|
堀井On-Line
| 6288,読書日記 生きることへの冒瀆とは! 〜3 |
|
|
2018年06月01日(金)
『旅人よ どの街で死ぬか。〜「男の美眺」』 (伊集院静 2017年)から。 * 予感、あるいは沈溺
≪ ◉ 長く旅を続けるには術が必要である。友人の勝負師とどうように、 頓着を持たないことだ。旅人の一人の些細な感情など都会という土地では とるに足りなぬものだ。 そんな時は高台に行き、都会を見おろせばいい。 河岸に立って川を眺めればいい。人の感情など関わりなく、 ―川はただ流れている。それだけのことだ。 ー何かを手に入れたものは何かを失う。自明の理である。 旅を続けている限り、失うものはない。しかし失わないことが旅に求める 安堵であるのなら、その旅は愚かな行為でしかない。流れる水を見て思った。 ともかく旅を続けるしかない。 127-128p ◉ ヨーロッパ大陸を飛行機で旅し、窓から大陸を見たことがある人は、初夏に レモンイエローの花を咲かせた菜の花畑の美しさを知っているはずだ。148-149p ◉ ポーランドのアウシュビッツ収容所を訪ねた。見ておくべき場所だから 出かけた。私をむかえてくれた日本人の案内人は物静かで温和な人だった。 収容者たちが列車から降ろされ、歩かされた道を案内人と歩いた。折から やわらかな初夏の風が吹いて流れ、路傍の野花を揺らしていた。かつてここが 殺戮の場所であったとき、花は咲いてもいなかったろう。収容所で目にした ものは、予期したとおり私たちが見ておくべきもの、知っていなくてはならない ものだった。黙示であってはならないものである。残されたものたちが立証して いるのは、これがまぎれもなく人間がなしたものであるということだ。 〜過ちをくり返すのが人間だとしたら、人間はどうしようもない生きものである。 −そうかもしれない…。 207p ≫ ― ▼ ツアーの面白さ、厳しさの一つが、1〜2週間、移動空間と旅先空間を密着 すること。 嫌でも、様々な人生を垣間見ることになる。また、重厚な人生観を 知ることになる。行先の多くが秘異郷もあるが… 10年近く前までは、まだまだ、 高度成長時代の恩恵を受けた人たちが多かった。その反面、仕事に追われてフッと 気づくと晩年に差し掛かり、人生を取り戻そうとすがる思いの人が半数だろう。 それが圧倒的大自然の只中で、自然と出てくる激情が、呟きで聞こえてくる。 『ズ〜ッと老人ホームで働いてきたの。で、ハッと気づいたら、自分が年寄りに。 現実に流されて、周辺の人だけを見てね。何にも考えないで、決断もしなくて、 これまで生きてきたの。ところが… …旅行前に色いろの問題を箪笥の中に押し こんでね。帰ったら、それを出して整理をしないと。でもここに来て良かった。 心おきなく死ねるわ。』 パタゴニアの、山中の道すがら、初老の女性が、何気なく話しかけてきた言葉。 話は続く。 『養老院って、人生の果てでしょ。人間の本性が丸出しになるの。特にね、 夜這いって、御婆さんの方が多いの。夜中に男の人の悲鳴が聞こえてくるの。 ‘何するんだ、この野郎’ってね。 寂しかったのね。』
・・・・・・ 2004年06月28日(月) 1182, 秘境・異郷ツアーレッスン −3
いま一つ面白いのは、添乗員と現地ガイドである。 旅行の3分の1は添乗員の質できまってくる。 そして、質とは我々をいかに楽しませてくれるかである。 結局、自分でその仕事を積極的に楽しんでいるかどうかである。 そして自分の仕事の役割を理解しているかどうかだ。 どんな仕事でも、それは共通している。
そこには、その人の素材としての質と会社の教育が重なって出てくる。 ツアー客の、代理店に対する評価は辛辣であり、それに耐え得なくては 存立し得ない厳しい世界である。見ていて本当に激務の仕事である。 次から次に起きてくる予期せぬトラブルを、一つずつ確実に処理をしていく。 ベテランなら解るが、20代の女性の場合見ているほうが辛くなることが多い。 トラブルを処理をしてくれるのから、ツアーは非常に楽といえば楽である。
北スペインの時の女性はまだ忘れることができない。20代半ばなのに、 30分前に閉館した博物館を日本からワザワザ来たと談じ込んで開けさせた のには驚いてしまった。「私は不可能を可能にする女」と自分でいっていた。 そして最後まで、その姿勢を崩さなかった。 最後は泣きながら大きなトラブルを処理をしていた。 仕事の辛さという面で、究極の場面が次々と出てくる。
やはり南スペインのアンダルシアの時の女添乗員もすばらしい。 スペインが大好きという本人の気持ちが全員に伝わっていた。スペインの カセットを持ち込んで、バスの中ではその地方地方の音楽を流してくれた。 まあ、人生の何であるかを教えてもらったようだ。厳しい中でも、その環境 を楽しむこと、それだけでなく世界を知る努力の必要性である。 つづく ―― ー以前書いた文章をコピーしておきます。 [90] 人生のコツ 2001/12/21
ツアーで今ひとつの楽しみは、全国より集まってくるツアー仲間である。 本当に色々な人がいるものだ。推測だがどこかの高校の校長だったのでは ないかと思われる67歳初老の人の事が印象的であった。 「60歳までに50回の秘境を中心にした海外旅行と、人生の余白を可能な限り 埋め尽くす生き方」をその人の感化でその旅行で決心した。
その人が言うには「自分の父の家系は40歳前半までに全員死ぬ家系! 若いときよりその死期までに人生総て生ききる生き方をしてきた!家族で 日本中を車で総て回る計画を立て実行、そしてその時期がやがてやってきた。 しかしどういうわけか死ななかった。 それなら一年一年が勝負と世界中を回る計画をたて実行、いまだ死なず世界中を ほとんど回ってしまった。」
この時これだな!と思った。そして先ほどのの決心をしたのである。 「人生は後回しでなく、前回し」人生だけでなく何事もそうであるが。 その時「貴方だけが何故生き残れたか、こころあたりは?」の私の質問に 「毎日朝食にキャベツを千切りにして、紫蘇のドレッシングをかけて食べている」との答え。 「あとは好きな事だけをやること」だそうだ。
なるほどと考えさせられた。
・・・・・・ 2018/03/07 閑話小題 〜大変な人 * 旅は根こそぎ人生観を変えた 何度も書いてきたが、51年前の21歳の「30日間・欧州旅行」が人生を変えた。 国内さえ殆ど旅行したことがない私が、年間20万人しか渡航してなかった当時に、 ツアーに大金持ちの子女・子息たちと豪遊旅行に参加したのだから…、当時の 日常との段差が如何ばかりか。それまでの人生と、その後の人生というほどの 段差によるカルチャーショックが、そこにあった。 良かったのが、事前情報が皆無に近かったこと。名所名跡に出あいがしらの 感銘がより大きくなっていた。その衝撃は、その後の秘異郷旅行のライフワーク に繫がっていた。 当時よく聞いた話が「カルチャーショックで気が変になる人が多々ある」。 今では情報化で現地の事前情報があるため少ないようだ。私も帰国後の数ヶ月は 自失茫然状態であった。それまでは、私なりの世界観、価値観を保って秩序を 守ってきたが、そのベースが根本から揺れ、それが新たな再生になっていた。 老いる度に、私たちは小さな世界に閉じこめられ、その世界しか知らなかった ことに気づき、慌てる。その後、数知れない衝撃を受ける度に、生き方、人生観 が根こそぎ変化していった。成るほど、「大変な人」と言われるのは至極当然。 私の限界の中の衝撃で、破壊と再生の「変化」を経験すれば、「変」が大きく なる筈である。 とはいえ、その道のプロ、例えば、秘境の地への赴任とか、 添乗員から見たら、何をバカなことと笑われる半端なド素人でしかない 。 一歩、旅行に向け踏出すと、非日常の世界になる。 新幹線から成田線に 乗継いで、機内に入ると、非日常が、日常になり、これまでの普段生活の日常が 非日常に逆転する。黄色のミニ集団の一員として、こちらの正しいことは、旅先 では正しいとは限らない世界になる。世界は多様であり、それぞれが特殊であり、 また自分の世界も特殊であることに、気づかされる。それぞれの地域で、それ ぞれの言葉を話し、様々な考え方をし、地産地消をしており、それぞれの文化 の中で生活をしている。その実体験が旅行の醍醐味になる。一回の旅行で、 ホテルや、観光先や、乗り物内で、様々な文化文明に触れ、感動や感激をする。 変わっていく旅先に順応しながら、自分も変わっていく。感動、感激の経験は自分 の感情を豊かにする。旅に出て、感動し、感激し、感涙する度に、違った自分に 変化していることに気づく。
一年前に入れた4KTVが内なる世界を変えた。『アクティブ・カウチポテト族』 と言うが、世界の秘異郷先を、実際の人間の視力より、遥かに鮮明に映し出す。 今では、YouTubeで4kの映像を見ることが可能になっている。数十年経っても、 これで追体験が可能になる。更にブログで、旅先からライブの生々しい写真と 映像と実感の言葉を見ることが出来る。 21世紀は、楽しみ方を知ってるものに とって面白い時代だ。 これは何事でも言えることが… ・・・・・・ 2017/11/02 閑話小題 〜チョットした旅の思い出 * 世界で出会った動物の世界 10年ほど前のニューカレドニアのオプションの、小島の磯辺での出来事。 小さな湾の浜辺で、家内と休んでいると、同行の若いカップルが楽しそうに 遠浅の沖から戻ってきた。 彼氏が興奮気味に、『沖に行くと、小魚が一杯、 嘘のように、まとわりついてくる!』という。 そこで、家内が冗談で、 『その群れ、ここまで連れてきて!』というと、『パン屑あります?』と。 そこでビスケットを差し出すと、それを持って沖に出ていった。家内と私が 唖然として見ていると、沖から何と魚群を連れて嬉しそうに戻ってきた。 魚自体が人間という天敵と出会ったことが無いようである。 南米のテーブルマウンテンでも似たような経験をした。群生していた花園に、 蝶々が群れていたが、これまた、触っても逃げない。条件反射で逃げるのが 当り前と思っていたので「ああ此処はワンダーランドなのだ!」と思い知った。 ペルーのチチカカ湖でも、葦で作られた500〜1000平米の小島にいた鵜に 似た鳥が、逃げようともしないで、目の前で現地人の親子に捕獲されていた。 日本でもアホウドリが逃げないで殺されるため、この命名になっている。 日本ではカラスは幼鳥しか襲わないが、カラコルムハイウェーで、雀を 小型のカラスが襲っているのをみた。雀はケタタマシク鳴いて、私たち人間 の間に逃げ込んできた。鳥の本能がそうさせたのだろうが。
スペインで見たのが、鳩の群れとカラスの群れが空中で入乱れて争っていた。 異種の群れが争うのを「ドックファイト」というが、本来は、飛行格闘戦。 <航空戦で、戦闘機同士が 互いに機関銃・機関砲または短射程空対空ミサイル の射界に相手を捉えるために機動しながら行う空中戦闘。> 自然界には、 多いのだろうが、フッと空を見上げて見えてきた戦闘に一人、興奮していた。
TVのドキュメントやユーチュブで、ライオンと、ハイエナやバッファローの 群れの闘いを、詳細に映しだしたのが多くある。これが真剣勝負の迫力がある。
<達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ> より、遥かに面白いことが満ちている。 YouTubeに面白いキーワードを入れさえすれば。 世界は広くて面白い。
・・・・・・ 2016/05/06 若者よ、外に出よ! ー 日本には限界がある 『人生の教科書』なかにし礼著 * 日本だけでは限界がある 40歳前半までは、自宅に中・高の二人の息子がいた。そこで、行くところ といえば国内の自動車旅行が中心だった。その二人が学園生活のため、上京 していったのを機会に、海外ツアー切替わっていた。その非日常の面白さに 惹かれたのが家内もである。一人では躊躇する秘境・異郷でも、家内と一緒だと 何とか行ける。また、非日常の中に家庭の日常を持ち込むのも慣れてしまえば 悪くはない。 夫婦してのホテルのレストランの朝食が何とも豊かな気持ちになる。 学生時代の昭和42年に、大学の「海外旅行研究会」というクラブが企画した 『世界・30日の旅』の存在を知り、行ってはや、49年になる。当時の海外旅行者 は20万人。信じられない数だが、これがツアー観光の愛好者になる切欠となる。 何もかもが新鮮で、ただただ面白い経験だった。人生観が一変した経験である。 なかにし礼の、以下の内容には大いに賛同するが、自分では書けない。 書けば上から目線が、露出する。 しかし、事実は事実である。 ≪ 旅に出るならば1日でも早いほうがいい。自分の感受性が全部そこで 晒されて、カメラにたとえるならいろんな映像を受け止めていることになる。 そのインプットは大きいものだ。そのインプットは日本にいてもできない類 のものなのだ。これは賭けてもいい。日本という国には限界がある。 刺激の限界だ。食べものだけ見ても、なんの刺激もない。それが日本の料理 だといえば、それは確かにそうだ。だが世の中の料理はそれだけではない。 「肉じゃがを作れる女性がいい」、とか言う男がいる。こういう人も旅行を していない男と思う。世界の味を知らないからこうした面白くない発言になる。 北アイルランドのジャイアンツ・コーズウェイにも肉じゃがはある。 それはスープという形で出てくる。肉じゃがの原型はビーフシチューだが、 これはさらにその原型だと言える。牛肉と芋が入ったこの肉じゃがの原型を、 現地の黒いビールを飲みながら食べる。これがうまい。明らかに元祖の味。 日本の肉じゃがよりも断然おいしい。だから日本は食事にしても、もっと研究 しなければいけないと思う。日本の文化は確かに素晴らしいものがあるが、 そこに踏みとどまって進化をストップしていい理由にはならない。・・(略) 日本人のいいところはいっぱいある。創意工夫とか、細かいことに関する こだわりとか・・ しかし、一方では何かにつけて「疑いを持つ」ことが 非常に罪悪視される環境になっている。それで画一的な価値観を植付け られて、「肉じゃがを作れる女性がいい」などという頭になってしまう。 これではもったいない。 だから若者よ、疑いを持つために旅をしなさい。 そしていろんなものを自分にインプットする。 インプットしたらさらに視野を広げて守備範囲を広げる。 そうしないとインプットする内容も尽きてしまう。 だから何度も言うように、限りない欲望と探究心、好奇心を持ち続けないと いけない。それは、夢という非日常の世界を見続けるためである。 寝たときにだけ夢を見るのでは寂しい。目醒めて、そこで夢を見るべきだ。≫ ▼ 何度か書いたが、成田へのスカイライナーに乗って暫くすると、 「あ〜帰ってきた!」という妙な感覚になる。そこから非日常の刺激の強い 時空になるため、その蓄積が、磁石となって、旅を誘い、その非日常の世界が、 真なる時空、真実の自己であるような錯覚をもたらす。だから、別腹の 世界を自分の中に持っていて、暇な時間にトリップすることが出来る。 この現実世界に、世間の常識に対し、疑問を持ち続けることが出来る。 <目醒めて、夢をみることができる>
|
|
|
|
2018年05月31日(木)
* 父親の45周年忌で… 昨日は父親の45周年忌である。ここで、毎年、供養を含めて‘父親’に ついて書いてきたが、それも昨日で… ポタリングの後、近くのHCで墓花を買って、お参りをしてきた。 数日前に誰かがあげた花があった。誰だろう? 兄は当日の墓参りのはず。 すると二番目の姉? 数日前の夜半、寝室のドアの前に、黒い女性の人影が 立っていた。千葉に住む三人の姉に不幸が?と頭をかすめたが。あの黒影が…? アルツハイマーが進行中で、息子を含めた老々介護ただ中というが。 自分が定まらない若かりし頃、何時も真剣に考えてくれていた優しかった姉。 伯母が、晩年、「老いるとは無念なことじゃ」と言っていた… この3年で義兄・二人と近くに住む従兄が亡くなった。兄・姉夫婦の生存 平均年齢も80歳ともなれば、今度は誰?私たち? と不安が出てくる。 今できることは、今日を最高に生きること。 古希を超えると、「先に逝ったもの勝ち」 切実な問題だ… 。 大家族のどん尻のため、何時も気遣いの中にいた。娑婆に出ても、似た気遣い をし、そのノウハウで辛うじて生きてきた。 世間体というやつ、割切って しまえば、生きるには楽。それでもヘドロがへばり付いてくる。それもこれも 生きたいるうち。 父親にはいくら感謝しても、しきれない恩恵がある。それから、全てが派生 している。それだけで大当りだった。それにしては、他者への愛情が希薄では? ――
* コンニャク長屋問答 ・熊: 人間って奴は「縫いぐる」みたいでしょう。世間体を被ってさ。 俺ってクマというボケキャラを被ってバカぶって。寅だって、俺よりさ、 少し真ともな「突っ込み」で。 ・寅: アンタへの突っ込み役と、話がだれると、自然と俺様の出番でさ。 〆には、大家か、八つぁんだろう。深く考えたり、呆けをかまさないで 助かってはいるがね。一応、キャラは瘋癲の寅をベースにしてね。 ・八: 二人のキャラの出番で、一番助かっているのが私だが。 ・ポン督: 突然、現れて、こんな質問するのは何?だが。どうも解せないんだ。 関学側が撮った映像というが、何で、あの出来過ぎのアングルなの。自分の 後姿もバッチリ入っていて。録画の準備が周到にされていたんだろう… ・ポンコチ: あの位のタックル、何で三週間なんだ。そんなもの医者の裁量で、 何とでも書けるさ。その為に、鍛えてあるんだよ。誰も、それを言わない。 いや、言えないんだ。日大のアメフトって… いや日大って、派手なスポーツ の強さを売りにしている大学。勝ってナンボでしょう。何を今さら。バカじゃ ないか。俺もこれで終わったな。蓄えが少ないので、根こそぎ変えないと。 ・ポン督: 俺も、日大のNO/2の常務と、アメフト監督のヌイグルミを脱いで しまえば只の老人。まさか、ここまで炎上するとはね。甘かった! 良い思いは多くしてきたから、ヌイグルミに未練はないね。こんなもの。 ・ポンコチ: 鉄砲玉への追込みが間違えてしまった。まさか、単独会見とは、 想定がだったよ。それと録画。暴力団組長と若頭。私は、その若の役さ。 この騒動も、警察介入があるかどうか。 ・寅: 全国の請負監督業のオッサン達、シドロモドロだろうに。 アスリートとか煽てられた相撲バカ、野球バカなどをゼロから叩き直す。 そこにあるのは、結果だけの厳しい世界。TVドラマじゃないんだよな。 ・八: 才能だけは親がかりでないと… そりゃ、この激変の時代、特別 プログラムで、幼児の頃から育てないとね。相手は世界だもの。 最新の情報機器と、ソフトを駆使して幼児の頃から育てないとね。 今回だってさ、関学と、日大の差があっただろう。日大はさ、普通では 関学の歴史あるアメフト部に勝てないよ。コーチからして、インテリジェンス (地頭)が、違うもの。 ・ポンコチ: で、あの撮影は、関学のものだろうに。で、ここまで二人が 国を挙げて、一方的な吊し上げ。魔女狩りじゃないか。俺にだって赤い 血が流れてるんだよ。死んで抗議をしたって、誰も理解をしないし。 勝てば官軍、負ければ賊軍だよ。これだけは。これが日大だもの。これが。
