 数年後?には、私なりの結末(死)が待っている。 貴方もだが・・ 『ああ〜、面白かった!』と、心底から言えるかどうか。 そういえる背景には、いえるだけのエネルギー量が必要だが。 ・・・・・・ 4477, アベノミクスへの疑問 2013年06月19日(水) 日本経済の危なさは、二年前の事業断念に至るプロセスで直接、肌で感じ 取っていた。ここでバブル経済とは、とんでもない誤りを犯そうとしている。 「10年後に一人あたりのGDPを150万増加」など、方向は逆。 それも以前に放り出した元首相二人が恥ずかしげも無くである。 何人かの経済学者がアベノミクスに批判をしているが、円安、株高の現象の 前に表立っていない。 先日、図書館で借りてきた 「文藝春秋4月号に神谷秀樹のレポートーアベノミクス「危険な熱狂」ー があった。ネットで調べたところ、これを簡略したブログの内容があった。 ★ ーブログにゃんと〜 ー神谷秀樹『アベノミクス「危険な熱狂」』 文藝春秋4月号の一部を抜粋ー ≪◎ アベノミクスを冷静に分析し「A=アセット(資産)、B=バブル、 E=エコノミクス」と揶揄している人々がいるが、彼らのほうが正しい ことは、いずれ歴史が証明する。いま喜んでいるのは、バブルに乗って 一儲けしたい投機家ばかりだ。「持続可能な経済基盤」を構築するものには、 人口、中産階級の収益力、イノベーション(技術革新)、エネルギー価格、 政府の健全な財政等々があるが、中央銀行はここに述べた経済成長の大きな 要因のうち、何一つコントロールできない。 ◎ 安倍政権は「市場にお金が不足している」と考えているようだ。 だが、これは完璧に間違った認識、市場にはお金があり余っている。 企業はもてあますほど現金を持っており、日銀の当座にも銀行が使い 切れない「ブタ積」が山ほどある。 ◎ 株価が上がって投機家は喜んでいるが、何も企業の競争力が回復した わけではない。企業の持つ外貨資産の評価額が上がっているだけの話だ。 (中略) 外貨建ての資産が評価益を出すということは、裏返せば円建て 資産が、国際通貨のバスケットで見れば価値が目減りしていることになる。 ◎2000年代初めから民主党に政権を譲るまで、 自民党政権時に彼らが行なった不況対策は、 ?「円安麻薬」で輸出ドライブをかけること、 ?「契約社員化」で賃金を切り下げ、国際競争力を維持することだった。 しかし、この政策は完璧に破綻。 「インフレを起こせば賃金が上がる、雇用が増える」というのは、 全くのイリュージョン(妄想)で、「国際的に価格競争力を失ったのは 円高のせいだ」というのもイリュージョンだ。 競争力を失った理由は、 同じ質の労働に対する賃金が海外に比べ高い、製品の質の面でも優位に 立っていないことだ。 ◎「バブル崩壊の対策は新たなバブルの演出で」が正しい処方箋でないのは 「失われた二十年」で学んだ筈だったが、実際には学んでいなかったようだ。 ABEがバブルを大きく膨らませれば膨らますほど大きな破綻を日本に もたらし、その時はもう復活不可能なほどの致命傷となるだろう。≫ ▼ グローバル化の中では、日本一国の金融緩和でコントロールが出来よう はずがない。アベノミクスは、一部の輸出産業と大手の金融機関がプラス になるだけ。逆にマイナスのエネルギーは、弱者を直撃する。 二ヶ月前の地元の高校の同級会の当初からのメンバー20名をみると (5人が死亡)、この1〜2年で私を含めて6人が倒産、廃業、自殺、経営 責任での辞任などで(半数近く)やられたことになる。そう遠くないある日、 中国かアメリカの投機筋から、売りを浴びせられ株価が暴落するだろう。 参院選前にもう一度、そして、参院選挙の後の秋あたり。 ・・・・・・ 4103, 閑話小題 ースローヨガ 2012年6月19日(火) * スローヨガ スポーツジムで週二回ヨガに参加して三ヶ月間、殆んど休まず26回参加。 ところが一月程前からオウム教の元信者の逮捕が相次いでいる。オウムはヨガ 教室を隠れ蓑に信者を引き込んでいた。それ以来、ヨガ教室のイメージが悪く なり何処もピンチに見舞われていたが、時間と共に愛好者も増えてきている。 私の参加しているのは50人定員で、平均40人位が参加している。 これだけの数がエアロビの教室内で一同に会して暗闇の中で、ヨガのポーズを とっていると不思議な感覚になる。 ヨガは回数を重ねるごとに、その空気に 馴染んでくる上、終了前の10分位の間、仰向けで大の字になって意識を 身体から出すイメージを持つ時間が良い。マントラの音楽を聞きながら、 全身から力を抜いて宙游した気持ちが何時までも続いて欲しいと思ってしまう。 それを利用してマインドコントロールをしたのがオウム教。俗世の汚濁に戻り たくなくなるのも分かる。 毎朝、自転車で信濃川の二つの大橋を一周する のを習慣化して三年目になるが、ヨガの世界に似ている。大手大橋で弥彦山 から米山までの100キロ近い展望の中、引きチャリをしながら半眼で、深呼吸 をして「地球の中心点を擬人化したX」と対話を10分近くしている。 それが、ヨガの最後の仰向けの瞑想?と似た感覚である。 精神的・肉体的 にもベストの経験を、毎朝のポタリングと、週二回のヨガで体験している。 早朝の農作業も、似たような気持ちになるのだろう。「ヨガは肉体も精神も 宇宙の一部とみなし、同化させる業」というところからみて、当然のこと だろう。魂が現れ出るということか。 * 日本の初めての流行歌は? 近代的な流行歌第一号は「宮さん宮さん」だそうだ。明治元年・一八六八年 三月に薩長土肥の官軍が錦の御旗を押し立てて、東海・東山両道から江戸に 向かって進撃する道々うたったもの。したがって日本軍歌の第一号でのある。 現代の流行歌第一号は、大正三年、島村抱月の芸術座が帝劇で上演した『復活』 の劇中歌「カチューシャの唄」。松井須磨子が舞台でうたって大ヒット、 翌年レコードに吹き込んだ。女優松井須磨子はまた流行歌手の第一号でもある。 流行歌のスタンダード・ナンパーとして、現在も広く演奏され、うたわれている 「船頭小唄」は大正一〇年ごろからはやったが、歌の大ヒットに目をつけた 松竹が、当時新人女優の栗島すみ子で映画化し、これも大ヒットし「小唄映画」 と呼ばれる流行歌の映画化第一号となった。他にの説が多くあるが。
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2018年06月18日(月)
〜『死の準備教育』曽野綾子著より * 死ぬまで5分間我慢する 曽野綾子女史の言葉である。死について数多の書物を読んできたが、 この一言は、「強烈」である。 たった、これだけのこと誰が教えてくれた?
【私は弱いから、暗示がよく効いたのである。私はいよいよ或る種の男よりも 強くなり、ますます、女らしくなった。何にせよ、いつ死んでもいいと思うこと。 死ぬまでに5分我慢すれば死ねる、と考えることは、私の精神の安らぎに役立った。 私はその5分間に決して平成ではあり得ないだうけど。】 ― ▼ そうか、5分か! イメージとして、先だった家族に囲まれてボンヤリ 消えていく。こらなら、イメージコントロールが出来る。面白そうである。 しかし、死期を悟って、最期の5分に至る道は地獄道である。煉獄といういう のが、それだろうか? 恐怖心がつくり上げた究極の心理状態で、恐れて待つ より、早く、その5分後先の安楽を期待する方が、気持ちは遥かに楽? 生まれてきたからには、どのみち、死ななけらばならない。 どのみち、人生、プチッで、終わるのだから。 暗い? 暗黒の中心点を 凝視するしかない、この問題は。そうしないと灼熱砂漠の真只中で慌てるよ。 ―― * 死の果たす役割は、平等の『死』である 死の清算があるからこそ、面白く、味が出てくるのである。死からすれば 全てが夢幻である。人生で、何が面白いかといえば、死ぬからである。その 当り前のことを、我々は忘れてしまい、無駄に人生を過ごす。 勿体なじゃないか、など微塵も思わない。公平でないところが、奇妙? 【もし人間が平等であるとするならば、それを果たしているのが「死」である。 誰もが一回ずつ死ぬのである。しかし、日本の教育は死を教えなさすぎた。 …戦争体験をした私は小学校のうちから、否が応でも毎日、死について考える 癖をつけられた。だが、戦後教育では死を考えることがタブーになった。 人が何歳までも生き続けることが医学的に目指すようになり、人が死ぬかも知れ ない状況をつくる政治は「悪政」とみなされて、批判される。 今は死を覚悟しましょうというだけで、戦争を連想させるとか、貧困を肯定する とか、批判が出るが、それがおかしい状態である。死は人間の運命であり、人間 の生きかたなんだから。】 ― ▼ 中学校の古希を祝う同期会で、司会で、「古希を過ぎると、背後にいる死神が 前から迫ってくるとか云々…」を話していると、『3・10・60・27の法則』の 27%男が、『暗い!』の一言。ハイデッガーって何?は、60+27=87%の問い?… メメント・モリは、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」。 【小説】「死を忘れるな」CommentsAdd Star < イギリスの作家ミュリエル・スパークの『死を忘れるな』。 登場人物の平均年齢が70歳代半ば以上という高齢者小説。それぞれのところへ 「死ぬことを忘れるな」という謎の電話がかかってくるが、対応はさまざま。 慌てふためく者、警察に訴えて犯人を見つけようとする者、そして穏やかに それを受け入れる者。生きることは常に死ぬことと背中合わせになっている訳 だが、人生の真っ只中にいると、そういうことは忘れがちである。 だから、「メメント・モリ」。> 72歳男の心象風景は、「同年代が4分1が亡くなり、残りの半数が介護。 とすると、健常者は8分3の世界」 死は、ある日、突然やってくるのではない。 「生/老/病/死」と、じわじわと前側から近づいてくる。近づけば近づくほど、 その影は色濃く迫ってくる。
・・・・・・ 5573,突然、余命宣告を受けました ー�� 2016年06月18日(土) 『あの世へ逝く力』 小林玖仁男著 * 言葉のチカラが、心を救う 言葉の力は絶大である。【心の傷を通して、あなたの優しさが沁みてくる】 死に直面したから、人と心の優しさを感受できるのである。死に対しても、 [正・中心・一点・無]に向合っていけば、無限の慈愛を得ることが出来る。 後ろ向きになるほど、恐怖心は大きく圧し掛かってくる。あの世に逝くのにも 力が必要のようだ。しかし、全身脱力で。 ≪ 恐怖感が薄らいでくると、徐々に死の覚悟らしきものが見えてきました。 それは友人たちをはじめとする多くの人の言葉に支えられた(ている)からでも あります。濁流に呑み込まれそうな私を引き上げてくれ、どうかすると叫び 駆け出したくなるほどの際どい精神状態を、何とか押しとどめてくれました。 ・「悪魔と取引してでも生きることを考えてみて」 友人。 ・「父も間質性肺炎だったが苦しいのは最後の一週間。なら他の死も同じ」友人。 ・「これからは、なるべく僕がそばにいて支えるようにします。それに小林さん からは、まだまだ吸収したいものがたくさんあるから、横で盗みたいんです」 知人の息子さん。 ・「神社仏閣は、当時の陰陽師が決めたパワースポット、行けば落ち着きます」 「我慢せず泣き喚いたほうが楽になる。私が手を貸しますから」ライフコーチ。 ・「夕日の没れるが如し(万事休む時である)」鹿島神宮のおみくじ「凶」の言葉。 ・「小林さんがどう死を達観しようが、僕はまだ認めないですから」大学の後輩。 ・「大変なことがあると自分が大きく変われますよ」占い師。 ・「ふるさとに行かれたことはとても良かうたですよ」占い師。 ・「小林さんは新しいステージに立った。死を覚悟したから、生を大切に 生きられます」占い師。 ・「気持ちと、運気と、医療と、努力が整えば、より長く生きられます」占い師。 ・「求めなさい、そうすれば必ず与えられます」教会の牧師。
