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堀井On-Line
| 6249,閑話小題 〜科学がつきとめた「運のいい人」 |
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2018年04月23日(月)
< ー科学がつきとめた「運のいい人」中野信子(著) > * 科学者のいう、幸運の人とは 「運」については、ここで何度もテーマにしてきた(幾つかを後でコピー)。 それは己が引き寄せること、運び込みが可能である。宿命、生来、定められて いるが、「運命」は自ら変えられるのである。 ―― 〜内容紹介(Amazon)〜 運がいい人と悪い人って絶対いますよね。 では「運がいい人」というのはいったいどんな人なのでしょう? そのことを優秀な脳科学者である著者が語ってくれました。 実は「運がいい」人も「運が悪い」人も、遭遇している事象はそれほど 変わらない場合が多いようです。 しかし、その事象に対するとらえ方、 考え方が違う。 対処の方法も違う。長い年月を積み重ねれば、おのずと結果 は大きく変わってくるのです。では、運のいい人に共通する「行動パターン」 「考え方」「物事のとらえ方」とは何なのでしょうか? 本書を読めばわかります。あなたも運がよくなること間違い無し!
〜レビューより〜 ≪ 運のいい人になる絶対条件は、 ・自分を世間の標準に合わせるのではなく、自分を社会のルールや常識よりも 下に置くのでもなく、一般的な価値観や他人の意見に惑わされることなく、 自分の価値観で自分の幸せを把握すること。 ・また、自分を粗末にせず、自分を大切に扱うこと。他人を敬うのと同じように 自分自身を敬うことである。日々の選択の基準を「おもしろさ」に合わせよう。 ・【運がいい人の図式】 自分なりの「しあわせのものさし」をもっている →そのしあわせの状態を積極的につくり出す努力をしている →自分自身が好きな状態になる →人に好かれる。 ・成功者の条件であり、人を褒められる余裕の源である、セロトニントメラトニン を十分に分泌させるためには、サーカディアンリズム(体内時計)に則った生活、 即ち、早寝早起きすること。 ・他者への思いやりをもちつつ勝ち続けるためには、勝ちすぎないこと。 最適応するのではなく好適応する。 過剰適応するものはクロサイのように「絶滅」する恐れがある。 ・自分を褒めよう。失敗したときも「大丈夫、大丈夫、そんな○○ちゃん (自分のこと)も大好きだよ」と言おう。自分を褒めればβエンドルフィン、 オキシトシン、ドーパミンといった脳内快感物質が出て、脳の活性化、免疫力 の強化、記憶力がよくなり、集中力が高まる。三週間続ければ脳は変わる。 いつも自分を褒められるようになる。また、他人を素直に褒められる人は、 他人からも好かれるようになる。 ・夢を叶える人、セレンディピティーを発揮できる人は、常に頭のどこかで自分の 夢や目標について考えている。叶った状態をいつも思い描いている。そのため には自分の夢や目標をはっきりさせよう。金や学歴やスタイルは夢や目標を 叶えるための手段だ。目的は何かを忘れてはいけない。 ・そして、偽善は脳にすぐ見破られるけど、自分の目的の延長線上に自分以外 の幸福がないか考えて、そこに焦点を当てよう。 結局、運というのはその人の考え方とパターンによって変えられるのである。 「運のいい脳」にするには祈りも大切になる。≫ ― ▼「判断、決断が正しかった結果が幸運。間違うと「運」が悪かったという。 ということは情報と、知識と、経験の質量ということになる。それに素材が 加わる。「いま、ここ、わたし」が、ここに存在していること自体が幸運の 極みの結果である。英語圏の挨拶からして、『グッドラック』である。 その人を知ろうとしたら両親を見ろというが… 家庭環境が、大きく左右する。 『日々 是 好日』のつみ重ねが、幸運を引寄せる。 それと『知識』の質量。
―――― 2018/02/21 閑話小題 〜「自分は運がいいほうだと思う?」 −1 * 自分は運がいいほうだと思うか? 先週末の朝日新聞で「自分は運がいいほうだと思う?」をテーマにしていた。 〜要旨といえば〜 < 有名な話では、松下幸之助さんが社員の採用面接のとき、よく 「あなたは運が良い方だと思いますか?」と聞かれたといいます。自身でも、 「自分は運がいい」と一日に何度も言うという。 その理由の一つは、 そう自分に言い聞かせ思い込むと、自信が持てるようになり自分から積極的に 行動できるようになるということ、もう一つは「自分は運がいい」と思う人は、 今を肯定的に捉えて、悪いことが起こっても他人のせいにしないと… そして「自分は運がいいほうだと思う?」に、7割が運が良いと、3割が悪い と答えるという。 運が良かったと答えた一番の理由が、良い人間関係に恵まれていること、 良い環境と、良い両親のもとに生まれたため、そして成功が失敗を上回って いるためという。 運が悪かった人では、「思い通りの人生ではない」ことと、努力が報われない、 努力が報われない、人間関係が恵まれてなかった、などをあげている。 ― ☆ 〜運について幾つかネット検索からひろってみると、 ・人生の岐路で迷った時に、困難な方を選んだ方が運はついてくる。 ・楽観主義の方が運がよく成功しやすい。 ・夢や目標がかなった状態をいつも頭のどこかで思い描いていると、幸運が 目の前に現れたときにキャッチできる。ーなどがありました ― ☆ 「運がいいと思っている人ほど運が良い」ということです。確かに成功して いると見られる人ほど「自分は運がいい」という。 正反対の「自分は運が悪い」と言い続けている人がいます。会社の愚痴、仕事 の愚痴が多いですが、思い通りの仕事はなかなか担当させてもらえず… ― ▼ 運については、30数年前の経営セミナーで、『運の作り方』という テーマで聞いたことがあった。創造工学研究所所長の中山正和氏で、川喜田 二郎のKJ法に対し自身の方法をNM法と名づけた。 〜その要旨といえば、 <何かをする前に、判断をするが、結果が良ければ運が良かったという。逆に 悪ければ運が悪いという。それには、心が澄んでいるほど正しい判断が出来る。 そこでまず、般若心経を暗記し、唱え続けることで、心を空にして、現象を 捉えて判断し、ことに当るに、般若心経は、プラスに働く。> …と。 そこで3週間かけ暗記することに相成った。暗記してしまえばしめたもの。 何時どこでも、夜半、眠れない時とか、通勤の車内とか、チョッとした合間に 唱えることで、悟りに近い状態になれる。私の因縁のある有識者?の多くが、 例えば二人の息子や、兄夫婦、直ぐ上の、姉、会社の正社員などの人たちが、 暗記することに相成っていた。100人は下らないない?。 …で、この有様? 茹でガエルになってしまったからじゃないですか。 〜つづく ―――― H0605 般若心経のすすめ
十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”という講演で、 般若心経のすばらしさを聞いて一ケ月がかりで丸暗記をした。 今まで何万回唱えただろうか。 当社では入社教育で丸暗記が必須となっている。 二人の子供ま毎朝の仏壇での私のお経の為か丸暗記をしてしまった。
十年間の経験より(私の実体験より) 直観した事を列記すると �ー�分サイズの時空を超えた一つの視点をえた �⊃澗_擦貿板垢�あっている(リズム) ��α波がくみこまれている �ぁ版亜匹�この中に入っている �イ�寺・神社等で唱えるとTPOとして、 その場のイメージが鮮明に残る ��情報雑念等を切断、整理をする働きがあり、 結果として“運=無意識の判断”を左右する �Г海譴鬚�り返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき、 自己の中にその中空がつくられる ��夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、 等々限りない。 立花隆と宇宙飛行士との対話の中で 「彼等は地球をはなれた体験の中の一瞬に、 キリストや仏等の教祖が苦難の上で直感した“絶対無”を観た」 のではないかと言っている。 それは般若心経をくりかえしの中で、 少しでも近づける様な気がする。
―――― 2016/09/25 閑話小題 〜幸運の人と、不運な人 * 人は、すべからく幸運である 以前、書いたことばかりだが、思いのまま、「幸不幸」について書いてみる。 ・人間は、「いま、ここに、私」として存在するだけで、幸運である。 「神様の御導きびき」といえば、それまでだが、幸運な偶然の一致の重層で、 存在している。他者と比較が、この幸運を見えなくしている。 ・自らを幸運なタイプと自認する人と、不幸と自認する人との、一生の間の 運命の差は膨大になる。不運な人は、チェンスがあっても、自分が駄目と 思っているため、目前にあっても気づかない。どうせ、駄目だからが無意識 のうちに働き、そのチャンスに気づかない。 ・幸運な人は、チャンス到来に、そら来た!と敏感である。何せ、幸運だから。 幸運であるには、何があっても上位に自らを置かなくては。まずは20%に、 そして、6%、3%、1%にと。 ・幸運な人は、幸運のある同類を呼ぶ、というより集合する。幸せ本には、 まず、「幸運の人に近づけ」と。彼らには、幸運を自ら引き寄せる力がある。 ・以前、<幸運を呼寄せる力を得るためには、『般若心教』を暗記をして、 ことあるごとに唱えなさい>と、創造工学の先生の講義を聞いて、早速、 二週間かけて暗記をした。「色即是空 空即是色」と、心を澄ませておけば、 情報選択と決断も間違わない。運とは、判断し、その行為が、正しい場合を、 「幸運」といい、間違った場合を不運という。だから、情報に対する純粋な 視線が必要となる。特に、情報過多の現在こそ、重要である。 ・生活習慣は、第二の天性である。 二ランク上の生活習慣を立て実践すれば、 二ランク上の人になれる。その差は、時間とともに莫大になる。 ・「恒産あって、恒心あり」、長年かけた蓄えが必要となる。なぜ?といえば、 人の心を自由にも不自由にする力が、金銭の有無に厳然としてある。お金の 心配からの解放が純粋な心を生み、それが幸運を呼ぶ。(真逆もあるが) ―――― ーS6004事業百訓ー
『人間思いあがったらもうおしまい。そこから先は何も進歩しない。運も同じ、 ああ自分はついていると感謝している間は、運も上昇線をたどってくれるが、 それがあたりまえと思ったり、自力だと過信したとたんに運もストップする。…』
『……自分が運が悪いという人間にかぎって何も努力をしていない。 レベルを上げると、自分をとりかこむ環境もレベルアップする。 それによって自分にみがきがかかり、さらにレベルアップする。 すると運にめぐりあえる機会がふえるのです。 そのとっかかりは何か。競争相手との紙一重の差がはじまりなんだ。 ところがこの紙一重の差、プロの勝負師にとって、天地ほどの差なのだ。…』
『…一生けん命何かをやる。運とはその一生けん命さに対して天が与えてくれる ご褒美なのだ。だから最初より褒美をねだったり、あてにしてはいけない。 それより一生懸命やる事が大事です。人間つくるのは鍛錬だけなのです。』 (将棋九段 芹沢博文)
―――― 2014/02/17 心を上手に誘導する方! 「心を上手に透視する方法 」トルステン・ハーフェナー(著) *「自分は運がいい」と思っている人ほど、幸運に恵まれるのはなぜ 「マインド・リーディング」のテクニック&メソッドを紹介した本だが、これは 他人だけでなく、まず自分のマインド・リーディングに使えばよい。それだけ、 心は未知で、扱いにくいもの。ランダムに、面白そうな部分をテーマにするが、 運、不運は、その最たるもの。運は判断の結果をいうが、その為に必要なのが 「観察力」である。 このところ長年信じてきたバイアスに気づくことが多い。『もの覚えが悪い!』 と、数十年思い込んできた。そのため、対象を観察さえしようとしないため、 さらに、もの覚えが悪くなっていたことに、最近、気づいた次第。私は「運が強い」 と思ってはいるが、その運を呼び寄せるのは、長年かけた努力の集積の結果と いうことを経験上、分っていた。運がいい、という思い込みなら良いが。 ーまずは、そのあたりからー 《 自動車メーカーの創設者ヘンリー.フォードはこう述べている。 「あなたは、自分は何かがとても上手にできると思おうが、全然できないと 思おうが、どちらも正しい」 あなたの思考パターンが、目標を達成する妨げに なっていないかどうかをよく考えてほしい。 なぜなら、それがあなたの人生の 運に大きな影響を及ぼすからだ。イギリスの心理学者、リチャード・ワイズマンも、 大規模な調査によってそのことを証明している。ワイズマンは、人生における 幸運と不運は本当に偶然によるものなのか、それとも運のいい人と悪い人がいる ことを心理学的に説明できるものなのか、ということに興味をもった。そこで、 ワイズマンは、自分が幸運に恵まれていると思っている人と、ついていないと 思っている人を探し出した。調査の対象になった人たちは「新聞に載っている 写真の枚数を数えるように」と言われた。その後、ワイズマンは被験者に、写真 が何枚載っていたかを尋ねた。しかし、被験者には知らされていないもっと重要 なことがあったのだ。その紙面の中央に、ワイズマンはある文章をかくしていた。 その文章とは、紙面の半分くらいの大きさで、「実験の担当者に、これ見たと 言えば、あなたは百ポンドを獲得します」と書かれていたのだ。 自分には運がないと思っている被験者たちは写真を数えるのに必死で、その文章 に気づかなかった。一方で運が良い人たちはリラックスしており、もっと全体を 見渡すことができ、ほぼ全員が百ポンド手に入れた。ワイズマンはこのことから、 運の良い人は、運がない人よりもチャンスに気づくということを導き出した。 私たちの思考は私たちの行動に影響を及ぼし、不思議なことに、幸運か不運の どちらかを引き寄せるのだ。ワイズマンは、こう書いている。「楽観的な人は 前向きでエネルギッシュで、新たな機会や経験にオープンである。一方運の 悪い人は、控えめで、頼りなく心配そうな反応をし、目前にある機会を見つけて 活かす気がないようだった」》 ― ▼ 運とは、判断の結果であり、判断には対象の観察力が必要になる。 過去の行蔵を見ると、失敗の場合は、観察をする詰めが甘かったケースである。 運を良くするには充分なる準備が必要で、浮ついて取り組めば、当然、そこには 失敗が待っていた。そう簡単に成功など出来る程、甘くはない。貧しい家には、 貧乏神が住んでいる。今回の一連でも多くのことを学んだが、それも捉え方一つ。 子の結果が、『あ〜、運が良かった』と思えば思えるし、 『あ〜、何て運が悪かった!』と思えば、そうである。運が良った!と捉えれば、 長年かけたリスク管理を幾つかして いたこと。運が悪いと思えば『長年の努力 の結果が、このザマ!神も仏もあるものか!』になる。モノは考えよう。
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| 6248,閑話小題 〜10年で100倍、20年で1万倍というが… |
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2018年04月22日(日)
* 10年で100倍もコンピューターが進化したというが? 1年〜1年半で2倍の速度の進化が10年も続くと100倍になるが、TV、 PC機能にストレートに進化しないとしても、10倍より遥かに大きな進化を成し 遂げている実感はする。23年前にWindows95が発売され、世界中に普及され、 世界は本格的情報社会に突入をした。コンピュータが小型化され、ノート型 PCなどの携帯化が進み、今では、タブレットPCや、スマートフォンが世界中に 溢れるようになった。 これが1万倍の進化といえるかどうかは疑問だが、 現実社会の上に、ネット社会が覆ったことは事実。 一昨年の秋口に、東京在住の一まわり年上のカメラマニアの万年青年の 従兄が、4kTVと、4k撮影機能の凄みを、お斎の席で教えてくれた。85歳 だが、進行ガンで、余命数年という。 『この10年のカメラ機器やTV、PCの進化からみて、劇的進化があるはずだが、 それをみてから旅立ちたい』と、切々と訴えていた。そこで、居間と寝室の 寿命に近かったTVを、4kTVに入替えて1年余り経過したが、その凄さに、現時点 になっても新鮮な驚きの日々を過ごしている。 8年前のTVは東芝の多機能TVで、 当初100万のモノが、型落ちで60万に値下ろしたのを購入したもの。しかし、 現在のスマートTVの総合機能は、それより数十倍はアップしている。 年内には360度見渡せるVR機器のゴーグルの中古?を買うつもりだが。これも カルチャーショックになるだろう。 その端的に見せつけられるのが、最近のシアターの映像世界。 先日みた スピルバーグの、『レディ・プレイヤー』は、これまでの映像世界と一線を 画するもの。シアター内で見る映画は、バーチャル世界に没入できる時空間で、 異世界にリアルに誘ってくれるが、そのリアルさが数倍、数十倍、増している。 こう考えればよい。洋風の居酒屋で、酒と魚の味が10数倍ずつ確実に美味しく なっている。別に毎日通う必要はないが、月に数度は行くだけの価値があると。 デジタル化の進歩は、生世界のリアルさを大いに増してくれる。その価値を、 合理的に日常に取入れない手はない。 ・・・・・・ 5151,知の逆転 〜�� 2015年04月22日(水) ー知の逆転ー 対談相手 オリバー・サックス * 人間特有の能力とは 人間特有の能力とは、「文法」と「読む能力」という説。これは50年近くの 読書習慣と、一日一文章の作成から実感するが、少年期に読書週間がなかった ことがハンデになって現在に至っている。それでも、読書習慣で助けられた。 文法こそが、多くの意味をもたらすが、技量をつけるには量をこなすしかない。 ≪ ・多くの動物や猿が、40もの異なる危険を知らせる音を持っていること が知られていますが、これらはどちらかというと記号のようなものです。 人間の言語では、チョムスキーの言うような意味での「文法」というものが 不可欠になります。文法こそが言語に限りなく多くの意味というものを生み出す ことを可能にし、言語をクリエイティブなものにします。単に情報交換を目的と したコミュニケーションのためだけでなく、われわれ自身そのものを表現する 手段としての言語というのは、人間に特有のものでしょう。 音楽もそうです。録音機を持って50万年前に戻れたらいいのですが。 ・言語の一側面である「読む能力」というものは、強力で人間に特有なもの。 しかしこの能力は進化の直接の産物ではありません。環境の視覚認識のために 使われていた能力を利用したものです。類人猿では個々の記号を認識するところ まではできても、テキストを読むというのは無理で、これは人類に固有の能力で あろうと思います。この能力は、限られた知能しかない場合も含め、おしなべて 人類に共通する能力なのです。 〜p153 ≫ ▼ これを人間の能力にも言えること。その力量に比例して「文法」と 「読む能力」が身についていく。「文法」は、話す能力、書く能力。 「読む能力」は、相手の、社会の発信する知識・情報を受止める能力になる。 14年間、これを続けてきたのは、この努力の効果と、その蓄積からくる醗酵の 効果が実感できるため。 ネットによる「文法」の意味とは、<広義の文法は 言語能力であると考え、音声や意味から独立した自律的 な構造を想定し、 それを特に文法と呼んでいる。> 言語能力こそ人間たる思考能力になる。 読め読め読め、聞け聞け聞け、書け書け書け、そして黙れ!ということか。 ・・・・・・ 4419, この結果に感謝している! 2013年04月22日(月) 一昨年の倒産劇から数ヶ月あたりから、 「この結末が私の人生にとってベスト?」という思いが心の片隅に生じていた。 他人に言うべきことでもないし、失業させてしまった社員や役員に対しても、 こんなことは口が裂けてもいえないこと。2001年の9・11テロ以来、10年間、 右下がり傾向が続き、リーマンショックで売上げが三分の一まで落ち込んでいた。 経営は死に体に近づき、真剣に止め時を探っていた矢先の東北大震災。もう駄目! と早めの決断をした。その事業物件の買手が直ぐに見つかり、同じホテル名で 新経営者の下で現在、営業が続いている。一般債権もほぼゼロで、金融債権以外 は思惑通りの清算ができた。会社借り入れの個人保証もあって普通なら個人破産 しかないが、物件の処分が順調だったこともあり、何とか破産なしの無傷で 済ますつもり。担保に入っていた自宅も、家内が買い取ることで確保。 何とか 今までとおり生活をしている。 順調に誰かに経営を渡すのと、この結果の どちらが良かったか、勿論、前者と思うが、こと私の人生という面からみると、 この方が良かったとも考えられる。 全てがベストに動いてきたから、人類も、 自分もいる。 先日の高校の同級会で、半年前に老舗の会社を倒産させた人が 隣でシミジミと、「この結果で終わったことに感謝している。こんな気持ちに なるとは思ってなかった」と、現在の私の心情と同じことを、そのまま語り かけてきた。 これは実際に経験した者でしか言えない言葉。無念で、情けない 自分と、周囲の好奇の視線の中、独りで日々、悶えた結果、この現実をそのまま 受け入れるしかない中で、実はこれがベストの結果だと気づく。「この苦しみを 与えているのは、神(自然)が、何かの意味を気づかせようとしているのでは ないか」という、フランクルの問いかけである。その時に自然に出てきたのは、 「この経験で私は、やっと半人前になったが、貴方は以前の不幸分を加えると、 半人前から一人前になった」で、ある。互いの心奥の葛藤と、その思いは同じ。 