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堀井On-Line
| 6189,閑話小題 〜「自分は運がいいほうだと思う?」 −2 |
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2018年02月22日(木)
* 私自身は運が有る方か 「運」のつくり方や、幸福論、精神論などを40年、いや50年も学んできた 割には、さほど運があったように思わない。かといって、高度経済成長期の 時代に、20、30歳代を過ごせただけでも、いや人間として生を受けただけでも 幸運であった。特に、終戦直後の廃墟に、この日本に生を得ただけで、いや、 人間として生を受けただけでも奇跡的幸運に巡りあえたことになる。哲学的で いえば、「存在論」の『存在の不思議』の問題につながる。 朝日新聞のテーマの質問、「自分は運がいいほうだと思う?」に対して、 7割の人が、「運がいい」と答えには、実は驚いている。7割が、この幸運に 気づいているからである。 人生を振返ってみると、何度も危機があったが、必死に取り組んでいる内に、 何時の間にか乗越えていた。改めて、危機だった事象を振返ると、実に危ない 難関があったが、幸運にも、咄嗟の判断で乗越えていた。 <一つの事故の背景に、30倍の似た危機がある。> の通りである。 「間がさした」の真逆の幸運で、運が良かったとしか思えない危険の連続。 母親の口癖が『私には、3歳の頃、亡くなった父親の守護霊がついている』。 それに対して、「そう信じることで、何か内から幸運に向かう力が働いて、 幸運に導いている」と考えていた。 はや7年になるが、会社清算とはいえ、倒産は倒産。 資本主義社会では、 経済的前科者にあいなった。 その時の反応が何とも皮肉で面白かった! マイナー?な人ほど、掌を返してきた。 実は、そこに、その人の不幸のタネ が明確に現れ出ている。人を妬めば穴二つ」の別バージョンが、そこある。 カラスと同じで、弱ったから、攻撃する。相手の傷口に、自分の傷の血を塗り たくり、己の不遇の鬱憤晴らしの本性が透けて見えてくる。不幸系、不遇系 のマイナス度が深いだけ、辛辣になる。批判、非難で、神様になったり、 判事や、検事だったり。弁護士役など、誰も見当たらない。そこで、自分だけ でもと、ここで『日々、是、口実』として自己弁護しているが、それは笑い タネになる。自虐、露悪の私にとって、憐み、あいみたがいになる。 〜そこで、熊、寅、八つぁん、大家さんに再び、出演してもらいます。 ―― 大家: 八つぁん、あんた、運がいいと思ってるかい。 八つぁん: 決まってるじゃないか。幸運というのは、幸福につながる。 私が幸福でなくちゃ、誰が幸福というんですか。過去を振り返って、 2割方は不幸を抱えていたね。 大家: その位の割合で、不幸を抱えていた方が良いんだよ。私もその位さ。 で、 熊さんは、どうだね。 熊: 俺って怠け者だろう。働きは悪いし、カミさんと共働きで、陽気だから 助かっているんだ。両親とも、教育が無かったのを、そのまま、引継いで。 寅は、その点、少しでもと、耳学問で知識を得ようしているね。 寅: 子供の頃に、勉強してこなかったのは駄目だね。この歳になって、 小、中学校の教科内容って生きる上の最低の知識だったんだと反省しきり。 八つぁん: 時代背景の良し悪しもあるけど、家系と、姉弟構成の立ち位置も 大きいね。条件、状況そのままが原因というけど、本当だね。 「運」というけど、「運命」以前に、「宿命」の問題があるね。 熊: その違いって何? 八つぁん: 宿命って、本人の努力では克服できないこと。遺伝的な… 運命は、努力で克服出来ることさ。 寅: そう思って、努力をしたけどね。あの親の子供じゃ無理だよ。 でも、何か運だけは良いんだ。賭け事には運があるよ。 熊: 何んだ。勝った時だけ吹聴し、負けた時は、フテ寝じゃないか。 差引ゼロと言ったじゃないか。 大家: あれだけ楽しんで、タダなら、それで充分さ。でも、そのエネルギー を、教養に向けていれば、後悔も少なかったさ。御前は、遊び5割に、 働き3、学びが2割。 熊は、遊び7割、働き2割、学びが1割りさね。 それも、この長屋住まいの御蔭で、道を外れないでいられるんだよ。 八つぁんは、どうだろう。遊びが5で、学びが3で、働き2。 働きは、バブリ過ぎがあったしね。4・3・3だったのにな。 甘いか、しょうがない、八つぁんの親指人形だからさ。ったく。 八つぁん: 有難いことです。この長屋の住人になれて幸運です。
・・・・・・ 5092,閑話小題 〜『悼む人』が良かった! ー� 2015年02月22日(日) * 『悼む人』が良かった ー� 『 誰に愛され、誰を愛していたか。何を感謝されたか。 確かに貴方が生きていたことを私は憶えています。 』 8人兄姉の末っ子に生まれ、両親に溺愛され?育ったことが、 私の人生の最大の恩恵である。それにも+−の両面がある。 小中学校の同級生を思い出すと、既に亡くなったが、義母に憎まれ 育った子や、戦災孤児で寺男のような生活環境で育った子もいた。 5〜6坪の居酒屋の2Fの4畳半の屋根裏に母と二人住んでいた子も。 家庭環境の格差は大きな問題。人生は不条理で覆われている。 家内も私も両親に溺愛されて育ったが、愛情を受けることには慣れては いるが、逆に愛することが苦手。これも大問題で、最大の欠点になる。 創業を志したことで、感情を抑えてきたことが、果たして正しかったか。 それが現在の私の中(自己対話)での最大のテーマになっている。 45年、無我夢中で取組んできたことが果たして正しいことだったか? 後悔は少ない?が、無我夢中で生きていたことは確かに憶えている! 『 誰に愛され、誰を愛したか。何を感謝されたか。』の問いが、突き刺さる。 高度成長期の20歳で創業を決意したとき、 ‘結果はどうであれ、やらない後悔より、やってみた後悔’の道を選んだ。 撤収を決意した時、何の躊躇いもなく行動に移せたのは、出始めに、 失敗への受容の覚悟をしていたことがある。 創業とは、 『 誰かに恨まれ、誰を憎んだか。 そこで何を失ってきたか。 しかし、 確かに、全身全霊で生きていたことだけは私が憶えています。』になる。 その結果、「ご覧のとおり、そのまま結構!」と受け止めるだけ。 中原中也‘帰郷’の一節 「 ああ おまえはなにをして来たのだと… 吹き来る風が私に云う」 が、心の底から私に語りかけてくる。 その答えは、「面白かった! ただ面白かった ひたすら面白かった」 何か辞世の言葉のような、自分への悼みの言葉になるが。 ・・・・・・ 5456,閑話小題 〜逃げるから怖ろしいのだ ー2 2016年02月22日(月) * 逃げるから怖ろしいのだ ー2 このテーマ、面白いので続ける。「悲しいから泣く」の、 <悲しいは「感情」で、泣くは「情動の表出(身体反応)」>である。 「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しい} 「うまくいったから幸福なのでなく、幸福だからうまくいく」 「成功したから面白いのではなく、努力が面白いから成功する」 このような論理で、逆照射を立てると、面白い道理が多くたつ。 「内的自由度は外的自由度と、ほぼ同じなら、まずは内的自由から 始めよ」というが、まずは、知識の蓄積から始めるのがよい。 内的自由度のコントロールで、「うれしい」「たのしい」「しあわせ」 「ありがとう」を、日常的の口癖にすればよいと勧めた小林正観がいた。 彼の言葉に、『人はいつも<正しい>ことを受け入れるのではなくて、 <温かいもの> を受け入れる。』とか、 『友人も 全てがあなたにちょうどいい』を思いだす。人の心は普段使っている 内語で大きく左右される。この「う・た・し・あ」を暇を見つけて唱えていれば、 その感情が強い磁力になって、情動になっていく。だから、感情のコントロール は非常に重要になる。怖ろしいので、問題から目を逸らすと、自滅するのは、 感情が、情動にマイナスに働くため。『その時は、その時、取りあえず戦い 続ける。そのうち、何か手がかりが出てくる!』でもよい。 好き嫌いの感情は、すぐに相手に伝わる。「う・た・し・あ」に、好きを 加えればよいことになる。愚痴をいうから、毎日が、つまらなくなる。 「かなしい」「つまらない」「不しあわせだ」「のろってやる」「きらい」 の言葉は、その事象を自らへの磁力になる。現実に溺れた世間原理主義者が、 巧妙に、この言葉を駆使する。言葉は言霊で、相手への毒は、自分への毒に なる。だから、世間原理主義者を、悪し様にいうのは最悪と解ってはいても? で、以下の内容が丁度よく繋がっていく。世間とは、そういうものである。 脱兎のように逃げるべき時もある。逃げ、負けは、前向き、勝利の裏表。 ・・・・・・ 5822,閑話小題 〜しまった! ー人は皆、うぬ惚れの生きものー10 2017年02月22日(水) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > * 人は皆、うぬ惚れの生きもの 金沢に勤務していた時の会社のNO2に教わった言葉、 <創造の一歩は、自己能力の限界の設定>があった。それが何時の間にか、 うぬ惚れて、小隙から船が沈む諺通り…この有様。創業とは、小さな隙間に 的を絞り、バブッテ、破裂する一環。以前は平均30年だったが、今では10年。 自信喪失も、うぬ惚れも人間の持つサガ。その一環を経験してみたが、深い 甘塩っぱい味がした。 例えると何だろう?味の素をそのまま口にしたような。 健康食品など多くの事業が、この人間の性癖を利用している。 懲りずに再び健康食品を使いだしたが… 〜その辺りから〜 ≪私たちは自分を他人より上だとうぬ惚れて生きている。このバイアス(偏り) が多くの過ちの種を宿している。行きもしないスポーツジムの会員権、リゾート マンションの共同利用権の購入。初期だけの低金利のクレジットカード。こういう 傾向を研究している学者が一般的な結論に至った。 <人はおよそ誰もが自信過剰である。例外は、じつは現実的な自己認識 をしているという欝状態の患者だけだ。> アメリカで大きな成長をしてきた「ニュートリシステム社」がある。その株価 が大きく上がったのは、その呼び名を借りると「シリアル・ダイエッター」― つまり体重を減らそうとして失敗してきた人たち。大半(80%)が、平均年齢が 44歳、体重95キロ、大方の減量目標が27キロだが、結局9キロしか減らない。 10〜11週間でギブアップが通例。では、何故、会社は顧客が失敗し、会社が成功 したのか。他の企業と同じように、人の自信過剰につけ込むすべを学んでいたから である。人が実際にすることでなく、人がすると信じていることで、この会社は 成立っている。ここでも、有名スポーツ選手を広告塔にしている。ただし広告を よく見ると、重要な?の単語から成る免責事項が、小さな字で書かれている。 「結果に個人差があります」と。≫ ―― ▼ ネット検索によると、<日本にもフランチャイズで、2009年10月にハウス食品 より発売された「ニュートリシステムJ-ダイエット」だが、2年で全サービス終了 という結果となった。>とあった。こうした本が日本で出版されると、ハウス食品 が効果のないことを分かっていてフランチャイズ契約を結んだという悪いイメージ がつくため、サービスを中止にしたようだ。大志を抱き、何とかカタチにして、 うぬ惚れの小隙がバイアスとなって、はい、それまでよ>も決して悪くない。 どの道、死んでしまえば、それまでの人生。神様が存在するのではと思えるほど、 丁度よい味ある結末を与えてくれたと我ながら感心する。外には飄々と風が吹く。 ・・・・・・ 3985, 生保に入るバカ、入らないバカ ー2 2012年02月22日(水) 生命保険は生命を賭け対象にした博打。保険屋が騙すのも悪いが、騙される のも問題。確率論を背景に不安心情につけこんだ悪質?商法が生保の本質。 彼らは必要悪と嘯くが、それも程度の問題。 欧米の二倍の9割の世帯が、 3倍〜8倍の額の契約、というと10倍以上の額を生保に支払っている異常さに 誰も気づいていない。 国家予算と同額が生保の餌食とは、日本沈没も当然。 愚かさという点では、他人にいえた柄でないが・・ 私が生命保険嫌いのため、 家内は、こっそりと家内名義の給料の全額を40年近く預金をしていたことを、 後で知った。ある意味、それが正解。死ななかったこともあるが、塵も積もれば山。 それが現在の命綱になっているが、それを生命保険に注ぎ込んでいたら、数分の一 も手元に残っていなかったはず。その辺の詳しい内容は、≪生命保険のカラクリ (文春新書) 岩瀬 大輔 (著)≫に詳しく書いてある。 その一部を抜粋する 【▼ この仕事を始めてわかったのだが、生命保険を理解できていない人は、 決して少数派ではない。ビジネスパーソンも主婦も、若者も年配の方も、 そして金融のプロでさえ、同じく生保の仕組みについては理解できてない(p.70) * 多くが巧妙に近づいてくる女性セールスとの「付き合い」で契約し、 「月々いくら」という状況で気楽に契約しているが、1,500万円近い商品に 関して理解していない。 ▼ 日本の生保業界の現状といえば、専属のセールスの人海作戦のネットを 張り巡らせがビジネスモデルのために、組織として高収益の保障性の商品を 販売してきた(p.43) ▼ 生保業界では長きにわたり、「顧客のニーズに合った商品は何か」でなく、 「既存の販売組織を維持するために必要な商品は何か」という観点から、 高収益を確保できる商品開発がおこなわれてきた。(p.46) ▼ 売り手である保険会社と買い手である国民との間に、大きな情報格差が あることを前提とした既存のビジネスモデル(p.189) ▼ 生命保険商品の3つの機能(p.81) 1. いざというとき、残された家族のための所得保障→遺族保障(死亡保障) 2. 病気・ケガによる入院・手術のための保障→医療保障 3. 将来に備えるため→生存保障(貯蓄・年金) 】 * 家庭の大黒柱が死んでも生活に支障のないのに保険に入る人をバカという。 それを積立にしたほうが、二倍も得になる。その本質は「弱者救済を建前とした タカリの類」で、貧困ビジネスそのもの。豊かな人は、そんな不安は本来、 全くないのと、保険のいかがわしさの情報を持っている。いずれにしても 情報格差で搾取を業にしていることは事実。千五百万の買物の中身はカス。 ・・・・・・ 4727,閑話小題 ー「受け継ぐ〜京都 老舗料亭の代替わり〜」 2014年02月22日(土) <プレミアムアーカイブ 2/19(水)9:00〜11:05 > * 受け継ぐ〜京都 老舗料亭の代替わり 最近の日常生活に、午前中のNHK・BSの過去の名作番組を見ることが多い。 これが未知の世界を垣間みることができ、下手な読書より遥かに良いことに 気づいた。 今回は7年前の番組。 ーその番組内容によるとー 《400年の歴史を持つ京都の老舗料亭「瓢亭」が、転機を迎えようとしている。 14代目主人で日本料理を代表する重鎮・高橋英一から、15代目となる息子・ 義弘への代替わりである。 挑戦することで新鮮な魅力を生み出し続けてきた 京料理の魅力の神髄を、新しい和食を捉えようと格闘する15代目と、彼を 励まし育てていく周りの老舗料亭の主たちの姿を通して描き、 京都の伝統文化の奥行きと幅の広さを浮かび上がらせる》 ▽「京都の老舗料亭の代替わり」となれば、静かな寝室で二時間かけジックリ、 その世界に入ってみた。京都の歴史が作りあげてきた独特の京料理の世界は、 奥行が深い。ライバル店の主が競合店の調理場に、平気で入って、料理場の 様子をみる。お互いにフリーの長年の京都独特の慣習という。また、先代が 亡くなった場合、その知りあいが、他店の後継者の面倒をみる。 京料理の世界が共同体のようになっている。また100店以上の料理店が 互いに腕前を競い合う展示会が年一回は開かれ、それぞれ新商品を展示する。 これぞ京都の古くからの原風景の世界が映し出されていた。 * 記憶のモザイク 以前行った旅行先の写真をネットで探し、気に入った何枚かをファイルに 入れ、改めて見ていると、タイムスリップをしたように、当時の光景が蘇る。 その先が異郷・秘境のため、強力に脳に焼きつき残っているが、撮ってある 写真は、さほど良くない上に、記憶が年々薄れていく。しかし、その時の感動を 思い出しながら、画像検索にキーワードを入れると、忘れていた記憶が鮮明に 戻ってくる。その写真が磁石の役割を果たしてくれる。情報機器の進化が、 同じような体験をしてきた人たちの画像がネット上に溢れ、次々と新鮮な それぞれの瞬間が現れ出てくる。現地で実際に見ていた光景が、きめ細かく、 広範囲に、新たに追体験が可能になる。例えば長岡花火のフェニックス。 自分が撮った写真よりネット上の写真の方が遥かに臨場感がある。 「パンプローナの牛追い祭り」や、「リオのカーニバル」のなどの熱狂は、 現場に実地に行かないと味わえない。しかし、当時の感動を思い浮かべながら、 検索で現れ出てきた写真を見ていると、当時と同じような追体験が可能である 当時の朧げながらの記憶も、ネット上の写真から生々しい記憶に置き換える ことができる。 ケニアの丘で見た夕景。そこに足の骨折で取り残されたヌーが 印象に残っている。いつ獣に襲われるかもしれない恐怖で立ちすくんでいる姿が、 痛々しいが、何とも美しい。それらの記憶が脳の染み込んでいるためか、 ネット上のアフリカの夕景が違って見えてくる。
・・・・・・ 4360, 閑話小題 ー久々の百均ショップ 2013年02月22日(金) * 久々の百均ショップ 仏壇用のライターと、チャックが壊れたのため、衣服用の両面マジックテープ を探しに『百円ショップ』にいってきた。半年ぶりである。「日本の主婦は世界で 一番、頭が良い」というテーマのTV番組があった。 百均ショップの商品を、 材料にし、組み合わせて新たなインテリアを作ることを趣味にしていた主婦を 紹介していた。恐らくネット世界で情報が流れているのだろう。私の周りには、 この数年来、買い集めた百均の小物が100はくだらない。100円だから 欲しくなるものは数多ある。以前、針に糸を通す道具があれば、と思っていた。 子供の頃、市場で針通しの小物を売っていたのを見たことがあった。 で、探すとあった。極細の針金が二つ折りになっていて、それを針の間に入れて、 出た先で糸が通る位の空間ができ、そこから引き出すことで糸を通すというもの。 成るほどである。 家内が目が悪いので、ボタンの縫いつけや、ほつれ等は 私がすることが多い。これも慣れると面白い。あとiPadのスタンドがあった。 ネットで買ったものがあるが、かさ張る。 単行本用の書見台にも使えるので 衝動買いをしたが、実際使ってみてなかなか良い。30分、5百円の ディズニーランドと思えば良い。で、要らない物が、溢れかえっている。 * 久々の夢の中の母 最近あまり母親の夢をみてなかったが、一昨日の朝方、母が出てきた。 それもリアルに。ふと眠りから覚めると、居間の炬燵で母が隣に寝ていた。 夜半に私も転寝をしていて、母親に声をかけた。80歳代半ばの年令で、夢では 呆けてはなかった。夢は現実との境が無くなっている。毎晩、寝ている場所が 母親が寝ていた同じ位置にあるためである。末っ子ということもあり両親から 特別愛され育った。また、その後姿から多くのことを学んだ。父親の死亡年齢に、 あと4年足らずになった。本当に良い両親に恵まれて良かったと年齢を重ねる たび思いが深まる。父親との差はあまりに大きい。両親とも、常に何かテーマを 見つけて追い求める人だった。意識として両親から出発して、最期は、 そこに戻っていくのか。
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| 6188,閑話小題 〜「自分は運がいいほうだと思う?」 −1 |
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2018年02月21日(水)
* 自分は運がいいほうだと思うか? 先週末の朝日新聞で「自分は運がいいほうだと思う?」をテーマにしていた。 〜要旨といえば〜 < 有名な話では、松下幸之助さんが社員の採用面接のとき、よく 「あなたは運が良い方だと思いますか?」と聞かれたといいます。自身でも、 「自分は運がいい」と一日に何度も言うという。 その理由の一つは、 そう自分に言い聞かせ思い込むと、自信が持てるようになり自分から積極的に 行動できるようになるということ、もう一つは「自分は運がいい」と思う人は、 今を肯定的に捉えて、悪いことが起こっても他人のせいにしないと… そして「自分は運がいいほうだと思う?」に、7割が運が良いと、3割が悪い と答えるという。 運が良かったと答えた一番の理由が、良い人間関係に恵まれていること、 良い環境と、良い両親のもとに生まれたため、そして成功が失敗を上回って いるためという。 運が悪かった人では、「思い通りの人生ではない」ことと、努力が報われない、 努力が報われない、人間関係が恵まれてなかった、などをあげている。> ― ☆ 〜運について幾つかネット検索からひろってみると、 ・人生の岐路で迷った時に、困難な方を選んだ方が運はついてくる。 ・楽観主義の方が運がよく成功しやすい。 ・夢や目標がかなった状態をいつも頭のどこかで思い描いていると、幸運が 目の前に現れたときにキャッチできる。ーなどがありました ― ☆ 「運がいいと思っている人ほど運が良い」ということです。確かに成功して いると見られる人ほど「自分は運がいい」という。 正反対の「自分は運が悪い」と言い続けている人がいます。会社の愚痴、仕事 の愚痴が多いですが、思い通りの仕事はなかなか担当させてもらえず… ― ▼ 運については、30数年前の経営セミナーで、『運の作り方』という テーマで聞いたことがあった。創造工学研究所所長の中山正和氏で、川喜田 二郎のKJ法に対し自身の方法をNM法と名づけた。 〜その要旨といえば、 <何かをする前に、判断をするが、結果が良ければ運が良かったという。逆に 悪ければ運が悪いという。それには、心が澄んでいるほど正しい判断が出来る。 そこでまず、般若心経を暗記し、唱え続けることで、心を空にして、現象を 捉えて判断し、ことに当るに、般若心経は、プラスに働く。> …と。 そこで3週間かけ暗記することに相成った。暗記してしまえばしめたもの。 何時どこでも、夜半、眠れない時とか、通勤の車内とか、チョッとした合間に 唱えることで、悟りに近い状態になれる。私の因縁のある有識者?の多くが、 例えば二人の息子や、兄夫婦、直ぐ上の、姉、会社の正社員などの人たちが、 暗記することに相成っていた。100人は下らないない?。 …で、この有様? 茹でガエルになってしまったからじゃないですか。 〜つづく ・・・・・・ H0605 般若心経のすすめ
十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”という講演で、 般若心経のすばらしさを聞いて一ケ月がかりで丸暗記をした。 今まで何万回唱えただろうか。 当社では入社教育で丸暗記が必須となっている。 二人の子供ま毎朝の仏壇での私のお経の為か丸暗記をしてしまった。
