堀井On-Line



5966,人生楽しいかい? −5

2017年07月16日(日)

        <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著>
   【指令10】動き続ける
  【指令11】力む
 【指令12】成功体験を忘れる
【指令13】相手を観察する
   
   * 【指令10】動き続ける
 〜姿勢を保ち、呼吸をし、リラックスをする。それができてはじめて、
 冷静に『いま、何が起きているのか』を把握できる。
もっとも平常心を保つことが出来た人間が、もっとも正確に状況を把握し、
もっとも早く危機の訪れに気付くことができる。
 動き続けること。未来の門は、動き続ける人間にのみ開かれる。
「呼吸、リラックス、姿勢、動き続ける。これが、システマの「4原則」。

   * 【指令11】力む
 〜「力む」のは、より深くリラックスをして、回復するため。
「ヨガ」が、「呼吸、リラックス、姿勢、静かに動き続ける」そのもの。
「力」は、抜くことより、入れる方が遥かに楽。
「深くリラックスしたければ、まず深く力むことだ」。

   * 【指令12】成功体験を忘れる
 〜神様が微笑みかけてくるのは、変化を恐れず、動き続けるものだけ。
高度成長時代の成功体験の足枷から抜出せない結果が、私の失敗原因。
耳が痛い。頭では、応仁の乱、明治維新、太平洋戦争の敗戦に匹敵する
断層と理解していたつもりだったが… 分かっていなかったということ。
因果応報で、『ご覧のとおり、そのまま、結構』で、諦めるしかなかった。

   * 【指令13】相手を観察する
 〜「相手の姿勢、緊張、呼吸を観察する」
詐欺師になったつもりで、町中で出会う1人ひとりを観察する。
倒産というのは、経済犯罪であり、当事者は思いのほか以上に、軽蔑の対象
に置かれる。ガンにもスキル性などの悪質のものと、深刻になる前の良質の
ものがある。10ランクの2番目辺りだったが、他者には理解できない。
それは、自分の知識、経験の認識範囲で、決めつけ、物語化しているのが
手に取るように観察できる。犯罪組織系の借金の場合、「逃亡者」のように、
身を隠さなければならないケースを多々見てきた。その恐ろしさを克服するに、
事前の方策をとっておけば、全力で事にあたれる。娑婆とは如何なるものか?
を知るほど、不安は少なくなる。そこには、巧妙な詐欺師など魑魅魍魎が潜む。
―
▼ 楽しむためには、楽しめるほどの、経験と知識と対策が必要。 当初は、
経験も知識も不足だが、動いているうちに、不足の経験が、自然と身につく
のも事実である。それを楽しめるかは、魂の力量のいかんで決まる。魂を込め
れば、そこには、魂が籠った楽しみが具現する。だが、一つ間違えると奈落! 
<シリアスに、スリル、サスペンス、スピードを持って、ことに当れ!>
 ですか。そこには、愛と、自尊心と、魂のカケラが残る。それで充分。
 
・・・・・・
5601,恋愛心理学 〜�� 美人・ハンサムの好印象は長続きする
2016年07月16日(土)        
           『美人の正体』〜越智啓太著 
   * 美人・ハンサムの第一印象は長続きする
 その人の情報は、包み隠されてない顔と全身のバランスと着ているもので
判断するしかない。全身の集約は特に顔に現れる出る。顔かたちは、長年の
男女の掛けあわせそのままの物語でもある。そのため、その内容を少しでも
良く見せようと、化粧をし、ファッションで飾りたてる。それは、自分への思い
込みの主役のテーマ、早くいえば、化身である。その美人度、化け具合を
ゲームのように衆人同士が楽しむ。特に、出会いの第一印象が決定的になる。
≪ 第一印象の効果はきわめて強力です。なぜこのようなことが生じるのか
 といえば、我々の心の中には「初めに形成された印象はできるだけ変えない
ようにしよう」というバイアスが存在しているからだと考えられる。
 そのため、A君が友好的だという印象が一度生じてしまった場合、もし、
A君が友好的な行動をすれば一ああやっぱりA君は友好的なんだ」と自分の第一
印象を強化する方向に考えますが、A君が逆に非友好的な行動をした場合には
「あれ?やっぱりA君は友好的じゃないのかな」と思って第一印象を修正する
というよりは「A君は、いま友好的でない行動をとったけど、それはたまたま
気分が悪かったからなんだ」とか「そういう行動をとるような状況に置かれた
からやむをえずしたんだ」と考えることによって、もとの印象を変えないように
しているのではないかと考えられています。そうすると、外見の良い人と接した
場合、最初に形成されたときめきと「この人は良い人であるレという第一印象も、
外見のあまり良くない人と接した場合に最初に形成された「この人はあまり
良い人でないかもしれない」という印象も、その後の対人相互作用を通しても
なかなか変わらないということになるのです。≫
▼ クレオパトラは、その第一印象の効果を知り尽していて、その為の場の
 設定のセンスが抜群だったという。考えてみれば、そんなものでしかない。
一番大切なことだろうが。鳥でさえ、するのだから、人間なら当然のこと。

・・・・・・
5236,NHKスペシャル「腰痛」治療革命  ー��
2015年07月16日(木)
   * 「痛みへの恐怖」こそ、腰痛原因
 6年前、最後になる重度の腰痛で本気に腰痛対策を次々始めた。
 その時を含めて医者通いは一度もなく現在に至っている。
・まず、ベッドに「低反発シート」と「低反発枕」を、
 事務所に椅子と、居間の座椅子に、「低反発クッション」を設置。
・通販で「座椅子型エビ反りマシーン」を購入、就寝前に、エビ反りを実施。
・縦型振動マシーンを購入、この上に立って足裏を、次に腰を下しマッサージ。
・全自動腰マッサージクッション(パッション)を購入をして、
 これも一日、数回、使用。 以来、重症の腰痛にはなってない。
 一番効果があったのは、低反発シートとクッション。 
しかし、それ以前に、痛みの原因が、「痛みへの恐怖」とは驚き。
「上記を実施しているから大丈夫!」という認知が最大の効果要素とは!
   〜その辺りから
≪  なぜ、脳の鎮痛の仕組みが衰えるのか?
  その大きな原因と考えられているのが、「痛みへの恐怖」。
腰痛に対する恐怖や不安の気持ちが強いと、それがストレスになり、脳の
痛みを抑える働きを持つ部位が衰え、結果として痛みが長引いてしまいます。
そこで今回番組では、専門家とタッグを組み、腰痛への恐怖を減らすことで
痛みを改善するプロジェクトを行いました。その結果は・・・?
・痛みへの恐怖を減らして腰痛を改善するプロジェクト。
映像を見て正しい知識を知るだけでは、恐怖や不安が減らない人もいます。
そうした人に向けて専門家が考えた対策第2弾が
「1回3秒、背を反らす姿勢をとる」というもの。といっても通常の
腰痛体操のように、筋肉を鍛えることが最大の目的ではありません。
この姿勢に秘められた「狙い」とその効果は・・?
・番組が行った対策プロジェクトでは、映像や姿勢など手軽にできる対策に
よって恐怖を減らすことで、慢性腰痛に悩む方の半数以上に改善効果が
見られました。しかし一方で、全く効果が見られなかった人も。
そうした人に対する治療としていま注目されているのが、専門家による
サポートのもとで心理療法を受ける「認知行動療法」です。
オーストラリアの病院では、薬や手術でも効果が得られない重度の患者に対し、
3週間にわたって1日8時間カウンセリングと運動を繰り返すという徹底的
な認知行動療法を行い、大きな成果をあげています。
日本でも3年前、腰痛治療の指針となるガイドラインで、認知行動療法を行う
ことを強く推奨できる「グレードA」に位置付けられた。(慢性腰痛の場合)≫
▼ 心理療法「認知行動療法」で、腰痛が改善するとは驚きだが、半世紀に
亘って腰痛を抱えてきた身にとって、現在でも、釈然としないところがあるが、
話半分としても、グレードAである。私の腰痛は、毎年数回、決まった時期に
自然発生するか、腰を冷やした場合である。重症の場合、一ヶ月。軽症だと、
二週間で収まる。ホッカイロで暖める療法で、母親から学んだ。重症の場合の
苦痛は、言語に絶する。立っても、座っても、横になっても、何をしても、
脂汗が出るほどきつい。
・・・・・・
4871,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー39
2014年07月16日(水)
  * 客室は一日限りの限定販売、在庫の翌日持越し不可品!
 色いろあったホテルの立上げも、学生ショップ共々、無事に軌道に乗せる
ことが出来た。そこで、気づいたのが、<どんなにお客に支持されても、客室
在庫以上は売れない。イベントなどで一万人が市内に溢れかえっても、それ以上
は機会ロス。 逆に当日に売れ残った客室の在庫持ち越しが不可能であること> 
この辺が、この商売の限界で、物販やファッションのような面白みが全くない。
ホテル立上げは派手で面白いが、その後は、客室という単品を売る地道な商売。
ハレと、ケ(質素)がハッキリしている。 まだ学生ショップを兼用をしている
時は、面白味があったが、撤退すると、宿泊客の自殺や苦情以外は、変わりばえ
ない日が続く。 それも新築、増築が続いている内は、刺激があったが・・  
そうこう振返ると、10年が節目時? それもあって、準備期間15年間は、
書くネタは幾らでもあるが、ホテル開業後の15年目以降からは、ネタがない。 
この辺りから母の軽い痴呆症が始まり、その介護と、ストレス解消の秘境旅行に、
暇に任せ行くようになっていた。そして、バブル崩壊の潮流の変化が、デフレと
共に表立ってきていた。20以上あった都銀が、3つに集約された時期である。 
そして、母が亡くなった後の2001年の9・11テロから、地元を含めた地方経済は
大きく落ち込んでいった。 それがそのまま、当方の業績に跳ね返えっていた。
その3年後の中越地震、6年後の柏崎沖地震である。さらに1995年にマイクロ
ソフトがウィンドウ95を出してネット社会が本格的に普及を始めていた。 
そこに携帯電話など情報機器の進化で、根こそぎ、ビジネスのあり方を変った。 
当初、付帯売り上げを含め6千円あった客単価が、最後は3分2以下まで落込み、
これに客数が3分の2になって、会社整理段階で、売上高が3分の1になって
しまった。振返って考えるほど、10年目辺りが、郊外への転進か、撤退時。
この事業、有余った余剰資金と不動産を持ってする事業。私のような小資金しか
ない者は、期間限定で、転進する場合を除いてすべきではない!ということ。 
実際に身に沁みた痛みを伴った言葉である。そんなこと解っていた筈だったが、
バブルは、見境をつかなくさせていた。 でも、心底、面白かった!
・・・・・
4504, 閑話小題 ー最近の大相撲が面白くなった
2013年07月16日(火)
  * 最近の大相撲が面白くなっている
 朝青龍の一連の不祥事も冷めやらぬ内に、「野球賭博」と「八百長」問題が
続き、多くの力士が追放され、体質も一新?以前のような馴合い相撲が出来なく
なったこともあってか、勝負への気迫が格段と増し、このところ面白くなっている。
TVで50年近く観戦してきたが、これだけ真剣で引き締まっっているのも珍しい。
大相撲の面白さは、わずか数秒の間に、多くの要素が詰まっていることにある。
ところで、横綱が下位力士に張り手をするのを見る度に、怒りを感じていた。
逆に下位が横綱の顔を張るのは厳しい上下社会でタブー視され、殆どなかった。
 先日、若手力士が横綱の顔を張ったのには驚いた。これは横綱を含めた一門の
力士から出稽古などで、報復されるだろう・・ また、今度はアフリカ出身の
力士も出てきた。 外国人への開放は、モンゴロイド系だけに絞るべきと思うが、
今さら後には戻れない。神事の余興で神社で行われていた力比べが、興行として
発展したもの。 ムラ社会の中で、ある程度の八百長はあって然るべき。
 柔道の世界にレスリング選手が参入してくるのと同じで、大相撲の性格も
変わっていく。あの小さな円で、色々な人種が一瞬の技を競うのも面白い。
やはり外国人に開放したのは正解ということか。
   * 今さらだが、どうも世界経済が変である
 世界経済を引っぱってきた新興国が、ここにきて変のようだ。
あれだけ元気の良かったブラジルが、何と「来年のワールドカップの当地開催
反対のデモ」が起こっている。経済効果も考えると、マイナスよりプラスの要素
が多いはず。経済的反動で、一般市民の経済的困窮が開催反対運動につながって
いる。あれだけサッカー好きの国民が反対するのは、よほどのことだろう。
これまで元気だった新興国が3重苦にあえいでおり、近い将来、世界的金融危機
が近々に勃発しそうな様相である。数ヶ月前まで一オンス1800ドルまで高騰して
いた金の価格が1200ドル前後まで落ちている。積極的に買いに入っていた中国、
インドなどが緊急に売りに出たため。20Gで世界の主だった首脳が集まり、
持ちこたえていた世界経済に黄色の点灯である。インド中央銀行がドル売り介入
をしたと見られ、世界各国が微妙な空気になっている。エジプトは小麦在庫が
50万トンを切ったと言われる。これは一ケ月で80万トン余り消費する中で、
半月しか備蓄がない中の政治混乱。これに食糧暴動が発生するリスクが高くなって
おり事態は危機的状況。更にEUも、中国も、危ない。表立つまでは、今までの
延長だが、一度起こってしまえば一挙に燃え立つのが世界経済。グローバル化は
弱肉強食を果てしなく強くするが、弱者はネットで繋がり、強者を攻撃する構図
の混乱は当分、続くことになる。壮年まで、敗戦から高度成長期を生きて
こられたことに感謝ということか!
・・・・・・
4130, マネー大動乱  −3
2012年07月16日(月)
 * ユーロの崩壊の可能性?     
        「日本と世界を直撃するー マネー大動乱」増田悦佐著
 リーマンショックをキッカケに欧米が没落過程に入ったといってよい。
世界は人種間、民族間、国家間、すべからくフラットになるプロセスに入った。
それが良いか悪いかは解らないが、これまでとは全く違った激流が押し寄せて
きている。本格的情報化社会のもたらした新時代の到来である。
その中でユーロ圏という人工的な経済共同体が出来たが、壁にぶつかり
 右往左往している。南欧系を抱え込んだため、大きな価値観の差が大きく
立ちふさがっている。もしユーロの崩壊ともなれば、数千年続いてきた
白人主導社会の崩壊に繋がる可能性が強くなる。 
 ー 以下はそれを指摘している部分である。
≪ ユーロというあまりにも人工的にでっち上げられた共通通貨が採用された
ことで、これらの加盟国の勤労倫理が改善するとか、借りたカネは返さなければ
ならないといった市民社会の倫理が浸透するとかの変化があったのだろうか。
人間の働き方や生き方は、制度が変更されたからといって5〜10年でガラッと
変るものではない。むしろ、突然変わってしまったら、南欧ののんびりした
雰囲気を満喫きた観光客を失望させてしまうだろう。ギリシャ、ポルトガル、
アイルランドあたりでの危機対応策が公式に債務不履行と認められるかどうかは
別として、何らかの債務不履行なしでユーロ圏金融市場が再建できると考える
のは白昼夢に近い。ここにきて格付けが大きく引き下げられたイタリアも、
かなり危ない。このへんの金融市場の混乱は既定の事実で、あとは実際に
起きるのがいつになるかというタイミングが興味の焦点ということになる。 
すぐにもやってくるヨーロッパ発の金融危機が打上げ花火のように派手な
ものになろうと、比較的地味に抑えることができようと、これからの
ヨーロッパ経済が回復のない没落過程に入っていくことだけはまちがいない。
これは、決して世界にとって悪いことではない。大した働きもないくせに、
夏は一〜二ヵ月のバカンスをとり、「ヨーロッパはアジア、アフリカ、中南米
の人間より生まれつきできがいいのだから、いい生活をして当然だ」と
思いこんでいる連中は没落して当然なのだ。 第二次世界大戦が終わるまで
(フランスやベルギーの場合は、一九六〇年代まで)、この手前勝手な思いこみ
が通用していた最大の理由は、アジア、アフリカ、中南米の植民地を収奪して
いたからだ。イギリスがその典型だが、戦後のヨーロッパは、慢性的な経常赤字
を垂れ流しながら、慢性インフレによる合法的な借金踏み倒しをすることで、
稼ぎよりいい生活をし、欧州諸民族の人種的優越性という虫のよい思い込みを
維持してきた。 そういう連中が、やっと身の丈に合った生活水準に引きずり
下ろされるのだ。まじめに働ぎ、自分たちの稼ぎの範囲内で生活してきた人たち
にとっては、なに一つ悪いことはない。むしろ、そのタカリ屋たちが、
没落すれば、自分たちの取り分が増える。アジア、アフリカ、中南米の
人たちには、間違いなく歓迎すべきことである。≫
▼ 白人主導のシステムとして、マネーを支配下に置くことがある。
 これまではドルだったが、それに対抗すべしと欧州がユーロという共同通貨を
作り上げた。しかし、それが崩壊の一歩手前に陥っている。恐らく、これから
数十年かけて、新しい通貨システムが構築されるだろうが、その間は恐慌と
戦争などの大混乱が生じる厳しい時代に入った。問題は何時、発火するか。


5965,人生楽しいかい? −4

2017年07月15日(土)

        <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著>
    【指令7】 視点を動かす
   【指令8】 限界に触れる
  【指令9】 最悪を想定する
 ―
   * 【指令7】視点を動かす
  〜 「視点を変えれば、姿勢が変わる」
< 良い姿勢というのは、自然体で立って、身体を前後左右に揺らす。
 そうやって全身の筋肉が緊張せず、楽に呼吸できるポイントを自分の感覚で
見つけること >
「視点を変えれば、姿勢が変わる」ということ。「視点」と「姿勢」は深く関係
している。視点を変えるだけで、身体の強ばりがほぐれ、呼吸が楽になることが
ある。相手と対峙するとき、眼だけを見るのではない。 少しずつ鼻とか口元、
頭とかをずらしてみる。 中学生の授業中に、『相手の眼だけを見ないで、額と、
口元、喉を見て話しなさい』といわれたことがあった。動物は、見られることに
異常なくらい緊張する。捕獲される者の立場の本能のなせる業である。
―   
   * 【指令8】限界に触れる
<人生は超長距離走。意味なく全力を出しとる奴は、必ず途中で倒れて走り
きれなくなる。日本人に「全力教」の信者が多い。全力を出してないと不安なんだ> 
 パニックから、挫折から、回復した体験の積み重ねこそが、その人間にとって
「本当の自信」になる。ダメージを受けたとき、回復するスキルを持ってない奴は、
本当の修羅場を迎えたとき、平常心を保てなくなる。自分の弱さを知っている人は、
回復を忘れない。20歳半ばの金沢時代の研修での言葉、<自己能力の限界の設定>。
そこをクリアーにしておくと、何が、ドレくらい足りないか見えてくる。
 道理として、3割の余力を残すことと、ここで宣う。
―
   * 【指令9】 最悪を想定する
 〜人間としてできることは、万が一の事態が起こったとき、最善の対応が
  できる自分でいること〜
 準備期間を含めた45年の事業経験で得たことは、中長期には、想定を遥かに
超えたブラック・スワンが、舞い降りてきて、根こそぎ環境を変えてしまうこと。
想定外の出来事を想定をしておくのは無理としても、長時間かけたセフティネット
の準備は可能。それが可能なのは、創業の事業設計段階からの組入れ。
「逃げるべき時は、逃げる!」こんな当り前のことが、あたり前でないのが娑婆。
攻撃前に、最悪の想定と、対処の熟慮と、瞑想が必要になる。基本、誰も助けて
くれはしない。実情は逆である。
―
▼ いずれにしても、「知ること、なすべきこと、望むこと」には限界がある。
 だから「好きになり、徹して、楽しむこと」の術を会得しておくべきである。
痛みや苦しみ、しんどい娑婆と向き合い、回復することの繰返しの中で、人間
は成長するのである。楽しむには、それなりの原理原則が必要ということ!

