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堀井On-Line
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2017年10月25日(水)
* “2・6・2の法則” パレートの法則と似ているが、 これは人間組織に焦点を当てている。 •優秀な人が2割 •普通の人が6割 •パッとしない人が2割 ▽ たしかにそうだ…。考えみるに、人間の本質の各要素にも言える。 さらに、生き方の要素、‘遊び’‘学び’‘働き’の比率にも当てはめる ことも出来る。その年代により、その比率は変化して当然。20代なら、遊びが 2割、学び6割、働き2割。還暦過ぎれば、遊び6割、学び2割、働き2割とか。 理屈など、どうでもたてられるが… ―― * “78対22の法則” 世の中は、すべて78対22で成り立っていると言う法則。 古くからユダヤ人の間で伝わる格言。 •空気中の成分は、窒素約78%、酸素・二酸化炭素等その他の気体が22%。 •22%の人が78%の売上をあげている。 •肺呼吸と皮膚呼吸の割合は78対22 •人間の体は、水分78%、その他22% •地球の海の割合は78%に対して陸地が22% ▽ これもパレートの80:20の法則と、“2・6・2の法則”に似ている。 “78対22”の比率に、自然界の何かがあるのか。 ―― * ハインリッヒの法則 1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、 その背景には300の異常が存在するというもの。 重大な事故:1 軽微な事故:29 ヒヤリとするような事故:300 ▽ 人生一般にも言える。逆に、成功や機会についてもいえる。博打や、事業 の成功の背景には膨大な失敗がある。まずは量から入り、質を上げていく。 年齢のためか、軽微な事故や失敗について思い出す。その1つでも重大事故に なっていたら!が、次々…と。とすると、重大事故は、必然だったのか。
・・・・・・ 5702,自分のための人生 〜�� 2016年10月25日(火) * 不安に感じるより、まずはやってみる 20歳で、両親のような「創業」を決意、それ以来、その影に怯えながら、 何とか不安を乗りこえてきた。前向きに暗闇の未知の世界に向かって踏出す 恐怖心は、誰にもある。そこで、「その時は、その時!」の言葉に従い、 その都度、具体化をしなければならない。 人は、失敗を恐れるあまり、新しいことに挑戦するのをやめてしまうが、 転がってしまえば、じぐざぐでも、前には進む。 「失敗と、成功の経験の積み重ねこそが、成長の土壌」になる。面白いことに、 ドン底にこそ、小さいチャンスの糸が見えてくる。それも準備があればこそ、 糸先が見える。 まずは、不安を乗越えて一歩踏出すこと。これは、事業でも、 秘異境旅行でも言えること。 人生は生きている最期までがプロセス。その時点時点で、選択した項目に 全力を出しきること自体が、節目を強くすることになる。『面白かった!』 の実感が、何もかも吹飛ばしてくれる。 畜群には、それが見えない。 今ではネット・ゲームやマネジメント・ゲームがあるが、自分を博打の駒 にする醍醐味に到底及ばない。 いや、今では、その方が遥かに面白い? 何れの石ころも、遠目でみれば、カタチと、大きさが大小の違う砂利。 としても、生きていくには砂利なりに前向きでなければ? 事業も、秘異境旅行も、その都度、不安を乗越えた一歩から始まる。 ≪P・200 未知のものを避けているとき、自分のその行為に気づく ことが大切だ。その瞬間に自分自身に言い聞かせてみよう。 「人生、必ずしもいつも、自分の行き先がわかっていなくてもかまわない」と。 <型にはまっている>と気づくことが、それを変えていく第一歩である。 少し冒険をして、型にはまったやり方から抜け出してみよう。 何の予約もせず、地図も持たないで、行き当たりばったりの休暇を過ごすのも いい。何が起こっても、自分を信頼して事の処理に当たるのだ。 たとえば、新しい仕事の面接を受けてみる。あるいは、「よくわからない」 「理解できない」と言って、これまで避けてきたような人と話してみる。 自分の偏見を疑問視してみると、そのために自分が何の進歩もなく、 おもしろ味のない人間であることが、すぐにわかる。 自分とは違うタイプの人に多く会えば会うほど、今まで自分がどれほど損を してきたか、自分の恐怖心がどれほど愚かだったか、よくわかるだろう。 これを見抜くことができれば、未知の世界は避けるべきものではなく、 むしろどんどん探索すべき場所になるだろう。・・ (中略) 覚えておいていただきたい。人間にかかわることは全て、自分と無縁でない。 自分にその気があれば、何にでもなれる。このことをしっかり心に刻み込んで おき、安全で逃避的な行為に陥ったら、思い出そう。 失敗を恐れる気持ちは、往々にして、他人の反対や嘲笑に対する恐怖心。 他人には他人の考えがあってけっこう、自分とは関係ない。このように、 自分の行為を他人の言葉ではなく、自分自身の言葉で評価しよう。 自分の能力は優劣で決まるのではなく、ただ他人とは違うというだけである。 < 『自分のための人生』〜6章 > より ≫ ▼ 人間は「習慣」で動く生き物。それを利用して、一日の行動スケジュール の質量を、数ランク上げれば、それが第二の天性として身についていく。 新しい時節に新しいことを始めるには充分の準備が必要となる。そして、 いざ踏み出し繰返すと、思いのほか、スムーズに動き出す。 畜群をネット辞書で検索すると 【「畜群」- 意味(独)【Herde】「ヘールデ」 「超人」を理想とするニーチェが指摘した 集団から突出することを恐れる 人間の特徴。 囲われた群れから孤立することを嫌い、欲望を抑えて、 利他的に努める性質...】とある。所詮は、何れも石ころは石ころ、砂利で しかないが、それを自覚出来ているかどうか? 出来ていれば、石群から 離れ、急流に身を置き、面白可笑しく転げまわるだろうに。畜群でしかない 自分の石(人生)小ささを、日々、面白がっているに過ぎないが。 ところで、畜群の人生、何が悪い? 「和して同ぜず」でなく、 「和して同じる」のが悪いからか。付和雷同が一番悪い。良しとするのが、 「畜群」ということか。ネット世界には「ネット畜群」なる生き物もいるが。
・・・・・・ 5337,本当に、数字は「ウソ」をつかないのか? 2015年10月25日(日) 〜『考える練習』 保坂和志著 * 一面だけの情報なら、それは正確とは言えない マスコミの報道は、ニュースという短期間の視聴者の関心を惹きつけるのが 仕事のため、どうしてもオーバーな報道をしたがる、そこに、大きな誤差が出る。 現在問題になっている、2cmの杭の段差問題が、それである。哲学書を読み 続けていると、こういうニュースの欺瞞性が見えてくる。たまたま、図書館で 見つけた、以下の内容が、正に、それを言いあてている。〜その辺りから抜粋〜 ≪ 消費税を上げなくてはダメだという理由に、年金問題がある。 年金は何十年か前は8人で1人を養っていたのが、いまは3人で1人を支える 「騎馬戦状態」だと言われている。 それも2050年頃には1人で1人を支える 「肩車状態」になるという。だから税収を確保しなきゃいけないというんだけど、 でもそれは年金だけを見たときの話でしょう。たとえば70年代は、家族を考えて みた場合、専業主婦のいる家庭に子ともが1人か2人だったわけだから、1人の 働き手が最低2人養っていた。いまは共稼ぎで子ども1人のところも多いじゃない? 子どもが2人いても共稼ぎ家庭なら1人で1人を養うことになるし、一人っ子なら 0・5人しか養ってない。うちなんかは、子とも0だ。猫はいるけと。 そこに年金が肩車状態になったって、1人増えるだけじゃん。それならいけない はずはない。だからここには考え方の誘導があるんだよ。誘導があると、みんな その流れの中でしか考えなくなってしまう。いちばんわかりやすいのは、労働 人ロの割合だと思う。全人口に対して労働人口の割合が増えてることだけは 間違いないんだよ。それなのにお金が足りないというのは、一人ひとりの給料が 安いからでしょう。大企業が消費税に賛成している理由は、正社員を減らして 非正規雇用を増やして賃金をもっと減らしたいからと思うんだよ。だから、 消費税増税はいまの人件費削減の流れの後押しになる、ということなんじゃ ないかと思う。情報を一部分だけ出して、いかにも根拠があるかのように統計 を見せて、「数字はウソをつかない」とかって言っても、一面だけの情報なら、 それは正確とは言えないよね。タバコの発ガン率とか、メタボの人が脳卒中 になる確率とか、運動不足の何とか率とかって.いろいろ出てくるじゃない。 これをしている人はそれが15%上がる、30%上がるってさ。でも、もともと そういう症状になる人が全体の何%いるかまで出ていない限り、何%増えようが 減ろうが、説得力はないはずだよ。この店で宝くじを買えば当たる率が30% 上がるっていったてじゃあ買おうって人はいないよね。宝くじなんてもともと 当たらないんだから。タバコを吸ったら肺ガンになる確率が30%上がりますよと 言われても、一生のうちに肺ガンになる確率が5%だとしたら、それが30%増え ようがたいしたことはない。まあ数字自身は「ウソ」をついてはいないのかも しれないけど。気が利かないだけで。じゃあ、それは厚生年金で、国民年金の 話と混同してる?そうかもしれないけど、国民年金と厚生年金の一体化とかも 言ってるんだからいいんだよ。≫ ▼ 自頭で考える訓練をしておかないと、マスコミの、世間の好い加減な 垂流し情報をそのままを信じ込んでしまい溝沼のボウフラに陥る危険がある。 9割以上が、上記のような情報のため、一線を画さなければならない。 ・・・・・・ 4972,閑話小題 ーツアーゲームの醍醐味 〜� 2014年10月25日(土) * ツアーゲームの醍醐味 ツアーは、ツアーゲームという方が、その本質をついている。 ーネット辞書によると、 ≪ ツアーとは、基本的にはパンフレットやインターネットサイトなどで 宣伝して旅行者を募集し、旅行代理店で旅行契約を締結し代金の収受を行う。 行程表に従った団体行動で集合場所から解散場所まで全行程に添乗員が同行する 形態が基本であるが、1990年代からは添乗員が同行せずに所定の往復の交通と 宿泊(に加えオプショナルツアー)で構成されるフリープランが台頭し、 旅行者のニーズに合わせて選択できる。 :利点として ・添乗員が同行するパッケージツアーでは、現地での不安感が少ない。 ・比較的多くの観光名所を観光バスなどで短時間に効率よく周遊出来る。 ・現地の情報の事前収集がされているので、参加者は、情報収集のエネルギー が少なくて済む。 ・団体料金が適用されるため、自由旅行や手配旅行より旅行費用が割安な ケースが多い。 ・旅行業者は3つの責任(旅程管理責任、旅程保証責任、特別保障責任) を負うため、手配旅行に比べて安心。 :欠点としては ・観光ルートが時系列で細かく設定されており、せわしなく感じる場合がある。 また、自由時間が少ないため観光内容に物足りなさを感じることもある。 ・行動の大半を他の参加者と共にするため、煩わしく感じる場合がある。 ・近年、格安航空券やホテル代の割引が個人客にも開放されており、自由旅行 や手配旅行の方が安くなることも少なくない。特に1人参加で1人部屋追加 料金を支払う場合はかなり高くつく。また、辺境地をチャーター便や 貸切バスで周遊するツアーも高額になりやすい。 ・土産物店や免税店に何回も立ち寄らされることがある。現地での観光を 放棄する方法もあるが、ツアーによっては認めないものもある (土産物店等が旅行会社と契約してマージンを旅行会社に払っている)≫ ▼ 以上だが、一般的にツアー旅行は、フリープラン派と、パッケージ派に 分かれる。49回のツアー経験から、フリープランでの現地代理店との直接 交渉のパックは、旅行代理店の裏づけがないため、現地の ガイドの好い加減な 扱いが多い。少し窮屈でも、私はパック旅行にしている。アフリカとか南米 専門の弱小旅行代理店は、(何度かの経験からみて)やめた方がよい。 マニュアルと、チェックリストが皆無のため、添乗員の劣悪な扱いを受ける ケースが何度かあった。代理店は、それぞれ客層を絞っている。その時々で、 代理店の浮き沈みが激しい業界である。JTB、日本旅行、近畿ツーリスト、 HIS、阪急旅行社の順に重心が移動している。自分は何を旅行で求めるかで、 その相手先を決めるが、私の場合、値段と行き先の内容になる。 ツアーゲームは、私にとって最高の遊びであり、別腹の多くの体験と感動 が詰まっている。それぞれのツアーの延長が、TVやブログで見るなどしながら、 今も続いている。その度、新たな経験がある。 ・・・・・・ 4605, 閑話小題 ー今回は、い〜かな 2013年10月25日(金) * 「今回は、い〜かな!」 一昨日の夜、家内のところに、柏崎の中学同級会の誘いの電話が入った。 その後、家内が言うに、「去年、出席したばかりなので、今年はい〜かな、 とヤンワリと断った」と。そこで、当意即妙に「せっかくだから、『い』 を付けたら!」と言うと、「何のこと?」と、のたまう。「『い』をつければ、 いかないー行かない」だろうと教えても、何かボーとしている。そして暫くして 「あっ、そっか!」 それで、本人は笑ったが、ジョークに鈍い御人は、 こういう言葉の彩の面白さに反応しない。 以前、何処かの居酒屋で、 店主が「今日は、真イカしか、ありません」に、「ま、いいか」と駄洒落を 飛ばしたが、全く反応をしなかった。同席の三人はお愛想笑いをしてくれて、 何とか場は持ったが・・ ま、いいか! 「今回は、い〜かな!」は、巧い 断り方。営業のプロなら、「じゃあ、次回は必ずお願いしますね!」というか。 * ぽっくりシューズ 子供の頃、女の子が、ぽっくり下駄を履いていた。ウィキペディアのよると、 『ぽっくり下駄は、日本の町方の子女の履き物。舞妓や半玉、花魁や太夫につく 「かむろ」の履き物でもあり、七五三のお祝い履きにも使われる。』とある。 新しい自転車を購入して一ヶ月経つが、一時停車の時、足のツマ先が地面に ギリギリ。スポーツ自転車の停車の時、サドルの前に腰を出し、女またぎで 両脚をつくのが通例。(そこまでサドルを上げておく)だが、緊急停止の場合、 短身もあり、2〜3センチ足りない。日が経つにつれ、その下り方に慣れては きたが、やはり不安で、厚底シューズを検索で調べ、アマゾンから購入した。 送料込で3900円。早速、送られてきた現物は、何と、ぽっくり下駄にそっくり、 ウォーキングをスムースにする健康シューズ。つま先の厚さは、普通のシューズ と変わらないし、踵部分が削られ、中央が膨らんでいる。失敗かなと思いつつ、 履いてみたが、何とか停車時に安定してつき、一応は、合格。 その後、いつもの通り大手大橋を15分ほどヒキチャリウォーキングをしたが、 姿勢を正して歩かないと不安定になる。 足元が三分の一しか接しないため、 姿勢が良くするしかない。まだ慣れてないため疲れが残るがウォーキングに最適。 自転車以外は珍妙な型のため、普段は履けない。踵から脚を踏み込み前に重心 移動すると、楕円形のため勢いつき身体が移動しやすい。よく考えたものだが、 自宅の2Fへの階段で、後ろに重心をかけ、げ落ちそうになった。 ・・・・・・ 4230,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー5 2012年10月25日(木) ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より * 特産品を混ぜ合わせて偶然生まれたマヨネーズ 高校時代の夜食に、冷めたご飯をバターで焼いて、それにマヨネーズと 塩をかけて食べていた。それが、お新香と食べると、やけに美味しかった。 マヨネーズが生まれるに、やはり歴史があったのである。 ≪ 日本人に人気の高い調味料の一つ、マヨネーズ。何にでもマヨネーズを かけて食べる「マヨラー」という人もいるくらいだ。その起源をたどると、 18世紀まではマヨネーズというソースは存在しなかことが判明している。 マヨネーズが誕生したのは、イギリス海軍の拠点だったメノルカ島の小さな 港町・マオンにフランス軍が攻撃を仕掛けたことがきっかけだ。 フランス軍を率いていたリシュリュー公爵は、終わりの見えない戦いの合間を 縫って、マオンの街角を訪れた。城塞付近の前線では激しい戦闘が行なわれて いたが、一歩街に入ればそこは平和な田舎町。リシュリューはひとときの安らぎ を求めたのか、目についた一軒の料理屋に立ち寄った。戸惑う料理人に、 リシュリューは「何かうまいものを食わせてくれ」と注文。 料理人は肉を焼きながら、マオンの特産品であるオリーブオイルとレモン、 ワィンビネガーを使ったソースを作りはじめた。しかし、これだけで公爵が 満足するか不安に思った料理人は、少しでも料理をグレードアップさせたい との思いから、島の名物・メノルカ鶏の卵をそのソースに加えた。 マヨネーズがこの世に誕生した瞬間である。そのおいしさに驚いたリシュリュー がレシピを持ち帰り、マオンのソースという意味の「マオンネーズ」として マランスに伝え、やがてこれがマヨネーズと呼ばれるようになった。 ≫ ▼ マヨネーズといえば、キューピーマヨネーズで、他のマヨネーズは、 不味く感じて当分の間は舌が受けつけなかった。これとケチャップも、 冷や飯と一緒に炒めて食べていた。チャンハンの具なしというもの。
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2017年10月24日(火)
* 終わってみれば、これが日本 ☆衆院選挙も、終わってしまえば自民の大勝。たまたま吹いた風で舞上がった 元キャスターの自民党女議員が、思い切った独断で都知事になり、その勢いで、 日本初の女首相へ!の勢いもあったが、一言「排除…」で失落した。選挙のプロ が側近に少なかったようだ。 昨年の都知事選の際、石原慎太郎元都知事が 「厚化粧の大年増」と小池を侮辱をしたが、翌日、小池は「私は今日は薄化粧で 来ました」とさらっと 言い返した。それが、小池大勝利の結果を導いた。 今回は、それが真逆に出てしまった。当然、都知事を辞任し、自ら立候補をし 先頭に立つべきだった。要するに腰が引けたのである。豊田、山尾、そして地元 の配偶者を宮崎元衆議院議員を持つ金子女史、への辛辣なヤジなど、そうこう 選挙戦をみるにつけ、虚構そのものの代議士だけにはなりたくないと…。 心はズタズタだろう。それでも未来を信じ立向かう姿には恐れ入る。 ☆半世紀前にもなるが、私がいた学生寮に、自民系の政治志望の先輩たちが、 卒業後も出入りしていた。彼らの頭にあるのは、資金調達のためのネタ探しと、 出身地の地盤の感心のみ。資金も無く、あるのは野心だけの飢えた狼そのもの。 その影響と、時代背景もあって、私も、何やしら創業を思い立ち、青雲の志に 酔い潰れていた。時は1960年代後半。ディズニ―ランドの頭でっかちの キャラのように。政界は、得体のしれない野心家がチャンスを求め彷徨う世界。 何が辛いかと言えば、大都会の真中で独りヨレヨレで、「お先真っ暗の上に、 金がないこと」。「死ぬことからみれば、何事もカスリキズでしかない」という が、死んだ方が楽の世界が存在する。彼女ら3人の後姿に、それが見えていた。 辛辣にヤジっていた薄汚れた男たちに、どんな哀しい人生があったのか。 仮想インタビュー:
豊田前議員: 「エテ公、死ね!」 山尾議員: 「あの方々に、人生など、あろう筈がない。哀しいという 言葉が汚れます!」 金子前議員: 「旦那の侮蔑、そのまま、貴方がたにお返しします。まだ、 ずっと、旦那がまとも。何んで、こんな人が住む地元 のため、全力投入しなければならないのかしら! それにつけても、亭主のヤツ!落ちてしまえば、ただの猿」 小池都知事: 「あちゃ、ぱー!」
・・・・・・ 5701,自分のための人生 〜�� 2016年10月24日(月) 『自分のための人生』(ウエイン・W・ダイアー) * 幸福の人ほど「知的」になるのはなぜか? 幸福の人は概して「知的」である。「知的」だからこそ、幸福と言える。 知識とお金の使い方を熟知すれば、身をたすけるが、問題は使い方になる。 分類される前の中学の同級生の上位2割と、下位2割の成績の人たちの、 その後の幸福度を比較すると、その後の人生で、現象的にみてだが、比例して 拡大している。著者は、「人は自分の望むとおりに頭をよくすることができる。 才能は資質よりも、どれだけ時間をかけるかに負うところが大きい。」と、 看破する。 〜その辺りから 〜p74 ≪・自分自身の基準に当てはめて考えれば、自分を知的だと思うこともできる。 事実、幸福になればなるほど人は知的になるものだ。例えば代数や書き取り などの分野が苦手なのは、今までに行ってきた選択の当然の結果として、 そうなったにすぎない。こういう課題のうちどれでもいい、練習に十分な時間 をかけようと決めさえしたら、まちがいなくうまくなる。自分を過小評価して いるとしたら、それはそういう考えを受け入れてしまったからだ。学校の成績 のように常に変化するものを基準にして自分と他人を比較するからである。 ・こんなことを言うとびっくりするかもしれないが、人は自分の望むとおりに 頭をよくすることができる。才能は資質よりも、どれだけ時間をかけるかに 負うところが大きい。 ・標準学力検査の成績基準を見てみよう。この基準が示すところによれば、 1年生レベルで優秀な生徒がとる得点を、高学年レベルでは大多数の生徒が とっている。また、なかに他の生徒よりもかなり早く習得する生徒もいるが、 最終的にはほとんどの生徒が各学習課題を習得する。ところが、ある技能を 完全に習得するには、他人より時間がかかる生徒には、ただそれだけのことで 「不可」というレッテルが貼られてしまう。 ・この点に関して、ジョン・キャロルは「学校における学習形態」の一モデル」 という論文の中で次のように述べている。 < 適性とは、学習すべき課題を習得するのに要した時間の総和である。 この公式的記述が暗に示しているのは、十分な時間が与えられれば、 どんな生徒でも課題を習得できるという仮説である。 > 十分に時間をかけ、かつ努力すれば、決心次第でほとんどどんな学問上の 技術も習得できるだろう。≫ ▼ 一つのことを成すには一万時間の集中した継続が目安になる。その為には、 好きでなければ続かない。継続は進歩につながっていく。知識の蓄積から 湧き出る知恵が、自然と幸福に導いていく。 <「えっ!そんな知恵がなくても、充分幸せですよ!」に、 「両親からいただいた性格だからですよ。他人と比較しないからですよ。 知らずと幸せな仲間を選んでいるからですよ それは。」> 〜で、以下の内容に脈絡が続く。
