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堀井On-Line
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2017年06月16日(金)
* これだから野球は面白い 大補強をした高橋・巨人軍が交流戦で13連敗をして最下位に。 先制点を取られた試合では19連敗というから… 原監督に引き続き、 巨人の生え抜き選手上がりの監督だが、巨人以外の世界を知らないという 大きなハンディキャップを背負い、次々と高値の選手の補強をされるほど、 既存選手は、「箪笥の肥やし」状態になり、カビがはいて当然のこと。 それも補強選手は、監督より実績があり、外の世界を熟知してことを、当人も 知っている。球団社長とGMに責任を押し付け、首のスゲ替えをしたが、真の 戦犯は「渡辺恒雄」。 じゃあ、誰が? というと、桑田か、江川元投手。 はたまた、辞めたばかりだった中畑。としても、あの実質オーナーの下では、 果たして実力が発揮できたかどうか。 次期監督に松井秀喜の名が出ているが、国民栄誉賞を頂いた身では、 汚れ役の巨人監督は相応しくない。 プロ野球業界として俯瞰すれば、 「これだけの大型補強をした結果、純粋培養のエリートコースを歩んできた 監督の苦悩する姿がドラマ仕立てで、これはこれで物語として面白い」。 * これでは「暴力団」は壊滅するわ 「共謀罪」法が15日に成立した。政府は「テロなどの組織犯罪対策に必要」 と説明してきたが、疑問や警察による乱用を危ぶむ声は根強い。それでも 「暴対法」で、弱体化した暴力団にとって、これは致命傷になる。 地元・繁華街の暴力団事務所も「暴対法」の締め付けで、数年前に消滅ていた。 先週の日曜日の「たけしの番組」で、元暴力団組長が、暴力団組員の窮状を 訴えていた。 二つの暴力団事務所のある繁華街で30年間、ホテル経営して いたこともあり、その辺りの盛衰を目の当たりにしてきた。 これで、 「殺さず生かさずの政策」から、抹殺に大転換。表舞台から、裏世界に追い やることになった。不穏な北朝鮮情勢とか、オリンピック開催のためには、 必要悪なのだろうが…
・・・・・・ 5571,閑話小題 〜せこいのは、日本の民度 2016年06月16日(木) * せこいのは、日本の民度 舛添要一都知事が辞任を表明した。石原慎太郎なら小説の印税が入るため、 これほど、せこいことをする必要もない。二度の離婚で蓄えが少ないこともある。 『都知事がファーストクラスに乗って何が悪い。ビジネスか、エコノミーに乗れ というのか! ホテルも最高級で何が悪い。安全上もある。休日の公用車の使用 も、警備上、必要だから乗っている。何をいうか!』で終わり。マスコミも、 こういう弁の立つ人間には何も言えない。それにしても、日本のマスコミも、 一般人の民度があまりに低い。それなりの激務の仕事をしているのだから、 公私混同の灰色ゾーンもあって然るべき。誰も、こういう意見が言えないのが、 島国根性。つまらない国に陥ってしまった。敗戦国家の日本の末路現象とは、 こういうこと。とはいえ、せこいのは間違いないが。金がないと、政治家に なる資格が無いということか。金欠としても、やり過ぎ。権力は人柄を変える。
* ISのアメリカ国内テロ 以前にボストンマラソンであったアメリカ国内のISテロが再び起った。 今度はゲイの集まる会場が狙われたところが、アメリカ的。 最初の標的が ディズニーランドという。 恐ろしいのは、犯人が、ごく普通のイスラム教徒で、 当初は過激思想の持ち主でなかったこと。ネットによるISの洗脳である。 人の心の内は、規制できないため取締りも難しい。一強多弱の格差が続く限り、 テロは延々と続く。イスラム対キリスト教の原理主義者の構図だけでなく、 中国やロシアなどの多民族国家の虐げられている民族のテロに蔓延していく ため始末が悪い。 ・・・・・・ 5206,昨日の朝みた夢の「夕陽の美しさ」 2015年06月16日(火) * こんな美しい情景をみたのは初めて 昨日の朝みた、夢の中の「海に沈む夕景の美しさ」には驚いた。 右手の海に、まさに沈まんとするオレンジ色と、赤と、紫と、金色が混合して 縦に紫色の海に突き刺さった光景に、我を忘れ魅入ってしまった。近くから 『ここで日没を多くみてきたが、こんなのは初めてだ!』というため息交じり の声が聞こえてきた。で、その直後に目覚めたが、その感動の光景はクッキリ と残っていた。画家は、こういう夢を多くみるのだろう。それにしても、脳は 凄い画家としての創作能力があるもの。お近くなってきた? 現実に、このような日没を感動してみてたから、脳が創作をしたのだろう。 ケニアのサバンナ、ギリシャのエーゲ海の夕景、坂出の瀬戸内海の夕陽、 カトマンズの郊外の夕景、シリアのパルミラ遺跡の近くの高台からみた日没。 http://blogs.yahoo.co.jp/horii862000/archive/2015/6/15 そういう視点で思い出したら、あるある、いくらでも。それぞれのTPOSの背景が、 その夕映えをクローズアップする。夕映えといえば、新潟で事業を立ち上げた 頃、高速道路の延長線の東バイパスからみた紫に染まった雲と、夕景が これまで見たことがない息を呑むもの。たしか、連れの人が、誰かに、 『この光景を見れただけでも、新潟に移住してきた価値がある!と、脳から 言葉が湧き出てきた』と、酒席で話しているのが聞こえてきた。 * 「折々のことば」(鷲田清一) 〜朝日新聞一面より 〜人類学者は「ヴュジャデ」を通じてひらめきを求める。(トム・ケリー)〜 《 はじめて見るのに、かってどこかで見たことがあるように思うのがデジャヴュ (既視感)。 ヴュジャデはその逆で、見なれたものをまるではじめて見るかの ように見ること(未視感)。 駄洒落(だじゃれ)である。偉大な発見はたいてい、 ありふれたものを新しい目で見るところから生まれる。 米国の経営者による 「イノベーションの達人!」(J・リットマンとの共著、鈴木主税訳)から。》 ▼ 「既視感」に対し、「未視感」は、いいえて妙である。このところ、自分を、 「未視感」で改めてみている。また、過っての旅行先をネットサーフィンで、 他人目線の写真をみるのも「未視感」になる。 毎日、御対面する、自分の十数年 分の文章も、そうである。 ・・・・・・ 4841,「事業人生を決心して45年」の語り直しー15 2014年06月16日(月) * 40年前の御家騒動の顛末 父は全てを知って、自分亡き後は、 <私と、実兄と、姉夫婦が、平等の立場で闘え!>と、条件を整えてくれた。 当時の姉夫婦との経験差が歴然としていることを憂慮、姉夫婦にハンデを与える ため、生前贈与をしてくれていた。姉夫婦にとって、二人分の権利をアテにして いたが、姉一人分だけだった。それが大きは不満だったのを見てとった。 父にしてみれば、年に当時の、一千万近い社交費を数年来、使っていた姉夫婦に 怒りが蓄積をしていた。 父は親戚など幾つかの遺産争いの仲介を頼まれ、 その実態を熟知しており、生前贈与をすることで、姉夫婦の独占を防いでくれた。 私には『これは御前の為!』と、こっそり教えていた。『専務は補佐としての 運営能力があるが、経営能力はない!』とも。それに私は、『以前から商売の本質 が解ってないことを、自分も見抜いていた!』と、答えていた。 争いが起きた時点で、ジャスコ、いとはん、の勤務と、千城台ビルと、養老乃滝と ベーカリーの立上げを含めた6年で、創業のベース(無心で全てのエネルギーを 計画に叩きつけるベース)が出来始めていた。さらに、目標に対する自己能力の 限界の設定と、不足部分の見極めと、その補充手順を身に付けていた。更に、 それを楽しむことも。 「いとはん」でドルショック、「千葉の千城台」で 石油ショックを経験。震災クラスの歴史的事件が長期投資には、必ず起こる前提 で計画をたてておく必要性を肌で感じ取っていた。そのため長期投資のビル建設 では、「建物は売り前提に、(建設単価が高くても)買い手の用途変更を前提に した設計をすべく、柱を壁側に置くか、極力少ない、スケルトン可能な鉄骨鉄筋 にすべし」が、父の極意。 これを書いて気づいたのが、千城台ビルは父が私を 通して造った最後の仕事だったこと。父は、太平洋戦争で長岡空襲(ブラック スワン)で、ほぼ全ての財産を失った経験から、常に時代の激変を前提に計画を 立ることを知っていた。それがスケルトン可能なビルの設計と、建設になっていた。 それもあって、三年前の物件など、手がけたビルは、売りに出すと即売になった。 それもこれも、父の魂が宿っていたからである。それでも三羽のスワンの到来で 一瞬のうちに飲まれたのだから、諦めもつくというもの。この先、スワンが何羽 も先に控えての『東京オリンピック』。 幸あれ!である。 主要各国は、それを知って、何処も手を上げなかった中での、これ。 絶対的ミスを、石原、阿部コンビがしてしまった。 話を戻すと、次は実兄と義兄の衝突!それも姉夫婦にとって計算の上! が見て取れた。 その渦中、急遽、母親から長岡に呼び出される。 『私の持分の株式と、本店の私名義の不動産を私に譲れ! その見返りに、 千城台ビルと新潟駅前の更地を与える』と・・ 何の事か直ぐに理解で きなかったが、姉夫婦の次の戦術に母が乗せられたことを悟る。 戦中戦後と父親と苦労を共にした母が身を引けというし、悪くない条件。 その場で即断。直後に、名義変更になった。が、それでは話が収まらない。 ・・・・・・ 4474,最悪の結果に隠された、お宝は? ー2 2013年06月16日(日) * 「時代と事業からの引き時のサインと、決断!」が、奥の正体 先回、「最悪の結果云々」と書いたが、私の人生から見れば、最善の結果とも 解釈出来る。まる三十年の最終日の記念日に、偶然としても事業を終え、一年も しないうちに六つの抵当物件が売れ、金融負債以外は、ほぼ負債ゼロ。 「早々に隠遁の生活に入り、老いと死に準備に本気に入るように!」と、 65歳を区切りにするため三羽の黒鳥を遣わせた。これが人生から私への贈物。 勝手に隠れたお宝の正体と正当化と見てとれるが・・ 創業時点から(万一を考えて)親戚や家族には一切、事業には入れなかった。 長期装置産業のため、大きな変動を幾つか乗り越えなければならない。 そこに、家族を入れると共倒れのリスクが出る。その時が身の引時と思っていた。 結果として順調の状態で息子に事業継続するより、この方が良かった。 (そう思うしかないが) 私の知人や周辺を見ていて、思うことは、 「世界も、身近の事業環境が激変をしている。無理と思ったら、早々に事業継続 の断念をすべき」ということ。私の場合、事業整理には五千万を要して、何とか 清算?に近い状況だった。 この激変の正体は、20世紀前半の第一次世界大戦 から世界恐慌を経て第二次大戦に渡る30年以上の混沌に匹敵するか、 それ以上の歴史的スケールの変動で、あと20年は続くとみてよい。 今度の件の結果に隠されたサインとは、《 現在は歴史的激変の真只中にあり、 日本は世界に先立った変動の事態にある。これから世界が激動に入りつつある。 それもあって中途半端な規模では事業は成り立たないことに早く気づくこと。》 それと機をいつにして、私自身がリタイアの年齢になった。 「時代と事業からの引き時のサインと、決断!」が、お宝の正体。 この一連の中で感じたことは、「日本の危機感が少なすぎる」こと。 裏山の天辺から、外海と内海への津波を見ている気分。裏山に避難した私を、 多くの人が笑ってる姿が見えてくる。その彼らに政府が泡踊りを勧めている のだから、これエログロ。 ・・・・・・ 4100, ポジティブとネガティブの黄金比率、3:1 2012年6月16日(土) アマゾン内のネットサーフィンをしていたら、 「ポジティブとネガティブの黄金比率、3:1」という言葉が目に入ってきた。 一般的には2:1だそうだが、ポジティブであろうと意識することで3:1に 引き上げることが出来るという。 不自然に4:1、 5:1に引き上げようと する無理が出る。マイナス部分から目をそむけることになる。「ポジティブ」 という概念は、精神論で語られることが多かったが、21世紀の心理学と言われ 欧米では教育界、ビジネス界などでもその成果が応用されている。 100%のポジティブを求めるのではなく、ネガティブを3:1の比率で最初 から割り切ってしまうのも良い。秘境ツアーなどに参加すると、旅行中に 一通りのトラブルを経験する。それも慣れてくると起きて当然と割切りが出来る。 僻地という圧縮された時空で日常には無いトラブルに遭遇する機会が多くなる。 しかし、それさえ楽しむ心構えが経験の積みから、自然と出来てくる。 そして、その数倍の感動の場面に出会うことになる。旅行もネガティブの比率 を経験を重ねることで四分の一にすることが可能になるということ。 最初の数回はネガティブな方に気持ちが動くが、慣れてくると、ポジティブに 気持ちを集中できるようになる。 人生も似たようなもの。私の見立てでは 八割の人はネガティブ感情に支配されていて人生全体を暗く平凡にしている。 少しの訓練と習慣で変えることが出来ることを知らない。 人間に宗教が必要 なのは、神を信じることでネガティブな感情をポジティブな感情に押し上げる 効果があるからである。 日本では中村天風の教えがある。 「積極一貫」を常に心がけ、肯定的言語を意識的に使うことで己を御す教え。 それと呼吸法と瞑想を取り入れてあり、なかなか奥行が深い。 最近、心掛けていることは、マイナスの言葉が出たときに、意識してプラス 用語を使うようにしている。オウゴン比率3:1は、頭に浮かぶ内語にも、 映画、本、行動選択にも当てはまる。暗いより明るい気持ちでいた方が良い。 ・・・・・・・ 3734, 全米N0・1弁護士の勝ち抜きセオリー 〜? 2011年06月16日(木) 『議論に絶対に負けない法』ー ゲーリー・スペンス著 【 * 人生は「自己中心」の法則が握っている 私が部屋に入っていくと、そこにいる人は私が来たのが感じでわかると 言うのを聞くと、私は今でも驚く。それは彼らの認識だ。だが私にとっても、 その部屋、その領域は自分のものであって、自分はその中心にいる。 私にとって、宇宙のすべてのものは自分からはじまる。これを「自己中心」 の法則と呼ぼう。この法則はあなたにも当てはまる。これは子供じみた見方では ないだろうか。幼稚な性格を暴露しているのではないだろうか。こういう自己 中心的な見方で世界を見るのは、子供だけだからだ。だが、私は自分の幼稚な 世界観を大切にしている。私はセラピストが要求する大人らしさと戦う。 成熟と死は、似た者同士だ。私は精神科学者の冷淡で断定的な見方に抵抗する。 彼らは私たちにレッテルを張るが理解はせず、私たちを分析するが愛さず、 私たちに関して黒か白かと割り切った冷淡なレポートを書くことはできるが、 私たちの喜びや愛情、悲しみなどの感情について、そして自分自身の感情に ついてはたった数行すらも書くことはできないのだ。 私は絶対に大人に ならないことを誓う。子供らしい見方を絶対に失わないこと、喜びを感じる 子供の部分を絶対に捨てないと、子供のすばらしい自発性、魔法のような 創造性、純真な心を絶対に投げ捨てないことを誓う。私は自分のなかの 子供らしさの最後のかけらにしがみつきながら(死ぬことがあるなら)死んで いくだろう。子供の持つ畏怖の念と純真さがあってはじめて、死を体験する ことができると思うからだ。 空の星を見てごらんなさい。 三百六十度、ぐるりと回って眺めてごらんなさい。 あなたは宇宙の中心に いるのではないだろうか。部屋のなかにあるものを見てごらんなさい。 あなたが回転すれば、あなたから見て、部屋のなかのものもあなたを軸として ぐるりと回転しているではないか。それを認めなさい。あなたはあなたという 宇宙の中心にいるのではないか。もしわれこそ自分の宇宙の中心を占める王様 だと思わなければ、他の誰かか他の力がその場所を占めることになる。 他人が自分の中心を占めているということは、自分が他人にそうすることを 許可しているからに他ならない。だが、すでに学んだとおり、他の人や力を そこに置いているのは「自分の力」だ。王位に就かせたり、宇宙の中心に 置いたりする力を自分が持っているならば、私たちは自分自身にもっと敬意を 払うべきではないだろうか。 これについて、さらによく考えてみよう。 私の許可なくしては、どんな人もどんなカも私の宇宙の中心部を奪い取る ことはできない。だとすると、許可という言葉は、力を意味する言葉になる。 私はどんな人でも私の中心を占める許可を与える。私は自分の宇宙の中心を 占める許可を自分自身に与える。あなたに、私の師に、神に与える。 だが、許可を与えるのは私自身だ。】 ▼ 仏教的教えが建前上、根づいている日本で、ー人生は「自己中心」 の法則が握っているー などという本音はなかなか書けない。 最近になって、遺伝子学者ドーソンが、「すべての動植物の遺伝子には、 遺伝子自身の繁栄を優先するような メッセージが組み込まれている」という ‘「個の利己主義」「種の利己主義」=「遺伝子自身の利己主義」’の研究 発表をした。だから自己御都合主義が良いと言っているわけでない。 それが、生物、人間の原点であり、社会は、それで成り立っている前提を 認めるべし、ということ。そのエゴのぶつかり合いが裁判で議論になる。 その渦中の弁護士が言うから、言葉が重い。 ・・・・・・・ 3369, Youtubeでみる津波の映像 2010年06月16日(水) 何度もYoutubeでスマトラ沖地震の津波映像を見ているが、百年か五百年に 一度の経済恐慌のイメージとして見ると、現在の置かれている立ち位置が見える。 マスコミで放映するものは、生きている人が逃げまどって姿や、人々が流されて いく映像を全国放送では流せないが、Youtubeは次から次へ生々しいのが出てくる。 津波が押し寄せてくる直前まで人々は何が起きているか理解できないのである。 そして、気づいた時には大波に流されていく。 映像は、あどけない子供が 大波に浚われるリアルのものもある。20万とか30万人が亡くなったというが・・ この映像から現在の経済恐慌を類推すると、アメリカの金融恐慌という大地震 を震源とした大津波が日本に押し寄せている。「輸出産業の拠点として名古屋が、 金融の拠点として東京に原爆が二発落ちた」と形容する評論家もいる。 その結果として派遣切りが生じてホームレスが関東・東海ベルトラインに溢れる ことになったが、もっと酷いのが地方経済。現在、政府が中小企業への緊急金融 救済法で何とか急場を凌いでいるが、それも目先の対処療法でしかない。 何度か、津波の映像を見ているが、20〜30波の津波のうち、まだ2〜3波 でしかない。それでも、この惨状。そうこう考えると悲観的になりざるをえない。 悪いことに日本は少子化による人口減少に転じている。二年後にはハイパー インフレに転じ世界的に通貨の切り替えの可能性がある。その時に日本では 消費税の値上げも・・ もし5パーセントのアップとすると、脆弱の企業は コスト増で立ち行かなくなる。どうなるのだろ? とはいえ国家も大幅な税収減 で、それ以外に手立てがない。 何もかも濁流は奪い去っていく。 Youtubeに一日20億回のアクセスがあるというが、成程である。
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2017年06月15日(木)
* なんとまあ、上手い命名のこと 新十両に(岩崎改め)翔猿〈とびざる)が昇進した。小柄で曲者の特徴を 一言で、「翔猿」とは、さすがである。一度聞いたら、二度と忘れないほどの 四股名。うまく命名できれば四股名でも人気度が違ってくる。この四股名で、 「宇良」並みの、人気力士になる可能性を予感できるのは何故だろうか。 これに匹敵する「宇良」の四股名を考えてみた。「麗」もいいが、「宇良良」。 これは、春うららを感じさせるキャラをイメージして。この裏の受けを狙って、 「猿飛」も悪くないが、二番煎じの感がするが、話題になり、これも強烈。 遠藤が「清水川」と予定されているというが、爽やかなイメージの「春風山」 も悪くないが、強そうではない。「地雷也」「五右衛門」ぐらいでよい。 新潟出身の「小柳」が、「豊山」の四股名になったと同時に大負けをした。 先代と先先代のヤワなイメージで、取組相手の方が勝ちそうな感がする。 エジプト出身に「大砂嵐」がいるが、これは上々の命名。 昔、「岩風」という小兵力士がいたが、低い姿勢でもぐり込んでシブトク 勝ちをとる戦法だった。鏡餅のような腹の「鏡里」という横綱がいた。 四股名こそ、広告代理店に頼んで貰えばよい。 何といっても一番は、本人の精進による実績もあるが、「大鵬」。 ところで白鵬は、柏戸と大鵬の「柏」と「鵬」をイメージで、「拍鵬」 では面白くないと、「白鵬」に落ち着いた逸話がある。これも本人の 実績もあって、ベストの部類。 いま思いつたのが、『一撃』。相手にとって嫌なイメージになる。 いや、小さいから、一撃でやられるか?
