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堀井On-Line
| 6109,閑話小題 〜根深いが、軽い問題だ、これは! |
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2017年12月04日(月)
* なんてことはない! 日馬富士暴行事件の顛末の批評で、「主犯格は白鵬!」と、したり顔風に、 ここで書いた。一昨夜の大学時代の同級会でのこと。私の席の前側に、相撲部、 空手部、剣道部の選手だった3人が、一連の事件を酒のツマミに話し始めた。 ところが、その内容が、ここ数日にわたり書いてきた内容と、ほぼ同じ。 私が真面目くさって抉って論じた筋が、極く当り前の話。〜大筋は、こうだ。 <一連の事件は、白鵬を中心にしかけた共同行為で、最も責められるのが白鵬。 実際に指示をしなくとも、説教役が白鵬で、暴行の実行役が日馬富士になり、 白鵬も同罪。日馬の追放処分は厳しくはない。貴乃花親方が悪いというが、 彼の判断は、ごく当然のこと。それと何よりも日本人力士が弱過ぎる。理事長 も、もっと毅然とした態度であるべし… 肘打ちのようなカチ上げと、張手は 言語道断…>と。 現在、3人とも、それぞれの地域のスポーツの指導的立場にあるという。 私にとっての穿った「正論」と思っていたが、これが一般的道理なのか? … とすると、半年から1年以内辺りに、今度は白鵬が問題を起こし、角界からの 追放も時間の問題に。神憑り的実績に、内的成長が、遥かに後れをとった姿を 目にするのも限界がある。そこで大きな問題は、右翼の売名行為の標的に最適 な対象に? 危ない、危ない! 来年の大問題の一つが白鵬の舞上がり絡みの 件になる予感がする。尤も、芸能スポーツ欄の括りの範疇になるが。 トランプ大統領、金主席、国内では、この男が… 最も狙われる人物に。 ― * 全日本相撲選手権 1ヶ月前の「全日本学生相撲選手権」につづき、昨日、「全日本相撲選手権」 が行われた。今年は5年ぶりに学生以外の25歳の選手が優勝した。この年齢 ではプロは無理? 決勝相手が新潟県の23歳の三輪。彼ならプロの可能性が あるため、応援をしてみてたが、体力の差で負けてしまった。去年の大会には、 何人か有望選手がいたが、今年は見当たらなかった。まあ、今年はいいだろう。 この現状からしても、内的素養は別として、モンゴル人力士も必要か。 双葉山には、「大本教」の大元の素養があった。 何もないなら、 < せめて神憑りのふりをしろ! > 所詮はお祭りの余興なら…
・・・・・・ 5742,つれづれに哲学 〜嘆きの谷 2016年12月04日(日) 「生きづらさからの脱却」岸見一郎著 * アドラーの「嘆きの谷」 私がみるに、悲観的傾向が強い人が、女性で3人に1人、男性が4人に1人 の割にいる。その中で更に強い人は1割ぐらいか。知人にも数人、非常に悲観的 思考の強い人がいる。連れ合いとの不適性があるが、何もかもを悲観的に捉える。 ある婦人、目を見張るほど美人だが、いや、だったが、万年ウツ状態で、日常が 常に暗い状態。誰も躁鬱の波を乗越えて生きているが、問題はマイナスの程度。 アドラーはカント同様、クル病だが、そのハンデを乗越えて、フロイト、ユング につづく三大心理学者の一人になっている。根には、「その程度のことで、何で 落ち込んでいるのか!」があるため、その説得力が強い。 〜その一節から〜 ≪ 世界を「嘆きの谷」と見ようとし、いつも苦しんでいる人がいる。 アドラーはそのような人は「途方もない重荷を担って人生を歩もうと不断に 努力をする」と言っている。些細な困難をも誇張し、将来についても悲観的に しか見ない。身のまわりで喜ばしいことが起ると不安になり、どんな対人関係 にも「影の面」を持ち込む。 「嘆きの谷」という言葉は元もと旧約聖書の『詩編』に出てくる。 エルサレムに巡礼する人は、乾燥のため枯れ果てた谷底の道を歩まなければ ならなかった。このような人が、世界を「嘆きの谷」と見ようとするのはどう いうことか。アドラーの解釈と違って、『詩編』では、神によって勇気を 出し、広い道を見ている人は「嘆きの谷を通る時でも、そこを泉とするだろう」 と言われている。生きている限り、「嘆きの谷」を避けては通れないが、勇気 ある人はそれを「泉」と見るのである。ところが、この世界の嘆きの谷とみて、 どんな喜べる機会にも、「カッサドラの叫び」しかあげない人がいるとアドラー はいう。ギリシャ神話に出てくるカッサドラはアポロンに愛された。アポロンは カッサドラに愛を得るために彼女に予言能力を与えた。しかし彼女は、アポロン の求愛を断った。そのため、アポロンは誰も彼女の予言を信じないようにした。 カッサンドラはトロイアの滅亡を予言されたが、無視された。 アドラーは、<この世界を嘆きの谷とみて、「カッサンドラの叫びしかあげない」 というのは、不吉なことしか言わないという意味だが、決して、トロイアの滅亡 を望んでいた訳でない。 〜ネット検索に、「嘆きの谷」で調べると、 ≪・アドラーは仕事の課題、交友の課題、愛の課題という人生には避けては通る ことができない課題がある、という。これらの課題を解決する能力がないと 考える人は、なんとか理由を考えて、人生の課題から逃れようとする。 ・アドラーが「劣等コンプレックス」という言葉を使う時、次のような意味と して使っている。すなわち、「Aであるから(あるいは、Aでないから)、 Bできない」という論理を日常のコミュニケーションの中で多用するという 意味である。このAとして他の人がしかたがないと納得しないわけにはいか ない理由を持ち出すのである。 ・神経症はこの劣等コンプレックスに他ならない。人生の課題を前に直面しよう としなかったり、ためらいの態度」を取って立ち止まる。「はい〜します、 でも、(yes...but)といって、結局課題に取り組まない。神経症に限らず、 人は意識しなければ、すぐに「でも」といってしまう。 <何かをしようと思う、しなければならない、「でも」と…> ・カウンセリングの時、あまりに頻繁に「でも」という人があって僕はその人が 「でも」というたびにカウントすることにした。本人はそのことを意識して いなかったからである。やがてこんなふうにいわれるようになり、次第に この言葉が用いられる回数が減っていった。「まだ今日は一度も『でも』と いってませんから、一度だけ『でも』といわせてください」 ・人生の課題に挑戦する時、失敗すること、敗北することを恐れる人は、課題 から退却しようとする。何をする時にも必ず成功しなければならない、と考え、 成功するという保証があれば挑戦する。しかし失敗が少しでも予想され、 成功することが確信できなければ最初から挑戦しようとしないか、失敗しても そのことによって致命的な打撃を受けることがないように、いわば綱渡りをする 人が転落することを予想して下にあらかじめ網を張っておくようなことをする。 症状はこのような目的のために創り出される。 ・人生の課題を前にして敗北を恐れる人は、課題に挑戦することを回避する ために時に神経症になって、「足踏みしたい(時間を止めたい)」と思う、 とアドラーはいう(『人はなぜ神経症になるのか』)。 ―― ▼ 上記の「カッサドラの叫び」しか上げない人に、マイナーな視点の話題を ふると、大きく首を振り、どんどん話が進む。何処にも、『内幕情報屋』が 存在して、ネタを探し出して人の懐に飛び込む。それが、万引き、置き引きと、 同じくらい、いや、それ以上の犯罪行為でしかないことを知らない。で、その 毒は、喜んで聞いてしまう方にも、同様に罪になる。誰もが持っている要素 だから始末が悪い。
・・・・・・ 5377,武器としての決断思考 ー�� 2015年12月04日(金) ー武器としての決断思考〜 瀧本 哲史 (著)ー 『学問のすすめ』が、明冶5年の3000万人の人口の中で、300万冊の大ベスト セラーだったというから、当時の民度が高かったことが窺い知ることができる。 明治初期の日本で、欧米のバイブルみたいに読まれていたことになる。 今の人口比からすると1200万冊。明治以来、日本は果して進化したのか。 現在の日本人の多くは、これだけ読む知性も、教養もない。 明治以来、 日本は果して進化したのだろうか。国敗れて教養なし! 何かが失われた! * 『学問のすすめ』は、いま、若い世代こそ読むべきだ ≪ 変化が激しい今の時代、これまでの価値観や方法・人生のレールという ものは、意味をなさなくなってきているということです。京大医学部生の話は、 その顕著な一例にすぎません。右肩上がりの「幸福な時代」は過ぎ去りました。 良い大学、良い会社に入れば人生は安泰、みたいなことはもうないのです。 さらに断言すれば、これからの日本はもっともっと厳しい状況になっていく。 良い時代を経験して「逃げ切り」ができる世代であれば、昔はよかったとただ 嘆いていればいいのでしょうが、これから社会に出る世代、もしくはこれから 社会のメインステージに立つ世代にとってみれば、問題は深刻です。 では、どうすればいいのか? ここで、リベラルアーツの話に戻ります。 人間を自由にする学問がリベラルア↓だという話をしましたが、まさにいま、 それが求められているのです。 医者の話が良い例ですが、国家試験に合格しただけでは、これからの時代は 生き残れないし、幸せになることもできません。むしろ奴隷として、上の世代が 作ったシステムにからめとられる可能性が高い。それも自分が気づかないうちに。 だから教養が必要です。自由になるために。自分の力で幸せになるために。 といってもそれは、大学生がパンキョーと呼んでいるものとは違います。 極端に言ってしまえば、大学の教養課程で教えている一般教養は、大学教授を 食わせるためのものでしかなく、本来の意味での「リベラルアーツ」とほど遠い。 もっと実践的で、実用的な知でなければならない。 ここで、福沢諭吉が著した『学問のすすめ』から一節を引用してみましょう。 まさに私が言いたいことを代弁してくれています。 《学問というのは、ただ難しい字を知って、わかりにくい昔の文章を読み、 また和歌を楽しみ、詩を作る、といったような世の中での実用性のない学問を 言っているのではない。(中略)いま、こうした実用性のない学問はとりあえず 後回しにして、一生懸命にやるべきは、普通の生活に役に立つ実学である》 (引用『現代語訳学問のすすめ』齋藤孝訳/ちくま新書) 『学問のすすめ』が刊行されたのは明治5年。新しい時代の幕開けに、明治人 が持つべきメンタリティを説いたこの本は、300万部を超す日本史上最大の ベストセラーとなりましたが(当時の人口は約3000万人)、いま、既に20年以上 が過ぎたこの平成の世にこそ、そして、そんな時代に生きる若い世代にこそ、 この福沢諭吉のメッセージは伝えていかなければならないでしょう。 そう、まさにいま、実学が必要なのです。医学部生が起業論を学ぶように、 自分にとって必要な学問は何かと考え、探し、選び取るーそういった行為が、 ベーシックなものとならなければなりません。≫ ▼『学問のすすめ』は、学生時代に読んだが、これほどベストセラーとは! 『世間』に対し異常なほど嫌悪感を持つのは、身近な人間関係に取込まれた 奴隷のような絡みとられた視線を感じるため。教養とは、それらから自由に なるための素養。情報化社会こそ、実学としての教養が必要になる。
・・・・・・ 5012,幸福優位7つの法則 −4 2014年12月04日(木) 【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】ショーン・エイカー著 * 法則3: テトリス効果 ー まず、テトリス効果の意味を、要約すると ≪テトリスという強い中毒性の強いゲームがある。一度、はまると、街を歩いて いても、本屋の本から電気屋の段ボールまで、何でもテトリスに見えて組み 合わせたいと思ってしまう。周囲に、この「テトリス効果」にとらわれている人 がいる。いや、誰も何らかのカタチで、同じように無意識で実行する習性を持つ。 思考や行動が一つのパターンにはまって、そこから逃れられない人。しかも、 それは、ネガティブのパターンである。このテトリス効果は良い方向にも悪い 方向にも働く。刑事は、知らぬ間に不正を探している。 警察官は、家族まで不正探しの習性がついてしまう傾向が強くなり、一般人から みたら異様に見えることがある。税理士は監査などで、毎日細かい経理のミス 探しを続けるため、家に帰ってからも家族のあらを探しをする傾向になる。 これらは負のテトリス効果だ。 逆に、良い方向に働くと、テトリス効果は抜群の効果を発揮する。ここで、 「今日あった3つの良いこと」の振り返りがある。一日に5分、この作業を毎日 繰り返すことで、脳内に、ポジティブな自分をスキャンする回路が生まれ、徐々 にポジティブな部分を見つめるようになる。意識的にポジティブなことを考える ことで、それまで頭にあったネガティブなことを意識から追い出すことができ、 心が安定する効果がある。・・ 科学者によると、我々に入ってくる情報のうち、 およそ百分の1しか覚えてないという。他は効率よくフィルターではねられて、 脳の中のごみ箱箱に捨てられる。我々は見ようと思うものしか目に入らない。 自分が買いたい車か、買った車しか目に入らない経験があるだろう。 ・・脳が常にポジティブな面をスキャンしてそれに注目すると、最も重要な 3つのツール「幸福」「感謝」「楽観性」の恩恵を受けることができる。恩恵は、 「幸福優位性」で述べた。 二つ目の有益なメカニズムは「感謝」である。ポジティブな感情で持つ機会が 増えるほど、感謝の気持ちを覚える。感謝を常に忘れない人たちは、活発で、 心の知能指数が高く、寛容で、抑うつになりにくく、不安や孤独も感じないこと が、多くの研究が証明している。 三つ目は「楽観性」。脳がポジティブの事柄を多く拾上げるほど、いいことが 続くと思えるので、ますます楽観的になる。ある研究によると、楽観主義者は、 悲観主義者に比べてより多くの困難な目標を立てる。そして、その目標達成の ために多くの努力を注ぎ込み、困難に長時間立ち向かうので、障害を比較的簡単 に乗り越えることが実証されている。・・・ ≫ ▼ 私は商家で育ったため、何事も損得で考える傾向が強いことに学生時代に 自覚したとき、ゾ〜ッとしたことがある。社会には、損得以前に、善悪、 嗜好、倫理など、様々な道理がある。それを知るのが教養である。私が一番警戒 している、『世間様』がテトリス効果で、小さな世界の価値観に縛られ、思考や 行動が凝縮した人たち。小さな岩穴の中で、大きくなり、その穴から出られなく なった山椒魚そのもの。誰もが、少なからず持っている要素だが。 うつ病は、その穴の中で精神が圧迫された状態から生じる症状である。 ・・・・・・ 4645, 一年で全米記憶力チャンピオンになれた理由 ー2 2013年12月04日(水) 『一年で全米記憶力チャンピオンになれた理由』ジョシュア・ジョア著 * 古代ギリシャの記憶術の誕生ー「シモデスの記憶術」 この本は、科学ジャーナリストが、古代ギリシャの時代から知識人の間で 受け継がれてきた記憶術で、1年後に記憶力全米チャンピオンに輝くまでを 描いた実験ドキュメンタリー。ベストセラーになったが、当然の内容である。 記憶をまず洞窟の岩壁に書き残し、次に石片、木片、動物の革、紙、そして 今ではデジタルに変化してきた。それが外部記憶装置。そのため、ネット検索で、 一瞬にして世界中の情報を取ることが可能になった。 その中で記憶力が、 どこまで必要なのだろうか。 ー「シモデスの記憶術」を検索するとー 【 奇跡的偶然で助かったシモデス。身内や知人を崩れた瓦礫の中から遺体を 掘り出したが、酷く押しつぶされ見分けも付かない。しかしシモニデスは、 パーティに参加していた人達が、どこに座っていたかの記憶を頼りに、その位置 から身元を判別し、一人一人を埋葬することができた。この経験からシモニデスは、 記憶術(座の方法)を思いついた。 『鮮明な記憶というものは、順序や場所と 関連付けられた場合、鮮明に蘇ること』を発見した。 この「座の方法」=「記憶を鮮明の保持する方法(記憶術)」は、 1、何かの場所を選ぶ 2、記憶したい物事のイメージを描き 3、それぞれの場所に関連付けていく方法で、現代記憶術で言う「場所法」。 シモニデスは更に、『場所の順番が物を 護ってくれ、物のイメージが記憶 そのものを護ることになり、我々は、場所を蝋板代わりに、イメージを文字 代わりにして、関連付ければいい』と、記憶術の真髄を述る。 これが25百年前に発見された記憶法である。 】 ▼ 早速、事例にした、熊、ゴミ、靴、大学、ドラマ、トラックなどを イメージし、自宅の駐車場、庭、玄関、居間に貼り付けた。そして一日後、 思い出してみたら完璧に憶えていた。ベテランでも時に忘れるが‘記憶の不備’ でなく‘認知の不備’という。ここで、紹介していた実験に考えさせられた。 学生たちに30枚の写真をスライドで見せて、憶えているか? と聞いたところ、全員が笑って、憶えているわけがないという。そこで、 その一枚一枚の横に違う写真を貼り付けて、見せたところ、最初にみた写真を、 全員が憶えていた。人間は一度見たもの、経験したことの殆どを記憶している という。48回の海外旅行の行先の旅番組を見るのが楽しみの一つだが、行って なければ見ないし、その時の、記憶と番組が混合し、再び、そこに行った 気持ちになる。番組の映像が、この二枚並べたスライドと同じ効果が働き、 少し違う風景から、実体験の記憶が蘇ってくる。だから何でも見てやろう、挑戦 してみようという積極一貫の精神が必要ということ。考えさせらる本である。 ・・・・・・ 4280, 閑話小題 ー随想日記のテーマの見つけ方 2012年12月04日(火) * 随想日記のテーマの見つけ方 11年7ヶ月、休むことなく、この随想日記を書き続けてきた。 一つの張り合いになっているが、問題はテーマのネタ。これが難しい、 というより思い浮かばない。TVや新聞から思いついたり、雑談で思いついたり 様々である。二週間に1〜2度、図書館で10冊を借り換える。それを机の左に 積み重ねておき見つけるのが半分くらいだろうか。 自分が面白い、成るほど、と納得する内容でないと後で読み返した時、心に 振動しない。その為、本探しから違ってくるが、これが良い。それと、たびたび 自分のワダカマリをテーマにする。これは考えることになり、解消の切欠になる。 去春以来、何のワダカマリをテーマにしてきたのは、そのため。赤裸々過ぎたが。 その時々のテーマを探すのは、人生にとって最重要事項。それを続けることは 最上の習慣化だが、12年近く実施しているわりに教養が増した感がない。 書いたと同時に完全に忘却するためだろう。しかし、この習慣、一度身に着ける と良いことが多々ある。何か事があると、その場でキーワードを探し文章化して しまう。3つも見つければ、完成に近い。それは、考えることそのもの。 それを後でパソコンに書き込むが、メインキーワードをテーマに入れる。 そこで違うテーマに変更する場合がある。毎日書いていると、その辺が面白い。 プロの書き手はテーマを依頼されると、数十、数百冊の本を集め、目を通すという。 その過程で内容の荒筋をつくり、その後、内容の肉付けをしていく。現在では パソコンとネットがある。アマゾンなどから多くの資料の入手が可能になった。 4千も超えると、同じような内容を知らぬうちの繰り返し書いている。 現在のような、有り余るような時間の中では、テーマ探しは、けっこう面白い。 それにしても、下記のテーマと文章を読み返すと、赤裸々で、心根が、 そのまま現れ出ている。今さら、虚飾も何もないと開き直るしかない!