・「笑えば必ず、病気は持ちこたえられます」ライフコーチ。 ・「もう、ろくでないことなんか、なぁ〜も気にせんでよかと。たっぷり お金を用意して世界一周クルーズでも行ったらよか。ところで、死ぬにも お金がかかるけたい。あんた大丈夫?」博多の知人女性。 こういう言葉の全部が私を勇気づけ、奮い立たせ、「死の覚悟づくり」を 手助けてくれました。≫ ▼ 父親は余命宣告どおり、一年で亡くなった。その間、自分の心と、母親を 観察をしていたが、最愛の人とはいえ、あくまで他人事。その刹那さの一部も 引受けることなど出来はしない。そうと思わないと、精神のバランスを保てない。 子宮の管に巻かれ息苦しい苦痛の中から産まれ、最期も一人、管にまかれ七転 八倒の中で死んでいく。生まれるも一人、死ぬも一人である。最期の一週間は、 もう生きていたくなくなるほど、苦しめばよい。そう割切るしかない。 元気な身体と、良好な精神状態で、出来る限り生きたいが、時期がきたら、 早々、逝くのも悪くない。40、50代で亡くなった人には、少し早めに逝かれたと 思っていたが、そうでもなかった? 当人にとって、丁度良かった? 偶然だが、で、以下に続く! ―――― 5208,「自分」という言葉自体が「自然の分身」 2015年06月18日(木) 『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』堤未果:佐治晴夫対談 * 世界を通して私自身のことを学ばされる こだまでしょうか 〜金子みすず < 「遊ぼう」っていうと 「遊ぼう」っていう。 「ばか」っていうと 「ばか」っていう。 「もう遊ばない」っていうと 「遊ばない」っていう。 そうして、あとで さみしくなって、 「ごめんね」っていうと 「ごめんね」っていう。 こだまでしょうか > ≪ 佐治:人間という生きものは何か?の答えは自分で考えていても 何も出てこない。「自分を包括する宇宙を知ることで、人間というのが 見えてくる。 私たちは自分の顔を自分で見ることはできません。 相手の顔は見えるけれど、自分の顔は鏡に映しても左右反対ですし、 小さい粒子の集合体である写真がそのまま自分の顔だともいえない。 だからあえていえば、私の表情は、あなたの表情のなかに見るしかない、 ということになりますね。あなたの表情を見て、私の表情を推測している。 堤:相手がいてこそ、自分のことがわかる。鏡なんですね. 佐治:そこに宇宙の研究の目的があるというわけですね。繰り返しますが、 自分のごとを知るためには、自分を包括している宇宙のことを知ること。 それによって自分が見えてくる。それが宇宙研究の目的です。 堤:私は昔あたまでっかちな理想に燃えていて、国連で働いていたころは、 いろいうな悪いものを排除したり、世界を転換させなければ平和はこない と思いこんでいました。でもジャーナリストになり、取材していくと、 二人の人のなかにも善と悪が同じくらいあって、一つの国のなかにも 善と悪があることに気づかされた。広く世界を見ようとするほどに、結局 自分自身と向きあわされる。世界を通してじつは私自身のことを学ばされる。 佐治:当然ですね。それを数学の言葉でいうと、フラクタル(どんな微小な 部分をとっても全体に相似している)構造だということになるのでしょうね。 全体のものは自分という部分にすべて投影されているということ。世界って そういうふうにできているわけです。そうでなければ世界というのは物理的に 存在しえない。木の全体像を考えれば、全部、Y字形の枝の分岐でできているで しょう。その分岐の仕方によって松の木になったり桜の木になったりしている。 木をよく見ると、全体もY字形になっているし、枝も葉っぱもY字形になっている。 つまり、全体というのは、部分のなかに投影されているというのが、数学的に 見た世界像です。全体を見ることによって、自分がわかるということですね。≫ ▼ 心の合せ鏡を持つ必要性をいっている。世界を、宇宙を合せ鏡にして、己を 知ることだ。逆に、己を合せ鏡にして世界を見ると、歪んだ小さな自分の分が 見えてくる。「こだまでしょうか」の、幼児の問いかけが、そうである。 内語で、さて「遊ぼうか」と問いかけ、そう「遊ぼうか」と。 「今日は、寝てようか」といえば、「そうだ、寝てよう」と。 「俺って馬鹿か」というと、「つくづく俺って馬鹿だ」と返ってくる。 「これで良かったのかな」といえば、「今さら、仕方がない」と、ブツブツ。
・・・・・・ 4476, 閑話小題 ーオノマトペ 2013年06月18日(火) 6月11日のNHKの情報番組「クローズアップ現代」で、「にっこり」「ドキッ」 などのオノマトペの魅力を取り上げていた。擬声、擬音語には、その背後の豊か な情報を伝達する力があるという。 ーNHKのHPによるとー ≪ 「ぐにゃり」に「ほっこり」。「ぱみゅぱみゅ」に「じぇじぇじぇ」。 今、私たちの身の回りでオノマトぺ=擬音語、擬態語が急速に増えている。 放送では、 * トップスポーツの現場から。「“べちょべちょ”」「“ぬめぬめ”」 * 新製品の開発を模索する企業でも。「“ガシガシ”」 * ロボットの人工知能の研究現場まで、“どどどどっ” と熱い視線を集めているのです。人を引き付ける理由は、オノマトペが 持つ音の爆弾とも言われる、“ドキッ”とする力。オノマトペは、普通の言葉 とは比べものにならない豊かな情報量を持っていることが明らかになった。 言語学者は、「普通の言語では、そぎ落されてしまったものが全部、オノマトペ の中に引きずり込まれて凝縮する。」 大手コンビニチェーン 広報 「“もちっと”ホットケーキや、“もちもち”くるみパンが、人気があります。」 商品名に、“もちもち”と付けると、売り上げが5倍に増える。そんな都市伝説 のようなうわさが、駆け巡っているという。大手コンビニチェーンの広報では、 「“ふんわり”とか、“サクッ”としていない商品は、比較的“もちっと”。」 おいしいを感じる言葉のアンケート調査でも、“もちもち”や、“もっちり” がどんどん急上昇する一方で、“コシのある”や“舌ざわりのよい”は、 “ひゅるひゅるっと”急降下。短く直感的に伝わるオノマトぺがランキングを 席けん。オノマトペは、“パキッと”堅いイメージのある国会でも増殖・・ ≫ ▼ 小泉元首相が、一言コメントで、国民の‘考えない層’の取り込みで世論を 巧く誘導したが、「一言実感売り手コメント」とも言える。ツイッターの発信は、 現場感覚のオノマトペのようなもの。スマートフォン、タブレットの情報端末も、 現場感覚のオノマトペを親しみやすくしている。早朝の信濃川の土手の、ある場所 で「あ〜あ、清清するな!」と独り呟いているが、これも、それか。 変わった スナックの名前に、‘ひとり静か’‘それから’‘そこ’‘どん底’などあるが、 オノマトペのニュアンスの店名が増えてくるだろう。で、「面白スナック名」と 検索したら、「まぬけ」「あくびちゃん」「夜光虫」「団地妻」「メロメロ」 「あんたが大統領」「スナックとしま」(池袋にある)「いい娘(こ)銀行」 「居酒屋どんぶり勘定」。 そこで考えついた面白いスナック名・・ {化け猫、寄生虫、からおけ音痴、娑婆娑婆、ここそこあそこ、ノミスケべイ}。 とっておきは、「ま、いいか!」以前、新潟駅前にあった? 「へっくしょん」「ずぼずぼ」「プッツン」も?
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2018年06月17日(日)
* 鼻孔さっぱり、ノーズクリーン 半年に一度ぐらい、スーパー床屋に行くが、座ったと同時に「300円で鼻毛を 取りませんか? 粘着ワックスを使って一瞬で鼻毛と角質を取れます。スッキリ しますよ」と誘われ、300円ならと受けてみた。鼻の穴に少し温めた人さし指ぐらい のジェル状の塊を入れられた数分後に一瞬で抜かれる。少し痛いが、耐えられる 範囲。で、成るほど鼻孔が、これまでと違う軽い感覚。 抜かれたワックスを 見せてくれたが、数ミリの産毛と角質がビッシリ付いていた。勧めの言葉とおり、 ‘鼻孔スッキリ、これは良いわ’の実感。 さっそくネットで調べると流行ってるらしい。ドラッグでも売っているようで、 自分でも可能。その夜半、寒さもあってか、夜半にクシャミの連発。鼻風邪か? と思ったが、翌日には治まっていた。人差し指が届く範囲のため、奥の産毛は 残るため、チリから肺が守れるというが、寒さは無理ということ。 ―― * 野本恭八郎 先日、<牧野の殿様、3万石の世界>のテーマで野本互尊翁について書いた。 戦前、父親が骨董商をしていた際に、津上退助と、野本翁の二人に気にいられ、 多くの骨董品を納めていたと聞いていた。で、ふと、二番目の姉の名が、「恭子」 私が「八郎」は、恭八郎から頂いたのでは?と、思い至ったが、如何だろう。 確か、家に彼の書画があった。父親から聞いてなかったが… 名前には、 様々な親の想いが込められている。フルネームは、最短の物語というが。 〜ネットのコトバンクによると 【 1852−1936 明治-昭和時代前期の社会教育家。 嘉永5年10月24日生まれ。 第六十九国立銀行取締役,新潟県会議員などをつとめる。互尊即独尊を説き, 大正4年長岡に互尊文庫を創設。昭和9年には日本互尊社を設立し,全財産を寄付。 昭和11年12月4日死去。85歳。越後(新潟県)出身。旧姓は山口。号は互尊。 【格言など】独尊は互尊と知れ,互尊は独尊と覚れ(信条)
・・・・・・ 5937,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −7 2017年06月17日(土) * いま話題の「2k、4k、8kTV」とは何? 家電チェーンのチラシ広告で目につくのが大型薄型TV、とりわけ4kTV。 その上に、4k有機TVである。去年暮れ、寝室に、その4kTVを購入して、 視覚世界が一変して現在に至っている。居間中心だった生活が、寝室に移動し てしまった。「2k、4k、8kTV」とは何か、その「k」とは何かを検索して デジカメで画面に使われている解析度「千」の省略用語「k」と、知った。 〜ネット検索で調べると〜 ≪ 現在、我々がみているデジタル放送は、フルハイビジョンといわれる規格で、 解像度は1920×1080ピクセルで約200万画素相当。今、次世代の規格として注目 されている4K映像は解像度3840×2160ピクセル、約800万画素相当で、フルハイ ビジョンの4倍の画素数からなり横方向の画素数が約4000ということから4Kと 呼ばれている。実はこの4Kのさらに先をいく、スーパーハイビジョンと呼ばれる 8K映像の研究が現在進められている。8Kは、現在のフルハイビジョンの16倍に あたる7680×4320ピクセル、約3300万画素という超高精細な映像を実現します。 フルハイビジョンのテレビは、画面の近くに寄ると液晶のドットを視認すること ができますが、8Kの超高精細なディスプレイではどれだけ画面に近づいても 液晶のドットがわからないほど精細です。そのためそこに映し出される映像が あまりにリアルに見えてしまい、画面に映った映像と認識できないほどです。≫ ― ▼ 7年前に購入したTVは、ハイビジョンだったので100万画素とすると、 寝室の新たなのものは800万画素+40%アップしたもの。とすると、居間の TVの10倍は鮮明な画面になる。これでは手放しで感動して当然である。 同級会で、それを説明すると、「その結果、何が如何、違って見えるのか?」 と、素朴な疑問。直感的に答えたのが、「大相撲のTV観戦を例にとると、 これまでは、土俵上の力士と行司だけにピントが合っていて、土俵周りまで 関心がいかなかったのが、観客のファッションとか、所作まで鮮明に見えて、 今日は、どんな人が、どんなファッションで、どんな連れと同伴しているか などを見るようになった。個々が浮き上がって鮮明にみえる」と答えると、 納得したようだ。スマートフォンのカメラ機能で、画素の違いは判るだろう。 8kTVの一般の普及は、7〜8年先のようだ。ところが、今度は「4k有機TV」 が出てきた。8k並みの4kTVと、有機TVの話題は次回に…