・・・・・・ 5570,突然、余命宣告を受けました ー�� 2016年06月15日(水) 〜 『あの世へ逝く力』小林玖仁男著 図書館の「返却コーナー」で、<あの世へ逝く力>というタイトルの本に 目が吸寄せられた。この数日、歌舞伎役者・海老蔵の妻の進行性乳癌が 報道されていることもある。70歳をこえた我身にとって、いつ何時、余命宣告 をされても不思議でない。 「まえがき」冒頭から、死に直面した著者の悲鳴 が、そのまま、言葉に転換されている。24年前、これに近い経験をした。 将来が突然抉り取られたような絶望と恐怖感は思い出すのも憚れる。 以下は、まさに同じ感覚。特に、夜半の布団での恐怖は! 天国も地獄も、 まさに現世にあった。ここで、「時計の針が、未来ではなく終りを刻み始めて 確実に分かったことがあります。」と、実感そのままを述べている。そこで、 死に物狂いで天国巡りをして、地獄1つに、天国3つの割合にもっていくしか なかった。 死が現実問題になると、火事場の馬鹿力が湧出てくる。で、ホテル を過剰投資を楽しみすぎて、在庫オーバーの遠因をつくったオマケもついた。 〜その辺りから〜 ≪ ある日病が発見され、突然、余命宣告を受けました。通っていた糖尿病 クリニックでのレントゲン検査で、「肺が黒い」と言われ、大学病院を紹介され、 ここで「間質性肺炎」と診断されたのです。肺壁が壊れていき、呼吸をするのが 困難になっていく病。助かる見込みのない進行性の難病。早ければ二年半ほどで 死に至ると知りました。混乱の中、私はペンを執って、心の動揺をそのまま書き 取り始めました。メモをとったり書いたりするのは得意な作業。 手を動かしていれば気が紛れる…。何よりも、そうしなければ精神のバランスを 保てなかったからです。最初に聞かされた医師の話や、それに対して自分が どうショックを受けたかということも、思い出せる限り書きました。・・(略) 時計の針が、未来ではなく終りを刻み始めて確実に分かったことがあります。 「漠然」と流れていた日々の時間が、突如、「凝縮」した時間へ転換したのです。 限られた時間をどう有意義に過ごすかを真剣に考え、自分の人生を満足するもの にどう仕上げるか、そのことにのみ神経が集中していきました。これだけは やっておきたいこと、何が何でも叶えたいこと、どうしても欲しい物、最後に 行きたい場所…。時間が無い、失敗できない、という緊張感の中で、優先課題が はっきり見えてきます。死に方を考えるとは、生き方を考ることでもあります。≫ ▼ 数年前に、近所の家内と親しかった友人が、この病気で亡くなった。 家内が参列した葬式の主人挨拶が壮絶。 故人が呼吸困難になって、、 『オトウサン、苦しい、助けて!』と、泣き叫んでいたが、何もしてやれない ジレンマ。 何度か、夢の世界に没頭し、呼吸困難になった経験があるが、 呼吸困難の苦しみと恐怖は並大抵でない。誰もが通らなければならない死に際 の断末魔の苦しみ。遠くない将来、私も通らなければ道、恐ろしい限りである。 この恐怖感があればこそ、以来、40回の秘境・異郷旅行と、この5570回の 随想日記を続けた原動力になっていいた。 何せ、誰もが直ぐに死ぬのだから。 「いま、ここ、わたし」を生きなければ! 生まれてきた甲斐がない。
・・・・・・ 5205,個々にとっての人生は、永遠である! 2015年06月15日(月) 『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』堤未果:佐治晴夫対談 * 自分は自然の一部分である <生まれる前の記憶がなく、一人称(自分)の死をみることが出来なければ、 その人にとっての人生は最初も、最後もない「永遠」ということかも知れない> といいうことは、各自の人生は、永遠の時空の中の一点の光ということになる。 それからして、「自分とは、自然の中の一部分」が、論理的に納得される。 ≪ 佐治: メリカのネイティブの考えている神はキリスト教徒とは違って、 神道というか、わたしたちの感覚に近いです。彼らは、人が死ぬということを 「姿はなくなったけれど、鳥になったりしている。いまはたまたまこういう 姿になっているが、魂は不滅のものだ。だから死を恐れることはない」 という。川は先祖の血液なのだとか。どれも自分の体の一部として自然 そのものと一体になっているんですね。 堤:「自分は自然の一部だ」と感じると、死が怖くなくなると? 佐治: と、いうことでしょうね。彼らも人が亡くなることはもちろん悲しく、 みんなで弔いをするけれど、死は人間の姿をしていたことへの終結宣言で、 次があるということです。・・ 堤: 私は父の死を前にしたときは、なかなか受け入れられませんでした。 佐治: いままで息をしていた人が、姿はそのままだけれども息をしていない。 モノになってしまったというのは、なかなか受け入れられないものです。 自分で自分の顔を見ることができないように、人は自分の死を見ることが できない。見ることができるのは、他者の死だけです。となると、誕生前の 記憶がないとすれば、その人にとっての人生とは、初めもなければ終わりも ない「永遠」だということになるのかもしれない。しかも、その人が残した ものは、現世の人々によって引継がれて?それが人生というものなんでしょう。 佐治: 世のなかは対極のものからできています。「生きるとはどういうことか」 を知るためには、「死ぬ」ことがどういうことか知る必要がある。 対極から考えていかなければわからない。死を知るには、じゅうぶん生きて みないとわからないと、いうことですね。先ほどもいいましたが、他者の死と 身内の死では感じ方にものすごく落差があるので、身内の死を経験していなけ れば人への慰め方もわからない。悲しんでいる人には、ただ黙って寄り添う しかないでしょう。寄り添うことが究極の愛ですからね。何もできない自分は 無力ではあるけれど、相手にただひたすら寄り添うことはできますよね。 ≫ ▼ 死とは、「生前の状態に戻ること」を知れば、さほど深刻になることもない。 だからこそ、生きているうち、一期一会で生きなければならない。 「自分は(自)然の一部(分)である」であるならば、自分の死、個々にとって の人生は永遠だが、小さな入替わりでしかない。真剣に考えても考え損になる? としても、考えなければ、そのことさえ気づかず終えてしまう。ふぅヾ(´ε`;)ゝ
・・・・・・ 2014年06月15日(日) 4840,閑話小題 ーワールドサッカーのジンクス * 3964の法則なら、今年のW杯優勝はウルグアイ!? ワールドサッカーにも多々、ジンクスがある。先日、TVで“3964の法則” を紹介していた。そこで、ワールドサッカーのジンクスをネットで調べてみた。 ●《 “3964の法則”では、優勝はウルグアイ 4年に1度のサッカーの祭典には、2回以上優勝した国の優勝 年度を足すと「3964」という数字になる都市伝説が存在する。 この「ワールドカップ 3964の法則」 サッカーワールドカップには3964のジンクスというものがある。 ワールドカップで過去に優勝した国は、過去の優勝年の年度と 現在の年度を合計すると3964のジンクスになるという有名な法則である。 アルゼンチン:1978+1986=3964 ブラジル:1970+1994=3964 ドイツ :1974+1990=3964 :1962+2002=3964 :1958+2006=3964 さらに「2002年日韓共催ワールドカップ」の決勝戦が開催れた日産スタジアム のブラジル代表の控え室に使われた部屋のホワイトボートにはそこに戦術が かかれたとともに 3964−1962=2002と残されていてブラジルの優勝年が、 その年。2002年ワールドカップは3964の法則により自分達が勝つという事。 この控え室とホワイトボードは現在でも大切に保管されている。 さて2014年はワールドカップ開催の年だが 法則に従うと3964−2014=1950。 1950年のワールドカップは 1位ウルグアイ 2位ブラジル 3位スウェーデン 4位スペイン。このチームのどれかが優勝となるのでは?と予想されております。》 ●《 数々あると言われているワールドカップのジンクス。前回大会で、 スペインが優勝し歴史的快挙ともいえるほどのジンクスを打ち破ってくれた。 例えば有名どころでいうと… ・欧州以外で開催されたW杯は南米勢が優勝する ・1962年以来、欧州勢と南米勢が交互に優勝している ・圧倒的な優勝候補は優勝できない などなど。 しかし、それでもいまだ破られていないジンクスは多数あります。それは… ・欧州勢と南米製以外でW杯の決勝に進出した国はない ・北中米・南米のW杯で欧州勢が優勝したことはない ・前年度バロンドールを排出した国は優勝できない ・コンフェデ優勝国は翌年のW杯で優勝したことはない 》 ▼ 面白いが、昨日はスペイン対オランダ。一昨日は、ブラジル対 クロアチアを観戦。今日はイタリア対イングランド戦と、日本対コート ジボワール戦をTV観戦予定。日本は、FIFAランク46位。 コートジボワールは23位で、決して甘い相手ではない。 ・・・・・ 4473, 閑話小題 ースポーツジム、500回 2013年06月15日(土) * スポーツジム、500回 スポーツジムに通い始めて2年2ヶ月あまり経つ。数日前に、フロントで 「今日で5百回になります」と言われ、幾かの選択制のサービス券を貰った。 上京などの小旅行以外と公休日の金曜以外は、ほぼ毎日通ってきた結果である。 噂話に余念のない‘砒素の塊のような口煩そうな御婆さんを数人見かけるが、 「平日昼の5日間コース}ということもあり、中年主婦と、スナックなど夜間 の商売とみられる人が中心。ランニングマシーンとサイクリングマシーン 50台と、エアロビ、それと円座でインストラクターのもと12名が各種 マシーンとステップ台を交互にこなすイージーラインと、30種類位の マシーンのコーナーと、プールと、サウナと風呂、マッサージルーム、 ロビーが組み合わされている。地元では、私が通っているホリデイが最新の施設 で、一番の人気。月20日、年間240日弱位として、二年二ヶ月で500回。 若い女性のインストラクターの明るい声の中でのイージーラインや、ヨガに 参加しているだけで、気持ちが明るくなる。近くに丁度よい施設がタイミング 良く出来たもの。一回のヨガだけで千五百円の価値を実感、月に9回としても、 充分に元を取っている。月に六千円、日にすると三百円は充分価値がある。 午後に、人に干渉されることなく、一人で行って、幾つかをこなして、 気ままに帰ってこれるのが良い。私にとって理想的システムといってよい。 スポーツジム、土日と夜に会員が集中するので、平日の昼は老人と主婦にとって、 楽々と長時間滞は在しても問題ない。アメリカから来たシステムだろう。 家内の新潟の友人は、10時にオニギリを持って出かけ、16時まで滞在する。 光熱費は節約できるし、毎日リゾート地にいるようだと。私は平均二時間が目安。 軽く会釈する人が数人だけ。 地元にはスポーツジムは、ホリデイ、カーブス、ルネッサンス、NASなどがある。 駅前のヨーカ堂のスポーツジムは、女性用のイージーラインだけを絞ったのも あるようだ。家内は週二日、イオン内のSJにバスで通っている。一度、生活圏 から出れるのが、良いという。砒素の嫌な視線を何度か感じ川西のジムにと、 見学に行ったことがあった。ガソリンだけでも一万はかかるので、 決心出来なかったが。 ・・・・・・・ 閑話小題 ー自転車のパンク 2012年6月15日(金) * 自転車のパンク 4〜11月まで八ヶ月間、毎朝一時間もポタリングをしていると、 年に二回はパンクをする。たまたま土砂降りの時にパンクをし、ズブ濡れで 自転車を引いて帰って来たこともある。それも付きものと割り切っている。 一回のパンクの修理代が千〜千二百円で、店によって違う。昨日もパンクを したので近くの自転車屋で修理をした。世間話に、市内の自転車屋の数を 聞いたところ、「百軒あった店が今では三十軒になってしまった。 4kのため次世代が店を継ぎたがらない」という。店売りの自転車はHCや、 スーパーが大量販売するため、価格競争に負け、修理だけとか。 パンクの修理時間は平均、20分。それで千二百円は悪くないが、私の見立て では一日4〜5人。 奥さんがパートをする兼業商家なら何とかなるのだろう。 * 書見台 iPadタテがあるなら本立て(=書見台)があってよい筈と、調べたら、 あるある。江戸時代の学者が正座をし書見台に向かい読書をしている絵を 見かけるが、その卓上版があった。元もと在ったのだろうが、この歳で初めて 書見台の存在に気づくとは。隠れたブームになっているというから、一般的 ではなかったようだ。 それにしても楽で良い。 机上では両手で支えるか、 下に置いて斜め上から読んでいた。 現代書見台は、小さな衝立に立て、 下の両側をバネで抑える仕組みで、両手を使わないで済む。 メモをとる時とか、デジカメに記録に残す時などに便利である。 これにiPadを立てて使えるため、既に必需品になっている。 * ギリシャがどうなるのか? 17日から数日間はギリシャから目が離せない。ギリシャ国民がユーロ圏 から離脱するかどうかの再度の国民投票になる。もし離脱になれば、世界恐慌 のキッカケになる可能性が出る。予測は5分5分だが、悪いことにスペインの 三段階の格下げ発表だ。いまやPIIGSのモグラ叩きの様相であう。何時まで持つか だが、一度火がついてしまえば、世界恐慌が吹き荒れる。その惨状は、想像すら できないほど深刻という。後は野となれ山となれ、だが、衰弱化しきった 日本は外国から狙われること必定。どうも世界の動乱期での日本の小選挙制度の 仕組みが適正でなかったようだ。その意味で、ここで日本も一度、現在の枠組み を変えるしかなく、政治動乱の過程を踏む必要がある。 まずは、この一週間は国内外の政治経済から目が離せない。 ・・・・・・・ 3733, 閑話小題 2011年06月15日(水) * 衣替えのアイロンがけ この時期になると、半袖のポロやTシャツなどを箪笥から出して、アイロン かけをする。(家内は一切無視? ったく!) 風呂敷から出して、新鮮な空気 に触れさせ、霧吹きで水分を含ませアイロンを軽くかけると、見る見るうちに シャツが姿を変える。無機物のシャツが、あたかも生き物のように変わるから 面白い。人の手を入れると元気になるのは植物やペットなら、尚のこと。 新鮮な空気、水分、熱など自分自身に我々は入れているだろうか?。 それだけではない、知識も入れ替えをしないと。「新婚さんいらっしゃい」 というバラエティーで、夫はアイロンがけが趣味というのがいた・・ それって、奥さんがするんじゃ? * ハイボールの語源 日本では、ウイスキーのソーダ割りだけをこう呼ぶのが一般的。 もともと、あらゆる酒がベースで、ソーダやトニックウォーターなどの炭酸飲料 や、水、フレッシュジュースなどアルコールの含まれていない飲料で割ったもの をハイボールと言う。語源について諸説ある。 <1> 開拓時代のアメリカで、蒸気機関車による長距離移動のときに、途中で 水の補給のための停車の際、棒の先にボールをつけたものを掲げて合図した。 そのときに、ウイスキーのソーダ割りのサービスがあったことが、語源という。 <2> 同じく開拓時代のアメリカにて。当時鉄道ではアドバルーンのボール信号が 一般的に使用され、ボールがあがっていれば go、あがっていなければ don't go 。 当時は、インディアンの襲撃が頻繁にあり、そこまで行って よいかどうかの判断もあった。 その無事に感謝をして水で割ったウィスキーを飲んだのが語源とか、 他に炭酸の泡が揚がっていく様から「ボール信号」という説もある。 <3> イギリスのゴルフ場のカウンターでウイスキーを飲んでいた人が、 急に自分の打つ順が来たことを知らされ、そばにあったソーダにウイスキー をあけ飲んだところ非常においしかった。そこに、たまたまハイ・ボールが 飛んできた、それが語源だという説。早くいえば、ハイボールは 「飲みやすいカクテルの代名詞」。サントリーが数年前から角瓶との組み合わ せの「角ハイボール」を大々的に宣伝を始めた。人気の背景には飲みやすさに 加え、老舗企業の戦略もある。それにしても、イメージ広告に人は弱い。
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| 5934、閑話小題 〜「家、ついて行ってイイですか?」 ー�� 初老男の夢 |
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2017年06月14日(水)
* 初老男の夢 先日、録画していた「家、ついて行ってイイですか? スペシャル」 を見たが、どれも面白いディープな内容。 そういえば1〜2年前、ここで テーマとして取上げ、書いたはずと、ネット内検索をすると、やはりあった。 我ながら、真面目な視線に驚いている。 スペシャルの<アパート室内、ゴミ屋敷>、銭湯から出てきた初老の男の 「切なさ」が直に伝わってきた。 室内のゴミの一つずつが、本人にとって 意味(価値)があるという。 「自分の描いた絵画と花を共に売るのが夢だったが、両親の介護に追われ せざるを得なかったため、夢は叶わなかった。周囲に「外で働くのは大変だ」 と言われたが、両親の介護は並大抵でなかった。父親からは、介護の専念は 立派な仕事… 」と言われていた。そして見送ったが現在、天涯孤独? 「この部屋にあるものは、私にとって、どれもこれも価値もの。ビールの空缶 の絵もよくみると、素晴らしいデザイン。絵の参考になる素材になるため捨て られない。」と。 「花屋といっても、リアカーに生花を積んで、行商する もので、そこに、自分の描いた絵画を乗せ、一本200円の花でも、私の絵画が 気に入って共々1000円を払ってもらえれば…」と、何ともいじらしい夢。 ここで16年以上、書き続けてきたテーマ日記も、この部屋のお宝に比べると、 遥かに劣る?のでは? どんな仕事より、人生を犠牲にした「両親の介護」と、 「見送り」に勝る仕事は無い。 家内に、「あなたも『私の家』から追い出さ れると、アパートの一室で、こんなゴミまみれになるのよ!」。「あんなの、 何もしない言い訳に過ぎない」と切って捨てる。 これでも、20数年前に、 我家の母親の認知症介護を5年半、一家総がかりでしていた経験がある。 住人の人生を支えてきたのは、小さな夢と、両親を介護をし、見送った自負 と愛の残像である。 ―――ー 2016/09/01 「家、ついて行ってイイですか?」 ー�� * ぬいぐるみに話かける男 ときどき見る番組、「家、ついて行ってイイですか?」だが、偶然、 見るほうが多い。そこでは人生の多様性と奥深さを見ることが出来る。 先日みた、「ぬいぐるみ」に話しかける青年が印象に残った。そこで、 「家、ついて行ってイイですか?」「ぬいぐるみ」と検索したところ、違う 人がネット上で、「ぬいぐるみ依存の自分は変か?」の問いかけがあった。 「なりすまし」? それともTVに出た人とは関係ないかどうかは不明。 都会には、地方出身の孤独な群集が多い彼らは過去を引きずり、面白く、哀く、 ほろ苦く、温かく、複雑な人生劇場を生きている。〜まずは問いかけ〜 ≪ 20代後半の男。 家に3歳くらいのときに買ってもらった手の平サイズの子猫のぬいぐるみが あります。名前もあります。小さい頃は肌身離さず持っていて、さすがに年齢を 重ねるにつれて肌身離さず持つことはなくなりましたが、捨てることは出来ずに 今も大事においてあります。さすがに20数年持ってるとボロボロになって背中 とか綿が丸見え状態で全身の毛も半分くらい抜けています。汚くなってるので 洗濯したいけど洗濯したら多分頭と体ちぎれる可能性あるので、もう出来ない。 そんな子猫のぬいぐるみですが、学生時代はあまり置いてある場所から出したり することもなかったんですが、社会人になってからたまに出してきて撫でたり、 話しかけたりしています。ただ、毎日じゃなくて3日に1回のこともあれば、 1週間に1回、1カ月に数回の時もあるし、忙しいときは1ヶ月全く触らない こともあります。 でも、ここ最近触ったり撫でたりしていると癒されるし、 昔と違った感じでまたものすごくかわいいと思うようになっています。 他の「ぬいぐるみ」は別に欲しくもなんともないんですが、この「ぬいぐるみ」 だけは特別というか愛着がすごくあるんです。小さいころに持ってたぬいぐるみ もこれだけです。他人から見たらただの汚いボロボロのぬいぐるみですが、僕に とっては小さいころから一緒に暮らしてきたので家族みたいな感じです。 捨てろと言われても絶対に捨てることは出来ません。 将来的に一人暮らしもしたいと思っていてその時には連れていくと思います。 ただ、客観的に見るといくら家の中でプライベートな空間とはいえ、かわいいと 思いつつ20後半にもなってぬいぐるみ撫でたりしているのはちょっとまずいん じゃ・・て考えたりもしてしまいます。いい年した男がぬいぐるみを可愛がって いるて、精神的に子供というか・・ でも、止められません。 いい年して ぬいぐるみを持っている、可愛がっている男性をどう思いますか? キモイというかドン引きて感じですか?男女問わずよろしくお願い致します。≫ ▼ 青年がぬいぐるみに語りかける実演を見て、「大の男が気持ちが悪い!」 とも思わず、自然に受入れることが出来たのは、この随想日記が、ヌイグルミ に近い存在と思えたため? 親元を離れ、大都会で暮らす孤独は、慣れるまでは 本当に辛く侘しいもの。しかし、青年期に親元から離れ自立することは、人生の 重要な必要条件になる。だから、地元から上京した時は、同郷の友人より、都会 で新たな友人を見つけ、新たな自分をつくるチャンスである。 私が以前に書いたはずの、「家、ついて行ってイイですか?」をブログ内検索 をすると、以下のようにあった。 読返してみて、「いま、ここ、わたし」は、 垂直に立って、現在と、過去と、未来にループして、多くの時空を飛びまわる ことが出来るということに気づいた。だからこそ、止められない。何度も経験 することは、過去の文章に、「あなたは誰?」と見知らぬ誰かを実感する。 「いま、ここ、わたし」が、それぞれの場面に吸い込まれているため。 ―――― 2016/04/12 「家、ついて行ってイイですか?」 ー�� * 最近のTVは、実に面白いのが多い。 その時どきのウェーブがあるが、最近のTVは、面白いのが多い。 『Youは何しに日本へ?』『家、ついて行ってイイですか?』『世界街歩き』 『火野正平 こころ旅』など、軽い目線で、街や村の道路で声をかけたり、 街歩きをする番組などである。チョッとした旅行をしたいが、面倒だったり、 通りすがりの人の私生活や人生を生(なま)で覗いてみたい気持ちを代行 して、ズカズカと入っていく面白さは格別。 『家、ついて行ってイイですか? 』を検索すると、以下の内容説明があった。 < 終電を逃した人に「タクシー代を出すので家について行ってイイですか?」 と声をかけ、家を見せてもらいインタビューをおこなう。 深夜、急に訪れる 片づけられていない素のお宅は、その人の人生ドラマが 散りばめられた宝箱。 そして誰しもが、一見フツーでも 、ぜんぜんフツーじゃない 人生ドラマを 持っている! そんな素敵な市井の方々の人生譚を覗いていきます。> 昨日見たキャバクラ嬢や、美容師の変態ギャルのキャラクターと実態に、 お笑い5人のスタッフが、呆然と声を失う。最近、見始めたばかりなので、 過去分を動画のYoutubeで見ると、あるある面白い人生が。 『YOUは何しに日本へ?』の検索には、 < 空港に居合わせた外国人(永住・帰化した人物なども含む)に 「YOUは何しに日本へ?(Why did you come to Japan?)」と問いかけその返答 の様子や、気になる返答をした人に密着取材を依頼し来日した目的を果たす様子 を放送する。番組内では性別・年齢問わず名前ではなく外国人はすべて"YOU" (複数ではYOUたち)と呼称するが、密着時には混同を避ける意味もあり個人名 も使われる。基本的には半日から数日間の密着であり放送も一度限りだが、 長期の旅行や研修に密着する場合、放送回をまたいだり、しばらくしてから 後日談が放送されたりするケースがある。基本的に密着時はYOUの日程に合わ せて行動するため、出先の店舗や施設ではその場で撮影交渉を行うことが ほとんど。> それぞれの分霊に、これまで生きてきた触媒が取囲んで自分を形成している 姿が浮き上がる。死ねば、その分霊ともども消滅する。その分霊は、これまで も、今後に、人類が存続する限り浮かび上がってくる。人生は、その触媒の 質量で形成されるが、そこには両親の格差で、大きく左右されるが、可能な 限り、そこからアップスケールし続けるかどうかもある。その触媒で、一番、 手軽なのが、書籍と、TV、友人、ネットなどがあるが、自然との触合いも 欠かすことが出来ない。情報化の時代、「閑」と少々のお金こそ財産になる。