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| 6108,閑話小題 〜再び「幸福アドバンテージ」について −3 |
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2017年12月03日(日)
* 学生時代は、人生の砂場 <青山学院・優勝の秘密>の中で、 ポジティビティー比を高め3つ効果 1.ポジティブ思考 2.感謝 3.運動 が、私の学生時代に思い当たる節があった。 昭和40年代は「東京オリンピック開催」の効果もあって、高度成長の真っ只中、 安保闘争もあって、「天気快晴なれど、波高し」の世情であった。25室の今で いう、「シェアハウス」のような寮生活を過ごした。そこでは嫌でも、互いの 「生活と、育ちと、性格」が丸見えの日々。その寮生活をベースに学園生活を 過ごしていた。この寮生活で、非常に多くの事を学んでいた。学生時代に、 実家の実情や、プライベートの話題は極力避けるのが暗黙のマナー。話題は、 最近経験したこと、読んだ本などの情報交換が主。そして、週に一度位の割で、 安酒を買い込み、持ち回りの部屋で酒宴。それが面白く、楽しい日々だった。 その寮も、グーグルアースで見たところ、跡形もなく無くなっていた… ・1,2年生は、寮生活と合気道の部活と、古典文学書の読書を中心に、ステレオ を買い込んで、ジャズや、ポップの音楽を聴く生活。 ・2年生後半からは、連休ごとに、寮の先輩がペアレント(山荘の責任者)の 軽井沢の『友愛山荘』のヘルパーと、そこから広がる人間関係の生活へ、 変化していった時節。そこで若い女性の旅人達と夜長、フォークを歌い、 踊った夢のような日々が始まっていた。寮では年3〜4回の割で日帰りツアー のコンパ。クラブでは、富士吉田、千葉の富津の春、夏、冬場の合宿に参加。 軽井沢のヘルパーも暇に任せてに参加しただけ。 ・3年は、その軽井沢のゴールデンウイークで、夜半に3人のヘルパーと暖炉を 囲み雑談をしていた時、海外へ行く予定の無いのは私だけ。「決して彼らの 実家が裕福でないのに、どうして?」と、一晩考えた末、「これは、情報と、 知識の質量の問題」と気づき、『私も行く!』と決心。その数ゲ月後に、 年間20万人の海外旅行者の一人になっていた。そこで、小さな固定観念が 粉々に崩れ去っていた。小さな蟻が、蟻塚から一歩、外に歩み出した時節。 その時にボジティブ2対1が、5対1に変わっていた。 ・そして、翌年の4年次で、「武澤ゼミ」の一員になっていった。進級ごとに、 学校の目論見通りに、ポジティブに、神様(自然の摂理)に、行動的(運動) に、変身をしていた。私にとっての『人生の砂場』だったことになる。 ― で、昨夜は1,2年次の同級会。これが、明るく、ポジティビティの高い世界。 全国区の世界は、話題が豊富で、時空を超えて、面白い! これが、 『恒産あって、恒心あり』の世界でもある。しかし、誰も「生老病死」の 問題を抱えて、悶えている側面がある。「夕陽に向かい、手が千切れるほど、 何時までも振っていたいよ」の、<一期一会>の世界でもある。
・・・・・・ 5741,なぜ本を読むといいか? 〜5 2016年12月03日(土) <本を読む人だけが手にするもの>藤原和博著 * 読書の継続はキャリアをつくる 身近で分かりやすい金持は、医師と歯医者。特に開業医は数千・数億万の 収入という。 羨ましい限りである。他に弁護士、公認会計士、不動産鑑定士や、 国家公務員の資格を持って業に専念すれば、数千万の収入を得ることが 可能になる。その為には、基礎教養を含めた継続した読書が必要である。 〜その辺りから〜 ≪・1時間の報酬が最も低いのは、飲食店や小売店などパート・アルバイト。 地域によって最低賃金が違うので一概に言えないが、平均すると概ね800円〜 1000円といったところ。 ・このやや上の水準に、いわゆる非正規雇用の労働者層が広がっている。 年齢によって、幅が広くなるが、正社員のビジネスパーソンや公務員の年収を 年間総労働時間で割って時給換算すると、だいたい2000円〜5000円の間。 ・課長職や部長職などのマネジメント職になると収入が増えるが、会社にいる 時間のほかにも接待など、実質的な労働時間が長くなっている。したがって、 時給がこの範囲を超えることはほとんどないといっていい。 ・そして、その上には企業に雇われていない専門家が入ってくる。 例えば、 人気ある弁護士クラスで3万円程度、外資系コンサルタントの雄、マッキンゼー のシニアコンサルタントで8万円ぐらいになる。 〜こう見ると、日本人が普通に 働いたときの時給は、フリーターの800円からマッキンゼーの8万円まで、 100倍の範囲に収まってくる。1時間あたり報酬が1万円を超えたところから、 私は「エキスパート」と呼ぶことにしている。 ・・(略) 一方、さまざまな仕事のなかで時間あたりに稼ぐ効率が最も高いのは講演。 ビル・クリントン氏のようなアメリカの大統領経験者になると、1回の講演で 数千万円を稼ぎ出す。 大統領や首相経験者でなくても講演は稼ぐ効率が高い。 日本の有名人クラスは、1時間あたり100万円になる人もいる。≫ ―― ▼ 上記の事実は直視したくないが、この時代、親がかりの幼児からの読書習慣 による論理能力と、天才教育、いや秀才教育のベースがないと、キャリアには なれない。家系からの恒産が、子供の恒心をつくるのが、現実である。 社会は、不平等、不公平、不自由、憎しみにより出来上がっている。 だから、建前としての、<自由、平等、博愛>を高らかにいうしかない。 とはいえ、自分の内面には、その徳を積上げておくのが教養。 孤独の部屋を持ち、そこで独学するしかないが、外には、外の世界が広がって いる。で、私が行きついたのが、「個人主義」。これはこれで、維持するのが 難しい。「大変な人」そのものになる。個人が確立しにくい閉鎖社会では、 「和して同ぜず」は、逆になりがちになる。「付和雷同」でないと、生き辛い のが事実。フワフアした雷同も、目先は楽しい。「何の取柄もない」が、 ベストの世界は、互いに掴みようが無い畜群になる。所詮、その一匹でしか ないので、こう書いている。「世界は広く、深い」のに。 で、偶然だが、以下に文脈として続いていく。 ・・・・・・ 5376,武器としての決断思考 ー�� 2015年12月03日(木) ー武器としての決断思考〜 瀧本 哲史 (著)ー * 人間を自由にするための学問を ーリベラルアーツ 高度成長期は、20年以上も昔におわり、今では時代は氷河期に入ろうと しています。そこで選ばれし者同士の熾烈な戦い生じてくる。そのための 明らかなエリート教育が、これである。著者そのものが、更に選ばれし者。 自分自身の経験を、筋立てて教えればよい。 〜その辺りから抜粋〜 《 リベラルとは本来「自由」を意味する言葉で、アーツとは「技術」。 すなわち人間を自由にするための学問である。その基礎としての教養は、 10〜20代の若い時にそのベースをつくっておくべきである。 教養の起源は、古代ギリシャにまでさかのぼります。 当時の社会には奴隷制度があり、奴隷と非奴隷を分けるものとして、 学問の重要性がさけばれていました。かなり大ざっぱに言えば、 「学のない人間は奴隷として使われても仕方、ない」、ということです。 奴隷などというと、21世紀の日本で生活しているこの本の読者にはあまり 関係のない話のように思えますが、決してそんなことはありません。 私は、いまだからこそ、リベラルアーツが必要だと強く感じています。 それも、未来の日本を支えていく10代〜20代の若い世代にこそ必要なのです。 どうしてか? それを説明するため、京都大学医学部生の話をしたい。 * どうして京大医学部生の40パーセントが「起業論」を学ぶのか? 私は京都大学で、「意思決定論」だけでなく、「起業論」の授業も受け 持ってます。教えているのは、成功したベンチャー企業のケーススタディを 中心とした、実践的な起業の方法であり、その根底にあるべき考え方です。 その授業を受け持ってしばらく経ったときのこと。ふと履修者の情報を 整理してみたところ、驚くべきことに気づきました。 なんと、学部別の割合で見ると、医学部の学生がもっとも私の授業を 受けていたのです。その率、40パーセント。 京大医学部ば、東大医学部と双璧をなす最難関の学部として知られています。 卒業後は、ほぼ100パーセントの人間が医者になります。やりがいだけでなく、 高い社会的地位も報酬も得られ、まさに一生食いっぱぐれない安粛な人生を 約束されたはずのエリート中のエリートたちが、なぜ私の起業論の授業を 受けるのか?不思議に思い、私は学生にヒアリングを試みました。 すると、こんな答えが返ってきたのです。 「この国では、医者になったって幸せにはなれない」 「もう昔のように、医者髄お金持ち、という時代でもない」 「やりがいだけではやっていけない。新しい方法を見つけないと」 彼らは自分の将来に対し、明確な不安を抱いてました。》 ▼ 医者の卵でも、勤務医より開業医の方が遥かに恵まれていることと、 その開業(起業)のための知的準備を学生時代から始めておくべきも 知っている。だから、連れあいも、医師とか、資産家の娘の中から、 探すことになる。医師を目指そうというのは、本来、ある程度の資産が 必要条件である。開業するには、医師としての特性がなければ成立たない。 その特性を磨くには学生時代からの長期のリベラルアーツが必要となる。 「鬼に金棒」の金棒と、使い方は、学生時代から準備すべし、ということ。 ・・・・・・ 5011,幸福優位7つの法則 −3 2014年12月03日(水) 【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】ショーン・エイカー著 * 法則2: 心のレバレッジ化 この法則は、マインドセットを変えて「気の持ち方を鍛えよ」ということ。 オバマが大統領になってから、黒人生徒の成績が飛躍的にのびて白人との差が 無くなった。黒人の自己不信が白人との成績の差になっていたが、オバマ効果 で、無くなったという。三年前の節目時などで実感することは、どんなこと でも、少し視点、支点を変えてみると、全く違ってくること。過去の経験で、 ある程度は分かってはいたが、最悪?の事態が、もしかして、最善ではないか という支点を変えると、その要素が幾らでも見えてくる。ーその辺からー ≪・シーソーで、支点を動かせば状況は変わる。大きな子の方に支点を 近づければ、その子の側が持ち上がりやすくなる。もっと近づければ、 今度は小さい子の方が大きな子よりも効果的に体重を使えるようになる。 さらに近づければ、最後には小さい子はシーソーから降りても、指一本で シーソーを動かし、大きな友達を持ち上げることもできる。つまりエネルギー が働く点を動かせば、シーソーを「天秤」から「強力なてこ」に変えられる。 これがまさにアルキメデスの言わんとしたこと。十分な長さのテコと、これ を置くことのできる台(支点)があれば、地球を持ち上げることさえできる。 私は、人の脳もこれと同じように働くのではないかと思った。潜在的な 可能性を最大にする力は、二つの重要な要素に基づく。一つはテコの長さ、 つまり「自分が持っていると信じる潜在能力や可能性」、もう一つは支点の 位置、つまり「変化を起こす力を生じさせるマインドセット」の二つである。 ・チームは幾つかの実験を行なった。アジア人女性を集めて2日に分けて同じ 難易度の数学のテストを受験させ、最初のテストの前には「女性は男性に 較べて数学が苦手」という話しをし、それを考えてもらってから試験を開始。 次に2回目のテストの前に「アジア人は他の人種よりも数学能力が高い」と いう話をし、それを考えてもらって受験させたところ、2回のテスト問題の 難易度は同じだったにも関わらず、2回目のテストは1回目より飛躍的に跳ね 上がった。難しい案件や困難な仕事に立ち向かう時には、意識して自分が 優れていると、自分が自信を持っていると考えるようにすれば良い。 ・他に「自分の能力はどんどん向上する」と考えている学生と、 「自分の能力は固定されている」と考えている学生をそれぞれグループ にし、一定期間ごとに英語の能力を計測した香港大学の事例も興味深い。 もちろん「自分の能力はどんどん向上する」と考えている学生の成績は どんどん良くなり、「自分の能力は固定されている」と考えているグループ の英語の成績はほとんど伸びなかったという。「うまくできる」と思っている 人はうまくできる。そして「ダメだろう」と思っている人はうまくできない。 ならば、自分の中にある「小さな自信」の「てこ」の場所を変えて支点を ずらすことで、「心のレバレッジ」がかかり、徐々に大きな事柄にも 自信を持って取り組めるようになるのだ。≫ ▼ 人生の節目は、マインドセットを変えるチャンス。節目で、その種の 本を読み、噛みしめてきた。大きな挫折には、多くのチャンスが隠されて いるが、問題は、それを見つけること。 節目では、過去をオフをし、新たな チャンスをトレードすること。その時に心のレバレッジが働く! 三年前の 支点変更に対するキーワードが、「森の生活からサバンナの世界へ」。 ・・・・・・ 4644, 一年で全米記憶力チャンピオンになれた理由 ー1 2013年12月03日(火) 著者自身の実験ドキュメンタリーにした面白い本。冒頭の一節からして 読者を引き込んでいく。外部記憶としてのデジカメ、パソコン、ネットが 際限なく進化している現在、今さら内部記憶力が、何になる?と、誰しもが 思うこと。しかし、その脳も、殆ど使われてない。 私のように、特に忘れやすいものにとって、惹かれる内容である。 ー内容紹介ー { 古代ギリシャで知識人の必須のツールであった「記憶術」と、最先端の 脳科学や一流のプロたちの技術習得の秘訣を学び、全米記憶力選手権で 優勝するまでの1年を描いた全米ベストセラーの話題作。われわれ一般人でも、 訓練すれば記憶の達人になれるのか? 記憶力はせいぜいで人並みであると 自称する新進気鋭の科学ジャーナリストが、古代ギリシャの時代から知識人 の間で受け継がれてきた由緒正しい記憶術を武器に、1年で記憶力の全米 チャンピオンに輝くまでを描いた実験ドキュメンタリー。著者が体験した 記憶力訓練の記録であり、また記憶力の競技会という奇妙な世界に生息する 愛すべき変わり者たちの物語である。古代から中世にかけて、知識人の必須 の教養であった「記憶術」の歴史も語られる。脳と記憶についての科学的な 考察もある。記憶の魅力に取り憑かれた著者が、好奇心の赴くままに記憶の 世界を縦横無尽に駆けめぐる。面白さと、知的興奮を与える1冊。} =冒頭の一節から= 《 紀元前5世紀の悲劇の宮殿。生き残ったのは彼だけだった。しばらくし 人々がやってきて、瓦礫をかき分け、捜索を始めた。指輪でも履物でも 何でもいい。そこに埋もれているのが自分の身内だと教えてくれるものが 見つかることを祈って。その少前、古代ギリシャの詩人、ケオスのシモニデス は、テッサリアの名士、スコパス家の祝典で歌を披露していた。 歌を終えて席に着くと、使者が彼の肩をたたいた。2人の男が馬でやってきて、 伝えたいことがあるので外で待っているという。彼は再び立ち上がって、扉に 向かった。外に出たまさにそのとき、宴会場の屋根がものすごい音を立て崩れ 落ち、大理石のかけらと埃が舞い散った。今、彼は、がれきと死体の海の中に 立ち尽くしていた。さっきまでにぎやかな笑い声が響いていた空間には、ただ 陰鬱な空気が立ち込めている。人々が必死にがれきを掘り起こしていくが、 瓦礫の中から引っ張り出された死体はひどく損傷していて、誰のものとも 見分けがつかない。誰がどの席に座っていたかわかる者もいないのだろう。 シモニデスはあらゆる感覚を自分の周囲に集中させ、頭の中で時計を巻戻した。 その時、記憶の概念を変える奇跡が起こった!―大理石のかけらが積み上って 柱になり、その上の装飾部分も蘇った。石のかけらは食器に、がれきから 突き出ていた木片はテーブルになった。彼は客人の一人ひとりに目をやった。 皆、悲劇が迫っているとは知らずに席に着いている。一番前の席でスコバスが 笑っている。彼の向かいには友人の詩人が座っていて、皿のソースをパンで すくっている。貴族の男性が気取った笑みを浮かべている。 窓を見やると、 使いの者が、こちらに向かってやってくる。何か重要な知らせがあるようだ―。 シモニデスは目を開けた。そして、混乱する人々の手を取り、ゆっくりと がれきの上に歩を進め、彼らの愛する人が座っていた場所へと案内した。 これが、記憶術が誕生した伝説の瞬間である。 》 ▼ 次回に、「シモニデスの記憶術」について書いてみるが、記憶にイメージ を使うことも知らずに、この年齢まできた。試験などの記憶は、とにもかく にも何度も口に出して繰り返すか、紙に書いて、それを何度も読み返す程度。 12年前に、読書の要点とか、その時どきの思いを、ブログに書いて、時系列 と、分類をすることを思い立った。ブログが出始めの頃で、これは個人用の HPだった。それを公開することで、逆に客観性を持たせ、内容のレベルを 落とせない?ようにした。外部記憶装置をネットに公開したことになる。 だから、底の浅い自分が、そのまま表出するが、今さら!と割り切れば、 これはこれで自己実現になっている。 ーつづく ・・・・・・ 4279, 閑話小題 ー中小企業420万社、円滑法適応は一割弱 2012年12月03日(月) * 中小企業420万社、円滑法適応は一割弱 先日の朝日新聞の記事に「中小企業支援 息切れ」という記事があった。 ーその概略はー ≪ 中小は来春の借金返済を先延しの「金融円滑法」の期限切れを向かえるが、 景気が更に悪化するなか、倒産が増え、不良債権がふくらむ恐れが出てきた。 全国の中小企業420万社のうち、円滑法の適応を受けているのは30〜 40万社と一割弱が適用をされたという。そのため、08,09年に1万5千件 を超えていた中小の倒産が、10、11年には一割減の1万3千前後に、今年 も似たような件数で終わりそう。円滑法の狙いはリーマンショックによる急激な 経済悪化を和らげ、会社を立て直す機会を与えることだった。だが改善は進まず、 繰り延ばしをする会社が多く、依存症になっている状態。一年の時限立法も、 二度も延期されたが、来年も、この事態では繰り延べもありうる。≫ ▼ 私も、この金融円滑法で何とか生きつないだが、それでも売上減は激しく、 ダウンした。リーマンショックによる地方経済への打撃は、想像を絶するほど。 地方では三割の中小は、今日明日の資金繰りにおわれているのが実情。 マスコミが、このまま打ち切りをした場合、その半分の20万社の倒産もあり うるというのも、あながち暴論とは思えない。一割としても3万社で、二倍。 さらに東北大震災が大きく消費マインドを冷やしてしまった。この記事で、 思いのほか金融法の適用が企業の一割に満たないのと、倒産が一年に一%もない のに驚いた。装置産業ほど借金が無いのだろう。私の事業では装置産業のため 一番、不景気に敏感な業種だったため、いち早く、影響を受けたことになった。 来春に延期しても、その翌年は消費税の増税があり、延期せざるを得なくなる。 その前に大クラッシュが起き自壊する?から、延期も、断行も大して 変わらない? この冬の寒さは特にこたえる!
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| 6107,閑話小題 〜再び「幸福アドバンテージ」について −2 |
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2017年12月02日(土)
* 青山学院・優勝の秘密 ビジネスやスポーツのチームでも、「ポジティビティー比が高ければ高いほど 業績が良い」ことが知られている。その比が高いチームのいい例が、箱根駅伝で 2015から3年連続優勝を決めた青山学院。以前、TVに青山学院の監督が出演し、 優勝に至った秘密を披露していた。チームに「走る笑顔」として、原監督が、 「わくわく大作戦」と称している。 【 •暗い学生を入部させない •叱らない指導 •楽しい練習 •笑顔で走ると、 選手たちのポジティビティー比を徹底的に上げていった結果、 予選通過すらなかった青学を3年連続優勝に導いた。 ポジティビティー比を高めるには、次の3つが効果的と。 1.ポジティブ思考 2.感謝 3.運動 特に感謝である。増やすコツは「ありがたい」を増やすこと。 「今日も健康でありがたい」「3度の食事ができてありがたい」 このように、「当たり前」のことを「ありがたい」に変えていく 】 ― ▼ 考えてみれば、「幸福優位性」の応用である。「旅行」と「旅」の違い と同じある。「旅行」は、行先に辿り着くことに重心を置くが、「旅」は 到達するまでの過程を含む。同じ人生なら笑って過ごした方が良い。7年近く 前のリタイア時に、心の危機対策に、内に押し寄せくる毒素の解毒に、まずは 精神にはストレスを溜めないこと。物理的解毒剤として運動量を増やすことに。 それを前提に、一日単位、週、月、年単位にスケジュールをたて、習慣化する ことにした。 膿持ち人が、その毒気を傷口に塗りつけてくるところが娑婆。 己を衛るのは己のみ。マイナーの時節ほど、ポジティブ比を高める必要がある。 自分が自分であるためには、まず、自分の日々が楽しく、幸福感に満ちている ことが、第一。この文章を書いている、この早朝の時間も、好きなことを、 自主的に過ごしているためか、アッという間に過ぎてしまう。そして、一日も。 まあ、幸せなことで! 追: 再び偶然だが、3年前の文章そのままが、丁度よい脈絡として続く。 幸福になり、その幸福維持には、厳然たる法則が。そう軽く、甘くはない。
・・・・・・ 5010,幸福優位7つの法則 −2 2014年12月02日(火) 【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】 ショーン・エイカー著 * 幸福の概念と、幸せな人 それぞれの内容一つ一つに含蓄があり、納得させられる。その法則とは・・ 法則1 ハピネス・アドバンテージ〜幸福感は人間の脳と組織に競争優位をもたらす 法則2 心のレバレッジ化〜マインドセットを変えて仕事の成果を上げる 法則3 テトリス効果〜可能性を最大化するために脳を鍛える 法則4 再起力〜下降への勢いを利用して上昇に転じる 法則5 ゾロ・サークル〜小さなゴールに的を絞って少しずつ達成範囲を広げる 法則6 20秒ルール〜変化へのバリアを最小化して悪い習慣をよい習慣に変える 法則7 ソーシャルへの投資〜周囲からの支えを唯一最高の資産とする ー以上だが、再起力、20秒ルールには特に新鮮な驚きを感じる。 ★ 法則1、「幸福感は人間の脳と組織に競争優位をもたらす」 ごく身近に、幸せを絵に描いたような人がいる。その母親が、この数段も幸せ そうな人だった。しかし唯我独尊、自分の周りに太陽がまわっていると信じて 疑ってない。観察すると、ポジティブ感情が異常に高く、≪私は特別の存在≫ とのたまう。誰の心の底には、近い感覚があるが、年齢とともに片隅に追い やられるが、この感覚が衰えてない。『絶対幸福の人』というのだろう。 ー幸せの概念についての箇所を抜粋してみるー ≪・私にとって幸せとは、「自分の可能性を追求して努力するときに感じる 喜び」である。幸せは主にポジティブ感情によってもたらされる。幸せ というのは、条件でも状況でもなく「心で感じるもの」だからだ。研究者に よっては、「幸せ」という言葉を避けて、基本的に同義の「ポジティブ感情」 とか「ポジティビティ」という言葉を使う人もいる。 ・ノースカロライナ大学のバーバラ・フレドリクソンはこの分野で、世界で トップクラスの研究者。彼女は、「喜び」「感謝」「安らぎ」「興味」「希望」 「誇り」「愉快」「鼓舞」「畏敬」「愛」という最も一般的な10のポジティブ 感情について説明している。このリストを読んだだけで、幸せの豊かな イメージがわいてくるだろう。・・(略) ・ノートルダム教育修道女会に属する18O人の修道女(全員1917年以前生まれ) の古い日記である。彼女たちは毎日、思ったことを自伝風に日記に書くように 言われていた。50年後、ある優れた研究者のグループが、この日記に含まれる ポジティブ感情をコード化を思いついた。 20歳のときの幸福度が、修道女 たちのその後の人生にかかわりがあるかどうかを調べたのである。そして、 かかわりは大いにあった。楽しそうな内容を書きつけていた修道女たちは、 ネガティブな、普通の内容を書いていた修道女よりも10年近く長生きした。 修道女たちが85歳のとき、幸福度が高い方の25%に入っいた人たちの90%が まだ存命だったのに対し、幸福度が低い方の25%に入っいた人たちは34% しか残っていなかった。20歳のとき幸福度の高かった修道女は、自分が長生き すると知っていたわけでない。彼女たちの長生きは幸福感がもたらしたもので、 その逆ではない。≫ ・4歳の子供を2つのグループに分けて、同じような知的な作業をさせる。 「積み木を組み合わせて別の形を作る」というようなことだ。その時、 片方のグループには作業開始前に「何か嬉しかったことを思い出そう」と 指示を出してから作業をスタートさせる。もう一方のグループには何も 指示しない。すると、明らかに「嬉しかったこと」を思い起してから作業を スタートしたグループの子供達がスピード速く積み木を組み合わせることが できるのだ。まだ4歳で、大きな幸福経験を積んでいないような小さな 子供達でも、このように差異が出る。 ▼ 最後の挫折付きだったが、創業人生は「自分の可能性を追求して努力する ときに感じる喜び」の日々でもあった。それに10のポジティブ感情(「喜び」 「感謝」「安らぎ」「興味」「希望」「誇り」「愉快」「鼓舞」「畏敬」「愛」) もあった。だから、挫折感とか、後悔は思いのほか少ない。それらは、数十年 の毎朝の読書習慣が培ったもの。で、日々是好日、いや日々是口実か。
・・・・・・ 5740,大格差 〜書評 2016年12月02日(金) ー「大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか」 タイラー・コーエン (著) ⁑ 想像を絶する超越的知性が誕生 一月ほど前に、<技術的特異点『人工超知能が人類を超える』台場時生著> の書評、【2045年問題、汎用人工知能、あるいは「強い人工知能」や人間の 知能増幅が可能となったときに起こるとされる出来事であり、ひとたび優れた 知性が創造された後、再帰的に更に優れた知性が創造され、人間の想像力が 及ばない超越的な知性が誕生するという仮説。すなわちこのままの人工知能が 進化し続けれると、2045年が『技術的特異点』の年になる。】を書いていた。 この書は、この論の延長上にある。これらの周辺産業などに従事した人は、 よりリッチになるが、単純作業のワーカー層や中間層の仕事はロボットなどに 置換えられて、一部の人たちに総取りをされる時代の到来を論じている。 〜まずは、Amazonの内容紹介〜 《 * テクノロジー失業に陥らないために何をなすべきか? 近年の世界的富裕層と貧困層の格差拡大の根底には「経済のグローバル化」 「テクノロジーの進化による生産性の向上」「停滞した産業と活力のある産業 の二極化」という抗うことのできない変化がある。 本書は、飛躍的な進化を遂げるテクノロジー=機械の知能に注目し、技術革新 が未来の雇用・所得・ワークスタイルに与える恐るべき影響を徹底検証する。〉 〜書評書込みには、 《 チェスでコンピュータと協業できる人が最強になるという例えがきわめて 説得的な論理を展開している。そして、人々は、大きな政府の福祉国家よりも、 自分の可処分な金を保持する生き方を好むという点も説得的である。 (大きな政府が、人々の幸せに奉仕するためには、官僚機構が民主主義の原則 に従って多数の市民に奉仕する公僕で構成されなければ不可能である。現状は 原子力ムラ、土建ムラ、安保ムラなどの特定利権組織に国民の富が浪費される。 日本に多額の税金を市民の幸せのために使う官僚機構が実現できるとは思えない。 高福祉社会は北欧の市民社会・官僚機構だからこそ成功しているのだ) 《 60年代・70年代という中流層が厚かった時代が特異な時代であって、 中世のように格差が大きい時代に落ち着く(P.303)という説明も納得できる。 日本でも、第二次大戦以前は過半数の農業従事者の間に地主−小作関係、都市 でも少数の経営層(ホワイトカラー)と多数のブルーカラーがいた。 その階層が、生まれや幸運によって位置づけられていたのが、機会は均等に 与えられていて、あとは本人の集中意欲の有無によって成否が分けられる社会 になる、ということも納得できた。 その他、政府の財政不均衡も解決しないだろうという予測も説得力がある。 総じて、平易に洞察を説いているからこそ、力がある。現実を見るにつけ、 パンとサーカスの時代は古今東西不変なのかと思ってしまう。 》 ―― ▼ 『自動運転車』が、そう遠くない未来に可能とは今でも信じられない。 これを世界中の大企業、政府が全力をあげ取組みだしたという。運転には あらゆる情報判断が必要だが、それに向けた知能を開発するプロセスで想像 を絶するノウハウが開発される。その応用が、職場レベルに降りてくる。 コスト面からすると、明らかにロボットの方が効率が良くなる。とすると、 30年先でなく、年々、時代が激変することになる。そして、現にしている。 気づかないのは99・9%の人たち。その一人が「私!」今さら遅いか、ったく!
