堀井On-Line



6229,閑話小題 〜 <「場」は未来からやってくる>

2018年04月03日(火)

<「場」は未来からやってくる>

         <『生きる勇気 死ぬ元気』
                  帯津良一&五木寛之、p115 >
    * 「場は未来からやってくる」
 〜「場」をネット検索によると、
《場(ば)、英語: fieldという。工学分野では電界・ 磁界など界ともいう。
(界)とは、物理量を持つものの存在が、その近傍・周囲に連続的に影響を
 与えること、あるいはその影響を受けている状態にある空間のこと。》と…。

例えれば大相撲の立合いの一瞬や、野球の投手とバッターの対決の「場」を
想いうかべると、解りやすい。確かに未来が瞬時、現在にさま変わる。
 私のルーツはビッグバン。 死はブラックホールのような世界?
―
【帯津】 私、東大名誉教授で場の研究所の清水博先生を尊敬しているんですが、
   先生が、昨年の秋に親鸞仏教センターの会で、「場は未来からやってくる」
   ということをおっしゃったんです。
【五木】 ほう。場は未来からやってくる。
【帯津】 われわれは、環境という「場」のなかの存在です。家庭、学校、
   職場、地域、自然環境、国家、地球、宇宙、そして虚空などの場のなかに
  重複しているのです。これらの場は、宿命的な場ともいえます。嫌だから
  といって、そうやすやすと逃げ出すわけにはいかないのです。
【五木】 なるほど。
【帯津】 私たちは、毎日、場のなかを移動しながら生きているわけです。
   たとえば宿命的でない一時的な場となると「広場、市場、酒場」、さらに
   修羅場、正念場」とさまざまです。そして、われわれはいつもいずれかの
   場に身をおき、ひとつの場を去るときは、新しい場を迎えるときです。
【五木】 なるほど。
【帯津】 いま、こういう場に五木さんと私がいて、対談が終わると車に乗り
   家に帰り、また仕事場や一時的な場に入るというように。清水先生は、
  「自分を固定してみると、場が未来からどんどんやってくる」とおっしゃった
  んです。それを聞いて、先生はずいぶん上品におっしゃったなあと思いました。
【五木】 というと。
【帯津】 私には、「場は未来からおそいかかってくる」という感じなんです。
   それで、おそいかかってくいる場を「予感」と「直観」で選別し、取捨
  選択している。いい場だったら、そこに居すわってみよう、悪い場だったら、
  体をかわしてやりすごそうと。そういうことを予感と直観でやっているんだ
  と思うんです。それが、われわれが生きているということでして、つぎつぎ
  襲いかかってくる場を、かたづけながら進んでいると、最後にかならず死後
  の世界が来るんです。永遠に生きるというわけじゃないですから。
  そうすると死後の世界いというのは、信じる信じないじゃなくて、かならず
  来るものとして、覚悟してこれを迎えなきゃならないと思うんです。
【五木】 まさに覚悟ですね。自分を固定して考えると、いろいろな場がどん
   どんやってきて、状況をつくりあげていきますから。
【帯津】 ええ。また、清水先生は、不安というのは、突きつめれば自分の
   居場所がなくなることだとおっしゃっているんです。 死の不安とは、
  この世に自分の居場所がなくなることですけれど、この世ではなくなっても、
  あの世には、居場所があるとわかれば、死は、こわくなくなります。
  かえって楽しみのようになります。
【五木】 いやあ、そう考えれば、こわいものではないですね。死後の世界は
   あるかないか…ではなくて、かならず来るものとして覚悟するというのは、
  いいことですね。「絶対ある」と覚悟したほうがすっきりする。
【帯津】 ええ。2年前に40代後半の若さで亡くなった哲学者の池田晶子が、
  「池田は死ぬけど、私は、死なない」と書いていたけれど、要するに「池田」
  とレッテルをはられた自分の肉体はほろびるけれど、命はずっと存続し
  つづけるということでしょう。どうも、この考えかたが、私にはあたってる
  ような気がしてしょうがないんです。
   夏目漱石も、死後の世界はあると考えていたようで、「死んでも自分はある。
  しかも本来の自分には、死んで始めて還れるのだと考えている」と、門下生
  への手紙で書いていますね。
【五木】 なるほど。

―
▼ 10年前に、自分の死期を75歳に定めた。その時から逆算して、その時点時点
 に何をしておくべきか考えて行動指標にしてきた。その時点時点が、「場」に
なり、死の瞬間のブラックホールのエネルギーの力が加わったような。
それぞれの人にとって、「死」が最大の『場』になる。
 我々が住む宇宙は138億年前のビッグバンから生まれた。その中に星の消滅など
でブラックホールといわれる、吸込まれると二度と戻ることが不可能な穴。その
行先が他宇宙で、11次元の世界という。〔死〕とは、その穴そのもの? その
他宇宙が、あの世と考えたくなるが、そんな訳はない。変な物体が消滅するだけ。
直径276億光年の時空を持つ我々宇宙の外に、「10の500乗の多宇宙」が存在とは、
考えるだけで楽しくなる。それらも、『場』である。あの世も、この世も、同じ。
こうも言える、「いま、ここ、私」の刹那刹那が、『場』。
「生まれて死ぬまでの生涯が、私の人生の場」。その周辺の暗闇の一点の光を
愛おしく見つめるのが追憶ですか。
 
追:7年前の、以下の文章からして、友人の場合の(場)の意味が読取れる。

・・・・・・・
3660,音信不通だった友人から連絡が!
2011年04月03日(日)
  * 5分の差で助かった
 学生時代の友人の奥野和夫さんから、昨日の午後に電話が入った。
安否を知るために、宮城県亘理町の住所先に葉書を出していた。
それが昨日になって本人の手元に届き、電話をくれたのである。
  彼の話の概要は! 
≪ 妻が病院に行くのに付き添った後、自宅に帰ってきて、たまたまTVを
 見ていたら、激しい地震が襲ってきた。それが長い時間にわたり続いたが、
急にTVの画面が変わって6メートルの津波が押し寄せるという緊急の内容。
直ぐに6Mより10Mに変わったのをみて、着のみ着のままで自動車で高台の
方面に向かった。しかし、道路は渋滞で前に進まない。そこで機転をきかせ
農道に回ったが、そこも渋滞。その間に余震が激しく前に進めないほど。
それでも何とか高台に辿り着いた後の5分後に大津波が襲ってきたという。 
その後、避難所に行ったところ数百人の先客がいて寝れる状態ではない。
そこで車中で一晩過ごしたが、着の身着のままのため、寒さがきつい。 
暖房もガソリンが無くなるので、一晩中、5分ごとにエンジンをつけたり、
止めたりして過ごした。朝までの時間が非常に長く感じた。水洗トイレは、
ボランティアの中高学生が水を近くの川から次々と運んでいた。
命は助かったが… 妻が病のため、避難所では悪化の可能性がある。 
ふと30分の所に前の会社の先輩が住んでいるのを思い出し、そこに9日間、
避難させてもらった。そのうちに群馬の実家の兄に連絡がつき、車でガソリン
を新潟県経由で持ってきてもらい、何とか兄のいる実家にたどり着いた。
最近になって道路が復旧してきたので、自宅を見てきたが、1Fが海水の泥で
滅茶苦茶のため、廃材処理の手続きをしてきた。命一つでも助かっただけ充分! 
火災保険に入っていたが、地震保険には入ってなかった。 ≫
 ー以上が、彼の15分間の電話内容。一つ判断を間違えれば助からなかった。
住所の亘町荒浜は仙台飛行場の南下に位置し、阿武隈川の河口にある。
終の住処を、そこに選んだことに羨ましさを感じていた。それが、まさか・・
それでも命が助かっただけでも喜ばなければなるまい。
他人ことではない、まさかまさかの日々。
・・・・・・
5497,幸福 〜あなたはなぜ満たされないか ―池田晶子の言葉 〜��
2016年04月03日(日)
    『幸福に死ぬための哲学―池田晶子の言葉ー』池田 晶子(著),                
     〈幸福 ーあなたはなぜ満たされないか〉
  * 人は何ゆえに満たされないのか?
《 幸福」の名で、反射的に、人は「暮らし」もしくは「暮らしぶり」と
 思ってしまう習性それ自体が、実は見事に不幸を示している。幸福の言葉で、
あれこれ中身を考える人の不幸は、そこに比べる心があるからだ。自分の幸福
に完結している魂が、どういう理由があって、他人のそれを気にするのだろう 》
 ☆「暮らしぶり」とは、生活水準や、その満足感をいうが、それは幸不幸に
 関係ない。要するに、充実感を持ちえるかどうか? 振返ってみて、どん底
と思っていた、正に、その時が、実は一番充実していた。どん底と思うという
ことは、その下がないから、底を蹴り上げることが可能になる。
 ――
   * 人を愛せないと悩む人へ
《 愛する人がいないから幸福になれない、と思い込んでいるから、
あなたは不幸なのです。どうして他人がいなければ、あなたは幸福に
なれませんか。他人がいなければ幸福になれないというまさにそのことが、
「愛する能力に欠けている」というそのことなのです。だって、
自分を愛することができない人が、どうして他人を愛することができますか。
愛のない人が、どうして愛することができますか。すべては順序が逆だった
ということに、気がつくことが、始まりですね。》  『人生は愉快だ』
 ☆ 学生時代から50年、早朝の読書が私にとってベストの習慣だったと、
 実感する。最後に残ったのは、読書を含めた行蔵と、習慣だけ。人は、
知っている範囲しか知りえない。そして、知っている他者の知識については
知りえないため、誤解する。それが小さく、浅いほど、その分厚いレンズは
歪んでいる。他者との触媒は必要だが、それは読書でも可能。身近に、
「友人が出来ない。孤独だ!」と、愚痴をいっている人が多い。読書の深読み
が出来てない。そのこと自体が、友人が近寄いてこない理由に気づかない。
 ――
   * どんな困難に出合っても
《 どんな生活、どんな職業であっても、生きている限り、不幸は必ずやって
 くる。つらくて苦しくて、自分はなんて不幸なんだろう、そういう時は誰に
でも必ずやってくる。だけど、不幸は、いかにそれが外からやってくるものの
ように見えても、やはりどこまでも自分の心が作り出しているものなんだ。
不幸だと思うその心が不幸なんだ。幸福だと思うその心が幸福なんだ。
幸福も不幸も自分の心のありようなのだということを忘れさえしなければ、
これからの人生、どんな困難に出合っても、君は幸福になることをあきらめず
にいられるはずだ。》              『14歳の君へ』
 ☆「 ポジティブ3に、ネガティブ1の割合が、幸福の状態。逆に、
 ネガティブ3に、ポジティブ1の状態が不幸の状態」と割り切って、幸福の
状態におく幸・不幸管理をすれば、どんな困難にも立向かえる? これは生活
習慣のデザインから始めなければならない。そして、一つずつ積上げなければ
ならない。そう簡単に人は前向きになれはしない。
・・・・・・
4767,閑話小題 ーさあ、ミニ書斎をつくろう!
2014年04月03日(木)
  * 書斎は、自分の壺中!
 3年前のリタイアで、まず考えたのが自分の居場所。それまで仏間の一角に
本棚と机を置いていたが、ほぼ座ることはなかった。家では、早朝に起きて、
本を読むか、ノート型パソコンでブログを書いていた。仏間の一角は、あくまで、
そのための予備コーナーの場でしかなかった。また通勤の新幹線の往復一時間の
座席も、大事な読書空間。高速の移動空間は、脳にとって最適だが、この様。 
更に会社の事務所も、訪れる人も少なく、ここも書斎空間になっていた。
しかし、リーマンショックで、リタイア時期が三年早く到来してしまった。
 一挙に失われた会社の事務所と新幹線の時空間が必要になって、倉庫と仏間の
一角に移動することになる。もともとあった机と書棚に、サイドテーブルを設置、
事務所のパソコンと、ミニコンポ小型書棚を移動した結果、そこは私の最適空間に
なっている。今では早朝に2〜3時間、午前9時半〜12時まで、5時間はいる。
ここは心の落ち着く自由空間で、我ながら気にいっている。音楽をBGにて、
自由気ままに、読書をし、ブログを書き、ネットサーフィンをし、瞑想をしたり。
男には趣味に没頭できる空間が必要。先日、図書館で文庫本のコーナーで偶然、
『ミニ書斎をつくろう』杉浦 伝宗 (著)を見つけた。立読みだったが、
「書斎が無理なら、ミニ書斎をつくりなさい」には、全く同感である。
私の空間は、仏間の半分の、2m四方の4平米だが、著者の目安は1・3m四方。 
私の一歳下の団塊世代が、一斉に停年になって家に入っているが、問題が居場所。 
著者は狭小住宅を手がける建築家で、1畳・1万円の予算から、階段下や寝室の
一部などの空きスペースを書斎化するアイデアを提示している。 流し読みで、
面白いと思ったのが、「ミニ書斎は壺空間」。自分独りのシェルターの確保こそ、
粗大ゴミと蔑まれる我身の守るため必要なことである。もう一つ、電子書斎が
あれば、その空間は更に良いものになる。オタクもいいところだが!
「大不況には本を読む」(橋本治著)を、借りてきた。ネットの検索に、
「ミニ書斎 写真」と入れたら、面白いものが多くあった。私のミニ書斎
と共に、ヤフーブログに載せたが、理想的な良いものが多くある。 
・・・・・・
5862,閑話小題 〜春うらら
2017年04月03日(月)
   * 春うらら
★ 寒さのせいか、庭の梅の花が今だ咲き始めてない。あと数日で開花する
 のだろうが。 昨日の早朝、去年11月末以来の年明けの信濃川土手への
チャリをと支度を終えて自転車に乗ろうとしたところ、後輪のタイヤがパンク
のため、急遽、中止。ひと月前に、家内の自転車の空気入れを頼まれたついでに
空気を足したが、何で今になってパンク? 『誰かが悪戯で?…』と考えたが、
ワザワザするわけもなし。明日にでも修理に行く予定だが。さい先が良くない。
★ WiFiが、この一週の間、変調をきたし、iPadとTVのネットが繫がらない。
 様ざま試みたが無理と、メーカーに電話をしようとした矢先、金曜にiPadが、
土曜日にTVのネットが何故か正常になった。 原因が分からず、先週は鬱々と
した日々… それにしても如何して? 最悪の場合、6千円の派遣サービスが
あるとHPにあった。で、改めて、4kTV映像と、アンドロイド機能の凄みに驚い
ている。世界的ブランド・メーカー同士の熾烈な競争の中で、果てしなく機能
進化をしているTVと、ネット世界。 
 寝室のTVのスイッチを入れた瞬間、寝室が別宇宙空間に様変り。これでは、
大新聞、テレビ局などのマスコミの将来は暗澹たるもの。個人が企画をたて、
自撮り映像を世界に向けて直接、売り込む時代。「ピコ太郎」が、その一例。
 最近、話題になったのが、新婚旅行の思い出撮影に、4kカメラ+ドローンの
自撮り空撮映像を、観光先からネットに現在進行形で載せた企画が大当たりを
云々… 等が、次々とネットに現れている。 巨人戦など野球中継を観客席
視線の生中継も可能。 とすると、様々な生現場中継を見ることが可能の時代
に入ったようだ。
・・・・・・


6228,閑話小題 〜『ペンタゴン・ペーパーズ』

2018年04月02日(月)

   * 最高機密文書のリーク
 先週のシネマは、<ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書>である。。
ドンパチの派手さないが、重厚で、50年前のニューヨークの白人社会を垣間見て
いるようで、なかなかの内容。この事件を発端にしてニクソンのウォーター事件
に発展していく。 評価:85点。
  ―解説ー
【 巨匠スティーブン・スピルバーグ監督のもとで、メリル・ストリープと
 トム・ハンクスという2大オスカー俳優が初共演を果たした社会派ドラマ。
ベトナム戦争が泥沼化し、アメリカ国民の間に疑問や反戦の気運が高まっていた
1971年、政府がひた隠す真実を明らかにすべく立上がった実在の人物たちを描いた。 
 ベトナム戦争を分析・記録した国防省の最高機密文書=通称「ペンタゴン・
ペーパーズ」の存在を、ニューヨーク・タイムズがスクープする。ライバル紙でも
あるワシントン・ポスト紙の発行人キャサリン・グラハムは、部下で編集主幹の
ベン・ブラッドリー らとともに、報道の自由を統制し、記事を差し止めようと
する政府と戦うため、ニューヨーク・ タイムズと時に争いながら連携し真実を
世に出すため奮闘する。第90回アカデミー賞で作品賞と主演女優賞にノミネート。】
―
▼ この隠れテーマが、女性がワシントン・ポストの最高責任者であったこと。
 自然法則からみれば、管理は女、決断は男の役割が得意の分野。しかし、時に
男を遥かに超えた豪胆なヤリ手が存在する。もしかすれべ、国家反逆罪に問われ
かねない上に、会社の存続さえ危なくなる重大決断に動揺する姿がシリアスに
表現されている。現在の、トランプの『ロシア疑惑問題』とは違った時代に、
「最高機密文書」を持ちだした職員のリークだから、アメリカ国内で、激震が
走るのは当然である。事実は小説より奇なり、それが可能な米国の社会
システムの健全性? でもある。

――
  * プロ野球が開幕
 先週末からセ・パのプロ野球が開幕した。巨人中心に何試合を同時進行で
見ていたが、新人など若手と、ベテランが入り乱れたチーム同士が戦う観戦も、
非常に楽しいひと時になっている。特に開幕から5月半ばまでが、一番面白い。
今年の前評判が、セ・リーグでは、広島がダントツで、巨人、DeNA。
パ・リーグでは、ソフトバンク、西武、楽天…  …まあ、こんなものだろう。
 日本のプロ野球も、大リーグの二軍・三軍化されてしまったが、それでも、
オリンピックの競技種目に選ばれ、この3年間は熱気が高まり新しいスターが
誕生してくることになる。