・・・・・・ 5336,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー�� 2015年10月24日(土) 一1人の時間を持て余す者は、二人の時間も持て余すー 老いの大きな問題に『孤独』がある。特に独身の場合は大きな穴が 心の中にスッポリと開いているのだろう。そのためには、自分の世界を つくり、ダンデゥズムに徹し、孤高に生きるのも人生の一つ。 ≪ ◎ 質問 =このまま一人孤独に人生を終えたくはないのです… 私はこの年になってもまだ結婚をしたことがない50歳の独身です。 仕事を離れるとほとんど人とおしゃべりする機会もありません。 飲みに行ってもほかの客とはあまりしゃべりません。 自分から心を開かなければ相手も私の心を分かってくれないということは 承知しています。会社もあと十年弱で定年ですし、その後の人生はこのまま 孤独に過ぎて、ある日部屋の中でひっそりと終わるのかと思うと不安です。 心を割った話ができる相手、できれば女性を見つけたいと思っています。 でもいままでにそのような出会いはありませんでした。 今後出会いはあるものでしょうか?、(五十歳男性) ≫ ≪ ◎ 答え=孤独を孤高にまで高める生き方を目指せ ・シマジ: この前のように三十代の男性からの相談なら「書を捨てて 女を口説け」、というところだが、五十代となるとそうともいえないな。 仕事以外ではほとんど人とおしゃべりをしない。飲みに行ってもほかの客とは 距離を保つ。おそらく、相談者はずっとそういう生き方をしてきたのだろうし、 他人に自分の領域を侵されるのが苦手で、一定の距離を保つほうが楽だった のだろうだとしたら、この齢になっていきなり社交的になれといっても、 それは無理な相談。女性に対しても尻込みしてしまうタイプだろうな。 こういう人が人生の晩年を一緒にすごす女性を見つけようと焦ると、下手を すると結婚詐欺に引っかかりかねない。だから、無理はしないほうがいいね ・シマジ: だからこそ、孤独を恐れる凡人を脱して、相談者には孤高を目指 してほしい。肌のぬくもりやおしゃべりの相手が欲しいなら、猫を飼えばいいん じゃないか。猫はいいぞ、しみじみと会話ができるからな。俺の知合いの作家 の話だと、飼い猫をあんまり可愛がりすぎるものだから、結婚したばかりの妻が 怒ってね。、「猫と私とどっちが大事なの?」うていう言葉に「そりゃ猫だ」 と答えたものだから、新妻に家を出て行かれたそうだ。人間の女より、猫の ほうが一緒に暮らしていて心穏やかでいられるというのは否定しがたいね。 ・シマジ: 金と時間と情熱を注ぎこんだ一人の時間を豊かにするには、膨大 の情熱と知恵が必要だ。一人で孤独だと思うのではなく、誰にも邪魔されない 自由な時間をどれだけ豊かにしようかと真剣に考えるところから、人生の愉しみ が広がっていくんだ。まさに人類のステキな時間。心の中に星が降る時間だね。 だから、相談者が仮に本やお酒に興味がないなら、別の手段でもいい。 自分が興味を持っているものをもっと深く探っていく気持ちを持てば一人の時間 を貴重に思えるんじやないかな。それにね一人の時間を愉しめる人でなければ、 二人の時間も愉しめないと思うんだよ。一人をエンジョイできる人間は、二人 になればますます相手と自分を愉しませられる。一人を持て余す人間は二人に なってもやはり相手と自分を持て余して、退屈な時間を過ごすんじゃないかな。≫ ▼ 家にオウム科最小のインコがいる。居間のガラス戸を隔てた先の籠に一匹、 鎮座しているが、人恋しいため常にピーピーと呼びかけている。時どき、 餌を与えたり、頭を撫ぜてやるが、何か心が癒される。猫を飼うと、異性にも 関心が無くなり、ますます縁遠くなるというが・・ ・・・・・・ 4971,閑話小題 ー飛行機の座席にみる社会構造 2014年10月24日(金) * 人生を憎めば、人生は憎しみを返す 「あなたが人生を憎めば、人生は憎しみを返す」。 これを「人生を愛せば、人生はあなたを愛し返す」と言い直すことが出来る。 現在の私の状況は、まさに、この二つの間で揺れ動いていい筈だが、しかし・・ この状況を肯定することで何とか平静を保っている。不幸系の人は、まず憎しみ を持った受止め方をする。何でマイナーな考えを持つか? よく観察すると、 育った環境が大きく左右している。 まず、親を憎むことが、そのまま自分の 人生を憎むことなる。「相方には、両親に愛され育った上に、運がある人かを 第一にして見分けなさい」という。幼児から20歳代までに、プラス・マイナス の両極端の世界を垣間見てきた。やはり金持ち喧嘩せず。異性に惹かれるのは、 自分と違った要素を持つ人。しかし、それは短期間だけで、長い目で見れば、 その違いが性格の不一致になる。そこから憎しみが湧き出て、争いが子供に 大きく影響し、その結果、子供は両親を憎むことになる。90%の夫婦間が 実質破綻をしている?というが、子供はたまったものでない! そこで、 「されど、妻(夫)を愛す。人生を愛す!」が、人生を生抜く要諦になる。 * 飛行機の座席に垣間見える社会構造 飛行機は、集約された社会構造が、そのまま露出する場所。 見てみないふりしかない。飛行機の座席のランクには、一般的にファースト クラス、ビジネスクラス、エコノミークラスがある。 ーその料金体系といえばー (欧州の場合) ・エコノミー: 12万〜50万(12万は格安、50万は割引の無い 正規運賃で、サーチャージ込み) ・プレミアムエコノミー: 20万〜50万(本来はエコノミーの正規料金 を支払っている人に対するサービス) ・ビジネスクラス: 36万〜90万(90万は割引の無い正規料金) ・ ファーストクラス: 150万前後(割引料金は基本的にありません) ▼ 私のような格安パックツアーは、大型機の後部座席が主で、旅行代理店が 年間契約で3万5千〜7万円の格安で仕入れ契約をする。だから少々、窮屈を 我慢をすれば格安旅行が可能になる。ちなみにホテルも、観光シーズンのピーク を除けば、三分の一、五分の一の仕入れが可能。 だから、パックツアーに慣れ、 使いこなせば、結構、価値ある旅行が可能になっている。私は格安パックツアー もあって、エコノミーだが、たまたま満席で、ビジネスクラスを5〜6回、 一度だけラッキーなことにファーストクラスに乗ったことがある。4分1の 確率で、窓側3人席に家内と2人になるが、ほぼビジネスと同じ環境?になる。 露骨な格差を目前で見せつけられても、そこは非日常世界、瞑想には最適な時空。 ・・・・・・ 4604, 人生で大切なことは雨が教えてくれた ー1 2013年10月24日(木) 「人生で大切なことは雨が教えてくれた 」ドミニック・ローホー(著) このところ、台風の影響もあり雨の日が多い。どうしても雨は憂鬱な気分に なりがちだが、本列島は地勢的にみて、雨量の多さが豊かさをもたらしている。 著者はフランス生まれのフランス育ち。パリのソルボンヌ大学を出て、日本 在住三〇年。米国のミズリー大学、日本では佛教大学で教鞭を取っている。 彼女は、日本の多湿な雨に、特性を見出している。この本は雨読にはピッタリ の内容。図書館の借入は、買うほどでない丁度良い本に出会えるから良い。 ー内容紹介ーより 今日、雨はどんな世界に誘ってくれただろうか―― 生活のリズムを少し減速して、憂鬱も希望も深く味わう、雨との付き合い方 雨が好きな人は少ない。でも雨は私たちの精神、感情、人生を隠喩している。 ある時は私たちをエネルギーで満たし、ある時は憂鬱な気分にし、ある時は 希望、または静かな省察の時を与えてくれる。雨は私たちの生活のリズムを 減速させ、内観すること、または精神生活をより豊かに深めようにも働きかける。 雨には意味、存在感がある。まるで生身の体と声、そして心があるみたいだ。 雨はまさに、ミクロとマクロといった二つの無限の世界が共鳴し合い、合流 する境界に在るのだ。雨を避けては通れない。それならば、いっそのこと 雨を好きになってみては? ○雨がもたらす感動 ○雨が奏でる音楽 ○雨の香りとその感触 ○自宅で雨を愉しむ ○雨の日の外出 …ほか [レビューより] { 一言でいえば、雨の愛しみ方について書かれた本。 「降り止まない雨はない」という言い方をされて忌避される雨だが、 この本を読んでみると子供の頃の雨への新鮮な感覚を思い出す。砂利道に降り 始めた雨と土の匂い、雨は何処から降ってくるのかを確かめるために雨天のなか、 天を仰いだこと、夕立の清々しさ、長靴で水たまりを選んで歩いた記憶。 それは私にとっては両親、祖父母に愛されて育った記憶へと繋がり、安らかさ へと導かれるものだ。この本は「何の変哲もないものに喜びを見出す」 というローホー氏の真髄の一つだろうと思うし、この本を読んで雨の日を 楽しめるようになれば、人生の不自由からまた一つ開放される様に思う。 雨の休日には本棚から取り出して読み返したい本。誰でも人生は自由なのだな と改めて思った。次回作を心待ちにしている。} ▼ ここで、「雨を好きになり、雨を眺め、雨音に耳を澄ますようになると、 不思議と一瞬一瞬をより深く、存在意識を持ちながら味わえるようになる。」 と述べているが、やはり老齢期に、独り、昔を思い出しながら、深くため息を つく味わいが嬉しい。「雨は私たちの内面の自由への扉を開き、詩情、また 「超越」という概念にも気づかせてくれる。雨は現在に生きることの大切さ、 自然の制御できない性格なども分からせてくれる。そう、自然をより美しく、 そして自然を私たちに合わせるのでなく、私たちが自然に合わせるようにと、 雨は私たちに喚起しているのだ。」の、最後の結びの言葉がよい。ーつづく ・・・・・・ 4229,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー4 2012年10月24日(水) 「ルーツ大全」インフォペディア編 より * 戦国時代の日本にティーバッグがあった! ≪ ティーバッグは、まず紅茶にはじまり、最近では日本茶やウーロン茶など、 さまざまな種類が発売されている。ティーバッグのはじまりは一〇〇年ほど 前のニューヨークである。トマス・サリハンという紅茶の商人が紅茶葉の サンプルを絹の袋に入れておいたところ、客の一人が誤ってそれにお湯を注いで 飲んでしまった。それをヒントにして一杯ずつの小分けにして売り出されたのだ。 一方、日本では、早くも戦国時代のころからティーバッグがあった。 もっとも、中身はお茶ではなく薬だったが仕組みは同じで。戦乱の続く当時、 刀や槍で受けた傷を治療する「金創医」と呼ばれる医者たちが活躍していた。 戦場ではのんびり薬を煎じている暇などない。そこで金創医たちは、細かく 刻んだ薬草を配合して布の袋に入れ、熱湯を注ぐだけで短時間のうちに薬が 抽出できるようにしておいた。これは「振り出し薬」と呼ぼれ、携帯にも 便利なので、武士たちも重宝していた。金創医は、平和な時は産科医を している者が多かった。戦場の傷之お産は、大量の出血を処置するという点 で共通していた。今でも、婦人病の漢方薬に袋に入ったものがよくあるのは、 金創医が処方していた名残である。≫ ▼ 必要は発明の母というが、人間は必要に応じて知恵が出てくるもの。 即席ラーメンが発売された当初、日清のチキンラーメンがあった。お湯を 注ぐだけで三分で手軽に食べることが出来た。しかし、当時ベトナム戦争で、 ベトナム兵や、ゲリラのベトコンの携帯食としておおいに売れたという。 彼らは戦場で、それをカジリ食べていた。学生時代の昼飯として、 よく食べていた。 ・・・・・・ 3864, 嘘みたいな本当の話 −2 2011年10月24日(月) * さかさまな世界- 「嘘みたいな本当の話ー高橋源一郎・内田源一郎ー選」 狭い個室のなかで僕は格闘していた。冷や汗が止まらない。段差ぎりぎりに 踏み込む足裏が痛い。右手をそっと後ろへ伸ばす。もっと伸びないものかと、 左手で右肩側方へ押しやる。指先がそいつの先端にやっと触れた。大学に入学 して初めてのバイト先。苛立った僕はその後、事務員の女たちに愚癒をこぼした。 「あそこって不親切なつくりですよね。手を思いっきり後ろへ伸ばさないと 届かないんですもん。ただでさえ洋式のスタイルに慣れきっているので、 和式はたまらなくつらいんですよ」僕の話を一通り聞いたあと、事務員たちは 顔を見合わせる。 ひとりの事務員が切り出した。「あの……トイレヅト ベーパーなら、後方ではなく前方にあるはずなんですが…ー」京都 サトゲン * シンデレラ 会社帰りに神田駅の西口で、階段につまずいて片方のハイヒールを落として しまった・・ 拾おうと振り返ると、落ちたはずのハイヒールは私の足元にあり、 次の瞬間、ストン、と私の足に納まっていた。同時に、私の足元でひざまずいて いた男の人が立ち上がり、去っていくのが見えた。我に返り慌てて振返ったが、 無数のサラリーマンの後ろ姿があるだけでした。 岐阜県 横山奈津子 * 洗濯バサミ 我が家は山の上にある。 物干し台の横をいつもトンビがが通り過ぎる。 今朝、洗濯物を干そうとしたら、カゴのなかに、見たこともない洗濯バサミが ひとつ入っていた。 長崎県 トンビ ▼ 片足のハイヒールを落とした瞬間、手にして足元で履かせるタイミングは、 一生に一回あるかないか。 こういう思いもかけない偶然は、誰も経験して いるが誰かに話すチャンスがないだけ。それにしても奇遇である。 「洗濯バサミ」、これもあり得る話。野生の鳥は思いもよらない頭脳を持つ。 そうでなくては、四季の変化のなかで生き抜くことは出来ない。 こういう話は純真に聞き入れる方だ。
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2017年10月23日(月)
* 次は、戦時体制に? 選挙結果は、安倍首相の目論見とおりに終わった。民進党の解党の結果、 左派の立憲民主党が実質的に残存したことになった。 解党がなかった場合、 立憲民主党の当選数にも及ばなかったはず。これで「憲法改正」が本格的になる。 隣国に軍事独裁国家が存在する限り、現状の憲法では対処出来ないことは自明。 私は憲法改正賛成、アベノミックスは反対、原子炉現状維持派のため、賛同より、 バランスを考えた上で、それに近い「希望の党」に、家内は「立憲民主党」に? 地方区は野党議員に入れた。一年以内には、朝鮮戦争の可能性が高まる中で、 国民は強固の保守体制を選択したことになる。Jアラートを日常的に鳴らした 効果は大きい。小池のミスジャッジなしで、みごと希望の党の勝利だとしたら、 問題が残るから、この選択は、正しいのだろう。 そして時局は「戦時体制」に入っていく。 既に、北工作員のテロ対策、難民収容所基地の準備、負傷者用の緊急病院など が具体的に作成されているのだろうが…。 恐ろしいが、これが現実。ロシアの プーチンの思惑どおりに事態が進んでいく。 弱者の戦法で、北朝鮮は長期戦に 持込みたいのだろう。日・米・韓国にはスパイによるテロ戦術になる。そこで、 「何が冬季・平昌オリンピックか、東京オリンピックか」の空気が強くなる。 恐ろしい身近な現実の具現化が始まる。この不安、そのままが、自民党の大勝利 の原因になった。米韓日が勝利するとは限らない。北には30〜40年かけた準備が あり、そう侮れない国家である。恐ろしいのが、北の国家ぐるみの自暴自棄。
・・・・・・ 5700,「現代に求められる知性とは何か」 2016年10月23日(日) 『知の読書術』佐藤優著 *「現代に求められる知性とは何か」 過去からのフラッシュで人生を振返り、独り赤面することしばしばの日々。 そこに現れるのが己の知性の限界と、品性の問題に行き当たる。良心に反する ことは、極力しないよう心がけてきたが、一つの判断には+−の様々な要素が 含まれる。その時には気づいてないマイナス面が、重く思い出されてくる。 戦場の極限で、矛盾が積み重なり、心の底に沈殿、それが心の病として、 何時までも付きまとうという。戦場では知性も、理性も、問題の外になる。 イラクとアフガニスタンに派遣された米兵は200万人。そのうち50万人が帰還後 も心の 病を抱えているという。目前で仲間を失い、敵を殺すという戦闘経験が 心的 外傷後ストレス障害を発症させ、多くが自殺まで至る。その縮小版が、 老いとともに生じてくる。そこに、長年培われた教養が必要とされる。 グローバル化の中、世界がフラットになり、今までの常識が通じない中で、 「教養の再生」が大きなテーマになる。 これからは、「教養共同体」を再生 が重要と、以下のように、著者は述べる。 ≪・「教養共同体とは、自分たちの教養や思想を社会に還元していく ような教養人のネットワークのことを言う。資本主義や国家の暴走は、 『給料を上げろ!』『戦争反対!』と声をあげるだけではブレーキをかけられ ません。 なぜか ―それは戦争を推進するような運動や排外主義的な運動も、 その背後にはどんなに稚拙であれ必ず思想の組立てがあるからです」 ・また、「知識人や教養人が思想の組み立てや教養の構築を怠ると、 その空白を縫うように、粗雑な反知性主義者が物語を語り始めます。 そして現代の日本には、政治家やビジネスエリート、運動家に至るまで、 論理の体をなしていない気合主義や自己啓発のような物語が溢れています」 ・そして、このように訴える。 「こうした乱暴な思想はやがて人々を動員し、物理的な暴力性となって 秩序を破壊します。排外主義的なヘイトスピーチの登場はその兆候です。 反知性主義的な思想の暴力性に対抗するには、知識人や教養人が連帯して、 別の思想・物語を語らねばなりません。だからこそ知識人・教養人の共同体や ネットワークが、今の時代にはたいへんな重要性を持っているのです」 反知性主義がはびこる国家に未来などない。そのためにも、「教養共同体」 が重要になってくる。≫ ▼「教養共同体」は、ネット世界で『ネット教養共同体』として容易になる。 ネットの端末機器の進化は留まることなく進化しているが、情報を教養と して効果的に身につけるには、基礎教養が必要になる。が、子供の頃からの ベースがないと、教養共同体の理解と共用は難しい基礎教育格差の問題がある。 米国のトランプ、フィリピン大統領のような反知性的思想の持ち主が、同類の 人たちを扇動し、国家を危機に向かわせる。集団心理は本来、反知性的である。
・・・・・・ 5335,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー�� 2015年10月23日(金) ー結婚しなさい。いい相手を俺が紹介してあげようー 私に今東光が乗移ったら、『サッサと転職をしろよ。次の職場で後悔する 状況に直ぐに陥るから、少しはマトモになるはずじゃ!』というだろうに! ≪ ◎ 質問: 信念や主張がなく、すぐ諦める自分がもどかしい 〈 私の悩みは「こだわり」がないことです。そのためか、人にただ流される 生活をしているような気がします。仕事をするうえでも、周りの人が 「こうするべきだ!」と強く出してくると、「だったらそ札でいいんじゃない」 と迎合しがちで、会議などでもあまり意見はいいません。何かを強く主張を して揉めるくらいなら、初めから諦めてしまうほうが面倒がなくていいと 思ってしまいます。人材開発・組織開発の仕事をしていますが、この仕事は すぐ結果が出るような類のものではなく、周囲とのコンフリクトが当然の ようにあります。それだけに、信念やこだわりがなく、すぐ諦めてしまう 自分がもどかしいです。三十歳を超えて、このままだと仕事は中途半端な ままで終わりそう、と不安です。(三十歳女性) 〉 ◎ 答え=人生で最大の罪悪は退屈すること ・シマジ: うーん、難しいな。俺とは全く違うタイプだ。何が原因で自己主張 を諦めるようになったか分からないが、相談者は人生に退屈をしているんじゃ ないか。主張しない、迎合する、すぐ諦める。これではノッペリした平板な毎日 で退屈で仕方がないだろう。俺は人生で最大の罪悪は退屈をすることだと思うよ。 何だっていい。何か一つのことに十年ものめり込めば、間違いなく自分の世界が できる。確固とした価値観や美意識が形作られ、オリジナルの主張や、譲れない 一線としうものが生まれる。すぐに諦めることもなくなると思うがな。 ・アソシエ: 趣味に打ち込んでみたら変わりますかね。 ・シマジ: 実のところ、「たしなむ」レベルではあまり変わらない。結局のところ 「道楽」でもまだ足りず本当は道を極めるところまで行かないと世界は作れない。 つまり「極道」まで行く必要があるんだが一まあ、そこまで要求するのも酷だから、 まずは何か打ち込めそうなものを探してみてはどうかね。空手なんかどうだ。 ・アソシエ: いきなり空手ですか。 (略)・・・ ・シマジ: 経済力があって頼れるいい男を見つけて結婚すれぽ、相談者は 昔ながらの良妻賢母になり、幸福な結婚生活が送れると思う。何も仕事で成功 するばかりが人生の幸福でほない。自分の意見を強く主張し、周囲と競い合って 仕事で成果を上げるということが向いていない人もいるんだ。そういう人は無理 をして仕事場で「できる女」を目指さなくてもいいと思う。 というわけで、相談者には旦那さん候補としてこ人の男性を紹介しよう。 じつは、いい人がいたら紹介してくれと二人の男から頼まれているんだ。 いま、その男たちの写真を持ってくるよ。 ・アソシエ: まっと待って。それは人生相談の範疇を超えているような気が。 ・シマジイ: どうしてだね。人生相談というのは相談者の悩みに真剣に対峙 するものだろう。少なくともシバレン先生、今東光大僧正、開高健文豪は、 相談者に胸襟を開き、自らこれと信じるということを真剣に語った。 人生に正解なんてありはしないんだ。だから人生相談にも正解やあるべき姿 なんてない。語るだけでなく、人助けの実践的サポートまでやる人生相談が あってもいいじゃないか。俺は、この相談者の幸福は結婚にあると思っている。 そして、良妻賢母になることを確信している。相談者に結婚する気がないなら 無視してくれれぽいいだけだ。もし、その気があるなら、連絡してくれ。≫ ▼ こういう人は、男にもいる。学生時代など20歳半ば頃までは、 経験の絶対量が少なく、まず周囲と同化することに神経がいって当然。 女性なら家庭に入ることで逃避する道があるが、男は、そうはいかない。 人生に正解はないとしても、より良い道は自分でしか切り開けない。 で、知恵を絞り出すしかない。この後の二人の対話が面白いが、止めておく。 ・・・・・・ 4970,野心のすすめ 2014年10月23日(木) * 野心という山登り 〜「野心のすすめ」林真理子著 創業の準備を含め45年間、その最後は、この様だったが何故か後悔はない。 野心があったからこそ出来た様々な成功と、挫折経験は何物にも変えがたい。 自分の限界の壁が常に目の前に立ち上がっていて、何時も溜息をついていた。 野心を持っていると、「棒ほど願えば針ほど叶う」になる。棒ほど願わなくて は針ほども叶わないのである。創業の頃は、高度成長期の絶好の環境があった。 それに、条件づくりに父が陰で協力をしてくれたこともあった。 野心は志と似ている。自分では志と思っても、人から見れば野心というのだろう。 何かに志をたてると、それが高く、大きいほど、その差が見えてくる。 そして、途中で、頓挫させるような難関が次々と立上がってくる。しかし、今さら、 後は引けないという瀬戸際で、壁が崩れ、内在した力が沸々と湧き出てくる。 ー以下の内容が、野心を解りやすく要約している。 ≪ 野心を持って努力をし続けるのは、本を読むことにも似ています。 本を読み始めると、自分はどれほど無知なんだろうとか、この分野を知らない のはまずいなあとか、この先また別の本を読んでみたいなと思う。