堀井On-Line



6179,閑話小題 〜相撲談義(トーナメント戦) −1

2018年02月12日(月)

   * トーナメント戦と横綱アドバンテージ
 毎年2月の勝抜きのトーナメント大相撲が面白かった。特に、「左張り手と、
同時に右肘打ち」を多用していた白鵬に注目して見た。白鵬と遠藤の取組が
組まれていた。何か自信なさそうで身体に張りのない白鵬の姿は痛々しいほど。
勝には勝ったが、ヘロヘロ。次の対戦相手が、前場所の優勝力士。ガップリヨツ
になって、最後は力負け。アドバンテージを封じられると、この程度の力量と
いう現実が、そのまま現れ出ていた。
――
熊さん: 何か白鵬、元気がなかったね。横綱アドバンテージを禁じられると、
  この程度は、俺でも分かるさ。
寅さん: このままじゃ、年内、持たないんじゃないか。鶴竜も、稀勢の里も、
  八つぁんに教えて貰った視線で見ていたが、言ったとおり、張手が出来ない
  ため、相手が委縮しなくなってさ。勝越しさえ難しいざまだよ。
八つぁん: 貴乃花親方の警察の告発が無ければ、横綱地位の優位性の立合いが、
  続いていたことになる。また、権威とやらを保つには、その位のズルを認め
  ないと。
寅さん: 白鵬の40連覇は、横綱アドバンテージの御蔭と、大きな汚点が付いて
  しまったね。他の横綱経験者も、心の内では、拍手喝さいさ。
大家: 30^40年前に、『板井』の本名を四股名にした力士がいたな。
八つぁん: 両手首にテープを巻いて、スプレーで凝固剤をかけて、ガチガチ
  にして、相手の顔面を殴りつけ、戦意を失わせ勝ったやつ。
大家: 最後、それを指摘され、張手が使えなくなり、追放のように消えた。
八つぁん: その後、週刊誌に、八百長相撲を告発をしたけれどね。
  白鵬の左ひじのサポーターにも何か? 
熊さん: でもさ、星の貸し借りもさ、少し良いんじゃないか。
  あんな大男が、ブチ切れて、全身全霊で、立ちあうんだろう! どこかで
  暗黙の了解がないとさ、危な過ぎるよ! 
寅さん: 草食系日本人だけの、相撲仲間の暗黙の八百長相撲だったのが、
  何処かのバカが相撲道とかいってさ。出稼ぎのモンゴル人なら、仲間内で
  勝ち負けの星を融通するさ。それが日本的ってことだろう。それと、あの
  バカ力とくりゃ、敵うわけがないさ。
大家: 開放してしまったんだから、一つずつ、起こった問題をクリアーして
  いくしかないしね。で、結局、栃の心が優勝したけれどね。モンゴル勢に
  古傷を狙われ… 結果は見えていますね。
八つぁん: 白鵬も相撲年齢からしたら終わっているけれど、アドバンテージ
  無しで、優勝を二回以上してみせないと、折角の大横綱の名の穢れとなる。
  芸能人気取りの、貴乃花にすれば、モンゴル一族の横暴に腹を据えていた
  だろうに。そうだ、神様に頼んで、貴乃花親方に御登場を願いますか。
神様: 今度ね。今日は、止めておきます。
寅さん: じゃあ、俺が貴乃花に憑依したつもりで話すよ。
  本人より辛辣に話せるしね。いいアイデアだろう。「貴ちゃん」ってね。
――
▼ 何か、どんどん際どくなるけど、それがクダラナイけ面白い。
 貴ちゃんが参加したら話が止まらず、続いているが、その続きは、また… 
2ヶ月に1度のインテリジェンス?スランプ。最近は、月に一度位にですか。
その際どさが、呆け防止に適してのが解っているから、複雑。
  〜これまた偶然、5年と、6年前のテーマが脈絡として最適?〜

――――――
3610, 大相撲八百長事件 ー2

2011年02月12日(土)

   八百長事件は昔から深い闇に包まれてきた。 ウキィペディアに、その一端が書かれている。
 あの名解説の北の富士に以下の恐ろしい?過去があった。初場所では八百長に関しては歯切れの悪いコメントをしていた。
≪橋本 成一郎(1940年 - 1996年4月14日)は、元大相撲力士で、元横綱・北の富士の現役時代の名古屋後援会副会長、
元関脇・高鐵山の大鳴戸親方が経営した大鳴戸部屋の後援会会長。 元力士で力士時代は幕下まで昇進したことがある。
廃業後はバーやキャバレーを経営し、昭和40年代には北の富士の名古屋後援会の副会長を務めた。元大鳴戸親方の著書によれば、
第52代横綱・北の富士の横綱昇進・優勝では八百長資金面などをバックアップ。 黒幕として暗躍したとされ、
多大な尽力があったとされている。北の富士と決裂してからは、独立した元高鐵山の大鳴戸部屋の後援会会長として大鳴戸部屋の
最大のタニマチとして存在した。 週刊ポスト誌上では、元大鳴戸親方とともに角界の八百長体質などの裏事情を暴露。
しかし、1996年に元大鳴戸親方と同じ日・同じ病院・同じ病気(肺炎)で死亡(同時刻とされることも多いがこれは誤りであり、
元大鳴戸は午前4時45分、橋本は午後7時48分に死亡している。≫
 この事件は報道規制のためか? あまりマスコミは騒ぐことはなかった。しかし誰もが、この事件は不可解であり、
何?がらみと思っても、声を高くいえない不気味さが付きまとっていた。先日、地元紙の新潟日報で取上げていた。そこで、
優勝のかかった勝負は230万円で、橋本は、これまでいくら使ったか数知れずという。何で橋本が告発に踏み切った理由は
感情のもつれである。北の富士は潔く早々、弟子の千代の富士に親方の座を譲った背景に、こういう事件があったのである。
 興行世界の一端が垣間見れる。
――――――
4350, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー2
2013年02月12日(火)
 *「思う」と「思い出す」の違いは?    
      「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
ー この違いを具体的に述べている箇所を抜粋してみる。
≪  ◎ まず「思う」を列記してみると
 ・さびしい  ・孤独感  ・人間の幸、不幸  ・忙しいとか慌ただしさ
 ・一年の反省 ・街のあかり ・年末行事のこと
   ◎ 次に「思い出す」の列挙である
 ・暮れも押し詰まったころの祖父の卦報
 ・船上でのメリークリスマス体験。遠く見えるみなとみらいの夜景
 ・祖父母の家に帰省する時の父の革ジャン ・パーの匂い  
 ・親戚一同でやる暮れのそば打ち
 ・ラグビー早明戦前の一週間に、一年生みんなで夜通しでやった
  グラウンドの落ち葉拾い
 ・所属していた吹奏楽部の厳しい練習の日々。
 ・野球部恩師の死(もうすぐ一周忌  ・センター試験に向けての勉強 
 など「思う」ことと「思い出す」ことではこんなにも違うのです。
原稿用紙に向かって何も浮かんでこないとき、いかに乗り切るか。その手立て
としては具体的に描写しやすく、かつ書き進めやすい題材が並んでいる。それ
には「思う」ことより「思い出す」こと。 これはぜひ覚えておいてください。
「師走」というテーマで「さびしい」「孤独感」といったことをいくら
文章にしようと思っても、それらは心の中のことですから目に定かでない。
五感も働かないから描写もできない。 最悪、一行すら書けないということに
なりかねません。ちなみに司馬遼太郎の『関ヶ原』は、こう書き出されています。
「いま、憶いだしている」 作品は大小、長短を問わず、「思い出す」ことを
おいては始まらないのです。・・ たとえば「つらい」というのは心に抱く思い。
皆さんは「つらい」はつらいと表現すればいいのでは、と言うかもしれませんが、
「つらい」というだけの言葉なら、A君の「つらい」もB君の「つらい」も
みな一緒だということになります。でも、同じつらい体験と言っても、人が
違えば体験そのものも異なるはず。心に抱く感情も人それぞれでしょう。
それをみんな同じ「つらい」という形容詞で表現していいものかどうか。
つまりどうつらいのかが具体的に書かれていないと、自分の心にある思いを
ちゃんと表現したことにはならないのです。そうだとすると、自分がつらいと
思った出来事(体験)を細かく描写して、読んだ人に追体験してもらい、
そのときの胸中を察してもらう表現法を心がけるべきなんですね。
▼「思い出す」は、状況の具体的再現ということになる。果たして詳細に
 記憶が残っているかどうか? を、自分の幼稚園時代を具体的に思い出すと、
意外と記憶が戻ってくる。更に小学、中学、高校、大学時代に焦点をあてると、
記憶が戻ってくる。その機会は同級会か同窓会でしか焦点を合わせることがない。 
ガンなどの病気で、「あと半年」と宣言されると、急に過去の記憶が溢れかえり
出てくる。あと僅かと思うと、自分の人生を具体的に思い出し、味わい懐かしみ、
物語として編成する。これを訓練するに、日記や随想を書く習慣が必要になる。
・・・・・・
5812,閑話小題 〜虚実皮膜の間
2017年02月12日(日)
   * 虚実皮膜論
 実に面白い説である。以前、若い女性タレントが、対談で
『役割の皮と、私という存在の間を薄くすることに心掛けています』
と語っているのを、成るほど!と聞いていた。 虚という役割を実の私が演じ、
その間の皮膜を薄くするだけでなく、個性で皮膜に味付けするのが名優その人。
 近松門左衛門の説だが、ネット検索に、次のようにあった。   
≪ 原文では「きょじつひにくろん」と振仮名が振られている。
 近松門左衛門の演劇理論で、真にすばらしい演劇を作るのに、ウソ(虚)
とホント(実)の間にこそ、美味しいところがある、という論理。
 近松に私淑して近松の脚本作成に参画していたともいわれる穂積以貫が
近松の死後に刊行した「難波土産」によって知られるところとなった。
近松自身が書き残したものではない。
<虚(うそ)にして虚にあらず、実にして実にあらず、この間に慰
(なぐさみ)が有るもの也>≫  また他にも、
≪ …〈虚〉を実体のないもの,うそ,偽り,〈実〉を実体のあるもの、
 まこととみる一般的な考え方と,
〈虚〉は超越的な存在根拠であり,〈実〉はその具体的な現れであるという
《荘子》風の考え方とがある。
 中国では古く《荘子》関係の思想書にこの言葉が見られ,以後詩文,書画,
医学,兵学等の分野でもしばしば用いられた。
日本では主として近世の俳諧や演劇の方面で用いられ,その芸術観,
文学本質論,表現論等を記述する場合の重要概念となっている。…
【難波土産】より
…〈芸といふものは実と虚(うそ)との皮膜(ひにく)の間にあるもの也。
…虚にして虚にあらず,実にして実にあらず,この間に慰が有たもの也という
〈虚実皮膜論〉で名高いこの聞書は,魂のない人形に魂を吹き込むには,
文句に情をこめることが大切で,個々の人物にふさわしい言葉を用い,
人物の実情・底意を表すためのデフォルマシヨンを行い,また,浄瑠璃の
眼目である愁いの表現には,説明的な描写を排して,〈芸のりくぎが義理に
つまりてあはれ〉,つまり,劇の展開に内的な必然性を持たせるべきだと
説いている。≫ とある。
――
▼ 偽善者とは、善の膜で悪を包んでしまう者。露悪とは、そのままの悪を 
 露出する者。偽悪とは、善をあたかも悪にみせること。私など、役割ごとに、
偽善者と、偽悪者と、露悪の私を演じていたため、今では何が何だか… 
分かりません。何処かの大統領のように、最後は人間性の問題になるが、
役割の能力不足そのまま、裸の大将というのもいる… まだ偽ならいいが?
 〜ところで前に関連したような文章を書いていた。 
――
2001/12/21
[109] 偽坊主
 10年ぐらい前か、ー男はつらいよ(風てんの寅)を見ていたとき、
ふと哲学的になってしまった。内容というと「世話になったお寺の和尚
が風邪をひいたとき、法事に坊主に成りすまし、口からデマカセの法
事で無事代役を終える役(偽坊主)を、トラが演じていたー
 そのとき奇妙な感覚になった。
まず本人ー 1・能作があり 2・本人の苗字があり
3・俳優の渥美清 4・寅さん 5・偽坊主ーと重なりがある。
能作?が2345を演じていることに気づいたためである。
 このような場面は私自身も何回も経験をした事がある。
仕事も役割もこの重なり合いといってよい。
 この重なりを名優はこれを簡単にやってしまうのだろう。
渥美清もそのときその重なりを感じたと思う。(2001/08/15)
・・・・・・
4717,閑話小題 ー45年前の自分
2014年02月12日(水)
  * ゴーストライターの報酬は?
 一般的にゴーストライターの報酬の相場は幾らほどか?書籍、音楽の印税は
その一割が作家や作曲家の取り分になる。だから、ミリオンセーラーには、億
以上の報酬になる。「現代のベートーベン」のゴーストライターの場合、20曲で
700万。一曲35万円は決して安くはなく、CMソングで、40〜50万。
フォークとかは100万が相場。 時と場合で、ゴーストに印税10%のうち、
2〜3%が支払われることもある。物書きの場合、200Pで100万前後(50
〜130万)で、雑誌のコラムの場合は2〜3万。有名作家や作曲家は、ゴースト
ライターから出版社や、レコード会社に認められ世に出てきた人が多いようだ。
で今回、本当か嘘か、男同士の愛情関係の縺れ?と誰かタレントが話していたが、
話題としては面白い! ゴーストライターの存在は、この世界においては暗黙の
了解事項。前提の絶対の秘密事項の約束事からみて、何故、この時期に、発表
するのか疑問であり、愛憎関係?と考えると、成るほど? 笑点の「大喜利」
の巧妙な落語どうしの遣り取りも、放送作家のつくったもの。 
子供のゴーストライターは、両親?父、母?それとも先生?
   * 45年前の自分と向き合って
 毎年、この時節になると、学生時代の社会に飛び出す直前の日記を読み返えす
ことになる。当時の逼迫した不安と期待が相まった緊迫感が懐かしい。それも
年々、リアルに記憶が鮮明に蘇る。「遠き日は年とるごとに近くなり」であり、
書き残す重要さを改めて思い知る。書いてない期間の記憶は、空白に近く、
具体的記憶は蘇えらない。書いたそこには、息づいている当時の私が存在する。
当時の友人と何十年ぶりに会ったところ、『堀井は、用心深かったからな。
今回の件を聞いても、手立ては必ずうっていると思っていた! 汗かきも、
顔色がツヤツヤしているのも変わってない』という。当時から心配性で、何事
にも用心深く逃げ口を用意をしていた。それを40数年ぶりに会った友人に
指摘されると、本質は何にも変わってないことになる。「真面目な路線上を、
面白可笑しく」は、当時も今も同じ? しかし45年間の激動は、思いのほか。
それと、情報化社会も想像を絶するSF世界。毎日が、刺激的で、面白く、
夢のようでもある。当時の自分に言いたい! 『その気持ちを忘れずに、
学び続けなさい! 相手と自分を思いやる気持ちを忘れずに!』と。
・・・・・・
5446,人生の意味を見つけるための逆説の10カ条
2016年02月12日(金)
  ー「それでもなお、人を愛しなさい 〜人生の意味を見つけるための
              逆説の10ヶ条ー」ケント・M・キース著
   * 逆説の10ヵ条
 図書館で借りてきた本の「逆説の10カ条」が良い。
ネットで検索すると、以下のようにあった。
≪ 1968年、当時ハーバード大学2年生在学中に、高校の生徒会のリーダー
 たちを激励すべく150回以上の講演を行なう。代表作「逆説の10ヵ条」は、
その活動の一環として自治活動のリーダーの為に19歳の時に書いた小冊子
「リーダーシップの逆説10ヵ条」の一部から初めて出版された。後にそれが
マザー・テレサの目に触れて、彼女が感動し「カルカッタの孤児の家」の壁に
その言葉を書きとめた。ルシンダ ・ヴァーディ編著の『マザー・テレサ語る』
に掲載され、マザー・テレサの言葉として世界中に広まった。キース本人は、
それを25年後に初めて知った。 長い年月をかけて今日に至るまで、口伝で、
写しで、インターネットで、本人の知らない間に、ゆっくりと広まり、世界中
で愛される格言となっている。 米ニューヨーク・タイムズ紙も、その出版まで
の不思議な経緯と格言の価値を1面で報じた。
  ★ 逆説の10ヵ条 (The Paradoxical Commandments)
・人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。
            それでもなお、人を愛しなさい。
・何か良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に
  責められるだろう。  それでもなお、良いことをしなさい。
・成功すれば、うその友だちと本物の敵を得ることになる。
            それでもなお、成功しなさい。
・今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。
            それでもなお、良いことをしなさい。
・正直で率直なあり方はあなたを無防備にするだろう。
            それでもなお、正直で率直なあなたでいなさい。
・最大の考えをもった最も大きな男女は、最小の心をもった最も小さな男女に
  よって撃ち落されるかもしれない。それでもなお、大きな考えをもちなさい。
・人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていない。
            それでもなお、弱者のために戦いなさい。
・何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。
            それでもなお、築きあげなさい。
・人が本当に助けを必要としていても、実際に助けの手を差し伸べると
  攻撃されるかもしれない。 それでもなお、人を助けなさい。
・世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかも
  しれない。     それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。 
【ケント・M・キース『それでもなお、人を愛しなさい
    ―人生の意味を見つけるための逆説の10カ条』早川書房 2002年】≫ 
 アマゾンの内容説明によると、ケント・M・キースは、アメリカの行政官僚、
講演家。ニューヨーク生まれ。ハーバード大学、オックスフォード大学で哲学と
政治学、早稲田大学で日本語を学び、ハワイ州立大学で法学博士号を取得。
1979年よりハワイ州の経済企画開発局の要職を歴任、同局長として州政府の
閣僚を務めた。その後も私立大学の学長、YMCAのリーダーなどを務める。
――― 
▼『毎日、早朝に起床し、この添削や、ネットアップ、読書と、決まった
スケジュールをこなしている。それが、何になるかって? ただ面白いから。
馬鹿馬鹿しくとも、それでもなお、スケジュールを続けなさい!』と内なる声。
「それでもなお」は、意志であり、力。最期は死という挫折で終わるとしても、、
  ーそれでもなお、自分の人生を愛しなさいー 


6178,閑話小題 〜ソウルダスト

2018年02月11日(日)

         『ソウルダスト―意識という魅惑の幻想 』
   * 意識って、そもそも何か?
                   ニコラス・ハンフリー (著),
 我々は毎日、意識を失う。寝るからだ。といって、寝る態勢を整えられるが、
自分の意思で寝ることは出来ない。目を覚ます時は、誰かに頼むか、目覚まし
時計か、習慣の力を借りる。その意識を自分だと思っているが…何だろうこれは。
毎日、ここで一文章を7時に完成し、アップし提示している。それを成している
のが意識であり、意思である。過去の同月同日の文章を読返すたびに、その時の、
意識を省りみることになり、不思議な感覚になる。その意識とは何か? そこで
図書館を回遊して、「意識は脳内のマジックショー」の副題に魅かれ借りてきた。
 結論から言うと、<意識とは、ミステリアスなマジックショーで、
『万人が心底で自らを特別の存在』と思い、自作自演を演じる存在ということ。
マジックこそが意識の要である発見を公表した> 書だと。とすると この幻想
を自他に自作自演するのが、人生ということになる。 他人の中に、それを
見出しても、自分のそれは、見出すことは難しいから娑婆は面白いのである。
 その露出が、このブログそのもの。 露出狂?だから出来ること? ったく!
自意識過剰も、見方を変えれば、それはそれで良し。但し、不快感を持たれない
範囲で。今度、雑談で、『あなた、自分を特別な存在と思ってるでしょう』と… 
聞いてみたら…
    Amazon内容紹介
  ―〈意識〉は脳内のマジックショーにすぎない―
それはいったいなぜ発生し、生物学的にはどのような役割を果たしているのか?
意識研究の最先端を切り拓く大胆な仮説を提唱する、理論心理学者ハンフリーの
集大成!  著者は本書で驚くべき新理論を提示する。
 意識は私たちが頭の中で自ら上演するミステリアスなマジックショーにほか
ならないというのだ。この自作自演のショーが世界を輝かせ、自分は特別で
超越的な存在だと私たちに思わせてくれる。こうして意識はスピリチュアリティ
への道をつけ、そのおかげで私たち人間は、ハンフリーが「魂のニッチ」と呼ぶ
場所に暮らす恩恵を受けることができると同時に、死への不安も抱くことになる。

隙のない主張を展開し、知的好奇心と読書の喜びをかき立てながら、深遠な
難問に次々と答えを出していく。そして、誰もが頭を悩ます疑問、すなわち、
「いかに生きるべきか」「いかに死の恐怖に立ち向かうか」という課題に、
意識の問題が直結していることを明らかにする。

神経科学や進化理論を基盤に、哲学や文学の豊富な知見を織り交ぜて書かれた
本書は、意識の正体についての独創的な理論を提唱すると同時に人間の生と魂を
讃えるリチャード・ドーキンスやダニエル・デネット、マット・リドレーら著名
な科学者たちからも支持を得る〈知の軽業師〉ハンフリーの刺激的論考。
 ――
【本書への賛辞】
理論心理学者のハンフリーは絶好調だ。シェリーやキーツなどのロマンティック
な詩情と、シャーロック・ホームズばりの鋭利な知性を持ち合わせた彼は、その
明敏な頭脳をもって、科学の一大難問「意識の進化的な起源」に切り込んでいく。
そしてこの解決不可能とされる問題に、これまでで最も優れた答えを出したのだ。
 ――V.S.ラマチャンドラン(『脳のなかの幽霊』著者)
科学者が自然現象の解明を試みると、マジックのようなミステリアスな面を見落
としていると非難されることもある。だが、この詩的な驚異の一冊で、ハンフリー
は正反対のことをやってのけた。彼は脳を探究するうちに、マジックこそが
意識の要であることを発見したのだ。
 ――マット・リドレー(『やわらかな遺伝子』著者)
―
▼ 当日分を含め18年分の幾つかのマジックショーと毎日、再会している。
 これが面白いため同月同日が再読する動機になる。書上げた瞬間、安堵もあり、
内容そのものを客観視出来ない。そこで、その日の内に、再チェックをするが、
まず、誤字と、稚拙な文章に、赤面し修正する。それでも、数年後に再読すると、
全く違う切口の視線の自分を見つけ出す。意識は絶え間なく変わっていく。
読返すたびに、第三者の違った視線(=意識)を、道標として見出している。
書き残すことは、意識の刻印になる。
 マジックで『自分は特別で超越的な存在』だと誰もが心の奥に思っている。
問題は、万人が持っていることが理解できないこと。魂の居場所(ニッチ)は、
実は自分が特別の存在と思える場所や心の内、例えば両親の面影や想い出とか、
小中学校の同級会での歓談の中や、人生の節目の決断をした心の刻印にある。
毎朝、17年分の、マジックショーを省みれる幸せも悪くない。マジックショー
といえば、大家、八、熊、寅の対話も、ショーに相応しい面々? 
 特別の存在ですか、特別の! そうだろう、『存在の不思議』を考えれば!
マジックでも何でもない、元もと特別の存在だから… 純粋の意識こそ大元。
 で、何時ものように、文脈が丁度よく続いていく。