・・・・・・ 2012年05月31日(木) 4084, 老いの見本帳ーダークサイト −6 「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日 武彦 (著) * 孤島としての老い ≪ それにしても、独りぼっちになってしまった「おじいさん」の孤独感とは、 どれほど辛いものであったのだろうか。気まずさ、寂しさ、自己嫌悪、その ようなものに苛まれつつ彼は残りの入生を送っていかねばならなかっただろう。 どうしてそんな目に遭わねばならないのか。 基本的に、世の中は弱り目に 崇り目、弱者はそのことでなお追い詰められ、不幸は不幸を呼び寄せる ーそのような意地の悪い仕組みになっているといった認識がわたしにはある。 すくなくとも医師として様々な形の不運や不幸を見てくると、今述べたような 感想を抱かずにはいられない。不遇であることは、それを帳消しにするような 出来事が不意に訪れる可能性よりは、なおさら足を引っ張るような「思いも 掛けない無情なエピソード」に絡め取られる危険のほうが遥かに高い。 だからわたしは負けたり失敗したりすることが嫌なのである。たとえ些細な 敗北や過ちであろうと、それが運命に「付け入る隙」を与えることになりそうで 怖いのである(おかげで人生は疲れることこの上ない)。そして老いることもまた、 悪意に満ちた運命が付け入る隙のひとつとなり得るように思われて、意気消沈 してしまうのである。しょぼくれた老人であればそれに相応しい不遇が訪れる であろうし、無理に若さに執着するような老人にはそれを嘲笑するかのような 不幸が駆け寄ってきそうな気がしてならないのである。 ・・老いを孤島に なぞらえることは適切なのだろうか。いや、人間は誰もが孤島のような存在 だと主張することもできよう。だがおじいさんとおばあさんの二人暮らしなどを 見ると、あたかも融合してひとつの島であるように映りつつも、潮の干満に よっていつの間にか二つの別々の島になっていたりするものである。 その微妙な加減が興味深い。いつしか片方の島は水没し、まさに絶海の孤島 となってしまったとき、むしろ老女のほうが淡々としかし粘り強く生きていく ようである。「ええなあ」とのんびりした口調で羨んでみたり、妄想に生きて みたり超然としたり、とにかく生き抜く。老女の独り暮らしというものには、 わたしが漠然と思っている以上に精神の働きの多様性が示されているらしい。≫ ▼ 老い、弱り目になると、祟り目が嫌でも待ち構えている。 それなら、一日一生の思ひで、一日を消化するしかない。だから何ごとも 一期一会ので生きるしかない。 最近特に気まずさ、自己嫌悪が強くなって きている。問題は、その毒を貯めないよう、日ごと処理しなければならない。 現在、一日三時間の運動と、TVやシネマで映画を一本はみている。それでも フラッシュのように、色いろの後悔する記憶が次々と浮かんでくる。 なる程、老化とはこういうことなのである。孤立というより、孤島にただ独り という実感が老いの寂しさになるだろう。生まれてくるときも、死ぬときも、 ただ一人。 まだ背後から死が追いかけてくるような感覚が、あと数年も しないうちに、目の前から死がジワジワと忍び寄ってくる感覚になってくる。 それにしても暗い顔をした老人が多い。
・・・・・・ 2014年05月31日(土) 4825,Quirt <内向型人間の時代> ー4 <内向型人間の時代> スーザン・ケイン著 * 自分の「スイートスボット」をさがそう この三年間の節目時、ストレスを溜めないことを第一に、一日、一週間、 一ヶ月、一年単位のスケジュールをたてて、ひたすら気持ちが落ち込まない ことを目指してきた。そのため、スイートスポット(最適な覚醒レベル)を、 要所要所に配置したスケジュールをたて、改善をしてきた。 4時過ぎに起床し、直ぐに前日書いた随想日記の添削と、ネットのアップ。 この時間帯が、第一のスイートスポット。6時過ぎに、ポタリングで信濃川の 大手大橋をヒキチャリ・ウォーキングが次。そして、午前中の読書と、ネット サーフィンの時間帯。そして、午後がスポーツセンター、そして・・ とつづく。 森の生活(現役)から、サバンナの生活(御隠居)に移動して一番良かったのが、 このスポットを自由に謳歌できること。 もちろん、数年、数十年単位の ライフワークがあればこそだが・・・ ーその辺りからー 《 内向性と外向性はそれぞれ特定のレベルの刺激を好むと理解すれば、 自分の性格が好むレベルに自分自身を置くようにすることができる。 つまり、自分にとって覚醒の活性が高すぎも低すぎもしない、退屈も不安も 感じない状況に。心理学者が言うところの「最適な覚醒レベル」―私はこれを 「スイートスポット」と呼んでいる―を知れば、今よりもっとエネルギッシで 生き生きした人生を送れる。あなたのスイートスポットは、あなたが最適の 刺激をえられるところだ。素晴らしい本を手にして、満ち足りた気分で ハンモックに横たわっている姿を想像してみよう。それがスイートスポットだ。 だが、気づくと、同じ場所を何回も読んでいることに気づく。それは覚醒が 低い証拠だ。そこで、あなたは友人に電話をし、朝昼兼用の食事に出かけ ―言い換えれば、刺激レベルを一段上げて―ブルーベリーパンケーキを食べ ながら噂話をしたり、笑ったりしたりすると、ありがたいことに、あなたは スイートスポットへ戻れる。 けれど、より高い刺激レベルを求める外交型の 友人に説き伏せられて、パーティに出かけると、あなたにとっての心地よい 時間は終わりを告げる。・・・ 》 ▼ スイートスポットに似ているのが、至高体験。人生観が変わるほどの最高の 感激・感動体験をいう。この体験は「求めよ!さらば与えられん!」で、自ら 求める者に、求めただけ与えられる。この絶対量が多いほど、人生が豊かさに なっていく。秘異郷旅行の体験記を書いたり、写真を見たり、旅先のTV放送 などを楽しむことが、私のスイートスポットになっている。他に映画鑑賞、 秘境・異郷ツアー、ネットサーフィン、ブログの下書き、読書、TVの スポーツドラマやスポーツ観戦などがある。 当然のように一生を通して、 徹底して貫いたプロフェッショナルが、私の連れ合い。これが蓄積されると、 スイートスポットの方が、本人を呼び寄せる。至高体験も、同じ! で、三桁、四桁は経験済み? 時々、「世の人の大分の人は、あんたの現状を 知ったら、怒り出すぞ!」というと、「あんたみたいな気短と一緒となら、 誰も怒らないわ!」と宣う。 その辺の固定観念の牢獄のシタリ顔の老人、 何のことか、理解すら出来ない? それも人生だが・・・ で、どうした? どうもしません! そういうこと。 ・・・・・・ 2015年05月31日(日) 5190,閑話小題 〜チャーチルのジョーク チャーチルは、その風貌とおりのウィットにとんだジョークと名言を残した。 毒の含んだ言葉でもウィットに富んでいれば、場を和ませることが出来る。 * チャーチルのジョーク ・ 民主主義は最悪の政治形態らしい。 ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすればの話であるが。 ・ 女性議員が皮肉を言いました。 「もし私があなたの妻だったら、あなたの飲む紅茶に毒を入れるでしょう」 するとチャーチルは、平然と答えました。 「もし私があなたの夫だったら、喜んでその紅茶を飲むでしょう」と。 ・ チャーチルに仮装舞踏会にはどんな衣装で出るのがいいかと聞かれた、 そのライバル女性議員(例の『毒を盛る』発言の彼史)のコメント。 「しらふで出るというのはどうでしょう」 (チャーチルは酒好きで、国会にも酔っぱらって出てくることしばしば) ・「期待される政治家とは「明日なにが起きるか」を、国民に予告できなくては ならない。そして次の日「何故自分の予言通りにならなかったか」を国民に 納得させる能力がなくてはならない。」 ・ ある政治家を評して 「彼は羊の皮をかぶった羊」 ・ 国会の答弁にて、エリザベス女王の戴冠式の準備に際し 「行進にはありとあらゆる労働者の代表を加えるべきです!」 と主張した労働党のある議員に、NOと返答したときのコメント。 「見物客の気持ちを考えねばなりません」 ・ 完全主義では、何もできない。 ・ 極めつけは! 当時獣医は社会的に低く見られていた。チャーチルが 獣医をしていたという噂があった。野党議員が議会でそのことを質問した。 「もしそうならまず初めに貴方をみてあげますよ!」議会は大爆笑だったとか。
・・・・・・ 2017年05月31日(水) 5920,閑話小題 〜そろそろ入替りの時節ですか * 入替りの時節ですか、私も 先週末の深夜2時ごろ、小さい騒めきで目が覚める。何気なく障子戸をみると、 間接だが赤い点滅がみえた。「救急車騒ぎか」と思いつつ、そのまま寝入った。 深夜のためか、救急のサイレン無しだったようだ。 このところ年1〜2度、 ご近所に救急車が来ている。私もいつ何時、倒れて介護生活に入っても不思議で ない年頃に入っているが、ほぼ実感がない。 人生観の一つ、「その時は、その時!」の考えが染み込んでいるため、 良いか悪いのか不安が少ない。同年代を見渡すと、4人に一人の割合で鬼籍に 入っている。あと7〜8年で、半分は亡くなるのだろうが、その中に私も入って いるのだろうが。一日一日の平穏な日々を味わうことだ。
* 老いの高貴の魂とは、 曽野綾子の言葉、<「何をしてもらうか」ではなく、「何ができるか」を 考えて、その任務をただ遂行する。それが、「老人」というものの高貴な魂 だと思います」> 成る程、考えさせられる道理である。 毎日を6年前につくった計画に沿ってこなしている日々だが、少しキツイと 思わないでもないが、それでも、続ける中で、面白いことに多く出くわす。 老いるにつけ、他者の粗探しに走りがちだが、それは、自分の影を指摘している に過ぎない。公園などで物思いに耽っている老人の心の内は、過去の深い思いの 風が吹いていたことを、ここで初めて実感している。思い出すことで、その時に 気付かなかった真実に気付くことが多くある。 ふり返れば、無知無能の露わな 自分が佇んでいる。「何ができるか」は、まず、その自分を優しく慈しむこと。 決して罵倒しないことだ。やはり、人間には宗教と基礎教養が必要である。 ・・・・・・ 5555,閑話小題 〜『ルーム』 2016年05月31日(火) * シネマ、『ルーム』 http://gaga.ne.jp/room/ 先週、観てきたシネマの『ルーム』。ネットの評価は高い。内容はスリラー の恐怖ものでもなし、地味だが、考えさせられる内容だった。17歳で誘拐され 7年になる若い母親。監禁されていた納戸から、誘拐犯のタネの5歳の子供を 脱出させた結果、解放される。それまで、子供は、部屋以外の世界はTVと天窓 の光しか知らない。 映画の後半は、新しい世界を次々と知っていく子供の姿と、 犠牲になった母親の人生に対する葛藤が物語として続く。子供は、母親と二人で 過ごした納戸が懐かしなり訪ねるが、子供は、その狭さを改めて知る。 外を知らないのも人生だが。子供にとって、誘拐犯の父親に対しての思いは、 まさに、<母と子供にとって「その父の存在自体が悪」になる。評価、85点。 〜ネット上の映画解説〜 ≪・映画「ルーム」が描く、ブリー・ラーソン演じる若い母親ジョイと5歳の 息子の物語は、設定だけを聞けば随分エキセントリックに思えるかも知れない。 ある日突然誘拐され、7年間監禁され続けた悲劇の女性ジョイ。そして監禁部屋 で生まれ、外の世界を知らないまま5歳になったジャック。そんな母子がついに 解放されるのだが、目の前にあらわれた現実の世界は2人を困惑させてしまう…。 ・年にわたる拉致監禁、誘拐犯との間に生まれた息子、命を懸けた脱出劇と世間 からの好奇の目。数あるゴシップ的要素にも関わらず、レニー・アブラハムソン 監督は地に足を付けた演出で奇妙な環境で普通に生きようとする葛藤を等身大 に描き出す。
・狭い監禁部屋から出たことがないジャックは、テレビを通じてだけ外の世界を 覗いてきた。しかし息子に〈閉じ込められている〉と感じて欲しくないジョイは、 部屋の中が〈本物=現実〉で、画面の中の出来事は〈偽物=フィクション〉 だと教え込む。2人がいる部屋の外には空っぽの宇宙しかなく、出ると死んで しまうとウソをつくのだ。 ・ところが監禁部屋からの脱出によって母子の世界は一変する。実は部屋の 外には無限ともいえるリアルが広がっていて、ジャックは培ってきた認識や アイデンティティをすべてリセットしなくてはならなくなる。
・一方、ジョイが帰還を切望した外の世界は、一度解き放たれると皮肉にも 精神的牢獄になってしまう。2人だけで完結していた監禁部屋にいる限り、 社会という膨大な関係性の集積から無縁でいられたからだ。失われた7年の 重みと他者の存在が次第にジョイを追い詰めていく……。 ・結果としてジョイもジャックも生きるべき世界をゼロから発見し直さなくて はならない。痛みも喜びも伴うが、未知の物への期待感と新鮮な刺激は一歩 ずつでも前に進むことを後押してくれる。
・実はこの物語、驚くほどにわれわれが「映画を観る」感覚と似てはいないか。 われわれは映画のスクリーンと向き合い、未知の世界を探索することで世界観 を押し広げ、時に内面を見つめ直し、やがて自分自身の物語を見出す。 その〈発見〉こそが映画を観る大きな悦びだとは言えないだろうか? ・幼いジャックはさまざまな障壁にぶつかりながらも、常に世界を五感で感じ、 吸収することをやめない。その瑞々しさと観客の感覚とがピッタリ重なった 瞬間、魂に触れる小さな奇跡を起こす。≫ ――――ー ▼ 観ていて直ぐに、閉じ込められた小さな納戸が、何故か、地元の城下町に 重なって見えていた。新潟駅前の事業場と、出身地の城下町を寝ぐらに31年 を過ごしたが、これは首都圏のサラリーマンの生活形態と同じ。どうしても、 寝ぐらの狭さを感じていたが、住居は住居と割切れていた。 ところが5年前より、寝ぐら生活がメインとなる。これも、自分の厳格な? 生活習慣を守り、周りにスケジュールの壁を囲むことで、日々、生活して いるが、これも慣れれば悪くはない。 何処も住めば都になっていく。 ・・・・・・
|
|
|
| 6286,読書日記 〜かなえた望みは‘余韻’にすぎない 〜1 |
|
|
2018年05月30日(水)
『人工超知能が人類を超える』台場 時生(著) * 人工知能が人類を超える 情報化社会の現在地を知るに丁度良い本である。現時点から人生を振返ると、 多くの節目があったが、 ・父親が亡くなり、その直後に結婚、創業に踏み込んだ27、8歳と、 ・母親が亡くなった51歳の頃。PCにWindows95が売出されて数年経った頃。 ネット社会の到来に、取残されないよう四苦八苦していた。 その数年後の2001年の春、近くにPC教室がオープン。個人HPの作成に入った。時代も、会社も、私自身も何やしら大きな変り目にあることに気づいていた。 2001年は21世紀の幕開きの年で、ニュー―ヨークの9・11テロが、その道標 になる。 ムーアの法則<2年後に2.52倍、5年後に10.08倍、7年後に25.4倍、10年後 に101.6倍、15年後に1024.0倍、20年後に10000倍…> は止まることなく、 現在も続いている。そして、それが人工知能、ロボット化、タブレットPC、 スマートフォンなど、身近な生活分野でも目立つようになってきた。 20年、いや10年前、現在のネット社会の有様や、ドローンを誰も予測でき なった。逆に10年、20年後の予測は不可能だろう。 《内容紹介》 人工知能の激しい開発競争と急速な進歩、その後にやって来る開発者(人間)を 嘲笑するかのような爛轡鵐ュラリティ(技術的特異点)瓩寮こΑ シンギュラリティとは、科学技術進化のスピードが、人類の予測が不可能な までに高速化する状況(その時点)を言い、それが2045年あたりに生じるとされる ところから「2045年問題」とも呼ばれる。これは人類文明としての科学技術の 進歩が、人知を逸脱した特異な状況であり、「機械が人間の仕事を奪う」と いったレベルをはるかに超える問題であるという議論もある。 それは本当にやって来るのか? やって来たときに人類はどう生きるのか? ロボット工学者が生物進化、技術進化に遡って説き起こす人類近未来の物語。 なお、「人工超知能」とは人間が製造した人工知能を超えた存在であり、 それは人工知能が作った人工知能、つまり機械が製造した機械のことを言う。 《著者の言葉》 本書は技術的特異点の問題を中心に、人類の未来のあり方を議論した本。 近年この問題に関連して、人工知能の開発の是非が議論されるようになってきた。 人工知能が人間の仕事を奪うのではないか、またさらには人工知能と人類が対立 するのではないか、という話がよく聞かれます。 私は大学でロボット工学の研究に携わっていることもあり、以前から人工知能や ロボットと人間との関係性、またそれらが導入された後の社会について強い関心 をいだいてきました。本書はこの問題に対する私なりの答えをまとめたものです。 本書の目的は「人類史と人工知能、ロボット、特異点の問題を一体的に捉え、 人類の過去から未来までを総括する」というものです。 ◎人工知能、ロボット、特異点問題が私たちの未来に及ぼす影響、そこで生じる 問題、解決策などをわかりやすく、広く一般の読者に伝える。 人工知能、ロボット、特異点の問題は、文系・理系を問わず、あらゆる人間の問題。 一説には、人工知能が社会にもたらす影響は、原子力技術以上だとも言われています。 ◎人工知能、ロボット、特異点問題を考えるためには、人類や生物の進化史と いった大きな観点から議論する必要がある私たちがこの問題と向き合う場合、 「人類700万年、さらには約40億年という生物の進化史から見た時に、特異点には どのような意味があるのか?」、さらには「生物や人類の生きる意味は何なのか?」 「私たち人類の最終的な未来に何を求めるのか?」といった根源的な議論にまで立ち 返る必要があります。
― ▼ 私にとって幸運は、2001年5月に個人HPをたちあげ、17年、継続出来たこと。 その結果、これをベースに、ネット社会のベースをつくれた。あくまで対自 としても、ベースになっている。書斎コーナーのPC前と、居間ではタブレットPC。 新たな知識、経験そのままを、ネットに物語化しパッケージしてアップをすれば、 後は、内部検索で、それを気楽に拾えるのは私にとっては、革命的ツール。 何はともあれ、「しょうがない、これが私以外何ものではない」のだから。
追: 同月同日分の過去文を貼りつけようとして気づいた。今日は父親の命日だ。 45年経過した。時代も、私も、まるで変わってしまった。もう父親より三年も、 長生きをした。死ぬまぎをまで「あと三年生きたかった!」と、言っていたが…
・・・・・・ 5919,閑話小題 〜今日は父の44周の命日 2017年05月30日(火) * 今日は父の43周の命日 今日は父親の命日。はや44周年になる。現在の私の年齢で余命一年の末期癌 が発見され、予告通りに亡くなった。その間、千葉市郊外の飲食ビルの立上げの ため、実家で同居していたが、死の恐怖と戦う姿は実に壮絶だった。 そのシリアスな日々の中で多くのことを学んだ。 前ぶりなく、突然襲って くる死神。その前で人間は全く無防備のため、独り灼熱砂漠の真中に立たされた 旅人のように生への渇望に悶絶する。半面、人間の持つ、神秘的な力も現れ出る。 生きるとは、愛とは、死ぬとは、行蔵とは、創業とは如何なることかを、最後の 炎の輝きの中から、まさに‘業を授かる’一年の授業をさせて貰った。その後の 人生の大きな糧になっていた。最後に残るのは、「両親の温み」である。 温みだけはタップリ残っているが… さて墓参りだ!