努力をする人 にはいろいろなページが開いてくるんです。反対に、本をまったく読まない人は、 何を読めばいいかわからないし、そもそも本の存在すら意識下に入ってこない。 自分はこういう人生を送りたいという目標を決めたら、歯を食いしばってでも 頑張ってみることです。野心が山登りだとすると、少し登り始めると、頂上が どんなに遠いかがわかってくる。少しクラッとするような場所まで来て、下を 覗いてみると、登山口の駐車場ではみんなが無邪気にキャッキャッ楽しそうに 群れている。でも、自分はぜったいその場所にはもう下りたくないと思う。 自分はこの先、あの高いところまで登れるのかという不安を常に抱えながら、 ズルズルと下に落ちたくないから常に手を抜けない。なぜ、わざわざ辛い思いを してまで山登りを続けられるのでしょうか。それは、必死で登って来た場所から 見る景色があまりに美しく、素晴らしい眺めを自分の力で手に入れて味わう 満足感と幸福をすでに一度知ってしまったからです。そうなったら最後、 もっと美しい景色が見たい、もっと満足したい、もっと幸福を味わいたい、 と、さらに上へ上へと登りたくなる。 平地で遊んでいる人間には一生見えない 美しい景色、野心を持って努力をした人間だけが知る幸福はあります。 もちろん辛い試練だって待っているかもしれないけれど、野心という山を登ろう とする心の持ちようで、人生は必ず大きく変わってくる。チャレンジしたから こそ初めて手に入れることのできる、でっかい幸福が待っている。 人の一生は短いのです。挑戦し続ける人生への第一歩を踏み出して くださる方が、増えることを祈ります。さあ、山に登ろう! ≫ ▼「やってしまった後悔は、日ごと小さくなるが、やらなかったことの 後悔は日ごと大きくなる」の彼女のモットーが、良い。三年前の経験で、 つくづく思ったことは、山の麓で遊んでいた人たちほど、攻撃してきたこと。 特に、城下町の体質が、人間関係にられ一生を棒にふった人の割合が多い。 それが、「他人の血で、自分の一生を棒にふったという傷口を洗おうとして いる姿そのもの」に私には見えていた。しかし、実際に、人生の夕暮れ近くに なって、それも有り!ということに気づいた。 山登りの景色も、麓の景色も、 大して変わりはしない、ということ。しかし、麓でも何かにチャレンジして ないと、麓の美しさ、面白さに気づかない。 ともあれ、何かに挑み、闘い、 変化する中で、人生は面白くなるようだ。せっかく、地球に知的生物として 80年を頂いたのだから! 有りがたく頂戴しないと! ・・・・・・ 4603, 閑話小題 ー呆けも大変だけど・・ 2013年10月23日(水) * 呆けも大変だけど、しっかりしているのも? 幼馴染と酒を飲んでいた時、何気ない話から、相方には90歳を過ぎた 義母と三人暮らしという。「ボケはあるの?」と聞くと、「全くない!」と。 その時、自然と昔の記憶が湧き出てきた。 { 私の母親が痴呆症になって5年半で亡くなったが、それは大変だった。 亡くなる半年ぐらい前のこと、元旅館の女将をしていた母の最も親しかった 92歳の友人が、実娘に付き添われて数十年ぶりに訪ねてきた。最期のお別れ という空気が、そこに漂っていたが、呆けは全くなく元気そのもの。 家内が台所で、こっそりと、「呆けもなく、元気で良いですね」とこぼすと、 さん、「なに言っているのよ、元気は元気で、そりゃ大変! むしろ・・} その時の一期一会の二人の姿が、現在でも頭に焼きついている。看護十年は、 される方も、するほうも、大変である。「呆けは老いの苦痛を和らげるため 神が与えし精神状態」という。呆けないで余生を楽しむのも芸のうち、 ということ。 * 米国のデフォルト危機 米国のデフォルト、何とか乗り越えたが、その信用失墜は大きい。 計画的世界恐慌、このタイミングがベストに思えたが? まずシリア爆撃に 目先を向け、のドサクサにデフォルトだったのでは?国家戦略からして、 オバマ二期目の二年目。やるべき仕事はデフォルト? 来年の2月7日まで 先延ばしたが、まだまだチャンスは続く。日本と同じく国債増発しか予算が 組めないため、増発をするしかない。がん末期のリンゲル投入と同じで、 死ぬまで続けるか、恐慌を起こし精算しかない。そのプロセスを踏まない限り、 米国債を出し続けるしかない。 水面下では静かなる経済恐慌が既に起きている。 更に深刻なのが日本。特に地方の惨状は、ここで何度も書いている。その上、 世界恐慌が表立ってきたら、どうなるのか。まずハイパーインフレとすると、 年金生活者は?今や何が起きても不思議でない。我が身は自分でしか守れない。 「まさか!」は起こってからでは遅いが備えは可能。「まさか!」が、危ない。 私の「まさか!」は、リーマン。備えてはいたが、現実に起こると「まさか」 が、「まさか」でなくなる。その典型が、「まさか!東京電力が」・・ 一万円前後していた株価が、今では500円、これも国家管理になればゼロの 可能性がある。安定株の筆頭だったのに。 ・・・・・・ 4228,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー3 2012年10月23日(火) * 餃子の形の由来 餃子も、清の銀貨の「馬蹄銀」の形からきているという。まあ、面白いもの。 ≪ 中国では、日常のお惣菜としてだけでなく、お正月の三が日にも縁起もの として餃子を食べるしきたりがある。 その理由は、あの独特の形にある。 鮫子の形は、清の時代まで中国で流通していた銀貨である「馬蹄銀」の形から きている。そのため鮫子は「富貴」「多子」の縁起をかついだおめでたい食べも と考えられてきた。中国では、年の初めに鮫子を食べると一年間お金に困らずに 暮らせ、財をなすことにも通じるといわれている。中国における鮫子は、 まさに日本の「おせち料理」のような存在であるといえるのだ。 それでは鮫子の発祥地はいったい中国のどの辺りなのだろう。じつは比較的 最近の一九六八年、新彊ウイグル自治区のトルファンにあるアスタナ遺跡で、 なんと唐の時代の鮫子の化石らしきものが発見された。この発見により、 このトルファンの地が餃子の起源と考えられている。 この化石は、トルファンに展示されている≫ * 瓶詰めはナポレオンのアイデア募集から生まれた ≪ 瓶詰めはナポレオンがアイデアを募集し、多くの応募の中から入選した のが食品加工業者アぺールの発案した瓶詰めという方法だった。その作り方は、 瓶に調理した食料を詰めて、これをコルク栓と針金で完全密閉する。そのあと 湯せん鍋で沸騰加熱して殺菌するという方法だ。これなら食材を新鮮なまま 持ち運ぶことができる。この瓶詰めは画期的な保存方法として注目され、アペール は莫大な賞金を手にした。ナポレオンの快進撃を支えた瓶詰めは、ほぼ同時期に イギリスで発明された缶話めとともに、今でも人々の食卓を支え続けている。≫ ▼ 要は、食品のパッケージ化を考えたということ。樽詰めを更に小さく 個人用パッケーかに詰替えたことになる。最近、コンビニが勢いづいているが、 これも、スーパーの家族用の品ぞろいから、個人用のパッケージ化商品を 中心にしたことが、消費者の支持を受けたことになる。
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2017年10月22日(日)
* 少し考えてみたら 日本人は第二次朝鮮戦争が起こるとは、よもや思っていないようだが、 少し考えてみれば、充分に起こりうること。アメリカのいうレッドラインを 遥かにこえた「水爆実験」と「ミサイル実験」を平然と行い、隣りの大国の 中国やロシア首脳と会談すらしようとしない。直接会談を避けるのは、底の 浅さが読み取られてしまうため。 肉親や幹部の粛清が、あの方にとっての錯乱原因で、自らの破滅の道を ひたすらまっしぐら。これでは数百、一千万規模の犠牲者が出る可能性がある。 「米国は核保有のイランの事例からして攻撃してこない」という甘さが見て 取れる。黄色人種の元首から、これだけ罵詈雑言と挑発を続ければ、欧米の 極右が見逃すわけがない。人生の夕暮れ時に、一つ海を越えた朝鮮半島で生々 しい戦争が突発するのか?
* つれづれなるままに! 会社清算に至った現在、後悔が殆どないのが不思議なぐらい。創業に向けて 一歩、踏み出した時から、万一の場合、「われ後悔せず」と決心をしていた こともある。その上に、思いの外、楽しみが、「差引きゼロ」というより、 80点以上の実感がある。何もしなかった10億、100億より、経験を楽しんだ現状 の方が良かった手ごたえがあるからこそいえること。 『納得出来る行蔵は、何ものにもかえ難い』とでも自己説得でもしないと… どの道、全てが夢幻でしかない。
* 政治ものコンニャク談義 ・ 昨夜、グランド・ホテルで、先ほど行われた中学の同期会の「反省会」 が、行われた。出席者が15名。余剰資金があったようで、会費は3千円。 二次会は欠席し、21時に帰宅。一次会の後半は、衆院選挙の話題で盛上った が、意外にも、自民の候補より、野党の女性議員の支持が圧倒的だった。 自宅にも、大平事務所から『前知事に負けそうで、助けてください』と、 悲鳴に近い泣き落とし?の電話が4度もあった。 「新潟市在住?の前知事が、今さら長岡で原発容認の自民党から出馬など、 もってのほか」と言われれば、成るほど肯ける。一般市民に「稼働してない原発 は空箱と同じ、ミサイルを撃ちこまれても、全く問題なし」の情報が意外と 知られてないこともある。で、私は、全国区で「希望の党」、地方区は「泉田」 に投票予定。それとも、国家危機の視点から、全国区が「自民党」、地方区は 「大平」。泉田は「長岡の女たち」を知らなすぎのため大敗の可能性がある。 「無所属で、新潟市地区で立候補すれば、当選の可能性もあったのに…」だが、 比例区で拾われる?今回の選挙結果が楽しみだが、『憲法改正』は必要とする と、自民党は圧勝して然るべきである。とすると「希望の党」でも良いが…。 二転三転後に、「全国区」が「希望の党」で、地方区は「大平」が結論。
・・・・・・ 5699,老老介護の現実 2016年10月22日(土) * 姉夫婦と従兄弟が老老介護の年齢に 先日の通夜に東京から日帰りでやってきた従兄は、老老介護の真只中。 総武線沿線の葛飾と千葉市近郊に、姉夫婦が三組、父方の親戚が三組が住む。 そのうち姉夫婦の一組と、いとこの二組の連れ三人、4分の1が亡くなっている。 そして残る三組は老老介護の真最中。平均年齢が80歳代に入った老老介護は 日々是戦場状態。長寿が果たして幸せかどうかの問題につき当たる。それでも、 近くに親戚と子供たちが住んでいるのが幸い。連れ合いは、生きているだけ でも老いの身には支えになる。末っ子のため、従兄弟も含めた自分の数歩先の モデルの人生、山あり谷ありが垣間見える。 さほど多くない市内の従兄弟や、 義兄が、去年から今年にかけて3人も亡くなった。後は誰が先か後かの問題。 <死ぬまでは生きている、死んだ瞬間から無になるから、自分の死はない。> と思えば気が楽。現実は、「先に逝ったもの勝ち!」「先に呆けたが勝ち!」 ブログ内検索で『老老介護』を入れたところ、以下の文章があった。 実にシリアスの内容である。 ―― 2011/09/14 閑話小題 〜老老介護 * 老老介護 先日、近くのチャンコ鍋チェーン店に久々に食事に行ったところ、 案内され小座敷の隣に80歳は超えている老夫婦の先客がいた。 少し妙な直感がしたが、別に気にはとめてなかった。しかし私たちが入店 した時には食事が終わっていたのに、私たちが帰る直前まで、そのまま御茶を 飲みながら周りの客の話を聞いている雰囲気が伝わってきた。それは別に問題 ないが、家内がセルフ・サービスのコーヒーを取りに行ったところ、帰りかけで 入り口にいた御婆さんが、家内に「足が痛くて歩けないんだけど、どうしたら よいですか?」と話しかけてきたので、家内は戸惑い「私には、どうにもなら ないんで、店の人に御願いしたらどうですか」と、少し冷たく答えたという。 連れもいるのに見知らずの人に訴えること自体が変で、明らかに痴呆症が半分 入っている風とか。私も腰痛を持っているので、その酷いときの辛さを痛感する ので(痴呆が入ってなくとも)誰彼なく言いたいのも分かる・・・ 長生きは有難いが、そこに精神的、肉体的苦痛の代償を自然は与える。老いた だけ、無念が増す、ということか。 本気で「来年は存在ない」という思いで、 一日一日を生きる時節になってきた。あの人は誰かに愚痴を聞いて欲しかった? のか。長生きはしたいが、老いたくない。この矛盾が老いの問題になってくる。 ―― 2015/05/17 人生相談という気晴らし! 〜�� 『人生、しょせん気晴らし』中島義道著 さすがの個人主義の哲学者も、老老介護の相談には歯切れが悪い。 介護の世界は複雑で、根深い。極限の場面で、真実を知ったところで、 せめて、気晴らしになるぐらい。最期の最期は、宗教に頼るしかない? ≪ Q: 〜老老介護から人の〈生〉と〈制度〉を問う〜 私は七十四歳の女性。以前の「死ぬ作法」の記事を読み考えるところが多く、 質問させていただきます。私は現在、九十五歳の母親の介護をしております。 昔であれば一番上の子供が還暦を迎えるころには親は天に旅立ってゆくもの でしたが、医療の進歩もあり、寝たきりであっても延命治療が続いております。 世間では後期高齢者医療制度が問題になっていますが、むしろ末期の医療現場を 考えていただきたいと思っています。人が生きるとはどういうことであるのか、 死に近い位置から医療をはじめ生きるということを見直すことが必要ではないか と思っております。哲学のご見地から、寝たきりとなった高齢者の生、死について 何かご示唆いただきたくお願いします。ちなみに私の兄弟三人は皆、病に倒れ 入院生活を送っています。私が倒れたら、どうすればいいものか不安で一杯です。 A: 〜われわれは「生きている」ことの意味が分からないのです〜 これは大変難しいご質問です。私も大学でここ十年ほど「生命倫理」の講義を 受け持ちましたが、さまざまな学説を紹介することはできても、自分の意見を 言えといわれると、とたんに分からなくなる状態です。 逃げのようですが、 あなたのご質問に対して「哲学の見地から」何の示唆もできない、と言うほか ありません。哲学は人を救えないものです。正確に言えば、世界とは、私とは、 時間とは、善悪とは、何か分からなくて悩んでいる人をある程度救えますが、 幸福になりたい人を救う能力は皆無だと確信しています。むしろ、哲学とは 不幸になってもいいから真実を知りたいという欲望をもっている人にのみ 開かれている。真実は必ずしも人々に慰めや、平安や幸福を与えるわけでは なく、逆に不安や不幸を与えるとしても、あえてそれを追究するのですから、 相当ヘンな欲望ですね。そもそも、われわれは「生きている」ことの意味が 分からないのです。ですから、生きているほうが、死んでいることより「いい」 ことを論証できないのです。哲学は「いかに」生きるか「いかに」死ぬかを 教えることはできず(それを安直に言い出す哲学者はニセモノ)、人間が死ぬ ことの意味そのものを問い続けることができるだけです。私も人間ですから、 直観的に「人を殺してはいけない」とか、「老人を虐待してはいけない」という ことは理解できますが、さらに「なぜ?」と問うと途方に暮れてしまいます。 まさに、ここに問題を見出す人のみが哲学に突き進むのであり、そんなことは 何の問題でもない、目の前に苦しんでいる人がいれば助けるのがあたりまえ ではないか、という考えの人は決して哲学の門にはいらないでしょう。・・ ≫ ▼ 難しく、深刻な問題だが、決して他人事ではない。人生の最期は、決して 不幸から逃れることが出来ない現実がある。それに対し、「南無阿弥陀仏」か、 「南無妙法蓮華経」と唱えるしかない。哲学は、「ことの道理」を追求すること が出来ても、人を救うことは出来ない。ということは、人生相談に、哲学は 向いてないことになる。だから、逆に質問の内容そのものの甘さを指摘して 納得させるのが、ベストになる。『人の心の問題は、ほっとけ!』と。
・・・・・・ 5334,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー�� 2015年10月22日(木) 元・プレーボーイ編集長の島地に、亡くなった三人がのり移った設定の 人生相談だから、面白くないわけがない。ランダムだが、面白そうな相談から 紹介していく。 ー大企業で出世する男の見分け方を教えてくださいー 〈 私がつき合っている男性は慶応大学卒の28歳、某大手電機メーカー勤務です。 有名企業ですが、このご時世、サラリーマンの一寸先は闇。彼が出世競争を勝ち 抜ける人かどうかを知りたいのです。私も大手といわれる保険会社勤務ですが、 ずっと仕事を続けるつもりはありません。というか、専業主嫁になりたいです。 ただし、貧乏臭い節約生活は送りたくありません。銀座で気軽にショッピングを したり、一流のレストランでランチができるくらいの余裕のある生活が希望です。 そのためには、旦那さまにかなりの稼ぎがないことには。かといって、ベンチャー 経営者なんていうのは、蟹産の危険と考中合わせで不安定だからイヤ。大企業で 出世する人がいいのです。そういう人の共通点って何でしょうか。どんなところ で見分けられるでしょうか。こんな質問をしたら、コメントは欄では非難轟々 かもしれませんが、本音でお蜀きします。(27才女性) 〉 ーお答えー 〈・シマジ:その慶応卒の彼氏とやらに会って、食事をしながら二時間も話せば、 出世するかどうかをぴったりいい当ててあげるよ。だが、一般論として出世 する男はこうだとはいい難いな。それこそ千差万別だ。だから、会わずに語る のは無責任だな。無責任だが、これだけはいえる。この男が大企業の中での 競争を勝ち抜き出世するだけの知力と感性の持ち主なら、相談者を一生の伴侶 として選びはしない。すなわち、相談者を妻にするような男なら出世の見込みは 薄く、出世する男なら、いずれ相談者と別れるだろう。 ・アソシエ:辛口ですね。 ・シマジ:相談者の本音の質問を本音で答えたまでだよ。出世をする人間の 大事な条件の一つが人を見る眼力だ。大きな組織の中でこれぞという先輩や 上司を探り当て、その人に教えを請い、その人を尊敬して命がけでついていく。 あるいは営業マンなら、取引先のキーパーソソを見極め、そこにしっかりと 食い込み、人脈を広げていく。いずれにせよ、そうした人を見る眼力があれば、 女のたくらみも見通してしまうだろう。それにしても、相談者の考えは浅いな。 だってそうだろう。日本の大企業の中で課長に出世をする男には眼力が必要だ。 課長になり、部長になり、ついには役員になったとして、どれほどの生活が できるというんだ。第一、子供はどうする。子供が二人もできたら、優雅に お買物にラソチになんていっていられなくなる。しかも、教育に金がかかる。 こういう相談者だから、子供に有名幼稚園や小学校をお受験させるだろう。 そのうえで、有閑マダムよろしくブランド品のショッピングに精を出し、 高級レス.トランでランチ三昧なんてことをしようとしたら、数千万の可処分 所得が必要になる。ということは旦那は税込みで一億円近く稼がなくては ならず、サラリーマンには到底無理な話だ。〉 ▼ 以前、田圃や小川に生息する〈タガメ〉について書いた。蛙や、小魚に 抱きつき、栄養分を死ぬまだで吸い取る昆虫で、日本の専業主婦に酷似 しているという分析の書籍を、ここで紹介した。 何か、誰かさんみたい? 〜二年前に取り上げた内容を下にコピー〜
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2017年10月21日(土)
法則ではないが、『世界がもし100人の村だったら』がヒットしたのは、 100という数字は、比率として、簡潔に世界の実態を示してくれる。
世界には63億人の人がいますが もしそれを100人の村に縮めるとどうなるのでしょう。 100人のうち
52人が女性です 48人が男性です
30人が子どもで 70人が大人です そのうち7人が お年寄りです
90人が異性愛者で 10人が同性愛者です
70人が有色人種で 30人が白人です
61人がアジア人です 13人がアフリカ人 13人が南北アメリカ人 12人がヨーロッパ人 あとは南太平洋地域の人です ―
ここで、まず思いつくのが、パレートの80:20の法則。 その20を更に、 20:80の4対96に絞り込む「96:4の法則」。「仕事の成果の8割は、費やした 時間全体の2割の時間で生み出している」で考えてみよう。成果の8割は費やした 時間全体の2割の時間で生み出しているかもしれないが、成果へのきっかけ (コツや、的確なアドバイスなど)になったのは、その2割の時間のなかの さらに2割。つまり全体を100としたときの4にすぎない。 ― * パレートの法則(80対20の法則) 簡単に言うと、全体の20%の要素が、大きく影響を与えているというもの。 •売り上げの8割は全顧客の2割が生み出している。 •離婚件数の80%を離婚経験者20%が占めている。 •蟻の群れのうち、真面目に働いているのが80%、働かないのが20%。 例えば、あるサービスを利用する「全体の上位20%が利益の8割を占めている」 ということになり、顧客全員の満足度を増やそうと努力するよりも、上位20% の顧客満足度を上げるよう努力したほうが賢明であるということもできます。 ▼ まず受験校に入る。で、20%に。そして早慶、国立一期校で4%が目安に。 そして一流企業に入り、1%の仲間入り。 逆に下位はヤクザ者か犯罪者に。 義務教育最終年の人達も、この数字のとおりになっている。ノンフィクション の読書に、これを適応すると、「目次、はじめに、終わりに、一章の冒頭と、 最終章の1ページと、図示・統計ページ」で、8割がた理解できる。 ― * 10000時間の法則 マルコム・グラドウェルが提唱した法則で、偉大な成功を収めた起業家や 世界的に有名なスポーツ選手など、何かの分野で天才と呼ばれるようになる 人達に共通しているのは、10,000時間というこれまでに打ち込んできた時間が 関係しているというもの。では今から新しいことに挑戦したとして、どれくらい で天才や一流になれるのでしょう。 例えば、マジックをこれから始めて、1日 3時間練習するとしたら、約9年後には一流ということなります(あれ、意外と早い) ▼ この随想日記のエネルギー投入。 6050のバックナンバー×2〜3時間= 12000〜18000時間になるが、一流など、ほど遠い。せいぜい、珍獣の戯言で しかないのは、基礎工事が軟弱のため。珍獣でも‘獣は獣の考え方がある’程度。
