堀井On-Line



6259閑話小題 〜さらば金沢

2018年05月03日(木)

『金沢・富山バスツアー』への参加した際の手記をここで書いた。また先日、
<『トランジション』ウィリアム・ブリッジズ(著)>をテーマに書いた。
金沢「いとはん」時代と、その前年の産能大時代が、私には「ニュートラル」
状態の時節。気持ちは空虚で隅に追いやられた窮鳥状態だったが、その一つ
ずつの決断は、私には人生を大きく左右することばかり。時代は大きく揺れ
ながらも、右上りの潮流が流れていた。しかし、「ニュートラル」状態は、
目先が真っ暗闇で、何も見えない真っ黒なサングラスをかけたよう。一部の
秀才?を除いた司法試験の受験生のようなもの。合格までは、タダの引籠り。

ジャスコを辞めて入った産能時代に、千葉郊外の千葉県第三セクターが造成
した5万人の新興住宅地のど真中の商業地の売出し広告を見て応募して、当選。
土地を確保し、購入条件に二年半後までに着工条件が入っていた。まだ実務
経験不足を補充するため、金沢に期限限定の見習いとして入ったが、そこは
厳しさで有名な会社。今でも、夢に出てくるほどの厳しい現実と、逆に甘い
誘惑が行き交う動乱の修羅場。西武流通グループと資本提携。先が全く見え
ない事態なればこそ仏も存在する。居場所がない状態が自ずと仏心が滲み出る
が故に、様々な邂逅も多くある。2年半と割切っても割切れない空虚感が漂う。
「枝葉を切って根を養え」の時節。創業の志は実に逞しく響くが、派手な?
学生時代を生きてきたものにとって、その段差は非常に大きい。 

もう二度と、金沢に行くこともなかろうと『金沢・富山バスツアー』に
参加した。そして、当時を思いだすにつれ、この辛さこそが、当時に、
経験しておくべきことだった。 縮んだ状態と、オデン屋で独り酒?の
味が何ともほろ苦かった… そう思うのは、物語の再構築のためか。
人生、恵まれていたとして、面白かったとしても、違った生き方もあった… 
はず。でも、気にいった人生のデザインと色彩でもある。 人生、二度無し! 
人生を振返り、物語ると、自らを癒すことになって色彩が明るくなってくる。
 
後記:以下を読返し、物語、行蔵として書き残す秘儀とはとはかくあらんと… 
 書いておかないと、忘却の彼方に… それもまたよいが。私が消え去っても、
刻印として、残るって感覚は、実存の根が、残っているようである。

――――
――――
閑話小題 〜金沢・富山バスツアー

 昨日は、数年ぶりに、観光バスツアーに参加してきた。
地元の越後交通(ゴールデンツアー)の日帰りコース。出発が長岡駅東口で、
早朝の7時20分発。地元到着が19時20分。値段が9500円(税込)。家内が長岡駅
への道すがらにある越後観光ビル内の案内所で見つけてきたツアー。 
・富山県北アルプスを背景にした『あさひ舟川・春の四重奏』の花見と、
・金沢市内の『金沢ひがし茶屋街・散策』
・『ホテル日航金沢のランチ食べ放題』のメニュー。
家内が、このコースに甚く気にいって誘ってきた。この数年、ライフワークの
秘異郷旅行に行ってないため、即座に合意し、参加した。 一つだけ誤算が、
桜の開花が一週間早くて満開の時期を逸し、半分ほど散っていたこと。それでも
、満足できる散策。その後、金沢駅前にある「ホテル日航」のランチが思いの外、
美味しかった。「ひがし茶屋街」散策を1時間ほどして、帰路についた。
金沢には、20歳半ばに一年半ほど、修行も兼ねて勤務をしたことがあった。
立場が立場だけに、気持ちがどん底だったが、ところは、「いとはん」という、
マナーに厳しいと定評のあったファッション衣料チェーン。人手不足の中、
女性専用のマンションが大うけで、若い女性が殺到していた急激な右上がりの
会社で知られていた。しかし、努めて半年もしないうちに、ドルショックが
起きて時代は一変し、売上は激減し、西武流通グループの傘下に入る激動の
最中。社長と、ナンバー3の人物の対立もあって社内は荒んでいた。
 しかし、3人に1人は、いわゆる金沢美人。仕事の半分は、様々な悩みの
相談相手と、イチャツキ。肩書が無い立場からこそ、気を許してくる。
最悪が故に、面白いことが多かった。寮内に、誰か茶道に通っている人が
居ないかと聞いたところ、寄宿していた寮の近くに、一般の家庭の主婦が
教えている茶道の家を紹介してもらい、1年程、通っていた。当然、そこに
数人、金沢美人が通っていて、週の二回、火曜日と、木曜日と、交互に通い
ながら、様々な地元美人と茶道の練習を楽しんでもいた。金沢は外モノには
優しく、仲間内にはキメ細かい暗黙の気遣いがある歴然とした階級社会。
男尊女卑が歴然と残っている男社会で、一歩も二歩も、女性が表立っても、
男をたてる世界。富山、福井、能登、飛騨高山が近くにあり、何はともあれ、
金沢に… 。当然、遊び場も、茶屋街に。芸者衆の集まる、茶屋街が、
「ひがい茶屋街」「にし茶屋街」「主計茶屋街」の三つが金沢藩の肝いりで
集められ、現在に至っている。その「にし茶屋街」に、何も知らずに店の
パンフレット配りをして、その奥深い世界を一端を見た時の驚きを忘れられ
ない。出あうのは今まで見たことのない御公家顔の美人ばかり。あれは、
芸子のスッピン顔だった、今回の散策で気づいたが、それは綺麗なはずだ。
 雑種の地方の寄り集まりの首都圏を除き、四日市、神戸、金沢、新潟市、
長岡市と仕事で、渡り歩いたが、こと美人とセンスに関しては、金沢が
一番粒揃いである。一番、影響を受けているのが、京都の文化のようだ。
北陸新幹線開通まで、あまり知られてなかったのが、他に、料理文化の深さ。
現在は、如何か知らないが、おでん屋、小料理屋、喫茶店に味わいの深い
店が多い。当時の金沢の話は尽きないほどあるが、どの場面も、青春の
真只中のような思い出は尽きない。時代は、経済が激動していても、
右上がりの、今となっては夢のような時代背景があった。
ドップリ、地元城下町の一角に沈んでいる自分に気づかされた一日だった。

追: これを書いた後に、20分後にポタリングに出発し花見をする予定。
 長時間バスの座席の固定で腰痛を心配をしたが、殆ど問題は無かった。
習慣の力だが、定時の3時50分に起床し、これを書上げ… 日常に世界。
一日とはいえ、この非日常の反動は、数日後に出てくることになるが…

追: これまた、いま現在、気づいたが、3年前に、以下を書いていた。
  少し出来過ぎだが、こんなものですか。話題の在庫が少ないだけだが。
――――
閑話小題 〜金沢・富山バスツアー 〜2

   * こんにちは、わが青春の金沢へ
 日帰りの『金沢、富山コース』。 国内のバスツアーは、十数年前に、、
夜行バスで行った『京都の桜・観光以』以来、二回目。40歳辺りまでは家族と
とものドライブ旅行か、友人とか、仕事仲間内の企画に参加するとかが主だった…
 その後、趣味を一品豪華主義とした秘異郷旅行など海外ツアーに絞ったため、
国内旅行は皆無だった。しかし、海外ツアーで腰痛の負担が増えてきて…
 今回は、日帰りツアーとしても、腰痛が心配だったが、何事もなく帰ってきた。
バスツアーは中高年が多いので、海外ツアーのような、強硬日程は基本的に組み
こんでないようだ。
今回は、金沢の『ひがし茶屋街・散策』と、富山の『あさひ山連邦を背景とした、
「あさひ舟川」の花見』が主である。
『金沢ひがし花街』が風情があって味わいがあった。
写真は、ネットでひろったものだが、着物姿の若い女性や、男女は、貸衣装で
着付けをしたと思われる。当地で数組の芸子らしき連れが歩いていたが、直に、
観光客の「芸子コスプレ」?と気づいた。しかし馬子にも衣裳、派手な和服の
若い女性が妙に色っぽく場に馴染んでいた。
 ネットでひろった写真の芸子は、金沢美人の典型だが、勤め先の女店員の
3分の1は、この程度の美人が揃っていた。当時の写真が一枚も存在いないのが
悔やまれる。私の年代は、戦中、戦後の境目。同じ年代でも、男は数年後の
団塊世代の女性が有り余っているが、女性は終戦直前のため、対象の男が極端
に少ない。特に当時の城下町は、隠れた男尊女卑の文化が浸透していたようだ。
 無役が故の気楽さと、加賀百万石の大らかさが相まって、ドップリと粋ある
美人に囲まれ、鈍よりした女社会の生温かさに浸った日常を過ごしていた。
それと、様々な小料理屋や、おでん屋の酒の味を思いだしていた。世間を渡り
歩いてきたと思っていたが、底辺の一部しか、みてなかったことも、あい知る
ことになった。 花街とは、裕福の男の3%の遊び場の名残りということ。
何時も、極限の先に、大きく世界が広がっていた。 金沢、娑婆娑婆の一節!
  〜【金沢・茶屋街】で検索すると〜
<江戸時代、城下町近郊を流れる犀川・浅野川両界隈に多くの茶屋が立ち並んだ。
 文政3年(1820年)、加賀藩の許可を得、犀川西側に「にし」の茶屋町、浅野川
東側に「ひがし」の茶屋町が共に開かれ、大いに賑わった。この際、旧来の不整形
な町割は改められ、整形な街区が形成された。浅野川をはさんで北西には、茶屋街
の1つである主計町がある。
茶屋町創設時の敷地割をよく残し、全国でも希少な茶屋様式の町屋を多く残して
いるとし、2001年11月14日、種別「茶屋町」で国の重要伝統的建造物群保存地区と
して選定された。二番丁にある茶屋「志摩」は、歴史的価値が高いことから2003年
12月25日に国の重要文化財に指定され、一般公開されている。>
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2001/12/21
[178] 忘れられない店ー4(金沢)
   ー平家ー鉄板焼き
 金沢にいた時期によく行った店である。もう30年も前の話である。
4〜5年前に行った時まだっその店があったが、しかし個性的な親父は死んで
しまっていた。その店のかみさんがそのままいた。高級化して二店になっていた。
落人焼きといって、何でも鉄板で焼く鉄板焼きやで‘平家’というだ名前の店だ。
今でもちょっとないかわった店だ。食塩の箱入りとともに、キャベツが山盛りで
ツマミにでる。大きい鉄板の上で魚や肉や野菜や豆腐を焼くのだ。その為店が
油でギトギトで真っ黒で、またそれがいい。親父が遊び人風の個性の塊のような
親父で、その話を聞いているだけでよかった。
 当然お母ちゃんがいて、人間味あふれた夫婦であった。2時間ぐらいいるうち、
必ず大喧嘩をするのが名物で、皆それが始まるのを待っている節があった。
「マダ喧嘩始まらないの?」と聞く人が出る始末。そしてすざましい喧嘩である。
たまに奥さんが休みの日、一人ショボンとしているところがまた可愛い。
何回も家に電話しているのだ。たまたま初めて行ったのは、会社の先輩が競馬で
大あてをして連れていってもらったのだが、「お前の人生は今日で終わりだ、大穴
を当てた味を知ってしまったのだからだ!」と先輩に説教が始まった。
それがいやに説得があって面白かった事を思い出す。
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5140,閑話小題 〜北陸新幹線開通1ヶ月
2015年04月11日(土)
  * 北陸新幹線開通1ヶ月
 北陸新幹線が開通して1月。ゴールデンウィーク辺りから、福井、石川、
富山の北陸三県の観光地が脚光を浴びる。金沢は加賀百万石の文化が営々と
引継がれている。20歳代半ばの頃、1年半、金沢の地で勤務したが、現在
でも鮮明な記憶として残っている。休日、日帰りバスツアーで能登半島を
一周したり、半日市内観光をしたり、金沢港でキス釣りをしたり、茶道に
習いにいったりした。 加賀百万石の文化は何とも風情のある。
特に、老舗の居酒屋が良い。北陸三県と隣接した地区の観光資源は豊富。
その背景に三大都市圏の観光需要があるのが大きい。そこに新幹線で二時間半
で行けるのだから、女性にとってうってつけ!『日帰り能登一周コース』を
つくれば良い。 逆にストロー効果で、地元民が東京に取られる可能性も大。 
 ところで金沢滞在の一年半で、姉や友人が三人、訪ねてきた。更に、実家の
会社の慰安会で近くの温泉にバスで来て、私もそこに招かれ、泊まって騒いだ
こともあった。勤務先の会社上げての慰安会が、泊まり込みで片山津温泉。
高度成長経済の真只中時代だった。今では隔世の感がある! 
金沢・能登は一人旅に、うってつけ、お勧めである。

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2005/06/29
1548, わたしの酒中日記−11
金沢−7
1972年7月20日

明日で、金沢を去る。
一番上の姉・正子さんから電話があり、京都に行く途中に金沢に寄るという。
そのため今夜、金沢で酒を飲むことになった。
片町から少し歩いた犀川大橋の先にある、ごり料理の有名店に行く。

「ごり」とは金沢を流れる浅野川などに生息するハゼのような川魚だが、
昔から金沢料理に使われる名物である。
川のほとりに建ち、「ごり」を中心にした加賀料理の店である。
二階の一室に通されるが、なかなか趣がある。

ワラビのヌタや、ごりの佃煮と揚げ物が出た。
夕景の中での料亭も風情があってよいものだ。
ごりは、小さな川魚でゴツゴツした形である。
金沢で初めて食したが、良い思いでになった。

その後、金沢の郊外にある「ホワイト・ハウス」
という有名レストランに案内をする。
金沢市内を一望できる有名店だ。
同僚と一度いったことことを思い出して案内した。
その後、都ホテルに姉を送る。

金沢の夜も今日で最終になった。
一年半近くいたが、五年もいたような気分であった。
会社が揺れていたこともあるが、中味の凝縮された日々である。
気分的には屈辱の日々であった。
金沢は見方によれば、露骨な差別社会で、
そと者の社員は人間扱いはされない。

金沢で特に感じたことは、加賀百万石の文化の深さである。
自分の故郷も元長岡藩だが、その歴史の深さがまるで違う。
金沢は、派手なのだ。
背後には能登半島、福井、富山、高山を控えた観光地である。

対極にある長岡は、それに対して地味の世界である。
比べること自体が問題であるが。

幕末に長岡藩家老の河井継之助が「贅沢禁止令」を出した文化が、
今でも脈々と続いている世界である。
それと江戸末期に官軍に敗れたことが、どこか卑屈になっている。
金沢に住んで、このことがよくわかった。

長岡は、金持ちが「めかけー愛人」を持つことは悪口の対象になる。
金沢では、それは羨望であり、ほめ言葉である。
男女の??も非常に大らかで、自由な雰囲気が満ちていた。
日本の中のスウェーデンと内々で自認している世界である。

また、男は今でも自分のことを「わし」という。
相手を呼ぶ時は「お前」か、「貴様」という。
店では、男は絶対に掃除はさせないのだ。
箒を持ったら誰か女性がきて、取り上げられてしまう。

とにかく、加賀百万石の異様な?世界であった。
外者にとって、長くは住みたいとも思わない世界である。
でも三年住むと、それも無くなるという。

さらば!金沢。


6258,閑話小題 〜庭に雉が来たそうな

2018年05月02日(水)

   * わが家の庭に雉が
 一ヶ月前の夜半に、近くから雉か鳴声が聞こえていた。家内が一昨日の昼頃、
鳴声がしたため、2Fの台所から庭にいる雉がトコトコ歩いているのを見たという。
早朝のポタリング(チャリ散歩)の途中に近所の栖吉川と、信濃川の川辺で、
度々、見かけることがあった。トコトコといる感じで草陰に身を隠すのが何とも
愛嬌があるのが特徴の一つ。 この一月グライは連日のように鳴声を聞いていた。
雉の鳴声が聞かれるようになったのは、7〜8年前ほどから。 早朝の散歩から
自転車に切り替えるまでは、雉など見かけたことがなかった。山里で、餌不足の
ためか。
 家内の知人の庭に雉が度々、遊びに来ていると聞いていたが、わが家の庭にも、
ついに到来。 30年も前になるが、キジバトのツガイが居間に至近距離の木に
巣をつくり始めたが、大風で跡形もなくなり、二度と姿を見せなくなった。
四季折々に、ウグイス、カッコウ、モズなどが声高々に鳴いている。

   * オバサンはオジサン顔に、オジサンは…
 どうも、歳をとるに従い、顔が緩んでジジ、ババ顔になるものと、呟いている
のを受けた家内が、『歳をとるとね、オバサンはジジ顔に、オジサンは、ババ顔
になるんだってさ』という。成るほど、TVで映しだされた老夫婦が、その言葉
どおりだったこともあり、いやに納得。顔は全身の凝縮した様相というが…
全身に比例して弛み、歪んでバランスが崩てくる。同級会で、友人の姿をみて、
心の内で「嘘だろう!」とトイレの鏡を見て、ああ自分も同じだと確認する
悲しみは切実。映画館から待合の場に戻ってくる時に、座椅子に長時間、固定
していた為に腰が痛む。その姿を遠目でみると、前屈みの老人の歩き方という。
気持ちは、50歳半ばのまま。 その段差が広がる一方。

・・・・・・
4796,閑話小題 ー倒産よもやま話 〜�
2014年05月02日(金)
   * 何かが変?なのは、自分? それとも巷の常識?
 先日取り上げた【「道徳」を疑え!〜自分の頭で考えるための哲学講義
  ー小川仁志著】の中で、イギリスの哲学者 フランシス・ベーコンの
「イドラ(本当のことを隠してしまう臆見)を取り上げていた。
 彼によると、人間には四つのイドラがあるという。
《・一目は「種族のイドラ」です。これは人間という種族に固有のイドラで、
 感情や感覚によって知性が惑わされることによって生じる。人間は自分が
 主張する立場に箇執し、その点からしか物事を判断できない。
・二つ目は「洞窟のイドラ」。あたかも狭い洞窟に考えが入り込んでしまった
 かのように、個人の狭い事情により生じる思い込み。その人の受けた教育、
 影警を与えた人物、読んだ本などが原因で、狭い考えに入り込んでしまう。
・三つ目は、「市場のイドラ」です。これは言語によって生じる思い込みです。
 あたかも市場で聞いたうわさ話を信じてしまうがごとく、人は言葉のもつ力に
 弱いものです。いまは市場より、インターネット上に氾濫する言説が原因?
・四つ目は「劇場のイドラ」です。それぞれの都合の良い物語を疑おうと
 しないで信じてしまうことをいう。》
 ――
:この結果、世間とかいう、ほぼ嘘で固められた常識を疑うことなく信じる九割
 以上の人達がつくられ、現に存在する。この方々は、殆どのイドラが全存在。 
 覆い隠されている真実の世界の存在など想像すら出来ないため、厄介そのもの。
 彼らには、「嘘もほどほどにしろ」より、「本当のことは、ほどほどに」と、
 対応するしかない。何故なら、本当のことは、イドラの世界からは見ることが
 出来ないから。本来、人間は共同幻想の中にしか生きることが出来ない存在。
 とすると、変なのは社会と、その中で生きる、私たち(個々人)になる。
 問題は、それを常に自覚できるかどうかが、境目になる。リーマンショック
 から、一段と世の中が変になっている。ところが何故か、それを覆い隠して
 いる何か、恐ろしい力。それが何だろう?「世界恐慌は静かに浸透しているが
 誰も声高に言わない。いや、言えない」のだろう。石ころの大小を言っている
 自分も、その中の砂利でしかない。結論は、「私も、一般常識とも、変!」 
 ということ。

・・・・・・
5161,不幸不利の7つの法則 〜�
2015年05月02日(土)
   * 不幸不利の法則を具現化した人
 絶対的に不幸な人も、幸福の人も存在しない。それぞれの人生の時節で、
孝不幸の比率が変わる。それと教養レベルでも・・ 不幸不利の法則を、
そのまま具現化したような人を、周辺に直ぐに見つけることができる。
内幕情報屋を売りにした「あの人!」。人の不幸を探し出し、噂話を探し
まわって、転々と人々の間を、尾ひれはひれを加え、舞いまわる人たち。
最近はネットに移行したから、始末が悪い。聞いている方は、その人間の
卑しさに気づいて軽蔑をしても、顔に出さない。情報化や都会化で、人は
表面的には誰とでもフレンドリーだが、実は、彼らは「孤独の群集」で、
他人の内幕を知りたがる。だから、こういう、「内幕情報屋」の存在が
必要となる。学生時代に読んだ、リースマン著『孤独の群集』の中で、
都会化が進むほど、「内幕情報屋」が、多く現れると論証していた。
自分の趣味と、一般教養を持たないと、現象界をそのままを現実、真実
として受入れてしまう。(偶然だが、一年前と4年前の同月同日の内容が、
そのまま書いてあった) 普通の人であれば、噂話も世間話をするし、
敢えて、特徴を取り上げることもなし、ただ無知なだけ!と割切ればよい。 
ところが、実は、その内幕情報屋の流される噂話が、個々人には、
「掟というトリック」が含まれている。それが各人の牢獄をつくり上げる。
これが「絶対不幸」の人たちを作り上げる。その結果、「不幸不利」を
なってしまう。そして、自分の世界を小さく小さくしていく。
「不幸不利」のスパイラルは、強力なマイナス磁力がある。
己の「不幸不利」に気づくには教養のベースか、死線を漂う経験などが
必要になる。小、中、高、大学の同級会に毎年、出席しているが、不幸不利
の人の比率が、進学するにつれ減っている。鬼のような形相のオバサンや、
時代かかった成金は皆無になる。豊かさ貧しさは、置かれた状況でもある。
幸福であれば、他人の不幸には興味が無頓着になる。不幸不利の人は・・