―――― 5801,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 2017年02月01日(水) * 冥途の土産に ・一昨年の暮れ、寝室にWoWoWの二台目契約をしたのと同時に、ブルーレイの 録画機を設置して一年。次は6年半経過したTVを思いきって買換え、はや一ヶ月 経過。居間から寝室にシェルター内の居場所の重点移動になる。一切、家内に 秘密で、新潟駅前の家電チェーンを含めて10軒近く、見て聞いた後、買換え の結論を出した。少しでも家内に気づかれれば、瞬時に潰されるのは自明。 決めて納入までの罵声の嵐は覚悟の上だが、全身での罵声は覚悟としても、 やはり堪えた。敵は、この機会とばかりに普段の鬱憤を怒りこめてくる。 奥の間は、外界からの雑音が皆無ということも含め、そこは異世界である。 これをベッドでみた後、廊下を隔てた仏間のパソコン前と、居間に向かう時、 何か夢の世界から現実社会に、引き戻されつつ歩んでいる感覚になる。 ・20年以上、年末のNHKの紅白歌合戦を見ることがなかったが、早速、初めから 終わりまで、一睡もすることなく見てしまった。背景がデジタル映像を主体に した世界に変っていた。 ・更に大相撲初場所も、幕下上位から、打上げまで、ほぼ見ていた。 最近に知ったが、これが8kの試験放送。いやに生々しいはず! 映し出される 力士だけでなく、観客の姿が立体的に鮮明に映し出される。服装、表情を見て いるだけで飽きはしない。より立体的に、力士も行事も、砂被りの観客も、見る ことが出来る。4kと8kの違いは、より鮮明に立体的に浮かび上がる画像の差。 ・店頭の中年店員が「他は800万画素だが、これは2000万画素の異世界の映像 を映し出している」というのも実感できる。4k8kTVの情報は、東京の従兄が、 葬式で地元に来た時の通夜の席で、「別次元の明るさがあり、鮮明で、臨場感が 違う」と聞いた情報。 ・そこで【長岡花火 2016】とYouTubeに入力すると… 過って見たことの映像 世界が次々と出てきた。見方によれば、現場で見るより、華やかさという面では 圧倒的に?まさっている。「4k・8k映像世界とは、これ」と現出された内容。 「人間の視力、聴力をデジタル技術で遥かに超える世界が、TV映像にも出てきた」 ということ。3Ⅾが最近、話題に上がらなくなったのは、対象が立体的になった ためという。 ・グーグルが、ストリートビューを美術館内の芸術作品で始めた。まだ出だし だが、世界の名画が、パソコン、TVで本物よりも本物らしく映し出される時代 になった。8kの次世代の画面の段階に研究は進んでいるという。あまり長生き をしたいと思わなかったが、ここで、少し気持ちが変化をしてきている。
―――― 5833,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −3 2017年03月05日(日) * 現在も驚愕の日々が続く 〜ドローンで空撮 昨年の秋に東京の葛飾に住む一回り年上のカメラマニアの従兄から、 「4kTVと、ビデオカメラが如何に素晴らしいか」を教えてもらい、寝室の 6年半使用のTVを少し早めに買換えた。当然、さほど余裕がない立場の身、 家内からの激しいバッシングを受けることに相成った。 従兄が語った 「私は進行ガンで老老介護の日々。生まれるのが10年早かった。ドローンに 8kカメラをつけて、名所の自然を空中から撮ってみたかった!」という悲鳴 に近い口惜しさが直に伝わっていた。そこで一月かけて、4kTVとは如何なる ものか、家電店を10回近く見て回った。特に「ソニーの‘ブラビア’は別次元 の世界に誘う。4kだが実際は8kに近いしろもの」という殺し文句を数人の担当者 から聞くことができた。 人間の視覚を遥かに超えた4k・8kの画面は、現地 で見るより数倍に視覚能力を持つ。 TV検索によるネットサーフィンで昨日、 行きついたのが、 <ハネムーンに400日! BBCも取り上げた日本人夫婦の仰天新婚生活>の映像。 そういえば、去年の暮れに話題になりワイドショーで取上げていた。 〜ネット検索によると〜 【 「一生分の夫婦の話題づくりをしよう」 そんな一言から、ある夫婦の壮大な旅路が始まった。関西国際空港から飛び 立った2人は400日をかけて地球を一周、48か国を巡った。2人は自分たちのこと を「ハネムーントラベラー」と呼ぶ。400日間の世界一周旅行は彼らにとっての 新婚旅行だったのだ。新婚旅行で世界一周というのもユニークだが、彼らの旅 にはもうひとつ独特な試みがあった。行く先々でドローンを飛ばし、世界各地の 名所の空撮映像をSNSで公開していたのだ。これをイギリスの国営テレビ局BBCが 報じたことによって、2人はいちやく有名人になった。千貴さんがネット上に アップした一連の動画の合計再生数はいまや1000万回を超えるという。 400日間もの旅路は夫婦に何をもたらしたのか、そして夫婦を旅にいざなった ものは何だったのか。2016年8月に日本に戻った。新たな生活を営み始めた2人に 話を聞いた。<ドローンから撮影した絶景はこちら> 】 ▼ 従兄も、これを見たのだろうが、写真マニアなら実に無念のはず。 私が50年かけて51回、合計延べ500日間、予算が3500万円。 この二人は、予算500万で、400日。家賃3万円のアパートに暮らし、徹底した 節約生活を送り、2年でこの大金を貯めたという。それにドローンに4kビデオ。 何とも羨ましい限り。プログラマ―のため、仕事で路頭に迷うことがないという。 2人の行先の多くが重なる… 毎日、真昼間から寝室に籠り、異世界に入り込む のも、変といえば変だが、それでも精神は異世界で羽ばたいている。 〜で、再び、文脈が、去年の同月同日の内容に続く。
ー――― 5834,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −4 2017年03月06日(月) * 世界の絶景をドローンで空撮 新婚旅行で行き先の絶景をドローンで空撮をしながらYouTubeに進行形で投稿 した録画の新鮮さが、バズって世界中で大ヒットした。ごく普通の人が、2年間、 節約した金で世界各地の絶景を空撮した切口と、絶景録画が何とも素晴らしい。 数日前に、かつて録画していた世界絶景紀行のボリビアのウユニ湖の紀行モノ をみた。ここで現地ガイドが、サービスの一つとしてドローンで空撮をした画面 をタブレットで、見せていた… 南米の僻地でも、時代の先端をいっている。 その録画から見える絶景が美しかったのに驚いた。YouTubeで検索で、出てきた 星座群と、湖面に映しだされた輝きはTVでも感動もの。4kビデオ+ドローンの 空撮は、空中からの自撮りも、空中探索も可能になる。 〜2人のネット記事から〜 【 ● 彼らの旅を彩ったのが、ドローンによる空撮だ。 いまや旅人が自身の写真や動画をとり、SNSに投稿する行為は珍しくないが、 これほど大掛かりなガジェットを使うケースはなかなか稀有。ーなぜドローン だったのかー 夫の千貴さん曰く、それは「たまたまだった」という。 「もともと考えていたのは、2人一緒に並んだ写真をいっぱい撮ろうということ。 世界の観光地の写真は綺麗なものがネット上にいっぱいあります。でも2人の 写真は僕たちにしか撮れないから、自分たちのために残したかった。でも旅行が 近づいたある日、YouTubeですごく格好いいドローンの空撮映像を観たんです。 それで、2人の記念撮影とドローンを組み合わせたいと思いました」 いまYouTubeに「ハネムーントラベラー」と打ち込むと、千貴さんと真理子さん が撮影した数多くの映像を視聴できる。映像の始まりは、どれも仲睦まじく並ぶ 2人の姿から。ドローンが空高く上昇するにつれて2人は小さくなり、やがて息を のむような絶景があらわになる。千貴さんは「正直なところ、行く先々で撮影した 映像をネットに投稿していればバズるかなー、なんて気持ちもありましたけど、 BBCにとりあげられて、世界中の人に見ていただけるなんて想定外」とはにかむ。 ● 2人が旅から得たものは? ドローンを持参したことで、確かに2人の旅はより実りあるものになった。 例えば、通常の視点では気付けない風景を知ることができたという。…(略) 上空から見ると、二つの川の水の色がぜんぜん違うのです。些細なことですけど、 すごく得した気分。また、ドバイの人工島を空撮した時のことも忘れられません。 パームとはヤシの木のこと。この島はヤシの木の形をしていることで知られて いるのですが、自分の目でそれを確認することができました。上空から見ない とわからないことって、意外とあるんだなと気付けたんです」 また、ドローンを通じて、地元の人々と交流を深められたことも貴重な体験 だった。ドローンの映像には、さまざまな人々に囲まれる2人の笑顔が映っている。 千貴さんは「地域によってはドローンを見るのも初めてという人もいて、撮影を していると珍しがってくれました。ドローンのコントローラーには空撮している 映像をリアルタイムで確認できるディスプレイがついているのですが、 『自分たちが住んでいる場所を初めて空から見た!』と喜んでくれたんです」と。 そして、ドローンを使った一連の経験は、千貴さんに新たなキャリアを提示 している。BBCにとりあげられて以来、世界中から映像作家としての仕事の オファーが舞い込むようになった。ニューカレドニア、タイ、南極、日本国内と、 最近の仕事だけでも多岐に渡る地域を股にかけている。記者が取材した当日も、 「明後日からまた海外に出発です」ととても忙しそうだった。 ― ▼ ドローンの空撮も、4kビデオも、カメラもデジタル技術の飛躍的進化の 結果である。ますます空撮などの面白いのが世の中に溢れることになる。 この5〜6年、週一度はシネマ館に通っているが、これも特撮などデジタルの 進化で圧倒的に面白くなっている。それを最大限に利用して楽しめるのも時代 からの贈物。ハリウッドの連続モノドラマ『CSI』に、サイバー犯罪シリーズ があるが、近未来の世界の先取りで面白い。 長年かけ培ってきた感謝、感動の 受信能力がデジタル技術で拡幅してくれる時代! それこそ有難いことだ。 〜 で、偶然、「黄金の時間をデジタル化して伝える」という文脈として続く。
ー――― 5835,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −5 2017年03月07日(火) < 体感!グレートネイチャー!「奇跡のビッグウェーブを追え! 〜アメリカ ハワイ〜」(BSプレミアム)2月25日21:00 * ビックウェーブのド迫力 映し出される映像の圧倒的迫力に魅入って自分に、「いい歳をして、何を しているのか?」の内なる言葉は軽く打ち砕かれる。ムササビスーツを着て、 頭の先にビデオカメラを装着してムササビのように滑空する録画や、大津波で 流される街の衝撃的映像を見るにつけ、魔物に憑かれたように冷静に見ている 自分に驚かされること屡々である。 大空に展開されるオーロラや、アフリカのサバンナの野生動物の生死をかけて 生きる姿は、現地でないと分からない。 が、現在のデジタル技術は、それを カバーするところがある。その一つが高さ20mのハワイの巨大サーフィン! 色々な撮影手法で迫力ある波間の一瞬を映しだす。ハワイには、様ざまな要素 が重ねって神秘的な大波が打ち寄せる! 〜NHKの説明では〜 ≪・ハワイ・オアフ島ノースショア。真冬になると巨大波が押し寄せる海岸線。 20mもの波はエメラルド色の分厚い壁。重低音を響かせて白砂のビーチで 砕け散る。取材班は熟練のサーファーとともに、巨大波を追跡。目の当たりに したのは高さ15m、5階建てのビルに匹敵する巨大な波。キラキラと輝きながら 刻々と形を変え、まるで生きたガラス彫刻のようにうごめく。 波の先端が丸まって円柱型のトンネルが形作られる「パイプライン」。 その内側の世界を熟練サーファーに取り付けた小型カメラで写し取る。 ・なぜノースショアには大きな波が到来するのか?ハワイ諸島の空と海を縦横 無尽に探索し、たどり着いたのはホットスポット型噴火によって点々と並んだ ハワイ4島の絶妙な位置関係。日本の嵐に端を発した波が、巨大波となって たどり着く奇跡的なメカニズムだった。今までのグレートネイチャーとは一線 を画す、清涼感あふれるエンターテインメント大作。巨大波が放つ圧倒的な 自然美をたっぷりと体感する。≫ ―― ▼ サーフィンに魅入られ移住してきた父親と息子。父がパイプラインの中を サーフィンする一瞬を撮影する。本人の頭にはカメラがある。その迫力ある 映像の世界は見ている者にも共同体験の錯覚をもたらす。去年あたりから、 メガネ型動画プレイヤー が家電店頭に並ぶようになったが、これが次世代の バーチャルの世界? あと10年、生きたくなってきたが… 3年間に圧縮可能? もっとも、今どきのハリウッド映画の世界は、バーチャルそのもの。 「達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ」の禅言葉が あるが、毎週、異次元世界を見ているのに、今さら何を? …で、次は「パンプローナの牛追い祭」 その次は、「リオのカーニバル」 「イグアスの滝」「グトルフォスの滝」「イスラエル巡礼の旅」。 …行って 見てないが、「メッカ巡礼」の集団礼拝が面白そう。 <行ったつもりの世界異境の旅>のテーマがコンセプト?