・・・・・・
5600,恋愛心理学 〜�◆…業�人は意外と持てない
2016年07月15日(金)
 『美人の正体』〜越智啓太著 
   * 外見的魅力がある人が「意外とモテない」という理由
  恋愛には3つの場面があるという。
・一つは出会いの瞬間。その場合は、美男美女は有利だが、そこまで。
・そして、2つ目の恋愛の場面。この場面で、趣味と、実際の相性、
 育った家庭環境などが複雑に絡むため、頓挫をするケースが多い。
 ここで外見の要素は大きく下がる。誤解をした後、理解して離別する。
 この段階で早々熱がさめるのが成田離婚。だから、幾つか恋愛経験後
 の結婚が望まれる。
・三番目は、互いの役割。長期の恋愛とか、結婚生活。学校で言えば、
 東大の偏差値に例えられる学年1〜2の美男美女が、そのまま結れて、
 添え遂げることはほぼ無い。互いのプライドが高過ぎて、実態との
 違いで仲たがえをする。  
残念なことに男女とも上位2割に8割以上の異性が集まる。そのため、
恵まれた人には、異性経験が多くなる分、魅力が蓄積される。恋愛心理学から
すると、男女とも、多くのチョイ?人に声をかけ、「やり逃げ」を重ねた分、
魅力が蓄積され濃厚な人生経験を得ることが出来る。 何ごとも、世の中、
不平等に出来ている。 世の中、男女とも、「ちょい乗り」「やり逃げ」が
満ている?  〜その辺りから〜
≪ 美人・ハンサムの人が、さほど持てないと口を揃えてる発言は誤りなので
しょうか。じつは一概にそうとはいえません。確かに、彼ら彼女らは注目の的。
クラスの多くの異性がその相手に引きつけられ、おそらく心理学の実験で彼ら
彼女らの写真を呈示されれば「とても魅力的である」とか「ぜひつきあって
みたい」とかの選択肢に○をつけるでしょう。 しかし、本当にアプローチ
されるかは別問題です。第9章で述べたように、長期的な交際を考えれば、
やはり自分と釣り合った魅力度の人と交際するのが、コスト的に一番安くすむ。
相手が浮気するのを防ぐための余計なコストがかかってしまうからです。
そして現実的に、心ではその美人やハンサムにあこがれを持っていても、
実際にアプローチしに行かないということは十分考えられます。このように
考えると、じつは美人・ハンサムは恋愛において大変不利な状況に置かれます。
容姿が普通であれば、自分と釣り合う人はクラスにも会社にも日常生活にも
たくさんいますが、美人やハンサムであると釣り合う人の数は激減してしまう
からです。ちなみに美人度・ハンサム度も測定すると正規分布になることが
わかっていますが、あなたが偏差値70〜71クラスの美人(学力でいえば東大に
入れるレベル)だった場合、クラスの美人(平均よりもほんのちょっと美人)に
比べて、理論上釣り合う人の数は8分の1以下になってしまいます。
これが意外とアプローチされないという感覚の原因と思われます。≫
▼ 学年1〜2の美女は、(ちょい美人)に比べ、釣り合う人の数は8分1以下
 とは驚き。あまりの美人に、もと駄目と軽く声をかけたら、以外と好反応を
示されたことがあったが。短期的には釣合いの取れた相手と機会があっても、
一定期間が経過した後、熱が冷めて辟易し、分かれてしまっていたのだろう。

・・・・・・
5235,NHKスペシャル「腰痛」治療革命  ー��
2015年07月15日(水)
  一昨日、NHKスペシャルで、ー「腰痛」治療革命ーを放送した。
< 腰痛は、「腰」ではなく「脳」に原因があり、劇的に改善する可能性が!>
 が、その要点。偶然だが、6年前の一昨日の同月同日(7月13日)に、
私にとって最後の重症?の腰痛について書いてあった。「最悪を覚悟した上で、
上京する!」と決めたと同時に痛さが何故か半減、無事、学校行事に参加して
きたが、決心が痛みを半減させたとは知らなかった。 〜その日の内容から〜
【  3021,卒業40年周年か〜
   2009年07月13日(月)
 「大学卒業40周年記念の集い」に参加してきた。
これまで、20周年、30周年記念の集いにも参加をしたが、良いメルクマール
になってきた。(10周年は、20数年前から企画されたので、『集い』そのもの
が無かった) 今回は、数日前から腰痛が出て、上京など無理の事態だったが、
「這ってでも行く」と決めた瞬間から、痛みが少なくなった。
 まず「前日の金曜日に銀座でクラブの仲間が集まろうよ」の誘いを断り、
当日の土曜日だけを出席すれば何とかなるのではと考えた。出席するとしたら、
前日に東京に行って、クラブ仲間の会の出席は一度ホテルで休んだ後で、
腰と相談すればよいと。「当日に上京するよりも、前日に行き、翌日ギリギリ
までホテルで待機して集いに参加すれば何とかなるはず」ということで決行、
クラブの会にも出席。二日間を乗り切ることができた。最後は覚悟である。】
その時には気づかなかったが、不安と迷いが、腰痛を拗らせていたようだ。
 NHK・HPの  ー腰痛」革命ー の案内より〜
≪ その腰痛、「腰」ではなく「脳」に原因があり、劇的に改善する可能性が!
 治療しても効果がなく、一度治ってもぶり返すなど長引く「慢性腰痛」。
最先端の治療現場では、「脳」の働きを改善し、慢性腰痛を克服する対策が、
大きな成果をあげています。たとえば腰痛 の不安を解消する映像を見たり、
恐怖心を克服する運動をするだけで、改善する人たちがいます。専門的な
心理療法で、極めて重い症状の患者の腰痛が改善するケースも出始めている。
3か月以上痛みが続く「慢性腰痛」の方へ。世界が認めた最新対策を伝える。
・厚労省研究班の調査によると、いま腰痛にお悩みの方は2800万人、
 実に日本人の4人に1人に及ぶと言われています。中でも問題なのは、
3か月以上続く「慢性腰痛」の人が半数以上を占めると考えられていること。
通常なら、腰痛の原因となる腰の骨や筋肉の異常は3か月たたずに改善
するはずです。痛みの大元は改善しているはずなのに、なぜか痛みが
長引く人がたくさんいるというのは、一体どういうことなのでしょうか?
最近の研究で、痛みの長期化(慢性化)に「脳」が大きく関わっている
ことがわかってきました。脳にはもともと、痛みを抑える鎮痛の仕組みが
備わっているのですが、慢性腰痛の人ではその仕組みが衰えていることが
わかってきたのです。 ≫
▼ 現在、3年前からスポーツジムで、週2〜3回のヨガ・エアロに参加。
 これが、セルフ・腰痛治療のかわりになる。これが腰痛の身にとって、
決して楽でなく、数時間は痛みが残る。それでも徐々に良くなっている
から続いている。不安、恐れが、腰痛だけでなく、人生のあらゆる問題に
なっている。大方が、これに潰され、人生を小さくさせてしまう。
この私の対策が、不安・恐怖を凝視し、「正中心一点無」の言葉。
これは極限の場面で前向きになるために絶大な効果がある。後ろ向きは、
最大の内なる敵。腰痛も、「何とかなる。ガタガタするな!」ということ。
・・・・・・
4870,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー38
2014年07月15日(火)
   * 設計と、建設と、ゼネコン・シンジケート
 ビル設計の私の方法は、各階の平面図を設計士と話合い何度か書換えながら
穴があくほど凝視する。その過程で他の戦術などを考える。そうこうすると、
夢の中で、その場に立つまでになる。今では3DやCGがあるが・・問題は設計
担当者と自分レベル。それが、そのまま出る上、後になって隠れた問題が出てくる。
 千葉・千城台と、実家の商業ビルの基本設計担当者が事務所を辞め独立していた。 
その担当者とは呼吸が合い、創造(想像)力が引き出されていた。が、彼は私を
全くの素人と見ていた。私の場合、創造工学などの本を何冊か読み込んでいた。
また学生時代のゼミなどで、ものを考え出したり、作り上げるに、何も捉われの
ないピエロ役「X」を仮想し、暗黙のうちに誰かが演じ、飛躍した案を正・反・合
を繰り返しながら練り上げていた。 千葉、長岡の手掛けた二つのビル設計も、
私がピエロ役(暗黙)をしていたが、それを未熟?にしか思えなかったのか、
一度会った後、居留守を使ってきた。それより、千葉と長岡の露わな姿を身近で
見ていたこともあったか。 この人物、一棟目のホテルの成功をみた後、改めて
組みたいと言ってきたが、許せないのが私の限界。既に故人だが、設計担当として
神がかり的であった。 長期投資は、時代の変遷を乗越えなければならないため、
長期的視点(神的視線)が必要になるが、ところが分かってないのが多い! 
創業は、その都度、会計事務所も、設計事務所も、何もかも変えるのが筋だが・・ 
その甘さが、贅肉として、付いていた。 当初のビル建設から薄々気づいたのが、
建設業界そのものがゼネコン・シンジケートの存在。当時のビル建設の99%は、
その談合で決定されていた。あとの一%は、関係者の熟知した中で、何とか?・・ 
 その網の中で、私は小虫レベル。その都度、何とか努力をしたが、長年かけた
膨大かつ緻密の網目で、雁字搦め。10数年前に社会的大問題になって、大きく
変わったというが? 今でも巧妙に、マフィア化し、巧妙に現存? 相手を
パターン化し、シンジケートが談合で決めた粗筋どおりに、施主を躍らせる集団
詐欺的要素が強い世界。装置産業は、これと、税制のカラクリで、長期的に存続
するのは至難の業である。軌道に乗ったころには、時代遅れの産物になる。
だから、長期の装置投資をする時に、当初からシェルターを組込むしかない! 
創業は上手くいけば天国、失敗すれば地獄。その中間にあるのが煉獄。
そこは <キリスト教の教義において、小罪を犯し地獄に行くまでに至らないが
すぐには天国へ行けない霊魂が、苦しみを受けながら浄化 され最後の審判を
待つ場所、その状態> 老後は、誰しも煉獄状態? 創業は、地獄、天国、煉獄
が直に味わえる。で、シェルター内は、煉獄? 建設業界は、生き馬の目を抜く
修羅世界でもある。偶然だが、以下の文章に続く!
・・・・・・
4503, 実録・ゴールデンブリッジからの身投げ
2013年07月15日(月)
 先日、蔦屋で本を一冊買ったところ、レジの人がいうに、「今なら、シニア様
なら無料でDVDが借りられます」という。そこで借りてきたのが、『ブリッジ』。
軽い気持ちで、身投げ自殺のドキュメントのタイトルにひかれ借りてきたが、
初めから終わりまでシリアスで見入ってしまった。次次とサンフランシスコの
ゴールデン・ブリッジから身投げをしていくのが映し出され、遺族や友人が、
インタビューに答えている。このところ『大往生したけりゃ医療とかかわるな』や
『どうせ死ぬなら「がん」がいい』の読書録と、その下書きを書いているので、
死にゆく者の心模様がシリアスに伝わる。橋の手前で、死のうか迷って考え込み、
決断する悲痛な姿が痛ましく映し出されている。 バンジージャンプのように、
飛び込んでいく。身近の人の証言では、ほぼウツ病で、それが高じ自殺に到る。
生きているのが辛く、死にたいのである。 反面、誰かに助けて欲しい気持ちが
迷いを生み出す。その中で、一人、助かった人がいた。足から落ち、上手く靴が
水面に突き刺さって衝撃を和らげた上に、水中でサメかアザラシ?が踏み台に
なり、押し上げられたという。普段なら40Mの落差の衝撃で亡くなるが、
このブリッジは66M。内容は暗く恐しいが、心の闇が、身投げを通して
浮かび上がってくる。  ーウィキペディアによるとー
≪『ブリッジ』(原題:The Bridge)は、2006年に公開されたアメリカの
ドキュメンタリー映画。社会の禁忌としている『自殺』をテーマにしている。
観光の名所のゴールデンブリッジに1年間カメラを設置し、自殺者の様子をカメラ
に収めた。後に遺族にインタビューをし、そこから自殺を図る人々の様子を映し
だそうとしている。映画では24人が、橋から66Mの高さから海面に向かって飛び
降りている。監督のエリック・スティールはこの映画を取る際、映画の宣伝効果で
自殺者が増加しないように極秘に行っていた。また、橋の柵に足をかけたら管理局
に通報することをルールとして定めていた。映画は主に橋とその周囲の日常を撮影
した風景、自殺者の飛び降りるシーン、遺族や友人、目撃者へのインタビュー、
遺書などから構成されている。中でもインタビューの映像が多く、自殺者の情報は
インタビューの情報でしか語られない。自殺者の多くが精神的な病やトラブルを
抱えていることがその中で分かる。≫
▼ 2006年の時点で、この橋からの自殺者は年に24人もいるというから、
 全員撮ったことになる。次から次へとブリッジから飛び降りるが、躊躇して
いるうちに警官や近くの人に、取り押さえられた人が数人いた。生死の問題も
あり、それぞれの人生が浮かび上がる。ゴールデンブリッジという名所が、
ロマンチックな気持ちを駆り立て、志願者が国内から集まってくる。県内なら
新潟の万代橋が河口に近いため海に流され、死体が上がりにくいとか。
人知れず消えている人がいるのだろう?テーマがテーマだが、決して後味が悪く
ないのは、シリアスすぎて、実感がわかない為? 死ぬには死ぬ理由があるはず!


5964,人生楽しいかい? −3

2017年07月14日(金)

        <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著>
 * 【指令4】距離を測る
     【指令5】呼吸する
      【指令6】姿勢を整える
       【指令7】視点を動かす
★ 【指令4】 距離を測る
  〜『いつでもここから逃げられる』という余裕があって初めて、
    人と人は「対等」になれるのや〜
 ▽ 私のスタンスは、他者との距離を置くこと。個人主義である。
特に20歳で『創業を目指す』と決めてから、その傾向が強くなっていた。
まず、ベースづくりのため、固定が最大の難敵となる。今も、そのスタンスが
そのまま残っており、誤解を受けているようだが… 新潟駅前で30年間の事業
をしてきたが、4つのホテルのテリトリー内には、暴力団事務所が2つ、3つある。
いつ、何ときに、組員が営業にくる可能性があった。事務所には、裏口を用意し、
逃げ道を作ったいた。一度も対峙することは無かったが、このスタンスは基本。
『閑静』の『閑』の、一本の木を取り囲む塀である。とにもかくも、孤独と、
孤立を心の中に保ってないと… これは両親の後姿から学んだこと。
 たった1センチの距離の違いが人生の別れ道になる。
★ 【指令5】 呼吸する
  〜鼻から吸って、口からフ〜ッと吐く。これが究極奥義、呼吸や〜
 自分が緊張をすれば、相手もまた、緊張する。自分がリラックスれば、
相手もまた、リラックスする。
 平常心である『何となく大丈夫」という感覚こそ重要である。
 ▽ 過緊張ゾーンこそパニックの原点。大抵の人は平常心でいられず、常に
パニック状態であることが多い。平常心ゾーンに回復するには、こまめな「呼吸」
で、回復することこそ、奥義がある。
★ 【指令6】 姿勢を整える
  〜姿勢をまっすぐにし、リラックスして立つ。そうすると呼吸も楽に
 なりし、今より楽になる。〜
 「優秀な戦士とは、健康な戦士である。」その外形は背筋を伸ばした、姿勢。
 ▽ 規律訓練などで、厳しく正されるのが背骨をスプーンにした上に、全身を
弛緩すること。そうすると、呼吸も自然と整うことになる。そして、対峙する者
の眼か、首元をみること。新人訓練をする方は、相手は野獣と理解しおかないと…
―
▼ 卒業直後に、「正社員としての正規教育」を受けてないと、後あと、
 苦労することが多くなる。転職をする度に、準社員としての立地ふるまいが、
染み込んでいくため。そして、不適応と不自由を混合し、外部に自由を求める。
【指令4・5・6】は、「ヨガ」の教えに重なる。
<周囲の人との距離を図り、姿勢を正し弛緩と緊張を繰返し、静かに呼吸をする>
 で、目的は「瞑想」を深めること。

・・・・・・
5599,恋愛心理学 〜��
2016年07月14日(木)          
             『美人の正体』〜越智啓太著 
  * 美男美女には敵わない
 図書館で、何気なく手にとって借りてきた本だが、これが面白い。
これで、「恋愛心理学」の分野があることを初めて知った。考えてみれば、
幼児から恋心が芽生え、老いれば老らくの恋がある。その心理学があっても
不思議ではない。総じて人間は、外見的魅力が高ければ高いほど得をする。
顔が悪かったら何か他でカバーしようとする。ここで、学問等が優秀でも
美男美女には敵わない現実が記載されている。生物学的要因と社会学的要因
の双方から、美人・ハンサムであるほど、頭が良く、運動や音楽でも優れ、
仕事ができ、玉の輿に乗る可能性が高いようだ。
 耳、鼻、口、目などの平均的形相を、そのまま均整をとって組合わせた顔が、
何故か信じられないほどの美形になる。その上に、顔や身体の「左右対称性」
が、健康や知性、社会的な適応と密接に関連している。
 良い顔つきの人には、それなりの人がペアになるため、長年のかけ合わせの
積重ねが、容姿の元になる。しかも、美人・ハンサムは幼少時から周囲の大人
に能力が高いと期待され、結果、努力を重ねるため、能力も比例する傾向にある。
  〜印象に残った箇所の幾つかを抜粋すると
・男性は「相手の子供が自分の子供である確率を上げるため」、
 女性は「やりにげされないため」、それぞれの思惑で相手を選ぶ。
・男性の場合、相手が若く経験が浅いほど自分の子である確率が高いから、
 若くて幼児っぽい容姿に惹かれ、女性は行為の前に鳥でいう「巣作り」を、
 つまり経済性を要求する。
・同じ男性でも高級車に乗っていると魅力的に映る。 女性のWHR(ウエスト
 とヒップの比率)が、体重に関係なく0.7が丁度よいバランスになる。
・多くの写真を合成して平均化していくほど、イケメン・美人度が高くなる。
 ――――
 息を呑むような美人に何人か出会ったが、連れは、?の人が多い。短期的に
丁度良い相手は、長期的相性が良いとは言えない。二人のパッと目は良いが、
さて中味となると? で、世界は不幸に満ちることになる。 美男美女とはいえ、
顔と身体のバランスがとれているだけだが、それで人生を大きく左右されるとは、
何だろう。自分の中の妄想を、そのバランスの良さが、駆り立てているだけだが。
もう一つ、TVや映画の主人公は、当然、美形である。そのハロー効果 ※が、
美形、良い人、有能な人と植付けられた結果が、実態との乖離をうむ。付いてる
機能は、皆、同じなのに。肉体というヌイグルミと、心、魂は別物なのに。 まあ、
一生、気づかず、人生を終えるのだから、それはそれで! でも美人は良い。
 
 ※ ハロー効果とは、心理学者エドワード・ソーンダイク によって名づけられた
造語で、心理的効果の一つ。ある対象を評価をする時に顕著な 特徴に引き
ずられて他の特徴についての評価が歪められる現象のこと。