・・・・・・
5891,『しあわせ仮説』 〜心の「象と象使い」
2017年05月02日(火)
             『しあわせ仮説』ジョナサン・ハイト著  
 象に鎖を繋ぐと、何度か抜こうとするが、駄目と諦めると、二度と引こうと
しなくなるという。人間も、現象として見えないが、似たようなもの。ここで、
「象と象使い」の例えを、「本能と理性」「意識と無意識」などに例えている。
しかし、この象が本当に何をしたいかと思ったら、象使いも彼にはかなわない。
ハッピーな象使いに、ハッピーな象が当たる? が、その確率は一割以下?
まあ、世の中を見れば直ぐにわかる。何とか折り合いがついているようだが。
   * 心の「象と象使い」
≪・著者は私たちの心を「象と象使い」に例え、本能と理性、無意識と意識など、
 いろんな言い方がありますが、象使いというのはわかりやすい例えと思います。
「象使いは、象がより良い選択をするのを助けるために象の背中に乗っている。
象使いはより先の未来を見通すことができ… 貴重な情報を習得できるが、象の
意志に反した命令をすることはできない」
・また本書の「幸せはあいだから訪れる」という考え方、
「だから、知恵を探すなら、けっして見つけられないと思うような場所、つまり
あなたに相反する精神の中を探すべきである… 純粋悪の神話という目隠しを
取り去ることができたら、そこではじめて何らかの良い思想に出会えるだろう」
・<幸福は「あいだ」から訪れる>。あなたと他者のあいだ、あなたと仕事の
あいだ、あなたとあなたより大きな何かとのあいだに、正しい関係を築くことで
訪れるのだ。わたしは、アメリカ人よりも日本人の方がこの考えに対して納得し
やすいのではないかと考えている(「日本語版への序文」)」。
・著者ハイトは、人間の欲求や感情の強さと、それをコントロールするはずの
意志や理性の弱さを、「象(欲求・感情)の背中に乗った象使い(意志・理性)」
と表現する。自分自身の行動について、理性にもある程度はコントロールする力が
あるが、主導権は感情に握られている。「私は手綱を握り、あっちへ引っ張ったり、
こっちへ引っ張ったりして、象に回れ、止まれ、進めなどと命令することが出来る。
象に指令することはできるが、それは象が自分自身の欲望を持たない時だけだ。
象が本当に何かしたいと思ったら、私はもはや彼にかなわない。」≫
―
▼ 夫婦関係も然り。お互いが象であり、象使い。どちらかというと、象使いが
妻の傾向が強い?…「自分管理をしようとしたら、自分自身を幼児のように扱え」
と。 優しく、丁寧に、繰返し、褒めて、時には厳しく、前向きなプラス思考で、
成功体験と、大自然と芸術を可能な限り触れさせ、感動と感激を最大限に経験させ、
愛情を無条件に注ぐこと。実際は、自分に逆ばかりをしている。周りに影響され、
同化してしまうため。象だけならまだしも、象使いも自分の手に鎖をかけている。
無知は悪であり罪と、つくづく考えさせられる。これは他者の合せ鏡で、察知
するしかないが… 狂暴なのもどうだが、大人しいのも… 鈍重なメス象も?…
 〜で、文脈として去年の同月同日の内容につづく〜

・・・・・・
5526,若者よ、外に出よ! ー�� 世界の祭り  
2016年05月02日(月)          
   * 祭りから世界の楽しさを知る
『若者よ、まず楽しさを経験しろ!』である。「嬉しい、楽しい」という
感情が、人間を突き動かすことになる。ゲームでも、ミニ祭りの飲み会でもよい。
その極地が街レベルで行われる祭り、それも世界的祭りの楽しさを知ること。
 世界最大の祭りといえばクリスマスだが、ど派手な祭りの、ブラジル
の「リオのカーニバル」と、北スペイン「牛追い祭り」を体験してみた。
その熱狂の渦が全ての人を恍惚に誘う。この2週間の北スペインのバスツアー
は、これまでのツアーのベスト5に入れることが出来る。祭りは、原始人の頃
から営なわれていたことは壁絵から推察される。生き抜く苦労と、その憂さ
晴らしは、古代も現代も同じ。祭りには時代の文化が現れ出る。
 大相撲も神事で行われていたのが始りだった。 祭りは実に楽しい! 
が、その背後には、普段の地道な生活が必要である。
≪ ☆ パンプローナの牛追い祭り(2002/09/07 記)
 今朝9時半より、衛星TVで今年のサン・フェルミン祭を放映していた。
もし神様が一日だけもう一度同じ日を与えてくれるといったら、4年前の
この祭りの最終日を間違いなく選ぶだろう。今年は例年になく多くの負傷者
が出たようだ。今日の番組は毎朝の牛追いに絞った8日間の内容の為、毎年
放映される中でも特に迫力があった。初めから最後まで手に汗を握る内容だ。
 この祭りはヘミングウエーの「日はまた昇る」で舞台になり世界に一躍
知られるようになった。
 この期間ー7月上旬の8日間、町中の人が白い服に赤の腰巻の布を巻き、
赤いネッカチーフをつける。パンプローナの出身者の多くが帰ってくる。
毎朝6頭の闘牛とそれを先導する虚勢牛6頭の合計12頭が闘牛場に向かう
街の道路に放たれる。毎日異なるドラマを生みながら熱狂を8日間重ねる。
その6頭の闘牛が毎日おこなわれる。4年前その最終日の闘牛をみたが、
会場が異様な熱狂に包まれていた。 その牛の前を走るエニシエロが、勇気
試しになる。19世紀半ばからこの祭りが始まり、闘牛とか牛追いは途中
からその祭りに加わった。
 ーユーラシア旅行社でいくと、市役所広場の前の4階の部屋から
  最終日のエンデングと牛追いが見れる。
――――
4年前の「北スペインの旅」−より抜粋ー  
 ・・この中で一番のハイライトがパンプローナの“牛追い祭り”であった。
延々8日間にわたって毎夜、闘牛が行われる。その牛を毎朝、市役所から
闘牛場へ、町中を追い上げる。その前を街の若者が走って、度胸試しをする。
死人が出ることがあるという。我々が着いたその日が最終日の為、最高の盛り
上がりであった。夜の闘牛もその為か異常な熱狂を会場にただよわせていた。
これこそ正しくスペインと思われた。
 深夜の十二時に向けたファイナルギャザリングが、一生の思い出になる
感動的場面であった。市役所前に数千の群集がロウソクを手に持って集まり、
ロウソクをかざしながら歌い踊るのだ。 彼らが心の底からパンプローナを
愛しているのがよくわかる。民家の4Fの一室を借りて見たのだが、光の海を
見ているようであった。トランペットやバイオリン・タイコの楽団の演奏に
あわせて歌を全員が歌っている。
 キリスト教で祭りを集団で祝うのはスペインだけといわれている。
イスラムとキリスト教が融合して、神聖かつ感動的・熱狂的なお祭り騒ぎ
なのである。このような宗教的感動的場面に出会ったのは初めての経験。
この場面に出会っただけでもこの旅行は充分の価値があった。
一生の心の財産になった。 ≫
――――
≪ ☆ リオのカーニバル(2003/04/23)
この時期になると例年、NHKハイビジョンでその内容が放映される。
毎年三月の初旬に開かれ,約一月後に放映されている。
何とも派手で陽気で豪華で楽しい!
8年前にいって、その雰囲気を知っているから、観ていても楽しいのだろう。
違うのは音量の大きさと、会場の熱気が直接伝わっていることだ。
 TVを観ていると、会場に行っているような錯覚をしてしまう。
以前にも書いたものを後でコピーしておくが、なかなか奥行きが深い。
ブラジルではTVなどで生中継される全国的な行事なっている。
今回、あるチームの準備などの内幕をドキュメント風に紹介していた。
80分の持ち時間の演技のために一年間の準備をする。
 審査項目が10項目あり、それを細かく説明していた。
・テーマ曲の良し悪し
・打楽器ーバテリアの内容
・テーマの紹介のパフォーマンス
・同じ衣装のダンス隊のダンス
・山車の美しさ、テーマの解りやすさ、迫力
・チームの旗手の踊り
・そのチームの女王の観客へのアピールと反応等々ある。
プロの演出者を雇い、その年のテーマにそって
カーニバルとサンバと山車や音楽や衣装が組み合わされる。
今年もなかなかの出来であった。
数回再放送でやるから、何回もみるつもりである。
ーー以前書いた文章をコピーしておきます
ーー
H0703  ブラジル旅行記
 “行って吃驚!玉手箱”主観をこめて現地の実感を書いてみる。
カーニバルはリオディジャネロだけでなく、全国津々浦々の都市で
行われており、四日間全国がお祭りの為休みとなる。
その最も有名で世界的に知られているのがリオのそれなのである。
リオのカーニバルのランクがA・B・CとなっておりAランクが9チーム、
Bランクが15〜16チーム、Cランクは数十チームとなっている。
AとBチームが特設スタジオのメーン、ストリー800mを80分の
持時間で踊りながら行進する。そこは六万人の観客席があり、審判席で
厳格に審査され、その年の優勝等順位があらそわれる。

 そのチケットは一般の人はほとんど入手不可能である。我々のTV
新聞等で目にするのはCチームが街頭で行進するものでしかなかった。
チームは四千名が1チームで構成されており、それが約500名×8チームに
細分化され統一のコンセプトのもとに仮装が華やかにつくられている。
音楽も各チームごとに毎年新しいコンセプトのもとに有名作曲家が名誉を
かけてつくる。その作曲も採点の大きなポイントになるという。
一日6〜8チームが夜の七時より翌朝の七時まで延々と踊りの行進が続く。
観客席もその行進曲にあわせて半数以上が踊っている。
音響もすさまじく隣の人の声は全く聞こえない。

 上位数チームが翌週の土曜日に優勝をかけて再び行進がおこなわれて優勝
チームは10億以上の賞金がつき、かつ翌年に向けよいスポンサーが約束される。
その年の山車とか衣装は翌年に持ちこさずすべて破棄するという。
カーニバルをみていて“気”とか“色即是空”とか“禅の悟り”がすべて含まれ
ており、東洋的なこのような言葉が小さくみすばらしくさえ思えるくらいだ。
ブラジルの印象として残ったイメージとしてのキーワードを書くと“サッカーと
“サンバ”(カーニバル)と“森林”と“イグアスの滝”そして
“汚職まみれの国”である。さらに加えるなら“まずしさ”である。≫
――――
▼ 祭りは、普段の質素倹約した単調な生活の憂さ晴らしのための爆発の
『晴れ』を集団で楽しむ娯楽。特に、イタリア、スペインのラテン系の国の
祭りは歴史があって、ど派手。日常からの集団トリップの一端に触れるだけで
充分に価値がある。そこには、セックスと血と死の匂いが、漂っていた。
 リオのカーニバルには、「カーニバル・チルドレン」が、結果として誕生し、
捨てられ、ストリート・チルドレンになるという。

・・・・・・
4429, 「死ぬのが怖い」とはどういうことか 
2013年05月02日(木)
 * 死の恐怖を克服する七つの登山道とは   
           ー「死ぬのが怖い」とはどういうことかー 前野 隆司著
 人生で最大の難関が最期の死。ここで、死の恐怖を克服する著者の椎奨の七つ
の登山道が書かれている。スッと眠るように死にたいが、そうは簡単にいかない。 
長生きすれば「死に損ない」と言われそうだし、癌で、あと一年、数ヶ月と
区切られ悶々と死んでいくのも厳しい。現に父親が、そうであった。一年間、
傍にいたので、直に伝わってきた。砂漠の真只中に置かれたような生の渇望の
乾きは残酷である。実際に、その立場に置かれて経験しないと分からないこと。
死の恐怖の克服法は知らないより、知っていた方が遥かによい。生への渇望の
克服など無理といえば無理。肉体的に精神的にも、のたうちまわって死んでいく
しかないのが実態。だから恐れる。著者が死への登山道は言い得て妙である。 
  ーまずは、7つのルートとはー
ルート1  心が幻想だと理解する道(脳科学の道)
ルート2  すぐ死ぬこととあとで死ぬことの違いを考える道(時間的俯瞰思考の道)
ルート3  自分の小ささを客観視する道(客観的スケール思考の道)
ルート4  主観時間は幻想だと理解する道(主観的スケール思考の道)
ルート5  自己とは定義の結果だと理解する道(自他非分離の道)
ルート6  幸福学研究からのアプローチ(幸福学の道)
ルート7  リラクゼーションと東洋思想からのアプローチ(思想の道)
▼ 次回から、それぞれのルートの要点を書き出してみるが、最近読んだ、
「宇宙は本当にひとつなのか」と「宇宙は何でできているいるのか」(村山斉著)
を読んで、この宇宙の他に、10の500乗の宇宙が存在している可能性がある
と知り、単純だが、自分の人生も、死も、大した問題でないことを改めて知った。
これはルート3の、客観的スケール思考の道になる。この7つのルーツの道を繋ぐと、
≪ 人間の心は、本来幻想。人の一生は宇宙的スケールでみれば、瞬時でしか
 ない、直ぐ死ぬのも後で死ぬのも同じ。また微細な存在。知情意で捉えている
時間も幻覚。自分という枠組も定義で変わるもの。恐怖が幸福の対角にあるとし、
その幸福という感覚も幻覚。ただそれだけのこと。≫ ということになる。
般若心経そのものになる。だから、死に直面すると、写経を始めるのは効果がある。
こう、まとめると、各ルートを歩くのが面倒に思ったが、よく読むと、道筋には
含蓄に満ちた景色がある。目先の死を知ってから、それまでの一生分を生きる
のだから、学び足りないのは当然。


6257,読書日記 〜トランジション

2018年05月01日(火)

    <「トランジション ――人生の転機を活かすために」
                   ウィリアム・ブリッジズ (著),
 人生とは「転機」の繰返しであり、その積重ねの道のりをいう。
これは極限状態であることが多い。「転機」を織り込んだ「予定挫折」もある。
節目を打つには、計画的挫折が非常に効果的である場合がある。。

 人生を振返ると、特に20歳、30歳代は、転機の出来事が次々と押し寄せて
いたが、誰もが通る道? その一つずつを、若さで、真正面に、無心で受止め、
只管、潰していた日々…。 極限にたつと、火事場の馬鹿力や、幸運が何処から
湧出てくるもの。まずは、空即是色。「空」の状態に置くと、自ずと真剣を抜身
にしたような状態になる。それが「ニュートラルゾーン」。そして「始まり」の
エネルギーが湧出てくる。心持としては、一種「発狂状態」。
「終わり」の空虚感がエネルギー源だろう。その時の不安や焦燥感は、会社整理
とは桁違いのエネルギーを要す。

 30年間、長岡から新潟駅前に監査に来ていた会計事務所の担当が、生の現場で、
「整理を楽しんでますね。立場が分かってない、不謹慎です」と宣っていたが、
節目モードの現象が、面白くない訳がない。あくまで傍観者でしかない。想定内で、
先は見えているのだから、苦しいわけがない。次々と圧縮して押し寄せる問題を
確実に潰していけばよいだけのこと。生々しい転機の経験してきたため、
 以下の言葉が実感として理解出来る。

  〜Amazonの内容紹介
《「人生とは、失恋、結婚、転職、死別、昇進など、転機(トランジション)
 の連続です。その転機を一体どうすればうまく乗り越えられるのでしょうか。
本書で人生の転機「トランジション」を
 「終わり」→「ニュートラルゾーン」→「始まり」の3つに分け、
人生の転機をどう乗り切るかを解説しています。
 あらゆる状況には「終わり」があります。「終わり」と次の新たな「始まり」
の間の期間、「ニュートラルゾーン」に突入すると、これまで自分が置かれて
いた環境や立場がなくなり、自分自身が何者であるのかも分かでらなくなり、
将来も見えなくなり、ぬけがらのようになってしまうのです。ニュートラル
ゾーンはこれまでの自分が失われ、先も見えない、とても苦しい時期です。
  〜著者はこう述べています。
「人は跳び上がる前に、かがまねばならないのだ。このような旅はまた、
たった一人で行くしかない。」
「ニュートラルゾーン」では、急いで抜け出そうとして焦って行動を起こす
のではなく、「終わり」を受け止め、空虚感や喪失感をしっかりと味わい、真摯
に自分と向き合うことこそが、転機を活かし新たな「始まり」を迎えるために
必要なことなのです。》

―
▼  一休が亡くなる際に、弟子たちに遺言を残した。
 弟子たちに「どうしても困ったら、遺言を見なさい」と伝え息を引き取った。
そして何年かして、本当に困った事が起こり、弟子たちが遺言書を開いたところ、
「大丈夫」「心配するな」「何とかなる」とだけ書かれていたそうだ。
創造といえば、その背景に破壊がある。新たな再出発には、既存の日常の
別離が必要となる。 その繰り返しがキャリアの蓄積となる。同じ人生、濃厚に
生きるも良し、淡泊に生きるも良し! 折角なら活き活き、明るく生きたいもの。
それもスキップをして!ニッコリ笑って、ハンカチーフ。足元はガクガクしても。
 改めて振り返ると、「ニュートラルゾーン」が一番キツイが、この時こそ、
「空即是色」状態で、膨大なエネルギーが発露していた実感がする。
これも、車もガソリンがあればこそだが… 

・・・・・・
5890,閑話小題 〜朝鮮戦争が現実的に ー6
2017年05月01日(月)
   * 日々、緊迫度が増す状況へ
 北朝鮮問題について、4月半ばから5回シリーズで書いてきた。
流れからして、全面戦争は避けられないとアメリカが腹を据えた時点で、
本格的な手順が始まる。いや既に始まっているのか。韓国と、仏大統領選挙
までは、開戦がないとみられるが、これが終わり、韓国新大統領への新布陣が
固まる8月まではアメリカも自制するが、9月以降は何でもありになる。
 アメリカの空母派遣は、親米派の韓国大統領を当選させる戦術と捉えられる。
いざ開戦危機となれば、暗殺、クーデターの可能性もあるが… どうだろう。
 ところで、横須賀に寄港している空母レーガンの動きもないが、いざ開戦時
の、補給のための交代戦力? それとも、首都圏への防空の布陣? 
 問題は、終戦後の周辺国への難民問題がある。 相応しくない大統領と、
幼稚で暗愚な主席となればこそ、起こるはずのない核兵器の使用を含めた
全面戦争になる可能性が大である。 それが8割とするなら… 
 「北朝鮮の深刻なガソリン不足で 平壌市内にあるガソリンスタンドは、
閉鎖されていて、人の姿はない。」とテレビが報じているが。
 毎日のように、御二人の漫画のような掛け合いを目の当りにしている
こと自体が信じられない。ドン様、カダフィか、フセインのような末路に
なるのだろうが、その前に数百万人の死傷者を道連れにする可能性を含む。
 問題は、ミサイルの飛来の可能性で、対岸の火事では済まされないこと。
暗殺、クーデターを恐れたドン様の自爆的粛清が更に激しくなる?
 