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2018年06月16日(土)
* 終わった人 −3 今日のシネマ観賞は、『終わった人』。期待してなかった分、面白かった。 評価は85点。『終わった人』が、終われなくてジタバタする63歳男の物語。 屋内犬から屋外犬、そして野良犬への生き方にギア・ダウンしていくのは、 非常にエネルギーを要する。群れを性分としてきた人たちの、定年後の私生活に 戸惑うのは当然。しかし、その時節到来は当初から知りえたライフワークの要。 当然、出世コースから外れた時に、価値観の転向を図り、重心を趣味に移行する か、新たなビジネスに切替えるべきであった。長期戦略が持てない故に、転籍 させられた意味が理解できなかった。 次の問題は、「終わった後」の人生設計 を自らたてれるか、実践コントロールが出来るかどうか。 群れの生活から、 個(孤立)の生活に徹し楽しめるかどうか。この物語は、群れ犬から、孤独犬、 野良老犬への転換の失敗物語。面白いといえば面白い。東大出のエリートの 首輪と、紐を引きづり露頭を迷う姿に、まずは連合いに嫌悪される。 個々の定年後の準備が、どの程度かは知らないが、サラリーマン系には、 準備が無しが多いみたい。月一に、何処かのスナックか、居酒屋に示し合せた OB会が必ずあるという。こういう手合いの群れである。現実に溺れ、毒された 御犬様が、突然、一匹狼になって戸惑うのは…自然の理。 深刻なのは「人生、如何に生きるべきか」の基礎知識部分不足と、小金の有無。 孤独・孤立レッスンの有無になる。群れたままも、また良し。それが彼らの 全世界のため、これはこれで。 〜あらすじ ≪ 定年後の人生のすごし方を考えさせられる小説である。 主人公の田代は、大手銀行の子会社専務として63歳の定年をむかえた。 最終日のチャイムが鳴ると、花束と記念品の祝福を受けたあと、最後の日だけ の黒塗りのハイヤーに乗りこみ、全社員に見送られながら会社を去った。 定年退職したらのんびりすごしたい、という人もいる。しかし、田代は会社人生 に悔いが残っていた。彼は東大法学部を卒業し、日本を代表するメガバンクに入行。 39歳で最年少の支店長に抜擢され、その後も銀行で順調に出世してきたが、49歳の ある日、子会社への出向を命ぜられた。「1〜2年で本部に戻ってやる!」と必死に 業績をあげたが、2年後、51歳のときに「転籍」を言われた。「転籍」とは、親会社 を退職して子会社の社員になることだ。これで本部にもどる可能性がゼロになった。 このまま社員30人の雑居ビルの子会社で会社人生を終わる、と考えたとき、ああ、 俺は「終わった人」なのだと、頭の中が冷たくなった。それから12年。田代は、 「俺は定年の日だけではなく、毎朝夕、黒塗りに送迎されるべき人間だった」との 思いが捨てられないまま定年の日を。経済的に余裕はあるものの、まったく心の 準備ができていない。しかも、身体はまだまだ元気で、時間だけはたっぷりある。 ここから主人公は、絵に描いたような定年退職者のコースを歩む。 まず、妻に旅行を提案して「そんなに長い旅行はつきあえない」と断られる。 (田代の妻は、43歳でヘアメイク専門学校に入り、今は活き活きとヘアサロン ではたらいている) 歩数計をつけて公園を散歩するが、どうにも楽しめない。 かといって「ジジババが集まる場所」と勝手に思っている図書館やカルチャー スクールに行くのはプライドが許さない。… ≫ ― ▼ 以下の担任の先生の方が、遥かに深刻。魂の悲鳴である。親は親、子は子だよ! 20年ぐらい前に毎朝、土手で自転車に乗りながら、ブツブツ話す、20歳前後の変 な人がいた。後から自転車に乗りながら、聞こえよがしに、『俺は、じいちゃん、 ばあちゃんに潰された。畜生、俺の人生を返してほしい。何とかしてくれ!』と。 このエリートコースを歩んだ主人公は、真逆で、40代後半まで順調だったが故 に深刻である。新潟駅前でビジネスホテルを30年間、経営をしていたが、二年に 一度あたり、自殺者が出る。当事者として、自殺原因が警察から知らされるが、 燃え尽き症候群の中年が… 人生は、私たちの全く知らない世界を、現に、見る ことが出来る。現実に溺れた人たちは、悲惨である。 以前、こんなことを書いていた。 そこの「サイコ」ちゃん、聞いてる?
―――― 2006/05/26 つれづれにー俺に人生は無かった! 湯沢のイナモト旅館が自己破産をしたと先日の新聞に載っていた。18年前 に中学校の担任の定年祝いを兼ねた同級会を泊り込みで開いた老舗料理旅館。 40歳代前半の同級会が一番良いと聞いていたが、なるほど普段出たことのない 東京に住んでいた面々が5~6名出席をした。総勢25人、丁度総勢の半分が 出席をした。社会的にも、家庭的にも人生のピーク時で大いに盛り上がった。 その東京の在住のうち3人が、7~8年前に癌で亡くなってしまった。 その時、担任の先生が翌日の長岡のスナックで、 「自分の人生は無かった!」と深刻な顔をして言われた。 (以前にも書いたが)一番寂しい言葉である。 「両親が現在も90歳近くて矍鑠としていて、全てを支配されていた人生。 俺の人生は無かった。本当に辛い!」と。 60歳直後の鬱病は人生で一番キツイとは聞いていた。そういえば、 亡き義父が鬱病になりかけたのを助けたことがあったが、60歳になると歪み? が出てくるようだ。私のように元々歪んでいる?と歪みようがないが… 還暦になってみて、なるほど色いろの問題がシワ寄せに重なるものと思い 知ったが、欝などはほど遠い状態である。 この10年、我武者羅に生きてきた。 綱渡りで生きてきたから‘そう’いう悩みに、ただ驚いてしまった。 ―― 2013/08/16 閑話小題 ―悲しい酒! 何回か書いたが、先年に亡くなった中学校の担任の先生が 定年退職時の同級会の二次会での対話。 《「堀井よ、俺の悩みを聞いてくれ! 俺には俺の人生が無かった。 両親とも教師で、当たり前のように教員になった。現在、両親とも90歳 近くでカクシャクとしているが、定年をむかえた今でも監視されているよう で生涯を通して自立できなかった。何時も自問自答で『私自身の人生は無かった のでは?』が付いてまわり現在に至った。 あるのは二人への憎しみだけ。 この苦しみは並大抵でない・・ 》 初老性鬱症の典型事例。 赤ら顔をして、一人合点で自分の成功物語を信じて 疑わない「あの方たち」こそ、「つまらない人」。自分の姿が見えてないため。 欝になるには、それなりの多くの原因がある。 先生にとって両親は、「影」。 人生には、それぞれの現象、節目がある。それは、多面体であり、光の当て方で、 白にも黒にも、黄金にも変わりうる。中学の担任は、初老性鬱症もあって、 影両親の価値の刷り込み 牢獄の捉われに、気付いただけ。両親の過剰な愛の 牢獄から逃れるためには、自分で作り上げたライフワークを持つべきであった。 その世界は、その加熱から自身を守ってくれる。 そのことに気づく教養の蓄積 が足りなかっただけ。 それでも、気づいただけでも、良かった。 少くとも、 群て慰め合っている「あれらより」遥かにまし。 先生の両親への憎しみは、 ポンティーと、その師のフッサールがいう <考えないでしまったこと>が問題。 自分の人生の節目での選択、それも極限での選択が無かったが故の苦しみである。 避けて通っていたのである。ある意味で、万人が抱えている深刻、かつ根源的 悩みになる。それすら分からず紋付袴の紋章を競っている、それも人生だが。 「つまらん男、それは私」と、つくづく実感している。 が、日々が、面白い! ―――― 2016/08/18 終わった人 −1 <『終わった人』内館牧子(著)> これは、アマゾンのHPで見つけた本。リタイアをした身にとって、 『終わった人』の内容は、身にしみる。団塊の世代が、この数年で大量に 職場から押し出され、『終わった人』になっている。 まだ終わってない、 その端にいる人ほど一歩先に終わった人に言い放ちたい言葉でもある。 還暦ならいざ知らず、古希も過ぎれば、何をいわれても馬耳東風。 まだ若いと思っているのは自分だけ。老兵は、ただ黙って去るのみ。 恵まれたサラリーマンほど、節目の切替が難しい。 〜アマゾンの内容説明より〜 ≪ 銀行の出世コースから子会社に出向させられ、定年を迎えた田代壮介。 仕事一筋だった彼は途方に暮れる。妻は旅行などに乗り気ではない。 図書館通いや体を鍛えることは、いかにも年寄りじみていて抵抗がある。 職探しをしてみると、立派な職歴が邪魔をしてうまくいかない。 妻や娘は「恋でもしたら」とけしかけるが、気になる女性がいたところで、 思い通りになるものでもない。惑い、あがき続ける田代に安息は訪れるのか? 〜アマゾンのビュアーの声より〜 《 何と云っても、タイトルが秀逸。長い人生、生物的には最期の時まで 「終わり」はないはずだが、「社会的には」確かに終わった人は年々増えて いるし、殆ど全ての人間は(自分も含め)そうなることを改めて教えられ、 身に沁みた。「散り際千金」「散る桜残る桜も散る桜」(2頁)と考える田代 壮介、49歳で子会社に出向、51歳で転籍、63歳のとき年収1,300万円で退職 (あと二年働けたが、そうすると6割近く下がる)、保有資産は現金で 約1億3,600万円(275〜6頁)の「卒婚」(358頁)物語。 (しかし、こんなに恵まれたサラリーマンなんて、そうそういないでしょう) ★ 卒婚とは 離婚との違いとしては、夫婦の関係を断ち切るのではなく、結婚 という形を持続しながら、それぞれが自由に自分の人生を楽しむ、という前向き な選択肢。 必ずしも別居ではなく、同居しながら卒婚というスタイルも有りうる。 〜印象に残った箇所〜 「もし、私が田代さんのお部屋に泊まれば、あとは別れるか、愛人になるか、 結婚するかしかありません。男と女になれば、十年も二十年ももつ関係が、 半年や一年で終わります」 (217頁) 「あんなにきれいな人だもの、今に誰かと結婚してトシは捨てられるわよ」 (239頁) 「恋? お前も情けないものと比べるね。あんなものは十代でも二十代でも、 生きてるついでにするものだよ」 (252頁) 「「先が短いのだから、好きなように生きろ」ということなのだ。嫌いな人 とはメシを食わず、気が向かない場所には行かず、好かれようと思わず、 何を言われようと、どんなことに見舞われようと「どこ吹く風」で好きな ように生きればいい。・・ これは先が短い人間の特権であり、実に幸せな ことではないか」 (287頁) 「今後、介護やあなたの世話をする気はない。 でも、離婚という形は取りませんから」 (292頁) 「将来を嘱望された男ほど、美人の誉が高かった女ほど、 同窓会に来ないというのはよくわかる」 (314頁)。 「思い出と戦っても勝てねンだよッ」 (319頁) 「思い出と戦っても勝てない。「勝負」とは「今」と戦うことだ」(333頁) 「僕が笑うと、久里も笑った。きれいだった」 (366頁)。 ▼ 産業廃棄物の典型的な人物描写である。第一の人生をソツなく卒業すると、 こうなるのだろう。学生時代の友人が、いまだに、関連会社の社長に、 しがみ付いている。曰く、『何もすることがない事が恐ろしい!』と。 それも良い人生かも知れない。 『日々、是、口実』よりも? 「終わった人」ならまだしも、「いらない人」になっていく私? で更に、内館は、『必要のない人』という本を書いている。 ったく!
―――― 2018年06月02日 終わった人 −2 * 終われない群像 一昨日の朝、NHKTVに内館牧子が出演して、映画の『終わった人』について 感想を述べていた。昨日、行ったシネマで、その映画の予告を流していた。 まあ、シリアスで内容は濃い。 〜内容は二年前に、この随想日記で取上げているが… 【東大法学部卒で大手銀行に勤め、役員レースの手前で出向に出されて定年を 迎えた男が主人公。仕事一筋で生きてきて、終わりを迎えた男のあがく姿を…】 ― ▼ 今さらだが、私自身、27歳で事業を立ち上げ、40年近く、自由気まま?に 生きてきた。会社清算とはいえ倒産は倒産。万一を考え、シェルターを用意 していた為、最悪の事態を避けることが出来たとしても、「終わった人」。 で何が悪い!と、自分に尻をめくってみても、何の不具合も利点もないし、 ただ、それだけ。 一般的に「終わった人」は定年になる。
「自由ほど、不自由はない」をドップリと味わうしかのが宮勤めの性。 じゃあ、如何すれば良かったか? それを認識するしかないのである。現実は! 内舘は、戸惑う彼らについて、 《まず「終わった人」を認めなくては! 東大出とか、一時はエリート社員 だったとかを、過去と認めて、再出発しなければならないのに、その逆を 求めている人達。同級会に久々に参加して、美人も不美人も、秀才、鈍才も 横一線になった姿を見て、このテーマを思いついた。》という。 終われない人たちの物語だが、居酒屋、スナックには、その哀れなが一群が スーツにグリーンか、赤いネクタイをして、過っての仲間の噂話に花を咲かせる。 要するにゾンビの一群。 世間人のなれの果ての哀しき地獄絵。自分の多くが、 重なるから、シリアスに見えるためだが。 二年前の感想文を読返してみて、 成るほどと… 最後の最後は、いや、最期の最期は、自分一人である。 昨日書いたパタゴニアの初老の言葉、夜這いする御婆さんを取上げ、 「寂しいのよ!」の言葉が、再び過ってきた。こんなもんだよ、世間とは! と薄ら笑っていられないだろう。
ホームレスは、普段は寝っ転がってはいない。只管、歩いているという。 ―― 自問自答: これまで歩いてきた? エッ小走りで? どこに? 忘れた? 何を? 自分さ。 自分って何さ? そうか、私の、いやアナタの自分は世間様 だもんな。それがどうした。だって、他の世界を知らないからね。それで良いの! それが全世界だからね。 薄っぺらと自覚しているの? 知るわけないでしょう。 ゾンビは互いに対話、いや会話が出来ないの。だから生きていけるじゃないか? 知ったふりして、知らないのが仲間だもの。 成るほど、終われないはずだ! ◉ 熊、寅: おい! ワシらをおいて自問自答するなよ。出番がないじゃないか。 大家: お前らが相手に出来る相手じゃないよ。この時ぞと、何を言いだすか?