十年間の経験より(私の実体験より) 直観した事を列記すると �ー�分サイズの時空を超えた一つの視点をえた �⊃澗_擦貿板垢�あっている(リズム) ��α波がくみこまれている �ぁ版亜匹�この中に入っている �イ�寺・神社等で唱えるとTPOとして、 その場のイメージが鮮明に残る ��情報雑念等を切断、整理をする働きがあり、 結果として“運=無意識の判断”を左右する �Г海譴鬚�り返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき、 自己の中にその中空がつくられる ��夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、 等々限りない。 立花隆と宇宙飛行士との対話の中で 「彼等は地球をはなれた体験の中の一瞬に、 キリストや仏等の教祖が苦難の上で直感した“絶対無”を観た」 のではないかと言っている。 それは般若心経をくりかえしの中で、 少しでも近づける様な気がする。
・・・・・・ 2016/09/25 閑話小題 〜幸運の人と、不運な人 * 人は、すべからく幸運である 以前、書いたことばかりだが、思いのまま、「幸不幸」について書いてみる。 ・人間は、「いま、ここに、私」として存在するだけで、幸運である。 「神様の御導きびき」といえば、それまでだが、幸運な偶然の一致の重層で、 存在している。他者と比較が、この幸運を見えなくしている。 ・自らを幸運なタイプと自認する人と、不幸と自認する人との、一生の間の 運命の差は膨大になる。不運な人は、チェンスがあっても、自分が駄目と 思っているため、目前にあっても気づかない。どうせ、駄目だからが無意識 のうちに働き、そのチャンスに気づかない。 ・幸運な人は、チャンス到来に、そら来た!と敏感である。何せ、幸運だから。 幸運であるには、何があっても上位に自らを置かなくては。まずは20%に、 そして、6%、3%、1%にと。 ・幸運な人は、幸運のある同類を呼ぶ、というより集合する。幸せ本には、 まず、「幸運の人に近づけ」と。彼らには、幸運を自ら引き寄せる力がある。 ・以前、<幸運を呼寄せる力を得るためには、『般若心教』を暗記をして、 ことあるごとに唱えなさい>と、創造工学の先生の講義を聞いて、早速、 二週間かけて暗記をした。「色即是空 空即是色」と、心を澄ませておけば、 情報選択と決断も間違わない。運とは、判断し、その行為が、正しい場合を、 「幸運」といい、間違った場合を不運という。だから、情報に対する純粋な 視線が必要となる。特に、情報過多の現在こそ、重要である。 ・生活習慣は、第二の天性である。 二ランク上の生活習慣を立て実践すれば、 二ランク上の人になれる。その差は、時間とともに莫大になる。 ・「恒産あって、恒心あり」、長年かけた蓄えが必要となる。なぜ?といえば、 人の心を自由にも不自由にする力が、金銭の有無に厳然としてある。お金の 心配からの解放が純粋な心を生み、それが幸運を呼ぶ。(真逆もあるが)
・・・・・・ 5044,生と死をめぐる断想 ー1 2015年01月05日(月) 『生と死をめぐる断想 』岸本 葉子(著) * 死をそばに感じて生きる 〜団十郎の辞世 ー 色は空 空は色との 時なき世へ ー 以下は、序文の冒頭の内容。日本人の2人に1人の割合でガンになり、 3人に1人の割合で亡くなるという。高齢化で、ガンになるまで、死ななく なった結果、死を意識する時間が長くなったこともある。今では死に関する 知識を、一般の人が、ネットなどから死生観を収集したり、表現できる機会が 増えている。 ー まずは序文の冒頭からー ≪ 2013年2月に亡くなった歌舞伎俳優の市川團十郎の辞世の句だ。 葬儀の場で長男の團十郎のパソコンに残されていたという。 詠まれたのは前年の十二月、亡くなる数ヶ月前である。 色は空(そら)、空は色(いろ)との 時なき世へ、と海老蔵は読んでいた。 この句に接し、『般若心経』の中のあの一節を思い浮かべる方は多いだろう。 色即是空 空即是色。それに寄せて読むならば、冒頭の句は、 色は色(しき)空 空(くう)色(しき) との時なき世へ、となる。 色はかたちあるものと、ひらたくは言われる。空は空っぽ、何もない、という ことか。空しい、ということか。かたちあるものは実は何もない、空しい、と 教えているのか。そうではない。(略)・・ このことは追々深めたい。 時なき世とは。時間のない世。時間を超えた世。超時間性は永遠と言換えられる。 それは、この世に対するあの世なのか。この「時なき世」が團十郎の句では 「色は空空は色」と「との」でつながる。「との」は、と言われる、とか、と 聞いている、の意だ。色即是空、空即是色とかねてより聞いている時なき世。 「へ」は方向を示す助詞である。色即是空、空即是色とかねてより聞いている ところの 時なき世へ、自分はこれから行くのである。團十郎の死生観を 表す句と言える。(略)・・ 團十郎が、死を前に遺した五七五が、芸についての 教えでなく死生観の表出だったのは、私には少し意外、けれどもすぐに理解できた。 團汁郎は長く血液のがんを患っている。治療の副作用による絶え間ないめまいと 吐き気を無間地獄と、あるインタビューでは曝えていた。何度も再発入院し、 骨髄移植をしていた。・・・≫ ▼ 色を「しき」と「いろ」、空を「くう」と「そら」と、息子が間違えて 言ってしまった可能性もあるが、真偽はわからない。栄華を極めたあと、 とたんの苦しみの死際の言葉であればこそ、心に響く。 即興の辞世! 《 色即是空 死んでしまえば それまでよ 空即是色 》 ・自分の世界をつくって、門を開放し、取捨選択をして浄化、続けること。 ▽ 過去を振り返ると、冷汗が出るほど、多くの危険が多かった。が、何故か、 間一髪、すり抜けていた。親から引継いだ倫理観とか、学んできた知識、 情報からくる判断が、運の悪さを最小にしていた。特に、自問自答の「自答」 が大事ということ。良い本を選択、読み続けろ、そして楽しめ、ということ。
・・・・・・ 5433,人生で最も大切な技術 ー�� 純粋意識 2016年01月30日(土) 『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * 心の本質、純粋意識の経験 仏教の教えの真髄を、欧米人向きに説明するための、「純粋意識」が、明快 でよい「色即是空 空即是色」の心境が「純粋意識」であり、修行の一つが、 座禅になる。それにしても、明快な解釈である。 〜その辺りから〜 ≪ 心の中には、絶え間なく流れ続ける思考の流れがあるという、それまで 一度も気づかなかったことが見えてくるだろう。好むと好まざるとに関わらず、 感覚、記憶、想像から生まれる無数の思考が人間の心を永久に流れ続けている。 ところが、人間がどのような種類の考えを抱こうとも、心の中には、一つの 特質が存在している。それは、あらゆる思考の基礎をなす根源的な意識である。 それは心が安らかな稀な瞬間にしか現れず、ほとんど動かないが、心の知力が そのままそこに残っている状態でもそこに存在している。この単純に解放された 自由な存在は、「純粋意識」と呼ばれるものである。心を構成する内容が不在 でも、それだけは存在しているものだから、純粋意識と呼ばれるのである。 心が心を観察する作業を一段深めると、この純粋意識とその働きによって 生まれる思考を経験するだろう。純粋意識は必ずそこにある、としか説明の しようがない。この思考には生まれつき備わった性質があるのか。 特別に存在するのか。 答えは否である。 では、色や形はあるか。同じく否である。そこに見出すのは、知(無知の反対 の意味での)の本質だけであるが、それ自身には本質的な特徴はない。純粋意識 に突入すると、心に本来備わっている中身が空の状態を経験する。この思考 ゼロの考え方は疑いもなく、西欧心理学には馴染みのないものである。 「思考をゼロにする目的は何か」 「第一、怒りなどの強い感情や考えが生じたら、何が起こるのか」。 確かに、強い思考には誰でも簡単に屈しそうになる。なぜなら、人間を不安 や無分別にさせ、時には暴力的な発言や行為に走らせ、他者を苦しめ、やがて 後悔する結果を生じる、無数の新しい思考を増殖するのがこの強い思考だから。 このような雪崩現象が起こらないように、怒りのような激しい思考そのものを つぶさに点検すれば、それが最初から煙や鏡のような存在でしかなかったこと がわかるだろう。純粋意識から生まれる思考は、純粋意識に再び吸収される。 それは海から生まれた波が再び海に消えていくのと同じである。この原理が 理解できれば、心の平安に向かって大きく前進することができたといえる。 この瞬間以降は、思考が心の障害になる毒素が弱まり始める。この手法を習熟 するには、一つの思考が浮かんだ時、その考えがどこから来て、いつ消えるか、 どこに行ったか、を自問自答することである。取り留めのない散漫な思考に 妨げられない、この短い瞬間に、心の本質を熟視するのが良いだろう。 過去の考えが沈黙し、未来の考えが未だ起らないこの瞬間こそが、光り輝く 聡明・純粋な意識の存在を気づかせてくれる。その意識は、頭で組み立てた 概念的な構築にへつらうことがない。この純粋意識を実際に体験することで、 仏教がいう心の本質を次第に理解できるようになるのである。≫ ▼ 純粋意識で純粋意識を説明しているから、スッと理解できるのか。 般若心経を忘我の状態で唱えている状態が純粋意識。では、仕事に 没頭の状態は、どうだろう? 少し違うか。 以前、大きな決断をする直前の 眠れない夜の二時半が、純粋意識に近い状態になっていた。その時、さあ、 どうする?と。 それでも、多くの間違いがあったが、自分としては、 考え尽くして決めたことと諦めがつく。思考の果ての、思考ゼロもある。 これも純粋意識とチト違うか。
ーH0407高野山へ旅してー 十年前より行きたいと願っていた高野山へ二泊三日の旅(ドライブ)をしてきた。 初日は比叡山の延暦寺へ寄り、“根本中堂”へ、二度目だがその荘厳さに圧倒された。 また新しくできた国宝堂の国宝・重要文化財の仏像・仏画等も延暦寺ならではのもの。 翌日の高野山、特に“奥の院”への老杉に囲まれた参道は神秘的で左右の墓石群に 千年の歴史の深さを感じた。何げなくみた墓が上杉謙信、明智光秀、浅野内匠、 伊達政宗、前田利長、豊臣秀吉等の墓であった。 三十人位の白装束の集団がすわりこみ“般若心経”を、あげていたのが武田信玄 の墓であった。県内では村上藩、長岡藩、新発田藩などがあった。他にも代々の 天皇家の墓や松下(電器)家の墓等も印象的であった。 この終点にある灯竜堂も灯竜の灯火が天井等に無数にならび、形容しがたい感動的 なものである。その奥にある弘法大師の御廟所も信者がそれぞれ“お経”をあげて おり、奥の院そのものという感じであった。 秀吉が母の菩提を弔うために建てた金剛峯寺も剛荘な構えで、“柳の間” (関白秀次が切腹させられた間)がそれとは知らず、突然目の前に歴史を見せ つけられたようであった。高野山へ登る途中の林海の深さに感動、千百年も前に よくぞこの場所をみつけたものと不思議であった。 ーH0407霊的体験ー 二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験を してみた。死後一週間後位か妙な夢。私自身父の気持になり“死にたくない。 もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。 そして夢よりさめた時の妙な気持。私自身父になってしまった。いや私自身 (父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。 夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が実感 できたのだと思う。それが夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になった! という不思議な実感。経験した人間ではないとわからないはずだ。 また死後二〜三日後の夢も強烈な夢であった。何か強烈な恐怖感がおそってきた。 その時、父のベットで寝ていたが“おやじ助けて!”と言ってしまった。 と同時に廊下の向こうにある仏間より本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。 そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、その時隣に寝ていた母が スクッと立ちあがりトイレに行った。全身汗びっしょりであった。 まだまだ不思議な事がいっぱいある…。あれ以来最近は少なくなったが 幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。
―――― ーS6305ー 新井石龍禅師に学んだ事 ー1 学生時代に、父と禅師が親交があり、実家泊りに来ていただいた事等の因縁で、 六日町の禅寺“雲頓庵”に読書を兼ね春・夏休みになると滞在させていただいていた。 度々なので自然と禅師と話をさせていただく機会が多々あった。無知と若さの為 平気で生意気な質問をした私にいつも笑顔で答えていただいた事が、今では懐しい 思い出になっています。 (私) −禅とは一言で言うと何ですか? (禅師) −字の通り天地宇宙に己の単(一人)である事を示す(気づく)事。 社会に出て半年あまりで気負いすぎで早くも行き詰まり、五日間の夏休みでの 雲頓庵の禅師との対話 (私) −世間と理屈は違う。理屈どおりに世の中いかなという事がつくづく わかりました。 (禅師) −あなたの理屈がおかしいだけ、世の中は厳しくも甘くもない。 世間も理屈もあるものか! (厳しく感じたのは自分自身そのものが甘いだけ)。
後者の時は頭を真二ツにわられてしまったというのが実感でした。 頭で物事を考えていた私が、“自分が”前に出ていた私が、その時点でたたき こわされ、社会人の一員にやっと一歩踏み入った瞬間でした。 ーS6307ー 人生は雷光なり 二人で二百才になろうという人の対談の中で、過去百年をふりかえり、 実感として“人生は雷光のようなものだ” 以下字数の関係でカット2008年8月20日)
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2018年02月20日(火)
* 『男はつらいよ』〜寅の恋愛談義 『男はつらいよ』のシリーズ48作全てをみてきた。それに加えTVの放映で、 それぞれ2〜3回はみている。マニアックほどでもないが、同年代からしたら 多いはず。アウトサイダーの生き方に同調するが、何か許されてしまう甘えも 自分をみているようである。 〜ネット検索で調べると、 《 テキ屋稼業を生業とする「フーテンの寅」こと車寅次郎が、何かの拍子 に故郷の葛飾柴又に戻ってきては、何かと大騒動を起こす人情喜劇シリーズ。 毎回、旅先で出会った「マドンナ」に惚れつつも、失恋するか身を引くかして 成就しない寅次郎の恋愛模様を、日本各地の美しい風景を背景に描く。 主人公の名前から、作品自体も「寅さん」と呼ばれることがある。》 《 松竹によって1969年(昭和44年)から1995年(平成7年)までに全48作が、 1997年(平成9年)に特別編1本が製作された。渥美の死去により、1995年に 公開された第48作『寅次郎紅の花』をもって幕を閉じた。 》 《 参道の中ほどに一軒のだんご屋がある。「とらや」を名乗っている。 当初は「柴又屋」といった。のれん、売り台、立看板などを持ち込んで店の 中から表の参道向きのカットを撮った。年に二回も撮影があるんだからと 気安く、大きく重い売り台を小道具係が置いてきた。店でも便利なので そのまま使っていた。売り台の正面に「とらや」と出ているので、通りすがり の参詣客が「あら、ここが映画の『とらや』よ」。そこで、店では、だんごの 売り台を中央に据え、屋根看板も「柴又屋」から「とらや」に変えてしまった。 宣伝部が抗議を申し入れたが、店側は柳に風。とうとう我々が我慢できず、 次の作品から「とらや」から「くるまや」に屋号を変えた。》
―― 大家: 八つぁんが、<寅のマドンナ役への想いが「恋」の典型だ>という 言説が単純明快で解りやすいんで、改めて話を聞かせて貰うよ。 、 八つぁん: 前回、ふと思いついたが、言われてみりゃあ、いい着眼点だね。 思春期そのままの寅さんのマドンナへの憧れが「恋」。「トラ屋」の親族 の面々の互いの思いやりが「愛」で、その織りなす絵柄が物語とね。 大家: よくよく見ていると、物語の奥には仏教思想が流れている。 『空即是色』だよ。俗世の欲やシガラミから解き放されて自由気ままに 旅する姿に、男のロマンの物語。 私の好きな寅さんの口上に、 【"ああ生まれてきて良かった、そう思うことが何べんかあるだろう。 そのために生きてんじゃねえか。" 】がある。 八つぁん: 高度成長時代で地方から都会に移り住み、日常に忙殺され、ふと 田舎の家族を懐かしむ人たちへの温もりを提供した映画。 私が大学を 卒業をして6〜7年、地方都市(四日市、神戸、千葉、金沢)を転々として いた時に、上映すると、必ず見に行っていた映画。 思い出深いのが、 卒業の翌年、四日市で、みた第3作 (昭和45年1月) … <オジちゃん、おばさん夫婦が、三重県の湯の山温泉へ旅行に行くと、なんと 旅館で寅さんが番頭をしていた。旅館の美人女将・志津(新珠三千代)に 一目惚れして、居着いてしまったという物語。> 湯の山温泉は、寄宿していた四日市近郊もあり、生々しい感覚があった。 大家: 御前さんも、色いろあったんだ。 八つぁん: キツカッタ時節だった。よく潰れなかったのが不思議なくらい。 でもさ、20,30歳代は、誰も多かれ少なかれ一杯いっぱいだろう。その頃、 寅さんと自分の不安定な日々が重ねってね。涙して見ていましたよ。 一番辛い時こそ、一番、良いことが足下に埋まっていたね。とにかく、 自分で事業のネタを探し、独りで、コツコツ固めていくのは、それは大変。 事業構想の絵図を何も手掛かりも曖昧の中で模索するのは、簡単ではない。 「マドンナ」への思いを横にスライドして、「事業構想」を求めるのはね。 朧げな絵柄をイメージし、構想するし、単独で実践する行為は、孤独業 そのもの。五円玉の真中に穴が開いている。その、ど真中の穴を凝視して、 その先に何やしらのヒントを探す日々。そこに得体のしれないエネルギが 沸き起こる。 寅: 面白そうだね。初めて聞く話だよ。 八つぁん: 自然と出てきた例えだよ。「正・中心・一点・無」を5円玉に 見たのだろう。真中の穴は、円玉があればこそ存在する空間である。 その空白こそ、エネルギーの元になるんだ? 寅: 何か分かるんだ、それ。棒だけ望んで、ハリだけ叶うだね。 大家: 話が、逸れたね。 八つぁん: 恋と愛の違いだろう。「恋は妄想に始まり、実行で実を結び、愛と なる」で、逸れてもいないよ。で、フーテンの寅が何か言わせろという… 〜つづく ・・・・・・ 4725,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー1 2014年02月20日(木) * 王様の代わりに貨幣が君臨するのが近代資本主義? ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著 事業の結果が、この有様だったが、何かさばさばして心身とも空を浮いた ようで、「ほどほどで、後継者に引継ぐより、これがベスト?の感覚は、 何だろう?」と考えていたが、そのヒントが、この本にあった。 森林でこそ事業経営も面白いが、そこを出てしまえば、充実していたか の満足感の違いだけ。問題は、その後の準備をしていたかどうか。 ライフワークがあったかどうか。 脱コード化の次への準備こそが、必要 だったことになる。王様の支配から資本支配にかわった体制が近代資本主義 であり、金の力が、国も、個人の価値基準になっている。しかし、この近代 資本主義も、一部に力が集中する弊害があって矛盾が出始めてきた。 ーその辺りを抜粋ー 《 ドォルーズとガタリは、人間の欲動が制御され、文化が形成されていく 過程を次のように発展段階的に説明する。 �コード化(原始共同体)=個個人の平面的ぶつかり合いで秩序形成が出来る �超コード化(古代専制国家) =王様が秩序形成 �脱コード化(近代資本制) =王様に代わり貨幣が君臨する ・「コード化」とは、拡散する人間の欲動を一定方向に導くこと、つまり 「秩序形成」と考えればいいでしょう。『構造と力』では、「コード化」 から「超コード化」までの過程が描き出されています。 ・「個人対個人」を原点とする平面的なぶつかり合いによって「秩序形成」 (コード化)が進行し、やがて王を頂点とする「垂直的な秩序形成」 (超コード化)に発展するという流れです。 ・「超コード化」に続く流れとして、いままさにわれわれが生きている 「近代資本制」(脱コード化)社会の構造と、それを乗り越えた先にある、 新たな世界の姿を描き出そうとしています。そしてこの部分が、 「現代人が幸福になれない理由」と、その突破口を示しているのです。 ・「超コード化」(古代専制国家)された社会では、王を頂点とする秩序に よって社会の安定が保たれます。この「安定化の仕組み」こそが、 ドゥルーズとガタリらの構造主義者が説く「構造」にほかなりません。 ・ しかし、われわれが生きる「脱コード化」(近代資本制)された社会に おいては、すでに王は存在しません。英国やオランダ、スペイン、タイ など、いまでも「王国」は存在しますが、そのほとんどは、日本の天皇と 同じように象徴的存在と化しています。ドゥルーズーーガタリによれば、 「脱コード化」社会において、王の代わりに秩序を生み出す存在とは 「貨幣」になります。「超コード化」社会における「安定化の構造」 (秩序の枠組み)は、王を頂点とする円錐形を形成しています。》 ▼「脱コード社会では、人はお金への欲動に突き動かされるが、お金を得る とさらなるお金を求め資本として再投下、もっと多くの金を得ようとする。 際限なく人は、これを繰り返す」これが、現代資本主義の正体である。 だから幸せにはなれない。それも情報化、グローバル化が、一部の強者に 力が集中させてしまう。しかし貨幣の正体は、情報そのもの。人間の持つ潜在 の自然の大きな力が、プラスにも働くのでは?という楽観論を信じたいが・・ ・・・・・・ 5090, タガメ女の正体 ー�� 2015年02月20日(金) * 恋愛結婚に恋愛なし (◎ n`◎) ほぼ大部分の人は、結婚して暫くすると、何か奇妙な感覚になる。 そして、相手を間違えたと誤解する。誤解でも何でもない。 元もと、結婚=幸福は思い込み、共同幻想でしかない。だから今では 三分の一が離婚する。家庭内離婚を含めると、9割が破綻しているのが、 実情のようだ。偽装の幸せ家族を、「幸せの実演」とは言いえて妙である。 ≪ ここで指摘している「タガメ女」と「カエル男」の定義は我々が潜在的に 抱えていながら口に出すことができない「恐怖」をズバリ言い当てている。 そもそも「結婚」や「家庭」を、無前提で「幸福なものとするのは、幻想や 思い込みにすぎず、捕食者が獲物の「生」を奪うことで維持されている現実を 直視する恐怖がある。幸せであるはずの結婚と家庭が、何故か息苦しい、張合 がない、なぜか心底幸福感が得られないのか?