* 大相撲5月場所総括 ・白鵬が1年ぶりの優勝に13回目の全勝で自己記録を更新して終えた。 表彰式で「ただいま帰ってきました。国歌を久しぶりに歌えて最高の気持ち」 と嬉しそうだった。 次の目標は、あと二回の40回の優勝記録。 ・さらに、関脇の高安が大関昇進を決めた。フィリピン人の母親を持つハーフ。 色々なこともあるようだが、横綱の可能性を持った逸材。あとは怪我をするか、 しないか、の問題。 ・さらに、若手の学生相撲上がりの、北勝富士、正力、御嶽海、宇良、石浦、 輝などが活躍した。地元の新入幕の豊山が、大負けをして再び十両になる。 一年間は、実戦の中で揉まれ土台をしっかり再構築をした方がよい。
・・・・・・ 5554,閑話小題 〜父親の43周期に 2016年05月30日(月) * 父親の44周期に 私も、父親の亡くなった年齢まで、あと一年になる。その一年前に胃癌の 大手術を受けて、余命一年と宣告されていた。現在の私の年齢で、余命一年の 宣告を受けたことになる。手術直後、急遽、金沢から帰ってきて、千葉市郊外 の千城台ビルの建設計画に着手することになる。父親から直接、創業ノウハウ を受継ぐ貴重な経験になっていた。 父親は、年末年始と法事以外は、酒を一切に口にしなかった。大酒飲みの 私からして、いつ、癌の余命宣言を受けても不思議ではない。新潟での事業を 立ち上げた頃の営業関係の多くが飲酒過剰?で倒れ、既に亡くなっている。 で、私の死期を75歳にラインを引いたのは、あながち間違いでもない? 毎年、飽きもせず、父親のことを書いているが、これが私の供養。父親が、 ハッキリした具体的行動指標になってくれたのが、私のアドバンテージになって いたようだ。 事業も、最悪の想定を課して、平常から長年かけた準備をして おくことの必要性も学ぶことが出来た。数十年ぶり学生時代の友人が、 『お前は、用心深かった。それと、曲がりそうになるが、直ぐに元に戻る!』 という。 用心深い両親は学歴が無かった分、必死に基礎教養を日常生活から 求めていた。趣味も、しかり。早寝、早起きも同じ。連合いへの別立て給与 の支給と別口座預金も、実家からの継続習慣。今回の事業整理の決断も、 本能的に幼児体験と、両親の教えのベースが働いたため。その辺の下衆の 想定とは? 違っている。父親にとっての太平洋戦争と、敗戦は、それまでの 価値観が根本から変わった一大イベント。 日本人は軍人が230万人、 一般人が80万人死亡したが、東北大震災の死者の150倍である。 それでも、資産管理は、手堅くしており、何とか戦中、戦後の混乱期を、 何とか乗り越えていた。その幼児体験を、そのまま書けば、これほど面白い 舞台と物語はないはず。「すざましい!」の一言。 父親は二代目だが、私の、 この随想日記は、まさに悲しいかな、<売り家と唐様で書く三代目>の現代版 と自覚をしているが、実家文化のお陰で、何とか軟着陸をすることが出来た。 しかし、人生を十分に楽しんだことだけは、両親に負けてない。これ、負け犬 の遠吠えか! 45年の事業人生を十二分に楽しんだのだから、両親も許す? 「日々、是、口実」ということ! そういえば、母親に晩年に聞いた逸話。 <父親が徴兵されたが、肋膜で、除隊をされた。今さら、地元に帰れなく、 東京の同業者の一間に、一年間、居候していたことがあった> という。 父は一切、その話をしなかったが、他人には言えない話は、誰にもある。 父親に魂を通して『これ、話してよいか』聞いたところ、 『娑婆のことは、娑婆で判断して良い。死んでしまえば、そこまで、 此方は、此方の世界がある。』という。そう悪いところではなさそうだ。 それも、これも妄想でしかないが。 さて、花を買って墓参りだ。
・・・・・・ 5189,閑話小題 〜父親の42周期に 2015年05月30日(土) * 父親の42周期に 毎年、父への想いを書いた内容を読み返すと、年齢ごとの思いを書くこと、 書き残しておくことの秘儀の意味が見えてくる。父親の亡くなった年齢に、 あと二年でなる。 余命が少ないことを悟って死ぬまでの生き様、死にざまを 通して多くのことを学ぶことが出来た。 死んでしまえば、いっさい無。 物や金を残したところで、あの世に持っていけるわけでなし、あるのは暗黒の 死の不安と、人生の後悔。死を前にすると、世間とかいう壁がうき上がってくる。 そして、それが如何に、他愛がないものと思えてくる。 あの超保守的な父が、 何を思ったか、『赤旗』をとって読み始めて、自民党批判を始めていた。 それと、死に関する予備知識の絶対量が必要ということも痛感した。しかし、 誰も『自分が死ぬ!』とは思わない。『他人は先、我はあと』と確信している。 あの時の父の激しい生への希求が直接伝わって、「当りまえの、先ある人生が いかに素晴らしいことか」を思い知った。亡くなる直前に、『良い人生だった。 全く同じ人生を、もう一度生れ変って生きたい!』と母親に話したという。 考えつくした上での人生賛歌の総括をしたのである。 で、死に際の苦痛は例外 なく悲惨そのものだった。私のような大酒飲みは、リンゲルの効きが悪いそうな。 晩酌に缶ビール5本飲んでいた友人が先年、亡くなったが、それは酷かったとか。 さて、墓参りだ! * 久々のジョーク ・「おい、見てみろ、日本の総理大臣が共食いしてるぞ!」 「はぁ? 中国人じゃあるまいし、何を食ってるんだ?」 「アメリカンドッグさ。」 ・なぜ手術室から逃げたのか、お話しいただけますか? 病院の理事が患者に尋ねた。 なぜって、看護婦が 『大丈夫、盲腸の手術はとても簡単なのよ!』って言い聞かせたんです。 それで… 「彼女はね、それを先生に向かって言ってたんですよ!!」 ・・・・・・ 4824,閑話小題 ー今日は、父親の41周期 2014年05月30日(金) * 今日は父親の41周期 5月30日は父親の命日で、毎年、ここで思い出を書いてきたが、年々、 似ていることを繰返し偲ぶことになる。歳を重ねるほどに、父親に顔も性格も、 ますます似てきているが、父親を知る人は、もう周囲には殆ど居ない。 人生を振返ると、父親の大きな影響の中で生きてきたことが思いやられる。 その父の亡くなった年齢に、あと二年でなる。 三年前の会社整理もあって、 父親を乗越えることが出来なったが、私にとって、父の視線が、常について まわっていた。内語で、大事な決断時に「オヤジ、どうしよう」の自問自答を 繰り返していた。その内なる対話が、知恵の原泉である。父親が42歳時の末っ子 のため、溺愛に近い状態で育ってきた。 この温もりが心の奥にあればこそ、 多くの難関を乗り越えることが出来たようだ。いざとなると、折れてしまう人は、 両親の温もりが少ない人が多いようだ。 親の温もりが、その人の温もりになり、 それが、生きていく大きな力になる。良い時代に、良い両親に、良い人に 恵まれたことが、私の大きな財産になっている。特に、父親の愛情と恩恵は、 何ものにも代えがたい。 * 内省の日々 数日前から、ー「事業人生を決心して45年」の語り直しーのテーマで 書き出しているが、ここで気づいたことは、これは内省そのものということ。 それをそのまま公開するとは、自分は何だろうと疑問がわいている。 父の命日の想いも、内省になる。いま現在、命日の朝4時、父の魂と自分が向い 合っていると、背後の数メートルから、「なんてザマだ!」と、一喝されて いるよう。父親が私にもとめたのは、「人生、社会の規制にとらわれず、事業も 趣味も最大限に生きろ!」ということ。 しかし、この程度しか生きることが できなかった反省と、後悔がある。酒癖の悪さで、多くのチャンスを自ら潰し、 世界を小さくしてきた自分を省みることも、内省である。 それからみて、 この結果が私にとって‘ベスト’では? と・・ これは自己鎮撫になるか。 来し方を振返ると、何とも浅ましい己の姿が浮かび上がってくる。 このような人生を自嘲した歌謡曲があったが・・ 老いていくと、真面目に なりざるを得ない。その視点で、過去を後悔するのは、所詮は老人性欝症の なせる業ではと、内なる声もするが・・さて、これをアップして、 父親の墓参りに行くことにするが、この随日も、私の法事になる。 ・・・・・・ 4457, 今日は父親の命日 ー40周年 2013年05月30日(木) 今日は父親の命日、亡くなって40年になる。ここで毎年のように父の思い出を 書いてきたが、父も本望だろう。私も父の亡くなった71歳に、あと3年半で到達、 目先の目標に近づいてきた。私の早寝早起は、父親の生活習慣を見習ったこと。 亡くなった当時は高度成長期真っ只中に、石油ショックが起きて日本中が青く なっていた。それから日本も世界も動乱が続いた。私にとって父の死と、半年後 の千葉での創業と、結婚は、大きな分岐点で、父の死を引きずり悲しんでいる 暇は無かった。何事も直接跳ね返ってくる事業人生が始まったからである。 「親の死は子供に対する最大の贈物」という言葉のとおり、父の庇護が無くなり、 それから全ての責任が直接被さってきた。全てが未経験で、分からないこと だらけ、そこで亡くなった父親を心の底で呼び出し、「どうする親父?」と一緒に 考えていた。 次から次への難問が押し寄せ、判断、決断が迫られる。 頼れるのは、浅い経験と知識。それと「親父なら如何する?」の仮説の自問自答。 あの時からの40年の歳月は、やはり長い。世界も日本も、そして私も変わって しまった。情報化社会の本格的到来と、ソビエト・東欧の崩壊、中国の共産主義 の放棄が、大きく世界を変える要因になった。 心の底で父に、「ここまで激しい変化、親父も信じられないのでは?」と問い かけると、「私の想像を遥かに超えている。しかし、羨ましい限り。世界の果て も気楽に見れるし、知識情報も簡単に入手できるし・・ 混乱期としても豊かさ の範疇。少し先読みをし、変化を受け入れ自分が変われるかどうかだ」との返事。 過去の命日に、その時点の思い書いてきた。読み返えしてみると、成るほど思い は残るもの。私が書いているというより、父本人が書いてと思える位だ。 両親から生まれでて、両親の元に帰っていくイメージがあるだけで充分幸せ。 父を通して多くのことを学んだ。何があったとしても、両親の御蔭で、よい人生 を過ごせたと感謝している。さて、お参りだ! そういえば、母親の命日に、 このような文章を書いてない。もっと世話になったのに。 時々、夢にリアルに出てくるためか? ・・・・・・ 4083, 父の命日 ー39周忌 2012年05月30日(水) 5月30日には、毎年のように供養も含めて同じようなことを書いている。 39年といえばアッという感より、遥か古い昔に感じる。父が亡くなって5ヶ月後 に千葉で千城台ビルをオープン、その一ヶ月後に結婚をした。亡くなった直後は、 ショックで茫然自失だったが、数ヶ月もしないうちに激務が待っていた。 そのため父の死を悲しんでいる余裕も無くなっていた。その激務の中、ただ真正面 にぶつかっていくしかない日々。そこで精神的、肉体的体力は、そのプロセスから ついてくることを知った。人間にはイザとなると、信じられない力が潜んでいる。 極限に自分を置いて真正面からぶつかれば、何とかなるものである。 私にとって 生まれてこのかた、父の存在と影響があまりに大きかった。亡くなって気づいたが、 常に父を意識して、物事を判断してきていた。だから、その時に父が亡くなった タイミングは私にとってベストの贈り物だった。父の死と、事業の立ち上げと、 結婚と、私にとって初めて独り立ちであった。全ての計画、判断、実践を自分 がして、結果がストレートに帰ってくるのである。それが慣れるまでは、 「自由の不自由性」に戸惑ったが、一度慣れると、これほど面白いものはないと 感じるようになった。 全てが自分一人の判断しか頼りにならない。とはいえ 決断しようにも自信がない。そこで自然と「自分が父だったらどうしただろう?」 の自問自答になる。そう考えると、幼児の頃から父は直接、間接的に多くの ことを教えてくれていた。経営学とかの理論は、実践の場で直接役に立たない。 頼れるのは場当たりの直感だけである。事業を始めてから現在まで、子供の頃 からの両親の教訓が役にたったことか計り知れない。しかし終わってしまえば、 それまでだが、自分がやりたいことが創業ビジネスだったので、現在の結果は、 殆んど後悔はない。創業を幾つか楽しんだ結果、三つの経済災害で終わったが、 と本心から思えるから有難い。失う哀しみは、いずれ味わう時期がくる。 順調に後継者に引き継いでもである。それなら綺麗さっぱり、根こそぎ洗い 流されてしまえば諦めがつくというもの。この結果は、ワーストでもなく、 ベターでもなく、ベストだったのかもしれない?。 世界恐慌の直前もあり、 ベスト? 父が生きていて私を批判するなら、「調子に乗りすぎて、天合を 欠いたな!」。 新潟駅前で500室は過剰だったかもしれない。 それでも父は、「その結果に押しつぶされる方が大問題。撤収は、正解!」 と言うはず。 世界も、日本も、この異常事態なら当然。
|
|
|
| 6285,読書日記 生きることへの冒瀆とは! 〜2 |
|
|
2018年05月29日(火)
『旅人よ どの街で死ぬか。〜「男の美眺」』 (伊集院静 2017年)から。 * 旅、あるいは「出逢い」について ◉ 「人間は焦がれる生きものである。 彼は焦がれていた。崇高なる精神がそこにはあざやかにあった。 美しい旅人であった。人が何かに焦がれるのは、私たちの生が哀切で あふれているからである。」 64p <青年期には、確かに崇高な精神があった。あの精神は、今でも心の中核に 確かに残っている。それが魂というのだろうか? 20歳代も、現在も… 。 ◉ カタルーニャの広場の地の底から死者の声がする。その声は私の耳には 届かない。だがじっと佇んでいると奇妙な心持になる。そしてかすかな 声が我うちから聞こえてくる。 「御前は何者なのだ? ここに何をしに来た。どういう血が流れているのだ。 その血には誇りがあるのか。」 自分という存在の、生きる根源としての誇りが、身体のどこかを刻んでも 流れてくるののか、と問われている気がする。 78p <地球の各地で、感動で茫然とした時に、必ずといってよいほど、生じてくる 内なる声である。「いま、ここ、わたし」が、この大自然に同化している。 わたしは、何ものでもない。この一部であり、永遠のカケラでしかないが、 ただ、いま、ここにわたしが間違いなく存在している… と。 > ◉ ルソーがなぜゲルニカを世界の理想と言ったのか。ゲルニカは町の中心に 一本の樫の木があり、五百年近くの間、この木の下に人々が集まり、あらゆる 問題を合議し、決定してきた。イサベルとフェルナンドが結婚し、大航海時代 のスペインが誕生する以前から、この共和制の原形を人々は存続させていた〜。 〜一本の木を見る旅をぜひおすすめしたい。 91-93p <庭の草木の全てが両親が植えたもの。春から夏にかけて、その多くが花を 咲かせる。確かに、二人とも亡くなったが、残したものは生きている。> ―― ▼ 『男はつらいよ』の寅さんが、旅先の年寄りに、「ちょっと、旅のお方!」と 呼び止められる場面がある。その土地モノにとって、旅人は止まり木の渡り鳥。 ましてツアーの団体客など… 30歳近くまで東京、三重、神戸、千葉、金沢と 今からすると「旅の人」に人だったが、私は何ものでもなかった、なれなかった 存在だった。大波の合間を自分という板切れにしがみ付いて漂う存在でしかない。 それが青春なのだろうが。その時の出逢いと邂逅こそが人生だったようだ。 それは人生全般に言えること。だからこそ、人との「別れ際」が重要なのである。 行動指標に「後味の悪いことは極力避ける」を通していたが、甘かったようだ。 それは大方の人に見れるが、大方の人は関係ないこと。 「世界は広い、そして深い!」…求める者にとって、世界は辛い以上に面白い! 「半径500の世界は狭い、そして浅い!」のは、出ないだけ。 ‘自分の知っていることしか知らないことを自覚ない’から自分を保てるのさ。 アナタじゃない、今の私。落ち着くところは無知蒙昧! せめて比べないこと。
・・・・・・ 5918,閑話小題 〜帰りの宇宙船内で 2017年05月29日(月) * 帰りの宇宙船で 「何故に生まれてきたか?」の問いかけの答えを考えるに、 「宇宙彼方の惑星から地球の80年の旅に来ていると想定すると考えやすい」 と、そして、「子猿に纏わりつかれ、殆ど地球上の大自然も、人間も、人間が 営々としてつくり上げた「文化・文明」をみること出来なかったことに後悔 する」と書いた。 秘境異郷ツアーに嵌って、私にとっての世界の果てからの 現実社会からのトリップする経験をしてきた。この感覚を「人間の生死」の 極みの実感から、「人間の生きる目的」を考えるヒントにしている。 旅行から自宅に近づくにつれ、ホームベースがあればこそ、余裕を持って世界 の果てに飛ぶ立つことが出来た。それを拡大して、宇宙の果てから地球へ、 約80年の時間に色々な条件を与えられた上に、世界と内界を知り、味わい、 宇宙船に乗って帰っていく。宇宙船内で、自問自答するのは、如何だろう? 観て、経験した、感動と、感激と、感涙した極上の感情体験。四苦八苦、四楽 八楽の経験。それを阻んでいたのは、地球のシリアスな小憎らしいが、可愛い 子猿たち。それらも元の惑星に着いたと同時に宇宙の旅として忘れ去られる。 ただ、帰りの宇宙船内には、両親など因縁のある人たちが居る。数年前から、 早朝の仏壇前で、因縁深かりし故人のイメージを繰り返し想い浮かべている。 「末期の死の床での予行演習」の準備の一環ですか、これは。「暗い!」と、 いうアナタ。これは時間をかけ身につける「必須科目」。私だけの話だが…
・・・・・・ 4823,変えてみよう!記憶とのつきあいかた ー4 2014年05月29日(木) 「変えてみよう!記憶とのつきあいかた」ー高橋雅延著 * 万能薬としての「語り直し」 ー「事業人生の45年」の語り直しーを書き始めたが、何故か心が重い。 気持ちの中で目的のため、多くを切り捨ててきた部分を違う視点で見ることに なるからだ。しかし、一つのことを得ようとしたら、それに見合うだけを捨てて かからないと、何も得ることができない。万能薬として「語り直し」も、劇薬 にもなってしまう。これまでの記憶のありようを現在の主観的経験で変えようと するのが、「語り直し」である。 ーその辺りから 《 その人の立ち位置によって、同じできごとでも違って解釈できる。だから、 過去のどんなできごとも、必ず違ってみることができることを、肝に銘じて 賜おくことが必要だ。その上で、ある過去のできごとについて意味づけを変える ために、そのできごとを、それまでとちがうことばで語り直さなければならない。 世間には「時間が癒す」という言いまわしがある。ここで、見過ごされがちな ことだが、「時間が癒す」のは、単に時間が過ぎ去るからではない。 時間が過ぎ去る間に、人はそのできごとについて何度も考え、悩み、さらには 新しい経験をする。このことによって、元のできごとの意味づけ、語りかたが 変わるからなのだ。 ・・(中略) 「記憶をつくり変えたり、それを遠ざけるのは無理なことである。・・(略) しかし、―つねにー私たちは、自分の苦悩、自分自身の内的経験、自分自身の 精神の経過を処理しているわけである。それは、過去とよばれる客観体ではなく、 現在とよばれる主観的経験である。変える必要があるのは、誰か他の人間では ない。最も大きく影響されているのは、私たち自身である。記憶をぬぐい去る ことはできないが、記憶の有りようを変えることは可能なことを、私たちは 知っている。」・・ 》 ▼ 現在、連続シリーズで書き始めたのは、「語り直し」だが、それより、 全く忘れていた記憶の書き加えが多くなる。それが、書き直しということだが、 太い幹の記憶から、忘れていた細い幹と小枝と葉っぱ記憶が出てくる。 その記憶が新たな気づきを喚起する役割なってくる。若い時分は、誰も経験も 知識の絶対量が足りなく、ただ漠然と日々を過ごすしかなかった。あるのは、 何とかなるのでは?という、儚い想いだけ。語り直しは内省そのものになる。