・・・・・・
4766,ぼんやりの時間 ー1
2014年04月02日(水)
                ぼんやりの時間  辰濃 和男 (著) 
 リタイア以降、時間が有り余り、ぼんやりの時間が増えたかというと、
そうでない。ウツ病に陥らないために、早朝から寝るまでのスケジュールを
決め、ただ淡々とこなしているからだ。 3年経った今、良いタイミングに、
 この書に出あった。平坦な一日がアッという間に過ぎていく。
それはそれで良いが、ぼんやり時間が少なすぎる?
   ーまずアマゾンの内容紹介ー
《 常に時間に追われ、効率を追い求める生き方が、現代人の心を破壊し
 つつある。今こそ、ぼんやりと過ごす時間の価値が見直されてよいのでは。
では、そうした時間を充実させるために何が必要であり、そこにどんな豊かさ
が生まれるか。さまざまな書物にヒントを求め、自らの体験もまじえながら
つづる思索的エッセイ。 》
   ーカスタマーレビューよりー
【「ぼんやり」と生きるライオンやサンマは生存していないのであろう、
 だから、人間にも本来、「ぼんやり」は許されないのだ。幼い時から、
悪臭や異音に鋭く反応しつつ成長し、身を守って生きている。このような
絶え間のない外界との緊張関係は、必然的に対極の「ぼんやり」へ憧憬を生む。
すなわち、「ぼんやり」は人間に生来備わった自然感情や心のあり方と見る
よりも、生物として必須条件である「対外緊張」を運命付けられた人間に
根差した”解放願望”として捉えられるべきであろう。
従って「木と共に過ごす」串田孫一、「湖畔の小屋を建て、畑を耕す」ソロー、
「隅田川の川面を眺めているうちに、あっという間に2時間過ぎた」池波正太郎、
「珊瑚や熱帯魚を求めてダイビングに浸る」玉三郎、「夏の夕暮れ時の樫の木々
に映える日の光に心を満たされた」ミッテランなど、どの登場人物も眩く輝いて
いる。彼らのどのエピソードも懐かしい幻想のように温かで、ユートピアの
ように心和ませるものがある。しかし「ぼーっとしながら生きる」のが好きと
いう深沢七郎の背後には片目失明の不自由をこらえて右翼暴力から逃げ惑った
日々が刻印されており、「林に入り黙座す」と「武蔵野」で詠んだ国木田独歩
には、帰れば妻との確執の絶えない実生活が待っていた筈である。
著者は自らの体験も含め、こういう人間の現実の生活を冷静に観察した上で、
「ぼんやりの時間」を持つことは実際には口で言うほど簡単なものではないこと
を熟知するが故に、だから敢えて「ぼんやりの時間」を人間にとってかけがえ
のない、貴重なものと見ている。本書に見られる「ぼんやり賛歌」は、大抵
の生身の人間には実現困難だという著者の苦い現実認識と、それでも尚、
人間らしく生きる上で我々が忘れてはならない理想願望がベースになって
いることを見逃してはなるまい。 】
▼ 欧米人のバカンスはリゾート地で、かけ替えのない貴重な時間をのんびり
 過ごす。 日常を離れた自然の中で、ボ〜っとするのが、最高のレジャー。
日本には温泉宿で湯治で身体を休めるレジャーがあった。私のネックになって
いるのが、この随想日記と、ネットサーフィン。誰に頼まれた訳でもないのに、
毎日、これで自己達成をした気分にとらわれている。そうでもしないと自分を
支えていられない状況もある。偶然だが、去年の今日(4月2日)の文章は、
ノンビリしないで遊べ遊べというのから、この内容の意図に反している?
「自分の限界としても、還暦までに、やりたいことをやった!」という思いが、
ある。この時節も、ぼんやりなど、してはなかった。時節があるのだろう。
どの道、死んでしまうまでの精神のあり方の問題でしかない。
・・・・・・
4399, 隠居大学ーよく遊びよく遊べ ー1
2013年04月02日(火)
    『隠居大学ーよく遊びよく遊べ』天野祐吉、お相手 御隠居
 御隠居生活に予定より三年早く、二年前の65歳をもって入った。
しかし振り返ってみると、51歳から実質的御隠居生活に一歩踏み込んでいた。 
同居していた母親が痴呆症になって5年半後に亡くなった後、数ヶ月間は呆然と
していたが、「今までの延長は捨て、50歳代に、その後の余生の全てを
遣り尽そう」という思いが湧き上がった。そして残り30年分の人生を圧縮して
生きようと決心をして、「思い浮かぶ限りの遣り残した事を迷わず優先的にする」
ことにした。 50代で秘境ツアーを中心に24回の旅行。美味い酒を飲む。
当時、まだブログが無かったので、パソコン教室に通い、個人HPを立上げて、
全エネルギーをかけ思い浮かぶことを毎日「随想日記」として書き続け現在に
至っている、これである。これが私の隠居生活の移行で、それを私自身も
気づかなかった。どれもこれも面白く、楽しくなければ続かない。
この経験から学んだことは、「御隠居は覚悟が無ければ出来ない」ということ。
傍からみたらつまらないこと?でも、遊び気分で全エネルギーで取り組んでこそ
道楽。これも毎日、よくぞ真面目くさって書いている。でも、私にとって面白い。
だから道楽である。 御隠居は道楽をもっているかどうか。たっぷりある時間を
遊べるかどうかである。   まずはー内容紹介ー     
【こんな時代こそ「隠居」を見直そう!原始、「隠居」は遊びの達人だった。
 若いモンの憧れだった。目指すは、自由で洒脱な遊びの達人。横尾忠則、
外山滋比古、赤瀬川原平、谷川俊太郎、安野光雅、坪内稔典の豪年を取るって、
いいもんだなァ。 豪華講師陣を迎え、ここに隠居養成大学がオープン。
オモシロキビシク、いい加減精神の真髄を語り明かす。】
老いは、生老病死のマイナス面が表立ってくる時期。その時、失われつつある
喜怒哀楽を道楽の中に求める必要性がある。考えてみれば「良く遊ぶ」のは
非常に難しい!次回は、一時限目の「横尾忠則 対 御相手の天野祐吉」より
・・・・・・
5861,7つの習慣 ー1
2017年04月02日(日)
        「7つの習慣-成功には原則があった!
               スティーブン・R. コヴィー 」
 20数年前、この本を読んで衝撃を受けたことを憶えている。
特に「Win-Win」の、「互いの利益をまず考えていくと、互いに有効になる」
という道理。ニュースなどで、互いの「Win-Win」を前提に協力しよう…など、
安倍首相や各国首脳の文言が日常的に聞かれるようになっている。
  (amazonの商品説明)
≪ 本書は1990年に初版が出版されセンセーションを巻き起こしており、
 以来1,000万部以上を売り上げ、今でもベストセラーを続ける。
著者のスティーブン・コヴィーは、国際的に高い評価を受けるリーダーシップ
研究の第一人者。真に成功を果たすには個人としての有効性と職業としての
有効性をバランス良く備えることが重要だと認識しており、それを反映して
本書は、この2つの領域でより効果的に行動するための手引書となっている。
ここで引用される具体例では、ビジネス上の課題を題材にしたものと同じ
くらい家庭内における状況を数多く取り上げている。
7つの習慣を身につける前に、コヴィーが「パラダイムシフト」と呼ぶ、
世の中の仕組みに対する認識と解釈の転換をまず実現する必要がある。
著者は、この転換の実現を支援し、生産性、時間管理、前向きな思考、
「予防的に働く筋肉」(何かに反応するのではなく自発的に行動すること)
の開発など、他にも多くのことに関する認識と行動に影響を与えている。
本書は明日からでも実践できることを謳い文句にしたヒント集ではない。
そのコンセプトは時に複雑であるため、流し読むのではなく、じっくりと
腰を据えてここから学び取りたいと感じる筈である。読み終えたときには、
どの章にも付箋や手書きの注釈が数多く残され、コヴィーの集中セミナーに
参加したような充実感に満たされることだろう 
 (7つの習慣とは)
1. 主体性を発揮する(自己責任)
2. 目的を持つ(自ら立つ)
3. 重要事項を優先する(自己管理)
4. Win-Winを考える(人間関係)
5. 理解してから理解される(感情移入)
6. 相乗効果を発揮する(創造的な協力)
7. 刃を研ぐ(常時向上システム)
――
▼ てっきり、この本の評論を書いてあると思いきや、HP内検索をしても出て
こない。20数年前なら、16年前に始めたブログに、書いてないのは当然。
6年前の節目で、隠居用の新たなスケジュールを立てたが、その時、この本を
思いつかなかったのは、これ如何に。 せめてamazonの書評を読んでおけば?
当時、読み直していれば、よりアップした習慣づけをしていたか?如何だろう?
 習慣化は個人の脚本づくりでもある。自分の物語を変えようとしたら、習慣
の構造を変えることからになる。チャンスは、大きな時代の変り目に、全く
違った習慣の設計を立て、実行すること。事態に合わせ脱皮しろ、ということ!                                        〜つづく
・・・・・・・・・
5131,失業率9割の国、ナウル共和国 〜3
2015年04月02日(木)
  * 日本にとってのリン鉱石とは?
 ナウルのリン鉱石、日本にとって何だろか考えてみた結論が、戦後から、
この方コツコツと貯めてきた預貯金。しかし、リン鉱石と同様、その多くが
日本国債と米国国債に替わっている! 総預金と、国債などの負債が同額に
なるのが今年。 そこに、5年後にオリンピックの開催とは何ぞや・・ 
 わずか4年前に、千年に一度の大地震と津波で、大きく痛んで復興半ば。
今だ福島原発では溶解が進行中。このクラスの大地震の10年以内後には必ず、
それに匹敵する地震か火山の大爆発が起きている。これらが複合し、近未来に、
国民の弱者に皺寄せが大きく直撃をする。「現状さえ良ければそれで良し、
未来は未来!」の、‘いいじゃないか’騒ぎ! 〜その辺りから〜
≪・ナウル人は、Buada Lagoonで捕れた魚や、ココナッツやパンダーヌスを好む。
 しかし、現在、ほとんどの食料は輸入に頼っていて90%は輸入で、ほとんどは
缶詰。そこにはたっぷりと保存料が入っている。その食料が不足している上に、
ナウルに入る航空便も頼りに出来ない。それはスカスカの店の棚を見ればわかる。
ナウル人の平均寿命は男性で58才、女性で64才。日本より20歳は早死になる。
・ナウルの状況はダイヤモンド著の『文明崩壊』で語られるイースター島の
崩壊の物語を彷彿とさせる。ナウルと同じ太平洋の小島イースター島は、無計画
な開発と環境破壊を続けた結果、ついに資源を消費し尽くして文明が消滅して
しまい、島民の生活は石器時代に戻った。両者の大きな違いは、イースター島は
他の文明と隔絶され閉鎖された空間に存在し、また森林破壊等が国土に与える
影響を科学的に分析・理解できる時代ではなかったのに対して、ナウルは
地理的にはイースター島と同じく世界の果てに位置するにせよ、他文明と
隔絶するどころかむしろ積極的にグローバリゼーションの波に乗って行き、
それに飲み込まれた結果として崩壊に向って行っている点・・ ≫
▼ ナウル人も、日本人も、公務員、金融関係者と、一部の上層階級は、
 万一に備えた準備が完了してあるという。リン鉱石(預貯金)を
 掘り尽くしてしまった日本、現象面では、国債と株式と円相場の暴落で、
 その正体が現れてくる。 ナウルは、そのまま露出されているだけ。 
 私も似たようなものだが! 裏山の中腹から外海が見えるからこそ、
 断言できること。刻々と時は進んでいく。 老化の戯言であればよいが!・・・
5496,閑話小題 〜高齢者とは何歳からか?
2016年04月02日(土)
   * 四月バカに騙された
 昨日の朝のモーニングショーで、「ソニーが幽霊バスターの開発に成功、
製品化にこぎつけた。そして、その商品と、捕まえた幽霊の映像を紹介します」
と真面目な顔で報じた。何の抵抗もなく「ああ、そうか、それも在りか」と見て
いると、何も知らない一人のキャスターに、メインのキャスターが、『今日は、
何の日かご存知ですか?』と、笑って聞いた。 私も、その時に初めて、それが
四月バカに気づいたしだい。学生時代の寮で、後輩に、『おーいブーちゃん、
母屋から、電話がきているって言ってるよ!』と、騙したことを数十年ぶりに
思い出した。そういえば、嬉しそうな足音が、いやにリアルだった。
――
   * 高齢者とは何歳からか?
 医師であり、作家の、先年、亡くなった渡辺淳一著の『老いかたレッスン』
の中の ー高齢者とは何歳からかー が、現在70歳の私に参考になる内容。
実感として、高齢を自覚する日々である。   〜要約すると、
< 自分が70歳半ばを超えた実感からして、75歳が妥当。この頃から
 急速に弱りだし、手足もいうことがきかなくなり、内臓などの疾患が出始め、
当然、病院に行き、治療を受けることが多くなるが、医療を75歳から後期
高齢者として分けたのは、まさしく妥当の分類。この意見は、医者仲間からも
賛同を受けている。75歳から高齢者と言われても、元気な期間が短いため、
5〜6年は、そういわれても、元気でいたい、ということからして、70歳
から上を高齢者というのが、もっとも妥当。>
 70歳代になりたての実感として、この内容と同じ。何か75歳が、寿命
のような気がしたため、一度、そこに、「この世の終わり」と設定を数年前に
したが、その時から、何かが変わったような? こと足腰、内臓の具合から
して、65歳が一つの目安で、年々、弱っている。(ちなみに性欲は55歳)
今年、70歳になって以来、『生きている、元気なだけでも儲けもの!』
と、実感するようになったが、これも高齢のなせるわざか。
 ・・・・・・
4025, シングルイン、31年間の総括 ー6
2012年04月02日(月)
  * リストラは、どうだったか ?
 2001年の9・11テロの翌月から売上が毎年続けて一割以上減少、
三年間で3分の2まで減少していった。それに対し、ボーナスの半額カット
(年間給与の一割相当)、私は5割以上、役員は4割カットをして対応したが、
キャッシュフローからの返済は1億3千万から4千万まで激減してしまった。 
それまでの正社員と役員20数名のうち、三分の一まで減らし、パート・
アルバイトに切りかえた。 次に、二つのホテルの1階部分の客室を飲食店用
のテナントスペースに切り替え貸店舗にした。さらに第三シングルインを長期
滞在型ホテルに切り替えた。 二つの客室の壁を取り去り、一つにして自動車
学校や、企業の長期滞在として貸し出した。 それも数年で軌道に乗りかけ、
目処がたった矢先のリーマンショック。これも2割以上の売上減が三年目に
入っても続いた結果、事業断念に至った。新潟駅再開発も大幅に遅れ、二つの
ホテルが道路拡張計画上にあって説明会が開かれていたが、そのプロセスで
規模縮小か移転の想定も当てが外れていた。そのリーマンショック以来、政府の
緊急政策の御陰で資金繰りは何とか予備資金を使うことなく持ちこたえていたが、
売上が三分の一まで落ち込み、事業存続の先行きを考え出した矢先に東北大震災。 
これで最後の踏ん切りがついたが、直接原因はリーマンショック。事業構造の
転換も身を切るほど厳しいが、事業経営の真髄が発揮される場面。もちろん
返済額の減額交渉に、リストラ策と、その実施と、経過報告が義務つけられ、
その効果が出始め目処がたった矢先のこれ。十年間、やれることはやった
思いがあるので、後悔は全くない。シングルインというホテル名と建物は、
他の事業主が引き継いだので、ここで経営のリストラが断行されたことになる。
6年先の道路買収まで維持できるかどうかだが、あまりにリスク要因が大きい。 
長期装置産業の恐ろしさを知らないようだが、世界は楽観と悲観で成り立って
いる一事例。
 ・・・・・・・
3659, つれづれに
2011年04月02日(土)
  * 原発事故の深刻さ
 原発がもたらす影響は、今後どのようになっていくのだろうか? 
経済は大きく落ち込むのは目に見えて明らかである。業界格差は明らかに
出てくるだろうが、飲食、ホテル、レジャー関連、タクシーなど三次産業から
深刻度が深くなっている。東北、関東地区の農水産も壊滅状態、米の生産者も、
今年の作付けに入ってよいものか、思案をしているのだろう。伝え聞くところ
によると、長岡の奥座敷といわれているリゾートホテルは、お客がほぼゼロの
状態が続いているとか。この冬は豪雪で惨憺ものだったが、さて春が来たという
時に、地震と原発事故である。特に原発事故の成り行きを世界中が、固唾を
のんで見守っているのは、死の灰が地球規模に広がる可能性があるからである。 
毎日毎日、TVでこのニュースである。消費マインドが冷え込むのは自然の
成り行き。 株と国債の暴落をきっかけに、ハイパーインフレになるのが、
一番考えられる道筋である。その時、「新円切り替え」が実行されるはず。
日本の危機といえば、元寇、明治維新、日清戦争、日米戦争である。
それ以上の危機になっていくのだろうか? 東京では、一部の子供たちの疎開
が、静かに行われているようだが・・


6227,閑話小題 〜猫の格言

2018年04月01日(日)

   * 猫の話
 数日前のポタリングの道すがら、信濃川の大橋の袂の歩道に猫の死骸が
転がっていた。一人のウォーカーが立ち止まって、生きているかどうか、
見ていた。気持ちがいいものでないと思い、そのまま通過した。どうも、
自動車道で轢かれた後に、歩道に放置されたように思えた。もう一つの大橋を
一周して、その場所に様子見に戻ると、カラスが二羽、その猫を啄んでいた。
よく見ると、頭に血が付いていた。
 私の実家は犬派で、名前は全てコロ。猫は一度だけ、小学生の頃、「タマ」
という三毛猫を飼っていたが、ネズミをガリガリ食べていたのをみたが、その
直後に捨てられてしまった。
 猫と犬の数を調べたら、<「平成29年全国犬猫飼育実態調査」による飼育頭数
は、犬が892万頭、猫が952万6000頭で、長年にわたって多かった犬を2017年に
初めて猫が上回りました。>とあった。マンションは、犬より猫が飼いやすい
ためだろうか。庭には、夏を中心に近所の猫の遊び場になるが、問題は糞。
姿を見る度に、小まめに足を強く踏み鳴らして追払っているため、少なくなって
いる。10年ほど前に隣りの貸家に愛猫家がいて、庭にネットを張り、数匹飼って
いたことがあった。そのため、庭は猫の集会所状態。10年近く、住んでいたが、
近隣の苦情がたて続いて、引っ越していったことがあった。 猫も曲者だが、
飼主も苦情対策には強か? 
 動物写真家、岩合光昭がネコ目線で世界中のネコを撮影する姿を、岩合自らが
ネコに語りかける様子を紹介するNHK BS「岩合光昭の世界ネコ歩き」がある。
人気番組・日野正平のNHK-BS「にっぽん縦断こころ旅」の、冬場や、季間の穴を
埋めるように、年中、放映されているが、猫目線から、世界各地を見つめる光景
が好きで見ている。 そこで猫の格言から、人間から見た猫の世界を眺めてみた。
ところでアフリカの所どころで猫を見かけない地区があったので、聞いたところ、
直に食用になるためという。 …鳩もしかり。


  ―猫の格言―

・ネコ科の一番小さな動物は最高傑作である。
              レオナルド・ダ・ヴィンチ
・トラを抱きしめる喜びを知りたがる人間のため、神はネコをお創りになった。     
              フェルナンド・メリー
・犬を飼うことは出来る。だがネコの場合はネコが人を飼う。
 なぜならネコは人を役に立つペットだと思っているからだ。
              ジョージ・ミケシュ
・ネコを嫌う人には気をつけろ
              アイルランドのことわざ
・人が拒絶を理解するには、ネコに無視されればよい。
              アノン
・自分の家が大好きだからネコが好きだ。
 しばらくしたらその二つは見える魂になる。
              ジャン・コクトー
・惨めさから抜け出す慰めは2つある。音楽とネコだ。
              アルベルト・シュバイツァー
・我々は心の奥深くに同じ欲望がある。ネコはそれに沿って生活している。
              ジム・デイヴィス
・ネコの目には、全てのものはネコに属していると映っている。
              英語のことわざ
・どれだけ多くの時間をかけても、猫との良き思出は消えない。どれだけ
 多くのテープを使おうと、ソファに残されたネコの毛は取り除けない。
              レオ・ドウォーケン
・ネコの飼い主が知っているように、誰もネコを所有していない。
              エレン・ペリー・バークリー
・ネコを嫌いな人は、来世ではネズミとして戻ってくる。
              フェイス・レズニック
・この世でどうネコに接するかが、天国でのステータスを決める。
              ロバート・A・ハインライン
・ネコも当然男の親友になれるが、ネコはそれを認めてはくれない。
              ルイス・J・カミュティ
・ネコはどこに座れば我々が不便になってしまうか、
 その正確な場所を数学的に計算できる。
              パム・ブラウン
・ネコは気にかけてくれる。例えば本能的に、我々が何時に仕事に行かない
 といけないのかを知っており、目覚し時計がなる20分前に起こしてくれる。
              マイケル・ネルソン
・ネコは人間に対する意見を持っている。殆ど何も言わないが、全部を
 聞かないほうがいいのは確かである。
              ジェローム・K・ジェローム
・ネコのようにミステリアスに書けたらと思う。
              エドガー・アラン・ポー
・ネコの愛より偉大なギフトがあろうか。
              チャールズ・ディケンズ
・ネコは絶対的な正直さを持っている。
              アーネスト・ヘミングウェイ
・僕は家にいるどの猫とも喜んで立場を変えていい。
              ジョージ・ネイ
・イスタンブールで会った男が、絶対に神はネコだと言った。
 どうしてそれがわかるのかを尋ねたらこう言った。
 「神に祈っても、無視されるから」
              ローウェル・トーマス
・犬は自分を人間だと思っている。猫は自分を神だと思っている。
 犬は呼ばれたら、すぐに来てくれる。  
 猫はメッセージを取って去り、あとになって帰ってくる。
                    メアリ・ブライ
・猫の持つ清潔さ、愛情、忍耐力、尊厳さ、勇気の質を考えると、
 何人が猫になる能力を持っているだろうか
              フェルナンド・メリー
・夫に出ていってもらった。うちのネコが夫にアレルギーだったので
                    ビル・ダナ
・ネコのトレーニングは難しいと聞いていた。そんなことはない。
 我が家のネコは僕を2日でトレーニングした。
                    ビル・ダナ
―
▼ 猫と人間の付き合いは1万年にわたる。その間に、ペット用として
 改良?されてきた。その神秘性、優美性により愛され、東洋では幸福の
象徴にされてきた。幸福論を考えるに、猫を凝視すれば、そのヒントが
次々と現れ出てくるはずだ。またネズミを捕るため、航海の共に使われ
もしてきた。エルミタージュ美術館では、常時、60〜70匹も飼われて、
ネズミ対策、顧客対策にしているという。昔から多くの芸術家に愛され、
アトリエで飼う画家が多いとか。
 逆に嫌猫家のため「野良猫対策」で検索したところ、超音波とライトや
猫が嫌う匂いの粒状の薬品など様ざまのものがあった。
 ところで人間には、猫タイプと、犬タイプがあるようだ。
男生は犬タイプが、女性は猫タイプが…比較的多いが。生きかたとして
猫が理想?だが。飼犬なら、犬も悪くはない? いや猫ちゃんですか。
 二あ〜 ワンで、代々、我家のベランダではインコが鎮座している。
 