・・・・・・ 5569,ピーターの法則 ー�� 2016年06月14日(火) <ピーターの法則(創造的無能のすすめ)ローレンス・J・ピーター>を 図書館で見つけた。学生時代に、この法則を知り、そのシリアスさに驚いた。 社会を渡り歩いていると、「人の一生など、こんなものか」と、透けてみえる 気にさせる法則である。前にも、この法則について、触れた記憶がある ため、HP内検索をしたところ3年半前に、幾つかの法則の1つとしてあった。 * ピーターの法則 《 2012/11/25 法則は思考のショートカット−3 「知っているようで知らない 法則のトリセツ」水野 俊哉(著) 【 これも学生時代に知った法則。平社員Aさんは能力を発揮、係長になり、 そこでも活躍し、課長、そして部長になる。しかし、その能力は、それが限度。 そして、そこに留まり続けると、ハツカネズミが回転の輪を何時までも回り 続けるのと同じで、ロボットのような限りない無能化に陥ってしまう。それが、 すべての階級で同様なことが起こり、やがて、無能なA部長、無能なB課長・・ と、能力の限界に応じた最終段階に達したバカばかりになってしまう。 いずれの会社も、よく見れば無能者の群れ。これを「ピーターの必然」と言い、 「やがてあらゆるポストは職責を果たせない無能な人間によって占められる」 ことになる。いずれの破綻の原因は、その果てか。それもあり10年転職、 10年転業説が出てくる。その度、悪くなるのが殆ど?だが・・・】》 ▼ まあ、実も蓋もない法則だが、これが真実だから仕方がない。 これに、無能隠しの悪知恵が巧妙についてくるから、始末が悪い。 新潟駅前の30年間に亘る事業も、私の特性として、期間が10年〜15年で、 三棟・280室に打ちとめて、売却をして、新規事業に転進すべきだった。 後半の15年間は、無能への限りない転落の道。バブル崩壊の時が、その節目に あたる。 頭の中では解っていたような、どうだろう。バブル騒ぎで、見通し を誤ったのである。あまり頭の良い人間ではないと自認しているが。裏づけの 遊休資産があればこそのホテル経営。規模からして、10〜15年目が引き時。 不動産投資は、決断の結果が、7〜8年後に現れ出るため、ウヤムヤになる。 仏の教え、「世の中は変わる、怠りなく精進するように」で、変化できなく なった時、無限の無能に陥っていく。恐ろしいのは、他人のそれは理解できる が、こと自分のそれに気づかないこと。 だから、生きていけるのだが。
・・・・・・ 5204,教育には「驚き」と「なぜ」が必要 2015年06月14日(日) 『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』 堤未果:佐治晴夫対談 「驚きを立てよ」と、検索を入れたところ、二番目に10年前の私の文章が 出てきた。最後にコピーをするが、成るほど、ネットの世界は恐ろしい。 この文章を書き上げた後に検索したが、前だったら、書かなかっただろう。 以前の内容より、今回が劣って? 書き残しておく秘儀をつくづく実感する。 * 教育には「驚き」と「なぜ」が必要 (゚Д゚`*)エ〜[なんでぇ!?゚Д゚@) 堤:「氷が解けて水になった」というのが正解で、「氷が解けて春になった」 がバツになったという話と似てますね。 佐治: 結果だけを重視するのではなく、そこに至るプロセスを加味して判断 することや、まず相手を受け入れることが大事だと思いますね。 堤: だとすると先生がやってらつしやる宇宙物理学や科学の世界は、 まさに驚きの連続じやないですか。 佐治: 科学は、「驚き」と「なぜ」です。しかし、「なぜ」と問う前に 「驚き」がないと科学にならない。いまの親御さんたちは、「なぜ」に最初に 答えてしまいます。たとえば、きれいな虹を見たときは「わあvきれいだねえ」 とまず驚いてほしい。それが教育。教育というのは子どもの「なぜ」に火を つけることです。本当にいい先生というのは、懇切丁寧に中身の解答をその まま教えることではなく、子どもの心に灯をつけることだと思います。 灯がともれば、ひとりでに燃え続けます。 堤: 先生は、いまの教育には「なぜ」と「驚き」が減っているといいました。 佐治: 教育には、まず「なぜ?」と疑問をもつことが大切です。 たとえ人にみかんを二個ずつ、三人の人にあげるには、みかんは全部でいくつ いるでしょう」という問題。普通は「2×3=6」という式で答を出しますが、 ある子は「3×2=6」と書いてバツになり、それが原因で登校拒否になって しまったという例があります。そこで「どうして3×2にしたの?」と訊いたところ、 「みかんを二つずつあげるのにA君、B君、C君が待ち遠しいといけないから、 とりあえず一人に一戸ずつあげた。それを二回繰り返したから、3×2の式にした」 といいます。やさしい子でしょう。それが学校では間違いとして処理された。 プロセスというのは、考え方の道すじで、それが正しければそれはそれでいい。 ・・・(略) 佐治: これまで行なってきた小学校での特別授業を通して感じていることは、 小学生の感覚はまだまだすばらしい。手遅れになっていません。これが救い。 しかし、中学生になると、とたんにおかしくなる。 堤: 十二歳くらいまでは大丈夫ですか。小学生はまだ、体を使って遊んだり しますが、中学に入るとそれが減っていきます。それと関係がありますか? 佐治了体が先か、脳が先かという問題になるんですが、最近の脳科学の立場から いえば、体が先だと考えられています。眠らなければ眠らなければと心で思う よりも、横になって寝る体制をつくることによって眠りに入りやくなる。 脳は、そのようにできでいるのだそうです。体が先だということですね。≫ ▼ ネット辞書で『驚き』を検索すると、< 予期しない事態の突然の出現に 伴う強い一時的情緒。プラトン (『テアイテトス』) とアリストテレス (『形而上学』) は,驚きから哲学が始るとした。デカルトは驚きを基本的6情念 の筆頭におき,他のあらゆる情念に先立って起り反対情念をもたないものとした (『情念論』) 。> また、< 驚きとは、動物が予期しない事象を体験した ときに起こる瞬間的な感情をいう。驚きには好ましいものも好ましくないものも ある。むしろ、怒りや恐怖などの爆発的な感情変化を、分類する以前の状態が 驚きかも知れない。驚いた状態をびっくりしたという。>ともある。 以下参照! 以前も現在も、我ながら真面目?なものである。 驚いた! (゚Д゚`*)エ〜 ―――― 2005年03月26日(土) 1453, おどろき、そして感動 「考えるにはどうしたらよいですか?」という純朴な問いかけがある。 この問いかけに対して、いずれの哲学書にも 「おどろき」が「考える」突破口になると書いてある。何でもないことの中にも 新しい発見を見つけ驚くことがその出発点。驚きは、そのまま感動につながる。 その感動が人生を動かす。仏教の教えの中に「驚きをたてよ」という言葉がある。 この言葉は、考える、生きるという面で深い意味がある。歳を重ねると、多くの ことを経験しすぎて驚きが少なくなる。しかし、歳をとって解ったことは 「驚きが桁違いに多くなった」ことである。知れば知るほど、その周辺に 知らない発見が増えるからだ。驚くということは、未知・無知の分野に果敢に 挑戦して新しい何かに衝撃を覚えるということだ。それと未知なるが故の不意打ち が驚きになる。 そして、それが考えにつながっていく。無能の人は、何を見ても 聞いても驚かない。驚く素養がないのだ。 いや思い込みというバカの壁が 取り囲んでいる。破れている太鼓が音が共鳴しないのと同じである。 隣の太鼓の音にもよい太鼓は響くが破れ太鼓は実際に叩いても音が響かない。 驚きには、その皮の張りが必要である。世界を旅をすると、驚きに満ちている。 そして、その深い世界に感動をする。こんな世界があったのかと、内面が爆発 しそうなほどの感動を数知れず経験する。そして対象にのめりこんでいく。 人間は感情の動物といわれる。たしかに理性的な部分が人間たる所以だが。 人間を突き動かすエンジンのはたらきをするのが感情である。 感情は ・おどろき ・愛 ・憎しみ ・喜び ・悲しみ ・欲求の6つから 成り立っている。他の感情は、この6つの感情の組み合わせでしかない。 希望はー>喜び+欲求 ねたみー>愛+悲しみ この感情の中で「おどろき」 は一番の根本にある。未知なものに不意に直面した時に、こころは変容する。 その変容の状態そのものが「おどろき」である。おどろいて呆然と立ちすくむ 状態である。おどろきは、最も原始的な感動である。おどろきは未知なものが 現われた時、それを説明できない不思議を自分に知らす。 正も反(喜びに対して悲しみ)の感情も越えた「おどろきの対象」に対して、 説明できる必要性が出てくる。おどろきは未知に対する無知に気づき、 知的探求を刺激する。あるイベントの会場で、BOSEのコンポを聴いた時に 思わず立ちすくんでしまった。聴いたことのないような音響におどろき、何回か 足を運んで聴きなおした。こんな小さなコンポから、こんな音が聞こえてくる のか不思議でたまらなかった。そこで係り員から説明を聞いた。パンフレットを 見て、その原理を知って、知人から情報を得て、インターネットで検索をして、 購入に至った。会場で聴いた音に対する、おどろきと感動が出発点であった。 そして、なぜ、どうして?と、その理由を探していった。昨日も早速、音楽に 対する本を二冊買ってきた。 三枝成彰の「音楽の本」と、「CDクラッシク の名盤」である。一流なものに接して感動と驚きをシャワーのように 浴びなくてはならないのだ。以前にも書いたが、親は子供に感動とおどろきを シャワーのように与えなくてはならない。躾と、最高のものを知らしめる ことが家庭教育の基本である。おどろきを得るためには、3C-チェンジ、 チャレンジ、コンペティションがキーワードになる。 挑戦しろ、変化しろ、そして戦えである。
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2017年06月13日(火)
<「人間の目利き」 曽野綾子:吉村作治> 〜アラブから学ぶ「人生の読み手」になる方法〜 * 三種類のアラブ人 先週のシネマが、数年前にあったテロを扱った <パトリオット・ディ>。 キリスト教圏のアメリカ社会のイスラム教徒によるテロ事件の実録的物語だが、 アメリカの白人社会は、思いの外、深いプロテスタントの国。黒人だけでなく、 アラブ人は、最下層の人たちと蔑まされている。アラブ人が、欧米社会内で 不平を持つのは当然で、前提が違うのである。、 ≪ 吉村: アラブに住む人間には大きく分けて、 ・アラブ人と、 ・まったくアラブ人じゃない人と、 ・アラブの人じゃないけれどアラブに入った人の三種類がいる。 アラブじゃないけど、アラブ人になるためイスラム教を信仰し、同じ アラブ語を使って人間は、アラブ人同士より、少し信頼度が低いが、 仲間に入れてもらえる。 アラブの社会では同胞、同法に準じる者、異邦人の3種類しかいません。 異邦人には厳しいルールをつくって対処するのです。それは敵として見て いるのです。かといって、敵だから殺すというのではなく、敵の中でも、 こっちよりと、全くの敵と区別をしてつきあう多角的な対応です。 しかし真の情報を流すのは同胞に準じる者までで、あとは偽情報だったり、 ブラフだったり、反対情報だったりします。すなわち、情報こそが生きる 術なんです。 ・曽野:テントに立ち寄ってみたら、ベトウィンたちが甘い飲み水を 御馳走をしてくれたので、2〜3ヶ月後に、お礼に行こうとしたら、運転手が 真っ青な顔をしていやだという。あなたは外国人だからいいが、僕が二度 同じテントに行くと、女か家畜をとりに来たと思われる、って。≫ ― ▼ 20数年前になるが、イスラエルで、ユダヤ教徒も同じように ユダヤ人を3分類していると聞いていた。国を持たなかった流浪の民は、 各地で迫害にあって、頼れるのは金銀宝石と思われるようになっていたが、 実は、厳しい戒律の厳守が、キリスト教社会と、そぐわなかったのである。 そしてナチによる虐殺に至る。それがイスラム原理主義の聖戦を唱えるISと なれば、ことは簡単に収まるわけがない。キリスト教原理主義と、ユダヤ教 原理主義と、イスラム原理主義者のシーア派と、スンニ派の入り乱れた 聖戦である。とすると、日本は島国の地勢の優位性を利用するためにも、 移民の受け入れは、最小にしておくべきというのも理解できる。 この分類は、地域社会にも存在する。例えば… 江戸時代からの老舗の家系。 戦後からの成金。ユータン組。旅の人と警戒される新参者。 …等々。 これが医師、銀行員、事業の大小とかで、石ころの大小とか、カタチで ランク付けをされている漫画的コスプレである。で、私だけは違うと、変な 確信を全員持っている。 それも有かと思うが… まあ、ここで止めておく。 イスラムもユダヤもキリスト教徒も、「復讐するは我にあり」と、殺戮し あって。 で、なぜか、以下に続いていく。
・・・・・・ 5568,「復讐するは我にあり」 2016年06月13日(月) 時どき、「到底信じがたい偶然」とか、「第六感」とか、「布置」とか、 私の理解外のことに行き当る。倒産となれば、当事者にとっての大惨事。 しかし、他人の不幸は蜜の味。特にリスクを侵さない人生を過ごしたものに とって、その人生に対しての自己正当化の丁度よい標的にになる。飽きずに 何度も取上げるが、思い込みもあるが、直接的行為をしてきた当人か、家族に 事故か大病が起こることが多い。50歳も過ぎれば何処の家庭内にも、問題が 鬱積しているとしても・・ で浮かんだのが「復讐するは我にあり」の言葉。 映画の題材にもなった。これは元々、キリスト教の聖書から引用された言葉。 〜「復讐するは我にあり」を検索すると〜 《 <18 できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい。 19 愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。 「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」と 書いてあります。 20 「あなたの敵が飢えていたら食べさせ、渇いていたら飲ませよ。 そうすれば、燃える炭火を彼の頭に積むことになる。」 21 悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい。 <ローマの信徒への手紙12章18節〜21節(新共同訳) 》 〜より分かりやすく解釈すると 【この中の主は、神様のことを言っています。つまり、「誰かから悪いことを されても、悪で返さず善い行いで報いなさい。その代わりに私(神様)が代わり に報復するから、あらゆる人達と平和な関係を作りなさい。】の意味。 キリスト教では、全ての人は死んだ後に裁きを受けて、天国に行くか地獄に行く かが決まります。悪人は裁きの時に必ず地獄に行くのだから、復讐は神様に お任せしなさいということなのです。> ▼ 遥か以前に、相手に放った矢が、回りまわって自分を突き刺す諺に <返り矢に当たる>と、<因果応報}がある。三つのブラックスワン (9・11テロ、 リーマンショック、3・11災害)の直撃だけでなく、 明治維新、太平洋戦争敗戦、そしてアメリカによる強要されたバブルと、 崩壊対する衝撃の認識度が、あまりに甘かった。そのことが、ハードラン ディングの結果になっていた。新潟駅前に500室を集中させたこともあるが。 神様を因果応報という自然の摂理とみれば、「復讐するは我にあり」と、 敢えて取りだてることもなし。それぞれの怒りを、ミニ物語として創作し、 時間の経過を待っていれば当面の毒消しになる。<されど、神様!>ですか。 ―――― 2011/07/12 ユング ー 3 ユングといえば、「布置」と「共時性」である。 妻とか恋人の関係がうまくいってない時、家庭内に大きな問題が重なった時に、 職場の上司や異性とトラブルを起こしたり、勤務していた会社が倒産した時に、 大病や大事故が重なったりする。 これらは、何とか原因を特定することも 出来るが(離婚と前後して交通事故にあった場合や、倒産時の関係者の事故率が 異常に高いのは、心が注意散慢になっていたとかで説明出来るかもしれないが)、 因果関係だけで説明できないことが多い。 私の倒産の場合、倒産したのが 30年前の開業前日。1981年3月31日開業、会社消滅が2011年3月30日。 全くの偶然の一致である。幾つかの事業や、幾つかののホテルの立ち上げを 始めると同時に、必ず身近に普段起きそうもない問題が起きる。 回数を重ねると慣れたもので、今度は、これか!と、冷静なもの。 他にも、色いろある・・。 このことを「図解ーユング心理学」福島哲夫著、で、説明してある。 【 ◆ 布置と共時性について * 一見別々に起きたことでも、その人にとっては非常に大きな意味を持って いる出来事の巡り合わせを、ユングは「布置(コンステレーション)」と 呼んだ。コンステレーションとは元々は「星座」の意味である。つまり、 広い宇宙に別々に存在している星が、ある人にはそれらが白鳥の影や竪琴の 形に見えて、大事な意味を持っているように、個人を取り巻く事象の巡り 合わせも、大きな意味を持つことがあるということ。 長く会っていない 友達の名前を思いだしたとたんに、その人から電話がかかってきたようなこと なども、布置の一つである。その意味を深く考えなければ、それで終わって しまうからだ。 * 共時性(シンクロニシティー)と布置との違いは、共時性は、布置よりも さらに物理的に簡単には起こりにくい偶然の一致をいう。共時性の有名な事例 で、ユングが若い女性の心理療法を行っているときに、その女性が黄金の コガネムシを夢で見たと語った瞬間、コガネムシが部屋の窓にぶつかってきた という逸話があります。ユングによれば、この女性患者は、非常に固い合理 主義者で、自分自身の現実感に堅くしがみついていて、治療にまったく進展が なかったのが、この不合理な出来事によって、彼女の変容のプロセスが動き 始めたという。ユングによれば、このような出来事は、元型の力がはたらいて 生じるとしている。つまり、人間や、動植物までも含めた存在を支えている 共通の基盤となるような領域における力が働いて起こった現象だというのだ 】 ▼長い間、会ってなかった友人のことを考えていた丁度その時に、その本人から 電話があったりなど因果関係で説明できないことがあまりにも多い。日本にも 古来から「虫の知らせ」という言葉がある、とおりである。こういうのは 科学者は、正面から取り組むことを避けてきた。しかし、ユングは幼年の頃 から、おかしな感覚を持っていたこともあり、人間の持っている5つの 感覚外の、シックスセンスの研究に踏み込んだのである。再びユングを 再読を始めたためか連日、奇妙な夢の連続である。
・・・・・・ 5203,人間だけが、教育されなければならない動物 2015年06月13日(土) 『人はなぜ、同じ過ちを繰り返すのか』堤未果:佐治晴夫対談 「大地震で森からサバンナに追いやられたサルが四足か二足歩行に進化。 その結果、産道が狭くなり、未熟児の状態で出産。外敵から身を守るための 教育をしなければならなくなった。」という、論旨が面白い。 * 人間だけが、教育されなければならない動物 ≪ 佐治: あるとき、いまのアフリカあたりに、これまでなかったほどの 大地震が起きました。いまもその痕跡が残っていて、隆起した山のあいだが 陥没して平原になっています。山に吹きつける風は上昇気流になり、雨が降って 山の森は豊かに保たれました。一方、陥没した部分には雨が降らしてカラカラの サバンナになった。そこにいたサルさんたちは、さあ困った。いままでは木に 登って、遠くを見渡しながら、おいしいものがないか、危険な動物が来ないか 見ていられたのに、カラカラの草原になってそれができなくなってしまった。 その結果、いつしか、遠くが見通せるように四本足から二本足になって立ち 上がりました。すると身体の背骨の上に頭がのる形になりますから、重くて 大きい脳を獲得できるようになり、人間になったのです。(註) ところが、二本足で立ち上がったことから骨盤の広さが70%ト狭くなった。 頭の大きい赤ちゃんを産めなくなり、自然分娩ができなくなります。 そこで人間は、未熟児のまま子どもを産まざるをえない宿命を背負う。 サルは生まれたばかりの赤ちゃんでも、自分で立ち上がって、お母さんの おっぽいを飲めるけれど、人間の赤ちゃんはお母さんのサポートなしでは 何もできません。つまり、カントがいうように「すべての哺乳類のなかで、 教育されねば一人前になれないのが人間である」ということになります。 だから学校がある。小学生には「それが、君たちが学校で勉強しなくては いけない理由です」としめくくりました。 <(註)アフリカで、800-1,000万年前に大地溝帯の活動が始まり、周辺に高地や 山脈を含む隆起帯が形成されたことにより、大西洋側から大陸東部に湿った空気 を運んでいた赤道西風がさえぎられると、大地溝帯の東側は徐々に乾燥して森林 が衰退し、やがて草原に変わっていった。森林に住んでいた多くの類人猿は、 この環境の変化に適応できずに絶滅したが、ヒトの祖先は樹上から地上に降りて、 直立二足歩行に移行した。すなわち、乾燥化によって木と木の間隔が広がった ことにより、木から木への移動を行う際に地面に降りる必要が生じ、ついに 直立二足歩行を獲得した、とするものである。> ▼ 現在では、専門学校・大学を含めると8割が20歳過ぎまで親の庇護が 必要となる。乳ばなれが出来れば目出度いが、そうはいかないのが人間様。 担任の先生が定年の年のクラス会の二次会で、この歳で、両親が90過ぎても 矍鑠として、自分を見守っている。これほど辛いものはない」とノイローゼ 気味に語っていたが・・ 趣味の世界があれば悩みが半減したのだろうが。 20歳頃に、自分の人生デザインを持てたかどうかが豊饒の人生か、そうで ないかの大きな分れ目になる。今はネットがあり、情報は手軽に入るし、 趣味の道を深耕するのが比較的恵まれている。要は、意思するかしないか。 ・・・・・・ 4838,Quirt <内向型人間の時代> ー5 2014年06月13日(金) <内向型人間の時代> スーザン・ケイン著 * ソフトパワー 国にも、個人にも、内向型、外交型がある。さしずめ、江戸時代は内向型 国家の典型。そのため、鎖国の時代は、江戸文化という円熟した時代でもあった。 そこに外交型国家・米国の到来で大きは節目を迎え、近代国家へと歩み始める。 アメリカのカレッジで、白人系と東洋系の学生の差異に、そのまま見てとれる、と。 東洋系の持っている内なるパワーを「ソフトパワー」と、捉えている。 