・・・・・・ 5375、武器としての決断思考 ー�� 2015年12月02日(水) ー武器としての決断思考〜 瀧本 哲史 (著)ー 図書館で見つけた本で、京大の医学部で場違い?の『起業論』を教えている 内容に興味を引かれ借りてきた。医師の世界も、将来的に、そう甘くはない。 30年近く前に新潟で立ち上げた「木鶏クラブ」の会が、今も二ヶ月に一度、 開かれている。そのの例会に、年末か、年始に参加しているが、去年、 新大医学部の20歳の学生で、考えるところがあって、一年の休学をとって、 白紙で将来を考えたいという青年が、来ていた。『思い切った判断だね!』 と褒めると、『教養課程で、一年の休学は東大医学部の学生の一部で 受継がれてきたのを聞き、考えるところがあり真似ただけ!』という。 この「武器としての決断思考」が、そういう人たちのバイブル?かどうかは 不明だが、私が人生を通し、学んできた要点を、軽く一冊に凝縮してある。 『青年は荒野を目指せ!』である。でないと、溝沼の腐った一員になっていく。 人生からみたら、「事前の一策は、事後の百策に勝る」の、具体例。 「事前に学んでおくべき人生戦略本」で、さすが、東大、京大医学部。 20歳の白紙の状態の決断は人生を大きく左右する。〜アマゾンの内容紹介より 《 東大×京大×マッキンゼー式・決断の技術! 本書は、著者がいま、京都大学で二十歳前後の学生に教えている 「意志決定の授業」を一冊に凝縮したもの。今後、カオスの時代を生きていく 若い世代にいちばん必要なのは、意思決定の方法を学ぶことであり、決断力を 身につけることです。もう過去のやり方は通用しないし、人生のレールみたい なものもなくなってしまいました。「答え」は誰も教えてはくれません。 となれば、自分の人生は、自分で考えて、自分で決めていくしかないのです。 仕事をどうするか、家庭をどうするか、人生をどうするか? この本で私と 一緒に「自分で答えを出すための思考法」を学んでいきましょう。 きっと、あなたの人生を変える授業になるはずです。》 〜カスタマーレビューより〜 《 筆者は、東大→マッキンゼー→京大准教授というエリート。 人生において、自分で考え、行動ができる事の重要性を説き、その秘訣を 伝授するとの趣旨。出版社である星海社新書という会社は、「戦う事を選んだ 次世代の仲間たちに、武器としての教養を配る事」を目的として謳っています。 私は、本屋で初めて見つけた本を買って読む事は、めったにないのですが、 思わず買いました。 内容はと申しますと、ガイダンスまでは期待通りで、 これからの厳しい世界を生き抜いていくには、知識・判断力・行動力・修正力 をバランスよく身につけるべき! と実例を交えながら、うなずきの連続。 ただし、本章に入ってからは、ほとんどがディベートの基礎講座。 (大雑把に言うと)ロジカルに物事を考え、常に(正解ではなく)最善解を 導いて、行動を起そう。状況が変化すれば、適宜修正をしていこう。それが 決断思考であり、自分の頭で考えて、自分で決めて行くという事!という内容。 日ごろから、ある程度、まともに物事を考えている人からすると、 同意こそすれ、目から鱗とまではいかないでしょうか。》 ▼ ーはじめにーの「武器としての教養」を身につけろーが、この書の要約。 学生時代の教養課程から専門課程で、何を目指すかを課題を無い頭を絞って 考えて結論を出したが、正に、著者の、この要約を地でいっていたようだった。 50年前の当時は、「坂の上の雲」を目指す高度成長時代の真只中。で、結果は、 バブル崩壊への転換を甘くみて、この結果? しかし、面白く、充実していた。 で、現在は低成長時代の真逆の環境。だからこそ、ゲリラとして、それぞれが 実学としての武器としての教養が必要になる。 既に時代は氷河期に入った。 その中で、久々に? 面白い戦略本に出会った。来週、この会の忘年会に 出席予定だが、この青年、来ているかどうか? ーつづく
・・・・・・ 4643, 老後の生活破綻、そして死 ー2 2013年12月02日(月) 「老後の生活破綻 - 身近に潜むリスクと解決策」西垣千春(著) * 経済面から見る、高齢社会の現実 バブル崩壊後、弱肉強食の傾向が強まり、高齢者の生活にシワ寄せが来ている。 四人に一人が「苦しい生活」を余儀なくされ、四割が平均年50万の持ち出し。 国民年金のみの収入だけなら、厳しいのは肯ける。二ヶ月に一度の年金支払い日 の午前中の銀行の殺気立った高齢者の姿から、ギリギリの生活が見てとれる。 ある2千円均一のスナックは午後からオープンしているが、年金支払い当日は、 二ヶ月に一度の楽しみのため、ほぼ満席? 世知辛さの一端である。 ーその辺りから抜粋ー 《 ☆ 貧困につながる格差 最後に指標の三つ目である「経済」、すなわち家計や暮らし向きは ・高齢者単独世帯の平均年間総所得(家計調査2008年)は175万円。 ・夫婦のみの世帯では409万円である。 ・内訳を見ると、夫婦二人世帯で、所得に占める公的年金の割合が65%、 単独世帯では74%であり、高齢者世帯の多くにとって公的年金は主な収入源。 なお、単独世帯には女性が多く、遺族年金に頼っている人が多い。 高齢者のみの世帯では、稼働所得(仕事で得る収入)が約二割、 公的年金が約七割を占めている。 ・高齢者世帯には、一般世帯の平均所得を上回る、600万円以上の世帯が約8% 存在する一方で、100万円以下という、非常に所得の少ない世帯が15%も存在。 また、収入が100万円〜200万円の世帯が最も多く、全体のほぼ四分の一を 占めている。高齢者の新たな就業機会は殆どないに等しく、所得の増加は 見込めない。つまり経済的に厳しい状況は最後まで続く。 ・「相対的貧困率」という言葉は、2009年に初めて広く報道された。 OECDの定義では、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯員数の平方根で 割った値)が全国民の等価可処分所得の中央値の半分に満たない国民の割合。 2006年の時点で、日本人の相対的貧困率が15.7%という数値は衝撃であった。 最大の理由は、ひとり親家庭、とくに母子家庭の収入の低さが挙げられるが、 高齢者の貧困層の影響も大きい。高齢期に入ったばかりの「若い高齢者」は、 人生で貧困を経験してこなかった人が多い。いざ仕事を辞めたとき、もし 十分な貯蓄がない場合が悲惨である。 ☆ 四人に一人が「苦しい生活」 ・日本は国民皆年金・皆保険制度が整っている。生まれてから死ぬまで、 心配なく過ごせるシステムのはずである。しかし先ほど見たように、 高齢者によって、老後に費やせる生活費には大きな開きがある。40.4%の 高齢者が、毎月または時々赤字になる状況で生活している。現在の暮らし 向きが「大変苦しい」と答えている人が7.2%、「やや苦しい」が19.2%、 ほぼ四人に一人が厳しい生活状況に置かれている。 ・高齢者世帯のなかでも勤労者がいない世帯では赤字の割合がさらに高く、 平均で毎月四万円余りの赤字となっている(総務省「家計調査」2008年)。 一年間ではおおよそ50万円の赤字である。30年の余生とすると 1千5百万が必要になる。 ・65歳から69歳で就業していない人の割合は、男性で5割、女性で7割。 年齢が高くなるほど割合は高く、収入も減る。つまり、歳をとるにあたり、 経済的な不安をなくそうと思えば、勤労者である間に貯蓄が必要になる。》 ▼「65歳から69歳で無就業は、男性で5割、女性で7割」とあるが、逆に、 男半分、女3分の1近くが就業している。自営業や農林漁業がプラス されても、やはり多い。市営住宅に入り、光熱費と食費を切り詰めても、 医療費などで15万円がギリギリ。4人に一人が「苦しい生活」のが現実。 核家族化で子供からの収入もあてにならず・・この厳しさは、日ごと増す。
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2017年12月01日(金)
* 『横綱アドバンテージ』の間接強要だろうに! 日馬富士と、親方の涙の会見をみて、「何も解っちゃいない?」と首を捻って しまった。ことは、朝青龍、白鵬から受け継がれてきたモンゴル人の鬱積した 被差別と、被害者意識が背景にある。モンゴル人には、「強ければ、勝ちさえ すれば、多くのことが許される」という大陸的体質がある。それに対し、日本 には、海の要塞に囲まれ、外からの侵入の心配がない島国根性の国民性。 その差が、貴乃花と白鵬を比べると歴然としている。貴乃花には、三代目の 血筋と、純粋培養の恩恵がある。白鵬にもモンゴル相撲の血筋があるが、ここは 島国日本。モンゴル人には勝ち続てナンボの存在でしかない。そこに決定的 差異がある。 その一つが『張り手』の問題。 貴乃花の著書の中に、「張り手」について、相撲道に反する象徴としてあげ、 忌み嫌う。以前は、これほど「張り手」を使うことはなかったが、そこに目を つけた朝青龍が、『横綱アドバンテージ』の特権を作り上げ、白鵬、日馬富士、 鶴竜へと受け継がれてきた。横綱に張り返したら、本場所間の稽古土俵に押し かけて半殺しにする仕組み。それを知っている貴乃花部屋の貴乃岩に、それが 出来ないため、出身高校の同窓会に押しかけ、礼儀と躾の説教。これは、目上 に対する、「張り返し」の禁止強要でもある。今回、暴行現場に同席していた 白鵬に7時間以上も聴取をしたのは、一連の事件に共同謀議があったかどうか? を、丁寧に聴きだすため? 無知が成せることか、日馬富士が『酒が入っての 暴行ではありません!』と会見で話していたが、この手の暴行は、酒の勢いが ことを大きくする。 『酒の勢いでないとすれば、朝青龍追放を起因とした モンゴル・コンプレックスの怨念に対するシゴキと捉えられ、手を出さなかった 2人の打合わせがあった?』と受止められても致し方がない。その辺りを、 貴乃花が警察に訴えた主旨だろう。この怨念は朝青龍、日馬富士、次は白鵬に。… 現在の理事長は、実績からして故・千代の富士にするのが慣例だった。 で、当然、その後の理事長は貴乃花が引き継ぐのが流れ。北の湖も自分の前に 一期でも大鵬を理事長にするのが筋。白系ロシアという理由があったとしてもだ。 白鵬も実績からして当然、理事長になる権利があるが、明らかに日本人の体質 とかけ離れている。そうこう考えると、「国技」の意識と、公益法人の特権を 捨てて、新たに出発するしかない。この危うさが、また面白いことも事実だが… 大陸の肉食系に制圧されるのは自然の理。 しかしモンゴル劇場の終焉も、 あながちオーバーではない。来場所から、貴乃花部屋力士への、陰陽の嫌がらせ が始まる。その辺りが、見ものになる。有り体からすれば、こういうことだ! 【角界を占拠したモンゴル人横綱三人が、『横綱アドベンテージ』を守らない 貴乃花部屋の若手モンゴル人力士を、巡業中の出身高校の同窓会に、出席し、 その一人が暴行に至った。暴力団の刑事事件なら、当然、手を下さなくとも 大親分の白鵬が共謀犯の主犯になる。この男、歴史に残る40回の優勝回数を 誇るが、大陸系のため、島国根性の日本と体質が全く違う。で、今では、 相撲協会そのものが「ポチ」にしか思えない。 所詮は、「わしと違う 二流どこの連中…」と。 だから、何をしても許されると。ということは、 この男の暴走は、もう止まることはない。来年で、舞上がりの愚行で、 お二人の二の舞になり、追放?の運命が待っている。 その確率7割!】 大相撲そのものの品質維持のためにも、その前、この事件の主犯で…? 白鵬を最低でも一年間の出場の禁止(間接的引退勧告)か?? それを真剣に考えるほど協会の意識は高くはない、ということか。
・・・・・・ 5739,なぜ本を読むといいか? 〜4 2016年12月01日(木) <本を読む人だけが手にするもの>藤原和博著 * 本を読むだけで何が得になるか 著者は“人生の糧を得る手段として読書をする必要があり、 教養を磨く必要がある”と『読書』に特化して論じている。読書は 損得より人生の根幹に関る問題だが、解りやすく言っているのだろう。 体操の金メダリストの内村選手がインタビューで、 『私の脳に小さな自分がいて、競技の最中に支持を出している』 といっていた。練習の積み重ねで、「小さな自己」が、育っていて、 次の動作の指示をするという。私の小さな自己は、夜半の数時間の半睡の 瞑想状態と、起床直後のこの文章の完成とネットアップと、ミニ・チャリと、 午前2〜3時間の読書が、小さな自己を育てると思うと成る程!である。 武澤ゼミで一年間、週に1〜2度、様々な会社内トラブルの本質を討論し、 最後に、その解答が示される。それが、思いもよらない切口のもの。 太陽が黄色に見えるぐらい、絞られた上のため、ショックは大きい。 しかし、回数を重ねるうちに、正解に近い判断が出来るようになる。 そこに違った知性が別人格がいて、冷静にゼミ員を見つめているような。 それが現実に教授でもある。現実社会に出て、会社は急速配転をして 人材を育成しようとする。当然、ノンキャリアとのトラブルが派生する。 その時々、ゼミで育成された「冷静な視線」が、自分と、周囲を見ている。 その冷静な自己が、「内なる小さな自己」に被さってくる。私にとっての これが、歪んだ私を冷ややかに見下しているそのままが、このブログを 通し透けて見えている。見下しているのは、本人だけならまだ良いが、 世間にも向かうため、溝が深くなる? 要するにバカ! 〜その辺りから〜 ≪・幸福という定義を自分で決め、現在の自分がどの地点にいて、 どちらの方角を目指し、どこまで達成すればいいのかということまで、 すべて自分で決めていかねばならない。人生は誰も助けてはくれない。 成熟社会は、個人がバラバラになっていくことと同義である。 それにともなって、地域コミュニティの影響力も後退していく。 日本にはもともと地域社会というコミュニティがあったが、産業化に よって破壊されていった。その代わりの役目を果たしたのが、企業と いうコミュニティだ。しかし、成熟社会では、それさえもアメリカ流の グローバリズムによって分断されていく。 ・じつはヨーロッパを中心に成熟社会を迎えた先輩諸国がやったのは、 国家として宗教を発動し、バラバラになっていく個人を再び紡ぐことだった。 日本のように企業がその役割を担うのではなく、宗教界が教会というネット ワークで紡いでいったのだ。ややこしいのは、日本は太平洋戦争の影響で、 このように、国家が宗教を発動できなくなったことだ。宗教の未整備に よって、とくに若い人たちが浮遊している。 ・では、宗教の代わりに彼らをつなぎとめているのは何か。 それが日本の若者が異常にのめり込んでいる携帯メール。 突出してメール文化が盛んになったのは、宗教の代替機能として、 つながったような気になるという側面が大きかったと私はみている。 宗教が機能している社会では、宗教が物語をつくり、幸福とは何かを教える。 でも、日本のように宗教が機能不全の国家では、自分で自分の宗教、あるいは、 その代替物としての幸福論を持たなければならない。だが、携帯メールは その場限りのつながりを与えてくれるだけで、幸福論の代わりにはならない。 だれかに託したり、自らを捨てて帰依することができる人はそれでいいと思う。 しかし、そうではない普通の人は自分で本を読み、自分で世界観を構築しな ければ幸福論は築けない。≫ 〜序章より〜 ―― ▼ 明治以前、それまで国内の農民を束ねていたのが寺院。 それを明治政府の樹立のため、国家そのものを信仰対象にした。 それが第二次大戦で崩壊したため、新たな機能が働いてなかった。 その一部を上京してきた地方出身を狙いを定めたのが創価学会。何の頼る べく無い人に、美味しい親鸞の教え。最近では、ネットとりわけ、スマート フォンを与えられた大衆はネットで、人との繋がりに心の安らぎを求めるよう になった。ここで情報機器の果てしない進化もあり、読書習慣が薄らいでいる。 国家、宗教も曖昧な時代に、それぞれの人生観、幸福感が必要となる。それは、 読書により長年かけ確立しなければ、いざという時、誰も助けてはくれない。 群れれば群れるほど、繋がれば繋がるほど、孤立することになる。 私を取囲む『弧』、孤独の『弧』が曖昧のため、周囲に翻弄される。 弧ならまだしも、「狐」に、「狐独」になり、街を徘徊するゾンビに!
