堀井On-Line



5826,閑話小題 〜しまった! ー現実に溺れてしまいー 13

2017年02月26日(日)

   * 現実に溺れすぎて恋をしたことがない老人
『ちょっと、あの老人って、現実に溺れて一度も恋をしたことがなんだってさ』
 出所は忘れたが、いやに印象に残っている言葉。夢のカルフォルニア」の
思い込みと、それが女性に向かう恋愛感情は似ている。それは端的な偏見? 
異性に対し、すり込んだ儚い想い。 〜いま思いつく『恋』の定義は〜
【性欲が対象を美化、昇華し、愛まで熟す前の心の状態。恋のまま終わることが
 望ましい。ついてモノは皆な同じ。愛とは、破れた幻想でも耐え容認すること】
恋から愛に、そして行く先は憎しみに?ったく人間は! 現実に溺れてしまうと、
幻想の心根を持ち続ける余裕がなくなる。「青年時代、若気の至りの大失態の
経験が無いほどの失敗はない」と、今東光の名言?がある。分からないでもない…  
若者に志が必要。「棒ほど願って針ほど叶う」。恋も対象に想いを抱いた幻想。
醒めてしまえば、『はい、それまでよ』としても、現実に溺れ、その機会を失い、
老いてから後悔するのも? 「後悔、後に立たず…」 ?チンモク。現実という
奴は如何に残酷か。現実に溺れ流されて行きつく先は何とも儚い漆黒の中。
せめて、若い女性に理想を見いだす恋心も、道しるべとして必要。 
<面白きなき世を面白く>で、手っとり早いのが恋愛ごっこ?「出来ちゃった婚」
の結果、3組に1組が離婚をし、その半数以上が貧困母子家庭になる現実。としても、
現実に溺れてながらでも恋をすべし!が、結論。丁度よく文脈が以下に連なる…

・・・・・・
5460,遊びをせんと 〜�◆〕靴咾鯏�学する 
2016年02月26日(金)
   * 「YOUは何しに地球に来たの」
TV番組に「YOUは何しに日本に. Why did you come 」(東京放送)がある。
  〜ネットで、この番組を検索すると、
【 前代未聞の空港アポなしインタビュー。一寸先は全く読めない新感覚
ドキュメントバラエティ!日本を訪れる外国人の目的は?観光?仕事?留学? 
 …そこで我々は外国人たちの日本への玄関口、空港で勝手にお出迎えして
直撃取材を敢行。前代未聞の空港アポなしインタビューをやりまくりました。
するとそこは…面白外国人の宝庫。一寸先は全く読めない新感覚ドキュメント
バラエティ! 】とあった。人生も考えてみれば、80年のツアーである。
 これを「YOUは何しに、人間に」に転換した問いには、一般的には、
『働いて金儲けするためやってきた』とは、答えない。その多くは
『面白いことをして、美しい絶景をみて、美味しい料理を食べ、色いろな人と
出会い、可能の限り楽しみたい』と、答えるだろう。それに人生を重ね合わると、
答えは自ずと出てくる。何で難しそうなことを!というが、大部分の人は、
漫然として、それが分からない。それぞれが目先の目的は持っているが、
「私たちは地球に何しに来ているのか?」と訊ねても、分かっていない。
 宇宙サイズからみたら、私たちは短期間で地球観光に、そう、輝く『光』を
見るためにやってきた。決して闇を見に来たのではない。世間原理主義者は、
何故か光より、自分を含めた身辺の闇に目がいき、光を見ようとしない。
とはいえ背景の闇も必要条件で、深ければ深いほど、光は輝く。
 井戸の蛙、井戸の外の世界を見れないが、満天の星空を見ることができる。
この蛙に、「YOUは何しに地球にきたの?」と問われたら、  (*´д`*)ハァ
「宇宙より、井戸の外の世界をいっぱい見てみたい」と、思うだろう。
そこには、蛇も、鳥もいて危険だらけでも、世界を知る価値は十分ある。
 ところで、私は「何しに人間として地球に来たの?」と、問われれば、
〔危険を乗越えて、地球上の大自然と、文化・文明、人間を可能な限り知り、
それに感動(同化)し、空(無)への機中、ああ良かったと思えるために来た〕
が答えになる。 捨身にならなければ、そう簡単に世界は広がらない。捨身に
なれなかった自分が、ここにいる。面白く、悲しい、極上で極悪の世界がある。
人生は、生まれて死ぬまでの綱渡りである。 
  後記) 偶然だが、以下にちょうど良く続く。この偶然は何? 
 私たちは、遊ぶためにやってきて、遊び疲れて、帰りの機中から、ちぎれる
ほど手を振って、「さらば」をしたいもの。それには、まだ、遊び足りない? 
いや、もう充分か? 忘れてならないのは、遊ぶだけ、学び、働くことだが。
 いずれにしても、機中で泣きながら帰っていくのが人生。 (╥_╥); ゥヮ

・・・・・・
5096,遊ぶこと ー人間であること −��
2015年02月26日(木)
         〜「人間であること」時実利彦著
 ある本に、44年前に読んだ『人間であること』が紹介されていた。早速、
倉庫内の書棚で探し出し目を通しているが、当時、読書録をつけてなかったため、
印象に残ったページの折り目と、傍線の箇所と、少しの書込みしか、当時の記憶
はなかった。要約をノートに記録しておく必要性に気づかなかったのが青年期の
最大のミスで。そこで14年前から、随想日記で、公開し記録として残すこと
にし現在に至っている。 それ以前の20年間、2ヶ月に一度、社内報に
『事業百訓』として書いたのがあるが。『人間であること』を改め読み直すと、
考えさせられる内容。44年の経験が、その意味を理解する裏づけになったため
である。 当時、こんな格調の高い?本を読んでいたと我ながら感心するが、
真に理解していたかというと、疑問である。 ここではページ順でなく、
印象に残っている部分からランダムに選んでみる。まずはー遊ぶことーより。
  * 遊ぶこと ーA
   〜まずは、要約から〜
≪ オランダの分明史家のホイジンガーは、私たちの人間のあらゆる文明は
 遊びから始まったみてとり、‘ホモ・ルーデンス’(遊ぶ人)という書物を
書いている。彼の論旨には全面的に賛成できないとしても、「人間のある姿」と
一つの側面を捉えている。赤ん坊は赤ん坊なりに、子供は子供なりに、大人は
大人なりに、遊びを楽しんでいる。遊びは、動物も遊んでいる。日本猿の子供も
よく遊ぶが、7〜8歳でピタリと遊びを止める。しかし、人間だけは、遊びを
止めない。この答えは、脳の本質を、その仕組みに即すると出てくる。
 遊びを四つの異なる精神によって演出されている。
四つの遊びにはそれぞれ異質で、その存在意義がある。
・第一の遊びは模倣するという心にかきたてられた行動である。動物の脳は、
生まれた時、殆ど成熟しているが、未成熟な部分が模倣行動(遊び)で成熟、
発達する。よく遊ぶ動物はサルであるが、大人になると遊ばなくなる。
 しかし人間は大人になっても遊ぶ。それは人間だけが遊びを必要とする前頭
連合野を発達させているからである。私たち人間は、第二、第三、第四、と
 あの手この手で遊びをやている。・・・ つづく  ≫
▼ 第一は模倣、第二は憂さ晴らし、第三は勝負ごと、第四は創造である。
 それらは次回になるが、私の母が、『仕事も、勉強も、何事も、遊びに
なるまで打ち込むこと』と教えてくれたが、第二、第三は、馬鹿でも出来るが、
問題は第四。これは人間だけが出来る遊びという。この随想日記も、
14年の時間の結果、遊びになっている。     〜つづく 
・・・・・・
4731,閑話小題 ー結婚生活は、忍耐、努力、諦め!
2014年02月26日(水)
  * 結婚生活は、忍耐、努力、諦め!
 朝日新聞の土曜版に、美輪明宏の人生相談‘悩みのるつぼ’があるが、
これが面白い!先週は、結婚歴33年の57歳男性の「妻に振り回されて
いるのですが・・」の相談。
《・質問 <私はマイペースの行動して個人の時間を大事にしているが、
 妻は何時も他人のことを気にし、何か不安があると、口にし、私に共感を
 求めます。総合的に私は、その妻に振り回されています。> に対して、
・答は <いい歳をして何もわかってない。男女は精神的にも、生理的にも
 違っていて考え方が根本的に違うもの。結婚生活とは、忍耐、努力、諦め
 以外のなにものでもない。これが、その正体であり、本質。現在、日本の
 若者たちの間で「シェアハウス」が流行している。言わば共同下宿で、
 一人で生活するのが経済的、精神的に難しかったりする若者が暮らす。
 他人を必要としない時には、離れた部屋にいて、人の息づかいを感じたい時
 には、共有スペースに出ていって話をしたりする。結婚とは、そういうもの
 では? 還暦過ぎて、家に一緒にいるケースが多くなると、この姿勢が
 必要になる。妻を亡くしたことをシュミレーションしてみて、そのプラス
 マイナスを考えれば、自ずと答えが出るはず。妻のマイナスだけを見ずに、
 プラスもを考えて、感謝をしてみれば!> 》と、ギレがよい。
  家に入って3年近くになるが、互いに我が強いため大変だが。その間に、
 40年以上の結婚生活で至った結論が、上記の「シェアハウスと思えばよい!」 
 この三年間では、互いの居間の滞在時間を半々にすること。私がいる時間帯は、
 家内は食事の支度など家事をして、私が書斎で読書とパソコンや、寝室で
 ドラマなどを見る時間帯は、家内が居間と、棲み分けている。 
 就寝時間も私が20時過ぎ、家内が0時。起床時間は私が冬場4時半、
 夏場が4時。家内は7時過ぎ。結婚以来だが、互いに自分のスケジュールを
 淡々とこなすが、2〜3ヶ月に一度は恒例の喧嘩になるが、数日で元に戻る。
 そこに自然と「忍耐、努力、諦め」が滲み出る。色いろ見てきて「独り暮しの
 厳しさ」が分かるため、まず我慢、忍耐!だから、互いに違ったライフワーク
 と、共通の趣味が必要。定年期を向えた日本中の団塊世代が、家庭内では、
 忍耐、努力、諦めの鍛錬の諍いが生じている。私のように、立場が180度も
 逆転した者にとっては、この実感が強い!         
・・・・
4364, 嘘と真実 −3  
2013年02月26日(火)            
    ー『「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲著』よりー
 嘘といえば、超能力と霊媒である。少しは本物もあるのだろが、99%は
タネがある。所詮は、思い込みでしかない。世の中の現象、嘘と真実が丁度よい
塩梅で混合している。営業活動は9割方は、これを知り尽くしたもの。絶対量と
質を持ったものが、知らないものへ都合良く誘導する。政治など、まさにこれ。
  * サイキックマフィア
≪ 50年前の1961年の頃、世界心霊主義者協会の理事で、世界で最も
 金を取る霊媒師の一人だったラマー・キーンは、全米各地で交霊会を催し、
神秘体験を求める人たちの前で霊視能力や念動作用、心霊療法などさまざまな
奇跡を演じてみせる。スター霊媒ともなれば湯水のごとくカネが流れ込み、
王侯貴族のような豪邸に暮し、美女をはべらせ最高級のレストランで食事をし、
一流のナイトクラブで札束をばら撒く夢のような生活が待っている。
彼がほかの霊媒とちがっていたのは、虚飾の生活に倦んで正直な生活に戻ろう
と思い直したことだ。彼は『サイキックマフィア』(太田出版)という本を書き、
‘幽霊ビジネス’のカラクリを暴露した。交霊会では、さまざまな"奇跡"が
演じられる。物体移動の実演も、そのひとつで、こんな感じだ。
会場から指名され壇上に上げられた男に、霊媒が訊く。「免許証をなくされたん
じゃない」怪訴そうな顔で、男は反論する。「そんなはずはないよ。免許証は
いつも財布に入れていたんだ」 「だったら、確認されたらどうですか?」
男が財布を開けると免許証はどこにもない。「お捜し物はこれですか?」
霊媒は、胸ポケットから男の免許証を取り出してみせる。もう少し手の込んだ
ものがある。交霊会で、年配の女性に霊媒が尋ねる。「最近、大切なものを
無くされたのではないですか?」そして、それを出してみせる。何ということは
ない。スリを雇って予め抜き取っていた。交霊会前に、広告などで参加者を募る。
霊媒は、その中から適当な人を選んで、人を雇って花を届けさせ、家の中の様子
をうかがい、情報を取る。そして、あたかも霊感があたったように、
その詳細を全員の前でいう。 ≫
▼ 要は事前に情報をとっていて、手品のように効果的に使えばよいだけ。
 どんな社会にも、神秘体験に惹かれる人たちがいて、‘本物の神秘体験’
を求めてオカルト世界を放浪する。そんな彼らのために、‘超能力’を演じ、
効率的に搾取する仕掛けができている。そしてサイキックマフィアが、
そういう連中の情報を互いに流している。キーンが、活躍したのは1960年代。
あれから半世紀が過ぎ、科学は進歩してが、そのテクニックは更に進歩した。
手品師が、こぞって霊媒師に変身していった。
・・・・・・
3989, カーネーション
2012年02月26日(日)
 朝の連ドラ「カーネーション」、初めから見続けてきたが、なかなか面白い。
デザイナーのコシノ三姉妹の母親と実家の商家を題材にしたドラマ。初めの
触れ込みは、「NHKの朝ドラで、一番がらの悪いヒロイン役」だった。これを
見るにつけ、私が育った実家が思い出される。このドラマの数十倍の濃さと
激しいドラマがあった。父が亡くなった後の私の代も次々と問題が起きていた。 
商家の家族には、あらゆる問題が全て現れ出る。この連ドラには、ヒロインの
三姉妹の母親の業が、赤裸々に表現されている。和装店から洋装店への業種
の転換と、親娘の商売上などの葛藤などの実話が背景にあるため非常にリアル。
また主役のタレントも役に憑依したような熱演。ヒロインの思い込みの強さと、
目の前の障害に身体ごとぶつかっていく姿は、私の20歳、30歳の頃の姿を
見ているようである。あの赤裸々の柄の悪さ?は、時代の変化に対応するに
自然に出てくる姿。 時代は商売に関係なく先に動いていく。その変化対応に
捨て身で取り掛からないと難しい。その辺を、このドラマは上手に脚色。 
 実在のコシノ三姉妹の子供の頃からの取っ組み合いの喧嘩も、リアル。 
私が事業を始め気づいたことは、事業に家族や親戚を入れないのが鉄則。 
事業は極限の限界の連続。そこで相打ちになる。コシノ三姉妹は、そのことに
気づいていたようだ。三姉妹の母親の子育ては、殆ど祖母が担っていた。 
浮き役としてのオバアサンの役割が、そこにある。人類の進化にオバアサンの
存在の役割があったという説がある。経験の知恵伝達をオバアサンを通して、
子孫に教えを伝える役割である。その役割を、とぼけたオバアサン二代が、
巧妙に果たしている。 それぞれが主体的に生きてこそ人生ということか。 
いずれにしても同じことだが・・・
 ・・・・・・・
3624, 自己の探究 ー1
2011年02月26日(土)
 「 自己の探究 ―自己とつきあうということ 」和田 渡 (著)
   ーアマゾンの内容
 悩む人にも、悩まない人にも。偉大な思想家たちの思索をたどりながら、
他者や世界と繋がる自己発見への旅。モンテーニュら偉大な思想家たちの
思索を辿りながら、誰もがそこから逃れられない厄介な「自己」とのより
よい関係の構築を模索する。
ーー
哲学史から、世界との関係より、自分自身との関係を重視した思想家たち、
ソクラテス、モンテーニュ、パスカル、アミエルなど、を取り上げている。
「自己」の哲学的意味を知りたい人が、その思想家を見つけるための
「カタログ」でもある。どのページを開いて、4〜5行を読むと自己に
対する意味が自己完結しているように書いてあるのが良い。 
≪ 自己への問いは、いわば、われわれに課せられてくる問いなのである。
 日常に亀裂がはいり、自己の存在そのものがひとつの問題であることに
気づかされる時が、われわれに訪れるのである。ひとたびこの問題に遭遇
すると、自己は一種の棘となってわれわれを苦しめることにもなる。
----しかし、その歩みを通じて、自己がどのような存在であり、自己として
生きることがいかなることかが少しずつ見えてくるであろう。自己への旅は、
われわれが自己の多様な側面を解きあかしていく思考の経験であり、
自分との対話や反省の試みを介して自己を掘りさげていく経験である。 ≫
≪ 自己探究という冒険には、終わりがない。それというのも、自己は不断に
 変化することをやめないからであり、自己を探究する視線にも変化が伴うから。 
それゆえ、この冒険は、変化するものをめざす視線と、それ自身が変化する視線
とが交錯するなかでくりひろげられる絶え間ない自問自答の過程である。 
そこでは、見えていなかった側面が見えてくる、自分に疑いなく見えていたと
思っていた側面が疑わしくなる、自分の見方の狭さ、窮屈さが見えてくる、
もうひとつ先を読む見方が自分に求められてくる、というようにして自分を
軸にした思考がくりかえされる。この思考は・柔軟性を欠けば、こり固まって
偏狭な自閉的世界へと入り込んでしまうのかもしれない。 ≫
▼ 60歳を過ぎてから、自分では見えていたと思っていた側面が疑わしく
 なってきた。 老化とは偏狭な自閉的世界に入るプロセスでも。最近、
自分の中に以前から下町などで見た歪んだ顔の老人の姿が合せ鏡になってきた。 
自分の老いを見つめることも自己探究。


5825,閑話小題 〜しまった! ー夢のカルフォルニアー 12

2017年02月25日(土)



   * 夢のカルフォルニア 
 スポーツジムに通い始めて6年になるが、月に20日以上は通っている。
月会費が6000円のため、日割りにして1日につき300円でしかない。ゴルフも、
スポーツジム、スナックのボトルキープも、見通しの甘い人たちの存在がある。
この本を読みこむにつれ、過去の‘しまった!’が次々と思い出されてくる。
 金が有り余っていれば、それもありだが… 無いのに限って甘いのが常。
【 全米で最も住みたい州の夢のカルフォルニアに、年間220万人が引越して
 きて、150万人が出ていく。これが現実である。これは人生と同じで、遠く
から眺めるのと近くで見るのとは違って見える。例えば、医師や健康な人を
対象に、「三ヶ月の延命のための治療を受けますか」の質問に、「受ける」
と答えた人は僅か。ガン専門医で6%、化学療法士が0%、健康な人で10%。
それが、現に命の危険にさらされている人たちに尋ねると、42%が「化学療法」
を受けると、答えた。別の研究で、重病患者の58%までが、死が近づいてきたら、
たとえ一週間でも延命治療を受けるだろうと答えた。アメリカでは発行された
割引クーポンの4割が未使用で終わる。ギフト券も同様の結果になった。…】 
 ▼ その瞬間がくるまで、実態が理解できないのが人間。
 「その時は、その時」と、煙草を喫い続けた肺ガン患者が、その典型。
カルフォルニアで、良かった思っている人も多いだろう。とにかく、脱皮が
出来たのだから! しない後悔より、した失敗の方が、プラスの方が多い?
「若いうちの失敗は買ってでもしろ」というが。夢のカルフォルニアでも、
ハワイでも、一度は住んでみればよい。何処も変わりばえはしないことが、
分かるだけでも充分。その経験が無いと…  あとは次回。

