堀井On-Line



6159,閑話小題 〜熊さん、八つぁん、珍問答、再び −4

2018年01月23日(火)

   * 節目時に…
 1,2ヶ月に一度は全くネタがなく茫然とするが、今日が、その日。
そこで、「熊さん、寅さん」に縋ることになる。
≪ 八つぁん: 相撲の話は、もういいから、トランプ大統領でも…
熊さん: こんなバカな話はないよ。白人第一主義の泡沫候補が、ロシアの
  支援を受けて当選して一年。政治的混乱は当然のことだが、酷いもんだね。
大家: 一番危惧するのは、中間選挙の前に、朝鮮戦争を仕掛けること。
  私なら、やるね。そりゃ、結果の惨状は、そりゃ酷いと思うよ。
八つぁん: 私も、同意見。あそこまで、挑発されれば、攻撃しますよ。
  ロシア疑惑隠しになるからね。しかし日韓とも、深く傷つくね。
  北も開戦になれば、一瞬で消滅するため… それは巧妙になるよ。
寅さん: 冬季オリンピックまでは、大丈夫だろうがね。その後は、いかん
  ともし難いね。沖縄で事故が頻繁に起きているが、これは開戦前の
  実戦訓練が多くなったからさ。
大家さん: あと2年数ヶ月後に、東京オリンピックと騒いでいるが。
  何だろう、これは。 世界は戦争に備えて、体制を作りかえている
  最中に。憲法改正と核ミサイル保持は当然のこと。
熊さん: 天皇陛下の退位。 タイミング的に、丁度よいね。
  そうこう考えると、今年は、日ごとに緊迫感が異様に強くなるね。
八つぁん: 太平洋戦争の終戦の半年後に生まれたため、両親の日常会話で
  「疎開」の話を聞いていたが、そう遠くない先に、現実に首都圏からの
  疎開が有得るかもしれない。
熊さん: 大家さん、八つぁんの世代は、右上がり真っ只中だったが、
  俺らの時代は、その恩恵が無かったのが悔やまれるさ。
大家: そりゃもう、面白かったさ。悪いけど…
八つぁん: 20,30歳代と、40歳半ばまでの30年近くも味わったのだから!
  その経験の行蔵は、魂に刻み込まれているし、これほどの財産はないよ。
寅さん: 行蔵は、あの世に持っていけるから羨ましいよ。こちとら、
  そんな経験は少ないよ。 …でも、ネット社会の恩恵は大きいよ。
  それと、アナログ時代と、デジタルの時代の交代期を経験できたしね。
八つぁん: 180万年前にホモ ・エレクトスが、アフリカを出てアジアや
  ヨーロッパへ出て行ったが、それ以来の人類の節目が現在とみる説がある。
  現生人類はエチオピアで出土した20万年前の化石がこれまで最古…。
  1万年前の農業革命以来の節目とも…
熊さん: あんたは、直に壮大な話になるから… 俺のレベルにしてよ。
大家: それほど、この情報化社会の到来は、大きなインパクトを与えて
  いると、言いたいんだよ。でも、AI化とか、グローバル化が進んでいる
  現状は、何かしら不気味だよ。
寅さん: 今回は、俺が〆るけど。 不気味な感覚になってきたねl

――――
5792,閑話小題 〜トランプを大統領にしたアメリカの民度
2017年01月23日(月)
   * トランプを大統領にしたアメリカの民度
 去年の『新潮45・4月号』に<トランプを大統領候補にするアメリカの民度>
の、レポートがあった。 共和党本流の複雑な事情のレポートだが、それだけ
アメリカが痛んでしまった焦りがある。結果からみると、一度、アメリカを
閉じて建直す時期に来ているとも解釈可能。団塊の世代の二人の元首相が、
首相と、副首相に返りざきアベノミックスの経済成長を計っているのと比べ、
よほど健全? 日本にとって太平洋戦争以来、最大の危機。ブラックスワン
というより、ブルースワン? オバマが8年かけた社会保険制度も一瞬で消えた。
 大地震は起こってしまった。問題は、大津波の襲来。結果として、アメリカ
国内の不満が、公共の場でのテロを誘発することになる。パンドラの箱は開いて
しまった。ただ、キッシンジャーが隠れブレーン?の説がある。これでフランス
の極右のルペンが政権でも取ったとしたら…
 こうなると、20、30歳代の高度成長期の恩恵を受け、充実した青・壮年期を
過ごせたことに感謝している。 このテーマを日本に置換えると、
<安倍首相をトップに頂き、今だ経済成長を妄想している日本の民度>になる。
3年後に東京オリンピック? 災害対策で東京一極の政治経済の機能を国家
一丸となって分散に集中するのが正道のはず… しかし、これが日本の民度。
 そのおり、タイミング的に適切なTV番組「ザ・リアル・ボイス」があった。
≪いよいよ1月20日、ドナルド・トランプが合衆国第45代大統領に就任。
 “不法移民の強制送還”“女性蔑視”など、過激な発言を繰り返してきた
トランプ氏。今でも全米各地で「反トランプ」のデモが発生しています。
アメリカ国民は、トランプに何を期待し、どう受け止めているのでしょうか?
22日(日)の「ザ・リアル・ボイス」では、「ダイナーからアメリカの本音が
聞こえる供廚搬蠅掘▲▲瓮螢国民の生の声を紹介します。訪れたのは選挙
期間中に注目を集めた、ロサンゼルス、ウェーコ、ランシング、フェニックス
の4都市の大衆食堂「ダイナー」。「なぜ今トランプなのか?」という質問に
対し、住民たちからはどんな声が出てくるのでしょうか?
取材時の様子など、番組を担当している日置一太プロデューサーに話を伺った!
 人々の本音が聞ける大衆食堂“ダイナー”
─―番組ではニュースでも報じることがない、その場所でしか聞けない本音=
“リアル・ボイス”がたくさん聞けたようですね!
そうなんです。“ダイナー”はさまざまな人が集まり、本音がもっとも聞ける
場所なんですよ。そこでアメリカ国民が思っていることを素直に聞くという、
とてもシンプルな構造の番組です。 昨年放送した「“ダイナー”からアメリカ
の本音が聞こえる」に続く、アメリカ編第2弾なのですが、前回の放送後、
「現地で暮らす人の体温が伝わってくる番組だった」「何を感じて、どのように
暮しているのか──その空気感が伝わってきた」「ニュースで語られている背景
がわかり、深く理解することができた」などの反響をたくさんいただきました。
今回も、再び各地の“ダイナー”と呼ばれる大衆食堂を訪ね、「トランプ時代
にどう向き合おうとしているのか」という質問をぶつけ、本音を聞いてきました。≫
▼ 思いのほか、冷静な国民の反応で、これが本音の結果という感を受けた。
 あれだけ戦争で傷ついた割には、恩恵を受けてない長年の苛立ちの蓄積が
あればこそ。こういう反動があって然るべきと…
・・・・・・
5062,貧・病・争と宗教 ー楽しく生きる一日一話 〜
2015年01月23日(金)
      < 本日「いいかげん」日和  一日一話 >ひろさちや(著)
   * 貧・病・争と宗教
「解決するのではなく、そのままで幸せに生きることが宗教の功徳」と、
優しい言葉で、仏教の本質をズバリついた道理。それに気づくのが老年と
いうのが、私も含めて大方?。まず幸せであること。そのまま自然であれば、
何ごとも良い方向に運ぶということ。
≪一昔前まで、新興宗教への入信の動機は、― 貧、病・争の三本柱 ―
 と言われていた。貧しい人が金儲けのために、病気の人は病気治しを求めて、
そして人間関係トラブルの解決を期待して、多くの信者が新興宗教の門をたたく
のだそうだ。しかし、信者になったら金儲けができるとか、入信すれば病気が
治るというのは、どうもインチキくさい。本物の宗教は、貧しい人は貧しい
まま、病人は病気のまま、幸福に生きる道を教えてくれるものであろう。
わたしは、宗教とはそういうものだと思っている。
 ところで、貧と病につづく第三の争であるが、仏教やキリスト教といった
本物の宗教は、この人間関係のトラブルを解決してくれるのではないか…と
いった期待が大きい。つまり、簡単に言えば、仏教のまじめな信者であれば、
嫁と姑のあいだがうまくいくと思っている人が多いが、これは誤解である。
宗教は、人間関係のトラブルを解決するためにあるのではない。
嫁と姑が対立していても、対立したままの二人が幸せに生きることが
できれば、それでいい。宗教はそのような幸せを教えてくれるものだ。≫
▼ 「貧・病・争、そのまま結構!」が、宗教の本質? どの道、これらを
 避けて通ることが出来ないのだから。逆の「富・健・和」も、現象の捉え方
でしかない。やはり宗教心は当然だが必要条件である。南無ぅ( ̄人 ̄)ちーん
即説咒曰 羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経 ーノー)o/"Ω
・・・・・・
3955, 他人を責める「新型うつ」について
2012年01月23日(月)
  * 生存適応戦略だった「ユウウツ」
「新型うつ」についてNHKのクローズアップ現代や、新聞や、週刊誌で
何度か見て、ここでも書いてきた。ある本に、次のような記述があったが、
なかなか面白い。 まずは、その内容から・・・
【 うつ病は現代病の代表のようにいわれるが、もちろん太古の昔から存在
 していた。うつ病の歴史について詳述された、防衛医大・野村総一郎教授の
著書『うつ病の真実』によると、進化生物学的には、うつ病の主症状である
「ユウウツ」はもともと、ぽ乳類以上の高等動物が、生存に適応するために
獲得した感情だという。たとえばサル社会では、ボスの座を追われたサルは、
うつ病のように元気がなくなる。このユウウツは、新ボスに反抗しないという
無意識の屈従信号であり、これにより攻撃されないという利点があると。
また一〇〇万年前の人類が、仲間同士でマンモス狩りをしていたとする。
ある人が果敢に正面からアタックしたが、簡単にマンモスにつぶされる。
その死を悲しんだ仲間たちは、ふたたびマンモス狩りをする気力もなくなるが、
あまり悲しまなかった仲間はまた同じ方法でアタックして死んでしまう。 
生き残った悲しみの人たちは、もっと安全なマンモス狩りの方法を考える…。
このように、本来は生存適応してきたユウウツが、人類の発達とともに、
かえって不利に働く場面がでてくる。たとえば、人類に言語が発達すると、
マンモス狩りの方法は行動より言葉で伝達したほうが効率的であり、
悲しみによって行動が停止してしまうデメリットのほうが大きくなる。
人間社会が複雑になると、ボスザルの世代交代のように円滑にいかなくなり、
ボスの座を追われてもウツ状態になってはいられず、巻き返しをはからざるを
得ないケースもでてくる。このようにして、遺伝子に囲い込まれユウウツに
関する内部的なルールと外部環境がかならずしも適合せず行働に無理が生じる。
野村教授それがうつ病に発症につながるかもしれないと述べる。】
  ー日本の論点2012ー他人を責める「新型うつ」片田珠美 より
▼ 「ユウウツ」は本来、ぽ乳類以上の高等動物が生存に適応するために獲得
 した感情で、適者生存のため必要な病とは、面白い見方である。人生の節目は、
大方が挫折、絶望のカタチで、表立った心の病としてウツが押し寄せてくる。
それは、本人にとって内面の切り替えどきであり、竹の分厚い節と同じで、
独りで耐えるか、病院通いになるか、自死に至るかの瀬戸際になる。
しかし断崖絶壁の危機を独り耐えないと、それまでとの切替えは不可能である。
これは、ボスの座を追われたボスザルの屈従信号のサインと同じ。
それは当事者としても、ギアの切替えになる。現在の日本が、その立場にある。
「一億二千数百総うつ病」状態である。その怒りの攻撃対象が、首相と政府に
集中するため、一年で引きずり下ろされる。その背後にいるアメリカも間接攻
撃をする。そのため、奪略対象として冷静に操作が出来る。
振り返れば節目時は鬱だった!

・・・・・・
4697,末期がん、その日のための予習を ー1 
2014年01月23日(木)
        ー「末期がん、その不安と怖れがなくなる日」樋野 興夫 (著)
 怖しい本だが、いつ何時、「余命?ヶ月」を宣言される可能性のある年齢。
父の余命一年間の精神的、肉体的苦痛を目の当たりにしたが、この世から消え
去る恐怖と、生への渇望は、砂漠の中の彷徨い人のよう。いずれは通る道。
 その時、父に聞きかじりの哲学の『死についての一考察』を話したことは、
何度か、ここで書いてきた。
【 本人にとって死は存在しない、あるのは自分以外の死だけ。何故なら、
死んだ瞬間、自分は無くなる。その当人が考えている死は、他人の死の
イメージで、亡くなった人にとって、死んだ瞬間、その自分は、消滅している。
だから、全て死は、それぞれの当人に存在をしていない云々』と話したところ、
ハッとして急に顔が輝いたことがあった。 死は何か? 死の恐怖の克服を如何に
すべきか?何故、自分が死ななくてはならないか?等の問いは、哲学の究極的問い。 
いざ余命を告げられ、絶望に陥ってから、この類の本を探し当てるのは至難のこと。 
哲学として死について考えること、身近な人を見送った手記や、医師と末期患者
との哲学問答などの本を読むことが出来るのは、今のうち。
『死ぬための生きかた』と『生きるための死にかた』という具体例に
取上げた本を読んだことがあるが・・それは生々しい!
   まずは ーアマゾン〜内容紹介ー
《 一人の病理医師が‘期間限定’で開いた「がん哲学外来」。
 評判が評判を呼び、全国に広がった。人は「死」を前にしたとき、「生」
の意味を考え始める。ここに生きるヒントがある。日本人の2人に1人はがんで
死ぬ時代、一人の病理医師が開設した「がん哲学外来」。医療が手放した末期の
患者に対し、生きる意味、死ぬ意味などを問うこの外来が大きな評判を呼んだ。
余命を宣言されたとき、あなたは何を思うだろうか、何をしたいのだろうか… 
多くの患者が抱える悩みは、人間関係にあるという。それらを克服し、どう死ぬか
に至るための道筋がこの本にある。いま、がんで苦しむ本人はもとより、その家族
ばかりではなく、現在、健康な人へも「なぜ生きる」「死をどう迎える」という
命題をつきつける。
●人生いばらの道、にもかかわらず宴会●八方ふさがりでも天は開いている
●命より大切なものはないと思っている人ほど、悩みは深い
●死ぬという大事な仕事が残っている ●がん細胞は人間社会と同じ
●勇ましく高尚なる生涯〜死んだあとに何を残すか
●がんになっても天寿は全うできる●愛しているなら、心配するな
●「する」ことより「いる」ことがやさしさ●暇げな風貌と偉大なるお節介・・》 
 ▼ まずプロローグをまとめてみる。《「がん哲学外来」の言葉は著者が、
 初めてつくった造語。 2008年に3ヶ月にわたり、5回、特別外来を開いた。
宣伝をしたわけでないので不安だったが、何と80組の予約。 
予測を遥かに超えてしまった。患者は、不安を少しでも解消したいと思っていた。
これだけでなく、この「がん哲学」の動きは全国的に広がり、講演やシンポジウム
に呼ばれるという。2001年の学術雑誌に『がん哲学への道』というテーマで寄稿。
末期がん患者の悩みに医師や最新医療が何も答えることが出来ない。
がん医療は、患者の「心」を支える部分で不十分。著者が患者に語りかけた内容は、
それまでの患者から教わったこと。》次回から、章ごとにおって、テーマにする。
・・・・・・
5426,閑話小題 〜シネマ、『白鯨との闘い』が面白い!
2016年01月23日(土)
   * シネマ、『白鯨との闘い』が面白い!
 全然期待してなかったが、これが面白い。ネットの評論より、
【 出て来るのは白鯨でなくて、大きなマッコウクジラ。マッコウクジラ
 の群れの中のリーダーのような存在で、多少、寄生虫とかで皮膚が
白っぽく見える部位がある程度。原題では「白鯨」と書かれていない。
一等航海士チェイスとの対決も割と単純で、銛を一発かまし、親分クジラが
反撃してエセックス号に体当たり、呆気なく沈没するという話。世襲船長
ポラードとの確執も、特段ストーリーに影響与えず、ポラードが経験に
鍛えられてチェイス化するというだけ。むしろ、太平洋のど真ん中で救命
ボートで漂流し、いよいよカニバリズムが始まるということの方が本作の
キモ。辿り着いた孤島も「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」
に出て来る食虫島とよく似ている。カニバリズムで最終的に全員餓死するか、
食虫というメタファーにするかという話。やっぱりキリスト教世界の話で
「しょうがねえだろう」では済まされないんだ。】
▼ 特撮の進化のためか、画面の迫力があり、その世界にアッという間に
引き込まれてしまった。荒れ狂う嵐の中での船内の男たちの葛藤とか、漂流
する太平洋のど真ん中でのカニバリズムの生なましさは圧倒的。数年前にみた、
「トラと漂流した227日」に匹敵するレベルで、評価は久々の95点!お勧め。
   * 4日間乗り放題の新幹線で
 一昨日から、この時節の恒例の<4日間、JR東内、15000円で
乗り放題>の切符で、家内は妹と連日、東京へ日帰りの御のぼり。
当人は40回近い海外ツアーで鍛えられているため、「4日間ツアー」と思えば
東京通いなど軽いもの。 毎年、恒例で、往復、一日「3500円」なら仕方ない。
 このサービス期間は、新幹線の列車内と東京の名所には、女性の二人連れ
が目立つという。 腰痛でへたっている私とは気合が違う。
 今週の御在宅が一昨日だけで、スポーツジム、美容院などへ、お出かけ! 
幸せなことだ。「良いこと?が次々と起こるから幸せではなく、幸せだから、
良いことを引き込む」を、地で生きている。馬鹿な蛙(私)に抱きついて養分
を吸い取って、一生を終えるタガメに徹して一生を終えるなら、これも人生!
 『私の事業清算で、友達に肩身が狭くないか?』と聞くと、
 『ぜんぜん、私にはまったく関係ないし、そんな素振りの人は誰もいない』
私が平然としている日々が、本人にも影響しているのか。本人が全く気に
しないので、周囲も何も言わないのか? で、私の夕飯は、回転寿司の
持帰りか、コンビニのオデンを肴に、録りだめの録画の映画やドラマで、
独り満喫。「上さんリッチで わたしはプアー」 最後は、楽しんだもの勝ち?


6158,閑話小題 〜「子連れ同士の再婚家族」の問題

2018年01月22日(月)

   * ステップファミリー
 先週末の報道特集で、「子連れ同士の再婚家族」のステップファミリー
の特集のシリアスな内容に見入ってしまった。二組の子連れが同じ屋根の
下に住む秘訣は、シャアハウスのように、それぞれの子供部屋を別にする
のがベストのようだ。 〜ケースの一つが、
<夫婦ともに子連れで結婚して、旦那の子供と奥さんの子供は部屋が別、
夫は自分の子供の朝食、宿題なども見て、妻は自分の子供の世話をするが、
子供は何か気の毒。継子に嫉妬する継父。6年かかった、この到達例では
「親の違う連れ子は、別の部屋、実子以外の部屋には入らず、世話、食事、
教育も別」 もし、これから再婚される方がおられたら「それほど厳しい
ものなのだ!」と認識して幸せになってほしいと訴える。>
 3組に1組が離婚し、4組に1組が再婚するといわれ、子連れ再婚も増えている。
血のつながりの親子であった時代から、再婚による血縁のない親と子が家族に
なる“ ステップファミリー”の時代へ。「子どもがいても再婚したい」
「しかし、子どもにとって幸せ なのか」「それで、皆が幸せになれるのか」