・・・・・・ 5698,閑話小題 〜県知事選の結果に ~�� 2016年10月21日(金) * ドラフト会議 昨夜、ドラフト会議があった。指名枠にある選手にとって、人生を左右 する運命がクジ引きで選択される場面は、みる者には、たまらなく面白い。 幸運?にもとれた選手が当りか外れは、数年経ってしか判明しない。 翌年から、中軸として活躍するのもいれば、プロ向きでなく、そのまま消えて いく選手も多い。 大相撲は、本当に強いのは、そのまま、幕内まで、駆け 上がっていくのが通例。何故か怪我が少ない。最近、こういう大物は、白鵬と、 朝青龍以外、存在しない。十両と、幕下に、個性的な力士が数人いるが、大物 というと、どうだろう。 有望力士が多くが怪我で消えていくケースが多い。 高校野球と高校相撲と柔道に数名、超大物がいるが、これらがプロとして 表だってくるには、あと3~4年は要する。 * 県知事選の結果に ~�� 県知事選に、原発再開慎重派の県知事が生まれた。この結果は、地元経済に とって大打撃になる。柏崎刈羽原発は、世界最大の規模である。その近くで、 二度の大地震が現実に起きている。一つ間違えると、福島原発事故のように、 溶解の可能性もあった。再開に異議をとなえた泉田は、明らかに策略?と、 おぼしき手段で、再選を断念した。三期で充分だが、原発に対する現地民の 危機感を、森元長岡市長は読み違えた。選挙運動の彼の態度には、既に県知事 の風格が滲み出ていた。 もう一つ、東京都知事選挙に続いての新潟県知事選の自民党の敗退の意味 するところは、利権の塊のような風貌の幹事長の傲慢な態度と、本性を露骨に 表してきた自民党の体質。これが、そのまま、TVや、ネットで流れている。 豊洲市場の談合疑惑や、盛り土の変更問題、明らかに汚職の痕跡が露わである。 更に、富山市の市議の不正受給の問題もある。北方領土の返還交渉成立直後、 アベノミックスの失敗が表立つ前の衆院の解散を目論んでいるが、前回のような 二匹目のドジョウがいるかどうか。改憲には賛成の私には複雑な感がするが。
・・・・・・ 5333,ノンセンス辞典 ー�� 2015年10月21日(水) 〜BRUTUSの「谷川俊太郎」ーノンセンス辞典〜 ≪ ・【思想】= 思いつきの別名。その思いつきが新奇であればなおいい。 たとえばひとりの子どもが、〈空は青くないよ、空は茶いろだ〉と言えば、 あの子には思想がある、というふうに用いる。思想を体系化しようと試みたり 思想に生命を賭けたりすることは、今日では邪道とみなされている。 ▽ 思想を思いつきとは言い得て妙で、本来、そんな大げさなものでもない。 カントの〈コペルニクス的大転換の『対象に認識が従うのではなく、 認識が対象を従える〉も、初めは思いつきだったのだろうか? 過去、現在、未来の時間軸を入れると、直感でわかることだが。 ・【文化】= 蝿が一匹もいないこと、または蝿が適度にいること、 または蝿が無数にいてもちっとも気にならぬこと。 ▽ 蝿がいるのは、それが発生する環境があるから、気にならないのは、 慣れてしまうこと。それも文化? ・【前むき】=頭部を前方にむかって固定した状態。人によってその頭部が やや左へ、或はやや右へ傾くことがあるが、後さえふり返らなければ、 三六〇度どの方向をとっても、前だと言える利点がある。 ▽ 「前向き」の人とは、人生を振り返っても、慙愧の念に捉われない人。 振返ると、そこには後悔することばかり、「今、ここ、私」の垂直の 瞬間には前向き方が、遥かに楽である。 ・【ミクロ・デス】= メガ.デスの反意語。メガ.デスは、他人が大量に死ぬ ことを意味するが、ミクロ・デスは、自分がたったひとりで死ぬことを意味する。 ごく最近の新造語らしく、用例はまだ見当らない。 ▽ 誰もが最期は独り、ミクロ・デスで終わる。孤独死は万人のもの。 ・【わいせつ】= 写真、絵画等に描写された陰毛を、黒インク等によって 抹消することにより、消滅すると考えられている人間の基本的属性。 常に快感を伴っているが、快感を不快感とする事実誤認の例も少くない。 ―― 『狂気なしでは、何事も成し遂げられない』ーエヴァ・ペロン (アルゼンチンの政治家1919〜52年)の言葉がある。 ここで思いついたのが、以下のノンセンスな言葉! 【創造】=創造をなす新しい着想は、既存からみたら狂気であり、 それを全身全霊で成す行為は己を凶器にする覚悟がなければ進まない。 〈創造は、狂気の着想を凶器になって体現すること〉というノンセンス の言葉が成り立つ。その結果、<お前は一体、何をしてきたというのか!> の後悔の念が苛むこと。一番の苦悩は「何も手ごたえがなかったこと!」 ・・・・・・ 4968,閑話小題 ー女のカースト制度 2014年10月21日(火) * 美人カースト制度 先日のTVのトークショーで、ある女性タレントが、女世界の 「美人カースト制」の存在を話していた。言われてみれば成るほど! 『女社会には、美しさの三角形をなしたカースト制があり、美人ほど、 その階層が高く、歴然とした序列が決まっている。美人は同レベルの人 だけで仲間をつくり、それ以外は仲間に入れない。入れると、僻み妬みが 入りバランスが崩れるため。』とか。女という生きものは、自分を引き立たす ため、少し劣っている人を仲間にすると思っていたが・・ 女性職場の経験 からみて、思い当たる節がある話。特にギャルまでは、美しさが大きな価値 判断になる。それまで育ってきた過程で、彼女らには値踏みが付いてきたし、 自覚がある。美人かどうかは、両親からの問題(親の因果が子に報い)だが、 これは本人には、どうにもならない運命の問題。私の姉4人は美人系だったが、 顔と身体の均整が取れているだけで、それが何?でしかない。が、独身時には うら若い女性となると、全く違って見えてくる。 初対面の女性同士はまず、 相手の年齢や服装や住所やバッグなどの持ち物から「相手のレベル」を察知、 自分に近いかどうかを判断してから付合い方を決めてくる。 女カーストには、他にマンションカースト、ママカースト、 ヒルズカースト、キャリアカースト制度がある。 ◎マンションカーストは、住んでいるマンションと、住んでいる階層で、 ◎ママカーストは、旦那の社会的格付けで、 ◎ヒルズカーストは、そのヒルズ(丘の上の住民)のレベルで、 ◎キャリアカーストは、職場などの、キャリアで格付けされる。 面白いといえば面白いが・・ 逆に超越さえしてしまえば、本当に楽なだが・・ それにしても、美人カーストの存在とは、面白い! で、往年の美女? その後、どうなった? 年齢でバランスを崩してしまえば、ただの?? だから、コンプレックス広告に引っかかる。バランス修正で世界が一変する なら、韓国みたいに、どんどん整形すればよい! 即席で、化粧があるが、 見慣れてしまえば、皆、同じ。いや、そうでもないか? まあ、娑婆は面白い! 石も集まりゃ、砂利だが。 ・・・・・・ 4601, 読書という体験 ー3 2013年10月21日(月) 「読書という体験」 岩波文庫編集部 (編集) * 読書欲のすすめ ――「本をものにする、これは快感だ!」齋藤孝著 前回の藤原正彦の授業内容がアップダウン方式に対し、斎藤孝は、読む本を 受講者自らが選び、直接、受講生同士が、情報を交換させる方式。一長一短が あるが、融合も可能。 読書の質量を増やすに非常に効果的である。ーその辺りー 《 私は今、「読書しない人間撲滅運動」を展開している。といっても、 明大の教職課程の授業での話だが、これがなかなかいい線まで来ている。 読書をしないのは、受講生約四百人中残り五人ほどになってきた。この場合の 読書しない基準は、一週間何も読まなかったというケースだ。一週間ごとに 何冊読んだかをチェックする。週二、三冊読む者も30%を超えるほどになった。 やり方は簡単だ。一週間に読んだ本をコメント付きのリストにして書いてきて もらい、それを持って教室内を自由に動き回り、学生同士で情報交換をして もらう。これは効く。教師が本をすすめるだけでなく、学生同士の方がむしろ 刺激が強い場合もある。大いに本を読んでいる人間と出会って話を聞くと、 自然に読書欲がかき立てられる。おすすめ本の情報交換は読書のきっかけづくり にはもってこいだ。「本を読む読まないは個人の自由だ」と言う学生がいる。 私は、「本を読まない人間には教師になる資格はない」と言い切ることにして いる。本を読み、勉強し続け、知識を得る喜びを常に味わい続けている者からは、 知識に対する「あこがれ」の熱気が発散される。それが生徒たちの向学心に 火をつけるのだ。私自身が、そうした読書好きの先生たちから多くのいい影響 を受けてきた。授業のはじめに、そのとき読んでいる本の内容を楽しそうに 紹介する先生がいた。本を律疏むことがどれほど楽しいことであるかが、 その話しぶりや表情から伝わってきた。本は買って、線を引きながら読むもの。 本は自分のものにすることが大事。全部読み切れなくても気にすることはない。 途中で倒れても、読んだことにしてしまう。とりあえず読書の目安は文庫百冊。 並行的に何冊も読みすすめる。スポーツと同じ。量が大事だ。人から借りた本 は本気で読めない。本が自分のものにならないと身を入れて読むことができない。 本を自分のものにしてしまうのだ。読んでいるときには微妙な判断力を働かせ ながら読んでいるものだ。...》 ▼ 一週間に読んだ本の学生同士の情報交換方式は、素晴らしい。ネットで、 この直の方法を兼用すれば、更に良い。その点、私たちの時代より、現在の 方が遥かに知的レベルが上がっているはず? 各自に読書日記専用のブログを 持たせ、イントラバックさせれば良いが、教室内で、手書きで、自由に、直接、 交換するところがミソ。知人のブログは読みやすい、のと同じ。一二年間、 このブログが続いているのは、久々に会う知人が、思いのほか親しげに、評論し、 励ましてくれる要素が大きい。読んだ感想を文章化する効用は非常に大きい。 それも同級生同士はライバル心がある為、本の選定から、読み方、受け止め方、 すべてが変わってくるはず。少ないブログの愛読者の中で、誰かブログを公開 して欲しいが。何とか千回、続ければ病みつきになる。 底の浅さの公開は 勇気がいるが、所詮は、こんなもの、と開き直ればよいだけ。 ・・・・・・ 4226,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー1 2012年10月21日(日) このー「ルーツ大全」、なかなか面白いエピソードで満ちている。 身の回りのあらゆる「モノ」「コト」の由来を、習慣から衣食住の由来を 面白おかしく取り上げている。まずは食品から取り上げてみる。 * クロワッサンの形は、トルコ国旗の紋章 ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より クロワッサンの形には、国家間の対立による深い経緯があった。面白いもの。 ≪ クロワッサンの特徴は、なんといっても、あの三日月形だ。かなり独特の 形だが、そのルーツは一七世紀のオーストリァとオスマン帝国(トルコ)の 戦争にあると聞けぽ驚くのではなかろうか。あの三日月形はオーストリア軍が トルコ軍を退けた証である。一六八三年、トルコ軍がオーストリアの首都 ウィーンを取り囲んで攻撃していた時のこと。ウィーンはなかなか陥落せず、 業を煮やしたトルコ軍は、ある日の早朝、密かに地下にトンネルを掘り進めて 侵入をはかった。オーストリア軍は当初これに気づかなかったが、地下から 聞こえる怪しい物音をいち早く察知した人たちがいた。朝早く起きてパンを 焼いていたパン職代たちだ。パン職人の通報によりトルコの急襲を知った オーストリァ軍は、敵の侵入を未然に防ぎ、ウィーンの町は救われた。 喜んだ皇帝は、パン職人に特別な権益を与えた。おいして、パン職人たちが その返礼に献上したパンが、トルコの軍旗である三日月パンである。 その形には「トルコを食べる」という意味が込められていた。以後、三日月形 がクロワッサンの定番となっていった。ただし、そのころのクロワッサンは まだ層状を成しておらず、サクサクとし食感ではなかった。その後、 オーストリアの皇女マリー・アントワネットがフランスへ嫁いだ時に同行した パン職人によって、クロワッサンはフランスに広まり、一九二〇年代の パリにおいて今のようなクロワッサンが完成した。≫ ▼ 隣国が接している欧州では、民族対立による争いは根が深い。 トルコはアジアと欧州の境にあり、国旗の絵柄をパンの形にして、 それを食べるほど忌み嫌っていたことになる。ルーツを探していくと、 歴史に触れることになる。 ・・・・・・ 3861, スポーツジムの景色 −4 2011年10月21日(金) * スポーツジムで見えてくること スポーツジムに行って一番面白いのは人間ウォッチングである。 自分も、その一人だが、30歳から80歳以上の老若?男女で、何気なく見て いるだけで面白い。 肥満、血糖値、40肩対策など、それぞれ事情を抱えて いる人から、私のように健康を兼ねたレジャー目的の人など様々である。 少し痴呆が入っているお婆さんもいる。 私は午前中の開店直後の10時〜正午 までの二時間、滞在している。 時間帯からして7割が主婦。 明らかに水商売 仲間内のグループもいる。 スポーツクラブは女性がメインで、男は60歳以上 のリタイヤしたて?の人が目立つ。 弁当や御握り持参で、ロビーで食事をとる 女性仲間の社交界の場的要素もある。といって、男の私が肩身が狭いことはない。 自分で選択したメニューを独りでこなして終わったら帰るという気楽さがある。 大方の会員の平均滞在時間は、二時間だろうか。 このようなジムに入会したのは、長い人生で初めてだが、もし実情を知って いたら、10年前から入っていたはず。パソコン教室も、スポーツジムも、 サロン的要素が強いが、私のように誰とも会話することもなく、自分のコースを 人的気づかいなしに済ますことも出来る。 通勤列車と思えばよい。 私が行っているのは昼だけコース(平日10〜17時ー金・日、休みー)。 中高年がほぼ八割で、自分の年齢世代が目立つことはない。エアロビでは、プロ のインストラクターが指導するプログラムが多く、若い男のインストラクター の追いかけに近い中年オバサンが見ていて微笑ましい。男の場合、色々の場数を 仕事などでこなしているので、こういう場では、一会員として群れることなく運動 をしているが、高年齢になるほど、自分の社会を背負って、それに拘っている姿が、 (本人には分からないが)私には異様に見えてくる。 要は、田舎ということ。 とはいえ、半年前の盛況ぶりは、現在はない。3・11の影響が、大きいのは 何処も同じ。ネット辞書に、「スポーツセンターのインストラクターの仕事は、 一見華やかに見えるが、給料は安いわりに希望者が多いため、ワーキングプアの 要素が強い」と、あった。その目で、彼らを見ていると、また違って見えてくる。 ただ、一人ひとりが個性的で、一生懸命に指導している姿は、光ってみえてくる。 半年少したって、効果はといえば、大有り。足腰が、この数年来衰えたと感じて いたのが半分以上は回復した。毎日キッチリ運動を続けると続けないとでは違う。 何事もまずは半年。
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2017年10月20日(金)
* 負のエネルギーと、正のエネルギー 何処の社会にも、より「負のエネルギー」を背負った人と、「正のエネルギ―」 を背負った人が存在する。「負のエネルギー」を背負った人は、負に呼応して 近づいてくる。己の負を他の負にチューニングをする技術は高度? 人生一般に 恵まれなかったダークなればこそ…。逆に「正のエネルギー」の強い人が存在する。 NHKTV「グローズアップ現代」で、3人の高校野球のスラッガーを特集していた。 彼らに見てとれたのが、強力な「正のエネルギー」。〜NHKのブログによると… 【・清原和博の大会最多本塁打記録を塗り替えた広陵高校の中村奨成選手。 ・甲子園出場は逃したものの、高校通算最多とされる本塁打数を更新した 早稲田実業の清宮幸太郎選手と、 ・通算65号で清原の記録を超えた履正社・安田尚憲内野手。 3人の超高校級スラッガーたちに見えてきたのは、親がかりの、たぐいまれなる 素質と努力がある。現代高校野球の劇的な「進化」。他に、両親や監督 の連携もあるが、「正のエネルギー」に満ちている。】 素直で、前向きで、明るく、健康的な心身。「正のアドバンテージ」がベース にある。 (幸福優位7つの法則ショーン・エイカー著)によると、 【 ハーバード大の優秀な一群への調査で、「ハピネス・アドバンテージ (幸福優位性)は、「成功が幸せの周りを回るのであって、幸せの周りを成功が 回るのではないことを示すという「ロサダライン」の法則がある。 <心理学者であり、ビジネスコンサルタントであるマルシャル・ロサダが発見した 重要な数字。「2・90対1」。「メンバー間のポジティブな相互作用とネガティブ な相互作用の比率」が最低でも「約3対1」の割合が必要。このライン以下だと、 チームの仕事ぶりは一気に落ち込む。調査では「6対1」が理想。ポジティブな フィードバックとやり取りが、職場の生産性を上げ、業績を上げてくれる。】 ― ▼ この生活習慣や行動パターンが、豊かな人生への道になる。通ってるジムで、 3月に一度は不快な事象で休みたくなる。 その時、内語で「少なくとも3倍は プラス要素があるはず」と思い考えると、全く、その通り。何か判断を迫られ たとき、この「3対1の法則」を当てはめると良い。とにかく、決断は先延ばし にしたくなるが、後になるほど、数倍のエネルギーを要する。 動物は狩るもの、狩られるものの両面がある。前者は失敗しても、次の機会が あるが、後者は、そこで終わる。だから負の最悪事態にとらわれる。しかし、 何事も、より正のエネルギーを増やそうとすれば、より多くの負の危険を乗越え なければ。 歪んだ老人や叔母さんの歪んだヘドロのような視線。自分自身が 積重ねてきた「負の遺産」そのもの。老いるにつれ、この負の遺産であるドブが 溜まってくる。 このドブ掃除には、知らないこと、面白そうなこと、好きな ことをみつけ、自分の中に注ぎ込み続けなければ。老いるとは悲しいことだが、 宵の独り宴会?も、楽しいもの。現在の私は、スケジュールのお陰で、6対1」 時々、3月に一度は大揺れ?することもあるが、せいぜい全治10日間。 この程度は、平凡な日々というストレスに、丁度良い按配ですか。 〜追い書き〜 これも偶然だが、文脈として去年、一昨年の文章に続いていく。 面白いもである。そういう私も愚痴をつぶやいているのかもしれない。
・・・・・・ 5697,閑話小題 〜愚痴言う老人 2016年10月20日(木) * 愚痴言う老人 とある家の法事に出席する度に、いつも聞こえてくるのが、 ✖の愚痴と小言。聞いていて不快だったこともあり、その幾つかを 記憶している。 ・まず7~8年近く前、「後期高齢者の名前が気にくわない。」 「免許証の返納も、私たちには嫌味としか聞こえない。」 私も、あと4年になると解らないでもないが。 ・「最近の若者はなってない。」 この言葉、数千年前のエジプトのピラミッドに書いてあった 人類永遠のテーマの事実を知らないため、平気で人前で言う。 永遠のテーマといえば、旧約聖書の「カインとアベル」の、長男カインと 父アダムとの親子対立。最近、飲み会で、「長男と二世帯同居をしたが、 これが大きな誤りだった。」と愚痴るから、「それ、旧約聖書にも出てくる、 人類永遠のテーマで、タブーは元もと分かっていたこと。」と諭すと、 「全く知らなかった!」と宣う。 ・「昔は、本当に良かった。それにしても、生きづらい世の中だ。」 この言葉は、老化状況をはかる物差の言葉、これを言いだしたら、 認知症の初期?現象。 ・今回の通夜の席では、「あの人、リタイアをして威張れなくなったので、 その怒りを周囲にぶつけている。」これは、一線から退いた万人にいえる ため、誰も良い気持ちがしない。 特に私には? そうこう、書きだしてみると、さほど酷い愚痴でもない? しかし70〜80歳を 超えた愚痴は、毒を含んで生なましく語るためか、聞こえた人の心に黒く残る。 本を読まないで、「世間話」に明け暮れしてきた人生がうかがえる。 もしかして、ここで書いてきた怒りの籠った内容、こんなものでない? 老化は日々進んでいく。 問題は、その自覚と対策。今さら遅いか? つくづく老いて思うことは、長年かけた教養の程度。下は見えても、上は 見えてないから始末が悪い。「・・ったく」と思うことが、あまりに多い。 こうして他者を批判するのは、所詮は、内なる己を語っているにすぎない? とすると、自分の仮身を語っているに過ぎない。 4年前に、「老いの鬱屈」についての書評があった。 故人の家の法事で、この人の愚痴を聞いたことや、多くの半ボケ老人を 目の当たりにして、以下の本を図書館で見つけて、テーマにしたようだ。 ―ー― 2012/06/04 老いの見本帳ーダークサイト −8 「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日武彦(著) * 老いと鬱屈 私の嫌いな言葉に「世間」がある。日本の社会は、「世間」という言葉と 視線に常に怯えて暮らしている。属している社会が固定化されているほど、 そこには難儀なものを抱えたグロテスクな世界ができている。それで一生 何も出来ないで死を間近にしたときに、その正体に初めて気づくのである。 その不快な毒を体内に蓄積して、ただれている世間という虫。シラミである。 老化は、否が応でも毒が蓄積されている。そう、世間の一員に陥っていく。 だから、熟年になったら群れてはならない。 ー次の箇所は、老いの屈託を巧妙に表現している。 ≪老いることは、人生経験を積むことによって「ちょっとやそっとで動じない」 人間になっていくこととは違うのだろうか。難儀なこと、つまり鬱陶しかったり 面倒だったり厄介だったり気を滅入らせたり鼻白む気分にさせたりするような ことへの免疫を獲得していく過程ではないのか。 難儀なことを解決するのか、 避けるのか、無視するのか、笑い飛ばすのか、それは人によって違うだろうが、 とにかく次第にうろたえなくなり頼もしくなっていくことこそが、老いの 喜ばしい側面ではないかとわたしは思っていたのだった。 だが、世の中にはまことに嫌な法則がある。嬉しいことや楽しいことに我々 の感覚はすぐに麻痺してしまうのに、不快なことや苦しいことにはちっとも 馴れが生じない、という法則である。不快なことや苦しい事象は、砒素や重金属 のように体内へ蓄積して害を及ぼすことはあっても耐性はできないものらしい。 だから老人は欝屈していく。歳を取るほど裏口や楽屋が見えてしまい、なおさら 難儀なものを背負い込んでいく。世間はどんどんグロテスクになっていき、 鈍感な者のみが我が世を謳歌できるシステムとなりつつある。・・・老いても 鬱屈や煩悩は蓄積していくばかり、難儀なことには事欠かない。遅かれ早かれ、 この世界のほうを、さながら迷子みたいに置き去りにしてやれるのである・・≫ ▼「嫌な法則がある。嬉しいことや楽しいことに我々の感覚はすぐに麻痺する のに、不快なことや苦しいことにはちっとも馴れが生じない、という法則。」 は、正に人間の不幸の起因である。それを打ち消す方法は数多あるが、その毒は 体内に蓄積し、さらに体外に放出する。そして、マイナスの循環で、体内の毒は、 ますます濃くなっていく。この本は、その見本帳でもあるため面白いのである。 これまで見てきた身近な老人に、酷似しているため妙に馴染むのである。 本格的に一歩ずつ仲間入をしていく。それならば老いは鬱屈するものと初め から割り切って孤立していた方が良い?