・・・・・・
4349, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー15
2013年02月11日(月)
   * 床の間は、本来、仏の座る場所だった
 日本家屋の様式を取り入れている家には大抵、床の間が存在する。
そこには掛け軸、生け花、木彫りの熊などが飾ってあるものだ。床の間は室町
時代の書院造りに由来する。書院造りとは禅の思想にもとついて設計された
建築様式であり、書院とは幽玄を悟るための部屋とされる。床の間は書院の
中にあって仏を祀る場所、つまり仏が座る場所であった。そのため床の間は
部屋の中でもっとも上等な場所とされる。人間が座る場所よりも一段高く設置
されたり、板張りの床が普通であった時代でも床の間だけは畳を敷いたりした。
宴会の席などでいう上座は床の間の前に設けられるが、これは仏に近い場所が
上座にあたるという昔の慣習の名残である。もともとは仏を祀る場所であった
床の間だが、時代とともに形式が省略されていく。仏像は仏画となり、また
すぐれた僧侶の筆跡や経の一部となった。そしてしだいに美術品が飾られる
場所となったのである。このように床の間は聖なる場所であるから、けっして
テレビを置いたり、物置にしてはならない。仏壇の横には床の間があるのは、
そこに仏様が座るためと、今になって気づいた次第。
   * どこまでが宇宙か
 どこからが宇宙か、その前に何時から宇宙が始まったか?という問題が、
これまで世界中の昔より科学者を悩ませてきた。 天体観測の進歩で、星が
遠くに離れていくのが解り、それでは、逆に時間を遡って、その始まりを計算
した結果、137億年前にラグビーボウル大の素粒子が爆発したビッグバン説が、
現在知られているところ。しかし、観測結果から、宇宙全体のエネルギーの
内訳は星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは、宇宙全体の
4・4%しかないことがわかった。それでは何か? 実は23%の暗黒物質と、
約73%の暗黒物質を占めていたことである。膨張している先の宇宙の物質が
希薄化している筈だが、それが同じということは、他の宇宙から、
そのエネルギーが、流れ込んでいるのではという仮説が出てきた。この宇宙の
他に、10の50乗分の宇宙があるかもしれないという。 ところで、一般
でいう宇宙は、どこから設定するというのか。1967年の『宇宙条約』でも
明確にされてない。地球の空気が無くなる辺りとか、宇宙船が燃え尽きない
90〜110キロ辺りとか、議論がされている。アメリカは、その辺に対して
消極的になる。上空の領有権の問題が絡んで宇宙船を自由に飛ばせないからだ。
・・・・・・
5811,下降感覚の仏教と、上昇感覚の仏教
2017年02月11日(土)
               ー生きる事はおもしろいー五木寛之著
   * 下降感覚に身をまかせ
 上昇感覚が最も現れ出ているのが日蓮宗の法華経。太鼓を叩いて、
「何妙法連華経」と連呼すれば元気が出てくる。40歳後半から年々、老いを
 感じきたが、これだけは自然の摂理、従うしかない。 その時に、上昇か、
 下降感覚のどちらが、その人の理にあっているか… 
 日本に、浄土宗、浄土真宗が多いのは、四季の差がハッキリしている気候に
 合わせ生きるしかない自然条件の摂理のため。下り坂最高と諦念しても、
 凡夫の自分を慈しみながら最期は消える運命。 〜その辺りから(p115)
≪ 仏教思想の中にも上昇感覚と下降感覚との二つの対照的な傾向がある。 
・上昇感覚の仏教とは
  悟りを求める仏教がある。
  即身成仏をめざす仏教がある。
  立正安国をとなえる仏教がある。
  天地自然との合一を願う仏教がある。
  六道輪廻からの離脱をうたう仏教がある。
 それぞれに修行をつづけ、人格の向上と真理への飛躍をめざす仏教だ。
 これらの正統的仏教は、いわば上昇感覚の世界だろう。みずからを
 高めていく仏教だからである。
・これに対して、下降感覚によって成り立つ仏教をあげれば、浄土宗、
 浄土真宗だろう。浄土宗は、法然を宗祖とする。浄土真宗は、親鸞である。
 この両者は、ともに念仏による救いをめざす仏教だ。その前提が末世である
 前提だ。…(略) 最低、最悪の時代が「いま」である、という自覚は、
 まさに下降感覚そのものでないか。…(略) 
 その最悪の「われ」をみちびいてくれる唯一の道がある。それが阿弥陀仏
 と仏を信じて、その名を呼ぶことだ。それが念仏である。念仏を唱える前に、
 この時代は末世と確認する。そこに生きる自分を、最悪の凡夫として認める。
 そこから出発するということは、人間存在の最底辺に下降していくことに
 他ならない。…(略)
 光を求めるために、頭上をあおぐのではなく、うつむいて自己の内面を
 凝視する。悪の自覚から出発するということは、まさしく人間存在の底辺
 への下降にほかならない。≫ 
――
▼ 『南無阿弥陀仏』とは、南無(頼む)、阿弥陀様! と自然に身を委ねる。
 そうとしかならないなら、初めから自然の法則に従えばよい。大乗仏教の
教えである。オートバイで目的地に向かうより、仏様仕立てのバスに乗り、
念仏を唱えて生きていく生き方。 私の体質は、上昇感覚が強いためか、
オートバイで独りで向かう方が、私らしい… それも死ぬ瞬間、プッツン。
 老いてこそ知ることがあるが、基本として下降感覚に支配される。それに
抵抗するか、自然に身を任せるか。たそがれ時の宴も、それはそれは良い。
 スポーツジムで、外観から観察すると、生きている限り上昇感覚は必要と
思うが。 80歳半で亡くなった従兄の葬式に参列していた、やはり80歳の
従兄弟が典型的な下降と、上昇感覚の持ち主だったが、生き様が、そのまま
現れ出ていた。恵まれた人生には上昇感覚があり、愚痴・悪口の多弁の人
には、恵まれてない人生がみられる。この人をみて、無知からくる不幸は、
重罪と思うが、合せ鏡か!人にもよるか… 同じ空の下、泣いて笑えばいい。
・・・・・・
4716,「余命3カ月」のウソ  ー1
2014年02月11日(火)        
               ー「余命3カ月」のウソー近藤 誠 (著)                         
   ーアマゾン・内容紹介ー
☆「進行性胃がんで、余命3カ月です。今すぐ手術を」医者にこう言われたら、
 あなたなら、どうしますか? 本書を読めば、余命宣告のカラクリと、
 がん治療の真実がわかること間違いなし! 医者のすすめる「がん治療」で、
 あなたの余命が削られないように、話題沸騰の近藤誠医師が余命宣告の
 ウソにメスを入れた1冊です。
☆ 歩いて通院できるほど体力のある人間が、ある日突然「余命3カ月」
 と診断され、手術や抗がん剤治療の挙句、本当にあっけなく死んでしまう
 ―このような悲劇を身の周りでも見聞きされていないだろうか。
 実は、余命宣告の多くはいいかげんである。治療が命綱の医者にとって、
 余命は短く言うほど「うまみ」が増すのだ。余命を告知される病気は、
 圧倒的に「がん」が多い。がんの本質に迫り、余命宣告のウソを
 暴くことで、患者本位の治療を提言する。
  ーアマゾンのカスタマー・レビューよりー 
・ガンには「本物のがん」と「がんもどき」の二種類あり、本物のがんの殆どは
治療では治らならない(見つかるころには転移してる)。治るのは「がんもどき」
の方だが、それはほっておいても問題のなかったもの。つまり、がん治療はいずれ
の場合にも無意味なものであり、むしろ副作用や感染症や合併症などのリスクが
あるぶん有害であるというのがこの本の根幹に流れる主張です。無駄にあがいて
苦しむより残りの人生をいかに楽しむかというのは価値観の一つとしてありだと
思います。私は共感しませんが。
・例えば、固形がんにたいして抗がん剤が延命に役立つと証明する臨床データ
はないなど、全体的に引用や紹介されている情報は偏っていて、都合のいいもの
だけを持ってきている印象はぬぐえません。がん治療なんてまだまだ未知の分野
で様々な主張があると思いますが、それについては全く触れられてない。
でも結局何が正しいかなんて私のような素人には分からない。私はこの本読む
まで何もしないという選択肢があることを考えもしませんでした。自分や身内が
ガン宣告され、今後の選択肢を模索してる人にとってこの本は選択肢を一つ
広げるヒントになる。この通りにするかどうかはおいて置いて。
▼ この数年来『どうせ死ぬなら「がん」がいい』(中村仁一・近藤誠対談)
 『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(中村仁一)
 『末期がん、その不安と怖れがなくなる日』(樋野興夫)など、怖しい本を
 敢て、取り上げてきた。それに加え、この本である。書店では見かけていたが、
 図書館にいつの間にか並んでいたので借りてきたが、これも、早速買った。
 その時になった時に、慌てないための予習である。これらの本などに影響され、
 4年前から、20年続けてきた年一回の,一日人間ドックを中止にした。
 上記のとおり「どのみち助かるのは助かる!助からないのは助からない!」
 と、判断した。 が、もう一つは平均看護期間が男9年と知ったこともある。 
 男は平均70歳で介護が必要になり、79歳で亡くなる。 介護で9年間を
 薬つけで生きるより、余命数ヶ月で死ぬのも悪くない。平均からみて、元気で
 いられるのは、あと2年?だが、実感が無いのは何故? 老人性鬱症状が日々
 強くなり、他人の粗探しで人相まで年々歪んでいくのが老人。
 気持ちは、50歳前半! 実際のところ、そのギャップが大きい!
・・・・・・
5081,悪夢の21世紀 ー2
2015年02月11日(水)
           『月刊「新潮45」12号』ー悪夢の21世紀ー
 グローバル化は、白人優位の欧米文化の普遍化を意味するが、100年前に、
文明史家のシュペングラーが、その限界を指摘していた。現在は、それが表
だって本格的混迷期に入った状況である。イスラム教徒には、狂気を持った
独裁者が必要で、民主主義は似つかわしくない。 
   * 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜�    佐伯啓思著
( 5 ) 今では世界中、問題だらけ。一方、日本は、外国人から不思議がられる
 ほどのお祭り騒ぎも見られるが、少なくとも世界が置かれている状況を見ると、
 仮装ごっこなどをやって嬉しがっている場合ではない。
  新聞ジャーナリズムも政治家も、現在の世界で生じている相当に深刻で、
 ある意味では破滅的な事態に、眼が飛び出さんばかりの好奇心と実証的厳密さ
 を持って対応してしかるべき。我々の能天気な日常風景とは別に、日本を
 取り巻く状況は実に深刻化しつつあり、我々の日常を組み立てている目に
 見えない骨組みがグラグラ揺らぎだしているように思える。
(6) 100年前に第一次大戦勃発。3、4ヶ月で終わるかとの期待を裏切り、
 4年半続いた。終戦後に世界が一変。欧州が疲弊し、アメリカとソ連が台頭。
 歴史を積み重ねてきた欧州に代わり、歴史を破壊する実験国家のアメリカと
 ソ連が、世界を動かし始めた。文明史家シュペングラーの「西洋世界の没落」
 (1918年)によれば、『欧州は、優れてダイナミックな想像力をもった「文化」
 によって科学を生み出し、産業を生み出し、経済を発展させ、優れた経済制度
 を生み出した。しかし、それが成功し、普遍化すると共に、世界に伝播する
 <文明> となり、欧州から離れていった。 この近代文明は、それを生み
 出したヨーロッパ文化から切り離されて、形式化し、極めて技術的なもの
 となり、味気もなく、内容の浅いものとなった。』
▼ まだ東北大震災ショックから立ち直れない日本。この二人の斬首の画像は、
 寝ぼけ眼の日本に大きなショックを与えた。アメリカは、世界基軸通貨の
ドルを、リーマンショック前後から、三倍に増加したが、殆どドル安には
ならなかった。三割ではなく、三倍も増やしたの係わらずである。
そして、致命的大打撃を受けた金融機関に流し込んで、その窮地を救った。
しかし、欧州も日本も、その手立てを持たない。損害を被るのは弱者の構図。          
・・・・・・
3974, 超円高というが
2012年02月11日(土)
 現在の円高を考える相対的基準に、「ビッグマック価格」がある。
アメリカで4ドル、日本が320円で、一ドル80円で日米が同じ値段になる。
現在のドルは77円だから、ほぼ同じ値段になる。ちなみに中国は半額、スイス
は二倍。2000年には円が107〜108円だった。11年間でデフレの
日本は物価値上がりはゼロだったのに対し、アメリカの消費者物価指数が
30パーセント上がっているので、円高で相殺され調整されたことになる。
日本はバブル崩壊から現在に至るまで、物価の上昇率がほぼゼロなので、
日本の円高は当然のこと。20年前の円は125円で4割ほど上がっている。
 円高は、さらにデフレ要因になる。海外から3〜4割も安い商品が輸入
されれば、その分、国内の企業は値下げ圧力が加わり弱体化していく。
特に体力のない地方の中小企業は、この20年間で消耗、弱体してしまった。 
その結果として国の信任を失い、株式や、近い将来の国債の暴落要因になる。 
日本の国債発行が何と一千兆円になろうとしており、国内の1400兆に
のぼる預金のうち、300兆円の個人債務を除く1100兆に近づいており、
あと数年で、毎年40兆円の国債の発行も限界。その時が国債の暴落である。 
国債の暴落は、即金利の上昇になり、4%も上がれば40兆円という実質国家
予算と同額になる。そうこう考えると、ドルの信用の失墜で円高は、この数年
は続いた後、円安という地獄が待つ。それはハイパーインフレという形で、
国民の預金の価値を下げ、中産階級の大部分が貧困層になることを意味する。
更に当分の間、大地震リスクが伴うので、国内企業も外資も、海外への逃避が、
本格化する。 恐ろしい限りだが、ここに至っても、アメリカに充てがわれた
憲法を大事に温存し、自死に向かう道を修正できない。いずれにしても、
10年は茨の道になる。超円高と思い込んでいるが、実は円高でない。
円高は50円あたりで、一度、いって、150円か200円まで円安になる。
そのプロセスで、日本は貧乏国になる。アメリカは、紙切れの価値が下がった
だけで、傷つくのは威信である。
のヤク」のようなアルコールが○で、覚醒剤が×なの?
・・・・・・


6177,映画鑑賞 −羊の木

2018年02月10日(土)

 保守的な田舎町に6人の異物の元殺人者が住むという、不気味で異様な緊張感
が漂う物語。それぞれが深い傷を持ち、生きている。そして、それぞれの事情が
自ずと湧き上がってくる。ある意味、哲学的内容である。人殺しの過去の深い
傷口から見える、「人生、如何に生きるか、何を成すべきか、何を知るべきか、
どこまで臨むべきか」を失ってしまった絶望の底に、湧き上がってくる眼差し。
生きていれば、例えば、不注意で子供を死なせたり、大怪我をさせてしまうこと
もある。人生は不条理である。 <ご覧通り、そのまま結構> の諦念の中で、
日々、暮らすのが老年の心境である。手負い獅子であればこそ、魂が脈々と、
波打っている。
   〜あらすじ
≪ さびれた港町・魚深(うおぶか)に移住してきた互いに見知らぬ6人の男女。
 市役所職員の月末(つきすえ)は、彼らの受け入れを命じられた。
一見普通にみえる彼らは、何かがおかしい。やがて月末は驚愕の事実を知る。
「彼らは全員、元殺人犯」。 それは、受刑者を仮釈放させ過疎化が進む町で
受け入れる、国家の極秘プロジェクトだった。ある日、港で発生した死亡事故
をきっかけに、月末の同級生・文をも巻き込み、小さな町の日常の歯車は、
少しずつ狂い始める・・・。
  ー内容ー
日本海に面した富山県の寂れた港町、魚深市。
ここで、政府の極秘プロジェクトが実行されようとしていた。人口減少が著しい
地方都市へ、仮釈放された受刑囚を仕事・住居付きで移住させることで、刑務所
のコスト削減と過疎対策を実施しようという政策だ。

市役所に務める月末一は、そんな元受刑囚の新規転入者達の受け入れ担当係を
命じられた。個性的でどことなく危険な香りのする6人の元受刑囚の転入と定住
手続きを進める月末だったが、あとで調べてみると、6人ともが元殺人犯だった
ことを知り、愕然とするのだった。

ある日、月末は、市役所内でかつてのバンド仲間で、同級生だった石田文に
出会う。都会の生活に疲れて田舎へと出戻ってくるため、転入手続きをしていた
ところだった。昔から文に片思い中だった月末は、同級生の須藤も誘い、文と
再びバンド活動を始めることにした。

6人の元受刑囚のうち、月末と年が近く、一番気が合いそうだったのが、魚深市で
宅配業者として働き始めた宮越一郎だった。宮腰は、勤務中、月末や文のバンド
練習中に偶然通りかかったことで、彼らのバンド練習に加わることになった。
しかし新たに加わった宮越と急速に仲良くなっていく文を横目に、月末は複雑な
心境だった。

受刑者達が、魚深市でそれぞれの生活に馴染んで来た頃、町では「のろろ祭」
という、地元に伝わる半魚人の神様をお祭りする奇祭の準備が始まっていた。
その祭りのクライマックスは、白装束に篝火を持った男たちが、のろろ様を先頭
に練り歩く行事だが、そこへの参加者として、元受刑者が選ばれたのだった。
元受刑者同士、一触即発の場面もあったが、無事に祭りはスタートするのだった。

しかし、翌日の全国紙の紙面にて、宮腰一郎が映った写真が掲載されたことを
きっかけに、過去に宮腰と因縁があった男性が魚深市で宮腰の動向を探り始めた。
一方、宮腰は、月末の知らない間に文と恋仲になっていた。動揺した月末は、
ついうっかり文に、宮腰が過去に殺人事件を起こした重罪犯であることを告げて
しまう。一方、のろろ祭りで宮腰のことを知った別の元受刑者、杉山勝志は、
宮腰に犯罪計画をもちかけるのだった。こうして、宮腰や月末の周辺は、一気に
不穏な空気に包まれていくのだったーーー。 

―
▼ ある元受刑者の女性が語る心の内の告白が心にしみる。
 『監房内にトイレがある。その臭いがキツイが、それよりも、身内や恋人を
思ってか、何処かで誰かがシクシク泣くと、それに共鳴してアチコチからすすり
泣きが聞こえてくるのが哀しかった。人殺しの私が人を愛していけませんか…』
の言葉が、重く響いた。波乱万丈と一言でいうが…。人生を振返ると、よく無事
で、ここまでこれれたことに感謝の日々である。 何が悪いかといえば、無知と、
その自覚の無さ。知ってる事は知ってるが、知らないことは知らない、無知の
自覚無さ。 親鸞の『歎異鈔』に「善人なほもて往生をとぐ,いはんや悪人をや」
と、この思想が言及されている。阿弥陀仏の本願は、善人よりは,悪人こそ本願
により往生しうるとする考え方。この思想は,親鸞の師である法然から出ている。
 作者の意図が、そこまであったかは知らないが、彼らのためにこそ、
『南無阿弥陀仏』が必要に思えた。それは心が乾いて空から。 『空即是色』