『今のお母さんの事はどう思う?』
  子供『…こわい …でも、優しい…』
『今のお父さんの事はどう思う?』
  子供『…こわい。笑ってくれないから悲しい…』
何気ない母親の一言、「差別は悪いけど、区別は必要」も肯ける。
 ・相手の連れ子を愛せない。
 ・注意すると、再婚相手に子育て非難されていると思われる。
 ・連れ子の中に元の結婚相手を見てしまう。
 ・子連れ再婚数の国統計もない
虐待の加害者の3〜4割は養父や内縁。里親になるには、研修があるのに、
子連れ再婚には「研修がない」のが問題。理解をせずに躾に走ると、虐待に。
 母が3歳の時に、祖父が、3人の子供を残し亡くなった。八百屋だったことも
あり、祖母は男後家を後添えに入れた。その間に4人が生まれたため、3人は、
徹底的に虐められて育った苦労話を聞いて育ったこともあり、それぞれ個々人
の立場を生々しく思い浮べてみていた。特に、母親と、その継子が不憫に…
これを見ると、『人生の半分はトラブルで、あとの半分は、それを乗越えるため
にある。』の道理も肯ける… 「親の因果が子に祟り」 運命は親の出来次第!
これは、宿命? 地球に遊びに来ているだけでなく、学びに来ていることを、
改めて教えられる。親には当ったが、フヤケテしまったか。残ったのは親の愛。
 後記:既に亡くなったが、哲学者で教育者の森信三氏が、母親の苦労話を
聞き及び、是非とも、主催する会で話をして欲しいと依頼されたことがあった。
痴呆症になりかけた母親を人前に出せるわけもなし、断ったが。
それでも、話をさせなかったのが後悔として残っている。
母親の温もりを知らずに育ったが故に、長男、次男を若くして死なせ重度の
ノイローゼになり、死後に判明したのが三分の二の心臓が壊死をしていた。
そこから立ち直って40年を生きた生涯も壮絶。
・・・・・・
4696, 悲観のプロセス12の段階
2014年01月22日(水)                     
 * 悲観のプロセス12の段階  『心を癒やす言葉の花束』デーケン著 
  ここで、死を覚悟するまでの悲観のプロセスを紹介している。
 挫折を一つの小さな死とすれば、この3年近くで、ほぼ同じ悲観のプロセスを
経験したため、以前読んだ時より深い実感がある。本物の死への予習? 
  ーまずはその辺りからー
《 デーケンは「この辛い12の段階を誰かが代わることはできない、
 自分の中で時間をかけ消化するより仕方がない 」と力説。この階段は個人差
 があり、順番に経験することもあれば入れ替わることも同時に経験することも
 順番を飛び越えることもある。
 1段階:精神的打撃と麻痺状態:  愛する人の死という衝撃によって、
    一時的に現実感覚が麻痺状態になる。心身のショックを少しでも
    和らげようとする本能的な働き、 つまり、防衛規制。
 2段階:否認 :感情、理性ともに相手の死という事実を否定する。
 3段階:パニック :身近な死に直面した恐怖による極度のパニックを起こす。
 4段階:怒りと不当感 :不当な苦しみを負わされたという感情から、強い怒り
    を感じる。「私だけがなぜ?」「神様はなぜ、ひどい運命を科すの?」
 5段階:敵意とルサンチマン(妬み):  周囲の人々や個人に対して、
    敵意という形で、やり場のない感情をぶつける
 6段階:罪意識:悲嘆の行為を代表する反応で、過去の行いを悔やみ自分を責める
 7段階:空想形成 :幻想ー空想の中で、故人がまだ生きているかのように思い
    込み、実生活でもそのように振る舞う
 8段階:孤独感と抑鬱 :健全な悲嘆のプロセスの一部分、
    早く乗り越えようとする努力と周囲の援助が重要
 9段階:精神的混乱とアパシー(無関心):日々の生活目標を見失った空虚
    さから、どうしていいかわからなくなる
10段階:あきらめ 受容 :自分の置かれた状況を「明らか」にみつめ、
    現実に勇気を持って直面しようとする
11段階:新しい希望 :ユーモアと笑いの再発見 :ユーモアと笑いは
    健康的な生活に欠かせない要素で、その復活は、悲嘆プロセスを
    乗り切りつつあるしるし
12段階:立ち直りの段階 :新しいアイデンティティの誕生:
    以前の自分に戻るのではなく、苦悩に満ちた悲嘆のプロセスを経て、
    より成熟した人格者として生まれ変わる 》
▼ 以前にも、ここで死の受容のプロセスーキューブラー=ロスが
  『死ぬ瞬間』の中で発表したものを取り扱った。
・否認: 自分が死ぬということは嘘ではないのかと疑う段階である。
・怒り: なぜ自分が死ななければならないかという怒りを周囲に向ける段階。
・取引: なんとか死なずにすむように取引をしようと試みる段階である。
 何かにすがろうという心理状態である。
・抑うつ:なにもできなくなる段階である。
・受容: 最終的に自分が死に行くことを受け入れる段階である。
  これをベースに、書き加えたもののようだが、諦めから自分の状況を
「明らか」にして、受容することで心安らかになることが最終の段階。
その過程の心は暴風を突き抜けた中で、諦め、感謝に変わっていく。 
それを果たして楽しめる?
・・・・・・
5791,「自分」から自由になる沈黙入門
2017年01月22日(日)
       <「自分」から自由になる沈黙入門〜小池龍之介(著) >
   * 否定の魔力
 〜帯にある<五つの手習い>にひかれて手にした本〜
   現在の日常の態度のようでもある
【 その1.まったく何かにケチをつけずに1日を過ごしてみる
  その2.天皇陛下のようにスロウに、徹底的に自己を抑制して喋る 
 その3.正義で相手を論破することをやめる 
 その4.「買いたい」「食べたたい」欲望にかられたら、
     「ドウデモイイ」と念じる 
 その5.身近で大切に思う人に対してこそ、つねに幻滅しておく】
★ この随想日記を書き始めて、もう直ぐに17年目に入る。こうして公開する
 ことで、言いたいこと、聞いてほしいことも書いているので、沈黙と、ほど
遠い生活といっていいだろう。どうだろう? けっこうケチをつけ、否定する
ことで、間接的に自慢している自分がいるのでは? 御近所にも、知人にも、
「他人への否定の魔力」を売りにしている俗物が結構、存在をしている。
心の中の検事役が極端に勝っている人たち。「えっ、自分のこと?」と思う人
が多くいるはず。腐ったような女なら未だしも、大の男ときたら、笑って
済まされない。哲学は、問題の前提を疑うこと、否定することが、第一歩。
否定を否定したら、まず思考停止になる。
             〜「否定の魔力」(p71)より
≪ 批判にしろ、悪口にしろ、つまるところ何かを「否定」することには、
 怪しげなまりょくがあるのやもしれません。 すなわち、「否定」とは、
「私ってステキでしょうー! こんな私を見て」てふ呪文。
「あいつはダメだ」と否定すると、その「あいつ」と比べて自分が素晴ら
しい人間になったかのような魔力がかかるのであります。
多くの人は、自分を語りをしたい、自慢をしたい。だけれど、自分を
ストレートに自慢するのは恥ずかしい。それでも、人の心ってのはほって
おくと無駄に気持ちが良くなりたくなるゆえに、ついつい、「じゃあ、
ちょっとバレにくいやり方で自慢してみようかー」と、否定トリックの
魔術にはまってしまう。否定が自慢と気づかなかったとしても、残念ながら、
否定ばかりする人の周りにいると、良い気持ちがしない、そのトリックが
うすうす感じられるからこそ… ≫
▼ 6年前に事業整理をして以来、家内と僅かな知人以外に、ますます心を
 閉ざす 傾向にある。その分、ここで言いたい放題で、プラマイゼロだが。
ブログで書くことは、直接的、間接的に自慢話。16年間、自慢話をしてきた
ことになる。普段でも無意識で自慢のタネを探して、とうとうと内語で自慢
話をしている馬鹿さ加減に、驚くことがある。偽善を超えて、露悪、偽悪、
虚悪を演じている己がいる。事業清算のプロセスで、否定トリック魔術の丁度
よい酒のツマミにされているのだろうが… 半径1〜2キロmが全世界の正義が
あって然るべき。 サンフランシスコの中華街の正義というやつ。街を一歩
出れば何、これ…  否定の三倍の肯定の精神が必要になる。
 これを意識しておかないと、悪臭が漂ってくる。だから、ひたすら「沈黙」
をするしかないということ? スポーツジムで、ひたすら沈黙を保っているが、
これが面白い。無言も、一つの独特の態度。 そこには様々な態度がある。
・・・・・
3954, ファイナル・クラッシュ ー6
2012年01月22日(日)
 * 日本経済の行方 「ファイナル・クラッシュ 世界経済は
                  大破局に向かっている!」
≪ 著者ヒューゴはファイナル・クラッシの主因を大西洋両岸のイギリス、
 アメリカの浪費型経済システムと見ている。まずアメリカ、そしてイギリス
を含むヨーロヅパが完全な機能不全に陥って、日本を含むアジアも経済的な
破局に巻き込まれる見通し。しかし、日本経済を振り返れば、アメリカ以上に
借金頼みのいびつな形となっていることは疑いない。「アジアの成長が止まる
ことも、あるいは崖っぷちで踏みとどまっているアメリカとヨーロッパの
経済が足を滑らせて恐慌状態に転がり落ちることも世界経済全体がファイナル・
クラッシュを迎える引き金となるだろう。そして世界にはもう一つ大きな危険
要因が存在する。日本である。私の予想では日本政府はもう一段階の格下げに
あい、アメリカ政府に先駆けて財政破綻する。その後、日本に引きずられて
アメリカとヨーロッパ諸国も同じ道をたどることになる。アメリカ先行ではなく、
日本がアメリカを引きずり下ろすのだ。この点が著者ヒューゴと私の見解の相違
である。もっとも違いといってもシナリオが違うだけ、最終的な結末は大差ない。
日本経済の抱える問題を、世界では「ジャパン・プロブレム」と呼んでいる。
懸念されているのは、日本政府の財政状況。日本政府の負債は、財務省の発表
によれば二〇一〇年度末で九二四兆円。 OECD(経済協力開発機構)の推計では、
二〇一一年にも国内総生産比で二〇〇%を突破し、さらに今回の震災の復興費用
により二三五%になると言われている。また、政府の歳出が税収の二倍を上回る。
そういう国は長くは続かない。しかも日本政府はこれから震災復興を理由として、
今以上に支出を増やそうとしているのだ。日本では報道されていないが、
海外では今や日本政府の財政破綻こそ、世界経済の最大の懸念事項なのである。
IMFの発表を見ていても、東日本大震災は世界経済の撹乱要因、危険要因と
みなしている。ただでさえ弱っていた日本経済を震災が破錠させ、それがさらに
世界経済のメルトダウンの引き金を引くことを、欧米先進諸国は恐れている。
震災後に行われたG20の会合でも、その方向でミーティングが進行していた。
ジャパン・プロブレムの根本原因は、二〇年間にもわたる日本の民間経済の
不振を、政府が財政支出の増加でカパーしようとしたことだ。
これはコインの裏と表という両面がある。「失われ20年」と言いながら、
日本が生き残ってきたこと。それは政府の財政支出の拡大により支えられていた。
これがコインの表面である。コインの裏面は、その財政支出の拡大が日本経済を
破綻させ、世界経済のクラッシュの原因となりかねないという問題だ。 
なぜ日本経済は二〇年にもわたる不振に陥ったのか。これについては世上、
金融システム問題、中国の工業化などさまざま理由があげられている、
私見では少子高齢化である。日本は人口が減少している。とくに労働人口が減り、
老齢者が急速に増加、ものづくり人力も喪失している。大震災、原発事故という
のは想定外の問題なのだが、日本経済衰退の根本には少子高齢化があり、
これは変えられない。人口増を前提とした高度成長期型の経済モデルは、
もはや維持不可能なのだ。この根本的な問題がここ二〇年間、それほど表面化
せずにやってこれたのは、アジアの経済成長とアメリカの過剰消費という
外部要因のおかげである。だが、日本経済を支えていたこの二つのエンジンが
今、まさに止まろうとしている。 ≫
▼ 東北大震災も、国家財政からみたら大きな問題になってくる。
 前の事業を継続していたらと考えると背筋が寒くなる。それも電気料金の
値上げ、ボイラーの灯油の値上げ、客数の減少など、実際に成り立たない事態。
時流が先行して現れ出る仕事なので、沖合の津波の襲来が見えてしまうから、
毎日のように、ここで声高に喚いている。一年前の今時分になって、やっと
事の重大さを認識し、現実問題として事業の存続を考え出した。そして、
その僅か二ヶ月後に整理、倒産を決断をせざるを得なかった。
結局は、誰も助けてはくれない! 自分で見据え、判断し、決断するしかない。 
この国とギリシャ、イタリアと、どこが違うのだろう。
・・・・・・
5061,閑話小題 〜何を慌てている?
2015年01月22日(木)
   * 何を今さら
 イスラム国の脅しに、国家をあげての危機管理とか。生首を落とされるのが
世界中にネットで流されるのが拙いらしい。あの二人の御仁、他国の人たちの
首落としの刑からして、自分の危険を覚悟をして現地に行ったはず。たまたま、
展開が斬首となっても、いた仕方がない。何を今さらである。
 宗教戦争とは、そういうもの。 8千キロも離れた異教徒が戦争ビジネスを
画策して、そこに身を投じた結果でしかない。ツアーとはいえ、世界の秘境と
異郷で、危険な状況を体験したが、万一の場合、仕方がないと割切っていた。
 ここで御出ましになるのが人道主義者。その論理の筋たては、聞かなくとも
分かる・・ 政府としては、一応、最大限の誠意を見せるが、裏取引での妥協は
許せない。 他国のケースの身代金の相場が200万ドルというが、どうだろう、
この辺りで手を打つかどうか。今回は、安部がイスラエルの訪問のタイミングを
狙った芝居がかった大金。 暴力団の恐喝の場合、初めは法外の値を要求する
のが常套手段。部族長の仲介で、妥協するかどうか。 結果は、生首が落とされ、
映像が世界中を駆け巡り、平和な島国の危機意識の希薄さと、精神の甘さが
世界中に流される? これでは、エボラ出血熱などのリスクを考えると、中国、
東南アジア、韓国、アフリカ、中近東、欧州に、旅行する気が無くなってしまう。
 旅行代理店は、先行き真っ暗だろう。ところで、検索に『イスラム国 斬首』
と入れたところ、様々な打首が出てきた。ズラーッと並んだ刎ねられた胴体に、
生首が置かれた写真や、柵に置かれた生首とか・・ 深層は、人種間差別と、
世界的貧富の拡大が情報化で露出され、グローバル化で、いずれの国にも、
直接、影響をする時代になってしまったことと、情報端末の普及で、世論操作
が難しくなったことである。 アラブ世界には、凶暴な独裁者が必要悪として
必要とさえ思えるのが、この「イスラム国」の存在である。 
 それにしても、アブラハムは、厄介な神ヤフーをおつくりになった。
・・・・・・
4329, 財政恐慌 −5
2013年01月22日(火)                    
    * 死に至る無限ループ    『財政恐慌』浜矩子著 
 以下の抜粋部分は近未来の財政破綻と恐慌を明確に分析している。 
これは日本だけでなく、アメリカ、欧州も同じこと。最後のリンゲルをうち
終わった後の近未来の日本の惨状を考えると惨憺たる思いである。 
   ーまずは、その辺からー
≪ 恐慌とは何か。それは、要するに経済活動のシック死現象だ。
 劇的な形で、あっという間に経済活動がマヒ状態に陥る。そうなれば、
人々は恐れ慌てる。だから、恐慌という。このとてつもなく怖い現象を、財政が
引き起こす。そのようなとんでもないことが起こる世の中になった。それは、
なぜか。グローバル時代においては、ヒト・モノ・カネが国境を越える。
ところが、財政は国境を越えられない。国境を越えられない財政が、
国境を越えたヒト・モノ・カネの動きが引き起こす様々な大問題に対処
しなければならない。そのことが、いまだかってなく重い負担になっている。
その重みに耐えられなくなった時、起こってはならない財政恐慌が発生する。
 ご承知の通り、財政政策というものは、景気変動による経済活動の浮沈を
ならす機能を果たす。財政にそのような役割を付与すべしと唱えたのが、
かのケインズ。 経済活動が大膨張と大縮小の間を行ったり来たりし、その度
ごとに人々の生活を痛めつける。この極端な循環現象から経済社会を解放しよう。
そこに、財政政策のそもそもの眼目がある。
 その意味で、極めて雑駁に言えぱ、要するに財政政策というものは恐慌逃避
のために存在するということになる。恐慌は経済活動のショック死現象だが、
見方を変えれば洪水のようなもの。大河が溢れれば洪水になる。洪水はすべてを
流し、その過ぎ去りし後に新たな生命の循環が始まる。新たなスタートを切る
のは結構だが、その前に、あまりに悲惨な大清算の場面をどうしても経なければ
ならないのか。その衝撃をなんとか緩和できないものか。そのような発想の中から、
政策の関与によって経済的変動を微調整しようというケインズ的考え方が生まれた。
 かくして、ケインズ後の経済の世界は、恐慌というショック死現象に陥ること
を免れることになった。ただし、そのための代償として、常にインフレに陥り
やすい体質が世界的に根づくことになった。それはそうだろう。
経済活動のショック死を防ぐべく、政策が早め早めにカンフル剤を打つ。
その状態が続けば、経済活動は常にとってもハイになりやすい。欝状態に陥る
ことを避けるために、どうしても躁状態を慢性化する方向にバイアスがかかる。
要するに人類は慢性インフレという代償を払うことによって、繰り返し襲う
恐慌の洪水から解放された。それが従来型の基本認識だった。ところが、いまや
その認識とはあまりにも違う構図が我々の目の前に出現している。いまや、
内と外との関係は実に曖昧だ。国内から外に出て行き、外から内に流れ込む。
数多くの工場が丸ごと国境を超えて移転する。それに伴って雇用機会もかつて
ない勢いで内から外へ流れ出す。≫
▼ 問題は、大清算の国民の痛み。ギリシャが、いざ予算削減で国民の痛みに
 直面すると同時に拒否するパターンと同じことが、今までも、これからも
日本に起こる。目先の痛みを恐れ問題の先送りを続けてきたが、もう許されない。


6157,読書日記 〜合理的無知とは誰のこと? −2

2018年01月21日(日)