・・・・・・
5459,閑話小題 〜文枝のギャグ
2016年02月25日(木)
  * 文枝のギャク
 桂文枝の愛人問題、落語家の有名人なら今さらの話。奥さんにシゴカレて弱気
になっただけ、で、何時の間にか消えゆく艶話の一つ。女は強(したたか)か。
「たけし」なら、ニュースにならない。それが自然だからだ。「謝罪するから、
責められる」だけの話。 降番覚悟に『新婚さん、こめんなさい〜!』と、駄洒落
をかましておけばいいのに。『独居老人になってしまう?』が、既にギャグ。
  * 物忘れが・・
 最近、買ったばかりの眼鏡が行方不明。相手は眼鏡だけに、探すのが大変。
年寄の行為の過半数以上が物忘れの探しものか、そのフォローと聞いていたが、
自分が当事者になるとは。 65歳を過ぎ、一線から退いた時から、それまでの
緊張感が一挙に激滅したが、その時期から、物忘れが始まった。本格的に老いる
のは、これからだから、怖ろしい限り。週に5日、スポーツジムで2時間の運動と、
4〜5時間の読書とパソコンをし、ドラマ、映画を、数本見たりしていて、これ
だから無趣味だったら、どうだろう。 他人の噂話で、溜まった毒を吐くしか
ないのか。その自身の毒で死ぬより、死ぬべき時に早々、逝ったほうが良い?
  * スポーツジム、1100回
 昨日、スポーツジムのフロントでチェックインした時、
『今回で1100回になります。』と言われた。500回の時と同様、指定日以外の
日祭日の一日無料券をもらったが、何で1000回でなく1100回? あと45日で
まる5年とすると、年間平均220日あまりになる。 週五日制で、盆暮、祭日
などの休館と、旅行などでの休暇を差引くと、こんなもの。当初の冷ややかな?
視線に、ヌシになれば平然としていられる。体調が改善していく手応えがある
のが良い。それと雰囲気が明るく健康的で良い。インストラクターの掛声の
もと、ポップスをバックに、一同で踊るような動作をすると、何故か心が弾む。
ある意味、現在の私にとっての社会の窓である。これで月6千円、一日あたり
300円は格安である。満足度は90点。
  * 歯医者通い   (昨日のバードウォッチに掲載分)
 一年ぶりに歯医者通い。今回は週一の割合で5回で終了。歯垢をとって、
歯茎の治療。毎日、歯の間を歯間ブラシで磨いてくださいというが、これが
どうも・・ で、隔月に通うことにした。 時間帯もあるのだろうが、最近、
お客の数が少ないようだ。 家内も、??科の医院に通っているが、近くに
新しい医院が出来たところ、それまで満員だった患者が激減したという。
年金生活者なら、医療費は大きな負担になる。
・・・・・・
5095,悪夢の21世紀 ー3
2015年02月25日(水)
   * 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜��  佐伯啓思著
(7・A)
≪ 端的に言えば、近代文明はヨーロッパという独自の「文化」の中で
成育し発展してきた。それが完成すると、普遍的な<文明> として世界化。
しかし、この文明化は、その< 文明> を生み出す「文化」のエネルギーを
枯渇させる。たとえば、ヨーロッパがキリスト教の神学的教養との闘争を経て
生み出した近代科学は20世紀に入ると実証科学としていかにも形式化された。
主権国家や国民国家も、ローマ教会とのプロセスで世俗的権力の自立を目指す
ヨーロッパの歴史から出てきたが、20Cに入ると、アジア、アラブ、アフリカ
など、あらゆる地域が国民国家へと編成された。中東など、地図を広げれば
分かるが、砂漠の真中に見事に一本の直線で、人工的に国民国家が作り出された
ことが分かる。民主主義も、王権との闘争の中から、古代ギリシャやローマを
参照しながら作り出された。だから、ヨーロッパでは民主主義への警戒感も
強かったが、20Cに入ると民主主義こそは理想的で普遍的な政治体制となった。
アメリカのウイルソン大統領は、第一次大戦への参戦にあたり、アメリカは
「世界の民主主義を守る」と言った。ヨーロッパが生み出した近代は普遍化され、
世界化され、普遍文明とみなされ、これを代表するのはアメリカであった。
2 0Cになるとアメリカは急に移民国家の様相を呈した。ロシア革命を逃れて
ロシアや東欧から流れ込み、ナチズムを逃れてユダヤ人が流れ込み、職を求めて
アジア人が流れ込んだ。→ アメリカは多様な民族や人種からなる「世界の縮図」
となり、アメリカこそは、「世界的な普遍文明」を代表することになった。
アメリカこそが、「民主主義」を代表するだけでなく、それを「世界化する使命」
を帯びるようになった。かくして、実証主義、科学技術、市場経済、民主主義、
自由な個人、基本的人権といった観念は、『グローバル・スタンダード』と
見なされていった。これが近代主義というもの。 アメリカなる国が、この
近代主義を理想としグローバル化を推し進めた。特に20世紀の二つの戦争後、
アメリカ的な近代文明が世界へと拡散する時代。それが一気に爆発するのが
1990年代以降、ソ連社会が崩壊し、冷戦が収束してからだった。
▼ イスラム国が、欧米がつくり上げたアラブ国家の枠組みを否定し、
 マホメットがイスラム経をつくった原点に立ち返り、新たなイスラム国家を
つくろうという理念は、発生して然るべきだが、、奴隷制度の復活とか、首切り
処刑や、その写真公開は容認できようはずがない。欧米が、近代になって
各地域の部族の首長を巻きこみ、勝手に線を引いて都合の良い国家をつくって、
そのまま現在に至っている厳然たる事実がある。9・11テロも、アメリカが
国家的陰謀で、テロを見逃していたという説もある。そして、アフガンと、
イラクの利権を狙った?とか。世界の隅々まで高性能の情報機器が普及し、
ネット社会が覆ってしまったことが、ニヒリズムに落ち込む結果となった。
偶然だが、以下の文章につながる! 
・・・・・・
4730,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー4
2014年02月25日(火)
 * 口ーマ帝国の繁栄と共通する国際巨大資本 〜�   
       ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著
 少しテーマと違う内容だが、国際巨大資本が、ますます肥大化をしている
反面、その恩恵を受けてきた新興国も変調の兆しが出てきた。巨大資本と
ローマ帝国の繁栄と衰退を類推して、その将来を見通すと・・ーその辺りからー
《 ローマ帝国が衰退した第一義的な原因は、ゲルマン人の侵攻とされています。
 しかし、その背景をより深く洞察すれば、�ゲルマン人に国を取り囲まれて、
新たな領土の獲得が困難となったこと、�その結果、戦争奴隷を獲得できなくなり、
ローマ帝国の経済基盤であった農業が衰退したことーのふたつが、実質的な衰退
の原因となったことがわかります。欧州から小アジア、北アフリカまでを制覇した
巨大帝国は、ゲルマン人の武力ではなく、自らの経済力の弱体化によって歴史から
姿を消したのです。 この構図は、現代の国際巨大資本が、新興国や途上国で
資本主義の領上を拡大している姿と似ています。欧米の巨大資本は、労働力の
安い新興国や途上国に工場を設け、安価な製品を先進国に送り出すことによって
巨額の利益を上げてきました。
 ローマ帝国が領土を拡大できなくなってから衰退したのと同じように、
労働力が安価な国を追い求めるフロンティア開拓式の資本主義は、いずれ限界に
ぶつかります。実際に中国では、急激な経済成長によって沿岸部では人件費が
高騰しており、価格を武器に輸出を拡大することが難しくなりつつあります。
 また、「リーマンショック」による世界不況で、欧米の消費は冷え込み、
先進国への輸出によって高成長を実現してきた新興国や途上国は、かつての
高成長を保てなくなってきました。これらの国々に工場を建設して製品を輸出
していた欧米の巨大資本も、同様に成長を保つに四苦八苦しています。
農産物の生産が立ち行かなくなって崩壊に追い込まれたローマ帝国と同じように、
国際巨大資本も"国際分業体制"というビジネスモデルの限界にあと10年か20年で
到達しようとしている。時代や場所が違っても、同じ状況と条件がそろえば
歴史は繰り返すのである。・・・ 》
▼ 世界はアメリカによって実質支配されており、グローバル化などは、
 アメリカ規格の基準の順守を前提としている。情報化によるネット世界も、
その大元はアメリカが握っており、おお方がコントロールされている。
近代化=西欧化だが、それが果たして幸福を意味するか?というと、どうも
おぼつかない。金=神では、幸せになれる訳がない。 私自身を振り返ると、
一日の三分の一以上は、テレビかパソコン生活。確かに面白く、便利だが、
少し不自然。スポーツジムや、電動アシスト自転車にしても、これまで無かった
マシーンを使った文明のリキ。せっかくだから、使わない手はないが、
それに比例して幸せになったかというと疑問である。しかし、私自身、
毎日が面白く、楽しく、時間が足りないほどで、一日がアッという間に
過ぎ去るのも確かで、近代化の恩恵を充分に受けている。 
 幸不幸は、近代化が云々の問題ではなく、生き方の姿勢の問題である。 
現代のローマ劇場が情報機器ということか。
・・・・
4363, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー7
2013年02月25日(月)
    「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
 * 情景描写の効果 ー鱒寿司の話
 伝える効果の「人プラス物」の他に情景がある。その中でとりわけ生活情景の
ワンシーンは抜群。その幾つかが紹介されているが、むしろ私の子供時代の
思い出になっている「鱒寿司の話」を書いてみた。
≪ 子供の頃、父が店の仕入れの御土産に、北陸まわりの車内販売で、鱒寿司を
 買ってきてくれた。笹の葉に包まれた鱒寿司は、当時の家族にとって最上の
食べ物だった。それを家族が集まり八等分の一切れが分配される。
その大きさが微妙に違っているのを固唾をのんでみているが、末っ子のため、
最後の一切れが私に配られる。それに醤油を一タリつけて食べると、それが
美味いのである。ケーキを切って食べるのと似ている。それから何年後に、
義兄が、車内で思いついて土産に買ってきた。その時の話が印象に残っている。
隣席の人が、車内販売の鱒寿司を幾つか買う義兄に連られて買い求めて、早速、
食べた。ところが期待したほど美味いと思わなかったのか、不思議そうに、
「それほど美味くないが、どうして、こんなに買うのですか?」と尋ねたので、
義兄は、「これは家族が集まり、幾つか切った一切れを団欒しながら食べるから
美味しいので、一人で列車内で食べるものでないですよ!」と教えたところ、
その人も納得していたという。≫
▼ これを書いていて、鱒寿司を兄姉と分かちあって食べた当時の情景が、
 鮮明に思い出てくるから不思議。 ウィキペデアによると、
【鱒寿司は、富山県の郷土料理。駅弁としても知られ、鱒(サクラマス)を
用いて発酵させずに酢で味付けした押し寿司の一種。】とある。今では、
スーパーなどで催事で時々、見かけるが買う気になれない。小学校の5年から
高校を卒業するまで、長岡駅裏に8年住んでいた。そのため、そこの生活が、
いやに懐かしい。母親が極度の「うつ病」になり、心筋梗塞を誘発し、あわや
死にそうになったり、近隣の遊び友達と遊んだり、十姉妹や文鳥、カナリヤを
飼ったり・・ あの受験勉強さえなければ、良いことずくめ。 
読書を薦めてくれる人はいなかった。
・・・・・
3988, 閑話小題 
2012年02月25日(土)
 * アマゾンの「なか見!」が良い
ネットの立ち読みとして最近、アマゾンのサイトの「なか見!」
を覗いているが、これで本一冊の半分以上の情報を得ることが可能。
その上に類似本が自動的に紹介されるので次々とチラ読みができる。
さらに、読者からの感想投稿文の要約が幾つかある。iPadで月々450円を
払うと多くの週刊誌や月刊誌を立ち読みでき、毎日の楽しみの一つである。 
その何冊かはバックナンバーをダウンロードすることが出来る。
バックナンバーでも、コラムとか、趣味のコーナーに面白いのが多くある。
去年の春にリタイアーし、気持ちに余裕ができ、腰を据えてネットや書籍を
読む環境が出来たのと、40数年の縛りから外れたのが大きい。
アマゾンのチラミの「なか見!」も、慣れてくると濃厚な読書タイムになる。 
あらためて「本はすごい!」「ネットはすごい!」と、実感する。
本屋の立ち読みをネットで可能になるのである。図書館と、近くのSCにある
蔦屋の書籍コーナーと、アマゾン内の書籍検索が、現在の私の情報収集の
ネットになっている。 ネット上に、まだ知らない有効なサイトが溢れて
いるのだろうが、私のレベルでしか、有っても、理解できないことも確か。
その人の経験と知識の範囲でしか、物事は理解できない。
だから好奇心と実行力が必要になる。
  * 生涯単身者
 私の従兄弟と私の兄を含めた17人のうち、早死にした私の兄三人を
除いて14人が結婚している。兄三人は既婚年齢を超えないで亡くなったので、
全てが既婚といえる。しかし私の息子を含めた甥っ子が9人にうち未婚が4人。
これから一人が結婚しても、三分一が生涯未婚の可能性がある。50歳まで
未婚の人の割合を「生涯未婚率」というが、1985年までは1〜3%で推移
していたのが、5年後の1990年に二倍の5・6%、2005年には16%で
6人に一人の割合に、現在30歳が50歳になる2030年には男30%が、
女22%と予測されている。今までの家族単位に重きを置く社会通念が、個人
単位になり、生活もコンビやスーパーで調理品や日用品を手軽に買うことが
出きる。目先、結婚する必要性がないのも大きな要因になっている。
ペットの犬は、子犬から飼わないと飼い主とはシックリいかない。
人間も同じで、適齢期を超えた者同士は、丁度良い相手と出会う確率は
歳を重ねるごとに低くなる。 30歳前後の男女と、40歳を超えた
男女とは、相性が年々悪くなっていく。
 ・・・・・・
3623, 日本人発明の食べ物
2011年02月25日(金)
 カレーはインドのものだが、ライスの上に乗せてカレーライスたるものを
作ったのが日本人である。日本人は西欧の香りのするカレーを、ハイカラ、肉食、
手軽というカレーライスに仕上げた。明治の頃に明治政府が肉食を勧めるために
天皇が肉を食べてみせた。そして仮名垣魯文がカレーレシピを作ったのが始まり。
カレーといえば新宿の中村屋の純印度式カリーは有名で、香りが何ともいえない。
これは、東京帝大前のパン屋のハイカラ文化の経由。そして、極めつけが、
インスタントカレールー。 これで誰もが手軽に夕飯にカレーをつくれる
ようになった。これは、同じ頃に「すき焼き」が日本特有のものとして大衆に
浸透していった。 更に、『きむらや』は明治七年に銀座に進出し、やがてパンに
アンを入れたものを売り出したのが始まり。これもカレー、すき焼きと共に
日本文化の一つになっている。これは饅頭の皮をパンに思いついたのだろう。
 そして戦後になって、『チキンラーメン』と『カップラーメン』である。
日本というより世界屈指の発明である。これは日清食品の、創業者の安藤百福が
つくりあげたもので、今や年間一千億食も食べられている。世界の一人当たり、
15食以上も食べられていることになる。 宇宙食として、災害や紛争の救援食
として、世界中の津々浦々まで浸透している。最近では、回転寿司である。
酢飯と魚が丁度、健康ブームとあいまって、爆発的に進出をしている。
古来からあるもの食文化を、外来のものとアレンジをして新たに日本人好みに
変えてしまったもの。最近は米粉を材料としたパンや麺なるものが出てきている。
 ところで、話しは違うが、日本の夜の世界のクラブ。着飾った女性が客に
サービス(踊ったり、歌ったり、話し相手になったり)する業種は日本だけ。
外国は、何?の前段階の品定めならあるが、ただ、接客や、雰囲気を楽しむのは
日本だけ。これは昔からある芸者遊びを現代版にしてものだが、何か、
上記の日本特有の食べ物と、進化過程が似ている。


5824,閑話小題 〜金正男の暗殺劇、何か変?

2017年02月24日(金)

   * 金正男の暗殺劇、何かチグハグしてない?
 〜この事件が起った直後に、以下の疑問を書いたが没にした文章〜
【 もし北朝鮮ではなく某国?の陰謀とした仮説をたてたら如何だろう。
 尤もらしく見せるため、中国以外のマレーシアの飛行場で第三国の女を
使った暗殺劇。あの無防備な男を、北朝鮮が稚拙な手段で公然とやる?
毎日のようにシリーズの刑事ものドラマや、スパイ映画を見ているためか? 
何か釈然としない。 5年前からの計画?と、事実のように流されているが、
某国の陰謀としたら、ドン様、怒り心頭で何をしでかすか? その辺りが
狙いなら、TVで毎日のようにみているスパイ映画並みのシナリオ。
近く大規模の米韓合同訓練の予定がある… 「某国」とは、韓国、中国、
米国、ロシアの何処か?を考えみれば、これ程、陰湿で効果的ストーリーは
ない。ロシアが物語として一番、陰湿で面白いが。 現地のマフィアへの
暗殺の丸投げの仮説は、さもありなんと思われるが… マフィアも蔭の存在、
これほど危険な仕事は請負うことはない。ということは、北が、このレベル
が精一杯だったということ? 】
――
▼ あと解釈すると、ドン様と4人の取巻きの女たちのインテリジェンスなら、
 これが精一杯?ならば、こんなもの? 危ない状況が刻々と近づいている
ため冷静になれないためか。中国も親指人形と割切ったとしても、見逃すこと
が出来ない事態まできている。最大の誤算は監視カメラが、ことの顛末を録画
されていたこと。それが世界に向けて公開されたのだから、関係者は粛清されて
然るべき。カーター元米国大統領が、原子爆弾阻止のための朝鮮戦争を、阻止
したのが良かったか悪かったのか。あの肥満は5年辺りが寿命としても、ちょと
長すぎる。今のところ、北朝鮮の瀬戸際戦略の一環とするシナリオが一番、納得。
<韓国の98%が、「韓国人である」ことに恥ずかしく思い、70%の人間が海外に
 脱出したい!再び韓国に生まれたいと願うのは30%。> 
日本人が自国に対し考えられない数字だが、隣国が、この有様を考えると、
さも有りなん。日本も南北に分断されかけたが、日本贔屓の蒋介石が身を挺し
阻止したという。アメリカ、北朝鮮、韓国、中国、アメリカ、ロシアを隣国に
する日本で、憲法改正、原爆保持は「絶対必要条件」と確信している。
 