・・・・・・
4715,閑話小題 ー時どき、10年前から現在を振り返えり
2014年02月10日(月)
  * 時どき、10年前から現在を振り返えって 見えてくるのは!
 株式のチャート見るように、その時どきから、5、10年間を振り返えると
 思いもよらない事件に遭遇していることが分る。では2004年の2月から2014年
 2月まで、何が起きたか?を調べると想像を絶することばかり。先の10年間は、
 これより遥かに大きな自然災害と経済震災に間違いなく遭遇することになるが、
 これだけは起きてから分かること。 時系列であげると!
・2004年に、中越地震とスマトラ沖地震、
・2007年に、中越沖地震、
・2008年には、ミャンマーでサイクロンで死者・行方不明は13万4千人以上。
 5月12日- 中国で四川大地震発生。M8.0、累計で4千万人以上が被災し、
 6万9千人が死亡。米国でリーマンショックが発生。
・2009年1月20日 - バラク・オバマがアメリカ合衆国建国以来、初の黒人
 大統領とし第44代米国合衆国大統領に就任。
・2010年には、チリとハイチで大地震。ハイチでは30万以上が死亡。
・2011年に、東北大地震で2万人近くが亡くなり、福島第二原子炉が破壊された。
 チュニジアのジャスミン革命が各国に波及し、アラブ各国で独裁政権に対する
 デモに発展。エジプトでムバーラク政権が崩壊、リビアでNATOが軍事介入し
 半年間の内戦の末にカダフィ政権が崩壊した。(アラブの春)アルカーイダ
 の最高指導者とされるウサーマ・ビン・ラーディンが、パキスタン・
 アボッターバードにて米国の特殊部隊との銃撃戦の末に殺害される。
▽ 東北大地震の直後、私の事業もあっけなく消滅。 時系列でみると、
 10年前に、こんな予測は誰も信じない。が、現実には次々に起きている。 
 とすると、2014/02〜2024/02年は、より大きな自然、経済災害があるはず。
 それを前提に対策を立てておく必要がある。まさか地元の中越地区に二度も、
 大地震があるなど思いもよらなかった。考えられるのは、首都直下型地震、
 南海トラフ地震、富士山の噴火の可能性が高い。また静かな世界恐慌?が
 表立ってくるのも自然の成りゆき。その中で、情報革命が劇的に進んでいる。 
 パソコンがスマートフォンや、タブレット型に収まるとは、当時は考えられ
 ないこと。次の10年は、メガネ型、腕時計、ジャケットなどの身体の一部
 になる装着式。危険な大震災の可能性と、反面、面白い時代になる。
 ブラックスワンがいるが、大部分はホワイトスワン。私個人としての
 ブラックスワンは、「死」。5分5分、いや6分が到来?で、その日のため
 の予習を楽しんでいる。一応、やりたいことは、やり終えた実感は、
 小さい範囲としても、気が楽である。 それも吹っ飛ぶのだろうが。
・・・・・・
4348, 書くことが思いつかない人のための文章教室
2013年02月10日(日)
      「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
 *「思い出」を簡素に書き出せば、それで立派な文になる!
    まずは ー内容よりー
≪「文章を書く」とは、長い間の記憶から体験を引き出し描写することだ。
 自分にはそんな特別な経験はないと考える人でも、
・うまい引き出し方さえわかれば書ける。また、伝わる文章にしたいなら、
 くどくど説明してはいけない。とにかく描写せよ。
・細部に目をこらして書けば、真に迫る。たとえばさびしい気持ちなら、
 「さびしい」と書くな。さびしさを表わす「物」を描写してそれを伝えよ 
 ―ベテラン記者で名コラムニストが、ありきたりにならない表現法から、
 書く前の構成メモ術まで使えるコツをやさしく伝授。≫
▼《「文章を書く」とは、長い間の記憶から体験を引き出して描写すること。》
 この本の要点は、この一文に要約されている。12年近く、一日に2時間以上
かけて、この随想日記を書き続けているが、膨大なエネルギーを入れ続けても、
この程度。今の私にとって、これがベストの習慣。そこで一番の難しいのが
テーマの設定。そうそう毎日、ネタは出ては来ない。全く浮かんで来ないときは、
気まま、思いのまま書いた些細なテーマの「閑話小題」が逆に面白いと言われる。
その日常のことは、もう一つのブログ「バードウォッチ」に書いているので、
更に見つからない。数度に一度は、そこの文章をカットし、閑話小題として
随想日記に書き直している。兎にも角にもテーマのネタ切れに毎日のように直面
している。そこに図書館でこの本を発見した。そこで、たまたま手元にあった
随筆集を目を通したら、全てが体験の思い出。フッと浮かんだ体験を意識し
書き出せば良かった。これまではキーワード探しに気持ちが向っていたが、
「思い出」でよかったのである。随想は、その人特有の「思い」を書くものだが、
「思い」を書こうとするとテーマなかなか出てこない。「思い出」なら、誰に
でも生きてきただけある。それを気楽に書けばよい。体験談は、自分にとって
当り前の記憶でも、第三者からみれば、これほど面白いものはない。 
著者は、「良い文章とは?」に対し、「内容があること、そして、それが的確に
表現されていること。この二つが借ものでなく、その人自身のものであること」
という。そのため、思い出を素直に具体的に書けばよい。
 経験を書くことを「ひけらかす」と思い、躊躇していたら良い文章は書けない。 
たったこれだけの事を、12年間も書き続けてきて、殆ど意識しなかった。
それぞれの人生は、唯一無二の体験の蓄積。それをそのまま表現すれば、
これほど面白く、興味深いものはない。だから、ツイッターなどの何気ない
呟きの公開が爆発的に世界中に受け入れられた。 ということは、これは、
メモ的雑記帳を総称して「随想日記」と言っているにすぎないことになる。 
随想と、他と分ければよいのである。それも12年も書き続けると、お分かりの
とおり、同じ事を、見方を変えて繰り返することになる。 続けることは大変!
・・・・・・
5810,閑話小題 〜毎日が面白い!〜このブログの書きあげ
2017年02月10日(金)
   * ブログのテーマ探しと書きあげ
 何を血迷ったか、16年前に個人HPを立上げ、毎日、公開の随想日記を始めた。
一日の主軸が書上げの完成にあるといって過言ではない。頭の中が常に、この
テーマ探しにある。それまで数十年来、読んできた書籍の内容も、毎日の行動
刻印のダイアリーにあるメモ欄とか、会社の社内報に、書いたりしていたが、
大学ノートなどに定型の記録として時系列に残してはいなかった。 
 そのメモを何とか刻印できないかと思っていた矢先に思いついたのが、個人
HPを立上げ、ネット上に公開し、第三者に晒して管理をすれば、否が応でも
持続するだろうと始めたのがこれである。21世紀に入った頃から『ブログ』
たるものが、世に出て一般的に普及を始めていた。これで万人が個人HP=ブログ
を持てるようになった。
 6千近いテーマを16年近く書き続けているが、好きでなければ到底、無理。 
続けるうちに要領も得たが、それでも「愚直に、純粋に、誠意を込め、全力を
込めて、集中しなければ、この程度の内容でも書き続けることはできない。
何度も何度も読返して修正を繰返すしかない。 書きあげて、公開をすれば、
後は一人歩きをする。問題は、数年後、読む自分の視線。 数年後に読むと、
得体の知らない当時の自分と出会うこともある。時間を置いて知る己とは、
かくあるのか?と、感慨すること屡々。 問題はネタ探し。月に一・二度は、
ネタ切れで、しばし茫然。 その緊張感が重要。その都度、何とかなることを
経験から知っている。その時、日常行動の刻印の呟き用の『バードウォッチ』
に、リアルに日常の些細なことを思いのまま書き込む。そこに何かしらヒント
が出てくる。逆に、ツアーの出発前に、10日分のテーマを考え、書上げるのは、
さほど苦にならない。「10日分を必ず書き上げる」という覚悟がなせるわざ。
テーマが見つからないのは、覚悟が薄れているとき。気力が萎えたとき。
 だから自然と、本音そのままを書いてしまう。それで、他者をキヅつける。
内なる得体のしれない心の闇を感じることが時々ある。持ち越してきた、情念
の蓄積されたヘドロからのガス?を書き出すことで、何とか落込みを最小に
している。心の闇の中を、あっちフラフラ、こっちフラフラが我ながら面白い!
 ーーー
3608, 人生には3つの坂があるというが
2011年02月10日(木)
 以前にも書いたことがあるが、人生には上り坂、下り坂、そして「まさか」
の3つの坂がある。この言葉は大河ドラマの毛利元就の中でも言っていた。 
この十年を振り返ると「まさか」の連続であった。2001年の9・11テロから始まり、
地元では大地震が二つ、世界では数万人以上の死者が出た地震が相次いだ。
 その間に携帯電話がスマートフォンに進化、ノートパソコンから板状の
タブレットパソコンに重心を移行始めた。政治ではアメリカで最初の黒人大統領
が選出された。そして現実社会とは別に、いま一つネット社会が出来てしまった。
そしてHPからブログに進化し、さらにミニブログのツイッターや動画サイトの
Youtubeが出現してきた。今年に入ってネット普及の結果、一瞬にして
チュニジア、エジプト、イエメンなどの独裁政治がドミノ倒しになっている。
その飛び火が、アルジェリア、シリア、リビアに及ぼうとしている。経済面では、
2008年のリーマンショックで、世界恐慌に陥る寸前の様相。 次の「まさか」が
何かを知りえないから「まさか」になるのだが、その背景にあるのは、半導体の
「ムーアの法則」といわれる日進月歩の進化である。 この法則は、1965年に
インテル社のムーアが「LSIのチップ上に集積されるトランジスターの量は、
18〜24ヶ月ごとに二倍になる」という法則で、45年経過した現在でも続いている。
これは微細加工の技術よるもので、現在では一センチ角にトランジスターが
地球上の人間数を遥かに上回るほど乗る集積度というから驚きである。 
私が中学生の時に初めてみた、あのトランジスターが一センチ角に100億以上も
乗るのである。10年に一度位に、もう限界に来たと騒がれるが、何時も、それを
乗り越える技術が出来る。それとネットが結びつき、それぞれの情報基地を結び
つけるのだから、情報は一瞬のうちに世界中を飛び回る。10年前に、現在の姿を
誰が予測できただろうか。それ以上に、今後10年の変化は加速度的に進むとしたら、
どのような姿であろう。この十年の変化以上のことは間違いないとすると・・
・・・・・・
閑話小題 ー混乱の世界経済“負の連鎖”は止まるのか
2016年02月10日(水)
   * 混乱の世界経済“負の連鎖”は止まりません
 2月2日(火)、NHK放送の「クローズアップ現代」から8日経過したが、、
その流れは、金利ゼロ政策の発表と、昨日の暴落もあり止まらない。何か、
中東のISと、それによる欧州への難民問題と、中国のバブル崩壊、原油の
暴落を含め、恐慌前夜の空気になっている。 〜その内容といえば〜
≪ 世界中で株安が進み、波乱の年明けとなった2016年。戦後初めて年明け
 から6日連続の下落で始まった東京株式市場は、いまも乱高下が続く。
背景にあるのがアメリカの利上げ、中国経済の減速、そして原油安だ。
IMFは最新の世界経済の成長率予測を下方修正、新興国が成長の足かせと
懸念を示した。特にブラジルでは資源安にさらされ、オリンピックイヤー
にもかかわらずマイナス成長に。ロシアでは原油安が国家財政を揺るが
事態を招き、中国を相手に貿易を伸ばしてきた韓国も輸出が激減している。
一方利上げに踏み切ったアメリカは、ドル高や原油安などの影響で、製造業
やエネルギー関連企業で業績が落ち込むと予想される。経済が減速する中国は
1月、アジアインフラ投資銀行を開業、アジアのインフラ建設の資金を提供し、
に打って出ようとしている。混迷を深める2016年の世界経済はどこへ向かう
のか、日本経済はどうなるか、探っていく。≫ 
▼ その後、日銀がマイナス金利を発表、昨日の東京市場も千円近くの
 値下がり。リーマンショックか、それ以上の大暴落前の前波とみるか
どうか?微妙な空気である。2001年の9・11テロや、2008年のリーマン
ショックのもたらした落込みを真正面から受けた経験からして、一歩も
二歩も退いたとしても、末恐ろしさは同じ。年内に10000円を割る可能性すら
あるのに、何が三本の矢? 経済政策に関しては、どれほど酷い?言葉も
言い足りない!さらに、4年後の東京五輪。 今年のブラジル経済の窮状と、
リオ五輪の危うさが重なって見えてくる。ただし、憲法改正と、保守外交は、
それをカバーするかの線上にあるため、支持率が落ちてない。
 で、世界経済“負の連鎖”は止まるのか? の答えは、止まらない!
とすると、銀行預金を現物にし(ビル投資など)、デノミの可能性も、
視野に入れる手はずに入るべきか。もう、私には全く関係ないとしても。
 で、いま去年の文章を見ると、何故か、丁度よい続きになる。
流れは同じだが、深刻度は、去年より遥かに大きくなっている。


6176,閑話小題 〜雪道トラブル

2018年02月09日(金)

   * まさかの雪道トラブル
 スポーツジムの帰りすがらスーパーに寄って酒とツマミを買って、大通りを
駅方面に走らせて、セブンイレブンのある小さな道路に右折しかけたところ、
中央に出来た雪壁に車輪が入り込み、空回りのカメさん状態になってしまった。
車にシャベルがあるでなし、さて如何いうものかと茫然としていると、10m先で
女子高生が、私の様子を立ち止まって見ていた。カード会社の車両事故トラブル・
サービスセンターへの電話と思ったが、携帯電話は不所持。そこで、その人に
声を掛けて、カードにある番号に電話をして貰った。 
 問題は、片側3車線の大道路での16時頃。二つある高校の帰宅時間。
サービス・センターによると、雪道トラブルは実費で数万はかかり、その場の、
実費払という。(帰ってから家内から聞いたが、ゴールドカードは無料と知った)
 が、それが幸いした。ならば、通行人から助けを呼ぶ覚悟が出来た。 ます、
その女子校生に礼を言い、帰って貰い、後は出たとこ勝負。その直後、二人
連れの若い女性が声を掛けてきて、「高校生の帰宅時間だから、とにかく声を
かけなさいよ」と教えてくれた。 至近距離にある高校の教師のような? 
そこで直、通りすがりの男子高生の声をかけて、二人の女性と後方から押して
くれたが、ビクともしない。やおら高校生が仲間を連れてくると、その場に鞄を
おいて長岡高校の方に走っていった。もう少しで車の渋滞だったが、バス一台が
通れる位置が良かった悪かったか? 渋滞なら直に運転手数人が押してくれた筈。
そうこうしている内に、7〜8人の野球部の部員と顧問の先生らしき人を連れて
戻ってきて、その人の指示で除雪をして、総出でバックギアで脱出し、無事、
車が出発したが、一時、車を止めていたため、渋滞になっていて停車が出来ずに、
大声で運転席から礼を言っただけで、そのまま帰ってきた。今日の午前中に
御礼にいくつもりだが… ダンプの運転手が、縄で引っ張ろうとしてくれたり、
次々と声をかけてくれたり。成るほど、これが仏心というものかと…
 雪道の中、スポーツジムに来る人が激減するはずだ。雪国の人は、雪道の
恐ろしさを長年の経験から知り尽くしている。 このような大道の真中での
トラブル、初めての経験だったが、動揺している私の姿。よほど気の毒そう
だったようだ。実際のところ、そうだった。北陸の大雪の困難民に自分が
なろうとは! 人生、教えられることが、まだまだ多くある。 特に私は! 

・・・・・・
3972, 閑話小題
2012年02月09日(木)
  * 大地震が夜半に起きないのは何故
 関東大震災、神戸淡路大震災、中越地震、柏崎刈羽地震、この東北大震災、
そして海外ではスマトラ沖大地震、四川大地震、ペルー地震と、小さいのは
別として、最近の大地震は何故か殆どが日が明るいうちに起こっている。
太陽系の引力にも関係しているのだろうか?もし東北大震災が夜半だったら、
数倍の死者が出ていたはず。日の入りの時間は約半分として、上記の最近の
地震全てが日が明るいうち、というのも偶然にしては?台風も、不思議に
週末に集中する。
  * 単身女性の3割がワーキングプアー?
 先日、TVで単身女性の3割がワーキングプアーと報じていた。
個々人の事例を紹介していたが、男性のような暗さがない。その生活も決して
不満でなく、それなりに満足している? 心のどこかに「白馬の騎士が迎えに
来てくれるかも?」の願望があるのだろうか? 女が一人で生きていくのは
甘くないが、今さら元に戻れない。まだ社会に余裕があるから明るくいられる?
時代が、さらに厳しくなった時に、その明るさはなくなる。母子家庭の過半数
以上がワーキングプアーというが、単身女性も加え、女性の時代という掛け声と
現実の違いはあまりに大きい。 国民の平均所得の半額以下の収入の人をプアー
というが、その規定を見直すことも必要の時期にきている。
プアーの言葉が世に出てきたため、意識をするようになっただけか?
右上がりの時代から右下がりの時代の対比からみて、明らかにプアーの時代
になったことは確かである。この言葉の規定からすると、国民年金生活者は
全員プアーになってしまう。プアーだが、情報だけはリッチの時代。
・・・・・・
5079,閑話小題 〜夜明けのスキャット ー�
2015年02月09日(月)
   * 夢の中の幽霊の老夫婦
 何時まで続くか分からないが、夢日記を続けていると奇妙な感覚になる。
今度の夢は、霊界に入り込んだような物語。 以前、一度行ったことがあった
民家の軒先が小さな貸本の店。そこに入ると小さな店内が取り払われていて、
御婆さんが業者みたいな人と話をしている。たしか連れがいたはずと、奥に
声をかけると、80歳過ぎの爺さんが出てきた。「もう店をやってないのですか」
と聞くと、奥から書棚とか、台を引っ張ってきて、本やビデオを並べ始めたので、
自分が奥の座敷に上がる。元もと、爺さんの本やビデオを貸出していたようだ。
ところが何か不自然で、この老夫婦、実は、この世の人でなく、既に亡くなって
いるのを気づかないで、そのまま家に居るような? 
 そこで、「もう、あなた方は、死んでいるんですよ」と言ってよいものか、
迷っているうちに目が覚めた。 ただ、それだけの内容だが・・
   * つれづれに 〜あと少しで4年ですか!
 あと二ヶ月で、御隠居生活に入って4年、長いようで短い感がする。 
変化したことは、外で酒を飲む機会が半分近くなったのと、少し肩身が狭い?
ぐらいで、違和感は少ない。4年前に決めた日課どおりの生活が今も続く。
 気ままで、誰の干渉を受けない日常は極上だが、あるとすれは家内の壁。
仏間ノ書斎コーナー、寝室、スポーツジムで、半分の時間は開放されている。
 40年、事業に集中していたエネルギーを、自由に使えるのが非常によい!
この随想日記を14年近く書き続けてきたお陰で、気持ちを言葉でハキ出す
ことで、心に羽根が生えたように飛びまわり、開放される。
 ここは閉鎖社会の城下町。月に一度は聞こえよがしの嫌味か、卑しい視線を
受けるが、想定内。尾ひれはひれで、とんでも人間になっているのだろうが、
これも20歳時に起業を決心した時点で、割り切リ、そのまま受け入れている。 
世間とかいう修羅世界への私の視線がいかに冷たいことは今さらである。
 死んで三日もすれば、300年前に死んだと同じと考えれば、殆どの怒りや
悩みが消える。 無知は罪! 古希あたりから、さほど長くない先に死ぬこと
を前提に、モノゴトを考え、判断するというが。
去年、宅建主任免許の書換え、必要ないと、しなかった。 
・・・・・・
5809,どうして私たちは、こんなに頭が悪いのか
2017年02月09日(木)
                『困難な成熟』内田樹 著
   * どうして私たちは、こんなに頭が悪いのか
 人生を振返って、私は何故に、かくも頭が悪いのかと実感する。
そのことを知っているは、むしろ他者。しかし、その他者も、第三者から
見れば全く同じことがいえる。 現状とは過去の頭の悪さの集積の結果。
そう思うと諦めもつくが、問題は、その自覚を万人が持っているかというと、
そうではない。 だから他者の失敗をあげ諂い、「あの男、あまり頭が
良くない」と平気で宣う。 〜その辺りを抜粋〜
・《 現代日本社会の制度的瑕疵のほとんどは「想像力がないので、
 先のことは何も考えずに来た」ことの帰結だろうと僕は思います。…(略)  
 この社会に格差はあります。資源の分配についてのアンフェアはあります。 
 さまざまな理不尽がある。でも、それは誰かが自己利益のために工作してそう
 なっているわけではない。それは無数の「頭の悪さ」の集積なのです。…(略)
 むしろあまり深く考えなかったせいで起きたことが無数に集積して、
 「こんな事態」になっている。僕はそう思います。》(179〜183p)
さらに、
・《自分が選択したこと、自分がやっていること、自分が考えていることの適切
 さについて第三者的、価値中立的な視点から吟味できないことを僕たちは
 「頭が悪い」と言います。そして、第三者的、価値中立的な視点から自分自身
 の推論や判断を吟味するというのは、言い換えると「自分の頭の悪さを点検する」
 ということなのです。…(略)》(184p)
《「あ、オレ間違ったわ」とすぐにフィードバック」しなさいということ…(略)
 「自分は頭が悪いんじゃないか?」という疑問に捉えられて、…(略)
 常日頃から考える習慣をつけていると、「大きな間違い」を犯すリスクが
 軽減される。それだけのことです。》(185ページ)
――
▼ 私たちの頭の悪さを、想像力の無さが起因すると著者はいう。意外と、
 この事実を多くの人は理解してない。小説を読むことは、文字を通して作者の
物語の世界を想像すること。本を読むことは、想像力を培うため、必要になる。
ここで、〖20世紀、アジアアフリカで、欧米の帝国主義諸国を武力で放逐して独立
を勝ち取った革命政権のうち、奪還した資源を公平に分配することに成功したもの
は殆どいなかった。さらに植民地官僚より激しい収奪と独占を許した。』という
厳正な事実がある。20世紀の大殺戮が21世紀に繰返される可能性が無いものと、
思いこんでいるが、これもイメージ不足。人間は虚空の中の、小さな小さなチリ
の存在でしかないを頭では知っている。しかし、そのイメージが出来ないその
ことが人生を貧弱にしている。 それが、<どうして私たちは、こんなに頭が
悪いのか>の答。あの大統領が、その全てを表出している。無知は罪である。
それも重罪である。そして、自然によって間接拷問の後に、死刑に処せられる。
その前に、治療いう名目の毒薬を長年かけ盛られ、薬漬けされたのも知らず…
・・・・・・
5443,小学校担任の西澤先生への手紙
2016年02月09日(火)
  小学校の担任だった先生から『自分史』が送られてきて、一ヶ月、何とか、
『自己を見つめる』渡邊二郎(著) と一緒に、礼状を送る段取りができた。
達筆な先生に、悪筆の手紙を出すのは気が重いため、何とか故障していた
プリンターを直し、パソコンで書き上げた。 
 職業軍人の父を持つ、戦中派の典型で、恐ろしい先生だった。
何度か頭を殴られたが、先生から殴られたのは、西澤先生を含め二人だけ。 
去年9月に米寿をむかえ満87歳。奥さんに十数年前に先立たれ、現在は
私の自宅から10分ほどの川崎に一人住まいで、目の前の川崎小学校の
校長に息子様がなられており、やはり御近所に住まわれている。
 
 長岡出身の父親は職業軍人で、昭和9年に姫路高等学校の教官になられ、
先生の幼少期の11年を、姫路で過ごす。姫路中学校、陸軍経理学校、
新潟師範学校を卒業、教師、校長を多く歴任の後、見附市の教育長に。
 父親が、産業界に転進した関係で、請われて、産業界に転進し、その後、
再び、教師に舞い戻ったユニークの経歴を持つ。私の母校の阪之上小学校に
三度も勤められた。校長として幾つかの小学校の建物の建て替えに従事
してきたようだ。定年後は、見附市の教育長など歴任した。

 半世紀以上たった現在、人生の卒論としての報告書を書いているような
気持ちである。 以下の文章と、随想日記の幾つかをコピーして同封する
予定だが、何か見透かされているようで、一人赤面している。
この卒論は、私にとって大事な通過儀礼になるが、毎日書き続けてきた、
この随想日記が少しは有効に働くことになる。読んでいて、合わせ鏡
として見えてくる卑小な自分が、そのまま、露呈した思いである。
 ――――
  : 西澤正元先生へ

「出会いの軌跡」、シッカリと読みました。
教師人生と、校長人生、教育長人生の、長い道のりの軌跡が自然体で、
そのまま小説のように淡々と書かれており、人間・西澤正元先生の
世界が鮮明に現れでており、清清しい気持ちになりました。
親子鷹の御父様との道ずれも、そのまま、家系として息子様へ
受け継がれていく壮大な物語を読む思いです。

 今回、同封した『自己を見つめる』は、5年前の会社整理のさい、
「節目を打つ」ため、足元が揺らがせないために読んだ本です。
ブログの読書感想として、何回に分けて書き込んだもので、当時の
私にとって、この本が気持ちのシェルターになっていました。 
 内容は、先生の御年からしたら物足りないかもしれませんが・・ 
これが当時の私の支え棒の内容と、軽く読んでもらえればと、
同封させてもらいました。

 15年前から現在に至るまで、一日一文をブログに掲載しています。
レポート用紙1〜2枚分位で、大体2〜3時間かけています。
読み手は、家族、知人を中心に一日300人位で、時に千人だったり、
二百人を割ったりします。 これまで5400のテーマになっています。
休んだのが一回だけ。ツアーの参加の際は、ネットにアップした文章を
知人や息子に頼んで掲載しています。 内面生活の公開は気を強く保た
ないと、続けることは不可能のため、生活の張り合いになってます。
 