   『クラウド時代の思考術ーGoogleが教えてくれないただひとつのことー』
                   ウィリアム・パウンドストーン著
  * ある強盗の話
 レモンジュースのシミは、一見、見えないが、よくみると見えてくる。
それを顔に塗れれば「見えないインク」として監視カメラに写らないと信じた
結果の犯行を引合いに出し、今回の白鵬の「横綱アドバンティジ維持のため
の暴行事件」を考える。たまたま、日馬富士がカラオケの端末機器を使って
大怪我を負わせたため、大事件に発展した。白鵬の先場所の取口の8割以上が、
立合いの「張手」と「肘打ち」。9通りの勝ちに至るコースに7つに、この二つ
が組みこまれていた。 で勝てなくなり、古傷の両足の親指の骨折を理由に、
早々に休場に至ることに。
暴行事件の起こる数場所前に、白鵬が暴行被害者の貴乃岩に負けて優勝を逃した。
この数日前に白鵬から執拗に携帯電話が入ったという。TPOSからして、何の電話か
は明らか。その伏線があって貴乃花親方は警察に直接、訴え出たのは当然の事。
 このブログも似たようなもの。見ている方からしたら、この間抜けな強盗を
見ているようで面白いだろう。 死んで三日も経てば、全てが消滅。
瀬戸内晴美が、「作家とは、大道に素っ裸で大の字で寝ているようなもの」
と述べているが、それからすれば、露悪、露馬鹿も、まだまだ。
合せ鏡の知恵を持っていればよいが、それが… だから世間とかいうのに
惑わわされる。厄介なのは無知。タチが悪いのは、その自覚がないこと。
 生半可なコメンテーターの、煽動な話を鵜呑みにし… 私のことですか?
 ―
≪ 1995年4月19日、身長168センチ、体重122キロのマッカーサー・ウィラーは、
 自分は監視カメラに映らないと信じ、真昼間に2つの銀行を襲った。ウィラー
は、レモンジュースが「見えないインク」として使われているというのを知って
いて、自分の顔にレモンジュースを塗って顔を監視カメラにさらして犯行に及ん
でいた。(塗っていれば見えないと信じ) これがコーネル大学のデビッド・
ダニングの目にとまり、<知識や技術に欠けた者は、自分が知識や技術を知ら
ないことに全く自覚がない>ことを同僚のジャスティン・クルーガーとともに、
「ダニング・クールガー効果」と名付けた。 
 ネットの時代。ネット検索で、何でも瞬時に知ることができる。
そんな時代に自分の頭に知識を持つことにどれほどの意味があるのか。
そのことに対して、著者のパウンドストーンは、無知がどれほど正確な判断や
決断に影響を与えているか、デモクラシーがどれほど脆弱な大衆の知恵と判断に
基礎を置いているか、そして、知識の多寡が個人の豊かさとどれほど相関して
いるかをこれでもかというほどの事例を示し、無知の危険を読むものに迫る。≫
▼ 他人事だと分かるが、こと自分については、理解できない人間の滑稽さ。
 だから、人間は生きていける。暗い顔をした老人が多いのは、「生老病死」の
問題だけでなく、その姿に気づくためだろうか… 全く気づかないふりもある?
―――
2015/10/05
不平等を歴史に学ぶ 〜
    【『21世紀の資本』トマ・ピケティ を私はこう読んだ 特集】
   〜‘不平等を歴史に学ぶ’柴山桂太著   新潮45・2015年3月号
  * 上位1%や上位10%への富の集中
 中流社会の、三分の二のサラリーマン対、残り下位の構図が崩れた現在、
この本では、“10%vs90%”又は“1%vs99%”の不平等に焦点を当てている。
ネット社会の到来が、世界をグローバル化を促進させ、一部だけが勝ち組に、
残りは負け組の社会になっていく。この著書で、ピケティは、その点を
クローズアップして我々に問題提示をしている。 〜ここで筆者は
「過去の不平等は戦争や革命により暴力的に解消された、しかし著者の
目論見は、この失敗のスリリングな回避にある」とある。さらに・・
≪ 格差社会という言葉はすっかり日常に定着した感がある。“1億総中流”
 と言われたのも今は昔、最近では社会の二極化が懸念されるようになった。
日本だけではない。不平等の拡大は世界的な傾向である。特に顕著なのが
アメリカ。 “1%vs99%”とも言われるように、人口の1%の富裕層の富が
増加する一方で、大多数の国民の所得は伸びていない。最近では上位1%
どころか0.1%、或いは0.01%の超富裕層の富が急激に増加している事実が
明らかになっている。なぜこれほどの富の集中が起きるのか。
 この問題を考える上で目下大変な注目を集めているのが、
ピケティ氏の『21世紀の資本』である。・・(略)
 本の内容は至極真っ当だ。不平等のデータを過去200年以上に亘って
収集・整理した上で自説を展開するピケティ氏の理論は、類書には無いわかり
やすさと説得力がある。日本の格差論争はこれまで、非正規やワーキングプア
の増加が問題視されてきた。非正規の割合はこの20年で増え続け、現在では
労働人口の35%を超えている。年収が200万円を超えないワーキングプア
(働く貧困層)も、若年層を中心に増加の一途を辿っている。
平均的なサラリーマン(中位層)とそこに入れない貧困層(下位層)の格差が、
従来の格差論争であった。 それに対して『21世紀の資本』が扱うのは、
「上位1%や上位10%の富裕層への富の集中がなぜ生じるのか」という問題。
これまでの格差論争が“65%vs35%”の格差を問題にしてきたとすれば、
こちらは“10%vs90%”又は“1%vs99%”の不平等に焦点を当てている。
この本がアメリカでベストセラーになった理由もここにある。 ・・ ≫
▼ アマゾンのビュアーの『21世紀の資本』を要約によると
《本書の主たる主張はごく簡単に言い表すことができ、何度も繰り返されている。
- 人類の歴史のほとんどの期間において、資本収益率は成長率を上回っている。
(つまりr>g)であると、富は賃金所得や産出を上回って成長し、持てるもの
と持たざるものの格差はどんどん拡大。事実、20世紀以前には一握りの金持ち
と大多数の生活に困窮する庶民で社会が構成されていた。
- 20世紀後半に比較的格差が縮小し、そこそこ裕福な中間層が出現して穏健な
市民社会が実現したのは、2度の世界大戦による富のリセット、インフレ、
各国の格差縮小的な税政策、歴史的に見て例外的な高度成長の継続、などの
要因が重なったためであったが、今や成長の時代は終わりを告げ再び格差拡大
の時代に戻ろうとしている。
- 格差拡大を防ぐためには、高度な国際協力と資本に関する情報開示を基礎と
した累進資本税の導入が最適な解決策である。》と、要約を、まとめている。
・・・・・・
5424,閑話小題 〜世界の貧富
2016年01月21日(木)
    * 世界の貧富
 欧米の貧富の格差は「上層が3%、中流・30%、その他」という。
日本も、バブル崩壊以降、これに近づきつつある、日本は3分の2が下流?
 先日のTVニュースで、<世界の金持の62人の資産総額が206兆円で、
世界の下位半数の36億人の総額と同じ>と報じていた。金持の一人当りは、
3・3兆円で、下位の36億人の平均は5万7千円。6年前は、388人が下位
半数と同額というから、更に少数に絞られた。
 『世界がもし100人の村だったら』に
< すべての富のうち、100人のうち、6人が59%をもっていて、
 みんなアメリカ人で、74人が39%を、20人が、たったの2%を
 分けあっています >とある。この本の出版から大分、前なので、より
格差が広がって、そこにはロシア、中東などが多く入っているだろう。
 先進国の一員だった日本も、冷戦終了以降、地政学的有利性が小さく
なった上に、グローバル化もあって、国内格差が更に大きくなっている。
TPP問題も中長期的にみて、日本にとっては大問題。アメリカの経済的、
軍事的支配力は、ますます強くなるのは自然の成り行き。
   * 終末医療
 先日の‘「クローズアップ現代」の終末医療の“最期のとき”をどう決める’
で、末期患者が苦痛で頭を掻き毟っている場面が映像で流されていた。
これが死に際の現実である。それもNHKのゴールデンタイムに。その現場に、
5〜6歳の子供が涙を流しながら立合っていたが、身近の人の死に際の苦闘は、
幼児教育として一番の教えになる。その人は、撮影当時71歳、私より2歳上。
3〜7年?以内に、自分にも起こる死に際でもある。〜NHK・HPの内容紹介〜
≪クローズアップ現代“最期のとき”をどう決める“終末期鎮静”をめぐる葛藤! 
 いま、在宅で療養する末期のがん患者に、「終末期鎮静」という新たな医療が
静かに広がっている。耐えがたい苦痛を取り除くために鎮静剤で意識を落とし、
眠ったまま最期を迎えるというものだ。最新の調査では、在宅で亡くなった
がん患者の7人に1人に行われていたことがわかった。
 自分の意志で、眠ったまま苦しむことなく死を迎える患者。その一方で、
遺族の中には、「“終末期鎮静”に同意したことで、患者の人生を終わらせて
しまったのではないか」と悩んだり、罪悪感にさいなまれたりする人もいる。
自宅で最期を迎えるがん患者が増る中、終末期医療はどうあるべきか考える。≫
▼ 父親が苦痛で頭を掻き毟っている姿が目に焼きついている。
 最期は、医師が近親者の同意の上に、呼吸を止めることが多い。
壮絶な死に際が現実だからこそ、「ピンピンコロリ!」が理想になる。
だからこそ、「いま」「ここ」の「わたし」を慈しむしかない。
 で、以下につづく!
・・・・・・
4695, 霊気(スピリット)には、3種類ある
2014年01月21日(火)
          ー人生は65歳からがおもしろいー河村 幹夫 (著)
  * 企業家と経営者との違い! 
 企業家は「真性不確実性」の中に「利潤の源泉」をリスクを持って主観的
判断をしなくてはならない。そのために自分自身に絶対的な信念を持った楽観的
アニマルスピリットが必要となる。ここで、「スピリット(霊気)」には3種類
あると記されている。 ーその辺りを抜粋して考えてみる
《 ●心臓から生まれるとされる生命精気、 ●肝臓から生まれる自然精気、 
 ●脳から発する動物精気です。 哲学者ジョージ・サンタヤナは「動物信念」
の中心性をもとに哲学体系を構築したが、彼のいう動物信念とは「純粋で絶対的
な精気、知覚不能な認知エネルギーであり、その本質は直感である」と記されて
おり、ここまで説明されると、私たちにもナイトやケインズの主張も理解
しやすくなります。たとえばナイトはアントレプレヌアー(企業家)と
マネージャー(経営者)を明確に区別し、後者はナイトの唱える数値計算が
可能な不確実性、すなわちリスクを保険付保するなどして、分散しながら
通常的に経営者としての業務を行い、報酬を受け取る立場にあります。
しかし想定外の数値的な表現が不可能な不確実な事象(真性不確実性)が発生
すると、それに対応すべく経営機能も質的な変化をとげなければならないし、
その時にはマネージャーはアントレプレヌアーに変身して、きわめて重要な予測
とか判断を主観的に行うチャレンジングな役割を果たすということになります。
一方、ケインズも、限られた知識に基づいて、不確実な将来に向かって、例えば
設備投資のような長期的なコミットをしていくためには、自分自身に対して
絶対的な信念を持ち、楽観的なアニマルスピリットを持つ人材が必要であると
説明しています。そして投資.投機に関して、最も重要なナイトの指摘は、
「利潤の源泉」は保険付保が可能な(彼の言葉では)リスクの中には、それに
よってリスクがコスト化されるということですから、利潤の源泉とは言えません。
彼の言う「真性不確実性」の中にこそ発見されるものだ、という点にあります。
これは、まだ海のものとも山のものともわからないベンチャー企業に敢えて
投資する態度につながります。・・・ 》
▼ 3年前の決断と、その後の対処が本能に根ざして淡々と、後処理が
 出来たのは、歴史的テロによる断層と、数百年に一度の経済的震災
(リーマンショック)と、二万人の死者を出した東北大震災と津波のため。
これらの現象で、アニマルスピリッツが目覚め、思いきった決断と、
行動が出来たことになる。そこに悪い霊気が向うと、返り矢になるのは当然?
  創業者を気取って、10年で転身をしないで経営者に甘んじたのが、
この結果の真の理由になる。 上手くいった創業来の10年分の蓄積を、
20年かけて食べ尽くしてしまった! 微温湯で動物的直感が茹で上がって
しまったのである。企業家の状態でリタイアが、良かったか、茹で蛙が
良かったか? もちろん、前者だが、その辺りの自覚が足りなすぎる! 
 のは、ご覧の通り。  「ご覧のとおり、そのまま、結構」である。
「�心臓から生まれる生命精気、 �肝臓から生まれる自然精気、 
 �脳から発する動物精気です。 �ドキドキ胸がときめき、�酒を飲むと
 開放される、あの霊気、�何かを直感する認知エネルギーこそ、人生の礎。
・・・・・・
5060,閑話小題 ー樹海のふたり
2015年01月21日(水)
   * 映画「樹海のふたり」
 録画をしていた映画の「樹海のふたり」を先日観たが、何とも味わい深い。
富士山麓の樹海で、自殺者のTVレポート番組を何回かみていたこともあり、
WoWoWを録画をしていたもの。 重い内容を軽いタッチで飽きさせない内容。
 〜ネット検索の内容より〜
≪フリーのテレビディレクターとして活躍する竹内と阿部。二人は富士の樹海の
 近辺をさまよう自殺志願者たちにインタビューしては、その経緯や心情を聞き
出しつつ、自殺を思いとどまらせるドキュメンタリー番組を制作する。番組は
高視聴率をたたき出し、テレビ局や彼らが所属する制作会社は続編の撮影を持ち
掛けてくる。しかし、自殺志願者たちのさまざまな人生に触れてきた二人は、
そうした番組の制作で生計を立ることに良心の呵責を覚えるようになっていく≫
▼ 自殺のため樹海に足を踏み入れようとする人々の姿を追うドキュメンタリー
 番組のディレクターの二人が、おのおのの事情を抱えた自殺願望の人たちと
接する中で、二人の問題を抱えた人生を見つめ直していく筋たてがよい。 
 この中で、「何故、富士山麓の樹海を死に場所にするか?」の疑問に対し、
「自殺は、自宅内の首吊り、ガス自殺、服毒死、そして自宅近くが殆ど・・」
ところが、自殺を決意できないため、「樹海に行けば人知れず決行できる」と、
思いたって来るという。そういえば、以前、ここで、『実録・ゴールデン・
ブリッジからの身投げ』を取り上げたが、こんな映画は国内の製作は無理!
 私のブログのビュアーに、『最近、いやに死を扱った読書録が多いですね。
(陰の声として、何か危ないのですか)』と、怪訝な顔で言われた。
そこで、『その時になってからでは予習効果は少なく、死の問題は、まだ先
と高をくくっていられるうち、これは長年の蓄積が必要。』と答えていたが。
「正中心・一点・無」の最たる難問が死の問題。これも、突き詰め、凝視を
続けると、慣れが出てくる。ところで方法の三分の二が首吊り自殺で、
9割の人が、その瞬間、止めておけばと後悔する、という。世間様とやらと、
妄想に充分に気をつけ、何があっても苦海を面白おかしく生きなければ!
――
503, 実録・ゴールデン・ブリッジからの身投げ
2013年07月15日(月)
 先日、蔦屋で本を一冊買ったところ、レジの人がいうに「今なら、シニア様
なら無料でDVDが借りられます」という。そこで借りてきたのが、『ブリッジ』。
軽い気持ちで、身投げ自殺のドキュメントのタイトルにひかれ借りてきたが、
初めから終わりまでシリアスで見入ってしまった。次次とサンフランシスコの
ゴールデン・ブリッジから身投げをしていくのが映し出され、遺族や友人が、
インタビューに答えている。このところ『大往生したけりゃ医療とかかわるな』
や『どうせ死ぬなら「がん」がいい』の読書録と、その下書を書いているので、
死にゆく者の心模様がシリアスに伝わる。橋の手前で、死のうか迷って考え込み、
決断する悲痛な姿が痛ましくバンジージャンプのように飛び込んでいく姿が
痛ましい。その後の身近の人の証言では、ほぼウツ病で、それが高じ自殺に到る。
生きているのが辛く、死にたいのである。 反面、誰かに助けて欲しい気持ちが
迷いを生み出す。その中で、一人、助かった人がいた。足から落ち、上手く靴が
水面に突き刺さって衝撃を和らげた上に、水中でサメかアザラシ?が踏み台に
なり、押し上げられたという。普段なら40Mの落差の衝撃で亡くなるが、
このブリッジは66M。内容は暗く恐しいが、心の闇が、身投げを通して
浮かび上がってくる。  ーウィキペディアによるとー
≪『ブリッジ』(原題:The Bridge)は、2006年に公開されたアメリカの
ドキュメンタリー映画。社会の禁忌としている『自殺』をテーマにしている。
観光の名所のゴールデンブリッジに1年間カメラを設置し、自殺者の様子を
カメラに収めた。後に遺族にインタビューをし、そこから自殺を図る人々の
様子を映しだそうとしている。映画では24人が、橋から66Mの高さから海面に
向かって飛び降りている。監督のエリック・スティールはこの映画を取る際、
映画の宣伝効果で自殺者が増加しないように極秘に行っていた。また、
橋の柵に足をかけたら管理局に通報することをルールとして定めていた。
 映画は主に橋とその周囲の日常を撮影した風景、自殺者の飛び降りるシーン、
遺族や友人、目撃者へのインタビュー、遺書などから構成されている。
中でもインタビューの映像が多く、自殺者の情報はインタビューの情報でしか
語られない。自殺者の多くが精神的な病やトラブルを抱えていることが
その中で分かる。≫
▼ 2006年の時点で、この橋からの自殺者は年に24人もいるというから、
 全員撮ったことになる。次から次へとブリッジから飛び降りるが、躊躇している
うちに警官や近くの人に、取り押さえられた人が数人いた。 生死の問題もあり、
それぞれの人生が浮かび上がる。ゴールデンブリッジという名所が、ロマンチック
な気持ちを駆り立て、志願者が国内から集まってくる。県内なら新潟の万代橋が
河口に近いため海に流され、死体が上がりにくいとか。人知れず消えている人
がいるのだろう?テーマがテーマだが、決して後味が悪くないのは、
シリアスすぎて、実感がわかない為? 死ぬには死ぬ理由があるはず!


6156,閑話小題 〜好奇心指数

2018年01月20日(土)

   * 枯れないために
 CQ(好奇心指数)たる言葉に引き付けられた。何ごとにも興味を持ち、仲間を
集い、チャレンジするのは比較的、女性に多い。男は仕事本位でなければ、
荒波の中で生抜いていけないため、好奇心があっても、集中を維持できない。
第二の人生には、妻たちの好奇心との圧倒的な格差を知り、愕然とする。
 そこで、ネット検索すると… 
≪IQ(知能指数)やEQ(心の知能指数)と並びCQ(好奇心指数)が注目される
・IQとは 知能指数のこと。高いほど知能が高いことを、低いほど知能が低いこと
 をあらわす。
・EQとは、(心の知能指数、「自己や他者の感情を知覚し、自分の感情をコント
 ロールする知能」。
・IQにちなんだ新しい知的な精神活動の指数Curiosity Quotient 
(好奇心指数)を 指す。 好奇心が学習や仕事などの精神活動にとって重要で
 あろうこと は、多くの人が経験上、なんとなく気づいている。
目新しいものに興奮しやすい一方で、決まったルーチンにすぐ飽きてしまう。
独創的なアイデアを思いつくが、反体制的になりやすい。
もちろん賢いことは重要だ。でも知的好奇心のほうがもっと重要だ。
 グーグルで成功する人は、すぐに行動を起こしたがる傾向がある。
グーグルが従業員に贅沢なまでの快適なオフィス空間を提供するのは、オフィス
空間が従業員の創造性に大きく影響を与えることを熟知しているからだ。
一つのことを最短で答える能力であるIQから、一つのことからたくさんの
ことを連想する創造力であるCQの養成へ、教育もシフトしていくべきだ。
CQは自分自身の努力で高めることができる。IQは生涯かけても変わらないかも
しれないのに対して、感情や好奇心は発達させることができる
出典:<IQの高さより大切なのは「ICE」 ライフハッカー[日本版]> ≫

▼ この随想日記で一日一テーマを17年間、続けてきたが、問題はテーマ探し。
 これは常日頃から好奇心を持ってネタ探しをしなければならない状況になる。
備忘録、アイデアノートとしても、第三者に公開するため、面白く、何か
しらプラス!に… というサービス精神が働く。とすると、当り前の内容
では、自分の心に残らないし、価値がない。常に何か新奇なテーマの影に追い
かけられることを良しとするかどうかの問題になる。その緊張感も慣れると、
中毒になる。常に、頭を空にして網を張っておかないと、好奇心を煽るテーマ
は出てこない。その為には、「快適な空間」と、「快適な心的状況」が必要。
 一応、知的な精神活動の継続が、IQを高めているのか! 成るほど、毎日が
面白く、刺激的なのは… また手前味噌の話で終わる?
逆に、この結果、EQ指数が減退していたような。 そういうこと!

