堀井On-Line



5816,緩和小題 〜しまった! ー 人は意味を探す  ー 4

2017年02月16日(木)

     
       < しまった! 「失敗の心理」を科学する
       ジョゼフ・T・ハリナン (著) >
 人は意味(価値)を求めて生きている。当然、自分だけでなく、他人にも、
それを求める。男女別なく、死ぬまで生活をしていかなくてはならない。
まずは、その確保。そして好きなこと(趣味)を生涯続けることが出来れば、
これに越したことはない。 それが連れ合いと重なれば尚のことよい。そこで
連れ合いとの相性の問題(価値の共有)がある。 また連れ合いとのバランス
がある。相方は長期物(人)件?。選定の9割は間違えるか、長年かけ破損する。
それでも、何とか… 
  * 人生何を生業(なりわい)にし、何に価値を求めるか?
<名前が他の要素に比べて、さほど重要ではないことは、数年前の英国の実験で
 証明された。にせの人物のプロフィールを暗記させる実験だ。各プロフィール
に架空の名前のほかに、人物ゆかりの地名(出身地など)や職業、趣味といった、
にせの情報が記されている。たとえば、〖アン・コリンズ。有名なアマチュア
写真家。プリストル近郊在住。地元で訪問介護師として働いている〗とする。
 憶えていた第一が、職業で、69%。 第二位がタッチの差の68%で「趣味」。
第三位が、62%の「出身地」。最下位が、「名前」で、ファーストネーム(名)
が31%、ラストネームが30%しか憶えてなかった。なぜか、人は意味を求めて
いるため。その人の名がパン屋を営んでいることは姓がベーカリーより憶えやす
かった。人の名は、あまり意味がない恣意的につけられた「ラベル」でしかない。
それに対して、職業、趣味、場所は「意味論的に豊かで何かを意味している。>
――
▼ 当り前のことだが、その人となりの判断基準が生活を支える「職業」と、
長年かけて蓄積された「資産」。そして、「趣味」になる。 次に男なら、
「美形」と「センス」。女なら「出身地」「最終出身校」と続く。男は、実は
「美形」と「センス」ではない。 それに加えた身についた魅力で8割は知り
えるが、それでも数ヶ月は様子をみなければ…。当然、名前などどうでもいいが、
相手の注意を惹きたいなら、フルネームを覚えればよい… このことから、
人生如何に生きるを読みとく示唆がある。 まず職業を何にするか。そして何を
趣味にしたライフワークを続けるか。その為の学校の選択。その条件としての、
両親の職業(家柄)と、学歴の土台を元に、自分の特性をキャリアを加えていく。
それが、各自の人柄になる。「で、このザマ」が、知る限り万人に当てはまる。
 そう思えば、気が休まる。社会など、世間など、他人など、妄想でしかない。 
あるのは、行蔵と知恵だけ。遊べるうち、学べるうち、今のうち、人生を歩め!

・・・・・・
5450,閑話小題 〜木鶏クラブにて ー�∩和づ�生き方とは
2016年02月16日(火)
   * 創造的生き方とは
 去年の会で初めて会ったが、ここに新大医学部二年生が参加している。
平均60数歳の中で、良くぞと感心する。彼の一年終了後の一年間の休学は、
人生設計上、理想的に思えた。当時、『よく、その発想と決断が出きたね』
と褒めると、『「一年終了時の一年間の休学」は東大の医学部で流行ってる、
その真似しただけです』と謙虚な答え。私が知る限りの医者の選択肢には、
医院の開業医の独立(父親の開業医を引継も含め)か、勤務医での昇進
(山登り)がある。更に、僻地医療も専門にするか、あくまで都会にするか。
医師で探検家で大学教授など、様々な顔を持ち、 「グレートジャーニー」
で有名な関野 吉晴みたいに、探検を気ままする生き方もある。
直後に連れといく、近くのスナックに誘うと、喜んで参加したが、そこに
60歳半ばの男が話しかけてきた。それが、何と、内科の勤務医を66歳で退職
直後の、高校も、大学も、その学生の先輩という。
 本人にとって、医師としての人生設計上、知りたい情報の宝庫である、
嘘のような偶然の出会い。二人の話が盛り上っていたので、列車の都合で、
中座をしたが、普通なら誘われても断るのだろうが、求める何かがあると
感じたからだろう。こういう人に、偶然という形で、大いなるチャンス
を与えてくれる何かが存在する。大成のためには、この頃から志にそって、
着実に知識と経験を積み始めている若きエリートの一端を見た思いである。
父親は医師ではないが、祖父が精神科開業医で、退職した勤務医の近所にあり、
その医院の存在を知っていたような? 命を扱う医師こそ分厚い教養が必要。
分厚い教養を得るに、一年間の休学という予定挫折?こそ、代えがたい経験だ。
羨ましいというより、これからのキャリアを積むプロセスが大変だが、明るい
のが良い! で、以下の内容をHP内を検索、コピーしてみた。
・・・・・・
「ゴールデン・ルール」のコーナー
2015/12/02
武器としての決断思考 ー�     �
        ー武器としての決断思考〜 瀧本 哲史 (著)ー
 図書館で見つけた本で、京大の医学部で場違い?の『起業論』を教えている
内容に興味を引かれ借りてきた。医師の世界も、将来的に、そう甘くはない。
30年以上前に新潟で立ち上げた「木鶏クラブ」の会が、今も二ヶ月に一度、
開かれている。そのの例会に、年末か、年始に、年一回参加しているが、去年、
新大医学部の20歳の学生で、考えるところがあって、一年の休学をとって、
白紙で将来を考えたいという青年が来ていた。『思い切った判断だね!』
と褒めると、『教養課程で、一年の休学は東大医学部の学生の一部で
受継がれてきたのを聞き、考えるところがあり真似ただけ!』という。
この「武器としての決断思考」が、そういう人たちのバイブル?かどうかは
不明だが、私が人生を通し、学んできた要点を、軽く一冊に凝縮してある。 
『青年は荒野を目指せ!』である。でないと、溝沼の腐った一員になっていく。
 人生からみたら、「事前の一策は、事後の百策に勝る」の、具体例。
「事前に学んでおくべき人生戦略本」で、さすが、東大、京大医学部。
20歳の白紙の状態の決断は人生を大きく左右する。〜アマゾン内容紹介より
《 東大×京大×マッキンゼー式・決断の技術!
 本書は、著者がいま、京都大学で二十歳前後の学生に教えている
「意志決定の授業」を一冊に凝縮したもの。今後、カオスの時代を生きていく
若い世代にいちばん必要なのは、意思決定の方法を学ぶことであり、決断力を
身につけることです。もう過去のやり方は通用しないし、人生のレールみたい
なものもなくなってしまいました。「答え」は誰も教えてはくれません。
 となれば、自分の人生は、自分で考えて、自分で決めていくしかないのです。
仕事をどうするか、家庭をどうするか、人生をどうするか? この本で私と
一緒に「自分で答えを出すための思考法」を学んでいきましょう。
きっと、あなたの人生を変える授業になるはずです。》
  〜カスタマーレビューより〜
《 筆者は、東大→マッキンゼー→京大准教授というエリート。
人生において、自分で考え、行動ができる事の重要性を説き、その秘訣を
伝授するとの趣旨。出版社である星海社新書という会社は、「戦う事を選んだ
次世代の仲間たちに、武器としての教養を配る事」を目的として謳っています。
私は、本屋で初めて見つけた本を買って読む事は、めったにないのですが、
思わず買いました。 内容はと申しますと、ガイダンスまでは期待通りで、
これからの厳しい世界を生き抜いていくには、知識・判断力・行動力・修正力
をバランスよく身につけるべき! と実例を交えながら、うなずきの連続。
ただし、本章に入ってからは、ほとんどがディベートの基礎講座。
(大雑把に言うと)ロジカルに物事を考え、常に(正解ではなく)最善解を
導いて、行動を起そう。状況が変化すれば、適宜修正をしていこう。それが
決断思考であり、自分の頭で考えて、自分で決めて行くという事!という内容。
日ごろから、ある程度、まともに物事を考えている人からすると、
同意こそすれ、目から鱗とまではいかないでしょうか。》
▼ ーはじめにーの「武器としての教養」を身につけろーが、この書の要約。
 学生時代の教養課程から専門課程で、何を目指すかを課題を無い頭を絞って
考えて結論を出したが、正に、著者の、この要約を地でいっていたようだった。
50年前の当時は、「坂の上の雲」を目指す高度成長時代の真只中。で、結果は、
バブル崩壊への転換を甘くみて、この結果? しかし、面白く、充実していた。
 で、現在は低成長時代の真逆の環境。だからこそ、ゲリラとして、それぞれが
実学としての武器としての教養が必要になる。 既に時代は氷河期に入った。 
 その中で、久々に? 面白い戦略本に出会った。来週、この会の忘年会に
出席予定だが、この青年、来ているかどうか?   ーつづく

・・・・・・
「ゴールデン・ルール」のコーナー
2015/12/03
武器としての決断思考 ー�◆   �
          ー武器としての決断思考〜 瀧本 哲史 (著)ー
  * 人間を自由にするための学問を ーリベラルアーツ
 高度成長期は、20年以上も昔におわり、今では時代は氷河期に入ろうと
しています。そこで選ばれし者同士の熾烈な戦い生じてくる。そのための
明らかなエリート教育が、これである。著者そのものが、更に選ばれし者。
自分自身の経験を、筋立てて教えればよい。 〜その辺りから抜粋〜
《 リベラルとは本来「自由」を意味する言葉で、アーツとは「技術」。
 すなわち人間を自由にするための学問である。その基礎としての教養は、
10〜20代の若い時にそのベースをつくっておくべきである。
 教養の起源は、古代ギリシャにまでさかのぼります。
 当時の社会には奴隷制度があり、奴隷と非奴隷を分けるものとして、
学問の重要性がさけばれていました。かなり大ざっぱに言えば、
「学のない人間は奴隷として使われても仕方、ない」、ということです。
 奴隷などというと、21世紀の日本で生活しているこの本の読者にはあまり
関係のない話のように思えますが、決してそんなことはありません。
 私は、いまだからこそ、リベラルアーツが必要だと強く感じています。
それも、未来の日本を支えていく10代〜20代の若い世代にこそ必要なのです。
どうしてか? それを説明するため、京都大学医学部生の話をしたい。
  * どうして京大医学部生の40パーセントが「起業論」を学ぶのか?
 私は京都大学で、「意思決定論」だけでなく、「起業論」の授業も受け
持ってます。教えているのは、成功したベンチャー企業のケーススタディを
中心とした、実践的な起業の方法であり、その根底にあるべき考え方です。
 その授業を受け持ってしばらく経ったときのこと。ふと履修者の情報を
整理してみたところ、驚くべきことに気づきました。
 なんと、学部別の割合で見ると、医学部の学生がもっとも私の授業を
受けていたのです。その率、40パーセント。
 京大医学部ば、東大医学部と双璧をなす最難関の学部として知られています。
卒業後は、ほぼ100パーセントの人間が医者になります。やりがいだけでなく、
高い社会的地位も報酬も得られ、まさに一生食いっぱぐれない安粛な人生を
約束されたはずのエリート中のエリートたちが、なぜ私の起業論の授業を
受けるのか?不思議に思い、私は学生にヒアリングを試みました。
すると、こんな答えが返ってきたのです。
「この国では、医者になったって幸せにはなれない」
「もう昔のように、医者髄お金持ち、という時代でもない」
「やりがいだけではやっていけない。新しい方法を見つけないと」
彼らは自分の将来に対し、明確な不安を抱いてました。》
▼ 医者の卵でも、勤務医より開業医の方が遥かに恵まれていることと、
 その開業(起業)のための知的準備を学生時代から始めておくべきも
知っている。だから、連れあいも、医師とか、資産家の娘の中から、
探すことになる。医師を目指そうというのは、本来、ある程度の資産が
必要条件である。開業するには、医師としての特性がなければ成立たない。
その特性を磨くには学生時代からの長期のリベラルアーツが必要となる。
「鬼に金棒」の金棒と、使い方は、学生時代から準備すべし、ということ。

・・・・・・
2015/12/04
武器としての決断思考 ー��    
          ー武器としての決断思考〜 瀧本 哲史 (著)ー
 『学問のすすめ』が、明冶5年の3000万人の人口の中で、300万冊の大ベスト
セラーだったというから、当時の民度が高かったことが窺い知ることができる。
明治初期の日本で、欧米のバイブルみたいに読まれていたことになる。
今の人口比からすると1200万冊。明治以来、日本は果して進化したのか。
現在の日本人が、これだけ読む知性も、教養もない。 明治以来、日本は
果して進化したのだろうか。国敗れて教養なし! 何かが失われた!
  * 『学問のすすめ』は、いま、若い世代こそ読むべきだ
≪ 変化が激しい今の時代、これまでの価値観や方法・人生のレールという
ものは、意味をなさなくなってきているということです。京大医学部生の話は、
その顕著な一例にすぎません。右肩上がりの「幸福な時代」は過ぎ去りました。
良い大学、良い会社に入れば人生は安泰、みたいなことはもうないのです。
 さらに断言すれば、これからの日本はもっともっと厳しい状況になっていく。
良い時代を経験して「逃げ切り」ができる世代であれば、昔はよかったとただ
嘆いていればいいのでしょうが、これから社会に出る世代、もしくはこれから
社会のメインステージに立つ世代にとってみれば、問題は深刻です。
 では、どうすればいいのか? ここで、リベラルアーツの話に戻ります。
人間を自由にする学問がリベラルア↓だという話をしましたが、まさにいま、
それが求められているのです。
 医者の話が良い例ですが、国家試験に合格しただけでは、これからの時代は
生き残れないし、幸せになることもできません。むしろ奴隷として、上の世代が
作ったシステムにからめとられる可能性が高い。それも自分が気づかないうちに。
 だから教養が必要です。自由になるために。自分の力で幸せになるために。
といってもそれは、大学生がパンキョーと呼んでいるものとは違います。
極端に言ってしまえば、大学の教養課程で教えている一般教養は、大学教授を
食わせるためのものでしかなく、本来の意味での「リベラルアーツ」とほど遠い。
 もっと実践的で、実用的な知でなければならない。
ここで、福沢諭吉が著した『学問のすすめ』から一節を引用してみましょう。
まさに私が言いたいことを代弁してくれています。 
 《学問というのは、ただ難しい字を知って、わかりにくい昔の文章を読み、
また和歌を楽しみ、詩を作る、といったような世の中での実用性のない学問を
言っているのではない。(中略)いま、こうした実用性のない学問はとりあえず
後回しにして、一生懸命にやるべきは、普通の生活に役に立つ実学である》
(引用『現代語訳学問のすすめ』齋藤孝訳/ちくま新書)
 『学問のすすめ』が刊行されたのは明治5年。新しい時代の幕開けに、明治人
が持つべきメンタリティを説いたこの本は、300万部を超す日本史上最大の
ベストセラーとなりましたが(当時の人口は約3000万人)、いま、既に20年以上
が過ぎたこの平成の世にこそ、そして、そんな時代に生きる若い世代にこそ、
この福沢諭吉のメッセージは伝えていかなければならないでしょう。
そう、まさにいま、実学が必要なのです。医学部生が起業論を学ぶように、
自分にとって必要な学問は何かと考え、探し、選び取るーそういった行為が、
ベーシックなものとならなければなりません。≫
▼『学問のすすめ』は、学生時代に読んだが、これほどベストセラーとは!
 『世間』に対し異常なほど嫌悪感を持つのは、身近な人間関係に取込まれた
奴隷のような絡みとられた視線を感じるため。教養とは、それらから自由に
なるための素養。情報化社会こそ、実学としての教養が必要になる。

・・・・・・
5086,タガメ女の正体  ー�
2015年02月16日(月)
         ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著)
 子供の頃、小川で見かけたタガメが、カエルなどを主食にした肉食昆虫で、
捕食する姿から、夫婦に例え、「世の亭主は、すべからず女房にお金も人生も
吸いとられる」という切口が、なかなか説得力がある。〜その辺りから抜粋〜
 ≪ タガメとは、体長5〜6・5�の肉食の大型水中昆虫 ・・
 今から一〇年以上前、私はNHKのハイビジョン番組を観ていました。
琵琶湖近くにある〆里山の四季を追いかけるというもので、写真家の指導のもと
撮影された映像はそれは美しく、素敵だなあと目を奪われていると、初夏の水田
風景のなかでショッキングな映像にでくわしました。それはタガメの捕食シーン。
 じつはタガメというのは肉食で、魚やカエルを獲物にしています。
場合によっては、自分よりも身体が大きい生物をいったいどうやって捕まえる
のかというと、これがなかなかエグいやり方なのです。
 その映像では、まず土のなかに身を潜めて獲物がくるまでじっと待ちます。
そして、カエルが近くにやってきたらガバッと飛びつき、鎌状の前脚でガッチリ
と挟んだら、鋭い注射針くちばしのような口吻(鳥でいう噛)を刺します。
タンパク質を溶かす消化液を注入するのです。カエルも当初は異変に気づき、
「バタバタと必死にもがいているのですが、タガメの締め付けはハンパでは
ありません。やがて気力を失ったのか全身に毒がまわったのかグッタリ。
体内の消化液で溶かされ、肉をチューチューと吸われて絶命してしまいました。
番組ではそこまで映してはいませんが、タガメに吸い尽くされた獲物は骨と皮
しか残りません。言葉ではさほどではありませんが映画『エイリアン』を彷彿
とさせるグロテスクな捕食方法。タガメが「水中ギャング」と呼ばれる所以。
 そんな捕食シーンをハイビジョン映像で目の当たりにし、息をのみました。
自然界とはいえ、やはりひとつの命が奪われるシーンというのは衝撃的だった
ということもありますが、私にはこれが別の場面と重なって見えたからです。 
 『これって男と女の関係にそっくりじゃないか――』
 女はガッチリと男を捕まえて、月一万円という小遣いで身動きがとれない
ようにし、チュフユーと夫の収入と社会的なリソースを吸いつくすつ男たちは
といえば、最初はバタバタもがくも、やがて諦めたようにグッタリとして、
ゆっくりと収入やリソースを吸い尽くさ最後は骨と皮になって死んでいく。≫
▼ タガメ女の餌食の「カエル男」は、妻の洗脳で「ATM」と揶揄される
 タガメ女の搾取と奴隷生活を巧みな洗脳と人格改造により「それなりに幸せ」
と勘違いさせて心の平衡を保ち、保てない人間は職場で溢れたストレスを
パワハラ、セクハラ、不倫で発散させる。タガメの顔写真が、女性の股間に
見えてきた。これでカニバサミされ、一度食らいついたら骨の髄まで(ノД`) あ゙


5815,緩和小題 〜しまった! ー見れど見えずー 3

2017年02月15日(水)

     
        < しまった! 「失敗の心理」を科学する
       ジョゼフ・T・ハリナン (著) >
   * 見ていても見えているとは限らない
「人生の幸せは金ではなくその人に与えられた時間の過ごし方にある」が良い。
 古希も過ぎ、70歳代に入り一年。残された時間は、5〜10年在るか無しか。
その間の過ごし方は、やり残したことを遣り、好きなことを好きなようにして
過ごすこと。 その点、現状は満足できるといってよい。
 6年前のリタイア時に、精神のバランスを崩さないためにと、少し厳しめの
一日、一週単位のスケジュールをたて、実行し、現在に至っている。
「習慣は第二の自己」というが、その点、我ながら充実している。16年続けて
いる、この「随想日記」の掲載が『核』になる。与えられた時間を好きなこと
に徹せるなら、これほどの幸せはない。で、書きながら思うことは、これまで
気づかなかった、「しまった!」ことばかり。 人生すべからく「ったく!」
と、「あ〜良かった!」で、「まっ、いいか」の諦念で成立っている。そこで、 
美空ひばりの<悲しい酒>の台詞が落ちになる。 この本には、面白い逸話が
次々と出てくる。上手くいった背後には、失敗が数限りあるが、人はそれを
敢えて表立てないだけ。「失敗したって良いじゃないか」は、結果オオライ
なればこそ言えること。その上に、「手ごわい、あと知恵バイアス」がある。
その上に、「見ていても見えているとは限らない」ときている。真に見える
のが、目の前にたてた一本の指の幅2cmだけ。人間とはそんなもの。
 その一つが、「不思議なドアの実験」
<仕掛け人の「よそ者」に、大学を歩いている学生に道を尋ねるように指示。
 この実験にはヒネリがはいっていて、よそ者と学生の間を、ドアを運ぶ二人
 の学生が割って入る。その時、ドアを運ぶ1人が「よそ者」と入れ替わる。
 ドアを通り過ぎた時には別人の男は素知らぬ顔で話しを続けるが、歩行者は、
 そのことに気づいたか?という実験。 実は気づかない方が多かった。
 気づいたのは15人にうち7人だけだった。>
信じられない結果だが、気付いた7人は、ほぼ同年代の人だったという。
TVのお笑いで、SC内のモールで、同じ設定で違う人と入れ替わり、その驚きの
反応をみて笑いをとるの場面を見たことがある。 それだめでない、
<厳しいはずの運輸安全局の潜入調査によると、飛行機に乗客の拳銃検査で、
 4丁に1丁の割で、手荷物に隠した爆弾と、材料の60%が見落とされた。>
彼らエキスパートですら見落とすのだから、私たちは何おかいわんや。>
初回にみる映画より、二度目の方が、画面を冷静にみるため、新鮮に思える
経験が誰にでもある。映画館を出たと同時に、全てが忘却の彼方。
本も新聞も雑誌なら、尚のこと。で、こうして書き残し、毎年、読み返す。
「見てなくとも、見ている気になっているのが、凡庸な我々、問題は自覚が
出来ているかどうか。少ないほどゾンビ人間に陥っていく。要するに世間様!