・・・・・・
閑話小題 〜朝鮮戦争が現実的に ー1
   * 朝鮮戦争が現実にあるのだろうか
 アメリカのシリア軍への攻撃で、アメリカによる北朝鮮への攻撃が想定
されてきた。もし開戦ともなれば、十万、百万単位の死者が出る可能性もある。
戦力として世界四位の力を持つ北朝鮮との交戦なれば、さもありなん。
大統領に相応しくないトランプなればこそ、危ない。朝鮮半島に二隻の空母が
配置されれば、一つ間違えれば、交戦もあり得る。空母には7〜8隻の艦隊が
付き添い、この二つの艦隊に加え、沖縄基地からの攻撃と、集結しているだろう
原子力潜水艦などを考え合わせると、2〜3ヶ月以内に勝負がつく位は周知して
いるはず。ドン様が早々に実兄を葬り去ったのは、それもあっての先手。
交戦ともなれば、ソウルは焼け野原になり、百万単位の死傷者が出る。
 2013年04月23日づけの『週刊現代』の記事に息をのむ。
――
≪ ■ 米軍はどう動くのか
 北朝鮮情勢が、いよいよ緊迫してきた。 韓国の国防部関係者が解説する。
・「北韓(北朝鮮)は、中距離弾道ミサイル『ムスダン』の発射を日本海の元山
 から行うなど、東海岸に周辺国の目を向けさせています。
だが攻撃の"本丸"は、あくまでも西海岸(黄海)だと国防部では見ています。
 北韓は、これだけ内外に挑発的な発言を繰り返しているので、何もしなければ、
金正恩の名折れとなります。しかし本当にアメリカと戦争になれば、一溜まりも
ないことは重々心得ている。
 そこで、米軍を参戦させない範囲内で最大限の挑発をする可能性が高い。
それには、首都ソウルに近い西海岸で暴発するのが、一番効果的だというわけ。
 具体的には、西海岸に浮かぶNLL(北方限界線)の南側にある5つの島を砲撃する
のではと警戒しています。NLLは米韓が海上に引いた線で、北韓は認めていない
ので、彼らにとって攻撃の正当性がある。小島くらいの砲撃では、アメリカは
参戦しないという読みもある。実際、'10年11月に、北朝鮮が突如、5島の一角
である延坪島を砲撃した時も、韓国側が泣き寝入りしました」
・前項でやはり「NLL付近が危険」と述べたソウル大学統一平和研究院の
 張容碩博士も続ける。
「北韓は4月9日に、南北和解の象徴と言われた開城工業団地を封鎖しました。
ここは南北軍事境界線まで8kmの距離にあり、元々は朝鮮人民軍の基地があった
場所です。そこへ再度、大量の朝鮮人民軍を配置し、韓国攻撃の拠点にしよう
ということでしょう。北朝鮮との国境付近は、大変危険です」
 実際、38度線に近い韓国京畿道高陽市では、4月1日より「危機対応マニュアル」
を市民に配り始めた。「核兵器・放射能攻撃時の行動要領」「化学兵器攻撃時の
行動要領」「生物兵器攻撃時の行動要領」など、全10ページにわたる行動指針を
記した、おどろおどろしいパンフレットだ。
――
▼ 自宅から、そう遠くない柏崎に世界最大の原発があるため、8割以上の確率
 の交戦となると、他人事ではない。 狙うなら平和ボケした日本の原子力? 
以前の戦争危機はカーター元大統領が身を挺して阻止したが、「何故、あの時」
の悔いが、右翼勢力に残った。 その右翼が現政権の中核を占めているため、
本格攻撃の可能性が無いとは言い切れない。中国も国境沿いに軍を集結、北への
圧力をかけるだろう。4月末辺りに、その「まさか!」がなければ良いが。
 中国辺りが、取巻きの女たちに亡命を保証し、暗殺か、軍事クーデターを
画策しているのだろうが… 根が深いだけに?        〜つづく

・・・・・・
閑話小題 〜朝鮮戦争が現実的に ー2
   * 全面戦争にならないのか(8割の確率で)
 私がアメリカ大統領だったら、今のうちに核施設に全面攻撃を加える。
ましてトランプなら、8割以上の可能性の説に真実味を感じるが、如何だろう。
やはり、日本は平和ボケをしている。習主席がトランプに、「全面攻撃を容認
する代わりに尖閣列島への侵攻を黙認する」裏契約をする可能性も充分ある。
現在でなくとも、来年中には? 週刊誌の売らんがための煽り記事としても、
現実は、全面戦争に向かって動いている。 〜その辺りから〜
≪ ■ 高陽市安全都市課の職員が語る。
「わが市は目と鼻の先が北朝鮮なので、すでに臨戦状態です。市民からの問い
合わせが殺到したため急遽、10万枚のパンフレットを作成して市民に配付した。
それでも市民からの問合わせが日々、大量に来て、生きた心地もしない日々です」
 北朝鮮は4月9日、韓国国内の外国人に対しても、「韓国から至急離れないと
責任は取らない」という警告を発表した。これによって韓国では、ラーメンや
乾パンなどの非常食や、ミネラルウォーターの買い占めが起こっている。
韓国はまさに、「第2次朝鮮戦争開戦前夜」といった緊迫した状況なのである。
 そんな中、ケリー米国務長官が、4月12日から15日まで、韓国、中国、日本と
北朝鮮を取り巻く3ヵ国を回る、東アジア初外遊に出た。
  ■ アメリカ国務省関係者が語る。
「わが国はいままさに、韓国と合同軍事演習の最中で、いつでも実戦に移す
準備はできています。今回のケリー国務長官の3ヵ国訪問で最重要だったのは、
中国訪問でした。新指導者の習近平は、金正恩を救おうとしているのか、
それとも滅ぼそうとしているのかを、しっかり見極めようとしたのです」
これまでの東アジア地図は、日米韓vs.中朝という対立の構図だった。
前世紀末に世界の冷戦構造が崩壊したが、東アジア地域だけはいまだに、
冷戦構造を引きずっているからだ。
  ■ 8割の確率で戦争が起きる
 だがこの伝統の図式に最近、異変が起こっているのが、中国の態度の変化。
習近平政権は、いまの大荒れの北朝鮮をどう見ているか。外交関係者が明かす。
<かつて毛沢東と��小平は金日成を、朝鮮戦争を共に戦った"血を分けた誼"
と見なしていた。続く江沢民と胡錦濤は金正日を、兄弟国の"特別な弟分"と
見なしていた。金正日は計7回訪中したが、北京へ来れば必ず中国共産党の
トップ9が全員揃って歓待する習慣があった。だが習近平は金正恩を、単なる
"物騒な若造"としか見ていない。だから、北朝鮮のミサイル実験や核実験を
受けて、いともあっさりと、北朝鮮への重油・食糧・肥料の援助ストップを
決断したのだ。中国にとって絶対に看過できないのは、朝鮮戦争時代の悪夢
である米軍が北朝鮮に侵入してくることだけだ。それさえなければ、いつ
核兵器の矛先をわが国に向けてくるか知れない金正恩という狂った指導者が、
いつ失脚しても構わない。それが習近平新主席のホンネだ>
 4月10日には、中国共産党機関紙『人民日報』が発行する中国最大の国際
情報紙『環球時報』に、中国で最も有名な北朝鮮研究者の張瑰・中国共産党
中央党校教授が、次のような原稿を寄せた。
<朝鮮半島に近く戦争が起こる確率は、7割から8割くらいあるだろう。
北朝鮮にとって武力統一は、昔からの既定路線だからだ。金正恩は、金日成と
金正日が成し遂げられなかった祖国統一を、いまこそ果たそうとしているのだ>
                〜「週刊現代」2013年4月27日号より ≫
▼ 首都ソウルから北朝鮮の距離は、東京と大宮の距離しかない。そこには
 2500万人が住んでいて、北の脅し文句が「ソウルを火の海にする」である。
それを二分した国家に向かってなら効果があるが、アメリカに向かって、
「大陸間ミサイルで核攻撃で火の海にする」と、実験を繰返せば、交戦好きの
アメリカが見逃すわけがない。白人優先主義を謳って当選した大統領にとって、
東洋人の100万、200万が生きようが死のうが、大した問題ではない。
 在日米軍と、二つの空母艦隊と、多くの原子力潜水艦に囲まれ、いつ何時、
攻撃を仕掛けられない南北朝鮮の人たちと、平和ボケの日本人とは、危機感が
雲泥に違う。それでも、何かしらしら危ないのは分かる。危機の察知の早い
株式市場と、為替の変動の兆候がないので、大丈夫? そうじゃないから…

・・・・・・
閑話小題 〜朝鮮戦争が現実的に ー3
   * 死傷者は400万人
 2500万人が住む首都ソウルに、北朝鮮が核弾頭付でなくとも、ミサイルを
撃ち込めば、百万単位の死者が出るのは周知のこと。北は、それを熟知して恫喝
して何とか体制を維持している。それ故に、韓国は大統領に莫大な権力を集中
せざるを得ないため、汚職をうむ土壌になっている。現在でも破綻している国家
に戦争は更に加速させる結果になること必定。しかし、アメリカには、東洋人の
100万や200万より、己の国家の安全の方が遥かに重要になる。
「第一次、第二次世界大戦から見れば、この程度は大したことがない」と、
考えても不思議ではないのか。     
                〜「週刊現代」2013年4月27日号より
≪ ■ 北の妄想
 北朝鮮の国民は幼少時から、「朝鮮はアメリカと日本に勝利した軍事大国」
と教えられて育っている。 金日成軍事総合大学の軍事関係者は、
「アメリカを倒すのは、掌を返すくらい容易だ」と豪語しているほどだ。
 先日、朝鮮中央テレビは、3日間で韓国を占領するシナリオの映像を流した。
1日目に韓国の重要拠点を占領し、15万人の米兵を捕虜にする。
2日目に韓国の大多数の都市を占領し、
3日目にその他の地域を占領するというものだ。
朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は、「朝鮮は世界中でアメリカに対抗できる
唯一の国である」と誇っているほどだ。
まさに皮肉たっぷりの筆致で北朝鮮の「井の中の蛙」ぶりを強調している。
 だが、張教授が述べている「7割から8割の確率で第2次朝鮮戦争が勃発する」
という予想は、すなわち中国政府の見解に他ならない。
 前出の韓国国防部関係者が続ける。
「北朝鮮は、南北の局地戦ならば、米軍は参戦しないと踏んでいるようだ。
だが、実際にはアメリカは、三つの条件さえ整えば、
第2次朝鮮戦争に参戦する可能性が高い。
 第一に北朝鮮の核やミサイルによって自国の脅威が増すこと。
 第二に戦争によって自国の兵士の損失が最小限に抑えられる見通しがつくこと。
 第三に中国の後押し、もしくは少なくとも黙認が得られること」
 前述のような習近平政権の"反金正恩政策"を見ると、金正恩除去に向けて
米中が手を組むというシナリオは、十分考えられるのである。
  ■ 死傷者は400万人
 それでは実際に、南北衝突となった場合、どのようなシナリオが想定されるか。
軍事評論家の世良光弘氏が解説する。
「第2次朝鮮戦争になった場合、北朝鮮は38度線沿いにある数千基の砲台から、
ソウルへ向けて一斉砲撃します。合わせて、スカッドミサイルもソウルへ向けて
撃ち込みます。しかし米韓は、その前にB2ステルス爆撃機を発進させ、精密誘導
爆弾で38度線の砲門や主要ミサイル基地を爆撃します。B2爆撃機の護衛には、
F22ステルス戦闘機が当たります。
 これに対し北朝鮮は、ミグ29戦闘機が迎撃しますが、まともに稼働するのは
30機程度で、たちまち撃墜されるでしょう。その間にも米韓は、F15Eストライク
イーグルやB52爆撃機、ホーネット戦闘機などを投入します。また海からは
トマホーク巡航ミサイルで平壌を爆撃します。そうして制空権を完全に押えた後、
戦車部隊やストライカー戦闘旅団などの地上部隊が38度線を越えて進軍します。
 こうして北朝鮮全域を制圧するには、3ヵ月くらいかかるでしょう。
それでも山岳地帯の坑道に隠れるであろう金正恩の身柄を拘束するには、
それ以上の時間がかかります」
 かくしてイラクのサダム・フセインのように、金正恩も拘束されて、
戦争は完全終結となる。その後、北朝鮮には、米中韓、それに日本とロシアも
加わった5ヵ国との協調政権が樹立されるというシナリオだ。
 だがこのシナリオが現実のものとなれば、第1次朝鮮戦争と同様、400万人
規模の死者を出すだろう。ちなみに中国は、金正恩から亡命要請が来ても、
断るという。≫
――
▼ 昨日の午後の政治トーク・バラエティー『そこまで言って委員会』が
 時が時だけに、ユニークな企画になった。プーチン、習主席、トランプ、
金主席の顔写真のお面を、各国の専門家に被せて、際どい質問をするもの。
専門家は、自分の意見と、お面の主の考える想定が混同するため混乱するが故、
隠れた真実が垣間見えたような錯覚が、ブラックジョーク、コメディ的である。
「これだけの危機の問題を、爆笑するのも問題では?」 というのも、
『そこまで言って委員会』の番組名からして野暮。 
 イエローモンキー(日本猿)が、寄ってたかって、
赤ザルと、白豚と、白熊と、白パンダを、寄笑い飛ばしているに過ぎない… 
としても、際どい笑いが何とも「平和ボケ」そのもの。南北朝鮮の人民に
とって一番ウケるのは日本攻撃であることを忘れないこと。


6256,閑話小題 〜デープな一日

2018年04月30日(月)

   * つれづれに 〜凡人の祭日
 4月29日の祭日には、毎年、「競馬の天皇賞」「全日本柔道選手権」と、
「プロ野球」中継を楽しみにしている。 ところが、今年は日曜と重なり、
定番の「家について行ってイイですか」「お宝鑑定団」「そこまで言って委員会」
「新婚さんいらっしゃい!」が重なったため、12〜18時まで、数本の番組を同時
進行で見ることにあいなった。集中できない欠点もあるが、これが、生中継と
なると、集中しやすいため、頭の切替が思いの外、出来る。WoWoWなどで、次々
と面白い映画や、ドラマ、ボクシング中継などを放送するため、早々に、見て
消すしかない。最近はDVDに移行して消してはいるが、それも溜まる一方。
 寝室に‘お籠り用’に大型TVを入れて一年あまり経過するが、DVD録画の
数年分の録画分300本の録り溜め分もあって、非常に快適な自游空間に、あい
なっている。で、どうするか?といえば、録り溜分の4〜5本を同時進行で見る
ことで量を熟す。これも慣れ。で、昨日の柔道、プロ野球、競馬のライブなら、
お手のもの。さすがにゴルフ中継まで見る余裕はなかったが… 
だが、同時間帯に2本を録画していた。
 自分でも驚くのが、見ても見ても全然、飽きないこと。特に映画の世界は、
よくぞ考えつくものと驚きざるを得ないのが多い。 それと世界の重量級の
ボクシング。そして世界各地の大自然の光景。これこそ情報化の恩恵である。
 20時早々に就寝した後の深夜の1〜2時に覚醒し、死者のポーズで、己の肉体
から離れる意識をもって、前日の触媒の情報を見つめ直す。その面白さも格別。
 そして、起床をし、パソコンの前に座り、これを書き加えた後に、チャリ
散歩に出ていく日々…。 成るほど、これが第二の、第三の人生ということか。

・・・・・・
2017年04月30日(日)
5889,閑話小題 〜愛人業とはね
   * 愛人業ですか
 先日、投資業を餌にした女詐欺師が逮捕され、取調官の「職業は?」に対する
返答が「愛人業」という。寝技で篭絡しながら騙す男を「さお師」というが、
女は、さしずめ、「つぼ師」と思いきや、その言葉はない。クラブのホステスや
ママは、半愛人関係を持つ客を何人か持ち、名刺に日付と暗号を入れておくとか。
  〜ネットで、供述を検索すると〜
≪  ☆ 山邉容疑者「投資するつもりなかった」
「つなぎ融資の女王」と呼ばれた山邉節子容疑者の逮捕から1週間。
取り調べに対し、「金を投資にまわすつもりはなかった」と供述していることが
警察関係者への取材でわかりました。
山邉容疑者は70人以上から少なくとも7億円を集めたと見られています。
取り調べには素直に応じ、聞かれてもいないことをよくしゃべるといいます。
・「職業は?」(捜査員)
・「愛人業です」
 「美容整形のために合わせて800万円使いました」(山邉容疑者)
62歳の山邉容疑者は、タイでは交際相手に38歳と偽っていました。
地元・熊本で山邉容疑者を知る人は・・・
「色気たっぷりの男性に好かれるようなタイプだと思っていた。(交際相手の)
会社の玄関に畳ぐらいの大きいブロマイド、自分がきれいに写っている上半身と
全身の写真を貼っていたから、『おや!』って思った。女性としてきれいだから、
みんなに見てもらいたいのかなとは感じていた。近所の人もそう言っていた」
                        (山邉容疑者を知る人)
山邉容疑者は、熊本市内でかつて経営していたスナックで、客らの話を聞く
うちに犯行を思いついたといいます。元本保証や高い利息をうたい、口コミや
愛人を通して出資者を募っていました。しかし・・・
「7年ほど前に金を集め始めました。最初から投資したり貸したりするつもりは
ありませんでした。ここまで広がるとは思っていませんでした」(山邉容疑者)
投資話は全くのうそだったことを認める供述をしているというのです。≫
――
▼ その金も、なる手の「さお師」に篭絡されて吸いとられていた。
 事件が事件だけに被害者の映像が出てこない。篭絡した客に、ホステスが
スナック、クラブの出店をさせる手法は、何処にでもある話。海外にに逃げれば、
大丈夫だろうと踏んでのことだが、まさか、全国ニュースで、ここまで騒がれる
とは思ってもいなかったようだ。
 現職の頃、あるクラブのママに、「あの娘、店を持ちたいみたいで、旦那探し
をしているけど、あなた、どう?」と、囁かれたことがある。 これは最も危険
なケースで、暴力団系の金貸しに搾り取られるケース。土建屋など成金の泡踊り
の典型事例になる。 
<女の身体の真ん中へんに しんしょぶっちゃる穴がある>の都都逸がある…
父親の口癖に、<愛人だけは持つな!>があった。後後にツケがまわってくる
のを多く見てきたからだ。 聞くところによると、<女子大生の2〜4年の定期
約款付で、20万だったが、今では不景気で15万まで下がっている>とか。
嘘か本当かどうかは定かでない。都会には、この手合いが幾らでもいるのだろう。 

・・・・・・
2016年04月30日(土)
若者よ、外に出よ! ー�� 〜学生生活は人、人生の砂場遊び
  
   * 学生時代は、人生の砂場遊び〜  
 古希を過ぎて一年、人生をある程度達観視出来るようになってきた。
両親、家族、そして時代背景からして非常に恵まれていた。特に、20、
30歳代が高度成長期の真只中、時代の波間を順調に泳ぐことが出来ていた。
 50歳代後半から65歳までは、9・11テロ、中越地震、刈羽沖地震、
リーマンショックの直撃を受け、止めが3・11東北大地震となり、事業閉鎖に
至ったが、何とか、最悪の事態はさけることが出来た。で、「人生のどの辺り
が一番良かったか?」と問われると、「20〜45歳までは、どこもかしこも、
良かった」としか言いようがない。それでも、敢えて言えば学生時代、それも
3年、4年の2年間である。学生時代は、社会的ステータスなどを一切問わず、
様々な人との出会いが出来た。そこで、一番に恵まれていたのが暇である。
≪ ー暇な大学生活のすすめー   『人生の教科書』 なかにし礼著
 4年制大学への進学を強くすすめたい。・・ 出てすぐ、さあ給料だ、
保険だ、家賃だ、働け、といった生活になることを4年間遅らせられるという
ことは、素晴らしいことだ。大学での4年間、この期間は純粋に友達と付き合い、
笑い、遊び、そして家に帰ったら本を読み、という、当然学生がそうあるべき
生活を送ることがとにかく大事だと思う。特に、本を読むこと。それが学生の
本分なのだから。試験問題に取り組み、解答を見て悩んだりする。その行為自体
は生活とは全然関係がない。しかしそういう生活と無縁なことをすることに
よって、実生活には必要ではないけれど、人間にとって大事な何かが養われて、
培われていく。そして大学生活が終わると突然「生きるために必要なのは」
という生活になるわけだが、そうなったときに忘れなくても済む何かを、
4年間もあれば学べるはずだ。だから大学へは行ったほうがいい。
これはもう、心からそう思う。 ≫
▼ 学生時代はモラトリアムという。この意味とは「執行猶予期間」で、
 これを人生にあてはまるのならば、「実際には成熟した身体を持っている
のに、社会にはまだでず、社会に出るまでの猶予期間」になる。
大学生活とは社会に出るための準備の場で、社会人への執行猶予期間になる。
そこで、自分を見つめ、自分の人生の目的を見つけるため、様々な読書、
各地の様々な人との付合いをし、鳥瞰、虫瞰、モグラ瞰を知り、その後の
人生を充実させることだ。人生でやりたいこと、方向を、主体的に探し、努力
することが重要だ。そう人生は、公園の砂場遊び、箱庭遊びのようなもの。
 読返してみて、文章化しておいた価値・意義を、つくづく実感する。
―――
2001/12/20
青雲寮(わが青春)

私が学生時代過ごした寮ー青雲寮のことを書いてみよう 。
場所は飯田橋から都電で新宿への中間 、新宿の牛込柳町にあり
早稲田南町のバス停にも近い住宅地であった。
また、歩いて15分ほどで、四谷や、早大、神楽坂などに行けた。

早稲田大学の理事の自宅の庭にあり牛小屋のような造りで、
古くきたないL字型の24〜5室の寮であった。
早稲田の学生が3分の1,あとは各大学の在学生で占められていた。
そこからは代議士(渡部恒三)や県会議員が数人ずつ出ており、
汚い棲家でもけっこう皆プライドはもっていた。

全国からの出身者のため個性的な人間の集まりであった。
今でも年数回、そこに今でも住んでいる夢を見る。
月に数回は10人位集まり酒を買ってきて飲んでいた。
誰か必ず部屋に遊びに来ている状態で、あまり勉強に良い環境とは
言えないが人間勉強という意味で非常に良かった。

自民党の総裁の鳩山一郎系のいきがかかっていた。
思いもよらない先輩がいて、よく赤坂とかあの頃の学生では行けない所に
飲みにつれてもらったりした。音羽の鳩山御殿も数回行った憶えがある。
その関係で軽井沢の友愛山荘に長期の休みにアルバイトに行ったりしていた。
そこで学生時代の大きい財産になった欧州旅行のきっかけもできた。

その寮は一緒に生活をしている事もあってか、とにかく癖が強い人間が多かった。
私生活がお互い丸見え、どうしてもアラが見えてしまう、と同時にサル山と同じ
勢力争いがあって結構それが面白かった。ホモあり、女狂い有り、哲学専攻で
いつも一人ニヤニヤぶつぶつ言っている先輩あり。真面目のいやみな先輩あり、
学生運動の闘士有り、今考えてみてもかなりおもしろい寮であった。

学生時代はこの寮と武澤ゼミと欧州旅行とクラブを除いては考えられないが、
いい経験をした寮であった。私の大学の友人の間でも、この寮の存在―
特に汚い馬小屋風の寮で珍しがられていた。 父がこの寮に卒業の八ヵ月
前にきて、翌月から仕送りを二倍に上げてくれた事で、いかに凄いか
想像出来るのでは。               2001/05/24

