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堀井On-Line
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2017年11月13日(月)
* 相性のあった両親に出会えて ある席で、中学校を卒業後、大手メーカーに勤めながら、夜間高校を卒業。 地方公務員試験に合格し、公司として無事、勤め上げ、今は年金暮らしという男。 後日、『あなたの話を聞いて、頭が下がる思いだった』と、問いかけると、 『実は、親父が大酒飲みで、家に金を入れず、生活に瀕していた。自分が長男の ため、少しでも早く自立したかった』とのこと。逆に私といえば真逆で、9人 ‘きょうだい’の末っ子の立ち位置もあって、両親、とりわけ父親に間接的に、 溺愛されて育った。その人の生き様から、特に「私は愛情のベースの上で生きて こられた」と、つくづく思い知らされた。その温もりの体質が「幸せな一生」を 引き寄せてくれていた。大きな節目の判断ごとに、『父だったら、どうするか?』 の自問自答と、読書習慣から得た知識と知恵が、自らを救ってくれていた。 最後の最後まで、家族を、とりわけ不祥の末っ子の幸せを祈ってくれていた。 人生を総括すると、時代背景と両親に恵まれ、時節の出会う人に恵まれていた。 こういうのを「運」という。 その「運」とは、「判断」の結果をいう。 判断が良ければ「幸運」、悪ければ「不運」と。判断を誤らないために、 心の芯を純白にして、正しい判断を… 私の多くの判断ミスは、 ・1990年前後のバブル崩壊への対応と、 ・1995年の「ウィンドウ95」から始まったネット情報社会の到来からくる 「断絶の時代」への社会的大変動への読みと、 ・2001年の9・11テロの歴史的転換の事象への認識と対応の甘さと、 ・2008年9月のリーマン・ショックの大波、とりわけ地方経済影響。
父親が死期を悟り、その恐怖に七転八倒をしている中で、人生を振返り、 <「太平洋戦争」が、あまりに大きな出来事であったと… > 呟いていた。 「社会は突然、何が起きるか分からない。常に備えは怠りなく」と家宝の教えの 伝授をしてくれた。時は昭和40年代後半。ドルショックと石油ショックが起きた。 創業に向け動き出した直後で、人生の出発時の環境として最悪の事態。考えて みれば、その最悪の事態が力を試すという面では良かった。 何はともあれ、 前向きに、無心に、真正面に、全力を持って立向かえば、悪条件が好条件に好転 すると、信じるしかなかった。「想い」とは、死んでも、何かを通して、世に 残るもの。残らないのは、残さないから。 残すこともないが… 太平洋戦争から70年以上も何事もなかった、平和な島国の日本に、真っ黒な 暗雲がたちこめてきた。これだけは「ケセラセラ、なるようになる!」の世界。 <相性にあった両親と時代に出会えた幸運に感謝し、戦争回避を祈るしか。> 役者の顔ぶれが、劣悪すぎ。 世界が燃え上る空気感とは、こういうこと? 金のバラまきで、一部は浮かれているが。所詮は、あぶく。戦争は残虐である。
・・・・・・ 5721,閑話小題 〜アメリカ大統領選挙 〜 2016年11月13日(日) * メガトンクラスの衝撃に、驚愕! この選挙結果を総括していうと、こういうことになる。 < 泡沫候補の戯言に乗って、アメリカがグローバル化政策から、内向きへの 大転換の道を選んでしまった。世界中のエコノミストも、政治家も、この驚愕 の選択に、今だに信じられない思い。とりわけ、日本にとって、最大級の衝撃。 これがメガトン級の地震なら、問題は、これから押し寄せてくる大津波である。 明治維新も、太平洋戦争と敗戦も、1985年のプラザ合意による意図的な 日本経済のバブル化と崩壊による日本経済の弱体化も、アメリカのアジア支配の 一環としての力学の結果。 それが一人の泡沫の実業家の戦法、 「グローバル化の恩恵を受けなかった下層白人に的を絞ったアン・グロ政策」 に賛同し、得体のしれない野心家に絶大な権力を与えてしまった。 受けを狙って、まずは、日本に矛先を向けてくるのは必至。日本の改憲派に とって、非常にプラスになるが、その前に、近くの強盗に、家中の現金、資産を、 ごっそり持っていかれる。明治維新以来の、あるべき真の独立が、嫌が応にも、 突きつけられる。「前門の虎、後門の狼」の虎を中国に例えれば、後門の狼が アメリカになる。今までは、後門の狼に尻尾さえふれば、前門の虎は、後門の 狼を怖れて襲ってこなかったが、これからは、違ってくる。後門の狼も、牙を 剥いて、襲いくる可能性も出てきた。 2045年が技術的特異点になるというなら、今回のアメリカの選挙結果は、 欧米にとって、日本にとっても、『特異点』になるのでは? その中、日本は 東京オリンピックの乱痴気騒ぎが、始まっている。 江戸末期の、 「ええじゃないか、ええじゃないか!」の狂乱が、東京オリンピックそのもの。 「それも、ええじゃないか」で、目先、行くしかないとしても・・・ 「まさか」の坂が次々と現れ出てきたが、2045年問題を含めて、これが21世紀。
・・・・・・ 5356,そこに困っている人がいれば ーベストエッセイ 2015年11月13日(金) ーベストエッセイ 2015(文藝春秋)ー * そこに困っている人がいれば ー角田光代 毎年のベストエッセイを特集した単行本で、面白いのが揃っている。 その中からランダムに面白いエッセイを幾つか紹介する。物書きのプロは 流石と、思い知らされる。このエッセイに、タイの仏教色が滲み出た国民性 が、色濃く表現されている。江戸・明治時代は、こんな仏教色豊かな空気が 日本にも漂っていたのだろう。 〜その辺りから〜 ≪ 完全な仕事で、遊べるような時間どころか、ゆっくり食事をする時間も ないほどのせわしなさだったのだが、数日間、バンコクにいった。タイに 初めていったのは一九九一年。もう二十三年も前で、以後、七度訪ねてきてる。 町はどんどん変わる。スカイトレインができ、地下鉄が走り、ピンクのタクシー が多く見られるようになり、飛行場も場所が変わった。毎回、驚いている。 二十三年前の旅は、私にとってははじめての自由旅行だった。宿もいき先も 決めない、一カ月の滞在だった。私がその後、二十年以上ひとり旅を続ける ようになるのは、あの旅がすばらしかったからだ。何がすばらしいって、人。 食事もおいしい、光景もすばらしい、ものすごい体験もたくさんした、けれど 魅了されたのは、すれ違うだけのような関係の、多くの人たち。地図を開けば、 何か困っているのかと人が近づいてくる。ここにいきたいと伝えると、自分は 用もないのにいっしょにバスに乗りこんで、目的地で下ろしてくれる。炎天下、 バスがくるのをいっしょに待って、運転手に私の目的地を説明してくれる。 あまりのバスの混雑に辟易していたら、席を譲られそうになったこともあった。 目が合うと、みんなにこっと笑う。 それから訪れるたびに、町の変化と同様に、人の顔つきも変わってきた。 バンコクはどんどん大都会になり、人の顔つきも都会のそれになった。 町も人も、洗練されたのだと思う。 パリとか、ニューヨークなんかと同じ ように。そうした都会では、旅人がひとりで歩いていても、ふつうはだれも 声をかけてこない。と、思っていたのだが、今回、びっくりすることの連続。 方向を確認するために地図を開くと、「どうした、どこにいきたいのか」 と歩いていた人が近づいてきて、ていねいに道案内をしてくれる。ある場所 をさがして迷いに迷い、店番をしている人に訊くと、「こっち」と歩き出し、 目的地まで連れていってくれるではないか。なんにも変わっていないと、 驚きをもって思い知った。なぜ、都会的に洗練されたなんて思い込んでいた のだろう。私が旅した二十三年前に生まれてなかっただろう若い人たちも、 戸惑う位親切で、あたたかい笑顔を見せる。ありがとう、とタイ語で言うと、 「まいど!」と笑顔と日本語が返ってきたりする。 バイクタクシー乗り場をさがして、あるビルの駐車場にいたスタッフに、 乗り場が近くにないかと訊いた。バイクタクシーでどこに行くんだ、と彼が訊く。 私は目的地を言った。地図には載っていないムエタイジムだ。その彼は、 場所は知らないがジムの名だけ知っていると言い、ついてきてと手招きをして 歩き出す。どこにいくかと思っていると、車の走る大通りに出て、空車を 見つけては手を上げる。止まったタクシーのドアを開け、運転手にムエタイ ジムの名を告げる。みな知らないらしく、首を横に振る。この人、私が とめないと、ジムを知っているタクシーがあらわれるまで、えんえんと、 タクシーを止め続けてしまう! 自分の仕事を放ったまま、と気づいた私は、 もういいんです、だいじょうぶです、自分でさがしますと彼に伝えた。 いいんです、戻ってください、ありがとうございますと言い続けると、釈然 としない顔つきで、彼は駐車場に戻っていった。この国の人たちは、困って いる人を見ると、平気で自分の時間と労力を差しだすのだ。 二十三年前からずっとそうだ。だれかを助けたなんて彼らは思っていない。 そうして助けられた日本の若い女が、その後、人において圧倒的な信頼を持つ に至ったなんて、考えることもない。例のジムは、その後にさがしあてて 乗ったバイクタクシーの運転手が、すれ違うバイクタクシー仲間にさんざん 訊きながら、なんとかたどり着いてくれたのだった。「文藝春秋」九月号}≫ ▼ フィジーでも、その国民性の純粋さ、暖かみに驚かされた。 イギリスから独立した国で、欧米と南太平洋の大らかさが、ほどよく ミックスされている。近くにあるフランス領ニューカレドニアとは、 えらく違う空気。何か地中海の飛地にいるような感覚で、原住民は、 片隅に追いやられているような。海産物や果物など自然の幸が豊かで、 キリスト教が、プラスに働いているようだ。天国より、煉獄が似合って いる私など、10日もいれば飽きあきするのだろうが。 ・・・・・・ 4991,暴走する世間 −7 2014年11月13日(木) 「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著) * なぜ日本の男はマザコンなのか 世間が、そのまま家庭に入り込んでいるため、そこにあるのは甘えの構造。 その延長を男は、酒場の女将に「ママ」として求める。マザコンは、どこか 乳離れしない母子関係の名残。 ーその辺りからー ≪一般に日本では、恋愛が恋愛として完結しない。恋愛関係はいずれ壊れるか 壊れなければ「母子関係」に移行するかのどちらかになる。奇妙なことに、 日本の家庭で夫婦がお互いをよぶときに、「ママ」「お母さん」や「パパ」 「お父さん」がつかわれる。子どもが親をよぶときの名前が、そのまま夫婦の 呼称になっているのだ。これは、そもそも夫婦がお互いに個々の人格として向き 合っているのでなく、あくまでも子どもを媒介として向き合う関係を示している。 そして面白いことに、飲み屋のおねーさんや、バーの「ママ」、クラブの 「ちーママ」も「ママ」。つまり夫の場合、家庭の外に複数の「ママ」が存在 することになる。妻に家庭外に「パパ」がいることもあるかもしれないが、 それは、愛人関係など特殊な場合だろう。妻にとっては、家庭での「パパ」は、 ただちに「父子関係」を意味しない。だが夫にとっては、家庭内外での複数の ママとの関係は「甘え」の関係であって「母子関係」を意味する。ようは、 男はいわば複数の「家庭」をもってることになる。さらに夫の側が、家庭は 「癒しの場」や「憩いの場」だというときには、根底にはこの「母子関係」 がある。つまり、自分が癒される場所、憩える場所だと考えている。 しかし妻の側にとって、家庭はあくまでも「夫を癒してあげる場所や、夫を 憩わせる場所」なのである。そこにある癒される自分のちがいは決定的である。 阿部さんは日本では、西欧のような「個人の時間意識」ではなく、 「共通の時間意識」があるため、母親と子供の関係も、母親が90,70歳 でも、息子は息子であり、いくつになっても、母と子の関係が続く。 ≫ ▼ 日本の夫婦間の喧嘩で常に妻から出る罵声、『マザコン!』。 外向きは亭主が上だが、内情は、妻のほうが上位にある。これは「母子関係」 が、知らぬ間に夫婦間に移行したため。私など、マザコン、ファザコンの上に、 4人の姉の存在もありシスコンが加わる。これが悲しいかな大家族の末子の宿命。 家の中は「憩いの場」は一切なく、常に緊張をした「集いの場」で、無言で 大人しくするしかない。そう自分とは、家庭内の他者と、家庭外の他者から、 形づくられていることが分かる。健全な家庭こそ、全ての基本になるが、 ファザ、マザ、シスコンの歪んだ私が健全の家庭をつくってきたのだろうか? ところで健全な家庭って存在するのか?程度の問題? マザコンとファザコン が絡みあった二人が家庭をつくるのだから、それは大変なことである。 ・・・・・・ 4624, 夫婦格差社会 ー1 2013年11月13日(水) 『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著), (その他) 図書館の中公新書のコーナーで、この本を手にとって、てっきり夫と妻との 格差と思った。私など今では妻との立場が逆転、家内の家に年金を収めて 住まわせてもらっているよう。ママ(ババ)リッチ、パパ(ジジ)プアー。 ところが、これは家庭間格差の問題。現在、パワーカップル(夫婦共に医師など の高学歴・高収入世帯)と、ウィークカップル(非正規労働同士の低収入世帯)の 二極化が進んでいる。嫌な話だが、学生時代の欧州旅行で知り合った友人たちの 相手は、誰もがつり合いのとれた?家庭環境で、間違えてもシンデレラ物語の 相手でない。病院で、医師と看護婦の職場結婚が案外少ないのと同じである。 医師同士か、その収入レベルの出身者になる。女性の選択基準は、学歴と、 所得、家の資産状況、そして容姿になる。まずは互いに釣りあった条件の相手 を求めるのである。 卒業間近に「学生時代に伴侶を見つけるのが最良」と 気づき、半年の間、友人に頼んで探したが間に合わず? 今から振り返ると、 居ないことはなかったが、それが誰かを判断し、決断する能力が無かった、 ということ。それより、覚悟が出来たのが結婚をした27歳。事業創業を 目指す!と決めていたことが、相手の選定に大きは壁になっていた。 それと四人の姉と遜色ない相手の中で、なびく女性を探し出す能力と自信が なかった?(シスコン?) やはり、一番面白い20歳から26歳に、独り者 の方が良かった?と言える。「結婚とは一人以外のすべての女性との(結婚の) 可能性を捨て去ること」という格言も効いていた? 二度とない、あたら 青春を早そう捨てることもない。 人それぞれだが・・ まずは ーアマゾン〜内容紹介ー 〔 格差が拡大しつつある日本。家族の最小単位である「夫婦」もその流れに 拍車をかけている。さまざまなデータに基づき、日本の夫婦の今を探ると 見えてくるのは、夫の所得と無関係に働くようになった妻の影響力の大きさ。 医師夫婦に代表されるパワーカップルと、対極にある若いウィークカップル など、興味深い事例を紹介。 また、結婚できない人たちから、離婚、 そして地域差まで視野を広げ、夫婦をめぐる格差を考える。 〕 ー目次ー 第1章:夫の所得と妻の所得 第4章:結婚できない人たち 第2章:どういう男女が結婚するのか 第5章:離婚による格差 第3章:パワーカップルとウィークカップル 第6章:地域差を考える ▼ 目次からみると、日本の結婚像と夫婦像を分析する構成でなっている。 東大卒女性104人の結婚相手の大学の内訳や、早慶卒の相手の学歴の傾向、 中卒男子の相手の学歴?とか、離婚率は欧米では高学歴ほど高く、日本は真逆 とか、著者の教え子の女子学生?が補佐したこともあり、切り口が醒めており 女性週刊誌的で面白い。子供の頃から姉達や、実家が商売をしていた環境の中、 若い女性に多く接して、年頃を過ぎた後の変容の激しさを見てきたこともあり、 選定には用心をしたが、その結果が? 互いに(●≧Å≦):(/ェ\。))である。 結婚は百人が百人、そうだから? 書けるが! ライオンのメス集団の ボス・オス選び以上に、女性の場合、結婚相手の選択にシビアになるのは 自然のなせる技。世間でいう階層をアップする最初で最後の機会、自分の特性 を最大限にアピールをして売り込むしかない。それが、つり合いの取れた チョット上の相手。 ーつづく で、結果が、以下の文章になってしまう。 ーこれも、たまたま偶然だがー ・・・・・・ 4259, しまった! ー8 2012年11月13日(火) ーしまった! 「失敗の心理」を科学する ージョゼフ・T・ハリナン(著) * 人は、聞いた話を自分なりに綺麗に改変する ≪学生の被験者に、ある物語を聞かせ、後で、その物語を語らせると、大きく 歪曲する事実があった。問題は、その話の程度が予想を遥かに超えていたこと。 全談話の61%に情報の追加、省略、誇張、最小化をおこなっていた。 それを学生の42%しか、認めてなかった。それは学生が偽りだったとは思って なかったことを示している。・・そのうえ、学生は話を聞き手の好みに合わせた だけでなく、更に重要なことは自分の目的に合わせていた。特に面白い話の場合、 大幅に誇張したり、うそを加えたりした。後で聞くと、被験者の6割が、その話 に嘘を入れていた。人は談話をするときには、情報伝達をする目的と同時に、 ある目的を達成する手段になるもの、という結果になった。その意味で、対話の 目的とは事実を伝えるのではなく、印象を伝えることだと。もっと面白い作用は 聞き手だけでなく、話し手自身に対するもの。語り手が自分の作り話を、何度か 話しているうちに、作り変えた話が、その人にとっての記憶になるケースが多い。 私たちは自分の嘘を本気で信じるようになるのである。更に悪いことに、本人に、 その自覚がないことである。≫ ▼ 私が小さな地域社会で、アウトサイダーに徹しているのは、これを知って のこと。社会学を40年以上、独学してきて、その馬鹿馬鹿しさを知っていた。 逆に、それを独り楽しんでいる自分がいる。割切ってしまえば、これほど面白い ものはない。B層の、さらに下のC層という何も考えない旧来の価値観から一歩 も出たことのない人たち。彼らにゾンビが多い。彼らは普通の風体をしているが、 中身はカラカラの干物。水気が失われているため、真っ当な人間に対する語り部 になるしかない。彼らの毒は、「作り話」として人に襲いかかる。 襲われ、 その毒に侵された人間は、その瞬間、ゾンビに変身する。そして地域社会の多く がゾンビ化してしまう。彼らは思考能力ゼロのため、その自覚も無く、屍の 群れは今日も人を襲い続ける。これが城下町レベルでなく、情報化の御蔭で 全国区レベルになっている。
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| 6087、閑話小題 〜 「日の名残りに」 (2)―つれづれに |
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2017年11月12日(日)
* 51歳の誓い 人生を変える切掛けになった、カズオ・イシグロの『日の名残り』を読んだ 51歳の時節に、「還暦までの9年間に80歳までの大よそ30年分を圧縮して生きる」 と決心し、実践した。そこで「具体的に、どのように生きたか」を思い返した。 ・まずは、捨身で! 目先に面白そうと思えば、迷うことなく決断。常識的な人 や会合と一線を画す。何故か、その頃、近しくしていた友人・知人が、亡く なるか、転勤などで遠ざかっていった。 ・その頃、拡大戦略の教えのペガサス・クラブから脱会。拡大路線の見直しに 入っていた。 ・また、意識の重心をパソコンとネット世界に移動することに決心した。 まず、取引先のパソコンに詳しい人を紹介してもらい、個人HPの開設のための 基礎の教えを乞うことに。その数年後に自宅近所にパソコン教室がオープン。 早速、通うことに。その数ヶ月後に、このブログを開設することになる。 ・40歳代の10年間に合計10数回、2年に3回?近く、海外ツアーに参加していたが、 2年で5回近く?にアップ。結局、50歳代では20数回、行くことに、 40,50歳代 で40回、年に2回近くの割合になった。それも秘境・異郷の難易 を数ランク アップ。 ・母親の介護の5年半で、子供たち二人が巣立っていった。
死に物狂いで、目先の面白そうなチャンスには躊躇することなく挑むことに。 少し迷うと曽野綾子女史の言葉、<人生の良いところは還暦まで、今を楽しめ」 のキーワードを想い浮べ実行していた。毎日が面白く、楽しく、精一杯の日々。 そしてハッピー還暦を向かえることに。 ☆ そういえば、1994年のケニアツアーの同行者の一人が、『父親の介護を 終え、念願のケニアにきた。万感の想いだ』と涙を浮かべてキリマンジェロ を見ていた。イスラエルでは60歳の女性が目を血ばらし『2000万の退職金の全て を毎月のツアーで使い切る予定。働きづめの人生を取り返すの!』と宣っていた。 アフリカ・中近東の一人参加には、深い人生を背負い、思い詰めて来る人が多い。 人生、生きているうち、動けるうち、気力があるうち、笑えるうち、泣けるうち! 追)日々是口実か、結局は自慢話ですか!それも似たようなことを何度も何度も。 でもね、何度言いたいのが、「楽しんだもの勝ちさ、人生は」。 <エッ、楽しそうに思えない?> <薄汚れているからね、日常に、誰の眼も。> …これを「日々是口実」という。
―――― 「45」ギリシャ 2007 「44」北イタリア 2006・ 「43北ケニア 2005・08 「42」オーストリア 2004・08 「41」アイスランド ー2003・10 「40」アラスカ 2003・07 「39」パタゴニア ー2002・12 「38」スイス ー2002・07 「37」西アフりカーコート−ジボアール・ガーナ・ベナン・トーゴ /02・03 「36」ベトナム ー2001・11 「35」北欧ーロシア-スカンジナビァ ー2001・06 「34」メキシコ 2001・01 「33]モッロコ ー2000・11 「32」パキスタン・中国 ー2000・06 「31」シリア・ヨルダン・レバノン 2000・04 「30」ノルウエー ー1999・12 「29」ケニア ー ・08 「28」イスラエル ー ・04 「27」ネパール 1999 ・02 「26」北インド −1998・10 「25」 北スペイン 1998・07 「24」タンザニア・ウンゴロウンゴロ・セレゲッテイ高原) 1997・12 「23」 べネゼイラ・(ギアナ高地) ・08 「22」 ペルー・(マチュピチ・チチカカ湖) 1996・06 「21」エジプト・トルコ(カルナック神殿・ ピラミット) ・02 「20]南アフリカ(ビクトリアの滝・チョベ国立公園・喜望峰)1995・10 「19」ニュージイランド(クウーンズタウン・ミルフォードサウン)ー ・05 「18」ブラジル(リオのカーニバル・イグアスの滝)・ ー ・02? 「17」ケニヤ(ナクル湖・ ) 1994・06 「16」ドイツ・パリ(ライン川下り・ロマンチック街道) 1993・12 「15」フィジー(コマ島・ ) 1992・11 「14」スペイン1周の旅(アンダルシア・アルハンブラ・闘牛) 1991・08 「13」カナダ・ロッキーの旅 ー ・05 「12」香港クルージング 1990・07 「11」アメリカ・ペガサス(ボストン・アトランタ) ー・04 「10」スペイン・イタリア・パリ・ヘルシンキの旅 1989・12 「9」 中国(北京・けいりん・上海) 1988.09 「8」アメリカ西海岸SC・ペガサス ー ・06 「7」カナダ・ナイアガラの旅 1987・08
・・・・・・ 2016/06/29 60歳までに、人生を前倒しをしていて!