・・・・・・
5449,閑話小題 〜木鶏クラブにて −�
2016年02月15日(月)
   * これが老いの悲しみということですか?
 最近、何かがおかしい。一昨日、新潟の「木鶏クラブ」の新年会に出席。
・まず出発時に、金券ショップで買っておいた新潟〜長岡間のS切符を忘れて、
 駅から引き返して一時間後の新幹線に乗る。
・次は、途中参加もあったが、会費を払うのを忘れていて、家内に、
 『会費は幾らだった? それも酔払って払ってきたの?』と言われ、
 払ってなかったことに気づいた。
・更に、新潟駅の最終の出発時刻を間違えメモをし乗り遅れ、23時過ぎ
 の普通列車に71分も揺られ、着いたのが0時半。
一週間単位の日程以外の何かがあると、忘れ物や、思い込みなどで逸脱して
しまう。 残念だが普段は自覚できない老いによる緩みがさせる業。
久々の会でも、ハイになり、馬鹿のことを言ったり、したりしていたのだろう。
それにしても酷い。ここで書いている内容も、ずれたことを書いている可能性
がある。一度、言葉にして書出してしまうと、消すことが出来ないため、
アップする直前に精査をしているが、完成に全エネルギーを使い果たし、
もたらす影響の配慮まで十分かける余裕がないことも確か。とはいえ、
何年後の私の目線とビュアーに納得させるためは、ある程度は際どくして
おかないとの気持ちもある。御隠居の気楽さは良いが、底知れぬ生老病死の
問題が段々、深刻になっていくようだ。他人様は見えても、自分は見えず。
 この会で、「今年の抱負は?」というテーマで、数分スピーチがあった。
本来は新年に考えておかなければならない重要なテーマ。そこで、順がくる
まで考えた。で、出てきたのは、『もっともっと楽しむ!』である。
 昨日書いた誰か?のように、頭を空にし、『さて、今日は何を楽しむか?』
と、無心に生きればよいが・・ 探せば、面白いことは幾らでもある。
問題は、その選択能力。人は生きてきたように生きるしかない!
 去年も書いたが、ここに、新大医学部二年生が参加している。
平均60数歳中で、良くぞと感心する。当人の一年終了後の一年間の休学は、
理想的に思える。これは長くなるので次回のテーマにする。
 ところで、当初からの会員の一人に、『ブログから、楽しくて仕方がない
気持ちが、あふれ出ている』と、言われた。 それで、今年の抱負に、
『もっと楽しく!』と言ったが、『楽しく生きる一日一話』が、偶然あった。
・・・・・・
5085,真の友人 ー楽しく生きる一日一話 〜�
2015年02月15日(日)
    * 真の友人   【本日「いいかげん」日和 】ひろさちや (著)
 私に真の友人がいただろうか? 学生時代からの友人が存在するし、
仕事での付合いから、気心が知れた人が何人かいる。そういう人は、年に
一度か、数年に一度しか会わないが、それで十分。この随想日記は、一方的
に、友人にトッテオキの情報を知らせる感覚で書いている。 その意味で、
ビュアーは私と会っていると同じ? しかし残念ながら、知人で同じ感覚で
ブログを書いている人はいない。今ではソーシャル・ネットワークもあるが、
何か参加する気になれない。 ー以下のドイツ人の友人観に同感するー
≪  ある日本人がドイツ人に尋ねられた。
 「あなたに友人はどれくらいいますか」
 日本人は、『さあ、百人か二百人くらい……」と答えたが、
 それを聞いてドイツ人は驚いたという。 
  ドイツでは、その人のために自分を犠牲にできる人 
 ――自分が何も言わなくても、自分をわかってくれる人――
 この二つの条件が満たされて、はじめて「友人」と言えるそうだ。
 だとすれば、百人も二百人も友人がいるわけがない。
  ドイツ人が驚くのも無理はない。
 わたしたち日本人は、いささか「友人」を安売りしているのではないか…。
 簡単に友人ができる、友人をつくれる、と思い込んでいる。
 だから、自分に友人がいないとさびしくなる。
  しかし、真の「友人」というものは、一生に一人得られるか否か、
 といった存在なのだ。そう考えると、いま自分に「友人」がいなくても
 悲しむ必要はない。これから死ぬまでのあいだに、真の「友人」に
 めぐりあえぱいいからである。きっとチャンスはあるであろう。 ≫
▼ 以前、トーク番組で、『私には友人がいません!』といってのけ、
 周囲が一瞬、静寂になった、のが印象的だった。これを公然と言放つには
 強さが必要である。20歳時に、両親の後姿から、創業を決意した時から、
 自ら友情を求めない孤独業、一種の自閉症になっていた。といえ、友人は
 存在していたが。 創業を決意して見えるのは、自分の卑小、無能だけ。
 しかし、今さら後には退けない袋小路で、その都度、友人ができていった。
・・・・・・
 720,シェールガス革命 ー1
2014年02月15日(土)
 数年来、アメリカのシェールガス革命がマスコミで取り上げられた。
アメリカ国内で格安のシェールガスが生産され、エネルギー確保のための原油
輸入から解き放された。その反面、恩恵を受けていた中東やロシアが、原油価格
は下がり続けることになり、世界のエネルギー市場の構造は一変すると予想。
しかし、地下水などの環境汚染問題が出てきている。何事も負の側面は付く。 
 ーあるレポートが、その辺りを詳しく述べているー
   * シェールガス革命がもたらす、5つの大変化  ー泉谷渉
《 現在、アメリカを中心に起こっている「シェールガス革命」は100年に
 一度の大変化と言われている。それはこの変化が単なるエネルギー分野に
おける変化にとどまらず、産業、社会、政治・外交などあらゆる分野に及んで
いくことが予想されているからである。それゆえに「革命」と言われるのだ。
では、今後、シェールガス革命が本格的に進行していくことで、具体的に
どのような変化が起こるのだろうか。次の5つの点を中心に、
この大変化の行方を読み解いていきたい。
 シェールガス革命で起きる「5つの大変化」
1)アメリカ経済は金融、製造業ともに復活し、世界経済をリードし続ける
2)シェールガス革命に伴う大規模投資で、日本の技術力が必要不可欠に
3)資源価格の下落によって、国際関係のパワーバランスに大変化が生じる
4)エネルギーコストの大幅下落で、航空産業が飛躍的に成長する
5)エネルギーコストの下落は製品価格を押し下げ、デフレが深化する 
 まず、安価なエネルギーを手に入れたアメリカは、急速に経済を復活させるに
違いない。現在、アメリカは幾つもの大型ガス火力発電所を建設し、電力会社の
統合を進めるなど、シェールガス社会へ向けて産業シフトを急ピッチで進める。》
▼ 以前ほど原油価格にマスコミが敏感でなくなったのは、このため。
 また急遽、ロシアのプーチンが北方領土などで軟化をしたのは、日本にガスを
売りたいため。日本近海にも世界有数のメタンハイドレート埋蔵量を持つとされる。
本州、四国、九州といった西日本地方の南海トラフに最大の推定埋蔵域を持ち、
北海道周辺と新潟県沖、南西諸島沖にも存在する。日本海の尖閣・竹島を始め
とする領土問題は日本海側のメタンハイドレートが目的とされている。
・・・・・・
4353, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー5
2013年02月15日(金)         
 * 「人プラス物」で書こう!    
       「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
≪ 描写力の持つ伝える力やイメージを喚起する力を、さらに高める手立てとし、
「人プラス物」で書くのがあります。具体的描写の大切さは既に説明しましたが、
その描写の中に人と物をうまく取り入れるだけで、その場面はさらにくっきりと
浮かび上がります。物は広く考えてください。事物ととらえていただいても
けっこうです。より伝わる文章表現は「人プラス物」です。 
 ・・ こんな川柳があります。
  歯ブラシはそっと寄り添うケンカ後も夫に先立たれた奥さんは
 こんな句を詠んでいます。
   夫逝きなかなか減らぬ歯磨き粉
 ぼくは津村節子さんの短編『遍路みち』のこんな場面を思い浮かべました。
洗面所のコップの中の二本の歯ブラシを見ると、一本も虫歯のないことを自慢
していたことを思い出した。夫の母親が、おまえは口もとがいいね、と言って
いたという話をからかいながらロにすると、かれはふざけてロ角を少し上げて
笑ってみせた。育子はその笑顔を思い出して鳴咽した。「夫」は四年前に
亡くなった吉村昭さん、「育子」は著者自身でしょう。身近な人の死は新たな
形を持ってやってくると言いますが、それは物と一緒の場合がけっこう多い。  
 こんな川柳もあります。
   亡夫の靴へふと足入れてみたくなり
靴底に足を入れていく感覚から悲しみの深さが伝わってきます。
「人プラス物」は伝える力をいかんなく発揮する。その靴ですが、奥さんをガン
で亡くされた国立がんセンター名誉総長である垣添忠生は著書『妻を看取る日』
の中で、ありし日の一日をこんなふうに描いています。
【病室では妻に少しでも明るい気分で過ごしてもらおうと気を張っていたが、
病院から一歩外に出た途端、動き続けている世界に一人でいることになるのだ
という言いきれない孤独感に襲われた。師走を迎え、買い物客でにぎわう銀座
通りを一人歩く。まわりの人はみな幸福そうに見えた。私のように、心の中に
嵐が渦巻いている人もいるというのに……。雑踏の中に身を置くと、自分の
まわりにだけ冷たい風がまとわりついているような気がした。そんなとき、
よく立ち寄った病院近くにある帝国ホテルだ。その地下に靴磨コーナーがある。
そのベテランの職人さんの仕事ぷりを見ながら、たわいのない会話を交わす
と心が和んだ。靴革は見違えるようなツヤを取り戻した。】
▼ 文章に、その時々の物を意識し持ち込むと心の状況が鮮明に浮かび上がって
くる事例である。納得である。金沢のどん底時代の気持ちを表現するに、
「私の供は学生時代から使用していた布団と、20冊ほどの愛読書と、木製の
組立本棚と、机と蛍光灯だけ。二人部屋の同室の男は二つ年下の同窓の大学の男
だが、何か軽く生活観がない。 同期生は12名。」と表現すれば当時の状況が
現れ出てくる。ただ、「気持ちはどん底」の一言より、文章に幅が出る。
物と状況の描写は、それだけ重要になる。12年も書き続けてきて、この程度の
ことすら知らなかったが、量を書いてきたからこそ気づくこと。毎日が気づきと
驚きの日々である。すべからく人は無知で涙を流す。
「人プラス物」に、僅かな金か〜 
・・・・・・
2012年02月15日(水)
3978, よかまん
  * よかちん節
 学生時代に早大を中心にした学生寮に寄宿していて、三月に一度の割合で、
何処かの部屋で数人が集まり飲み会が開かれていた。 そこで興に乗ると出て
くるのが、よかちん節か、数え歌、そして終は肩を組んで、「琵琶湖周航の歌」
か「知床旅情」で終る。 よかちん節を初めて聞いたというか、見た時には、
ただ驚いた。私が親しくしていた早稲田の男が、やおら下着になって一升瓶を
股間に挟んで、奇妙な振りで数え歌を歌い踊り始めた。
 実家が商家だったこともあり、年に二回は宴会が行われ宴会芸の際どいのを
見てきたが、これほど露骨で面白いのは初めて。そんな遥か彼方の記憶が
浮かんだのは、先日、図書館で借りてきた「‘11年版ベストエッセイ集’
人間はすごいな」の中の『よかまん』の文である。「よかちん」芸は東京芸大
の宴会芸が出どころとか。 その、さらに元は九州らしいが。「よかちん」
でなく何故か「よかまん」とあったので不思議と思いつつ読んで、仰天。 
次回から、少し長いので数回に分けて紹介するが、ベストエッセイに選ばるに、
ここまでやらないと無理。 そのまえに、ネットで調べた「よかちん節」から・・  
 下品で、猥雑なのは勘弁を!(二段目から参加者全員がはやす)
ひとつ 一つひねってよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
ふたつ 二つ振ってもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
みっつ 三つ見つめてよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
よっつ 四つ よっぽどよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
いつつ 五つ いつでもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
むっつ 六つ むしってよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
ななつ 七つ なめてもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
やっつ 八つ やっぱりよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
ここのつ 九つ こすってよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
とお  十で とってもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
▼ 書き手は芸大出身の美術家で、その個展に、これを・・ 
 とにかく面白いエッセイ。次回を楽しみに!
  ・・・・・
3613, 旅ばなし 小題
2011年02月15日(火)
  * マッターホルンの登山ツアー
 先日、BS/TVでマッターホルン山頂の登山ツアーを放映していた。
それもNHKの女性ディレクターが、それにチャレンジをする内容。
ここはアルプスの中で最後まで登山を許さなかった標高は4478メールの魔の山。
140年前に初めて英国の7人の登山家によって征服された。しかし下山の途中に
4人が足を滑らせて死んでしまった。その山頂へ地元のプロ登山家のガイドが
先導して登る内容を克明に記録した内容。もちろんクライマーは経験者で、
登山前に近くの山頂へのロッククライミングで、その人の能力がガイドによって
試され、合格者のみが登山が許される。コースは決まっているので何組も同じ
コース登っていたことには驚いてしまった。もちろん、一つ間違えば滑落して
死んでしまう。頂上には、登って休んでいる先着者が何組かいて、パラダイス
を眺めていた。そのガイドは70回以上登っているという。 その頂上から見る
パノラマの素晴らしいこと、この上ない。スイスには何回か行っているが、
学生時代の車窓からみた景色の美しさは今でも忘れることが出来ない。
スイスツアーにトレッキングのコースもあるが、山は、その時の天候で大きく
左右される。外れたら、山頂からの景色は霧一色で覆われて何も見えない
リスクが伴なう。近くの丘のビューポイントからのマッターホルンは絶品。
天候に恵まれた場合になるが、スイス山岳ツアーはお勧めである。
ここと、カナダのロッキー、ヒマラヤ、北スペインのピレーネの絶景は、
深く心に刻みついている。一度行ったところは、TV放送で再び楽しめてよい。
 ・・・・・・・
3248,  閑話小題 
 2010年02月15日(月)
 * 力量と品格
 朝青龍の引退について、少し前になるがNHKで特別番組を組んでいた。
その中で「強さが抜群だが、品格に問題だが、その品格というのが、いま一つ
分からない」と、解説の元横綱の北の富士が話していた。「国家の品格」という
本もあり、それについて書いたことがある。「知識とか経験の裏づけから滲み
出る人間性」と、私は理解している。その番組で、北の富士氏は
「一般にいう常識を守ること」と述べていた。一般でいう常識とやらも何だか
分からないが、知識の裏づけのない常識ほど己を抹殺してしまうものはない。
大相撲は品があっても、強くなければ誰も認めない。強い上に、神秘的な綺麗な
オーラみたいなのが出ているイメージを品格というのだろうか。相撲は、神事
に後に余興で力比べをしたことから始った。儀式の一つだから、歌舞伎みたいな
神秘を保っていなければならない。それも、その最高の位にいる横綱は神秘的
イメージも必要というのも理屈である。
  * その人物を知るには
その人物を知ろうとしたら、
・子供時代に、どんな環境かー家族構成と自分の立ち位置(長男、次男・・)
・学生時代など、青春時代に何を求めていたのか? 人生に何を求めたか、
・何を恐れ、何に笑い、何に怒り、何を喜び、何を悲しんだのか、
・何の仕事をしてきたか、
・仕事以外のときに何をしているのか、
・誰を愛してきたか、
・それぞれの時代の友人は、どんな人だったか、  
・奥さんが、どういう人か、子供がどのような人物に育っているか、
・本棚には、どの本が並んでいるか、
  人生を振り返れば自分の外枠が見えてくる。


5814,緩和小題 〜しまった! ー概要とは?  ー 2

2017年02月14日(火)

          < しまった! 「失敗の心理」を科学する
       ジョゼフ・T・ハリナン (著) >
   * 概要とは?
「しまった!」で一番多いのが結婚相手の選定。ベルギー、ポルトガルなどは
7割が、アメリカでは5割以上、日本は3割半ばが離婚に至っている。家庭内離婚
を含めると9割が破綻している?とはいえ、家庭だけは持ってみないと…
 失敗を最小にとどめるに、知識と情報が必要。 ここで、
<医師の84%は、同業者がメーカーからの贈与に影響されていると考える。
だが、自分が影響されていると考える医師はわずか16%しかいない。> 
成る程、日本は贈答社会(ミニ収賄社会)であるわけだ。
   〜Amazonの内容紹介〜
≪ 「人間はなぜ、まちがうのか」というテーマについて、
 面白くてネタになるトピックを「これでもか」というぐらい集めて
 分析した本です。たとえば・・・・・・
★レントゲン技師は、画像に写っていた悪性腫瘍の9割を見落とす?
★トップレスダンサーの収入は、彼女の月経サイクルに左右されている?
★黒いユニフォームのチームは、ペナルティーをとられる可能性が高くなる?
★人間は、誤りを犯しそうなときは、むしろ「行動を起こさない」という
 誤りを犯すほうを選ぶ?
★「セックスした相手の数」を、男は女の四倍も多めに答えたがる?
★人はなんらかの形で自分が不正をしていないことを証明すると、
 その後の作業でもっと不正をしやすくなる。
★映画を「あとで見る」人は高尚な作品を、
 「いま見たい」人は大衆的な作品を選ぶ。
★キャッシュローンを勧める通知書に女性の写真を載せるだけで、
 利率を五ポイント下げたのと同じ効果が期待できる。
★予備選名簿の一番目に載った候補者は、得票に三ポイント上乗せできる。
★投資家は、金曜日の経済記事には月曜日の記事ほど注意を向けない。
★人間は、印象の操作など特定の目的のためには平気で話をつくり変える。
★無意識につくり変えた話でも、二度三度と繰り返すうちに、いつしか
 「記憶」そのものになってしまうことがある。
★一般的に、男は自分を持ち上げるために、
 女は他人を持ち上げるために嘘をつくことが多い。
★社会的地位や学歴、収入は、全体の幸福度における三%しか占めていない。
★ 人を単純作業に従事させるためには、お金の力がものを言う。
だが、たいていの行動では、人間は総じて金銭的同期には左右されない。
(ゆえに、行動経済学はあまり役に立たない?)≫
――
▼ 上記の中で、【☆人間は、印象の操作など特定の目的のためには平気で話
 をつくり変える。☆無意識につくり変えた話でも、二度三度と繰り返すうち
に、いつしか「記憶」そのものになってしまうことがある。】などは、如何に
世間話の「噂話」が奇形されて流布されるかを端的に言い当てている。
9割は好い加減な馬鹿話。それを信じ真面目に論じているのが、世間人。
                           〜つづく〜
・・・・・・
5448,人生で最も大切な技術 ー21 幸福の社会学
2016年02月14日(日)
        『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
  * 幸福の社会学 〜A:幸・不幸になりやすいタイプ'
 客観的には分からないが、私は幸福の典型的タイプと自認している。
8人姉兄の末っ子で、両親の愛情を一身に享受してきたことが大きな要素。
幸せのタイプといえば、家内と、その母親が幸せな人。幸せが磁石のように、
擦寄ってくるように。空っぽの頭にあるのは視界にある楽しみと、楽しかった
想い出のみ。幼稚園から小学校の頃、お人形のように、次々と習い事を重ねた
のが底に沈殿している。何事にも興味を持つが、直ぐに他に気持ちが移る。
 私も、家内も、不幸系の人の匂いを直ぐ嗅ぎわける。言葉にあらわすと、
品位というが・・ 「じゃあ、お前さんはどうだ?」というと、『品位とは、
言葉と行動に責任を持てるか』という基準からしたら、あるのかないのか。
 口先で綺麗ごとをいうのを、品位とはいわない。  〜その辺りから
≪ 幸福を引き寄せるのはどのような心の状態か。幸福を妨害するのはどの
 ような心の状態か。それを見分けるのが本書の主旨である。では、人生の質に
影響を及ぼす要因に関する社会心理学的な研究から、何か学ぶことがあるだろう。
 20世紀初期の心理学と精神病医学の関心のほとんどが、心理学的障害と精神病
の解説と治療にあった。ごく最近まで、科学は、人間が、「正常」な状態から、
精神的に最も健全で生気に満ち溢れた状態に変革する可能性についての研究には、
ほとんど関心がなかったが、このところ認知科学と「ポジティブ心理学」が
非常な関心を集めるようになり、状況は変わりつつある。
 人間には、幸福になりやすいタイプ、不幸になりやすいタイプ等の遺伝的素因
が生まれつき備わっているのだろうか。家庭のしつけや人生経験は、主観的な
幸福感に対して、どの程度、有利に働いたり不利に働いたりするのだろうか。
人格的な特性をどの程度まで修正することができ、どの程度まで永続的な満足感
を起こさせることができるだろうか。精神的要因のどれが変革に貢献するのだ
ろうか。 過去30年の間に、以上の問題は十分な時間をかけて研究されてきた。
70数力国で、何十万というテーマの研究が実施されており、膨大な量の研究結果
も出版されている。これらの研究結果から、大まかに三つの結論が導きだされる。
・その第一は、富、教育、社会的地位、趣味、性別、年齢、民族等々、外的条件
 その他の一般的要因が、満足度指数にもたらす影響は付随的でたいした重要性
 がなく、変動幅は10〜15%以下にとどまっている。
・第二の結論は、幸福になるか不幸は、遺伝的素因が関係しているらしい。
 幸福になる潜在能力の25%が遺伝子によって決まる、ということである。
 だが、遺伝子は状況に応じて、適応したり無視したりできる、いわば青写真
 のような機能を持つ。
・第三の結論は、人間の生き方、人生観、人生における出来事の認識と反応の
 仕方は、幸福や不幸の体験に多大な影響を及ぼす、というものである。
 この結論は朗報である。なぜなら、幸福になる能力が不変のものなら、幸福の
 現象を研究したり、持続的に幸福になるために努力したりする意味はなくなる。
これらの結論により、幸福に関するこれまでの膨大な量の理論が誤りだったこと
になる。幸福は健康にいい、楽観主義者は人生を長く楽しむ、幸福になる技術は
磨くことができるといった考え方は・作家や哲学者によって、しばしば笑い種
にされてきた。ところが、これらが立証済みの事実として認められようとして
いるのである。≫
▼ 過去を内省すると、様々な節目の危機があったが、判断と決断を大きく
 間違わなかった?のは、早朝の読書習慣を続けていたことか?その蓄積が、
何とかポジティブとネガティブの比を3対1に維持させていた。もしかして、
自分で気づかないだけで、判断と決断を間違え、ここまで生きてきたのだろう。