・・・・・・
5234,「エリック・ホッファー自伝」 〜�Α�
2015年07月14日(火)
             「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳
    * ある若い女性との出会いと、別れ
  ホッファーに深い矛盾が見て取れる出来事である。人生で誰もが、
 経験する分かれ道がある。もし、二人の女性の申し出を受け入れていたら、
放浪者として世に受け入れられた哲学者としての彼は居なかった。別れで一番、
傷つくのが本人同士。こういう傷口から深い思索と、新しい出会いが出来てくる。 
時空を超えて悲しみが伝わってくるようだ。 〜その辺りから
≪・ある初夏の朝、レストランから出ようとしていると、赤い列車がシャタック
アベニュー駅に到着するのが見えてきた。こんな早く旅行しているのはどんな
人だろう。列車からは若い女が二人降りたが、手には小さなスーツケースを
持っている。明らかに初めての来訪で、列車を降りた所であたりを見回している。
様子を見ているうちに、急に話しかけてみたくなり、足早に彼女たちに近づいて
「何かお手伝いしましょうか」と声をかけた。彼女たちは驚いたようだった。
二人の女は昼と夜のようにまったく対照的である。一人は背が高くてとても
美しく、もう一人はずんぐりしていて、きれいとは言えない。
「手荷物係さん?」とずんぐりした方がたずねた。「いいえ、給仕係さんですよ」
と私は答えた。みな笑った。私は動揺を隠そうとしゃべり続けた。彼女たちは学生
だろうか。大学はちょうど休みの時期で、次の学期が始まるのは数ヵ月先だった。
サマースクールに出席しようとしているのだろうか。それなら、いろいろと
落ち着くまで時間が要るだろう。「とにかく、そのときまず必要だったのは
朝食である。私はスーツケースを持ち、レストランに案内した。私はテーブル
をとり、カウンターに行き、オレンジジュースと果物とハムエッグを注文した。
食事中も彼女たちは笑いっぱなしで、私を好奇な目で見ている。きれいでない方
の目は私に対する疑いが見てとれた。私は「心配しないでください。別に私は
頭がおかしいわけでもないし、知らない人に声をかけて朝食をご馳走する
趣味はありません。姿を見かけた時に、話したいと思っただけです。
 ・・(略) 彼女たちにはある計画があったのである。ある晩、フレッドが
人生の目的について私を諭した。人間は目的をもっていなければならないし、
自分の非凡な能力を無駄にするのは罪だ、と。彼女はヘレンから最近の物理学
の動向について聞かされていたのだ。そして、私の理論化する才能を生かせば、
奇跡的なことが成し遂げられるはずだし、物理学部の誰よりもすごいことが
できる。並外れた数学の力があれば、アインシュタインのようにもなれるかも
しれない、と彼女は信じ込んでいた。ばかげた話だった。二人の女性が、
私を驚異の人物に仕立てようと決意している。まったく常軌を逸していた。
私は心からヘレンを愛していたが、彼女たちの期待に応えるために、四十歳
まで残されたわずかな人生を費やすのは、あまりにも惨めだろう。おそらく
物理学部の人たちは、すぐに私が偽者だと気づき始めるだろう。どうして自分
に並外れた才能があるなどと信じられよう。もしこのまま彼女たちと暮らせば、
一時の平和も見出せないだろうと思った。私は一刻も早く行動を起こして、
放浪生活に戻らなければならなくなった。こうして収穫期が近づいたある日、
私は何も告げずに、バークレーを離れた。・・・ ≫
▼ 何か、ホッファーの傷の疼きが、そのまま井伏鱒二の詩が代弁している。
 <この杯を受けてくれ どうぞなみなみ注がしておくれ  
           花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけ が人生だ>
 先短い人生、一時的安住を選ぶか、放浪哲学者の道を選ぶか。
20才代、創業のための自己配転をした節目の孤独感を思い出す。
目指す所が、あまりに遠く、現状に安住できない二重構造の自分が、
存在していた。 極限を乗越えていくのが青春であり、青年である。
・・・・・・
4869,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー37
2014年07月14日(月)
   * 閑話小題 −なぜ、あなたはいつもお金が足りないのか?
『 なぜ、あなたはいつもお金が足りないのか?』小堺桂悦郎著ーに、
 45年間の事業で実感した真髄が、そのまま書いてあった。
《 ・・多くの経営者が、「儲けようとして損をしている」わけです。
 誰しも、自分から損をしようとする人はいません。ならば、まず徹底して、
 損をしないようにしましょうと、私はアドバイスをします。》
のぼせ上り、より儲けようと歯止めが利かなくなり、ミスに繋がっていく。
ファッションなどの不良在庫の発生原因の多くが、売れ筋商品の代替商品がヘドロ化
したもの。 チョッとした違いに消費者は敏感だが、売り手が気づかず仕入れ
をしてしまう。 売れ筋がベストとすると、その品切れをベター商品で補おう
として不良在庫になって、損失につながる。これ事業も、人生も全く同じ。
10年、20年かけ積上げた利益の保留分が、創業時の周到に準備を重ねた構えを
忘れ、目先のベターに妥協をした結果、損失に変えてしまう。新潟駅前では、
それが駅から一番離れたのホテルと、駐車場。これが、それまでの利益のみ
ならず、本体の経営を揺るがす。ちなみにベストは、関越自動車道からの
東バイパス沿い立地。その判断ミスが致命的な戦略ミス。
それを戦術的リストラでカバーをしても、所詮は無理。3年前の結果は、
ベストでなく、ベターの選択の結果である。現在も同じことが言えるのでは? 
決して、ベストではない? 流れで、自宅に、そのまま住んでいる。
ところで、私の場合どうだろう? 3年まえも、そうだったが、今日明日の
資金繰りに追われたことは、人生に一度もなかった。それは、むしろベスト
でなく、ベターだったのか?「なぜ、人はいつもお金がたりないのか?」と、
問われれば、「万一の備えと、その知識が足りないため!」になる。 
ワーストは、ベターの服装を着て擦り寄ってくる。 で、このザマ! 
アベノミックスは、決してベストではなく、ベターでしかない。
ベストは何? 意図的なブラックスワンで、一度、現状を
清算をさせ、国家非常宣言をした上で、思い切った国家的リストラ。 
当然のことだが! グローバル的には秒読みに入っている。
私、個人は、まさに一歩先に・・ いや、そうせざるを得なかった!だけ。
・・・・・
4502, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー4
2013年07月14日(日)
          『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著
*(末期ガンで早々}逝くも地獄、残る(死に損なうの)も地獄
『どうせ死ぬなら「がん」がいい』と『大往生したけりゃ医療とかかわるな』
を読むと、老いることも、死にゆくことも、決して甘くないことが分かる。
そう遠くない未来を垣間見ているようで呆然とするが、これは目を背ける
ことが出来ない。子孫を遺す役目を終えた50歳から還暦辺りになったら、
「がん死」がお勧めという。余命6ヶ月と宣言され、幸運と私に思えるか?
 何をしても少しでも長く生きたいと思うのが人情。 近代医学の成果で
長生きをした結果、長生きをし特老に入って死に逝く人を見送り、その悲劇
を実感した著者の率直な実感だから説得力がある。拷問ようなの苦痛を
味わった挙句、息を引き取るのが大半ならば、点滴、薬漬けを拒否し、自然死
に近い状態で死んでいく方が良いのかも。
 胃瘻と鼻チューブなどで延命させるのが果たして本人に良いだろうか。
医療サイドは、出来ること全てを注ぎ、延命させるのが基本であり、家族も
見殺しに出来ないという罪の意識が、拷問に近い状態でも生かそうとする。
それは逆に拷問のため生かしておくことと変わらない、のが分からない。
鼻チューブから栄養をとる違和感は半端でないため、患者は隙あらば
引き抜こうとする。そこで両手を縛り付けるが、それは拷問と同じこと。
患者は食べないから死ぬのではない。死に時が来たから食べないのである。
それを無理に生かそうとするため、拷問状態になる。「できるだけ手を尽くす」
は「できるだけ苦しめて地獄を味あわせる」と同じ意味になる。
そうこう考えると早々と死ぬのも、ひとつの選択になる。
末期ガンで早々逝くも地獄、医療で死に損なうのも地獄。 このところ、
中学、高校の同級生がガンや自殺で亡くなったが、著者の見方によれば、
これは生、老、病、死の苦しみを最小で済ませた幸運の持主。老いて逝くのも
大ごとということ。 そうこう考えると自殺も選択肢の一つになる。
そういえば、図書館で断食で自ら命を断つプロセスを事細かく記録した
文庫本があった。食を断つのは自死かどうかだが・・ 元気なうちに何?
を用意しておくのも必要なことかも。死ぬのは、生きてきたのだから仕方が
ないが、問題は死際の精神的、肉体的苦痛である。 
 やはり生きているうち今を充実させるしかない。「今ヨリナキニ」である。
それと「今日という日は、残された日々の最初の一日」と、思い味あわなければ
ならない。 地獄の瀬戸際で何をみるのだろうか? 幸せだった日々に感謝
しながら、両親に両側を挟まれ光の中、消えゆくイメージを瞑想で中で創れる
かもしれない。死際の準備も、この著書にシッカリ書いてある。 
次回になるが、なかなか含蓄がある。 母親は痴呆症になる前に、全て準備
をして私に託していった。本当は還暦前にしておくべきことだが、
今でも遅くはない・・ 何事も準備である。
・・・・・・
4128, ヨガとは何?という素朴な疑問
2012年07月14日(土)
 スポーツジムのヨガに参加して4ヶ月になる。‘スロー’ヨガというから
初心者向けだが、腰痛持ちもあって少し厳しい。定員50人に、平均40人位
が参加している。男性参加者が10名位で、片隅で目立たないようにしている。 
その中、時どき先生がヨガの説明をする。先日の内容は、「ヨガは瞑想法の一つ。
無念無想になるために呼吸法と、色いろなポーズを取ることで、そこに気持ちを
集中して、頭を空ッポにするためのもの。従って、ヨガが上達したとか、しない
とかは気にすることはない」という。なる程!いいことを言われる。週二回、
4ヶ月経った印象は、「腰痛解消のために病院で集団治療をしている感覚。」
腰には良いが、少し痛みが残る。それでも合計33回、ヨガを続けてきた成果が
出始めてきた体感はある。 数十年かけて固まった足腰が、徐々に解けている
のがポーズの積み重ねで実感する。ーそこでヨガの意味をネットで調べてみたー
 ≪  ◇ ヨーガの意味と起源 
 ヨーガの起源をたどると、紀元前二千五百年程のインダス河流域のハラッパや
モヘンジョダロなどの遺跡から、ヨーガの坐像の印形が出土していることから、
その頃を起源としているようだが、実際に「ヨーガ」という言葉が宗教用語として
確認されているのは紀元前五百年前後のベーダンタ時代で「ヨーガ」とは
「馬を車体につなぎ、その馬車をコントロールして、道をはずさず、人生の目的地
へ行くこと」を意味していた。 カタ・ウパニシャッドでは 「真我(アートマン)
を車主、肉体を車体、理性を御者、意志を手綱と心得よ。賢者たちはもろもろの
感覚器官を馬と 呼び、感覚の対象を道と呼ん でいる」と述べています。
このことから「ヨーガ」は、馬を車に「つなぐ」が語源であり、意味するところは
「結ぶ」「コントロールを する」「バランスをとる」との意味をもってきました。
 又、少し遅れた同時代には釈迦族のゴータマ・シッタルダが悟りを開き、
仏教がスタートしています。このお釈迦様も二十九歳の時、王宮から出家して
山野で六年間修行された後、ブッダガヤで瞑想し、悟りを開かれたのですが、
その間、瞑想をしたり、断食をしたり、野山で遊行した修行が、まさに当時の
ヨーガそのもの。その生きたお釈迦様の実際に語った言葉を、後に弟子が書き
残したと云われる「ダンマパダ(法句経)」の中にも、「ヨーガ」という言葉が
語られています。「まさに智はヨーガより生じ、ヨーガなくして智は滅ぶ。
その道理を知りて、ヨーガを行じ、智を増大せしめよ。」「智」というのは、
物事を分析するだけの知識(分別知)ではなく、知に日がついて光あふれた、
命の智恵「英知」と云われています。それを人々に伝える人を、かつて、日知り
「聖人」と云ったのです。このように「ヨーガ」とは、「結びつける」
「コントロールをする」「バランスをとる」という意味と、その「修行法」
「技法」として発達してきたのです。それでは何と何とを「結びつけ」
「バランスをとる」のでしょうか?
 それは、�身体と心をバランスよく結びつける。�内なる私(真我)と
大いなる我(宇宙)とを結びつける。�人と人をバランスよく結びつけること。
仏教では、それを三宝と云って、�身体と心をバランスよく結びつけ解放した
人間存在を「仏(ブッダ)」といい�宇宙や自然の法則と自己とを調和させる
生き方を「法(ダルマ)」といい、�人と人とが調和し助け合う平和な社会を
「僧(サンガ)」といって尊んだのです。そしてヨーガでは、その方法を、
具体的な生活法(ヤマ・ニヤマ)、運動法(アーサナ)、呼吸法
(プラーナヤーマ)、瞑想法の階梯(プラティヤハーラ、ダーラナー、
ディヤーナ、サマーディ)そして祈りの言葉・神の名(マントラ、ジャバ)
等として、 私達に伝えてきているのです。 ≫
▼ ≪「真我(アートマン)を車主、肉体を車体、理性を御者、意志を手綱と
 心得よ。賢者たちはもろもろの感覚器官を馬と 呼び、感覚の対象を道と呼ん
でいる」と述べています。このことから「ヨーガ」とは、馬を車に「つなぐ」
が語源であり、意味は「結ぶ」「コントロールを する」「バランスをとる」
との意味をもっていた。≫が、ヨガの本質。内なる真我と大宇宙を結ぶ修行こと。
 10数年ほど前に、散歩で出会った地球の核の一点を擬人化して現在も話を
しているXが、宇宙。向き合っているのが真我ということ。


5963,人生楽しいかい? −2

2017年07月13日(木)

       <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著>
 * 【指令1】「よかったこと」に目を向ける
  【指令2】ゆっくりやる
 【指令3】知る
    
 ・【指令1】「よかったこと」に目を向ける
   〜極端のポジティブシンキングは、物事を一面的に捉えている点では、
   ネガティブシンキングと同じ
☆ 人生を振返ると、最悪と落込んでいた日々の中にこそ、光輝くことが
 隠されていた。その時の状況が最悪ほど、そこに、ボロを身にまとった機会
があった。ある意味、人生の極限状況が、磁力になってチャンスを引寄せる。
「よかった背景は、漆黒の闇であった。」 光の「よかったこと」は、
漆黒の中にこそ、隠されていて、輝きを増す。
 
 ・【指令2】ゆっくりやる
    〜ゆっくりとやるだけでも、人は多くの気づきを得る。
   無暗に急いでいる人間は、見落としてはいけない大切なことを
  見落としてしまう。
☆ ここで取上げたジーンズの創業者リーヴァイ・ストラウスの話が良い。
 <彼は、元もと貧乏青年だったが、一旗あげようとカルフォルニアで金を掘り
  当てようと手持ちの物を売りながら、港町に辿り着く。普通なら金山に直行
  するところ、散歩をすることにした。 そこで知ったのが、金を掘るのに、
  丈夫なズボンが絶対的不足をしていること。そこで、手元に残っていた
  テント用帆布でオーバーホールを作って売り、大成功を収めた。>
 
 ・【指令3】知る
 ここで指摘している「世の中の人間のほとんどは、一日の大半をパニック
寸前の異常な心理状態で過ごしている> というのも、一線から振り返りみると、
よく分かる。「ゆっくりやる」と、そのことに気づくことになる。で、次の段階
の「知る」必要性を実感する。ダメな自分を知ると、第一の指令の、
『良かったこと』に目をつけろ、になっていく。
 50年の早朝の読書と、40年近くの散歩とポタリング(自転車散策)を欠かさず
行ってきたが、これが無かったら、間違いなく視野狭窄で神経衰弱に陥っていた。
「視野狭窄」−>「無知」−>「恐怖心増大」の循環が、人生を卑小化させて
いまう。その成れの果てが…? …そういうこと。 全ての人にとっての『私』。
ー
▼ 転職などの人生の転機で、大きなチャンスがあった。 それは、
『色即是空・空即是色』の『空即是色』にあたる「真空」の『空』の働きをする。
それは「ゆっくり」してないと、気づくことが出来ない。極限状況がもたらす
のは、目指したプロセスで得た隠れたチャンスの気づき。『正・中心・一点・無』
の純粋な精神が、極限の中から磁力として現れ出てくる。ここまで来ても、何も
知らずに世間のドロで脳をやられていることさえ気づかない群れ、それも… ?
「顔色を窺って生きるのも一つの生き方」 まあ、面白くないのだろうが。
注)ところで、こんなつまらない内容を、よく毎日書いているか? って答え。
「視野狭窄」−>「無知」−>「恐怖心増大」が、原動力で、17年分の文章が、
原動力になっている。こんなものでしかない自嘲が、気を楽にする。
  〜で、以下に続いていく〜

・・・・・・
5598,閑話小題 〜悪名は無名に勝る/竹中 平蔵
2016年07月13日(水)
    * 悪名は無名に勝る
 一昨日のTVのトークショーで、竹中平蔵が自らを語った言葉、
「悪名は無名に勝る」が、当を得ていた。この番組内で、メンバーと
繰返し竹中の金融政策を言葉を尽くし扱き下ろしていた司会者が、竹中に、
『よくぞ、出演をオッケーしましたね!』に対し返した言葉である。 
「好き」の反対は「嫌い」ではなく、「無関心」。その無関心よりも、
嫌われる方が良い。嫌われるのは、忘れ去られることでない。
 〜この言葉そのままを「ネット検索」をしたところ〜
<渡辺恒雄が、「悪名は無名に勝る」と江川卓を評したそうですが、
「もともとは渡辺美智雄(元副総理)の言葉だ」(朝日新聞2012.11.28)と
発言しています。渡辺美智雄さんが誰からこの言葉を聞いたのか、あるいは
自分で作り出したのか、すでに故人となった方なので確認は不可能>とあった。
 5年前、追詰められ前に事業清算を決断したが、これに尾ひれがついた悪名が
広く流布されたようだ。銀行主導の会社整理は、考えただけでムシズが走る。
 数十年に亘って作り上げていた万一の備えを、もっともらしい後講釈で、
理屈付けをしていたが、無明の蓄群が想像を絶した陰湿な物語構成をされていた
のだろう。それに対し、「悪名は無名に勝る」が、丁度よいブラックジョーク。
「悪行は、無行に勝る」「悪業は、無業に勝る」という言葉も成り立つ。
「行」は、仏教語では、「決断」にあたる。他者の決断の成否を論じるしか
脳(能)が無い人ほど、蓄群の本質が現れ出る。無名は、淀んだ世間の生きる
知恵であり、常に裏話の悪名の材料を必要とする。 元もと、悪名を気にする
程度なら、日常戦場の事業など起こせないし、それが、逆に勲章に思えないと!
 で、恐れたまま無名の城下町縫いぐるみを着たままの一生を無業で終わる! 
   それも一生だが・・ 

   * スポーツジムのロッカールームで
 一昨日、スポーツジムのロッカーの通路の床に人が横たわっていた。
その横の長いすに人が座って様子を見ているが、風呂でも入りすぎて
逆上せ上がっているのを冷やしているのだろうと、軽く考えて、通り過ぎた。
そして帰り支度をしている内に、救急隊員が三人ほど来て、「右腕を上げて
みてとか、足を上げてみて」とか、脳梗塞か、脳溢血かどうかを調べていた。
少し様子を見て、帰ってきたが、その横には担架が置いてあった。こういう
現場といえば、二ヶ月前、信濃川土手でランニングのグループの年寄りが
倒れており、救急隊員に介護を受けている横を自転車で通りすごした。
 昨日も今日も湿気が強く、こういう急患も出るのだろう。
SJでは、年に一回の割合で救急車が玄関前に来ている。

・・・・・・
5233,窃盗専門の「泥棒刑事」 −��
2015年07月13日(月)
           『泥棒刑事』 元三課部長刑事 小川泰平著
   * 犯罪の4分3が窃盗
「窃盗」や「盗難」は、日々の生活で起こりえる危険である。それに関して、
事前に知識を身につけておいた方がよい。 〜面白そうな要所を抜粋すると
≪ ・泥棒は初犯はほとんど逮捕できない。一回で終わりという泥棒はおらず、
 常習犯は繰り返す。そのうちに徐々に犯行手口が見え、検挙の端緒をつかむ。
泥棒が犯行を重ねるうち、「あいつは必ずこうやる」という癖が見えてくる。
30年間の警察人生で出会った特徴的な泥棒のエピソードを紹介されている。
・金庫専門ドロはその場で破るか、持ち帰ってゆっくり開けるかの両パターン。
泥棒は軽業師みたいな小柄な人間が多いが、金庫ドロはその理由で大柄の人間
が多い。しかしクマヒラ金庫は持ち帰れない重量のため、開けるのに時間が
かかるので諦めるケースが多い。著者はクマヒラの防盗金庫が破られた話は
聞いたことがない。
・犯人尾行や、取調室でのやり取り、黒帯犯人の大捕り物や質屋との信頼関係
作りなど、隠語も豊富に盛り込んだ捜査裏話も面白い。 外塀がないなど
「プライバシーがない家」の方が狙われにくい。泥棒に狙われやすい場所は
おおむね1階ないし2階と最上階。そして2階でも、ベランダの背の高いところ
が狙われやすい。
・タンスと仏壇から物色するのが泥棒の常套手段。泥棒を捕まえるため質屋
との連携、外国人窃盗団の違いなどが面白い。空き巣の実に7割が窓の侵入。
そして、侵入手口の8割以上が「ガラス破りによるもの」と、
「無施錠の家を狙ったもの」。 ≫
▼ それでも欧米に比べ、日本の治安は段違いによい。目星をつけた
 観光バスに集団スリが車で付いて回るケースが多い。身近で、あまり
空巣に入られた話は聞いたことがない。地方ということもあるが・・
よそ者が目立つこともある。「下着泥棒」の聞きこみにきた刑事が、
「この辺で空巣の話を聞いたことがない」という私の話に、「目立たないが、
アパート内で、結構、多くある」という。アパートの住人は、地元民との
接触が少ないので、伝わってこないのだろう。地元では、長岡花火の日が
狙いどこだろうが、注意勧告が無いということは、泥棒も花火を見ている?
・・・・・・
4868,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー36
2014年07月13日(日)
    * 暴力団事務所がホテル至近に二つ!
 開業前の一時期に、開設の事務所をゼネコンの現場事務所の背中合わせに、
ベニヤ板一枚で仕切りを置いていた。(その後、東跨線橋近くに移動したが・・) 
そのゼネコンの現場事務所に暴力団の二人が、恐喝に来て、一人は、ドアの外で
誰も入ってこないように見張りが立ってから、大声で、「何で挨拶の来ない!」
「ここは、どこの縄張りか分かっているのか!」とかの恐喝劇が始まった。
修羅場を経験した私でも、ライブでベニヤ板一枚で聞くのは初体験。
その迫力は、自分でなくとも氷つくほどの恐怖である。現場事務所の主任が一人
になるのを見届けて来たのだろう。しかし現場主任は冷静沈着で、対応していた。
その直後に聞くと『こんなのに金を出したら、市内の暴力団が次々と来ますよ!」
と平然としている。その直後、近くの交番に電話をしても、「その程度では
受付できません!」と軽く受け流されてしまった。しかし、帰宅してから、その
応対に腹が立ち、交番に激しく抗議の電話を強くした。その結果、その暴力団
事務所前にパトカーが数日間、見張ることになった。それ以来、その後のホテル
建設のゼネコン現場事務所には、一切に暴力団は顔を見せなくなった。開業して
から分かったことが、ホテルは、ヤクザ、チンピラの絶好の凌ぎの標的。
しかし一度、出したら、その筋に直ぐ知れ渡ってしまう。 当然、30年間、
一度しか脅し取られることはなかった。当時の副支配人は包丁を突きつけられ
脅されたが、そのチンピラ二人は、その後、県外の検問逮捕された。開業後、
1〜2年に一度は巧妙な脅しが定期的?に続いていた。現場責任者が対応するが、
酔客と、ヤクザ、チンピラの恐喝のストレスは、想像の域を超えるという。 
 ホテルマンの教育で一番初めに受けるのが、客からの罵声に備えた訓練。 
お客に扮したトレーナーが、大声で無理難題を言うのを、ひたすら受け流す
訓練。暴力団は、弱みを見せないで迷わず警察に電話をするのが基本だが、
民事と刑事の境目を彼らは熟知し巧妙に仕掛けてくる。何があっても直ぐに連絡
するが、刑事とて公務員、あてにならない! 前門の虎が脅し客なら、後門の狼は
私? 考えただけで、私でも怖ろしい! その後に、暴力団の不当行為をなくす
法律として、平成4年に「暴力団対策法」が施行されたのを境に、脅しが年々、
減っていった。それでも、手口は巧妙になって続いていた。今では、暴力団と
知って宿泊をさせると、宿の方も罰せられる? 事務所も、それを隠して契約
をした暴力団が逮捕されたニュースが流れていた。暴力団にしたら、年々、凌ぎ
が厳しい絶滅動物になっている。 30年間、ニアミスは一度も無かったが、
相手も、自動的に交番と、暴力団対策課に連絡する相手は、一番の難敵。
犯罪捜査に積極的に協力するフロントは、私設交番でもある。そこに恐喝など、
無知なチンピラ以外に仕掛けてこないが、それでも仕掛けてくるから・・ 
警察は全ては解決をしてくれないが、直ぐに相談する習慣こそ、大事。
一番悪いのは泣き寝入り!そういえば、一晩に43人が宿泊したことがあった。
・・・・・・
4501, 閑話小題 ーバランスボール
2013年07月13日(土)
   * バランスボール
 腰痛の本は雑誌などの記事で読んだことがあったが、図書館から借りて
読むのは初めてである。母親が腰痛持ちだが、私もその体質を引き継いだ。
腰痛は昭和38年の長岡豪雪で高校の屋根の雪下ろしでのギックリ腰から持病
になり、現在も完治はしていない。借りた本に、腰痛にはバランスボールが
良いとあった。書斎の椅子にバランスボールを交互に使うことを勧めている。 
さっそくHCに行ったがサイズは大・小のうち、その小しかなかった。
小でも大丈夫だろうと1500円で買ったが、やはり小さい。台を置いて辛うじて
使っているが不安定。スポーツセンターのエアロの一つに「バランスボール」
がある。当初、数回、参加したことがあったが今は参加していない。
これは直径80センチぐらいのゴムの厚いもので、この上に座ってストレッチ
やエビ反りや、上下のバウンドをする。机の横において腰が疲れると椅子から、
これに乗り換える。まだ3日なので効果は分らないが、直感的にみて良いようだ。
ところが、何時の間に家内が、居間のTV前で椅子がわりに使い出した。
 この半世紀の間に、3年に一度位の割合で強い腰痛になっていた。
軽いのは季節の変わり目で、年2〜3度の年中行事。最後に重いのきたのが
4年前の7月で、治るまで一月以上を要した。この時のキッカケが、
「パッション」という腰叩き専用のマッサージ機を購入した時のこと。
あまりに腰が気持ちが良くて、使いすぎて逆に重症の腰痛になってしまった。 
それ以来、本気になって腰痛対策を幾つか取り入れた。まずベッドに低反発枕
と低反発マッド。会社の椅子には低反発クッションを。居間のTVの前には
低反発クッションを導入。それ以来、大きな腰痛は4年間、一切ない。
2年前からのスポーツジム通い運動と、16ヶ月間、週二回のヨガ・エアロ
の効果もあって、今では腰の重さが五分の一以下の軽さになっている。 
特にヨガは腰痛の自己治療と思えるほどで、足腰の歪みを修正してくれる。 
借りてきた本によると、椅子に座った状態で、体重の三分の一の重量が腰に
かかるというから、私なら20キロである。毎日、4時間近くパソコンの
前の椅子に座るので、その負担が実感している。
 ・・・・・
4127, 閑話小題 ーシネマ
2012年07月13日(金)
   * 相変わらずのシネマ通い
 今年になってから平均して月3回はシネマ通いをしている。少し通い過ぎ?
だが値段の割に価値を感じるからだ。エネルギーを持て余している現在、手軽な
ストレス解消になる割りに毒は少ない。物語に意識しドップリ浸かるのがコツ。
最近のシネマはデジタル特撮効果で画面も映像も圧倒的迫力がある。
家でもWOWOWなどで映画やシリーズのドラマを見ている。頭には決して
良くはないのだろうが、面白いこと、この上ない。今年に入って特に面白かった
のは、韓国映画の「マイウェイ・12000キロの真実」、邦画で「外事警察」、
ハリウッド映画では「バトルシップ」というところ。千円のため、居酒屋一軒分
で月三回は価値がある。 最近では外れは殆んどないが、もし千五百円なら半分
も行かないだろう。映画の開始前に予告が流されるが、それに洗脳されてしまう。
時代背景の家具や服飾を見るのが楽しみ、というのも年齢のため。一つ酒を飲み
交わす場面で、徳利は江戸末期になって出まわるようになったもので、それまで
は鉄瓶のようなもので温め、杯についでいた。19Cのロンドンを背景にした
映画は、時代考証を見るだけで面白い。 話は変わるが、先日、家電店で
80インチのTVを見てきた。80万位だが、ここまで大きいと迫力がある。
月3回のシネマ通いは、たまたま面白いのが来ていたためで、1〜2回で充分。
   * オスプレーの反対運動
 飛行機とヘリ兼用のオスプレーの反対運動、何故、あそこまで反対するのか
不思議。沖縄に配備されると一番困るのは中国で、都合が良いのは日本。
飛行コースを決めておけば、別段、危険ということはない。ヘリコプターの
役割もあるので、飛行機と違って、滑走路を必要としないため何処からでも
離発着が可能である。 反対理由は中国からの裏指示と疑うのは当然である。
沖縄の飛行場周辺の街は、基地のために後から出来たものが殆んどで、わざ
わざ基地を街の近くにつくった訳でない何故か誰も、このことを言わない。
嫌な臭いがする反対運動である。  話は変わるが、原発に対するアンケートで、
「全エネルギーの25%を原発が担っているが、15%位が良い」、が一番
多い調査結果が出た。現在の日本は、「原発は危険だが、存続が必要」なこと
ぐらいは、分かっている。このままいけば、周辺各国から、寄って集って領土
など資産を毟りとられてしまう。原爆被爆国だからこそ、原爆を持つ権利が
十分ある理屈もある。もう敗戦国の負い目から脱皮すべきである。67年も
経って何が保証である。表立った再軍備をすべきで、原爆を持つべきである。