・・・・・・
4694, 知恵と、教養と、知性の違い
2014年01月20日(月)
ー人生は65歳からがおもしろいー河村 幹夫 (著)
  * 知恵と、教養と、知性の違い
 この本には、なかなか含蓄ある内容がある。ーその幾つか書き出してみるー
・ シニアこそ、教養と教育が必要! 教養とは「今日、用がある」 
  教育とは「今日行くところがある」
【 これは、面白い。40年少し前になるが、勤めていた会社の人事課長を揶揄
 して「今日行くか」が来たぞと誰かが言った言葉を思い出した。「教養が無い」
 は「今日用が無い」と、学問を疎かにすること」と定義づけていた。「シニア
 は特に、自分から何かを探して実行をしなくてはならない!」ということ。
・ ー知恵と、教養と、知性の違いとはー
 知恵とはー「(知識・情報+経験)×思考 =知恵」 
 教養とはー「人間の生き方のもっとも深い部分に存在し、人間の原点になり、
       人間性を律する基本となるべきもので、すぐれて個別的なもの」
 知性とはー「教養を感性でくるんだもので、教養×感性=知性と表現できる、
  なお一層個別的なものであり、何人も簡単に到達できない高次元の精神性」
 ▼ 著者は、この3つをを意識的に区別して自分のレベルを知ろうと
   努めている、という。
  ☆ 知恵は、自らを土壇場に置かないと出てこない、ある意味、
   神の領域から出てくる偶然、霊感的要素がある。
  ☆ 教養は、「学問、幅広い知識、精神の修養などを通して得られる創造的
   活力や心の豊かさ、物事に対する理解力。また、その手段としての学問・
   芸術・宗教などの精神活動」とある(ネット辞書)。これは長年かけて
   積み上げた結果の精神状態。良い文学を読み、より美術品に触れ、崇高な
   音楽を聞き、大自然に触れて精神を高める結果にある。
  ☆ 知性は、「(1)物事を考え、理解し、判断する能力。人間の知的能力。
   「豊かな―の 持ち主」「現代を代表する―」 (2)感覚によって得られた
   素材を整理・統一して、新しい 認識を形成する精神のはたらき」とある。
   これらは、人間の深い精神レベルの核の部分のもの。その点、これらは
   年齢とともに熟成していくため、人生を楽しむに、必要条件の大きな
   ベースになる。だから、ライフワークを若い時から持っておくべきである。
   ライフワークは、それらを具体的に求める趣味である。この3つの区分は、
   自分の程度を図るに明確にしておくべき『知識』になる。
・・・・・・・・
5423,人生で最も大切な技術 ーА/瓦瞭眤Δ鮟六襪垢
2016年01月20日(水)
        『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
  * 幸福に関する名言 〜心の内側を熟視する
 ここで、無知からの脱出の方法として内観がある、という。その方法は
「分析」と「瞑想」。とすると、私の夜半の半睡の4時間が「瞑想」に近く、
この随想日記の完成のプロセスが「分析」に近いから、夜半から早朝にかけて
毎朝、内観をしていることになる。 幸・不幸は、現実に対する光の当て方、
内側の問題になる。心の熟視は、熟年の楽しみの一つ。 〜その辺りから〜
≪ どのような探求の仕方であろうと、それを喜び、義務、情熱、満足の
 うちの何と呼ぼうと、幸福こそが人間の目指す最大の目標ではないだろうか。
アリストテレスいわく、
「幸福は人間の唯一の目標である。人間は常に幸福そのもののため幸福を選択
するのであって、何か別のもののための手段として、それを選択したりしない。」
それに異論を唱える人は、自分が何を望んでいるかを実際にわからないだけで、
幸福という言葉を使わずにそれを求めているに過ぎない。数々の障害を乗り越え、
最終的に価値ある目標を達成するときの満足感は、疑いもなく本当の幸福
「スカ(安楽)の一つの側面が反映された状態といえる。
 それは、自分が内面的に調和していると感じさせてくれる。
苦悩や苦難は「自己鍛錬」に繋がる、と信じこんでいる人が、自分の「義務」を
立派に果たす場合でも、自分または人類全体の不幸を培養しようとは望まない。
こうした至福感を手に入れる方法を誤認するのは悲劇的である。
 無知は、向上心を歪める。
 チベット密教の高僧トゥルンバは、無知についてこう説明している。
「無知は愚鈍とは関係がない。無知とは、ある意味で非常に知性が高い、
ただ、その知性が、あるがままの現実の姿を単純に捉えずに、専ら自分の
固定観念に反応する方向に向いているとき、それは無知と呼ばれる」。
 仏教辞典で、無知は、あるがままの現実を認識することができず、幸福と
苦悩を左右する因果の法則があることも理解していない状態、と定義される。
例えば、最善の世界を築きたいだけ、と主張して民族浄化を支持する人たちは、
自分たちの憎悪が正当化できると確信している。利己的な衝動を満足させる
ためなら、死や破壊の種をばらまくことも躊躇しない、という連中は、それが
まったく理屈に合わず、不健全な考え方であっても、自分たちの行為が一定の
満足感をもたらしてくれると期待している。
 悪意、妄想、侮辱、傲慢などは、純粋な幸福を手に入れる手段にならない。
にもかかわらず、残酷で、妄想に取りつかれ、独善的で、思い上がりの激しい人
は、物事の本質をまったく気づかないまま、突然に向きを変えてみたりしながら、
ただ闇雲に幸福を追求しようとする。耐え難い心身の苦痛にけりをつけようと
して自殺する人は、ただ幸福を求めて破れかぶれの行為に及んだだけである。
 こうした根本的な無知からどうしたら抜け出せるだろうか。
唯一の方法は、誠実に真剣に心の内側を熟視することである。
この内観には、分析と瞑想の二つの方法がある。分析とは、自分の苦しみと
自分が他者にもたらした苦しみを、あらゆる角度から明確かつ整然と評価する
ことであり、どの考え、言葉、行為によって痛みが生じたか、反対に精神的
健全性がもたらされたか、を理解する作業を伴う。手始めとして、自分の在り様
と自分の行為に何らかの問題がないか、ということを探求し、続いて、自己変革
への燃えるような願望を抱くことが望ましい。
 瞑想的アプローチでは、混乱した思考に飲み込まれない状態をほんの少しの間
保ち、心の奥底にある願望の正体を見つけるために、心の内側にひろがる景色を
静かに眺める、という作業をする。人によって瞑想は、快楽の醍醐味を一つ一つ
味わいながら、一瞬一瞬を激しく生きる生き方に繋がることがある。
あるいは、家族、社会的成功、レジャー、またはささやかながら苦しみない
人生、等の目標達成の手段にする場合もある。残念ながら、こうした願望達成
の瞑想はどれも未完成に終る。≫
▼ 行蔵を取り出し、支点を変え眺め直すと、その時点では思いもよらない
 気づきがある。それぞれの場面で、知っている範囲でしか、理解できない
のである。そう、それは現時点の私にも、他者にもいえる。独りになりきり、
分析と瞑想こそ、最も重要になる。〜また偶然だが、以下の内容が丁度良い!
この年齢になって、何にも分かってない自分に、毎朝、気づくのも辛いもの!
・・・・・
4327, 10年日記も最終年
2013年01月20日(日)
 十年日記を書き始めて10年目。1ページに上から4行分に仕切られて、
 10年分書けるようになっている。10年分が一目で俯瞰できるので、
 なかなか面白い。具体的な内容を書き込んでいるので、その時々が分かる。
2004年1月20日(火) 万代のダイエーと紀伊国屋とソフマップに、第三の長期
         滞在用の部屋の備品探しにいく。第三の二つを一つにした
         部屋の一つの出来上がりが不満。
2005年1月20日(木) 昨夜半に、独り布団の中で、一日の出来事をイメージで
         再現してみる。意外と憶えていないもの。その後眠って
         しまったが、多くの夢をみる。 脳は複雑で繊細である。
2006年1月20日(金) 昨夜、長男から、お返しの贈り物と相手の私に関する感想
         の電話報告が入った・・ 学生時代の合気道の師範の生活
         救済の以来の10万円を振り込む。私らしくないが必要なこと。
2007年1月20日(土) 昨夜は午前二時まで飲む。朝は8時過ぎまで寝てしまった。
         騒ぎすぎた為、まだ疲れが残っているが、随想日記に気持ち
         を集中する。 外は天気だが、一歩も外出はなかった。
2008年1月20日(日) 昨夜、パソコンが不調。しかし朝になると元に戻る。
         積雪のため昼、長岡駅セゾンの一周ウォーキング。
2009年1月20日(火) 昨夜は新潟駅前の大橋で「一六会」。8名出席。その後、
         駅南6Fのスナックと沼垂のスナック街へ。新館に泊まる。 
         今週の宿泊予約を見ると、良くない。 オバマが新大統領に。
2010年1月20日(水) 家内は義妹と東京へ。8時過ぎに家を出る。通勤途中の
         長岡駅で文芸春秋を買う。学生時代の友人の鈴木さんから電話。
         合気道の黒岩先生が亡くなった。21日に通夜、22日に本葬。 
         私は、欠席にする。
2011年1月20日(木) 9時半に免許証書換え。眼の検査、辛じて合格。
         山田電器に立ち寄り12時半〜16時半、防火管理者講習。
2012年1月20日(金) 回転寿司で昼食後、シネマ「マイウェイ」
        (12時5分〜14時半)をみる。これが大当たり。
         その後、サンライフのジムで50分運動後、帰宅。
▼ 書き写していて、全ての日が浮かび上がってくる。書いた範囲だけだが、
 具体的に書き残しておく価値を実感する。全く書き残してなかった空白の
時期が、あまりに勿体ない。千葉・千城ビルの立ち上げの日々とか、実家の店を
死に物狂いで立ち向かっていた日常を書いていたら・・ 忘れることも大事だが。
2011年までは事務所にこれを置いていた。土日分は月曜日に事務所で書いたもの。 
今日も家内が毎年恒例の割引セールの新幹線で義妹と東京へ。三年前と同じだ。
  9年前の2004年には売上減対策で、第三・シングルインを長期滞在用ホテル
にする様子が窺われる。記録は記憶!である。
 ・・・・・・
・・・・
5789,閑話小題 米国新大統領就任
2017年01月20日(金)
   * さて見もの
 今日、トランプが新大統領に就任の予定だが、見もの。アメリカの白人層に
とって移民に対し食傷気味なのは解らないでもない。今日のデモがどうなるか?
マスコミはスキャンダルを掘り起こすだろうし、ロシアの犯罪モドキ?陰謀説を
書き立てる。それに加え、暗殺の危険もある。移民の国で、自分の両親も移民
なのに、それを露骨に否定するとは… 要するに「ゲルマン系白人を優位を、
前提にしよう」という単純な発想。で、彼らの不満を煽り建てたキャンペーンの
裏に、アメリカ分断を狙うロシアのプーチンの策謀が加わった結果が、これ。
アメリカの民度は、これ程低いと! 70歳のトランプも今さら、性格は変える
ことが出来ない。「過去を忘れても、過去は忘れない」の格言が、そのまま、
問題として現れ出てくることになる。70歳ともなれば誰にも当てはまる道理? 
それが、大統領となれば、ことは穏やかでは済まされない。
この中にあって、経営者にとって毎日がスリルとサスペンスの日々になる。
世界のトップが、「?」とくれば、ある日、目が醒めたらブラックスワンが数羽
舞っている? イギリスの前首相が、自ら保身のため、「EU存続か、離脱」の
国民投票に打って出たため、長年かけたEUが、今では存続の危機に立っている。
このレベルの決断は、有識者が議会で充分討論をして結果を出すべきで、ズブの
素人の判断に委ねるべきでない事案。直接、国民に判断してよい問題と、悪い
問題がある。その最悪の事態がトランプの選出。それも、KJB出身のプーチン
に手を突っ込まれた劣悪の選出となれば、国家は真っ二つに割れて然るべし。
 クリントン一家と、ブッシュ一家の権力のパスに辟易としていた国民が、根本
から国家戦略の大転換を求めるのは解らないでもないが、それが経済恐慌、勃発
的世界戦争に至らなければよいが。オバマも「何を自分は今までしてきた?}と、
思い悩んでいるのだろう。「白の心、黒知らず」いや、「黒の心、白知らず」か。
よく見れば、こんなものだろう。 有色、中でも黄色の時代が、今後の趨勢か。
今の黄色は中は真っ白とくるから、何が何だか分かりません。
・・・・・・
5059,花嫁への3つの母の教え 〜
2015年01月20日(火)
  【本日「いいかげん」日和 〜楽しく生きる一日一話】
                      ひろさちや(著)
 これまた面白い本である。 ーまずは、アマゾンの内容紹介よりー
< 幸せは、血眼になって探したって見つかるはずありませんよ。
 幸せになろうと頑張りすぎて、逆に不幸になっていませんか?年がら年中、
笑顔でゆったり人生を楽しむための知恵を、一日一話でやさしく紹介。
わたしは、日本人の民族性は、季節の移ろいと無関係ではないと思います。
ものすごい暑さのあとにやってくる秋を喜び、厳しい寒さのあとにくる春を
楽しむ。それが、「いいかげん」だと思います。ゆったりとじっくりと
「ほどほど」を楽しむ。そういう民族性が日本人の血の中に流れているのでは
ないでしょうか。そして、その「いいかげん」は、仏教の「中道(ちゅうどう)」
につながるものです。中道というのは、決して中途半端ではありません。
極端を避けて、ほどよいところ、いいかげんをゆったりと楽しんで生きる。
それが仏教の教える中道の精神です。もう一度、「いいかげん」精神に
もとづくゆったりとした生き方を取り戻しましょう。(「はじめに」より)>
  * 花嫁への3つの母の教え  
 一日一話の、楽しく生きる寓話などの話題をランダムに抜粋してみる。
 まずは、『賢愚経』というインド仏教経典にある話。お少し堅い話だが・・
≪ 結婚式の前夜、花嫁に教えた母親の三つの心得。
 一つ、いつでも美しい着物を着ているように。
 二つ、毎日、おいしい物を食べなさい。
 三つ、絶えず鏡を見なさい。
これを立ち聞きをしていた大臣の花婿の父親はびっくした。
こんな贅沢な嫁は心配だが、もう取り消しがきかないため、翌日、
結婚式が行われた。 ところが嫁は、いっこうに贅沢をしない。
 着物は質素、食事はつつましく、鏡もあまりみない。そこで大臣は嫁に聞くと、
美しい着物は、いつも洗濯をした綺麗な着物の意味。美味しい食事は、働いた後
の食事は「おいしい」の意味。鏡を観なさいは自己反省という意味だった。≫
▼ 現代では、低価格のユニクロの服を選び、外食はサイゼリアで、観劇は
 テレビで抑えなさいというところ?考えてみたら、3つの教えは戒老でもある。
ところで母親の3つの教えは何だったろう? 『 常に新しいことに挑みなさい。
許しなさい。今日一日楽しみなさい。』・・ それと、卑しい人を避けなさい。

 


6155,読書日記 〜合理的無知とは誰のこと? −1

2018年01月19日(金)

   『クラウド時代の思考術ーGoogleが教えてくれないただひとつのことー』
                   ウィリアム・パウンドストーン著
   * 人は自らの知らないことを知ろうともしない
「知れば知るほど、知った領域の周辺の知らない知識が多いことに気づく。」
これは知識の質量の拡大、向上の継続の必要性を一言で解らしめる言葉である。
このブログを開設して17年近くになるが、‘対自分’的には効果的であり、
面白いが、‘対他人’的には、マイナス効果の比重が大きいのは自覚している?
エゴイストの本音の丸出し、経験と知識の未消化そのままを露出し続けてきた。
露悪、偽悪、そのものである。 直ぐ上の姉に、青年期の頃から、
「あんたの欠点は悪ぶること」と、キツク言われ、他の姉からも、
「露悪というより偽悪。まだ偽善なら良い…」とも。
「まず偽善を演じな。演じれば自ずに善人になれる。偽悪も続けていれば
悪人になってしまうよ」とも。 偽悪と偽善の問題?… 露悪よりマシ?
姉に頭が上がらないのを長女である家内に詰られ続けられ、末っ子は大変。
品が無い? だって男だよ幾つになっても。わざわざ言うことでもない?
 〜クルーガー効果という研究結果がある。 
≪ 優越の錯覚を生み出す心理学的現象は研究によって、自らの能力の低さを
認識することの困難さが過剰な自己評価につながる、認知バイアスの一形態で
あると認識された。なぜ人間は自身の不得意を認識できないのか(2003年)と
いった認知的不協和に関する調査は、与えられた活動の評価基準の無知に由来
する自己評価の誤りの多さを示している。自身の能力に対する過大評価の傾向は、
読解や診療、自動車の運転、チェスやテニスの試合など様々な場面で見られた。
また、この効果を策定したダニングとクルーガーによって2012年に行われた
「なぜ能力の低い人間は自身を素晴らしいと思い込むのか」の調査によれば、
 能力の低い人間は以下のような特徴が分かった。
・自身の能力が不足していることを認識できない
・自身の能力の不十分さの程度を認識できない
・それ故に、他者の能力を正確に推定できない
その能力について実際に訓練の後であれば、自身の能力不足を認識できる。
2005年に執筆された自身の著書「Self-insight」の中で、ダニングは自己認識
欠損の類推を「日常生活の病態失認」に適用し、身体障害者が自身の身体能力
の不全を否定、或いは認識しないといった認知バイアスが存在することを発見。
「あなたが無能なら、あなたは自分が無能であることを知ることはできない。
正しい答えを生み出すために必要なスキルは、正解が何であるかを認識するため
に必要なスキルと同じである。」
2000年、この効果を策定したダニングとクルーガーは、優越の錯覚を生み出す
認知バイアスについて1999年の論文で、イグノーベル賞の心理学賞を受賞。≫

▼「・無知がどれほど正確な判断や決断に影響を与えているか、
 ・デモクラシーがどれほど脆弱な大衆の知恵と判断に基礎を置いているか、 
・知識の多寡が個人の豊かさとどれほど相関しているかを、繰返し述べている。
青年期の挫折経験の必要性は、如何に己が無知かを骨身にしるための必要条件。
「破壊からの創造」の言葉が示すように、一度、それまで植えつけられた常識を
粉々にし、棚卸をし直し、再出発する機会になる。 
 20歳半ばの金沢時代に学んだことが、「自己能力の限界の設定」。闇雲の
プラス思考や、ポジティブ思考だけでなく、冷徹な自己能力の在庫管理が必要
ということ。…とはいえ、選ばれやってきた、大よそ『80年滞在の地球旅行』。
可能な限り、広く、深く知って、味合わないと生れてきた意味(価値)がない。
<アポロンの託宣を通じてもっとも知恵のある者とされたソクラテスは、
これを、【自分だけが「自分は何も知らない」ということを自覚しており、
その自覚のために他の無自覚な人々に比べて優れているのだ】と考えたとされた
「無知の知」。「賢い者ほど、無知であることを自覚しよう」を伝えたかった。
学生時代の総括が<私は全くの無知!>の自覚。ならば生涯、独学を自らに
課すことを誓い… で、17年前から、この習慣化に至る。で、以下の間抜けな
泥棒のように「見えないレモンジュース」を顔に塗ったつもりのように、毎日
ネットに… 成るほど、馬鹿は死ななきゃ治らない。

・・・・・・
5058,閑話小題 〜中の人・外の人
2015年01月19日(月)
        ーベストエッセイ〜「中の人・外の人}いしいしんじ著〜
   * 着ぐるみの「中と、外」
 黒いベール(ヒジャブ)で全身を覆ったイスラム教徒の女性。
異教徒が、あれを全身に覆って街中を歩くと、何か透明人間になったような
不思議な感覚になるという。それが動物の着ぐるみなら、尚のことだろう。
ファッションも一種の着ぐるみ。著者が一年間、外出に、これを着ていた感想が
何とも新鮮! 城下町は、家紋の縫ぐるみを街ぐるみ着ているようなもの。
常に、縫ぐるみの外と内を盗み見て、他人と自分を比べ、神経を尖らせている。 
 〜その辺りから〜
≪ 三十になりたてのころ、外出するとき必ず着ぐるみをかぶっていた。
 着ぐるみには目がくりくりで表情がデフォルメされた「ファンシー」タイプ
と、わりとじっさいの動物に近い「リアル」タイプの2種類がある。
僕が着ていたのはすべて「リアル」のほうである。クマ、犬、ウサギほか。
 テレビ局の衣装部につてがあって、使わなくなった中古を安値で譲り受けた。
真夏以外、Tシャツ一枚の上に玄関で胴体をつけ、両足をはめ、すっぽり頭部を
かぶる。ふつうに地下鉄に乗り、書店で本をえらび、頭部をずらしてストロー
で水筒の水をのむ。外見は動物で、めちゃめちゃ目立っているわけだが、誰も
いない穴蔵にじっとひそみ、覗き穴から外界を盗み見ている、という感覚だった。
 着ぐるみのうちにこもって外を覗いているはずなのに、ときどき、巨大な外部
にハジキだされ、世界の外から内側を覗きこんでいるという感覚にとらわれる
こともあった。交差点を渡っているとき、酔ったサラリーマンに「ウサギちゃん」
と頬を殴られ、路上でネクタイをひっつかんだら、むこうは恐怖そのものの
真っ白な表情で、それこそ脱兎のごとく逃げていった。僕の内側と外側は
「からっぽ」ということで一致していた。だからこその着ぐるみだった。
 翌年に心身のバランスを壊し、実家に戻され、そこで、四才半の「いしい
しんじ」が三十年前に書いた原稿を発見した。その驚きをもとに小説を書いて
いくことになる。物語を書く身ということで考えれば、着ぐるみにこもっていた
一年間、僕は「胎児」だったという見方もできるかもしれない。
 いま住んでいる京都のひとは、「うち」と「そと」の使い方が絶妙である。
内面と外面と違うとう単純なことでなく、「うち」「そと」のあわい、中間領域
を共有しながら京都の暮らしが営まれていく。子どもにはみなが目配りするし、
お地蔵さんの掃除、水まき・おみやげにおすそわけ、すべてこの、流動する中間
領域でやりとりがなされる。路上で自転車をとめ、立ち話しているひとがやたら
目立つ。互い量なりあったあわいで、京都のひとはみな、惜しみなく「うち」と
「そと」の光を交換しあう。胎児だった僕が、マンションの部屋にとじこもる
ことをせず、着ぐるみを着ながら毎日に出ていたのは、やはり「うち」「そと」の
循環を、からだで、こころで、希求していたからだろう。そこから物語ははじまる。
「そと」から見える「うち」、「うち」から見える「そと」の世界。
そのあわいに、目にうつらない、ふくよかな世界がある。 (略)・・ ≫
▼ プロの作家のエッセイは、「成るほど」と唸らせる。子供のころ、両親の
 会話の中で度々、『旅の人』という言葉が印象に残っていた。『旅の人』は、
『よそ者』のことで、自分、家族、一族、従業員、近所、近隣、そして外部の人
=よそ者と、ハッキリ色分けをしていた。 それは現在でも地方では同じである。
そして、紋付袴のコスプレを、コスプレの自覚無しで、その中と、外を覗き込む。
 城下町は、ある意味、紋付袴のコスプレ世界。だから、旅の人の視線でみると、
これが縫いぐるみに見えてくる。その「あわい」が、気の毒か、幸せかは紙一重?
・・・・・・
4693, 閑話小題 ーがん哲学外来 
2014年01月19日(日)
  * がん哲学外来科なるもの 
 病気の死因が95%、自殺が3%、その他が2%という。
その他の2%は交通事故、転倒事故、災害、犯罪の被害など。自殺の3%で、
その2倍の予備軍が存在するので、人生は苦海を四苦八苦で泳いでいることが
見てとれる。私も、あと一年で古希になる。父が亡くなった歳まで、あと3年。
亡くなる父親の姿から多くを学ぶことができた。「所詮、人生は夢幻、何事も
その時どきを精一杯生き、楽しむしかない。それも正道で・・」というところ。
 で、先日、図書館で『末期がん、その不安と怖れがなくなる日ー樋野興夫著』
なる本を見つけ、借りてきた。副題はーがん哲学外来から見えてきたものー。
がん患者の苦悩を真正面から取り組むもので、なかなかの内容。近日中の随想
日記で取り上げるつちもり?だが、心は重い!もし、余命半年と宣言されたら、
何も考えずに生きてきた多くは大混乱になるはず。従容と死に立ち向かうなど
土台無理。そこで「がん哲学外来」が出来たのだろう。 
 哲学の一番の問題は、知識を持ってしまった人間が、限られた生と、
その終りを予め知ってしまった。 そこで苦悶をし、考えるしかない。
それが哲学の大問題になる。それを具体的に受け止めようというから、凄い!
といえば凄いが、あって当然の専門部門。そこは極限の生々しい哲学的問答の場。
100%の解決でなくとも、70%にすることが出来るが、その差は、当人にとって
膨大である。生への希求の砂漠の中での水を与えるという喩えが言い得て妙になる。 
死んでしまえばゴミ?死ななくともゴミ?
   * パソコン売り場にて
 iPadを購入して2年半近く、今では身体の一部のようになっている。
しかし、ネットで、この文章を書いたり、検索したりするのはディスクトップ
パソコン。それも以前の会社の事務所にあった6年以上も使ったもので、
iMacにWindowsのVISTAを乗せたもの。それが書斎と、居間にあり、これに
iPadがあればPCとネット環境としては十分。それも6年もたてば、
この世界は激変している(はず)。それとVISTAのサポートも三月で終了もあり
入替え時期。そこで暇をみては家電のパソコン・コーナーで見ると、面白い! 
春先の新機種の発売が始まるので待つか、昨年の秋の型落ちにするか?
あと一年、現状のまま? その世界に詳しいSEの知人は「机上型も、ノート型
でもタッチ方式が良い」という。しかしiPadがあるため迷いが出る。
次がディスクトップか、ノート型。 現在使っているパソコンをWindowsから
iMacの方に切り替え使うとするとノート型が良いが、iPadに重なり迷いが出る。
やはりギリギリまで待つのがベストのようだ。もしかして最後?のパソコンの
可能性がある。また、現役と違い、年金暮しも躊躇の要因になる。
消費税前の狂乱騒ぎの後の4月末が買い時だが・・それまで待つのが理になる。
これを機会にiMacの画面にするのがベスト? まずは、画面切り替えか! 
・・・・・・
5788,閑話小題 〜つれづれに大相撲 
2017年01月19日(木)
  * つれづれに大相撲 〜
 20年、NHK大相撲の解説をしている「北の富士」が、心臓病の手術で今場所
は休んでいる。スキャンダル塗れの現役時代だったが、解説者としてははまり役。
以前、「神風」という元力士の解説は、歯切れが切れて、相撲ファンを楽しま
せてくれていた。途中から「玉ノ海」と交互に出ていたが、何時の間にか消えて
しまった。相撲解説としては、「神風」の右に出る人はいない。
 ラジオ放送を含めて65年以上も相撲を趣味としていた者にとって、半端な解説
は耳障りである。 横綱をはった「大乃国」や「北の富士」と「舞の海」とでは
一言一言の滲み出る実感の重みが違う。 その中で、舞の海が堂々と持論を披露
するには、余程の苦労をしているのだろう。解説者は、まず自分が好角家で、
その楽しみを、視聴者に伝えるのが第一歩。論理力のない人の解説は、聞く
方も大変。 中でも「高見盛」の解説が劣悪。愚直が売りの力士だったが…
 白鵬最盛時代が終り、
・これまで目立たなかった地味なモンゴル人が台頭を始め、
・怪我などで出遅れた「逸ノ城」「照ノ富士」のグループと、
・学生相撲出身の「遠藤」「正代」「御嶽海」「北勝富士」「小柳」の若いが
 相撲センスがある新興グループ。新鮮なチビッ子力士は、あくまでアナザー。
 地元出身の「小柳」は、あと1年後の力士。目先の期待はしない方が良い。
・そして、潜在能力が燻っている元期待された力士たち。
大相撲、のめり込まないで適当に観ている分には面白い。
・・・・・・
4326, つれづれに ー歯医者
2013年01月19日(土)
  * 歯医者
 歯医者通いも終わった。7〜8年間行かなかったためか4本が傷んでいた。
通院は15回位だろうか。今度からは年に二回は歯垢をとりに行くことにする。
現在のところ無傷は7〜8割。 虫歯は60歳なら6割、80歳なら8割は、
やられているとか。ところで読書歯磨きというのがあるそうな。少し歯磨き粉
をつけて、一日、2〜3回、20分ぐらい、読書をしながらするのがよいとか。
それでも去年の秋口に二本目の電波歯ブラシを交換してから、歯のクスミが
無くなってきた。
  * 血圧計
 ホリデイという近くのスポーツジムと、日祭日と休館の金曜日に市営の小さな
ジムに通っている。ほぼ皆勤もあり、私営の方は一回につき300円、市営は
100円の計算になる。ところで、この二つのスポーツジムの血圧計の結果が、
えらく違う。受付に言っても「うちは狂ってません」と両者。135がライン
というがホリデイでは、完全に高血圧の135〜165。市営は120〜130
の間でクリアー。今もどちらが正しいか分からない。もちろん左右でも同じ。
運動をする前と、したあとでは20は下る・・ 食事と運動量は注意しているが、
晩酌が血圧を高くしているのだろうか。 
  * 大相撲ーつれづれに
 大相撲が面白くなっている。阿吽の呼吸の手抜き?が出来なくなったため。 
そのため怪我が増えている。賭博問題で多くの力士が角界ら追放されことも
あって、若手に個性的力士が出てきた。 ところで一昨日、大関4人が二日に
わたって6連敗をした。7人目に、やっと勝ったが「場内は大関が勝ったことに
逆に驚いている始末」(解説/北の富士)というほど、だらしがない。
横綱と、その他の差は歴然とついているが、大関との差が無くなっている。
10勝が最低ラインだが、8〜9勝を最後の二日でとるのに苦労している。
ということは、今でも暗黙で勝負を配分している? どんどん大関にして、
どんどん落とせば、これまた面白いか? 
・・・・・・
3951, 閑話小題
2012年01月19日(木)
  * 熱川温泉の惨状は、全国の温泉地の象徴
 あれから10ヶ月が経つが、その後の大きな流れはTVや新聞で分かるが、
細部の情報は限られ少ない。特にホテル・飲食業業などは一歩離れてみていても、
本当に大変だろうが、悲鳴すらも聞こえてこない。首都圏から新幹線で二時間
以内の駅前ホテルと、全国のリゾート・ホテル、旅館は3・11以降は倒産
ラッシュのはずだが、どういう訳か静まり返っている。ところが先の日曜日に
伊豆の熱川温泉街の苦境についてのリポートがあった。温泉街の殆どの商店の
シャッターが閉まっていて、「最盛期の人通りの100分の1」と商店主が嘆く。
バブル期に完成したホテルも客数がピーク時の40%。その上に割引セール。 
殆どのホテルが倒産か、倒産直前。リゾート・マンションも入り手がなく・・
 残っているのが老人ばかりで、町長がインタビューで「予算の多くが、
老人福祉費に費やされ、他に予算が回せない。リゾート・マンションに老人
が移転してくると、町が破綻してしまう」と嘆く。長岡の奥座敷と言われる
「蓬平温泉」には、昔から三軒の老舗のホテルがあり、何度か同級会を泊り
込みで開かれた。料理も美味いし、施設も素晴らしいが、その三軒とも今では
銀行管理か、何処かの資本の管理下。そこに詳しい人が言うに、「去年の大雪で
客が皆無だった上に、3・11災害で大打撃。どうして潰れないのか不思議」 
全国の有名旅館街は、どこも似た状態である。不況で個々人の収入は激減
すれば、温泉街でのんびりと温泉に浸かる気分になれない。
おまけに超円高となれば、海外に行きたくなるのは当然である。農業も、
公共事業も、観光も、輸出もダメとしたら・・・
  * 日本に再び大地震があるか?
 去年になるが、週刊誌が東海・東南海・南海連動型地震の可能性について
仰々しく報じていた。 震災直後で神経質になっている国民感情を刺激する
内容だろうと思い殆ど気に留めなかった。しかし考えてみると、中越地震が
あった直後、「この地区が全国で一番安全な地区で当分は安心していられる」
と実しやかに語られていた。 ところが三年後に柏崎沖地震である。 
それから考えると、震度7、マグネチュード9の三連動型地震の後に、
その並びにある東海・東南海・南海連動型地震の可能性が充分に有りうる
ことで、それ想定するのは当然である。それに連動したのか、富士山の近くで
起きた地震。これも噴火の可能性もある。東北大地震の三年、六年、八年前に
東北地区に地震続いていた。そうこう考えると、これからは東北大震災クラス
の規模の地震を現実として想定しなければならない。この10年間に世界中に
巨大地震が立て続けに起きおり、世界の地震の活動期に入ったようだ。
ため。