・・・・・・
5084,閑話小題 〜夜明けのスキャット ー��
2015年02月14日(土)
   * 夜明けのスキャット −��
 一昨日の夢が奇妙! ある男、昨年、ガンになって、慌てふためいていた。
誰かの弱り目をみると、攻撃をしないでいられない性分。ビジネスでも、強者
にはヘツライ、弱者を叩くのが幸い?してか、一応はミニ成功者?で、会で顔
をあわせる度、三度続けて嫌味。その結果?ガンか、大事故?と予知したら、
ガンの結果。 ところが、その会の幹事会があると、先日、電話が入った。
 それもあって、早速、その男の夢をみる事になった。 〜その荒筋は〜
≪ その男が暗い部屋で独り座って、死の恐怖に恐れおののいていた。
 そこで急に仏心がおきて、『どうすべきか教えようか?』と、話しかけると、
『頼む!』と。そこで、『身辺整理を直ぐしなさい。始末は自分でしか出来ない
こと! 残される者にとって、死後、予め整理した分、楽になる上、その行為
そのものが、死の恐怖を和らげる。』と。ところが本人、急に表情が硬くなり、
苦悶の様子。複雑な家庭環境があるのだろうと思ったところで目が覚めた。≫  
 脳は奇妙な物語をつくるもの!(思いこみで)善意を押し付けるべきでない
ことが、ここから学べるが、まあ「身辺整理」という言語が出てきたもの。
   * この奇妙な違和感は何?
 幸福な貧乏人も、不幸な金持ちも存在する。もちろん幸福な金持ちも、
不幸な貧乏人も存在する。 実際に倒産に至って実感したことは、自分も
倒産=悪、と思い込みが、実は過ち!と、この経験であい知った。
 何事も、良い要素、悪い要素が積み重なる重層構造がある。「資金繰などで、
身動き出来なくなる前に、予め到達ラインを決めておいての決断が悪い!」
というなら別だが。倒産=悪の固定観念が中小企業の過半数近くの資金繰り
地獄を招いている。そういう人たちこそ、諸手を挙げて喜ぶから始末が悪い。
その辺が当事者として大きな違和感が生じる。「まさか(坂)自分が!」は、
企業も、個人も、避けて通ることは出来ない坂。 私も含めて、あまりに
ブラックスワンに、無防備、無準備、無知過ぎ! しても同じ? いや違う!
・・・・・・
4719,「余命3カ月」のウソ  ー3
2014年02月14日(金)
 * 苦しみ抜いて死に至るがん治療 ー「余命3カ月」のウソー近藤誠 (著) 
 著者は、現在のがん治療は拷問するために生かしておくようなもので、角を
矯めて牛を殺す喩えそのもの。がんを治そうとして本体を痛めつけ、死に至ら
しめる危険が大きい。ー以下は、その典型。知り尽くしているのに、であるー
《 名誉総長はこう語っています。{妻は抗がん剤のつらい治療も受けてくれ
 ました。1回目はマーカーが下り、喜びました。しかし、2回目からは効果が
なく、副作用ばかりが出てきた。薬を代えたのですが、今度は口内炎、食道炎が
ひどく、食べるのもつらそうで、かわいそうでした。医師も転移したリンパ節
1個は治せると思っていたはずで、前向きに治療していました。
 しかし、最後は敗戦処理のような感じにもなりました。抗がん剤の効果を
本当は信じていなくても、前向きに闘いたいという気持ちでした}。妻が余命
3ヶ月と思われる時期を迎えても、「緩和ケアのことは考えませんでした。
迷うことなく再入院し治療を」と、玉砕しか考えていない。ふともらした
「敗戦処理」「抗がん剤の効果を本当は信じていなくても」という言葉に、
がん治療の恐ろしさが集約されています。医者はこのように「がんと闘う」の
一点張りで、効果を信じてもいない残酷な治療を患者に次次へと平気で押し
つけるのです。患者がどれほど苦しみ、弱っていようと。がんセンター名誉総長
の妻は一度だけ「こんなつらい治療を受けたのは、あなたのためですよ」
とつぶやいたそうです。・・・ 》 
▼ 老人ホームの専門医の中村仁一が、「ホームでの放置患者は、ほとんど
 苦しまず亡くなっている」という事実が、上記の名誉総長の妻の悲惨さの
逆を物語る。私の父がスキルス性胃がんになって、余命半年〜一年と身内に
宣告された。そこで当時名医といわれた東京女子医大の中山教授に執刀して
もらったが、一年で亡くなった。父は亡くなる直前、「あれほど苦しむなら、
死んだ方がまし、同じならしない方が良かった!」と、こっそり打ち明けた。
死ぬ間際の肉体的苦痛は、それは酷く、「結果はどうであれ、モルヒネを
うって苦痛を止めてくれ」になっていた。 がん死か、痴呆老人になって紐に
繋がれ死んでいくか、どうするか?と言われたら、私は前者の選択になる。
酒の飲みすぎの罰として、モルヒネの効きは飲んだ量に比例して悪くなる。 
神は生きていたくなるほどの苦痛を与え、天に召されるようだ。だから
生きている内、五感と肉体がしっかりしている内、楽しめる内に、積極一貫
に生きるしかない。成るほど、後ろに感じた死神が、そろそろ横並びになり、
数年後は正面から? 死ぬべき時には死ぬが良い!ということ。
・・・・・・
4352, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー4
2013年02月14日(木)
    「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
  * 独自の視点の手立て ー納得/共感/驚き・不思議
 以下は、著者が新聞や雑誌の切り抜きを、「なるほど、納得したり、そう、
そのとおりだ、と感じ入って共感したり、そんなことができるんだ、と驚いた
ことなど」を、納得/共感/驚き・不思議三つのファイルにした中から
選んだ抜粋。分かりやすく納得する。
≪ �納得 ー漫画家・黒鉄ヒロシー たとえば酒場で男女が別れ話をしていて、
 どっちの話を聞いても真実がわからない。 そこにバーテンダーが、
「2人ともバカなんですよ」と言われて問題がす〜と氷解することがある。
 取り入れなければならないのは、このバーテンダーの視座でしょう。
  �共感  ーホスピス医・徳永進ー  日常生活ほど幸せを作るものはない。 
 勤務医のころ、「死の前にしたいことは何ですか」と聞いたら、
「道を歩いてみたい」と言った女性がいたんです。きっと素晴らしい道に
違いない、とついていったら、ありふれたアスファルト道路。右に曲がると、
スーパーがある。いつもの買い物をしてご主人の酒のつまみを作る。
日常が命を支えてるんです。
  ーエッセイスト・岸本葉子ー  覚えている景色があります。
手術して一年もたたない夏の日、マンションの猫の額ほどの庭に下り、草むしり
をしました。汗をかき、終わってきれいな庭を見たらとても満足感がありました。
草むしりとがんは直接関係ありません。しかし、その時「ストレスの原因を取り
除けなくても、スーレスを軽減することはできるのではないかと思いました。」
 �驚き・不思議  ー明治大学教授・諸富祥彦ー(若いころ、ドン底の気分で、
電車にび込みそっになった。どうして思いとどまることができたを自ら語って)
心理学を勉強していてよかった。脱同一化という手法です。一歩下がって自分を
眺める。例えば、「死にたい自分はそこ、私はここ」と、大きな声で言うのです≫
▼「独自の見方」も3つに分類しておくと、自然とテーマが浮き上がってくる。 
 驚き・不思議の意識を持ち世界や、ネットを見れば、数限りない情報が広がる。
そして、共感し、納得する。驚き、感動する心こそ最重要になる。「納得/共感
/不思議・驚き」のキーワードを頭の棚につくっておき、目にふれた情報を、メモ
するか、切り取り、ファイルすれば、テーマのネタ探しのベストの習慣づけになる。
・・・・・
3977, 人生を振り返る時節に
2012年02月14日(火)
 還暦を過ぎ60代半ばを越えて、そろそろ人生の整理に入る時節に入った。
一年近く前に会社も倒産し、事業人生えを終えてしまった。後悔も、未練
も全くないのが自分でも不思議である。しかし時間に余裕が出来、気持ちも落ち
着いた現在、人間は時代の波に漂う存在でしかないことに思いやられる。
 出身の長岡市が生まれる直前の戦災で、両親も含めた我家全て焼け出された。 
子供の頃の記憶は3歳位から始まるというが、私は生後三ヶ月から始まっている。 
大人数の中で育ったこともあるのだろう。 長岡の商店街の真っ只中で何時も
独りで遊んでいた。その習性が、そのまま現在に至っている。 幼児の頃から
住み込み従業員と10人の家族の中で、常に周辺の人の顔色を窺っていたが、
それが刺激的であった。そして年齢を重ねるのと同時に、経済が成長していく
右上がり社会で、その豊かさを享受してきた人生だった。それも20年前の
バブル崩壊で、一挙に右下がり経済になり、それと正比例した引き潮に私の事業
も浚われてしまった。それでも66年を振り返れば、ベストの時代に生きることが
出来たと両親に国家に天(運命)に感謝している。人生の満足度では90点以上。
しかし振り返るとフラッシュのように恥ずかしい場面が次々に思い出される。
それでも嫌なことより、良いことが数倍あった実感が気休めになる。 
時代と家庭に恵まれて、社会に出てからも独学を続けてきたこともある。 
で、これだが問題はこれから。 老齢は、おのずから病気、老い、死の問題が
背後から追い越し目前に突きつけられる。 自然と気持ちが暗くなり、慢性
老人性鬱症が付きまとう。初老の心象風景とはこんなものかと思っているうちに、
中老になっていく。人生それぞれの年齢の心象風景は、それなりに微妙な味がし
面白い。やはり、読書と芸術と自然に深く触れることが晩年の味。人生万歳!


5813,緩和小題 〜しまった! ー9割の情報は間違っているー 1

2017年02月13日(月)

         <しまった! 「失敗の心理」を科学する
      ジョゼフ・T・ハリナン (著)>
   * 9割の情報は間違っている
 〖9割の情報は間違っている〗でネット検索をすると、幾つかが出てきたが、
これはというのがない。そこで実感で考えると如何だろう?と改めて考えると、
真実味があり間違いないような。
 会社清算を現実に経験して6年経過するが、これが、まさにそうである。
長期の装置産業ゆえのシェルターを長年かけて組み込んでいたのと、兄と姉の
二つの事業清算時に、その凄惨な実態を見ていた事もあって、財務悪化で追い
込まれる前に早々に清算を決断をした。私の場合、弁護士との呼吸の間合いも
あったが、かなりの程度の覚悟もあり、軟着陸で終えることが出来た。
幼馴染と兄の助言、「何はともあれ、弁護士代を確保して駆け込め」と。
 振返りみれば、その十数年前に大きな判断ミスをしていた。1990年辺りの
国内のバブル崩壊と、その同時期に起きたソ連を筆頭とする共産圏諸国の崩壊
と中国の資本主義への転向に対する情報認識が甘すぎた。その時節にチャンス
とばかりに、新潟駅前に300室から500室の増室に踏み切った。その200室は、
高速道路から延長をしたバイパスにすべきだったか、300室でストップか。
その上に、情報端末の進化と、ネット社会が根こそぎ社会の在り方を変えた。
 バブル崩壊の10年後の2001年の9・11テロ、2008年のリーマンショック、
2011年東北大震災が駄目押し。その瞬間、事業断念をしたが、その大元は、
欧米型資本主義と、共産主義の行き詰まり。成るほど、私たちは硬い思いこみ
の9割の間違った情報と知識で縛られていていることと、鈍い脳にあることが
身に染みて知ることになる。傍観者の視線は、勝手に創作した妄想の貼り付け。 
 全ての人に言える、「貧弱な知識に、9割の間違った情報」の思い込みで
一生を終る。逆に、「自分の教養はそこそこあり、知りえた9割の情報は正しい」
と、信じ疑わないのが「世間様」 。9割の情報が好い加減で、ほぼ嘘という
フィルターを持ち、醒めた目でみないと、間違った過多の情報で、判断を間違い
道に迷うことになる。 そうこう考えると、人生、知識だけは貪欲に求め続けて、
少し懐疑的に、しかし気楽に生きた方がよい。問題は正しいだろう1割の情報の
処し方。情報だけは金と手間をかけるしかない。 でも間違えるのが… ?
 で、数日前(2017年2/07)の、『困難な成熟』内田樹 著に続く。
――
   * どうして私たちは、こんなに頭が悪いのか
 人生を振返って、私は何故に、かくも頭が悪いのかと実感する。
そのことを知っているは、むしろ他者。しかし、その他者も、第三者から
見れば全く同じことがいえる。 現状とは過去の頭の悪さの集積の結果。
そう思うと諦めもつくが、問題は、その自覚を万人が持っているかというと、
そうではない。 だから他者の失敗をあげ諂い、「あの男、あまり頭が
良くない」と平気で宣う。 〜その辺りを抜粋〜
・《 現代日本社会の制度的瑕疵のほとんどは「想像力がないので、
 先のことは何も考えずに来た」ことの帰結だろうと僕は思います。…(略)  
 この社会に格差はあります。資源の分配についてのアンフェアはあります。 
 さまざまな理不尽がある。でも、それは誰かが自己利益のために工作してそう
 なっているわけではない。それは無数の「頭の悪さ」の集積なのです。…(略)
 むしろあまり深く考えなかったせいで起きたことが無数に集積して、
 「こんな事態」になっている。僕はそう思います。》(179〜183p)
さらに、
・《自分が選択したこと、自分がやっていること、自分が考えていることの適切
 さについて第三者的、価値中立的な視点から吟味できないことを僕たちは
 「頭が悪い」と言います。そして、第三者的、価値中立的な視点から自分自身
 の推論や判断を吟味するというのは、言い換えると「自分の頭の悪さを点検する」
 ということなのです。…(略)》(184p)
《「あ、オレ間違ったわ」とすぐにフィードバック」しなさいということ…(略)
 「自分は頭が悪いんじゃないか?」という疑問に捉えられて、…(略)
 常日頃から考える習慣をつけていると、「大きな間違い」を犯すリスクが
 軽減される。それだけのことです。》(185ページ)
――
▼ 私たちの頭の悪さを、想像力の無さが起因すると著者はいう。意外と、
 この事実を多くの人は理解してない。小説を読むことは、文字を通して作者の
物語の世界を想像すること。本を読むことは、想像力を培うため、必要になる。
ここで、〖20世紀、アジアアフリカで、欧米の帝国主義諸国を武力で放逐して独立
を勝ち取った革命政権のうち、奪還した資源を公平に分配することに成功したもの
は殆どいなかった。さらに植民地官僚より激しい収奪と独占を許した。』という
厳正な事実がある。20世紀の大殺戮が21世紀に繰返される可能性が無いものと、
思いこんでいるが、これもイメージ不足。人間は虚空の中の、小さな小さなチリ
の存在でしかないを頭では知っている。しかし、そのイメージが出来ないその
ことが人生を貧弱にしている。 それが、<どうして私たちは、こんなに頭が
悪いのか>の答。あの大統領が、その全てを表出している。無知は罪である。
それも重罪である。そして、自然によって間接拷問の後に、死刑に処せられる。
その前に、治療いう名目の毒薬を長年かけ盛られ、薬漬けされたのも知らず…

・・・・・・
5447,閑話小題 〜何もかもが美味しいと思える幸せ
2016年02月13日(土)
    * つれづれに 
 このところプレミアムと名うった缶ビールを買って飲んでいるが、先日の
プレミアムビールは濃厚の茶色。黒ビールで、黒いのは飲んでいるが、
こんな変わった色のビールは初めて。各メーカーが出しているプレミアム
ビールが、どれもこれも美味い。家内に「飲んでみたら、美味いから」と勧め
ても、「どこが美味いかわからない!」の生返事。
 
 先日、ジム帰りに寄ったスーパーの肉売り場で、百グラム千円の霜降りの
牛肉の300gパックが三割の値引。ツマミに少し高めもいいかと、カゴに
入れたら、後ろの男の子が、「すごい!」。現役の頃は、長岡駅と新潟駅内
スーパーで勤め帰りにツマミ用に霜降りの牛肉を買っていたが、最近はない。
現在、何を食べても飲んでも美味しい。ただ、それだけの話だが。 
トレーニングジムの運動効果もあるか。

 美味いといえば、調理済みの冷凍麺類が良い。冷凍技術が進んだためだが。
下味つきの全国各地の名物の麺(例えば喜多方ラーメン)などがあって、
どれもクセになりそう。 今では、食品メーカーがファミレスに収めている?
冷凍の調理済みスパゲッティや焼きソバが家庭用で売り出されている。まあ
平凡で、健康的!ということ。 これまで外食で美味いのは食べ尽くした感が
あるが、こういう平凡な日々のチョットした味わいもよい。老いもあるのか。

株価、為替、原油価格の変動が激しく動いている。これでは資源輸出国は、
堪ったものではない。ロシア、中東、欧州、中国の、何処から、火の手が
上がるのか? 一番の被害者は弱者。通貨量をアメリカは三倍、日本は二倍
に増やしても、物価は上がらないとは、摩訶不思議。何らかのカタチで、
その歪みが、出るのだろうが。

 北朝鮮の大陸間ミサイルと、水爆?実験の成功で、アメリカだけでなく、
世界中が、本気に制裁を始めたようだ。戦争前夜的空気が出てきたような。
問題は、中国が鬼っ子の北朝鮮を、今まで通りに容認するのか?
今回は、かなり厳しい制裁のようだが? それより肥満による病死の可能性?

・・・・・・
5083,閑話小題 〜地方の(生活)現場では ー��
2015年02月13日(金)
   * 新幹線の実質大幅値上げ
 北陸新幹線の開業日の3月14日からのJRの県内料金値上げのパンフレット
を家内が駅から持ち帰った。開業日から上越新幹線乗客の激減を読んでの値上。 
3000円の長岡〜新潟間のS切符が廃止、4200円は4割アップになる。 
 私自身、30年間にわたり、この間をS切符通勤をしていたが、月に20日
通っていたので、月間24000円の値上がり。もう、通わないので、関係ない
としても。JRは、新潟県の横丁化、幹から枝化に、悲観的予測があるため?
それにしても4割アップはないだろう。地方創生というなら、二割下げたら!
 元気がよいのは、銀行関係者、公務員、一部建設業者。 元気がないのは、
農業関係者と、駅前周辺の事業者と、国民保険の年金暮し。その差が更に開く。 
 これでは、朝は、味噌汁、飯、フリカケ、納豆、前日の残りの一品。
昼はウドンかラーメン。夜は鮭か干物の焼物、揚げ物、飯と、慎ましい生活だが、
お年寄りの生活には理想的。 考えてみれば、何れも同じようなものか?
晩酌さえなければ、何とかなるが、その酒と肴が大好きとくるから・・
 TPPは、結果として地方経済を、さらに衰退化をおし進める。
地方創生とよくいうよ!だが、そうもしないと、その惨状は酷くなる一方。
家内からみて、消費財の値上げが、ただならぬ!というが、安い値下品 
を探し、買うのをゲーム感覚で楽しんでいる風。200m先にスーパーが
あるのは、非常にゲームに有効である。何ごとも楽しみに引上げればよい。
 二人の息子の育ってきた時代背景を見ると、私たちと、あまりに時代格差が
あまりに大きい。この格差は、経済学的にみても、縮まることはないという。
 この新幹線の大幅値上げ、ハイパーインフレの予兆でなければ良いが!
・・・・・・
4718,「余命3カ月」のウソ  ー2
2014年02月13日(木)
* 5年生存率と、20年目の転移・再発ー「余命3カ月」のウソー近藤 誠(著) 
 近藤誠と中村仁一の主張、知れば知るほど納得する。【悪性ガンは治らない。
ならば手術も抗癌剤治療は不要。いい加減な余命期間は聞かないこと。
健康診断などしない、どのみち結果は同じである。現代医療を盲信するな。
そういわれれば思い当たることばかり。  ーその辺りをまとめてみるー
・スーちゃんこと、タレントの田中好子が、最初の手術から19年目に再発し、
 アッという間に亡くなったが、これは数百人に一人の特殊なケース。
「5年生存率」とよくいうが、本物のがんでは、治療して残ったがんは
 2〜3年以内に検査で見つかり、亡くなるケースが多い。そのため、数年で
 見つからなければ、大丈夫と言われる。がん細胞も冬眠するケースがあり、
 眠りからさめると性格が変わるケースがある。
・がんが消えたというのは、検査がズサンで、勘違いしたケースでしかない。
・食道がんは、手術による死亡が3〜10%もあり、?期でも5年死亡率が
 50〜60%。この生存率は手術をしないのと同じで、手術は無意味。
 ということは、?期以上なら手術をしない方がよいことになる。食道がんの
 死因は肺や肝臓などへの転移によるものがほとんど。食道がんの全摘は、
 後遺症・合併症の多い手術で、術後ののダメージは非常に大きい。
・食道がん、胃がん、肝臓がん、乳がんのような固形がんのすべてに、抗がん剤
 はすすめられない。延命につながる実証がないのに毒性が強く、副作用に
 苦しむことになる。その毒性は老いるほど、喫煙経験があるほど、強くなる。
・転移が見つかった場合の術後の生存率は12%。なら、その時の手術はすべき
 でない。抗がん剤も同じである。以前、治療法が無かった時代には、どんな
 臓器のがんでも、死は穏やかなものだった。がんが恐ろしいと思われるのは、
 治療のせいで、無意味な手術や抗がん剤治療がもたらす生き地獄が恐ろしい。
・リード・タイム・バイアスという言葉がある。例えば、6ヶ月の大腸などの
 悪性がんの生存が、CTスキャンなどで早めに発見、24ヶ月に延びたが、
 1センチのがんが8センチになるに18ヶ月かかるとすると、延命の新薬の
 効果に関係ないことが分る。医師は、見掛け倒しの延命を知っているが、
 誰も口に出さない。薬で売上を上げたいため。
・余命は、聞かないこと。当てずっぽうでしかなく、聞いた患者は、それに
 引き込まれ、その範囲で死んでいく。医師は患者と身内に短めに言っておけば、
 延びた分、喜ばれるため。
▼ 10数年来、中学、高校の同級生が数名、がんで死んでいるが、発見され
 一年以内に亡くなっている。胃がん、食道がんは、白血病によるが、悪性は
2年以内、1年が目処になる。原因は、ストレスによる飲酒とタバコ。
還暦過ぎれば、この二人の説に従うのも一つの道。色いろのケースがあるので、
最後は自分の選択になる!良く生きるか、長く生きるか? 良く長く生きたい!
が、振り返れば、みな同じ。「ひとは先、我はあと!」
・・・・・・
4351, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー3
2013年02月13日(水)
      「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
  * いい文章とは? そもそも文章を書くとは何?
 そう簡単に、いい文章など書けるわけがない。「自分が納得した文章を
書き上げる」ことを心掛けた結果として、時にまともな内容がある程度。 
まずは何事も継続し量を書くしかない。そうすると本音が自然と出てくる。
一々飾らなくなるためだが、長年続けると建前で生きている人の心根の浅さが
見えるようになる。本音を隠していると、その本音が枯れ果てて、何時の間に
「ゾンビ」になっている。ただ世間話しか出来ない夢も希望も知性のない人種。 
  ー次の内容が、文章の書き方について解りやすく述べているー
≪ いい文章とは? と問われても、そもそも文章って何なんだろう、文と文章
 とは違うのだろうか。・・文というのは一つのまとまった内容をひと続きの
言葉で表したものです。多くは最後に句点(マル)がついています。その文を、
意味がわかるぎりぎりのところで短く区切ったものを文節と言います。
文の間に「ネ」を入れてみればわかります。「的確な(ネ)表現の(ネ)
文章を(ネ)書きたい」これは四文節から成り立ちます。この文節でつながる
文を二つ三つと重ねて、自らがとらえた事象を考え、意見などを筋立てて
書いたのが文章です。全体をたとえると、「いくつかも節のある一本の竹が
文で、何本も集まって形を成している竹林が文章です」。
 その「いい文章はとは?」ですが、内容が的確に表現されているです。
文章は、その人自身のものでなくてはならない。・・体験は単に身の上に
起きた出来事ではありません。人間の意識が強く働いた結果なのです。
そのときに思ったこと、考えたこと、さらには織り成す感情とともに、大脳皮質
の側頭葉のところに長期記憶として保存されます。文章を書く上でその記憶が
必要になると、やはり大脳皮質にある前頭葉が「こういう記憶を」とリクエスト
します。ですから、自分というパーソナリティを形成している体験こそが文章の
最も大きな源泉、おおもとでして、作文というのはそのおおもとから記憶化された
自分自身を引き上げて言葉にする作業にほかなりません。といってそれらは
そのまま言葉になるというものではありません。第一、記憶自体、大喜びした
とか大泣きしたとか、特別な出来事を除けばそれほど鮮明ではないでしょう。
なかには部分的にしか浮かんでこないものもあると思われます。しかし体験も
言葉もすべては自分の中にあるわけ。それを投げ出さないかぎり文章化は不可能。
また文章は、自分にしか書けないことを、誰が読んでもわかるように書き直す
ことです。 ・・・ ≫
▼ 側頭葉残された「思い出」は、その人にとって意味があるから長期保存と
 して残っている。だから、書き出せば、その意味の解明になるし読手も面白い。
記憶に残っているだけで意味があり、その人の本質が隠れている。文章を書く
のは恐ろしく面白いのは、そのため。脳は物語にすると記憶に残るのは、筋書き
を求めているため。で、こうして毎日「あれこれ」を起承転結にし纏めている。 
記憶にガラクタしか残ってないのは、どうして?
・・・・・・
3976, 閑話小題
2012年02月13日(月)
  * 冬は濁り酒と辛口の酒のミックスに限る
 二年ほど前から10月から3月にかけて、濁り酒と辛口の酒を一対一の混ぜ
合わせて飲んでいる。濁り酒だけだと甘過ぎ、かつ癖が強いので、何気なく
紙パックの酒を混ぜてみたところ、これが良い。濁り酒は菊水酒造の「五郎八」
(1980円)。辛口は全国ブランドの普通酒を混ぜ、燗にする。
これに水代わりでノンアルコールビールを一本飲む。これで、酔いが襲ってくる。 
濁り酒も色いろ飲んでみたが、値段の割りに「五郎八」が美味い。混ぜ合わせると
水割りにしたように和らぐ。慣れると麹の深みを感じる。一挙に酔いが回るため、
つい飲み過ぎることもない。3千円と千円の酒のミックスと、二千円の酒は、
どちらが美味いのだろうか? 以前、事務所の飲み残しの酒、何種類かを一本の
瓶に入れて冷蔵庫で寝かせて飲んだことがあるが、それが極上の味。
「吉田類の酒場放浪記」という番組で、京都の居酒屋の女将が色々の種類の酒を
カメに入れて当店ブランドにしていた。 自分ブランドは一合パック二つを
混ぜれば可能である。濁り酒と辛口酒のミックスは自分ブランド酒をつくって
いたのである。 混ぜないで二つを交互に飲んでみたが、辛口が負けてしまう。 
ケチ臭い話だが、話題としては面白い?ホットビールとか、焼酎のビール割とか。
 ・・・・・・・
3611, 大相撲八百長事件 ー3
2011年02月13日(日)
 二人が勝ち負けを決する個人競技である限り、そして個人の意思が携帯電話や
パソコンで簡単に行き来できる現在、「八百長をするな!」という方に無理ある。 
お互いに四つに組んだ時に互いの耳と口が至近距離になる。そこで20、30万
と仲間同士の符丁を決めておけば、阻止など出来るわけがない。「自動車事故死
が数千人もあるので、自動車を廃止してしまえ」と主張するようなもの。
まずは交通違反を止めろと言っても、これも無理の話。八百長に関して、
今回のように発覚したら厳罰を科せばよい。「八百長が絶えないから大相撲を
公益団体を外してしまえ」という論理に無理がある。この怪しげな興行世界が
日本伝統のマイナーの側面である。これを解説者では一部の人しか主張してない。
だから、今回も、4人は追放、疑問のある10数名を三場所の出場停止をして
幕引きをするだけでよい。 日曜日の夕刻のお笑い番組の「大切り」は、作家が
いて、そのストーリーにそって、落語家が珍妙なやりとりをする。
一時、週刊誌が、このことを槍玉に上げたが、メンバー全員それを否定した
コメントをしていた。それは当然である。160キロ平均もある鍛えぬかれた大男
が、全力で15日間も続けてぶつかりあったら、どうなるか分かりきったこと。
幕内・数十人の閉鎖社会の中で勝ち星の貸し借りがあるのは当然で、それを含めて
楽しむのが大相撲の面白味である。だから、私は初日と千秋楽は幕下から見る。
初日は貸し借りのない真剣勝負が見られ、千秋楽は出てくる互いの力士の勝ち
星を見て、暗黙のうちにドチラが勝つかを予測しながら見るのである。
見る方も分っていて見ている。私が知る限り、ほぼ100パーセント、貸し借りを
している。日本文化は談合世界の中で育ってきたのである。麻薬などで追放に
なった元外国人力士などから、多くの実話が出てくるのだろうが、交通事故に
気をつけた方がよい。