その答えは、この婚姻関係が 愛しあった結果でなく、捕食者と獲物の関係だからです。それに気づいても 口に出せない、出したら自分が不幸と認めなければならない。今、口に出す 「幸せ」は実は偽装されたもので、「幸せ実演」「周囲への誇示」のため、 結びついただけの関係を認めなければならない。タガメに箍をはめられ、 血肉を吸い取られたカエル男。その大群が満員電車に揺られ・・ ≫ ▼ 結婚以来、何かモヤモヤした感情と原因を、ズバリ指摘している。 認めたくない人は、問題の根源の「タガメ女」と「カエル男」から 目を背ければよい。「所詮、男はそんなもの」「男のすべては消耗品」 で、直視しないできたツケが、第二の人生にまわってくる。・(ノД`)ヽ(゚ω゚= 身近な4人の姉をみていると、まさに捕食者のそれ。いや、家内も! 植木等の「スーダラ節」が、カエル男のそれ。ヤケッパチになるしかない。 戦略的カニバサミで捕食され、一生、毟り取られる人生! (w_−; ウゥ・・ ・・・・・・ 5454,閑話小題 〜逃げるから怖ろしいのだ 2016年02月20日(土) 『 悲しいから泣くのではない、泣くから悲しくなる。 怖いから逃げるのではない。逃げるから怖くなるのだ。』 と、100年ほど前に、アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズと、 オランダの心理学者カール・ランゲが提唱した、ジェームズ=ランゲ説で、 「身体反応は情動経験に先立つものだと」言う見解で、骨格筋や内臓の 変化が情動を引き起こすと考えた。 <悲しいは「感情」で、泣くは「情動の表出(身体反応)」> 情動反応(身体反応)が先立って→感情(情動:感情の感知)をうむ。 事業清算の直後、身の置き所がなくて、弁護士に、『気分を切り換える ため、東京でも一週間位、行きたいが・・』と切出したところ、即座に、 『絶対に後ろを向いたら駄目です。ジッとして問題を見据える今が一番肝心 な時です!』と。何度か起業を経験し、難問を乗越えてきた経験から、その 意味が直ぐに理解できた。 その時々の難問に、『正 中心 一点 無』を、 唱え、ただ無心に一つずつ正論(正道)を考えてこなしてきた。だから、 『 悲しいから泣くのではない、泣くから悲しくなる。怖いから 逃げる のではない。逃げるから怖くなるのだ。』は、実感として理解できた。 『うまくいったから、幸せになるのでなく、幸せだからこそ、良いことが 集まってくる』の道理もある。他者の実情は知らないが、私には三桁の 至高体験がある。事業の立上げの直後や、秘境ツアー先で出会った 大自然との邂逅や、名画を観て感動したとか、上げればきりがない。 それらは、みずからが、足を運んで求めたからこそ味わえた感動である。 昔から、信じられないほど多くの、おっとり型の長女系美人と出会った。 末っ子のためか、何故か気があう? ただ、それだけだが、いつも、情動なく 終わってしまうが、後悔が全くないのも、変といえば変。私には感情反応と 情動反応の線上が一番面白いところ。女性はその境に敏感、その辺りは 気ままな4人の姉の観察から学び過ぎるほど? で、最後は(。_ _)シュン 学生時代、「人に好かれたいと思ったら、先に好きになること。」と 教わった。好かれるのは難しいが、好きになるのは御手のものと・・ で、 〜また丁度よく以下につづく(一昨年も) ゥゎ━。゚(゚´Д`*゚) 字をとったGNP営業の典型。 バブル崩壊後に、その営業職員の膨大の経費を維持するため、収益の高い 死亡保険を大型にした保険会社に有利な、複雑化した、顧客無視の営業をする ようになった。 その頃、保険会社は、それまでの顧客にとって有利の商品を 解約させ、セールスを使い利回りの悪い商品に切り替えさせていった。 その辺(01〜05年)から保険会社は悪質な営業説明で本来加入できない 病歴のある顧客に加入させ、その後、契約不備を理由に保険金拒否をして社会的 大問題になった。 何と37社で130万件に至ったという。 早くいえば、セールスレディーというオバサンを集めて、GNPで、 その人脈を食い尽くす。それは巧妙なテクニック、何も知らない素人を、 ほぼ騙しで契約をさせる悪質集団という側面を持つ。フレンドリーに長年 かけ知人・親戚に入り込む。合理的の欧米人の二倍の加入率は、組織的意図 がないと無理。 生保で、まともなのは学資保険ぐらいのもの。 22歳まで死んだときに子供の学資を保証するのは、一応、理に合っている。 それ以外の商品の多くは、客単価を上げるための巧妙な商品。読みも理解も できない契約書に巧妙に生保にとって有利な条文が入れてある。 見方によれば合法的組織犯罪に近い集団。それなら預金の方が良いが、 相手はフレンドリーのプロ。その辺の理屈が理解できない人たちの不安に 付け込むのが営業センス。 ・・・・・・ 3618, 忘却の整理学 ー3 2011年02月20日(日) 「忘却の整理学」外山滋比著 ここで、著者は早朝に目をつける。どうも、夜の間に忘却が起こることは たしかであると。忘却が頭を働かせやすく、きれいに整理をしてくれるとすると、 一夜明けた朝がモノゴトを考えるに適しているのは当然である。昔から、それに 気づいていた人は少なくなかった。イギリスの詩人のウィリアム・ブレイクに 次のようなを紹介してある。 朝、考える ひるは はたらき 夕がた 食し 夜は 眠れ まず 朝いちばんに思考せよ である。 他の仕事は、そのあとでよい。 昔、中国の役所は、朝、日が昇ると同時に開始されたという。 それで、 「朝」廷で、効率的であることを知っていたのである。日本の諺に、簡単の仕事 を「朝飯前の仕事」というのがある。 本来は朝飯前に手がければ、簡単な仕事 でなくても、頭は整理されていて、仕事の判断、手順がたしかで処理が早くなる ということから来ている。もう一つ、思考に向いているのは夕食前である。 その時間は早朝と同じで、働いた後で、空腹も加えて脳が活性化している。 更に勧めているのが昼休みの短時間の昼寝。そこに僅かな時間でも睡眠をとる ことで、忘却の要素を入れることになる。最近、再開をした 「モーニング・ペイジ」がある。 白紙の大学ノートに30分位、思いのままを 書き付ける。早朝だから、自然に出てくる言葉は、外部情報に染まってないサラの 内部?から声を掬い取ることになる。ところで以前に、過去の全てを忘却した男 の映画をみたことがある。その時に過去の記憶こそ、人間形成をしていると思い知る。 ということは記憶と忘却の形が、その人物形成をしていることになる。 忘却の、いま一つの方法は、より刺激の強い経験を挟むことだ。忘れようとしても 忘れられないなら、より刺激の強い何かを探し、そこに気持ちを切り替えることだ。 それは前向きということになる。後ろを向いて記憶を強化ばかりしてないで、 目先を変えることが忘却の一番の方法。 ーつづく ・・・・・・ 5820,緩和小題 〜しまった! ーほら見ろよ!ー 8 2017年02月20日(月) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > * 後知恵バイアス 〜ほら見ろよ! 『後知恵バイアス』をネット検索をすると… 、 【自他の失敗・成功に、初めから「そうだと思った」と予言者風に感じる 人間の傾向をいう。プロセスや結果を無視し、何も行動も、決断もしない 無為の人が、結果論で人を不当に評価する。】 とあった。誰も持っている性癖だが、問題は、その濃度。それぞれの心には 壁がある。その境は、普段、多様している「後知恵バイアス」の積み重ね。 これは意外な落し穴。世間様の常用会話で、このロジックに注意をしないと、 何時の間にか仲間入り。 6年前の節目時に、「ウダツの上がらない人生を 過ごしてきた人」ほど手の平を返してきた。 可愛いものだが。私たちは、 この「後知恵バイアス」の変換用語の「ほら見ろよ」で、思考レベルを下げて きた。それが自分の失敗には、「覧の通り、そのまま結構」と呟くだけで、 原因追及をしない。しかし、その辺のボウフラが、その辺りを浅い物語として 創作してくれている。それが、『水戸黄門』『相棒』の上から目線の勧善懲悪 のシナリオそのまま。 悪役や三枚目に、『ほら見ろよ』と鬱憤を晴らし、 自己完結させるオチ。 他人事でない。『相棒』は、再放送分を週に数本は 薄笑いをしながら見ている。で、時々、相棒二人の権力者の倫理観に、引き 込まれている己にハッとする。娯楽としても、強者の立場の二人が、弱者を 裁いているに過ぎない。そのシナリオままに、「ほら見ろよ」の自己満足を。 で、「ほら見ろ」と、言う方と、言われる方の、どちらの人生を選ぶ? 当然、否応なく両方になるのが人生。少なくとも、無為の選択の「しまった!」 だけは避けたいが、それぞれ性格もある。してしまった後悔、しなかった後悔。 そこで充実感の質量が問われることになる。「脱皮できない蛇は‘畜生’と 言い残して死ぬ!」ですか。私には「しまった!」より、「ったく!」が合う。 ・・・・・・・・ 3253, 置き引き…? 2010年02月20日(土) 一昨日、新潟の万代シティの近くのマクドナルドで海老バーガーを食べて、 最後にポテトフライをつまんでいた。半分ほど食べたところ腹は一杯。持って 帰るか、食べて帰ろうかと。 で、そこからである。60歳後半の暗い顔をした 男がやってきて、私が一番奥に座っている隣席をみて、そのまま店頭にある 売店の方に戻っていった。自分の席でも確認して注文した商品を取りにいったと、 ポテトフライを摘みながら思っていた。ところが女性の一人客がきてバックを 置いて店頭のほうに戻っていった。その直後に男が戻ってきて、その席をジッと 見ている。自分の座ろうとしていた席を取られて他の席を探しているのだろうと 思っていた。 ところが、もう一人の女性客が目前の席にバックを置いて 店頭に行った。その男、再び戻ってきて、後に来た客のバックを見ている。 その時は、その男、自分で座ろうとしていた席を二度まで取られて、それを 見ていたのだろうと思っていた。しかし私の一つ置いた席の女性が何か不審 そうな感じで、その男を見ている。 (字数制限のためカット 2012年2月20日)
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2018年02月19日(月)
* 熊と寅の恋愛談義 寅: おい熊や。最近、八つぁんのブログに、チャクラとか、愛・恋とか 小難しいことを書いているが、分かるのかい。 熊: 愛なら分かるけどね。手前のカカアに感じる愛おしさだろう。俺だって あるよ。しかし、恋となるとね。この歳でも、美しい若い女がすれ違う時に ドキドキする奴だろう。俺なんぞは、常日頃、恋していることになるよ。 寅: 御前と歩いていると、俺の方がこっ恥ずかしくなるよ。 熊: 御前だって、年増が来ると、そわそわするじゃないか。桜か、梅かの 趣味の違いだよ。 寅: 御前のような男が若い女を変な目で見つめられたら、気味悪るがるよ。 熊: カカアは、若い時分は良かったけどね。今じゃ、跡形がないけどね。 それでも何か馴染んだら、違う良さが出てきたね。 寅: え、あんなババアのどこが良いの? いや、うちも同じようなものか。 大家: 二人とも真剣な顔をして恋愛談義ですか? 何だかんだ言うけれど、 欧米も、日本も大昔から、歳とか身分など関係なしに最大の関心ごとさ。 熊: とすると大家さんも、まだ関心があるんだ。 大家: 勿論さ。今でも、カミさんに黙って、昔の女の墓参りに行ってるよ。 心の中では更に艶っぽくなって生きているよ。 寅: そういえば、公園で艶っぽい変な顔をして座っているのは、想い出に 浸っているためですか。 熊: 今度、虐めたら、御かみさん云い付けてやるよ。ったく、この色爺め。 大家: 冗談で言っただけだよ。冗談さ。でも、半分は本当さ。 でも、いい女って、年齢に関係ないね。傍にいるだけでワクワクするね。 寅: それって分かるね。熊みたいに若いのしか興味ないのは、可愛そうだね。 俺はね、兄弟ばかりで、女っ気がないから、母親のような大らかな年増 に魅かれるの。 大家: 後悔、後で立たずだよ。いや、先にだった。 熊: 年増を梅に例えれば、梅の花が恋で、実が愛になるね。 寅: 熊も、いいこと言うじゃないか! 熊: 「恋とは自分本位なもの、愛とは相手本位なもの」というじゃないか。 花が恋なら、見るだけで満足できるが、梅の実は梅干しにして食べられる。 大家: 御前も哲学的になったじゃないか。 「恋は幻想だが、愛は動詞」ですよ。行為の結果が愛になる。 恋の幻想から始まり、愛の行為の結果、子供が授かる。 熊: だから俺のガキは、バカでも可愛いんだ。夫婦とも幻滅しているけど、 我家は温か家族だよ。 寅: それにしても、若くて綺麗な女がくると、目つきが変わるな。 あっ、俺もそうかい。もうじき、梅と桜が開花するな! 大家: で、結論は、如何なの? 八つぁん: 今回の出演は無しと思っていたけどね。フッと「男はつらいよ」 の寅さんを思いだしたの。マドンナに恋焦がれて、最後は、失恋するけど、 相手を思って身を引くだろう。恋心が、愛に至るからだよ。そこまで純粋 で深い恋心と愛を監督は言いたいんだよ。 熊、寅には解りはしないよ。 大家: 実家の🍡団子屋の親仁が、ワシのようで、妹の旦那役が八つぁんで。、 隣の印刷屋のタコ社長が熊。で、寅が、そのまま寅役になる。熊は若い マドンナ役の時の特別出演の時になるがね。 寅: あの中の「リリー」役の浅丘ルリ子が良いねえ!恋心よりも愛を感じるね。 それと「ぼたん」という名の芸者(太地喜和子)と、大阪の美人芸者役の 松坂慶子が絶品だったな。 熊: おれ、吉永小百合と、タコの娘が好きだね。 八つぁん: 本当に暇だね。でもマドンナ役は永遠に残るから女冥利に尽きるよ。 大家: 暇だから、自由気ままにに書けるんじゃないか。金も大事だが、時間も 大事なんだよ。こんど暇をみて『男はつらいよ』の映画評をしましょうよ。 ―― 八つぁん: 二年前に、トラさんや、あんた方のような人たちが書いてあったよ! 《豊かな貧困者》 とね! 寅: あんた、さしずめ《豊かな時間持》じゃないですか。 大家: 問題は、その使い方だよ。使い方!生きた時間でこそ、 豊かな時間持と言えるんですよ。 ところでワシな如何だろう?
・・・・・・ 5453,人生で最も大切な技術 ー23 豊かな貧困者 2016年02月19日(金) 『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * ハッピープアー(豊かな貧困者)の存在 「豊かな貧困者」の言葉が意味深長。 仏教用語の「無一物中無尽蔵」の意味、 「人間は無一物が本来の姿だから 、それに徹したとき、逆に一切が無限に出現 する自在の境地が開ける」と似ている。最貧の状態が、最も豊かになることも ある。 その具体的なケースとすれば解りやすい。 〜その辺りから ≪ 心理学者グループの研究にハッピープアー(幸福な貧困者)と呼ばれる層 に関するテーマだが、ストレスに苛まれている富裕層が羨むような、陽気で 苦労知らずの人たちをこう呼んでいる。ディエナーによって実施された研究も その一つ。カルカッタの路上生活者とスラム居住者を対象にした調査から、 彼らの家庭生活、友情、道徳、食事、喜びを含む各種の分野における満足度が、 大学生レベルとほとんど変わらないことが判明した。 一方、社会的、感情的な愛着をほとんど断ち切っているサンフランシスコの 路上や保護施設生活者の場合は「非常に不幸」と答えている。社会学者たちは、 このハッピー・プア現象の説明に、以下の事実を根拠にしている。 カルカッタの貧困層の多くは、社会的、経済的な立場が向上する希望を まったく放棄している結果、この点で不安を感じない。しかも彼らは、食品 などの極めてささやかな物質を手に入れることで容易に満足感を得ている。 ハッピー・プアが単純極まりない楽観論者だ、とは言い切れない。 チベット語の教材を印刷するために、デリーの貧困地区に暮らしていた ことがある。ボロボロの三輪車の後ろに客を乗せて人力車のペダルを一日中 踏み続ける、リキシャ仲間がたくさんできた。冬の夜は、道端の空箱や ダンボールをくべて焚き火をして集まるのが常だった。大声で会話しては、 大笑いをし、あたりを騒がせていた。中には流行歌を歌う者もいた。 焚き火が消える頃には、それぞれの三輪車の中で眠る、という日常。 彼らの生活は楽とは程遠い、非常に辛いものだろう。だが、その善良性と 無頓着こそが彼らを幸福にしているのである。ストレスを溜めこんでいるパリ の広告代理店や証券市場の連中よりはるかに幸福だ、と考えざるを得ない。 年老いたブータンの小作人のことも忘れることができない。私のいた僧院 の若い僧院長が、新品のシャツと1000ルピーを差し出すと、小作人は、 「300ルピー(約7ドル)以上を手にしたことは一度もありません」と、 おどおどしながら話した。僧院長が「心配事はないか」と聞くと、 しばらく考え込んでこう答えたのである。 「はい、雨の季節に森を歩くとき吸いつく蛭です」 「他には何かないか」「それ以外ありません」 かの有名な樽に暮らすディオゲネスがアレキサンダー大王に向かって告げた。 「王よ、私はあなたより偉大です。なぜなら、王が所有したよりはるかに多く を捨て去ったのだから」。ブータンの小作農の単純さには、偉大な哲学者の 言葉と同じ重さがあるとは言えないだろうが、幸福と満足度が富に正比例 しないことをはっきり示している。驚いたことに、米国人の80%が幸福である、 と答えている。ただ、表面に現れている数字と現状には大きな落差がある。 物質的な状況は改善されているのに、若い世代のうつ病は、1960年代の10倍 に膨れ上がり、それが低年齢層に蔓延しつつある。40年前、うつ病に初めて 罹患する年齢は平均29歳だった。それが今日では14歳に低下。 世界の年間死亡者の2%が自殺で死亡し、戦争や殺人を上回る。米国では、 躁うつ病の患者の自殺が十代男女の死因の2位に上昇している。 スウェーデンでは、学生の自殺が1950年以降260%という驚異的上昇を記録。≫ ▼ 準備を含めた45年間の事業人生を終えて、丸裸? で、現在は家内名義の 自宅で、家内リッチで、私はプアー。しかし、何故か心はハッピ?ープアー そのもの。だから、卑しい?目線に快感すら感じることがある。実際に、 今日明日の生活に貧する路頭に迷ったら、その余裕はないのだろうが。 デリーのリキシャの明るさの一端が、少しは解る? それが、最大の収穫。 今さら現象としてのコスプレの衣装が、汚れ、擦切れたとして、着たきり雀 のコスプレを羨ましいとは思えないし、逆に、暑苦しくない? と、書くと、 逆だろうと勘違いされるか。 これだけは経験しないと分からないこと。 話題の川柳〜 我が家では イエスかハイの 二択制 (/へ\*)")ウゥ で、これも偶然だが、以下の内容に丁度よく繋がっていく。 (_ _。) ・・・・・・ 4357, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 −2 2013年02月19日(火) 「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」 橘玲 著 * 愛情空間、友情空間、貨幣空間 私たちは、まず家族、そして友人を第一に考える。そして職場の仲間、 定年になれば趣味仲間になる。しかし貨幣を媒体とする買い物やサービスを 受ける付合いもある。それらの空間を、愛情空間、友情空間、貨幣空間という。 家庭、職場、お店という空間である。その中で、いざとなると金である。 その魔力に、その隠された本性が現れ出る。貨幣で世の中の9割以上を 買うことが出来る実感がする。その本質は交換手段だが欲望を満たす手段。 金は自由そのもの。勤め人が我慢して働くのは、自分の自由を労働という 不自由と交換するため。しかし得た賃金は、自由そのものになる。 その交換の場を貨幣空間という絶妙な表現が良い。お金ほどグローバル価値 のものはない。空気と同じで、それが無くなれば今日の食事もままならない。 ーその辺りの要約すると ≪ 私たちにとって、一番大事なのは、家族や恋人などの関係である。 これが八割ほどとみてよい。そして残りの19%が友人関係。ここには 会社などの人間関係も含めて「政治空間」という。そして残りが貨幣関係。 この関係は商品などを通して世界中ともつながる。中国製のユニクロの シャツなどは、その典型である。その関係は空間にある。 ・愛情空間は2〜10人ぐらいの小さな人間関係で、半径10Mぐらい。 ところが、この小さな世界が、人生の大半を占める。人間は太古より、 愛情空間の出来事の中で、愛情を作ってきた。人間社会は親族のネット ワークで構成されていて、それを最優先をしても、誰も咎めをしない。 愛の至上主義は、生命の進化の過程で人類の遺伝子に組み込まれてきた。 だから、愛が無くなるなどありえない。 ・友情空間は、最大でも20〜30人ぐらい(普通は10人前後)、 半径100Mほどの人間関係。政治空間まで広げても100人ぐらいでしかない。 友情空間が大事なのも、人間が社会的動物だからだ。狩猟採集の時代、 過酷な自然環境のなかで人類の祖先は群れをつくって身を守ってきた。 群れから追放されることは死を意味していた。 ・貨幣空間は、人間関係においては、わずかに1%だが、実際の範囲は、 90%、いや99%を占めているといってよい。貨幣空間は、農耕と取引 によって成立してから僅かに一万数千年しかない。ここに私たちが、貨幣空間 に極めて少ない価値しか認めない理由がある。進化の歴史の重さによって、 愛情や友情という人間関係に比べ、貨幣を介するつながりの重要性を正しく 理解できないのだ。≫ ▼ その貨幣価値は、一歩、愛情空間と友情空間を出ると、ほぼ全てが 貨幣空間になる。新幹線に乗り、東京で同級会に出席してみれば分かる。 その会も、友情空間と貨幣空間のミックス。家を出て、帰るまで、全てが 貨幣空間になる。現実のシビアさと、家庭の温度はあまりに大きい。 とはいえ、愛情空間と友情空間も、残酷で残忍の一面がある。 愛憎空間というか。 ところが、これにネット空間が別に出来て、 現実社会を覆ってきたのだから・・・ ーつづく ・・・・・・ 5089,タガメ女の正体 ー� 2015年02月19日(木) ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著) * 魂の脱占領化 この著書で紹介されていた、「魂の脱植民地化」とは、言いえて妙。 この随想日記で、言い続けてきたことが、たった一言で言い表している・・ 「終戦の半年後に生まれ、アメリカの占領下、魂まで植民地化された自分に 学生時代から気づいてはいたつもりさった?が・・ しかし、私もダカメ妻? に絡めとられて40年、何時の間に前期高齢カエルになっていた、? いや、! 〜ネット検索をすると、以下の内容があった! ≪「魂の植民地化」とは、自由なはずの魂の活動が、人間社会によって呪縛され、 本来の自分を発揮できない状態のこと。国家による植民地化だけでなく、 親や学校、共同体、社会の空気・思想などが個人の魂を呪縛し植民地化する。 それによって偽装された自分によって、本来の情動や感情が、いかに抑えられ ているかを、まず自覚しないと。