堀井On-Line



6059,閑話小題 〜人生を変える切っ掛けの書

2017年10月15日(日)

 
   * カズオ・イシグロがノーベル文学賞を
 『日の名残り』を読んで、はや20年以上も経ったことに驚いている。
当時、母親を看取ったばかり51歳。主人公と同年代もあってか、この一節
がそれまでの「生き方」を変えてくれ、ハッピー還暦に導いてくれた個所!
―
《 なあ、あんた、わしはあんたのいうことが全部理解できているかどうか
 わからん。だが、わしに言わせれば、あんたの態度は間違っとるよ。いいかい、
いつも後ろを振り向いていちゃいかんのだ。後ろばかり向いているから、気が
滅入るんだよ。何だって?昔ほどうまく仕事ができない?みんな同じさ。
いつかは休むときが来るんだよ。わしをみてごらん。隠退してから、楽しくて
仕方がない。そりゃ、あんたもわしも、必ずしももう若いとはいえんが、それ
でも前を向き続けなくちゃいかん…
人生、楽しまなくっちゃ。夕方が一日で一番いい時間なんだ。足を伸ばして、
のんびりするのさ。夕方がいちばんいい。わしはそう思う。みんなにも尋ねて
ごらんよ。夕方が一日で一番いい時間だって言うよ。⦆
―
 そこで『還暦までの9年間で、30年分を圧縮して生きる』を決心する切っ掛け
になっていた。20年近く経過した現在、この決心のお陰で、充実感と、達成感が
残っている。 それもあって、少しハードな着陸?にも、平然としていられる。
  〜ネット検索から〜
≪ ことしのノーベル文学賞に日系イギリス人で世界的ベストセラー作家の
 カズオ・ イシグロが選ばれた。 1989年に出版された「日の名残り」は、
第2次世界大 戦後のイギリスの田園地帯にある邸宅を舞台にした作品で、
そこで働く執事の回顧録風物語。...日本では翌年7月に翻訳出版された作品。
 【あらすじ】
< 時は1956年、アメリカ人の主人の下で屋敷の運営がうまくいかず悩んで
いる執事スティーヴンズのもとに、かつて女中頭であったミス・ケントン
(現在はミセス・ベンになっているが、スティーヴンズにとってはいつまでも
ミス・ケントンなのである)から手紙が届く。彼は行間にミス・ケントンの
復職の願望を読取り、主人のはからいで彼女の住む南西イングランドのコーン
ウォールへの旅に出発する。
執事としての仕事における成功?と、もはや取り戻しようのないはずの元同僚
への想い。そのふたつのことが再び成就するのだろうかという淡い期待。
伝統的でありながらも徐々に翳りつつある英国と重ね合わせ ながらも、独特
の展開は我々を著者のみが知る世界へと引き込む。 ≫
―
▼ 20歳で、創業を決意し、プログラムに沿って生きてきたが、
 それに匹敵する生き方の節目の切っ掛けになった著書である。
<隠退してから、楽しくて仕方がない。…人生、楽しまなくっちゃ。
 夕方が一日で一番いい時間なんだ。>
6年前のリタイア後、その感がさらに高まっている。
<どれでも前を向かなきゃいかん> が人生に最も重要なこと。
 読書や、TVで名作映画を見ることも。感動する心を育てることが可能。
感激、感動の心を萎めないこと。そのためには、まず孤独を味わうこと。
死の字は ―の下に、タヒと書く。
 〜で、偶然だが、去年の文章に文脈が続いていく。

・・・・・・
5692,近くに住む従兄の死
2016年10月15日(土)
   * 近くに住む従兄の死
・一昨日の夕刻、近くの父方の従兄が早朝に逝去した知らせがあった。去年の盆
にお参りにきた時に、あまりの激瘠せに驚いたが、『ガンの手術で10数キロ
も瘠せた。その後の抗がん剤治療を拒否、自然死を選ぶことにした。』と言って
いたので、余命一年と、推測していた。今年の盆のお参りには奥さんが来られて
お参りをしていったが、あまり詳細を語らず帰っていった。 
 ところで、亡くなられの朝、玄関前を通り過ぎようとしたときに人の気配が
したので見ると、ガラス戸の横に、白い人影が立っていた。よく見ると、錯覚
だったが、今までなかった経験である。因縁めいたこともなし、忘れていたが、
奇妙な偶然としては出来すぎか。何でわが家に?、いや私のところに?
・この夏にも、母の実家を継いでいた従兄が亡くなった。長岡駅前で、『煮込み
専門店・山小屋』を40年間、経営していた。 生涯独身だったが、店には二才
年上の実姉も手伝っていた。店も終った夜半、後かたずけ直後、その場で脳溢血
で倒れ、こと切れていたのを、翌朝、店にきた姉が発見したという。あっさり、
人生を生きとおし、あっさりと亡くなっていった。
・それと、去年の秋に、私の一番上の姉の連添いが、亡くなった。その二年前に
市内に住む従姉も亡くなった。半回り、一回り、上の世代の順番がまわってきて
いるようだ。これが、70歳代に入った風景。
・同期の年代は、既に3割近く亡くなったが、やはり、元気で長生きが望ましい。
これだけの激変する娑婆を生きる経験は、生きるに充分、値する。
 さて、今日の夕刻、『通夜』。明日の昼には、『葬式』に参列予定。

・・・・・・
5327, 孤立のどこが悪い! 〜グー・チョキ・パー
2015年10月15日(木)
   * 孤独、孤立の暗いイメージ
 人が信念に従って生きていくには、自分を閉めて目標達成のための知識と経験、
そのための挑戦、闘いを続け、基礎になる富と技能を洗練しなければならない。
だからまず自分を閉めて孤立も恐れない信念が必要になる。
そして、そこで熟練した技と、エネルギーを一点に集中して新たな創造を成す。
それも時間とともに陳腐化していまう。そこで、いま一度、自分を閉めて
孤立化する。その繰返しで、人は、ここまできた。それが、常に開くことが、
良いことになっている。いつの間にか、洗脳されたのである。だから欧州では
長期休暇をとって何もしないバカンスを取っていた。
「おひとりさま、生涯未婚、無縁社会とか、村八分、一人ぼっち」。
そういうのは、レッテル張りの言葉。孤立についても、本来、人は孤独な存在。
無理に世間に合わせ、社会とつながろうとするから変になる。絵描とか、庭師とか、
大工職人は、その世界に閉じこもった世界に住んでいる。 接客業と、どちらが
良いかは、一概に言えないが、やはり、長年の歴史のある閉めた世界には、
それなりの重みと深さがある。 
 ふと、このことを考えていた時に「グー・チョキ・パー」が思いついた。
グーは、閉めた孤立の状態。パーで開いて放出したエネルギーが尽きようと
するとき、チョキが、それを切りとり終わりにする役割ということ。
<順境には、枝を張れ、逆境には根を張れ>が、「パーと、グー」に似ている。
 事業整理から4年半になるが、あのままの延長だったら、今頃は、パー。
歳を重ねていくと同時に、すべての人は、孤立化した孤独の老人になる。
「その何が悪い!」という開き直りも必要だが、趣味を持って日々を楽しく
過ごせることが必要である。
・・・・・・
4962,閑話小題 −アベノミクスへの疑問、再び!
2014年10月15日(水)
 去年の同月同日のテーマが「アフォミクス」であった。その数ヶ月前にも、
同じテーマが幾つかあった。その後、東京オリンピック誘致に成功したことも
あり、このところ批判の声が低くなっている。デフレ基調の中でのインフレ
の誘導には、必ず無理が出ることは必定。欧米各国は、先行きが不透明の中で、
オリンピック立候補を避けたが、何を血迷ったのか2020年のオリンピックに
立候補、選出された。 国家予算の半分も収入がないボロボロの借金体質の
国家が、これでは、地獄の蓋をあけて自ら飛び込む行為になる。
それも、この惨状の責任者の元首相が二人が、現在の首相と、副首相という
から、お笑い! 日本は、70年近くの実質アメリカ占領政策で、狂った!と、
言わざるをえない。近い将来の国家の行く末は、惨たんたる状態は必定。 
恐ろしいが、これが現実。それを横目で見ながら、私も地上から消え去る頃。
その前に株式の暴落が起こる、それは前触れもなく、ある日、突然に起こる。 
もう一線から退いたため、その先行きが、より鮮明に見える。
 以前、同調した論説は間違いなく正しい! このバブルに乗って泡踊りを
したら、20年前の私のように、大きな失敗を犯すことになる。 アメリカは、
リーマンショック前の3倍、EUは2倍の通貨量になった。 その結果、
ドル為替が半値、3分の1になって然るべきだが、殆ど下落はしていない。
この矛盾は、遅かれ早かれ、必ず、株価か、国債の暴落につながる。
その時、誰が被害を被るか? 弱者である。この、生暖かい空気に迷わされる
ことなく、以下の内容を、いま一度、読み解くことだ・・
・・・・・・
4595, 閑話小題 ーアフォノミクス
2013年10月15日(火)
  * アフォノミックス ーアフォが、三本の矢のミックスといっても!
 安倍内閣の経済政策に否定的で、先行き悲観論の経済学者・浜規子が、
久々にTVに出演、アベノミクスを批判。こんなバブルは直ぐに崩壊するのは
自明のこと。 アベノミクスに対する街のインタビューで、20、30歳代の
17%に対し、40歳以上の74%がバブルを望んでいる結果であった。
バブル経験者の多くが、その恩恵の味が分かって期待するが、未経験の年代層は
いずれ弾けるバブルに期待していない、と冷け気味。
 浜規子は、「1980年後半のバブルは4年数ヶ月つづいたが、今度は、
そこまで続かない。前のバブルは、中産階級の風船が膨んだが、今回は、
その萎んだ風船に再びガスを入れるのでなく、別の風船を膨らませ、萎んだ風船
に紐を加え、空に上げようという代物。全くの見当違い!」と、一刀両断。
これも、当たり前。元女子アスリートが、「周囲が家を買いたいという人が多い
ので、家を買うか、迷っている」に対し、「周りが浮かれ始めた時に何を馬鹿
なことを! 家は投資の一つ。直ぐに弾けるのが目に見えている。
『周りが買うから自分も』という考えが、バブル犠牲者の発想。止めなさい!」
と、ハギレはよい。安倍内閣が発足、現在の日銀総裁が立候補をした時、
「日銀総裁になりたいポチが尾っぽを振っているだけ」と切って捨てた。 
FRBのバーナンキンが無制限に札を刷って、目先のアメリカ経済の崩壊を
引き延ばしたのと、日本とは違う。彼らは世界の制空権を持ち、海軍力も世界一、
言語も世界共通語の英語。その上、基軸通貨の発行国。ドルを幾らでも刷って、
それを米国債で回収するか、暴落に誘導すれば借金はチャラ。それと、
デフォルトの手がある。その米国を真似れば、待っているのは破滅。 
米国予算が議会で否決、デフォルトをすれば、世界経済は大混乱になる。
『ひょっとすると、隠れた世界戦略』で、やってくる可能性が充分ある。
リーマンショックで、世界の金融機関に隠された不良債権ともども、焼き払う
ために?金融の世界大戦と割切ってくる可能性は充分にある。数年内に火の海?
日本は米国債を4〜500兆円も持っている? ・・ 世界が火の海になろう
という時、東京オリンピック誘致に成功!と、浮かれている。景気浮揚より、
国民の目を逸らすため? 阿部の横で、麻生が「アフォ違うねん、パーなんで」
とフザけているパロディのイメージが、浮かんできた。悲しいかなA・B層の
質の低下、特にB層が国を滅ぼす。
ーーー
2013/06/19
アベノミクスへの疑問
 アベノミクスの危なさは、二年前の事業断念に至るプロセスで直接、
肌で感じ取っていた。再び、とんでもない誤りを犯そうとしている。 
「10年後に一人あたりのGDPを150万増加」など、方向は真逆。
それも以前に放り出した元首相二人が恥ずかしげも無くである。
何人かの経済学者が、アベノミクスに批判をしているが、円安、株高の現象の
前に表立ってない。 先日、図書館で借りてきた文藝春秋4月号に、
 ー神谷秀樹のレポートーアベノミクス「危険な熱狂」ーがあった。 
ネットで調べたところ、これを簡略にまとめたブログの内容があった。
★ 〜ブログにゃんとま〜 ー神谷秀樹『アベノミクス「危険な熱狂」』
                  文藝春秋4月号の一部を抜粋ー
≪◎アベノミクスを冷静に分析し「A=アセット(資産)、B=バブル、
 E=エコノミクス」と揶揄している人々がいるが、彼らのほうが正しい
 ことは、いずれ歴史が証明する。いま喜んでいるのは、バブルに乗り
 一儲けしたい投機家ばかり。「持続可能な経済基盤」を構築するものには、
 人口、中産階級の収益力、イノベーション(技術革新)、エネルギー価格、
 政府の健全な財政等々があるが、中央銀行はここに述べた経済成長の
 大きな要因のうち、何一つコントロールできない。
◎安倍政権は「市場にお金が不足している」と考えているようだ。
 だが、これは完璧に間違った認識、市場には金があり余っている。
 企業はもてあますほど現金を持っており、日銀の当座にも銀行が使い
 切れない「ブタ積」が山ほどある。 
◎株価が上がって投機家は喜んでいるが、何も企業の競争力が回復したわけ
 ではない。企業の持つ外貨資産の評価額が上がっているだけの話だ。(中略) 
 外貨建ての資産が評価益を出すということは、裏返せば円建て資産が、
 国際通貨のバスケットで見れば価値が目減りしていることになる。
◎2000年代初めから民主党に政権を譲るまで、自民党政権時に彼らが
  行なった不況対策は、
 *「円安麻薬」で輸出ドライブをかけること、
 *「契約社員化」で賃金を切り下げ、国際競争力を維持することだった。
 しかし、この政策は完璧に破綻。 
「インフレを起こせば賃金が上がる、雇用が増える」というのは、全くの妄想、
「国際的に価格競争力を失ったのは円高のせいだ」というのもの妄想。 
競争力を失った理由は、同じ質の労働に対する賃金が海外に比べ高い、
製品の質の面でも優位に立っていないことだ。
◎「バブル崩壊の対策は新たなバブルの演出で」が正しい処方箋でないのは
「失われた二十年」で学んだ筈だったが、実際には学んでいなかったようだ。
ABEがバブルを大きく膨らませれば膨らますほど、大きな破綻を日本に
もたらし、その時はもう復活不可能な致命傷となるだろう。≫
▼ グローバル化の中では、日本一国の金融緩和でコントロールが出来よう
 はずがない。アベノミクスは、一部の輸出産業と大手の金融機関が目先の
プラスになるだけ。逆にマイナスのエネルギーは、弱者を直撃する。
二ヶ月前の地元の高校の同級会で、当初からのメンバー12〜3名のうち、
この1〜2年で私を含めて6人が倒産、廃業、経営責任の辞任、自殺に追い
込まれた。過半数近くである。そう遠くないある日、中国かアメリカの
投機筋から、売りを浴びせられ株価が暴落するだろう。 
ーーー
013/04/01  
閑話小題 ー要は、アベノミクスとは?
   * 要は、アベノミクスとは!
 アベノミクスと浮かれているが、少し考えれば、こういうこと。
「小泉の中期政権後、毎年、首相が変わってきた。その二人が偶発的に首相と
副首相になって、似たような失敗の拡大版を始めようとしている。再び失敗した
ところで、政敵に殺されたり、刑務所に入れられたりしない。大盤振る舞いの
付けは国民の負担になるだけ。幾ら金を発行しても、銀行を通して国債を
買わせることで周りまわって戻ってくる。一度、ハイパーインフレにし、銀行
閉鎖するなどの荒治療した方が、デフレスパイラルが続く現状より良策。世界は
通貨安比べ、その中で紙幣の供給を増やし銀行閉鎖も含め、一より出直すべし」
ということ。その中で大部分の国民に物価高という負担が架ってくる。
そして、責任を取って辞任。そのパターンが繰り返される。
ーーー
2013/03/07  
閑話小題 ーアフォノミックスとは
  * アベノミクスは、アフォノミックスか
 アベノミクスを揶揄して、「アフォノミックス」とは、よくいったもの。
経済評論家の浜規子が先日、アベノミクスの内容を問われ、「アフォノミックス
そのもの。死に掛けている病人にホルモン剤を投与するようで気持ちが悪い。
今さら経済成長などおかしい!」と切り捨てていた。
 日銀総裁の黒田氏の国会答弁の内容についてどうですかに対して、
「日銀総裁になりたいポチが尻尾を振っているだけ」と、これまた辛らつだが、
当を得たりと納得をした。この事態を招いた戦犯達の主犯格の安部と麻生が、
首相、副首相とは漫画の世界。殆ど、それを知っているから恐ろしい。
7月末の参院選までのミニバブルか、あと二年が限界か。しかし見渡す限り阿部
しかいないのが現実。一度チャラにになるなら、早めに息の根を止めるのも手か。
この付けは、5年、10年後に覆いかぶさってくる。
 ところで韓国経済が特に変のようだ。円安も効いて、あの元気にみえていた
経済も崩壊過程。輸出依存度を見ると、日本14% 、中国26%、アメリカ10%に
対し、韓国は50%。日本は貿易立国と言 われるが、実際には内需大国。
それにしても韓国の輸出比率が異常に高い。欧州危機と中国の経済停滞の影響
を直撃し、急激に悪化。世界的動乱は、国力がある方が有利。資源があり、
海軍と空軍が断然強いアメリカが当分は世界をリードするしかない。
体力を疲弊をした日本は、当分、アメリカの属国として生きていくしかなく、
TPPの参加は当然のこと。 明治維新も、太平洋戦争敗戦も、今回もアメリカに
屈した更なる開国。アメリカにとって、どれも世界戦略の一つでしかない。
韓国、台湾、日本が、アメリカの軍事、経済の中国に対する前線基地。
中国も北朝鮮を庭先の番犬で飼っている。ここにロシアが絡んでくると、
1930年代から太平洋戦争の様相に酷似してくる。そうすると、保守本流の安部と
麻生の出番というのも分からないこともない。「天気晴朗なれど、波高し」。


6058,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実 −3

2017年10月14日(土)

            ―「不平等社会日本」佐藤俊樹著―
   * 金持ちサラリーマンと、貧乏サラリーマン
・あるサラリーマンの知人の数人から、次のような話を聞いて驚いたことがある。
『サラリーマン社会には役職以外にも格差がある。長男で持ち家などの資産と、
学歴の優劣と、連れあいの優劣と相性。共働きか否か。 これが長年かかって
甚大の格差を作り上げていく。学歴も両親の学力などの資質が大きく左右する。
代々の上司は、これらが揃っていた。情けないが、これは遺憾ともしがたい!>。
 知人に、長男で、土地持ちで、連れあいも正社員で、定年まで共働きで無事に
リタイアをして年金暮らしの人がいる。親会社の役員の何割かよりも収入も預金
が遥かに多い。人生、それだけではないとしても、愚痴の一つも言いたくなる
のも理解できる。 更に家系からくる文化度合も人生を大きく左右している。
・数年前になるが、中学の同期の男と卒業以来、初めて同席をした時、「エッ」
と、思ってしまう話を聞いた。 要約すると… 
『家に余裕がなく、中卒後、地元の大手メーカーに「金の卵」として集団就職。
その殆どの同期が夜間高校に通い、卒業と同時に公務員試験を受けるのが慣わし。
人気の一つが手当が多い消防士。何とか無事勤め上げ年金暮らし。火事場とか、
救急搬送が主なる仕事で、様ざまな家庭の人生模様を多く垣間見ることが出来た。
本当に恵まれていた!』と。「成るほど!」と地に足のついた人生に感じ入った。
  〜Amazonの読者レビューより〜
《…1955年から定期的に行われてきたSSM調査(社会階層と社会移動全国調査)を
 主な資料として本書が明かすのは、「実力でのし上がってきたが故に実力主義
社会を理想としているエリート層こそ、実は親から受け継いだ目には見えない
「財産」によって、しごく当たり前の階層に落ち着いていた」という悲喜劇だ。
そして、高度経済成長期に努力してのし上がっていたと思われがちな団塊世代の
時点において、すでに階層を決定する選抜システムは飽和し、閉鎖性が高まり
だしたと論じている。こうした階層化と階層の閉鎖性を是正させるために著者が
必要性を説くのが、選抜機会の多元化(学歴以外の選抜方法を増やす)と、世代
間での不平等感の緩和である。その例として「カリスマ美容師」を使って著者が
説明している箇所は、今となっては少し時代遅れだがユニークな発想で、詳しく
は本書を手に取ってみてもらいたい。
 そんな中、著者が論ずるのは「機会の平等」をいかに創出するかである。
しかし、議論していくうちに著者は「機会の平等」が、構造的に「後から」に
なってからしかわからない、という事実に気づく。 なぜなら、原因となる
「今の階層分布」と、結果として生まれる「未来の階層分布」の比較衡量が必要
なわけで、哲学的な命題のようだが、今は永遠に「未来」にはならないのだ。
そこで踏みとどまり「わからない」と言い切ったところに、著者の知性を感じる。》
―
▼ 「三つ子の魂」ではないが、そこで人生のベースが形成されているようだ。
 「この人には適わない人」と何人かクロスしてきたが、当時は何だろうとまで
考えるに至らなかった。「年間数百万かかる慶応幼稚舎からの一貫教育してきた
人と、公立のコースを歩んできた人とは格差が出るのは当然。鼻持ちならないと
しても… ベースの差だけはいかんともし難い現実。 この中で、
《ホワイトカラー上層部分(大企業や官庁の管理職)が団塊世代以降、受験と学歴
を通して閉鎖されるようになった。また「腕に覚えのある」ブルーカラー層の
開業率の低下により学校を経由しない補助的選択ルートが無くなったことも、
大きな変化と指摘している。学校選択ルートの」」・成功者たちは、平等という
競争という外観のために、階級意識なしに階級を構成するようになった。しかも、
これらの成功者たちは選択ゲームの敗者の意欲を削がないために偏差値批判や
学歴批判を行って成功について自己否定をして、同時にエリートの責任解除を
自ら行い続けている。… ⦆
 この結果、ぎらつくエリート意識も権力欲もない社会的上層部分がつくられ、
「一億総中流」の終わりと、経済的弾力性が失われることになる。その結果が、
現在の日本経済と失落原因になっている。3人の義兄が、その典型だったが… 
残る兄と、義兄と、私を含めた三人は、時代の変化についていけず、この結果。
 何れの人生も、<恐ろしい身近な現実>の様相を示すが、それも雷光の一瞬!
【上を見ればきりがない、下を見れば底がない、横を見れば情けない】ですか。