5962,閑話小題 〜お笑い、喚問

2017年07月12日(水)

   * ど素人が、何を! 〜お笑い、喚問
 「加計学園」をめぐる閉会中審査の中継が、何とも奇妙なリアルな現実を
浮彫にしていた。そう単純な汚職構造ではないようだ。一般国民は、刑事モノ
ドラマや、映画のフィクション映像に真実を想定できる訓練を受けており、
自民党がかいたシナリオの虚実を軽く見抜いてしまうことを、政権中枢は理解
出来ないようだ。プロの視線を持った国民を、ど素人の政権中枢が騙そうと
する姿が、リアルな映像で、そのまま、現れ出ていた。これでは、支持率が
激減するわけである。 これでも、まだまだ健全は健全である。 
 〜その幾つかをネット検索で拾ってみた。
・≪ 2017年7月10日に行われた学校法人「加計学園」をめぐる閉会中審査で、
 インターネット上の注目を集めたのは、一連の疑惑を告発した前川喜平・
前文科次官の発言ではなく、愛媛県今治市への獣医学部誘致を進めた加戸守行・
前愛媛県知事の約20分間にわたる訴えだった。
前川氏の「行政がゆがめられた」発言に対し、
加戸氏は「岩盤規制に国家戦略特区が穴を開け『ゆがめられた行政が正された』
というのが正しい」と反論。さらには、今回の加計問題を報じるメディアへの
批判も展開するなど、踏み込んだ発言の内容が賛否を広げている。≫
・≪「天下り問題で引責辞任した前川氏に質問する」「不正な天下り事件に
 関わって辞めたことは公然の事実」。この日質問に立った衆参両院の自民党
議員2人は、いずれも「天下り」という言葉を持ち出しながら前川氏や文科省の
対応に疑問を呈した。
 これに対し、前川氏は午後の質疑で、文科省OBでもある内閣官房参与
だった加計学園理事から獣医学部新設に向けた速やかな対応を求められたもの
の応じなかったと説明。「OBから現役への働きかけこそが天下りの弊害だ。
私は政策判断には影響させなかった。そんたくとか、審査を甘くするとか、
そうしたことはすべきでない。天下り問題と、獣医学部の問題を結びつける
のは誤りだ」と切り返した。 ≫
・≪〜森友問題で“疑惑隠し”佐川局長の出世で財務省が失ったもの〜
 財務省の佐川宣寿理財局長(昭和57年、旧大蔵省入省)が、7月の人事で
国税庁長官へと出世する。佐川氏は国会答弁で、森友学園への国有地払い下げ
について「すべての資料を廃棄した」などと繰り返し、野党の追及に一切の言質
を与えなかったことで一気に名前が知られた。国税庁長官は、税務署職員など
全国約5万6000人の組織を率いる次官級の重要ポストだ。この人事に懸念の声
があがっている。
「税務調査は、国税局の査察部が令状を示して行う強制調査は一部で、
ほとんどが任意調査です。この任意調査が拒まれると、大変なことになる。
“疑惑隠し官僚”の佐川氏がトップになって、調査で『資料は廃棄した』と
言われるなど、現場が苦労するのでは」(財務省職員)≫
―
▼ 誰の目にも、菅官房長より、前川元次官の言葉に真実を感じるのは当然。
 そこには汚職の匂いがプンプンとしている。明らかに権力の乱用。そこまで
追い詰められていることか。 国税庁長官職も、権威があればこそ、これじゃ。
こんな茶番の中継を、私と家内が嘲笑を込め見ていたのだから、非常に深刻だ。
 森友問題が表立たなかった場合、いくらの献金貰っていたのでしょうか?

・・・・・・
5597,閑話小題 〜20歳の自分に言いたいこと!
2016年07月12日(火)
  * 20歳の自分に言いたいこと!
 『現在から、半世紀前の自分に言いたいことがあれば、何だろう?』と、
考えてみた。 実際に実行してきたことも含めて(実行=○、中途半端=△、
実行してこなかった×)書きだしてみた。20歳の夏休みのキリスト教倫理の
教授が課した『人生の展望』の中で、父に倣って『創業を目指す』を、決心
したのが、そして、一歩を踏出すタイミングに父がガンで倒れ、父の土台が
無くなって、独り立ちが出来たことが、大きい。〜思いのまま列記すると〜
・20%の天引き預金をし、時流に乗った株に狙いをつけ買いますこと。(△)
 註)結婚してから、家内名義の給与にし、健康保険と、厚生年金を支払い、
  その残額を預金していたため、40年近く実践していたことになる。
・生き金を使うこと。特に、良書を買い、読み続けること。
 海外に50回以上は出ること。(○)
・早朝の読書習慣(二時間)を持つこと。それも19世紀の西欧文学。
 その要約と、感想文を大学ノートに書き残すこと。それと哲学書を独学で
 よい、深耕し続けること(△)
 註)55歳で、個人のHPを立上げて、毎日アップしたのが、このブログ。
  大学ノートへのマトメ、20歳時分から続けていれば・・ 20歳時分
  から続けていれば・・ それと、19世紀の文学と絵画に対する知識が
  少なすぎた。
・早朝散歩の習慣を持つこと。
 註)30歳代前半より始めたが。 (○)
・10年スパンで、人生を、職業を見つめ直しをすること。(△)
・地元には残らないこと。
 註)30歳直前にUターン。5年後に、新潟駅前に30年間の事業場を持つ。
・親しい友人と連絡を続けること。(年賀はがき等)(△)
・日常の具体的内容の日記を書き続けること。(△)
 註)これも、ランダムには書いていたが。
・20歳代は、人生の花。何でも見て、触れ、友人を多く持ち、暇を見つけ、
 上野界隈の美術館などに通い、作品を通して有名画家の魂にふれること。
 註)20歳代に関しては、捨身で実践してきたが、どうだろう? (○)
・『一期一会』『人生二度無し』で、何事にも「正中心一点無」で挑むこと。
▼ あっちで転がり、こっちで衝突、そっちで、バカをやってきた。問題は
 後味が悪いか良いか、充実していたかどうかである。そうこう考えると、
20歳時の、『創業人生』の決心が、常に心の底で、焦りとなっていたようだ。
それが、原動力になっていた。 最後に、大津波に浚われたが、何とか逃げ
切れた。自分の道を自分で切り開くしかない。その為にも、読書習慣と、
ウォーキング習慣を身につける必要がある。そこが、独りになって考える
時空の場を持てるため。
<基礎を積上げ、固めていけば、人生は必ず豊かに、面白くなっていく!
 感謝、感激、感動の感情心を、自分の行蔵に貯めこんで、時々、手入れを
 すれば、それぞれが増幅する。> と、半世紀前の自分に叫びたい。
読み返してみて、この内容、10年後の自分が現在の自分に叫びたいことと同じ。

・・・・・・
5232,窃盗専門の「泥棒刑事」 −��
2015年07月12日(日)
           『泥棒刑事』 元三課部長刑事 小川泰平著
  * 窃盗専門の「泥棒刑事」が明かす泥棒の実態
 泥棒専門の第三課元刑事が書いた本だから、面白くないはずはない。
30年間、ホテル経営をして中で、常に不審者が数人、宿泊をしていた。
そこに刑事が目をつけて、フロントの宿泊者名簿と、出入りの時間をチェック。 
指名手配、挙動不審者をマーク、尾行などは日常茶飯事。その中で、流しの
チンピラが恐喝をしてくるのが居るから、目くら蛇に怖じず、そのもの。
日本の警察は凄い。駅前のホテルでのチェックは、防犯からみて、効率は良い。
 それにしても、世の中、得体の知れない人間が多い。〜その辺りから
≪ 窃盗には1、侵入盗 2、非侵入盗 3、詐欺盗 4、乗り物盗がある。
 ・1の侵入盗とは空き巣のように、自宅や事務所に侵入する泥棒。つまり、
 住居侵入罪や建造物侵入罪になる場所に侵入し盗みを働くというものである。
その手口は、空き巣、忍び込み、居空き、事務所荒し、金庫破り、旅館荒し、
官公署荒し、学校荒し、病院荒し、給油所荒し、出店荒し、工場荒し、
更衣室荒し、倉庫荒しなど、多岐にわたっている。
 ・2の非侵入盗とは、ひったくりや、スリなど、屋外での犯行をいう。
具体的な手口としては、ひったくり、スリ、万引き、自動販売機狙い、さい銭盗、
置引き、仮睡者狙い、途中狙い、色情盗、等々である。
 ・3の詐欺盗とは、窃盗ではあるが、装ったり、ロ実を設けたり、詐欺的要素の
ある窃盗のことをいう。手口としては、職権盗、慶弔盗、追出し盗、買物盗など。
 ・4の乗り物盗とは、乗り物を窃取するもので、自動車、オートバイ、自転車盗。
 こうして見ていくと、泥棒の種類には空き巣狙い、金庫破り、事務所荒らし、
車上狙い、置き引き、出店荒らし、万引き、自転車盗などがあるが、数が最も
多いのは、自転車盗などの乗り物盗である。
 侵入盗に関しては、空き巣狙いと、事務所荒しである。そしてこの空き巣と
いうのは、「家人等が不在の住宅の屋内に侵入し、金品を窃取する」泥棒をいう。
空き巣の手口というと、千差万別ではあるが、侵入方法ということに限ればある
特徴が見えてくる。まず時間帯であるが、ドロ刑には「宵空き」という言葉がある。
つまり空き巣が発生する時間帯は夕暮れ時が最も多いということである。夕暮れ
あたりが薄暗くなりベランダ等への侵入などで人目につく可能性も多くない。
またその特間帯に帰宅するサラリーマンはほとんどいない。そしてなにより、
通常自宅に人が居れば電灯がつく時間に部屋が真暗であるので不在であることが、
一目瞭然なのである。そして夕暮れ時に犯行に及ぶことが多くなるのである。
 次に侵入場所であるが、いちばん多いのがマンション、アパートなど集合住宅
の一階である。さらに付け加えるならば都市部において泥棒が狙うのはもっぱら、
マンション・アパートなどの集合住宅である。一戸建ては普通あまり狙われない。≫
▼ 時どき、玄関のチャイムが鳴るが、誰も居ないことがある。その内の一つが、
 泥棒が所在の確認のケースがあるという。日本には泥棒の専門職?が、3千人
存在していて、一人あたり数百件の余罪を持っているという。万引きを含めると、
3〜5%は、危ない線上にあるというが・・ 中学の同級生に一人は、危ない?
のが居たことから見て、頷ける。空巣に入られた経験が無いが、知らないだけ
かもしれない。「嘘は泥棒の始り」というが、悪い奴は何事も身近から始める!
・・・・・・
4867,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー35
2014年07月12日(土)
   * 駅前ホテルと旅館の社長たちの抗議
 開業直前のこと、以前の会社の事務長が、わざわざ長岡から近況を知りたいと
開設準備室に訪ねてきて、世間話をしていると、開業予定地の真前のホテル社長
から『これから、伺います!』と一本の電話。 その事務長は長岡近郊で工場を
経営していたが火災のため倒産した経歴を持つ人で、威風堂々としている。
しかし、前の上下関係もあって、私の前では表向きは服従だった! 
当人は元社長なので、それは知り尽くしている。その雰囲気の中、地元のホテル、
旅館の主だった社長連中が7〜8人、ドタドタと乗り込んできた。何だろう?
と思ったが、要は、税込み3980円の価格破壊に対する抗議と圧力のつもり? 
ところが、事務長は、その空気に固まってしまったが、それが、彼らに恐ろし
そうな人に見えたようだ。 それと、私にすれば15年間の準備期間を持っての
覚悟がある。烏合の衆になった彼らの方が、明らかに恐れているのを見て取れた。
そこで『私は、ホテル・旅館の組合に入る予定は一切ありません。問題がある
なら、訴えればよいではありませんか! 名刺を見ると、素人の駆け出しの私に
とって貴方たちは、神様のような存在。それが、こんな、抗議をしてくるとは!』
と、我ながら、冷静な受け応え。 彼らは、罵声を浴びせようにも、得体の
知らない恐持ての来客が腕を組み座っている。その人が、私の一言で絶対命令的
に立ち上り席を譲るのを見て、気を飲まれたのが分かった。 第一、グリーン、
ハイマート、ステーションホテルや、その後、自死?した旅館の主も? で、
ここで知ったのは、何とも大らかな世界の存在。で、数分で、すごすごと、何を
しにきたのか?曖昧のまま、帰っていった。それよりも、事務長、何と面白い
場面に出くわすことが出来たことか。 それとも極限の恐怖だったか? 
私はゼロというより、面白かった!が。現在も、そのまま経営している彼らか、
その子息が、三年前に「そら、見たことか!」と喜ぶ姿が目に浮かぶが、
「それ、逆でしょう?」という考えは、彼らには、あり得ない?毎日が青色吐息
で、この原油高!その世界が全ての彼は、止めるに止められず!万一のシェルター
の備えがあるかどうか?「倒産や、廃業は悪い!」の銀行系価値観の盲信が、
自分を縛っていることすら理解できない。人様の財布の中までは分からないので、
これも私の思い込みか・・ 長岡も、新潟も、まずは、根こそぎの価格破壊が
新規参入の役割。だから、地元では創業など、すべきでない。それまでの売り方、
商習慣を破壊するのが新規参入者の役割。だから既存の人たちを根こそぎ否定
せざるを得ない。で、駄目だったら、止めればよい。そこに当然、軋轢が生じる
が、それを受け止めればよい。そのまま、結構!である。
・・・・・・
4500, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー3
2013年07月12日(金)
          『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著
  * 年寄りの不具合は、すべて老化が原因か、老化がらみ
 現代医療は、「老い」を「病」にすり替える。「病」は、回復の可能性が
あるためだが、老いはどうになるものでないのに、病気扱いにし薬漬けにする。 
老人性鬱も、老いれば誰でも落ち込む。それを病気といって薬を与えれば、
自動的に薬中になってしまう。で、それが高じてボケを早めるパターン。
保険で薬が安く入手できるので、直ぐに病院に行くが、相手も商売の要素が
強いところ。病気という毒を、違う毒で征する危ない手法を駆使するところ。
   ーそこで、この本で面白そうな要所を抜粋ー
・リハビリテーションは、リ(再び)ハビリス(人間にふさわしい)エーション
 (状態にすること)の合成語で、人間が人間にとってふさわしくない状態に
 置かれた時、再びそれにふさわしい状態に戻すことを指し、病前の姿への
 復帰を意味するわけでない。以前なら死んでいたものが、死ぬでもなく
 助かるでもなく、ただズルズルと生かされている事態が起きる。
・「死」を、止めたり、治したりすることはできません。しかるに、治せない
 「死」に対して、治すためのパターン化した医療措置を行います。これらは、
 せっかく自然が用意してくれている、ぼんやりとして不安も恐ろしさも寂し
 さも感じない幸せムードの中で死んでいける過程を、ぶち壊しているのです。
・点滴注射もせず、口から一滴の水も入らなくなった場合、亡くなるまでの
 日数がどれくらいかというと、7日から10日が多い。
・「できるだけの手を尽くす」が、「できる限り苦しめて、たっぷり地獄を
 味わせる」とほぼ同義になっているといっても、いい過ぎではない状況。
・日本人は、病気や障害を理由に、甘えて依存しがちです。また、それを許す
 傾向にあります。こういうことをしていると、欲しくない時にも、無理やり
 口の中に押し込まれるという「拷問」にかけられることになる。
・死にかけの人間が医者にすがるのも、あまり感心しません。なぜなら、いかに
 生きるか、いかに死ぬかは人生の問題、医療で解決できる問題ではないからです。
・初めから、本人が誰かに何かをしてもらいたくて、自分の足で立とうとせずに
 ぐにゃぐにゃしていたのでは、両側から無理に抱え上げようとしても、
 どうにもなるものではありません。今、老いも若きも、病気は医者に治して
 もらおう、苦悩は誰かに解決してもらおうという、この手のひ弱な人間が
 日本中に溢れています。
・現在の日本人は若さにこだわり、「年のせい」を嫌って認めようとはせず、
 近代医療に過度の期待を持ち、老いを「病」にすり替えています。なぜなら
 「老い」は一方通行で、その先には「死」が待ち構えています。一方、「病」
 には、回復の可能性があるからです。 ・・・年寄りの不具合は、すべて
 老化が原因か、老化がらみです。今さら、医者にかかって薬を飲んでみた
 ところで、若返らせることは不可能で、根本的には、どうにもなりません。
・問題は、健康は、人生を豊かに生きるための手段であるはずなのに、それが
 目的になってしまっている点にあります。本来、「健康は、こういう生き方を
 するために、この程度必要」というものでしょう。それが「生き方」もない
 のに、「健康」だけを追い求めることに、どれほどの意味があるのでしょう。
▼ 「還暦を過ぎたら、自然体で、あまり病院などに行くな。どの道、少し
 早かれ少なかれ亡くなるのだから」と、特老の医師が言うのだから、内容は
シリアスである。「表面的に健康に戻すために、毒を盛って、毒を征する」のが
実態なら、毒を毒のまま放置しておいた方がよいというのも筋が通っている。
成人病で突然死した人と、特老などで不自由な生活をおくっている人と、
どちらの生き方を選ぶかというと、どうだろう? 介護生活が平均10年も
残されていると知った現在、末期ガンで余命半年も喜ぶべきかもしれない。
不自由の長生きも辛いということ。


5961,人生楽しいかい? −1

2017年07月11日(火)