過去を振り返ると、何度かのどん底の青春期の日々にこそ、人生の味があった。 思い出すのは絶頂の浮かれていた日々でなく、瀬戸際で呆然と過ごしていた 日々である。あの時、何かが変わろうとしていた。それと同じ心情が、 「この結果(状況)に感謝!」の言葉に集約されている。底に下りてしまえば、 不安感など消滅。結果を素直に受け入れれば、そのまま安心立命の境地に到達 できるのが人生。実際に倒れ、孤立し、そこで人生を俯瞰すると、全く違う 目線を得ることが出来る。その視線から、これまでの人生を振り返ると、 何とつまらない自分が見えてくる。だから、「この結果に感謝している!」 の言葉になる。なかなか人生は味があり、面白い。 それを味わうのが、これからの人生。 ・・・・・・ 4045, 末っ子はつらい ー3 2012年04月22日(日) 私は10人家族の末っ子。 家が商家だったので誰も自分のことで手一杯、 互いのプライベートを見せないのが暗黙のルール。4〜10歳までは1Fが店舗、 2Fが倉庫と事務所、3Fが住居、4Fには住込みの女子従業員7〜8人が住む。 食事は、何時も従業員と一緒。 小学校5年になって、7〜8分離れたところに 住居部分が移動した。雑然とした商家では独りで遊ぶしかなかった。末っ子は 親の目が行き届かない分、姉や兄の虐めから自らを守らなければならなく、常に 周囲の顔色を窺がう性格になっていた。特に父親が店と家族と親戚を束ねていた 絶対的存在で、父に媚びるのが効果的であるのを知っていた。そのため?末っ子 の私に甘かった。数年前、新幹線の乗客の会話で、「私は多人数兄弟の末っ子で、 常に親や兄弟から許されてきた。それが今でも直らず、失敗をしても許される だろうという思い込みの性格が身について、大きな壁になっている」というのを 聞いて、「まさに自分そのもの!」と、驚いたことがあった。家族間では絶対に 互いの陰口はタブーで、兄や姉が他人の噂話をしたのを殆んど聞いたことがない。 児童心理学では、家族は5人以上が必要という。一人っ子は同年代の心の内を知る 機会が少なく、孤独になりがちになる。 さらに親のかまい過ぎと、兄弟がいない ため自己中心になってしまう。 家族の立ち位置で、性格が形成されるのは自然 の摂理。数年先が、それぞれの姉、兄の姿から見え、学ぶことが多い。 7歳年上の姉が勉強の仕方とか、自分の夢をイメージ化する重要性などを、 節目ごとに教えてくれた。ある意味で、一番、世話になった人である。末っ子は、 末っ子の欠点と利点がある。冷静にみて、やはり大家族は利点が多い。 両親の要素もあるが。 * 末っ子はつらい ー2 2002/05/08 末っ子は辛いと、姉が聞いたら、「なにをいっているか!」と怒鳴られそうだ。 「両親に、兄姉にみんなに可愛がられて!」と。確かにそうだ。特に両親にとって、 ペットみたいな存在で、亡くなる時もしかり、傍にいた。そして遺言も財産に 関しても、不利にならないようにして亡くなった。 家は両親が死ぬまで常に お手伝いがいて何時もチヤホヤされてきた。末っ子の特権を充分享受した。 それと大家族は逆に孤独に強くなる。一人でいつも遊んでいた。後年になって 長姉がいうには、いつも一人で三輪車で遊んでいたとか。今も一人遊びが好きだ。 ノイローゼになる人は一人遊びの出来ない人。 幼児期・少年期は事業の立ち 上げ時で非常に刺激的な環境。 そういう意味で「三つ子の魂百までも」である。 それぞれの性格はその時代の背景と、血液型と家族関係と両親の年齢などによって、 微妙に変わってくる。 長男には長男の立場、末娘ならその立場で決まってくる。 すぐ上の兄は、私の影的存在で?大人しい性格。「積み木崩し」というタレント 手記があった。長女、次女の次に男が生まれると、その次女がひねて非行に走る ケースが多いという。 兄妹の立ち位置で、性格が決められる。 * 末っ子はつらい ー1 2002/05/07 8人兄弟の末っ子である立場の自分を書いてみる。少年期まで、末っ子は 上からの虐めがきつい。特にすぐ上の兄のそれがきつい。常に気を張って いなくてはならないのがその宿命。食事も早く食べないと食べ分がなくなる為、 早食いが癖になっていた。多くの兄弟で育った末っ子は社長に向いているそうだ。 他人の気持ちを読む習性が、それに向くのだろう。それと結婚の相手は長女が いいとも最近聞いた。たまたま家内がそうだった。そういえば過去に惹かれた 女性は長女で、A 型で、おっとりタイプが多かった。また末っ子は口が堅くなく てはならない。立場上、それぞれの兄姉の秘密を知る機会が多い。しかし万一 告げ口をしたら、袋たたきにあってしまう。家族はまず出会う初めての社会。 ・・・・・・ 4786,自分の頭で考えるための哲学講義 2014年04月22日(火) 「道徳」を疑え! 〜自分の頭で考えるための哲学講義〜 * 価値教育とは? 20歳から30歳までは、変化の連続になる。社会人、結婚、早ければ父親、 と、色いろと変化をしていく。そして、年々、就職先、結婚相手の選定など、 人生を大きく左右する決断が突きつけられる。その中で、大きは危機が 体質の変化時の24歳頃にやってくる。それが人生の大きな分岐点になる。 ここで悩み、基礎を固めておかないと、長い実社会の中で、大きな落とし穴 に落ち込んでしまう。精神的には鬱病、分裂症など。社会的には突然の失業 とか大病とか・・ そこで直面するのが、人生の意味と、価値感である。 その辺りを「アメリカ道徳教育からわかること」の小項目で取り上げている。 ーまずは、その辺りを抜粋するー 《 価値教育とは、子どもの全人的尊重と、その自主的な全人的な働きによる 価値の明確化を援助する方式をとる。従って確定した知識を権威として教師 中心に教え込む指導方式とは根本的に違う。・・ アメリカの教育学には、 二つの大きな流れとして本質主義と進歩主義がある。 ・前者は、歴史の試練に耐えてきた文化遺産の教育的価値を重視し、学校には それを次世代に伝達するという、社会から依託された任務があることを強調 するのに対して、 ・後者は、子どもの興味・関心・成長欲求を受けとめ、自発性・主体性を尊重 して活動意欲を引き出すことを重視する」と。 そして、本質主義に基づき 価値の伝達に主眼を置く教育が、価値の押しつけにすぎないとして批判される につれ、進歩主義に基づいて子どもの価値表現や価値判断を重視する教育が 主張されるようになったといいます。そして現在では、両者の統合が課題に なっているそうです。私が注目したいのは、もちろん後者です。 つまり、子どもたちの価値判断を重視する進歩主義的な教育です。たとえば、 ラス、ハーミン、サイモンらが『道徳教育の革新』のなかで主張した 「価値の明確化」という概念があります。彼らは、すべての人が同じ価値観 をもつことはないという前提のもと、それぞれの人が自分なりの価値観を 確立する手法を明確化しようとしました。 それが次の7つのステップです。 選択すること:�ー�由に選択する �∧�数の選択肢の中から選択する、 �3董垢料�択肢の結果についての十分な考慮の後で選択すること 尊重すること:�ぢ砂鼎掘�大切にする、�ス猟蠅垢襪海函� 行為すること:�α�択に基づいて行為すること、�Х�り返すこと。 これらの七つを満たしたものを「価値」と呼ぶそうです。 》 ▼ アメリカ的価値観が、そのまま現れ出ている。「神の前で、それぞれが 経典に従い、自主独立で、前向きに生きなさい」という事だが、更にマトメル と、【自由に、複数の選択肢の中で、充分考慮した上に、大切に、肯定的に、 選択した行為を、繰り返すこと、を満たしたのが『価値』】ということになる。 価値観は、それぞれの年齢で変転していくため、人生は、何時も学び続け なければならないことになる。まずは両親など家族からの価値観から脱皮する には、この7つのステップは有効にはたらくだろう! そのためには、教養が 必要条件になる!三年前の【3679, 自己を見つめる−6 2011年04月22日 「自己を見つめる 」渡邊二郎 (著) 】が、続きになる!
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2018年04月21日(土)
『ロボットだって心を持てる 達人対談 前野隆司vs・ビートたけし‘新潮45:2017・10月号』 * 「意識』はすべて「錯覚」というけれど… 図書館から数ヶ月前の‘新潮45’を借りてきて流し読みをし、ここでテーマ として取り上げること屡々。たけしとロボット博士の幸福論が面白い。 <ありがとうと感謝の念をもって、ありのままで、やってみよう。 そうすれば、なんとかなる。その積み重ねが、幸せをもたらす!> これは、創業の基本理念にもつながる。 幸せな人とは、 《夢や希望や強みを持ち、つながりと感謝を持ち、前向きかつ楽観的に、 自分らしく生きる人。あるいは自分を信じ、他人を信じて生きている人》になる。 〜要所を抜粋〜 ≪ たけし: ロボットに心を持たせるにどうしたらよいか研究や考察をしたら、 人間には主体的な意識はなく、無意識が決めたことを追認する「受動意識」 しかないという仮説を唱えているという。… 前野: …その「受動意識仮説」とは、私たちは嬉しいとか悲しいとか、この ギャグを言おうかとか、意思で決めているような気でいるが、それは全て 無意識のうちの処理が先にあって、その結果にすぎないということ。 私たちは自由意志があるようにような気がするけれど、自由意志などは本当は ない。脳の背後で動いているプログラムがあって、それが出した結果を自分が やっているように錯覚しているにすぎないというのが、「受動意識仮説」です。 例えば、「コーヒーを飲もう」と決める。自分がコーヒーを飲もうと決めた 気がするけれど、本当は脳の中に小人がたくさんいて、それらが、色いろ 検討をして決めた結果を自分が決めたように感じている。 前野: だいたいコンピューターは10年で100倍、20年で一万倍賢くなる。 何十年後には人間の頭脳を超えてしまう。幸せな人は、利他的で、性格が 良いという結果が出ている。ロボットが賢かったら、幸せになりたいと思う じゃないですか。幸せになるためには良い人でなければいけないと気付くから、 嫌な奴にならないと思うんです。 たけし: 先生の幸せの研究は、人々がどのようなときに幸せを感じるかの アンケートをとって、その中から要因を取りだして、共通要素を分析して いく手法ですよね。 前野: 幸せの4つの因子とそれを現す言葉として、 やってみよう:自己実現と成長の因子 ありがとう :つながりと感謝の因子 なんとかなる:前向きと楽観の因子 ありのままに:独立と自分らしさの因子があります。 たけし: なぜ人は生きているのか? この世を風呂屋に例えると、 いい温度の風呂につかっていることが幸せ」だとすれば、熱すぎず、 温すぎない丁度いい温度に水で薄める努力をしないとね。 前野: 何故生きるかという問いに対し、西洋では神の存在を説いて、 天国に行くために生きるということになる。ところが仏教では、 「欲は本当はない」と説く。何のためにいきる、といった目的は徹底的に ないと説きます。…私の考えは仏教徒と同じ。「人には全く自由意志がない。 要するに、自分が感じている欲もないし、生きる意味もない本当はない。 自分が感じているものは全て脳がつくり出した錯覚にすぎない。何もないん だから、幸せに生きた方がいいんじゃないか。風呂の話と同じで、何で 風呂に入るか分からないけど、どうせ入るならあ適温がいい。だから、 最近やってるのが幸福学なんです。でも、なぜ生きるかとなると決定的 理由は見つかりません。 たけし: 「阿波踊り」じゃないけど、「同じバカなら、踊らにゃ損、損」と。 ―― ▼ 「ムーアの法則」からして、コンピュータは10年で100倍、20年で一万倍、 賢くなるが、実生活で、スマートフォン、タブレットPCの進化からして、 決してオーバーと思えない。20年前といえば私が52歳の頃に、中高生時代の 同級生が数人、亡くなったが、生き残った身として、一万倍の コンピューター社会の進化を目の当たりに出来た実感は、あまりに大きい。 勿体ない!である。 成るほど、中村天風の説く「積極一貫」の精神こそ、幸せをもたらしてくれる。 同じ人生、踊らな損だよ。元幕臣でありながら、新政府に仕えたことなどを 「痩我慢の説」で批判した、福沢諭吉に対して、勝海舟が答えた言葉 「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与らず我に関せずと存じ候。」 幸せも同じ。意味も何もありゃしない。まず、やってみて、それを楽しむこと。 ・・・・・・ 4418, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー7 2013年04月21日(日) * 幸福とは何か ー大富豪とマサイ族 「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」 橘玲著 幸福とお金の関係は、なかなか難しい。幸福の必要条件の一つにお金があるが、 十分条件では決してない。その辺りを、以下で大富豪とマサイ族を比較して 分かりやすく説明している。 ≪ アメリカでは一九八○年代から、幸福を心理学的に計測するという試みが 行なわれている。これは厳密に科学的なものではないが、様々な調査によって、 統計的にほぼ同一の傾向を確認できる(大石繁宏著『幸せを科学する』)。 ある調査によれば、人生の満足度を七点満点とすると、アメリカのビジネス誌 『フォーブス』に載った大富豪たちの満足度の平均は五・八だった。彼らは 資本主義社会の頂点に立つ成功者で、豪邸やプライベートジェットなど望む ものはなんでも手に入れることのできるひとたちだ。 アフリカのマサイ族は、 ケニアとタンザニアに住む半遊牧民で、必要最小限のものしかない貧しい暮し をしている。同じ調査で、彼らの人生の満足度は五・四だった。目の眩むような 大金は、ひとをたった○・四ポイントしか幸福にはしてくれないのだ。 もちろんこれには様々な解釈が可能だが、大富豪がマサイ族の村に行ったと したら幸福だと思うだろう。マサイ族の若者がニューヨークを訪れれば、 極貧と不幸に打ちのめされるかもしれない。幸福感は相対的なものだからだ。 マサイ族が幸福なのは、家族や仲間との強い絆(愛情空間と友情空間)のなかで 暮らしているからだ。それに対して貨幣空間の成功者である大富豪は、 その成功ゆえに愛情や友情から切り離されて幸福を感じられなくなる。 でも彼の人生は、まだマシな方だ。この調査によれば、世界でもっとも 不幸なのはロサンゼルスなどの大都市で生きているホームレスだ。 彼ら貨幣空間の敗残者は富も人間関係もすべて失ってしまい、自分たちより 過酷な生活をしているインドのスラム街の人たちよりはるかに幸福度が低い。 もっともこれは、それほど奇異な結果ではないだろう。お金が幸福の必要条件 ではあっても、十分条件でないことは誰だって知っている。ぼくたちがお金に こだわるのは、それが「安心」「安全」という大切な価値と結びついているから。 ヒトはずっと不安のなかで生きてきたから、安心を得ることは幸福の大事な条件 のひとつだ。そして市場経済においては、この安心はお金で買うしかない。 日本国の財政が未曾有の赤字に陥り、少子高齢化で年金制度が破綻必至になった ことで、この国を重苦しい不安が覆っている。老後を国家からの年金に頼って いたひとが、安心を奪われてしまったのだ。 でも単純な経済問題だから、 お金により解決できる。財政破綻で年金の大幅減が実行されても、宝くじで 一億円当たったら、どうだってよいと思うだろう。(当たらないと思うが) 幸福のためにお金を求めるのは、きわめて合理的な行動。ところが皮肉なこと に、宝くじの当せん者を追跡調査をすると、実はあまり幸福のなっていない。 買物や豪遊で賞金を使い果たすころには、自分には何も残ってないことに 気づくのだ。 ・・・ ≫ ▼ ー我われがお金に拘るのは、「安心」「安全」という価値に結びついて いるためーというのは分かる。ならば、日本は世界一の「安全」で、「安心」 して暮らせる国で、万一のことがあっても、生活保護がある。しかし自殺は 先進国の中でトップクラスにあるし、国民は幸せそうでない。何故なら国の 先行きが見えないためである。先行きなど、かつても見えなかった。 中途半端な幸せを長年続けてきた結果、激変の最中、動揺しているのである。 東北大震災から数ヶ月後、アフリカの難民をよびよせ、被災民の状況を見て もらったが、殆どコメントをしないで帰った。彼らにしたら何をか言わんである。 豊かさの中の極貧生活が不幸の最たる状態であるのは、大都市のホームレスを 見れば分かる。今や夫婦間資産格差が出来た私など、不幸の最たるもの? でも不幸感はない。「不安感」が最小に縮んだからだ。先行きの不安感は、 今が不安定だと生じ、蓄積していく。着地をした現在、今さら「不安」 など感じようもない。 ・・・・・・ 4044, 一時停止 ー4 2012年04月21日(土) 「一時停止」 谷川俊太郎ー自選散文ー1955〜2010 * 他人との出会い ≪ 肉体的な成長だけで子どもがおとなになれるわけではない。肉体的な成長 に精神的成長が伴わなければ、人間はおとなになれない。その精神的成長とは どういうものか、知識が増えること、感情が豊かになること、経験を積むこと、 考える力が増すことーいろいろな面から考えることが可能だろうが、そのどれも が結局は<個>の自分の確立ということにむすびついていることに気づく。 群棲動物である人間は、ひとりで生きてゆくことができない。そこから 私たちは複雑な社会的構造を生み出し、〈個〉は常に自分と同等な〈個〉、 すなわち〈他〉との関係において生きてゆく。〈個〉の確立とは自我の拡張と 同時にその制限をも意味している。言葉をかえると、他人と出会ことによって、 子どもはおとなへと成長してゆくと言うこともできるのではないだろうか。 もしそんなふうに言えるとしたら、私にとって初めての他人との出会いは、 いったいいつのことだつたのだろうと考えることがある。もちろん人間にとって 最初の他人とは母親であると言うこともできるかもしれない。しかし、ほとんど の子どもにおいては、母親は自分自身の延長のような存在であり、母親を他人 として意識しはじめるのは、むしろ彼がおとなになってからだろうと思う。 似たようなことは他の身内・家族などについても程度の差はあるが、おおむね あてはまるだろう。 ≫ ▼ 学校時代は、進学する度に変わる同級生が、他者を考える上に分かりやすい。 その時の面々が、その時の自らの分である。それは、自分の広がりでもある。 それが他人との出会いである。その範囲が広がれば広がるほど、その冷たさと 暖かさの差が大きくなる。その段差が、人間を成長させるのである。逆に言えば、 その段差が少ないと、成長が逆行していくことになる。自分を意識する前に 見知らぬものとの出会いがある。その境目が増えるにしたがって、己との枠が でき、それが自分になる。それぞれの時代の相手の中に、自分の姿が合わせ鏡 となり、自分の姿の一部を垣間見ることになる。 ・・・・・・ 3678, 自己を見つめる −5 2011年04月21日(木) 「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著) ー 境遇 ー 【人生においては、私たちは、それぞれの境遇で、様々な経験をしながら、 自己自身の人生の有意義性を目指して、日々努力を重ね、永い人生行路の 過程を踏み、自己の歴史が築かれてゆく。人生とは、そうした各自の時間的 歴史的な行程であり、多様な諸経験を重ねてゆく遍歴の旅路である。 人生は、しばしば、旅だと言われ、西洋でも、人間とは「ホモ・ヴィアトール (旅する人)」だと語られる。しかし、そのような遍歴の旅とは、いったい何で あろうか。とりわけ、多様な諸経験を経巡ってゆくということのなかに 籠められている大事な眼目は、いったいどこにあるのだろうか。・・ 遍歴の労苦を通じてのみ、私たちの人格の花は、大きく咲き出るのである。 格言に言われるように、可愛い子供には旅をさせねばならず、異境に出て、 他流試合に揉まれ、異他的なものとの交流もしくは対決を経巡ってのみ初めて、 私たちの人格は、大きく実るのである。そうした切磋琢磨と、人格的遍歴の 過程を、すべての人が、互いに、愛の思いと暖かい心とを込めて見守らねば。 こうして、人間的振幅や試行錯誤のすべてを受け容れ、また赦すところの、 裏切ることのない、誠実な追憶の魂もしくは心のなかに、それらの歩みの すべてを銘記し、それらを、過ぎ去りゆくことのない、不滅で、貴重な人間的 経験の全体として、共同でいたわり、保持しようとすることこそが、あらゆる 人間にとっての、最も崇高な、道徳的かつ人格的な相互的責務であると思う。】 ▼ 神話は、まさに異境に出て行って、辛苦の中で勝利し帰還する物語が原型 である。それは、自分の魂にとっても同じこと。異質なものとの出会い、 そして邂逅のプロセスを通して自己が深まり、広がっていく。ここでも「異境に 出て、他流試合に揉まれ、異他的なものとの交流もしくは対決を経巡ってのみ 初めて、私たちの人格は、大きく実る」現実の世間的価値観の中では、人格は 大きく実らないことは周辺を見れば良く分かること。更にいえば、自己とは 異質なものとの出会いと邂逅の中にこそ存在する。 ・・・・・・ 5150,知の逆転 〜�� 2015年04月21日(火) ー知の逆転ー 対談相手 オリバー・サックス * 没頭している「平和の時間」こそが 午前中、4〜5時間、仏間にある書斎コーナーで、本を読んだり、パソコン に向かっているが、その時間はアットという間に過ぎてしまう。集中している ためだろう。ネガティブになりがちな身の上?に、老齢化が重なっているため、 落込みへの解毒剤になっている。冬場を除いて、朝方の自転車散歩も加えて、 何とかポジティブ3にネガティブ1の比率を維持している。 ここで、<没頭している「平和の時間」が、最も望ましい>というが・・ この随想日記の習慣の効用である。没頭には、長年の継続が必要である。 ーその箇所を抜粋ー p149 ≪ ・・私自身も、書き物をしたり考えたりすることに没頭しているとき、 あるいはピアノを弾ひたいたり音楽に浸っているとき、神経症やうつ病が 消えて、時間というものを意識しないで平和な時を過ごすことができます。 われわれは誰もがそういう時間を必要としているのです。フロイトの精神分析 では、楽しいことに没頭しているときの平和な時間という部分が看過されて いると思います。彼の精神分析では、生は緊張として捉えられ、緊張が解ける と何もない状態になると解釈されているわけです。しかし、ポジティブな 平和な時間というものは芸術や科学の基盤であり、最も望ましい状態では ないでしょうか。≫ ▼ 「平和の時間」は、外界の喧騒から隔絶出来て、気持ちが集中、脳も、 心もシンプルでいられる。週一のシネマも、ポタリング(自転車散歩)も 「平和の時間」。リタイア直後に立てたプログラムは、まず、ストレスによる 自己崩壊を避けるためだったが、結果として「平和の時間」の維持の効用に なっていた。今までは会社の維持に向けられたエネルギーが、「平和の時間」 に向けられるから、悪いわけがないが、だがストレスは生半端ではない。 それが当り前だが! 知恵を使って、見方、支点を変えれば、逆境さま様! ものは考えよう、面白いもの。 偶然だが、以下の内容が、丁度良く続く。 ・・・・・・ 5880,世界がもし100人の村だったら お金篇 〜2 2017年04月21日(金) 『世界がもし100人の村だったら お金篇 〜たった1人の大金持ちと50人の貧しい村人たち 』 池田 香代子 (著), C.ダグラス・ラミス (著) 21世紀の初年度が始まった2001年の9・11テロかで時世界が様変りをした。 ユダヤ・キリスト教とイスラム教の対立の鮮明化である。これに中国の躍進と、 時代かかった北朝鮮が絡んだ複雑な様相が現在時点である。その結果、強者は より強く、弱者はより搾り取られる様相になっている。当然、お金のない国家 対金持国家の対立が浮き彫りになっている。北朝鮮対アメリカ、欧州対中東、 中東の内乱、IS国家の設立がテロなどを誘因する原因となっている。 それそのままが、以下の数値で物語っている。 ≪ ・2000年、世界のGDPは、ドルになおすと33兆ドル 2015年は 73兆ドル。増えた富は、一番豊かな人びとの元に貯まった。 ・世界を100人の村に例えると、世界の富のうち 49%は、1人のいちばんの大金持のもとに 39%は、9人のお金持ちのもとに、 11%は、40人の、わりと豊かな人のもとに貯まりました。 50人の貧しい人のもとにあるのは、たった1%です。 100人の村では1人の大金持ちの富と99人の富がだいたい同じです。