ーそこで、「ソフトパワー」をネットで検索するとー 《 ソフト・パワーとは、国家が軍事力や経済力などの対外的な強制力によらず、 その国の有する文化や政治的価値観、政策の魅力などに対する支持や理解、 共感を得ることにより、国際社会からの信頼や、発言力を獲得し得る力。 対義語はハード・パワー。 ・・・ジョセフ・ナイはこのソフト・パワーによる 対外政策の重要性を説く上でブッシュ政権や、その中枢を占めたネオコンという 勢力に対し、客観的に評価または批判をし、軍事力や経済力など強制力の伴う ハード・パワーにのみ依存するのではなく、アメリカの有するソフト・パワー を活かすことの重要性を唱えた。 ・・ナイは、ソフト・パワーを構成する 要素を掲げている。ひとつは、その国の有する文化である。その具体的な例と して文学や美術、高等教育などのエリートを対象とする高級文化や大衆の娯楽 などの大衆文化が挙げられる。ナイはその国が有する文化の価値観に世界共通 の普遍性があり、その国が他国と共通する利益や価値を追求する政策を とれば、自国が望む結果を獲得することが容易となるとし、一方で偏狭な 価値観に基づく文化では、ソフト・パワーが生まれにくいとする。・・ 》 ーこの著書のソフトパワーの説明箇所から抜粋ー 《「ソフトパワー」、教授はそれを「火ではなく水によるリーダシップ」 と呼んだ・・ 「アジア文化では、自分が欲しいものを得るために、しばしば 微妙な方法を使います。それはつねに攻撃的とはかぎらないが、けっして ぶれない巧みな方法です。 最終的には、それによって多くを達成します。 アグレッシップパワーは相手を打ちのめすけれど、ソフトパワーは相手を 納得させて味方にしまいます」・・ ソフトパワーの実例とはどんなものかと 尋ねると、彼は目を輝かせて、アイデアと心をパネにしている人々のことを 話しだした。たとえば、各種の雇用者団体のまとめ役をしている人々―彼らを 達成するために、力学ではなく信念によって人々を結集してきた。 また、飲酒運転根絶をめさす母親の会は、カリスマ性ではなく思いやりの パワーで世の中を変えようとする人々の集まりー そうした人々は自分の メッセージを伝えるのに十分なコミニケーションスキルを備えているが、 本当の強さはメッセージの内容にある。 》 ▼ この図式は、都会と、地方の関係と同じ。しかしアメリカを例にとれば、 そのソフトパワーは、ハードパワーと同じぐらいに、充実していることは、 インターネット先進国ということからも垣間見ることが出来る。現役の時代は、 パワーソフトの占める割合が高く、御隠居は、ソフトパワーに比重が移動する。 そのソフトは、長年の蓄積が必要。そのためにはハードパワーも必要である。 私のソフトパワーの蓄積は、数十年続けてきた、一日2〜5時間の読書。 最近は、読書からネットとパソコンに比重が移動しているが・・ この二年間、スポーツジムのヨガに週二回、参加しているが、これは、 ソフトパワーそのもの。 ・・・・・ 4471, 一日5分「簡単ヨーガ」健康法 ー6 2013年06月13日(木) 『一日5分「簡単ヨーガ」健康法』ー番場浩之著 * 3日目 身体の前後両面と、手指を開く ー? A・ 胸と背中を開き、膝裏を伸ばす体位 ーP66 基本体位= 金剛座(足を重ねない正座)をして、尻を浮かす ようにつま先だって、脚の前で手の平をつく(四つんばい)。 1、「静かな呼吸」→「軽い呼吸」→「深い呼吸」を入れながら、 「天のプラーナ気」を引き入れ、天井を見上げるように顎を上げ、 舌を巻き上げて胸を開き、背骨を反らして腰を入れる。 2、手の位置を動かさないで、肘を伸ばして息を出しながら、両膝を合わせた まま、かかとを床につけるようにして背中を開き、「大地のアパーナ」 を引き上げるようにして、背中を充分に開く。 3、緩めて、少し息を入れながら、基本体位に戻す。そこで、「軽く一息」。 4、もう一度、1〜2を繰り返す。そして軽い一息を入れながら、膝裏を 伸ばして、手に体重をかけるようにして、尻を持ち上げてつま先で 立上がる。膝裏は充分に伸ばす。 5、息を出しきりながら、かかとに体重をかけ、肘と膝を伸ばした状態で腰を 入れ、眉間を見上げるようにして顎を上げる。「軽く一息」入れていったん 緩め、さらに出息とともに、かかとに体重をかけて「膝裏→腰→胸→顎」 の順で背骨を反らせ、「大地のアパーナ気」を引き上げる。 6、「軽く一息」入れて緩めたら、ゆっくりと息を出しながら、膝をつき、 [基本体位]に戻す。最後に、「軽く一息」→「静かな一息」→各自の呼吸」 で、息を調えて金剛座に戻す。 ▼ 犬猫が時々行う、横から見たら腰を頂点とした三角形の姿勢。前者は、 座ったまま、後者は、後ろ脚を立てた姿。これもSJのヨガ教室で、 必ず毎回、行っているポーズ。 B・ 手の指を開く体位 ー P72 [基本体位] 金剛座(P・69)になり・親指と人差し指をつけて手印を結び、 肘を直角に曲げて前腕は床と水平に、手のひらを上向きにする。 ★立位でも、椅子に座った姿勢でもかまわない。 1,「静かな一息」→「軽く一息」の後、「深く一息」で息を満たしながら、 手指が反るくらい充分に開き(パアの状態)、息を止めて少し保つ。 ここで、肩に力が入らないよう注意。 2,ゆっくり息を出しながら[基本体位]に戻って「息」したら、もう1回??を行う。 3,さらに、?を行った後手指を開いたまま、息を止めて少し静止。息を止めた まま、ゆっくり親指から順に小指まで一本ずつ、指のつけ根から手前側に 引き寄せるように折り込んでいく。このとき、指の緊張を緩めないように注意。 最後に、親指を握り込むように「グー」でしっかり握る。★指を折り込むとき、 開いているほうの指の関節が綾まないように、伸ばした状慧を保つ。 4,さらに、息を止めたまま、小指から親指まで順に指関節を伸ばした状態で 開いていく。最後にしっかり開ききり、ゆっくり息を出しながら[基本体位] の手印に戻って「軽く・一息」。 5,再度、?、?、?を行う。計2回。 [ポイント] どの姿勢の場合でも、背筋をピンと伸ばして行ってください。 自分で開いたと思った状態から、さらにあと少し努力して・表面が「ジーン」 と感じるくらい開きます。手のひらのみの実修と思わず、腕、肩、首、胸など 上半身全体にかかわるものと思って、呼吸とともに全身的に行う。 ▼ スローヨガでは、片方の手を上向きに開いて、もう一方の手で深呼吸を しながら反り返す。 ・・・・・・・ 4097, 予言の書「日本の自殺」 ー3 2012年06月13日(水)
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2017年06月12日(月)
<「人間の目利き」 曽野綾子:吉村作治> 〜アラブから学ぶ「人生の読み手」になる方法〜 * 人生、「あいうえお」が重要 人生でも、事業でも振り返えみると、岐路には「想定」を遥かに超えた ブラック・スワン(経済恐慌、歴史的テロ、自然災害…)が舞い降りて、 それが人生を変えていた。そして、最後は、当人にとっての「己の死」。 宇宙の、世界の中の微小の存在であるなら、当然のことだが、その小ささ、 狭さの認識が全くと言ってよいほどない。「想定外」という言葉こそ、己の 卑小さを露わにする。 アラブから、欧州に「アラブ難民」が大挙して流入 しているが、以下のアラブの「アッラー」の神への信心が大きく影響している。 〜「あいうえお」の人生訓が考えさせられる〜 ≪・吉村: 日本人は心配性なんです。こうなったら、そうなったら、 どう しようと、自分の考えの幅の狭いのを知らないで想定する。 だから、その幅を出たら「想定外だ、しようがない」と思うわけ。 アラブ人からしたら、想定すること自体が、自分の運命に対して、神様に 対して失礼なんです。全てが自分の力より大きな力で動いていると思うと 想定など出来ない。想定があるから想定外があるんで、想定しなくては 想定外はない。「無知の知」みたいだけれど。 ・曽野:もとは何もない民だから。食べ物も水さえない。 吉村さん、なにも ないところで生きていけないとしたらどうします。他人の物を盗むか、殺して 奪うか。あと一つ、自分が死ぬというのがある。しかしイスラムは自殺を禁じ ている。と言っても、イスラムでは自殺すると復活できないから、自然死です。 ・吉村:人生、「あいうえお」が重要なんです。「あ」は〈愛〉。「い」は〈意志〉。 「う」は〈運命〉、「え」は〈縁〉、「お」は〈恩〉です。この「あいうえお」 を大事にしていれば、悪くない運命を過ごせます。≫ ― ▼ 「あいうえお」も、それを生かせるかどうか。逆照射でみると、その 意味が浮かび上がる。 ・「愛」、特に両親からの愛の少ない人。 ・「意志」、意志薄弱の人。 ・「運命」、節目で、大きく流されていく人。 ・「縁」、因縁を生かせない人。因と縁を結合できない人。 ・〈恩」、恩義からほど遠い人。 何か誰かの顔が浮かび上がっているが、自分のことでもある? 想定外の対処は、長年の準備があるかどうか。まずは、日頃からの知識と、 先立つ「お金(資金)」。そして「健康」。そして人とのつながり。とすると、 「あいうえお」に行きつく。今思いついたのが、「たちつてと」の教訓。 「た」が、飯の基盤の「田」。 「ち」が「知恵・知識」。 「つ」が、「ツテ 「と」が、「とき」。何ごとも時間が大元。 言葉の遊びだが、一理ある?
・・・・・・ 5567,閑話小題 〜魂の御馳走 2016年06月12日(日) * 魂へ御馳走を与えてますか TVを観ていると、【ご馳走をするからと誘われ連れていかれた先が美術館。 そこで、『芸術作品が、魂への御馳走』と言われて吃驚した】と粋な場面が。 そこで私の魂への御馳走は何だったか考えてみた。幾つかの一つに、51回の 『海外ツアー』がある。資金的、時間的、精神的にも長年かけて、強硬な意思を 貫ぬかなければ不可能。心が折れそうな時、というより魂が衰弱した時、秘境、 異郷での大自然との邂逅や、立寄った美術館での名画との感動が魂への御馳走 になる。哲学の始祖であるソクラテスの、「人生の目的が魂の鍛錬」ならば、 大自然や、人類の歴史に残る芸術作品との触媒の感動で、自ら魂に滋養を与え 続けなければならなかった。40〜50歳代に年2回の秘境・異郷旅行の感動こそが、 魂の御馳走であった。魂の疲れが感動の滋養を必要としため、惹きつけられた のである。親は子供に、幼児期から一流の芸術作品や音楽をシャワーのように、 浴びせ続ける義務がある。 聞くところによると、家内は10歳代半ばまで、 あらゆる習い事に通っていたという。幼少期に、こういうのに多く接触させて おかないと、俗にいう、「世間人」になってしまう。 彼らは、噂話という 『毒団子』の餌で、魂をやられ、ゾンビになる。 幼児時期から少年期の頃、 父親は暇が出来ると、私を連れて古美術店に行き、茶道具や、仏像、絵画に 触れさせていたのも、一流品を幼児期から触れさせるためだったようだ。 そのお陰か、逆に、『そういう物は、自分が所有をするのではなく、美術館で、 幅広く鑑賞し、多くの作者の魂と触れるべきで、何故にわざわざ買うのか?』 と思っていた。 感動、感激、歓喜、感謝は、人間の感情の最たる部類になる。 それは、所有をしなくても可能なこと。 大自然が数億、数千万年かけて作り 上げた景観に自ら近寄り、荘厳な世界に我を忘れ、感動するのが魂への最高の 御馳走。大都会の良さは、美術館や大ホールが多くあり、一流の芸術作品や、 演劇などに多く触れる機会が多くある。地方の良さは、自然の懐が深いこと。 どちらも、それを感じ、受止める基礎がなくてはならないが。せっかく、 地球に生を受けたのだから、魂へ滋養を与え、鍛錬しなかれば生まれた甲斐が ないではないか。余裕がない? ならTVを通して滋養は充分に取ればよい!
・・・・・・ 5202,「人生はドラマだ」の演繹論的アプローチ 2015年06月12日(金) 〜『社会学〜フシギなくらい見えてくる!』現代位相研究所(著) * ドラマトゥルギー 哲学では、古来から人生を演劇に例えて、役割、演出、観客の目線から、 人生の意味を考えていた。それを社会学者が研究対象にしたのが以下である。 ≪ 「人生はドラマだ」といわれることもあるが、まさにそのようなものとして 社会を研究した学者がいる。アメリカの社会学者アーヴィング・ゴフマンである。 ゴフマンは、人々が日常生活の中で、まるで舞台俳優のように演技し、周囲に 与える印象に気を配りながら行動しているという観点から、そのさまざまな実践 を詳細に描き出そうとした。ゴフマンのこのアプローチを「ドラマトゥルギカル アプローチ」(演劇論的アプローチ)という。 ゴフマンの指摘によれば、私たちは常に「会社員」「親」「教師」「患者」と いった社会から与えられた役割を状況に応じて演じ(役割演技)、自分の与える 印象を管理している(印象管理)。しかしゴフマンは、人々がただ自分の都合を よくするために印象管理を行なっているといいたかったわけではない。 ゴフマンは、印象管理が時に舞台の維持を、つまりその場の秩序を維持するため にも行なわれている、という点に着目した。「この状況では誰がどういう役割を 果たすべきなのか」という「状況の定義」が参加者に共有され、それぞれが役割 演技を行なうことで初めて、日常生活が成り立つと考えたのである。 たとえば教師が生徒の前で、自分のわからないことを巧妙に隠そうとしたとする。 もちろんこれは自分の体面を守るために行なわれていることでもあるだろうが、 その一方で「学校の授業」という状況を守るためにも行なわれている。 教師は生徒に勉強を教え、生徒は教師の授業を聞く。「学校の授業」は、「教師」 「生徒」という役割に基づいた一つの舞台であり、これが壊れてしまえば、 まさに学級崩壊になってしまいかねない。 しかし、人は一方的に与えられた役割を演じるばかりではない。役割から敢えて 距離をとり、そこに役割から離れた別の自分を示そうとする場合がある。これを 「役割距離」と呼ぶ。「学校をサボる」ことを考えてみるとわかりやすいだろう。 往々にしてそういう場合、学校をサボって何かしたいことがあるというよりも、 それによって「生徒」という役割から距離をとることが第1の目的だったりする。 ゴフマンは、ドラマトゥルギーという観点を通じて、日常生活がごく些細な 不具合で破綻する壊れ物であり、役割演技と役割距離との駆け引きによって成り 立つ動的なものであるということを示そうとしたのである。「人生はドラマだ」 という言葉の通り、この観点は一見当り前のように思えるかもしれないが、 「現実が事実としてどうであるか」ではなく、「人々にとって現実はどう成り 立っているか」に視点を転換させることによって、人々のコミュニケーシヨンの あり方を研究するために重要な役割を果たしているのである。 ≫ ▼ 「世間様」の人々も、それが現実という幻想なら、それに同調するのも、 一つの在り方であり、役割ということになる。硬く、蛇蝎のように嫌うことも ないのである。旅行の効用の一つに、日常から「役割距離」を置いて、自分を 改めて見つめる効用がある。「印象管理」も、目新しい言葉だが、「役割演技」 に、必要なこと。その名人が、かのクレオパトラ。自分の美貌をわきまえ、 それを際立たせる「印象管理」が、抜群だったという。創業の組織つくりが、 そうである。役割を想定して人材を集め、訓練を入れ、役割を実行させる。 会社整理も、この視点からすると興味深い演劇になる。軟着陸?だからいえる? ・・・・・・ 4837,「事業人生を決心して45年」の語り直しー13 2014年06月12日(木) * センチュリー・ベーカリー 千城台ビルの一角でオープンさせた養老乃滝1122号店も、色いろあって一年も 経つと落ち着いてきたが、石油ショックの影響でテナントは一軒も埋まらない。 それなら、再び、自ら新たな店のオープンと、何が新しい商売がないかと探し あてたのが、焼きたてベーカリー。日経新聞の記事に『東レ系の商社・蝶理が 冷凍生地を主にした焼きたてのベーカリーのフランチャイズを本格展開』。 名前はセンチュリー・ベーカリー。再び、怖いもの知らずで、何とかやれる!と、 取り込むことにした。早朝、4時に起床。一時間以上先の東十条店に数ヶ月、 研修をした後に、開店になった。居酒屋、ベーカリーなど業種は違っても、 立ち上げ手順は同じ。それでも二年前での、ビルの立上げが重なってないだけ、 居酒屋のオープンより遥かに楽だったが、しかし、開店前後のパニックは同じ。 店一軒の立上げは、全身全霊で、持っている全精力を叩きつけるしかない。 産みの七転八倒の苦しみは何ごとも同じ?その都度、地獄。今度は居酒屋と 違って、家内がバックアップをしてくれ、本部の担当と同郷もあって呼吸が 合って、何とか乗越えた。とはいえ、冷凍生地のパンだけでは、店内の商品構成 が成り立たないため、粉からミキサーで練り上げ、発酵させ、焼き上げる。 パン職人が一ヶ月ほど泊まり込みで手伝いにきていてくれたが、早朝4時前に 起床、パンの仕込みを開始! 全てを自分一人がする重労働である。 しかし焼鳥屋の開店からみれば、楽。まず、店を賑わさなければならないため、 牛乳の1・8Lパックを、原価の10円安の売価で、売りに出し、表立っては繁盛店 だが、その実情は採算すれすれ。それを知らない姉夫婦が、それを見て焦った ことを見てとった。そして、実兄に対する既存社員と組んだ嫌がらせがピークに 達し、実兄とトラブルが起きていた。兄からは怒りの電話が連日続くが、二店の 運営で手一杯。それをチャンスと見ていたのは分かっていた。その話合いに、 早朝の3時に起床をし、仕込みと焼き上げを終えて、開店を家内に頼み、帰省を していた。ノンビリしている家内でさえ、「姉夫婦は基本がなってない!」 という始末。(当の本人が一番なってない?) 私の視点も、真逆の環境の 6年間を過ごしてきたため、呆れ返って『何を姑息なことを、やってるんだ!』 である。しかし、二人の周到に計算された手順の御家騒動の序曲。 その極限の状況の中で、思いもよらない底知れぬ力、得体の知れない力が、 己を支配し勝手に動き出していた。極限を超えると、そこに原始的、動物的な、 得体の知れない力が湧き出てくる。火事場の馬鹿力より、戦場の馬鹿力? これは極限では出ない! 極限を遥かに超えた場面でしか、この力は出ない。 そのためには断崖に立つしかない。それも捨て身で。小心な私など、その上に、 怒り主体の喜怒哀楽をエネルギー源にした狂人に徹するしかなかった! この辺りから、創業の感覚が身に付いてきた。事業は常時戦場で闘い続けること。 一日を、48時間のつもりで、働き詰めなければならないこと。それが出来ない なら、その下で、働くしかない。 しかし、時間の経過とともに、何時の間に 忘れるのが、人間の常。何時の間に、あの茹で蛙に自分?が・・ ・・・・・・ 4470, 最悪の結果に隠された、お宝は? 2013年06月12日(水) * この結果に意味があるとすると、それは何? 「三羽の黒鳥(9・11テロ、リーマンショック、3、11震災)の到来で、 この結果に終ったのに何か意味(価値)があるか?」が、問いかけとして残る。 これまでの人生の節目で、最悪の状況こそチャンスが隠されていた。今回も下手 に切り抜けるより、早々に止めた方がベストだった。 この一連の三羽の黒鳥の 到来前に、日本は支配国アメリカによる意図的なバブル経済の生成と、崩壊が あった。機を同じくソ連の崩壊と、中国の共産党支配化での資本主義経済の導入 で、世界を二分していた垣根が無くなった。更に欧州の経済統合による大混乱と、 アメリカの衰退が重なり、ここにきて一挙に混迷を深めている。 さて、私に とっての今回の一連の隠されたベストの意味=価値は何だろう?の問いかけ。 《 森の生活からキレイサッパリと決別し、サバンナの生活というより、 死に支度をすべし! そして、森の生活で、切り捨て目を背けてきたことに 対する再考。さらに、せっかく奇跡の星に人間として生まれたのだから、もっと 世界の広さと深さを知り、経験し、味わうこと 》が、結論。 「早々に隠遁生活に入り、老いと死に準備に本気に入れ」ということ。 昨日の随想日記に書いたが、日本人男性の健康年齢(寝たきりや介護を受けず 日常生活ができる年齢)が70歳。死亡平均が79歳からして、9年の介護が必要。 80歳を過ぎなら分かるが平均としても、「70歳から10年間も、介護など誰かの 世話になる生活が待っている」とは思いもしなかった。「好きなことが出来る のも、そう長くない」ことになる。9年間の不自由な介護状態なら長生きも 考えもの。 還暦を過ぎた辺りから生老病死の問題が、真正面からやってくる。 60歳までに、やりたい事をやり尽くした感があるので、焦りは少ないが、 甘くない近い将来が待っているのが現実である。そこで、「一日一日を、面白 おかしく生きる」しかない。また自分の「知識の球」「経験の球」の外側を少し でも広げることだ。もっと人生の少なさに焦るべきは、身近な人の死をみれば 分かる。そういう年齢に入った自覚をより持つべきである。前期高齢者に入った 65歳が、森の樹上の生活も早々止めて、一度、森から離れ、世界を見直す時節。 「今さら、そんな小さな己の世界を広げてみたとて、何になる」というが、そう としても、前向きに倒れた方が良い。知ること、行動すること、愛することを、 死ぬ瞬間まで少しでも広げることである。人生には多くの意味があって面白い! ・・・・・・ 4096、私は完全な本 "日本フル自殺 'ー2を作った 2012年6月12日(火) * 21の文明の「種」と、現在残っている7+3の「種」 この冒頭の文明の記述が、現時点の文明の立ち位置を知るによい。 5大文明の起源だけでは現代を捉えるに無理がある。情報化社会の到来が、 この文明の地域割り、民族割り、国家割りを、根こそぎ変え、現在は大断層 の真只中にある。中学校の教科書では5〜6千年前に五大文明が生まれ、 その延長上の文明が現在に至っているとある。学生時代にトインビーを知り、 文明の発展史の解釈に驚いたことを憶えている。 ーこの本の冒頭から 【 われわれの知っている最古の文明の出現は、現代から六千年以上さかのぼる ことはできない。しかし、この六千年の歳月の間に、ミノス、シュメル、 マヤ、インド、シナ、シりア、ヒッタイト、バビロニァ、アンデス、メキシコ、 ユカタン、エジプト、ヒンズー、イラン、アラビア、ヘレニック、西欧、正教 キリスト教、極東など、二十一の文明の「種」が発生し、成長し、あるものは やがて没落し、消滅していった。二十世紀の現在なおこの地球上に生き残って いる文明の「種」は、西欧文明、近東における正教キリスト教世界の本体、 ロシアにおける正教キりスト教世界の分枝、イスラム社会、ヒンズー社会、 シナにおける極東社会の本体、日本における極東社会の分枝、の七つの「種」 と、ポリネシア、エスキモー、遊牧民の三つの「種」の発育停止文明であると トインビーは分類している。 過去六干年間におけるこの二十一の文明の「種」 の栄枯盛衰の歴史のドラマとその比較研究は、文明の発生、成長、挫折、解体 の原因やその一般的パターンについて、われわれになんらかの示唆を与えて くれるものなのか。そしてまたこの歴史の教訓は、現代文明の進路選択、 日本社会の進路選択にもなんらかの寄与をしてくれるものなのであろうか。 こうしてわれわれは、特に文明の没落過程の共同研究に着手したのであった。】 ▼ 中年期を終え老年期に差し掛かると、哲学、歴史に、より興味が増す。 人生を振り返ると、そこに人類の歴史と重ねてみたくなる。シナが極東社会の 本体なら、日本は極東社会の分枝の中の己を歴史的位置から逆照射して、個々の 卑小さを確認することで、砂利同士の大きさや、変形の比較を気にしない心理 作用に効果的である。人生を実際に60数年間、生きてみて思う5千年の実感は、 学生時代のそれとは全く違うもの。この情報化は人類のあり方を根本から 変えている。悲観的にも楽観的にもなるが・・・面白い!