・・・・・・
5458,遊びをせんと 〜遊びを哲学する ー��
2016年02月24日(水)
           〜『世界の哲学・思想』小須田健著 より
   * 遊びを哲学する
 楽しむといえば、「遊び」である。「遊び」に関しては、内なる評価は90点。
進学、進級するにつれ、遊びが一そう面白くなっていた。 実社会でも歳を
重ねるたびに、質量は上がっていた。その背後には、ストレスの解消もあった。
仕事も面白かったが、遊びも、数限りない蓄積がある。
『よく働き、よく学び、よく遊ぶ』 は、人としての目指す行動指標。
 充実の実感は、学びも、働きも、80点。その手ごたえが有難い。
仕事の面白かった経験より、辛い中での、遊びへのトリップの経験こそ、人生の
価値にとってプラスのことは、今さら言うまでもない。 〜その辺りから〜
≪ ・理性と感性による二つの衝動が人間にはある、ということです。
 この二つの、一方は不変へ、一方は変化へ動こうとする人間の中でいかに
調和させるか? そこで、シラーが気づいたのは「遊戯」と「遊び」でした。
彼は、人類の大いなる遊びを歴史に求めます。ギリシャのオリンピアの競技、
ローマの闘技、マドリッドの闘牛、パリの見世物、ヴェニスのゴンドラ競漕、
ウイーンの狩猟等々。そして、血を流さずに、人体の美をも競いあい、鑑賞
させるギリシャのオリンピアの競技の遊びこそ最上と思いました。それは美を
求める遊びなのですから。シラーは、そこで「美しいものは単なる生命でも、
単なる形態でもない。人間に対し、絶対的な形式性と絶対的実在性の二重の
ものを授けてくれる生き生きした形態、それが美である。しかも、動物が
巣をつくる遊びは、その美を得させてくれる」としている。・・・
・ホイジンガーは、目を人類全体の歴史に向けて『ホモ.ルーデンス』年刊を
 まとめました。・・・ そこで、
「ホモ・ルーデンス」とは、ラテン語の学名になぞらえた人間の性格付けで、
「ホモ.サピエンス」(知性人)や、「ホモ・ファーベル」(作る人間、工作人)に
対比させた言葉で、意味は「遊ぶ人間」です。すなわち、人間を遊びを知るもの、
遊びと切り離せないものとして定義付けようとしたのです。彼はそこで、
人間の遊びの歴史は、「ホモ.ファーファル」の歴史より古いことを実証し、
「人間は遊ぶ存在である」と定義したほどでした。遊びの歴史を探ることこそ、
人類の歴史、文化の歴史を探る直接の素材であり、その手掛かりでもあるのです。
また、ホイジンガーの言葉で言いますと、「遊びの面白さは、どん名分析も、
どんな解釈も受け付けない」ものでした。いったん遊びだしたら、面白くて
もうやめられない、その遊び心を歴史的に記述したのが、ホイジンガーの
「ホモ・ルーデンス」でした。ホイジンガーは、カナダのインディアンなど
各国の諸民族に伝わる儀式を伴う遊びを検証し、古代ギリシャのアゴン
(競技や、子供の遊びなども含めて考証しながら、改めて「遊び」をキーワード
に、数々のその特性を発見しました。
「遊びは文化より古い」
「遊びは本気なものではない、と言ってはならない」
「遊びは、われわれのまだ知らない秩序を創っている」
「遊びは、人やものを結びつけ、また解き放つ共同性をもつ」
「遊びは、人間がさまざまな廓象の中に認めて言い表わすことのできる
 性質のうち、最も高貴な二つの性質によって充たされている。
 リズムとハーモニーがそれである」
「遊びは、本気でそうしているのではないもの、日常生活の外にあると感じ
 られるものだが、それにもかかわらず、遊んでいる者を心の底まですっかり
 とらえてし塞うことも01麓な、一つの自由な活動である」
「遊びは本気で何ものかを求めての競争であるか、あるいは何かを表す表現
 であるかのうである」  ≫
▼ 晩年の両親の後姿から、遊びは、その時点時点で計画的に消化しなければ
 ならないと、学んでいた。あれだけ楽しめば、悔いも、何も残らないだろう。
仕事の合間に遊ぶより、遊びの合間に働く位で丁度良いのかもしれない。
もっと遊んでおけば良かったと思っても、もっと事業拡大をしておけばなど、
終盤にさしかかった現在、全く思わない。仕事を趣味にし、楽しんだ実感が
あって満足できれば、それも遊び。思え返せば、仕事も、遊びも、面白かった!
 TVの番組に「YOUは何しに日本へ. Why did you come 」(東京放送)
があるが、これを「YOUは何しに、地球へ」と、問われ、『働いて金儲けする
ためやってきた』とは、答えない。 ・・これは、長くなるので次回へ!
・・・・・・
5094,タガメ女の正体  ー��
2015年02月24日(火)
       ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著)
  * タガメ女度チェック
 カエル男に続いて、タガメ女度のチェック。
まあ、世の亭主、良いように飼い馴らされたもの。他人事ではないか!
  ☆ タガメ女度チェックシート
1.規則正しい生活を送っており、周囲から「ちゃんとしているね」と言われる
2.パートナーには「0時には帰る」という“カエルコール”を義務づける
3.相手が失敗をすると、「ほら、だから言ったでしょ」と言う 
4.いかに自分が日々の家事(仕事)を頑張っているかを周囲にアピール
5.習い事に夢中になっている
6.休日は友人と会ったり、イベントが目白押しだったりで忙しい
7.マンションの階層にこだわりをもっている(戸建ての場合は家の立地)
8.近所からどう見られるかにはかなり敏感だ
9.スマホではなくガラケー(ガラパゴス・ケータイの略。
日本国内では便利だが世界標準ではない)でドコモユーザーだ
10.住宅ローンを組み、「郊外のベッドタウン」で暮らしている
11.結婚願望は強かった(強い) 
12.まとまったお金は投資型の運用よりも郵貯や積立保険にまわす
13.アルバムが充実している
14.誕生目やクリスマスパーティなどのイベントを企画するのが好きだ
15.ディズニーランドが大好き
16.女子会では“意味のない会詰”を延々と続けられる
17.身近に独身のオタク男性などがいると不安になる
18.「主人は〜」(カレは〜、)というのが口癖だ
19.PTA活動(行事)では積極的に「役職」につき、懸命にこなす
20.働きながら子育てをする女性や独身女性とはあまり親しくしない
 ・0〜4:タガメ女度20%
 ・5〜10:タガメ女度50%
 ・11〜15:タガメ女度80%
 ・16〜20:タガメ女度100%
▼ 家内は問題なので、姉の一人を想定すると何と80%? 
 傍目でみても、それは大変? 専業主婦を持ったサラリーマンなら、
タガメ度80%は仕方がないか。婿取り娘なら100%?
「このオレに あったかいのは インコだけ」
「領土権 妻はリビング 俺仏間」というところか。
・・・・・・
4729,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー3
2014年02月24日(月)
 * クラインの壺と、パラノ型、スキゾ型人間 〜�   
          ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著
 自分の節目を書いているような? 男女の組み合わせも、このようなペア
が多い? 私が?パラノで、家内が? 「パラノ」と「スキゾ」について、
浅田氏は『逃走論』で、次のように解説しています。
《・「パラノ型というのは偏執型(パラノイァ)の略で、過去のすべてを微分
  統合化して背負いこみ、それにしがみついているようなのを言う。パラノ
  人間は《追いつき追いこせ》競走の熱心なランナーであり、一歩でも先に
  進もう、少しでも多く蓄積しようと、目を血走らせて頑張り続ける」
 (『逃走論』)、それを読んでわかるとおり、これは前項で説明した
 「脱コード化」(近代資本制)社会における典型的な人間の姿を言い表わす。
・それに対し、「スキゾ型というのは分裂症(スキゾフレニー)の略で、そのつど
  時点ゼロにおいて微分ー差異化しているようなのを言う。スキゾ人間は、
 「追いつき追いこせ競走に追いこまれたとしても、すぐにキョロキョロ
  あたりを見回して、とんでもない方向に走り去ってしまうだろう」
  要するに、お金を求めてクラインの壺をぐるぐる回り続けるパラノ人間
  に対し、その行為を全く拒絶して、自分の思うままに生きるのがスキゾ人間
  であるということです。浅田氏は『逃走論』のなかで、パラノ人間は成長
  社会においてのみ肯定されるという本質を見事に探り当てています。
  頑張れば、それなりに結果(地位、報酬など)が得られる社会だからこそ、
 《追いつき追いこせ》の運動が活発化するのであり、それを否定するスキゾ
  人間は社会から異常者としてつまはじきにされます。いわゆる「おちこぼれ」。
  しかし、高度成長期ならいざ知らず、このデフレの時代には、パラノ的
  価値観の方が、むしろ異常と捉えられる。》
   ーネットで、この説明を解りやすい例えの内容があったー
【 1980年代、浅田彰氏を中心に、人間はパラノ型とスキゾ型の二つがある、
  と説く。・パラノは偏執型(パラノイア)のことで、十億円もってる
  吝嗇家が、あと十万、あと五万、と血眼になってるみたいな。
 ・スキゾってのは、つねに《今》の状況を鋭敏に探りながら一瞬一瞬に
  すべてを賭けるギャンブラーなんかが、その典型だ。もっとも基本的な
  パラノ型の行動といえば、《住む》ってこと。一家をかまえ、そこを
  センターとしてテリトリーの拡大を図ると同時に、家財をうずたかく蓄積。
  妻を性的に独占し、産ませた子供の尻をたたいて、一家の発展をめざす。
  このゲームは途中でおりたら負け。《やめられない、とまらない》で、
  パラノ型になってしまう。これビョーキだが、近代文明はまさしくこうした
  パラノ・ドライヴによってここまで成長してきた。成長が続いている限りは、
  それなりに安定していられるが、事態が急変したりすると、パラノ型は弱い。
  砦にたてこもって奮戦したあげく玉砕になりかねない。ここで《住むヒト》
  にかわって登場するのが《逃げるヒト》。何かあったら逃げる。
  ふみとどまらず、とにかく逃げる。そのため身軽じゃないといけない。
  家というセンターをもたず、たえずボーダーに身をおく。家財をためたり、
  家長として妻子に君臨したりはしないから、そのつどありあわせのもので
  用を足し、子種も適当にバラまいておいてあとは運まかせ。
  頼れるのは、事態の変化をとらえるセンス、偶然に対する勘、それだけだ。】
▼ 家庭内をみれば、旦那がパラノ型で、妻がスキゾ型。定年前の男なら、定年
 までは、パラノ型で、その後は、スギゾ型。私自身は、50歳まではパラノ型で、
 それ以降は、スキゾ型に比重が移動。そして65歳からは、完全移行になった。 
 こう振り返ると、15年間の準備期間があったことになる。
 クラインの壺の渦中だと、自分自身が見えなくなっていた? 
・・・・・・
4362, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー4
2013年02月24日(日)           
 * 親しい友人は何もしてくれない理由   
        「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲 著
 生きてきて感じることに、「親しい友人は何もしてくれない」という厳然たる
事実がある。当たり前のことだが、友人に物事を頼ること自体が間違っている。 
が、全く違う理由がある。 ーその辺を著者は次にように述べている
≪ 親しい友人同士は、長い付き合いのうちに、頼りあった友人関係は責任が
 伴うため淘汰されることを経験上知っている。強い親しい友人は似たような
仕事か環境であるため、助け合うに不向きである。知人の方が弱い絆で責任も
伴わないし、違う分野の世界だけ広い世界を持っている。そのため貨幣世界の
人の方が割り切って紹介しやすい。 貨幣空間の成功者は、人と人を結ぶことに
喜びを見出している。優秀な人材を紹介することで人間関係の貸借対照表に
資産を加えることが出来ることを経験上、彼らは知っている。 紹介された方は
心理的負債は負うが、これは金銭と違って返済義務はない。世界中のすべての人
と6次以内でつながるスモールワールドの貨幣空間では、たくさんの弱い絆の
向こう側に大きな鉱脈が眠っている。グローバル時代のビジネスでは、その
‘真理’を本能的に知っている人が、成功を確実に手に入れることが出来る・・≫
▼ ビジネス社会をみると、有能の人は、人間関係の貸借対照表の資産が多い。
 私など人間関係論を専門にしてきた割に全くというほど資産も、負債もない。
独りの世界も良いが、それにしてもである。ビジネスの世界を離れれば、
その資産もアテにならない。そこでネットで検索すると
《 友情は、共感や信頼の情をもって互いを肯定し合う人間関係、もしくは
そういった感情のこと。友達同士の間に生まれる情愛のこと。しかし、それは
すべての友達にあるものではなく、自己犠牲ができるほどの友達関係の中に
存在する。》とあった。 基本は「人は人 我は我 されど親しく」である。
群れた老人ほど(若者もか)、不釣合いのものはない。最近、暴力団にかわって
「半グレ」が話題になっているが、自立できない半ガキの群れそのもの。
半子供だから群れるしかないのも分かる・・ やはり法律で締め上げるしかない。
何かしてもらう目的で、セッセと人と人を結びつけ、人間関係の資産を増やす
貨幣空間も、これまた面白いようだ。逆に、それとは全く違った資産勘定も
必要だが、歴史上の偉人とか小説上の人物でも親しい人は作ることができる。
・・・・・
3987, 宇宙論のコペルニクス以上の大転換 (宇宙は本当にひとつなのか)
2012年02月24日(金)
           宇宙は本当にひとつなのか ー1
  * 我々の宇宙は10の500乗分の1個でしかない!
2003年を境に宇宙論は、コペルニクス的大転換に匹敵するほど大きく変った。
コペルニクスが地球が宇宙の中心と思っていたところに、実は太陽が中心で、
その周りを地球が周っているに過ぎないと主張した以上の衝撃的進展という。 
それは、観測の結果から宇宙全体のエネルギーの内訳が明らかになった。
星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは宇宙全体の4・4%で、
目に見える星や銀河は、宇宙の中のほんの一部分でしかないものだった。 
ここで、残る96%は何か?というと23%が暗黒物質で、約73%が暗黒
エネルギー。それを合わせると、残りの96%になり、元素のエネルギーを
合わせると100%。しかし、その正体は殆ど分かってなかった。
つまり、宇宙の殆どが分かっていなかった。ところが、その暗黒物質が分かる
一歩手前まで来たのである。この暗黒物質の研究から出てきた考えが、宇宙は
もっと沢山、もしかしたら10の500乗個もあるかもしれないという宇宙多元論。
たくさんある宇宙の「たまたま」真空のエネルギーが十分小さかったものが
わずかあり、私たちの宇宙は、その一つだったという説。殆んど宇宙のことが
分かってなかった事実と、我々の宇宙は、気の遠くなるような多くの宇宙の一つ
でしかない裏ずけがで始めてきた。
 学生時代にビッグバンとブラックホールの理論を知ったときの新鮮な驚きを
今でも憶えている。その後の科学の飛躍的進展で、宇宙のことが格段に知られる
ようになった。その一つにブラックホールの先が違う宇宙への入り口ではないか
という説。それが2003年を境にコペルニクス的大転換以上に変わったという
のを最近、知ることになった。哲学が宇宙の外があるかどうかを論じているが、
科学は、宇宙はもっと多くあり、10の500乗もある可能性を論じている。 
科学が哲学を遥かに超えたことになる。 永遠の中の有限の存在を知った人間が、
その苦しみを緩和するためつくり上げた神も、多元宇宙論を知ると、所詮は、
そこまでということが分かる。 私にとっても、衝撃的大転換である。
137億年前のビッグバンで我々の(今度から、我々の、を付ける)宇宙が
出現し、その広がりには千から2千億の星からなる銀河が、100億もある。
そこには星の消滅の時に生じる空間の歪みが、ブラックホールになり、周辺の
星を吸い込んでいる。それは、どうも他の宇宙に通じる通路と思われる。
これが、私の知っていた宇宙である。それが、気の遠くなる数の多くの
宇宙の一つというと、根本が変わってくる。


5823,閑話小題 〜しまった! ーああ勘違いー 11

2017年02月23日(木)

   * ああ勘違い    <第6章「フレーミング〜ああ勘違い」>
・「日常の多くのもめ事は間違ったフレーミング(問題を捉える枠組み)が原因」
 解) 相互理解というが、人は相互理解など出来るのか? 自分の思いこみ
 (偏見)を貼り付けているだけで理解など出来ようがない。認識は、「主観が
 対象を従えるのであって、客観に主観が従うのではない」という道理。
 フレミングの共通化など、土台無理の話。烏合をフレーミングと勘違いした衆。
 楽で、寂しくなく、温もりがあるが… 
・「600人のうち200人‘助かる’選択肢が、400人‘死ぬ’選択肢より
  好まれる」‘助かる’方が、‘死ぬ’より、2倍の言葉のインパクトが強い。
 解) 言葉の持つ魔力。政治家が、言葉の持つ、効果を利用する。
・「結果が出るのが先であればギャンブルも辞さないが、すぐ出れば慎重になる」
 解)宝くじのキャンペーンは、長いほど、売れゆきが良くなることになる。
・「ローン案内に女性の写真を載せるだけで利率を5ポイント下げたのと同効果
  があった」 
 解)韓国では整形が普及しているというが、少しバランスをなおすだけで、
  売れゆきが増えるというのも、ドラマのヒロインが美形=正義のバイアスが
  強いため。考えてみれば不思議だが…
・「アンカー効果(問題に直面した人は答えを一定の数字に結びつける。
 「セット価格」や「一人何個まで」など)」 
――
▼フレーミング効果で、英国の研究者が行った実験。《食品店のワインの選択に、
 同じ値段の辛口のワインを並べて、フランスとドイツの音楽を隔日に流した。
その売れ行き結果が3〜4倍も流した国のワインが売れていた。当人たちは、その
影響に全く気付いてなかった》という。
 如何に人間はバイアスで捻じ曲がっているか、ということ。だから、バカンス
などで、日常から離れて、捻じれを自覚する必要がある。30年の新潟〜長岡間の
新幹線通勤が、地域間のバイアスの矯正をしていたようだ。20年間の年2回の
秘異境旅行も然り。で、地元バイアスを通すと大変な人!どっちが?、どっちも!
秀吉の辞世「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」
天国も地獄も現世にあり。 それもまた夢…とすると、刹那に味わうしかない。  
 勘違いのままの夢の中で良いのかも。所詮は、娑婆は娑婆!シャボン玉のよう。
                 
・・・・・・
5457,閑話小題 〜政治を哲学する
2016年02月23日(火)
           「世界の哲学思想」小須田健著」より
   * 政治に対して哲学ができることは?
 政治には、烏合の衆をまとめて理想の世界に導く役割がある。そのためには
哲学が背景になければならないが、目先の力学も必要になる。政(まつりごと)
を治めるのが、まず第一になる。ここで「政治とは様々な意見の対立がある
ことを前提とした上で、おたがいに共有できる土台を作れるかを目指す」と、
明示している。 高度成長期には、成長を。低成長期には、低成長の政策を
とるのが政治。哲学は、それらを鳥瞰した視点を持たなければならない。
だから哲学からは安易な答えは出してはならない。 ここで、政治についての
本質をズバリついている。 〜その辺りから〜
≪ プラトンたち古代哲学者が活躍した時代から現代にいたるまで、哲学の扱う
 問題はあきれるくらい変わっていません。もともと哲学とは、千年単位で思考
する営みであるため、一年や二年といった短期的な問題に答えていくのには、
あまり向いていないところがあります。つまり哲学とは、政治や社会や、急務な
課題に答えるものではないのです。
 では哲学が、政治や社会問題に対してまったく無力かといえばそうでもない。
哲学は、どんな問題に対しても安易に答えを出してしまう私たちを戒め、
自制を促す力をもっています。数学の問題のように、ただひとつの明確な答え
が領域が確かにあります。しかし、現代の、政治・社会問題には簡単に割り
切ることのできない問題が山積しています。また、どんな問題にも正解がある
はずだと考えることは、危険な一面も併せもちます。このような人は、正解だ
と思えるものを見出したとき、それを錦の御旗のように振りまわして、自分以外
のすべての立場を否定する態度にでかねないものです。確信をもって他人を批判
する人々は、もはやその自分の確信そのものが誤っているかもしれないという
可能性をすっかり失念してしまいます。ある時点で正解と思われたものが、
いつまでも正解であり続ける保証など、どこにもありません。ですから、
「もうこれは正解でなくなったのではないか」と、絶えず自己吟味をして、
自分対して批判的な目をもち続けることが大事なのではないでしょうか。
これはけっして日和見の勧めではありません。わかることはわかり、解決できる
ことは解決していくべきなのはいうまでもありません。「今の自分にはわから
ないことがありうる」という観点を保ち続けることが大切なのです。
 哲学は、けっして万能の解決策を教えてくれる学問ではありません。
むしろ、適切なかたちで問題を提起してくれるのです。適切なかたちで問題を
提起することができれば、そのときに解決もある程度見えていることでしょう。
なんにでもわかったような顔をするのではなく、わからないことはわからない
と素直に認める潔さもときには必要なのです。
 民主主義の基本は、自分と遅う意見の持ち主の存在を認めることにあります。
ですから野党が存在しない一党独裁の国には、どういいつくろってみても本来の
意味での自由はないので。政治とは様々な意見の対立があることを前提とした
上で、おたがいに共有できる土台を作れるかを目指すのです。フランスの哲学者
スポンヴィルの言葉を借りるなら、「みんな一緒でエゴイストになれる」道を
模索するのが政治です。哲学的思考は、常に他の答え(正解)も在り得るのだ
ということを認識させてくれるものなのです。・・・≫
▼ 世界はキリスト教とイスラム徒の原理主義戦争の様相を呈しているが、
 これは、中東と、欧米の風土の違いからくる宗教観の違いがある。砂漠では
家長が絶対的権力をもって、家族を導かなければならない。過酷な環境では、
民主主義や個人の自由の主張はマイナスになる。イスラム原理主義を強引に
推し進めようとするISが、猛威をふるっているが、これを欧米に持ち込もうと
しても、土台無理がある。とはいえ、欧米の世界支配で、中東などの世界から
資源を奪略してきた現実と格差が、ネットで公然となってしまった。それは
民族間の相克であり根が深い! 21世紀の世界大戦は、既に始まっている?
世界恐慌、格差問題の露呈、世界大戦の図式が不気味に現実になろうとする。
・・・・・・
5093,タガメ女の正体  ー��
2015年02月23日(月)
      ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体 〜深尾 葉子(著)
   * カエル男度チェック
  有難いことに、タガメ女と、カエル男度チェックシートがある。
まずは、☆カエル男度チェックシート  ( )内は、私自身のチェック
1.パートナーや家庭を大事にしている  (○)
2.周囲から「愛妻家ですね」と冷やかされたり、「恐妻家」と呆れられる(?)
3.気がつくと、「うちの女房が」「家内に聞かないと」の言葉がでている(×)
4.住宅ローンを組んでいる(×)
5.月の小遣いは一万〜三万円と決まっている(×)
6.職場にいるとなによりも落ち着くので、朝出勤をするときの気持ちは
 憂鬱というよりもウキウキしている(×)
7.時には、家に帰りたくない夜があってわざと寄り道をして帰宅する(×)
8.フェイスブックに奥さんや子どもたちの写真をひんぱんに公開している(×)
9.学生時代よりも社会人になってからのほうがよくモテたと思う(?)
10.よく部下や後輩に仕事を押しつけてしまう(?)
11.職場や周囲からは「コワモテ」だと思われている(○)
12.部下の指導力には自信がある(?)
13.周囲からは面倒見がいい親分肌だと思われている(×)
14.酔うと居酒屋の店員やタクシーの運転手に威圧的なことを言う(?)
15.大きな声では言えないが、けっこうセクハラっぽい言動をしてしまう(?)
16.渡辺淳一の小説が好きだ(×)
17.じつは若い愛人がいて、仲間内ではよく"愛人自慢"(浮気自慢)をいう(×)
18.女性と交際をしているときは、白分が主導権を握っていると思う(×)
19.正直に告白すると、マンガの「島耕作」のような生き方に憧れている(×)
20.たまには「俺も辛いんだよ」などと甘えたことを周囲に言ってみたい(×)
 ☆ あてはまった項目の数で、
   0〜4:カエル男度20%
   5〜10:カエル男度50%
   11〜15:カエル男度80%
   16〜20:カエル男度100%
(?)を0・5として加えると、私のカエル度 30%? 
  主観と傍目は違う? だから共生していける!いや、共演? 実演?
・・・・・・
4728,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー2
2014年02月23日(日)
  * クラインの壺と、パラノ型、スキゾ型人間 〜�   
          ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著
 時代はバブル崩壊辺りから変わってしまった。と共に人間の生き方も、
ここで大きく変化を始めてきた。資本主義の論理の限界もみえた中で、
貨幣に縛られ振り回されている枠を見直そうという動きも出てきている。
先進国といわれてきた人たちと、後進国といわれる地の人たちの文化と、
果たしてどちらが優れているか? それが構造主義である。  
 ー以下の解釈が、明快であり、納得できるー
《「脱コード化」社会においては、貨幣が王に代わって社会の頂点に
 君臨するわけではありません。貨幣は、頂点と底辺の間(言いかえれば
「王座」と「世俗」の間を行ったり来たりと、めまぐるしく回転運動します。
人々は貨幣を追い求めるため、それを資本として活用することで商品や
サービスに換え、より多くの貨幣を手に入れるという生産活動を繰り返す。
「もっと豊かに」「他人より幸福に」という人々の思いに突き動かされて、
貨幣は資本となり、資本はさらに貨幣を生み出し、それが資本として再投下
されます。貨幣はそのような無限の運動を 繰り返すのです。
このように、貨幣が「王座」と「世俗」の間をぐるぐると回り続ける様子を、
浅田彰氏は『構造と力』の中で、「クラインの壺」をモデルに使って解説。
「クラインの壼」とは、境界も表裏もない壺のことです。 
実際の三次元世界では存在しえない形状ですが、円錐形である「超コード化」
社会との対比として、動的な「脱コード化」 社会のイメージを明確化
するために、このモデルを採用した。ここで注目したいのは「脱コード化」
社会においては、「貨幣が、人間の欲動をクラインの壷における反復運動の
エネルギーに転換させることによって、秩序を維持するための装置として
機能している」ということです。・・・
 ここの狙いは、哲学的な「ものの考え方」や「もののとらえ方」を身につけ
「経済予測」に生かす方法を説明することにある。・・現代の資本主義社会は、
人間がお金によって動かされ、生かされる社会であり、人間が幸福になれない
理由はそこにある、という話をしました。では、どうすれば人間は幸福に
なれるのでしょうか。そのひとつの答えとして、浅田彰氏が『構造と力』に続く
『逃走論』で提示するのが、「パラノ」人間から「スキゾ」人間への転換です》
▼ 最近、シルクロードの一つの村々の人たちの姿と、アメリカの都会の人たち
 の姿を比較すると、果たして彼らが先進をしているか疑問に思わざるをえない。
フンザの老人と子供の澄んだ姿と、あのファッションの姿を比べれば一目瞭然。
アメリカの主軸通貨のドルと、米国債を、貨幣と資本に当てはめると面白い。
アメリカ資本が二種類の紙切れで世界を牛耳ってきたことが見えてくる。
その循環の大元を握っていれば、紙切れの発行をするだけでモノが手に入る。
パラノ人間が、スキゾ人間から、ものを収奪してきたのが人類の歴史といっても
過言ではない。ブータンのように、地政学的に隔離されていれば、それはそれで
良いが。だから、生き方として、実社会人の時は、パラノ型で、50歳を過ぎた
辺りから、スキゾ型になる、そのため定年がある。森からサバンナである。  
・・・・・・
4361, 嘘と真実 −2
2013年02月23日(土)          
    「うそつきーうそと自己欺瞞の心理学」チャールズ・V・フォード著
  * うそつき 
 この本は、「嘘と真実−1」を書いた後で、図書館で見つけた本である。
この年齢になり人生を振り返ると、鮮明に己の行蔵がみえてくる。そこには、
自分に対する都合の良い言い訳や、無意識の浅ましい自分の嘘が浮かび上がる。
特に青少年期にまず身につくのは自分を騙すこと。自分の未熟さを認めたく
ないため、ウソで自身に対する「日々是口実」になる。身勝手の本性に小理屈
をつけ、まず自分に対する言い訳を考え、それを信じてしまう。
だから生きていられることもある。
ー以下は、この本の訳者の‘あとがき’中で語られている至言と
 いわれるフレーズ。 これだけで、要約になる。
「人は自分にうそをつくために他人にうそをつく」 
          《まず人は自負心を保つために自分にうそをつく》
「人間は、自分のいうことを自分で『信じている』とき、より効果的うそをつく」
          《犯罪者の起点は、ここから始まる》
「うそをつく人間とつかれる人間の両者が共謀して事実をわい曲する」
          《基本的技法は相手の聞きたがっているウソを語ること》
「うそのつき手あるいは聞き手のいずれか一方が主犯というわけではない。
           うそは双方向通行の人間関係による力学的作用である」 
          《 落ち目の会社にある不信の構造に見られる? 》
「優秀なセールスマン同様に政治家もまた、選挙民を相手に、選挙民の聞き
 たがっていることを語る。この関係は双方的なもので、政治家が有権者の
 自己欺まんを代弁することもある」
 《権力を求める政治家に自己愛的な人が多く、その特性がうそを助長する。
これ、恋愛もいえる。人が真実のなかに求めているのは『いいニュース』だけ」
 《集団内で相互に強化される自己欺瞞が、恐ろしい問題をひきおこす。 
                 現在の国内政治にも心当たりあり! 》
「正真正銘の真実を聞かされてがまんのできる人間はそうはいないものである」
          《逆にゴマすりも、熟練にまで高まると・・》
「幸福は、その希少性からして一つの精神障害として分類されるべきもの」
          《病的嘘つきは、脳機能不全と関連が多い》
「男が女に、また女が男に自分を見せる際には、隠れた本能的な力が
          ある種のうそを助長する」《だから恋愛が成り立つ》
「うそを語る特権なしには、文学をはじめとして芸術の世界は存在しえない」
「人間の語る身の上話などというものは、いかに筋が通り、もっともらしい
 ように思われるものであっても、その人の過去の歴史的事実とはあまり関係
 のないものだ…」《過去は、書き直され再編成され全く違ったものになる》
「…自分の人生に首尾一貫したものや意味を見いだそうというときには、
          正確な歴史的事実など重要ではないということもある」
「真実やうそというものは、それ自体では道徳的なものでも非道徳的なもの
 でもなく、単なるコミュニケーションの形態にすぎない。その道徳的価値が判断
 されるのは、他者との関係においてそれがいかに用いられるかによってである」
         《リアルのウソが効果ある》
「自分にうそをつくのが下手な人は、うつ病になりやすい」とあるが、
 人間は自分の真実の実像を見ていたら耐えられないのは自明である。そして、
「人はうそをつく能力は高いが、うそを見破る能力は低い」という欠点がある。
「うそは人間関係の調整、不安や苦痛への対処、種としての存続、個人として
 栄えるために不可欠の要素」がある。自分が「不完全である」という事実を
 受け入れられないために、他者を批判し、他者を犠牲にすることにより、
 自分への批判をまぬがれようとしている(自己愛)人間が存在する。
▼ 性悪説の上で、性善説を説けば良いのか? それは他者だけでなく、
 自分を見つめれば分かること。本当のことってあるのだろうか? 
本当と思っているだけではないか? 時間の経過で、うそも本当になり、
本当もうそになる。利口者の自己欺瞞、馬鹿の正直者、その間に揺れるのが心。
利口者の正直者もあるし、馬鹿の自己欺瞞もある。
 ・・・・・・・
3986, 生保に入るバカ、入らないバカ ー3
2012年02月23日(木)
 ここで、著者は、保険会社の危なさを次のように書いている。
≪「生保」という商品は不思議で、ふだん買い物をして、商品を持って帰る段
 になって、買ったものが買い物袋に入っていない(しかも10万〜15万円分
足りない!)のに気がつかないのは、変だろう。(p.144)≫と・・・
セールスは顧客のためにというのは嘘で、会社のために、顧客の無知に付込んで
契約をする。それも弱者の不安を掻き立てて。最近は、成人病でポックリという
のが多いが、40歳後半までに死ぬ確率は非常に低い。65歳まで亡くなる
確立は2割である。それを死ぬか死なないかの5割の確率で命をかけた博打
をするのだから、保険屋が儲かるのは自明。(詐欺的)要素を持った商品を
セールスが言葉巧みに、貧しく無知の主婦を狙い撃ちにさせる。保険会社ビルが
立派なのは、顧客を信用させる小道具のため。国家予算と保険の売上が同額
というのだから呆れる以前に、むしろ感銘を受ける。
ー それでも生命保険に入りたい人に「生命保険のカラクリ」著者の
岩瀬 大輔は次のような心掛けを勧める
  ◎ 生命保険にかしこく入るための7か条
一、死亡・医療・貯金の三つに分けて考えよう 
二、加入は必要最小限、を心がけよう
三、まずは中核の死亡保障を、安い定期保険で確保する  
四、医療保障はコスト・リターンを冷静に把握し、好みに合ったのを選ぶ
五、貯蓄は金利が上がるまで、生保で長期の資金を塩漬けは避けよう
六、すでに入っていても「解約したら損」とは限らない。見直そう  
七、必ず複数の商品(営業マンではない)を比較して選ぼう 
◆ 数年前のことだが、家内が街中で見知らない女性にスカウトをされた。
 それが保険勧誘員。「何か保険セールスに御似合いのようで、如何ですか」
と勧誘されたと嬉しそうにいう。「典型的保険セールスのキャッチじゃないか。
カモがネギをしょっているように見くびられただけ。まさか乗ってしまったん
じゃなだろうな」と、私。 断ったというが、なる程!幾らでも手があるもの。
保険のブラックボックスは、あの契約書。好き放題、手前勝手でも法律の限界を
守って、全国レベルの経験則が入っている。相手は単独の無知の大衆。
マスコミも広告もあるので、それに触れない。私の両親は、数千万はゆうに
払ったがバックの話は聞いたことがない。Oとかいう関西系の保険屋の男に
食い物にされていた。