70歳を過ぎた現在、「60歳までに人生を前倒しをしていて良かった!」と、 つくづくと思うことしばしば。以下にコピーしたの13年前の文章を読返すと、 1年後に中越地震、その3年後に刈羽柏崎沖地震、4年後の2008年に、リーマン ショック、更に8年後に東北大震災が、たて続いた。その結果、私も、まさかの 事業整理に至った。 作家の曽野綾子が、「人生の良いところは、60歳まで」 といっていたが、体力も考慮すると、成るほど正しいと実感する。 以下の内容を書いて13年間、友人、知人、親族が次々と倒れ、亡くなった。 病に倒れて発する共通の言葉は、「まさか、自分が! これから、ノンビリ するつもりだったのに!」である。 死に直面した時の恐ろしさと動揺は、 「人生に、やり残した無念」があるため。 とすると、老後の残務整理は、 それを探し、潰していくこと。そうこう考えると、【して失敗した後悔より、 しなかった後悔の方が遥かに大きい】ことになる。 どうだろう? 「してしまった後悔1に対して、しなかった後悔が3」ではないか。 30年分を10年に圧縮して生きた50歳代は、充実感があって実に面白かった。 60歳代の最大のイベントが、会社整理だったが、3・11もあって、未練も後悔も、 最小になっていた。両親の晩年に同居していたこともあって、「その都度、 計画的に楽しんでおくべし」という、人生の何たるかを、後姿から学んでいた。 この教えを学んで実行していたのは大きい。10年前と、13年前に書いてある 文章を読返してみると、計画通りに、遊び、楽しむ必要性を知っていた。 その時々に、真面目?に学び、楽しみ、遊んでおけ、ということ。 辛いことも多かったが・・ それも楽しみの内。 ―――― 2003/06/16 50歳の頃ー1 −60歳までの人生 曽野綾子の本で『人生の良いところは60歳まで』という文章があった。 丁度私が50歳の時であった。50歳で、母親を見送り(亡くなり)人生の 損益分岐点を超えたという思いがあった。あとの人生を如何生きようかという 自分への問いかけをしていた。その翌年、下の子供と家内と3人で南米の ギアナ高地に出かけた。テーブル・マウンテンのキャンプ場で、夕陽を見ながら 息子と日本酒を飲みながらふと思った、「自分の人生の元は充分にとった」と。 その時に考えたのは、 「曽野綾子の『人生60歳までがよいところ』なら、それ以降の人生を60歳 までに詰め込んで生きよう!『人生の純益』を60歳までにとってしまおう」と。 ・海外旅行をそれまでに50回行くことー不景気で無理か? ・人の目を気にしない生き方を更に徹しよう ・好きな事を可能な限りしよう 等、生き方を変えようと。 しかし曽野綾子は60歳少し前の文章である。 その時、母の行き方を見ていたこともあり、まだ解っていないと思っていた。 本当に良いのは60歳からというのを母から教わっていたが、しかし 「60歳以降の前倒しにする決心』は良いと解釈した。 その翌年にネパールに行ったとき、67歳の初老の人から人生の秘訣を 教えてもらった。「私は43歳までに必ず死ぬ家系であった。それを前提にし、 そこまでに人生のすべてを燃焼し尽くした。その一つに日本を全てを家内と 娘と3人で回り尽くした。しかし死ななかった。その後は世界にチャレンジを 始めて、ほぼ全てをまわり尽して現在もこうして生きている。短命の家系の 前提がなかったら人生をここまで味わいつくせなかった!」。 深い人生の示唆 であった。「60歳までに人生の全ての前倒し」を自分の生き方に取り入れた 直後であったから、尚のこと心に響いた。あと2年半で、その60歳である。 「それでは60歳以降如何いう生き方をするのか?」。 元を取ってしまったので、逆にあとは一日一日をじっくりと味わって生きる ことができるのではないだろうか。そして、それまで経験をしたことのない 分野を探し出しチャレンジすることである。その意味では、逆に広い世界に 飛び出せるのではないかと考えている。 最近、景気後退ー恐慌一歩手前になってきたり、SARSやテロなどで アフリカや中近東には以前ほど気楽に行けなくなってきた。 この時勢に優雅に海外旅行などともいっていられなくなってきた。 あの時点にやはりギアチェンジをしていて良かったと思っている。 ―――― 2006/05/23 1876, 10年後に後悔する事とは? おはよ〜!(*^ワ^*)i あるHPを見ていたら、次の言葉に引きつけられた。 「10年後に後悔しそうなことをリストアップして、それを潰していく 生きかたをする」である。(七田チャイルドの七田真氏と本田某氏の対談) 私が十年前に考えたことは、 (。-`ω-)ンー 「50代の10年間で60歳以降の人生を全て押し込んで生きる」である。 20~30年間を50歳代の10年間で全て前倒しにする、と。 それがこの程度の変化でしかなかったのか?。 という自問自答は残るが。 現在になって振り返ると、先まわしをして良かったと思っている。 後悔しそうなことを潰していく生き方は消極的に思えるが、 「消極的な生き方(後回しーその大部分は中途半端)が一番後悔する」 とリストアップすれば、逆に積極的な生き方が出来る。 想定可能なマイナスをあらかじめ潰すのは、最善の行為と同じか、 それ以上である。後悔することは、その時は気がつかない行為か、判断ミス が最悪だったということ。 それが想定可能かといえば、可能である。 ということは最善の準備と同じぐらい大事なことになる。 (‐”‐;) ところで10年後に何を後悔するだろう? 一期一会と、何ごとも真摯に立ち向かえば後悔することはないはずだが。 いや10年前に事業で時代の先行きを、より悲観的に読んでいれば もっとシビアな手が打てたはず。 ー面白おかしく「10年後の最悪の後悔」をイメージをしてみた? ・酒を飲んで暴れて、家内に愛想をつかれて離婚。 現在は年金で、何処かの街の安アパートで冷酒を飲みながら懺悔の日々・・ それでも冷酒を飲んでいるのだから、懺悔にはならないか?-ω-`A) フゥ… ・死んで、この世にいない。誰も、もうこの男のことを憶えていない。 二人の子供も、あの父親のことだけは思い出したくもないと墓参りもない。 (しかし、自分がいないのだから後悔しようがないか!) ・脳梗塞で入院しているが、気が短く、毒舌が冴え、 同室の患者や看護婦から嫌われて自閉症気味。 ・考えていたより遥かに、日本という国家の疲弊が酷い状態。 10年前に海外に思い切って財産や生活の場を代えておけば よかったと、毎日の生活の追われる日々。 ありそうな10年後の姿である。より深く時代を読まなくては! 酒にも、病気にも注意しなくては! ――― 〜2016年6月29日・記 この2年後に、リーマンショックが起きて世界経済は大混乱をした。 その煽りを受けて、3年後に事業清算に至ったが、何とか、それまでの 生活の延長上にある。大病もなく、この随想日記を書き続けている。
・・・・・・ 5720,嫌われる勇気~人は変われる 2016年11月12日(土) 『嫌われる勇気〜自己啓発の源流「アドラー」の教え』 * 人は変われる 都会では目立たない「個人主義」を地方で貫けば、「大変な人」として 忌み嫌われる。「郷に入っては郷に従え」だが、どうしても露見するのが 地方の生きづらさ。これは、そのまま欧米社会と日本社会に、スライドする。 それでも、31年間、職住分離だったためファジーだった。この二人の 対話、青年と哲人ともども、現在の日々の自己対話に近い。 更にいえば、これを20歳から続けてきたことになる。 普通の生き方では、世間に押しつぶされたIT(こいつ)になる。 〜まずは、Amazonの「紹介内容」より ≪・フロイト、ユングと並び「心理学の三大心理学」と称されるアドラーが 再評価されている。それは、トラウマに象徴される“原因論”の心理学とは 一線を画す“目的論”を唱えたものだ。過去も世界も変えることはできないが、 「自分は変わることができる」とするコペルニクス的転回の心理学を知ることで、 対人関係の悩みも解消されるかも。
・アドラーの心理学を、青年と哲人の対話という形式でまとめた本書では、 「どうすれば人は幸せに生きることができるか」という哲学的な問いに迫る。 「人は変われる」「世界はシンプルである」とする哲人に対し、青年は懐疑的だ。 なぜなら青年は学歴や容姿の劣等感があり、過剰に人の視線が気になってしまう 悩みを抱えているため、哲人の主張が絵空事に聞こえてしまうのだ。 しかし、世界を複雑にしているのは青年自身の主観なのだと哲人は言う。 過去に「トラウマ」という「原因」を見つけて物語的に分析するのがフロイト的 心理学だが、アドラー心理学はトラウマ(過去)を明確に否定し、 「いま」の「目的」で考えることを基本としている。
・何年もひきこもっている人が「両親に虐待を受けたから社会に適合できない」と 主張していたとしたら、親は子育てが間違っていたのかと思い悩み、腫れ物に触る ように子どもを丁重に扱うようになる。これは、自らのトラウマを武器に相手(親) の注目を集め、支配しようとする働きかけなのだ。ただし、家にひきこもっている 限り自尊心は守られるが、一歩外に出ると誰からも注目されない凡庸な「私」に なってしまう。ひきこもりの状態に不満もあれば不幸も感じているが、自尊心を 傷つけられることはもっと嫌なこと。これを避けようとする「目的」が、過去の トラウマに理由付けしているのだ。
・過去の経験が人格形成に及ぼす影響がゼロだというわけではない。 ただし、過去の経験が必ずしも人格を決定するわけでもないのだ。 経験をいかに解釈するかが自らを決定する、というのがアドラー心理学の考え方。 過去を変えることはできない。しかし、経験に対する意味づけや解釈は更新する ことができる。これが「人は変われる」とするアドラー心理学の前提となっている。
・青年はひねくれた性格であることや自意識過剰という短所ばかりが目につき、 自分のことを好きになれない。これに対し、哲人は「他者との関係のなかで 傷つかないこと」が「目的」となっているため、対人関係に踏み込まない理由 付けとして、自分の短所ばかりに目を向けていると言うのだ。
・孤独や劣等感を感じるのも他者あってこそのものであり、 「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」とアドラーは断言した。 そして、対人関係の軸に「競争」がある限り、人は悩みから逃れることは できないとする。「競争」で考えると、他者が敵のように映り、世界が危険な 場所のように感じられてくるからだ。「競争」から解放されることができれば、 他者が「仲間」だと感じられるようになり、世界の見え方は安心できる居場所 へと変わってくるのだという。≫
―― ▼ これを平易の問いかけに転換すると、こうなる。 『そこで、まだ、何やってるの! 群れてないで、人のことばかり 気にしないで、もう少し自分のことを考えたら!』 『何で本を読まないの? 一歩、外に出ないの? 今を遊ばないの? 果てしない世界の深さと広さを知ろうとしないの? それも今!』 『何で、愚痴ばかり言っている内向きな老人のマイナスから学ばないの?』 せっかく与えられた地球上で、何もしないで、何も知らないで、卑近な 物事に拘り、気付いた時には先がないのが人生。あくまで比較の問題だが。
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2017年11月11日(土)
* 経験価値 物の価値を追い求める時代から、『経験価値』=「こと」を求める時代に なっている。もっとも、「もの」は、「こと」のスローの形式でしかないが。 確かに「もの」を持って死ぬことは出来ないが、「こと」は、あの世とやらに 「持ち帰り」が可能? 趣味で何かを収集する趣味はほぼなく、海外旅行とか、 早朝サイクリング、スポーツジム通い、ネットサーフィン、シネマ通い、TVの ドラマ観賞など、「こと」を楽しむのが主。父親の骨董収集は、上野界隈の 美術展とか、世界各国の美術館で、観賞することで、充分、満足できる。 別に富士山が自分名義の必要など全くない。この「こと」の価値を「経験価値」という。 そこで「検索」すると… ≪ 経験価値とは、製品やサービスそのものの持つ物質的・金銭的な価値では なく、その利用経験を通じて得られる効果や感動、満足感といった心理的・ 感覚的な価値のこと。カスタマー・エクスペリエンスともいい、顧客を単なる 購入者ではなく、最終利用者としてとらえる考え方に基づいている。 この概念を提唱したバーンド・H.シュミットによると、経験価値には 以下の5つの側面があるとしている。 •SENSE(感覚的経験価値):視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感を通じた経験 •FEEL(情緒的経験価値):顧客の感情に訴えかける経験 •THINK(創造的・認知的経験価値):顧客の知性や好奇心に訴えかける経験 •ACT(肉体的経験価値とライフスタイル全般):新たなライフスタイルなどの発見 •RELATE(準拠集団や文化との関連づけ):特定の文化やグループの一員という感覚 もはや古いですが、経験経済的価値をもう一度、考えてみると… これからは商品の使用を通じて得られる経験を売るんだ!とよく言いましたね。 例えば、スターバックスはコーヒーを売っているのではない、スターバックス 体験を売っているんだ!とよく言いました。 経験経済的な価値というのはなんでしょう?というところを圧縮して 説明しますと・・・、 よく言うのは、お客さんは商品を買いに来ているのではない、価値を買いに 来ている、まあ、便益と言う人もいますけどね。その便益にしても、誰でも提供 している機能だと、コモディティ化してしまいます。どんどん価格が落ちていく。 結局、商品自体という形があるものではなく、どんな価値を提供するのか?が 大事で、その価値にしても、どこにでもある機能だと価値は低いけれども、 買う人の情緒に訴えるような価値であれば、固有のものなので、比較がしにく くて、価格交渉圧力にさらされにくいというところです。 ただし、情緒に訴えるにしても、そんなに毎回毎回感動がありえるの?という 疑問もあります。毎回感動させるにはどうすればいいの?という論点があります。 人間は必ず飽きるものです。 女性を敵に回すことを承知で申し上げれば、 「美人3日で飽きる、不美人3日で慣れる」というところです。≫ ― ▼ この経験価値を実感したのが、50年前の「30日間・欧州一周ツアー」。 中・高校の教科書で、白黒写真でみた、パリのエッフェル塔や凱旋門や、 ロンドンの大英博物館や、ローマのコロッセオ、パンテオン。ポンペイ、 ギリシャのパルテノンなどが、連日、目の前に突きつけられた経験は、 21歳の私にとっての人生のハイライトといえる「経験価値」になっていた。 上記の5つの側面を、同時に味わった価値は、何にもかえ難い経験になった。 で、以降に50回の経験価値を積んできたが、元は、この旅行経験である。 フランクル心理学の、創造価値、体験価値、態度価値の『体験価値』の部類。 ・創造価値とは、人間が行動したり何かを作ったりすることで実現される価値。 仕事をしたり、芸術作品を創作したりすることがこれに当たる。 ・体験価値とは、人間が何かを体験することで実現される価値である。 芸術を鑑賞したり、自然の美しさを体験したり、あるいは人を愛したりする ことでこの価値は実現される。 ・態度価値とは、人間が運命を受け止める態度によって実現される価値である。 病や貧困やその他様々な苦痛の前で活動の自由(創造価値)を奪われ、楽しみ (体験価値)が奪われたとしても、その運命を受け止める態度を決める自由が 人間に残されている。 ☆ 振りかえ見ると、実に良かった人生であった。 「上をみれば、きりがない。下をみれば底がない。横をみればない」 の比較をしなければ、世界は微笑みかけてくる。何故、比較をする? 知識の絶対量が少ないから? 比較しか、尺度を、価値の大小を、見分けられ ないため。 悪貨は良貨を駆逐するというが、それはそれは… 悪貨か〜
・・・・・・ 3517, 不況景色とは、こんなもの? −1 2010年11月11日(木) * 繊維業界の不況景色とは? 昨日の朝のNHKニュースのレポートで岐阜を中心とした繊維不況の実態を 映し出していた。デフレに対する人件費の削減のため、中国人を研修目的の 名目で入国させて何とか凌いでいたが、研修目的という題目の低賃金が法律で 禁止されることになり、先行き真っ暗という。ついに、来るところまで来て しまったという深刻なもの。30年前に5年近く実家の衣料量販店をたずさわり、 岐阜や広島などの生産現地に仕入れに行っていたこともあり、その深刻度が 直に伝わってくる。現在は業種は変わってもほぼ同じような問題で地域経済は 喘いでいる。住宅も、車も、電気製品も、エコポイント制度による前倒し 需要で何とか今年は凌いできたが、問題は来年はどうなるか?である。 前倒し需要の反動がモロに日本を覆うことになり、来年は更に冷え込みが 大きくなる。考えただけで恐ろしい。また消費税の増税も待ったなし、 ときているし、さらにTPP(環太平洋湾自由貿易)で、農業も例外なく 自由化されれば、日本の農業は大打撃を被ることになる。もし参加しないなら、 日本経済そのものが壊滅的打撃になる。 一昨日の同じニュースのレポートは、目と耳を疑う内容。 「風俗嬢の派遣会社に一般主婦の応募が急増している」という。 顔を隠しているが、サラ金の借入れが厳しくなって、手っ取り早い風俗に 昼間に行っているという。週に4〜5日、6時間で月40万になるという。 朝のNHKが放送する内容ではないが、時代は、そこまで深刻ということ。 もう自明になったが、民主党に政権を取らせたことが間違い。今年の暮れか 来年早々、政変で自民党と民主党の小沢派が大同連合をつくり、この難局を 乗り越えないと、国家破綻が現実的になってくる。 アメリカのCIAは、あらゆる手を使って阻止してくるが、それしかない。 まったく、どうなってしまった日本よ! ・・・・・・ 5354,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー 2015年11月11日(水) * コンプレックスは神様が与えた素晴らしい武器 20歳代に軽い視線恐怖症に悩まされたことがあった。都会の街中の雑踏や、 電車に乗るのが鬱陶しく苦痛だったり、他人に接する瞬間、異常なくらいな 緊張を引き起こす。それで、どれだけ誤解され、マイナスになったことか。 しかし、それが集中力にもなっていた。それも現実社会で揉まれているうちに 消滅していった。誰にも、幾つかの、多面の神経症を持っている。 ● Q:いつも緊張のあまり、顔が赤く染まり声が震えてしまいます ≪ 私は自分でもイヤになるくらい、あがり症です。取引先のエライさんは もちろん、上司(部長)と話すときも、緊張のあまり頭の中は真っ白になる。 会議で発言するときなどは、心臓は早鐘を打ち、顔は真っ赤に染まり、声の 震えが止まりません。女性と話をするときも同じ症状に見舞われます。 このままでは、会社の中で馬鹿にされ続けるでしょう。結婚もできないかも しれません。生きていく自信を失いそうです。どうしたら、もっと普通に 話せるようになりますか。助けてください。(二十九歳男性) ≫ ● A:コンプレックスを武器に変えた人間こそ人生の勝利者 ≪ ・シマジ:二十九歳の相談者よ、君はどもる苦しさを知るまい。 俺はどもりなんだ。頭に浮かんだ素敵な表現が、音にならず舌の上で 死んでいくんだよ。これは辛いぞ。ちゃんと言葉が出てくるんだから、 声が震えたり、顔が赤くなったりするくらい何でもない。顔を真赤にして、 一生懸命しゃべれば、優しい正直者に見える。世渡りに便利なくらいだ。 こうしたコンプレックスは多かれ少なかれ必ず誰にでもある。そして、 人生の勝利者というのはこのコンプレックスを武器に変えられた人間だ。 ・アソシエ:シマジさんはどんなふうに武器にしているのですか。 ・シマジ:女と食事をするだろ。ずっと口説いて、最後にこう締めくくる。 「お、俺が、きっ、君をどれくらい素敵だと思っているか、も、もっと もっと君に知ってもらいたい。つづ、伝えたい言葉は頭の中に渦巻いて いるんだが、そ、それが、し、舌の上で死んでいくんだ。残念でならないよ」 これで何人もの女が落ちた、といっておこうか。 ・アソシエ:そこまで行くと武器というより凶器ですね。 ・シマジ:インタビュアーとしても、どもることは強みなんだ。俺が どもりながら話すだろ。そうするとインタビューを受ける側は安心する。 特にインタビュー慣れしていない人は、うまく自分の思いを伝えられる だろうかという不安を抱えているから、インタビューアーに立て板に水 のごとく話されると圧倒され萎縮してしまう。俺のようにつっかいながら 訊いてくる相手だと、上手に話さなければというプレッシギーから解放 されて、気楽に詰せるようになるらしい。 ≫ ▼ 起業をして半年、何か気持ちが落ち込んだ時に、フッと内語で、 「その上段に構えた両手を下げ、力を抜いて、ありのままの自然の自分を 前面に出したら」という声が沸いてきた。それから、良きに、悪きにつけ、 何かが変わった。 色いろあった究極の場面だから、構えの硬さに、 自ら気づいたのだろう。学生時代、どうも会話のセンスが都会育ちの 友人に比べ落ちている自分にコンプレックスを持っていたが、 『それなら、聞き手に回り、誠実に相手の話を引き出せば!』という 趣旨の道理を知り、それに徹してから、何時の間に友人が増えていた。 話す割合を50対50から、20対80にすればよいだけで、人に好かれる。 ・・・・・・ 4989,暴走する世間 −5 2014年11月11日(火) 「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著) * うつ病は「世間」の共同幻想にやられる病! ここで、次のような精神療法家M.バリントンの指摘を紹介している。 ≪・「三人関係の対人状況」(三人状況)といわれているのが、吉本さんの いう共同幻想であり、 ・「二人関係の対人状況」(二人状況)が、対幻想であり、 ・「一人状況」が自己幻想である。 各々、 それぞれ、「三人以上の人間がつくりだす観念」 「ペアとなった二人の人間がつくりだす観念」 「一人でいて、じとーとしている時の観念」と考えればよい。 「三人状況」(共同幻想)が、躁鬱病(うつ病を含む)に、 「二人状況」(対幻想)が、統合失調症になっていく。 とすると、「世間」とは、三人以上の人間がいるところに現れる 幻想・観念であるから、うつ病はこの「世間」に関わる病だということになる。 ところで当たり前のことだが、うつ病は全世界的に普及した病だが、 西欧のうつ病は「三人状況」(共同幻想)として「社会」に関わる病であると すると、日本のうつ病は「世間」に関わる病ということになる。 ・・「世間」は個々の具体的な人間のことではないが、抽象的な人間一般でも なく、上司や同僚や近所の人などといったような「顔のみえる」他者のこと。 