・・・・・・
5691,自分のための人生 〜��
2016年10月14日(金)
           『自分のための人生』(ウエイン・W・ダイアー)
   * 「幸福は才能なり」
 『幸福』について、この数年来かけて考えてきた。
以前なら、幼稚な話題として避けていた。当然、会話で話題にすること自体が、
憚れた。それが、老い先短くなればこそ興味が湧いてきた。「私の人生、幸せ
だったのか。」と、冷静に人生を振返るテーマになる。 私自身、幸福系と
思いこんでいる。家内は、私より遥かに幸福系である。両親の愛情を一身に
受け育ったことがある。不幸の事態に多々あってもも、何かの力で、一瞬、
助けられてきた。判断と決断にあたって、純粋な視線と、集中力を持ちえた
ためだろう。傍からみれば、「不幸な大変な人」だろうが、そうでもない。
                    〜p/29〜       
≪・学業が優秀な人、ある種の学問分野にひいでた人が「知的」であると
 思われているが、しかし精神病院には優秀な成績証明書を持っている人も、
持っていない人と同じようにあふれるほどいる。 ・・・(中略)
いわゆる知能を測定するためのよりいっそう確かなバロメーターは、一日一日
を、更に一日のうちの一瞬一瞬を、効果的に幸せに送っているかということ。
その瞬間を費やす価値のあることのため一瞬一瞬を生きているなら、そういう
人こそ知的だといえる。たとえある特殊な問題を解決する能力はなくとも、
幸福な生き方を「選ぶ」ことはできる。最低限、不幸を選ばないということを
わきまえている人は知的である。 ・・・(中略)
・問題を解決する能力によって知能を測定するのではなく、むしろ、問題
そのものは解決しようがしまいが、自分自身は幸せで価値ある人間で要られる
才能を持っているこかどうかで、知能は測定できる。 ・・・(中略)
・金銭、老齢化、病気、死、天災、事故などはすべて、どんな人間にとっても
問題になる事柄であるが、そのようなことが起こったとき、うまく切り抜け失意
や不幸にとらわれない人もいれば、衰弱し、不活発になり、神経衰弱に陥って
しまう人もいる。人間である以上、問題の一つや二つあって当たり前と受け止め、
問題の有無を幸福の基準としない人こそ、我々が知る限り最も知的な人々である。
そしてまた、最もまれな人々でもある。
・「NHK 白熱教室 /考福学(ディーナー博士)」によると、
「幸せは、人を介したネットワークによって伝播していく」
「人とのつながりが、生涯の幸福度を決める」とのこと。幸福な人のもとには、
 幸福な人が集まり、さらに伝播していく性質を持っている。≫
▼「幸福は才能なり」とは、いいえて妙。幸福の人には、不幸の人を近寄せ
ないバリアがある。才能とは、持って生まれた性分と、長年かけてつくられた
能力がある。幸福論によると、<幸せの状況は、マイナス1に対し、プラス
3〜6以上割合で、それらの要素を身につけているかにある>という。
仏教系は、苦を滅することを教え、西欧系は、楽しみを増やすことを勧める。
楽しみは、求めれば幾らでも得ることが出来る。その為には才能が必要になる。
 どちらを選ぶかは、その人の特性で選べばよい。どっちつかずが一番悪い。
5年前の節目時に、少しキツメな一日、一週間の日程を自分に課した。そうでも
しないと、自滅する危険があった。その日程で、充実した日々を過ごしている。

・・・・・・
5326,「ウェブ2・0」はどこへ消えた? ー��
2015年10月14日(水)
        ーウェブ2・0」はどこへ消えた?ー古市憲寿
                 『新潮45』〜悪夢の21世紀 より
   * 自撮り写真とブログ
 ブログを自撮り写真と同定するところが面白いが、少し無理がある。
その時どきのベストの媒体のメディアと、当人のエネルギーとが相俟った
能力が時代を動かしていく。それが身近な大学ノートや、手帳だったり、
デジカメやビデオ、今ではパソコンやスマートフォン、ブログやチャット
だったり変化していく。個々の受発信のベースになるブログやチャットは、
写真や録画が大きな位置を占める。それを自録りを可能にするセルカ棒が、
アジア中心に流行しているという。自撮り発信文化が、世界を変えようと
している。ただし、決して明るい未来が待ってはいないと・・
≪ 民主主義社会とは、「みんなの声を尊重する社会である。
 欧州で貴族が政治を支配していた頃、普通選挙を入する際には、
「豚のような民衆に参政権を与えて良いのか」といった批判がき起こった。
その後、日本を含めた近代国家は普通選挙を導入し、誰もが国のトップをも
目指せる民主主義社会が実現された。しかしココでも衆愚問題は消えていない。
事実、自分の想定とは違う選挙結果になった時、インテリたちは「ポピュリズム」
という言葉を使って大衆を馬鹿にする。梅田の言葉を使えぱ、「残念」なのは
ネット空間ではなくて、この社会そのものなのである。確かにそれを技術の力
で変えられるような未来が来るのかも知れない。だがそれはネット空間をどう
こうするという話ではなく、社会を変えるという遠大な作業に他ならない。
新しい技術が社会を変えたと言われることがある。しかし、多くの場合、
それは論者にとって都合の良い出来事が起こった時に、その説明材料として
新メディアが持ち出されただけ、という場合が多い。記憶に新しいところだと、
ツイッターなどソーシャルメディアの力で、アラブの春など民主主義革命が
起こったということになっている。確かに新しい技術が、社会変革に一定の
役割を果たしたことは事実だろう。 しかしそれが「ツイッター」である必然性
はない。たとえば1989年に起こった東欧革命の時は、衛星放送が大きな役割を
果たしたという分析がされた。国境を越えて伝えられる映像の力で民衆による
革命が起こったというのだ。要は、悪政や民衆の不満など様々な革命が起こる
条件が重なった時に、たまたま存在した新技術が「ツイッター」だったという
だけである。また、アラブの春においてより重要な影響力を持ったのは
アルジャジーラだったという分析も多い。 
 佐藤俊樹が『社会は情報化の夢を見る』で述べるように、技術の中身に
関わりなく、新奇なメディアはコミュニケーションを活発にする。しかし、
利用者が増加し、そのメディアの新奇性が消えていけば、人はまた新しい
メディアを探す。その繰り返しである。
 セルカ棒が社会を変えると言っても誰も信じないだろう。しかし、
「インターネット」や「ソーシャルメディア」が社会を変えると言うと、
人は信じてしまうそれは「インターネット」や「ソーシャルメディア」の
ほうが、より未知で、より新しいものに見えるからだろう。だが、それは
人々が実は「インターネット」の内実を何も理解していないことと同義。
「未知」で「新しい」ものに期待できるのは、それをよく「知らない」から。
 本当は、セルカ棒にだって人々のコミュニケーションスタイルを大きく変える
可能性はある。自撮り文化が世界中に浸透、日本人のシャイな性格も変わるかも
知れない。人々は差恥心を捨て、とにかく自分たちの世界を写真に残そうとする。
セルカ棒は、僕たちの性格をも変えてしまう魔法の棒なのだ。
 馬鹿げた妄想だろうか。しかしそれを言うなら、「インターネット」が新しい
社会を作るという楽観論も同じくらい馬鹿げているのである。一番に残念なのは、
「セルカ棒」でも「インターネット」でもなく、新しい技術にただ夢を託して、
のんきな未来語りに一喜一憂してしまう「みんな」自身である。≫
▼ 情報機器が、さほど、世の中を変えないというが、どうだろう。
 私は、そののんきな「みんな」自身の一人で、やはり、技術は、人類の
未来に明るい光を与えると信じている。知りたい情報が、直ぐに、手っ取り
早く入手できる幸せを、一般人が可能になるのは、やはり良いことである。
一言でいえば、「情報のファーストフード化の何が悪い?」ということ。
食事でもフランス料理、中華料理と、それぞれの使い分けをすればよい。
・・・・・・
4961,閑話小題 ー齢は68になって
2014年10月14日(火)
   * 齢は68になって
 何度も何度も書いているが、ふと気づくと、あと三ヶ月で古希である。
まさか自分がである。周りを見渡すと、誰も彼もが年下に見えてくる。
4人に3人以上が年下なら、こんなものだろう。中、高、大学の男たちの
4人に1人の割りで亡くなっている。私も父が亡くなった歳まで、あと二年。
私が20代半ばで、父親が老衰していくのが悲しかったことを憶えている。
あと、せいぜい7〜8年だろうが、やはり身体の衰えは隠せない反面、
世界への関心は、ますます強くなっている。 このところ歩いていて、
20分もすると、腰が痛くて据わりたくなる始末。 何事も面倒になるし、
頭の切替えが以前ほどきかない。人生の多くを、し尽した感があるので、
さほど、老いに対してマイナスの気持ちは少ない。その時々に、やるべき
ことをしてきた実感があるからだ。人生のトータルとして、面白かったし、
楽しかった。嫌のこと一つに、良いこと三つの割合である。そう割り切ると、
老いもまた乗り越えていける。まあ、何事にも興味を持って、感動と感激と
感謝の出来る心の新鮮さを失わないように
したいもの。
   * インコのピーコ
 我家のペットは、30数年来、インコである。私はペット好きだが、
家内が生きものが大嫌い。そこで、何とか小型の小桜インコに妥協し
飼ってきた。 大体が2〜3年で亡くなったり死んだりした6代目の後、
5年前に中型のコガネ・メキシコインコに切替たが、風邪と下痢で一年
余りで死んでしまった。これが、鳥というより犬に近い感覚で、人に懐いて、
その利口さに驚かされた。小桜インコとは格段上に、人の気持ちを読み取り、
言葉を理解でき、クシャミや、鼻水を出し、頭を撫ぜてもらうのが大好き。
しかし、熱暑の最中に、下痢をおこし衰弱をして亡くなってしまった。
そして、現在の、オオム科最小の大きさの「マメ・ルリハインコ」。
コガネインコに比べ、反応は低いが人恋しいため、ベランダのサッシ越しに
常に呼びかけてくる。席を立とうとすると、鳴いて振り返させ、枝を回転
して、「行くな」と自己表現をする。多いときは、50数回も回転する。
必死の呼びかけの「美味しそうな?鳴き声」に、近くのカラスや、スズメ、
渡り鳥などの野鳥が反応し、庭や、ベランダに集まって来ている。
夕暮れ頃に、野鳥が一匹、挨拶に来ているが、そろそろ渡りの時期である。

・・・・・・
4594, そして、人生はつづく ー5
2013年10月14日(月)
 * 生き直すために ー2        
         ー朝日新聞の「耕論」『生き直すために』小田嶋隆
  ー 前回の『生き直すために』の続きから        
《・・生き直すといっても「やめる」こと以外に何もしていない。
 サッカー観戦、自転車、イグアナも、時間を潰すため。酒をやめることで
仕事は上手くいくようになったが、それは結果であって、目標ではない。 
AAで、最初に「私は、自分では何もできない人間であることを認めます」
と言わされる。これは一理あった。自分で人生を立て直せる」と思い込んで
いると、依存症から逃れられない。
 ・・「自分で自分を律する」というのは大きな勘違いで、その意識がある
限り、人生のやり直しはできない。就職のやり直しにしても、結局は運です。
「夢に向かって努力する」では、こだわりでがんじがらめになるだけ。
自分がどの仕事に向いているかは、実際にやってみないと分からない。
人生を途中からやり直そうとするなら、何かを捨てること。捨てた結果、
その空白に強制的に何かが入ってくる。その何かが良いか悪いかは別ですが。
会社を辞めたことも、酒と一緒にそれまでの生活を捨てたことで多くを失い
ましたが、その代わりに膨大な時間を手に入れたものも明らかにある。
あそこでやめてなかったら、今のような人生を歩んでなかった。
どちらが良い人生かわかりませんが。 30歳を過ぎた人間が、自己を改革
するなんて不可能。ただ、何かをやめることはできる。人生をやり直すには、
何かを「目指す」のではなく、「やめる」ことからです。》
▼ 私が嵌ってしまった異境・秘境のツアー参加者に、多く見かけられるのが、
ガンなどで余命が見えて、その克服や人生を改めて見つめ直すために来ている
人が多い。晩年になれば、今さら生き直すことは出来ないが、考えるために、
極限の秘境ツアーは悪くない。被災地視察という名の「ダークツアー」に
似ている。「やめ時」を悟ったら、あとは「前向きに目をつぶって倒れこむ」
しかない。そうすれば、自動的に現象は生き直しになってしまう。
これも一期一会。捨て身でやれば「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり」になる。
といって、覚悟が必要で、そのための周到な準備が必要。
最期は、「そして、人生は終わり」!「プツン!」。


6057,閑話小題 〜歯科医院、眼科医院の経営事情は…

2017年10月13日(金)

   * 限りなく市内に歯科医院の開業がつづく…
 この数年来、歯医者に2〜3ヶ月に1度の割だったが、半年前からは月に
一度は歯垢とりに通っている。奥歯がはれ、医師に「これ完治はないので、
仲良く付き合っていくしかないですね」と言われ、丹念な歯磨きと、医院での
歯垢取りをしていることもあってか、腫れと痛みがとれている。その効果を
話すと、「丹念に歯垢をとっているため。」という。御隠居の身分で、時間が
あるため毎月通えるが、時間に余裕がなければ遠のくのが人の常。
 市内を車で運転をしていると、新規の歯医者と眼医者が目立つ。歯医者は
景気に大きく左右されるようだ、私の通っている医院も最近、患者数が極端に
減っているようだ。知人の話では、眼医者も次々と開業しているため、患者が
激減したため、看護婦の愛想が良くなったという。 
―― 
   * ふと気づけば、近隣が様変わり
 大よそ20反はあった近隣の農地が、この10年で全て住宅地に変ってしまった。
27万都市の駅から7〜8分の20反の田畑は、開発業者からみれば、最後の狙い目。
駅裏から東バイパスまでの道路拡張工事の進行に合わせて、宅地開発も同時
進行をしていた。住むには好立地の新規開発で、私を含めた古い住人の比率が
少なくなってきたことがベストの好条件。 道路拡張工事、引越してきて50年
にわたる大工事。二つのSCと、車と駅ターミナルに囲まれた上に、バイパス
まで数分の位置すれば、売りだせば即売も肯ける。

・・・・・・
5690,自分のための人生 〜��
2016年10月13日(木)
           『自分のための人生』(ウエイン・W・ダイアー)
  ★ 自分を愛せない「不幸」  〜2章より
 何処の世界にもいるのが、「不平家」。不平家は、不平家ゆえに不幸に
なっている事実に気づかない。それが、自分に向いているうちは、まだ害が
ないが、周囲の人たちに向くと‘うわさ、陰口になる。曽野綾子のいう、
「泥棒並みの犯罪」を犯していることに気づかない。この内容も、その類の
人種に対する悪口になるから、同類でしかないか。まず、自分を愛せない。
その元を辿ると、両親の不和がある。それが、子供の心を閉ざしてしまう。
 逆にシャワーのように両親から愛された子供は、生涯にわたり幸福である。
自分を愛するには、夢・志を持って、温めること。そして、内語をプラスの
言葉を習慣として持つこと。不平の一つに愚痴がある。これは、自ら注意を
払ってないと、内語で繰返すことになる。 〜その辺りから〜
≪ まず“幸福を得たいと思うのなら自分を愛することを学ばなければならない”
 自分を愛すること、つまり「自己愛」とは、自分を価値ある人間として受け
入れること。 受け入れるということは、不満がないということです。
 “不平は自分に自信のない人の慰め。自分で自分の嫌いな部分について他人に
話したところで、聞かされたほうにしてみれば、たいていはお手上げだ。
せいぜい「そんなことはないでしょう」と否定してあげるのが関の山。
ところが否定してもらってもこちらは信用しない。それで不満な状態が
ずっと続くことになる。このように、他人にグチを言っても何にもならない。
それと同様に、グチを言いに来る人にグチを言わせておいても仕方がない。
 一つ単純な質問をしてやると、たいがい、この無益で不愉快な態度は消える。
「なぜ私にそんな話をするのですか」とか、
「何か、私でお役に立てるようなことがありますか」と尋ねるのだ。
 同じ質問を自分自身に対してしてみると、不平を言うのは最低の愚行だと
いうことがわかってくる。それは時間のムダ遣いである。そんな暇があるならば、
心の中で自分をほめてやるとか、誰かに手を貸して人の役に立つとかするほうが、
よほど自分を大切にすることになる。
「疲れた」「気分がすぐれない」 ―この二つは不平の中ででも最低である。
疲れているなら、それに応じた対処がいくつかあるはずなのに、気の毒にも
グチを聞かされている相手に対して、ひどく失礼なもの言いである。
そうやってグチをこぼしてみたところで疲れが軽くなるわけではない。
「気分がすぐれない」場合でも同じだ。 自分の気持ちを伝えれば、相手に
少しでも力になってもらえそうな場合についてはそうすればよい。今、問題と
しているのは、グチられたところで、ただがまんして聞く以外は何もできない
相手に向かって不平を言うことである。
さらに言えば、本当に自分を愛する気持ちに立ったうえで何らかの苦痛や
不快を感じているなら、誰かに寄りかかって自分の重荷をともに担ってもらう
のではなく、むしろ自分の力で何とかしたいと思うはずである。
自分自身のことで不平を言うのは無益な行為であり、そのおかげで効果的な
生き方ができなくなってしまう。 自分を憐れむだけで、気持ちが凝り固まり、
愛を与えたり受け入れたりする努力ができなくなる。愛情で結ばれたよりよい
関係が生まれる機会も、人間関係が広がる機会も減ってしまう。
不平を言えば人の注意を引くことができるかもしれないが、そうやって
注がれた人の視線という光は、自分自身の幸福の上にくっきりと黒い影を
落とすものなのである。≫
———
▼ 不快な不平家は、10人に1人は存在する。歳を重ねるにつれ、それが
 内幕情報屋に変形し、自らの不平を他者に投影するようになる。その毒で、
お互いを縛ばり、ヘドロ化したのが、ゾンビのような「世間人」という。
自分を愛するには、自分の趣味を持ち、その世界を持続すること。
 で、これも文脈として偶然だが、以下につづく。