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2018年06月15日(金)
* 図書館開設100周年 この日曜日の選挙の帰りの道すがら、中央図書館に立寄ると、図書館前と、2f で、幾つかのイベントが…。野本互尊が私財を投じた図書館(互尊文庫)の開設 100周年記念の催事。何気なく、2Fの『江戸時代の長岡』の書画が展示してある 会場に入ってみたが、当時の殿様の作品が数多く並んでいた。もう見る機会も ないだろうと、1時間ほど見てきた… 城下町に歴史あり、なかなか趣があった。 大手通り、城下町、殿町、台町と現在も当時の町名が残っているが、その具体的な 街が拡大された鳥瞰図が生々しく当時を偲ばせていた。 大座敷に数多い家臣が頭を下げる前に、殿様らしき人物の絵。そして、何人かの 牧野の殿様の姿絵が、遠い江戸時代を「現代」に蘇らせる。確かに長岡藩3万石 の城下町が過ってあったことが、家臣の日記的記録などで生々しく鈍よりと浮び 上っていた。 まだ何処かで、きっと戊申戦争が続いている? ところで、河井継之助は今でも評判が悪いという。当然、長岡藩氏は逆賊と して虐殺。 ネット検索で、河井継之助が残した言葉を綴る。 ―― ◆天下になくては成らぬ人になるか、有ってはならぬ人となれ、沈香もたけ屁も こけ。牛羊となって人の血や肉に化してしまうか、豺狼となって人間の血や肉 をくらいつくすかどちらかとなれ。 ◆人間というものは、棺桶の中に入れられて、上から蓋をされ、釘を打たれ、 土の中へ埋められて、それからの心でなければ何の役にも立たぬ。 ◆人というものが世にあるうち、もっとも大切なのは出処進退の四字でございます。 そのうち進むと出づるは人の助けを要さねばならないが、処ると退くは、人の 力を かりずともよく、自分でできるもの。拙者が今大役を断ったのは退いて 野におる、ということで自ら決すべきことでござる。天地に恥ずるところなし。 ▼人間万事、いざ行動しようとすれば、この種の矛盾が群がるように前後左右に 取り囲んでくる。大は天下のことから、小は嫁姑のことに至るまですべて矛盾 に満ちている。この矛盾に、即決対処できる人間になるのが、俺の学問の道だ。 ◆何でもよい、一つ上手であればよいものだ。 煙草延しでも、上手でだければ 名人といわれる。これからは何か一つ覚えて居らねばならぬ。 ◆一年も居馴れてしまえば、ちょうど冬の寝床のように自分の体温のぬくもりが 江戸という寝床に伝わってしまう。 そうなれば住みやすくはあるが、物を 考えなくなる。 寝床は冷ややかなほうがいい。 ◆不遇を憤るような、その程度の未熟さでは、とうてい人物とはいえぬ。
― ▼ 時の伝聞の、それは生々しく現在でも聞くに堪えない話が多々ある。
「八十里 こし抜け武士の 越す峠」 は、生々しい。 司馬遼太郎の数ある名作の中で『峠』の名作で世に知られるようになった人物。 中途半端の彼の態度が多くの藩士を死なせたのは万死に値することも事実。 家族は、居た堪れなくなって、地元から姿を消したとも聞く。 戊申の役、長岡空襲と、戦争に巻き込まれ、焼かれた苦い経験の傷跡が、 今でも、間違いなく残っている。まあ、縛られるは仕方がないことか? この城下町、重い何かを直感するから、アウトサイダーでしか、私は生きられない。 ・・・・・・ 5205,個々にとっての人生は、永遠である! 2015年06月15日(月) 『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』堤未果:佐治晴夫対談 * 自分は自然の一部分である <生まれる前の記憶がなく、一人称(自分)の死をみることが出来なければ、 その人にとっての人生は最初も、最後もない「永遠」ということかも知れない> といいうことは、各自の人生は、永遠の時空の中の一点の光ということになる。 それからして、「自分とは、自然の中の一部分」が、論理的に納得される。 ≪ 佐治: メリカのネイティブの考えている神はキリスト教徒とは違って、 神道というか、わたしたちの感覚に近いです。彼らは、人が死ぬということを 「姿はなくなったけれど、鳥になったりしている。いまはたまたまこういう 姿になっているが、魂は不滅のものだ。だから死を恐れることはない」 という。川は先祖の血液なのだとか。どれも自分の体の一部として自然 そのものと一体になっているんですね。 堤:「自分は自然の一部だ」と感じると、死が怖くなくなると? 佐治: と、いうことでしょうね。彼らも人が亡くなることはもちろん悲しく、 みんなで弔いをするけれど、死は人間の姿をしていたことへの終結宣言で、 次があるということです。・・ 堤: 私は父の死を前にしたときは、なかなか受け入れられませんでした。 佐治: いままで息をしていた人が、姿はそのままだけれども息をしていない。 モノになってしまったというのは、なかなか受け入れられないものです。 自分で自分の顔を見ることができないように、人は自分の死を見ることが できない。見ることができるのは、他者の死だけです。となると、誕生前の 記憶がないとすれば、その人にとっての人生とは、初めもなければ終わりも ない「永遠」だということになるのかもしれない。しかも、その人が残した ものは、現世の人々によって引継がれて?それが人生というものなんでしょう。 佐治: 世のなかは対極のものからできています。「生きるとはどういうことか」 を知るためには、「死ぬ」ことがどういうことか知る必要がある。 対極から考えていかなければわからない。死を知るには、じゅうぶん生きて みないとわからないと、いうことですね。先ほどもいいましたが、他者の死と 身内の死では感じ方にものすごく落差があるので、身内の死を経験していなけ れば人への慰め方もわからない。悲しんでいる人には、ただ黙って寄り添う しかないでしょう。寄り添うことが究極の愛ですからね。何もできない自分は 無力ではあるけれど、相手にただひたすら寄り添うことはできますよね。 ≫ ▼ 死とは、「生前の状態に戻ること」を知れば、さほど深刻になることもない。 だからこそ、生きているうち、一期一会で生きなければならない。 「自分は(自)然の一部(分)である」であるならば、自分の死、個々にとって の人生は永遠だが、小さな入替わりでしかない。真剣に考えても考え損になる? としても、考えなければ、そのことさえ気づかず終えてしまう。ふぅヾ(´ε`;)ゝ
・・・・・・ 5935,閑話小題 〜「翔猿〈とびざる)」とは 2017年06月15日(木) * なんとまあ、上手い命名のこと 新十両に(岩崎改め)翔猿〈とびざる)が昇進した。小柄で曲者の特徴を 一言で、「翔猿」とは、さすがである。一度聞いたら、二度と忘れないほどの 四股名。うまく命名できれば四股名でも人気度が違ってくる。この四股名で、 「宇良」並みの、人気力士になる可能性を予感できるのは何故だろうか。 これに匹敵する「宇良」の四股名を考えてみた。「麗」もいいが、「宇良良」。 これは、春うららを感じさせるキャラをイメージして。この裏の受けを狙って、 「猿飛」も悪くないが、二番煎じの感がするが、話題になり、これも強烈。 遠藤が「清水川」と予定されているというが、爽やかなイメージの「春風山」 も悪くないが、強そうではない。「地雷也」「五右衛門」ぐらいでよい。 新潟出身の「小柳」が、「豊山」の四股名になったと同時に大負けをした。 先代と先先代のヤワなイメージで、取組相手の方が勝ちそうな感がする。 エジプト出身に「大砂嵐」がいるが、これは上々の命名。 昔、「岩風」という小兵力士がいたが、低い姿勢でもぐり込んでシブトク 勝ちをとる戦法だった。鏡餅のような腹の「鏡里」という横綱がいた。 四股名こそ、広告代理店に頼んで貰えばよい。 何といっても一番は、本人の精進による実績もあるが、「大鵬」。 ところで白鵬は、柏戸と大鵬の「柏」と「鵬」をイメージで、「拍鵬」 では面白くないと、「白鵬」に落ち着いた逸話がある。これも本人の 実績もあって、ベストの部類。 いま思いつたのが、『一撃』。相手にとって嫌なイメージになる。 いや、小さいから、一撃でやられるか?