≫ ≪「不幸の均霑(キンテン)」という言葉は、第二次世界大戦下に、 「不幸が平等であるべきだ」という日本国民を縛付けた恐ろしい概念。 それが69年経っていまだに、日本人の心の中に生き続ける。これを作動させて いるのは個人個人の『蓋』と『箱』という人間の魂と言動を分断する装置だ。 『意図的に自らの言説空間にとって都合の悪いことを「認識しないことにする」 ことで、場の論理を維持する。』「和を以て貴しとなす」と云われるように 日本人独特の価値観がこれに拍車をかける。社会に対し不平不満や誹謗中傷 をぶつける前に、自らの感情の源泉はどこにあるのか考えることが 「不幸の均霑」という呪縛から抜け出す唯一の方法に思う。 ≫ ▼ 諸悪の根源である『世間』という幻想。それに縛られた状況が作り上る 窒息状態が人間を小さな岩穴に閉じ込め、歪んだ結果、病になる。その箍を 極力、意識し、そぎ落としてきたつもりだったが・・ それは具体的にいうと、 世間という妄想。この力が働くのは誹謗中傷で現れる。 これこそ、不幸な 人たち、何も出来ない魂の膿である。彼らの情報は、世間的価値の妄想で 作り上げた「裁き」という誹謗中傷。それが対象だけでなく、自分を毒殺 していることが自覚できない。これが世間の「魂の占領化」である。 毒殺された植民地現人が、ゾンビ化し彷徨って、不幸の均霑をしているのが、 娑婆。だから、自分の周りに柵を巡らし、ひと時でも宙遊の時を持たなければ ならない。その為、教養(魂の脱占領化)が必要となる。 ・・・・・・ 5819,緩和小題 〜しまった! ―人は楽観過ぎる ー 7 2017年02月19日(日) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > * 人は楽観的過ぎる生きもの えてして、人は自分の言動の記憶は甘くなる。自分の好成績とか、楽しかった ことは憶えているが、嫌なこと、失敗したことは本能的に封印する。褒められた こと、良い成績をとったこと、楽しかったツアーなどは記憶を繰返すため鮮明に 記憶に残る。半面、失敗したこと、立ち直れない程の挫折したことは、本能が 不快として、記憶の奥底に封印する。誰の身近にも、「世界は私のためにある」 と思い込んでいる超個人主義者が存在する。私もそうかもしれないが、横に置く。 遺伝子の本質が自己保存のため利己主義に出来ており、それ故に生存し現在に 至っている事実がある。人間とて、その延長の存在でしかない。遺伝子は生物の 物体を通して生き延びてきた。 超個人主義者を注視すると、意外と幸せそう。 当人は我儘を自覚しているため、隠す業が身についている。 何事も前向きに、 出来るうち、したいうちにするが基本となっている。 一般的には、18歳までにつくられた固定観念に縛られ、その枠内だけで 生き ようとする。我儘の特質の一つが超楽観的であること。同じ生きるなら楽観的が 良いが、悲観もないと、大きな挫折が待っている。楽観3に、悲観1の割合が丁度 良い塩梅か。 <短期は悲観的に考えて失敗を最小にして、長期的には楽観的に、 しかし最悪に備えたシェルターを整備しておく> というところか。 * 「決断」は意外と底が浅い 人生の大きな岐路で、「決断」の場面があるが、これが意外と底が浅いという。 その理由が、<人には「バイアス」がかかっているが、自分にかかっていると 認めたくない心理が働く。これを克服するに、自分に大きなバイアスがかかって いるという知識と自覚が必要だが、それは土台無理の話。> これが、強固な バイアスを通した「決断」なら、底が浅いという道理になる。その為、人生を 左右する岐路には、大きな挫折か、決定的な要因が必要になる。人間は、往々 にして、「決断」が出来ずに、後に延ばし、致命的失敗を繰返す生きもの。 中・長期の決断には、準備が必要。 準備を重ねた決断はその分、底が深くなる。 <「決断」は意外と底が浅い>は、あくまで一面でしかない。そういうこと。
〜ところで、以下の内容が面白い!どのみち死ぬのだから、際ものの人生もある。 いや、アンハッピーリッチの方が幅と深みがあって面白そう。人によるか? ・・・・・・・ 3982, スポーツジムに10ヶ月 2012年02月19日(日) スポーツジム(SJ)に通い始め、あと50日で一年になる。 金曜と日曜が公営のミニSJで、それ以外が近くの大型の民営のSJに通う。 一挙に緊張感から解放された反面、ストレスによるウツ予防対策として身体を 動かすことと、セカンドルームとしての場所の確保には、うってつけ。身近の 人の倒産劇で、ストレスが暴発したり、酒浸りになり廃人同様になったのを見て いるので、とにかく運動でストレス解消と、二つスポーツジムに通いだした。 元々、二年前からの早朝のサイクリング一時間を習慣化していた(4〜11月)。 それを加えて一日三時間は運動をすれば、目先の辛い一年を乗り越えるだろう と始めた。 気分転換には良い反面、地元のため知れ渡ったのだろう、冷たい 視線や聞こえるような陰口もあったが、内語の「シロアリ」の10回の繰返しで、 実際にそう思えるため、丁度良い呪文になっている。シロアリは弱音に敏感、 何とも思わなければ直ぐに消えていくのは世界共通の道理。一年近く真面目に 通った結果、数年来の足腰の重さが五分の一か、十分の一になり、腰痛もほぼ 解消。 それも時間が経つにつれ良くなるのが分かる。6つの運動マシーンと、 その間にステップ台が交互に円環に並んだ中央に、若い女のインストラクターが ポップ系の音楽に乗って指導する踊るようなイージーラインがよい。この歳で、 ただ踊れといっても無理だが、運動ならできる。立ち話で「今日は、まだ一回目」 というから、一日何度も来ている人がいるようだ。温泉プールに、風呂、サウナ、 ロビーがあれば、格安の娯楽施設でもある。 フリーの世界=御隠居の世界も 入ってみれば、楽しいもの。 昨日フロントで、「今日で200回目です」と 言われた。10ヶ月と10日になるので、祝祭日と定休日を除くと、ほぼ皆勤。 現職を含め、お薦め。
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2018年02月18日(日)
* 羽生が劇的な優勝 スポーツジムか、休んでフィギアスケートを見るか、迷った上に、 「この試合が、日本にとってピークの試合になるはずだから勝っても負けても 見逃せない」と判断してライブで見ることにした。プロ野球の大谷のような 風貌で、怪我を克服した劇的な結末。それも60数年ぶりの二大会連続優勝とは。 こうなると、次のオリンピックで三試合連続優勝を狙いたいところだが、 ここで身を引くと、今後の人生にとってプラスになる筈だが… 〜ネット・ニュースによると ≪ 羽生結弦「漫画の主人公にしても出来過ぎ」 読売新聞 平昌五輪第9日17日、フィギュアスケート男子で連覇を果たした羽生結弦が 記者会見した。昨年11月に右足首の靱帯損傷というけがを乗り越えて優勝した ことについて次のように語った。 「開き直るしかないと思っていた。けががひどくて練習がなかなかできなかった。 漫画の主人公にしても出来過ぎなぐらい。でもこうやって金メダルを取って、 たくさんの方々に応援してもらって、色んな方々にスケートを見てもらって。 こんなに幸せなことはない。人生として考えたら、なんか変だな、と思う」 今後については、「次のオリンピックについては考えていない。もうちょっと 滑ると思うけど、みんなと一緒に滑りながら考えていけたら」と話すにとどめた また仙台市出身の羽生は、被災地への思いを聞かれて、「自分が金メダルを 持って被災地の方々にあいさつをした時にたくさんの笑顔が見られた。今度は ちょっと自信を持って、皆さんにまた笑顔になってもらえたらいい」と話した。≫ ― ▼ 熊、寅、大家さんに御足労願って話してもらうことにした。 神様: 今回、私も参加させてもらうかわりに、羽生君に憑依しますよ。 大家: 有難いことです。 熊: 10日も経った前日まで金メダルが取れなくて、シルバーコレクターと 揶揄されかけていた。いざとなると、欧米の連中、強いからね。 大家: 欧米社会は、目に見えない差別社会が厳然とあって、生活がかかってる からシリアスになるのさ。 羽生: そりゃ、シビアなもの。それも、金メダル保持が印籠になって、TV出演 の値段が大きく違うんだ。これで更に?倍になるんだよ。 熊: 1〜2回の出演料が俺様の年収と同じもんね。選ばれしものだものね。 大家: 御前は、直ぐに、その話になるけど、現実は現実。 寅: 二回ほど、手をつきそうな場面があったけど、危なかったね。 羽生: 今もそうだけど、神がかりの部分もあるけど、絶対量の練習があれば こそ、堪えられたんだ。誰かの話じゃないけど、『練習は嘘をつかない!』 熊: また、大家さんに叱られるが、これで一生、安泰だね。 羽生: そうでもないんだ。とにかく、不自由なんだ。外食も、シズラクテね。 一瞬のすきに薬物を混入される可能性もあるし。 大家: まあ、まず一個、金が取れたんだから…良かった良かった。 あと最低でも二つをとって3つを確保しないと、東京オリンピックへの 弾みにならないし。 それを考えると、6個は必要だね。 羽生: こと、オリンピックに関しては、『金本位制』が現実ですよ。 扱いが、全く違うもの。二連続の金メダルともなれば、何か恐ろしいよ。 寅: 妬みもあるし、デマもたてられるし、山高ければ谷深し、だよ。 羽生: 「こんなに幸せなことはないけど、人生として考えたら、なんか変だな、 と思う」が本心。何が怖いかというと、世間の持ち上げと、自分の慢心。 大家: でも、この年齢で、この快挙は、御立派ですよ。素直に御目出とう! 神さん有難うございます。 ・・・・・・ 5452,「楽しむ」を楽しんで哲学する 2016年02月18日(木) 【アリストテレスの人生相談ー小林正弥著】の、 ー幸福原理「美徳に基づく魂の活動」ーより * 「楽しむ」を哲学する 母親からは、『仕事も、習い事も、それが楽しみになるまで努力すること!』 父親からは、『お金は事業と仕事を楽しんだカス。カスを稼ぐため努力する のではなく、楽しめるまで苦労し熱中すること』と、聞いて育ってきた。 その背景には、仕事も、習い事も、膨大な努力があってこそ。それを続ける には、楽しみまで引き上げればよい。古美術商時の上客から伝授して貰って いたのだろう? 同じことを2千数百年前の哲学者がいっていた。 <「本物の音楽家とは音楽を楽しむ人のことであり、本物の政治家とは 政治を楽しむ人のことである。そして、楽しむのは能力のある証拠だ」> これは、アリストテレスによる洞察である。何をするにせよ、本物の上達は、 そこにどれだけの楽しみを得られるかによって図ることができるのだ、と。 【アリストテレスの人生相談ー小林正弥著】の、幸福原理「美徳に基づく 魂の活動」から考えて、楽しむとは、美徳を実現させるため、の前提がいる。 ただ楽しければよいだけでは薄っぺら過ぎる。 〜その辺りから〜 ≪ 言葉だけを見ると、誰にも存在する美徳を実現することが幸福をもたらす と見えるかもしれませんが、実際は、音楽の卓越した素質を持たない人は、 いくら努力をしてもプロの音楽家になるのは困難。アリストテレスは、個々人 に、その人の固有の素質が本性として備わっていると考えているのです。 ですから、この原理における「美徳」は、あくまでもその人の魂に内在する 卓越した素質のこと。つまり、これは「幸福を、その人の魂に内在する優れた 素質に基づく魂の活動」ということなのです。アリストテレスは、 「馬の愛好者にとっては馬が快いように、美徳を愛する人たちにとっては 美徳に基づく行為は本性的に快いものである」とします。ここで重要なのは、 彼は幸福を快楽とする考え方は否定しましたが、「美徳に基づく魂の活動と しての幸福は、それ自体として快適である」としていることです。たとえば 賭博を快楽とする人がいても、それは真実の幸福ではありません。それは、 美徳に基づ魂の活動ではないから、これに対し、たとえば理性的な思考活動は、 美徳に基づく魂の活動なので、快いものです。 再び音楽家を例として考えて みれば、その人の魂に内在する卓越した音楽的素質が開花し発揮されれば、 その人は優れた音楽を作曲したり演奏したりすることができるから、その人は 音楽の喜びを味わうことができる。その人にとって、それは本性的に快いもの。 逆に、音楽的素質のない人が無理に音楽を長時間習わされても、それは苦痛で しかありません。このようにアリストテレスは、「本来の善なる活動としての 幸福は、魂に内在する卓越した素質に基づくがゆえに、その人にとっては 不愉快で面倒なものではなく、本性的に快いものだ」と考えました。 しかも彼は、それは美しく、善き行為であると考えます。アテレーは一般的 には「徳」と訳されていますが、美しいものでもあるので、私はそれを「美」 と訳しています。≫ ▼ 「幸福の状態」を、「楽しみ」に重ねてみた解釈だが、最も濃いのを 至高体験、薄めなのが「楽しみ」と、普通は「何となく幸せ」という実感。 オリンピックの選手が、『勝負を楽しみたい』とは、極限状態の現場で本性的 から出てくる実感の言葉だからこそ価値がある。それも勝ったか負けたかでも 意味合いが違ってくる。 濃い目の「楽しむ」とは、美徳に基ずく魂の活動 なればこそ、その味が濃くなろうというもの。まあ、美徳でなくとも、大自然 との邂逅でも、至高体験は可能・・ で、三桁の至高体験と、濃い目も 「楽しみ」が沈殿した池、いや風呂が心の底にあって、何時でも入浴可能。 で、落ちがつく。それが慢性したのがボケ状態の天国? 傍は、地獄に化す。 で、以下が、ちょうど良い塩梅につづく。 ・・・・・・ 4723,哲学はなぜ必要か? 2014年02月18日(火) * なぜ人生に、哲学が必要なのか?(今更だが、あえて!) もう少し おまえσ(=゚ω゚=;)考えろよ ったく! 40歳を過ぎた頃から、哲学に興味を持ち始め、初心者用の本を中心に読み 続けてきた。知れば知るほど、奥行は深い。知人の叩き上げ?で一財を築いた? 男が、茶器造くりを趣味にしていると聞き、自宅に行き、一つ貰ってきたことが あった。その少し前に「スランプ気味」と話していたので、お礼にと初心者向け の池田晶子の哲学書を贈呈した。そこまでは良いが、私の一連の件で会う度に、 逆手に『俺は哲学書など読まないが、上手くいっている』と嬉しそうな嫌味。 これは、イギリスの哲学者で経済学者でもあるジョン・スチュアート・ミルが、 著書「功利主義」で唱えた【満足した豚よりも不満足な人間である方が、また 満足した愚か者よりも不満足なソクラテスである方がよい】の知識があったら 言えない言葉。「ものを考えず現状に満足して動物のように生きるな。やせても かれても思考する人間らしく生きよ」ということ。その男に何度か言われるうち、 酒も入っていたこともあって『茶器造くりでスランプというから哲学入門書を あげた。茶器とは作者の魂そのままが、表出するもの。スランプを乗越えるには、 魂とは何か?魂を入れるとは何か?を知らなければなるまい。作品に打込んだ 魂とは全身全霊を作品に叩きつけてこそ入るもの!それなくしてスランプを 乗り越えることなど出来ないはず!』と、怒り気味に話したが、この人には? 近くの社長をしている二人も、その男の嫌味に対し、私の理屈に同調?したよう だったが・・┃¨━(σ-`д・´)━╋┓ 魂といえば、ゴッホの「ひまわり」や、ピカソの「ゲルニカ」を前にし、 その波動が伝わって立ち竦んだことがある。茶器づくりも、茶道も、花道も、 コンピユータにたとえれば「エクセル」「ワード」などの「アプリケーショ ンソフト」に過ぎない。「ウィンドウズ」や「リナックス」といった 「OS(基本ソフト)」がなければパソコンのアプリが動かない。 何事も、そのOSとなる「ものの考え方」や「もののとらえ方」の基礎を 学ぶ必要がある。行詰ったら、「知のOS」を、グレードアップした上で、茶碗 造りなどのアプリを作り替える必要がある。その「知のOS」が "哲学"などの 教養にあたる。これからして、正解のない人生の課題に対処するにも哲学が 必要になる。人生の難問は生きている限り次々と生じてくる。 対処するには自頭で考えて乗り越えるしかない。その自頭のベースは教養から 生じてくる知恵、すなわち哲学になる。「哲学」(フィロソフィー)という 言葉は、古代ギリシャ語「フィロソフィア」(知恵を愛する)が語源。 この言葉は、哲学が「いかに知るか」「いかに学ぶか」を学ぶための学問で あることを教えている。知恵を愛するから、知恵が生まれる。反面教師 なら幾らでもいるが、相手から見れば、自分が最たる反面教師だろう・・ 人は己が知っていることしか知らない! (゚∀゚). (ノ・人・`)??はて? ドォスル?? (*・д・)ノ(・д・`*)ドォシヨッヵ o( ̄ー ̄;)ゞううむ o(´^`)o ウーr(-◎ω◎-) 考え中..... σ( ̄、 ̄=)ンート・・・σ(゚・゚*)ンート・・・ウーン (Θ_Θうーん・・(〃 ̄ω ̄〃ゞ ・・・・・ 4356, 閑話小題 ー因果一如 2013年02月18日(月) * 因果一如 白隠禅師の坐禅和讃の中に、「因果一如の門ひらけ」と云う一節がある。 「因果一如」は、因果応報に近い言葉。原因と結果は一緒という意味で、 原因を作ったときには、結果も同時に生まれるということ。結果はいつも 原因の中にある。 原因から出て行って、また原因へ帰る。 過去と未来に とらわれることなく今のその瞬間を大事に生きることにつながる。 なぜ人は死ぬか? 生まれてきたからだ。病気は、きっかけでしかない。 善悪、それは誰かが決めた基準で裏表同じこと。事業の倒産、それは創業を したため。きっかけは事業年齢がきて寿命が尽きたため。そうこう考えると 納得できる。現在のアベノミクス、これを因果一如で考えると、ハイパー インフレへの最終到達点。一度、清算した方が良いのかも。 * ヨガ・エアロの場にて 週に二回、スポーツジムの「ヨガ」に参加しているが、あと一月で一年。 欠席は4〜5回で、ほぼ皆勤に近い。週に三回、行われているが、火曜日と 木曜日に参加している。50人定員だが、毎回、ほぼ満員。幅60センチ、 縦120センチのヨガマットを縦にして、その中で先生の指導の下、50分間、 マントラなどの音楽を聴きながら、色いろなポーズをとる。室内はカーテンで 暗く、大人数のヨガは何とも不思議な気持ちになる。 「マット内は、自分の宇宙で、周囲を無視してください。」と何度も繰り返す。 9割は女性で、時間からして主婦が大部分。一年近く続けていたため、関節の 硬さは、かなり取れてきた。「スローヨガ」と名うっているが、だんだん ハードになっていく。私にとって、医院での腰痛治療のようで、背骨、足腰 の骨の矯正をしていることになる。ヨガは、元もと座禅など瞑想をしている 合間に、足腰の矯正をするためのもの。とはいえ、これで腰痛が良くなった というより、悪化防止という感覚。終わると、脳と身体がスッキリ した感覚になる。で、先日、私の近くでプッという音。ガス抜きのポーズで、 誰かが思わず・・ そこに、男は私ひとり。誰がみても・・ まあ、いいかで時間が過ぎていった。 ・・・・・・ 5818,緩和小題 〜しまった! ートランプ大統領選出は?ー 6 2017年02月18日(土) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > * トランプ大統領選出は凶か吉か? 既に失権をした韓国大統領と、アメリカの新たなトランプ大統領の選出。 誰の目にも「選定の失敗」は明らか。判断するには少し尚早だが、その辺を 考え読みとってみる。 ・韓国の場合、怪しげな新興宗教の教祖が、元大統領の娘に目をつけ、大統領 に祭り上げて黒幕になろうと画策し、自分の娘を同じ学校に入学させ近づけ、 大統領の階段の誘導に成功し、大統領にさせた。その結果、教祖の娘が陰の 大統領になり好き放題。 韓国映画並みの劇場型コミック物語そのもの。 ・トランプ大統領も然り。黒人大統領と、元大統領夫人の金髪白人女候補の 世襲に不満を持つ中下層の白人層に狙いをつけ、ロシアの後方援助を得て当選。 全くの素人が絶大権力を持つと、こうなるという珍現象が日々、ニュースで 話題になっている。 二流役者から成り上がったレーガン元大統領でさえ、 カリフォルニア州知事の実績があった。それも俳優で、蔭のシナリオ作家?が 書いた大統領役を忠実に演じればことが済んだ。しかし暗殺されかけたが… それに比べて、この御人、あまりに粗末な裸の王様。TVや、ネットが、 政治的に軽いオツムを、そのまま公開することになる。気づいていないのは、 大統領本人だけ。落目のアメリカの拍車をかけることになる。 どの切口をとっても、あまりに隙だらけ。弾劾裁判の可能性を排除できない。 軽いオツムの公開といえば、「このブログも?」と、斜め後から聞こえてくる… ・・・・・・ 5088,タガメ女の正体 ー� 2015年02月18日(水) * 某メガバンクの必殺カニばさみ ータガメ女の正体〜深尾 葉子(著) とっておきの逸話が紹介されている。できちゃった婚の「ちゃった」が、 この恐ろしい女の謀略を隠しているが、相手も然るもの! とにかく危ない! 誰にでも‘持て期’があるが、ひ弱なカエルに対し、「カニばさみ」は必殺技。 神様は、男の生理を、この技に耐えられないよう御つくりになった。 ≪ 「“カニばさみ”されないように気をつけろ!」 (p103〜戦略的妊娠) 某メガバンクの独身寮には近年、先輩から後輩へ語り継がれるこんな“警告” があるという。「カニばさみ」とはいったい何か。入行6年目のAさん(28)が 実体験を語る。一般職の女子行員(32)にいまの部署に移ってから先輩として いろいろ教わっていて、部署の飲み会の後、酔いの勢いでラブホに入ったんです。 いざ行為を始めようと避妊具をつけようとしたら、彼女が『今日は大丈夫』って」 そのまま言葉に甘えてノーガードで始めたAさん。だが、もう限界だと思って 腰を後ろに引こうとしたその時、信じられないことが起こる。「彼女の両脚が 僕の胴回りを挟み込み、ガッチリとホールドされた。振りほどくのも変だし、 『まあ大丈夫だって言っていたしな』と……」 流れに任せたAさん。 この時は、職場の上司に「出来ちゃった婚」を報告するはめになろうとは 夢にも思っていなかった─。 これが、いま独身のアラサー女性たちの間で にわかに急増する“カニばさみ”の実態。「独身のアラサー女性たちは、 とにかく若い社員を捕まえたい。だから、避妊をさせない。しかも、男の側も 上司や周囲から『早く身を固めろ』と圧力をかけられたりするから、結局 従ってしまいやすい」(ベテラン銀行員) 冗談と思われるかもしれないが、 バンクの男性社員間では、「お前もやられたか」「あの娘は‘カニばさみ’ をするように見えなかったけどな。」なんて日常茶飯で語られている。 ≫ ▼ 以前、名古屋の花嫁学校の授業の一部を紹介していたが、料理・洗濯・ 行儀見習いなどを教えていると思いきや、何と、〈 男の誘い方、魅力的 化粧と、ファッション、魚(男)の釣り方、漁り方、魚場の在り処 〉が要だった。 この書からみれば、ダカメ女に徹し、少しでも大きく、美味い魚の漁り方。 必殺カニばさみの戦略的妊娠は、逆に女子行員の中で、引継がれている? タガメも女道がある!これで一生が決まる幻想があれば、一生懸命になるは!