・・・・・・ 5374,閑話小題 〜お金のいらない快適生活 2015年12月01日(火) * お金のいらない快適生活 年金生活に浸った日々もけっこう面白いことに出会える。 年金で収入が3割減になったが、出歩く機会が減った分、支出も減ったが、 それでも身銭を削る生活は気持ちがマイナスになる。この数年、〔下流老人〕 という言葉を、マスコミで聞かない日はない。 先日、図書館で ーお金のいらない快適生活入門〜岸本葉子著ーを見つけ、借りてきた。 1999年の初版だが、現在こそ通用する内容。大方の主婦は、似ている節約の 工夫をしている。 内容は、「いかに金をかけずに、生活を快適に過ごすか」 がメイン・テーマ。 世の中の仕組みは、各生活レベルの人の2〜3割上の 消費をしたくなるよう出来ているが、少し節約すれば、快適生活も可能。 〜この内容を要約すると ・ 腰湯をながらの〔読書風呂〕の勧め、 ・〔漬け物漬け〕を楽しみ方、漬け物そのものを楽しむ、 ・〔金券ショップ〕の極め方 〜一度、電話で問合すか、顔を出す、 ・〔スーパー通い〕のコツ、 〜チラシで、特売品を見つける、 ・〔ひとりファッションショー〕の楽しみ方 〜ハンター気分のウィンドウ・ショッピングを、 ・〔大相撲のTV観戦〕、 ・〔部屋いじり〕の金のかからない方法、〜(ここにはないが)百均で、 ・〔風邪療法〕は〔食べて寝て治す〕がベスト〜生姜、ニンニク、葱スープ、 などが紹介されている。 ▼ その中で納得したのが、「睡眠が、もっとも金のかからない娯楽」。 私ごとだが、20時に就寝、4時の起床の生活で、大体、0時過ぎまで 爆睡し、4時までが、まどろみの中。その状態を、良しに出来るかどうかが 分かれ目。ポイントは、楽しいフラッシュを引出し、少しでも不快な記憶や、 考えが浮かんだ時は、トイレか、飲料水を含み、気分を変える。 価値があるという面では、週一回のシネマ通いも、充分、価値のある快適 生活の一部。せっかく無の世界(宇宙の彼方)から地球上に、「人間」という 知的生物として、80年を与えられたのだから、最大限、楽しまなければ・・ で、金が無い? いや、無いのは、知恵! しかし、大盤振る舞いも、 これまた、「快適」というより「快楽」生活だろう。 酒とツマミを買いにいった 折に、最近、「ニラ」と、「ニラの卵とじの素」を時々、買ってくるようになった。 これが、下手な中華料理店より、はるかに美味い。 今度は、「胡瓜」と「胡瓜付けの素」など漬け物にもレパートリーを広げるか! ケチぐさい話だが。 楽しみ方で、一番、安上がりで、価値があるのは ネットサーフィンという。 しかし、填まりすぎには御注意! ・・・・・・ 5009,幸福優位7つの法則 −1 2014年12月01日(月) 【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係ショーン・エイカー著 * 成功すると幸せになるのではなく、幸せな人間が成功をする! 身近の人をみると、この意味を実感する。こと自分をみても、事業の最終段階 でリーマンショックと3・11地震に遭遇し、倒産という事態に陥っても、不幸と 思ったことは一度もない。この程度で幸福感が破壊されるわけもなし、私を勝手 に不幸と思い込んでいる9割以上が、時代が激変する中、遥かに私より状況が 悪い?ことを知っているからだ。いずれ誰も「死」に直面するが、それを不幸と 思うか、幸運と思うかである。もし死なないとしたら、どうだろう。 ここでいう幸福の説明が分かりやすいが・・ それは次回に。 「人間は成功すると幸せになるのではなく、幸せな人間が成功するのだ」を、 言い替えると、 「人間は失敗すると不幸になるのではなく、不幸な人間が失敗するのだ」 になるが、実際のところ、不幸ではなく、むしろベストだと捉えている。 裏表の捉え方の問題、いや、これも幻想である。 ☆ 内容紹介 ≪「自分は幸せだ」と思える人ほど、よい結果を生んでいる。ハーバード大学 で人気第1位の講師直伝!最先端のポジティブ心理学が解き明かす「成功」と 「幸福」の驚くべき関係。 世界中から秀才が集うハーバード大で学生から絶大 なる人気を集める「幸福学」 講座で講師を務めた著者は、厳しい競争環境でも 前向きな精神状態を作り上げて抜きんでる人とプレッシャーに負け行き詰る 人の違いはどこかを追求。 本書では、ハーバード大生や著名企業のプロフェッショナルへの実証実験を 踏まえ、成功をめざしてやみくもに努力するのではなく、幸福感や楽観主義を もつことが学業、仕事での成果に、組織の生産性向上、チームワークの強化に 結びつくという事実を浮かび上がらせ、その要因を幸福優位性(ハピネス・ アドバンテージ)と名付け、7つの法則にまとめた。自己啓発から組織 マネジメント、教育と幅広く応用可能で示唆に富んだ一冊。グーグル、コカ・ コーラ、IBMなど世界的企業で採用され、驚異の効果をあげたメソッド。 『努力すれば成功する。成功すれば幸せになれる』の図式は間違いということ。 努力して結果を出した人は、往々にしてさらに高い目標を設定し、成功と幸せ を先送りしてしまう。すなわち、幸せは『成功に先行する』のであり、単なる 成功の結果ではないのだ。簡単に言おう。人間は成功すると幸せになるのでは なく、幸せな人間が成功するのだ。≫ ▼ 学生時代から幸せそうな人は、今でも幸せそうであり、不幸そうなのは、 今でも不幸そうである。よく観察すると、「性格的に清潔感があり、明るく、 真面目で、両親に愛された人が幸せそう。その逆に、捻くれ、苛めっ子は、 不幸そうであった?」 これも、私がつくったミニ物語でしかない。現在の、 こつこつ積み上げた生活習慣は、この本の中の「幸せの状況」そのものだが・・ どうだろう、幸せだろうか?少なくとも不幸ではない。 それで十二分としなくては! ヽ(´∀`。)ノ:。 [*☆*ォ前バヵ? ー次回は、幸福優位の7つの法則についてー ・・・・・・ 4642, 老後の生活破綻、そして死 ー1 2013年12月01日(日) 「老後の生活破綻 - 身近に潜むリスクと解決策」西垣 千春 (著) 老後の生活破綻の不安は、多かれ少なかかれ万人の課題。敢えて目を背けず 直視すれば、問題を少なくすることは可能。周りに破綻事例は多くあるが、 一歩間違えれば自分自身の問題になる。まずは、ーアマゾンの内容紹介ーより {認知症、病気、詐欺、事故、子どもの失業 ―老後の生活にはさまざまな リスクが潜む。そして一度問題が生じると、周囲に気づかれないまま生活が 破綻してしまうことも、現代の日本社会では少なくない。高齢者を助ける サービスはたくさんあるのに、なぜ十分に活用されないのか。苦しむ高齢者を 一人でも減らすため、また、自分や家族がそうした事態に陥らないために何が 必要なのか。豊富な実例とともに考える。} ▼ 一年前に高校の同級生Kさんが自死をした。商売上の借金による苦悩の末 と推察される。他人ごとではない。私の事業は20年、30年以上に渡る装置産業 のため、思いもよらない時代変動も事業計画に入れておかなければならない。 26歳時に事業計画に入り、一年後に貸ビルが完成した前後に石油ショックが発生。 新興住宅地中央の商業地前の、数百世帯のマンション群の計画は全て中止。 事前の思惑が狂ってしまい、ただ茫然。6箇所のテナントスペースは、空。 まずは食い扶持に、その一角で、養老の滝FCに加入し、焼き鳥屋をオープン。 何とか目先の目処をたてた。しかし、この出発時の大波が教訓になった。 《人生も事業も、不測の事態が起こることを前提に、事業計画、人生設計を たてること!》を、骨の髄に刻むことが出来た。 その経験が無かったら、 事業撤収も最悪の事態を向かえていただろう。だからKさんの自死は他人ごと では無い。商売や事業破綻は凄惨そのもの。しかし誰もが何らかの形で 「人生の破綻?=死」か、その前の「老後の生活破綻」が訪れる。 具体例として、ここで「事例で見る生活破綻」を6つ載せている。 人生の幸福度は「健康」「家族」「収入」で決まるが、老後は過去の問題が 蓄積している上に、脳も肉体も衰える。そして、介護期間が平均10年と すると決して明るい未来でない。一年,一日、一時間一時間を充実して 生きるしかない。「人生、生きているうちが花」。「K君を偲ぶ会」で垣間 見た、それぞれの「老病死」への不安。で、クラス会の次回の幹事の他に、 ジョークも含め、今回の「偲ぶ会」の幹事から次会の「偲ぶ会」の幹事に M君が指名。年齢からして1〜2年ごとになるはずだが・・誰ひとり次は 自分と思っていない。M君、私に「次は、御前だ!」 ・・・・・・ 4277, この非常事態に、万一の備えがあるの? −5 2012年12月01日(土) * 創業準備、創業、盛業、衰退、倒産で、合計45年 人生で一番辛い一つの倒産を経験をした。創業を決意し、その事業準備と 立ち上げの苦労からみれば、リスクヘッジもあったが、最後の苦しみなどの エネルギーは数パーセントにも満たない。現在、比較的平然としていられる のは、面の皮が厚いのではなく、総合スパンの45年か、新潟駅前シリーズの 31年スパンの物語の終わりの一場面と見てるから。二代目経営者は、 その隠された汗水の経験がない?ため、激動に対して開き直りが出来ない。 だから言動が軽くなる。極限の苦渋を味わってないため、限界が分からない のである。そのため他人の苦境に冷たく、表面的な上面しか見るれない。 それ故の強さもあるが・・ 今回も彼らの視線の低さが露骨に見え隠れ。 その辺りが一番、面白いところだが。文章作法の「起承転結」を事業に当て はめてみると、その辺が分かりやすい。 「起」が事業創業の決意と、その準備期。 「承」は、具体的な創業と右上がりの拡大時期。 「転」は、ピークから右下がりの転換期。 「結」は、終焉。 45年スパンで実際に幾つか事業経験し、9・11、9・15、3・11の歴史的大震災 の三連発で「結」を‘最悪の事態’で終えた。が、少しの無念さは残ったと しても、「あれでは仕方がないが、面白かった」という諦念がある。 それもこれも自業自得。「起の経験も、終わりの結の経験してない人が、非難 などもってのほか」という思いがある。これは創業経験者には分るが、未経験 なら分かろうはずがない。人は、経験と知識範囲しか物事は知りえない! これが一連の事業経験から得た最大の教訓! 創業準備の事業設計段階から、万一の場合の「シェルター」を組み込んでいた。 それが、大方の人には理解できない。喩え話でいえば、「外海の大波が内海に 迫っている中、ゴルフ場で、仲間内の噂話に夢中!の人達」に外海の津波が 分からない。いや、目ざといのは、とっくに逃げている? 本来は、何事も 「起承転結」より「起承転々」の方が良いが、乱気流の中では、「転々」は、 大きくリバウンドする危険が大きい。先月、三週続いた不景気がらみの 身辺の一連の出来事、来月はないだろうが?
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2017年11月30日(木)
* 「夕景の美しさ」について カズオイシグロの『日の名残り』で、 <夕方がいちばんいい。わしはそう思う。みんなにも尋ねてごらんよ。 夕方が一日で一番いい時間だって言うよ。>の言葉が印象的だった。 暗闇色の漆黒と残照の赤褐色の色合いが、生と死、そのままを現している。 夕景といえば、世界各地の日没の輝きを目の当たりにしてきた。 その感激と感動そのままを描写した幾つかの文章と、夕映えの写真も数多く 見てきた。 学生時代に読んだ船舶王・オナシスの自伝に一場面。 死期を悟ったオナシスが、ギリシャのエーゲ海にある故郷で、夕景の中、 幼馴染と酒を飲みながら昔を偲び邂逅し、涙ながらに踊る場面が今でも強く 心に残っている。最期は、愛人のマリヤカラスでなく、妻のジャクリーン でもなく、幼馴染との魂の邂逅に涙を流す… エーゲ海の夕景といば、サントリー二島と、ミコノス島の夕景が絶品。 夕陽が大自然自身の魂そのものを写しだす瞬間である。魂の故郷とは、 『幼児期の想い出』と『両親の温みの感触の想い出』である。 夕陽の詩では、八木重吉の詩が良い! ゆう焼をあび 手をふり 手をふり 胸には ちさい夢をとぼし 手をにぎりあわせてふりながら このゆうやけをあびていたいよ 〜『夕焼』より あの夕焼のしたに 妻や桃子たちも待っているだろうと 明るんだ道をたのしく帰ってきた 〜『夕焼』より
ゆうぐれの陽のなかを 三人の児が ななめの畑をのぼってゆく みていれば なきたい 〜『ことば』より 私は、友が無くては、耐へられぬのです。しかし、私には、ありません。 この貧しい詩を、これを、読んでくださる方の胸へ捧げます。そして、 私を、あなたの友にしてください。 〜『「序」秋の瞳』より
☆ 孤独の際から叫び出ている愛と孤独の絶叫の詩。 夕景は切ない! 死と生の刹那そのままが、景色に反射するからである。八木重吉だったか、 は忘れ、かつ不正確だが、 <夕陽に向かって手が千切れるほど いつまでも手をふっていたいよ> の詩が頭によぎる。
【 みじめなということは低きところにおる人ではなくて、 進むことのできなくなった人です。 〜(八木重吉) 】 …それでも這ってでも進まなければならない時が、人生に何度もある… それも、夕暮れ時には、身につまされる言葉。
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2016年11月30日(水) 5738,閑話小題 〜2016/11/30 今年も、あと * つれづれに年末 ☆ 今年も、あと一月になるが、早いもの。リタイア直後にたてた スケジュールそのまま、毎日を過ごしている。毎週金曜日のシネマ通いは、 これまで3週、休んだだけで合計44回、通っていた。一週だけ二日続け 行ったこともあった。2年に1回あるかなしかの百点評価はなかったが、 95点が2つあった。あと残り5週あるが・・
☆ ニュースとしては、英国のEU離脱と、米国のトランプが大統領選で勝利。 これは日本、アメリカ、世界各国にとっての大転換を意味する歴史的一大事。 アメリカがグローバル化政策を止める決断をしたことになり、欧米の凋落の 道標になる。 それに勢いづいた欧州のテロは、とまることなく続く。
☆ 体調は、すこぶる元気。サントリーの販売戦略に乗せられ、「セサミンEX」 「ロコモア」を常用するようになった。これが体調にプラスに働いている。 両方とも、一日の目安の半分にして合わせ飲んでいる。腰痛も、腰痛ベルト を新調したことと、夜半の寝返りを意識的にしていることもあって調子がよい。 何はともあれ、無事健康が一番。
☆ この随想日記も5700のテーマを超えている。時どきスランプになるが、 精神のバランスを保つプラス要素になっている。
☆ 去年に一番上の姉の連れあいが亡くなったのに続き、今年は長岡駅近くに 住む父方と、母方の従兄が2人亡くなった。ついに、身近な親族の順番が まわってきたようだ。平均年齢が80歳なら、何の病気で亡くなったかは 問題はなくなる。老衰による三大疾患の何れかでしかない。
☆ 世界的大規模の天変地異は、無かったが、国内では熊本と鳥取で発生した。 200年〜300年スパンの大地震の周期に入ったようで、不気味だが。
☆ 今年は会社整理の関する弁護士からの連絡は一切なし。 この激変の時代、6年近く前の問題なぞ遥か彼方の問題ということか。 元もと銀行債権以外、一切無いのだから、当然といえば当然か。
☆ 去年の今時分、寝室のTVにブルーレイを加えたのを切欠に、WoWoWの二台目 契約をした。そこは居間とは違って、映画、ドラマを見るには最適空間。 一年間、面白そうな映画を次々と入れていたところ、最近、「制限一杯に 近づいています」の表示。数えてみたら300本。一日、一本見ても一年は かかる。それでも、番組表に面白そうなのが次次と出てくる。そこで、 過去分を消去するが、これが惜しいくて堪らない。これは完全に映画御宅。 ネットとブログ御宅に、映画御宅に、スポーツジム御宅に、チャリ御宅。 そして近い将来、プツン!といきたいが、その前に色いろイベントもある ようだ。 としても、まあ、幸せなことで。
・・・・・・ 2015年11月30日(月) 5373,楽しむことを人生の目標に 〜�
* シリアスで、面白い格言 自虐的な格言ばかりだが、鋭く心の弱点を指摘しているものばかりを、 選んである「面白い格言」集があった。 老いるとは、神の視線で、己の 生涯を振り返る視線を持つこと。そこから目を背け、他人に対して、悪魔の 目線で批判をしたがる。それが老いの厭らしさである。ある時は、神様。 ある時は検事に。ある時は、優しい天使に変身、漂う老境は、寂しい。 ≪ ・馬鹿には会いたくないというのなら、まず自分の鏡を壊すことだ。 〜フランソワ・ラブレー(フランスの人文主義者、作家/1483〜1553) ・もし神様を笑わせたいのなら、君の将来の計画を神様に話してごらんなさい。 〜ウディ・アレン(米国の映画監督、俳優、脚本家 / 1935〜) ・我々は、幸福になるためよりも、幸福だと人に思わせるため四苦八苦する。 〜ラ・ロシュフコー(フランスの貴族、モラリスト文学者/1613〜1680) ・人は自分の友に秘密を話すが、その人にもまた友がいるのだ。 〜トルストイ(ロシアの小説家、思想家 / 1828〜1910) ・母親は子供を男に育て上げるのに20年かかるというのに、他の女性は20分で 男をバカにしてしまう。〜ロバート・フロスト(米国の詩人/1874〜1963) ・見て見ぬふりして下さい、先生、何年かたてば笑い話ですから。(マーシー) 人生って買い物カートみたいなものなの!私たちひとりひとりカートを もってる、そして世界はスーパーなの!世界はすばらしい物でいっぱい… あなたのカートを押して行くのよ、チャーリー・ブラウン! (ルーシー) 〜チャールズ・M・シュルツ(米国の漫画家、スヌーピーの作者/1922〜2000) ・私を会員にするようなクラブには入りたくない。 〜ウディ・アレン(米国の映画監督、俳優、脚本家 / 1935〜) ・いとしい女にはあんな長所、こんな長所があると君が信じて疑わないのは、 ひとえに想像力のなせるわざである。 〜スタンダール(フランスの小説家『赤と黒』著者/1783〜1842) ・お世辞を言うには金がかからないが、大多数の者はお世辞に対して大金を 支払っている。 〜トーマス・フラー(英国の聖職者、歴史家/1608〜1661) ・私の一番つらかった戦いは、最初の妻とのものだ。 〜モハメド・アリ(米国の元プロボクサー /1942〜) ・医者は人間を弱いもの、 弁護士は人間を悪いもの、 牧師は人間を愚かなものと見る。 〜ショーペンハウアー(ドイツの哲学者 / 1788〜1860) ・勇敢の誉れ高い人のなかには、ただ逃げるのが怖かっただけの人もいる。 〜トーマス・フラー(英国の聖職者、歴史家 / 1608〜1661) ≫ ▼ 「お世辞」を、いかに巧妙に言えるかどうかが、知性? そうじゃない? ー世界はすばらしい物でいっぱいのスーパーなのー も良い。 こういうのはどうだろう。《世界は、大都会なの。コンビにも、スーパーも、 百貨店も、高級専門店もある。逆に、下町には貧民街もある。世界は、喜びも、 悲しみも、いっぱい詰まっているの。別に買わなくてもいいから、チャンとした 身なりの服装と、身すぼらしい服装を二着と、少々のお金を持っていれば、 何処に行けるの。良くないのは、少々の金と、一着しか、持ってないことよ! その世界しか知らないのは、不幸と幸福が裏腹ということが知りえないからよ!》 ・・・・・・ 2014年11月30日(日) 5008,人は死ぬとき何を後悔するのか? 〜4 『人は死ぬとき何を後悔するのか 』小野寺時夫(著) * 治療を後悔する人が多すぎ 読むにつれ憂鬱になるのが、病院経営の利潤が優先され患者はグチャグチャ にされる実態?である。父が亡くなる直前にポツリといった一言、「あんなに 苦しむなら、手術をしなければよかった!」 死を覚悟した時、「どのみち 助からないのに、あの激痛を長時間も耐えなければならなかったか?」 の疑問が生じるのは当然。 ー治療に対する後悔する原因を要約するとー ・ここで外科医だった当事者の著者が、末期ガン者の手術のやり過ぎの実態に 強い疑問を投げかける。 転移している場合、根こそぎの切除は不可能に かかわらず、大掛かりな手術をするケースがあまりに多い、と。 食道ガンの 名医が、転移している膵臓ガンも切るため、その方が好い加減な手術になる。 ・日本では、「手術して直る可能性が高いのか」「再発する可能性が高いのか」 「再発するならどれ位生きれるのか」などを、医者が説明せず、患者の方も医師 に質問しないのが普通だが、欧米人には考えられないことという。 ・抗がん剤が効くのは、ある種の白血病、悪性リンパ腫、睾丸ガン、小児ガン、 7割位の人に有効で、5年生存率も6割を超えている。問題は、それ以外のガン。 延命効果があるのは10人に1人。著者が外科医だった頃、試みた中で殆ど 効果はなかった。新薬治験という誘惑があるが、これも薬品会社のモルモット かわりか、法外の費用になる。新薬治験効果があった話はほぼ聞かないという。 ・また民間療法も、あまりの法外の費用面で、「一千万単位の借金を背負った」 という話があまりに多いとか。家族が苦し紛れで、自宅を抵当に入れケース。 これなど、少し冷静に考えれば、効果などある訳がないが、溺れるもの藁をも すがるで、家族全体が破滅に向かう。代替治療という‘無法地帯’が、世の中 にはある。岩盤浴、低周波装置、ガン免疫療法などなど、幾らでもある。 しかし、著者の知る限り、全て効果は無かったという。 ▼ 高齢の転移したガンの手術は考えた方がよいことになる。治療の後悔も、 情報と知識不足が原因。それで目先は助かっても、長期間の苦しみが待ってる。 人生の晩年は、厳しい『生老病死』が待つ。やはり「手遅れで余命半年」が、 一番良い? その瞬間から地獄のような日々になるが、これも人生。同年代の 4人に1人は、そうして逝った!どうしたら良い?今を充実させ、楽しむしかない。 「死んで花実が咲くものか」で、死にかける前に、元気なうちでなければ、再び よい目に会えない。さて今日は何を楽しもうか?面白そうなことは幾らもある・・ ・・・・・・ 2013年11月30日(土) 4641, 閑話小題 ー「考えないこと」こそ罪 朝日新聞の‘論壇時評’で、作家の高橋源太郎がー暗い未来「考えないこと」 こそ罪ー をテーマに書いていた。「馬鹿な考え休むに似たり!」としても、 社会の常識を疑い、逆照射をしたり、哲学書を生半可とても、融かすように 学び続けるしかない。だから、考えようとしない人は直ぐに分る。まともな 順にA,B,Cと分け割り切っている。その全ては過去の自分の行蔵に含まれており、 険しい山道の道標の自分の姿でもある。死刑囚の『無知の涙』永山則夫著 という書があるが、「考えないこと」からくる罪は、無知から生まれ出る。 過去の記憶のフラッシュは、B,Cの自分の行蔵が殆ど。他人の評価は別として、 私自身としてAに到着したのは、還暦辺りか、それとも65歳の辺り。 いや、Cのまま? ABCが混在しているのが人間だから人生は面白い。 経済震災と自然震災もあって? この結果に終わり、あたかもオセロの白駒が、 黒駒に変わったような経験をしてから、更に考えざるを得なくなっている? 筆者は「日々の暮らしに目を奪われ、考えないことが、如何に罪を積み上げて いくことを知るべき」という。 ーその辺りの一部よりー 《「憎悪の差別語をまき散らして憎悪をかき立てる『凡庸な悪』と、社会は 如何に向かい合うべきか」の座談会の出席者たちは、いわゆる「在特会」の 「朝鮮人は死ね」といったヘイトスピーチの主張に、かってハンナ・アーレント がユダヤ人虐殺の中心人物であったアイヒマンについて語った「凡庸な悪」を 見いだす。深みのない「凡庸な悪」であるからこそ、底無しに広がってゆく 可能性があると指摘。彼らは特殊なのではない。 私たち社会の中に、彼らの考えに同調する素地があるのだ、と。 だが、その「凡庸な悪」に染まり、世界を滅ぼそうとしているのは、「在特会」 とそれを支持している人たちだけなのだろうか。アーレントは、アイヒマン裁判 を傍聴し、彼の罪は「考えない」ことにあると結論づけた。 彼は虐殺を知りながら、それが自分の仕事であるからと、それ以上のことを 考えようとはしなかった。そこでは、「考えない」ことこそが罪なのである。 私たちは、原子力発電の意味について、あるいは、高齢化や人口減少について 考えていただろうか。そこになにか問題があることに薄々気づきながら、 日々の暮らしに目を奪われ、それがどんな未来に繋がるのか「考えない」 でいたのではないか。だとするなら、わたしたちもまた「凡庸な悪」 の担い手のひとりなのかもしれないのだ。》 ▼ 年末年始になると、中学、高校、大学、そして趣味などの忘年会に出席。 学歴が上がるほど、「凡庸の悪」の人が間引きされ?少なくなる。それが、 その場の空気を綺麗にする。「凡庸の悪」の傾向の強い人は、とにもかくにも 考えない。その代わりに、他人との比較と噂が主たる世界。そこから出る毒ガス で脳が侵され、噂を嘘に変えていく「凡庸な悪」の担い手、無知の涙に浮かぶ シラミ。で、どの会にも一定の割合で存在する。逆に「考えるとは何か?」 という問いかけは哲学の問題。「考えないことの罪」は、人類そのものの原罪。 だから、人は学び続けるしかない。その結果、我が内なる(過去・現在)B・C に出会う。その姿を見ている視線が、Aなる自分、考える自分になる。 ・・・・・・ 2012年11月30日(金) 4276, 100の思考実験 ー2 「100の思考実験:あなたはどこまで考えられるか」ジュリアンバジーニ(著) * ギュゲースの指輪 印象的だったのは「ギュゲースの指輪」である。 〜ウィキペィデアに次のようにあった。 ≪ カンダウレス王の治めるリュディア国に住む牧人のギュゲースはあるとき 地震にあった。地震の後に畜群を放している山の手に洞窟を見つけた。 入ってみると中には玉座に遺体が置かれていた。その遺体は金の指輪をしており、 ギュゲースはその指輪を盗み出した。戻ってきたギュゲースは指輪を身につけて あれこれと探るうちに指輪を内側に回すと透明になって体が見えなくなり、 外側に回すとまた見えるようになることに気づき、悪だくみを思いついた。 家畜の様子を告げる伝令として宮殿に入ると、透明になって后に近づいて姦通、 密謀してカンダウレース王を殺し、位を簒奪した。豪富で知られるクロイソス王 はギュゲースの子孫である、という伝説が当時行われていた。 プラトンは「国家」の談義では兄グラウコンがこの話を引用して 「人は知られなければ悪事を働くのものだ」と述べて、プラトンのこれに反対 する形で「悪事は知られなければ構わないという考えは良心を腐らせ悪しき 結果となる」と述べている。≫ ▼ ギュゲースの指輪は、人間の心の奥に潜んでいる不道徳性を試す物語。 人にさえ知られなければ、誰も誘惑に駆られ多くの悪事をするが、他人に なると声高に非難をする。もし、私がギュゲースの指輪を持っていたとしたら、 恐らく何をしでかすか分からない。見せかけの自分と、本性の自分は全く違う ことは、自分の心を考えれば分かること。「指輪物語」は、これをヒントに つくられたという。ギリシャの哲学者プラトンが、2千数百年も昔に、この 人間の性を物語にしていたというから恐れ入る。性善・性悪説の論争に似ている。 若い時には純粋で理想に燃えて社会に出るが、何年もしないうちに垢に汚れ、 何時の間にか良心を腐らた世俗人になってしまう。それを他人には見えるが、 自身には見えないから、その矛盾が直接、自分に跳ね返ってくる。 その結果、精神分裂になり、自分の壁をつくって篭ることになる。 それからして、カントの道徳律は重要である。「仮言命法」としてではなく、 「定言命法」である。仮言命法とは,「もし…なら…べきだ」というもの。 道徳律においても、「人から信用されたいのならば、嘘をついてはいけない」 「早起きは三文の得」などがそれ。それに対して、条件なしに「…すべきだ」 とだけ命ずることを定言命法(無上命法)。 人間、良心に反する行為は、 すべきでないということ。しかし、・・ この「しかし」が、人間を 迷わせる内語になる。悪事は結局、回りまわって自分に帰ってくる。で、!