         <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著>
   * 人生楽しいかい?
 『人生は楽しいかい?』の問いかけが題名の本。
現在の私に、そう問われれば、『た・の・し・い』である。 
両親から、「事業でも、趣味でも、遊びになるまで徹すれば楽しめる」と
常日頃から教わってきた。それが可能かどうかを見極めて、一度、始めたら、
徹することと… 。リタイア後に、この指令そのままのように、スケジュール
を立て、毎日を過ごしている。そうでもしてないとバランスを崩し、炎上する
自らの弱さを知るため。これらの指令は現実そのもの。老いの知恵でもある。
SJのヨガを5年4ヶ月、合計千回近く、参加してきたが、この指令の多くが
ヨガに重なる。 毎日が楽しくなければ、大元からグラツクほど、過去の否定
材料が山積みにある上に、老化現象である。外的炎上はあっても、内的炎上は
直接、老人性ウツに直結する。
  〜アマゾンの内容紹介より〜
≪世界各国の教育、医療、軍事、セキュリティ関係者が注目するロシア武術
「システマ」。本書はストーリー形式で、その独特のメソッドを伝えるもの。
 うだつの上がらないサラリーマンの僕が出会った謎のロシア人“ゲオ”。
小太りで一見パッとしないゲオが僕に伝えてくれたのは、ロシア特殊部隊で
 生まれた「人生を変える方法」だった――。
 【システマとは?】 冷戦後のロシア発! 
アメリカ、ヨーロッパ、中東、アジアの45か国、250以上の団体で実践。
世界各国の教育、医療、軍事、セキュリティ、関係者が絶賛する人間能力
開放メソッド。
  プロローグ 出会い
 [本書の使い方]
【指令1】「よかったこと」に目を向ける
【指令2】ゆっくりやる
【指令3】知る
【指令4】距離を測る
【指令5】呼吸する
【指令6】姿勢を整える
【指令7】視点を動かす
【指令8】限界に触れる
【指令9】最悪を想定する
【指令10】動き続ける
【指令11】力む
【指令12】成功体験を忘れる
【指令13】相手を観察する
【指令14】衝突をコントロールする
【指令15】分かち合う
【指令16】任せる
【指令17】生きろ        ≫
―
▼ 15年間の準備期間と、実業30年、計45年間は、上記そのままを、自らに
 指令し、実践してきたようなもの。誰も助けてはくれない現実の中、自作
自演で前に向かって歩くしかない。「そんなこと、全員が、そうしているじゃ
ないか!今さらじゃないか!」といえば、そのとおり。「楽しい」かどうかは、
解釈の問題。要は目的と目標を明確にして、計画をたて、歩んでいるかどうか。
楽しくしていれば、楽しいことが寄ってくる。
<動き続けよ、湖面のように静かに> 現実から目を逸さず、逃げないこと。
「正・中心・一点・無」の心構えで立向かうこと。泣いても笑っても同じ人生。
笑って楽しまなくては。「楽しむ」のは天性もあるが、第二の天性、
習慣化でも身につけることが可能。次回から、それぞれの指令を取上てみる。
 静かに、問題の中心を見続けて、動き続けること。悪貨に染まらないこと。
悪貨なら、染まりようがないか?… 「ところで、昨日は楽しかったか?」。
「早朝の自転車散歩に、午前中のTVドラマに、SJも、夕刻の大相撲TV観戦に…」
上げればキリがない。楽しいことを意識をして探し出したからである。

・・・・・・
5596,閑話小題 〜庭石、売ってもらえませんか
2016年07月11日(月)
 * 庭の石、売らないか
 一昨日、家内が出かけた後に、70歳半ばの土建屋の親方風の訪問者。
玄関先の「赤石」を指差し、『お宅の庭を以前から、見せてもらっていたが、
これなどの庭石を、売ってもらえませんか?』と言う。 そんなことは、
いまだかつて無かったこと。 瞬時に、『そういう意思は全くありません』と
断ったが、その後、30分ほどしてから『失礼もいいとこ!』と、怒りが
起きてきた。お金が窮したと思ってのことか、嫌がらせか! 流石、ここは
城下町・長岡の世界。 こういうのを「石ぶつけ」という。 乗ってきて、
その価値を知らなければ、ただほどの値段で買い叩く。可愛いものだが。
  * 欧米世界は、女性がトップの座に
 英国首相は、メイ氏とレッドソムの女性候補一騎打ちに、結果はいかに。
米国では、大統領候補クリントンが有利。フランスでは極右のルペンが
首相の座を狙っている。また、ドイツの現首相がメルケンである。
米国経済界の女性トップとして、イエレンFRB議長の存在がある。
また先日、イタリアの主都ローマで市長選が行われ、ビルジニア・ラッジが
当選し、ローマ市長となった。この勢いだと、東京都知事も、小池氏が勝利し
そうな空気にある。 ロシア、中国は、組み易しと喜んでいるだろうが。
一時代前には考えられない現象である。
   * 参院選挙で
 参院選挙。 二つの区分のうち、一つは民進党の議員に、もう一つは
維新の党に投票をした。アベノミクスには反対だが、改憲には賛成。
で、とちらを優先か? といえば、改憲。で、二つに分けた。今の内に、
改憲だけはしておかないと!

・・・・・・
2015年07月11日(土)
思いが人生をつくる ー�� 最もやっかいな‘スピリチュアルなプライド’
        『思いが人生をつくる』〜ジェームズ&リリー・アレン著
   * もっとやっかいな‘スピリチュアルなプライド’
 人間は程度の差があるにせよ、多かれ少なかれ、‘知的プライド’も、
‘スピリチュアルなプライド’を持っている。 問題になっている「IS」
 の原理主義をみれば、極端なプライドが浮び上がって見えてくる。
 それは、ユダヤ教、キリスト教も同じこと。 〜その理由とは〜
≪・「知的プライド」より、もっとやっかいなのが「スピリチュアルなプライド」。 
 なぜならこのプライドは、「知的プライド」よりもあいまいで、なおかつ人を
 容易にだますからです。「スピリチュアルなプライド」が、同じ信仰をもたない
 人に対して「救われない存在」というレッテルを貼るのです。「スピリチュアルな
 プライド」をもつ人が、「世界はおかしい、すべてさかさまだ。私たちが社会を
 正さなければいけない。私たちだけが、スピリチュアルな信仰を啓発することが
 できる」という発言をするのです。
・しかし世界は、このような人が生まれる前から存在していましたし、
 彼らの信仰する宗教が現れる前に存在していたという事実はどう説明するので
 しょう? 「自分よりも他人をもっと尊重しましょう」というスローガンは、
 明らかに受け入れがたいものです。この「人を混乱させる」スピリチュアルな
 プライドを排除しましょう! すべての宗教は善であり、神の道を純粋に説いて
 いるはずなのです。私たち人間はすべて、人生の灯りを探求しており、また
 自分たちの灯りに従って生きているのです。そして一番の理想は、その灯り
 のみに従うこと。すぐ他人よりも優れている人は、すべての人に奉仕しなければ
 いけません。「知的プライド」を克服する良い方法は、「私たちは無知である」
 と知ることで膨大な量の知識、無限の世界、そして私たちが想像もつかない
 ような概念のことを考えるのです! ≫
▼ 「自分よりも他人をもっと尊重しましょう」は、一見、素晴らしい言葉。
 「自分と同じように他人を尊重しましょう」が正しい。出来ないなら、まず
フリをすればよい。人は概ね一ランク〜二ランクは自分を買い被っている。
問題は、自覚できるか出来ないか。出来ないと、他人の揚げ足をとって、
鬱憤を晴らすしかない。だから、世には争いが絶えない。しかし、これなくして
人は生きられない時がある。生きる灯り、これは経験と知識を通し得るしかない。
・・・・・・
4866,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー34
2014年07月11日(金)
   * 開業前の戸惑い
 店の先頭に立った切った張ったの千葉・長岡の8年間の生活から、今度は、
小さいが社長の立場。御客との直接接点がゼロになってしまった。しかし、準備
期間の一年は、開業直前までは何もかも独りである。学校に新卒、職安には中途
採用、リクルートには東京まで管理職の募集に行かなければならないが、それら
は長岡で経験済み。前宣伝も広告代理店と打ち合わせ、ホテルの備品の購入の
全てを自ら決定していく。それらが、直前に集中するため、加熱状態になるが、
それが面白い? 既存の組織があれば、それぞれの部門の責任者を決め、一つ
ずつ対話をしながら決定していくのが、それが無い場合、独り言を口に出して
決めていく。開設準備室のベニア板一枚、隔てたゼネコンの現場事務所の主任が、
それが何とも不気味だと注意もされた。8年ぶりの今回も、独りからの出発。
 この慣れには、3〜6ヶ月は、かかるが、戸惑が先にたつ。 全て、置いた
環境が自分を慣れさせる。ホテル開業の数週間前に、学生ショップの開店。
その後、ホテル開業になる。 その間に、色いろなことがあった。
ある30歳前後の女性が、開設事務所に履歴書を持って訪ねてきた。
『私は古町で、学生ショップの会社の事務をしている。ある長岡の問屋の方から、
貴方のことを聞いているが、貴方の経営戦略が面白そうなので、是非、事務に
雇って欲しい』という。私にすれば『エッ何?』の小説のような話。
『商道徳上、いくら何でも、それは出来ないでしょう』といっても、なかなか
引き下がらない。最後は引下がったが、今度は『私が立場上、駄目なら親友が
働きたいというので、駄目もとで、面接だけでも!』と、本人を連れてきた。
それが品が、この上ない上流階級?ふうの御婦人。 私を余程の凄腕と勘違い
をしているよう。なるほど、長岡と新潟だけでも、これだけ割りきりが違うと、
思い知った。 もう一つ、開業直前、地元紙に〈学生ショップを併設した面白い
ホテル〉の見出しで、記事を書いて貰った。掲載された当日の夕方、自宅に一本
の電話、『私は三条駅前で学生服を販売している者だが、貴方のアイデアの
ホテル開業を羨ましく思う。間違いなく成功するでしょう・・』と、一方的な話。
何と答えてよいか分からず、「はい、そうですか、有難うございます」と、
丁重に答えるしかなかった。15年の準備期間を経た立ち上げ。 その戦略を
褒めてもらったり、押しかけが来たり! 世の中は、面白いもの。
その間には、前の会社の、ある社員が訪ねてきて『会社がピンク色?に染まり、
誰一人、真剣に仕入れをしない。あるのは男女間の噂話。このままでは会社が
潰れてしまう。クーデターを起こすので戻って欲しい!』と必死の訴え! 
私も命を張った大勝負の時節!で、断ったが、これ、誰にも言わなかった秘話。
その数ヶ月後、会社の危機を議論をした翌日、心不全で亡くなっていた、という。
彼の口癖が『とにかく、この会社が好き!』だった。何とも哀く気の毒な出来事
だった。 この頃から、姉夫婦の立ち上げた会社の不調の噂も流れてきていた。 
商売は常時戦場!決して生易しくない。
・・・・・・
4499, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー2
2013年07月11日(木)
   『大往生したけりゃ医療とかかわるな 「自然死」のすすめ』中村仁一著
  *「治療に関する思い込み度テスト」
「私たちの医療に対する信頼は思い込みでしかない」と著者は、医師の立場から
切り捨てている。私も変わっているので、このテストで○は2〜3つしかない。
現在の医療を信頼してはいけないということ。
特に老人は、病院にとって金のなる木。信頼するほど真逆の結果、
搾り取られるだけ!というのも、至極当然。その結果、何とか長生きした先が
特老というのも、極論とも思えない。還暦を過ぎたなら、病院でチューブで
繋がれる道でなく、自然死を選ぶのも一つの選択。 ーその辺りから抜粋ー
≪「医療の鉄則」があります。1、死にゆく自然の過程を邪魔しない 
1、死にゆく人間に無用の苦痛を与えてはならない今の医療現場では、この真逆
 が行われている。 私が主催する「自分の死を考える集い」の参加者に、
 以下のような「治療に関する思い込み度テスト(信頼度テスト)」を行なった。
�ちょっと具合が悪くなると、すぐ医者にかかる
�薬を飲まないことには病気はよくならない  �病名がつかないと不安             
�医者にかかった以上、薬をもらわないことには気がすまない 
�医者は病気のことなら何でもわかる     �病気は注射を打つほうが早くよくなる           
�よく検査するのは熱心な医者だ       �医者にあれこれ質問するのは失礼だ           
�医者はプロだから、自分に一番いい治療法を教えてくれるはず
�大病院ほど信頼できる医者がたくさんいる 
�入院するのなら大病院・大学病院が安心できる�外科の教授は手術がうまい           
�マスコミに登場する医者は名医だ      �医学博士は腕がいい              
�リハビリはすればするほど効果が出る
 いくつ◯がつきましたか? 奇人、変人の多い「集い」では、
 ○印がゼロがかなりでした。
�の説明は学術専門誌の編集長・インゲルハイム氏の言葉の引用です。
「ニューイングランド・ジャーナル・メディシン」の編集長は「病気の80%は
医者にかかる必要がない、かかった方がいいのが10%強、かかったために悪い
結果になったのが10%弱」と言いました。4世紀半以上も前の話なのに、
今も反論がないそうです。病気を治す中心をなすのは、本人の自然治癒力です≫
▼ これでも日本の医療制度は世界一のレベル。病院とはいえ、経営システム
 が必要で、一番の利益になる老人に、可能な限りの医療を施すのも自然である。
問題は、当人の死に方の選択になる。そのためには、このような視点を知って
おくべきである。少しの延命のため、無用の苦痛を与えるのが果たして治療と
いえるのだろうか? 40年前に父が大手術の一年後に亡くなったが、亡くなる
一月ほど前にポツリ言った言葉が耳に残っている。「あれ程の苦痛なら手術を
しなかった!」と。悪性のガンは、どのみち助からない。なら、人間ドックも
手術も無用ということになる。医者が自然死を勧めるほど実態は薬漬け、
チューブつき。酒を飲んできた人は麻酔の効きが悪いというし・・
死に際の厳しさは、実際は壮絶だろうが、生き返って誰も証言しようがない。
生きているうち、楽しみ、味わうしかないのか。
・・・・・
4125, マネー大動乱
2012年07月11日(水)
     「日本と世界を直撃するー マネー大動乱」増田悦佐著
 世界の激動する国際金融危機を解りやすくダイジェストに俯瞰した内容。
著者の視点で日本国内のついての悲観論と、欧米や新興国についての楽観論に
対して、まだ日本はマシと論じている。 それぞれの章ごとに、ポイントになる
部分を書き出して、それについて論じてみる。世界のマネーは動乱に入った。
 ー 第一章 アメリカは財務省・ウォール街複合体に潰される?!
        〜上位一パーセントの総取り!
【 2007年で、最も裕福な1パーセントが合衆国の全ての資産の34.6パーセント
 を所有しており、次の19パーセントの人口が50.5パーセントを所有している。
要は、二割の人口が85パーセントの資産を占めている。逆に連邦政府が定める
貧困ライン(4人家族で2万2千ドル=180万)以下の生活をおくっている人
が4620万人。人口比にすると15パーセントも存在する。信じられないことだが、
生活保護やフードスタンプ(低所得者向け食料配給カード)など、国や州の援助
がなければ生活が出来ない人が47〜8パーセントもいる。失業率は2008年
初頭で5パーセントだったのが、リーマンショックで10パーセントを一時期
超えたが、去年の秋には8パーセントまで下がってきた。ではオバマの失業対策
が上手くいったかというと、そうでなく、職探しを諦めてしまった失業者が、
労働人口から外れた「無業者」になって、失業調査から外れてしまっただけ。
・・アメリカの実質世帯所得は5万ドルで日本円すると400万円。
これも下落傾向にある。】
▼ ネットでその辺を調べたところ、「全人口の上位1%の税引後世帯収入の
 割合は1979年の約8%から2007年の17%に上昇、2倍になった。全人口の上位
5分1の富裕層が受けとる税引後世帯収入は、1979年の43%からさらに上昇し、
2007年には53%だった。言い換えれば、上位5分の1の富裕層の総額は、他の
5分の4所得を超えている。」とあった。現在の日本も、同じ傾向にある。
特に地方の衰退は激しい。世界的みて富裕層といわれる人は100万ドル、
 日本では1億前後の流動資産を持っている人をいう。だいたい1・8%の
世帯が入るとか。50数世帯に一世帯というと、なる程、そうか?である。
身辺を見渡してみて、豊かそうな人は、その位は持っていそうである。
 そういう人たちは、何があっても、しぶとく豊かさを守る知恵がある。


5960,閑話小題 〜居候は肩身が狭い

2017年07月10日(月)



   * つれづれに 〜居候は肩身が狭い
・さて、今日より大相撲。一年のうち4分の1が興業している。
大相撲のある日々と、開かれてない日という位な感覚?である。
今場所は、若手の有望な力士が上位に集中。 昨日の初日だけで3大関、
2横綱が負けてしまった。荒れる名古屋場所の言葉とおり面白くなりそうだ。

・梅雨の大山は越えたようだが、何か鬱陶しいと、気分までふさぐ。
一昨日、スポーツジムで、キーの電池切れのためエンジンがかからず、
充電してあるスペアキーを取りに自宅へと歩きかけると、目前に、タクシー
がいたため事情を話し、家とSCの往復を頼むと、「自分がなおせるのでは」
と 見てもらった結果、程なく、エンジンがかり、ことなきを得た。その後、
バッテリーもあがり気味のため、わざわざ見附まで昼飯をかねて行ってきた。

・居間のTVが完全に寿命。7年3ヶ月になるが。家内共々、平均10時間は
みていたためか、諦めがついた。東芝の『レグザ』だが、これが大当たり。
去年暮れには、寝室のTVを入替えたが、これも満足出来るもの… 
 このレグザと、有機TVの買え替えには、メーカーの販促?の5万円の
更なる値引きがあり、ネット通販で一番安いのを目安に掛け合ったところ、
49万8千が、税込みで35万円まで大幅ダウンに、こち方が呆気にとられた。
息子が先日、新潟駅前の「ヨドバシ」で交渉したが、新型のため値引きなしと
言われたとか。
 昨年暮れは、長岡市内と新潟駅前と10回以上、見て回り、最後に、
「ジョーシン」に、そのプロセスを話して、「今までの20年近くのTVと
冷蔵庫、洗濯機の全て、この店で買っている」と殺し文句の実績を根拠に交渉
すると、思惑通りに最安値で終わった。 問題は、そのプロセスを楽しむこと。
 資金を出す家内は当初、不満顔だったが、思いの外の大幅値引きと、鮮明な
画面に、その後はダンマリ。 寝室が私の専用TV、居間は家内が優先の棲み
分け、というところ。 としても大きい出費の度には居候は肩身が狭い。
 〜で、再び偶然、以下の文脈に続いていく。

・・・・・・
5595,閑話小題 〜貧しさだけは
2016年07月10日(日)
 最近、老人の貧困問題が取り上げられている。そういえば以前、経営していた
会社で、辞めていった女子社員の家庭内問題について、書いたことを思い出し、
ブログ内検索をしたところ、10年ほど前のテーマにあった。(下にコピー)
そこに出てきた母娘以外は、年齢からして殆ど亡くなっている?のだろう。
 嫁・小姑・姑・舅問題などが絡まった複雑な問題だが、その背景は貧困。
豊かさは一瞬で崩れさるが、それを築くには、長年の、何世代の労苦が必要。
情報化社会で、豊かな者は、より豊かに。貧しい人の人は、より貧しくなる
傾向にある。他人事ではない。何とかセフティーネット で事なきを得ているが。
10年前とはいえ、よく、こんな文章を書いていたものと・・ 
 本人には「白馬の騎士」が必要なのだろうが。 先日、読んだ本に、
<「玉の輿」は、元もと幻想。その相手と苦労した結果、豊かそうになること
 なら、有りうるが。>とあった。その結果、貧しくなる事例は有りうるのか。
 適齢期の決断で、何とか、踏みとどまった中で、一番の理由は、バランス。
短期適応、長期不適応の惨状を、あまりに多く見せられていた。
  〜そのコピーから
――――
2006/10/18
2024, ある家庭の事情
               才八∋ウ_〆(∀`●)
これからの内容は本人の同意を得て書いている。(本人の同意なくして
書いたとしたら、本人を著しく傷つけことになる上に、裏切り行為になる。
本人曰く「母の苦労を多くの人に知ってもらえるから、書いてください!」
とのこと・・)
そこには誰も悪人はいない、存在するのは人類最大の問題
(嫁・小姑など家に存在する)不条理と貧困である。
Aさんの話を聞くうちに浮かび上がってきた奥行きの深い話。
どこの家にも、このような問題はあるが、あまりにも気の毒な構図である。
それを背景としてAさんの一人間としての素晴らしさが浮かび上がってくる。
        〔註〕煉獄とは、地獄と娑婆ー現世の中間にあるところ
ー女性Aさん(25歳)の視点で書くー  (以下、敬称は略す)
・Aの母親F(48歳)が夫と離婚、Aと弟を引き取り中越地区の実家に出戻る。
・実家にはFの両親B・C(80歳前後)と、Bさんの未婚の姉のD
 (80歳代前半)がいる。 家は、それほど大きな家でない。
・Aの母親Fは、AとAの弟E(21歳)を育てるため身を粉にして働いた。
 そしてAは女子短大を卒業、新潟(私の会社)に就職して5年目になる。
 弟Bはコンピューター専門学校を卒業、今年から首都圏のソフト会社に就職。
・ところが母親は立ち仕事で人一倍働いたため、腰痛が悪化。
 去年から働きに出れなくなり収入も途絶えた。
・そのため元々折り合いが良くなかった同居の叔母Dとの人間関係のバランスが
 崩れてしまった。子供二人が家を出ていったことと、母親Fが働けないため
 収入が途絶えたことで、弱い立場の陥り、その結果、鬱病になりかけている。
・Aにとっては、そんな実家には帰りたくないが、そのままにしていたら母は
 重度の鬱病になり廃人になってしまう。A一人の収入では母親を引き取れない。
 そこが地獄絵図の世界としても、その家に帰らないと母は間違いなく潰れる。
――――
という内容である。 露骨に言ってしまえば、
 ・「行かず後家」と、
 ・その実家に「出戻ってきた母」と、
 ・嫁の立場の「お祖母さん」と、
 ・その間でシドロモドロする「お祖父さん」が、織り成す小さな
‘葛藤ドラマ’である。
Aは華やかではないが、キリッとした美形で、浮いた話は全く無い。
この実家4人の関係の、それぞれの立場が「針のむしろ」。
・「叔母E」にしても、頼るのは弟のBしかいない、
・「家長B」も連れ合いのCと、姉Dと、娘Fとの間で神経をすり減らし
・「嫁の立場C」も、小姑Dとの同居自体が地獄である上に、
  旦那Bと娘Fとの間に立って神経はボロボロのはず。
  小姑Dが生きている限り、80歳近くになっても嫁の立場は変わらない。
・母親Fは家をでて、娘か息子の元にいくと、お婆ちゃんCと小姑Dの
 バランスが崩れる。

聞いているだけで、小説のような深い煉獄のような世界が見えてくる。
おまけに、「長生きの家系で年寄り三人は10年は最低生きそうだ」という。
更に、Bは‘独身?で外にいる息子’を呼び寄せるつもりだという。

結局は、本人Aは会社を辞め、新潟を引き上げ実家に帰って働く決断をした。
感心するのは、本人はアパートで質素な生活をしながら、母親に仕送りして、
短大時代の奨学金を5年かけて全て返したことだ。
赤貧の生活だったのではなかろうか?