・・・・・・ 5553, 「要するに」「面倒くさい」「面白くない」「あとでしよ」」 2016年05月29日(日) * 「要するに」「面倒くさい」「面白くない」「あとで」 <「要するに」「面倒くさい」「面白くない」「あとで」>は、自らの壁を つくることになることに気づかない。この随想日記を読み返すたびに、 「要するに」が目に付いてしまう。 要約を一度する癖も必要としても、 自分の理解した枠に、せっかくの新しい知識、情報を押し込むために、 次の深化が、そこで止まる。 最近、老いの一現象か、「面倒くさい」の思いが先立つ。しかし、何事も、 「面倒くさい」先に、面白いこと、楽しいことが待っている。乗り越えてこそ、 面白いのに、「よる年波に勝てず」と、年齢のせいにする。「面倒くさい」を 乗越えるためには、一日、週、月、年単位のスケジュールを予め組むとよい。 次に、「面白くない」。 これは老化のバロメーターである。以前は、 あれほど面白かったことが、何か詰まらない。「あれは、ああいうこと、 これは、こういうこと」と、小さな自分の範疇に入れてしまう結果である。 何事も、急がしい合間に、無理をしてするから楽しいことが多い。 老いるほど、中村天風の『積極一貫』を心がけなければならない。 「あとで」と後回しにして、多くのチャンスを逸してきた。「あとで」と 後回しにした事の山積みが、あまりに多い。『20秒ルール』と法則があり、 とにかく、20秒以内に、手をつける。投手がキャッチャーからボールを 受取ってから投球に入らなければならない時間を、何事にも当てはめれば よい。これは、上記は老化現象として、私たちの生活を劣化させる。 ・・・・・・ 5188,人生相談という気晴らし! 〜 2015年05月29日(金) 『人生、しょせん気晴らし』中島義道著 * 父親とは、息子にとって「存在自体が悪」である 父と息子の関係は、古代より続く永遠のテーマである。「息子にとって、 存在自体が悪!」とは・・ 私にとっての父親は、最大の理解者で、 独立を一歩、踏出したベストのタイミングで亡くなった。私に必要だった のは、まず父親からの独立だが、計ったように亡くなっていった。 人生で一番に恵まれていたのは、父親の直の愛情。その温もりは、 今でも残っている。ただ、私には具体的な指示は一切しなかった。 私から、能動的に具体的な何かを求めてくるまで、何も言わなかった。 ≪ Q: 父親とはどういう存在であるべきか? 六十二歳の父親です。三十歳代の息子と娘がいます。私が育った家庭環境は 封建的であり、父を敬う風潮のある時代でした。しかし、その風潮も現在では 古臭いと子供や妻に反感を買うだけです。最近、思うのは私自身が父親として、 どんな存在だったかということです。子供たちは、大学を出たのですが就職 氷河期ということもあり、安定した職につくことなく、社会を彷徨ってますし、 結婚もしていません。私は家族の幸せを考えこれまで働き、経済的な豊かさも 獲得してきたつもりでしたが、これで良かったのかと疑問が残ります。 子供たちに一体何をしてやれたのかと考えるとやりきれない思いに囚われます。 父親の役目を終える時期が近づいているのですが、父親とはどういう存在である べきかと今頃になって悩んでおります。中島先生はどのようにお考えでしょうか? A: 父親は子供から忘れ去られることを望まなければならない 今回の二つのご質問を読んで、あらためて私は「人生相談」に向いていない なあと思かました。人生相談を持ちかける人は、たぶん常識の範囲を超えない かぎりで、つまりあまり苦労なく実行できる範囲で、何らかのポジティヴな 回答を求めている。あるいは、ちょっと考え方を変えれば「楽になる」そんな 妙薬を求めている。とすると、私にはそういうご期待に答える素質も趣味も ないからです。人生が何の意味もないことは自明であり、その無意味な人生 の終局は死であって、永遠の無に突入するのでしょう。こうした差し迫った 大問題に比べると、どんな相談も失礼ながらちっぽけなもの、どうでもいい ものに思われてしまうのです。と厭味を言ったうえで、お答えします。 私も一人の息子の父親ですが、「父親とはどういう存在であるべきか」と悩んだ ことはまったくない。なぜならば父親とは、とくに男の子にとって三島由紀夫 の言葉なのですがー「それ自体としての存在が悪だ」ということがよくわかって いるからです。もともと存在が悪なのですから、善人ぶってもすぐに化けの皮が はがれてしまう。父親は子供に何をしても、いや、何かをするほど嫌われます。 とくに、感謝されよう、尊敬されようとして何かをすることが一番いけない。 とすると、何もしないのが一番いいという結論が直ちに出ます。父親は勝手に 子供を作ったのですから、子供を経済的には二十歳までは支援する義務がある。 子供に生きていくカを授ける義務もあるかもしれない。しかし、それが「義務」 なのですから、何の見返りも期待してはいけない。とくに、「立派な人」に なること、「幸福になること」を期待することが一番いけない。そんなことは、 (父親という)他人が口出すことではないのです。父親は苦労に苦労を重ねて 子供を育て上げたら、子供から忘れられることを望まなくてはならない。 子供に対する執着を断つこと、子供から独立することです。どうせ、ちょっとで 死んでいくのだから、子供の人生は、子供に任せて、残された人生を自分の ために使ったらいかがでしょうか?悪人は悪人に徹することです。≫ ▼ 父の亡くなった年齢に近づくにつれ、やはり父親が、最大の理解者で あったと同時に、教育者だった。いつも、待ってくれていた。傷ついて、 横たわっていた時に、ただ一言『死んでしまえ!』以外、何も言わなかった。 死ぬに死ねないから、ただ、ジッとしていた。そのジッとしている効用こそが 人生にとって大事なことである。 明日は、その父の43回忌になる! ・・・・・・ 4456, 一日5分「簡単ヨーガ」健康法 ー4 2013年05月29日(水) 『一日5分「簡単ヨーガ」健康法』ー番場浩之著 * 1日目 "胸を開いて積極的に A・完全な呼吸法をする体位……40 1、基本体位=仰向けに寝て、脚を少し開く。両手は臍の上に置き、 親指と一さし指で三角形を作る。「静かな一息」−>「軽く一息」で息を 出し切りながら、足の甲と膝裏を十分に伸ばす。顎も引いてウナジも伸ばす。 2、お腹と脚を緩めると自然に息が入る。さらに「深く一息」を入れながら、 万歳をするように両腕を左右45度に開いて上げ、手指を開いて肘を伸ばす。 次に、膝裏を伸ばしながら、足先を手前に引っ張るように足裏を反らし、 足指も充分に開く。この状態を保つ。 3、ゆっくり息を出しながら、手を元に戻して「基本体位」で「軽く一息」。 4、もう一回、1〜3を行い、最後に「軽く一息」−> 「静かに一息」−>「各自の一息」で整える。 B・背骨をねじる体位(腕で半円を描く)……47 1、基本体位=仰向に寝て両足を揃え、手のひらを上に向けて腕を横に伸ばす。 次に右手を左の手の平に重ね合わせて左脇を下に横向きになる。次いで右膝 を曲げて床につけ、足裏を左膝上部にあてがう。右腕を顔前の床に伸ばし、 左手は右膝にあてがってしっかりつかむ。 2、「静かな一息」−>「軽く一息」の後、「深く一息」を入れながら 右腕を垂直に上げ、腰を入れる。このとき、入息に合わせて指先は きちんと揃え、肘もまっすぐ伸ばす。 3、息を出しながら足指を握り、左膝裏を伸ばして腰をしっかり入れて意識 しながら、右腕を背中側に押し倒して背筋をねじる。ここで、出息に合わ せて、足先から手指先までの「大地のアパーナ気」の流れを感じながら行う。 (膝が床から浮かないように注意し、首もねじって右手先を見ながら行う) 4、戻すときは、まず息を入れながら腕を垂直に上げて腰を感じ、次に、 ゆっくりと息を出しながら、丁寧に1の姿勢に戻す。「軽く一息」したら、 もう二回2〜4を繰り返す。計三回。軽く一息、静かな一息、各自の呼吸で、 息を整え手、右腕側が終了。 5、向きを変えて、反対側も、同じことを繰り返す。 ▼ 座位で呼吸する他に、仰臥の姿勢で身体を伸ばしたり、捻って呼吸する ことで、「大地のアパーナ気」と、「天のアパーナ気」を取り入れるポーズ。 ヨガの実習は、前屈、反り、ねじり、直立、完全弛緩、座法の姿勢を意識的に 繰り返す実習で本来の姿に戻すことを目指すもの。特に、一日目の、二つは、 基本中の基本である。これを身に着ければ、ダイナミックな「気」を引き出す ことが出来るはず。そういえば、学生時代の合気道に、ヨガの呼吸法に似た ところがある。合気道は相方と呼吸を合わせて気を練る。それに対しヨガは あくまで己独りの世界。 合気道の基本技には、「前屈、反り、ねじり、 直立、完全弛緩、座法の姿勢」の全てが含まれている。ヨガの「大地の アパーナ気」と、「天のアパーナ気」を取り入れる行(ポーズ)も、20年位 前の早朝ウォーキングの途中の橋の上で、天に両手を上げて天の気を取り入れ、 それを、大地の底(地球の芯)に吸い込ませる呼吸をしていた。ところが、 暫く休んでいたら、地球の芯が「ひさしぶり!」と反応してきた。 あくまでも擬人化した対自か即自だが、現在では「球芯様」と名づけて、 早朝のミニ・サイクリングの自転車上の自己対話の相手にしている。
|
|
|
|
2018年05月28日(月)
『困難な結婚』内田樹(著) 2016/7/4 * ああ結婚 ―心の安全保障ですか 「心の安全保障」というより、番犬ですか、それも宅上というより、庭先の! 家庭内離婚も含め9割が破綻すると言われる夫婦問題。オランダ、ポルトガル、 ハンガリーでは7割近くが離婚。アメリカでは55%が離婚するといわれる。 日本は35%。いずれアメリカの数値に追いつくと… 身近の姉と兄たちの結婚と、その後の実態を垣間見るにつけ、私も含めて、 人生の最終版に入りつつある現在、複雑な感情に包まれるのは私だけではない。 ここで、<「もっと良い人はいません」>の突き放した言葉が何ともいえなく 心に響いてくる。そう思えば、そう思えるし、断じて間違っていたと思えば、 そうでもある。 ―内容紹介―より どの言葉も、身にしみこんでくる。 《 ・結婚とは安全保障である。 ・「もっと良い人」はいません ・今より幸せになるために結婚してはいけません ・結婚生活を愛情と理解の上に築いてはならない ・「よくわからない人」だから素晴らしい [本文より] 結婚しておいてよかったとしみじみ思うのは「病めるとき」と「貧しきとき」。 結婚というのは、そういう人生の危機を生き延びるための安全保障なんです。 結婚は「病気ベース・貧乏ベース」で考えるものです。 ―― ー目次― ・「はじめに」 ・こうすれば結婚できる(あるいは、あなたが結婚できない理由) ・結婚するのはなんのためか? ・結婚式はしたほうがいい ・結婚と戸籍と姓 ・結婚とは不自由なものである ・家事という「苦役」について ・夫婦間コミュニケーションを巡る諸問題について ・他人とうまく暮らすには ・結婚してからのお金問題 ・コップのふちから水をこぼさない努力──結婚を続けるには? 「あとがき」 ―― =ビュアーの感想= 内田氏は、「結婚は私事だが、<公的であるという擬制>を必要とする」という 一般的真理で押し切っているが、重要なことは、その<公的であるという擬制> の中味がどう変わったか、にあるのではないだろうか 著者は以下のように述べています。 「これは昔の見合いのときと逆ですね。 昔は『迷っているなら、嫌いっていうわけじゃないのよね? じゃあ、式場とか いろいろ手配があるから決めるわよ。いいわね』と『晩春』における杉村春子的 なおばさんがどんどん決めてしまったんですけれど(小津安二郎の映画を観て いない人にはわかりにくい喩えが続いてすみません)、今はそうもゆきません」
さらに著者は、以下のように述べるのでした。 「『迷っているなら、止めなさい』的発言をするお母さんは今はけっこう女性 の側に多いみたいです。たぶん結婚に自分の『果たしえぬ夢』があって、それを 娘に投影しているんでしょう。だから、『こんなところで手を打っちゃだめ』 みたいなことをおっしゃるんではないでしょうか。待っていれば、もっと条件が 良い相手が現れると考えているんでしょう。でも『迷っているなら、止めなさい』 というのは、ある種のイデオロギーだと僕は思います。結婚するときは、 『「この人だ」って、ビビビと来るものよ』なんて言われても。 『ビビビが来たかな? どうなのかな?』なんてわからないですよ」 「結婚しちゃえばだいたい同じ」として、著者は以下のように述べます。
「昔の母親は『いい縁談が来たんだから、あんた、もう30なんだし早く結婚 しなさい』とか『男なんてみんな同じよ』と言って結婚をせっついたものなんです。 これはたしかに一理ある発言であって、男はもちろんピンキリなんですけれど、 それはあくまで社会生活において際立つところの差異であって、家庭生活に おいてはそれほど劇的な差異は見られないのであります」 そして、著者は次のようなトドメの一言を述べるのでした。 「娘に向かって『もっといい男が出てくるまで結婚を急いじゃだめよ』と言って いる母親たちって、心のどこかでは『このまま結婚しなくてもいい』と思っている じゃないかな。ずっと結婚しないで、そのまま年を取ってゆく。そういう娘の姿を、 どこかで期待しているんじゃないかと思うこともあります。ご自身の結婚生活が あまり幸福じゃなかったせいで、『どうせ結婚してもいいことなんかないのよ』 という経験知で、娘の結婚を無意識的に妨害している」
―― ▼ 海外ツアー51回の質量は大して自慢は出来ないが、連れと40回の同伴数は、 ツアー経験の中でも聞いたことがない。 5〜40人のグループの密室の中で、 夫婦間の軋轢は、それはそれは言語では表現出来ないほど。それでも、一人参加 より二人の方が楽しく面白い。二人の方が、大揺れの心の安全保障になる。 そこでは凝縮された日常のトラブルの多くが発生する。ツアーという圧縮された 時空が、普段隠されている問題を発生させる。と同時に、そこは外地の密室空間。 そこで火事場の馬鹿力が、その難関を乗越えさせる。誰も好き好んで、連れとの 同伴旅行は避けるのが当然。それも5回10回と重なると、自然とコツが出来てくる。 それが結果としての最善のノウハウになる。成るほど、旅行前と旅行中のストレス をバサ!と、彼方に捨ててくるとは、言いえて妙である。 そうでもしないと、とっくに死んでいましたよ。 ― エッ! 元もとそんなストレスもないし、何で、そんな果てまで行って、 捨ててこなければならないの? 500mの世界だから? それはそれで… 熊さん: 「 」 大家: 5円玉の穴ですか? この沈黙は。 寅: 話せばカカアに殴られるからね… 男は黙ってサッポロビールだよ!
・・・・・・ 5187,世間の捨て方 ー 2015年05月28日(木) 『世間の捨て方』ひろさちや著 * 「がんばればよくなる!」の馬鹿馬鹿しさ 〜二つの愚問、「生きがいとは何か」「どうすれば幸せになれるのか」〜 この二つの愚問?を真面目に自問自答してきたが、これこそ、「世間の奴隷」 が発する問いかけ、という。「生きがいは、がんばれば出てくる」も似たもの? 我々は「幸せでなければならない」という考え方が、そもそもオカシイとは、 面白い切口である。 〜以下が、考えさせられる (P36)〜 ≪ 「永遠のものなどない」が仏教の基本的な考え方です。仏教では、この世 のすべては常に変化していると考え、どんな世の中も滅びるのは当たり前。 「日本は滅びない」と考えるほうが不自然なんです。『平家物語』の冒頭に 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」とありますが、この「諸行無常」 ということばに、仏教の考え方が端的に表現されています。 「すべてのものは常ではない」、つまり「あらゆるものは永遠の存在ではあり えない」ということを述べているわけです。「永遠の存在がないとしたら、 この世の中は何なんだ?」と誰もが疑問に思うでしょう。そんな疑問に対して、 聖徳太子は「世間虚仮、唯仏是真」と述べています。「世間虚仮」の「虚仮」 というのは、字を見て分かる通り、「虚ろであり仮のもの」という意味。 「おれをコケにしやがって」という、あのコケの語源です。早い話が、わたし たちが生きている世間は「嘘偽り」だというわけです。そして、「唯仏是真」は、 ただ仏だけがまことであるという意味。これが仏教の基本線ですむ世間が虚仮 であるならば、世の中をよくしようなんて、思わないことが大切です。 ・・「いい世の中にしよう」なんて、仏教の教えに反する行為です。 世間は嘘偽りなんですから、それを良くしようなんて思わないことです。 『法華経』というお経では、この世の中は「火宅」であると記されています。 私たちの住んでいる全世界は火事になっているという。燃えているんだから、 さっさと逃げ出しなさいと『法華経』は教えているんです。「世の中を良く したい」という人にしてみれば「火宅だったら、それを消してやろう」という のでしょうが、それは馬鹿げています。大火事なんですから、消火活動なんて やっていたら焼け死んでしまうじゃありませんか。せっかく『法華経』がいい ことを教えてくれているのですから、それに従いましょうよ。問題は「自灯明」 です。お釈迦さまは、自分自身を灯明にしなさいと教えられたのです。これは、 自分に自信を持って歩めという意味だとも取れます。しかし、それよりも 「世間の奴隷になってはいけない」と解釈したほうがはっきりとします。 わたしたちはあまりにも世間のことを気にしすぎるきらいがあります。 世間の人の平均や流行に常にとらわれていて、自分が世間でどう評価されている かが気になって仕方がない。でも、世間なんていい加減なものだということは、 さきほど述べた通りです。「世間の奴隷になっていては、自分というものを 失ってしまうよ」とお釈迦さまはおっしゃりたかったのではないでしょうか。 人間は、つい「生きがいとは何か」「どうすれば幸せになれるのか」と自問 自答しながら暮らしてしまいます。でも、そうしたことを考えること自体、 世間の奴隷になっている証拠です。「幸せ」「生きがい」を求めるのは、 自分で手枷足枷をはめて、進んで奴隷の列に加わるようなものです。 つまらない常識にとらわれることなく、生きたいように生きたらいいんです。 勝ち組になったとか負け組になったというのは、単に世間の物差しで測った 結果に過ぎません。・・・ ≫ ▼ TVのコマーシャルや、番組の根にあるのは、コンプレックスの刺激が、 隠されている。健康食品、美容品、ファッション用品など、『世間では、 こういうのが流行しています。これを使って、カバーしましょう』と! その手段として、最近ではタブレットPCや、スマートフォンが普及した ため、逆に世間が、狭くなって、個々への締付けが日々、強くなっている。 世間虚仮も必要だが、その過剰は、世間体コスプレになってしまう。 ・・・・・・ 5917,閑話小題 〜ジョンレノンの言葉がよい 2017年05月28日(日) * ジョンレノンの言葉がよい 最近に知った、ビートルズのジョンレノンが残した言葉が、なかなか良い。 この年齢なればこそ、感応するのか、ただ知らなかっただけか。〜その一つ〜 < ビートルズは、ほしいだけの金を儲け、 好きなだけの名声を得て、何も無いことを知った。> 至極、当然のことだが、レノンが言うから良いのだろう… 歌心のない私でも、学生時代、ビートルズ、プレスリー、ナッキング・コール、 シナトラ、ローリングストーンズ、ルイ・アームストロングス、サイモン& ガーファンケルなどの50枚位のレコードを持っていた。それら全てとステレオは、 卒業時に、全てを姉の一人にあげてしまった。その中で、印象に残っていのが、 やはりビートルズ。 ネットでジョンレノンの言葉を検索をしたところ、 以下の言葉が出てきた。 現在の私が当時の私に贈りたい言葉でもある。
≪ ・ 僕がこれまで どうやってきたかは教えられるけど、 君がこれからどうするかは 自分で考えなきゃ。
・ 根本的な才能とは、自分に何かが出来ると信じることだ。
・ 心の中のヴィジョンは、現実になるんだ
・ 問題は、これからのことや 過ぎ去ったことを思いわずらう必要は ないってことなんだ。大切なのは、今この瞬間を楽しむ、ということさ。
・ 仕事は元気のもとだね。 仕事がなければ 恐れと不安があるだけだよ。
・ 未知なる物を恐怖するからこそ、みんな夢や幻想や 戦争や平和や愛や憎しみなどを追いかけて、右往左往するのさ。
・ 愛とは僕らが出来ることを知ることなんだ。
・ 希望… それ自体は幸福の一様態にしか過ぎない。 だが、ひょっとすると 現世がもたらし得る 一番大きな幸福であるかもしれない。
・ 大ざっぱな言い方をすると、 子供たちがクレージーな理由は、 子供を育てるという責任に、 誰も立ち向かうことができないからだよ。
・ 目を閉じてれば、生きるなんて楽なことさ。 目を開けてるから誤解が生じるんだ。
・ みんな平和について語るけど、 誰もそれを平和的な方法でやってないんだ。
・ 僕らは、自分のすばらしさと不完全さのなかで、 何よりも自分自身を愛することから学ばなければいけない。
・ 誰でも非凡な才能を持っているし、すべての人が美しいんだ。 自分がいったい何者なのか、誰かに指摘してもらう必要のある 人間なんて一人もいない。あなたは、そのままであなたなのだ。
・ エルヴィスの前には何もなかった。
・ 僕の言うことなんて、半分は意味もない。 ただ君に聴いて欲しくて話しているんだ。
・ 平和を試してみよう! 僕らが言ってるのはそれだけだ。≫
ー ▼ TVのYouTubeで改めて聴くと、半世紀を隔てた青春時代に戻った感覚 になるが… 日本もアメリカも、良き時代、真っ只中。良い時代に青春を 過ごしていたことを音楽から改めて知ることになる。団塊の世代の二年先に 生を受け、その世代の勢いに相乗りをし、その恩恵そのままを受けてきた。 当時の音楽は時代背景もあってか、明るく、ポジティブで、楽観的で、今でも 踊りたくなるような高揚感が湧き出てくる。その音楽そのものを言葉にした のが、上記の中に迸し出ている。 こういう時代も、あったのである。 この世代も既に定年をむかえてしまった。
・・・・・・ 5552,閑話小題 〜反省すれども、後悔せず 2016年05月28日(土) * 反省すれども、後悔せず (源信 往生要集) 何ごとも、実際にやってみないと判らないし、思いどうりにならない。 だから、その結果に振り回されない様に生きるしかない。反省は経験から得る ことが出来るが、後悔は変えることが出来ないため、割り切るしかない。 反省とは、起きたことに対して今後に生かせる点を経験として取り入れて、 同じ失敗をしないようにすることで、それは今に生かせる。 後悔は、起きてしまったことに対して、別の判断をしていれば別の結果が 得られたと思い悩むこと。変えられないことを思い続けることには意味がない。 思い悩んでいる人に、「その過去に立ちもどって、起こる前の時点に戻し、 あなたの思い通りの今を作り直せるなら、過去に戻りますか?」 これにイエスと答えられるか? 「過去さえ変えられたらうまくいく」という 強い思いは、これから先に対して、確信など持っていないことになる。 その時点で、考えられるだけ考えていれば、失敗をしても、限界まで努力を したのだからと割り切れる。何事も最善を尽くし、極限まで、努力をすれば、 不安も最小になる。 後悔は、その地点の、器の小ささ、自己能力の査定の 足りなさの結果に対しての思い。これは、「今の自分は、そのままでは受け 入れられない」と同じことになる。 吉川英治が、武蔵に、<われ事において後悔せず>と言わせた。後悔する なら、初めからしないことだ。命がけでぶつかれば、後悔も反省も無くなる。 <自分の人生、今さら後悔もあるまい、ご覧のとおり、そのまま結構> と、割切りざるを得ないと、いうこと。タメ息の「あ〜あ」の「あ〜」は、 諦念の意味という。 で、「あ〜あ!」 何度、口にしただろう。
・・・・・・ 4822,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー4 2014年05月28日(水) * 産能大学に編入 Α.献礇好海鮗めるについて、その身勝手さに非常に厳しい(精神的) リンチ? 実家に帰った時には首はガチガチで、半病人状態。当然だろう・・ それをみた両親が、四国旅行に連れ出してくれた。親は有難いもので、後先、 両親三人と旅行をしたのは、最初で最後の経験。 坂出でみた瀬戸内海の夕景は 今でも心に焼きついている。その時の印象と心情をメモ帳に書いたが、ホテルの 部屋に忘れてきた。それを見た若い?女性が、感想を書き添えて送り返してくれた ことが思い出されてきた。 心が傷ついていた反面、それが夕景に共鳴できる 下地になっていた。 А,修慮紂∪虱佞了个硫箸ら東京の自由が丘にある産能大に通うことになる。 それまでの激務と、今度は何の束縛のない自由の中で、自分で自分を律する日々。 人間は独りでは生きられないが、まず独りになって自分を律する必要がある。 独りになるとは、考えるための第一歩。それが分からないと、集団に埋もれ、 何も考えないで一生を終えてしまう。20歳前半に、その両極端な二年を経験は、 私にとって大きな行蔵になっていた。この一年間は、過っての学生時代の 4年間を凝縮し、学び直すことにもなった。計算外の危機になった精神を 立て直すに、混乱した脳奥から湧き出てくる思いを紙に書き出し、整理する ことが第一歩になった。50歳半ばから13年間、こ随想日記を書き続けてきた ベースは、この一年間の独りでの心の血を掬いがあればこそ。文章に変換する しかなかったお陰である。書かなければ、狂ってしまうから、書くしかなかった のである。フィールドワーク(現場)の現象の中に隠れている道理を、言語化 する、当時の発想法のKJ法など、情報のカード化に関する書籍を読み、 実行する日々になっていた。経済社会をフィールドワークと見倣し、現象を 大きく分類し、科学するのに、この一年間は、有効に働いた。 ─,靴し、千葉郊外の「千城台商業用地の売出しの広告記事」を見たことが、 大きな副産物としてついてきた。それが二年後の千城台ビルの建設用地になる。 これについて、以前にも書いた。千葉県住宅地供給公社が、県の発展のため 住宅地を開発、販売する住宅地で、家付き娘の姉三人の一人が、そこに新築の 家を建て、住んでいた。そこから30分ほどに住む姉二人も、住宅地を購入し、 貸家を建てていた。そこで暇に任せて、購入希望者に対する抽選に応募した ところ、当選。その後、父親を説得、購入させた。ここの購入条件は二年半 以内に、建設すること。ということは、二年半後に、私が、ここで何かを 始めることを意味していた。その時は、そんなことなど、一切考えず、ただ、 抽選に当選すれば、半値で買える程度にしか考えていた。数年経って気づいた ことは、予定挫折が、人生で必要ということ。そのプロセスで、必ず副産物が 付いてくるという事を肌身で感じることが出来た。高度成長期も背景にあった 良き時代の真っ只中である。「捨石の節目時節の重要性」ということ! 決断は独りでこそ。