5812,閑話小題 〜虚実皮膜の間

2017年02月12日(日)

   * 虚実皮膜論
 実に面白い説である。以前、若い女性タレントが、対談で
『役割の皮と、私という存在の間を薄くすることに心掛けています』
と語っているのを、成るほど!と聞いていた。 虚という役割を実の私が演じ、
その間の皮膜を薄くするだけでなく、個性で皮膜に味付けするのが名優その人。
 近松門左衛門の説だが、ネット検索に、次のようにあった。   
≪ 原文では「きょじつひにくろん」と振仮名が振られている。
 近松門左衛門の演劇理論で、真にすばらしい演劇を作るのに、ウソ(虚)
とホント(実)の間にこそ、美味しいところがある、という論理。
 近松に私淑して近松の脚本作成に参画していたともいわれる穂積以貫が
近松の死後に刊行した「難波土産」によって知られるところとなった。
近松自身が書き残したものではない。
<虚(うそ)にして虚にあらず、実にして実にあらず、この間に慰
(なぐさみ)が有るもの也>≫  また他にも、
≪ …〈虚〉を実体のないもの,うそ,偽り,〈実〉を実体のあるもの、
 まこととみる一般的な考え方と,
〈虚〉は超越的な存在根拠であり,〈実〉はその具体的な現れであるという
《荘子》風の考え方とがある。
 中国では古く《荘子》関係の思想書にこの言葉が見られ,以後詩文,書画,
医学,兵学等の分野でもしばしば用いられた。
日本では主として近世の俳諧や演劇の方面で用いられ,その芸術観,
文学本質論,表現論等を記述する場合の重要概念となっている。…
【難波土産】より
…〈芸といふものは実と虚(うそ)との皮膜(ひにく)の間にあるもの也。
…虚にして虚にあらず,実にして実にあらず,この間に慰が有たもの也という
〈虚実皮膜論〉で名高いこの聞書は,魂のない人形に魂を吹き込むには,
文句に情をこめることが大切で,個々の人物にふさわしい言葉を用い,
人物の実情・底意を表すためのデフォルマシヨンを行い,また,浄瑠璃の
眼目である愁いの表現には,説明的な描写を排して,〈芸のりくぎが義理に
つまりてあはれ〉,つまり,劇の展開に内的な必然性を持たせるべきだと
説いている。≫ とある。
――
▼ 偽善者とは、善の膜で悪を包んでしまう者。露悪とは、そのままの悪を 
 露出する者。偽悪とは、善をあたかも悪にみせること。私など、役割ごとに、
偽善者と、偽悪者と、露悪の私を演じていたため、今では何が何だか… 
分かりません。何処かの大統領のように、最後は人間性の問題になるが、
役割の能力不足そのまま、裸の大将というのもいる… まだ偽ならいいが?
 〜ところで前に関連したような文章を書いていた。 
――
2001/12/21
[109] 偽坊主
 10年ぐらい前か、ー男はつらいよ(風てんの寅)を見ていたとき、
ふと哲学的になってしまった。内容というと「世話になったお寺の和尚
が風邪をひいたとき、法事に坊主に成りすまし、口からデマカセの法
事で無事代役を終える役(偽坊主)を、トラが演じていたー
 そのとき奇妙な感覚になった。
まず本人ー 1・能作があり 2・本人の苗字があり
3・俳優の渥美清 4・寅さん 5・偽坊主ーと重なりがある。
能作?が2345を演じていることに気づいたためである。
 このような場面は私自身も何回も経験をした事がある。
仕事も役割もこの重なり合いといってよい。
 この重なりを名優はこれを簡単にやってしまうのだろう。
渥美清もそのときその重なりを感じたと思う。(2001/08/15)

・・・・・・
5446,人生の意味を見つけるための逆説の10カ条
2016年02月12日(金)
  ー「それでもなお、人を愛しなさい 〜人生の意味を見つけるための
              逆説の10ヶ条ー」ケント・M・キース著
   * 逆説の10ヵ条
 図書館で借りてきた本の「逆説の10カ条」が良い。
ネットで検索すると、以下のようにあった。
≪ 1968年、当時ハーバード大学2年生在学中に、高校の生徒会のリーダー
 たちを激励すべく150回以上の講演を行なう。代表作「逆説の10ヵ条」は、
その活動の一環として自治活動のリーダーの為に19歳の時に書いた小冊子
「リーダーシップの逆説10ヵ条」の一部から初めて出版された。後にそれが
マザー・テレサの目に触れて、彼女が感動し「カルカッタの孤児の家」の壁に
その言葉を書きとめた。ルシンダ ・ヴァーディ編著の『マザー・テレサ語る』
に掲載され、マザー・テレサの言葉として世界中に広まった。キース本人は、
それを25年後に初めて知った。 長い年月をかけて今日に至るまで、口伝で、
写しで、インターネットで、本人の知らない間に、ゆっくりと広まり、世界中
で愛される格言となっている。 米ニューヨーク・タイムズ紙も、その出版まで
の不思議な経緯と格言の価値を1面で報じた。
  ★ 逆説の10ヵ条 (The Paradoxical Commandments)
・人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。
            それでもなお、人を愛しなさい。
・何か良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に
  責められるだろう。  それでもなお、良いことをしなさい。
・成功すれば、うその友だちと本物の敵を得ることになる。
            それでもなお、成功しなさい。
・今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。
            それでもなお、良いことをしなさい。
・正直で率直なあり方はあなたを無防備にするだろう。
            それでもなお、正直で率直なあなたでいなさい。
・最大の考えをもった最も大きな男女は、最小の心をもった最も小さな男女に
  よって撃ち落されるかもしれない。それでもなお、大きな考えをもちなさい。
・人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていない。
            それでもなお、弱者のために戦いなさい。
・何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。
            それでもなお、築きあげなさい。
・人が本当に助けを必要としていても、実際に助けの手を差し伸べると
  攻撃されるかもしれない。 それでもなお、人を助けなさい。
・世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかも
  しれない。     それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。 
【ケント・M・キース『それでもなお、人を愛しなさい
    ―人生の意味を見つけるための逆説の10カ条』早川書房 2002年】≫ 
 アマゾンの内容説明によると、ケント・M・キースは、アメリカの行政官僚、
講演家。ニューヨーク生まれ。ハーバード大学、オックスフォード大学で哲学と
政治学、早稲田大学で日本語を学び、ハワイ州立大学で法学博士号を取得。
1979年よりハワイ州の経済企画開発局の要職を歴任、同局長として州政府の
閣僚を務めた。その後も私立大学の学長、YMCAのリーダーなどを務める。
――― 
▼『毎日、早朝に起床し、この添削や、ネットアップ、読書と、決まった
スケジュールをこなしている。それが、何になるかって? ただ面白いから。
馬鹿馬鹿しくとも、それでもなお、スケジュールを続けなさい!』と内なる声。
「それでもなお」は、意志であり、力。最期は死という挫折で終わるとしても、、
  ーそれでもなお、自分の人生を愛しなさいー 

・・・・・・
5082,閑話小題 〜地方の現場では
2015年02月12日(木)
   * 佐渡経済からみえてくる地方経済の惨状
 ネットサーフィンをしていたら、ウェブ版産経新聞に以下の記事が載っていた。
内容は、去年4月のものだが、3月14日の北陸新幹線の開通で、更に追い詰め
られることになるが、止めるに止められないのが実情。 固定資産と、水道料金
の滞納の金額からみて、かなり重症。これは一部であって、地方経済全体が死に体
状態である。地方再生というが、土台無理。 その大都会も、行き着く先は、
ブラックホール化現象になる。周囲を吸い込んでいくが、最後は自滅状態。
≪ 〜【島が危ない】第2部 佐渡に迫る影 産経ウエブ 〜
 ◎ 一時、年間120万人の観光客で溢れていたが、長年にわたり減少が続き
 昨年は53万人にまで減った。島の主力産業だった観光業界は縮み続けている。
元県議の清野正男(64)によると、景気がよかったころの上客は全国の農協。
東京オリンピックと新潟国体以降、観光バスを連ね、百人規模の団体で訪れた島
には、大型ホテルができ、木造の小さな旅館も大きなホテルに変わっていった。
◎ 観光業の深刻さを表す数字は多い。平成24年度末現在で佐渡の固定資産税
 滞納者をみると、滞納額の1位から9位までがホテル、旅館業者。1位は
1億2255万円、2位は7307万円、3位は4102万円…と8位までが
1000万円以上だ。水道料金滞納者も、滞納額の1位から5位までがホテル、
旅館業者。1位は3397万円で2位は965万円。いずれも100万円以上を
滞納している。 ホテルや旅館の関係者からは悲鳴ともいえる声が聞かれる。
「道の駅がタダ同然だったように、値段うんぬんというより、どこでもいいから、
 うちのホテルを買ってほしい。このままやっていても赤字が膨らむだけだ」
「中国でもどこでもいいから買ってくれるところがあれば喜んで売りたい」
「佐渡にはアベノミクスという言葉はない」
◎ 観光客激減にもがく佐渡。「トキや佐渡金山で話題を呼ぼうとしているが、
 なかなか難しい」と市議会の祝(ほうり)優雄議長は苦悩の表情をみせる。
甲斐市長は中国による観光施設の買収にも言及した。
「中国が山林をあさっているという形跡はないし、ホテルを買い占められている
こともない。むしろ、反対に高く買って経営でもしてくれればありがたい」
 そこには、経済疲弊から脱却するため、韓国に近づいていった長崎県・
対馬と同じ構図が見えてくる。(宮本雅史) ≫
▼ 佐渡経済の惨状は、以前から聞いていたが、こんなもの。4年前、決断が
 出来なかったら、佐渡の同業者と同じ事態に至っていたのが実感できるため、
悲鳴が直接伝わる。 地方再生の名のもとに、地方経済の惨状は覆い隠される。
 これがアベノミクスの実態。政権は、任期さえ乗切れば好いだけ!
・・・・・・
4717,閑話小題 ー45年前の自分
2014年02月12日(水)
  * ゴーストライターの報酬は?
 一般的にゴーストライターの報酬の相場は幾らほどか?書籍、音楽の印税は
その一割が作家や作曲家の取り分になる。だから、ミリオンセーラーには、億
以上の報酬になる。「現代のベートーベン」のゴーストライターの場合、20曲で
700万。一曲35万円は決して安くはなく、CMソングで、40〜50万。
フォークとかは100万が相場。 時と場合で、ゴーストに印税10%のうち、
2〜3%が支払われることもある。物書きの場合、200Pで100万前後(50
〜130万)で、雑誌のコラムの場合は2〜3万。有名作家や作曲家は、ゴースト
ライターから出版社や、レコード会社に認められ世に出てきた人が多いようだ。
で今回、本当か嘘か、男同士の愛情関係の縺れ?と誰かタレントが話していたが、
話題としては面白い! ゴーストライターの存在は、この世界においては暗黙の
了解事項。前提の絶対の秘密事項の約束事からみて、何故、この時期に、発表
するのか疑問であり、愛憎関係?と考えると、成るほど? 笑点の「大喜利」
の巧妙な落語どうしの遣り取りも、放送作家のつくったもの。 
子供のゴーストライターは、両親?父、母?それとも先生?
   * 45年前の自分と向き合って
 毎年、この時節になると、学生時代の社会に飛び出す直前の日記を読み返えす
ことになる。当時の逼迫した不安と期待が相まった緊迫感が懐かしい。それも
年々、リアルに記憶が鮮明に蘇る。「遠き日は年とるごとに近くなり」であり、
書き残す重要さを改めて思い知る。書いてない期間の記憶は、空白に近く、
具体的記憶は蘇えらない。書いたそこには、息づいている当時の私が存在する。
当時の友人と何十年ぶりに会ったところ、『堀井は、用心深かったからな。
今回の件を聞いても、手立ては必ずうっていると思っていた! 汗かきも、
顔色がツヤツヤしているのも変わってない』という。当時から心配性で、何事
にも用心深く逃げ口を用意をしていた。それを40数年ぶりに会った友人に
指摘されると、本質は何にも変わってないことになる。「真面目な路線上を、
面白可笑しく」は、当時も今も同じ? しかし45年間の激動は、思いのほか。
それと、情報化社会も想像を絶するSF世界。毎日が、刺激的で、面白く、
夢のようでもある。当時の自分に言いたい! 『その気持ちを忘れずに、
学び続けなさい! 相手と自分を思いやる気持ちを忘れずに!』と。
・・・・・
4350, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー2
2013年02月12日(火)
 *「思う」と「思い出す」の違いは?    
      「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
ー この違いを具体的に述べている箇所を抜粋してみる。
≪  ◎ まず「思う」を列記してみると
 ・さびしい  ・孤独感  ・人間の幸、不幸  ・忙しいとか慌ただしさ
 ・一年の反省 ・街のあかり ・年末行事のこと
   ◎ 次に「思い出す」の列挙である
 ・暮れも押し詰まったころの祖父の卦報
 ・船上でのメリークリスマス体験。遠く見えるみなとみらいの夜景
 ・祖父母の家に帰省する時の父の革ジャン ・パーの匂い  
 ・親戚一同でやる暮れのそば打ち
 ・ラグビー早明戦前の一週間に、一年生みんなで夜通しでやった
  グラウンドの落ち葉拾い
 ・所属していた吹奏楽部の厳しい練習の日々。
 ・野球部恩師の死(もうすぐ一周忌  ・センター試験に向けての勉強 
 など「思う」ことと「思い出す」ことではこんなにも違うのです。
原稿用紙に向かって何も浮かんでこないとき、いかに乗り切るか。その手立て
としては具体的に描写しやすく、かつ書き進めやすい題材が並んでいる。それ
には「思う」ことより「思い出す」こと。 これはぜひ覚えておいてください。
「師走」というテーマで「さびしい」「孤独感」といったことをいくら
文章にしようと思っても、それらは心の中のことですから目に定かでない。
五感も働かないから描写もできない。 最悪、一行すら書けないということに
なりかねません。ちなみに司馬遼太郎の『関ヶ原』は、こう書き出されています。
「いま、憶いだしている」 作品は大小、長短を問わず、「思い出す」ことを
おいては始まらないのです。・・ たとえば「つらい」というのは心に抱く思い。
皆さんは「つらい」はつらいと表現すればいいのでは、と言うかもしれませんが、
「つらい」というだけの言葉なら、A君の「つらい」もB君の「つらい」も
みな一緒だということになります。でも、同じつらい体験と言っても、人が
違えば体験そのものも異なるはず。心に抱く感情も人それぞれでしょう。
それをみんな同じ「つらい」という形容詞で表現していいものかどうか。
つまりどうつらいのかが具体的に書かれていないと、自分の心にある思いを
ちゃんと表現したことにはならないのです。そうだとすると、自分がつらいと
思った出来事(体験)を細かく描写して、読んだ人に追体験してもらい、
そのときの胸中を察してもらう表現法を心がけるべきなんですね。
▼「思い出す」は、状況の具体的再現ということになる。果たして詳細に
 記憶が残っているかどうか? を、自分の幼稚園時代を具体的に思い出すと、
意外と記憶が戻ってくる。更に小学、中学、高校、大学時代に焦点をあてると、
記憶が戻ってくる。その機会は同級会か同窓会でしか焦点を合わせることがない。 
ガンなどの病気で、「あと半年」と宣言されると、急に過去の記憶が溢れかえり
出てくる。あと僅かと思うと、自分の人生を具体的に思い出し、味わい懐かしみ、
物語として編成する。これを訓練するに、日記や随想を書く習慣が必要になる。
・・・・・・・
3975, iPad購入半年、経過報告
2012年02月12日(日)
 再びiPad購入半年の途中経過報告である。居間と書斎の二台の卓上型パソコン
のiMacに、iPadが新たに加わり、生活パターンが変わったことは何度か書いた。 
先日、新たに書籍を70冊を電子化のため業者に送ったが、愛蔵書の電子化は
合計120冊。蔵書の電子化は一応終了だが、これで何処にいても書斎にいる
気持ちになれる。それにネットで購入した電子本が入っている。
 タブレット一枚を持ち歩けば、何処にいても自分の居場所にいるような
不思議な感覚になれる。タブレットの読書は抵抗がないか?と問われれば、
まったくない。 三台のパソコンの画面のファイルに入れておき、ことある
ごとに開けるのがよい。 タブレットPCの柱として、
◎読書◎ゲーム◎お気に入りブログの閲覧◎電子新聞、雑誌の閲覧◎メモ。 
便利なのは、常に手元におき、気楽に立ち上げ、直ぐ目的のウィンドウにたどり
付けること。そのためチョットした隙間時間を有効に面白く使うことができる。 
卓上パソコンは、電源を入れ、スタートボタンをクリック・・の時間がかかる。
それに対しタブレットは極めて短時間で済む。 それと自分の気に入った蔵書
を入れたのが良かった。 一度読んだ本は自分の一部のように感じるもの。 
読書の効用に何ども繰り返し読むことがある。繰り返す間に、知識が熟成される。
それがタブレットに入れると気楽に繰り返しが可能になる。ノートパソコンを
自分の鞄、書斎とみたて使っている人がいるが、タブレットPCで、その感覚に
なってきた。 購入時に半年を導入期としてきたが、一応、及第。iPhon
より私には相性が良い。「事業も終え5ヶ月後、気持ちが落ち着いた頃に
iPadを購入、気持ちを紛らわせてきた。 そして、半年を経過した現在、
それに同化を始めてきた」ということ。 現在、タブレットPCが、スマート
フォンの陰に隠れているようだが、そろそろ、タブレットPCにエネルギーが
向かい始めた。 ところで有機Elの画面がタブレットに向いているようだ。
画面の鮮度と薄さと軽さが次のメーカーの争いのポイントになる。 
これに居間の大型液晶TVとの連動もポイント。


5811,下降感覚の仏教と、上昇感覚の仏教

2017年02月11日(土)