・・・・・・
5325,野良猫と、飼い猫、どちらが幸せ?
2015年10月13日(火)
 飼い猫と野良猫、どちらが幸せだろうかを考えるとき、野生ライオンと、
動物園のライオンの、どちらが幸せかを考えれば直ぐ答えが出るだろう。
初めてケニアのサファリ・ツアーで、野生ライオンを見たときの驚きを今でも
鮮明に憶えている。動物園のライオンと全く違ったサバンナの野生ライオンは、
全身張詰めた緊張でオーラが漂ったような空気を張巡らせていた。
動物園のそれは、緊張感のない、虚脱した飼犬のような動物。猫は数千年かけ
野生の猫を、飼い猫に人工的につくられた。そのため、飼い猫と野良猫を比べ、
飼い猫の方が遥かに、長生きするし、適応しやすい。飼い放しの外猫と、
卓上の猫と、どちらが「猫らしい」のか考えると、難しい問題になる。
このことは犬にも言えるが、話が長くなるから止めておく。
 で、人間の生き方を、飼い猫か、野良猫の生き方から考えると面白い。
人間が人間たらしめているのが、「言葉」という情報手段の獲得である。
そして、それを記録する「文字」の発明。これで間接情報を子孫代々に
書き送ることが可能になった。そして、今ではネット時代である。
それが、プラス面だけでなく、マイナス面でも働くため、問題は大きい。
人間は元々野生猿が進化した生き物。野生猿と、文化的側面を持つ人間の
両側面を持つ存在である。結果として、文明・文化を身に付け、本性は野生味
を持って人生を全うする生き方が人間らしい生き方になる。 人+間で人間。
人の間で生きていくしかない。 野良猫の世界では、猫間の自然ルールがある。
飼い猫のように御主人様の顔色を窺がっていればよい世界とは違う。まずは餌!
 新たに会社を立ち上げる創業は、一見、面白そうだが、実は野良猫的要素が
絶対必要条件になる。新規事業や、独立の相談を何度か受けたことがある。
サラリーマン人生の人なら、大方、「飼い犬が野良犬になる覚悟があるかどうか
を何度も自分に問いかけて、その覚悟がありなら、24時間、寝ても覚めても、
目標に邁進すればよいですよ」と進言する。大部分が、野良猫、野良犬の言葉で、
心中、怒ったり、迷いが出る。覚悟がない限り、創業など、大小にかかわらず、
するべきでない。他人の失敗のあげ足取りをしていた方が飼い猫的で無難。
 ある某フラのOB会らしき飲み会の隣席で、その話題の質の低さに、唖然とし
聞いた。 何もしない、できなかった老壮年達の傷の舐めあいも、飼殺しされた
?系の恨み節となると、哀愁を超えた煉獄の地響きそのものになる。
・・・・・・
閑話小題 ー「なんでも鑑定団」の面白さ −4
2014年10月13日(月)
   * 国宝指定は、不利!
 家宝などが国宝に指定されると殆どが不利という。寺などは客寄せになるが、
売買は規制されるし、大した保管料でもないのに盗難や火災などから厳重に保管
しなくてはならない。そのため、よいものほど指定前に深くもぐってしまい
表には出てこない。 相続税も、税務署に把握されているので節税しにくい。
もし美術館が買いにくれば、予算が少ないため大きく買い叩かれる。 
 高校の頃、柏崎の旧家の「蔵出し」に父に連れられていった記憶がある。
蔵出しとは、旧家が金繰りのため蔵の骨董品を放出すること。
10人位の骨董商が、蔵の中で、その家の代々続いた骨董品をセリで落とす。
父も何点か買求めたが、シリアスな空気に驚かされた。骨董品の立場からすれば、
蔵から蔵への住処の移動。それが、部屋に飾られ日の目を見ることは少ない。
美術館で展示されることが、美術品にとって、作者にとっても良いことになる。
保有欲、購買欲は人間の性が分かるが、そのエネルギーを美術館まわりに
向ければ良いと思うのだが・・
 ところで、別番組に、骨董品の競売そのものを、面白おかしくショー化した
番組が、出来てよいのでは? あくまで、バラエティーの範疇だが、やはり
企画が難しい? それぞれの価値観があるのだろう。
 先日も、世界のお宝を見てきたが、その素晴らしさは当然のこと。
ところで、「秘境ツアー」は、「世界の大自然観光お宝鑑定団」の一時参加
ツアーということになる。 その付録の各国を代表する美術館の国宝クラスの
お宝が、どれもこれも感動もの。特に、ロンドン、パリ、マドリッドの美術館は、
往年、世界各国から奪略してきたお宝の宝庫である。最近、見たのがパリの、
ルーブル、オルセイ、オランジュリーなどの美術館。
 これらを決して、欲しいとは思わない。そこに見れば充分である。
所有さえ放棄してしまえば、素晴らしいことに、その数十倍、数百倍、
多くの満足を得ることができる。
・・・・・・
4593, そして、人生はつづく ー4
2013年10月13日(日)
   * 生き直すために!
朝日新聞のオピニオン「耕論」『生き直すために』小田嶋隆ーのコラムが面白い! 
先回の「そして、人生はつづく」は、「生き直し」でもある。この年齢になると、
一年ごとが生き直しの日々。筆者は、生き直しは、「やめる」ことから始まる
という。 やめることは捨てること。最近、断捨離という言葉を聞くが、
その捨てることが難しい。 捨てて捨てて捨て去ることは悲しく辛い。
が、それを前向きにすることで、辛さを軽減出来る。
  ーまず内容の前半の要約をすると・・
《 「人生やり直し」を二度経験している。1980年に大学を卒業して、
 新卒で入った会社を8ヶ月で辞めた。何をするわけでなく、ただ不愉快な
ことがあったから逃げただけ。当時、上場企業の正社員というコースから
一度外れると再チャレンジが難しく、3〜4年アルバイトをしていたが、
バンド仲間の知人からパソコン入門ライターを勧められ、パソコンバブルも
あって、それが当たった。しかし30歳前後から、アル中になり、酒浸り。
酒が切れるとウツ状態になる。自殺をしないためにも酒を飲み続けた。
 それもあり、仕事が減った39歳時に断酒をしたが、5日間、断酒をしたら、
眠れず、幻聴まで出てきた。そこで、心療内科に行くとアルコール依存症と
診断され、「このままだと、40代で酒乱、50代で人格崩壊、60代でアルコール
性痴呆。もう一生飲まないしかない」と宣言された。それまで人と会うのも、
音楽を聴くのも、野球を見るのも、酒を飲みながら。医者に「酒をやめると
いうことは、酒のない人生を新たにつくることだよ」と言われ、慣れ親しんで
いたことを次々やめた。断酒自助グループのアルコホーリクス・アノニマス
で、「棚卸し」というが、いわば人生のリセットをする。酒をやめてみると
膨大の時間が余る。何をしていいのか分からない。サッカー観戦だったり、
自転車を乗り回したり、イグアナを飼ったりして時間を潰した。・・》ーつづく  
▼ 何かを捨てるということは、「空即是色」の現象面の一つ。
「空にしてこそ新たな色が現れてくる」。筆者は、上場企業を8ヶ月で辞め、
犬に例えると宅上犬から野良犬になった。そこで、彷徨い歩いているうち
アル中になり、39歳で断酒。そこで得たのは膨大の時間。自分の能力、弱さを
認めることから出発しないと、アル中から脱出できない。物書きと、創業を
目指した私とは大きな違いがある。目標がハッキリすれば、選択することが
見えて、自然と、「やめる」ことが見えてくる。20歳の頃、創業を決心した
時から、私が捨てたのは「世間体」と世間の常識。そうとはいえ、本当に
捨ててきたかというと、捨てきれる訳がない。決断、決心をする時にまず意識
してきた。これを捨てるには、まず全てを根こそぎ疑うこと。ここでは
「やめる」と言っているが、まず自分の常識を破壊する。人生にやり直しなど
出来ようがない。天を信じて捨るべき時に、捨るべきことを、捨ないと・・ 
捨てることを決断することで、自ずと節目が出来る。
「脱皮できない蛇は死ぬ」 脱皮出来ないゾンビが街を徘徊している。
・・・・・・
4218, 神は妄想である ー1
2012年10月13日(土)
         ー「神は妄想である」 リチャード・ドーキンズ著
 面白い本を図書館で見つけた。無神論の立場を知ることもあるが、
「逆照射で宗教とは、神とは何か?」を知るに最適である。欧米のように、
生まれた時から一神教に染められ、神を信じない人間を否定する環境の中で
育ってない日本人は、神様目線が殆どない。殆んどは「神は妄想」と思って
いるし、神の話など家庭内では皆無。しかし欧米では無神論者は同性愛と
同様か変人扱いにされる。とはいえ、この情報化の中で、原理主義者など
の狂信者を知るにつけ、無神論者が増えてきている。
   まずは、ー背裏表紙の「内容の概要」ーより
≪ なぜ宗教だけが特別扱いをされるのか? 「私は無神論者である」
 と公言することがはばかられる、たとえば現在のアメリカ社会のあり方は、
おかしくはないのか… 『利己的な遺伝子』の著者で、科学啓蒙にも精力的に
携わっている著者は、かねてから宗教への違和感を公言していたが、9・11の
「テロ」の悲劇をきっかけに、このテーマについて1冊の本を書かずにはいられ
なくなった。「もう宗教はいいじゃないか」と。著者は科学者の立場から、
あくまで論理的に考察を重ねながら、神を信仰することについてあらゆる方向
から鋭い批判を加えていく。宗教が社会へ及ぼす実害のあることを訴えるために。 
神の存在という「仮説」を粉砕するために。―古くは創造論者、昨今では
インテリジェント・デザインを自称する、進化論を学校で教えることに
反対する聖書原理主義勢力の伸張など、非合理をよしとする風潮は根強い。
あえて反迷信、反・非合理主義の立場を貫き通す著者の、畳みかけるような
舌鋒が冴える、発売されるや全米ベストセラーとなった超話題作。≫
▼ 無神論は、哲学者などが多く論じているが、『利己的遺伝子』で世界的
 ベストセラーとなったドーキンズだから、なおのこと、注目された内容。 
9・11テロに直面して、書かずにいられなかったという。神は妄想という言葉
に対し、知人から注意があったというが、敢えて、この言葉にしたという。 
欧米社会では無神論を公然と語るのは、変人とみなされる。とはいえ、知識を
持ってしまった人間は、心の奥底で何かすがる絶対的な言葉を欲するもの。
自然以外に、まず、それにアブラハムが気づき、「絶対神」を発明した。
それが数千年を経た現在まで続き、ユダヤ人にはユダヤ教、欧米人には
キリスト教、アラブ人にはイスラム教に分化していった。人種に宗教が複雑
に絡んでいるため、そこに当然、争いが生じるのは至極当然で、その対立は
激しさを増している。 そこで、その神を無神論の立場で妄想と切り捨てる
視点も、よく分かる。「裸の王様」に対し、思い切って誰かが、「王様は裸だ」
と大声でいうことも必要か。どう考えても、人間は、アフリカの猿が進化した
生きもの。動物どうし、猿どうしが、激しい生存競争の中で生き残った人間が、
自然世界の時間をかけた進化などをさせてきた、自然法則を神として
理屈づけたものと、思うのが大方の人。 ーつづく
・・・・・・
3853, シリアスでストイック
2011年10月13日(木)
 最近、目に付くのが「シリアス」と「ストイック」という言葉。
シリアスはコミックなどで度々、目にする。「リアルに近い意味」と
捉えていたが、「本格的なさま、極めて深刻」と辞書にある。コミックでは、
「急に真面目になる」という意味。「真剣になる」というのが一般的である。
ストイックは、「禁欲的な」という意味で、「あの人はストイックだ」という
場合は自分に厳しい人という意味。「今回のヒロインはシリアスでストイック
なキャラなので、アクションも静かな怒りを感じる」というと、
「ヒロインは極めて真剣で、原稿などの締め切りに追われている作家などは、
シリアスで、ストイックの日々を過ごしている事になる。漫画でいえば、
「ゴルゴ13」の主人公が、シリアスでストイックなキャラになる。
そうすると現在の私は、「この変わり目の時節は、シリアスの日々をストイック
に過ごさなければならない」。まさに毎日の生活習慣は、この言葉どおりである。
いや、「ファニー」の一日かもしれない。その対義語ではないが、正反対の
キャラのニュアンスが、「ファニー」である。「おかしな。奇妙な。一風
変わった。」という意味。お笑いタレント、デブタレントが、これに当たる。
サンマ、タモリなどが、このキャラ。
 その目線で人を見ると、また違って見えてくる。すると、私はシリアスで
ストイックというより、ファニーの日々を過ごしている? 誰もが、少し視線を
変えれば、違って見えて当然だが。人生を振り返ると、この3つが混在している。 
私の場合、「リアル」で、かつ「コミック」も加わる。 まともに生きれば
シリアスで、ストイックで、リアルで、コミックの人生になる? 
問題は品性か? 品性というと、シリアス、ストイックには品性が含まれて
いなくては、とすると?・・ 絶句。 誰かはファニーで、コミックだけ?


6056,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実 −2

2017年10月12日(木)


   * 一億総中流の終わりと言われて暫くたつ
 バブル崩壊から10年程経過した2001年の9・11辺りから総中流時代が終わり、
一強多弱になっていた。その結果、豊かだった中流層が総貧困層になった。
そこでネットで「中流の崩壊」で検索をすると、簡潔な内容があった。
≪ 世界の歴史を見れば、「一部の人間に富が集中する社会の成立」と
「その崩壊」が繰り返されているとわかります。ある社会学者はこのように言う。
「世の中には軍人・政治家・富豪・庶民の4種類がいる。
・軍人が過激な政策で国民から人気を集めると国民は圧政で苦しめられ、それを
 解放するために政治家が革命を起こす。
・政治家が人気を集めると国民は豊かになるが、富豪が現れて政治家と癒着し、
 国民は格差で苦しめられる。
・すると富豪を排除するために軍人が過激な政策を言い始めて人気を集め、
 革命が起こる。」この繰り返しだと。

近年で見ると、「金融ユダヤ」として一部の庶民から嫌われたユダヤ人は、
ナチスの過激な政策で虐殺されました。それを反省した西側諸国は、戦後に
「庶民を豊かにする政策」を政治家が行い続け、「共産党が富を独占する国家」
を打ち破ります。
実際にアメリカの所得格差(ジニ係数)は、アメリカが統計を開始した1947年から
1968年まで減少、1970年代も横ばいで推移しましたが、1980年代から格差拡大が
続くようになりました。「日本が一億総中流を目指せたのは、戦後復興のおかげ」
ではなく、「第2次世界大戦(ユダヤ虐殺)という強烈なインパクトが、先進国に
おける格差是正をもたらしたから」です。

繰り返しますが、このような「富の独占と崩壊」は何度も起こっていて、
恐らく今の「富豪の時代」が続けば、また何らかの社会的混乱が起こるでしょう。
実際に欧州では極右政党が出てきていて、移民に対する過激な批判を行って
いますし、日本では中韓に対するヘイトスピーチ問題が見られます。 庶民生活
が困窮していくと、このような誰かを攻撃する過激な政策が人気を集めます。
誰かのせいにしないと自分達の苦しみが緩和されないからです。 現実を見れば
みるほど「なるべく平和的に格差を是正しなければならない」と思います。≫
―
▼ 自由を重んじた公平を良しとする資本主義社会より、平等を重んじる社会
 主義圏が存在していたため、日本は総平等社会を一時的としても実現する
ことが出来た。それもバブル崩壊で、消滅しつつある。今では情報化社会。
格差の矛盾を大多数の貧者に、その実態を露呈してみせる。アメリカと、北朝鮮
の摩擦も、国家間格差の問題。貧困の最たる軍事独裁国家と、金融ユダヤ国家の
欧米国家の摩擦である。北朝鮮の背後には、イラク、イラン、シリアなど、貧困
に苦しむ国家が存在している。日本も、アメリカの実質は非占領国家でしかない。
そのアメリカもピークを過ぎた焦りで、ロシアのプーチンの謀略もあって、得体
のしれない泡沫候補を大統領に選んでしまった。その結果、第二次朝鮮戦争とも
なれば、国家としての力が落ち、中国、ロシアに重点移動が早まることになる。
とすると、この戦争危機は、差し迫った憂いの強い事態とみるのが妥当。
色いろあった結果、アメリカの前線が韓国だけでなく、日本も… 有り得ること。
「さて、第二次朝鮮戦争の始まり!」と、ならなければいいが。可能性が高いから
始末が悪い。私がプーチンなら、北を装った偽装攻撃をすることに… そこまで
しなくとも、あの二人のオツムを見越し自然発火を待つ。…本当のところ危ない!
総貧困の時代も、国内基準でなく、世界レベルの貧困国家に陥る可能性もある。

・・・・・・
5689,自分のための人生 〜��
2016年10月12日(水)
           『自分のための人生』(ウエイン・W・ダイアー)
  両親の人生訓を要約すると、
『人生を、仕事を、道として楽しみなさい。仕事を楽しんだカスが、資産と余裕。
取組んだ何ごとも、楽しみになるまで追求する』になる。 人生の王道といえば、
「よく学び、よく働き、よく遊べ」がある。他に加えるなら、「よく楽しめ」
を加えたいが、「よく」の中に、楽しみが入っている? とすると、
「よく休め」が考えられるが。 
   ★ 自分の人生を存分に楽しめ!  〜p−26より
≪ < 生きよ・・ おのれ自身たれ・・ 楽しめ・・ 愛せ! >
 私たちに、いつも決まってついてきて、影のように離れない“お供”がいる。
 それは「自分自身の死」。“この客人を恐れることも、あるいは 自分の
 利益のために利用することもできる。どちらを選ぶかはあなたしだい”と。
“ 死は永遠であり、生は息つく間もないほど短い。そこで自問してみよう。
・「本当にやりたいと思うことをしないでよいのだろうか」
・「自分の人生を他人の望むとおりに送ってよいものだろうか」
・「ものは貯めるに値するほど大切だろうか」
・「やりたいことを先延ばすのが賢明な生き方といえるのだろうか」
 おそらく、その答えはほんの数語にまとめることができよう。
  < 生きよ・・ おのれ自身たれ・・ 楽しめ・・ 愛せ! >
 自分の死を恐れてもかまわないが、それは無益なことだ。
 一方、死を効果的に生きるための助けとすることもできる。
  ロシアの文豪トルストイによって描かれたイワン・イリイチの言葉
  (『イワン・イリイチの死』)に耳を傾けてみよう。
 彼は、ことごとく他人中心に過ごし、体制に適合するために自分の人生を
 自由に生きることを放棄してきた一生に思いをはせながら、万人を平等に
 する死神を待っている。
【 もし私の一生がすべて誤りだったとしたら・・・・」
 以前には到底考えられなかったことが、つまり人生を過ごすべくして
 過ごしてこなかったということが結局のところ真実なのかもしれないと、
 ふと思った。これまで、ほとんど感じとれない程度の衝動は即座に抑え
 つけてきたが、そういう衝動のほうが本物で、それ以外は偽物だった
 のではないか。職責も、生活や家庭の切り盛りも、社会的あるいは職務上
 の関心も、みんな偽物だったのかもしれない。こういうものを一切合財
 しっかり守ろうとした私は、突然自分が守っているもののもろさを感じた。
 守るべきものなど何もなかったのだ。
 自分の人生に積極的に働きかけるべきか、自分自身で選択すべきか
 などと思案し、考えあぐねたときは、こう自問してみることだ。
 「私はいつまで死んだような人生を送るつもりなのだろうか」】 ≫
――
▼ ハイデッガーが、「世間人」が、あまりに『死』から、目を背けて
 いることを指摘。「死の哲学」を真正面から取り上げた。ガンで死の
恐怖を平気で口に出している男に、「死」について薀蓄の話をすると、
近くの世間人が、いわく有り気に、『暗い!』と宣う。 受けを狙った
のだが、顔色からみて、重症病気もちのようだ。だから、聞く耳持たない、
いや、持ちたくないのである。   
「本当に人生でやりたいことがあったのか?」
「他人の顔色を窺い、その価値観に従った生き方を良しとして」
「ものを貯めることに汲々するのが生きる値すると信じ」
「やりたいことを先延ばしをする」を良しとする生き方だろう、お前さんは! 
舟底に牡蠣の貝殻(常識)を一杯つけて身動きが出来ない人たちの一員。 
誰でもない、私自身ではないか! もっと酷いのは、気付いてない貴方か?