・インターネットを使う人は28億人増えて 32億人。大よそ10倍に。 ・中国では自家用車が300万台から1億2400万台に増えた。40倍である。 ・世界の通貨、その国だけでなく、世界中で使われている。 44%がアメリカドル 16%がユーロ 11%が日本円 6%がイギリスポンド 3%がオーストラリアドル。 ・世界の株の値打ちは、この15年で二倍近く増え、もうすぐに 世界のGDPと同じになります。 ≫ ―― ▼ 21世紀は、ネット環境が進化し、世界の半数近くが、情報端末を 持つようになった。今まで権力の乱用は、ネット上で一瞬で表沙汰になり、 権力者は、その座を追われる時代でもある。チャンスとリスクは裏腹だが、 そのバックグランドが、地域社会、国家内から世界に広がってしまった。 しかし、その基盤ルールのコントロールが、全くできてない。あるのは、 「弱肉強食」のルールのみ。そしてテロを含めた新たな戦い。
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2018年04月20日(金)
県知事の辞職、仕方がないのだろうが、気の毒といえば気の毒である。 何故に援助交際の相手が週刊誌にリークしたか大きな問題が残る。 詳細は知らないが、デリヘル慶大生、仕事?が仕事だけに、ブラックの 背景があると思うのは誰も同じ。金目的なら、百万円のロットだろう… 当然、逆リークをされ、一生を棒にふることになるリスクが大きい。 先日のテーマで、学資目的のデリヘル女子大生の事例を取上げたが。 日払いなら援助交際、月払いなら愛人契約になる。としても、脇が甘い。 ブラックの世界は、恐ろしい魑魅魍魎の闇が広がっている。人生は独り旅、 誰ひとり自分を守ってはくれない。吾身のリスク管理がベースになくては…。
一昔前なら、高級クラブがあって、容姿で、3,5,10万クラスの値があり、 便利に遊べたシスタムがあったようだ。いや、現在も同じ? ビフォア―、 アフター?代の支払いは、賞与の中に組込まれている? システム。 常連ともなれば、暗黙裡に?… その辺の浄化システムを抜くと、こういう 災難で一生を棒にふってしまう典型の事例というところ。
社会に出てから50年以上経過するが、一度も、こういうトラブルを経験 したことがない。当然のことだが。「援助交際などもっての外!」。 幼児頃から父親の世間話で、様々な危いケースを聞き知っていたこともある。 「君子、危うきに近寄らず」が基本中の基本。その際どい辺りが面白いが、 何となく客種の見極めの勘が働く。他に履いて捨てるほど面白いことがある。
何処かの居酒屋のオヤジが、「誰も口先では、そういうけどね!…」だが、 本能的に危ない相手や、飲み屋に近づかない。高い店ほど、若くて綺麗な アルバイト・ホステスを揃える。 そこには生粋のプロと、学資などを稼ぐ ために、割切ってくるアルバイトがいて、競わせる。 で、マスターか、 ママが、「あの子は、3万なら口説けるよ」と、何気なく裏情報を教える。 女好きな知人に聞いた話が、「3万ならと、遊んだところ、エイズに…。 ところが愛人の女子事務員に感染させたらしいが、何故か…?」と、 かなり際どい話が続くが… 本人の人相まで変わっていた。その件以来、 断交したが。この話は、ここまで。夜の巷は華やかの裏側はドロドロの世界。 さて、援助交際の女子慶大生の週刊新潮へのリーク代、幾らでしょうか。 500万? まけさせて300万? ―――― 2018年、4月15日 閑話小題 〜自由化された売春 −1 * 風俗は既にセフティネットでなくなった 図書館の返却コーナーから借りてきた雑誌の内容がシリアス。 これによると、「風俗は既にセフティネットでなくなった」とある。女性が年齢 が増すにつれ、よほど外見が良いスペックがないと敬遠される厳しい現実がある。 風営法が改正された数年後、地元の行きつけの居酒屋の店主に、デリバリの実態 を聞いたことがあった。よくぞ聞いてくれたと、嬉しそうに携帯でアクセスし、 予約直前までの手順を実演してみせてくれた。更に、それ専用の安い目立たない ホテルも教えてくれた。風俗には全く興味がなかったが、新潟駅前で30年間も ホテル事業をしていれば、様々な実態を聞くことが多かった。当然、デルヘル嬢 の入室は厳禁していたが、デルヘル嬢の長期滞在が、それ故に常時、隠れるよう に宿泊していた。夜の外出、朝帰りのため、彼女らは、警察に怪しまれないよう、 宿泊時に身分を明かす。全国を渡り歩くそうだ。
『文藝春秋オピニオン2018年の論点100 〜風俗市場も崩壊 シングルマザーの歯止めなき貧困』より〜 ≪ 貧困問題の最たるのが「シングルマザー」の存在。全国で123万世帯になる。 平均年間収入が223万円で、全国世帯収入の545万円、児童あり世帯の平均 の707万円を大きく下まわる。相対的貧困に該当する貧困に該当する母子世帯の 子供たちが、‘子供の貧困’のメインであり、6人に1人になる。 その多くは、近隣に実家や親せきがなく、誰も助けてくれないのが実態だ。 老朽化した団地や、アパートに住み、母親はダブルワークする。最低賃金に 近いサービス業で10万円に、児童手当、児童育成手当を足してギリギリ最低限 の生活をおくる。これまで、キャバクラ、風俗、AV女優、買春などは、一般女性 の志願者が増えすぎて、圧倒的な女性の供給過剰にある。価格は暴落、貧困女性 のセーフティネットとしての一面が完全に失われた。よほど容姿などのスペック が高くない1万以下の格安店でないと採用されない。 性風俗店は2005年の風営法改正で店舗から無店舗販売に移行し、届け出制に なって実質合法化した。女性の供給過剰、性風俗店の増加、そして少子化のため、 一店舗あたりの男性が減少。だから出勤しても、客がつかない。完全出来高制の ため、待機時間を含めた時給計算をしたら最低賃金を割る。デルヘルで出勤して も、一日待機しても、客は二人程度。男性が払う金は、60分で8000円のうち、 売上が店と折半で、4000円程度。運よく二人ついても8000円程度。 某女子大生のケース。 「アルバイトだけでギリギリ生活は送れるが、学費が払えない。一年生の春に デリヘルに出ました。週に一回ほどで、月6〜10万ほど。稼いだ金は、全て預金 をして学資に…。」 若い女性だから風俗、売春がセーフティになる。現在、 日本の貧困率は、OECD加盟国34ヶ国中、10番目。世界的にも進行する国と認定 されている。≫ ― ▼ 地元の繁華街の風俗店のドキツイ看板も殆ど見かけなくなった。 スナック店主が曰く、「デルヘリと、マッサージ店が取って替わった」とか。 それと暴力団事務所もテラ銭が皆無になり撤退をして暫く経つとか… 。 売春が合法化され13年… 普通の子女の買春の許容売価が、一週間分の 労働賃金。愛人の平均売価が、大学新卒の初任給が世界各国の目安という。 貧しき人にとって、世界は苦海である。幸せの家系と、不幸の家系が現にある。 一度、転落すると、元に戻るのは? 「元はこちら、そのまま結構!」など、悠長に言ってはいられない!のが現実。 ・・・・・・・ 3677, 自己を見つめる −4 2011年04月20日(水) 「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著) 節目どきは、境遇の節目でもある。特に乗り越えることが不可能と思える壁に 直面した状況を「限界状況」と、ヤスパーが指摘している。 その限界状況に 「人生の不条理」に突き当たる。その時、それまで隠されていた真実が現れ出る。 節目を打つとは、人生の不条理を受け入れ目を背けないことである。 正中心一点無になり、変化を受け入れること。 ー 第三章 境遇 ーから、抜粋 【 現在、変えることのできない定めを帯びた宿命的な境遇のなかへと投げ 出され、置き入れられて、人生の途上にある。その私たちの無に貫通された 現世における存在のうちには、宿命的な境遇のもつ変えることのできない定めが 刻印されている。ヤスパースが指摘するように、私たちの生存のうちには、 どうしようもない「限界状況」が巣くっていると言える。限界状況とは、 それに突き当たっては、私たちは挫折し、崩れ去る崩れ去るような、乗り越る ことの不可能な壁に直面した状況を言う。そうした限界状況に面座して、 私たちは途方に暮れた困惑のなかで、解決しようのない自己の人生の不条理の 根源的事実に突き当たる。しかし、そのときにこそ、私たち自身の、ほんとう の「実存」が目覚めてくる。実存とは、私たち各自の生存の、赤裸々な真実、 その拒否できない現実のあり方のことである。自己の実存を自覚し、それにも とついて生きるよりほかに、この世を生きる生の根拠を、私たちはもたない。】 ・・・・・・ 5879,閑話小題 〜通りすがりの人生 2017年04月20日(木) *「家、ついて行ってイイですか?」について行った。 2年前から、日曜日の午後には、「家、ついて行ってイイですか?」を 時どきだが見ていた。その撮影ディレクターとスタッフは、どんな人たちか、 どんな撮影カメラかをギャラリー視線で観たいと思っていた。ところが先日、 <「家、ついて行ってイイですか?」について行ってみました。> というテーマで、声かけ場面と、ついて行った家と部屋と、人生模様を 引出すサマを、そのままの視線で写しだす、味ある切口の構成であった。 〜そこで検索すると、番組のHPに以下の案内があった〜 ≪ < 終電を逃したとき、通りすがりの人から、知らない人から突然、 「タクシー代を払うから家までついていっていいですか?」と言われたら、 如何する? そして家と部屋の生活の場に飛込むドキュメンタリーがある。 テレビ東京の番組「家、ついて行ってイイですか?」です。 いったい、 どんなディレクターが、どんな言葉で通りすがりの人を説得させるのか。 「家、ついて行ってイイですか?」について行ってみました。> をテーマで放送していた。 そのディレクター氏、いわく。 【 某テレビ局で若い男女がオシャレな家で共同生活をしながら恋愛する 番組 がありますよね。複数のイケメンと美人がキラキラした生活する番組。 あれって日常を最大限にショーアップした番組ですよね。「家、ついて行って」 は、その対極にある番組です。平凡で地味なフツーの人の生活を見る。 その100%リアリティにこだわろうと。 「家、ついて行って」は、ほかのテレビ番組と真逆のつくり方を目指しました。 台本なし、アポなし、ナレーションなし、効果音なし、音楽もほとんどなし。 だから、感情の誘導もできないし、ストーリーの補強もできない。 例えば、悲しそうな場面は、「○○さんは悲しそうだ」とナレーションを入れ られないので、泣いている様子や「悲しい」と言う様子を撮ってくるしかない。 画面にリアリティしかない。 これまで約150人ほどの人生譚(たん)を放送してきました。 僕は「家、ついて行って」を100年後の人たちが見たとき 「ああ、平成ってこんな時代だったのか」と感じられる作品として残したい。 柳田国男の「遠野物語」のように。 座敷わらしが出てくることで有名な 「遠野物語」は、岩手の遠野地方の民話を、脚色なく丁寧に聞き書きしました。 あの本のおかげで僕たちは100年前の農村のフツーの人たちの生活や風習、 考えていたことを知ることができます。 100年後の研究者が平成という時代を知ろうとしたとき、公の部分は新聞 を読めばいいんだろうけど、市井の人がどんな家に住んで、何を持っていて、 何を食べていて―といった生活スタイルや生き様、人生観は記録には残らない。 だからこそ、「家、ついて行って」で記録していきたいですね。】 ≫ ―― ▼ 若い女性のADと二人、小さな撮影機を抱えて、駅前を中心に、酔った 様々な人に声をかける。そして、無防備な部屋にはリアルな人生のカケラが 剥き出しになっている。そこから、これまでの人生を引出していく。当人は 困惑しながら、しかし喜々として生立ちから今までの生き様を語る。それは 視聴者にとっての人生に重なるところがあるため、自然に惹き込まれていく。 その一部始終を三カメ(第三のカメラ=客観的視線)で捉える企画が抜群だ。 老いるに従い、帰し方を、通りすがりの人の人生のように、思い出す度に、 紡ぎ直して、静かに喜怒哀楽を繰返す日々。老人の沈黙の深さが、そこにある とは、知らなんだ。そして、記憶が融けるように、己も呆けて、融けていく。
・・・・・・ 5514,恐竜と人類どっちが凄いか ー�� 2016年04月20日(水) 「人間の人生は豊かとは」を何をもって言うのか? の問題が残るが、 私が生きてきた実感は、人間は、他の動物から比べ豊かといえる。 それは、人間は雑食者で、利己主義に加えて利他的であり、人生に意義を求め、 豊かさを実現しようとする言語手段と、その記録方法を早くから身につけて いたからである。その人生を楽しまなくて、何のための人生ぞや。 * 人間の人生は豊か ≪ 人類の中でも人間とはいかなる存在か、人類ばいつどのように人間に なったのかを探るのが、人類学の重要なミッション。〜主な事項を拾うと〜 ・まず人間は、驚異的な雑食者。霊長類は基本的に植物食だがが、人間は各種 植物に加え、鳥獣肉から魚介類まで手を出す。人類進化史でそのような選択を 迫られるきっかけがあったらしいのだが、ここまでメニューを広げられたのは、 陸.海.空の資源を利用する技術発達があってのこと。不安定な自然環境下では、 雑食者は偏食者より有利である。その利点に加えて、高い食料調達技術を持つ ようになった人類が結果的に成功したのは、理解しやすい。 ・人間にも、他の動物と同様に利己的な側面がある。しかし仲間を思いやり、 仲間と通じ合いたいとする感情が一段と強いのも、人間である。血縁のない相手 とも積極的に食物を分け合ったり、他人に教えてあげたりする行動が、人間に 独特であることをご存知だろうか? 例えば集まって会食している人間以外の 動物など、見たことはないだろう。野生動物界ではふつう、採食=争奪である。 外敵から隠れてひっそりしている、あるいは暇があったら寝ているというような 通常の野生動物たちに比べ、人生は楽しみに溢れている。前出の会食のみならず、 スポーツや音楽や芸術があるし、旅行や読書や勉強だって楽しい。他の生物の 生き方を否定しようとは思わないし、恐竜の生き方に至っては実態がよく わからないが、「人生に意義を見出そう」という発想があること自体が、 何とも素晴らしいではないか。人間は、生きるということを豊かにした 生き物なのであると私は思う。 ≫ * 人間の共通の祖先は既に凄かった ≪ 一昔前には進化は漸進的に生じると考えられていたので、例えば3万年前の 祖先ともなれば現代人よりかなり知的に劣っていると、決めつけられていた。 しかし世界各地の現代人が共有している種々の能力は、言語力にせよ芸術を 生み出す創造性にせよ、アフリカにいた現代人の共通祖先に既に備わっていた 可能性が高い。4万年前頃に日本列島にやってきた人々も、その例外ではない。 例えば種子島や富士・箱根地域には、3万年以上前から、狩りのための落し穴が 作られていた。これは、罠という動物行動を先読みした高度な狩猟法の、世界 最古の直接的証拠として、たいへん貴重。新石器時代になって世界に普及する 磨製石器の技術も、日本とオーストラリアには2万5000年も前からあった。 さらに面白いことに、琉球列島や伊豆諸島においても、相当にチャレンジング な海洋渡航が太古の昔から行われていたらしく、さらなる探求の価値がある。 人類学とは人間の凄さ・面白さを知れる学問なのだと、研究を20年積み重ねた 最近になって、ようやくわかってきた。 ≫ ▼ 人類は、言語手段と記録方法を身に付け、探求し、生きることを楽しむ ことが、人類の人生を豊かにしてきた。これを、そのまま、個人に当てはめる と、人間、如何に生きるべきか、「良く遊び、良く働き、良く学ぶ」を、実践 して積み上げた分、豊かな人生を過ごしたことになる。問題は「良く」!「欲」 に何時の間に変質するから困ったもの。で、このザマ! お後が宜しいようで
・・・・・・ 5149,閑話小題 〜家族という病 2015年04月20日(月) * 家族という病 NHKアナウンサーだった下重暁子が『家族という病』という本を出した。 家族も、国家同様、共同幻想とみることも出来るが、「欺瞞を信じること」 が問題と、いう。 〜アマゾンの内容紹介から〜 ≪ 日本人の多くが「一家団欒」という言葉にあこがれ、そうあらねばならない という呪縛にとらわれている。しかし、そもそも「家族」とは、それほど すばらしいものなのか。実際には、家族がらみの事件やトラブルを挙げれば キリがない。なのになぜ、日本で「家族」は美化されるのか。 一方で、 「家族」という幻想に取り憑かれ、口を開けば家族の話しかしない人もいる。 そんな人達を著者は「家族のことしか話題がない人はつまらない」「家族写真 入りの年賀状は幸せの押し売り」と一刀両断。家族の実態をえぐりつつ、 「家族とは何か」を提起する一冊。≫ 〜ビュアーからの投稿より(アマゾン) 【 世の中には口にすること自体タブーとされる領域がいくつかある。 出生、能力、死、犯罪歴、宗教、遺伝、国籍などである。 本書は「家族はすばらしい」は欺瞞である、という斬新な切り口から 家族観における1つのタブーに挑んでいる。これまでにないテーマだけに 読後感は様々だろう。本書の主旨、提言などと全く無縁なまま一生を終える人は ある意味安泰で幸福な人生かもしれない。しかし家族の中にも修復不能となる アクシデントがなかなかの頻度で発生するものだ。配偶者との離別は無論、 血縁者間でも家族内崩壊は起きる時には簡単に起きてしまう。 一家団欒を無邪気に肯定するのも悪くないが、ある種の読後感の悪さを 犠牲にしても筆者の視点に一度触れておく効用もあろう。読み進むと上記の 保険的効用だけでなく筆者のより普遍的な家族観を垣間見ることができる。 いかに生きるかは正しい死生観が前提となるように正しい家族観には 本書の主旨の理解が前提になるのかもしれない】 ▼ 家族のあり方は、時代により変化していく。TVのインタビューや、 上記の内容を見る限り、納得する部分と、違和感を感じる部分がある。 国家幻想論を、その構成要素の一つの家族に当てはめると、これまた共同幻想 でしかないことが分かる。その家族の形態が情報化の時代の中で、大きく変化 を始めてきた現在、そのあり方を根こそぎ否定してみる必要がある。 殺人事件の過半数以上が家族内殺人という現実がある。 商家の大家族の 末っ子の環境で、下目目線で家族を見てきた経験から、また両親から孫の ように扱われたため、その温みが今でも残っている。それもあって、著者の論 は、あくまで一面でしかないことも見て取れる。 私の家族は、戦前、戦中、 戦後と、生き抜く中で、全員が病というより、戦傷の深い痛手を受けていた。 誰一人として、家族が素晴らしい!など思ったことはなかった。ただ自分ひとり を守り、生きていくだけで精一杯。 この時代は誰もそうだったのだろう。 家族は素晴らしくあらねばは、占領国アメリカの洗脳の一つでしかない。 確かに家族は病であるが、魂の故郷でもある!家族が病と割切って良いものか?