うつ病の患者にとって問題となるのは、こうした他者なのである。≫ また、木村敏と阿部謹也との対談で、木村敏の次の言葉を紹介している。 ≪ 日本では、西欧社会のように、「判断が神との一対一の関係」で決定されず、 世間は空間的な概念だが、それを時間的にとらえた表現が『御先祖様』であり、 『御先祖様に顔向けができない』ということになる。世間の中には「呪術性」 という原理があり、そこには森羅万象、動物や植物やモノや死者まで含む。≫ ▼ 日本の自殺者数は、先進国の中でダントツに多い。 {さらに多い韓国は先進国に含まない} 経済的理由による自殺は、日本では「借金」という金銭貸借関係が、たんなる 法律上の契約関係としてだけでなく、「贈与・互報の関係」ととらえられている ため、それを守っていけない人間として{世間」からつまみはじき出される ところからおきる。日本人は世間とかいうのから、つまみはじけ出されると、 「ご迷惑かけました」という遺言を残して自殺をする。決して心が弱いだけ でなく、その思い込みが原因。要するに情緒的体質が、その背景にある。 私など「世間」に袋叩き?で、気違い扱いだろうが、45年前に、見限って 生きてきたため、今さらである。むしろ叩かれることが自己存在と自認。 暴走しているのは、世間様。その世間様の暴走をネット社会が更に推し進めて いるから、ことは深刻。死んで三日も経てば、ほぼ忘れ去られる世間など、 のっけから相手しないで、アウトサイダーを決め込んできた。特に晩年は 「老人性うつ病」がすべての人の問題。群れればウツが振幅し孤独を深める。 ・・・・・・ 4622, 君は1万円札を破れるか? ー7 2013年11月11日(月) * 空観、仮観、止観、そして中観に至る 空観、仮観、止観、そして中観に至って真の自由の獲得する道筋が わかりやすく、良い。一つ間違えばアウトローだが。としても、どっぷり 浸かってしまった小さな世界から、一歩も二歩も、外に出ないと「シラミ」 になってしまう。同じシラミなら、外の世界を持っているかどうか、 である。 ライフワークは、そのために持っていなければならない絶対条件。 ーその辺りをまとめたー{般若心教の具体的解説とみると理解しやすい!} 《 無限に広がる巨大な「網」を想像してください。無数の網目が集まって 網を成していますが、その区切られた一つの「網目」だけを取り出しても、 それは存在しているといえるでしょうか? いえ、「網目」という実体は ありません。このように、すべての存在現象は他に依存して「仮」に現れて いるだけ。本来は消滅増減もなければ色形の区別もない、つまり「空」。 このように宇宙を観るのが、「空観」です。 自分が作り出した欲求が「苦」 を生むのですから、煩悩を捨てていき、すべてが幻想であると理解したら、 心安らかに生きていける、ということ。しかし、人が煩悩を完全に捨て去ると、 人類が滅亡してしまいます。そこで、もう一度、認識されることによって 現れる世界の「仮」の姿を見るのです。これを「仮観」といいます。 たとえばコップを見て、「水を飲むもの」と認識したら、それはコップに そういさう「仮の役割」を持たせたということ。同じコップを「水を注いで 花を挿すもの」と認識することもあるでしょう。このように、世の中のすべて を、役割を持たされた仮の存在と見るのが「仮観」です。 釈迦がすごいのは、「空観」と「仮観」のどちらも欠いてはいけないと わかっていたことです。すべてを「空」だと知ったうえで、同時にすべての ものに「仮」の役割を見いだしていくのです。すると、結局のところ、 世の中に何一つ、役割のないものは存在しないということがわかります。 この考え方を「中観」といいます。中観こそ、私たちが最終的に目指す べき境地だといっていい。 ◎「一億円持っているから幸せ」とか「1億円の負債があるから不幸」 と感じるのは、本当はいずれも幻想に過ぎないことを知るのが、空観方式。 ただし、どうせ同じ幻想なら、自分の望むようにゴールを設定し、徹底的に 目指すほうが途中の過程を楽しめます。 ◎「じゃあ、実際にどんなものか、1億円を稼いでみましょう」と、 仮のゴールとして設定するのが仮観方式です。注意すべきは、その達成で 得られる「幸せ」は、あくまで「仮観」。幸せの仮の姿と知っておくことです。 知っていれば、実際にお金持ちになっても、「もっとお金がないとイヤだ!」と 思うような不幸は起こりません。要は、煩悩に振り回されないよう、ということ。 ◎そこで大事なのが、「止観」という考え方です。煩悩をいったん 「止めて、観る」のです。といっても、難しいことではありません。 煩悩が暴走してしまうのは、その衝動を意識できていないからです。 意識さえしていれば、コントロ!ル下に置いて、暴走を防ぐことができます。 意識するには、自分の煩悩を少し脇に置いて、客観的に眺めてみればいいのです。 「止観」によって、自らの欲求を認識することは、抽象度の上がった世界から 眺めることにほかありません。そこから眺めれば、欲求は自然とコントロール できます。それを続けることにより、中観の境地に至っていく。》 ▼「中観に至ると、ありとあらゆる価値観の束縛を超えながら、この世で真に 自由に、自らの望む役割を果たすことができ、他のあらゆる存在も、それぞれ の役割を果たしているだけであり、そこに一切の上下関係などないことが わかってくる」 私たちの本来、持っていた自由と、親とか学校教育で教え られた自由と違うことが、中観に至るとわかってくる。 ところで、武澤ゼミで教わった真髄は、この中観の目線だったのでは! 一つ間違えば、私のようになるが?
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2017年11月10日(金)
* 倒産無常 倒産のニュースとなると他人事ではない。ここで何度も取上げてきたが、 そう甘くはない。幼児の頃から青年期に至るまで、両親から「倒産・夜逃げ話」 を聞かされていた。 更に実社会に出てからも、生々しい具体例を見聞きした。 それもあって、万一の備えは創業の事業設計に組み込んでいた。 ・妻子を含めた親戚は一切、近づけない。 ・家内と通帳を別にしておく。 ・途中から、会社名義の合法的内部留保の積み立て。 <会社名義あてに社長への生命保険をかけ、解約すると8割がかえる>保険。 一度、経費で落ち帳簿上は消えるが、その積立は、そのまま実質残る。 今では禁止された。それに手をつけざるを得なくなったら整理と決めて、 レッドラインの直後に清算に入ったため、銀行以外の債権をほぼ完済できた。 債権者からの苦情もなく、抵当の自社物件も一年で売却出来た。文字とおり、 「不幸中の幸い」だった。 二つのホテル物件には、居酒屋のテナントが 入居していたが、物件の買い手がなければ、テナントは無条件で退店を強い られ、倒産・廃業の憂き目にあうところ。新潟駅至近の好立地もあった。 一昨日のニュースの債権者集会で、<てるみくらぶ>の女社長の吊し上げの 様子を生々しく報じていた。その直後に詐欺罪で逮捕されたが、それはそれは! 壇上の集団リンチそのもの。寒波で離陸出来なかった外国人乗客の抗議を見た ことがあったが、手は出さないが、火の出るような逆鱗は、傍目でも恐怖が 伝わってきた。 〜ネットニュースによると〜 ≪ 【<てるみくらぶ> 「人生めちゃくちゃ」 債権者集会11/8(水) 21:40配信 毎日新聞】 不正融資などのずさんな経営実態が明らかになった、格安旅行会社の 「てるみくらぶ」。旅行を申し込んだ客の多くは返金の見通しが立たず、 怒りの声を上げている。「全額返金しろ」「うそ泣きするな」。 今月6日、 東京都港区で開かれた債権者集会。壇上で謝罪を繰り返す山田社長に、債権者は 怒声を浴びせた。「今回の出来事でうつ病になり、人生がめちゃくちゃになった」 と訴える人も。山田社長はうつむき加減で多くを語らず、破産管財人による財務 状況の説明が淡々と続いた。 新婚旅行を計画していた茨城県古河市の男性会社員 (41)は3月22日、周囲に「格安だし安心」と勧められ、6日間ハワイ旅行を予約。 航空券はビジネスクラス、ホテルは五つ星。妻との思い出作りを心待ちにして いたという。≫ ― ▼ 創業など、そう簡単に出来るものではない。 <・創業1年目で約30%近くが消滅するという高い退出率であり、 さらに5年後の生存率は約40%、 10年後では約25%の企業しか生存していないのです。 ・また、個人事業所の場合は会社に比べ生存率が低く、 創業1年目の退出率が約40%、5年後の生存率は約25%、 10年後では約10%の生存率となっています。> 私の30年の事業生存は数%だろうが、省みると、「へ」の字の動線。 初めの10年が右上がりで、中盤がナダラカな、後半の9・11以降の10年は 急激な右下がりになっていた。 ⇗、―、⇘ の30年、準備を含めた『経験価値』 を充分に実感してきたため、充足感はあれど虚無感は全くない。 ドンキホーテのように人生を喜劇に遊ぶのも決して悪くはない。装置事業の ため、「待ちの余裕時間」が、充分あったため、旅行、読書時間を充分に持てた 「時間リッチ」になれたこと。 しかし、一つ間違えば「倒産無惨」に…。 娑婆には、「時間プアー」と「知恵プアー」が溢れている。更に「精神プアー」 「金銭プアー」も。還暦・古希ともなれば、「恒産あって、恒心あり」に。 何とか家内の(;^ω^)ヘッ! が今日のオチ。 何とも甘塩っぱい味がする。
・・・・・・ 5718,閑話小題 〜アメリカ大統領選挙 2016年11月10日(木) * 「もしトラ」が現実に!で、どうなる? 日本国内で「もしトラ(もしトランプが勝ったら)」という言葉が飛び まわっていたが、日本や、ニューヨーク市場の株価からみて、「もしトラ」は 無いと思われていた。トランプ自身、よもや勝利するとは思ってもいなかった から、好き放題が言えたのである。二人の候補の罵り合いをみて、アメリカの 凋落そのままが現れていた。政治経験のないトランプが共和党の大統領候補に 選ばれること自体がアメリカの恥。彼の暴言がアメリカ白人の本音とすれば、 この方言が、今後、政治に露骨に反映されてくる。ロシア、中国は、強権国家。 日本も保守派の阿部首相が政権をとったのだから、アメリカが対抗するには、 独裁者風の人物がなっても、何ら不思議ではない。15%を占める黒人が8年間 も現職大統領なら、白人の怒りが蓄積さて自然。それにしても、「隠れトランプ」 が、これほど多く存在するとは、驚きである。フィリピンの、あの大統領をみて、 トランプと重ねみれなかったアメリカの文化度の低さが露呈してした。 彼が、 方言のまま、政策を実行すると、まずは日本が、その犠牲になるのは自明である。 〜流れは、こういうこと。 <ドイツ移民の血筋のゲルマンが、白人優位主義と、アメリカ孤立主義を掲げ、 中・下層の白人の積もり積もった不安心理につけ込んで、ホワイトハウスを 乗っ取ったハリウッド映画並みの珍事。 小ブッシュが世界を大混乱を 生じたのを、何とかオバマが修復したが、この男が、根こそぎ叩き壊す 4年間の始まり!> 演劇としてみれば面白いが、これが現実となると。直近には、政権交代後、 トランプと中国が裏取引をした上、尖閣列島を占拠する可能性がある。 そして、沖縄も、独立派を煽り、独立運動を起こし、乗っ取りを画策する。 その間、東京オリンピックに浮かれ、終わってしまえば、大不況。 現在の韓国の惨状に少し形を変え日本社会に現れ出ても何ら不思議でない。 5年後には、「アベノミックス? 何それ」で、遠い彼方になっている。 中近東、欧州に次いで、アメリカにも移民による暴動の日常化の火がつく?
・・・・・・ 5353,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー 2015年11月10日(火) ●質問: 大企業で出世する男の見分け方を教えてください ≪ 今、私がつき合っている男性は慶応卒の二十八歳、某大手電機メーカー 勤務です。有名企業ですが、このご時世、サラリーマンの一寸先は闇。 彼が出世競争を勝ち抜ける人かどうかを知りたいのです。私も大手といわれる 保険会社勤務ですが、ずっと仕事を続けるつもりはありません。というか、 専業主婦になりたいです。ただし、貧乏臭い節約生活は送りたくありません。 銀座で気軽にショッピングをしたり、一流のレストランでランチができる くらいの余裕のある生活が希望です。そのためには、旦那さまにかなりの稼ぎ がないことには…。かといって、ベンチャー経営者なんていうのは、倒産の 危険と背中合わせで不安定だからイヤ。大企業で出世する人がいいのです。 そういう人の共通点って何でしょう。どんなところで見分けられるでしょうか。 こんな質問をしたら、コメント欄は非難難々かもしれませんが、 本音でお聞きします。(二十七歳女性) ≫ ●質問: 出世をする男には眼力が必要だ ≪・シマジ:その慶応卒の彼氏とやらに会って、食事をしながら二時間も話せば、 出世するか、どうかをぴったりいい当ててあげるよ。だが、一般論として出世 する男はこうだとはいいきれないな。それこそ千差万別だ。だから、会わずに 語るのは無責任だな。無責任だが、これだけはいえる。この男が大企業の中での 競争を勝ち抜き出世するだけの知力と感性の持ち主なら、相談者の一生の伴侶 として選びはしない。すなわち、相談者を妻にするような男なら出世の見込みは 薄く、出世する男なら、いずれ相談者と別れるだろう。 ・アソシエ: 辛口ですね。 ・シマジ:相談者の本音の質問に、本音で答えたまでだよ。出世をする人間の 大事な条件の一つが人を見る眼力だ。大きな組織の中でこれぞという先輩や 上司を探り当て、その人に教えを請い、その人を尊敬して命がけでついていく。 あるいは営業マンなら、取引先のキーパーソンを見極め、そこにしっかり食い 込み、人脈を広げていく。いずれにせよ、そうした人を見る眼力があれば、 女のたくらみも見通してしまうだろう。それにしても、相談者の考えは浅いな。 だってそうだろう。日本の大企業の中で課長になり部長になり、ついには役員 になったとして、どれほどの生活ができるというんだ。第一、子供はどうする。 子供が二人もできたら、優雅にお買い物にラソチになんていっていられなくなる。 しかも、教育に金がかかる。こういう相談者だから、子供に有名幼稚園や小学校 をお受験させるつもりだろう。そのうえで、有閑マダムよろしくブランド品の ショッピングに精を出し、高級レストランでランチ三昧なんてことをしようと したら、数千万円の可処分所得が必要になる。ということは旦那は税込みで 一億円近く稼がなくてはならず、サラリーマンには到底無理な話だ。 ・アソシエ:以前、本物の江戸前寿司を体験しようというイベントで週末の 昼に読者に集まってもらい、銀座の超有名店に行きました。我々はテーブル席 で四千円弱の『お決まり』をいただいたんですが、そのときに、カウンター席で たぶん母と娘だと思いますが、五十代と思しき女性と女子大生っぽい二人連れが 「おまかせ」で食べていたんですよ。おまかせだとお酒抜きでも一人三万円は する店で、明らかに常連客の様子から、そのあとは芝居見物でしょうか。 こういう人たちって本当にいるんだなと感心したのを思い出しました。 たしかに旦那が一憶稼がないと、あんな生活は無理でしょうね。 ・シマジ: 俺が「週刊プレイボーイ」の編集長をしていたころだから、 二十五年以上前の話になるが、俺の秘書兼事務を務める二十代の可愛い 女の子が「今、若い女性の憧れの結婚生活は、広尾のマンションに住み、 乳母車を押して有栖川公園を散歩し、明治屋で買い物する`ことです」と いっていた。要する相談者のメンタリティは四半世紀前のOLと変わり ないということだな。≫ ▼ 以前書いた、蛙に取りき栄養分を吸取る昆虫の「タガメ」の典型。 この女性、銀座でランチなど千円前後で可能で、ウインドウ・ショッピング ならタダというのを知ってか知らずか。しかし、多からずの女性が持っている 本音である。この御時勢、一千万もあれば上クラス。「おまかせ」だろうが、 「お決まり」だろうが、大して変わりはしない。要するに、それはそれ。 確かに、旦那の稼ぎで妻の生活は変わってくる。収入が多ければ、子供を有名 私立に入学可能である。それもこれも、持って生まれた器量で決まってくる。 妄想を凝視し、己を振返えれば、「つりあい」からして、その男が適当では。 ・・・・・・ 4988,暴走する世間 −4 2014年11月10日(月) 「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著) * 『プチ世間』 ー小さな大人の世界の誕生 30年前、息子を見て時代が大きく変わったと思ったが、スマートフォンが 普及した現在、更に子供が大きく変り、私たちとは断絶した別生命という感がする。 考えてみれば、私より50〜60年も長生きをするのだから、違って当然。 ーその辺りからー ≪ 日本では、一九八○年代にはじまり、九〇年代以降本格的に「小さな大人」 が登場した。問題なのは、子どもが市場経済に巻きこまれ、子どもが大人と ほとんど同じ消費生活をするようになって、子どももまた大人と同様の「世間」 に生きることになったことである。つまりそれまでは、子どもには子どもの 世界があり、それは大人の「世間」とは相対的に独自の世界であった。 しかし子どもが「小さな大人」になることによって、子どもの世界も大人の 世界と地続きになり、子どもも小さな「世間」として「プチ世間」に生きる ことになった。要するに子どもも、「世間」に生きる大人と同じような困難な 問題に直面することになった。 一九八○年代以降大きく変化したことといえば、子どもが「小さな大人」 になったことだが、八○年代後半以降の「いじめ」の発見は、おそらくその変化 を大人たちが敏感に感じ取った結果を反映したものといえる。大人たちは、 子どもの世界に何か大きな変化がおきていることに不安をもち、子どもを把握 できないというその不安が、子どもの世界をより強く監視管理する方向に 動かしたのだ。それまで、大人の世界とは相対的に独自のものであった子ども の世界のいじめは、無視や、嘲笑や、からかいや、脅迫や、リンチなどといった 形で、個別的にとらえられるものであった。しかし八○年代後半以降、子どもの 世界は大人の世界と地続きとなり、子どもの「プチ世間」が登場した。 (略)・・・ この問題の解明への手がかりは、現在の少年たちの 「つながってなくちゃなんない症候群」にある。 ーある調査官はつぎのようにいう。 「今は中学生はもちろん小学校高学年ごろから群れていないと不安で、そこに しか生きる世界がないんです。行動規範は仲のいい友だちグループの中だけで 決まって、そこから弾き出されたら生きていけない。それは、とくに女の子に ひどい。三人グループでいたのが外れたら教室にも居場所がなくなってしまう。 そんなふうに、たがいが縛り縛られ合って、やれ携帯だメールだという ‘つながってなくちゃなんない症候群’がいよいよ強まっていますから、 自分の時間なんか持ちようがない。逆に言えば一人で行動できないように なって、それがフツーの子として安心できる状態になっているのが現状」 (小林道雄「感受性の未熟さが非行を招く」『世界』二〇〇一年一月号)≫ ▼ 大人になるまでの基礎知識や、精神的体力がない子供が、プチ世間の 中で、子供たちは群れてないと、つながってないと、不安で息づまる 窒息感に悩むことになる。垣間見れる孫世代に背筋が寒くなることがある。 この「つなっがてなくちゃ症候群」が、世間の正体でもある。 島国で、水に恵まれた日本の閉鎖された環境を背景にした世間こそ、 全てと勘違いをするのは当然だが。これにネット上世間?で雁字搦めに なっているのが、現在の女こどもの世界。これが21世紀の世界の一端 ということ! 使いこなせれば、思いのほか面白いのでは? ・・・・・・ 4621, 2000年前のポンペイー7 2013年11月10日(日) * ポンペイの迷子 二回目のポンペイで、あわや迷子になりかけた。1989年に会社でスペイン ツアーに行った帰路のローマでフリーの一日。20数年ぶりに再びポンペイを 見たくなり、オプショナルツアーに参加した。ところがバスに乗ると日本人は私、 一人だけ。往路の高速道路が大事故で渋滞。おまけに前日、ルーマニアの チャウセスクがクーデターで殺され車中に殺伐とした雰囲気が漂っていた。 で、ポンペイ。急ぎ足で、まわっているうちに、グループからはぐれてしまった。 そこは、世田谷と同じ広さ。直ぐに見つけなければツアーバスで帰れない。 背筋が凍りつく思いで、駆けずりまわった末、辛うじてグループを見つけた。 帰りのバスで、「あのまま、はぐれていたら、翌日のローマの出発に間にあわ なくなっていた」と、考えたら脂汗が出てきた。ツアーとて決して甘くはない。 ところで、三回目のポンペイで、家内がツアーからはぐれてしまった。 それも、夕刻。バスが次の目的地パレルモに向けて出発しようしたが家内が 居ない。トイレと思っていたが、途中ではぐれていたようだ。その時の、 添乗員と、イタリア人ガイドの慌てようで、ことの重大さを知った。 ところは南イタリア、それも薄暗くなりかけた遺跡である。館内の職員全員と、 警察のパトカーが駆けつける大騒動。一時間以上ほど探したが見つからず、 添乗員が、まさかと、移動予定の一時間先のホテルに電話をしたところ、 本人は着い部屋にいるという。はぐれた直後、暫くそこにいたが、心細くなり、 他の団体の後について、出口に出た。そこで待ったが見当たらず、近くのGSで、 事情を事情を話している時、たまたまタクシーが来た。そこでアマルフィーまで 値段交渉をして、宿泊先のホテルに行ったという。直ぐにホテルから添乗員の 携帯に電話するのが、当然だが、動転していて、ただ、ボーッとしていたとか。 バスで待っている間、ツアー仲間の冷い視線の中、ひたすら待つしかなかった。 家内は、殆ど娑婆経験が無く、万一の備えの観念が皆無。旅行中には、 まずは添乗員から目をつけられる。彼らは、そういう人を数人、把握。 二割の人が、八割の問題を起こすことを学んでいるからだ。移動とか食事時間 に、常に遅れてくる。40回近く、数百回、注意しても治りはしない。 以前もアテネの・・ これだけ迷惑をかけても、翌日の夕食時間に遅れるのだ から、大したもの。で、夫婦連れのツアーは、途中から、別々の単独ツアー になっていく。一つだけ自慢が出来ることは40回近くの夫婦連れ海外旅行経験。 今までのツアー仲間の最高が8回。その間に、二人の間に、自然発生的にルール が出来ている。「互いに(単独旅行者と割切り)頼らない」こと。 何度もツアー仲間に、「どういう御関係ですか?」と聞かれている。 移動と食事以外は、単独でいるため。これまで二組、夫婦別室がいた。 そこまでは、してない。これも慣れと訓練!その時、懲りない家内に 「ざまをみろ!」という気持ちが何処かにあった。 が、誰かに 見透かされていたようだ。で、一日もしないうち、全てを忘れ、彼方此方で 笑い声を上げていた。 (*∠_*) ダカラドーシタ。で、人は生きられる! で、以下の内容に続く! 偶然だが!