 人生、老いて?こそ解ることが多いですね。それも、己の無能が・・
先生の言われた、「話すより書け!」が、私にとってのブログの掲載。
親しい人の何人かに向かい、話しかけるように書いてます。
 私が面白いと思ったテーマを幾つか選んで、コピーしました。
暇のおりでも、読んでいただけたらと思っています。 御自愛のほど!                  
                      : 堀井八郎
・・・・・・・
3607、絵になりますね
2011年02月09日(水)
 「この風景、何処から撮っても絵になりますね」など、風景、場面の美しさ
を表現するのに「絵になる」という。「アート画転換ソフト」は、その言葉の
とおりにデジタル化した写真を絵画やアート画などに転換してくれる。
絵を描くのはプロでも大きなエネルギーを要するが、気楽に一瞬のうちに転換
してしまうから驚き。デジタル写真を絵に転換すると、何故、気持ちが響く
のだろうか? そもそも絵とは何か?
  ーそこで「絵」とは何かをウキィペディアで調べてみたー
≪ 絵画は、板や布、紙、壁といった支持体と、絵具などの描画材料による
 特定の支持体に対する描画で成立したもの。板や布に描かれた油彩画や
テンペラ画、フレスコなどで描かれた壁画を指す。紙に描かれた水彩画などは
含めるが、木炭や鉛筆で描かれたものは含めない。≫ 
 この説明では、書かれた絵の意味することの説明にはならない。
絵は描く人の直接手描きの主観と気持ちが入っている。対象に集中した魂が
絵画の絵画たる由縁である。それからして、この転換されたデジタル絵画写真は、
果たして絵画と言えるのだろうか。先ほどの「板や布、紙、壁といった支持体を
パソコン画面かネット上に替え、絵具などの描写材料がデジタル写真による
支持体とした描画で成立したもの」とすると、デジタル絵画としての立派な絵
になる。手描きはデジカメで現場で撮ったことに置き換えられる。
そう、これはバーチャルペインターという絵画ロボットが描いた立派な
芸術である。それは、誰もが過って見たことのない新しいバーチャルの世界
であり、これまでは一部の専門家しか出来なかったアート画を、気楽に絵画
ロボットが変幻自在に描き上げてくれる。そこに現れ出るのは、今までは
絵としては表現出来なかった、異次元のデジタル芸術の世界が創造される。 
実際に、過去のアナログの写真をデジカメで取り直し、ロボットで絵画転換
をする度に過去が新たによみ返ってくるようである。その現場で写した写真が
アート画になるとは、数年前までは、誰も想像すら出来なかったことである。
IT化の凄みの一例を垣間見ている。成るほど、20、200万年に一度の
境目で見えてくる現象はこんなものか。
・・・・・・
4714,現代のベートヴェン 〜2
2014年02月09日(日)
‘現代のベートヴェン’のゴーストライターのライブの記者会見は、
 「事実は小説より奇なり」を、そのまま地でいく内容。 
 物語風に、現代のベートヴェンの経緯をまとめてみるとー   
              <私もミーちゃんハーちゃんになったもの>
《 18年前に(仮に彼をAとする)Aが作曲家で一旗上げようと思い立った。
 が、才能がない。そこでA自身をタレントにして、作曲はゴーストライター
に任せることを思いつく。親が被爆者であるのを利用し広島被爆二世の作曲家
として売り出した。しかし、それだけでは、いま一つインパクトが足りない。
そこで全聾の悲劇を加えることを思い立ったところ、これが大当たりになり、
NHKスペシャルで放映される。ところが、あまりに売れたため、ゴースト
ライターが恐ろしくなり、止めたいと言い出したが、Aは引き下がれない。
そこで自殺を仄めかして、作曲を強要。とこが、オリンピックのフィギア
スケートのテーマ音楽に取り上げられ、その重圧にゴーストライターは自滅。
週刊誌に、真相を告白。そこで共同会見が行われ、全聾もバラされた・・ 》
▼ これに殺人を絡めれば、刑事シリーズの『相棒』物語になる。
 現に似たストーリーがあった。また、その謝礼金額の安さにおどろいた! 
現代のベートベン・Aの後ろ盾に、誰か企画立案者などがいるはず?
問題は、この件が刑事事件になるかどうか? 会見の記者の質問の鋭さは流石。 
著名なシンガーソングライターに、こういう類の話が多いだろう。「たけし」
には週刊誌の連載や書籍があるが、彼に公然としたゴーストライターがいる。
しかし誰も咎めはしない。「たけし」だからだ。ゴーストライターが本人と対話
しながら、内容をまとめるのだから、別に問題はない。以前、ここで取り上げた
プレーボーイの元編集長の島地勝彦は、有名作家のゴーストライターを自認、
堂々と『乗り移り人生相談』を出版している。二年前に、そのものズバリの
『ゴーストライダー』というハリウッド映画を見たことがあった。
『戦場のピアニスト』などのポランスキー監督が、ロバート・ハリスの小説を
映画化したサスペンス。<元イギリス首相のゴーストライターとして雇われた
平凡な男が、ある秘密に吸い寄せられていくさま>が描いてあったが、
これが面白い!これを題材にした小説をゴーストライダーと組んで出版すれば、
面白いものが出来ること受けあい!


6175,閑話小題 〜米朝開戦 −3

2018年02月08日(木)

   * トランプと、ケネディの対談だとさ
神さん: おい寅さん、今度は御前さんが出番だよ。トランプにケネディじゃ、
  やはり大家さんにフォローしてもらわないとね。
寅: 何でトランプなんだよ。寅に「トラ」を掛けたジョークですか?
  それにしても民主主義の矛盾が出たね。悪いことに、北朝鮮だも。
ケネディ: おいおい、選りにもよって、トランプ大統領と私を組合わせ!
  敵国に情報操作を依頼してマサカの当選をした泡沫だろ! いくらなんでも
  嫌だね。神様とはいえ、沈黙しますよ。それに寅との組合せとはね。
トランプ: 何で悪いって決め付けるんだ。民主党何ぞ、それも黒人を大統領に
  するセンス。 当然、開国のインディアンの虐殺は、誰の目にも明らか。
  スペインは南米、イギリス、フランスは北米を分けあっただろう。で、虐殺。
  だから北朝鮮に、ドテッ腹にミサイルを突きつけられるだ。私の役割は、
  悪しき民主主義と、平等主義を正すことさ。まずは、北朝鮮からね…
大家: 民主主義国家アメリカの歴史は、先住民の大量虐殺の上に成り立っている
  のは事実ですよ。その数は 1000万人とも1500万人とも言われじゃないですか。
ケネディ: … 
トランプ: その上に、アフリカから奴隷を持ち込んできて、何を今さらだ。
  世界は、白、赤、黄色、黒色の人種的階層が現実にあるの。インドのカースト
  を見れは解るだろう…
大家さん: それを言っちゃお終いさ。理想を掲げ、矛盾を乗越えるのが人間よ。
寅: でも、現実社会は、差別社会、階級社会ですよ。長屋だって、そうさ。
  一番上が、長屋でいえば、大家が一番で、次が八つぁん… 
大家: だからこそ、理想を掲げ、空に輝く北極星を目安に歩むしかない。
  それが、人間というものじゃないですか。
トランプ: 何を綺麗ごとを? ケネディは名門の出だろう。綺麗ごとをいって
  いられるのは親父が辣腕で、稼ぐだけ稼いだ元があるからじゃないか。
ケネディ: …
大家: いくら泡沫候補とはいえ、品位も何も無いじゃない。
トランプ: あんただって、あわや核戦争一歩手前までいったじゃないですか。
ケネディ: …
寅: そういう歴史の積み重ねた現在のアメリカの地盤を根こそぎ叩き壊して
  いるのが分からないんだ
大家: アメリカ建国の精神を否定してるんだよ。
トランプ: アメリカは、国民の約80%がキリスト教徒で、かつプロテスタント
  の比率が高く、多数のプロテスタント教派が存立してるんだ。キリスト教は
  弱者救済だけどね、ローマがキリスト教を国教にした時から、白人のための
  宗教に変わってのは歴史が証明しているじゃないか。ケネディ、そうだろう?
ケネディ: …
寅: この人、戦争おっぱじめるよ。 このままじゃ、弾劾もありうるし。
大家: 神様、何とかならないですか。
神様: なるようになるしかないし、見守るしかない。 トバッチリを受ける
  のは、何時も弱者。
寅: 冗談じゃないよ。北朝鮮の原子炉が破壊されると、季節風で放射能が
  日本を覆うじゃないないか。それと、活動中の原子炉を狙われるよ。
トランプ: レッドラインを遥かに超えたのを見逃すわけがない。それに多くの
  疑惑が有耶無耶になるしね。黒人と女の言いなりの8年間の後始末さ。
ケネディ: いざ、ボタンを押すか押さないかの瀬戸際。独り震えたいましたよ。 
  ああ、独り言ですけどね。
寅: 北朝鮮がオリンピック開催の前日に、軍事訓練とは。それじゃ、
  終わった直後に、アメリカの出番になる。
トランプ: …  
寅: 途中ですが、仮想対談、これで終わります。
  
・・・・・・
5808,閑話小題 〜毎日が面白い! (後編)
2017年02月08日(水)
  * 毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(後編)
 6年前に始めたが、何故か数度で止めてしまった。そして翌年、まず5回、
そして10回と意を決して再挑戦をして現在に至っている。平日・昼間コースの
ヨガの枠が5回ある。当初の週二の枠が、5回に増えたが、参加者も8割だった
のが、現在は、50人の定員が殆ぼ満タン状態。火・水は事前に予約チップを
数時間前に取りに行かなければならない。ヨガは、60〜90分で、1200〜1500円。
私の場合、月に18回として、一回千円とすると18000円になる計算。満タンに
なるわけ。慣れるほど、自分以外の人たちが気にならなくなる。5年になるので、
600〜700回は参加したことになる。ヨガは、心にも毒が溜まるのが自覚できる。
それを一刻の間に、少しでも吐出すことが出来る。最近、5年前とは体質が変化
した感がする。老いるとは、長年の心の毒が一人歩きをし、そのまま生老病死
の4苦として重く圧し掛かる。
 ポーズで、例えば『ガス抜きのポーズ』がある。仰向けになって曲げた両足
を両手で抱えるポーズとか。『ゴキブリのポーズ』で、仰向けで両手両足を
ゴキブリにように、ばたつかせるポーズとか。『立木(リツギ)のポース』で、
立ち木のように両手を頭の上に合わせて、ギリギリ上に伸ばすポーズとか、
顔をしかめたり、縦に伸ばしたり。犬や猫が背中を伸ばしたりするポーズが、
結構、面白い。これらを50人のポーズを一番後方から見ると、それは壮観。
――
2013/05/25
早朝座禅 
        「早朝座禅ー 凛とした生活のすすめ」山折哲雄著
  * 座禅とヨガの呼吸法
 雲頓庵で座禅を組んだのは六日町にある雲頓庵と、金沢時代の新人研修での
永平寺。近くでは悠久山の曹洞宗・堅正寺で、禅室で独り座禅を組んだことも
あった。そうこう考えると、延べ30回は座禅を組んでいた。禅僧からみれば
ド素人の野狐禅だが、青年期の私には新鮮で面白い経験であった。今から考える
と、自ら‘ひとり’の状態に追い込んで、心の整理を自然に任せ整理をしていた
ことになる。 進路が定まらない20歳代、迷いと混乱の中、禅寺心をゼロにし
行き先を考えていた。雲頓庵では新井石龍禅師から直接、姿勢の正し方、呼吸
の仕方、心のあり方を指導してもらったが、教えられるのはカタチだけ、
禅定に近づくには、只管、座禅を組しかない。 
 このところスポーツジムのヨガ教室で、瞑想のための呼吸法を教えているが。 
基本は鼻から1、2、3と10秒数えて吸い、5秒間止め、10秒かけて吐き出す。
そして5秒止め… を繰り返す。 実際にやれば分かるが、この息が続かない。
これに対し著者の丹田呼吸法は、2秒で吸い、4秒かけ吐き、2秒間息を止める。
それを繰り返す。
  ーネット検索の「座禅の呼吸法」ではー
【 息を吸うことよりも、吐くことに主眼を置いて下さい。上記の気海丹田まで、
 体の中の空気を全部吐きだす感じで、吐ききってください。吐ききれば、自然に
吸えます。数息観というのは、呼吸を整えていくための方法で、一〜十まで数える。
 ヒト〜で静かに長く深き吐き、ツで吸います。フタ〜で長く深く吐き、ツで
吸います。これを、何回も繰り返すのです。呼く息は、自分の気海丹田に吐き
かけるように、そして数えるのも気海丹田で数えるという観念でやることが大切。】
腹式呼吸で、吐きに意識を集中して長めに、そして少し息を止め、短めに吸い込み、
少し息を止め、吐きを長めに、を繰り返す。
  ー禅は腹式呼吸に対し、ヨガの呼吸法は腹式と胸式呼吸法のミックスー
【*腹式呼吸のやり方は、へそに意識を集中させ、鼻からゆっくり吸い込み、
 腹に空気を溜めて膨らませます。そして腹から空気を押しだすように、鼻から
 ゆっくりと息を吐いてお腹をへこませます。息を吐いた時は、お腹がぺたんこに
 なるようにします。呼吸のリズムは、3秒で息を吸って、6秒かけてゆっくりと吐く
 イメージ。胸式呼吸のやり方は、胸式呼吸とは肋骨を大きく広げて息を吸う呼吸法。
 ラジオ体操の深呼吸などが胸式呼吸になる。】
基本的には、座禅もヨガも同じだが、ヨガでは胸式呼吸を含むところが違う。
30年前からの早朝の散歩とミニサイクリングで、深呼吸は身にはついているが、
新鮮な空気は本当にうまい。新鮮な場所で、深呼吸をする習慣をすれば、
その必要もないが。
――
2013/05/16
ヨガと座禅の違い
 毎週二回、スポーツジムの「ヨガ」に参加して14ヶ月、百回は超えているが、
回数を重ねるたび、身体も、気持ちも解れていく。学生時代に野狐禅だが、六日町
の雲頓庵で持ち込んだ卒論の種本を読みながら、合間に広い禅室で独り座禅を
組んだことがあった。ただシーンとした中、「直ぐにでも止めようか」という気持
と戦いながらのたった独りの座禅は、永平寺での一瞬気持ちを緩めれば、禅僧に
叩かれる状況より辛い。誰もいないため、直ぐ止めたい誘惑との闘いになる。
 ヨガで仰向けになり全身を弛緩する「死者のポーズ」があるが、これは座禅の
禅定に似ている。飛行機内の座席で、耳栓をして姿勢を正し、次々出てくる思い
を泡のように流していると、何かのゾーンに入ってしまい、10時間以上の時間が
アッという間に過ぎてしまう。ヨガは、瞑想で心を解すのが目的で、禅は、その
状況から仏の悟りに近づくことにある。
ーヨガと座禅の違いをネットで調た中で、納得にいった3つをコピーしてみるー
《人は疲れたときに目をつぶる事がある。そこで何かを思い浮かべながら瞑想に
ふける。この繰返しがヨガという。 このヨガはもともと「軛(くびき)」という
ことで、牛に車を曳かせる腕木を指した。これが次第に神の力に人間を結びつける
ことを意味するようになり、その修行法として智慧、愛、行、瞑想が重視された。
一般にヨガと呼んでいるのは、このうちの瞑想による神人合一の方法である。
このヨガは紀元5世紀ごろには「ヨーガ・スートラ」を根本経典としたヨーガ派
が独立してさかえ、完全性をそなえたひとつの霊魂を最高神としてあがめた。
このヨガの修行法が仏教にも広く取り入れられてきた。それが坐禅につながる。》
《 ヨガと坐禅は、まず姿勢を正して、呼吸や五感(眼、耳、鼻、舌、身)を
 整え、誘惑をさけ、精神統一するのはどちらも同じ。ヨガは、これによって
初めて超自然的な力が得られ、対し禅は「禅定」に深くかかわり、静けさを求める。
禅とは(ジャーナ、禅那)という梵語の音写で、釈尊の悟りを追体験して
”身心脱落”し仏の境地になりきり坐禅をすること。禅は「無」を標誘し功徳や
利益を求めない。ひたすら足を組んで坐禅をすること。ヨガは神人合一して
身心の健康を増進させる。》
《ヨガは、インドに古くからあり、ウパニシャッドと言われる古代インドの哲学書
にも出てくるもので、瞑想や呼吸法、座法などによって心身を鍛える事で、心の
動きを抑制する方法として古くから用いられた。 後に、ヨーガ学派という哲学
集団によって、解脱への実践方法として体系化されていったと言われています。
そして仏教においても、このヨガは悟りへの実践方法として用いられ、釈尊も、
瞑想によって真理を悟ったと言われますし、「瑜伽行」という修行法として
確立されました。現代のヨガも、もともとはそのインド独特の修行法をアレンジ
したものですから、仏教の修行とヨガとは、出発点は同じであると言える。
違いと言えば、仏教における修行は、さとりを目指す為の方法であり、現代の
ヨガは、心身の健康維持のためのもの、という点でしょうか。座禅とヨガとの
関係についてですが、ヨガは、座法や呼吸法を盛り込んだ、精神統一の方法で
ありますし、「禅」といいますのは、「禅定」つまり精神統一をし、真理を観察
することであって、「座禅」は座法や呼吸法を用いた「禅定」一つの方法ですから、
根本的な部分で同じ要素を持つものと言える。》
▼ ヨガは座禅と出発点が同じ「座法」「呼吸」を盛り込んだ精神統一の方法
 に対し、座禅は精神統一を通して真理を観察するもので、少し意味合いが違う。
腰痛持ちの私にとって、週二回のヨガは腰痛緩和の自己マッサージ治療。
私の腰痛は完治はないが、仲良くするのは可能。その方法がヨガの中に多くある。
手軽なベストの場が見つかったもの。たまたまー「早朝座禅」山折哲雄著ーを
見つけ読んでいるが、数日前から、30分早く起き、早朝座禅を取り始めたが、
これが良い。4時から7時までは、正にゴールデンタイム。
60年以上溜まった毒出し、矯正の時間でもある。
――
2013/02/18
閑話小題 ー因果一如
  * ヨガ・エアロの場にて
 週に二回、スポーツセンターの「ヨガ」に参加しているが、あと一月で一年。
欠席は4〜5回で、ほぼ皆勤に近い。週に三回、行われているが、火曜日と木曜日に
参加している。50人定員だが、毎回、ほぼ満員。幅60センチ、縦120センチの
ヨガマットを縦にして、その中で先生の指導の下、50分の間、マントラなどの音楽
を聴きながら、色いろなポーズをとる。室内はカーテンで暗く、大人数のヨガは何とも
不思議な気持ちになる。「マット内は、自分の宇宙で、周囲を無視してください。」
と何度も何度も繰り返す。9割は女性で、時間からして主婦が大部分。一年近く続けて
いたため、関節の硬さは、かなり取れてきた。「スローヨガ」と名うっているが、
だんだんハードになっていく。私にとって、医院での腰痛治療のようで、背骨、足腰
の骨の矯正をしていることになる。ヨガは、元もと座禅など瞑想をしている合間に、
足腰の矯正をするためのもの。とはいえ、これで腰痛が良くなったというより、
悪化防止という感覚。終わると、脳と身体がスッキリした感覚になる。
で、先日、私の近くでプッという音。 ガス抜きのポーズで、誰かが思わず・・ 
そこに、男は私ひとり。誰がみても・・ まあ、いいかで時間が過ぎていった。 
――
2012/03/16
閑話小題 ースローヨガなど
  * 昭和的価値が人々を苦しめている!
 図書館で、何気なく月刊誌「新潮45」をチラ読みをしたところ、ある対談の中で
印象に残った言葉があった。「良い大学を出て、大企業かに入るか、公務員になり、
マンションを買って、子供を二人つくり、とかいう戦後の昭和的価値から抜け出せない
で、苦しんでいる人が多い」という内容。 特に、団塊世代の親子、とりわけ子供の心に、
その断層があり、両者が、その葛藤に苦しんでいる、ということ。 ここで現役から
退いて一年、昭和的価値観に影響された、それまでの人生が見えてくる。学生時代の
専攻が社会学だったこともあり、卒業後も社会の潮流に興味を持ち、昭和的価値観を
突き放して鳥瞰したきたつもりだった。しかし振り返ると終戦後から高度成長期の
昭和的価値観に縛られていた自分に、あらためて気づいた次第。特に地方は、昭和的
というより戦前戦中の日本的価値観が失われず、そのまま残っている。 それを良し
とするには、情報化が許さない。そのため、その年代の横の繋がりが強すぎて孤立化
傾向が強い。 それを絆というらしいが・・・ 大量生産、大量消費を目指した昭和
が終わり、情報化もあり、グローバル化の波が大きく覆い被さってくる。
その昭和の価値から抜け出れない人たちが、財布を握りしめているため経済は停滞、
少子化もあり経済は最悪の事態に突き進んでいる。
  * スローヨガ
 スポーツジムで二週間前から「スローヨガ」に参加を始めた。入会当初に3回、
参加したことがあるが、腰にきつかったため、それ以降、参加するのを止めていた。 
イージーラインを続けて二回するのが習慣になり、それが私にとってベストになっていた。
ランニングマシーンのウォーキング30分に、イージーライン(25分)を連続二回に、
週二回のスローヨガ(50分)を加えたことになる。チャレンジ10と勝手にキーワード
を決めて昨日で4回目。 この言葉を繰り返しながら通っている。
 腰痛改善のためのコースと思えるほど腰が軽くなる。 40坪位のエアロビの
スペースに30〜40人の参加舎。男の参加は4人。 殆どが常連で、最後列から
みると全員、姿勢がよい。 まずは、あと6回は参加すれば、恐らく常連になるだろう。 

    


6174,閑話小題 〜米朝開戦 −2

2018年02月07日(水)

   * 緊迫してきた朝鮮半島
 冬季オリンピックが韓国で開催されるが、何か盛り上がらない。終わると
同時に一挙に米朝開戦の可能性が高まるのが解っているからだ。昨年暮れの
週刊誌の特集記事がシリアスである。キワモノの内容は週刊誌であればこそ。
沖縄で空軍のヘリの事故が続いているのは、実戦訓練が多くなっているためか。
 ‘まず目先は、4月が危ない!’
≪ 4月に、アメリカが北朝鮮を空爆 金正恩はロシアに亡命する「米朝開戦と
 なる確率は百%」。 こう言い切るのは元外交官の原田武夫氏。
原田氏は、小泉政権時代に外務省北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)として
訪朝し、拉致問題の解決に尽力した北朝鮮問題の専門家である。

 この結論に至るロジックは次の通り。
米中だけでなく、フェルトマン国連事務次長までもが訪朝し、北朝鮮と交渉の
努力を重ねてきたが効果が無かった。トランプ政権は、北朝鮮との交渉は失敗
と判断、残された選択肢は軍事オプションしか無い。

この記事のもう一つの目玉『米朝開戦は4月頃になる』と言うのは韓国の著名な
軍事問題専門家。アメリカが『3ヶ月程度で北朝鮮のj大量殺戮兵器が完成する』
と、その時期がレッドラインと設定しているのがその主な理由らしい。