――――
2010年09月02日(木)
* 初めての21歳の欧州旅行 ー3
 初回の欧州旅行で、帰国して半年間は自失呆然状態であった。 
自分の心が粉々に粉砕されてしまったようだ。カルチャーショックである。
今から思うと、これが良かった。両親から受け継がれていた小さな世界の
価値観が根こそぎ壊れたのである。それと「自分は東洋の小さな島国・日本の
黄色人種」という目線を得たことである。これをキッカケとして、根こそぎ
自分を変えなければ学生時代の4年の自由時間を与えられた価値がないと気づく。 
それと社会、世界は、不平等で格差であること。世界には豊かな人種と国家が
あり、反対に貧しい人種と国家が満ちている。その中で生きていく自分を作る
基礎を学生時代に培わなければと、気づいたのである。とにかく世界は広く、
深い一端をみた。 話は戻るが、ロマンチック街道から見た、川添に展開する
お城と、景色。それと、早朝にスイスに霧の中から見えたレマン湖とスイスの
渓谷の美しさに言葉を失ったことを思い出す。 毎日にように、これまで、
想像すらできない光景を、これでもか、これでもかと見せられるのだから・・ 
当時、中高年の人で、あまりのカルチャーショックで精神の異常をきたす人が
多いと聞いた。現在のように、写真に、テレビの旅番組に、ニュースに、
映画の背景として過剰に入ってくる時代ではない。私のように、中高校の白黒
の小さな写真でしか見たことがないものを、次から次へと見れば、感動の蓄積で、
脳が変になって当然である。 幕末の獅子たちで、当時、欧米渡航経験があるか
ないかで、動乱の中で大きく、その後を左右したというが、当時の彼らは欧米
の社会を驚愕の目で見てきて近代国家の絵図を描いたのである。
時代も、スケールも、全く違うが、それでも21歳での経験として、
大きな財産になっている。

――――
2002/12/05
ある時間の断片-15
  1968年10月5日  土曜日
昨夜飲み過ぎせいか頭が痛い。
10時に深井に電話をするが、アユに用とかでお流れ。
集団デートお流れ。小作の方にしておけばよかった。
その後、酒井君が部屋にきて疎外論から人間関係論について
話し合う。かなり哲学づいているようだ。

深井が寮の部屋にくる。車を持っていると行動範囲が広い。
新橋の深井の自宅に行く。親父に紹介される。
40店舗を持っている新橋しのだ寿司の社長だ。
私に興味があるみたいであった。

食事をした後、彼と東名高速で横浜・板付へドライブをする。
あまり面白くなかった。
帰寮後、ボクシングの世界戦をみる。
小林が一方的に勝つ、つまらない試合であった。
その後食事に行く。
TVを見ていると市川さんが飲みに誘いにくる。
寮の近くの「三浦」という行きつけのスナックへ行く。
帰寮の後夜半の2時に寝る。
明日からは本格的に卒論に集中しなくては。

・・・・・・
2002年11月08日(金)
574, つれづれに-学生時代のこと

学生時代の最後の半年間の日記を「ある時間の断片」
という題で書き写している。そのときは34年の時空を飛び越えて
青春真っ只中の自分に立ち返っている。
記憶もそのときのことが走馬灯のように立ち返ってくる。

変わらない自分と全く変わってしまった自分がそこに見える。
今時に悠長なことを思い出しているものだとも考えてもしまう。

学生時代は、
・そこで住んでいた青雲寮の生活
・武澤ゼミと卒論
・欧州の一ヶ月の旅行
・影響を受けた大学の先生と授業
・クラブの先輩同僚などの思い出
・軽井沢の友愛山荘のアルバイトの思い出
・合コンや合宿などなど

結構多くの構成が重なっている。
この4年間が人生の圧縮であった。
物理的には馬小屋のような部屋に住んでいたが、出来事は数え切れない
ほどのことがあった。

脱皮脱皮の連続線上にあった。20代30代は誰でもそうだが
私の場合創業を目指していたこともあり、刺激の強い20年間であった。

武澤ゼミ、欧州旅行、青雲寮、軽井沢友愛山荘、個性的な教授と
結構恵まれていたのは時代の背景もあったようだ。
高度成長期で日本がアップスケールの真只中だった。

毎日日記の中で色々な友人と語っている内容は、これからどういう
生き方をしようかという内容と、批判である。未来が光り輝いていた。
・自分は留学しようと思う。
・いや大手の会社に勤めようと思う。
・大学に残ろうと思う。
・自分で事業を起こしてやろう。

そういえば結婚をしようという人は誰もいなかった。
如何しようか?という人は多かったが。
自分が何か使命を持って社会に期待されているようであった。
何かやっと自分の出番が回ってきたようでもあった

・・・・・・
002年11月09日(土)
575, つれづれに学生時代のこと  ー2

現在、学生時代の日記を書き写していることは意味のあることだ。
ユングは「人生に午前の人生と午後の人生がある」といっている。
その価値観はまるで違う物差しになる。

今の私は午後の人生の学生期にある。
それで敢えて「学生時代の日記を書くことで、これからの
午後の人生の設計の基礎を考えようとしている」事になる。

若い時には仕事や家庭創りや物質など外に見出そうとした。
午後はその時に見出されなかった事や、人生全体の何かを
自分の中に見出していく時期だ。

そのことは「夜と霧」を書いた心理学者のフランクルもいっている。
「コペルニクス的視点の大逆転人生に何を求めるのでなく、
人生が何を求めているかの追求」である。

人生の意味の完成というと難しいのかもしれない。午後の人生を
余白でなく、新しいページの書き込みの過程として捉えると解る。

その意味で学生時代を省みるのは理のある行為である。可能な限り
行動し、知り、新しいものを開拓していく設計図の再構築が必要
ということ。

その下敷きとして学生時代の日記を見てみると違う視点が生まれる。
別に難しい事をいっていない。両親がそれをしっかりやって死んで
いったモデルがある。


6255,閑話小題 〜トルストイの幸福論

2018年04月29日(日)


  *  ブッダの例え話
 確か中村天風の著書の中でも取上げていたが、佐伯啓恩の『反・幸福論』で、
「ブッダの例え話」が、人生を考える上で参考になる。
《「若い時から放縦な生活をし、金と名声を得るために書物を書き、雑誌を書き、
欲しいものはすべて手にいれたトルストイは結婚を機に、すべてのエネルギーを
家族の幸せ、幸福な家庭生活を築くことになります。しかし、その果てに浮かん
でくるのは『それが一体何のためなのか。』という執拗に浮かんでくる疑念。」 
その挙句に彼は「人生は無意味である」という真理に到達して、もはや生きる
ことができなくなってしまった。 トルストイは ブッダの例え話を知り、
「これこそまぎれもない人間の真実だ」と絶賛した比喩話を取上げている。
【 ある旅人が猛獣から逃れて、そばにあった井戸に逃げ込みます。ところが
 その井戸の底には竜が待ち構えている。旅人は外へでることも出来ず、底に
降りることも出来ず、中途の隙間に生えている灌木につかまっています。
そこへネズミが出てきて灌木を削り始めた。もうどうしようもありません。
ところが灌木の葉には甘い蜜があることを見つけた旅人は、その蜜をチュー
チューと吸い始めるのです。
 トルストイはこの旅人を自分が置かれた境遇だと感じている。しかも下に竜が
いると思えば、もはや密は甘くないのである。トルストイはこれは自分だけが
置かれた境遇ではなく、すべての人が置かれている境遇だというのである。
「これは決して作り話ではない。これは真実の論じ合う必要のない,凡ての人が
知っている真理なのだ」とトルストイは言っている。
かつて家族や芸術はトルストイにとって「甘い蜜」であったのである。
そして金や名声ももはや密にはならない。唯一の真理は、底に落ちるにせよ、
ネズミにかじられるにせよ、上に這い上がるにせよ、とにかく「死」なのである。
その真理は即ち「死」ということになる。
トルストイは このあと「人生論」などを書いて試行錯誤を重ねながら、
彼なりの「死生観」や「人生観」に形を与えようとする。】
「人間の生は根本的に矛盾をはらんでいる。どうしてかと言うと、人は幸福に
なろうとして生きている。この幸福はあくまでも私の幸福であり、人は自分の
幸福を得るために生命の力を感じる。ところが自分の生命はやがて死によって滅び、
無へ向かっていく。人が幸福を追求しているということは、実は個人の生命と共に、
幸福の可能性を消滅させる方に刻一刻と接近しているということになる。」》
―
▼ 灌木が、「残された己の人生」という解釈がある。所詮は最期は、竜に呑み
 込まれる運命にある。ならば甘い灌木を吸い味わい、一刻でも、現実から目を
逸らす。それでいいじゃないか。宇宙の一瞬を感じることこそ生きること。
中村天風の例え話は、猛獣に追われた旅人が断崖にしがみついたツルを一匹の
ネズミが噛り付いて、今、まさに落ちようとする姿を人生に例えていた… 
ツルが人生、ネズミは時間、猛獣は現実。谷底が死ですか。

・・・・・・
5158,不幸不利の7つの法則 〜�
2015年04月29日(水)
 そこで、幸福優位の7つの法則の真逆の言葉を書いてみる
  〜不幸不利の7つの法則〜
法則1: 不幸感の強い人は、周囲に人に違和感と、悲哀感と、絶望感を与える
  2: 心のマイナスへのレバレッジ化が強くなり、ドブ沼にはまりこみ、
     その毒を周囲にマイナスを振りまく
  3: 何事にもマイナス要素に対し敏感になり、何事もマイナスに考え、
     粗探しを求めて彷徨う、あの人たち
  4: 下降の勢いを他人に向けて、結果として傷口の血を周囲に塗りつけ周る
  5: ゾロ・サークルの円が、日々、小さく、固くなり、自分の首を絞める
  6: 20秒ルールが、悪く働き、下降曲線が身につき、悪い習慣が増強される
  7: ソーシャルに毒を撒き続けることで、その毒が返り矢で降りかかる
 多くは、四苦八苦に打ちのめされ、「貧すれば鈍する」の負の連鎖で、恨みを
買う劣者のスパイラルに入っていく。「順境には枝を、逆境には根を張れ」の
とおり、ただ、ジッと下を向いていれば良いものを。傍からみれば、私の現状は、
まさに、上記の法則のように見えているのだろが、何とか『不幸不利の法則』の
スパイラルから逃れている。 子供の頃から現在に至るまで、様々な『不幸不利」
の事例を見てきたが、それはそれは残酷なもの。とにかく、不幸不利の状況に
立たないことだが。 備えを普段からつくり上げておくしかない。
とはいえ、全ての人には、死という挫折が待っている。死ぬまでは生きている
のだから、死を悟る瞬間までは、幸せに生きなくては! 
ところで、毎年、小、中、高、大学と同級会に出席しているが、上に進むにつれ、
不幸不利の人の割合が、少なくなる。 これだけは、仕方がないことだが。
 『泣いても、笑っても、同じ空!』である。
 〜参考〜 「幸福優位の7つの法則」
法則1 ハピネス・アドバンテージ〜幸福感は人間の脳と組織に競争優位をもたらす
法則2 心のレバレッジ化〜マインドセットを変えて仕事の成果を上げる
法則3 テトリス効果〜可能性を最大化するために脳を鍛える
法則4 再起力〜下降への勢いを利用して上昇に転じる
法則5 ゾロ・サークル〜小さなゴールに的を絞って少しずつ達成範囲を広げる
法則6 20秒ルール〜変化へバリアを最小化して悪い習慣をよい習慣に変える
法則7 ソーシャルへの投資〜周囲からの支えを唯一最高の資産とする

・・・・・・
5888,閑話小題 〜タクシードライバー
2017年04月29日(土)
   * タクシー車内は
 わけアリの運転手が、様々な事件に遭遇するドラマ
『女タクシードライバーの事件日誌』〜主演・余貴美子と、
『タクシードライバーの推理日誌』〜主演・渡瀬恒彦のドラマのほぼ全てを
何度か見ている。 渡瀬のドライバーは、元刑事の経歴を持つタクシー運転手が、
元刑事の視線を通して、乗客が関わる事件を解決する推理ドラマ。
2017年初夏に第40作の撮影が予定してあったが、主演の渡瀬が2017年3月に
死去したため、2016年放送の第39作で最後となった。
 余貴美子のドライバーは、亡き夫が事件に巻き込まれ死亡。 ドライバーを
しながら事件の真相を追うもの。 タクシー車内は、考えてみれば妙な空間。
一瞬だがフッと気が緩んでしまう運転手と客の目的地までの共有空間。
 景気話とか、ドライバーの身の上話が、色いろ考えさせられる。
 〜10数年程前、一度、書いた内容を検索したもの〜
【 25年ほど前に、札幌でタクシーに0時ごろに乗ったとき、
 運転手に「深夜の勤務は幾らほど出るのか?」と聞いたところ、
その内容に一瞬にして酔いが醒めてしまったことがあった。
「札幌はね~、最悪の景気なの。私も問屋を倒産させてしまって〜
最後の生き残りをかけて運転手をしているの。といって今さら正社員じゃ
無理なの。夜のタクシーは、殆ど私と同じ立場の中途半端の中年が小金を
稼ぐため、タクシー会社と契約して夜間だけ車を借りているの。
客を拾えなければ収入はゼロだから必死。何処で客を拾うか、ハンターと
一緒で勘が頼り。とにかく生きていかなくてはならないからね〜辛いよ!」】
 〜いま一つ〜  地元で、<稼ぎは、どのくらい?の質問に>
【 自分が子供の頃に、両親が離婚をして母親の女手一つで育てられ、
 生活の為、中学卒業と同時に働きに出たの。しかし、中卒じゃ、給料が
低いし…職を転々をした後、水商売に。そこで知り合ったホステスと結婚し、
店を開いたけれど、家内は一人娘を捨てて客と駆け落ち。結婚をして出て
いった。母親は今も元気で同居をしている。手取り17〜18万と、母親の
年金だけで、蓄えはない。人生に良いことは、あまり無く、虚しい。
これで母親が亡くなったとしたら、と考えると… 】
――
 海外の刑事ドラマや映画にも多く、加害者、被害者の立場で遭遇する
ストーリーが多くある。今では車内に録画機能がついているため、客も気が
許せない。来年あたりから、相乗りが認可されるというが、そこに更に
ドラマが生じるのだろう。大都会の移動空間の小さな密室に、様々な
‘人間的、あまりに人間的なドラマ’を乗せて、今も走っている。
・・・・・・
4426, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー9
2013年04月29日(月)
        「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」 橘玲著
  * 日本人は実は会社が大嫌い
 これまで年功序列と終身雇用の日本的システムこそが人々を幸福にすると
信じて疑わなかった。が、実はサラリーマンは昔から会社が大嫌いでガマン
して働いていただけ。それが出来たのは高度成長でパイが拡大していたため。 
バブル崩壊で景気が落ち込むと、日本的雇用制度が虚構の上で成り立っている
のが露呈してきた。 著者は、ここで、
《 大卒内定率が50%を下回るのも、3人に1人が非正規雇用になるのも、
 中高年のサラリーマンにうつ病が急増するのも、日本人がアメリカ人の2倍
(イギリス人の4倍)の割合で自殺するのも、すべて、機能不全を起こした
日本的システムから生じる同根の現象》という。誰が好きこのんで年功序列の
終身雇用のラインにいるのではない。それなりの理由があるため。
  ーその辺りを抜粋してみるー
≪ バブル最盛期の1980年代後半に行なわれた、仕事の満足度に関する
 日米比較調査がある。おそらくほとんどのひとは、日本と米国のデータが
すべて逆になっていると思うだろう。この調査結果は衝撃的で、私たちの「常識」
を根底から覆す。カリブォルニア大学と南カロライナ大学によるこの調査は、
日本の厚木と米中西部イソディアナポリス地区の製造業七業種の労働者それぞれ
4千人あまりを対象とした大規模なものだ。彼らは日本と米国の仕事観に際立った
違いを明らかにした。
* 結局のところ「いまの仕事にどれほど満足ですか」との質問に対し、
 満足との回答は米で34%、日本はその半分の17・8%。不満は米では
 わずか4・5%に対し、日本はその三倍の15・9%にのぼる。
*「あなにの友人にこの会社であなたのような仕事を希望したら、あなたは
 勧めますか」の質問には、米では63・4%が友人に勧めると答えたのに対し、
 日本はわずか18・5%だけだ。逆に勧めないと答えたのは、米が11・3、
 日本が27・6%だ。
*「いまあなたが知っていることを入職時に知っているとしてこの会社の
 いま一度、この仕事につきますか」の質問では、「もう一度やりたい」
 との回答は米ではじつに69・1%、日本は23・3%と三分の一にすぎない。
 二度とやりたくない」は米ではわずか8%、日本は39・6%と回答者の
 四割にものぼる。
*「いまの仕事は、入職時の希望と比較して合格点をつけますか」に対しては、
 合格点は米33・6%に対し日本はわずか5・2%にすぎない。否定にいたって
 は米の14・0%に対し、日本は62・5%と過半数を超える。もういちど
 繰り返すけれど、これは雇用崩壊が騒がれるようになった最近の調査結果
 ではない。80年代は日本企業が世界に君臨し"ジャパン・アズ、ナンバーワン"
 と呼ばれた時代であり、一方のアメリカでは、家族経営を信条としていたIBMや
 コダック、AT&Tなどの大企業が次々と大規模なリストラに追い込まれていた。
 それにもかかわらず、アメリカの労働者のほうが日本のサラリーマンよりも
 はるかに仕事に充実感を持ち、会社を愛し、貢献したいと思っていたのだ。≫
▼ アメリカの平均的家庭はプロテスタントで、働くことの価値の宗教的
 裏づけがある。日本にあるのは、儒教と朱子学の勤勉と、藩への滅私奉公の
意識ぐらい。それもアメリカの占領政策により、骨抜き。特に私は従属が大嫌い。
そのため会社に入らないで済ませるため、自分で会社を作る道を選んだ。
振り返ると、それが正解? 調査結果の内容は、国民の民度の問題でもある。
これでは経済の荒波が来れば、ヘチャルわけ。使われるのも大変だが、
使う方はモット大変。 * これらの質問の逆を考えて、何人肯定出来る? 
日本人と同じ比率? 肯定肯定、絶対肯定!と、感謝の言葉を繰り返す日々。

・・・・・・
5523,若者よ、外に出よ! ー� トルコ編
2016年04月29日(金)
             〜『人生の教科書』 なかにし礼著
 トルコは日本人にとって何か懐かしいような馴染深い感じがする。
東西の境目の地勢的位置がトルコという国を特徴付けている。それと、
極東アジアの小国が、敵国・ロシアのバルチック艦隊を撃破したことも、
彼らにとって大きな衝撃として今でも残っていて、異様な親近感がある。
  * トルコで自分の中の神秘を知る
≪ トルコのイスタンブールという街は紀元前からずっと途絶えることなく
 現在も生き続けている街だ。そんな街はイスタンブール以外にない。
パリなんて街として始まったのは12世紀からだ。ニューヨーク、ロンドン、
東京、みんなまだ新しい街と言っていい。 紀元前から栄えていまだに続く
大きな街はイスタンブールだけなのだ。ボスポラス海峡を挟んで2キロ先に
アジアがあり、手前がヨーロッパという風景の素晴らしさ、東洋と西洋の文化
が交差し、融合し、新たなものを生み出してきた街。人類の歴史が濃縮された
街が今もなお残って生きている。そこに飛び込んでいくことは計り知れない
刺激を与えてくれるはずだ。コンヤという街がある、「スーフィー」という
イスラムの愛の神秘主義者たちの街だ。高い帽子をかぶり、白いスカート状の
服を身につけてクルクルと無限に回って踊る。セマー(旋回舞踏)という
踊りだ。これが素晴らしい。彼らは踊ることによって自分の中の奥底にある
愛に達する。その恍惚によって踊っている人は皆笑っている。すべての
雑念を捨て去った美しい舞踏は、スーフィーという愛の哲学者たちによる
人類の神秘の領域を垣間見せてくれる。イスタンブールとコンヤを旅したら、
もう「夢がない」なんて言っていられない。 ≫
▼ 「今までの旅行で、何処が一番よかった?」と、ツアー仲間から、度々、
 聞かれることがある。しかし、その都度、答えに窮し、「3分の2は優劣を
つけがたい」と答えるが、「それでは3つ挙げて」と、決まったような質問。
そこで、その都度、相手をみて変えるが、文化的カルチャーショックの
大きいのは、「エジプト・トルコの旅」と、初回の「欧州30日間の旅」である。
イスラム圏のエゴ丸出しの文化も、想像の域を遥かに超えたもの。
世界は広く、深い。そして濃厚である。現在、欧州では「トルコに近づくな!」
が合言葉だそうだ。テロだが、今ではパリと、ベルギーが、次の要注意国。
こうして過去の文章を読んでみて、憑かれて行ったものと我ながら感心する。
行蔵として、残るから良い。「行きたいうち、行けるうち、元気なうち」だ。
若者だけでなく、壮年も同じ。 壮年のうちだったからこそ、行けたからだ。
老年は? 高めなら、いくらでもある。少々の勇気と、金と、元気があれば。
――
   ーH0805 エジプト・トルコ感激の旅  −トルコ編 ー
 トルコといえばキノコ岩等の奇岩の群れカッパドキアが有名である。
トルコ中央に位置しているアンカラの南東に広がる高原地帯にある。
中世にイスラム教徒の圧迫により逃れ逃れたキリスト教がたどりつき、奇岩を
くり抜き洞窟教会や住居をつくりあげた聖地。まさにSF映画やアニメ漫画に
出てくるような現実ばなれした奇景そのもの。“本当にここは地球上?”と
息をのんでしまうほど。
 その近くにあった地下都市・カイマルクも異教徒からの目から逃れる為の
秘密地下都市群。あちこちに蟻の巣穴のように縦横に掘られており、地下の
マンションと形容できた。一万人以上が何世紀にわたり隠れ住んでいたという、
信仰の深淵さをみた思いであった。そして、その帰りのバスの中より夕景の
“大きな 丸い真赤の月光”も生まれて始めてみる生涯忘れられない光景であった。
 イスタンブールの地下宮殿と呼ばれている地下水道の貯水池“イエレバタン
・サライ”も非常に印象的なものであった。十二列×八mの列柱が336本
整然と並んでおり、その一本の柱の下に神話に出てくる女神、メンドーサの
石首が土台になっているのが神秘的。バック・グランド・ミュージックに
ベートーヴェンの第九が厳かに流されていたが、その場の雰囲気にぴったり。
 トプカプ宮殿では、かのオスマントルコ帝国が、何世紀にわたって世界中
より集めた秘宝がところ狭しく展示してあった。リンゴ大の四十数カラットの
ダイヤモンドや純金の椅子には驚いた。宮殿もその絢爛たる宮廷生活をしのばせ、
四〇〇年間のスルタン(皇帝)の日々が目に浮かぶようだ。
 また、イスラム寺院のブルーモスクやアヤソフィアも、その荘厳な内部も
圧倒された。私自身、気功をやっている為か、右手がいたくなるほど、しびれ
たのには驚いた。 これだけの深い歴史の国に四日間だけで、ほんの一部しか
触れる事はできなかったが、この国の“光”の一部はしっかり見たつもりである。 
 最後に行った巨大市場、スークも面白かった。五千の貴金属、みやげ物を
売っているが、ほとんど偽物の金銀の貴金属商品という。そういう目でみると
逆に面白いものばかりであった。殺人的なスケジュールの十日間の旅であったが、
中味の濃い感動・感動そして感激の日々であった。(1996年.1月30日〜2月8日)