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2017年11月09日(木)
* 対話は続く 「珍」とは、他と変わった差異のこと。差異を検索すると、 【ある物において、外の物と異なる(比べてみて同一ではないこと)点、即ち、 ある観点で同一の特徴を持つ事物の間にある自己を区別する別の特徴の事】と すると、誰もが、珍ころ、珍獣ともいえる。この言葉は、かけ合い漫才形式で、 面白可笑しく、解りやすくするため考え出したもの。大勢に流されて何も考え ようとしない俗にいう「世人」「世間様」を「珍ころ」。珍獣は、個人主義を標榜 し、外様に徹し、傍から見れば「変な人」。野獣でもない半端な獣、小乗仏教的と 言えるが。犬のニックネームに多い「ころ」に珍付きとは。これは万人に当て 嵌るため、自分を合せ鏡に出来て、シリアスになれる。これは「珍獣」に も言える。対他には、「珍ころ」。対自には「珍獣」とすれば、納得できる。 ― 珍ころ: それにしても「珍ころ」はないだろう。 珍獣:「チンチラ」と思ったが、犬より野性味が強い猫はあなたに適当でない。 珍ころ: 動物それぞれが、自分以外を珍獣と言うのでは。かけ合いのアヤは 解っているが、パピットで対話させるのはシリアス過ぎないかい。 珍獣: 犬の愛称に多いコロは、街中の半径500mの生活圏を全世界とする名称。 、 人間世界でも似たようなもの。それぞれが長い因縁を背負っている。 先祖の家柄とか、地元校が何とか。一歩街を出てしまえば何も通らない。 珍ころ: 視野狭窄は分かっているが、それしか見えないので仕方がない。 そのことを一番、自分が自覚している? だから、今さらの話。 「珍ころ」と言えば、「珍ころ姉ちゃん」が想定される。 誰もが、 「珍ころ」であり、「珍獣」じゃないか。 珍獣: 今では死語になっているチンコロ姐ちゃん。「小さくて、 太っている 若い女性」のことだが、半世紀も前の富永一朗の漫画。 珍獣: 左右の手のパペット(指人形)で、漫談をしている風でふざけている だけだが、死を覚悟して自らをふりかえる時に、自ら作った枠組を強く 実感する。その自己対話が、こんなようなもの。 珍ころ: だから、その時まで知らないふりをしている。 珍ころ: さっき気付いたが、あんた、20歳の頃、行方不明だった、あの犬? 珍獣: そうよ。勝手に汚れて見えた外顔をみて、珍獣と言っているだけ。 群れの仲間しか見てないため、風変わりの本能剥き出しの私に獣性を見て 揶揄しただけ。そりゃ、50年以上も、ほっつき歩いてくれば、変わるさ。 逆に、あんたの方が、珍獣に思えるのさ。 珍ころ: それは逆も言える。あんたこそ仲間内からみれば、薄汚れた珍ころ。 珍珍: ところで、アメリカ大統領。あれって、珍ころ? 珍獣? ロシア・マフィアシンジケートの「珍ころ」と、言っていたが。 あの品性から見て、「珍獣」。日本、韓国、中国の歓待に舞上がってる 裸の王様も可愛いといえば可愛い。とすると、プーチンは何? 野獣? いや、野犬。これまで、何人暗殺してきたことか。で、安倍首相は珍?、 ここで、止めておこうか。 ― ▼ これ、私が書いているより、誰かに書かされている感覚になっている。 なら、それって何? 何か人類にとっての重大な危機に対する本能が、 何かを言いたいのか。それとも、年齢の不安が、これを書かせているのか。 第一次世界大戦の犠牲者は、戦闘員と民間人の総計が約3700万人、 第二次世界大戦では5000万人をこえると記録されている。朝鮮戦争勃発なら 数百万人単位が予測されるが、チョッとした発火から全面戦争になる危険が 日ごと高まっている。 恐ろしい限りである。 … 大乗か小乗か、群れるか一匹狼かの問題でしかないじゃないか。
・・・・・・ 5717,技術的特異点 〜� 2016年11月09日(水) 『人工超知能が人類を超える』台場時生・著 * 2045年が『技術的特異点』の年 図書館で借りた本に「技術的特異点」たる言葉があった。 NHKスペシャルで、昨年の1月に『ネクストワールド』の5回シリーズで、 このテーマを取上げていたとあったので、早速、Youtubeで見てみた。 番組では2045年の世界が、どのようになっているかを予測し、ドラマ仕立て に構成をしていた。例えば、平均寿命が100歳になっているとか、人間より はるかに賢いバーチャル犬が、ドラえもんのように我々の生活をサポート してくれたり、アンドロイド(人間型ロボット)が会社で働いたりしている。 〜「技術的特異点」を‘ウキィペディア’で検索すると、以下のとおり。 ≪ 技術的特異点、またはシンギュラリティとは、人工知能が人間の能力を 超えることで起こる出来事とされ、テクノロジーが急速に変化し、それにより 大な影響がもたらされ、人間の生活が後戻りできないほどに変容してしまうと する未来予測のこと。未来研究においては、正確かつ信頼できる、人類の技術 開発の歴史から推測され得る未来モデルの限界点と位置づけられている。 =概要[編集] 技術的特異点は、汎用人工知能、あるいは「強い人工知能」や人間の知能増幅 が可能となったときに起こるとされている出来事であり、ひとたび優れた知性が 創造された後、再帰的に更に優れた知性が創造され、人間の想像力が及ばない 超越的な知性が誕生するという仮説である。 フューチャリストらによれば、 特異点の後では科学技術の進歩を支配するのは、人類ではなく強い人工知能や ポストヒューマンであり、従ってこれまでの人類の傾向に基づいた人類技術の 進歩予測は通用しなくなると考えられている。 この概念は、数学者ヴァーナー・ヴィンジと発明者でフューチャリストの レイ・カーツワイルにより初めて提示された。彼らは、意識を解放することで 人類の科学技術の進展が生物学的限界を超えて加速すると予言した。 意識の解放を実現する方法は、さまざまな方法が提案されている。カーツワイル はこの加速度的変貌がムーアの法則に代表される技術革新の指数関数的傾向に 従うと考え、収穫加速の法則と呼んだ。 特異点が現実化するかについては議論が 続いているが、多数の人がこの予測を肯定的に捉え、その実現のため活動している。 一方で、特異点は危険で好しくなく、あってはならないと考える人々もいる。 実際に特異点を発生させる方法や、特異点の影響、人類を危険な方向へ導く ような特異点を避ける方法などが研究されている。≫ ▼ 東京下町に住む従兄が、地元の従兄の通夜の御斎で、話すには、 『私は84歳で進行ガン。あと10年後に生まれたかった。これからの10年が、 一番面白いのに。現在4Kビデオに凝っていて、三台を持っている。私の一生は、 写真・映像を写し撮ることに特化してきた。4Kで一度撮ったビデオを4kTV で見ながら、ベストの一瞬を切取りとった写真が何とも良い。ドローンに、4K ビデオカメラを乗せて自然を思う存分、撮りたい・・』 と、目を輝かせながら 語っていた。 技術の進化が留まることなく続いている一コマの事象になる。 ・・・・・・ 5352,浅田次郎の人生相談 ー日々を無気力に過ごしていますー 2015年11月09日(月) ー『世の中、それほど平等でない』浅田次郎著 * 旅すれば、内向きの自分が解放される 学生時代の二年まで、学生寮とクラブの世界で、都会生活の日常に飽き あきしていた。しかし、二年生の夏休み前に(何度か書いた)、人生の将来 設計のレポート提出を、「キリスト教倫理」の教授の宿題を出されて、 自分の先行きを人生で初めて真剣に考えて提出をした。タイミング良く、 その夏休に、寮の(10年位年上)先輩夫婦が、軽井沢の『友愛山荘』という 宿舎のペアレント(管理人兼マネジャー)をしていた因縁で、二年先輩の Kさんと、手伝いにいくことになった。ところが、その一ヶ月間の、楽しく、 面白かったこと、この上なかった。若い女性が何かロマンを求めてくるのを 相手に、夕食後、歌ったり、踊ったり、ゲームの相手をする。 それまで、 寮も、クラブも男所帯が、全く違った世界の日々を味わうことになった。 その時の、ある出会いで、翌年、「30日間・欧州一周旅行」に参加する ことになり、人生観が一変した。 寮に、クラブに、クラスに多くの友人が 存在していたし、進級ごとに、アップスケールをしていた。要するに、 恵まれていた。 〜まずは、その辺りから〜 ●質問: 日々を無気力に過ごしています(19歳男性・大学生) ≪「この春から上京してきましたが、大学デビューに失敗し、自宅と キャンパス、あるいはバイト先をただ往復する毎日を過ごしています。 夏休に入っても、サークルにも所属していないし遊びに行く友達もいません。 このままではまずいと思うのですが.何かきっかけが欲しいです。≫ ●回答: 旅をすれば、内向している自分が嫌になる ≪・次郎: バイト代貯めて旅行でもなんでも行ってくればいいじゃないか。 何をうじうじしてるんだ。若い人はね、外国へ行くチャンスがあったらどん どん行きな。僕らのころは高くてなかなか難しかった。ここまでいろいろな 投稿を見て感じるけど、細かいことでぐずぐず悩んで内向している人、多く ないか? そういう人は外国へちょっと行ってこいって。自分の心が開かれる。 外国がいいってわけじゃないけど、内向している自分が嫌になるよ。 それは旅の功徳です。 ・太朗: 国内旅行はいかがでしょう? ・次郎: 国内旅行はもっと大切です。若いうちに遠いところだけ旅して 日本のことを知らない人は、結局外国に行っても何もわからない。 近いところから遠いところに足を延ばしていくというのが、理想的な手順では あると思います。まあ国内でも海外でも、自分の知らなかった世界に触れて、 小さい自分を吹き飛ばしてきなさい。行ってらっしゃい。≫ ▼ 大学の醍醐味は、サークルである。そこに入らないと面白みは半減して 当然のこと。まだ遅くはない、何かのクラブでも、ゼミに参加すること。 そして、大学生活の目的を早々に定めることだ。学生時代の4年間は、あまりに 短すぎる。 大学は各地の様々な人が、学問を学ぶという建前で、自由に学び、 遊ぶところ。とにかく、クラブに入ること。胸襟を開いて、対話が出来るのは、 この時期ぐらいである。 世の中には、本当に「変わった人」が、多くいる。 その一人が「自分」でもある。そこで自分の硬いバイアスに気付くことだ。 そして、これを一生かけて壊し続け、新たな自分を導きだしていくのが人生。 今さら、その手を緩めることなど、出来ようはずはない。 先回で、少し下げた目標回数50回目のツアーに行って、自己を達成した。 若い人だけでなく、外国からの視線で逆照射をして、自分と、所属する世界を 見直してみる必要がある。そうすれば、9割以上を占める、『世間人』の バイアスと共に、己の枠が鮮明に浮び上がってくる。それに、少しでも気づく か気づかないで、その人生は変わってくる。 私の人生で、20歳の頃に、 そのバイアスが、一度、粉々になったのが、人生で一番の収穫だった。 『世界は広く、深いこと』に、まず気づくことが大学生活の絶対なこと。 その為には、ありきたりだが、『感動、感激、感謝』の質量の絶対量を 確保することだ。 それは日常には無い。それは、『非日常』に埋まっている。 学生時代は、人生の中では『非日常の時節』である。それは自ら探さなければ。 ・・・・・・ 4987,閑話小題 ー一日の閲覧者が、実は7倍の350! 2014年11月09日(日) * 一日の閲覧者が、実は7倍の350だった! 晴天の霹靂である。Yahooの「バードウォッチ」が20〜40の閲覧で、 エンピツのサイトが40〜50の閲覧。これは重なっている。それからみて、 「Hatena::Diaryは、同じだろうと、検索数を、バックアップ用 でもあり、開設以来の7年間、一度も調べてなかった。 ところが数日前に何気なく調べたら、(総検索数を7年×365日で割った) 一日、300近く。何かの間違いだろうと、この数日、日ごと調べたら、 7年間の平均と同じ検索数。多くて50〜60と信じていたが、実際は350 の検索があったのである。見続ける多くが決して好意的でない? とすると、 少し恐ろしい気がする。悪意の視線を意識してはきたとしても・・ 学生時代から、こと批判に関して、多くの人に重すぎる?と言われてきたが・・ 何気なく知人に聞くと、殆どが見続けているという。それにしても50〜60 は少ないと思っていたが、実は7倍の350以上の閲覧とは驚きである。 未来の自分への憶え置きと、毎日の出来事と、読書などの雑記帳として、 墓場として、書いてきたため、あけすけの内容になっていたが、周辺の知人 の50〜60人なら、まあ、いいだろうと・・ 全力で親しい友人に「とっておきの話をする感覚」で、5000日近くも、 面白おかしく書いていれば、この閲覧数は不思議でないが。それも三年半前 からは、ライブで、めったにない特異体験の生中継である。血だらけの手 (こころ)で、有りのままを、その血で書いていれば、第三者からみたら、 これほど面白い内容はないだろうし、心の歪みの露出が、そのまま現れ 出ている。特に、その特異の歪みが面白いのでは。 ところで10年位前、毎日新聞の記者から、何気なく書いた内容を指摘され、 「それを更に聞きたい、それにしても凄いことを書いてますね!」という 電話があった。そこで慌てふためき内容を書き直したが。もし積極的にネット 上に打って出れば数千は可能?ということか。間違えても、出るつもりは ないが、もしかして心境の変化がある? それぞれが特異点であり、 そのままを書けば、特異のブログになるはず。 < ところで、こうとも考えられる。10数年分の随想日記が、 コピーしてあるため、「Hatena」の読者のキーワードにヒットしていて 大部分が見てない可能性がある。いずれにしても、ネット上は、こんなものか> ・・・・・・ 4620, 閑話小題 ー食材の不適切表示について 2013年11月09日(土) * 食材産地の不適切な表示について 現在、問題になっている「食材虚偽表示問題」、騒ぎすぎではないか? 明らかにマスコミも店側も過剰反応。「今までは軽い気持ちでしていたことが、 情報化時代に移り変わり、現場の告発など発覚し、大事件となった」ということ。 「味さえ落とさなければ良い」という現場の調理人の意思がまかり通った時代が 終わりを遂げる事件。料理修行で虐められて辞めざるを得なかった人達の告発も、 情報機器の進化で気楽に出来る世の中。 日本中の料理店は真っ青。 ブランドに頼り、自分の舌に自信がないから、怒るのである。 所詮、成り上がり食通など、その程度。それより、この変な風潮の方が気になる。 それも百貨店に入っているテナントの食材表示虚偽まで、何故、大家が責任を とらなければならないのか?「他が誤っているから自社も」というのだろうが、 酷いもの。 味が悪けりゃ、二度と行かなければよいだけ。店選定と、味に自信 があれば、どうでも良いこと。メニューに小さく、「その日の天候で食材が 変わることがあります」と、書いてあるかないかの問題である。 * 消費税増税前のバカ騒ぎが始まった 来年4月からの消費税の増税前の駆け込み騒ぎが始まった。このデフレの中、 どうすればよいか、考えどころ。特に、車や住宅など高額商品の購入を迷って いる人達は、焦って判断を間違う可能性がある。数年前の地デジ移行のテレビ の買替え騒ぎ。 その後のTVの暴落を目の当たりにした経験を、忘れている。 「インフレの可能性と、売手は、円安による輸入コストのアップを加算すると、 1割、2割は高くなる?」という不安心理を巧くつく。 どの道、大恐慌が表面化するため、同じこと? 住宅購入は、人生の大博打。 それと生命保険もである。そこには大きな仕掛けがある。それが分からないから、 生命保険に入ってしまう。理屈からして、採算が合うはずはない。綺麗ごとを 掻き立て、いざとなると、殆ど詐欺同然のため、見返りは無いのが保険である。 相手は数百年かけたノウハウを持ったプロの詐欺集団も手口は酷似。 あれだけ経費をかけ集金し、その上に利益を出しているのだから、総体から みれば、半分以下のはず。で、これから数ヶ月は、その狂乱が、一部だが 始まった。他人様のことは、言えないが、結局は、無知が不幸を呼ぶことになる。 ・・・・・・ 4245, しまった! ー4 2012年11月09日(金) ーしまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著) * 人は、出会った人の名前はどうでもいい 私は人の顔と名前が覚えられない性質である。元々、見ないのである。 数年前に義妹の名前も忘れいて、呆れ返られた。しかし、この本によると名前は 意味がないため、関心度の重要度が低いという。人は名前や名称より、意味を 記憶をする。逆に記憶するにはキーワードに意味を持たせればよい。人は、 職業と趣味に注目されるが、名前や性格は二の次になる。ーその辺りからー ≪ 人の名前は、じつは人の特徴とよく似ているが、大した意味がないので、 忘れたり、まちがえたりしやすい。名前がほかの要素と比べて重要でない ことは、数年前にイギリスの研究で証明された。 にせの人物のプロフィールを 暗記させるという実験だ。各プロフィールには架空の名前のほか、その人物 ゆかりの地名(出身地など)や職業、趣味といった、にせの情報が記されている。 にせのプロフィールは、たとえばこんな感じだ。〈アン・コリンズ。有名な アマチュア写真家。ブリストル近郊在住。地元で訪問看護師として働いている〉 では、実在する被験者たちは、その人物の何を覚えていたか?「職業」だと 思ったあなた、正解だ。職業は全被験者の69%が記憶していた。タッチの差で 二位だったのは「趣味」の68%。次いで、62%の「出身地」。ぶっちぎりで 最下位だったのが「名前」である。ファーストネーム(名)は31%、 ラストネーム(姓)は30%しか覚えてもらえなかった。どういうわけか、 その人がパン屋を営んでいることは姓がベイカーであることより覚えやすい。 なぜこうなるのか?研究者にもわからない。おそらくは、人の名前は、あまり 意味がない恣意的につけられた「ラベル」でしかないということだ。 ジムにしろティムにしろ、可能だ。・・・ 人はパン屋さんであるベーカリー の方を、ベーカーさんより記憶する。≫ ▼ 営業は顧客の顔と名前を必ず一緒に記憶する重要性を知ることから始まる。 過去のツアー仲間たちで、憶えているのは、職業、趣味、出身地、そして顔。 しかし、名前は、実際のところ殆ど憶えていない。031538という数字を 例えると、「3月半ばの15日の3時と8時か、どちらかに」か、 「王(おー)さん、いこか38本。」とか、何か意味づければよい。 意味づけるには、上記のように小さな物語を作ることである。 名前は、それぞれの物語だが、他人にとって符号でしかない。