平昌オリンピックの開催が2月9日、パラリンピックが3月18日で、米韓は大規模
な合同軍事演習を予定している。これに北朝鮮が猛反発して水素爆弾実験を強行
するかもしれない、また平昌オリンピックでテロを起こすかもしれない。

また、記事によれば11月に訪中したトランプ大統領に中国の習総書記が
『3月までの開戦は絶対に避けてほしい』と伝えたこと、ロシアも3月18日に
大統領選を控えており同様なことも開戦4月説を後押ししてる。≫
 ――
   * 2万発以上の砲弾が降り注ぐ
≪ 韓国は、米朝開戦時の被害をどのように見積もっているのか。
 韓国政府の朝鮮人民軍分析は、韓国軍や国家情報院、統一部などが取った情報、
脱北者の証言、それにアメリカから提供された情報などに基づいて行っている。

本誌が入手した韓国政府の内部情報によれば、38度線の北側では、射程距離54km
で1分間に2発撃てる170mm自走砲550門余りと、同60kmで1分間に40発撃てる240mm
放射砲440門余りが、ソウル首都圏に狙いを定めているとしている。

これらを合わせると、開戦時には、1時間あたり2万4000発以上もの砲弾が、
それぞれの弾を発射後3分30秒でソウルに降り注ぐことになるという。
そうなれば、一般のビルやマンションばかりか、首都圏のガス管、ガソリン
スタンド、電気通信施設なども根こそぎ破壊され、まさに1000万首都が火の海
になると、韓国政府は分析しているのである。
 その場合の死傷者は、一体どのくらいになるのか?
「1994年の第一次北朝鮮危機の際、アメリカ軍がクリントン政権に提出した
評価見積もりによれば、開戦24時間以内に、ソウル首都圏で約150万人が死傷
するとしています。
この見積もりは当時の金泳三政権に衝撃を与え、韓国政府は絶対に北朝鮮を
空爆せぬよう、クリントン政権を説得しました。

その後、2004年に韓国の合同参謀本部が作成した『南北軍事力評価研究』では、
開戦後24時間以内の韓国側の死傷者は、230万人と見積もっていることが判明。
これはあくまでも、通常兵器による被害です」
(ソウル在住ジャーナリスト・金敬哲氏)  ≫
―
▼ これらからして、北朝鮮、日本を含めると1000万の死傷者の数もあながち
 オーバーでない。起きてはならない戦争としても、既にレッドラインを
遥かに超えてしまった感がある。この二日間で8%も株価を下げたが、戦争の
危機感も織り込まれているのだろうが…。株価への関連記事はタブータブー?
 〜 以下のように、毎日が面白い! など遠い昔話になるのでしょうか。
トラちゃん、金ちゃんの、掛合い漫才で済めばよいが。

・・・・・・
5807,閑話小題 〜毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(前編)
2017年02月07日(火)
  * 毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(前編)
 5年前から本気?で始めたヨガが日常生活に定着している。
ヨガというと、修行という感があるが、これはジム内のエアロヨガ。
慣れてしまえしめたもの。私にとって、これは集団のセルフマッサージ。
 年金生活に入り、娑婆とは間を置いた現実離れをした浮世を漂う日々。
ヨガについて何度か書いていたので、HP内検索をすると、次々と出てくる。
(下記の他に、「初心者のためのヨガ」の著書の読書日記があるが、字数
制限のため除外した) 毎日書き続けているとネタ切れで、身近な日常を書く
しかない。ヨガの切口で日常を垣間見ると、書くことの妙義の一端がみえてくる。
何事も継続、継続は力でもある。未来が残されてない感が強くなったこの頃、
どうしても過去に目がゆく。そこには、様々な行蔵があるが、封印したままの
マイナーな事が沈殿している。それがフラッシュとして、思い出されてくる。
無念無想というが、その心境になるのは所詮無理。
 ヨガは瞑想が目的。その上位目的が脳をクリアーにすること。歪んだ過去から
のフラッシュに捉われない心の管理が必要となる。脳をクリアーにするのは
何のためか? 万人、それぞれ違う。私は、「地球上に生まれ、80年の命を
与えられたからには、その広さと、深さを知り、体感すること。」である。
で、今でも毎日、読書やネットやツアーを駆使して、少しでも自分の世界を
広めている。最近、アンドロイドTVが加わった。どの道、直ぐに死ぬ運命。
それに味わいを加えたい。両親の老後に一緒に住んで学んだのが、これ!
・・・・・・
2016/10/03
瞑想とは 〜1
 スポーツジムの「ヨガ」に参加を始めて4年半になるが、人気は高まる一方。
当初は週2日、3年目から週3日、最近では週4日は参加している。腰痛の
私にはセルフ・マッサージの効用があり、40年来の万年腰痛が半減している。
さらに50人の集団ヨガで、スタジオ内に満ちたエネルギーの吸収効果もある。
 それに加え、早朝のポタリング(チャリ散歩)による土手の霊気のシャワー
も効果的である。ちょい時間の般若心経の唱えも、瞑想状態である。いつ欝に
なっても不思議でない状況下で、それらは心のマイナス面をカバーするための
必要条件でもある。
 ヨガの目的が瞑想。その瞑想の上位目的は、<脳のクリアー>。 
先日のNHK・TVの『ためしてガッテン』で、「瞑想パワー」の特集をしていた。
ずぶの素人向けだが、内容は簡潔だが、内容は濃い。〜NHK/HPよりコピー〜
≪ * ボケない!脳が若返る「めい想パワー」SP
               2016年9月28日(水)午後7時30分
・ボケを防ぎ、不安やストレスに負けない。そんな若々しい脳を取り戻す方法
として注目されているのが、めい想などの「呼吸法」! めい想というと、
宗教や修行というイメージを持たれる方が多いかもしれませんが、本当の目的
は「脳が持つ本来の力を最大限引き出すこと」です。そのため今では、世界の
一流企業や医療機関が、めい想を積極的に取り入れているほどです。
・番組では今回、様々な方法を駆使して、めい想の世界をひもとくことに挑戦
しました。その結果分かったのは、毎日たった3分間、目をつぶってめい想の
呼吸を行うだけでも、脳の記憶の中枢「海馬」などが活性化、若い頃のような
パフォーマンスを発揮してくれるという。
・いま世界中の科学者から注目され、ぼけやうつ、ストレス対策として果て
しない可能性を持つめい想。ぜひ皆さんも、1日3分の新習慣でスッキリ脳を
手に入れてみてはいかがでしょう? >
▼ 30数年前から、自宅から200M先の栖吉川の土手を一時間ほど、腰痛対策の
 ウォーキングを課してきた。その時間帯を7年前から信濃川の2つの大橋を
チャリで周って帰るコースに切替えた(冬期間の4ヶ月は休止)。その途中、
大手大橋上を1キロほどヒキチャリをして歩いている。その時が私にとって
「1日のピークポイント」にしている。 ヨガ、ポタリング、夜半の睡眠時の
睡眠瞑想は、瞑想と同じような効果がある。宇宙の中で、独り佇む己の確認が
瞑想の真髄である。 真逆の人たちの仮の姿が、IT、あれら、「世間人」。
・・・・・・
2016/09/10
閑話小題 〜SJの現場で!ー��
   * 週、5回のヨガにチャレンジ
 先々週は週に5回、先週は4回、続けて参加したが土曜日の5回目の予約チップ
を2時間半前に取りに行ったところ、既になく、目標達成はならずなかった。。
今週は、4回続けてきたが、今日は如何に?と思いきや、先週同様、昨日から
腰痛が出ている。 過ぎたるは及ばざるがごとくで、週4で十分が実感。
 先日、ヨガの待合の行列の前の同世代の人に、知りあいが声をかけてきた。
『週に5回、出席しているが、欠かさず参加して何が良くなったか、今のところ
分からない』と。私の実感と同じような疑問。先週の土曜には、少し、腰痛気味
だったため、予約チップが無かったのが良かったと思っていた。
そこで、行列の間、同じ状況の私が答えは何だろう?と、暇にまかせて考えた。
『効果云々は、その人によるが、週5回は、毎日になる。好きで、調子が良く
なければ、出来ないこと。思うに、<大好きになるため>ではないか。
大好きになれば、参加する理由はなくなる。理由は<好きだから>になる。』
 大好きとしても、週5がキツイなら、週4に減らせばよい。週3回、予約チップ
を取りに行くのもキツイなら、それだけ好きになれないとことになる。
 連日、続けることが出来るのは、集団でこそ可能。意思薄弱な私に、独りは
どだい無理。 蓄群と、群れる人たちの弱点を突きながら、自分は、群れヨガに
参加している。何をか言わんやである。 添乗員の付く、ツアーに参加して
世界の僻地に行けないのに、こと日常生活で、群れたがる人たちを冷ややかな
目線で見ている私が、ここにいる。 「集団セルフマッサージ」として費用
効果としては、最善だが。腰痛からして、今日は止めにする。 お暇なことで!
・・・・・・
2016/09/04
閑話小題 〜SJの現場で!
  * チャレンジ5! 二回目の最終日に
・週に3〜4回だったSJでのヨガ・エアロ、試みに二週前から週に5回に挑戦、
SJに行く日は欠かさず参加、昨日で二週間連続10回目になる予定だった。
 「昼間の割引コース」の枠内5日間で、月、火、木、土曜日が一回、水曜日
は12時半と15時の二回のプログラムが組まれている。週5回は少々キツイが、
SJの5年半の運動効果と、ヨガの4年半の鍛錬効果で、足腰の重さが半減から
三分の一に減っている。他にも、4ヶ月前から飲みはじめたサプリ効果もある。 
先週、5日続けた効果で足腰がより軽くなった為、今週も、「チャレンジ5!」
の標語を内語で呟き、続けてきたが、一昨日のシネマをみた後、腰が変に痛く
なってきた。で、昨日は迷ったが、とにかく、10日目、あと一日続けることに
した。 その土曜日は、平日コースと、土日・祭日コースが重なるため、人気
のヨガは、午前中に予約チップを取っておかないと満席になる。経験則で、
11時過ぎに、取りにいったところ、既に満席である。顔見知りが、その場に
いて、「11時前にきたが既になかった。二時間半前にきて満席とは、ちょっと
ね〜」と愚痴。で、「チャレンジ5」の二週連続は最終日で未達成になった。
・・・・・・
2016/03/26
人生で最も大切な技術 ー34 瞑想の実践        
        『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 瞑想の実践 ー��
 スポーツジムのヨガに参加して、まる4年になる。ヨガは瞑想に合間にする、
足腰の鍛錬や呼吸法で、その目的は瞑想。当初の二年間は週2回、後半の2年間
は週4回、所要時間は45分。その最後の5分の「死者のポーズ」。大の字になり、
全身の力を抜いて、宇宙と一体化したイメージで横たわる。
 自宅で横になった半睡眠の状態との違いは、瞑想は、それらの一環で、
集団の一人として参加すること。夜半寝ている時に、この状況を頭に描くと、
似た感覚に簡単になれる。 ヨガは、生気を溢れさせてくれる。 
≪ * 瞑想を始めてみよう!
 自分を取り巻く環境がどうであれ、生気溢れた状態にさせる可能性は誰の
心の中にも必ず存在する。それは、愛情豊かな親切心、思いやり、心の平安
を体得する可能性のことで、あらゆる人の心に秘められたものである。
天然に転がる金塊と同じで、掘り当てられ、磨かれ、現実のものにされない
限り、価値が高まらない。こうした可能性を引き出し、強化育成することに
より、精神的な健全状態が一段と定着化するだろう。可能性を放りっぱなしに
していても強まることは期待できない。それは一種の技術とし習得しなければ
ならない。手始めとして、自分の心に習熟することから始めること。それこそ
が瞑想修行の第一歩なのである。まず、バランスのとれた無理のない姿勢で
静かに座ろう。座布団の上で足を交差させた蓮華座が無理なら、椅子に座って
も構わない。どちらの場合も、常に緊張のない程度に自然に背筋を伸ばした
姿勢をとることが大切である。手は膝または腿の上に置き、目は自然に前方に
置き、呼吸は自然にまかせる。心の中に、思考が浮かんでは消えるのを見つめ
ていよう。最初は、思考が消えるどころか、滝のように心の中に乱入してくる
かもしれない。その場合は、思考を停止させたり、逆に、焚きつけたりせずに、
浮かんでは消えていく様子をただ眺めているだけでいい。作業の終わりには、
次第に静寂になった心によってもたらされる温かみと喜びをしばらく味おう。≫
▼ 学生時代に座禅を知り、野狐禅としても、静かに座り、心の底から湧出る
 雑念を見つめる、もう一人の自分の影を見ていた。それが魂なのか、自分を
見つめる第二、第三の自分なのか? それは、誰も持っているはずだが・・ 
フッと思いたち、般若心経を呟いて没我の状態を瞑想と、どこが違うのか?
・・・・・・
2016/02/27
3月6日分
   * 黄金の時間への回帰
 5年前から、早朝から「黄金の習慣」を編上げたスケジュールを淡々と過ごす
日々が、そうとも言えるが、どうだろう。世間的なことを、ほぼ無視できるし、
一人、ほぼ単独でこなしている。一番の心の切替が出来たのは、20時から4時間、
爆睡をした後の、4時間の半睡を、瞑想のように過ごす。4年前からジムのヨガを
週に2〜3回、参加しているが、最後に死者のポーズを5分ほど行う。それと同じ
感覚にすると、かなり酷似した感覚になる。 歩の時間が、成金の時間帯に
変わっている。 〜その辺りから
≪ 一日に一度、ほんのわずかな時間でもいい、心を内省する時問を持ったら
 どうだろう。たしかに、知的な会話や頭を使わないですむ娯楽もそれなりに
楽しいものではある。だが、それらが本当の満足感を与えてくれるだろうか。
心を内側に向けよう。山のように習得するだろう。毎日わずかの暇を見つけて、
利他的な考えを養成し、心がどのような働きをするかを観察するのは非常に
価値のあることである。こうした心の探査は、地域情報やスポーツ記事を読む
時聞に比べて千倍も多くのものを得る上、永続性がある。世間的なことを
すべて無視しろ、と言っているのではなく、時間が有効に使われるべきだ、
と言っている。現代人は思考ゼロの状態にはまり込んでいるのである。
 挫折を味わうとか、仕事が空回りする等の経験をした場合は、
「すべてを客観的に捉え直す」ことにわずかの時間費やす。だが、その方法と
費やす時間が問題なのである。辛い時間が「さっさと過ぎ去る」のを待ち、
「気持ちをまぎらわす」何らかの気晴らしを熱心に探そうとする。 それが
ほとんどの場合だろう。だが、俳優と場面は変わっても、芝居は続くことを
忘れてはならない。湖の畔、丘の上、静かな部屋に座り、自分の奥深い部分が
どのような構造になっているのかを観察してみたらどうだろう。まず、自分の
人生で何が一番大切か、それをじつくりと検証する。続いて、それまで時間を
割いてきたさまざまな活動を点検し、基本的に重要な事や活動を優先して順位
をつける。日常的な活動のうち、必要性の低い部分を、沈思黙考と内側に目を
向ける時間に切り替えることもできるだろう。長年にわたり、英国を離れて
隠遁生活を続けたテンジン・パルモ尼はこう記している。「人は瞑想の時間が
ないと嘆くが、それは正しくない。廊下を歩いている間、信号待ちの間、
コンピュータで作業中、列に並んで順番を待っている間、と入浴中、髪を梳か
している時でさえ瞑想はできる。今この瞬間に存在しているだけでいい。
心についての余計な解説は要らない」。 人生の残ざれた時間は有限である。
人間は、生まれたその日から一秒、一歩ごとに死に近づいている。
チベットの隠者、バトゥル・リンポチェは詩的な表現をしている。
日没に太陽が沈むように、命が次第に残り少なくなると、
死が、長ぐ伸びた夕暮れの影のように近づいてくる。
▼ 別に、私が黄金時間を満喫しているということでなく、御隠居生活
 そのものが、心の持ちよう、考え方で、それに近づける状況ということ。
・・・・・・
2015/06/24
私のゴールデンタイム
  * ゴールデンタイム
 30数年前から就寝を20時半、起床を4時(冬場は4時半)にした。
就寝して4〜5時間、爆睡後、起床するまでの4時間、半睡状態が続く。
その間、脳が活性化をして、様々のプラスとマイナスの思いが起こってくる。
このコントロールが難しいが、これも慣れると、思いの大波の上のサーフィン
をしているような感覚になる。で、時どき、睡魔に沈むが、これは自然に
任せておけばよい。そして起床をして、前日書き上げた随想日記の下書きの
当日分を、推敲し完成する。と同時に、翌日分のテーマと内容も書き始める。 
その時、0〜4時までの半睡状態で考えたことが、材料になることもある。
そして、ブログにアップした後に、一時間の自転車散歩に出発する。
 帰ってきて7時半にコーヒーを飲み、軽い食事後、風呂に入る。それまでの
0時〜9までが、私のゴールデンタイムになる。 9時過ぎから12時近くの読書
タイムも、ゴールデンタイムに加えてもよいが、9時から17時までは、シルバー
タイムに区分した方が生活実感に近い。すると、17時から20時のTVを見ながらの
晩酌やiPadタイムの時間帯はプラチナタイムになる。20時から0時は、そのまま
爆睡タイムか。 現在、週に三日間、スポーツジムで45分間の、「ヨガ」に
参加しているが、毎回、終了直前の5分間に、ヨガマットの上で「大の字」に
なって、全身を弛緩してマントラを聞きながら、「死者のポーズ」をとる。
その時のイメージを0〜4時に思い浮べて、瞑想の要素を入れたところ、
その時間帯のマイナス思考の割合が少なくなった。その時間帯のフラッシュ
バックや半睡を冷静に見つめる視線を持つことが出来る。老いは、どうしても
弱気になり、動揺が起こり沈みがちになるが、バウンドをつけるのは自分だけ!
生きてきた、そのまま、老いて死んでいくというが、なるほど。 娑婆!      


6173,閑話小題 〜映画観賞 〜『スリービルボード』

2018年02月06日(火)

   * シネマ『スリービリボード』
 前回みた邦画が面白かったが、今回はハリウッド映画。
何処にもありそうな東部の田舎町の、化粧気のない普通の中年のオバさん
がヒロインの物語が奇抜で良い。西部劇のガンマンのごとく、怒りをエネルギー
にして、立向かっていく姿に引込まれていく。フィクションなればこその物語。
  〜HPの紹介から
<米ミズーリ州の片田舎の町で、何者かに娘を殺された主婦のミルドレッドが、
犯人を逮捕できない警察に業を煮やし、解決しない事件への抗議のために町
はずれに巨大な広告看板を設置する。 それを快く思わない警察や住民と
ミルドレッドの間には埋まらない溝が生まれ、いさかいが絶えなくなる。
そして事態は思わぬ方向へと転がっていく。娘のために孤独に奮闘する母親
ミルドレッドをフランシス・マクドーマンドが熱演し、ウッディ・ハレルソン、
サム・ロックウェルら演技派が共演。「セブン・サイコパス」「ヒットマンズ・
レクイエム」のマーティン・マクドナー監督がメガホンをとった。>
  〜評価・レビューより
≪ カールした髪を少しだけ後ろで束ねて、そこにバンダナを締め、ツナギで
武装した怒り心頭の母親、ミルドレッドが、ギターの爪弾きに乗って、レイプ
され、焼き殺された娘の敵を討ちに行く。さながら現代のミズーリにカウボーイ
がワープしてきたかのようではないか! ジョン・フォードと同じくアイルランド
に故郷を持つ監督&脚本のマーティン・マクドナーは、偉大な先人に敬意を表し、
西部劇の再構築を果敢に試みている。 しかし当然、ここでは善対悪の構図は
かつてのように単純ではなく、悪人に見えた人間には情状酌量の余地が大いに
あり、さも善人面して登場する人物が巨大悪の手先だったりする。そんな時代に、
ひたすらいがみ合い、傷つけ合うことなど無意味なのだ。互いに思いやりを持ち、
理解する努力を怠らないことこそ、人としての知恵ではないのか?想定外に次ぐ
想定外で観客をとことん混乱させる物語は、最後に心和む着地点を用意して、
そこはかとない余韻を残して幕を閉じる。その余韻はしばらく消えることはない。
オスカー云々に関係なく、今年まず観るべき1作だ。≫
―
≪激しい怒りや悲しみ、笑いといった様々な感情という糸が絡み合い、最後は
 スッと解ける映画。主人公のミルドレッド母ちゃん、娘が何者かによって
殺され、一向に解決しない警察に対して、警察への非難のメッセージが記された
広告看板を建てて、それに携わった人々の人生が変わってしまう物語。
 ミルドレッド母ちゃん、町の人々から尊敬されている警察署長、そして、
マザコンのクズ警官の主要三人のそれぞれの関係者があの広告看板によって、
人生がだんだん変わる様の描き方が非常に上手い。監督が天才過ぎ。 あと、
キャストそれぞれ良かったが、一番印象的なのが、ディクソン。マザコンで
クズ保安官でだが、最初はサイコ野郎と思っていたら中盤〜終盤辺りから
印象が変わる。逆にミルドレッドは、最初は同情してたが、彼女の怒り、暴言、
暴力といった行為がかなりエスカレートしていき、町の人々は同情が失せます。≫
―
▼ アウトサイダーの生き方を標榜している私と重なる部分があってか、過剰に
 同調して見ていた? 保守的な田舎町で、三枚の大看板に、抗議メッセージを
掲げて波紋を呼ぶ、それを物語にするアイデアは面白い。
【 熊さん: 何か八つぁんに似ているね。
 八つぁん: 私は、接触を最小にしているだけ。しかし、声高々に、ここで
      書いているけどね。ここまで書けば嫌われるのは分かっているよ。
 寅さん: いや解ってないんじゃないか。「良いこと3つ、悪いこと1つ」と、
      常に言ってるじゃないか。その三倍はあるよ。何を怖れているんだ。
八つぁん: 毎日、ない頭を絞って書いていると、どうしても本音が出るの。
      怖れるといえば、もう亡くなった一番上の姉夫婦が、地元豪族的
      肩書信仰の妄信を見ていて、反面教師になっているの。
大家さん: 可愛いもんじゃないですか。フリをしていれば済む話。
八つぁん: 今さら、フリもありゃしない。かなり変人と思われてしまったね。
熊さん:  そりゃ、酷い言われようだよ。少し外れても遠からじだよ。
寅さん:  俺など、面白くてさ。フーテンの寅が、知恵足らずの男に、
      「おい、相変わらずバカか」といった返事、「御母ちゃんが、バカに 
      バカというのが一番バカだよと言っていたよ!」の台詞を思いだすんだ。
八つぁん: 実は自分もさ。本当に奴らバカなのさ。そういう私が一番バカだね。 
      この随想日記が、この映画のビルボード代り? まあ、怒るは…。
大家さん: フウテンの寅の実家の叔父さんが、寅に、「本当に馬鹿だね!」
      と言うけど、「御前も本当にバカだね。」
八つぁん: 本当にバカだもの。熊、寅が小バカなら、俺は大バカさ。
      いや、バカ違うんねん、パーなんねん、ですか。
大家さん: とすると、さしずめワシはグウですか… 何かコンだね。
      グウはパーに勝てませんってね。 グウは、愚うだもの。  
寅さん:  大家さんまで、フザケチャいけません。 それは熊と俺の役割。
熊さん:  ツマラナイというよりクダラナイ。 で、テーマって何だっけ? 
八つぁん: 風変わりなハリウッドものシネマの評論よ。 評価は85点。 
      自ら進んで映画の世界に入り込むか観劇のコツになるが… 
大家さん: 毎週、よくも飽きずに通ってるけど、そんなに面白いの?
八つぁん: そりゃ面白いよ! 一時的に「あっちの世界」に飛ぶんだもの。
      シネマ館で見るのは違うよ。1100円も出すんだよ。2000円だと、
      月に一回になるけどね… 