その上に、その実家に母親を助けるために帰るという心情である。
若い女性でなければ手を貸してやりたい位である。
現在彼女にとって必要なのは、「白馬の騎士」である。
その姿勢を貫いていれば、必ず現れるはずだが・・・
田舎に引っ込んでしまうとチャンスは狭まるだろう・・・

私が当人だったら、どうするだろうか?
生きの良いうち?に、理解してくれる伴侶を探すだろう・・必ずいるはず!
「今どき家に縛られるのはどうか?」などとかいう問題ではない。
それか難しいだろうが、母親の結婚相手を探すのも一案である。

先日、一家を惨殺して投身自殺をした主婦の事件があったが、
永年の蓄積したドロドロしたものがガス爆発したのだろう?
あまりにも気の毒なFさんに心をこめて、「明るく生き抜いて欲しい」と
願うばかりである。この状況で明るく生きるのは難しいだろうが・・
それより、「生きているだけでも幸せである」ことに気がついて欲しい。

どこの家庭にも、このような話は親戚筋の中に幾つかあるが、
あまりに設定が・・・・
   
そのために宗教がある。「生長の家」「天理教」あたりを勧める。
天の理や、仏教の教えを噛み砕いて教えてくれるからだ。
苦しみが深いほど、救いも大きくなる。
こういう場合に、「何で既存の仏教の寺は勧められないのだろう?」
坊様には、それが解ってない!
                (*^ワ^*)i バイバイ
――――
▼ 当時は、当主のお祖父さんに問題ありと思っていたが、古希も過ぎ、
 改めて考えみるに、この状況で、身内が何とか助けあう当主の姿勢は、
人間として、崇高ではないかと、思えるようになっている。小さな家に、
本人が帰った上に、叔父が同居となると、6人は、やはり過剰になるか。

・・・・・・
2014/02/27
閑話小題 ー年金生活者になって垣間みえてくる貧困問題? 
 年金生活に入って、事業人生の気の張りも緩み、かわり映えのない日々が続く。
年金生活になれば、娑婆ッケも抜け、今さら欲しいモノも、してみたいコトもない。
還暦までが人生の面白いところ。あとは、自然の流れに身を委ねて、日々、面白、
可笑しく生きることを心掛けるしかない。生活に心配ない収入があるかないかだが、
自然に適応するから不思議。同世代が、二ヶ月後から古希になる。
残された人生の期間が、あと平均10年になる。そのうち9年間が介護を必要、
というから、そう甘くはない。比較的恵まれた環境の生涯だったが、ここにきて、
周辺が寒々とした空気になってきた。貧困問題である。以前も書いたが、世界と
比較した相対的貧困問題である。この東北震災の影響が今後、さらに深刻になり、
日本は貧乏国になることは避けられない。 以前にも少し取り上げたが、
 ーその辺りをネットでみるとー
《 日本の貧困率についての最新のデータ、OECDの2009年の統計によれば、
 日本の相対的貧困率は16.0%で、この年に調査された中では、イスラエル21%、
トルコ19.3%、チリ18.5%に次いで4番目に相対的貧困が高い。同年調査された
韓国(15.3%)よりも高い率である。2009年には調査されなかったが、かねて
貧困率が高いアメリカ合衆国が17.3%(2010年)、メキシコが20.4%(2010年)。 
日本より貧困率が高いメキシコ、トルコ、チリはいずれもOECDには加盟しているが、
先進国と言える経済力ではないため、日本は先進国の中でイスラエル、
アメリカに次いで3番目に貧困率が高い国になる。逆に西欧諸国は大半が10%以下、
全調査国中最も低いスウェーデンとデンマーク5.3%を筆頭に、北欧の貧困率が低い。
 厚生労働省の調査では、日本の相対的貧困は2009年の時点で16.0%は、データが
存在する1985年以降で最も高い数値。2007年の国民生活基礎調査で、日本の2006年
の可処分所得の中央値(254万円)の半分(127万円)未満が、相対的貧困率の対象
となる。これは、単身者では手取り所得が127万円、2人世帯で180万円、
3人世帯で224万円、4人世帯で254万円に相当。日本は、かっての調査では北欧諸国
並みの水準で「一億総中流」と言われたが、1980年代半ばから2000年にかけて
貧富格差が拡大し相対的貧困が増大した。なお、ジニ係数と相対的貧困率は
定義が異るので一概に比較は出来ないが、単身世帯を含めたすべての世帯に
おける年間可処分所得(等価可処分所得)のジニ係数で国内格差をみると日本は
アメリカ・イギリス・カナダ・オーストラリアの英語圏諸国より格差が小さく、
フランス・ドイツとほぼ同程度の格差であった。相対的貧困率は、1980年代半ば
から上昇している。この上昇には、預貯金や不動産を所有しつつ収入は年金しか
ない「高齢化」や「単身世帯の増加」、1990年代からの「勤労者層の格差拡大」
が影響を与えている。「勤労者層の格差拡大」を詳しくみると、正規労働者に
おける格差が拡大していない一方で、正規労働者に比べ賃金が低い非正規労働者
が増加、また非正規労働者間の格差が拡大しており、これが「勤労者層の
格差拡大」の主要因。》と、やはり深刻である。
▼ 年金生活に入って、家にいるケースが多い上に、見栄など、どうでも良い
 年齢だが、それでも思わぬ出費が次々かさむ。リーマンショックによる静かな
恐慌と、大震災による影響で、マイナスの影響を受けるのは、貧困層。我われ
世代は「良い時代」を生きてきたが、これからは「悪い時代」に生きることに。 
良い時代を知らないから、それが当り前?

・・・・・・
5230,閑話小題 〜古希を過ぎると!
2015年07月10日(金)
   * 中国が変と言われてきたが、ついに? 〜��
 知らなかったが、一昨日の中国の株式市場で、半数近くの銘柄が、商い
ストップになった。暴落しそうな会社が、それを阻止するために、自主的に、
売買を停止する権利があり、それを実施したため、半数の商いがなかったため。
こういう狼狽の投げ売りには、目先は有効に働くが、大きなウネリを止めることは
不可能である。それにしても一年で株価が2・5倍の方が、よほど異常であり、
その反動があって当然。株主の8割が一般投資家(日本は2割強)というから、
大暴落が起きたら、国家そのものが大揺れになる。また、信用取引が三倍まで
可能で、当り前のように行われているという。当面は腕力で抑えるだろうが、
次のステージが、どうなるか。 昨日は、世界中が固唾をのんだ一日だった。
   * 古希を過ぎると・・
 一昨日、スポーツジムの行くため、車に乗ろうとしたがドアが開かない。 
さて、どうしようか?と迷った。バッテリーがあがったようだ。
・ カード会社の「ロードサービス」か、
・ 自動車保険に電話をしようか、
・ 購入会社トヨペットのサービス部門か?  と迷ったあげく、
何を血迷ったか? トヨペットに、「どうも、バッテリーが切れたようで・・」
と、電話をしたのが間違いの元。早速、サービスが新しいバッテリーを持ってきて、
既存のものが寿命かどうかも確認なしで新しいのに交換し、「2万5千円」の請求。
電話で「バッテリーが変」といえば、相手は商売。交換依頼と解釈して当然?
「まだ、年金受給者の自覚が足りない」と、家内に嫌味をいわれ・・
「一年点検時」にバッテリー交換の時期といわれていたような? その辺りの記憶
は曖昧だが・・ まあ、緩んでいるということ! 年金暮し、こういうのが効く!
・・・・・・
4865,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー33
2014年07月10日(木)
  * つれづれに 〜事業を通した「力と、遊びと、学びと、その背後の闇」
 事業を通して多くを学んだ。その一つが金沢でのこと。追込まれ、気持ちが
深く沈んでいた時、内なる声が浮かんできた。「私は、ここに学びに来ている。
順調で満足しているより、この事態こそが学びではないか。こんな惨めな状態は
二度と経験はできない。現状がマイナスほど、逆にプラスになるはず。
そんなことも分からないのか!」と。そこで現象を改め見直すと、全てが違って
見えてきた。逆境は学び、順境は遊びと、割り切ればよいということか。
3年前も、そのことを思い出し、「こんな経験、二度とない。倒産の当事者に
成りきって、今すべきことを一つずつ処理をしろ」の、内なる声にしたがい
冷静?に取組めた。これは、節目時の対処を何度か経験してきたこともある・・ 
それをみていた、月次経理監査で30年、来社をしていた税理事務所のJさん
曰く、「楽しんでいますね!貴方は現在、何が起き、どういう立場にいるか
分かっていない?」と、呆れ顔。 それに「分かっていないのは彼方!」とも
言えない。偽悪的にいえば「これで創業から終わりまで起承転結の全てを経験
できる! これは立上げからの行蔵を持った私の45年の最期の仕上げ!」
の気持ちが、身体も心も自由にしてくれていた。 表立った心は沈んでも、
こころ根まで折ることはない。痩せ我慢としても、冷たい視線?に対し、
逆照射をしているしかないが。
 ブラックスワンの長期的対策をしてない中小企業の9割?以上の方々が、
その視線で、面白おかしく中傷している自分の姿が分からないのが、ブラック
ジョーク。 他人には、隠れた45年が見えないし、見ることもない。学び、
遊び、働きと、それらから解き放された自由な心、の4分類で考えると、人生が
鳥瞰して見えてくる。 「学び」を切口にすると、マイナスの出来事が真逆に
見えてくる。「遊び」も同じ、現象そのものを遊べばよい。失敗も、遊びで
括ると、ケセラセラ!に、思える。「働き」で括ると、戦略的失敗も、無我夢中
だから・・になる。全てが意味(価値)づけが可能ということ。この3つの
括りも、宇宙的括りの解き放された自由な切口で、包み込めばよい。
死んで3日もすれば、300年前、死んだのと同じになるのだから。
 人生の鳥瞰は面白い!


5959,閑話小題 ―帰りの宇宙船内で 〜5 人生の元をとったかい

2017年07月09日(日)

   * 人生の元をとったかい
 ふと気づくと、学生時代の友人だったAが、隣に座っていた。30年前に
脳梗塞で亡くなった男だが、突然の死で、当分の間、成仏できなかったようだ。
 開口一番『人生の元を取ったかい?』と問うてきた。
 A君が言うには、
『人生の最も美味しい時節の前に、突然終えたのは残念。成仏出来ないまま、
見えていた情報化時代と、ソ連と東欧の共産圏の崩壊の時代に立ちあえた君ら
が、羨ましい限り。あと、老いた父親から強引に実権を取ったことも。』と。
ここでは故人の愚痴の聞き役になっていた。幸せを絵にしたような男だったが…
『堀井な〜。生きている内だよ人生は。それも日常の平凡と、それとは別の
非日常でトリップする経験の組合せを、楽しむことを心掛けることだよ。
それと、孤立でも、孤独でも何でもいい。自分を閉じ籠めて、暗闇の漆黒を
味わうことだよ。そうした分、外の世界の輝きが違って見えてくる。地球は、
広く、深いと、つくづく思うよ。地球は極上の観光名所であり、そこには、
地球自身がつくり上げた大自然と、人間のつくり上げた文明・文化もある。
 それらと可能な限り、触媒し、直感し、味わうことだよ。自分は現実に
溺れ過ぎて、一番大事なこと、平凡の日々と、トリップして現実から離れた
時空を味わうことが、あまりに少なかったよ。』 といって、消えていった。
フッと気付くと、宇宙船が消え、宇宙の漆黒の中、魂だけが独り漂っていた。
30年前に、新潟駅前で事業をしていた時の不動産屋社長で、町内会長だった
酒友で古町を月に一度、10数年、飲み歩いた人と、私の母親の二人への質問
と同じだった。二人とも、「よくぞ聞いてくれた」と?、急に顔色が輝き
だしていた。 老いるに従い、「人生、これ果たして良かったか、悪かった
のか」の自問自答が深くなる。良し悪しとは別に、充実した人生かは、本人
の心の問題になる。2人とも、『とったとった充分とった!』であった。
2人とも、当時70歳後半だった二人の共通点が、何れの時点でも人生を
楽しんでいた。太平洋戦争の最中、何とか家庭を支えて生き抜いてきた。 
その質問を、学生時代の友人が、私に質問をしたのには驚いた。そして、
私の答えも同じ『充分とった!』。

★ 後記= で、偶然だが、以下に続いていく。あの世だけでなく、娑婆も
 漆黒の闇である。 偶然にしても、少し気味が悪い… 

・・・・・・
5594,夫に死んでほしい妻たち
2016年07月09日(土)
          <「夫に死んでほしい妻たち」〜小林 美希(著)>
 TVで、朝からシリアスなテーマ、『夫に死んでほしい妻たち』の特集を
組んでいた。この本をベースにしたのだろう。インタビューをした二人に一人
の割りが、夫に死んでほしいと切に願っていたという。
 団塊の世代が定年に入った現在、各家庭内は、その確執で大揺れ。
「昼間の間だけでも、家から出て行って!」と言われ、行くところといえば、
図書館、公民のSJ、SC、ツタヤの徘徊か、あとは散歩。といえば、私の日常
に幾つか重なるが、私といえば、家では、居間の外に、書斎コーナーのある仏間
と、寝室のTV前のベッドがネットや読書の空間に丁度よいので助かっている?
 何もするでなし、居間でゴロゴロしている夫に妻は辟易、その行き着く先が、
「死んでほしい」と、心から願うのは自然の摂理。そこで、TVのテーマその
ままの「夫に死んでほしい妻たち」を、ネット検索して出てきたのが、この本。
 最初から終わりまで息がつけないほどシリアス。ことは、深刻である。
  アマゾンの〜内容紹介と目次〜より
―――
■内容: 家事や育児において、妻の「してほしい」と夫の「しているつもり」
 の差は、想像よりもはるかに大きい。のみ込んだ怒りが頂点に達した妻の抱く
最後の希望は「夫に死んでほしい」…。 毎朝子どもを保育園に送る。
週に一度は料理をつくる。それだけで自信満々な夫を、妻はどう感じているか? 
やがて、怒りを爆発させることにも疲れた妻は、一人つぶやく。
「死ねばいいのに…」 世の中たちを戦慄させる、衝撃のルポルタージュ!
【目次】
 □ 第一章 子育てという試練! そして愛は殺意に変わる
●第一話  育児休業という罠(38歳・会社員)
・「戦場から逃げる夫」
・共働きは当たり前の時代
・幸せから「産後クライシス」へ
・結婚式前日からの押し問答
・妊娠中でも夫は平然と飲みへ /ほか
●第二話  ほどよく良い夫(41歳・システムエンジニア)
・理想は子どもだけがいる生活
・低燃費男性と勢いで結婚
・夫は「できない部下」
・私の子に気安く触らないで/ほか
●第三話  リビングルームで芽生える殺意(45歳・会社員)
・殺意を抱かせる夫の足音
・妻が忙しくなると夫婦関係が悪くなる
・息子に怒ってばかりいる夫
・夫はただの同居人/ほか
 □ 第二章 「寿退社」は地獄の扉! 専業主婦の呪いの日常
●第一話 キャリアを断絶させられた妻の恨み(46歳・一部上場管理職)
●第二話 娘の病から始まった危機(46歳・パート)
●第三話 夢追い夫との家庭内戦争(39歳・パート)
●第四話 二世帯住宅という牢獄(34歳・主婦)
●第五話 セレブ主婦の仮面の裏側(39歳・主婦)
●第六話 欲しがる妻と欲しがらない夫(47歳・主婦)
 □ 第三章 もう夫はいらない! 団塊妻の恨みは骨髄
●第一話 部活未亡人の嘆き(40代・教師)
・毎日がとにかく部活中心
・こんな暮らしやってられない! /ほか
●第二話 2番目に好きな人との結婚(58歳・看護師)
・40歳の転機
・夫の加齢臭が耐えられない
・「だから女は家にいろ」との戦い/ほか
 □ 第四章 これが夫の生きる道?イクメンたちの現実と理想
――――
▼ 第二章の「寿退社」は地獄の扉! は、今さらだが。そこで、
 互いのライフワークを持って、独りの世界をつくりあげるしかない。
TVで、夫の禁句を紹介していた。「手伝おうか?」である。言い分は、
「定年後の家事は分担の筈なのに、手伝ってやるとはフトドキ千万」である。
夫の人生の果てに待っていたのは、妻という名の鬼である。で、以下に続く。
 そうこう考えると、そこそこの金と、健康と、自由精神が必要である。
「 ああ〜〜〜〜〜〜〜 」の悲鳴が聞こえてきそうである。
――――
2016/04/04
閑話小題 〜『男って、定年になったらいらないのよね!』〜��
           『老いかたレッスン』渡辺淳一著 より
   * 産業廃棄物の末路
 第二の人生の準備のない人の末路は哀れである。
この言葉は、著者の淳一が、老後の生き方の講演で、聞こえてきた言葉。
リタイア後、邪魔者扱いされている団塊世代の夫に対する、奥方の、
『男って、定年になったらいらないのよね!』が、耳に聞こえてくるようだ。
私自身が、その一人だからこそ身にしみる。ただ、少し離れた仏間に、書斎・
兼パソコン・コーナーをつくって棲み分けて、何とかバランスがとれている。 
また日中は、互いに違ったスポーツ・ジムや図書館に行ったり、別行動が多く、
それで丁度良い間隔が出来ている。 一般的に、夫は妻より7〜8年も早死に
するが、これも長年の仕事からくる磨耗の結果。
 雄ライオンも、支配下の群れを、何時か、より強いのに敗れて乗っ取られた
後は、離れライオンとしての野垂れ死が待っている。先日、旅行帰り立寄った
居酒屋で、何処かのOBらしきグループ7〜8人が、不在の元同僚の悪口が、
襖を隔て聞こえてきた。退職後も、会社の首輪と紐を付けたまま集まって、
昔の傷口を舐めあっている姿が、痛ましい、というより何とも哀れ。
定年後の寂しさを紛らしているようだが、せっかく解放されて、自由を謳歌
できるのに、今さら何だろう? 飼い主の家が全世界で、それも仕方がない
といえば、ないが。 こういう人が、四六時中、家でゴロゴロしていたら
連れあいは、地獄。そういう私も大同小異。 それでも一日単位では、
スポーツジム、図書館、早朝の一時間のミニ・サイクリングに。週単位で、
シネマと、月単位では、何処かの飲み会に。年単位は、家内の鞄持ちの旅行と、
何とかバランスを保っているだけ。
 一般的に、夫が驚くのが妻の外出の多様さという。何せ、長年の主婦歴と、
横に繋がる人間関係が幅が違う。『あの人は、息子の小学校時代の友達の母親
で気が合うの』とか、『今日は大学の同郷OB会の幹事の打ち合わせ』とか、
地元密着型。 ところが、男は縦社会の他動型ロボットで、指示をされないと、
動けない。 「自由の不自由」で、自失呆然。 家に篭るが、妻から家から、
追い出されて、午前は図書館か、公設のSJ辺り。午後からはSCのベンチで、
人通りを眺める日々。これが慣れると悪くないらしい。
そこで、小遣い格差と教養格差がシリアスに出てくる。   ーつづく
2016/04/05
閑話小題 〜『男って、定年になったらいらないのよね!』〜��
           『老いかたレッスン』渡辺淳一著 より
   * 出かけようにも、何処に? 
 『男って、定年になったらいらないのよね!』 リタイア後に、
こんな言葉を投げかけられたら夫は、グサッとくる。これに近い言葉を
週一は投げかけられているが、長年かけられたら生きる気力がなくなる。
 著者は私より12歳年上。この本を発行した2年後に80歳で亡くなった。
私にとって、70歳代を生きる道標のような内容。75歳からの後期高齢期は、
右下がり一方で厳しいらしい。 教訓として、あと5年間、捨身で生きろ!
〜世田谷区内の高齢者10万人のデーターによると、
・65歳以上の高齢者の4人に3人は、自宅内から一歩も外に出ない。
・近所付き合いは、「ほとんど付き合いがない」「挨拶をする程度」が6割弱。
都会の高齢者、特に男性は家に篭りきりで、外には滅多に出かけないため、
急速にボケるらしい。外に出かけようとしても、何処に行っていいか分からない
上に、手持ちの金が少なく、足腰が痛んだりして外出が億劫になる。
 それに比べ女性のキャリアが長いため、日々を楽しんでいる。
 ここで、著者は妻の禁句として、『どこかに出かけたら』の言葉。
これを言われると、すべての夫は居たたまらなくなり、「うるさい!」と、
言いたいが、その気力もなくなり、それが痴呆化を促す。だから、人生設計に
ライフワークを長年かけてつくっておく必要がある。 そこで、『自伝』の作成
を勧める。誰のための自叙伝でなく、自分のための自叙伝と割切ってしまえば、
過去の思い出は、次々と湧き出てくる。
 独立独歩で生きてきたので、リタイア以後の生活に全く戸惑うことはないし、
部下を介して何かをするのより、一長一短があっても、自分の手足でする方が、
物事がはかどる。 以前から実行してストレス解消になっているのが、週一の
酒とツマミと飲料の買い物。買物症候群という精神質症があるが、私のは小さな
ストレス解消。それと嫌なことがあった時の「百均」の買物。一時間で、7〜8個も
買えば、心が晴れる。 高齢期は特に『おもしろき こともなき世を おもしろく
すみなしものは 心なりけり』の高杉晋作の言葉のように生きるしかない。 
目を凝らすと、面白いこと、楽しいこと、知りたいことが、あまりに多い。 
如何に馬鹿の壁のため、それに気づかなかった?か。
「犬も歩けば 棒にあたる」と、成るほど、昔の人は良いことをいった。
――――
2016/04/06
 閑話小題 〜『男って、定年になったらいらないのよね!』〜��
            『老いかたレッスン』渡辺淳一著 より
   * 70歳代、特に後半は、すざましい!
「70歳代、特に後半は、すざましい!」は、医師である著者からみて、私の
同世代からみて、充分に頷ける。 数ヶ月前に70歳代になって感じたことは、
「(3年を見据えた)一年単位でしか、人生計画を立てられない」という実感。
後方から迫ってきた己の死が、真正面から迫りくるような感覚は、やはり60歳代
とは、全く違う。 人生の峠から見えてきた風景も、寒々としてきた。 
  〜その辺りから〜  
≪ 六十代で運動して、体力をつけるのも悪くはないが、外に出てさまざまな
 人と触れ合い、話し合うのは、それ以上に明るく、若返らせるはずである。
 そして七十代、これはなってみて改めてわかるが、すさまじい世代である。
すさまじいとはなにか。これをあえて具体的にいうと、日々、確実に老いて
弱っていく年代、とでもいおうか。
 その前、六十代は老いるとはいえ、まだ鍛えようによっては伸びる、
強くなる余地もないわけではなかった。しかし、七十代はすべて下るだけ。
あれ、こんなことができなくなった、これも無理かと、不可能なことが増える
ばかり。といって、努力しても無駄。 かくして、ここからは「諦めの時代」、
老いてやがて死ぬ、そのための準備期間といえなくもない。
 こう書くと、人生の末期、暗いだけの時代、と思うかもしれないが、
そうともいいきれない。 このすべて終わりに向かって傾き出す、このときに、
とてつもない発想にとりつかれ、動き出すことがある。 たとえば、突然、
動物や植物に異様に熱中したり、今迄と全然、別の仕事に全力を注ぎこんだり、
激しい恋に溺れたり。
 七十代の高齢者とは思えぬ、激しい行為に熱中する人が少なくない。
そう、わたしも七十代後半になって、突然、自らの不能、インポテンツに
ついて書こうと、思いついたけど。これも、七十代の狂気かも。
賀寿のなかで、七十七歳を喜寿としているが、なにをやらかすか知れない、
狂寿としたらどうだろう。とにかく人生、長く生きてみるとそれなりに
妙味に富み、面白いものですよ。 ≫
▼ 夜半に目が覚めて、フッと自分の死を考えることがあるが、ここにきて、
 それが、リアルなフラッシュの塊と、生きてきた人生が小さな丸=(。)
に凝縮して、それが更に点(.)になり、無限の極小になり、消滅していく
イメージが出てくる。 そして我に返ると、その微小の人生が愛しく思える。
その点の中には、両親、亡くなった兄姉、因縁のあった知人たち、恩師が
リアルに生きている。そして行蔵が詰まっている。 我が人生、万歳。
我が両親、万歳。我が恩師、万歳。我が因縁在りし恩人たち、万歳。
残された人生に、万歳。 考えてみれば、『人生はそのものが狂寿』である。
「誰の?」「すべての!」 だったら、せめて心の底で、狂喜乱舞したら?
考えたことが無かった? なら、考えてみたら! 考えている? 本当に?
バカバカしい? バカになってみてから言ってみたら! で、『男はつらいよ』
を見たら!「泣いても笑っても、同じ空」。「狂っても正気でも、同じ空」。
「エライコッチャ、エライコッチャ、同じアフォなら踊らな、ソンソン」か。
それが面倒だから、ウタタネ寝をしている。それもありか! で、残された
時間を、どうしようか? うたた寝で、心の中で狂喜乱舞か、これまでの
人生で培った材料を駆使して、燃焼するか? それもこれも、今さらか。

