堀井On-Line



5676,NHKスペシャル 自動運転 ��

2016年09月29日(木)

            2016年9月17日(土)  午後9時00分〜9時49分
   * 自動運転革命 〜A・総論
 数年前から、<『自動運転車』を2020年までに売出そうと世界各社が本気に
なって動き出した>と報じていた。しかし、多くの車と人間の先の動きを察知、
判断をすることが何故可能か、どうも理解できなかった。先日、NHKスペシャル
で、『自動運転革命』のテーマに特集したのを録画して見たが、その問いに
答える踏込んだ内容。 自動運転のレベルは4つの段階に分けられる。
・ハンドル、アクセル、ブレーキのいずれかを自動で操作するのがレベル1。
 既に普及している自動ブレーキはこれにあたる。
・複数の操作を自動で行うのがレベル2。ハンドルとアクセルを操作し、
 車線変更するケースがこれ。
・全ての操作を車が自動で行うのがレベル3。ここまではドライバーが必要。
・さらにドライバーすら不要になるのがレベル4。完全な自動運転。
現在、世界中の自動車メーカーが開発を競っているのは、レベル2〜3の間。
日本のトヨタ自動車やホンダ、アメリカのフォードやGM、ドイツのアウディ
やメルセデス・ベンツなど世界の名だたるメーカーが攻防を繰り広げている。
   〜NHKスペシャルのHPの、(説明)によると〜
《 いま、世界の産業構造と社会のあり方を変える「自動運転革命」が起きよう
 としている。IT企業Googleがハンドルもアクセルもない完全自動
運転車を発表。これを受け、自動車メーカーは、一気に自動運転車開発へと
舵を切り、大競争時代に突入している。自動車大国ドイツは、メルセデス・
ベンツがいち早く高速道路での自動運転機能を市販車に搭載するなど、世界を
リード。対する日本勢では、トヨタ、日産、ホンダなどが開発を加速させる。
中でも日産は、カメラやセンサーなどで高い技術力をもつ海外企業と提携し、
2020年までに難易度が高い一般道を走行できる自動運転車の実現を目指す。
こうした中、自動運転に不可欠なセンサーなどの部品で世界のメガサプライヤー
が市場を席巻。日本の下請け部品メーカーは正念場を迎えている。
自動運転車の開発競争は、日本経済をけん引してきたモノづくりの牙城、
自動車産業を根底から揺るがそうとしているのだ。はたして世界市場の覇権は
どこが握るのか。日本の基幹産業は守れるのか。
21世紀の産業革命ともいえる「自動運転革命」、その衝撃を描く。》
▼ グーグルが他メーカーと違うのは、のっけからレベル4からという。
 他の車や、通行人の先を全て予測して、判断するもの。これが可能なら、
この技術の応用は無限になる。ロボットが多くの労働に変わる可能性がある。
まず、ドローン型ミニ・ヘリの普及の可能性が出てくる。オートバイ、バス、
電車、自転車にも、組込まれる面白い時代が到来する。「5年でいいや!」
から、「せめて10年は生きたい!」に、なりつつある。健康しだいだが。

・・・・・・
5311,閑話小題 〜土曜の朝の異様な行列
2015年09月29日(火)
   * 土曜の朝の異様な行列
 家内から聞いた話だが、≪ 土曜の朝、東京に住む次男の娘(孫)の
某メーカーのオムツの予約抽選券を貰うため駅前のヨーカ堂に行った
ところ、既に数十人の中国人の行列。東京で入手困難のため、長岡駅前の
ヨーカ堂で時々、購入して送っている。日本人は自分一人だけで、最後尾。
何か異臭が漂い、難民?のような異様な風体。 最後列もあってか、通り
すがりのオバサンが、「何事ですか?」と、小声で聞いてきた。 聞くところに
よると、ヨーカ堂は二千円だが、中国本土では五千円。 あの異様な人たち、
どこから来たのか不思議! 来週でも、その時間に行ってみれば! 
私の整理ナンバーは75番。それだけ並んでいたことになる。
翌日、店に行ったが外れ券だった。・・ ≫ 物語は、こんなもの。
 身近で、こんな現象が起きているとは。抽選だから、確実に差額を得るには
効率が悪すぎるし、地方都市の駅前に、これだけの集団が集まるのも不自然。
仲間の赤ちゃんのためのボランティアと考えるのが自然だが、どうだろう? 
   * つれづれに
・大相撲も、丁度よい塩梅の結果で終わった。照ノ富士が先行していたが、
全勝をしている間に自信過剰が見て取れた。結果、それが墓穴になった。
「相撲は立合いが、大きな要素になるが、それを磨くには、強い相手との
稽古の積重ねが必要!」という、九重親方の解説が真を得ている。
・野球も、リーグ優勝はヤクルトに決まりそうだが、それでよい。
原監督は、この辺で一度、身を引くべきだ。賞味期限が切れている。
桑田か、江川あたり? 松井は国民栄誉賞をとったので、無理。
 原監督が自らが決断するのがベストだが?
・・・・・・
4946,閑話小題 ー「なんでも鑑定団」の面白さ −3
2014年09月29日(月)
    * 骨董の世界は、魑魅魍魎の世界 ー��
 番組に出てくるプロが判断する値段、果たして本当だろうか?  
当然、プロも見ているので、いい加減な値もつけられないが・・
500万、800万を何の基準で判断するのだろう?一般の買値と売値には
大きな開きがある。 出演している鑑定士?の立場上、実売価格より高めに
言っておけば、無難。逆に骨董店主からすれば、高値で売ったものを、安く
根付け去れれば、詐欺呼ばわりされてしまう。贋物と知らないまま、
死んでしまえば、それこそ「知らぬが仏」である。
 武士の家系から出てくる刀や槍・茶道具に、けっこう贋物が多い。
金が無い殿様が、時には贋物専門の刀鍛冶や陶芸工場を持っていて、名刀
名品として勿体をつけて家臣に与えていたケースが見られる。拝領する家来に
とって、半ば勲章。 真偽は二の次だから、問題はない。地域内では地域貨幣
のようなもの。鑑定士も、その辺はわきまえて、「たいへん素晴らしい品です。
値段は、そこそこですが良いものです。大事なお宝として保存して下さい。」
と言葉を濁すのが常のようだ。絶対に、本当のことは言ってはならないのが、
骨董の世界の掟。 
 子供の頃、骨董仲間のセリの現場に父に何度か連れられていかれた。
大きな座敷で20人位が円座を組んで。その中央にセリの骨董品が出される。
仕切人が、提出された骨董の提出者の提示の最低値をいう。そこから、
オークションが始まり、最高値で次々と競り落されていく。 これを仲間取引
といい、それだけを商って全国を渡り歩く人がいる。これも、目利でないと、
即座の判断を要するので、深く広い経験と知識が必要になる。「なんでも鑑定団」
は、あくまでバラエティショー。しかし、これを真剣に見続ければ、かなりの
知識を得ることが出来る。しかし、素人は、他山の石として、ゆめゆめ手を
出すべきでない世界である。一流の茶器は、見ているだけで癒される!
・・・・・・
4579, 2050年の世界 ー9
2013年09月29日(日)
     「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                  〜英『エコノミスト』編集部 (著)
 情報機器とインターネットの進歩が、情報公開を促し、科学を飛躍的に
発展させることになる。そのキーワードは、生物学とナノ科学、情報科学、
天文学。それらが互いに結びついていき、水平思考的な科学が出てくる
ことになる。
   ー第十六章 次なる科学ー のまとめ
・次なる科学のフロンティアは、化学でも物理学でもなく生物学にある。
・生物学とナノ科学、情報科学、天文学などが結びつき、さまざまな発見と
人類にとっての進歩をもたらす。
・2030年ごろまでには、わたしたちの知る生物のほとんどが遺伝子の
サンプル化を終え、またサンプリング過程そのものが、多くの未知の生物
の存在を明らかにする。その過程で、最近、生物の原初形態として、
古細菌、真正細菌、真核生物以外に四つめのドメインがあるらしいことが
わかったように、生命の歴史の未知の部分が解明されていく。
・宇宙も、制覇の対象というよりも探索の対象、特に生命の起源を知る
意味でさまざまな研究や発見がなされるだろう。太陽系以外の恒星の
惑星の研究などが進み、生命が地球に特異の現象なのか否かということも
解明されていくだろう。
・生命誕生の仕組みの解明は、われわれの細胞を研究していくことで
開けていく道もある。
・物理学は、未知の物質の探索の時代に終わりを告げ、現在あるもの
への分析に向かうだろう。 なかでもその最大のターゲットは宇宙を覆う
暗黒物質の正体だ。
・経済成長により東アジアの国々は、科学分野でもさまざまに進出して
いるが、真に独創的な研究は権威を根こそぎひっくり返す革新性を
必要とする。その意味で、東アジアの儒教的な上下関係、あるいは
中国の専制的な政治体制はマイナスに働く。
・非西洋では随一の技術大国である日本でさえ本格的な基礎科学の
研究は立ち後れている。日本人研究者で科学部門のノーベル賞を
受賞したのはわずか十五人。それは例えばオーストリアの受賞者数
よりひとり多いだけーオーストリアの人口は日本の人口の七パーセント
以下で、その理由の一つとして、日本の若手科学者が先達の理論に
迎合しがちなことが挙げられる。これに対して欧米では、旧来の理論
を否定することでキャリアが築かれる。
・その意味で、政治体制が専制的な中国よりも、
民主的なインドにおいて科学は発展するだろう
▼ 情報の共有化が進み、それが想像を絶するほどの科学は進化
するはず。その一つが暗黒物質の研究。そして生物学。一年一年
単位で静かに科学の進化は進むので、その先の予測は不可能に近い。 
また、それがもたらす社会的変化も大きくなる。そうこう考えると、
やはり少しでも長生きをして時代の先を見ていたい欲が出てくる。
いや、未来でなくても、現在の世界で知らないことだらけ!
それを自覚するだけで、見えてない世界が見えるはず。
全く、この厚いバイアスには!
・・・・・・
4204, 閑話小題 ー阿部が次期首相というが
2012年09月29日(土)
   * 阿部が次期首相とは驚き!
 自民党の総裁選挙、リアルタイムのTV放送だったため、ドラマ的で非常に
面白い内容。選挙の数日前から、安倍有利の予測があったようだが、安倍
自身も周囲も勝てるとは思ってなかっただろう。中国との尖閣列島紛争が
追い風になったことになる。維新の会の橋下に党首を依頼され断った際に、
衆院選挙後の自民との連合の可能性を話をしていたようだ。 
政権をとった際には、維新の会のメンバーを行革と自治大臣に置けば、
この時期に丁度良い超強権内閣になる。 石破が勝利し党首になっても、
安倍が副総理になっただろうから似たような。次の体制が見えてきた。
とはいえ5年前に病気としても、総理大臣を投げ出した人。
一部の疑念が残るが、この緊急事態の中、もう一度、やらせのも良いかも。
対中国政策は強行姿勢になる可能性が高く、厳しい局面が出てくるが、
この位の人が丁度良いとみるべき。基本的に私の考えも安倍に近いが、
国家の均衡縮小の方針は無いのが気がかり。(有っても言えないか?) 
前の谷垣と石原幹事長は野党の立場もあり「座りの悪いコンビ」だった。
それに比べて数段良くなった。 これで復古でなく新しい日本をつくり
変えて欲しいが、これで年内解散の可能性が高まった。 
   * つれづれに ーリタイア生活について
 リタイアの生活に入って一年半になる。単調な平々凡々とした日々だが、
これがこれで私に合っている。事業生活を40年近く続けてきて、それまで
と違った隠遁生活の平坦さに飽き飽きすると思いきや、それは全くない。
何だろう、これは?と、自身で驚いている。時代が激動になってしまった
実感があるからだ。 この随想日記を一日一文書き上げ、毎日三時間の
早朝のサイクリング、午後のスポーツジム通いが、一日のリズムになる
からである。それと、40年近くの事業生活は両肩に覆いかぶさっていた。
それからの解放感が、気持ちを自由にしてくれる。前倒しの思い切った
決断が、銀行担当者も慌てるほど事業物件の売却を早くしたこともある。
何か、何時も同じことを繰り返しているが、実際に、そうだからである。
主婦も亭主さえ、コントロールが出来ていれば、これほど楽で面白いもの
はない。ヒモに徹すればよいだけ。男も仕事が順調なら、それで良いが。
 ・・・・・・・
3839, iPadと、アプリ、あれこれ ー1
2011年09月29日(木)
 iPadの便利さと多様性と、そのアプリの豊富さと内容に、
驚きの毎日を過ごしている。
* その一例としてメモを残すための「黒板」や「ボード」のアプリが面白い。 
黒板に赤、白、黄色のチョークと、黒板消しが、下の溝に置いてあり、
それを取り出しメモを書きこめる。凄いのは、それから。 上段にある
カメラのアイコンを押すと撮影され、iPadの写真ロールに自動的に記憶。 
 これは電子黒板(自動的に記憶して、再現したり、コピーを打ち出して
くれる 機能の応用である。これは非常に便利。 黒板はチョークで
書くが、ボードに直接、指で書き込むものもある。
 要は手書きのメモを、写真と録音と共に簡単に記録し残せる。 
* メモ専用のアプリものには、iPad内臓カメラで撮った写真を、
そこに添付することも出来る。 またマイクのアイコンを押すと、録音も
添付される。モバイル携帯を使い込んでいる人なら何を今更だが・・ 
 同じ類のもので、スケッチ専用のものがある。カラーペンが豊富に
用意されていてスケッチ用になっている。 
 黒板とか、スケッチ用のアプリは、アナログとデジタルの融合。
* 面白いところでは、iPadの現在位置を自動ナビをし、その近くの
コンビニや、飲食店を表示してくれるものがある。
* Googleで、直接、音声で入力をし、検索するものがある。 
既に使っているが、何か奇妙な感覚だが、この上なく便利である。
*「ちら読み」出来る本や雑誌だけを集めているアプリもあり、その幾つか
を現在、毎日のように立ち読みをしている。前書きとか、目次、そして、
冒頭の内容を載せていて「興味ある人は購入してください」と、誘うもの。 
ゲームのアプリのフリーのものは殆どこれだが、多種の切口の断面が
見ることができる。 初めてiPadからネットで買ったのが、
「最新iPadアプリ特選700」。 これを連日見ながら新たなアプリ探し
をしている。この雑誌で、紙の本・雑誌より、iBookの方が読みやすい
ことが確信できた。 紙は紙で、リアリティがあって読みやすが。
これでは数年で新聞社や雑誌が消滅するのも納得できる。
 アメリカでは去年暮れから今年にかけて、電子書店の売り上げが
店頭書店の売り上げをこえた。これは、あくまで販売経路の売り上げ
だが。 本といえば・・・・ それは次回。書店まで行って買う手間や、
本棚まで行って本を取り出し、読むまでの手間が、デジタル機能で
省ける便利さは何よりである。 
・・・・・・・
3474, 迫るハイパーインフレの危機 ー1
2010年09月29日(水)
 中央公論8月号の《迫るハイパーインフレの危機*現金・預金は
一番のリスク資産 ー藤巻健史》が、ハイパーインフレを考える上で
分かりやすい。その要旨の一部を抜粋する・・
  * 日本とギリシャは、どっちが健全か?
「債務不履行を起こした場合、ギリシャはその国債の7割をドイツ、
フランスをはじめとする他国が保有している。したがって大きな損失を
被るの他国。だから騒ぐのである。それに対して、日本国債の
95パーセントを保有するのは日本国民だが、被害者は自国民。
だから、その方が問題は深刻と認識しておかなければ。」
△ 自国民が被害者の方が性質が悪いという見解は驚きである。
しかし、被害者は何らかの形で、日本の資産を確保するはず。
  * 日本の財政再建は時すでに遅し
「国の累積赤字は来年3月末には975兆円に膨れあがる計算に
なってます。約1000兆円の借金は、毎年10兆円ずつ返しても
100年かかる計算。日本の税収は昨年度37兆円に落ち込み、
その10兆円にしても捻出は難しい状況です」
  △ 戦争という非常手段で清算が無理なら、ハイパーインフレで
やるしかない! 
 * ハイパーインフレへ、そして、それは実質《徳政令》になる。
「財政悪化はおできがぱんぱんに膨れあがり、膿が飛び出しそうな
状態です。 (字数制限のためカット2012年9月29日)


5675,【賢者の言葉】�А  �F.W.デクラークの言葉

2016年09月28日(水)

          【賢者の言葉】 
         ショーン・スティーブンソンの言葉
         トニー・シェイの言葉
         ビル・ハリスの言葉
         エブン・ペーガンの言葉
        ★F.W.デクラークの言葉
         ダライ・ラマ方法14世の言葉
   
   * ネットによる「個人間の紐帯」が、世界を激変させている
 著書と離れるが、ネット社会が現実社会を覆った世界を説明するに丁度よい
内容のため取上げる。 〜批評家で実業家の山口揚平氏の一節から、
《「世界は三つの“層”で出来ていて、その三層が明確化・対等化しつつある」。
 私たちが生きる世界は、「国家」「企業」「個人間の紐帯」の三層にまたがり、
三層のうち、「国家」に対し「企業」や「個人間の紐帯」の重要性が増してきた。
たとえば、日本の将来を悲観し、国外脱出を図ったところで、それは「国家」の
枠組みの話でしかない。むしろ、「企業」や「個人間の紐帯」での自分の存在感
を増す努力をすべきだ。それには、英語とITリテラシーが不可欠だが、プラスα
の能力が必要である。》
 ▼ 農業革命に比する今世紀の革命的出来事がネット社会の構築である。
 その三層で、特に、「個人間の紐帯」に重心が移動しつつある。以前のように
権力で大多数の貧しい個人を軽視出来ない時代に入ってしまった。 四半世紀前
には、『ネット社会の構築』『ソ連と国際共産主義の崩壊』『世界的テロ』
『エイズの影響』など、当時、正確に言い当てる人はいなかった。
 この数年では、『ISの出現』と『自動運転車』である。 その自動車が、
数年後に現実に売出されるという。これについては、後で取り上げる。
 三層の下位に位置していた『個人の紐帯』が、地域に縛られないネットで、
世界中が瞬時に繋がる時代に入った。これが、国家ー>企業ー>個人という
上位関係が逆転を始めたため、大混乱を始めた。 ISが、その事例の典型。
徒党を組んだ武力で立向かわなくとも、個々が、何時、何処でもテロ攻撃の
手段を持った。イスラム原理主義をネット経由で無垢な若者を洗脳をすれば、
最小費用で、ことがたる。人種、民族、国家、地域社会、など関係なく、
この「個人間の紐帯」が世界中、可能になってしまった。これが、10数年で、
一万年の変化に匹敵する革命的事件である。その背景に、情報革命があるが。