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2018年04月19日(木)
<「さらばハイセイコー」寺山修司 先週末に競馬の「皐月賞」が行われ、前評判の高くない「エポカドーロ」が 優勝をした。名馬といえば、「ハイセイコー」が、あまりに有名だが、寺山の、 詩も、印象に残っている。当時、この詩を読んことを思いだして検索をすると、 出てきた。ネットは実に便利である。別に競馬ファンでもなくても、社会現状に なるなら幾つかの名場面をTV観戦をし、この詩を読むことも当然だった。 「ふりむくな、ふりむくな、後ろには夢がない… 」と言うのは分かるが、 どうしても、ふりかえざるをえないのは、仕方があるまい。
―― ―― * 「ふりむくな、ふりむくな、後ろには夢がない… 」
ふりむくと 一人の少年工が立っている 彼はハイセイコーが勝つたび うれしくて カレーライスを三杯も食べた
ふりむくと 一人の失業者が立っている 彼はハイセイコーの馬券の配当で 病気の妻に 手鏡を買ってやった
ふりむくと 一人の車椅子の少女がいる 彼女はテレビのハイセイコーを見て 走ることの美しさを知った
ふりむくと 一人の酒場の女が立っている 彼女は五月二十七日のダービーの夜に 男に捨てられた
ふりむくと 一人の親不孝な運転手が立っている 彼はハイセイコーの配当で おふくろをハワイへ 連れていってやると言いながら とうとう約束を果たすことができなかった
ふりむくと 一人の人妻が立っている 彼女は夫にかくれて ハイセイコーの馬券を買ったことが 立った一度の不貞なのだった
ふりむくと 一人のピアニストが立っている 彼はハイセイコーの生まれた三月六日に 自動車事故にあって 失明した
ふりむくと 一人の出前持ちが立っている 彼は生まれて始めてもらった月給で ハイセイコーの写真を撮るために カメラを買った
ふりむくと 大都会の師走の風の中に まだ一度も新聞に名前の出たことのない 百万人のファンが立っている 人生の大レースに 自分の出番を待っている彼らの 一番うしろから せめて手を振って 別れのあいさつを送ってやろう ハイセイコーよ おまえのいなくなった広い師走の競馬場に 希望だけが取り残されて 風に吹かれているのだ
ふりむくと 一人の馬手が立っている 彼は馬小屋のワラを片付けながら 昔 世話したハイセイコーのことを 思い出している
ふりむくと 一人の非行少年が立っている 彼は少年院の檻の中で ハイセイコーの強かった日のことを みんなに話してやっている
ふりむくと 一人の四回戦ボーイが立っている 彼は一番強い馬は ハイセイコーだと信じ サンドバックにその写真を貼って たたきつづけた
ふりむくと 一人のミス・トルコが立っている 彼女はハイセイコーの馬券の配当金で 新しいハンドバックを買って ハイセイコーとネームを入れた
ふりむくと 一人の老人が立っている 彼はハイセイコーの馬券を買ってはずれ やけ酒を飲んで 終電車の中で眠ってしまった
ふりむくと 一人の受験生が立っている 彼はハイセイコーから 挫折のない人生はないと 教えられた
ふりむくと 一人の騎手が立っている かつてハイセイコーとともにレースに出走し 敗れて暗い日曜日の夜を 家族と口もきかずに過ごした
ふりむくと 一人の新聞売り子が立っている 彼の机のひき出しには ハイセイコーのはずれ馬券が 今も入っている
もう誰も振り向く者はないだろう うしろには暗い馬小屋があるだけで そこにハイセイコーは もういないのだから
ふりむくな ふりむくな 後ろには夢がない ハイセイコーがいなくなっても 全てのレースが終わるわけじゃない 人生という名の競馬場には 次のレースをまちかまえている百万頭の 名もないハイセイコーの群れが 朝焼けの中で 追い切りをしている地響きが聞こえてくる
思い切ることにしよう ハイセイコーは ただ数枚の馬券にすぎなかった ハイセイコーは ただひとレースの思い出にすぎなかった ハイセイコーは ただ三年間の連続ドラマにすぎなかった ハイセイコーはむなしかったある日々の 代償にすぎなかったのだと
だが忘れようとしても 眼を閉じると あの日のレースが見えてくる 耳をふさぐと あの日の喝采の音が 聞こえてくるのだ
― ▼ NHKTVで中継放送する記念競馬は必ず見続けてきたが、あくまで 俄ファンのレベル。賭けるほどでもない。 好きな人は… それはそれは。 私の年齢にもなれば、 < ふりかえれ ふりかえれ あとには 味わいが染み込んでいる 眼を閉じると あの日の激しさが思いだされてくる 耳をふさぐと あの日の喝采の音が 聞こえてくるのだ 残っているのは 充実感と後悔と温みある想い出 それと少々の満足感 >
・・・・・・ 4416, ふしぎなお金 2013年04月19日(金) 「ふしぎなお金」 赤瀬川原平著 子供用の絵本だが、人は当たり前のように使っているお金について、あまり 考えない。お金は自由の、エネルギーの、塊。日本人は金を不浄なものと考え がちだが、お金は血液のようなもので、人間にとって非常に大事である。 人を生かし、また殺してしまう力を持っている。 子供に諭しながら、実は 大人に語りかけている。 ーまずは、印象的な部分を抜粋ー ≪ *「冬のバーやレストランで、席につく前に、「コートお預かりします」 と いわれて、なんなドッキリとしないだろうか。だってコートの内ポケットには 拳銃が入っている。それをそのまま預けて大丈夫なのか。というほど錯覚を持つ ほど財布は拳銃に似ている。だから「貴重品はよろしいですか」といわれると、 何だかもっていかれるかと思って、その護身用の拳銃みたいな財布を、身近な ポケットに移し替える。でも移し替えながら、どことなく後ろめたい、とうより、 どことなく情けない気になる。「お前はそんなに相手が信用できないのか。 そんなに拳銃なしで丸腰に、なるのが怖いのか、という`声が追いかけてくる。 そういえぱ、昔の西部劇映画には、ガンペルトそのものを外す場面があった。 宿について、あるいは自分の家に戻って、外敵なし、大丈夫、という状態で はじめてガンペルトを外して椅子の背に掛ける。ガンマンがくつろぐ一瞬。 ところであのガンペルトとは、実はむき出しの現金を装着したベルトなのだと、 そんな感じがしないだろうか。ガンマンはその現金でいつも勝負している。 *「日本の場合は刀の大小だ。明治以前、武士はみんな刀を差していた。 男子、一歩外に出れば七人の敵、といわれるくらいで、刀の大小を肌身離さず 持ち歩いていた。刀は護身用であり、権威でもあるところは、やはりいまの お金に似ている。武士の世界の文化の一つに茶の湯があった。招かれて行く お茶室には、小さな躍り口が設けてある。あそこを入るには腰の大小を外して、 外の刀がけに欠けねばならない。武士はみな一瞬、躊躇したのではないか。 財布は刀やピストルと違って、人を殺める道具ではないのではあるが、人は 金のために人を殺したり、金のために自分の首を吊ったりして、金はやはり 隠然たる凶器の光を忍ばせている。拳銃も財布も、緊張の物件である。 いざとなると拳銃をぶっ放すように、札びらを切る。でも「いざ」とならない ときは、それはそっとボケットに仕舞われている。昔よりも落ち着いた現代 社会では、さらに奥深くの内ポケットに移行している。」 *「足元にお札が落ちている。それを見たとたんにハッとする。千円札の四つ 折りにしたわずかな面が見えているだけでも、何か異様にハッとするのは何故 だろうか。足元に血が垂れている。それを見たとたんにハッとする。ちょっと した赤い液体なのに、何か異様にハッとする。見てはいけないような、 一歩踏み込んだ秘密を見てしまったような、緊張感が走る。」 *「人間の血はだいたいみんなと同じで、成分にほとんど違いはないが、 自分の血は自分のもので、自分の体内に密閉されている。でも場合によっては 人助けで献血をする。場合によっては寄付したり、プレゼントしたり、投資で 失くしたりする。」 *「お金も血も、命にかかわるエネルギーの源である。流体である。 生臭いものである。でも、輝いている。いきなり見せられるとドキリとする。 プライベートでありながら、共有のものでもあるところが不思議な関係。」 ▼ 財布を拳銃に、そして刀に喩える切り口がよい。撃たれ、切られたとき、 血が吹き出る。それからみて金はエネルギーと同じ。一万は一万の、一千万は 一千万、一億は一億のエネルギーがある。無駄を廃し、使うべきときは使う、 それが金の効用。 ・・・・・・ 5513,閑話小題 〜老人漂流の闇 2016年04月19日(火) * 団塊世代の老人漂流問題 先日の、放送のNHKTVの、シリーズの 「老人漂流社会」の【団塊世代に忍び寄る老後破産】の内容が、シリアス。 このシリーズは毎回、見ているが、続いているのは、誰にとっても他人事では ないため。「毎月の家計の赤字が10万。2百万の預金が無くなる2年後、 どうなるのか」の真剣な悲痛などが、次々と映し出される。家内が、「駅前の ヨーカ堂は、年寄りばっかし!」と帰って早々、愚痴るが、そういう当人も、 団塊世代で、あと一月あまりで66歳。当人、年金支給日の銀行の窓口の年寄り の殺気立つ、あの空気を知らない。それでも、まだ貧困者に向けた炊出しの行列 がないだけ、良しとしなければ。 〜NHKのHPによると、 < 超高齢社会の課題を伝えてきたシリーズ「老人漂流社会」。 今回は日本の屋台骨を支えてきた「団塊世代」に忍び寄る老後破産の現実を 伝える。終身雇用制に守られ、経済的に余裕があると思われてきた世代だが、 長寿化した親の介護負担が重くのしかかる上に、不安定就労の割合が高い団塊 ジュニアを支えていることが分かった。番組では、親も子も支える「板挟み」 に直面する団塊世代のリスクを密着ルポとデータ分析で明らかにする >とある。 ▼ 私も現役と比較すると決して楽ではないが、夫婦して厚生年金と、家内名義 の預金の取崩しで、何とか人並みの生活が出来ている。 同級会で、真剣な 眼差しで、『こういう会費を、そのつど、奥さんから貰っているの?』と、 聞かれた時、『そのたび、土下座してもらっている』とのジョーク?の替りに、 思わず、『桁の違うお金ぐらいは持っているよ!』と見栄をきっていた。 で、後で、「桁の違う金とは、幾らだろう?10万、百万、一千万、一億?」と、 想定してみたが・・ ここまで来れば、一桁二桁の違いは同じ? 「老いたら、 金が無くとも、有るふりをしろ!」と、聞いていたが、「なるほど!」。 「落ちぶれて 袖に涙のかかる時 人の心の奥ぞ知らるる」を捩って、 「老いてきて 腰の痛みに涙して 人の心の奥ぞ知らるる」となる。 ・・・・・・ 5878,閑話小題 〜朝鮮戦争が現実的に ー4 2017年04月19日(水) * おい、おい、おい! ☆ ワイドショーで、日米の軍事専門家が語る内容からして、目先の第二次 朝鮮戦争の危機が日ごと近づいているようだ。他人事の話ではない。当然、 アメリカの後方支援か、実質参戦となれば、首都圏、原子力発電所が報復 として狙われる。 恫喝の文言の『ソウルを火の海に』が、『東京を火の海に』へと、何時の間に、 変わっても不思議ではない。「400万の死傷者が出る」なら、日本は1〜2割の、 数十万位は出る仮説を立て対処しなければ。当然、潜入している北朝鮮軍人の 数百人は、テロで、攪乱が考えられる。 ☆ アメリカの元・軍事関係者が、「目先のベストの結果は、長い目でみれば、 ワーストになる」を危惧した言葉が重い。 クリントン元大統領時代の軍事 危機で、数万の死傷者を危惧し、捨身で阻止したカーターを引合いに出して、 <もし中国が力で、目先の危機を乗越えても、引延ばした分、核弾頭で世界を 恫喝する力が、高まるだけ>と、引くに引けない現状を語っていた。 そうこう考えると、8割の確率で第二次朝鮮戦争の可能性も、あながち誇張では ない。日本の平和ボケそのものが、日本を破滅の道に向かわてきたことになる。 ☆ 欧州はイスラム教とユダヤ・キリスト教とのテロを介した準戦争状態に あるが、今度は日本列島にも似た状況に成りざるを得ない。 この数ヶ月のアメリカトップの動きからみると「戦争回避は無い」だが… 「歴史は繰返す」の言葉とおり、第一次、第二次世界大戦頃の道を繰返し歩く しかないのか。 来年辺りには、この70余年の平和は夢幻だったのか?と、 日本中が嘯いている? のだろうか? 悲観的にみても、楽観的にみても、 動乱に巻込まれることは避けられない。戦争勃発なら『国家非常事態宣言』に? おい、おい、おい! ・・・・・・ 4783,葬式は、要らない ー1 2014年04月19日(土) 「葬式は、要らない」島田裕己著 葬式の希望を書きおく時期になってきた。現時点での希望の大枠は、 《 会場が3百メートル先のセレモニーホールで、直葬に近い家族葬。 ごく身近な人たちだけにし、遺骨は実家の墓に。戒名は自作のものを 仏壇の引き出しに。その後は、「墓参り仏教」に従うことなく、命日に それぞれが仏壇に手を合わせてくれれば充分。》 これだけ! 内容(アマゾンより) { 日本人の葬儀費用は平均231万円。これはイギリスの12万円、韓国の37万円 と比較して格段に高い。浪費の国アメリカでさえ44万円だ。実際、欧米の映画 等で見る葬式はシンプルで、金をかけているように見えない。対して我が国と いえば巨大な祭壇、生花、高額の戒名だが、いつからかくも豪華になったのか。 どんな意味があるのか。古代から現代に至る葬儀様式を鑑みて日本人の死生観の 変遷をたどりつつ、いま激しく変わる最新事情から、葬式無用の効用までを考察。 葬式に金をかけられない時代の画期的な1冊。 ーアマゾン読者のレビューよりー ・日本の法律で葬式が義務となっているわけではない。医師に死亡診断書を 書いてもらい、役所に行って死亡届を提出、埋葬許可をもらう。決まって いるのはそこまで。遺体の処理については墓埋法で、 1.死亡後、24時間経たなければ、埋葬も火葬も行ってはならない、 2.火葬は火葬場以外で行ってはならない、 3.埋葬は墓地以外で行ってはならない、とされるのみだ。 焼いた遺骨をどこかに撒くのなら、葬式もいらなければ、墓もいらない。 宇宙葬の費用ですら100万円である。もっとも現実には葬式を行わない ケースは少ない。人は誰かかかわりあった人が亡くなれば、その死を確認して けじめをつけたい。葬式への参列ほど明確なけじめの機会はない。ただし 葬式を出すことと、葬式に多額の費用をかけることとは直結しない。 ・家族葬は近親者だけで行う規模の小さい葬式全般を指す。以前は密葬と 呼ばれていた。通常なら通夜と葬儀・告別式で二日かかるところを、一日に まとめたワンデーセレモニーという形式も生まれている。もともと通夜は 近親者だけで営むものという感覚があり、一般の会葬者が参列するのは葬儀・ 告別式のほうだった。結婚同様に、葬式も組織の儀式から個人儀式へと変化 してきた。昔は商家も農家も家は生産や経済活動の単位であり継続が不可欠 だったが、サラリーマン化が進むことで、養子をとったり婚外子を作って まで家を存続させる必要がなくなった。 自営業の場合なら家の存続が重要で、 伝統的な祖先崇拝の信仰を取り入れる傾向が強く、喪主になるのは後継者 であり、葬式は後継者を披露する場ともなる。 が、サラリーマン家庭の場合 は家は生活の場でしかない。永代供養墓は跡継ぎのない家が増えたことで 生まれた供養形態。墓を求める際に永代供養料として一定金額を払うことで、 墓守となる跡継ぎがいなくても、寺が命日に読経するなど供養を続けてくれる。 ・直葬は密葬、家族葬の一番簡略化された形態だ。現在、東京では20%が直葬。 直葬では、故人の遺体を寝台車に乗せ、自宅や葬儀社が用意する一時的な安置 場所に搬送し、とりあえずそこに安置。そこで納棺し近親者だけで通夜をする。 会葬者は呼ばない。翌日、霊柩車で火葬場へ出棺する。そして、やはり近親者 だけで故人に別れを告げ、遺体は荼毘に付す。最後に、収骨、骨あげをして 葬式は終わる。直葬の費用は多くとも30万円ほどで、僧侶に読経を頼んでも 50万円以内でできる。もっとも簡素な形式を選んで近親者だけが集い、 会食もしなければ10万円程度で済む。 ▼ ますます直葬、家族葬が増えることになるが、長く続いてきた家族中心から 個人中心主義になる御時世では当然の流れ。これが不景気になるほど、簡易な 葬式が増えてくる。直葬、密葬を宣言してしまえば、残された者は楽。 私の墓は、このブログ。閲覧は墓参りのようなもの。 時どきの墓参り、本当に有難うございます。
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| 6244,閑話小題 〜自由化された売春 −2 新潟県知事版 |
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2018年04月18日(水)
* 自民党対、野党の場外乱闘ですか! 寅: 新潟県知事が少女買春を週刊誌に素っ破抜かれて辞任騒ぎ。 自民党対野党の場外乱闘ですか! 大家: 財務省事務次官のセクハラ疑惑のお返しというところ?。 一番喜んでいるのが東電と自民党。原発反対を売りに、県知事になった んだから。そりゃ… 熊: 俺が東電なら、50歳の独身男なら、下ネタ・スキャンダルを徹底的に 調査して、週刊誌に流すね。知事とはいえ男の何は「生理現象」だもの、 ストレスも多いしね。妙に弁護したいよ。だって男って…分かるだろう。 寅: 八つぁんが、数日前に、ここで、デリバリの売春・買春が合法的だって 言ったばかりじゃないか。 熊: 御相手は未成年があり、その都度、相手が変えていたというじゃないか。 寅: 県知事が、この下ネタじゃ、続行が不可能ですよ。 大家: 脇が甘いということ。この妙手があったと、逆に納得しましたよ。 寅: 東大、ハーバード大出の御医者様というじゃないですか。何で結婚を しなかったのだろうね。下ネタと初め聞いた時には、ホモ、ロリコンとか、 変な想像をしてしまったがね。 熊: 俺様なんぞ、10数年前から、ロングラン犯罪捜査サスペンスの 「クリミナル・マインド」を数百本も見続けてきたから、異常者の犯罪 には、詳しいんだ。 八: そういう話なら私も参加するね。マザコンで、優等生タイプの典型。 あれだけの肩書で未婚とは、勘繰られても仕方がないよな。世の男ども からすれば、羨ましい肩書だが、それが逆に不自由にしてるんだよ。 大家: 「維新の会」の橋下が、『米山を県知事に頂いた新潟県民は、 不幸だね。』と言っていたが、どうだろう?現在の松井府知事も、訴訟を しているようだしね。それにしても、政治の世界は嫌ですね。 寅: 妻子持ちなら非難されても分かるけど、独身でしょう。 少女買春か どうかを知る由もないのでは? 大家:三人は、いやに下ネタに甘いのは分かるがね。 寅: 彼が県知事の間は、柏崎・刈羽原発の再開が無いと、安心していたが、 これで如何なることやら。時節が時節だけに心配だね。少しでも煙が たてば、誰もが推進派に入れないだろうがね。 熊: まだ30年、40年の人生が残されているのに… 順調な人生を過ごして きたのに気の毒だよ。 八: これだけは幸か不幸か分かりません。医師免許を持っているんだから、 海外にでも行って、何もかもから解放されて生きる道もあるし。 ドッチもどっちだよ。 地元の原信というスーパーがあるだろう。 30年前頃に、兄が弟を追い出した件さ。当時の4億の金を手にした弟の方 が、遥かに良かったさ。現在でいえば10〜20億だろう。弟が私のところに 訪ねてきたがね。「自分は創業に向いてないし」、と迷っていたけど、 今からすれば、その御蔭でハワイでノンビリ出来て、兄はガンで壮絶死! 万事、塞翁が馬だからね。これだけは!