  ・・・・・・・
4765,閑話小題 ー感動の書換え
2014年04月01日(火)
   * 感動の追体験
 以前、少し書いたが再び。 現在、ヤフーのブログ‘バードウォッチ’
に、以前に行った先をネットでひろった写真を載せている。これが面白い! 
現地で思いもよらない光景に出あった感動は心の大きな財産だが、その瞬間は
決して写真や映像では残せはしない。対象と同化し振動しているからで 夏の
花火と同じである。ところが、デジカメの進化もあって、ネット上には違う
視覚の感動の瞬間(写真)が溢れているのを最近、知った。実際の感動の方が
遥かによいのは当然だが、ネット上の写真を見ていて、<ああ、これだ!>
と感じた瞬間に、その時の感動が再度、浮び上がるから不思議。 エーゲ海
クルージングで、寝椅子に寝転がってエーゲ海の美しさの中、リラックスする
心地よさは、何ものにもかえがたい。一期一会の自分だけの至福の時である! 
今では、誰でも、そのTPOSの光景をカメラやビデオで撮って、ネット上に
公開するようになった。その御陰で、その瞬間と似た体験をした者にとって、
手軽に感動の追体験?が可能になっている。カメラ目線が違っても、その瞬間
の感動は同じ。それは記憶の復習効果、書換えにもなる。 所詮は、全ては
幻想である。カメラ性能が格段にアップし、誰もが気楽に撮れるため、ネット
上には素晴らしいのが多い。豊かな気持ちは感動の質量の掛け合わせに比例する。
  * 猪瀬の贈収賄、不逮捕されないの? 
 何ゆえに、猪瀬が逮捕されない? 次の東京オリンピックの汚点にしたく
ないため? とすると、支離滅裂。ここまで真実(汚職)が露呈しているのに、
この結末はない!上記の御二人の、御意向か? 何が東京オリンピック? 
江戸末期打ち壊しの「ええじゃないか、ええじゃなかい」の騒ぎに酷似。 
同じアフォ(アフォのミクス)なら踊らな損!と笑ってられない。最も地政的
に危険な立ち位置にいるのが日本なのに!20世紀前半に酷似している。
  * アベノミクスで生温かい風が吹いているが  
        ー偶然、去年の今日に似たタイトルがあったー
 何かが変なのは分かってはいるが、それでも?首を傾げることが多い。
それと6年後の東京オリンピックも。「デフレ脱却のため、無制限まで通貨を
増やしましょう、後は野となれ山となれ!そのため注意をオリンピックに
向けましょう」」ということ。それも、日本の財政破綻の責任者だった二人の
元首相が、現首相と副首相に居座り、更に悪化に向けた舵きりをするのだから! 
電気光熱費と、消費税の値上げは、一般の消費者と、中小企業に大きな負担
になる。それと、欧米も、新興国の経済も波乱要素が大きい。
恐ろしいのは、突然の世界同時株安である。
   ・・・・・・
4024, 事業生活39年の、独り語り ー7
2012年04月01日(日)
 11年前に、千城台ビル内で創めたベーカリーについて書いていた。  
   ―まず、そのコピーからー
≪ [103] センチュリーベーカリー 〜昭和50年3月ー8月31日(2001/08/09)
 他人に話した事が殆んどないが、焼きたてベーカリを立ち上げた事がある。
千葉千城台のビルと養老の滝1122号店を立上げ一年、空きビルを埋めるべく
何がいいか考えた時、当時団地では全くなっかった‘焼きたてのベーカリー’
に目をつけた。冷凍生地を主体とした焼き立てパン屋である。商社の東レの
子会社の蝶理という商社が、このフランチャイズをやるという新聞記事をみて、
ホテル・レストランショーで実際にみて、早速やることにした。
東十条にある関連のベーカリーに朝4時に起き通う。そして二カ月後にオープン!
 例のとうりパニックそしてーーー。 素人は初めは良いがある時期がくると、
応用が利かない弱点が出る。その時期に長岡の実家で問題が発生。 
このタイミングを狙われたのである。そこで第三者に経営委託をして急遽
長岡へUターン。恐らくあのままやっていたら数年で行き詰まったと思われる
ほど、実際は難しい商売。 振り返ってみると‘開発型委託経営ビル’を
造った事になった。 考えてみれば、ジャスコ、いとはん(北陸ジャスコ)、
ビル開発(飲食フランチャイズ+ベーカリー立上げ)、実家の衣料デスカウント・
ハウスと、12年近く、全く未経験の分野への自己配転をしていたことになる 。≫
▼ このビルは、建設の7年後にテナントが埋まったこともあり総投資の二倍の
 一億で売却した。 当時、5つのテナント部分は、養老の滝のオープン以来
一年数ヶ月経っても空いたまま。養老の滝も、軌道に乗り、サブだった人に任せ、
空きテナント部分で新しい店を考えた。そこでホテル・レストランショーで
見つけた、テイクオフのベーカリー。ジャスコでも、金沢の「いとはん」でも、
数ヶ月単位で担当売り場を変え責任を持たせる。キャリアを積ませるのである。
配送サンター、寝具、靴売り場、子供服、日用品、など次々に任される。
品種変われど、商品管理の本筋は同じ。居酒屋も、ベーカリーもシステムを把握
して全力で取り組めば、何でも可能ということを知っていた。そのため実家の
仕事を引き継いでも、ビジネスホテルを立ち上げるにしても全然、抵抗感がない。 
 何事も、表面が違っても、本質は同じである。
・・・・・・
5860,閑話小題 −2025年問題 〜人口の一割が痴呆症
2017年04月01日(土)
   * 2025年問題
  〜まずは、以下の記事から〜
≪【およそ1世紀も増え続けてきた日本の人口が、昨年ついに減り始めた。
「これから10年間で、日本の人口は700万人減ります。15歳~64歳の生産年齢
人口が7000万人まで落ち込む一方で、65歳以上の人口は3500万人を突破する。
2025年の日本は、団塊の世代が75歳を超えて後期高齢者となり、国民の3人に
1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上という、人類が経験したことのない
『超・超高齢社会』を迎える。これが『2025年問題』」
  (政策研究大学院大学名誉教授の松谷明彦氏。)】
【「現時点でも、軽度のものを含めれば、少なくとも820万人が認知症を患って
いるという厚労省のデータがあります。それに基づけば、2025年には今の
1・5倍、1200万人以上が認知症になっていてもおかしくありません」
                (国際医療福祉大教授の高橋泰氏)】≫
 先日のNHKスペシャルで、<「認知症”1300万人”その解決策はこれだ!」>
を取上げていた。 〜NHKの番組紹介によると〜
≪ ◇ 2025年の認知症社会1300万人
 団塊の世代が75歳になる2025年には認知症予備軍の認知症が国内で1300万人
に達すると予想されています。国民のうち9人に1人が認知症という数。
65歳以上の高齢者では、3人に1人が認知症という驚きの数。
2025年日本は、認知症社会に突入するのです。その兆候は、既に起きている。
認知症患者の徘徊の増加。徘徊による行方不明者は、年に1万人以上にも。
ココ数年で3割も増加しています。介護人材も不足しています。
2025年には、介護人材が38万人不足する、と言われています。
 これを乗り切る方策は、あるのでしょうか?
認知症検査により、認知症になる前に手立てが必要。
安心して暮らせる方策は?キーワードは「キャバレー」。
予防にも効果が現れているようです。
 国立長寿医療研究所 所長の島田先生によれば、
<2025年には認知症患者が増えることで、高齢者ドライバーによる交通事故が
増加するだろう>とのこと。今まで保護される立場だった認知症患者が、加害者
になるという事実。 現在でも75歳以上のドライバーによる死亡事故の5割は、
認知症患者によるもの。ココ数年で1.5倍増加しているそうです。高速道路など
での逆走の1割は、認知症患者によるもの。2015年には、自動車運転免許を持つ
認知症患者が252万人のところ、2025年には350万人に増加が推計されます。≫
――
▼ 国民の1割以上が、65歳以上で3人に1人痴呆症とは驚き。その頃まで生きて
 いるとしたら78歳、恐らく痴呆症になっている? 法事などで酷い人を見かける。
話すことは愚痴と噂話。私より一回り年長。「昔は良かった」「今の若い者は」
「年金は安すぎる」等々。老人特有のことだが、問題はそれが100%であるのと、
自身が気付いていないから始末が悪い。
これでは、過疎化の進んだ農村では、三分の二が痴呆老人の気違い部落に…
  ・・・・・・
3658, 価値とは思い込み
2011年04月01日(金)
 価値観の価値は「思い込み」とすると、その意味がストレートに伝わる。
価値は意味に非常に近いと解釈をしていたが、「思い込み」とすると、より
分かりやすい。人間は、それぞれの思い込みの中で生きている。その思い込みは
子供の頃からの周囲の刷り込みがベースになる。その刷り込みから脱皮していく
経験と知識の蓄積が教養になる。大きな挫折をすると、思い込みが破壊される。 
創造と破壊は裏腹であるが、思い込み(価値観)の破壊も重要である。それが
節目の切欠になる。「互いの価値観が違う」というが、「互いの思い込み違う」
ことでしかないのが分かる。まずは自分が何を思い込んでいるかを知ることが、
第一歩。 それも、思い込みになるかもしれない。価値、意味、思い込みを、
絡めて一文をつくると「価値、価値観と難しいそうにいうけど、そんなことは
思い込みという意味でしかない」


6226,閑話小題 〜贋作の世界 −2

2018年03月31日(土)


  <世紀の贋作画商: 「銀座の怪人」と三越事件、松本清張、そしてFBI;
                           七尾 和晃(著) >
   * 世紀の贋作画商: 『銀座の怪人』
 偽札つくりは大罪になるが、贋作つくりは、それほどの罪にはならない。
また客を騙す行為も、贋作か本物かの鑑識眼の問題であり、それは誰も証明
出来ない。だから横行するのである。従って、趣味とはいえ、素人の骨董収集
は頂けない。もう一つが、本人の鑑識眼と信用の問題になる。父親の収集癖を
見ていて、別に自宅倉庫に仕舞いこんで二度と見ないのなら、美術館の国宝級
の宝物をジックリと接した方が遥かに良いのに? これは、毎日毎日、せっせと
知識・情報の収集しているこれにも言える。「この程度なら、ネットサーフィン
の方が遥かにプラスになるのに、如何して?」と同じ?。「この行為そのものが
面白いから、充実するから」の私の答えは、父の骨董収集も同じことになる。
 成るほど、世界は騙し騙されの闇が広く深く存在している。
  Amazonー内容紹介
≪ 銀座・並木通り画廊街―。贋作絵画を雨あられと降らせた男がいた。
 松本清張、江上波夫ら大家の名を騙り、手練手管の画商たちを操った稀代の
詐欺師、「銀座の怪人」と呼ばれた男を追う。
 9.11テロの関連捜査をしていたFBIがニューヨークで捕えたユダヤ人画商は、
日本に驚くほどの数の「贋作」を売りさばいていた。バブル狂乱前夜から銀座
を拠点に暗躍したこの男は、企業、富裕層、美術館を標的に贋作を撤き散らし、
作家松本清張にも接触していたという。82年には三越の贋作秘宝事件で世間を
驚愕させ、社長解任・逮捕まで巻き起こした。FBIをして「世紀の贋作画商」
と呼ばせたその数奇な運命、そして彼の贋作バブルに生命を与え続けた日本人
の精神の「膿」を、綿密な取材からえぐり出す。 ≫
  〜レビューより〜
本作は、バブル時代の前後に、ニセモノの美術品を売りまくっていたユダヤ人
画商イライ(エリ)・サカイの事件を追いながら、著者の七尾和晃氏が、イライ
が逮捕されるまでに直接インタビューを成功させることができるのだろうか… 
という迫真のノンフィクション。
 個人的に注目した点は二つ。
・一つは、昭和57年(1982)8月29日付の朝日新聞にすっぱ抜かれた、
「三越本店で開かれている古代ペルシャの秘宝展の大半が偽物である」という
記事から始まる「三越贋作事件」の顛末。 殺人事件まで起こっていたこの事件
(しかも遺体は遂に見つからなかった)には、事件発生前にニセの展示物と同じ
アナーヒター女神像を松本清張に売り込みに来ていたというちょっとした事件も
あって、清張も興味津々。
「(三越の)渡辺社長も、サカイという外国人ではなく、『無尽蔵』の主人の
ような日本人が持ち込んだものなら、だまされなかっただろうし、三越の展示品
でなければ、ニセ物の解説を書く学者も、予約する客もいなかっただろう。
今度のニセ秘宝事件は、舶来崇拝、ノレンや権威に弱い、といった以前から指摘
されている日本人の欠点を改めて露呈させたといえる」と‘清張’が呆れ顔で語る
ように、未だに本当にあった事件なのかと首を傾げてしまうほど馬鹿げた事件。
・二つ目は、その事件の中心にいるイライが、「『あの人はいい人だった。
もう死んでしまったけれど』と懐かしそうに称える人物のこと。
「圧倒的な実績と権威を誇っていた。おそらく日本の考古学会では一切の抵抗を
無に帰せしめる唯一の人物」と、著者の七尾氏が満を持して登場させしめた、
本書の裏ボス敵存在の話が大必見。「東京大学名誉教授の故・江上波夫」その人。
<(前略)イライが、日本民族の由来を説いた『騎馬民族征服王朝説』で文化
人類考古学の最高権威に君臨した東大名誉教授の故・江上波夫を『いい人だった』
と讃えたとき、日本だけでも潜在被害が数百億円は下らないと言われるイライ・
サカイの贋作事件は、戦後の日本が遮二無二に突き進んだ経済発展の裏で、絵画
という文化や芸術をも『通貨』に貶めた無節操ぶりを、鏡のように映し出しても
いよう。生前の江上をよく知る弟子筋の人間に会って、江上とイライとの関係を
質すと、当人は意外という風もなく、むしろ納得いくといった様子で語りだした。
『やはり江上さんの名前が出てしまいましたか…』>と某氏が語る衝撃の話。

≪ 高価な美術品に贋作はつきもの。ニセの『有名ブランド品』と同じです。
 現存するモジリアニ、ゴッホなど、名画の作品点数は、増え続けています。
増え続けている、という現実そのまま、贋作であることを証明しているわけ。
とくに、近代、現代の名画に関する真贋判定は、ほとんど不可能性です。
なぜなら数百年まえの作品ではないので、近年の作品は科学的鑑定が難しいから。
作者が現存していても、アテにならないこともあります。
画家自身が制作の有無を忘れていて、判別できない場合です。
ようするに、画家(作者)自身に判別できないほど、クオリティーの高い贋作が
ある、ということです。ということは、過去の巨匠の作品も、おなじということ。
 本書は、美術品市場の現実を裸にしています。美術館の収蔵品にも、贋作は
すくなくないのです。
本書は、美術品市場の現実を覗き見た、稀有な取材の成果といえるでしょう。
美術に趣味がある人間には、本書は一読の価値があります。

―
―
寅: おい熊よ、最近、なけなしの金をたたいて、変な骨董を買ったと
 言うじゃないか。誰かに騙されたと、もっぱらだよ。大体、長屋に、
 何が骨董だよ。
熊: いや、これを持っているだけで御利益があると言われてね。
 生まれてこの方、俺の人生に良いことがないから、仏像の一つでも
 欲しいと思ったが、盗まれないかと冷や冷やだよ。でも、これを買ってから
 いやに良いことが続くんだ。不思議だよ。
大家: 金持ちの家には、仏像か七福神の像が、幾つかあるというじゃないか。
 御前のような、あまり恵まれてないオツムの男には、きっと効果があるよ。
 この御蔭で、良いことが起こってると像に思いこめれば、それ自体で、
 良いことを呼寄せるんだよ。
八: 私の家には、大きい仏像が3体に、5〜20?のモノが20はあるね。机の
 パソコンの隣には10体はあり、毎日、頭を撫ぜているが心が落ち着くよ。
 半分は両親が集めたモノ、半分は私が国内外で買った民芸品だがね。
 マリア像が2体、七福神、仏像3体に… その割には、金が無いがね。
寅: あれだけ、使えば? 貯まらないよ。
八: いいじゃないですか、持って、あの世に行けないし。死んで三日も
 すれば300年前に死んだと同じというじゃないか。
熊: ところで、何で骨董収集に興味がないの?
八: 子供の頃から、父に連れれて骨董店に行って、見飽きるほど、
 見た上に、ツアーでパリ・ロンドン、フィレンツェ、旧レニングラードで、
 世界の名品のシャワーを浴びるほど見てきたの。その時だけは、気持ちを
 一期一会と思い、集中するの。そうすると、何しれないエネルギーが伝わって
 くるんだ。だたただ無心になり、対象の世界に入り込むんだ。ピカソとか、
 ゴッホや、セザンヌの絵画が凄いよ。分かったような言い方をするが、
 「心が垂直 に立っている感」がするんだ。
寅: 何のことかサッパリ分かりません。
熊: 俺って、仏像を握って昼寝をするとね、何か気持ちが安らかになるんだ。
 あの気持ちって、悟りに近いんじゃないか。
寅: 俺に、その仏像、貸してくれよ! 
熊: 御前に貸すと、かえってきたためしがないから、嫌だよ。

▼ これらを読むと、お宝鑑定団の判断も間違いが多いみてよい。本物か、
 偽物かを確かめる内容の、それ自体が、ほぼ判定不能なら、番組そのもの
が成り立たない。 詐欺師が罷り通る闇世界のエログロの笑をつくキツイ
側面がある。ここでいう、「文化や芸術品を『通貨』に貶めて笑い飛ばす
バラエティである。そう固く考えることでもないが… 
 楽しくもあり、恐ろしくもあり、哀しくある内容だということ! 
何が恐ろしいかといえば、無知の自覚の無い無知な人。 私ですか? 
自覚をしているが、実は心の底から自覚をしてないのでは?と。
 いや、してるさ! 
―
寅: おい熊よ、最近、なけなしの金をたたいて、変な骨董を買ったと
 言うじゃないか。誰かに騙されたと、もっぱらだよ。大体、長屋に、
 何が骨董だよ。
熊: いや、これを持っているだけで御利益があると言われてね。
 生まれてこの方、俺の人生に良いことがないから、仏像の一つでも
 欲しいと思ったが、盗まれないかと冷や冷やだよ。でも、これを買ってから
 いやに良いことが続くんだ。不思議だよ。
大家: 金持ちの家には、仏像か七福神の像が、幾つかあるというじゃないか。
 御前のような、あまり恵まれてないオツムの男には、きっと効果があるよ。
 この御蔭で、良いことが起こってると像に思いこめれば、それ自体で、
 良いことを呼寄せるんだよ。私の家には、
八: 私の家には、大きい仏像が3体に、5〜20�僂離皀里�20はあるね。机の
 パソコンの隣には10体はあり、毎日、頭を撫ぜているが心が落ち着くよ。
 半分は両親が集めたモノ、半分は私が国内外で買った民芸品だがね。
 マリア像が2体、七福神、仏像3体に… その割には、金が無いがね。
寅: あれだけ、使えば? 貯まらないよ。
八: いいじゃないですか、持って、あの世に行けないし。しんで三日も
 すれば300年前に死んだと同じというじゃないか。
熊: ところで、何で骨董収集に興味がないの?
八: 子供の頃から、父に連れれて骨董商の店に行って、見飽きるほど、
 見た上に、ツアーでパリ・ロンドン、フィレンツェ、エルミタージュで、
 世界の名品のシャワーを浴びるほど見てきたの。その時だけは、気持ちを
 一期一会と思い、集中するの。そうすると、何しれないエネルギーが伝わって
 くるんだ。だた只管、無心になり、対象の世界に入り込むんだ。ピカソとか、
 ゴッホや、セザンヌの絵画が凄いよ。分かったような言い方をするが、垂直
 に立っている感がするんだ。
寅: 何のことかサッパリ分かりません。
熊: 俺って、実は仏像を握って昼寝をするとね、何か気持ちが安らかに
 なるんだ。あの気持ちって、悟りに近いんじゃないか。
寅: 俺に、その仏像、貸してくれよ! 
熊: 御前に貸すと、かえってきたためしがないから、嫌だよ。

・・・・・・
2014年03月31日(月)
4764,閑話小題 ー3年前の日記より ー2
  * 昨日で、あの日から三年になった
 先日、3・11災害から3年経った、と書いた。そして10年日記帳から、
3月9日〜19日までを書き写した。今度は、会社整理の日々になる。先日に続き、
2011年3月20日〜4月2日の二週間。(一般債権がほぼゼロもあり)自宅も、会社
の事務所にも一度も抗議電話も押しかけが無かった。債権者会議も当然無く、
無事、切り抜けていた。それもあってか、計画倒産の噂が流れたが、そんな
ことは出来よう筈がない。事業計画をたてる段階から、万一のリスク管理
(下の数値ライン設定と、避難のためのシェルターを長年かけ用意)をしていた。
これを計画倒産と言われれば、それまでだが・・ これを書き写していて、
涙が出そうになったが、面白いと懐かしがっている自分もいる。
・3月20日(日):この連休明けから、具体的手順に入る。差し迫ってきた。
    モーニングショーでは、大震災を詳しく報じている。それもあるが、
    私も、ある意味、被災者である。 あとは、流れに任せるしかない!
・3月21日(祭日):TVで週末の東京の歌舞伎町、新橋、銀座、魚河岸など
    中継していたが、震災のためいずこも閑散。昼食は近くの
   ‘サエゼリア’で。満席だが、被災民と思しきグループが目立った。
    これが現実である。
・3月22日(火):新潟の万代のラブラに行くが、人は閑散。 昼飯は
    ケンタッキーの鳥ハンバーガー。コンサルトの林氏にメール。
    今日、決断をしたが、この2〜3ヶ月、特に動揺をしている。
    この災害が、後押しをしたのは確か。
・3月23日(水):大矢、斎藤、弁護士と事務所で、状況について
         最後の話合い。17時〜18時半。
・3月24日(木):16時40分に弁護士と打ち合わせ。厳しいが、しかたがない!
・3月25日(金):弁護事務所で、弁護士と打ち合わせ。最後の決断の確認。
・3月26日(土):NTTで、携帯電話の会社から個人への切替の手続きをする。
・3月27日(日):NTTへ、再度、手続きをしなおしに行く。
・3月28日(月):整理の具体的手順に入る!身体が浮いたようで、
頭はフル回転。違う人格が入り込んでいるようだ。 
・3月29日(火):会社には行かず、個人の整理のための手順の幾つかを踏む。
久々に際どい危機感の中の自分が、いる。
・3月30日(水):13時より、弁護士二人に女子事務員と、現金など経理部門
の引渡しを大矢と私、5人で始める。そして、17時に正式に
弁護士の宣言で、30年以上の会社が消滅をした。 
全員、起立をしてm(_ _)m。
・3月31日(木):9時10分より、弁護士と二人、第四、商工中金、新潟信金
の順にまわる。何処も、豆鉄砲をくらった様子。
        :13時、従業員を集め、解雇の言い渡し。全員が不安そうな
顔をしているのを見て、気持ちが切れ涙を流す。
        17時、車で帰路の途中、Iさんより携帯に電話。迷ったが、
これも記念と、18〜20時半まで長岡駅裏の居酒屋で酒を飲む!
Iさんも、まさかと信じられない顔。
・4月01日(金):13時半、弁護士と会社の事務所で打ち合わせ。
15時、昨日の説明会で出席できなかった5人に説明。
         18時半〜燕のKさんと燕で酒を飲む。3人の就職先の依頼を。 
21時44分で長岡に帰る。
・4月02日(土):県内の親戚に数人に事情の電話。仙台の学生時代の行方
不明だったO君より無事の電話。5分の差で助かったとか。
前に仙台の住所にハガキを出していたのが、遅れて届いていた。
▼ 良質もあるが、悲しいとか、惨めとかいう感傷的気分はゼロに近い。
 目の前の一日をひたすらこなし過ごすしていた。それは今も同じだが。
それでも「喉ぼと過ぎれば熱さ忘れる」で、何事も2年半〜3年。
陰湿の嫌がらせはないことはないが、慣れてしまえ、「理解出来る範囲で
見ている方々の程度の測量」で遊ぶ楽しみになる。これは実体験でないと
分かるはずがない。その意味でも、自分観察、人間観察でベストの経験。 
救ったのは長期のリスク管理?
・・・・・・
2017年03月31日(金)
5859,閑話小題 〜何だこれは?
   * 何ってこと?
 昨日のこと。起きて、まず「飲むヨーグルト」を一口。そして風邪予防に
「生姜湯」の白湯を飲んで、前日、仕上た文章を一時間かけて書き直した。
で、アップしようとした時に気付いたのが、前日の文章だったこと。
連日、過去10数年の同日分を読み直しながら、誤字や、論理の好い加減さに
独り赤面しているが、前日分でさえ、気付かず何度も書き直していた己に、
「これは、どういうこと?」と、考えさせられた。この程度の文章に、これ。
前日も、同じように書き直したに関わらずである。
 数日前、家内に、『もう、こんなのを書くのを止めなさいよ。呆けを公開
しているようなもの。公開ならまだしも、バイ菌を振り撒いているのと同じよ!』
と罵声を浴びていた。思い当たる節があるため、これには効いた。 何割かは、
そういう見方をされているのは覚悟の上だが、僅か一日経過しただけでも、
これだけ訂正箇所が出てくるから、怖ろしい。だから、過去の人生を振返って
色いろ思い悩むのも頷けること。
 私たちが普段、目にするのは、プロの文章。読み手は、それを忖度しない
のは当然のこと。これは、時間を置いた自分の文章に対しても同じ目線になる。
「だから公開している」というのは、あまりに甘い。上から目線で、これを
読めば面白いはず。ブログは自然と、自画自賛の「自慢話」と、失敗などの
「自虐話」が、殆ど。 書き手責任はあろうとも、読み手は責任がない。
炎上を回避するため、同じ内容を2つのブログに公開している。2つを読むこと
もないから、単純に加えると1日、平均350人の読み手が存在するが、16年も
書き続けていると、本音が丸出しになる。現実をトリップした見方そのまま、
露出して楽しんでいるのも変といえば変…
 人間である限り、自分の知っていることしか知りえない。全ての人が、
歪んだ眼鏡をかけ歪んだ視点しか持ちえないが、そのことを自覚できない
ことが大問題。その歪みの大きいのが、このブログと割切ればこそ、読める?
 そういうこと! 
・・・・・・
2013年03月31日(日)
4397,「武士道」という諸悪の根源         
  * 「武士道」という諸悪の根源   《「世間」の捨て方 ー3》
「武士道」が諸悪の根源という説は面白い見方。しかし少し考えれば当たり前
のこと。徒党を組んだ侍の親分が武力で農民の米を徴収し、仲間内に配っていた。
その暴力装置を持つ集団が綺麗ごとで尤もらしい規範をつくりあげだけ。
それを子育てを含め根こそぎ否定しているところが新鮮。ーその辺りから抜粋ー
≪ 子育ての見本として、絶対に見習ってならないのが江戸時代の武士道。
「武士という者が日本を悪くした存在です。(略)武士の頭の中にあるものは
主君に使えるということだけ。端的に言えば、奴隷ですよ。(略)・・
この奴隷というものを、武士道だなんて、日本人はやけに持ち上げるんですよね。
・・(略)その点、ヨーロッパは違いますね。武士はすべて傭兵だった。
戦争は国王が傭兵を使ってするわけです。武士は『七人の侍』みたいなもので、
雇われの用心棒だった。「日本は典型的な武士の社会。
鎌倉幕府が成立して以後、ずっと軍事国家だと私は思っています」≫
▼ 現在も武士社会が会社に入れ替わっただけ。そのため現在でも勤め先の藩と
 役職と禄高で、社会的評価がされている。そうこうみると、我われは現在でも
奴隷、それも人生の大半を何も考えずに、その生活に満足して過ごす。その中で、
人は趣味を見出し、奴隷生活の中で自由な時間を持つ。士農工商が江戸時代の
身分制度。そこで他の奴隷管理をしていた武士のつくった武士道など
信じるなどもっての外。  ーウィキペデアで葉隠れをみると
≪「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」葉隠の中で特に有名な一節。 
 葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して武士道精神と単純に解釈
されていて実際、太平洋戦争の特攻、玉砕や自決時にこの言葉が使われたが、
山本常朝自身は「私も人である。生きる事が好きである」と後述している様に、
死を美化した書物と一括りに出来ない。現代でいうビジネスマナーのマニュアル
に近い記述がほとんど。また衆道(男色)の行い方を説明した記述等、一般に
近代人の想像するところの『武士道』とはかけ離れた内容もある。戦後、軍国
主義的書物という誤解から一時は禁書扱いもされたが、近年では地方武士の生活
に根ざした書物として再評価されている。先述したように処世術のマニュアル本
としての一面もあり『葉隠』に取材したビジネス書も出版されている。≫とある。
 奴隷社会の処世術というところ。どうも日本人は、やたら道を付けたがる。
商人道、柔道、剣道とか。何かを極めるのに、どの位置にいるかを知る道標が
必要だから、道を思い浮かべたのだろうが。日本が、戦後、ここまで経済成長を
遂げたのも、江戸時代の「お家制度」の文化が背景にあったのも事実。
絶対否定は出来ない。元長岡藩の城下町、今でも色濃い武家社会の影響が大きく、
世間とかいう噂の奴隷の群れがいる。