・・・・・・
3604, 旅ばなし 小題 
2011年02月06日(日)
   * カナダ・ロッキー山脈の感動
 カナダのロッキーの懐に初めて入った時の感動で世界観が一変した。 
これが地球上に存在しているのか?と。バスの中で眠り込んでフッと
眼を覚ましたときに、「これは夢で現実とは違う」と思ってしまったほど。 
しかし現実と気づいてからは、見る一景色ごとに息を飲んでしまった。
「ロッキーの、この景色を見た前と後の間に一本の線がひかれたようだ!」
という言葉が、次々と展開していく景色を見るたびに浮かんできた。
タイミングとして初めて広大な大自然を見たのが良かった。グランド
キャニオンやスイスアルプスを先に見れば、同じように感じただろう。 
私にとってロッキーが秘境・異郷にのめり込むキッカケになった。
大自然の壮大なパノラマに対する感動が、自分の心に深い何かを与えられた
初めての経験であった。  
  * 秘境ほどトラブルが大きくなる
 あまり人が行かない秘境ほど、問題が次から次へと生じてくる。それも
慣れてくると、こういうものと腹が据わってくる。それを逆に楽しむのが通
というもの。トラブルと思わなければ、それはトラブルではない。人生も同じ、
受け止め方の問題になる。波乱万丈の人生とは、トラブルが多くて浮き沈みが
激しい人生をいう。しかし一つ間違えば破滅を何とか乗り切ってきたに過ぎない。
トラブルを旅行でこなしながら、秘境の自然から何かを頂くのが、その妙味。
良い旅行には、必ず同行者に恵まれる。(例外もあるが?)そして、遠く
離れた大自然の神秘の懐の中で、感動の響きを頂く。神とは宇宙の織り成して
いる力の総称というが、ロッキーを見ていると次々に現れてくるパノラマが
神の姿に思えてくる。
  * 323,ある時間の断片-1  2002年02月06日(水)
 モロッコのマラケシュで、夜半ホテルより馬車に乗り中心街の
「ジャマ・エル・フナ広場」に行った時の話。4人のりの馬車に一緒に
のったのが、同じグループの母娘であった。母親は少し初老性のボケ?が入って
いたか、もしくは「元お姫様」ではという感じの品のよい人で、一人興奮してか
話しまくっていた。その話しが面白い!といって今回の観光のピークの場面。
その街の景色が素晴らしさと、どっちに気持ちを集中してよいのか迷っていた。
世界的に知られている「マラケシュの街並み」も素晴らしいが、その人の話しも
面白いのだ!私はマラケシュの街並みの方をとる。それは座る場所で決まる。
家内はその話の聞き役をとった為、街並みは殆ど見れなかったという。
 その内容とは
ー自分の亭主は日航の機長であった。以前羽田で精神症で大事故をおこした?
機長と同期。実を言うと自分の亭主が高所恐怖症。誰も知らない秘密を私だけが
しっていた。「屋根の修理で震えていた」のを見てしまった。本人に聞いたら
「実をいうとそうだ!」と答えた。こういう話がそのベストタイムに続くのだ、
よりにもよってその時間に!そのTPOSで聞くから、その話が更に面白い!
家内は笑いっぱなし!それに劣らず、その夜景が素晴らしい。
まさしく小説の世界、いや映画の世界といってよかった。同行の娘が傍でハラ
ハラしているのが手に取るようにわかる。母の世話に全神経を帰国するまで
使っていた。  ネタはツキマセン! このての話しなら!
・・・・・・
5440,人生で最も大切な技術 ー心の自由
2016年02月06日(土)
      『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 自由への大いなる飛躍
 ここで、エゴから開放されることが、心の自由という。御隠居生活は、
今さら、老いさき短いのに、エゴもなにもないだろうという諦観が、拘りから
自らを解放させる。森の生活から、サバンナの生活の移行が、「心の自由」を
実感させる。森は森で面白いが、サバンナにはサバンナの面白さがある。
 心を自由にするにエゴからの解放を勧める。遺伝子科学は、遺伝子の進化
の本質はエゴにあると解明したが、そこは知的生物?たる人間様。せめて
心の自由を、「私の・・」からの解放が必要である。 〜その辺りから〜
≪ 自由になる、ということは、自分の運命の支配者になることである。
 ただ、自由と聞くと、行為、動作、意見等の自由、自分が決めた目標達成
の機会を獲得する自由、等というふうにとかと解釈されがちである。
そのように自由を納得することは、自分の外側に自由を置いて、思考の横暴な
振る舞いを看過することになる。実際、西欧では、自分のしたいことをして、
衝動おもむの赴くままに行動するのが自由、という解釈が一般的である。
しかし、そうした考え方はおかおとししい。したい放題とは、心を混乱させる
思考の慰み者として、自分自身を決めるのも同然である。それは、山頂で吹き
まくる風によって、あらゆる方向にへし曲げられる草と同じ状態である。
「私にとって幸福は、したいことを誰にも一切ロを挟まれないですること」
とBBCのインタビューに答えていた英国の若い女性がいた。無秩序な自由の唯一
の目標は、欲望を即座に達成することである。だが、果たしてそれが幸福を
もたらすだろうか、という疑問が生じる。その疑問には十分な根拠がある。
 自然で自発的な行動は、精神的な混乱がない限り、長所となる。しかし、
心の中で渇望、嫉妬、傲慢、恨みなどの狂犬を荒れ狂うままにさせておくなら、
間もなく、心はそれらの狂犬に占拠される。一方、自由な心は、膨大で、
明確で、静寂な空間で、そこに痛みはなく平安だけが強化される。・・(略)
心の自由は、とりわけ、「私に」と「私の」という独裁者エゴからの解放で
ある。エゴは自分が嫌うあらゆるものと衝突し、自分が欲するあらゆるものを
自分のものにしようと必死になる。それ故、自由になることは、心を支配し、
曇らせる苦痛の絆を断ち切る作業と言える。それは、自分の人生を、習慣と
心の混乱によって作りだされる性癖や性質に明け渡す代わりに、自分の手中に
収めることである。水夫が船の舵柄を緩めて帆が風にはためくままにして、
潮の流れに漂わせている場面を想像すれば、それが自由な航行とは呼ばれずに
漂流した状態だとわかるだろう。自由な航行とは、舵をしっかり握って
自分の選んだ目的地に向けて航行することである。
 日常生活でこうした自由が体得できたなら、他者に対して心が開かれる上、
忍耐力が備わることになり、自分の選んだ人生の方向からまったく外れずに、
断固として突き進む覚悟ができるだろう。実際、方向感覚を持つことは
生きる上で不可欠である。ヒマラヤをトレッキングする際には、何日でも
何週間でも歩く覚悟をしなければならない。・・≫ 
▼ 英国の若い女性が言った、「「私にとって幸福は、したいことを誰にも
 一切ロを挟まれないで・・」の「したいこと」を、「幸福になるために」
に替えれば良いこと。そのために、少々自由を犠牲にしなければならない。
・・・・・・
5076,閑話小題 〜火あぶりの処刑
2015年02月06日(金)
   * 火あぶりの処刑
 イスラム国のヨルダン人パイロット兵の処刑の映像には驚いた。
ブログに掲載するかどうか迷ったが・・ 少し考えてみれば、ガンで死ぬ時は、
少しカタチが変わるだけ?いや、違うか? これ、殺伐とした時代の象徴である。
彼らはイスラム原理主義の名を借りた殺戮集団。世相が20世紀前半の第一次、
第二次世界大戦辺りの、ニヒリズム的様相になってきた。 ウネリの元は、
情報端末とネットの普及による情報革命。それはグローバル化と、一強多弱を
推し進め、弱者に格差と差別が曝け出され妬めと怒りが充満していく。
島国日本にとって、テロの不安は少ないが、今後は、そうはいかなくなる。
 初めてイスラム圏に入ったのがエジプト。深夜に入国し、数時間後に飛行機で
ルクソールに向かったが、早朝、街から聞こえてきた、アッラーの祈りの音声。
丁度、ラマダン(断食)の最終日で、ホテルの従業員が殺気だっていた。
 現地の日本人ガイドに、飛行場からホテルに向かうバスの注意。
『ここは、イスラム教の国。私たちは欧米文化の国。まず全ての常識を
横に置いて下さい。違うのです、全く違うことを忘れないで下さい!』と・・
「これだから、秘境・異郷は面白い!」と、思うようになるに、何度かの
経験を要した。世界は、それぞれ違うのである、全てが! 旅行は、日常生活
との差異を求めて外に出て、日常を外の目で見て、考える機会でもある。
原理主義者としても、誘拐、殺戮を容認する思想が現に存在している。そして、
それを脅しとして公開する。彼らにとって、テロも戦争の一つでしかない。
欧米が勝手につくったアラブの、いや世界の国家を否定し、イスラム原理
主義国家という共同幻想を優先し、地域を州と見なすとは、考えたもの。
共同幻想のイスラム原理主義に感化され、『そこでテロで、戦闘に参加せよ!』
と煽られれば、誰にもチャンスがある。まさか、半年前まで、こんな現象が
出るとは誰も思ってもみなかった。 恐ろしい時代である。
 良い時代を、数限りない良い思いで過ごせたと、感謝する日々である! 
東京オリンピックに大きな不安要素が加わった!幻に終わらなければよいが。
・・・・・・
5806,「7回読み」勉強法
2017年02月06日(月)
            <超速「7回読み」勉強法〜山口真由 (著) 
* 勉強法とは、最大限の努力すること
< まず目を通すだけで気楽に読むのを3回、キーワードに注目して3回、
 仕上げに1回、合計7回読むことが基本 >という本。「この経歴の人が、
7回読むのだから、凡庸の私が、1〜2回、目を通すだけでは駄目」という
道理を、この年齢でつくづくと実感するのだから我ながら何をかいわん。
「学生時代から、2〜4時間、本を読み続けている」という慢心が、勝手に
枠をつくっていたようだ。著者にとって、『1〜2回読んで理解したつもり
にならないで』といいたいのである。    
 〜内容紹介
【東大を首席で卒業するトップエリートは、いったいどんな勉強をしてきたのか。
一般の人とはもともとの頭の作りが違うのか、努力の量が違うのか、みんなが
知らない暗記のコツを知っているのか。東大法学部を首席で卒業し、官僚を経て
弁護士、テレビコメンテーターなどとして活躍する著者が、どのような勉強法を
実践してきたのか解説。「勉強は決して楽しいものではない」と著者は言い切る。
知識を学び、自分のものにするには「努力」が必要です。 勉強という作業は
極めて地味で、時には退屈、多くの場合は苦痛でさえあるのです。そんな作業を
継続してこられた大きな要因は、自分に合った勉強法を確立できていたから。
勉強法さえ確立できれば、知識の獲得は断然楽になります。
 本書では、その具体的な勉強法として、誰でも実践可能な「本を7回読む」
というシンプルな方法を中心に、著者が編み出した勉強のコツをたっぷりと
紹介しています。
――
▼ 初めは全体を把握して、3度4度と徐々に精度を上げていく手順を教える。
 まずは絶対量の勉強をしろ、それ以外の安易な方法はないと著者は教える。
これは人生について言えること。「ますはベースになる、ある程度の教養が必要。
そして目先の問題解決に最大限の努力をしろ。その知恵と知識は‘独学’でしか
身につかない」ということ。 独りの行為で一番、効率的なのは読書という。
今ではネットサーフィンがあるが、それでも熟考をするに、読書が最適。
その為には、好きな分野を早めに見つけ、読書好きになるしかない。
 そういえば、Amazonの電子書籍kindle、まだ買ってない! 
図書館だけではなく、実際に身銭を切って書籍を買い読んで、二回目以上は、
電子書籍で読返すのが、基本だが… 
・・・・・・
3969, 首都圏崩壊の可能性、7割 ー3
2012年02月06日(月)
    * 情報(言葉)の恐ろしさ
「7割の確率で首都圏直下型地震が4年以内に起こる」とうニュースが衝撃的
だったが、土曜日の朝、BS朝日で例の東大地震研究所の教授が、その首都直下
型地震について話をしていた。「首都直下に7割起こるとはいっていない。
 南関東全域で7割の確率で、震源が首都直下の場合、死者1万1千人、
建物消失が85万棟になると算出したのであって、マスコミがそれを編集する
上で、南関東と都心直下の言葉が入れ替わった情報が一人歩きをした」。 
それも研究員個人の見解で、東大地震研究所が発表したのではない、という。 
記事の内容をよく読めば決して嘘ではない。見出しが誤解を生む内容で、
記事の内容も「都心が震源の場合」と書いてある。 情報とは、こんなもの。 
言葉の組み合わせで、受け止め方で、意味合いが違ってくる典型的事例である。
 見出しをそのまま、信じてしまう甘さに自分でも呆れている。 
マグネチュード7の地震は、3・11直後、何度も起こっている。それが南関東で
起こって当然で、実際その地域で小さな地震が多く続いていることから、4年で
7割の可能性が出てきたようだ。東北の沖合で500年に一度の大地震が起こった
ため、周辺で大地震が起こる可能性が10倍になっていることからして、数年間は
特に厳重な注意が必要。 ニュースで早速、スーパーなどで、避難・災害用
グッズ売り場を二倍にしたと報じていた。多くの家庭で準備が始まったようだ。
世界的金融不安の上に、足元の地震の心配。ますます殺伐としてきた。
 とはいえ、首都圏崩壊の可能性?の備えは、充分にしておくべきである。 


6172,閑話小題 〜米朝開戦 −1 

2018年02月05日(月)

  * 寅さん、プーチン、スターリンに問いかけ
神様: 熊さんの望み通り、プーチンとスターリンを、スペシャルルームに
   招いておきましたよ。次は、トランプ大統領と、ケネディを予定して
   いるがね。
熊さん: まさか実現するとは思ってもいなかったが、仮想会見としても。
   相手がね。といって、神様の特別の計らいだからね、誠実に聞くよ。
   敬語など使えないので、普段どおりだけど、断っておくね。
神様: そうだね、お前さん一人じゃ無理ですか。じゃあ、大家さんを呼ぶよ。
熊: プーチン大統領、いま、アメリカのロシア疑惑というのは本当ですか。
プーチン: 私も、当のトランプも、まさか大統領に当選するとは思っても
   いなかったさ。でも万一と思って、自分たちでは出来ない情報工作を
   頼んで来たのさ。聞いた時は、まさかと思ったけどね。
大家: 事実でなければ、FBIの長官や、今度は副長官が、早々に辞めないよ。
プーチン: もう、当分世界はワシのようなもんさ。
スターリン: 何か、私を参考にしているようだが。お前さんに私のように
   非情になって自国民を殺せますか。
プーチン: 中東では、ISを手当たり次第に殺しましたよ。それとチェチェン
   でも。今度は、アメリカと北朝鮮の相討ちを狙っているが… 今では
   虐殺現場がカメラビデオに映しだされるんで、殺り辛いんですよ。
   北朝鮮とアメリカ、いいところまで来ているですがね。上手くいき、
   中国の参戦で相討ちともなれば、理想的ですがね。
熊: 何か居た堪れなくなってきたけど… で、開戦の結果は分かっている
   戦争じゃないですか。一般の人が気の毒じゃないの。
大家: 金様にしろ、プーチンにしろ、自分が弾丸の中の悲惨な経験をして
   ないので、現実の悲惨さが解ってないの。
熊: そんなのが大統領なの。 
スターリン: 1000万、2000万を殺したところで、麻痺をしてしまえば、
   何てことはないよ。まだまだプーチンは、柔いよ。ワシのつくった
   ソ連邦を解体されて。何じゃい。敵はアメリカ連邦の解体だよ。
神様: お前らを見ていると、神でいることが嫌になるよ。
熊: 本当に戦争になるの? 東京にミサイルを打ち込まれると、一瞬に
   して80万人が死ぬというけど。それと、難民問題もあるしね。
大家: これが大変だよ。 中国じゃ、3ヶ所の難民収容所を想定し、
   万一の備えを考えているらしい。 中東、アフリカの、欧州への
   難民問題と同じことが、今度は極東で起こるんだ。
プーチン: ズブの素人が突然大統領になるんだから… バカな話さ。
スターリン: ワシが聞いても恐いよ。大統領は、プロ中のプロがなるもの。
   あの顔からして、相応しい指導者ではないね。 どうなってるの?
プーチン: 正直なところ、ワシも、同じ考え。8年にわたった黒人大統領と、
   女の国務大臣に、世の中の冴えない白人層が腹を据えかねていたからさ。
   としても、娘婿の援助の依頼には驚いたよ。 アメリカを見ていて、
   民主主義の建前ほど変なのはないね。
スターリン: やっちまえ、今の内だよ、ソ連邦解体の復讐の機会は。
神様: 何で、こんな男を、呼出してしまったのか? プーチンの思惑を
   聞きたかったので、これはこれで… 二人とも、トリックスターじゃ
   ないか。それも陰湿、露悪の。 熊さんよ、現在の平和は、仮の姿。
   もう、動き出したの。その辺の計らいを読み取って大家さんにばかり
   頼らないで、自分の頭で考えなさい。白鳥もいれば、黒鳥もいる。
プーチン: 日本っていうのは、この72年間、軍備を蓄積していたのは流石。
   生真面目過ぎるけど、侮れないんだ。 北朝鮮なぞ誰が相手にするか。
大家: 貧しさを国民に強要してきた国は、国家として卑しいのは当然。
   まともな正論は通じないの。
―
▼ 寒さの中でのライブの内容のため、悲観的になったが、スターリンの参加
 を思い立ったのは我ながら驚いた。「陰惨で、残酷で、疑り深い」人物と
いうが、プーチンも似たようなもの。 彼の前のトランプなど赤子そのもの。
この数ヵ月は、過ってないほど緊迫した事態が続くことになるのだろうが… 
 