5822,閑話小題 〜しまった!  ー人は皆、うぬ惚れの生きものー 10

2017年02月22日(水)

     
       < しまった! 「失敗の心理」を科学する
       ジョゼフ・T・ハリナン (著) >
   * 人は皆、うぬ惚れの生きもの
  金沢に勤務していた時の会社のNO2に教わった言葉、
<創造の一歩は、自己能力の限界の設定>があった。それが何時の間にか、
うぬ惚れて、小隙から船が沈む諺通り…この有様。創業とは、小さな隙間に
的を絞り、バブッテ、破裂する一環。以前は平均30年だったが、今では10年。
自信喪失も、うぬ惚れも人間の持つサガ。その一環を経験してみたが、深い
甘塩っぱい味がした。 例えると何だろう?味の素をそのまま口にしたような。
 健康食品など多くの事業が、この人間の性癖を利用している。
懲りずに再び健康食品を使いだしたが…  〜その辺りから〜
≪私たちは自分を他人より上だとうぬ惚れて生きている。このバイアス(偏り)
が多くの過ちの種を宿している。行きもしないスポーツジムの会員権、リゾート
マンションの共同利用権の購入。初期だけの低金利のクレジットカード。こういう
傾向を研究している学者が一般的な結論に至った。
 <人はおよそ誰もが自信過剰である。例外は、じつは現実的な自己認識
  をしているという欝状態の患者だけだ。>
アメリカで大きな成長をしてきた「ニュートリシステム社」がある。その株価
が大きく上がったのは、その呼び名を借りると「シリアル・ダイエッター」―
つまり体重を減らそうとして失敗してきた人たち。大半(80%)が、平均年齢が
44歳、体重95キロ、大方の減量目標が27キロだが、結局9キロしか減らない。
10〜11週間でギブアップが通例。では、何故、会社は顧客が失敗し、会社が成功
したのか。他の企業と同じように、人の自信過剰につけ込むすべを学んでいたから
である。人が実際にすることでなく、人がすると信じていることで、この会社は
成立っている。ここでも、有名スポーツ選手を広告塔にしている。ただし広告を
よく見ると、重要な?の単語から成る免責事項が、小さな字で書かれている。
「結果に個人差があります」と。≫
――
▼ ネット検索によると、<日本にもフランチャイズで、2009年10月にハウス食品
より発売された「ニュートリシステムJ-ダイエット」だが、2年で全サービス終了
という結果となった。>とあった。こうした本が日本で出版されると、ハウス食品
が効果のないことを分かっていてフランチャイズ契約を結んだという悪いイメージ
がつくため、サービスを中止にしたようだ。大志を抱き、何とかカタチにして、
うぬ惚れの小隙がバイアスとなって、はい、それまでよ>も決して悪くない。
どの道、死んでしまえば、それまでの人生。神様が存在するのではと思えるほど、
丁度よい味ある結末を与えてくれたと我ながら感心する。外には飄々と風が吹く。
 
・・・・・・
5456,閑話小題 〜逃げるから怖ろしいのだ ー2
2016年02月22日(月)
   * 逃げるから怖ろしいのだ ー2
 このテーマ、面白いので続ける。「悲しいから泣く」の、
<悲しいは「感情」で、泣くは「情動の表出(身体反応)」>である。
「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しい}
「うまくいったから幸福なのでなく、幸福だからうまくいく」
「成功したから面白いのではなく、努力が面白いから成功する」
このような論理で、逆照射を立てると、面白い道理が多くたつ。
「内的自由度は外的自由度と、ほぼ同じなら、まずは内的自由から
始めよ」というが、まずは、知識の蓄積から始めるのがよい。
 内的自由度のコントロールで、「うれしい」「たのしい」「しあわせ」
「ありがとう」を、日常的の口癖にすればよいと勧めた小林正観がいた。
彼の言葉に、『人はいつも<正しい>ことを受け入れるのではなくて、
<温かいもの> を受け入れる。』とか、

友人も 全てがあなたにちょうどいい』を思いだす。人の心は普段使っている
内語で大きく左右される。この「う・た・し・あ」を暇を見つけて唱えて、
いれば、その感情が強い磁力になって、情動になっていく。だから、感情の
コントロールは非常に重要になる。怖ろしいので、問題から目を逸らすと、
自滅するのは、感情が、情動にマイナスに働くため。『その時は、その時、
取りあえず戦い続ける。そのうち、何か手がかりが出てくる!』でもよい。
好き嫌いの感情は、すぐに相手に伝わる。「う・た・し・あ」に、好きを
加えればよいことになる。愚痴をいうから、毎日が、つまらなくなる。
「かなしい」「つまらない」「不しあわせだ」「のろってやる」「きらい」
の言葉は、その事象を自らへの磁力になる。現実に溺れた世間原理主義者が、
巧妙に、この言葉を駆使する。言葉は言霊で、相手への毒は、自分への毒に
なる。だから、世間原理主義者を、悪し様にいうのは最悪と解ってはいても?
 で、以下の内容が丁度よく繋がっていく。世間とは、そういうものである。
脱兎のように逃げるべき時もある。逃げ、負けは、前向き、勝利の裏表。
・・・・・・
5092,閑話小題 〜『悼む人』が良かった! ー�
2015年02月22日(日)
   *  『悼む人』が良かった ー�
『 誰に愛され、誰を愛していたか。何を感謝されたか。
  確かに貴方が生きていたことを私は憶えています。 』
 8人兄姉の末っ子に生まれ、両親に溺愛され?育ったことが、
私の人生の最大の恩恵である。それにも+−の両面がある。
小中学校の同級生を思い出すと、既に亡くなったが、義母に憎まれ
育った子や、戦災孤児で寺男のような生活環境で育った子もいた。
5〜6坪の居酒屋の2Fの4畳半の屋根裏に母と二人住んでいた子も。
家庭環境の格差は大きな問題。人生は不条理で覆われている。
 家内も私も両親に溺愛されて育ったが、愛情を受けることには慣れては
いるが、逆に愛することが苦手。これも大問題で、最大の欠点になる。 
 創業を志したことで、感情を抑えてきたことが、果たして正しかったか。
それが現在の私の中(自己対話)での最大のテーマになっている。
 45年、無我夢中で取組んできたことが果たして正しいことだったか? 
後悔は少ない?が、無我夢中で生きていたことは確かに憶えている!
『 誰に愛され、誰を愛したか。何を感謝されたか。』の問いが、突き刺さる。
 高度成長期の20歳で創業を決意したとき、
 ‘結果はどうであれ、やらない後悔より、やってみた後悔’の道を選んだ。
撤収を決意した時、何の躊躇いもなく行動に移せたのは、出始めに、
失敗への受容の覚悟をしていたことがある。 創業とは、
『 誰かに恨まれ、誰を憎んだか。 そこで何を失ってきたか。 しかし、
  確かに、全身全霊で生きていたことだけは私が憶えています。』である。
その結果、「ご覧のとおり、そのまま結構!」と受け止めるだけ。
中原中也‘帰郷’の一節「 ああ おまえはなにをして来たのだと…
吹き来る風が私に云う」が、心の底から私に語りかけてくる。
その答えは、「面白かった! ただ面白かった ひたすら面白かった」
 何か辞世の言葉のような、自分への悼みの言葉になるが。
・・・・・・
4727,閑話小題 ー「受け継ぐ〜京都 老舗料亭の代替わり〜」
2014年02月22日(土)  <プレミアムアーカイブ 2/19(水)9:00〜11:05 >
   * 受け継ぐ〜京都 老舗料亭の代替わり  
 最近の日常生活に、午前中のNHK・BSの過去の名作番組を見ることが多い。
これが未知の世界を垣間みることができ、下手な読書より遥かに良いことに
気づいた。 今回は7年前の番組。 ーその番組内容によるとー
《400年の歴史を持つ京都の老舗料亭「瓢亭」が、転機を迎えようとしている。
 14代目主人で日本料理を代表する重鎮・高橋英一から、15代目となる息子・
 義弘への代替わりである。 挑戦することで新鮮な魅力を生み出し続けてきた
 京料理の魅力の神髄を、新しい和食を捉えようと格闘する15代目と、彼を
 励まし育てていく周りの老舗料亭の主たちの姿を通して描き、
 京都の伝統文化の奥行きと幅の広さを浮かび上がらせる》
▽「京都の老舗料亭の代替わり」となれば、静かな寝室で二時間かけジックリ、
 その世界に入ってみた。京都の歴史が作りあげてきた独特の京料理の世界は、
 奥行が深い。ライバル店の主が競合店の調理場に、平気で入って、料理場の
 様子をみる。お互いにフリーの長年の京都独特の慣習という。また、先代が
 亡くなった場合、その知りあいが、他店の後継者の面倒をみる。
 京料理の世界が共同体のようになっている。また100店以上の料理店が
 互いに腕前を競い合う展示会が年一回は開かれ、それぞれ新商品を展示する。
 これぞ京都の古くからの原風景の世界が映し出されていた。
   * 記憶のモザイク
 以前行った旅行先の写真をネットで探し、気に入った何枚かをファイルに
入れ、改めて見ていると、タイムスリップをしたように、当時の光景が蘇る。 
その先が異郷・秘境のため、強力に脳に焼きつき残っているが、撮ってある
写真は、さほど良くない上に、記憶が年々薄れていく。しかし、その時の感動を
思い出しながら、画像検索にキーワードを入れると、忘れていた記憶が鮮明に
戻ってくる。その写真が磁石の役割を果たしてくれる。情報機器の進化が、
同じような体験をしてきた人たちの画像がネット上に溢れ、次々と新鮮な
それぞれの瞬間が現れ出てくる。現地で実際に見ていた光景が、きめ細かく、
広範囲に、新たに追体験が可能になる。例えば長岡花火のフェニックス。
自分が撮った写真よりネット上の写真の方が遥かに臨場感がある。
「パンプローナの牛追い祭り」や、「リオのカーニバル」のなどの熱狂は、
現場に実地に行かないと味わえない。しかし、当時の感動を思い浮かべながら、
検索で現れ出てきた写真を見ていると、当時と同じような追体験が可能である
当時の朧げながらの記憶も、ネット上の写真から生々しい記憶に置き換える
ことができる。 ケニアの丘で見た夕景。そこに足の骨折で取り残されたヌーが
印象に残っている。いつ獣に襲われるかもしれない恐怖で立ちすくんでいる姿が、
痛々しいが、何とも美しい。それらの記憶が脳の染み込んでいるためか、
ネット上のアフリカの夕景が違って見えてくる。

・・・・・・
4360, 閑話小題 ー久々の百均ショップ
2013年02月22日(金)
  * 久々の百均ショップ
仏壇用のライターと、チャックが壊れたのため、衣服用の両面マジックテープ
を探しに『百円ショップ』にいってきた。半年ぶりである。「日本の主婦は世界で
一番、頭が良い」というテーマのTV番組があった。 百均ショップの商品を、
材料にし、組み合わせて新たなインテリアを作ることを趣味にしていた主婦を
紹介していた。恐らくネット世界で情報が流れているのだろう。私の周りには、
この数年来、買い集めた百均の小物が100はくだらない。100円だから
欲しくなるものは数多ある。以前、針に糸を通す道具があれば、と思っていた。
子供の頃、市場で針通しの小物を売っていたのを見たことがあった。
で、探すとあった。極細の針金が二つ折りになっていて、それを針の間に入れて、
出た先で糸が通る位の空間ができ、そこから引き出すことで糸を通すというもの。
成るほどである。 家内が目が悪いので、ボタンの縫いつけや、ほつれ等は
私がすることが多い。これも慣れると面白い。あとiPadのスタンドがあった。
ネットで買ったものがあるが、かさ張る。 単行本用の書見台にも使えるので
衝動買いをしたが、実際使ってみてなかなか良い。30分、5百円の
ディズニーランドと思えば良い。で、要らない物が、溢れかえっている。
   * 久々の夢の中の母
 最近あまり母親の夢をみてなかったが、一昨日の朝方、母が出てきた。
それもリアルに。ふと眠りから覚めると、居間の炬燵で母が隣に寝ていた。
夜半に私も転寝をしていて、母親に声をかけた。80歳代半ばの年令で、夢では
呆けてはなかった。夢は現実との境が無くなっている。毎晩、寝ている場所が
母親が寝ていた同じ位置にあるためである。末っ子ということもあり両親から
特別愛され育った。また、その後姿から多くのことを学んだ。父親の死亡年齢に、
あと4年足らずになった。本当に良い両親に恵まれて良かったと年齢を重ねる
たび思いが深まる。父親との差はあまりに大きい。両親とも、常に何かテーマを
見つけて追い求める人だった。意識として両親から出発して、最期は、
そこに戻っていくのか。
・・・・・・
3985, 生保に入るバカ、入らないバカ ー2
2012年02月22日(水)
 生命保険は生命を賭け対象にした博打。保険屋が騙すのも悪いが、騙される
のも問題。確率論を背景に不安心情につけこんだ悪質?商法が生保の本質。 
彼らは必要悪と嘯くが、それも程度の問題。 欧米の二倍の9割の世帯が、
3倍〜8倍の額の契約、というと10倍以上の額を生保に支払っている異常さに
誰も気づいていない。 国家予算と同額が生保の餌食とは、日本沈没も当然。
愚かさという点では、他人にいえた柄でないが・・ 私が生命保険嫌いのため、
家内は、こっそりと家内名義の給料の全額を40年近く預金をしていたことを、
後で知った。ある意味、それが正解。死ななかったこともあるが、塵も積もれば山。
それが現在の命綱になっているが、それを生命保険に注ぎ込んでいたら、数分の一
も手元に残っていなかったはず。その辺の詳しい内容は、≪生命保険のカラクリ
(文春新書)  岩瀬 大輔 (著)≫に詳しく書いてある。 その一部を抜粋する
【▼ この仕事を始めてわかったのだが、生命保険を理解できていない人は、
  決して少数派ではない。ビジネスパーソンも主婦も、若者も年配の方も、
 そして金融のプロでさえ、同じく生保の仕組みについては理解できてない(p.70)
* 多くが巧妙に近づいてくる女性セールスとの「付き合い」で契約し、
 「月々いくら」という状況で気楽に契約しているが、1,500万円近い商品に
 関して理解していない。
 ▼ 日本の生保業界の現状といえば、専属のセールスの人海作戦のネットを
  張り巡らせがビジネスモデルのために、組織として高収益の保障性の商品を
 販売してきた(p.43)
 ▼ 生保業界では長きにわたり、「顧客のニーズに合った商品は何か」でなく、
 「既存の販売組織を維持するために必要な商品は何か」という観点から、
 高収益を確保できる商品開発がおこなわれてきた。(p.46)
 ▼ 売り手である保険会社と買い手である国民との間に、大きな情報格差が
 あることを前提とした既存のビジネスモデル(p.189)
 ▼ 生命保険商品の3つの機能(p.81) 
  1. いざというとき、残された家族のための所得保障→遺族保障(死亡保障)
  2. 病気・ケガによる入院・手術のための保障→医療保障  
  3. 将来に備えるため→生存保障(貯蓄・年金) 】
* 家庭の大黒柱が死んでも生活に支障のないのに保険に入る人をバカという。 
 それを積立にしたほうが、二倍も得になる。その本質は「弱者救済を建前とした
 タカリの類」で、貧困ビジネスそのもの。豊かな人は、そんな不安は本来、
 全くないのと、保険のいかがわしさの情報を持っている。いずれにしても
 情報格差で搾取を業にしていることは事実。千五百万の買物の中身はカス。
  


5821,緩和小題 〜しまった!  ー「最初の答え」にこだわるなー 9

2017年02月21日(火)