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2018年02月17日(土)
* 恋と愛の違い この年齢で「恋と愛の違い」について考えることでないが、昨日、シネマ館 に向かう車中のラジオから二人の若い男の会話が流れていた。その一人の学生 時代の専攻が哲学科で、卒論のテーマが「愛と恋の違いについて」という。 その大筋というと、<恋は愛の前段階で、花を例えるとツボミ。開花したのが 愛という。また、恋はまだ互いの間隔が空いた状態だが、愛は家族などの肉親 愛を意味することが多い>と。それを知っていたお陰で、恋愛に冷静になれた という。成るほどと聞いていたが。私の意味付けでは、<恋とは気にいった相手 に自分の理想像を張りつけた妄想> そうでもしなければ、両親、兄・姉の生生 しい実態をみていれば、結婚を誰がするものか?である。ネットで調べると、 この二つを合せ鏡となり、人間心理の奥行が深くみえる から、まか不思議。決して軽い話でない。 <「愛」は真ん中に心があるので真心、「恋」は下に心があるので下心> だけでも酔い時のネタになる。 〜まずネット検索から〜 ――
愛は結果、恋は過程。 恋が育って愛になる。
1・恋は、一人でもできるもの。「恋をしてる」は、一人での行為です。 2・愛は、二人でないとできないもの。「愛をする」とは言いません。 恋は結局、自己愛だ。自分がそうするのと同じぐらい、相手から大事にされる ことを期待している。 それは結局、相手の瞳の奥に映る自分をこそ愛している ということなのだ。
心理学者ロバート・スターンバーグの言葉。 「愛」には、三つの構成要素があります。「情熱」、「親密さ」、「意気込み」。 「恋」には、この構成要素のうち、「情熱」に「親密さ」が加わったもので、 「意気込み」はありません。また、「愚鈍な恋」には、「愛」の構成要素のうち 「親密さ」が欠けています。 では、三つについて。 「情熱」=恋愛感情や肉体的な魅力、性的な欲望が含まれる。 「親密さ」=温かみや相手との近さ、つながり、絆といった感情。 「意気込み」=誰かを愛する決意と、その愛を維持しようとする意気込みのこと。
恋を人間的感情で支える重要な部分が、情や愛の観念、感情。つまりは 『愛や情』が存在しない『恋』は、他者から見れば利己的な欲望に過ぎない。 恋とは、そこに愛や情を内包して始めて美しく輝く。
さだまさしの「恋愛症候群」という歌にこんなフレーズがあった。 相手に求め続けてゆくものが恋 奪うのが恋 与え続けてゆくものが愛 変わらぬ愛
「恋」は天気が変わりやすい山の中にいる感じで、 「愛」は凪いだ海の浜辺みたいなイメージです。
恋は溺れるもの。 愛は身を焦がすもの。
恋とは相手を独占したいという欲求。相手の特別でいたいという願望。 相手の内側に居場所を求める行為。 愛とは相手を大切にしたい、尽くしたいという感情。 大好きな相手を慈しむ生物が持つ普遍にして不変の本能。
―― ▼「一番、上質の相手と出会う機会が多い学生時代に結婚相手を選定しておく のがベスト」と聞いたことがあった。それも卒業のまじか。それらしき人が、 居ないでもなかったが、その後の様ざまな出会いからして、それでは面白く なかった…。<一人を決めると、その他の全てを捨てることになる>の言葉が 重かった。フリーハンドは、環境が良ければ、イチャツキのスリルとサスペンス が満ちてある。わずか5〜6年だったが。「恋」は塀の上側、「愛」は塀の内側。 で、大方は内側に落ちて無期懲役とあいなる。そこで脱獄か、仮釈放もあるが… ってな訳で、イチャツキをしてくれるキャバクラが繁盛するのは、それが足り なかった人が行くところと思いきや、夢をもう一度という男の方が多いそうな。 そこは仮想恋愛ゴッコで身を焦す異空間の竜宮城。 奪われるのがキャバ代。 換わりに得るのが、『愛や情』が存在しない『恋』モドキ悦楽。で、そこが 楽しいらしい。テレビ東京『 家、ついて行ってイイですか?』でキャバクラ嬢 が登場。この仕事に就いたところ、子供の頃からの様々な病気が治ったという。 客を癒すうちに、それが自分の癒しになったとか。「愛」の何かを身をもって 知ることになったようだ。 何か、真面目な切口が… <恋とは、そこに愛や情を内包して始めて美しく輝く> てなこと言われて、その気になって… 問題は、その後。
・・・・・・・ 4722,心を上手に誘導する方! 2014年02月17日(月) 「心を上手に透視する方法 」トルステン・ハーフェナー(著) *「運がいい」と思っている人ほど、幸運に恵まれるのはなぜ 「マインド・リーディング」のテクニック&メソッドを紹介した本だが、これは 他人だけでなく、まず自分のマインド・リーディングに使えばよい。それだけ、 心は未知で、扱いにくいもの。ランダムに、面白そうな部分をテーマにするが、 運、不運は、その最たるもの。運は判断の結果をいうが、その為に必要なのが 「観察力」である。このところ長年信じてきたバイアスに気づくことが多い。 『私はもの覚えが悪い!』と、数十年思い込んできた。 そのため、対象を観察さえしようとしないため、さらに、もの覚えが悪く なっていたことに、最近、気づいた次第。私は「運が強い」と思ってはいるが、 その運を呼び寄せるのは、長年かけた努力の集積の結果ということを経験上、 分っていた。運がいい、という思い込みなら、良いが。ーそのあたりからー 《 自動車メーカーの創設者ヘンリー.フォードはこう述べている。 「あなたは、自分は何かがとても上手にできると思おうが、全然できないと 思おうが、どちらも正しい」 あなたの思考パターンが、目標を達成する 妨げになっていないかどうかをよく考えてほしい。なぜなら、それがあなたの 人生の運に大きな影響を及ぼすからだ。イギリスの心理学者、リチャード・ ワイズマンも、大規模な調査によってそのことを証明している。 ワイズマンは、人生における幸運と不運は本当に偶然によるものなのか、 それとも運のいい人と悪い人がいることを心理学的に説明できるものなのか、 ということに興味をもった。そこで、ワイズマンは、自分が幸運に恵まれて いると思っている人と、ついていないと思っている人を探し出した。 調査の対象になった人たちは「新聞に載っている写真の枚数を数えるように」 と言われた。その後、ワイズマンは被験者に、写真が何枚載っていたか尋ねた。 しかし、被験者には知らされていないもっと重要なことがあったのだ。 その紙面の中央に、ワイズマンはある文章をかくしていた。その文章とは、 紙面の半分くらいの大きさで、「実験の担当者に、これ見たと言えば、あなたは 百ポンドを獲得します」と書かれていたのだ。自分には運がないと思っている 被験者たちは写真を数えるのに必死で、その文章に気づかなかった。 一方で運が良い人たちはリラックスしており、もっと全体を見渡すことができ、 ほぼ全員が百ポンド手に入れた。ワイズマンはこのことから、運の良い人は、 運がない人よりもチャンスに気づくということを導き出した。私たちの思考は 私たちの行動に影響を及ぼし、不思議なことに幸運か不運のどちらか引き寄せる。 ワイズマンは、こう書いている。「楽観的な人は前向きでエネルギッシュで、 新たな機会や経験にオープンである。一方運の悪い人は、控えめで、頼りなく 心配そうな反応をし、目前にある機会を見つけて活かす気がないようだった」》 ▼ 運とは、判断の結果であり、判断には対象の観察力が必要になる。 過去の行蔵を見ると、失敗の場合は、観察をする詰めが甘かったケースである。 運を良くするには充分なる準備が必要で、浮ついて取り組めば、当然、そこには 失敗が待っていた。そう簡単に成功など出来る程、甘くはない。貧しい家には、 貧乏神が住んでいる。今回の一連でも多くのことを学んだが、それも捉え方一つ。 この結果が、『あ〜、運が良かった』と思えば思えるし、『あ〜、何て運が 悪かった!』と思えば、そうである。運が良った!と捉えれば、長年かけた リスク管理を幾つかしていたこと。運が悪いと思えば『長年の努力の結果が、 このザマ!神も仏もあるものか!』になる。モノは考えよう。 ・・・・・ 4355, 閑話小題 ー常日ごろがあるということ 2013年02月17日(日) *「今日という日は、残された日々の最初の日」 還暦を過ぎた頃より、「今日という日は、残された日々の最初の日」の言葉の とおりになってきた。44年前の学生時代の終わりの頃の日記のコピーを、毎年 この時期に読んでいるが、当時から現在に至る年数が長いような短かいような。 60歳を過ぎると「時間軸が横になる」というが、一年前も50年前も同じ感覚。 残された日々だけでなく、過去の時間軸も横になってきた。50歳を過ぎた頃に、 それ以降の残された20年、30年分の人生を捨て身で10年に圧縮し、前倒し 実行したのは、時間軸を横にしたのと同じことだった。横にして見えるのは、 「死」である。また、その裏にある「生」。どちらにしても、人は死ぬ。 そして数ヶ月もしないうちに、ほぼ忘却。それなら、今日という一日を目いっぱい 生きるしかない。人生は50歳を過ぎれば、人間は「残された日々」になり、毎日 が、その最初の日になる。それにしては、まあ、いい加減な日々を過ごしている。 ポイントは、「時間もお金も、‘いましかできないこと’のために使う」になる。 面白い映画を見て、良い音楽を聴き、腰をすえて本を読み、新たな世界に チャレンジし、より孤独に徹し、日々を過ごすことである。その意味では 自己評価は70点だが・・いや、50点か? * 常日ごろがあるということ 一線を離れ、毎日が日曜日のような平凡な常日ごろの日々が続く。 しかし、この「常ごろがあること」が実は素晴らしい。中学、高校、大学の日々 で懐かしいのは、当時の「常日ごろの生活」であるため。その年齢ごとの常日 ごろこそが価値があり、光輝いている。時代を背景にした、その時節の自分が、 そこにいる。だから現在も時代背景と、「常日ごろ」を味あうことが 必要になる。ところで真に味わっているだろうか? ・・・・・・ 5087,タガメ女の正体 ー�� 2015年02月17日(火) まず、タガメ女の定義:田んぼに生息してカエルを捕獲するタガメのごとく、 収入や社会的地位のある男性を捕獲し、「幸せな家庭」というタガにがっちり はめて自由を奪い、リソースを吸い尽くす女性。夫、子供、ママ友など周囲の 人間関係をもタガによって呪縛する。搾取される男性を「カエル男」と呼ぶ。 〜概要をまとめると〜 ・現代日本社会には男性を搾取して弱らせる「タガメ女」なるものが存在し、 巧みに男を捕まえて専業主婦という地位に収まり、その後は様々な約束で夫を 箍(たが)にハメては、わずかな小遣いで働かせる。軽い筆致で現代社会の 極めて重大な問題を提起する。それは標準化された「幸せ」の形式を盲信する ことの危険性であり、それを「魂の植民地化」と呼ぶ。「エリートとの結婚」 「郊外の一戸建て」「年に一度の海外旅行」など、標準化された「幸せ」の 強迫は、強者、弱者 とも不幸にする。この問題の答は、読者が自分で考え、 一般の価値観に捉われないことである。 ・政府の施策やマスコミの世論誘導や、家電の普及で家事労働負担が劇的に 軽減されたにかかわらず「家事が重労働だ」というプロパガンダが成功した ことで、「男に寄生して一生楽に血肉を吸い続けるタガメのような害虫女」 が生まれてしまった。タガメ害虫女も、己の存在価値を賭けタガメ女同士 の見栄の張り合いや、夫や周囲に忙しさや幸せの演出を続けなければならない ため、決して幸せではない。 夫の犠牲の上に「専業主婦」という楽園を 作って女性が逃げ込んだ先が実は「タガメ同士が殺し合い潰し合う修羅界 の地獄」だという不都合な真実」がある。 ・箍にハメられ、カネと社会的リソースを「タガメ妻」にと吸い取られる カエル男が支配する日本社会に、「責任転嫁」「現実逃避」の病根がある。 タガメ女に箍めとられてカネと社会的リソースを搾取される「カエル男」 たちが、日本の政治、経済を動かし、部下や下請け会社、取引先といった 周囲の関係者を逆に搾取の”倍返し”で支配する。 ▼ 4年前に御隠居生活に入って、(現役の)森の世界の木や林での価値観が 如何に官製でしかないことと、世間様とかいう「魂の植民地人」の哀れさを、 改めて知った。それは40年近い現役時代の家内の目線は、タガメ女のそれ。 ・・・・・・ 5817,緩和小題 〜しまった! 〜「犯罪者の容姿が醜い」説は本当かー 5 2017年02月17日(金) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > * 「犯罪者の容姿が醜い」説は本当か 卒業直後から女性の多い職場にいたこともあって、直ぐに気づいたことが、 美人は性格が温厚で優しい人が多いという容姿と性格の関係。子供の頃から 周囲に可愛いといわれ、男の子から優しくされ続ければ、歪みも少なく、自然体 になるのは至極当然(例外もあるが)。その逆に、マル暴事務所に属している人 たちは、確かに人相が悪い。 刑務所内で、悪党諸君と悪さ自慢をして、粗食を 食べているのと、美術館で名画を観て、美味しい食事をして、音楽会でクラシック を聞いているのとは、人相は違って当然のこと。それが何代も続いて容姿になる なら、尚のこと。 貧すれば鈍する! 恒産に恒心あり! で容姿がつくられる。 〜そのシリアスの研究が、ここで紹介してある。 ≪ アメリカの大学で、1万5千人の高校生の被験者の容姿を「美形」から、 「ひどくブサイク」の5ランクに評価する。この容姿の評価と10代の犯罪歴から、 ブサイクな若者は送った暗い青春の長期的影響は、ささやかだが、抜きがたいと 結論づけた。「容姿の劣る人は普通の人と比べて犯罪を起こしやすい。美しい人 は、普通の人より犯罪を起こしにくい」犯罪者は普通の人より醜いと。≫ ▼ 大人数の兄姉の末っ子で、幼児の頃から常に顔色を窺いながら育ったことも あって、特に女性に対する用心深さが人一倍あったような。 美形である程、 視線に対し敏感の半面、それを褒めて欲しいのが特質。しかしさほどに、人は 褒めてはくれない。だから何気なく褒めるのがポイント。表づらと内づらは違う。 逆に、犯罪者は蔑視に非常に敏感である。だから怒り、争い、傷つき、傷つける。 また老いるに従い、気づかず顔は曇り、老醜が漂ってくる。特に清潔感には注意… 大国アメリカの失敗が、毎日のニュースで御存じの… あれ。 で、偶然だが、男はすべからく、「しまった!」と後悔する。で、以下に続く! ・・・・・・ 5451,人生で最も大切な技術 ー22 幸福の社会学〜個人の特性 2016年02月17日(水) 『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * 個人の特性 幸福は知性には関係なく、心の温かがあって、開放的、外交型タイプ に多い。精神的な人で、リラックスが直にできる人も幸福が擦寄ってくる。 とすると、私はさほど幸福ではない?いや、これを書いている時は、 リラックスし、幸せタイムだから、少なくともネット上は幸せか。 〜その辺りから ≪ ・幸福と知性は直接の関係はないらしい。幸福度は、IQテストでも、 性別や 民族でも、ましてや肉体的美しさでも測定することはできない。 ・一方、「心の知能指数」は、幸福な人と不幸な人では大きな差がある。 ピーターサロベイによって造語、解説され、ダニエル.ゴールマンによって 一般に紹介された、心の知能指数とは、他者の感情を正確に認識、配慮し、 自分自身の感情を明確かつ即座に自覚する能力、と定義される。 あるグループによれば、「幸福は、自己主張する資質と外向性および 共感する力が揃ったときに実現する」、ということらしい。 たしかに、幸福な人は、一般的に開放的である。 ・幸福な人は、自分と自分の人生をコントロールできると信じている一方、 不幸な人は、自分が運命に弄ばれていると信じる傾向がある。自分の住む環境 を自在にコントロールできれば、それだけ幸福感が強まるということらしい。 ・日常生活で見る場合、外交的人間は、内向的人間よりポジティブイベント 経験が多く、神経症の人は、安定型よりネガティブイベント経験が多い、と いう点は興味深い。人は、不運を「連続」して感じたり、自分の中に問題を 惹きつける磁石がある、と感じたりする時がある。だが、大切なのは、外向型 だろうが神経症タイプだろうが、楽観的だろうが、自己中心的だろうが利他的 だろうが、繰り返し同じ状況にかり立てるのは、究極的には自分の性格である、 という点に留意することである。 ・心が開かれた人は、困難な状況を戦い抜くのに長けている。一方、リラックス できない人が困難に直面すると、不安を募らせ、それが感情的および家族的な 問題として反映される上、社会的落伍者という形をとることさえある。 ・宗教的であるなしに関わりなく、精神的な次元は、人生の目標設定、人間的 な価値の向上、慈善、寛容、の促進の行為に役立つだろう。 ・・・(略) 人間は、病気にかかっても、病気になる前の幸福度に戻れるというガン患者の 研究により、彼らの幸福指数は、患者以外の人々の指数とほとんど変わらない ことが判明した。・・ ≫ ▼ 不幸のどん底と思えるガン患者の幸福指数が普通の人と同じとは意外。 ガンは心を閉ざすものとの思い込みがあるためである。心が開かれている人は、 それゆえに心の闇の淵で何とか留まる。とnころで、ブログを始めて暫くして自分が 大きく変わったことに気づいた。ブログは、続けていると生身の心情と、能力の 限界がそのまま露呈するが、時間とともに、そのことが、幸福感を、以前より 遥かに強くする力になるようだ。 「幸福は、自己主張する資質と外向性と共感する力が揃ったとき実現する」 で、正にブログは、ネット上で、その役割を果たしてくれ、その多くから、 幸せ感が溢れ出ているのは、そのため。
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2018年02月16日(金)
『坐禅は心の安楽死〜ぼくの坐禅修行記』横尾忠則 (著) * ピラミッド・パワー �� 座禅の空間環境にはピラミッド空間は最適だろう。実家の仏間の一角に、 書斎コーナーがある。その環境が、ピラミッド・空間と似ている。仏間が 亡き先祖の魂、とりわけ両親の魂と同化しているような安堵感がある。 これを書上げ、アップした後に、仏前で祈っている。早朝のこの時間と、 9時から2時間の読書か、ネットサーフィンか、随想日記の下書きの時空間が パワーの源になっている。 ――
≪ ぼくがピラミッド・テントの中で座禅、あるいは瞑想をするようになって からの効果となると、まだわからない。 しかし、この中に座ると、 <自分が完全に外界から遮断されているという意識だけは強烈に起こってくる。 それと、同時に非常に特殊な空間によって保護されている安心感が得られ、 また普段と違ってある種の聖なる意識を伴った上昇感がある。> になるのが特徴。 …アメリカにはフラナガンというピラミッド・パワーの研究者がいる。 彼とそのグループは過去数年間にわたって生体宇宙エネルギーと呼ばれる エネルギーの諸現象に関して研究を続けているが、まだ誰一人としてこれこそが そのエネルギーであると現実に示した者はいないという。このエネルギーは古来 から色いろな呼び方をされている。生体エネルギー、磁気エネルギー、プラーナ、 マーナ、クンダリーニ、気、その他で、これらのエネルギーの根源や特徴について 殆どが宗教的あるいは秘教的修法にかかわる見解ばかりである。
ピラミッド製品を取り寄せたパンフレットに、フラガン博士のパンフレットの ‘ピラミッドと、その生体宇宙エネルギーとの関係’の一部が紹介してある。 【 現在私の研究では、生体宇宙エネルギーは磁気の特殊性質によって起こる現象 であることを実験的に確認しており、このエネルギーは宇宙の諸力と密接不離に 結びついています。 … 磁気形態共鳴によって、ミクロ的次元のエネルギーは ピラミッドのようなマクロ的次元の形態の中に凝縮化されていくに違いない。 電磁スぺクタルに於ける周辺効果の場合には、このエネルギーはしばしば隠されて しまいますが、これと同じように、このエネルギーは不可視の次元で存在し、ただ その性質だけが現われてくるのです。さまざまな物理的現象がこのエネルギーを 現出せしめていても、このエネルギーの本性自体は人々の注意を引くことはない。 このエネルギーは生体絶縁子によって引き付けられ、磁力と同じように熱や光を 発生しますが、この熱や光自体がこのエネルギーの正体ではありません。これら 多くの発見は、ピラミッドによってもたらされたものです。】 横尾忠則『わが坐禅修行記』より ≫ ―― ▼ 気といえば、学生時代のクラブで、「合気道」に属していた。演武が中心で 実戦がないが、「気」の鍛錬で相手を丸め込む技。これも、大男のアスリート には、実のところ敵わない。しかし、「気」が鍛錬されているため、少なくとも 相手に気合負けすることはない。宇宙の気と自ら一体化する訓練は、ヨガ、座禅 に通じるところがある。特に重視するのは呼吸。 ヨガも同様だが、聖なる意識 空間が、道場にある。4〜11月の早朝の信濃川土手へのポタリングも同じ。 人間には7つのチャクラがあり、ヨガは第7のチャクラを活性化させることが 目的と言われている。ピラミッドには、そのチャクラを全開にしてくれるパワー を引出すのが目的に創られたとは、驚きである。いま、思いだしたのが、以前、 『光の手』ー上・下』と『7つのチャクラ』を読んでいたこと。倉庫の書棚にある 筈だが。この2冊は手かざしで7つのチャクラの歪みを正し、病を治す、ヒーラー への道しるべの内容である。長年かけた不摂生の中でも、現在、生き残っている のは、聖なる?生活習慣と、内臓に向けた夜半の手かざしの習慣があるためか。 毎日、心かけていることは、「ああ面白かった」と心の底からいえること。 そう考えると、結構、面白い日だった。有難いことだ。で、今日はシネマの日。 『グレイテスト・ショーマン』を予定。 ☆「地上でもっとも偉大なショーマン」と呼ばれた19世紀アメリカの 実在の興行師P・T・バーナムの半生を描いたミュージカル… 面白そう。