6154,閑話小題 ~ ドラマめいた展開に

2018年01月18日(木)


  * これまた面白く深い展開に
熊さん: 白鵬と稀勢の里が連敗したね。結構、稀勢の里も張り手を使って
  いたしね。白鵬など、初日から全く精彩がないね。八つぁんの言う通り、
  この一連の事件を引き起こした「横綱アドバンティジ」を無くした
  大横綱の正体が、このザマさ。
寅: 貴乃花親方の含み笑いが聞こえそう。白鵬も、「アドバンティジ」の
  有効利用無しで優勝したかっただろうがね… あれじゃ、この一連の事件、
 『横綱アドバンティジ暴行事件』と命名されるよ。勝てないのが何より証拠さ。
熊さん: 俺たちの、会話を相撲関係者が聞いているのでは? 何か変?
八つぁん: 大丈夫だよ。誰の目にも明らかな内容だからね。それにしても、
  ライブで事件の謎解きを見れるのだから。こんなに面白いことはないね。
大家さん: 私も、黙っていられなので、参加するよ。一番、震えているのが、
  理事長と取巻きだね。日本の祭りごとの根本にあるのが、御賽銭。これって
  神様への小さな賄賂だよね。神社仏閣の行事の根本が、賄賂と談合がある。
  その強要が、これさ。
熊: とすると、土俵周りの親方の役割は、勝負の審査だけでなく… 他に。
  でも、そこまで言っちゃあ、お終いよ。でも、毎日毎日、あの不甲斐ない
  負けを続ける横綱の姿は… 
大家: 『横綱アドバンティジ』疑惑など根幹に関わる問題だね。やはり、
  八角親方には引退をしてもらい、貴乃花を押すべきだね。
八つぁん: でも、あの自閉症的性格では無理だね。
大家: おや、初め、そう言ったのは八つぁんが言い出したんじゃないか。
  他に居ないのは解るけどね。
ハつぁん: 理事長、理事会も、性格上、自助能力、自浄能力が持てないん
  じゃないの。だったら、国技とかいう、法律上は何もない協会を一度、
  解散し、税金免除のない普通の営利団体にすべきだが… まあ無理だね。
・・・・・・
6028,閑話小題 〜大相撲・炎上
2017年09月15日(金)
   * 横綱・大関の権威失落
 大相撲が大変な事態になっている。私の相撲ファン歴からして、これほどの
大関・横綱の権威失落の事態は初めてで、理事長自らが辞任しても然るべきほど
である。初日から4人横綱のうち3人が休場。残る一人の横綱が前半で2勝3敗とは、
これいかに。上位に上がったばかりの阿武咲が横綱初挑戦で金星を挙げ5連勝。
日馬富士の負け方が空中に1回転して裏返し。その上に、大関の照の富士が負傷、
3人の大関も2人が休場ともなれば。 面白といえば面白いが、この惨状では、
首を傾げざるをえない。その背後には若手に実力があるのが何人か台頭してきた
ことがある。もしかして、半年、1年後の番付が、これかとも… 
 ファンが、相撲協会の心配をする必要がない。横綱・大関の権威の崩壊を
見ながら、誰が優勝をするかを楽しめば、「また白鵬!」よりも遥かに刺激的。
「何で今の若手が強いのかって?」というと、勝つために頭(情報機器)を活用、
稽古土俵から考えているため。それも親がかりで。 将棋の新生人と同じ。
白鵬が、それ。素材が良いだけでは難しい。一月前に、高校横綱のトーナメント
を見たが、その中で、強そうなのが数多く見かけた。底辺の育成が出来ていると
いうことか。 

・・・・・・
6139,閑話小題 〜今年の正月は
2018年01月03日(水)
閑話小題 〜今年の正月は
  番外篇;
熊さん:年末年始のTV特集で、政治経済向きモノがいやに少なかったね。
寅さん:不安を掻立てないよう国からの御達しがあったのでは? 社会情勢、
  世界経済を取上げれば、第二次朝鮮戦争の可能性云々に行きつくからね。 
八つぁん:それだけ、状況は追い詰められているんだよ。としても、黙って
  過ごせない問題である。今日明日にも再び、ミサイルか、核実験をする
  可能性が大。とにかく、日中韓米と、ロシア首脳の顔ぶれが悪すぎるよ。
  私など、元旦に帰省した次男に、『危ないと思ったら、三人で着の身着の
  ままに、ここに帰ってきなさい』と、真剣に勧めたよ。
大家:「そんなことあるわけない」という空気が、まだまだある。
  北朝鮮の漂流漁船の数が異常に増えている。異常太りの金様の脳卒中待ち
  のところもあるようだが。一とき、痛風を思わせぶりの脚をひいていたが。
  あれじゃ怖くて減量などの進言を誰も言えないよ。
熊さん:でも、数が月内に攻撃をしないと、もう手遅れになるから、日米韓は、
  迷うよ。中国も、他山の石・騒ぎじゃなくなってきたよ。
大家:開戦ともなれば最も被害を受けるのは韓国と日本。手始めの脅しで、
  東京湾沖に一発、ミサイルを打ち込めば、日本中が震えあがるよ。勿論、
  アメリカと密約の上で… 動転させて不良在庫?の処分品の押しこみさ。
寅さん:何か物騒な話だが、有得ない話じゃないから… でも開戦ともなれば数百万
  の死者が出るというじゃないか。首都圏に核ミサイルが… など、考え
  られないよ。でも、現実は現実、直視しておかないと。
大家:何せトランプは「アメリカファースト」言い換えれば「白人ファースト」
  を標榜して大統領になっただよ。黄色の百万、二百万が如何なっても、
  いいんだよ。アメリカ、オーストラリアで、現地民を数百万?を虐殺した
  白人を先祖に持つ国。あそこまで、悪し様に口撃をされれば、虐殺も
  したくなるよ。既存武器の入替え時でもあるし。
八つぁん:あのボロ漁船で日本海の航海も限界がある、せいぜい数万人。
  計画案は出来ているのだろうが。日本には離島が数知れずある。
熊さん:故・青島都知事に勝新が言ったというジョーク、「嫌な都政に
  なりやしたね〜」を、今度は、女パンダの口上にならなければね!
 「‘どせい’ばいい」じゃなくて…」 <オチが悪い? 失礼しました>

・・・・・・
6135,閑話小題 〜熊さん、八つぁん、珍問答、再び 
2017年12月30日(土)
  * 熊さん、寅さん、大家に、八っつあん
熊さん: 貴乃花の処分、こりゃ何じゃい!あの理事連中の面構え、暴力団面
  じゃないかい。頭の中は、?学校一年程度。俯瞰して考える元がないのに、
 まともな判断など出来ようがない。これだけは公然と言えないことだが。
大家: あの横審というのも胡散臭いね。肩書は御りっぱだが、前例主義の
  役人上がり。知恵とか、個人的理念が全く見えてこないね。
八つぁん: 初めから言っていたとおり、朝青龍、白鵬に舐められる訳だ。
  必死に戦っているのに… お人形そのもの。奴らを間接恫喝で若手力士を
 怒鳴り上げたら、震えあがっていたよ。主犯が白鵬、実行犯が日馬富士、
 なだめ役が鶴竜。まあ、暴力団の脅しじゃないか。左からの張り手と、右腕
 のカチ上げ風肘打ち。これが、朝青龍からモンゴル横綱に引継がれてきた
 「横綱アドバンテージ」。逆をすると、稽古場に押しかけ『可愛がり稽古』。
寅さん: 何故、実行役だけが告発をされ、他の2人が大した御沙汰がないの? 
  貴乃花は、何はともあれ、この二人を刑事告発すべきさ。
大家: それと八角理事長は、先場所と、先々場所の横綱・大関の多数の休場
  責任と、今回の事件を受け退任をするのが筋だろう。現役時代の「保志」と
 いう力士は良かったが、あれは理事長の器じゃございません。
寅さん: 白鵬も真摯で良い相撲取りだったが、何ですか、あれは。
  大相撲はあくまでも日本の神事が建前がある。それを…逆上せ上りも
 いいところ。実際、間垣を除いた他の理事たちの心の底は拍手喝采さ。
熊さん: 貴乃花も、かなり変だよ。ありゃガキだね。もし報告していたら、
  百%、有耶無耶にされて表沙汰にならなかったね。 若い時分に、教育係
 が必要だったのさ。でも、横綱になる確証がなければ、それも依怙贔屓になる
 から無理ですか。でも、今回の処分に貴乃花は不満だろう。彼も一時代を築き、
 一代横綱部屋の権利を貰ったが、引退すれば日陰の人。 
八つぁん: この事件を受けて白鵬への、この権利が怪しくなったね。
  40回優勝の権勢で、貴乃花親方の一番弟子の酒宴に三人して殴り込みとは… 
 怒るのは当然だ。あとの二人を告訴すべきだね。来場所には引退に追込まれる
 可能性の高い?鶴竜が、力士会の会長を辞退しないで受けたのも、少しでも
 有利の立場にいたいための浅知恵さ。     
大家: ところで熊さん、白鵬のことになると、いやに生き生きするね。
熊さん: だって、あの万歳はないだろう。舐めるのも好い加減しろだ。
八つぁん: そもそも論になるが、こうなると、国技と称して税金逃れをして
  きた仇が、ここにきて跳ね返ってきたのさ。「相撲取り、引退すればただ
 のバカ」。何で検察が動かなかったか? 何を特別委員会の会長にしていた
 お陰だろう。でも、貴乃花は、本気になってモンゴル横綱を追い出すべきさ。
大家: それにしても、朝青龍の不祥事後の大相撲を、しっかり、横綱の役割を
  務めてくれたし、一概には言えないよ。彼も人の子だよ。
寅さん: 幼稚でバカなら、せめて利口な振りをさせる必要があるよ。そのことに
  周囲がもう少し気を使ってよ。
八つぁん: 私の中学校の同級の友人に、大手レコード会社の重役をしてた後に、
  レコード協会の専務理事をしていたのがいたが、彼が入社の仕立ての頃には、
 森進一や、山口百恵の教育係の専属をしていたとか言っていたよ… アイドル
 や歌手には基礎教養を意図的に加味させていたようだ。三役にもなれば、大物
 としての教養のベースをつけてやらないと… 白鵬を見ていると、気の毒だよ。
 でも焼き直さないと無理だろうね。
大家: こんな与太郎レベルの会話の中に私を呼び出す必要などないよ。何故だい。
八つぁん: 大家さんが出てこないと、こんな話を大声?で話せますか。
 総括として、<貴乃花よ、よくやった。それが好角家の総意であります。>
大家: ついでに告訴をして、一歩踏む込んだ問題の解決が必要。
 「張り手、肘打ちの禁止」の規定をすべきだが、あの面々からして無理ですか。
寅さん: このままでは終わらない禍根が深まっていく根深い事件だよ、これは。



6153,閑話小題 〜ネガティブな感情が成功を呼ぶ

2018年01月17日(水)

      
         『ネガティブな感情が成功を呼ぶ』
                ロバート・ビスワス=ディーナー (著),
  〜Amazonの内容紹介〜
ー100%ポジティブをめざす人よりも、20%のネガティブ時間を有益に使える人
のほうが、仕事でも学問でも成功し、幸福な人生を歩める!ー
怒りは想像力の燃料となる、罪は改善を促す、自己暗示こそがパフォーマンスを
向上する、我ままは勇気の源だ、非情(マインドレス)がよりよい決断につながる。
 ポジティブ心理学の若手精鋭研究者による(心の暗い部分)がもたらす効用に
関するユニークな論考。どのような状況にも素早く対処できるように、あえて
いろんな感情に目を向ける力を持つこと、ありのままの自分と付き合うことの
大切さをわかりやすく説く。ー

▼ リタイア―以降から現在に至る私の実感である。 表向きは「落ちた人」
 の立場。イメージとしては、「遠くの火事場を楽しみにしている人達が大挙
してやってきて、特に金融系の何?にとって、経済犯罪者そのものの欠席裁判。
これほど楽しい検事たちの酒のツマミの罪状つくりにあいなる。 ところが、
これが見え透いているため、そのネガティブな感情そのままが合せ鏡で見える
のが、実に面白い。それを感じるほど、その数倍のポジティブの心理状態に
自らを置きざるを得なくなる。これが、新たな旅立のための習慣化を促す。
特に、自分自身と、岩場に閉じこめられた山椒魚に… 怒りと侮蔑感が湧出る。
これがエネルギーとして、世界を改めて再構成して見ることになる。それが
面白い。「喜怒哀楽」の感情で最も重要な役割は「怒り」である。エネルギー
の源であるため。これを知ったのは、20代半ばの頃。 ナチスの大衆煽動に、
使ったのが、「怒り」。今では、北朝鮮の金王朝の一連のドン様の権力維持の
ための手法である。白鵬の自作自演の暴行事件もしかり。脇役の若頭の横綱が
思わず、モノを使っため追放になったが、誰が何の為かは、自明である。
・熊さん: 白鵬の『横綱アドバンティジ』の左手の張り手と、一瞬遅れの
  カチ風「肘打ち」を封じられて、連日苦労していたが、昨日は負けたね。
・寅: プライドの高い白鵬、それがバレて今まで通りに勝てない上に、
  八百長強要の疑惑が明らかになれば… 40回の優勝記録も何の価値もなし。
  まあ、あの酷かった朝青龍並みに落ちてしまったな。相撲に取り組む
  姿勢は好きだったがね。 … ネ、大家さん。
・大家さん: 私が話に参加するより、二人のレベルだろう。これは。
・熊: モンゴル人の子供たちのドリームの選択肢は、大相撲の横綱
  ぐらいしかないしね。次から次への強そうな出ているね。
・八つぁん: チビッコ相撲上がりの力士にも、有望そうなのもいるしね。
  これまでも、これからも、こういう事件を抱え込んでいくしかないし、
  そのネガティブを抱え込むから、進歩があるんだよ。 要するに、
  「正・反・合」あればこそということ。
大家: あら、あんたも出てきたの。なら私にも話をさせて…
  21世紀の大相撲は、かくあらんで、内向きの日本人だけよりも遥かに
  面白いよ。『横綱アドバンティジ』つくりと、八百長疑惑もあってさ。
八つぁん: まさに、『ネガティブ』を孕んで乗越えてこそですか…
熊さん: 何か一連の事件を通して、話し合っている内に、利口になった
  ような。こういうのを知っているかいないかで大いに違うね。
寅さん: これが21世紀ということね。ところで、稀勢の里が、前評判とおり、
  引退の危機だね。弱いのを強引に祭上げたせいさ。気の毒なのは本人さ。