・・・・・・ 5570,突然、余命宣告を受けました ー�� 2016年06月15日(水) 〜 『あの世へ逝く力』小林玖仁男著 図書館の「返却コーナー」で、<あの世へ逝く力>というタイトルの本に 目が吸寄せられた。この数日、歌舞伎役者・海老蔵の妻の進行性乳癌が 報道されていることもある。70歳をこえた我身にとって、いつ何時、余命宣告 をされても不思議でない。 「まえがき」冒頭から、死に直面した著者の悲鳴 が、そのまま、言葉に転換されている。24年前、これに近い経験をした。 将来が突然抉り取られたような絶望と恐怖感は思い出すのも憚れる。 以下は、まさに同じ感覚。特に、夜半の布団での恐怖は! 天国も地獄も、 まさに現世にあった。ここで、「時計の針が、未来ではなく終りを刻み始めて 確実に分かったことがあります。」と、実感そのままを述べている。そこで、 死に物狂いで天国巡りをして、地獄1つに、天国3つの割合にもっていくしか なかった。 死が現実問題になると、火事場の馬鹿力が湧出てくる。で、ホテル を過剰投資を楽しみすぎて、在庫オーバーの遠因をつくったオマケもついた。 〜その辺りから〜 ≪ ある日病が発見され、突然、余命宣告を受けました。通っていた糖尿病 クリニックでのレントゲン検査で、「肺が黒い」と言われ、大学病院を紹介され、 ここで「間質性肺炎」と診断されたのです。肺壁が壊れていき、呼吸をするのが 困難になっていく病。助かる見込みのない進行性の難病。早ければ二年半ほどで 死に至ると知りました。混乱の中、私はペンを執って、心の動揺をそのまま書き 取り始めました。メモをとったり書いたりするのは得意な作業。 手を動かしていれば気が紛れる…。何よりも、そうしなければ精神のバランスを 保てなかったからです。最初に聞かされた医師の話や、それに対して自分が どうショックを受けたかということも、思い出せる限り書きました。・・(略) 時計の針が、未来ではなく終りを刻み始めて確実に分かったことがあります。 「漠然」と流れていた日々の時間が、突如、「凝縮」した時間へ転換したのです。 限られた時間をどう有意義に過ごすかを真剣に考え、自分の人生を満足するもの にどう仕上げるか、そのことにのみ神経が集中していきました。これだけは やっておきたいこと、何が何でも叶えたいこと、どうしても欲しい物、最後に 行きたい場所…。時間が無い、失敗できない、という緊張感の中で、優先課題が はっきり見えてきます。死に方を考えるとは、生き方を考ることでもあります。≫ ▼ 数年前に、近所の家内と親しかった友人が、この病気で亡くなった。 家内が参列した葬式の主人挨拶が壮絶。 故人が呼吸困難になって、、 『オトウサン、苦しい、助けて!』と、泣き叫んでいたが、何もしてやれない ジレンマ。 何度か、夢の世界に没頭し、呼吸困難になった経験があるが、 呼吸困難の苦しみと恐怖は並大抵でない。誰もが通らなければならない死に際 の断末魔の苦しみ。遠くない将来、私も通らなければ道、恐ろしい限りである。 この恐怖感があればこそ、以来、40回の秘境・異郷旅行と、この5570回の 随想日記を続けた原動力になっていいた。 何せ、誰もが直ぐに死ぬのだから。 「いま、ここ、わたし」を生きなければ! 生まれてきた甲斐がない。
・・・・・・ 2014年06月15日(日) 4840,閑話小題 ーワールドサッカーのジンクス * 3964の法則なら、今年のW杯優勝はウルグアイ!? ワールドサッカーにも多々、ジンクスがある。先日、TVで“3964の法則” を紹介していた。そこで、ワールドサッカーのジンクスをネットで調べてみた。 ●《 “3964の法則”では、優勝はウルグアイ 4年に1度のサッカーの祭典には、2回以上優勝した国の優勝 年度を足すと「3964」という数字になる都市伝説が存在する。 この「ワールドカップ 3964の法則」 サッカーワールドカップには3964のジンクスというものがある。 ワールドカップで過去に優勝した国は、過去の優勝年の年度と 現在の年度を合計すると3964のジンクスになるという有名な法則である。 アルゼンチン:1978+1986=3964 ブラジル:1970+1994=3964 ドイツ :1974+1990=3964 :1962+2002=3964 :1958+2006=3964 さらに「2002年日韓共催ワールドカップ」の決勝戦が開催れた日産スタジアム のブラジル代表の控え室に使われた部屋のホワイトボートにはそこに戦術が かかれたとともに 3964−1962=2002と残されていてブラジルの優勝年が、 その年。2002年ワールドカップは3964の法則により自分達が勝つという事。 この控え室とホワイトボードは現在でも大切に保管されている。 さて2014年はワールドカップ開催の年だが 法則に従うと3964−2014=1950。 1950年のワールドカップは 1位ウルグアイ 2位ブラジル 3位スウェーデン 4位スペイン。このチームのどれかが優勝となるのでは?と予想されております。》 ●《 数々あると言われているワールドカップのジンクス。前回大会で、 スペインが優勝し歴史的快挙ともいえるほどのジンクスを打ち破ってくれた。 例えば有名どころでいうと… ・欧州以外で開催されたW杯は南米勢が優勝する ・1962年以来、欧州勢と南米勢が交互に優勝している ・圧倒的な優勝候補は優勝できない などなど。 しかし、それでもいまだ破られていないジンクスは多数あります。それは… ・欧州勢と南米製以外でW杯の決勝に進出した国はない ・北中米・南米のW杯で欧州勢が優勝したことはない ・前年度バロンドールを排出した国は優勝できない ・コンフェデ優勝国は翌年のW杯で優勝したことはない 》 ▼ 面白いが、昨日はスペイン対オランダ。一昨日は、ブラジル対 クロアチアを観戦。今日はイタリア対イングランド戦と、日本対コート ジボワール戦をTV観戦予定。日本は、FIFAランク46位。 コートジボワールは23位で、決して甘い相手ではない。 ・・・・・ 4473, 閑話小題 ースポーツジム、500回 2013年06月15日(土) * スポーツジム、500回 スポーツジムに通い始めて2年2ヶ月あまり経つ。数日前に、フロントで 「今日で5百回になります」と言われ、幾かの選択制のサービス券を貰った。 上京などの小旅行以外と公休日の金曜以外は、ほぼ毎日通ってきた結果である。 噂話に余念のない‘砒素の塊のような口煩そうな御婆さんを数人見かけるが、 「平日昼の5日間コース}ということもあり、中年主婦と、スナックなど夜間 の商売とみられる人が中心。ランニングマシーンとサイクリングマシーン 50台と、エアロビ、それと円座でインストラクターのもと12名が各種 マシーンとステップ台を交互にこなすイージーラインと、30種類位の マシーンのコーナーと、プールと、サウナと風呂、マッサージルーム、 ロビーが組み合わされている。地元では、私が通っているホリデイが最新の施設 で、一番の人気。月20日、年間240日弱位として、二年二ヶ月で500回。 若い女性のインストラクターの明るい声の中でのイージーラインや、ヨガに 参加しているだけで、気持ちが明るくなる。近くに丁度よい施設がタイミング 良く出来たもの。一回のヨガだけで千五百円の価値を実感、月に9回としても、 充分に元を取っている。月に六千円、日にすると三百円は充分価値がある。 午後に、人に干渉されることなく、一人で行って、幾つかをこなして、 気ままに帰ってこれるのが良い。私にとって理想的システムといってよい。 スポーツジム、土日と夜に会員が集中するので、平日の昼は老人と主婦にとって、 楽々と長時間滞は在しても問題ない。アメリカから来たシステムだろう。 家内の新潟の友人は、10時にオニギリを持って出かけ、16時まで滞在する。 光熱費は節約できるし、毎日リゾート地にいるようだと。私は平均二時間が目安。 軽く会釈する人が数人だけ。 地元にはスポーツジムは、ホリデイ、カーブス、ルネッサンス、NASなどがある。 駅前のヨーカ堂のスポーツジムは、女性用のイージーラインだけを絞ったのも あるようだ。家内は週二日、イオン内のSJにバスで通っている。一度、生活圏 から出れるのが、良いという。砒素の嫌な視線を何度か感じ川西のジムにと、 見学に行ったことがあった。ガソリンだけでも一万はかかるので、 決心出来なかったが。
・・・・・・・ 3733, 閑話小題 2011年06月15日(水) * 衣替えのアイロンがけ この時期になると、半袖のポロやTシャツなどを箪笥から出して、アイロン かけをする。(家内は一切無視? ったく!) 風呂敷から出して、新鮮な空気 に触れさせ、霧吹きで水分を含ませアイロンを軽くかけると、見る見るうちに シャツが姿を変える。無機物のシャツが、あたかも生き物のように変わるから 面白い。人の手を入れると元気になるのは植物やペットなら、尚のこと。 新鮮な空気、水分、熱など自分自身に我々は入れているだろうか?。 それだけではない、知識も入れ替えをしないと。「新婚さんいらっしゃい」 というバラエティーで、夫はアイロンがけが趣味というのがいた・・ それって、奥さんがするんじゃ? * ハイボールの語源 日本では、ウイスキーのソーダ割りだけをこう呼ぶのが一般的。 もともと、あらゆる酒がベースで、ソーダやトニックウォーターなどの炭酸飲料 や、水、フレッシュジュースなどアルコールの含まれていない飲料で割ったもの をハイボールと言う。語源について諸説ある。 <1> 開拓時代のアメリカで、蒸気機関車による長距離移動のときに、途中で 水の補給のための停車の際、棒の先にボールをつけたものを掲げて合図した。 そのときに、ウイスキーのソーダ割りのサービスがあったことが、語源という。 <2> 同じく開拓時代のアメリカにて。当時鉄道ではアドバルーンのボール信号が 一般的に使用され、ボールがあがっていれば go、あがっていなければ don't go 。 当時は、インディアンの襲撃が頻繁にあり、そこまで行って よいかどうかの判断もあった。 その無事に感謝をして水で割ったウィスキーを飲んだのが語源とか、 他に炭酸の泡が揚がっていく様から「ボール信号」という説もある。 <3> イギリスのゴルフ場のカウンターでウイスキーを飲んでいた人が、 急に自分の打つ順が来たことを知らされ、そばにあったソーダにウイスキー をあけ飲んだところ非常においしかった。そこに、たまたまハイ・ボールが 飛んできた、それが語源だという説。早くいえば、ハイボールは 「飲みやすいカクテルの代名詞」。サントリーが数年前から角瓶との組み合わ せの「角ハイボール」を大々的に宣伝を始めた。人気の背景には飲みやすさに 加え、老舗企業の戦略もある。それにしても、イメージ広告に人は弱い。
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2018年06月14日(木)
* 何か変で、チグハグな 一昨日、閑にまかせてTVで見ていたが、 何だろう? 終わりまでチグハグ した感が免れない。トランプはトランプ。ロシアに支援をもらって大統領になった クワセモノが何をしても、こんなもの。あと1〜2年先に政治生命があるかなしかの、 呆け老人。中国、ロシアから入知恵された北朝鮮の思うまま。どこの誰が、核放棄 をする訳がない。その逆に、アメリカが、見逃すわけがない。短期政権と判断の上、 空約束をすればよい。相手は70歳のボケ老人。 まずは目先のアメリカの攻撃を回避すればよい。トランプは国家最優先より、 白人第一主義者。その男が「極右を政権中枢に集め、いざ戦争!」に怖気ついた 兄殺し、叔父殺しが、中国、ロシアの忠告で、目先を乗越えようとした茶番劇。 それをシビアな金融機関が気づいており、株式、為替相場は、冷ややかな反応。 北朝鮮は、何時ものプロセスを踏むことで何とかしたが、これで済むわけがない のは、周知のこと。韓国首都圏の人質(2560万)をとって65年。朝鮮戦争で 400万の死者、これは人口の2割になるというが… それが、いまだに続いている。 中国、ロシアからすれば、脳梗塞状態のアメリカの国力を更に削ぐ機会到来である。 逆に恐ろしい日々が、続くことに。全ての核施設、核ミサイルの位置情報の提出を 求める中で、必ず行き違いが出て、仲たがいで、戦争突入の道筋に入る可能性 が高くなったとも考えられる。夜も寝れなかったという、韓国大統領の恐怖は 如何ばかりか。東京も火の海の可能性があったが… 数百、下手をすると1000万 単位の死者の可能性があるから、それはそれは。 ―― 熊: 面白かったね。大家さんからの下知識があったからね。 寅: トランプ劇場だが、北朝鮮もしたたか。数回にわたり、交渉を重ねて 徐々に締付けを解除するというけど… そうアメリカも甘くないさ。 大家: 交渉が出来ただけで、今回は良しとしなければ。その前に、TV電話を していた」というじゃないか。北からしたら、目先、大成功さ。顔を合わ せれば、鬼でも蛇でもないことが分かるし。 八: 表立つと、北朝鮮の疲弊とハリボテが露わになるし、北も大変だよ。 酷い虐殺と粛清が表立ってくるしね。何が体制保障だよ。 寅: 韓国民の恐怖の辛さも解るよ。とにかく、目先、安泰のようだしね。 熊: この方が危ないってのは俺だって分かるよ。これで「少し安心していい」 など、絶対ないね。俺だっていいこと言うだろう。 八: 誰かの受け売りだろう。新幹線内で、また無差別殺傷事件があったろう。 あの男と、北が重ねって見えてさ。孤立してさ、自らを追い込まれ、最後は 野宿して、情けないけど、独りで死ねない狂った男。実兄と、叔父と、旧来 の身の周りの人達を粛清し、独り怯える姿は同じじゃないか。殺傷対象が、 関係ない、一般の国民とね。 寅: 今度は自分が粛清されるかの疑心暗鬼が独り歩き、ますます怯えるさ。 二回、三回と交渉を重ねるうちに、亀裂がワニの口のように大きく開いて、 内部が動揺をきたす。とにかく、金も食料も燃料も底をついて、ササクレ 立っているだろう。アメリカだって、ここは緩めないで、締付けを強めるさ。 大家: 一番、怖いのは、軍事クーデター。自分たちは必要なくなるだろうし。 それと、粛清さ。とにかく末端兵士の食料が無いんだもの。そりゃ怒るさ。 八: アメリカの戦術は、締付けを解除しないで、ゆるゆるしながら、自壊を 待つこと。そうだろ、ハリボテだからさ。風雨になれば、その正体が暴露 されるしね。中国も、あの男を見限っているし。だから、危険度が増した ことになったということ。 それとトランプも異常だね。 ロシア疑惑を大統領特権で恩赦も… とか言いだした? このままじゃ、 無理だが、朝鮮成敗で恩赦もと見えみえの… まあ今日は、この辺りで。