6225,閑話小題 〜贋作の世界 −1

2018年03月30日(金)

           「ピカソになりきった男 」ギィ・リブ (著),
   * 贋作の世界
 「開運!なんでも鑑定団」は常日頃、見ている。殆どが録画だが、骨董などの
お宝の真贋と、値段の鑑定である。 特に借金の形に…、持っているお宝と交換
などに贋作が多い。その贋作専門の世界を知りたくなり、AmazonのHP内で検索
すると、面白そうな本が幾つか出てきた。その中の一冊が、これ!
贋作の世界の奥行きの深さが垣間見られる。逆上せ上った素人が一番の餌食
になることが分かる。相手は詐欺のプロの住人。
  
  〜ネットによる粗筋といえば〜
≪ 本書は、「その朝、俺はピカソだった」ではじまる天才贋作画家ギィ・リブ
の告白手記である。波乱に富んだ彼の生涯は、まるでアラン・ドロンが出てくる
フィルム・ノアールのようだ。贋作画家の前に「天才」との冠が付いたのは、
・ピカソ、ダリ、シャガール、マティス、ルノワール、フジタ等、多数の画家の
 贋作を手掛けたこと、
・名画のコピーではなく、画家たちが描いたであろう「新作」を創造したこと、
 の2つの理由からであった。 ある美術評論家は、彼の腕前を評して
 「ピカソが生きていたら彼を雇っただろう」と証言している。

ギィ・リブはフランス中部リヨンの娼館で生まれた。父親は殺人犯、母親は
占い師の家庭で育ったが、少年期に家を出てリヨンの暗黒街で不良少年として
路上生活を経験。20歳の頃には天賦の才能を独学で磨き、水彩画で生活できる
ようになるが、その才能に目を付けられて贋作ビジネスに取込まれてしまう。
それ以来、2005年に逮捕されるまで30年間を贋作画家として過ごした。

ギィ・リブが贋作を制作する過程が興味深い。ピカソ、ダリ、マティスに彼は
なりきるのである。そのためにギィ・リブは何日間もかけて専門書を読み、試作
を繰返した。画家が、いつ、なぜ、どのように作品をつくり、いかなる精神状態
であったのか。画家のすべてを理解してから制作に取り掛かった。つまり、
ピカソがギィ・リブにまるで憑依しているような状態で彼は絵筆をとっていた。
それが彼にとっての創作活動であり、贋作が本物と認められることに彼は無上の
喜びを感じていた。そして、描き終るたびに用いた資料一切を廃棄し、本来の
自分に還っていった。

彼の告白によって贋作ビジネスの実態が詳しく明らかにされている。
驚くべきことに有名画商や鑑定家もそのビジネスに大きく関与していたのだ。
彼らは実名で書かれているので本書の記述は信じるに足りる。 アート市場に
おいて絵画の資産価値が増大するにつれて、作品の品質よりも画家のネーム・
バリューが重んじられてくる。「人は作家の作品ではなくサインに大金を払う」
ようになったのである。そうした市場では、ギィ・リブのように名作の模倣では
なく「新作」を描ける贋作画家は、少ないリスクで大金を稼げる制作者として
重宝されたのである。ギィ・リブの卓越した技術は有名画家の遺族によって
「本物」のお墨付きを得るほどであった。また、ある画家はギィ・リブの描いた
作品を「自分が描いた」と誤って証言した逸話が残っている。

現在もなおギィ・リブの贋作が世界中の美術館に展示され、オークションの
カタログに掲載されているという。認められるまで貧困の生活を余儀なくされた
画家は多い。彼がもう少し忍耐強ければ、いずれ才能が見出されて有名画家の
一角を占めたかもしれない。ギィ・リブは仕事に誇りを持ち、憎めない性格と
魅力を備えた男である。本書はアート市場の裏面のドキュメントとしてのみ
ならず、一人の男の波乱の半生の物語としても出色である。

『本物か偽物かそれほど重要な問題なのだろうか?もし絵がうっとりするほど
魅力的で、力強く、心乱されるものだったら、その絵が誰の手によるものかと
いうのは、本当に重要なのだろうか?』は印象的。彼には、画家として決定的
な何かが欠けていたのだろう。しかし「贋作」を書くことについては天下一品。
それも、すでにある絵を模写するのではない。
その画家のあらゆる特徴を捉え、存在しない絵を描くのだ。≫
―
  コトバンクによると…
【 贋作とは、制作者あるいは制作年代などを偽って,買手をだます意図の
 もとに制作された美術品。現存作品もしくは実在した作品をそのまま模倣
したもの,特定の作者または時代の様式を模倣したもの,いくつかの原作を
もとにその諸部分を集めて作られたものなどがある。文献に残る最古の例は
ローマ時代のファエドゥルスが語るローマ人によるギリシア彫刻の贋作。
中世ではほとんどその例がないが,ルネサンス期に再び現れ,18世紀の考古学
の興隆とともに増加する。近代から現代にかけては鑑定家の目を欺くきわめて
巧妙な贋作も少くなく,19世紀でギリシア,エトルリア,ローマ,ルネサンス
初期の彫刻の贋作者 A.ドッセーナ,20世紀ではフェルメールの贋作者
H.メーヘレンなどの例が特に有名。日本では,江戸時代初期から日本画の贋作
が行われるようになり,中期以後は在世の名人の贋作も現れた。】

―
▼ 実家の商売が戦前まで老舗の「古美術商」だったこともあり、両親の趣味が
書画骨董の収集。子供の頃から父に連れられ骨董店の散策に、連れていかれた。
そのうち、仏像や、茶器の真贋の眼が増していくのが自覚するようになっていた。
 家の茶室の床の間には、季節季節の骨董が並べられている生活環境にあった。
良いものを見続けると、二級品は、直に分るが、贋物の見分けは、非常に難しい。
 書画の世界には、「写し」という言葉がある。
言わば絵を描く際の模写に当たる行為です。これ自体は全く問題ありません。
特に有名人のものは、それを前提に高値で売買されている。
<ピカソも、実は、多くの画家の模写を繰り返した画家。かれの摸写が他の画家
と違う点は、ただ真似をするのではない。少し変化させたり、自己流に写しかえる
のでもない。その原画を完全に自分のものとして消化し、自分だったらこう描く
という大展開をさせてしまうところだ。> そのピカソ自ら、「その出来の悪いの
が、私の作品かも知れない」とも宣っているとか。
ピカソ 『酒場の2人の女』 も模写である。
彼の名言「凡人は模倣し、天才は盗む」は、あまりに有名。
 
 知れば知るほど、経験を積むほど、知らないこと、未経験の己の小さな壁を
しることになる。やはり挫折体験と、そこからの再生の繰返しこそ必要になる。

・・・・・・
5493,幸福に死ぬための哲学 ―池田晶子の言葉 〜��
2016年03月30日(水)
    『幸福に死ぬための哲学 ―池田晶子の言葉 ー』池田 晶子(著),
               NPO法人わたくし、つまりNobody (編集)
 池田昌子は、青少年や女性向に簡潔に哲学について、語りかけるような
文章が支持を受けた人で、生前に書かれた本は、ほぼ読んだというより、
手に取った。簡易であればあるほど内容は奥深い。この切り口は、壮年、
老年向き。次回からは、各章のテーマを取上げるが、今回は総論の紹介。
  〜アマゾンの内容紹介〜  ー死の問題は哲学の究極のテーマ。
《 悩むな、考えよ。混迷の時代を照らす、ゆるぎない言葉がここにある。
 日常の言葉で哲学の核心を伝え、「哲学エッセイ」という新たな分野を拓いた
池田晶子。累計30万部のロングセラー『14歳からの哲学』をはじめ、その著作は
没後の今なお、人生を真摯に考える読者から熱い支持を受けて読み継がれている。
本書は、池田氏の著作の中から、目まぐるしく移り変わる時代の中で、私たちが
物事を正しく考え、よりよく生きるための指針となる言葉を11のテーマ別に精選、
1冊にまとめた「言葉集」です。時を超えて変わらない真理と、人の世への
洞察にみちた池田晶子の言葉を、今こそぜひ味わってください。
 -- 〜アマゾンのレビューだが、どれも含蓄がある。‐‐
☆ 2007年に病死した池田晶子さんの文章を「死」と「生」という切り口
からまとめた本。第1章では30人の哲学者、宗教者の「死」に関する見解を
紹介し、それに対する池田さんの考えを述べている。あくまで「死」という切り
口で、これら30人の偉人たちの思想すべてがわかるわけではないが、どういう
思考様式をもった人たちだったのか、という池田さんなりの解釈がわかり、
ときおり「そういうことだったのか」と新鮮な発見をするところもある。
難解な哲学書などには歯が立たない私からすれば驚異の理解力の人である。
あと、池田さんは、世間一般では誇大妄想と避けられがちなヘーゲルを
(少なくともカントよりは)評価している、というのがチョッとした発見。
 --
そもそも、もはや語りえないことについてどう語るか、という状況において、
「1.語りえないことを考えることをやめて生活のための生産活動に戻る」
「2.何かを信じないと落ち着かないので宗教に行ってしまう」
「3.そもそも哲学的なことは考えたことが無い」
「4.しつこく考え続ける」の4パターンがさっと思いつくのだが、
大半の人(科学者も含めて)は1を選んでいるのに対し、池田さんは
最後の4を選んだ(選んでも生きていける)稀有な人なのだろうと思う。
 --
「14歳〜」で青年、「41歳からの哲学」で中年、
そのほかの本が老年などをターゲットを網羅できたので、
『もう(書かなくても)いいのではないか。』などと漏らしておられる。
―――
▼ 老いを実感し、得体の知れない不安に取りつかれようとする日々に、
 身近に置き手軽に読むに丁度よい本。「悩むな、考えよ」が人生の要諦なら、
考え続けなければならない。「考え、楽しみ、達観する」のが、老いの秘訣?
・・・・・・
4396,宇宙は何でできているのか −2
2013年03月30日(土)
             「宇宙は何でできているのか」村山 斉 (著)
  * 私たちの住む宇宙は、10の27乗.10のマイナス35乗の世界 ー2 
【 宇宙は10の27乗メートル、素粒子は10のマイナス35乗メートル。これが、
 私たちが存在する自然界の「幅」。その両端にある宇宙研究と素粒子研究の
 あいだに62桁もの「距離」がある。ところが最近、まったく関係なさそうに
 見える2つが、実は密接につながっていることがわかってきました・・】 
  これが、この本のポイント。
今回は素粒子になるが、どうも10の−35乗という世界の実感が沸いてこない。
137億光年の彼方より私を逆照射して、更に8桁小さい素粒子の世界を科学の言葉
として突きつけられたのである。それを実感じろという方が無理。
 「人間の大きさを一として、外界は137億光年の広がり、内は、その広がり
を逆算した、更に8桁も小さな素粒子。そして、宇宙と素粒子は同じようなもの? 
何なんだろう、これは?  ーまず、この辺りのポイントの箇所を抜粋ー
≪ ちなみにリンゴー個と原子-個の大きさの比は、天の川銀河と地球の大きさ
 の比と同じぐらい。天の川銀河がリンゴだとすると、地球の軌道は原子1個
程度の大きさしかない。さて、原子1個の直径は、10の−10乗メートル。
かつては、これが「この世でいちばん小さい素粒子」だと考えられていました。
しかし、やがて原子も「内部構造」があるーつまり「もっとバラバラにできる」
ことが判明します。原子の中心には「原子核」と呼ばれるものがあり、その
まわりを「電子」がくるくると回っている。先ほどの「原子の直径(10の−10M)」
とは、電子が回る軌道の直径だったわけです。そして、電子の軌道から原子核
までの距離は、決して近くありません。地球と人工衛星ぐらいの距離感を
イメージする人が多いと思いますが、原子核の直径は電子の軌道よりはるかに
小さく、10のマイナス15乗メートル。電子の軌道の10万分のーです。もちろん
ミクロの世界の話ですから、私たちの目から見ればどちらも同じようなものです
が、実際は5桁も違う。富士山の標高と地球の直径でさえ、4桁しか違いません。
原子核から見ると、電子ははるか彼方を飛び回っているのです。この原子核の
発見によって、「素粒子」のサイズは一気に小さくなりました。ところが、
話はそこで終わりません。原子核にも「陽子」や「中間子」といった内部構造
があり、その陽子や中間子も、いくつかの粒子によって形づくられているのです。 
その粒子が「クォーク」と呼ばれるもの。いまのところ、クォークこそが真の
「素粒子」だと考えられています。その大きさは、どんなに大きく見積もっても
10のマイナス19乗M。かつて「素粒子」だと思われた原子とは9桁、その真中に
ある原子核とも4桁違うのです。さらに重力と電磁気力、そしてあとで説明する
強い力と弱いカも統一すると期待されている「ひも理論」は、素粒子の大きさは
10のマイナス35乗Mだと考えられています。≫
▼ 世界は「ウロボロスの蛇」(蛇が自分の尾っぽを齧っている絵)で、
 宇宙研究と素粒子研究の二つが密接に繋がっていて原理的に同じという。 
「天の川銀河がリンゴだとすると、地球の軌道は原子1個程度の大きさ。
これが10の−10乗。素粒子は−35乗」と言われても、実感など出来ようがない。
ただ「物は事の変化の過程の有り様」という意味が少し分かるような気がする。
振り返れば過去は夢幻でしかない。いや現在もである。「実は宇宙のエネルギー
の96%が、他の宇宙からループ状の管の先から無限に注ぎ込まれている」
と言われても、「何それ?」の話になる。 まあ、面白い!
・・・・・・
5128,閑話小題 〜副操縦士の心の闇
2015年03月30日(月)
   * 副操縦士の心の闇
 世に多く存在する‘うつ病’を持つ人は、副操縦士の心の闇の一端を理解
出来るだろう。子供の頃からパイロットを夢みて、すべてを捧げてきた純粋な
青年が、その世界の過酷の実態を知り、会社と社会を恨むようになり、
それが蓄積をしていったようだ。 報道によると《 ・・元恋人は同僚の客室
乗務員で、副操縦士と昨年5カ月間交際していた。副操縦士は普段は優しかった
が、仕事の話になると急変。「給料が安い」と怒りをぶちまける一方、契約が
更新されるか、不安を見せていた。突然、元恋人に怒鳴り散らしたかと思えば、
トイレに長時間こもったりした。「墜落する!」と叫んで目覚める夜もあり、
ある時、「いつか僕は全てを変えることをしてみせる。誰もが僕の名前を知り
忘れないだろう」と語ったという。当時、元恋人は気にもとめなかったが、
墜落を知って思い出したという。元恋人は精神疾患とは薄々気づいていたが、
本人は内緒にしていた。副操縦士は格安航空会社の親会社ルフトハンザ航空
によると、長距離便の機長になることを夢見ていた。「健康の問題から自分でも
不可能と分かり、思い詰めて(故意の墜落を)してしまったのではないか」と、
元恋人は話している。》 
 重度の‘うつ病’で病院から「勤務不可」と診断書を出され、自棄になり、
機体もろ共の思いが、こういう結果になってしまった。4年前の一連で、長年の
備えをしてあり、過去の経験も含め、想定内として辛うじて大きく落込むことは
無かったが、それでも一つ判断を間違えると、重度の‘うつ病’が、口を空けて
いた。だから図書館やネットで、節目時に読むべき本を探し、貪り読むしかない。
その危なさを楽しめるまで、突詰めれば、後は、時間薬が解決してくれる。
 副操縦士にとって、操縦士としてのエリートコースから外れ、格安航空会社の
待遇が、あまりに悪く、その不満で、‘うつ病’になり、その立場さえも、維持
出来なくなれば、スチュワーデスの彼女との付合いも、結婚も失われてしまう。
 操縦士というスペシャリストが、突然、その資格を失えば、恐慌一歩手前の
欧州では、新たな就職先は皆無。あるのは失業者か、ワーカーしか残されてない。
私が彼の立場なら、燃え尽き症候群になっている。 二年前に、高校の同級生が
老舗の自営店の不振から、‘うつ病’になって、自死をしたが、他人事では
なかった。ドップリと、小さな世界に浸かると、他の世界が見えなってしまう
のも致しかたがないが・・ ホテル業を30年していた中で、2〜3年に
一度は、自殺者が出るが、当事者として、その自殺理由が警察から報告がくる。
それには、そこに至る深い理由と、闇を垣間見ることができる。 過去を振り
返ってこそいえる戯言、『生きている内が花』などの世界は、そこには皆無!
そう遠くない近未来に、うつ病より恐ろしい?「余命○ヶ月!」が待ている?
 で、偶然だが、以下へと、物語は続く! 明日が無いという恐ろしさ!
・・・・・・
5858,物語で経験する「生老病死」 −6
2017年03月30日(木)
       <老いの風景 ー物語で経験する「生老病死」〜石光勝(著) >
   △ 4S主義の応用で、旅行先を決める
  強みに帆をたて、風に従い船を勧める。これが人生にもいえる。
 4S主義をライフワークの「秘異境ツアー」に応用すると、以下のとおり。
1・スぺシャリゼーション(特化・絞りこみ) 
  = アフリカ、南米、インド大陸とか、当初は日本から見て秘異境、欧米圏
 の外側に、絞りこんできた。現在では重点を欧米圏に移行したが、もう南米、
 アフリカ、中東などは無理。
2・シンプリフィケーション(単純化)
  = 行先をシンプルなゲームとみたてる。一点豪華主義で、国内旅行と
 国内レジャーを捨て、シンプルに秘異境ツアー先の「至高体験」を目指す。
3・スタンダゼィーション(標準化)=30〜40万×2人×年2回の150万の予算
 をたて、シーズン際のエコノミーの格安を狙い目にする。10回を超える頃から、
 決行手順の標準化が出来てくる。
4・セグメンテーション(絞りこみ)
  = 趣味を‘ツアーゲーム’に集中。日常が比較的自由の装置産業の強み
 を生かし、新聞・雑誌の広告、旅行代理店から送付のパンフレットから行先を
 絞りこむ。 地球を碁盤目に見立て、行った先の狭間を埋めていく。
 思いきって行った僻地近くを狙い「線」にして、その後の三角点で面にする。
・例えばスペイン。「マドリッド・トレド・バルセロナのコース」の次は、
「南スペイン・アンダルシア」を、三点目が「北スペインの巡礼ロード」に。
・北欧だったら、「トロムソのオーロラ」と「北欧4国の旅」の次に、
「アイスランド」と。
・南米は、「ブラジルのイグアスの滝と、リオのカーニバル」の次に、
「ペルーのインカの旅」。「ベネゼーラのテーブル・マウンテン」、
そして「南米南端のチリ、アルゼンチン」と埋めていった。
―
尤もらしい理屈を並べなくとも、回数を重ねるうちに、自然と、そうなる。
一線から離れた気分気ままよりも、様ざな問題が重なっていた極限状態で、
極限の地に行けばこそ感動が大きく、至高体験になる。要約すると、何事も
<特化し、単純化し、標準化し、その時点ごとに対象を絞り込み、集中する>
 問題は、その引出しと、中味。 その為には… ?


6224,閑話小題〜 「わがままこそ最高の美徳」だと!