五木寛之〜下降感覚に身をまかせ

               ー生きる事はおもしろいー五木寛之著
   * 下降感覚に身をまかせ
 上昇感覚が最も現れ出ているのが日蓮宗の法華経。太鼓を叩いて、
「何妙法連華経」と連呼すれば元気が出てくる。40歳後半から年々、老いを
 感じきたが、これだけは自然の摂理、従うしかない。 その時に、上昇か、
 下降感覚のどちらが、その人の理にあっているか… 
 日本に、浄土宗、浄土真宗が多いのは、四季の差がハッキリしている気候に
 合わせ生きるしかない自然条件の摂理のため。下り坂最高と諦念しても、
 凡夫の自分を慈しみながら最期は消える運命。 〜その辺りから(p115)
≪ 仏教思想の中にも上昇感覚と下降感覚との二つの対照的な傾向がある。 
・上昇感覚の仏教とは
  悟りを求める仏教がある。
  即身成仏をめざす仏教がある。
  立正安国をとなえる仏教がある。
  天地自然との合一を願う仏教がある。
  六道輪廻からの離脱をうたう仏教がある。
 それぞれに修行をつづけ、人格の向上と真理への飛躍をめざす仏教だ。
 これらの正統的仏教は、いわば上昇感覚の世界だろう。みずからを
 高めていく仏教だからである。
・これに対して、下降感覚によって成り立つ仏教をあげれば、浄土宗、
 浄土真宗だろう。浄土宗は、法然を宗祖とする。浄土真宗は、親鸞である。
 この両者は、ともに念仏による救いをめざす仏教だ。その前提が末世である
 前提だ。…(略) 最低、最悪の時代が「いま」である、という自覚は、
 まさに下降感覚そのものでないか。…(略) 
 その最悪の「われ」をみちびいてくれる唯一の道がある。それが阿弥陀仏
 と仏を信じて、その名を呼ぶことだ。それが念仏である。念仏を唱える前に、
 この時代は末世と確認する。そこに生きる自分を、最悪の凡夫として認める。
 そこから出発するということは、人間存在の最底辺に下降していくことに
 他ならない。…(略)
 光を求めるために、頭上をあおぐのではなく、うつむいて自己の内面を
 凝視する。悪の自覚から出発するということは、まさしく人間存在の底辺
 への下降にほかならない。≫ 
――
▼ 『南無阿弥陀仏』とは、南無(頼む)、阿弥陀様! と自然に身を委ねる。
 そうとしかならないなら、初めから自然の法則に従えばよい。大乗仏教の
教えである。オートバイで目的地に向かうより、仏様仕立てのバスに乗り、
念仏を唱えて生きていく生き方。 私の体質は、上昇感覚が強いためか、
オートバイで独りで向かう方が、私らしい… それも死ぬ瞬間、プッツン。
 老いてこそ知ることがあるが、基本として下降感覚に支配される。それに
抵抗するか、自然に身を任せるか。たそがれ時の宴も、それはそれは良い。
 スポーツジムで、外観から観察すると、生きている限り上昇感覚は必要と
思うが。 80歳半で亡くなった従兄の葬式に参列していた、やはり80歳の
従兄弟が典型的な下降と、上昇感覚の持ち主だったが、生き様が、そのまま
現れ出ていた。恵まれた人生には上昇感覚があり、愚痴・悪口の多弁の人
には、恵まれてない人生がみられる。この人をみて、無知からくる不幸は、
重罪と思うが、合せ鏡か!人にもよるか… 同じ空の下、泣いて笑えばいい。

・・・・・・
5445,閑話小題 ー清原の逮捕で 
2016年02月11日(木)
    * 覚醒剤の恐ろしさ
 清原が覚醒剤で逮捕された。40数年前の話。大学時代の友人が、
覚醒剤を時どき飲用していたが重症ではなかったし、私に勧めることも
なかったし、気にとめることも興味がなかった。人間誰しも、不安定になる
ことがあるが、覚醒剤は、その幅を大きくするようだ。急にオドオドしたり、
ハイになったり、ロレツがまわらなくなる。家庭内が複雑だったことが服用の
原因? 急にバスの中で、朝鮮語か中国語のような言葉で私に話しかけ、
自分たちが三国人であるかのように装って周囲の反応を面白がったりする。
卒業以来、大学が主催する10年に1度の同期会で話をする位だが、人間性は
明るく面白い人物だった。当時、覚醒剤は一寸した手続きで入手でき、今ほど
罪悪感がなかった。初めは興味本位で軽い気持ちで始め、深みにはまるのが
パターン。 特に、セックス時に飲むと良いとニュースで報じていた・・ 
 清原が行きつけの六本木のクラブ・ホステスが、アフターの席で、
『やらない?』と、口説かれたような話に、インタビュアーが驚いて、
『何をですか?』と聞くと、『クスリ』と、切り替えしていた。さすが場慣れ
した受答えだが、その言外に、『薬を飲んで何?しない』があった。
芸能界、スポーツ界は、『クスリ』に対し非常に厳しいが、分かっていても
中毒症状は、コントロールが効かなくなる。ハリウッド映画に『クスリ』の
シャブツケが度々出るが、一度はまり込んだら、それで終わり。
ところで、何で「水性のヤク」のようなアルコールが○で、覚醒剤が×なの?
・・・・・・
5081,悪夢の21世紀 ー2
2015年02月11日(水)
           『月刊「新潮45」12号』ー悪夢の21世紀ー
 グローバル化は、白人優位の欧米文化の普遍化を意味するが、100年前に、
文明史家のシュペングラーが、その限界を指摘していた。現在は、それが表
だって本格的混迷期に入った状況である。イスラム教徒には、狂気を持った
独裁者が必要で、民主主義は似つかわしくない。 
   * 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜�    佐伯啓思著
( 5 ) 今では世界中、問題だらけ。一方、日本は、外国人から不思議がられる
 ほどのお祭り騒ぎも見られるが、少なくとも世界が置かれている状況を見ると、
 仮装ごっこなどをやって嬉しがっている場合ではない。
  新聞ジャーナリズムも政治家も、現在の世界で生じている相当に深刻で、
 ある意味では破滅的な事態に、眼が飛び出さんばかりの好奇心と実証的厳密さ
 を持って対応してしかるべき。我々の能天気な日常風景とは別に、日本を
 取り巻く状況は実に深刻化しつつあり、我々の日常を組み立てている目に
 見えない骨組みがグラグラ揺らぎだしているように思える。
(6) 100年前に第一次大戦勃発。3、4ヶ月で終わるかとの期待を裏切り、
 4年半続いた。終戦後に世界が一変。欧州が疲弊し、アメリカとソ連が台頭。
 歴史を積み重ねてきた欧州に代わり、歴史を破壊する実験国家のアメリカと
 ソ連が、世界を動かし始めた。文明史家シュペングラーの「西洋世界の没落」
 (1918年)によれば、『欧州は、優れてダイナミックな想像力をもった「文化」
 によって科学を生み出し、産業を生み出し、経済を発展させ、優れた経済制度
 を生み出した。しかし、それが成功し、普遍化すると共に、世界に伝播する
 <文明> となり、欧州から離れていった。 この近代文明は、それを生み
 出したヨーロッパ文化から切り離されて、形式化し、極めて技術的なもの
 となり、味気もなく、内容の浅いものとなった。』
▼ まだ東北大震災ショックから立ち直れない日本。この二人の斬首の画像は、
 寝ぼけ眼の日本に大きなショックを与えた。アメリカは、世界基軸通貨の
ドルを、リーマンショック前後から、三倍に増加したが、殆どドル安には
ならなかった。三割ではなく、三倍も増やしたの係わらずである。
そして、致命的大打撃を受けた金融機関に流し込んで、その窮地を救った。
しかし、欧州も日本も、その手立てを持たない。損害を被るのは弱者の構図。                         ・・・・・・
4716,「余命3カ月」のウソ  ー1
2014年02月11日(火)        
               ー「余命3カ月」のウソー近藤 誠 (著)                         
   ーアマゾン・内容紹介ー
☆「進行性胃がんで、余命3カ月です。今すぐ手術を」医者にこう言われたら、
 あなたなら、どうしますか? 本書を読めば、余命宣告のカラクリと、
 がん治療の真実がわかること間違いなし! 医者のすすめる「がん治療」で、
 あなたの余命が削られないように、話題沸騰の近藤誠医師が余命宣告の
 ウソにメスを入れた1冊です。
☆ 歩いて通院できるほど体力のある人間が、ある日突然「余命3カ月」
 と診断され、手術や抗がん剤治療の挙句、本当にあっけなく死んでしまう
 ―このような悲劇を身の周りでも見聞きされていないだろうか。
 実は、余命宣告の多くはいいかげんである。治療が命綱の医者にとって、
 余命は短く言うほど「うまみ」が増すのだ。余命を告知される病気は、
 圧倒的に「がん」が多い。がんの本質に迫り、余命宣告のウソを
 暴くことで、患者本位の治療を提言する。
  ーアマゾンのカスタマー・レビューよりー 
・ガンには「本物のがん」と「がんもどき」の二種類あり、本物のがんの殆どは
治療では治らならない(見つかるころには転移してる)。治るのは「がんもどき」
の方だが、それはほっておいても問題のなかったもの。つまり、がん治療はいずれ
の場合にも無意味なものであり、むしろ副作用や感染症や合併症などのリスクが
あるぶん有害であるというのがこの本の根幹に流れる主張です。無駄にあがいて
苦しむより残りの人生をいかに楽しむかというのは価値観の一つとしてありだと
思います。私は共感しませんが。
・例えば、固形がんにたいして抗がん剤が延命に役立つと証明する臨床データ
はないなど、全体的に引用や紹介されている情報は偏っていて、都合のいいもの
だけを持ってきている印象はぬぐえません。がん治療なんてまだまだ未知の分野
で様々な主張があると思いますが、それについては全く触れられてない。
でも結局何が正しいかなんて私のような素人には分からない。私はこの本読む
まで何もしないという選択肢があることを考えもしませんでした。自分や身内が
ガン宣告され、今後の選択肢を模索してる人にとってこの本は選択肢を一つ
広げるヒントになる。この通りにするかどうかはおいて置いて。
▼ この数年来『どうせ死ぬなら「がん」がいい』(中村仁一・近藤誠対談)
 『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(中村仁一)
 『末期がん、その不安と怖れがなくなる日』(樋野興夫)など、怖しい本を
 敢て、取り上げてきた。それに加え、この本である。書店では見かけていたが、
 図書館にいつの間にか並んでいたので借りてきたが、これも、早速買った。
 その時になった時に、慌てないための予習である。これらの本などに影響され、
 4年前から、20年続けてきた年一回の,一日人間ドックを中止にした。
 上記のとおり「どのみち助かるのは助かる!助からないのは助からない!」
 と、判断した。 が、もう一つは平均看護期間が男9年と知ったこともある。 
 男は平均70歳で介護が必要になり、79歳で亡くなる。 介護で9年間を
 薬つけで生きるより、余命数ヶ月で死ぬのも悪くない。平均からみて、元気で
 いられるのは、あと2年?だが、実感が無いのは何故? 老人性鬱症状が日々
 強くなり、他人の粗探しで人相まで年々歪んでいくのが老人。
 気持ちは、50歳前半! 実際のところ、そのギャップが大きい!
・・・・・・
4349, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー15
2013年02月11日(月)
   * 床の間は、本来、仏の座る場所だった
 日本家屋の様式を取り入れている家には大抵、床の間が存在する。
そこには掛け軸、生け花、木彫りの熊などが飾ってあるものだ。床の間は室町
時代の書院造りに由来する。書院造りとは禅の思想にもとついて設計された
建築様式であり、書院とは幽玄を悟るための部屋とされる。床の間は書院の
中にあって仏を祀る場所、つまり仏が座る場所であった。そのため床の間は
部屋の中でもっとも上等な場所とされる。人間が座る場所よりも一段高く設置
されたり、板張りの床が普通であった時代でも床の間だけは畳を敷いたりした。
宴会の席などでいう上座は床の間の前に設けられるが、これは仏に近い場所が
上座にあたるという昔の慣習の名残である。もともとは仏を祀る場所であった
床の間だが、時代とともに形式が省略されていく。仏像は仏画となり、また
すぐれた僧侶の筆跡や経の一部となった。そしてしだいに美術品が飾られる
場所となったのである。このように床の間は聖なる場所であるから、けっして
テレビを置いたり、物置にしてはならない。仏壇の横には床の間があるのは、
そこに仏様が座るためと、今になって気づいた次第。
   * どこまでが宇宙か
 どこからが宇宙か、その前に何時から宇宙が始まったか?という問題が、
これまで世界中の昔より科学者を悩ませてきた。 天体観測の進歩で、星が
遠くに離れていくのが解り、それでは、逆に時間を遡って、その始まりを計算
した結果、137億年前にラグビーボウル大の素粒子が爆発したビッグバン説が、
現在知られているところ。しかし、観測結果から、宇宙全体のエネルギーの
内訳は星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは、宇宙全体の
4・4%しかないことがわかった。それでは何か? 実は23%の暗黒物質と、
約73%の暗黒物質を占めていたことである。膨張している先の宇宙の物質が
希薄化している筈だが、それが同じということは、他の宇宙から、
そのエネルギーが、流れ込んでいるのではという仮説が出てきた。この宇宙の
他に、10の50乗分の宇宙があるかもしれないという。 ところで、一般
でいう宇宙は、どこから設定するというのか。1967年の『宇宙条約』でも
明確にされてない。地球の空気が無くなる辺りとか、宇宙船が燃え尽きない
90〜110キロ辺りとか、議論がされている。アメリカは、その辺に対して
消極的になる。上空の領有権の問題が絡んで宇宙船を自由に飛ばせないからだ。
・・・・・・
3974, 超円高というが
2012年02月11日(土)
 現在の円高を考える相対的基準に、「ビッグマック価格」がある。
アメリカで4ドル、日本が320円で、一ドル80円で日米が同じ値段になる。
現在のドルは77円だから、ほぼ同じ値段になる。ちなみに中国は半額、スイス
は二倍。2000年には円が107〜108円だった。11年間でデフレの
日本は物価値上がりはゼロだったのに対し、アメリカの消費者物価指数が
30パーセント上がっているので、円高で相殺され調整されたことになる。
日本はバブル崩壊から現在に至るまで、物価の上昇率がほぼゼロなので、
日本の円高は当然のこと。20年前の円は125円で4割ほど上がっている。
 円高は、さらにデフレ要因になる。海外から3〜4割も安い商品が輸入
されれば、その分、国内の企業は値下げ圧力が加わり弱体化していく。
特に体力のない地方の中小企業は、この20年間で消耗、弱体してしまった。 
その結果として国の信任を失い、株式や、近い将来の国債の暴落要因になる。 
日本の国債発行が何と一千兆円になろうとしており、国内の1400兆に
のぼる預金のうち、300兆円の個人債務を除く1100兆に近づいており、
あと数年で、毎年40兆円の国債の発行も限界。その時が国債の暴落である。 
国債の暴落は、即金利の上昇になり、4%も上がれば40兆円という実質国家
予算と同額になる。そうこう考えると、ドルの信用の失墜で円高は、この数年
は続いた後、円安という地獄が待つ。それはハイパーインフレという形で、
国民の預金の価値を下げ、中産階級の大部分が貧困層になることを意味する。
更に当分の間、大地震リスクが伴うので、国内企業も外資も、海外への逃避が、
本格化する。 恐ろしい限りだが、ここに至っても、アメリカに充てがわれた
憲法を大事に温存し、自死に向かう道を修正できない。いずれにしても、
10年は茨の道になる。超円高と思い込んでいるが、実は円高でない。
円高は50円あたりで、一度、いって、150円か200円まで円安になる。
そのプロセスで、日本は貧乏国になる。アメリカは、紙切れの価値が下がった
だけで、傷つくのは威信である。
・・・・・・・
3609,  閑話小題  
2011年02月11日(金)
  * 多数人数の末っ子は・・
 新幹線の帰路の車内で、少し離れた席からビールを飲んで話している
グループの一人の言葉にハッとした。「自分は大人数の兄弟の末っ子のため何時
も許されてきた。だから、この歳になっても、失敗しても、争いごとが起きても、
許されるのが前提と何処かで思っている。自分には末っ子の甘さが付きまとって
いる」という。これは何か自分が常日頃思い続けてきたことを、誰かが代弁して
いるようだった。三つ子の魂は現在でも付きまとっている。だから女性は親分肌
の長女で、包み込んでくれるような人に惹かれる。ちなみに家内は長女で生意気
だが、最後は赦してくれる? 常日頃、赦していただいて有難うございます。
エッ、赦してない!我慢しているだけですか。よく見ると、長女と多人数の下の
方の次男、三男の組み合わせが多いのは自然のなせる業。逆に長男は次女、
三女がよい?その辺を間違うと離婚が待っている。
  * 日本の政府は巨大か、それとも普通か?
 以前より日本の政府は巨大か、それとも普通か?の議論がある。
ここで民主党が政権をとったはいいが、何の間違いで極左が政権の真ん中にきた。
学生のころの都知事だった美濃部の国政版が現在進行中。3月か6月に自滅する
しかないが、これを立て直すに時間がかかるだろう。そこで、果たして日本は
世界の中で、政府として普通サイズか、巨大なのだろうか? 二重構造で、実は
世界で一番の水脹れの国家になっている。そのため国家財政破綻直前のところに
社会主義者が政権の中枢になってしまったから、何をかいわんである。
一般会計では決して大きくないが、特別会計という母屋の隣の離れが、母屋の5倍
以上はゆうにある。官僚と保守政権が数十年かけて国民の目に母屋しか見えない
ようにして、離れで使い放題。 早くいうと構造詐欺。この財政破綻状態に陥って
も何も変られない事態。 ここを捻って浮かした分を福祉にまわすと極左政権が公約
したが、離れの住人と官僚は、それを軽く明け渡すほど柔ではない。その結果、
財政赤字が更に悪化、最後のダメ押しをしてくれた。その結果、それが大きな圧力
として我われに襲い掛かってくる。IMFの元で再生を図らないと駄目なのか?


5810,閑話小題 〜毎日が面白い!〜このブログの書きあげ

2017年02月10日(金)

  閑話小題 〜毎日が面白い!〜このブログの書きあげ

   * ブログのテーマ探しと書きあげ
 何を血迷ったか、16年前に個人HPを立上げ、毎日、公開の随想日記を始めた。
一日の主軸が書上げの完成にあるといって過言ではない。頭の中が常に、この
テーマ探しにある。それまで数十年来、読んできた書籍の内容も、毎日の行動
刻印のダイアリーにあるメモ欄とか、会社の社内報に、書いたりしていたが、
大学ノートなどに定型の記録として時系列に残してはいなかった。 
 そのメモを何とか刻印できないかと思っていた矢先に思いついたのが、個人
HPを立上げ、ネット上に公開し、第三者に晒して管理をすれば、否が応でも
持続するだろうと始めたのがこれである。21世紀に入った頃から『ブログ』
たるものが、世に出て一般的に普及を始めていた。これで万人が個人HP=ブログ
を持てるようになった。
 6千近いテーマを16年近く書き続けているが、好きでなければ到底、無理。 
続けるうちに要領も得たが、それでも「愚直に、純粋に、誠意を込め、全力を
込めて、集中しなければ、この程度の内容でも書き続けることはできない。
何度も何度も読返して修正を繰返すしかない。 書きあげて、公開をすれば、
後は一人歩きをする。問題は、数年後、読む自分の視線。 数年後に読むと、
得体の知らない当時の自分と出会うこともある。時間を置いて知る己とは、
かくあるのか?と、感慨すること屡々。 問題はネタ探し。月に一・二度は、
ネタ切れで、しばし茫然。 その緊張感が重要。その都度、何とかなることを
経験から知っている。その時、日常行動の刻印の呟き用の『バードウォッチ』
に、リアルに日常の些細なことを思いのまま書き込む。そこに何かしらヒント
が出てくる。逆に、ツアーの出発前に、10日分のテーマを考え、書上げるのは、
さほど苦にならない。「10日分を必ず書き上げる」という覚悟がなせるわざ。
テーマが見つからないのは、覚悟が薄れているとき。気力が萎えたとき。
 だから自然と、本音そのままを書いてしまう。それで、他者をキヅつける。
内なる得体のしれない心の闇を感じることが時々ある。持ち越してきた、情念
の蓄積されたヘドロからのガス?を書き出すことで、何とか落込みを最小に
している。心の闇の中を、あっちフラフラ、こっちフラフラが我ながら面白い!