6254,閑話小題 〜あと半年で平均介護年齢に

2018年04月28日(土)


   * 72歳、あと半年で平均介護年齢に!
 男の平均寿命が80歳、介護年齢が7年というから、あと半年で平均介護年齢に。
周囲を見渡すところ、同年代の3割が鬼籍にはいっているので、健康体でいるのは、
同年代で3分の1になった。半分なら分かるが。もう、この時節に到来したのか。
 
 数少ない地元の酒のみ友達と、去年の暮れ以来、4ヶ月間も連絡がなかった。
30数年来、初めての間隔のため心配をしていたが、先週末に連絡があり、久々に
カフェテラスで会ったところ、「自宅近くで転倒、複雑骨折をして手術をして
1ヶ月間の入院後、自宅で1ヶ月あまり療養していたという。運転は、ままならず、
カフェには奥さから車で送ってもらい、帰りは私が映画館への道すがら自宅近くに…。
リハビリが週に2回。介護4というからただ事ではない。あと数ヶ月で78歳。
 
 介護には、要支援が2段階、要介護が5段階合計7段階がある。その6番目とは、
かなり深刻な状況。 握力が弱くなり、コーヒーカップを持つのが、精一杯。
複雑骨折の手術と、その苦痛は並み大抵でないと話が続く…。
介護用電動リクライニングベッドを月800円で借り受け、寝起きしている…。
75歳が体調の節目で、その後3年は右下りの一方と…。その上に複雑骨折。
 転勤、リタイアなどで酒友が次々と減り、最後の?一人も… ただし生命力が
ある人なので、回復してくるはずだが。私自身の75歳への峠道は厳しい寒風が
吹きそうだと…。
 
 年末に行われる大学の同級会も、毎年、一人二人倒れて不参加組が… 
小・中・高校と同様に、他のクラスか、学部が加わる「同期会」に変わってる。
何処も、三大疾患、連合いの死などの厳しい現実の話ばかり。その中で、酒友の
ような転倒による負傷が多いと聞いていたが、よりによって。それも室内の躓き
のケースが。進学するほど健康寿命が高かったのも、前期高齢年齢まで。
兄姉、その相方も、去年、一昨年と、一人ずつ欠けはじめてきた。生存年齢が
80歳なら、然もありなん。 今までは、「人は先、ワシは後」だったが、私の
順番も遠くないのか? 古希の壁は無事超えられたが、問題は、後期高齢者の
区分の2年半後(75歳)。
 
 身近に、その辺りが私の終末の目安と宣言してきたが、さて如何なることか!
「あと千日の晩御飯」など思いもよらなかった。ここまでくると「べきことを、
べき時に、べくすべくしてきたのが、良かった」と自身を慰めるしかない。 

ところが最近、情報化社会への激変現象ウォッチッグ体験が面白くて面白くて、
死に欲(いや生き欲か)が出てきて… 
 追) 何故か、丁度よい過去文が次々とつづく。
   何か、宴会そのものの人生のような…  
  …そういうことにしておこうか! 

・・・・・・
5887,閑話小題 〜21世紀に入って16年
2017年04月28日(金)
  * 21世紀に入って16年
 21世紀に入った2001年から、はや16年になる。
・まずは2001年9月のアメリカへのアルカイダによる「9・11テロ」から始まる。
 ユダヤ・キリスト教対イスラム教の戦いの火ぶたが開かれ、イスラム国を生む
 キッカケとなり、大量難民が大挙して欧州を目指すことになった。
・地震、津波などの自然災害が日常的に多発。2004年12月26日、スマトラ島沖で
 巨大地震が 発生、この津波がインドネシア、タイ、インド、スリランカなど
 の諸国 の沿岸を襲った。津波による死者は28万3千人以上にのぼる未曾有の
 大災害。国内では、2004年の中越地震、2007年の柏崎刈羽沖地震、そして
 2011年には、東北大震災が発生した。
・2008年のリーマンショックの経済的激震が、世界を襲った。
・21世紀に入る頃に、スマートフォンなどネット社会が世界的に普及をして、
 全世界の半数が携帯端末を持つようになったが、その情報化に対応する体制が
 全く不備のため、混乱を引き起こしている。現実社会の上にネット社会が新たに
 出来上がり、それが現実社会を支配するようになってしまった。情報機器と、
 世界的ネットワークの進化が、グローバル化を推し進めてきたが、ここで、
 その反動が起きている。
 ――
 21世紀に入った5月初旬からこの個人HPを開設し、5900近いテーマを書き
続けて現在に至っている。個人的経験として、20世紀後半の奇跡的経済成長期と、
21世紀のネット社会の出現を目の当りできたのは、非常に幸運といえる。
世界は明らかに混迷の時代に入ってしまった。近隣の北朝鮮情勢が不安定に
なってきて、70年余りの平和だった日本も、安閑としていられなくなった。
戦い取った自由民主主義ではなく、アメリカから与えられたシステム。
それが故の軟弱な基盤が、そのまま露呈している現実がある。フッと振返れば、
歴史的幸運世代の落とし子、そのままの一人でしかない自分、そして何故か
動揺している自分が、ここにいる。時代背景、その世代が、その人そのもの!
 71歳は、71歳である厳然たる事実がある。老いてしまった。 しかし面白い。

・・・・・・
5157,不幸不利の7つの法則 〜��
2015年04月28日(火)
 去年の暮れ、幸福優位についての以下の書籍の批評文を書いた。
そこで、真逆の『不幸不利性の法則』のテーマを思いついた。あらためて、
幸・不幸を考えるに手軽である。ひとつ歯車が狂えば他人事の話でない。
≪2014/12/02 〜幸福優位7つの法則 −2
 【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】ショーン・エイカー著
   * 幸福の概念と、幸せな人
 それぞれの内容一つ一つに含蓄があり、納得させられる。その法則とは・・ 
法則1 ハピネス・アドバンテージ〜幸福感は人間の脳と組織に競争優位をもたらす
法則2 心のレバレッジ化〜マインドセットを変えて仕事の成果を上げる
法則3 テトリス効果〜可能性を最大化するために脳を鍛える
法則4 再起力〜下降への勢いを利用して上昇に転じる
法則5 ゾロ・サークル〜小さなゴールに的を絞って少しずつ達成範囲を広げる
法則6 20秒ルール〜変化へバリアを最小化して悪い習慣をよい習慣に変える
法則7 ソーシャルへの投資〜周囲からの支えを唯一最高の資産とする
  ー以上だが、再起力、20秒ルールには特に新鮮な驚きを感じる。】
▼ 幸福度からみた、下位の二割の人たちのところに八割の不幸が集まり、
 上位二割の人たちのところに、八割の幸福が集まる傾向にある。幸福感も
長期スパンでつくることが可能。人間である限り、孝不幸はついてまわる。
特に不幸?の四苦八苦は、避けることが出来ないが、その三倍の幸福状態を、
中長期の習慣化で身につけることは可能である。第二の天性といわれる習慣を
身に付け、幸福状況を三倍にすればよい。周囲には実に不幸の人が多くいるが、
彼らは、上記の幸福優位の法則の真逆をしているため。  〜つづく
・・・・・・
5522,若者よ、外に出よ! ー� .團薀潺奪匹箸い�衝撃を体験しろ  
2016年04月28日(木)
             〜『人生の教科書』 なかにし礼著
 図書館で、青少年向けだが、なかにし礼の『人生の教科書』が、面白そうな
ので借りた。まず目についたのが、この<ピラミッドという衝撃を体験しろ>。
それぞれの秘・異郷旅行で魅せられるのは、想像を絶した衝撃を体験するため。
 その度に、大自然の神秘、世界の広さと深さ、人間の神秘、「超」能力など、
旅行のたびに衝撃を受ける。それが、自分の広がり、深さに繋がる感覚が
次の旅行を誘う。その上、ツアーの同行者は旅行情報の宝庫でもある。
エジプトには世界の遺跡の7割があると言われるが、危険をおかしてまで
行く価値は十分にある。世界は驚異に満ちている。何故に、ここまで旅行
したかが端的の書かれている。 正に、以下の感動があるからだ。 
   * ピラミッドという衝撃を体験しろ
≪ 海外に旅へ出る。まずどこを目指せばいいのか?
 迷うことなしにエジプトのピラミッドだ。時間が許すのならすぐにでも
行ったほうがいい。脳天をぶち破られるほどの衝撃を受けるはずだ。
 エジプトのピラミッドほど人知を超えた代物はない。ピラミッドを見て何も
感じないということはあり得ない。ピラミッドを見たあとにローマへ行ったら、
絢燗な建築物も、しょせんは人間業でしかないと感じる。
ギリシャのパルテノンも、円形劇場もどれもこれもが、理解の範疇のものに
思えてしまう。でもピラミッドだけは、人間の想像もつかない神品なのだ。
 ごく普通の会議室のような部屋が、大きな数枚の石によって作られている。
天井も床も一つの巨大な石。壁には斜めに切れ目のある石が組み合わされている
のだが、この石の隙間がカミソリも入らないくらいピタリと合わさっている。
それだけで、世界の広さ、人間の神秘、人間の持つ「超」能力を肌で感じること
ができる。
 エジプトやピラミッドについてあまり知らないのであれば、本を持っていけば
いい。勉強しながら目的地へ近づく。徐々に気持ちが盛り上がり、そして現地で
実物を目の当たりにして感激する。その興奮の醒めぬままにまた本を読んで確認
をする。ガイドブックではなく、歴史が記してある少し専門的なものを持って
いくといい。
 今、エジプトには簡単に行くことができる。もちろん治安状態など事前に
チェックしておくべきだけど、基本的にはツアーならばほぼ安全に行ける。
 ピラミッドを見て、ルクソールに行って、王家の谷に行く。その3箇所は絶対
見たほうがいい。ナポレオンがエジプトを見て、「俺たちはいったい何をやって
いたんだろう」と深刻に考えたそうだ。その気持ちは実際にエジプトに行って
みるとよくわかる。≫
▼ 当時の衝撃を文章に書き残してあるが、何れの遺跡の前でも、ただ呆然と
 立ち竦みしかなかった。石の文明は、数千年の世界を、そのまま、保存する。
もう20年も経ったが、感動した行蔵は、魂に刻まれ、そのまま残っている。
――
1996年2月
エジプト・トルコ感激の旅  
ーエジプト編ー 
 まさにタイム・スリップして数千年前の古代を旅している日々であった。
まず最初に訪ねたのが「カルナック神殿」であった。“まさしく驚愕!”
直径が二mの石の大列柱が百数十本並ぶ神殿。
これが三千数百年に本当に!周辺の王侯貴族を驚かす為に造られたというが、
今まさに自分が、目を丸くして驚いているのだ。
歴史が私という小さな存在を見下ろしているのだ。
 日本ではまだ縄文の時代、これを造りあげた高度の技術があったのだ。
そして壁に刻みこまれたレリーフ、古代文字、現地のまだ若い日本人女性ガイドの
熱心な説明も手伝って古代文明の世界にタイムスリップした気分になってしまった。
そらに天を指すオペリスクとラムセス�鵺世などの王や神の像の数々。
今まで何度か海外旅行をしていながら、
何故ここにもっと早く来なかったのだろうか?と考えてしまったほどだ。
 
 次に行った「王家の谷」。ここは何代の王様の墓が、かくれるように数々
掘られている集団墓地だ。この中で英国の考古学者カーターの執念で
つきとめられたツタンカーメンの墓室にも入ってみた。
また、夕日の長い影を落としていたハトシェプスト女王の壮麗な葬祭殿と
そこにやはり刻まれていたレリーフの数々。
その帰りにたちよったネクロポリスの麗に立つメムノンの二体の巨像の神秘的な
光景も印象的であった。
その翌日行ったアブジンベルの大神殿、小神殿、のラムセス�鵺等の巨大な立像。
実際そこに立ってみて古代歴史の深さを実感する事ができた。

 またアスワンのナイル川で乗ったのんびりした“ファルーカ”という
小さな帆かけ舟の夕日の中での“ひととき”も、一瞬の中に永遠を
感じる事ができるようだった。

 旅の後半になってカイロに入ったが、
ナポレオンが言ったという“四千年が諸君を見下ろしている!”
というまさに異様なイスラム社会が大きなカルチャーショックになった。
丁度、ラマダン(一ケ月間の日の出から日の入りの断食の行)という事もあり、
異様さがさらに目立ち、我々日本人は西欧社会に感化されているのが、
逆に対比する事ができた。
早朝、街中とどろくアラーラの祈りのスピーカーの音も異様そのものだった。
我々の目からみると、接するエジプト人全員が金に特に汚い詐欺師そのもの、
“騙すより騙されるのが悪い!”“車は轢かれるほうが悪い!”とか、
それがイスラム教という。カイロ郊外にある二百五十万個の巨石を積みあげた
「クス王のピラミッド」も本当にすばらしいの一言。
考古博物館のツタンカーメンの黄金のマスクと財宝をみた瞬間、
ゾクゾク身ぶるいをしてしまった。
まだ今にも起きあがりそうな「ラムネス�」をはじめとする数々のミイラも
数千年をこえて不死への激しい希求を魂にかたりかけてくるようであった。

・・・・・・
4792,「消費される物語」 ー2
2014年04月28日(月)
           ー耕論「消費される物語」朝日新聞(4月22日)
  *「消費される物語」 〜希薄化する挫折      
 物語といえば、劇場で演じられ、それぞれの役割がある。その物語が、
右下がりで、大した意味のない役割としたら、生きている張り合いがない。
そこには、夢も挫折もない、節のない竹のようなもの。挫折には価値がある
のである。今回の節目で、気づいたことが、これ! その挫折さえ持てないと
したら・・ 挫折感は、人を絶望に到達させる。その虚無を背景に、人生が
新たな出発点になる。その以前に夢が持てないとなると、どうするのだろう。
  ーその辺りから
《 ◆ 希薄化する挫折
 一方、現代を生きる人々にとって、恋愛はもはや、それほど非日常的な
体験ではないし、社会への高い理想を持つこともない。欲望が「恋愛」や
「理想」という形で結晶化しないため、我々の世代では当たり前だった
「若い時に挫折し、自らの欲望をかみ殺す」という重大な経験が起こりにくく
なっている。 挫折が希薄化したことで、多くの人々が「いつかはみんなから
認められる」「夢はかなう」というナイーブなロマンチシズムを、年齢を
重ねても引きずり続けているのではないか。 あくまでも仮説ですが、
佐村河内さんや小保方さんの成功物語が大きな支持を集めたのも、そうした
ことが影響しているのかもしれません。「夢はかなうかも」と思い続けたい
上に、うさんくさそうな話を疑うリアリズムを身につけていない。
だから物語をあっさりと信じてしまい、裏切られると本気で憤る。私自身は
この仮説を「真実だ」と結論づけるだけの証拠は持っていませんが、貴重な
示唆を与えてくれると思います。 いずれにせよ、挫折がない、それゆえに
自らの欲望と現実社会の折り合いをどうつけるかという筋道がはっきりしない
という問題は、現代に固有の危機だと思います。それぞれの時代で、常に
本質的な危機がある。若い世代が中心になってその筋道をつかみ、しっかりと
表現することが、文化の大きな役割だと考えています。》
▼ 私たちの高度成長期の頃の「夢はかなう」は、当然のことであった。
 しかし、国家が衰退し始めた現在、大多数の者にとって夢の実現が考え
られなくなった反面、挫折も希薄になっている。 小保方氏や、佐村河内氏の
成功物語の崩壊も、また新たなる物語になる。私たちは、高度成長の経験と、
バブルの破裂、右下がりの経験をしてきたが、団塊世代の子息以下の世代は、
高度成長やバブルを知らない。だから、夢も挫折も、おのずから小さくなる。
また、物語もミニになる。青年期から成年期の間には、夢と挫折が、大きは
節目をつくる。 それが希薄化するのだから、気の毒といえば気の毒。
 私の事業の最後は、倒産という挫折?で終わったが、傷は少ない。準備期間
15年を含めた45年の物語が、行蔵として、心の底に残っているため、諦めと
同時に達成感がある。だから、毎日を、淡々と過ごすことが出来ている。
実際のところ、「希望が持てないほど辛いことはない」のだろう。現代の若者
は、その意味で、非常に辛いのである。で、仲間内の闘いの中で、相手を倒し、
馬乗りになることで満足をするしかない、きめ細かい差別化の時代の到来!
・・・・・・
4425, 閑話小題 ー今時のプレハブ住宅は二ヶ月で建つ
2013年04月28日(日)
   * 今時のプレハブ住宅は二ヶ月で建つ
 5年程前に裏隣の古い貸家が壊され二軒の住宅が建った。そして三軒目の
プレハブの着工が、この4月10日に始まった。その知らせに、完成が二ヶ月
後のの6月10日とあった。以前は、住宅は最短で半年から一年だったが、
今時のプレハブは工期が二ヶ月とは驚き。 まず基礎工事に二週間。次に外壁
工事で、周囲に足場をつくり、柱を建てていく。この連休が終わるころまでに
外壁まで完成し、内装に一ヶ月かけて完成のようだ。 最初の二軒は貸家で、
その借り手は両方とも既に居なくなり、一軒は空いたまま。表通りの方は
小さな小物雑貨店だったが、夜逃げ。その後、ファッション衣料店だが、私の
感覚では、この入り込んだ立地で商売が成り立つのかさっぱり分からない。
で、三軒目の住宅の着工。子供の頃近くに建前があると父に手を繋がれ見に
行ったもの。それより、2〜3歳にかけて実家の店兼住宅のビル建設の最中に
あった。住んでいる家を近くにあった300m先の公会堂の前に曳いていき、
空いたところにビルを建設をしたが、幼児ながら、毎日、父と建設現場に
行ったときのトキメキが、今でも忘れられない。その幼児体験が、ビル建設
マニアになったのだろう。 新築は夢があってよい。
  * 目的に合わせて人集めをするのではなく
 もう十数年経つが、ドキッとした言葉があった。
《起業では、何かをしようと適材を集めるのでなくて、優秀な人材を確保して
から、何をするか、どうするかを考えるべし》 まず有志が集まって、何の
事業を始めるところから考えるのが理想なのだろうが。創業というと、独自の
強力な個性が必要になる。 黒澤監督の「7人の侍」は、盗賊から村を
守るため、かき集められた浪人が、圧倒的多数の盗賊と闘う。これは目的に
合わせた人集めの典型。このことは、教養についてもいえる。何かのために
知識を得るのではなく、知識のベースが、まず必要。それが教養。
大学も4年のうちの二年間が一般教養、あとの二年間が専門課程になっている。
人生を振り返ると、本当に必要な知識は、哲学、文学、倫理とか、経済の基礎
知識であった。教養課程は、その導入知識を広く教えてくれる。大都会と地方
の差は、そういう人材が身近にいるか、いないか。40数年の独学では限界が
あった。「限界は誰でも到達するが、問題は、その先!」の意味を実感する日々。


6253,閑話小題 〜“キャバクラヨガ

2018年04月27日(金)