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| 6083,「砂の文明 石の文明 泥の文明」〜読書日記 |
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2017年11月08日(水)
「砂の文明 石の文明 泥の文明」松本健一(著) 世界の「文明の衝突」を分りやすく説いた内容。砂、石、泥の例えが何とも妙。 人見知りもあり、パックツアーのシステムをフル活用をして、これまで51回の 海外旅行をしてきた。 パックとはいえ、そのエネルギーは膨大にかかる。 行先で世界の大自然、文化・文明を数多く見てきた。その中で、各地の住居は、 その周辺の物で作られた文化の象徴。エスキモーは氷で、チチカカ湖では、群生 している葦で浮島と家を作っていた。 北アフリカや中東の動乱で、数百万単位のアラブ人が、欧州になだれ込んでいる。 当然、そこでは文明の相剋が出てくる。砂の文明は、金持ちが貧乏人に施すのが 当然というイスラムの教えがある。キリスト教圏は、弱者に施しの教えがあっても、 大部分の人にとって、自らの生活で精いっぱい。流民を見過ごす余裕などはない。 そこで人道上の問題もあって、郊外に仮説小屋を建て、囲いこむ。最近、トルコ に資金援助をして、何割かを引き受けさせている。そこに欧州人と、アラブ人の 生活格差の問題が現われ出てくる。所詮、砂と石の文明は、体質が合わない。 砂の定義を調べると、<岩石が風化・浸食・運搬される過程で生じた岩片や鉱物 片などの 砕屑物から構成され、サンゴ・貝殻などの石灰質の化石片を含む …」 とある。砂漠の民が、石の文化と適応するには時間がかかる。 〜Amazonの‘内容紹介’より ≪ 砂のイスラム、石のヨーロッパ、泥のアジア― ―文明の原点を風土に根ざした三つに分類。 「泥の文明」に位置付けられる日本の独自性に迫る。世界はいま「文明の衝突」 の世紀を迎えたという。だが「アメリカ中心の民主主義」VS.「野蛮なテロ集団」 という構図だけで、深層は読み解けない。ここでは、民族と風土のあり様を 三つのカテゴリーに分類。 「砂の文明」としてのイスラム、 「石の文明」の欧米、 「泥の文明」のアジア。 そして、各々の本質が <ネットワークする力><外に進出する力><内に蓄積する力>であることを 考察。 著者は、「泥の文明」が生んだアジア的思考に、西洋文明を超える力 が秘められている、と語る。 世界を歩き、縦横に思索を広げた独創的文明論。 ―主な内容― Amazon 【人はなぜ「不毛」な砂漠に住むのか/中国の「精神文明」、日本の「精神文化」/ 「文化」は民族の生るかたち/「文明の衝突」はあり得ない/「アメリカ原理主義」 という病理/アラブの国境線が点線である理由/なぜ日本車が世界を制覇したのか/ 日本文化の底層にあるインド文明/力のヨーロッパ、美のアジア/ など。 〜ヨーロッパ=石、アラブ=砂、アジア=泥。それぞれの文明の違いを著者の言葉 でわかりやすく述べている。 また、文化と文明の違いについての考察も興味深い。 文化=民族の生きる形、すなわちそれぞれの民族が固有に持っている個性的な 暮らし方であり、伝統であり、風習にほかならないという。 一方、文明とは何か。普遍的なものであり、非常に使いやすいものだという。 それゆえにグローバルに浸透していく。普遍的なゆえに必ず滅びていく、つまり 新たな普遍的なものに取って代わられるということになる。全く同感である。 著者の教養がにじみ出ている書であり、特に泥の文明の記述は、さらに詳細に 知りたいという欲求を生じさせる。編集者がインドへ旅立ってしまったのも、 さもありなんと思う。あと一つ知りたいのはアメリカとヨーロッパの関係である。 単純に石の文明がアメリカに持ち込まれ、外へ進出する力がアメリカで働き つづけているとすると、今のヨーロッパは過去から変化しているようにも見える。 また、本当にアメリカは石の文明が移植されたものなのか、アメリカという 土壌を得て別の文明と考えるべきではなのか。検証してみたい事柄である。】 ― ▼ 泥は水分の混ざった土。土は腐った植物などで出来ている。人間の体質には 土が理想的だが、地域により違う。欧米は、石、コンクリートの建物。日本は 木造づくり。石の文明は、あとあと残り続けるが、木は腐って土になるか、燃え て消失する。すると、日本の文明は「木の文明」か。いや、だったか。 まだ文明が出来て一万年も経っていない。森林の木から地上に降り、歩行を 始めて数百万年史か経ってない。 世界は知れば知るほど面白い。もっと味わう べき。苦悩も喜びも、感動も感激のネタは幾らでもある。 ただ気づかないだけ。
・・・・・・ 5716,フラッシュバック 2016年11月08日(火) * フラッシュバック 「フラッシュバック」について何回か書いてきたはずと、HP内を検索すると、 幾つか出てきた。人生経験を積むにつれて、過去の行蔵に反省、独り赤面する ことが多くなる。振返って見える自分は、知識・経験の少ない「若造」である。 老いるにつれ、フラッシュバックが変形して、妄想化していく事例を幾つか、 見聞きしたことがある。「心に疚しいことや、後悔することはしない!」を 行動規範にしてきたが、振返りみると、多くの人たちを傷つけてきた。 このブログでも現在進行形? 現在も、そのフラッシュに悩まされる日々。 〜ネット検索すると、精神科医と思しき人の書き込みがあった。 ≪ フラッシュバックとは、 「過去の体験を連想させる」ような、「過去の体験を感覚させる」ような、 何かのきっかけに接した時、あるいは、何かそうした刺戟を受けた時に、 (これをトリガー「引きがね」と呼ぶ)「 あのとき 」と同じ感情や感覚が、 不意に甦ってきて、それによって、さまざまな反応を引き起す状態を云います。 あるときテレビで、住宅街で爆発火災があったニュースが流れ、現場の近所に 住む老人が、「 爆発音を聞いて、太平洋戦争のときの東京大空襲の情景を思い 出して、こわかった 」と、震えながらカメラの前で語っていたのを、見たこと があります。 フラッシュバックでは、このように、「あのとき」の情景や 記憶も、共に甦ってくるケースもあります。 一方で、ただ感情や情動(あるいは気分の様なもの)だけが、生じるような ケースも多く、そうしたケースでは、ご本人自身も、フラッシュバックが起きて いる(いた)と、気づくことが難しくなります。 そのため、実はそれは フラッシュバックの反応によるものなのに、「自分の性格のせい」とか 「自分がダメだから」と、悩んだり苦しんでいる方たちも、多くいる。 更に、カウンセリングやクリニックを受診しても、フラッシュバックである ことを見落とされ、「それはあなたの心のクセ」だとか「あなたの性格の問題」 とされて、治療やカウンセリングがいっこうに良い方向へ進まない、という ケースがあります。 【 フラッシュバックと感情(情動)】 感情とは、ご存じのように、怒り、恐怖、くやしさ、恥ずかしさ、悲しさ、 不安、などのことです。(よろこびとか幸福感も、感情に入る) そして、感情のエネルギーのより強いものを「情動 」と呼んでいます。 強い感情や情動は、自律神経系などを通して、心身の反応を瞬時に引き起す ことになります。それはフラッシュバックに限らず、発生する感情や情動が 強いほど、たとえば、動悸が激しくなったり、手足が震えてきたり、手のひら に汗をかいたり、息が詰まりそうになったり、頭が真っ白になったり、ワッと 叫びそうになったり・・などの心身の反応を、様々に引き起すことになります。 つまり、フラッシュバックとは、過去の出来事や体験による感情や情動が突然 甦ることで、なんらかの心身反応が引き起される「 情動反応 」のことです。 パニック症状・パニック発作の中には、フラッシュバックによる反応が、 かなりの割合で含まれていると、考えられます。≫ ―― ▼ 心の傷は、何時までも残るもの。老齢化は、それに打ち負けていくプロセス でもある。老いるほど、遊びと学びが重要になるのは、マイナスの情動反応に 対して、若い気持ちと、体力が必要条件ということ。老いるとゾンビ化するのは、 その押しつぶされた退行状態。多くの感動体験が必要なのは、それらを中和を させるフラッシュになるためである。幸せに生きた人は、幸せに死んでいく。
・・・・・・ 5351,浅田次郎の人生相談 ーうつ病を治したい 2015年11月08日(日) ー世の中それほど不公平じゃないー浅田次郎 * うつ病は、まず睡眠コントロールから ひき続いて‘うつ病’の悩みについて。 人間の心には、躁鬱症、分裂症と癲癇症など、精神に異常をきたす病がある。 以前は、うつ病はノイローゼと軽くみられていたが、今では立派な病気。 大方の人は、若い時分に一度は通った経験を持つ。この穴倉の深さ、複雑さは 各自違うが、一度落ち込むと這いあがるに膨大なエネルギーを要する。 ● 相談: うつ璃を治したい 《 私はうつ病です。仕事も満足にできず、アルバイト生活です。 バイト先で変なヤツに見られ針のむしろ状態。病気のため作業能率も上がらず、 バカにされたり嫌がらせを受けたりしています。昔からやつていたマンガ般稿 (原作)に夢を見出し送ったものの、御社の某編集部からは「返信する」と 言われたきり。待てど暮らせど連絡がありません 》 ● 回答: ・次郎: よく杜会のオヤジ連中は、うつ病は気のせいだとか、根性がどうとか 言ってるけど、これはもうれっとした病気ですから、まずは治療に専念する こと。確かに治療だけで良くなるわけないけど、心臓が悪いとか胃が悪いとか、 それと同じことなんだから。僕もうつ病だった時期がありますよ。青春時代には 誰でも1〜2はあるんじゃないか。多かれ少なかれ。これね、住まいを変えるとか、 場を変えるとか、環境を劇的に変えるというのは効果があります。それから、 精神疾患というのは、どんな種類のものでも初期段階で睡眠障害が伴います。 だから、その症候が見えたら睡眠をコントロールするのが一番の予防らしい。 今は睡眠薬もいいのがたくさんあるから、ちゃんとした精神科医にかかれば きちんと処方してくれるはずだ。 君、丈夫か? ・太朗: 今のところは大丈夫です。 ・次郎: 編集者は多いからな。知人の精神科医も編集者に会うのが怖いってたよ。 「患者に会ってるみたいだ」って。 ・太朗: 先生、あまり笑えません。 ・次郎: あ、もうひとつあったよ、うつ病の特効薬。あなたは年齢制限で無理 だけど、若い人だったら軍隊に入れて治る。毎日、眠れないなんて言って られないもの。2年くらい入院するつもりで自衛隊に……。 ・太朗: 自衛隊の何がいいのですか。 ・次郎: ひとりを伸ばすんじゃなくて、落ちこぼれをつくらないようにする 教育だから。東大に何人、入れたという学校教育とは根本的に違う。 兵隊に落第ない。あったら誰かが死ぬんだもの。だから、そのうち有無を 言わさず心身ともに鍛えられてくる。》 ▼ 空襲で逃げ惑って時代にノイローゼは存在しないという。生きることに 精一杯になるからだ。私の経験からして、目先の究極の問題に取組んでいる 時に、悩みなど言っていられない。5年近く前も、内面も含め、目先に生じる 問題を、一日一日、処理するのに手一杯。「ああ、こんな経験は滅多にない!」 と、面白く?さえあった。(咽喉すぎればだが) 『正中心一点無』で、 問題から目を背けないで、凝視し続ければ、後は時間薬が解決する。それと、 長年かけた趣味を作っておくことだが、それが無いからウツになるから、 答えとしては矛盾するか。潜在意識は幼児みたいなもの。その幼児が、大の 大人の顕在意識を揺するのが躁鬱である。だから、幼児を、まず宥めないと。 その為には、充分、睡眠をとらせ、不自由な姿勢を正し、愛情を注ぎ、笑い かけてやれば良い。幼児は親の気持ちに微妙に反応する。親本人が、まず 睡眠をとり、自由の時間を持ち、自分に愛情を注ぎ、腹の底から笑えば、 心の奥の幼児にも届く。これ、習慣化しようと思えば、出来るから不思議! ・・・・・・ 4986,暴走する世間 −3 2014年11月08日(土) 「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹 (著) * 世間学的エポケー 節目時は、それまでを一度、清算して、新たな世界への区切りである。 その時に重要なのは、その時に感じたことを優先すべしというのは、現在の 私に言えること。その意味で、毎日、書き続けている、このブログは、大きな 役割を果たしている。だから、世間という幻想、幻覚に迷いそうな、いや、 迷っている自分を見つめ続け、世間学的エポケーの立場を守らないと、 その節目が薄れてしまう。 ーその辺りからー ≪ エポケーというのは、E・フッサールの現象学の用語である。 エボケー{現象学的判断伴止}とは、自分がそれまでとらわれていた 主観/客観という世界認識の方法の自明性を、いったんカッコに入れるという、 世界像の判断停止のことである。これにならっていえば、自分がこれまで 自明であたり前だと思っていることの一切を、デカルトのように徹底的に疑い、 すべてをいったんカッコに入れる。 〜フッサールの現象学的判断停止 について、哲学者M・メルロー・ポンティが、次のように説明している。 < われわれは徹頭徹尾世界と関係していればこそ、このことに気づく唯一の 方法は、このように世界と関係する運動を中止することであり、あるいは この運動とのわれわれの共犯関係を拒否すること(フナサールがしばしば語って いるように、この運勤に参与しないでそれを眺めること)であり、あるいはまた、 この運動を作用の外に置くことである。それは常識や自然的態度のもっている 諸確信を放棄することではなくて―それどころか逆に、これらの確信こそが 哲学の恒常的なテーマなのだ― むしろ、これらの確信がまさにあらゆる思惟 の前提として〈自明なものになっており〉、それと気づかれないで通用している からこそそうするのであり、したがって、それらを喚起しそれとして出現させる ために、われわれはそれらを一時さし控えねばならないこそそうするのである。> そのさいに重要になるのが、「内在」という現象学の方法である。 それによれば、自分の判断の根拠を、自分の「感じ」だけに置く。 いいかえれば、たいていのものは「可疑的」、つまり疑いうるが、疑いえない ものがたったひとつあり、それが自分が「こう感じた」ということだという。 簡単にいえば、他人がいうことではなく、「世間」の評価ではなく、自分が 素直に「感じたこと」だけを信じる、ということである。思いだしてほしい。 じつは、さきほどのべたように、これが阿部さんの「世間」論の方法だった。 自分が「感じた」ことだけを信じ、これに徹底的に言葉を与えてゆく。 すべてのものは疑いうるが、たったひとつ、疑いえないものがある。 それが自分の「感じたこと」なのだ。≫ ▼「大病による長期休養」や、「長期間の旅」はエポケーになる。人 生には、一度、属している世界の外に出て、自分を見つめなおす必要性がある。 外側から、内側で「感じたこと」を感じなおす必要性である。以前から、 小さな洞窟内を自己に、その前にある湾を世間に例え、その外海を社会に 例えていた。自分(洞窟)と、世間(その前に広がる砂場)と、外界を見極めて、 外から、これらを見つめなおすことが必要である。所詮は、これらは集団幻想で しかない、そのことを自覚するためにも! ・・・・・・ 4619, 君は1万円札を破れるか? ー6 2013年11月08日(金) * 内部表現とは? そして、内部表現の書き換えー 「内部表現」という言葉が新鮮である。目には見えない「心(脳)」「無意識」 「潜在意識」ということ。人は、この内部表現によって自動操縦されている。 この随想日記は、「内部表現」そのもの。過去文を読むと、よくわかる。 ーまず内部表現を記した部分を、この本とネットから抜粋してみる。 ◇ 「内部表現とは、一言でいえぱ、その人に固有の情報状態です。 この世界について、自分の認識している情報だけを書き込んだハードディスク のようなものです。そして、情報である以上、それは書き換えが可能。 人間の認識をなんらかの操作によって、別の認識に換えてしまうことを ‘内部表現の書き換え’といいます。あなたが今、現にもっている内部表現は 必ず、あなた以外の他者による書き換えを受けています。」 ◇「外界を視覚で認識すれば、視覚野での神経が活性化し、その結果が前頭葉 で認識される。この視覚野から前頭菓までのすべての脳内での情報状態が内部 表現である。内部表現は神経の物理レベルの情報状態のみならず、概念や感情 など、心理レベルでの表現も含まれる。すなわち、脳内の物理レベルから心理 レベルまで含めたすべての抽象度における外界の表現が内部表現である。 自分自身の表現や自己の記憶、内省的な自我、さらには現在時の自分の思考状能 や会話、言語の認識状能も内部表現の一部である。内部表現は常に外界と情報を やり取りしながらリアルタイムに情報状能が更新されているため、その動きは 非常にダイナミック。 脳内にある自分自身を含めたあらゆる抽象度における 世界のモデルが内部表現。ただ、内部表現内のそれぞれの情報状態は、巨大な 相互関係のネットワークを構築し、それが常にリアルタイムでダイナミックに 更新されているので、実際にそれを我々が記述することができるか否かは別問題」 ◇「内部表現は、進化のレベルに従って複雑になつてきている。これは脳が進化 している結果。 人間においては、内部表現という外界のモデルとして脳内で 表象される世界が、物理的な現実世界だけではなく、映画や小説の仮想世界にも 持てるのが特徴的。例えば、言語で表せられた世界は、物理的な現実世界ではない。 それでも小説で描かれる世界を整合性をもって、臨場感を感じて認識すること ができる。これは小説の仮想的な世界を、内部表現として脳内で表象できるから」 ◇「内部表現を変える」には、ー蹐蠅離粥璽襪鮴瀋蠅掘△修海妨かって コンフォートゾーンを変えていくー>内部表現の中で「自我」を定義している 情報を選択的に書き換える。 抽象度を徹底的に高めて、この世界・宇宙を見つめ直すー> 内部表現全体を書き換える。 【コンフォートゾーンとは、自分がラクでいられる 範囲のことで、 人は、 この居心地のいい環境や場所は楽なので、ここにとどまろうとする 】 ▼ 高度成長期の右上がりの時代背景に、「創業者人生」を20歳時に決めた。 それから私の「内部表現」の書き換えが始まった。と同時に、俄然、人生が 面白くなってきた。大空を掴むような得体の知れない目標に向かい、ドンキ ホーテのようなコミカルな人生が始まった。それが「内部表現」そのもの。 事業人生を終わって、しみじみと傷口から45年間を振り返った時、その自分が 可笑しくて、独り笑いがこみ上げて大笑いをした。人生は、結果はどうであれ、 こんなものか。 笑えるだけ、まだ良い? か!