・・・・・・
閑話小題 ー混乱の世界経済“負の連鎖”は止まるのか
2016年02月10日(水)
   * 混乱の世界経済“負の連鎖”は止まりません
 2月2日(火)、NHK放送の「クローズアップ現代」から8日経過したが、、
その流れは、金利ゼロ政策の発表と、昨日の暴落もあり止まらない。何か、
中東のISと、それによる欧州への難民問題と、中国のバブル崩壊、原油の
暴落を含め、恐慌前夜の空気になっている。 〜その内容といえば〜
≪ 世界中で株安が進み、波乱の年明けとなった2016年。戦後初めて年明け
 から6日連続の下落で始まった東京株式市場は、いまも乱高下が続く。
背景にあるのがアメリカの利上げ、中国経済の減速、そして原油安だ。
IMFは最新の世界経済の成長率予測を下方修正、新興国が成長の足かせと
懸念を示した。特にブラジルでは資源安にさらされ、オリンピックイヤー
にもかかわらずマイナス成長に。ロシアでは原油安が国家財政を揺るが
事態を招き、中国を相手に貿易を伸ばしてきた韓国も輸出が激減している。
一方利上げに踏み切ったアメリカは、ドル高や原油安などの影響で、製造業
やエネルギー関連企業で業績が落ち込むと予想される。経済が減速する中国は
1月、アジアインフラ投資銀行を開業、アジアのインフラ建設の資金を提供し、
に打って出ようとしている。混迷を深める2016年の世界経済はどこへ向かう
のか、日本経済はどうなるか、探っていく。≫ 
▼ その後、日銀がマイナス金利を発表、昨日の東京市場も千円近くの
 値下がり。リーマンショックか、それ以上の大暴落前の前波とみるか
どうか?微妙な空気である。2001年の9・11テロや、2008年のリーマン
ショックのもたらした落込みを真正面から受けた経験からして、一歩も
二歩も退いたとしても、末恐ろしさは同じ。年内に10000円を割る可能性すら
あるのに、何が三本の矢? 経済政策に関しては、どれほど酷い?言葉も
言い足りない!さらに、4年後の東京五輪。 今年のブラジル経済の窮状と、
リオ五輪の危うさが重なって見えてくる。ただし、憲法改正と、保守外交は、
それをカバーするかの線上にあるため、支持率が落ちてない。
 で、世界経済“負の連鎖”は止まるのか? の答えは、止まらない!
とすると、銀行預金を現物にし(ビル投資など)、デノミの可能性も、
視野に入れる手はずに入るべきか。もう、私には全く関係ないとしても。
 で、いま去年の文章を見ると、何故か、丁度よい続きになる。
流れは同じだが、深刻度は、去年より遥かに大きくなっている。
・・・・・・
5080,悪夢の21世紀 ー1
2015年02月10日(火)
   * 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜�
 イスラム国による日本人二人の斬首と、ヨルダン人パイロットの火あぶり
の処刑の写真には驚いた。このテロ集団の名を聞くようになって、まだ半年で、
世相が様変わりした感がする。 図書館で『月刊「新潮45」12号』
ー悪夢の21世紀ーの特集を借りてきた。 その冒頭の佐伯啓思のレポートが、
このニヒリズム的世相の背景を書いてあるが、なかなか秀逸。 
 〜簡潔に纏めたのをネットで見つたのを、数回分け掲載予定。                    
● 特集: 悪夢の21世紀   『月刊「新潮45」1214.12』
   「ニヒリズムに落ち込む世界:京都大学教授佐伯啓思
1、20世紀は二つの大戦と米ソ冷戦によって特徴づけられた「戦争の世紀」。
2、21世紀はもはや大規模戦争は起こり得ないといわれたが、安定した
  世界秩序どころか、今日、世界は益々不安定化している。
  局地戦や地域紛争はいくらでも生じている。
(1) ・21世紀に入た直後、9.1 1テロ。イスラム過激派と米国の対立は深刻化。
・エジプト、リビアなどの独裁政権の崩壊と民主化運動(アラブの春)が生じたが、
 予想通り失敗に終わり、混迷の中から「イスラム国」なる極端なイスラム国家
 の建設運動が発生した。
・イスラム国建設に失敗しても、このグループは「中心をもたないテロ組織」と
 なり、各地でテロを起こすだろう。米国はこれに対抗する有効手立を持たない。
(2) 2008年のリーマンショック:ドルを多量に刷りまくり、金融市場や不動産
 に金を回し、バブルを引起こして景気を牽引する「金融資本主義」の崩壊。
(3) 2010年のギリシャ財政危機。E U全体の不安定化。
 EUはもともと矛盾を内包:通貨統合で経済は統合したが、政治は統合せず。
 →財政・政策の意思決定は各国バラバラ。→ EU全体が繁栄していればよいが、
 ひとたび綻びが生じると、調子の悪い国の政治は不安定化、それがEU全体に
 及ぶ。ギリシャに続き、ポルトガル、スペイン、イタリアは財政危機となり、
 フランスでもEU批判派の勢力急伸。EUはいつ崩壊してもおかしくない状態。
(4) 急成長して、急激に大国化・強国化した中国の動向。ロシアの動向。
 この両国がこれほど大国化するとは、21世紀に入るまでは予測出来なかった。
 特に中国の海外進出は顕著で、国際法もなにも平気で蹂躙する傍若無人ぶり。
 東・南シナ海のみならず、中東、アフリカへも進出。しかも、国内では
 格差問題、少数民族問題、一人っ子政策の帰結のいびつな人口構成を抱える。
▼ イスラム国は、今回の一連で、日本という都合のよい標的をみつけた。
 寝ぼけ眼の、??面した首相が、人道支援で、百億円の資金提供を声明。
それなら、自分たちにも、さもなくば、首を切るか、日本国内でテロを起こす!
と・・ プロバガンダに丁度よい材料で、日本ならリスクは少ない。
この戦い、エンドレスで続くことになるが、これも情報化が根本にある。
・・・・・・
4715,閑話小題 ー時どき、10年前から現在を振り返えり
2014年02月10日(月)
  * 時どき、10年前から現在を振り返えって 見えてくるのは!
 株式のチャート見るように、その時どきから、5、10年間を振り返えると
 思いもよらない事件に遭遇していることが分る。では2004年の2月から2014年
 2月まで、何が起きたか?を調べると想像を絶することばかり。先の10年間は、
 これより遥かに大きな自然災害と経済震災に間違いなく遭遇することになるが、
 これだけは起きてから分かること。 時系列であげると!
・2004年に、中越地震とスマトラ沖地震、
・2007年に、中越沖地震、
・2008年には、ミャンマーでサイクロンで死者・行方不明は13万4千人以上。
 5月12日- 中国で四川大地震発生。M8.0、累計で4千万人以上が被災し、
 6万9千人が死亡。米国でリーマンショックが発生。
・2009年1月20日 - バラク・オバマがアメリカ合衆国建国以来、初の黒人
 大統領とし第44代米国合衆国大統領に就任。
・2010年には、チリとハイチで大地震。ハイチでは30万以上が死亡。
・2011年に、東北大地震で2万人近くが亡くなり、福島第二原子炉が破壊された。
 チュニジアのジャスミン革命が各国に波及し、アラブ各国で独裁政権に対する
 デモに発展。エジプトでムバーラク政権が崩壊、リビアでNATOが軍事介入し
 半年間の内戦の末にカダフィ政権が崩壊した。(アラブの春)アルカーイダ
 の最高指導者とされるウサーマ・ビン・ラーディンが、パキスタン・
 アボッターバードにて米国の特殊部隊との銃撃戦の末に殺害される。
▽ 東北大地震の直後、私の事業もあっけなく消滅。 時系列でみると、
 10年前に、こんな予測は誰も信じない。が、現実には次々に起きている。 
 とすると、2014/02〜2024/02年は、より大きな自然、経済災害があるはず。
 それを前提に対策を立てておく必要がある。まさか地元の中越地区に二度も、
 大地震があるなど思いもよらなかった。考えられるのは、首都直下型地震、
 南海トラフ地震、富士山の噴火の可能性が高い。また静かな世界恐慌?が
 表立ってくるのも自然の成りゆき。その中で、情報革命が劇的に進んでいる。 
 パソコンがスマートフォンや、タブレット型に収まるとは、当時は考えられ
 ないこと。次の10年は、メガネ型、腕時計、ジャケットなどの身体の一部
 になる装着式。危険な大震災の可能性と、反面、面白い時代になる。
 ブラックスワンがいるが、大部分はホワイトスワン。私個人としての
 ブラックスワンは、「死」。5分5分、いや6分が到来?で、その日のため
 の予習を楽しんでいる。一応、やりたいことは、やり終えた実感は、
 小さい範囲としても、気が楽である。 それも吹っ飛ぶのだろうが。
・・・・・
4348, 書くことが思いつかない人のための文章教室
2013年02月10日(日)
      「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
 *「思い出」を簡素に書き出せば、それで立派な文になる!
    まずは ー内容よりー
≪「文章を書く」とは、長い間の記憶から体験を引き出し描写することだ。
 自分にはそんな特別な経験はないと考える人でも、
・うまい引き出し方さえわかれば書ける。また、伝わる文章にしたいなら、
 くどくど説明してはいけない。とにかく描写せよ。
・細部に目をこらして書けば、真に迫る。たとえばさびしい気持ちなら、
 「さびしい」と書くな。さびしさを表わす「物」を描写してそれを伝えよ 
 ―ベテラン記者で名コラムニストが、ありきたりにならない表現法から、
 書く前の構成メモ術まで使えるコツをやさしく伝授。≫
▼《「文章を書く」とは、長い間の記憶から体験を引き出して描写すること。》
 この本の要点は、この一文に要約されている。12年近く、一日に2時間以上
かけて、この随想日記を書き続けているが、膨大なエネルギーを入れ続けても、
この程度。今の私にとって、これがベストの習慣。そこで一番の難しいのが
テーマの設定。そうそう毎日、ネタは出ては来ない。全く浮かんで来ないときは、
気まま、思いのまま書いた些細なテーマの「閑話小題」が逆に面白いと言われる。
その日常のことは、もう一つのブログ「バードウォッチ」に書いているので、
更に見つからない。数度に一度は、そこの文章をカットし、閑話小題として
随想日記に書き直している。兎にも角にもテーマのネタ切れに毎日のように直面
している。そこに図書館でこの本を発見した。そこで、たまたま手元にあった
随筆集を目を通したら、全てが体験の思い出。フッと浮かんだ体験を意識し
書き出せば良かった。これまではキーワード探しに気持ちが向っていたが、
「思い出」でよかったのである。随想は、その人特有の「思い」を書くものだが、
「思い」を書こうとするとテーマなかなか出てこない。「思い出」なら、誰に
でも生きてきただけある。それを気楽に書けばよい。体験談は、自分にとって
当り前の記憶でも、第三者からみれば、これほど面白いものはない。 
著者は、「良い文章とは?」に対し、「内容があること、そして、それが的確に
表現されていること。この二つが借ものでなく、その人自身のものであること」
という。そのため、思い出を素直に具体的に書けばよい。
 経験を書くことを「ひけらかす」と思い、躊躇していたら良い文章は書けない。 
たったこれだけの事を、12年間も書き続けてきて、殆ど意識しなかった。
それぞれの人生は、唯一無二の体験の蓄積。それをそのまま表現すれば、
これほど面白く、興味深いものはない。だから、ツイッターなどの何気ない
呟きの公開が爆発的に世界中に受け入れられた。 ということは、これは、
メモ的雑記帳を総称して「随想日記」と言っているにすぎないことになる。 
随想と、他と分ければよいのである。それも12年も書き続けると、お分かりの
とおり、同じ事を、見方を変えて繰り返することになる。 続けることは大変!
・・・・・・
3973, 被爆と喫煙リスク
2012年02月10日(金)
 * 改めて知る、喫煙の恐ろしさ!
現在、放射線被爆が問題になっているが、100ミリシーベルトの被爆で
がん死亡率が0・5%増加し、これ以上増えると直線的にリスクが上昇することが
分かっている。 しかし喫煙では、ガンによるリスクは1・6倍に上昇するが、
それに匹敵する被爆量は2000ミリシーベルト。受動喫煙でも100ミリ
シーベルトになる。飲酒、野菜嫌い、運動不足、塩分のとりすぎなど
「巨大リスク群」からみたら100ミリシーベルトなど僅かな誤差レベル。 
但し、幼児を除いての話だが。そうこう考えると、幼子のいる家庭以外は、
それほど心配することもないことになる。「正しく怖れよ」といえる範疇。 
ある資料によると、内部で働いていた東電社員の最高値が678というから、
それでも喫煙者の危険度の三分の一でしかない。私は人間ドッグでCTスキャン
を20年近くも受けているので、かなりの被爆を受けたことを最近知った。
原発事故の被爆が恐るに足らずと言うのではなく、幼児と成人を同じレベルで
考えることはない、ということ。一般的には、放射能が大気に放出し、地面、
海、川に降り注いで、それが農作物や家畜を通して人間の体内に蓄積される。
その内部被爆の危険性は確かに大きい。問題は、その影響が出てくるのは
数年後、数十年後である。そのため子供を持つ親としては、万一を考えて、
その地を離れるケースが多い。 現に東北、関東に在住の子息を帰国させる
ケースが多い。煙草の喫煙のリスクには慣れてしまい平然としているが、
被爆リスクには神経質過ぎるのも問題である。 被爆リスクの問題から、
喫煙の恐ろしさを確認した。危険率1・6倍は、あまりに大きなリスク。
3000ミリシーベルトの死亡率が5割とすると、喫煙者が酒を飲み歩き、
珈琲を何杯か飲むと同じレベル? 分かっていてか、自制不能か、破壊
された原発内の作業員の10倍のリスクを負っている認識がないだけ。
 緩慢なる自殺というより、トリカブトの自殺に近いか。 
これも、タバコを痛飲に置き換えると、自分にも当てはまる。
 ーーー
3608, 人生には3つの坂があるというが
2011年02月10日(木)
 以前にも書いたことがあるが、人生には上り坂、下り坂、そして「まさか」
の3つの坂がある。この言葉は大河ドラマの毛利元就の中でも言っていた。 
この十年を振り返ると「まさか」の連続であった。2001年の9・11テロから始まり、
地元では大地震が二つ、世界では数万人以上の死者が出た地震が相次いだ。
 その間に携帯電話がスマートフォンに進化、ノートパソコンから板状の
タブレットパソコンに重心を移行始めた。政治ではアメリカで最初の黒人大統領
が選出された。そして現実社会とは別に、いま一つネット社会が出来てしまった。
そしてHPからブログに進化し、さらにミニブログのツイッターや動画サイトの
Youtubeが出現してきた。今年に入ってネット普及の結果、一瞬にして
チュニジア、エジプト、イエメンなどの独裁政治がドミノ倒しになっている。
その飛び火が、アルジェリア、シリア、リビアに及ぼうとしている。経済面では、
2008年のリーマンショックで、世界恐慌に陥る寸前の様相。 次の「まさか」が
何かを知りえないから「まさか」になるのだが、その背景にあるのは、半導体の
「ムーアの法則」といわれる日進月歩の進化である。 この法則は、1965年に
インテル社のムーアが「LSIのチップ上に集積されるトランジスターの量は、
18〜24ヶ月ごとに二倍になる」という法則で、45年経過した現在でも続いている。
これは微細加工の技術よるもので、現在では一センチ角にトランジスターが
地球上の人間数を遥かに上回るほど乗る集積度というから驚きである。 
私が中学生の時に初めてみた、あのトランジスターが一センチ角に100億以上も
乗るのである。10年に一度位に、もう限界に来たと騒がれるが、何時も、それを
乗り越える技術が出来る。それとネットが結びつき、それぞれの情報基地を結び
つけるのだから、情報は一瞬のうちに世界中を飛び回る。10年前に、現在の姿を
誰が予測できただろうか。それ以上に、今後10年の変化は加速度的に進むとしたら、
どのような姿であろう。この十年の変化以上のことは間違いないとすると・・


5809,どうして私たちは、こんなに頭が悪いのか

2017年02月09日(木)


『困難な成熟』内田樹 著
   * どうして私たちは、こんなに頭が悪いのか
 人生を振返って、私は何故に、かくも頭が悪いのかと実感する。
そのことを知っているは、むしろ他者。しかし、その他者も、第三者から
見れば全く同じことがいえる。 現状とは過去の頭の悪さの集積の結果。
そう思うと諦めもつくが、問題は、その自覚を万人が持っているかというと、
そうではない。 だから他者の失敗をあげ諂い、「あの男、あまり頭が
良くない」と平気で宣う。 〜その辺りを抜粋〜
・《 現代日本社会の制度的瑕疵のほとんどは「想像力がないので、
 先のことは何も考えずに来た」ことの帰結だろうと僕は思います。…(略)  
 この社会に格差はあります。資源の分配についてのアンフェアはあります。 
 さまざまな理不尽がある。でも、それは誰かが自己利益のために工作してそう
 なっているわけではない。それは無数の「頭の悪さ」の集積なのです。…(略)
 むしろあまり深く考えなかったせいで起きたことが無数に集積して、
 「こんな事態」になっている。僕はそう思います。》(179〜183p)
さらに、
・《自分が選択したこと、自分がやっていること、自分が考えていることの適切
 さについて第三者的、価値中立的な視点から吟味できないことを僕たちは
 「頭が悪い」と言います。そして、第三者的、価値中立的な視点から自分自身
 の推論や判断を吟味するというのは、言い換えると「自分の頭の悪さを点検する」
 ということなのです。…(略)》(184p)
《「あ、オレ間違ったわ」とすぐにフィードバック」しなさいということ…(略)
 「自分は頭が悪いんじゃないか?」という疑問に捉えられて、…(略)
 常日頃から考える習慣をつけていると、「大きな間違い」を犯すリスクが
 軽減される。それだけのことです。》(185ページ)
――
▼ 私たちの頭の悪さを、想像力の無さが起因すると著者はいう。意外と、
 この事実を多くの人は理解してない。小説を読むことは、文字を通して作者の
物語の世界を想像すること。本を読むことは、想像力を培うため、必要になる。
ここで、〖20世紀、アジアアフリカで、欧米の帝国主義諸国を武力で放逐して独立
を勝ち取った革命政権のうち、奪還した資源を公平に分配することに成功したもの
は殆どいなかった。さらに植民地官僚より激しい収奪と独占を許した。』という
厳正な事実がある。20世紀の大殺戮が21世紀に繰返される可能性が無いものと、
思いこんでいるが、これもイメージ不足。人間は虚空の中の、小さな小さなチリ
の存在でしかないを頭では知っている。しかし、そのイメージが出来ないその
ことが人生を貧弱にしている。 それが、<どうして私たちは、こんなに頭が
悪いのか>の答。あの大統領が、その全てを表出している。無知は罪である。
それも重罪である。そして、自然によって間接拷問の後に、死刑に処せられる。
その前に、治療いう名目の毒薬を長年かけ盛られ、薬漬けされたのも知らず…

・・・・・・
5443,小学校担任の西澤先生への手紙
2016年02月09日(火)
  小学校の担任だった先生から『自分史』が送られてきて、一ヶ月、何とか、
『自己を見つめる』渡邊二郎(著) と一緒に、礼状を送る段取りができた。
達筆な先生に、悪筆の手紙を出すのは気が重いため、何とか故障していた
プリンターを直し、パソコンで書き上げた。 
 職業軍人の父を持つ、戦中派の典型で、恐ろしい先生だった。
何度か頭を殴られたが、先生から殴られたのは、西澤先生を含め二人だけ。 
去年9月に米寿をむかえ満87歳。奥さんに十数年前に先立たれ、現在は
私の自宅から10分ほどの川崎に一人住まいで、目の前の川崎小学校の
校長に息子様がなられており、やはり御近所に住まわれている。
 
 長岡出身の父親は職業軍人で、昭和9年に姫路高等学校の教官になられ、
先生の幼少期の11年を、姫路で過ごす。姫路中学校、陸軍経理学校、
新潟師範学校を卒業、教師、校長を多く歴任の後、見附市の教育長に。
 父親が、産業界に転進した関係で、請われて、産業界に転進し、その後、
再び、教師に舞い戻ったユニークの経歴を持つ。私の母校の阪之上小学校に
三度も勤められた。校長として幾つかの小学校の建物の建て替えに従事
してきたようだ。定年後は、見附市の教育長など歴任した。

 半世紀以上たった現在、人生の卒論としての報告書を書いているような
気持ちである。 以下の文章と、随想日記の幾つかをコピーして同封する
予定だが、何か見透かされているようで、一人赤面している。
この卒論は、私にとって大事な通過儀礼になるが、毎日書き続けてきた、
この随想日記が少しは有効に働くことになる。読んでいて、合わせ鏡
として見えてくる卑小な自分が、そのまま、露呈した思いである。
 ――――

  : 西澤正元先生へ

「出会いの軌跡」、シッカリと読みました。
教師人生と、校長人生、教育長人生の、長い道のりの軌跡が自然体で、
そのまま小説のように淡々と書かれており、人間・西澤正元先生の
世界が鮮明に現れでており、清清しい気持ちになりました。
親子鷹の御父様との道ずれも、そのまま、家系として息子様へ
受け継がれていく壮大な物語を読む思いです。

 今回、同封した『自己を見つめる』は、5年前の会社整理のさい、
「節目を打つ」ため、足元が揺らがせないために読んだ本です。
ブログの読書感想として、何回に分けて書き込んだもので、当時の
私にとって、この本が気持ちのシェルターになっていました。 
 内容は、先生の御年からしたら物足りないかもしれませんが・・ 
これが当時の私の支え棒の内容と、軽く読んでもらえればと、
同封させてもらいました。

 15年前から現在に至るまで、一日一文をブログに掲載しています。
レポート用紙1〜2枚分位で、大体2〜3時間かけています。
読み手は、家族、知人を中心に一日300人位で、時に千人だったり、
二百人を割ったりします。 これまで5400のテーマになっています。
休んだのが一回だけ。ツアーの参加の際は、ネットにアップした文章を
知人や息子に頼んで掲載しています。 内面生活の公開は気を強く保た
ないと、続けることは不可能のため、生活の張り合いになってます。
 
 人生、老いて?こそ解ることが多いですね。それも、己の無能が・・
先生の言われた、「話すより書け!」が、私にとってのブログの掲載。
親しい人の何人かに向かい、話しかけるように書いてます。
 私が面白いと思ったテーマを幾つか選んで、コピーしました。
暇のおりでも、読んでいただけたらと思っています。 御自愛のほど!                  
                      