・・・・・・
5229,閑話小題 〜中国経済が変と言われてきたが、ついに?
2015年07月09日(木)
   * 中国が変と言われてきたが、ついに?
 数日前から、中国の株式が変である。昨年7月以来、株価が2.5倍なら、
当然、反動がくる。それにしても、半数近くが売買停止とは、異常事態である。
これが、隠れていた世界恐慌の現出のキッカケにならなければ良いが。
 〜以下は、ネット上のニュースだが、どうなることか?
≪ 中国リスクへの警戒感が市場に広がっている。上場銘柄の約半数が売買停止
 となる「異常事態」にグローバル投資家は、株式や商品などのポジションを
手仕舞い始めた。実体経済への影響も懸念され、金利は低下、リスクオフの
円買いも出ている。・・
 8日の中国株式市場の上海、深セン取引所では約1300社の企業が売買停止。
全上場企業2808社のうち約45%が売買できない状況となっている。・・
 中国株が下落したこと自体を、市場関係者が驚いているわけではない。
上海総合指数は年初から60%、昨年7月からは2.5倍という急上昇を
みせてきた。 ≫  
   * ギリシャの末期現象と大阪都構想の破綻
 ギリシャが、EUのギリシャの改革案の是非で、大方の予測に反して、
「ノー」を主張する現首相を支持をする選挙結果に終わった。この結果を
携えてEUと交渉するというが、本末転倒は誰の目にも明らか。
気の毒だが、「ヨルダン化」「レバノン化」の茨の道が待っている。
 国家とはいえ、『金が無いのは、首が無いのと同じ』。首無しの彼らが、
地中海のエーゲ海を背景に右往左往する見苦しい姿が、現実問題として、
目の前につき付けられる。ところが、これが近未来の日本の姿である現実を、
誰も語らない。 橋下の『大阪都構想』が、僅差の投票で破綻したが、これと
何か似たところがある。全国各地から大阪市と大阪府の二重行政の甘さに惹かれ
移住してきた連中は、無駄の廃止など、もっての外。その彼らに判断の一端を
委ねることが誤り。その点、ギリシャも同様。 オリンピックの、お祭り騒ぎ
の日本国家も同じこと。ギリシャはEUが見捨てないとタカを括っているが、
果たして、そうだろうか。残留ならドイツのEUの離脱もあり得ること。
 ある日、EUもギリシャも、怒涛のような金融の大混乱が生じて、特に
ギリシャは国家破綻の可能性が強い。 日本の近将来の行方が見ものである。
その時、誰も助けてくれないことが理解できないのだろう、彼らには、
いや、日本もである。 〜以下は、あるHPのコラムだが・・ 
――   何もおきなければよいが・・
《 本欄7月7日付け「9月リスクに身構える市場」で挙げた、米利上げ・
 ギリシャ危機・中国株不安の3つのリスクが早くも共振現象を引き起こし、
市場を揺らせている。なお、引け後の日本時間朝6時台に、ブリュッセルで
ユンケル欧州委員長とトゥスクEU大統領が記者会見。EUホームページで
伝えられる発言は、語気鋭い。「合意できずば、ギリシャは破たんし、
国内の銀行は倒産する。それはないという錯覚に陥っている人がいれば、鈍感と
言わざるをえない。」(トゥスク氏) ユンケル氏は「ギリシャのユーロ離脱は
回避したいが、ユーロ離脱に備えた詳細な計画も既にある。」と明かした。
市場では、「プランB」と呼ばれる非常時対応計画。 独ビルト紙も、
メルケル首相がブリュッセルに持参する「5項目プラン」の中に
「ギリシャのユーロ離脱のケースも含まれる。」と報じている。
たしかなことは、今週中が、ギリシャにとって「ラスト・チャンス」ということ。
「もはや時間的猶予は数週間も無い。」と語られる。 ECB(欧州中央銀行)
保有のギリシャ国債(35億ユーロ)償還が7月20日に迫ることを考慮すれば、
ギリギリの期限設定と言えよう。》   問題は、今日、明日である。
・・・・・・


5958,洗って使える 泥名言 〜3 ーライオンは弱い奴を借りに行く

2017年07月08日(土)

    
            <『洗えば使える 泥名言』西原理恵子 (著) >
   * ライオンは弱い奴を借りに行く
  〜 他の章の面白い泥名言が… 〜
<すべての男は3等賞や。それを一等にするも、三等にするのも自分や。> 
 と、知り合いのママが言っていたというが… 凄いことをいう。更に、
<三等を三等のままにしておくのも立派なことで「それで充分やんか」>
 だと。 それもこれも、泡沫の夢幻の話。死んでしまえば皆、同じ。

<ライオンは弱い奴を借りに行く。>
 暴力と貧困は、高いところから低いところに行く。世間とかいうゴミダメは、
 こういう弱者探しを生業に成立ち、日常会話で「にわか裁判」をしている。
 まず検事がいて、裁判長、そして傍聴人までいる。多くが、人生不燃焼組で、
 その燃え残りに火をつげ、自己満足する輩。対象は「大変な人」。

<よく離婚とか、彼女と別れる段になって、きれいに別れようとするバカが
 いるじゃないですか。あれ、一番ダメなんですよ。何やっても嫌われるの
 なら、「どうして、こんな奴と」思われるぐらい嫌われた方がいい。>
 キレイに事業撤退とか転職をしようとするから、ダメ。嫌われ罵声を浴び、
「これも有りか」と、独り打ち震えるのを逆に楽しむ位でないと。 
「最期は、キレイに撤退したい〉の私の要請に対する弁護士の答え
〈借金を踏み倒すのに、キレイも汚いもない。70点が最高点と思って下さい!
〈それでは、70点に近づけるように、お願いします。〉と方針決定。
 甘かったかもしれないが、過去の経験からして、やはり、後味の悪いのは、
 傷口に悪い。
―
▼ 大変な家庭環境の中で、下ネタ経験充分の人生もあり、とう泥名言の数々。
 緑の原野(娑婆)には、花も実もあるが、捕食動物も、被捕食動物もいる。
狩るか、狩られるかの弱肉強食のドラマが日ごと繰り返されている。ところで、
『今、何になっているの?』『何を狩ってんの?』『何を楽しんでるの?』
『人間をしているの!』『好きな遊びを探してるの』『趣味を楽しんでるの』…
… など、様ざま。問題は、時間が限られていること。キーワードは、『よく』
が、それぞれの生きざまの頭についているかどうか。その為には考えることだ。

・・・・・・
5593,幸福の条件とは 〜�� ドーダの四分類
2016年07月08日(金)
           <「幸福の条件〜新道徳論」鹿島茂著>
   * ドーダの四分類
「ドーダ!」という自己愛・威張り動機で人間は行動し、歴史もこれで動く、
という論だが、面白いのは、それを四分類をしたところ。『ドーダ』をネット
検索をしたところ、分かりやすい解説があった。 〜その辺りから〜
≪ この価値は、ドーダという自己愛の表現を、「陽ドーダ」「陰ドーダ」
「外ドーダ」「内ドーダ」の四つに分類したところにある。
・陽ドーダは、ストレートの直球型。「ドーダ、おれはすごいだろう」である。
・陰ドーダは、ひねくれた変化球型。貧乏が清貧になり、粋が乙になる。
 病院での病気自慢や、不幸自慢など、日本のドーダはこの陰ドーダ系が多い。
 筆者は、日本が戦争で負けた、いや、戦争を起こしたことそのものも、西郷隆盛
 の陰ドーダの怨霊が日本人の思考としてこびりついているからだと説く。
 要するに、負けるが勝ち、現実で負けて思想で勝つというやつだ。
・外ドーダは、ドーダの向くベクトルが外に向うこと。その典型がお手本ドーダ。
 お手本を外に求めて、自分がそれに忠実であることを自慢する。日本の学者の
 ほとんどがこのお手本ドーダである。
・内ドーダは、自己の告白の赤裸々さを自慢する赤裸々ドーダ。
 不幸ドーダ(あれ、陰ドーダとどう違うのだろう)、根拠なく自己の国や
 出身地を最高とするお国自慢、愛国ドーダ。≫
――
▼ 「限度なき貧欲」を漫画家の「ドーダ」の一言で、歴史上の難解な事件を
 解明するとは新鮮な着想である。人の心は、この4つが絡みあい捩れている
ため、まずは、一つずつ、とき解いていかなければならない。この随想日記を
書き続けているのも、「どうだ、15年以上も続いているだろう!」の気持ち
が有るため? いや、新たな知識、日々の刻印のため。それより面白いが先に
立つため。「ドーダ」だったら、途中で、止めていたはず。モナコのヨットの
船着場で、夏場、豪華パーティが開かれる。これも主催が、招待者に、
『ドーダ、凄いだろう!』の、見栄のため。世界の金持ちも、こんなもの。
エジプトの古代のファラオが、豪華神殿をつくり、近隣の王族に見せつけて、
戦意を奪ったというが、これも「ドーダ」の典型だろう。当然、事前の知識が
なかった私も、数千年の時間をおいて、腰を抜かさんばかりの動転をした。

・・・・・・
5228,思いが人生をつくる ー�◆  礎療�プライドは危険
2015年07月08日(水)
        『思いが人生をつくる』〜ジェームズ&リリー・アレン著
  * 知的プライドは危険
 学生時代、読書の絶対量の少なさを自覚し、知的コンプレックスに陥った。
以来、早朝を中心に2〜5時間の読書習慣を続けてきたが、この程度。しかし
半世紀近く続けると、その量が質の向上に繋がってくるが、大学ノートに、
せめて1ページでもメモの習慣を付けておけばと後悔をし、14年前から、
個人HPで、その内容を記録をし、公開を始めたのが、これ。 自ずから、
8〜9割方の人が、読書の絶対量が少ないことに気づくことになる。
特に地方の人は、それに気づく機会が少ない。そうすると、対話できる
相手が少なくなる。そこで、自分の壁が出来ていく。所詮、それも馬鹿の
壁になるが、それが知らずにプライドになっていく。 これが危険という。 
〜その辺りを抜粋〜
≪ 外見や衣服、もしくは富や地位をひけらかすプライドといった些細な問題は
 取り上げません。もちろんこのプライドも、好ましくありませんが、所詮は
弱い心、もしくは大人気ない心から生まれたもので、心が成熟すれば克服できる。
 より危険なプライドは、「知的プライド」です。なぜならこのプライドは、
成熟した心に現れながら、その存在は明確ではないからです。
熱心な研究や思考の力、もしくは高等教育によって誰かが他人より秀でると、
そこに「知的プライド」、もしくはそれに近い感情が生まれます。
 ある人はこの感情によって、他者を「惨め」と決めつけたり、物事の真意を
つかめない人に対しては、もっとエスカレートして「馬鹿な連中だ!」と叫んだ
りするのです。この類のプライドが、近代の改革を台なしにしています。
利己的な改革に異常なほどに固執している政治家があまりに多く、自分に賛同
しない人を「惨め」ととらえ、この感情を他の民族や先人たちにまでも、
伝染させるのです。・・・
 「私は真理を守るために力をつくします」
そう老いた哲学者に語りかけた若者がいました。
「若者よ、そんなに真理を守ろうとしているは、真理か、
 それとも、真理に対する自分の意見か、どちらなのだ?」
哲学者は、そう静かに質問したのです。
人が真理を知るとき、それを守ろうとしません。なぜなら、真理そのものが
守られた存在だからです。同じように美徳に関しても大騒ぎなどしないのです。
静かに、しかし、明確に、真理は、それ自体が人生の中で人格のようなものと
して存在意義を示しています。人格とは、だれもそれに対して反論したり、
議論できるものではないのです。 言葉や議論は、砂の上に書かれた文字のよう
なものです。それに対し人の行動や人格は、人生という永遠の岩の上に、
けっして消えないように刻みこまれた彫刻のようなものなのです。 ≫
▼ 「世間」を嫌っているのが、私のみすぼらしい「知的プライド」が、
 原因だろうかと、思い浮かんだ。現象をそのまま、事実と区別しない輩。
こういうことは、黙っていればよいものを。わざわざ。知らないということは、
底知れぬ恐ろしさがある。 この「知的プライド」の危険性もだが!
この半世紀も何を読んできたというのか? このことを知るためか!
・・・・・・
4863,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー31 
2014年07月08日(火)
  * 都銀支店長の全面協力が、出発第一歩!  〜後半編へ
 時は、1980年3月1日。都銀・営業のTさん(兄と私の嫁を世話をした恩人)
の上司である支店長が、私に面会したいという連絡が入っていた。
当日、本店の朝礼で辞任挨拶をした足で銀行に行った応接室で、辞めるに
ついての経過と、今後の事業計画を述べたが、それを黙って聞いていた支店長が
おもむろに、『現状のままでのホテル計画なら賛成できないが、貴方が会社を
辞め、以前に手がけた千葉のビルを売却して始めるのは筋が通っている。当行と
して今後の資金計画の全てを協力します!まず千葉のビル売却からですね!』と。
金融の知識や、長期資金調達方法が皆無の私にとって、渡りに舟の信じられない
言葉! 小説のような話である。何ごとも、実績? 直前に辞任の挨拶をして
きた帰りに、次の事業計画の最大の理解者を得て、最大課題の解決の糸口を
得たとになる。その間、僅か一時間。幸先良い出発になった。地銀の役員
クラスでは、無理! 今の私が都銀の支店長なら全面協力をするが・・ 
地方豪族化した彼らでは?それもあり、今回の私の結末は、地方豪族システム
の価値観で染まった地元権力の残存者には最高の物語? それもいい。
 あと一つ、現在も酒友だが、当時の相互銀行の計算センターの部長が、
そこの契約コンサルタントのW先生が、私の事業計画を聞きたいという。そこで、
ありのままを話すと「この事業計画は間違いないでしょう!」の、お墨付き。
私にすれば15年間の捨身の計画だが、誰も、それを知らない。もし都銀の
支店長の全面協力が無かったら、その経営コンサルタントと契約することに? 
その後、姉夫婦の倒産の後始末と、義父の会社の不動産トラブル解決をして
貰うことになったが・・ 既に20数年前に亡くなった。
・その前の節目は、実家の会社で、産地の大手問屋の全面協力と、暖冬で
 暴落した冬物で大当て、波に乗せたこと。 
・千城台ビルの二店舗は、商社のS氏が本気で面倒を見てくれた。 
・その前のジャスコ辞任後の産能大時代では、千葉の新興住宅地の中央四つ角
 商業地の売出し記事をみて応募、抽選で当選、次へのステップになっていた。
・今回は、都銀支店長が全面協力の約束。 などなど、節目節目で、何もかも
プラスに働いたのも、右上りの時代に捨身で挑んだため。どれも紙一重で、
思わぬ因縁がプラスに導いた。捨身で、全力で節目に挑めばこそである。
・・・・・
4496,怒らないって本当は恐い! ー11
2013年07月08日(月)              
  * 怒りへの反発を覚悟し、耐えて生きる   『怒りの作法』小川仁志著
 怒りっぽい私は、常に反発されてきたが、それぞれの問題の中心点を凝視、
考えることで何とか乗り越えてきた。考え続けると、いつの間にか、その答えが
導き出されてくる。だから、この「怒りの精神論」が身にしみる。
  ーその辺りからー
≪ まずは怒りの精神論。 怒りは強いメッセージを発する。当然、それに
対する共感と反発が出てくる。そのメッセージが強いほど異論が噴出するのは必至。
それを予め承知した上で怒る必要がある。その覚悟がないと、大きは精神的打撃を
受けたり、怒りに臆病になってしまう。だから怒りには覚悟と準備が必要になる。
覚悟とは予め事の困難さを了解し、受け止める心構え。それはある種の決断と
いってよい。決断なしに闇雲に怒ると、後で後悔することになる。怒るべき時に、
決断して怒らないとチャンスを逸してしまう。怒りは一日24時間の中の例外事項、
怒るべき時に怒る一瞬の決断が必要ということ。 ひとたび怒ると決断するには、
どんな反発が来るか、どう対処すべきかを想定しておかなければならない。
 反発には、積極的に否定してくるのと、消極的に無視してくるのがある。
特に積極的に否定してくるのは厄介である。そこで重要なことは、反発を予め
予測して、その際の自分の出方を決めておくこと。それさえしておけば、対処が
数分の一で済ますことができる。そのためには経験の積み重ねが必要だが。 
心の準備が出来ていたとしてもへこむのが人情。そこに心の強さが必要となる。 
そのために自分の主張が正しくなければならない。正しければ、怒りは無駄には
ならない。 この国では、怒りは仏教文化の影響もあってマイノリティに捉え
られがちである。そして、孤立をしてしまう。心の強さとは孤独の強さをいう。 
岡本太郎は、「孤独ということは絶対に社会的だ。孤独者とは肉体的にも精神的
にも、他からの制約を誰よりも鋭く感じ、それに傷つきながら、なおも絶望的に
挑む人間である」と言っている。誰からも理解されなくとも、それでも挑み
続ける人間を孤独者と捉えている。孤独とは怒りと深く結びついていて、
それらがともに創作の根源になっている。・・・ ≫
▼ 怒りを表出するには覚悟がいる。その場で怒るか、タイムラグを置くか。
 過去の怒りが、数十年の時を超えて、蘇ることが、最近ちなみに多くなっ。
50歳位までは過去を振り返らないようにしてきた。しかし、還暦を過ぎた頃
から、思わぬ記憶がフラッシュバックすることが多くなってきた。
「遠き日は 年とるごとに 近くなり」である。それもマイナーの怒りの
記憶が多く占める。それにしても己の無知蒙昧には独り怒った後に自嘲する
ことになる。過去は決して消えてなく記憶の奥に刻印されている。だから、
老いて心身が緩むと過去の封印された記憶が、あちこちから飛び出してくる。
 それも面白いが・・ 過去は現在の記憶でしかない。
そこに脚色も嘘も加わり、その都度、書き変えられ、違ったものになる。
・・・・・・
4122, 閑話小題ーつれづれに世相
2012年07月08日(日)
   * つれづれに  
 激変する世界と日本の渦中で、一戦を退いた立場で鳥瞰している毎日が
刺激的である。情報化社会の本格的到来で情報はネットから簡単に手に入る。
世界は既に恐慌突入か、その一歩手前で一年先の経済見通しは全く見当が
つかない事態。10年前に現在の事態を誰が想像しただろうか。 
80年前の世界恐慌より遥かに大きい恐慌前夜というが、実際のところ
起こってみないと分からない。しかし、ただ事でないことは確か。こういう
カオスの中では、軍事力しか頼ることが出来ない。それも原爆の保持が前提。
この国は被爆国という建前で、保持をしないという国是?がある。しかい世界
の常識は、この国では通じない。 目先の世界恐慌は避けて通ることは出来ない
ことは誰の目にも明らか。20G会議も、目先の対処療法しか対策がない。 
不安を煽るようなことばかり書いているが、リーマンショックは起こった。 
その原因となった不良債権が世界中の銀行、政府、企業の金庫に塩漬けで
置かれている。それが債権市場か、株式市場で暴落が起こった時に、表立つ。
その火薬庫に火の手が近づいている。ロンドンオリンピックも、この状況の
中では盛り上がらない。数ヶ月ぶりにいった居酒屋の主人の話では、長岡の
飲み屋街は、惨憺たるもの。これも20年近く言われ続けてきたことだが、
他に働き場が無い上に、一日一日を生き抜いているだけ、という何時もの悲鳴
に似た愚痴。歳が歳だけに、行き先は死だけと真顔。前の事業の整理も終わって
身軽になり、身体が浮いたみたいに気軽だが、日ごと何か気が抜けていく。
リーマン以来の経営危機の立場から解放された分、逆に身辺が見えてくる。
世間的価値観を割り切ってしまえば、けっこう面白いことに満ちている。
しかし実際のところ明日、死ぬかもしれない舟板一枚下は地獄もある。
それが人生。天国も地獄も、娑婆にありということか。何はあれ後悔はないし、
ほどほど満足している。自主独立を貫けたのが最大の収穫?
最後は自問自答で自分を説得するしかないか。
 ・・・・・・
3756, ジャズについて(�) ー「ジャズ完全入門!」� −20
2011年07月08日(金)
     ー 「ジャズ完全入門!」 後藤雅洋著 ー �
  * 楽器編成の基本は、ビッグバンドにあり!  ーP・60
【 ビッグ・パンドにはそれこそ膨大な組合せがあるが、思い切って
 要約してしまえば、ジャズの入門者には次の三つを覚えれば十分だろう。
それは「ビッグ・バンド」「スモール・コンポ」「ビアノ・トリオ」の三バターン。
そしてこの三形態も、基本はビッグ・バンドにあるので、まずこれを見ていこう。
ビッグ・バンドの土台を支えているのはリズム・セクション。リズム・セクション
というのは、ピアノ、べース、ドラムスそしてギターから成っている。
なぜこれらの楽器をリズム・セッションと呼ぶかと言えば、ジャズの要のリズムを
提供するからだ。だがベースとドラムスは先ほどの説明から分かるとしでも、
初めての人は、ピアノとギターがリズム楽器というところがわかりにくいかも。
 クラシックでは、ピアノは、オーケストラをバックに従えたピアノ協奏曲を例に
出すまでもなく華麗な主役であり、ロック・ファンにとって、もちろんギター・ソロ
が目玉になっている。しかしロックでもサイド・ギターが渋くリズムをカットして
いるようにジャズのビッグ・バンドも、ギターはコードを掻き鳴らしつつリズムを
提供している。そしてピアノもまったく同じことをやっているのだ。
そしてそのコード・サウンドを押さえたリズム・セクションに乗って、
ビッグ・バンドの花形楽器ホーン・セクションがバンド・サウンドを吹き鳴らす。
ホーン・セクションというのは、おのおの数名からなるトランペット、サックス類、
トロンボーンのことを指し、これにサックスを受け持つミュージシャンが適宜楽器
を持ち替えて、たとえばフルートなどを吹いたりする。またスイング時代のバンド
では、ベニー・グッドマン・バンドのようにクラリネットが加わることが多かった。】
▼ ビッグ・バンドの楽器編成を基として、ピアノ、ベース、ドラムス、ギターが
 リズム・セッションの基本。ジャズファンの、まず初め憶える第一歩である。 
そこからピッグ・アップしたのが、スモール・コンポとなる。
トランペットはジャズの花形だが、リズム・セッションにならない。
  * ジャズの花形楽器、トランペット
【 ジャズの歴史のところで、サッチモの吹いたトランペットの親戚のような
 楽器としてコルネットが、1920年代は主役だった。しかしモダン期以降は
逆転して、ほとんどがトランペットに変わっていった。トランペットはジャズを
代表する楽器といって過言でない。よく通る高音域と華やかな音色の輝きが、
ジャズのダイナミックな特質と一致しているからだろう。実際ルイ・アーム
ストロングをはじめ、一時代を築くようなミュージシャンにはトランペッター
が多い。代表例はマイルス・デーヴィス、クリフォード・ブラウン、そして
リー・モーガンだろう。】
▼ トランペットが主流なら、トランペットが聞こえたら、
 モダン・ジャズとみてよい?