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| 5931,閑話小題 〜狂ったドン様と、耄碌した泡沫候補 |
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2017年06月11日(日)
* 耄碌した泡沫大統領と、狂ったドン様 トランプ米国大統領は、現代版の裸の王様そのもの。本人も勝利をすると 思ってもいなかったため、白人至上主義や孤立主義を掲げ、ロシアの援護射撃を 要請するなど、やりたい放題。ところが間違って当選したのだからことは重大。 耄碌した泡沫候補は政治的経験もなく、適応が困難。 出来ることは朝鮮戦争を 仕掛けることぐらい。泡沫も、老い先少ないため、後は野となれ山となれ。 危ない要素が、あまりに大である。その隙に血迷ったドン様が、核弾頭ミサイル の開発に専念。国際社会に対し、脅しをかけているのが現状。 北の核ミサイル潰しなら、東洋人の100,200万人の犠牲も厭わないと…? 一番困るのは、矛先を向けられる東京とソウル市民? 大陸間核ミサイルが 完成する前の現在が最後のチャンスと、総攻撃の可能性が出てきた。叔父と 兄を殺し、目障りな側近を粛清し、得意満面な血迷ったドン様。日・米・韓と、 中国、ロシアとケッタイな役者が勢揃い。ロシアが、陰湿の手段で、朝鮮戦争 を仕掛け、その隙に、勢力拡大を目論むには最適な情勢になっている。ところで、 トランプが4年の任期を全うできる側の賭けのオッズは2倍。できない方は1・4倍。 先週のシネマは、数年前にあったテロを扱った <パトリオット・ディ>。 犯人の二人の兄弟の目線もあって、いつの間にか引き込まれていった。 直ぐに思い立ったのが、狂ったドン様、自分が何をしているのか全く自覚がない のだろう。とはいえ、数百万の生命がかかっているだけに、下手に手を出せない が、そのまま放っておくわけもいかず、思案のしどころ。欧州のテロ騒ぎに 引き続き、今度は、朝鮮半島と、日本の本土にも飛び火が? 成るほど、韓国人の7割が移住希望というのも理解できる。 父親の金正日ドン様、『男はつらいよ』のファンで知られていた。
・・・・・・ 5566,フーテンの寅の、本質と家族の幸せとは 〜�� 2016年06月11日(土) * 『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』 少し足らない流しのテキヤの映画を取上げること自体、少し憚るが、 人間の本質が、その足らなさから現われ出ているから、共感するのだろう。 『男はつらいよ』シリーズで最も良かったのは、リリーの三部作の完結篇。 TVの再放送で5〜6回以上は観ただろうか。 他に、印象に残ったのが、 石田あゆみマドンナの『男(赤)はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』。29作目。 これもシリーズで屈指の名作。片岡仁左衛門、柄本明の役者陣も見事である。 〜『ハイビスカスの花』を検索すると〜 ≪『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』は、1980年8月2日に公開された。 男はつらいよシリーズの第25作目。リリー三部作の完結篇。マドンナは 4度目の出演となる松岡リリー役の浅丘ルリ子。観客動員数は206万3千人。 尚、2006年3月、シリーズ全作品を放映したNHK-BS2が募集した人気投票で、 視聴者から「後半24作品中のベスト1」に選出された。 〜あらすじ〜 【博が街でリリーを見かける。リリーは寅次郎に逢いたいと博に告げる。 とらやで、寅次郎の噂をしていると、偶然寅次郎から電話があり、リリーが 逢いたがっていると伝えると、寅次郎は興味を見せない素振り。しばらくして、 寅次郎は柴又に帰ってくる。しかし間の悪いことに、とらや一行は水元公園に ピクニックへ出掛ける所であった。慌てて、荷物を隠し体裁を取ろうとする さくら達。その事で機嫌を損ねた寅次郎は、さくら達と大喧嘩をする。 出て行こうとする寅次郎の下へ、手紙が届く。手紙の内容は、リリーが沖縄で 病気で倒れたとの事で、寅次郎はあわてて沖縄に向かおうとする。皆で相談 しあった結果、飛行機で行く事に決まるが、寅次郎は断固拒否する。 博に説得されしぶしぶ了解するが、翌日飛行場で柱にしがみつき駄々をこねる。 そこへ通りかかったスチュワーデスに連れられ搭乗し、なんとか沖縄へ。 寅次郎と再会したリリーは涙を流し喜ぶ。次第に、彼女の病気はよくなり、 漁師町で一緒に生活を始める。しかし、その一方で地元の娘と浮かれる寅次郎。 ある日、ちょっとしたことで二人は大喧嘩。翌日リリーは沖縄を去ってしまう。 寅次郎は慌てて身支度を整え、手近な船に乗り、東京へ戻ろうとする。 島伝いに、時に行き倒れになりながらも、なんとか柴又にたどり着いた寅次郎。 そこで、偶然リリーに再会し、おおいに喜び合うのであった。さくらは、 リリーに寅次郎と結婚して欲しいと漏らし、寅次郎も「俺と所帯を持つか」と 発言するが、リリーは冗談として聞き流す。そうして、柴又駅で二人は悲しく 別れるのであった。好き合いながらも、お互いのプライドや体裁で一緒に なれないリリーと寅次郎であった。】 ≫ ▼ 考えてみれば、風に吹かれるまま、自由気ままでいられたのは、時代背景 が高度成長期にあったから。 その日暮しの安宿を泊まり歩く、ホームレスの テキヤの寅と、フリーの売れない歌手リリーの境遇は似ている。 以前、経営していたホテルの宿泊客に、全国を股にかけた、流しのホテトル嬢 が何人かいた。 夕刻に出掛け、朝帰りのため、聞き込みの刑事に怪しまれない よう、自分の職業の申告を最初からする。 外見からして、ごく普通の女性。 寅と、リリーの明日をも知らない危うさから生まれるドラマが、共感を呼ぶ。 最初は、1960年代半ばの、鶴田浩二や高倉健、池部良らを主役脇役に据えた 「ヤクザ映画」のパロディとして企画された映画が、シリーズ終了後、20年 も経つのに、今でも、再放送されるのは、現在、失われつつある日本の家族の 原型が、そこにあるため。TV欄を見ながら、『また寅か、されど寅ですか〜』 〜これも偶然、寅さんの生き様、「目標なく生きる重要性」が書かれている〜 寅の生き様こそ、人間のあるべき姿かもしれない。 「アホ違うねん、パーなんや」 で、「パーは、どっちがねん?」
・・・・・・ 5201,老年期の意味 2015年06月11日(木) * 目標なく生きる重要性 現役から、余生の時節に移行して、それまで見えていた社会の様相が、 全く違ってみえてきている。現役時代は目的的な強い束縛の中で日々を 過ごしてきた。何もしないことは良くないことと、信じて疑ってなかった。 現役の知人に、『何もすることがないのも、良いことだよ!』といった時に、 明らかに恐れと戸惑いが現れ出ていた。ただ、ブラブラと無目的的に日々を 暮らすと、日常の中の、景色が、違ってくる。それが御隠居の特権である。 京大教授の山極寿一の、「老後の意味」の論が面白い。 ≪ 人類の進化史の中で、老年期の延長は比較的新しい特質だと思う。 ゴリラやチンパンジーなど人類に近い類人猿に比べると、人類は多産、 長い成長期、長い老年期という特徴をもっている。多産はおそらく古い時代 に獲得した形質だ。人類の祖先が安全で食物の豊富な熱帯雨林から出て、 肉食動物の多い草原へと足を踏み出した頃、幼児死亡率の増加に対処する ために発達させたと考えられる。成長期の延長は脳の増大と関連がある。 ゴリラの3倍の脳を完成させるため、人間の子どもたちはまず脳の成長に エネルギーを注ぎ、体の成長を後回しにするよう進化したのである。 脳が現代人並みに大きくなるのは約60万年前だから、その頃すでに多産と 長い成長期は定着していたに違いない。 しかし、遺跡に明確な高齢者の化石が登場するのは数万年前で、ずっと 最近のことだ。これは、体が不自由になっても生きられる環境が整わなかった からだと思う。定住し余剰の食料をもち、何より老人をいたわる社会的感性が 発達しなければ、老人が生き残ることはできなかったであろう。 家畜や農産物の生産がその環境整備に重要な役割を果たしたことは疑いない。 ではなぜ、人類は老年期を延長させたのか。高齢者の登場は人類の生産力が 高まり、人口が急速に増えていく時代だ。人類はそれまで経験しなかった 新しい環境に進出し、あつれき人口の増加に伴った新しい組織や社会関係を 作り始めた。さまざまな軋礫や葛藤が生じ、思いもかけなかった事態が数多く 出現しただろう。それを乗り切るために、老人たちの存在が必要になった。 人類が言葉を獲得したのもこの時代だ。言葉によって過去の経験が生かされる ようになったことが、老人の存在価値を高めたのだろう。 しかし、老人たちは知識や経験を伝えるためだけにいるのではない。 年や壮年とは違う時間を生きる姿が、社会に大きなインパクトを与えることに こそ大きな価値がある。人類の右肩上がりの経済成長は食料生産によって 始まったが、その明確な目的意識はときとして人類を追い詰める。 目標を立て、それを達成するために時間に沿って計画を組み、個人の時間を 犠牲にして集団で歩みをそろえる。危険や困難が伴えば命を落とす者も出てくる。 目的が過剰になれば、命も時間も価値が下がる。その行き過ぎをとがめるために、 別の時間を生きる老年期の存在が必要だったに違いない。老人たちはただ 存在することで、人間を目的的な強い束縛から救ってきたのではないだろうか。 その意味が現代にこそ重要になっていると思う。≫ ▼ 落語の『御隠居と与太郎』の問答が、正しく、これ。人生を消化した 御隠居と、何もしらない与太郎の無目的の状態の二人が、目的的社会に ついて笑い飛ばす。4年前に、それまでの自分の姿が急に面白くなり、腹の 底から笑ってしまった。それで憑物が落ちたのだろう、開き直れたようだ。 元もと、アウトサイダーを自認して、社会との関りを最小にしていたことも、 現在の日常を楽にさせてくれている。夕暮れには夕暮れ時の楽しみがある。 〜以下のことは森のこと。後は、娑婆娑婆したり、しなかったり! ・・・・・・ 4836,「事業人生を決心して45年」の語り直しー12 2014年06月11日(水) * 閑話小題 ー事業人生を振返って、あらため気づいたことは 人生を鳥瞰すると、その時々に直面する問題に無心で取組んでいると、違う チャンスが生まれているのが見て取れる。これは、課題に対する「正中心一点無」 の奥底から自然に生まれ出る不思議な因縁。前向きに正面から中心点に無心で 取り組み続けると、自然と機会が生まれてくる。過去・現在・未来とも、その 正中心一点は、時代のウネリ。この数年来では、2008年9月15日のリーマン ショックと、2011年3月11日の東北大震災と、津波による福島第二原発事故。 このリーマンショック対策で、今でも世界主要20ヶ国のトップが一年に一度の 会合を開いているが。実は未解決案件! 金沢にいた頃は、『ドルショック』。千葉の創業時には、『石油ショック』 が直撃。その直後の数年は、その重大さが理解できない。が、数年後に現象と して現れ出てくる。千葉での石油ショックは、創業初戦の私を直撃をした。 あてにしていた道路一本前の空地の5百室のマンション計画が緊急中止。 周囲の空気が一変してしまった。ビル内のテナントは全く入る気配がなし。 軽い気持ちで始めた養老乃瀧のオペレーションは、手こずるし、本部から 手伝いの開店指導員は、店の乗取りをはかってくるし、その上に、お嬢様育ち の家内は戦力に全くならない。また凶暴化した酔っぱらいの店内での喧嘩や、 因縁に対処が出来ないため、なすがまま。あたかも西部劇の酒場の場面の ようで、一日一日が瀬戸際のドラマである。 これが創業の苦しみと、つくづく 思い知った日々。〈背中に、重い荷物を担いで、足には鉄の下駄を履いて歩いて いるよう〉という実感があった。その時、戦中、終戦の最なか、両親は、この 数倍、数十倍の苦労した苦労話と、幼児期の両親の苦労姿を、改めて思い知る。 両親には戦災の中、一家の生活がかかっていた。 そして、父親の死。 これが、自分への父からの贈物と、実感する。今度こそ、頼れるのは、自分と、 取り組んだ事業のみと! しかし、それも三ヶ月、半年と経つ内に、仕込み、 仕入れなど、一日15時間の勤務時間が、12時間、10時間、8時間と 減っていった。そこで、養老の滝を一緒に取り組んだ相方に任せ、自分は焼き たてのテイクオフのベーカリーに取組む。とにかく、このミニビルを何とか 「カタチ」にしなくては! と。 ー偶然、12年前同月同日に「創業のすすめ?」をテーマとして書いていたー ・・・・・・・・ 2002年06月11日(火) 434,創業の勧め?? 過去に創業を何回か繰り返してきた。好きで自分で望んだ事だから、 そう苦ではなかった。しかしそう甘くもなかった。 その時は、のるか反るかの大勝負を賭けている。 やはり脳は全開、見えない相手を考え尽くした上で 判断していかなくてはならない。ゼロからの出発である。 表面には出してないが、しかし色で出ているだろうが、キーワードは 「発狂」である。まったく存在してない自分の主張を、実際のカタチに 創り上げていく工程を踏んでいるのだから。部外者の人は狂っているという。 そうでなくては実際新しい創造は不可能だ。基本に忠実にゼロから一人で、 一日一日孤独の行為の積み重ねである。その時、見えるのは人間の 浅ましさと嫌らしさである。これは自分の事でもある、人間の底である。 ・人間はエゴであるー生命の発展はそれぞれのエゴイズムが原点である。 ・それがどうしたというのかーその当然の行為を始めたのだ。 ・その積み重ねが事業の出発点である。 ・馬鹿二代目が冷笑している、結構である。 むしろそれが正しい事を証明してくれている。 ・赤裸々な莚旗を立てた赤裸々な姿、それが創業である。 ・事業に関していえば、まずは金そして金そして金・・ ・・・・・・金である。 それを命を賭けて投資するのである。なけなしの金と銀行から借りた 資金を合わせて、その「思い込みの対象」に対する命を賭けた博打である。 それが面白いといえば面白いが、それは結果がよければの話しである。 いま世の中の風潮で創業の勧めがあるが、そう甘いものではない。 コツがあるとすれば、時間をかけた準備、準備、準備、計画の練り上げ しかない。500?の成功確立の見通しになるまで練り上げるしかない。 それで実際のところ50?しかうまくいかないだろう。 実際のところ事業を始める時、自分の心に約束した全て失っても 後悔はしないと。創業は勉強になる!! それでこの程度!