・・・・・・
2844, 「ほめる」言葉  −1
2009年01月17日(土)
 《精神対話士》の「ほめる」言葉 ーメンタルケア協会偏 読書日記
図書館で何気なく手に取った本。人間関係を円滑にするための褒めるノウハウ書
と思ったが、《精神対話士》の、という部分が気になり借りてきた。ところが、
なるほど口先で褒める言葉ではなく、心の底から褒める言葉が並んでいる本。
基本は、「相手の存在を認めることから、すべてが始る」である。この本を編集
した財団法人メンタルケア協会とは何か?がHPにあったのでコピーする。
< 慶応大学医学部出身の医師達が中心となって設立された協会。
「人間は病気など、さまざまな障害によって心に不安を抱え、人生をマットウ
するための根幹となる「生きがい」を見失いがちになることに着目。それらの
人々を真心の対話によって励まし、「生きることの尊さ」を共感できる
「メンタルケア・スペシャリスト養成講座」を開催。一般に普及させるため
精神対話士の育成、認定、派遣を行っている。この本は、精神対話士の効用の
一端を「ほめる言葉」にまとめたもの。「温かいひと言」を相手に投げかける
ことで、親密な人間関係を築けることを教えている。>
 借りて少し読んだ後に、直ぐにアマゾンで注文をして取り寄せた。
こういう場合、アマゾンは有り難い!私が人を褒めると、知人や同級生に
驚かれることが何度かあった。「おい、どうした?お前が人を褒めるなんて
殆どないのに!」である。ということは、「けなしても、褒めてない」のである。 
私はけっこう褒めているつもりだが、違うのである。「営業用の褒め言葉」を
聞きなれているため?言えないのである。全て知った上で「嫌味」を言うより、
営業用でも褒めた方が良いのだが、しかし、しかし、言えないのである。
  (字数制限のためカット 2012年1月17日)
 ・・・・・・・
3584,閑話小題
2011年01月17日(月)
 * 日めくりの格言
    「仕事に雑用はない!」  そうか! そうだ! 
   これ 「人生」にも「普段の生活」にも当てはまる。
 * セレンディピティとは
  − ウィキペディアによると、
 <セレンディピティは、何かを探しているときに、探しているものとは
  別の価値あるものを見つける能力・才能を指す言葉である。何かを発見した
  という「現象」ではなく、何かを発見をする「能力」を指す。平たく言えば、
  ふとした偶然をきっかけに閃きを得、幸運を掴み取る能力のことである。
   例えば、諺の『犬も歩けば棒に当たる』や、北原白秋作詞の童謡
  『待ちぼうけ』の一節「ころりころげた きのねっこ」の状況にちかい。>
  ー「運」が良い人は、突き詰めると、この能力が研ぎ澄まされている。
  それには心根が真直ぐに伸びてないと、土壌もあるが?
  * 「あげぽよ」「うけぴー」「わや」「ちゃいちゃい」
  これが女子中高生ケータイ流行語大賞の候補と!ニュースにあった。
  まったく理解できないが、感覚的には面白い。
  ーそこで早速ネットで調べてみたー その内容といえば、
【 流行語大賞の候補に、「あげぽよ」「アラシック」「ちゃいちゃい」
 「うけぴー」「うぇーい」「わや」「もふもふ」「やっふぃ」「もいきー」
 「ちゃんねー」「ポイポイポイポポイポイポピー」「やびゃあ」など20が
 あるとか。それぞれの言葉の意味や出所だが、
・「あげぽよ」は「テンションアゲアゲな状態」を意味するギャル語。
 『ぽよ』は、可愛いので語尾に付けるが特に意味はない。 
・「ちゃいちゃい」は『ばいばい』『またね』を意味する」
・「アラシック」は「アイドルグループ『嵐』のファンを指す。
 病気になってしまうほど、嵐が好きという意味。」
・「やびゃあ」は、「『やばい』が変化した言葉で意味は同じ。
・「ポイポイポイポポイポイポピー」は、素人女性宴会芸集団
 『あやまんJAPAN』が『LOVE&JOY』という曲に乗せ歌い踊る中で
 使用される掛け声」などである。…
ー流行語は、その時代に反映するが、女子中高生の間だけなら
 良いとも言ってられない。 普段使う言葉こそ重要だが、
 「今どきの若い者は!」のレベルダウンになる。何処かの女子大生の
 別れ際の言葉「皆様、御機嫌よう、さようなら」もある。
・・・・・・
5056,閑話小題 〜つれづれに
2015年01月17日(土)
   * つれづれに
☆ 一昨日の新潟駅周辺で、後ろから連れのオバサンの話が聞こえてきた。 
 その話題の内容とは、「年金は、とにかく前倒しに貰った方が良いみたい。 
 ところで〇〇さんの主人、定年で一日中、家にゴロゴロしていて、何処にも
 出かけないというけど、小遣いを一万しか与えてないのなら、出かけようが
 ないわよね・・プライドが高いので、財布が空なら人とも会えないしね〜」 
 と、何か深刻の内容。そして物価値上がりの愚痴が続いていった。
☆ 地元のカラオケスナックでは、60歳位のチイママのところに電話が何度も
 入って真剣な顔。聞くと、「アパート持っているが、その住人が気分が悪くなり
 救急車を呼んだが、親戚が分からないので、大家の私に連絡があった。
 本人は生活保護を受けていて・・ でも、どうしようもないしね」とか。 
 何か、切ない話ばかり。 
☆ 最近、人に会うたびに、顔色がツヤツヤしているといわれる。自分でも鏡を
 みると、そう思うが・・ スポーツジムの効果があるのだろう。朝、4時起床
 からのスケジュールを真面目にこなしているので、当然だが・・
☆ どうも冬期間(12〜3月)は、チャリが雪道のため乗れない。
 早朝のポタリングはストレス解消というより、エネルギーの充電になる。
 それでも週3〜4回のスポーツジムでのエアロヨガがあるからまだ良いが。
☆ 人から聞いた夫妻の話が凄い。「旦那の職場からも、一人娘と親も含め、
 夫婦して年賀葉書が一通こない」という。ただ、それだけの話だが・・ 
 夫婦自閉症ということ? 老いる度に、最後は、誰もが津軽海峡冬景色?
・・・・・・
5786,閑話小題 〜つれづれに大相撲
2017年01月17日(火)
  * つれづれに大相撲
 初場所が始まって、はや後半になる。いつもの場所と同様、
<全勝の稀勢の里が、最後は残念ながら優勝を逸しました>の物語の様相に
なってきた。前の親方が、他の部屋への稽古を禁止したのが、いざとなると、
負けてしまう脆弱な性格をつくりあげたようだ。白鵬も、やはり相撲年齢も
あってか最盛期の力はない。だから面白いのだが。一連の八百長相撲の問題で
ヤリニクイだろうが、阿吽の呼吸で??でもしないと… この男には!
  * 張り手の禁止が必要では
☆ 白鵬と、朝青龍の時代から張り手が多くなったが、これは変だと常日頃から
 思っていた。上下関係の厳しい大相撲の世界で横綱の顔を張るなど、とんでも
ない思いこみを利用した卑劣な行為。張る方も、脇が甘くなり、差されてしまう
危険が大。先場所、張られて脳震盪をおこした力士がいた。今場所も、その恐怖
が残っていてか、初日はオドオドしていた。 やられたらやり返すのが、プロ。
必ず2倍は張り返せばよいが。そこを逆に狙われる? 相撲は立合いから数秒で
勝負がつくため、立合いの駆け引きが面白いが、張り手の瞬間、何か白ける。
  * チビッ子相撲上りの中に?
☆ 最近、チビッ子相撲上りの相撲取りの方が、野性味は少ないが、子供の頃
 からの基本があるため、強そうなのが出てきた。指導者も方針を変えたようだ。
だから、年末に全日本相撲選手権、学生相撲選手権で、逸材を見抜くのを楽む
ようになっている。もう5年前になるが、中村大輝が二年生の時に、東日本学生
相撲選手権で優勝をしたとき、これは強くなると思ったことを憶えている。
来場所入門組の中にも有力なのがいるが、現在の2年3年にも多くいるようだ。
相撲は年寄りの楽しみということか? そうこうみると、外国に開放したのも、
正解だったのかもしれない。ただしアジア系に限り…
・・・・・
4324, 財政恐慌 −2
2013年01月17日(木)
  ー まずは具体的な内容を抜粋してみる ー  『財政恐慌』浜矩子著
≪   ー 今回の質問の内容 −
 ● 我々は今どこにいるのか      ● いかにしてここにきたのか
 ● なぜ、ここにきたのか       ● 我々はどこに行きたいのか
 ● 行きたいところに、我々はいかにして行きたいのか
◎ まずは、「我々は今どこにいるのか」「いかにここにきたか」「なぜきたか」
□ 今、我々は閉塞感のさなかにいる。 いかにしてここにきたのか・高度成長期
 が終わり、ニクソン・ショックがあり、プラザ合意があり、バブル経済を経て、
 失われた一〇年に見舞われ、小泉劇場に踊らされ、リーマン・ショックの衝撃を
 味わい、格差の深化におののき、衰退国家化することを恐れつつ、ここにきた。 
 なぜ、ここにきたのか。ここに至る変転の節目節目で、タイミングを逸し、
 時流に身を任せ過ぎ、時流に飛びつき過ぎ、変身を恐れたから、ここにきた。
◎ 我々はどこに行きたいのか
□ 我々は、ほっと安心できるところに行きたがっている。デフレや失業や年金
 問題や通貨戦争や国々の財政破綻などを心配しなくていい。
 そのような安らぎの天地を求めている
◎ 行きたいところに、我々はいかにして行きたいのか
□ 政府は、「新成長戦略」をもってそこに到達するのだと言っている。
 だが成長神話は古い。それに、この間を通じて日本経済はそれなりに成長
 してきた。ところが、それによって人々が安心することができるように
 なっているわけでない。今、必要なのは、成長戦略ではなくて成熟戦略だ。
 大きく積み上がった富をいかに上手に分かち合うか。
  そのための新しいメカニズムを考案していくことが必要だ。 ≫
▼ アメリカが日本に強いたプラザ合意。国内需要の喚起のため、ばら撒いた
 金が不動産投資などバブルを引き起こした。そして5年後のバブル崩壊。
その後は歴代首相が経済成長という幻想を目指すばら撒きの繰り返し。
その結果の膨大の借金。偶発的?に権力を握った二人の元首相がすることは
決まっている。更なる膨大の国債発行。 これが最期のトドメとなる。
  ・・・・・・・・
3209, 年金支払い総額 1400万
 2010年01月17日(日)
「年金定期便」とかいう大型の封書が日本年金機構から送付されてきた。 
41年間で総額1388万円である。(以前の年金通知の中にもあった
かもしれないが、記憶に残ってなかった>)その間の金利や貨幣価値の変動
などからみて3倍が妥当。実質の支払額は 1400×3=4200万は
積み立ててきたことになる。それも半強制的にである。 
 私の年齢は63歳の去年の7月から21万円が死ぬまで年金として支払われ。
21×12ヶ月×(平均余命80−63歳=)17年 −>4284万になる。 
成るほど、こんなものになる。但し、自民党と官僚が、これを過去に食い散ら
してなければである。ところが、田中角栄様が、その年金を食い散らす算段?
をしていたのである。その掛け金の支配金は、我われに年金が支払われる
時点の掛け金で賄われるシステムに換えていたのである。未来のために
積み上げた年金を現政府が自由に使えるようにしていたのである。 
酷いものである。腹がたつ以上に、情けない。 当時の政府も、少子化とか、
国家のダウンサイジングが現実のものになるとは思ってもいなかったのだろう。 
数年前から団塊世代が年金組になって、大問題になってきた。こういう事態
をみて、今の若い世代の人たちは年金を支払いに疑問を持つのは当然である。
いずれにしろ我われは大きな問題に直面していることだけは確かである。 
年金税も現実問題として有りえる。
・・・・・・
3949, 国債暴落、円安、超インフレは何故? ー1
2012年01月17日(火)
  * ユーロとドル安が続いているが、
 欧州各国の国債の格下げでユーロ安が続いている。まだ株式の暴落が起きて
ないが、一日一日、その緊迫度が伝わってくる。地震(リーマン・ショック)
より、津波(世界恐慌)の方が遥かに破壊度が大きくなる。ニュースで近じか
仏大統領が大きな決断を下すという。ドルは50円、ユーロは60円、株価は
6000円?もありえる事態。 ただし段階を踏むだろう。日銀の白川総裁が、
「欧州危機は、最大のリスク要因になっている」と述べたが、日本経済も体力
が弱っているため大打撃になる。 分かっていたことだが。 
問題は、三月あたり・・・
「日本の論点 2012」ー円の落日ー「国債暴落、円安、超インフレは来る?」
が、この辺を分かりやすく書いている。
《 デフレであるかぎり、円高は続く「歴史的な円高水準」が続いて久しい。
 直接的な要因として挙げられるのが、米国のFRBによる積極果敢な量的金融緩和
政策だ。二〇〇八年九月のリーマンショックを受け、FRBは合計二兆三千億ドルに
およぶ国債などの買い入れをおこない、金融機関に流動性を供給した。
これで、FRBのバランスシートはいっきに三倍に膨らんだ。成果については賛否
両論あるが、これだけ大量のドルが市場に出回れば、その価値は相対的に下落
すると考えるのがふつうだろう。しかし、円が高い理由はそれだけではない。
日本のデフレの影響も大きい。 長期的な為替レートを決める要因の一つに
「購買力評価」がある。同じモノは世界中どこでも同じ価格で売られるはず
であり、それを調整するのが為替レートであるという考え方。 つまり、為替
レートはインフレ率の差を相殺するように動くということである。たとえ
二〇〇〇年から今日までの十一年間で、米国の消費者物価指数は約三〇%上昇。 
いっぽう、デフレの日本の伸びは、ほぼゼロだ。また、二〇〇〇年の為替レート
の水準は一ドル一〇七円前後の日米のインフレ率の差である三〇%が為替レート
によって調整されたとすると、現在は一ドル約八二円の水準である。
とすれば、今日の為替レートは、けっして「異常な円高」とはいえない。
つまり、インフレ率の高い国の通貨は安くなりやすく、デフレの国の通賀は高く
なりやすい ーおよそ二〇年にわたってデフレから脱却できない日本の円が高く
なるのは、必然であるといえるだろう。さらに円高は、デフレの要因にもなる。
海外から商品を安く仕入れて売れば、競合している国内の商品も価格を
下げざるを得なくなるからだ。それは、工場の海外移転や人員または給与の
制限といった国内産業の合理化を促す。さらにそれは生活基盤を失わせる
雇用不安につながるから、また消費が控えられ、デフレが深まり、ますます
円高が進行する。こうしたスパイラルから抜け出さないかぎり為替介入などの
円高対策も実効性は薄い。》
▼ ビッグマックの各国の為替換算の値段は、日米が同じ、中国は半額、
 スイスが二倍という。以前、欧州でビッグマックが日本の三倍近いのに驚いた
ことがある。 欧州危機をキッカケとした世界恐慌が近づいているようだ。
  それも想像を絶したものになるはず。 これから数年間は、銀行閉鎖? 
ハイパーインフレ? 株価が半値? 何でもありか。


6152,閑話小題 〜ドップリ独りで

2018年01月16日(火)

   * つれづれに、独り言
☆ 少し積雪があったようだが、8〜100僂阿蕕い。一月半ばはこんなもの。
例年は1・5m位は積もる。地元の道路は大方、消雪パイプのため乗車に問題ない。
要は今週の積雪が如何なるか。居間と寝室にエヤコンがあるが、冷暖房費を
考えて、殆どつけない。家では、古くなったダウンジャケット、ダウンベスト、
フリースに、アンダーベストの重ね着をして過ごす。 姿見をみると、恰も
エスキモーか、ホームレスのよう。夜間も、電気アンカを抱いて寝ている。
それでも、電気代は普段月の2倍以上になる。 これを書上げる為に冬期間は3
0分遅れの4時半に起床して、まず風邪予防に生姜湯と、ヨーグルトを飲み、
仏間の一角のパソコン前に鎮座する。で、常に鼻風邪気味状態。

☆ 昨日から大相撲が始まった。土日は15時から、平日は16時〜18時までTVの
相撲観戦になるため、日常の生活が少し変わる。今場所は「暴行事件の不祥事
の最中、モンゴル人対日本人若手力士の対立構造が浮上がり、それに加え、
最高格行司の式守伊之助が男色で、泥酔の上、セクハラ行為の結果、業界から
実質追放の結果、天覧も中止に相成った。初日、横審のメンバー御揃いの前で、
白鵬が御得意の「横綱アドバンティジ」(左手張手、右肘打ちの立合い)を
披露するかどうか?が注目されたが、流石に無理!マトモな立ち合いの結果、
初日は、土俵際で一本足で残し辛うじて勝を拾い。昨日も、張り手が使えず、
苦労の勝利。「幽霊の正体見たり枯れ尾花…」。40回優勝の威厳が地に落ちた。
その結果、張りつめていた気力も萎えて引退も近づいてきた。 …としても、
大横綱であることは間違いない。

☆ 冬と季節の変り目には、40年来、腰痛予防も含めてホッカイロと腰ベルト
を装着するが、今では5月と11月に一週間位になっている。スポーツジム通いと、
そこのヨガ効果である。ヨガそのものも良いが、普段の生活の中で、無意識で
ストレッチをするようになったこと。布団の中で、背筋を延ばしたり、足の裏
を合わせたり、パソコン前で、顔面と耳と頭をマッサージする。リタイアから
7年になり、現在の生活に馴染んで、楽しんでいる。「独りリズム」で心を浮か
せる「独楽」は、昔とった杵柄。この随想日記もそうだが… この生活も何時
まで続くことやら。 幸せな人は、何があっても、何をしても幸せになる。
「独りのリズム」を作れるため。基本は己の居場所を見つけ、そこで転々と
すること。 傍からみれば、気味が悪いのだろうが… 

・・・・・・
5055,生と死をめぐる断想  ー6
2015年01月16日(金)
           『生と死をめぐる断想 』岸本 葉子(著)
   * 時代という背景
 それぞれの時代背景に相応しい、医療からはみ出た民間の癒しが出てくる。
著者が、それをシンプルにまとめているが、これは大衆の生活の知恵でもある。
癒しは、心奥で誰知れず独り納得するもの。長年かけた信仰を持たない人たち
にとって、手近な癒しに縋るしかない。 〜その辺りを抜粋〜
≪「癒しを生きた人々〜近代知のオルタナティブ』(田邊信太郎.島薗進編)
という本は、そうした煩悶の中でひかれた本だ。タイトルに多くのメッセージ
が含まれている。「癒し」は医療からはみ出た広汎な領域を、考察の対象として
いることを示す。そしてそれをオルタナティブ(代替)な知と位置づけている。
「生きた」は「実践」であろう。実践した当人による主観的な記述でなく、
第三者たる研究者が客観的に論じているのも、読みたい気持ちを起こさせた。
取り上げている、それぞれのキーワードを一文字で、著者らは示している。
 坐  岡田虎二郎と岡田式静坐法
 霊  大本と鎮魂帰神
 心  森田療法の心と癒し
 食  マイクロビデオテックの世界観
 気  野口晴哉と「全生」思想
・岡田式静坐法は岡田虎二郎が創始した、呼吸と姿勢を重んじる静坐法。
・大本は出口なおを開祖とし出口王三郎が礎を築いた神道系の新宗教で、
・御魂帰神という技法を特色とした。人についた霊にはたらきかけ、
 その人の口を通じて霊に語らせ、病気その他の問題の原因を突き止めて、
 霊を祓い鎮めることにより解決を図る技法である。
・森田療法は精神科医の森田藤慰が考案した、神経症に対する独自の精神療法。
・マクロビオティックは医師で薬剤師でもある石塚左玄の提唱を、桜沢如一
 が発展させた、狭義には食事療法だ。
・野口晴哉は野ロ整体の創始者である。現代にも活動が引き継がれ、健康法
 として修養として今なお多くの人を集め、海外まで広まっているものもある。
・森田療法は一章でふれたサイコオンコンコロジーの医師が、欧米の研究者
 から禅に次いで質問を受けるものだと言っていた。
・野ロ整体はカルチャーセンターの講座でみかけ、現在も読まれ続けている。
・マククロビオティックは毎外の著名人が実践していることで知られ、
 レストランや物販の展開、料理本の相次ぐ出版と、商業的にも
 一定の 成功をおさめている。 ≫
▼ どれも東洋的土着の癒し。他に、天理教、お光様など様々ある。
 どの時代も、ストン!と暗黒の穴に嵌まり込み、独り、思い悩んでいる人が、
多く存在する。現に、様々の落ち込んでしまった人を多く見てきたが、確かに
人生は厳しいことの連続。逆に、この暗黒の穴に落ち込んで、独り這い上がった
経験がない人に、恐ろしい未来が待っている。四苦八苦を乗越えてこそ人生だが。
・・・・・・
5785,閑話小題 〜アンドロイドTV 三週間後
2017年01月16日(月)
  * アンドロイドTV 三週間後
 昨年暮れに寝室のTVを入替えたが、これがアンドロイドTV。
グーグルとソニーの共同開発のソフトのアンドロイドが組み込まれたTVで、
コントローラに声認識が付いて、キーワードの声認識で、YouTubeなどの番組、
映像を呼び込んでくる。今までは20インチのパソコン画面だったが、今度は
大型TV。それが見たことがないようなクリアーの画面となれば、オーバーに
いえば、毎日が異次元の日々に様変っている。
 タブレットと同じ位に驚かされたPC。特に、秘境の大自然の光景に惹れたが、
過去の蓄積がさせているため。 「ゴッフのヒマワリ」と声認識で入力すると、
美術館で、現物をみるより繊細に加工された、より綺麗な絵画が現れたとした
ら… それが大自然の光景なら、更に素晴らしい。白川義員のヒマラヤ上空を
見たことがあるが、これも人間の裸眼で見るよりも遥かに美しい光景を映し
出していた。
 数年後には4k、8k画質の画像が、配信されるというが、これでは映像世界
が様変るだろう。世界各地の名所で自撮棒で撮った4k映像を編集し投稿した
映像が幾つか投稿されているが、どれもこれも息を呑む異次元の世界。 
私の数十回の秘異境ツアーそのままを撮影し編集したとしたら、これらに決して
劣らないと思う。が、当時は、デジカメさえない時代。
 当初、アンドロイドTVはPC機能が入っているものと勘違いしたが、これは
オプション。パソコン機能の端末を購入すればよい。 6年半前のTVとは、
機能性能からみて一桁違うアップしている。
  〜AndroidTVをネット検索より…
【 AndroidTVでできることは
※「テレビ画面で、インターネット配信映像を見られる」
※「スマートフォンやタブレットをリモコンにして、配信動画をテレビで表示できる
Chromecast互換機能『Google Cast』が使える」
※「Android TV向けのアプリが実行できる。ゲームやさまざまなアプリを実行できる」
という3つが挙げられます。
・1つ目は、スマートテレビとしては当たり前の機能ですが、YouTubeだけでなく、
Google PlayムービーやHuluといったビデオオンデマンド配信サイトの映像も購入し、
テレビでそのまま鑑賞することができます。ちなみにGoogle Playムービーなど
Google Play関連からコンテンツをダウンロード・購入する場合、Googleアカウント
が必要となりますが、既にAndroidスマートフォンで使っていたGoogleアカウントを
AndroidTVでも共有できます。GoogleアカウントのAndroidTVへの登録は、Android
スマートフォンで指定にURLにアクセスし、画面に表示されるパスコードを、
AndroidTVに入力するという簡単なオペレーションで行うことができます。
・「Google Cast」は、「Chromecast」互換とも言える機能です。
Androidスマートフォン・タブレット、およびiPhone、iPadといったiOS搭載機器
から映像をキャストできます。キャストとは、Androidスマートフォンなどの端末
からURLを指定し、そのURLの動画を写すという機能のことです。
・そして「アプリ実行」は、AndroidTV搭載のテレビであれば、テレビ単体でAndroid
向けのアプリを実行することが可能という機能を指します。 Androidスマート
フォン・タブレット用には多くのアプリケーションがGoogle Play から提供されて
いますが、Android TVでも同様にGoogle Playからアプリをインストールし、実行
することが可能です。テレビのGoogle Play画面からインストールすることも
可能ですし、PCのGooglePlayからリモートでインストールさせることも可能です。
・ちなみに、Android TV用のアプリケーションは、Androidスマートフォン・タブレット
用に開発されたアプリケーションに、多少の改修(Android TV用ライブラリのリンク、
Android TV向けUIに対応した操作の追加)が必要となりますが、ほぼ共通のソースを
使うことが可能で、モジュールもAndroid TV・スマートフォン両方対応のものと
なります。
 ――
▼ 去年の秋口に地元の従兄の葬式に、東京下町に住むカメラマニアの従兄が来た時、
「84歳で進行ガン。あと10年遅れて生まれたかった!4kテレビと、4kカメラを
4台持っているが、これが素晴らしい。ドローンにカメラをつけた空中写真を撮るのが
夢だったが!」と語っていた。彼の年齢は85歳だが、このテレビに切替える切っ掛け
になった。そこで、考えたのが、これまで行った秘異境と、遺跡、美術館などを、
アンドロイドTVで映像を通して訪ねること。白黒TVとカラーTVでシネマを見るのと、
違うように。情報、音量、迫力はシネマに及ばないが、画面は、この方が良い?
 パナソニックとソニーのTVは、これに絞った付随した機器グループの戦になるとか。
―――
5764,パソコン融合TVの時代に
2016年12月26日(月)
   * 再びYouTube
 以前、ÝouTubeが面白くて、別のブログ『バートウォッチ』に、面白そうな
映像を紹介していたが、今では各TV局がチョイスをして放映している。
 一月ほど前、家電チェーンの売場を暇に任せ彷徨っていると、売場担当者に
『アンドロメダTVが最近売れてますよ』と声を掛けられた。ソニーがグーグル
と共同開発したアンドロメダを基本にしたパソコンとTVを融合した、一言で
いえば『画面検索付パソコンテレビ』。グーグルの検索機能をコントローラに
付けて、音声入力をすれば、目的の映像を呼寄せる機能。 選択したÝouTubeに、
「4k画面 築地 マグロ」と発声すると、4K画面のマグロの解体シーンが
映しだされた。ミソは「4k画面」のキーワード。一般放送で、まだ4k放送は
少ないが、YouTobeには4k録画の映像が投稿されている。それは、これまでの
映像とは違った鮮明な画面。担当がいうに『売れているのが、アンドロTV』。
そこで家でチラシを改めて見ると、ÝouTube付が有るのと無いのがある。
 新しい方のソニーのPCで、その画面をみると4kで入力された画面があった。
生々しい現場で撮影され投稿された映像、例えば、『シナイ山の初日の出』
『北欧のクリスマスイブの光景』『聖地の祈り』『ナイル川クルーズ』とか、
『サントリニー島の日没』等々、何でもござれ。これらを大画面TVの音声検索
で瞬時に茶の間で見れるのだから驚いてしまう。18ケ月〜24ヶ月で、情報機器
が半額に下り続けているというが、商品としての機能が、それ分アップする。
 パソコンTVが、既に売れ筋の主流になっていたとはね。グローバルになるわ!
・・・・・・
4690, 身近な貧困 ー4
2014年01月16日(木)
   * 最も貧困なのは、自分の脳! と、人生の貧困
 貧困といえば、その最たるものが己の脳、いや各々方の脳。「無知の知」
ではないが、まずは、その自覚が第一歩。脳は暗黒大陸といわれたアフリカと
同じように、未開の分野。何故か一生の間に脳の2〜3%しか使わない。
あっても使えないのは、無くて使えないことより遥かに問題。自分で知恵を
絞って使うしかない。脳活動を邪魔をするのが「自分は他人とは違う」という
逆上せ上がりと、逆に「自分は、この程度」という枠の設定。
まずは知らずに洗脳されたまま、脳を使いこなせてない自覚が第一歩。
ソクラテスの自分は何も知らないという、「無知の知」から出発するしかない。
ところが、それが難しい。最近、スマートフォンやタブレットPCという脳補佐
マシーンが出現し、これまで使いこなせなかった高年齢者や、女・子ども気楽に
使えるようになってきた。これで世界が一変してきている。何せ、キーワード
で各々の脳が繋がり、それぞれ蓄積してきた知識・情報・知恵の公開を始めた。
そのアクセスも、記憶補佐マシーンの普及で一瞬で可能になっている。 
問題は、その消化。そのためには基礎知識がベースに必要である。
しかし目標を定めれば、情報と知識はネットから誰でも簡単に手に入る。
チャンスはスマート機種開発に中にある。今年から数年にかけて奇想天外な
面白い端末が出てくる。既にあるが、コスト面で表立ってないが、量産に目処
が立てば大幅ダウンで普及する可能を含んだものがある。「脳の貧困と何を
もっていうか?」の疑問が立つ。 もう一つの貧困といえば、人生の達成感、
充実感。死を恐れる原因の最大の心理要因が、この貧困感。私の嫌う「C」
さん、に多いが、これも脳の貧困が起因している。何度も書いてきたが、
秘境ツアーに来ている初老に差し掛かった人が、けっこう正直に、
『 人生、あまり深く考えずに親の価値観を信じて、ここまで生きてきた。
ところが、残された人生も後僅かと気づいた。このままでは死にきれない! 
世界の果てで独りになって考えるため、ここまで答えを求めてきた。
帰ったら、直ぐに直面する問題が待っている!』と。それでも、
そのことに気づいただけ良い。人間という無限のエネルギーが、小さな
肉体と生活習慣と運命・宿命に閉じ込められ窒息しそうな一生を終える。
これが人生だが、このことに気づくか?気づかないまま、一生を終えるか? 
気づかないのも、人生。亡くなったが、中学の担任の定年時の悩みを直接、
聞いたが、それは深刻だった。「90歳を過ぎた両親に言いなりの人生。
一歩も外に出れないほど苦しいことはない!」 人生の貧困感である。
決して、それが貧困ではないが、初老性ウツである。これも偶然だが、
以下の去年の「我々がみずからに投げかけるべき質問群」に継っていく。