・・・・・・ 5450,閑話小題 〜木鶏クラブにて ー�∩和づ�生き方とは 2016年02月16日(火) * 創造的生き方とは 去年の会で初めて会ったが、ここに新大医学部二年生が参加している。 平均60数歳の中で、良くぞと感心する。彼の一年終了後の一年間の休学は、 人生設計上、理想的に思えた。当時、『よく、その発想と決断が出きたね』 と褒めると、『「一年終了時の一年間の休学」は東大の医学部で流行ってる、 その真似しただけです』と謙虚な答え。私が知る限りの医者の選択肢には、 医院の開業医の独立(父親の開業医を引継も含め)か、勤務医での昇進 (山登り)がある。更に、僻地医療も専門にするか、あくまで都会にするか。 医師で探検家で大学教授など、様々な顔を持ち、 「グレートジャーニー」 で有名な関野 吉晴みたいに、探検を気ままする生き方もある。 直後に連れといく、近くのスナックに誘うと、喜んで参加したが、そこに 60歳半ばの男が話しかけてきた。それが、何と、内科の勤務医を66歳で退職 直後の、高校も、大学も、その学生の先輩という。 本人にとって、医師としての人生設計上、知りたい情報の宝庫である、 嘘のような偶然の出会い。二人の話が盛り上っていたので、列車の都合で、 中座をしたが、普通なら誘われても断るのだろうが、求める何かがあると 感じたからだろう。こういう人に、偶然という形で、大いなるチャンス を与えてくれる何かが存在する。大成のためには、この頃から志にそって、 着実に知識と経験を積み始めている若きエリートの一端を見た思いである。 父親は医師ではないが、祖父が精神科開業医で、退職した勤務医の近所にあり、 その医院の存在を知っていたような? 命を扱う医師こそ分厚い教養が必要。 分厚い教養を得るに、一年間の休学という予定挫折?こそ、代えがたい経験だ。 羨ましいというより、これからのキャリアを積むプロセスが大変だが、明るい のが良い! で、以下の内容をHP内を検索、コピーしてみた。 ・・・・・・ 5086,タガメ女の正体 ー� 2015年02月16日(月) ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著) 子供の頃、小川で見かけたタガメが、カエルなどを主食にした肉食昆虫で、 捕食する姿から、夫婦に例え、「世の亭主は、すべからず女房にお金も人生も 吸いとられる」という切口が、なかなか説得力がある。〜その辺りから抜粋〜 ≪ タガメとは、体長5〜6・5�の肉食の大型水中昆虫 ・・ 今から一〇年以上前、私はNHKのハイビジョン番組を観ていました。 琵琶湖近くにある〆里山の四季を追いかけるというもので、写真家の指導のもと 撮影された映像はそれは美しく、素敵だなあと目を奪われていると、初夏の水田 風景のなかでショッキングな映像にでくわしました。それはタガメの捕食シーン。 じつはタガメというのは肉食で、魚やカエルを獲物にしています。 場合によっては、自分よりも身体が大きい生物をいったいどうやって捕まえる のかというと、これがなかなかエグいやり方なのです。 その映像では、まず土のなかに身を潜めて獲物がくるまでじっと待ちます。 そして、カエルが近くにやってきたらガバッと飛びつき、鎌状の前脚でガッチリ と挟んだら、鋭い注射針くちばしのような口吻(鳥でいう噛)を刺します。 タンパク質を溶かす消化液を注入するのです。カエルも当初は異変に気づき、 「バタバタと必死にもがいているのですが、タガメの締め付けはハンパでは ありません。やがて気力を失ったのか全身に毒がまわったのかグッタリ。 体内の消化液で溶かされ、肉をチューチューと吸われて絶命してしまいました。 番組ではそこまで映してはいませんが、タガメに吸い尽くされた獲物は骨と皮 しか残りません。言葉ではさほどではありませんが映画『エイリアン』を彷彿 とさせるグロテスクな捕食方法。タガメが「水中ギャング」と呼ばれる所以。 そんな捕食シーンをハイビジョン映像で目の当たりにし、息をのみました。 自然界とはいえ、やはりひとつの命が奪われるシーンというのは衝撃的だった ということもありますが、私にはこれが別の場面と重なって見えたからです。 『これって男と女の関係にそっくりじゃないか――』 女はガッチリと男を捕まえて、月一万円という小遣いで身動きがとれない ようにし、チュフユーと夫の収入と社会的なリソースを吸いつくすつ男たちは といえば、最初はバタバタもがくも、やがて諦めたようにグッタリとして、 ゆっくりと収入やリソースを吸い尽くさ最後は骨と皮になって死んでいく。≫ ▼ タガメ女の餌食の「カエル男」は、妻の洗脳で「ATM」と揶揄される タガメ女の搾取と奴隷生活を巧みな洗脳と人格改造により「それなりに幸せ」 と勘違いさせて心の平衡を保ち、保てない人間は職場で溢れたストレスを パワハラ、セクハラ、不倫で発散させる。タガメの顔写真が、女性の股間に 見えてきた。これでカニバサミされ、一度食らいついたら骨の髄まで(ノД`) あ゙ ・・・・・・ 5816,緩和小題 〜しまった! ー 人は意味を探す ー 4 2017年02月16日(木) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > 人は意味(価値)を求めて生きている。当然、自分だけでなく、他人にも、 それを求める。男女別なく、死ぬまで生活をしていかなくてはならない。 まずは、その確保。そして好きなこと(趣味)を生涯続けることが出来れば、 これに越したことはない。 それが連れ合いと重なれば尚のことよい。そこで 連れ合いとの相性の問題(価値の共有)がある。 また連れ合いとのバランス がある。相方は長期物(人)件?。選定の9割は間違えるか、長年かけ破損する。 それでも、何とか… * 人生何を生業(なりわい)にし、何に価値を求めるか? <名前が他の要素に比べて、さほど重要ではないことは、数年前の英国の実験で 証明された。にせの人物のプロフィールを暗記させる実験だ。各プロフィール に架空の名前のほかに、人物ゆかりの地名(出身地など)や職業、趣味といった、 にせの情報が記されている。たとえば、〖アン・コリンズ。有名なアマチュア 写真家。プリストル近郊在住。地元で訪問介護師として働いている〗とする。 憶えていた第一が、職業で、69%。 第二位がタッチの差の68%で「趣味」。 第三位が、62%の「出身地」。最下位が、「名前」で、ファーストネーム(名) が31%、ラストネームが30%しか憶えてなかった。なぜか、人は意味を求めて いるため。その人の名がパン屋を営んでいることは姓がベーカリーより憶えやす かった。人の名は、あまり意味がない恣意的につけられた「ラベル」でしかない。 それに対して、職業、趣味、場所は「意味論的に豊かで何かを意味している。> ―― ▼ 当り前のことだが、その人となりの判断基準が生活を支える「職業」と、 長年かけて蓄積された「資産」。そして、「趣味」になる。 次に男なら、 「美形」と「センス」。女なら「出身地」「最終出身校」と続く。男は、実は 「美形」と「センス」ではない。 それに加えた身についた魅力で8割は知り えるが、それでも数ヶ月は様子をみなければ…。当然、名前などどうでもいいが、 相手の注意を惹きたいなら、フルネームを覚えればよい… このことから、 人生如何に生きるを読みとく示唆がある。 まず職業を何にするか。そして何を 趣味にしたライフワークを続けるか。その為の学校の選択。その条件としての、 両親の職業(家柄)と、学歴の土台を元に、自分の特性をキャリアを加えていく。 それが、各自の人柄になる。「で、このザマ」が、知る限り万人に当てはまる。 そう思えば、気が休まる。社会など、世間など、他人など、妄想でしかない。 あるのは、行蔵と知恵だけ。遊べるうち、学べるうち、今のうち、人生を歩め! ・・・・・・ 「ゴールデン・ルール」のコーナー 2015/12/02 武器としての決断思考 ー� � ー武器としての決断思考〜 瀧本 哲史 (著)ー 図書館で見つけた本で、京大の医学部で場違い?の『起業論』を教えている 内容に興味を引かれ借りてきた。医師の世界も、将来的に、そう甘くはない。 30年以上前に新潟で立ち上げた「木鶏クラブ」の会が、今も二ヶ月に一度、 開かれている。そのの例会に、年末か、年始に、年一回参加しているが、去年、 新大医学部の20歳の学生で、考えるところがあって、一年の休学をとって、 白紙で将来を考えたいという青年が来ていた。『思い切った判断だね!』 と褒めると、『教養課程で、一年の休学は東大医学部の学生の一部で 受継がれてきたのを聞き、考えるところがあり真似ただけ!』という。 この「武器としての決断思考」が、そういう人たちのバイブル?かどうかは 不明だが、私が人生を通し、学んできた要点を、軽く一冊に凝縮してある。 『青年は荒野を目指せ!』である。でないと、溝沼の腐った一員になっていく。 人生からみたら、「事前の一策は、事後の百策に勝る」の、具体例。 「事前に学んでおくべき人生戦略本」で、さすが、東大、京大医学部。 20歳の白紙の状態の決断は人生を大きく左右する。〜アマゾン内容紹介より 《 東大×京大×マッキンゼー式・決断の技術! 本書は、著者がいま、京都大学で二十歳前後の学生に教えている 「意志決定の授業」を一冊に凝縮したもの。今後、カオスの時代を生きていく 若い世代にいちばん必要なのは、意思決定の方法を学ぶことであり、決断力を 身につけることです。もう過去のやり方は通用しないし、人生のレールみたい なものもなくなってしまいました。「答え」は誰も教えてはくれません。 となれば、自分の人生は、自分で考えて、自分で決めていくしかないのです。 仕事をどうするか、家庭をどうするか、人生をどうするか? この本で私と 一緒に「自分で答えを出すための思考法」を学んでいきましょう。 きっと、あなたの人生を変える授業になるはずです。》 〜カスタマーレビューより〜 《 筆者は、東大→マッキンゼー→京大准教授というエリート。 人生において、自分で考え、行動ができる事の重要性を説き、その秘訣を 伝授するとの趣旨。出版社である星海社新書という会社は、「戦う事を選んだ 次世代の仲間たちに、武器としての教養を配る事」を目的として謳っています。 私は、本屋で初めて見つけた本を買って読む事は、めったにないのですが、 思わず買いました。 内容はと申しますと、ガイダンスまでは期待通りで、 これからの厳しい世界を生き抜いていくには、知識・判断力・行動力・修正力 をバランスよく身につけるべき! と実例を交えながら、うなずきの連続。 ただし、本章に入ってからは、ほとんどがディベートの基礎講座。 (大雑把に言うと)ロジカルに物事を考え、常に(正解ではなく)最善解を 導いて、行動を起そう。状況が変化すれば、適宜修正をしていこう。それが 決断思考であり、自分の頭で考えて、自分で決めて行くという事!という内容。 日ごろから、ある程度、まともに物事を考えている人からすると、 同意こそすれ、目から鱗とまではいかないでしょうか。》 ▼ ーはじめにーの「武器としての教養」を身につけろーが、この書の要約。 学生時代の教養課程から専門課程で、何を目指すかを課題を無い頭を絞って 考えて結論を出したが、正に、著者の、この要約を地でいっていたようだった。 50年前の当時は、「坂の上の雲」を目指す高度成長時代の真只中。で、結果は、 バブル崩壊への転換を甘くみて、この結果? しかし、面白く、充実していた。 で、現在は低成長時代の真逆の環境。だからこそ、ゲリラとして、それぞれが 実学としての武器としての教養が必要になる。 既に時代は氷河期に入った。 その中で、久々に? 面白い戦略本に出会った。来週、この会の忘年会に 出席予定だが、この青年、来ているかどうか? ーつづく ・・・・・・ 「ゴールデン・ルール」のコーナー 2015/12/03 武器としての決断思考 ー�◆ � ー武器としての決断思考〜 瀧本 哲史 (著)ー * 人間を自由にするための学問を ーリベラルアーツ 高度成長期は、20年以上も昔におわり、今では時代は氷河期に入ろうと しています。そこで選ばれし者同士の熾烈な戦い生じてくる。そのための 明らかなエリート教育が、これである。著者そのものが、更に選ばれし者。 自分自身の経験を、筋立てて教えればよい。 〜その辺りから抜粋〜 《 リベラルとは本来「自由」を意味する言葉で、アーツとは「技術」。 すなわち人間を自由にするための学問である。その基礎としての教養は、 10〜20代の若い時にそのベースをつくっておくべきである。 教養の起源は、古代ギリシャにまでさかのぼります。 当時の社会には奴隷制度があり、奴隷と非奴隷を分けるものとして、 学問の重要性がさけばれていました。かなり大ざっぱに言えば、 「学のない人間は奴隷として使われても仕方、ない」、ということです。 奴隷などというと、21世紀の日本で生活しているこの本の読者にはあまり 関係のない話のように思えますが、決してそんなことはありません。 私は、いまだからこそ、リベラルアーツが必要だと強く感じています。 それも、未来の日本を支えていく10代〜20代の若い世代にこそ必要なのです。 どうしてか? それを説明するため、京都大学医学部生の話をしたい。 * どうして京大医学部生の40パーセントが「起業論」を学ぶのか? 私は京都大学で、「意思決定論」だけでなく、「起業論」の授業も受け 持ってます。教えているのは、成功したベンチャー企業のケーススタディを 中心とした、実践的な起業の方法であり、その根底にあるべき考え方です。 その授業を受け持ってしばらく経ったときのこと。ふと履修者の情報を 整理してみたところ、驚くべきことに気づきました。 なんと、学部別の割合で見ると、医学部の学生がもっとも私の授業を 受けていたのです。その率、40パーセント。 京大医学部ば、東大医学部と双璧をなす最難関の学部として知られています。 卒業後は、ほぼ100パーセントの人間が医者になります。やりがいだけでなく、 高い社会的地位も報酬も得られ、まさに一生食いっぱぐれない安粛な人生を 約束されたはずのエリート中のエリートたちが、なぜ私の起業論の授業を 受けるのか?不思議に思い、私は学生にヒアリングを試みました。 すると、こんな答えが返ってきたのです。 「この国では、医者になったって幸せにはなれない」 「もう昔のように、医者髄お金持ち、という時代でもない」 「やりがいだけではやっていけない。新しい方法を見つけないと」 彼らは自分の将来に対し、明確な不安を抱いてました。》 ▼ 医者の卵でも、勤務医より開業医の方が遥かに恵まれていることと、 その開業(起業)のための知的準備を学生時代から始めておくべきも 知っている。だから、連れあいも、医師とか、資産家の娘の中から、 探すことになる。医師を目指そうというのは、本来、ある程度の資産が 必要条件である。開業するには、医師としての特性がなければ成立たない。 その特性を磨くには学生時代からの長期のリベラルアーツが必要となる。 「鬼に金棒」の金棒と、使い方は、学生時代から準備すべし、ということ。
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2018年02月15日(木)
『坐禅は心の安楽死〜ぼくの坐禅修行記』横尾忠則 (著) * ピラミッド・パワー 著者の横尾は、家で座戦をする時は、瞑想用のピラミッド・テントを使う。 アメリカから取り寄せたもので、瞑想用につくられたもの。 これはエジプトの ギゼーと同じ精密な比率を持ったもので、人体に実際に反映し、エネルギー場を 反射し、生成、蓄積することがあるということから、開発されたもの。私が 20歳代半ばの頃だったが、世界的大ブームになって、カーター大統領の出身地の ジョージア州では60%の家庭が、ピラミッドを所有しており、テキサスのラレド の病院でもピラミッド・テントが病室に置かれているという。ファラオの墓と して建てられたとした説が、『人間成長の器械』として建てられた説が有力に なっている。 ピラミッドによって発生するエネルギー場が人間の意識を上昇 させる目的という説である。 〜そこで、ウィキペディアで検索すると〜 ― ・ピラミッドパワーとは、ピラミッド形の物体に宿っているとされる 不思議な力のこと。 ・1930年、エジプトのギザにあるクフ王のピラミッドを見学していた アントワーヌ・ボビーが、ピラミッド内に残された死骸が脱水状態である ことに不審を抱いて、再現実験を行ったのが最初と言われる。 ・腐敗を防いだり、精神を集中させて悟りを開いたり大幅に頭の回転が速く なったりさせるといった効果があるとされているが、科学的根拠が無いため 疑似科学の一つと考えられることが多い。日本では1970年代から1980年代 にかけブームとなった。 目次 1 語られている効果 2 ピラミッド(形)の条件など 3 ピラミッドパワーに関する諸説 3.1 「生命力を活性化させ、腐敗を防ぐ」説 3.2 「中のものを乾燥させる」説 3.3 「精神集中を助ける」説 3.4 学者の見解
1 語られている効果 腐敗(細菌繁殖)の抑制 剃刀の刃の寿命が延びる 静電気の発生 瞑想、ヒーリング(癒し)効果 植物の成長促進効果 食品の味が(マイルドに)変わる
2 ピラミッド(形)の条件など 正四角錐であること。 方角を南北合わせること。 パイプ等で稜線を構成するのみでも可 形状が大きい程、効果が大きいといわれる。
3 ピラミッドパワーに関する諸説 1、「生命力を活性化させ、腐敗を防ぐ」説 ピラミッドの形そのものが宇宙エネルギーなどを受けて、その内部に おかれたものの生命力を活性化させる効果があるため、人間は元気になり、 食品などの腐敗を防ぐ効果があるという説。 2、「中のものを乾燥させる」説 ピラミッドはその内部におかれたものの水分を 奪い去る力を発揮するという説。 3、「精神集中を助ける」説 ピラミッド型の施設の中で瞑想をすると悟りにいたる道が開かれるという説。 4、学者の見解 エジプト研究の学者である早稲田大学(現在客員教授)の吉村作治は、 ピラミッドの中で物が腐敗しないなどいわゆる「ピラミッドパワー」が 起こるのはピラミッドに使用されている石材の石質が磁性体であるために ピラミッド内部に磁場が生じて起こるレナード効果現象であって、ピラミッド の形(正四角錐)によって起こるという説はまったくのでたらめである、と 述べている。 ―― ▼ 半世紀前の世界的ブームで、ピラミッド・パワーについての知識はあり、 以来、TV番組で取上げられたのを見てきたが、半信半疑の域を出なかった。 人生を振返ると<見て見えず、知ったつもりで何も知らなかった>に、尽きる。 年齢もあってか、バカの壁が低くなったのか、受入れ能力が出てきたようだ。 横尾のテントの中での効果についての記述が、面白い! 〜つづく
―――― 5815,緩和小題 〜しまった! ー見れど見えずー 3 2017年02月15日(水) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > * 見ていても見えているとは限らない 「人生の幸せは金ではなくその人に与えられた時間の過ごし方にある」が良い。 古希も過ぎ、70歳代に入り一年。残された時間は、5〜10年在るか無しか。 その間の過ごし方は、やり残したことを遣り、好きなことを好きなようにして 過ごすこと。 その点、現状は満足できるといってよい。 6年前のリタイア時に、精神のバランスを崩さないためにと、少し厳しめの 一日、一週単位のスケジュールをたて、実行し、現在に至っている。 「習慣は第二の自己」というが、その点、我ながら充実している。16年続けて いる、この「随想日記」の掲載が『核』になる。与えられた時間を好きなこと に徹せるなら、これほどの幸せはない。で、書きながら思うことは、これまで 気づかなかった、「しまった!」ことばかり。 人生すべからく「ったく!」 と、「あ〜良かった!」で、「まっ、いいか」の諦念で成立っている。そこで、 美空ひばりの<悲しい酒>の台詞が落ちになる。 この本には、面白い逸話が 次々と出てくる。上手くいった背後には、失敗が数限りあるが、人はそれを 敢えて表立てないだけ。「失敗したって良いじゃないか」は、結果オオライ なればこそ言えること。その上に、「手ごわい、あと知恵バイアス」がある。 その上に、「見ていても見えているとは限らない」ときている。真に見える のが、目の前にたてた一本の指の幅2cmだけ。人間とはそんなもの。 その一つが、「不思議なドアの実験」 <仕掛け人の「よそ者」に、大学を歩いている学生に道を尋ねるように指示。 この実験にはヒネリがはいっていて、よそ者と学生の間を、ドアを運ぶ二人 の学生が割って入る。その時、ドアを運ぶ1人が「よそ者」と入れ替わる。 ドアを通り過ぎた時には別人の男は素知らぬ顔で話しを続けるが、歩行者は、 そのことに気づいたか?という実験。 実は気づかない方が多かった。 気づいたのは15人にうち7人だけだった。> 信じられない結果だが、気付いた7人は、ほぼ同年代の人だったという。 TVのお笑いで、SC内のモールで、同じ設定で違う人と入れ替わり、その驚きの 反応をみて笑いをとるの場面を見たことがある。 それだめでない、 <厳しいはずの運輸安全局の潜入調査によると、飛行機に乗客の拳銃検査で、 4丁に1丁の割で、手荷物に隠した爆弾と、材料の60%が見落とされた。> 彼らエキスパートですら見落とすのだから、私たちは何おかいわんや。> 初回にみる映画より、二度目の方が、画面を冷静にみるため、新鮮に思える 経験が誰にでもある。映画館を出たと同時に、全てが忘却の彼方。 本も新聞も雑誌なら、尚のこと。で、こうして書き残し、毎年、読み返す。 「見てなくとも、見ている気になっているのが、凡庸な我々、問題は自覚が 出来ているかどうか。少ないほどゾンビ人間に陥っていく。要するに世間様! ・・・・・・ 5085,真の友人 ー楽しく生きる一日一話 〜� 2015年02月15日(日) * 真の友人 【本日「いいかげん」日和 】ひろさちや (著) 私に真の友人がいただろうか? 学生時代からの友人が存在するし、 仕事での付合いから、気心が知れた人が何人かいる。そういう人は、年に 一度か、数年に一度しか会わないが、それで十分。この随想日記は、一方的 に、友人にトッテオキの情報を知らせる感覚で書いている。 その意味で、 ビュアーは私と会っていると同じ? しかし残念ながら、知人で同じ感覚で ブログを書いている人はいない。今ではソーシャル・ネットワークもあるが、 何か参加する気になれない。 ー以下のドイツ人の友人観に同感するー ≪ ある日本人がドイツ人に尋ねられた。 「あなたに友人はどれくらいいますか」 日本人は、『さあ、百人か二百人くらい……」と答えたが、 それを聞いてドイツ人は驚いたという。 ドイツでは、その人のために自分を犠牲にできる人 ――自分が何も言わなくても、自分をわかってくれる人―― この二つの条件が満たされて、はじめて「友人」と言えるそうだ。 だとすれば、百人も二百人も友人がいるわけがない。 ドイツ人が驚くのも無理はない。 わたしたち日本人は、いささか「友人」を安売りしているのではないか…。 