・・・・・・
5310,テクノロジーと退化 〜テクノロジーと退化
2015年09月28日(月)
        ー クオリア再構築 〜島田雅彦:茂木健一郎対談集           
 「まえがき」の島田雅彦の文章である。ネット社会の現状と、
 それが故の、生身の人間の退化に対する処方を示している。
   * テクノロジーと退化   〜島田雅彦
≪ 20C終わり頃から、仕事のほとんどは1台のPC上で行うようになっていた。
 原稿の受け渡しも個人的な通信も読者との交流もリサーチも息抜きもすべてPC
画面を通して行っている。つまりはPCが壊れれば、いきなり原始時代に逆戻りだ。
知らぬ間にPC依存の度合いが進み、PCなしでは何もできない体になっている。
思えば、コンピューター・テクノロジーとインターネットはライフスタイルを
根底から変えた。自宅に引き籠り、ウエッブ越しに世界とにらめっこしていれば、
買い物も投資も社交や恋愛も、また中傷、犯罪、テロも自在に展開できるように
なった。キーボードの操作一つで社会を混乱させたり、巨額の賭けや、損失を
出したりできるので、この世の営みの全てが安っぼくなつた。電脳経済は
確実に世界恐慌の元凶になっているし、電脳政治は世論の単純化、批評の
衰退をもたらし、政策議論よりもキャラクターを重視する傾向を生み、衆愚政治
や集団ヒステリーを強化した。万人が同「のメディア、情報ソース、ソフトを
用いることにより、言論や表現の多様性が著しく失われた。手っ取り早く、
わかりやすく、扱いやすいもの……それはみな退屈だ。CG映像の薄さ、
パワーポインターのブレゼンテーションの味気なさ、シンセサイザーの陰影の
ない音に飽きた頃、おのずと私は六〇年代の映画や文豪の講演テープや
蓄音機の音に含まれている揺らぎ、ノイズに心地よさを態じるようになっていた。
手先、指先に物足りなさを覚え、何かプリミティブなことをしたがっている
自分がいた。電磁波を発したり、コードが付いているものではなく、もっと
武骨な自然物に触れたかった。これは本能の欲求だった。衣食住、交通通信、
文化活動のあらゆる面で、私たちは自分の体や頭を使わなくなった。便利さ・
快適さ・手軽さを最優先すれば、出来合いの工場産物を食べ、大量生産の
商品を使い捨て、絶えず供給される情報をいたずらに消費することになる。
そんな受動的な暮らしを続けるうち、おのが思考能力、身体能力をすっかり
衰えさせていたのである。テクノロジー進化は生身の人間の能力を退化させる
に違いない。とはいえ人間もまた自然の産物である。その基本構造は一万年
くらい変わっていない。私たちはみなどうしようもなく原始的なのだ。
原始的なくせに、もはや、私たちは古代の狩人や、農民やサムライに戻ること
はできない。 近頃、竹細工に凝っていて、暇さえあれば、竹を削っている。
奥出雲のタタラ製鉄で打ちだした鋼を鍛えたナイフで、近隣の竹林から拾って
きた竹を削り、茶杓や花入れを作るのである。目下の生活の優先順位は酒、
竹、仕事、家庭といったところか。竹細工の優先順位が高いのは、それが
自分の脳と肉体に施す一種のリハビリだからである。竹細工をすれば、
おのずと道具と手先の関係が深まる。慣れない道具で怪我をすることもある。
また、里山を歩き、野草や木々と戯れることになる。自然を愛でるところに
風流が生まれ、詩が生まれる。 ・・・ ≫
▼ TVのアーカイブで、アメリカでの手つくり飛行機の趣味と、
 その出来栄えを競う大会のレポートがあった。これは、生身の自分の生命と、
最先端の技術が絡んだ命をかけた趣味。 大金持ちクラブの一例だが、能動的、
本能的要素と、知的、金銭的、時間的要素の全てが必要とされる。
その人の趣味をみれば、大方の人物像が見えてくる。 私の(悪)趣味は、
柵(しがらみ)に縛られた人間の滑稽で、ケッタイな人間のウォッチング! 
漏れ聞く金融関係の、それは、タチの悪い珍獣の精神症のオンパレードとか。
・・・・・・
4945,閑話小題 ー「なんでも鑑定団」の面白さ −2
2014年09月28日(日)
  * 骨董の世界は、魑魅魍魎の世界 ー��
 私には骨董品や美術品の保有欲が全くない。一流品などは美術館で見れば
よいし、何ゆえに手元に置かなければならないか不思議である。両親を見て
いると、隠れた名品を探し、さり気なく、格安でハンター、倉庫に収めることが
趣味のようだ。これは骨董収集家の全てにいえるが。それなら、名だたる名品を、
世界の美術館で見ればよい!というのが、私の持論。21歳の時に、ルーブル
美術館、大英博物館などで、世界的名品を見た経験が、更に裏づけになった。
 鑑定団を見ている共通点は、「骨董店の主が、アマチュア気取りの素人に、
太鼓持ち話術で売りつけているのが殆ど。だから、出てくる当人、いやに識別感
に自信を持っている。が、それは店主の刷りこみ。株や骨董は、素人が手を出す
ものではない。「買いで騙され、売りも騙され」が、素人の悲しさ。
数代前の先祖が大事にしていたお宝にも多くある。両親の場合は元プロで、
特殊ケースだが、骨董世界は、「俺おれ詐欺」より、タチが悪い側面がある。
そこは特定少数の愛好家の世界。特定少数の本物の骨董品の周囲には、
その数十、数百倍の贋物と、詐欺紛い人たちが存在する。もし、金に窮したら、
どこかの骨董市などで、高そうな骨董を探して、金を持っている友人等に、
「これは我家の蔵にあったもの。何時でも引取りますから、買ってください」
と、売りつけ、そ知らぬ顔か、ドロンをすればよい。大体が、素人が一度
買った骨董品を、逆に骨董店に持って売ることはほぼない。太鼓持ちの大臣
扱いで偉くなった幻想で満足した段階で、大部分の買いの目的を果たしている。 
だから、素人衆の倉庫は、騙された骨董品の山。で、騙す方は、買取の誓約書
を平気で書く。ばれた時は、そのまま引き取れば、詐欺ではないからだ。
適当に「時代が変わりました」「この品の相場が現時点で暴落しました」
「自分も実際のところ騙されていました!」で済ますことも可能。ーつづく
・・・・・・
4578, そして、人生はつづく
2013年09月28日(土)
                『そして、人生はつづく』 川本三郎著
 図書館でみて、「まえがき」の文章が現在の心境に似ていたので驚いた。
還暦過ぎれば、誰も似たような現実が待っている。まずは介護が平均10年が
終末に控えている。私など、「そして、・・」より「それでも、人生はつづく」
が合っている。  まずは ー「まえがき」の全文ー  
《 2008年の6月に35年連れ添った家内を癌で亡くした。子供がいないので
 それから一人暮しが始まった。その「独り居」を毎月一回、日記の形で書いて
いった。物書きという仕事柄、幸い一人でいることに慣れている。というか、
物書きとは一人でいることが仕事のようなもの。 本を読む、映画を見る、
音楽を聴く、町を歩く。一人ですることばかりだ。旅も大半は一人旅。
これに、家事という新しい仕事が加わった。愛読しているアメリカ人の詩人、
作家メイ・サートンの『独り居の日記』(武田尚子訳、みすず書房、1991年)
は、ニューイングランドにある緑豊かな田舎家での一人暮らしの日々を綴った
ものだが、こんな言葉がある。「私にできることといえば、瞬間瞬間を、
一時間一時間を、生き続けることだけだ――小鳥に餌をやり、部屋を片づけ、
たとえ私の内部には築きえなくとも、せめて私の身の周りに、秩序と平和を
創造することだ」。一人暮し、もうじき七十歳になろうとする人間にとっても
「秩序と平和を創造すること」がいかに大事であるか。自己管理をきちんとし、
静かに暮すこと。一人暮しになって静かな一日を送る困難と、幸福を知るよう
になった。 家事をし、仕事をし、散歩をし、一日の終わりに酒を飲みながら、
昔の映画をビデオで見る。無論、そんな平穏な一日が毎日あるわけではないが、
それだからこそ「秩序と平和」が大事なものに思えてくる。 もうあまり
大きな声でものを言いたくない。「独り居」のなかにささやかな喜びを
見つけてゆきたい。3・11のあともそんな思いで書き続けた。
あれはフェリーニの映画だったか、「私は生きることより思い出すことの
ほうが好きだ。結局は、同じことなんだけど」という意味の言葉があった。
日記を書くとは、まさにその日その日を思い出にしてゆくこと。 》
 アマゾンの ーBy FANTASMA UCCIDENDO MECCANISMOレビュアーが、よい!
〜編者か著者のどちらかの投稿?〜{評論家・川本三郎は2008年に妻・
ファッション評論の川本恵子を亡くし、以来独りの物書き生活が始まった。
 読書、映画鑑賞、音楽鑑賞・・でも独りだ。たまには旅にも出る。
一見、悠々と見えても、心は独りさびしき、時の旅人である。面倒な“家事”
も自分でしなくてはならない。そんな老境に入った著者の日々が綴られている。
著者は当たり前に生きてきたつもりだが、妻の死、そして3・11で変わった・・ 
 著者は、震災後に東北を応援しようと小さな鉄道の旅にでる。3・11と
世の中のこと・・  淡々と静かに自分の日々を綴る・・ そして彼自身
独りの人生の時は流れてゆく・・・。たった数歳しか違わないのに、私とは
まるで異なる時をゆく。それでいいのだと思う。そして、人生はつづく・・
ターミナルは一つであっても、そこに至る道は人それぞれに異なるのだ。
独りという寂しさの重圧は、若き時には跳ね返せても、老齢に至れば、
そのエナジーも枯れつつあることを自ら認識、体験中のトロイGKMです。
余韻が残った久しぶりの大人の文章。}
▼「本を読む、映画を見る、音楽を聴く、町を歩く。一人ですることばかりだ。
 旅も大半は一人旅。 ・・もうじき七十歳になろうとする人間にとっても、
秩序と平和を創造すること、がいかに大事であるか。」が、言い得て妙。
私は二年半前に、その半年前までは思いもしなかった事業整理をせざるを
得なくなったが、それでも、人生はつづいている。そこでのコツは「独り」
の世界の中で、秩序正しい静かな生活を守ること。 
一応、準備を含めた45年かけた独りの世界があるが・・・
・・・・・・
4203, 呪いの時代 ー17
2012年09月28日(金)
  * あとは呪詛の効果を搾制し、贈与を活性化するしかない!      
                      「呪いの時代」内田樹著
 呪詛を抑えるに、贈与でお返しをするのが一番良い方法になる。
が、放置しておけば、さらに憎悪が増す。呪いに対し、贈与で返すのが
贈与の贈与たる由縁になる。メディアは記事を売らんがために呪いの対象を
つくり上げる。手っ取り早いのが、政治家の失政と芸能人のスキャンダル。
関係もないのに、いつの間に扇動され呪詛の集団にされる、俗に言う
世間様レベル、B層である。呪詛は、これからも強くなるが、知恵で
自分を守らねばならない。  ーその辺りからー
≪ 世の中はバカばかりで、システムは全部ダメであるという宣告はかなりの
 部分まで真実を衝いているのかも。私が問いたいのは、その指摘が正しいと
すれば、そのような世の中を少しでも住みやすいものにするために、あなたは
何をする気なのかということである。完膚なきまでに批判し抜くことが、個人に
対しても制度に対しても、もっとも効果的な「改善」実践であるという左翼的
な批評性の定型から私たちは抜け出すべきときです。
「私がこのシステムの責任者です」と名乗り、それに対するすべての批判を
粛々と受け容れ、批判されればされるほどパフォーマンスが向上するような
「責任者」が存在するなら、そのような定型的批判も有効かも知れない。
だが、実際には、そのような責任者はどこにもいないのである。私たちはもう
「壊す」時代から抜け出し、「作る」時代に踏み入るべきだろう。命旦夕に
迫る病人に向かって「生き方を根本的に変えろ」と叱りつける人間はいない。
それよりは残されたわずかな生きる時間の質を維持するためにどうするかを
考えるだろう。・・・
(・・中略)私たちの意識を批判することから提言することへ、壊すことから
創り出すことへ、復讐することから受け容れることへ、傷つけることから癒やす
ことへ、社会全体で力を合わせて、ゆっくりと、後戻りすることなくシフトして
ゆくべき時期が来た。そのときに指南力を発揮すべきなのはメディアである。
けれど、メディアはまだ「呪い」の語法を手放すことができずにいる。
この本の中で私は別に目新しい知見を語っているわけではない。皆なが知って
いることをもう一度繰り返し確認しているだけである。呪誼も贈与も人類と
同じだけ古い制度であり、それがどう機能するものかは誰でも知っている。
けれども、多くの人びとはそれは神話や物語の中のことであっで、
私たちの日々の生活には何のかかわりもないと思っている。そうでない。
呪誼は今人びとを苦しめ、分断しているし、贈与は今も人びとを励まし、
結びつけている。呪認の効果を搾制し、贈与を活性化すること。
私が本書を通じて提言しているのは、それだけのことである。 ≫
▼ 西アフリカ横断のバスツアーで、単調な奴隷通りという道をひた走って
 いた時、突然、道路の脇道にそれた。そこは、小さな市場になっていて、
5〜6軒の店があった。呪詛の為の小物だけを売っている市場という。
アフリカ地域の多くは、今だに呪詛の習慣があり、その効果が信じられている。
そこで突然、生々しい人間のサガを突きつけれたようだった。昔、アフリカ
の奴隷は、地元の部族が近くの部族を襲い、捕虜にして奴隷商人に売ったもの。
警察力が希弱な土地柄だと、近辺の争いに弱者は黙って呪詛に訴えるしかない。
日本は近代国家とはいえ、断絶の、それも20数年も落ち目の時節にあって、
その鬱憤を誰かを呪うしかない。アフリカの呪詛の小道具が、メディアによる、
誰かへの集団リンチのような槍玉=記事に取って代っただけ。 私たちは、
ますます、周囲の、そして政府の呪詛が強くなる。しかし、それが故に、
国家の舵取りが大きく狂っていることさえ、気づかないとしたら、
命取りになりかねない事態である。


5674,【賢者の言葉】�Α  �F.W.デクラークの言葉

2016年09月27日(火)

          【賢者の言葉】 
         ショーン・スティーブンソンの言葉
         トニー・シェイの言葉
         ビル・ハリスの言葉
         エブン・ペーガンの言葉
        ★F.W.デクラークの言葉
         ダライ・ラマ方法14世の言葉
  * 『この10年間で「1万年分の変化」が起きている』
                   〜F.W.デクラークの言葉
 まず思うことは、『本当かいな?』『そんな馬鹿な!』。しかし、
少し考えてみれば解ること。 10年程前に、郊外に次々と乱立した、
『ショッピング・モール』が、ネット通販と宅配の普及のため閉鎖を始めた。
その旗振りの一つが、コンビ二のファミリーマートに吸収合併?をされた。
 そういう私の事業の低プライスホテルも、ビジネス客が、不景気のため、
二時間日帰り圏内となり、ネット普及が煽りも重なり、呆気なく整理に至った。
これは全く想定外だったが、一万年分の変化の最中と思えば諦めもつく。 
 70歳の年齢から見えてくる。世界の激しい変化は、何とも奇妙で、面白い。
 ≪【アマゾンの概要】
  この10年間で、人類の1万年間分の変化に匹敵するものがある。
 それは、人が取り扱う情報の量。 今のインターネットシステムでは、
 約2秒間に20万テラバイトの情報が行き交う。この情報量は、世界一
 の情報量を誇る、米国議会図書館に貯蔵されている情報量と一緒。
 そして、人が扱う情報量は5年おきに倍増している。
 メール、フェイスブック、ツイッター、このブログもインターネットの
 中にある1つの情報。 昔では知り得なかった事が、今は検索をすれば、
 簡単に情報を入手できる。 だからこそ、本当に現在必要とする情報は
 どんなものなのか?かを意識しておく必要がある。》
 《 必要とする情報に、意識がなくインターネットやYouTubeを見てしまうと、
  結局、その時に興味があることをダラダラとみて、時間だけが過ぎ去って
 しまうことがあり、余計な情報に流されてしまう。これからも情報量が
 増えてくるだろう。その時に情報に踊らされることがなく、自分が必要とする
 情報を選択していく。その為にも、自分のビジョンを持つことが、これからの
 時代は大切な事だと思う。》
▼<今世紀に入って私たち社会が経験した変化は一万年分の変化より大きい>
 というが、一万年前といえば、天変異変で人類は大きな岐路に立たされ、
自ら種を植え、動物の家畜化を始めた時代。そして人類がアラスカの海峡を越え、
初めてアメリカ大陸に到達したころ。その後、5千年を経て文明が生まれた。
その農業・牧畜革命に比する象徴の情報端末が、『スマートフォン』。
これで、10年あまりのうち、現実社会を覆う、『ネット社会』が構築された。
これで、「一万年分の変化」が起こったと言っても過言ではない。それに
世界の現実社会が、全く、なす術がないのが、現在の世界の混乱の原因である。
だから、そう簡単に、世界が平穏に戻ることはない。それと時を同じくして、
天変地異が生じている。権力者は、それを機会に戦争を始めたくなる。 
 暗い時代の到来である。イタリアは2024年のオリンピックの招致の立候補を
辞退した。当り前といえば当り前のこと。 で、日本は、馬鹿騒ぎで… 
 < あふぉ、違うねん、パーやねん >  何か自分のことのようである。

・・・・・・
5309,閑話小題 〜人生について
2015年09月27日(日)
   * つれづれに 人生について
 この年齢になればこそ、‘人生について’の格言の示唆が身に沁みる。
老いの人生問題は決して甘くないが、豊富な経験があるため、青年期とは
味わいが違ってくる。過去は変えられないが、解釈、受止め方は変えられる。
人生は、私たちがそれが何かを知った時点で、その大部分が過ぎている。
精一杯生きた行蔵を、諦念を持って愛おしく振りかえるに人生訓はよい。
 人生の何たるものかを知るには、一人の一生では無理だから、格言が必要。
結局、いかに世間から超越できる時間を持てるかどうかになるが、各人各様
にあるのが、人生である。 〜心の琴線に触れた幾つかを取り上げる。
 ――
・【人生に疲れたという人がいたら、それは人生のほうが
  その人間に疲れたのだと思えば間違いはない。〜ジョージ・サンダース】
△ ‘成るほど’である。人生に疲れたは、壮年の人のいうこと。
 老年には、誰もが生老病死の問題に直面し疲れ果てている。
 老人に慢性のウツ症、ウツ病はない。誰もが、際どい局面にいるからだ。
 『百里の道は九十九里をもって半ばとす』というが!
 ――
・【思った通りの人生ではなかった。
  しかし、よかったとなら言える人生だったかもしれない。
                  〜アルセーヌ・メルセデス・ヒロコ】
△ これまで、大方は、『自分は不幸な人生だった』と悲観していると
  思っていたが、どうも、そうではないようだ。
 『そこそこ、幸福な人生な人生だった!』と、思っているらしい。
  傍からみた私が、現に不幸の結末の典型? しかし、実は!である。
 ――
〜孤独の問題も、人生論では欠かせない問題。 誰もが最期は孤独死で終わる。
・【孤独に歩め…悪をなさず求めるところ少なく…林の中の象のように〜仏陀】
 【我々はみな真理のために闘っている。 だから孤独なのだ。 寂しいのだ。
  しかし、だから強くなれるのだ。           〜イプセン】
・【真の幸福は孤独なくしてはありえない。 堕天使が神を裏切ったのは、
  天使たちの知らない孤独を望んだために違いない。  〜チェーホフ】
・【最高のものを求める人は、つねにわが道を行く。
  人間は最高のものを決して共存しない。
  幸福になろうとする人はまず孤独であれ。    〜ハーマーリング】
△ うつ病は、独り遊びの苦手の人に多い。躁と欝は「禍福は糾える縄の如し」
  のように交互に密着している。孤独も、群蓄本能も、同じように・・
・・・・・・
4944,閑話小題 ー「なんでも鑑定団」の面白さ ー1
2014年09月27日(土)
   * 「なんでも鑑定団」
 熱狂的ファンでもないが、好きな番組である。骨董の世界は奥行きは深く、広く、
果てしない。私の実家が江戸末期からの骨董商の分家で、父は、その分家の二代目。
当時の地元名士様に的を絞った、上客を多く持っていたが、太平洋戦争で骨董販売
では生活が成り立たず、父が戦中、戦後にかけ、転業した後、終戦後、衣料量販店
で大当て、骨董を趣味として、買い手としての収集家になっていた。 
それもあって、幼児の頃から父に連れられ、昔の仲間だった骨董店などに連れて
いかれていた。そのお陰で、知らずと骨董の真贋を見分ける目がついていた。 
良いものを見続けると、贋物が感覚的に分かってくる。 (これ人間にもいえるが) 
更に20数年、世界中の美術館を見てまわったことも目を養ていった。
美術館は古今東西の超一流の骨董品の展示場である。 ーネットによるとー
《 1994年4月19日放送開始。テレビ東京系から放送中。元々は、島田紳助が過去
に司会をしていた深夜番組「EXテレビ」の「家宝鑑定ショー」がルーツ。
・・・ 様々な人が持っている「お宝」を、専門家(主に古美術品やアンティーク
ショップの経営者が中心)が鑑定し、値段付けを行う。意外なものが高価な鑑定
結果を得たり、高価だと思われていたものが偽物などで安価になってしまうという
意外性や、鑑定物に対する蘊蓄が堪能できるのが特徴。鑑定の結果、埋もれて
いた芸術家や芸術作品が発見されたこともあった。・・ 
本番組からいわゆる鑑定ブーム、骨董品ブームが起きたが、何でも金銭で
換算してしまう点や、美術品をパフォーマンスで見せる点などを苦々しく
感じている美術関係者もいる。
 しかし、依頼品にまつわる人々の熱かったり切なかったりする思い入れや、
鑑定結果に一喜一憂する依頼人の表情などは人間味にあふれ、鑑定を単なる
金銭的評価に終わらせていない。また、鑑定結果が出る前には、これから
鑑定する依頼品に対する予備知識の解説が入る。そこでは、製作者の生い立ち、
歴史的背景などのほか、作風、作品の見方、味わい方などが紹介される。
このために文化史、美術史などにおける教養番組としての側面も持ち、
その観点から当番組を楽しむ視聴者も多いと言われる。・・・ 》
▼ 子供の頃から、両親の日常の会話の中心が、何時も骨董の話。
 そこで購入した骨董品を二人で楽しそうに眺めていた。部屋の中では、
常に骨董品が季節ごとに変わる。その環境が当たり前の世界であった。
母親が亡くなった時の相続で、兄が倉庫に溢れていた骨董品。私は現在
住んでいる自宅だった。で、あの骨董の山、どうなったか?不動産も実売に
なると半値だから、他人事ではない。実際、事業も・・ 
 売り家と唐様で書く三代目!『 努力して築き上げた家産も孫の代になる
と遊び暮らして使い果たし、ついに家まで売りに出す。しかも「売り家」
札は その道楽ぶりを物語ってしゃれた唐様の書体で書いてある」ということ。
『この随想日記そのものが、唐様そのもの?どの道、宇宙のゴミ、同じこと』
と、バカがいう。『同じバカなら、踊りゃなソン』と、更にいう。
その目で「何でも鑑定団」を見ると、同類憐れむで面白い!
・・・・・・
4577, 2050年の世界 ー8
2013年09月27日(金)
     「2050年の世界ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                 〜英『エコノミスト』編集部 (著)
 2003年のビッグバン理論が観測で認定され、大きな境い目になった。 
宇宙衛星などの観測から宇宙が拡大しているにかかわらず、膨張が加速して
いることが分かった。膨張のためには他の宇宙から何かのエネルギーが、
注ぎ込まれなければ成り立たない。それが暗黒物質と暗黒エネルギーである。
現在、その発見に世界中の科学者が躍起になっている。
   第十七章 苦難を越え宇宙に進路を  ーのまとめ
・冷戦時代に予想されたフロンティアとしての有人飛行競争は終わりを告げ、
宇宙の商業利用の時代が来ている。 アメリカの全地球位置発見システム
(GPS)など人工衛星群の商業的価値は、2009年には1609億ドルにのぼり、
前年比11パーセント増の成長を達成。
・アメリカが宇宙へ独自に有人飛行をすることをやめた反面、中国の台頭が
目立っている。中国は、2025年をめどに月着陸をめざしている。
しかし、これは米国が月着陸を果たしたときの世界的興奮と比べれば、
はるかに小さなニュースとなるだろ。
・NASAは、小惑星への有人飛行を計画しているが、火星への有人飛行のほうが
はるかに、世界的インパクトが見込める。
・軍事的な宇宙利用の主眼は、引き続き情報収集という機能に集約される。
・民間会社による宇宙飛行はすでに実現しており、アメリカは宇宙探索の、
部分をそれらの会社にアウトソースしている。ヴァージン航空を率いる
リチャード・ブランソンは、ヤーキェリー計画のような弾道飛行によって
宇宙に出るサービスを提供する会社を始めているが、まだ一回あたりの費用が
二〇万ドルと高すぎる。民間会社による観光目的の宇宙飛行は、今後費用が
下がっていき、金持ちの娯楽の一部となるだろう。
・銀河の動きを説明するために、暗黒物質なるものが宇宙の五分の一を
占めなければならないことになっている。 その正体を知ることは、当面の
大きな宇宙探索の目的のひとつ。宇宙の膨張が速度を増していることが近年
観測されたが、それを説明するための暗黒エネルギーの正体も解明が待たれる。
・太陽系以外に生命の可能性のある惑星はいくつもあり、観測技術の
発達によって地球以外の生命の発見が今後なされるかも。
▼ ひと時代前には、他の宇宙などSF小説さえ取り上げなかった。
 それが10の500乗の別宇宙の存在の可能性が、実しやかに語られている。
宇宙の知識も、天文科学の進化で飛躍的に伸びている。40年前では、想像すら
できなかった別宇宙の存在に匹敵する新たな事実が発見されているだろうが・・
「人間を一の単位とすると、我々が住む宇宙が10の27乗の世界で、
ミクロではマイナス35乗の世界が我々の世界」という。言葉として、
マイナス35乗のミクロ物質が、どのように考えても私の頭では理解できない。
現在、暇を見つけては、そのイメージを持とうとするが、無理。
 もしか、持てたとしたら、どうだろう?お釈迦様より、遥かに超えた
何かを実感できるのでは? 137億光年の宇宙の果てが27乗の外の世界で、
逆にマイナス35乗の物質世界の合計62乗が私の世界? 理解不能!
・・・・・・
4202, 閑話小題 ー危所に遊ぶ
2012年09月27日(木)
   * 危所に遊ぶ
 芭蕉の『俳諧問答』に「危所に遊ぶ」という言葉がある。 
危所は字のとおり危ない所だが、「名人は定跡から外れ、未知の分野
にも冒険心を持って飛び込み、そこで楽しむ」という意味がある。
が、他にも、「危ない所で遊ぶぐらいの心の余裕を忘れないこと」と、
「危ない所の先に宝が隠されている」という解釈もある。
事業の創業も、自分を一度、絶壁に追い詰め、そこから湧き出るエネルギーを
動力にする。 危所を見極め、そこに隠されたキーを見つけることがポイント。
ゲームとは危所(難関)を設定し、知恵で乗り越える遊び。難度の高い危所を
合理的に乗り越える域に達した人が名人になる。これは人生にもいえる。
生まれ、死ぬまでの間に難関が次々と立ち塞がってくる。人生を充実させる
には、その難関を最大のエネルギーを使い知恵にかえ乗り越えることにある。
これも「危所に遊ぶ」である。
   * 最近の私の言説は「悲観的すぎ?」
 この数年来、世界恐慌に突入直前という論調で書き続けている。
10年前に同じ位の悲観論で書いていても、今から振り返れば、その数倍も
酷い惨状になっている。まさか地元越後で大地震が二回も起き刈羽原発が破損。
上越新幹線もトンネル内で脱線。世界を見れば、アフガン、イラクにアメリカが
攻撃し、政権を転覆。それに百年〜四百年に一度の経済震災のリーマンショック。
更に東北大震災で二万人の死者と、津波による福島原発の最高7レベルの破損。
そして近将来には、リーマンショックによる世界恐慌が覆い尽くそうとしている。
この10年間の惨状の数倍規模の変動が起きるとすると、私が書いている内容
など、まだ甘い。 東北大災害が起こるまでは、心の何処かに首都圏か東海地区
の温和なところに終の住み家の憬れがあったが、今では考えられない。
更に、この秋口から年末にかけての恐慌への不安定材料が、あまりに多い。
これに中国が権力移譲期の混乱の隠れ蓑にするため、尖閣列島の領土問題を
大々的キャンペインを始めた。日本の政治の混乱を見抜いてのこと。
ドラッガーではないが、「断絶の時代」に本格的に入ったということ。
何事もなく、凡々とした時代より、断面が見れるだけ良いと思うしかないが・・
・・・・・
3837, 『 ライフ ―いのちをつなぐ物語― 』
2011年09月27日(火)
 二週間以上も前の話題になるが・・ 急に思い立ってシネマ 
『ライフ ―いのちをつなぐ物語―』を見てきた。金曜日の少し早めの9時開始
だったので数人しかいないのではと思いきや、20人は入っていた。ツアーで
アフリカや南米、北極圏などに行っているので、実感として身近に感じ取る
感受性は人一倍あるはずである。 とはいえ、映像は映像。手付かずの野生動物
の世界は激しい弱肉強食の闘いの中である。そこにはギリギリの生死の狭間で
生存の知恵が生まれてくる。TVのシリーズで放送した総集編だったが、
大画面でみる画像は迫力がある。 こういうドキュメント映画をみるにつけ、
人間が地球の主役ではないことを思い知らされる。ところでiPadのアプリを
みていたら、「Memory of coiors presented 
by Fotopedia」(色彩の記憶)の写真集のアプリがあった。 
てっきり秘境系の写真集と思って、250円ならとダウンロードした。 
しかし景色は一切なく、秘境の住人の上半身か全身の写真集だった。
しまったと思ったのは、初めの20分だけ。見ているうちに、彼らの自然の
面構えと、顔と全身に塗られたペイントと服装の素晴らしさに、引き込まれた。 
祭りか、祝いのための取って置きの晴れ姿や顔などのペイントが、素朴で美しい。
日本も江戸時代までは、こんな素朴な顔をしていたはず。 
カメラマンのRangelの説明文が、また良い。
≪ この人々のまなざしに向き合い、見えてくるのは・・
 自分自身の人間性の反映。彼らは「私たち自身」です。≫ と。
ネットは、確かに最先端のテクノだが、こういう世界の美しさを一般に
知らしめる力がある。地球の素晴らしい秘境の大自然や、そこの住人が
昔からの生活と伝統を守り、いま現在も変わらない生活を続けている姿を、
リアルに記録してくれる。 それだけでない、手付かずの大自然の中には
野生の動物や、数多の植物が生きている。この東北大震災と福島原発の汚染は、
その正反対の近代科学がもたらした問題。 科学は両刃の刃である。 
顔には、全身には、文化が、そのまま現れる。 あらすじを検索すると
次のようにあった。
  『 ライフ ―いのちをつなぐ物語― 』
【 カメラは地球上の全大陸に足を踏み入れ、あらゆる技術を駆使して、
 多様な生き物たちの生態を世界で初めて捉えた。肉眼では見えない細部の
撮影を可能にしたハイビジョンマクロカメラによるハエジゴクの捕食と受粉。
ジャイロ式ステディカムによるグンカンドリ対アカハシネッタイチョウの
空中戦やバンドウイルカの泥を利用した餌の捕獲。超ハイスピードカメラも、
数々の生き物の珍しい生態を捉える。フサオマキザルのヤシの実割り、
ハネジネズミのスピード移動、バシリスクの水面走行、トビウオの海上飛行。
特製ボックスを使用したスーパーハイビジョンカメラでバショウカジキの
小魚の群れ追撃を撮影。彼らの行動は早すぎて通常のカメラでは捉えられない
ので、これまで前例がなかったが、超ハイスピード撮影による80倍のスロー
モーションでその生態を追うことが可能になった。この他にも、数多くの姿が
カメラに収められた。アイベックスに襲い掛かるキツネ。三匹のチーターが
協力して行なうダチョウ狩り。コモドオオトカゲによる水牛への攻撃。
ロライマ山に生息するオリオフリネラがタランチュラの攻撃を受けて岩場を
転がり落ち逃げる様子。木の枝の上で戦うチリクワガタ同士の愛の戦い。
ザトウクジラの求愛コンテスト“ヒートラン”の完全撮影。
だが、本作が伝えるのは、こういった映像の珍しさではなく、それらを
通じて表現される生き物たちの生きるための知恵、勇気、愛なのである。】