 〜で、これまた6年前の以下に、脈絡として丁度よく繋がっていくr。
 ・・・・・・
3968, 民主主義への疑問 ー2
2012年02月05日(日)             
 * 明治元年の五箇条の御誓文 「民主主義とは何なのか」長谷川三千子著
【 たとえば自国が経済危機に陥っているからといって、若者たちがデモをし、
 店や車を壊して為ばれるという海外ニュースを、われわれはよく目にする。
愚かしいかぎりの行動であるが、民主主義イデオロギーに即していえば、彼らは
正しいふるまいをしているのである。指導者に対する不信と敵意を破壊的な
行動によって示すのは、近代民主主義の出発点をかざるフランス革命以来の
偉大なる伝統だからである。民主主義が本質的にかかえ込んでいるこうした
愚しさを克服して、かくも厄介な民主主義をなんとかうまく使いこなす方法は
ないものだろうか? 考えてみれば、「国民の、国民による」政治という形
それ自体は、活気にみちた健康的な国家をっくり上げてゆくうえで不可欠な
ものともいえる。国民自身が意欲を失い、やる気をなくした国家に、
「国民のための政治」が実現するはずはない。・・明治元年の五箇条の
御誓文には、そのエッセンスともいうべきものが簡明に表現さきじている。
 一、広ク会議ヲ興シ万機公論二決スヘシ
 一、上下心ヲ一ニシテ盛二経編ヲ行フヘシ
 一、官武一途庶民二至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス
 一、旧来ノ随習ヲ破リ天地ノ公道二基クヘシ
 一、智識ヲ世界二求メ大二皇基ヲ振起スヘシ
 ここでまず注目すべきところは第二条である。 
この「経論」という言葉は、もともとは政治を指して使われる言葉であったが、
ここではむしろ経済活動に重点を置いて使われている。つまり指導者も国民も、
すべて心を合わせて、政治・経済の活動に積極的にかかわろう、ということ。
あたり前の呼びかけとも思える。政治であれ経済であれその他何であれ、上も
下も心を一つに合わせておこなわなければ、よい仕事はできないのである。
しかし今みてきたとおり、この「上下心ヲ一ニシテ」ということは、まさに
民主主義が捨ててしまった心構えである。その意味で、実はこれは極めて
根本的な民主主義批判ともなっている。】
▼ 日本の近代の始まりの明治元年に立ち返り日本の誇りを取り戻すことが必要。
 一条の「公論」の心構えこそ、この非常時に求められること。相手の論を叩き
潰すのでなく、危機を乗り越えるための論でなくては。目標が明確であれば、
公論が可能になる。声をだして、何度も読んでみたが、なる程、そのとおり。
現在の日本は壊滅状態、これを第二の敗戦とみるなら、近代日本の精神を、
 この御誓文として新たな第一歩とすべき、という著者の論も納得する。 
 ・・・・・・
5075,強みを生かす
2015年02月05日(木)
  * 強み生かす ー無駄な努力はダメ―  
 ドラッカーのマネジメントの法則に「自分の強み生かす」がある。
この「強みを生かす」について、ネットで簡潔にまとめてあった。
≪ 卓越した仕事を生き生きしている人がいる。彼は単に有能な働き者
 ではない。自らの強みを知り、自らの属する場所を得た人がゆえと、いう。
誰でも、自らの強みはについてはよくわかっていると思っている。だが、
たいてい間違っている。気づいているのは、せいぜい弱み。それさえ間違って
ることが多い。しかし何ごとかをなし遂げるのは、強みによってである。
弱みによって何かをおこなうことはできない。どうすれば自らの強みを知る
ことができるか。ドラッカーは、フィードバック分析しかないと言う。
 ドラッカー自身が五十年以上続けてきた方法だ。方法は簡単。まず何かを
することを決めたら、「自分はそれに何を期待するか」を記録しておく。
そして九ヵ月〜一年後に、自分が期待した内容と実際の結果とを比較。
フィードバック分析により、強みを生かすために行うべきことが明かになる。
�\�果を生み出す強みに集中する
��誰にでも学べる技能や知識は身に付ける
��専門馬鹿にならない
�だ�果を挙げるうえで邪魔になっている悪癖は仕事ぶりは直す
�タ佑悗梁个景�、礼儀はわきまえる
�Χ貅蠅諒�野の仕事は引き受けない
��努力しても並にしかなれないことはしない
              ―(プロフェッショナルの条件』)≫
▼ ポジティブ思考は、ただ楽観的だけでなく、己の強みを生かすことで、
 ものごとをプラスに発展させる。幸せは、己の得意分野を生かしている
状態とすると納得できる。「得手に帆を揚げ」、フィードバックをする。
御隠居生活の強みは、「好きなことだけをして、嫌なことをしないで済むこと」
で、因業になっていくが、それで良い。まずは周囲に迷惑をかけないことだ。
・・・・・・
5805,なぜ日本人は世間と寝たがるのか ―読書日記 2
2017年02月05日(日)
      <なぜ日本人は世間と寝たがるのか: 空気を読む家族
                         佐藤 直樹 (著) >
  * 「世間」の4つのルール
 世間をまとめると、《細かいカースト制度にならった差別意識の状況下で、
中元・歳暮、旅行先の御土産、貰い物の御裾分けなどのやり取りの中で、個人
の顔をひた隠す。建前は平等原理を引合いに、法事や祝い事などは大安などを
引合いにして物事を進める極く普通の人たち》になる。これを否定すると、
日本社会では、非常に生きづらくなる半面、アウトサイダーに徹すれば、
それなりに生きていける。その代償として(大変な人)のレッテルをはられる。
 それに惑わされたくなけらば、自分の事業を立上げて、その中で唯我独尊で
生きるしかない。ただ、事業が傾くと、ふくろ叩きにあう。元もと、その接点
を最小にしておけば、馬耳東風で受流すことが可能。 要するに「世間とは
寝なければよい」だけのこと。父親は、『カス』の一言で切捨て、全く、気に
しない風にしていた。他人とのラインを家族に引いていた明治男の典型。
   〜その辺りの要約を抜粋〜
≪ 歴史学者の阿部勤也は、「世間」のルールには主要に4つあるとする。
 ☆贈与・互酬の関係(中元お歳暮などのお返し、)、
 ☆身分制(年齢にこだわる、英語ではブラザー・シスターであり、
  兄・姉を区別しないし、相手が大統領でも二人称はユーだ)、
 ☆共通の時間意識(個人の時間意識が存在せず、人間平等意識で能力差を
  認めない、皆一緒という同調圧力)、
 ☆呪術性(クリスマス、盆の墓参り、お払いなど、信心深くはあるが特定の
  宗教を信じるわけではなく、根底にはアニミズムや自然宗教の類がある)
  1 贈与・互酬の関係
 お中元やお歳暮が良い例。
相手との関係や上下関係を考慮して内容に差をつけるのも特徴的です。西洋には
プレゼントの習慣はありますが、贈与や互酬を習慣として行うことはありません。
メールにしてもそうです、送った以上は相手もそれに返答しなければいけないと
いう暗黙のルールがあり、LINEだと「既読スルー」などと揶揄されて気疲れする
原因にもなっていますね。日本人にはこのように「こちらがこれだけのことを
したのだから、相応の返礼があって然るべき」という考え方を持っているようです。
  2 身分制
 憲法第14条で法の下の平等を謳っているにも関わらず、色々なカーストがまかり
通っているのが現状です。スクールカースト、学歴偏重、ママカースト、部落差別
などなど。表には出さなくとも、そのような差別意識が法律よりも強い影響力を
持っているのが日本の世間です。つまり憲法がタテマエになってしまっている。
西欧でももちろん差別はありますが、この場合は法的に「人権」を掲げて戦うこと
ができます。個人が厳然と存在して「法の下の平等」が根幹をなす社会だからです。
しかし、日本は世間が強烈な影響力を持っている。だから、実質差別があっても、
それを覆すのが難しいのです。
  3 共通の時間意識
 出る杭は打たれる、ということです。
極論を述べれば日本人に「個人」はいません、これは西欧から輸入されて強引
に訳した言葉であります。みんな同じ時間を共有している、だから一人だけ
違うことをするのは許されない、みんな同じであるべきだという思想ですね。
能力差を認めないのも特徴的です。誰かが努力の末に結果が出なかったとしても
「運が悪かった」として、決して「劣っていた」とは認めない。人間には本来、
能力や才能の差があるものです。しかし、日本ではそれを周りにひけらかしては
いけないという「人間平等主義」が支配的です。皮肉なものです、これほど
あからさまに「身分制」が渦巻く世間で、表面的に平等を謳うのですから。
これでは多くの人が良く分からなくなり、病んでいくのも頷けます。
  4 呪術性
 合理的根拠のないルールが多いです。
大安に結婚式を挙げ、引っ越しを避け、友引に葬儀を執り行うことをしません。
大きな建物を建築する際には土地の神様に祈りますし、地鎮祭もする。
日本は先進工業国の中でも、異様に多数の古いものを保存する唯一の国。
合理的に説明のつかない俗信・迷信の類を尊重するのです。法律ではこのように
決まっているから、というのは「社会」という概念が醸成された文化でのみ通用
することであり、世間のルールが世の中を支配する日本では通用しません。
法律よりも呪術が強い影響力を持っている。
 西欧では、このような俗信迷信の類、呪術性をとうの昔に否定しています。
一神教と多神教の違いも大いに影響しているようです。日本独特のアニミズム
がこのような土壌を形成しているのでしょう。    ≫
――
▼ 一定量の経験と知識が人生には必要と最近、つくづく実感する。そこから、
 知恵とか、新たな経験、知識が生まれ出る。 世間様から内実を隠し、目立つ
ことなく無難に人生を過ごすことが、生きやすいのが娑婆。そうこういうが、
世間にしろ、社会にしろ、理解していると思いこんでいる妄想がベースにある。
その妄想度合いの高いのが世間人ということ。誰もかれもが、妄想の分厚い
レンズを通して外界をみている自覚がないだけ。せめて自覚を持たないと!
 ・・そういうこと。
・・・・・・
4343,閑話小題  ーテレビの現状と未来 
2013年02月05日(火)
 先週金曜日のNHK・60周年記念「テレビの未来」について千人アンケートを
しながらパネラーが討論する番組が面白かった。NHK以外の各局のディレクター
も参加していたが、内容は冒頭からシビア。「現在のテレビはツマラナイ、
面白くない」と、街頭インタビューが辛口のものばかり。その上にTVを持たない
人や、不満の多さに各局のディレクターは言葉を失っていた。
無くて困るものの第一がパソコンで47%、携帯が24%で、テレビが22%
には驚いた。これではテレビがパソコンに凌駕された結果になる。 私の場合、
「未来型のTV」を買い替えて二年半になるが、見るのは殆どが録画したものか、
再放送のもの。「テレビが面白くなくなった」「無くても困らない」という
街頭での意見が多いが、私は逆で、「スマートテレビ」に買換えて、バカ
みたいだが、俄然に面白くなった。地デジの全番組を30時間分を自動的に
録画してしまう。ゴールデンタイム19時から24時までを設定すると、
6日間分の全チャンネルが自動的に録画される。それを週間のテレビ欄をみて、
面白そうな順に見る。2〜3日に一本の割合で面白いのが必ずある。 
設定無しだと、全地デジの30時間分が自動録画され、時間が過ぎたものは
自動的に消去される。これに面白そうなBSの旅番組やWoWoWを録画しておけば
見切れないぐらいの面白い番組がストックされる。どんどん録画をし、どんどん
除去する。だから「面白くない番組がない」というのは、面白い番組を見逃して
いることに彼らは気づいていないだけ。 実際、テレビに嵌るのは良くないのは
分かるが、面白いものは面白い。その上に、パソコンでも、TVでも、Youtubeなど
の投稿録画を見ることが出来る・・ ネットゲームを知らない人と気ままに
遊びたくなってきた。 で、再びパソコン教室に通う時期が来たようだ。
居間では横にiPadを置き、TVドラマの合間にネット・サーフィンかゲーム。
ますます馬鹿になっている。 大馬鹿ならよいが、中馬鹿のようだから、
どうもこうも! 最近の話題はTVの内容が多いか。


6171,閑話小題 〜座禅は心の安楽死 ー4

2018年02月04日(日)

         
        『坐禅は心の安楽死 〜ぼくの坐禅修行記』横尾忠則 (著)
   * あっちに行った者たち
< 悟りの境地とは、雪担さんは、悟った者のことを、あっちに行った者、
 という呼び方をするが、雪坦さんはまさに、このあっちに行った人である。… 
あっちの世界には観念が存在しないのだろう。あっちの世界は、こっちの世界と
何ひとつ変わっているわけではなく、このままであるという。雪坦さんのいう
現象界とあたり前の世界よりクリアーに知覚することが俗にいう悟りの世界と
呼んでいるものかもしれない。当たり前の世界は地球ができた時からずーっと
当り前で存在していているのだろう。われわれが生まれた時にはこのあたり前の
世界がちゃんと把握していたはずだ。それがいつの間にか、この感覚を忘れて
しまったようだ。>
< 現在から数えると17年ほど前に、ニューヨークで初めてドラッグを体験した。
 目の前のグラスを掴もうとして手を伸ばした。この時、不思議な感覚を僕を
捉えた。本来ならぼくの手がグラスに近づくにしたがってその距離が縮まって
いくはずが、この時は全くそんな風には考えられなかった。僕の手が、たとえ
グラスと1センチのところにあっても、グラスに手が触れない限り手とグラス
の間の距離は月と地球の距離に等しいということを感じた。つまり、1センチも
何十万キロも距離に関しては変わりないということだった。距離の長短を決めた
のは人間で、神の世界では距離など無いはずだ。それと同じように、時間も
もともとないのかも知れない。この経験を雪坦さんに話したところ、あっちの
世界に似ているという。ドラッグの世界と根本的に違うところは、一度その
世界を経験してしまうと、泳ぎのコツを覚えると同じように、常にその状態
にあるという。その状態はきっと、カスタネダのいう分離したリアリティであり、
われわれが存在と呼ぶところのものというのだろう。いってしまった世界が実は
すでにあり――いやもしかしたらわれわれさえ‘いって’しまっているのかも
しれない―― しかし、誰もそんな風に思わないから、どこかきっと素晴らしい
世界があると思って、観念の世界を駆け巡っているのである。観念の世界は
あくまで観念で、観念の中なんぞに真理などあるはずはない。
―
▼「悟ったことがあるか?」と問われれば、「ある筈がないだろう!」だが、
 それでは、「何かしら近い状態を思い浮かばないか?」と問われれば、
(「あとはオボロ―」の話は別として…) 至高体験なら数多くある。
主に大自然の景観に圧倒され魂を揺さぶられる瞬間の歓喜。 こっちから、
あっちの世界に同化した瞬間である。
 前の会社で、取引先の営業やトップを含めた宴会で、一、ニの三で、盛上り、
集団による至高体験宴会を100数十回は開いていた。 その面白かったこと、
この上ない思い出だ。 他を加えると、どうだろう? 数知れず。
それらが、沈殿した砂金のように数メートルもあるだろうか? 時々、
『私の人生に良いことは殆ど無かった』とか、
『自分の人生を生きてこなかった』などの愚痴を聞き耳を疑うことがある。
 過去に幾つかの創業と、それに伴うビルを立ち上げる度に、心の底で、
至高体験を経験してきた。事業を失っても、この悟りに近い行蔵は、魂の
作品として心底に残っている。上野界隈の美術館や、世界の主要都市の美術館
で、世界の御宝に魂を吸取られた瞬間も然り。
 何度か経験を重ねると、それらが磁石の働きをし、自ずと、対象の魂に吸い
寄せられていく。至高体験の度に磁気が増し、様ざまな出会いを生むことに。 
 秘境ツアーは、大自然の景観に手順を踏んで、当たるも八卦、当たらぬも
八卦と踏み込んで、「あっちら側の世界」を味わう感動的遊び。副作用はなし。
 坊様は座禅を、修行者は、ヨガを通して、「あっちに行く者」たち。
プロセスは違えど、大自然の景観から受ける感動を通した至高体験で、
「あっちにトリップ」する。 今では、4k・TVでも、その一部の経験可能?
副作用が少ないが、バーチャルはバーチャル、体感が無いのが玉に傷だが。
蓄積された至高体験の感覚が、画面の触媒からボコボコと湧き上がってくる
から不思議。 
ーー
 熊: 何だ最後は、また自慢かよ、ったく。それと、悟ったこともないのに、
    よく言うよ。バカじゃないか。
 寅: 愚痴るなよ。独りの世界に浸っているだけだよ。それも小さなね。
 八: 「至高体験」と「悟り」、直感的に酷似していると言いたかっただけ。
大家: 他人からみれば、熊の言う通りだよ。経験だけは本人の体感だから、
    本人じゃない人は理解は出来ないさ、誰も至高体験とやらを経験を
    しているから、言いたいことの少しは通っているよ。
 熊: 俺もあるよ。酒を飲んで、可愛い女房とイチャイチャしている時の
    「ああ、いいな〜!」と思う心持だろう。その膨らんだのだろう。
 寅: 週に一度、早朝にさ、独りで近くの川辺を散歩するが、草の匂いや、
    鳥の鳴き声や、河のセセラギを聞いて歩くと、嫌なことを忘れるよ。
    それと同じだろう。何か、こっちから、あっちに行っている感覚が
    好きなんだ。この習慣で大いに助かっているよ。
大家: 私は少し高尚で、読書を兼ねた魚釣りの時間さ。だから、憂さの
    溜まりようがない。自然に一体となった感覚が好きだよ。
 八: 私は、4月〜11月まで、自転車で、一時間のチャリダ―になってるの。
    もう8年になるけど。信濃川の大河と、近くの栖吉川の土手が、これ 
    また最高の環境よ。 クラシックやポップをiPodで音楽を聴いたり、
    無心になってね。
 熊: そうそう、最近、シリーズモノの夢をみるんだ。それが面白いの。
 寅: 俺たちの話は、この辺にして… 限がないもんね。

・・・・・・
5804,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −2
2017年02月04日(土)
   * 鮮烈荘厳で神秘に満ちた粟粒の光景
 たまたま、7年前の写真家・白川義員の文章があった。
4k8kTVで、YouTubeサイト、『世界の秘境 高画質』などで検索すると、
次々と息をのむ光景が出てくる。それも現場で見るのと遜色ない神々しい
シーンなら… 何おか言わんである。4k8kのビデオカメラから映し
出された世界中の秘異境の高画質のものなら、感動しないわけがない。
間違いなく旅先で神秘的な光景を見ることが出来るとは言えない。絶妙な
天候などで、外れる可能性を含んだ上で、その神々しい光景との一期一会の
出会いが感動を高めてくれる。 『長岡花火 フェニックス』と、音声入力
をすると、現場の裸眼で見るのとは違った高性能カメラが映しだす信じがたい
色彩の花火が息もつかさず現れ出てくる。 以下の文章にある、
<スゴイ景色との出会い>が、現場とは違ったカタチで、TV画面を通して、
気楽に見れる。 毎日、その画面を見て、独り溜息をついている。
秘異境での光景との出会いが沈殿してあることもあるが。 
それもこれも、高質な『キーワード』に順じて写真、映像が出てくる。
経験があればこその『キーワード』であり、映像である。これが、プロだけで
なく、一般人が高性能のデジカメを持てる時代の産物である。 例えば国際線の
機長が、機上で目にした下界の光輝く景観の写真集を、図書館で見つけたことが
あった。機長しか見れない光景だからこそ素晴らしいのである。
 娑婆に執りこまれていては、見ても見えず。そちらから、娑婆を新たに
見れば、内幕情報とか何とかなど、何おかいわんになって然るべきになる。 
 ―――
3237, 白川義員
2010年02月04日(木)
*「われわれが住んでいる世界っていうのは、何億光年という悠久無限の
 宇宙の中にあって、たかが知れた粟粒ですよ。その粟粒が、鮮烈荘厳で
神秘に満ちて、こんなに素晴らしい粟粒ってことを知っている人間が、
この世界に何人いるだろうか、と思い始めたわけです。それならば、
このスゴイ風景を自分が撮影して、それを知らない全世界の人間に知らしめて
やったらどうだろうと。そしてこの粟粒が全人類を乗せた運命共同体で
1点の命と知ったら、人間いかに生きるべきか、生きる方向も限られ連帯感も
生まれるだろうと、そう考えた。それが私の写真のメッセージ」
*「要するにフィルムであろうと印刷であろうと、つまらない写真を一発で
  凄い写真にするウルトラCなどないということ。小手先の技術だけで
  凄い写真が出来るわけがない。」
*「世界は『使われなかった人生』であふれている」
*「ネパールの人にとっての山が信仰の対象になるのは当たり前。
  神々しいご来光が有るかと思えば地獄のような天候に日々出会うから
  祈るしかないのだ…… 」
*「神々しい山を見ると自分が清められ透明になって行きます。」
〜 白川義員はヒマラヤや南極など世界の大自然を撮りつけている写真家。
「世界の100名山」のDVDを持っているが、素晴らしい映像が次から
次へと映し出される。20数年前、ある雑誌で彼がプロとしての写真家になる
切っ掛けになったスイスの幻影的な光景の出会いの文章を読んだ。
天国とは、このことをいうのかと写真を撮るのを忘れ見とれていたという。
その場面が、言葉の中から浮かび出てくるようであった。 私が世界中の
秘境・異郷ツアーに行くのも、スゴイ景色との出会いをするからだ。
「こんな世界が地球にあったんだ、知らなかった!」という瞬間に百回以上は
出会っている。それは、別に海外の秘境まで行かなくても、日本の名山など
でも経験可能だろう。大自然は、我われを通して自分の姿を見る。 
その経験をしてきたから、何ごとがあっても、自分の中の不安が
最小に押しとどめてくれている。
・・・・・・
5074,ツィッター、その雑念のゴミばこ 〜2
2015年02月04日(水)
         『ツイッター、その雑念のゴミばこ』横尾忠則(著)
   * 単純ですから・・
 単純にも、様々ある。シンプルに物事の要点を考えるのも、『20対80の法則』
の20への集中と、同じこと。問題は、その組み合わせになる。服装一つとっても、
欧州では、黒が基調。そこに白か赤の小物をポイントに置く。
以前『すべては「単純に!」でうまくいく』ザイヴァート(著)を読んだが、
概要といえば【人は単純なことを複雑に考えてしまう? モノ、金、自身を
シンプルにすれば、ストレスが消えてゆき、仕事も人生もラクになる。】である。
 〜まずは、その辺りから〜
―「私は単純ですから」と卑下とも謙虚ともとれる言い方をする人が結構多いが、
この人は単純の意味が解ってない場合が多い。「あんまり頭を使わない」という
意味だと思うが、単純こそ人間の究極の理想の姿じゃないかね。ぼくも一度は、
「ぼくは単純なんですよね」と言ってみたいものだ。   ーMay 10/2010 13:41
― 人はなかなか単純にはなれないものだ。問題をあれこれいじくり回し、大抵
は複雑にしてしまうので、なかなか問題から開放されない。ーMay 10/2010 13:44
― 単純って、いわゆるアホになること。黒住宗忠という江戸時代の神道の教祖、
ある時、手相を占ってもらった。すると「あなたの相はアホです」といった。
怒られるかと思ったら、忠神は「そうか、わしは長年アホになる修行をしてきた。
それが顔に表れたのか、実に嬉しいことだ」とおっしゃった。ーMay10,201013:49
― 子供の頃、田舎で、「アホ・ボケ・マヌケ」と相手を罵って喧嘩をしたもの
だが、このアホと黒住神のおっしゃるアホとは格が違う。
アホな政治家というアホは馬鹿というアホだ。     ーMay10,201013:59
― ぼくの中にも複数のアホが住んでいるが、なかなか立派なアホになれないまま。
「ツイッターをやっている人間はアホだと週刊誌に書いてあったわよ」と瀬戸内
寂聴さんから電話があった。「私もやろうと思っているのよ」。折角悟った
瀬戸内さんが、ツイッターでこれ以上悟ることになるのかな。ーMaylO,201014:10
▼ 単純といえば、カントの二番目の二律背反、『◎テーゼ:世界は単純な部分
から構成され、世界は単純なものか、またはその単純なものの合成されたものしか
存在しない。◎アンチテーゼ:世界はいかなる単純な部分で合成されたものでない。
また、世界に存在するものは単純なものを含まない。』がある。コンピューター
が、飛躍的進化をしたのは、0と1の組み合わせの二進法をベースにしたから。
 レーガン元アメリカ大統領が、問題に対し、重要度を3つ羅列させ、その3つを、
3つに分け、さらに3つに分けて報告させ、対応をしていたという。
・・・・・・
5438,人生で最も大切な技術 ー�押�
2016年02月04日(木)
       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 厄介な感情と、その治療法、        
 ネガティブな感情に対してのアプローチに、「解毒剤」「解放」「活用」
の三原則をあげる。問題を直視し、根本問題レベルに下がって解決しようと
するもの。私が取入れてきた問題に対する「正中心一点無」である。
何事もネガティブのまま放っておけば、ポジティブの感情まで歪む。
  〜以下の瞑想の解釈が分かりやすい。
≪ 瞑想は、退屈な日課を小休止して、木陰に静かに座ってリラックスする
 こととは違う。物事の新しい見方に慣れ親しみ、心に生じる思考を正しく
管理し、人々に対する見方と世の中での経験の仕方を体得する新たな道である。
 仏教は、以上を「習熟」するために、様々なアプローチを提供している。
とりわけ、「解毒剤」と「解放」と「活用」を三原則とする方法が最も主要と
なっている。「解毒剤」の方法とは、各種のネガティブな感情に対して
処方された特別の解毒剤で対応するというものである。
・一番目の「解毒剤」とは、生じてくる感情を即座に直視し、
それが自然に溶け去るままにする方法である。毒を中和させるやり方。
二番目の「活用」法とは、感情に自然に備わった力を、心の変革の触媒として
利用すること。どの手段を選ぶかは、使おうとする瞬間、状況、能力によって
決まる。これらの方法には、対立する厄介な感情の犠牲になるのを防止する
のに役立たせる、という共通の側面と目的がある。
・二番目の「解放、解脱」。この方法は、苦痛をもたらす感情に適した、
個々の解毒剤を処方することで、感情を抑えようとするのではなく、根本的
レベルに下がって、すべての心の苦しみを一つの解毒剤で退治するという方法。
心の自然の活動を抑え込むことは、不可能であると同時に望ましいことはない。
また、思考を遮断するのは無駄であると同時に不健康である。感情をつぶさに
調べれば、それがダイナミックに流れていて、それ自体には本来備わった
固有の実体がない、ということに気がつくだろう。こうした現象の非実在性
を仏教では「空性」という言葉で表現している。厄介な感情を正反対の感情
(例えば、怒りに対する忍耐)で相殺しないで、単純に感情そのものの性質を
熟考するだけにとどまった場合、何か起こる感情を解き放つ術。
・苦痛を伴う感情を無効化する三番目の「活用」の方法は、最も繊細で
神秘的、その上、罠に嵌りやすい。感情を熱心に調べると、楽譜のように、
無数の要素とハーモニーで成り立っているのがわかるだろう。例えば怒りは、
時に人を奮起させ、行動に導くし、障害を克服させる力ともなる。その上、
それ自体が有害とならずに、明快で焦点が合って、効率がよい側面もある。≫
▼ この4年間、前半は週二回、後半の二年間は週三回、ヨガに参加。
 そこはポジティブの空気が満ちており、ヨガマット内の独りの世界が良い。
ヨガは静かな運動と、深く長い呼吸が主の瞑想世界だが、浮世からの
トリップは、慣れるほど深くなる。やはり、般若心経は暗記した方がよい。
・・・・・・
3967, 民主主義への疑問
2012年02月04日(土)           
* 近代日本の出発点に立ち返れ! 「民主主義とは何なのか」長谷川三千子著
 最近の世界各国の紛争や、国内の政治を見ていて、信じて疑ってもみなかった
民主主義そのものに疑問を持つようになった。中国も、ロシアも体裁は独裁国家
ではないが、実情は独裁国家。 欧米は、隠れた独裁者はいたとしても、国家の
トップは選挙で選ばれた首長が政治を司っている。民主主義は時代が安定の時には
有効だが、大きな時代の変わり目には厄介な代物になり、その使いこなす技は
非常に難しくなる。その民主主義について、分かりやすく書いてある書籍がある。
 長谷川三千子著「民主主義とは何なのか」である。印象的部分を要約してすると、
・ 民主主義とは「国民による国民のための政治」が、その基本形である。
 だが、政治という道が、本当に最良だろうか、という疑問。この原理に従えば
 従うほど、実は「国民のための政治」は遠ざかって行くという、逆説がひそむ。
・ それは、人間という動物がイワシのようにリーダーなしに群れとしての
 行動をとりえない生物で、町内の自治会ですらリーダーを要する。
 指導者なしには政治は成り立たないが、「国民の、国民による」政治という
 原理は、首相であり大統領であれ、全ての指導者は不順な夾雑物であり必要悪。
 そのため常に、そこには指導者に対する不満がくすぶっている。国家が平穏の
 時は、それでも、ちょうど水平飛行を自動操縦で飛行して何とか乗り越えるが、
 ひとたび荒天が国家を襲うと、指導者がその能力を最大に発揮しなければ
 ならない時、深刻な危機にさらされる。飛行機が揺れているとうだけで、
 操縦室になだれ込んで、操縦を妨げれば、どんな飛行機も墜落する。
・ 民主主義はバイキンに似ている。それは強い伝染力を持ち、またたく
 間に国境をこえて広まり、あちこちで出血性の発熱をともなう。
 しかし、このバイキンを駆除すると、完全無欠状態で育てられて子供がひ弱に
 なってしまい、国の健康を害してしまう。独裁国家がそれ。
▼ 日本の政治の混迷が、正に上記の弱点を曝け出している。
 一年で首相交代が生じるのは、トップは民主主義では夾雑物になるため。
その期限が、日本の政治システムでは一年。それに情報化で、トップの威厳も
あったものでない。しかし、世界的動乱に入ってしまった現在、何とか切り抜け
なければ国家破綻が待っている。著者は、ここで明治元年の五箇条の御誓文に、
民主主義のバイキンの毒素を取り除き、それを最上の活性化酵素として活かす
ヒントがあるとしている。  ーつづく