2018年03月29日(木)


         <「わがままこそ最高の美徳」ヘルマン ヘッセ (著)>
   * 我が道を行け!
 何処かの誰かが聞いたら卒倒しそうな内容だが、我ままの核心を如何に上手く
隠しながら、生き方として貫けるか否かに人生がかかっていると。
利己的遺伝子論は、ドーソンは遺伝子を人間的表現の利己的遺伝子と表現して
広まった説である。集団内の他者に対する「利他性」は、種の生命維持のため、
必要に迫られたものとする。その説の一部を引用して本来の自我は「わがまま」
であり、それを前提にコントロールの必要性があると飛躍した論が罷り通った。
  〜内容紹介〜
≪ ヘッセは少年時代から我が強く、親の手に余る子で、神学校の寄宿舎から脱走
 して落ちこぼれになる。しかし、ずっと詩人になる夢を諦めず、独学で大作家
になった。自分を信じて生きることの重要性を説いたエッセイと詩を集めた詩文集。
 「人生の下劣さに抗する最良の武器は、勇気と、わがままと、忍耐です。
勇気は私たちを強くし、わがままは愉しさを生み出し、忍耐は平安を生み出して
くれます」(ヘッセ) ―小さいときから我が強く、非行少年のレッテルを貼られ
ながらも、自分の好きな道を邁進し世界的な文学者になったヘッセの「わがまま」
礼賛の書。戦争や政治の季節の中でも自説を曲げなかった強靱な精神とは。
素敵な詩文集。」
  〜レビューより
「わがまま」と言えば、悪徳とさえ思われるもの(特に、日本において)なのに、
何故に「最高の美徳」なのか?ドイツ語圏でも「わがまま(Eigenshinn)」と
言えば、「普通あまりよい意味で用いられる言葉ではない」と翻訳者の岡田朝雄
も「訳者あとがき」に記している。
「個性の尊重」と日本でも言われる場合があるが、本当にそれを実現していこう
とすれば、「わがまま」「組織を大事にしなくちゃね」「世間はそんなに甘くない」
などという非難にすぐに出くわすことだろう。 日本では、「大勢順応主義」が
唯一のイデオロギーであるだけに、諸外国に比べても、「個性の尊重」に対する
圧力(もっといえば、抑圧)の度合いがいっそう深いといえるだろう。
 ヘッセは、この本の中で、「真に個性をもつ人びとは、この世でほかの人びと
よりも難儀しますが、またずっとすばらしい生活をします。彼らは群衆の保護を
受けませんが、自分自身の想像力の喜びを享受します」と言う。
 自己実現には、困難や孤独が付きまとうものらしい。 しかし、そこには、
何物にも侵されない喜びもあるのである。
ヘッセ自身、学校からの脱走、自殺未遂、心の病を体験しつつ、自己実現を成し
遂げからこそ、その喜びを語ることができたのだと考えられる。 
―
▼ 我ままといえば、子供の頃の黒柳徹子。そこで調べると、
【 彼女が通ったトモエ学園は、かつては東京・自由が丘に実在した。
 2016年5月7日付朝日新聞によると、自由教育の提唱者である手塚岸衛氏が
1928年に創立した「自由ケ丘学園」の幼稚園・小学校を、小林宗作氏が1937年に
引き継いだかたちで創設した。小林氏は音楽教育法リトミックを基盤に、子ども
の個性と自主性を尊重する教育を実践したという。
ドラマの原作となった自伝小説「窓ぎわのトットちゃん」によると、
黒柳は母の紹介で、この学校に転入した。黒柳は好奇心旺盛すぎて授業中に机の
フタの開閉を100回ぐらい繰返したり、教室の窓から大声でチンドン屋を呼んだり
したため、尋常小学校を1年で退学になったという。
トモエ学園では、本物の電車も教室に使われ、授業はめいめいが好きな科目を
選んで始めることができた。午後にはみんなで散歩という、一風変わった学校
だったが、黒柳は大好きだった。当時の自身について、「びっくりする事件を、
いくつも起こしていた」と黒柳は「窓ぎわのトットちゃん」で振り返った。
しかし、そんな事件が起きても、校長の小林氏が黒柳の両親を学校に呼び出す
ことはなかったという。かわりに小林氏は黒柳見かけると、「君は、本当は
いい子なんだよ」といつも言った。】とあった。
 ここで、<ヘッセへの治療にもかかわったといわれるユングは、
「人格が未熟の状態から完全な自己意識へと発達することは、賜物であると同時
に呪いでもあるのだ」と述べたが、ヘッセの主張とも符合する。それは二人とも
自己実現がいかに激しい二律背反を伴うものかをよく知っていたからだと言える。
だからこそ、孤独を恐れずに自分自身と向き合いつつ、日々の生活の中で、自己
実現に心を砕いていく「狂狷の徒」に対し、この本は勇気と喜びと平安を与える
ものとなるだろう。>が、ずばり核心をついている。 
 創業で自己実現を図ってきた人生に少し疑問を持っているが、その面白味と
充実感が残っている。父親の後ろ姿を、幼児の頃から見てきたから、何とか続け
てこられたようだ。結果など、二の次と… 何を選び、何を徹するか。
彼女が繰り返し語る言葉に、「他と比べない」がある。経験と知識の絶対量の
少ない三分の二の人達は、身辺の比較だけが、彼らの科学になる。それが長年
かけて自分自身を押さえつける。
 
追)以下の文章を読返し、芸術家とは、「エゴそのまま」の人間になる。
 ということは、芸術家には都会の環境が良いことになるか?それも閑静の。

・・・・・・
5127,「魂」の思想史 ー��
2015年03月29日(日)    
       〜「魂」の思想史: 近代の異端者とともに ー酒井健 (著)
  * ゴッホの魂 ーA
 ゴッホの魂は、ルター派のひとつ、カルヴァン派の職業観から生まれ出て
くる「働く神」であった。貧しかった彼は、いつも神から「退けられた者」
という劣等感にさい悩まされ、それが、そのまま、魂のエネルギーとして
絵画の中に残っている。  〜その辺りから(p27)〜
≪ ドイツ人のマルティン・ルター(1483〜1546)がカトリック権力者たちの
 信仰姿勢にプロテスト(抗議)したのが始まり。ルターによれば、信仰は、神と
信者の直接的な関係を本質としており、両者の間で唯一認められる媒介項は
聖書だけだとなります。カトリックの総本山ヴァチカンの豪華な教会装飾などは
邪道の最たる例となります。質素に信仰に励み禁欲的に労働に従事することが
称えられ、贅沢、無駄遺い、怠惰は批判されました。聞くべきはイエスの言葉。
「わたしの父は今に至るまで働いておられる。わたしも働くのである」
天上の神も地上の神イエスも労働に専念しているのだから、神に喜ばれたけれ
ば、禁欲的に働かなければいけないというわけ。こうしたルターの禁欲的労働
思想をさらに神中心に改革したのがジャン・カルヴァ(1509〜1546)でした。
人類を救済する全権は神が握っている。救われる人を神はすでに選んでいる
(「予定説」)。 では、「選ばれていること」は何によって分かるか、その証は
何なのか。カルヴァン派の人々は、自分の職業を神から与えられた天職とみなし、
それに禁欲的に励んでいられることが「選ばれていること」の証だと考えた。
こうなると、誰しも、この証を示そうと自分の仕事に真剣に従事するように
なります。同時に、職についていない人間は、神から「退けられた者」と
みなされ、蔑まれます。カルヴァン派の労働論にはもう一つ注目すべき点が
ありました。労働を個人の問題ではなく、社会への貢献・社会にいる人々への
隣人愛と捉えた点です。隣人愛といっても、神中心に考えられているわけです
から。まず神への愛があり、それから同じ社会に生きる人々への愛があるが、
端的に言えば、人類を愛する神に愛をもって応えねばならないということです。
カルヴァン派にとっても神は基本的に「働く神」でした。その神は神自身に
合わせて人間の社会を働く集団にしようと欲した。人類の幸福を願って、
そう欲した。こうした人類に寄せる神の愛に応えるべく、労働社会に役立つ
労働をしなくてはいけない。神への愛の証とて社会に役立つ仕事、社会の人々
を愛する仕事をしていなければいけないとカルヴァン派は考えていた。
(略)・・「逆境にいる人々に平和と安ぎを与える。」これがゴッホにとって、
愛するということの第一義でした。この愛に照らして神学部の受験勉強は役に
立たないと感じられたため、彼はこれに興ざめし、アムステルダムの赤線地帯
の補助説教師に、ボリナージュ炭田の見習い伝道師に、身を転じていった。≫
▼ ロンドンのナショナルギャラリーのゴッホの‘ひまわり’の前に立った時、
 その漂っている空気に立ち竦んでしまったが、その作品が、ゴッホの2千点
ある作品の中で、最高傑作のひとつだったことを最近知ったが、納得である。
ひまわりに関しては、次回に取り上げる。
・・・・・・
4021, シングルイン、31年間の総括 ー3
2012年03月29日(木)
  * 計画倒産というが
 何人かの知人に、「計画倒産?」と揶揄された。目先の資金ショートで
倒産したのではないので、言われて当然である。売上が10年で三分の一に
減少、東北大震災で四分の一が予測されれば、99%行きずまりは見えている。
それを前提に続けるべきかを考えれば、見切り千両の決断は当然のこと。  
そこで計画倒産について考えてみる。何度か、ここで書いたが、私の理解して
いる意味は、「手形決済をしている会社が倒産をする場合、仕入れ商品を増やし、
現金にして私用にまわし倒産すること」と、思っていた。 
そこで弁護士に、「計画倒産って何ですか?」と聞くと、
≪ 計画倒産と、計画的倒産は別物。 普通、倒産は資金繰りがつかなくなり
 資金ショートをして倒産する場合をいう。しかし同じ倒産でも、事前に継続
不能と察知したら、最小の混乱で済むように手はずを踏むのを「計画的倒産」
という。計画倒産と、計画的倒産は全く違う。詳しくない人は、それを混合し、
噂のネタにする・・ 計画倒産か計画的倒産かより、「良い倒産」と、
「悪い倒産」の分類を私はしています。≫ との答え。
 高利貸しなど、街の金融が入り、家族・親戚に連帯保証の受け判を押させて、
最後が自殺か夜逃げが、倒産に付きもの。幼児の頃から、何時も夜逃げ話を
聞いていた。それだけ商売の恐ろしさは知っていた。そして、身近の倒産を
つぶさにみていた。それもあり、「万一の場合、危機管理用の準備資金を用意し、
運転資金に食い込んだ時点で、会社整理を考える」と決めていた。
それが去年の1月末に一時的に使いざるを得なくなった。二年続けて2割半ば
減少していた売上が、三年目に入っても、とどまることなく続いた結果である。
そこで、色いろシュミレーションをしたところ、半年から一年内の資金ショート
が明白。会計事務所の担当に相談すると、「事務所の三割の会社が今日明日の
資金繰りに駆け回っているのが実態。現時点は下から4割レベル」という。
しかし、取引先の月末の支払いをし、退職金を、ある程度、払えるのは、
今しかない、とシュミレーションの数値は示している。 7月には地デジ化
のための客室テレビの入れ替えが予定されており、その上、ボイラーの入れ替え
予定がある。両方ともリース会社の受諾を受けていたが、事業継続が果たして
正しい判断かどうかの正念場。 その矢先に、東北大震災。30年の現事業
経験からして、更に2〜3割の売上減が予測。春恒例の催事が、ほとんど中止、
宿泊のキャンセルが続いた。その時に浮かんだのは、「一瞬早い決断は、打撃
は半分で済むが、一瞬の遅れは2倍になる。この躊躇は、差引き4倍の打撃。」
そして、閉鎖の二週間前に決断をした。これを計画倒産の範疇といえば、
答えようがない。明日で丸一年になる。これも事業の一環。
(字数の関係でカット2017年03月29日)
・・・・・・
5857,物語で経験する「生老病死」 −5
2017年03月29日(水)
       <老いの風景 ー物語で経験する「生老病死」〜石光勝(著) >
   △ 4C主義にライフワークの経験を当てはめると
・地球上をキャンバスに見立て、4C、4S主義で行先を埋めていくゲームを、
 30年かけて経験してきた。トラベルの語源のとおり日常のトラブルが短期間に
 圧縮して現れ出てくる。そのハードルを一つずつ熟すのが旅行の醍醐味であり、
 それが楽しい上質な遊びになる。この主義で51回のサイクルを熟してきた。
1・チェンジ =行先をチェンジし経験の枠を拡大する。日常からの脱皮も。
2・チャレンジ =アフリカ大陸、南米、北欧のアイスランド、シルクロード、
 などに挑んでいくが、それには息が詰まるほどの決意と決断がいる。
3・チャンス =機会の開発は情報収集から。手っ取り早いのが、添乗員と
 同行の旅行キャリアの生情報と勧誘パンフレットから始まり、それらを
 元に機会の開発を計る。
4・コンペティション =自分との戦いと、際どい旅行そのものが戦い。
  「極限までは誰でも行けるが、問題はその先」
・6年前のリタイア時も、然り。「節目を打つ」の言葉とおりに、環境の変化を
チャンスと捉えて、ランクアップした生活習慣にチャレンジ、日々を充実させ、
楽しむように努めてきたが… 
・父親からは事業に、母親からは趣味の世界に、このサイクルを熟していた
 姿を見せられていた。父が常日頃に語っていたのが、太平洋戦争と、敗戦。
 家族10人分の生きる手立てが… それは何れの家族にも言えたこととしても。
 時代の激変に挑戦し、空襲で焼出された混乱をチャンスと捉え、日々、戦い、
 働いていくしかない。その渦中に生まれたこともあって、不安心理が人生の
 ついていた。 右上がりの潮流のなかで、このサイクルを合理化して拡大して
 いったのが、戦後世代の成功者。そこには、4C主義が有効に働いた。
 これを具体的にしたのが4S主義になる。
私の経験を振りかえると、創業10〜15年で事業売却をした転進が必要だった。
バブル崩壊の潮流の変り目を事業転進のチャンスに出来なかった。
これが4C主義のサイクルから外れた結果が、現在の事態ということか。
「脱皮できない蛇は死ぬ」、いや「茹でかえる」の戯言ですか、これは。
・・・・・・
4762,私を癒したのは、許しである
2014年03月29日(土)            
  * 究極の許しとは    ーひと言でいいのですー吉川直美編より 
 キリスト教的ケースの中の、私の規範を遥かに超えた世界である。
究極の心の傷には、究極の対応がある。8人兄弟の末っ子で、親の目が
届かないところで、いつも誰かから揶揄われてきた反面、許されてもきた。
そのため、許されるのが当然という甘さがつきまとっている。しかし、
許されないことが人生には数多くある。以下の許しのプロジェクトには、
非常に教えられる。人生には色いろあったが、許し、許されているのである。
  ーまずは、そのケースよりー
《『正義は私を癒してくれなかった。私を癒したのは、許しである。
 ーデビー・モリス』 米国には、人を殺して服役している被害者と、
殺された被害者の家族が面会をする、和解のためのプロジェクトがある。
コーディネーターが間に入って、文通からはじめて、慎重に長い時間を
かけて面会に向けて双方を整えていきます。実際の記録映像を観る機会が
ありましたが、若い女性を襲って銃で撃ち殺した少年と、その女性の母と
妹が初めて顔を合わせる場面。極度に張り詰めた空気の中で挨拶が交わされ、
当然、会話もはずみません。加害者の少年は顔をあげることもできず、
緊張と恐れで体調を崩していました。観ているだけでも胃がせり上がってくる
ような重苦しさの中、家族は、「ずっとあなたに一つのことを訊ねたかった、
そのためにやってきた」と切り出します。それは、愛する者を失った日から
知りたいと願って、叶わなかったこと。警察も裁判所も答えてはくれなかった。
やはり、「なぜ殺したのか?」「娘を返して」と訴えるのでしょうか。
  母親が静かに問いかけます。
「私の娘は、最期に何かを言い残しませんでしたか? 最期の言葉を
 知りたいのです、」
  沈黙のあと、少年は泣き崩れて、言葉を絞り出します。
「あなたを許します……。あの人はそう言いました。」
「……やはりそうでしたか。娘ならそう言うと思っていました。」
「……許してください。」
ひとしきり、肩を寄せ合うように涙を流すと、亡き人の許しの宣言が憎しみ
の連鎖を断ち切ったかのように、いつしか彼らは談笑はじめていました。
最後は、少年の体調を家族のように気遣って別れました。許しは簡単では
ありません。どうやっても許せるはずのないものを容赦することなのです。
ですから、この物語を理想として押しつけることをしてはならないのです。
それでもなお、これは誰にでも起こり得る、解放の物語であると信じています。》
▼ 結局、殺された側と、殺した側の溝は広く、深い。殺される間際に、
「あなたを許します」と言うなど、深い信心がなければ言えないこと。
そう言っただろうと確信していた母親も素晴らしい。そうこうみると、人間
には、宗教が必要である。例え、幻想でも、それが深まれば、やはり人間の
魂をすくうことになる。人生には、自分の力では、どうにもならないこと
ばかり。だが、一つずつ、一人で解決しなければならない。そして、最後は
許し、許され、生きていくしかない。それにしても、すざましい事例である。


6223,閑話小題 〜佐川・喚問

2018年03月28日(水)

   * 森友学園問題と書換について…
 昨日は、午前の参院で、その後にSJでエアロ・ヨガに参加して、午後の衆院
の(財務省の文書改ざん問題をめぐる佐川宣寿・前国税庁長官の証人喚問)を
釘づけで見ていた。その後、自民党の幹事長がコメントで<安倍晋三首相を始め、
政治家がどういう関わりあいを持っていたか、一つの焦点だったと思うが、幸いに
(関わりは)なかったことが明白になった。こういうことが再び起こることのない
ように、党として十分、慎重に丁寧にやっていくことは言わずもがなで大事だ。>
とコメントを出していた。この茶番を見るにつけ、自民党の腐った体質が、国民
感情に対して、悪化するのは必定のことを知らないのか?
  〜まずはネットニュースより〜
《 森友学園の土地は過去に 大阪音楽大学が7億の土地購入を申し出て 財務省
が「安すぎる」と蹴った経緯があるにもかかわらず、日本会議関係者の共謀で
森友学園に1億円程度で安く売るために「ゴミがあった。その撤去費用が巨額だ」
などの文書を作らせて 財務省に安く売るように圧力をかけたのが 事の発端。
以後 当時の理財局長 佐川の国会答弁に合わせて 財務省で辻褄を併せるために
文書の改ざんが繰り返し行われた。しかも、 内閣人事局の人事権で 佐川は安倍
に「首に縄を付けられた状態」。虚偽答弁の恩賞で 国税庁長官になったのもその
御蔭のため。佐川をトップにした圧力のダウンで精神的に疲弊したノンキャリア
に自殺者を出すという最悪の結末。 事実上政治が人殺しをしているのに、それを
闇に葬れと言っているのが現実です。》
―
▼ 首相夫婦がつるんで、森友学園に、実質的便宜で、数億の利益を与えた。
 貰った方は逮捕され留置場に収監されているが、便宜を与えた首相夫妻は、
権力をかさに、シラを切る。首相の犯罪を、首相自らの配下が、裁けるわけが
ない。国会喚問とはいえ、所詮は、限界がある。しかし、権力の腐敗の構図が、
そのまま現れ出ていることに、権力者側が気づいていない。
〜
熊:おい寅さんよ、昨日の喚問を見たかよ。
寅:下手なドラマより遥かに面白かったよ。初めは気の毒にと思っていたが、
「刑事訴追のため、御答えは控えさせて頂きます」の連発には、ウンザリしたよ。
 それと、午前の出端の自民党の女性議員の誘導的な質問と、午後の演説風質問も、
 見え見えさ。庶民は、刑事モノドラマで、ゴマカシに、鋭いのを知らないんだ。
熊:あんな受答えで、いいのかよ? 
寅:40数回も、受答えを拒否したのに、議長は注意しない。仲間の長の喚問なら
 当然ですか。早速、野党議員が、「佐川は、自分をトカゲの尻尾になろうと
 している」と、怒りの形相で語っていたけどね。
大家:それにしても、国税局といえば、公務員社会では、エリート中のエリート、
 いくら何でも、「森友学園」への国有地売却に関する決裁文書の書換は酷い。
 誰が指示したかは、当然、安倍首相だよ。安倍。首相の立場じゃないと、指示
 できないほどの案件と、早速、元官僚上りの評論家が、語っていたが… 
八:とはいえ、憲法を変えられるのは安倍ぐらいだろうから困ったもの。
 それと、この緊迫した極東情勢の中で、サッサと、問題解決の必要があるが…
熊:でも、国税局が国家の存在を揺るがす、秘密文書の改ざんをしたのが明るみ
 に出てしまい、それが出来るのは首相の立場からの指示というからには!
大家:それにしても、奥さんがつるむと問題は深刻だよ。亭主をバカにする動物
 だからな。小沢一郎も、隠し子の発覚で奥さんに逃げられてから意気消沈した
 ままだよ。政治家など激務だろう。それが安心して休まる家が無くなると、
 魂が抜けたようになる典型だね。安倍ちゃんも、辛いところだが踏ん張りどこ。
寅:聞いているだけでも辛いね。俺は俺で良かったよ。絶対に政治家など嫌だね。
 それと、佐川の自殺が心配だね。それと口封じも。誰が、それを最も望むか?
熊:おいおい、その位にしておきなよ。で、如何なるの?
八:この問題、改ざん問題が加わってしまったのだから、この延長は難しいさ。
 麻生の首で手打ちが、順当か、安倍の引退かだが… そう遠くないうちに、
 思いもよらない事態が生じる? 私にも分からないけどね。
 
政治家は消耗品というけど… 光り輝くだけのエネルギーが残っているか?