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| 6082,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実 〜7 ポチポチきたか… |
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2017年11月07日(火)
* ポチのポチの汚職問題が浮上 アメリカ政府筋、よくぞ次々と問題がポチの周囲に起こるもの。頭が、ロシア に育てられたポチ下の商務長官なら、さもあらん。ロシア筋は、自壊的現象を 冷笑してみていればよいだけ。オバマの高潔と気品は、何処に! それが良かったか、悪かったかは別問題… まずは、〜ネットニュースより〜 ≪ ★ ー米閣僚、ロシア企業から利益 「パラダイス文書」を入手ー 米トランプ政権のウィルバー・ロス商務長官が、タックスヘイブンにある複数 の法人を介して、ロシアのプーチン大統領に近いガス会社との取引で利益を得て いたことが、朝日新聞が提携する国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ) の調べでわかった。ガス会社の主要株主には、プーチン氏の娘婿や、米国の制裁 対象である実業家らが含まれている。商務長官は外国への制裁判断にも影響力を 持ち、複数の専門家が「深刻な利益相反の恐れがある」と指摘している。 【特集パラダイス文書】疑惑の島 トランプ政権X氏の謎 英領バミューダ諸島などに拠点がある法律事務所「アップルビー」などから流出 した膨大な電子ファイル「パラダイス文書」を元に、ICIJがロス氏の資産 報告など複数の公文書と合わせて取材した。「ロシア疑惑」に揺れるトランプ 政権にとって、新たな火種となることは必至だ。≫ ― ▼ 大変な問題だが、「で、どうする?」となれば、どうしようもない」が現実。 〜で、天空彼方からの内なる彼らの問答は、こんなものか… 《 A:「この男を使って、やっちまえ!」 B:「何を?」 A:「当然、あれ!」 B:「やばすぎない?」 A:「やばいでしょう」 B「:これ始めると、後に戻れ ないのでは?…」 A:「それがどうした?なるようになる!それで最終調整に、 周っている」 B:「本当か?」 A:「いま、決断しないと、世界も、取返し のつかない事態に」 B:「としても、止めておいた方がよい」 A:「そう言いつつ20年も経っている」 C:「これが必然なら、早い方がいいよ」 A:「あとあとの、歴史家も、必ずそういうよ」 B:「終戦処理の問題がある」 A:「誰が戦う前から、戦後を考えるか」 C:「朝鮮半島がイラク、シリアの戦禍状態に、日本はトルコ状態になる可能性 が充分にある。過去70年以上も平和ボケの日本には、想像を絶した事態。そう こう考えると、周辺国は、真剣に締付けをしないと!」 A:「どの道、あの国では無理! 国そのものがISのような狂信国家そのもの。 住民もろごと、破壊する必要がある。 》 書いている私自身、気分が悪くなっている。 どうもこうも! C:「一年ぐらいは、様子をみたら!」を支持したいが、ポチと、何?が…
・・・・・・ 5715,閑話小題 〜2016/11/07 2016年11月07日(月) * つれづれなるままに 〜2016/11/07 常々思っていることは、年齢に意識が全くついていけないこと。 心は20歳辺りの時と大して変わってない。退化してないし、進化している ようでもない。何れの峠(時節)から見える光景が初めてで新鮮?のため、 自分の年齢を忘れてしまう。 まさか、こんな面白い時代を生きるとは。 この十数年、ネット社会やユビキタスの浸透で社会が激変している。 自動運転車が売り出されるとか、一般の大部分がスマートフォンを持つ現実 が不思議と思うことすら、若者にとって違和感があるようだ。 10年後には、現時点で予測できない世界が表れているはず。 10年前に、誰が、スマートフォンが出現すると思っていただろう。 〜スマートフォンを検索すると〜 < 2007年1月9日に開催された "MacWorld Expo 2007" で、当時Appleの CEOのジョブスは、突如としてiPhoneを発表した。iPod・通話機能・ インターネット/電子メールの機能をあわせ持つ、全く新しいタイプの 携帯型情報端末の発表に、メディアもアメリカ国民も注目した。>とある これが一部の人たちでなく、世界中の多くが使いこなしている現実。 自動運転車といえば、『人工知能』がキーワードになる。通行人、車、環境 の動きを読み取ることが可能だから、大企業や、国家単位で本気で開発を始め たのである。早速、図書館で、『人工超知能が人類を超える』台場時生著 を借りてきた。「2045年に技術的特異点を超える」という。その特異点という のは、<科学技術の進歩するスピードが予測不可能のほど高速になる時>を 指す言葉である。数日後に評論をテーマに書く予定だが・・ 30年とはいわない。 あと10年は生きたいものである。 今の若者は、この技術的特異点を超えた世界を生きるのである。 ・・・・・・ 5350,浅田次郎の人生相談 ー世の中、さほど不公平じゃない 2015年11月07日(土) ー『世の中、それほど不公平でない』浅田次郎著 * 意外とチャンスは平等に与えられている 私が青少年の頃の50〜60年前は、まだ大きな格差が歴然としていた。 ところが、この半世紀で、建前だけは公平になってきた。 逆にいえば、 世の中は不平等と、つくづく実感する。持って生まれた能力のあるものに とって、これほど生きやすい世界はないし、無い者にとって、これほど 厳しい世界は無い。しかし、今ではチャンスだけは公平に与えられている。 だから、無い者には、知的武装と機会の開発をするしかない。身の回りを 見渡しても、それぞれの分野での格差が露骨に存在する。努力が報われた 著者の上から視線なら、『世の中、それほど不公平でない』と、見える のだろうが、下から目線では、そうではない。〜その辺りから〜 ≪・太郎:「最近の若者は」と言うなら何か思い当たる節がありますか? ・次郎:そうだな… 個性がなくなってきているという気はするな。 それは、今の日本社会に格差が小さくなってきているからだと思う。 ニュースではよく言われているけど、日本の世の中が格差社会だなんて 贅沢でわがままだよ。僕らの時代だって、ずいぶん格差は縮まっていた。 それでも、経済的な理由で中学から高校に行けない子供もざらにいたね。 今はそこまでではないだろう。 ・・これも僕の持論なんだけれど、 「食べられないこと」「命の危険にさらされていること」、 このふたつに比べたら、ほかのことなんて案外大したことではない。 この本の読者は、少なくともこれを買うことができているのだから、 そのふたつには該当しないはずだ。・・ということはね、今の世の中では 意外とチャンスは平等に与えられているんだ。昔は、いかんともしがたい 壁というものがあった。本当にどうしようもないくらい家が貧乏だとか。 そういうハンディは、今は少ないと思う。だから、世の中が豊かになった分、 若い人たちもみんな同じような感じになったね。同じようなものを食って、 同じような生活をして、同じような志を持つ。それで、価値観まで同じに なるんだよ。そういうつまらなさは、若い人たちを見ていていつも感じる。 例えば、僕には君と同じような年齢の娘がいるのだけど、娘の友達が5人出て きても、その5人が全然個性の違う友達ではなくて「娘の友達A、B、C、D、E」 みたいなところがある。僕らの時代はね、例えば5人友達がいたとすると、 5人ともまず家の豊かさが違う。それも、大幅に違う。だから価値観が違う。 世界観が違う。それが、おもしろかった。 ・太朗:今はそこまでの違いは生まれにくいかもしれません。 ・次郎:この間、おたくの編集部に行っただろう。あのとき壁にザーッと 何十枚もポスターが張ってあったな。なんとかってアイドルの……。 あのコたちもみんな同じ顔に見えたよ。 ・太郎:AKB銘柄ですね。最初は、皆さんそうおっしゃいます。 ・次郎:だいたい、どこがいいんだよ。僕はさっぱりわからないのだが。 ・太郎:身近な感じがするのが、一番の要因ではないでしょうか。 ・次郎:適度にブスということか。 ・太郎:「クラスで5、6番目にかわいい女のコたち」というのがコンセプト。 ふ〜ん、そういうコンセプトはわかる気がするな。 ・・・≫ ▼「彼女らが何で?」と思っていたが、クラスで5,6番目狙いとは、知らなんだ。 誰でも手が届きそうな、といって妥協したくない、微妙なところ狙いなら、 男女かかわらず、客層は広くなる。逆にいえば、1〜2番は、意外と孤独で、 孤立している。だから、心の距離を置いた?褒め言葉に弱い。 遊び人は、それを知っているから常に美人に恵まれる。ただ憧れていると 伝えることは、簡単。 だから、どうした? どうもしません! 格差云々という前に、努力をしなくては。逆に美人ほど、努力をしている から、その差は開く一方。 でも、やはり世の中、不平等に出来ている。 ・・・・・・ 4985,暴走する世間 −2 2014年11月07日(金) 「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹 (著) ー著者は、安部謹也の「世間とは何か」を紹介している。 《 「社会」と「世間」について。「社会(society)」という言葉は、近代化 の時代に西欧から輸入し、翻訳されたものである。神と個別の契約を結んだ 「個人」たちが営む集団組織のことを言う。西洋人たちは長い時間をかけて、 こうした「社会」を作り上げてきた。維新の立役者たちは西欧文明に追いつこう と、様々な学問を持ち帰ってきた中で、日本にも「社会」という言葉が輸入され、 幅を利かすようになった。 日本には「社会」が無かったにもかかわらず。 そこにあるのは「世間」である。「世間は社会ではなく、自分が加わっている 比較的小さな人間関係の環」である。日本人にとっては、個人がどの「世間」 に加わっているかが重要であって、それによって、相手との人間関係が決まって くる。「世間」はある時は強力な保護者になってくれるかもしれないが、一歩 間違えば、個人に対して没個性を強要する権威主義にもなる。本書は、こうした 関係の中で自己を形成せざるを得ない日本の個人についての論考である。 》 ▼ 「世間を全世界と勘違いしている人たち」に同調したくないため、 アウトサイダーのスタンスを取り続けてきた。幸いに装置産業は近隣社会と 接触が最小ですむ好都合の事業でもあった。以前の「世間」のテーマで取上げた、 藤沢周平の『海鳴り』の一節で、世間の中で生きているある商人の世間に対する 気持を正直に書いてあったが、世間の有様を鋭く観察するものと感心したもの。 〜その一節から〜 < たしかに世間には善意の人もいれば、悪意の人もいた。世間は時には悪意 をむき出しに襲いかかってきたが、稀には救いの手を差しのべても来た。 渡る世間は鬼ばかりではなく、世間は善意と悪意の巨大な混合物だった。 だが善意の人も、一たん利害が対立すると手のひらを返したように悪意に満ちた 中傷をばら撒いたりすることもめずらしくなかった。つまり、と新兵衛は そのころ思ったものだ。無償の善意などというものを世間に期待するのは 馬鹿げていて、この世はむしろ悪意に満ちていて、隙があれば足元をすくおう としていると覚悟をしていた方がいい。> とある。その権化が、週刊誌など のバッシング記事となる。 この世界は、実は幻想、幻覚であり、それぞれが、 それぞれの小さな世界で妄想しているに過ぎない。それさえ知ってしまえば、 何事も切実に悩むことも無いが、この世間という妄想はどうにもこうにも。 で、『世間学的エポケー』の問題になる。 この世間という集団妄想を 見据えると『無知蒙昧』のヘドロ! ・・・・・・ 4618, 君は1万円札を破れるか? ー5 2013年11月07日(木) ー君は1万円札を破れるか?ー苫米地英人(著) * 世界経済の影の支配者 ー世界の富の95%を独占する人々 世界は幾つかの世界財閥の支配下にあり、各国の中央銀行の株の多くを 握っており、富の大部分がコントロールされている。そして彼らは決して 表には出てこない。その存在は、多く書かれているが、FRBや、EUBの株式の 多くを握って、世界の金融をコントロールをしているとは驚いた。 ーまずは、その辺りを抜粋ー 《 世界経済の中核を担う先進国の中央銀行は国の機関ではなく、これらの 中央銀行の実権を握っているのは、大株主の英仏のロスチやイルドや、 アメりカのロックフェラー家、モルガン家など、ごく少数の富豪たちです。 イギリスの中央銀行イングランド銀行、フランスの中央銀行のフランス銀行も、 形の上で国営化されていますが、事実上は英仏ロスチャイルドをはじめとする 個人によって支配されています。それらの大富豪一族のほとんとは、前で触れた ゴールドスミスの系譜に連なる人たちです。現在、世界の基軸通貨のアメリカの ドルは、FRBが握っています。FRBは金融政策を決定する最高意思決定機関 でありアメリカの中央銀行である連邦のことでが、連邦準備銀行そのものは 民間銀行であり、ぞの株主は主にイギリスを中心としたヨーロッパ系なのです。 FRBには、1923年のクリスマス休暇中に、ロスチャイルドなどのヨーロッパ の名家や、ロックフェラー家、モルガン家などのアメリカ名家の息のかかった 議員だけが突然集められ、成立した「FRS(連邦準備制度)」法案により 成立されたという驚くべき経緯がある。ユーロの発行権を持つECBにしても、 EU加盟国のどこの国の政府からも介入を受けないで、完全に独立をして通貨を 発行できると規定されている。このように、先進国の通貨発行権を握ることで、 これらの大富豪たちは世界の富のほとんどを独占している。だが、実に不思議な ことに、表に出ることなく、分厚いベールに包まれている。・・・ 「アメリカの支配者」「欧州の支配者」とかいう表現は、それは必ずしも 欧米の指導者とか、為政者とかいう意味ではない。経済的な支配によって各国を 裏から動かしている人という意味であり、国籍は他国にあっても実質的に その国の一端を握っている人たちもいます。たとえば、日本は実質上、支配して いるのは総理大臣ではなく、第二次世界大戦以降、アメリカの属国のようなもの。 歴史をたどれば、明治維新のころから英仏ロスチャイルド家に代表される ヨーロッパ系巨大大財閥の影響を受けています。》 ▼ 日本の中央銀行の日銀の株式は政府が55%を保持しているが、他の45%は 不明という。日銀の政策の独立性とかいうが、政府の意向は大きく働くのは 致し方がない。もし、その55%が欧米の財閥に握られているとしたら、その財閥 の隷属下にあることになる。ということは、アメリカの隷属国家の日本も、 彼らの支配下ということになる。そういう貨幣を信じて蓄財に励み、それを米国 国債を一兆ドルも買わされ、二度と戻って来ないというから、奴隷国家そのもの。 阿部も、麻生も家系からしてポチ系。ますます、忠犬になるしか道がない。 小沢は日本の独立に目指して一歩踏み出したが、忠犬官僚の検察とマスコミに よって完璧までに潰された。そうこう考えると、大きな成功より、小さな個々の 成功(趣味など)を目指した方が、無難ということになる。彼らのスイッチ、 オンオフで、何もかもが決まるのだから。バブルの阿波踊りと、破裂だったか、 私の人生は? いや、全て。まあ、面白かったが! これでは、遅かれ早かれ、 素っ裸。今でも第二次大戦の敗北で間接統治のまま! 韓国にはIMFが入り、米国資本が主だった大企業の株主。近未来の日本? ・・・・・・ 4243, しまった! ー2 2012年11月07日(水) * 手ごわい「あとバイアス」ー しまった!「失敗の心理」を科学する ージョゼフ・T・ハリナン(著) 周囲の世界を見たり、記憶したり、感知したりするのは、総じて‘体系的偏り’ (バイアス)を通して行われ、間違いの起因になる。 要するに、人は、それ ぞれの偏見に焼きなおして記憶するのである。それは、その人の期待でもある。 小さな地域社会では、それが一人歩きを始める。それが老人の多い町ほど、 内容は、地域の偏りの魔女狩りの様相になる。酷い噂は、流れのない淀みに 住んでいれば、誰もが何度も経験する。インサイダーになるか、徹底して アウトサイダーになるかの選択をするしかない。それが、「あとバイアス (歪んだ後講釈)」として、更に歪むため、ことは厄介になる。 ーその辺りを抜粋してみるー ≪ 簡単にいうと人間、自分が思うほど完全な存在ではない。だが周囲の 世界は人間が完全であるかのような前提で動いている。たとえば、社会は 数え切れないほどのパスワードを、暗証番号を覚えるよう要求する。ところが、 この種の情報の記憶を人間は苦手とする、あるテストでは、たった一週間で 三〇%の人がパスワードを忘れてしまったし、別のテストでは、三ヵ月後に 六五%以上の人がパスワードを忘れていた。人間が一度にできることの数は ごく限られているのに、ふだんの生活でマルチタスク(複数の作業を同時に こなすこと)が求められ、その限界が試される。そのうえ同時におこなうよう 求められることは、たいがい実行中のことと無関係。しかし一般に人間の 短期記憶は、五つ以上の無関係なことを一度には覚えられない。 たとえば愛車はあなたに、いくつのことを記憶するよう求めているだろう? 車内にナビは搭載? 自動速度制御装置は?衝突防止装置はある? 死角警報 システムやリアビューカメラ、子ども用の娯楽システムは? MP3プレーヤー や携帯電話は? いまや車内には運転者の気を散らし、それ自体が事故の原因 になりうる装置があふれている。だが事故が起きれば、責めを負うのは車 ではなく、あなたなのだ。自分が間違えるのを「間違った」もののせいにして いたら、同じ過ちを繰り返すことになりかねない。原因をまちがえていては、 経験から学べることは少ない。とりわけ大きな不具合が生じた場合に、 責任の所在を追及するのは当然のことである。だがどこに誤りがあったか、 それをつきとめるのは容易なことではない。だから「あとバイアス」をする。≫ ▼「あと講釈」の一つに、スポーツ解説がある。勝手に選手の失敗に対して、 あたかも本当のようなウソをいう。聞いている方は素人を承知で、 「あとバイアス」の言いたい放題。気の毒なのは、選手で、それが恰も真実 として罷りとおる。批判される選手と監督は、結果責任を問われているから 何も反論できないことを充分に承知の上のため、言いたい放題。 しかし、「あとバイアス」を自分の思考や判断を狂わせてしまう。 現在の日本の政治の混迷も、これが大きな起因になっている。
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2017年11月06日(月)
* 11月は「全日本剣道選手権」と… 土・日は、この時節の毎年の楽しみにしている「全日本学生相撲選手権」 と「全日本剣道選手権」が行われたが、これが実に面白い! ・剣道は、順当に勝ち上がった実績・二番手の選手が、一番手を決勝で破って 優勝をした。準々決勝以上の試合ともなれば、気合が満ちて一瞬の間で勝負が 決まるため凝視することになるが、何故か今年は「小手」の決り技が多く、眼を 凝らしていためか、眼と胃が痛くなっていた。 ・「全日本学生相撲選手権」は、将来をプロかアマチュアかが決まる大事な大会。 今年もまた一人のモンゴル人が目立っていた。初めて相撲部に入部したばかり の一年生の選手。準決勝で敗れたが、準々決勝で有望選手の腕を圧し折って勝利。 彼は「全国高校レスリング選抜大会」の最重量級を制した、「デルゲルバヤル」。 レスラーが、そのまま土俵に上がってきて力任せで戦い、次々と勝利する姿に 将来性を垣間見せていた。優勝したのは二番手群の選手だが、実力どおりの優勝。 ベスト8までは、「3段目付出し」の特待で、入門可能になるが、何人かが入門 してくることになる。相撲などのスポーツだけでなく、この時節に、大きな人生 の決断に迫られる。 学生時代を有意義に過ごせた者ほど、社会への旅立ちに、大きく心が揺れる。 そして、学生気分を捨てきれず、第一歩を踏み出していき、大きな挫折を味わう ことになる。尤も、その挫折こそ、新たな自己創造に、必要欠くことのできない 経験になる。 何はともあれ、20歳代は、人生の縮図になる重要な時節。 学生ー>新社会人ー>結婚(家庭人)ー>父親ー監督職 … 短所が実は長所だったことに初めて気付いたり、長所がマイナスに働いたり、 社会経験は人様ざま。若い人を羨ましくもあり、気の毒に思えたり。一度きり だからこそ価値がある。価値=意味とすると、その価値を創造するのは、本人! 私の人生、一度で充分だが、「棒ほど願えば針ほどかなう」も道理。 「真剣に、かつ気楽に楽しんだもの勝ち」である。 他人の顔色を窺い、生き、 終えるも、面白おかしく思えれば、それでよし。楽しみが君たちを待っている。 比較しないことだ。それさえ心掛けていれば、数倍は面白いことに出会える。