・・・・・・ 5332,閑話小題 〜人生のリハビリ 2015年10月20日(火) * 人生のリハビリ 会社清算から4年半になるが、現時点の実感は、その結果のリハビリより、 「創業の準備を含めた事業人生45年間で歪んでしまった異型の自分を一度 リセット、本来の人間性に戻すべく、再出発の日々を過ごしている」という ところか。 資本主義という拝金主義から、一度離れて、地球上の大自然、 身近な自然、文化・文明を見直し、せっかく訪れた地球を改めて見直し、 人生を振り返り、味わうために、現在の自由な時間を与えられていることに 気づくことだ。リセットは、こういうものか。 ある意味、人生で一番、 落ち着いた時である。異型があるから、今がある。 * ぬるい幸福は人を駄目にする 「ぬるい幸福は作家を駄目にする」という作家の言葉があるが、これは万人 にも言えること。そのぬるい幸福を私たち凡人が目指しているのだから・・ 「そのどこが悪い!」といえば、それまでだが、その人は、そこまで。 人の一生は、常に変化する社会と、時代の中で、「変化、闘い、挑戦」が 間断なく押し寄せてくる。考えてみれば、ぬくい幸福などは束の間の幻想。 今が、その「ぬるい幸福」の時かも。しかし、その一瞬の味わいが、 人生の味になる。 今さら駄目でも何でもよい!ぬるさが一番である。
・・・・・・ 4967,閑話小題 ー夜半、4時間の熟睡の後 2014年10月20日(月) * 4時間の熟睡後に 以前から20時半に就寝するようになったが、熟睡後、目が覚めるのが 0時前後。一度トイレに行き、水を飲んで床に就くが、その辺りに家内も就寝。 ところが起床の4時まで、半睡と覚醒が交差するが、この時間を楽しめないかと 長年かけ工夫している。臨床心理士によると、「布団の中の考え事は、たいてい 考えすぎ。とりあえず起きて、トイレや、水を飲んだりして体を動かすと良い」 という。私は既にトイレも、水も飲んでしまっているので、その時間を苦痛と 思わないようにコントロールしている。その一つに、この随想日記のテーマや、 内容を考えたりしているが、マイナーの考えを厳禁にしている。それでも時に 不快いに思うと、煉獄につながれた状態?になる。「このボ〜ッとして状態こそ、 最高!」と、心に言い聞かせていると、そう思えてくるから不思議。週2〜3回 のヨガで、最後の5分間の「死者のポーズ」で、大の字になり全身を脱力をして 横たわるが、その感覚を思い出し、宇宙の一点に独り漂っているイメージを 持つようにする。これを楽しめるかどうかが、問題でもある。 で、このところ一種の瞑想状態になっている。 もう一つの問題は寝返り。一晩に大体20〜30回、寝返りをうつというが、 寝返りは、その日の身体の動きから生じた歪みを取り除く無意識の体操でもある という。成るほど、寝返りの多い日は、終日、机やテレビの前でジッとしている。 仰向けの姿勢が良いとされているが、仏様の入滅の時の右側向きを子供の頃から とっている。胎児が子宮内にいる時が、この姿勢という。数年前から低反発の クッションと枕を使い出してから、眠りが深くなったが、これはお勧めである。 ・・・・・・ 4600, 読書という体験 ー2 2013年10月20日(日) 「読書という体験」 岩波文庫編集部 (編集) * 教養を培う〜�◆ 住笋痢崙表颯璽漾廖‘8鏡吃А� 週に一冊、著者の指名の文庫本を読ませ批評文を提出、そして討議する 授業が良い。大学一年時に、このようなゼミを受けたと受けなかったでは、 学生時代、いや人生が大きく変わってくる。これからして、良い大学に入って、 良い教授、良い友人に触れる必要がとってとれる。人生、良い書物を通じて、 時空を超えた人物の魂から学び続けることだ。 ーその辺りを抜粋する ≪ この危機感で、私は大学で八年前に読書ゼミを始めた。 主に一年生を対象に週90分、半年間のゼミは、以後毎年開いている。 学生向けの開講科目便覧にはいつも次のように書く。 【主に明治時代に書かれたものを読む。毎週、一冊の文庫本を読み、それに 関する感想、印象、批評を書き、授業時に提出する。授業時には、その本の 内容について討論を行なう。提出された文章は、添削され、コメントを付され、 翌週の授業時に返却される。ゼミの目的は、読書に親しみ、作文能力を鍛え、 論理的思考力を高めることである。受講条件は、文庫本を週一冊読むだけの 根性、および文庫本を週一冊買うだけの財力。】 これだけで毎年、定員二十名をはるかに超す受講希望者があり、 コンピューターによる抽選が行なわれる。読書好きの学生が四分の一くらいで、 残りは、これまでほとんど本を読まなかったからこの機会に、という学生。 読書好きはもちろん、読書不足を反省し一念発起した学生も、見込みある学生 といえる。読書などどうでもよいと考えている大半の学生に比べ、かなりレベルは高い。 学生に読ませる本は私が独断で決める。初期の頃は、私自身の読みたい本を何冊か 入れたが、よく知られた本でもがっかりするようなことがあり、今ではすでに読んで 感銘を受けたものから選ぶ。 ここ数年の定番は、新渡戸稲造『武士道』、 内村鑑三『余は如何にしてキリスト教徒となりし乎』、福沢諭吉『学問のすすめ』 および『福翁自伝』、山川菊栄『武家の女性』、宮本常一『忘れられた日本人』、 無着成恭編『山びこ学校』、日本戦没学生記念会編『きけおだつみのこえ』など。 定番がどれも岩波文庫であるのは少々不公平で少々シャクでもあるが、 それらがそこにあるのだから仕方ない。良書を集める伝統をつくった、故郷の 大先輩、岩波書店の創業者岩波茂雄の卓見なのだろう。定番の一番バッターは、 決まって『武土道』である。外国人に「日本で宗教教育はしていない」と言った 新渡戸は、「それでは道徳教育はどうしているのですか」と反問され、答えに 窮した。キリスト教を中心に道徳教育を与えられる欧米人に比べ、日本人の 道徳水準はまったく劣っていない。熟考の末に外国人のために英語で著したのが 本書である。 テレビと受験勉強に追われ、コクのある本をほとんど手にした ことのない学生達は、覚悟の上とはいえ、かなりの苦痛を感ずるようである。》 ▼ 人生を振り返り、多くの本と、色いろな体験をしてきたが、つくづく頭の 硬さを感じ取っている。万人が、馬鹿の壁に囲まれているが、特に自分は硬い 壁に囲まれていると思うと、それが見えてくる。私は、ノートを纏めるのが苦手。 で、やっとたどり着いたのが、これらブログと、10年日記と、ダイアリー。 それも55歳になってから。学業としての頭が良いかどうかは、ノートの記録と、 活用にあったようだ。その意味で、他人からみたら御苦労なことだと思われる かもしれないが、私にとって黄金の習慣になっている。 これさえ書けば、 一日ヘラヘラした何事も、それぞれ楽しめる。『私という墓場』は、 そのまま外に出るから恐ろしい! ・・・・・・ 4225, 閑話小題 ー青竹エアロ 2012年10月20日(土) * つれづれに ー青竹エアロ スポーツジムの話。円座に置かれた6台の運動マシーンと、その一台置きにある ステップ台をインストラクターの誘導で12人が一同にするエアロを連続二回と、 週二回の「スローヨガ」が私のベース。それに時々、ランニング・マシーンと、 ステップ台エアロを加える。 スタジオでは、常に何かプログラムが行われて いるが、どうも30〜50人の合同でやるのは苦手である。ところが、 先日、何気なくスタジオに目をやると、青竹踏みエアロ?が見えてきた。 ヨガ用マット上に青竹風プラスチック台を置き、音楽に合わせて上がったり 下がったりしている。そこで、どういうものかと参加してみた。これまで何度 か青竹を買ってやってみたが、数ヶ月も続かなかった。このプログラム、まだ 始まって三回目だが、30人の定員は満員。「初めての人は挙手を」に対し、 何と三分のニの人が手を挙げた。 中央に5センチの半円があり、その両側に 一cmのボツボツが50個、その外側に数ミリのボツボツが並んでいる。 その三箇所を交互に音楽に合わせて乗ったり降りたりする。少し痛いが我慢 出来る範囲で、10分もしないうちに汗が吹き出てくる。 終わって数時間 経った後に身体全体が軽く感じてきた。 週に一度参加するにベストのようだ。 ところでスポーツジムも、日常生活の一部になっている。雰囲気が明るいのが よい。ジムも競争が激しいようで、改善していないと、他のジムに客を取られる。 私のように皆勤に近いのは、一日、三百円でしかない。 一時間5百円の価値は 充分ある。私は二時間滞在しているので一日につき千円、20日で二万円の価値 の実感がある。ヨガは月に7〜8回は参加しているので、それだけで元が取れる。 会員で殆んど来ない人と、日曜日参加の人が多いので成り立つのだろう。 その割に軽い腰痛は治らないが、それでも足腰が軽くなっている。 ところで青竹エアロ、殆どが裸足だが、水虫、感染しない? ・・・・・・ 3860, インコの芸 2011年10月20日(木) 我家にきて8ヶ月になるルリハ・インコが最近、芸をするようになった。 小鳥のストレス解消用に、枝の棒に「小鳥用起き上がりこぶし」を付けて あるが、時々、狂ったように攻撃する。しかし錘で、その都度、棒を一回転し 元に戻ってしまう。 ところが最近、インコも真似て枝を回転している。 そこで、その都度拍手をして笑いかけていたら、インコを見つめる度に回転する ようになった。 また籠から離れようとすると、回転を何度もし、傍にいて 欲しい意思表示をする。 今までは鳴声と籠にしがみついて見つめての意思表示 が、棒を回転する芸で注意を引くことが加わった。一年前に飼っていた中型の コガネインコが、人間的?で個性が強い鳥だったので、今回は、オウム科で最小 (雀ぐらい)の大きさの性格の穏やかなルリハ・インコにした。幼鳥のうちは 大人しかったが、最近になり、その個性を見せ始めてきた。 気を引こうと 何度も何度も枝を回転する姿に愛情がわいてくる。 最初はペットを毛嫌いして いた家内も、最近、その回転するインコに見入り、頭を撫ぜるようになっている。 コガネ・インコと同じく、頭と喉を撫ぜると喜ぶのは犬猫と同じ。コガネ・ インコは一年余りで、風邪で死なせてしまった。それもあり冬に向かって、 このインコは、死なせる訳にはいかない。改めて雀など野鳥が厳寒の中で越冬 する能力に驚いてしまう。 このインコにとって、鏡の中の自分の姿と、 起き上がりこぶしの小鳥と、家内と私と、時々帰ってくる長男が、インコの世界。 ストレス解消用の玩具を幾つか籠に入れているが、フルに使って遊んで最後は 壊してしまう。それでも、時どきヒステリックを起こし、籠の中を狂ったように 飛び回る。 とにかく、籠の外に出たがる。 また本能的に音に敏感で、 私が車で帰ってくると、感知する。駐車場を一台貸しているが、それには全く 反応しない。「あんたインコやってんだ。私は人間やってんだ」が面白い。
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2017年10月19日(木)
* 「真理」? 所詮は「?理」だろうに 「真理とは、事実の中の真実と瞬時に思う言葉」という冗談とも思える言葉が 印象に残っている。 〜ネット検索によると 【真理とは、確実な根拠によって本当であると認められたこと。ありのまま誤り なく認識されたことのあり方。真実とも。 真理は、現実や事実と異なり、妨害・障害としての虚偽・誤謬を対義語として おり、露わさ、明らかさ、隠れなさに重点がある。そのものありのままであり、 あらわであり、その本質が覆われていない、という意義に関しては、哲学的には 本質主義や同一性とも関わりが深い。 西欧哲学において真理論は論理学や認識論においてとりわけ主題化される。 真理論の歴史は、古代ギリシアに始まる。人間を尺度とする相対的なものの 見方に反論する形で、永遠性・普遍性を有する真理の概念が生まれた。 このような絶対性を内実とする真理概念は独断主義を生み、これに対する防衛・ 反抗が懐疑主義を生んだ。 そのどちらにも陥らず、確実な知識の基礎付けを 求めて近代の認識論が始まり、その後、真理の担い手が思惟・観念・判断、命題、 「事物」等のいずれであるか、について議論がなされてきた。 ・現代論理学では真理の担い手は命題であるとされ、真と偽を合わせて真理値 という。 ・論理学で、「Pは○か○でないかのいずれかである(○であり、かつ○でない、 ということはない)」という形をした文は○の内容に関係なく正しいので、 これは「形式的真理」と呼ばれ、思惟と思惟自身の一致と定義される。 ・このような形式的な形相についてではなく、質料について真理が語られるとき は「実体的真理」という。 ・判断について真理が語られるときを「認識論的真理」といい、 ・存在について真理が語られるときを「存在論的真理」という。 現代の真理概念は様々な形で修正を受け、相対的な傾向を強めている。】 ― ▼ ニーチェ『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである 』 現象、事実、真実、真理と掘下げていっても、いずれも解釈だけでしかない。 とはいえ、事実、現象の世界だけにとどまれば、その世界だけの住人になり、 現象に右往左往するしかない。ステップをして右往左往する手もあるか? 哲学の命題の一つの「真理」なんぞ、ここで語り尽くせるものでない。 脳の奥から、< お前らのは、「珍理」だろうに! >の声。
・・・・・・ 5696,‘我慢内燃説’ 2016年10月19日(水) <20歳からの人生の考え方ー外山滋比古著> * 我慢の善用活用、‘我慢内燃説’ 他の著書の中に、「キズをのり越える努力が、人を大きくする」がある。 <青森で朝市に寄ってリンゴを買った。私が、「キズのあるリンゴの方が甘いん ですよね」と言うと、おばあさんが「東京の人のようだけど、よく御存じで。 みんなに 嫌われているキズのついたリンゴ。傷をかばおうとして、力を出す のであろう。無キズのリンゴよりうまくなる。キズのないリンゴがなまけて いるわけではないが、少しいたんだ方が、おいしい。> 人間も似ている。秀才は、傷なしの特上のリンゴ。天才は傷だらけだが、 特質の能力がある。このリンゴから例えると、よく理解が出来る。 ここで、「我慢の善用活用、‘我慢内燃説’」を述べる。 〜p-139 ≪ 我慢を通せば、病気になるし、我慢をしないと無作法で反社会的になる。 どうしたら、悪玉我慢を善玉我慢に転化できるか考えどこ。長い間、考えた末、 ひとつの解決法を得た。 それを‘我慢内燃説’と勝手に命名した。 我慢のストレスは、ガソリンのようなもの。そのままで不用意に火を近づければ、 引火する恐れがある。我慢をガソリンとすると、そのまま発散すれば、その場限り になる。じっと我慢すれば、内圧が高まって、ストレス化する。その内圧を燃焼 すれば、恐ろしいほどの力が生まれる。いつまでもストレスをためておくのは 愚かなこと。充分に高まったら、目的のため噴出させる。発噴とは、その内燃 を元に大きなことをうごかせる心的活動だと考えることが出来る。 ≫ ▼ リンゴの自然治癒力と、我慢の善用活用、の作用は似ている。 人生の節目時は、破壊から創造への変化への我慢時。それまでのプラス、 マイナスが、同時に覆い被さってくる『真実の時』。 その時、溜まった エネルギーが新たな変化を生む。創造にはなくてはならない条件である。 既存の自分を一度、ゼロにして、新たな目標にむかう節目時である。 <順境には枝を、逆境には根を張れ!>という諺がある。リタイア時期を 過ぎても、枝にしがみついて人、例えば森元首相や、石原慎太郎のような人を みるにつけ、人生の不条理を見る思いになる。人生も見切り万両である。 でないと、人生にとっての「死に損ない」になる。
・・・・・・ 5331,ノンセンス辞典 ー�� 2015年10月19日(月)
BRUTUSの「谷川俊太郎」の中の、ノンセンス辞典〜 の、言葉の解説が面白い。 (▼は、私の意見) ≪ 【生ぎざま】= <生きかた>の商品名。 <生きかた>を販売する場合には、この商標をつける方がよく売れる。 但し、最近は投げ売りする者が多いので、先行き不安。 ▼「生きざま」というと、「生きかた」を少し生くさくしたもので、 経験が加味された響きを持つ。 ・【偽善】= 二十世紀後半においては、誠実の同意語とみなされているが、 次のような古典的定義に固執する学者もいる。 すなわち、偽善ーうそをついていると気づかずにうそをつくこと。 【誠実】=うそをついていると知っていてうそをつくこと。 ▼「誠実な人」という言葉に何やら欺瞞が隠されている。 「偽悪」という私の好きな言葉もある。「露悪と偽悪」の区別も つかない連中に、目くらましにするにうってつけ。 ・【土着 】= 自分で自分を鉢植えにしている状態。肥料として人糞を 用いることは稀。民族的肥料、文化人類学肥料を混用することが多い。 ▼ 地元から一歩も出ないで、その社会を全世界と信じて疑いを持たず、 鉢の中で良しとしている人。島国の日本も、鉢とすると、土着国家の 住民が日本人ということになる。大陸の中国人からしたら日本は 「小国民」と蔑視をしたくなる。その鉢が城下町となると? ・【知識人】= 知識についてはあらゆる知識をもっているが、知識でない ものについては、なんの知識ももっていない人。 ▼ 境目は、その自覚が出来ているかどうか。知識でないものの一つに、 「未経験」がある。それに対する姿勢、考え方が大きく、左右する。 ・【情報】= 人間が本心をかくすために、まわりに煙幕の如くはりめぐらす 膨大な量の知識。その量が余りに大きいので、当の人間すらその奥に かくされている本心を見失ってしまう。ほんとうの〈知〉と異り、しばしば 売買や盗難の対象となるところから、商品の一種と推定される。 ▼ 奥に隠されている本心すら、自分自身が知らないから始末が 悪い上に、情報を知識化出来ないため始末が悪い。 ――― 今度、皮肉たっぷりの「私のノンセンス辞典」でも作ろうか。 ・・・・・・ 4966,閑話小題 〜ある男の動揺 2014年10月19日(日) * 80までは生きれると思っていたけど! ある飲み会で一年ぶりに出会った男が出会いがしらに、 「最近、切腹をした。もう長生き出来そうもない。片足、いや両足を 棺おけに入った。80歳までは生きると思っていたけど!」と悲鳴。やり手? だが、人の弱点を見ると見境なく攻撃をする性格で、三年半前の私の倒産劇 以来、三度の会で、続けて露骨な嫌味を言っていた。三度目の会で、目前の座席。 早速、私への攻撃が始まった。「俺は学が無いので、哲学などは分からないが〜」 と、薄笑い。その言葉には(その様は何だ)との皮肉が込められていた。 それまでの二度は、聞き流していたが、この言葉にはカチッときた。 5年程前の話になるが、本人の趣味の茶器づくりが認められ、銀行のロビー に飾られ本人が有頂天だった頃、その人と親しい知人から、「あの男、私生活も、 茶器づくりりも、仕事もスランプらしい」と聞いていた。たまたまポタリング をしていると、車が停まり、当人が話しかけてきた。それが偶然、本人の会社前。 「まあ、お茶でも飲んでいけや!」と誘われるまま、事務所に行ったところ、 応接室に茶器が並んでいて、素人としてはナカナカの出来栄え。 「何でもよいから一つくれないか」というと、快諾。その数日後、自慢の豪邸? に家内と行くことになった。その時の茶器の御礼に何かと考えた時思い出した のが彼のスランプ。初心者用に噛み砕いた哲学を説く池田昌子の 「14歳からの哲学ー考えるための教科書」を持っていった。それを逆手に とって、皮肉を言ってきたのである。酒の勢いもあって「茶器は、作者の魂の 顕現そのもの。 あなたが茶器づくりなどでスランプというから、ヒントにと 本をあげたのだ!スランプ解消には『魂そのものが何か』が分からなくては ならないはず・・ 『魂を叩き込むとは、自分の持っている全てを作品に 叩きつけることだろう。』」と、怒鳴りつけていた。 其処にいた、 ほかの何人かも、私の言葉に同調。その直後、幹事が会の予算が足りないと 当人に資金補助を頼みに来たところ、内ポケットの数万を私の前に投げつけた。 もし金に貧していたら深く傷ついただろうが・・ あまり経験出来ない面白い 遣り取り。それから一年ぶりの再会で、これ。 余命数ヶ月?に感じられた 深刻な様相だったが、それは恐ろしいだろう! 哲学の最大の問題は「死」。 