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5877,世界がもし100人の村だったら お金篇 〜1
2017年04月18日(火)
『世界がもし100人の村だったら お金篇 〜たった1人の大金持ちと50人の貧しい村人たち 』 池田 香代子 (著), C.ダグラス・ラミス (著) 〜まずはAmazon(内容紹介)より〜 ≪ 「お金」を糸口にすると、世界の仕組みがよりリアルにわかる! 累計160万部のシリーズ最新 世界のGDPは2000年からの15年で2倍以上になりましたが、 貧しさはなくなりません。 世界がもし100人の村だったら 1人の大金持ちの富と 99人の富はだいたい同じです。 なぜ、そうなったのでしょう?
イギリスのEU離脱、トランプ大統領就任…… 新しい時代に生きるわたしたちが知っておくべき世界の実態を わかりやすい数字と解説で紹介する 新『100村』の「お金篇」、緊急出版! ≫ ―― 主な個所を抜粋 ―― ▼ 出版以来、15年経過するが、 ・ その後の世界はネットが飛躍的に普及し、 世界の半数近くがネット環境を持つようになった。 ・ 人口は60億人から73億人と20%増加。 ・世界のGDPは2倍以上になりましたが、貧しさはなくならない。 ・100人のうち、 26人が子供で 74人が大人で、 8人がお年寄り ・60人がアジア人で、 16人がアフリカ人で、 13人が南北アメリカ人で、 10人がヨーロッパ人で、 あとは南太平洋地域の人です。 ・54人が都市に、46人が農村や砂漠や草原に住んでいる。 その都市に住む54人のうち12人がスラムの住人です。 ・33人がキリスト教 23人がイスラム教 13人がヒンドゥー教 7人が仏教を信じている 18人が、ほかのさまざまな宗教を信じているか、 あるいは何も信じていません ―― ▼ 僅か15年で、世界の人口が2割も増えているとは驚き。 このままいけば20年数年後に100億人になる。地球にとっては 異常な人口過剰状態になる。そこで起こるのが何らかの自然淘汰。 そして現在起きている一強多弱の世界。そこには当然、争いが多発する。 「お金は、剥き出しの真実」とすると、この<お金篇>は、 シリアスの世界を、そのまま写しだすことになる。 〜つづく
・・・・・・ 5512,人類史上最大のバブルが弾ける時 〜�� 2016年04月18日(月) 〜【中国とどう付き合うか】人類史上最大のバブルが弾ける時 熊谷亮丸『大和総研』チーフエコノミスト * 中国の成長モデルは賞味期限切れ 隣りの中国は、今や世界恐慌をもたらすかもしれない火薬庫でもある。 経済の失敗を覆い隠すために、戦争を仕掛ける可能性もあり、その時期が、 3〜5年先かもしれないというから、尋常の話でない。日本は、大地震と 大噴火、そして異常な国債過剰などを抱え、中国経済の問題は、他山の石 ではない。現役だったら、その危機感は想像を超えたものだろう。特に、 地方は、激流の波の被害を一番早く受けることになる。問題は、その後の、 日本への難民の処遇問題になる。 グローバル化とは、こういうこと! ≪ 中国の成長モデルは最早、賞味期限切れが近付いている。 構造問題が山積しており、経済的・社会的な矛盾が臨界点を超えつつある。 経済面では、政府との癒着が続く中、国有企業の改革は遅々として進まず、 労働生産性が低迷している。 国有企業は利益を配当として政府に還元する ことなく、非効率な事業への再投資を続けている。経済の牽引役は依然として “箱物”中心のインフラ投資で、経済のサービス化も遅れている。 結果として民業は圧迫され、規制緩和等を通じた民間企業のイノベーションは 進展していない。社会構造の面では格差が拡大・固定化し、低賃金労働者の不満 が溜まっている。社会保障・教育・医療等のセーフティーネットの整備が不十分 であることも、消費低迷を助長している。 中国には“ネズミ族”という、地下の明かりの無いところで共同生活を送る 貧困層が100万人以上存在すると言われる。その多くが地方からの出稼ぎ労働者 (農民工)だ。彼らの部屋に窓は無い。その暮らし振りは、宛ら洞窟で生活する ような印象だ。 これらの構造問題を根本的に解決しない限り、中国がどれだけ 公共投資等のカンフル剤を打っても、それは問題の先送りに過ぎない。 将来的には、より一層膨張した“バブル”が弾けるという最悪のシナリオが 不可避となるだろう。 ここで、中国で“バブル”が崩壊した場合の潜在的なマグニチュードを定量化 しておきたい。 筆者のシミュレーションに依れば、 〔資本ストック調整が本格化する“メルトダウンシナリオ”では、中国の潜在 成長率は1.6%まで低下し、実際の経済成長率は大幅なマイナスに陥る。〕 勿論、一般論として言えば、世界経済のドライバーは依然としてアメリカで あり、決して中国ではない。仮に中国経済が少々減速した場合でも、日本経済に 与える影響は軽微なものに留まろう。しかし、中国経済が“メルトダウン”する 場合には、全く別次元の話となる。その影響は、〔世界経済を奈落の底に叩き 落とす程の強烈なインパクトを持つ〕ことになりかねない。中国の政策当局には、 自らが置かれた状況を的確に認識した上で、中長期的な構造改革と、短期的な カンフル剤に依る景気刺激策をバランスよく講じて、何とか中国経済を “ソフトランディング”に導くことを切に期待したい。尚、中国での“バブル” 崩壊に伴う日本への悪影響は、主に中国向け輸出の低迷と、消去法的な 円高進行を受けた他地域向けの輸出低迷という2つのルートから生じる。 中国人に依る“爆買い”の消失を懸念する向きもあるが、2014年のデータでは、 日本の対中輸出は13.3兆円程度と、訪日中国人の日本での消費額(5600億円程度) の24倍に達する。つまり、中国向けの輸出は中国人に依る爆買いよりも、日本 経済に与えるインパクトが遥かに大きい。中国経済の減速に備えて、我が国の 政策当局は何をなすべきか? “Do your homework.(自分の宿題をやれ)”と いう言葉があるが、日本政府は自らの積残した課題に粛々と取り組むべきだ。 現時点では、当初のアべノミクスの3本の矢の中で、“第1の矢”(金融政策) に過度な負担が集中しており、構造改革は若干遅れ気味である。今後は、 �’清函Π緡邸Σ雜遒箸い辰進�野における所謂“岩盤規制”の緩和 �⊆匆駟歉秬�度の抜本的な改革を通じた財政規律の維持等の国民にとって 耳の痛い構造改革を断行することが、最大の課題となるだろう。≫ ▼ 今回の熊本地震、まさか九州の中部で大地震が起こるとは思っても いなかったようだ。そして、いざ災害になると、その準備態勢が如何に 甘いか知ることになる。これは、中国のメルトダウンに対しても言えること。 問題は、弱者ほど、その対応が不十分ということ。「弱者だから準備ができ なかったからではなく、準備をしてないから弱者」 とも言えることになる。 「南海トラフト地震が本陣とすると、その一部の部隊が動いた一現象」か! 東北大震災が本陣とすると、中越地震、刈羽沖地震、一連の東北地区の地震が、 熊本大地震にあたる。 直近でないとしても、本陣が控えていることは事実。
・・・・・・ 5147,1%による1%のための勝利戦略 ー�� 2015年04月18日(土) 【金持ちが確実に世界を支配する方法】スーザン・ジョージ著 ー内容紹介ー 〜ネットにあった概要の後編より ≪・本書の前半では、「第1回報告」(これも架空)を振り返り、社会、経済、 環境問題の展開を検証する。後半では、「階級闘争必勝戦略」の提言を行う。 「階級闘争必勝戦略」は、投資家で世界第三位の大富豪ウォーレン・バフェット の2006年の発言、「階級闘争があると言いたいなら、そう言ってもいい。しかし 戦いを仕掛けているのはわれわれの階級、金持ち階級のほうで、勝利は目前だ」 から取られたものであり、1%の野望をはずかしげなく洩らしている。 ・本書によれば、リーマンショックにもかかわらず、1%への富の集中は進んで いるので、彼らが仕掛けた階級闘争は順調。彼らの「必勝戦略」は、ひたすら 99%を洗脳する事と、言い変えると「文化的乗っ取り」あるいは「メディア戦略」。 「民主主義をお払い箱に」にし、人権を縮小し、自由競争や自己責任の言葉の 連発で、新自由主義に洗脳することが、1%層の宿願である。 ・本書の架空の作業部会が、日本の採点をするとしたら、世界の優等生として 褒めてもらえそうである。福祉(医療、年金、生活保護)の切り下げ、消費税に よる99%層への収奪、一方では大企業への減税の大盤振る舞い、経済格差の進展、 実所得の低下、子どもの貧困率のさらなる悪化、東電福島原発事故の発生と その被害者の切捨て、秘密保護法の制定、集団的自衛権行使への動きとそれに 伴う軍需産業の動き、国民を犠牲にしても自由貿易を拡大しようとするTPP推進、 ますます政府の広報機関と化している新聞・テレビなど、日本で進行中の動きは、 本書が暴き出した「1%による99%支配の強化」の日本版と読替えれば、すべて 納得がいく。本書は、日本での動きが、世界を席巻するグローバリズム (新自由主義化)の一環であることを改めて教える。 ・本書の性格上、99%による1%への対抗戦略は書かれていない。1%が何を考え、 そのためにどのような手段を使っているか、を寓話形式で知らしめることが 目的だからである。99%が明日からでも実行可能な、1%への対抗戦略については、 ジーン・シャープ著『独裁体制から民主主義へ』がある。≫ ▼ この政策を実行するに、3つのS戦略が重要としている。 スピード (すばやく)、セクレシイ(知らせず)、ステルス(水面下)である。これに サプライズも加えることができるという。中国は、彼らと同じ体質を持っている。 この傾向は、短期間で達成している。地中海クラブに住む劣等国民には、憎悪 すら感じている。彼らは身に合わない生活をしてきたため、債権は、他の国が 払うべきと信じて疑わないが、これも時間の問題。アフリカ、中近東は、彼ら の手先の一部王族が、天然資源を独占、営利を貪っている。それがIS国として 大きなウネリとして支持を得ている。世界は、1%の人たちのためにあるようだ。 ・・・・・・ 4782,大不況には本を読む 2014年04月18日(金) * 「本書のまとめ」 「大不況には本を読む」橋本治著 今さらだが、時代を鳥瞰するにクリアーで解りやすい。 ー(P183) 《【十八世紀の後半に起こった産業革命は、それまでの世界のあり方を変えて しまった。その新しくなった"世界秩序"が日本にやって来て、日本は150年前に 開国した。開国した日本は、その時の世界秩序にのっかって、見事に成功した。 成功して行き過ぎて、第二次世界大戦とバブル経済という二度の破綻を経験した。 成績トップになった優等生の日本は、それゆえに"見事な破綻"を経験するが、 その他の国はまだそこまで行っていないので、相変わらず"産業革命以後の体制" は健在だったが、今度はアメリカが新たな破綻にぶつかった。産業革命以降の 体制は、アクセル全開の自由貿易主義だったが、そのこと自体にブレーキが かかってしまった以上、改め"ブレーキをかけることの意味"を理解した方がいい。 そんな世界的なあり方は、″会社の仕事に追い回されて、自分及び自分の家族 やその周辺のあり方を省みない゜という日本人のあり方にシンクロする。自分の あり方を省みるために、もう一度‘本を読む’というところに立ち戻ったらいい】 この考え方をエコノミスト的に裁断すると、私は「保護主義のイデオローグ」 ということにもなるが、私はエコノミストではない「人間のあり方に立脚する」 文芸関係者なので、「そりゃお門違いだろう」ということにしかなりません。 バブル経済へ向かって進行する中で、いくつもの誤解は生まれましたが、 「経済が分からないのはバカだ。物事は経済的見地’にのっとって見なければ ならない」ということになってしまったのも、その一つです。 経済の方で 「保護主義的」と言われるものは、「人間のあり方に立脚する」立場からすれば、 「人が生きて行くために押さえておかなければならない基本」でもあって、 だからこそ私は、経済の方では「保護主義的」と言われるものを「自立」と 関連づけるのです。「金儲け」のことをあまり考えない、その能力があるとも 思えない文学や思想、哲学といったもの ーつまり「文学」「その他」は、 「働いて金を稼ぐ」に代表される現実生活のことを、ともすれば忘却しがちです。 ・・・ 2008年秋以降の・金融危機・経済危機はそれで、「破綻してよかった」 でもあります。しかし、でありながらも「世界」の方は「豊かさの達成は進行中」 という前提に立って、相変わらずの「富の均質化」を求めます。だから、輸出量 や輸入量の調整は求められるのですが、この「調整」の向う方向は、一つです。 「豊かである国の、既に達成された豊かさを目標にして、世界中を均す」です。 既に経済危機で「豊かな国の豊かさの基準」はぐらついているのですが、世界が 「豊かさの達成はなおも進行中のはず」という前提に立っている以上、目標と される基準値は「豊かな国の豊かさ」です。そしてこれは、「工業に追い抜かれ、 工業にすがりついて追いつこうとする農業の哀れさ」と同じ質のものなのです。》 ▼ 大きな節目時に、読書をして行間を読むしかない、ということ。 特に、アメリカの露ばらいをさせられた日本こそ、新たな解決をしなければ ならない。「経済の自立=保護主義的になりざるをえない、という基本を押さえて おくこと」には、考えさせられる。日本は明らかに衰退の道を歩き始めた。 しかし、現実をみると、誰も直視しない。そのツケは、株価と国債の暴落という 突然の崩壊で生じることになる。日本は近い将来、豊かさとは、かけ離れた国の 悲哀を味わうことになる。150年の間の政治経済のマクロの流れを振り返り、 今後の方向性を見つけることは至難の業だが、それでも見つけ出すしかない。 「普通の国」が、キーポイントだが、地政学的に見て、日本は中国とアメリカ の間にある海洋国家。その辺りが鍵になる。今後10年間は、これまでの10年間 より遥かに厳しい事態になる。この20年間の変化が、10年間に圧縮して襲い かかるとしたら、考えただけでも身震いがするが、興味もそそられる。 気の毒なのは、若い人たちである。
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2018年04月17日(火)
* 逆ハーレムのお姫様 ーオクサーの姫 「オタサーの姫」とは、 < 男性の割合が多い文化系サークル(オタクが集まる ようなサークル)に存在する数少ない女性メンバー。サークル内では希少な存在 であるため、圧倒的美女でなくともオタク男性メンバーに姫扱い… サークル内では希少な存在であるため、圧倒的美女でなくともオタク男性メンバー に姫扱いされることから「姫」 の名を冠している。早くいうと、「逆ハーレム状態」 の女オタクのこと。>
学生時代の、今でいうシェアハウスのような25室の寮に二人の女子がいた。 何故か一人は勤め人。寮内のコンパに、時々、二人を呼んで騒いでもいた。 別に気どるわけでもなく、寮生活に馴染んでいたようだ。高校は男子校だが、 学年400人中に、7〜8人の女生徒がいた。その一人に政治評論家の櫻井よしこも いたが、御付きのような男ども数人を従えて、そっくり反っているように窺えた。 受験校出身の女性の「オクサーの姫」の一人が家内ともなれば、愚痴の百も言い たくもなる。常に男目線を意識している板付きの「かまとと」。内心は女尊男卑 そのもの。しかし、男は女性には優しいもの。12,9,7,5歳、年上の姉の下で、 全身全霊で気遣いをして育ったためか、踏ん反りかえった女性には近づかない ことにしていたのに、何を血迷ったか…。執事というより、下男。しかし独身 真只中の20歳代半ばの数年は、女性中心の職場。「群れた女は猿集団」と割切り さえすれば、扱い方次第で、これほど面白く、楽しい日々はなかったのに…。 オクサーの姫のような孤島で起きた事件があった。 【 戦中から戦後にかけて、太平洋の小島・アナタハン島に日本人の女が1人と 男が32人取り残されてしまった。軍に救助されるまでの6年間、女をめぐって の殺人や行方不明者が相次いだ。一匹の女王蜂をめぐって壮絶なまでの生と性 の闘いがくり広げられ、 十二人が殺されたり、死んでいったという謎と猟奇に 包まれた事件。】 事実は小説より奇なりというが、この軽いのが男子校のサークル内で日々… 魔性の女による、危険な遊びが。 巷の奥行きは深い!