・・・・・・
4394, 私たちの住む宇宙は、10の27乗・10の−35乗の世界 ー1
2013年03月28日(木)
           「宇宙は何でできているのか」村山 斉 (著)
  * 私たちの住む宇宙は、10の27乗・10の−35乗の世界 ー1
 村山斉の「宇宙は本当にひとつなのか」が非常に刺激的で、去年読んだ
本ではベスト。「現在、宇宙論はコペルニクス以来の大転換期にある」と素人
に分かり易く書いてあった。「我われの住む宇宙の他に10の500乗の宇宙が
存在している」というから、驚きである。この「宇宙は何でできているのか」
は、その10ヶ月前に発行されたもの。比べてみると、新著が宇宙論入門書で、
これは素粒子論が主とした内容。素粒子を突き詰めると宇宙と同じというから・・  
  =まずアマゾンのー内容紹介ーより=
≪ 全ての星と原子を足しても宇宙全体の重さのほんの4%。で残り96%は
何なのか?物質を作る最小単位の粒子である素粒子。誕生直後の宇宙は、素粒子
が原子にならない状態でバラバラに飛び交う、高温高圧の火の玉だった。だから、
素粒子の種類や素粒子に働く力の法則が分かれば宇宙の成り立ちが分かるし、
逆に、宇宙の現象を観測することで素粒子の謎も明らかになる。
本書は、素粒子物理学の基本中の基本をやさしくかみくだきながら、
「宇宙はどう始まったのか」「私たちはなぜ存在するのか」
「宇宙はこれからどうなるのか」という人類永遠の疑問に挑む、
限りなく小さくて大きな物語。≫  ーキーポイントの部分の抜粋ー
【この本のテーマは『素粒子物理学で解く宇宙の謎』。なぜ素粒子と宇宙が
 関係あるのか? 最も大きいのが137億光年の宇宙で、最も小さいのが素粒子・・  
たとえば、リンゴは直径約0.1m。人間の身長は、桁がーつ上がって1〜2m程度。
ビルやマンションはもう1桁上がって、数十mの高さ。東京タワーは333m、
建設中の東京スカイツリーは634mにです。それぞれおよそ「3×、10の二乗m」
「6×、10の二乗m」。高い富士山(3776m)、「10の三乗」という桁数。
では、富士山が載っている地球の直径は約1万2千キロmですから、メートルに
直すと桁数は「10の7乗」。富士山の1万倍。その地球が太陽のまわりを公転
する軌道の大きさは、富士山の1万倍のさらに1万倍(10の11乗m)のオーダー。
でも、それは宇宙全体から見ればほんの小さな点のようなもの。太陽系は
「天の川銀河」の片隅にありますが、この銀河は地球の軌道の約10億倍の大きさ
(10の20乗m)。さらに天の川銀河はほかの銀河系と一緒に「銀河団」を形成して
おり、その銀河団は天の川銀河の1000倍程度の規模(10の23乗mのオーダ)。
もちろん宇宙には、そういう銀河団がほかにもたくさんあります。それらを
すべてひっくるめたのが、宇宙です。そして、私たちがいま実際に観測できる
宇宙のサイズは、1つの銀河団のさらに1万倍(10の27乗)。こうなると
「兆(10の12乗)」や「京(10の16乗)」とといった単位では表せないので
「10のX乗」という表現が必要になります。これがまさに、いわゆる
「天文学的な数字」のスケールなのです。】
▼ 最も小さな素粒子については次回するが、我われのすむ宇宙は、極大と
 極少合わせ10の62乗の世界。しかし、この他に宇宙が10の500乗もある
可能性がある。世界観が変わったとかいう問題でなく、宇宙観が変わってしまう。。
他の宇宙から、我われの住む宇宙にループ状になってつながって暗黒エネルギー
を供給しているという。これを読むと、人生、社会、人間がつくり上げた神、
正義、愛、価値とかは、虚無の彼方の中に消えてしまいそうになる。
それなら日々を味わいつくし、楽しめば良い。少なくとも、何時の間に
刷り込まれたバイアスに縛られないこと。 −つづく
・・・・・・
4020, 事業生活39年の、独り語り ー6
2012年03月28日(水)
 初めての千城台ビルの建設中に石油ショックが起きてしまった。
そのビル前の数百世帯の建設予定だったマンション建設が急遽、
 中止になってしまった。 その世帯群を当てにしていたため、テナントの
問い合わせはゼロ。 完成した時には、最悪低迷の状態。 この時、つくづく
時代の激変の恐ろしさを痛感した。その最悪の出発の中で、テナントとして
商売を当て、ビルそのものを活性化しなければならない。父親の死の問題も
あって、この時は必勝が絶対条件の土壇場であった。衣料スーパーは立地的
にみて商圏が狭すぎ現実的でない。考え抜いたのが当時、破竹の勢いで店舗
展開していた養老の滝のFC。その暖簾なら客を確実に呼び寄せると直感。 
そして、ビルの完成と同時に養老の滝のオープン。その1ヶ月後の結婚と、
慌しい日々が続いていった。連日、朝の7時から23時までの激務である。
≪ ー 養老の瀧1122号店、店長の日々 ー H・0907
 両親の創業を幼児の時みていて、その厳しさを知っていたつもりだったが、
自分がその立場に立ってみて、その認識の甘さを思い知った。千葉の新興住宅地
(五万人)の十字路に“貸ビルの建築”“養老の瀧オ−プン”“結婚”という
人生の初体験を同時に始めた。丁度石油ショックにより高度成長期が弾け、
ビルの前の数千世帯のマンション計画が中止となり、最悪の出発となった。
そしてオ−プン...!完全にパニック状態!オ−プン人気も含めお客の列!
しかし、全くの素人である。ビル建築等、他に諸々が重なり、地獄のような
日になってしまった。 当初の、2〜3ヶ月は朝8時より夜半の1時までの
激務であった。指導員と私とアシスタントの3人の激しい日々であった。
“勤め人”と自営業の立場の大転換がその時おこった。それまでは8時間
プラス2〜3時間、という立場が、‘24時間(休んでいても仕事のうち)
仕事’という立場になった。サラリ−マンが事業をおこし大部分が失敗する
のは前者より脱皮できない為である。大手ス−パ−の創業期に入社、異常に
近い厳しい世界に3年近くいたが・・ その厳しさが全く違う。はじめの
数ヶ月は、今日辞めるか明日辞めるかという位、厳しいものであった。
あの空ビルをテナントで埋めなければ、私の立場が無くなる!という前提が
あった為乗り越えられたと思うが。でも不思議なもので、真っ正面より立ち
向かっていると、いつの間にか辛さが辛さでなくなってくる、適応能力が
自然についてくるのだ。ヤクザ、土方、得体の知れない人間に“気違い水=酒”
を飲ませているのだ。それと兎にも角にも全くの無警察状態に近いのだ。
そこで自分で店を衛らなくてはならない。酒を飲んだ人間の本当の恐ろしさ
をそれまで、ほとんど知らなかったためだろう、命が幾つあっても足らない事件
が月に一度はおきた。恐怖の中で1人トイレの中で(他人にはわからないよう)
震えた事があった。そこで、大きく唸った。 そしてお客に対処したところ
腹が据わったのだろう、お客が逆に竦んでしまった。“これだ!”と直感した。
また店の従業員に前もって、うち合せをしておき、お客に怒鳴る変わりに
従業員を怒鳴りつけ竦ませたり、土壇場に立つと知恵がついてくる。
フランチャイズのシステムは今でも素晴らしいものであった。標準化、単純化、
マニュアル化がきっちりできあがっていた。創業時の勉強という点、
このシステムは自らに非常に有効に働いたと振り返って思えるようになった。 
 創業は辛い!  1973.11.07〜   ≫
▼ 計画も、それが完成をした時に、時代が全く変わってしまう経験を創業の
 出だしに経験することになった。現在からみると、良い経験だが、実際に窮地
に立つと、思わぬ力と知恵が湧いてくるもの。必死に問題の中心にエネルギー
を集中していると、思わぬところからチャンスが転がり込んでくるもの。
・・・・・・
4761,ぼんやり時間をしてますか?
2014年03月28日(金)
         ーひと言でいいのですー吉川直美編 より
   * ぼんやり時間
 これを読んで気づいたことが、3年前からのリタイアで「ぼんやり時間」が
少なかったこと。当時、心配したのが、心の空白からくるウツ症である。
それも初老性ウツを、周辺で何人か見ている。そこで、無為の時間を最小にする
ことを第一にすること。そのために、早朝から、寝るまでミニ・サイクリングと、
スポーツジム通いで運動をすること。そして、ブログ作成、ネット・サーフィン、
TVの連続ドラマと、週一の映画館通いなどを組込んで置くことで、まずは
3年間を乗越えることにし、合間に、寝室、書斎で空白を置くことにした。 
 それが私の「ぼんやり時間」。 〜その箇所から〜
《「ぼんやりしているのは人間にとって非常に大切な貴い時間である。
 単に漠然と貴いと言っている訳ではなく、この間に、本人はどの程度意識
しているか分からないが、必す貯えられているものがある。」〜串田孫一より
  一日の予定が、朝から晩まで有意義な計画で埋め尽くされてはいませんか。
スケジュール帳に有益な予定が 隙間なく詰まっていないと、人生を無駄に
しているようでそわそわしませんか。白紙の部分は無益な時間ではなく、自由
な発想が与えられ、想像力が羽を伸ばすぼんやり時間、たましいの息継ぎ時間。
 箸休めがあってこそ濃厚な時間も引き立つのです。 お気に入りのカフェで
コーヒーを味わう。風に流れる雲をなんとはなしに目で追いかける。公園の
ベンチに座って子どもたちの遊ぶ声に包まれる。仕事の合間にふと手を止めて、
雨の音に耳を澄ます。そんな無為な時に、ゆらりと身を任せてみましょうか。》
▼ この30数年間、何事も「遊び、仕事、学び」と、分けて、重なりの合間
 に余白時間を入れてきた。それが瞑想だったり、独りボ〜と物思いにふける
時間だったり、散歩だったり。ここで気づいたのは、ご隠居の現在、ボ〜と
する時間を、より多く持つこと。ポタリングをしていると、信濃川の土手で、
ぼんやりベンチにいる人を見かける。散歩の休憩か、ぼんやりが目的なのか? 
「ぼんやり」を検索したところ ーぼんやり時間 辰濃和男著ーがあった。
今日にでも図書館で探してみるが、面白そう 欧州では夏場など、避暑地で、
何をするでなく浜辺で無為の時間を過ごすのが最高のレジャー。
生活圏から離れ、綺麗な空気の中で「ぼんやりする時間」が最高の時間と
すると、早朝のポタリングと、午前中の三時間近い書斎でのフリータイムが
私の「ぼんやり時間」? 違う!これな日常の範疇!
・・・・・・
5856,物語で経験する「生老病死」 −4
2017年03月28日(火)
       <老いの風景 ー物語で経験する「生老病死」〜石光勝(著) >
   * 経験を合理化にするに
 学生時代、書店で手にした月刊誌で知った、ダイエー、西友、ヨーカ堂など
新興スーパーチェーンの存在。暗黒の大陸と言われた流通業の合理化を提唱し、
一時期、流通業界のカリスマだったコンサルタントの渥美俊一が存在していた。
そこで武澤ゼミの卒論のテーマに『流通革命』をテーマにした拙い卒論を書いた。 
チェーンストアの流通革命理念の行動規範が「4C主義」と「4S主義」である。
  ◇4C主義とは
 1・チェンジ     … 変化(とにかく変化しろ)
 2・チャレンジ    … 挑戦(改革・改善に挑み続けろ)
 3・チャンス     … 機会の開発(チャンスを求め動き回れ)
 4・コンペティション … 戦い(常に戦いを挑め)
その為には、「的を専門化、単純化、標準化しろ」という経験則を掲げていた。
 マクドナルドは、ハンバーグを絞り込み世界を市場にしていった。
その後のユニクロは、マクドナルドのハンバーガーをベンチマークをし、的を
生活着にかえ、世界に躍り出ていった。その為に「4S主義」に徹していった。
  ◇4S主義とは、
1・スペシャリゼーション  ・・専門化
2・シンプリフィケーション ・・単純化
3・スタンダーディゼーション・・標準化
4・セグメンテーション   ・・限定化
これに一番主義と集中主義を長年かけて継続すれば事業拡大と成長は
間違いないという。この本に感化されて早や50年になるが… 右上がりの
高度成長期にはベストで、販売手段の合理化の提唱であった。
これは人生にも応用可能。合理的なキャリアを自身に組込むに絶好の主義。
 私のライフワーク「秘異境ツアー」をケース・スタディにすると…
                        〜次回に続く
・・・・・・
5126,閑話小題 ー 大塚家具の顛末
2015年03月28日(土)
   * 大塚家具の顛末
 父娘の経営権をめぐっての争い、娘側が勝ったが、当然の成り行き。
百貨店的経営モデルか、専門量販大店モデルか、の経営方針の違いによる
仲違いに親子の情実が絡んだようだが、情報化社会は父親の経営モデルを
良しとしない。リア王に、何か重なって見えるのは私だけではないだろう。
専門大店への切替となると、会長・子飼いの社員の大部分がヘドロとして、
処分されるが、これを良しとしない彼らが会長と組んで生残りを図ったとも
考えられる。しかし出資者からみたら、娘サイドを支持するのは当然のこと。
この結果、アメリカのファンドが大儲けをしたというが。それにしても、
会長の老醜、見苦しい! 老兵は黙って去るべし。それは、このブログにも
いえる事。ただ沈黙を守っていれば良いものを、恥かしげもなく、ったく!
   * 旅客機乗の道連れ自殺
 ドイツのエアバス機墜落で、検察当局は、《同機を故意に墜落させた
副操縦士の自宅で押収した書類に「勤務不可能」とする内容が見つかった》
と報じた。数年前に、燃えつき症候群の傾向があったというが・・ 
これで、当分、機長と副機長、トイレに気楽に行けなくなった?
これは道連れ自殺というより、149人を巻きこんだ虐殺? 消息不明の
マレーシア航空でも意図的な事故であることを示す証拠があり、このような
事故はここ1年5カ月で3件となり、死者は416人に上る、という。
これだけは、実際のところ防止は無理。当初、このニュースを聞いた時、
<テロリストによる操縦士の家族を人質にとったテロの強要の可能性がある>
とみたが、乗員にも同じ宗教の人も混じっているため、それは無いか。


6222,閑話小題 −よみがえる100年前の世界ー

2018年03月27日(火)

 

* アルベール・カーン コレクション
       −よみがえる100年前の世界ー
 ネットサーフィンで、たまたま面白い本に行き当たった。
100年前から発信された、あの世からの写真のようである。
 20世紀初頭の頃、フランスの大富豪アルベール・カーンは、好奇心旺盛な
野心家。彼は私財を投じて、当時の最新カラー写真技術を携えたカメラマンを
世界中に派遣、時にはみずからも同行した。彼の夢は、20世紀初頭のありのまま
の世界を記録し、地球映像資料館を造ること。趣味の良い散財である。
 ここでは、現在アルベール・カーン博物館が所蔵するカラー写真72,000点の
中からとくに選りすぐりを紹介している。そこで、どんな写真か好奇心が沸いて
きたので、検索をかけると、現在では失われてしまった異世界の生々しい写真
が現われ出てきた。現時点からみれば、全くの素人の写真家と、その被写体の
人物の視線の純粋、無垢な心そのままが、時空を超えて直に伝わってくる感覚
になる。

  〜アマゾンの内容紹介から〜
≪ 20世紀初頭の世界を、初めてカラーでとらえた写真集。
  同時期の40か国以上、387点をオールカラーで一挙公開。

「魅力的で鮮烈な最初期のカラー写真による祝祭」 ― ガーディアン紙
「まるで打ちのめされるような強烈なイメージ」  ― Time Out誌
「計り知れないほどの贅沢さ」          ―「テレグラフ」紙

NHK-BS「世界のドキュメンタリー」で放送されたシリーズ
「奇跡の映像 よみがえる100年前の世界」でも大好評。
「The Wonderful World of Albert Kahn」の邦訳版に、
日本の章を特別に収録したオリジナル版。≫

 カーンの地球映像資料館は第一次世界大戦やオスマントルコの崩壊など、史実
を記録した点で高く評価され、記録にとどまらない。カメラマンは全世界に散り、
その国の伝統的生活・文化を記録してある。中には東洋、日本の風景もある。 
カーン自身、日本に惹かれて3回も来日している。フランスの彼の邸宅には
日本庭園も造られました。≫

―
▼ 年齢のためか、100年前の、それぞれの人物の視線は、現在の私に
<私はあなたと同じように100年前に存在し生きていました。その私そのままが、
今見ている貴方ですよ!」と、語りかけてくる奇妙な感覚>と思わせるような。
 ここにはカラー写真も多くある。モノクロ写真では「失われた過去」として
郷愁を誘うが現実感が少ない。カラー写真はその美しさで眼前に迫ってくる。
成るほど、世界は広く、深く、現世だけでなく、過去世を背負っている。
せっかく貰った現世に閉じこめられし者の悲しみの視線か、生の喜びの視線か?

・・・・・・
5855,閑話小題 〜 大相撲・今場所が面白い

2017年03月27日(月)

   * 大相撲が面白い
 八百長事件や賭博事件で人気が地に落ちていた大相撲が面白くなっている。
TVの大型化と鮮明化に加え、ガチンコ勝負の徹底で迫力が圧倒的に増している。
モンゴル人の上位制圧に対抗するため、「腕白相撲」からの英才化で、日本力士
がモンゴルと互角近くになってきているが。逆に中卒からの叩き上げの日本人
力士は、稀勢の里、�皸臓∪藺紊旅颪覆�7〜8人しか存在しなくなった。
とはいえ、有望なのがモンゴル人にも多いのも事実。
 この19年、日本人横綱は出なかったが、先場所、稀勢の里が優勝をして横綱に
なった上、今場所も何とか連続優勝をした。まさか奇跡はないと思っていたが。
 数百年、数千年、モンゴルの草原で羊の乳と肉で育ったのと、狭い山間の農地
で育だった日本人とは土台、骨格が違う。おまけに、相撲の由来がモンゴル相撲
であるとすれば… さもありなん。
 10歳半ばの少年期に高校留学で単身、モンゴルから外国の地にやってくるのと、
親がかりの腕白相撲上りとは、ハングリーの根の深さが違う。とはいえ、モンゴル
に幕内上位を占拠され、優勝がかかれば、稀勢の里のように同国人の援護射撃で
土俵下に叩き落とされる。 海外に大相撲を解放したのが良かったかどうか? 
 柔道同様、衛星中継の時代、開放して正解。相撲は立合いの一瞬で勝負が
つく、体重無差別の大型小型が争う異様な格闘技。面白いといえば面白い!
 若手の日本人の期待組は、・高安・正代・御嶽海・北勝富士・貴景勝・石浦
・小柳や、幕下以下に面白そうなのが多くいるが、問題は大怪我。

・・・・・・
5490,閑話小題 〜移民で行き詰る欧州
2016年03月27日(日)
 ベルギーのテロ。もっと大きな規模だったのでは? と報じられている。
パリの二つのテロと、このテロが一連のテロとして繋がっているが、何処で、
何が起こっても不思議でない様相になっている。 自殺願望の人が、どうせ
死ぬならと、勝手にISに入ったふりをして、テロを起こす可能性もある。
 何か世界的に、いやな空気が覆ってきている。IS支配地区では、世界中の
国が、彼らを殲滅しようと、彼らからすれば、虐殺がおこなわれている。
 昨日借りてきた月刊誌の『新潮45〜1月号』の特集、
〜イスラム系移民で行き詰る欧州〜 が、ずばり問題の核心をついている。  
   ーその一部を抜粋ー
≪ ドイツ政府が難民・移民の受入れに前向きだったのは、人口減社会への
対策という将来的な計算もあった。それは人口減に悩む日本にとっても他人事
ではない。だが、西欧のイスラム教徒を取材した経験から言って、私には移民
や難民を単に「労働力」と見るのは、もはや無意味であるように思われる。
イスラム教徒を西欧キリスト教社会にうまく融合できない限り、彼らは社会の
異分子であり続けるからだ。 現在、EU人口五億人のうちイスラム人口は
約二千万人を占める。同時テロ事件があったフランスはもちろん、ドイツ、
英国でもイスラム教徒は別世界を構成し、容易に白人社会に融合しない。
人道上の観点から、移民受け入れに熱心な北欧諸国では、ソマリア人たちが
都市部にゲットーを作ってしまった。今の欧州には、イスラム教徒を巧みに
取り込んでいる「モデル」は存在しない。
 それどころか、イスラム教徒たちには、経済格差に加えて、白人社会の目に
見えない「壁」が厳然と立ちはだかる。知人の三十代の男性アラブ系フランス
人は、「求人広告を見て電話すると、名前を告げた途端に、だめですね。
『もう決まってしまった』と言われますよ。時には名乗る前に拒絶される。
声の様子で移民出身だと分かるから」と言う。表には出ない就職差別だ。
 アバウドが逃げ込んだパリ郊外のサンドニは失業率が公式統計で18%、
貧困率が27%で、それぞれ全国平均の約二倍だ。ベルギーも事情は同じ。
モロッコやアルジェリア、チュニジアのマグレブ三国からの移民やその
子孫の就労率は44%で、全国平均の76%を大きく下回る。こうした環境で、
イスラム教徒の若者は疎外感を募らせる。イスラム過激派対策に詳しい
フランス人の危機管理コンサルタントに
・「彼らはなぜ過激思想に走るのか」と聞いた時、彼の答えは明快だった。、
・「心に穴が開いているからです。ぽっかりとね」。ローランはシリアや
イラクに何度も渡航し、過激派に走る若者と接触してきた。さらに、
・「欧州経済はお先真っ暗で、若者は将来を描くことができない。自由だけを
与えられ、彼らは何をしていいか分からない。コーランは何をすべきか、何が
禁じられているかを明確に示してくれる。イスラム教を理解していなくても、
過激派仲間と一緒に戦反意識を分かち合うことに生きがいを感じるのです」。
 欧州に到来した百万人以上の難民は、相当長期にわたって難民キャンプ
で暮らさなければならない。難民申請が認められた後も、以前より敵対的な
キリスト教社会に溶け込むという障害が待ち受けている。彼らが、現在の
イスラム教移民社会よりもうまく融合できるという保証は、今のところ
どこにもない。〜 ≫
▼ 5億の人口に2千万人のイスラム難民とすると、日本に 五百万人の
 イスラム難民が存在することになる。考えただけでも、いや日本では、
考えられないことである。 中国人が観光ビザで入国して、そのまま滞在
している人が案外、多いのでは?いつの間にか、実は数十万も? は、
ないと思うがどうだろう? 砂漠の民用につくられたイスラム教徒が、
女・子供・奴隷などの弱者用につくられたキリスト教圏の欧州に、馴染める
わけがない。だから、目立たないように、生活圏を分けている。そこに、
当然、摩擦が起こり、その鬱憤が見えない戦争、テロになっていく。