・・・・・・ 5714,閑話小題 〜2016/11/06 2016年11月06日(日) * 韓国の現実 現時点のマスコミを通して知りえたことでしかないが、こういうことか。 〖 カルト教団の教祖様が、数十年前に、凶弾で両親を失った元大統領の娘に、 巧妙な手紙を出したところ、喰いついてきた。そこで、同年齢の自分の娘を 同じ大学に入れ、親友にさせて、娘を通して完マインドコントロールに成功。 大統領にまで持ち上げた。教祖様の死後は、その女が影のコントローラとして、 大統領を操り、利益財団をつくって資金を引き出してきた。大手マスコミは、 それを知っていたが、沈黙をしてきた。それを、新興のマスコミが公表をして 暴露したため、堰をきったように、問題が報じられ、ここにいたった。儒教色の 強い姻戚関係の濃厚な社会では、同族が絶大な権力を持つ親族に利益 誘導するのが当然の権利と、蟻のように集まってくる。そのため、権力末期の 歴代大統領に、その間の汚職が表立ち、汚辱に塗れた末路が待っている。 その一環が、朴大統領の、この一連!』 女友達?と側近が逮捕され、相談する相手が全くいないため、意思と、決定が 出来ない状態では如何ともしがたい。辞任すれば即座に逮捕される。とすると、 自殺から、暗殺か、クーデターか、亡命。 他国のことながら、心が揺らぐ。 日本の公明党と自民党と、この二人の図式を重ねると、何か気持ちの悪い、 恐ろしい日本社会の構図が浮んぶ。 ・・・・・・ 5349,浅田次郎の人生相談 ーうつ病で、死ぬことばかり考えています 2015年11月06日(金) ー『世の中、それほど平等でない』浅田次郎著 このところ、中島義道、西原理恵子、島地勝彦、上野千鶴子など、 各分野の人たちの人生相談を取り上げているが、それぞれの個性が面白い。 今度は図書館で、浅田次郎の‘最初で最後の人生相談’のタイトルに惹かれ 借りてきた。雑誌『プレーボーイ』の今東光などの人生相談の一連の作家の後 を引き継いだ相談、肩を並べるには?〜ランダムに目に付いたところから〜 ● 質問: うつ病で、死ぬことばかり考えています ≪「先日、ヘルニアになり入院して、その後、自宅に戻って安静に過ごし、 心身の状態が回復してから今の職に復る予定でした。しかし、その間に、 好きだった草野球や水泳ができなくなり、鬱屈したものがたまっていくなかで 妻とも些細なことでもめるようなってしまいました。精神不安定になり、 病院で『うつ病』の診断を下される事態はさらに悪くなり、最近では死とか 自殺とか、『どうしたら周囲に迷惑をかけずに死ねるか、などということ ばかり考えています。現在は自宅療養中なので、経済的にも厳しくなってます。 今の職に復帰することは可能ですが、どうしてもそのような気持ちが起こり ません。しかし一方で、こうして自宅で療養できるのも今の仕事で稼いだ 貯えがあるからなので、普通に考えれば辞めないで復帰したほうがいいと いうこともわかっています≫ ● 回答: まずは妻と仲良く! 次郎: ひとつ思うのは、あなた、病気のせいにしてないか? もともと今の 仕事に対して嫌なことがあって、病気がきっかけでそういうネガティブな 気持ちが表層に出てきてしまった。それをすべでヘルニアのせいにして しまっている。それは‘ジョーカー’なんだよ。 「健康上の都合で」という力ードは、やたらめったら切るべきじゃないんだ。 うつ病だって働かない理由にはならない。 太郎: お言葉ですが先生、うつ病というのは正しい治療の必要な、 れっきとした病気ですよね。 次郎: もちろんそうだ。そうなんだけど、薬を飲めばそれで治るという ものでもないだろう。最後には、自分を奮い立たせる心の強さが要る。 それがなければどんな良薬を使っても根本的な解決には導けない。 そんなあなたに、特効薬になるであろう助言をひとつ。何よりもまず、 奥さんと上手く、やりなさい。夫婦仲が上手くいってないなら、それが一番 ダメージになる。だって会社に行って、どんなに嫌なヤツと顔を合わせて 仕事をしなければならないとしてもせいぜい8時間、9時間くらいだろう? ところが残りの15、16時間というのはほとんど女房が隣にいるわけだ。 週末の休みを入れればもっとだよ。ある人とふたりきりの時間が一日の 三分の二あるのに、その人と上手くいっていないというのは、これは精神的 にこたえるよ。会社でどんなに嫌なことがあっても「お帰りなさい」と 言って飯の支度をしてくれて、愚痴も聞いてくれる女房がそこにいるから こそ、明日またがんばって働こうって気になるのよ。それなの女房と 上手くいってなかったら24時間嫌なことだらけじゃないか。まずは女房と セックスをし、どうせ仕事を休んでいるんだったら割り切って旅行でもし、 夫婦関係を取り戻しなさい。ヘルニアを治すよりよほど効果があるよ。 自分に近い人から大切にしていくというのが、良い人生を歩むための鉄則。 男ならまずは女房、子供。ぞれができたらひとつ先、親や兄弟を大切に するんだ。≫ ▼ 各分野の先生?の、人生相談の相談を読んで、まず私なら、どう答えるか、 一度、自問自答するのが面白く読むコツ。一歩間違えれば、離婚、家族離散、 など、最悪な事態が口をあけて待っている。 私なら、 <徹底して、その最悪の事態を徹底的に想定する。そのうちに、凍り付き、 その解凍と同じに、会社にいくとか、ステップを踏み出す。隠れた野性は、 その究極の中から顔を出す。> 『出てこない?』なら、保険を充分かけ? サッサと死んでしまうがよい。それも出来ない? まずは、死に場所を探し、 彷徨ってみれば?いざ死ぬとなると、ゾッとする。しなかったら、そのまま 逝けば!死ぬ覚悟のない奴に、生きる覚悟があろうはずはない!> その前に図書館か、大型書店を彷徨ってみなさいよ! 苦しさに合わせ、妖精が、その本の場所に導いてくれるはず。 ・・・・・・ 4984,閑話小題 ー倒産は甘塩からい味がする 2014年11月06日(木) * 倒産経験もまた、価値ある人生体験と捉えると 『倒産は甘塩からい味がした!』をテーマとして書くと、こうなる。 ≪ 時どき『闘病と、倒産体験ほど貴重な人生体験は他に無いのでは?』 という考えが頭によぎる。倒産体験をプラス面で光をあてると、具体的な 要素は幾らでもある。私のケースは、自分で立ち上げた会社を潰したため、 起承転結の「結」が、それ。元もとの立ち位置がアウトサイダーのスタンス もあるが、何事もなく無事に後に継がせれば起承転々。そのどちらが良いか 悪いかは、受け止め方次第である。 事業内容の悪化に比例して辛らつに 変わる銀行と、身近の人たち。予め分っていても不快だが、時間が経つにつれ、 これが面白く思えてくるから不思議。更に、あれだけ沈んでいた気持ちも、 二年、三年と過ぎると、時間薬効果で元に戻ってくる。その直前・直後の 一ヶ月間は、身体と気持ちが宙に浮いてるように動き、それが意外と痛面白い とさえ感じていた。 30年来、月次決算に通っていた経理事務所の担当が、 『何か楽しんでいるようですが、自分の立場が分かってないようですね。』 と、言われてハッとしたが、分かってないのは御当人。この感覚は当事者 しか知り得ないこと。何事でも、無我夢中に行動している時ほど面白いこと はない。 実際、こんな貴重体験は滅多に経験出来きないし、一度は味わう のも良よい!とは、今でこそ言えること。一日一日を区切って、一期一会と 割切って乗越えるしかなかったが・・ 「この人、こう受け止めている」が、 過って様々なケースで自分も受止めていたので、分かる。 ボケ役の落語家が震える声で「バカ野郎〜、その程度か、御前さん!」 と思っている自分が、そこにいる。 これも、万一のセフティネットが あったため言えることだが、敗者は敗者、「日々、是、口実!」になる。 「事前、事後では、これまでも違っていた」が実感。「開き直り」か。≫ ▼ これを冷静に?読み返すと、こう思って日々を過ごさないと精神の安定 を保てなかったが、冷静な自分がいたことも確か。それでも大波の中、 思わず水を飲んで、窒息しそうになっていた? 『何事も、最善と思えば最善に、最悪と思えば最悪になるから、こう捉えて いた方がよい』ということか。これは、大病、大事故にも言換えが可能? 少し話が変わるが、実兄が7〜8年前に倒産した時のこと、居酒屋で、慰めで、 彼の親しい友人の実名をあげて『大病で死ぬわけでなし、決して最悪の事態 ではないよ。Oさんは、無事に会社整理をしたが、実は末期肺ガンかもしれない。 これは、最悪の事態でないよ!現に生きていられることに感謝をした方が良いよ』 と、慰めたが、その2年後に、本当にOさんが肺ガンになって入退院を繰返して いるという。この年齢になると、内なる黒鳥が、いつ舞い降りてきても 不思議でない。まだまだ、当時の森の中での夢をみる。・・当然のことだが。 ・・・・・・ 4617, 閑話小題 ーチョット何か変じゃないか? 2013年11月06日(水) * 今の空気、チョット何か変じゃないか? 12年前のリーマンショックで、以前に経営していたビジネスホテルの売上が 三分の二に、そして5年前のリーマンショックで、その半分になり、合計で 三分の一まで売上が激減し、事業断念を決断した。その間、国の政策で何とか 追加借入無しで、何とか傷口が広がらないうちに止めることでき、最小の傷で 済んだ。問題は、その後。本当に景気が回復してきたか?である。 実感として景気回復は、ほど遠い世界。政府は消費税の増税までと何とか 持維持しているが、何が起きても不思議でない。タクシーの運転手や、 周囲の話も、いま一、ハッキリ聞こえてこない。給与などの収入減を、 デフレ効果で、何とか遣り繰りをしている? 団塊世代は年金生活の中、 退職金で何とか食いつないでいるが、日々、厳しさが増している? この事態の中で、誰も黙して語らず。 一般的な趨勢はどうか?というと、 平均預金残高が1100万だが、ローン残もある。平均より多い人も、ゼロもいる。 そこで収入の中間点の人はどれくらいか?といえば、400万。預金ゼロが30%。 マスコミが勝ち組とかいう資本主義の、お金優先の価値観で、洗脳するため、 大多数を占める負け組?の不満が充満する。 ー 先週末のNHK、日本新生「熟年サバイバル〜年金減額時代を生きる〜」 がシビアー 〜その内容といえば〜 《「定年後は、年金をもらいながら悠々自適の生活…」、そんなサラリーマン の人生設計が成り立たない時代が始まった。厚生年金の受給開始年齢の引き 上げが今年度からスタート。現在52歳以下の男性は65歳まで年金が受け 取れなくなる。定年後、ゆとりある生活を送るために必要な費用は、民間機関 の意識調査によると月37万円で年金の受給額は月23万円、14万円の不足だ。 支給開始年齢の引き上げで、状況はさらに厳しくなる。「生きがい」のため だった定年後の就労が「生きるため」の手段とならざるを得ない状況になって きているが、定年後の職探しは厳しいのが現実だ。一方、今年から始まった 「65歳までの希望者の雇用義務化」を受け、中高年社員の再教育に乗り出す 企業も現れるなど、「シニアワーカー」の活用が人口減少社会の成長の鍵を 握る課題となっている。しかし60歳以上の増加する「シニアワーカー」 の雇用を確保しようとすれば、若い世代との雇用のイス取りゲームが激化し、 社会の不安定化を招くという指摘もある。どうすればシニアワーカーに 活躍してもらい、社会全体に貢献してもらうことができるのか? そのために個人、企業、そして社会全体は何ができるのか?徹底的に議論する。》 ▼ この国の経済力が三分の二になっているに関わらず、政治の貧困のため ダウンサイズ出来ず、ひたすら破滅に向けて借金を重ねているのが現状。 裸の王様と同じで、誰も、それを大声で主張できない。定年延長は若い世代の労働 にはマイナスという、悪循環が起きている。これで景気回復といっても無理がある! 中小企業には地獄の鍋の蓋が大きく開き、で、東京オリンピック! それは面白いだろう。 ・・・・・・ 4242, しまった! ー1 2012年11月06日(火) ー しまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著) 誤りは人の常。人はそれぞれのバイアス(体系的偏見)から、自分自身と 世界を見ている。問題は自分で、それに気づかないで、それぞれの岩の中 (バイアス)で一生を過ごしてゾンビになってしまうこと。そして魂の抜け殻 人間になってしまう。そして最期に、「しまった!」と後悔する。年寄りの 顔が暗いのは、そのため。同じ後悔ならバイアスに気づき、出るしかない。 ーまずは、内容紹介ーより 「人間はなぜ、まちがうのか」というテーマについて、面白くてネタになる トピックを「これでもか」というぐらい集めて分析した内容。たとえば・・ ★ レントゲン技師は、画像に写っていた悪性腫瘍の9割を見落とす? ★ トップレスダンサーの収入は、彼女の月経サイクルに左右されている? ★ 黒いユニフォームのチームは、ペナルティーをとられる可能性が高くなる? ★ 人間は、誤りを犯しそうなときは、むしろ「行動を起こさない」という 誤りを犯すほうを選ぶ ? ★ 「セックスした相手の数」を、男は女の四倍も多めに答えたがる? ★ 医師の84%は、同業者がメーカーからの贈与に影響されていると考える。 だが、自分が影響されていると考える医師はわずか一六%しかいない。 ★ 人はなんらかの形で自分が不正をしていないことを証明すると、 その後の作業でもっと不正をしやすくなる。 ★ 映画を「あとで見る」人は高尚な作品を、「いま見たい」人は 大衆的な作品を選ぶ。 ★ キャッシュローンを勧める通知書に女性の写真を載せるだけで、 利率を五ポイント下げたと同じ効果が期待できる。 ★ 予備選名簿の一番目に載った候補者は、得票に三ポイント上乗せできる。 ★ 投資家は、金曜日の経済記事には月曜日の記事ほど注意を向けない。 ★ 人間は、印象の操作など特定の目的のためには平気で話をつくり変える。 ★ 無意識につくり変えた話でも、二度三度と繰り返すうちに、 いつしか「記憶」そのものになってしまうことがある。 ★ 一般的に、男は自分を持ち上げるために、女は他人を持ち上げる ために嘘をつくことが多い。 ★ 社会的地位や学歴、収入は、全体の幸福度におけるわずか 三%しか占めていない。 ★ 人を単純作業に従事させるためには、お金の力がものを言う。 だが、たいていの行動では、人間は総じて金銭的動機には 左右されない。(ゆえに、行動経済学はあまり役に立たない?) などなど、 興味深い話がてんこ盛り。 ▼ 多くの事例で人の「まちがい」メカニズムを解明。人はミスを防ぐ ことができるのだろうかを問う内容。人は自分を騙す動物だが、自分に 騙されている自覚がゼロに近いため、その蓄積が致命傷になる。 本来、 「人生は、しまった」の連続。その最たるものは結婚。9割の夫婦が失敗と 思っているというデーターがある。 人間の最期は死に直面するが、誰もが シマッタと思う。バイアスに閉じ込められていた自分に初めて気づく。
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2017年11月05日(日)
* トランプ大統領の来日 「ロシアゲート」疑惑とは、トランプ米政権とロシアとの間で不透明な関係 があったのでは ないかという疑惑の総称。 日ごと、その疑惑は大きくなる。 『文芸春秋・7月号』で、神谷秀樹が<トランプとロシア 深すぎる絆> のレポート、トランプとロシアの疑惑を取上げている。 特にトランプの富の形成の背後にロシアマフィアの資金があり、ロシアと マフィア資金の分別が難しいと… この疑惑、ニクソンの「ウォーター・ゲート 事件」より遥かに質が悪く深刻というから。 有り体にいえば、「ロシアが、 マフィアを使い、ソ連解体時に流失した資金の一部を、元KGBや、マフィアが 組んで、アメリカのラスベガスやニューヨークのビル群を買い漁ったが、その 一つのルートがトランプ。これを読んでいて、何か末恐ろしい感がしてきた。 トランプがロシアマフィアのポチ? 彼なら、このまま失脚するなら、朝鮮戦争 を決断するのでは? 更なる問題は、就任後のロシアゲート疑惑捜査に対する「司法妨害」。 後者も十分、大統領の資格を問う材料になる。手足になったイヴァンカと、夫 クシュナーに追及の矛先が近づいているような。問題なのが、クシュナー家が、 ポーランド系ユダヤ人の不動産投資家で、父親がニュージャージーの現州知事 クリス・クリスティーが検事だった時に、違法な選挙資金を提供、税法違反、 そして義兄に美人局を仕掛けて逮捕されていた経歴の持ち主。息子のジャレッド も、怪しげな人物で、ハーバード出というが、「父親が、250万ドル寄付でして 入ったもの」だし、彼と取引をした人は、「話が信用出来ない要注意人物」 という。 この不安定な政権のトップが、吾が身のために何をしでかすのか? その煽りを受けるのが、日本と韓国。 危ない時節には、こういう手合いの役者 が集合する。実に危ない恐ろしい現実が目の当たりに。「冬季オリンピック」が 何故か盛り上がらない。戦争まじかの危険があるため。実質的非占領国家・日本 の悲哀が悲劇に変わらないことを祈るばかり。 大統領歓待の日々が始まった。 これも仕方がないことだが…
・・・・・・ 5713,つれづれに哲学 〜レヴィナスの、「他者の顔」 2016年11月05日(土) * レヴィナスの「他者の顔」 仏壇の横に、30年前の実家の法事の集合写真を置いてあり、度々みている。 40数人の参列の7割方が故人である。30年来の時々に、写真を見る習慣が、 私の生き方に大きな影響を与えていた。そこから、生き残っている親戚縁者も、 「散る桜」でしかないと、故人達が呼びかけてくるような。 生きている不思議と意義の実感。亡き縁者の顔の背後に無限の存在を直観が、 死の不安を解消してくれる。遠くない日に私も阿弥陀の世界?に入っていく。 生れてきたからには死ななければならないのが世のならい。自分の内に取込め ない「他者」の「顔」が、自分の周りを囲んだ壁の外に、自らを誘う。 レヴィナスは、こう宣う〜 ≪ 自分の解釈の中にすべてを取り込んで、自分中心の世界を創っても 「イリヤ」の恐怖から逃れることが出来ない。彼にとってイリヤから抜け出す カギは「他者」の「顔」。もし、他者の顔が、「汝、殺すなかれ』と訴えたら、 人間は理性からでなく、無条件で他者に倫理的な責任を負わざるをえなくなる。 人は自律などできないのである。他者とは自分の世界に取り込めない、その外側 にいる無限の存在です。その「顔」に責任を持つことで、わたしはイリヤの恐怖 が渦巻く私の世界から抜け出し、永遠に向かう。≫ ▼ ここでいう「顔」とは、 <実体的な顔のことでなく、他者の他者性を 意味する概念>として捉えられる。 お互いの顔は、他者を通した「無限」の広がりの入り口になる。キリスト、仏、 を通した教えを例えると理解しやすい。自分の世界に固執すると、私はイリヤ から抜け出すことができない。その行き詰まった結果、自己崩壊に至る。 その挫折が、己の殻を打破る。留まると、そこに「世間様の壁」が、強硬に立ち 塞がってくる。で、ゾンビに! 他者の顔を見ることで、その背後にある永遠の 直観こそ、「イリヤ」の恐怖を和らげてくれる。生まれ生れ、死に死にていく!
・・・・・・ 5348,高校生の娘に裏切られました 〜身の下相談 2015年11月05日(木) ー身の下相談にお答えしますー上野千鶴子 以下の質問に違和感を感じたのは回答者も同じ。しかし、何か切ない内容。 世間体の価値観を、そのまま受け容れて生きてきた毒が、この結果を生んだ ことすら全く気づいてない「無知の涙」の典型である。こういう世間の価値観 を信じきっているのが、私の見立てで八割。いや九割もいるからゾッとする。 ●質問: 高校生の娘に裏切られました 〜相談者主婦55歳 ≪ 55歳の主婦です。 「知らない方が平穏だった」という事実が我が身に起こってしまいました。 4カ月ほど前に、高校3年生の娘が妊娠し、その後堕胎していたという重大な 秘密と裏切りを、娘の知人の母親から知らされたのです。 何とうかつな、そして愚かで情けない母親でしょうか。今日の今日まで、 一切何も気づかずにいたのです。1歳年上のボーイフレンドの存在は知っていた のですが。何より情けなく悲しいのは、ずっと娘が何ひとつ取り乱すことなく、 普通に毎日を送ってきたごとです。大それた事件を、どのように処理したのか、 おくびにも出さない態度にうしいものを感じます。罪悪感や自責の念は ないのでしょうか。 また母親として何より悲しいのは、娘があちら側の人間 私がもっとも嫌っている、倫理的、道徳的に許されないことを行った側の人間 になってしまったということです。 私自身の学歴に対する深いコンプレックスから娘に受験させ、失敗したこと、 私と夫が不仲であることなど、さまざまな原因が大きく影響したかもしれません。 現在の私は、母親としての自責の念と喪失感、そして娘への嫌悪感という気持ち がせめぎ合つています。娘にはまだ問いつめていません。≫ アドバイスをお願いいたします。 ●回答〜「ごめんね」から始めてください うーむ。この質問、何度読んでも不可思議ですね。あなたの娘さんに対する 愛情を感じることができません。「母親として何より悲しい」のは、 まず何よりも「娘にこれほど信頼されていなかったこと」ではないのですか。 あなたはそのことにうすうす気づいていながら、それを認めるのがあまりに 怖くて、すべての原因を娘に転嫁することで娘をますますあちら側に追い やってはいませんか。高校3年生の少女が望まぬ妊娠をし、それを親にも相談 できず、「取り乱すことなく、普通に毎日を送る」ために、どれほどの努力を したことでしょう。娘さんの「おくびにも出さない態度」には、どんなことが あっても母親には知らられまい、という固い意志が見て取れます。 なぜなら母親が自分を叱責し、非難することがわかっているから。 これまでの人生で最大の危機というべき事態に、つらさを分かち合って 自分の味方になってくれるという期待がこれっぽっちも持てないから。 そしてそういう期待が持てないことがはっきりわかるような親子関係が すでに長期にわたって続いているから。「裏切り」とは信頼があってのもの。 あなたのいう「裏切り」は、娘が自分の思うようにならなかったことに 対する無念と怒りです。 あなたの質問の文章は、以上のわたしの解釈をすべて裏付けるものばかり。 出だしが象徴的ですね、「知らない方が平穏だった」のなら、娘が援助交際 をしようが食べ吐きをしようが、「知らない」まま、娘に「よい子板面」を かぶっていてほしかったのでしょうか。そして娘さんがその期待どおりに ふるまったのでしょう。娘さんは望まぬ妊娠と中絶で、すでに十分に傷ついて います。その娘を『あちら側』に追いやっているのは他ならぬあなたでしょう。 とはいえ、あなた自分にも非があるかもしれない、とかすかに感じてもいます。 自分の支配欲、世間体、夫との不仲など、あなた自身がウソで固めた生活を していることが、娘にも影響しているのではないかと。最後の問いが救いです。 「私の気持ちの持ち方、娘への接し方へのアドバイス」を求めているのなら、 娘さんを「問いつめて」はいけません。代わりに、「あなたが困っている ときに助けてあげられなくてごめんね」というところから始めてください。 あなたがこれからでも娘さんとの関係を築きたいと、ほんとうに思うなら。≫ ▼ 「入れたもの?は、出さなければならない」という変な諺があるが、 堕胎の選択を本人はしたが、それをアチラ側の人と判断している母親が 末恐ろしい。娘にとって母親の影響は、あまりに大きい。私の嫌う世間体の 世界しか知らない結果が、これ。家族内には、多かれ少なかれ、問題がある。 それは世間教という得体の知れないマインドコントロールがなされている。 それは毒にも薬にもなる劇薬が含まれている。問題はそのことをを知って いるかどうか。この文面からして、相当の世間人に、理解できるだろうか。 九割の世間教の信者こそ、あちら側の人たち。その人たちからみれば、 それを冷笑している??は、ソッチの人。「世間教徒、金融系に多い」よ! 世間教で凝り固まったコテコテの『ドライフラワー』といえば、誰(笑) ・・・・・・ 4983,暴走する世間 −1 2014年11月05日(水) 〜暴走する「世間」―世間のオキテを解析する〜佐藤 直樹 (著) ーまずは、アマゾンの解説から < 日本社会の見えないオキテ、それが「世間」である。事件が起きマスコミ で報道されるたびに「犯人」にたいして極端なバッシングが起きるのも、 「空気を読め!」という無言のプレッシャーが生じるのも、携帯を使ったいじめ が起きるのも、「世間」という同調圧力のなせるわざ。「お世話さまです」 「おかげさまで」といった物言いにさりげなく顔をのぞかせ、いじめ・うつ病 ・自殺の引き金にもなる「世間」。バブル崩壊以降とみに暴走しはじめた 「世間」の危ない構造にメスを入れる長編評論> ~~ ~~森林(現役)の生活からサバンナ(御隠居)へ、住居を移動したことで、 見えていた世界が様変わりをした。社会から、世間への移動?それとも、逆? いずれにしても、ますます、独善になっていく自分がいる。 世間的強制力に アタフタするのは、やはり個人が確立してないため。 実は社会も、世間も共同幻想でしかない。そう思えば楽だが、それが比較的 楽に出来るのが御隠居の身分。 ーその辺りからー ≪ 社会も個人もいない「世間」のなかで、「世間」的強制力をともなって、 個人に責任を押しつける「自己責任」や「心理主義」が強調された場合、 「世間」はますます住みにくくなる。しかし「世間」は、日本人であれば、 生まれたときから取り囲まれ、あるものと親から教えられ、そのなかで生きて きたから、それを意識的に取りだすのがとてつもなくむずかしい。 これに加えて、「世間」は具体的なものではなく、ある種の共同幻想、つまり 人々のアタマに宿る観念である。人によって「世間」は広かったり、狭かったり するが、それは「世間」とは関係そのもののことであって、本質的には人間の アタマに宿る共同幻想だだから。共同幻想とは、複数の人間に宿す観念である。 厳密にいえば二人の間だけでは、共同幻想とはいえない。たとえば恋愛関係 などのように、二人の対になる関係においては、世間は存在しない。 この二人の関係を、思想家の吉本隆明さんにならって「対幻想」とよんで おくことにする。 「世間」は三人称的な関係で、三人以上の人間が共同して生みだす幻想。 なぜかといえば、「世間のオキテ」といったようなルールや規範が存在する ためには三人以上の人間を必要とするからだ。「世間」は幻想であるから、 ないと思えば、ない。「世間のオキテ」も、ないと思えば、ない。げんに外国 で生まれ、日本に住んでまだ間がない外国人には、「世間」も「世間のオキテ」 も間違いなく、ない。だから原則として外国人は、「世間」には入っていない。 かなり長く日本に住んでいる外国人でも、日本の「世間」のなかに入ることが できるのは、まれである。