5673,【賢者の言葉】�ズ能�  〜ショーン・スティーブンソンの言葉 ーe

2016年09月26日(月)

   * ショーン・スティーブソンの箴言
 本を捲りながら、書き残したい言葉を拾ってみた。どれも、これも、注視
すると、心に響いてくる。ショーンの母の愛情が、これらの言葉から滲みでる。

・ 起こってしまったことを 人生のギフトと思うか? 人生の重荷と
 思うか?」 これが、私の人生を変えた『魔法の質問』です。
 ――
・ わたしには辛い時を乗り越える方法があります。自分に愛を送るのです。
 ――
・ 私の得意分野はただ一つ。自分でいることです。
 これはとてもうまくできますし、自分でいることが大好きです。
 自分でいることが好きなのは、一生懸命努力しているからです。
 楽しそうに見せる努力を一生懸命しているからです。
 ――
・ ビジョンを持ち、やりたいことをやれ! BUTは禁句だ。
 ――
・「自分に向かって言う言葉」によって自分は創られるのです。
 ――
・「愛情を受けるに値しない人」に愛情を注げば、魔法が起きる
 ――
・「つながり」を感じる人とは「自分を気遣ってくれた人」
 コミュニケーションとは「情報を交換」することですが、つながりとは
 「人間性の交換」することなのです。「相手が自分のことを大事にして
 くれていると、感じた瞬間」に生まれます。
 ――
・< 愛するべきは「その人の行動」ではなく、「その人自身」>
 セラピストになったとき、精神面でも「ある誓い」を立てました。
 「すべての人を平等に愛する」ということ
 ――
▼ 彼の何気ない言葉に、その優しさと、愛情が溢れ出ている。
 成るほど、私自身、立場変われば、観方も変わるもの。
  <「自分に向かって言う言葉」によって自分は創られるのです>を、
  <「自分の習慣」によって自分は創られるのです>に、言い換える
 ことができる。その習慣で、自分が自分を支えられている日々。

 ☆ ショーン・スティーブンソン の履歴
心理療法士。「セルフ・サボタージュの脱構築術」
(著者の表現では「言い訳をやめさせる」)の分野での第一人者。
骨形成不全という先天障害を克服してアメリカン・パシフィック大学で臨床
催眠療法の博士課程を修了。イリノイ州オークブルック・テラスにクリニック
を開設、五輪アスリートからフォーチュン500社のCEOまでの個別カウンセリング
を行なうかたわら、世界各国で講演活動を展開している。

・・・・・・
5308,全球凍結(スノーボールアース) 〜��
2015年09月26日(土)
         『新潮45ー2015年5月号 〜スノーボールアースについて』
  * 全球凍結仮説はの反発理由
 宇宙、地球、生物、人間の存在と、その生成過程を知れば知るほど、
その不思議さに驚かされる。生きている限り、その追求をしたいが。
全球凍結の時代が数億年後に来るのだろうが、その時に現在の人間レベルの
知的生命体が存在して、人間を研究していると想像しただけでも、愉快になる。
 〜ここで、全球凍結説に対する、純粋な疑問について言及している。
≪ スノーボールアース仮説に対する最大の反発理由について、
:たけし スノーボールアース仮説への最大の反発理由は、「それなら、なぜ
 生命は生き残っているのか」については解明されたのですか。全部が凍って
しまうとはいえ、地球の内部は六千度とか高温だから、そうした熱が外側まで
届いた可能性はあるんじゃないですか。生物といってもバクテリアのような
ものだったと思うのですが、その熱で生き残ってきたとは考えられませんか。
:田近 実はそこが大事なんです。というのは、海洋は平均すると四千メートル
 ぐらいの深さがありますが、寒くなると上から冷えて凍っていきます。
しかし、下からは熱が来るので、全ては凍らない。表面から千メートルぐらい
までは凍って、その下の海水はそのままなのです。だから、一部の生き物は
海の深いところで生きていたのかもしれません。
:たけし 地表では生物が滅んでいても、氷下には原始生物がうじゃうじゃいた。
:田近 今でも深海には温泉みたいに熱水が湧いてくるところがあって、
 そこには生態系が存在しています。ああいうものは多分、あまり影響を受けな
かったのかもしれない。問題は昔から光合成をする生き物がいたわけで、
そうした生物にとっては困った状況になってしまったことです。
:たけし 深海の熱水噴出孔の周りで生きている生物は熱水に含まれる
 硫化水素を栄養にしているから、光がなくても生きていけるけれど、
光合成をする生物はどうしたんだろう。
:田近 光は海だと百Mぐらいしか透過しないので、深いところには届かない。
 さっきも話ししたように海は千メートルぐらいまで凍ってしまう。
光合成生物は光が当たるところでしか生きられないので、彼らがどうやって
生き延びたかを説明しろと言われると回答に窮してしまう。光合成をする藻類が
全球凍結を生き延びた証拠があるのですが、誰もそれを説明できないんです。
:たけし 現在も北極の方に火山があって温泉がある。
 だから、全球凍結の時代にも凍らない地域があったのかな。
:田近 アイスランドとかに温泉があります。ですから、基本的に地球は凍って
 いても、局所的には温泉みたいなところがあって、そこは凍らないでいて、
光合成生物が生き残ったという考えがあります。
私もその説を支持したいが、まだはっきりとしたことは分かっていません。 
:たけし しかし、よく全球凍結から地球が抜け出せましたね。その理由も
 分かっているんですか。
:田近 全球凍結しても火山活動は継続していました。停滞していた火山活動が
 活性化して、火山噴火によって二酸化炭素が蓄積していけば、やがてその温室
効果によって全球凍結状態から抜け出せたと考えられています。
:たけし 凍ったところがとけて地表が出てくれば、太陽の熱を吸収する。
 それがまた地球を暖めることになって、凍った時と逆のフィードバックが起きる。
:田近 はい。ただ、それでも全球凍結から抜け出せるようになるには、
 数百万年から数千万年は必要です。(『新潮45』、282頁) ≫
▼ 生命という視点では、気の遠くなる時間になる。この私に至るまでには、
 こういう生命の歴史が背景に存在している。存在の不思議と、偶然と必然の
問題も出てくる。簡単に、ビッグバンまで遡って、それを成した大元を「神」
と言い切ることも可能。 「いま、ここ、わたし」の味わいこそ、永遠である。
・・・・・・
4943,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー51(余禄)
2014年09月26日(金)
  * 「倒産が悪い」は、思い込み?
 倒産など、実際のところ、その数ヶ月前までは思ってもいなかった。
繁華街の真中の商家で10歳まで生活をしたため、両親の話題は周辺の倒産話。
その生々しい具体例を多く聞かされていたた。さらに姉夫婦と、兄の会社の倒産
の相談も受けていた。それが、まさか自分も!とは。それもあり、新潟駅前の
事業設計には、万一の備えを長年にかけしていた。 以前にも書いたが、
《 家内とは通帳を別にして、家内名義の給与を与え、そこから厚生年金と
 社会保険をかけ、事業には家内も含め家族・親戚は入れない。月末現金決済。
地元にはホテルをつくらない。名士様の集まる会は同級会以外は避ける・・》
等々を守っていた。それが最悪の事態から自分を守ってくれた。身近の姉と兄
の倒産の実態を見ていたが、高利貸しなど街金融に手を出さなかった以外、
備えはなかったようだ。「倒産=悪」と思うのは仕方がないが、見込みない
経営を続けるより、深手になる以前の、体力のあるうちの整理は、むしろ
良いはず。そのためには、長年かけた備えが必要。最後は、こうなり少しは
ガッカリはしたが、学生時代に決心した創業人生を生きなかったら、大きな
後悔を持ったはず。 45年の人生は、それを最小にしてくれている。
『不安、挫折、絶望などのマイナス100のことは、エネルギー面で、
プラス100と、同じ」と、脳科学者・茂木健一郎の言葉にあったが・・ 
最後の節目と、現在も、自分と周囲の上面の視点が面白い! 
そうこう経験してみて、この結果も決して悪くはない!
私には丁度よい塩梅だったと思うしかないが。      |ω・`)
・・・・・・
4576, ほめことば練習帳 ー3
2013年09月26日(木)                     
  * 第二歩目は関心を持つということ。 
                「ほめことば練習帳」山下景子著
  ー要約の箇所からー
《 日本語には、風景や季節を愛で、讃える言葉がたくさんあります。
 それだけ、この国の風土を愛し、関心を寄せてきた証。人間が好きな人は、
自ずと褒めることが多くなる。旺盛な人は気づくことも多いので、ほめる
材料にこと欠かないでしょう。自分の価値観や思い込みに縛られている人は
ほめることができません。粗探しばかりしてしまうとしたら、要注意です。
それは、相手に関心があるのではなく、つまるところ、相手を否定している
のですから。ひとりひとり違う人の能力。それを敬う気持ちが、ほめ言葉に
つながるのでしょう。》
  ☆ 第二歩の(能力に敬意を表するほめ言葉)
 多才/三舟の才/詠雪の才/七歩の才/十八番/立て板に水/達筆折り/紙付き
/圧巻/ハ面六膏/鬼才/鍾々たる/ 賢い/利口/造詣が深い/知的/優れている/
上手/腕が立つ/ハ丁(八挺)/器用/妙/巧み/堪能/秀でる
▼ それぞれの個性を認めて、絶対肯定する言葉が「ほめ言葉」になる。
ほめることは、相手だけでなく、自分を肯定することになる。このことを自ら
分かっているか?というと、分かってない。肯定は意志。それが分からない。
    * 第三歩は、円滑油となるほめ言葉
《 ほめ言葉は、潤滑油としての役割も果たします。これらを第三歩として
 まとめました。特に日本人は、この使い方を大切にしてきたようです。
しかし、それゆえの弊害もある。よく「心にもないお世辞」などといいます
が、実際、ほめ言葉とお世辞の境い目は限りなく曖昧です。下心がなくても、
相手がそう感じれば、お世辞になってしまいますし、反対に下心があっても
相手が感じなければ、ほめ言葉です。ですが、人を傷つけないための潤滑油は、
必要だと思います。それよりもむしろ、ほめることによる効果を期待すること
の方が、問題ではないかと思うのです。 たとえば、やる気を出すために
ほめるなどということも、見返りを求めているといえないでしょうか。
ほめ言葉は、言葉の贈り物。義理で贈物をすることはあっても、はじめから
見返りを求めて贈り物をすることは、気持ちのいい行為ではありませんね。》
  ☆ 第三歩 ー潤滑油となるほめ言葉
 結構/重宝/面白い/珍しい/初めて/筆舌に尽くし難い/そこはか/微妙/
雰囲気があるいい/気が利く/卒が無い/機知に富む/打てば響く/才覚がある/
成る程/頼りになる/愛想がいい/いみじくも
▼ ほめ言葉は言葉の贈り物。贈り物には繊細の注意とタイミングと、
 綺麗な包装紙で包む必要がある。まずは身近な家族から、ほめる訓練をして
みようか。家内が服装に迷ったとき、何時も私に選択を委ねる。
その時がチャンス。(逆の場合は、無視されるが) そういえば、母親が
子供の頃から常に褒めてくれていた。 ほめ言葉は、愛情の自然表現になる。
ほめていれば自然と愛情が入る。逆に貶すことは、憎悪の念が入る。
・・・・・・
4201, 呪いの時代 ー16
2012年09月26日(水)                              
  * 「ほんとうの私」という幻想からの脱却 ー2  
                 「呪いの時代」内田樹著 
「ほんとうの私」という幻想、考えてみると実に奥行が深く面白い。
ある種の人間、それも比較的軽い人間が陥りやすい心理トリック。
その幻想に本人が気づかないから始末が悪い。会社が倒産したり定年の
節目にハッとする。「本来の自分はこんな会社にいるべき人間でなかった!
自分の人生、失敗した」と。これが実は「ほんとうの私」という幻想のなせる
ワザに気づかない。結婚相手の選定を失敗と思う夫婦の確率95%と酷似する。 
結婚も職業選択も振り返れば似ていることが分かる。それ以前に人生は幻想
そのものだが。で、結婚相手と、選定した職業を呪うのが必然となると、
大方の人は人生を呪う宿命?になる。だから老人の顔は肉体の衰いと病気が
重なり暗くよどんでいる。しかし、このことを知っていれば、自分だけでない
ことで諦めがつくというもの。誤解をして結婚、理解して離婚というが、
その上、大部分が「誤解して結婚、我慢して老年!」になる。
幸せそうな夫婦と、幸せな夫婦は違う。ありもしない「ほんとうの私」
さがしが高じるとルーツを知りたくなる。
 ルーツなどアフリカのサルぐらいを知っていれば充分。平家の落人だったか、
源氏の末裔だろうが、それが何だというのだろう。その間に嫁の血が入って
いるため、血筋などあってないに等しい。頭の体操で、私にとっての
「ほんとうの私」とは何か考えてみた。そう、HP内に10年以上もかけ、
いろいろアップしてきた、これ?。で、どうした? どうでもない! ただ、
それだけ。これは「ほんとうの私」というより、「正味の私」に近い、この程度。 
その「正味の私」も、怪しげなもの。あとは文章と同じように、最後はひねりを
いれ自嘲するしかない。「ほんとうの私」は、いつの間にか肥大化し、現在の
「正味の私」を何とかフォローしようとする。それが性格の歪みになり、
その病的性格が、成熟を止め、無知で無能を正当化して呪いの塊になる。
そのため停滞の世では、国民全体に蓄積されるため自分より弱い者と、
政府に攻撃することになる。だから首相は一年も持たない。権力闘争で
批判勢力は、「ほんとうの私」の「私」を「政治」に取り替える。 
あるべき「ほんとうの政治」を掲げれば、呪いの時代では、権力奪取に有効に
働くからだ。それで民主党が政権奪取をしたが、このザマ。
そして、今度は「維新の党」である。しかし結果は火を見るより明らか。
とはいえ、自公民の延長は困る。そうなると連立で強権政府を時限立法で、
大鉈をふるうしかない。要は、日本は思い切ったダウンサイズをして、
正味の日本になるしかないと割切ることだ。原爆を持ち、アメリカと手を切り、
自主憲法を作り直し、国民全体の生活を数段落とし(消費時アップ)、
地勢を生かした真の独立国家を建て替えるしかない。現実に、そうなる。
アメリカか中国の属国より、その方が余程よい。 
この10年、いや20年は大荒れになる!
・・・・・・・
3836, ツール(道具)について考えてみる ー3
2011年09月26日(月)
 どんな優秀なツールを持っていても、目的が定まらないと宝の持ち腐れに。 
現在はデジタルの時代。情報の大部分はデジタルに置き換えられる。デジタル
は限りなくコピーが可能。 完成時から、それらは無料の方向に限りなく下がる。
完成と同時に、それを叩き台とした次の革新が始まり、その連鎖は止まらない。
知的ツールも同じことで、止め処もなく優秀になっていく。それが一般に
浸透すると知的底辺の底上げが生じる。それが先端の能力を押し上げ、情報が
核爆発的に拡大を始めている。その結果、どうなるかは北アフリカの独裁国家
の現象。知的ツールの集約されたモデルが現在のところiPhoeとiPadと、それに
付随してくるアプリ(ソフト)。また家電と電気自動車、そして住宅にも、
その流れが更に進んでいる。 iPadを例にとれば、一枚のタブレットに、
あらゆる機能が組み込まれている。 本・雑誌、本棚、本屋、ゲームセンター、
スポーツジムのインストラクター(ビデオ)、映画館、ファッション店、
スーパー、レコード店など、あげればきりがない。重要なことは、一枚の
タブレットに集約されたこと。音楽がiPodeに数千、数万曲が収まってしまって
数年もしないうちに、本に雑誌も同じ流れが生じてきた。本棚の数千、数万冊
の雑誌、本がタブレットに収まるのである。レンタル本まで出ている。
(ある時期が過ぎると自動的に消える)iPad/iPhoneのアプリだけで、既に
10万種もあり、現在も果てしなく増え続けている。フリーの子供のゲームや、
カーレースものをダウンロード、遊んでいるが、これが面白い。 
数年前までゲーセンに行って遊んでいたものが、タブレットPCで遊ぶことが
できる。対戦相手が必要な場合、ネット上から呼び出し遊ぶことができる。 
私たちの年代からすればSFの世界に近い感がする。ネット世界に入り込み、
その住人になったら、現実世界の中で生きることに違和感が生じて当然。
一枚のICチップに80億個以上のトランジスターが入ったものが出ている。
トランジスターは私が十歳代前半の頃に普及を始めた。父が仕入れの出張先で
買ってきたトランジスター・ラジオを見て驚いたことを覚えている。 
あれから50数年といえば、この時代では大昔になるが、トランジスターが
80億もICに入っているなら、iPhoneに数千、数万の曲が入るのも納得する。
デジタル化とネットが情報機器のカタチになって、世界を根底から変えている。 
それを利用しない手はないことは言うまでもない。 が、それら全てを放棄し、
畑仕事や釣に没頭する生き方こそ求められる時代でもある。ツールに
振り回されるより一歩、二歩、それから離れることも必要。ツールはツール。
午前、午後に分けるとか、週末は釣と畑仕事、平日はツールで遊ぶとか。
逆に中途半端か。こんなに面白いもの、私は使う方をとる。