     
      < しまった! 「失敗の心理」を科学する
       ジョゼフ・T・ハリナン (著) >
   * 「最初の答え」にこだわるな
 人は、いかに考えないで、流され生きているかの一つが、最初の答えに拘り、
 それによって大きく判断を間違え、人世の道を間違えてしまうこと。行動の
「行」には、判断の意味があるというが、最初の印象のみで、意外と判断を
 してしまう。「誠実そうな人」と「誠実な人」と、「優しそうな女性」と、
「優しい女性」は違う。これからして、間違った判断をしてしまう。
≪ 人は第一印象に強く左右されることは周知の事実である。 ――
 それが正しいか、誤りか関係なく、たとえばテストを受けていて答えを選び、
その後、答えを変えようか迷った経験が誰にでもある。多くは最初の答えに、
こだわる。まず4人にうち、3人が変更するより、最初の答えを通す方を信じる。
大学教授も学生と同じ考えだ。解答を変えると点数が良くなると答えたのは僅か
に16%である。だが、人生によくあることだが、多数派は間違っている。
変更はたいてい誤答から正答で、答えを変えた人は、総じ点数を上げた。…(略) 
一般に人は「不作為」よりも「行為」に対して大きな責任を感じる。
 誤りを犯しそうなときは、むしろ「行動を起こさない」という誤りを犯す方を
選ぶ。というのも、不作為は受け身の出来事と見られがちだからだ。自分は
何もしなかった、だからその結果に対する責任は小さい、というわけだ。
1600人の学生の実験の結果、先ほどの結果と同じく、答えを誤答から正解に
変えた学生は、変えなかった学生に二対一の比で上回った。もっと重要なことは、
実験後の学生との面談から、明らかになったのは、正答を誤答に変える予感は、
誤答から正答に変え損ねる予感より大きな後悔をもたらしていた。つまり、
何もしない方が、何かをして後悔しないで済む、ということだ。どのみち誤答
してしまうとしても。 ≫
 ――
▼ この「失敗の心理」の教訓は<人間は、誤りを犯しそうなときは、むしろ 
 「行動を起こさない」という誤りを犯すほうを選ぶ。>ということ。
こういう人たちを「畜群」という。信念がないため群れたがる。世間様の虚構、
虚言に縛られ一生を終える人たち。 自分は違うと思っても、誰も同じ穴の
ムジナ。問題は失敗の程度。 行動を起こせば充実感が残る。マイナスの結果
でも行動を起こした分のエネルギーがいる。このエネルギー放出の精神に
及ぼす効果の実感は当人しか実感できない。数年前のテーマが、文脈として
丁度よく続く。
――
2013/08/16
閑話小題 ーつまらん男 〜�◆ �
   * つまらん男とは、どういう人か哲学してみようか!
 そこで、その「つまらん男」とは、どういう人か、少し考えみる。
 頭に浮かんだ‘(我が内なる)あの人たち’の顔を思い出し羅列すると…
・親や身近な人、地域社会の価値観を疑いもせず、ただひたすら追求している人。
・挫折をした経験が少なく、小さな社会のお山の大将で、その世界の価値観に
 合わないヨソ者を目の敵にする人。
・夢や目標を持つことなく、ただ現実に溺れ、埋没した人生しか生きてない人。
・傷つくことを極端に恐れ、それ故に何事も決心できず、その憂さを他人の
 批難で晴らすしかない人。
・烏合の衆で、群れることしかしらず、孤独、孤立を恐れ、仲間の顔色を
 うかがうしかない人。群れた思考ゼロの老人・中年・青年、サラリーマン…。
 「群れとは何人以上か?」の答えに「5人以上」があるが、「一匹狼以外、
 すべて群れだよ」というのもある。これからフット思いついたのが「自分以外、
 すべて、つまらない男よ!」がこれ、言い得て妙。 
 あの皆の衆の心底に、これがある。
・それでは、「つまらなくない人はいるか?」というと、幾らでもいる。
 自分が、つまらない男と少しでも思ったら、少しは「つまらなくない男」。
  何回か書いたが、先年に亡くなった中学校の担任の先生が
 定年退職時の同級会の二次会での対話。
《「堀井よ、俺の悩みを聞いてくれ! 俺には俺の人生が無かった。
  両親とも教師で、当たり前のように教員になった。現在、両親とも90歳
 近くでカクシャクとしているが、定年をむかえた今でも監視されているよう
で生涯を通して自立できなかった。何時も自問自答で『私自身の人生は無かった
のでは?』が付いてまわり現在に至った。 あるのは二人への憎しみだけ。
この苦しみは並大抵でない・・ 》
 初老性鬱症の典型事例。 赤ら顔をして、一人合点で自分の成功物語を信じて
疑わない「あの方たち」こそ、「つまらない人」。自分の姿が見えてないため。
欝になるには、それなりの多くの原因がある。 先生にとって両親は、「影」。
人生には、それぞれの現象、節目がある。それは、多面体であり、光の当て方で、
白にも黒にも、黄金にも変わりうる。中学の担任は、初老性鬱症もあって、
影両親の価値の刷り込み 牢獄の捉われに、気付いただけ。両親の過剰な愛の
牢獄から逃れるためには、自分で作り上げたライフワークを持つべきであった。
その世界は、その加熱から自身を守ってくれる。 そのことに気づく教養の蓄積
が足りなかっただけ。 それでも、気づいただけでも、良かった。 少くとも、
群て慰め合っている「あれらより」遥かにまし。 先生の両親への憎しみは、
ポンティーと、その師のフッサールがいう <考えないでしまったこと>が問題。
自分の人生の節目での選択、それも極限での選択が無かったが故の苦しみである。
避けて通っていたのである。ある意味で、万人が抱えている深刻、かつ根源的
悩みになる。それすら分からず紋付袴の紋章を競っている、それも人生だが。
 「つまらん男、それは私」と、つくづく実感している。 が、日々が、面白い!
・・・・・・
5455, 閑話小題 〜あれから、あと少しで5年
2016年02月21日(日)
   * あれから5年ですか!
 倒産といえは、身近の人に詐欺同様の手口で、次々と手形の連帯保証の
請け判を押してもらい、高利貸しから借りまくり、夜逃げか、保険をかけて
自殺のケースが多い。 私のケースのような余力を持って整理に入るケースは
少ない。そのため、資金繰りの経験を一切しないで済んだことに誰もが奇妙に
思って当然。振返ると、止め時は、あの一点のタイミング。駄目押しが偶然
起こった3・11の東北大震災。それで迷いが消えてしまった。
 倒産は、当事者と関係者にとって、大惨事。連鎖倒産とか、詐欺同然の借金
がなかったのは、その恐ろしさを知っていたため。 一年もしないうちに、
ホテル営業を引き継ぐ業者がいなかったら、テナントの入居者を連鎖倒産に
追いこんだかもしれない。倒産の釜の中は熱湯の地獄。だから、社会的にみて
前科に近いレッテルをはられて当然。2割弱を家内名義の給与にし、健康保険と、
厚生年金を40年かけ、それ以外を家内が預金にしていたのも、私と家内の実家
の家系(ハビタス)を含めた商売人の知恵を引継いでいたため。
 一点豪華主義のライフワークの「秘境・異郷ツアー」を除いた普段の生活が
豪奢でなかったことも、わが身を助けている。当時、うつ病にならない対策の
生活習慣を厳し目にたて、現在も淡々と続けている。それが慣れてくると、
快適で、面白く、結構楽しいのである。それでも、落込みが無くはないが、
比較的安定している。
 早朝の読書習慣と、インターネット、散歩(今はチャリ)などを、
一週間単位のスケジュールを淡々とこなす日々も慣れれば底深くなる。
5年といえば、大きな区切りになるが、問題は70歳を超えたこと。
本気で身辺整理に入らないと。とはいえ、最大の会社整理も済んでいる。
  (後記 〜で、以下の内容につづく。)
『 誰に愛され、誰を愛していたか。何を感謝されたか。
  確かに貴方が生きていたことを私は憶えています。 』
この言葉に近い祈りで、毎朝、この文章を書き上げた後、仏前で、
亡き両親と、兄、姉、恩師、恩人、友人の顔をリアルに思い浮かべている。
人は愛し愛され、憎み憎まれ、許し許され、感謝し感謝され、生きて死んで
いく。それで、いいんじゃないかと思う。よい人生だったとしみじみと思う。 
 空即是色である。 お後がよろしいようで! 書残すのは良いことだ。
・・・・・・
5091,閑話小題 〜『悼む人』が良かった!
2015年02月21日(土)
   * シネマ、 『悼む人』が良かった!
事故現場で、地に躓き、右手を頭上に挙げ空中に漂う何かを捕らえるように
自分の胸へ運ぶ。左手を地面すれすれに下ろして大地の息吹をすくうかのように
胸へ運び、右手の上に重ねる。目を閉じて、何かを唱えるように唇を動かす青年…
『 誰に愛され、誰を愛していたか。何を感謝されたか。
  確かに貴方が生きていたことを私は憶えています。 』
悼むことは、愛を憶えておくことだ!どんな人にも、様々な愛のカタチがあると、
作家・天童荒太の直木賞受賞作『悼む人』を堤 幸彦が映画化したもの。
 イスラム国とか、奇妙なテロ集団が殺伐とした殺人を公開している現在、
ベストのタイミングの内容である。 〜まず、映画サイトのブログより
≪ 天童が『悼む人』を書くに至った発端は、2001年、9・11同時多発テロ事件、
 およびそれに対する報復攻撃で多くの死者が出たことだった。これらの悲劇
だけではなく、世界は不条理な死に満ちあふれていることに改めて無力感を
おぼえた天童に、天啓のように死者を悼んで旅する人の着想が生まれた。
彼は実際に各地で亡くなった人を悼んで歩き、悼みの日記を三年にわたって記し、
その体験を元に2008年、『悼む人』を刊行した。そして2011年、日本は再び
大震災に見舞われ、我々は改めて不条理な死と向き合う事を余儀なくされた。
 人はなぜ生まれ、なぜ死ぬのか。ふいに目の前から消えてしまった者に対して
誰もが抱く行き場のない思いをどうしたらいいのか。病や事故のような逃れよう
のないことであれ、殺人という加害者によることであれ、かけがえのない「生」
を損なわれた時、人は深く傷つき、苦しむ。静人は旅をしながら、「生」を
奪い奪われる人たちと出会っていく。母を見殺しにした父を憎む男。愛という
執着に囚われて夫を殺した女。末期癌療養に病院でなく自宅を選ぶ母親…。
静人自身も、大好きだった者の死を忘れるという行為に自らを責め続けていた。
「誰に愛され、愛したか、どんなことをして人に感謝されていたか」
死者に対してこの3つを見つめ、記憶することで、逃れることのできない
「死」を、「愛」によって永遠の「生」に変える。これが、人のできる最善
なのではないか。静人の〈悼む〉行為はそう語りかけてくるようだ。
その「愛」の記憶は、見た人の数だけ無数にある。静人が黙々と死者を訪ね、
その愛の記憶をひもとき、呪文のように言葉にし、祈る姿を見ながら、観客は
個々の「愛の記憶」を呼び起こしていく。そして、自分は誰を、どんなふうに
愛し、誰かに、どんなふうに愛されたであろうか。また、これから誰を愛して
いくだろうか。そんな思いにも繋がっていく。≫   ー評価〜90点
▼ この映画を観ながら、そして、夜半、誰から愛され、愛し、感謝されたか、
 を考えさせられた。最近、思い出てくる記憶は、純粋な気持ちで、感謝された
シーンと、言葉である。その時は、何とも感じなかったことが、数十年の時を
超えて、フッと蘇ってくる。「ダカメ女の正体」の真逆の愛と感謝の照射!
・・・・・・
4726,シェールガス革命 ー3
2014年02月21日(金)
  * シェールガス革命の拡大で日本経済も大復活?
「石油危機で原油150ドルに!」という見出しを、あまり耳にしなくなったのは、
世界的不況に加えて、次のエネルギー源のシェールガス開発が進んでいるため、
その技術を日本が大きく担っていることは、あまり知られてない。 
  ーまずは、その辺りからー
《 米国では、急速にシェールガス社会へとシフトが進み投資ブームになって
 いるが、それを技術的な面で支ているのが日本。もっと言えば、日本の技術力
がなければ、アメリカのシェールガス社会へシフトは実現できないと言ってもよい。
大阪ガスはアメリカのテキサス州で開発権益を取得。現時点で、シェールガスの
本格的採掘は米国やカナダに限られているが、今後、急速に世界的規模で拡大
していくことになれば、日本がもつ圧倒的な技術力が世界市場で席巻することに
なるのは確実。さらには、シェールガス革命のメリットは、製造業の世界だけで
なく、日本の社会全体が享受できるようになる。石油よりはるかに安いシェール
ガスが手に入って、シェールガスを燃料とする火力発電が増えれば、電力の
供給価格は下がる。そうなれば、アメリカと同じように、日本の製造業の競争力
が高まるとともに、工場の国内回帰にもつながる。その結果、雇用も増え、
経済成長にも貢献することになるだろう。》
▼ アメリカ経済の復活は、日本にとっても大きなプラス要素だが、アメリカ
 への属国化が、更に強くなる。タイミングが良かったのか悪かったのか、
東北大震災で原発安全神話が根こそぎ壊れてしまった。同じ危険なら、まだ
危険度の低い自然化石エネルギーへの選択に流れに変わろうとしている。
ということは、地球温暖化と、自然破壊がますます進むことになる。
人間は、自ら作りあげた文明で、自らを破壊する運命にある。最近、パキスタン
のフンザの住民の写真を何枚か見たが、何とも純粋で綺麗な目をしているが、
それに比べ日本も含めた先進国の人たちの人相の悪いこと!
「シェールガス革命の拡大で日本と世界経済も大復活」というより、
それが人類の未来にとって、最悪の結果になるのでは?
・・・・・・
4359, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー3
2013年02月21日(木)    「残酷な世界で生き延びる・・」橘玲著    
 * 貨幣空間は、友達のいない世界    
 40年以上も事業の世界にいたため、貨幣世界にドップリと浸かっていた。
何はさておき事業を最優先にしないと、競争社会では生きていけない。
事業の性格上(装置産業)、人間関係の貸借表の資産を増やす必要がなく
楽だった側面がある。
 ー以下は、政治的空間と、貨幣空間の違いを明確に述べるー。
≪ 友人や知人の政治空間の基本は、敵を殺して権力を獲得する冷酷な
 パワーゲームだ。それに対して貨幣空間は、競争しつつ契約を尊重し、
相手を信頼するまったく別のゲームが行われている。人間社会には富を
獲得する手段として、�相手から奪う(権力ゲーム)�交易する(お金ゲーム)
という二つの方法がある。権力ゲームは複雑だが、お金ゲームはシンプルだ。
誰だってシンプルが良い。だから必然的に貨幣空間が政治空間を侵食していく。
また中間共同体では、それが顕著になる。それはPTAや自冶会、会社の
同期会のような「他人以上、友達未満」の人間関係の総称だ。しかし日本や
欧米社会では、貨幣空間の膨張により、共同体が急速に消滅しつつある。
そんな活動は、お金を払ってサービスを受ければよいというわけ。
貨幣空間があれば、それだけで十分という人が増えてきたのである。
それは、「友だちのいない世界」の出現で、愛情空間がダイレクトに貨幣空間
(市場)と向き合う新しい世界に生きるようになってきた。友人のいない世界
は、愛情空間は夫婦や親子、恋人単位に最小化し、人間関係はますます濃密で
複雑になっていく。かっての人間関係は村的な共同体に分散していたが、
いまでは極限られた一人か二人にすべての感情が集中している。・・・ ≫
▼ 現在、団かいの世代が定年になり、子供たちが巣立った家庭内では老夫婦の
 権力闘争で大変だろう。他人事でないが・・ これらからして、教養と、
ちょっとした小金を持って貨幣世界を独り生きるのがベストに思える。特に
歳を重ねると、残忍の愛憎空間は残酷である。とはいえ、弧族も辛いもの。
どちらも辛いなら、あとは選択の問題になる。貨幣空間もリッチかプアーかで、
全く違ってくる。「金に換えないものもある?そりゃ金額によるだけさ!」
という小話がある。「数百億の資産を残して死んでいくのと、それを全てを
面白可笑しく使い果たして死んでいくのと、どちらを選ぶ?」のの問いの答は、
その人による。私は後者を選ぶ。しかし愛憎空間、いや愛情空間に生きてきた
人は前者になる? 現に、一桁下げると自分自身の問題になる。 
で、「この結果!」という、落ちになる。父親は面白楽しく生き、資産を残し、
 それら全てを生前贈与をして死んでいった。お陰で人生を面白可笑しく
生きられた。 一度限りの人生。三度、万歳と感謝!
・・・・・・
3984, つれづれに ー地震
2012年02月21日(火)
  * 大地震後の数年は非常事態である
 地震学者によると「大地震後の数年間は非常事態という歴史的事実がある」
という。それも500年に一度の大地震は特に非常事態。噴火も厳重注意。
週刊誌の見出しが決して過激でないようだ。 歴史的大地震で日本の全体が
大きく歪んでしまい、その連動が起る前提で対策を取るべき事態である。 
特に東海、東南海、南海トラフ地震と関東直下地震が起こる可能性が高く、
今回の東北地震の規模に匹敵するという。その沿岸にある浜岡原発の休止も
やむを得ない。知れば知るほど、この東北大震災が大規模だったことが
分かってくる。それも津波による原子炉の破壊も加わったことも深刻。 
奇しくもリーマンショックで、500年にわたった欧米中心主義の終焉も
重なり恐慌前夜。その上に首都圏周辺で小さな地震が頻発し、5年で5割
前後の確率?で直下型地震が起こる可能性があるというから・・ 首都圏
在住の人は東海・東南海・南海地震か、直下地震が5年で5割の確率を前提
とし対処するのが筋。ということは、福島第一原子炉による放射能の影響を
加えると、幼児のいる家族は移住を考えるべきだが・・ あとは、勘?
   * 今の政治はやるやる詐欺か
 日本の二大政党政治というと聞こえが良いが、野党は政権を奪取するため
政権与党のマイナス面をとらえ綺麗事の政策を並べ立て、政権を取った時は、
よりよい政策を実行しますと約束をする。いざ政権を取リ実行段階になると、
それは野党時代の綺麗事。その妄想実現のため予算の散蒔きで凌ごうとし借金
の上乗せをする。その結果、国家収入の二倍の予算をたてざるを得なくなり、
現在は国家破綻一歩手前。 それでいて、その数分の一も実行できない
「やるやる詐欺」。 もう限界に来ているが、野党側は、同じスタンスを
とるしか方策はない。しかし一番悪いのは騙される国民。ところで小沢一郎が
「消費税の増税をしたら日本が危ない」と反対をしたが、冷えきった景気の
上に、企業もギリギリの経費節減の上の5%アップは実際に危ないコストアップ。
その上に、電気、ガスなどコストアップになれば民主党そのものが危ない
のではなく、日本が危ないのは本当だろう。 とはいえ、上げないと国家予算
が成り立たなくなる。要は、袋小路にドンドン追い込まれてしまった。
そのツケは弱者に集中してくる。


5820,緩和小題 〜しまった!  ーほら見ろよ!ー  8

2017年02月20日(月)

      
      < しまった! 「失敗の心理」を科学する
       ジョゼフ・T・ハリナン (著) >
   * 後知恵バイアス 〜ほら見ろよ! 
 『後知恵バイアス』をネット検索をすると… 、
【自他の失敗・成功に、初めから「そうだと思った」と予言者風に感じる
 人間の傾向をいう。プロセスや結果を無視し、何も行動も、決断もしない
 無為の人が、結果論で人を不当に評価する。】
とあった。誰も持っている性癖だが、問題は、その濃度。それぞれの心には
壁がある。その境は、普段、多様している「後知恵バイアス」の積み重ね。
これは意外な落し穴。世間様の常用会話で、このロジックに注意をしないと、
何時の間にか仲間入り。 6年前の節目時に、「ウダツの上がらない人生を
過ごしてきた人」ほど手の平を返してきた。 可愛いものだが。私たちは、
この「後知恵バイアス」の変換用語の「ほら見ろよ」で、思考レベルを下げて
きた。それが自分の失敗には、「覧の通り、そのまま結構」と呟くだけで、
原因追及をしない。しかし、その辺のボウフラが、その辺りを浅い物語として
創作してくれている。それが、『水戸黄門』『相棒』の上から目線の勧善懲悪
のシナリオそのまま。 悪役や三枚目に、『ほら見ろよ』と鬱憤を晴らし、
自己完結させるオチ。 他人事でない。『相棒』は、再放送分を週に数本は
薄笑いをしながら見ている。で、時々、相棒二人の権力者の倫理観に、引き
込まれている己にハッとする。娯楽としても、強者の立場の二人が、弱者を
裁いているに過ぎない。そのシナリオままに、「ほら見ろよ」の自己満足を。
 で、「ほら見ろ」と、言う方と、言われる方の、どちらの人生を選ぶ?
当然、否応なく両方になるのが人生。少なくとも、無為の選択の「しまった!」
だけは避けたいが、それぞれ性格もある。してしまった後悔、しなかった後悔。
そこで充実感の質量が問われることになる。「脱皮できない蛇は‘畜生’と
言い残して死ぬ!」ですか。私には「しまった!」より、「ったく!」が合う。
 