余命を突然告げられ、まず考えるのが、 ☆死ぬとは、如何いうこと? ☆自分が本当に消え去るなど有得ない! ☆自分の生き様は、これで良かった? 等々、心は七転八倒。 最後の最後は当人の心奥の問題だが。 去年の5月の随想日記、 4429,ー「死ぬのが怖い」とはどういうことか?ー前野 隆司著の 「死の恐怖を克服する七つの登山道とは」を読めば、少し気が休まるだろうに。 こういう類は予習しておくしかない。他人事でないのが、この内なるブラック スワンの死の問題。 先日、ある30人位のデナーの席で、三年前に旦那を 亡くした還暦過ぎの女性と、70歳過ぎのアマチュアカメラマンと、私の家内と 同席をした時の話。還暦過ぎの女性が旦那を見送った具体的話題をして、 本人もガン持ちと告白した。その女性が私に「変な話をして御免なさいね!」 というから、「別に全く問題はないです。この年齢になら言葉として表現するか、 しないかですよ」と、答えた。70過ぎのカメラマンも奥さんを最近見送り、 自分も何時、再発するか分からない、と達観?した様子だったが、内面は 穏やかではなさそう。即興になるが、「男は黙って、サッ、コロ、キエル」。 そして誰も居なくなる。死の問題、一に準備、二に準備!である。 こういう話は、語りだせばキリがない! ・・・・・・ 4599, 閑話小題 ー座りオシッコの話 2013年10月19日(土) * 座りシッコの話 昔は無かったスタイルに、「洋式便器」での男の「座りオシッコ」がある。 二年ほど前になるが、TVのバラエティーで、「男の洋式便器のオシッコの 使用時に、周辺に撥ねちらす量が思いのほか多く汚い」ことを、テーマに していた。その飛び散るさまを色付きの水で、同じように放水し、周辺に 飛び散った水滴先を実証してみせていた。それを見た家内が、「今日から、 あなたも始めて!」と強く言われて数回、試みたが、何かオカマ?みたいで、 数回で止めた。でも、注意をしてみると、やはり? 数ヶ月前にみたシネマで、 老妻に先立たれ独り暮らしを始めた主人公が、一度、座ったが、もういい!と、 立ちスタイルで始めた姿が印象的だった。近くのスポーツジムに通い始めて 二年半になるが、盆暮れと祭日を除いて週5日間の昼間、休まず通っているが、 数ヶ月後に気づいたのが、男子更衣室の洋式トイレで、前の人が使ったあとの 下蓋が下りたままが多いこと。 ところが、日が経つにつれ、その頻度が 多くなってきて、今では三分の一。これからすると使用後、上蓋を下げる 人もあるから、半分近くが座りシッコをしていることになる。当初は、 こんなところで、何?をすることもないのに!と思っていたところに、 例の映画をみて成るほど!と気づいた次第。で、最近、家では心掛ける ことにしたが一週間もすると、当初の抵抗感がなくなるから不思議。 それも中性化の一つか? 最近の子供は自宅では殆ど?座りスタイル? で、私は自宅ではするが、SJで、しないのは、実際にジムでも実施して いる半数の人と比べ、公共心が劣っていることになる。でも、あそこで、 座る気も起きないが。 * 二代目・電動アシスト自転車 ブレーキが前後とも壊れ、来春予定していた電動アシスト自転車を購入して から、一ヶ月足らずになる。これまではマウンテンバイク(MTB)だったが、 今度ものはクロスバイク。値段は4年間で電動アシストの普及もあり、全体的 にみて3〜4割は値下がりをした。MTBはスポーツチェーン店の通販で買った 中国製。やはり故障続きであった。しかし、電動アシストの楽しさは十二分に 味わうことができ、既に1万キロは走った。冬期を除いた毎朝、一時間、年間 200日は乗るので、一回百円とすると、償却は済んだことになる。 実感としての価値は、300円〜500円はある。で、新しいクロスバイクは、 値段が二倍、一日200円になるが、価値は充分にある。雨の日にスリップして、 転倒したが、車さえ気をつけ注意をすれば、それほど危険でない。毎朝、 10キロ以上は乗って5日に一回の充電で済んでいる。クラッチを最大の重さ にして、電力を使うパワーにして乗っているが、ロードレーサー並みの速さ。 少しオーバーに表現すると、地上を走る車輪付きのグライダーか、水上を走る ミニエンジン付きヨットという感覚である。で、兼用して乗るつもりだったが、 一度MTBに乗ったが、もう乗る気がなくなり、昨日、知人に引取って貰った。 ・・・・・・ 4224, 閑話小題 ー地軸様 2012年10月19日(金) * 地軸様 何度か書いたことがあるが、30年来、近くの土手を散歩しているうちに橋の 上で呼吸法を取入れた深呼吸をするようになった。大きく息を吐き出しながら シャガミコム。その時に地球の芯に気を落とすイメージを持つ。 そして、そこから大きな息を吸い上げながら立ち上がり、今度は空に向かって 気を吐き出すイメージで息を出す。それを一回につき7〜8回、続けていた ところ、擬人化した地球軸に話しかけるようになった。「おはよう!」 「久しぶり!」とか。 ところが何回かするうちに、逆に地軸の方が、 「よう、昨日は散歩に来なかったな!」「より深く呼吸しろよ!」と思いも よらない切口で呼びかけてくる。 サルトル的にいえば、「対自」と 「即自」の、掛け合いになる。ところが何時もの散歩道のコースに、大規模な 道路拡張工事が始まり通行止。そこで違うコースを迂回して歩いているうち、 電動アシスト自転車を購入した。試しに信濃川の土手を長岡大橋から大手大橋 を一周したところ、この景色と空気に魅されてしまった。三年前のことである。 それをキッカケに早朝ウォーキングがミニ・サイクリングへ変わってしまった。 ところがチャリだけでは、物足りなくなり、大手大橋を渡る時にヒキチャリを しながら歩くようになった。 暫くすると、その地球軸が再び話しかけてきた。 「久しぶりだね、まあ、下世話なことなど考えてないで、ここを歩いている時 は360度のパノラマを味わえよ!」、「もっと深い呼吸をしな!」 「自分にせっかく出会えたのだから、エネルギーを、もっと吸い上げろ!」、 「何か考える時や、音楽を聞く時には、わたしが同一になったイメージを持つと、 感覚が鋭敏になる!」(ワシにも聴かせろ)とか、なかなか面白い。 スポーツセンターで、ウォーキングマシーン上でiPodの音楽を聞きながら 運動している時などイメージすると、音楽に集中できる。で、この擬人化した 地球軸に何か名前をつけてやろうと、この数日で考えた名前が、「地軸様」。 知らない人が、これを読んだら、「この男、ついに頭にきたか」と思うだろうが、 私にとっては、20年以上の対話の過程がある。自分の魂を擬人化した「真魂様」 でもよい。常に話相手として擬人化して対話すれば、それで深い自己対話になる。 問題は意識してやるかどうか。アブラハム、キリスト、釈迦などは、 このエネルギーの大元と繋がっていたのでは? 魂とは、内的宇宙=地軸様。
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2017年10月18日(水)
* 大いなる判断ミス ・あと4日で衆院選挙が実施される。安倍首相の疑惑隠しと、民進党の自壊に つけこんだ解散であることは自明。「希望の党」の設党の勢いからして、 「もしや?」の可能性もあったが、舞上がった小池が大失敗をした。民進党が 自民党一強体制の破壊のため頭を下げ、解党までして合流しようとした矢先、 「左翼と、元・元首を、さらさら入党させるつもりはありません!」の一言 で、自民党大敗の流れが大きく変わった。安倍打倒で結束していた対立軸 がブレタのである。その一言で、私も「小池はダメ!」と変心をした一人。 白け、冷静になったのである。結果論になるが、「まず全て取り込み勝利し、 その後、解党なり、排除すれば良かったのである。 ・それに第二次朝鮮戦争の勃発への危機感が日ごと高まりもある。北朝鮮に とって核弾頭ミサイルの脅しには日本ほど好都合な国はない。やり返せない のである。開戦ともなれば、首都圏と原発基地近隣の被害は甚大になる。 最も心配していたのが自宅から30キロ先にある柏崎刈羽原発への攻撃だが、 この緊迫した世界情勢の中、大国とわたり合えるのは、安倍首相しかない。 皮肉にも拒否された左翼系のグループの立憲民主党が予想以上の伸び。 私は、まだ誰に投票するか様子見… 安倍首相と小池とれば、「希望」より 政治経験の深い安倍に傾くのは自然の理。となれば「政権交代はない!」。 <稼働をしてない原発は、空箱と同じ>と知り、安堵。興味本位で言えば、 今回の総選挙ほど物語に満ちた選挙はない。 小池もタレント議員上がりの 都知事の器。それだけでも充分に御立派。今は「万一」に備える時節になる。 恐ろしいのは戦争の惨劇がリアルに世界中に垂流されること。それと難民!
・・・・・・ 5695,閑話小題 〜県知事選の結果に 2016年10月18日(火) * 県知事選の結果には驚いた 先週の木曜日に近くの従兄が亡くなったこともあって、県知事選と、 長岡市長選を全く忘れ、むろん、その結果も知らなかった。翌朝になって、 家内から「森市長が負けた」と聞いて、耳を疑った。 家内も、 「昨夜半、森市長が勝つと思っていたので選挙結果に吃驚した!」という。 忘れてなかったら、長い目で、森市長に投票と決めていた。その直前まで、 アンチ建設省で米山隆一に投票に決めていたが、改めて自頭で考えてみて、 長岡市長として実績と、安定した業績を考えて比較したところ、森市長が、 県知事に向いていると判断を切替えていた。 以前、30年間、新潟駅前で事業をしていたこともあり、県知事関係者から 相談を受けた大学ゼミの後輩の「道路アクセスと経済効果」の専門家に、 「停滞する新潟県の発展には何をしたら良いか?」と、相談され、 即座に、「新潟駅から新潟飛行場までの新幹線の延長」を提案した。 そして、有志を集めて、その利点を幾つかあげて議論いるうち、新潟駅と 空港を結ぶ沿線に多くのプロジェクトの絵図が浮かんでいた。 元建設役人の森市長なら、それを熟知しており、最後の政治生命をかけた 政策としたと推測される。 米山新知事、新潟が今も昔も、「江戸の天領」が見抜けるか疑問である。 泉田知事は、その重要性に気付いてなかった! 気づいても、プロジェクト を推進するには実力不足を自覚していた? 僅差でもない結果は、国家として? 原子炉再開に慎重な泉田知事を追い落とした自民党に対する反対とすると、 新潟県民の良識は満更でもないと知った。もし、安倍政権が自滅の道を歩む とすると、この知事選挙が大きな道しるべになる。17年前に、新潟県知事 を、泉田と、森の何方かを選ぶかの自民党の裁定が、泉田。今から思うに、 森の方が遥かに、新潟県にとって良かったのでは。 それからしても、『森県知事』が、『米山県知事』より、良かったはず。 17年前の市長選で、『米山長岡市長』より『森長岡市長』が良かったように。 市長、県知事は、住民にとって未来の選択。 東京都知事選挙のように。 ただし、米山隆一には県知事としての「大化け」のノビシロを持っている? 《 ★ ー新潟 与党敗北で再稼働困難に 10/17(月) 産経新聞 掲載 ー 新潟知事選で与党敗北 野党系・米山氏当選 柏崎刈羽の再稼働困難に 任期満了に伴う新潟県知事選は16日投開票され、無所属新人の医師、 米山隆一(49)=共産、自由、社民推薦=が、前長岡市長の森民夫(67) =自民、公明推薦=ら無所属新人3人を破り、初当選を果たした。 東京電力柏崎刈羽原発(同県柏崎市など)の再稼働に反対する共産党など 野党の後押しを受けた米山氏の当選で、政府や東電が推進する再稼働が困難に なる可能性がある。投票率は53・05%で、過去最低だった前回の 43・95%を9・10ポイント上回った。(産経新聞)》
・・・・・・ 5330,閑話小題 〜メガネ店に隣接したコンタクト専門店 2015年10月18日(日) * メガネ店に隣接したコンタクト店 あと三ヶ月で自動車免許の書き換え。毎回、問題は眼の検査がギリギリ線上。 その都度、何とか合格してきた。70歳誕生日の免許書換えの法定講習会に 行ってきたが、その検査では今回は無理。レンズの入替えか、コンタクトか、 白内障手術かの判断。で、「メガネスーパー長岡店」に、問い合わせの電話を 入れると、一度、コールセンターにつながり、眼医者が、(週3日だけ待機) する隣接するコンタクト専門店を紹介された。こうしないと、店単位の判断 のため、コンタクト隣接店の紹介をさせないための対策だろう。 で、昨日、早速、紹介された店に行ったところ、強度から、メガネでも何とか 合格ラインのレンズにすれば、クリアするという。そこで、コンタクトのコストと、 レンズの値段を聞いたところ、コンタクトなら3分の1という。コンタクトの選択肢 は考えてなかったので 判断は二日後に延ばすことにした。 ちなみに値段は、 一日使い捨ての30個入りのソフトコンタクト(乱視用)で、7千〜8千円。 コンタクトは20歳代に10年間近く使ったことがあるたって抵抗感はないが、 一つ位、クリアするレンズも必要?レンズの入替えか、コンタクトか迷うところ。 現時点ではコンタクトだが? コンタクト専門店で判断予定! * やはり原監督が辞意 昨日のヤクルト対巨人戦は、20分位で他のチャネルに変えてしまった。 巨人の対戦相手を原監督の来年の姿を見たくないため、応援するのも複雑 な気持ち。原の監督年齢が、既に過ぎてしまっていたのは誰の目にも明らか。 今朝のヤフーのニュースに、<負けて決勝に進めなかった結果、辞意を表明> と載っていたのを今朝になって知った。これで良いのだろう。ドラフトがある ため、早々、監督の人選になるが、一時的に江川か、正当なら桑田か、巨人の コーチ陣の中からか、この数日は面白くなった。原監督は、総括として、 歴代の上の部類に入る名監督である! 巨人のGMに留まるか、一度、 すべてを脱ぎ捨て、数年、休むか? やはり、一度、休むがよい! ・・・・・・ 4965,閑話小題 ー誇りを持つのはいい、誇ってはいけない 2014年10月18日(土) * 誇りを持つのはいい、誇ってはいけない 誇りの持てない人こそ誇りたがる?それ以前に、誇りとは、どういう意味か。 ネット辞書によると、「その者自身の具体的な長所や美点に対する心理」 「名誉に思えること」 自信がないと、虚勢でそれを現出させがちになる。 隠せばこそ誇りとして、熟成されるが、ついつい、見せて誇ってしまうのが、 人間の性である。他人を見ていると、それが分かるが、自分のことになると! 誇りの逆が卑屈だが、これを、この言葉に当てはめると、 「落ち込むのは仕方がない、卑屈になるな」になる。 ほおっておけば、老いるほど卑屈になるは! * 人と違う生き方は孤独のようだが、実りは大きい 意識するしないにかかわらず、それぞれが人と違う生き方をしている。 ただ、人を意識しなければの話。スポーツジムのヨガに週2〜3回、二年半、 参加してきたが、少し暗がりの中で毎回のように言われるのが、 「各々のマットは、各々の全世界です。周囲の人を意識しないで、自分だけの 世界に入って下さい!」である。実際に参加していると、殆どの人が、忠実に 自分の世界に入りきっているのが分かる。人と違う生き方は、人を最小に 意識した生き方ということになる。その第一歩が、人と比較しないこと! その為には、まずは、自分の好きなことを長年かけて続けること。 それには孤独の世界を大事にしなくては。 ・・・・・・ 4598, 読書という体験 ー1 2013年10月18日(金) 「読書という体験」 岩波文庫編集部 (編集) 読書を体験として捉えるところが面白い。 それも色いろな分野の識者の体験談?だから惹きつけられる。 ーアマゾンの内容 よりー 【熱い気持ちで読んだ本で経験したことの方が、実際に経験したことより 今日の私にとっては何倍も大切な思い出になっているのだ ―香山リカ 「読書だって“人生経験”」(学者、作家、)ー ジャーナリスト、 俳優など、三四人の多彩な筆者による、さまざまな読書という体験。】 まずは、読んだことのある著者から取り上げていくが、 特に藤原正彦の内容が良い! * 教養を培う ―私の「読書ゼミ」 藤原正彦 《NHKによる最近の読書調査を見ると、中学生.高校生がいかに本を読まないか、 あらためて愕然とする。平均読書時間は一日に数分である。一方、テレビに 費やす時間は、平日が約二時間、休日が約四時間である。高校生三人に二人は、 一ヵ月に一冊も読まないという。読書以外に、文学、歴史、思想といった教養を 身につける方法はほとんどないから、このままでは早晩、日本は無教養な人々で 埋めつくされることになる。 教養がなくとも、日常生活をつつがなく送り、 幸せな人生をまっとうすることはできる。その意味で教養とは個人的なもの。 教養がどうしても必要なのは、長期的視野や大局観を得たいと思う時である。 「長期的視野や大局観を持つとは、時流に流されず、いったん自分を高みに置き、 現象や物事を俯瞰しつつ考察するということ」である。このためには若いうち から、「現状」を離れ大きな枠の中で人間や社会の本質に迫ることに慣れねば ならない。そこで、時空を超える唯一の方法、すなわち読書により、古今東西 の偉人賢人の声に耳を傾け、庶民の哀歓に心を震わせる、ということが必要。 このような読書の累積が教養である。長期的視野や大局観は、リーダーとなる人 の絶対条件である。我が国の政治や経済政策がいつまでたってもうまく機能せず、 社会や教育が少しずつ荒廃していくのは、リーダー達の大局観の欠如による。 大局観がないと、常に時流に流され、右顧左眄し、対症療法に走ることになる。 大局観欠如の背景には、かつてあった教養主義の衰退、読書離れがある。 リーダーだけが教養を積んでいれば、国民一般はどうでもよいかというと、 そうはならない。我が国が民主主義をとっているからである。国民の総意に 基づいて物事を決めるのだから、その国民に判断力がないと大変なことになる。 民主政治は衆愚政治になりはてる。 読書離れは、民主主義を最低の政治 形態にまでおとしめ、日本を滅ぼす。... 》 ▼ この危機感から筆者は、大学で八年前に読書ゼミを始めた。主に一年生を 対象とした週90分、半年間のこのゼミは、以後毎年開いているという。 この内容について次回に取り上げる。 武澤ゼミの武澤教授の指導に似ている。 事例の現象に隠されている本質は、かなりの読書量がなければ、理解不能の ものばかり。基礎教養が、人格をつくり、それが問題を解決する。 私のゼミの事例研究の前の一年は徹底的に指定された本を読まされるが、私は 二年目からの参加。ひと月もしないうちに、己の絶対量の読書不足を自覚する。 二年目の彼らに全くついていけない。それが時間が経つたびジワジワ効いてくる。 それまでの読書の絶対量の不足。この自覚が武澤ゼミ、学生時代の最大の収穫。 卒業時には、ノイローゼ気味でコンプレックスの塊になっていた。 特に都会生まれの学生は、読書の必要性を知っていて、絶対量を読んでいる。 卒業の越年を真剣に悩んだ結果、社会生活に入ってから、毎日、二時間の読書を 続けることを心に決め、それが現在まで続いている。そのことで、心の個室 を持つことができた。足の踏み場もないが・・ ・・・・・・ 4223, 神は妄想である ー4 2012年10月18日(木) 神は妄想である ー4 * パスカルの賭け ー「神は妄想である」リチャード・ドーキンズ著 学生時代に読んだパンセの「パスカルの賭け」を読んだとき、いやに納得した ことを憶えている。と同時に「裸の王様の真の姿に目をつぶって黙っていた方 が得」という、いかがわしさも感じとった。イスラム教、キリスト教、ユダヤ教 の文明の対立が激しくなる中、無神論も、堂々と主張すべき時期に来ている。 パスカルの賭けも、あまり語られてないが、当然。 ーその辺を抜粋ー ≪ 仏の偉大な数学者ブレーズ・パスカルは、神が存在するという確率がどんな に小さくとも、神の有無について間違った推測をしたときの報いには、かなり 大きな非対称性が存在すると考えた。< あなたは神を信じた方がいい、 なぜなら、もしあなたが正しければ永遠の幸福という利益を得るが、間違って いたとしても、いずれにせよ失うものはないだろう。それに対して、もし あなたが神を信じないとして、それがまちがっていることが判明すれば、 あなたは永遠の苦しみを得ることになるが、正しかったとしても、何の利得 もない。悩む必要がないのは明らかだ。神を信じなさい。 >である。 