5672,閑話小題 〜幸運の人と、不運な人

2016年09月25日(日)

   * 人は、すべからく幸運である
 以前、書いたことばかりだが、思いのまま、「幸不幸」について書いてみる。
・人間は、「いま、ここに、私」として存在するだけで、幸運である。
 「神様の御導きびき」といえば、それまでだが、幸運な偶然の一致の重層で、
 存在している。他者と比較が、この幸運を見えなくしている。
・自らを幸運なタイプと自認する人と、不幸と自認する人との、一生の間の
 運命の差は膨大になる。不運な人は、チェンスがあっても、自分が駄目と
 思っているため、目前にあっても気づかない。どうせ、駄目だからが無意識
 のうちに働き、そのチャンスに気づかない。
・幸運な人は、チャンス到来に、そら来た!と敏感である。何せ、幸運だから。
 幸運であるには、何があっても上位に自らを置かなくては。まずは20%に、
 そして、6%、3%、1%にと。 
・幸運な人は、幸運のある同類を呼ぶ、というより集合する。幸せ本には、
 まず、「幸運の人に近づけ」と。彼らには、幸運を自ら引き寄せる力がある。
・以前、<幸運を呼寄せる力を得るためには、『般若心教』を暗記をして、
 ことあるごとに唱えなさい>と、創造工学の先生の講義を聞いて、早速、
 二週間かけて暗記をした。「色即是空 空即是色」と、心を澄ませておけば、
 情報選択と決断も間違わない。運とは、判断し、その行為が、正しい場合を、
 「幸運」といい、間違った場合を不運という。だから、情報に対する純粋な
 視線が必要となる。特に、情報過多の現在こそ、重要である。
・生活習慣は、第二の天性である。 二ランク上の生活習慣を立て実践すれば、
 二ランク上の人になれる。その差は、時間とともに莫大になる。
・「恒産あって、恒心あり」、長年かけた蓄えが必要となる。なぜ?といえば、
 人の心を自由にも不自由にする力が、金銭の有無に厳然としてある。お金の
 心配からの解放が純粋な心を生み、それが幸運を呼ぶ。(真逆もあるが)
・自分の世界をつくって、門を開放し、取捨選択をして浄化、続けること。
▽ 過去を振り返ると、冷汗が出るほど、多くの危険が多かった。が、何故か、
 間一髪、すり抜けていた。親から引継いだ倫理観とか、学んできた知識、
情報からくる判断が、運の悪さを最小にしていた。特に、自問自答の「自答」
が大事ということ。良い本を選択、読み続けろ、そして楽しめ、ということ。

・・・・・・
5307,全球凍結(スノーボールアース) 〜��
2015年09月25日(金)
       『新潮45ー2015年5月号 〜スノーボールアースについて』
    * 海、その水深4000mの世界 
 番外になるが、全球凍結から地球上の70%を占める海に興味が向く。
「海を制するものが世界を制する」というが、各国の輸出入の多くは船による。
その海の中は如何なるものか? 〜ネット検索によると 
≪ ・海洋部平均水深: 3729 m。
・地球表面における面積比. 陸 の割合 約30%. 海の割合 約70%.
 海の中で太平洋の占める割合.50%。
・世界で一番深い海は、日本の南東に位置するマリアナ海溝。
 深度は約11,000mで、世界一高い山であるエベレストも沈みます。
・海底は3000mから6000mの深さのところが最も広い。
 地球表面の70%を占める海の海全体の98%が「深海」です。
 「深海」とは、太陽の光の届かなくなる200m以深のすべての海をさし
 暗黒、低温、高圧が世界を支配します。「超深海」とは、6,000m以深の
 海域をよび、主に海溝で濃構成されています。
・深層海流=全海洋をめぐる海水の大循環があります。
 北大西洋北部のグリーンランド沖と南極海で冷やされた海水が沈みこみ、
 冷たく重い深層水になります。深海底を移動した深層水は、インド洋北部
 と北太平洋でわき上がり、海流の一部となって出発点にもどります。
 この大循環はベルトコンベアー循環とよばれ、グリーンランド沖で沈んだ
 海水が北太平洋にたどりつくには約2000年かかります。この循環は、ただ
 海水が移動するというだけではありません。海水中にふくまれる栄養分を
 運ぶ大切な役目も果たしており、海の生物の生活にも大きく影響しています。
・深海の食物連鎖=陸の植物のように、海では植物プランクトンが太陽の光と
 海水に溶けているリンや窒素を使って栄養を作り出します。その栄養を、
 動物プランクトン、そして魚が利用します。海の中には私たちの目に
 見えない微生物もたくさん生きています。細菌や原生動物も栄養の循環の
 一翼を担っています。このように海に生きるすべての生物がつながり
 あって海の生態系は成り立っているのです。 ≫
▼ 海には海の世界が存在しており、今だに知られてないことが多い。
 この海の上部1000mが凍りつき、その下が地熱のため海水で存在し、
そこで何とか微生物が生延び、真核生命に進化していった。私たちが青に
惹かれるのは、海の青さの原始的記憶からくるもの。とすると、緑は森、
茶色は大地の記憶。黒は宇宙の背景か。せっかく地球に生れてきて、平均
80年の猶予を与えられた割に、小さな固定観念の世界に押し込まれて、
何もしないで、何も知らないで、悟りきった風に消えていくのが人生! 
・・・・・・
4942,野口秀世だけが、何故?
2014年09月25日(木)
  * 偉人といわれる人も    〜「お金の正体」日下公人著より
 どこかで聞いた内容だが、偉人といわれる人も光の当て方を変えると、
そんなものかも。戦後教育、いや明治以来の国家づくりも、西欧文明の価値観
の世界の仲間入りをするため。 開国をして国際社会に、うって出なければ
世界列強の餌食になっていたのは明らかである。 ーその辺りからー
≪ 幕末、イギリスと戦争したり、四ヶ国連合艦隊と戦争したりして、
 いち早く欧化にめざめ文明開化した。だから、それを追い越すためには
旧旗本も薩長の下につくのでなく欧米と直結しなくては、というわけだ。
産地直結運動である。そこで、留学生になって欧米に行き、欧化すると自分は
薩長より上だという意識になる。だから新渡戸稲造はクリスチャンになったり、
向こうの現地人と結婚したりした。 野口英世についても、昔「文藝春秋」
に書いてあったが、ちょうど同じ時期に東北出身のお医者さんで、ツツガムシ
病の研究と治療法に一生を捧げた人がいた。なぜこっちを褒めないか。
日本人ならツツガムシ病を治してくれた人のほうがよほどありがたいのに、
野口英世ばかり褒めるとは、文部省は常識がないと書いてあった。そのとおり。
ヨーロッパをぐるっと回って、なぜこんなに熱帯病、熱帯植物、熱帯動物の
研究所や博物館がたくさんあるのかと思った。考えてみれば、ヨーロッパは
アジアや南米やシベリアを侵略して、何かをかっぱらってきて豊かになった
のだから、それをもっと盛んにするための研究をしている。アメリカも同じ。
そもそも寒冷地のロンドンやベルギーに熱帯植物研究所とか熱帯病研究所が
あるのはおかしい。その淵源は、たとえばタンザニアを植民地にしてコーヒー
か何かを栽培すれば儲かるのではないかと、大挙して白人が行ったら、風土で
半分以上死んだことがある。ここでまず風土病の治療法を研究するが、
研究も危険な仕事である。それを日本人がやってくれるから、大変ありがたい。
ともあれ熱帯病の研究所は白人により資源奪略のためのもの。それを野口英世
が学問の最先端と思って、身を投じた。フォード研究所の庭を探すと小さな
銅像が一つあるらしい。それを日本は国家的名誉としている。 
医学は西洋伝来だからそうなるのも無理はないが・・・ ≫
▼ 日本は、明治維新まで、中国文明の価値観に大きく影響されていた。
 ところが、その中国を侵略をしていた当時の実態を見て、欧米の思想、
価値観、を国家一丸として導入し、現在に至っている。世界は、肌色の他に、
地域別でみると、「アジア人 57%、ヨーロッパ人 21%、南北アメリカ人 14%、
アフリカ人 8%となっている。その黄色人種多くを占めるアジアに、重心が、
移動している。 しかし、世界にはカースト的構造があって、白、赤、黄色、
黒の肌の順に階層化された世界が厳然と存在する。
野口英世も、その価値観からみた偉人?の一人でしかない。
「人はすべて一時的世界内存在でしかない」ことを自覚すれば楽である。
・・・・・・
4575, ほめことば練習帳 ー2
2013年09月25日(水)                    
  第1歩 感動を伝えるほめ言葉   「ほめことば練習帳」山下景子著
「感動を多くすることが可能か?」といえば、もちろん可能である。
そのためには、積極的に大自然、芸術作品、小説、一流の人の講演会などに
接することである。 今ではTV、インターネットで、接する機会が多くある。
まずは機会を増やして感動量を多く経験するしかない。そうすると、その面積、
体積の接触面が大きくなり、大きくなるにつれ、感動対象が増えてくる。
感動の総量が、その人そのものである。感動は、それまでの自分の「分」の際
(極限)を、破壊することになる。破壊しただけ「分」が広がることになる。
  ーまずは、その辺りの要点をコピーして考えてみるー
【 ほめることは、結局、自己表現。感じ入ったときは、手放しでほめることです。
 わだかまりなく、人をほめることができる人は、幸せな人だといいます。
ということは、「ほめるから、幸せになれる」ともいえるのではないでしょうか。
その第一歩は、自分が感じた心地よさを、素直に伝えること。つまり、ほめるとは、
「快」の気持ちを表現することにほかならないと思うからです。ところで、
心や身体が健やかな状態のときは、自然と気持ちのいい言葉が出てくるものです。
羨ましい気持ちをほめ言葉に託したり、ほめてほしくてわざと卑下したりするのは、
ちょっぴり心が病んでいる状態。そういう意味では爽やかにほめられるかどうかは、
心の健康のバロメイターといえるかもしれません。だからこそ、幸せな人ほど、
よくほめるということでしょう。その逆手をとって、ほめることによって、
幸せになることもできるのではないでしょうか。】
   第一歩の感動を伝えるほめ言葉
{凄い/素晴らしい/兜を脱ぐ/目覚ましい/見事/立派/目の肥やし/流石/快挙
/天晴れ/溜息が漏れる/拍手/喝采/ 感心/美味しい/甘露/行ける/頬っぺたが
落ちる/昧わいがある/こくがある/芳醇/口当たりがいい/口果報}
▼ 感激するような美味しい料理や、音楽や、大自然に出会ったとき、
 そのまま、言葉で表現出来ることが重要になる。記憶として残すためである。 
そのためには健康な心が必要となる。対象の波動に共振し反応した言葉の蓄積
こそ、その人そのもの。感動、感激、感謝は、心が純真で、張り詰めてこそ
大きく振動する。と同時に、それを感じるとる素養が無ければ。人生は如何に
多く、感動し、感激し、それに感謝するかである。苦しみの先に、その機会が
多くある。産みの苦しみがあるから、母親は子供に対する喜びの感動がある。
感動を伝えることも、与えてくれた対象に対し言葉として、表現することで、
対象も、自分の心にも残ることになる。ロッキーの大自然の光景に接した時、
「これを見た『前』と『後』といえるほどの感動だ」という言葉が自然と
出てきた。一級品、一流の人、絶景に接すれば、素養に比例して言葉が自然と
出てくる。それには全力で自分から近づくしかない。
・・・・・・
4200, 閑話小題 −スマート家電
2012年09月25日(火)
   * スマート家電
「パナソニック」がスマートフォンと連動した「スマート家電」シリーズを
発表したが、「変?」と思ったのは私だけでないはず。外出先からの遠隔操作
でエアコンや、炊飯器のスイッチをいれたりするのが、果たして便利な生活
なのだろうか?それも付加価値と称して値段が何割、いや何倍も高いのは、
消費者ニーズとは大きくかけ離れる。発表された「スマート家電」はエアコン、
ドラム式洗濯乾燥機、冷蔵庫、炊飯器、電子レンジ、体組成バランス計、
活動量計、手くび血圧計の八製品という。洗濯機や炊飯器、電子レンジは、
スマホは主に外出先からの「リモコン」として使われるもの。 スマホの専用
アプリでメニュー選択し、製品にかざし、設定内容が転送される仕組みのもの。
近く発売のドラム式洗濯乾燥機は、洗剤や柔軟剤の分量や洗濯の目的に合わせた
コースの設定をスマホに入力し、これを洗濯乾燥機に「タッチ」するしろもの。
こんなものを誰が必要とするのか。スマホが家電のコントローラーとしても
使うのは、それで良いが、値段が問題。その辺を間違うと、致命傷になる。
これではサムスンに負ける訳だ。
   * 母の命日
 昨日は母親の17回目の命日。亡くなって16年経つが、その年月は長い。
今でも2〜3ヶ月に一度は、母の夢をみる。先日、倉庫で母親のアルバムを
見つけた。四人姉妹の末娘の姉と、旅行先で当時の映画俳優と記念写真を
撮っていた。戦後、戦中、戦後という激動の中に生きてきた逞しさがあった。
当時の男も女も皆そうだったが、平時の数倍の人生を生きてきた。
私の知恵は、こと何かあると両親に語りかけることから生まれることが多い。
夜半に問題を語りかけると、思いもよらない答えが出てくる。
読書は著者との対話でもある。愛読書を読み返すとは、最も信頼する著者
の魂と対話していることになる。両親は、自分の限界であり、かつ土台。
両親は、私にとって限りなく純粋で愛情の塊のような人だった。
独り何かを求め続ける、これが両親から学んだこと。
・・・・・・
3835, ツール(道具)について考えてみる ー2
2011年09月25日(日)
  ー 道具とは 何かを「日本大百科全書(小学館)」でみると ー
【 道具に限らず、われわれの身の周りにある機械や器具は、人間の器官の
 働きを外の世界に置換え、さらにその働きを拡大したり延長したものといえる。
たとえばカメラは目の働きを外化し、その映像の記録を保存できるようにした
ものであり、コンピュータは大脳の働きを機械に置き換えたものである。
ドイツの技術哲学者カップ(1808―96)は、これを器官射影ということばで
表現し、器官射影とは内なる機構の外の世界への置換である、としている。
また哲学者ノワレ(1829―89)は、道具はある働きを遂行するための手段であり、
創造してゆく原理に相応している、と述べている。いいかえれば、道具にしても
機械にしても、物をつくりだすために人間の器官の働きを助けるためのもの。】と。
 道具は目的に対する手段の意味に使われるが、前にも書いた手段が目的を
変えることもある。自分の目的に最適なツールに出会えるかどうかが、その人
の範囲を決めてしまうことになる。学生時代を振り返ると、努力のわり成績が
良くなかったのは、どうも大学ノートのマトメ方が上手くなかったことにある。 
試験直前になってから何時も慌てていたが、成績の良い人は、授業中と、
その直後にノートを整理していたようだ。少し考えれば分かりそうなことだが、
兄や姉は、そういうことを教えてはくれなかった。
 ところで、毎日のように、lPadの便利さに驚いているが、アプリは、
まさに人間の最適な機能を外に置きかえたもの。どれ一つとっても、人間の
叡智の塊。 それが無料か、無料同然(価値からみて)で入手でき、手軽に
使えるのだから驚異的である。銀行の支店の一つや二つの全機能が小さな
チップスに幾つでも入ってしまう御時世。 これらがネットで世界中に瞬時
にコピーされ普及していくのだから、世界の体制が混乱するのは当たり前。
「目的遂行のための内なる機構の外の世界への置き換え」されたベストの
ツールを使わない手はない。それもホボ無料で入手できるのだから。
現時点で最良のツールが、私にはiPadと、そのアプリ。
・・・・
3470, 昨日は母の15回忌
2010年09月25日(土)
 母が亡くなって10年あまりと思っていたが、昨日(9月24日)で、まる14年。 
両親の家の寝室を寝床にしているので、現在でも月に一度は夢に出てくる。
それがリアルな内容、夢から醒めても暫くはその境に漂っている。
亡くなる前の5年半は痴呆症になり正気と痴呆の間を行ったりきたりしていた。
亡くなって暫くしてフト日常を振り返り、「痴呆症の身内を抱えてない家庭は、
こんなに楽な生活をしているのか」と驚いてみた。家族総がかりで24時間、
気が休まることがない。本人のエネルギーは、自由に出歩けないため溜まって
おり、その捌け口で徘徊を始める。本人にとって、部屋や家に閉じ込めらるのは
監獄に入っているよう。それでも週二回のデー・サービスと、二ヶ月に一度の
10日間ほどのショート・スティーで、どれくらい助かったか。したがって、
その時分は年に2〜3回の家内との秘・異郷旅行にショート・スティーに
あずけて、出ていた。亡くなった後も、その習慣が最近まで持続していた。
(さすが60歳を過ぎて年一回になったが)50歳まで働きづめで家庭内の問題から
悩みぬいて心筋梗塞になり死線を漂った後、そのエネルギーを趣味に切り替え、
茶道に、舞踊に、華道に、俳句に、アマチュア写真に、次々と自分のモノにして
いった。一つ目標を見つけ、それに向かって全力を注いでいる姿は、それを
見ているだけで勉強になる。まずは、その世界を見つけ、純粋に、集中をし、
設定したライバルに対する競争心をエンジンとし、邁進する。その対象が違えて
しまえば、道筋は同じである。両親が42、38歳の8人兄姉の末っ子で育った
ため、人一倍、両親に愛されたのが、一番の私の財産だったことが、現在に
なって分かった。冬期間を除いて庭には母が植た花が年中咲いている。
この家は両親の墓場で、天国である。


5671,閑話小題 〜母親の命日に

2016年09月24日(土)

  * 今日は、母親の20回忌。
 昨年の母親の命日には、それまで書いてきた母親について纏めてあった。
10数年、毎日、書き続けてきた過去からの贈り物である。自画自賛になるが、
もし子供に、亡くなって20年近く後に、このように想い出してもらえたら、
幸せだろうに。 末っ子で特別視された恩返しと考えれば当然だが。
 親子の関係は、特に父親との関係は、シックリいかない永遠のテーマ。
順調にエリートコース?を歩いてきた知人が、ある時、深刻そうに、
『何か私は、父親に愛されなかったような気がする。』と、話してくれた。
最近、特に思うのは、『人格の背骨は、両親の愛情で作られている』である。
末っ子は末っ子で、兄・姉から軽く扱われ虐められ、大変だったが、両親からは、
「特別扱いされ、何があっても守られ、許される」という妙な甘い意識があった。
 父親が亡くなってから、複雑な家族環境のため、「独り立ち」が、否応なく
求められた。そこから、両親から受けた愛情と精神の背骨を感じるようになった。
 次々に立ち塞がる難問に、「父なら如何しただろう?」の自問自答で湧き上る
知恵に大いに援けられた。その上、同居の老いた母親の温みが直に伝わっていた。
 追)去年、母親について書いた文章を纏めたが、もし、それをしてなかったら、
  昨日、一昨日、時間をかけて同じことをしていたはず。私は去年も、今年も
 同じ私である。母は父と伴に、戦前、戦中、戦後を生き抜いてきた。
常に何かを目指し努力をしていた後ろ姿を垣間見えていた。会社清算の痛みも、
「痛、痒い!」と思えるのも、万一の備えの上に、両親の修羅場を見ていたため。
70年の人生を振返ると、両親の懐で、面白、可笑しく、生きてきたと実感する。 
父の口癖、「死んでしまえば、それまでよ!」では、決してない。死んだ後にも、
背骨として子供たちの中に生き続けている。ところで私は 子供に対し、両親の
ように膨大な愛情を与えてきたのだろうか? それにしても、甘さ丸出しで、
ネホリハホリ書いたもの。