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| 6104,閑話小題 〜再び「幸福アドバンテージ」について −1 |
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2017年11月29日(水)
* 一般的な、幸・不幸のバランスは… 【 <幸福だから笑うのではない、笑うから幸福なのだ>は、アランの言葉。 「幸福優位」7つの法則! 法則1の「ハピネス・アドバンテージ」、日本語では 「幸福優位性」。良いことは、幸せな人に、肯定感3:否定1の割合以上の人に 集まる。「努力すれば成功する。成功すれば幸せになれる」ではなく、幸福な ポジィティブな気持ちを持っていることが結果として成功する。】 この法則について、何度か書いてきた。そこで、一般人は? ウツ病患者は?、 その位の数値だろうか? そこでポジティビティー比を調べてみた。 … … … ・大多数の人のポジティビティー比が「2:1」前後。 ・うつ症状の人は「1:1」以下。うつ病の患者のポジティビティー比は… 平均で、「0.5:1」。治療により、ある程度回復した人は…平均「2.3:1」。 完璧に回復した人は…平均「4.3:1」と、非常に高い。 うつ病の治療とは…ポジティビティー比「3:1」以上を目指すこと。 で、抗鬱剤を与えられ、それが重症化して、薬中毒者が… ・「結婚生活に満足している夫婦」の比は…「5:1」程度。 … … … ▼ 亡くなった一人を含めた4人の姉を事例に見ると、一概には決して括れない。 心の持ちようも重要だが、相手との相性と、親から引継いだ素質がある。だが 相性の悪いマイナーは、どうもこうも。 土台、「3:1」は?、無理の話! 私事になるが、6年余り前の節目で、30年以上職住分離を長岡と新潟に分けて、 可能な限り(出身校の同期生を除き)地元との接触を避けてきた。そして、40歳 過ぎてからは、海外ツアーに出ることで、近場の岩場に埋没しないように(縛られ たくない一心で)注意をしてきた。40,50代の年2回の海外が、唯我独尊の社会 生活を過ごすに丁度良い息抜きに、更にピークにあったストレスの解消のベスト のイベントになっていた。 しかし、65歳で職を失い、岩場の住の「閑居」の生活圏に入ることになり、 「木(私)」を守るための「門(習慣)」として考えたのが、 <17時に一人晩餐に入り、20時就寝、0時から死者のポーズ… から始まる奇抜 の生活習慣。> 「生活習慣は第二の天性」。当初は少し戸惑ったが、このとおり 実践で、近くの森林や、町からの侵入者を防いでくれていた。御蔭で、ポジティ ビティを「5対1」程度に何とか保っていた。 老いた際のマイナーの猛毒度は、 思いの外、高い。それもあり、他者の低いポジティビティー比が、透けて見える こと屡々。狙いをつけてやってくるのは、何故か平均1.5:1レべルが多い。 普通レベルより、チョッと下、いや…?ここで止め。ほぼ全員が、自分は3:1 以上と信じているから問題がない? 私さえが5:1と思い込んでいるのだから。 これは身に沁みる問題。まあ、本人が「楽しい!」って言ってんだから、 それはそれで… 〜で、以下の内容に、何故か丁度よく続いていく。
・・・・・・ 5737,閑話小題 〜リア充 2016年11月29日(火) 「リア充」という聞きなれない言葉を耳にして、それ何?と、検索すると、 最近、ネット上で流行りだした言葉。一言でいえば、「現実が充実しない コンプレックス症候群」の心理状態の意味。私のスケジュールをこなす のを傍でみると「リア充」の患者? 自問自答してみると、そうではない。 何かの会で、忙しそうな風で、『昨日は、△▽、一昨日は○◎、明日は×× の予定で時間が足りないほど忙しい。で貴方たち、普段何してるの?』と宣う。 「私はすることが多いけど、あなた方は家に引き籠ってるようだけど」が、 言外に見え隠れ。リア充症候群かどうか?は不明だが。「そんなの断って、 本でも読んでたら?」という見方もあることに気づいてない。それぞれ生き方 が、あるから、それも良いのだろうが。この、付き合いに忙殺されていることを 幸せに思う人に対し、「それにつけても、私って何?」と、落ち込む人もいる。 家内も週に5日は、次々とかかってくる電話に応じ何処かにお出かけ、 残り2日は家事に専念する「リア充」の張本人。けっこう多い内向きの友人 について、「何で外に出ないの? 外出が週一から二日。お金も暇も学歴も あるのに?」と宣う。「貴女が行動的で、知人・友人が普通だよ」と言うと、 不思議そうな顔をする。 それに対し私は、早朝のミニ・チャリと、スポーツ ジムと、週一のシネマ館のみだが、私は内向きのリア充のため? 「リア充コンプレックス」はない。TVとPC、シネマとSJ通いがあればよい。 〜その辺りから ≪ 少し前に、こんな文章がTwitterで話題になったのを知っているでしょうか。 中学生「小学生の頃は良かった」。 高校生「中学の頃は良かった」。 大学生「高校の頃は良かった」。社会人「学生の頃は良かった」。 退職後「働いてた頃は良かった」。 いい加減気づけよ、今が一番楽しい事に。 ―私たちはしばしば過去の自分と今の自分を比較し、「あの頃は楽しかった…」 なんて言いがち。でもよく考えれば、その時その時が一番楽しいってことでは? そんなことを気づかせてくれる素敵な文章ですね。近頃私たちは、この 「その時その時を楽しむ」という意識を忘れがちです。ではなぜ、この感覚が 薄れてきてしまっているのでしょうか。「昔は良かった…」となげくだけなら ともかく、今の自分の日々がなんとなく充実していないかのように感じてしまう。 これは単なる懐古主義や、思い出補正という言葉では片付けられません。 では本当の原因はなんなのか。それはずばり“リア充”です。 もうすっかり定着しつつある“リア充”という言葉。このなんともあいまいな 「リアルが充実している人」という言葉を聞いた時、私たちはどんな人物を思い 浮かべるでしょう。交友関係が広くて、素敵な恋人もいて、日々何かに打ち 込んでいて人生をエンジョイしている…なんてイメージが思い浮かぶと思います。
ではこのリア充という言葉を使うのはどんな時か。 「あの子はリア充だからいいよねー」「私はリア充じゃないから…」 私たちがこの“リア充”について言及する時、多くの場合リア充と自分自身とを 比較するような文脈で使っていませんか? 逆に「私こそがリア充だ!」と声高 に主張するような人はいないですよね。 私たちが日常を省みるとき、自分よりワンランク上の存在=リア充を勝手に 想定してしまっているのではないでしょうか。 「仕事はやりがいもあるし楽しい…けれど、恋人ないからリア充じゃない」 ・・(略) この“リア充”は、他人とは限りません。過去の自分と現在の自分を比べ、 「あの頃は楽しかった…」と感じてしまうこともあるはず。過去の思い出を 懐かしむということは、もちろん悪いことではありません。しかし思い出に引き ずられるあまり、今の自分の幸せを見失ってしまうのは悲しいことですよね。 他人に捕らわれず、自分の日常を受け入れ、日々楽しむ。それこそが真の リア充の姿ではないでしょうか。そうした気持ちこそが新しい出会いを受け 入れることにつながり、そうすれば、愛情やパートナーにも恵まれ、結果的に いわゆる「リア充」になることができるのです。 表面的なリア充を手放すことこそが、真のリア充につながる。 一見難しいけれど、簡単なこと。ぜひがんばってみてください! ≫ ―― ▼ 去年、家内に、『TV、PC、スポーツジム通いの平凡の日々に、飽きない?』 というから、『現役時代は、圧倒的なプレッシャーがあった。現在の生活も 慣れば、それなりに面白い。差引同じぐらい!』と応えていた。親戚の法事で 何時もボヤク80歳半ばの人、現実に溺れて川を渡れないで、リア充コンプ レックスに取りつかれた人。 周りを見渡せば死屍累々に思えるが、 これも私のリア充の上から目線か? ・・・・・・ 5372,楽しむことを人生の目標に 〜� 2015年11月29日(日) 今だから言えることだが、あの会社清算?倒産?騒ぎの時、意外と冷静に 一つ一つを見極めている自分が、もう一人、間違いなくいた。30年来、月次監査 で長岡から新潟の事務所に来ていた税理事務所の担当が、あきれた顔をして、 『楽しんでますね!現在、何が起きて、何をしているか分かってないのでは?』 と苦言。幾つかの修羅場を経験してきた感覚が本人には理解できないだけ。 心の奥は、『こんな経験は二度とない。とにかく、冷静に処理し、この現象を インプットするしかない』と、本能に従うしかない。万一の場合の備えがあれば こそ、いえることだが・・ いざ修羅場に立ち、その視線から見えてくる現象は、 リアルだが、滑稽でさえあるが、それを楽しむとなるとう、生易しいことでない。 ≪ ・楽しまずして何の人生ぞや。 〜吉川英治(日本の小説家/1892〜1962) ・幸福だけの幸福はパンばかりのようなものだ。食えはするが、ごちそうには ならない。無駄なもの、無用なもの、余計なもの、多すぎるもの、 何の役にも立たないもの、それがわしは好きだ。〜ヴィクトル・ユーゴー (フランスのロマン主義の詩人、小説家/1802〜1885)≫ ・幸せを数えたら、あなたはすぐ幸せになれる。 〜ショーペンハウアー(ドイツの哲学者/1788〜1860) ・この人生は生きる価値があると言えるだろう。 なぜなら、人生は自分で作るものであるからだ。 This life is worth living, we can say, since it is what we make it. 〜ウィリアム・ジェームズ(米国の哲学者、心理学者 /1842〜1910) ・汝の幸せは、他人の幸せによってつくれ。 〜ヴォルテール(フランスの哲学者、作家、文学者、歴史家/1694〜1778) ・他人のために暮らすのはもうたくさんだ。せめてこのわずかな余生を、 みずからのために生きようではないか。 〜モンテーニュ(フランスの哲学者、モラリスト /1533〜1592) ・幸福な人生を阻む大敵は外にあるのではなく、内にある。 すなわち、あなたの心の中に潜んでいる。 〜ウィリアム・ジェームズ(米国の哲学者、心理学者 /1842〜1910) ・「幸福を必要としないこと、それがおまえたちの幸福だ」と、神は言った。 〜セネカ(ローマ帝国の政治家、哲学者、詩人 /紀元前1頃〜紀元後65) ・幸福には、明日という日はありません。昨日という日もありません。 幸福は、過去のことを記憶してもいなければ、将来のことも考えません。 幸福には、現在があるだけです。今日という日ではなく、ただいまの この瞬間があるだけです。〜ツルゲーネフ(ロシアの小説家/1818〜1883) ・人間がこの世に存在するのは、金持ちになるためではなく、幸福になるため。 〜スタンダール(フランスの小説家『赤と黒』著者 / 1783〜1842) ▼ 幸福の状態は、生きている限り避けることの出来ないマイナスに対して 3倍のプラスが必要。出来たら9倍というが、探し、習慣化をすれば可能。 老いて思い出すことは、自然に任せておけば、マイナスばかり湧き出てくる。 それは意図的に変えることは可能である。それより、いま現在を楽しむことが、 プラス感情を育ててくれる。だから、積極的に楽しみを探さなければならない。 今では、TV・パソコンという優れものがあり、手じかに、楽しむことが 出来る。楽しむには、少々の金と、知識と、時間と、知恵と、幸せ脳が必要 である。幸せ脳とは、感動、感激、感謝できる能力。
・・・・・・ 5007,人は死ぬとき何を後悔するのか? 〜3 2014年11月29日(土) 『人は死ぬとき何を後悔するのか 』小野寺時夫(著) * あるレビューより ーまずは、アマゾンのレビューを要約するとー ≪ 日本のガン治療の疑問を述べている。著者はあくまでも高度の進行がんに おいては手術・抗がん剤治療、免疫療法をするのではなく痛み・苦しみを 和らげながら静かに看取る方を良しとしている。タイトルの「何を後悔するのか」 はまさしく「効果の無い、苦痛を伴う無駄なガン治療は後悔えをする」に 他ならない。著者も57歳のときに喉頭がんを経験。妻が劇症の白血病を発症 すると休職して介護に専念。気力体力の限界まで精魂を傾けられたことは 大きな心のやすらぎである一方、死の直前、呼吸困難で苦しませ、穏やかに 逝かせてやれなかったことへの悔恨にさいなまれていた。どの言葉の一つ一つ が説得力に満ちていて、実践的な「死に方準備ケーススタディ集」でもある。 ・がんは大急ぎで治療する必要がないのです ・死は生の延長上の遠い淵にあるのではない。人は“死にまとわれながら 生きている不安定な存在 ・死に直面すると、金、権力、名誉のある人の方が、不安、怒り、落ち込みが 強いそれまで力のあったものが、死には全く役立たなくなるから ・生前に本当によく尽くし合っていなければ死ぬときによい介護を受けられない 死ぬときに奥さんのいじめが気にかかる人は、恥を忍んで奥さんに詫びるか、 今からでも懸命に尽くす姿を見せるなどの対策を講じておくのが安全 ・唯一確実なボケ予防策は「高齢でも女性に関心を持ち続け、行動すること」 ・死ぬ時に至って自分の生き方を他人と比較するのは全く無意味 ・高齢になってもよく歩いている人ほど「コロリ死」が多い ・ホスピスの入院患者で、何かに没頭して楽しめる人はとても幸せな人 ・死を迎える部屋は個室がお勧め ・「鎮静(麻酔などで苦痛を抑え入眠状態にする。続けると数日で死に至る)」 は、早めに医師に願っておく。それもひとつの死生観。死の準備は本来、 病状に応じたオーダーメードであるべき ・日本は多くの人が「自分の望まない死に方」をしている国 ・孤独感が原因の激痛がある ・「低カロリー、低たんぱく質」でゆるやかに最期へ向かう… ≫ ▼ この要約を読み返すたび、どれもこれも更に深く心に染みる。近い将来、 恐ろしい現実が間違いなく待っている。恐ろしいが、覚悟はしてないと。 心の拠りどころは、50歳代の10年間で、30年分を圧縮し過ごしたこと。 さらに、このブログに行蔵や、思いや、青春時代の日記などを書き残したこと が心強い。この奇跡のような私の生。ビッグバン以来、ここまで続いている、 この「私」という存在。それを満足し生きてきただけでも、充分に元を取れた 感がする。この文章を書いていて気づいたことが、後悔の逆は、感謝、感激、 感動、満足、ということ。老いの『俺たちに明日はない』の日々を楽しめるか どうか、だが。 ・・・・・・ 4640, 閑話小題 〜都知事の狼狽 2013年11月29日(金) * 「徳洲会」資金提供問題で、都知事の狼狽 ーまずネット記事よりー《 猪瀬直樹知事が大手医療法人「徳洲会」から 5,000万円を受け取っていた問題で、猪瀬知事は、会見でも、個人的な借金だと する点を強調している。さらに現金受け取りの前の和食店での面会についても 明かした。猪瀬知事は「借用証 徳田 毅殿 (去年)11月20日5千万円也、僕の 住所とサインです」(その借用書は最近作ったものでは?)の質問に「それは誤解。 これは、間違いなく原本」と述べた。》 この一連の会見の内容からして、明らかに逮捕に準じる資金提供。 検察も逮捕をするしかない?だろう。政治家としての叩き上げではないため、 副都知事の場合と違ったトップの立場の身の処し方が出来なかった。マスコミ 上がりの正直さが、そのまま表立ってかシドロモドロ。言い訳するほど、 自分の立場を悪くする。政治世界は一寸先は闇。これで逃げ切ることは難しい! 2020年まで安泰と思っていただろうに。 それとも、石原慎太郎の知恵で難局を何とか乗りるか? * ストーブリーグが面白い 落合の中日のGMの就任で、ストーブリーグが俄然、面白くなってきた。 巨人の小笠原が中日に、逆に中日の井端が巨人に移籍。他に、広島からFA 宣言した大竹寛投手(30)が、巨人への移籍を表明した。更に、有力選手 2〜3人が移籍してくるだろうから、これで来年の巨人の独走がみえてきた。 その巨人を他球団が叩き潰し、原監督を引きずり物語が面白そうだ。 ーネットの記事からー 《 落合GMは井端は「戦力外の選手には金額提示はしない」と、来季の構想外 ではなかったことを強調。そのうえで「彼に対してはそれなりのものを例年 払ってきた。故障でメスも入れたし、億以上を出すリスクを球団が背負えるか、 という判断」と、年俸大幅ダウンの提示を説明した。球団は井端に対し、野球 協約に定める年俸の減額制限を大幅に上回る今季年俸1億9000万円から 1億6000万円減の3000万円を提示したとみられる。 ▼ 小笠原が3000万、井端は4500万と大幅ダウンという。厳しいものだが、 それでも井端の方が、お買い得? 原監督は、優勝をしていれば今期で辞め時 だった。早く言えば飽きてしまった!ということ。 江川監督、ヘッド兼任の バッテリーコーチに桑田、GMに野村元監督あたりが面白そうだが! 更に「巨人は27日、西武から国内FAを宣言した片岡治大内野手(30)と 都内のホテルで初交渉」というニュースで報じていた。 ・・・・・・ 4275, この非常事態に、万一の備えがあるの? −4 2012年11月29日(木) * 長岡冬景色 ーある同級生の死 昨日の朝、高校の同級生から電話が入った。20年以上、毎年開かれていた 同級会のメンバーの1人が一昨日の夜、自殺をしたという。近郊の町で家業を 継いでいる人で、明るくサッパリとした性格で皆から好かれるタイプ。 本人が居るかどうかで、同級会の明るさが違うほど。その男が自殺とは、一瞬 耳を疑い、息を呑んでしまった。「この非常事態に、万一の備えがあるの?」を、 今月の15日に、ここで書いた。その前日の地元紙に、 * 同級生の老舗会社の倒産記事が出ていた。20年前に工場が 火災で全焼、しかし保険で建替えて、無借金経営と聞いていた。 * その翌週には、計算サンターの社長をしている会社が、TVと新聞に大々的 に、「不正に雇用調整給付金を受給。それも内部告発により調査の結果。不正分 を全額返済のため、刑事告訴はしないが、悪質なため発表した。」と報じられた。 全国ニュースにならなかったのが不幸中の幸いだが、銀行系もあり処分は 厳しいと推察される。 * そして今週は、彼の自殺である。 親戚や近所の自殺は身近であるが、 同級生は初めて。まさか、このテーマで書いた警告が、そのまま、ごく身近で 直ぐにたて続けて現われ出るとは。3人とも傍からみれば、これ以上の堅実経営 はないかと思われた会社。そのため、ことさら驚きは大きい。それにしても 自殺とは、よほどのことがあったのだろう。同級会のメンバー内の話としては、 去年春に私が先ぶれに破綻。そして、この11月にたて続きに3人が、続いた。 以前から、「2012年問題(時代の断層の年)」が言われてきたが、 今のところ何も起きていない。しかし極身近から、このように生々しく 起こるとは思いもしなかった。 恐慌の大波は根こそぎ、全てを破壊していく。 これが地方の特殊要因でなく、世界、日本レベルの大波の地方の一現象でしかない ところが恐ろしい。まだ経済の大津波(恐慌)の本体は外海、到達は来年辺り?