けれども、この論証には、はっきりとおかしいところがある。信じるという のは政治問題とは違って、あなたがどうするか決定できるものではない。 少なくともそれは、自分の意志で決定できるようなものでも、自分の意志で決定 できるようなものではない。私は教会へ行くかどうかを決定できる。 私はニカイア信条を唱えるかどうかを決定できるし、聖書に手を載せて、そこに 書かれているすべての言葉を信じると宣誓するという決定をすることができる。 しかし、これらの行為のどれ一つとして、私が信じていないものを実際に信じ させることはできない。‘パスカルの賭けは、神を信じているふりをするための 論証でしかありえない’。そして、あなたが信じると主張する神は全知という類 の存在ではない方がいいだろう。さもなければ、神はその偽装を見抜いてしまう だろうから。「何を信じるか」ということが自分で決定できるものだという馬鹿 げた考えは、ダグラス・アダムズの『ダーク・ジェントリーの全体論的秘密探偵社』 において、みごとにからかわれている。そこにロボットの電子僧侶が登場するが、 それは「あなたにかわって物事を信じてくれる」、労働節約型の装置である。 宣伝によれば、デラックス型は、「ソルトレイク・シティ[モルモン教の本拠地」 では信じないようなことを信じさせることができる」というふれ込みの商品だ。 しかしいずれにしてもなぜ私たちは、「神を喜ばせたいならば、しなければ ならないのは彼を信じることだ」という考えを、そんなに簡単に受け入れて しまうのだろう? 信じることの何がそれほど特別なのだろう? 神が親切、 寛容、あるいは謙遜、あるいは誠意という報償をくれるだろうというだけのこと ではないだろうか。≫ ▼ 「信じることで、神から親切、寛容、謙遜、誠意という報償を与えられる だけで、十分過ぎる」ことも確かである。信仰は自分で自分の首を縛るだけか、 長年の歴史に耐えた教えに『良心』を育て導く道理が入っているため信じるに 足りるか。キリスト教圏だった、自分の子供には無神論より有神論者を 選ばせるのは頷ける。亀井勝一郎の「愛の無情」でも読み返すか。 ・・・・・・ 3858, 幽霊を哲学してみる 2011年10月18日(火) 先日、ある人と食事をしていた時の話題。 《 最近、自分には学校とか病院の前に屯をしている霊が見えることがある。 貴方のブログに、そういう感覚があると書いているが、このことを如何思うか? 最近、気晴らしにパワースポットに行くのが趣味になっている。長岡には、 そういうスポットは何処にあるのか?》という内容。〜それに対し私の返事は〜 《 ブログに書いてあるとおり、38年前に父親が亡くなった時から10数年、 シックス・センスが身についた時期があった。実際に経験してみて、こういう ものかと思い知った。 子供の頃から両親や姉などが、幽霊の話を真剣な顔を しているのを聞いて、他愛無い話と子供心に思っていた。ところが、父が亡く なった直後に「父親の死にたくない不安の気持ちが夢の中で乗り移り、我に 返った時に、父親の魂が自分に乗り移ったような奇妙な経験」をした直後から、 幽体離脱や、奇妙な偶然の一致などが多く続くようになった。 これだけは、 実際に経験してみないと分からないこと。 しかし10数年前から哲学に興味 を持ち読み続けてから、その感覚が薄れてしまった。特にカントを知り、 何度も読み込むうち、霊の正体が理屈で分かりかけてきた。私はカレーを食べる と汗が人一倍出る。そのためカレーをイメージしただけで汗が出たり、カレーの 臭いさえしてくる。これは、嗅覚がカレーの言葉に刺激されるからである。 それと、あなたが見える幽霊に似ている。そこに幽霊がいるのではなく、 貴方の中にある幽霊の刷り込みの感覚が働くためである。 それが分かると、 シックス・センスは、その入り口で遮断される。人間の脳は、生物が20億年 かけた生命の歴史が刻まれている。 霊も、その類である。》であった。 霊に関しては、そんな簡単に言い切れるものではない。過去を振り返ると 分かることだが、我々は共同幻想の中にある。人生は幻想の中で浮遊していて いるだけ。見える人には見えて、見えない人には見えない。そう見えるも 脳の悪戯? ふと考えついたのが「目覚めた状態で見える夢」という言葉。 そうすると、やはり幻覚、幻想になる。 カラオケスナックは、酒で脳を麻痺 させ、映像と歌謡曲で幻想の世界を作り上げる場所。 映画館も、小説も同じ。 たまたま、二年前の同月同日に「生きる幻想 死ぬ幻想−2」を書いていた。
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2017年10月17日(火)
*【猿の惑星― 聖戦記】 〜映画観賞録 先週の金曜日は、【猿の惑星― 聖戦記】を見てきたが、6年前の10月15日に シリーズモノを見ていたようだ。その間に、シリーズモノを一切見た記憶はない。 今回も同じだったが、猿は野生が残っているため、より残酷になる筈だが、 内容は、いやにおとなしくて優しい。 白人優位主義者は、有色人種を猿ぐらいに見下げている。欧州はさりげない 差別意識は明確に分かる。猿の方が、優しいのは分からないではないが。白人 優位主義のトランプ大統領、数年先には、数百万の有色人種の駆逐が行われる? 可能性がある。これまで、イラクで、アフガン、ベトナムなどで戦い続けてきた アメリカ。虐殺に近い事態になると思えるが! 駆除されるのは、アメリカの 可能性もある。戦争だけは絶対避けるべきだが… 数年先に難民が溢る可能性も。 ― * 秋口から年末にかけて… 一昨日はTVで、普段は見ないゴルフ中継、「日本オープンゴルフ」を見た。 19歳のアマチュアとプロの一騎打ちになったが、これが面白かった。 最後の最後、一打差でプロの勝利になった… 年末にかけて、「全日本相撲選手権」「学生相撲選手権」「空手選手権」 「全日本剣道選手権」、他にもラグビー、サッカーなどが続く。選手にとって、 一生一度の日本一の座を賭けた勝負だからこそ面白い。プロか、アマチュアか、 断念かの、決断のための大きな分岐点になる。
・・・・・・ 5694,閑話小題 〜近くの従兄の通夜で 2016年10月17日(月) * 東京の下町に住む、万年青年との久々の出会い 子供の頃、ある従兄が度々、東京から自家に泊まりがてら遊びにきていた。 私より15歳年上の85歳。カメラが趣味。子供の頃に撮ってもらった時々の写真 が何枚か残っている。この写真の存在はメルクマールとして大きな財産である。 第二次大戦で、一度、長岡に移住し、その時に、私の父が、あれこれ面倒をみて くれたことと、4人の姉たちの存在もあったようだ。 会席で故人の父方系は二人だったこともあり、駅の見送りまで御一緒 させてもらった。 出会って、開口一番、 ・『私は前立腺ガンで、進行しているが、今のところ小康を保っている。 家内が5年前に膠原病で倒れ、現在、老老介護の状況の中で何とか参列した。 弟の連れも、やはり膠原病で、二年前に亡くなったが、家内は、お医者さん の選定が正しかったようで、何とか・・』 と曰く。 自営業をしてきて、時々、転業をしていたが、特許をいくつか 持っていたため、常に生活は安定してきた、という。 昔から若々しい 万年青年で、常に躁状態。今回の参列は、命がけのようで、 一期一会の感が強かった。 当人の話は延々とつづく。 ・『現在、4kのビデオカメラに凝っていて、4台の機種を持っている。 この良いのは、ビデオの映像の一番良い一瞬を、後で切取りが可能なこと。 撮った映像を、大型の4kTVのをみて、ベストの一瞬をとらえ切取りが可能。 アマチュアのカメラマンとして、この機能は夢のようである。』と。 通夜の会場と、オトキの席と、長岡駅前の居酒屋の席では、ホボ話しっぱなし。 まだまだ、話はつづく。 ・『あと、10年前に生まれていれば良かった。今世紀に入ってから今までの 変化を見ると、これから10年間の変化を体験したい・・ しかし後は少ない。 今は、ドローンにカメラをつけた空撮が目標。空からの4kの自分の撮った 画像を見てみたい。 それと、生前葬をしたい。骨拾いの箸を見立てた二本の 杖を両手に持って、顔はペイントをし、死に衣装を着て、参列者の前に現れる。 考えただけで楽しい。・・』と。 老老介護の現実から解放されて、その抑圧からのハイ状態のよう。 カメラの趣味をメインにし、現在は4kビデオに辿りついた85歳の万年青年。 「干乾びた若き万年老人」の多い地方都市では、こういう人物はできない。 こういう人と接するにつけ、地方都市の光と影を感じる。
・・・・・・ 5329,自由とは幻想でしかない? 2015年10月17日(土) ー クオリア再構築 〜島田雅彦:茂木健一郎対談集 * 自由とは幻想でしかない 自由に対する脳科学者の「自由とは幻想でしかない」の切口が新鮮である。 現実に、囚人の自由に対する希求が果たして幻想か否か、何かから解放された 時の自由の実感が幻想かどうかは、解釈による。思いもよらない大自然の神秘 に触れて感動に打ち震えた開放感を何度も経験してきたので、その魂の自由も 幻想といわれても、何か納得ができない。 〜その辺りから抜粋〜 ≪ 茂木:今となって、大変シリアスな問題は、「自由」とは何かということ だと思うんです。自由競争の自由とは何なのか。そこに恐るべき深淵がある。 単純なことではないですよ、自由って。脳科学の立場からいうと、自由意思と いうものは幻想としてしか存在しない。むしろ決まっているんです。 何かアクションを起こそうとする前に、無意識のプロセスでは選択肢はすでに 用意されてしまっている。アクションを起こすタイミングも決められている。 決定論的なんだけれど、意識を持っている「私」から見れば、自由意志がある ように見えるというのが我々の公式的見解。自由というのは幻想なんです。 そこには枯れ尾花しかない。では自由競争、自由資本主義というのは何だろうと。 そもそも概念からして矛盾を含んだ用語です。にもかかわらず、いまだに多く の人が、特にアメリカでは、自由競争やフリーダムをとても大事にしている。 島田:フリーダムとか個人主義とかね。個人主義はある特定の個人が儲ける ためのひとつの前提であり、いびつな原理だと思います。個人の自由が目標 のようにいわれるのは、アングロサクソンの世界観であって、古代の人間や侍の 生き方を振り返ってみれば、そこに個人はありません。個人は主人に捧げる もので、そもそも個人主義を本当にいい出したら、誰も戦争に行きませんから。≫ ▼ <ベルクソンによると、「純粋持続こそが自由の源泉である。通常、自由と いえば、選択の自由を意味する。 たとえば、ひとつの道を進んでいると、 その先が二つに枝分かれしている。その分岐点において、どちらかの道を進む か自分の意志に基づいて選択できる。 そこに自由があるとされる。しかし、 ベルクソンにいわせれば、そのような分岐路を思い浮かべること自体が、 空間化された時間による発想であり、生命の自由な持続に即したものではない。 生命にとっての未来というのは、分岐路のようにあらかじめ存在するものでは なく、現在において不断かつ連続的に創造されるものであるからだ。 したがって、自由とはこの純粋持続への帰一であり、その発現としての 純粋自我による行為」という>。 感動、感激、感謝の最たる感情は、つかの間だが、その積み重ねが人生を 深め、豊かにしてくれる。この最たる(純粋)感情の蓄積が、純粋持続への 帰一に向かうことになる。14年以上続けてきた、早朝の、この文章書きも、 早朝の自転車散歩の習慣も、「純粋持続の帰一であり、発現としての純粋自我 による行為」になる。その結果が、自由なソリストとしての(歪な?)私がある。 ・・・・・・ 4964,閑話小題 ーオ〜〜 2014年10月17日(金) * オ〜〜 驚き、感動の時の言葉である。人生の豊かさは感動の質量のトータルで 決まるといってよい。一瞬、「アッ」と息を呑み、それを吐く時に出るのが 「オ〜〜」。宇宙からの音が「オオ〜ム」というが、これに関係しているかも。 以前に旅行をした時、ベテラン添乗員が絶景に差し掛かった時に、先導をして 「オオ〜〜」と言い、その後、全員に合唱させて笑いを取っていた。 それを何度か繰り返しているうちに、全員の共同感動の合唱になって、 これが感動を大きく振幅させてていた。 ーところで感動詞をネット辞書で調べると、 ☆『話し手の感動を表す「ああ」「おお」の類をはじめ、呼びかけを表す 「おい」「もしもし」の類 や、応答を表す「はい」「いいえ」の類も、 文法的性質が同じなので、国文法ではこれに 含まれる。』 ☆『感動、応答、呼び掛けを表し、活用がなく、単独で文になり得る 語である。 主語、述語、修飾語になることも他の語に修飾されることもない。』とある。 ☆ 英語で 感動詞は Gerat! すごい! Awesome! すごい! Wow! わぁすごい! Terrific! 最高! Cool! かっこいい! Way to go! その調子! Right on! バッチリ! Good for her(him)! よくやった! YEAH! やったー! Yee ha! やったー! Alright! やったー! YES! よっしゃ! Goody!! すごーい!!わーい! Whoopee ワーッ! Rah フレー!万歳! Hooray 万歳!やったー! Zowie ウワー、ヒャー(大きな喜び) になる。 ー以上だが、それまでは、「ウワ〜(凄い)!」「何(じゃ)これ!」 「アア〜(凄い)」だったが、今度は、「オ〜〜」・・ 「Bravo」もいいが! 感動、感激、歓喜の質量が、その人そのもの! オ〜〜 ・・・・・・ 4597, そして、人生はつづく ー6 (そして、ゲームはつづく) 2013年10月17日(木) * そして、ゲームはつづく 川本三郎著の『そして、人生はつづく』にしろ、朝日新聞の「耕論」 小田嶋隆のコラム『生き直すために』にしろ、自由業の物書が、連合いの死や、 断酒による人間関係の喪失で、孤立した生活に入りざるを得なくなった中で、 如何に、耐えていくか。そこで「一人暮しになって静かな一日を送る困難と、 それゆえ幸福を知るようになった」心情を書き連ねる。 一匹狼の良さと辛さこそ、人生の哀歓があるということ。 私も小さいながらの創業人生を45年かけ生きてきた。そして、三羽のブラック スワンの出現で、事業整理に至った。そして、人生は続いている。「そして、」 の「、」が、人生の節目の意味がある。 これを境に、森の人生から、サバンナ の人生に変化したことになる。 ところで、昨夜、C.Sファイナルステージの巨人・広島戦で、巨人の坂本と 村田が、攻守でチームを救った。自らの悪送球で2点の先行を許した村田が 決定打を放ち、更に最終回にヒット性打球を二人連携のファインプレーで 劇的なゲームセットで汚名を返上した。 坂本は、9・10月は1割7分代と 極端に低迷。それでも原監督は出し続けた。その後、村田の凡ミスで先制された 直後の勝機に、解説者の予測とおりの凡打。しかし、次の打席でHRを放った。 「そして、人生はつづく」の『人生』を『ゲーム』に置換えたようなドラマ。 手痛い凡ミスと、勝機での凡打を全国注目している中だから、地獄から天国と いった心境だろう。こういう極限の中で、はね返すのが一流の証拠。 二人にとって、「そして、ゲームはつづく」で、劇的快打とプレー。そして、 お立ち台でインタビュー。 二人にとって、凡ブレーの後、「そして、」の 気持ちの切替が出来るのだろう。しかし、「そして、人生はつづく」には、 孤独な平凡な日々で静かに己を律するしかない。 人生にも、勝負にも、 「、」と「。」と、行(ぎょう)かえが必要ということになる。 「国敗れて山河あり」 そこは微粒子に満たない小さな小宇宙でしかない。 ・・・・・・ 4222, つれづれに ー国家危機! 2012年10月17日(水) * 生々しく聞こえてきた世情の話 「赤表紙本」といえば、経済状況を大げさに書きたて、不安を書きたて本を 売る方法に使われる。「読むほうも、書くほうも、割り切って読んでいる、」 のが一般の見方。ところが、どんなにオーバーに書き立てても実際の現象になると、 それを遥かに超えるから恐ろしい。「欧州危機、恐慌と騒いでいるが、今だに 起きてないじゃないか」というが、早いか遅いかの差、間違いなく起こるのは 確か。一昨日も、BS/TVで、こんなことを放送してよいのかと思われるほどの 過激なレポートだった。そのゲストのブログで、現地の惨状の実態を読んでは いたが、それをTVで流すのだから、一般の人は、驚くはず。 要は、日本円の 預金をドル建てに替えて持つべきとか、日本も、PIIGS並みに数年内になる? とか・・ ギリシャやスペインの街中で出会った人の生々しい窮状は、日本に いては分からない。まず一部勝ち組と、大部分の負け組みがいて、その負け組も、 二分される。一年分の生活費の蓄えがある人と、数ヶ月以内に教会の食料配給の 列に並ぶ人に分けられる、とか。歯医者の開業医が、店を閉めたという、 殆どの人が歯医者にかかる金が無いので、経営が成り立たなくなったという。 PIIGSでも、アイルランドのように国が一体になり再建を始めたところと、 ギリシャのように国家がバラバラで、その意欲が全くない国がある。 それは日本でも同じこと。家内から聞く世情の話は、一部勝ち組と大部分の 負け組みの段差の内容が、日常のリアルの内容になる。家内の友人の勤め先の話。 「顔が腫れているのに、そのまま。病院に行かないので変と思っていたが、 その人、お金が無いため行けないと、後で知った!でも、いつの間にか腫れが 直ったみたい!」。 国内では預金ゼロ世帯が三割。それなら病院にいく金も 無いに等しい。 失われた20年で中流といわれる大衆は、本当に貧しくなった。 他人事ではない。 昨夜もNHKの「クローズアップ現代」で、欧州危機を 放送していた。実際に起こったら、どうなるのだろうか? 私の出来る範囲で 恐慌の備えの大方は終わったが、実際になると想像を遥かに超えるはず。 まだ平和ボケの範囲でしかない。まだ火の手は上がってない。 ・・・・・・ 3857, Macの創業者のジョブス 2011年10月17日(月) Macの創業者のジョブスが先日、亡くなった。iMacパソコンを二台、 iPodを二つ、iPhone(現在はドコモの携帯電話に逆戻り)、 iPadと、最近買った端末は、ほぼMacである。 iPhoneは、小さすぎて指入力に戸惑い使い切れなかったが、他は及第。 iPhoneには驚いたが、最近買ったiPadには感動もの。 デジタリアンと自認しているが、実はジョブス・ファンだったようだ。 先日、NHKの「クローズアップ現代」で、ジョブスの死を悼んで 『世界を変えた男 スティーブ・ジョブズの素顔』とし報道番組を組んでいた。 ここで孫正義が、《 彼は商品、製品を生み出すのではなく、ジョブスの作品 を生み出している。デジタル端末などの人間化をテーマに、高度のマニアしか 使えないデジタル機器を、普通の人が気楽に使える作品を作り上げてきた。 iMacなどのiは、愛に通じる。もし、彼が20年、30年生きて、最後に 自分が作りたい作品は「iRobot]と、提示するのでは! 彼は、芸術とテクノロジーを両立させた正に現代の天才。 数百年後の人々は、レオナルド・ヴィンチを並び称するだろう。》 とまで、賞賛している。今までのパソコンと比べると、マニアが使いこなして いたデジタル端末とネット世界を、ごく簡単に、我々一般人が使えるように なっている。だから、何だと言われれば、それまでだが、知的好奇心が強い ものにとって、これほど有難いものはない。それにアプリが豊富にあることが、 相乗効果になっている。ジョブスのように明確な形で(身近なモノ)で、世界を 変えてしまうのも、グローバル化の一つ。本人自身、もっと生きたかったはず。 ー NHKのHPの紹介文から ー ≪ iPhoneやiPadなど時代の一歩先を行く革新的な製品を生み出し、 IT企業「アップル」のカリスマ経営者として知られたスティーブ・ジョブズ 前最高経営責任者が5日に亡くなった。明確なビジョンと強いリーダシップで アップルを率いてきたジョブズ。製品の細部にまで妥協を許さない徹底ぶりや、 卓越したプレゼンテーション能力は世界中の多くの人々を魅了してきた。 番組では、ジョブズを身近で知る人々の証言や、ジョブズの言葉、かつて クローズアップ現代に出演した時の貴重な映像などを通して、IT界の天才と 言われたジョブズ氏の素顔と、次世代へのメッセージを綴る。 ゲスト:孫 正義さん(ソフトバンク社長) ≫ ・・・・・・・ 3492, 実践・50歳からの少食長寿法 2010年10月17日(日) 「実践・50歳からの少食長寿法-粗食革命のすすめ 」幕内秀夫著 ーアマゾンの内容説明からー 50代から、量を減らして質を高めれば歪んだカラダもすべて治る。 朝食断食、一日一食法から食材、水、調味料の選び方まで、食卓を「宝食」 に変える知恵と工夫!!貧困から脱却していろいろなものを食べられるように なった「豊食」くらいで止めればよかったはずです。ところが金にあかせて 食を粗末にする「飽食」が当たり前となってしまったのです。 しかもそれだけでは済みませんでした。バブル期を迎えた日本人は、 1人当たりの残飯量はアメリカを抜いて世界一ともいわれながら、中身を吟味 しない「泡食」に突き進みました。一方で「粗食」を放棄したために体調を 崩してしまい、いわば「崩食」と呼ばれる食生活を送るようになりました。 さらには、無意味な健康情報に惑わされふり回される「呆食」の時代を迎えて います。こうした愚かなホウショクを、真にぜいたくな「宝食」に変える。 これこそが天命を待つ50代にふさわしい食生活なのではないでしょうか。 ●みそ汁を飲むとがんは防げる? ●更年期障害になる人、ならない人 ●長寿日本一、岐阜県和良村の秘密 ●4ヵ月で7キロ減の4つの方法 ●朝食断食・一日一食のどちらかで ●沖縄長寿神話の崩壊 ●歩いて旅して3000キロ ●自己防衛の「食の10ヵ条」 ●フードマイレージという考え方 ●命を与える偉大な発酵食 〜以上だが、分かりやすく実行しやすいという内容である。 最近、逆に昼飯をサンドイッチなどパン食に切かえたが。 この中で自己防衛の「食の10ヵ条」が分かりやすい。 1、食事は量より質にこだわる 2、主食は御飯 3、発酵食品を食べる 4、砂糖、油脂のとり過ぎに注意 5、パンを常食にしない 6、液体でカロリーをとらない 7、副食は季節の野菜を中心に 8、動物性食品は魚介類を中心に 9、未精白の御飯に挑戦する 10、食事はゆっくり、よく噛んで 要は昔ながらの日本食が健康食になる、ということになる。 御飯は玄米食で、納豆、味噌汁、季節の野菜を、量を少なめにし、 ゆっくり噛んで、食べていれば良いということだが。