・・・・・・
5306,閑話小題 〜今日は母親の命日
2015年09月24日(木)
  * 今日は母親の命日
 今日は母親の命日、19回忌になる。早いものである。
ほぼ毎年、父の命日には思い出などを取り上げるが、振返って調べると、
母の命日には、時どきしかなかった。しかし、その前後に夢に必ずといって
いいほど出てくる。昨日の朝方も、夢に出てきた。寝室の二つの
ベッドが、廊下をおいた差向かえにある仏間に移動してあって、寝室には
一つだけ母のベッドが置いてある。その枕元には文庫本が一冊あり、何かの
読書指導書。さすがと思ったところで目が覚めた。
また今朝方も極楽にいるような夢をみた。
《自宅の1Fの勝手口の前に、花園に色々の種類の花が咲乱れている。
そこに様々な小鳥や鳩の大きさの鳥が次々やってくる。そこで、デジカメで、
写真を撮るが、いつの間にか、その花園の赤い花が、周囲に広がっている。
鳥と花の兼合いが、何とも美しくて写真を撮ることを忘れて見入っている。》
 これを書いていて、この夢が実は母親の贈りものでは?と、思いついた。
この随想日記から、母について書いていた文章を内部検索で調べると、
以下の内容が出てきた。書くこと、書き残こして外部化しておくことは、
心の、想いの刻印になる。 燃焼しきった人生は、奥行きが深い。
 極楽の景色を、母に鮮明に見せて貰ったことになる。毎日、世界の絶景を
ブログに乗せているが、極楽的光景を連日、目にしている背景があるようだ。
 さて、ポタリングをして、母の墓参りだ。
―――――
4200, 閑話小題 −スマート家電
2012年09月25日(火)
  * 母の命日
 昨日は母親の17回目の命日。亡くなって、16年経つ。
やはり、その年月は長い。今でも2〜3ヶ月に一度は、母の夢をみる。
先日、倉庫で母親のアルバムを見つけた。四人姉妹の末娘の姉と、旅行先で
当時の映画俳優と記念写真を撮っていた。戦後、戦中、戦後という激動の中に
生きてきた逞しさがあった。当時の男も女も皆そうだったが、平時の数倍の
人生を生きてきた。私の知恵は、こと何かあると両親に語りかけることから
生まれることが多い。夜半に問題を語りかけると、思いもよらない答えが出る。
読書は著者との対話でもある。愛読書を読み返すとは、最も信頼する著者の魂
と対話していることになる。両親は、自分の限界であり、かつ土台である。
両親は、私にとって限りなく純粋で愛情の塊のような人だった。
独り何かを求め続ける、これが両親から学んだこと。
  * スマート家電
 ( ・・略 )
・・・・・・
2007/04/24
2212, 宇宙的自己?が語りかけてきた?
              (。・8・。)ノ おはよう!
   *一昨日の朝方の夢
10年近く前に亡くなった母の夢を時々みるが、一昨日の夢が不思議な夢。
晩年の母は5年半ほど痴呆症だったが、夢の中の母は平常の状態。
不思議に思い、「如何したら呆けないでいられるのか?」と聞いたら、
「何を経験しても、その都度ごとに文脈としてまとめることよ、
また、一つ一つの要素をキッチリと言葉にしておくことよ。」
と諭すように答えた。そして、家の宝として、小さな仏像を5~6個持ってきた。
さらに家にある大きな封書を持ってきた。神聖な昔から家にある「書置き」の
ようだ。そこで目が覚めた。普段の自分の世界から一歩抜け出た不思議が感覚。
‘遥か遠い向こうの世界からの魂の呼びかけ’のような、‘宇宙的自己と
しての母の自己が、地上の私に直に語りかけてきている’ようであった。
現に毎晩、私が寝ているところが、母が30年以上寝ていた処である。

「魂とは何なのだろうか?」不思議で不思議で仕方がない。
誰もが持っている、不死の何かなのだろうか?
あの夢に出てきた母とは誰なのだろうか?
自己の創り出した(記憶の底から出てきた)母のイメージだろう。
夢も考えてみたら不思議である。
犬も夢をみるというが、自分の無意識がつくり上げた物語である。
 以前は不思議な夢を多くみたが、最近はめっきり少なくなった。
モーニング・ページに起きざまにみたばかりの夢の内容を書いている。
そのまま、大学ノートに書きなぐるが、生々しい夢を書くのも面白い
ものである。モーニング・ページの大きなコーナーになっている。
内容は他愛もないが、それでも時どきハッとするような深い内容がある。
夢と魂とは何か結びついているんじゃないのか?と時どき思う。
それも身近な母や父などの夢は、特に!

ところで母が持ってきた、あの封書の中味は何だったのだろう?
母の残した、「詩」だろうか?それとも家を守りなさいというサイン?
あのイメージは、家筋としての記録である。
家系としての筋道?   胡散臭いが!        
               ホンジャ  (~▽~*)/
・・・・・・
2006/09/24
2000, 継父
        (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜
今日は母の命日で、亡くなってまる十年経った。
この随想日記2000回と重なるところが不思議である。
早かったのか遅かったのかというと、大昔のような気がする。
5年半の間、痴呆症になっていたが死に際の入院までオシメをする
ことがなかった。痴呆症を切れ掛かった蛍光灯に例えると分かりやすい。
始めは時々切れてはつくが、その回数が増えてくる。
マダラボケがジワジワと悪化すると被害妄想や、抑えていた
悪口・陰口が始まる。心が腐っていくのが手に取るように解る。

マダラボケは一緒に生活をいていると疲れるものである。
亡くなって一月後に、
「人様はなんて楽な日常を過ごしているのだろう!」と、驚いた。

両親の一生をみると、人生の深さを思い知る。戦争は全ての
国民に深い傷と重石を担がせる。第二次大戦直後に生まれたが、
あと十数年早く生まれていたら戦争にとられて・・

ところで母の命日なので供養として、
母の幼少時の、絵に描いたような地獄絵の世界を話してみよう。
そして、それが長男・次男の死の間接的な死の原因になってしまう。
この話を故人になったが教育学者の森信三さんが間接的に聞いて、
「自分の主催している会で話して欲しい」と依頼があったが、
断ってしまった。20年前で母が生存中なことと、それを多くの
セレブの前で話すには自分が出来てなかった。
その時、是非話しておけばと悔いが残っている。

母が幼児の頃、父親が母の兄と姉を残して亡くなってしまった。
(奇しくも昨日 WOWOWで「世界で不幸な物語」という映画を観た。
3人の資産家の孤児が、里親に命を狙われ転々とする筋書きであった)
家が商売をしていたので残った祖母は男後家をもらうしかなった。
そして祖母と男後家との間に4人の子供が生まれた。
そこで何が起こるだろうか?この設定は、言わずもがなの結果になる。
義父による実子との差別と、徹底的な虐めである。
3人の末であった母に、特に虐めがいったという。
それが母のトラウマになってしまった。     ーつづく
 さて墓参りだ!
ーー
書いた後に気がついたことだが、
ほぼ同じ文章を、2年前に書いていた。(後にコピー)
次回は更に深く母の一生を掘り下げて書いてみよう。
               (。・ω・)ノ☆゜+.バイ! 
・・・・・・
2004/09/25
1271, 母が亡くなって、まる八年!ー2
十数年前のこと、新潟に有名な教育者が講演に来た。その夜、勉強会の
「新潟木鶏クラブ」で、彼を囲んだ座談会を開いて話を聞いた。
そしてそのままホテルに泊まってもらった。
翌朝お礼を兼ねて、弥彦の良寛で有名な「五合庵」などを車で案内をした。
二人きりの車の中、4時間位話をする機会になった。
そして直に旧知の友のようになった。知らないうちに、昨日書いた
母の生い立ちと、それゆえの不幸の出来事の話と、不条理の話に及んだ。
本人も、思いもよらない「五合庵」の散策と、新潟の田舎の風情を楽しんで
いたようであった。 それから2ヵ月後、本人から連絡が入った。
「先日のお母さんの話」を、森信三さんに話したところ
「すごい内容だ。是非うちで開いている勉強会で話してくれないか」
と依頼されたという。

いま考えたら、そこにいって話をすべきであった。
「自分の話ならするが、母の話なので、勘弁して欲しい」と断ってしまった。
こういう機会でなければ、森信三という戦後日本最大の教育者とは、会う機会
がなかったのに、本当に惜しいことをした。また、そこに聞きに来ている人は
ふだん会えない、凄い人ばかりのはずである。 後悔あとに立たずである。
森信三氏も似たようなことがあったというが。それから数年後の1992年に、
森信三氏は亡くなったのだ。本当にバカのことをしたものだ。

話は元に戻るが、母の7人の兄弟・姉妹のうち、母の実父の上・三人は
幸せな人生をおくり、下4人は??
ー 幸せ不幸は、本人が決めることであるが。
「事実は小説より奇なり」というが、母方の姉妹をみていると軽く一冊の
小説になる。一人一人の一生は深く重いものである。
・・・・・
2004/09/24
1270, 母が亡くなって、まる八年!ー命日に,母の魂に捧げる

今日の9月24日が母の命日である。まる八年経った。遠い昔のような気がする。
今でも夢に出てくるが、その頻度は少なってきている。母の優しさは、誰に
とっても共通である。父の真の厳しさと、母の優しさの深さを知るのは、
自分がその年齢になって初めて解るものだ。

世界広しといえども、母は一人である。そして、ただ無条件で愛して
くれたのは両親だけである。親の愛こそ、神の愛に勝るものである。
真実の愛は、親の愛がその原点にある。

愛は力である。内面の強さは突詰めてみると、親の愛が基盤になっている。
キリストの愛も、最後まで見守っていてくれた母マリアの愛の反映である。

人間形成は、10歳までの家庭構造とそれを取り巻く環境ー条件で
ほぼ決まってしまうが、その中で母の役割は非常に大きい。

 ー命日ということで、母のことを少し話してみる。
母は特異な家庭環境の下で育った。兄一人、姉一人の三番目に生まれた
二年後に、実父が亡くなってしまった。そこで祖母は、(後妻でなく)
後夫をもらった。(要するに男後家)

その後、後夫の子供が4人生まれた。
後夫は当然のことながら、前夫の子供を徹底的に苛めた。
特に一番幼い母が、その対象になった。
祖母は後夫の手前、守ることも、直接的な愛情を注ぐことができなかった。

そのトラウマが母の一生を通してついてまわった。
子供に対する扱い方(直接的愛情のかけ方)を全く知らなかった。
ただ厳しく当たることしか自分の体験がなかった。

それが長兄、次兄が不幸を向かえるキッカケとなってしまった。
その結果、重度のノイローゼになった。私が7〜10歳の時である。
立ち上がるのに5年もかかった。その時、心臓が四分の一壊死してしまった。
(亡くなった直後の解剖で判明) そういえば、私も子供を抱きしめる
ということは一切しなかった。その苦悩・苦痛の中から、神様のような
優しさを持つようになった。そして強さも。

その環境の中で育った兄姉は、それぞれが何らかの神経症が残った。
私が癒し系の話題が多いのも、その神経症系を乗りこえるプロセスで
多くの本を読んだからだ。いやそれより、面白いこともあったが。
どの家庭も、色いろな事情はあるものだが。
特に、戦争下を通り抜けてきた世代には。
      さあ墓参りだ!      23日6時半ー記

・・・・・・
2002/10/15
ー堀井シマ短歌集ー  

6年前に亡くなった母の「短歌集」から時々コピーを載せます。

ー堀井シマ短歌集ー  (1)

・窓の下逆巻く波のはげしくてわが生涯の縮図の如し    −1

・蛙鳴き夏を呼び込む水張田にビルの影寫り小波のたつ   −2

・どくだみの影ゆれ動くせせらぎの石を渡りて広き野に出づ −3

・川岸に釣竿たれ居る子供等のビク覗けば鮒一尾なり    −4

・仏壇に献げし碗の茶の中に梅花うつぎは香り放ちぬ    −5

――
ー堀井シマ短歌集ー  (2)

・大椿大島よりの土産花部屋蔽ふごとく大きく開く    −6

・袋田の三段の滝夢のなかに亡き友がきて元氣に笑ふ   −7

・夕闇の中白き木蓮万と咲く東山魁夷に描き貰ひなば   −8

・雲上に仏の在す仏国殿慈悲たたへ拝む諸人救はんと   −9


・雲深き山の里にも桜咲き舞ひ散りながら下草を染む   −10

――
ー堀井シマ短歌集ー  (3)

・湯の宿に見る八海銀山駒ヶ嶽山頂の残雪�咾鮓�る如し  −11

・朝顔の蔓うら枯れて落ちし実の秋田のなかに黒く光れり −12

・いつの間にか喜寿とはなりぬ友ら多く賀詞を賜ひぬありがたきかな
                           −13
・枯葉舞ひ地上に落つる間もなくに又もや風に吹かれ飛び散る−14

・五歳の孫友の泳げる�咾魏茲�て特別賞を貰ひかへりぬ  −15

^――
堀井しま短歌集ー4

剣道にはげむ男の孫それなりに力をつけて貫禄をもつ  −16

雪とくる音に目覚むる春の明け臥所をなほも離れがたかりー17

羽衣の謡の聞こゆ亡き友の家なき空地に茫々として   −18

南山の向うは日出づる日本なり連なる山に紅き陽の照る −19

ソウルにて博物館に展示さる砧青磁に天竜七官     −20

――
堀井しま短歌集ー   (5)

白と青の雲の織りなす象徴画空のカンバスに無限に拡がる−21

残雪は牙むく如く嶺に冴えてなだりは青き夏の立山   −22

立山の頂きに佇つ若き等は頭を垂れをりおもひ思ひに  −23

雨後の庭靜まりかへる片隅に目をくりくりと足元の蛙  −24

手水鉢かけひの上の青蛙水したたるを覗きみすらし   −25

・・・・・・
2002/10/12

母から聞いた話である。
母が堀井に嫁いで数年たった時、多くいる小姑との折り合いが
うまくいかず、離婚を覚悟に実家に帰った時の祖母の励ましの話が良い。

「一番苦しい時は人生で一番いい時なのよ!」
私の一番苦しい時に聞いた言葉であった為か、強い印象が残っている。
小姑とイロイロあったと聞いていたが、こういう話しを聞くと納得する。

祖母もその経験があるから?その瞬間、その言葉が出たのだと思う。
人生の深淵のある言葉である。
「苦しいときは逃げては絶対に駄目、前向きに生きなさい」
という気持ちの意味が背後にある。

人生から逃げ回っている人が本当に多い。
逃げても、その自分が何処までもついて来るのさえ気づかない。
そしていつも逃げ回ろうとしている。
このような人には「人生のいい時は来ない!」来ても気がつかない。

「苦しみを通り抜けて歓喜に!」というベートーベンの言葉がある。
苦しむから歓喜があるのだ。
マゾはそれをセックスプレーで楽しむのだろう。

最後の一言は必要ない?!
硬い話を最後で落とす為です?

・・・・・・
2002/08/16
送り火ー母への追悼文

今日はお盆の送り火ーご先祖様があの世に帰っていく日だ。
6年前に亡くなった母の通夜の挨拶の下書き文が出てきた。
もうあと一ヶ月で7回忌だ。机の中から偶然出てきた文を書いておきます。
  −通夜挨拶ー         平成8年9月25日20時

本日は母の通夜にお忙しい中、遠方よりご列席いただき
有難うございました。母も心より喜んでいると思います。

この7月半ばまで浮腫で入院していましたが、昨日の9月24日の
12時51分に帰らぬ人となりました。

当初は三週間の入院予定で順調に回復しているように見えましたが、
まさかこれだけ早く亡くなろうとは・・・。
88歳6ヶ月の命でした。

母は生前、今夜飾られている写真を自分で用意して‘私の葬儀に
必ず飾るように!’との遺言でした。本人が一番気に入っていた写真です。
また通夜は明るく華やかに!とのことでした。

私自身29歳の時から21年間、母と同居、
母に手を取られて今日まできたというのが実感でした。
自分でいうのは何ですが、本当に偉大な母でした。
母の死で自分も初めて一人立ちができそうです。

七年前に脳梗塞がでて以来、大木がゆっくり倒れていくように・・・。
そして今日に至りました。その中で一人の人間の「生老病死」
のすざましさを身近で見せてもらいました。
私も死ぬ時は母のように死にたいと思います。

母とは二年前より、早朝長岡ニュータウンの広場までドライブに行き、
誰もいない散歩コースを20~30分、車椅子で一周するのが日課となっていた。
そして途中のベンチで一本の缶ジュースを半分ずつ飲むのが・・・。
正に霊界を二人で宙遊しているようでした。 そして一回ごとに、
これが最後かと、これが至福の時かと実感していました。

今夜は通夜参列いただきありがとうございました。
明るい話をするつもりが涙が出てしまいました。
 重ねて、参列有難うございました。

・・・・・・
2001/12/21
[56] 母のアルバム
昨日母のアルバムを見ていたら、若かりしころの父とその兄弟達
の写真があった。

そこでパソコンのアルバムに取り入れようスキャンしたところ、
上部が細くなる写真に映し出された。

何回やってもそうなるので、ひっくり返してやってみてもおなじように
上部が細くなる。

怪奇現象化と薄気味悪くなりっていると、TVのBSデジタルラジオから
‘故郷’曲(ウサギ追いしかの川ーーー)が流れてきた。
遇然の一致は解っているがなにか不思議な感覚にになってきた。
仕方がないので隣にならんであった、母の見合用と聞いていた写真を
スキャンする。

何回やっても歪む、かなり小姑に虐められた話を聞いていたので
‘あの世でも上手くいってないのでは’と心配になってきた。

思い出の写真コーナーに載せてある。  2001/06/18


5670,【賢者の言葉】�ぁ  船轡隋璽鵝Ε好謄�ーブンソンの言葉 ーD

2016年09月23日(金)

   * 自分の才能を発揮する6つのレッスン          
  ショーン・スティーブンソンは、
『自分の限界を超えてさらに前進するにはどうすればよいか、自分に与えられた
才能を存分に発揮して人々と分ち合うには何をすればよいか』の6つの方法を説く。
≪ 1:心を通わせる
 人とだけでなく自分自身とも心を通わせる。恥ずかしいという気持ちは、
 自分自身のことを考え始めた瞬間にわいてくる。周りの人に手を差し伸べよう
 として無私無欲で考えたり行動したりし始めると、恥ずかしさは消えていく。
☆ ブログを書き続けていると、以前の自分に同調したり、逆に間違った考え
 だったことに気づき反省させられることが多い。それ自体が自分に心を通わ
 せる行為になる。心を通わせるには言葉と握手などボディタッチが有効。
 ――
  2:自分に対する言葉に注意する
 優しい言葉は人を素敵な気分にすることができる。人を傷つける言葉は害を
 及ぼす。想像してみるといい。毎日ずっと毒のある言葉ばかりを浴びていたら、
 いつか病気になってしまうだろう。
☆ ブログは、何を書いても、自慢話に陥るのは否めない。
 だから自嘲気味に書いて丁度よい。人の考える7割がマイナスのこと。
 だが、せめて自分にはプラスの言葉を投げかけないと。
 ――
  3:身体で自信を表現する
 心と身体は別々の存在だと思われているかも知れない。でも本当は、心と身体
 は一体である。身体を変えることによって心の状態も変えることができる。
☆ 早朝の、信濃川一周の自転車乗りは、土手川原の緑と川面の空気を吸込む
 ことで、心身とも洗われる。途中、大橋を牽きチャリをしながら、地球の芯と
 会話をする。これが気力を充実させる。 球芯が、自分に仮身したような。
――
  4:意識のフォーカスを定める
 自分の望まないもの、自分にはないもの、世の中は不公平だと思うこと、そう
 いった部分ばかりに意識を向けている人は、その後もずっと悩み苦しんでいる。
☆ 内語に気をつけなければ。自分を自分で大切にすれば、悩みは半減するはず。
 そのために、読書習慣をつくらないと。毎日毎日、マイナス要因を濾さないと!
――
  5:ピットクルー(仲間)は慎重に選ぶ
 現状を変えるために何も行動しようとしない人は、その後も何も変わらない。
☆ 仲間の最たる人は、連れ合い。だから神様は一番、相性の悪いのを選ばせる。
 距離を置くため。相性の良いより、悪いほうが、人生、豊かになることが多い?
――
  6:自分の人生は自分で所有する
 自分の問題を人のせいにしたり何かのせいにしたりして責任転嫁し、言い訳を
 続けている人はどんどん弱くなっていく。
☆ 「自分の人生とは何ぞや?」という疑問が残るが、「自我を押通した人生」
 ということ?「志を持って、突進んだ人生」「自問自答を、独り続けた人生」
 「自分の人生で良かったことは、なにひとつ無かった」の愚痴こそ、自分の
 人生を自分で所有できなかった有様である。
▼ 上記の6つのレッスン、毎日、心をこめた日記を書き続ければ、ほぼカバー
 出来ること。 「日記御宅も、如何なものか」は、私の自問自答になる! 