・・・・・・
5125,洞窟の壁画 
2015年03月27日(金)
  * フランス、ラスコー洞窟の洞窟画
 8年前に購入した写真集、『世界のスピリチュアル・スポット』を
見ていたところ、「ラスコーの洞窟画」があった。以下は、そこに
書かれている説明文である。そこで、ネット検索をしたが、その規模の
大きさと、絵画の躍動感に改めて驚いた。面白半分の落書程度と思って
いたが、現代の画家も驚くほど、高度の技術を持った本格的な壁画・・
≪1940年、フランスのドルドーニュ県で、ヴェゼル渓谷の土手を探索して
いた4人の少年が迷子の犬を探していたときに木の下に穴があるのを見つけた。
そしてそれがきっかけとなり、地元の住人すら存在を知らなかった洞窟が
発見された。洞窟の中には約17.000年前、数世代にわたって創作された、馬、
野牛、鹿などの彩画、線刻画が保存されていた。はるか昔に衰退してしまった
文明で、ある特定の物事がなぜ行われたかを正確に知るのは困難である。
 だが、この洞窟が気軽な落書きの場でなかったことは明らかだった。
科学者で探検者でもあり、「先史学の父」と呼ばれたブルイユ神父は、道具や
ランプは散乱しているものの、人間が住んだ形跡がないことを指摘した。
この洞窟は何か特別な目的、おそらくは神聖な目的に限って使用された場所に
違いなかった。惰報が十分でないがゆえに、こうした場所がどういうかたちで
神聖だったのかについては、さまざまに議論を呼ぶものである。文書のかたち
でも口承ででも歴史が残されていないため、それぞれの主張を裏づけるものが
ないからだ。これらの壁画は狩猟の成果を表現したものと主張する説があれば、
猟の成功を祈願する共感呪術か、大地の「子宮」の内部で豊穣を願うシャー・
マンの儀式だったという主張もある。芸術的な内容から見るなら、壁画を描いた
人々の技術はそうした文脈を表現する上で大いに貢献した。彼らは洞窟内部の
凹凸を最大限に利用して多くの動物に立体感を与えることに成功し、なかには
高い天井を駆ける動物すらいた。画家たちの観察は正確である。彼らは対象を
熱知し、動きやカ、速さを表現することに多大な努力を払った。壁画は、
それを描いた人々にとって、単に目を楽しませるもの以上の重大な意味が
あった。これは、日常とは異なったレベルの意識領域に属す絵なのである。≫
▼「地下に長く伸びる洞窟は枝分かれし、壁画が集中している大空間などが幾つ
 かあって、洞窟の側面と天井面には、数百の馬・山羊・羊・野牛・鹿 ・人間
・幾何学模様の彩画、刻線画、顔料を吹き付けて刻印してあった」という。
それも、数世紀にわたり描かれたというから、呪術のひとつだったのだろう。
最古の洞窟壁画は、20年前に発見されたショーヴェ洞窟絵で3万2千年前のもの。
古代人の魂そのもの。世界は広く深いわりには、現代人は、あまりに底が浅い! 
・・・・・・
4760,そんなに長生きしたいですか ー8
2014年03月27日(木)
       『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部 羊著
  * 死に時を忘れた日本人が多過ぎる!
ここでは「ある年齢以上の人には病院へ行かないという選択肢がある」
ことを提案している。
寝たきり時間が、男性6・1歳、女性7・6歳もある。問題は、不自然な形で、
生かしておくこと。それなら、ある年齢になったら病院に行かないこと。 
                   ーその辺からー
《 病院へ行かないことの利点として、
 ・第一に、濃厚医療による不自然な死を避けられること。
 ・第二に、つらい検査や治療を受けなくてすむこと。
 ・第三に、よけいな病気を見つけられる心配がないこと。
 ・第四に、時間が無駄にならない。第五に、お金が無駄にならない。
 ・そして最後に、精神的な負担が減るということを挙げられる。
誰もが死ぬことと、苦痛に対して恐怖を覚え、自然の寿命を受け入れられない。
多くの人が苦しい最期、過重な介護、膨大な医療費を背負い、
そちらの方が死よりも苦しい余生になる。》
 ナンシー・ウッド著『今日は死ぬのにもってこいの日』引用の
「タオス・ペブロの古老の言葉」(ネイティブ・アメリカンの詩)がよい!
 今日は死ぬのにもってこいの日だ。
 生きているものすべてが、私と呼吸を合わせている。
 すべての声が、わたしの中で合唱している。
 すべての美が、わたしの目の中で休もうとしてやって来た。
 あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。
 今日は死ぬのにもってこいの日だ。
 わたしの土地は、わたしを静かに取り巻いている。
 わたしの畑は、もう耕されることはない。
 わたしの家は、笑い声に満ちている。
▼「自然体で、死時がきたら、受け入れなさい。介護9〜14年、寝たきり
 6〜7年半で長生きするより、病気を受け入れ、放って、早そう死んだ方が
良い!」というのも道理で、老人ホーム医の言葉だから重く響いてくる。
「ある年齢」とは、各自違うのだろうが、還暦から古希の間だろう。私は医者
に一切行かなくなったのが4年前の64歳。私の死に時を75歳にしているが、
どうだろう? 今の酒量では無理? もう充分生きた気がする。
 最近、ー私は、生きていることが好きなんだ!ーの言葉が、心に焼き付いた。 
今の私の心境である。生きてきて、実感で、良いこと二つに嫌なこと一つ
だったが、歳をとるにつれ、その比率が近づいて現在は半々。
これからは逆転し、最後は嫌なことが多くなるのだろう。 
それでも「生きることが好き!」と、思いたいもの。
・・・・・・
4393,閑話小題 −つれづれに
2013年03月27日(水)
 * 先週から早朝の信濃川一周のポタリングを始めたが、ほとんど
散歩する姿はないのは寒いためだろう。分厚い手袋と耳あてをし何とか寒さ
を凌いでいるが、日々暖かくなっている。慣れてしまえば最上の習慣である。
毎日15キロ、一年200日として合計三千キロ。三年間で9千キロ走ったこと
になるが、自転車はボロボロになって当然。リチウム電池は、当初一回の充電
で二日持ったが、劣化で一日が限度。この買換えは一年後の予定?だが、
持つかどうか。あと一年で4年で一万二千キロ、地球の4分の1周を走った
ことになるのだから良しとするか。ギリギリ使うつもりだが・・
 * 一昨日、カラスの交尾をみた。ポタリングの何時ものコースの通りの
脇の花壇にいたカラスに、小さなカラスが舞い降りてきて尾っぽを向けて羽根
をそば立てて小さくうずくまった。そこにオスが・・ メスからの求愛である。
これで春の訪れを知るとは・・・
 * 久々にグーグルアースを覗いたが、面白くなっていた。アフリカ大陸に
グーグルアースの地球儀を回転すると、画面の下に各地のツアーガイドの写真が
10ほど出てくる。それをクリックすると、そこに焦点が合わされ拡大していく。
YouTubeの右に関連の録画の画面が出てくるのと同じ。これで更に使いやすく
なった。 また以前より写真とHPなどの貼り付けが多くなっていた。スマート
フォンなどの普及でタッチで気楽に使えるように進化していた、ということ。
改めて自分の生活の中でiPadが与えたインパクトの大きさに驚いている。
マイクロソフト、グーグル、マック、アマゾンなどが世界に与えた変化は、
あまりにも大きい。
 * 数日前に朝日新聞の一面のトップに腰痛の話題が出ていた。
こういう話題を一面トップで扱ったのは、あまりなかった。ところが一昨日、
一時帰宅した長男が腰痛になって医者に行ったところヘルニアと診断され
コルセットを付けて帰ってきた。私は半世紀も腰痛に悩まされてきた。
しかし医者にかかった事が一度もない。全てホッカイロで治してきた。
時間が解決するのを経験が教えてくれた。5年に一度は、ひと月ぐらいは
酷い痛みになるが、ある時期が過ぎると直る。この4年間は重い腰痛はない。
スポーツセンターに通って二年、エアロやヨガなどで足腰を鍛えているが、
季節の変わり目は鈍痛になる。50,60歳代の4割は腰痛に悩まされる
というが、人類永遠の課題の一つ、割り切るしかない。 
・・・・・・・
4019, シングルイン、31年間の総括 ー2
2012年03月27日(火)
 ホテルは典型的な装置産業で、資金を土地と鉄とコンクルートに固めて
しまうと、30年は維持しなければならない。その間に経営環境は激しく変化
するが、客室という単品を毎日売り続ける「あきない」である。立ち上げは
華々しく面白いが、その後の時代変化に対応するに、ダメ元の覚悟がなければ、
やれる事業でない。最初の千城台ビル建設で父から学んだことは、「ビルは
長期スパンの生きもの! ツブシがきく前提で設計すべき」ということ。
具体的には、骨組みを太くして、可能な限り柱を入れないこと。構造上、
難しい場合は柱を壁面に可能な限りよせること。それに、設計事務所の方針の
「ビルは、神からのさずけもの。自分だけの使いかってで造ってはならない」
が重なったビル設計になった。それと平面図に魂を入れること。
千城台ビルと長岡の場合、夢に、その平面が出てきて、3Dのような可視化
するまでになっていた。要は、万人に通じる魂を入れること。だから、
売りに出すと即売になって当然である。買い手の全部が、ホテルか建設関係者。 
それが分かるのだろう。この事業を始めるにあたって会社には家族や親戚は
一切入れず、保証人にしないことも前提条件にした。また初期投資二億全てを
失っても、後悔はしないこと。これは何度も自分に言い聞かせた。現在、
平然としていられるのは、その覚悟の上で始めたため。妻子を会社に入れ、
連帯保証を押させ、子供に家庭があれば、家族崩壊。それと職住を分けること。
また取引先に迷惑をかけないよう債権額を最小にするのは、後に恨みを残さない
ため。 倒産は、長年、一緒に苦労を重ねてきた社員と、その家族にも多大な
迷惑をかけてしまい後にひく。倒産の翌日、従業員を一同に集め解雇を
言いわたした時に、思わず涙が吹き出てきた。この人たちは明日から失業者。 
その思いが、言葉でなく、涙になってしまった。取引先に支払う分、最後まで
残って残務整理をしてくれた社員に回すべきだったのか?これで良かったのか? 
自問自答が続く。 正解はあるはずがないが・・ 倒産の虐めの一つに、計画
倒産疑惑の流布がある。銀行は、それを許すほど甘くないのを知って知らずか。 
私にとっては褒め言葉にしか聞こえないが。  


6221,閑話小題 〜 つれづれに春

2018年03月26日(月)

   * 年齢もあるが、気持ちは…
 大相撲も、千秋楽を待たずに鶴竜が優勝をした。予想外だったが、終わって
みればこんなもの。ファンの立場からいえば『白鵬が居なくとも、充実した場所』
というのが収穫だ。
『平成シゴロ(4・5・6年生まれ)』と勝手に命名したが、この辺りに有望な力士
が多い。他に思いついたのが、『平成のコロ(5・6)組』も。
その顔触れが幕内前半に出揃い始め、新旧入替りの時節になってきたようだ。
 それに焦った昭和モンゴル組が、起こした事件が、『貴ノ岩、殴打事件』。
コロ(5・6)チャン組に、いやに明かるい力士が多いと感じるのは若さのせいか。
天皇の御退位で年号が変わると、昭和生まれは、ますます肩身が狭くなりそう。
『花のサンパチ組』は、昭和38年生まれの力士らを指す。
  双羽黒光司(第60代横綱)
  北勝海信芳(第61代横綱、現在の年寄八角)
  小錦八十吉(現在はタレント)
  寺尾常史(現在の年寄錣山)
  琴ヶ梅剛史(現在は相撲料理店経営)である。
この一群が十両から幕内上位に上がってくる頃に、多くの名場面が見られた。
相撲取りを大別に色分けすると、「外国勢」「大卒組」「中高卒、叩き上げ組」
に分けられ、これに年齢分別を横割りして「昭和組」と「平成組」も加えてよい。
――
 
 ラジオで、<「小春日和」を初春に使いそうだが、実は秋口の晴間に使う言葉>
と話していたが、その前日のブログで「小春日和の時節」と使ったばかりだった。
まあ、知らないことが実に多い。70歳を過ぎた頃から、日々、年齢の衰えを感じる。
とはいえ、SJの運動効果も実感している。酒さえ控えれば、体調は頗る良い。
ふと「介護年齢になった現在、何があっても受止める心の準備があるだろうか」
と思うことがある。
――

 昨日の早朝、長岡大橋から大手大橋の土手一周の自転車の初乗りをしてきた。
今年の走り初めである。 散歩からチャリ遊覧に切替えて10年目になる。まだ
寒さが残っているが… やはり気分は爽快だが、まだ日曜にしては人出は少ない。
早朝の、この文章作成時間は、これで一時間近く減少することになるが…。
精神面、肉体面で非常にプラス効果を直に実感できる。散歩を含めた早朝の運動、
40年間、続けているが、このお陰で何とか生命保持が出来ている。

・・・・・・
5124,閑話小題 ーボンヤリも悪くない
2015年03月26日(木)
  * つれづれに 〜ボンヤリしながら
「はてな」のブログのアクセスが3月3日から、何故か5倍の1500に
増加した。不自然なので一時的と思っていたが、なかなか減らない。ところが、
数日前の連休から、以前の300前後に戻ってしまった。突然、増えた理由も、
減った理由も分からない。300でも多いと思っていたが、1500になった、
アクセスが20日近く減少しないので少し自信を持ちかけていたが・・
 内容からしたら、300でも、出来過ぎだが。14年近く、毎日2〜3時間
かけて、一日一文を書いてきたが、気がつけば、5000以上。自分のデータ
ベースを公開し、自己コントロールするため、どうしても、他者の目線を意識
をしてしまうが、こうともしないと5千日も続けられなかったことも確か!
 ところで、一昨日の早朝、一時間ほど早く起きて机に向かったため、ブログ
のアップも、一時間早く終わった。そこで、意識的にボンヤリとしてみた。
目の前の書棚の本や、図書館で借りてきた本を次々と流し読みをしたりしたが、
この何をするでもない時間が良い。午前中のネットサーフィンでも、この間
(ま)でするが・・  
  * オープン戦の原・巨人が変? 
 明日からプロ野球の開幕だが、パ・リーグは、ソフトバンクとオリックス。
セ・リーグは広島と巨人の前評判がよい。しかし、どうも巨人の原監督の
監督としての賞味期間が切れているのは確か。巨人というブランドの監督の
消耗度はただ事ではないはず。もう無理である。新監督は、江川か、桑田辺り
がベストと考えられるが、どうだろう! それにしても、あの戦力、他チーム
を圧倒している。それを賞味期限を終えた監督で勝てないゲームを観るのも、
味わいがあることも確か。三年期限で、江川監督、桑田ヘッドコーチにし、
その後、江川が退くシナリオ。何故か、誰も言わないのは何故だろう!
原に実績があるため? 
・・・・・・
4759,挫折と悲哀こそ、人生のパスポート!
2014年03月26日(水)
              ーひと言でいいのですー吉川直美編
  * 挫折と悲哀こそ兄弟との共感のパスポート
 人生で、何も挑戦しないで、挫折も悲哀も味わったことがない人が思いの外
に多い。それも人生だが、ポッキリと折れてしまう危険がある。その時に立直る
に大きなエネルギーを要することになる。秘境ツアーの中に、こういう人を
何人か見かけたことがある。かなり深刻の悩みのようだっただが、それを経験
する方が、しないで済んだ人より幸運? 悲哀さえ、知らず終えていくのも人生。 
 大きな挫折を経験してない人ほど、「まさか、自分が!」の声が心底から
生じてくる  ーその辺りから!ー
《【苦しんだことのない人々がどんなに我慢のならないものかは、人生の
 あらゆる分野で教えられる。挫折と悲哀こそ人間がその兄弟たちと共感し
合い、交るためのパスポートである。ーロバート・ゴルティス】
ある心理的・霊的成熟を目指す研修会に、いつもピンと背筋を伸ばした
人はきぜんを寄せつけない、毅然としたシスターが参加されていました。 
ほかの参加者が様々に痛みや弱さを分かち合う中で、彼女は両親にも家族にも
愛され、早くから神に仕え、とくに記憶に残る挫折も後悔もなく、どんなに
心を探っても痛みがないと胸を張られました。その研修会にも、修道院長に
命じられてしぶしぶ来られたのでした。ほかの参加者が嘆き、もだえ苦しみ、
寄り添い寄り添われ、やがて十分泣いて気の晴れた子どものように笑顔を取り
戻したころ、思いがけずうちひしがれていたのは彼女でした。「私には人の
痛みがわからないことがわかりました。それがはじめて知った挫折です。」》
▼ 人生の味わいは、挫折と悲哀と諦念から滲み出てくる。それなくして、
 最後の最後に、味わいの無い自分の人生に愕然。秘境旅行の参加者には、
そういった風な人が人生の悲哀を味わい尽くしてきた人より、多く見られる。
それこそ一番の挫折に気づいた人たちである。何度も書くが、中学校の担任の
先生が、定年時に私に深刻に話したのは、このことだった。「定年になった
現在も90歳前後の両親に見守られ、のうのうと順調に生きてきた。しかし、
そこには自分の人生が全く無かった。これほど、無念のことはない。思いのまま
生きている、お前が羨ましい!」と。それも人生。その怒りを周囲の挫折や悲哀
に向ける人たちより、遥かにましである。この節目で‘自分の傷口を他人の血で
洗おうとする哀れな人たち’を多く観察しただけでも、良い経験をした! 
自分の経験範囲しか理解できないのが人間の性。そのことを自覚できないのも
人間の悲しい性である。 ところで私も、このシスターの範疇? で、最期は!
・・・・・・
5854,『私の「戦後70年談話」』〜 ��「満州でソ連軍の侵攻をうけて」
2017年03月26日(日)                                 
           『私の「戦後70年談話」』(2015、岩波書店)
 北朝鮮の瀬戸際戦略、温厚なオバマには効果があっても、強硬派のトランプ
には逆効果に働き、情勢は悪化を辿ることになる。北の瀬戸際戦略は、中国に
とってはプラス効果。日本・韓国対北朝鮮の緊迫は、アメリカと中国のパペット
(指人形)そのもの。戦って消耗しようが、大国の指先のことでしかない。
第二次大戦の戦争被害者の戦中派からすれば、今の世相に底知れない危なさを
感じているのだろう。東北大震災の2万人の被害ではなく、日本人が300万人が
殺され、東南アジアで1000万人以上の被害者を出した戦争である。その最大の
被害者が戦中派。
  *「満州でソ連軍の侵攻をうけて」宝田明(俳優)1934年生
              (宝田明は満州で敗戦をむかえた)
…(中略)まして国民だって当時洗脳されて浮かれていたとはいえ、
父や息子たちが戦争にとられて死んで帰ってくれば、お国のために死んで
よかったなんて人はいない、みんな心の中では泣いていたわけです。
…(中略)戦争なんて一握りの政治家が決定すれば、開始できてしまう。
国家の運命何て一握りの人間の誤った判断で変えられてしまうのです。
…(中略) 
 たかだか数人の内閣で集団的自衛権の行使容認を閣議決定したり、
今や海外で戦争をする国へと変わりつつあり憲法改正の動きも進んでいる。 
戦争を知らない政治家たちが、こういう決断をしてよいのか、と思わずには
いられないですね。
…(中略)どんなに国が大きくなっても、戦争を好む国というのは、
最終的には滅びます。人間が起こす大罪は戦争を起こすことです。
――
  * 「戦争を知らない大人たちへ」山田太一(脚本家、小説家)1934年生
(山田氏は、東京浅草で育ち、空襲ののち、立ち退きを命じられ、伊豆に移り
住む。そこで母がまもなく亡くなり、兄2人も戦時中と戦後まもなく亡くなる。)
…(略)戦争は始まってしまうと、どうにもならない。否応なしに殺しても
心が痛まない敵をつくり、こっちも殺されるから憎しみがこみ上げて、殺し殺され
になってしまう。戦後70年、日本が戦争をしなかったのは実にすばらしいことだ
と思う。幾多の偶然や力学が加わったにしてもこわれやすい宝物を手にして来た
ようなものだと思う。荒っぽく扱ってはいけない。政治家はどんな手を使っても
戦争は避けるべきで、その時はあれこれひどいこともいわれるかもしれないが、
時がたてばきっとよき選択とされると思う。それでも避けられない戦争はきっと
あるだろう。その日を総力をあげて先のばし先のばしする知恵のあるプライドの
日本でありたいと思う。
――
▼ 両親が明治生まれで、大正、昭和を生き、7人の兄と姉は戦中派。敗戦の
 半年後に生まれた私は団塊の世代の狭間で、非常に恵まれたスポットにあった。
父親が常々言っていたのは、『戦争体験は生きるか死ぬかの人生最大の試練。』
戦後70年の日本は、奇跡的経済成長の中で平和を享受してきたが、これも何時
壊れても不思議ではない。地震列島・日本も活動期に入ってしまった。
なにやしら、中国・北朝鮮と日米韓の情勢も雲行きが怪しくなってきている。
世界は歴史から学ぶ能力がないとは聞いていたが、どうも、本当らしい。
・・・・・・
5489,人生で最も大切な技術 ー34 瞑想の実践 
2016年03月26日(土)
      『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 瞑想の実践 ー��
 スポーツジムのヨガに参加して、まる4年になる。ヨガは瞑想に合間にする、
足腰の鍛錬や呼吸法で、その目的は瞑想。当初の二年間は週2回、後半の2年間
は週4回、所要時間は45分。その最後の5分の「死者のポーズ」。大の字になり、
全身の力を抜いて、宇宙と一体化したイメージで横たわる。
 自宅で横になった半睡眠の状態との違いは、瞑想は、それらの一環で、
集団の一人として参加すること。夜半寝ている時に、この状況を頭に描くと、
似た感覚に簡単になれる。 ヨガは、生気を溢れさせてくれる。 
≪ * 瞑想を始めてみよう!
 自分を取り巻く環境がどうであれ、生気溢れた状態にさせる可能性は誰の
心の中にも必ず存在する。それは、愛情豊かな親切心、思いやり、心の平安
を体得する可能性のことで、あらゆる人の心に秘められたものである。
天然に転がる金塊と同じで、掘り当てられ、磨かれ、現実のものにされない
限り、価値が高まらない。こうした可能性を引き出し、強化育成することに
より、精神的な健全状態が一段と定着化するだろう。可能性を放りっぱなしに
していても強まることは期待できない。それは一種の技術とし習得しなければ
ならない。手始めとして、自分の心に習熟することから始めること。それこそ
が瞑想修行の第一歩なのである。まず、バランスのとれた無理のない姿勢で
静かに座ろう。座布団の上で足を交差させた蓮華座が無理なら、椅子に座って
も構わない。どちらの場合も、常に緊張のない程度に自然に背筋を伸ばした
姿勢をとることが大切である。手は膝または腿の上に置き、目は自然に前方に
置き、呼吸は自然にまかせる。心の中に、思考が浮かんでは消えるのを見つめ
ていよう。最初は、思考が消えるどころか、滝のように心の中に乱入してくる
かもしれない。その場合は、思考を停止させたり、逆に、焚きつけたりせずに、
浮かんでは消えていく様子をただ眺めているだけでいい。作業の終わりには、
次第に静寂になった心によってもたらされる温かみと喜びをしばらく味おう。≫
▼ 学生時代に座禅を知り、野狐禅としても、静かに座り、心の底から湧出る
 雑念を見つめる、もう一人の自分の影を見ていた。それが魂なのか、自分を
見つめる第二、第三の自分なのか? それは、誰も持っているはずだが・・ 
フッと思いたち、般若心経を呟いて没我の状態を瞑想と、どこが違うのか?  
・・・・・・
4392, 暴走老人!  −2
2013年03月26日(火)                
  * 待つことをめぐる考察 ー時間編  「暴走老人! 」藤原 智美 (著)
 イライラの原因の一つは待たされることである。しかし日常は考えてみれば
「待つこと」で大半は占められている。列車を待つ、車内で目的地に着くのを
待つ、エレベーターで待つ、昼飯が出てくるのを待つなど待たされることばかり。
最近、喫茶店に学生が少なくなったという。スマホなどの携帯電話で待ち
合わせの時間が無くなったり、駅などのベンチでネットサーフィンやゲームを
していればば、別に喫茶店でなくてもよい。それは待つ喜びも失われたこと。
 子供の頃、クリスマスや、年末の年越しを心躍らせ首を長くして待っていた。
現在、そんな気持ちになることなど殆どない。主体的な待つのは良いが、
相手の都合によって待たされることに苛立つ。現代はムダな時間を排除するのが
求められる。そのムダの時間には考える余裕が含まれるが、今やそれが無くなり
つつある。企業では無駄が排除され、合理性が求められる。そして定年や人員
カットで社会の一線から押し出され、御年寄りとしてムダの存在として見られ
がちになる。それに苛立ちと焦燥感が蓄積される。それが乾くと、一寸した
発火で怒りが爆発し燃え上がる。10歳の頃の一年は、本当に長かった。
新学期になってクラス替えがあり、新たな顔ぶれの中、授業が始まり、梅雨が
きて、試験があり、やっと夏休み、・・と長い日課が延々と続いた。それが、
今や、アッという間に一年が経ってしまう。 それが今では、先は残されて
ないのに、思い出すのは嫌なことばかり。以前は考えなかった、「何のために
生きているのだろう?」という問いが、浮かんで消える。そこではマイナスの
フラッシュバックが次々と出てくる。 私たちは自分の時間割を帯グラフで
割り振るようになっている。4時起床、そのままパソコンに向かい随想日記の
書き上げとアップロード。6時過ぎに信濃川沿岸へポタリング。7時半、食事。
8時風呂。9時から読書と随想日記の下書き等々、帯グラフに従って一日を
こなしていく。そこに、チャリ、パソコン、スポーツセンター、読書さえ、
マシーンが介在する。どれもこれも便利で快適だが、これに適応出来ない人に
とって、大きな格差が出る。周りをみると、同世代にiPad、iPod、
パソコンを使いこなせない人が意外と多い。それでもタブレットPCが普及を
始めたので解消してきた。 ラーメン屋の行列で待つ、新製品の発売を店の
前で待つなど、「待つ」ことが、レジャーの要素の一つになっている。
待つというのは、「間」があるということ。その間は、空白である。元もと
私たちは空白に漂う陽炎のようなもの。それが本来の姿ではなかろうか。
生れて死ぬまでの間、それが生きるということ。その間で、たっぷり間を持つ
ことも大事ではなかろうか。それにしても時間に、いや、空白に恵まれていた。
「待つ時間が人生の大半を占めていた」とはね!
・・・・・・
4018, シングルイン、31年間の総括 ー1
2012年03月26日(月)
    準備期間、一年を含めた31年間の総括をする。
 * 新潟駅前の事業 ー準備期間1980年3月1日〜、開業1981年3月31日、
   閉鎖は2011年3月30日。 まる31年。
 * 新潟駅前で4棟、駐車場一箇所、客室数500室。
 * 新潟駅前のホテル等の総投資が32億。 
 * 創業時の自己資本が2億。借金残債が10億だったので返済額20億円。
 * 営業利益が赤字になったのが最後の年だけだったので、
   勘定足って銭足らずの典型。
 * ホテル営業30年のうち、上り坂が当初10年、次の10年が緩やかな
   右下がり、2001年の9・11テロから4年かけて売り上げが
   三分に二に激減。 さらに2008年の9・15のリーマンショック
   以来、二年半で半減。11年前の9・11テロから三分の一まで減少。 
   東北大震災で、さらに2〜3割減が予測された。破綻の直接原因は
   9・11テロと、リーマンショックの売上が65%減。 
   東北大震災は最後のとどめ。
 * 取引先への負債は20日締めの月末支払いを終えた後のため、
   ほぼゼロ。事務所、自宅への債権者の電話、押しかけゼロ。
 * 最後まで残った役員と管理職の退職金は、当社退職規定の65〜95%
   の支払い済み。(国の補填3百万も含め。)役員は、役員就任時に一度、
   退職金払い済み。
 * 会社関係の5つの物件は三ヶ月で完売。 しかし一つがキャンセル。 
   それも、半年後に売却。( 弁護士曰く、「銀行も、ここまで早く売れる
   と思ってなく、慌てていた」。自画自賛になるが、千葉、長岡で手がけた
   ビルは、売り出すと同時に即売。設計の中に売却前提で計画してあるため。
▼ この事業の結果に対して、後悔も、未練も一切なし。三つの経済・自然災害
 が直接原因だが、本来、土地を仕入れ、借金をしてする事業ではない。
そのことに10年で気づかなかったこともある。それと、情報化で、ビジネス
のあり方が変わってしまった。数日かかった出張も日帰りで済むようになった。 
結果から、バブル崩壊直後に売却が理想。
 