・・・・・・ 4469, 余命半年 −5 2013年06月11日(火) 「余命半年 満ち足りた人生の終わり方」大津 秀一著 * 生物の最大寿命は生物の性成熟年齢×五 「生物の最大寿命は生物の性成熟年齢×五」説によると、人間は75歳。 その辺りが大きな目安になる。去年、知人が75歳で亡くなったが、70歳 前後から急激に衰えていった。特に男は75歳、女性は80歳辺り。成るほど 後期高齢者の区切りである。この辺の健康状態で、あと何年かが決まって くるようだ。 ーその辺りからー ≪ 川上嘉明氏の著書『自然死を創る終末期ケア』を読んで、私は生物の生命 過程の事を知った。生物には成長期・生殖期・後生殖期の三つの時期がある という。そして人間は後生殖期が長いのが特徴であるとのことだ。なるほどと。 確かに昆虫など、生殖期を終えればすぐに死んでしまう種の数は多い。ほ乳類 の場合は、最大寿命と性成熟年齢が性の相関関係にあるとされ、生物の最大寿命 は生物の性成熟年齢×五であるらしい。最大寿命と言うのは、限界の寿命である。 人ならば性成熟年齢の十五歳×五の七十五歳が本来限界となるはずだ。 しかし、周囲を見回せば明らかなように、今や限界超えが当たり前。 図をみると、実際にヒトだけが逸脱して限界を超えてしまった。人類がなぜ 後生殖期が終わったのちに、これほどまでに生きられるようになったのか。 それは「医療」の発展ゆえである。ついぞ五十年くらい前までは「人生五十年」 の世界であった。しかし、人類にとってかなりの強敵であった感染症に対して、 西洋医学が優位に立つと、寿命はぐっと延びるようになった。もちろん栄養状態 の改善も影響しているだろう。あるいは衛生環境の改善等も。体格が世代を重ねる ごとに良くなっていることは、清潔で栄養に満ちた生活が提供されている 一つの証明でもあると考えられる。≫ ▼ ちなみに類人猿のチンパンジーは50歳、ゴリラは40歳後半で、50年前 までは、人間と変わらなかった。病気を治す術を得た分、長生きが出来るように なった。その最大寿命の75歳に近づいてきた。70を過ぎると、摂生してきた 人と、不摂生してきた差が鮮明になる。 私も酒の飲み過ぎもあり、その辺りが 大きな関門だろう。 ところで、介護を受けたり病気で寝たきりになったりせず、 自立して健康に生活できる期間を示す「 健康寿命」を2010年に男性70・4歳 (10年の平均寿命79・5歳)、女性73・6歳(同86・3歳)と厚生省が 初めて算出し、発表した。大体10年間が、介護か寝たきりなる。 あと3年で平均で達するので、現在、介護を受けても不思議でない。そうすると、 まだ元気な現在、好きなことが出来る時間的余裕が少ないことになる。 10年間の介護を考えると、末期ガンになってもジタバタしないで、悄然と 従うのが良いのかもしれない。そうこう考えると、老いの現実は厳しい! 介護、寝たきりまで平均3年、死まで12年? 男が平均70歳で、寝たきりか 介護? 周囲を見渡しても、そうだろうか? 自分を考えると3〜4年先に倒れ、 その2〜3年先とすると不思議でない。とすると二年前の会社整理は正解? ものは考えよう。
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| 5930,閑話小題 〜褒められることと、貶されること |
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2017年06月10日(土)
* 褒められること、貶されること 人とは貶されたことは直ぐに忘れるが、褒められることは、いつまでも 憶えているもの。若いうちは逆だったが… これは生きていく上の知恵で、 褒められたことを何度も思い返し、嫌なことは隅に追いやるためである。 だからこそ、人は生きていけるのだが。 作家の渡辺淳一が、「女性に持てたいなら、心を込めずに褒めなさい」と 述べていたが、正に、女心のアヤをついている。何気なく、思いのままフッ と褒めた言葉が、いつまでも心に残るもの。貶すも、褒めるのも、たった一言 で済むのならば褒めるが勝ちである。女性の多い職場に長くいて感じることは、 思いの外、美人は持てないということ。そしてナルシストのこと。視線は感じ ても、直(じか)に、褒められる機会が少なく、褒め慣れていないのである。 だから、下心を?持たないで、さりげなく褒められるのに弱い。逆に貶される ことに、人は、意外と強いのである。 何故に、こうなるのだろう? 褒められると、全人格まで肯定された錯覚に陥るからである。営業専門職は、 「褒め殺し戦術」を身に着けることが第一歩とあいなる。一番、巧妙なのが、 「教えを乞う」のである。そして、教え頂いたことに過剰反応を示すのだ。 有能な営業マンは、それ故に、相手以上に、相手の知識、ノウハウを身に 着けていき、芸術的技術となっている。 当然、女性にも向けられるが、逆に 警戒されて門前払いされるケースが多いようだ。 20、30歳代の頃、「三度褒め」を若い美人に限って、心がけていた。 より効果があるのは、内語として繰返し思っている方が、より相手に伝わる? で、持てていたかといえば… そうでもないのは如何なることか。 この「三度褒め」、全ての人に実施していたら、人生、変わっていたのだろう。
・・・・・・ 5565,閑話小題 〜にほん縦断こころ旅 〜�� 2016年06月10日(金) * 世の中にはこんなに面白い人たちがいるんだ! 火野正平 この番組で立寄る道路沿いの食堂の場面がよい。家内は、その場面になると、 台所からやってくる。食堂の御上さんの、さり気ない人柄に味わいが滲み出る。 番組は、この3月で六年目。去年の秋に通算五百日を突破したから、一年で 百日は自転車に乗っている。 私はまる7年間、一年230日間として、 1600日、一日、12キロMとして、大よそ、1万7千キロになる。ただし、 私の場合は、同じ道を一周して帰ってくる散歩かわりのポタリング。一度、 雨道でスリップをして地面に叩きつけられたことがあるが、転倒は、一度だけ。 〜後半からコピー 【 この番組のいいところは、手紙に書かれている風景が見えなくても、 それで終わりにすること。例えばタ焼けって、天気が悪かったら見えないけど、 それはそれ。「見えないからごめん」って。静岡に二週間いても富士山が一回 も見えなかったり、富山に行っても全然立山が顔出さなかったり。 あとは「心の目」で見てください、と。 よく「人との触れ合いが面白い」と言われるけど、そこまで意識はない。 番組だから地元の人に声をかけているだけで。もちろんべっぴんは好きだよ。 遠くにいても、可愛いと直ぐわかる。後で番組を見直しても、こんなきれいな 人をよう見つけたなと思うことも多い。でもそれ以上に「世の中にはこんなに 面白い人たちがいるんだ」と気がついた。いい子、可愛いおばちゃん、おもろい 爺ちゃん。そういった人たちに、俺は嫌われていなかった、というのも驚いた。 自分でもあまり良いイメージはないだろうなと思っていたから。 これは発見やった。休みのときも、街でよう声かけられるもの。 五年もやっていると、体がしんどくなることもある。前期高齢者だから。 基本的には日曜に集合して、月曜から木曜まで走って、金・土が休み。 監督もカメラマンも音声もローテーションで交替していくけど、俺だけは 出ずっぱり。だからギャラが一番高いんだと思うけどさ。また冬は放送が なくて三カ月ぐらい休むから、春は旅に出て最初の一、二週はしんどい。 「今回は大丈夫か?」ってなるけど、三、四週とやるうちに「行けるん違うか」 ってなる。体が順応できるようになっているんだね。これまでトレーニングも、 体調管理なんてしたこともない。検査も行ったことないし。きっと管理なんか したちストレスがかかって逆におかしなると思うね。野放しで行けるところ まで行きたい。そうしたらこの前テレビに養老孟司さんが出ていて、78歳で タバコは吸うし、酒も飲むし、検査も絶対に行かないって言っていた。 解剖医なのに(笑)。それを見て新しい目標が出来たなと思ったよ。最後の最後に 密かに行きたいと考えている自分の「こころの風景」はある。カウァイ島なんだ けど、本当に涙が出てくるような風景なんだ。いつかご褒美で行かせてくれへん かなと思っているけど、ど、うやろう。『にっぽん縦断』やから難しいかもな。】 ▼ 前期高齢者の火野は、雨天の時は、結構しんどそうだ。通りすがりの人や、 乗用車から、『いつも、見てますよ』の声が、視聴者全員の声を代弁する。 7年間の毎朝のミニサイクリングで、平日の信濃川の長岡大橋と大手大橋を、 iPodで音楽を聴きながら、鳥の声と、爽やかな空気と陽光を受け走っていると、 『早起きと、一寸した工夫で、毎日、夢のような快適な時間を過ごせるのに、 何故、誰も気づかないのだろう?』と思うこと度々。この閉ざされた時空の中 では、毎朝、毒出しをしないと、精神のバランスが保てないこともあるが。
・・・・・・ 5200,ライフステージより、ライフコースへ 〜2 2015年06月10日(水) 『社会学〜フシギなくらい見えてくる!』現代位相研究所(著) * 個人の活動領域が重視されるライフコース ライフサイクル論では、家族を中心に捉えられているが、ライフコースは、 個人が中心に据えられている。戦前まで平均寿命が50歳だったが、今では80歳。 それぞれの第二、第三の人生のコースが自ずと多様に分かれてくる。 ≪・・植物は種から芽を出し、花を咲かせ、実をつけ、また種をつくり、枯れる。 同じように動物もまた、親から生まれ、成長し、子をつくり、死んでいく。 このように、一つの生命の始まりから終わりまでに着目すると、それは循環して いることがわかる。人間もまた、一つの生命で、動物であることを考えると、 他の動植物よりも複雑ではあるものの、それは循環しているように見える。 すなわち、親から生まれ、成長し、家族をつくり、子供を育て、歳を取り、 そして死んでいくというわけだ。こうした、出生、成長、成熟、老衰、死亡という、 一生の中の規則的な過程を「ライフサイクル」という。とはいえ人間の場合は、 いうまでもなく、たんなる循環ではない。私たちは、たいていの場合、自分の 平均寿命(日本人の場合、およそ八○歳)を知っているので、自分が歳を取って 死ぬまでの人生を漠然と思い描いているかもしれない。けれども、たとえば、 乳幼児の死亡率の高さを考慮しなくてはならないものの、平均寿命が五〇歳を 超えたのは、実は戦後のことなのだ。さらに、人類の歴史を振り返ってみれば、 その大半は一〇代で亡くなっていたと考えられる。つまり、私たちが老いること と死ぬこととを結び付けて考えること自体が、それほど自明なことではないのだ。 したがって、私たちの人生は、単に生物学的に捉えるのではなく、社会的・歴史的 影響と結び付けて考えられなくてはならない。こうして、「ライフコース」という 概念が必要となる。ライフコースとは、グレン.H.エルダーによれば、個人が年齢 別の役割や出来事を経ながら辿っていく人生の経路である。ライフサイクル論では、 生物学的な加齢が重視され、また、個人が家族の中で成長し、家族を形成し、家族 の中で人生を終えることが前提とされていたために、家族それ自体が注目される。 これに対してライフコース論では、家族の内部だけでなく、学歴や職歴、場合に よっては兵歴など、社会変化の影響を受けやすい個人のさまざまな活動領域が 重視され、その経歴の複数の束として多様な人生が想定されている。そこでは、 個人は社会変化の影響を受けると同時に、社会変化をつくり出す存在でもある。≫ ▼ 三組に一組は離婚する時代。これも一つの選択のコースである。一生未婚の ケースもあるし、離婚再婚を繰返すケースもある。事業創業人生を目指した 私のケースも、特殊なライフコースである。時代の社会変化が直撃し翻弄され、 その束が人生になる。元もと覚悟の上のため、最後の結果をスンナリ受け入れる ことができた。この辺りは経験しないと分からないこと。 空虚しか残らない、 薄笑いを浮かべたライフサイクル論のドブネズミに到底理解など出来ようがない。 ・・・・・・ 4835,「出羽の守」の功罪 2014年06月10日(火) ー(耕論)「出羽の守」の功罪ーより 新鮮な海の魚貝などの港で、レポーターが、軽いのりで、 『これって、東京では、高くて・・』などを聞くと、またか〜何様じゃ御前は。 東京は東京、産地は産地だろうに!と。高校を卒業し上京した時、注意された のが、私の口癖、『いわゆる○○』。無意識で、『私の言葉では○○』の置換え。 小さな厚い殻から、社会や知識を置換えていた、自身の出羽の守を指摘された のである。 朝日新聞の文化欄のー「耕論」「出羽の守」の功罪ーが面白い。 ーまずは、その一つからー 《 あなたの周りにもいませんか。「アメリカでは」「ネットでは」を連発する 「出羽の守(かみ)」。うんざりすることもあるけれど、聞けばもっともな こともある。その弊害と効用とは。 * ペンギンに飛べと言うな 野島博之さん(予備校講師) 「出羽の守」を抜きにして、日本史は語れません。「中国では」という形で、 実に多様なものを取り入れてきた。古代なら律令と仏教、中世は禅宗、近世は 朱子学がその代表例です。日本の「出羽の守」には二つの特徴があります。 ・一つは、「出羽の守」ならではの吸収力を生かして、 ときどきの文明を高次化してきたこと。 ・もう一つは、最初は「出羽の守」で始まったものの多くが、 やがて日本化・独自化したことです。 日本のものすごい模倣力を示す好例が古代の都です。7世紀の終わり、日本は 中国の古典に学んで、宮城が都の中央に位置する藤原京という壮大な都を築いた。 ただこれは、当時の唐の都とは異なっていました。8世紀初頭の遣唐使が唐の 最新情報をもたらすと、日本は藤原京をあっさり捨て、今度は長安城にならって 宮城を都の北端におく平城京の建設開始。東京スカイツリーを3基も建てた 国家的プロジェクトの直後に、「あれ、ちょっと違うぞ」ということになって、 また3基、別の場所に建て直した感じです。 日本化・独自化という点では、 茶の湯や枯山水がわかりやすい。いずれも禅宗に起源をもち、やがて、追随 しがたい小宇宙とでもいうべき日本独特の様式を作りだしていきました。 よく知られているように、幕末以降、西洋文明の導入にも日本社会は異常な エネルギーを発揮しています。この過程で、帝国主義的な態度や行動も身に つけた。欧米諸国は第1次世界大戦のもたらした悲劇を背景にして、そうした 行動様式を転換していくのですが、大国意識を強めた日本は、第1次大戦の 教訓を真剣に学ぼうとはしなかった。そこには仕方のない面もありましたが、 ただこの「出羽の守」精神の決定的な欠如は、後に日本がみじめな敗北を喫する。 現在の日本は、キャッチアップ型の社会を終え、あらゆるところで「今度は 自分で飛べ」とけしかけられています。でも、日本は飛んだことのないペンギン のようなもの。突然変異は容易じゃない。夢をあきらめる必要はないけれど、 ペンギンはペンギンらしく、まずは自分の得意技を、とことん磨くべきです。 ・・(中略) イノベーションと「模倣の果て」はほとんど同義です。 ぶれずに考えて考えて、また考える。細部にこだわって工夫して工夫して、 また工夫する。この精神が必ずブレークスルーをもたらしてくれます。 ペンギンは空は飛べないけれど、水中なら自在に動ける鳥類ですから。 (聞き手・尾沢智史) 》 ▼ 高校を卒業後10年あまり経った後、Uターンで地元に帰って驚いたのが、 「長岡出羽守」の世界。実は現在も驚きは同時進行。 その違和感が強く、 同窓関係と、一部の人以外、殆ど付合いがない。それぞれの地区の出羽守には、 プラス・マイナスの両面がある。 私自身は、さしずめ「堀井誠作(父の名) 出羽守八郎」。流通先進国の米国出羽守で、何時の間にか、流通で米国に追い ついたら、こんどはネットで、アメリカに先をこされた。ネットは、デジタル の世界。果てることのない『出羽の守』が出現してきて、その功罪は大きく なっていく。 ・・・・・・ 4468, 99・9%は仮説、ですか〜 −6 2013年06月10日(月) 「99・9%は仮説 ー思いこみで判断しないための考え方」竹内薫著 * 第5章 「大仮説ー知的設計説」はありえる世界 宇宙・世界・人間の存在を考えるほど不思議なものはない。特に自然界には 驚くようなことばかり。極楽鳥や孔雀の美しい姿が、デザイン無くして、進化 だけで表現出来るのだろうか。地球という惑星もしかり。これらは知的設計者が 存在すると考えると一挙に解決する。進化論だけでは解決できない疑問があり過ぎ。 そこで神様を、そこに持ち出しても埋めることができない。所詮は、人間が創り 出した絶対者の主役でしかない。我々の住む宇宙以外に10の5百乗の数も 存在し、ループ状の管で繋がっている可能性があるというのだから、何があって も不思議ではない。いや10の5百乗の宇宙の存在の方が、この大仮説より 遥かに衝撃的である。 ーその辺りを抜粋してみるー ≪ もしかして、この宇宙は、どこかの実験室で創られたものなのかもしれない…。 こういった突飛な考え方を、頭ごなしに否定してはいけません。科学では、 どんな発想もアリなのです。前例がないから、常識からはずれているからと いって否定するのは、まったく科学的な態度ではないのです。・・「大仮説」と 呼ばれる仮説があります。現在の常識から考えると、ちょっと疑わしい仮説のこと。 でも、そんな「黒い(まちがっているように思える)仮説」であっても、 頭ごなしに否定することではできません。もしかしたら近い将来、大発見で これまでの常識がひっくりかえって、大仮説こそが「白い(正しいと思える) 仮説になっているかもしれない。現在、進化論を信じている人が、たった 37%。 いまのアメリカで物議をかもしだしている科学論争に、 「インテリジェント・デザイン説」というものがあります。直訳すると 「知的設計説」ですね。人類の起源の話です。むかしは、聖書の記述通り、 約6千年前に人類は神によって創られたという「創造者説」が一般的でした。 それに対して、すごく原始的な生物から40億年という時間をかけて少しずつ 進化していったものが人類であるとしたのが、ダーウィン(1809〜1882)。 ひとことでいうなら、知的設計者説というのは、このダーウィンの「進化論」 に対する対立仮説なんです。これは、カリフォルニアサンディエゴ校で 1999年に作られた仮説です。宇宙のどこかに知的設計者がいて、その知的 設計者がDNAを設計して、生物を創りだしたという説なんですね。だからこれは、 形を変えた創造説といえなくない。ただし、聖書に書かれているような神様で はなく、あくまで知的設計者という言い方をします。 さて、この説を高校や 大学で教えていいのかどうかという議論が、いまアメリカで盛んに行われている のです。「進化論は正しい、検証された仮説なんです」というように教える べきか、あるいは「進化論はたくさんある仮説のうちにすぎず、対立する仮説と してはたとえば知的設計者説というものがあります」というように教えるべきか。 そういう論争なんです。日本では、まだこの問題は論じられていませんが。 それでブッシュ大統領が、この問題に関して、後者(知的設計者説)の ようにしたほうがいいだろうみたいなことを公の場でいって、一気に大騒ぎに なっているんです。 ・・13歳から17歳までのアメリカの若者に、 ダーウィンの進化論についてアンケートをとった結果があります それによると、ダーウィンの進化論は証拠によって支持された、検証済みの 科学理論であると思っている人は37%。たくさんある仮説のうちのひとつに すぎず、それなりに検証されているが確定的ではないと思っている人は30%。 残り33%の人は「わからない」という結果です。これから、若者のあいだ では進化論が揺らいでいることがわかります。・・ ≫ ▼ 実際に我われは三次元の世界しか知ることが出来ないが、 4次元〜10次元の世界があるという。その次元の存在が三次元の我々の 世界を操作しているとしても、我々には認識しようもない。一神教はアッラー の神が、それにあたると主張するだろう。最後は宗教問題に行き当たる。 宇宙や世界の存在の不思議が深まるにつれ、認識と判断は困難になっていく。
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2017年06月09日(金)
<「鈴木さんにも分かるネットの未来」川上量生著> * ネット原住民とは この本を読みながら、リタイア後の私は、ネット原住民の仲間入りと、 ほくそ笑んでいたが、彼らは、そんな甘くないコテコテの引籠りの人種。 ネット原住民というより、ネット先住民といった方が正しい。 今では、スマフォが普及して、ネット社会という新世界に大量になだれ込ん でいる。先住民にとって新大陸で、非常に迷惑という。カメラ機能を使い、 現実世界の楽しみを公開、先住民のプライドも、ズタズタに壊される。 〜その辺を要約すると ≪世には「リア充」という言葉がある。これは、リアル(現実の生活)が充実 している人で、具体的にいうと、友人や彼女と日々楽しんでいる人をいう。 逆にリア充でない人を「非リア」と呼ぶ。ネット住民は、自らを基本的には 非リアと認識している。非リアに認定される条件は、もともと、もっと厳しく、 彼女がいるかどうか、それも人生の中で一度も彼女がいない、風俗経験すら ない位でないと、非リアと認定されなかった。ネット上では、自分がリア充で ないと主張することが重要になる。リア充は、ネット社会で憎悪の対象であり、 迫害の対象になる。 ネット住民が誰かリア充を呼ぶとき、基本的にはその言葉に敵意が込められ いる。ネットでよくみる言い回しに「リア充、氏ね」とか、「リア充、爆発しろ」 という。ちなみに、「氏ね」というのは、「死ね」という意味がある。 住民には、複雑な優劣等感が入り混じっている。 ▽ ネット住民の劣等感の例 ・現実社会で友達が少ない ・彼女・彼氏がいない ・学校でいじめられた経験がある ・自分の趣味の理解者がいない 話すと相手がひく。 ▽ 優越感の例 ・PC、ネットの使い方に詳しい ・新しい情報をネットを通じて調べる能力がある ・ネットリテラシー(何をすると炎上するか)に詳しい。 リア充は、最近では、肯定的な意味で使われることが多くなった。 「リア充」と同じぐらい重要な言葉が、「情報強者」「情報弱者」。 つまり、ネット検索で最新の情報、正しい知識を手に入れ得をしている人達。 今では、情報強者とは、賢い人、情報弱者は馬鹿、というニュアンスがある。≫ ― ▼ 一日、16年以上、3〜4時間はパソコンの前に座っている私は、先住民と 思い込んでいたが、後続の流民の一人、地続きの二つの世界に住む、大部分 の人たちでしかない。新しネット住民は、現実世界を楽しむ「リア充」で、 占められている。先住民は、その居場所を追いやられ、怒りに満ちている。 新大陸に居場所をつくってしまえば、これほど面白いところはない。流民の 私の実感は、<とにもかくにも、落ち着き、充実感があり、面白い!>