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2017年10月16日(月)
* ハリウッドのB級政治もの化してきた世界 ハリウッド映画のサブタイトルは、さしずめこうだろう。 〜老いた金髪の実業家と、狂った殺人鬼のデブ〜 ーB級映画の粗筋とは― 【…スパイ上がりの敵国ロシアのプーチンが、アメリカの泡沫候補をスパイ網を 駆使して大統領に祭り上げ、いまだ朝鮮戦争状態の延長にある北朝鮮の政治経験 の浅い、叔父と腹違いの実兄を殺害した狂った殺人鬼の独裁者を後方支援して 第二次朝鮮戦争に持込もうとする。隣国の中国も新体制が固まらず、バブル崩壊 危機にある現在は力不足。この第二次朝鮮戦争はロシアにとって有利に働く。 経験不足の漫画的2人を使って戦争に導き、世界のエネルギーの重点を中国、 ロシアのユーラシア大陸圏に移動させるために必要欠くべからざるイベント。 金髪の大統領にとって、「ロシアとの結託疑惑」を搔き消すためには、この戦争は 隠れ蓑になる。東洋人の100万や200万の死者など白人第一主義の大男にとって、 大した問題ではない。そして、事態は際どい戦争に向かってまっしぐらに進む。 その結果、100,200万単位の犠牲者の想定を遥かに超えた惨状が進んでいく… 】 * もし開戦ともなれば… 検索で「もし第二次朝鮮勃発ならば?」と検索すると… ≪ ホワイトハウス筋が、 「好戦的な北朝鮮指導部と世界第4位規模の在来式軍事力、さらには年々強化 されている核・ミサイル能力は同盟国の脅威になっているばかりか、米本土への 脅威も増している」と述べ、北朝鮮の能力を決して過小評価はしなかった。 この日、同じく証言に立ったマーク・ミレー陸軍参謀総長に至っては 「我が軍隊は満足できるような、戦争を実行する水準でない。犠牲者、死傷者 が相当出てくる」と驚くべき証言を行っていた。 【・ちなみにクリントン政権下の1994年5月19日、クリントン大統領は対北 空爆を決断する前にシュリガシュビリ統合参謀本部議長、ラック司令官らと戦争 シミュレーションのブリーフィングを受けたが、その時の予想された米韓連合軍側 の被害は以下のようなものだった。「戦争が勃発すれば、開戦90日間で ● 5万2千人の米軍が被害を受ける ● 韓国軍は49万人の死者を出す ● 南北間の隣接性と大都市戦争の特殊性からして米国人8万〜10万人を 含む100万人の死者が出る ● 戦争費用は610億ドルを超す」 】
昨年、スカパロッティ前司令官は金正恩委員長に対して「自身の政権が挑戦を 受けると考えれば、大量殺傷兵器を使うだろう」と言明し、最悪の場合、即ち、 北朝鮮が敗戦寸前に陥った場合「北朝鮮が大量殺傷兵器を使うこともありうる」 と示唆していた。 米国防相の研究報告書によれば、ソウルに広島級(15キロトン)の核爆弾が 投下されれば、62万人が死亡するとされている。また、2005年に米国防省 傘下の国防脅威減少局(DTRA)は米軍基地のあるソウル竜山に20キロトン の核爆弾が投下されれば、死傷者は約275万人に及ぶとのシミュレーション結果 を発表している。北朝鮮が9月3日に実験した「水爆」の爆発規模は150〜 ≫ 160キロトンだった。 ― ▼ これをネタに、ドン様、世界を相手に、恐喝するのだから… とはいえ、アメリカ、中国も覚悟を固めなければならない。 韓国民の7割が移民希望というのも、理解できる。
・・・・・・ 5693,『知の読書術』 〜私が電子書籍を使うわけ 2016年10月16日(日) 『知の読書術』佐藤優著 * 私が電子書籍を使うわけ Amazonの電子辞書、『キンドル』の購入を迷っていたが、これを読んで、 購入することにした。<タブレットは多くのアイコンに目がいき、流されるが、 電子書籍は書籍だけの専用が良い」という説には納得させられる。 電子書籍を使うメリットを、著者は以下のように述べる。 〜p/104 ≪・「『教養を身につけるための電子書籍の読書術』として私が勧めたいのは、 『紙の本と同じ本を電子書籍で読む』〜つまり『2冊目』を電子書籍で買うと いうことです。あくまでも最初は紙で読むことを原則として、紙で読んで 常時携帯しておきたい本、あるいは紙の本は将来的に捨ててしまうかもしれ ないけれど、持っておいたほうがいいと思う本を電子書籍で買うのです」 ・また、著者は電子書籍について、 「電子書籍が画期的なのは、今まで物理的に制限のあった持ち歩ける本の量を、 飛躍的に拡大させたことです。紙の本だけしか持てなければ、カバンのなか には新しい本が優先的に入ってしまう。ところが電子書籍端末では、 千冊以上を持ち歩くことができるので、過去に読んだ本へのアクセスが 圧倒的にしやすくなりました。その利便性を最大限に活用する方法が、 『2冊目』としての読書なのです」 ・紙の本でも、電子書籍にしろ、購入するには当然カネがかかる。 著者は「教養にカネを惜しまない」として、 「教養とは生き残るために必要な知恵のことですが、インテリジェンス=教養 ではありません。知性や理解力と訳されるインテリジェンスというのは、極論 すればゴキブリや猫に対しても使える概念です。しかし人間にしか身につかない 知恵は、知識に裏打ちされていなければいけない。 つまり、教養とは 『知識に裏打ちされた知恵』なのです。そして、知識に裏打ちされた知恵を 持つということは、考えを言語化できるということです。インテリとは、 自分のおかれている状況をきちんと理解して、それを言語によって説明できる 人間のことを指します。そのためにはできるだけ質の高い本を深く読み込み、 反復しなければなりません。常に持ち歩くことができる電子書籍は、繰り返し 読むことに秀でた道具ですから、教養を身につける手段としてこれを活用しない 手はないでしょう」≫ ―― ▼ 初代キンドルを使いだした知人に、『どうですか?』と聞いたところ、 奇妙な顔をした中途半端な生返事。当時、上記を言いいたかったのでは? 哲学書を一度、目を通しただけで、理解した気になっているが、読み返す度に、 新鮮な理解があることが多い。これはという本は繰返して読めば良い。それが 安価で可能なら、利用しない手はない。まだまだネットの検索機能を、充分に 使いこなせない。キンドル購入を迷っていたなら、「キンドル 使いかって 感想」など、様々な入力をすれば良かった。としても、シネマに、TVドラマ、 ネットサーフィン、ポタリング、スポーツジム、読書と、多くの入力と出力の 機会の多いこと。何のため、80年の人生を与えられたかを、さらに深耕して 考えた方がよい。それにしても、何もかもが便利で機能的である。
・・・・・・ 5328,閑話小題 〜鼻風邪 2015年10月16日(金) * 鼻風邪をひいて 温寒の差が大きいためか、一昨日より鼻風邪でクシャミの連発。 昨夜、家内が殊勝にも薬と栄養ドリンクのパブロンを買ったのを飲んで寝た。 <どうした風の吹き回し?>というと、<うつされるのが嫌だから>とか! 今朝、何とか厚着をして早朝の自転車散歩に出発しようしたと同時に、 クシャミが5回連発。で、急遽、出かけることを断念した。毎食後に 風邪薬を飲んでいるが、ピークは過ぎたようだ。 * 大手大橋の歩道と車道の防壁の設置 信濃川の大手大橋の歩道と車道の間に鉄板の防壁壁の工事が始まった。 そこに、書いてあった内容が、< 平成8年に、福岡で酔払い運転で衝突 された車に乗ってた親子3人が、歩道に乗り上げ、手すりを突き破り、川に 転落死をした。その対策のための工事。>とあった。たまたま、九州であった 事故のため、日本中の大橋の防壁工事をするのは、どうみても過剰である。 銀座でヤクザが、渋滞に苛立ち、歩道に乗り上げて通行人を殺傷した事件が あったが、それで銀座の歩道に柵をつくるか? つくらないだろう。 そのレベルの話。これが日本の公共工事の一端とみてよいが、それにしても、 変と誰も思わなかったのだろうか。 少し違うが、三井住友建設施工の マンションが杭が違法の短さのため、固い地面に届かなかったため、 手すりが二cmも段差が出来てしまった。 TVで、その部分をクローズ アップして、画面では20〜30cmに映しだし、住民の不安のメッセイージ を流していた。 スパンからすれば20〜100mの二cmなら、微差。 ニュースを面白くするための意図的に構成されたもの。 何だろう? こういうニュースを考えない人たちが、そのまま信じるから、報道サイドは、 その権力を好き勝手に垂流しにする。これから日本中のマンションで、 数限り出てくるが、直接、デジカメで証拠を報道機関に流すため隠蔽は無理。 ・・・・・・ 4963,閑話小題 ー秋の早朝、思いのまま 2014年10月16日(木) 台風も騒いでいるほどもなく、無事?通り抜けていった。 何か、いつも狼少年のように騒ぎすぎ? 現場は大変なのだろうが・・・ 三年前の東北大震災以来、ビクビクしすぎのようだが、それで丁度良いかも。 日本人の意識はリスク管理が薄すぎる。 私の事業清算の場合、事業設計段階 からリスク管理を組入れていたのが幸いした。幼児体験で両親の事業を傍で 見ていたことや、金沢の二度目の修行先がドルショックに遭遇し、急激な経営 悪化と、内部混乱に遭遇った最中だった。それらの経験と、初戦の千葉郊外の 事業立上時の出鼻、石油ショックに見舞われた経験があった。そのため、 新潟駅前ー何度も書いてきたが、このシリーズでは、何時でも撤退できる 設計計画を組み込んでいた。 ・家族、親戚は一切、会社に入れず、 ・家内名義の給与を別口に与え、銀行口座は別にしておき、 ・妻子の連帯保証はしないで、万一に備えておく。 ・さらに、自宅の不動産の底地の一部を、家内と子供名義にして 価値を下げておく(万一の場合、家内が安く買い取れる) ・決算書に出ない、合法的予備資金を積み立てておく、・・ 等々。 これらの構えは事業設計段階から10年〜40年続けておくべきこと。 で、何とか現在の生活を維持している。で、ふと気づくと、今度は死に支度。 私の両親は、神経質ぐらいに死に支度をして逝った。 私の場合の大問題は、 会社の清算。考えようで、「これで良かった」と、自己納得している。 現在の心境は、意外とサバサバしている。これらの体験から、「何事も時間が 解決をしてくれる」ことを実感。喉元過ぎれば熱さ忘れるで、この経験も、 今では「痛気持ちよかった」とさえ思えるから不思議。傍目と、当事者とは、 あまりに違う受け止め方がある。以前、様々なケースを見てきたが、 それぞれの視線が、面白可笑しく見えてくる。犯罪者が、薄ら笑いをし、 ひかれていく映像を見ることがあるが、あれである。自分自身と、それを 見て喜んでいる輩を、その上から冷笑している別口の視線が何とも、 いやらしく、冷たく、可笑しく、哀しいが、こんなに面白い!ものとは 思いもよらなかった。これは経験してみないと理解は出来ないこと。 多くの人は、これを経験しないで死んでいく。 もちろん、こんな経験を しない方?が良いが。死を直前にした時に「これが一番良かった」と思える のでは? そう、大自然の景観に感動した響きと同じ、あれである。 その透き通った感覚は酷似している。だから、薄ら笑いになるのである。 ・・・・・・ 4596, 2050年の世界 ー19 2013年10月16日(水) 第六章 宗教はゆっくりと後退する ーのまとめ ・地球上には約一万の宗教があると言われ、2000年の時点では、 信者25万人以上の宗教は270を数えた。 ・世界人口に占めるイスラム教徒の比率も、1900年には12・3%だったが、 1世紀後には21・1%へと大きく膨らんでいる。この原因はもっぱら、 イスラム諸国の人口爆発に求められる。 ・キリスト教とイスラム教はこの一世紀、世界の各地にある民間信仰、 土俗宗教の信者を奪って伸長してきた。 ・貧しければ貧しいほど宗教に帰依する割合が高くなり、 豊かになればなるほど、宗教は相対化されていく。 ・数の上で、宗教に帰依する者の数が1970年代を境に増えているように見える のは、中国政府が国民に宗教を認めるようになったからであり、それは、 本来宗教を信じていた人たちが、顕在化し見えるようになっただけと言える。 ・宗教性の高い国の出生率は高くなる。また同じ国内でも、信仰心に篤い人々 のグループのほうが無宗教の人々のグループよりも多く子供を産む。 先進国の中の無宗教の人々のグループはもっとも低い出生率である。 ・経済発展の遅れと宗教性の高さには、強い連関がある。貧困と宗教の強い 結びつきは国内にも存在する。ポスト産業経済に属する各国を見ると、 最も貧しい階層の宗教性は、最も豊かな階層より約2倍も高い。 ・したがって、現在出生率が高く人口の配当を受け経済成長を続ける新興国も、 先進国化するにしたがって、宗教は相対化され、無宗教者の割合は増えて いくことになる。 ▼ 宗教は共同幻想の最たるものだが、その共同幻想なくして生きられない のが人間。共同幻想は先進国化することで、幻滅になっていき無宗教者の 割合が増えていく。情報が行き交い知識を持った人が多くなった世界で、神様 の存在は、軽くなるのは当然の成り行き。しかし、「自分が、いま、ここ に存在している不思議」を考えると、神の存在に結びつけるのが手取り早い。 そろそろ、いつ何時、死を宣言され、恐怖のどん底に突落とされる年代。 余命半年を悟った時に慌てふためいても、時、既に遅しである。 神のみもとに帰っていくと心から信じるには、長い信心の時間が必要である。 どの神を信じますか?は、どの共同幻想のイメージを選択しますか?と同じ。 金と神は共同幻想の側面で、似ている部分が多い。で、金に余裕ができれば、 両者の本質も見えてくる。既存の宗教による刷込みの力は、あまりに大きいが、 それ以上に、情報化は、それら刷り込みを破壊する。 ー で、偶然だが、去年、一昨年の以下の文章が丁度良く続いていく。 ・・・・・・ 4221, 神は妄想である ー3 2012年10月16日(火) 新約聖書、旧約聖書は、生々しい逸話で満ちている。神仮説は、超人間的、 超自然的な知性=‘ラージX’が存在しているという仮説である。アブラハム がヤハウェという神をつくりあげた。その神に、現在も何億という民が、 聖地に向けて祈っている。初めてイスラム圏のカイロに泊まった早朝、異様な 「アッラーの祈り」の声。丁度、ラマダンだったこともあり、目を据えた 人々が住む異世界に驚いてしまった。 その祈りは数百年も続いてきた 生活の一部であり、アッラーの神が存在しているのである。 * 可愛げない神仮説 ー「神は妄想である」リチャード・ドーキンズ著 ≪ 神がいるという仮説(神仮説)は、もっとも可愛げのない証拠事例である。 面白みのないキリスト教の顔である「おとなしくて優しい寛大なイエス」にも、 その正否を委ねるべきではない・・ 私は、ヤハウェの、あるいはイエスや アラー、あるいはゼウス、オーディンなどの他の特別な神の特定の性質を攻撃 しているわけでない。むしろ私は、神仮説をもっと弁護のしようがある形で定義 したいと思う。すなわち、宇宙と人間を含めてその内部にあるすべてのものを 意識的に設計し、創造した超人間的、超自然的な知性が存在するという仮説。 本書でその代案として提唱される考え方は、何かを設計できるだけの十分な 複雑さを備えたいかなる創造的知性も、長期にわたる漸進的進化の単なる最終 産物にすぎないというものである。進化によって生じた創造的知性は、当然の ことながら、すでにできあがっている宇宙に後から生まれてくるのだから、 その設計に責任をもつことは不可能である。このように定義された意味に おける神は妄想である。そして、それは有害な妄想なのだ。神仮説は、証拠 よりもむしろ個人的な啓示にもとづく地域的な伝統の上に築かれたものだから、 さまざまな変形版があるとしても驚くにあたらない。宗教史家は、未開部族の アニミズムから、ギリシア、ローマ、北欧神話の神々のような多神教を経て、 ユダヤ教およびそこから派生したキリスト教やイスラム教といった一神教に いたる発展過程を認めている。・・ (中略) ・・われわれの文化の中心にあって、口に出すのがはぼかられる最大の悪が 一神教である。『旧約聖書』と呼ばれる野蛮な青銅器時代の教典から、三つの 非人道的な宗教が進化してきたーユダヤ教、キリスト教、イスラム教である。 これらは天空神をもつ宗教である。文字通り家父長的 ー神は全能の父ー であるため、この天空神と現世におけるその代理人である男に苦しめられた 国国では、二千年にわたって女性蔑視がつづいている。・・(中略) ・・三つのアブラハム宗教のうちでもっとも古く、他の二つの祖先と言って まちがいないのがユダヤ教である。もともとは、猛烈に不愉快な一つの神をもつ 一部族のカルトにすぎなかった。この神は、性的規制、焼けこげた肉のにおい、 他の神々に対する自らの優越、そして、選ばれた砂漠の民の排他的権利という ものに病的にとりつかれていた。ローマ人がパレスティナを占領していた 期間に、タルソスのパウロによって、ユダヤ教のそれほど無慈悲ではない 一神教的宗派としてキリスト教が興されたが、これは排他性も薄く、ユダヤ人 の外の世界に目を向けたものだった。数世紀後にムハンマドとその弟子たちは、 もとのユダヤ教の断固とした一神教に回帰したが、その排他性は引き継がず、 新しい聖典『コーラン』にもとつくイスラム教を興し、信仰をひろめるために 軍事的に征服するという強力なイデオロギーを付け加えた。・・・ ≫ ▼ 最近、宇宙が一つでなく10の50乗の気が遠くなるほどの数がある という説が現れた。その中で、アラブの蛮族から発生した一神教の神は、 アブクでしかないことが分かる。しかし、信心は、そんなもので揺らぐほど 強いのである。人間を人間たらしめている情報伝達手段の言葉が、イメージを 作り上げるようになった。そのイメージは、大自然の神秘と力に神をイメージ したのが、アニミズムになっていった。それが、部族間の争いを大きくして いき、現在に至っている。
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