・・・・・・
5454,閑話小題 〜逃げるから怖ろしいのだ
2016年02月20日(土)
『 悲しいから泣くのではない、泣くから悲しくなる。
  怖いから逃げるのではない。逃げるから怖くなるのだ。』
と、100年ほど前に、アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズと、
オランダの心理学者カール・ランゲが提唱した、ジェームズ=ランゲ説で、
「身体反応は情動経験に先立つものだと」言う見解で、骨格筋や内臓の
変化が情動を引き起こすと考えた。
 <悲しいは「感情」で、泣くは「情動の表出(身体反応)」>
情動反応(身体反応)が先立って→感情(情動:感情の感知)をうむ。
 事業清算の直後、身の置き所がなくて、弁護士に、『気分を切り換える
ため、東京でも一週間位、行きたいが・・』と切出したところ、即座に、
『絶対に後ろを向いたら駄目です。ジッとして問題を見据える今が一番肝心
な時です!』と。何度か起業を経験し、難問を乗越えてきた経験から、その
意味が直ぐに理解できた。 その時々の難問に、『正 中心 一点 無』を、
唱え、ただ無心に一つずつ正論(正道)を考えてこなしてきた。だから、
『 悲しいから泣くのではない、泣くから悲しくなる。怖いから 逃げる
 のではない。逃げるから怖くなるのだ。』は、実感として理解できた。
『うまくいったから、幸せになるのでなく、幸せだからこそ、良いことが
集まってくる』の道理もある。他者の実情は知らないが、私には三桁の
至高体験がある。事業の立上げの直後や、秘境ツアー先で出会った
大自然との邂逅や、名画を観て感動したとか、上げればきりがない。
それらは、みずからが、足を運んで求めたからこそ味わえた感動である。
 昔から、信じられないほど多くの、おっとり型の長女系美人と出会った。
末っ子のためか、何故か気があう? ただ、それだけだが、いつも、情動なく
終わってしまうが、後悔が全くないのも、変といえば変。私には感情反応と
情動反応の線上が一番面白いところ。女性はその境に敏感、その辺りは
気ままな4人の姉の観察から学び過ぎるほど? で、最後は(。_ _)シュン 
学生時代、「人に好かれたいと思ったら、先に好きになること。」と
教わった。好かれるのは難しいが、好きになるのは御手のものと・・
 で、 〜また丁度よく以下につづく(一昨年も)  ゥゎ━。゚(゚´Д`*゚)
・・・・・・
5090, タガメ女の正体  ー��
2015年02月20日(金)
  * 恋愛結婚に恋愛なし (◎ n`◎)
 ほぼ大部分の人は、結婚して暫くすると、何か奇妙な感覚になる。
そして、相手を間違えたと誤解する。誤解でも何でもない。
元もと、結婚=幸福は思い込み、共同幻想でしかない。だから今では
三分の一が離婚する。家庭内離婚を含めると、9割が破綻しているのが、
実情のようだ。偽装の幸せ家族を、「幸せの実演」とは言いえて妙である。
≪ ここで指摘している「タガメ女」と「カエル男」の定義は我々が潜在的に
 抱えていながら口に出すことができない「恐怖」をズバリ言い当てている。
そもそも「結婚」や「家庭」を、無前提で「幸福なものとするのは、幻想や
思い込みにすぎず、捕食者が獲物の「生」を奪うことで維持されている現実を
直視する恐怖がある。幸せであるはずの結婚と家庭が、何故か息苦しい、張合
がない、なぜか心底幸福感が得られないのか?その答えは、この婚姻関係が
愛しあった結果でなく、捕食者と獲物の関係だからです。それに気づいても
口に出せない、出したら自分が不幸と認めなければならない。今、口に出す
「幸せ」は実は偽装されたもので、「幸せ実演」「周囲への誇示」のため、
結びついただけの関係を認めなければならない。タガメに箍をはめられ、
血肉を吸い取られたカエル男。その大群が満員電車に揺られ・・ ≫
▼ 結婚以来、何かモヤモヤした感情と原因を、ズバリ指摘している。
 認めたくない人は、問題の根源の「タガメ女」と「カエル男」から
目を背ければよい。「所詮、男はそんなもの」「男のすべては消耗品」
で、直視しないできたツケが、第二の人生にまわってくる。・(ノД`)ヽ(゚ω゚=
身近な4人の姉をみていると、まさに捕食者のそれ。いや、家内も!
植木等の「スーダラ節」が、カエル男のそれ。ヤケッパチになるしかない。
戦略的カニバサミで捕食され、一生、毟り取られる人生! (w_−; ウゥ・・
・・・・・・
4725,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー1
2014年02月20日(木)
   * 王様の代わりに貨幣が君臨するのが近代資本主義?   
           ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著
事業の結果が、この有様だったが、何かさばさばして心身とも空を浮いた
ようで、「ほどほどで、後継者に引継ぐより、これがベスト?の感覚は、
何だろう?」と考えていたが、そのヒントが、この本にあった。 
森林でこそ事業経営も面白いが、そこを出てしまえば、充実していたか
の満足感の違いだけ。問題は、その後の準備をしていたかどうか。 
ライフワークがあったかどうか。 脱コード化の次への準備こそが、必要
だったことになる。王様の支配から資本支配にかわった体制が近代資本主義
であり、金の力が、国も、個人の価値基準になっている。しかし、この近代
資本主義も、一部に力が集中する弊害があって矛盾が出始めてきた。 
  ーその辺りを抜粋ー
《 ドォルーズとガタリは、人間の欲動が制御され、文化が形成されていく
  過程を次のように発展段階的に説明する。
 �コード化(原始共同体)=個個人の平面的ぶつかり合いで秩序形成が出来る
 �超コード化(古代専制国家)  =王様が秩序形成
 �脱コード化(近代資本制)   =王様に代わり貨幣が君臨する
・「コード化」とは、拡散する人間の欲動を一定方向に導くこと、つまり
 「秩序形成」と考えればいいでしょう。『構造と力』では、「コード化」
 から「超コード化」までの過程が描き出されています。
・「個人対個人」を原点とする平面的なぶつかり合いによって「秩序形成」
  (コード化)が進行し、やがて王を頂点とする「垂直的な秩序形成」
  (超コード化)に発展するという流れです。
・「超コード化」に続く流れとして、いままさにわれわれが生きている
 「近代資本制」(脱コード化)社会の構造と、それを乗り越えた先にある、
 新たな世界の姿を描き出そうとしています。そしてこの部分が、
 「現代人が幸福になれない理由」と、その突破口を示しているのです。
・「超コード化」(古代専制国家)された社会では、王を頂点とする秩序に
 よって社会の安定が保たれます。この「安定化の仕組み」こそが、
 ドゥルーズとガタリらの構造主義者が説く「構造」にほかなりません。
・ しかし、われわれが生きる「脱コード化」(近代資本制)された社会に
 おいては、すでに王は存在しません。英国やオランダ、スペイン、タイ
 など、いまでも「王国」は存在しますが、そのほとんどは、日本の天皇と
 同じように象徴的存在と化しています。ドゥルーズーーガタリによれば、
 「脱コード化」社会において、王の代わりに秩序を生み出す存在とは
 「貨幣」になります。「超コード化」社会における「安定化の構造」
 (秩序の枠組み)は、王を頂点とする円錐形を形成しています。》
▼「脱コード社会では、人はお金への欲動に突き動かされるが、お金を得る
 とさらなるお金を求め資本として再投下、もっと多くの金を得ようとする。
 際限なく人は、これを繰り返す」これが、現代資本主義の正体である。
 だから幸せにはなれない。それも情報化、グローバル化が、一部の強者に
 力が集中させてしまう。しかし貨幣の正体は、情報そのもの。人間の持つ潜在
 の自然の大きな力が、プラスにも働くのでは?という楽観論を信じたいが・・
・・・・・・
4358, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 −1
2013年02月20日(水)
      「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」 橘玲 著
  *「藍を捨ててバザールに向かえ。恐竜の尻尾のなかに頭を探せ。」
分かりやすく言うと、「大それた成功を求めず、自分にあった生きる領域で
一番を目指し、上手くやれ!」ということ。この本には新鮮な切り口の事例が
多く面白い。次回から幾つか紹介する。特徴は弱者の戦法というところか。
これから長く続く乱世に生き延びるには、大成功など求めず、自分の強みを
最大限生かし地道に勝ち抜くしかないという著者の論も一理ある。
   ー内容紹介・アマゾンよりー
 伽藍を捨ててバザールに向かえ!(恐竜の尻尾のなかに頭を探せ!)
ワーキングプア、無縁社会、孤独死、引きこもり、自殺者年間3万人超など、
気がつけば世界はとてつもなく残酷。だが「やればできる」という自己啓発
では、この残酷な世界を生き延びることはできない。必要なのは、「やっても
できない」という事実を受け入れ、それでも幸福を手に入れる、新しい成功哲学。
自己啓発の伝道師たちは、「やればできる」とぼくたちを鼓舞する。でもこの本
でぼくは、能力は開発できないと主張している。なぜなら、やってもできないから。
人格改造のさまざまなセミナーやプログラムが宣伝されている。でも、これらは
たいてい役には立たない。なぜなら、「わたし」は変えられないから。
でも、奇跡が起きないからといって絶望することはない。ありのままの
「わたし」でも成功を手にする方法(哲学)がある。残酷な世界を生き延びる
ための成功哲学は、次のたった二文に要約できる。 「藍を捨ててバザールに
向かえ。恐竜の尻尾のなかに頭を探せ。」なんのことかわからない? 
そのヒミツを知りたいのなら、これからぼくといっしょに進化と幸福をめぐる
風変わりな旅に出発しよう。(本書「はじめに」より)
▼ ここで、≪人間は知能、性格、肉体など遺伝による初期能力の違いにより、
 現代社会において成功できるかどうか決まる。努力や訓練や方法論によって、
「よりよい=より豊かな」自分になることは大方の人はできない。
「人間の能力は平等。努力すれば皆幸せになれる。」という建前を否定し、
人間は生まれながらに「不平等」であるという 前提に立ちながら、
「それでも幸せに生きる」ための方法を提案する。「より認められる」には、
大きな成功を求めず、「自分が好きな分野でいちばん」になるまで対象を
細分化し、集中しろ」。そのための仕組みを“自分で設計”すれば、幸福の
新しい可能性が見出せる。≫と説く。伽藍の世界でも同じ戦法で生き抜く
しかないが、普通の人は尻尾の中の勝ち組になるしかない。
自分の強みを生かし、小さなテリトリーの一番を探し、追求しろということ。
それより、「世界は残酷」をまず知ることだ。
・・・・・・
3983, 生保に入るバカ、入らないバカ ー1
2012年02月20日(月)
 私は保険に入らないバカだが、それぞれ考えがあるので一方的に決めつけは
できない。 日本の生命保険の世帯加入率は90%で、共済と生保を合わせた
年間保険料が40兆にのぼる。一世帯が年間に支払う額が平均45万円で、
22年で1千万、33年で千五百万になる。人生で生保が住宅に次ぐ高い買い物。 
しかし加入者の方は、その意識がない。欧米の加入率は、フランスが6割、
アメリカが5割、ドイツが4割、イギリスが3割6分と、日本の大よそ半分。 
いかに日本が高いかである。死亡保険の保険高は突出して高く、2000年
だが、日本が1600万、アメリカが600万、イギリスが260万、ドイツが
200万だった。生命保険の加入経路の7割が保険のセールスで、親戚や友人の
紹介をされ、加入するケースが圧倒的に多い。生保の営業方法は義理(G)、
人情(N)、プレゼント(P)の頭文字をとったGNP営業の典型。
 バブル崩壊後に、その営業職員の膨大の経費を維持するため、収益の高い
死亡保険を大型にした保険会社に有利な、複雑化した、顧客無視の営業をする
ようになった。 その頃、保険会社は、それまでの顧客にとって有利の商品を
解約させ、セールスを使い利回りの悪い商品に切り替えさせていった。
その辺(01〜05年)から保険会社は悪質な営業説明で本来加入できない
病歴のある顧客に加入させ、その後、契約不備を理由に保険金拒否をして社会的
大問題になった。 何と37社で130万件に至ったという。
 早くいえば、セールスレディーというオバサンを集めて、GNPで、
その人脈を食い尽くす。それは巧妙なテクニック、何も知らない素人を、
ほぼ騙しで契約をさせる悪質集団という側面を持つ。フレンドリーに長年
かけ知人・親戚に入り込む。合理的の欧米人の二倍の加入率は、組織的意図
がないと無理。 生保で、まともなのは学資保険ぐらいのもの。
22歳まで死んだときに子供の学資を保証するのは、一応、理に合っている。 
それ以外の商品の多くは、客単価を上げるための巧妙な商品。読みも理解も
できない契約書に巧妙に生保にとって有利な条文が入れてある。 
見方によれば合法的組織犯罪に近い集団。それなら預金の方が良いが、
相手はフレンドリーのプロ。その辺の理屈が理解できない人たちの不安に
付け込むのが営業センス。
・・・・・・ 
3618,  忘却の整理学 ー3
2011年02月20日(日)
   「忘却の整理学」外山滋比著
 ここで、著者は早朝に目をつける。どうも、夜の間に忘却が起こることは
たしかであると。忘却が頭を働かせやすく、きれいに整理をしてくれるとすると、
一夜明けた朝がモノゴトを考えるに適しているのは当然である。昔から、それに
気づいていた人は少なくなかった。イギリスの詩人のウィリアム・ブレイクに
次のようなを紹介してある。
   朝、考える ひるは はたらき 夕がた 食し 夜は 眠れ
 まず 朝いちばんに思考せよ である。 他の仕事は、そのあとでよい。
昔、中国の役所は、朝、日が昇ると同時に開始されたという。 それで、
「朝」廷で、効率的であることを知っていたのである。日本の諺に、簡単の仕事
を「朝飯前の仕事」というのがある。 本来は朝飯前に手がければ、簡単な仕事
でなくても、頭は整理されていて、仕事の判断、手順がたしかで処理が早くなる
ということから来ている。もう一つ、思考に向いているのは夕食前である。
その時間は早朝と同じで、働いた後で、空腹も加えて脳が活性化している。
更に勧めているのが昼休みの短時間の昼寝。そこに僅かな時間でも睡眠をとる
ことで、忘却の要素を入れることになる。最近、再開をした
「モーニング・ペイジ」がある。 白紙の大学ノートに30分位、思いのままを
書き付ける。早朝だから、自然に出てくる言葉は、外部情報に染まってないサラの
内部?から声を掬い取ることになる。ところで以前に、過去の全てを忘却した男
の映画をみたことがある。その時に過去の記憶こそ、人間形成をしていると思い知る。
ということは記憶と忘却の形が、その人物形成をしていることになる。
忘却の、いま一つの方法は、より刺激の強い経験を挟むことだ。忘れようとしても
忘れられないなら、より刺激の強い何かを探し、そこに気持ちを切り替えることだ。
それは前向きということになる。後ろを向いて記憶を強化ばかりしてないで、
目先を変えることが忘却の一番の方法。 ーつづく
・・・・・・・・
3253, 置き引き?
 2010年02月20日(土)
一昨日、新潟の万代シティの近くのマクドナルドで海老バーガーを食べて、
最後にポテトフライをつまんでいた。半分ほど食べたところ腹は一杯。持って
帰るか、食べて帰ろうかと。 で、そこからである。60歳後半の暗い顔をした
男がやってきて、私が一番奥に座っている隣席をみて、そのまま店頭にある
売店の方に戻っていった。自分の席でも確認して注文した商品を取りにいったと、
ポテトフライを摘みながら思っていた。ところが女性の一人客がきてバックを
置いて店頭のほうに戻っていった。その直後に男が戻ってきて、その席をジッと
見ている。自分の座ろうとしていた席を取られて他の席を探しているのだろうと
思っていた。 ところが、もう一人の女性客が目前の席にバックを置いて
店頭に行った。その男、再び戻ってきて、後に来た客のバックを見ている。
その時は、その男、自分で座ろうとしていた席を二度まで取られて、それを
見ていたのだろうと思っていた。しかし私の一つ置いた席の女性が何か不審
そうな感じで、その男を見ている。 
(字数制限のためカット 2012年2月20日)




5819,緩和小題 〜しまった! ―人は楽観過ぎる    ー 7

2017年02月19日(日)


      
      < しまった! 「失敗の心理」を科学する
       ジョゼフ・T・ハリナン (著) >
   * 人は楽観的過ぎる生きもの
 えてして、人は自分の言動の記憶は甘くなる。自分の好成績とか、楽しかった
ことは憶えているが、嫌なこと、失敗したことは本能的に封印する。褒められた
こと、良い成績をとったこと、楽しかったツアーなどは記憶を繰返すため鮮明に
記憶に残る。半面、失敗したこと、立ち直れない程の挫折したことは、本能が
不快として、記憶の奥底に封印する。誰の身近にも、「世界は私のためにある」
と思い込んでいる超個人主義者が存在する。私もそうかもしれないが、横に置く。
 遺伝子の本質が自己保存のため利己主義に出来ており、それ故に生存し現在に
至っている事実がある。人間とて、その延長の存在でしかない。遺伝子は生物の
物体を通して生き延びてきた。 超個人主義者を注視すると、意外と幸せそう。
当人は我儘を自覚しているため、隠す業が身についている。 何事も前向きに、
出来るうち、したいうちにするが基本となっている。
 一般的には、18歳までにつくられた固定観念に縛られ、その枠内だけで 生き
ようとする。我儘の特質の一つが超楽観的であること。同じ生きるなら楽観的が
良いが、悲観もないと、大きな挫折が待っている。楽観3に、悲観1の割合が丁度
良い塩梅か。 <短期は悲観的に考えて失敗を最小にして、長期的には楽観的に、
しかし最悪に備えたシェルターを整備しておく> というところか。
   
   * 「決断」は意外と底が浅い
 人生の大きな岐路で、「決断」の場面があるが、これが意外と底が浅いという。
その理由が、<人には「バイアス」がかかっているが、自分にかかっていると
認めたくない心理が働く。これを克服するに、自分に大きなバイアスがかかって
いるという知識と自覚が必要だが、それは土台無理の話。> これが、強固な
バイアスを通した「決断」なら、底が浅いという道理になる。その為、人生を
左右する岐路には、大きな挫折か、決定的な要因が必要になる。人間は、往々
にして、「決断」が出来ずに、後に延ばし、致命的失敗を繰返す生きもの。
中・長期の決断には、準備が必要。 準備を重ねた決断はその分、底が深くなる。
 <「決断」は意外と底が浅い>は、あくまで一面でしかない。そういうこと。