・・・・・・
5305,全球凍結(スノーボールアース) 〜��
2015年09月23日(水)
 『新潮45ー2015年5月号 〜スノーボールアースについて』
  * 穏やかでなかった地球環境
 わずか20年前まで、地球は比較的穏やかな、生物が進化するに都合のよい
環境と考えられていた。三度も、地表が凍りついた氷の惑星だった時期がある
など想像すらされてなかった。ところが赤道域で、氷河の痕跡が発見された
ことで、全球凍結説が出てきた。これで生命が全滅する可能性があったが、
これを乗越えるべく、真核細胞が生まれ出てきた。危機が、革命的進化を
生み出したのである。  ーその辺りからー (『新潮45』、280‐281頁)
≪ ・たけし:そもそも、なぜ全球凍結したかは分かっていないんですか。
・田近:考え方としては温室効果が急になくなったからと推察できます。
 原因としては、火山活動が弱くなったからではないかと私は考えています。
火山から排出される二酸化炭素が少なくなると、(二酸化炭素は温室効果ガス
であるので)温室効果が弱まります。その結果、気温が下がって、
地表を覆う氷河の面積が増えていくことになります。
・たけし:寒くなって氷河が増えると、地球上の白い部分が増えて、ますます
 太陽光線を反射していってしまう。
・田近 そうです。それを惑星アルベド(太陽放射を反射する割合)といいます。
 氷で覆われる面積が広がると、惑星アルベドが増加して寒くなり、さらに氷の
面積が増えて…と、正のフィードバックが起き、全球凍結に至ったと考えられる。
氷河堆積物を調べていくと、約二十二億年前と、約七億年前、約六億五千万年
前の三回、全球凍結が起きていた証拠が発見されています。
・たけし では、少なくとも三回、地球は氷の星だった可能性があるわけですね。
・田近:そうです。ただ、この説には、地球が全て凍りついてしまうと、全ての
 生物が消滅してしまわないかという疑問が生じました。そうしたら、私たちも
存在しないことになってしまうので、そんなことはありえないというわけです。
研究者のイメージの中では、地球は金星や火星といった他の惑星とは違って、
今のような穏やかな環境がずっと維持されてきたと思われてきました。
ですから、海の水が全て蒸発してしまうとか、全て凍ってしまうとか、
そんな極端なことは地球では起こらなかったと信じられていました。
スノーボールアース仮説は、これまでの考えを覆す説だったので、
学界からの反発も大きかったんです。
・たけし:地動説を唱えたガリレオみたいなものですね。
・田近 私が学生の頃、そんな説はもちろんありませんでした。
 地球は穏やかな環境が続いてきたのだと考えられていました。
それが何故なのかが、実は私の研究テーマだったんです。
・たけし: まったく今とは逆の研究だったんですね。
・田近: 気候が変動することは、誰もが知っています。しかし、それは
 小さな変動だから、私たちは生きていけるわけです。しかし、大きな変動が
起こったら、生きていけないですよね。では、どうして地球上で大きな変動が
起こらないのか。「それを説明しなさい」と言われたら、誰も説明できない。
ですから、それを解き明かそうとしていました。
・たけし:その穏やかな環境で、生命は進化してきたと考えられてたわけ。
・田近:そうです。だからこそ、スノーボールアース仮説は、それまでの
 考えを覆すような説でした。科学では、こうした考え方が大きく転換する
ことが時々あります。八〇年代に、恐竜が絶滅したのは、地球と小惑星の
衝突が原因だと提唱されましたが、あれも当初、相当な反発がありました。
今でこそ定説ですが、当時はそんな天変地異で恐竜の絶滅を説明するのは、
とんでもないという意見が根強くありました。・・・≫
▼ ネット上で、氷河時代の迷い石の写真の幾つかをみつけヤフーのブログに
 掲載したが、その多くは二万年前の氷河期のもの。どれが20億年、7億年
前のものか、私には分からないが、自然の力のなせるわざ。現在の海の深さが
平均四千m弱と富士山と同じ位だが、当時と現在は違うとしても、その大部分
が凍り付いたという。しかしアイスランドのように、北極でも、火山で地熱が
あって温泉が沸いている場所もある。また、海底でも地熱で細菌が生きていた
可能性があったから現在の我々が存在している。面白い惑星に生まれたもの。
この地球の旅で、多くの知識を得て、面白い経験をさせて貰った。
 現世のことも大切だが、宇宙からの逆照射の視線も必要である。 
・・・・・・
4940,閑話小題 〜昭和33年卒の小学校の同期会
2014年09月23日(火)
   * 56年前の坂之上小学校の同期会
 一昨日は昭和33年卒の坂の上小学校の同期会。会場は長岡の奥座敷
といわる蓬平温泉の「よもやま館」。 前倒しの『古希』の祝いでもある。
出席者が西澤先生をふくめ25名。 前回より数人少なかったが・・ 
18時から始まり、21時からは、近くの部屋に移動して二次会が開かれ、
22時に日帰りの数人と、送迎バスで長岡駅東口近くに無事帰ってきた。
その4時間は、タイムマシーンが昭和33年に戻って、大いに盛り上がった会
であった。南は九州、広島、佐渡などから、この会に出席のため、わざわざ
帰ってきた人たちがいた。小学、中学校の集まりは魂の故郷でもある。 
10年に一回あるかなしかの会、やはり出席をして良かった。私のクラスの
担任の西澤先生は、来年の9月の27日で米寿というが、健康そのもの。
幾つかの小学校の校長を歴任し、長岡の教育長にもなられた人。
奥さんを10年前に亡くされ、独り暮らし。炊事、洗濯、掃除を全て一人で
こなしている。近くに近くの川崎小学校の校長をしている長男が、住んでいる
ため、一人暮らしの心配は無いという。ガタがきている私たちとは、出来が
違うようだ。 小学校、中学校、高校、大学の同級会も、今では同期会
にぢしないと、人数が集まらなくなってきた。
・・・・・・
4573, 2050年の世界 ー7
2013年09月23日(月)       
    「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                 〜英『エコノミスト』編集部(著)
 10年前にスマートフォン、タブレットPCが、ここまで普及すると誰が
想像できただろうか。まして40年先、10年先の端末や、アプリの進化の
姿の予測など不可能である。せめて10年先の情報技術の成果の一端を見て
みたいもの。現在でも充分に満足しているが・・・現在、コンタクトを
目の中に埋め込むのが普及しているが、情報端末の埋め込みもあるだろう。
それより、それぞれ持っている脳機能にPCが連動するような機能も出てくる。
  * 「第十八章 情報技術はどこまで進歩するか」のまとめ ーより
 インターネットはきわめて短期間に社会を変容させた。生み出され処理
 されるデーター量は指数関数的な割で 増えているので、経済、
 社会ともに今後の変化を加速する。
・今後の開発は、ハード的なスペックそのものよりも、人間の思考、
 発見、知識の共有を拡大するものに重点が置かれていく。
・技術そのものよりも、その使われ方に開発の重点は移っていく。
・記憶媒体に記憶できる容量が、指数関数的に大きくなっている今、情報過多
 がわたしたちの時代のごく本質的な現象である。情報の蓄積量は世界経済の
 成長率の四倍、コンピェーターの演算能力は九倍の速さで増大している。
・電話会社を通じた国際電話の通話量は、一九九〇年以降年間一三パーセント
 の伸びで成長していたが、二〇〇五年を境にネット上で通話のやりとりが
 できるスカイプの登場で減少に転じた。一九八○年代に民営化された電話会社
 が各国の通信市場を独占していたが、技術革新によってその地位はより
 相対化 されていく。
・マイクロチップの小型化と高性能化は、あらゆるものをネットワーク
 コンピューター化するユビキタスネットワークを推進する。
・ウェブ技術の革新によって以前は集めることのできなかったデータが
 集められるようになり、社会、経済ともに変容する。たとえば、すべての
 自動車がどの道路をどのように何時間かけて通ってきたかを捕捉できる
 ソフトが完成すれば、保険算定、経費精算などに応用ができる。
・企業は上意下達型から、ウェブを使った知識共有型の組織に変わっていく。
・アメリカの人口の四分の一に普及することを「大衆化」と定義すれば、
 それにかかる時間はどんどん短くなっている。電話は一八七六年に導入
 されて大衆化するまでに三五年かかった。一九九一年のウェブの誕生から
 アメリカの人口の四分の一に普及するまでは、わずか七年を要しただけ。
・とはいえ、コンピューターの情報量、情報処理力はまだ、生体の足元にも
 及ばない。二〇一〇年の時点の世界中のコンピューターをつなぎ、処理可能な
 命令数で演算能力を計測すると、人間の脳がおよそ五分間に発生させる
 神経インパルスの最大数ほどにしかならない。
▼ シネマなどのバーチャルの空間が情報技術で大きく変わっている。
 その魅力に惹かれて、毎週、シネマのバーチャル世界を訪れている。
これも情報技術の進化の現象の一つ。TVも、スマホと連動する情報端末
(スマートTV)になりつつある。大衆と一部エリートの二極化は、
ますます進み、その矛盾のため、世界が存続しているかどうか疑わしい。
・・・・・・
4198, 閑話小題 ーとある話
2012年09月23日(日)
   * ランチの席で漏れ聞こえてきた、とある話
 一昨日の長岡駅裏の居酒屋で、一人でランチを食べている時に聞こえた話。
 至近距離の六階にあるスポーツジムの帰りらしい6人連れの中年女性。 
ある女性Aから・・・
A:「ねえ最近聞いた話だけど、都会のチョットした家には2千万も
   預金があるというけど、どうなの?」
B:「そんなに持っているの? うちなど遥かに及ばないわ!」
A:「Cさんは、ご主人がお医者さんだから、あるわよね?」
C:「そんなにあるわけないでしょ! 家のローンが残っていて、
   あれば、そっちに向けてるわよ!」
A:「Dさんはどう?」  少し考え込んでいた彼女
D:「それって一人あたりの金額のこと?」 その一言で、その場がシラー。
 その強力なボケをかましてしまった本人、悪気はなかったようだが横で
聞いていて、その場に飲み込まれてしまった。一年ほど前に、この随想日記で
一世帯の預金高について書いたが、平均預金1150万を 鮮明に記憶している。
    ーそこでHP内検索で改めて調べてみると・・
≪・一世帯平均平均1150万。人々の実感に近い中央値
 (答えた世帯の中間の値)は前年500万より80万円少ない420万円。
・一億以上の預金を持つ人は108万人(総世帯4700万ですから全体の2.3%)。
  ー40世帯に一世帯になる。
・都会サラリーマンの65歳の年金者の平均値は2500万の貯金を持ち、夫婦で
 月額30万円の年金収入があり、30%を預金にまわす。貯蓄残高が1年前に比べ
「減った」世帯は40%で、「増えた」世帯(21%)の2倍近い。
 ・預金ゼロ世帯が何と28・6%と約3割近い。ローン残高を差し引いたら
 0の人を加えたら、過半数を超える。 【 金融広報中央委員会が22日発表
 した2011年の「家計の金融行動に関する世論調査」による】 ≫
▼ 実家で親と同居し、それを引き継いだサラリーマン以外なら、子供を
 育てあげ家のローンを払い続ければ、貯金と借金で、差し引きゼロだろう。 
平日にスポーツセンターに行き、ランチをするというだけで、収入が中の上以上
クラス。更に言葉のニュアンスと服装からして、地方では上クラス。
推測すると三人が預金が一千万辺りで、ボケをかました奥様は5千万以上。
日替わりランチを食べながら耳を逆立て聞いている私は、シャーロックきどり
の馬鹿そのもの。ところで少ない私の知人の中で、数人は一億以上を持っている。 
(本人から聞いてみた)それが身体全体から滲み出ている。それ以上に、
使い方が実に巧い。だから金の方から近づいてくる。 使い方は巧いが貯め方
イマイチの人なら幾らでもいる。いや逆が多い? 何は使える時に使うもの!
森林から出て世界を振り返ると違ってみえてくる。サバンナには味がある。  
・・・・
3833, 閑話小題
2011年09月23日(金)
   * 病上手の、死に下手
「病い上手に、死に下手」とは良くいったもの。 ただ長生きしても、
それで良いのかどうか? 用が済んだら、さっさと消えるのも必要かも。
そう言っていられるだけ、まだいいのか。 ネット辞書で、
【“よく病気をする人はなかなか死な ない”という諺で、江戸から大衆の間で
言われてきた】病を乗り越え長生きしすぎると「死に損ない」と陰口を言われる。 
それぞれの人に、それぞれの死に時がある、「病上手」のかわりに、
「生き上手の、死に下手」に置換える場合もある。前の「長生きの死に損ない」
という意味と同時に、「人生を上手く生きてきた人ほど死に際は良くない」
ということ。身近の人の死に際は須らく苦悶の末に亡くなっていく。
これも人生のうち。 銀座のクラブのママのブログに「遊び上手の本気下手」
があった。なるほど!言いえて妙。逆に「本気上手の、遊びベタ」と捻って
考えてみると、その方が頷ける?
「料理上手の、床上手」もあるが、これはチョット違う。
   * パソコン・ゲーム
iPadの有料のゲームソフトを先日からネットでダウンロードして使っている。 
無料のものは多く試みたが有料のものは少し違う。その一つがカーレース。 
車の運転席に座って走る設定だが、iPadそのものがハンドルになって
フロントからみえる道路を疾走する。左右に傾けると左右にハンドルが回る。 
設定をしておくと、ある程度の運転をフォローもする(大事故にならない設定)
終了後にカメラで運転した車をリプレーした映像を写し出してくれ奇妙な
気持ちになってしまう。より面白いものは幾らでもあるはず・・・ 
フリー(無料)のカーレースは元々、後ろ上から運転をしている車をハンドル
とアクセルとブレーキでコントロール。これも面白い。他にも幾つかフリーの
ゲームを使っている。とにかく始めたら2時間3時間など直ぐに経つ。
ゲームに熱中している子供をみて、心の底で羨ましくさえあった。
しかし周囲を見渡してパソコン・ゲームに熱中している知人は皆無。 
ネット世界には、まだ半歩しか足を踏み入れてないが、底知れぬ面白い
渦がトグロを巻いている。 やはり節目は必要。 空即是色である。


5669,閑話小題 〜マイナスが大きいほどプラスも大きくなる!

2016年09月22日(木)

           <「20歳からの人生の考え方」外山滋比古著>
   * マイナスが大きいほどプラスも大きくなる!
 何気なく、目を通していたら、このテーマがあった。以前のテーマに
した、<幸福の状態は、マイナス1対プラス3の状態>があった。
「マイナス1をカバーするには、三倍のプラスを集めるエネルギーを要する」
ということ。それ自体が、プラスの幸福をもたらす。だから好きになるまで、
徹するしかない。 この言葉を、ネット検索すると、以下の内容があった。
《 アランの言葉に、『すべてのマイナスと見える出来事は、
「縦線、つまり気づきへと至る 垂直の動きを待っている」』がある。
換言すると、マイナスが大きいほど、気づきもプラス も大きくなる。
『どんな、ささいなことでも、悩みがあるのは誰だって苦しいもの。
 悩みや挫折がない人生が、いい人生と考えるのは大きな間違いです。
悩みがあることはかえって、それをバネにして成長するチャンスで、
まずは、自分の頭で、徹底的に、次の行動を、考えることが大切です!
それができれば、他人のアドバイスに素直に耳を傾けられるし、マイナス
が大きければ大きいほど、次にやってくるプラスも大きくなるのです。』、
「人生はプラスとマイナスの交錯であり、 マイナス先行の方ががよい」
との人生観を説いている。 》
▼ この道理は、〈人生は、プラスとマイナスの交差であるが、
 人はプラスばかり望みたがる。マイナスがあって初めてプラスがある。
しかも、マイナスが先行してないと、不運である。私たちは、それを認めたく
ない心情があって、それで不幸になる。楽あれば苦あり、ではなく、苦あれば
楽あり。人間は苦から逃げられないのだから、むしろ、ありがたい先生、
と考えたほうが懸命である。〉に要約できる。 〜いま一つは、
〈無敵大敵 〜人生には敵がつきもの。無敵を謳歌しているものは、
 苦難の敵とわたり合う力を身につけないまま、転落する。敵は案外、
味方である。〉 がある。
ここで、「三代目がなぜ失敗するか」を、無敵大敵で説明している。
敵こそが、力をつけてくれるが、三代目は、それがないため失敗をする。
一見、マイナスの敵こそが、自分に力をつけてくれる。欠点こそが長所を
カバーする。逆に、信じていた味方に足を救われる。これが世のならい。