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2017年11月28日(火)
* 一場所前の大相撲の評論から… まず、一場所前の大相撲の現状の批評からみてほしい。 横綱・大関の権威失落を、更にダメ押しの事件が、この日馬富士の暴行事件。 起こるべきして起きた「モンゴル人」による、大相撲の面汚し事件が、この文章 からも、読取れる。 やはり見逃すことが出来ない問題。横綱三人を暴力団幹部 とみると、最高幹部が白鵬であり、若頭が日馬富士と、鶴竜。これからすると、 主犯は白鵬で、2人の横綱が共犯ということに。誰も、このことに言及しない。 出来ないのだろう。それと、理事長の重みが全く感じられない。 千代の富士の 弟分の横綱で、二流横綱だった軽さが表立ってしまった。 だから白鵬に舐めら れるのである。膿は当人であることの自覚がないのが漫画的。茹で蛙そのままの 醜態を、これ以上、見せることなく即刻、引退が正論と断言できる。 もちろん、日馬富士は当然、引退であり、逮捕をすべきである。ここは日本。 モンゴルではない。冷静にみれば、貴乃花の行為と判断は正当。何故か、この ことを言わない。これは、日本に対する逆上せ上りのモンゴル人横綱3人の 大相撲に対する侮辱行為であり、即刻、引退、国外退去をさせる問題。 としても、この「正論」を言えないのが興業の側面を持つ辛さ。 ≪ * 横綱・大関の権威失落 2017/09/15 大相撲が大変な事態になっている。私の相撲ファン歴からして、これほど 大関・横綱の権威失落の事態は初めてで、理事長自らが辞任しても然るべきほど。 初日から4人横綱のうち3人が休場。残る一人横綱が前半で2勝3敗とはこれいかに。 上位に上がったばかりの阿武咲が横綱初挑戦で金星を挙げ5連勝。日馬富士の 負け方が空中に1回転して裏返し。その上に、大関の照の富士が負傷、3人の大関 も2人が休場ともなれば。 面白といえば面白いが、この惨状では、首を傾げざる をえない。その背後には若手に実力があるのが何人か台頭してきたことがある。 もしかして、半年、1年後の番付が、これかとも… ファンが、相撲協会の心配をする必要がない。横綱・大関の権威の崩壊を 見ながら、誰が優勝をするかを楽しめば、「また白鵬!」よりも遥かに刺激的。 「何で今の若手が強いのかって?」というと、勝つために頭(情報機器)を活用、 稽古土俵から考えているため。それも親がかりで。将棋の新生人と同じ。白鵬が、 それ。素材が良いだけでは難しい。一月前に、高校横綱のトーナメントを見たが、 その中に強そうなのが数多く見かけた。底辺の育成が出来ているということ。≫ ― ▼ 日馬富士の引退、即刻、国外退去は最悪ではなく当然の帰結。 本来は主犯格?もろとも国外退去が筋だが、国家間のトラブルの可能性もある。 昨夜の横審も、厳しい対応のようだ。酷い折檻だったのだろう。 〜ネットニュースによると、 【横綱審議委員会は27日、定例の会合が行われ、北村横綱審議委員長が会見。 前日の横綱・白鵬の優勝インタビューに言及し、「相撲界の膿を出すとか言った が、何を意味するのか分からない。何か横綱としておかしいのではないかという 意見が多かった」と述べた。優勝インタビューを観客と異例の万歳三唱で締め くくったことにも「これだけ相撲界が厳しい中で、何で万歳ができるんだろう」 と首をかしげた。】とあった。 一応、まともな意見である。「白鵬自身が膿」 を自覚しろというのは土台ムリだが… <総括: 10年かけて、『大相撲』から外国人を排除するか、特別法人の資格 を外すかハッキリすべし 。朝青龍、白鵬、日馬富士の行状からみて、主犯が 白鵬であれ、日馬富士の単独犯であれ、三人の共同犯行であれ… 人種対立が 悪化すれど、元に戻ることはない。何が国技!モンゴル相撲が発生源のルーツ だろうが… 五穀豊穣の 祝いの余興の力自慢に、肉食系異国人を入れること 自体が間違っていた。としても、面白さが数倍も増したことを考え合わせて、 落ち着くところは、特別法人を返上するのが筋… モンゴル人の無理に対し、 日本人の我慢も、限界にきている。40回優勝しても、あれでは… > 初めは「許してやって頂戴!」と、思ったが、掘下げると根が深い問題がある。
・・・・・・ 5736,なぜ本を読むといいか? 〜3 2016年11月28日(月) <本を読む人だけが手にするもの> 藤原和博著 読書にも、漫画本、週刊誌、月刊誌から、哲学、古典など幅がある。 タブレットやスマートフォン内のデジタル書籍もあるため線引きもファジー。 日ごと4〜5時間、書斎コーナーで、随想日記を書いたり、ネットサーフィンや、 読書をしたり、ボ〜っとしたりして、結構、楽しい時間帯である。 そこに飽きたら、一度、席を立って、廊下向こうの寝室のベッドで短時間、 横になったり、TVを見たりして、気持ちを切替えた後、戻って読書をする。 〜amazonの目次紹介より〜 ≪ ・序章 成熟社会では本を読まない人は生き残れない 現在は「本を読む習慣がある人」と「そうでない人」に 二分される階層社会になりつつあると警告。 ・ 第1章 本を読むと、何が得か? 「読書と収入の密接な関係」 「読書によって身につく、人生で大切な2つの力」など、 ズバリ、読書のメリットを答えていきます。 ・第2章 読書とは「他人の脳のかけら」を自分の脳につなげること 「1冊の本にはどれほどの価値があるのか」「本を読むことは、2つの 『みかた』を増やすこと」 「脳をつなげて未来を予測する」など、 本を読むことの本質に迫っていきます。 ・ 第3章 読書は私の人生にこんな風に役立った 「人生を変える本との出合い方」「自分の意見を述べるための読書」 「読書で人生の鳥瞰図を獲得する」など、 人生と読書との関連性が リアルに綴られています。 ・第4章 正解のない時代を切り拓く読書 21世紀の成熟社会に不可欠な「情報編集力」とそれを構成する 5つのリテラシー「コミュニケーションする力」 「ロジックする力」 「シュミレーションする力」「ロールプレイングする力」「プレゼン テーションする力」を、いかに読書で磨いていくか解説していきます。 ・ 第5章 本嫌いの人でも読書習慣が身につく方法 読書嫌いの子も少なくなかった中学校の校長時代の経験なども踏まえ、 いかに読書を習慣化させるかを現実的な側面からポイントを押さえて いきます。 ・巻末――「ビジネスパーソンが読むべき11冊」 「小中高生を持つ親に読んでほしい本」「親が子どもに読ませたい10冊」 という著者のおすすめ本も紹介します。 ≫ ▼ 読みながら、自問自答をしたり、具体的イメージを持ったり、その テーマの周辺を広げたりして、考えるのが良い。また、書店や図書館の 書棚めぐりも楽しいもの。読書から得れる感性も重要になる。生きるとは 何か、人生とは何か、幸福とは何か、などを考え続けて生きるのと、全く 考えないで生きるのとでは、人生の充実度が違ってくる。 次回から、各項目ごとに取上げ考えてみる。「世界は広く、内側は深い!」 ことを、より知るためにも、まず本を手にしなければ、生きている甲斐が ないじゃないですか。
・・・・・・ 5371,楽しむことを人生の目標に 〜�� 2015年11月28日(土) 人生を振返り、『楽しく、面白い人生だった!』と断言できることは 有難いことが、そう思えば、そう思えてくるのが人生。考え方次第である。 森の生活(現役)から、サバンナの生活(隠居)に移行してからは、 日々を、いかに面白く楽しく過ごすかが目標になっている。51歳の年から、 人生観を切替え、10年以上を前倒しにし、捨身で「面白、可笑しく」を テーマに生きることにしたが、その面白かったこと、この上なかった。 それもあってか、「楽しむ」の格言は、どれもこれも納得できる。 秘境:異郷ツアーは、ごく短期間に圧縮された人生を垣間見ることができた。 ≪・そうだ、僕のまわりには小鳥だの、木々だの、草原だの、大空だのと、 こんなにも神の栄光があふれていたのに、僕だけが恥辱の中で暮らし、 一人であらゆるものを汚し、美にも栄光にも全く気づかずにいたのだ。 〜ドストエフスキーロシアの小説家、思想家/1821〜1881) ・わたしにとって最高の勝利は、ありのままで生きられるようになったこと、 自分と他人の欠点を受け入れられるようになったことです。 〜オードリー・ヘップバーン(英国の女優 / 1929〜1993) ・良いものでも、悪いものでも、人生での経験には感謝しましょう。 〜スーザン・サマーズ(米国の女優、作家/1946〜) ・年をとったから遊ばなくなるのではない。遊ばなくなるから年をとるのだ。 〜バーナード・ショー(アイルランド劇作家、ノーベル受賞/1856〜1950) ・人生は楽ではない。そこが面白い。 〜武者小路実篤(日本の小説家、詩人、劇作家、画家/1885〜1976) ・各人はその考え次第で幸福にもなり、不幸にもなる。 他人が見てそう思う人ではなく、自分でそう思う人が幸福なのである。 〜モンテーニュ(フランスの哲学者、モラリスト /1533〜1592) ・世間を知り、世間に寛大であれ。世間を楽しむためには、 世間をかすめて生きるべきだ。〜ヴォルテール(フランスの哲学者、 作家、文学者、歴史家 / 1694〜1778) ・晴れた日は晴れを愛し、雨の日は雨を愛す。楽しみあるところに楽しみ、 楽しみなきところに楽しむ。 〜吉川英治(日本の小説家/1892〜1962) ・僕は生きてることが幸せさ。僕が僕らしくいられることが幸せなんだ。 (I’m happy to be alive, I’m happy to be who I am.) 〜マイケル・ジャクソン(米国のシンガーソングライター/1958〜2009) ・神より賦与されたる人生は短きも、楽しく送りし人生の記憶は永遠なり。 (The life given us, by nature is short; but the memory of a well -spent life is eternal.) 〜キケロ(共和政ローマの政治家、哲学者 / 紀元前106〜紀元前43)≫ ▼ 【人生は楽ではない。そこが面白い!〜武者小路】がよい。 「幸福の4階建」の全てのフロアーを味わい、それを楽しむのが人生! < 4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。 3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。 2階:獲得した「快」を永続させる。 1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。> 「人生は楽ではないそこが面白い」の「人生」を、「生老病死」に、いや 「死」に置換えてみるとよい。現点の私は「老いは楽でない。そこが面白い」。 成るほど納得できる。老いを面白がって楽しめば「豊穣の老い」になる。 「幸福の4階建」には屋上がある。屋上の外には広大な世界がある。 「そこには小鳥だの、木々だの、草原だの、大空だのと、こんなにも神の 栄光があふれている」ことに気づくことだ。その為には、とにかく屋上に 出てみること! 生涯現役も悪くはないが、違う楽しみが世界に満ちている。 で、昨日と同様、以下に続く! たっく、楽しみ方が、まだ中途半端だ。 そうこう考えると、無知は致命的な欠損である。但し、全ての人だが! ・・・・・・ 5006,人は死ぬとき何を後悔するのか? 〜2 2014年11月28日(金) 『人は死ぬとき何を後悔するのか 』小野寺 時夫(著) * 死を忘れた日本人 41年前に、一年間、同居していた父親の死際を目の当りにした。 その時の生への渇望は、砂漠の真中に一人取り残された彷徨い人のようだった。 その時から現在まで、多くの死に関する書物を読んできたが、 一般的に人は死に関し目を背けているようだ。ーその辺りからー ≪☆ ホスピスにくる患者に接すると、自分が死ぬということをあまり考えた ことのない人や、どうしても死を認められない人が増えている。若い人は当然 だが、中高年の人にも多く、特に金や権力のある人にこの傾向が強い印象がある。 自分は平均年齢までは生きられると考えている人が多いが、その一方で、平均 年齢に達しないで亡くなる人も多い。 ☆ 日本は「寝たきり老人」が世界一多く、脳卒中の後遺症、認知症などで 自分で食べられなくなったため、胃瘻(腹壁から胃に管を通し食べ物や薬を 流し込む処置)で生かされている人が5万人以上もいる。北欧の老人施設を 見学して驚くのは、寝たきりや胃瘻で生きている人がいないこと。これは日本 の介護と欧米の介護の考え方の違いで、欧米はどんなに手がかかっても、最期 まで自力で歩かせ、自力で食べるよう仕向け、それができなくなったら、あまり 手をかけない。意識がなく回復の可能性のない人に胃瘻で生かす考えはない。 ☆ がん患者の在宅死の率は、米国では8割、欧州で5〜6割、しかし日本では 1割弱。病院は死を迎えるには適切ではない場合が多く、住み慣れた自宅で、 家族や孫の声を聞きながら死んでいくのが求められる。 ☆ がんで助からないと分かると、ほとんどが「こういう病気で今死ぬとは 思わなかった」と述べる。実際には、人は常に死にまとわりつかれ生きている。 人が死に向き合う時は、それまで身につけていた社会的衣のすべてが剥がれ、 むき出しの個人になる。繰り返すが、死に直面すると金、権力、名誉など 社会的衣は役立たない。「人は生きてきたようにしか、死ねない」死に直面 しても、その性格の本質が変わることはなく、自立心の強い人は死ぬときも 動揺が少なく、世の潮流に流されながら、他人や社会への依存心の強い人は 死に向かうときに不安や動揺が顕著になる。確かな死生観を持って、誠実に 努力して生きてきた人は、死に様も立派な人が多い。死ぬということは自然 現象で、死には金も権力も全く無力である。 ☆「金で命は引き延ばせるか」金さえあれば世の中できないことはないと 思っている人がいるが、そういう人が死に直面すると、金ではどうにも ならないことに憤慨して不穏な気持ちになる。特に多いのは免疫療法に対する "思い込み"である。特別高価な免疫療法が効かないわけはないと誤解して いる人が多い。民間の代替医療も高いほど 効くと誤解している人が多い。≫ ▼ 一部の望みは妄想でしかない。その妄想で、最期は悲惨な死をむかえる ケースが多い。元気なうちに、ノートかパソコンに、書き残しておくべき。 死の現場は悲惨である。 ・・・・・・ 4639, デフレの真実 ー金持ちの本音 ―� 2013年11月28日(木) ー庶民は知らないデフレの真実 ー森永 卓郎 (著) * 東日本大震災後の第三次震災恐慌が狙い目 貧乏人が金持ちになるには震災が狙い目?それが数年後の恐慌、経済大変動 というが、御隠居の身で鳥瞰するには良いが、知れば知るほど末恐ろしい。 震災恐慌では大部分が被災者になり、弱者になる。金持ちは、海外に資産を 移動して最小の打撃で済むか、焼け太りになる。しかし、貧乏人にもチャンス があるはず!と。 まずは、ーその辺りからー 《 関東大震災後に世界恐慌の煽りで、第一次震災恐慌が起こった。 そして1995年1月に起こった阪神・淡路大震災から2年後の1997年、橋本内閣は �消費税を3%から5%に引き上げ、�特別減税を廃止、�会社員の医療費本人負担 を2割から3割に引上げ、都合9兆円もの国民負担を断行し、その後14年続く デフレの原因を作ってしまった。 恐慌ほどでないにしても、先進国でデフレに陥ったのは日本だけ。 これを第二次震災恐慌という。そして、この情勢から早ければ2014年、 遅くとも2015年に、第3次震災恐慌が日本を襲うだろう、消費税率は2014年4月 に8%、遅くとも2015年に10%に引き上げられる。一方で2014年には徐々に 復興需要のカンフル魂剤が切れる―過去の例を振り返っても震炎恐慌が起こる 確率はかなり高いのだ。 どれだけ資産価格が下がるかを正確に予測すること ほできない。しかし、第3次震災恐慌は、少なくとも1997年以降に起った のと同じくらいのインパクトを持っだろう。1997年から2010年までの13年間で、 全国の市街地価格指数に49ポイント下落し、日経平均株価は45ポイント下落 している。だから、資産価格の半額セールが始まると見てよいだう。・・・》 ▼「日本の二つの大震災の数年後、恐慌か、それに比類する経済大震災が 起こった。だから、今回も起こるのでは?それも、来年か、再来年に?」 という筆者の論も、ある面、納得できる。アベノミクスの政策をみれば経済震災 は至極当然。その時どう対処するか? その混乱を中国が虎視眈々と領土を 狙っている上に、米国がTPPを隠れ蓑にした郵貯を狙っている。 「刺激的なことを書いているが、恐慌など起こってないじゃないか!」は、 「日本のバブル崩壊後の20年間で、何も起こってないじゃないか!」と似ている。 二つの大震災、20以上あった都銀が3つになり、20年のデフレが続き、経済は疲弊。 世界ブランドの、パナソニック、ソニー、日立、カシオは地に落ち、ダイエー、 西武グループが消滅。それと同じか、より激しい経済変動が静かに起こっている。 かくいう私も、大波に飲み込まれてしまった。 偶然だが、以下に金融面で コンサルティングをして貰っていた林さんの著書の感想文があった。 この春で、円滑法が打ち切りになったが、表立った倒産の急増の話はない。 どうして? と思うが、消費税の増税で金融を緩めているため。地元の知人の話 を聞くと、景気悪化は止まっていない現実がある。株価が上がっているのは、 金融緩和の資金が実需でなく株式に回っているため。これも金持優遇である。 中国との領土問題など戦争の匂いもしてきた。被害者は弱者の大衆になる。
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| 6102,閑話小題 〜「まさか」、北が太平洋上で核実験を? |
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2017年11月27日(月)
* つれづれに 〜大相撲、よもやま話 大相撲も終わってしまえば白鵬の優勝。日馬富士の暴行問題は、フロクという ところか。一場所の謹慎で済めばよいが。朝青龍から白鵬、そして日馬富士に つながる問題のため、そう簡単に済まない。鳥取で「鳥取城北高校の同窓会」に 行ったところ、居るはずのない3人のモンゴル人横綱が同席していて、良からぬ 因縁の貴乃花親方の弟子のモンゴル人を殴ったのだから… 取りようによれば、 落ち目の三人の横綱の共謀とも解釈できる状況。 格闘技の世界は、土俵上で、 殴る、張るのが日常の世界。特に、朝青龍を含めた4人のモンゴル横綱は、礼儀 を建前に、横綱が張手をするのは許されるが、張り返すのはご法度と決め込み、 やりたい放題。張り返してくるのは、稽古土俵で、叩き潰す。これが朝青龍が 見出した姑息な戦術。それに気づき、モンゴル人横綱が多用してきた。これが 背景にある。それをさせない貴乃花の弟子に、現役の三人横綱が、押しかけ、 日馬富士が実行役としてリンチに至った構図。やはり、三人は断罪されて然る べきである。ここで見えてきたのが、白鵬と、理事長の資質。 どうだろう…
* 「まさか」、ここで太平洋上で核実験を? 北朝鮮の兵士が、逃げてきたが、どうも様子が変? 兵士の間に、戦争の予感 が強いのだろうか。時を同じくして、北の漁船が二隻、漂着。「北が壊滅すると、 こういう現象が次々と起きますよ」という警告もあるのか。見殺しもできないし、 としても難民を装った兵士の可能性もある。上陸前に??するのが、戦争という 視点ではベストだが、人道面がある。まさか、声明も出すわけにはいかない。 ここで太平洋上で核実験を強行したら、トランプでなくとも、攻撃もありえる。 末恐ろしい現実が、近未来にあるような。役者が悪すぎだが、これしかないなら、 朝鮮戦争勃発? 何で、これほど過酷な生活状況で、反発が起きないのか? これは金日成は1958年からの『五号担当制』の制度がある。 『5世帯を一つの単位にして、その中の1世帯に忠実な党員の家庭を配置し、 残りの4世帯を監視させる』システム。政府や党に批判的な言動をすると、 密告され、家族全員が強制収容所に送られる。更に毎週土曜日には「生活総和」 と称する『自己批判集会』に参加しなければならない。1週間の自分の行動に ついて、順番に自己批判し、さらに出席している他人の批判も行う。 これでは不平・不満など言いようがない。まして秘密結社など土台無理。 戦時体制が、半世紀以上も続いてきたため、一種のカルト国家の様相が現実。 この体制の中で、純粋無垢に育った彼らが、難民として大挙して上陸したら、 何が起こるやら、が現実。やはり、そのまま、カルト国家として、大人しく いて下さいが、本音。 一歩、間違えたら、終戦時、朝鮮のように分断される ところだったが、蒋介石が身を挺して、それを防いでくれた御蔭がある。 それもプーの数人の判断で、アッサリと粉々になるかも?
・・・・・・ 5735,なぜ本を読むといいか? 〜2 2016年11月27日(日) <本を読む人だけが手にするもの> 藤原和博著 * 成熟社会で本を読まない人は生きづらい 半分の人が本を全く読まないという。読む人のうち、月に3冊以上読む人が、 1,654万人というから7人に1人の割になるが、思いのほか多い。週一冊なら、 10人に1人の人材になれることになる。人生を生きていくに上位15〜20%に 入っていれば比較的順調に生きていける? 古代ギリシャの時代より、 「3%の支配層、30%の中間層に、残りの67%が奴隷(隷属)層」の構造が 続いて現在に至っている。シリアスだが、これが現実。20年〜30年スパンで 自分を高めようとしたら、一番手っとり早いのが、週一冊の読書習慣。 更に、給料の二割天引き預金を続ければ、何とかなる? 終戦後からの右上がり経済も終わりをつげ、中間層の3割が半減し15%に しぼられつつある。その中間層に留まるには、「趣味としての読書」から、 「人生を切り開くための読書」へシフトを変える時代になった。そのため、 読書で自ら『幸福論』を打ち立て人生を切り開くべしと、著者は説く。 まず概要把握のため―amazonの内容紹介よりー ≪ 累計100万部突破!! 仕事と人生に効く「よのなか科」特別授業―読書の効能 <あなたは「なんで、本を読んだほうがいいのか?> という質問に答えられますか? 親や先生は「本を読みなさい」と言いますが、その素朴な疑問に きちんと答えられる人は少ないのではないでしょうか。 本書は、「人生における読書の効能」について、リクルート社で初の フェローや東京都の義務教育で初の民間校長を務め、「よのなか科」 という現実社会と教育をリンクさせた大人気の授業やベストセラーで 知られる藤原和博氏がひも解いていきます。 ―― ▼ 学生時代の一番の収穫は、卒業前に己の読書の絶対量の少なさに気づき 悶絶した末に誓ったこと、『一日2時間以上の読書習慣を自分に課すこと』 創業人生を志すと決めていため、読書から得た知識が血肉になっていた? 最近、気付いたことに、本来は幼児期、少なくとも10歳までに、読書脳を つくってなかったこと。 そのベースが稀弱だと、それ自体が『バカの壁』 になって己を取り囲み、新たな情報・知識の吸収を阻止する。ソクラテス ではないが、その事実に気づくことが第1歩になる。逆にいえば、これを知り、 納得する時分には、すでに遅いのは身に染みている。としても、気付かない より遥かにまし? なら如何するか? 鈍重に繰り返すしかない。 で、この落書き?を続けているが、それでも駄目でも、暇つぶしにはなる。
・・・・・・ 5370,閑話小題 〜思いのままに 2015年11月27日(金) * 思いのままに ・後ろ側から追いかけられるような『死への怖れ』が、70歳過ぎると、 真正面から迫ってくるというが、あと二ヶ月足らずで到達する。半世紀 以上の腰痛持ちで、その年々悪化が老いのバロメーターになっている。 杖をつき、次に車椅子生活?も、そう遠くない先になるのか? それでも楽観的なのは、『人生の大よそのことは、遣りつくした』 手ごたえがあるため。自分自身を飼い殺しにして、老いてから、泣き言を 言わないで済むだけでも良しとしなければ・・ これも自分への説得か。
・先日のパリのテロ、2001年の9・11テロに匹敵まででないとしても、 欧州に、世界に、大きなインパクトを与えた。大国が本腰を入れて、シリア などの拠点に攻撃を始めた。案外、早く掃討される可能性があるが、相手は ネット上で繋がっている狂信の徒党、粘り強く生延び抵抗をする。 世界各国の衛星を使った空爆の能力は、想像を絶する破壊力がある。 ひたすら、一方的に殺戮される。ISに大国のスパイが大量に入り込み、 情報を流すことも可能で、その反撃で、何時、何処で、誰もが巻き込まれる、 これまで無かった新しい戦争が本格化する。世界は、今世紀末まで持つ?