・・・・・・ 5564,閑話小題 〜にほん縦断こころ旅 〜�� 2016年06月09日(木) * 自転車に乗ってとうとう6年目 火野正平 「文芸春秋・4月号」に火野正平の『自転車に乗ってとうとう6年目』があった。 私自身が、8年目になるので、これに触発され始めたのではない。兎にも角にも、 直に川辺の自然の中を電動アシストの力を借りて、疾走するのは、この上なく 気持ちがよい。 車輪付のグライダーに乗ったようである。 数年前から、NHK/BSで、朝食を食べながら、この番組を観るのが 日常になっている。あの目線で、土手を突っ走った直後のため、何か延長上 にいるような錯覚をすることシバシバ。 人懐こい火野の生の声が聞こえて きそうな文章である。 〜全文を2回に分けて紹介する。 【 最初にNHKプロデューサーの企画を聞いた時、「アホちゃうか」と思ったよ。 普通、火野正平にこんなの頼まないでしょ(笑)。俺が自転車に乗って日本全国を 旅する番組『にっぽん縦断こころ旅』(NHKBSプレミアム)も、今年の三日からの 放送でとうとう六年目。去年の秋に通算五百日を突破したから、一年で百日は 自転車に乗っている。六十六歳でこれだけ乗っている人は、なかなかいないだろ。 確かに自転車は子どものころは好きやった。12歳からこの仕事をやっているけど、 子役で稼いだギャラの大半を自転車につぎ込んでいた。中学・高校では毎日 乗っていたし、サイクリングクラブにも入っていた。大阪の豊中に住んでいた から、六甲山にもよう上ったな。 だから番組で久々に自転車に乗ったときも、段差があるとこでは必ず尻を 浮かせていたし、体重移動も自然に出来ていた。スタッフはお尻が痛いって 言っていたけど、俺は痛くなったことはない。俺のケツが凄いのか?って思った けど、体が覚えていたからなんだろうな。もちろん坂道はしんどい。大山の 鍵掛峠なんて「行くとこやない」って、スタッフもみんな愚痴っていたもの。 自慢できるのは、これだけ乗っていてコケたことがないこと。昔はかなり 危ない運転をしていたけど、いまコケたら大怪我するかもしれないから、だいぶ 気をつけてる。若い頃はスピードが出すぎて、このまま行くと崖から落ちちやう から、わざとコケて止める、なんてこともしていた。いま考えると恐ろしなるな。 自転車だと車じゃ見えないものが見える。風も、気温も、雨も感じることが 出来る。道端に虫がいたらそれも分かる。この番組は視聴者から貰ったお便りに 書かれている「こころの風景」を探しに行くのがメインテーマだけど、自転車 だからこそ見つけられる場所もある。たまに「何これ?」っていう場所もある けどな。単なる路地の曲一がり角とか(笑)。 〜次回に続く〜 】 ▼ 最近、いやに同月同日分の内容が偶然にして出来すぎではと思えるほど、 テーマが同じか、続きものとして被ることが多い。恐らく、脳には自覚できない 何かがあるのだろう。 なんだろう、これは? それと、あの「布置」という 偶然。人生の節目で、己の心の血を、私の傷口に直接的にぬり付けてきた、 大部分の、当人か家族に、病気か事故が生じるのは? この年齢になれば、家庭内に、病気や事故の一つ二つはあって然るべきだが。 数日以内に、「復讐するは我にあり」のテーマを書いてみる。 それにしても、ここまでシリアスの偶然の一致は、我ながら気持ちが悪い? いや、気持ちが良い! ですか。 ・・・・・・ 5199,閑話小題 〜にほん縦断こころ旅 2015年06月09日(火) 4月〜11月までの8ヶ月間、雨天以外の毎朝6時半から7時半まで ポタリング(自転車散歩)を続けて、はや、6年数ヶ月になる。 家に帰った直後、NHK:BS『にほん縦断こころ旅』を見るのが日課である。 通りすがりの車の中から、『いつも見てますよ!』と声が掛けられる。 NHKの印籠を持った『水戸黄門』一行様の行列が、親しみをふりまいて 通り過ぎていく。火野正平は人懐こい風貌、性格が特徴。 町、村の小さな 食堂の食事の場面が地域性があってよい。また、それぞれの地区の人の暖かい 触れ合いも色を添えている。 先日、一人家さきで、休んでいる火野の隣に、 何気なく座って話しかけてきた80歳過ぎ?の老人との会話がよい。 話の切欠に、老人が、『私の歳が幾つにみえますか?』に対し、 火野が、『そういうには、見た目より、遥かに歳をくっているでしょう』に、 『91歳です』と。確かに10歳は若く見えた・・ 老人は気なく人生を語る。 『戦争で、満州に4年間、抑留され、昭和24年、24歳の時に帰国した。 マイナス30〜40℃には・・』 火野は、『昭和24年は、丁度、自分が 産まれた年だ』と答えていた。 人に歴史ありで、何とも印象に残った会話。 ーところで、NHKのHPから、この番組の案内をコピーしてみたー ≪ 目指すのは、あなただけの「こころの風景」 俳優・火野正平さんが相棒・チャリオ(自転車)に乗って日本全国を走ります! その日の旅の目的地を決めるのは、みなさんから寄せられたお手紙です。 「人生を変えた忘れられない風景」「大切な人との出会いの場所」 「こころに刻まれた音や香りの情景」「ずっと残したいふるさとの景色」など、 お手紙に書かれたエピソードをもとに、ひとりひとりの心に大切にしまってある 「こころの風景」を訪ねます。 たくさんの人々と出会い、上り坂にあえぎ、 下り坂に笑う、ぶっつけ本番の旅。(時にはチャリオをつれて、電車やバス、 船、軽トラック!?にも乗ります。)そして1日の旅の終わりには、どんな 「こころの風景」が待っているのか?これまで4年で8,188kmを走破し、 404日間(※)旅してきました。5年目の春は和歌山をスタートし、東海、 そして関東へ。東北の太平洋側を通って北海道を目指す14週間の旅です。≫ ▼ 『世界まち歩き』という番組があるが、これは、世界の街を気ままに 歩いた現場感覚を大事にした内容だが、火野正平・目線の自転車の道路から みた光景がよい。自分の代わりに、自転車で、各地を見て廻ってくれる感覚が、 親しみを感じさせる。自転車で完走するのではなく、ところどころ、バスや 電車で繋ぐことも抵抗感が全くない。伴走の4人を含めて5台の自転車一行。 他に、地元のNHKのワゴンが、別目線で一行を遠めで撮影している。 毎朝の一時間の自転車散歩、実感は、あんなもの。ただ違うのは、 早朝であること、毎日、同じ風景であること、そして独りということ。 長距離用サイクリング自転車に対し、私のは、電動アシストクロス自転車。 iPodで音楽を聴いていること。 同じことは、独りごとを言っていること。 自然を楽しみ、味わっていること! ・・・・・・ 4834,つれづれに ーミニ物語の効用 2014年06月09日(月) * ミニ物語の効用 連日、随想日記を13年も書いてきた効用で、頭の中で、気楽に考え事を 楽しめるようになった。人は誰もしているのだろうが、ミニテーマを決め、 サブテーマと、キーワードを幾つか思い浮かべ、その言葉の羅列を繰返す。 一種の黙想だが、これが頭と心の整理に良い。 ここでライブで、その実例をしてみる。 【 テーマはー今朝方の夢ー 夜半、というより朝方になるが、寝床で目を 醒ますと、そこは学生時代の寮の部屋。まさか!と思い、ジッと部屋を観察 すると、やはり当時の部屋。これは、間違いなく夢。しかし、どうも、現実の ような感じもする。すると、私は誰かの居住部分に無断で寝ていることになる。 まずいとしても、これは夢?それにしても懐かしい!と思っていると、何時の 間にか、そこの学生が、近くに寝ている。そうこうして夢からさめ、ウトウト した後、覚醒した。現在の随日のテーマ「事業人生を決心して45年、の語り直し」 を書いているが、過去の折折を思い出すに、当時の具体的イメージの細部を 引っ張り出し、糸口にすれば、色いろ思い出されるのでは!と思い至った。 これは、過去の思い出だけでなく、近未来の計画も、可能のはず・・】と。 そんな暇があったら、TVでドラマか、旅番組を見ていた方が良いと思う だろうが、目の前の現象を言語化するのも、面白いもの。 NHK朝ドラの 『花子とアン』のハナが、想像の翼を広げて、その文章化を楽しんでいる場面 が度々、出てくるが、それを自分でも身に着ければ、より心が豊かになる。 度が過ぎると、私のような変人、奇人になる? * マークX・ジオ 先週末の土曜の午後、中古だが、マークX・ジオがとどく。家内がオーナー だが、22年ぶりの車・・ 「車好きの55歳以上向けの多機能が、売り」だが、 実際には、その層には、受けなかったようだ。去年の秋に生産中止になって、 殆ど見かけないことと、荷台にスポーツ自転車を乗せ、近隣の山や海辺で ミニサイクリングが可能なことが決めてになった。納車後に、初めて乗ったが、 やはり試乗してみるのが筋。 果たして、自転車を乗せて何処かに行って 乗りまわす?どうだろう。燃費がリッター12キロというから、ソアラの 1・5倍の距離を走るが・・ 年齢もあって、もう近くしか乗ることもない。 もう一つ選定で、自宅と車のバランスもあった。その辺の陰口?まで吟味 すると、こんなところ? やはり、スポーツ車だったか? ・・・・・ 4467,ガン闘病と刑務所暮らし、どっちがきついか 2013年06月09日(日) 昨日の午後のタカジンのバラエティで、ホリエモンが特別出演した、 「タカジンのガン入院とホリエモンの刑務所暮らしの、どちらがきついか」 の質問に対して笑い飛ばす内容。1年2ケ月の闘病と、1年9ヶ月の獄房生活 の厳しさ、さてどちらか? 前者は多くの人が通る道だが、生命危機の瀬戸際。 後者は、期限付きだが、普通の人にとって特殊な経験で、興味という面で、 ホリエモンの体験談の方が圧倒的に面白い。まあ、関西系のTV番組としても、 各質問が下ネタなどエゲツナイ。 −要点をまとめると ・体重がホリエモンが30キロ減に対し、タカジンは10キロあまり。 それは入院と獄内の規則正しい食事と運動量の差。 ・現在、ブログの会員がいて、会費840円で、会員1万(有料会員6千)人。 これだけで既に月五百万が入ってくる。 ・2年半の実刑に対して1年9ヶ月で出所したが、入獄後半年の頃、これが、 あと二年も続くと思った時と、夜半に死を考えた時が辛かったという。 ・地獄の沙汰も金次第。獄内の楽しみは読書、それが買えるかが、大きい。 ・楽しみは大相撲のTV観戦と、慰問のショー、それと知人などの面会。 何がしたいかというと、気心のしれた人との雑談。分かるような気がする。 ・「お金は道具」と過って言っていたが、その考えは変わりませんか? の質門には、「基本は変わらない」。 ・「先のことを考えず、過去の良かったことを思い出し日々を過ごす方が 良いと聞いていたので、そのようにしていた」とも。 ・「極限の中で、何か自分に気づいたことは?」の質問に、 「忍耐強い自分に驚いた」と。 ・獄内で、幾つかの事業プランをたててある。やはり、その衝動は大きい。 ▼ 私も倒産という特異体験をして、2年3ヵ月経った。二人ほどでは ないが、やはり白眼の中、甘くない日々。失意平然としているつもりだが、 頼れるのは、自分の気持ちだけ。まずは「ウツ」対策。早朝のミニサイクリング とスポーツジムで三時間の運動と、この随想日記と、幾つかの習慣を淡々と コナスことで、むしろ健康的であるが、やはり特異体験である。 それにしても、堂々と、自分を曝け出せるホリエモンには驚かされる。 ホリエモンのブログ、一ヶ月無料というから、会員に入ってみようか・・ ・・・・・・ 4093、私は完全な本 "日本の自殺"ー1を作った 2012年6月9日(土) 先日、何気なく文芸春秋3月号を借りてきた。この号は二月に図書館内で 田中慎弥の芥川賞受賞作品を読んだ。しかし、トップに取り上げていた論文を 見逃してしまった。最初は最近書かれた内容と思っていた。その内容が的を 得ているので冒頭に戻って見直すと、何と37年前に文芸春秋で掲載された 論文と知り衝撃を受けてしまった。今年一月の朝日新聞の一面で、これを取り 上げた主筆が瞠目したという内容。著者は「共同執筆・グループ1984年」。 そこに添えられていた要約=「1975年、小誌にある論文が掲載された、それは 高度経済成長を遂げ、繁栄を謳歌する日本に迫る内部崩壊の危機に警鐘をならす ものだった。それから37年、朝日新聞の若宮啓文主筆が1月10日朝刊の一面で、 この論文に注目し、「『日本の自殺』がかってなく現実味を帯びて感じられる」 と、今なお「予言」の響きを失わない論文を再考していた。 ーまずは、小見出しを拾ってみる 1 日本没落の予感 2 ローマ帝国滅亡との類似点 3 日本が直面する困難 4 危機は日本人の内部にある 5 豊かさの代償 6 現代文明がもたらす幼稚化 7 デマによる集団ヒステリー 8 情報の洪水が人間を劣化させる 9 自殺のイデオロギー 10 戦後民主主義の弊害 11 没落を阻止するために、 この見出しだけでも、現在の日本の現状分析の項目そのもの。 敗戦後、日本は物質的に歴史的な復興をしてきたが、精神的には、ほとんど 敗者のまま。現在の日本はギリシャ並み?か、それ以下に荒廃した魂で、茫然 自失の状態である。次回から、見出しごとに、要点を書き出してみる。 「日本の自殺」を、「我々(私)の自滅」と置き換えて読むと、身に覚えの あることばかり。我々は、私は緑の原野で何をしてきたのだろうか。 欧米が主導してきた文明とは何だったのか。
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2017年06月08日(木)
* フィリピンの日本人殺人事件 ニュースで、フィリピンの日本人2人の不明事件を報じていたのを見て、 「臓器販売シンジケートの犯罪」ではないかと疑ったが、表向きは単純な 保険金狙いの殺人事件のようだが…。一人あたりの上限の2億円も異常である。 宿泊したホテル関係者が、「2人が、寂しそうな顔をしていた」と証言… 北欧の刑事ドラマに、子供の臓器を狙ったり、誘拐幼児の販売シンジケート の犯罪が時々、取上げられる。また、東欧の地元で仕込んだ?妊婦を北欧に 入国、出産させて、販売するシンジケートを取り扱ったのもあった。 現に似たケースが存在するのだろう。 〜ネットニュースの記事から〜 ≪フィリピンの観光地で日本人の男性2人が行方不明になっている事件で、 地元警察はフィリピンに住む日本人の男らを殺人の疑いで逮捕しました。 殺人の疑いで逮捕されたのは、フィリピン在住の長浜博之容疑者(55) とフィリピン人通訳の男です。長浜容疑者らは、西部のブスアンガ島を訪れて いた井谷勝さん(59)と新井康寛さん(24)の殺害に関わった疑いが 持たれています。井谷さんと新井さんは、先月30日、島巡りに出発した まま行方がわからなくなっていました。 「インタープリター(通訳)を間に挟んで、インタビューしてくれ。 私には言いたいことがたくさんある。今の私には、あなた方に聞いてほしい ことがたくさんある」(長浜博之容疑者) 警察によりますと、フィリピン人通訳の男が「長浜容疑者の指示で、 ふたりは別の島で射殺され、遺体は切断されて海に捨てられた」と供述して いるということです。一方、長浜容疑者は取り調べに対し、容疑を否認して いるということです。≫ ― ▼ フィリピンでは、容疑者が日本人でも平気で撮影させるため、自然と、 シリアスな劇場型刑事もの風になる。 2人を連れていた日本人が、檻から の「言い訳」が生々しい。 殺して海に沈めたなら保険会社は死亡の認定でき ないから保険金は下りないことは知っているはず。そんなことを犯人がする わけがないのに何故? の疑問が残る。解体して海に捨てたとすると、やはり 臓器狙い? あまりに不自然で不可解な事件である。長浜容疑者も実は被害者 で… 背景に何らかの組織がいてとかいうのも、無理がある。マスコミの絶好 のネタになる。実は生きていて、何処かに隠れていて云々も可能性として?
・・・・・・ 5563,「オカネがなくても楽しめる社会」に住みたい 2016年06月08日(水) * 私の住みたい社会 雑誌に、私の現在の生活に似た生活を理想とするレポートがあった。 リタイアをし、年金生活に入って5年余り、隠居という身になっても、修行僧? のような真面目なスケジュールに慣れ親しんでいるためか、思いの他、不自由も 肩身の狭い思いもない。この生活習慣が、著者の「住んでみたい社会」の生活に 近いから驚いた。4時に起床、この随想日記を書き上げ、ネットにアップした 6時過ぎに(冬期間を除いた)ほぼ毎日、一時間、電動アシスト自転車でミニ・ サイクリングに出る。200M先の栖吉川の土手と、バイパスと、信濃川・土手で コースの9割以上を占めていて、ポタリングには、これ以上ない快適なコース。 これに午後1時から2時間、近くのSC内のスポーツジムに週5日通っている。 他に週1回のシネマ通いと、月に1回の飲み会を入れれば、もう十分満足である。 ≪ ☆「私の住みたい社会」 青山文平: 「どんな社会に住みたいか」と問われたら、私は迷わず、「オカネがなくても 楽しめる社会」と答えます。オカネがたくさんある方と、そうでない方とでは、 どっちが多いかといえば、そうでない方のほうと思えるので、社会が「オカネが なくても楽しめる社会」になれば、誰にとっても楽しい社会になるでしょう。 しかも、オカネがなくても味わえる楽しみというのは、けっして我慢した 楽しみではなく、けっこう奥深いのです。むしろ、オカネを使って味わう楽しみ よりも深いかもしれません。 たとえば、もしもいま住んでいる町がすごく歩い て快い町で、毎日散歩してもぜんぜん飽きないとします。その日々の散歩は、 年に数回行く海外旅行よりも楽しみの深度が深くて、つまりは贅沢であると 言えないでしょうか。そういう町を多く抱く社会はまちがいなく、「オカネが なくても楽しめる社会」でしょう。 私は散歩もよくしますが、自転車に乗るのも好きです。気に入った自転車 さえ手に入れれば、あとはほとんどオカネのかからない楽しみですが、残念 ながら、私の暮らしている地域に、自転車で走って気持ちいい景観を待つ道は 数えるほどしかありません。昔、仕事でスコットランドや北イタリアに行った ときは溜め息が出ました。どこをクルマで走っても、全域、自転車好きなら よだれが出そうな道ばかりなのです。 ちなみに欧州では、日本ではすっかり 下火になってロードバイクに取って代わられた、クルマで言えばジーブタイプ のマウンテンバイクもいまだに人気です。マウンテンバイクで走って楽しい シングルトラックなどの道が、遠征などしなくとも、毎ヨ暮らしている町の かたわらにあるからです。自転車造びが楽しいかどうかは道しだい。 自転車はいい道を楽しむ遊びであって、マウンテンバイクの不人気はそういう 道がないことを表しているのです。 ・・(中略) 「オカネがなくても楽しめる」遊びが、逆に消費を拡大させるかもしれません。 いま求められている遊びは、そういう深い遊びのような気がします。欧州には 「キャナル.ツアー」という楽しみがあります。実は、欧州には網の目のように 運河が張り巡らされていて、その運河を使うだけで地中海から北海へ抜ける ことが可能なのです。けっしてカネモチの遊びではなく、定年退職者の夫婦が、 キッチン・ベヅド付きの中古のボートがあれば、あと必要なのは燃料費と、 家にいてもかかる毎日の食費だけです。これまた、「カネがなくても楽しめる」 深い遊びなのです。そういう社会に私は住みたいのですが、いまの日本は、 さて、どうでしょうか。≫ ▼ 一月あたり6000円のスポーツジムに、週一のシネマ館通いで月に5000円、 月に一度の飲み会が10000円、読書の本題は近くの図書館が主で、ほぼゼロ。 毎朝のミニ・サイクリングがゼロ。パソコンとTV代が10000円で、酒と肴で 20000円で、大よそ合計5万円が、月あたりのお遊び代。これが「オカネが なくても楽しんでいる生活」かどうか分からないが、満足をしている。 振返ってみて、仕残してしまった悔いが少ないためか、遊ぶ金が欲しい、 何かが欲しいと思わないでいられるのが有難い。それぞれの時節に、充分 楽しんでいたのが大きい。家内の厚生年金受給が、こうなると大きい。 〜で、以下の文章に、続いていく。 ・・・・・・ 5198,ライフサイクルより、ライフコースへ 〜1 2015年06月08日(月) * 多様に選択される人生 ライフスタイルの一つに、10年節や、女7年、男8年、節目節がある。 その視点、振り返ると、思い当たる節がある。ところが、現在では多様な人生が あたり前になって、それぞれのライフコースという概念に取って代わってきた。 『本当にわかる社会学』現代位相研究所著の中で次のような論説があった。 ≪ 社会学で、ライフコースという概念がライフサイクルという概念を置換する 形で用いられるようになった背景には、個人の人生の軌跡の多様性への認識が あるとされている。ライフサイクルを「だれも同じように人生の道筋をたどれる こと、ある一つのライフコース・パターンが高い頻度で再生産されること」とし、 ライフコースがライフサイクルに取って代わられるようになったのは、みなが 同じような人生を送る社会からいろいろな人生を送る社会へと発展的に進化した ためであるとする。主として生物学および心理学で発展してきたライフサイクル 研究は,生物としての人間が一生のうちに示すある範囲内での規則的な推移を 考察し,人々の人生を横断する共通の特徴に着目してきた。他方,個人の生活を 取り巻く社会的歴史的文脈を重視する社会学的視点が生かされたライフコース 研究では,個々人の人生の多様性が強調されてきたのである。しかし,20 世紀 後半に入ってライフコースの社会学が多様性の研究に大きく舵を切り、今や ライフサイクルは古い概念であるかのごとく扱われるようになった。ーつづく≫ 息子2人と甥っ子を加えた9人のうち、3人が独身。あまり独身が不自然でない。 ライフステージ、ライフサイクル、ライフコースの意味をネット検索をすると、 ◎ ライフステージlife stage 個人の一生の発達過程にみられる諸段階。人間の発達には生物的・生理的側面, 心理的側面とともに社会的側面があり,これらの相互作用を重視しつつも, とりわけ社会的側面の発達段階に焦点が当てられる。具体的には,個人の地位・ 役割の大きな変化と段階移行に着目して段階設定がなされることが多い。 ◎ ライフサイクルlife cycle 生命体の一生にみられる規則的変化のパターンをいう。人間のライフサイクル においては,出生から死に至るまでの生命現象とともに,学校への入学や卒業, 就職,結婚などの生活現象にみられる節目や変化パターンが重要な意味をもつ。 近年では,人々の価値意識やライフスタイルの多様化とともに,ライフサイクル 概念が前提とする平均的・標準的パターンを設定することには無理があるとの 批判もなされるようになった。 ◎ ライフコースlife course 社会的存在としての個人の生涯にわたる加齢過程をいう。ライフコース研究 では,個人の地位・役割のありようと時間的経過のなかでのその変遷,そして これに変化をもたらすような社会的・個人的出来事が関心の焦点となる。 ライフコース研究が登場した背景には,非歴史的なライフサイクル研究の限界を 超え,個人の生活史と社会の歴史のダイナミックな相互影響関係を捉えよう という研究意図があった。 ライフステージの背景の「時流」が、大きくライフステージを左右する。 私のように終戦直後から復興過程を経て、高度経済成長期と、その崩壊期を 生きた者にとって、この3つが鮮明に浮かび上がってくる。 ・・・・・・ 4833,「事業人生を決心して45年」の語り直しー11 2014年06月08日(日) * 創業? 実は、そんな格好いいものでなく、半狂乱! あなたが転機に立たされて何か新事業の創業の課題を与えられたとして、 何が考えられるだろう? 具体的には、何も思いつかないのが実際だろう。 そこで、幼児から、その時点までの自分が経験してきた中で、大きは時流に 対し、何か材料を探し、新たな装いをするしかない。それまで、顧客として 何を経験してきただろうか? そう、学生時代に池袋駅の居酒屋と、その後の 勤務先のスーパーの経験と、その近くの飲食店と居酒屋くらい。対象の物件の 道路を隔てた膨大の空地に、近々に5百世帯の団地が計画されている。 それなら、その小判鮫の商店が必要。とすると、テナントビルと、その一角 での手堅い商売。しかし、ノウハウは無い。ならば、それを買えば良い。 そのためには、フランチャイズに加盟すれば良い。で、問題は、その選定。 失敗は、状況から許されない。それも、父の余命が一年での、調査になった。 「第一の協力者の連添いを、真剣に探しておくべきだった!」という後悔も、 先に立たず。とにもかくにも、適切なフランチャイズの本部巡り。 で、見つけたのが、当時、国内最大レベルの居酒屋チェーンの『養老乃滝』。 さっそく、説明会に参加したが、「駅前立地が基本。郊外型立地は皆無だが、 これからは郊外の時代、非常に面白い立地、是非とも組みたい!」と、乗り気。 考えあぐねた末に、思い切って参加することにした。その具体的内容を13年前 に書いたのを、コピペをしたが、今でも、あのパニックを鮮明に憶えている。 人間、何事も忘れるから、勇敢になれる。知らないからこそ出来ることがある。 二ヶ月前まで、全く知らなかった家内との結婚。