|
|
|
|
2018年05月27日(日)
『旅人よ どの街で死ぬか。〜「男の美眺」』 (伊集院静 2017年)から。 * 旅、あるいは人生について 私の人生を振返って、一番良かったことは世界中を旅してきたこと。 それも8割かたは家内同伴である。その良さは秘・異郷世界の非日常に、 家庭の日常を持ち込むこと。 日常そのままを、非日常の世界を持ち 込む奇妙な感覚は絶妙。エンジェルフォールの滝への大きはテントに 次男と、家内と共にハンモックで泊まる奇妙な感覚… ところで私は自分の人生を気にいっている。 ・まずは経済成長の真只中の昭和40年代と20歳代が重なり、些細だが アップスケールできたこと。 ・次は、45年の「起承転結」の結が、最後はアンハッピー?としても、 充実した手応えがあり『ご覧のとおり、そのまま結構!』 ・趣味では、30年にわたるロングランの世界秘異郷ツアー。 ・40年モノで、早朝のウォーキング+ポタリング(チャリ散歩)の継続。 ・50年モノでは、居酒屋+カラオケスナック+宴会遊びの行蔵。 そして、読書… ・シネマ館や、自宅での映画・ドラマ数千分の観賞… これは40年モノ。 どれもこれも、充分に満足しているが、アマチュアというより素人レベル。 これらを光とすれば、その背後には、その時々に「生老病死」の大きな 闇が口を広げていた。不幸、絶望、涙あればこそ、幸福感が光り輝くもの。 世界の光景の感動は、魂に刻印されて、永遠に残す力を持つ。
プロローグの「旅人よ、旅人よ、至福あらんことを」の冒頭がよい。 ≪ ◉ あなたが何歳かわかりませんが、私たちはこの世に生れてきて、 やってみなくてはならないことが幾つかあるとおもってます。 少しオーバーかもしれませんが、それをせずして死ぬということは、 生きることの冒瀆ではないかと思います。 それを‘恋愛と言うロマンチストもいるでしょうし… 素晴らしい音楽を聞くことであると… 美味しいワインを飲むことだという人も… 人生の伴侶を見つけることという人だと言い切る人もいる。 そして、私にとって、この世に生まれれてきて、これをしなくてはならない と思えるのは、断然、旅です。> <◉ 近世のヨーロッパで、グランドツアーという名称がつけられた旅が流行 したとき、その謳い文句は「人間として生まれてきて、もっとも至福なことは、 旅をすることである」とありました。…それでも私は旅をしたことで私の体に、 記憶に、今もきちんと埋めこまれている旅の日々が他の行動では決して得る ことのできなかったことを、確信できます。出来ることなら、生涯旅を続ける ことができたなら、と今でも思ってます。 24-25p ◉ 私の旅の基本とはどんなものか。…すべてを実感だけで捉るのが私のやり方。 〜そのいい例が第五章のポーランド、アウシュビッツの旅です。 … その街に足を踏み入れ、あてどなく彷徨すれば、皆さんの身体のなかに、 その街は生き続けます。それが旅の至福を得るということです。 30p ◉ なぜ軟弱なのか?それは連るむからである。一人で歩かないからである。 ”弧”となりえないからである。〜”弧”を知るにはどうすればいいか。 さまようことである。旅をすることである。 34p ◉ 想定する生には限界がある。所詮、人が頭で考えるものには限界がある。 想定を超えるものは、予期せぬことに出逢うことからしか生まれない。43p> ― ▼ 旅好きが、旅好きの人のために書いた本。何度も何度も、ここでテーマと してきた。その感動は、それぞれ年代の人生の横糸として織り込まれている。 ―――― 2016/08/01 かわいい自分に旅させよ ー <『かわいい自分には旅させよ』浅田次郎著> * かわいい自分に旅させよ 〜B 40歳代に入って直ぐの頃、『年一回の海外に出ること』を決めた。 そして、半ばも過ぎた頃、それを年二回に切り替えた。20歳から20数年間、 ストレスの多い「創業」の為の転進を繰り返してきた。何事も現実に直面 すると、火事場のバカ力が生じてくる。その奇跡に近い偶然を拾い上げて、 その場を切り抜ける。しかしストレスは並大抵ではない。その沈殿がピーク になっていった頃である。その解消剤にツアーのストレスと感動が、合理的で あることに気づいた。早朝の読書習慣と、散歩、そして、海外ツアーが、 何とか、自分を支えてくれた。 半年単位、一年単位で、そのストレスを、 払い落とすしかない。そこで、「秘境・異郷ツアー」のストレスで、それを 削ぎとるしかなかった。それが、結果として、心の、いや魂の財産になった。 〜以下の部分は、「苦労でなくなった旅を、自分に与えよ」と勧める。 ≪ 「かわいい子には旅をさせよ」という格言は、今や死語であろう。 かつては苦労の代名詞であった旅行も、世の中がすっかり便利になった今日 では娯楽の王者となってしまった。もしかしたら今の若者たちは、この言葉の 意味を「かわいい子には娯楽を与えよ」と曲解しているかもしれぬ。 たしかに旅は苦労ではなくなった。ただし、経験としての価値が損われた わけではない。人間は経験によってたゆまぬ成長をとげるものであるから、 苦労を伴わずに経験を得ることのできる今日の旅は、子供よりもむしろ大人に とっても好ましいかたちになったと言える。この福音に甘んじぬ手はあるまい。 「かわいい自分には旅をさせよ」である。金だの時間だの手間だのと、旅に 出かけぬ理由を思いつくのは簡単だが、よく考えてみれぽ金は貯めるものでは なく使うものであり、時間はあるなしではなく作るものであり、手間を惜しむ は怠惰の異名に過ぎない。つまり旅に出てはならぬ合理的な理由は、実は何も ないのである。 ≫ ▼ 秘境への旅の決断と実行は、非常に抵抗が生じる。まず、家内が、激しく 抵抗する。そこで一人参加を決意すると、家内も渋々、決意するパターンの 繰り返し。で、抵抗感が強いほど、その内容は、濃厚で味わい深い物語になる。 しかし、極限を超えた経験のオンパレード、可愛い自分へのプレゼントになる。
―――― 2016/05/02 若者よ、外に出よ! ー Α\こΔ虜廚蝓 * 祭りから世界を知る 『若者よ、まず楽しさを経験しろ!』である。「嬉しい、楽しい」という 感情が、人間を突き動かすことになる。ゲームでも、ミニ祭りの飲み会でもよい。 その極地が街レベルで行われる祭り、それも世界的祭りの楽しさを知ること。 世界最大の祭りといえばクリスマスだが、ど派手な祭りの、ブラジル の「リオのカーニバル」と、北スペイン「牛追い祭り」を体験してみた。 その熱狂の渦が全ての人を恍惚に誘う。この2週間の北スペインのバスツアー は、これまでのツアーのベスト5に入れることが出来る。祭りは、原始人の頃 から営なわれていたことは壁絵から推察される。生き抜く苦労と、その憂さ 晴らしは、古代も現代も同じ。祭りには時代の文化が現れ出る。 大相撲も神事で行われていたのが始りだった。 祭りは実に楽しい! が、その背後には、普段の地道な生活が必要である。 ≪ ☆ パンプローナの牛追い祭り(2002/09/07 記) 今朝9時半より、衛星TVで今年のサン・フェルミン祭を放映していた。 もし神様が一日だけもう一度同じ日を与えてくれるといったら、4年前の この祭りの最終日を間違いなく選ぶだろう。今年は例年になく多くの負傷者 が出たようだ。今日の番組は毎朝の牛追いに絞った8日間の内容の為、毎年 放映される中でも特に迫力があった。初めから最後まで手に汗を握る内容だ。 この祭りはヘミングウエーの「日はまた昇る」で舞台になり世界に一躍 知られるようになった。 この期間ー7月上旬の8日間、町中の人が白い服に赤の腰巻の布を巻き、 赤いネッカチーフをつける。パンプローナの出身者の多くが帰ってくる。 毎朝6頭の闘牛とそれを先導する虚勢牛6頭の合計12頭が闘牛場に向かう 街の道路に放たれる。毎日異なるドラマを生みながら熱狂を8日間重ねる。 その6頭の闘牛が毎日おこなわれる。4年前その最終日の闘牛をみたが、 会場が異様な熱狂に包まれていた。 その牛の前を走るエニシエロが、勇気 試しになる。19世紀半ばからこの祭りが始まり、闘牛とか牛追いは途中 からその祭りに加わった。 ーユーラシア旅行社でいくと、市役所広場の前の4階の部屋から 最終日のエンデングと牛追いが見れる。 ―――― 4年前の「北スペインの旅」−より抜粋ー …この中で一番のハイライトがパンプローナの“牛追い祭り”であった。 延々8日間にわたって毎夜、闘牛が行われる。その牛を毎朝、市役所から 闘牛場へ、町中を追い上げる。その前を街の若者が走って、度胸試しをする。 死人が出ることがあるという。我々が着いたその日が最終日の為、最高の盛り 上がりであった。夜の闘牛もその為か異常な熱狂を会場にただよわせていた。 これこそ正しくスペインと思われた。 深夜の十二時に向けたファイナルギャザリングが、一生の思い出になる 感動的場面であった。市役所前に数千の群集がロウソクを手に持って集まり、 ロウソクをかざしながら歌い踊るのだ。 彼らが心の底からパンプローナを 愛しているのがよくわかる。民家の4Fの一室を借りて見たのだが、光の海を 見ているようであった。トランペットやバイオリン・タイコの楽団の演奏に あわせて歌を全員が歌っている。 キリスト教で祭りを集団で祝うのはスペインだけといわれている。 イスラムとキリスト教が融合して、神聖かつ感動的・熱狂的なお祭り騒ぎ なのである。このような宗教的感動的場面に出会ったのは初めての経験。 この場面に出会っただけでもこの旅行は充分の価値があった。 一生の心の財産になった。 ≫ ―――― ≪ ☆ リオのカーニバル(2003/04/23) この時期になると例年、NHKハイビジョンでその内容が放映される。 毎年三月の初旬に開かれ,約一月後に放映されている。 何とも派手で陽気で豪華で楽しい! 8年前にいって、その雰囲気を知っているから、観ていても楽しいのだろう。 違うのは音量の大きさと、会場の熱気が直接伝わっていることだ。 TVを観ていると、会場に行っているような錯覚をしてしまう。 以前にも書いたものを後でコピーしておくが、なかなか奥行きが深い。 ブラジルではTVなどで生中継される全国的な行事なっている。 今回、あるチームの準備などの内幕をドキュメント風に紹介していた。 80分の持ち時間の演技のために一年間の準備をする。 審査項目が10項目あり、それを細かく説明していた。 ・テーマ曲の良し悪し ・打楽器ーバテリアの内容 ・テーマの紹介のパフォーマンス ・同じ衣装のダンス隊のダンス ・山車の美しさ、テーマの解りやすさ、迫力 ・チームの旗手の踊り ・そのチームの女王の観客へのアピールと反応等々ある。 プロの演出者を雇い、その年のテーマにそって カーニバルとサンバと山車や音楽や衣装が組み合わされる。 今年もなかなかの出来であった。 数回再放送でやるから、何回もみるつもりである。
ーー以前書いた文章をコピーしておきますーー H0703 ブラジル旅行記 “行って吃驚!玉手箱”主観をこめて現地の実感を書いてみる。 カーニバルはリオディジャネロだけでなく、全国津々浦々の都市で 行われており、四日間全国がお祭りの為休みとなる。 その最も有名で世界的に知られているのがリオのそれなのである。 リオのカーニバルのランクがA・B・CとなっておりAランクが9チーム、 Bランクが15〜16チーム、Cランクは数十チームとなっている。 AとBチームが特設スタジオのメーン、ストリー800mを80分の 持時間で踊りながら行進する。そこは六万人の観客席があり、審判席で 厳格に審査され、その年の優勝等順位があらそわれる。
そのチケットは一般の人はほとんど入手不可能である。我々のTV 新聞等で目にするのはCチームが街頭で行進するものでしかなかった。 チームは四千名が1チームで構成されており、それが約500名×8チームに 細分化され統一のコンセプトのもとに仮装が華やかにつくられている。 音楽も各チームごとに毎年新しいコンセプトのもとに有名作曲家が名誉を かけてつくる。その作曲も採点の大きなポイントになるという。 一日6〜8チームが夜の七時より翌朝の七時まで延々と踊りの行進が続く。 観客席もその行進曲にあわせて半数以上が踊っている。 音響もすさまじく隣の人の声は全く聞こえない。
上位数チームが翌週の土曜日に優勝をかけて再び行進がおこなわれて優勝 チームは10億以上の賞金がつき、かつ翌年に向けよいスポンサーが約束される。 その年の山車とか衣装は翌年に持ちこさずすべて破棄するという。 カーニバルをみていて“気”とか“色即是空”とか“禅の悟り”がすべて含まれ ており、東洋的なこのような言葉が小さくみすばらしくさえ思えるくらいだ。 ブラジルの印象として残ったイメージとしてのキーワードを書くと“サッカーと “サンバ”(カーニバル)と“森林”と“イグアスの滝”そして “汚職まみれの国”である。さらに加えるなら“まずしさ”である。≫
―――― ▼ 祭りは、普段の質素倹約した単調な生活の憂さ晴らしのための爆発の 『晴れ』を集団で楽しむ娯楽。特に、イタリア、スペインのラテン系の国の 祭りは歴史があって、ど派手。日常からの集団トリップの一端に触れるだけで 充分に価値がある。そこには、セックスと血と死の匂いが、漂っていた。 リオのカーニバルには、「カーニバル・チルドレン」が、結果として誕生し、 捨てられ、ストリート・チルドレンになるという。
―――― 2016/03/22 閑話小題 〜51回の海外ツアーで ー * 世界の絵画 ベルギーのフランドル地方の古都ゲントの大聖堂にある 『フランドルの祭壇画』を、以前にみてきたが、立花隆が、死ぬ前にみて おきたいと、わざわざみにいった絵画。この絵画はスペイン圏では、非常に 有名で、スペインから毎日、特急が出ているという。教会の定位置には、模写 の絵画飾られていて、特別のコーナーに本物が防弾ガラスの中に、監視の中で 飾られていた。模写のコーナーでは写真撮影はオッケーだが、本物のコーナー では不可。少女が賛美歌を歌っている表情に、それぞれの内面が出ていてよい。 ルーベンスの『夜景』と、エル・グレコの『オルガス伯爵の埋葬』、 ダビンチの『モナリザ』、ベラスケスの『ラス・メニーナス』、 ボッチィチェリの『春』、ゴッホの『ひまわり』、ピカソの『ゲルニカ』と、 このファン・エイクの『フランドルの祭壇画』を見れたのだから、これで良し としなければ。 絵画といえば、スペイン、英国、オランダ、ベルギー、 イタリアである。 一枚の絵画の中に、さまざまな思惑、情報が詰込まれている。 ひとつ『夜景』を取上げると、ここに出てくる人たちは、自分の姿を後世に 残すため、この絵画を特注したという。 〜『夜景』をネット検索すると 《 レンブラントに発注した18人の名は中央右後方の盾に描かれている。 その他、鼓手、少女、少年などが絵の中には描かれたほか、左側には絵が 切り詰められる前はあと2人ほどの傍観者が描かれていた。この時の支払いや 受注の記録は全く残っていないが、発注者たちの記録によれば各人が 100ギルダー、計1,600ギルダーがレンブラントに払われた。これは当時の 肖像画の報酬としては大きな額である。 絵画は次の三つの要素のために有名である。 ・まずその巨大さ(縦3メートル63センチ、横4メートル37センチ)、 ・次に光と影の効果的な使用、 ・そして当時は不動の姿勢で描かれた軍隊や自警団の集団肖像画に 動きの要素を取り入れたことである。 『夜警』はオランダ黄金時代の絶頂期であった1642年に完成した。 この絵は題名となった(火縄銃手組合による)市民自警団)が出動する瞬間 を描いている。・・一斉に人々が動き始めたため、その下では犬が吠えたて、 左には少年が走り回っている。各隊員はそれぞれ異なった方向に体を向け、 多様な表情を見せて、隊員の動きが交錯して画面に興奮を生み出している。 いずれも体の一部分しか画面に映されておらず、全身が描かれているのは 3人のみ。》とある。 絵画を描かれる背景の意味などを知るか知らないかで、 捉え方が全く違ってくる。芸術とは、そういうことである。 ―――― 2016/03/20 閑話小題 〜51回の海外ツアーで * 海外ツアーのテーマの棚卸 51回の海外ツアーに参加してきたが、その行蔵は何ものにも代え難い財産。 知れば知るほど、世界は広く深いことが解る。10回目辺りから秘境・異郷ツアー に重心移動をしたが、10年ほど前からは欧州中心になっている。リタイアー後、 諸事情で家内の鞄持ち?のカタチだが、何はともあれ、行けるだけで充分。 「行けるうちに、行けるところに、行っていて良かった」と実感する。 ・大陸別では、アメリカ大陸、オーストラリア大陸、ユーラシア大陸、インド 大陸、アフリカ大陸があるが、万遍なく行くのと、一つに絞り込む選択がある。 ・他に、テーマを、文明、文化、山脈、滝、氷河、平原、クルーズ、お祭り、 有名ホテル巡りなどのテーマを決めて周る人がいる。 〜テーマとして・・ ☆ まずは文化。 ツアーの過半数以上は、何処かの首都を経由地として一泊。 そこには、名だたる美術館や・博物館のコースが組み込まれていて、その国の 名画や工芸品、遺跡などで発掘された国宝クラスの古美術品が展示されている。 それらを、み続けているうちに、門前の小僧、その魅力に取込まれてしまった。 上野界隈の美術館で、その数点の展示で長蛇の列になる名画などが、数多く 展示されて、間近で見られるのが良い。 文化の一つに、各地の料理がある。 それぞれ各地の特色ある味が、そのまま染み出ていて実に美味しい。と同時に、 日本料理の美味しさに改めて気づくことになる。 文化といえば、お祭り。 北スペインのパンプローナの牛追い祭りと、リオのカーニバルの熱狂がよい。 ☆ 次に文明。古代の遺跡の7割がエジプトのナイル流域にあるというが、 これには圧倒される。他にアフリカ、中東の遺跡郡、中南米の遺跡群もよい。 圧倒的なのが、古代エジプトと、ポンペイと、シリアの遺跡群。そこには数百年、 数千の時空を超えた当時の人たちの息づかいが聞こえてくるようである。 石文明は、それが、そのまま残している。 ☆ 何といっても大自然の景観! アフリカ、インド、北米、南米、北欧、 アルプス連峰、ヒマラヤ連峰などの大自然の景観も圧倒的である。そこは、 文化・文明の数千年の時間とは違う、数万、数百万、数億単位の時間がある。 行蔵とは、よくいったもの。 以下は12年前のテーマだから、51回と すると、3年分、行ってないことになる。 世界的パンデミック騒ぎとか、 5年前の節目時などの件で、行けなかったが、それより、年齢からくる気力、 体力、金力?などの衰え。外側(辺境)から、内側(欧米圏)になっているが、 これはこれで、面白い! ライフワークとしての世界観光も、限界点になって きたが、移動が動くホテルのクルーズ・ツアーがある。しかし年金暮らしには チトきつい。「生きているうち、元気なうち」と思って、はや、20年、いや 25年になる。なら、あと5年を貫き通せば満点のライフワークになるが。
・・・・・ 2004/11/19 ーー地域別分類ーー 『アメリカ大陸』
ー中南米 「18」ブラジル(リオのカーニバル・イグアスの滝) −1995・
|
|
|
|
2018年05月26日(土)
* 無事済むわけがない朝鮮問題! 一月前と、4ヶ月前に長屋の住人の談義方式で、閑にまかせて、色いろ 書いてあった。そして、昨日のアメリカの会談延期の発表。金書記長と、中国の 習主席との二回目の対談直後から北朝鮮の態度が急変。アメリカは急遽、会談 延期を発表した。トランプにとって、秋口の中間選挙が試金石になるが、この ママでは、惨敗は目にみえている。で… アメリカは完全核放棄か、戦争の 二者択一しかない。ロシア、中国からしたら、現状維持がベストで、引き返し の出来ない核放棄が北の体制崩壊は容認できないため、入れ知恵をするのは、 当然のこと。トランプにとって、この緊迫状態が続くことが望ましいため、 やはり会談延期も当然のこと。そのことは一月前に書いてあった… ―― 熊: こうなりゃ焼けのヤンパチ、何でも言うけど。このニュースを聞いて 何にも驚かなかったね。初めから分かっていたことさ。 銀行強盗から武器を取上げれば、ただの豚。 大家: 頭の軽い男に、とにかく人参を見せて目先を引き延ばせておけば と… そうはいかないのは、それが常套手段で、また使えると、たかを 括ったのがばれたのだろう。 寅: やはり戦争かい。全く実感がわかないがね。トランプも後がないほど、 追い詰められているし。実際に、危ないと思うよ。ここで、金ちゃん、 ミサイルか、水爆実験でもしなければよいけどね。 熊: ロシアかアメリカが、北の領海から偽装で、日本上空を超えてミサイル を打込むとか。見え見えでも可能性があるね。 寅: 危ないのが、日本。まあ、骨抜きの日本憲法を改憲さえ出来ないからね。 ここで一挙に緊迫するかどうか。いざ、いざ戦争となると、日本の体質が、 あまりに弱いことが露呈されるね。アメリカ頼り一辺倒だもの。敗戦から 70数年の蓄積された軍事力は中国も侮れないというけれど。 大家: 役者は揃ったし、このまま、見逃すわけがないという前回の懸念が、 さらに深まったね。 一度、起こってしまったら、第一次、第二次世界 大戦規模になる可能性があるため、自重をしているが… 役者が役者だけに。 熊: また、あの重苦しい日々が続くのかよ! 中近東や、北アフリカじゃ なくて、今度は隣国だよ。そりゃ酷いことになるのは、俺でも分かるよ。 アメフトでラフプレーとか騒いでいるが、現実世界は、全く異次元だよ。 あっちが異次元でなくて、日本が異次元なの! 東京オリンピック? 主催の東京は狙われない? そんな甘くないのが世界の政治。 〜つづく
・・・・・・ 2018/04/26 閑話小題 〜長屋のコンニャク談義