外国人が「日本人はとっても親切だ」というのは、 かれらがはじめから「世間」に入っておらず、そもそも「世間」の外にいる 「お客さん」であるから、親切にされるにすぎないのだ。 問題なのは、 「世間」が具体的なものではなく、共同幻想であるがゆえに、それを否定 するのが相当にむずかしいということである。具体的なものなら、捨てるか、 近づかないようにすればいいが、共同幻想は観念そのもののことだから、 そうはゆかない。簡単に捨てることができないし、そのなかで生活している 以上、近づかないでいるわけにもゆかない。だからこそ、「世間」の存在は なかなか意識化できないのだ。しかし、これを意識化する方法がある。 それが、「世間学的エポケー」である。・・・≫ ▼「あの老人、一度も恋をしたことが無いんだって!現実に溺れすぎて」 という強烈な言葉がある。共同幻想の前の「対幻想」の幻想である。 その共同幻想も、何も考えもせず、ただ、成り行きで染められた幻想で しかない。Uターンで地元に帰った時に感じたのが、城下町という特殊の世界。 専門が社会学だったことと、10年間の外界経験から、これが特殊ということ が分かっていた。で、アウトサイダーに徹し、そして、事業場を新潟にした。 これが「世間学的エポケー」これも事業設計、人生設計の一つ。 予め世間を特殊世界と割切って捨てれば、これほど楽なことはない。一般的 には御隠居になって気づくが、気づかないままが殆ど!あのゾンビの群れ。 ・・・・・・・ 4616, 君は1万円札を破れるか? ー4 2013年11月05日(火) ー君は1万円札を破れるか? 〜お金の洗脳を解くと収入が倍増するー 苫米地英人 (著)ー * 年収は人の価値判断の基準になるのか? 森の生活(経済社会)から退いて、サバンナ(隠居生活)に出て 気づいたことは、これまで、「人の判断基準に、手持ちの資産と、年収を 価値基準にしていたこと」である。資本主義社会の洗脳である。 「格差社会」「勝ち組・負け組」の言葉の背景に資本主義社会の価値観がある。 それも一線を退けば、その比重は低くなる。お金を気にしないで済む収入と、 蓄財が幾らかあれば、それ以上は皆、同じ。森の生活では、稼ぎが、その人の 価値と錯覚をしてしまいがちになる。他人との比較で、その額の差が人間の価値 と錯覚をしてしまう。「お金には絶対的価値がある」「お金はすべてのモノの 価値を規定する物差し」という洗脳が長年かけされ、それを疑おうともしない。 お金で、自分の労働や価値を規定され、振り回されている状態は、宗教に洗脳 された信者と同じ。 著者は、ここで、現代社会における「価値」を 「物理空間における価値」と「情報空間における価値」と分ける。 物理空間とは、体で触れることができるモノの世界。情報空間とは、脳や心の中 に存在する様々な概念が作る空間。米を例にとると、タイ米と魚沼コシヒカリ。 その価格差は10倍近いが、物理的な味と栄養は、せいぜい二倍? あるかなしか。「美味しい」という感じ方はそれぞれ違い、何倍美味しいとの 数字化は不可能。タイ米と魚沼コシヒカリと表示されなければ、値段の差だけ の価値を感じることはできない。ブランドものはバーチャルバリュー が、その価値を高めている。年収も財産も同じで、ある金額以上になると大して 変わらない? いや2千万と、2百万の年収では生活の快適さは違う? 貧すれば鈍するし、豊かさには幸運の機会を多く集まる。年収が多いに越した ことはない。貧しさは、人間性を卑屈にする。問題は、年収が「絶対的」では ない、ということ。タイ米なら、タイ米にあう調理をすればよい。 考え方である。「資本主義社会の洗脳」の自分を一度突き放し、冷笑し、 卑屈にも、のぼせ上がらないこと。所詮は、娑婆のこと。それを自覚し、 超越するために、ライフワークを持つこと、それが教養につながる。 多趣味か、一つの趣味を深く追求するかと、年収が多少の差とを類推すれば、 理解しやすい。= 偶然、7年前に、同じようなテーマの読書日記があった。 〜〜〜 2073, 金は人を幸せにするか? 2006年12月06日(水) 才八∋ウ_〆(∀`●) お金に関しては、何度か書いてきたが・・ 先日の書評「金は人を幸せにするか?」は題材として面白い。 毎日新聞の『「豊かさ」の誕生…』=W・バーンスタイン著の書評で、 その内容が紹介されていたが、なかなかよい。建前でいえば、 「お金で幸せが買えるかって?冗談じゃない。幸せは心の問題だろう。 それが金で買えれば、世の中の金持ち全部幸せのはず。 質問そのものがナンセンス」が正論である。 しかし本音のところ、 「金は何でも買うこともできる自由の塊、何で そんな建前をいうのか? そんなことを言えるのは充分ある人のこと。」 と、陰の声がささやく。 「貧乏の極みで家庭は崩壊、借金で高利貸しに追われ、最後は不幸のどん底、 投身自殺を図ったが死に切れず・・・」 これなど不幸のカタチで何処にもあるパターンである。 倒産や失業では金欠が当面の切実の問題になる。 人間の品性は「金欠と女性問題」で露わになる事例を山ほどみてきたので、 間違いなく「金のないのは、人を不幸にする」ということだけは断言できる。 幸せになるのもいるが、それは珍しいから小説の種になる。 私の持論は、「金で8割の幸せは買えるが、あとの2割は金で買えない。 その2割こそ一番大切なことである。しかし8割は買える。 幸せとは、したいことがあり、それをやり遂げた心のさまである。 それは金では確かに買えない部分もあるが、しかし金=自由であるから、 やり遂げる手段としては、最有効になる。」である。 理屈として、 「買えるものは買えるし、買えないものは買えない。買えるものは金があれば こそ買える。金が無ければ‘買えない’範囲が広くなる。そのぶん自由度が 狭くなる。自由は人間にとって非常に大きい幸福の要素である。 自由度を大きくするには、より多く金が有ればよい。生存レベルで必死の人 にとって、{生活手段としての資金の確保から解放されることが幸せである} のは当然のことであり、お金は資金確保からの解放を意味する。 生存レベルの資金確保の束縛から解放された人は逆に、 幸福感が 「生活資金確保の段階」からアップスケールしているのだから、身近な世界の 人との比較や、違うレベルの欲望の達成の幸福感でなくては、幸せなれなくなる。 金が無くなって「お金だけが人生ではないお金は決して人を幸せにはしない」 と、言うに丁度よい言葉の羅列にはなるが。
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2017年11月04日(土)
<「めんどうくさい」がなくなる本ー鶴田豊和著> * 幸せの4つの種類 「幸せの4つの種類」とは、これ如何に? これからすると、この6年半の スケジュールは、この4種類で構成されている。 変化も受容し、適応さえ すれば、幸福感は維持することが可能。この4つの感情の背後にはネガティブな 感情が広がっている。しかし、意志の力でポジティブに替えることが可能。 〜4つの幸せの種類とは〜 < ・一つ目が、「ポジティブな動的感情」 〜たとえば、楽しい、うれしい、おいしい、ワクワク、興奮の感情を指す。 ・二つ目が、「フロー状態」。 〜何かに没頭している、夢中になっている状態。 ・三つめが、「自分が行っていることに、意味や意義を感じている」こと。 ・四つ目が、「ポジティブな静的感情」です。 〜心の安定や穏やかさを指す。自然の中で一体化をしている時や、海の中で 海を見ながら家族と一緒に過ごしている時や、瞑想をして、無心状態の時。 ☆ ベストセラー作家で、幸せに関する世界的エキスパートであるマアーシー・ シャイモフは、この4つ目のポジティブな静的感情を「理由なき幸せ」と呼んで、 最高の幸せと、説いている。 ☆ 1つ目の「ポジティブな動的感情」には、負の側面がある。この感情は、 瞬間的であり、それに慣れてしまうと、幸せを感じなくなってしまう。 この幸せの維持のためには、ハードルを上げなくては幸福感が保てなくなる。> ― ▼ 欧米の休暇のレジャーで、リゾート地の浜辺での日光浴がある。ひたすら ボーッとする。これが「理由なき幸せ」である。スケジュールの中で、どれに なるのか、内省すると、20時から熟睡した後の0時から4時辺りのウトウト状態。 ヨガから取入れた「死者のポーズ」。様ざまの過去や、最近、起こった事象が 自然発生で浮かんでは消えていく。魂の抜け殻の、この私。「死んでしまえば、 全ての感情はカスリキズ」と思い気を楽にする。所詮は「珍獣」と「珍ころ」 の対話でしかないと。 この2つの設定も考えるためのパピット(指人形)。 0〜4時までの時間帯を、「ポジティブな静的感情」 4〜6時までの、随想日記の完成とネットへのアップが、「フロー状態」 6〜7時までの、ポタリングが、「ポジティブな静的感情」 9〜12時の、読書と「随想日記」の構想と下書きが、三つ目か。 午後からはフリーになり、20時の就寝に至る。 その間の隙間に、様ざまなネガティブな感情の嵐が起こっては消えていく。 これがなかったら、即、痴呆症だろうに。 だから面白い。それにつけても、 呆け顔が多い。 悩みが無いというより、「正・中心・一点・無」= 「生死の問題」から目を背けている。 <エッ、見たふりしている私よりマシ?> で、以下のとおり、線路が続いていく、いつまでも!
・・・・・・ 5712,つれづれに哲学 〜ヤスパーの「実存」について 2016年11月04日(金) * ヤスパーの「実存」について 音楽を聴き、演劇を観て、スポーツの観戦に、大自然の光景に、心を大きく 動かされ感激することが、「哲学的真理」という。それは、それを受け入れる ことのできる人だけが受け取ることができる権利。 ヤスパーの「実存」 について、明快な文章があった。 (「世界の哲学・思想」小須田健著より) ≪ 他のだれでもない唯一の存在である私を指す言葉を「実存」という。 ヤスパースによれば、客観的には分析できないし、知識のように知る ことも出来ません。自分で実感するしか仕方ないのが、「実存」である。 通常、私たちは成長につれ、自分の世界の果てしなさに一度は圧倒される。 その果てしなさを実感したとき、自分がこの世界のどの辺りにいるか、知り たいと思う。 様々な経験から、自分は世間の人々と同じ一人でしかないと、 実感したとき、このかけがえの自分が、他の誰とも違う自分という意味での 実存を私たちに確認させてくれる。ヤスパーによれば、各人に固有なあり方 のため、客観的な事物のように分析ができないし、教科書で学ぶ知識の ように知ることができない。実存は、ある意味で実感するしかない。 ヤスパースは、各人に実存を与えてくれる経験を、「哲学的真理」と 呼びました。これは、それを必要とし、耳を傾ける心構えのある人にだけ 大きな衝撃を与えてくれる体験のことです。 例えば、ある音楽,小説、映画や出会いから、生涯色あせないインパクトを 受けた経験は、誰にでもあるはずです。このように、他人には取るに足らない ことでも、自分にとっては切実に響いてくるのが、哲学的真理です。 このような真理との出会いを経験した時、人は確実にそれ以前とは違う 自分になっています。 つまり、人間は、いろいろな経験を通して常に生まれ変わり、どんどん 向上していく存在なのです。だから、ヤスパースは「人間であるということは 人間になること」である、と説いたのです。 この実存を高める経験の中で、 ヤスパースが最も重視したのが「交わり」の経験。 これは、通常の言語的コミュニケーションとは区別され、切磋琢磨しあい ながら高まりあっていく人間関係を指します。 ヤスパースは、それを 「愛しながらの争い」とも呼びました。 交わりとは、自分の既成の価値観に 充足せず、常に新しい遭遇の可能性を開いておこうという態度であり、 自分が自分でなくなるような出会いの経験です。≫ ▼ 前に取上げた、「限界状況」や「超越者」が、ヤスパーの論として有名。 死や苦悩、争いといった自分ではどうしようも出来ない「限界状況」に直面した とき、わたしたちは挫折します。しかし、こうした問題は他の誰かに代わって もらえるものではない。自分の有限性を自覚できるのは自分だけだからである。 この有限性の自覚を通してのみ、自分を超えた真の実存「超越者」の存在に 気づくことが出来るのです。死や苦悩を受け入れ、強い意思をもって生きる ことで、限界状況から脱出できると、ヤスパースは説いた。 ヤスパース夫妻の収容所送致の日程も決まって、もはや自殺というときに、 米国軍がハイデンブルクを占拠し、妻と共に奇跡的に命拾いをした。 彼によると、「自国の政府によって殺される寸前、敵国の軍隊により命を 救われた」ことになる。「限界状況」や「超越者」から考えみると、 <創業そのものが、実存の経験である!> また秘異境旅行も然り。 そこで見る光景の感動が、内なる「超越者」を垣間見ることになる。
・・・・・・ 5347,事前の一策は、事後の百策に勝る 〜2 2015年11月04日(水) 何時ものようにボ〜っとしていたら、「事前の一策は、事後の百策に勝る」 という格言が浮かんできた。そこで以前、このタイトルのテーマを書いて いたことを思い出した。 HP内検索で調べると、15年近く前であった。 会社整理も、事前の一策、いや10策・20策を長年かけ立てていたため、 最小の打撃で終えることが出来た。考えれば事前にしか出来ないことは、 幾らでもある。楽観だけでは世渡りはできない。最悪の事態の用意を、常日頃 から立てておく必要性をつくづく思い知らされる。事前の策は、最悪の事態を 想定し、シェルター、救命ボート、セフテイー避難口を用意してことである。 これは創業設計からの事前段階に組入れておくか、長年かけた準備をすれば、 さほど難しいことではない。これは、サラリーマンや、二代目には、何のこと やら理解できない。幼児から少年期の両親の倒産の不安話からも学んだ事。 この事業清算で、多くの人たちの視線、視点が滑稽にみえていた。 私の知る限り9割以上が最悪の想定の対処がしてない?のではないか。 それぞれが知っている範囲でしか判断できないことが透けて見えてくる。 当時の私より、推定だが9割以上の中小企業の万一の備えが悪いことを 知らないで、「他人の不幸は蜜の味」と他人事と冷笑していたようだ。 両親の倒産・夜逃げ話が、私に取っての子守唄であったことを誰も知りうる はずはない。他人の隠された経験を推し量れないのは、自分自身にも当て はまることを「合せ鏡」として知るに絶好であった。何事も、自分の分厚い 様ざまの色のサングラスを通してしか理解できないことが自覚できてない。 何事も、一に準備、二に準備、三に準備が必要である。 人生においての 準備は、ベースとなる教養である。他人様の教養度は、少しの接触では計れ ない。その段差が大きいと、浅い人からは皆目、知る由がない。 あれから4年半、あと半年で5年(私にとって)の喪があける。 あの結果が、私の人生にとってベストと思えるかどうか? どのみち同じことか! 人生は絶妙に出来ている。 「事前の愚作は事後の百策をフイにする」というところか、人生は! ――― 2002/01/16 事前の一策は事後の百策に勝る
生きてきて、事業を通してつくづく感じる事である。 これは準備の大事さ、計画の大事さをいっている。
ビル計画の場合、出来上がった後「こうしておけばよかった、 ああしておけばよかった」ということが出てきても、その 修正に莫大の費用がかかってしまう。従ってアアでもないコウでもない と仮説を立て、あらゆるケースを考え設計にエネルギーを叩き込む。
これ以上もう考えられないところまで、考え尽くす。 それをどこまでやれたかが、10年〜20年後に結果として出てくる。 宮大工は、自分が死んだ数百年後の修理のことまで十分意識して、 建物を造るという。数百年後の宮大工を意識して仕事をするという。
以前何かに書いたが、成功の言葉は「練り上げ成す」という。 事前の一策を練る事といえる。 一般にみていると、「事前の一策の戦略ミス」を「事後の戦術でカバーして いるプロセスを踏んでいる」ケースが多い。本人はその意識もないレベルだが。 他人事でないか?事前の一策をどう打つか、立てるかがポイントになってくる。
それでは「それを十分に立てることが可能か?」もちろん「可能」である。 十分な情報収集とその分析に、時間とエネルギーをかけることである。 過去の自分の失敗事例と成功事例を振り返ると、ここに行き着く! 準備とは集中の要である。準備とはなんに集中するかを、 とことん突き詰める事だ。
計画中断も一策かもしれない。根本から数回やり直すことも、 必要だったらやるべきだ。やる前ならどうとでも修正できる。
結婚もそれがいえるかもしれない。以前は「足入れ婚」があったという。 数年住んだあとで、籍を入れる、ああそうか今は同棲という形か! ・・・・・・ 4982,瞬間説得 ー3 2014年11月04日(火) 「瞬間説得ーその気にさせる究極の方法」ケヴィン・ダットン著 * 美人であることが、瞬間説得になる! 「美人は本当に得か?」という研究を社会心理学者がしたところ、 その答えは、「本当」である。今さらで驚くべきことでないが、 女性にとっては大問題。 ーその辺りを要約するとー ・署名活動で、美人の方が普通の人より格段に多く集めるし、 ・美人のボランティアが立っている慈善街頭募金は、圧倒的に金額が多いし、 ・裁判でも、容姿の魅力が効果をあげ量刑が軽くなっているという。 ・アメリカの大学の実験で、男子大学生に事前に被験者の細かい情報に加え、 美人と、そうでない人の写真を混ぜておくと、事前の10分間の電話打合せ では、魅力度で、対応に明らかな変化をもたらす結果だった。 ・もっと露骨な調査があった。排卵期、月経期、その他のグループの3つに 分けて、どのグループの女性が、持てたかというのもある。もちろん、 子供ができる可能性が高い排卵期の女性で、フェロモンが出ていたため? ーこのジョークが、まさに瞬間説得である。 《 交通警察官が、スピード違反でバイクの男をつかまえた。 「違反切符を切れないような、納得できる理由があればいってくれ」と警官。 「それがさ。先週、女房がおたくの警官と駆け落ちをしたんだ。それが、 パトカーを見たとたん、彼女を帰しにきたかと思って逃げたんだよ」》 身近なペットを見ても、それぞれの方法で飼主への瞬間説得を身につける。 ペットのインコは、鳴き声と、止り木での回転と、視線で瞬間説得をしている。 アイコンタクトも、女性の流し目も同じ。「目は口ほどにモノを言い」である。 TVのスポットCMも、15〜20秒の瞬間説得になる。特に、女性への コンプレックスCM(化粧品、ヤセ薬、装飾品)が巧妙で見ていて面白い。 香水は、瞬間説得の最たるもの。 それと褒め言葉も。 ・・・・・・ 4615, 閑話小題 ー愛すればそっくり 2013年11月04日(月) * 愛すればそっくり 30年間、ウォーキングとポタリングを続けてきた中、犬の散歩と行き あってきたが、何故か犬と飼い主の姿と顔が似ている。TV番組で、その レポートをしていたが、学者まで出て分析をしていた。犬と飼い主の写真を 左右において、ペア当てをしたところ、7割が一致。そこで、目だけを両者 切り取ってペア当てをさせたところ、やはり7割が一致。同じ環境で、 似たようなものを食べていれば似てくるのか? しかし飼った年月が長い ほど似てくるか? といえば、そうでない。そこで「自分に似た犬を無意識に 選定する」という説がクローズアップ。同じ環境と、互の性格が同化する説が 尤もらしい。 似た者夫婦というが、同じ? 犬は上下が明確だが、夫婦は 対等?で、愛憎相まり!正反対の顔になっていくケースが多い? * シネマ『スティーブ・ジョブズ』 シネマで『スティーブ・ジョブズ』をみてきた。ーシネマのブログにはー 【 常に既成の枠組みを打ち破り、理想を求め続けたスティーブ・ジョブズ。 人と違う考え方を貫き、周りの人全てを敵に回した<反逆児>が、どうやって、 世界中の人に愛されるデバイスを創ったのか。 シリコンバレーの寵児と 呼ばれながらも繰り返される成功と挫折の狭間で、彼は何を考え、何を想った のか―。1970年代、友人たちと共に自宅ガレージからスタートしたアップル ・コンピューター。 その類稀なる創造力により、文字通り“世界を変えた” 天才の半生を描いた大注目作。】 ▼ ジョブスに関するドキュメントは、幾つかTVで取り扱われており、 シネマは、それらを忠実に物語化。その中で、ジョブスが、マイクロソフト のビル・ゲイツ氏に電話越しに怒鳴りつける場面が圧巻。ジョブスは 「絵文字をモニター画面上に表したりマッピングの概念」をゼロックスから 盗み、そのアップルからゲイツが盗作したのである。 《 画面をスクロールするために「ボタン」をかたどった部品の絵を使ったり して、PCを直感的に、しかも簡単に操作できるようにしたウィンドウズは、 これらの経緯で出来ている 》ということ。 映画では、ガレージでアップルを興した20代初めから、晩年までの約30年間 のジョブズ氏の人生のストーリ。まず学生時代に、友人たちと自宅のガレージ でアップルを設立するところからスタート。4年で株式を上場させ富と名声を 手にするも、目に余る傍若無人ぶりで「君自身がアップルの敵だ」と役員の 全員一致で解任されてしまったジョブズ氏が、それでも夢を諦めずピンチに 陥ったアップルに立ち戻って「アップルをもう一度クールに」と大胆かつ 斬新なビジョンを実現していく。そのキッカケが、iPodである。 そしてiPhone・iPadにつながっていく。ウィンドウズも元といえば、ジョブス。 ジョブス、ゲイツは、明らかに歴史を変えた人物として残る。 〜評価85点 ・・・・・・ 4240, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー13 2012年11月04日(日) * 駅伝のルーツとは ー「ルーツ大全」インフォペディア編より 今日、大学選抜の駅伝が行われるが、駅伝のルーツが、この本にあった。 飛脚がルーツという感があったが、なるほど、色いろな経緯があった。 箱根駅伝もTV中継をするようになってから爆発的にファンが増えた。 −まずは、その辺りを抜粋する。 ≪選手がリレーして走る、いわばロード・リレー・レースである駅伝は、 日本発祥のスポーツである。最初に駅伝が行なわれたのは、1917(大正六)年 のことだ。この年は、京都から東京へ首都が移ってからちょうど50年目にあたる。 当時の有名企業は、こぞって50周年の記念行事を計画し、駅伝はそうした企画の なかの一つとして、考案されたものだった。駅伝を発案したのは、当時はまだ 朝日新聞や毎日新聞の後塵を拝していた読売新聞の青年社員。彼は、京都の 三条大橋から東京の上野を結んで、昔の飛脚のように東海道五十三次をマラソン リレーする斬新なアイデアを考え出した。「駅伝」という名前はこの時考え 出された。鉄道の駅に立ち寄るわけでもないのに、なぜ駅伝という名前が つけられたのだろうか。これは、古代の「駅伝制度」にちなんでいる。 古くは飛鳥時代から、日本の主な街道には、急ぎの使老が乗り継ぐための 馬を配した「駅馬」「伝馬」が置かれていた。選手たちが次々に走り継いで いく様子をこれになぞらえ「駅伝」と名づけたのだ。この日本初の駅伝は、 関東組、関西組のニチームで争われ、選手たちは三日間昼夜を徹して東海道を 走り抜いた。沿道は世紀の大勝負に大観衆が熱狂して声援を送り、最後は 関東組の勝利に終わった。この駅伝大会が成功したため、三年後は東京と箱根 を往復する駅伝大会が始めている。これが現在の箱根駅伝。最近では海外でも 駅伝が行なわれている。日本が生んだ競技が、世界に広がりつつある。≫ ▼ 駅伝は順調でもチームの一人が倒れれば、それで終わりとう危険がある。 だから、見ている分には面白い。倒れた人は、それで一生の傷を負う。 甲子園の野球に、似たところがあって、そのドラマは残酷でさえある。
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