商業ビルの完成。そして、 二ヶ月も経験してない、チェーンの居酒屋の立ち上げ。 その直前には、 最大の後楯だった父の死の中の創業は、極限の事態に自分を置くことになる。 顔は平静だが、気持ちは半狂乱。創業とは、半狂乱というより、狂乱状態で なければ、出来はしない。それも血だらけで。その傷口が、その人にとって の事業。それも1〜2年もすれば、その状況を自ら受け入れ、それに見合う ようになっている。 当時の飲食業界も、逆境の人たちが集まる、 気違い水を飲ませる異様な世界。千葉といえば、首都圏をアメリカに喩えると、 未開の荒野の西部。 江戸っ子にとっては、地方出身者の田舎者も吹き溜りの 地と、一段下に見られていた。そこは、土木作業員や、ヤクザが屯する底知れぬ 世界があった。それなら、狂うしかなかったのが、実情。その後の人生も、 狂いっぱなしだったが、致し方ない。 自分が選んだ道だから! だから、面白いのである。 ・・・・・・ 4466, 余命半年 −4 2013年06月08日(土) 「余命半年〜満ち足りた人生の終わり方」大津 秀一著 * 末期から死ぬまで ー末期の現象をまとめてみると、 ≪ 「末期」の一つの定義は、余命六ヶ月以内、である。しかし、その状態の 悪化は右下がりの直線ではない。 要するに、調子がズッと良かったのが、 急に悪化するケースや、凸凹であったりする。 ・緩和治療を行っている患者の場合、死の1〜2週間前まではそれなりに元気 だが、その辺りから身の置き所がないような全身倦怠感が強くなる。また点滴の 量が増えることもあり、むくみが酷くなったりする。この時期が一番、患者に とってきつい症状。そして歩行が困難になり、トイレに行くのも困難になる。 特に、きれい好き、清潔好きの人にとって辛い。 他にも食べものや水分を 飲み込むのも難しくなる。喋り辛くなり、耳鳴りがして、口はカラカラに 渇くなど様々な苦痛症状が出てくる。だから、1〜2週間前辺りまでに、 できることは早めにしておくべき。 ・そして、余命日単位になると、患者の苦痛も限界に近づき、家族の心労も 募ってくる。この時期に家族を苦しめるのは、患者の混乱、錯乱である。 「つじつまの合わないことをいったり」「周囲の状況が全く理解できなかったり」 「幻覚がみえたり」するなど、大声を上げたり、暴れたりするなど、患者を 見守る家族の苦痛は大きい。 そうだとしても、家族は身近にいることが大事。 無くなる24時間前が、そのピークなる。それが「最後の山」という。 ・余命数時間単位になると、痰がつまってゴロゴロ音がずっと続いたり、 呼吸が荒くなったりするが、患者の苦痛はない。 しかし聴覚は最後まで 保たれるので、発言には十分に注意が必要。その中で、家族も辛いだろうが、 傍に付き添うこと。最後は、お医者さんも、教えるだろうから、大声を出す のではなく、静かに耳元で囁きかけ、手を握ってやったり、身体を擦るのが、 死出への旅立ちにふさわしい。 ・最後は、まず呼吸の仕方が変化をし、下あごを突き出すような医学語で いう下顎呼吸になり、数分から数十分で呼吸が停止する。呼吸停止後、数分で 心臓も停止。その時が、死亡時刻になる ≫ ▼ 実際の臨終に立ち会ったのは、近くに住んでいた伯母と、母親である。 父の臨終は、私が当時、立ち上げていた千葉のビル現場の打ち合わせで立ち 合えなかった。臨終の場面は人生が終わるのだから荘厳だが、厳しく生々しい。 家族も疲労困憊する。幻覚、幻聴、錯乱などは付きものと割るきるしかない。 母親の子宮から、管につながれ、のたうち回って産まれ出て、それぞれの 一生を生き、最後は管に巻かれ苦痛の中で死んでいく。せめて、その間、 精一杯生き、悔い無い終わりを遂げたいもの。末期を具体的に想定する ことは、高齢者の生き方を考える糧になる。で、偶然だが、以下文に続く。 ・・・・・・ 4092, 老いの見本帳ーダークサイト −12 2012年6月8日(金) 「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日 武彦(著) * 老いについて ーつれづれに 定年とかで現役を退き御隠居暮らしになるのが第二ステージとすると、 寝たきりとか痴呆症になって病院などで誰かの世話になる時期が、第三ステージ になる。第二ステージが60歳辺りなら、80歳辺りだろう。それまで大よそ 半数が亡くなるので生き延びた者には厳しい現実が待っている。 寝たきりなら、一日一生のような日々を過ごすしかない。人間は生きてきた ように老いていくのである。第二人称の死を身近でみる限り大往生は少ない。 あるのは不幸にしか思えない死。そのため私たちの社会は嫌老が基本になって おり、老化を遅れさせるか、隠すことが善と捉えられている。老いの肯定など、 あまり聞かない。 その死に現実問題として日々近づいている老人の心も肉体 も歪まない訳がないと割り切った方がよい。この本は、その歪んだ老人を 真正面から光?を照射している。そうこうみると最後は自分だけの孤独に慣れて おく必要がある。人間、「人は人、我は我、されど仲良く」が基本。 相手に何かを求めないで、独りで趣味を楽しむのが理想的。古来から社会は 老いを嫌い、可能な限り社会の隅に置いてきた。しかし医学の進歩により 平均年齢が日本では80歳をゆうに超えてきた。定年後、平均20年以上も 生きていかなければならない。それは有難い反面、社会的弱者としての長い 人生が待ち受けていることになる。世の中は青年と壮年を中心に回っている。 老兵は静かに去らなければならない。引き時を見失うと憎まれもの世にはばかる ことになる。それを自覚出来ないから始末が悪い。老いることは、絶望に近い 意味を含んでいることを忘れないこと。引くべき時には引かなければ。 人生も見切り千両である。歳を取りそこねる人たちは、その逆の漫然と生きて いる人たちをいう。人生は最期は独り静かに逝くしかない。歳を得たが故の 楽しみを見つけ独り楽しむ、それが良い老い方になっていく。 この本と、 「嫌老社会」長沼行太郎著ーを読んで、ジックリ?老いを見つめると、 背筋が凍る思いになる。やはり一日一生、一期一会で、日々、瞬間瞬間を生きる しかないということか。娑婆から早々、一歩身をひいて鮮明に見えてきたことは、 世界が大きな断層の真っただ中にあることと、自分の年齢の微妙な立ち位置である。 地球見学の最期は、こんな風景だった。ネット社会など情報化社会の劇的進化と、 それに伴なう社会的激変、そして、地震などの地殻変動、どれもこれも、想像を 遥かに超えたことばかりである。そうこう考えると、長く生きてきたのである。 あと10年が、更に・・
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2017年06月07日(水)
<「鈴木さんにも分かるネットの未来」川上量生著> * ネット住居派と、ネットツール派 ネットとTVの未来をテーマにした面白い本である。寝室にソニーの 4K・TVを入替をして5ヶ月経過。一日、3〜4時間は、録り溜めの映画か、 ドラマか、ドキュメントを見ているが、一度、TVを入れると別世界になる。 また、廊下を隔てた仏間の机上のパソコン前に4時間は座っている。これも、 座ると同時に、現実世界から遮断され、唯我独尊の世界になる。 この2つのマシーンの未来をテーマなら、面白くない筈がない。 〜まずは、ネット世界の住人について、まとめた〜 ≪ ネットを利用している人には二種類の人種がいる。 ネットをツールとして利用する人と、ネットに住んでいる人の二種類。 ・ネットを便利なツールと思っている人をネットツール派、一般はこっち。 ・リアルな現実世界ではなく、バーチャルなネットの中に自分の居場所があると 思っている人=ネット住処派と定義。著者は、自らを「ネット原住民」とする。 当然、重なるが比重の問題。家内は明らかにツール派で、私はネット住処派。 ここで、「住処派の住人は、パターンとして特別な趣味を持っている人」で、 彼らが困っている共通のテーマが、同趣味を持つ仲間を見つけにくいこと。 マイナーの趣味を持つ人を近くで見つけよとするのは難しいが、ネットだと、 全国から探せるため、比較的仲間を見つけやすい。特に現実社会で仲間を見つけ にくいオタクはネット仲間と相性がよく、現実社会よりもネットに仲間と帰属 意識をもつ。もう一つのパターンが、そもそも友達が少ないか、いない場合。 現実社会でイジメにあっている人、落ちこぼれている人、そういう人たちは、 現実社会では居心地が悪くて、ネットがにべ場所になります。ネット社会の方で こそ輝ける人生を送れる、人気者になれる、憩いを感じる、そういう人がネット 住人になれるのです。≫ ― ▼ このテーマ日記も、地元原住民にとって、特殊な切口をするネット住処派 変人のネタ探しと、上から目線でみるには丁度よい情報源というところ?。 <井戸の蛙、井戸の外の世界は見えずとも、満天の空を見ることができる>が、 ずばり、オタク世界の本質である。 ネットの面白いところが、<内省だけならず、外の数多の「内省」>を気楽、 かつ簡単に出来ること。だから、毎日が面白く楽しい、充実した時間に様がわる。 要は、「クールヘッド、ウォームハート」の視線で、ネットや、チャネル・ サーフィンが可能になるということ。今では、TVでYouTubeに高画質の動画が 見れるため、ポテトチップオタクも、ネットオタクの仲間入り。自然界を、 現場に立った生の視界を、人間の視力の数倍、数十倍で見ることが可能のこと。 それ故に、毎日が、TV画面で、現実世界でも、過って見たことがない世界に 出会うことになる。映像は映像でしかないとしても、これがバーチャル世界の 住処派の面白いところ。 ハヤブサの首に超高速のカメラをつけて、林の中を 滑空する映像や、南米の祭りで、街中に放たれた闘牛に住民たちが素手で立ち 向かう映像は、迫力満点。 そういうこと!
・・・・・・ 5562,フーテンの寅の、本質と家族の幸せとは 〜�� 2016年06月07日(火) * 妹役、さくらの誕生 <山田洋次:名越康文 対談>より 山田洋次の「さくら」を作り上げたエピソードが面白い。 兄、妹にも相性があって、相性の良いと、本当に可愛いらしい。 駄目な兄と、しっかり者の妹の「さくら」の関係が何ともよい。 浅草に「寅さん」の銅像があるが、今度、「さくら」の銅像が出来るという。 その「さくら」誕生のエピソードが面白い。 ≪ 名越:両親の愛情を十分に受けられなかった寅さんにとって、 やはり異母妹のさくらの存在は大きいですね。 山田『男はつらいよ』の設定を考えていた時、さくらが生まれるヒントに なった話に巡り合ったんです。それは、ある女性作家の、今から四十年以上前 の実体験でした。彼女はある日、東京から大阪に引越すため、汽車に乗ります。 そこに、ヤクザになっていた兄がやってきて、久しぶりに兄と妹が再会する。 そうこうしているうちに、発車のベルがジーンと鳴る。その時、急に兄貴が 「おい、気に入らねえ奴いるか?」と言ったというんです。そういう奴がいたら、 俺が殺してやる、ということでしょうね。 名越:すごい場面ですね。 山田:この話を知ってから、いろんなことを考えました。一体、お兄さんに とって妹とはどんな存在だったんだろう。もしかしたらお兄さんは、 「俺はこいつを不幸にしているんじゃないか」と思えてきて、妹が急にかわい そうになったのかもしれない。最後の言葉の意味は、「アイラブユー」です からね。もしこの妹をひどい目に遭わせた人間がいたら、俺は生かしちゃ おかない、と。 名越:鮮烈な絆の表現です。 山田:だから、寅にはそういう妹がいるんだなと考えたんです。 名越:四十八作を観て気づいたことは他にもたくさんあります。 たとえば、寅さんって世間にはふられてばかりだと思われているけれど、 実はかなりモテる(笑)。シリーズの三分の二くらいモテています。 山田:寅に会えて友達になって、「私、とても幸せだった」と言うマドンナは たくさんいます。でも、寅は、結婚については、決定的に自信がなかったん じゃないでしょうか。結婚生活には、恋愛関係の先に、もう一つ大きなバリア があって、それを乗り越えなければ結婚はできない。男と女のドロドロした 関係が生じることに、寅は我慢できない。そこが寅の哀れさでもある。 名越:寅さんは草食男子のような'ところもある。女性に対する不安や恐怖心を 持ってますよね。≫ ▼ 20歳で、創業人生を志したことで、パートナーの人選に慎重になっていた 上に、4人の姉たちのドロドロ?した様々な結婚生活の実態も見知っていた。 さらに姉4人との遜色ないバランスを考えると、安易な妥協もできないジレンマ があった。「この人と一生?」と思うと、そうそういないもの。で、「 」。 「寅さん」は、あくまで無知故に何ものにも捉われない想像上の人物像。 こんなのがいたら、周囲の人間まで巻き込まれ炎上されてしまう。その際どい 狂気が、物語を育んでいくとしても・・
・・・・・・・ 5197,歩くことが人間の特徴 2015年06月07日(日) 養老孟司の対談の中で、「人間の身体は、走るでなく、立っているでなく、 歩くに都合の良いように出来ている」という。考えるとき、独り黙想をしながら 歩くのが良いというのも、歩いている方が自然体のためである。 ★ 養老孟司対談より ≪ 養老:例えば、歩くのは人間の特徴です。速く走るのは苦手だけれど、長距離 を歩くのは動物の中で一番得意なのです。そういうことは殆ど教えられません。 人間は、単に転ばないように重心を移しながらバランスだけで歩いている。 四つ足の動物は自分の力で体重をまともに移動させなければならないのです。 田部井:人間は走ることではなく歩くのに向いている。そう痛感しながら、 山を登っているのです。 養老:だから、アフリカで発生して、南米まで行けたのです。あれは歩いて 行ったに違いない。アジアを通り北米を経てアメリカ大陸の南の果てまで。 田部井:ひづめを持っている動物は走るのに適していると思いますけれど、 人間の足は歩くためにあって、歩くから身体のいろいろなところが働く のだなと思います。 養老:後足に頭が乗っているのはほとんど人間だけですからね。馬とかキリン とか、みんな前足に頭が乗っているでしょう。だから、前足がコケると 頭がコケる。人間の場合、手がいくらコケても頭は平気です。 だから、 そのぶん手が余った。その手は昔から頭と関係が深いわけで、それは脳 からすれば大革命なのです。見えている風景が全然達うでしょう。 ≫ ▼ 青年期には、読書や、旅行先で、様々な感動があリ、その都度、大きく 変わっていった。逆に、挫折も大きな変化をもたらした。20歳前後から、 一日、2〜5時間の読書時間を持ってきたが、魂を揺するほどの感動というと、 どれほどあっただろう? 秘境ツアーでも、何度も、その経験をした。 その都度、小さな硬い殻が壊れていき、何かから自由になっていた。 〜次の言葉も、含蓄がある。 『現実は人それぞれ。あなたの行動に影響するものが、あなたの現実です。 知識が増えても、行動に変化する影響がなければ、それは現実にはならない。 「授業を聞いて何か知っても、それによって自分が変わらなければ勉強した ことにはならない」・・』 『知ることは自分が変わること。がんを告知されて、あと半年の命と思ったら、 同じ桜でも違って見える』 ・・・・・・ 4832,「事業人生を決心して45年」の語り直しー10 2014年06月07日(土) * 千葉・千城台ビル建設計画の着手 懐かしの金沢から地元長岡に帰って、余命一年の父と千葉の千城台ビルの 建設計画に入る。当時、父親は義兄に、会社経営の大方の権限委譲をしていたが 社長のままだった。右上がりの時代に、長岡も高度成長の恩恵で活況。その中で、 華やかな地元社交界の花形の姉夫婦に、父は幻滅をしていた。まず出を制して入り を図る生活基本がない上に、城下町の虚構世界が全てと信じているようだった。 実家の同じ屋敷の前に自宅、その裏に姉夫婦が移り住んで8年ほど経っていた。 現在、私が住んでいる家は、50年前に父が最期の住み家と、贅をこらしたもの。 父は、現・預金を除いた、会社の株式、本店ビルなど不動産の生前贈与をして、 死後の相続を姉夫婦に独占されない手はずをうっていた。当時で月に百万円の 散財をしていたから、現在にすれば?百万になる。 逆に、生前贈与に対して、 姉夫婦には、母、実兄、私、姉、の4分の1だけの配分に怒り心頭だったのも みてとれた。それが、父の死後の御家騒動の根になっていた。3歳年上の実兄は、 性格が大人しいく、人を疑うこともなく、私が計画に入った時点で、対立軸が、 私対姉夫婦に移っていた。創業を目指していた私には、具体的実践課題を 与えられたことになり、その成果が試されることになった。これが大変だが、 創業の第一歩が、命懸けのコーチ役の父親が指導する小説のような日々になった。 千葉の新興住宅地の商業地で、商業ビル建設と、その一角での商売のたちあげて、 成功させるのが、当面の課題。 まず考えたのが、この千城台のような団地の 商業ビルの転がしである。都心からの新しい電車の線路沿いに、千葉県住宅供給 公社などが開発する安い商業地を先行投資をして、ミニ商業ビルを建てて、 テナントを埋めた段階で、資産家に転売する事業を、思い立てた。まず千城台 ビルをモデルケースとして、これが第一歩と位置づけ、踏み出すことにした。 学生時代に、創業人生を踏み出そうと決心したとき、創業と、軌道に乗せての 転売が、事業として面白そうと、イメージをしていた。これなら合致をする。 その計画と、ビル建設をしていた最中、父親が亡くなってしまった。 その間に父と兄夫婦の軋轢が出始めていた。しかし、千城台ビルの立ち上げと、 ビルをテナントで埋まることと、その一角の自らの商売の起業が、当面の大きな 課題になっていた。 ー以下も、偶然だが、13年前の同月同日の内容。 これを見て、奇妙な偶然に驚いている。 ・・・・・ 2001年06月07日(木) [45] 創業の話 27歳、千葉千城台で千城ビル建設と養老の滝1122号店の立上げをやった。 準備1年4カ月かかった。その間に一緒に計画に携わった父も亡くなった。 今も忘れられない1973年5月30日であった。 11月07日、店の立上げとビルの完成でパニックの頂点をむかえた。 を引き揚げたあと、懐かしく行った時に撮った写真である。全く知らない 千葉で我ながらよくやったと思う。この地獄の中で創業のノウハウしっかり 身につけることができたと思う。自らを空にして、おきて来た問題を一つずつ 解決していくしかない。その時本能的に相手に両手で拝んでいた。 なぜか拝まれると人間引き受けてくれるものだと感じた事を憶えている。 軽い気持ちで拝むポーズを時々みると,張りたおしたくなるのそのせいだ。 当時のことを記した文章があるのでコピーをしておく。 また写真も写真日記にコピーしておきます。 ーーーーーーー H0907 養老の瀧1122号店、店長の日々 両親の創業を幼児の時みていて、その厳しさを知っていたつもりであったが、 いざ自分がその立場に立って、その認識の甘さをつくづく思い知らされた。 千葉の新興住宅地(五万人)の十字路に“貸ビルの建築”と“養老の瀧オ−プン” と“結婚”という、人生の初体験を同時に始めた。丁度石油ショックにより 高度成長期が弾け、ビルの前の数千世帯のマンション計画が中止となり、 最悪の出発となってしまたった。そしてオ−プン...! 完全にパニック状態!オ−プン人気も含めお客の列! しかし、こちらは全くの素人である。ビル建築等、他に諸々が重なり、 地獄のような日になってしまった。辛くて、恐ろしくて、一日一日が精一杯、 今考えても、よく持ちこたえたと思う。当初の、2〜3ヶ月は朝8時より 夜半の1時までの激務であった。指導員と私とアシスタントの3人の激しい日々。 “勤め人”と自営業の立場の大転換がその時おこった。 それまでは8時間プラス2〜3時間、という立場が、“24時間(休んでいても 仕事のうちという)仕事”という立場になった。サラリ−マンが事業をおこして 大部分失敗するのは前者より脱皮できない為である。大手ス−パ−の創業期に 入社、異常に近い厳しい世界に3年近くいたが.. その厳しさが全く違う。 はじめの数ヶ月は、今日辞めるか明日辞めるかという位、厳しいものであった。 あの空ビルをテナントで埋めなければ、私の立場が無くなる!という前提が あった為乗り越えられたと思うが。でも不思議なもので、真っ正面より立ち 向かっていると、いつの間にか辛さが辛さでなくなる、適応能力が自然に ついてくるのだ。ヤクザ、土方、得体の知れない人間に“気違い水=酒” を飲ませているのだ。それと兎にも角にも全くの無警察状態に近いのだ。 そこで自分1人で店を衛らなくてはならない。酒を飲んだ人間の本当の 恐ろしさをそれまで、ほとんど知らなかったためだろう、命が幾つあっても 足らない位の事件が月に一度はおきた。恐怖の中で1人トイレの中で (他の人にはわからないように)震えた事があった。そこで、大きく唸った。 そしてお客に対処したところ腹が据わったのだろう、お客が逆に竦んだ。 “これだ!”と直感した。また店の従業員に前もって、うちあわせをしておき、 お客に怒鳴る変わりに従業員を怒鳴りつけ竦ませたり、土壇場に立つと知恵が ついてくる。ただフランチャイズのシステムは今でも素晴らしいと思う。 標準化、単純化、マニュアル化がきっちりできあがっていた。 創業時の勉強という点で、このシステムは自らに非常に有効に働いたと 振り返って思えるようになった。 創業は辛い! 1973.11.07〜 ・ 4465, 余命半年 −3 2013年06月07日(金) 「余命半年 満ち足りた人生の終わり方」大津秀一著 * モルヒネか、プチッか 父や、義兄などの末期ガンで悶絶しながら死んでいく姿を垣間見ると、 プチッ(安楽死)と早々に最期を向かいたいと思うのは、私だけでないだろう。 ガンが進行するにつれ、その痛みが強くなり、それにつれモルヒネも強くする しかない。中毒の心配など、先のない末期患者には関係ない。 著者は、進行度に合わせてモルヒネを調整すれば、問題はないという。 ガン患者の7割が痛みを訴え、その半分がモルヒネでないと痛みが取れない。 一般的にモルヒネを使うと、死期を早めるが、専門医が適切に使えば苦痛を 減らせる。死因はあくまでガンの進行。傍からみれば、モルヒネが死期を早めて いる、と思われるが、ガンの進行に合わ強くしているための誤解。 末期患者は3年、5年先まで生きるわけでない。 ここで知ったのが、 「鎮痛補助剤」。坑うつ剤、坑痙攣剤、坑不整脈薬など、本来の効果とは 別に、痛みが伝播する回路に働いて痛みを緩和する。で、プチッ=安楽死? これは現在の日本では禁止されている。ただし死ぬ前から、その意思表示をして おけば、医師は、それを元にモルヒネなどの加減で、延命をしない判断も出来る。 現在、日本人の二人に一人がガンになり、三人に一人がガンで死んでいく。 何らかのカタチで、余命を言い渡されるか、自分で悟ることになる。その時から 死ぬまでの数ヶ月間は、生存への渇望と肉体と精神の苦痛の中で、独り悶絶する。 生きることは大変だが、死ぬのも大仕事である。 父も最期の最期は、モルヒネ を大量に投与をして亡くなっていった。「苦しみを最小にするに、それはそれで 良い」と著者もいう。ある映画の一場面に、ガンになって入院してきた男に、 古手のガン患者が、こっそり、のた打ち回る患者を数人掛りで押さえ縛りつけて いる現場に案内、隠れ見る場面があった。義兄のガン末期の似たような場面を 聞いた。父が亡くなる数日前、病院の一室で、頭を掻き毟っている姿もみた。 三人に一人は、このような状態で亡くなっていくのが現実。元気なうち、出来る うちにすべきことを成すべき。アル中や薬中には、モルヒネは普通の人の数分の 一しか効かない。 酒の絶対量を飲んできた私も、その報いが出る可能性が高い。 「プチッ!」とは、どうも逝けそうもない。モルヒネで恍惚状態も悪くないが。 高校の同級会のメンバーと、中学の男の同級生の四分の一が既に亡くなった。 生きている限り「他人は先、我は後」だが。
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