熊: 何だよ、急に。 大家: 去年の同月同日のテーマを見て、急に思い立ってさ。 金ちゃんのことなら、御前ならズケズケ言うに丁度良いからさ。 熊: 俺だって、こんな兄殺し、叔父殺しの奴の悪口など話したくないね。 寅: 朝鮮といえば儒教の国だろう。そりゃ罪悪感で日々、恐れ慄いているさ。 それと、暗殺の恐怖もさ。側近と、その親族を根こそぎ処刑しているからね。 熊: 急に態度が変わったのは、締付けが効いてきたからさ。でもさ、誰が どうみても、核兵器も、ミサイルの放棄など、するわけないよ。 寅: 米朝首脳会談前に強硬派のCIA長官が渡朝し、厳しい前提条件を突き つけたはず。突如、中止になったり、会談が決裂したら、即、戦争の危機さ。 大家: 私は悲観的さ、アメリカは本気で戦争をするとみている。ロシア疑惑と、 秋口の中間選挙対策もあるし、中国、ロシアへの見せしめもあるしね。 やらない訳がない。それを前提に、これからの一連の会談を見るといいね。 熊: でも、トランプってバカだろう。プーチンがスパイ網全てを使って 大統領に押し上げた男。バカを大統領にして、子バカを嗾けただけだろう。 寅: おいおい、本当のことを言うと、暗殺されるぞ。 熊: 北、アメリカのどっちから? …ああ、両方かい。 八: プーチンは、世界を支配しているのがユダヤ資本と看破していて、憎悪に 近い感情を持っている。だからトランプを大統領に当選させて、北と相討ち をさせるのが戦略。かなり際どい日々が続くことになるね。 大家: 下手なハリウッド映画のようだな。トランプとプーチンじゃ、器が 違い過ぎ。政治家としての余命からして持ち時間の量が格段と違うよ。 寅: 悪い夢をみているようだね。でも、プーチンの、ありゃないよ。 熊: アメリカの俺程度の白人が支持層だろう。それなら、如何ともなるよ。 俺たちのレベルは、とにかく目先さえ良くしてくれれば、それで良いのさ。 そうだろう、それしかないからね。 寅: 俺も、熊に近い方だからね。でも、クリントン女史じゃ、あのままだろう。 八: どっちの政党でも「金持ちによる、金持ちのための政策」は変わらないよ。 日本は地政学的に、アメリカと中国の境目に位置している恩恵を忘れない ことだね。 熊: 世界の3分の2は、俺のような貧民の奴隷層だろう。しかし全く自覚が 無いんだよな。 寅: 日本人というだけで、3分の1の層だよ。でもさ、最近、つくづく貧しさを 感じるんだ。一生懸命働いて、生活するだけ何も残らないんだよ、何も。 大家: 三食食べて、こうしてノウノウと政治談議が出来るだけ、有難いと思わ ないとね。だけど、危ない状況の現状認識を忘れないことさ。
・・・・・・ 閑話小題 〜米朝開戦 −1 2018年02月05日(月) * 熊さん、プーチンと、スターリンに問いかけ 神様: 熊さんの望み通り、プーチンとスターリンを、スペシャルルームに 招いておきましたよ。次は、トランプ大統領と、ケネディを予定して いるがね。 熊さん: まさか実現するとは思ってもいなかったが、仮想会見としても。 相手がね。といって、神様の特別の計らいだからね、誠実に聞くよ。 敬語など使えないので、普段どおりだけど、断っておくね。 神様: そうだね、お前さん一人じゃ無理ですか。じゃあ、大家さんを呼ぶよ。 熊: プーチン大統領、いま、アメリカのロシア疑惑というのは本当ですか。 プーチン: 私も、当のトランプも、まさか大統領に当選するとは思っても いなかったさ。でも万一と思って、自分たちでは出来ない情報工作を 頼んで来たのさ。聞いた時は、まさかと思ったけどね。 大家: 事実でなければ、FBIの長官や、今度は副長官が、早々に辞めないよ。 プーチン: もう、当分世界はワシのようなもんさ。 スターリン: 何か、私を参考にしているようだが。お前さんに私のように 非情になって自国民を殺せますか。 プーチン: 中東では、ISを手当たり次第に殺しましたよ。それとチェチェン でも。今度は、アメリカと北朝鮮の相討ちを狙っているが… 今では 虐殺現場がカメラビデオに映しだされるんで、殺り辛いんですよ。 北朝鮮とアメリカ、いいところまで来ているですがね。上手くいき、 中国の参戦で相討ちともなれば、理想的ですがね。 熊: 何か居た堪れなくなってきたけど… で、開戦の結果は分かっている 戦争じゃないですか。一般の人が気の毒じゃないの。 大家: 金様にしろ、プーチンにしろ、自分が弾丸の中の悲惨な経験をして ないので、現実の悲惨さが解ってないの。 熊: そんなのが大統領なの。 スターリン: 1000万、2000万を殺したところで、麻痺をしてしまえば、 何てことはないよ。まだまだプーチンは、柔いよ。ワシのつくった ソ連邦を解体されて。何じゃい。敵はアメリカ連邦の解体だよ。 神様: お前らを見ていると、神でいることが嫌になるよ。 熊: 本当に戦争になるの? 東京にミサイルを打ち込まれると、一瞬に して80万人が死ぬというけど。それと、難民問題もあるしね。 大家: これが大変だよ。 中国じゃ、3ヶ所の難民収容所を想定し、 万一の備えを考えているらしい。 中東、アフリカの、欧州への 難民問題と同じことが、今度は極東で起こるんだ。 プーチン: ズブの素人が突然大統領になるんだから… バカな話さ。 スターリン: ワシが聞いても恐いよ。大統領は、プロ中のプロがなるもの。 あの顔からして、相応しい指導者ではないね。 どうなってるの? プーチン: 正直なところ、ワシも、同じ考え。8年にわたった黒人大統領と、 女の国務大臣に、世の中の冴えない白人層が腹を据えかねていたからさ。 としても、娘婿の援助の依頼には驚いたよ。 アメリカを見ていて、 民主主義の建前ほど変なのはないね。 スターリン: やっちまえ、今の内だよ、ソ連邦解体の復讐の機会は。 神様: 何で、こんな男を、呼出してしまったのか? プーチンの思惑を 聞きたかったので、これはこれで… 二人とも、トリックスターじゃ ないか。それも陰湿、露悪の。 熊さんよ、現在の平和は、仮の姿。 もう、動き出したの。その辺の計らいを読み取って大家さんにばかり 頼らないで、自分の頭で考えなさい。白鳥もいれば、黒鳥もいる。 プーチン: 日本っていうのは、この72年間、軍備を蓄積していたのは流石。 生真面目過ぎるけど、侮れないんだ。 北朝鮮なぞ誰が相手にするか。 大家: 貧しさを国民に強要してきた国は、国家として卑しいのは当然。 まともな正論は通じないの。 ― ▼ 寒さの中でのライブの内容のため、悲観的になったが、スターリンの参加 を思い立ったのは我ながら驚いた。「陰惨で、残酷で、疑り深い」人物と いうが、プーチンも似たようなもの。 彼の前のトランプなど赤子そのもの。 この数ヵ月は、過ってないほど緊迫した事態が続くことになるのだろうが… 〜で、これまた6年前の以下に、脈絡として丁度よく繋がっていく。
・・・・・・ 閑話小題 〜米朝開戦 −2 2018年02月07日(月) * 緊迫してきた朝鮮半島 冬季オリンピックが韓国で開催されるが、何か盛り上がらない。終わると 同時に一挙に米朝開戦の可能性が高まるのが解っているからだ。昨年暮れの 週刊誌の特集記事がシリアスである。キワモノの内容は週刊誌であればこそ。 沖縄で空軍のヘリの事故が続いているのは、実戦訓練が多くなっているためか。 ‘まず目先は、4月が危ない!’ ≪ 4月に、アメリカが北朝鮮を空爆 金正恩はロシアに亡命する「米朝開戦と なる確率は百%」。 こう言い切るのは元外交官の原田武夫氏。 原田氏は、小泉政権時代に外務省北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)として 訪朝し、拉致問題の解決に尽力した北朝鮮問題の専門家である。
この結論に至るロジックは次の通り。 米中だけでなく、フェルトマン国連事務次長までもが訪朝し、北朝鮮と交渉の 努力を重ねてきたが効果が無かった。トランプ政権は、北朝鮮との交渉は失敗 と判断、残された選択肢は軍事オプションしか無い。
この記事のもう一つの目玉『米朝開戦は4月頃になる』と言うのは韓国の著名な 軍事問題専門家。アメリカが『3ヶ月程度で北朝鮮のj大量殺戮兵器が完成する』 と、その時期がレッドラインと設定しているのがその主な理由らしい。
平昌オリンピックの開催が2月9日、パラリンピックが3月18日で、米韓は大規模 な合同軍事演習を予定している。これに北朝鮮が猛反発して水素爆弾実験を強行 するかもしれない、また平昌オリンピックでテロを起こすかもしれない。
また、記事によれば11月に訪中したトランプ大統領に中国の習総書記が 『3月までの開戦は絶対に避けてほしい』と伝えたこと、ロシアも3月18日に 大統領選を控えており同様なことも開戦4月説を後押ししてる。≫ ―― * 2万発以上の砲弾が降り注ぐ ≪ 韓国は、米朝開戦時の被害をどのように見積もっているのか。 韓国政府の朝鮮人民軍分析は、韓国軍や国家情報院、統一部などが取った情報、 脱北者の証言、それにアメリカから提供された情報などに基づいて行っている。
本誌が入手した韓国政府の内部情報によれば、38度線の北側では、射程距離54km で1分間に2発撃てる170mm自走砲550門余りと、同60kmで1分間に40発撃てる240mm 放射砲440門余りが、ソウル首都圏に狙いを定めているとしている。
これらを合わせると、開戦時には、1時間あたり2万4000発以上もの砲弾が、 それぞれの弾を発射後3分30秒でソウルに降り注ぐことになるという。 そうなれば、一般のビルやマンションばかりか、首都圏のガス管、ガソリン スタンド、電気通信施設なども根こそぎ破壊され、まさに1000万首都が火の海 になると、韓国政府は分析しているのである。 その場合の死傷者は、一体どのくらいになるのか? 「1994年の第一次北朝鮮危機の際、アメリカ軍がクリントン政権に提出した 評価見積もりによれば、開戦24時間以内に、ソウル首都圏で約150万人が死傷 するとしています。 この見積もりは当時の金泳三政権に衝撃を与え、韓国政府は絶対に北朝鮮を 空爆せぬよう、クリントン政権を説得しました。
その後、2004年に韓国の合同参謀本部が作成した『南北軍事力評価研究』では、 開戦後24時間以内の韓国側の死傷者は、230万人と見積もっていることが判明。 これはあくまでも、通常兵器による被害です」 (ソウル在住ジャーナリスト・金敬哲氏) ≫ ― ▼ これらからして、北朝鮮、日本を含めると1000万の死傷者の数もあながち オーバーでない。起きてはならない戦争としても、既にレッドラインを 遥かに超えてしまった感がある。この二日間で8%も株価を下げたが、戦争の 危機感も織り込まれているのだろうが…。株価への関連記事はタブータブー? 〜 以下のように、毎日が面白い! など遠い昔話になるのでしょうか。 トラちゃん、金ちゃんの、掛合い漫才で済めばよいが。
・・・・・・ 閑話小題 〜米朝開戦 −3 2018年02月08日(月) * トランプと、ケネディの対談だとさ 神さん: おい寅さん、今度は御前さんが出番だよ。トランプにケネディじゃ、 やはり大家さんにフォローしてもらわないとね。 寅: 何でトランプなんだよ。寅に「トラ」を掛けたジョークですか? それにしても民主主義の矛盾が出たね。悪いことに、北朝鮮だも。 ケネディ: おいおい、選りにもよって、トランプ大統領と私を組合わせ! 敵国に情報操作を依頼してマサカの当選をした泡沫だろ! いくらなんでも 嫌だね。神様とはいえ、沈黙しますよ。それに寅との組合せとはね。 トランプ: 何で悪いって決め付けるんだ。民主党何ぞ、それも黒人を大統領に するセンス。 当然、開国のインディアンの虐殺は、誰の目にも明らか。 スペインは南米、イギリス、フランスは北米を分けあっただろう。で、虐殺。 だから北朝鮮に、ドテッ腹にミサイルを突きつけられるだ。私の役割は、 悪しき民主主義と、平等主義を正すことさ。まずは、北朝鮮からね… 大家: 民主主義国家アメリカの歴史は、先住民の大量虐殺の上に成り立っている のは事実ですよ。その数は 1000万人とも1500万人とも言われじゃないですか。 ケネディ: … トランプ: その上に、アフリカから奴隷を持ち込んできて、何を今さらだ。 世界は、白、赤、黄色、黒色の人種的階層が現実にあるの。インドのカースト を見れは解るだろう… 大家さん: それを言っちゃお終いさ。理想を掲げ、矛盾を乗越えるのが人間よ。 寅: でも、現実社会は、差別社会、階級社会ですよ。長屋だって、そうさ。 一番上が、大家が一番で、次が八つぁん… 大家: だからこそ、理想を掲げ、空に輝く北極星を目安に歩むしかない。 それが、人間というものじゃないですか。私から御前たちには、知恵をね。 トランプ: 何を綺麗ごとを? ケネディは名門の出だろう。綺麗ごとをいって いられるのは親父が辣腕で、稼ぐだけ稼いだ元があるからじゃないか。 ケネディ: … 大家: いくら泡沫候補とはいえ、品位も何も無いじゃない。 トランプ: あんただって、あわや核戦争一歩手前までいったじゃないですか。 ケネディ: … 寅: そういう歴史の積み重ねた現在のアメリカの地盤を根こそぎ叩き壊して いるのが分からないんだ 大家: アメリカ建国の精神を否定してるんだよ。 トランプ: アメリカは、国民の約80%がキリスト教徒で、かつプロテスタント の比率が高く、多数のプロテスタント教派が存立してるんだ。キリスト教は 弱者救済だけどね、ローマがキリスト教を国教にした時から、白人のための 宗教に変わったのは歴史が証明しているじゃないか。ケネディ、そうだろう? ケネディ: … 寅: この人、戦争おっぱじめるよ。 このままじゃ、弾劾もありうるし。 大家: 神様、何とかならないですか。 神様: なるようになるしかないし、見守るしかない。 トバッチリを受ける のは、何時も弱者。 寅: 冗談じゃないよ。北朝鮮の原子炉が破壊されると、季節風で放射能が 日本を覆うじゃないないか。それと、活動中の原子炉を狙われるよ。 トランプ: レッドラインを遥かに超えたのを見逃すわけがない。それに多くの 疑惑が有耶無耶になるしね。黒人と女の言いなりの8年間の後始末さ。 ケネディ: いざ、ボタンを押すか押さないかの瀬戸際。独り震えたいましたよ。 ああ、独り言ですけどね。 寅: 北朝鮮がオリンピック開催の前日に、軍事訓練とは。それじゃ、 終わった直後に、アメリカの出番になる。 トランプ: … 寅: 途中ですが、仮想対談、これで終わります。
|
|
|
|
2018年05月25日(金)
* 監督・コーチサイドから(架空対談) ポン督: 何で、こんなに騒がれるのか? アメフト部は集団格闘技。 ドツキのぶつかり合いの世界で、如何に潰すのが 隠れテーマだろう。 綺麗ごとは誰にも言えるがね。そこで優勝するには、短期、中期的に 相手を負傷させる、それもQB(クオータ・バック)を狙うのは当然だ。 問題は、ドサクサに紛れてやり、証拠を残さないことさ。 理事長がさ、 暴力団と懇意でね。まさか、録画に撮られていたとは、運が無かったのさ。 執行猶予の付いた有罪で、後は野となれ山となれか。 ポンコチ: トップの息のかかった人から、一切を被ってと暗に言われてきたが、 自分の生命の危機がね… ここは地の果てナイジェリア。都会としても、 特殊社会だもの。結局、俺が背負うしかないのかな。消されるよりマシか。 でも、あまりに過酷で受止められないよ、これは。日頃、選手に根性論を しつこく説いてきたのに、立場が逆転さ。 颯太: 20歳そこそこの学生が、自らを露出して単独の記者会見だろう。 そうでもしないと、負傷した相手に詫びたことにならないとね。それに対し、 本学の常務がさ、あの無様な言訳、そりゃ、OB、在校生は怒るわ。 ポン太: 誰も言わないけどさ、負傷した学生、3週間になるじゃない。 退院した頃だろう。アメフトなら、負傷は付きもの。ここまで騒ぐのも。 問題になっているのが日大の体質と、アメフトの王者の驕りでしょう。 ポン督: 男らしくないというけど私でも、あれは行き過ぎと思うよ。 他人事に聞こえるけどね。でも表立たたなかったら、良くやった行為か? 颯太: その日か、翌日に謝りに行けば、何でもない日常の出来事だったのに。 何もしないから、こうなったんだ。それが日大の体質なら、起こるべきして 起こった問題だね。自分でも、何か憂鬱になるよ。この事件は。これじゃあ、 マスコミの餌食さ。自民党には丁度良い、目くらましさ。何か日大と、自民 体質が酷似しているな。ポピュリズムの最たるマスコミの攻撃対象の分散に…。 ポンコチ: 今までは、監督にヘバリツイテ顔色を見て、少し先読みをして、 判断すればよかったが、誰も何も言ってくれないし、仲間の態度は一変、 あとは、自分の先々を考え、独りで判断していかなければならないのか。 今さら、宅上犬の私には難行苦行。 颯太: 丁度良い、試練ですね。でも、分かるよ、実力格上の宿敵の関学が 相手だもの。実際のところ、似た者同士さ。 ポン督: 見ている分には面白いだろうが、自分がブラックナイトとなると… 八つぁん、如何だった、7年間のそれは… 八つぁん: それは気分は最悪だが、あなたとはレベルが違うよ。いや、落差が。 一つ間違えると、あんたは前科者だもの。でも、私も経済社会では、そんな もんだが… 創業準備から、シェルターを組みこんでいたし、幼児の頃から、 街の真中で、生々しい夜逃げ話を聞いていたからね。そりゃ、残酷なもの。 ポン督: 兎にも角にも、去年の優勝は良かった。しかし、その代償がこれか! 万事塞翁が馬って、これかと… 実は暗殺が怖いね。この数年で、数十人が、 怒り狂って辞めっていったからね。それと口封じ。 颯太: これを読んでいて、リアル過ぎて、他人事でも恐ろしいし、憂鬱さ。 ポンコチ: この流れからして、私が自殺かベストになるじゃないですか。 でも言っておくけど、楽になるのは分かっているがね、自殺はしないよ。 ポン督: それと、PI PI。 政府筋からすると… もっと延焼した方がね。 とにかく、この国は程度の低いポピリズムが過度に浸透しているしね。 ポンコチ: でも、叩けば幾らでも埃が出てくるじゃないですか、貴方からは。 ポン督: … …
・・・・・・ 5184,世間の捨て方 ー 2015年05月25日(月) 『世間の捨て方』ひろさちや著 常日頃から〈『世間』という妄想と、その害毒〉について何度も論じて きた。それを、この前書きで、そのまま、理路整然と書いてあった。 20歳で、創業的人生を選択した時から、悪くいえば「自己中心」の生き方に 徹してきた。大部分の人が、何か得体の知れない模範的良い人を求め、他人の 視線を気にして日常を過ごしていた。そんなものは、転勤か、転職をすれば、 何とことはなく過ぎ去っていく事象でしかない。そして、人生の最終になり、 その妄想に気づいて慌てふためく。いや、気づきもしない人が大部分だろう。 そして、やらなかった後悔、出来なかった後悔に涙する。 以前、取上げた、 ある担任の先生が私に吐露をした、「自分には人生が無かった!両親とも教員で、 自分も教員を半ば強制的に歩んできた。定年になった現在も、90歳になっても 健在だが、何事も無い人生ほど詰まらないものはない!」と、かなり強い 初老性鬱病の前段階。一番身近な親たる「世間」の犠牲者である。 〜まえがき〜より ≪ 「俺はどんな女も口説き落とせる」と豪語する男がいました。ところが 彼は、ある女性から肘鉄を食らった。「きみも失敗することがあるんだね」 と言う友人に、彼はこう言いました。「なあに、あれは女じゃなかった」 こういう人を世間では「自己中心」と呼ぶようです。 では、「自己中心」の反対は何でしょうか? わたしは、それは「世間中心」 だと思います。普段、わたしたちは「世間中心」で生きています。 無意識のうちに世間を気にしているのです。世間に気兼ねをしています。 子どものころから、わたしたちは、 「そんなことをすると、世間の人から笑われますよ」と・・ 「世間の人から褒められる人間になりなさい」「立派な人になりなさい」と 教えられてきた。つまり、世間の「期待」に応えることが求められていたのです。 しんどい生き方ですね。よく考えてみてください。世間の「期待」に応えると いっても、その「期待」が何なのか、あなたに分かっていますか? 企業が「期待」する模範社員は、おとなしくて、あまり自分の意見を言わず、 仲間と協調する人間でしょうか? それとも、独断専行的ではあるが、行動力 のある人間でしょうか? 場合によって違っています。とすると、あなたが 企業の「期待」に応えるためには、場合に応じて自分を変えねばなりません。 どう変えればよいのかさっぱり分からないままに、ともかく自分を相手に 合わさねばならないのです。 疲れますよ。そんなことをしていると、 人間失格になってしまいます。だから、世間を捨ててしまいましょう。 世間の「期待」なんかに応えなくていいのです。 だいたい優等生というのは、相手の「期待」に応えようとして、うじうじ 悩んでいる人間です。いままでの時代は、そんな人間がある程度幅を利かせて いたかもしれません。でも、これからの時代、世の中がどう変わるか、誰も 予測できません。とすると、優等生的生き方をしていてはだめなんです。 「世間中心」ではなしに、もっと大胆不敵に「自己中心」でいきましょう。 たとえば、学校の試験において、かりにあなたが不合格点をつけられたら、 「あんな問題を出すなんて、教師がまちがっている」と言えるぐらいの人間が いちばんいいのです。あなたが働きやすい場所でなければ、それは会社が悪い のです。会社の管理職は、あなたがもっと働きやすい組織形態に会社を変える 必要があります。そう思えるようになるのが「自己中心」の生き方です。 本当にお先真っ暗な時代です。こんな時代を生きるには、世間に気兼ね していてはだめですよ。だって、世間のほうがどうしてよいか分からず、 われわれに気兼ねしているのです。わたしは、いまの時代をそのように 読んでいます。本書において、わたしは自己流の時代の読み方に従って、 われわれの今後の生き方を考えてみました。これまで誰も言わなかった ことですから、きっとあなたの生き方の指針になると思います。・・ ≫ ▼ 母親が亡くなった財産分与の話合いの時に、姉四人が、私に 『何で特別に、アナタだけが、学生時代から、何ごとも自由に許されて、 したい放題。私たちは両親の監視下で、何にも出来なかった。あまりに 理不尽過ぎる。特に父親は厳しすぎた。しかし、あなたに甘い』と、 あたかも、私が父親であるかのような怒りをぶつけていた。厳しかった 父の姿を見てきたこともあり、両親を含めた「世間様」とは、心の奥で 一線を隔した内省的な性格になっていた。 で、このザマだが、自由に? 生きられた充実感は、何ものにも勝る。今日は、「ひろさちや」の過去分 の読書日記を、以下にコピーした。 改めて読んでも、納得する内容。 ―― 2007/02/15 2144, 「狂い」のすすめ −1 (~Q~;) おはよう〜〜ファ〜 サム! 閑吟抄の中の、「ちろリ ちろり ちんちろり ・・・一期は夢 ただ狂え」 を切り口に、世間に縛られないで 自由に生きなさい!と論じている。 まさに何時も、ここで書いていることである。 私にとって、今ひとつ物足りないところがあるが、団塊の世代の マニュアル人間が定年を迎えようとしている現在、丁度良い内容である。 人生に意味など無い、生まれ、飯を喰って、くそをして、死ぬだけだ。 あるのは「いま ここ」だけ! ーまずは、その概要からー ー読書日記 著者:ひろさちや :集英社 世間や常識の奴隷になるよりも「ただ狂え」。 狂者の自覚を持つことで見えてくることとは…。 人生に意味を求めず、現在の自分をしっかりと肯定し、 自分を楽しく生きようと呼びかける。 ー表紙裏の内容紹介ー 今の世の中、狂っていると思うことはありませんか。 世間の常識を信用したばかりに悔しい思いをすることもあるでしょう。 そうです、今は社会のほうがちょっとおかしいのです。 当代きっての仏教思想家である著者は、だからこそ「ただ狂え」、 狂者の自覚をもって生きなさい、と言います。 そうすれば、かえってまともになれるからです。 人生に意味を求めず、現在の自分をしっかりと肯定し、自分を楽しく 生きましょう。「狂い」と「遊び」、今を生きていくうえで必要な術は ここにあるのです。 −面白そうな所を何箇所か抜粋してみた- *『人生に意味なんてありません。「生き甲斐」なんてペテンです。』 *「日本人は人生を知りません。人間らしく生きることができず、 エコノミック・アニマル、すなわち畜生の生き方をしています。 日本人は狂っているのです。」 *「上等の靴を履いてぶくぶく太った日本の子どもと、 裸足でやせたインドの子どもと、どっちがまともなんでしょうか!? そして、どちらが幸せでしょうか!? わたしたちの『常識』『物差し』は狂っていませんか!?」 *「ともあれ、遊牧民族は、敵と味方をはっきり分けて考えることができます。 だから楽なんです。ところがわれわれ農耕民族の末裔である日本人は、敵か 味方かわからない世間を相手にせねばなりません。それがしんどいのです。」 *「浄土経典である『大無量寿経』においては、 《人、世間の愛欲の中に在りて、独り生れ、独り死し、独り去り、独り来る》 と言われています。この「独生・独死・独去・独来」が人間の本質なんです。」 *『わたしたちは、人間を商品価値、機能価値で測ってはいけません。 機能価値は相対的に変化します。 勤勉な人間の方が怠け者より機能価値が高いようにおもわれますが、 その機能価値は他者との縁によって一時的に付加されているものであって 絶対的なものではありません。 従って、人間の価値は、「存在価値」で論じられるべきであって、 その存在価値を測る物差しは、「仏の物差し」「神の物差し」 でなければなりません。それは目盛のない物差し「測らない物差し」 なのです。』 = 要約をすると= ー大多数である弱者が世間(=強者)の奴隷とならないためには、 世間(強者)が『常識』としている(それはしばしば強者の都合で変わる) ことがらを信用しないことである。 だがまともに闘おうとしても勝てっこないので、むしろ世間(強者)から 『狂っている』とみなされるようにすれば、世間(強者)も遠慮してくれるで あろう(いつ噛み付かれるか恐れるからだ)。 今の世間(強者)の方が狂っているのだから、その常識の中で 『狂っている』ということは逆にまともといえる。ーということだ。 少し強者でなければ実際は難しいがね! −今回はこの本の大筋の面白そうなところを書いたが、 次回は、狂ってみせる対象の世間様からのアップスケールについて、 主観を込めて書いてみる。世間はバカが多いからね! なら、もっとバカになっていればよいだけじゃないかい? そのままがバカだから、バカになることもないか! つづく ¥(*^_^*)\ バイバイ ――― 2006/02/02 1766, こころの羅針盤(コンパス) −1 −読書日記 三十篇の文章を、どれを読んでも深い心の世界に引き込まれる。 「私たちは羅針盤の針にしたがって航海しているわけではない。 行くべき場所へむかうために羅針盤を用いるだけだ。」 という言葉一つ捉えても、ハッとする内容が次から次へと出てくる。 その幾つかを抜粋してみる。 (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが? まずは、 「こころの震えを感じるとき」 ─まえがきに代えて─ 五木寛之 「人生いろいろ」という歌があったが、こころ模様もいろいろである。 「こころの羅針盤」というタイトルヘの感想もまた、各人各様だろう。 「こころ」という言い方がなあ、と苦笑する人もいるだろうし、 「こころ」に羅針盤なんていらねえよ、と、そっぽを向く人もいるにちがいない。 しかし、本のタイトルなど、本当はどうでもいい事なのだ。 「題名いろいろ」と、歌いとばしてもらっても一向にかまわない。 とりあえずここにギュウギュウづめになっている三十篇の文章を、 どこからでもいい、パッとぺージを開いたところから読みはじめてごらんなさい。
「人間いろいろ」「文章もいろいろ」、こんなに各人各様でいいのかしら、と、 あっけにとられる位に個性的な書き手のオンパレードである。 声に出して笑ったり、ため息をついたり、なるほどなあとうなづいたりと、 私自身、人生を三十回生きたような感じがした。 才気あり、含蓄あり、厭味あり、教養あり、風格ありと、 活字を読む楽しみこの一冊につきると言えば、 いささか香具師の口上めいてくる。 羅針盤の針は必ずしも一点を指すわけではない。 実際に磁石を使ってトレッキングしたかたなら経験がおありだろう。 震える針は揺れ動きながらも、最後は落ち着くところに収まる。 この三十篇の文章は、右へ左へと跳びはねながら、 最後は或る一点に読む人を導く。 それは「こころ」という実体など、じつはどこにもない、 という乾いた真実である。 私たちが「こころ」と信じているものは、存在する人間の影にすぎない。 ひとりひとりの性格や体型が異なるように、 その影も異なったかたちをしている。 私たちは羅針盤の針にしたがって航海しているわけではない。 行くべき場所へむかうために羅針盤を用いるだけだ。 ここに集められた文章のすべてに、その確かな意志がひそんでいる。
そのことが感じられたとき、震える私たちの「こころ」は、 それぞれの一点にむけて収斂するにちがいない。 ここにあるのは、そのような力を秘めた見事な文章ばかりなのである。 ー評ー 作家は、どうしてこのような上手い文章を書けるのか、 その博識に驚かされ、ただ感じ入るだけだ! つづく ―――― 2015/02/15 真の友人 ー楽しく生きる一日一話 〜 * 真の友人 【本日「いいかげん」日和 】ひろさちや (著)
|
|
|
|
2018年05月24日(木)
* 日大にとって最悪の会見
「何でまあ、こんな酷い会見になってしまったの? 誰かインテリジェンス (地頭)のある人が存在しないの?」と、21時と、23時過ぎのニュースを、 寝ぼけ眼で見た感想である。 ・ビデオ撮影の録画がネットで炎上してしまったこと ・選手が違法タックル直後、ことの重大さを察知、それを周辺に知らしめ ・早々に自分の姿を晒し、記者クラブで単独会見をして暴露したこと などなど先手先手を打ったことで、日大の対応が遅れてしまった。 まさか、名門のアメフト部の存続の危機まで、そして日大の学生やOB全体 だけでなく、スポーツ界全体、国民全体から怒りを買うとは… その上に、このシドロモドロの会見ときた。 今朝のネットニュースから ―― 《 23日放送のテレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」で、 宮川選手の親友でかつて日大アメフト部に在籍していた同級生を取材。 試合前日には井上コーチを通じ、内田前監督から「相手のQBを1プレー目で 潰せば(試合に)出してやる」と伝えられたと説明。「潰せ」は「けがをさせろ という意味」で捉えたとした。これに 日大は22日、会見後にファクスで コメントを発表。「QBを潰せ」という言葉があったことは事実と認めたが、 内田正人前監督(62)の指示との見解は否定した。 こうした状況に同級生の男性は「日大アメフト部は、そんな生やさしい教え方 はしなくて。壊せって言ったら、完全にケガをさせろっていう。一時期、高校 3年生の時に相手の体の壊し方を教わったことがあった」と明かした。 番組は一方で現役コーチも取材し「感じ取り方だと思うんですよ。 指示があったかなかったと言われたら、ないです」と断言していた。》 ―― 《 日大は大学アメフト界において強豪であり、「異質」な存在だった。 各大学は昨年から安全対策に積極的に取り組み、医療機関との連携や練習方法 などを定期的に話し合う「監督会」を定期的に開いてきた。だが、その「監督会」 に内田前監督は一度も現れたことはなく、コーチが代理出席してきた。 日大幹部が「日大には日大のやり方がある」と一部大学に対し、あからさまな 不快感を示していたのも事実だ。 昨年、現場復帰した内田前監督は深夜に及ぶ猛練習を選手に課し、精神的にも 肉体的にも追い込んだ。20人以上の退部者を出しても、昨年の甲子園ボウルで 優勝したことで「勝利至上主義」に一層の拍車がかかった。 日大は2019年に創立130周年を迎え、大学幹部からはアメフト部の連覇 を期待する声もあった。学内からの期待、それに応えようとした内田氏を含めた 指導者。ゆがんだ組織の一部が最悪の形で表面化してしまった。》 ― ▼ 颯太: 鉄砲玉の選手とコーチと監督の3人とも気の毒だね。 でも、あの会見はないよ。只管、我が保身しかないのが… ポン太: 俺の名前がポン太だろう。ポン大とは、何か嫌な気分だね。 何でまた、最悪の司会と、監督と、コーチの言訳。 颯太: これではコーチが自殺に追い込まれるよ。確か自殺予防協会?とかが コンタクトをとった方がよいよ。監督もああ見えて、内心は大揺れさ。 恰好をつければ、裁判で不利になるしさ。それでも恰好はつけないとさ! ポン督(監督): ここまで、追込まないと優勝できなかったが、予測外が 重なってしまってね。とにかく自前の病院に雲隠れで、座禅でも組むさ。 ボンコチ(コーチ): 尻尾の鉄砲玉が、私に回ったが、後は一切を背負って 自殺がある。本当に死にたいよ。でも、ポン監の下での私の役割を果たし、 良い思いをしたのだから…この風雪に耐えるしか方法がないか。 鉄砲玉(選手): あの記者会見、拙かったと思っていたが、司会と二人の やり取りをみて、会見がベストと確信しました。でも死にたい!死にたい! ポン督: 初めて知ったが、俺って、こんなにダラシない男なの。 ポン太: 俺、元もとダラシないから、この辺のことは分かる。 颯太: 御前が言うと、いやに説得力があるな。ところで、一年後に日大の アメフト部って存続しているだろうか。昨日の記者会見前なら5分5分だが、 これで、廃部の確率が7〜8割に上がったね。 ポンコチ: そういえば、このブログに自殺の仕方とかいうテーマが? 颯太: あんたの役割は、自分とポン督を有罪にし、入牢して、アメフト部 を守ること。 そう覚悟をして一つずつ、判断していくことさ。 ポン太: この二人に、そんな覚悟も頭もないさ。ボン大の常務理事だもの。 で、この事件が起こったのは安倍疑惑の真っだ中。何かしら末恐ろしくなる。 炎上に何かしらの力が働いたのでは? さらに 5年前の文章も、脈絡として続く。
―――― 5913, 「純粋な悪」を、日本にみる 2017年05月24日(水) * 「純粋な悪」を、日本にみる 書くのが、少し気が重いが。 三本の矢で、経済を元のような成長経済に 戻しましょうというアベノミクス。人口減が本格化を始めた日本に経済成長 など無理の話。女性の経済学者が、<萎んだ気球を再び膨らませるのではなく、 その横に気球をつけて引っ張り上げようとする馬鹿な試み>と切り捨てて いる。高度成長期に育った世代の元首相二人が、現首相と副首相ともなれば、 当然の政策だが、現在の日本の財政は重大な岐路に立っている。 国家収入の二倍の国家予算のどこが悪いかと、開き直っている。 そう遠くない近未来に、そのツケが回ってくるが、その日までは大丈夫と 大盤振る舞い。日本憲法も、アメリカに押し付けれたまま、改憲もしないで、 ここまできた。与えられた民主主義の甘さを抱え、ひたすら護憲を唱え、 戦争反対と、平和を唱えているうちに、海を隔てた隣国の北朝鮮が、東京 まで射程の核弾頭ミサイルを持ち、それで恐喝をしだした。「純粋な悪」の 妄想ほど始末が悪いことが、これだけで分かるはず。 もう一つ、日本経済の成長を誘導してきた、中間層が痛んできた。 右上りの高度成長期には、その存在が有効に働いたが、今では、ネット、 パソコン機器の進化で、中間層の役割が大きく変わってしまった。 純粋悪の対象が、様変わりをしたのである。知識、情報が最優先され、 現実社会を逆支配してしまった。世界と同じくして、日本にもカオスが 覆うようになってきた。都会にエネルギーが集中、地方は今や虫の息状態。 結局、大きな痛みを伴っても普通の国に戻ればよい。
・・・・・・ 4451, しまった! ー1 2013年05月24日(金) ーしまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著) 人間の認識の甘さは今さらいうまでもない。カントのコペルニクス的転換、 「人の認識は対象に従うのではなく、認識が対象を決める」。それを知識として 知らないため、思い込みに縛られ、人は多くの失敗を重ねてきた。 更に失敗から学ぼうとしないから始末が悪い。その上、失敗に対して 意識的にも無意識的にも話を作りかえる。 まずはー内容紹介ーより人間はなぜ、まちがうのか」というテーマについて、 面白くてネタになるトピックを「これでもか」というぐらい集めて分析した本。 たとえば・・・・・・ ★ レントゲン技師は、画像に写っていた悪性腫瘍の9割を見落とす? ★ トップレスダンサーの収入は、彼女の月経サイクルに左右されている? ★ 黒いユニフォームのチームは、ペナルティーをとられる可能性が高くなる? ★ 人間は、誤りを犯しそうなときは、むしろ「行動を起こさない」 という誤りを犯すほうを選ぶ? ★「セックスした相手の数」を、男は女の四倍も多めに答えたがる? ★ 医師の八四%は、同業者がメーカーからの贈与に影響されていると考える。 だが、自分が影響されていると考える医師はわずか一六%しかいない。 ★ 人はなんらかの形で自分が不正をしていないことを証明すると、 その後の作業でもっと不正をしやすくなる。 ★ 映画を「あとで見る」人は高尚な作品を、「いま見たい」人は 大衆的な作品を選ぶ。 ★ キャッシュローンを勧める通知書に女性の写真を載せるだけで、 利率を五ポイント下げたのと同じ効果が期待できる。 ★ 予備選名簿の一番目に載った候補者は、得票に三ポイント上乗せできる。 ★ 投資家は、金曜日の経済記事には月曜日の記事ほど注意を向けない。 ★ 人間は、印象の操作など特定の目的のためには平気で話をつくり変える。 ★ 無意識につくり変えた話でも、二度三度と繰り返すうちに、 いつしか「記憶」そのものになってしまうことがある。 ★ 一般的に、男は自分を持ち上げるために、女は他人を持ち上げるために 嘘をつくことが多い。 ★ 社会的地位や学歴、収入は、全体の幸福度にわずか三%しか占めていない。 ★ 人を単純作業に従事させるためには、お金の力がものを言う。 だが、たいていの行動では、人間は総じて金銭的動機には左右されない。 (ゆえに、行動経済学はあまり役に立たない?)など、興味深い話がてんこ盛り。 ▼ 人は思うほど完全な存在でないが、しかし周囲は人が完全であるかのような 前提で動いている。私が学生時代のゼミで多くのことを学んだ中の一つに 「会社組織は完全な存在でなく、個人の将来まで考えてくれない。 独自で学び続けなければ知識や能力は得ることが出来ない」ということ。 キャリアは自身でつくり上げるもので、与えられるものでない。実際のところ、 成功の背後には失敗の累積がある。問題は致命的な失敗をしないこと。 そして、失敗から学び取ること。人生を振り返って、今になって真の失敗は 何だったか気づくことが、あまりに多い。 ・・・・・・ 4077, 哲学で自分をつくる ー4 (ソクラテス) 2012年05月24日(木) 「哲学で自分をつくるー 19人の哲学者の方法 」瀧本 往人(著) * 魂に磨きをかける 第一章 しったかぶりはもうたくさん 〜ソクラテス ー� ≪ 死刑を宣言された際、つまり自分の死に対し、「死を恐れることは、 死のことがよく分かってないのに分かった気になる」に等しいと、ソクラテス は考えた。死について何も分かってないのに「死を恐れる」などということは 愚かしい、誰も死を知っている者はいないのに、なぜ恐れるのかと問いを発する。 命がけで期待された弁明の機会もアテネ市民の将来を憂いる。そして死刑判決を 受ける。 ・・無知をハッキリさせることは「汝自身を知れ」に通じる。 自分が何も知らないことを自覚し、より一層真理を追究する態度は、単に、 汝自身を「知る」ことでなく、魂の鍛錬という「実践」であり、自分がよく 生きるための問いである。魂を磨くことは、ただ漠然と、自問自答するので はなく、他者にかかわる中で、他者に問いかける中で磨かれるものである。 ソクラテスが探そうとしたのは「真理」であって、ソクラテスらしさでない。 探し出すには、相当の鍛錬、実践が必要とされた。自分の魂を磨くには、 命をかけて真理を追究しなくてはならない。他者が嫌がることでも、問いかけ を行わなければならない。この対話、営みは「パレーシア」(真実を語ること) と呼ばれている。彼の対話術は、自らの主張を他者に受け入れてもらうための 技術ではなく、「相手に問いかけること」そして相手の主張を「聞くこと」 に主眼があった。そもそもこの「無知の知」の重要性は、この「聞くこと」 のための手法にあった。何かを知っているから語るのではなく、何も知らない から、分かってないからこそ、相手から引き出そうとする。 パレーシアの原点は、そこにある。それゆえ、その原点は、密接な一対一の 関係が必要である。この対話は、自分が主役として振舞うのでなく、相手の話を 引き出すように行われる。それゆえ相手はソクラテスに導かれながら自分に ついて語ることになる。重要なのは、自分が語ることができる「ロゴス」(論法 と言葉)が、自分の生き方と確固たるつながりがあることなのである・・ ≫ ▼「吟味されることのない人生など生きるに値しない」というソクラテスの 言葉が好きである。要は、味わい尽くしてこそ人生である。対話は他者だけ でない、自分の経験に対してもおこなうべきである。そのため老後という期間が 人生に与えられている。老後を如何に過ごすか?と問われれば、「それまでの 人生に対しての自己問答を通して、魂に磨きをかけること」が答えになる。 それは死を間近にした真剣勝負である。だから面白いのである。 魂に磨きをかけるとは、そう甘いものではない。 ・・・・・・ 5548,閑話小題 〜都知事の変節 2016年05月24日(火) * 都知事の変節 都知事、公私混同で窮地にたっているが、知事以前の過去分を含めて、 ここまで表だってしまい延命が可能かどうかの瀬戸際まできたようだ。 バラエティーで、司会が、「たけし」に、<都知事になりませんか>と、 ふると、<俺がなったら、汚職のやり放題> と、両手で懐に向けて放り 込む身振りのジョークが真に迫っていた。 やり直しをしても、たけしの 弟子の、元宮崎県知事が出てきて、間違えなったりするよりマシだが。 石原慎太郎にしろ、猪瀬にしろ、都知事の絶大な権力は、我身の分際を見失う 力があるようだ。 * 思いのままに 大相撲も終わって、今週末から、伊勢志摩サミットが始まる。 オバマ大統領の送別会的サミットだが、オバマを二期させたのが間違い だと悟ったアメリカ国民は、トランプを、大統領に選ぶ可能性がある。 <世界は既に「大恐慌」と、「欧米のキリスト教と、ISなどイスラムとの 宗教戦争」に既に入ってしまった> と仮説をたてると、アメリカは、 強硬派のトランプを選択、という流れが起きる可能性がある。 アジアは、<天気晴朗なれど、波高し!> だが。 * 何かお店が大変みたい! 家内が言うに、「スーパーとか、ショッピングセンターで、日々、 不況が深刻なっているのを感じる!」という。 今朝の、朝刊の地元版に、 新潟に本社を置く「ウオロク」の社長が心筋梗塞で急死、との記事があった。 長岡の「原信」と一騎討ちだが、規模、システムから見て、「ウオロク」は、 不利に見えていた。 その中での急死、正しく戦死になる。 リタイア前から、年金暮らしになると、経済の動きに対して疎くなると、 聞いていた。そして、その立場になって、まる5年になるが、まさに、そう。 気楽で良いが、週に一度、酒と肴をスーパーで買う以外に、世間との接触が 無い上に、他の買物はネット上で済ませてしまう。 老兵は、静かに、 ひっそり生きるべし! ということか。 それも慣れれば、それでよい。 ・・・・・・ 5183,TPPを考えるに 2015年05月24日(日) 『読書脳』立花隆著 * TPPは、アメリカが世界の富を吸い上げる戦略の要! ここで、反対の立場からのTPP入門書を紹介している。 「TPPこそ、アメリカ主導の、アメリカンルールで囲いこんだ地域経済を 太平洋周辺に作らんとする、ブロック経済そのものの発想。」と談じている。 日本国家として、それを分かっていても、中国との地政学上、その枠外に 出ることは不可能。その上に、現政権は、保守本流で、アメリカのポチなら・・ 日本は70年前にアメリカに敗戦、現在に至るまで、軍事、経済と間接支配を されており、そのブロックからの脱出は不可能! =アマゾンの紹介より ≪ 世の中、TPPへの参加をめぐって賛否両論がわきたっているが、もうひとつ 議論の焦点がよくわからんと思っている人への、最良の入門書が、E・トッド 他十一人の著者による論集『自由貿易という幻想』。 これは賛否両論を要領 よくまとめたどっちつかずの入門書ではなく、「反対」の立場から、なぜ反対 すべきかを、多くの論者がさまざまの論拠から明らかにした党派性ある入門書。 非常に説得力がある。TPP参加を「第三の開国」と唱える人々は、自由貿易を アプリオリに善とし、保護貿易をアプリオリに悪とする考えにとらわれ、 保護貿易は世界経済をブロック経済化し、世界恐慌に通じる道だとするようだが それは正しくない。TPPこそ、アメリカ主導の、アメリカンルールで囲いこんだ 地域経済を太平洋周辺に作らんとする、ブロック経済そのものの発想。 その目的は、双児の赤字に悩みつづけ、ドル価値を落してきたアメリカが、 その囲い込みをテコに再浮上をはかろうとすることにある。 年の大統領一般教書演説で明らかにされたように、「アメリカは、2014年 までに輸出を二倍にし、もって自国の雇用を増やすという戦略」を持つ。 「そのための戦術は、第1に為替の誘導であり、第二に非関税障壁の破壊である。 いずれも、八○年代のプラザ合意や日米構造協議以来、アメリカの伝統的な 経済戦術」。考えてみれば、ドルと金の交換停止(ニクソン・ショック)は、 「史上最大のアメリカによる債務不履行宣言」といってよい。 その後、世界の通貨制度は、「ドル"準金本位制からドル基軸.変動相場制 に移行した」が、それは、金の裏付けを失ったドルを、「超大国アメリカの 軍事力と消費市場の巨大さを背景に流通させる」というシステム。それに よって「アメリカは一種の中央銀行としてドルの発行で特権的な利益を享受し、 貿易赤字を気にする必要がなくなったばかりか世界経済を通貨と金融の面で 自由に操作」できるようになった。その後のアメリカは、実体経済の弱さを 「自国に残された唯一最強の商品であるドルを駆使して打開しようとする国」 になってしまった。その結果招かれたものは、「世界経済の金融化」と、金融 資本を国家の壁を越えてスムースに動かすことを可能にする「グローバリ ゼーション」。その果てに出てきたTPPの推進は、「吸血鬼よろしく、アメリカ ができる限り世界の富を吸上げて瀕死のドルに輸血するための策」と見てよい≫ ▼ 欧州経済共同体(EEC)をなぞった「太平洋経済共同構想」の通貨統一を 除いた経済圏なら、日本の農林業や、金融業は、更にアメリカ支配が強まる。 特に、日本の金融資産は骨の髄まで毟り取られることになる。 韓国の現状が近未来の日本である。国民の7割が国外移住希望という国に!