〜ところで、以下の内容が面白い!どのみち死ぬのだから、際ものの人生もある。
 いや、アンハッピーリッチの方が幅と深みがあって面白そう。 人によるか?
・・・・・・
5453,人生で最も大切な技術 ー23 豊かな貧困者
2016年02月19日(金)
       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * ハッピープアー(豊かな貧困者)の存在
「豊かな貧困者」の言葉が意味深長。 仏教用語の「無一物中無尽蔵」の意味、
「人間は無一物が本来の姿だから 、それに徹したとき、逆に一切が無限に出現
する自在の境地が開ける」と似ている。最貧の状態が、最も豊かになることも
ある。 その具体的なケースとすれば解りやすい。 〜その辺りから
≪ 心理学者グループの研究にハッピープアー(幸福な貧困者)と呼ばれる層
 に関するテーマだが、ストレスに苛まれている富裕層が羨むような、陽気で
苦労知らずの人たちをこう呼んでいる。ディエナーによって実施された研究も
その一つ。カルカッタの路上生活者とスラム居住者を対象にした調査から、
彼らの家庭生活、友情、道徳、食事、喜びを含む各種の分野における満足度が、
大学生レベルとほとんど変わらないことが判明した。
 一方、社会的、感情的な愛着をほとんど断ち切っているサンフランシスコの
路上や保護施設生活者の場合は「非常に不幸」と答えている。社会学者たちは、
このハッピー・プア現象の説明に、以下の事実を根拠にしている。
 カルカッタの貧困層の多くは、社会的、経済的な立場が向上する希望を
まったく放棄している結果、この点で不安を感じない。しかも彼らは、食品
などの極めてささやかな物質を手に入れることで容易に満足感を得ている。
 ハッピー・プアが単純極まりない楽観論者だ、とは言い切れない。
チベット語の教材を印刷するために、デリーの貧困地区に暮らしていた
ことがある。ボロボロの三輪車の後ろに客を乗せて人力車のペダルを一日中
踏み続ける、リキシャ仲間がたくさんできた。冬の夜は、道端の空箱や
ダンボールをくべて焚き火をして集まるのが常だった。大声で会話しては、
大笑いをし、あたりを騒がせていた。中には流行歌を歌う者もいた。
焚き火が消える頃には、それぞれの三輪車の中で眠る、という日常。
彼らの生活は楽とは程遠い、非常に辛いものだろう。だが、その善良性と
無頓着こそが彼らを幸福にしているのである。ストレスを溜めこんでいるパリ
の広告代理店や証券市場の連中よりはるかに幸福だ、と考えざるを得ない。
 年老いたブータンの小作人のことも忘れることができない。私のいた僧院
の若い僧院長が、新品のシャツと1000ルピーを差し出すと、小作人は、
「300ルピー(約7ドル)以上を手にしたことは一度もありません」と、
おどおどしながら話した。僧院長が「心配事はないか」と聞くと、
しばらく考え込んでこう答えたのである。
「はい、雨の季節に森を歩くとき吸いつく蛭です」
「他には何かないか」「それ以外ありません」
かの有名な樽に暮らすディオゲネスがアレキサンダー大王に向かって告げた。
「王よ、私はあなたより偉大です。なぜなら、王が所有したよりはるかに多く
を捨て去ったのだから」。ブータンの小作農の単純さには、偉大な哲学者の
言葉と同じ重さがあるとは言えないだろうが、幸福と満足度が富に正比例
しないことをはっきり示している。驚いたことに、米国人の80%が幸福である、
と答えている。ただ、表面に現れている数字と現状には大きな落差がある。
物質的な状況は改善されているのに、若い世代のうつ病は、1960年代の10倍
に膨れ上がり、それが低年齢層に蔓延しつつある。40年前、うつ病に初めて
罹患する年齢は平均29歳だった。それが今日では14歳に低下。
世界の年間死亡者の2%が自殺で死亡し、戦争や殺人を上回る。米国では、
躁うつ病の患者の自殺が十代男女の死因の2位に上昇している。
スウェーデンでは、学生の自殺が1950年以降260%という驚異的上昇を記録。≫
▼ 準備を含めた45年間の事業人生を終えて、丸裸? で、現在は家内名義の
 自宅で、家内リッチで、私はプアー。しかし、何故か心はハッピ?ープアー
そのもの。だから、卑しい?目線に快感すら感じることがある。実際に、
今日明日の生活に貧する路頭に迷ったら、その余裕はないのだろうが。
デリーのリキシャの明るさの一端が、少しは解る? それが、最大の収穫。
今さら現象としてのコスプレの衣装が、汚れ、擦切れたとして、着たきり雀
のコスプレを羨ましいとは思えないし、逆に、暑苦しくない? と、書くと、
逆だろうと勘違いされるか。 これだけは経験しないと分からないこと。
 話題の川柳〜 我が家では イエスかハイの 二択制   (/へ\*)")ウゥ
で、これも偶然だが、以下の内容に丁度よく繋がっていく。 (_ _。)
・・・・・・
5089,タガメ女の正体  ー�
2015年02月19日(木)
      ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著)
  * 魂の脱占領化
 この著書で紹介されていた、「魂の脱植民地化」とは、言いえて妙。
この随想日記で、言い続けてきたことが、たった一言で言い表している・・
「終戦の半年後に生まれ、アメリカの占領下、魂まで植民地化された自分に
学生時代から気づいてはいたつもりさった?が・・ しかし、私もダカメ妻?
に絡めとられて40年、何時の間に前期高齢カエルになっていた、? いや、!
  〜ネット検索をすると、以下の内容があった!
≪「魂の植民地化」とは、自由なはずの魂の活動が、人間社会によって呪縛され、
 本来の自分を発揮できない状態のこと。国家による植民地化だけでなく、
親や学校、共同体、社会の空気・思想などが個人の魂を呪縛し植民地化する。
それによって偽装された自分によって、本来の情動や感情が、いかに抑えられ
ているかを、まず自覚しないと。≫
≪「不幸の均霑(キンテン)」という言葉は、第二次世界大戦下に、
 「不幸が平等であるべきだ」という日本国民を縛付けた恐ろしい概念。
それが69年経っていまだに、日本人の心の中に生き続ける。これを作動させて
いるのは個人個人の『蓋』と『箱』という人間の魂と言動を分断する装置だ。
『意図的に自らの言説空間にとって都合の悪いことを「認識しないことにする」
ことで、場の論理を維持する。』「和を以て貴しとなす」と云われるように
日本人独特の価値観がこれに拍車をかける。社会に対し不平不満や誹謗中傷
をぶつける前に、自らの感情の源泉はどこにあるのか考えることが
「不幸の均霑」という呪縛から抜け出す唯一の方法に思う。 ≫
▼ 諸悪の根源である『世間』という幻想。それに縛られた状況が作り上る
 窒息状態が人間を小さな岩穴に閉じ込め、歪んだ結果、病になる。その箍を
極力、意識し、そぎ落としてきたつもりだったが・・ それは具体的にいうと、
世間という妄想。この力が働くのは誹謗中傷で現れる。 これこそ、不幸な
人たち、何も出来ない魂の膿である。彼らの情報は、世間的価値の妄想で
作り上げた「裁き」という誹謗中傷。それが対象だけでなく、自分を毒殺
していることが自覚できない。これが世間の「魂の占領化」である。
毒殺された植民地現人が、ゾンビ化し彷徨って、不幸の均霑をしているのが、
娑婆。だから、自分の周りに柵を巡らし、ひと時でも宙遊の時を持たなければ
ならない。その為、教養(魂の脱占領化)が必要となる。
・・・・・・
4724,シェールガス革命 ー2
2014年02月19日(水)
  * 資源大国の地位を失いかけている中東やロシア
 そういえば、以前ほど原油価格に対し敏感でなくなっているのは、
静かな恐慌?で原油需要が減っているのに加え、アメリカのシェールガス革命
が進んで自前でまかなえるようになったため。 この数十年来のエネルギーの
高騰で、この世の春を謳歌した中東、ロシアも、その恩恵が少なくなってきた。
ロシアのプーチンが北方領土問題で、軟化してきたのも、そのため。 
公害問題もあるが、間違いなく新しいエネルギーに重心が移ろうとしている。
 ーその辺りからー
《 シェールガス革命が進めば進むほど、エネルギー価格は下落していく。
 とりわけ、これまでエネルギーの中心にあった石油ほどその影響を大きく
受けざるを得ない。今後、原油価格はどんどん下がり続け、世界のエネルギー
市場の構造は一変することが予想される。周知のように、冷戦崩壊後、経済的に
貧窮していたロシア経済を救ったのは石油や天然ガスなどの資源である。
一般に、原油価格が1バレル80ドルを割り込むと、ロシア経済は苦しくなる。
ロシアは国内産業が未成熟なため、多くの製品を海外から輸入する必要がある。
意外に知られていないが、ロシア最大の弱点は農業。ロシアは多くの農産物を
海外からの輸入に頼っているが、資源が高値で売れないと、外貨を稼ぐことが
できなくなってしまうのである。そこでロシアのプーチン大統領は、天然ガスを
はじめとする資源をアジアに売り込もうと、日本にも積極的にアプローチ。
北方領土問題でのやや軟化姿勢はその苦悩の表れなのである。
 同じように、経済的に厳しい状況に追い込まれるのが中東の産油国である。
1973年に石油危機が生じて以降、中東は現在まで40年もの間、大きな政治力を
発揮してきた。それはひとえに石油の賜物と言ってよい。しかしながら、今後
は中東の産油国に頭を下げなくとも、エネルギーが手に入るようになる。今後、
石油は単なるエネルギー商品の一つにすぎなくなる。中東諸国の凋落に合わせて
苦境に陥ることが予想されるのは、英国ロンドンのシティである。
これまで中東のオイルマネーを一手に集めてきたシティは、中東の地位低下と
一蓮托生になる。シェールガス革命後、欧州の中心は、金融においても
実体経済においても、急速にドイツへと移ることになるだろう。》
▼ 日本も脱原発問題を踏まえ、国内の資源開発に乗り出すだしかない。
 しかし、その海域は地震発生と津波のリスクが存在する。それよりも、
全体の需要が減っていくため、さほど面白みのない分野なのかもしれない。
これもあって、アメリカが当分の間は、力を取り戻すことになる。
何があってもアメリカには、ドルという主軸通貨が健在だ。中東の原油の
決済通貨を盾にドルの裏付けにしていたものをシェールガスが加わるのだから。
・・・・・・
4357, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 −2
2013年02月19日(火)
    「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」 橘玲 著
  * 愛情空間、友情空間、貨幣空間
 私たちは、まず家族、そして友人を第一に考える。そして職場の仲間、
定年になれば趣味仲間になる。しかし貨幣を媒体とする買い物やサービスを
受ける付合いもある。それらの空間を、愛情空間、友情空間、貨幣空間という。
家庭、職場、お店という空間である。その中で、いざとなると金である。
その魔力に、その隠された本性が現れ出る。貨幣で世の中の9割以上を
買うことが出来る実感がする。その本質は交換手段だが欲望を満たす手段。
金は自由そのもの。勤め人が我慢して働くのは、自分の自由を労働という
不自由と交換するため。しかし得た賃金は、自由そのものになる。
その交換の場を貨幣空間という絶妙な表現が良い。お金ほどグローバル価値
のものはない。空気と同じで、それが無くなれば今日の食事もままならない。 
 ーその辺りの要約すると
≪ 私たちにとって、一番大事なのは、家族や恋人などの関係である。
 これが八割ほどとみてよい。そして残りの19%が友人関係。ここには
 会社などの人間関係も含めて「政治空間」という。そして残りが貨幣関係。
 この関係は商品などを通して世界中ともつながる。中国製のユニクロの
 シャツなどは、その典型である。その関係は空間にある。
・愛情空間は2〜10人ぐらいの小さな人間関係で、半径10Mぐらい。
 ところが、この小さな世界が、人生の大半を占める。人間は太古より、
 愛情空間の出来事の中で、愛情を作ってきた。人間社会は親族のネット
 ワークで構成されていて、それを最優先をしても、誰も咎めをしない。
 愛の至上主義は、生命の進化の過程で人類の遺伝子に組み込まれてきた。 
 だから、愛が無くなるなどありえない。
・友情空間は、最大でも20〜30人ぐらい(普通は10人前後)、
 半径100Mほどの人間関係。政治空間まで広げても100人ぐらいでしかない。
 友情空間が大事なのも、人間が社会的動物だからだ。狩猟採集の時代、
 過酷な自然環境のなかで人類の祖先は群れをつくって身を守ってきた。
 群れから追放されることは死を意味していた。
・貨幣空間は、人間関係においては、わずかに1%だが、実際の範囲は、
 90%、いや99%を占めているといってよい。貨幣空間は、農耕と取引
 によって成立してから僅かに一万数千年しかない。ここに私たちが、貨幣空間
 に極めて少ない価値しか認めない理由がある。進化の歴史の重さによって、
 愛情や友情という人間関係に比べ、貨幣を介するつながりの重要性を正しく
 理解できないのだ。≫
▼ その貨幣価値は、一歩、愛情空間と友情空間を出ると、ほぼ全てが
 貨幣空間になる。新幹線に乗り、東京で同級会に出席してみれば分かる。
 その会も、友情空間と貨幣空間のミックス。家を出て、帰るまで、全てが
 貨幣空間になる。現実のシビアさと、家庭の温度はあまりに大きい。
 とはいえ、愛情空間と友情空間も、残酷で残忍の一面がある。
 愛憎空間というか。 ところが、これにネット空間が別に出来て、
 現実社会を覆ってきたのだから・・・  ーつづく
・・・・・・・
3982, スポーツジムに10ヶ月
2012年02月19日(日)
 スポーツジム(SJ)に通い始め、あと50日で一年になる。
金曜と日曜が公営のミニSJで、それ以外が近くの大型の民営のSJに通う。
一挙に緊張感から解放された反面、ストレスによるウツ予防対策として身体を
動かすことと、セカンドルームとしての場所の確保には、うってつけ。身近の
人の倒産劇で、ストレスが暴発したり、酒浸りになり廃人同様になったのを見て
いるので、とにかく運動でストレス解消と、二つスポーツジムに通いだした。 
元々、二年前からの早朝のサイクリング一時間を習慣化していた(4〜11月)。 
それを加えて一日三時間は運動をすれば、目先の辛い一年を乗り越えるだろう
と始めた。 気分転換には良い反面、地元のため知れ渡ったのだろう、冷たい
視線や聞こえるような陰口もあったが、内語の「シロアリ」の10回の繰返しで、
実際にそう思えるため、丁度良い呪文になっている。シロアリは弱音に敏感、
何とも思わなければ直ぐに消えていくのは世界共通の道理。一年近く真面目に
通った結果、数年来の足腰の重さが五分の一か、十分の一になり、腰痛もほぼ
解消。 それも時間が経つにつれ良くなるのが分かる。6つの運動マシーンと、
その間にステップ台が交互に円環に並んだ中央に、若い女のインストラクターが
ポップ系の音楽に乗って指導する踊るようなイージーラインがよい。この歳で、
ただ踊れといっても無理だが、運動ならできる。立ち話で「今日は、まだ一回目」
というから、一日何度も来ている人がいるようだ。温泉プールに、風呂、サウナ、
ロビーがあれば、格安の娯楽施設でもある。 フリーの世界=御隠居の世界も
入ってみれば、楽しいもの。 昨日フロントで、「今日で200回目です」と
言われた。10ヶ月と10日になるので、祝祭日と定休日を除くと、ほぼ皆勤。 
現職を含め、お薦め。


5818,緩和小題 〜しまった!  ートランプ大統領選出は?ー 6

2017年02月18日(土)

     
      < しまった! 「失敗の心理」を科学する
       ジョゼフ・T・ハリナン (著) > 
   * トランプ大統領選出は凶か吉か?
 既に失権をした韓国大統領と、アメリカの新たなトランプ大統領の選出。
誰の目にも「選定の失敗」は明らか。判断するには少し尚早だが、その辺を
考え読みとってみる。
・韓国の場合、怪しげな新興宗教の教祖が、元大統領の娘に目をつけ、大統領
に祭り上げて黒幕になろうと画策し、自分の娘を同じ学校に入学させ近づけ、
大統領の階段の誘導に成功し、大統領にさせた。その結果、教祖の娘が陰の
大統領になり好き放題。 韓国映画並みの劇場型コミック物語そのもの。 
・トランプ大統領も然り。黒人大統領と、元大統領夫人の金髪白人女候補の
世襲に不満を持つ中下層の白人層に狙いをつけ、ロシアの後方援助を得て当選。
全くの素人が絶大権力を持つと、こうなるという珍現象が日々、ニュースで
話題になっている。 二流役者から成り上がったレーガン元大統領でさえ、
カリフォルニア州知事の実績があった。それも俳優で、蔭のシナリオ作家?が
書いた大統領役を忠実に演じればことが済んだ。しかし暗殺されかけたが… 
 それに比べて、この御人、あまりに粗末な裸の王様。TVや、ネットが、
政治的に軽いオツムを、そのまま公開することになる。気づいていないのは、
大統領本人だけ。落目のアメリカの拍車をかけることになる。
どの切口をとっても、あまりに隙だらけ。弾劾裁判の可能性を排除できない。
軽いオツムの公開といえば、「このブログも?」と、斜め後から聞こえてくる… 
 
・・・・・・ 
5452,「楽しむ」を楽しんで哲学する
2016年02月18日(木)
      【アリストテレスの人生相談ー小林正弥著】の、
      ー幸福原理「美徳に基づく魂の活動」ーより
   * 「楽しむ」を哲学する
 母親からは、『仕事も、習い事も、それが楽しみになるまで努力すること!』
父親からは、『お金は事業と仕事を楽しんだカス。カスを稼ぐため努力する
のではなく、楽しめるまで苦労し熱中すること』と、聞いて育ってきた。
その背景には、仕事も、習い事も、膨大な努力があってこそ。それを続ける
には、楽しみまで引き上げればよい。古美術商時の上客から伝授して貰って
いたのだろう? 同じことを2千数百年前の哲学者がいっていた。
<「本物の音楽家とは音楽を楽しむ人のことであり、本物の政治家とは
 政治を楽しむ人のことである。そして、楽しむのは能力のある証拠だ」>
これは、アリストテレスによる洞察である。何をするにせよ、本物の上達は、
そこにどれだけの楽しみを得られるかによって図ることができるのだ、と。
【アリストテレスの人生相談ー小林正弥著】の、幸福原理「美徳に基づく
魂の活動」から考えて、楽しむとは、美徳を実現させるため、の前提がいる。
ただ楽しければよいだけでは薄っぺら過ぎる。 〜その辺りから〜
≪ 言葉だけを見ると、誰にも存在する美徳を実現することが幸福をもたらす
 と見えるかもしれませんが、実際は、音楽の卓越した素質を持たない人は、
いくら努力をしてもプロの音楽家になるのは困難。アリストテレスは、個々人
に、その人の固有の素質が本性として備わっていると考えているのです。
ですから、この原理における「美徳」は、あくまでもその人の魂に内在する
卓越した素質のこと。つまり、これは「幸福を、その人の魂に内在する優れた
素質に基づく魂の活動」ということなのです。アリストテレスは、
「馬の愛好者にとっては馬が快いように、美徳を愛する人たちにとっては
美徳に基づく行為は本性的に快いものである」とします。ここで重要なのは、
彼は幸福を快楽とする考え方は否定しましたが、「美徳に基づく魂の活動と
しての幸福は、それ自体として快適である」としていることです。たとえば
賭博を快楽とする人がいても、それは真実の幸福ではありません。それは、
美徳に基づ魂の活動ではないから、これに対し、たとえば理性的な思考活動は、
美徳に基づく魂の活動なので、快いものです。 再び音楽家を例として考えて
みれば、その人の魂に内在する卓越した音楽的素質が開花し発揮されれば、
その人は優れた音楽を作曲したり演奏したりすることができるから、その人は
音楽の喜びを味わうことができる。その人にとって、それは本性的に快いもの。
逆に、音楽的素質のない人が無理に音楽を長時間習わされても、それは苦痛で
しかありません。このようにアリストテレスは、「本来の善なる活動としての
幸福は、魂に内在する卓越した素質に基づくがゆえに、その人にとっては
不愉快で面倒なものではなく、本性的に快いものだ」と考えました。
しかも彼は、それは美しく、善き行為であると考えます。アテレーは一般的
には「徳」と訳されていますが、美しいものでもあるので、私はそれを「美」
と訳しています。≫
▼ 「幸福の状態」を、「楽しみ」に重ねてみた解釈だが、最も濃いのを
 至高体験、薄めなのが「楽しみ」と、普通は「何となく幸せ」という実感。
オリンピックの選手が、『勝負を楽しみたい』とは、極限状態の現場で本性的
から出てくる実感の言葉だからこそ価値がある。それも勝ったか負けたかでも
意味合いが違ってくる。 濃い目の「楽しむ」とは、美徳に基ずく魂の活動
なればこそ、その味が濃くなろうというもの。まあ、美徳でなくとも、大自然
との邂逅でも、至高体験は可能・・ で、三桁の至高体験と、濃い目も
「楽しみ」が沈殿した池、いや風呂が心の底にあって、何時でも入浴可能。
で、落ちがつく。それが慢性したのがボケ状態の天国? 傍は、地獄に化す。
 で、以下が、ちょうど良い塩梅につづく。
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4723,哲学はなぜ必要か?
2014年02月18日(火)
  * なぜ人生に、哲学が必要なのか?(今更だが、あえて!)   
         もう少し おまえσ(=゚ω゚=;)考えろよ ったく!
 40歳を過ぎた頃から、哲学に興味を持ち始め、初心者用の本を中心に読み
続けてきた。知れば知るほど、奥行は深い。知人の叩き上げ?で一財を築いた?
男が、茶器造くりを趣味にしていると聞き、自宅に行き、一つ貰ってきたことが
あった。その少し前に「スランプ気味」と話していたので、お礼にと初心者向け
の池田晶子の哲学書を贈呈した。そこまでは良いが、私の一連の件で会う度に、
逆手に『俺は哲学書など読まないが、上手くいっている』と嬉しそうな嫌味。
 これは、イギリスの哲学者で経済学者でもあるジョン・スチュアート・ミルが、
著書「功利主義」で唱えた【満足した豚よりも不満足な人間である方が、また
満足した愚か者よりも不満足なソクラテスである方がよい】の知識があったら
言えない言葉。「ものを考えず現状に満足して動物のように生きるな。やせても
かれても思考する人間らしく生きよ」ということ。その男に何度か言われるうち、
酒も入っていたこともあって『茶器造くりでスランプというから哲学入門書を
あげた。茶器とは作者の魂そのままが、表出するもの。スランプを乗越えるには、
魂とは何か?魂を入れるとは何か?を知らなければなるまい。作品に打込んだ
魂とは全身全霊を作品に叩きつけてこそ入るもの!それなくしてスランプを
乗り越えることなど出来ないはず!』と、怒り気味に話したが、この人には? 
近くの社長をしている二人も、その男の嫌味に対し、私の理屈に同調?したよう
だったが・・┃¨━(σ-`д・´)━╋┓
 魂といえば、ゴッホの「ひまわり」や、ピカソの「ゲルニカ」を前にし、
その波動が伝わって立ち竦んだことがある。茶器づくりも、茶道も、花道も、
コンピユータにたとえれば「エクセル」「ワード」などの「アプリケーショ
ンソフト」に過ぎない。「ウィンドウズ」や「リナックス」といった
「OS(基本ソフト)」がなければパソコンのアプリが動かない。
 何事も、そのOSとなる「ものの考え方」や「もののとらえ方」の基礎を
学ぶ必要がある。行詰ったら、「知のOS」を、グレードアップした上で、茶碗
造りなどのアプリを作り替える必要がある。その「知のOS」が "哲学"などの
教養にあたる。これからして、正解のない人生の課題に対処するにも哲学が
必要になる。人生の難問は生きている限り次々と生じてくる。
対処するには自頭で考えて乗り越えるしかない。その自頭のベースは教養から
生じてくる知恵、すなわち哲学になる。「哲学」(フィロソフィー)という
言葉は、古代ギリシャ語「フィロソフィア」(知恵を愛する)が語源。 
この言葉は、哲学が「いかに知るか」「いかに学ぶか」を学ぶための学問で
あることを教えている。知恵を愛するから、知恵が生まれる。反面教師
なら幾らでもいるが、相手から見れば、自分が最たる反面教師だろう・・ 
人は己が知っていることしか知らない!
(゚∀゚). (ノ・人・`)??はて? ドォスル?? (*・д・)ノ(・д・`*)ドォシヨッヵ
o( ̄ー ̄;)ゞううむ  o(´^`)o  ウーr(-◎ω◎-) 考え中..... 
σ( ̄、 ̄=)ンート・・・σ(゚・゚*)ンート・・・ウーン  (Θ_Θうーん・・(〃 ̄ω ̄〃ゞ
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5088,タガメ女の正体 ー�
2015年02月18日(水)
   * 某メガバンクの必殺カニばさみ ータガメ女の正体〜深尾 葉子(著)
 とっておきの逸話が紹介されている。できちゃった婚の「ちゃった」が、
この恐ろしい女の謀略を隠しているが、相手も然るもの! とにかく危ない!
誰にでも‘持て期’があるが、ひ弱なカエルに対し、「カニばさみ」は必殺技。
 神様は、男の生理を、この技に耐えられないよう御つくりになった。
≪ 「“カニばさみ”されないように気をつけろ!」 (p103〜戦略的妊娠)
 某メガバンクの独身寮には近年、先輩から後輩へ語り継がれるこんな“警告”
があるという。「カニばさみ」とはいったい何か。入行6年目のAさん(28)が
実体験を語る。一般職の女子行員(32)にいまの部署に移ってから先輩として
いろいろ教わっていて、部署の飲み会の後、酔いの勢いでラブホに入ったんです。
いざ行為を始めようと避妊具をつけようとしたら、彼女が『今日は大丈夫』って」
そのまま言葉に甘えてノーガードで始めたAさん。だが、もう限界だと思って
腰を後ろに引こうとしたその時、信じられないことが起こる。「彼女の両脚が
僕の胴回りを挟み込み、ガッチリとホールドされた。振りほどくのも変だし、
『まあ大丈夫だって言っていたしな』と……」 流れに任せたAさん。
この時は、職場の上司に「出来ちゃった婚」を報告するはめになろうとは
夢にも思っていなかった─。 これが、いま独身のアラサー女性たちの間で
にわかに急増する“カニばさみ”の実態。「独身のアラサー女性たちは、
とにかく若い社員を捕まえたい。だから、避妊をさせない。しかも、男の側も
上司や周囲から『早く身を固めろ』と圧力をかけられたりするから、結局
従ってしまいやすい」(ベテラン銀行員) 冗談と思われるかもしれないが、
バンクの男性社員間では、「お前もやられたか」「あの娘は‘カニばさみ’
をするように見えなかったけどな。」なんて日常茶飯で語られている。 ≫
▼ 以前、名古屋の花嫁学校の授業の一部を紹介していたが、料理・洗濯・
 行儀見習いなどを教えていると思いきや、何と、〈 男の誘い方、魅力的
化粧と、ファッション、魚(男)の釣り方、漁り方、魚場の在り処 〉が要だった。
この書からみれば、ダカメ女に徹し、少しでも大きく、美味い魚の漁り方。
必殺カニばさみの戦略的妊娠は、逆に女子行員の中で、引継がれている? 
タガメも女道がある!これで一生が決まる幻想があれば、一生懸命になるは!
・・・・・
4356, 閑話小題 ー因果一如
2013年02月18日(月)
   * 因果一如
 白隠禅師の坐禅和讃の中に、「因果一如の門ひらけ」と云う一節がある。 
「因果一如」は、因果応報に近い言葉。原因と結果は一緒という意味で、
原因を作ったときには、結果も同時に生まれるということ。結果はいつも
原因の中にある。 原因から出て行って、また原因へ帰る。 過去と未来に
とらわれることなく今のその瞬間を大事に生きることにつながる。
なぜ人は死ぬか? 生まれてきたからだ。病気は、きっかけでしかない。
善悪、それは誰かが決めた基準で裏表同じこと。事業の倒産、それは創業を
したため。きっかけは事業年齢がきて寿命が尽きたため。そうこう考えると
納得できる。現在のアベノミクス、これを因果一如で考えると、ハイパー
インフレへの最終到達点。一度、清算した方が良いのかも。
  * ヨガ・エアロの場にて
 週に二回、スポーツジムの「ヨガ」に参加しているが、あと一月で一年。
欠席は4〜5回で、ほぼ皆勤に近い。週に三回、行われているが、火曜日と
木曜日に参加している。50人定員だが、毎回、ほぼ満員。幅60センチ、
縦120センチのヨガマットを縦にして、その中で先生の指導の下、50分間、
マントラなどの音楽を聴きながら、色いろなポーズをとる。室内はカーテンで
暗く、大人数のヨガは何とも不思議な気持ちになる。
「マット内は、自分の宇宙で、周囲を無視してください。」と何度も繰り返す。
9割は女性で、時間からして主婦が大部分。一年近く続けていたため、関節の
硬さは、かなり取れてきた。「スローヨガ」と名うっているが、だんだん
ハードになっていく。私にとって、医院での腰痛治療のようで、背骨、足腰
の骨の矯正をしていることになる。ヨガは、元もと座禅など瞑想をしている
合間に、足腰の矯正をするためのもの。とはいえ、これで腰痛が良くなった
というより、悪化防止という感覚。終わると、脳と身体がスッキリ
した感覚になる。で、先日、私の近くでプッという音。ガス抜きのポーズで、
誰かが思わず・・ そこに、男は私ひとり。誰がみても・・ 
まあ、いいかで時間が過ぎていった。 