簡単に友人ができる、友人をつくれる、と思い込んでいる。 だから、自分に友人がいないとさびしくなる。 しかし、真の「友人」というものは、一生に一人得られるか否か、 といった存在なのだ。そう考えると、いま自分に「友人」がいなくても 悲しむ必要はない。これから死ぬまでのあいだに、真の「友人」に めぐりあえぱいいからである。きっとチャンスはあるであろう。 ≫ ▼ 以前、トーク番組で、『私には友人がいません!』といってのけ、 周囲が一瞬、静寂になった、のが印象的だった。これを公然と言放つには 強さが必要である。20歳時に、両親の後姿から、創業を決意した時から、 自ら友情を求めない孤独業、一種の自閉症になっていた。といえ、友人は 存在していたが。 創業を決意して見えるのは、自分の卑小、無能だけ。 しかし、今さら後には退けない袋小路で、その都度、友人ができていった。 ・・・・・ 3613, 旅ばなし 小題 2011年02月15日(火) * マッターホルンの登山ツアー 先日、BS/TVでマッターホルン山頂の登山ツアーを放映していた。 それもNHKの女性ディレクターが、それにチャレンジをする内容。 ここはアルプスの中で最後まで登山を許さなかった標高は4478メールの魔の山。 140年前に初めて英国の7人の登山家によって征服された。しかし下山の途中に 4人が足を滑らせて死んでしまった。その山頂へ地元のプロ登山家のガイドが 先導して登る内容を克明に記録した内容。もちろんクライマーは経験者で、 登山前に近くの山頂へのロッククライミングで、その人の能力がガイドによって 試され、合格者のみが登山が許される。コースは決まっているので何組も同じ コース登っていたことには驚いてしまった。もちろん、一つ間違えば滑落して 死んでしまう。頂上には、登って休んでいる先着者が何組かいて、パラダイス を眺めていた。そのガイドは70回以上登っているという。 その頂上から見る パノラマの素晴らしいこと、この上ない。スイスには何回か行っているが、 学生時代の車窓からみた景色の美しさは今でも忘れることが出来ない。 スイスツアーにトレッキングのコースもあるが、山は、その時の天候で大きく 左右される。外れたら、山頂からの景色は霧一色で覆われて何も見えない リスクが伴なう。近くの丘のビューポイントからのマッターホルンは絶品。 天候に恵まれた場合になるが、スイス山岳ツアーはお勧めである。 ここと、カナダのロッキー、ヒマラヤ、北スペインのピレーネの絶景は、 深く心に刻みついている。一度行ったところは、TV放送で再び楽しめてよい。 ・・・・・・ 2012年02月15日(水) 3978, よかまん * よかちん節 学生時代に早大を中心にした学生寮に寄宿していて、三月に一度の割合で、 何処かの部屋で数人が集まり飲み会が開かれていた。 そこで興に乗ると出て くるのが、よかちん節か、数え歌、そして終は肩を組んで、「琵琶湖周航の歌」 か「知床旅情」で終る。 よかちん節を初めて聞いたというか、見た時には、 ただ驚いた。私が親しくしていた早稲田の男が、やおら下着になって一升瓶を 股間に挟んで、奇妙な振りで数え歌を歌い踊り始めた。 実家が商家だったこともあり、年に二回は宴会が行われ宴会芸の際どいのを 見てきたが、これほど露骨で面白いのは初めて。そんな遥か彼方の記憶が 浮かんだのは、先日、図書館で借りてきた「‘11年版ベストエッセイ集’ 人間はすごいな」の中の『よかまん』の文である。「よかちん」芸は東京芸大 の宴会芸が出どころとか。 その、さらに元は九州らしいが。「よかちん」 でなく何故か「よかまん」とあったので不思議と思いつつ読んで、仰天。 次回から、少し長いので数回に分けて紹介するが、ベストエッセイに選ばるに、 ここまでやらないと無理。 そのまえに、ネットで調べた「よかちん節」から・・ 下品で、猥雑なのは勘弁を!(二段目から参加者全員がはやす) ひとつ 一つひねってよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン ふたつ 二つ振ってもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン みっつ 三つ見つめてよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン よっつ 四つ よっぽどよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン いつつ 五つ いつでもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン むっつ 六つ むしってよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン ななつ 七つ なめてもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン やっつ 八つ やっぱりよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン ここのつ 九つ こすってよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン とお 十で とってもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン ▼ 書き手は芸大出身の美術家で、その個展に、これを・・ とにかく面白いエッセイ。次回を楽しみに! ・・・・・・ 5449,閑話小題 〜木鶏クラブにて −� 2016年02月15日(月) * これが老いの悲しみということですか? 最近、何かがおかしい。一昨日、新潟の「木鶏クラブ」の新年会に出席。 ・まず出発時に、金券ショップで買っておいた新潟〜長岡間のS切符を忘れて、 駅から引き返して一時間後の新幹線に乗る。 ・次は、途中参加もあったが、会費を払うのを忘れていて、家内に、 『会費は幾らだった? それも酔払って払ってきたの?』と言われ、 払ってなかったことに気づいた。 ・更に、新潟駅の最終の出発時刻を間違えメモをし乗り遅れ、23時過ぎ の普通列車に71分も揺られ、着いたのが0時半。 一週間単位の日程以外の何かがあると、忘れ物や、思い込みなどで逸脱して しまう。 残念だが普段は自覚できない老いによる緩みがさせる業。 久々の会でも、ハイになり、馬鹿のことを言ったり、したりしていたのだろう。 それにしても酷い。ここで書いている内容も、ずれたことを書いている可能性 がある。一度、言葉にして書出してしまうと、消すことが出来ないため、 アップする直前に精査をしているが、完成に全エネルギーを使い果たし、 もたらす影響の配慮まで十分かける余裕がないことも確か。とはいえ、 何年後の私の目線とビュアーに納得させるためは、ある程度は際どくして おかないとの気持ちもある。御隠居の気楽さは良いが、底知れぬ生老病死の 問題が段々、深刻になっていくようだ。他人様は見えても、自分は見えず。 この会で、「今年の抱負は?」というテーマで、数分スピーチがあった。 本来は新年に考えておかなければならない重要なテーマ。そこで、順がくる まで考えた。で、出てきたのは、『もっともっと楽しむ!』である。 昨日書いた誰か?のように、頭を空にし、『さて、今日は何を楽しむか?』 と、無心に生きればよいが・・ 探せば、面白いことは幾らでもある。 問題は、その選択能力。人は生きてきたように生きるしかない! 去年も書いたが、ここに、新大医学部二年生が参加している。 平均60数歳中で、良くぞと感心する。当人の一年終了後の一年間の休学は、 理想的に思える。これは長くなるので次回のテーマにする。 ところで、当初からの会員の一人に、『ブログから、楽しくて仕方がない 気持ちが、あふれ出ている』と、言われた。 それで、今年の抱負に、 『もっと楽しく!』と言ったが、『楽しく生きる一日一話』が、偶然あった。 ・・・・・・ 4353, 書くことが思いつかない人のための文章教室 ー5 2013年02月15日(金) * 「人プラス物」で書こう! 「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著) ≪ 描写力の持つ伝える力やイメージを喚起する力を、さらに高める手立てとし、 「人プラス物」で書くのがあります。具体的描写の大切さは既に説明しましたが、 その描写の中に人と物をうまく取り入れるだけで、その場面はさらにくっきりと 浮かび上がります。物は広く考えてください。事物ととらえていただいても けっこうです。より伝わる文章表現は「人プラス物」です。 ・・ こんな川柳があります。 歯ブラシはそっと寄り添うケンカ後も夫に先立たれた奥さんは こんな句を詠んでいます。 夫逝きなかなか減らぬ歯磨き粉 ぼくは津村節子さんの短編『遍路みち』のこんな場面を思い浮かべました。 洗面所のコップの中の二本の歯ブラシを見ると、一本も虫歯のないことを自慢 していたことを思い出した。夫の母親が、おまえは口もとがいいね、と言って いたという話をからかいながらロにすると、かれはふざけてロ角を少し上げて 笑ってみせた。育子はその笑顔を思い出して鳴咽した。「夫」は四年前に 亡くなった吉村昭さん、「育子」は著者自身でしょう。身近な人の死は新たな 形を持ってやってくると言いますが、それは物と一緒の場合がけっこう多い。 こんな川柳もあります。 亡夫の靴へふと足入れてみたくなり 靴底に足を入れていく感覚から悲しみの深さが伝わってきます。 「人プラス物」は伝える力をいかんなく発揮する。その靴ですが、奥さんをガン で亡くされた国立がんセンター名誉総長である垣添忠生は著書『妻を看取る日』 の中で、ありし日の一日をこんなふうに描いています。 【病室では妻に少しでも明るい気分で過ごしてもらおうと気を張っていたが、 病院から一歩外に出た途端、動き続けている世界に一人でいることになるのだ という言いきれない孤独感に襲われた。師走を迎え、買い物客でにぎわう銀座 通りを一人歩く。まわりの人はみな幸福そうに見えた。私のように、心の中に 嵐が渦巻いている人もいるというのに……。雑踏の中に身を置くと、自分の まわりにだけ冷たい風がまとわりついているような気がした。そんなとき、 よく立ち寄った病院近くにある帝国ホテルだ。その地下に靴磨コーナーがある。 そのベテランの職人さんの仕事ぷりを見ながら、たわいのない会話を交わす と心が和んだ。靴革は見違えるようなツヤを取り戻した。】 ▼ 文章に、その時々の物を意識し持ち込むと心の状況が鮮明に浮かび上がって くる事例である。納得である。金沢のどん底時代の気持ちを表現するに、 「私の供は学生時代から使用していた布団と、20冊ほどの愛読書と、木製の 組立本棚と、机と蛍光灯だけ。二人部屋の同室の男は二つ年下の同窓の大学の男 だが、何か軽く生活観がない。 同期生は12名。」と表現すれば当時の状況が 現れ出てくる。ただ、「気持ちはどん底」の一言より、文章に幅が出る。 物と状況の描写は、それだけ重要になる。12年も書き続けてきて、この程度の ことすら知らなかったが、量を書いてきたからこそ気づくこと。毎日が気づきと 驚きの日々である。すべからく人は無知で涙を流す。 「人プラス物」に、僅かな金か〜
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| 6181,閑話小題 〜相撲談義(トーナメント戦) −2 |
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2018年02月14日(水)
閑話小題 〜相撲談義(トーナメント戦) −2
* 貴ちゃん登場 寅ちゃんが貴ちゃんに憑依して登場する… 思わぬ展開になりそう… ―― 大家さん: こうなったら貴ちゃん本人に登場願うが、本人は拒否。しかし、 寅ちゃんが、本人に憑依して答えるというから… 実際に憑依しているか どうかは私は責任取らないよ。で、貴ちゃん、何か一言! 貴ちゃん: 大相撲は、江戸時代から続いてきた興業の一つで、大名、大金持 のタニマチへの集り‘ごっあん’の奢られ体質と、利権で部屋の維持を してきた。その調整を相撲協会がしてきたの。だから古い体質が染みついて。 大家: 相撲取りも潰しが効かないため引退後も、生活を面倒見なくてはね。 貴ちゃんのようにタレント性がある力士はいいけど、大部分は、やめて しまえば只の大男。翌日から生活が困窮するんだ。だから、御前さんの 綺麗ごとに怒りさえ感じるんだ。 八つぁん: でも、この騒動は正解よ。モンゴル人の協同組合的仕組は、露骨。 警察への直訴の判断は、当然じゃないですか。 熊ちゃん: あの親方たち、俺と大して変わらないとは思いもしなかったけど。 大家: あれだけ厳しい縦社会で、生きているんだから、御前とは違うさ。 八つぁん: 頭に丁髷を付けて、神官の衣装をつけた行司が仕切るんだもの。 神前の厳かさ価値があるのに。彼ら出稼ぎ気分はいけないけど、異国の地で 捨身で生きているから、生半可の根性じゃないよ。とは言え、横暴過ぎはね。 貴ちゃん: それが言いたかったの。いくら何でも、「横綱アドバンテージ」の 洗脳はいけません。 誰かが理解してくれると思っていたが… 大家: 誰かに解って貰いたいなんて思わない方がいい。生温い相撲界を掻き 混ぜるだけで充分価値があったさ。 喧嘩の本質ってさ、相討ちなの。 「身を切らして骨を切る!」では覚悟が甘い。「骨を切らして、肉を切る」 ぐらいの捨身でないと、勝てないの。 目先、負けでも、長い目でみて 正しいなら、その恩いを込めた精神は永遠に残るさ。世の中、捨てたもん じゃないよ。 八つぁん: 話を元に戻すね。 稀勢の里と、鶴竜、このトーナメン大相撲を 欠場したね。三人とも現役として限界なら、如何なるかだ? 熊ちゃん: あんたが心配するすることでもないよ。 貴ちゃん: うちのカミさん上智大出で、アナウンサー出身だもの。母親とは、 ソリが少し合わないけどね。マスコミの裏表と群衆操作を知っているもの。 協会も、横審も、利益と名誉の塊で、このザマさ。 大家: この大相撲協会の構造体質を知って、観戦するのとしないでは、面白味 が格段と違うさ。当面、今までの白鵬、日馬富士、鶴竜、照ノ富士、玉鷲の 横綱、大関、関脇のトライアングルの崩壊プロセスが、年内続く。 八つぁん: その代り、東欧の栃の心と、モンゴルの逸ノ城が繋ぎで入る可能性 が強いが、これも甘い。 貴ちゃん: うちの部屋に若い双子の力士が育ってきた。それにしても、横審 とかいうの、権威づけのためのお人形だろう。何じゃあれは、ですよ。 八つぁん: せめて理事長の選定だけは、横審にさせたら良い。選定基準の 要素採点化をして、公表すればね。何が選挙ですか。変ですよ。 大家: それか、税金免除など、以ての外。特殊法人で無くなれば、部屋ごとに 企業単位や、国家単位のスポンサーがついてさ、あれは三菱、これはトヨタ とかね。四股名も貸せば、多彩で面白くなる。例えば、『朝の山』ではなく、 醸造の『朝日山』とか、『麒麟山』とかね。 面白いだろう、それ。 熊ちゃん: 野球場、スポーツドームの名前も、売却する時代だよ。 大家さん: そういえば、八つぁんも、以前、30年間、経営していたホテル名。 変形か、ファッション学生服のメーカー名にしたね。あれって、時代の 先取りだったよな。 八つぁん: 『ベンクガーホテル』とかね。10年で変えたけどね。当初の10年は かなり儲かったけどね… 後半は、資産デフレと、価格デフレで食潰して、 黄色の点滅で、早々に断念をし、自宅で年金生活が出来る身分で収まって いるけどね。自分で起こした会社は、割切りが早いの!面白かったしね。 貴ちゃん: 部屋の経営も大変。転身していった弟が羨ましいぐらいよ。 大家: 私も、弟の生き方が正しかったと思うよ。 貴ちゃん: でも、二代続いた血筋。この選択しかないでしょう。 大家: 今の状態が一番理想的だと思えるけどね。また、このままじゃ、 不祥事が間違いなく起こるよ。あまりに深い汚点だね、この横暴は。 八つぁん: それも取返しのつかない大問題がね。この落選が生きて来るよ。 良かったじゃないですか、この結末は。最後に残るのは、精神ですよ。 熊ちゃん: 大家さんは如何だろうと、俺は、この一連の貴ちゃんの態度、惚れ 直したよ。 あのメンバーの一員にしておくには、面構えがが違い過ぎるよ。 寅ちゃん: 仮面は厳しいね。 ボケ役の方が遥かに楽だよ。でも、貴ちゃん、 好きになれないよ。 大家: チャランポランの御前じゃ体質が違い過ぎですよ。それが逆に融合して いたんですよ。 大家: 丁度、お時間のようで… 寅ちゃん、ご・く・ろ・う・さ・ん。
・・・・・・ 5448,人生で最も大切な技術 ー21 幸福の社会学 2016年02月14日(日) 『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * 幸福の社会学 〜A:幸・不幸になりやすいタイプ' 客観的には分からないが、私は幸福の典型的タイプと自認している。 8人姉兄の末っ子で、両親の愛情を一身に享受してきたことが大きな要素。 幸せのタイプといえば、家内と、その母親が幸せな人。家内には幸せが磁石の ように、擦寄ってくるようだ。 空っぽの頭にあるのは視界にある楽しみと、 楽しかった想い出のみ。幼稚園から小学校の頃、お人形のように、次々と習い事 を重ねたのが底に沈殿している。何事にも興味を持つが、直ぐ他に気持ちが移る。 私も、家内も、不幸系の人の匂いを直ぐ嗅ぎわける。言葉にあらわすと、 品位というが・・ 「じゃあ、お前さんはどうだ?」というと、『品位とは、 言葉と行動に責任を持てるか』という基準からしたら、あるのかないのか。 口先で綺麗ごとをいうのを、品位とはいわない。 〜その辺りから ≪ 幸福を引き寄せるのはどのような心の状態か。幸福を妨害するのはどの ような心の状態か。それを見分けるのが本書の主旨である。では、人生の質に 影響を及ぼす要因に関する社会心理学的な研究から、何か学ぶことがあるだろう。 20世紀初期の心理学と精神病医学の関心のほとんどが、心理学的障害と精神病 の解説と治療にあった。ごく最近まで、科学は、人間が、「正常」な状態から、 精神的に最も健全で生気に満ち溢れた状態に変革する可能性についての研究には、 ほとんど関心がなかったが、このところ認知科学と「ポジティブ心理学」が 非常な関心を集めるようになり、状況は変わりつつある。 人間には、幸福になりやすいタイプ、不幸になりやすいタイプ等の遺伝的素因 が生まれつき備わっているのだろうか。家庭のしつけや人生経験は、主観的な 幸福感に対して、どの程度、有利に働いたり不利に働いたりするのだろうか。 人格的な特性をどの程度まで修正することができ、どの程度まで永続的な満足感 を起こさせることができるだろうか。精神的要因のどれが変革に貢献するのだ ろうか。 過去30年の間に、以上の問題は十分な時間をかけて研究されてきた。 70数力国で、何十万というテーマの研究が実施されており、膨大な量の研究結果 も出版されている。これらの研究結果から、大まかに三つの結論が導きだされる。 ・その第一は、富、教育、社会的地位、趣味、性別、年齢、民族等々、外的条件 その他の一般的要因が、満足度指数にもたらす影響は付随的でたいした重要性 がなく、変動幅は10〜15%以下にとどまっている。 ・第二の結論は、幸福になるか不幸は、遺伝的素因が関係しているらしい。 幸福になる潜在能力の25%が遺伝子によって決まる、ということである。 だが、遺伝子は状況に応じて、適応したり無視したりできる、いわば青写真 のような機能を持つ。 ・第三の結論は、人間の生き方、人生観、人生における出来事の認識と反応の 仕方は、幸福や不幸の体験に多大な影響を及ぼす、というものである。 この結論は朗報である。なぜなら、幸福になる能力が不変のものなら、幸福の 現象を研究したり、持続的に幸福になるために努力したりする意味はなくなる。 これらの結論により、幸福に関するこれまでの膨大な量の理論が誤りだったこと になる。幸福は健康にいい、楽観主義者は人生を長く楽しむ、幸福になる技術は 磨くことができるといった考え方は・作家や哲学者によって、しばしば笑い種 にされてきた。ところが、これらが立証済みの事実として認められようとして いるのである。≫ ▼ 過去を内省すると、様々な節目の危機があったが、判断と決断を大きく 間違わなかった?のは、早朝の読書習慣を続けていたことか?その蓄積が、 何とかポジティブとネガティブの比を3対1に維持させていた。もしかして、 自分で気づかないだけで、判断と決断を間違え、ここまで生きてきたのだろう。
・・・・・ 3977, 人生を振り返る時節に 2012年02月14日(火) 還暦を過ぎ60代半ばを越えて、そろそろ人生の整理に入る時節に入った。 一年近く前に会社も倒産し、事業人生を終えてしまった。後悔も、未練も全く ないのが自分でも不思議である。しかし時間に余裕が出来、気持ちも落ち 着いた現在、人間は時代の波に漂う存在でしかないことに思いやられる。 出身の長岡市が生まれる直前の戦災で、両親も含めた我家全て焼け出された。 子供の頃の記憶は3歳位から始まるというが、私は生後三ヶ月から始まっている。 大人数の中で育ったこともあるのだろう。 長岡の商店街の真っ只中で何時も 独りで遊んでいた。その習性が、そのまま現在に至っている。 幼児の頃から 住み込み従業員と10人の家族の中で、常に周辺の人の顔色を窺っていたが、 それが刺激的であった。そして年齢を重ねるのと同時に、経済が成長していく 右上がり社会で、その豊かさを享受してきた人生だった。それも20年前の バブル崩壊で、一挙に右下がり経済になり、それと正比例した引き潮に私の事業 も浚われてしまった。それでも66年を振り返れば、ベストの時代に生きることが 出来たと両親に国家に天(運命)に感謝している。人生の満足度では90点以上。 しかし振り返るとフラッシュのように恥ずかしい場面が次々に思い出される。 それでも嫌なことより、良いことが数倍あった実感が気休めになる。 時代と家庭に恵まれて、社会に出てからも独学を続けてきたこともある。 で、これだが問題はこれから。 老齢は、おのずから病気、老い、死の問題が 背後から追い越し目前に突きつけられる。 自然と気持ちが暗くなり、慢性 老人性鬱症が付きまとう。初老の心象風景とはこんなものかと思っているうちに、 中老になっていく。人生それぞれの年齢の心象風景は、それなりに微妙な味がし 面白い。やはり、読書と芸術と自然に深く触れることが晩年の味。人生万歳!