・・・・・・ 5204,教育には「驚き」と「なぜ」が必要 2015年06月14日(日) 『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』 堤未果:佐治晴夫対談 「驚きを立てよ」と、検索を入れたところ、二番目に10年前の私の文章が 出てきた。最後にコピーをするが、成るほど、ネットの世界は恐ろしい。 この文章を書き上げた後に検索したが、前だったら、書かなかっただろう。 以前の内容より、今回が劣って? 書き残しておく秘儀をつくづく実感する。 * 教育には「驚き」と「なぜ」が必要 (゚Д゚`*)エ〜[なんでぇ!?゚Д゚@) 堤:「氷が解けて水になった」というのが正解で、「氷が解けて春になった」 がバツになったという話と似てますね。 佐治: 結果だけを重視するのではなく、そこに至るプロセスを加味して判断 することや、まず相手を受け入れることが大事だと思いますね。 堤: だとすると先生がやってらつしやる宇宙物理学や科学の世界は、 まさに驚きの連続じやないですか。 佐治: 科学は、「驚き」と「なぜ」です。しかし、「なぜ」と問う前に 「驚き」がないと科学にならない。いまの親御さんたちは、「なぜ」に最初に 答えてしまいます。たとえば、きれいな虹を見たときは「わあvきれいだねえ」 とまず驚いてほしい。それが教育。教育というのは子どもの「なぜ」に火を つけることです。本当にいい先生というのは、懇切丁寧に中身の解答をその まま教えることではなく、子どもの心に灯をつけることだと思います。 灯がともれば、ひとりでに燃え続けます。 堤: 先生は、いまの教育には「なぜ」と「驚き」が減っているといいました。 佐治: 教育には、まず「なぜ?」と疑問をもつことが大切です。 たとえ人にみかんを二個ずつ、三人の人にあげるには、みかんは全部でいくつ いるでしょう」という問題。普通は「2×3=6」という式で答を出しますが、 ある子は「3×2=6」と書いてバツになり、それが原因で登校拒否になって しまったという例があります。そこで「どうして3×2にしたの?」と訊いたところ、 「みかんを二つずつあげるのにA君、B君、C君が待ち遠しいといけないから、 とりあえず一人に一戸ずつあげた。それを二回繰り返したから、3×2の式にした」 といいます。やさしい子でしょう。それが学校では間違いとして処理された。 プロセスというのは、考え方の道すじで、それが正しければそれはそれでいい。 ・・・(略) 佐治: これまで行なってきた小学校での特別授業を通して感じていることは、 小学生の感覚はまだまだすばらしい。手遅れになっていません。これが救い。 しかし、中学生になると、とたんにおかしくなる。 堤: 十二歳くらいまでは大丈夫ですか。小学生はまだ、体を使って遊んだり しますが、中学に入るとそれが減っていきます。それと関係がありますか? 佐治了体が先か、脳が先かという問題になるんですが、最近の脳科学の立場から いえば、体が先だと考えられています。眠らなければ眠らなければと心で思う よりも、横になって寝る体制をつくることによって眠りに入りやくなる。 脳は、そのようにできでいるのだそうです。体が先だということですね。≫ ▼ ネット辞書で『驚き』を検索すると、< 予期しない事態の突然の出現に 伴う強い一時的情緒。プラトン (『テアイテトス』) とアリストテレス (『形而上学』) は,驚きから哲学が始るとした。デカルトは驚きを基本的6情念 の筆頭におき,他のあらゆる情念に先立って起り反対情念をもたないものとした (『情念論』) 。> また、< 驚きとは、動物が予期しない事象を体験した ときに起こる瞬間的な感情をいう。驚きには好ましいものも好ましくないものも ある。むしろ、怒りや恐怖などの爆発的な感情変化を、分類する以前の状態が 驚きかも知れない。驚いた状態をびっくりしたという。>ともある。 以下参照! 以前も現在も、我ながら真面目?なものである。 驚いた! (゚Д゚`*)エ〜 ―――― 2005年03月26日(土) 1453, おどろき、そして感動 「考えるにはどうしたらよいですか?」という純朴な問いかけがある。 この問いかけに対して、いずれの哲学書にも 「おどろき」が「考える」突破口になると書いてある。何でもないことの中にも 新しい発見を見つけ驚くことがその出発点。驚きは、そのまま感動につながる。 その感動が人生を動かす。仏教の教えの中に「驚きをたてよ」という言葉がある。 この言葉は、考える、生きるという面で深い意味がある。歳を重ねると、多くの ことを経験しすぎて驚きが少なくなる。しかし、歳をとって解ったことは 「驚きが桁違いに多くなった」ことである。知れば知るほど、その周辺に 知らない発見が増えるからだ。驚くということは、未知・無知の分野に果敢に 挑戦して新しい何かに衝撃を覚えるということだ。それと未知なるが故の不意打ち が驚きになる。 そして、それが考えにつながっていく。無能の人は、何を見ても 聞いても驚かない。驚く素養がないのだ。 いや思い込みというバカの壁が 取り囲んでいる。破れている太鼓が音が共鳴しないのと同じである。 隣の太鼓の音にもよい太鼓は響くが破れ太鼓は実際に叩いても音が響かない。 驚きには、その皮の張りが必要である。世界を旅をすると、驚きに満ちている。 そして、その深い世界に感動をする。こんな世界があったのかと、内面が爆発 しそうなほどの感動を数知れず経験する。そして対象にのめりこんでいく。 人間は感情の動物といわれる。たしかに理性的な部分が人間たる所以だが。 人間を突き動かすエンジンのはたらきをするのが感情である。 感情は ・おどろき ・愛 ・憎しみ ・喜び ・悲しみ ・欲求の6つから 成り立っている。他の感情は、この6つの感情の組み合わせでしかない。 希望はー>喜び+欲求 ねたみー>愛+悲しみ この感情の中で「おどろき」 は一番の根本にある。未知なものに不意に直面した時に、こころは変容する。 その変容の状態そのものが「おどろき」である。おどろいて呆然と立ちすくむ 状態である。おどろきは、最も原始的な感動である。おどろきは未知なものが 現われた時、それを説明できない不思議を自分に知らす。 正も反(喜びに対して悲しみ)の感情も越えた「おどろきの対象」に対して、 説明できる必要性が出てくる。おどろきは未知に対する無知に気づき、 知的探求を刺激する。あるイベントの会場で、BOSEのコンポを聴いた時に 思わず立ちすくんでしまった。聴いたことのないような音響におどろき、何回か 足を運んで聴きなおした。こんな小さなコンポから、こんな音が聞こえてくる のか不思議でたまらなかった。そこで係り員から説明を聞いた。パンフレットを 見て、その原理を知って、知人から情報を得て、インターネットで検索をして、 購入に至った。会場で聴いた音に対する、おどろきと感動が出発点であった。 そして、なぜ、どうして?と、その理由を探していった。昨日も早速、音楽に 対する本を二冊買ってきた。 三枝成彰の「音楽の本」と、「CDクラッシク の名盤」である。一流なものに接して感動と驚きをシャワーのように 浴びなくてはならないのだ。以前にも書いたが、親は子供に感動とおどろきを シャワーのように与えなくてはならない。躾と、最高のものを知らしめる ことが家庭教育の基本である。おどろきを得るためには、3C-チェンジ、 チャレンジ、コンペティションがキーワードになる。 挑戦しろ、変化しろ、そして戦えである。 ・・・・・・
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| 6300,読書日記 〜『こんな長寿に誰がした!』 〜2 |
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2018年06月13日(水)
『こんな長寿に誰がした!』ひろさちや(著) * 「超高齢社会」の病巣 100歳以上の老人が増加している。しかし、寝たきりにしろ、元気なら尚のこと 周囲は大変である。私の兄・姉が私を含めて9人いた。 そのうち存命が5名。 相方の存命が3名。存命平均年齢が80歳と相成った。末っ子の私も、あと2年半で 後期高齢者の仲間入り。私の鬼門が、この辺りと想定しているが…。 ライフワークの海外ツアーも、70歳が大きな関所。体力の限界である。 私の弱点は腰痛だが、先回のツアーで限界を実感した。 この年齢で驚いたのが、好奇心が全く衰えないこと。見聞きする何もかもが 面白くて面白くて… 。のんびり、ゆっくり、退屈など、ほど遠い日々。 これを書き続けてきた効用だろう。私たちは老いるにつれ、周囲に迷惑をかける。 それと「しょぼくれ」が、日々増していくことを自ら知る必要がある。我身を 整えるため、少しキツメな日程を組み、フル回転?の日々を過ごしているが、 このまま続けると「死ねない病」に陥る可能性がある。 もう健康年齢の平均値に到達した。何時、寝込んでも不思議でないが、相方は? 甲斐甲斐しく介護をするタイプでないから、明るい未来は待ってない。逆も有り うることを微塵だに考えられない。とはいえ、残された健康年齢のうち、生き きることしかない。 週5日のスポーツジム通いも、週3〜4回にし、遠くない日に、止めないと、 「死ねない病」になる可能性がある。「死ねない病」の老人が「散歩好きが 悪かった!」と、後悔する話から、底知れない老いの恐ろしさが垣間見た。 死ぬことは恐ろしいが、老いて生きることは更に恐ろしい。 としても、生きて いる限り、良いこと3.良くないこと1 のバランスの維持は可能だ。 私には、6300の書連ねたブログと、ネット写真集と、4000曲の入ったiPadがある。 それと面白可笑しい笑い経験と、感動体験の行蔵が… ったく、最期は自画自賛かい! 誰が自分を肯定してくれますか。 孤独は最高の友人。私は、過去に書連ねた 文章が、その時々の永遠に垂直に立っていた心情が…。老いるほど、過去という 友人が増えていく。それにしても、悪い実例が多い。私も含めてだが、好い加減に 生きてきたからだ。その「好い加減」が大事のこともあるから一概に言えないが。 10年前から、歯医者を除いて、一切、行かなくなった。そこから見ると、血圧が 幾つとか、血糖値が幾つとかの雑談から、何だろう?この人達と… 未病まで わざわざ穿りかえして。毒(薬)を飲まされてと。そうでしょう。「老いたら、 さっさと死んだら!」とも言えないか。日本だけだよ、一般の人まで一般検診 するなんて国は! チューブに繫がれて、薬づけにされ、死ぬに死ねなくなるよ。 何が「百歳、おめでとう」ですか。「90歳過ぎたら死に損ない」が、現実と、 著者が言いたかったことは! 辛いけど、これが現実。あのトランプを見れば 分かるでしょう。老害では済まされないでしょ。側近も含めて。先が無いのが、 世界政治の決定権を持つなど、もってのほか。本人たち以外に気づいているが、 当人たちは、微塵の自覚無し。60歳過ぎたら、未来を託す政治から排除するのが 自然でしょうが。他人事でなかったから言えること。あなたも、私も老害なの!