   * 微妙〜な一線
 まあ面白い! SJでヨガ・エアロに参加して6年2ヶ月、大よそ千回になる。
ストレッチそのもので、腰痛対策としてベストである。ヨガ専用教室の参加費は
一時間、大よそ1500円が目安。ジムのそれは、50人の定員もあって、100〜200円。
ところが、色気を売りにした“キャバクラヨガ”なる店に、文化相が公用車で
通っているのがすっぱ抜かれた。 〜まずは、ネット記事から〜
【 林芳正文科相(57)が、平日の白昼、“キャバクラヨガ”と呼ばれる店に、
公用車で出かけていたことがわかった。 週刊文春の取材によれば、
<4月16日14時半、林大臣を乗せた公用車は、恵比寿にある雑居ビルの前に到着。
林氏はヨガスタジオに入り、2時間を過ごした後、待たせていた公用車に乗込んだ。
 店は、元AV女優が経営し、個室で元グラビアタレントや元キャバクラ嬢の
インストラクターらが一対一でヨガを指導した後、オイルマッサージなどを行う。
料金は男性客は1時間1万1000円なのに対し、女性は3000円。客とのLINE交換や
食事、交際も認めており、テレビでは「キャバクラヨガ」として扱われていた>】
 ――
 〜コース詳細が何とも〜
 TT200詳細
ベーシック100hの合格後に受講し、中級者以上にも教えられるレベルを目指す。
『1時間15分のヨガクラス』のオリジナルプログラム作成とレッスンを通して
行える ヨガ中級者以上に対し、効果的なアジャスト、バラエティ豊かなポーズ
構成、テーマに合ったクラス運営、臨機応変な対応ができるレベルを目指す。
ヨガスタジオの中級者以上のクラスで自分のオリジナルレッスンを構成しギュラー
レッスンを運営し続けられるレベル。100hで学んだ事をベースに、より難しいポーズ
の練習やアジャスト、クラス構成の仕方を体験的に学びます。TT200は実技が中心
となり、体験的に、楽しみながら学んでいくプログラムが特徴です。アロマやハーブ
の応用や骨盤調整ヨガ、月礼拝も学びます。また、インターン制度を導入しており、
自分のレッスンを10時間行い、認定されたのち、合格となります。資格をとった後、
一番悩みの多い意見が、教えた経験の少なさからくる疑問や不安です。本校では、
基礎的な知識、体力作りだけでなく、心やマインドの成長のお手伝いも目標です。
インターン制度は生徒自身の自信につながり、即デビューの架け橋となります。
<庄司ゆうこ オフィシャルブログ(ポジ☆ポジ☆ポジティブ)
 https://ameblo.jp/shojiyuko/   
https://matome.naver.jp/odai/2152456174521985501
―
▼ 成るほど、ヨガを建前に密室指導とは考えたもの。デルヘル嬢が、少し
 ヨガ」を手ほどきを受け、密室で… 早速、店主のブログ「庄司ゆうこブログを
検索すると、ありました。 これが‘キャバクラヨガ’でなくて、何ぞや。
「ピンサロ・ヨガ」と書かれなくてよかった? 
オプションは、密室の中の交渉ごと。ヨガ用のレオタードと、軽装の運動着。
状況はホボ同じ。店主としては建前上は、「怒り心頭のポーズ」は必要。
何と男客の写真が、そのまま写っているのは、健全客? だから。
 健全といえば、SJのエアロ。今どきは、昼時に、真っ暗なスタジオ内で、
ミラーボールが点滅する中、老若男女が我を忘れて、大音響の中で踊りまわる。
これはストレス解消になり、健全なスポーツ。 キャバヨガも、凝ってる?
部分をとき解すのなら、健全? ところで、新潟県知事、何故、辞めたの。
「県知事である前に男の子です、すみません!」で、通ったのでは!
「少女買春」の男が、アワヤ都知事になったかもしれなかったのに。
こんなことを早朝の4時過ぎに書いている私は不健全ということ! 今さら…?
 ところで「ホストヨガ」が成り立つのでは? 当たると思いますよ!
他のジムに「ホットヨガ」というのをパンフレットでみかけたが…

・・・・・・・
3684, 自己を見つめる −8
2011年04月27日(水)          
  * 仕事について     「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著)
 第二の人生に入って一ヶ月足らずになる。 今月から仕事・事業人生から
無職のリタイアの人生に入った。人生の大部分を仕事を通して幸福・不幸の
波の中で泳いできた。仕事は人生の核であることは間違いない。社会の中の存在
意義が仕事を通して証明される。そこで表現した中に自分が見えてくる。仕事、
趣味、そして学びは人生の三本柱。人生のプロセスで、その重心が変わって
くるが、男は家族を作り、養っていかなければならない。だから仕事の比重は
のしかかってくる。とはいえ、三本柱の一つだが・・・
  ーこの本の中の仕事に関する部分を抜粋して考えてみるー
【 したがって、社会に応えてなんらかの役割を果たし、世間に寄与することが
 できるということは、人間の自己意識にとっては、自己の存在の意味を確認
することのできる最も直接的な答えであり、また喜びであることは、疑いようの
ないことだからである。もちろん、そうした仕事における労苦のうちには、
失敗や挫折、困難や事故、予期せぬ妨害や災害、さらには競争や不運など、
実にさまざまな心労の種が含まれていて、人生の現実が容易ならぬものである
ことが、誰にでも、ひしひしと実感されてくる。人生における懐疑や煩悶、
疑心暗鬼や気欝は、多くの場合、仕事をめぐるトラブルや、そこに絡んでくる
陰湿な人間関係に起因するものであることは、否定することができない。
けれども、そうした暗欝な影にもめげずに、自分の関与する仕事の有意義性を
確信して、少しでも前進し、実りある人生行路を切り開こうとする人にとって、
やはり、仕事を措いて、人生の実質上の道程は考えられないことになるであろう。
そして、もしもその人が、強い信念の持ち主として、どんな障害にも屈服せずに、
この世界では善が勝ち、道徳的な世界秩序が実現してゆくはずだと確信する
ことができるならば、たしかにヒルティも述べたように、その人にとっては、
仕事を通じた人生の意味と幸福が、力強く確認され、労働の喜びが増すであろう。】
▼ 「人生における懐疑や煩悶、疑心暗鬼は、仕事をめぐるトラブルや、
 それに絡んでくる陰湿な人間関係に起因する。」 しかし、それを乗り越えて
仕事を成し遂げることこそ、その醍醐味がある。とはいえ、経済震災や、自然震災
は、その全てを飲み込んでしまう。これほど大激震だと諦めがつくが。
これも人生。人生の多くを事業を通して多く学び、楽しんだことも確か。
 まあ、面白かった! 

・・・・・・
4791,「消費される物語」 ー1
2014年04月27日(日)
        ー耕論「消費される物語」朝日新聞(4月22日)よりー
 * 「消費される物語」 ー憧れをかみ殺す  
  ー「夢はかなう」を引きずるロマン 竹田青嗣ーより
 毎日、随想日記をネットに載せてから、まる13年になる。これも、ミニ物語
になるが、先日の朝日新聞の耕論「消費される物語」が考えさせられる。 
 ーまずは、竹田青ほぼ全文を抜粋ー
《 「どんな物語が杜会で受け入れられるか」ということは、「人々の間で
 広く共有されて一般化している欲望とは何か」ということに強く影響されます。
近代社会のかっての一般的な欲望は「自由」でした。職業選択の自由、思想信条
の自由、そして自由恋愛。だが、これらの自由への欲望は、先進諸国では20世紀
半ばまでに実現してしまった。それに代わり、現代社会で一般化しているのが
「承認」への欲望です。 そもそも人間の欲望には、それが他者から承認され
ないと実現できない、という特質があります。赤ちゃんがお乳を吸おうとする
ことさえ、母親の「あなたは私の子ども」という承認がなければ実現できない。
人間社会では、どんな欲望も承認を経て初めて実現する以上、快楽への欲望が
「みんなから認められたい」「祝福されたい」という承認への欲望へと移行して
いくのは、自然なことです。佐村河内さんの物語も、小保方一さんの物語も、
「不幸な境遇にある人や一見平凡に見える人が、がんばって成功し、多くの
人々から承認を得る」という基本的な枠組みは共通している。最近公闘された
英国の映画「ワンチャンス」も、携帯電話の販売員がテレビ(オーディション
番組で優勝し、塒界的なオペラ歌手になる、とり実話を描いた作品でした。
   □ 憧れをかみ殺す
 だが、ここで問題になるのは資本主義社会における「承認を巡る競争」
はゼロサムゲームで、勝者は常に少数派、です。「そこそこ満足」という人まで
勝者に含めても、6〜7割の人は最終的に挫折感や敗北感を抱くのではないか。
実現不可能な一般的な欲望に縛られ続けると、人間は不幸になるだけです。
(略)・・・ 挫折自体は決して悪いことではない。実現不能な欲望や憧れを
かみ殺し、強い忍耐で現実世との調停を試み、自らの生き方を確立する契機に
なるからです。・・欲望をすべて実現したいという「極端なロマン主義」、理想
がかなうことなど決してあり得ないという泥のようなリアズム、そのどちらかに
真理があるではない。両方の引き合いので、より深く生きられる「微妙な場所」
を探し当てることこそが必要なのです。私にとっては井上陽水の歌や、
フッサール、へーゲルの哲学が、そうした場所を見いたすための道しるべ
となってくれました。 ・・ ーつづく  》
▼ 現実にぶつかり、破壊された挫折経験の中で、「微妙な場所、そして立場」
 で、生きている我身にとって、自分にとって、都合の良い「物語」をつくる
しかない。それが、珍妙で、哀しく、痛面白いのである。逆に言えば、イドラ
(真実を覆っている嘘)世界にドップリ浸かっている人たちが鮮明に見えてくる。 
だから、この結果も悪くはないのである。イドラの言葉から、世間を読み解くと
面白い! 其の辺の、市場で聞いた噂を、信じて、小さな殻の中で、情念で
生きているのが一般である。ほぼ、世の中は、嘘と妄想で出来ているのが、
気づかない人たちの総称を「世間」。日本人の大多数にとっての宗教が、
この「世間教」。で、信者の群れが数多、屯する。それを、学生時代のゼミの
「ケース・スタディ」で、徹底的に議論の中で教わった。現象の中に隠された
真理、道理を冷静に捉える知識の必要性である。釈尊の遺言に「すべてのものは
移り変わる、怠らず努め励めよ」とある。変化する時代の中で、ロマン主義と、
泥のようなリアリズムの引き合いの中でこそ、怠り務めることだ!(-ノ-)/Ωチーン

・・・・・・
5886,閑話小題 〜政治家は本当のことを言ってはならない
2017年04月27日(木)

  * 政治家は本当のことを言ってはならない
< 東日本大震災について「まだ東北だったから良かった」と被災者を傷つける
 発言をした責任をとった。事実上の更迭。>と不穏当な発言で、復興大臣が
辞任をした。 前後の発言の脈絡からすると、さほど不穏当の内容でないが、
その部分だけを切られて繰返し報じられれば、被害者は怒って当然のこと。
今では、誰もがビデオ機能付きスマフォか、デジカメを持っていて、報道局に
気楽に転送される。 政治家は御政道を語り、大衆を導くのが本分。これが、
この政治家の限界ということか。たった一言で、これまでの人生の全てを失う
のが政治家の辛いところ。

  * 小学生が、「忖度」なる言葉を使っていた
「小学生が忖度の言葉を使っているのを聞いて驚いた」との新聞記事にあった。
「忖度」の意味は、<他人の気持ちをおし はかること。推察。>である。
政治家が多用しそうな言葉であるが、この年齢になるまで「忖度」なる言葉を
一度も使ったことがない。

  * 昨夜は、中学校の同期会
 この10年来、年に3〜4回は開かれている中学の「同期会」が開かれた。
出席12名。以前は「同級会」だったが、死んだり、転居などで出席者が激減の
ため、何時の間にか、「同期会」になってしまった。 一次会で早々、帰宅の
ため二日酔いなし。
 高校、大学の同級会は同じ傾向にあり、消滅一歩手前? 歳を重ねると、
唯我独尊で、他人に厳しく自分に甘くなり人間関係に支障をきたす傾向が強く
なるのは自分からして納得。 晩秋の夜会もまた、娑婆の妙な味がする。

・・・・・・
4424, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー8
2013年04月27日(土)
      「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲著
  * 私たちが何故不幸か、進化心理学が教えてくれる
 チンパンジーからして、実は平等も格差も遺伝子に刻印されている。
この矛盾が、人間を不幸にしている。能力も、女性の容姿も、生まれながら
大きな差がある。それを克服するには、一生を要するが、それを失うには数年、
いや、数ヶ月で済む。女性が連れ合いの選択にシビアになるのは当然、それで
人生の大半が決まってしまうため。だから二段階上の相手を必死に探す。
それをシンデレラコンプレックスという。しかし殆どが夢幻の幻想で終わる。
だから神様は、男の性欲を過剰に与えて、仮装の相手に惑わさせるようにした。
で、男は一生、その付けを払わされる。平等欲求と格差の遺伝子を同時に与え、
不幸になるように創られたのは、神様の仕業。だから幸福など気の迷い。
「不幸なのは人類の宿命で、私や貴方だけでない!」と割り切るしかない。
 ーその辺りから抜粋ー 
≪ 二頭のチンパンジを真中をゴフス窓で仕切った部屋に入れ、片方にキュウリ
を与えるとすごくおいしそうに食べる。ところがもう一方のチンパンジーに
バナナが与えられると、いきなり怒り出し、手にしていたキュウリを壁に投げ
つける。さっきまであんなにうれしそろだったのに。霊長類学者ドゥ・ヴァール
は、こうした観察結果から極めて重要な発見をした。平等はチンパンジーに
とって、けっして譲ることのできない「基本的猿権」なのだ。 ぼくたち人間も、
「平等」に強いこだわりをもっている、人種差別で沢山の血が流れるのも、
バックパッカーがぼったくられたことに延々と文句をいうのも、同じ人間として
平等に扱われていないと感じるからだ。でも平等が遺伝子に刻み込まれた生得的
な価値観でなぜ世の中は格差社会になるのだろうそれは、「格差」もまたぼく
たちの遺伝子に刻印されているからだ。 初対面の二頭のチンパンジを四角い
机に座らせ、どちらにも手が届くところにリンゴを置くと先へと互い取り合う。
負けけがつづと威嚇の表情を見せるが、喧嘩にはならない。互いに先取者に
所有権があることを認めているからだ。ところが同じことを何度も繰り返すうち、
どちらか一方がリンゴに手を出さなくなる。からだの大きさなどさまざまな特徴
から二頭の間で自然に序列が生まれ、いちど階層が決まると、下位のチンパンジー
は上位者にエサを譲るようになる。保育園や幼稚園でも、子どもたちを集団で
遊ばせるとごく自然に階層が生まれ、リーダーが決まる(とくに男の子の場合、
この傾向は明瞭だ)。サルやヒトには、相手と自分の関係を測り、無意識のうちに
支配したり従ったりする強力なちからが働く。 人間の耳には、五〇〇ヘルツ
より低い周波数は意味のないハミング音としか聴こえない。ところがぼくたちが
会話をすると、最初はハミング音の高さがひとによってまちまちだが、そのうち
全員が同じ高さにそろう。ひとは無意識のうちに、支配する側にハミング音を
合わせるのだ。 声の周波数分析は、アメリカ大統領選挙のテレビ討論でも
行なわれている。一九六〇年から二〇〇〇年までの大統領選挙では、有権者は
一貫してハミング音を変えなかった(すなわち相手を支配した)候補者を常に選んで
きた。わざわざ選挙などやらなくても、討論のハミング音を計測するだけでどちら
が勝つかはわかってしまうのだ(ドゥ・ヴァール『あなたのなかのサル』) ≫
▼ 誰もが不幸になるよう設計されていると思えば、少々の怒りや悩みは解消
 される。だいたい幸・不幸は一時的感情。だから格差を容認するため「公平」
という考え方を作り上げた。ここでチンパンジーに平等の意識が「基本的猿権」
 としてあるのに驚いた。数十、数百万年かけてつくられたのだろう。小・中・
高校、大学に進学する度に選択されていく。上に進むたびに格差された自分の上下
左右が鮮明に見えてくる。平等、自由、博愛、これは理念、現実は逆ということも!

・・・・・・
5521,閑話小題 〜「しないこと」を決めることが先決
2016年04月27日(水)
  * 「しないこと」を決めることが先決
 政策についてのテーマで、以前、取上げたことがあったが、
 デル創業者/マイケル・デルの言葉、《「すること」それを決めることは
簡単である。難しいのは「しないこと」を決めることだ。》がある。
 日常の多くは、優先順序の低いこと、しないでよい事に、手をとられている
ことが大部分。すべきことに集中するには、しないでよいことから、切り捨てる
ことを明確にしておくべきということ。 これは、人生についてもいえること。
 それを明確にするには、死際を想定すること。それが無理だとしたら、死に際
から生還してきた人の死生観の本から学べばよい。そこには、人生で、しなくて
いいことが、列記してある。その結果、残ったことを優先順位をつければよい。
 それを先にしないと、あの世間様に、人生を食散らされてしまう。そういえば、
家訓も、「しないこと」が多い。 経営セミナーの経営計画の立て方で、
政策セミナーで、聞いた、【政策とは、「すること」より、「しないこと」を、
まず先決すること】の教えに驚いたことを、憶えている。で、何故か、しない
でよいことばかりをして、このザマ。人生も、何事も、すべからく同じ。
  * ノコギリヤシ
 新聞広告で、【1万人に抽選でノコギリヤシを無料進呈】にひかれて、
ネットで申し込んだものが、送られてきた。一日、三錠、一ヶ月分で5千円は
高過ぎるのでは? と、年齢から考えて、まず二錠を飲んでみて暫く経つと、
何か身体に精力が漲るような感覚が湧き出てきた。初回性もあるのだろうが、
とにかく一ヶ月間、飲み続けることにした。これを無料提供も、肯ける。
  * なに、これ!
 東京オリンピックのエンブレム、朝顔のエンブレムが、てっきり決まると
思っていたが、最も良くないと評価をした「なに、これ?」が決定した。
地味オリンピックには、これが丁度よいのか? 決定するに、広告代理店の
一線の人の意見を重視すれば、こんな葬式みたいなエンブレムを選ばない。
 柔道の山下氏が出てきて発表すること自体が変。決まったとしても、変は
変。チョッと否定的過ぎるか、動乱の世情からみて、東京オリンピックの
開催からして疑問が残るが、こういう時勢だからこそ、やるべきか? 


6252,閑話小題 〜長屋のコンニャク談義

2018年04月26日(木)

 熊: 何だよ、急に。
大家: 去年の同月同日のテーマを見て、急に思い立ってさ。
  金ちゃんのことなら、御前ならズケズケ言うに丁度良いからさ。
 熊: 俺だって、こんな兄殺し、叔父殺しの奴の悪口など話したくないね。
寅: 朝鮮といえば儒教の国だろう。そりゃ罪悪感で日々、恐れ慄いているさ。
  それと、暗殺の恐怖もさ。側近と、その親族を根こそぎ処刑しているからね。
 熊: 急に態度が変わったのは、締付けが効いてきたからさ。でもさ、誰が
  どうみても、核兵器も、ミサイルの放棄など、するわけないよ。
寅: 米朝首脳会談前に強硬派のCIA長官が渡朝し、厳しい前提条件を突き
  つけたはず。突如、中止になったり、会談が決裂したら、即、戦争の危機さ。
大家: 私は悲観的さ、アメリカは本気で戦争をするとみている。ロシア疑惑と、
  秋口の中間選挙対策もあるし、中国、ロシアへの見せしめもあるしね。
  やらない訳がない。それを前提に、これからの一連の会談を見るといいね。
 熊: でも、トランプってバカだろう。プーチンがスパイ網全てを使って
  大統領に押し上げた男。バカを大統領にして、子バカを嗾けただけだろう。
寅: おいおい、本当のことを言うと、暗殺されるぞ。
 熊: 北、アメリカのどっちから? …ああ、両方かい。
八: プーチンは、世界を支配しているのがユダヤ資本と看破していて、憎悪に
  近い感情を持っている。だからトランプを大統領に当選させて、北と相討ち
  をさせるのが戦略。かなり際どい日々が続くことになるね。
大家: 下手なハリウッド映画のようだな。トランプとプーチンじゃ、器が
  違い過ぎ。政治家としての余命からして持ち時間の量が格段と違うよ。
寅: 悪い夢をみているようだね。でも、プーチンの、ありゃないよ。
 熊: アメリカの俺程度の白人が支持層だろう。それなら、如何ともなるよ。
  俺たちのレベルは、とにかく目先さえ良くしてくれれば、それで良いのさ。
  そうだろう、それしかないからね。
寅: 俺も、熊に近い方だからね。でも、クリントン女史じゃ、あのままだろう。
八: どっちの政党でも「金持ちによる、金持ちのための政策」は変わらないよ。
  日本は地政学的に、アメリカと中国の境目に位置している恩恵を忘れない
  ことだね。
 熊: 世界の3分の2は、俺のような貧民の奴隷層だろう。しかし全く自覚が
  無いんだよな。
寅: 日本人というだけで、3分の1の層だよ。でもさ、最近、つくづく貧しさを
  感じるんだ。一生懸命働いて、生活するだけ何も残らないんだよ、何も。
大家: 三食食べて、こうしてノウノウと政治談議が出来るだけ、有難いと思わ
  ないとね。だけど、危ない状況の現状認識を忘れないことさ。

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5885,閑話小題 〜北朝鮮問題
2017年04月26日(水)
  * 北朝鮮の結末は
 北朝鮮の記念日の核実験はなかった。中国が原油を止める事態ともなれば、
国家の存続が出来なくなる」という理由が出来て面子も立ったからだ。
それにしても、中国が原油供給停止の恫喝とは驚き。このままでは、そう遠く
ない時期に戦争か、原因不明の病死の発表で体制が変わるか?
 韓国に米国人20万人が滞在しているため、アメリカの奇襲攻撃がないこと位
は、南北朝鮮の人たちは知っている。ちなみに、駐韓日本人は6万人とか。
 しかし目先を乗り越えても、年内か来年辺には?・・ 近未来も同じなら、
今やっても同じと考えても不思議ではない。韓国人の7割が移住希望を持って
いるというのも、理解できる。
 このところ、沈黙を保っているロシアのプーチンにとって、朝鮮戦争は、
願ったりかなったり、とすると、この男がカギを握っているのかも。
小狡い北狐、中国からロシアに原油供給を委ねる可能性もある。
 ところで、韓国内は、この手の北の恫喝には慣れたもの、5月9日の大統領
選挙の方に遥かに注目度が高いという。
 