・・・・・・ 5814,緩和小題 〜しまった! ー概要とは? ー 2 2017年02月14日(火) < しまった! 「失敗の心理」を科学する ジョゼフ・T・ハリナン (著) > * 概要とは? 「しまった!」で一番多いのが結婚相手の選定。ベルギー、ポルトガルなどは 7割が、アメリカでは5割以上、日本は3割半ばが離婚に至っている。家庭内離婚 を含めると9割が破綻している? とはいえ、家庭だけは持ってみないと… 失敗を最小にとどめるに、知識と情報が必要。 ここで、 <医師の84%は、同業者がメーカーからの贈与に影響されていると考える。 だが、自分が影響されていると考える医師はわずか16%しかいない。> 成る程、日本は贈答社会(ミニ収賄社会)であるわけだ。 〜Amazonの内容紹介〜 ≪ 「人間はなぜ、まちがうのか」というテーマについて、 面白くてネタになるトピックを「これでもか」というぐらい集めて 分析した本です。たとえば・・・・・・ ★レントゲン技師は、画像に写っていた悪性腫瘍の9割を見落とす? ★トップレスダンサーの収入は、彼女の月経サイクルに左右されている? ★黒いユニフォームのチームは、ペナルティーをとられる可能性が高くなる? ★人間は、誤りを犯しそうなときは、むしろ「行動を起こさない」という 誤りを犯すほうを選ぶ? ★「セックスした相手の数」を、男は女の四倍も多めに答えたがる? ★人はなんらかの形で自分が不正をしていないことを証明すると、 その後の作業でもっと不正をしやすくなる。 ★映画を「あとで見る」人は高尚な作品を、 「いま見たい」人は大衆的な作品を選ぶ。 ★キャッシュローンを勧める通知書に女性の写真を載せるだけで、 利率を五ポイント下げたのと同じ効果が期待できる。 ★予備選名簿の一番目に載った候補者は、得票に三ポイント上乗せできる。 ★投資家は、金曜日の経済記事には月曜日の記事ほど注意を向けない。 ★人間は、印象の操作など特定の目的のためには平気で話をつくり変える。 ★無意識につくり変えた話でも、二度三度と繰り返すうちに、いつしか 「記憶」そのものになってしまうことがある。 ★一般的に、男は自分を持ち上げるために、 女は他人を持ち上げるために嘘をつくことが多い。 ★社会的地位や学歴、収入は、全体の幸福度における三%しか占めていない。 ★ 人を単純作業に従事させるためには、お金の力がものを言う。 だが、たいていの行動では、人間は総じて金銭的同期には左右されない。 (ゆえに、行動経済学はあまり役に立たない?)≫ ―― ▼ 上記の中で、【☆人間は、印象の操作など特定の目的のためには平気で話 をつくり変える。☆無意識につくり変えた話でも、二度三度と繰り返すうち に、いつしか「記憶」そのものになってしまうことがある。】などは、如何に 世間話の「噂話」が奇形されて流布されるかを端的に言い当てている。 9割は好い加減な馬鹿話。それを信じ真面目に論じているのが、世間人。 ・・・・・・ 4719,「余命3カ月」のウソ ー3 2014年02月14日(金) * 苦しみ抜いて死に至るがん治療 ー「余命3カ月」のウソー近藤誠 (著) 著者は、現在のがん治療は拷問するために生かしておくようなもので、角を 矯めて牛を殺す喩えそのもの。がんを治そうとして本体を痛めつけ、死に至ら しめる危険が大きい。ー以下は、その典型。知り尽くしているのに、であるー 《 名誉総長はこう語っています。{妻は抗がん剤のつらい治療も受けてくれ ました。1回目はマーカーが下り、喜びました。しかし、2回目からは効果が なく、副作用ばかりが出てきた。薬を代えたのですが、今度は口内炎、食道炎が ひどく、食べるのもつらそうで、かわいそうでした。医師も転移したリンパ節 1個は治せると思っていたはずで、前向きに治療していました。 しかし、最後は敗戦処理のような感じにもなりました。抗がん剤の効果を 本当は信じていなくても、前向きに闘いたいという気持ちでした}。妻が余命 3ヶ月と思われる時期を迎えても、「緩和ケアのことは考えませんでした。 迷うことなく再入院し治療を」と、玉砕しか考えていない。ふともらした 「敗戦処理」「抗がん剤の効果を本当は信じていなくても」という言葉に、 がん治療の恐ろしさが集約されています。医者はこのように「がんと闘う」の 一点張りで、効果を信じてもいない残酷な治療を患者に次次へと平気で押し つけるのです。患者がどれほど苦しみ、弱っていようと。がんセンター名誉総長 の妻は一度だけ「こんなつらい治療を受けたのは、あなたのためですよ」 とつぶやいたそうです。・・・ 》 ▼ 老人ホームの専門医の中村仁一が、「ホームでの放置患者は、ほとんど 苦しまず亡くなっている」という事実が、上記の名誉総長の妻の悲惨さの 逆を物語る。私の父がスキルス性胃がんになって、余命半年〜一年と身内に 宣告された。そこで当時名医といわれた東京女子医大の中山教授に執刀して もらったが、一年で亡くなった。父は亡くなる直前、「あれほど苦しむなら、 死んだ方がまし、同じならしない方が良かった!」と、こっそり打ち明けた。 死ぬ間際の肉体的苦痛は、それは酷く、「結果はどうであれ、モルヒネを うって苦痛を止めてくれ」になっていた。 がん死か、痴呆老人になって紐に 繋がれ死んでいくか、どうするか?と言われたら、私は前者の選択になる。 酒の飲みすぎの罰として、モルヒネの効きは飲んだ量に比例して悪くなる。 神は生きていたくなるほどの苦痛を与え、天に召されるようだ。だから 生きている内、五感と肉体がしっかりしている内、楽しめる内に、積極一貫 に生きるしかない。成るほど、後ろに感じた死神が、そろそろ横並びになり、 数年後は正面から? 死ぬべき時には死ぬが良い!ということ。 〜つづく〜
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| 6180,閑話小題 〜1,200機以上のドローンの群体飛行 |
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2018年02月13日(火)
* 開会式、光のショー 開会式はニュースで見たが、1,200機以上のドローンの群体飛行の光のショー には驚かされた。まさに鳥の群体飛行そのもの。サイバー攻撃の可能性もあって 事前に録画した映像を使用した画像のようだった… 〜ネットニュースによると ≪ 韓国で開催されている『2018年平昌オリンピック』の開会式映像にインテル製 ドローンが登場。世界最高記録となる1,200機以上のドローンによる群体飛行で 光のショーを繰り広げました。 https://www.youtube.com/watch?v=eIk6j6dprnA≫ ― ▼ ラスベスのホテル上空で、既に一定期間、光のショーとして群体飛行が行われ ていたようだが。小鳥の群体飛行は知られているが、小鳥の代わりに、ドローン に置き換え、様ざまな群体のカタチを表現する技術に唖然とした。これは鳩ぐらい の大きさだが、蚊ぐらいのモノから、小型ヘリ大のものまで開発されている。 ドローンの普及で、YouTubeの映像に面白いものが俄然、多くなった。 空中で鳥と戯れたり、ペットや、アフリカで野生動物を揶揄ったり、万里の長城を 游かいしたり、中国の下町界隈を散策したり、マッターホルン頂上から、様ざまな 角度の映像だったり… 飽きることはない。 毎日、PCと、TVの前に7〜8時間は 鎮座している。 画面が大きく鮮明で、内容が面白く豊富なため。 内向きだが、 内の向こう側に広く深い世界がある。良い時代を生きてきたが、本当に面白いのは、 これからだろう。尤も、気持ちと身体が若ければが前提! これこそ「死に欲」か。 それより、今日を、今を生ききることが必要じゃないですか。活きているのかな? ・・・・・・ 4351, 書くことが思いつかない人のための文章教室 ー3 2013年02月13日(水) 「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著) * いい文章とは? そもそも文章を書くとは何? そう簡単に、いい文章など書けるわけがない。「自分が納得した文章を 書き上げる」ことを心掛けた結果として、時にまともな内容がある程度。 まずは何事も継続し量を書くしかない。そうすると本音が自然と出てくる。 一々飾らなくなるためだが、長年続けると建前で生きている人の心根の浅さが 見えるようになる。本音を隠していると、その本音が枯れ果てて、何時の間に 「ゾンビ」になっている。ただ世間話しか出来ない夢も希望も知性のない人種。 ー次の内容が、文章の書き方について解りやすく述べているー ≪ いい文章とは? と問われても、そもそも文章って何なんだろう、文と文章 とは違うのだろうか。・・文というのは一つのまとまった内容をひと続きの 言葉で表したものです。多くは最後に句点(マル)がついています。その文を、 意味がわかるぎりぎりのところで短く区切ったものを文節と言います。 文の間に「ネ」を入れてみればわかります。「的確な(ネ)表現の(ネ) 文章を(ネ)書きたい」これは四文節から成り立ちます。この文節でつながる 文を二つ三つと重ねて、自らがとらえた事象を考え、意見などを筋立てて 書いたのが文章です。全体をたとえると、「いくつかも節のある一本の竹が 文で、何本も集まって形を成している竹林が文章です」。 その「いい文章はとは?」ですが、内容が的確に表現されているです。 文章は、その人自身のものでなくてはならない。・・体験は単に身の上に 起きた出来事ではありません。人間の意識が強く働いた結果なのです。 そのときに思ったこと、考えたこと、さらには織り成す感情とともに、大脳皮質 の側頭葉のところに長期記憶として保存されます。文章を書く上でその記憶が 必要になると、やはり大脳皮質にある前頭葉が「こういう記憶を」とリクエスト します。ですから、自分というパーソナリティを形成している体験こそが文章の 最も大きな源泉、おおもとでして、作文というのはそのおおもとから記憶化された 自分自身を引き上げて言葉にする作業にほかなりません。といってそれらは そのまま言葉になるというものではありません。第一、記憶自体、大喜びした とか大泣きしたとか、特別な出来事を除けばそれほど鮮明ではないでしょう。 なかには部分的にしか浮かんでこないものもあると思われます。しかし体験も 言葉もすべては自分の中にあるわけ。それを投げ出さないかぎり文章化は不可能。 また文章は、自分にしか書けないことを、誰が読んでもわかるように書き直す ことです。 ・・・ ≫ ▼ 側頭葉残された「思い出」は、その人にとって意味があるから長期保存と して残っている。だから、書き出せば、その意味の解明になるし読手も面白い。 記憶に残っているだけで意味があり、その人の本質が隠れている。文章を書く のは恐ろしく面白いのは、そのため。脳は物語にすると記憶に残るのは、筋書き を求めているため。で、こうして毎日「あれこれ」を起承転結にし纏めている。 記憶にガラクタしか残ってないのは、どうして? ・・・・・・ 3611, 大相撲八百長事件 ー3 2011年02月13日(日) 二人が勝ち負けを決する個人競技である限り、そして個人の意思が携帯電話や パソコンで簡単に行き来できる現在、「八百長をするな!」という方に無理ある。 お互いに四つに組んだ時に互いの耳と口が至近距離になる。そこで20、30万 と仲間同士の符丁を決めておけば、阻止など出来るわけがない。「自動車事故死 が数千人もあるので、自動車を廃止してしまえ」と主張するようなもの。 まずは交通違反を止めろと言っても、これも無理の話。八百長に関して、 今回のように発覚したら厳罰を科せばよい。「八百長が絶えないから大相撲を 公益団体を外してしまえ」という論理に無理がある。この怪しげな興行世界が 日本伝統のマイナーの側面である。これを解説者では一部の人しか主張してない。 だから、今回も、4人は追放、疑問のある10数名を三場所の出場停止をして 幕引きをするだけでよい。 日曜日の夕刻のお笑い番組の「大切り」は、作家が いて、そのストーリーにそって、落語家が珍妙なやりとりをする。 一時、週刊誌が、このことを槍玉に上げたが、メンバー全員それを否定した コメントをしていた。それは当然である。160キロ平均もある鍛えぬかれた大男 が、全力で15日間も続けてぶつかりあったら、どうなるか分かりきったこと。 幕内・数十人の閉鎖社会の中で勝ち星の貸し借りがあるのは当然で、それを含めて 楽しむのが大相撲の面白味である。だから、私は初日と千秋楽は幕下から見る。 初日は貸し借りのない真剣勝負が見られ、千秋楽は出てくる互いの力士の勝ち 星を見て、暗黙のうちにドチラが勝つかを予測しながら見るのである。 見る方も分っていて見ている。私が知る限り、ほぼ100パーセント、貸し借りを している。日本文化は談合世界の中で育ってきたのである。麻薬などで追放に なった元外国人力士などから、多くの実話が出てくるのだろうが、交通事故に 気をつけた方がよい。 ・・・・・・ 5813,緩和小題 〜しまった! ー9割の情報は間違っているー 1 2017年02月13日(月) <しまった! 「失敗の心理」を科学する/ジョゼフ・T・ハリナン (著)> * 9割の情報は間違っている 〖9割の情報は間違っている〗でネット検索をすると、幾つかが出てきたが、 これはというのがない。そこで実感で考えると如何だろう?と改めて考えると、 真実味があり間違いないような。 会社清算を現実に経験して6年経過するが、これが、まさにそうである。 長期の装置産業ゆえのシェルターを長年かけて組み込んでいたのと、兄と姉の 二つの事業清算時に、その凄惨な実態を見ていた事もあって、財務悪化で追い 込まれる前に早々に清算を決断をした。私の場合、弁護士との呼吸の間合いも あったが、かなりの程度の覚悟もあり、軟着陸で終えることが出来た。 幼馴染と兄の助言、「何はともあれ、弁護士代を確保して駆け込め」と。 振返りみれば、その十数年前に大きな判断ミスをしていた。1990年辺りの 国内のバブル崩壊と、その同時期に起きたソ連を筆頭とする共産圏諸国の崩壊 と中国の資本主義への転向に対する情報認識が甘すぎた。その時節にチャンス とばかりに、新潟駅前に300室から500室の増室に踏み切った。その200室は、 高速道路から延長をしたバイパスにすべきだったか、300室でストップか。 その上に、情報端末の進化と、ネット社会が根こそぎ社会の在り方を変えた。 バブル崩壊の10年後の2001年の9・11テロ、2008年のリーマンショック、 2011年東北大震災が駄目押し。その瞬間、事業断念をしたが、その大元は、 欧米型資本主義と、共産主義の行き詰まり。成るほど、私たちは硬い思いこみ の9割の間違った情報と知識で縛られていていることと、鈍い脳にあることが 身に染みて知ることになる。傍観者の視線は、勝手に創作した妄想の貼り付け。 全ての人に言える、「貧弱な知識に、9割の間違った情報」の思い込みで 一生を終る。逆に、「自分の教養はそこそこあり、知りえた9割の情報は正しい」 と、信じ疑わないのが「世間様」 。9割の情報が好い加減で、ほぼ嘘という フィルターを持ち、醒めた目でみないと、間違った過多の情報で、判断を間違い 道に迷うことになる。 そうこう考えると、人生、知識だけは貪欲に求め続けて、 少し懐疑的に、しかし気楽に生きた方がよい。問題は正しいだろう1割の情報の 処し方。情報だけは金と手間をかけるしかない。 でも間違えるのが… ? で、数日前(2017年2/07)の、『困難な成熟』内田樹 著に続く。 ―― * どうして私たちは、こんなに頭が悪いのか 人生を振返って、私は何故に、かくも頭が悪いのかと実感する。 そのことを知っているは、むしろ他者。しかし、その他者も、第三者から 見れば全く同じことがいえる。 現状とは過去の頭の悪さの集積の結果。 そう思うと諦めもつくが、問題は、その自覚を万人が持っているかというと、 そうではない。 だから他者の失敗をあげ諂い、「あの男、あまり頭が 良くない」と平気で宣う。 〜その辺りを抜粋〜 ・《 現代日本社会の制度的瑕疵のほとんどは「想像力がないので、 先のことは何も考えずに来た」ことの帰結だろうと僕は思います。…(略) この社会に格差はあります。資源の分配についてのアンフェアはあります。 さまざまな理不尽がある。でも、それは誰かが自己利益のために工作してそう なっているわけではない。それは無数の「頭の悪さ」の集積なのです。…(略) むしろあまり深く考えなかったせいで起きたことが無数に集積して、 「こんな事態」になっている。僕はそう思います。》(179〜183p) さらに、 ・《自分が選択したこと、自分がやっていること、自分が考えていることの適切 さについて第三者的、価値中立的な視点から吟味できないことを僕たちは 「頭が悪い」と言います。そして、第三者的、価値中立的な視点から自分自身 の推論や判断を吟味するというのは、言い換えると「自分の頭の悪さを点検する」 ということなのです。…(略)》(184p) 《「あ、オレ間違ったわ」とすぐにフィードバック」しなさいということ…(略) 「自分は頭が悪いんじゃないか?」という疑問に捉えられて、…(略) 常日頃から考える習慣をつけていると、「大きな間違い」を犯すリスクが 軽減される。それだけのことです。》(185ページ) ―― ▼ 私たちの頭の悪さを、想像力の無さが起因すると著者はいう。意外と、 この事実を多くの人は理解してない。小説を読むことは、文字を通して作者の 物語の世界を想像すること。本を読むことは、想像力を培うため、必要になる。 ここで、〖20世紀、アジアアフリカで、欧米の帝国主義諸国を武力で放逐して独立 を勝ち取った革命政権のうち、奪還した資源を公平に分配することに成功したもの は殆どいなかった。さらに植民地官僚より激しい収奪と独占を許した。』という 厳正な事実がある。20世紀の大殺戮が21世紀に繰返される可能性が無いものと、 思いこんでいるが、これもイメージ不足。人間は虚空の中の、小さな小さなチリ の存在でしかないを頭では知っている。しかし、そのイメージが出来ないその ことが人生を貧弱にしている。 それが、<どうして私たちは、こんなに頭が 悪いのか>の答。あの大統領が、その全てを表出している。無知は罪である。 それも重罪である。そして、自然によって間接拷問の後に、死刑に処せられる。 その前に、治療いう名目の毒薬を長年かけ盛られ、薬漬けされたのも知らず… ・・・・・・ 4718,「余命3カ月」のウソ ー2 2014年02月13日(木) * 5年生存率と、20年目の転移・再発ー「余命3カ月」のウソー近藤 誠(著) 近藤誠と中村仁一の主張、知れば知るほど納得する。【悪性ガンは治らない。 ならば手術も抗癌剤治療は不要。いい加減な余命期間は聞かないこと。 健康診断などしない、どのみち結果は同じである。現代医療を盲信するな。 そういわれれば思い当たることばかり。 ーその辺りをまとめてみるー ・スーちゃんこと、タレントの田中好子が、最初の手術から19年目に再発し、 アッという間に亡くなったが、これは数百人に一人の特殊なケース。 「5年生存率」とよくいうが、本物のがんでは、治療して残ったがんは 2〜3年以内に検査で見つかり、亡くなるケースが多い。そのため、数年で 見つからなければ、大丈夫と言われる。がん細胞も冬眠するケースがあり、 眠りからさめると性格が変わるケースがある。 ・がんが消えたというのは、検査がズサンで、勘違いしたケースでしかない。 ・食道がんは、手術による死亡が3〜10%もあり、?期でも5年死亡率が 50〜60%。この生存率は手術をしないのと同じで、手術は無意味。 ということは、?期以上なら手術をしない方がよいことになる。食道がんの 死因は肺や肝臓などへの転移によるものがほとんど。食道がんの全摘は、 後遺症・合併症の多い手術で、術後ののダメージは非常に大きい。 ・食道がん、胃がん、肝臓がん、乳がんのような固形がんのすべてに、抗がん剤 はすすめられない。延命につながる実証がないのに毒性が強く、副作用に 苦しむことになる。その毒性は老いるほど、喫煙経験があるほど、強くなる。 ・転移が見つかった場合の術後の生存率は12%。なら、その時の手術はすべき でない。抗がん剤も同じである。以前、治療法が無かった時代には、どんな 臓器のがんでも、死は穏やかなものだった。がんが恐ろしいと思われるのは、 治療のせいで、無意味な手術や抗がん剤治療がもたらす生き地獄が恐ろしい。 ・リード・タイム・バイアスという言葉がある。例えば、6ヶ月の大腸などの 悪性がんの生存が、CTスキャンなどで早めに発見、24ヶ月に延びたが、 1センチのがんが8センチになるに18ヶ月かかるとすると、延命の新薬の 効果に関係ないことが分る。医師は、見掛け倒しの延命を知っているが、 誰も口に出さない。薬で売上を上げたいため。 ・余命は、聞かないこと。当てずっぽうでしかなく、聞いた患者は、それに 引き込まれ、その範囲で死んでいく。医師は患者と身内に短めに言っておけば、 延びた分、喜ばれるため。 ▼ 10数年来、中学、高校の同級生が数名、がんで死んでいるが、発見され 一年以内に亡くなっている。胃がん、食道がんは、白血病によるが、悪性は 2年以内、1年が目処になる。原因は、ストレスによる飲酒とタバコ。 還暦過ぎれば、この二人の説に従うのも一つの道。色いろのケースがあるので、 最後は自分の選択になる!良く生きるか、長く生きるか? 良く長く生きたい! が、振り返れば、みな同じ。「ひとは先、我はあと!」 ・・・・・・ 5447,閑話小題 〜何もかもが美味しいと思える幸せ 2016年02月13日(土) * つれづれに このところプレミアムと名うった缶ビールを買って飲んでいるが、先日の プレミアムビールは濃厚の茶色。黒ビールで、黒いのは飲んでいるが、 こんな変わった色のビールは初めて。各メーカーが出しているプレミアム ビールが、どれもこれも美味い。家内に「飲んでみたら、美味いから」と勧め ても、「どこが美味いかわからない!」の生返事。 先日、ジム帰りに寄ったスーパーの肉売り場で、百グラム千円の霜降りの 牛肉の300gパックが三割の値引。ツマミに少し高めもいいかと、カゴに 入れたら、後ろの男の子が、「すごい!」。現役の頃は、長岡駅と新潟駅内 スーパーで勤め帰りにツマミ用に霜降りの牛肉を買っていたが、最近はない。 現在、何を食べても飲んでも美味しい。ただ、それだけの話だが。 トレーニングジムの運動効果もあるか。
美味いといえば、調理済みの冷凍麺類が良い。冷凍技術が進んだためだが。 下味つきの全国各地の名物の麺(例えば喜多方ラーメン)などがあって、 どれもクセになりそう。 今では、食品メーカーがファミレスに収めている? 冷凍の調理済みスパゲッティや焼きソバが家庭用で売り出されている。まあ 平凡で、健康的!ということ。 これまで外食で美味いのは食べ尽くした感が あるが、こういう平凡な日々のチョットした味わいもよい。老いもあるのか。
株価、為替、原油価格の変動が激しく動いている。これでは資源輸出国は、 堪ったものではない。ロシア、中東、欧州、中国の、何処から、火の手が 上がるのか? 一番の被害者は弱者。通貨量をアメリカは三倍、日本は二倍 に増やしても、物価は上がらないとは、摩訶不思議。何らかのカタチで、 その歪みが、出るのだろうが。
北朝鮮の大陸間ミサイルと、水爆?実験の成功で、アメリカだけでなく、 世界中が、本気に制裁を始めたようだ。戦争前夜的空気が出てきたような。 問題は、中国が鬼っ子の北朝鮮を、今まで通りに容認するのか? 今回は、かなり厳しい制裁のようだが? それより肥満による病死の可能性? ・・・・・・ 5083,閑話小題 〜地方の(生活)現場では ー�� 2015年02月13日(金) * 新幹線の実質大幅値上げ 北陸新幹線の開業日の3月14日からのJRの県内料金値上げのパンフレット を家内が駅から持ち帰った。開業日から上越新幹線乗客の激減を読んでの値上。 3000円の長岡〜新潟間のS切符が廃止、4200円は4割アップになる。 私自身、30年間にわたり、この間をS切符通勤をしていたが、月に20日 通っていたので、月間24000円の値上がり。もう、通わないので、関係ない としても。JRは、新潟県の横丁化、幹から枝化に、悲観的予測があるため? それにしても4割アップはないだろう。地方創生というなら、二割下げたら! 元気がよいのは、銀行関係者、公務員、一部建設業者。 元気がないのは、 農業関係者と、駅前周辺の事業者と、国民保険の年金暮し。その差が更に開く。 これでは、朝は、味噌汁、飯、フリカケ、納豆、前日の残りの一品。 昼はウドンかラーメン。夜は鮭か干物の焼物、揚げ物、飯と、慎ましい生活だが、 お年寄りの生活には理想的。 考えてみれば、何れも同じようなものか? 晩酌さえなければ、何とかなるが、その酒と肴が大好きとくるから・・ TPPは、結果として地方経済を、さらに衰退化をおし進める。 地方創生とよくいうよ!だが、そうもしないと、その惨状は酷くなる一方。 家内からみて、消費財の値上げが、ただならぬ!というが、安い値下品 を探し、買うのをゲーム感覚で楽しんでいる風。200m先にスーパーが あるのは、非常にゲームに有効である。何ごとも楽しみに引上げればよい。 二人の息子の育ってきた時代背景を見ると、私たちと、あまりに時代格差が あまりに大きい。この格差は、経済学的にみても、縮まることはないという。 この新幹線の大幅値上げ、ハイパーインフレの予兆でなければ良いが!
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