・・・・・・
5304,スノーボールアースについて 〜��
2015年09月22日(火)
      『新潮45ー2015年5月号 〜スノーボールアースについて』
  * 赤道域から氷河の名残りが見つかった
 二ヶ月前に、NHKスペシャルの再放送「全球凍結〜地球大進化46億年ー� 廖�
の感想記を書いた。その詳細が、〜新潮45・2015年5月号〜で、ビートたけし
と東大大学院の田近英一の対談『スノーボールアースについて』があった。
再放送の内容は後でコピーするが、これは、その続編のような内容。再放送では、
二度の全球凍結とあったが、実際は三度。この新説が出てから、まだ20年しか
経過してない。 人が地上に生まれてきたことを、地球への旅と譬えると、
地球誕生と、生命、人間の誕生、そして、この地球の全球凍結は、旅人として、
非常に興味を惹きつけられる。 先が見えてきた人生、振り返ると、面白い惑星
での旅路の真只中にいたことになる。 〜その辺りから (『新潮45』279頁) 
≪:たけし:宇宙から見た地球は「青い星」というイメージがあるけれど、
 ここ二十年ぐらいの研究でかつては「白い星」だったことが分かってきた。
地球全体が氷河で覆われた凍った星で、そんな地球を真っ白な雪玉にたとえて
「スノーボールアース」と言われているんですね。
:たけし: 先生はその分野についての権威ですが、氷河の名残りって意外に
 身近なところにあるんですね。ニューヨークのセントラルパークに「迷子石」
というのがある。大きな岩の塊が一つだけポツンとあるので、迷子石と呼ばれて
いるのだけど、あれは氷河によって削り取られた岩石が運搬された(氷河堆積物)
だという。つまり、セントラルパークは大昔、氷河で覆われていた。
しかし、怪談みたいに、昔は石が勝手に移動してきたと言われていたとか(笑)。
:田近: 昔は多分、なんでそんなところに「迷子になった石」があるのか
 分からなかった。地球の歴史を調べてみると氷河期というものがあって、
迷子石が氷河によって運ばれてきたことが明らかになりました。ニューヨークの
迷子石はわりと最近(約2万年前)のものです。ところが、古い時代の氷河堆積物が
当時の赤道域からも見つかるようになりました。これが大きな謎だったのです。
:たけし: 赤道域で氷河堆積物の証拠が見つかった時、カリフォルニア工科
 大学のジョセフ・カーシュビンク博士が「そんなことあるはずがない」と、
誤りを証明しようとしたら、逆にその報告を立証する結果が出てしまったという。
:田近: その結果を説明するためには、赤道も氷河に覆われていて地球が全部
 凍りついたと考えればいい。これがスノーボールアース(全球凍結)仮説で、
1992年に提唱されました。
:たけし: 間違ったところを検証しようとして、かえって新しい発見に
 つながっていくのは面白いですね。
:田近: それをどうしてなのかと考え続けたことが偉いのです。そこが境目。
赤道域に氷河堆積物があった事実から、全球凍結の仮説に持っていくのは、
実はかなりの勇気がいる話で、誰にでもできるわけではないと思います。 ≫
▼ NHKの再放送を見るまでは、全球凍結の言葉さえ知らなかった。
 人類は、地球自身も、宇宙も、人間そのものもほとんど分かっていなかった。
ビッグバン理論が、2003年に宇宙観測の結果、確定してから我々の宇宙が、
10の500乗の多宇宙の一つでしかない多宇宙説が出てきた。そして、そこから、
暗黒物質、暗黒エネルギーが、この宇宙にループ上の管を通って供給されて
いる説が、有力になっている。地球では、このスノーボールアース説である。
・・・・・・
5250,全球凍結 〜地球大進化46億年 ー��
2015年07月30日(木)
ー「地球大進化 第1回 知られざる“生命の星”の秘密」2004年11月22日分ー
 の再放送を先日見たが、これが、面白い! 〜まず、その内容説明より〜
《 私たちの「母なる地球」は小惑星の衝突・融合で生まれ、海洋蒸発や
 全球凍結等の大変動を経てきた「荒ぶる星」だった。40億年前に、微生物で
始まった生命は、大変動を乗り越え、酸素を作り、目に見える大きさにまで進化
してきた。そのたくましさを幅広い取材で描く。》
   * 二度の全球凍結
生命が現在に至るまで多くの試練があった。二度の全球凍結と、二度の大爆発。
(二度の大爆発は次回に取上げるが)、初めの全球凍結を乗越えるため、
「真核生物」が生まれでた。その凍りついた氷が解けて、海がうまれ、そこから
生命が進化していった。新しい全球凍結では、「多細胞生物」が生まれた。
何事も、克服できないと思われる困難に自らを劇的に変化させ(進化)、
生命は生延びてきた。  〜その辺りから〜
≪40億年の生命の歴史のなかで、80%以上の時間、私たちの祖先は微生物の
ままだった。では、なぜ大きくなったのか。その謎に迫る「全球凍結」仮説が注目を
集める。全球凍結とは、二度、地球全体が赤道付近も含め完全に氷床に覆われた
状態のこと。その二度というのは、22-24億年前と、6−7億年前のこと。
不思議なことに、どちらの出来事も生物進化の重要な局面と時期的に一致する。
 古いほうの全球凍結は、「真核生物」(簡単に言えば細菌以外の生物)の、
新しいほうの全球凍結は、「多細胞生物」の出現と一致するのです。
そして、そのどちらも酸素濃度の急激な上昇が生物進化の鍵を握っていたのでは
ないかと考えられています。この二回、地球はすべて凍りついた時に、光合成
による酸素が、空気中のメタンを激減させ、温室効果を低下させたからだ。
 しかしこの危機が、長い進化の停滞を打ち破った。全球凍結後、一転して高熱
になった地球では、光合成が活発化し、そこで作られた酸素を利用して、生物は
コラーゲンを大量生産するようになったのだ。コラーゲンが細胞の接着剤となり、
生命は大型化を可能にした。≫
▼ この番組で、科学者は、「地球の生命は、この2度にわたる全球凍結の
大変動がなかったら、今でもバクテリア以上に進化していなかった可能性がある。
動物は現れず、微生物だけの世界になっていたかも知れない」という。
生物黎明の太古の時から、地球は環境大変動システムで、生き延びる生命を
選別してきた。宇宙、地球、大自然、そして生命は、知れば知るほど面白い!
・・・・・・
4939,「あなたの家の宝物は何ですか」
2014年09月22日(月)
* 我家の宝物は私です!      〜『お金の正体』日下公人著より
「あなたの家の宝物は何ですか?」に、「わたしです!」の答えが良い。 
何度も書いてきたが、多くの兄姉の末っ子として生まれ、両親、とりわけ
父親に孫のように扱われて、幼児の頃から、法事や外出時には、私を連れ歩く
ことが多かった。また、母親も、忙しい商売の最中でも、時々だが寝しなに、
「世界で一番大好き」と抱きしめてくれていた。
その温もりが、人生の修羅場で、自分を大きな支えになっていた。
親に愛された温もりこそ、お宝になる。 ーその辺りからー
≪ 昔、伊藤忠商事の人事部長から、こんな話を聞いたことがあった。
 若い女性を採用するとき面接をするが、あらかじめ渡した質問状に
「あなたの家の宝物は何ですか」というのを入れた。そうするとたいていは
「なんでも鑑定団」に出てくるようなものを答えるが、「子供」と書いた女性が
いたという。「子供って何ですか? あなたの子供のはずはないでしょう」と
聞と、彼女は「そりゃあそうです、わたしのことです。わたしがわが家の宝です」
と答えた。父親が工場で働いているので、夜遅くまで残業して、疲れて帰って
くるが、ときどきは酒を飲んで、酔っ払ってから寝る。 そのときはわたしの
頭をなでて、『わが家の宝は子供だよなあ』と言う。父さんがそう言ってた
から、わたしは家が宝だと思っています、と答えた。 人事部長は感激して
採用したが、「はたせるかな、いい女性でした」と語っていた。つまり、かつて
の日本では、家族のため、が働く動機の第一で、お金のありがたさは、子供が
育つことにあったのだが、そういう日本がなくなってきて、お金はいったい何を
するためのものですか、ということになってしまった。だがふたたび、お金の
背後にある人間の気持ちとか社会とかを考える時代がやってきたと思う。≫
▼ やはり基本は夫婦仲の温もり。温かい人の根っこが、そこから生まれてくる。
 その割には、温みが少ないのは何だろう?終戦直後に生まれて、ドサクサの
生活環境もあったのか? 20〜30人に一人の割合で、その温もりが、そのまま
出ている人がいる。それが品位と重なった時、内なる優しさが熟成される。 
「あなたの(家の)お宝は何?」の質問そのものが、お宝。そして、「わたし」
こそが、お宝である。 その「わたし」とは、外界との触媒の中で、
「こころざし」「行蔵」「温もり」「知識」「品性」などから成り立っている。
ということは、子供に、一流の芸術作品、一流の人物、大自然の景観などに
シャワーのように浴びさせるのが、親としての勤めになる。それ以前に、
まず自分に対しての勤め。それこそがお宝である。 
とすると、やはり家系と、温もりが大事?  
・・・・・・
4572, ほめことば練習帳
2013年09月22日(日)
  * ほめることは、それだけで立派な行為!   
                「ほめことば練習帳」山下景子著
 これは良い本である。テクニック書でなく、幸福への玉手箱と言っていい。
 ーまずは、「はじめに」の冒頭部分からー
《「ほめる」は「秀(ほ)」を活用した「ほむ」が語源だといいます。
 「秀」は「穂」と同じで、高く秀でているものや、目立つもの、優れたもの
のこと。古くは、祝ったり、祝福したりするという意味で使われていた。
「ほめる」というと、どうしても、よい評価を与えることと思いがちですが、
そうではなかったのですね。素晴らしいことを共に喜び合うという方が、
本来の「ほめる」に近い。古代、日本人は、言霊を信じていました。
言葉には、魂がある。そして言葉に出すことで、事柄として表現する。
そういう思想もあって、素晴らしいと思ったことは、どんどん口に出して
伝えようとしたのでしょう。良いのものは、相手に良いと伝える。
優れたものに感動した時は、それを周囲に伝える。・・
 一方、ほめられるということは、嬉しいこと。これは、ご褒美にもなる。
特に上位者や権力者からのお言葉は、ありがたいご褒美となります。
そこから次第に、高い評価を与えるという意味に使われるようになる。
 ここでは、祝福し、共感し合う、そんな「ほめ言葉」を原点に、さまざまな
言葉が収集されている。題名は、ほめことば練習帳だが、練習して上手になり
ましょう、といったテクニック的内容でない。ほめ言葉という贈り物を、
6つの引き出しに分類して収集している。 それを6つステップとして
第1歩 感動を伝えるほめ言葉   第2歩 能力に敬意を表するほめ言葉
第3歩 潤滑油となるほめ言葉   第4歩 魅力を引き出すほめ言葉
第5歩 人生を応援するほめ言葉  第6歩 幸せになるほめ言葉 がある。》
▼「感動を伝え、能力に敬意し、潤滑油にすれば、相手の魅力を引き出せて、
 人生を応援し、幸せにする」のがほめ言葉。訓練のステップを踏めば、
ほめ言葉は、素晴らしい「贈り物」「褒美」になる。褒美とは、美しさを
褒めること。そのために褒め言葉の語彙を多く知って置かなければならない。
人生を振り返って、もっと、褒める訓練をしておけば良かったと深く後悔。
贈り物というより、チップとして気楽に与えれば良いことは分かっているが、
実践となると難しい。それにしては、営業関係者のそれは、まずは枕言葉
として自然と出てくる。女性の職場いた頃に気づいたことは、美人ほど、
「美人だね」、「可愛いいね」と言われないこと。だから、三回、間接的
表現で言うことにしていた。元気がないとき、「どうした?」に、
「色いろあって落ち込んでいるの」に対して、「美人は大変だ!周りと同じ
ことをしても、それだけで何か言われるからね」とか。「美人は性格が良い
のが多いから、それだけで好き」とか。「服装のセンスがいいね。姉から、
女性の見分け方は、化粧と服装のセンスを見なさいと教わったけど」とか。
殺し文句を言ってきた割に持てなかったが。 美人でも、優秀な人でも、
直接に「認証」してもらいたいのが人間。だが、なかなか言って貰えない。
そのため、優秀な人、美人ほど、大金を払う。ブランド物を身につけるのも、
そのひとつ。母の口癖「相手を認めてあげなさい!誰もが、認めて欲しい
のだから」があった。その割に実行しなかった。
「ほめること、感謝すること、それは既に行為である」が基本。
・・・・・・
4197, 呪いの時代 ー14
2012年09月22日(土)
                 「呪いの時代」内田樹著 
 * 「リスク」と「デインジャー」の二種類の危機 
               ー第10章 荒ぶる神を鎮めるー
東北大震災は想定を超えた千年に一度の事故。それでも東北は地震対策を
最大限していたので、最大規模の地震と津波にしては、これでも最小の被害。 
しかい太平洋沿岸で近い将来、必ず大震災が起こるというから、大変な事態。
恐らく、日本経済を先導してきた東海地区も工場の移転が始まることになる。
日本は、ますます疲弊することになる。
 ー以下の、「リスク」と「デインジャー」が分かりやすいー
≪ リスクレというのはコントロールしたり、ヘッジしたり、マネージしたり
 できる危険のこと。「デインジャー」というのは、そういう手立てが使えない
危険のことである。喩えていえば、W杯のファイナルを戦っているときに、残り
時間1分で、1点のビハインドは「リスク」である。このリスクは監督の采配や、
ファンタジックなパスによって回避できる可能性が辛うじてある。
一方、試合の最中に、ゴジラが襲ってきてスタジアムを踏みつぶすというのは
「デインジャー」である。対処法は「サッカー必勝法」のどこにも書かれてない。
だが、そういう場合でも、周囲の状況を見回して「ここは危ない、あっちへ
逃げた方が安全だ」というような判断ができる人間がいる。
こういう人はパニックに陥って腰を抜かす人間よりは生き延びる確寧が高い。
でも、いちばん生き延びる確率が高いのは、「今日はなんだかスタジアムに
行くと厭なことが起こりそうな気がするから行かない」と言って、予定を
キャンセルして布団をかぶって寝ていた人である。 9・11テロの日も、
「なんだか『厭なこと』が起こりそうな気分がした」のでビルを離れた人が
何人もいた。彼らがなぜ危機を回避できたのかをエビデンス.ベースで示すこと
は誰にもできない。・・東北大震災で、助かった人は、それが単なる偶然であり、
生き延びたことに『理由』を求めるのは愚かなことである」と言うような発言を
してはならない。それは死者を二重に穢すことになるからである。
私たちがもし幸運にも破局的事態を生き延びることがあったとしたら、私たちは
その都度「なぜ私は生き残ったのか」と自問しなければならない。「他ならぬ
私が生き残ったことには理由がなければ済まされない」という断定は誇大妄想
でもオカルトでもなく、人間的意味を「これから」構築するための必須条件である。
だから、WTCをテロの直前に離れた人が「なんだか『厭なこと』が起こりそうな
気がして」というふうに事後的に自分の「異能」を発見するようになるのは
当然のことなのである。そうすべきなのである。私が生き残ったことに意味が
あると思わなくては、死んだ人は浮かばれないからである。 誰かがそう
思わなければ、被害者たちは殺人者の恣意に全面的に屈服したことになる。
そして、その断定を基礎づけるためには、自らの責任で、長い時間をかけて、
ほんとうに「デインジャーを回避する力が人間には潜在的に備わっている」と
いうことを身を以て証明しなければならない。だが、私たちの社会は戦後66年間
あまりに安全で豊かであったせいで、危険をすべて「リスク」としてしか考察
しない習慣が定着してしまった。「デインジャー」に対処できるにはどうすれば
開発できるのかについての「まじめな議論」を私はかって聴いたことがない ≫
▼ 去年春の事業の帰結は、9・11テロと、9・15リーマンショックと、
 3・11東北大震災の「デインジャー」によるが、「リスク」レベルの要素
が無かった、とはいえない。 それでも、当初からの事業設計に万一の
「デインジャー」対策を組み込んでいたので、九死に一生を得ることができたが? 
「家族経営はしない(妻子を事業に入れない)」「家内の通帳は別だて」。
「予備資金の積立」は、9・11による売上減で青くなり、始めたばかり。
これを一部でも使いざるを得なくなった時は、迷わず廃業と決めていた。
御陰で事業をたたみ裏山に辿着いたが、下を見るとノンビリとした
世界が見える。外海の超大津波が見えない!のである。


5668,【賢者の言葉】��  〜ショーン・スティーブンソンの言葉 ーC

2016年09月21日(水)


   * 『傷ついている人は人を傷つけ、癒されている人は人を癒す!』
 5年前からの一連の中で、倒産をした者に対する『差別』は思いの他、大きい
ことを実感してきた。『被差別民』の扱いである。自分が逆の立場の時は、
「終わった経済敗者」として、排除された人と特別視をしていた。 
資本主義社会なら当然、経済難民と見られて当然。カラスが、生きもが弱点を
曝すだけで、攻撃を加えるのと同じ。で、その先頭に立つのが、「下位にあって、
無為に過ごしてきた人たち」。なぜか、直接攻撃をしてきた人たちが、2〜3年内
に、家族か本人が、事故か、大病などのアクシデントが起こる。これは、今回
だけでなく、これまでの節目でも経験してきた。「傷ついている人こそ、二人称
の人の不幸に、己の傷口が疼くため」である。「他人の傷口に、自分の血を
塗り込みたいその衝動が、自らの毒になり、家族に異変が生じる。
<他人を指さす時、親指は上に(天の理)、他の3本の指は己を指している>
 指摘する対象を天理と思いこんだ思いは、己の内なる認識を指摘しているに
過ぎない。一般的に、10倍の誇張で思い込む癖が脳にあるから始末が悪い。
 天理思いの、ほぼ全てが、これ。だから「世間」の妄想は信用してはなら
ない最大の敵になる。 それに、気づくのは、余命数ヶ月と宣告された時。
まだ、気づけば良いが。この世のことは、夢まぼろし、特に世間とかいう、
馬鹿の壁が、自分の世界を狭めていたことに、人生のハテに気づく! 
が、時は既に遅い。一つのことを成そうとすると、他の多くを捨てなくては
ならない。しかし、捨てても捨てても、上手くいかないのが娑婆。だから、
せめて他者の傷を蹴り上げるしかない。そこで一番、痛むのが己の傷口。
自分の傷口は、自分しか癒せない。自己治癒は可能だが、それは長年かけると
自ずと癒しが大きくなる。傷つく度に、傷口を清潔に治療しておかないと! 
膿んでしまう。その膿は、自分だけでなく、他人をも殺してしまう猛毒に化す。
その観察だけでも、この経験は充分の価値がある。「痛痒い!が、面白い!」
 その辺りにも、膿を振り撒いている輩がいる。「マイナス3に、プラス1」
の状態、いや、「マイナス6に、プラス1」 曽野綾子ではないが、
「泥棒以下の人たち」 それからすると、万人が常習万引き者になるが・・

・・・・・・
5303,閑話小題 〜白鵬のいない大相撲も悪くない
2015年09月21日(月)
   * 白鵬のいない大相撲も悪くない
 「終わってしまえば、やはり白鵬か!」が、この8年も続いていた。
先場所、白鵬が序盤に敗れたとき、解説の舞の海が『白鵬、弱りましたね!』
の名文句?に反発したのか、最後に何とか優勝をした。優勝インタビューで、
その言葉に反論したが、思い当る節があったから。そして、今場所の初日
からの二連敗と休場で、彼の指摘が正しかった証明になったのも皮肉。
これだけの大記録をつくりあげたのだから、そろそろ限界になって当然。
 で、三日目から白鵬が不在だが、先入観の[終わってしまえば、白鵬」が
無くなった分、面白みが出てきた。良く出来たもので、大横綱候補の照の富士
の地固めの場所に? そして半年〜一年遅れで、逸の城が照の富士に追いつく? 
あとは、遠藤がどうなるか? 毎日、20本の懸賞がつき、あれだけの大歓声が、
相手力士は目の色を変え挑んでくる。その中で、それ相応の相撲を取らないと
勝てないため、自然と力と勝負勘がついてくる。それ故に潰される可能性も
大だが、過っての千代の富士のような相撲力と花がある。少なくとも大関の
可能性はある。一連の不祥事から、危機感を持った力士の真剣度が観客を
呼寄せている。後は、日本人の大力士が望まれるが、どうだろう?
   * 終活の時節に入ったが・・
 実兄・実姉、私の合計9人きょうだいのうち、4人が既に亡くなった。
末っ子の私が、あと数ヶ月で70歳なら当然だろうが、生存している5人と、
その連れあいの平均年齢も80歳近い。 先日、10数年前に亡く
なった一番上の姉の連れあいの葬式に参席したが、何か寒々としてきた。
寝たきり、痴呆なども他人事でない。 身辺整理も4年前の会社整理で、
大部分が終わってはいるが。14年半にわたって、言い残したいことは、
ここで書いてきたし、死に関する知識も積んできたし、諦念も、ある程度は
出来ている? 良いにつけ、悪いにつけ、時代の激変を目の当たり出来た
ことと、世界の隅ずみの光景を見ることが出来たことも、幸運だったと、
いえることが有難い。としても、まだまだ見たりない、味わいたりないこと
ばかり。「前向きに、貪欲に未知を求める」が、現在の活きる道しるべか。
・・・・・・
4938,閑話小題 ー節目年齢の呼称と、厄年
2014年09月21日(日)
   * 長寿年齢の呼称と、厄年   〜還暦は満年齢、その他は数え年〜
 先年、還暦が終わったと思ったら、あと半年で古希になる。色いろあったが、
アッという間である。ここまで生きてこられたことに我ながら驚いている。 
同期の男の4人に1人の割で亡くなっている。これが10年後には2人に1人の割りに。
もう、何時お迎えがきても、死に時と割切るしかない。
  ーそこで長寿年齢の呼称を調べると
60才 還暦(かんれき)60年で十二支の組み合わせが一回りすることから。
70才 古稀(こき) 唐の詩人、杜甫の詩「人生七十古来稀なり」にちなんで。
77才 喜寿(きじゅ)  喜の草体が七十七と読まれるから。
80才 傘寿(さんじゅ) 傘の略字が八十と読まれるから。
88才 米寿(べいじゅ) 米の字を分解すると八、十、八。
90才 卒寿      卒の通用異体字が卆だから。
99才 白寿(はくじゅ)  百の字から一を引くと99になるから。
100才 百寿(ももじゅ) 白の字に一を足すと100になるから。
108才 茶寿 草冠を二十 その下が米に見立てて88を足すと108。
111才 皇寿  皇の字を白、一、十、一に分解して99を表す白に
             足すと111になる。
112才 珍寿    112歳以上は珍しいため。
 ところで、人には「厄年」がある。人生の中で不幸や災難が降りかかり
やすい年のこと。厄年は、中国の陰陽道・思想からもたらされたもので、これが
一般に広まったのが江戸時代のこと。江戸時代には、厄年は数えで男性が25歳、
42歳、61歳。女性が19歳、33歳、37歳だったが、現在では、男性が25歳、42歳、
女性が、19歳、33歳とするのが一般的である。その中で、男性は42歳、
女性は33歳が「大厄」と呼び、その前後を「前厄」「後厄」といって、
恐れる風潮がある。
 自分を振り返ると、その辺りが絶頂期であると同時に、大きな落し穴があり、
節目時でもあった。家長制度のあった時代から、核家族、弧族の時代へ変化して
いる現在、果たして長寿が幸せか疑問である。 まずは、父の亡くなった歳まで
二年が目安。 次の目安が喜寿が7年数ヶ月。傘寿まで11年ヶ月。健康年齢
(介護を受けないで済む年齢)を3年先と想定して、人生の余白を埋めていく
ことが当面の判断基準になる。老いても3S(チャレンジ、チェンジ、
コンペティション)の開発と、フラッシュで浮かんだ記憶を捉えて、遡ることに
ヒントがありそうだ。 「いい年をして」の「何をするにもいい年」とプラスに
解釈して、ソロで、彼方此方を渡り歩くことが良いのは分かってはいるが、
老いからくる面倒くさい!が先に立つ。
・・・・・・
4571,閑話小題 ー火事に遭遇   
2013年09月21日(土)
   * 火事に遭遇
 何時ものポタリングで、長岡大橋から川西にわたり、大手大橋から再び、
長岡大橋に戻って水道町公園前に来たとき、長岡大橋の道路を隔てた向こう側
から煙が立っていた。工場の煙のような、火事のようでもみえる。まずはカメラ
で写真を撮り、次に近づいて撮ったが、まだ警察も消防もきていない。
写真を撮ったのは長岡大橋のバイパスの上からで、現場まで150m先、
駆付けるか、帰ろうか迷ったが、帰ることにした。少しバイパスを走ると
パトカーと消防が追い越していった。シャッターチャンスにタイミングよく
撮れたが・・・(9・19記)
  ー9・20日、追記ー 
 昨日の火事。今朝の新聞によると、72歳のご主人が亡くなったとある。
18歳の孫と老夫婦の三人暮らしで、6時40分に台所からの出火、孫と
連れそいは逃げて無事。あのまま近くまでいっていたら、修羅場に立ち会った
ことになる。まさか、死者まで出ているとは! 改めて写真をみると凄い煙。
通行人は、まさかと関心なさそうに見向きもしないし、車も止まらずいくし・・ 
死者が出た火災の写真とは!新聞社に送ろうか?いや止めておく! 
朝のポタリングには必ずカメラを持って出るが、こういう日に限って忘れる
ことが多いが・・ ところで火事といえば長岡駅前の商家に住んでいた頃に、
4軒ほど先の「監物ビル」の大火災があった。近所の二人の少年の火遊びが
原因だったが、自宅のある店のビルが、その熱で熱くなったことと、近くで
遊んでいたため、警察に呼ばれ事情聴取をされたことも記憶に残っている。
更に斜め前の丸大という衣料品店が全焼したのも見ている。
   * 来春、購入予定の自転車を前倒しで発注
 来春三月に購入予定をしていた電動アシスト自転車を、前倒しで注文。
現在の電動アシストのマウンテンバイクのブレーキが前後の車輪とも不調で、
やむなく注文。ブレーキの不調を運転で逆に楽しんでいる自分が怖くなった。
我ながら変な性格である。今度のものはパナソニックの電動アシストで、
タイプはクロスバイク。来週早そうの入荷予定。
・・・・・・
4196, 呪いの時代 ー13
2012年09月21日(金)                                
    * 原発供養          「呪いの時代」内田樹著    
 この東北大震災に際し皇室一族が最大限のお見舞いをしていた。
国家の元首として、歴史的大惨事に現地に真っ先に行かれ、見舞うことが役割
として最優先されることだが、その行為に呪鎮の意味が入っているとみる
ことができる。 ー以下も納得できるがー
≪ 一神教文化圏の人々は荒ぶる神を巨大な神殿に祀り、それを畏れ、隔離
することでいっときの安心を買い、日本人は荒ぶる神を金儲けの道具にまで
堕落させ、その在所をずっぽりとベニヤの書き割りで囲って、「あんなもん、
怖くも何ともないよ」と言い募ることでいっときの安心を買った。 どちらの
安心が長持ちするものだったかは今回の事故があらわにした。 福島原発の
ふざけた書き割りを見たヨーロッパやアメリカの原発関係者はかなり衝撃を
受けたのではないかと思う。その施設の老朽ぶりや、コストの安さや、安全
設備の手抜きに心底驚愕したのではないかと思う。どうして原子力のような
危険なものを、こんなふうに「雑に」扱ったのだろう… と海外の原子力
研究者は頭を抱えたはず。そこまでして「コストカット」したかったのか? 
日本人は命より金が大事なのか? もちろんそうではない。話は逆なのだ。 
あまりに怖かったので、「原子力は所詮金儲けの道具にすぎないという嘘」
を採用した。原発の設備をあれほど粗雑に作ったのは、原子力に対する
恐怖心をそうやってごまかそうとしたからなのである。「こんなものいくら
粗雑に扱っても抵抗しやしねんだよ」と蹴ったり、唾を吐きかけたりして、
「強がって」みた、 (・・・中略)
・・原子力についても、そもそもその設営のときに、伝来の古法に則って、
呪鎮の儀を執り行うべきだったと思う。盛り土をして、原子炉を土中に置く
のである。塚に草が茂り、桜が咲き、鳥がさえずるような広々とした場の下に
原発を安置する。そこに神社仏閣を勧請する。「原発神社」。荒ぶる神が
とりあえずは「よきこと」だけをなし、恐るべき力の暴発を抑制してくれて
いることを感謝するのである。 そして、桜が咲く頃には地域の人を集めて、
「原発祭り」を挙行する。荒ぶる神がとりあえずは「よきこと」だけをなし、
恐るべき力の暴発を抑制してくれていることを感謝する。(・・中略)
 ・・・ 福島原発の設概工事のときにも、間違いなく地鎮祭は行われた
はずである(地鎮祭を執行しなければ、建築現場には誰も入らない)。
なぜ地鎮祭の執行を禁止しなかったのか。地鎮祭をしないと、日本人の作業員
が現場に入ってくれないのなら、中国からでもフィリピンからでも建築労働者
を連れてきて断行すればよいではないか。 なぜ地鎮祭を行うのか。
それは平屋の家を建てる工事においてでさえ、行われる。「恐るべきもの」
の不意の現場での警戒を怠れば、思いがけない事故が起こることを現場の
働く人は経験知として知っているからである。地鎮祭は地祇を鎮めるため
ではなく、人間の緊張を亢進させるための心的装置なのである。・・・≫
▼ 「原発供養をすべし」とは、思いもよらぬ切り口。供養すれば済む問題でも
 なかろうが。ビル建設で地鎮祭を何度か経験したが、それはそれで大事な神事。
しかし世界中のビル工事で行われるかといえば、そうでもなく、日本的心的装置。
施工業者と、施主と、土地・建物を一つの魂にする儀式ということか。
最後は祈るしかないという、ブラックジョークか。
 ・・・・・・
3831, 閑話小題
2011年09月21日(水)
  * 学生時代に経験した、都会人と地方出身者の差
 東京の学生時代は寮暮らしだったが、そこは地方出身者の巣窟。
それに比べ大学はミッション系で比較的裕福な人たちが集った学校。
クラブに入って驚いたのは、都会人の会話のセンス。常にジョークか駄洒落を
飛ばし会話を楽しんでいる。友人も教養課程のクラスでは席が固定されている。
そこで二分されるのが、都会出身者と地方出身者。服装からセンスが違う。
しかし都会出身者は、地方人の素朴さに惹かれ反面、どこか田舎者と見下げる。 
地方出身者は更に言葉にコンプレックスを持つ。が、それ以前に、日常の三食の
食事など生活のハンデがある。友人を見てキツイそうなのがアパート生活者。
地方出身者は孤独な都会の一人暮らしに辟易としてしまう。 入学早々に彼女を
つくるなど、まだ純真な身にとって考えられない。チャンスは幾らでもあるが、
どの辺が自分に妥当かどうか判断できない。やっと声がかかってくるのが学生
生活に慣れた二年の後半から三年にかけてになる。とはいえ、女性の方は二段階
上の人が対象。(これは40歳を過ぎて初めて知ったこと)その中で4人の姉
たちを比較し、その上というとナカナカ適正な相手が見つからない。
 現在振り返ると私も1〜2ランク上の相手を求めていたということ?
それからして、ギャップは、あまりに大きい。という訳で私は学生時代に結婚
相手を見つけないまま終わってしまった。友人をみると、学生時代の相手と結婚
したのは三分一ぐらい。結婚相手を決めることは互いに、人生を大きく左右する
ほどの決断。目先の熱にうなされ、一生の大惨事になる可能性があるのが結婚。 
更に驚いたのは都会人の読書の絶対量が違うこと。25人の地方出身者の寮に
入っていて、確かに何時も酒を飲み騒いでいた。しかし、必死に本を読んでいた
ことも確か。それでも、都会育ちに人たちは、その絶対量が違う。
それでも、色いろの大学の学生が入り交じっていた寮、クラブ、ゼミ、
一ヶ月の欧州旅行、アルバイトでの多種の人との接点が非常に恵まれていた。
小学校から大学時代を通して、大学が最も恵まれていた。卒業直後、就職で地方
にいったこともあり、もう一皮ぬけなかったのが、良かったのか悪かったのか。 
それもこれも、同じだが・・ しかし、話が合うのは今でも都会の人たち、
というより揉まれた人たち!  
・・・・・・・・
3466, 秘・異郷ツアー、よもやま話 ー10
2010年09月21日(火)
 * アフリカに魅せられて ー4
  ー奇跡の自然動物園のクレーター「ンゴロンゴロ」ー
 初めて足を踏み入れたときに、自然が創り上げた自然動物園に奇跡を
目の当たりに見たような気がした。 ここは数百万年前に出来た火山のカルデラ
に広がる平野である。 もとはセレンゲティ国立公園の一部だったが、遊牧民
マサイ族の生活保護のため国立公園から分離、ンゴロンゴロ然保護区となった。
ンゴロンゴロとはマサイ語で「大きな穴」。野生保護区は、直径約16キロMの
火口跡があり、クレーター内では多くの野生動物(キリンやインパラ以外)の象、
ライオン、バッファロー、クロサイ、カバなどが見られる。外輪は2,400mの
高さがあり、カルデラ内部の平野(1,800m)と比べ標高が高い。このためカルデラ
内部はカルデラ外部と遮断されており、ここで生息する大型動物のほとんどは
カルデラの外にでることはない。(象とか一部は出入りの道がある) 
そこは周囲と隔離された生態系が形成されるに至った。そこでは東アフリカの
サバンナに生息する動物はほぼ観察することができる。植物にはじまる食物
連鎖は一つの大きな生態系のシステムをつくっている。上から下に下りて
見渡すと本当に小さく感じる。僅か16×14キロの平原に2万5千頭もの
野生動物たちが暮らす「最後の楽園」。それぞれの動物のテリトリーがあり、
ジープを少し走っただけで、色いろな動物に遭遇する。
実際に地球上にアフリカ大陸がそのまま圧縮されたような自然界である。
そのこと自体が信じがたく奇跡的である。 クレーターから約50キロMに
数百万年前の初期人類が発見されたオルドバイ渓谷がある。ここから人類が
アフリカ大陸全体に、世界に向け進出していったと言われる。 
だから、人は本能的に惹かれるのである。
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3091,猫背の話
 2009年09月21日(月)
 ー以下字数の関係で中間をカットしました。 (2015年09月21日)ー
・・・・・・