・コンビニでの年賀葉書のデザインを決定、発注をしたことで、年末に 近づいた実感できる時節になった。今朝は4時前に、霰の音で目が覚めた。 今年もごく身近は、相も変わらず!数年ぶりに、少し重い腰痛が出たこと位。 それでも一番上の姉(故人)の連れあいが享年87歳で、兄嫁のお父さんが、 99歳で亡くなり、中学校、大学の友人が、それぞれ二人が亡くなった。 ( で、面白いことに偶然だが、去年の文章に繋がっていく! ) ・・・・・・ 5005,人は死ぬとき何を後悔するのか? 〜1 2014年11月27日(木) 『人は死ぬとき何を後悔するのか 』小野寺 時夫 (著) * 2500人を看取った医師が知る「間際の心」 『死ぬときに後悔すること25』大津秀一(著)の読書録など「死に際の後悔」 について書いてきたが、これも重厚な内容。この20年〜30年間、死について の本を多く読んできた。そこには、死とともに、いかに生きるかが、 逆反射で見て取れた。 ーアマゾンの説明よりー 《 外科医、ホスピス医として2500人以上の死と接してきた医師の小野寺時夫氏 が見た、様々な「死に際」。人生の最期の場面に、その人の生き様がすべて 現れるという。しかし、死生観を持たない日本人は、すべからく「哀れな死」 を迎える人が多いと著者は言う。死に際に後悔をしないためには、どんな生き方 をすればいいのか。「人は生きてきたように死ぬ」「死」を考えることは、 よりよき「生」を考えることである。》 ー別の本の話になるが、数多くの患者を看取った女性介護人が振り返る老若 男女の「最期」の言葉、『死ぬ瞬間の5つの後悔』ブロニー ウェア(著)の 「5つの後悔」が明快である。 1 自分に正直な人生を生きればよかった 2 働きすぎなければよかった 3 思い切って自分の気持ちを伝えればよかった 4 友人と連絡をとりつづければよかった 5 もっと幸せを求めればよかった 〜以上が、人生に対する正直な後悔の気持ちだが(・・;),(--;),(__;) ▼ 去年の春先、小学校の同期性が男女13人集まった。そのうち4人が男 だったが、既に一人が膵臓ガンで、あと一人が、余命が長くなさそうな ガンになっていた。当人にとって、死は内的な「ブラックスワン(絶対に 有得ない出来事)」とはいえ、必ず直面する問題。その余命長くなさそうな 男は、「まさか、自分が・・ 80歳までは生きれると思っていた!」と 慌てふためいていた。ボロニーウェアの場合、誰一人として、もっと金を 残しておけばという人はいなかったと・・ 殆どが後悔をするのが人生。 問題は、それを少なくする生き方である。ならば、5つの後悔の逆の 生き方をすればよい。『自分に正直に、働きすぎず、自分の気持ちを思い 切って伝え、友人とは連絡を取り続け、幸せを追い求める人生を生きる』 そう考えると、自分の場合どうだろう? (=_=;) 後悔先に立たず?後悔しても、何でもやってみる生き方も捨てがたいが! 小林秀雄は「私の人生観」で、《 武蔵の言葉で、「我事において後悔せず」 (われ、ことにおいて、こうかいせず。)これはもちろん一つのパラドックス でありまして、自分は常に慎重に行動してきたから、世人のように後悔などは せぬというような浅薄な意味ではない。今日の言葉で申せば、自己批判だとか、 自己清算だとかいうものは、みな嘘の皮であると、武蔵は言っているのだ。 そんな方法では、真に自己を知ることはできない、そういう小賢しい方法は、 むしろ自己欺瞞に導かれる道だと言えよう、そういう意味があると私は思う。》 と述べているが、極限を生きてくれば、後悔などすることはない、ということ。 ・・・・・・ 4638, デフレの真実 ー金持ちの本音 ―� 2013年11月27日(水) * 資本主義社会は、金持ちが有利につくられている! ー庶民は知らないデフレの真実ー森永卓郎(著) 要点を絞り込むと、資本主義社会の金持優遇が明確に見えてくる。 消費税が5%から10%に増税される反面、金持ちや企業の減税がなされる。 英国で1979年にサッチャーが首相になると、9年かけ、これまでと真逆の政策 を実行した。25〜83%まで11段階あった所得税率を25と40%の二段階にした。 その反面、消費税を8%から15%へ引き上げた。金持ちの所得税を半減し、 庶民が負担する消費税は二倍近い増税である。これは1982年のフォークランド 紛争を利用して、勝者・サッチャーの政策を支持させて、この金持優遇の税制 改革をした。弱肉強食社会こそ国力を上げるという美名の元に。現在、TPP の話し合いが続いているが、日本にとってはマイナス。環太平洋沿岸国の関税 などを撤廃して、アメリカ主導の貿易圏を作りましょう!というが、 これは弱肉強食の強者に有利な制度。狙いは、日本人が溜め込んだ郵貯。 それを民間にして、本体の株式と、預金を狙っているのは自明である。 〜金持優遇の一節より 《 金持にとって、デフレは天国だ。私が持っている3億の価値は、デフレで 1%下がっただけで300万分の価値が上がると同じことになる。資産がさほど 無いけれど、おいしい既得権を握っている人はデフレは好都合。庶民は転職が 難しくなったり、リストラにあうが、終身雇用の公務員はリストラはない。 デフレは、この人たちの暗黙の了解で行われている。管弦楽団と同じように、 オーケストラのメンバーはタクトを見れば、具体的指示がなくても指揮者の 意図を読取り演奏ができる。それと同じことが、世の中で行われいるのだ。 ・・ 消費税増税で10%になった場合、庶民は収入の80%を消費に回すのに対し、 金持ちは20%で済む。社会保険は収入に対してかかるのに、庶民の払う消費税は、 80%のうちの10%で収入の8%になるが、金持ちは20%×10%だから、2%で済む。 だから金持ちと、庶民は消費税一つとっても違うのだ。》 ▼ 著者は、だから金持にならないとワリを食うと強調する。 まず、一年分を貯めろ、次に三年分。そして、それを投資のタネ銭にしろ! という。この辺りから、「君は一万円を破れるか?」の著者と、大きく違って くる。本音は誰も貧乏より金があった方がよい。その目安は、金に心配しないで 済む収入と、貯蓄。一説では、300〜400万の収入と2千万の預金。あとは、 さほど変わらない?という。しかし、これも思い込み? 生物の進化は優勝劣敗 があればこそだが! ・・・・・ 4273, 100の思考実験 2012年11月27日(火) 「100の思考実験: あなたはどこまで考えられるか」 ジュリアン バジーニ(著), ー 内容紹介(アマゾン) ● これは「読む」本ではありません。「考える」本です。 ● 「列車の暴走で40人が死にそうなとき、5人だけ死ぬほうにレバーを切り 替えられるとしたらどうする」NHK「ハーバード白熱教室」で取り上げられた 「トロッコ問題」のように、古代ギリシャの時代から哲学者たちは「思考実験」 を“考えるためのシミュレーション・ツール”として用いてきました。 身体と脳・自意識・生命倫理・言語・宗教・芸術・環境・格差など、多岐に わたるテーマから選りすぐった簡単に“答え”の出ない、哲学・倫理学・論理学 の100の難問があなたをぐらぐらと揺さぶります! ★【書評から】 「読んでいて思わず引きこまれる。知的で愉快で、型破り。 巧みでセンスのよい構成。 誰かと議論したいのに、相手が見あたらないとき、 繰り返し手にとりたくなる本だ」 「楽しんでできる頭の体操」「何度も考える ことこそ、明敏で切れ味のよい本書の意図するところだ」 「この本はさながら、 道徳哲学の“数独”。身動きできない地下鉄の中でも、“思考実験”のどれか に取り組めば、たちまち 通勤地獄から抜け出せる」 ▼【私の書評】 考えさせられる本。まず一番私が考えさせられたのは、 「楽しみの法則」である。≪ キャリア上の躍進を続けてきて、ようやく、 二つのチャンスが同時に舞い込んだ。ふたつの国の大使である。どちらも 南太平洋の小さな島国で、ひとつは、厳しい法律があり、婚外セックスも飲酒も 麻薬も大衆的娯楽も、贅沢な食事まで禁じられている。許されているのは美術や 音楽といった高尚な楽しみだけ。実際に国が、それらを推奨していたため、 世界屈指ののオーケストラやオペラや美術館や劇場がそろっていた。 もうひとつ、 知的にも文化的にも砂漠のようだった。しかし、快楽主義者 にとって天国で知られ、何もかも許されていた。≫ このふたつの判断、自分だったらどうするだろうか。 学生時代の四年間の 過ごし方に似ている。学生時代の遊学で、有り余る時間の中で何をするかは、 本人の自由。この問いのように、学びに中心を置くか、 遊びに中心を置くか、 大きく迷うところ。都会での遊びも、学びも、学生時代しか出来ないことがある。 問題は、どう考えるか。人生でも同じことがいえる。往々にして、二つの 両立は、なかなか難しい。私の場合は、「硬派のレールの上を軟派に生きる」 を意識していたが。低俗の遊びには、高い税金がかけられ、崇高な遊びには、 推奨金が出るケースが多い。とはいえ、どちらも実際に経験してないので、 本人にとって、選択した以外の方は、うかがい知ることはできない。 この歳になり過去を振り返って、この問題がフラッシュのように思い浮かぶ。 あの誘惑に乗っていたら??・・ で、私なら? 答えは明白である。 高尚の方である? 何故なら、快楽の楽しみは、帰国した時にチャンスは無限 にあるが、高尚の方は、帰国した時に雑多な日常の中では、じっくり浸る時間が 取れないからだ。その人が、それまで苦労して手に入れた高尚な?大使職。 その職に相応しい時間を味わうのは当然の理である。 とはいえ、大きな後悔も残るだろうが。 ・・・・・・ 2011年11月27日(日) 3898, つれづれに ー景気の話ー * 金融株は、どうなっている? 久々に金融株を見て驚いた。何と野村證券が230円、三井住友銀行が 2000円(額面を換算で200円)、みずほ銀行が100円割れ。 東京三菱が330円とあった。野村證券は5年前の10分の一、みずほ、 三井住友が6〜7分の一以下。銀行株が100円を割ると危険水域を超える というから、みずほ銀行は非常に厳しい事態。いかに、リーマンショックの 影響が大きかったかである。EU危機も何処かの国がデフォルトでもすれば、 欧州だけでなく、世界中の銀行の連鎖倒産が起る。日本国債務のGDP比が 220%もあり、ユーロ圏の90%程を大幅に上回り、アメリカの100%、 イギリスの80%に対しても、あまりに多いことが分かる。その日本が、 このままでいられる訳がなく世界の投機筋が日本を狙うのも時間の問題。 日本人が1400兆円の金融資産を保有しているというが、その多くが アメリカ国債に変わっている。日本が本当に健全なら、日本の三大メガバンク の株価が、ここまで落ち込むことはない。その中で消費税の10%へのアップ を与野党がこぞって反対をしている現状は情けない。とはいえ経済の疲弊度 からみて、内税のコストを中小企業が吸収するに限界を超えることになる。 * 70インチTV 新聞報道で70インチのTVが売り出されたとあったので家電で見てきたが、 想像以上に大きい。50インチの二倍近い画面であれば当然だが、一般の家庭の 居間に果たして収まるか疑問もある。大型TVは大きいほど良いが・・ あれでデナーショーを見たら現場感覚に近い迫力を感じ取ることが出来るだろう。 50インチのTVを見た時の驚き冷めないうちに、二倍の大きさになっている。 こういう不景気の時代、家でTVを見ているのが一番安上がり。
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2017年11月26日(日)
<銀行員 大失職 ―岡内 幸策(著)〜2017/6/2> * きついの〜! 御多分に漏れず… この春先に、地元の大手地銀の第四と北越銀行の統合計画が発表され、 ここでテーマにした。(後にコピー)。20数年前のバブル崩壊で20数行あった 都市銀行が、何と3行に集約された。そこには想像を絶する過酷な合理化が行わ れたが、地銀以下の合併は少なかった。Amazon内の検索で、これに関する書籍を 検索すると、多くの著書が出てきたが、ことは深刻。その幾つか紹介する。 まずは、<銀行員 大失職>から 内容紹介(Amazonより) ◆ 銀行員の質の低下、銀行自体の自壊も始まる 銀行と金融マンの質の低下が止まらない! 金融の最新情報は聞きかじりだけ。 本部が薦める金融商品をマニュアル通りに売りつけるばかりで、顧客側ニーズ には応えられない。バランスシートも読めなければ、地域情報も自分の足で稼い でいないから、融資のための案件組成など望むべくもない。対人折衝の機会も 少ないため、コミュニケ能力も失われている。それでも銀行員は一生安泰。 行内での出世競争に敗れても、取引先が拾ってくれる? いや、そんな時代は 完全に過ぎ去ろうとしている。 ▽ 質の低下は今さら。何をもって質の低下というか?の問題もある。 劣化した人種とは、「リスクを負うことから逃げ、真摯に人生を追い求めること を避けて、現象に振り回され、自らの脳で考える習慣を持たない人」といえば、 酷いサンプルが、彼方此方に。 ― ◆ AIでほとんどの業務が代替可能に AI活用で現場から人がいなくなるは製造業だけの話ではない。すでに、AI搭載 ロボットによる投資アドバイスが導入され、近い将来、窓口業務全般にも活用。 そこに蓄積された情報で、さらにAIは進化していく。そのうえ融資や案件組成 のための企業分析におけるAI活用も始まれば、多くの銀行員・金融マンは当然、 お払い箱になる。さらに最近は、企業の銀行からの人材受け入れが極端に減少。 まさに大失職時代の幕開けである。 ▽ 10数年前になるが「小さなチップに支店の機能の全ての入力可能」と、 耳を疑うような話を聞いていた。その現象化が、コンビニや、駅構内の自動 決済窓口。更に、中国などではスマートフォンによる直接支払いが進んでいる。 ― ◆ 銀行大淘汰の時代に銀行と金融マンは何をすべきか? 本書は、実務はもとより銀行のウラ事情にも通じ、銀行員の質の低下を憂え 続けてきた筆者ならではの視点で、AI時代の銀行のあり方を切り取るもの。 IT化、ブロックチェーンなどネット社会の進展で銀行そのものの存在意義が 問われるなか、相変わらずの横並び経営を続ける銀行と、そのなかで自己変革 のできない金融マンたちが直面している課題を解説するとともに、一般読者も 金融(銀行)の最前線で起こっている変化がわかりやすく理解できる。 ▽ 『地方銀行消滅』津田倫男(著) ー2016/9/13 の説明には、 <全国の地方銀行が人口減少による経営先細りに苦しみ、一斉に統合・再編に 走り始めている。10年後には計105行が28のグループに。>と。 4分の1とは尋常でないが、20年前、都銀が3行に集約された現実から見て、 何ら不思議でない。 … … ☆ 年金生活者の身には多山の石としても、社会変動の一現象をシリアスに垣間 見るには参考になる。大都市への一極集中化と、情報化の現れでもある。 世界は日々、隅々までネットで結ばれていく。 ―――― 2017/09/15 閑話小題 〜 地方銀行消滅 ふと、去年分の同月同日分をみると、以下なるテーマ「地方銀行消滅」を 書いていた。「第四銀行と北越銀行の合併」をテーマにしていた時には、これを 書いていたことを失念していた。数年で、3分の1、5分の1に再編・統合なら、 早々に、合併するのも当然のこと。健全ということになる。ただし地方豪族化 した体質、塗炭の苦しみになるだろう。 ―――― 2017/03/17 閑話小題 〜北越と第四銀行の経営統合 * 北越と第四銀行の経営統合、の号砲一発 昨日の夕方、TVのニュースで「地元NO・1と、NO・2の地銀の統合合併の ニュースが報じられた。 6年前に一線を離れた身としても、驚きは大きい。 実際にあるとすれば、元・第二地銀の大光銀行と北越銀行と思って当然。 まさか殿様?の北越と第四銀行とは鳩に鉄砲の組合せ。 「合併に対等はなし」の通例からして第四の吸収になるが、目的は人員と 関連会社の整理。機械化と、ネット化などの合理化で、人員の三分の?が 不要になるという。ニュースであまり取上げられてないが、2年前の 北陸新幹線開通のマイナス効果。それと、二つの地元の大地震の損害と 原発停止による経済の弱体化も大きな要素。 〜ネット記事から ≪・新潟県の地方銀行で最大手の第四銀行(新潟)と二番手の北越銀行 (長岡)が経営統合する方向で最終調整に入ったことが、16日分かった。 4月にも基本合意を交わした上で、2018年春をめどに統合を目指す。 統合の形態は共同持ち株会社を設立して、2行が傘下にぶら下がる方式を検討。 将来的な2行の合併も視野に入れる。2行は統合による規模の利益の追及など によって経営効率を高め、今後の生き残りを図る。 2016年9月末時点での2行の連結総資産額を単純合算すると、8.2兆円。 統合が実現すれば、全国の地銀約100行・グループの中で10位台に浮上する、 大規模な地銀グループが誕生することになる。 ・2行を経営統合へと突き動かした要因は大きく二つ。 一つは、ここ数年で相次いでいる他の地銀再編と同じく、地元地域の人口減少と 超低金利環境だ。 国立社会保障・人口問題研究所によると、2行が地盤を持つ 新潟県における25年時点での15〜64歳人口は、10年時点と比べて約2割も減少 するという推計結果(13年3月推計)が出ている。 2つめは、足元の経営環境も16年2月の日本銀行によるマイナス金利政策の導入 以降、一層厳しさを増している。超低金利の状況において、預金と貸出金の 金利差である利ざやの縮小が進んでいるためだ。 対前年同期比で見た、2行の16年4〜12月期決算における業績がそれを示唆する。 一般事業会社の営業利益に当たる実質業務純益では、第四が26.7%減の117億円、 北越銀行が18.9%減の65億円。さらに、連結経常利益では2行共に3割以上の 減少という苦境に陥っている。この状況が長く続けば、将来的に地元である 新潟県の地域金融を支えられなくなるかもしれない。そんな危機感が2行を 統合交渉のテーブルに着かせた。≫ ―― ▼「15〜64歳人口は、10年時点と比べて約2割も減少」は、この記事で知ったが、 深刻な事態である。常識的にみれば、中越地区は3割減?。これからして、 この合併は、当然といえば当然。第四にとって第二地銀との合併は避けて当然。 その結果が第四+北越銀行の組合せ。「地方経済の弱体化モデル地区の象徴」 として、越後長岡は取上げられる。全体エネルギーが、3分の2に落ちている 感はあったが… それでも合併で何とかなる?から、よいのか。 今後10年で第四の3分の1、北越の2分1の人員と店舗の整理があって然るべき。 目的は時代に即した合理化。 地銀の整理淘汰の号砲一発。 今夜と明日の殿町の巷は如何なることに? 金融関係者は青い顔、中小・零細 経営者は赤い顔で。今さらだが、「毒喰えば皿まで」。県知事は建設省出身者 の選択しかなかった? 床柱だった北海道拓殖銀行の倒産は、地元道民が乾杯 をあげたという。地元は、如何なることに? 倒産でもないし… 越後新潟も、新潟市一極化は、ますます顕著になる。ここというより、地方の 常識は非常識。負け犬の遠吠えでしかないが… ワオ〜ン。いや、キャン! ―――― 2017/04/08 閑話小題 〜北越と第四銀行の経営統合 −2 * 大蔵直轄統治の大光は ・数日前になるが、地銀の第四と北越銀行頭取の合併に関する 記者会見が TVニュースで流れていた。気のせいか、第四頭取は明るく、北越の頭取は 下向き加減の暗い顔をしていたような? しかし、健全な経営体質なら、 前向きの統合策として評価されて然るべき決断。で、残る大光は、地勢上から 他県の有力な地銀との連合が筋道なるが… 考えてみれば、今まで動きが 無かったのが不思議。デフレと、首都圏一極化と、情報化による地方経済の 疲弊は、直接、金融機関の劣化に正比例する。20数行あった都市銀行は三行 まで激減した中で、地銀以下の集約は無かった方が不自然であった。 銀行の本質は職業柄、高利貸しの悪質の特性をも持つ。力の有る者に媚り、 弱者から利益を毟り取る。世界最大規模を誇る柏崎・刈羽原発の再開が見込め ない現在、地元経済の劣化は進む中で、締め付けは厳しくなる一方。それが 銀行憎しのガスを充満をしている。その最中のリストラの号砲一発。その弱肉 強食の現実が、世間とかいう人食いネズミ群の絶好の餌食?になっていく。 立場が一転、弱者の「こんなはずではなかった」へ、文字通りに立つ。 ・バブル崩壊後、大手地銀自ら格下げをした「リソナ銀行」?が、バランス からしてよい?…云々が、連想創作の「天の声」として1人歩きをしそうな。 しかし、天領と、大波で削ぎ落とされた体質の銀行では、体質が違い過ぎる。 ちなみに次男の嫁さんと、両親がリソナ母体?の一つの旧埼玉銀行の出身。 また兄嫁が大手銀行出身。更に家内の妹が、一度退社後の子育てを終えた頃、 元上司に請われ、地銀のパートを20年続けている。 ・大蔵官僚として、天領の天下り先の地銀の『頭取』の座は残したいが、 問題は単独のリストラ能力の有無。直轄統治でも無理、と思うのは官僚役人 の力を知らないから? このようなコンニャク政経談議。 今後、材料は 絶えることはない… 状況は条件の意味に近い。城下町小唄の世界にドップリ 浸かってしまった私。「先手の一策は、事後の百策に勝る」という。 この時節が、先手かどうか。以下の「一切は、君の自由だ」に、無理があるが、 文脈としてつながる。 「未来の健全のために、ご自由に、どうぞ!」
・・・・・・ 5734,閑話小題 〜腰痛ベルト 2016年11月26日(土) * 腰痛ベルト 11月初旬から腰痛が重くなり、例年のとおり『腰痛ベルト』をつけ始める。 大体が5〜6年で消耗するが、その時節にきた。これも外す5月のゴール デンウィーク明けに、再び悪化、一月ほどで収まるのが例年のコース。 腰痛ベルトをつけ始める前は、ホッカイロで 腰を温めていた。で、先日、 腰痛ベルトを買おうと、近くのドラッグストア「アオキ」の店頭で見本 をみた後に、ネットのamazonで調べてみた。以前と変わりばえしないが、 値段に比例して、高いほど良い。 生ゴムを、そのまま巻き付けるのが 千円代半ば〜2千円。それ以外のものが2000円半ばから6000円まで。 ホルマリンが貼り付けてあったり、二重ベルトで装着後も加圧を変える ことが出来るものとか、腹から腰にかけて30cm幅があるものとか、 さまざま。ところが、ネットに、いやに安い「ホルマリン張り込み」の ものが、1,200円。二重ベルトのものが、480円。ドラッグスとは5〜10分の1。 輸入品としても、「何だろう、これは?」とビックリ。で、出した結論が、。 「2個でも半額のため、二つとも買い、一つを家内に与えることにした。 そして、送ってきた商品は、店頭商品と比べて遜色なかった。店頭で4千円 以上のベルトが何ゆえに、480円? ・説明書きも、納品書もなし。あるのは商品のみ。 ・商品には生産地などが記されたタグが縫いこまれているが、それがない。 とすると?amazonの広告説明には、外国製のため格安とあったのが商品価値 を下げたのか・・ それでも、値段が安いのは、よい。このゴムベルト、 100円ショップにあって然るべき。そういえば、「セサミン」のサプリを 飲むきっかけは、腰痛に緩和にもなると、知ったこともある。