・・・・・・
5324,「ウェブ2・0」はどこへ消えた? ー��
2015年10月12日(月)
         ーウェブ2・0」はどこへ消えた?ー古市憲寿
   * 「残念」な日本のネット社会
 ネットが普及し、「ウェブはバカと暇人のもの」になってしまったというが、
アラブの春の民主化が正しかったのか、間違っていたのか? を例にとると
分かりやすい。独裁者は、「バカがウエブで繋がった結果」と見ていたのだろう。 
烏合の衆は、所詮、流砂のように掌から零れ落ちていく。ネットの利点は計り
知れないものがある。当然、その影は付いてくるが、それも一つの社会悪と
割切るしかない。問題は、それに慣れてないこと。 〜その辺りから〜
≪ 結局、何でもほどほどのバランスで食べればいいのだろうが、
 ネット上の意見にはとにかく極端なものが多い。深刻に悩んでいる人が多い
からだろうが、癌や妊娠、出産、子育てに関ずる話題にも、トンデモ知識が
溢れている。知り合いの医師も、ネット上での知識を患者が頑なに信じすぎて
いて、「知恵袋ではこう書いてあります」と言って聞かないと愚痴っていた。
 結局、ウェブ2・0は実現したのだろうか。少なくとも『ウェブ進化論』を
書いた梅田望夫自身は、その夢をあきらめてしまったようだ。
 彼は2008年、自身のプログで水村美苗の『日本語が亡びるとき』を好意的に
紹介したが、それに批判的な意見が殺到した。さらに梅田が役員を務める企業
のサービス「はてなブックマーク」も、彼への批判で溢れた。これに対して
梅田は、「はてぶのコメントには、バカが本当に多すぎる」とツイッターで
発言、大炎上した。さらに2009年にはネットメディアでのインタビューで、
日本語圏のネット空間が「残念」であるとコメント、再び炎上。要は、ネット
で発生してしまう「衆愚」問題に梅田は耐えきれなくなってしまったのだろう。
 中川淳一郎が断じるように、インターネットが普及しすぎた結果、
「ウェブはバカと暇人のもの」になってしまったようだ。確かに中川の論じる
ように、ネット上には読解力がなく、ジョークも通じない、「暇人」が多い
ように思う。このーヶ月で3回くらい炎上した僕も、どうしても中川説に賛同
したくなってしまう。しかし、『ウェブ進化論』ではすでに、衆愚の問題に
ついても論じられていた。たとえネットに溢れる情報が玉石混合でもいい。
それを個入に合わせてカスタマイズしてくれる「自動秩序形成システム」に、
梅田は期待をかけていた。実は同じような議論は最近でも続いている。
要は、技術の力でネット空間がよりよいものになるはずという楽観論である。
現在、ネット空間は、PV数(閲覧数)至上主義。だから、とにかくアクセスを
稼こうと、扇情的な見出しや、誰かを傷つけるようなコンテンツが跋扈して
しまう。しかしそれはネット空間が発展途上だからと楽観論者は言う。
 先日収録した「ニッポンのジレンマ」という番組でも、ウェブメディアで
活躍する論者たちが素敵な未来語りをしていた。そのような未来が本当に
実現されるのかはわからない。だが、少なくとも言えることがある。
そうした「情報技術が明るい未来をもたらす」という議論は昔から繰り
返されてきたということ、そして技術の力では、大して社会が変わって
こなかったという残念な事実である。「ニューメディア」「マルチメディア」
「高度情報化社会」、そして「インターネットと形を変え流行してきた。
しかし、衆愚の問題}にとってもそうで、技術の力で社会の形が大きく変わって
きたようには思えない。少なくともウェブ2・0が宣言されてから10年で、
日本社会は大きく変わってない。ネット空間には「バカと暇入」が増えた
だけのように見える。なぜか。答えは簡単で、衆愚とは何もネット空間
だけの問題でなく、この社会の問題である。
▼ 問題は、衆愚の結合である。これまで衆愚を一神教が、結合してきた。
 問題は、その手段としてウェブが使われるのか、それとも、その虚構を
根こそぎ破壊してしまうのか。何せ、相手は2000〜3000年の歴史がある
絶対神のアッラーである。当分の間は、ネットで衆愚を収めるだろう。
残念なのは、日本の衆愚だけでない、世界の衆愚である。バカは世界の
何処にも存在し、底辺ほど直ぐに繋がり結合する。しかし、優秀な者同士も
繋がり、アップスケールの機会が与えられている。情報環境空間がネットで
地球上に広がったのである。
・・・・・・
閑話小題 ー美人の黄金比
2014年10月12日(日)
   * 美人の黄金比
 誰もがその人を美しいと感じる、“美人の法則”が存在するという。
1:目を中心にして、「頭の頂点まで」の長さと「アゴの先まで」
 の長さが同じであること。
2:「目と目の間」の長さと「鼻の幅」が同じであること。
3:「目と目の間」の長さと「目の幅」が同じであること。
4:「口の幅」が「鼻の幅」の1.5倍であること。
5:「顔の横幅」が「鼻の幅」の4倍であること。
 上記5種類の「顔の黄金比」に対して、誤差が「0」に近ければ近いほど良いと
されています。ちなみに、一般的な人の顔の誤差数値は「1.1」〜「1.3」とか。
どうでもよい話? 要は、傍目でみたバランスが上記だと美人ということ? 
それにしても綺麗で優しく温かみがあり、清潔感がある人が、一般的に美人
というのだろう。それに、教養が、まずベースにあることが前提である。
 美人は、顔と全身のバランスでしかない。そのバランスの均整も一時のもの。
身近で、姉達や、同僚などを見てきて、その時期は、わずか5年間でしかない。
だから、それが良いのである。
・・・・・・
2013年10月12日(土)
4592, そして、人生はつづく ー3
  * 「アバウト・シュミット」の『そして人生はつづく』
 5月の連休明けにシネマでみた「アバウト・シュミット」が、まさに
「そして、人生はつづく」をテーマにしている。
   ーその概略をHPでみるとー
《 仕事一筋の平凡な男が、定年退職を機に第2の人生を歩む姿をユーモアと
 ペーソスを織り交ぜて描くヒューマン・ドラマ。人生の終盤を迎えて大きな
転機に直面し孤独と戸惑いを見せる主人公の悲哀を名優ジャック・ニコルソンが
見事に表現。監督は「ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!」の新鋭
アレクサンダー・ペイン。アメリカ中西部オマハ。この日、勤め先の保険会社で
定年退職の日を迎える66歳のウォーレン・シュミット。彼はこれまで妻ヘレンと
今は離れて暮らす娘ジーニーと共に、平凡だが特に不満のない人生を送ってきた。
そして次の日から新たな人生を歩むことになる。しかし、翌朝目覚めてみると、
シュミットは会社中心の生活リズムが染みついていたせいか手持ち無沙汰になる
日々が続いた。そんなある日、妻ヘレンが急死。そして葬儀の準備に追われる
シュミットのもとへ、愛娘ジーニーが婚約者ランドールを伴い戻ってくる
のだった…。》
▼ 一流保険会社で働き、良き同僚や妻と一人娘に恵まれて、自分でも
 それなりの人生を送っていると思っていたが、定年をむかえた直後、妻が
急死、その葬儀も終えたところで、何をしてよいか分からなくなり、離れて住む
娘を車で訪ねるが、何か来て欲しくない様子。ラテン系娘婿の家族は、これまで
接したことのない世界の人たち。その旅で、これまでと違った様々な経験をする。
それが何か無様で、ホロ寂しい姿で、哀愁が漂う。職場と連れ添いの喪失で、
なす術のない男の悲喜劇が、人生の終末期の有り様を浮き上がらせている。
妻に先立たれた寡夫ほど大変なものはない。5月の連休明けに、この映画を
見たが、会社を整理をして二年。主人公の姿に自分が二重写しの部分がある。
また、「そして、人生はつづく」の著者に似ている部分がある。
 10年近く前の話になるが、幼馴染が倒産と同時に離婚。一人アパートで
自閉症になって半年、お金も尽き、辛うじて知人に拾われ、働き出し、営業
で私のところに訪ねてきた。が、風貌は歯が数本抜け、やせ細り、20歳は
老けていた。数年後、年金生活に入ったが、重症のアル中になって県外の
娘夫婦の住宅近くのアパートへ引越した。現在も「そして、人生は続いている」
のだろう。豊かな老後には、十年以上かけたライフワークがあるかどうか・・
・・・・・・
4217, 開国という強迫観念 ー4
2012年10月12日(金)                      
  * 「開国」とは何だろう     
       ー反・幸福論『開国という強迫』ー 京大教授・佐伯啓思 
 「世界標準」とはアメリカの示したルールであり、常に自国に有利に作り
変えることが可能なアメリカに世界は振り回されてきた。TPP(環太平洋戦略的
経済連携協定)も、有利なのはアメリカ。しかし入らないと、競争力が明らかに
不利になるため、従うしかない。属国から離脱など出来ないように囲い込まれて
しまっているのが日本である。  ーその辺りからー
≪ ・・ところで「開国」とは何でしょう。先ほどから、「開国」とは、
「世界の潮流に乗ること」であり、「世界の普遍性に乗ること」だといって
きました。いや、近代以降、日本ではそう考えられていました。しかし、
本当はそうではないでしょう。世界は実は多様です。「開国」とは異質なものに
出会い、世界は多様であることを知ることなのではないでしょうか。
「開国」とは、何よりまず、異質な文化、社会、宗教などに出会うことです。
そして、己の独自性を改めて知ることなのです。特異性ではありません。
独自性です。自国の、自文化の独自性を認識することなのです。もちろん、他
国もまたそれぞれの独自性を持っています。その世界の多様性に触れることが
「開国」ではないでしょうか。決して「普遍的世界」と「特異な日本」ということ
ではない。世界には、西洋もあれば、中国も、インドもイスラム諸国もあるのです。
しかしわれわれは「普遍的な世界」や「グローバル・スタンダード」といった時に、
決してイスラムやインドやアフリカなどを思い浮かべません。「普遍的」や
「標準的」ということで、常に西洋先進国を思い浮かべるのです。
いやもっと端的にいってしまいましょう。少なくとも戦後、我々が「世界」と
いった時に「何か」というと、実は「アメリカ」なのです。「世界標準」とは
アメリカの示したルールなのです。「普遍的な世界」とはアメリカのことです。
「世界に乗り遅れる」というのは実は「アメリカに見捨てられる」という
ことなのでした。 ≫
▼ 軍事的用途で作られたインターネットをアメリカが公開した。
 そしてネット社会が、それまでの世界に張り巡らされ、現実世界を覆って
しまった。そして、タブレットPCとスマートフォンで、世界隅々の個人が
ポケットに持ち歩けるようになった。それで、個人情報の受発信が気楽に、
しかも安価に可能になった。この流れは世界のグローバル化を、より推し
進めることになる。それは、情報をコントロールでき利用できるものと、
出来ない人の格差を大きくする。その最も利益を得ることが可能なのが
アメリカの一部の人たち。日本の中流は、世界から見れば上流の部類に入る。
垣根が低くなれば、世界の中流、そう、現在の日本の水準から見れば下流。
総下流社会である。しかし、大部分がそれなら、言葉として、それが中流と
いうことになる。預金がゼロが三割、借金と相殺すればゼロになる世帯を
入れると、既に国民の過半数を超えているという。失われた20年で、
日本社会は大きき体力を失った。「敗戦で朝鮮のように分割され、
歪にならないで済んでよし」とすべきか? 難しいところ。   


6055,閑話小題 〜スポーツジムに1500回

2017年10月11日(水)



   * 6年半で、スポーツジムに1500回
 先日、SJのフロントで、「1500回記念」と{日・祭日用の無料券」を貰った。
これまで、500、1100、1300回記念で貰っていた。私の契約は「平日会員コース」。
定休の金曜日を除いた、月〜木曜と土曜日の10〜17時まで5日間利用できる。
 盆正月などの特別休暇を含めて120日の休館。旅行、冠婚葬祭などで半月ほど
私用で休むとして、6・5年×230日≒1500回は肯ける。雰囲気が明るく健康的で、
魂が安らぐ。誰とも話さず、目を合わさず、独りの世界を楽しんでいる。運動
マシーンとステップ台が12台、円環状に並ぶ真ん中で、ポップスのBGの中、
スタッフの掛声で2周する「イージーライン」(30分)と、「エアロ・ヨガ」
(45分)をベースに、ランニング・マシーンとかマッサージを含めて2時間ほど
時間を過ごす。これで1日300円は価値がある。地方都市・長岡の駅裏から10分
ほどの所が住居のため、人混みはスーパーとジムぐらい。平日会員の10〜17時
には、様ざまの人達が集う。 
 私のHP内検索に「スポつジム」と入れたところ、50以上の文章があったのに
驚いた。よほど、ネタが少なかったようだが、人間観察には、この上ない。
――――
2011/10/21
スポーツジムの景色 −4
   *スポーツジムから見えてくること
 スポーツジムに行って一番面白いのは人間ウォッチング。自分も、その一人
だが、30歳から80歳以上の老若?男女で、何気なく見ているだけで面白い。 
肥満・血糖値・40肩対策など、それぞれ事情を抱えている人から、私のように
健康を兼ねたレジャー目的など様々である。少し痴呆が入っている80過ぎもいる。 
私は午前中の開店直後の10時〜正午までの二時間、滞在している。時間帯から
して過半数が主婦。 明らかに水商売仲間内のグループもいる。 スポーツクラブ
は女性がメインで、男は60歳以上のリタイヤしたて?の人が目立つ。 弁当や
御握り持参で、ロビーで食事をとる女性仲間の社交界の場的要素もある。
といって、男の私が肩身が狭いことは全くない。自分で選択したメニューを
独りでこなして終わったら帰るという気楽さがある。大方の会員の平均滞在時間は、
二時間だろうか。このようなジムに入会したのは、長い人生で初めてだが、もし
実情を知っていたら、新潟駅前のジムに10年前から入っていただろう。
パソコン教室も、スポーツジムも、サロン的要素が強いが、私のように誰とも会話
することもなく、自分のコースを人的気づかいなしに済ますことも出来る。
通勤列車内と思えばよい。私が行っているのは昼だけコース(平日10〜17時
ー金・日、休みー)。中高年がほぼ八割で、自分の年齢世代が目立つことはない。 
エアロビでは、プロのインストラクターが指導するプログラムが多く、若い男の
インストラクターの追いかけに近い中年オバサンが見ていて微笑ましい。
 男の場合、色々の場数を仕事などでこなしているため、こういう場では、多くは
一会員として群れることなく運動をしている人が多い。高年齢になるほど、自分の
社会を背負って、それに拘っている姿が、(本人には分からないが)異様に見える。 
 要は、田舎ということ。 とはいえ、半年前の盛況ぶりは、現在はない。
3・11の影響が、大きいのは何処も同じ。ネット辞書に、「スポーツセンター
のインストラクターの仕事は、一見華やかに見えるが、給料は安いわりに希望者
が多いため、ワーキングプアの要素が強い」と、あった。その目で、彼らを見て
いると、また違って見えてくる。一人ひとりが個性的で、一生懸命に指導している
姿は、光ってみえてくる。半年少したって、効果はといえば、大有り。足腰が、
この数年来衰えたと感じていたのが半分以上は回復した。毎日キッチリ運動を
続けると続けないとでは違う。まずは半年である。
――――
2011/08/14
スポーツジムの景色 −3
 4ヶ月でのジムの運動効果はどうか? 体重は元もと早朝のウォーキングと、
サイクリングの効果で、適正体重を20年以上は保っていた。そのため、減増は
ないが、頬の弛みは無くなり体調は非常によい。二年前に3〜4年に一度の重い
腰痛になってから、色々の腰痛対策の工夫をしたプラス効果は出ていた。しかし
4月からの午前中のサイクリングを含めた三時間の運動は、これまでの足腰の
関節を鍛えなおすに効果的。この数年来、足腰の関節が固まった感じが、この
ジム通いで半分はとれたようだ。 あと4ヶ月後の年内には、さらに一絞りした
身体が出来ているはず。
 ジムでは、常に各種エアロビックと、イージーライン(インストラクターの
指導下、6つの器械とステップ台で運動を繰りかえし一周する)などプログラム
が開かれている。 別にマッサージルームか、ランニングマシーンか、筋トレ
マシーンで独自に過ごせる。時に昼をマタイダときは、外出も可能。謹慎の身?
にとって、昼間に息抜きできる場所が存在しているのが有難い。
喫茶店替わりである。 これはアメリカで出来上がったサービス業態だろう。 
ースポーツクラブをウィキペディアで検索すると
【 スポーツクラブは、各種の運動施設と専門の指導員を有する施設。
 フィットネスクラブとも呼ばれる。 定義は明確ではないが、たとえば日本
の経済産業省の特定サービス産業実態調査におけるフィットネスクラブの定義は、
「室内プール、トレーニングジム、 スタジオなど室内の運動施設を有し、
インストラクター、トレーナーなどの指導員を配置し、会員にスポーツ、体力
向上などのトレーニング方法などを教授する事業所」とされ、室内プールの他に
室内運動施設を有しない事業所は除外するとされている。】
▼ 私の通っている「ホリデイ」は、これにサウナ、風呂、マッサージルームが
 加わっている。またランニングマシーンはTVつきである。ポイントは施設に
多くの種類の施設を備え会員数を集めること。今月から極端に会員数が減った
ため?、値段を平均一割程度下げてきた。この施設も半年以上もかけて完成した。
しかし完成して僅かで東北大震災の直撃である。大型設備投資の難しさを他山の
石として見ていることになる。 漫画喫茶はモバイル携帯電話と、iPadなどの
タブレット型パソコンが直撃している。いずれにしても恐慌である。
――――
2011/07/26
スポーツジムの景色 −1
 スポーツジムに通い始めて4ヶ月足らずになる。そこには中年女性を中心に、
あとは年代は30歳から80歳半ばまで様々で、平均40歳半ばというところか。 
65歳の私が場違いという感は全くなく、中年女性の二人連れが目立つ。夫婦は
数組である。男女は一対三の割合だが、私の選んだコースが平日中心の10〜17時
までコースで、主婦が中心ということもある。スタッフに客の集中する時間帯を
聞いたところ、夜と、土・日曜日という。それでも私の行っている午前中でも
満杯だった会員が、5月の連休明けから、急減した。ここでも東北大震災が直撃
しているようだ。(二ヶ月先払いのため、その影響は2ヶ月先に出る)
そこで、顔見知りが二人いたが、地元だから当然のこと。場所は自宅から車で
1〜2分(500メートル先)のところにあり、オープンして半年も経ってない。 
ここのオープンは私にとって渡りに舟だが、イメージと実際に通った実感は違う。
一年以上、通ったと通わないとでは、これでは大きな差が出て当然である。
これは是非、勧め。私の場合、オープンの10時に行って、イージーラインの
予約札をとって、30分近くはマッサージ・ルームで過ごす。そして10時半から
25分間のイージーラインに参加する。これは6台のマシーン(腰、肩、脚など)
で、バランス良く配置され、一人のインストラクターが指導するシステムに
なる。それが終わると再び、マッサージ・ルームか、ランニング・マシーンで
30分過ごす。その後、エアロビックスか、再びイージーラインに参加し、
大よそ二時間で終了する。週に一度は外出をして、近くで昼飯をとって午後の
エアロビに一部に参加する。 早朝の、この随想日記の書き上げ、信濃川の土手
のサイクリング、そして、このジムが、昼までの生活習慣の三本柱になっている。
午後からは、本を読んだり、録画を見たり、昼寝をしたり気ままに時間を過ごす。 
頭も身体もフル回転で健康そのもの。昼飯が非常に美味いこと、このうえない。
成るほど、この日々は、平凡で、刺激が少ないが、それでも良い。ギアチェンジ
をしてみて、リタイアをした人は、実際に何をして過ごすのか不思議だったが、
成るほど合点した。殆ど口をきかないとしても、その場にいるだけで孤独感は
少なくなる。レオタードなどを着た女性たちのエネルギーに溢れた場所は、居る
だけで充電になる。
――――
2017/03/08
閑話小題 〜エキサイティング・ジム
  * エキサイティング・ジム
 ジムに通いだして6年、平日の昼会員の枠一杯の月20日も通っているので、
日割りにすると300円の価値は充分にある。インストラクターの指導のもと、
12人のメンバーが交互に置かれたマシーンとステップ台を25分かけて二周する
イージーラインを毎回のベース。それに週4回のヨガエアロと、
ベルト式マッサージと、ランニングマシーンとの組合せで、
大よそ2時間半が平均滞在時間が日課になる。
健康的な明るさと、多くが他者に我関せずのところが良い。
 ところで昨日のモーニングショーで、最近の変り種のジムを紹介していた。
・サンドバックが数十台並んだスタジオで、インストラクターの大きな掛声で、
 グローブで殴りつけるのを主にしたジム。
・取っ手の付いたトランポリンが数十台、その上を合同で跳んだり跳ねたり
 する エクササイズ。
・クラブとエアロを融合したようなジムで、暗闇に光るミラーボールの下、
 踊るエクササイズ。
どもれもこれもスポーツジムのイメージを超えた内容だが、全身運動で、
トリップする仕組み。よく考えたものだ。 ハリウッド映画で、酒や薬物を
飲んで高級クラブでエキサイトをして踊りまくるエキスをエアロに取り入れ、
集団でトリップさせるとは。 メガネ型動画プレイヤーのアプリで、その場面
をつくればよい。独り部屋の中での踊り? 考えただけで気持ちが悪いが、
当人にとっては大して変わりはしない? いや、違うか。
 地元のエアロも、競争が激化しているようで、その対策として、様々な
エアロビックスを用意してあり、内容が日々、進化している。私は参加して
ないが、80人が参加する人気エアロもあるようだ。これを続けているといない
とでは、大きく違ってくると実感する。加老とは、毒素が沈殿が底知れずに
増すこと。運動を如何に遊びに昇華して楽しめるかが、ポイントか。


6054,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実

2017年10月10日(火)

  * ますますうキナ臭い状況に…
 何やしら米朝戦争が現実味を帯びてきた。始まれば、100万以上の死者と、
数百万の戦傷者が出ると言われているが… 北朝鮮は、アメリカのいうレッド
ラインを遥かに超えてしまった。もし、大陸間弾道弾を太平洋に打ち込めば、
開戦の可能性が大きくなる。日本にも当然、都心とか、原発基地にミサイルが
打込まれる?と同時に、東海道新幹線の破壊工作を当然してくるのが妥当。
その日本は選挙で仮死状態なら… 私たちも今日からギアが変え、情勢に敏感
になった方が良い。このままで済むわけがないが、どうも実感が沸いてこない。
 早朝のポタリングコースの土手際にある日赤病院の裏側(土手寄り)に、
何時の間に、ヘリポートと格納庫が出来ていた。 開戦ともなれば、朝鮮半島
が現在のイラク、シリア状態になり、日本にも難民が殺到、ゲリラも紛れ込む。
柏崎刈羽原発基地にでも撃ちこまれると、風下40キロの地元も危険地域に。
その「まさか、ここまで」が、あの二人の御決断で! その時はその時と
楽観視できないのが、この現実。ロシア、中国、アメリカの武器商人にとって、
これほど有難いことはない。まずは、中国の国境閉鎖と、アメリカを主とした
間接海上閉鎖が現実的だが… 
 〜以下は、これまでの北朝鮮危機についてのネット内検索の内容だが、
  ますます事態が悪化していくの読み取れる。
 
・・・・・・
4170, 金正日の料理人
2012年08月26日(日)
  * 若きドン様の親の敵討ちは残酷!