・・・・・・ 4040, 汚れつちまつた悲しみに ー3 2012年04月17日(火) 7年前の同月同日に若い時分の挫折体験について、次のような文章が書いて あった。傍からみた現在の私は、このようだろう。ところが今回の挫折体験の 心の傷は、これほどでもない。逆にいえば、茫然自失まで至ってないためか、 若さを失ったためか。青年期の幾度の挫折体験で、よくぞ狂わなかったものと 思うほど心の傷は深かったが、今回は、魂まで切っ先が届いてない。 長年の読書と、経験、人間関係の構築のベースがあったためである。 特に若い時分の挫折体験と、長年の読書の蓄積が大きい。それとも悲しみを 遥かに超えた多くの体験のためだろうか。それにしても、真似た文体としても、 血だらけの挫折体験が、そのまま出ている。書くということ、書き残した自分 の文章を改めて読み返すことの意味(価値)を、この文章で知らされた。 【 1475, 汚れつちまつた悲しみに ー2 2005年04月17日(日) 】 「汚れつちまつた悲しみに」の「汚れ」を「倒れ(挫折)」にして、 「倒れてしまった悲しみに」という詩を書いてみた。昔の何度かの挫折を 思い出しながら。 ー作成時、2005年4月16日 20時20分 ー倒れてしまった悲しみにー 倒れてしまった悲しみに 今日も涙の雨が降りかかる 倒れてしまった悲しみに 今日も嵐が吹き荒れる 倒れたしまった悲しみは たとえば樹氷のように突き刺さる 倒れてしまった悲しみは たとえば黒い血海のよう 倒れてしまった悲しみは たとえば虚空の空飛ぶ蜻蛉よ 倒れてしまった悲しみは あなたの愛に気づくとき 倒れてしまった悲しみは 夢みた昔を懐かしみ 倒れたしまった悲しみは 倒した人を思いだす 倒れてしまった悲しみは 光りの日々が走馬灯 倒れてしまった悲しみは 独りの自分に出会うとき 倒れてしまった悲しみは 悲しい悲しい悲しみよ 悲しい悲しい悲しみよ 倒れてしまった悲しみは 倒れてしまった悲しみは 倒れてしまった悲しみは ▼ 悲しむべき時には、悲しむが良い。 本当の悲しみが出てくるのは、 数年先になるのだろう。まだ、悲しむだけの余裕がないのかもしれない。
・・・・・・ 5876,閑話小題 〜朝鮮戦争が現実的に ー3 2017年04月17日(月) * 死傷者は400万人 2500万人が住む首都ソウルに、北朝鮮が核弾頭付でなくとも、ミサイルを 撃ち込めば、百万単位の死者が出るのは周知のこと。北は、それを熟知して恫喝 して何とか体制を維持している。それ故に、韓国は、大統領に莫大な権力を集中 せざるを得ないため、汚職をうむ土壌になっている。現在でも破綻している国家 に戦争は国家破綻を更に加速させる結果になること必定。しかし、アメリカには、 東洋人の100万や200万より、己の国家の安全の方が遥かに重要になる。 「第一次、第二次世界大戦から見れば、この程度は大したことがない」と、 考えても不思議ではない。 〜「週刊現代」2013年4月27日号より ≪ ■ 北の妄想 北朝鮮の国民は幼少時から、「朝鮮はアメリカと日本に勝利した軍事大国」 と教えられて育っている。 金日成軍事総合大学の軍事関係者は、 「アメリカを倒すのは、掌を返すくらい容易だ」と豪語しているほどだ。 先日、朝鮮中央テレビは、3日間で韓国を占領するシナリオの映像を流した。 1日目に韓国の重要拠点を占領し、15万人の米兵を捕虜にする。 2日目に韓国の大多数の都市を占領し、 3日目にその他の地域を占領するというものだ。 朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は、「朝鮮は世界中でアメリカに対抗できる 唯一の国である」と誇っているほどだ。 まさに皮肉たっぷりの筆致で北朝鮮の「井の中の蛙」ぶりを強調している。 だが、張教授が述べている「7割から8割の確率で第2次朝鮮戦争が勃発する」 という予想は、すなわち中国政府の見解に他ならない。 前出の韓国国防部関係者が続ける。 「北朝鮮は、南北の局地戦ならば、米軍は参戦しないと踏んでいるようだ。 だが、実際にはアメリカは、三つの条件さえ整えば、第2次朝鮮戦争に 参戦する可能性が高い。 第一に北朝鮮の核やミサイルによって自国の脅威が増すこと。 第二に戦争によって自国の兵士の損失が最小限に抑えられる見通しがつくこと。 第三に中国の後押し、もしくは少なくとも黙認が得られること」 前述のような習近平政権の"反金正恩政策"を見ると、金正恩除去に向けて 米中が手を組むというシナリオは、十分考えられるのである。 ■ 死傷者は400万人 それでは実際に、南北衝突となった場合、どのようなシナリオが想定されるか。 軍事評論家の世良光弘氏が解説する。 「第2次朝鮮戦争になった場合、北朝鮮は38度線沿いにある数千基の砲台から、 ソウルへ向けて一斉砲撃します。合わせて、スカッドミサイルもソウルへ向けて 撃ち込みます。しかし米韓は、その前にB2ステルス爆撃機を発進させ、精密誘導 爆弾で38度線の砲門や主要ミサイル基地を爆撃します。B2爆撃機の護衛には、 F22ステルス戦闘機が当たります。 これに対し北朝鮮は、ミグ29戦闘機が迎撃しますが、まともに稼働するのは 30機程度で、たちまち撃墜されるでしょう。その間にも米韓は、F15Eストライク イーグルやB52爆撃機、ホーネット戦闘機などを投入します。また海からは トマホーク巡航ミサイルで平壌を爆撃します。そうして制空権を完全に押えた後、 戦車部隊やストライカー戦闘旅団などの地上部隊が38度線を越えて進軍します。 こうして北朝鮮全域を制圧するには、3ヵ月くらいかかるでしょう。 それでも山岳地帯の坑道に隠れるであろう金正恩の身柄を拘束するには、 それ以上の時間がかかります」 かくしてイラクのサダム・フセインのように、金正恩も拘束されて、 戦争は完全終結となる。その後、北朝鮮には、米中韓、それに日本とロシアも 加わった5ヵ国との協調政権が樹立されるというシナリオだ。 だがこのシナリオが現実のものとなれば、第1次朝鮮戦争と同様、400万人 規模の死者を出すだろう。ちなみに中国は、金正恩から亡命要請が来ても、 断るという。≫ ―― ▼ 昨日の午後の政治トーク・バラエティー『そこまで言って委員会』が 時が時だけに、ユニークな企画になった。プーチン、習主席、トランプ、 金主席の顔写真のお面を、各国の専門家に被せて、際どい質問をするもの。 専門家は、自分の意見と、お面の主の考える想定が混同するため混乱するが故、 隠れた真実が垣間見えたような錯覚が、ブラックジョーク、コメディ的である。 「これだけの危機の問題を、爆笑するのも問題では?」 というのも、 『そこまで言って委員会』の番組名からして野暮。 イエローモンキー(日本猿)が、寄ってたかって、 赤ザルと、白豚と、白熊と、白パンダを、寄ってたかって笑い飛ばして いるに過ぎない… としても、際どい笑いが何とも「平和ボケ」そのもの。 南北朝鮮の人民にとって一番ウケるのは日本攻撃であることを忘れないこと。 ・・・・・・ 5146,1%による1%のための勝利戦略 ー�� 2015年04月17日(金) 【金持ちが確実に世界を支配する方法】スーザン・ジョージ著 まずは〜内容紹介〜より < 世界中の富裕層のみなさん、お喜びください。完全勝利は目前です。 ただ少々、問題がございます――。世界金融危機で痛手を被ったかに 見えた1%の富裕層。再び立ち上がり、さらなる富を手にした彼らは、 一体どのような手段を取ったのか。『なぜ世界の半分が飢えるのか』の著者 が「報告書」という形をとって、グローバル化された収奪のシステムを暴く。> ネットに、概要を簡潔にまとめた内容があった。 ≪ ・ 多国籍企業が国境を越えて自由貿易および市場主義経済を拡大させる、 グローバリズムの動きがますます急である。これに伴い、世界中で上位1% への富の集中が著しい。最近は1%どころか、さらに最上位0.1%へ富が集中して、 アメリカの場合には2012年で、純資産が2000万ドル(約20億円)を超える富裕 層上位0.1%の人々の家計に、米国全体の富の23.5%が集中したという。 各国の福祉は切り詰められ、99%の窮乏化は進む一方。誰が一体、 このような事態を引き起こしているのか。 ・ 本書は、反グローバリズムの旗手である著者が、1%が委託した、ある架空 の作業部会が作成した架空報告書(今回は2回目の報告書)という寓話形式で、 鋭い皮肉と風刺を用いて、支配している権力者の思考方法と支配メカニズムを 暴き出したもの。架空とはいっても、支配者の論理を知り尽くした著者が、 実証データを駆使し書き上げたものであり、「陰謀論」の批判は全く当たらない。 「スイスの某リゾート地で毎年開かれる1%層のための経済フォーラムが、 秘密部会を設けて世界情勢を分析した内容」とでも想定すればイメージが ピッタリである。・・ 〜つづく ≫ ▼ ここで、「階級闘争があると言いたいなら、そういっていい。しかし戦い を仕掛けているのは我々の階級、金持ち階級のほうで、勝利は目前だ。」と、 ウォーレン・パフェット(世界三位の大富豪)が述べている。たとえば、世界 の85人の手に、世界人口の半数、約35億人分と同じ富が握られている。 仮説の委嘱委員のような人たちは、自分には今もっているものを持つ権利が あり、他人に恩義を感じる必要がない、貧乏人は事業自得だ、民間セクターは、 公的サービスより常に望ましいと考えているようだ。著者が、「本書は、 事実に基づくフィクションで、信頼おける確実な情報源によるが、実際の 『作業部会』は、存在しない。だから、綺麗ごとを並びたてる必要がないため、 内容は辛らつで、核心をついている。何度も書くが、自民の保守本流はポチ! ・・・・・・・ 3674, 自己を見つめる −2 2011年04月17日(日) 「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著) 私たちは人生の現実を経験を介して初めて知られてくる、経験をして みなければ分からないのである。人生は、経験を通してその深みと広さを増す。 自分とは、経験してきた全てである。人生は様々な過去の追憶を返し、暖め なおすことしか、事実上何処にも存在をしない。良質な経験の積み重ねこそ、 人生を豊かに、実りあるものにする。 ー 第一章 経験 の中より ー 哲学者・ダガマーは経験について3つの点をしてきした。 ・まず第一に、それが誰も予見できず、見通せない仕方で生じてくる点である。 したがって、経験は常に新しさを含んでおり、経験がもたらす内実を、 まったく予測することができない。 ・次に第二に、そうした経験の過程は、いつも否定的過程であって、実際に経験 するまでは、当の事柄を知ってなかったことを痛感させられるわけである。 つまり私たちは徹底的に、浅見や独断を捨て去らねばならないことを教えられる、 とガダマーは断じる。 ・さらに第三に、それゆえに経験とは、本質的に、辛い不快なもの、期待の 幻滅を伴うものである。かつてギリシアの悲劇作家アイスキュロスが語った ように、人間は、「苦しみをとおして学ぶ」のである。それが経験ということ であり、こうして初めて人間は、真の洞察と自己認識を獲得するのだ、という。 要するに、経験をとおして、私たちは、あらゆる予見の限界と、すべての 計画の不確かさと、人間の非力さと有限性を、徹底的に思い知らされるわけ。 実際、こうした労苦にみちた経験を介して、私たちは、ほかならぬ自己自身の 人生の実相のただなかに立つことになる。そしてそれ以外に、どこにも人生 というものはない。私たちは、経験において初めて、自己自身と宿命的に向き 合うことになる。 経験のなかにこそ、自己自身があると言いうるゆえんである。 ▼ 人生を振りかってみて、経験の中こそ、自分があると、つくづくと思い知る。 その境界が自分の限界であった。だから迷ったら、とにかく、一歩踏み出して 行動することが、自分を広く深くする。「自分を見つめる」とは、自分の経験を 見つめることと同じである。 経験して初めて、知るが、それは否定的過程を 踏む事であり幻滅を伴なう。 とはいえ、落語の与太郎では? ・・・・・・ 5511,閑話小題 〜二年で円の通貨量が二倍になったが 〜�� 2016年04月17日(日) 去年の[2015年04月12日(日)}に以下のテーマで書いた文章が、数日前、 目にとまった。そういえば一ヶ月前、「通貨量が三倍になった」との ニュースが流れたから、この一年で、1・5倍の通貨量になったことになる。 問題は、通貨量を三年で三倍にしても、デフレも景気も浮上しないこと。 預金総額が1700兆円に増加したが、それは平均であって、一般大衆の預金が 増加したのではなく、あくまで一部の富裕層だけ。 〜まず、去年のコピーから〜 【 * 二年間で円の通貨量が二倍に! 二年前、日銀の黒田総裁が、「2012年末に138兆円だった資金供給量を14年末 には約2倍の270兆円に拡大。長期国債の購入量も2年で190兆円と2倍強にして、 上場投資信託などリスク性資産の購入も増やす。インフレターゲットは2%。」 と発表した。ところが、先日のニュースで、「2年間で円の通貨量が2倍に なったが、インフレ目標の2%はゼロのままと、日銀が公表」と報じた。 リーマンショック後、米国は数ヶ月で二倍、現在は三倍以上にドルを増刷、 為替相場が3分の1になったかといえば、7年前と同じ。 日本の供給量は2年で二倍。しかし為替相場は3分の2。株価は安倍首相が 就任した2012年12月26日の終値は1万0230円36銭だから、2倍になった。 日本も米国も通貨量を2倍にしたにも関わらず、インフレにならないところが 摩訶不思議。アベノミクスは中長期的にみて明らかな失政が見てとれるが、 保守本流の頭脳は膨張以外、考えが至らない。「後は野となれ山となれ」である。 現在は太平洋戦争突入の数年前の様相と似ている。家内を見ていると、物価の 値上げに対する反応に敏感だが、これは一般主婦の趨勢。スタグフレーションの 様相を示している。保守本流は、アメリカの忠実なポチ。強者に優しく、弱者に 厳しい。先日、図書館で借りてきた、『金持ちが確実に世界を支配する方法』 の「1%による1%のための勝利戦略」が、まさに現在の政権と酷似している。 とって付けの、政策など、直ぐに、その正体を現れ出るが、その前に衆議院選挙 を昨年末に断行した安部も、強かである。この国民をして、この政府。 とはいえ、激動期には保守本流で中心を固めないと、学芸会のような政治 ごっこの政党に、国は荒らされる! まだ、マシ? 】 ▼「通貨量が三倍に増加」のニュースが何故か消えてしまった。聞き違いの 可能性があるため、この文章を書くのを控えようか迷ったが、記憶を辿って みても、間違いない? そこでネット検索でやっと見つけたのが、 【マネタリーベースは12年末の138兆円から昨年末は365兆円と2.6倍 に膨らんだものの、15年平均の全国消費者物価指数(生鮮食品を除く)は2% 目標には程遠い前年比0.5%増。誰が見ても「黒田バズーカ」は失敗】 があった。 とすると現在の三倍のニュースは、間違いない。これからみても、 アベノミクスは間違っており、この失敗は、次世代の弱者に更なる負になる。 その札束は、そのまま富裕層に移動する。〜で、これも偶然で、以下につづく。
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2018年04月16日(月)
* 風俗は既にセフティネットでなくなった 図書館の返却コーナーから借りてきた雑誌の内容がシリアス。 これによると、「風俗は既にセフティネットでなくなった」とある。女性が年齢 が増すにつれ、よほど外見が良いスペックがないと敬遠される厳しい現実がある。 風営法が改正された数年後、地元の行きつけの居酒屋の店主に、デリバリの実態 を聞いたことがあった。よくぞ聞いてくれたと、嬉しそうに携帯でアクセスし、 予約直前までの手順を実演してみせてくれた。更に、それ専用の安い目立たない ホテルも教えてくれた。風俗には全く興味がなかったが、新潟駅前で30年間も ホテル事業をしていれば、様々な実態を聞くことが多かった。当然、デルヘル嬢 の入室は厳禁していたが、デルヘル嬢の長期滞在が、それ故に常時、隠れるよう に宿泊していた。夜の外出、朝帰りのため、彼女らは、警察に怪しまれないよう、 宿泊時に身分を明かす。全国を渡り歩くそうだ。
『文藝春秋オピニオン2018年の論点100 〜風俗市場も崩壊 シングルマザーの歯止めなき貧困』より〜 ≪ 貧困問題の最たるのが「シングルマザー」の存在。全国で123万世帯になる。 平均年間収入が223万円で、全国世帯収入の545万円、児童あり世帯の平均 の707万円を大きく下まわる。相対的貧困に該当する貧困に該当する母子世帯の 子供たちが、‘子供の貧困’のメインであり、6人に1人になる。 その多くは、近隣に実家や親せきがなく、誰も助けてくれないのが実態だ。 老朽化した団地や、アパートに住み、母親はダブルワークする。最低賃金に 近いサービス業で10万円に、児童手当、児童育成手当を足してギリギリ最低限 の生活をおくる。これまで、キャバクラ、風俗、AV女優、買春などは、一般女性 の志願者が増えすぎて、圧倒的な女性の供給過剰にある。価格は暴落、貧困女性 のセーフティネットとしての一面が完全に失われた。よほど容姿などのスペック が高くない1万以下の格安店でないと採用されない。 性風俗店は2005年の風営法改正で店舗から無店舗販売に移行し、届け出制に なって実質合法化した。女性の供給過剰、性風俗店の増加、そして少子化のため、 一店舗あたりの男性が減少。だから出勤しても、客がつかない。完全出来高制の ため、待機時間を含めた時給計算をしたら最低賃金を割る。デルヘルで出勤して も、一日待機しても、客は二人程度。男性が払う金は、60分で8000円のうち、 売上が店と折半で、4000円程度。運よく二人ついても8000円程度。 某女子大生のケース。 「アルバイトだけでギリギリ生活は送れるが、学費が払えない。一年生の春に デリヘルに出ました。週に一回ほどで、月6〜10万ほど。稼いだ金は、全て預金 をして学資に…。」 若い女性だから風俗、売春がセーフティになる。現在、 日本の貧困率は、OECD加盟国34ヶ国中、10番目。世界的にも進行する国と認定 されている。≫ ― ▼ 地元の繁華街の風俗店のドキツイ看板も殆ど見かけなくなった。 スナック店主が曰く、「デルヘリと、マッサージ店が取って替わった」とか。 それと暴力団事務所もテラ銭が皆無になり撤退をして暫く経つとか… 。 売春が合法化され13年… 普通の子女の買春の許容売価が、一週間分の 労働賃金。愛人の平均売価が、大学新卒の初任給が世界各国の目安という。 貧しき人にとって、世界は苦海である。幸せの家系と、不幸の家系が現にある。 一度、転落すると、元に戻るのは? 「元はこちら、そのまま結構!」など、悠長に言ってはいられない!のが現実。
・・・・・・ 2016/07/10 閑話小題 〜貧しさだけは 最近、老人の貧困問題が取り上げられている。そういえば以前、経営していた 会社で、辞めていった女子社員の家庭内問題について、書いたことを思い出し、 ブログ内検索をしたところ、10年ほど前のテーマにあった。(下にコピー) そこに出てきた母娘以外は、年齢からして殆ど亡くなっている?のだろう。 嫁・小姑・姑・舅問題などが絡まった複雑な問題だが、その背景は貧困。 豊かさは一瞬で崩れさるが、それを築くには、長年の、何世代の労苦が必要。 情報化社会で、豊かな者は、より豊かに。貧しい人の人は、より貧しくなる 傾向にある。他人事ではない。何とかセフティーネット で事なきを得ているが。 10年前とはいえ、よく、こんな文章を書いていたものと・・ 本人には「白馬の騎士」が必要なのだろうが。 先日、読んだ本に、 <「玉の輿」は、元もと幻想。その相手と苦労した結果、豊かそうになること なら、有りうるが。>とあった。その結果、貧しくなる事例は有りうるのか。 適齢期の決断で、何とか、踏みとどまった中で、一番の理由は、バランス。 短期適応、長期不適応の惨状を、あまりに多く見せられていた。 〜そのコピーから ―――― 2006/10/18 2024, ある家庭の事情 才八∋ウ_〆(∀`●) これからの内容は本人の同意を得て書いている。(本人の同意なくして 書いたとしたら、本人を著しく傷つけことになる上に、裏切り行為になる。 本人曰く「母の苦労を多くの人に知ってもらえるから、書いてください!」 とのこと・・) そこには誰も悪人はいない、存在するのは人類最大の問題 (嫁・小姑など家に存在する)不条理と貧困である。 Aさんの話を聞くうちに浮かび上がってきた奥行きの深い話。 どこの家にも、このような問題はあるが、あまりにも気の毒な構図である。 それを背景としてAさんの一人間としての素晴らしさが浮かび上がってくる。 〔註〕煉獄とは、地獄と娑婆ー現世の中間にあるところ ー女性Aさん(25歳)の視点で書くー (以下、敬称は略す) ・Aの母親F(48歳)が夫と離婚、Aと弟を引き取り中越地区の実家に出戻る。 ・実家にはFの両親B・C(80歳前後)と、Bさんの未婚の姉のD (80歳代前半)がいる。 家は、それほど大きな家でない。 ・Aの母親Fは、AとAの弟E(21歳)を育てるため身を粉にして働いた。 そしてAは女子短大を卒業、新潟(私の会社)に就職して5年目になる。 弟Bはコンピューター専門学校を卒業、今年から首都圏のソフト会社に就職。 ・ところが母親は立ち仕事で人一倍働いたため、腰痛が悪化。 去年から働きに出れなくなり収入も途絶えた。 ・そのため元々折り合いが良くなかった同居の叔母Dとの人間関係のバランスが 崩れてしまった。子供二人が家を出ていったことと、母親Fが働けないため 収入が途絶えたことで、弱い立場の陥り、その結果、鬱病になりかけている。 ・Aにとっては、そんな実家には帰りたくないが、そのままにしていたら母は 重度の鬱病になり廃人になってしまう。A一人の収入では母親を引き取れない。 そこが地獄絵図の世界としても、その家に帰らないと母は間違いなく潰れる。 ―――― という内容である。 露骨に言ってしまえば、 ・「行かず後家」と、 ・その実家に「出戻ってきた母」と、 ・嫁の立場の「お祖母さん」と、 ・その間でシドロモドロする「お祖父さん」が、織り成す小さな ‘葛藤ドラマ’である。 Aは華やかではないが、キリッとした美形で、浮いた話は全く無い。 この実家4人の関係の、それぞれの立場が「針のむしろ」。 ・「叔母E」にしても、頼るのは弟のBしかいない、 ・「家長B」も連れ合いのCと、姉Dと、娘Fとの間で神経をすり減らし ・「嫁の立場C」も、小姑Dとの同居自体が地獄である上に、 旦那Bと娘Fとの間に立って神経はボロボロのはず。 小姑Dが生きている限り、80歳近くになっても嫁の立場は変わらない。 ・母親Fは家をでて、娘か息子の元にいくと、お婆ちゃんCと小姑Dの バランスが崩れる。
聞いているだけで、小説のような深い煉獄のような世界が見えてくる。 おまけに、「長生きの家系で年寄り三人は10年は最低生きそうだ」という。 更に、Bは‘独身?で外にいる息子’を呼び寄せるつもりだという。
結局は、本人Aは会社を辞め、新潟を引き上げ実家に帰って働く決断をした。 感心するのは、本人はアパートで質素な生活をしながら、母親に仕送りして、 短大時代の奨学金を5年かけて全て返したことだ。 赤貧の生活だったのではなかろうか?