・・・・・・ 5369,楽しむことを人生の目標に 〜� 2015年11月26日(木) * 楽しむことを人生の目標に 両親から学んだことは、『仕事も趣味も、楽しめるほど追及すること!』 あのエネルギーは楽しんでいたからこそ、限りなく湧き出てきたようだ。 明治以降、いや西欧文明は本来、キリスト教倫理的な一心不乱に働くこと、 『苦悩を突き抜け歓喜へ』という、忍苦、勤勉、に価値の重心がおかれていた。 しかし、一部の人たちには、以下のように、『楽しむことの重要性』 『遊びをせんと生まれけん』こそ、人生であると理解していた。 『楽しんでこそ人生』でネット検索をしたら、あるある・・ ≪ ・最も長生きした人間とは、最も年を経た人間のことではない。 最も人生を楽しんだ人間のことである。 〜ルソー ・「できること」が増えるより、「楽しめること」が増えるのが、いい人生。 〜斎藤茂太 ・人間の一生は誠にわずかの事なり。好いた事をして暮らすべきなり。 夢の間の世の中に、好かぬ事ばかりして、苦しみて暮らすは愚かな事なり。 〜山本常朝(江戸時代の佐賀鍋島藩士、『葉隠』の口述者) ・楽天主義も悲観主義も一つの思考習慣によるものです。 楽天家の人生が楽しく、悲観主義者の人生が暗いのは当然です。 どちらもそれを望んだからです。 〜ジョセフ・マーフィー(アイルランド出身の宗教、著述家/1898〜1981) ・楽観的であることは、顔を常に太陽へ向け、足を常に前へ踏み出すこと。 (ネルソン・マンデラ(南アフリカ共和国の政治家) ・一人ひとりに天の使命があり、その天命を楽しんで生きることが、 処世上の第一要件である。 〜渋沢栄一(日本の武士、官僚、実業家、 日本資本主義の父 / 1840〜1931) ・船に乗っても、もう波が出やしないか、嵐になりゃしないか、それとも、 この船が沈没しやしないかと、船のことばかり考えていたら、船旅の 愉快さは何もなかろうじゃないか。人生もまたしかりだよ。 〜中村天風(日本初のヨーガ行者、天風会の創始者 / 1876〜1968) ・人生最大の幸福は、愛されているという確信である。 自分のために愛されている、否、もっと正確には、こんな自分なのに 愛されているという確信である。 〜ヴィクトル・ユーゴー (フランスのロマン主義の詩人、小説家 / 1802〜1885) ・人生には、二つの道しかない。 一つは、奇跡などまったく存在しないかのように生きること。 もう一つは、すべてが奇跡であるかのように生きることだ。 〜アインシュタイン(理論物理学者、ノーベル学賞受賞 / 1879〜1955) ・人は心が愉快であれば終日歩んでも嫌になることはないが、心に憂いが あればわずか一里でも嫌になる。人生の行路もこれと同様で、人は常に 明るく愉快な心をもって人生の行路を歩まねばならぬ。 〜シェイクスピア(英国の劇作家、詩人 / 1564〜1616) ・楽しまなけりゃ馬鹿らしい。しかし、楽しむというのも、なかなか大変だよ。 〜平岩弓枝(日本の女性脚本家、小説家 / 1932〜) ・予想外の人生になっても、そのとき、幸せだったらいいんじゃないかな。 〜松岡修造(日本の元プロテニスプレーヤー、キャスター/1967〜)≫ ▼ サラリとした言葉だが、内容は深い。『私は愛されている』という確信は、 幼児体験からの両親の愛情がベースになる。楽しむことが出来るかどうかは、 両親の生き方、愛情の質量に関わってくる。平岩弓枝の、『楽しむというのも、 なかなか大変だよ』というのも、『金持ち喧嘩せず』の、金持ちの状況が必要 条件になるということ。百万には百万、千万には千万、億には億の知恵が湧く。 楽しむためには、面白味を見出さなければならない。面白さは、何があっても 大丈夫!という確信と、逆にゾッとする危険があってこそ生まれ出る。
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| 6100,閑話小題 〜チョイト哲学、「死」について −2 |
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2017年11月25日(土)
<反・幸福論 佐伯啓思> * 死とは自己のうちから出てくる リタイア後の日々の生活で、毎日が‘絶対的な無意味’かつ‘ニヒリズム’ の果てしない海に私という舟が漂っている感覚にある。老いの心理状態とは、 こんなものかと。目先を楽しむか、何か新しいことに近づくしか手立てはない。
≪ ☆ ‘絶対的な’無意味 たとえば、展覧会などでただ真っ白なキャンパスだけが置いてあれば、 怖ろしいとか、嫌悪感というより、不気味な感じをするのではないか。 それは、製作者の意図がわからないからです。製作者の意図とは、絵の持つ 意味です。その意味が見いだせないから、何か不気味なものを感じるのです。 もっとも、これらは「生」のなかの話なので、いずれ相対的なもので、あえて 意味を剥奪するすることで逆説的に「意味」を与えようとしているが、本当に 壮大な「無」に向合ったとき、恐怖や不安やおかしいなどというより、まずは 「不気味」な感じを持つでしょう。では、その不気味さから逃れるために、 どうすればよいか。さしあたり答えは簡単です。意味を求めないことです。 意味の無いことに意味を求めるから不気味になるのであって、意味ない、答えの ないものについて、意味を求めることをやめることです。… ☆ ニヒリズムからの脱出 「死の観念」は、われわれをただ不安のまま宙づりにするだでなく、「死」に ついての何の解決も与えるものではない。いくら「死」について考えてみても、 「死に方」一つ容易に糸口さえもつかめないのです。窓のない暗室のような部屋 に我々を誘導していく。その部屋で、われわれは、苦しい呼吸の中で出口を探し もがくだけでしょう。「死」という必然によって「生」が囲まれ、脅かされると いう感覚は、確かに「死」こそ恐ろしい、といった恐怖を与える。 「死は恐ろしい」のではなく、「死について考えること」が、われわれに恐怖 を与えるのです。「死について考えているにかかわらず、全く何の解決が得られ ないこと」が恐怖を与えるのです。「死の恐怖」といった問題は何を示している のでしょうか。窓のない狭い部屋に誰が閉じこめたのでしょう。われわれ自らが 部屋に入りこんだのです。そうだとすればどうすればいいか? 「死」を考える ことをやめればいいのです。相対的な限界の人間が、「絶対的なもの」について 考えることをやめることです。「‘絶対的な’無意味」について土台、考える ことは無理だった。…われわれ人生が最後が「無意味」であれば、その無意味の ゴールを目指し続けている「生」も無意味ではないか、という疑念が沸いてくる。 であれば、「無意味なもの」に向けて走り続けているこの人生も、ただただ 苦痛の連続だ、ということになる。 しかも、このマラソンの最後の方には、 「老」と「病」が出てくると、これはもう本当に「生は苦である」になる。 そのゴールがただ「無意味」では、一体、何のための「生」かになる。 生・老・病・死、すべてが苦ということになる。 こうして「死」の問題は、われわれを深くニヒリズムに誘い込むのです。 どうせ、みんな死んでしまうのだから、人生なんぞに特別の意味を求めても しょうがない、ということです。これに続いてでてくるのは、「どうせ死ぬの なら、死ぬことなど考えてもしかたない。それよりも、ただ楽しんだ方がいい じゃないか」ということになる。やがてニヒリズムは、たいていの場合、現生で の刹那的な快楽主義をもたらし、まれに現生からの「隠遁」への傾きをもたらす。 さて、それでは、このニヒリズムからの脱出は、「死などないことにしよう」 として快楽の中に陥るか、あるいは樽の中に、陥るしかないのでしょうか。 実は、この問題を論じた人がいます。トルストイです。 ≫ ― ▼ 早朝に、上記の文章を独り、一時間以上かけ、味わいながら書き写した。 夜半の0時に4時間の熟睡から目が覚めて、やはり4時間、ヨガの死者のポーズ (といっても、仰向けのウツラウツラの状態)と、右下にして丸まるポーズを、 交互に繰り返す。これに近いのは誰もすることだが、問題は、ニヒリズムの極み の心理状態に陥った時。 余命数ヶ月の宣言を受け、夜半に悶々と、灼熱砂漠に 取り残された流離人の「生への渇望を味あい」。多くの作家が、リアルに描写 しているが… ニヒリズムの極みである。絶対的‘無意味’といっても、その時、 真正面から向き合うしか他にはない。そして、諦念に独り辿り着くしかない。 だから元気なうちに、ニヒリズムを内側に飼っておいて、快楽を、忙中の閑に 味わうしかない。これを飼っておかないと、最期の悶えの苦しみが深刻に… その前に、「世人」の群れの「世間」に同化され、万年窒息状態に。本人が、 それに気づいてないから、それはそれで… アッ、自分の事ですか、これは!
・・・・・・ 5733,なぜ本を読むといいか? 〜�� 2016年11月25日(金) <本を読む人だけが手にするもの>藤原和博著 * とにかく乱読でいいから、読みなさい 今さら読書効果論でもないが、著者は平易に、丁寧に、解明している。 背表紙の説明文に、『これからは、身分や権力やお金に‘階級社会’ ではなく、「本を読む習慣がある人」「そうでない人」に二分される ‘階層社会’がやってくる』と述べる。 情報化社会では、膨大な情報の中から、選択し、読み解く力が必要。 「本を読む層の人」は、「本を読んでない階層」の人を直ぐに識別する。 教養のあるなしより、「読んでる層、読んでない層」の階層分類の表現 の方が分かりやすい。私のように半世紀以上、欠かすことなく毎日、 読書を続けても、教養が身についたかと問われれば、返事に窮すが、 「本を読む層か」と、問われれば、イエスといえる。 〜まず目に付いたのが、以下の内容〜 ≪ ・‘ヘビー読者層とは月に3冊以上読む読者と言われる’ ヘビー読者層が全国に1,654万1千人いるが、この人達がライト読者層と 共に出版業界を支えてきたと言ってもよい。 ・ ‘両親が読まないと子供も読まない’ 全体で『読まない』と回答した比率が46.1%で、年代別で目立つのは 10歳代と60歳代以上。本当の本好きと考えられる『5冊以上読む』と回答 している人の比率は60歳代であろうと10歳代であろうと年齢層でも大きな 開きは無いことが読み取れる。『朝の10分間読書』や『本の読み聞かせ』 などで、読書の楽しさを知って もらおうと全国の小・中・高校で取り 組んでいるが、これらの読書運動は、やらないよりはやった方が良いが アンケートでは、両親が読まないと子供も読むことが長続きしないとの 結果も出ている。『子供は親の背中を見て育つ』と言うくらいで家庭の 習慣が良く出てくると言われている。 ≫ ▼「読んでいる人」は「読まない人」を直ぐ識別するが、読んでない人も、 識別されていることに何となく気づくが、その意味の深さを理解できない。 知的コンプレックスを持つが、次の段階の読書習慣を持つことなく一生を 終える。世の中には言葉の持つ重要性が理解できない人が多く存在する。 なぜ出来ないか? 読書の習慣化で言葉を読みとく能力を持たないため。 「聞く力」と、「話す力」のベースが、読書にあることに気づいてない。 著者は、そのことを明快に提示している。次回から、各章単位で考えてみる。
・・・・・・ 5368,世間、社会、会社の意味とは ー�� 2015年11月25日(水) ーなぜ日本人は「世間」を気にするのかー三浦朱門著 * 日本の世間は稀有な条件下で育まれた人間関係である。 自然発生の「世間」は馴れ合いで、「社会」は厳格な原則がある。 その辺りが、分かれ目となる。日本は島国で、異種混合が少ない世界。 そのため、「郷に入っては郷に従え」の馴合いになっていく。 ≪ 世間というのは、馴れ合い同士の人間的つながりが、社会というのは、 一定の利害を共にする人間集団で、そこでは個々人の思想や行動の自由、 あるいはメンバーの行動規範の違いが前提となっているといってよい。 日本の世間は、千年余にわたって外国からの侵略もない、海に囲れた地域の 中で育ってきた人間関係。 しかし社会とは、歴史的にさまざまな過去を持ちながら、たまたま利害を 共有する面があって同じ地域で一緒に生活する、といった人間関係です。 そこには他者と自分の間にシキリを設けるというか、あくまでも他人と自分 との間の越えてはならない障壁があることが前提となっているようです。 世間には、人と人を隔てる障壁があろうとも、それを取り除こうとする 動きがあるように見えます。そのような形で、人と人を結びつける世間ですが、 それは無限のものではありません。具体的には、外国人に接するとき、日本の 世間の延長のつもりでいると、相手は妙な顔をするし、第一、言葉が通じません。 岩手の人と鹿児島の人は、自分たちの日常の言葉では意味の通じないことが あるかもしれませんが、それでも、NHKテレビの言葉にできるだけ似せて話せば、 まず、会話が成立しない、ということはないでしょう。 しかし、相手が外国人であれば、どうもなりません。 つまり、世間というものには一定の範囲があって、それは別の言い方をすれば、 日本という地域、そして日本人という顔ぶれの範囲、ということになりましょう。 私がこの本で書いてきたことは、一言でいえば、「日本、そして日本人とは?」 ということなのかもしれません。つまり、日本人は世間を通じて一体となって いるのです。≫ ▼ 都会で、「田舎もの」という地方出身者を馬鹿にした言葉がある。 都会に出て初めに意識するのが「田舎もの」の自覚。そこには、地方に 存在してない様々なタイプの存在に、孤独の群集に馴染めず、孤独に陥る。 そこで、都会という身近な「世間」に、まずは同調せざるを得なくなる。 そこには、契約で結ばれた部分と、暗黙の契約の存在がリアルにある。 それを逸早く察知できるかどうかが、当面の問題になる。今では、社会?の 隅々まで、外国人が存在しているため、「世間的側面」より「社会的側面」の 必要性が大になる。資本主義社会が世界の主流のため、価値基準が、お金と、 有効利用でリアルに判断される。「隣の人は何する人よ?」など論外になる。 ・・・・・・ 5003,河合隼雄 ー私が語り伝えたかったこと 〜�� 2014年11月25日(火) ー「私が語り伝えたかったこと」河合隼雄著 * 先住民の老人たちの品格ある姿 ユングがみた先住民の品格ある老人たちは「自分の生の価値」を確信していた。 人生を自信を持っていく抜くためには、「生の価値(意味)」を知っておかな ければならない。それを知り得るかどうかで、人生は大きく分かれてくる。 その一番手っ取り早いのが読書。 ー以下は、考えさせられる内容であるー ≪ 民俗学者の柳田國男は、自分の近所の人で、いつも落ち着いて人間が できていると感じさせる人が あったので、その人に話しかけてみた。 そして、その人の安定した生き方の秘密を発見した。その人は自分は死ぬと 「御先祖様」になると確信していた。死んでも自分の霊は御先祖様の一員と して迎えてもらい、それを子々孫々が祀ってくれる。柳田は、このように 「遠い将来」のことについて確かな見とおしを持っている人が、落ち着いた 生活をしているのは当然のことと思う。まったく異なる例をあげてみよう。 スイスの分析心理学者カール・ユングは1929年頃に、アメリカ先住民の プエブロ族を訪ねる。彼が非常に心を打たれたのは、その品格のある姿。 ヨーロッパの老人たちと比較すると、そのたたずまい、容貌などがまったく 異なっていて、犯し難い尊厳性を感じさせる。そのうちにその秘密がわかる。 ブエブロの長老たちは高い山に住んで、自分たちの祈りの力により太陽の 運行を支えていると信じているのだ。 彼らの存在感のスケールが大きい。 彼らが祈りを怠ると、世界中のすべての人々が太陽を朝に上ることができなく なるのだろう。あの老人たちの品格が高いのも当然と納得する。 自分の生のスケールが今生きていることのみではなく、死後や宇宙にまで 拡大される。この話を知って、高齢者の生き方について考えさせられるが、 さりとて、現代人として、高齢になると太陽の運行はおろか、家計の運営 にも関係なくなるのではなかろうか。現代人のなかのどれだけの人が、 御先祖の一員になることを確信したり、祈りによって太陽の運行にかかわる と信じたりできるだろう。・・ ≫ ▼ この老人の信念が宗教の原点だろう。”井の中の蛙大海を知らず ”とは、 『狭い世界に閉じこもっているものには、広い視野や考え方はできない。』 の意味だが、以下の意味もある・・ �井の中の蛙大海を知らず されど 空の深さ を知る �井の中の蛙大海を知らず されど 天高き を知る �井の中の蛙大海を知らず されど空の蒼さ は知る �井の中の蛙大海を知らず されど空の広さ を知る �井の中の蛙大海を知らず されど井戸の深さ を知る(ネットより) とすると、世間様も、あながち否定はできないことになる。品格ある人は、 時間軸と空間軸がきっちり出来ているから、自分の価値に確信出来るのである。 少し考えれば、137億年のビッグバン以来の歴史に、この自分がつながって いることが分かる。 ・・・・・・ 4636, 年齢(よわい)は財産 2013年11月25日(月) * 年齢と財産の結び目から見える女の一生 ー「年齢(よわい)は財産」日本ペンクラブー 以前、この瀬戸内寂聴の以下の文章を読んで、何もかも洗いざらいに曝け 出す作家の覚悟に圧倒されてしまった。「作家は、大道に素っ裸で大の字に なる覚悟がなければ」という彼女の言葉を思い出していた。(他の作家も 似たような、言葉を残している)両親の創業時の修羅の姿に似ている。 生きることが、だいたい大道に素っ裸で寝ているようなもの。 で、自分の姿は見えないが、他人の素っ裸の姿を囁いているが、その実、 それが自分への猛毒になっていることが解らない! 《 私は二十六歳の真冬、夫と子供の家を出奔した。その時、夫は私の着て いるオーバーもマフラーも脱いで行けと路上に追いかけてきていった。 尤もだと思い、その場ですべてを脱ぎ、着のみ着のままで歩きだした。 夫の声が追った、財布も置いて行けと言う。 ちょっと考えたが、やはり 尤もだと思い、それをきちんと畳んで路上に置いたオーバーの上にのせた。 私はふり向かず、電車の線路づたいに、ひたすら歩きつづけた。 私の人生再出発はこうして無一文で始まった。線路を一時間ばかり歩いて、 東京に嫁いでいた故郷の女学校の友人の家にたどりつき、彼女が柱に ぶっつけて割ってくれた素焼きの桃の形の貯金箱から、座敷にあふれ散った 銅貨を全部借りた。かき集めて、東京から京都まで鈍行の汽車賃になった。 京都で東京女子大の友人の下宿に転りこみ、下着から靴まで借りて職を探した。 ようやく勤めた小さな出版会社がつぶれ、京大の付属小児科病院の研究室に 移った。そこで少女小説を書き、投稿したところ、みんな採用され「ひまわり」 の懸賞も当選した。正式に離婚出来たのと、故郷の父が死んだのをきっかけに、 背水の陣を敷いて上京した。 すべては行き当りばったりの身の処し方で、 いつでも経済を度外視していた。家を出たのが二十六歳で、京都暮しから上京 したのが二十九歳であった。 少女小説で食べつなぎ、「文学者」で小説の 勉強をさせてもらい、小田仁二郎と同人雑誌「Z」を出し、新潮社同人雑誌賞を 受賞したのが、三十五歳であった。大人の小説でお金を貰ったのは、これが 初めてであった。 この賞のおかげではじめての本を出してやるといってきた 出版社があり、私は大喜びで原稿を渡した。『白い手袋の記憶』という本は、 再版までしたが、印税は一銭も貰えず、かえって社長に騙されて、五万円だか 十万円だか取られてしまった。ちょっと二・三日貸してくれといわれて出した のが返って来ない。それでも本が残ったからいいと私は喜んいた。 ・・ 四十二歳の末、中野本町通りの質屋だった蔵つきの家に引越した。 ここも借家だったが日白台のアパートより高い家賃がとどこおりなく払えた。 四十四歳で京都に家を買つた。西ノ京原町で、西大路御池通りだつた。 どの引越にも、男の問題がからんでいた。京都の家はお金がなく、すべてを 銀行で惜りた。信用貸しの形で銀行が金を貸してくれるほど、私自身が財産 になっていた。その時の保証人になっくれたのが、祇園の女将で、私は二度 しか会ったことのない人だった。五十一歳の時、さすがにタフな私もつくづく 疲れて、その生活を一挙に破壊するには死ぬか出家をするしかないと思いつめ、 出家を選んだ。五十二歳の時、御池の家を売って、足りない分は銀行で 借りて、嵯峨野に寂庵を結んだ。」・・・ 》 ▼ 寂聴の人生の粗筋が、それぞれの年齢と財産の網目で垣間見れる。 三谷佐知子のペンネームで、ポルノまがいの小説を書き賞を貰うが、 「子宮作家」とまで呼ばれるようになる。当時の彼女の顔の写真を憶えている が、手練手管の水商売女という感がした。純粋な反面、それが自分の衝動に 素直であるため、激しい人生になってしまう。それを小説のネタにする。 自作自演の人生を純粋に生き抜いた結果が、死ぬか、出家の選択になる。 そして、あの穏やかな寂聴が、そこにいる。何人、男を潰したのだろう? 潰すというより、食べてきた、が本当だろう。家族からしたら、 『何が寂聴。悟りすまして、よく言うよ!』である。でも人生は激しく活きた もの勝ち!寂聴名言集で「どんな悲しみや苦しみも必ず歳月が癒してくれます。 そのことを京都では『日にち薬』と呼びます。時間こそが心の傷の妙薬。」 「私の悪口を言った人はみんな死にました。」「子どもは、悪口を言われて 伸びることはありませんよ。悪口は他人が言いますからね、肉親は褒めて やらなきゃいけない。どこ褒めようかなって探すのが親の努めと思いますね」 これでも林芙美子の激しさと比べれば・・誰も人生、助けてくれないが 「地獄に佛」はいる!
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