・・・・・・
2017/09/08
閑話小題 〜何時の間にか準戦争事態に…
   * 北朝鮮の迷走で…
・尖閣列島の所属問題や、北朝鮮の迷走で、何時の間にか準戦争状態の状況に。
・・・・・・
2017/08/27
閑話小題 〜北のミサイル発射
   * 北のミサイルについて
 昨日、モーニング・ショーで、北朝鮮によるアメリカへの挑発の特集をみて
いたら、日本海にミサイル打ち上げのテロップが流れてきた。番組構成として
ベストタイミングで、‘まさか?’の緊張が走ったが、直ぐに短距離ミサイル
と判明をした。 金王朝の体制維持には、戦争を煽る瀬戸際外交で、近距離の
人質?の生命の交換条件の脅しでしか体制を維出来ないことは、韓国民が熟知。
 韓国の人口が4700万人、ソウルが1000万人で全国民の21%がソウルに集中、
首都圏には2000万人前後。韓国国民の4割がソウル周辺に集中する、まさに
「最重要拠点」である。そこから軍事境界線まで、直線距離で約37K。
大宮から東京駅までの距離でしかない。 韓国民の7割が海外移住を望んで
いるというのも理解できる。潜入したプーチンのスパイが、境界線からソウル
近郊にミサイルを撃ち込んだら、(逆もある)どうなるのでしょう。
 核ミサイルの脅しほど有効な手段はない。その親指人形が、パペット本体の
中国まで、脅し始めたのだから、何をかいわん。儒教の影響の強い国で、叔父
と実兄を殺すのだから、当人は疑心暗鬼で怯え慄いて当然。そ反動が、いつか
核戦争になり、比較的安定していた東アジア(朝鮮、日本、台湾)が、現在の
中東状況になり、難民が大挙して、押し寄せる可能性が強い。悪いことに、
アメリカはトランプで、分断を始めた。「国家統一の手段として、戦争を!」
と、意固地の頭で考えないでもない。側近は次々と辞め、残っているのは
軍人上がりの老人だけ。「数百万の死者としても、やるなら、今のうち!」
で… 恐ろしい限りだが、意外と早い両者の体制崩壊も感じとれる。

・・・・・・
2017/08/18
閑話小題 〜トランプ劇場
   * 事実は小説より奇なり
 国際政治が、ブラックコミックの様相を現してきた。私流に言わせると、
< ソ連崩壊前のKGBの一員が、スパイの手法を活用してロシア大統領に上り
 つめた。政敵を闇のうちに葬るのはお手のもの。それを国政政治でも通用
することを知り尽くしていれば、彼の思惑どおりに世界を操ることが出来る。
そのひとつが、アメリカ大統領選で泡沫候補の白人ファースト主義のトランプ
を国家単位で勝たせること。黒人の大統領と、女の国務長官に長年、不満を持つ
白人主義者は、こぞってトランプを支持した。それを国家単位のスパイ総動員で
後方援助をして思惑どおりに大統領に祭り上げ、国家分断を目論んだ。それが、
アメリカ建国以来の最低、最悪の大統領の下で、ハリウッド映画並みの分断が、
連日のデモ。 ロシアのスパイ上がりプーチンが、北朝鮮に、ミサイルと核の
技術を与えて、米韓日と北朝鮮の戦争をあおっている。 >
―
 面白いと笑ってはいられない重大な局面であるが… 世界大戦を狙う、
武器商人のシンジケートにとって、これ以上の機会はない。「世界は理性より、
感情で動く」を地でいくフリをしたトランプにとって、北朝鮮戦争は神風か?
中国も然り。北朝鮮は、疲弊した中国経済と、世界進出の隠れ蓑になっている。
 で、私の結論は、「戦争か暗殺」は必然。
クリントン女史の大統領より、トランプが遥かに面白いことは確かだが… 

――――
2017/08/14
閑話小題 〜第二次朝鮮戦争が、あるのだろうか?
   * 第二次朝鮮戦争が、あるのだろうか?
 「そう遠くない先に、朝鮮戦争はある」とみるのが、自然である。
第二次朝鮮戦争は、アメリカの力を削ぐに、中国、ロシアにとって非常に
優位になる。その点、トランプ大統領と、金主席は、これ以上ない人材。
まずは、ロシアが大統領選で小細工をして、トランプ大統領を祭り上げ、
次は、中国が…? もってこいの取組になる。しかし、始まれば、数百万単位
の死傷者が出るが、この百年だけでも、数千万単位の死者、餓死者を出してきた。
戦争は、そういうもの。 但し、以前のように、中国、ロシアは、北朝鮮へ、
直接的支援が出来ない。その時、ロシアと中国は、沖縄、北海道を狙う?
「戦争は何でもあり」である。とすると、私の人生は、「第二次世界大戦
直後に生まれ、第二次朝鮮戦争直前の狭間に生きた」ことになる。
 日本にとっても、トランプと、金主席は、偉大?な厄病神に御なりですか。

――――
2017/05/20
『しあわせ仮説』 −8「純粋な悪」を、トランプ大統領にみる
            『しあわせ仮説』ジョナサン・ハイト著
   * 諸悪の根源は「純粋な悪」
 哲学的に表現すれば「素朴な実在主義者」の心のありよう、有りていに言えば、
「大人、子供に見られる表層の現象で決め付ける幼稚な精神と知能の持ち主」。 
幼稚な心は、自分たちの世界を破壊されることが「純粋な悪」。誰の心にも
ある「純真な心」でもある。それ故に猛毒を含む。 このフィルターで、
世界を単純に切り取ると、これが面白い。
 ー今回は、アメリカの白人の本音、「白人至上主義」ー
黒人のオバマに対して、2期・8年間、不満を持っていた比較的恵まれない白人層
にターゲットを絞り、ロシアの間接的?援助も加え、まさかの泡沫が当選した。
そ素朴な白人優位主義と、有色人種への偏見を前面にうち立てたトランプ。
全くの政治に素人である。純朴に、白人の優位性を脅かすことを「純粋な悪」
とする彼らの偏見は、グローバリズムに逆行する側面がある。これは、他民族を
受け入れてきたアメリカの理念と逆行する上に、ナチスの思想にあい通じる。
そろそろ、これに気づきだした国民に弾劾され処分されるのは時間の問題… 
 世界は白色、赤色、黄色、黒色の順の人種差別が歴然としている。その露骨に
現われ出ているのがインドのカースト制度。4層が、さらに細かく500層になって
いて、その網目から逃れることが出来ない。何せ3千年かけてつくり上げた階級。
交通事故で、最下層の被害者に対し、日常的に轢逃げが罷り通っているという。
 ISは赤色人種のイスラム原理主義を忠実に守り、それを守らないのは、
「純粋な悪」として殺害か奴隷というから恐ろしい。対する欧米は白色人種を
中心に国力に比例した序列がある。日本は地政学的に、白色(米国)側の、黄色
のポチ。ドス黄色の中国には、島国のため、独自のウス黄色だったため、ポチ
として、庭先の犬小屋に番犬?として、敷地内に飼われている? 白人至上者
から見れば、こんなもの。で、逆オバマ効果で、こんな人物を大統領にした。
 としても、日本は飼主がどうであれ、忠実な犬を装ってないと、エサの配分
が減らされる。門から外に出ようものなら、直ぐにドス黄色・中国の攻撃対象
になる。ふ抜けた日本の「純粋な悪」は、他国からの「侵略と、戦争」。
「平和憲法の改憲」である。何せ72年前に三百万人が亡くなっている。
ポチでも何でも、目立たないように犬小屋で大人しくするしかない。
バナナ(外が黄色で、中が白色)とか、イエローモンキーと言われようが、
ただ大人しく、忠犬を装うしかない。何?としても、大統領の一存で、
「沖縄は中国に、北朝鮮はアメリカに」の取引で、中国に売り飛ばされない
とは限らない。取引を業とするトランプなら、ありえない話ではない。

――――
2017/05/04
『しあわせ仮説』 −3 〜素朴実在論と、純粋悪
           『しあわせ仮説』ジョナサン・ハイト著 
   * 純粋悪
《「純粋悪は、素朴実在論の究極形態である。これが、大半の長期的な
 暴力形態の循環の究極的原因である。無差別殺人など、その犯行動機で
よく言われる、
 貧困のせい、虐待のせい、格差のせい、環境のせい、etc...
そんな外的要因(不純物)が存在しない「悪」。そんなものが無くても

――――
2017/03/13
閑話小題 〜トランプの時代
   * トランプ大統領の選択
 
――――
2017/02/18
緩和小題 〜しまった!  ー 6 トランプ大統領選出は?      
      < しまった! 「失敗の心理」を科学する
                ジョゼフ・T・ハリナン (著) > 
   * トランプ大統領選出は凶か吉か?
・・・・・・
閑話小題 〜朝鮮戦争が現実的に ー1
   * 朝鮮戦争が現実にあるのだろうか
 アメリカのシリア軍への攻撃で、アメリカによる北朝鮮への攻撃が想定
されてきた。もし開戦ともなれば、十万、百万単位の死者が出る可能性もある。

・・・・・・
閑話小題 〜朝鮮戦争が現実的に ー2
   * 全面戦争にならないのか(8割の確率で)
 私がアメリカ大統領だったら、今のうちに核施設に全面攻撃を加える。
ましてトランプなら、8割以上の可能性の説に真実味を感じるが、如何だろう。
やはり、日本は平和ボケをしている。習主席がトランプに、「全面攻撃を容認
する代わりに尖閣列島への侵攻を黙認する」裏契約をする可能性も充分ある。
現在でなくとも、来年中には? 週刊誌の売らんがための煽り記事としても、
現実は、全面戦争に向かって動いている。 〜その辺りから〜
≪ ■ 高陽市安全都市課の職員が語る。
「わが市は目と鼻の先が北朝鮮なので、すでに臨戦状態です。市民からの問い
合わせが殺到したため急遽、10万枚のパンフレットを作成して市民に配付した。
それでも市民からの問合わせが日々、大量に来て、生きた心地もしない日々です」
 北朝鮮は4月9日、韓国国内の外国人に対しても、「韓国から至急離れないと
責任は取らない」という警告を発表した。これによって韓国では、ラーメンや
乾パンなどの非常食や、ミネラルウォーターの買い占めが起こっている。
韓国はまさに、「第2次朝鮮戦争開戦前夜」といった緊迫した状況なのである。
 そんな中、ケリー米国務長官が、4月12日から15日まで、韓国、中国、日本と
北朝鮮を取り巻く3ヵ国を回る、東アジア初外遊に出た。
  ■ アメリカ国務省関係者が語る。
「わが国はいままさに、韓国と合同軍事演習の最中で、いつでも実戦に移す
準備はできています。今回のケリー国務長官の3ヵ国訪問で最重要だったのは、
中国訪問でした。新指導者の習近平は、金正恩を救おうとしているのか、
それとも滅ぼそうとしているのかを、しっかり見極めようとしたのです」
これまでの東アジア地図は、日米韓vs.中朝という対立の構図だった。
前世紀末に世界の冷戦構造が崩壊したが、東アジア地域だけはいまだに、
冷戦構造を引きずっているからだ。
  ■ 8割の確率で戦争が起きる
 だがこの伝統の図式に最近、異変が起こっているのが、中国の態度の変化。
習近平政権は、いまの大荒れの北朝鮮をどう見ているか。外交関係者が明かす。
<かつて毛沢東と��小平は金日成を、朝鮮戦争を共に戦った"血を分けた誼"
と見なしていた。続く江沢民と胡錦濤は金正日を、兄弟国の"特別な弟分"と
見なしていた。金正日は計7回訪中したが、北京へ来れば必ず中国共産党の
トップ9が全員揃って歓待する習慣があった。だが習近平は金正恩を、単なる
"物騒な若造"としか見ていない。だから、北朝鮮のミサイル実験や核実験を
受けて、いともあっさりと、北朝鮮への重油・食糧・肥料の援助ストップを
決断したのだ。中国にとって絶対に看過できないのは、朝鮮戦争時代の悪夢
である米軍が北朝鮮に侵入してくることだけだ。それさえなければ、いつ
核兵器の矛先をわが国に向けてくるか知れない金正恩という狂った指導者が、
いつ失脚しても構わない。それが習近平新主席のホンネだ>
 4月10日には、中国共産党機関紙『人民日報』が発行する中国最大の国際
情報紙『環球時報』に、中国で最も有名な北朝鮮研究者の張瑰・中国共産党
中央党校教授が、次のような原稿を寄せた。
<朝鮮半島に近く戦争が起こる確率は、7割から8割くらいあるだろう。
北朝鮮にとって武力統一は、昔からの既定路線だからだ。金正恩は、金日成と
金正日が成し遂げられなかった祖国統一を、いまこそ果たそうとしているのだ>
                〜「週刊現代」2013年4月27日号より ≫
▼ 首都ソウルから北朝鮮の距離は、東京と大宮の距離しかない。そこには
 2500万人が住んでいて、北の脅し文句が「ソウルを火の海にする」である。
それを二分した国家に向かってなら効果があるが、アメリカに向かって、
「大陸間ミサイルで核攻撃で火の海にする」と、実験を繰返せば、交戦好きの
アメリカが見逃すわけがない。白人優先主義を謳って当選した大統領にとって、
東洋人の100万、200万が生きようが死のうが、大した問題ではない。
 在日米軍と、二つの空母艦隊と、多くの原子力潜水艦に囲まれ、いつ何時、
攻撃を仕掛けられない南北朝鮮の人たちと、平和ボケの日本人とは、危機感が
雲泥に違う。それでも、何かしらしら危ないのは分かる。危機の察知の早い
株式市場と、為替の変動の兆候がないので、大丈夫? そうじゃないから…

・・・・・・
閑話小題 〜朝鮮戦争が現実的に ー3
   * 死傷者は400万人
 2500万人が住む首都ソウルに、北朝鮮が核弾頭付でなくとも、ミサイルを
撃ち込めば、百万単位の死者が出るのは周知のこと。北は、それを熟知して恫喝
して何とか体制を維持している。それ故に、韓国は大統領に莫大な権力を集中
せざるを得ないため、汚職をうむ土壌になっている。現在でも破綻している国家
に戦争は更に加速させる結果になること必定。しかし、アメリカには、東洋人の
100万や200万より、己の国家の安全の方が遥かに重要になる。
「第一次、第二次世界大戦から見れば、この程度は大したことがない」と、
考えても不思議ではないのか。     
                〜「週刊現代」2013年4月27日号より
≪ ■ 北の妄想
 北朝鮮の国民は幼少時から、「朝鮮はアメリカと日本に勝利した軍事大国」
と教えられて育っている。 金日成軍事総合大学の軍事関係者は、
「アメリカを倒すのは、掌を返すくらい容易だ」と豪語しているほどだ。
 先日、朝鮮中央テレビは、3日間で韓国を占領するシナリオの映像を流した。
1日目に韓国の重要拠点を占領し、15万人の米兵を捕虜にする。
2日目に韓国の大多数の都市を占領し、
3日目にその他の地域を占領するというものだ。
朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は、「朝鮮は世界中でアメリカに対抗できる
唯一の国である」と誇っているほどだ。
まさに皮肉たっぷりの筆致で北朝鮮の「井の中の蛙」ぶりを強調している。
 だが、張教授が述べている「7割から8割の確率で第2次朝鮮戦争が勃発する」
という予想は、すなわち中国政府の見解に他ならない。
 前出の韓国国防部関係者が続ける。
「北朝鮮は、南北の局地戦ならば、米軍は参戦しないと踏んでいるようだ。
だが、実際にはアメリカは、三つの条件さえ整えば、
第2次朝鮮戦争に参戦する可能性が高い。
 第一に北朝鮮の核やミサイルによって自国の脅威が増すこと。
 第二に戦争によって自国の兵士の損失が最小限に抑えられる見通しがつくこと。
 第三に中国の後押し、もしくは少なくとも黙認が得られること」
 前述のような習近平政権の"反金正恩政策"を見ると、金正恩除去に向けて
米中が手を組むというシナリオは、十分考えられるのである。
  ■ 死傷者は400万人


6053,「ナミヤ雑貨店の奇蹟」ー2 

2017年10月09日(月)

   * 「大変な人」たち
 一昨日、「ナミヤ雑貨店の奇蹟」の感想文を書いていて、何か奇妙な感覚に
なっていた。この随想日記を書き続けて16年半年になるが、40年以上前の学生
時代の日記を書き写しながら当時を回顧したり、その時々の読書や映画の感想文
や、旅行紀行や、還暦、古希の節目とか、会社整理とかに、ありのままの気持ち
を正直に書いていた。 早朝、書上げた後に、それまでの同月同日の文章を流し
読みも楽しみの一つ。 映画で、ナミヤ雑貨店の主人が悩み相談を受けた翌日、
牛乳ポストに、その返事を書いて入れておくのと、私のほぼ忘却した過っての
時空を超えた文章との自己対話が何かしら奇妙に似ている。真剣にテーマに
立向かっている瞬間は、垂直にたつ永遠の一点。「ナミヤ雑貨店」のシャッター
の新聞の入口から投げ込まれる相談の手紙が、過って書いた同月同日の文章。
 今は空家の雑貨店に侵入した3人組の青年の一人が勝手口から出て、外側の
シャッターから白紙の便箋を投げ込むが、時空を超えて、その店内の主人に届く。
その白紙に、主人が返答を書き込むが、それは白紙からの再生を促す内容。
早朝、新たな文章を書上げ、過去文を読返し、過っての自分を見つめなおす
のに酷似する。確かに、あの時、私は生きていた。その瞬間は永遠であった。
それを読んでいる時間も永遠だった。この雑記帳のようなテーマ日記は、私に
とっての生れ変りの役割りになってきた。その結果が、この「大変な人」か!
「城下町コスプレの大変な人たち」を31年間、新潟〜長岡間を通い続けたから
こそ確信を持って「ドッチも変」と言える。 「大変な人」が、如何した?
<「大変な人」など、あなたの心象風景。心の歪みじゃないかい! 
 成るほど、変になるわ!>と、内なる声! 
  
・・・・・・
5686,閑話小題 〜父の金銭教育
2016年10月09日(日)
   * 金銭教育と知識管理
 ここで何度か書いてきたが、父親から、姉・兄たちともに、幼児の頃から
<金銭教育>=「質素倹約、贅沢は身を滅ぼす。小銭は、大きくして使え」と
仕込まれていた。その一つが、幼児期から個々の通帳に大晦日に貰った御年玉
を翌日、回収されて、預金をされる。その時だけ通帳の残高を見せられる。
しかし、何時の間に、その残高が年々、増えていくのを見るのが楽しみになる。
溜める楽しみを教えたかったようだ。そして、姉たちには結婚時に、それを元金
にし、『家つき娘』としての新居を建て与えていた。 別立の積立の習慣が、
金銭管理の第一歩の実践と・・ 
 会社整理で、最小の傷で済んだのも、父親の金銭管理の実践あればこそ。 
進学するにつれ、同期の友人の実家がリッチになっていく。ところが、友人
たちの金銭感覚が、細かく、シリアスになっていく共通項があった。
大金は平気に使うが無駄金は一切使わない。お金は命と同様に大事という
教えが入っていた。 
 サラリーマン家庭は、手取りの2割の天引き積立が基本というが、結婚来、
総額の15%の家内名義の給与を支払ってきた。その事業者版が、このシステム。
税務署も、その辺りは難しくいわない。 ところで、家計力の評価として、
・家計安全度(負債が少ないほど高評価)、
・貯蓄パワー(貯蓄割合が高いほど高評価)、
・スケールパワー(純資産が多いほど高評価)、
・コストダウン努力(支出が少ないほど高評価)、
・リスク耐久力(家族1人当たりの資産額が多いほど高評価)
の5項目があるが、最も重視するのは貯蓄パワー。「世帯手取り収入に対し
貯蓄率が21%を超える家庭は、貯金体質にある」という。当時の男子社員に、
父は天引き預金を勧め、それを手堅い『北陸ガス』株の購入をさせていた。
そして姉たち同様、結婚時に値上がりした株式を元に、一部ローンを組ませて、
住宅を購入させていた。 
 プロのトレイダーは、別建ての地道な預金を人知れずしているという。
金銭管理と知識管理、共通点がある。 こつこつと、時にムダ金も必要である。
 知識管理は? どうだろう? 教訓は多く聞いていたが。

・・・・・・
5321,寺院経営の惨状とは
2015年10月09日(金)
  * 貧困は寺院経営に顕著に現れ出る
 寺院の年間収入50万円以下が2割、100万円以下が3割の数字に目を疑った。
その3割の大方(9割)が生活困窮状態?という。 一年ほど前に親戚の
法事に参列したが、その宴席の隣席が午前様。 何気ない会話の中で、
『由緒ありそうなお寺のようですが、墓は幾つあるのですか?』と若い跡継ぎ
の午前様に聞くと、顔色がサッと変わり、『それは、言えません!』と答えた。
後で、「寺院経営の窮状を悟られたくないためか」と、気づいた・・ 
葬式や法事で聞く法話も、情報化の中で、『成るほど!』と心に残る内容は
今では皆無。 ネットで調べた内容は、衝撃的でさえある。
≪ 今年4月、『生活困窮者自立支援法』が施行。生活保護に至る前の自立
 支援が狙いだ。背景には、深刻な生活困窮者の増加がある。6月、厚生労働省
は「今年3月時点での生活保護受給者が217万4331人と過去最高を更新」と発表。
受給世帯数も、前月比3773世帯増の162万2458世帯と、こちらも過去最高。
増加に転じた平成7年時の受給者数は88万2229人。この20年で約2.4倍増えた。
増加の要因は、就労に依る自立困難な高齢者世帯の増加、更にリーマン
ショックや経済低迷の影響となれば、今後も増加傾向は容易に変わらない。
日本の高齢化は進む一方であり、6月19日に衆譲院を通過した労慟者派遣法
改正案は、労働者側からすれば生活を一層不安定にすると懸念されているから。
 ところで、この生活保護を受けられる最低ラインの生活扶助基準とは、
どれくらいか? 世帯数や地域でも変わるが、両親と就学前児童1人の3人家族
の場合では、最も高い東京23区で凡そ月16万円という。年収約200万円だ。
これに住宅扶助等の諸々が加えられる。
 では、この額に比してお寺の現状はどうなのか? 曹洞宗が10年に1度
おこなっている宗勢総合調査(平成17年)の寺院の年間収入は如何だろう? 
 先ず、年間収入50万円以下が何と2割を占め、100万円以下が3割。
確実に最低生活水準を満たしていない寺院が3割もあるのだ。平成21年に
浄土真宗本願寺派が行った宗勢調査の結果だが、こちらも2割近くが年収
100万円未満なのだ。当然、この年収では、いや、全体の半数を占める
300万円未満でも生活は厳しい。現に、本願寺派では300万円未満の寺院の
9割が「全く生活できない」「かなり切り詰めないと生活が成り立たない」
と回答。一般家庭と異なり、寺院には様々な維持管理費が必要。
布教の為の教化費もいる。収入の全てを生活費に充てる訳にはいかない。
実際、同派で300万円未満の寺院の7割が「兼業収入を寺院護持に使っている」
と答えている。 (略)・・・
 過疎や高齢化・家制度の揺らぎ・仏事に対する意識の薄れ等、お寺を取り巻く
環境の変化に依る今後の見通しは極めて厳しい。どの地域にあっても他人事では
ないことは明らかだ。そんな中、檀家の少ないお寺を継ぐことは極論すれば、
将来に“負債”を抱えるようなものという見方もあろう。現に、過疎地寺院の
後継者難が、どの宗派においても深刻な問題になっている。しかし、それでも
実は寺院数が激減していないのは、檀家は勿論、住職や寺族が物心両面で
お寺を支えているからに違いない。・・・ ≫
▼ お寺でも、その規模などによる経営格差がしている。
 大都市一極化、少子化、家制度の激変の中で、仏事に対する考えも変化。
それに伴い収入も激減し、寺院経営は大きな岐路に立たされている。
「長い歴史で、情報基地の役割を果たしてきた寺院のシステムが、情報化
社会の変化に立ち遅れた結果」ということになる。特に過疎地は酷いようだ。