5667,【賢者の言葉】�◆ 船轡隋璽鵝Ε好謄�ーブンソンの言葉 ーB

2016年09月20日(火)

   * 3つの「でも」が行動を制約している
 「でも」「だって」「どうせ」という 3つのネガティブの言葉がある。
 その中でも、特に「デモ」が、クセモノで、人間の思考と行動の前に大きく
 立ち塞がっている。勝手に自分の周りに囲い、縛られている事に気づかない。
・「でも」の後に、今はやれない! 
・「だって」の後には言い訳、
・「どうせ」には、自己否定の言葉が続く。
 これを多様する人たちが「世間人」。ショーンは、内なる最大の敵、
 その「でも」を指摘する。 〜その辺を抜粋〜
≪ ネガティブ思考を心の中から追い出し、あなたがずっと望んでいた
 結果を出すための実践的な方法をこれから知ることになるからです。
 あなたも含め、人間には2つの共通点があります。
・ひとつは人間には感情があるということ。
・もうひとつは、多くの人間は、とても暗く、ネガティブ思考で、自分たち
 の行動を制約してしまうということです。 
実はこれによって、私たちは夢をあきらめたり、素晴しい愛をつかみ損ねたり、
豊富な資産を構築できなかったりしています。 その「でも」は、
 『言い訳のデモ』『恐怖のデモ』『自信のなさのデモ』から成立っている。
� ,泙此◆屬任癲廚濃呂泙襦惴世ぬ�のデモ』です。「でも、時間がないんだ」
「でも、お金がないんだ」このように言っている間は、言い訳から抜け出せない。
�◆〇笋燭舛旅堝阿鮴�限する2つ目の「でも」は、「恐怖のデモ」です。
「でも失敗したらどうしよう」「恥をかいたらどうしよう」「でも皆をがっかり
させたらどうしよう」など「でも〜したらどうしよう」という形をとります。
�� 最後のは、自信のなさからくる「でも」。それは、「でも私は〜じゃない」
という風に表現されます。「私は背が低いから」「私はきれいじゃないから」
「頭がよくないから」といったもので、自分には生まれたときから何かが欠けて
いるという思い込みが、この地球上で最も有害な考え方なのです。
 しかし、あなたが人生を変えるには、「でも」を捨て腰を上げねばなりません。
私たちが陥りやすいのは、「でも」に満足してしまうことです。言い訳に頼って
いる期間が長ければ長いほど、言い訳はどんどんふくらんで大きくなります。
実際、自分の人生をまさに丸ごとすべて言い訳で過ごしている人もいます。
言い訳の上にあぐらをかいている人は多いのです。それは様々な厄介事から
私たちを解放してくれるからです。「もちろん、私だってそうしたいのは山々
だけど、でも、私には無理」このように「でも」の上にどっかりと腰を下ろして
しまうと、あなたは退化し始めます。「でも」に腰かけている時間が長ければ
長いほど、あなたは弱くなります。それでも自分の求めるものは変わりません。
 では「でも」から抜け出す方法とは何でしょう。何をすればよいのでしょうか?
それは立ち上がり、確固たる態度をとることです。自分の人生や健康、成功、
人間関係に責任を持つのです。必要なのは、「自分の人生に責任を持つこと。」
そのためには立ち上がる筋肉を鍛えねばなりません。そして、立ち上がるため
には、立ち上がるレッスンが必要になってきます。≫
▼ 志を立てる、目標を明確にしておく、自身の生き方のミッションをを言明化
 しておく、日記を書き続ける・・ などで、この「デモ」から、自らを開放
しておかなければならない。その努力をしないと、(自らをを舟に喩えて)、
その舟底に「デモ」という牡蠣が多くヘバリ付き、重く、動きがとれなくなる。
 老年に至ると、この牡蠣が知らぬ間にへばり付き、その上に、足腰の弱体化が
加わり、万年の鬱症状態に引きづり込む。人生の行蔵に対して、日々、
「デモ」、あの時、違った判断をしておけばと後悔するのが、一番、きつい
「デモ」になる。で、その矛先が、他者の不幸に向かっていく。幸福を祝えば、
自らも、その一端を味わえるのに、その逆をしてしまう。無知は恐ろしい。
そういえば、行蔵のフラッシュに、「言い訳のデモ」を繰り返している日々か?
 それが、また面白い。まあ、暇も好いものだ。肯定的に「デモ」は使える。
<「でも」面白かったから、いいや>が、私が多様している内語の一つ。
<「クソ」、面白くない> より、後味が良い。これも受け止め方の妙。
<あの時、思い切って決断しておけば良かったのに!>は、意外と少ない。
 後悔、後に立たずで、一期一会で、生きてこられたのが、救い?
いや、「デモ」の内語で、人生の面白みを半減してきたのか? 両面ある?
・・・・・・
5302,『自分を超える 5つの法』とは  〜『自分を超える法』ー��
2015年09月20日(日)
             ー『自分を超える法』ピーター・セイジ著ー
   * コピーライティングの基本
 個人HPを14年5ヶ月、「はてな」ブログを開設をして8年になる。
ほぼ休むことなく続いてきたのは、マイナスの数倍のプラスを実感するため。
上京してまで、『資産防衛セミナー』に通った内容を大口借入れの銀行担当に
見られ?、貸剥しされそうになったり、ビュアーの悪意の視線を実感しても、
それも大事な視線と割切り続けてきた。その内容を後から読み返すと、自分の
枠が、クッキリと見えてくる。そして、「だから何だ?」「なぜ拘る?」
「遠くから見れば所詮、砂利の石ころ!」と、我を振り返る。
 〜その辺りから〜
≪・「文字離れの時代」など言われることもありますが、とんでもない! 
今日ほど、メール・ブログ・FaseBook・メールマガジン・HPなどで、
文字を読んだり書いたりする時間が長くなっている時代は、ありません。
つまり、もはや、すべての人にとって「コピーライティング(文章を書くこと)」
は、最重要の項目であり、「成功に欠かせない要因」となっている
  ☆ コピーライティングの基本ポイント14
1.ポジティブに
2.相手にしてほしいことを伝える
3.特定の人に向けて書く
4.サービスを提供し、リスクを回避する
5.より多くを語るほど、より多く売れる
6.自慢しない
7.見出しの目的は、興味のある人々を見極めること
8.好奇心を誘う
9.具体的に
10.あなたのストーリーをすべて話す
11.写真を賢く使う
12.商品(文章)は最良のセールスパーソンである
13.テストで証明する
14.効果が出ている文章は変えてはいけない
――
・あなたがよいコピーを書きたいのであれば、自分の広告を読み直し、
書き手ではなく、「読み手として自分自身に次の3つを問いかけること」。
●【1】 だから何なの?
●【2】 そんなこと、どうでもいいでしょう?
●【3】 私にどういう関係があるの?
・「1年で1億稼げる」より「1週間に192万円稼げる」と表現する
   広告における一番の問題は「信頼性」です。
・「ベネフィット」を明確にすると、よい反応が得られる(中略)
「このノートパソコンは12インチと、小さいサイズだ」というのは特徴で、
ベネフィットは、特徴のあとに「だから、……」をつけたときに出てくるもの
を指します。つまち、「だから、このノートパソコンは、カバンに入りやすく、
持ち運びしやすい」というのがベネフィット(利益)です。
・成功者のコピー(真似)をしたいという人は成功者をコピーをしたい
のではなく、成功者が得ている結果をコピーしたいだけなのです。
あなたは、「誰かになる」必要はありません
・人の行動を起こすスキルは、もっとも高い報酬がもらえるスキルです
▼ 昨年の秋に、日野啓三著『創造する心ー書くことの秘儀』の感想文を
 書いていた(下にコピー)。 学生時代の日記を読み返すにつけ、書き残す
価値、意味を考えさせられる。それが人生の境目であれば、そこに存在して
いた自分の心が、そのまま焼きついている。もっともっと、書き残しておけば
良かったが、後の祭り。その点で、ブログは重要な働きがある。
・・・・・・
4937,閑話小題 ー娑婆は苦しいと思うが・・・
2014年09月20日(土)
   * つれづれに 〜厳しさを増す娑婆
 土地を含めた2億の資本で創業、30数億の箱物事業を楽しめた実感がある
ため、それぞれを立ち上げ、軌道に乗せた段階で元を取っていた実感がある。
これは、実際に経験しないと、理解できないだろうが。
『それにしても面白かった!』という感覚は、後味を良くする。
それと、「立つ鳥、後を濁さず」もある。傍から見れば濁していたのだろう。 
最初の依頼時に「綺麗に事業を終えたい」に対し、弁護士が言ったのが、
「綺麗汚いは有得ない。あるのは、良い倒産、悪い倒産だけ!」終えて振返ると、
まさに、そのとおり。 前もって最悪の事態に整えていれば、目先は好調だが、
備えのない事業体より、遥かに良いと思うが?危機管理のある中小は、私の知る
限りで一割もないのでは。今さら遅いとしても、『事前の一策は、事後の
100策より勝る』で、やれることは、しておくべきでないか。ここで、
円安になってきたのは、日本の政治体制の甘さが表立ってきた要因もある。
更なる消費税2%アップが、消費低迷で、怪しくなってきた。以前の事業で、
この3%の消費税アップと、灯油等の値上りは、厳しいはず。会社も、家庭も、
支出を更に絞めてくるためだ。アベノミクスで、公共事業は潤っているようだが、
この不況下、甘い仕事は少なくなっている。この三年半の間、経営に疎い家内の
口癖は「事業を早々、断念して良かった!」。SC内の店の転廃業や、スーパー
の店頭に値動きから、その厳しさが分かるという。分かった
ようなことを書いているが、実際、ソフトランディング出来たのは、紙一重。 
事業など、まして創業など、すべきでない!
『元手の2億を地道に5億にするより、30数億に膨らまして楽しみ、使い
果した人生も悪くない』と、独り嘯いている私も、バカそのもの・・ そう思う
しかないし、その甘塩っぱい感覚の日々。箱物事業には、有余ったオマケ(時間)
があった! そのオマケを最大限に楽しんだ収穫が、『ま、これでもいいか!』。
・・・・・・
4570, 変えてみよう! 記憶とのつきあいかた ー5
2013年09月20日(金)         
 * 万能薬としての「語り直し」   
        『変えてみよう! 記憶とのつきあいかた』高橋 雅延(著)  
 実際に、その立場にならないと見えてこないことが殆どである。だから、
上に立つものほど多くの経験を要する。一線から退いてみて、事業目線から
みた社会と、そのバイアスから解き放されてみえてくる社会とは大違い。
人それぞれが自分に都合の良い物語を作っている。「盗人にも三分の理」と、
最初から見切ればよい。「記憶は嘘をつく」というが、元々、記憶する
以前の事象を都合良く解釈している。その記憶を変えるためには、語り直しを
するしかない。早稲田二部(夜間)があった学生時代に、寮の隣部屋の友人に
彼女が出来たところ、急にアルバイトを始めて苦学生に変身したのである。 
彼女に二部在学の言い訳のため、これも、語り直し? まずはー次の箇所から
≪ 自分が親になって初めて親の苦労がわかるとか、教える立場になって
 初めて教える者の大変さがわかる、などと言われることがある。どちらも、
親となり教える立場にいる私自身にとっては、心の底から納得できることだ。
つまり、その人の立ち位置によつて、同じできごとでもちがって解釈できる
のである。そのため、過去のどんなできごとも、必ずちがってみることが
できることを、肝に銘じておくことが必要だ。その上で、ある過去のできごと
について、その意味づけを変えるためには、そのできごとを、それまでとは
違うことばで語り直さなければならない。世間には「時間が癒す」という
言いまわしがある。そこで、見過ごされがちなことだが、「時間が癒す」のは、
単に時間が過ぎ去るからではない。時間が過ぎ去る間に、人はそのできごと
について何度も考え、悩み、さらには新しいことをする。このことによって、
元のできごとの意味づけ、語りかたが変わるからなのだ。 私は、くも膜下
出血で倒れる二年前に、アキレス腱断裂により、ニカ月間、松葉杖の生活を
送ったことがある。どこに行くにも、何をするにも、苦労ばかりの辛い日々。
しかし同時に、あのとき数々の苦労を重ねる中で、障害をもつ人の気持ちが
少しは実感できた。その意味で、後からは「よい経験だった」と語り直している。
もちろん、くも膜下出血の体験も同じだ。あのできごとがなければ、
それ以前の私と同じように、命や人生について深く考えることもなく、
生きていただろう。そう思うことで、今となっては「あの体験こそ、自分に
とってかけがえない宝物だ」と、胸を張って語り直すことができる。 
 最後に、フランシス・マクナブという臨床心理学者の言葉を引用しておく。
できれば、何度も繰返し味わってほしい。「記憶をつくり変えたり、それを
遠ざけたりするのは無理なことである。 略)…しかし、つねに私たちは、
自分の苦悩、自分自身の内的経験、自分自身の精神の経過を処理しているわけ
である。それは過去とよばれる客観体ではなく、現在とよばれる主観的経験。
変える必要があるのは、誰か他の人間ではない。最も大きく影響されるのは、
私たち自身。記憶をぬぐい去ることはできないが、記憶の有りようを変える
ことは可能であることを、私たちは知っている。」 》
▼ 私も色いろあって、思いもよらない結果、オセロの白が、全て黒になった
 ようなもの。そこで現在、過去の要素を元に物語を語り直しを独りしてきた。
これこそ、「日々是好日」から、「ヒビ、これ口実」の辻褄合わせ。
その辺りの自分の心の浅ましさがいじましい。それも、自覚をしていれば
良いが、全く自覚なしでやるのが人間。 
・・・・・・
4195, 呪いの時代 ー12
2012年09月20日(木)                     
 * 「片づかなさ」の人間性     
               ー第8章 これからを生き延びる智恵
贈物を貰った場合、何かを返さない限り気持ちの中に、「片づかなさ」が残る。
これが人間社会とサル社会との差。私はビジネスの場面で、それを徹底して
カットしてきたが、私的場面でも何時の間に持ち込んでいたようだ。
これが、つくづく間違いだったと反省していること。結局、人との付き合いは
贈り贈られで成り立っている。 それにしても「贈り物」とそれに対する
「反対給付(お返し)」が、人間たる由縁とは。以下は ーその辺の抜粋ー
≪ 人類学者マルセル・モースはその著書『贈与論』のなかで、贈与論の主題
 を端的にこうまとめています。「受け取った贈り物に対して、その返礼を
義務づける法的経済的規則は何であるか。贈られた物に潜むどんな力が、受け
取った人にその返礼をさせるのか」 モースも、マリノフスキーも、
レヴィ=ストロースも、「贈り物」とそれに対する「反対給付」が人間集団を
形成する本質的なカだとみなしている点では共通しています。贈り物をされると
「お返し」をしないと気持ちが片づかない。人間性とは、すべての装飾を剥ぎ
取って言えば「贈り物をもらうと、お返しをしないと『悪いこと』が起きそうな
気がする」という「負積感」のこと。いや、ほんとに。だから、この「負債感」
を持たないものは人間ではない。そう言い切っていいと思います。
「贈り物」というと、僕たちはふつうお中元お歳暮のようなかたちのあるもの、
価値のあるもの、実用性のあるものを思い浮かべます。でも贈り物はそれには
尽くされません。というか、贈り物というのは「価値あるもの」を贈ることでは
ないからです。そうではなくて、「これは贈り物だ」と思った人がそう思った
瞬間に価値は生成する。そういうふうに順逆の狂ったかたちで贈与という
儀礼はつくられる。例えば、挨拶というのはある種の贈り物。
   (字数制限のためカット 2015年9月20日)

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