5957,洗って使える 泥名言 〜2

2017年07月07日(金)

    
            <『洗えば使える 泥名言』西原理恵子 (著) >
   * 鉄マン ―性のアスリート 
  何のことやら?の、深く、かつ面白い下ネタが次々とつづく。  
★ <金ちゃんね、夜5回、朝2回なの。これは恋だと思うの> 
 まあ、驚きというか。その下りが… 
《 猛者といえば岩下志麻子ちゃん。彼氏と夜5回。朝2回ぐらいやらないと
 恋じゃないという。普通の日本人のやり方じゃあ単なる御あいさつなんです。
本当に‘鉄マン’だなと思う。もはやアスリート。
 志麻子ちゃんが常々言っているのが、
「私が悪いのではなくてマンコが悪いの」
「私にマンコが付いているのではなく、マンコに私がついているの」
すごいのは、租チンには当たったことがないっていう。… で、巨根の人
だけアソコが赤く光るとかね。そういう人だけを食べているの。だから、
志麻子ちゃんに素通りされたら、男として残念なことになります。まあ、
逆にロックオンされたら困りますけど。》
★ <歴代の女が泣いてわめいて角取ってくれた中古の男がちょうどええ。>
★ <一人3ちんぽ>
 「チンポマエストロ」と呼ばれている知り合いの不倫道の先生の教えで、
「不倫するなら一人3チンポぐらい持っておけ」と。一本に固執するから、
 さまざまなトラブルや事故が起きる。「あの人と連絡がとれない」とキーッ
 とならないために「じゃあ、こっち」「そっちがダメならこっち」と。
 いきなり日曜日に相手の家に「来ちゃった」とかならないように。
 3本を上手くまわしましょう。
 「そもそも向こうが奥さんと二股をかけているんだから、こっちも二股を」
 という「チンポフェアトレード論」を前から主張しているですけど。だから、
 不倫道としては3本まで。あまり多いと、色いろ支障が出てくる。毛利元就
 の3本の矢じゃないけど、3本のチンポの教えとして心に刻んでおいて下さい。
★ <こんな気持ちのいいことでもお金をもられるなんて夢みたい>
 以前、タイで会った若い買春婦の子の言っていたから、色んな人がいる。
―
▼ 鉄マンから見えてくる人生がある。男と女では、あまりに格差がある。
 男社会は、下スキャンダルに厳し過ぎる感がある。 で、晩年?、
「やっときゃよかった話」になる。
 
・・・・・・
5592,幸福の条件とは 〜��
2016年07月07日(木)
           <「幸福の条件〜新道徳論」鹿島茂著>
   * ドーダの追求
 自己愛丸出しの心の中で叫ぶ「ドーダ!」をキーワードにし、資本主義の
「限度なき貪欲」を解明していく内容。 この随想日記を毎日、書き続ける
心底には、涙ぐましいエネルギーをかけた、さあ、「ドーダ」のためか。
自分では気づいてないが、傍からみえrば自己愛、エゴ丸出しだろう。
 〜その辺りから抜粋〜
≪ 幸福感はそれほど増えないのに、人はなぜ、限りなく富を求めるのか?
 思うにそれは、私の用語でいうドーダのせいです。ドーダというのは
「ドーダ!すごいだろう、まいったか!」と自己愛丸出しで心の中で叫ぶとき
の「ドーダ!」のことで、漫画家の東海林さだお氏の発明になる用語です。
 資本主義の悪弊であるところの「限度なき貧欲」というのは、じつは、
幸福の追求からくるのではなく、このドーダの追求にあるのです。
 このメカニズムを説明するのに、ジェイコム株の誤発注で十億円以上の利益
をあげたと伝えられる「ひきこもりディーラー」の青年を例に取りましょう。
青年はなかなか正直な人で、雑誌のインタビューに答え、「わたしは贅沢
なんてしたくはない。それに、金儲けをしていても苦しいだけだ」と告白する
一方、昨年来の大暴落では、おおかたの予想を裏切って「売り」で大儲けし、
資産を数百億円に増やしたと自慢していました。
 この青年をサンプルとして考えるとよくわかるはずです。人は贅沢をしたい
から、幸福になりたいから、利潤を追求するのではありません。むしろ、自分の
予想の正しさ、着眼の正当性を確認し、それによって「ドーダ、おれはすごい
だろう、天才だろう、まいったか!」と心の中で絶叫したいがために、とことん
利潤を追ってしまうのです。ひとことで言えば、現実の中の人というよりも、
想像力の中の人を相手にドーダしているのです。
 問題はここにあります。現実の人間が相手の場合、ドーダと喝采のやり取り
にはおのずと限りがあります。しかし、想像力の中の人間が相手では、ドーダと
喝采のキャッチボールには限度というものがありません。いくらドーダしても、
喝采はいくらでも続き、これでおしまいということはないのです。
利潤の無限追求が、贅沢がもたらす幸福感という点では限度があっても、ドーダ
においては限度がないのはこのためなのです。 ドーダ恐るべし! 
一度火のついたドーダは果てることがないのです。≫
▼ 著者は、ドーダが「自己愛に源を発するすべての表現行為」であり、
「想像力の中の人を相手にドーダしている」という。そうこう考えると、
世の中、こんな事で動いているのかもしれない。ここで、「ドーダ」を
「陽ドーダ」対「陰ドーダ」、「外ドーダ」対「内ドーダ」という
サブ・ジャンルに分類している。秘境・異郷旅行も、かつて同行したツアー
仲間に対して、「ドーダ、今度は、ここに来ているよ!」と、心の内で、
問答している? しかし、過剰な欲望ではない。その時に、考えられるだけ、
考えて決断した結果で、ドーダは、微塵もない。それがライフワークである。

・・・・・・
5227,「エリック・ホッファー自伝」 〜�ァ愿�応しえぬ者たち』
2015年07月07日(火)
            「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳
   * 適応しえぬ者たち
「季節労働者キャンプにいることが何を意味しているのかがわかった。
 ここにいるわれわれはゴミの集まりなのだ、と。」 
誰が好んで、ここに居るものか、社会に適応できぬ者たちが、ここにいる。
まあ、シビアである。 私の社会生活、アウトサイダーと自認していても、
適応できないだけかもしれない、 〜その辺りから〜 
≪ ―開拓者としての放浪者?―ば かげた考えのように思えた。しかし、
白い砂漠を横切って歩いている間中、この着想について思いをめぐらせていた。
開拓者とは何者だったのか。家を捨て荒野に向かった者たちとは誰だったのか。
人間はめったに居心地のよい場所を離れることはないし、進んで困難を求める
こともない。財をなした者は腰を落ち着ける。居場所を変えることは、痛みを
伴う困難な行動だ。それでは、誰が未開の荒野へ向かったのか。明らかに財を
なしていなかった者、つまり破産者や貧民。有能ではあるが、あまりにも衝動的
で日常の仕事に耐え切れなかった者。飲んだくれ、ギャンブラー、女たらしなど
の欲望の奴隷。逃亡者や元囚人など世間から見放された者。そして、このほかに
冒険を求める少数の若者や中年が含まれる。おそらく現在、季節労働者や放浪者
に落ちぶれた者と同じタイプの人間が、一昔前は開拓者の大部分を占めていた
のだろう。新しい国への移住はほとんど例外なく、これに妥当する。
 オーストラリア移住の前衛を占めたのは元受刑者だったし、シベリアに定住
したのは流罪者や囚人だった。アメリカで初期と後期の移住者は失敗者や逃亡者、
重犯罪人だったし、宗教的情熱に突き動かされた開拓者だけが例外である。
ともかく、この放浪者と開拓者の親縁性の発見は、私の心を強く捉えた。
それから何年もの間この発見、表面的には放浪者にも開拓者にも関係ない考察と
絡みあい続け、それまで関心を抱くことがなかったテーマについて考えるよう、
私を導いたのである。そして、人間の独自性とは何かという根本的な問題に
突き当たったのだ。
 人間という種においては、他の生物とは対称的に、弱者が生き残るだけでなく、
時として強者に勝利する。「神は、力あるものを辱めるために、この世の弱きもの
を選ばれたり」という聖パウロの尊大な言葉には、さめたリアリズムが存在する。
弱者に固有の自己嫌悪は、通常の生存競争よりも遥かに強いエネルギーを放出する。
明らかに、弱者の中に生じる激しさは、彼らに、いわば特別の適応を見出させる。
弱者の影響力に腐敗や大敗をもたらす害悪しか見ないニーチェやD・H・ローレンス
のような人たちは、重要な点を見過ごしている。 弱者が演じる特別な役割こそが、
人類に独自性を与えているのだ。われわれは人間の運命を形作るうえで弱者が
支配的な役割を果たしているという事実を、自然的本能や生存に不可欠な衝動
からの逸脱としてではなく、むしろ人間が自然から離れ、それを超えていく
出発点、つまり退廃ではなく、創造の新秩序の発生として見なければならない。≫
▼ 弱者の立場から、その役割の重要性を看破している。「特別の適応」を
 弱者は見出していく。弱者の自己嫌悪は、通常の生存競争より遥かに強い
エネルギーを放出する。それは、挫折をした節目で、内に向かって出てくる
それである。それが強者に勝利する原動力になる。適応しないことも時に重要
になる。ただし、目的が、そこに有るかどうかが、孤高と弧底?の境目になる。
・・・・・・
4862,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー30 
2014年07月07日(月)
  * 本来、この事業構想は正しかったのだろうか?  ー前半、終了ー
 この事業は、280室で駅前シリーズを終えた後に、郊外型ホテルへ切替えるか、
事業売却であった。そこで節目を作るのが、学生時代に構想した創業型事業人生。
それを作らなかったのが、三年前の結果に繋がった。1985年のプラザ合意直後
から生じたバブルと崩壊は、明治維新と、太平洋戦争敗戦と同じぐらいの大きな
節目である。アメリカの陰謀による経済敗戦であり、更に9・11テロ、9・15の
リーマンショック、3・11の東北大震災である。 それが私の事業にも直撃、
これまで深手になることを読めなかったのが致命傷になった。創業当初の
10年間で、ユデ蛙になったためである。「ご覧とおり、そのまま結構」である。 
これを書いて気づいたことは、創業時に転売した二ヶ所の土地が、実は郊外型
ホテルの立地だったこと。あの時に「もしか、ここがホテル立地?」という
想いはあった。しかし、新幹線開業した直後の上越新幹線最終駅前の周辺に、
執着するのも仕方がない?あと講釈としても、十年目に大きな節目を作るべき
だった。進むべきか、立止まるか、引くかのサイン?があった。 その時、
そのサインを読み違え、戦略を新潟駅周辺に280室から、500室の拡大
戦略をとってしまった。当時、大型チェーンの駅前などの繁華街店舗が急激に
衰退していった。その頃に、ペガサスでは駅前立地から本格撤収を指示していた。
事業構想は10年スパンか、駅前周辺300室内なら正しく、それ以上は致命
的間違い! 新潟駅前シリーズは、バブル崩壊による日本経済、特に地方の
衰退が本格的に始まった中で、舵取りを間違えた結果、最期は、これ。
直接原因はリーマンショックと、東北大震災?で、間接原因は500室の駅前
への過剰投資。だから諦めはついている。歴史的バブル経済の崩壊にかかわらず、
逆に新潟駅前でバブッタのである。これが直接原因で、最後の二つは、
駄目だしの間接原因ともいえる。物語として、私には、これが丁度良かった!
 〜と、思うしかない。 そして、反省の日々! そして、外海には、更なる
大津波の音がする。内海では、その中、祭り(東京オリンピック)の準備で
ミニバブル! 高台からの下界の景色を、妙な気分で見るのも?
「天気晴朗なれど、波高し!」が内海の景色!ここからみえる
人生68〜75年の最期の祭り?が、面白そうだ。
・・・・・・
4495, 怒らないって本当は恐い! ー10
2013年07月07日(日)                     
   * 石原と橋下の怒りについて     『怒りの作法』小川仁志著 
 怒りといえば、石原と橋下。TVで常に怒っている。アメリカの間接統治
のために与えられた憲法さえ変えることが出来ないのが二人の怒りの根にある。
更に実質的に日本は官僚が支配している実態に対しても怒っている。二人とも
怒りを実に巧く使い、改革を実施してきた。実質、占領下の現状に対し、
怒るのが当たり前だが、それを表立てると何故か失脚をする。
 歴代の首相も何故か、独立を企てると失脚してきた。アメリカにとって一年の
首相交代は間接的統治に理想的である。ーその辺りから抜粋して考えてみようー
≪ 橋下大阪市長と、もう一人石原都知事の二人は、事柄に対して本当に怒り
 を示せる人物だということができます。彼らのメッセージはしっかりと
伝わるのです。それが人気の秘訣でもあるのでしょう。彼らはまず怒ります。
そしてその怒りのモードに諭理を載せます。なぜ怒っているのか、なぜ
メッセージを発しているのかが明確なのです。そして筋が通っています。
ただ、両者の怨りの根源は大きく異なります。石原都知事の場合は、偏った
保守思想に恨源があるのに対して、橋下市長の場合は、世の中の不合理さに
対する怒りに恨源があります。 石原都知事は外国人に対する差別的発言に
顕著なように、自分の思想に反する事柄を排除しようとするエネルギーが怒り
の源泉となっているのです。これに対して橋下市長の場合は、弁護士出身
だからというわけではないでしょうが、世の中の不公平に対して挑戦しようする。
・・・ そんな橋下市長がぶち上げたのが大阪都構想です。大阪市を特別区に
分割し、他の市と一緒に再編してまとめようという。 これによって、
大阪市が副都心として活性化するというわけです。 同じ独裁的イメージを
醸し出す二人ですが、いわば石原知事が偏向思想に基づく自己中心型独裁
であるのに対して、橋下市長は、奇しくも彼が解放と表現したように人民開放型
独裁のです。この違いは偏りに怒りの恨源の違いに基でづくものといえます。
私もこうした橋下市長の怒りの根源には、石原都知事の偏向思想と連って大いに
共感します。この共感を持てるかという点は、実はメッセージの威力に影響を
与えます。というのも、共感とは納得感であって、誰もが納得できるというこは、
それだけ論理的だということだからです。≫
▼ 東京と大阪の首長までは、彼らの手法が有効に働いたようだが、
 こと国政においては難しいようだ。遅かれ早かれ政治的謀略で消え去る
可能性が強い。しかし、ここは怒りの話。都会人なら、二人の怒りを理解できた
としても、それが全国区となると、民度からして、理解できないのである。
その意味で、二人は怒りが洗脳され、安穏とした日本という国の実態に怒りが
向いているだろう。それにしても怒らなすぎる日本人は! 考えないからだ。
怒りが私の人生を狂わせたと、少しは思っていたが、そうじゃない、怒りこそが、
大きな原動力になっていた。歳をとったら、少しは大人しくした方がよいが、
これでは怒って当然のこと。 「怒り」の肯定論があるとはね!
・・・・・
4121, 空腹感のすすめ
2012年07月07日(土)
             「老後に後悔しない10の備え」三浦朱門著  
 最近、「空腹の勧め」をTVなどで紹介しているのを見かける。以前も、
ここで飽食の猿と空腹の猿の生存年齢の違いを取り上げたことがあった。
生物は長年、飢餓の境目に生きてきたため飽食に対しての身体が出来ていない。 
著者は、空腹感状態の方が身体に良いという。私は終戦直後に生まれ、それも
大人数の兄姉の末っ子だったたこともあり、
今でも腹八分目は食べないと気が済まない。 ー以下は、そのくだりー
  * 空腹のすすめ
≪人間にかぎらず、動物というのは空腹であるのが健全な状態である、と言う。
 空腹である、ということは、摂取した食料が体に採り入れられ、それが身体
各部の必要なエネルギーになり、新しい細胞を作っている、ということであって、
動物の体を作ってゆく、という面では生産的であり、体内に蓄積されたエネルギー
を消費するという面では消費的な活動をしているのである。空腹というのは、
今、体内に採り入れた養分をしかるべき所に配分しております、という合図。
それで、もう体の中の余分なエネルギーは残っていません、というのが疲労で
あり、休息と食事の時間、ということになる。それなのに、生物の中でも最も
恵まれた動物である人間は、空腹を感ずると、すぐに食べはじめる。
体を生産的なことに動かしながらも、食べ物、飲み物を口に入れる。
考えてみてほしい、空腹感は、あれで結構、好ましい状態なのではないか。
少なくとも食いすぎの状態よりも、気持ちがいい。「腹が減ってきた。
何を食おうかな」と私たち祖先は考えて、獲物になるものを探したのであろう。
空腹はそういう根本的な動物の行動を促す動機になる。それなのに現代の日本の
ような先進国では空腹を感ずると食料が手に入る。戦前の家庭婦人の場合は違った。
朝から掃除、洗濯、昼食は残り物でいい加減にすまして、午後は洗濯物をとり
入れて、アイロンをかけて収納する。さて一休みという段階で、ちょっと空腹感
を覚える。空腹になって、それでは夕食のメニューを何にしようか、その材料を
買いに着物を着替えて、駅前のマーケットに買物に行こう、夕食は何ということは
まだはっきりしないが、マーケットに行けば、その日の安いもので、亭主の好さな
ものが見つかるだろう。つまり空腹が夕食の準備、そのための買い出しといった
新しい行動をうながしたのである。こうやって、夕食の準備をして、子供には
先に食べさせて、寝かしつける。 自分は空腹をガマンして、午後八時ごろに
帰宅する亭主を待つ。≫
▼ そういえば独身時代、三食を自分で準備をして食べていた頃は、
 時間が来たから食事をするというより、腹が減ったため食事をしていた。
そのためか、何を食べても美味しかったことを憶えている。この年齢だと、
腹5分位が丁度よいというが、まだ腹8〜9分目まで満たさないと物足りない。
 人間は精神的空腹感も同じように必要か!青年期の精神的渇望感が懐かしい。

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