・・・・・・
脳がよろこぶ話 ー2
2014年10月09日(木)
      対談ー小菅正夫『脳がよろこぶ話』茂木健一郎ー5人との対談
  *「平気で生きている」ことの強さ
 三年前に、めったに出来ない経験をしてみたが、いざとなると意外と平気。
よほど、事業立ち上げの準備期間の15年間の方が厳しい状況であった。
足元が、固まってない不安と、虚無感は、何とも厳しいものがあった。
開き直りもあるが、全力で、し終えた実感があるが、まだ見ぬ計画段階を
独りで、ひたすら具体化をするのは非常に厳しい。あった物を失うことより、
無いものを形にするほうが、何倍、何十倍のエネルギーを要する。
   ーその辺りよりー
≪ ・茂木:共通の幸福の条件ってあるんですかね。
・小菅:先ほど申し上げた通り、まず食べ物を発見したとき、ちゃんと食べ
られたとき。それと繁殖。交尾がちゃんとできた、出産がちゃんとできた、
育児ができた。これだけです。彼らはホントにそぎ落とした生き方しているから。
・茂木:ムダがない。
・小菅:ムダがないというより、余裕がない。生きていくだけで精一杯。
・茂木:もともと野生環境は厳しい。
・小菅:人も日本人を基準に考えたらダメ。僕もこの前ケニアに行っていた
んだけど、ホントにね、痩せた子ども。ハエがたかった子どもが街にいる。
それを抱えているお母さんが物乞いをしている。人ですらそうでしょう。
ましてやチンバン�も死んだ子ども抱えて、ライオンだってごく一部の幸運
な子どもしか育たない。彼らがそういう環募なかで生きているということは、
われわれとちょっと次元が違うと思う。それで満足というよりも、本当に
それしかできない。余裕がない、僕らは食べ物を取ったらその後、何か
楽しみが待っているけど、彼らはそこから、せっかく自分の身体の中に入れた
エネルギーをなるべく長持ちさせるようにゆっくり休んでいる。(中略)・・
・小菅:百何歳の曹洞宗の禅師のインタビューで、「悟りとは何ですか」
という、質問者がたずねた。「平気で死ぬことですか」と。そしたら禅師は、
「平気で生きていることですよ」― あれ、動物と同じだと思った。
動物って平気で生きている。たとえばうちにアサコていうゾウがいました。
六十歳超えていて、最後の臼歯が半分欠けて落ちた。それであまり食べられ
なくなっちゃったんだけど、それでも平気で生きている。気にしない。
 文句言わない。今までとまったく変わらない生き方をしている。
そしてパタッと倒れて死もんでいく。 あの平気さっていうのはね。
宮崎さんという方が「平気で生きていることが悟り」と言うんだったら、
動物はみんな悟っているなと。
・茂木:不思議ですね、そうすると修行を積まれた高僧の方がたどりついた
境地というのは、もっとわれわれの祖先が動物だった時代に持ぞいたもの
かもしれない。われおれは忘れちゃっているだけなんですかね。
そういう蓄があるんだと思う。≫
▼ でも、「平気で死ぬこと」も、動物の大きな特性である。
 人間の最大の問題は、肉体的苦痛と、苦悩への恐れの解決である。
 確かに、底知れぬ苦痛と、苦悩の中、消滅していくのだろうが・・ 

・・・・・・
4589, 2050年の世界 ー17
2013年10月09日(水)
   「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
         〜英『エコノミスト』編集部 (著)
    第八章 弱者が強者となる戦争の未来 ーのまとめ
・第二次世界大戦後、戦争による死者の数は劇的に減っている。
 それは冷戦期、米ソの対立によって、戦争が逆に管理されていたからである。
・その一方で不確実性は高まった。米英も地上兵力を科学技術力によって激減
 できると考えたが、9・11を皮切りとする非対称的な戦争では、それは誤って
 いたことがわかった。
・技術の拡散によって、不良国家やテロ組織がアメリカに非対称的な戦争を
 しかけられるだけの力を持ってきている。インターネットを基盤とする既成
 の通信手段と暗号化ソフト、安価な精密誘導ミサイルと迫撃砲、人間が持ち
 運びできる新型の防空兵器、対衛星システム、対艦ミサイル、核弾頭を搭載
 できる高精度長距離弾道ミサイルなどの技術である。
・一方、地域間の紛争の危険も高まり、その紛争の原因は宗教を起点として、
 水やエネルギーなどの資源を実利として行なわれる。
・そうした地域間の紛争で、核兵器の使用の懸念がある。米ソ冷戦期に
 おいては、距離的な緩衝材があったために、核戦争は管理され実際には
 起こらなかったが、国境を接する国々ではそうした抑止の力がない。
・イランは確実に核保有国家になるだろう。米国と同盟関係にあるはずの
 アラブ諸国は、米国を信じておらず、米の核抑止力に頼らず、独自に核を
 持とうとするだろう。サウジアラビアとエジプト、そしてイラク、シリア
 などが核を保有しようとする
・現在英米の戦略は、空母打撃群を中心に、短距離飛行の戦闘機を中心に
 組み立てられているが、そうした戦略に危惧をいだく専門家もいる。
 彼らは、B-52のような長距離爆撃機こそ必要だと考えている。
・無人飛行機などの戦争のロボット化は引き続き進む。
・先進国は、高齢化による財政悪化で、かつてほどは防衛費に国家予算を
 回せなくなる。
▼ そうこう考えると、40年の間、核戦争が起きない方が不思議で、必ず
 起こるはず。20世紀前半では、1億以上の人が犠牲になったが、再び億単位の
人たちの犠牲も有りうる。今のところ国家間の核攻撃の問題だが、他の科学兵器
を含めた個人の意思による攻撃も充分あり得る。 狂った猿の兵器が、ますます
強大になった結果、人類そのものの存在さえ危くなる。細菌テロなどの科学
兵器が、一国を滅亡させる可能性さえある。追い詰められた弱者の暴動を押さえ
込むシリアの科学兵器攻撃でオバマが激怒したのではなく、それ自体が国家に
よる反乱への弾圧の手段として使用したことに対する歴史的行為であるからだ。
その意味で、中国と、ロシアも、米国の攻撃を阻止した行為は、歴史に残る
愚行として間違いなく残る。そう、細菌などの化学兵器がテロで日常的に使用
される時代が、近い将来の姿である。 

・・・・・・
4214, 開国という強迫観念 ー1
2012年10月09日(火)
 ある雑誌にー反・幸福論『開国という強迫』ー京大教授・佐伯啓思のレポート
があった。TPPの反対論だろうと読んでみたが、なかなか面白い。 私自身、地域
社会に埋没しないことと、両親などの刷り込みによる思い込みなどからの脱却が
人生のテーマにしてきた。自分を開き違った世界を受け入れ、同化することが
人間の成長と信じ、生きてきた。しかし、反面、知らない世界に常に怯え、同化
を拒否していた。これは人間として当然でもある。 ここで著者は、「開国は、
突き詰めればアメリカに対する不利な条件をつけられた開城ではないか?」と、
問題提起をしている。 その辺の論拠を何回かに分け取り上げてみる。  
  ーまずは、その抜粋からー
≪ 丸山真男は、戦国から安土時代へかけてが「第一の開国」、明治維新が
「第二の開国」、そして終戦後が「第三の開国」といいました。また松本健一は、
明治維新が「第一の開国」、終戦後が「第二の開国」、そして1990年代の
グローバリズムを「第三の開国」と呼んでいる。両者を足し合わせれば、すでに
日本は四回開国しており、今回は五回目の「開国」なのです。「開国」の大安
売りで、「開国」、「続開国」、「続々開国」と、いったいどこまで開けばよい
のでしょう。気になるのは、明らかにここにはあるバイアス、もしくは先入見が
あり、それは国を閉ざすことは悪、開くことこそが善、という強力な思い込みが
あるということです。閉所恐怖症ならぬ「閉国恐怖]と「開国強迫観念」がある。
「開国」すなわち「国を開く」ことは国際化を意味し、無条件に歓迎すべきだ、
という思い込みです。TPP賛成の「開国論」は、しばしば、「TPP反対派は外国に
対していわれなき怯えと恐怖をもっている」といいます。しかし逆にいえば、
「TPP推進の開国論は、国を開かなければ世界からは取り残されるという強迫観念
。・・・(中略) その一大典型が、先ほどの「開国論」を唱える丸山真男を
はじめとする戦後進歩的文化人でした。彼らの主張は、何よりまず、戦後日本を
民主化し近代化する、ということでした。ではどうして彼らはそのような主張が
できたのか。それは民主的な近代市民社会を成立させた先進国の立場に自らを
同一化したからです。その上で、民主主義が根付かない後進国である日本を批判
したわけです。日本人部族の大半は閉鎖的で西洋のような先進世界を知らない。
知らないから、自己中心的で、世界には通用しない自分たちの流儀に得々として
いる、というわけです。いわば「部族社会の原理」で生きている、というのです。
このようにいってしまえば、彼らだけ主義が根付き、個人の自由や人権が保障
され、合理的精神、いわゆる市民社会だとことあるごとに強調しました。
しかし、現実は大きく違います。アメリカには今でも根深い差別意識があり、
ヨーロッパには強烈なエリート主義や隠然たる階級意識があります。
古代ローマやギリシャへの敬意は未だに強く(だから、あの「だらしない」
ギリシャをわざわざEUに入れたのです) ≫
▼ 日本周辺の地勢から考えると、強迫観念を持つのは当然。アメリカと
 ロシアと中国に囲まれた現実世界が存在している。もし、開国してなかったら、
アメリカか中国の一部になっている可能性もある。 戦国から安土の開国は、蒙古
襲来があったため。明治維新は、アメリカの開国要求に対して近代国家樹立が
生きる道であった。終戦はアメリカに敗戦したため。グローバリズムは共産圏が
消滅し、世界各国の壁が低くなったためである。しかし著者はここで、
「開国という強迫観念」があった、と主張する。  −つづく



6052,「老人の壁」 〜読書日記 −3

2017年10月08日(日)

            「老人の壁 :養老孟司 , 南 伸坊 (著) 」
   * 健康診断
 健康診断を国民的行事で行っているのは日本だけのようだが。このお陰で?
世界で1,2番の長寿国になったことも確か。健康保険制度の拡充もあるが…
還暦を過ぎたら、逆に「早いもの勝ち!」の考え方もある。私も、平均健康
年齢をこえつつある。75歳を私の健康寿命とみたてると、あと3年少しになる。
 まだ気持ちだけは若いつもりだが、75歳の後期高齢年齢を超えると、急激
の気も心も衰えるという。 〜その辺りの2人の対話から〜
≪(南)先生は健康診断に行かないんですよね。
(養老)生きません。これはもうはっきりと言ってます。健康診断を受けても
  受けなくとも、平均寿命は変わりないという調査結果がきちんと出ています。
  検査で寿命が分かると言ってますが、神様じゃあるまいし。特に悪いのは
  ガン検診の結果、余命を言う。あと何ヶ月、今、これが段々と下がっている。
  一年と言ったのに、10ヶ月で死なれたら困るので短く言う。
(南)最近はだいたい、ガンじゃなくても「ガンだ」っていう。
  言っておいた方が勝ちなわけ。そうじゃなかったら、「じゃあ、よかった
  じゃないですか」って言える。
(養老)律儀にその通り死ぬ人が多いからね。
(南)日本人は、宣言されたとおりに死んでしまう。
(養老)それを避けるには検診に行かない、病院に行かない、これが一番。≫
―
▼ ジムなどで、「血圧や血糖値がどうだの…」聞えてくるが、第三者の世間話
 に、「それがどうした?」とも言えず…。 「どの道、助かるのは助かるし、
死ぬのは死ぬ」と、10年程前から、長年続けてきた年一回の検診を止めた。
検診では、ガンモドキの腫瘍を「ガン」など未病まで探られて、「とりあえず
薬を出しておきます」の言葉に惑わされてされて、一服盛られてしまう。
薬は続けて飲んでいると毒薬になる代物。 何種類の毒を定期的に何も疑わずに
飲んでいる姿は、何かしら哀れ? 確かに目先は効くのだろうが。その代表例が
抗鬱剤と称した麻薬。短期的には効果があるが、中長期的には薬漬けに… 
WHOのいう健康寿命は、「平均寿命から”日常的・継続的な医療・介護に依存して
生きる期間”を除いた期間」をいう。平均寿命より男性は約9年、女性は約12年
も短い。とすると、男性が70歳、女性が75歳になるが、身近を知る限り、それぞれ
10年は長い。 寝たきりなど介護を受け10年も生きるなら、健康診断を受けず、
手遅れで、サッサと逝くのも良い。が、いざとなると後悔するのが常のようだ。
週に5日、スポーツジムに通い、4日はエアロ・ヨガに参加しているためか、健康
そのものだが、なだらかな衰えは隠せない。あと3年、楽しめるだけ、遊べるだけ、
食べれるだけ、夕映えを味わうしかない。成るほど、人生は一瞬の稲妻と同じ。

・・・・・・
5685,閑話小題 〜高校生に超大物が
2016年10月08日(土)
   * 女子アマチュアに超大物が
 先日、国内で一番メジャーな女子ゴルフ大会をNHKTVで見た。
アマチュアが優勝することは未だかってなかったが、それも17歳のあどけなさ
残る少女が、最後の一打で優勝をした。ゴルフの試合を見ること少ないが、
「もしかしてアマチュアの少女が奇跡的に優勝か?」と、見入ってしまった。
世界ジュニアで二年連続優勝をしており、往年の名選手・中島が指導してきた
というから、決してフロックではない。
 高校野球では2年生の清武が逸材で知られている。柔道、大相撲も、この世代
に将来性ある逸材が揃っている。 早実の清武の1年後輩にも逸材がいる。
その点では、『東京オリンピック』に向けて頼もしい若者が揃っている。
 共通点は親子鷹。幼児からの特殊別教育が絶対必要条件になる。
盲目の天才ピアニストの辻井伸行がピアノを始めたきっかけは、家族が買い
与えたおもちゃのピアノ。1歳〜3歳 の頃、既に曲を弾いているビデオを見た
ことがある。「3つ子の魂」で、その頃から教え込まないと天才にはなれない。 
盲目となると、聴覚と触覚だけで、あれだけの難曲を数知れず記憶するという
のだから驚きである。 「条件=原因」というが、両親の能力と、理解が
あればこそ。
   * ストレス予防のためのトリップ
 昨日は、週一のシネマの日。スパイモノの『ジェイソン・ボーン』を観た。
シリーズものだが、それが面白い。評価は90点。 毎週のため、内容は、場外
を出たと同時に忘れるが、1100円で気楽に別世界に?トリップ出来るのが良い。
前列三分の一辺りの人の少ない席に、独り座り、意識して、映画の世界に入る
ように努めるのがコツ。 何はあれ、その世界にドップリ浸かり楽しむこと。
 31年間、新潟〜長岡間を通勤し、客商売の事業だったこともあり、リタイア
後に何か強力な刺激を入れないと、穴倉の奥に吸込まれそうな恐怖感がある。
<城下町コスプレ世界の「大変な人」に、自ら甘んじてしまう恐怖>である。
その払しょくのために、「毎朝一時間のサイクリングの信濃川・川辺一周」、
「週一のシネマ観劇」、「年一回の旅行」は、私の必要条件でもある。
何がストレス回避? いや、ストレス予防の方が当たっていますか。

・・・・・・
5320,閑話小題 ー曲線コースと直線コース
2015年10月08日(木)