6151,閑話小題 〜誕生日の早朝、20歳の私との対話!

2018年01月15日(月)

   * 20歳の私とですか!
 今日は「72歳の誕生日」。「目出度くもあり目出度くもなし」である。
「自分が、この年齢になるとは!72歳の私って誰のこと?」が実感。
面白いので即興で、20歳の私を呼び出し、現在の私と対話させてみる。


20歳の私: 72歳の自分と出会うなんて何か奇妙な心持がする。
私: 私でも、そう思うよ。自分で自分じゃないみたいな… 老いるとは、
  こんなことかと、毎日、新しい老いの発見の連続だよ。
20歳の私: 精神年齢は正直のところ幾つぐらいに思えますか。
私: そうね〜 20歳から60歳の間を、彷徨っている感じかな〜
  とにかく、ネットと、TVの御蔭で、キーワード探しをして、面白い
  情報と知識に次々と出あえるからね。それは、アンタには解らないよ。
  想像しろと言っても無理だろうがね。
20歳の私: 1966年と、2018年じゃ、想像も出来ないよ。でも、ソ連が崩壊。
  中国が自由経済社会に変身。日本もアメリカによって骨抜きが進み、属国
  状態。それと現実社会をネット社会が覆ったというが、どうだった、
  この半世紀の実感は?
私: あの頃はバブル経済の二段階辺りで、何もかもが夢のようだった。
  あなたは、翌年に一ヶ月間の欧州旅行をすることになるよ。
20歳の私: 本当ですか。
私: そうだよ翌年のゴールデンウィーク時に、ヘルパーとして手伝いに
  行っていた軽井沢の『友愛山荘』で、他のヘルパーに感化されて… 
  欧州一周旅行。それで小さい、固い殻が木っ端微塵に叩きこわれ、新たな
真我が顔を出すことになるんだ。
20歳の私: そこで、人生が変わりそうだね。
私: 今考えると、あれが良かったか、悪かったか? それでも、以来、
  51回も、地球を広く深く見て歩けるんだよ。そりゃ面白いことは確約する。
  大変だとしても、これは絶対に良いよ。デズニィのキャラクターのように、
  今は頭でっかちで良いんだ。とにかく、毎日をフル回転すべきだよ。
  私は、当時のアナタに感謝しているんだよ。
  「キリスト教倫理」の教授が、夏休みの宿題に、「生涯展望の見取り図」
  を、一夏かけて必死に書いたよね。
  それに対し、教授が丁寧な返事がきたよね。 あれが良かった。
20歳の私: 軽井沢の山荘で、早朝、近くの「離れ山」を散策しながら、
  必死に考えたさ。毎日が若い女性の旅人たちと歌い踊ってね。
  今が人生の春ど思っていたが、もっともっと面白いことが連なり待って
  いるなんて。 ところで、激変の中で、生きてきた実感は?
私: 当時、『全機』という禅語に出会ったね。あの言葉を貫いてきたのが
  ポイントだったようだ。 正法限蔵全機の巻に、「それそのものが何もの
  とも相対せずに存在していることを全機という。」と。「人が持つ全ての
  機能を現し、発揮する」事をよしとする意。 これだったんだよ。
20歳の私: かなりズッシときたが、成るほど。
私: でも、こうして話せるのは、この年齢まで生きているからさ。
  「純真な心の芯が魂」ということさ。 最後の最後は、そこだよ。
20歳の私: 行蔵を覗くと、そうでもないようですが… 何か偽悪と、
  露悪を楽しんでいたような。こんな筈ではなかったんじゃないですか。
  何か、勝手に自分を卑小化していませんか。 
私: いや、こんなものさ。
20歳の私: 面白いから、また呼び戻して下さい。

▼ あたかも、別の存在に憑依され支配されている自動書記のような感覚の時間
 が過ぎていたような。対話は、あたかも「己の人生の使用前と、使用後の内面
の自己対話のような。インナーチルドの青年期の私との対話とも。
 煉獄内の独り言?

・・・・・・
1月15日  1969年
 今日は学生時代最後の誕生日だ。
毎年この日にNHK「青年の主張」を必ず見ることにしている。
このよう見るのは最後だろう。
 内容と評価を、メモをしながらみた。
・北海道代表の武田(女)さんの主張 
 あまりハッキリした意志が感じられないー65点
・東北代表の清水さん
 働きながら夜間にいっている。自分をしっかり把握して真正面から
 自分を見つめられる人間になりたい −70点
・四国代表の中西さん(女)ー実習教官
 自分を温かく包んでくれる深い何かに感謝−80点
・東海代表の須田さん(女)
 女である自分の農業の立場 75点
・東京代表の守屋さん
 青春の喜びー無限と思われる未来の夢に対する生き方
  若さの代名詞は可能性  75点
・沖縄代表の宮城さん(女)
 沖縄県民の心情ー85点
・近畿 林さん 精薄施設の女指導員
 園児の美しい心の素晴らしさについてー75点
・関東代表の関谷さん
 自分1人で生きていく心構え 70点
・九州 河嶋(女)
 生活の為働かなくてはならない姉妹について
 老人対策など       90点
・中国代表の吉原さん
 非行少年の観察員の主張
 心が病んでいる少年達ー80点

  〜以上が私のつけた評価の点数である。
現実にドップリ使っているのだから、仕方がないがもっと
広い視野で自分を見下ろす目が必要ではないか。
可能性の追求をもっと見つめることが大事ではなかろうか。
 この目で自分を見つめ直すと、どうであろうか。
流通で生きると決めたのだ。そこで何を可能性として求めるべきだろうか。
そこで自分の基盤を深いものにしなくてはなるまい。
そこで自己建設をしていくことになる。
 ここで忘れてはならないのは、他人もそれをおこなっているということだ。
何故、そんなことをしなくてはならないか?
人間として生まれ、最後は死ぬ中で自分の生きた証を残す為である。
それが義務といってよいからだ。
その立場によって、それぞれが違って当然である。
私は今、そのスタートラインに立っている。
誕生日に毎年この番組を見るのが私にとってベストになった。
・・・・・・
5784,閑話小題 〜今度は71歳ですか
2017年01月15日(日)
  * 今度は71回目ですか
 昨日は誕生日の前日だったが、地元ステーキチェーン店で、細やかな誕生日
祝いをしてきた。 昼間の千円ランチでの誕生祝いの品は、皿にアイスとか、
ケーキがついた、飾りには小さな閃光花火がチリチリと光っていた。
隔年ぐらいは、その線香花火に癒されている。
 この年齢になると、祝いというより、あの世への一里塚の感が強くなる。
還暦か、その一年後の70歳代になったら、自分への贈物をと考えた挙句、
アンドロイドTVの買替えを思いついた。家内に察知されれば、即、潰される。
 とはいえ、年金生活者には重負担。家内の罵声覚悟の上だったが… それが
何とも、老いの身に堪える。で、何とか乗り越えた。一番喜ぶのは家内。
この5年半はタブレットPCに夢中だったが、今度は、これに気持ちが移行する。
で、結果として、思い通りに大正解。 これが思いのほか極上の機能。
白黒からカラーTVへのアップスケールした以上の画期的代物。一時、3Dテレビ
が話題になったが、この立体的に見える画面であれば、その必要性は薄れる。
例とえば、大相撲の力士が土俵下で映し出されるが、同時に観客席の観客の
姿かたちと表情が力士と同じ位に鮮明に見える。 相撲も面白いが、様々な
コーデネイトや、長年かけて出来上がった、様々な仕草を見ているだけで、
現場の臨場感がある。何か異次元世界に足を踏みこんだ感がする。17時〜20時
までは居間で晩酌をしながらTVを見ていたのが、今では1時間もしないうちに、
奥の院の寝室に行く。居間のTVでは頭が痛くなるため。 
 明日は、このアンドロイドTVをテーマにする。

・・・・・・
5419,閑話小題 ー今日で満70歳ですか
2016年01月15日(金
  * 世界的不況が更に深刻のようだ
☆ 庭の木々の積雪は15センチほどか。これでは冬物衣料は、大打撃だろう。 
世界的不景気もあり、原油が一時的にしろ30ドルを割った。一年ほど前は、
120ドルだったから、4分の1。これは世界的デフレと産油量の供給過剰が
背景にある。世界の広がりあるテロと地球温暖化による、作物の不作もあり、
株式からも目が離せない。現役の立場だったら、かなり厳しいはず。
☆ 去年の暮れに、大学時代の同級会で隣席の有名な夏はゴルフ場、
冬はスキー場で某リゾートホテルを経営している人に、
『万一の備えを、たとえば、夫婦して厚生年金に入っているとか、
奥さんの通帳を別立てにしているとかの万一の対策をしている?』
と聞くと、『妻は長い間入院して働いておらず、二人とも国民年金。備え
などしている余裕などない。それより目先のスキー場の積雪が心配だ! 
まだ、中国、オーストラリアなどの外国人の来客があるからよいが・・』
と、弱気な顔。それぞれ事情があり、無神経な質問をしたと反省。
地方経済は、いずこも厳しい経済環境。 
☆ 最近、太平洋側のゴルフ場が次々と閉鎖され、芝生の上には、太陽光
発電のパネルが立ち始めているとか。こんな話をきくと、バブルの時代を
知っているため、隔世の感が強い。ここで、阿部首相が、リーマンショック
規模の経済変動が無い限り、10%の消費税を実行すると述べたが、その
クラスの経済事変の可能性がないとはいえない事態である。 年初来、
株価が連日、下げて、昨日は何とか反発。 不況の影響は、まず年金生活者
など弱者を直撃するから、たまったものじゃない。
  * 今日で満70歳 
 今日から70歳の大だいに入る。50,60歳の大だいという点で、
一番、心理的にショック。この数年、いやに気持ちが老け込んできた。
そう遠くない、ある日、末期ガンと宣告され、七転八倒のうえ死んでいく。
そして、3日もすれば、忘却の彼方に消えていく。元気なうち、一日一日を
噛み締めていくしかない。いや、かみ締めてきたから今さらか。
 70代は、還暦時の感慨より、年齢の重みを実感する。
60歳代の10年間で、気持ちも、身体も、日々衰えが身に沁みていたが、
これから10年、いや5年は、更に衰えを実感する日々になるのか。
 とはいえ、老いへの不安とか、死に対する恐れは、何故か少ない。
<楽しむだけ楽しみ、やりたい事をやった> 実感があるためだ。
 なるほど、日々の気持ちを書残し、改めて読返すと、昨日、確信した
<「永遠の命」が実相で、「わたし」と思っている、「これ」は妄想で
 しかない>と思い知らされる。過去も、いま、ここの、わたしも夢幻!
これを、その時点時点で、見ているのが、「永遠の命」の片割れの実相。
まあ、我ながら、本当に真面目、いや馬鹿真面目なことだ。
喩えでいうと、「精神的な腰痛もちが、日々を生きていくための杖代わり
に、書き続けている」が、よくも15年も毎日、飽きもせず。

・・・・・・
5054,閑話小題 ー古希ですか! ー2
2015年01月15日(木)
   * 古稀ですか ー2
 過去分の、1月15日分を読み返すと、それぞれの年ごとに、現在と同じ
気持ちになって感想を書いている。どの年齢の感慨も、少し文章を変換するば、
同じような内容になる。自分が老人など、どうしても信じ難いが現実は現実。
 年末年始の三週間以内に、クリスマス、晦日も、元旦、誕生日と、収まる。
当日ごとに、同じような共同幻想を何とも不思議がらず、受け止め、こんな
文章を書いている。果たして、古希まで生きたのが目出度いのか? いや逆?
どうだろう。同期の大よそ4分の1が亡くなった。あと10年で、更に4分の1が
亡くなる。私の想定余命を、あと6年、と数年前にした。 私の父親が71歳で、
母親は88歳で亡くなった。その平均が79歳。このところ幸福論などの本が
面白くて、ここで書評を書いている。人生の先が、決定的、絶対的挫折?
の『私の死』がやってくる。そこで、ささやかな、幸せがほしくなる。
 目先、『一対三の法則』(ネガティブ・1対ポジティブ・3)で、
己をコントロールするしかない。何か、今日を区切りとして、
「一年一区切り」と想定して、生きることが出来そうだが・・
 この程度としても、恵まれていたし、面白かった!
現在も続けている、この早朝の学習習慣のお陰である。
それにしても、過去の、自分の誕生日の感慨がメルクマールとして、
面白いが、ひと様からみたら、これほどツマラナイものは無い? 
・・・・・・
4689, 閑話小題 ー68歳に、つれづれに〜
2014年01月15日(水)
   * 68歳に、つれづれに〜
 今日は68歳の誕生日、毎年同じような感慨を書いている。早生れなので、
同期生は古希になる。スポーツジムに通っているためか何とか肉体は元気だが、
それでも日々、老いていくのが自覚できる。ただ知的好奇心と、頭の方は
マスマス冴え渡っている。情報機器の進化もあって、何もかもが新鮮に思える。
日々、固定観念が壊れていくこともある。それにしても、もっと早く、隠居
になっておくべきと後悔が残る。としても、まだまだ分厚いバイアスに囲まれて
いる自分が、ここにいる。地方の良さは、のんびり出来ることだが、反面、
情報が薄れていること。これも人生だが・・ 以前なら、飲みに出るが、
もう面倒の方が先に立つ。過去分の誕生日の感想を読み返すと、面白い。
他人にとって些細なことでも本人にとって一年で一番、感慨深いことが、
この日を振返ると見てとれる。その時どきの誕生日の感慨を真剣に考えている
自分の心(文)を振返ると、真剣に向き合っている、この人は何だろう? 
誰だろう? と不思議な感覚になる。来年の、この日には読み返す自分が
いないかもしれない。しかし誰かが読んでいるかもしれない。その人が、
自分の一部を蘇らせてくれるかもしれない。もし、2020年まで生きていて、
「75歳に、つれづれに〜」を書いていたら、どんな文章になるのだろう?
そのイメージで書くと・・
〈まさか、この年まで生きていようとは思ってなかった。
今年の東京オリンピックを見ることが出来ようとは、感謝である。
そして、あの日から10年になる。良きに悪きに、この7〜8年で激変した
・・ それにしても、ここまで生きてきたもの!万歳である。〉 
こんなふうか・・ なるほど、「今日は、残されて人生の最初の日」
であるのが分る。「余命半年!」と宣言され、覚悟が固まれば、
この言葉の通り一日一日を過ごすことになる。何か年寄りくさい話
になったが、とにもかくにも自分が滑稽で面白かった!
・・・・・・
4322, 閑話小題 ―住宅ローン破綻と、立ち退き
2013年01月15日(火)
 * ネットカフェ難民から、マック難民へ
 * 住宅ローンの破綻と立ち退き
 * 命を投げ打ち憲法改正をやる覚悟があるのか? (略)
    * 67歳か〜
 65歳過ぎてから特に、誕生日が冥土の一里塚という感が強まっている。
最近になって「長く生きてきた」と思うようになった。先が見えてきたため。
父の死の歳まであと4年少し。これだけ大きな時代の裂け目にいることに、
自分でも驚いている。 それと、タブレットPCと、スマートフォンの存在。
これだけの機能が手の平に収まってしまったのだから。この金融恐慌と、
欧米と日本の経済惨状。世の中変わった!
・・・・・
3947, つれづれに ー66歳か
2012年01月15日(日)
  * 66歳の誕生日に
 還暦を過ぎてから年々、老いを感じるようになっている。 特に昨年春先の
大きな区切りから緊張から解き放され、成る程、リタイアとは、こういうものか
と思い知った。しかし人間とは不思議なもので、直ぐに次の生活に慣れてしまう。 
それと、これまでより腰を据えて本を読めるようになった。 また日常の平凡
を味わえる余裕が出てきたようだ。 私の場合、40年近い事業人生、丁度、
去年が引き時だった。 挫折感とか後悔は、自分で驚くほど少ない。
 振り返ると、事業を始めた頃は日本が高度成長の真っ只中で右上がりの
風の中で最も恵まれた環境であった。そして20年前にバブルの崩壊。
10年前の9・11、3年前のリーマンショック、去年の3・11震災の三連打
で終了。丁度よい区切りでもある。そして今年からはリーマン・ショックを
大地震とすると、大津波(世界恐慌)の襲来である。本来、去年の後半のはず
だったが、何とか今年に延命させたが、所詮は時間稼ぎ。 そのキッカケは
欧州発になりそうな雲行きである。そうこう考えると、去年が店しまいの時期。
66歳というと、精神的にも肉体的にも70歳に一歩近づた感がする。
仏間に祖父の写真があるが、私より10歳近く若い時写真だが、80歳以上に
思えるほど年老いている。「この人より私が10歳も上か」と見るたびに感じるが、
若い人から見たら、66歳は66歳である。 最近、TVなどで15,20歳ぐらい
の人を見ると、私の年齢まで40〜50年もあり、私が死後も生き続けるのかと、
考えるようになった。その年齢のとき、両親も同じような気持ちで私のことを
見ていたのだろう。「私にとって、年寄りは15歳、年上の人である」という。 
とすると50歳以下の人から見たら立派な年寄り。「まさか、自分が年寄りに
なってしまうとは、思いもよらなった」と家内の言葉。一年一年、来年は存在
しないと仮定して、年内に出来ること、やりたいことは、可能な限りやって
しまう気構えで淡々と実行していくしかない。実際に去年は、そうしてきたが・・
もともと独立独歩の人生、これからは、それが生きてくる。それぞれに年齢の
経験は、初めてになる。 それを味わうことだ。例年、それぞれの実感が書き
連ねているが書き残すのも悪くはない。今年は会社のケーキのプレゼントはない!
  ・・・・・・・
3582, 65歳か〜!
2011年01月15日(土)
 今日で、目出度く?65歳である。法的にも立派な前期高齢者である。
二年前に厚生年金の支給を受けているし、今更だが、今日から60歳後半に入る
ことになる。死んでも「お早いのに、残念ですね!」とは、言われなくなる。
60歳までは、10年スパンを大きな目安にしていたが、還暦を過ぎてからは5年
を目途に切かえた。で、この5年は何をテーマにしてきたかというと、50歳代
に目指した「10年間で、人生の余白分を全て埋める」のフォローをすること
にしてきた。それと、一年一年を確実に埋めること、哲学を深めることである。
リーマンショックの不意打ちで、5年間の後半の2年半は混乱をしたが、それでも
深まる波の中で、数百年、数十万年の人類にとっての断層の現象化を日々、
見届けている幸運を経験もしている。 45歳から誰もが訪れる肉体的老化が、
還暦を過ぎる頃から角度が一段下がってきている。また同年代の知人が、定年で
一線から身を引き始め、大病になったり、生老病死の問題に直面しつつある。
とはいえ、死ぬまでは生きていかなければならないのが人生である。
父は38年前に71歳で亡くなった。それからすると、やはり「とりあえず5年」
として、一年一年を生きていくしかない。これは前半5年と同じである。
 私の伯母が、90歳過ぎに「歳をとることは無念なこと」と、話していた
というが・・ まさか、自分が65歳になるとは、自分でも驚き。 
それぞれの峠を通るのは、その都度、初めての経験。面白いといえば面白い。
特に、この断層の時代である。「魂に更に何を満たしたらよいか?」
この問いが答えの手がかり? 「で、何だろう?」      
それにしても、毎年、ほぼ似たようなことを書いている自分が滑稽である。