・・・・・・ 5203,人間だけが、教育されなければならない動物 2015年06月13日(土) 『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』堤未果:佐治晴夫対談 「大地震で森からサバンナに追いやられたサルが四足か二足歩行に進化。 その結果、産道が狭くなり、未熟児の状態で出産。外敵から身を守るための 教育をしなければならなくなった。」という、論旨が面白い。 * 人間だけが、教育されなければならない動物 ≪ 佐治: あるとき、いまのアフリカあたりに、これまでなかったほどの 大地震が起きました。いまもその痕跡が残っていて、隆起した山のあいだが 陥没して平原になっています。山に吹きつける風は上昇気流になり、雨が降って 山の森は豊かに保たれました。一方、陥没した部分には雨が降らしてカラカラの サバンナになった。そこにいたサルさんたちは、さあ困った。いままでは木に 登って、遠くを見渡しながら、おいしいものがないか、危険な動物が来ないか 見ていられたのに、カラカラの草原になってそれができなくなってしまった。 その結果、いつしか、遠くが見通せるように四本足から二本足になって立ち 上がりました。すると身体の背骨の上に頭がのる形になりますから、重くて 大きい脳を獲得できるようになり、人間になったのです。(註) ところが、二本足で立ち上がったことから骨盤の広さが70%ト狭くなった。 頭の大きい赤ちゃんを産めなくなり、自然分娩ができなくなります。 そこで人間は、未熟児のまま子どもを産まざるをえない宿命を背負う。 サルは生まれたばかりの赤ちゃんでも、自分で立ち上がって、お母さんの おっぽいを飲めるけれど、人間の赤ちゃんはお母さんのサポートなしでは 何もできません。つまり、カントがいうように「すべての哺乳類のなかで、 教育されねば一人前になれないのが人間である」ということになります。 だから学校がある。小学生には「それが、君たちが学校で勉強しなくては いけない理由です」としめくくりました。 <(註)アフリカで、800-1,000万年前に大地溝帯の活動が始まり、周辺に高地や 山脈を含む隆起帯が形成されたことにより、大西洋側から大陸東部に湿った空気 を運んでいた赤道西風がさえぎられると、大地溝帯の東側は徐々に乾燥して森林 が衰退し、やがて草原に変わっていった。森林に住んでいた多くの類人猿は、 この環境の変化に適応できずに絶滅したが、ヒトの祖先は樹上から地上に降りて、 直立二足歩行に移行した。すなわち、乾燥化によって木と木の間隔が広がった ことにより、木から木への移動を行う際に地面に降りる必要が生じ、ついに 直立二足歩行を獲得した、とするものである。> ▼ 現在では、専門学校・大学を含めると8割が20歳過ぎまで親の庇護が 必要となる。乳ばなれが出来れば目出度いが、そうはいかないのが人間様。 担任の先生が定年の年のクラス会の二次会で、この歳で、両親が90過ぎても 矍鑠として、自分を見守っている。これほど辛いものはない」とノイローゼ 気味に語っていたが・・ 趣味の世界があれば悩みが半減したのだろうが。 20歳頃に、自分の人生デザインを持てたかどうかが豊饒の人生か、そうで ないかの大きな分れ目になる。今はネットがあり、情報は手軽に入るし、 趣味の道を深耕するのが比較的恵まれている。要は、意思するかしないか。
・・・・・・ 4838,Quirt <内向型人間の時代> ー5 2014年06月13日(金) <内向型人間の時代> スーザン・ケイン著 * ソフトパワー 国にも、個人にも、内向型、外交型がある。さしずめ、江戸時代は内向型 国家の典型。そのため、鎖国の時代は、江戸文化という円熟した時代でもあった。 そこに外交型国家・米国の到来で大きは節目を迎え、近代国家へと歩み始める。 アメリカのカレッジで、白人系と東洋系の学生の差異に、そのまま見てとれる、と。 東洋系の持っている内なるパワーを「ソフトパワー」と、捉えている。 ーそこで、「ソフトパワー」をネットで検索するとー 《 ソフト・パワーとは、国家が軍事力や経済力などの対外的な強制力によらず、 その国の有する文化や政治的価値観、政策の魅力などに対する支持や理解、 共感を得ることにより、国際社会からの信頼や、発言力を獲得し得る力。 対義語はハード・パワー。 ・・・ジョセフ・ナイはこのソフト・パワーによる 対外政策の重要性を説く上でブッシュ政権や、その中枢を占めたネオコンという 勢力に対し、客観的に評価または批判をし、軍事力や経済力など強制力の伴う ハード・パワーにのみ依存するのではなく、アメリカの有するソフト・パワー を活かすことの重要性を唱えた。 ・・ナイは、ソフト・パワーを構成する 要素を掲げている。ひとつは、その国の有する文化である。その具体的な例と して文学や美術、高等教育などのエリートを対象とする高級文化や大衆の娯楽 などの大衆文化が挙げられる。ナイはその国が有する文化の価値観に世界共通 の普遍性があり、その国が他国と共通する利益や価値を追求する政策を とれば、自国が望む結果を獲得することが容易となるとし、一方で偏狭な 価値観に基づく文化では、ソフト・パワーが生まれにくいとする。・・ 》 ーこの著書のソフトパワーの説明箇所から抜粋ー 《「ソフトパワー」、教授はそれを「火ではなく水によるリーダシップ」 と呼んだ・・ 「アジア文化では、自分が欲しいものを得るために、しばしば 微妙な方法を使います。それはつねに攻撃的とはかぎらないが、けっして ぶれない巧みな方法です。 最終的には、それによって多くを達成します。 アグレッシップパワーは相手を打ちのめすけれど、ソフトパワーは相手を 納得させて味方にしまいます」・・ ソフトパワーの実例とはどんなものかと 尋ねると、彼は目を輝かせて、アイデアと心をパネにしている人々のことを 話しだした。たとえば、各種の雇用者団体のまとめ役をしている人々―彼らを 達成するために、力学ではなく信念によって人々を結集してきた。 また、飲酒運転根絶をめさす母親の会は、カリスマ性ではなく思いやりの パワーで世の中を変えようとする人々の集まりー そうした人々は自分の メッセージを伝えるのに十分なコミニケーションスキルを備えているが、 本当の強さはメッセージの内容にある。 》 ▼ この図式は、都会と、地方の関係と同じ。しかしアメリカを例にとれば、 そのソフトパワーは、ハードパワーと同じぐらいに、充実していることは、 インターネット先進国ということからも垣間見ることが出来る。現役の時代は、 パワーソフトの占める割合が高く、御隠居は、ソフトパワーに比重が移動する。 そのソフトは、長年の蓄積が必要。そのためにはハードパワーも必要である。 私のソフトパワーの蓄積は、数十年続けてきた、一日2〜5時間の読書。 最近は、読書からネットとパソコンに比重が移動しているが・・ この二年間、スポーツジムのヨガに週二回、参加しているが、これは、 ソフトパワーそのもの。
・・・・・・ 5933,閑話小題 〜三種類のアラブ人 2017年06月13日(火) <「人間の目利き」 曽野綾子:吉村作治> 〜アラブから学ぶ「人生の読み手」になる方法〜 * 三種類のアラブ人 先週のシネマが、数年前にあったテロを扱った <パトリオット・ディ>。 キリスト教圏のアメリカ社会のイスラム教徒によるテロ事件の実録的物語だが、 アメリカの白人社会は、思いの外、深いプロテスタントの国。黒人だけでなく、 アラブ人は、最下層の人たちと蔑まされている。アラブ人が、欧米社会内で 不平を持つのは当然で、前提が違うのである。、 ≪ 吉村: アラブに住む人間には大きく分けて、 ・アラブ人と、 ・まったくアラブ人じゃない人と、 ・アラブの人じゃないけれどアラブに入った人の三種類がいる。 アラブじゃないけど、アラブ人になるためイスラム教を信仰し、同じ アラブ語を使って人間は、アラブ人同士より、少し信頼度が低いが、 仲間に入れてもらえる。 アラブの社会では同胞、同法に準じる者、異邦人の3種類しかいません。 異邦人には厳しいルールをつくって対処するのです。それは敵として見て いるのです。かといって、敵だから殺すというのではなく、敵の中でも、 こっちよりと、全くの敵と区別をしてつきあう多角的な対応です。 しかし真の情報を流すのは同胞に準じる者までで、あとは偽情報だったり、 ブラフだったり、反対情報だったりします。すなわち、情報こそが生きる 術なんです。 ・曽野:テントに立ち寄ってみたら、ベトウィンたちが甘い飲み水を 御馳走をしてくれたので、2〜3ヶ月後に、お礼に行こうとしたら、運転手が 真っ青な顔をしていやだという。あなたは外国人だからいいが、僕が二度 同じテントに行くと、女か家畜をとりに来たと思われる、って。≫ ― ▼ 20数年前になるが、イスラエルで、ユダヤ教徒も同じように ユダヤ人を3分類していると聞いていた。国を持たなかった流浪の民は、 各地で迫害にあって、頼れるのは金銀宝石と思われるようになっていたが、 実は、厳しい戒律の厳守が、キリスト教社会と、そぐわなかったのである。 そしてナチによる虐殺に至る。それがイスラム原理主義の聖戦を唱えるISと なれば、ことは簡単に収まるわけがない。キリスト教原理主義と、ユダヤ教 原理主義と、イスラム原理主義者のシーア派と、スンニ派の入り乱れた 聖戦である。とすると、日本は島国の地勢の優位性を利用するためにも、 移民の受け入れは、最小にしておくべきというのも理解できる。 この分類は、地域社会にも存在する。例えば… 江戸時代からの老舗の家系。 戦後からの成金。ユータン組。旅の人と警戒される新参者。 …等々。 これが医師、銀行員、事業の大小とかで、石ころの大小とか、カタチで ランク付けをされている漫画的コスプレである。で、私だけは違うと、変な 確信を全員持っている。 それも有かと思うが… まあ、ここで止めておく。 イスラムもユダヤもキリスト教徒も、「復讐するは我にあり」と、殺戮し あって。 で、なぜか、以下に続いていく。
・・・・・・ 5568,「復讐するは我にあり」 2016年06月13日(月) 時どき、「到底信じがたい偶然」とか、「第六感」とか、「布置」とか、 私の理解外のことに行き当る。倒産となれば、当事者にとっての大惨事。 しかし、他人の不幸は蜜の味。特にリスクを侵さない人生を過ごしたものに とって、その人生に対しての自己正当化の丁度よい標的にになる。飽きずに 何度も取上げるが、思い込みもあるが、直接的行為をしてきた当人か、家族に 事故か大病が起こることが多い。50歳も過ぎれば何処の家庭内にも、問題が 鬱積しているとしても・・ で浮かんだのが「復讐するは我にあり」の言葉。 映画の題材にもなった。これは元々、キリスト教の聖書から引用された言葉。 〜「復讐するは我にあり」を検索すると〜 《 <18 できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい。 19 愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。 「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」と 書いてあります。 20 「あなたの敵が飢えていたら食べさせ、渇いていたら飲ませよ。 そうすれば、燃える炭火を彼の頭に積むことになる。」 21 悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい。 <ローマの信徒への手紙12章18節〜21節(新共同訳) 》 〜より分かりやすく解釈すると 【この中の主は、神様のことを言っています。つまり、「誰かから悪いことを されても、悪で返さず善い行いで報いなさい。その代わりに私(神様)が代わり に報復するから、あらゆる人達と平和な関係を作りなさい。】の意味。 キリスト教では、全ての人は死んだ後に裁きを受けて、天国に行くか地獄に行く かが決まります。悪人は裁きの時に必ず地獄に行くのだから、復讐は神様に お任せしなさいということなのです。> ▼ 遥か以前に、相手に放った矢が、回りまわって自分を突き刺す諺に <返り矢に当たる>と、<因果応報}がある。三つのブラックスワン (9・11テロ、 リーマンショック、3・11災害)の直撃だけでなく、 明治維新、太平洋戦争敗戦、そしてアメリカによる強要されたバブルと、 崩壊対する衝撃の認識度が、あまりに甘かった。そのことが、ハードラン ディングの結果になっていた。新潟駅前に500室を集中させたこともあるが。 神様を因果応報という自然の摂理とみれば、「復讐するは我にあり」と、 敢えて取りだてることもなし。それぞれの怒りを、ミニ物語として創作し、 時間の経過を待っていれば当面の毒消しになる。<されど、神様!>ですか。 ―――― 2011/07/12 ユング ー 3 ユングといえば、「布置」と「共時性」である。 妻とか恋人の関係がうまくいってない時、家庭内に大きな問題が重なった時に、 職場の上司や異性とトラブルを起こしたり、勤務していた会社が倒産した時に、 大病や大事故が重なったりする。 これらは、何とか原因を特定することも 出来るが(離婚と前後して交通事故にあった場合や、倒産時の関係者の事故率が 異常に高いのは、心が注意散慢になっていたとかで説明出来るかもしれないが)、 因果関係だけで説明できないことが多い。 私の倒産の場合、倒産したのが 30年前の開業前日。1981年3月31日開業、会社消滅が2011年3月30日。 全くの偶然の一致である。幾つかの事業や、幾つかののホテルの立ち上げを 始めると同時に、必ず身近に普段起きそうもない問題が起きる。 回数を重ねると慣れたもので、今度は、これか!と、冷静なもの。 他にも、色いろある・・。 このことを「図解ーユング心理学」福島哲夫著、で、説明してある。 【 ◆ 布置と共時性について * 一見別々に起きたことでも、その人にとっては非常に大きな意味を持って いる出来事の巡り合わせを、ユングは「布置(コンステレーション)」と 呼んだ。コンステレーションとは元々は「星座」の意味である。つまり、 広い宇宙に別々に存在している星が、ある人にはそれらが白鳥の影や竪琴の 形に見えて、大事な意味を持っているように、個人を取り巻く事象の巡り 合わせも、大きな意味を持つことがあるということ。 長く会っていない 友達の名前を思いだしたとたんに、その人から電話がかかってきたようなこと なども、布置の一つである。その意味を深く考えなければ、それで終わって しまうからだ。 * 共時性(シンクロニシティー)と布置との違いは、共時性は、布置よりも さらに物理的に簡単には起こりにくい偶然の一致をいう。共時性の有名な事例 で、ユングが若い女性の心理療法を行っているときに、その女性が黄金の コガネムシを夢で見たと語った瞬間、コガネムシが部屋の窓にぶつかってきた という逸話があります。ユングによれば、この女性患者は、非常に固い合理 主義者で、自分自身の現実感に堅くしがみついていて、治療にまったく進展が なかったのが、この不合理な出来事によって、彼女の変容のプロセスが動き 始めたという。ユングによれば、このような出来事は、元型の力がはたらいて 生じるとしている。つまり、人間や、動植物までも含めた存在を支えている 共通の基盤となるような領域における力が働いて起こった現象だというのだ 】 ▼長い間、会ってなかった友人のことを考えていた丁度その時に、その本人から 電話があったりなど因果関係で説明できないことがあまりにも多い。日本にも 古来から「虫の知らせ」という言葉がある、とおりである。こういうのは 科学者は、正面から取り組むことを避けてきた。しかし、ユングは幼年の頃 から、おかしな感覚を持っていたこともあり、人間の持っている5つの 感覚外の、シックスセンスの研究に踏み込んだのである。再びユングを 再読を始めたためか連日、奇妙な夢の連続である。
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