|
|
|
|
2018年05月23日(水)
* こうなれば、廃部ですか! 〜産経のネット記事より ≪・アメリカンフットボールの定期戦で日大選手の悪質な反則行為で関学大選手 が負傷した問題は、反則を犯した日大の宮川泰介選手が22日に開いた会見で、 内田正人前監督ら指導陣の執拗な指示があったことを浮き彫りにした。 「真実を明らかにしたい」と臨んだ会見で示された経緯は、日大側が指示を 否定してきた見解と明らかに食い違う。指導陣がルールを逸脱した負傷行為を 指示したのであればスポーツへの冒冒涜(ぼうとく)で、部の存続そのものも 危機に直面する事態だ。 ・宮川選手は会見で19日に辞任した内田前監督は試合後、反則行為について 「俺がやらせたんだと言え」と語ったと主張。関学大への質問で日大が説明した 「監督の指導と選手の受け取り方に乖離が起きたため」との内容とはかけ離れる。 宮川選手の父が「監督、コーチの指示」の公表を求めた際にも、拒絶された ことを明かした。 ・監督、コーチが反則を指示し、警察に被害届が出される事態は極めて異例だ。 大学スポーツ界では、過去に名門の運動部であっても不祥事によって廃部に 追い込まれたケースがある。大学日本一に10度輝き、メキシコ五輪バンタム級 銅メダリストの故森岡栄治氏や元プロボクサーでタレントの赤井英和さんを 輩出した近畿大ボクシング部は平成21年、部員2人が起こした強盗致傷事件 で廃部(24年に活動再開)した。 ・宮川選手は会見で「チームや指導に対して言える立場にはない。同じことが 起きないことを願う」と言葉を選んだ。 ただ、日大の現役部員からは 「監督だけでなく、コーチも総退陣しないと、チームは立ち直れない」との 不満の声が漏れる。選手らの悲痛な叫びに耳を傾けなければ、大学日本一 21回の名門に未来はない。(田中充)≫ ― ▼ 熊: 八つぁんよ、昨日、言っていた一年間の試合中止で済まされず、 廃部っていうじゃないか。そういわれれば、それが妥当かもね。 寅: マンモス大学のNO・2が、これじゃ、当然かもしれないね。 大家: あの記者会見には日大当事者も、監督も驚いただろうね。 2〜3年、刑務所に入って、頭を冷やすことだね。当然、本人もだが。 寅: 問題の録画が無ければ、有耶無耶に終わったのだろうが。それにしても、 酷いものだね。サッカーなど、日常茶飯だろうがね。ラグビーでスクラム 組んで押合いするだろう。その時、顔をさ… まあ、書かない方がいい。 八: 考えてみれば大問題だね。いくらポン大とはいっても、最高学府の スポーツ競技で、大学のNO2が、あれは酷い話だね。実行犯の話の脈絡から して、最初から鉄砲玉としてコーチと監督が、この物語の筋書きがあった と思うのは私だけでないはず。 大家: 東京オリンピックを前に、神様が与えた教訓ですよ。金さえとれば、 その前に、参加さえできればと… 異様な空気が既にあるからね。 寅: 日大の対応の遅さと、曖昧さが、炎を拡大させてしまったね。 八: NO・2というから、トップが躊躇するのは分かるが、グループの解体も 考えられるよ。他の問題を、これをキッカケで現れ出て来るよ。 熊: 日大相撲部といえば名門だが、黒い噂が… これとは関係ないがね。 寅: でも、実行犯が自ら記者会見とは前代未聞。ここまで明らかにされると 言逃れは出来やしないよ。でも、鉄砲玉自らが記者会見で告白とは、 まさに劇場型エンターテナーの世界だね。としても、これはグローバルでも 大受けするね。街頭のインタビューで、たまたまアメリカから帰国していた アメフトファンの人が「こんな話、前代未聞!」と言っていたけど。 大家; 一つの現象の背景の30の、その30後ろも300の問題があるというがね。 八: 政治的にみて、安倍ちゃんは、シメシメと… 「事実は小説より奇なり」 というが… 私も、あのインタビューの評価が良かったか悪かったか? 熊: どうだろう? 俺様的には賛成! 寅: 俺は、反対だね。自爆テロだろう。心情的には大賛成だがね。 八: 私も賛成。 タイミングが、今しかないし、そりゃ、何が起きるか? この日本も危いのが多いしね。ああでもしないと、事故とか、自殺の体裁で? 大家: オリンピックに向けた戒めと考えても、死なば諸共はいけません! 熊: 何で、俺よりバカなこんな人が、日大のNO・2なの? 寅: 何なればこそ、ここのトップになれたの… 。そうだろう! 大家: そこまで言っちゃあ、おしまいさ。 八: 嫌だね、皆んなホワイトナイト気取りで「ブラックナイト裁判」とはね。 ・・・・・・ 4817,いま、一人前の条件 2014年05月23日(金) 朝日新聞の(耕論)「いま、一人前の条件」=規範ない、寅さんのつらさ」 ノンフィクション作家・高野秀行が面白い。 私が一人前として自立できたと 感じたのは27歳の時。父が亡くなり、最初の事業を千葉で立上げと同時に結婚。 その時、石油ショックが起きて、ただ無我夢中の日々だった。両足に鉄の下駄 を履き(結婚生活)、背中には創業という重い荷物を担ぎ、よろよろと坂道を 登っているような日々だったが、これが私の独り立ちであった。 以下の内容は、世界における「一人前の条件」だが、やはり結婚が大きな 目安のようだ。 ーその全文をコピーするー 《 早大の探検部以来、外国人が入らないような辺境も含め、世界60カ国 以上を旅してきました。その経験を踏まえて言えば、 ・先進国以外の大部分の地域では、結婚しているかどうかが「一人前」の 一つの大きな基準。20歳過ぎても独身だと、 何か特別な理由、特殊な 事情があると思われます。正確には子供が生まれて完全に一人前という 感じでしょうか。 ・かって半年ほど住み込んでいたミャンマーの少数民族の村では、子供が できて初めてその人の土地がその人の名を冠した「○○の畑」と呼ばれて いました。一人前になることは、財産を含めて地域社会から認知を受ける という意味でもあります。 ・長年、無政府状態が続いたソマリアの取材を続けていますが、ここでは 「大人」という言葉に、成人という意味に加え、「偉い人」「長老」という 意味があります。長老はだいたい50歳以上、10人の集団に2、3人の割。 人望や財力、教養があり、何か問題が起きた時に「あの人に相談しないわけ にはいかない」というような存在です。氏族内のトラブルや他の氏族との 争いでは、交渉の窓口になり、決定権や責任を持ちます。前例をもとに 物事が決まる社会なので、年を重ねることは知識と経験をもつ貴重な データベースということになり、尊敬されます。私はいま47歳ですが、 日本も私が子供の頃はアフリカやアジアの発展途上国のように、結婚して 家庭をもって初めて一人前扱いされるという感覚が一般的だったと思います。 ・最近は日本を含めた先進国で、年寄りの経験値の意味が薄れてきています。 情報技術を駆使できる若い世代が圧倒的に知識量が多い。従って社会的に 年寄りが尊敬されることもなければ、年をとるメリットも感じられなく なります。何歳から何をすべきだ、この世代はこうあるべきだという 決めつけがなくなり、多様なライフスタイルが認められるがゆえに、単純に 一人前とはこういう人といえなくなっています。例えていうなら、今の日本 は山田洋次監督の映画「男はつらいよ」シリーズで、社会規範にとらわれず、 気ままに旅を続ける「フーテンの寅さん」が急増している社会です。 寅さんが増えると少子高齢化がさらに進み、社会が回っていかない。 同時に本人もつらい。規範がない社会では自分でそれを作らなければ ならないからです。特に日本人は自分で自分の価値観を作ることが苦手。 でもいったん自由になると、なかなか過去の価値観には戻れません。 「一人前とはこうだ」というモデルを強要しない社会は、 「自由はつらいよ」ともいえるんじゃないでしょうか。 * 高野秀行 66年生まれ。早大探検部時代にコンゴを探検し 「幻獣ムベンベを追え」 でデビュー。》 ▼ 私の人間としての一人前は、三年前の節目時。「なるほど、自立する とはこういうことか!」という感覚。 家庭持った時点の自立は社会の中の 承認だが、リタイアー後の自立は、社会の束縛?からの、自立になる。(>'A`)> いや、超越の方が正しい。真の孤独を味わうべき時に、自立できないで アタフタしている姿がイジマシイ :((゙゚'ω゚')):
・・・・・・ 4450, 「死ぬのが怖い」とはどういうことか ー10 2013年05月23日(木) ー「死ぬのが怖い」とはどういうことかー前野 隆司著 人生の大問題は死期が迫り、もう先はないと悟った時の恐怖である。 脳溢血や事故で即死なら別だが、誰もが最期の最期に行き当たる大問題。 だから著者の言葉は平易だが、どれもこれも深い。死を扱っていると同時に、 如何に生きるかの問題でもある。この年齢になると誰も明日にでも突きつけ られる可能性のある。だから「死を解決する登山道」という。初めは軽い 気持ちで読んでいたが、読むほどに哲学の総論を読んでいるようになる。 ーここまで書ききれなかった印象的部分を抜粋してみるー ・切腹を辞さないほどの死の覚悟を常に持つということは、欲の超越、 自我の超越、生死という二項対立の超越だ。 ・むしろ21世紀は、世界が日本化し、日本も日本思想に戻っていく時代 なのではないかと思う。もちろん、ここでいう日本思想とは、明治に回帰 したいという現代保守主義ではない。もっと前からの日本思想の原点は、 無我・無私の心、静かな達人の心だ。 ・自己保存本能を超越し、何の因果かこの世に生まれてきたことに感謝し、 今この一瞬に集中してこの幻想としての自己の存在という奇跡を心から 祝福する気持ち。悩みや我欲を超越し、世界を愛し、自分が世界と一体で あることを喜び、それ以外に何も要らないし、もちろん手にも入らない ことを理解する境地。身体で、感性として理解する境地。 ・死本来の恐ろしさとは、無で「ある」ことでなく、なぜか いったん存在してしまったものが無に「なる」ところにある。 ・感覚ではなく心の中の何かに向けられるクオリアを、志向的クオリアという。 「死が怖い」という感じもクオリアだ。「怖さ」のぞっとした感じが心の中 からわき上がってくる。 ・人間として生まれ落ちて以来身に付けているこのいきいきとしたクオリア。 これを失いたくないということが、死にたくないということと、根本的な 意味では同義なように思われる。このかけがいのないクオリアは、あろう ことか幻想。本当はないのだ。脳の無意識の計算がやっていることなのだ。 ・知情意のクオリアは結びつけ問題を解くためにあるのか? 僕たちが 生まれる前は、もちろん知情意のクオリアなんてなかった。何もなかった。 無だ。ところが何の因果か、僕たちは、たまたま知情意のクオリアという 幻想を持った生物として生まれ落ちた。だから、生きている感じがしている。 ・僕は「意識は体験を記憶するために作り出された機能だ」と考える。 僕たちが生まれる前は、もちろん知情意のクオリアなんかなかった。 何もなかった。無だ。ところが、何の因果か、僕たちは知情意のクオリア という幻想を持った生物として生まれ落ちた。だから生きている感じが している。しかし、ほんとうは人間もロボットと同じ自動機械なのだ。 ・そもそも、自分が、自由意志や自由な知覚を持っていると思うから、 死にたくないと思うのだ。 ▼ 知情意のクオリアも、心の中の何かに向けられる志向的クオリアも、 幻想でしかない。実際にそうなんだから、「死ぬのが怖い」というのは 幻想そのもの。半世紀以上以前の中学校の頃、ひとり死を考えて、底知れぬ 恐怖を覚えていた時を考えれば、その恐怖感は、幻想でしかないことが分かる はず。間近に迫った死を覚悟した時から死ぬまでの間に、それまで生きてきた 全人生を生きる、という。その時に「これは幻想でしかない」と、思えるのか。
・・・・・・ 5182,人生相談という気晴らし! 〜 2015年05月23日(土) 『人生、しょせん気晴らし』中島義道著 * 悟りが在りや無しや? 世には、「悟り」を真面目に求める人がいるものだが、私の答えを正直に いえば、「自分が、つくづくバカを悟ること」「体裁を過剰に求めないこと」 と、「自分に対し、あまり誠実でないと自覚すること」である。それは悟り の問題というより、「自覚」の問題だが。 世界の果て(秘境)で、想像を 遥かに超えた絶景に出会った感動の瞬間が、悟りに近い? これは自分が実感するしかないが。 ≪ Q: 「悟り」の世界はただの夢なのでしょうか? 私は五十六歳の主婦です。三十年ほど前、結婚して心のバランスを崩した ことがきっかけで、精神世界に関する本を読み漁り、悟りという煩悩に支配 されない境地に憧れるようになりました。それから、さまざまな講演や参禅会に 参加したりしましたが、今でも悟りなどとはほど遠く、つい感情的になったり、 主人に嫌味を言ってしまいます。以前と何一つ変わらず、同じところを堂々廻り しているような気がします。最近はいっそ、悟りなど無いと言われたほうが 気が楽だとさえ思ったりします。本当に悟りというものはあるのでしょうか。 それとも、元々ない夢を追い求めていたに過ぎないのでしょうか。 何か手がかりをいただけると幸いです。 A: 〜自分で一生かかつて確かめてみるしかないでしょう〜 今回の相談も「いらいらする」ものですね。大体、哲学者ごときに 「悟り」が在るか無いかを聞いても、まともな答えが返ってこないことぐらい わからないのでしょうか? 同じように、神はいるのか、善悪の基準はあるか、 真理はあるのか-…、といった問いに、ハキハキ答えてしまう哲学者は、 正真正銘のニセモノです。では、哲学者はこうした問いに対して何もできない かというと、そうではない。 哲学特有の領域を指し示すことはできます。 あなたはすでにわかっているかのように「在る」とか「無い」という言葉を 使っていますが、じつはその意味は皆目わからないのだ、ということを あなたに気づかせることです。「悟り」が「在る」としても、それはコップの ように、空間のように、数字のように在るわけではない。では、「どのように」 在るのか、もしかしたら「無い」のか、と問えば、まず論理学的法則から決め られるのでないことは確かです。「悟り」は別にそれ自体として矛盾している わけではないのですから。また、物理学などの科学を持ち出して決定できる わけでもない。現代科学のすべての成果をもってしても、意識については わずかにも説明できない。「見える」ということ、私が私の手を「上げられる」 ことさえまったく説明できません。このことを話すと話が長く(千倍くらい) なりますので、いまはやめます。疑いなく、「悟り」とは意識に関すること ですから、科学者をはじめ、その体験をしたことがない人が「外から」アレコレ 詮索しても仕方ないのです。言いかえれば、あなたが本当に確かめたかったら、 実際あなた自身で確認してみるしかないでしょう。あなたがいままでどの ような修行をなさったのか知りませんが、そんなに気になるのでしたら、 自分で一生かかって確かめてみるしかないのです。しかも、最後まで わからなくて、そのまま死んでいくかもしれないのです。本当に心の底から 出た問いなら、それでもかまわないはずですし、そもそも他人から「手掛かり」 を得ることでは満足できないはずです。そうしないで、安直に答えを求めて いるあなたにとっては、悟りなんか「無い」と割り切って「気が楽」になった ほうがいいのではありませんか? ≫ ▼ 悟りとは、現象を、色即是空、空即是色と直感できたような一瞬の感覚? ネット辞書によると、《悟り(さとり)とは知らなかったことを知ること、 気がつくこと、感づくことを言い、覚りとも書く。宗教上の悟りは迷妄を去った 真理やその取得をいう。サンスクリットでは日本語の「理解」「気づき」 「通達」などの意味に相当する単語はある。》とある。悟りで、恐ろしいのが 「死期」だろう。それから死ぬまで、生きてきた分の人生を生きるというが。 ということは、「死期を悟り、それを受け入れる葛藤を通して得られる心境?
・・・・・・ 5912,『しあわせ仮説』 ー10 2017年05月23日(火) 『しあわせ仮説』ジョナサン・ハイト著 * 「純粋な悪」を、北朝鮮のドン様にみる ドン様と、それを支持している北の上層部にとっての「純粋な悪」とは、 アメリカ、韓国、日本であり、今では中国も加わりつつある。金日成、金正日、 金正恩になるにつれ、中国に対し、自ら不信感を強めて孤立を強めているようだ。 叔父、実兄、幹部を次々に粛清し、その亡霊に恐れおののいて、精神が歪んで きているのが見てとれる。一人の殺害を癒すのは、25倍の英雄的実績を必要と すると、宿敵アメリカ、日韓に対し、戦争をしかけ英雄的勝利を得るしかない。 そのため出来ることなら何でもする姿が画面に溢れ出ている。 これが 狂った小心者の心の内の中。 純粋に悪いのは、アメリカ、日韓。その思いで、 臣下の数十万、数百万の犠牲者など、大したことではない思い込み。気違いに 刃物とはこのこと。それを演じて世界を恫喝していれば、世界の皇帝並み待遇? の立場でいられる。金日成、金生日の人質は、ソウルの2000万人だったが、 核と弾道弾で今では日本の首都圏の3〜4千万人と北京の数千万。アメリカの 数千万。最後は欧州も含めた世界中の全てを破壊できる核とミサイル。 最後は、細菌兵器に至る。とすると、数百万から一千万位で済むものなら、 今のうちに!という戦略的判断が働いても何ら不思議ではない。 内部コネクションを使った内部処理が一番、効率的だが、そうはいかないので ここまできた。 成るほど、これもグローバル化の一端ということになる。 ヒトラーが、「パリは燃えているか?」が、「東京は燃えているか?」 「ニューヨークは燃えているか?」に、時代は変わってしまったのか。
|
|
|
|