6150、閑話小題 〜実際の降雪量は例年に比べ…

2018年01月14日(日)

   * あの電話は、「オレオレ詐欺?
 去年末の話になるが、家内の留守に自宅電話に不通知表示の電話が入った。
「こちらは警察署ですが、オレオレ詐欺についての調査で協力をお願いします。
それらしき電話はありませんか?」と。非通知のため、警察を名乗ったオレオレ
詐欺かもと警戒しながら応答をした。口調は警察そのもの。 最後に「充分、
気をつけて下さい!」と。オレオレ詐欺の探りか、仕込みなら、これほど巧妙な
方法はない。逆に、用心深くなるため、逆効果もある。…その後の展開を楽しみ
に待っていたが、今のところなし。考えすぎか?。10年数前になるが、自宅に、
『御主人が、市内の○○で交通事故にあいました。』との警察署からの電話。
家内が『あら、家に車はあるし、主人の勤め先は新潟で市内にはいないはず!』
と、答えると、即座にプッツン… 。
 ――
  * 実際の降雪量は例年に比べ…
 長岡から普通列車で30分ほどの三条駅から新潟寄りで積雪のために列車に
一晩、閉じこめられた全国版のニュースになった。他県の人がニュースで見ると、
よほどの豪雪かと思うが、私の住む長岡市は、数年来の小雪で60僂△襪どうか。
ニュースからすれば中越地区は豪雪のイメージがあるが、大きな格差がある。
新潟の下越より中越地区の辺りが一時的豪雪で、地元の市内は例年に比べて小雪。
こんなものである。以前、ギリシャ・ツアーに行く10日ほど前に森林火災が発生、
中止も考えたが、恐らく、九州の阿蘇山辺りの森林火災が、大々的に報じられて
いるはず」と… …で現地では、思った通り。マスコミの過剰報道そのもの。
冬期間では、列車の立ち往生もあって当然。全国版にすることもなし。
地元民も、過剰報道に応じたカメラ目線で受けごたえするため、何が何やら。
情報化は、その辺のインテリジェンスがないと、害悪になる。早速、解説者が
真剣な顔をして対策の問題点を上げていたのが、それがはや何とも滑稽。
中越地震の際、医師をしていた同級生を褒めたたえるニュースを全国版で報じて
いた。 中越地震の報道の「味付け」に使っただけだが、早速、「励ます会」を
やろうじゃないかと電話が入った。それはそれで、いいじゃないかと思いつつ、
提灯行列じゃないかと心底の判断で都合をつけて断った… 田舎には狐も狸も
徘徊している。都心にもだが… TVディレクターは面白だろうに! 滑稽だが!

・・・・・・
3581, 閑話小題
2011年01月14日(金)
  * 人は知っている範囲しか、理解しようとしない!
 最近、つくづく思うことは、「人は知っている範囲でしか、ものごとが理解
しようとしない」ということである。そんなことさえ知らなかったのである。
恐らく、9割、いや9分9厘の人が、そのことに気づいていないのでは?
10年間これを書き続け、かつ哲学書を読み続けてきたため、論理的に捉える力
が以前に比べついていた。毎日、過去10年分の同月同日の文章を読み返して
いると、自分の能力の範囲がみえてくる。そこで、その範囲でしか理解して
ない自分を振り返ることになる。人間は可能な限り経験し、知識を深めて
おかないと、歳を重ね己の人生を鳥瞰した時に、その浅瀬の中で苦悶すること。 
どんなに深耕したと思っていても、振り返ると、その浅さに唖然とする。
特にネット社会では、キーワードを検索に打ち込めば、それに見合った情報、
知識が無限に入手可能になる。今年からタブレット式パソコンが普及、進化
を始めると更に、何処からでも、情報が入手、かつ見ることが出来る。
知っていることが財産でなくなり、即座に、知識を入手出来て、自分の頭で
消化する能力が必要とされる。しかし、それも知識の蓄積があればこそ、
無ければ、情報のまま消え去ってしまう。
  * 辺野古の移設先は「原子力空母」
 産経新聞のコラムで加地伸行が、辺野古の移設先を「原子力空母」にという案
を真面目にか、ふざけてか、提案をしていた。毎年、一隻ずつ、三隻つくり、
沖縄の沖に浮べておく。世界有数の造船技術があるのだから、可能なはず。 
一隻一兆円で、三年間で三隻で三兆円。沖縄南に一隻、日本海に一隻、尖閣列島
に一隻。 これなら沖縄の外で、県民からも文句は出まい。考えてみれば日本は
広大な海洋国家。こと何かがあれば、三隻が船団を組んで対処できる。
今迄の中で一番、良い案に思えるが。韓国が別に二隻をつくり、同盟でも結べば、
中国に対して大きな抑止力になる。その前に中国の圧力と国内の反対で潰される!
・・・・・・
5053,閑話小題 ー古希ですか!
2015年01月14日(水)
  * 古希ですか! 〜ちろりちろり、浮世は風波の一葉よ
 明日で古稀。還暦ほどではないが大きな目安である。よくぞ無事?に到達した
もの。身近の人をみていると、酒量の多い人は大方が70歳前半までに亡くなる。
それでも生きているの人は、刃物が入っている人?
 60歳を超える頃から、滑り台を下りるように、姿形と、内面の衰えが目立つ。
仏壇に祖父母の50歳代半ばの晩年の遺影があるが、私より一回りも下とは!
気持ちは実際、50歳後半で止まったまま。気持ちがより老化をすると思っていた。
 ところで、古希は、70歳のこと。 唐の詩人杜甫の詩
「酒債は尋常行く処に有り 人生七十古来稀なり」
(酒代のつけは私が普通行く所には、どこにでもある。
(しかし)七十年生きる人は古くから稀である)に由来する。
還暦は数えの61歳(満60歳)だが、古希は数えの70歳(満69歳)。 
1939年に双葉山が安藝ノ海に負けて連勝が69で止ると、当時の大相撲
ラジオ中継のアナウンサーがこれを引用し「やはり七十古来稀なり」
との名言が全国に放送されたという。父親の行年が満71歳。それまで、
あと2年になった。人生の元は、還暦までに充分にとった実感がある。
9年間で余白も埋めた感もある。「それでも何か侘しい」
という思いは意外と少ない。
 ところで、古稀といえば、以前、ここでテーマにした
『閑吟集 四九〜五五』を思い出した。
  世間(よのなか)はちろりに過ぐる ちろりちろり   (49)
  何ともなやなう 何ともなやなう 浮世は風波の一葉よ(50)
  何ともなやなう 何ともなやなう 人生七十古来稀なり(51)
  ただ何事もかごとも 夢幻や水の泡 笹の葉に置く露の間に 
                   あぢきなの世や (52)
  夢幻や 南無三宝(53)
  くすむ人は見られぬ 夢の夢の夢の世を うつつ顔して(54)
  何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ     (55)
現在の私の心境は、まさに、このまま。 一期の夢と思いつつ、
うつつ顔して狂えなかった自分が、冷たく笑っている。まさに、
『 ただ何事もかごとも 夢幻や水の泡 笹の葉に置く露の間に 
 あぢきなの世や 夢幻や 南無三宝 』である。ちんちろりん!
・・・・・・
5418,人生で最も大切な技術 ー
2016年01月14日(木)
       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ・リカール著
  *「いのち」が存在の実相、「わたし」はフィクション!
 昨日、「人生でもっとも大切な技術ー◆廚鬟董璽泙暴颪い拭
ところが、去年の同月同日の{ 5052,生と死をめぐる断想 ー5
『生と死をめぐる断想 』岸本葉子(著) の内容の一節が、リカールの
幸福論につながる丁度よい答えであった。
< 玄侑氏が再三書いているのが、「わたし」と「いのち」の関係だ。
「いのち」は「わたし」の生れる前からある。
「いのち」に「わたし」がいっとき宿るのだと。
「いのち」が存在の実相で、「わたし」は頭で作り上げたフィクション。
 はじめにそう読んだとき、逆ではないかと私は思った。「いのち」が
「わたし」に宿っている、「いのち」が「わたし」の一部だろうと。>
何気ない言葉だが、幸福とは、この「いのち」に気づき、一体化した状態で
はないか!と。・・> 
 ある作家が、末期ガンを宣告され、呆然として2Fにある喫茶店の窓から、
帰路を急ぐ多くの群衆を見ていて、「私ひとりだけ消え去る」恐怖を
書いていた。群集にみえた、「いのち」と、消え去っていく「じぶん」の
対比が死の恐怖を鮮明に表現されていた。幸福感とは、未来のある群集の中に
感じた「いのち」を体現している感覚。至福に至った感覚、「至高体験」の
経験が蓄積され、何時でも、その感覚を引出せることこそ、幸せの理想。
秘境旅行の大自然との邂逅や、本を通した作家との融合で、感動した至福感
などの蓄積は、目先の現象などでは壊れたりしない。しかし、それさえも、
余命3ヶ月の宣告で、バラバラに破壊される?それほど、自己の死の確信は
恐ろしい? ガンで怯える岸本嬢が、玄侑氏と往復書簡をするうちに、
<「わたし」が「いのち」にいっとき宿る、「わたし」<「いのち」という
発想が自然なものになってきた。・・ それとは別に、「わたし」を超えた
何かもっと全体的な何かがあるらしいことを感じるようになってきた。>
 リカールは、幸せの獲得の妖術?に、瞑想を勧めているが、これは、
後でテーマとして取り上げる。毎日、夜半、4時間の爆睡の後、4時間の
半睡を瞑想の一つ?として味わっているが、これは時々「魔の時間」に
なることがあるが、大部分は「至福の時間」になっている。
それにしても、同月同日に「意味ある偶然の一致」が、あまりに多い!
・・・・・・
5783,福田恆存の「私の幸福論」〜
2017年01月14日(土)
              「私の幸福論」福田恆存著
   * 快楽と幸福 ーB
 快楽に近い言葉に、「快適」がある。
ネット辞書によると、
「快適」は「心地よい」、
「快楽」は「楽しく過ごしている時に感じる喜び」とあった。
これからして『幸福』とは「快適な状況」で、「喜びを感じる楽しい感覚
ということになるが、それほど簡単に幸せには決めつけられない。これは、
生物だけが実感できる感覚といえば、その極めの体験が『至高体験』。
大自然の壮大な景色などや、偉大な芸術作品に出会った時の感動で、対象の
波長と一体化した状態をいう。感激は心の振動、感動は魂の振動である。
  〜その辺りを抜粋〜
≪ 快楽や快適を目指すところには、その底に利己主義がひそんでおります。
 刹那的な快楽主義の場合、誰の眼にもそれは明かです。
が、エピキュリアニズムのような個人主義になると、外界にわずらわされぬ
「不動の心」というような精神的美徳を表看板にしているので、私たちは
その底にある利己主義に気づきにくいのです。
さらに、社会主義、共産主義、福祉国家となると、貧しい人々の利害を考え、
「最大多数の最大幸福」というような合言葉が出てくるので、そこに利己主義
があるというようなことに、誰も気がつかないのであります。 

人間は人間の道具にはならない。にもかかわらず、快楽というものをつきつめて
いくと、どうしてもその極限には、相手を自己の欲望充足手段としか見なさぬ
生きかたに辿りつくのです。だから、私は快楽というものを、おのれ一人に
しかかかわらぬ孤独な迷妄だというのです。

快楽の思想にはなにかが欠けている。私たちはそのことを反省すべきです。
皮肉なことに、私たちに欠けているものの一切を埋めようとする快楽思想に、
わたしたちにとってもっとも大切ななにかが欠けているのです。
それは幸福の観念であります。

「不幸」というのは、ただ「快楽」が欠けているということであり、
「快楽」でないということにすぎない。

私たちは自分の欲するものを得るために戦わなければならない。
その戦いにおいて勇敢でなければなりません。が、今日、「正義」の戦い
を称道する人たちの大部分が、ただ勝利のためだけしか考えていない。
そうなると、敗北すれば、すべては犬死にであります。

将来のことを考えたら、誰も自信がもてないのが当然であります。
思うに、私たちはなにか行動を起すばあい、「将来」ということに、
そして「幸福」ということに、あまりにこだわりすぎているようです。
将来、幸福になるかどうかわからない、また「よりよき生活」が訪れるか
どうかわからない、が、自分はこうしたいし、こういう流儀で生きてきた
のだから、この道を採る」そういう生きかたがあるはずです。いわば自分
の生活や行動に筋道をたてようとし、そのために過ちを犯しても、「不幸」
になっても、それはやむをえぬということです。

「将来の幸福」などということばかり考えていたのでは、いたずらにうろうろ
するだけで、どうしていいかわからなくなるでしょう。たまたま、そうして
得られた「幸福」では、心の底にひそむ不安の念に、たえずおびやかされ
つづけねばなりますまい。それは「幸福」ではなく、「快楽」にすぎません。≫
――
▼<「不幸」というのは、ただ「快楽」が欠けているということであり、
 「快楽」でないということにすぎない。>  幸・不幸は、あくまで
受止め方でしかないが、「恒産あって恒心あり」が前提にある。快楽を
満たすためには、満たすだけの力量が必要。私たちは、利己主義と個人主義を
混同してしまいがちになる。公共、公正を守った上に、自分優先に考えるのが
個人主義である。しかし、公共・公正の解釈は各自違うため、誤解が生じる。
 考えてみれば、不幸も、幸福も一時的妄想に過ぎない。
【笑っても、泣いても同じ空】なら、笑える状況を自らつくっておいた方が
良いが、どうだろう。隣人を卑下した笑いではなく! 互いに楽しむ笑いでさ。
追文) これも全くの偶然で、以下の文章に文脈として続いていく…
・・・・・・
3946, 終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか ー3
2012年01月14日(土)
  * 陸と海のたたかい    「終わりなき危機」 水野和夫著  
「ヴァスコ・ダ・ガマとコロンブスによって海洋に進出し、近代化を始まった。
これは、要するに、「欧州における北アメリカの開発に伴う超長期のブーム」
の出発と捉えることができるとウォルター・ウェップが述べたが、19〜20
世紀初頭になって、近代化は米英によるアジアの開拓史へと受け継がれ、
「地理的・物的空間」を広げていった。さらに、1970年代半ばから、
米国は「電子・金融空間」を高レバレッジで無限に膨張させようと試みた。
そのブームが終わったのはベトナム戦争とドル危機が、その象徴であった。
膨張を前提にする「近代史」は本来、そこで終わっていた。 その後、
「大きな物語」を「電子・金融空間」をつくることで近代は延命したが、
リーマン・ショックでどうやら先進国におけるバブルの宴は終わったようだ。 
「海の時代」の構造を前提としているポンド・ドルの基軸通貨体制が成り立って
いるのだから、膨張が止まれば、その危機が起きて当然である。・・その中で、
第一次石油ショックと第二次石油ショックを乗り越えた日本も、バブル崩壊
の後、原油の暴騰から日本の「実物投資空間」が輝きを失う一方で、
「電子・金融空間」を築いた米国は一見輝いてみえ、「金融帝国」化してゆき、
日本も、それを見習えと主流をなした。しかし、本当に深刻なのは、日本がいま
一度、近代化の輝きを取り戻しさえすれば何とかなると思っていることにある。
その象徴が「成長戦略」であり、デフレが景気回復の妨げになっている考え方。
▼ 9・11のテロは、陸と海のたたかいの構図そのものである。
 資源を紙切れ=ドルで持っていかれて、民のほとんどは貧しいまま。
その反撃があのテロと想定すると合点がいく。海と空を制圧したアメリカが、
その上に「電子・金融空間」を更に付け加え世界を制圧し続けていた。
その新たな空間の象徴が、あの二つのビルであった。そこに飛行機をミサイル
として攻撃したのだから、アラブの連中からしたら「してやったり」である。
それを口実に、原油や鉱物資源の宝庫の、アフガン、イラクに的を絞って
攻撃をしたのだから、著者の、この戦いの縮図とみることができる。
・・・・・・
4688, 閑話小題 ー高校サッカー決勝戦の劇的結末!
2014年01月14日(火)
   * 奇跡的逆転勝ち
 今年の高校サッカーの準決勝、準決勝、決勝が面白かった! 
特にに昨日の決勝は劇的。 2対0で負けていた富山が、最後の数分で
追いつき、更に延長で逆転勝ち。滅多にみられない試合である。 
 ーまずは、ネットの記事よりー
【 [全国高校選手権決勝 富山一3-2(延長)星稜 国立] 
  富山一が「国立最終章」で頂点に立つ!! 
 第92回全国高校サッカー選手権は13日、国立競技場で決勝で、ともに初優勝
を懸けた富山一(富山)と星稜(石川)が激突。2点を先取した星稜に対し、富山一
は後半42分から2点を奪い返して同点に追いつく。2−2で延長戦へもつれ込んだ
一戦は、延長後半9分に交代出場のMF村井和樹(3年)が決めた決勝ゴールによって
富山一が3−2で勝ち、初優勝を飾った。・・2大会ぶりとなる決勝での延長決着。
延長戦では富山一・竹澤の左足ミドルがゴールを襲い、星稜・藤田の左足ミドルが
クロスバーを叩く。再び突き放す1点を狙う星稜は延長後半6分に長谷川に代えて
MF川森直威(3年)を送り出した。延長決着か、PK戦突入か。緊張感高まる中で死闘
に決着をつけたのは村井の左足。延長残り1分でこの試合初めて勝ち越した富山一
は、最後は大塚に代えてMF平寛治(3年)を投入して守り切り、初の日本一に輝いた】
▼ 高校サッカーは、最後の数分の2対0に何かが起こる可能性があると、
 アナウンサーが何度か言っていたが、この大会の失点がゼロの星稜が、このまま
勝つと判断、一度、書斎に行きかけたが、優勝の瞬間を見てからと居間に戻った。
ところが、その直後に二点差を撥ね返し、延長で奇跡的逆転勝ち。高校選手権決勝
として歴史に残る名勝負になった。それに監督の息子が終了間近の反則のPK戦で
同点に追いついた、ドラマ仕立て。サッカーは、さほど好きでないが、全国大会
の準々決勝からは毎年、見ている。そこではドラマのような試合が次々と生じる。
 金沢に在住していたこともあるが、やはり無名の富山一を応援したいのが人情。
この大会で、全て失点ゼロの星稜が、最後の数分で2失点で同点とは、驚き。
下手な映画より遥かに面白いのが、ライブの真剣勝負である。
  あのような場面では、何かが乗り移るのだろう!

 < 過去  INDEX  未来 >


horii86 [HOMEPAGE]