  * 結局、今年の花見はなし
 悠久山と福島江の恒例の花見、今年は行かずしまい。 近年、悠久山の花見
に行かなかった記憶はない。(信濃川土手の公園の桜は、早朝のポタリングで、
自転車を乗りながら見ていたが)。 毎日のようにTVで、世界の絶景紀行
モノを見ているのも影響している?のか、桜の当たり年ではなかったためか?
北朝鮮の恫喝のニュースで、そんな気分になれなかったのか。(それほど、
シャイでもないか) 鶯の鳴声を一度だけ、信濃川土手河原で聞いたが、自宅
の庭と、近所では一度も聞くことがなかった。
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5155,理性と感性と悟性
2015年04月26日(日)
   * 理性とは何か
 学生時代のゼミで何気なく私が発した言葉が。「理性とは何ですか?」
あまりに唐突だったので、誰もがポカンとしていたが、それを簡潔に解釈した
内容を47年後にネットで見つけた! ネットと暇な時間は便利である・・
≪ カントやヘーゲルによって展開された「ドイツ観念論」を理解するためには、
 まず、感性と悟性と理性という三つの能力を区別する必要がある。
 主体としての人間が対象に働きかける仕方である。
・「感性」は「直観」の能力であり、時間と空間という形式を持つ。
(「直観」とは、カントの場合、見たり、聞いたりする感性的(=感覚的)
な直接知を意味する。)我々が何かを見たり聞いたりする際には常に、その条件
として、時間と空間という形式が先行しているはずである。我々は物(あるいは
何かのイメージ)を空間(および時間)なしに考えることは出来ないのだから。
・「悟性」と訳される「フェアシュタント(Verstand)」というドイツ語は、
「解る」「理解する」という意味の動詞(verstehen)から来ていて、
「理解する力」「常識」(英訳は、"understanding")を意味する。
その純粋な形式が、カントが「カテゴリー」と呼ぶ、判断の論理的形式である。
(これには、肯定や否定という判断の「質」、存在や全称という判断の「量」、
実体や因果性という判断の「関係」、必然や可能という判断の「様相」がある。)
・これに対して、「理性」は、より高次の、悟性の判断を総合的に関係づける、
推理の能力である。例えば、「人間は死ぬ」という命題は、「生物」という
媒概念を介して、「人間は生物である」「生物は死ぬ」という二つの判断を
総合したものである。英語でいうと、リーズン。つまり、「理由」「根拠」
「道理」を意味するのが「理性」である。なぜ?と問いかけたとき、
「なぜなら〜だからだ」と答える力が理性になる。≫
▼ 「感性」は直感能力、「悟性」は理解能力、「理性」は「高次の推理能力」、
 つまり高次の理由づけ、根拠づけになる。世間の噂話レベルは、身近な世界
の空間・時間が先行するため、一般的には「あの世界」に埋没する。
理性の真逆の世界。理性を高めるには、「ぼんやり時間」を意識的に持たねば
ならない。「ぼんやり」とは、闇の世界で迷子になっている状態。その5文字は
1、「闇」―蛍と星とダークマター
2、「独」―独りでいること
3、「閑」―逆茂木に囲まれて
4、「怠」―「1日4時間労働」の夢
5、「懶」―心の余白 である。
 いっけん、理性の世界とは真逆のようだが、この状況から、感性も、
 悟性も、理性も研ぎ澄まされる。高次の道理の追求ということ!
・・・・・・
5520,閑話小題 〜寺院消滅が止まらない!
2016年04月26日(火)
   * 寺院消滅が止まらない!
 葬式といえば、今では節約対象の一番の対象で、地味葬が求められる。
葬式業者に頼んで、坊様への謝礼は、一番、削る対象になる。これまで
続いてきた葬式に対する習慣が一変し始めた。 あるレポートに、
「寺院消滅が止まらない!」があった。〜その概要とは〜
≪ 団塊世代も死期に入り、葬式、法要が増えてきたが、以前ほど、49日法要、
一周忌法要、三回忌法要、七回忌法要など言わなくなった。大都会に集中し、
地方の過疎化と、家制度の崩壊が背景にある。あと10数年もしないうちに、
寺院の三分の一が住職不在になるという。 江戸時代に、戸籍管理を委託され、
それを良いことに、好き放題に搾取してきたことに檀家が、気づき、離れて
いった歴史がある。で、今では半数近く住職の収入が300万前後。
2040年までに人口に占める若年女性人口(20歳〜39)の割合が、
現在よりも50%減少する自治体を「消滅可能とし」として全国の自治体の
将来人口を推計した。人口が減れば当然、寺も減る。
 日本の寺院の役割は大きく二つある。「寺=信仰」、「墓=供養」である。
鹿児島県では、明治初期に、全国で吹荒れた廃仏毀釈により1066の寺院が
すべて消滅、現在では490まで戻した。それでも寺院が少ないのが目立つが、
寺院の存在意義を、団塊世代以下の人たちが、見出さなくなったことが大きい。≫
▼ 寺院が食べていける「檀家」数が、最低で200軒。これでは、地方の寺院
 が消滅化は当然の流れ。何ゆえ死を恐れるかといえば、人生を充分に生きて
こなかった結果、やり残したことへの無念と、死んだら、生臭い永遠の中に、
消え去る不安からくる恐怖。更に、身近な人の葬式で、彼岸に見送る儀式をし、
重油で焼かれた骨を墓に収めて終わり!とする共同幻想の儀式。で、後は、
法要で、生きている人たちが、世間向けに亡き人の思い出話。これは形を
変えた昔のレジャー、それはそれで、残された人たちの魂の慰めになる上に、
当人の慰霊になっていた。でも、これは、別に法要をしなくとも、仏壇の前で、
心を篭めれば、毎朝、出来る習慣。お墓は、死後の世界を信じる人の祖先様の
共同住宅という幻想の場。そう思えば、心が休まる。
 後記)書き終えた後、以前、似たテーマで書いたのではと、ブログ内検索で
調べてみると、二回も書いていた。で、「没にしようか」迷ったが、これは
これで載せることにした。戦前までは大方を占めた、情報不足の人にとって、
その法話は、有難たい心の洗濯、人生を考えさせられる内容だったが、今では
TV、ネットで一般人の方が数多の知識がある。法難は、寺院に吹き荒れる。
・・・・・・
2015/10/09
寺院経営の惨状とは
  * 貧困は寺院経営に顕著に現れ出る
 寺院の年間収入50万円以下が2割、100万円以下が3割の数字に目を疑った。
その3割の大方(9割)が生活困窮状態?という。 一年ほど前に親戚の
法事に参列したが、その宴席の隣席が午前様。 何気ない会話の中で、
『由緒ありそうなお寺のようですが、墓は幾つあるのですか?』と若い跡継ぎ
の午前様に聞くと、顔色がサッと変わり、『それは、言えません!』と答えた。
後で、「寺院経営の窮状を悟られたくないためか」と、気づいた・・ 
葬式や法事で聞く法話も、情報化の中で、『成るほど!』と心に残る内容は
今では皆無。 ネットで調べた内容は、衝撃的でさえある。
≪ 今年4月、『生活困窮者自立支援法』が施行。生活保護に至る前の自立
 支援が狙いだ。背景には、深刻な生活困窮者の増加がある。6月、厚生労働省
は「今年3月時点での生活保護受給者が217万4331人と過去最高を更新」と発表。
受給世帯数も、前月比3773世帯増の162万2458世帯と、こちらも過去最高。
増加に転じた平成7年時の受給者数は88万2229人。この20年で約2.4倍増えた。
増加の要因は、就労に依る自立困難な高齢者世帯の増加、更にリーマン
ショックや経済低迷の影響となれば、今後も増加傾向は容易に変わらない。
日本の高齢化は進む一方であり、6月19日に衆譲院を通過した労慟者派遣法
改正案は、労働者側からすれば生活を一層不安定にすると懸念されているから。
 ところで、この生活保護を受けられる最低ラインの生活扶助基準とは、
どれくらいか? 世帯数や地域でも変わるが、両親と就学前児童1人の3人家族
の場合では、最も高い東京23区で凡そ月16万円という。年収約200万円だ。
これに住宅扶助等の諸々が加えられる。
 では、この額に比してお寺の現状はどうなのか? 曹洞宗が10年に1度
おこなっている宗勢総合調査(平成17年)の寺院の年間収入は如何だろう? 
 先ず、年間収入50万円以下が何と2割を占め、100万円以下が3割。
確実に最低生活水準を満たしていない寺院が3割もあるのだ。平成21年に
浄土真宗本願寺派が行った宗勢調査の結果だが、こちらも2割近くが年収
100万円未満なのだ。当然、この年収では、いや、全体の半数を占める
300万円未満でも生活は厳しい。現に、本願寺派では300万円未満の寺院の
9割が「全く生活できない」「かなり切り詰めないと生活が成り立たない」
と回答。一般家庭と異なり、寺院には様々な維持管理費が必要。
布教の為の教化費もいる。収入の全てを生活費に充てる訳にはいかない。
実際、同派で300万円未満の寺院の7割が「兼業収入を寺院護持に使っている」
と答えている。 (略)・・・
 過疎や高齢化・家制度の揺らぎ・仏事に対する意識の薄れ等、お寺を取り巻く
環境の変化に依る今後の見通しは極めて厳しい。どの地域にあっても他人事では
ないことは明らかだ。そんな中、檀家の少ないお寺を継ぐことは極論すれば、
将来に“負債”を抱えるようなものという見方もあろう。現に、過疎地寺院の
後継者難が、どの宗派においても深刻な問題になっている。しかし、それでも
実は寺院数が激減していないのは、檀家は勿論、住職や寺族が物心両面で
お寺を支えているからに違いない。・・・ ≫
▼ お寺でも、その規模などによる経営格差がしているようだ。
 大都市一極化、少子化、家制度の激変の中で、仏事に対する考えも変化。
それに伴い収入も激減し、寺院経営は大きな岐路に立たされている。
「長い歴史で、情報基地の役割を果たしてきた寺院のシステムが、情報化
社会の変化に立ち遅れた結果」ということになる。特に過疎地は酷いようだ。
・・・・・・
2011/03/04
3630, 岐路に立つお寺
 3月1日のNHKのクローズアップ現代の「岐路に立つお寺」に驚かされた。
恐らく全国の寺の多くが追い詰められていると思ってはいたが、ここまで葬式
仏教への反感が強いとは! 法話も今さら何をという内容ばかり、その程度の
話はTVで聞く仏教学者の二番煎じでしかない。聞く方が、人生と死をより
深く知っている逆転現象もある。 NHKのHPより、概要を見てみよう。
≪  〜問われる宗教の役割〜
「葬式仏教」と批判されて久しい日本の寺が追い詰められている。都市への
人口流出と檀家の減少、「直葬」に代表される宗教離れよって、衰退してきた
寺が経営難に陥り、数億円の負債を抱えるケースも出てきている。
原因は“墓ビジネス”の失敗だ。葬儀会社に「葬式」さえも奪わつつある寺が、
存続をかけてビル型納骨堂や巨大霊園を建設したものの売れ残ってしまった。
一方、危機的状況のなかで、信者の心の苦しみに寄り添う宗教の本分に立ち
返ろうと、自殺や高齢者の孤立の問題に向き合う僧侶も現れている。岐路に
立たされるお寺の現状を見つめ、宗教の役割と可能性について改めて考える。≫
〜
 以上だが、番組中、仏教に対して良いイメージを持っている人90%、
お寺には25%、僧侶に対してはなんと10%、とあった。いかに、坊様に対する
不信感が強いかが出ている数字である。 現在の私の気持ちが、そのまま、
数字に出ていたのに驚かされた。私が厳しいのかと思っていたが、この数字を
知ってホッとした。 まとも?な坊様なら愕然としただろう。葬式時の御経代
の高さに、心の底では怒り心頭ということが見えないのである。霊園に墓を
移す流れは、もう止められない。江戸時代から特権階級の立場を利用して庶民
から貪りとってきたシステムに若い人たちは気づいてきたのが、この隠れテーマ。
コンビニの二倍も寺院があるというから、いかに庶民から搾取してきたかが、
窺い知れる。
・・・・・・
4790,閑話小題 ー父親のこと
2014年04月26日(土)
   * 父親のこと
 これまで母親について語ってきたが、父親について殆ど書いてなかった。
父親が42歳時の時に8人の末っ子として生まれた為、父親が孫のように特別扱い
され育った。それもあって、直ぐ上の兄に陰湿に虐められてもいた。 御陰で、
気が強く、常に自分の身を守ることに、人一倍の知恵が身についていた。
今回の一連も含めた危機管理などの用心深い性格は、この辺りからきている。
 大家族の中、父親が絶対的存在で、母親も、兄姉たちも、常に緊張の中で
父の顔色を伺っていた家庭環境であった。父親は骨董商の二代目。祖母が
婿取りで、母が結婚した時には、当時の資産で七万ほどあったと、母の晩年に
なって語っていた。母が結婚当時、父に「うちは金持ちなの?」と、聞いた
ところ、「金持の目安が10万で、どうだろう?」と答えたというが、その後、
数倍に増やしたというから、資産家の部類だったようだ。プチブルレベル?
 太平洋戦争前まで、当時のトップセールスを思い立ち、津上製作所社長や、
野本互尊など上客を持って、年に数回の取引で、かなりの利益を上げていた。
そして、大戦の勃発で、骨董は売れなくなり、地元からも多くの戦死者が
出ていた。その中、仏壇販売で戦中の生活を凌いでいた。それも終戦を向え、
次に考えたのが古着販売。食えなくなった人の古着を他より高い値で買取り、
欲しい人に、安い値で販売することを思いつく。それが拡大したのが、
衣料量販店である。これも、問屋からの仕入れでは安く売れないため、岐阜、
名古屋、岡山、広島などの生産地に直接行き、仕入れることを考えついて、
繁盛店として、全国的に知られるようになった。商売人の基礎の質実剛健を
モットーに、明治気質の、真面目な人であった。顔つきも、性格も、私が、
そのまま、受け継いだが、酒は、殆ど飲まないところが、私とは違う。 
趣味は、旅行と、骨董収集と、茶道と、住宅の建設。自宅や、姉たちの新築
建設に金も口も出して、そのプロセスを楽しんでいた。家も、店でも、チリ一つ
でも落ちているのを嫌い、徹底的に掃除をさせていた。学歴コンプレックスが
強く、自然に娘婿には高学歴の人がなっていた。 友人の持てない人で、
株屋や、保険屋の営業などしか、傍には寄せ付けなかった。兄姉も、怖れて
近づかない中、末っ子の私だけが何時も父の傍にいて、何かペットのような
存在であった。法事などは、何時も私だけが出席をしていた。父親は、太平洋
戦争を挟んだ激動期を、乗り切ったが、私は、結局は、飲み込まれてしまった
甘い三代目になる。 この随想日記も〈売り家と唐様で書く三代目〉の
‘唐様で書いた’で、しかないのか。 ゙(。ノω<。)ァチャ- (-_-)ウツタ
【(後記)これを書いて、分類の<堀井誠作・シマ ワールド>を開いた
 ところ、父親の命日などに、多く取り上げていた。今さら、我ながら
 驚いてしまった! 結局、父親は私の大きな後楯の人だった、ということ。
 それにしても! 呆けか 】


6251,閑話小題 〜北が核放棄? 何を今さら

2018年04月25日(水)

   * つれづれに
 先週末に、NHKスペシャルで、三回にわたり、金正恩の特集を組んでいた。
北が核放棄というが、全く怪しいもの。北朝鮮ウォッチャーの女性評論家が、
「その確率は2%」と宣っていたが、そんなもの。これまで、ことごとく、
約束を反古にしてきて、誰が信じるか? 問題は、明らかに耄碌な人、
トランプの甘さ。
 あそこまで罵倒した黄色人種を、白人ファーストのアメリカの極右が
見逃すわけがない。何があっても殺戮するのが、あの国のやり方。
そんな、甘くはない。アメリカと英国が組んだら、まだ圧倒的軍事力がある。
英国のEU離脱も正しい判断かも知れない。その背後にプーチンの影が見え隠れ。
――
 野口悠紀雄の『「超」リタイア術』を10年ぶりに本棚から手にしたが、
さっそく、目に飛び込んできたのが、
「リタイア=将来のために現在を犠牲にする時代から卒業すること」の文字。
リタイアしてまず実感したのが、このこと。これまでの「会社のため云々」の
ワク組のタガと、常に3〜5年先から現在をみる奇妙な習性から解放された
爽快感は計り知れない。夢の実現のための日々を過ごしていた20,30歳代の
日々は、それはそれで悪くはない。あれは犠牲でも何でもない。
サラリーマン人生とは違う生き方をしてきたこともある。自ら望んで始めた
事業の苦労は犠牲ではなかった。リタイアで、大方の人は、コペルニクス的
転換が、この言葉に込められている。将来のため、(役職に応じた)会社の
ためが、今度は用無しの身分になり、自分のための人生に直面する。
問題は、仕事とは別にライフワークを持っていたかになる。ここで、世間教の
皆様方が右往左往を始める。世間話が趣味ともなれば、半径500m内で群れる
ため、行蔵のない人たちの空疎の群れになり、生きてきたように死んでいく。 
それも人生だが… 何れにしても砂利は砂利、大して変わらないですか。

・・・・・・
閑話小題 〜馬の腹中で一夜を過ごす
2016年04月25日(月)
   * 馬の腹中で一夜を過ごす
 先週のシネマ、『レヴェナント』の中で、追手に追詰められて、断崖から馬
もろ共、落ちた主人公のデイカプリオが、林の木と馬がクッションになって、
何とか助かるが、その前に熊に襲われた重症の身で、激寒の中で、一晩を
過ごすが、その時、死んだ馬の内臓を抉り出し、素っ裸になって腹の中に
潜りこむ。息子の復讐のための執念が、一瞬、それをさせたが、朝、腹の中
から血だらけで出てくる姿は圧巻。これでデイカプリオはアカデミー賞の主演
男優賞を貰ったが、さもありなん。
 以前、読んだ慧海の『チベット旅行記』で、ヒマラヤ超えの山中で、雪の中
で、連れていた二匹の羊の間で何とか一晩を過ごす場面に驚いたが、これは
馬の生肉の腹の中! こういう話は実際に、あるのだろう!
 とこで、40数年前に、居酒屋・養老の滝のFCを、建てたばかりの飲食
ビルで始めた数ヵ月後に、近くの肉屋の人が来て、「朝、潰したばかりの豚肉
のツナギのルートがある」というので、見せてもらったのが、舌から大腸まで
繋がった内臓一式。思わず吐きそうになるほど生々しい。これを自ら捌いて、
串に刺して焼いて売ったのが、戦後、何もなかった下町の飲食店と屋台。
 必死さが、それも平気で捌いてしまう。事業の出だしとして、私にはベスト
の経験になった。それと飲食店のカウンターの内側と外側の大きな段差の違い。
要は、腹を括れば何でもできる。時にサラリーマンが、「屋台をひいても、
自分で商売をしたい」とか言うが、腹を本当に括れるかどうか。 括れない
人が、腹を括った結果を痛烈に批判する。気持ちは分らないでもないが・・