5817,緩和小題 〜しまった! ー「犯罪者の容姿が醜い」説は本当か  ー 5

2017年02月17日(金)

     
      < しまった! 「失敗の心理」を科学する
       ジョゼフ・T・ハリナン (著) >
   * 「犯罪者の容姿が醜い」説は本当か
 卒業直後から女性の多い職場にいたこともあって、直ぐに気づいたことが、
美人は性格が温厚で優しい人が多いという容姿と性格の関係。子供の頃から
周囲に可愛いといわれ、男の子から優しくされ続ければ、歪みも少なく、自然体
になるのは至極当然(例外もあるが)。その逆に、マル暴事務所に属している人
たちは、確かに人相が悪い。 刑務所内で、悪党諸君と悪さ自慢をして、粗食を
食べているのと、美術館で名画を観て、美味しい食事をして、音楽会でクラシック
を聞いているのとは、人相は違って当然のこと。それが何代も続いて容姿になる
なら、尚のこと。 貧すれば鈍する! 恒産に恒心あり! で容姿がつくられる。
 〜そのシリアスの研究が、ここで紹介してある。 
≪ アメリカの大学で、1万5千人の高校生の被験者の容姿を「美形」から、
「ひどくブサイク」の5ランクに評価する。この容姿の評価と10代の犯罪歴から、
ブサイクな若者は送った暗い青春の長期的影響は、ささやかだが、抜きがたいと
結論づけた。「容姿の劣る人は普通の人と比べて犯罪を起こしやすい。美しい人
は、普通の人より犯罪を起こしにくい」犯罪者は普通の人より醜いと。≫
▼ 大人数の兄姉の末っ子で、幼児の頃から常に顔色を窺いながら育ったことも
 あって、特に女性に対する用心深さが人一倍あったような。 美形である程、
視線に対し敏感の半面、それを褒めて欲しいのが特質。しかしさほどに、人は
褒めてはくれない。だから何気なく褒めるのがポイント。表づらと内づらは違う。
 逆に、犯罪者は蔑視に非常に敏感である。だから怒り、争い、傷つき、傷つける。 
また老いるに従い、気づかず顔は曇り、老醜が漂ってくる。特に清潔感には注意… 
 大国アメリカの失敗が、毎日のニュースで御存じの… あれ。
で、偶然だが、男はすべからく、「しまった!」と後悔する。で、以下に続く!

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5087,タガメ女の正体 ー��
2015年02月17日(火)   
 まず、タガメ女の定義:田んぼに生息してカエルを捕獲するタガメのごとく、
収入や社会的地位のある男性を捕獲し、「幸せな家庭」というタガにがっちり
はめて自由を奪い、リソースを吸い尽くす女性。夫、子供、ママ友など周囲の
人間関係をもタガによって呪縛する。搾取される男性を「カエル男」と呼ぶ。
  〜概要をまとめると〜
・現代日本社会には男性を搾取して弱らせる「タガメ女」なるものが存在し、
 巧みに男を捕まえて専業主婦という地位に収まり、その後は様々な約束で夫を
 箍(たが)にハメては、わずかな小遣いで働かせる。軽い筆致で現代社会の
 極めて重大な問題を提起する。それは標準化された「幸せ」の形式を盲信する
 ことの危険性であり、それを「魂の植民地化」と呼ぶ。「エリートとの結婚」
 「郊外の一戸建て」「年に一度の海外旅行」など、標準化された「幸せ」の
 強迫は、強者、弱者 とも不幸にする。この問題の答は、読者が自分で考え、
 一般の価値観に捉われないことである。
・政府の施策やマスコミの世論誘導や、家電の普及で家事労働負担が劇的に
 軽減されたにかかわらず「家事が重労働だ」というプロパガンダが成功した
 ことで、「男に寄生して一生楽に血肉を吸い続けるタガメのような害虫女」
 が生まれてしまった。タガメ害虫女も、己の存在価値を賭けタガメ女同士
 の見栄の張り合いや、夫や周囲に忙しさや幸せの演出を続けなければならない
 ため、決して幸せではない。 夫の犠牲の上に「専業主婦」という楽園を
 作って女性が逃げ込んだ先が実は「タガメ同士が殺し合い潰し合う修羅界
 の地獄」だという不都合な真実」がある。
・箍にハメられ、カネと社会的リソースを「タガメ妻」にと吸い取られる
 カエル男が支配する日本社会に、「責任転嫁」「現実逃避」の病根がある。
 タガメ女に箍めとられてカネと社会的リソースを搾取される「カエル男」
 たちが、日本の政治、経済を動かし、部下や下請け会社、取引先といった
 周囲の関係者を逆に搾取の”倍返し”で支配する。
▼ 4年前に御隠居生活に入って、(現役の)森の世界の木や林での価値観が
 如何に官製でしかないことと、世間様とかいう「魂の植民地人」の哀れさを、
改めて知った。それは40年近い現役時代の家内の目線は、タガメ女のそれ。

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5451,人生で最も大切な技術 ー22 幸福の社会学〜個人の特性
2016年02月17日(水)
       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
    * 個人の特性
 幸福は知性には関係なく、心の温かがあって、開放的、外交型タイプ
に多い。精神的な人で、リラックスが直にできる人も幸福が擦寄ってくる。
とすると、私はさほど幸福ではない?いや、これを書いている時は、
リラックスし、幸せタイムだから、少なくともネット上は幸せか。
  〜その辺りから
≪ ・幸福と知性は直接の関係はないらしい。幸福度は、IQテストでも、
 性別や 民族でも、ましてや肉体的美しさでも測定することはできない。
・一方、「心の知能指数」は、幸福な人と不幸な人では大きな差がある。
ピーターサロベイによって造語、解説され、ダニエル.ゴールマンによって
一般に紹介された、心の知能指数とは、他者の感情を正確に認識、配慮し、
自分自身の感情を明確かつ即座に自覚する能力、と定義される。
あるグループによれば、「幸福は、自己主張する資質と外向性および
共感する力が揃ったときに実現する」、ということらしい。
たしかに、幸福な人は、一般的に開放的である。
・幸福な人は、自分と自分の人生をコントロールできると信じている一方、
不幸な人は、自分が運命に弄ばれていると信じる傾向がある。自分の住む環境
を自在にコントロールできれば、それだけ幸福感が強まるということらしい。
・日常生活で見る場合、外交的人間は、内向的人間よりポジティブイベント
経験が多く、神経症の人は、安定型よりネガティブイベント経験が多い、と
いう点は興味深い。人は、不運を「連続」して感じたり、自分の中に問題を
惹きつける磁石がある、と感じたりする時がある。だが、大切なのは、外向型
だろうが神経症タイプだろうが、楽観的だろうが、自己中心的だろうが利他的
だろうが、繰り返し同じ状況にかり立てるのは、究極的には自分の性格である、
という点に留意することである。
・心が開かれた人は、困難な状況を戦い抜くのに長けている。一方、リラックス
できない人が困難に直面すると、不安を募らせ、それが感情的および家族的な
問題として反映される上、社会的落伍者という形をとることさえある。
・宗教的であるなしに関わりなく、精神的な次元は、人生の目標設定、人間的
な価値の向上、慈善、寛容、の促進の行為に役立つだろう。 ・・・(略)
人間は、病気にかかっても、病気になる前の幸福度に戻れるというガン患者の
研究により、彼らの幸福指数は、患者以外の人々の指数とほとんど変わらない
ことが判明した。・・ ≫
▼ 不幸のどん底と思えるガン患者の幸福指数が普通の人と同じとは意外。
 ガンは心を閉ざすものとの思い込みがあるためである。心が開かれている人は、
それゆえに心の闇の淵で何とか留まる。とnころで、ブログを始めて暫くして自分が
大きく変わったことに気づいた。ブログは、続けていると生身の心情と、能力の
限界がそのまま露呈するが、時間とともに、そのことが、幸福感を、以前より
遥かに強くする力になるようだ。
「幸福は、自己主張する資質と外向性と共感する力が揃ったとき実現する」
で、正にブログは、ネット上で、その役割を果たしてくれ、その多くから、
幸せ感が溢れ出ているのは、そのため。

・・・・・・・
4722,心を上手に誘導する方! 
2014年02月17日(月)
     「心を上手に透視する方法 」トルステン・ハーフェナー (著)
  *「自分は運がいい」と思っている人ほど、幸運に恵まれるのはなぜ                           
「マインド・リーディング」のテクニック&メソッドを紹介した本だが、
これは他人だけでなく、まず自分のマインド・リーディングに使えばよい。
それだけ、心は未知で、扱いにくいもの。ランダムに、面白そうな部分を
テーマにするが、運、不運は、その最たるもの。運は判断の結果をいうが、
その為に必要なのが「観察力」である。このところ長年信じてきたバイアス
に気づくことが多い。 『私はもの覚えが悪い!』と、数十年思い込んできた。
そのため、対象を観察さえしようとしないため、さらに、もの覚えが悪く
なっていたことに、最近、気づいた次第。私は「運が強い」と思ってはいるが、
その運を呼び寄せるのは、長年かけた努力の集積の結果ということを経験上、
分っていた。運がいい、という思い込みなら、良いが。 ーそのあたりからー
《 自動車メーカーの創設者ヘンリー.フォードはこう述べている。
「あなたは、自分は何かがとても上手にできると思おうが、全然できないと
思おうが、どちらも正しい」 あなたの思考パターンが、目標を達成する
妨げになっていないかどうかをよく考えてほしい。なぜなら、それがあなたの
人生の運に大きな影響を及ぼすからだ。イギリスの心理学者、リチャード・
ワイズマンも、大規模な調査によってそのことを証明している。
 ワイズマンは、人生における幸運と不運は本当に偶然によるものなのか、
それとも運のいい人と悪い人がいることを心理学的に説明できるものなのか、
ということに興味をもった。そこで、ワイズマンは、自分が幸運に恵まれて
いると思っている人と、ついていないと思っている人を探し出した。
調査の対象になった人たちは「新聞に載っている写真の枚数を数えるように」
と言われた。その後、ワイズマンは被験者に、写真が何枚載っていたか尋ねた。
しかし、被験者には知らされていないもっと重要なことがあったのだ。
その紙面の中央に、ワイズマンはある文章をかくしていた。その文章とは、
紙面の半分くらいの大きさで、「実験の担当者に、これ見たと言えば、あなたは
百ポンドを獲得します」と書かれていたのだ。自分には運がないと思っている
被験者たちは写真を数えるのに必死で、その文章に気づかなかった。
一方で運が良い人たちはリラックスしており、もっと全体を見渡すことができ、
ほぼ全員が百ポンド手に入れた。ワイズマンはこのことから、運の良い人は、
運がない人よりもチャンスに気づくということを導き出した。私たちの思考は
私たちの行動に影響を及ぼし、不思議なことに幸運か不運のどちらか引き寄せる。
ワイズマンは、こう書いている。「楽観的な人は前向きでエネルギッシュで、
新たな機会や経験にオープンである。一方運の悪い人は、控えめで、頼りなく
心配そうな反応をし、目前にある機会を見つけて活かす気がないようだった」》
▼ 運とは、判断の結果であり、判断には対象の観察力が必要になる。
 過去の行蔵を見ると、失敗の場合は、観察をする詰めが甘かったケースである。
運を良くするには充分なる準備が必要で、浮ついて取り組めば、当然、そこには
 失敗が待っていた。そう簡単に成功など出来る程、甘くはない。貧しい家には、
貧乏神が住んでいる。今回の一連でも多くのことを学んだが、それも捉え方一つ。
この結果が、『あ〜、運が良かった』と思えば思えるし、『あ〜、何て運が
悪かった!』と思えば、そうである。運が良った!と捉えれば、長年かけた
リスク管理を幾つかしていたこと。運が悪いと思えば『長年の努力の結果が、
このザマ!神も仏もあるものか!』になる。モノは考えよう。
・・・・・
4355, 閑話小題 ー常日ごろがあるということ
2013年02月17日(日)
  *「今日という日は、残された日々の最初の日」
 還暦を過ぎた頃より、「今日という日は、残された日々の最初の日」の言葉の
とおりになってきた。44年前の学生時代の終わりの頃の日記のコピーを、毎年
この時期に読んでいるが、当時から現在に至る年数が長いような短かいような。
60歳を過ぎると「時間軸が横になる」というが、一年前も50年前も同じ感覚。
残された日々だけでなく、過去の時間軸も横になってきた。50歳を過ぎた頃に、
それ以降の残された20年、30年分の人生を捨て身で10年に圧縮し、前倒し
実行したのは、時間軸を横にしたのと同じことだった。横にして見えるのは、
「死」である。また、その裏にある「生」。どちらにしても、人は死ぬ。
そして数ヶ月もしないうちに、ほぼ忘却。それなら、今日という一日を目いっぱい
生きるしかない。人生は50歳を過ぎれば、人間は「残された日々」になり、毎日
が、その最初の日になる。それにしては、まあ、いい加減な日々を過ごしている。 
ポイントは、「時間もお金も、‘いましかできないこと’のために使う」になる。
面白い映画を見て、良い音楽を聴き、腰をすえて本を読み、新たな世界に
チャレンジし、より孤独に徹し、日々を過ごすことである。その意味では
自己評価は70点だが・・いや、50点か?
  * 常日ごろがあるということ
 一線を離れ、毎日が日曜日のような平凡な常日ごろの日々が続く。
しかし、この「常ごろがあること」が実は素晴らしい。中学、高校、大学の日々
で懐かしいのは、当時の「常日ごろの生活」であるため。その年齢ごとの常日
ごろこそが価値があり、光輝いている。時代を背景にした、その時節の自分が、
そこにいる。だから現在も時代背景と、「常日ごろ」を味あうことが
必要になる。ところで真に味わっているだろうか? 
・・・・・・
3980, よかまん ー3
2012年02月17日(金)
  * よかまん節を女子芸大生に素裸で踊らせた
 よくぞ引受け踊った女子大生も凄いし、それをビデオで自分の個展で流した
会田誠にも恐れ入る。 ー 前回の続きから ー
≪ 最近非常勤講師として美大に呼ばれた折など、学生に「よかちん」について
 聞いてみると、ほとんどが知らない」と答えるのです。せいぜいが「ああ、
ラグビーの連中がやってるアレですね。見たことはないけど、話だけは聞いた
ことがあります」程度。どうやら絶滅寸前の状態にあるようです。 僕は
「ざまあみろ」と「こりゃいかん」という、まったく相反する感慨を同時に
受けました。・・ 芸大も近年ご多分に漏れずグローバル化の波が押し寄せて
きており、和洋の相克に揺れた先人たちが必要に駆られ作った、ユニークな
ジャパン・オリジナルの枠組みが、次々と使命を終えつつあります。
それは決しておめでたいニュースと感じられない、複雑に屈した自分がいます。
また「よかちん」絶滅の直接的な原因が、近年の美大における女子学生の驚く
べき増加であることも分っています。僕の学生時代は少数派だった女子が、
今ではどこの美大でも完全な多数派に転じています。女性全般に芸術の才能が
ないなんてよもや思いませんが、それでも極端な変化には不安を禁じ得ません。
同時に、少数派となった男子学生の全体的な覇気のなさ、いわゆる「草食」化
も気になるところでした。日本の美大と美術界は今後どうなるんでしょうか。
そんなことを諸々考えた上で、最近「よかまん」という新しい芸を作ってみた。 
といっても「よかちん」の歌詞を少し変えただけなんですが。
 "数え歌"の部分が以下のようになります。 一つ 開けば、二つ 触れれば、
三つ 見せれば、四つ 悦べば、五つ 入れれば、六つ ムズ.ムズすれば、
七つ 舐めさせれば、八つ 破れば、九つ 擦れば。 小道具の一升瓶は小さな
ザルに変更しました。これを現在東京藝大で油絵を学んでいる、知り合いの
女子学生二人にやってもらいました。二人とも肝の据わった「肉食系」なので、
進んで全裸になってくれました。そしてそれを収めたビヂオを自分の個展会場で
流してみました。それで何かが解決するとは思いませんが、問題提起くらいには
ならないかと思って。というか本当はこの「よかまん」が実際に芸大で流行して
定着し、新しい伝統が生まれるのを夢想するんですが…やっぱり無理ですかね。≫
▼ 女と男は違うので、これが定着するとは思えない。あくまで一人の芸術家の
 お遊びだろうが、これに類したのは、芸者遊びの中では多くあるはず、あくまで
男を楽しませるもの。そういえば、以前の会社の忘年会で、メイクさんのツワモノ
が男の人に座布団を女性の何に見立て、自分が箒を男の何にして・・・
という面白い芸があった。ご愛嬌の範囲だが。
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3615, 忘却の整理学 ー1
2011年02月17日(木)
  「忘却の整理学」外山滋比著
 内容= 頭を働かせるにはまず忘れること。情報・知識でメタボになった頭脳
を整理し、創造・思考の手助けをするのは忘却なのだから。『思考の整理学』続篇
 * なかなかオシロイ本である。 忘れること・忘却を中心に据えた本は
私が知る限り過ってなかった。呼吸は、まず息を吐き出さないと新しい空気は
吸えないと同じで、忘却によって整理され、きれいに片付いた頭で新しい知識や
情報などを取り入れられるために積極的に忘れろという。一度書いた文章をまず
寝かせたり、気分転換すると思いもよらぬ着想が得られたりするのは、忘却効果。 
忘却が知識を選択的に頭の中で熟成させ、時間の風化作用で別次元の高みに体系化
する働きがある。 忘却はランダムに起こるが、それが個性を形作る。
  ー‘まえがき’の以下の部分が、アラスジにもなっているー
・・どうして知識が独自の思考に結びつかないのか。両者間に忘却を考えないと、
説明がつかない。知識をいったんかなりの部分を忘れたあとで、もとの知識から
離れオリジナル思考の生まれる余地が生じる。忘却がないと知識は途方にくれる。
知識は利用されることを待っているのであって、それだけで、思考、創造をおこす
力をもっていない、 むしろ、そのままでは自由な思考の妨げになるおそれは十分。
そんなことをあれこれ考えていて、忘却論に思い及んだ。記憶と表裏をなす忘却が
あるという考え。ナマの知識は使いものにならない。忘却をくぐらせて枯れた知識
のみが新しい知見を生み出す。大工は生木で家を建てないのと同じ。
忘却のアポロギア、弁明を思い立ったのは数年前のことだが、どうして忘却が
これほど長い間きらわれ、怖れられ、卑しめられてきたのか。忘却を称えた
ことばはないものかとそれとなく心がけてきたが、日本には見当らない。 
おしなべて忘却性悪説である、・・ことにコンピューターが異常なほどの発達を
とげて人間の記憶力の価値を暴落させている。知識人ほどその衝撃を強く受ける。
コンピェーターを念頭において人間の知的活動を考えたならば、創造的思考が
もっとも人間らしい活動であることは明らかになるはずで、その独創の土壌に
なるのが忘却である… そういう考えのもとに、この本に収められた諸エッセイ
は書かれている。忘却論ではなく、忘却をめぐるエ・セイを集めたものである。                   
 ーここに書いた内容は、アップした瞬間、ほぼ完全に忘却の彼方になる。
「いま、ここ」に集中すれば、忘却の後々に残る。それがよい!

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