                      : 堀井八郎
・・・・・・
5079,閑話小題 〜夜明けのスキャット ー�
2015年02月09日(月)
   * 夢の中の幽霊の老夫婦
 何時まで続くか分からないが、夢日記を続けていると奇妙な感覚になる。
今度の夢は、霊界に入り込んだような物語。 以前、一度行ったことがあった
民家の軒先が小さな貸本の店。そこに入ると小さな店内が取り払われていて、
御婆さんが業者みたいな人と話をしている。たしか連れがいたはずと、奥に
声をかけると、80歳過ぎの爺さんが出てきた。「もう店をやってないのですか」
と聞くと、奥から書棚とか、台を引っ張ってきて、本やビデオを並べ始めたので、
自分が奥の座敷に上がる。元もと、爺さんの本やビデオを貸出していたようだ。
ところが何か不自然で、この老夫婦、実は、この世の人でなく、既に亡くなって
いるのを気づかないで、そのまま家に居るような? 
 そこで、「もう、あなた方は、死んでいるんですよ」と言ってよいものか、
迷っているうちに目が覚めた。 ただ、それだけの内容だが・・
   * つれづれに 〜あと少しで4年ですか!
 あと二ヶ月で、御隠居生活に入って4年、長いようで短い感がする。 
変化したことは、外で酒を飲む機会が半分近くなったのと、少し肩身が狭い?
ぐらいで、違和感は少ない。4年前に決めた日課どおりの生活が今も続く。
 気ままで、誰の干渉を受けない日常は極上だが、あるとすれは家内の壁。
仏間ノ書斎コーナー、寝室、スポーツジムで、半分の時間は開放されている。
 40年、事業に集中していたエネルギーを、自由に使えるのが非常によい!
この随想日記を14年近く書き続けてきたお陰で、気持ちを言葉でハキ出す
ことで、心に羽根が生えたように飛びまわり、開放される。
 ここは閉鎖社会の城下町。月に一度は聞こえよがしの嫌味か、卑しい視線を
受けるが、想定内。尾ひれはひれで、とんでも人間になっているのだろうが、
これも20歳時に起業を決心した時点で、割り切リ、そのまま受け入れている。 
世間とかいう修羅世界への私の視線がいかに冷たいことは今さらである。
 死んで三日もすれば、300年前に死んだと同じと考えれば、殆どの怒りや
悩みが消える。 無知は罪! 古希あたりから、さほど長くない先に死ぬこと
を前提に、モノゴトを考え、判断するというが。
去年、宅建主任免許の書換え、必要ないと、しなかった。 
・・・・・・
4714,現代のベートヴェン 〜2
2014年02月09日(日)
‘現代のベートヴェン’のゴーストライターのライブの記者会見は、
 「事実は小説より奇なり」を、そのまま地でいく内容。 
 物語風に、現代のベートヴェンの経緯をまとめてみるとー   
              <私もミーちゃんハーちゃんになったもの>
《 18年前に(仮に彼をAとする)Aが作曲家で一旗上げようと思い立った。
 が、才能がない。そこでA自身をタレントにして、作曲はゴーストライター
に任せることを思いつく。親が被爆者であるのを利用し広島被爆二世の作曲家
として売り出した。しかし、それだけでは、いま一つインパクトが足りない。
そこで全聾の悲劇を加えることを思い立ったところ、これが大当たりになり、
NHKスペシャルで放映される。ところが、あまりに売れたため、ゴースト
ライターが恐ろしくなり、止めたいと言い出したが、Aは引き下がれない。
そこで自殺を仄めかして、作曲を強要。とこが、オリンピックのフィギア
スケートのテーマ音楽に取り上げられ、その重圧にゴーストライターは自滅。
週刊誌に、真相を告白。そこで共同会見が行われ、全聾もバラされた・・ 》
▼ これに殺人を絡めれば、刑事シリーズの『相棒』物語になる。
 現に似たストーリーがあった。また、その謝礼金額の安さにおどろいた! 
現代のベートベン・Aの後ろ盾に、誰か企画立案者などがいるはず?
問題は、この件が刑事事件になるかどうか? 会見の記者の質問の鋭さは流石。 
著名なシンガーソングライターに、こういう類の話が多いだろう。「たけし」
には週刊誌の連載や書籍があるが、彼に公然としたゴーストライターがいる。
しかし誰も咎めはしない。「たけし」だからだ。ゴーストライターが本人と対話
しながら、内容をまとめるのだから、別に問題はない。以前、ここで取り上げた
プレーボーイの元編集長の島地勝彦は、有名作家のゴーストライターを自認、
堂々と『乗り移り人生相談』を出版している。二年前に、そのものズバリの
『ゴーストライダー』というハリウッド映画を見たことがあった。
『戦場のピアニスト』などのポランスキー監督が、ロバート・ハリスの小説を
映画化したサスペンス。<元イギリス首相のゴーストライターとして雇われた
平凡な男が、ある秘密に吸い寄せられていくさま>が描いてあったが、
これが面白い!これを題材にした小説をゴーストライダーと組んで出版すれば、
面白いものが出来ること受けあい!
・・・・・・
4347, 暴力団  ー3
2013年02月09日(土)                        
 * 実際にホテル現場であった手口とは   「暴力団 」溝口 敦 (著)
 現場の苦情処理はチーフとマネジャーが対応していたが、ホテルが4棟に
分かれているため支配人と副支配人も直接受け持つ。最後は支配人に来るが、
私のところに来ない。私が出れば浮き役が無くなり引っ込みが効かなくなる。
脅す方も、社長が出た時は、警察に直結するため口先で出せと言っても本気
ではない。彼らは、常日ごろ刑事が宿泊者チェックに来ていることを知らない。
だから脅すのだろう。 しかし常に夜半に刑事が警察にいるわけでない。
刑事とて公務員。基本は自助努力しかない。普段から指名手配書をフロント内に
貼り付けておき積極的に通報するようにしているので、好意的に対応してくれる
が、脅しと分かっていても民事である。そう簡単に表立った口出しはしない。
 ところで、現場での手口である。開業2年目頃の、初めての脅しを鮮明に
憶えている。明らかに暴力団風の男に電話を受け継いだところ切れてしまった。
そこで、「数百万の商談が壊れてしまった。弁償しろ!」と凄んできた。 
明らかに脅しだが、電話の取り次ぎのミスも仲間と仕組んだのは明らか。
さてどうするか・・ ただ謝るしかしかないが、彼らは、そう簡単に脅しで
金が取れないこと知っているので執拗。 最後は、諦めたが! 似たような
ケースで副支配人が二人組にナイフを突きつけられ、数万、強奪されたが、
逃走中に警察に逮捕された。ナイフが逃走の車中にあったので立件が出来たが、
もし無かったら、そのまま釈放されたという。4〜5年前には水商売風の
アベックの女性が、風呂の石鹸を使ったら肌が荒れたと病院に行き、その
診断書を見せて何とかしろ!と凄んできた。これも刑事に相談しても、
難しいという。「示談はしない、裁判所を通して下さい」と突っ張ると、
「10万円で手を打とう」と言ってきた。具体的金額を言うと脅しになり
警察は介入すると聞いていたので、連絡。警察もチンピラの脅しの対応など
御手のもの。 二人が外出をするのを待って、後から歩きながら、
「私は刑事だが、地元の組に挨拶をしてやっているのか?やっているとしたら
組の責任もあり大問題。挨拶無しでは、ただで済まないぞ、どっちなのだ!」
と、気合をかけたら、逃げるように二人は消えた。事務所に、恐喝をしてきた
宿泊の二人組が執拗に電話で脅してきたので、録音をして警察に提出したが、
これまた逃げるように消えたこともあった。要は、ケチなチンピラだが、
持って生れた天性があるが、簡単に屈しない相手を見分ける嗅覚もある。
間違って直接電話に出てしまった時は、瞬間、電話を切る。2〜3回繰り
返せば、二度と来ない。脅しようがないからだ。直接、事務所に乗り込んで
きたことは、一度も無い。それをすると強盗になるからだ。
何度か、彼らの脅しの現場を至近で見たことがあるが、当事者でない
としても、恐怖のどん底に突き落とされる。
・・・・・・
3972, 閑話小題
2012年02月09日(木)
  * 大地震が夜半に起きないのは何故
 関東大震災、神戸淡路大震災、中越地震、柏崎刈羽地震、この東北大震災、
そして海外ではスマトラ沖大地震、四川大地震、ペルー地震と、小さいのは
別として、最近の大地震は何故か殆どが日が明るいうちに起こっている。
太陽系の引力にも関係しているのだろうか?もし東北大震災が夜半だったら、
数倍の死者が出ていたはず。日の入りの時間は約半分として、上記の最近の
地震全てが日が明るいうち、というのも偶然にしては?台風も、不思議に
週末に集中する。
  * 単身女性の3割がワーキングプアー?
 先日、TVで単身女性の3割がワーキングプアーと報じていた。
個々人の事例を紹介していたが、男性のような暗さがない。その生活も決して
不満でなく、それなりに満足している? 心のどこかに「白馬の騎士が迎えに
来てくれるかも?」の願望があるのだろうか? 女が一人で生きていくのは
甘くないが、今さら元に戻れない。まだ社会に余裕があるから明るくいられる?
時代が、さらに厳しくなった時に、その明るさはなくなる。母子家庭の過半数
以上がワーキングプアーというが、単身女性も加え、女性の時代という掛け声と
現実の違いはあまりに大きい。 国民の平均所得の半額以下の収入の人をプアー
というが、その規定を見直すことも必要の時期にきている。
プアーの言葉が世に出てきたため、意識をするようになっただけか?
右上がりの時代から右下がりの時代の対比からみて、明らかにプアーの時代
になったことは確かである。この言葉の規定からすると、国民年金生活者は
全員プアーになってしまう。プアーだが、情報だけはリッチの時代。
・・・・・・・
3607、絵になりますね
 2011年02月09日(水)
「この風景、何処から撮っても絵になりますね」など、風景、場面の美しさを
表現するのに「絵になる」という。「アート画転換ソフト」は、その言葉の
とおりにデジタル化した写真を絵画やアート画などに転換してくれる。
絵を描くのはプロでも大きなエネルギーを要するが、気楽に一瞬のうちに転換
してしまうから驚きである。デジタル写真を絵に転換すると、何故、気持ちが
響くのだろうか? そもそも絵とは何か?
  ーそこで「絵」とは何かをウキィペディアで調べてみたー
≪ 絵画は、板や布、紙、壁といった支持体と、絵具などの描画材料による
 特定の支持体に対する描画で成立したもの。板や布に描かれた油彩画や
テンペラ画、フレスコなどで描かれた壁画を指す。紙に描かれた水彩画などは
含めるが、木炭や鉛筆で描かれたものは含めない。≫ 
 この説明では、書かれた絵の意味することの説明にはならない。
絵は描く人の直接手描きの主観と気持ちが入っている。対象に集中した魂が
絵画の絵画たる由縁である。それからして、この転換されたデジタル絵画写真は、
果たして絵画と言えるのだろうか。先ほどの「板や布、紙、壁といった支持体を
パソコン画面かネット上に替え、絵具などの描写材料がデジタル写真による
支持体とした描画で成立したもの」とすると、デジタル絵画としての立派な絵
になる。手描きはデジカメで現場で撮ったことに置き換えられる。
そう、これはバーチャルペインターという絵画ロボットが描いた立派な
芸術である。それは、誰もが過って見たことのない新しいバーチャルの世界
であり、これまでは一部の専門家しか出来なかったアート画を、気楽に絵画
ロボットが変幻自在に描き上げてくれる。そこに現れ出るのは、今までは
絵としては表現出来なかった、異次元のデジタル芸術の世界が創造される。 
実際に、過去のアナログの写真をデジカメで取り直し、ロボットで絵画転換
をする度に過去が新たによみ返ってくるようである。その現場で写した写真が
アート画になるとは、数年前までは、誰も想像すら出来なかったことである。
IT化の凄みの一例を垣間見ている。成るほど、20、200万年に一度の
境目で見えてくる現象はこんなものか。


5808,閑話小題 〜毎日が面白い! (後編)

2017年02月08日(水)

  * 毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(後編)
 6年前に始めたが、何故か数度で止めてしまった。そして翌年、まず5回、
そして10回と意を決して再挑戦をして現在に至っている。平日・昼間コースの
ヨガの枠が5回ある。当初の週二の枠が、5回に増えたが、参加者も8割だった
のが、現在は、50人の定員が殆ぼ満タン状態。火・水は事前に予約チップを
数時間前に取りに行かなければならない。ヨガは、60〜90分で、1200〜1500円。
私の場合、月に18回として、一回千円とすると18000円になる計算。満タンに
なるわけ。慣れるほど、自分以外の人たちが気にならなくなる。5年になるので、
600〜700回は参加したことになる。ヨガは、心にも毒が溜まるのが自覚できる。
それを一刻の間に、少しでも吐出すことが出来る。最近、5年前とは体質が変化
した感がする。老いるとは、長年の心の毒が一人歩きをし、そのまま生老病死
の4苦として重く圧し掛かる。
 ポーズで、例えば『ガス抜きのポーズ』がある。仰向けになって曲げた両足
を両手で抱えるポーズとか。『ゴキブリのポーズ』で、仰向けで両手両足を
ゴキブリにように、ばたつかせるポーズとか。『立木(リツギ)のポース』で、
立ち木のように両手を頭の上に合わせて、ギリギリ上に伸ばすポーズとか、
顔をしかめたり、縦に伸ばしたり。犬や猫が背中を伸ばしたりするポーズが、
結構、面白い。これらを50人のポーズを一番後方から見ると、それは壮観。
――
2013/05/25
早朝座禅 
        「早朝座禅ー 凛とした生活のすすめ」山折哲雄著
  * 座禅とヨガの呼吸法
 雲頓庵で座禅を組んだのは六日町にある雲頓庵と、金沢時代の新人研修での
永平寺。近くでは悠久山の曹洞宗・堅正寺で、禅室で独り座禅を組んだことも
あった。そうこう考えると、延べ30回は座禅を組んでいた。禅僧からみれば
ド素人の野狐禅だが、青年期の私には新鮮で面白い経験であった。今から考える
と、自ら‘ひとり’の状態に追い込んで、心の整理を自然に任せ整理をしていた
ことになる。 進路が定まらない20歳代、迷いと混乱の中、禅寺心をゼロにし
行き先を考えていた。雲頓庵では新井石龍禅師から直接、姿勢の正し方、呼吸
の仕方、心のあり方を指導してもらったが、教えられるのはカタチだけ、
禅定に近づくには、只管、座禅を組しかない。 
 このところスポーツジムのヨガ教室で、瞑想のための呼吸法を教えているが。 
基本は鼻から1、2、3と10秒数えて吸い、5秒間止め、10秒かけて吐き出す。
そして5秒止め… を繰り返す。 実際にやれば分かるが、この息が続かない。
これに対し著者の丹田呼吸法は、2秒で吸い、4秒かけ吐き、2秒間息を止める。
それを繰り返す。
  ーネット検索の「座禅の呼吸法」ではー
【 息を吸うことよりも、吐くことに主眼を置いて下さい。上記の気海丹田まで、
 体の中の空気を全部吐きだす感じで、吐ききってください。吐ききれば、自然に
吸えます。数息観というのは、呼吸を整えていくための方法で、一〜十まで数える。
 ヒト〜で静かに長く深き吐き、ツで吸います。フタ〜で長く深く吐き、ツで
吸います。これを、何回も繰り返すのです。呼く息は、自分の気海丹田に吐き
かけるように、そして数えるのも気海丹田で数えるという観念でやることが大切。】
腹式呼吸で、吐きに意識を集中して長めに、そして少し息を止め、短めに吸い込み、
少し息を止め、吐きを長めに、を繰り返す。
  ー禅は腹式呼吸に対し、ヨガの呼吸法は腹式と胸式呼吸法のミックスー
【*腹式呼吸のやり方は、へそに意識を集中させ、鼻からゆっくり吸い込み、
 腹に空気を溜めて膨らませます。そして腹から空気を押しだすように、鼻から
 ゆっくりと息を吐いてお腹をへこませます。息を吐いた時は、お腹がぺたんこに
 なるようにします。呼吸のリズムは、3秒で息を吸って、6秒かけてゆっくりと吐く
 イメージ。胸式呼吸のやり方は、胸式呼吸とは肋骨を大きく広げて息を吸う呼吸法。
 ラジオ体操の深呼吸などが胸式呼吸になる。】
基本的には、座禅もヨガも同じだが、ヨガでは胸式呼吸を含むところが違う。
30年前からの早朝の散歩とミニサイクリングで、深呼吸は身にはついているが、
新鮮な空気は本当にうまい。新鮮な場所で、深呼吸をする習慣をすれば、
その必要もないが。
――
2013/05/16
ヨガと座禅の違い
 毎週二回、スポーツジムの「ヨガ」に参加して14ヶ月、百回は超えているが、
回数を重ねるたび、身体も、気持ちも解れていく。学生時代に野狐禅だが、六日町
の雲頓庵で持ち込んだ卒論の種本を読みながら、合間に広い禅室で独り座禅を
組んだことがあった。ただシーンとした中、「直ぐにでも止めようか」という気持
と戦いながらのたった独りの座禅は、永平寺での一瞬気持ちを緩めれば、禅僧に
叩かれる状況より辛い。誰もいないため、直ぐ止めたい誘惑との闘いになる。
 ヨガで仰向けになり全身を弛緩する「死者のポーズ」があるが、これは座禅の
禅定に似ている。飛行機内の座席で、耳栓をして姿勢を正し、次々出てくる思い
を泡のように流していると、何かのゾーンに入ってしまい、10時間以上の時間が
アッという間に過ぎてしまう。ヨガは、瞑想で心を解すのが目的で、禅は、その
状況から仏の悟りに近づくことにある。
ーヨガと座禅の違いをネットで調た中で、納得にいった3つをコピーしてみるー
《人は疲れたときに目をつぶる事がある。そこで何かを思い浮かべながら瞑想に
ふける。この繰返しがヨガという。 このヨガはもともと「軛(くびき)」という
ことで、牛に車を曳かせる腕木を指した。これが次第に神の力に人間を結びつける
ことを意味するようになり、その修行法として智慧、愛、行、瞑想が重視された。
一般にヨガと呼んでいるのは、このうちの瞑想による神人合一の方法である。
このヨガは紀元5世紀ごろには「ヨーガ・スートラ」を根本経典としたヨーガ派
が独立してさかえ、完全性をそなえたひとつの霊魂を最高神としてあがめた。
このヨガの修行法が仏教にも広く取り入れられてきた。それが坐禅につながる。》
《 ヨガと坐禅は、まず姿勢を正して、呼吸や五感(眼、耳、鼻、舌、身)を
 整え、誘惑をさけ、精神統一するのはどちらも同じ。ヨガは、これによって
初めて超自然的な力が得られ、対し禅は「禅定」に深くかかわり、静けさを求める。
禅とは(ジャーナ、禅那)という梵語の音写で、釈尊の悟りを追体験して
”身心脱落”し仏の境地になりきり坐禅をすること。禅は「無」を標誘し功徳や
利益を求めない。ひたすら足を組んで坐禅をすること。ヨガは神人合一して
身心の健康を増進させる。》
《ヨガは、インドに古くからあり、ウパニシャッドと言われる古代インドの哲学書
にも出てくるもので、瞑想や呼吸法、座法などによって心身を鍛える事で、心の
動きを抑制する方法として古くから用いられた。 後に、ヨーガ学派という哲学
集団によって、解脱への実践方法として体系化されていったと言われています。
そして仏教においても、このヨガは悟りへの実践方法として用いられ、釈尊も、
瞑想によって真理を悟ったと言われますし、「瑜伽行」という修行法として
確立されました。現代のヨガも、もともとはそのインド独特の修行法をアレンジ
したものですから、仏教の修行とヨガとは、出発点は同じであると言える。
違いと言えば、仏教における修行は、さとりを目指す為の方法であり、現代の
ヨガは、心身の健康維持のためのもの、という点でしょうか。座禅とヨガとの
関係についてですが、ヨガは、座法や呼吸法を盛り込んだ、精神統一の方法で
ありますし、「禅」といいますのは、「禅定」つまり精神統一をし、真理を観察
することであって、「座禅」は座法や呼吸法を用いた「禅定」一つの方法ですから、
根本的な部分で同じ要素を持つものと言える。》
▼ ヨガは座禅と出発点が同じ「座法」「呼吸」を盛り込んだ精神統一の方法
 に対し、座禅は精神統一を通して真理を観察するもので、少し意味合いが違う。
腰痛持ちの私にとって、週二回のヨガは腰痛緩和の自己マッサージ治療。
私の腰痛は完治はないが、仲良くするのは可能。その方法がヨガの中に多くある。
手軽なベストの場が見つかったもの。たまたまー「早朝座禅」山折哲雄著ーを
見つけ読んでいるが、数日前から、30分早く起き、早朝座禅を取り始めたが、
これが良い。4時から7時までは、正にゴールデンタイム。
60年以上溜まった毒出し、矯正の時間でもある。
――
2013/02/18
閑話小題 ー因果一如
  * ヨガ・エアロの場にて
 週に二回、スポーツセンターの「ヨガ」に参加しているが、あと一月で一年。
欠席は4〜5回で、ほぼ皆勤に近い。週に三回、行われているが、火曜日と木曜日に
参加している。50人定員だが、毎回、ほぼ満員。幅60センチ、縦120センチの
ヨガマットを縦にして、その中で先生の指導の下、50分の間、マントラなどの音楽
を聴きながら、色いろなポーズをとる。室内はカーテンで暗く、大人数のヨガは何とも
不思議な気持ちになる。「マット内は、自分の宇宙で、周囲を無視してください。」
と何度も何度も繰り返す。9割は女性で、時間からして主婦が大部分。一年近く続けて
いたため、関節の硬さは、かなり取れてきた。「スローヨガ」と名うっているが、
だんだんハードになっていく。私にとって、医院での腰痛治療のようで、背骨、足腰
の骨の矯正をしていることになる。ヨガは、元もと座禅など瞑想をしている合間に、
足腰の矯正をするためのもの。とはいえ、これで腰痛が良くなったというより、
悪化防止という感覚。終わると、脳と身体がスッキリした感覚になる。
で、先日、私の近くでプッという音。 ガス抜きのポーズで、誰かが思わず・・ 
そこに、男は私ひとり。誰がみても・・ まあ、いいかで時間が過ぎていった。 
――
2012/03/16
閑話小題 ースローヨガなど
  * 昭和的価値が人々を苦しめている!
 図書館で、何気なく月刊誌「新潮45」をチラ読みをしたところ、ある対談の中で
印象に残った言葉があった。「良い大学を出て、大企業かに入るか、公務員になり、
マンションを買って、子供を二人つくり、とかいう戦後の昭和的価値から抜け出せない
で、苦しんでいる人が多い」という内容。 特に、団塊世代の親子、とりわけ子供の心に、
その断層があり、両者が、その葛藤に苦しんでいる、ということ。 ここで現役から
退いて一年、昭和的価値観に影響された、それまでの人生が見えてくる。学生時代の
専攻が社会学だったこともあり、卒業後も社会の潮流に興味を持ち、昭和的価値観を
突き放して鳥瞰したきたつもりだった。しかし振り返ると終戦後から高度成長期の
昭和的価値観に縛られていた自分に、あらためて気づいた次第。特に地方は、昭和的
というより戦前戦中の日本的価値観が失われず、そのまま残っている。 それを良し
とするには、情報化が許さない。そのため、その年代の横の繋がりが強すぎて孤立化
傾向が強い。 それを絆というらしいが・・・ 大量生産、大量消費を目指した昭和
が終わり、情報化もあり、グローバル化の波が大きく覆い被さってくる。
その昭和の価値から抜け出れない人たちが、財布を握りしめているため経済は停滞、
少子化もあり経済は最悪の事態に突き進んでいる。
  * スローヨガ
 スポーツジムで二週間前から「スローヨガ」に参加を始めた。入会当初に3回、
参加したことがあるが、腰にきつかったため、それ以降、参加するのを止めていた。 
イージーラインを続けて二回するのが習慣になり、それが私にとってベストになっていた。
ランニングマシーンのウォーキング30分に、イージーライン(25分)を連続二回に、
週二回のスローヨガ(50分)を加えたことになる。チャレンジ10と勝手にキーワード
を決めて昨日で4回目。 この言葉を繰り返しながら通っている。
 腰痛改善のためのコースと思えるほど腰が軽くなる。 40坪位のエアロビの
スペースに30〜40人の参加舎。男の参加は4人。 殆どが常連で、最後列から
みると全員、姿勢がよい。 まずは、あと6回は参加すれば、恐らく常連になるだろう。 
――
2012/07/14
ヨガ 
 スポーツジムのヨガに参加して4ヶ月になる。‘スロー’ヨガというから
初心者向けだが、腰痛持ちは少し厳しい。定員50人に、平均40人位が参加。
男性参加者が5〜6名で、最高齢は私で、片隅で目立たないようにしている。
その中、時どき先生がヨガの説明をする。先日の内容は、「ヨガは瞑想法の一つ。
無念無想になるために呼吸法と、色いろなポーズを取ることで、そこに気持ちを
集中して、頭を空ッポにするため。従って、ヨガが上達したとか、しないとかは
気にすることはない」という。なる程!いいことを言う。週二回、4ヶ月経った
印象は、「腰痛解消のために病院で集団治療をしている感覚。」腰には良いが、
少し痛みが残る。それでも合計33回、ヨガを続けてきた成果が出始めてきた
体感はある。数十年かけて固まった足腰が、徐々に解けているのがポーズの積み
重ねで実感する。  ーそこでヨガの意味をネットで調べてみたー
≪  ◇ ヨーガの意味と起源 
 ヨーガの起源をたどると、紀元前二千五百年程のインダス河流域のハラッパや
モヘンジョダロなどの遺跡から、ヨーガの坐像の印形が出土していることから、
その頃を起源としているようだが、実際に「ヨーガ」という言葉が宗教用語と
して確認されているのは紀元前五百年前後のベーダンタ時代で「ヨーガ」とは、
「馬を車体につなぎ、その馬車をコントロールして、道をはずさず、人生の目的地へ
行くこと」を意味していた。 カタ・ウパニシャッドでは 「真我(アートマン)を
車主、肉体を車体、理性を御者、意志を手綱と心得よ。賢者たちはもろもろの
感覚器官を馬と 呼び、感覚の対象を道と呼ん でいる」と述べています。このこと
から「ヨーガ」とは、馬を車に「つなぐ」が語源であり、意味するところは「結ぶ」
「コントロールを する」「バランスをとる」との意味をもってきました。
 又、少し遅れた同時代には釈迦族のゴータマ・シッタルダが悟りを開き、仏教が
スタートしています。このお釈迦様も二十九歳の時、王宮から出家して山野で六年間
修行された後、ブッダガヤで瞑想し、悟りを開かれたのですが、その間、瞑想をしたり、
断食をしたり、野山で遊行した修行が、まさに当時のヨーガそのもの。その生きた
お釈迦様の実際に語った言葉を、後に弟子が書き残したと云われる「ダンマパダ
(法句経)」の中にも、「ヨーガ」という言葉が語られています。
「まさに智はヨーガより生じ、ヨーガなくして智は滅ぶ。その道理を知りて、
ヨーガを行じ、智を増大せしめよ。」「智」というのは、物事を分析するの知識
(分別知)ではなく、知に日がついて光あふれた、命の智恵「英知」と云われて
います。それを人々に伝える人を、かつて、日知り「聖人」と云ったのです。
このように「ヨーガ」とは、「結びつける」「コントロールをする」
「バランスをとる」という意味と、その「修行法」「技法」として発達してきた。
それでは何と何とを「結びつけ」「バランスをとる」のでしょうか? それは、
�/搬里反瓦鬟丱薀鵐垢茲�結びつける。
��内なる私(真我)と大いなる我(宇宙)とを結びつける。
��人と人をバランスよく結びつけることなのです。
仏教では、それを三宝と云って、�/搬里反瓦鬟丱薀鵐垢茲�結びつけ解放した
人間存在を「仏(ブッダ)」といい��宇宙や自然の法則と自己とを調和させる
生き方を「法(ダルマ)」といい、��人と人とが調和し助け合う平和な社会を
「僧(サンガ)」といって尊んだのです。 そしてヨーガでは、その方法を、
具体的な生活法(ヤマ・ニヤマ)、運動法(アーサナ)、呼吸法(プラーナヤーマ)、
瞑想法の階梯(プラティヤハーラ、ダーラナー、ディヤーナ、サマーディ)
そして祈りの言葉・神の名(マントラ、ジャバ)等として、 私達に伝えて
きているのです。 ≫
▼ ≪「真我(アートマン)を車主、肉体を車体、理性を御者、意志を手綱と
心得よ。賢者たちはもろもろの感覚器官を馬と 呼び、感覚の対象を道と呼ん
でいる」と述べています。このことから「ヨーガ」とは、馬を車に「つなぐ」
が語源であり、意味は「結ぶ」「コントロールを する」「バランスをとる」
との意味をもっていた。≫が、ヨガの本質。内なる真我と大宇宙を結ぶ修行と
いうこと。10数年ほど前に、散歩で出会った地球の核の一点を擬人化して
現在も話をしているXが、宇宙。向き合っているのが真我ということ。
――
2011/06/25
閑話小題 〜エアロビ・ヨガ
   * エアロビックス
 スポーツジムで週二回は「エアロビ」に参加する。だいたい30〜50人が、
スタジオで色々なプログラムをこなしている。 15〜20分の休憩をおいて何かが
30〜50分の間行われている。けっこうメニューがきつく、年代が高くなるほど
参加者が少ない。男の参加者は数名で、片隅で小さくなっている。いい歳をして
はずかしいが、それでも気を入れて何とかついていっている。
 年代が高い人やメタボの人は、スタジオ外のランニングマシーンや、サイクリング
・マシーンの間の空間で、インストラクターの指導で、12人がステップ台とマシーン
を交互に使うイージーラインというプログラムをこなす。それをエアロビックの参加者
が冷たい?視線で、行列に並びながら見ている構図になっている。このところイージー
ラインの25分のプログラムを5分の休憩をおいて続けて参加してきたが、この梅雨の
湿気で一回限りにしている。 
 ところで、一昨日は、スローヨガに初めて参加をしてみた。キツイと覚悟をして
参加したが、意外と楽であった。 これまで「らくらくエアロ」「バランスボール」
「シェイプボクシング」「ステップ30」「スローヨガ」など10回以上は参加した。 
最後の、「スローヨガ」を除いて、他は、ついていくのにやっとだが、3回をこなすと
力の抜き方が分かる。 それにしても、あの熱気は凄い。時どき、それに参加している
自分が可笑しくなって笑いを堪えている。今日は、「ZUMBA」というプログラムに
参加するつもりだが、ドンチャン騒ぎをエアロビに取り入れたものと、説明書にあった。
面白そうだが、65歳の男が昼間からドンチャン・エアロに参加してよいものだろうか?  
ここまで、くれば同じか! そういえば、6月に入ってから、どうも私のいる時間帯
では、2〜3割位は減ったような気がする。不景気が影響しているのだろうか。