* TPPが合意されたが
 リタイアの身だが、TPP合意のニュースをみて、日本が今までと全く違った
領域に一歩、踏み込んだ妙な感覚になった。保護されてきた産業にとって
大打撃だろう。 日米を中心にした環太平洋経済圏の世界に入ったということ。
敗者はペルーやチリの貧民と同格の生活に入り、勝者は、アメリカの大金持ち
と同格になる。TPP成立は、さらに競争激化を我々に強いてくる。私たちの
世代の時代背景が、奇跡的に恵まれていたのである。貧富の差も、さらに
拡大し、一部勝組の総取りになる。65対35の総中流から10対90、1対99の
総下流時代が、近未来に待っている。
   * 曲線コースと直線コース
 2日続きのノーベル賞が日本人に決定したが、 
一昨日の朝日新聞の「天声人語」が考えさせられる内容だった。
≪「自然は曲線を創り人間は直線を創る」と書き出す随筆が湯川秀樹博士にある。
 丘陵の輪郭から草木まで自然には直線はない。しかし田の区画や人家の屋根や
壁などは、すべて直線を基調としている。人間はなぜ直線を選ぶのか。
日本初のノーベル賞学者の考察は奥深い。 今年のノーベル医学生理学賞に
決まった大村智さん(80)の来し方に、その短文が浮かんだ。
直線コースを歩んだわけではない。定時制で教え、大学院で学び直し、
微生物を探して土にまみれ――いわば曲線の歩みで大輪の花を咲かせた。
「成功した人は、人より倍も3倍も失敗している」はご自身の体験だろう。
とかく誰もが効率のいい直線を歩きたがるが、曲がったり折れたりの
道端にこそ宝がある。教えられるような受賞の笑顔だった。
 冒頭の湯川博士の随筆は「極微の世界」という著書にあって、人間は
曲線的な自然の外貌にひそむ直線的な法則を発見してきたと続く。そして、
さらに奥へと進めば、いっそう深い自然の神髄に触れるのではないかと語る。
その極微の世界の研究で、昨夜は梶田隆章さん(56)の物理学賞が伝えられた。
素粒子のニュートリノに質量があることを証明した業績は、宇宙の成り立ちを
探る分野での重要な一歩だとされる。
 宇宙間の万物を表して「天地人」などという。ビッグバンから138億年、
大宇宙では微の極みの「人」が自然の神髄を求める知的ロマンに、素人ながら
興味と感動は尽きない。さて、3日続きの興奮はあるか。(10月07日 朝刊)≫
▼ 宇宙の果てから降注ぐトリノ(素粒子)は1�僂烹僑毅芦�個。それは、
 地球をも通り抜けていくという。 その発見に世界の科学者は必死だが、
それに質量があることを証明したというから、ノーベル賞に値する。
その素粒子は、我々に住む宇宙からではなく、他宇宙?からのモノなら、
話は、当時のコペルニクスの天動説など比べようがない驚愕に値する説。
質量を持った素粒子とは何かは、私でも時間をかければ理解できるのだろうか。
・・・・・・
2050年の世界 ー17
2014年10月08日(水)
「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                 〜英『エコノミスト』編集部 (著)
   第八章 弱者が強者となる戦争の未来 ーのまとめ
・第二次世界大戦後、戦争による死者の数は劇的に減っている。
 それは冷戦期、米ソの対立によって、戦争が逆に管理されていたから。
・その一方で不確実性は高まった。米英も地上兵力を科学技術力によって
 劇減できると考えたが、9・11を皮切りとする非対称的な戦争では、
 それは誤っていたことがわかった。
・技術の拡散によって、不良国家やテロ組織がアメリカに非対称的な戦争を
 しかけられるだけの力を持ってきている。インターネットを基盤とする
 既成の通信手段と暗号化ソフト、安価な精密誘導ミサイルと迫撃砲、人間が
 持ち運びできる新型の防空兵器、対衛星システム、対艦ミサイル、核弾頭を
 搭載できる高精度長距離弾道ミサイルなどの技術である。
・一方、地域間の紛争の危険も高まり、その紛争の原因は宗教を起点として、
 水やエネルギーなどの資源を実利として行なわれる。
・そうした地域間の紛争で、核兵器の使用の懸念がある。米ソ冷戦期に
 おいては、距離的な緩衝材があったために、核戦争は管理され実際には
 起こらなかったが、国境を接する国々ではそうした抑止の力がない。
・イランは確実に核保有国家になるだろう。米国と同盟関係にあるはずの
 アラブ諸国は、米国を信じておらず、米の核抑止力に頼らず、独自に核を
 持とうとするだろう。サウジアラビアとエジプト、そしてイラク、シリア
 などが核を保有しようとする
・現在英米の戦略は、空母打撃群を中心に、短距離飛行の戦闘機を中心に
 組み立てられているが、そうした戦略に危惧をいだく専門家もいる。
 彼らは、B-52のような長距離爆撃機こそ必要だと考えている。
・無人飛行機などの戦争のロボット化は引き続き進む。
・先進国は、高齢化による財政悪化で、かつてほどは防衛費に国家予算
 を回せなくなる。
▼ そうこう考えると、40年の間で、核戦争が起きない方が不思議で、必ず、
何度か起こるはず。20世紀前半では、1億以上の人が犠牲になったが、一桁上
の人たちの犠牲も有りうること。まだ、国家単位の核攻撃の内容だが、他の
科学兵器を含めた使用もある。狂った猿の兵器が、ますます強大になっていく。
・・・・・・
4213, 閑話小題 ー去年は凄い年だった、で今年は?
2012年10月08日(月)
   * 去年は凄い年だった! で、今年は?
 去年は凄い年だった。東北大震災に原発事故、欧州の債務危機、
北アフリカや中東の革命の連鎖、中国の新幹線の脱線事故、タイの大洪水、
ニュージーランド地震、それと北朝鮮の金正日とアップルのジョブスの死など
など。私自身も30年間たずさわった事業を整理をせざるを得なくなった。 
しかし今年は、シリアが内戦激化したことと、中国と尖閣列島の問題が表面化し
中国国内の日本企業が焼き討ちぐらいで、株価暴落や戦争などの大きな
クラッシュはないが、残る三ヶ月間に問題がしわ寄せされた感がある。
去年に発生した問題は全く解決されたわけでなく目先を押さえ込んで、
ここまで引き延ばしただけ。しかし、ひと月で、中国のトップの交代、
アメリカと韓国の大統領選挙、そして日本の政権交代の可能性もある。
更に欧州危機と、中東もイスラエルによるイラン核施設攻撃の危険がある。
世界中は固唾を飲んで、この三ヶ月間は過ごすことになる。
それと、スマートフォンの普及が、世の中の変化を、より推し進める。
これはパソコン機能が携帯電話に入いり、パソコンがポケットに入って
しまったということ。これで大衆への情報は格段に多くなった。
「今年は、まだ小沢か?また小沢か?の年」とも言われた。党を割り新党を
つくったが、再浮上をするかどうか?常識的にみれば無理だが、どうか? 
   * 多人数兄姉の末っ子として
 家族と、その兄弟の立ち位置で、その性格を大きく左右するようだ。 
母一人子一人なら、非常に強いマザコンに、多人数の一番上の長女なら親分肌
になり、とかある。私は八人兄姉の末子としての 立ち位置に生まれ育った。
下から二番目の直ぐ上の兄は、一番下の私の影になり、その虐めは陰湿。
しかし他の兄姉からは比較的愛されたようだ。しかし、常に多くの視線の中で
緊張を強いられていた。一つ間違えると苛められるからだ。それもあり常に
知らないふりをしながら、その場の状況を読み、必要のないことは見ないふり、
陰口などもっての外。10歳位までの私の武器は、大声で泣くこと。 
大家族のためか、自分の主張や欲を少しでも見せてはならない原則があった。 
大家族の特徴は誰に対しても心が開けない、群れの中の孤独がある。 
両親の職業、教養、兄弟の自分の立ち位置と、時代背景などが、自分を
カタチつくっている。振り返ってみて、生まれ育った国と、時代と、
家庭に恵まれていたと、つくづく実感する。それ以上に面白かった。 
これから、そのツケが帰ってくるか、こないか。
 ・・・・・・・
3848, 料理はメディア
2011年10月08日(土)
           ≪「知的な大人へのヒント」林望 著 より≫
   * 料理はメディア、コミュニケーションのツール         
【 食べるときは考えながら食べる。どうしておいしいんだろう、また、
 こんなにまずいのはどういうわけだろうとかね。それはしかし、自分の中で
考えておけばいいわけで得意がってベラベラ言う必要はない。大切なことは
「よく味わう」こと。それがおいしかったら「うまいなあ、実にうまいなあ」
と言って、おいしそうな表情をして、食べる。この「食べる表現」という
ことが肝要です。 料理はメディアです。コミュニケーションのツールです。
 本来は、主である自分がつくって客たる相手をもてなすというのが食べ物を
メディアとする、コミ二ケーションンのあり方です。昔は、人を招いてご馳走
することを「主(あるじ)もうけ」とも言いました。この言葉はそういう機微
ですね。つまり、主人がつくって客をもてなす、で、実際にそういう場合も
多くある。 そのほかに料理屋に行くという形の「主もうけ」もありますね。
 それは、ほんとは自分でつくってもてなしたいけれど、その技術を持って
いないとか、自分よりずっと上手な人がいるというので、その板前さんに委嘱
して、自分のかわりに料理してもらっているわけです。 それが、料理屋で
もてなすという本来の意味です。つまり、なぜ、この店に招いたかというと、
ここの料理が美味しいので、これをぜひ食べて欲しいのに、全然料理の味
なんかそっちのけで、つまらないゴルフの話ばかりしていられたら、
主がわも、またその代理としての板前さんも、がっかりしてしまうでしょう。
 そういうことを考えてもわかるように、料理というのは、コミュニケーション
のための手段、つまりメディアなんです。プロの料理人は料理に命を賭けて
いる人たちですから、いい板前さんは一生懸命考えて、大変な努力をして、
板長になっていく。そういう人が、多くの知恵を結集して、額に汗して
出してきたものを、知らん顔して食べていては、それは仁義にもとる。
薀蓄など語る必要はないのです。「美味しいな〜」だけでいいんです。】
▼ ファミレス、イタメシなどは、その店の個性があり、それに惹かれて
 客は店に行く。その個性が店のメッセージになる。美味しいものを食べつく
してきたので、それほど美味しいものを食べたい欲求は少ない。それより、
店の醸し出す雰囲気が好きで、それを求めていく。それ自体、既にコミュニケ
が始っている。 隣の席で、私が注文した料理の薀蓄を自分の部下の女性に
得々と話している人がいたが、これほど不愉快なことはなかった。 
家内も私も、美味しい料理の場合は、小さな声で、美味い美味いと自然に言う。
それが、更に美味しくなることを知っているからだ。チョットした店構え
の店で、売りにしているものが美味くないわけがない。ビジネスマンは、
その交渉の前後に食事を共にとる。 食事を通してメッセージが幾重にも
伝わる効果があるからだ。


6051,「ナミヤ雑貨店の奇蹟」 〜シネマ観賞

2017年10月07日(土)

          「ナミヤ雑貨店の奇蹟」 
               監督、「余命1ヶ月の花嫁」の廣木隆一。
   * リボーン
 昨日のテーマ「老人の壁〜‘生まれ変わる快感’」を書いた当日に、呼び
込まれるように、この映画を観ることになった。時空を超えた魂の交流と再生
をテーマにしている。「老人の壁」で(養老が)〈自分が知らなかったところに
行き着けば、自分が変わり、世界が突然、変わってしまう。「それまでのわたし
は、そのことを知らなかった」という発見です。〉というが、まさに、知らない
ことの恐ろしさ、知ることの大切さを暗示している。  評価:90点
  〜HPの解説より〜
【 東野圭吾の同名ベストセラー小説を、「Hey! Say! JUMP」の山田涼介と、
 西田敏行の共演で実写映画化。過去と現在が繋がる不思議な雑貨店を舞台に、
現実に背を向けて生きてきた青年と悩み相談を請け負う雑貨店主の時空を超えた
交流を描く。2012年。養護施設出身の敦也は、幼なじみの翔太や幸平と悪事を
働いて1軒の廃屋に逃げ込む。そこは、かつて町の人々から悩み相談を受けていた
「ナミヤ雑貨店」だった。現在はもう廃業しているはずの店内で一夜を過ごすこと
に決める3人だったが、深夜、シャッターの郵便受けに何かが投げ込まれたことに
気づく。投げ込まれていたのは1980年に書かれた悩み相談の手紙で、敦也たちは
戸惑いながらも、当時の店主・浪矢雄治に代わって返事を書くことに。やがて、
この雑貨店と浪矢の意外な秘密が明らかになり……。 】
  〜ネット検索による‘あらすじ’
【  第一章 回答は牛乳箱に
 コソ泥をして逃亡中の敦也・翔太・幸平は突然盗んだ車が動かなくなり、仕方
なく以前翔太が見つけた廃屋「ナミヤ雑貨店」に逃込み夜が明けるのを待つことに。
三人が店を物色していると、突然シャッターにある郵便口に手紙が投げ込まれる。
手紙を開けるとそこには、月のウサギと名乗る者からの悩み相談が書かれていた。
店に残っていた雑誌によると、ナミヤ雑貨店はかつて店主が投函された相談に一生
懸命答えてくれる事で有名だった。敦也は放っておこうというが、翔太と幸平は
こんな機会でないと人の相談に乗れないと返事を書く事を決意する。
   第二章 夜更けにハーモニカを
ミュージシャンを目指す克郎は、慰問演奏で児童養護施設「丸光園」を訪れた。
子供達は演奏を楽しく聞いてくれていたが、その中に一人だけ克郎を見ようと
しない女の子が居た。克郎はその子を喜ばそうと様々な曲を演奏するが、全く
効果はなかった。音楽に興味がないんだと諦め演奏会の終わりに必ず演奏する自分
のオリジナル曲を演奏すると突然女の子は興味を示し、克郎に話しかけてきた。
   第三章 シビックで朝まで
 ―以下、カット  】
―
▼ たて続けに二人の義兄が亡くなったが、6人きょうだいの半数、3人の連れ
合いになる。この年齢になると、70年のスパンの広がりの人生は、それぞれ
広く深い。人生の悩みに、正しい答えなどあろう筈はないが、それでも、助言は
当人にとって大きな助けになる。 少しネタばらしになるが、3人が悪事を働いた
女実業家が何と30年前の相談者。迷う当人に、「バブルと、バブル崩壊、IT化
の潮流を教え、その知識が成功に導く」という、何とも奇抜な設定。
 昨日のテーマ日記と映画の「クロス」は私に何を暗示しているのか? 
< 知ることで、自分の壁を乗越えて、世界を広げ続けるべし!
 世界は広く、深い!無知は罪である> 人は原罪を背負って生きている。

・・・・・・
5684,閑話小題 〜 第四人称について
2016年10月07日(金)
           <「20歳からの人生の考え方」外山滋比古著>
  * 第四人称とは何ぞや
 この本の目次で、「第四人称」という言葉があった。〜その意味とは〜
< 通りを歩いている人が、よその家のケンカをしているのを見たとする。
 実際には犬も喰わないケンカであったりするが、通行人には、わけもなく、
気が惹かれる。家のなかにいるのは、第一人称、第二人称、そこにいない
のが第三人称。通りすがりの人はその第三人称に入らないことに気づいて、
第四人称の範疇をつくった。第一から第三までの人称の世界で起こっている
ことは、局外の第四人称ではまったく別の受け取り方をされる。
当事者が面白くないことも、第四人称の人にとっては、面白く、見える。
その人にそなわっている感性である。p164 >
 〜アマゾンの評論に簡潔に以下の説明があった。
<著者が定義づける「第四人称」は、小説の作者ではなく、また作者の想定
した読者でもない、作者作品読者といったコンテクスト(文脈、状況、背景)
の外にいる”アウトサイダー”。要するに、作品世界の作者を第一人称、
それを読む読者の立場が第三人称、そして≪翻訳≫の立場にある者が第四人称
といったところ。
 傍観者の視点を第4人称と定義し、多種多様な状況に置いて第4人称の果たす
役割を考察している。傍観者であることの効果、傍観者がいることの効果という
切り口で様々な物事を読み解く視点が面白い。>
▼ 40,50歳代に、年2回の割合で、異秘境を中心にしたツアーに参加して
 きた。30,40,50回と、数を重ねるうちに、成田に向かう電車に乗ると、
「ああ、戻ってきた!」という気持ちになる。その先々での非日常の視点が、
旅行の度に、広がっていき、「第4人称」としての自分が確立したような。
それぞれの旅が数珠のように繋がり、別世界を拡大していく感覚になる。
そこは、日本での日常とは全く違った別世界。この良さは、普段、目を
瞑って、思い起こせば、何時でも入っていけること。
 オリンピック個人総合優勝を持つ内村航平選手が、インタビューで、
<自分の脳内に、『小さな自己』がいて、そこから競技の指示をする。>
と語っていたが、これは何人称? 
・・・・・・
5319,不平等を歴史に学ぶ 〜��
2015年10月07日(水)
      【『21世紀の資本』トマ・ピケティ を私はこう読んだ 特集】
     〜‘不平等を歴史に学ぶ’柴山桂太著(新潮45・2015年3月号)
 * アメリカの格差拡大と、そもそも「“資本”とは何か」
 「アメリカの千分の一世帯が、九割の世帯とほぼ同じ資産を持つ!」という。 
情報化によるグローバル化は、その格差を更に大きくする。TPPで、世界の
GDP40%の環太平洋の経済圏が出来ることになった。関税の垣根が低く
なることは、競争の激化は、アメリカ並みの格差の拡大を意味する。 
 恐ろしいが、この流れは止めようがない。 〜その辺りから
≪ アメリカは、先進国でも別格に富の集中が進んでいる。
 上位1%の所得が国民所得全体に占める割合(所謂“1%占有率”)は、
1986年には9%だったが、2012年には19%にまで増えている。小さい数字に
見えるかもしれないが、日本(2010年の段階で9.5%)やフランス(8%)
と比べるとこの数字は際立っている。資産格差のほうはもっと深刻だ。
『エコノミスト』誌の記事によると、アメリカの上位0.1%に当たる16万世帯
の資産総額は、下位90%の1億5000万世帯の資産総額にほぼ匹敵するという。
『21世紀の資本』は、所得や資産の上位層への集中を示すデータ
(“1%占有率”や“10%占有率”)を用いて、それがなぜ生じたのかを
歴史的・理論的に明らかにする本である。今までのところ、富の集中は
アメリカで顕著に表れているが、本書の議論に従うなら、これはアメリカ
社会に固有の現象ではない。先進国なら今後どこでも生じるだろうと予測。
 今現在、日本ではアメリカほど極端な富の集中は起きていない。
“1%占有率”は1980年代(7%台)から現在(9.5%)までそれほど変わって
いない。だからこれまで日本の格差論争では、富裕層とそれ以外の不平等は
それほど重要視されていなかった。ところが、ピケティ氏らが整備した
『世界高所得データベース』を見ると、上位10%の占有率は日本でも上昇中で
あることがわかる。2010年には40%と、先進国でもアメリカ(48%)に次いで
大きい。因みに、日本の上位10%の平均所得は約900万円である。
日本ではアメリカのような大金持ちは少ないが、“小金持ち”の割合は
着実に増えている。“1%vs99%”の対立はまだ起きていないとしても、
“10%vs90%”の対立なら日本でも既に始まっているのだ。ピケティ氏は
複数のインタビューで、「日本も遠からず上位層への富の集中が激しくなる」
と警告している。では、なぜ富の集中が起きるのか。そこにはどんな
メカニズムがあるのか。 『21世紀の資本』の内容を確認しておこう。
 格差や不平等の説明には、これまで様々な説が存在した。工業化の初期段階
で起きるとする説(クズネッツ仮説)はよく知られているが、それ以外にも
最近では、IT等の新技術の登場に適応した高技能労働者の賃金が上昇している
とする説(賃金プレミアム仮説)や、労働節約型の技術進歩が失業や低賃金を
生んでいるとする説(“機械との競争”仮説)、また金融の規制緩和等政治
と一部の利害団体の結託が不当な利益を生んでいるとする説(政治原因説)等、
様々である。だが、どの仮説も実証的な見地からの反論が多く、決定打に
欠けていた。他方、『21世紀の資本』でピケティ氏が提唱するのはもっと
シンプルな仮説だ。タイトルにもあるように、「“資本”が不平等の
歴史的な推移を説明する有力な変数となる」というものだからである。
「“資本”とは何か」というのは経済学における大問題だが、ピケティ氏は
これをあっさりと「人間以外の資産として所有できて、何らかの市場で取り
引きできるものの総和」と定義している。具体的には、工場等の物的設備・
不動産や住宅・株や債券等の金融資産がそれに当たる。日常的に用いられて
いる用語では、資産とほぼ同じ意味と考えて良い。資産を持つ者が持たない者
に比べて多くの収入を得るのは自明だ。労働による所得に加えて、利子や
配当等資産から発生する収益も得られるからである。・・・ ≫
▼“10%vs90%”の対立は、既に起こっているのは実感する。それが、端的に
 現れ出るのが、現役勝組と、資産を持たないリタイア負組の格差である。
その勝組も、準備不全だと、直ぐに下流老人の仲間入りになる。 水面下で
世界恐慌に入った現在、株価の大暴落を切欠に、我々を直撃する。
他人事ではない。現に私はリーマンショックで、事業清算をしている。
・・・・・・
2050年の世界 ー16  
2014年10月07日(火)
    「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                   〜英『エコノミスト』編集部 (著)
    第九章 おぼつかない自由の足取り ーのまとめ
・民主主義は、先進国と自由主義国で後退し、後進国と独裁国で前進する。
・中国は、一党独裁国家ならではの脆弱性に直面しなければならないだろう。
 インドは、複数政党制ならではの欠点と挫折に苦しめられるだろう。
・一党独裁の政治体制のもとでは、民主主義という言葉は、人々がウェブ
 などを使って反政府活動をする共通のキャッチフレーズになりうる。
・逆にある程度の民主主義が保証されている国では、複数政党制のなか、
 ロビイストの暗躍や、圧力団体と官僚、政治家との癒着腐敗、政府の巧妙な
 マスコミ操作など、民主主義ゆえの欠点が見えやすくなっている。
・前者を中国、後者をインドに当てはめればわかりやすい。中国では民主主義が
 前進し、逆にインドは、複数政党制ゆえの混乱で民主主義は苦しむことになる。
・民主主義のアキレス腱は二つある。ひとつば金で、ひとつは選挙に対ずる
 さまざまな形のバイアスのかかり方である。
・第一のアキレス腱は、企業や企業の圧力団体が、政治家に献金をし、
 規制当局に圧力をかけるということだ。
・第二のアキレス腱は、民意がマスコミ、等を通じて操作されやすいこと。
 ウェーブの力はそうは言っても限定的で、マスコミはさまざまな形で
 情報操作を受けている。
・こうした民主主義の脆弱性を補う一手段として、法の支配の貫徹がある。
・さらに他人のことを思いやる「公共心」が、この民主主義の欠陥を補う。
・しかし、二〇五〇年までに、すべてを効率と個人の利益に換算して考える
 「経済第一主義」とこの「公共心」が大きな対立事項となり、民主主義を
 揺るがしていくことになる。
▼ 民主主義が果たしてネット社会でベストの政治体制だろうか?という疑問
 が出てくる。ある意味で、法による絶対的な支配も必要になる。特に、この
変動期において考えなければならない問題。世界は、ある一握りの権力者で
支配されているという。実際のところ、そうだろう。自由、平等、博愛が、
民主主義の前提にある。しかしグローバル化には、その前提を受け入れない
世界が無数に存在している。それらが距離の壁が取り払われ、一緒になれば、
そこに争いが出てくるのは当然のこと。自由にも色いろある。しかし、
そこには自ずから、制限があるが、その制限が違うから問題が多く派生する。
それが世界を混乱に陥れることになる。
・・・・・・
4212, 閑話小題 ー旅行仲間の便り
2012年10月07日(日)
   * 旅行仲間から便り
 先日、7年前に北イタリアのツアーで一緒した神戸の夫妻からアイスランド
のビデオ(DVD)が送られてきた。ご主人は元NHKのカメラマン。リタイア後に、
ご夫婦で世界各国を旅行している。当時、私たちがアイスランドに行った
直後で、「そこを勧められたことを思い出して送ることにした」と、手紙に
添えてあった。その直後に手紙で、イングランド南部のツアーに誘われたが、
既にギリシャに決めていたこともあり、次の機会にと、お断りをさせて
もらったいきさつがあった。それもあり、その次の旅行先にイギリス一周
コースを選んだが、ウェールズなど片田舎は何ともいえない歴史の深さの趣き
があり、「あのツアーも良かったはず」と思ったもの。 ビデオは、ご主人が
元プロでカメラ視線が決まっており、奥さんがナレーターをした本格的な内容で。
羨ましい趣味である。ご夫婦は旅行先は欧州が中心だったようだ。
ツアーのキャリア組みには、価値共有の仲間意識が出来ている。自慢するで
なく、互いの行ったところを披瀝し、情報交換の楽しみが共有できる。
イスラエル、パタゴニアも、新羅ウィグル地区からカラコルム・ハイウェーを
抜けアフガン国境のツアーなど、現に行ってきた人の「生の話」を聞いたから
こそ行けたもの。財産として、金か、土地として残すか、「こと=行蔵」として
残すか、その人の考え方による。私は、感動、感激を求める「こと」の方を
選択してきたが、それで良かったと思っている。秘境ツアーなど贅沢の極みだが、
本気になり探すと信じられないほど格安で、内容のあるツアーは幾らでもある。
また、それを探すのが面白く楽しい。現在、隔日ごとに、行った先の世界の旅
番組を見ているが、それぞれの旅行の延長を、そのまましている気持ちになれる。
ツアーとしても、それぞれの旅は、帰ってきてからも続いている。
先も短いこともあり、来年から年一度の旅行を再開したいが、
世相が悪くなる中、いざとなると迷いが出るだろうが?
 ・・・・・
3847, 創造的破壊
2011年10月07日(金)
「創造と破壊」について考えてみる。何か新しいものが創造される時に、
古いものの破壊が、そこにある。新しく創造されたものも、時間と共に古くなり
破壊される運命にある。破壊をマイナスだけで捉えるのではなく、創造のベース
として捉えることが創造的破壊である。 人生での挫折は、新しい自己へ生まれ
かわるための破壊になる。但し、それを糧に生まれ変わった場合だが。 
社会的な立場だけでなく、内面も重ねての人生の再生である。破滅の際だから
こそ変われる。順調に来た人ほど後半になっての挫折は、心に大きい重石となる。
しかし挫折は人生の節目をつくる機会でもある。竹の節は、これがあるから
大風の時に折れない機能として全体のシナヤカさのバネになる。
予定挫折のいう言葉もあるとおり、人生で無くてはならない節目は必要のこと。 
半年前の挫折?で、比較的平然でいられるのは、人生の前半に、多くの節目が
あったためである。 節目時は耐えるしかない。 しかし挫折経験こそ人生を
充実させてくれる。 どちらにしても人生に挫折の2や3つはつきもの。  
創造というと、まず「創造的破壊」が浮かんでくる。 ネットで調べると、
【 創造的破壊とは、オーストリアの経済学者シュンペーターによって
 唱えられた考え方で、非効率な古いものは効率的な新しいものによって駆逐
されていくことで経済発展するという考え方であり、その新陳代謝のプロセスを
そう呼んだ。不況は創造的破壊に必要であり、政府による介入はこれを妨げる
ものとして否定した。 現在ではこれを読み替えて、 企業活動の中で古いもの
を打破し全く新しいものを生み出す行動、という意味合いで使われることが多い。
 ドラッカーは、これに近い意味として体系的廃棄という言葉で述べているが、
組織でも何でも発展にはイノベーションが不可欠。「脱皮できない蛇 は死ぬ」
も、脱皮しおえた蛇はまたその外皮が支えられる体型までは急速に成長するが、
そこまでいくと、退化が始ってくるという意味。 創造と破壊は、対をなして
いるといってよい。・・・ 】
▼ デジタル化、ネット化は、この創造的破壊を加速する。
 情報化とグローバル化は、NO1以外のものを即座に駆逐するため、
創造利益を得るのが一部に限られる。しかし効率性からみて、最良のものが
生き残るシステムも決して否定できない。現在の世界の政治、経済の大混乱も、
ネット世界が現実世界とは別に出来、上位にたってしまった結果生じている
創造的破壊。この中で生き抜くことは至難の技。 全ての技がデジタル化し、
合理化を促すからだ。「面白こわい時代」である。 今回の私の挫折を
創造的破壊とすると、如何いうことか?考えるほど、人生の際(きわ)
が見えてくる!次の段階に踏み込め!ということ?     