6170,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −3

2018年02月03日(土)

              <『人工知能の哲学』松田雄馬著>
   * フィルターバブルとは
<インターネットで、利用者が好ましいと思う情報ばかりが選択的に提示されて
しまう現象。サーチエンジンなどの学習機能によって、利用者の望む情報が優先
され、望まない情報から遠ざけられることにより、自身の作り出したフィルター
で泡(バブル)のように包まれて、思想的に社会から孤立するさまを表す。
米国の活動家イーライ=パリサーが自著で用いた造語。>
 Yahoo!で商品を検索すると、検索した商品と、関連商品が次々と表示される。
便利は便利だが、Yahoo!のブログにも同様なことが起きるため、閲覧する第三者
にまで知られることになる。これを購買戦略に個々に応召したのが‘パーソナライ
ゼーション’。 〜ネット辞書によると
<パーソナライゼーションとは、顧客が望む時間、場所、方法で直接顧客に訴え
かけるコンテンツとエクスペリエンスを提供するための戦略と戦術のこと。
消費者が購入プロセスの主導権を握るようになるにつれ、パーソナライゼーション
は成功への要件となりました。>
―
 40数年前に、11年ぶりに地元にUターンをしてきた時に直感したのが、この
「フィルターバブル」の臭気である。多かれ少なかれUターン時に受ける故郷の
味だが。閉鎖的社会の城下町の長岡藩という分厚い文化の壁に囲まれて、思想的
にも社会的にも孤立した世界を構成している。 江戸時代から営々と続いた閉鎖
社会自らが生み出したフィルターで生じた泡で囲まれた大いなる?藩社会。
大いなる田舎といえば名古屋が、それに近いというが… 
 逆に商売上のリサーチからすれば、簡単に入りこめる世界でもある。
老舗とかいう地方豪族が営々と築いてきた人間関係を探ればよい。そこには、
うって付の文化の世界がある。茶道、華道、そして地域社会ある、ロータリー、
ライオンズや、出身校の集まりに下っ端から入り込めみ、臭気を身に付ける。
10年、いや5年もすれば立派なインサイダーに一員に成長すれば快適な社会だ。
 私の選択はアウトサイダーだが、リタイア後からして、性格からして、正解と
確信している。幸い、Uターンから42年経過するが、30年間は新潟通いのため、
泡の臭気は、最小で済んだ?が。地元の親戚の葬祭冠婚の集いに参加する度に… 
 アウトサイダーは、常に身を正しておかなければならないが、実際は逆。
で、こうしたツマラナイ文章を書いている。‘金儲けの神様’の異名をとった
直木賞作家の邱永漢が、『出身地で事業を興すな、やむを得ない時は、一切の
付き合いを断て』と宣っていた。「地元の常識は、一歩出れば非常識である」と、
言いたかった。 
 人間は、誰でも「自身で作り出したフィルターで泡のように包まれて、思想的
に社会から孤立する傾向」にある。まず気の弱い者が、虐めで自滅。群れをなす。
その大人版の群れが、世間。その構成員が世間人。問題は、眼に見えない縛り。
 ここで、数十回も述べているが。 しかし地元密着の、例えば電器屋の生き方
もある。 セブンイレブンを30年近く経営している学生時代の友人が、
「最近、近所の見守りまでしている」という。それはそれで、生きがいになって
重荷でないという。インサイダーも、止まらず進化していれば、決して泡は発生
しない。逆に、独りで泡に囲まれているのはアウトサイダーもある。 孤高を
気どって、綺麗ごとを求めている貴乃花親方?。いや、私もか。
寂しく、独りで彷徨っています。
―
・熊さん: ったく、如何でもいいだろう。俺なんぞ、泡踊りの熊さんって、
  言われてるよ。その何が悪いんだ。いらぬお世話さ。知らない強さもあるよ。
・寅: ただ黙ってりゃいいことを、グダグダと。娑婆では、それぞれ、知って
  いることしか、知らないんだから… そうだろう。八つぁんよ!
・大家さん: 八つぁんは、自分がバカだから、他人までバカと思いたいんだよ。
・八つぁん: そうじゃないよ。バカに耐えられないから、自虐的に書いてるの。
  それにしても、急に熊さんが登場してくるとはね?
・熊さん: 見ちゃいられないよ。俺より遥かにバカをみると! 
・寅さん: 熊さんほど、バカじゃないよ。熊さんは純朴バカ、俺はヒネタバカ。
  八つぁんは、バカぶっているバカ。
・大家さん: 寅さんも良いこというね。
・八つぁん: 瘋癲の寅じゃないけど、バカにバカというのが本当のバカだよ。

――――
4341, イタリア人と日本人、どっちがバカ?
2013年02月03日(日)
「イタリア人と日本人、どっちがバカ? 」ファブリツィオ・グラッセッリ(著)
   * 「南イタリア人と、日本の地方人、どっちがバカ?」
 日本在住のイタリア人が書いた本だが、なかなか面白い。イタリアは、北と南
では民度が大きく違っていて、著者も、その一人だが、北イタリアはドイツを
しのぐといも言われる。 南イタリアは北の植民地的存在で・・ 首都圏と、
他の地方とかいう日本の感覚に似ている。最近の日本は欧州のPIIGSと同じ
レベルか、その下にまで成り下がってきた。まず、ーアマゾン〜内容紹介ーより
《 アメリカ型経済を真似て、私の国はメチャクチャです」。在日20年以上の
イタリア人建築家ファブリツィオ・グラッセッリは、こう語ります。 敗戦後
の奇跡的な復興から、近年の政治・経済・社会の劣化、教育制度の危機、
アメリカ主導のグローバリゼーションまで長い歴史を誇りながらも、今では
「立派な」借金大国である日伊両国には多くの共通点が存在します。国家破産
に向かう今日のイタリアは、明日の日本の姿なのでしょうか。架空のイタリア人
一家(ビアンキ一家)。ミラノの工場で働き、賃金カットの危機にある
ビアンキ氏と憧れの国日本にやって来るニートでオタクの息子。彼らを主人公
にストーリーが展開し、かの国で今、何が起きているかを描くとともに、日本
を少しでも良い国にするための、ウィットに富んだ提言を行っている。》  
 ー 要所を抜粋してみる ー
・「北イタリアだけを取り出してみれば、その経済の成長力や生産性の
 高さは、ドイツよりも上で、事実上「ヨーロッパ随一」であることが、
 よく言われます」(30頁)。
・「お互いがギブ・アンド・テイクの関係で成り立つこうした縁故関係を、
 イタリアでは「クリエンテリズモ」と言います。そしてイタリア人の
 社会は、この縁故関係をもとにした、無数のいわば「利権集団」の集まり
 から成り立っています」(38頁)。
・「イタリアは、近代国家建設の時点で、南イタリアを「絶対に」必要
 としていました。・・・ それは、一種の「コロニアリズム」=植民地主義
 だったと言って良いでしょう」(70頁)。
・「今もなお、イタリア人が「あまり働かない」国民であるというイメージが
 根強く残っているのは、はっきり言って「偏見」でしかありません。それは、
 ヨーロッパの労働者について調べた具体的な統計にも、はっきり表れている」
・「ベルルスコーニは ・・・ イタリアの政治の仕組みを、アメリカ型の
 「新自由主義」に変えること、そして、イタリアの経済を本格的に
 「グローバル化」するという使命を帯びて首相官邸に乗り込んで行ったわけ。 
 ・・ にもかかわらず、その政策遂行に当たって、ローマ政界の政治システム
 に頼らざるを得なかったのです。・・ 結果、ベルルスコーニは、彼のバック
 についていた勢力から見限られ、首相の座を降りることになった」(178頁)。
・「彼らにとって、プライオリティーの最上位にあるのは、
 「国際金融システムを、健全に保つこと」です」(189頁)。
・「バブル経済の興隆と崩壊、そしてその後の「空白の20年」と言われる
 時代に、一番大きく変わってしまったものは、日本人のメンタリティー
 だと私は思います」(207〜8頁)。
▼ 青の洞窟内でイタリアの船頭が、カンツォーネの歌の合間に、
「がんばれ日本」と言っているのをTVでみた。北が南を植民地化しているのを、
この本で初めて知った。その視点からみて、日本も首都圏が日本を支配している。
ということは「地方は首都圏の御荷物」であり、「南イタリア人と、日本の地方人、
どっちがバカ?」の質問になる。その首都圏も8年以内に100%、直下型地震がある
・・「人からコンクリート」は、埼玉周辺の副都心造りが最重要になる。
何がオリンピックか! まだ高度成長期のバイアスが罹っている石原。 
戦後日本のバイアス(偏見)そのもの。
・・・・・・
5073,閑話小題 〜夜明けのスキャット 
2015年02月03日(火)
   * 夜明けのスキャット 
――前日の夜半(2時半位)、半睡状態の中、淡い金色の球体を思い浮かべ、
その中に入り横たわるイメージを持ったいた。暫くすると、何と20歳代
半ばの金沢時代にスリップをしていた。何故か、金沢時代の写真が一枚も
残ってなかった。境遇的には、どん底だったが、そこは金沢。人間関係も、
華やかで、職場も美人が多く、楽しい面白い時間を過ごしていた。
夢の中の人達は、さらに光り輝いていた。一番辛い時ほど、裏腹に楽しい
ことが張り付いている。それから40数年後に、こんな夢を見るとは、
そろそろ危なくなってきたか? 当時は、「嫌なこと3つに良かったこと、
1つ」だったが、だから、輝くのだろう。それにしても、ほぼ忘れていた
当時の人たちの姿形が、映像として輝き現れ出るとは、脳は不思議である。
――で、今朝方の夢は恐ろしい物語。半睡の中、同じように金色の球体に
入って暫くすると、丸の内の大きなオフィスビルのロビーに、誰か二人と
居た。ところが、トイレに行きたくなって、外に出たが、見つからないため、
戻ってきたが、二人が見つからない。そこでビル内を探していると、
小さな部屋がある。そこに一人の男が居て、『何で自分が、こんな部屋に
居なければならないのだ!』と叫びながら出て行った。どうも、閑職に
追いやられたようだ。そこで、再び探し回ると、違った部屋に入った。
そこに10人位の人が、ノウネクタイのYシャツで、並んで立っている。
机は有るが、椅子がない。そこは退職を促すタコ部屋。
 その内の一人が突然、『謝って元に戻してもらいたい!』と叫び、
入口にいくと、自動的にドアが開き、出て行った。監視カメラがあって、
外出を認めれば出れるようだ。その後、数人が出て行った。
そこに、昼休時に数人の女性がジャケットを持ってきた。寒いらしい。
オフィスビルを探しまわった結果、そこで、サラリーマン残酷物語を
垣間見たみた夢だった。
――何ゆえに、こんな夢を見たのか? その直後、考えてみたがサッパリ
分からない。あの10人がうな垂れた暗い部屋!何だった? それぞれ、
色いろあったのだろうし、辞められないのだ。実際は、これより酷いはず! 
――今になって気づいたが、前日の夢と関連付ければ、当時の私のドン底の
心象風景が、この10人と同じ? 夢は結構、複雑な己を自分に提示する。
夢分析とは、成るほどこれか!前段(前日分)が、光、輝き。後段が、
その背景の暗闇の物語。ビル内を探し回って見たものは、当時の自分の姿。
とすると、あのジャケットを差し入れしてくれたのは? 辛いほど、
人には優しくなる。 同時に、人から優しくされる。これが娑婆!
・・・・・・
5437,人生で最も大切な技術 ー�院ヾ蕎陲寮�
2016年02月03日(水)
      『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
  * 感情の川
 感情といえば喜怒哀楽を思いつくが、そこに感激、感動、感謝という
「魂の感情」を加えることができる。人生は、その質量で大方決まるが、
これも本人しだい。人の心の内側は、他者からはハカリ知ることはできない。
「感情の川」とは、言いえて妙。淀んだり、激流だったり、穏やかだったり。
≪・情念が心の最大のドラマであるなら、それを演じる役者は感情ということ
 になる。人生の最初から最後まで、さかまく激流のように心の中を駆け抜け、
無限に近い数の幸福と不幸の状況を決定する。この激流をなだめる必要がある
だろうか。そして、それは可能だろうか。可能ならどのようにすべきだろうか。
ある感情は、生気で一杯に満たしてくれるし、別の感情は、しばしば神的健全
性を損なわせたり、萎ませたりする。
 エウダイモニアというギリシャ語がある。これは「幸福」と訳され、生気に
溢れ、満足し、達成する、などを意味する。他者の幸せに向けられる愛、他者の
苦しみに関心を示す思いやり等の思考と行為は、幸福を生みだす滋養のある感情
の例である。極端な要求、貧欲、憎悪などは人を消耗させる感情の例である。
破壊的な感情を払いのけて、建設的な感情を強める方法はあるのか。・・(略)
・仏教には、多種多様な精神的事象を表現する用語が実に豊富に存在する。
にかかわらず、古来より仏教語には感情そのものを表現する言葉が一つもない。
それはおそらく、あらゆる種類の精神的活動(合理的な思考を含む)は、快楽、
苦痛、無関心などの感覚と結びついている、という仏教的考え方に起因して
いるものと考えられる。愛とか憎悪などの最も感情性の強い状態は、破壊的な
思考と一緒に生じる。
 感情という言葉は、ラテン語の「動く」を語源としており、有害、
どちらでもない、ポジティブな思考等、心を動かすあらゆる感情を含む。
感情は、心を条件づけ、特定の見方を採用するように心を促す。・・(略)
・感情分析の最善の方法は、内省と自己観察である。
分析の第一段階は、感情がどのようにして生じたかを突き止めることである。
ここでは、精神がどのように活動するかを注意深く見つめること、破壊的な
感情と幸福を育む感情とを区別すること等が要点となる。この分析を繰り返し
実行することは、精神障害の状態を好転させる、最も重要な準備作業である。
仏教徒は、この作業を遂行する方法として、厳格な内観を行うことが要求
される。具体的には、精神を集中し、思考の透明性を高めるための修行である。
このアプローチは、近代心理学の草分け的存在であるウィリアム・ジェームズ
が開発した「持続的で自律的な集中力」に似ている。ジェームズは、自律的な
集中力を数分以上維持することが可能かについては疑問視していたが、仏教の
瞑想者たちによって、この能力が大幅に改善できる。・・(略)
・仏教では、感情処理の唯一の目的は、人間に根源的に備わった苦しみの原因
から自らを解放すること、と教えている。特定の精神的な出来事は、いかに
強いものであろうが、どのような状況で生成されたか、などとは関係なしに、
常に苦痛を伴うという原則に出発点を置いている。特に、欲望(渇望やひどい
苦痛を伴う貧欲の意味での)、憎悪(害を加える意思)、妄想(現実を歪めた見方)
など、基本的に「心の毒」となる三つの精神的プロセスにこの原則は該当する。
仏教では、自惚れ、羨望もこれに加えられる。これら五つの心の毒は、六十余の
ネガティブな心の状態に結びついている。仏教では、その他に「八万四千の
ネガティブな感情(煩悩)」があると説いている。・・ ≫
▼ どうも歳を重ねると、否定的な人の感情に引き込まれるケースが
 多くなる。そういう私も、その自覚がない。この夜半にみた夢が、これ。
<刑事と、知人と、何処かの軒先で、近くでおきた事件の話をしていると、
 若いお母さんが来て、「内容がまる聞こえで、子供が怯えているので、
遠くで話をして下さい」と悪そうにいう>目が覚めて、「ここで好き放題に
語っている内容の自己批判?」と思ったが、全身全霊で内観した目で社会批判
をすれば、何処かで人を傷つけて当然だろう。しかし、基本的な心の毒の、
欲望、憎悪、妄想の垂れ流しの怖いものみたさもある? で、偶然だが、
去年の以下の恐ろしい夢が、これ。 得体の知れない自分の心の底が、垣間
みれる。内観そのものである。 この偶然の脈絡の繋がりに驚かされる。
当時、感情の激流が渦巻いていて、その激情は、今でも深く渦巻いている?
〜読返してみて、そこにも生身の自分がいて、現在に繋がっている。
傷が深いほど、人は癒され、恩寵を受けるようである。 
・・・・・・
5803,閑話小題 〜プロゲーマーという職業
2017年02月03日(金)
  * 4ヶ国5人のプロゲーマー達のリアルなドキュメンタリー
 何気なくWoWoWの番組表を見て、私の知らない世界に惹かれてみた。
これも21世紀の世界? ゲーマー同士の闘いを会場にある大画面のモニターで
公開。数百人のギャラリーが、一対一のロボットの格闘技を息をのみながらみる。
入場料が1500円というが、ゲーム好きギャラリーは安いぐらいという。ここで、
ラスベガスの大ホールでの格闘ゲームを紹介していたが、アメリカではプロが多く、
それぞれのスポンサーがつき、強ければ豊かな生活が可能という。
  〜ネットの紹介文より〜
≪ WOWOWドキュメンタリー番組『格闘ゲームに生きる』は、
 4ヶ国5人のプロゲーマー達のリアルなドキュメンタリー。
 2016年5月2日にWOWOW制作のドキュメンタリー番組
「国際共同制作プロジェクト格闘ゲームに生きる」の完成披露試写会が渋谷
の「Red Bull Studio Tokyo Hall」にて行われました。このドキュメンタリー
番組では、『ストリートファイターシリーズ』の競技シーンで活躍する4ヶ国
5人のプロゲーマー達の2014年から2015年の1年間にわたって戦い続ける生き様を
収めたものです。今回のドキュメンタリーでは、各選手の歩んできた道のりや
現在の心境などが本人から語られています。
”遊び”として一般的に捉えられているゲームを職業としているプロゲーマー
ですが、現在に至るまでのストーリーや苦労は人それぞれでプロゲーマーの真に
迫る人間ドラマになっていると感じました。
更には、主役となるEvil Geniuses所属のももち選手には24時間密着の期間や
1回の電話では2時間も話すという熱心な取材がなされ、非常に”濃い”内容の
ドキュメンタリー番組となっています。試写会の司会を行った格闘ゲーム実況の
アール氏によると、業界にいる人間も聞いたことが無いようなトッププレイヤー
達の裏側が語られていたとのこと。
 また、本編中では、プロゲーマーの道を切り開いてきた梅原大吾選手と
アメリカのジャスティン・ウォン選手による伝説の1戦も紹介されています。≫
――
▼ ラスベガスでは1000人以上のゲーマーが集まり、優勝に向け競う。
 そして、決勝戦が、ゲーマーとギャラリーの前で、モニターを通した
闘いに会場が沸き上がる。それが何とも奇妙に思えるが、ゲーム好きの人に
とって、たまらなく面白いのだろう。ロボット同士の闘いだけでなく、戦場での
殺戮のゲームも当然、多くある。 アイドル仮想歌手の初音ミクに5千人熱狂
ライブの様子をニュースで見たが、これに匹敵する驚き。
 ゲームの意味を調べると、
〖「特定の規則の上で行われる参加型の娯楽・競技」を意味する 英単語。
 主に「遊戯」「遊び」「試合」などと訳される。〗とある。これにバーチャル
が絡むから尚のこと面白い。自分を現実世界で、コマにして楽しめれば、尚の
こと面白い。 『人生ゲーム』というのもあるが…
 今度、地球の光を観てあるく、『ツアーゲーム(秘異境ツアーゲーム)』
をテーマにして書く予定。 重なる文章は多く書いてあるが。

 < 過去  INDEX  未来 >


horii86 [HOMEPAGE]