その上に、その実家に母親を助けるために帰るという心情である。 若い女性でなければ手を貸してやりたい位である。 現在彼女にとって必要なのは、「白馬の騎士」である。 その姿勢を貫いていれば、必ず現れるはずだが… 田舎に引っ込んでしまうとチャンスは狭まるだろう…
私が当人だったら、どうするだろうか? 生きの良いうち?に、理解してくれる伴侶を探すだろう… 必ずいるはず! 「今どき家に縛られるのはどうか?」などとかいう問題ではない。 それか難しいだろうが、母親の結婚相手を探すのも一案である。
先日、一家を惨殺して投身自殺をした主婦の事件があったが、 永年の蓄積したドロドロしたものがガス爆発したのだろう? あまりにも気の毒なFさんに心をこめて、「明るく生き抜いて欲しい」と 願うばかりである。この状況で明るく生きるのは難しいだろうが・・ それより、「生きているだけでも幸せである」ことに気がついて欲しい。
どこの家庭にも、このような話は親戚筋の中に幾つかあるが、 あまりに設定が・・・・ そのために宗教がある。「生長の家」「天理教」あたりを勧める。 天の理や、仏教の教えを噛み砕いて教えてくれるからだ。 苦しみが深いほど、救いも大きくなる。 こういう場合に、「何で既存の仏教の寺は勧められないのだろう?」 坊様には、それが解ってない! (*^ワ^*)i バイバイ ―――― ▼ 当時は、当主のお祖父さんに問題ありと思っていたが、古希も過ぎ、 改めて考えみるに、この状況で、身内が何とか助けあう当主の姿勢は、 人間として、崇高ではないかと、思えるようになっている。小さな家に、 本人が帰った上に、叔父が同居となると、6人は、やはり過剰になるか。 ・・・・・・ 2018/01/06 読書日記 〜「続・下流老人」 ー4 問題は、最期10年を如何に? <続・下流老人 一億総疲弊社会の到来・2016/12> * 深刻な地域格差 20年近く前になるか、当時、経営していたビジネス・ホテルのフロントに フランス帰りの20歳後半の料理人が、「就職先が決まるまで」と準社員として 勤務していた。そこに片田舎の新卒女子が同僚として働いている内に親しくなり、 結婚。『フランス帰り』に憧れた純朴な娘が一方的に惚れた結婚と聞いていた。 …そして妊娠、退社をしたが。 フランス帰り料理人は、務め先が見つからず、 そのまま勤務をしていた。が、生活が成りゆかず、離婚。嫁は子供をつれ出戻り のコース。ここまでは、どこにもある話。後で聞き知ったのが、その後、彼女は 元亭主に子供の引取りを依頼、第二の人生を歩みだしたが、その苦悩は如何ばかり。 「時間の経過とともに後悔が膨らむのは自明」だが、ここで見てとれるのが… 知識・経験不足と、貧困問題。今どきの日本人の3組に1組、アメリカで2組に1組、 西欧では3組に2組の割で離婚というが。当然、そこには苦悩と混乱が発生する。 大学時代の同級会で、嫁がルーマニア人という男の愚痴。さすが全国区の話題。 <金銭にシビアにも程がある。同じ欧州人でも、貧しい国の人間は、人間性まで 貧しい。とにかく卑しい。アジアならタイやベトナムは農業・漁業が盛んで 豊かだが、ラオス、フィリピンは違う。姿かたちは最初のうち>と息巻いていた。 <日本は太平洋ベルトラインなど大都市は比較的豊かだが、そこを外れた地方は… とりわけ過疎地域は…>。 淀みが水場を悪くするというが…。 参考になるのが自殺率。上位10県を高い順にみると、秋田、青森、岩手、島根、 新潟、宮崎、山形、高知、和歌山、佐賀。 最も高い 秋田県の10万人あたりの 自殺数42.1は世界第1位のリトアニアの44.7(2002年)より低いが、世界第2位 のロシアの38.7(2002年)を超えている。私の住む新潟県は5位になる。5年前に 女性がワーストになっていた。 下位5県を低い順に あげると、奈良、神奈川、 徳島、千葉、愛知。比較的、気候が穏やかで、大都会に近隣して豊かである。
・・・・・・ 2017/10/03 一億総貧困時代 〜読書日記 −1 「前書き、後書き、目次」を図書館で一読して借りてきたが、一つ間違えれば、 私も、この具体例の一員になっていた可能性が充分あった。 ネット時代、 情報は一瞬にして世界を駆けめぐり、ベストにエネエルギーが集中するため、 大方は一強多弱の弱者になり、貧富格差は広がるばかり。義務教育の最終年の 中3のクラス・メンバーを想いだすと、玉石混合の社会の縮図であった。 ・戦災孤児で、寺男のような生活を… ・継母と折り合いが悪く… ・居酒屋の店の2Fの6畳の部屋に… ・父親が土方で、休日は、その手伝いが日課… ・遊郭の真ん中で育ち、やがてヤクザに… それが更に… 全員が、既に亡くなっているか、看護生活に入っている。 逆に上位数人は… 順調な?人生を歩んでいた。 〜まず、内容紹介より ≪ … 「え、まさか、今のニッポンでこんなことが…と思ってるあなた。 これはあなたの明日かも。雨宮さんだからこそ聞き出せた、現代ニッポン の“棄民"レポート」-----上野千鶴子氏。 ごく一部の富裕層を除き、多くの人々にとってすでに他人事ではない 「貧困/自己責任大国」日本の現実とその構造を、さまざまな「当事者」たち への取材を通して、平易な言葉であぶり出す。疲弊する個人と社会に、今、 どんな処方箋がありうるのか。 貧困問題>を10年以上にわたりさまざまな角度から追ってきた著者による、 いままさに、切実な1冊。超格差・超高齢化社会の中で、今後、必然的に <弱者>となる多くの私たちは、どう生き抜くことができるのか? (「もくじ」より抜粋) (1)「お父さんの子どもを産みました」─虐待の末、路上に辿り着いた女性/ (2)子どもの虐待と<貧困> ─見えない孤立と声なきSOS、その傍らで/ (3)介護離職から路上へ、そして路上から支援者へ─親の介護から人生が一変し/ (4)「生き残ったのが、父じゃなくて私で良かった」─<利根川一家心中事件> 裁判傍聴で明らかになったこと/ (5)スーパーグローバルな「おせっかいおばちゃん」─この国で生きる外国人を 支える人々/ (6)原発避難者の今─「原発はもう安全」というストーリーが生み出す<貧困>/ (7)学生が1600万円以上の借金を背負うシステム ─奨学金破産1万人・日本の特殊な現状/ (8)<アリさんマークの引越社>、その「アリ地獄」的実態─剥き出しの悪意と 人権侵害の企業で闘う/ (9)性産業はセーフティネットたり得るか ─「風俗」と「福祉」を繋ぐ<風テラス>の試み/ (10)人の命を財源で語るな──<生存権裁判>が問いかけるもの/ (11)<相模原障害者施設殺傷事件>を受けて ─<スーパー猛毒ちんどん>と、ALS患者たちの生きる実践/ (12)<座談会>それでも私たちは生きていく ─30代男女に聞く「非正規労働者」の現在・過去・未来 ―― ▼ 具体的貧困ルポが11本掲載の何れも生々しい。一度、貧困への地雷を 踏んでしまうと、二度と浮かび上がれない。 ・精神を病む母親に生後6ヶ月で捨てられ、父親にレイプされて子供を産む。 ・デパートの課長だった男性は、親の介護のため退職したことが路上生活に。 女性と子供の貧困だ。 読んで実感するのは「恒産あって、恒心あり」である。これは長年かけて 積上げでこそ可能。 唖然としたのは、単身世帯の預金0が、1年間で、 4割(38・9%)から5割(47・6%)に激増したこと。 アパートの一室で、 預金0で、長い夜を過ごす辛さは並大抵でないはずだ。それが単身世帯の半数 とは。 日本の「隠れ難民」でもある。生活レベルが朝鮮半島、中国大陸、 アジア地区に平準化されるのは当然だが。 何か寒々としてきた。
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| 6241,読書日記 〜‘人生に生きる意味はない!’ |
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2018年04月15日(日)
<「真理の探究」ー仏教と宇宙物理学の対話 佐々木 閑,大栗 博司(著) > * 人生に意味がありか、なしか? ここで、数多のテーマで取上げてきた問題。‘人生に生きる意味はない!’ とは、身も蓋もない。青春から老いるまで、誰もが考え、悩む問題である。 最期の自らへの問いかけは、『私の人生って何だった?』『何で生まれてきた?』 『生き直せるなら、どんな人生を過ごせた?』 でプツン! それらの問いには <人生の意味とは何だろう?>がある。 「意味」の意味を考えるに、近い「価値」から類推すると解りやすい。 価値観は、その人にとっても、地勢上、国家、人種、宗教によって、当然違う。 それを仏教学者と、物理学者が普遍的な事として語ると、妙に納得する。 一休の名言がある。 「世の中は、食うて糞(はこ)して寝て起きて、さてその後は、死ぬるなりけり」 小難しく考えることもない。こんなものだが。猿の世界を見ればよい。 〜Amazon・内容紹介〜 ≪ ‘人生に生きる意味はない!’ 大いなる叡智が告げる、この世界の真実 心の働きを微細に観察し、人間の真理を追究した釈迦の仏教。 自然法則の発見を通して、宇宙の真理を追究した近代科学。 アプローチこそ違うが、この世の真理を求めて両者が到達したのは、 「人生の目的はあらかじめ与えられているものでなく、 そもそも生きることに意味はない」という結論だった。 そのような世界で、人はどうしたら絶望せずに生きられるのか。 なぜ物事を正しく見ることが必要なのか。 当代一流の仏教学者と物理学者が、 古代釈迦の教えから最先端の科学まで縦横無尽に語り尽くす。 〜レビューより〜 ≪ 物理学者・大栗博司教授及び仏教学者(仏教者)佐々木閑教授の講演、 対話などを簡潔にまとめた本である。 この本では、大栗氏の講演、対話などから、物質の究極が、分子→原子→ 素粒子→17種類のクウォーク等に還元されてきた歴史と、現在では17種類 のクウォークすらが超弦理論に還元されようとしている物理学の現状を概観する ことができるとともに、佐々木氏の講演、対話などから、仏教の概要とブッダ の述べた思考について概観することができる。 この本の中で両者が語った内容で、興味深かったのは、次の3点である。 ・第1点は、死後の世界はあるか、霊魂は不滅かという問題について、 両者とも、明確に否定する見解を採用している。 ・第2点は、人生に客観的な意味、目的、価値はないことに、両者とも、 異論がない点である。両者とも、人生の意味、目的、価値は、神や仏が与える ものではなく、個々の人が、自らつくっていくものであるという。 ・第3点は、自由意思の存否の問題について、両者とも、断定的ではないものの、 自由意思は、客観的には存在しないであろうが、人の認識の上ではあるように 感じるものであるという考え方を示している。≫ ― TVで見た若者向け映画『リライフ』が、人生の意味について考えさせられた。 【大学院を卒業後、新卒で入社した会社を“ある事件”をきっかけに、わずか 5ヶ月で自主退社した27歳の海崎新太。今はコンビニでバイトをしながら、再就職 を目指すが、なかなかうまくいかない。そんな新太に、リライフ研究所の所員を 名乗る謎の男が「人生、やり直してみませんか?」と声をかけてきた。 男の言葉に乗せられ、「年齢はそのままに、見た目だけ17歳」になった状態で、 新太は約10年ぶりに、2度目の高校生活を始める。】 ― ▼ 一年後、無事、再生していくが、そこで出会った美少女が、「人生の意味を 見出せず、自らリライフの一年延長を願い出ていた」ことが、最後に分かる。 「もう一度、全く同じ人生を与えられるとしたら、受けますか?」の厳しい 問いかけがある。大方の人は、「ノー」と答えるそうだが… 父親が、死期を 悟った時に、絞りだすように呟いた言葉、 「今度、生まれてきたら、全く同じ人生を、再び過ごしたい!」 私も、死期を悟った時に、同じ言葉を心の底から絞り出せる生き方をしたいと。 「20歳、30歳代の人生」が非常に満足できただけでも、有難いことである。 私の人生の意味とは、<「同じ人生を再び!」と思える生き方を貫くこと。> これでも? そのまま結構! 面白かったこと、この上、なかったからね。 ― 大家:まあ周囲の人は大変だよ。 寅:まったくだよ。その毒舌に、どれほど苦しんだか。 熊:「自分のための人生を生きろ!」っていうけど、 「自分だけのための人生」じゃないか。調子にのって、バカまるだし。 寅:御前が、言えるガラか。でも、大家さんを見ると、ツマラナイよな。 八:少しは反省をしてるけど、じゃあ、如何すれば良かったと思うと、 『ご覧の通り、そのまま、結構!』と、開き直るしかないね。 私は私だからね。仕方がないよ。それと、良かった良かったと思えば、 何事も、感謝できるしね。感動、感激、感謝ですよ。最期はね。 この三大感情の満足度は、感謝、感激、雨あられ、ですよ。 寅:天上天下唯我独尊じゃないですか。あんたの場合は当然、悪い意味さ。 大家:まあまあ、今日のところは、この辺で、〆ますよ!
・・・・・・ 5874,閑話小題 〜朝鮮戦争が現実的に ー1 2017年04月15日(土) * 朝鮮戦争が現実にあるのだろうか アメリカのシリア軍への攻撃で、アメリカによる、北朝鮮への攻撃が想定 されてきた。もし開戦ともなれば、十万、百万単位の死者が出る可能性もある。 戦力として世界四位の力を持つ北朝鮮との交戦なれば、さもありなん。 大統領に相応しくないトランプなればこそ、危ない。朝鮮半島に二隻の空母が 配置されれば、一つ間違えれば、交戦もあり得る。空母には7〜8隻の艦隊が 付き添い、この二つの艦隊に加え、沖縄基地からの攻撃と、集結しているだろう 原子力潜水艦などを考え合わせると、2〜3ヶ月以内に勝負がつく位は周知して いるはず。ドン様が早々に実兄を葬り去ったのは、それもあっての先手。 交戦ともなれば、ソウルは焼け野原になり、百万単位の死傷者が出る。 2013年04月23日づけの『週刊現代』の記事には息をのむ。 ―― ≪ ■ 米軍はどう動くのか 北朝鮮情勢が、いよいよ緊迫してきた。 韓国の国防部関係者が解説する。 ・「北韓(北朝鮮)は、中距離弾道ミサイル『ムスダン』の発射を日本海の元山 から行うなど、東海岸に周辺国の目を向けさせています。 だが攻撃の"本丸"は、あくまでも西海岸(黄海)だと国防部では見ています。 北韓は、これだけ内外に挑発的な発言を繰り返しているので、何もしなければ、 金正恩の名折れとなります。しかし本当にアメリカと戦争になれば、一溜まりも ないことは重々心得ている。 そこで、米軍を参戦させない範囲内で最大限の挑発をする可能性が高い。 それには、首都ソウルに近い西海岸で暴発するのが、一番効果的だというわけ。 具体的には、西海岸に浮かぶNLL(北方限界線)の南側にある5つの島を砲撃する のではと警戒しています。NLLは米韓が海上に引いた線で、北韓は認めていない ので、彼らにとって攻撃の正当性がある。小島くらいの砲撃では、アメリカは 参戦しないという読みもある。実際、'10年11月に、北朝鮮が突如、5島の一角 である延坪島を砲撃した時も、韓国側が泣き寝入りしました」 ・前項でやはり「NLL付近が危険」と述べたソウル大学統一平和研究院の 張容碩博士も続ける。 「北韓は4月9日に、南北和解の象徴と言われた開城工業団地を封鎖しました。 ここは南北軍事境界線まで8kmの距離にあり、元々は朝鮮人民軍の基地があった 場所です。そこへ再度、大量の朝鮮人民軍を配置し、韓国攻撃の拠点にしよう ということでしょう。北朝鮮との国境付近は、大変危険です」 実際、38度線に近い韓国京畿道高陽市では、4月1日より「危機対応マニュアル」 を市民に配り始めた。「核兵器・放射能攻撃時の行動要領」「化学兵器攻撃時の 行動要領」「生物兵器攻撃時の行動要領」など、全10ページにわたる行動指針を 記した、おどろおどろしいパンフレットだ。 ―― ▼ 自宅から、そう遠くない柏崎に世界最大の原発があるため、8割以上の確率 の交戦となると、他人事ではない。 狙うなら平和ボケした日本の原子力? 以前の戦争危機はカーター元大統領が身を挺して阻止したが、「何故、あの時」 の悔いが、右翼勢力に残った。 その右翼が現政権の中核を占めているため、 本格攻撃の可能性が無いとは言い切れない。中国も国境沿いに軍を集結、北への 圧力をかけるだろう。4月末辺りに、その「まさか!」がなければ良いが。 中国辺りが、取巻きの女たちに亡命を保証し、暗殺か、軍事クーデターを 画策しているのだろうが… 根が深いだけに? 〜つづく
・・・・・・ ・・・・・・ 5509,閑話小題 〜今年の桜の総括 2016年04月15日(金) * 今年の桜の総括 毎年、恒例になっている福島江と悠久山の早朝の花見に、この時節になると、 飽きもせず行くが、当り年の桜は何度見ても感動する。早朝の桜の花は、朝日の こぼれ陽が冷気と相まり、神秘的な空気を漂わせる。特に悠久山の通称、 「瓢箪池」を取囲んだ桜が絶品。 子供の頃には、長岡駅から悠久山へ玩具の ような小さな電車が通っていて、悠久山の花見は長岡花火と共に、市民の二大 イベントになっていた。 しかし、それもとうの昔に無くなり、今では、自動車 で行くのが大勢。元の悠久山駅前から、1キロ近い石畳の参道の両側に桜並木に なっていた。毎年、家族で行く花見が楽しみで、大きな広場の後ろの高台の 『団子茶屋』で、団子を食べるのが市民の楽しみであった。その参道の石灯籠の 裏側に、江戸時代に献上した、人の名前が記され、生きた証が残っているのは、 そこだけしかないが、確かに生きていた人の確かな証が記されている。 なるほど、名前は小さな物語。冬期間には、子供の丁度よいスキーのゲレンデ になっていた。 で、今年の桜の咲具合は、上の下=80点辺りか。それでも、 週初めの天気の良かった早朝の桜は絶品に近かった。大当たりは十数年ないが、 この40年間で、数回かあった。 ・・・・・・ 2003/04/21 散る桜残る桜も散る桜ー2
ー雨中の花見 昨日、散歩がてらの悠久山の花見に行ってきた。 毎年のこの時期の恒例の一人花見である。もう十年以上続いている。 他の場所はどうか解らないが、長岡は4~5年に1度があたり年になる。 季節の微妙なバランスが影響しているのだろう。今年は例年並であったが、 満開時期に雨が続いたという点で外れの年と言ってよいだろう。 午後一番に悠久山に向かって出発したが、小雨がダンダン大粒の雨に なり、丁度悠久山の参道に到着したと同時に大雨になってしまった。 いまさら帰るわけにもいかないし、とりあえず瓢箪池に行く。 それでも、いろいろな団体がテントの中で「やけ花見?」をしていた。
雨が桜にとっての天敵ということが散歩をしていて解った。 それまでは大風と思っていたが、雨も桜の花を叩き落してしまう。 最近の桜では6年位前に2~3年に大当たりが続いた。その時に早朝、 悠久山で写真を撮っていると、中年の男の人が話しかけてきた。 「自分はこの近くに住んでいるが、これだけの桜は初めてだ!」 という。それだけすばらしい桜だったのを憶えている。 ここで桜を見ていると、子供の頃家族で夜きたことを思い出す。 参道の両側に多くの屋台がならんで華やかな雰囲気であった。 もう50年も前のことだ。 花見こそ一期一会である。 吉野とか京都の名所のあたり年の桜は、魂を吸い取ってしまうのだろう。 ・・・・・・ 2003/04/19 「散る桜、残る桜は散る桜」 「散る桜、残る桜は散る桜」は人間の死を一言でいっている。 他人の死も、すぐに自分の死になる人生の無常を喩えている。 この季節の桜の花を見ていると、ものの哀れをつくづく感じる。 桜は生臭い死の臭いがする。 人生の縮図を桜の花に感じるのは歳のせいか?