6050,「老人の壁」 〜読書日記 −2

2017年10月06日(金)

            「老人の壁 :養老孟司 , 南 伸坊 (著) 」
   * 生まれ変わる快感!
 人生とは、「生まれ変わる快感」が突き動かしている、といく切口で振り返え
みると、納得する。
・21歳の7月の30日の欧州旅行で、の固定観念の壁が崩れてしまった。
「世界は広く、深い」という実感。あの時に、生まれ変わっていた。
・翌年、武澤ゼミで、現象の中にある真理を科学的に解明する訓練を一年間させ
 られた。いま流行りのオープンハウスに近い25人の寮生活。他者の私生活と
 内面そのままが現われ出る中での、互いの葛藤の経験も生まれ代わりの一つ。
・それから51回の秘異郷を中心とした旅行も、その都度、「生まれ変わって
 帰ってきた」。ロッキー山脈を遠望して、「何、これ! ここは地球?
 これを見ないで死ぬと死なないとは天と地の差。それにしても!」と…  
 40、50歳代に、このような感動を数多く出来たのは、「生まれ変わる快感」
 の味を知ったため。このブログの記述と公開も、日々、生まれ変わるため。
  〜その辺りから抜粋〜
≪(南)真面目な人は、お手本通りにやろうとする、そうするとうまくいかない
  ことがストレスになったりする。いわゆる評価じゃないものが見えてくれば、
  やっている途中も、やっていること自体が楽しい。そういう、自分が楽しむ
  方向を見つけられればいいですね。
(養老)自分が知らなかったところに行き着けば、自分が変わり、世界が突然、
  変わってしまう。「それまでのわたしは、そのことを知らなかった」という
  発見です。世界は広くて、そんなことはたくさんある。それを覚えると、
  年を取らない。だってそうでしょ? しょっちゅう生れ変わってんだもの。
(南)世間で言われる正解というものがあると思うから、つい後ろの解答ページ
  をみてしまう。それをやると、もう楽しくなくなる。僕は「わかった嬉しい」
  と思っていたけど、今までと違う人になることが嬉しいんですね。
(養老)虫なんかしょっつう見ていると「ええ?こんなふうになっているよ!」
  と仰天する。病みつきになって、やめられない。1人でいて、ほっておかれ
  ても何も気にならない。 …
(養老)本当は、勉強や学問ってそういうもので、自分が知らなかったことに、
  気づくという、それだけでなんです。そういう楽しみを持たない人が増えた
  としたら気の毒ですよね。今の親や教師に真面目な人が多いから、その快感
  を教えられる人が少ないんじゃないですか。
(南)それまでちゃんとした答えだけでやってきた人が先生になってしまうと、
  それは教えられないですね。正しい答えじゃなくて、わかった!ってときの
  快感ですもんね。
(養老)案外、古典なんかにちゃんとあって、ゲーテも「死んで生まれ変われ」
  などと書いています。前の自分がいなくなって、新しい自分になるという
  ことです。確かに近代生活の中できちんと生きていたら、そういう楽しみは
  妨害される可能性がかなりたかまる。学んだり発見する喜びは内面にあって
  他者の評価によらないし、それが人を若々しくしたり幸福にするというのは、
  当り前のことなんでしょうけど。 ≫
―
▼ 書き続けていると、そして、同月同時の過去文を読返していると、当時の
 己と、現在、読返し、時間をおいた自己対話が「自分」ということに気付く
ことになる。そこに年々、生まれ変わっている「自分」が見て取れる。知らない
人からみたら、今でも内面は激しく変わっているのだから、「大変な人」だが、
それが至極当然のこと。穴倉も、岩場の外の、内海も、外海も、大して変わりは
しないとはいえ… 少々、危険でも、外海も出ればこそ、何らしか、想像を
絶した世界が広がっている。 

・・・・・・
5683, 豊洲市場とオリンピック問題の共通項とは
2016年10月06日(木)
   * 豊洲市場とオリンピック工事の陰から見え隠れするのは
 豊洲市場の設計事務所の交代と、盛り土をせず空洞を設けた変更に、
ゼネコン・シンジケートの策謀を感じとったのは、私だけではないはず。
それに東京オリンピックが当初見積もりの4倍に増加というから、空いた
口が閉まらない。ゼネコンと、都庁職員と、政治家が、阿吽の呼吸で仕掛けた
構造汚職の一端と思われる現象である。 これは設計変更が誰の利益になるか
をみれば自明のこと。これが全国各地の公共工事で横行していると推察される。
  〜ネット検索で「盛り土問題」で調べた結果、明確な内容があった。
<(Q)・移転の延期や盛り土の問題が出た経緯は?
(A)・築地市場の豊洲市場への移転は、当初11月7日に予定されていました。
 小池知事は、市場の敷地内の水質調査の結果が出ていないことなどを理由に、
「安全性の確認を最優先に行う必要がある」として、先月31日、移転の延期
を表明しました。そのうえで、水質調査の結果が出る来年1月以降、改めて
移転時期を判断することにしていたさなかに、盛り土が敷地全体では行われて
いなかったことが発覚した。 それまで東京都は、およそ40ヘクタールある
豊洲市場の敷地全体で行われたと説明していました。地下2メートルまでの土壌
をすべて取り除いたうえで、きれいな土で埋め戻し、さらに盛り土を重ねること
で高さ4.5メートルの、きれいな土の層を造成したとしていたんです。
ところが、実際には建物の地下は盛り土をせず、空洞を設けていました。
安全対策の要といえる盛り土がなかった、都民・国民に安全性をアピールする
ため行ってきた説明が事実と違っていた。このことから特に、万全な対策を
信じて移転を決めた市場関係者は裏切られた思いを強めています。
(Q)・なぜ専門家会議の提言に反して、盛り土が行われなかったのですか?
(A)東京都の調査によりますと、土壌汚染対策を担当した都の技術系の職員
たちは、「今後、豊洲市場で新たに土壌汚染が確認された場合、重機などを入れ
対策をとるためのスペースを確保する必要がある」などとして、建物の地下には
盛り土をせずに空洞を設けたと説明しているということです。
(Q)・なぜ盛り土がないと問題なんですか?
(A)・絶対に盛り土がないと問題というわけではありません。
土壌汚染対策法の運用指針では、汚染された土壌は厚さ10センチを超える
コンクリートで覆うことを基準として定めています。豊洲市場の場合、それぞれ
建物の1階の床は厚さ35センチほどのコンクリートで覆われています。
このため東京都は対策自体は行われていると説明しています。対策のしかたには、
さまざまな方法があるというわけです。・・・ >
▼ ゼネコンに有利な?設計変更が、近代国家の首都で堂々と行われていた
 とは驚き? 前の二代の知事だったら、表立たなかった可能性が強いし、
今回の知事選で他の知事だったら、同じだろう。とすると、内部告発が多く
リークされて当然。構造汚職で政財界が根こそぎ大混乱が起きる可能性がある。
ブラジルと何か似ている。 だから、首相が早期解散論をチラツカセ始めた。
アベノミックスの象徴が『東京オリンピック』。それは、公明正大に構造汚職が
罷り通る世界である。 国家破綻への下り坂とは、こういうもの? 
 太平洋戦争は、とっくに終わったのに、復活景気が終わったのに、復活に
従事した政治家の二代目が、親のコピー政策を繰返すしか策がないとは! 

・・・・・・
5318, そもそも教養とは何だろう
2015年10月06日(火)
            〜『世界の哲学・思想』小須賀健著より
  * もっともっと本を読んでおけば良かった
 学生時代の卒業まじかに、「もっと読書量をこなしておくべきだった!」と
気づいたが時が既に遅し、ノイローゼ気味になり留年さえ考えた。しかし、
まず一度社会に出てから考えることにし、その代わり、一日2〜3時間の読書を
自分に課すと決心、それが現在まで40数年続いている。それが学生時代の一番
の収穫だった。 今から振返って、学生時代の砂場には数知れない経験が
詰まっていた。 〜哲学入門的な本の冒頭に以下の内容があった〜
≪ なぜ私たちは、一人前の大人になってから「もう少しまじめに学校の勉強
 をやっておけばよかった…」と反省したりするのでしょうか。 じっさいに
学校にいたときには、「こんな勉強がなんの役に立つのかさっぱりわからず、
まじめにやる気になどなれなかった」という人が(私も含め)ほとんどでしょう。
 では、大人になってから、もう少しまじめにやっておけばと反省するのは、
社会に出て勉強の必要性が身にしみてわかったからなのでしょうか。
どうもそのようには思えません。どんな職業であれ、「自分の仕事に学校の
勉強が役立った」と確信した、などという話はあまり聞いたことがありません。
義務教育で学ぶ勉強が実社会で役に立つはずだ、という思いこみがまったく
幻想であることは、みんな分かっています。社会で要求されるのは、効率よく
仕事をこなすこと、あるいは無駄なく目の前の課題を片づけていくこと。
こうした日々を送っていると、逆に学校時代における学習という行為が、
そのような効率や目的から自由であったことが理解できるはずです。
 古代ギリシアの人々は、人口の二倍にもおよぶ奴隷に基本的な生産労働を
行なわせることで、少なからぬ時間的余裕を謳歌していました。
ただ、彼らはこの余暇の時間を、漫然と過ごしていたわけではありません。
こうした時間を使って、自分を磨く、あるいは教養を高めるといった活動に
励んでいたのです。この「余暇」をギリシア語で「スコレー」といいますが、
この語が英語のスクールの語源であることはなかなか示唆的です。
 おそらく、もともと学ぶという行為は、生産性とか利便性といった功利目的
からは隔絶されたものだったのです。今私たちが、学校時代を振りかえって
ちゃんとやっておけばよかったのにと後悔を覚えるとき、そこでイメージされて
いる勉強もおそらくそのようなもの、つまり功利性とは無縁に過ごせた時間
への郷愁なのではないでしょうか。
 しかし、じつさいの学校における教育はどうでしょう。学校は、社会とは
区別される領域でありながらも、社会への通路でもあるために、社会一般の
価値観がその中に侵入してしまいます。そのため勉強するのはいい大学に入る
ため、あるいは楽な人生を送るためといった功利的な発想がすでに蔓延して
います。私たちが外から夢想するほど、学校での勉強はうらやましいものでは
ありません。たぶん学生のころにもっとちゃんとしていればよかったと振り
かえって後悔する人は、仮に今それが可能になったとしても、同じことを
繰りかえして漫然とときを過ごすだけでしょう。そのときにできなかった人は
今もできないままなのです。それなら振りかえるのはやめて、今からしたい
ように勉強すればいいのです。逆に後悔しても、そのときは勉強できるような
余裕も環境ももてなかったという人もおられるでしょう。そういった人たちも
含めて、何かの役に立つとか、なにかのためにやるとかといった一切の功利性
から離れて、学問(ここでは哲学に限定ざれますが)と向きあってみたいと
思われる方に、すこしでも参考になればと思って書いたのが、この本です。≫
▼ リタイア後から、私レベルだが、読書の質が少しだがアップした感がする。
 学生時代に読んだ本で、社会に出てから自分を支えてくれたのは、効率とか、
創造工学とかいう内容のものより、何かに迷い、吹っ切るために、孫子や、
諸子百家、聖書、仏教書、漱石、鴎外、川端全集などが、面白く没頭して
読んだ本だった。 確かに、ドラッガーの『集中、得手に帆を張れ、内部より
市場に焦点を!』などの知識も、役にたったが・・ で、このザマ。 
 何にも社会経験のない純真なまっさらな時節に、何も捉われることなく
読んだ本こそ、独り彷徨う中で、強い指標になっていた。「逆境に根を、
順境に枝を張れ」というが、その栄養分の元は実体験と培った知識である。
人生の晩秋に枝の葉は枯れても、枝として残る。この年齢で、たわわな
葉っぱを求め、枝を張ることしか知らない人を無知の人という。 
要するに、あのケモノの臭いの強い『世間人』。
・・・・・・
2050年の世界 ー15  
2014年10月06日(月)
「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                 〜英『エコノミスト』編集部 (著)
   第十章 高齢化社会による国家財政の悪化をどうするか ーのまとめ
・世界的な高齢化によって、年金と健康医療費の増大は、国家財政にとって
 大きな負担になる。
・社会保障費の増大は、防衛費や教育費など国家にとって欠くべからざる
 分野の予算を圧迫してきている。
・先進国のみならず、新興国もインドを除いては、社会保障費の増大に
 ともなう国家財政の悪化の懸念がある。
・しかし、そうした国家財政の悪化は、改革によって防ぐことができるもの。
・年金については、雇用期間の延長、あるいは、富裕層には選択的に
 支払わないなどの措置がすでにとられつつある。
・健康医療費については、オランダのように、貧困層や弱者には、政府が
 援助をし、そうではない部分で、民間の医療保険に市場を開放するなど
 して、費用削減の効果をすでにあげている。
・ベビーブーム世代の年金の受取額は一人ひとりは大幅に減ることになる。
 しかし、それで、一回きりの費用増大のショックをやわらげることが可能。
・開発途上国では、将来の高齢化を見こして余裕のあるうちに、年金の賦課
 方式から積立方式への転換が比較的容易に行なわれるだろうし、そうした
 措置をした国家は、将来に備えることができる。
・政府借入金の急増の余地を残すために債務を低く保つ、戦略的な財政備蓄の
 確保の必要性がある。未来の国庫は、例えば気候変動に伴う極端な気象現象
 による災害に備えての自然災害税など、多数の財源を持つことを要求される。
▼ この問題が、日本の将来の最大のネックになる。富裕層と、有能な若者は、
 日本を見限り移住するだろう。問題は、少子化と高齢化である。そして、
一部の富裕層が富を独占する歪な社会が、世の中を不安定化する。40年でなく、
あと10年もしないうちに、国家財政の破綻と、非常事態宣言が行われる
ことになる。それが、数年先かも知れないのである。
・・・・・・
 4211, 異郷日記 ーアフリカの不思議の力
2012年10月06日(土)
  * ライオンの魂       「異郷日記」西江雅之著
 アフリカ、アメリカ、中国、東南アジアに住んでいた頃の逸話は、生々しく
惹きつけられるものばかり。アフリカでは、今でも魔術が信じられている
ところが多いというが、芯から信じれば、それは現実。ー以下も、その一つー
≪ 不思議な力を持つものには、以前に出会ったことがある。東アフリカで
 生活をしていた頃のこと。村人の話によると、雄のライオンのなかには、
死ぬ瞬間に自分の魂を勢いよく口から吐き出すものがいるという。普通の
姿勢を保っている状態では、ライオンの口は下を向いている。死ぬ瞬間に
吐き出される魂は、地中深く埋まってしまい、人の目に触れるしとはない。
ある猟師はライオンに出くわしてしまって正面から撃った。その瞬間に
ライオンも自らの魂を吐出した。その魂が飛ぶスピードは弾丸並みであった。
そこで、猟師とライオンは相討ちとなり両方とも死んでしまった。
まことしやかに話すというのではない。本気で語っているのである。
東アフリカの多くの地域では、ライオンの魂は貴重品である。
それを家に置いておいたり、携帯していたりすれば、戦争に行っても
弾には当たらない、旅に出ても強盗に襲われない、病魔も近づかない・・
などなど、如何なる災害からも身を護ってくれると信じられている。
ある時、わたしはそのライオンの魂なるものを村人から手に入れた。
直径三インチほどの毛玉のようなものである。わたしの目には、それは
どうやらライオンが食べた動物のうぶ毛が腸のなかで結石のようになった
もののように見えた。とにかくそれを持って町に帰り、嬉しくなって
近所の人にそのことを話したら、なんということか、その後の何日か、
わたしの部屋は狙われ続けて、すベての害から身を護れるはずのものを
手に入れた途端に、それまでは一度もなかった害の恐しさを経験する
ことになったのだ。ライオンの魂は、それほど素晴らしく、安全を求める
人心を惑わすほどどのものなのだと、わたしは納得した。 ≫
▼ 「所有すると、その家に不幸があると言われる高村光雲の像を一時期、
 購入して所有したことがあったが、何故か不幸が続いて気持ちが悪くなり、
売ったことがある・・云々」という逸話を父から聞いた話が妙に記憶に
残っている。私の高校の知人が写真家をしているが、仏像の写真集で写真を
撮っているときに不思議なことの連続だったという話も聞いた。
それと、このライオンの魂の話は少し違うが、こういう話を聞いて信じるか、
信じないかだけである。現在、「神は妄想である」という遺伝学者の本を
読んでいるが、これが面白い! 裸の王様の一神教の信者の愚かさ、
信じる者は救われるか! 逆か?
・・・・・・
3846,‘よい写真を撮る’コツは ?
2011年10月06日(木)
 海外旅行など、つまらない写真を見せつけられて困った経験は誰もある。
それは撮るほうも撮られるほうも構えるからである。私もスナップ写真を中心
に多くの写真を撮り続けてきたが、少しは真っ当な写真が撮れるようになった
のが、デジカメで写し始めてからである。 デジカメはコストを考えないで
済むので、気分に沿ってドンドン撮り、後で気に入ったものを選べばよい。
 観光地などの写真は、幾らでもネットや絵葉書で入手が可能。そこには、
自分が撮ったという現場感覚が入ってなくては面白くない。写すというより、
その場の雰囲気に従って対象から逆に「自分の一番良いところを撮ってくれ」
と、指示された目線で撮るとよい。その為には対象の景色に、まず感動し、
その感動をカメラに収める気持ちが必要である。また小さな花をアップにし、
その背景として撮りたい景色を背景にすれば、大小のコンストラストが現場
の空気を際立たせてくれる。 人物を撮るときに、「撮りますよ」と自分から
構えては良い写真は撮れない。後姿やリラックスの自然体の姿を撮るのが原則。 
その為に、その人の表情が出てくるタイミングを待たなければならない。
だからハイ(雰囲気に酔った)の状態で、その場を撮ると比較的良いのが撮れる。
それは、その場に自分が溶け込んでいるためである。篠山紀信や荒木経惟の
女性などの撮影現場をTVでみたが、徹底的に相手をリラックスさせ、
その個性が湧き出るまで待っている。 その為には、まず撮影していること
自体を忘れさせてしまう。動物も人間も見られると緊張する生き物。 
電信柱にとまっているカラスをジッと見つめると、緊張の反応を示す。
人間も同じでカメラなど構えれば、緊張するなという方が無理。そこで、
撮影を忘れさせ、何気なくカメラを向けると良い。今まで、デジカメは
少しは使いこなせたが、一眼レフを使いこなせたことはない。どうしても、
構えて良い写真を撮ろうと、構図の選択に構えが出てしまうからである。 
対象の真善美を、リラックスした自然状態で、純心に同化することが理想。
その為には、やはり場数と、基本的原則を知っていなければならない。
何ごとも同じ。スナップ写真こそ難しい。 文章も同じことになる。

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