・・・・・・
4048, 一時停止 ー6
2012年04月25日(水)
  * 人間は大文字で書かれた矛盾     
         「一時停止」 谷川俊太郎ー自選散文ー1955〜2010
≪ 唐突なようだが・シモーヌ・ヴェイユのことばを孫引きさせてもらう。
(精神がつきあたるもろもろの矛盾、それらのみが実在するものであり、
実在性の基準である。想像上のものには矛盾はない。矛盾とは必然性の
如何を試すものである)
(存在の奥深くまで体験された矛盾、それは我々の身も心も引き裂く。
それが十字架である)
自己弁護のためにひくにしては、これらのことばがあまりに痛切であることは
感じてもらえるだろう。私は十字架にまで到達できる人間ではないけれども、
せめて矛盾をかいま見る地点にまでは行きたいと思う。矛盾の一方に身を
置けば、たしかにそこにも悲劇は待っていよう。作家の自殺のいくつかは
そうした場所で行われたのではないかと私は想像する。だが矛盾そのものを
生きることは ―それは私には想像もつかない。ヴエイユの言う矛盾は、
いわば大文字で書かれた矛盾であり、人間そのものと言っていいと思うが、
そのことが、つまり究極には矛盾しかないのだということが、私に勇気を
与える。私の出会うもろもろの小さな矛盾も、最終的な矛盾と構造的に結ば
れているに違いない。ひとつの矛盾を解決し得たと思うとき、それがすでに
もうひとつの矛盾のはじまりになっている。その無限地獄にこそあるいは
書くことに第一原因がひそんでいるのかもしれない。―その辺でやめておけ。
おまえにはそんなことまで論ずる資格はありはしない。どうしてそんなに
大仰でこわばった口しかきけないのだ。 おまえの内なる自然の荒廃は
その口のききかたからもあきらかだよ。見栄をはって、もっともらしい
愚痴を人に聞かせる暇はもうないそ。 (一九七二年) ≫
▼【 ヴェイユの(精神がつきあたるもろもろの矛盾、それらのみが実在
であり、実在性の基準である。想像上のものには矛盾はない。矛盾とは
必然性の如何を試すものである)】が良い。人生を総括すると矛盾の塊である。
しかし、その矛盾こそ実在であると知れば、人生を、そのまま受け取ることが
出来る。「矛盾は人間そのもの」とすれば、自分だけでなく他人を受け入れる
ことも出来よう。激しく生きるほど矛盾は大きくり、その重圧に潰されながら
生きていくことこそ人生の味わいを深くする。人間は矛盾だらけか〜
 他人のそれは見えても、自分のは見たくないもの。
・・・・・
4422, 糞袋の内と外
2013年04月25日(木)
              「糞袋の内と外」石黒 浩 (著)
「世界の中の自分は時に不自由であるが、世界を飲み飲んだ自分は自由
なのである」という新聞広告にひかれて、アマゾンで、この本の内容紹介を
読んでみた。まだ発刊して間もないこともあり、レビューも何もない。
パソコンとネットの機能から、逆に人間の脳の機能を逆照射した哲学を読んだ
ことがある。 ロボット工学者が、人間の形を持ったロボットの視点から人間
を見つめると、また違った何が見えてくる。 まずは ー内容紹介ーより
≪ 人間は感覚器が集まった糞袋。しかしその糞袋は、自分が自分である
 ということを確認する手段を持たない。CNNの「世界を変える8人の天才」
のひとりに選出されたロボット工学者、石黒浩。最先端のテクノロジー開発
を通し人間の本質を見つめる中で、「生きるとはどういうことか?」
「人間とは何か?」という問題を常に問い続けている。【人間を「糞袋」
と捉えることで、どのような答えが浮かび上がるのだろうか? 】約2年間に
わたって発信してきたツイートをもとに考察を深め、いま本当に伝えたい
メッセージを丁寧に綴った、渾身のエッセイ。≫
▼「人間は感覚器が集まった糞袋」と「世界を飲込んだ自分は自由なのである」
 という意味について考えてみる。まず「人間は感覚器が集まった糞袋」を、
「人間は考える製糞器」であると言い替えると、動物とロボットと際立って
違うところは、動くエネルギーが動植物系と電気かガソリンの違いになる。
人間の燃えカスは、一度、糞袋に溜められて排出される。人間は世界を飲み
込んで(環境を直感して主体的に)動くところが違う。それも自由度が高い
ほど人間度が高い、ことになる。自由こそ人間たる要素である。
世界を知り、そこで方向を探し出し、常に環境の変化に対応し、殻を破り
 続ける糞袋が人間の本来の姿。だから、身近に飛行機、自動車、自転車、
パソコンなどの身に合ったツールやシステムを使いこなし、自由度を高める
ことが必要。優秀なロボットを創ることで逆照射をして、人間の本質を探る
切り口は新鮮。人間の肉体を内と外面をシビアに捉え完成に近づける過程
から見えてくる姿は、哲学でいうところの「他者」と「自分」の関係を
考える上で面白い。この工学者は、自分の姿のロボットをつくり、生身の
自分から見つめている。第三者が触ったり、殴ったりした時に何かを感じる
はず。これは自己承認や、他者承認の問題に似ている。ロボットから見たら
糞袋に過ぎない人間の肉体。ロボットのように、第三者からの指示や
プログラムでしか動けない哀れな糞袋が、あまりに多い。そういう私の貧弱な
プログラムこそ最も稚拙!後悔先に立たず。自分を腹から笑えるだけ、
まだましか。


・・・・・・
5884,本物の教養 −3
2017年04月25日(火)
          <人生を面白くする 本物の教養 〜出口治明 (著) > 
   * 教養とは、そもそも何か?
 「教養とは、知識、経験から養われた素養」と、考えてきた。
そのベースには、地縁、血縁、学縁の影響を受け、文化、文明と、時代背景
の影響を受ける。
 第1章の目次そのものが、その説明になる。
≪  第1章 教養とは何か? 
・人生を面白くするためのツール 
・知識は手段、教養が目的 
・「自分の頭で考えられる」ことが教養 
・バロメーターは「腑に落ちる」という感覚 
・「腑に落ちる」ことが本気を呼び起こす 
・意見が決められないのは「考え不足」が原因 
・「反対のための反対」に陥っていないか? 
・いま教養人であることが求められている 
 〜第1章「教養とは何か」からの抜粋…
≪ 教養とは何でしょうか? どうして人間には教養が必要なのでしょうか? 
 もし、そう質問されたら、私の答えは「教養とは、人生におけるワクワク
すること、面白いことや、楽しいことを増やすためのツールです」という一言
に尽きると思います。よりワクワクする人生、より面白い人生、より楽しい
人生を送って、悔いなく生涯を終えるためのツール、それが教養の本質であり
核心であると私は考えています。
「あの人はすごい教養人だ」と他人に評されるかどうかなどは、どうでもいい
ことです。教養とは、人からの評価を高めたり箔をつけたりするためのものでは
なく、自分の人生をより彩り豊かにするためのものだと思います。
ですから、教養を高めれば人生をもっとエンジョイできるのに、どうしてそう
しないのか、という逆の問いかけもまた可能です。
 日本人は、�狄瓦良�〞が不足しているように感じます。とくに戦後の日本人は
そうではないでしょうか。焦土から立ち上がって、とにもかくにもアメリカに
キャッチアップしなければという時代が長かったので仕方がない面はあります。
だとしても、関心事が経済やビジネスに偏りすぎているように思えてなりません。
 日本人も、かつてはもっと人生をエンジョイしていました。
室町時代には奇天烈な装束を身にまとった武士が大勢いました。「婆娑羅大名」
や「傾奇者(かぶきもの)」と呼ばれた人々。いまで言うパンクファッション。
日本人は元来、楽しむことが大好きな民族なのです。
 戦後このかた、そういう感覚が追いやられすぎていたのではないか。
人生をもっと楽しむ心があれば、人間的な幅が広がり、魅力がより醸成され、
個人として熟成されます。突き詰めて言えば、教養とはそのためのツールに
すぎないのです。
 教養を身につけるには、ある程度の知識が必要です。教養と知識は、不可分の
関係にあると言っても間違いではありません。しかし、勘違いしてはいけない
のは、知識はあくまで道具であって手段にすぎないということです。
決して知識を増やすこと自体が目的ではありません。
 知識が必要なのは、それによって人生の楽しみが増えるからです。
サッカーを知らなければテレビでワールドカップを放映していても面白くも
何ともありませんが、サッカーを知っていれば最高の時間になります。
知識はその人の興味の範囲を広げてくれます。それが「教養化した知識」です。
 別に興味の範囲を広げようなどとは思わない、面白いことは一つあれば十分
だという考え方もあるかもしれません。もちろん、それはそれでいいのですが、
興味の対象が多ければ多いほど、本当に自分が好きなものや、打ち込めるもの
が見つかる確度が高まります。つまり、選択肢が広がるのです。自分が本当に
好きなものは案外見つからないものです。面白いことが多いのは決して悪い
ことではないでしょう。 また、面白いことは一つで十分だと考えていると、
食わず嫌いに陥る可能性があります。食べてみたらすごくおいしいと感じる
食事であっても、食べてみなければそのよさは分かりません。≫
――
▼ <「教養とは、人生におけるワクワクすること、面白いことや、楽しい
 ことを増やすためのツールです」でなくとも、広く深い知識は必要である。
その質量が視界と行動を促すことになるからだ。著者が、教養を広めるに、
「旅」が非常に有効という。私の旅行はパックツアーが主だが、最終日の
ホテルは主要都市の豪華ホテルと、美術館と史跡が組込まれている。 
秘異境ツアーには、アフリカ大陸や、南米大陸には、大自然、史跡などの
文明、乗り継ぎの主要都市には観光地と美術館・博物館巡りがセットされる。
この、どちらかというと、オマケも、回数を繰返すうちに目が肥えてくる。
「わくわく、どきどき」することを求めると、それが教養として身に付く事例
である。人生にとって遊びほど大切なことはない。問題は、「良く遊ぶこと」
その「良く」は、世間により淀むが、その解放から質的にレベルアップする。
 < 達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ >


6250,閑話小題 〜死のむこうには?

2018年04月24日(火)

       <魂でもいいから、そばにいて─3・11後の霊体験を聞く
                      奥野 修司 (著) >
   * 霊的なものは身体や脳という物質を介さなければ…
 霊的な世界を簡潔に説明している個所である。霊感に関しては体質の問題で、
全く霊体験をしたり、持ったことのない人には、解りようがない。何度か経験
してきたが、現在は薄れている。私は父親の霊?が、10年近く体質化して心底に
あり、不思議な現象を度々、経験をしていた。孫のようにように幼児の頃から、
愛され育ったこともあり、元もと、脳内などに染み込んでいたことも…
それにしても、死ぬまでの、生への渇望のエネルギーには、驚いてしまった。
 丁度、27歳、起業へのジャンプ台から飛び出すに、このエネルギーが、その
まま原動力になっていた。 以下は佐伯啓恩の『反・幸福論』のー死後の世界
と生命についてーの一節である。

≪ 実際、この宇宙にはまだとらえられてない、不可思議なエネルギーが存在
するようで、それどころか、宇宙を構成している物質の殆どは未知のエネルギー
とか、物質だか、正体を知りえないものだという。 そこで仮にそうした霊的
エネルギーが存在するとしましょう。それでもそれが人間の精神を形つくると
するには、やはり人間の身体や脳という物質がなければなりません。そうで
なければ、この不定形で停泊場所をもたない宇宙的なエネルギーが我々の
意識や精神になるとは思えません。仮に人間のうちに霊的なもの、つまり、
「精神」と呼ぶようなものがあるとしても、それは、物的な身体性と不可視
の霊的エネルギーの結合というほかないでしょう。とすれば、身体が消えれば
意識も精神も消えてしまう。それは宇宙に拡散して存在するかも知れません。
しかし、それは「私の霊」ではないでしょう。「私」がないのだから「私の霊」
などというのはありません。
 …確かに死ねば何もなくなるかもしれないが、『魂でもいいから、そばにいて
─3・11後の霊体験を聞く』奥野 修司 (著)という本がある。東日本大震災に
後に、多くの霊的現象や体験が報告されている。その聞き込み取材を行った
著者によって、多くの事例が紹介されている。… これらの全てが錯覚だと
いう勇気がないが、少なくとも、地震や津波で身内を失った多くの人達が、
何か説明のつかない体験をしたと信じていることは事実であり、しかも、
多くの場合、その霊的体験によって、残された家族が多分に安らかになった
という事例を読めば、そのことに疑いをさしはさむ必要もありません。≫

―
▼ 具体的な霊的現象の記述を、ここで数限りなく書いてきた。霊体質とか、
 霊的経験のない人からみれば、『いい歳をして、馬鹿か?』でしかない。
脳内現象では割切れないことは、世界には現にある。
 兎にも角にも、以下の内容を… 

・・・・・・
2001/12/19
[138] 夢についてー8

  (今まで見た夢で印象に残っている夢をかいてみる)
海岸線に飛行している夢ーこれは自己実現に対し欲求不満が原因らしい
谷の間を飛行している夢ー最高の気分
お城の天井裏に姫と家臣が隠れ住んでいるイメージ
白熊に追われ港のヘリに立っているイメージ
長岡の大手ドウリの店ー子供のころの3階の部屋の夢
どこかの町でトイレを探している夢
大学の時代いた寮の部屋の夢ー葬式の式段に自分の写真が飾ってある夢
5歳のころ一番上の兄が死んだとき白馬に乗って天に昇っていく夢
母が白い巡礼の服を着てーそれも7〜8歳の姿で、
もう亡くなった不運の一生だった叔母が見ている夢
ー母の生前の10年前の頃
あまりに鮮明に見えるので確認のためもう一回みるとピンボケになっていた夢
お寺みたいな屋敷を入っていくと廊下があり、その向こうに池がある、
その池が幻想的である夢
・・・・・・
[204] 霊体質ー3
 今まで起きた実際の事実を書く!信じようが信じまいがその人の判断だ。
シンクロニシテー(意味ある、考えられない遇然の一致)と重なっている。

1、5〜6年前柏崎の義父の葬式の帰り、峠で行く先々で7〜8回虹ができ
  その下を通った。100回以上そこを通ったが虹が出たことは初めて。
  かつ虹の下なぞ通ったのも初めての経験である。

2、近くの堀井といううちの分家にあたる従兄弟が、7〜8年前「自死」を
  したときの事。丁度通夜の日、ジャイアンツの二軍が悠久山で試合があった。
  それで天侯を憶えていたが、午後3時過ぎに突風がふくと天気予報がいっていた。
  
  3時に納棺であったが、その時突風がふき桜の花が納棺の最中吹荒れた。
  終わったと同時にピタッと止んだ。彼は毎年桜の花を写真に撮るのを
  趣味としていた。その年は桜の当たり年で、私もかなり多くをとった。
  彼もそれを覚悟で多くの写真を撮っていた。

3、母の葬式の日、‘おとき’のかえり天気なのに突然雨が降ってきた。
  涙雨といってよくあるそうだ。その時初めて知った。
  
4、昨年東京の叔母の葬式の時、丁度焼き場に遺体が行っていて、式場で家族以外が
  待っている時、急に気分が悪くなった。ハッとした、今叔母が私の処にきている
  のが解った。横を見ると鏡のついた柱があった。「鏡は霊を呼ぶのかーと思った。」

  ということは、10年前に抜けた霊体質がまだ残っているのかもしれない。
 また以前の文をコピ−しておく。


----------------------
S6201霊的体験
私には少し強めな霊的感覚があります。今回より数回シリーズで実体験を公開。
“A”さんが数年前になくなった時の事です。同じ会社仲間だった“B”さんと
十日町の彼の家へおまいりにいきました。その途中の車中で“B”さんと
般若心経の話になりました。
そこで彼の供養も含めてお経をとなえました。
その後、Aさんの家の確認のため車をとめ地図をみました。何げなく“B”さん
の顔をみると、彼の顔がまっ青になっているのです。やはり車中で“C子”さん
の話をしていたのです。
“A”さんが入社試験にやってきた時、彼(A)が優秀という事であり、
同じ十日町出身の美人C子さんにお茶を出させ、郷里の話をさせたのです。
そのせいかどうか彼は私の思いどおり入社したのです。
そのおもい出話をした事であったのか数万分の一、いや数十万分の一の確率で
彼女の家の前に車がとまったのです。十日町に出店をした時、彼女の家の前を
“B”さんが通って知っていたのです。私がそこに“偶然”(?)車をとめて
しまったのです。
“B”さんはあまり霊的な事を信じない人ですが、その時は最後まで信じられ
ないという風でした。私自身またかというのが実感でした。 その日一日
“A”さんがニコニコ私達を見守っていたという何かを感じとっていた。

ーーーー
霊的体験‐                 
平成4年 7月

20年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験をした。
死後一週間後位か妙な夢をみた。私自身父の気持になり“死にたくない。
もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。
夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が
自身実感できたのだと思う。父が‘なんだ自分はこうして生きているではないか’
という内的実感。
夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になったという不思議な実感。
恐らく経験した人間ではないとわからない。
また死後二〜三日後の夢も強烈な夢(?)であった。
何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが
“おやじ助けて!”と言ってしまった。と同時に廊下の向こうにある仏間より
本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。
そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、
その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。
全身汗びっしょりであった。まだまだ不思議な事がいっぱいある…。
あれ以来最近は少なくなったが幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。

・・・・・・
2014/06/14
「事業人生を決心して45年」の語り直しー14
  * 父の亡くなった直後の夢で起こった魂の融合!
ここで何度も書いてきた、父との魂の融合の経験の内容から
《 ー平成04/07 霊的体験 ー <社内報のレポート>より
 二十年近く前になるが、父の死後49日法要が終わるまで、何度か不思議な
体験をした。死後数日後に妙な夢で、私自身が父の気持になり“死にたくない。
もっと生きたい、生きたい”という“念”になった夢。そして夢よりさめた時の
妙な気持。 私自身が父になってしまった。いや私自身(父自身)生きている!
という妙な不思議な感覚である。夢の“念”は父そのものであるし、父と一年
身近で苦しみが伝わっていた為に“念”が自身実感できた。夢よりさめた自分の
魂が“父の魂”と融合した不思議な実感。この感覚は経験しなければわからない。
更に数日後の夢も強烈な夢であった。夢で強烈な恐怖感がおそってきた。
その時は、父のベットで寝ていたが、“おやじ助けて!”と言ってしまった。
と同時に廊下の向こうにある仏間より強烈な“引力”が全身をひっぱった。
その瞬間、ベットにしがみついたが、隣のベッドに寝ていた母がスクッと立ち
あがりトイレに行った。全身汗びっしょり。まだまだ不思議な事が多くあった… 
あれ以来(最近は少なくなったが)幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった・・》
 何故、これを取り上げたかというと、姉夫婦との対立の根は、父と姉夫婦に
根があった。父親は、典型的明治生まれの、質素倹約が基本にあるが、派手に
湯水のように社交費を使う姉夫婦と深い溝があった。絶対的な父のサブとしては
義兄の能力があっても、トップとして疑問を感じていた。 父は、中学と高校時
に私を二度、仕入れに同行させていた。将来のための実学のため。それと、子供
時代より実家の転業と、商売の現場で体感していた。これが急遽、本店を任され、
何も知らない仕入れや、経営に大きく役に立つことになる。父の魂が現場に再起
して私に成り代わったようでもあった。まず産地を歩き、情報を集めること!が、
コツ。 父が特別教育と、千葉の千城台ビルの土地購入から、立ち上げの過程を
見れば、姉夫婦が不安になって当然。
 ところで、養老乃滝の開店のドサクサに、姉夫婦が父の遺留分の財産を、
母と実兄と私の相談なしに勝手に処分、その上、白紙委任状を送りつけてきた。
父の遺言状が何時の間に蒸発。その上、母に、義兄を(遺言に反して)社長に
するよう執拗に依願。それを受けてしまった母に私が激怒の電話。と同時に
姉夫婦への対決を決意する。千葉での相方(親戚筋)から、気を許して話した
本心が姉夫婦に筒抜け。それが拍車になってもいた。地元では実兄に対する
陰湿な追い出しが本格的に開始していた。 のんびりした兄に、従業員の
総スカンが露骨の針のムシロの中、怒りの電話を何度も私にしてきた。 
父が生前贈与をしていた私たちの資産の実質乗取り劇の、開始である。 

・・・・・・
2003/04/25
不思議-シンクロニシテー

 以前にもシンクロニシティーについて書いたが、また書く。
親戚の葬式で不思議なことがおこることが多い。
不思議な現象で特に多いのが虹だ。5~6回はある。
先日も葬式から帰ってきて散歩にでると、過去15年以上を散歩
をしているコースで初めて大きな虹を見た。
ああまた出たという感覚である。

 その中で一番凄かったのは、7~8年前に義父が亡くなった時である。
葬式が終わり柏崎から車で帰ってくる曾地峠で虹が7回も
次々に出て、その下を通ってきたのだ。
曾地峠は過去に数百回は車で通っているが虹が出たのは勿論
はじめてである。
 
 以前にも書いたが、ゾクッとしたのは8年前に近くの分家にあたる
従兄が自死した時のある現象である。
納棺の時に、突風が自宅に吹き込み桜の花吹雪が舞い込んだのだ。
写真を撮っていたが、汗びっしょりになった。
そして納棺が終わると同時に、その突風が止んでしまった。
天気予報で午後の三時過ぎに突風が吹くといっていたが、
納棺の時間が偶然に一致したのだが。
死ぬ前日に桜の花をいっぱい撮っていた。
こういうのをユングが「意味ある偶然の一致」といっている。

 涙雨というのは昔からある。
晴天でも葬式の時だけ雨が降る現象だ。
それなら大都会では毎日降っていなくてはならない。
地方におきやすいのだろう。
人知のはかれない何かがあることは間違いない!

・・・・・・
H0511妙な夢―(�機�  
ある夜半、自宅のどこかで音が聞こえた。
泥棒ではないかと起きようとするが半睡眠状態で身体が動かない!
起きよう起きようとしているうちにスーッと身体が起きて廊下に出て、
居間に行き、台所を通り、寝ていた部屋へ一周してもどってきて布団
に入る。ところが、ところが、自分の肉体は反対側の向きでねている。
まずいと思い反対側にねがいって自身の肉体と一緒になるという夢(?)
である。これが単なる夢か幽体離脱七日まだわからない。
 また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて
(そのまま水平にいて)下をみると自分の肉体が下にみえる!直観的にまずい
と思い下にもどろうとするがもどれない。かなりうなされていたと思うが?
何年か後に誰かにきいたが、霊現象の一つで、よくある事だそうだ。
 こんな事もあった、これは夢ではないが屁の天井や床の下四ケ所で次々と
音がする。はじめは気のせいか夢かと思い、じっくりと観察を数回してみたが、
しかし夢ではなかった。ところで当社の税務事務所の応接間でも同じ現象が
あるそうです。

・・・・・・
H0511妙な夢―(�供�  秋葉原のワシントンホテルに泊まった時の事、夜半、
何かのケハイに横を見ると女の人の顔が浮いている。夢だろうと腕をつねったが
痛い、これは面白いと、メガネをかけじっくりとみた。全体が白光色の黒髪の
27〜28才位の、のっぺらした美人であった。別に恐ろしいという事も
なかったが顔ははっきりと憶えている。ところが何年か後に会社のある人に
その話をしたところ、“それってみんな同じ顔をしているんだよね!”
といわれた時、はじめてゾーッとした。
 またこんな夢もある。夜半目がさめて寝むれないので、般若心経をとなえて、
ウトウトした頃、急に別空間にひきずりこまれそうな感覚になり、まずいと
中断した。あの別空間は“別宇宙”“ブラックホール”的イメージであった。
その前後の夜半に夢で宇宙船みたいなものが近くおり、乗れという、これも
乗ったら危険と直観し去けた夢である。あれに乗ったらどんな景色がみえた
のだろうか?単なる夢とかたずけられない妙な内容であった。


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