今年の桜は[あたり年ではなかった?]が、例年並だった。 2~3日前が近所の桜の福島江の桜が満開だった。 「悠久山の桜」は今日あたりが満開だろう。 悠久山の桜も絶品だ! 5〜6年に一回はあたり年になるが、雪などの季節の要素が微妙に 関係してくる。 桜は毎年思うことだが、自分の生死を考えさせられる。 以前、桜の精の女に迷って死んでいく侍の映画をみた事を思い出した。 ゾクッとする日本的エロチックの内容であった。
また7~8年前に近くの従兄が桜とともに自殺をした。 多くの写真を撮り残して。 新潟は桜とともに春が来るという感覚である。 ・・・・・・ 2005年04月22日(金) 1480, 桜咲くーつれづれに
昨日か今日あたりが長岡の平地では満開である。 もう散りかけてもきている所もある。 近くの山は大よそ一週間おくれになる。
何でも咲きがけか蕾のころがよいものだ。 満開で散りかけも良いが、何か心さびしいものがある。
近くに福島江という桜の名所があり、この時期の楽しみになっている。 車で10分ほどの悠久山の桜も良い。特に豪雪の年は良い桜が咲く。
家内は如何いうわけか「桜が好きでない」という。 「どうして?」と聞いても解らないと言う。 「すぐ散るからじゃないか」と言ったら、 「恐らくそうじゃない」と答えた。 私は、すぐ散るから気にいっているのだが。
10年に一度位は大当たりになる。 悠久山などで早朝に見ると、思わず息を呑むような神秘的な 光景を目にすることが何度かあった。 一瞬の艶めかしい雰囲気が漂っている。
全国的にみたら、無数に名所があるのだろう。 サロンに、時々訪ねてくれる井上さんの桜の写真も楽しみだ。 現場で見る桜は、写真では表現できないほどの濃艶な妖精が 無数に漂っているのだろう。
先日の日経新聞の最後のページの「文化欄」に作家の山本一力氏が、 吹かずともと言う文章を書いていた。 桜の花と、人の引退時を重ねて書いていた。 ー引き時に迷ったら、桜に教わればよいー
今週の長岡は、桜の週である。
庭の梅の花も散り始めてきた。
近くの川に鴨の姿がチラホラ見えてきた。 本格的な散歩が、この時期から始まる。
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2018年04月14日(土)
* 加山雄三、ヨット全焼で何を思う? 寅: 悲しいだろうにな〜 八: いや、そうでもないと思うよ。保険にかかってるかどうか、おりるかの 問題ですよ。自分が会社整理をして綺麗サッパリと割切れたのも、万一を 考えて保険かわりに家内名義の預金をし続けていた前提があればこそ。 大家: この一件で、もう一つや二つの歌詞とメロディーが出来てヒットでも すれば、不幸中の幸いになりますよ。 寅: 歳が歳だから、前のように簡単につくれないよ。でも、あの面構えから して、もう一艘、購入して、最期の墓場として海遊びツアーでもするさ。 幸せな奴は、何があってもバネにして幸せになるさ。それが男だろう。 熊: まさか、万歳!と諸手を挙げられないしね。でも、本心は、誰も、いや 自分さえ分からないからね。 八: 気力が萎えて落込むのが、一番心配だね。今頃は、中古か、サラのヨット の資料を探しているかだ。幸が多きい人間は、そういう考え方をするんだ。 世の中には、それを妬む、不幸な奴がいるから、隠密裏だろうけどね。 大家: わしなんぞ、甲斐がないから妬む方の部類になるがね。それにしても、 羨ましいよ。遊びと、仕事が、両立しているんだから。過っての印税も 入ってくるからね。私なら、大型クルーザーに乗って、ノンビリして いた方が気楽で良いけどね。そんな金もないがね。 八: 私なんぞは、寝室に4k・TVを入れてね、世界各国をユーチュブの映像で、 遊ぶくらいですよ。でも、それが面白いから、カウチポテト族そのもの。 早速、<4k、金沢ひがし花街>で映像を楽しんだけど、実に良かった。 熊: ったく! 楽しみを二倍三倍にしてしまうんだからな〜。 八: 大家さんと同じく、老い先が短くなって来たからね。 寅: 八つぁんは、俺と熊と違って、さほど加山雄三を羨ましく思ってない ようだが。如何して? 大家: 好きなことの幾つかを年月かけて楽しんでいたからですよ。 そうすると、内なる世界があって、他人の世界と比べなくなりますよ。 八: 最後の最後は、自分の行蔵しか残らないもの。金沢バスツアーをキッカケに 20歳代半ばの行蔵が多く思いだされたしね。それと、好きな非日常を味わえ たしね。また桜の時節も、花見という非日常を楽しんでいるし。 大家: 人間、感情の動物だもの、そう簡単に割切れないですよ。 八: ここで至高体験の絶対量が問題になるの。彼は、それは信じられないほど の経験があるから、行蔵の内側は宝庫の山さ。そんなチャチなものではないよ。 熊: 人間って、不平等過ぎないか。普通、良いこと2に悪いこと1、って 言うけど、俺の場合、真逆で、1対2の感じがするね。 八: そんなことはないね。なら鬱病で、病院通いさ。私が見る限り、2対1さ。 熊: なら普通だ。 大家: 近くに私と八つぁんが居るからさ。それと楽しみに長けている寅さんもね。 それも、死んでしまえば、ハイ、それまでよ。何も持っては逝けないしね。 後期高齢者の身には、一日一日を楽しむしかないね。 八: <笑って過ごそう、ハンカチーフ!> ですか。泣いても笑っても同じ人生 だもの。泣くも良し、笑うも良いだと、つくづく思うよ。 寅: それにしてもさ、娑婆には、つまらなそうな老人が多いね。 大家: そりゃ、生老病死の問題が色濃くなって、身体は日ごと弱って、 周辺は次々に亡くなり、内面は穏やかじゃないよ。 八: 問題は、横の顔色ばかりみてさ、笑いものにする腐ったような奴ら… 大家: 「早く死にな!」と、思うが、あれじゃあ、当分は死なないね。陰口、 悪口のオンパレード。私も、そう思われているし、現にそうだろうがね。 八: 今回の金沢ツアーの帰路の車内で、キミマロの漫談のDVDを流していたが、 年寄りの悪口が、冴えわたっていたが、途中でハッとしたね。28人の参加だが、 私が一番の御年寄り。自分の姿を笑っていることに、途中まで気づかないとは。 大家: まだ八つぁんは、私より10歳近く若いけど、80歳の峠は、それはキツイよ。 キミマラ、いや失礼、キミマロも、年寄り弄りだったのが、自虐ネタの年齢 に入ったためか、それはそれは、漫談ネタの毒が重苦しくなってさ。 八: そうだ、加山雄三の話に戻そう。失えばこそ、見えてくる己の人生を 味わるのも、これも人生。どのみち、生きている内の泣き笑い。加賀百万石の 金沢を46年ぶりに振返ってみて、その折々の「いま、ここ、わたし」と再開し、 自虐の漫談を味わいつつ、現実に溺れつつある日常の中からドロップしながら 日々を過ごしている自分との対話も悪いものではない。 大家: おやおや、丁度よく話を、まとめましたね。
・・・・・・ 3670, 節目どきに ー5 2011年04月13日(水) * 娑婆には知らないことばかり 先日、最近できたSC内のスポーツジムの施設を見学に行ったところ、 10時のオープンに50人位の行列。「プール関連の新しいサービスが開始 されるため」というが、今どきに、あの熱気は凄い。館内設備の案内をして もらっていたら早速、小中学校時代の同級生に声をかけられた。 「よう、八ちゃん、入れって!」だと! 時が時だけに「まずい!」と 思ったが・・ 何を今さらと気を持ち直して一時間ぐらい見学をしたが、 成るほど人が殺到するわけである。ここは契約時間内なら何時間いてもよい。 家内の新潟在住の知人は駅南のスポーツジムに、日中5時間も行っていると 聞いていたが、成るほど合点がいった。家内の、別の新潟の友人は、二つのジム に入っていて、交互に行っているとか。家にいるより快適で、金がかからない 上に、主婦にとって癒しの場。漫画喫茶のパソコンとTVの替わりに、 ウォーキングマシーンなどを入れかえたスポーツ用レジャー施設である。 平均年齢が女性の方が5歳以上も多いのが分かる。 風呂・プール関連、 ウォーキングマシーン・サイクリングマシーン、エアロビックスのプログラム、 そしてマッサージ機の4本が柱になっている。考えた末に、10〜17時の 平日コース(金、日、祭日 休み)に入ることにした。 月15回行くとして、 一回につき400円なら価値は充分にある。 これと市営の福祉センター内の 運動ジムと、図書館が当面の日中の外部空間になる。考える時間が多く なった分、身体を動かさないと! ・・・・・・ 5872,トランジション 〜人生の転機に、トランジション理論 〜6 2017年04月13日(木) * 30歳辺りが最大の転機というが ・この論の中で、人生最大の転機を「30歳」としている。 責任と権力を持ち、力量を問われる究極の時節。目の前に次々と現れ出る 難問を一つずつ解決する日々。振りかえみれば成る程、30歳は人間として、 真に独立する分岐点である。孔子は15歳で学問の道を志し、自分なり学問の 基礎を築いたのが30歳。彼も20代は、まだ学びの只中であった。 ・高校を卒業をし、地元から大学、就職、創業と12年近く県外で携わり、 30歳直前に実家の衣料量販店にUターン。何も知らない事業を、一つずつ、 出たとこ勝負で解決をしていたが、鞘から抜身の真剣で立ち向う感覚で、 何とか切り抜ていた。 真剣なればこそ、幸運が寄り添ってくる。 終戦直後、両親の必死に働く背中をみて育ったこともあり、20歳で創業を 目指す志をたて、その10年後の30歳が一番の転機といえば、そうである。 血相を変えて、一日一日を熟すしか手立てはない。そして30歳代半ばで、 本番の創業に向かうことに。 20歳の創業の決意。27歳の父親の死と千葉郊外の創業。30歳時のUターン。 34歳の独立。46歳の?。51歳時の母親の死。そこで、還暦までの9年間で、 余命30年分を濃縮して生きると決意をし、その実行。最後は、何匹かの ブラック・スワンの到来の結果、65歳で事業清算。その歳代の基点が30歳と すると、納得できる。私の場合、35歳でもよいが。「節目を打て」というが、 準備万端の上で打ってこそ、「予定挫折」の良い節が出来ようというもの。 背骨は幾つかの骨が節で繋がって出来ている。「背骨を立てよ」というが、 人生にとっても、問題は、その節目と、骨の鍛錬と、栄養が必要である。 18歳からの腰痛持ちで、何とか、この年齢まで辿り着いた。今は何とか週4回 のヨガで持ちこたえているが… 落語の御隠居と八っん熊さんの掛け合い。御隠居目線の現在の私から 見えてくる過去の姿が、まさに八っあん熊さん、そのもの。 笑えるが、 もの哀しくもある。まだ笑っていられるから、救いがあるのか? 「無知は罪」というが、これだけは、器量で決まる。 石ころの大きさを競っても、所詮は砂利でしかないか… 当人は必死だが。 ・・・・・・ 4410, 夫源病と妻源病 2013年04月13日(土) 昼のワイドショーで、ゲストの医者が「最近の病の原因が夫婦間のイザコザ が多い」という。それについて何人かの主婦や、夫に街頭で互いの不満について インタビューをしていたが、その殆どが我が身に当てはまる内容。驚いたのは、 「それでも旦那を愛していますか?」という質問に、イエスと答えたのが20人 いた番組の参加者の僅か5名。キャスターは唖然。そんなものだろう、夫婦は! ーそこでネット検索で「夫源病」を調べるとー ≪ 最近の病の原因を探ると、妻は主人への不満を語り出し「夫源病」と診断 されるケースが多い。夫の言葉や行動に対する不平や不満がストレスになり、 妻の身体に更年期のような症状がでてしまう。まずはコミュニケ不足と家庭内の 役割分担がうまくいっていないことが問題、と言われる。家庭の主婦がおこす 病名として、大阪大学大学院医学研究科の准教授・石倉文信先生が名付けた病名。 夫源病の症状として、原因不明の不定愁訴や強い耳鳴り、横揺れのめまい、 激しい頭痛、のぼせ、ひどい肩こり、全身の痛み、動悸、息切れ、呼吸困難、 不眠などがある。妻の置かれた状況を察しない夫への日々の小さな不平や不満 が、脳の視床下部(自律神経やホルモンのバランスを司る部位)にストレスを かけ続け、次第に自律神経がバランスを失い暴走し、色々な症状をおこす、 と考えられる。その夫源病の対策として、感情を爆発させる、秘密を持つ、 プチ家出をする、などがある。≫ ▼ 夫も同じで、モンスターワイフのストレスの「妻源病」が増えている。 以前からあったが、こういう病名が付けられると、互いに我慢していた夫婦 の亀裂が更に大きくなる。 中国で巣立った後の家庭を「空巣家庭」という。 また英語には、「Empty nester」という言葉がある。ヒナ鳥が巣立った後の 「空っぽの巣」 を守る親鳥に喩えて子供が育った後の親の事を指す。日本中、 団塊の世代が定年を向かえ、空の巣で「妻源病」「夫源病」が向き合い、互い の首輪の紐を持ち合い、引っ張り締め付けあう。とはいえ、状況からして 今さら離婚も無理。さらにリタイアによる収入激減が、不満に火をそそぐ。 多かれ少なかれ、何処の空巣でもバトルがある。 で、やはり強いのは大方は御夫人の方? ・・・・・・ 5507,恐竜と人類どっちが凄いか ー� 2016年04月13日(水) 〜文芸春秋オピニオン。2016年の論点100〜 〔国立科学博物館 海部洋介〕より 人類誕生からの人類史について、ここでも何度か書いてきた。 以下は、その復習であり、簡略にまとめてある内容。その一端として私の 70年の人生を生きたが、生命史からみれば、僅かな一端でしかない微小の 己の立ち居地を垣間見ることが出来る。20億年の生命と、700万年の 人類の生命の歴史の上に、我々は存在している。 * 地球全体に広がり人生を謳歌する人類は凄い ≪・人類の未来というと、どうしてもネガティブな話になりがちだ。 現代社会には、終わらない紛争、貧困、環境破壊と暗い話題がいくらでも あるから無理はない。しかし人類が現在の繁栄に至った道を、文明史を 越えて進化の次元で辿ると、我々のとてつもない過去が見えてくる。 ・人類は誕生から700万年の歴史しか持たない、自然界の新参者だ。 恐竜からみれば、この数字はまったくとるに足らないだろう。しかし 数字の大きさが全てだとは、私は思わない。 ・初期の人類は、アフリカにしかいなかった。誕生から500万年もの間、そうで あった。やがて185万年前以降に、原人や旧人のグループがユーラシアの低〜中 緯度地域に広がったが、5万年前まではそこが限界だった。 ・激変が起こったのは、それからだ。アフリカで進化したホモ・サピエンス、 つまり我々の種が、大拡散を開始したのである。一部のグループは、海を越え 無人のオーストラリア大陸へ辿り着いた。 別のグループは、冬期の気温が マイナス30度を下回るシベリア奥地に人類として初めて進出。やがてアラスカ へ渡る陸橋をみつけて、無人のアメリカ大陸へ広がった。もう少し時代が下る と太平洋へ乗り出す者が現れ、この広大な海洋世界に散在するほぼ全ての島が 植民された。体格や体力でみれば決して自然界の強者ではない人類が、こんな ことを成し遂げたのである。生物進化史の尺度からみれば、一瞬とも言えるほど の短期間で。その旅路には、恐竜が経験しなか三酷寒の地、海、砂漠、高山など 様々な自然障壁が待ち受けていたが、彼らはそれを越えた。 ・そのとき人類は、身体が新慨境に適応進化するのを待つのでなく、他の生物 がやったことのない新戦略をとった。技術を創造し、継承.発展させたのである。 衣服、住居、移動手段としての舟などを生み出し、火の管理や食料心存法を 開発・改良する行動的柔軟性がホモ・サピエンスの大拡散を可能にした。 ・かつての世界には、ジャワ原人、フローレス原人、ネアンデルタール人など の異なる人類が共存していた。その多様性は今では失われ、現在いるのは ホモ・サピエンスだけとなった。しかしその幅が、世界中にいる。 世界のどこに行っても、我々のなかまに会える。当たり前すぎて気づかない かもしれないが、これは自然界の常識からかけ離れた、異様な状態なのである。 私はこの異様さこそが逆に人間の凄さであると思う。≫ ▼ 生物は己を環境の変化に合わせて変えてきたが、人間は、環境を己に 合わせて変えてきた。牧畜と農業と住居。そして村と都市。それを統率する 権力者と、その同調者たちと、その奴隷化され搾取される3分の2の従属者。 権力者3%、同調者30%、従属者67%の比率は、ギリシャの時代も、現代 のアメリカ社会と全く変わってない。表立ってないのは、ただ、オブラートに 包まれているだけのこと。とはいえ、この環境を人間に合わせて作り変える 仕組みも、そう長くは続かないことがハッキリしてきた。で、偶然だが、 以下につづく。 ・・・・・・ 4036, 一時停止 ー2 2012年04月13日(金) 「一時停止」 谷川俊太郎ー自選散文ー1955〜2010 * 昼と夜 ー ある感受性のプログラム 1955年5月 ー より ≪ 私「それで、あなたは、昼と夜とのどちらをお選びになるのですか。」 詩人は目を地に落としたまま答えた。「私は両方を選ばねばなりません。 私は詩人ですから。しかしあなたは昼を選ばなければいけない。あなたは 詩人ではないのだから。あなたは夜、眠ることが出来るのです。そうです、 人間はみんな夜、眠らなければいけないのです。眠りこそ最も知恵深い 行いなのです。」 私「あなたは昼も夜も眠らないのですね。」 詩人は答えなかった。 私は詩人の深い孤独を思わずにいられなかった。 その私の気持を見ぬいたかのように詩人はいった。「しかしそれが運命なら 詩人はそれを不幸とは呼ばないでしょう。どんな不幸であろうと、それが 言葉になった時、詩人は幸せなのです。その時彼は人間になれるのです 「だから。詩人の本当に怖れるのは言葉になり得ない不幸なのです。」 その時、すべての夜が詩人の中に集ったかのようであった。 私たちは 黙って立ち上り、歩き出した。夕暮が近づいていた。詩人「こんな日は、 ぼくはかえって気楽なんです。どうも曇りの方が晴れよりも人間的な ところがありますね。 ぼくは天を見ずにすみます。だからぼくは人間 の中にいられます。ほんとうに雲ってやつは、大気や水が無ければ出来ない んだから、それだけでもどこかわれわれに親しいような感じがしますね。」 私「で、あなたは今、昼を選んでいらっしゃるというわけですか。」 私の問は半ば冗談だったのだが、彼の顔は生真面目であった。 詩人「そうもいえるかもしれません。 しかし詩人は昼を選んでいる ように見えている時でも、決して夜をあきらめてしまっているわけでは ありません。また逆に夜を選んでいるように見える時でも、決して昼を 諦めているわけではないのです。」≫ ▼「どんな不幸であろうと、それが言葉になった時、詩人は幸せなのです。 その時彼は人間になれるのです。だから詩人の本当に怖れるのは言葉に なり得ない不幸なのです。」 言葉になり得ない不幸が夜という言葉に滲んで いる。谷川のいう言葉は、言霊である。「不幸も言霊になった時、それも 夜半の闇の中で熟成して生まれ出ると、不幸が不幸でなくなる」のである。 夜半に目がさめ、色いろ考えが吹き出てくる。それはマイナスが多い。 詩人は、そこで多くの想いの中で、葛藤し言霊を生み出すのである。
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