6220,閑話小題 〜米朝開戦 −8 「見捨てられ症候群」とは言え…

2018年03月25日(日)

       <「トランプ症候群」
           〜法哲学者・井上達夫と精神科医・香山リカの対談>
   * 精神疾患ですと…
  一時風靡した船村徹の『矢切の渡し』の歌詞 
< つれて逃げてよ……」「ついておいでよ… 夕ぐれの雨が降る 矢切の渡し
 親のこころに そむいてまでも 恋に生きたい 二人です … >が
何とも物悲しいが、弱者・日本の「見捨てられ症候群」に重なって聞こえる。
冷戦時の日米同盟においては、「巻き込まれ」の懸念が圧倒的だった。当時は、
「米国の戦争」に関与せざるを得なくなることが恐れられたのである。他方で、
地理的には冷戦の最前線国家の日本で、中国・ソ連への脅威は、さほど高くは
なかった。
 しかし、その時代は去り、北朝鮮の核弾道ミサイル開発や、中国の海洋進出
が進む中、日本の領土防衛がより深刻の課題となっている。そこで果たして、
有事の際に米国は本当に日本を守ってくれるかが問われている。「見捨てられ」
の懸念である。 昨日の内容を、眉唾と思った読者が多くいたと思われたと
推測するので、この一節を紹介する…

≪ ・井上: 日米安保から巨大な利益を受けているのは、むしろアメリカ。
 日本はただ乗りどころか巨大な負担を背負わされている。アメリカは、海外に
おける世界最大のしかも代替え不能な戦略拠点を日本に持っているわけですから。
ベトナム戦争も、朝鮮戦争の時もそうだった。日本は技術水準の極めて高い兵站
拠点になるわけ。石油基地にしても、海軍の最大ものは、本土にあるが、第二、
第三位は日本にあり、二つを合わせるとアメリカ本土より大きい。その放棄は、
世界に対する軍事的な優位を放棄することになる。アメリカが、この大事な拠点
を保持する経費は殆どタダです。日本が75%の駐留費を持っている。もっと負担
をしろと言ったのはトランプだけ。知らないだけです。
 …日本人が「見捨てれれ不安」を持っているのは、日米安保の軍事的・戦略的
実態に対し知識が無さすぎるからです。軍事問題がタブー化していたためです。
・香山: 50年前に、精神疾患と思しきゴールドウォーターがジョンソンと
大統領選で闘った時、敗戦後の裁判で、彼が勝訴した。その時以来、『診断を
してない著名人の精神鑑定を、精神科医が診断するのを控えるべし』という
規定をつくった背景がある。トランプが大統領になって以来の、問題の続出で、
「黙っていられない」とばかりに何人かの精神科医が口を開き出した。
「自己愛性パーソナリティー障害」が一番多く、他に
「反社会性パーソナリティ障害」「妄想性障害」… 
…その都度、精神学会が警告を出しているが、精神科医たちは、「私たちには
危険を社会に警告する義務があるのだ」と引かず、シンポジウムや、本を出したり
デモをしたりしています。私自身、トランプ氏の多くを知りませんが、何らかの
パーソナリティ障害、それも‘かなり病態水準が悪い’と思います。病態水準とは、
現実検討能力、自我同一性、心的防衛メカニズムが上手く機能しているかどうかで
判断するのですが、いずれもかなり低めで、人格のまとまりが悪いということ。≫
―
▼ アメリカの民主党だけでなく、共和党さえも、この怒れた老人を苦々しく
 思っているようだ。歴史に残る漫画的日々を全世界が唖然と見ているのが実態。
安倍首相の政治生命も、危険状態の極みにあるようだが、トランプ退陣以降も
考えておくべきである。
 熊: 副大統領のクーデターかい? 
 寅: そりゃないよ! いくら何でも!
 颯太: とすると… 発病? 心不全、脳梗塞? 
 熊: やば!
 颯太: ウィトゲンシュタインの「論理哲学論考」の末尾で、
  「語りえないものについては沈黙しなければならない」といったけど
  我々庶民は、黙って静観するしかないのかな〜。
 大家: …「    」… 性質の悪い「劇場型コミックショー」ですか。
・・・・・・
4391、大衆は何も考えない
2013年03月25日(月)
    * 劇場版「相棒の映画感想
 一年前から、平日の16時から刑事モノ「相棒」の再放送をみているが、
物語に捻りと味わいがあって面白い。一昨日、その劇場版をシネマで見てきた。 
 ーまずは、専用サイトの内容よりー
【‘謎のデータ’がネット上にバラ撒かれ、削除された・・。
 直後、燃え残った数十枚の一万円札と死体が発見された現場で、捜査一課刑事
・伊丹とサイバー犯罪対策課専門捜査官・岩月は出会った。死体は東京明和銀行
本店システム部の中山雄吾。ネットに不正アクセスし、機密情報を流していた
疑いでサイバー犯罪対策課にマークされていた。殺人事件として真実を追う
伊丹、不正アクセス容疑を追う岩月。いがみ合いながらも、共に捜査を進めて
いく二人だったが、目に見えない圧力に曝され、捜査は行き詰っていく・・。】  
 ー私の主観で要約するとー
≪ 官僚が銀行閉鎖の「Xデー」を策定・計画していた。が、その内容が
 ネット上に流され、それを知った暴力団関係のトレーダーが、そのXデーを
知ろうとして偶発的に告発者を殺してしまう。しかし官僚たちと政治家と警察
トップが、銀行閉鎖の計画を知られるのを阻止するため捜査妨害する。公然と
マスコミに出てしまえば、その日がXデーになってしまうからだ。 
キプロスで偶然、銀行閉鎖騒ぎがあったこともあり、銀行の取付け騒ぎや
銀行閉鎖計画に現実味が感じられる内容。金融庁などの各省官僚と政治家の
打ち合わせの中の言葉が、辛らつ、かつ真実を含んでいる。
 ・国民は、厳しい現実を示されるより、甘い将来の絵図を求めている。
 ・難しい真実より、簡単な嘘を好む。
 ・現在が、そのまま将来も続くと信じて疑わない。
  現在何が起こっているか知ろうとしない。 等々、
アベノミクスに両手を上げて喜んでいる愚衆を、そのまま言い当てている。
貨幣も国債も信用があってこそ通用する。誰も信用しなくなったら只の紙切れ。
映画とはいえ、現在進行形のアベノミクスを批判している。アベノミクスで
Xデーを早める必要性も確かにある。何れにせよ、一度、焼け野原にしてから
立て直さなければならないならば。それにしても、あまりに国民は無知と
(私を含め)思い知る。少し逸れるが、このオバマの中東訪問で、
「シリアへの攻撃と、イスラエルのイラン核施設攻撃のXデーの相互確認が
あった」という仮説を立て二人の会見をみると、近々に始まると思えたが。
・・・・・・
5488、閑話小題 〜人間の尊厳とは
2016年03月25日(金)
 *「人生の意味」の、コペルニクス的転回
      〜主語を入れ替えるか、逆照射をするか
 カントは、認識について、「対象が意識を規定するのではなく、
意識が対象を規定する」と、「認識が対象に従うのではなく、対象が認識に
従う」と、コペルニクス的転換を示した。 かってテーマとして取上げたが、
フランクルは、アウシュビッツで、『私が人生の意味を問う』のではなくて、
『私自身が人生から問われたものとして体験される』と、転換してみせた。
この逆照射の視点から、人間の尊厳の問題が提示される。
『生きるとは、人間としての尊厳を大事にすること』と。
・『幸福とは、上手くいったからなるのではなく、幸福だから上手くいく』
という、幸福論がある。学生時代に、ある2つのグループに属したことが
あったが、上記の通りである。彼らは、明るく、物事に動じず、教養があり、
気楽で、積極果敢の要素を多く持っていた。
  〜フランクの哲学をネット検索〜
≪ 「 私はもはや人生から期待すべき何ものも持っていないのだ。」
 そう言って生きることをやめようとした囚人に、フランクルは説く。
「他人によって取り替えることができないこと、かけがえのないあなたを
待っている仕事、待っている愛する人がいる。人生はあなたからあるものを
期待している」と。 フランクルたち囚人は、そのすざましい生活において、
生きるための「なぜ」を常に問わなければならなかった。そして、生活目的
を意識する。 目的が無くなったととたん存在の意味も消えてしまいます。
拠り所が無くなった人は死んでしまうのです。
 そして、生きのびるために、人生の意味をひっくり返した。
『人生から何をわれわれは期待できるか』が、問題ではなくて、
『人生が何をわれわれから期待しているか』が、問題なのだと。
『私が人生の意味を問う』のではなくて、『私自身が人生から問われたもの』
として体験される。人生は、私に毎日毎時問いを提出し、私はその問いに、
詮索や口先だけでなくて、正しい行為によって応答しなければならない。
「われわれ」「私」と「人生」を入れ替えることで、まったく違う世界を
出現させたのです。≫  ー別の検索結果はー
≪「生きる意味」は強制収容所の中でのみ必要だったのではなく、強制収容所
 は単なる野蛮な装置ではなく、凝縮された異形の近現代でもあった。
人生の無意味さに悩み、人生の意味に憔悴する「時代の精神病理」は、
これから近現代が極まろうとしている21世紀において、ますます世界を覆って
いるのではないか。これは、飽食と並ぶ先進国病理ではなく、近現代の成り
ゆく果ての病理としてとらえるべきではないかと。「ぜいたく病」ではなく
必然の摩擦ではないのかと。
「およそ生きることそのものに意味があるとすれば、苦しむことにも意味が
あるはず。苦しむこともまた生きることの一部なら、運命も死ぬことも
生きることの一部なのだろう。苦悩と、そして死があってこそ、人間という
存在ははじめて完全なものになるのだ。」 池田香代子訳『夜と霧』より≫
▼ フランクルの強制収容所の経験の後で書くこと自体が、そぐわないが、
 私自身にも、かって心の変化があった。どん底の時節に、沸いて出た言葉が、
『この最悪の状況は、私にとっての最高の状況ではないか。最悪と思っている
現在こそが、事業に耐える力を培っている。何を勘違いしているのだろう』
 という心の大転換だった。5年前の会社整理の時に思ったことは、
『この結果に意味(価値)がある。事業の準備から、創業、会社清算の一連
を含めた45年間の一括りを、「学び、遊び、働き」のきり口で物語化して捉え、
自分で納得できれば、それで充分。他者の視線、批判に惑わされることはない』
である。で、直後に、シリーズのテーマとして、ここで書いていた。 
 残ったのは充実感だけだが、それで十分。 ・・として思うしかない!
で、これも丁度良く、以下に続いていく。
・・・・・・
2911,人生は作品である
2009年03月25日(水)
「人間にとって、その人生は作品である」これは司馬遼太郎の言葉である。 
「人間には志がある。その志の味が、人間の味である」という言葉もある。
 身近で亡くなった両親の生き様を見てきてつくづくと、人生は作品という
ことが理解できる。そして生きている限りは未完であるところが、ミソ。 
死んだ時に完成するが、その時は自分にとって関係ないことになるから絶妙。
哲学では人生を「劇場」に喩え、その役割配置から、その真理を突き詰めていく。
それぞれが人生劇場では主役。 それは第三者が口挟むことでない。 
本人の意志に従う物語。従って還暦を迎える頃になると、その物語の辻褄
合わせが始る。シナリオ、主演が自分であり、観客の一人も自分。 
だから面白いのであり、悲しくもある。 自分で悲劇の場面と思っても第三者
の目からみれば喜劇に思える。(逆も言える)
 年齢を重ねて分別がついてきて、人生を振り返ると顔から火が出ること度々。
主役は次から次へと襲ってくる難問を乗り越えるのが役割。 難問そのものの
内容が物語を決めることになる。だから、問題に対して嘆いてはならない。
(自分の火種もあるが)問題と本人の意志が自分の人生の作品を決定する。 
 キュープラー・ロスは<人生劇場は「レッスン=学び」であると看破> 
 (以下、字数制限のためカット 2015年3月25日)
・・・・・・
5853,物語で経験する「生老病死」 −3
2017年03月25日(土)      
      <老いの風景 ー物語で経験する「生老病死」〜石光勝・著>
   * 寂聴と今東光
 若き日の官能作家「瀬戸内晴美」を見知っていたが、今では尼僧の身。
一言一言が、常人では理解できないような人生を味わい尽くしたが故の
圧倒的なエネルギーが満ち溢れている。着の身着のまま家出をしたくだりと、
本人と思われる「そういう一日」の、この圧倒的場面が強く印象に残っている。
  〜その部分から
≪ タイトルの『風景』とは?自身のことを書いた3作「デスマスク」「絆」
「そういう一日」を景色として眺めたことによるのか? 全7篇。
なかでも、「そういう一日」に描かれている出家に到る様は、ある種の
凄まじさがある。 その凄まじさは・・・
【 <出家させて頂きたいのです>
 「御家族はどう言われている」
<家族はございません。両親はとうに死亡しています。姉が一人、父の残した
 家業を守っていますが、電話で出家すると告げましたら、あら、いい年貢の
 納め時ねと申しました>
「そのお姉さんが、得度式で一番泣かれるよ。
 肉親というのは泣くものだ。 髪は?」
<剃ります>
「無理に剃らなくてもいいんだよ」
<私はだらしない駄目人間ですから、型からも、
  きちんと入らないとつづかないと思います>
「下半身は?」
<断ちます>
「ふむ。仕事は?」
<続けたいと思っています。でも出家したら書かせて
 くれない場合も予想しています>
「その時は?」
<ひとりで書きおきます>
「わかった。あなたは尼僧になる前に、れっきとした小説家だったことを
 忘れてはならない。死んでもペンを放さないように。坊主とつきあうことも
 ない。寺をもつこともない。書くために出家をするのだから」 】
 この会話の二人、真偽は別にして今東光と寂聴である。≫
―
▼ 奔放すき放題に生きれば、娑婆には思い残すこともないはず。
 宇野千代と対談で、この日のことを具体的に話している。女傑同士の話は…  
世には魔性の女がいるそうな? リアルな、純粋一途で、床上手な、しかし
恐ろしいのが巷を徘徊しているそうな。水商売より、普通風の人に多いという。 
人生という森林には、様ざま広くて深い闇と、ドブと蓮の花が紛れ込んでいる。
「やはり野に置け、蓮華草」 摘んで持ち帰るより、眺めるが良し? ったく!
・・・・・・
5123,「魂」の思想史 ー��
2015年03月25日(水)
     〜「魂」の思想史: 近代の異端者とともに ー酒井健 (著)
   * ソクラテスを魅惑する魂
 ソクラテスといえば、「魂の鍛錬」「対話術」「無知の知」がキーワード。
魂とは「神的でダイモン的な何か」として、その鍛錬を説く。〜その辺りから〜
≪(p17) ソクラテス自身に最も人知の限界を意識させたのは、ほかならぬ
 彼の内部から立ち上がってくる声。いくら知ろうと思っても認識できない。
声といっても、明確に言葉を発するわけでなく、いつ心のなかに発生するかも
分からない正体不明の存在です。自分のなかに棲む謎の他者。分からないまま
現れて自分を翻弄する何ものか。この声は自分を毒したと正義のソクラテスは
強弁していますが、はたしてそうだったのでしょうか。
 この声が国事への公的参加をソクラテスに拒ませたのはたしかに正しかった
と思われます。しかし彼が公的な場にいようと、私的な活動の場にいようと、
あの「神的でダイモン的な何か」は曖昧な動きを呈します。しっかり動かない
既存の制度、慣習、信仰とは反りのあわない暖昧な動きです。そして彼の意識
の底で果ての知れない広がりを呈しています。大きな魂と呼んでもいいでしょう。
彼の「無知の知」の教説、彼の正義、心、そして自分自身のものと彼が考えて
いた魂は、この大きな魂と表裏一体になっていて、しかもその底から、大きな
魂を定かには見えないかたちで溢れ出るにまかせていたと思えてくるのです。
そのことは、はたしてソクラテスにとってよいことだったのでしょうか。
無知を人に悟らせるのは間違ったことではありません。立派な正義です。
しかしソクラテスの言動は正論であると同時に正論を超える何かを放っていた。
彼を死なせるほどにです。公開裁判で、彼は、五百一人の民衆裁判官に対し、
まるで自分を有罪へ、そして死刑へ、煽り立てるように挑発的正論をぶった。≫
▼ ネット検索に(ソクラテス ダイモン)と入力すると、
 <ソクラテスは、自然に際して合理的思考を、対話・議論には論理性を重視
するが、その一方で内面にダイモンという神霊の声を聞いて茫然自失の態に陥る
ことが多かったと言われます。ダイモンは『善なる神霊あるいは悪なる神霊』
とされますが、その実態は詳らかではなく、ソクラテスの意識に突如飛来する
神秘的現象であり、ソクラテス自身には『内なる道徳律を示す声』のような
認識が為されていたようで、自らが道徳律に反する悪しき行為を為そうとする
時に『それを為すべからず』といった形でダイモンの合図がやってきた。
現代の脳神経科学的な見地からは、てんかん発作に近い意識消失を起こしたと
されます。しかし、ソクラテスの脳内現象とダイモンの出現を結びつけて、
神霊としてのダイモンは幻影に過ぎないと科学的判断で切り捨ては出来ますが、
心的リアリティとして『内面的な良心や倫理観の象徴としての神霊』は実在した
こともまた事実です。> とある。彼は、一切の著書を残さず、その言説は、
弟子のプラトンによるもの。欧州の発生の地で、2千5百年前のギリシャで、
こういう議論が戦われていたとは、驚きである!それにつけても私の脳は・・
 ー思いまどうことはない、人生は無意味なのだ ーサマーセット・モーム

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