5807,閑話小題 〜毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(前編)

2017年02月07日(火)

  * 毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(前編)
 5年前から本気?で始めたヨガが日常生活に定着している。
ヨガというと、修行という感があるが、これはジム内のエアロヨガ。
慣れてしまえしめたもの。私にとって、これは集団のセルフマッサージ。
 年金生活に入り、娑婆とは間を置いた現実離れをした浮世を漂う日々。
ヨガについて何度か書いていたので、HP内検索をすると、次々と出てくる。
(下記の他に、「初心者のためのヨガ」の著書の読書日記があるが、字数
制限のため除外した) 毎日書き続けているとネタ切れで、身近な日常を書く
しかない。ヨガの切口で日常を垣間見ると、書くことの妙義の一端がみえてくる。
何事も継続、継続は力でもある。未来が残されてない感が強くなったこの頃、
どうしても過去に目がゆく。そこには、様々な行蔵があるが、封印したままの
マイナーな事が沈殿している。それがフラッシュとして、思い出されてくる。
無念無想というが、その心境になるのは所詮無理。
 ヨガは瞑想が目的。その上位目的が脳をクリアーにすること。歪んだ過去から
のフラッシュに捉われない心の管理が必要となる。脳をクリアーにするのは
何のためか? 万人、それぞれ違う。私は、「地球上に生まれ、80年の命を
与えられたからには、その広さと、深さを知り、体感すること。」である。
で、今でも毎日、読書やネットやツアーを駆使して、少しでも自分の世界を
広めている。最近、アンドロイドTVが加わった。どの道、直ぐに死ぬ運命。
それに味わいを加えたい。両親の老後に一緒に住んで学んだのが、これ!

・・・・・・
2016/10/03
瞑想とは 〜1
 スポーツジムの「ヨガ」に参加を始めて4年半になるが、人気は高まる一方。
当初は週2日、3年目から週3日、最近では週4日は参加している。腰痛の
私にはセルフ・マッサージの効用があり、40年来の万年腰痛が半減している。
さらに50人の集団ヨガで、スタジオ内に満ちたエネルギーの吸収効果もある。
 それに加え、早朝のポタリング(チャリ散歩)による土手の霊気のシャワー
も効果的である。ちょい時間の般若心経の唱えも、瞑想状態である。いつ欝に
なっても不思議でない状況下で、それらは心のマイナス面をカバーするための
必要条件でもある。
 ヨガの目的が瞑想。その瞑想の上位目的は、<脳のクリアー>。 
先日のNHK・TVの『ためしてガッテン』で、「瞑想パワー」の特集をしていた。
ずぶの素人向けだが、内容は簡潔だが、内容は濃い。〜NHK/HPよりコピー〜
≪ * ボケない!脳が若返る「めい想パワー」SP
               2016年9月28日(水)午後7時30分
・ボケを防ぎ、不安やストレスに負けない。そんな若々しい脳を取り戻す方法
として注目されているのが、めい想などの「呼吸法」! めい想というと、
宗教や修行というイメージを持たれる方が多いかもしれませんが、本当の目的
は「脳が持つ本来の力を最大限引き出すこと」です。そのため今では、世界の
一流企業や医療機関が、めい想を積極的に取り入れているほどです。
・番組では今回、様々な方法を駆使して、めい想の世界をひもとくことに挑戦
しました。その結果分かったのは、毎日たった3分間、目をつぶってめい想の
呼吸を行うだけでも、脳の記憶の中枢「海馬」などが活性化、若い頃のような
パフォーマンスを発揮してくれるという。
・いま世界中の科学者から注目され、ぼけやうつ、ストレス対策として果て
しない可能性を持つめい想。ぜひ皆さんも、1日3分の新習慣でスッキリ脳を
手に入れてみてはいかがでしょう? >
▼ 30数年前から、自宅から200M先の栖吉川の土手を一時間ほど、腰痛対策の
 ウォーキングを課してきた。その時間帯を7年前から信濃川の2つの大橋を
チャリで周って帰るコースに切替えた(冬期間の4ヶ月は休止)。その途中、
大手大橋上を1キロほどヒキチャリをして歩いている。その時が私にとって
「1日のピークポイント」にしている。 ヨガ、ポタリング、夜半の睡眠時の
睡眠瞑想は、瞑想と同じような効果がある。宇宙の中で、独り佇む己の確認が
瞑想の真髄である。 真逆の人たちの仮の姿が、IT、あれら、「世間人」。
・・・・・・
2016/09/10
閑話小題 〜SJの現場で!ー��
   * 週、5回のヨガにチャレンジ
 先々週は週に5回、先週は4回、続けて参加したが土曜日の5回目の予約チップ
を2時間半前に取りに行ったところ、既になく、目標達成はならずなかった。。
今週は、4回続けてきたが、今日は如何に?と思いきや、先週同様、昨日から
腰痛が出ている。 過ぎたるは及ばざるがごとくで、週4で十分が実感。
 先日、ヨガの待合の行列の前の同世代の人に、知りあいが声をかけてきた。
『週に5回、出席しているが、欠かさず参加して何が良くなったか、今のところ
分からない』と。私の実感と同じような疑問。先週の土曜には、少し、腰痛気味
だったため、予約チップが無かったのが良かったと思っていた。
そこで、行列の間、同じ状況の私が答えは何だろう?と、暇にまかせて考えた。
『効果云々は、その人によるが、週5回は、毎日になる。好きで、調子が良く
なければ、出来ないこと。思うに、<大好きになるため>ではないか。
大好きになれば、参加する理由はなくなる。理由は<好きだから>になる。』
 大好きとしても、週5がキツイなら、週4に減らせばよい。週3回、予約チップ
を取りに行くのもキツイなら、それだけ好きになれないとことになる。
 連日、続けることが出来るのは、集団でこそ可能。意思薄弱な私に、独りは
どだい無理。 蓄群と、群れる人たちの弱点を突きながら、自分は、群れヨガに
参加している。何をか言わんやである。 添乗員の付く、ツアーに参加して
世界の僻地に行けないのに、こと日常生活で、群れたがる人たちを冷ややかな
目線で見ている私が、ここにいる。 「集団セルフマッサージ」として費用
効果としては、最善だが。腰痛からして、今日は止めにする。 お暇なことで!
・・・・・・
2016/09/04
閑話小題 〜SJの現場で!
  * チャレンジ5! 二回目の最終日に
・週に3〜4回だったSJでのヨガ・エアロ、試みに二週前から週に5回に挑戦、
SJに行く日は欠かさず参加、昨日で二週間連続10回目になる予定だった。
 「昼間の割引コース」の枠内5日間で、月、火、木、土曜日が一回、水曜日
は12時半と15時の二回のプログラムが組まれている。週5回は少々キツイが、
SJの5年半の運動効果と、ヨガの4年半の鍛錬効果で、足腰の重さが半減から
三分の一に減っている。他にも、4ヶ月前から飲みはじめたサプリ効果もある。 
先週、5日続けた効果で足腰がより軽くなった為、今週も、「チャレンジ5!」
の標語を内語で呟き、続けてきたが、一昨日のシネマをみた後、腰が変に痛く
なってきた。で、昨日は迷ったが、とにかく、10日目、あと一日続けることに
した。 その土曜日は、平日コースと、土日・祭日コースが重なるため、人気
のヨガは、午前中に予約チップを取っておかないと満席になる。経験則で、
11時過ぎに、取りにいったところ、既に満席である。顔見知りが、その場に
いて、「11時前にきたが既になかった。二時間半前にきて満席とは、ちょっと
ね〜」と愚痴。で、「チャレンジ5」の二週連続は最終日で未達成になった。

・・・・・・
2016/03/26
人生で最も大切な技術 ー34 瞑想の実践        
        『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 瞑想の実践 ー��
 スポーツジムのヨガに参加して、まる4年になる。ヨガは瞑想に合間にする、
足腰の鍛錬や呼吸法で、その目的は瞑想。当初の二年間は週2回、後半の2年間
は週4回、所要時間は45分。その最後の5分の「死者のポーズ」。大の字になり、
全身の力を抜いて、宇宙と一体化したイメージで横たわる。
 自宅で横になった半睡眠の状態との違いは、瞑想は、それらの一環で、
集団の一人として参加すること。夜半寝ている時に、この状況を頭に描くと、
似た感覚に簡単になれる。 ヨガは、生気を溢れさせてくれる。 
≪ * 瞑想を始めてみよう!
 自分を取り巻く環境がどうであれ、生気溢れた状態にさせる可能性は誰の
心の中にも必ず存在する。それは、愛情豊かな親切心、思いやり、心の平安
を体得する可能性のことで、あらゆる人の心に秘められたものである。
天然に転がる金塊と同じで、掘り当てられ、磨かれ、現実のものにされない
限り、価値が高まらない。こうした可能性を引き出し、強化育成することに
より、精神的な健全状態が一段と定着化するだろう。可能性を放りっぱなしに
していても強まることは期待できない。それは一種の技術とし習得しなければ
ならない。手始めとして、自分の心に習熟することから始めること。それこそ
が瞑想修行の第一歩なのである。まず、バランスのとれた無理のない姿勢で
静かに座ろう。座布団の上で足を交差させた蓮華座が無理なら、椅子に座って
も構わない。どちらの場合も、常に緊張のない程度に自然に背筋を伸ばした
姿勢をとることが大切である。手は膝または腿の上に置き、目は自然に前方に
置き、呼吸は自然にまかせる。心の中に、思考が浮かんでは消えるのを見つめ
ていよう。最初は、思考が消えるどころか、滝のように心の中に乱入してくる
かもしれない。その場合は、思考を停止させたり、逆に、焚きつけたりせずに、
浮かんでは消えていく様子をただ眺めているだけでいい。作業の終わりには、
次第に静寂になった心によってもたらされる温かみと喜びをしばらく味おう。≫
▼ 学生時代に座禅を知り、野狐禅としても、静かに座り、心の底から湧出る
 雑念を見つめる、もう一人の自分の影を見ていた。それが魂なのか、自分を
見つめる第二、第三の自分なのか? それは、誰も持っているはずだが・・ 
フッと思いたち、般若心経を呟いて没我の状態を瞑想と、どこが違うのか?
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2016/02/27
3月6日分
   * 黄金の時間への回帰
 5年前から、早朝から「黄金の習慣」を編上げたスケジュールを淡々と過ごす
日々が、そうとも言えるが、どうだろう。世間的なことを、ほぼ無視できるし、
一人、ほぼ単独でこなしている。一番の心の切替が出来たのは、20時から4時間、
爆睡をした後の、4時間の半睡を、瞑想のように過ごす。4年前からジムのヨガを
週に2〜3回、参加しているが、最後に死者のポーズを5分ほど行う。それと同じ
感覚にすると、かなり酷似した感覚になる。 歩の時間が、成金の時間帯に
変わっている。 〜その辺りから
≪ 一日に一度、ほんのわずかな時間でもいい、心を内省する時問を持ったら
 どうだろう。たしかに、知的な会話や頭を使わないですむ娯楽もそれなりに
楽しいものではある。だが、それらが本当の満足感を与えてくれるだろうか。
心を内側に向けよう。山のように習得するだろう。毎日わずかの暇を見つけて、
利他的な考えを養成し、心がどのような働きをするかを観察するのは非常に
価値のあることである。こうした心の探査は、地域情報やスポーツ記事を読む
時聞に比べて千倍も多くのものを得る上、永続性がある。世間的なことを
すべて無視しろ、と言っているのではなく、時間が有効に使われるべきだ、
と言っている。現代人は思考ゼロの状態にはまり込んでいるのである。
 挫折を味わうとか、仕事が空回りする等の経験をした場合は、
「すべてを客観的に捉え直す」ことにわずかの時間費やす。だが、その方法と
費やす時間が問題なのである。辛い時間が「さっさと過ぎ去る」のを待ち、
「気持ちをまぎらわす」何らかの気晴らしを熱心に探そうとする。 それが
ほとんどの場合だろう。だが、俳優と場面は変わっても、芝居は続くことを
忘れてはならない。湖の畔、丘の上、静かな部屋に座り、自分の奥深い部分が
どのような構造になっているのかを観察してみたらどうだろう。まず、自分の
人生で何が一番大切か、それをじつくりと検証する。続いて、それまで時間を
割いてきたさまざまな活動を点検し、基本的に重要な事や活動を優先して順位
をつける。日常的な活動のうち、必要性の低い部分を、沈思黙考と内側に目を
向ける時間に切り替えることもできるだろう。長年にわたり、英国を離れて
隠遁生活を続けたテンジン・パルモ尼はこう記している。「人は瞑想の時間が
ないと嘆くが、それは正しくない。廊下を歩いている間、信号待ちの間、
コンピュータで作業中、列に並んで順番を待っている間、と入浴中、髪を梳か
している時でさえ瞑想はできる。今この瞬間に存在しているだけでいい。
心についての余計な解説は要らない」。 人生の残ざれた時間は有限である。
人間は、生まれたその日から一秒、一歩ごとに死に近づいている。
チベットの隠者、バトゥル・リンポチェは詩的な表現をしている。
日没に太陽が沈むように、命が次第に残り少なくなると、
死が、長ぐ伸びた夕暮れの影のように近づいてくる。
▼ 別に、私が黄金時間を満喫しているということでなく、御隠居生活
 そのものが、心の持ちよう、考え方で、それに近づける状況ということ。
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2015/06/24
私のゴールデンタイム
  * ゴールデンタイム
 30数年前から就寝を20時半、起床を4時(冬場は4時半)にした。
就寝して4〜5時間、爆睡後、起床するまでの4時間、半睡状態が続く。
その間、脳が活性化をして、様々のプラスとマイナスの思いが起こってくる。
このコントロールが難しいが、これも慣れると、思いの大波の上のサーフィン
をしているような感覚になる。で、時どき、睡魔に沈むが、これは自然に
任せておけばよい。そして起床をして、前日書き上げた随想日記の下書きの
当日分を、推敲し完成する。と同時に、翌日分のテーマと内容も書き始める。 
その時、0〜4時までの半睡状態で考えたことが、材料になることもある。
そして、ブログにアップした後に、一時間の自転車散歩に出発する。
 帰ってきて7時半にコーヒーを飲み、軽い食事後、風呂に入る。それまでの
0時〜9までが、私のゴールデンタイムになる。 9時過ぎから12時近くの読書
タイムも、ゴールデンタイムに加えてもよいが、9時から17時までは、シルバー
タイムに区分した方が生活実感に近い。すると、17時から20時のTVを見ながらの
晩酌やiPadタイムの時間帯はプラチナタイムになる。20時から0時は、そのまま
爆睡タイムか。 現在、週に三日間、スポーツジムで45分間の、「ヨガ」に
参加しているが、毎回、終了直前の5分間に、ヨガマットの上で「大の字」に
なって、全身を弛緩してマントラを聞きながら、「死者のポーズ」をとる。
その時のイメージを0〜4時に思い浮べて、瞑想の要素を入れたところ、
その時間帯のマイナス思考の割合が少なくなった。その時間帯のフラッシュ
バックや半睡を冷静に見つめる視線を持つことが出来る。老いは、どうしても
弱気になり、動揺が起こり沈みがちになるが、バウンドをつけるのは自分だけ!
生きてきた、そのまま、老いて死んでいくというが、なるほど。 娑婆!      
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2013/08/2?  
ヨガの瞑想と死者のポーズ
  * ヨガに参加して一年半、経過したが
 スポーツジムのスタジオでのヨガ教室に週2回、1回につき45分間、
参加をして一年半になる。ジムの盆暮の特別休暇以外で休んだのは7〜8回位と
すると、140回は参加したことになる。 毎回、50人の定員はほぼ満席で、
30分前までに行き、参加の予約チップを確保しなければならない。
で、二回は遅れて不参加の事があった。
 火曜と木曜日の午後で、30代半ば?の女性インストラクターは、それぞれ別。
私の見立てで能力、人気も同程度? 2人ともヨガが大好き人間で、それに負け
ないほど、教えること自体が楽しくて仕方がないようだ。40坪位のスタジオに
50人が一同でヨガをする様は異様の光景。 正面には全面ガラスがあり、見た
目には100人の姿が視界に入るから、なお迫力がある。横60センチ、縦120cm
位のフィットネスマットの上で百種類のポーズのうち、一回につき10数種類はする。
そこで言うのは、「周りの人の視線は無視してください。マット上は、それぞれの
全宇宙。独りの世界の入って下さい。他人と向き合うのではなく、自分と向き合って
下さい。」と。 スタジオはカーテンで外の光が遮られ、照明を落とした薄暗い中、
チャンドラなどヨガの空気にピッタリの音楽が流れ、数分もしないうちにヨガ世界に
引き込まれる。そこで、直ぐに家で取り入れたのが、瞑想と、死者のポーズである。
死者のポーズは、仰向けの瞑想と思えばよい。仰向けになって。両目を閉じ、
両腕と両足は少し大の字気味に開き、全身の力を抜いて、チャンドラの音に気持ち
を向け、戦場の死者のように横たわるイメージを持つ。毎回、最後の5〜10分は
仕上げに行うが、これが疲れを取ってくれる。ここで感じるのが「大人数の中の、
ひとり」。気持ちの集中で、殆ど他人を気にすることがなく半睡状態になる。
それは、一時間の睡眠の効果に当たるという。 仏壇前の、早朝の瞑想は30分、
死者のポーズは、やはり午前9時から20分間、行う。夜半に目が覚めた時に、
大の字になって、気持ちをヨガをしていると思えば、それをしていることになる。
問題は、呼吸を小波、中波、大波が岸辺に打ち寄せるイメージですること。
何事もそうだが、続けること。この二つだけでなく、他にもヨガのポーズが、
チョットした仕種の中に入ってきている。居間でTVを見ている合間に大の字の
姿勢で、両手、両足を目一杯伸すとか、歩いている時に背筋を意識的に伸すとか…

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2013/05/25
早朝座禅 
         「早朝座禅ー 凛とした生活のすすめ」山折哲雄著
   * 座禅とヨガの呼吸法
 ――
 以下は、次回制限いっぱいの為次回に
 

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