堀井On-Line



5546,子どもはなぜ勉強しなくちゃいけないの? 〜②

2016年05月22日(日)

     『子どもはなぜ勉強しなくちゃいけないの? 』
                     おおたとしまさ(著)
 子供はこんなテーマの本を手にしない。手にするのは親など大人たち。
とすると、[子供偏]だけでなく、親向けの勉強の必要性を説く[大人編]があって、
至極当然である。私のようなリタイア後のシニアに、最後の総仕上げも含めて、
学ぶべきことは数限りなくある。せっかく地球上に、「遊び、学び、働き」に
来たのだから、総括の仕上げが必要である。この歳になっても、相も変わらず、
頼まれもしない、このような文章を書き続けている。しかし、今のところ
止めたいと思わないのは、テーマを探し、文章構想をたて、書上げるプロセスで、
多くの考える時間を得ることが出来るから。「考える」ことが、己を己たらし
めしている実感があるため。死ぬまで学び続ける姿勢そのことが最も大事である。
   [大人編]
 :荒俣 宏
動物だって勉強している/
人間は一人で生きていけないから勉強する/
人間は生き残るために知的欲求を発達させた/
「やってみたい」こそが「コンテンツ」集めの最強の動機/
「コンテンツ」が増えれば勉強はラクになってくる/
マイペースで勉強するのがいちばん身に付く/
親のアドバイスが子どものストレスになるジレンマ
 :瀬戸内寂聴
勉強しないと「心の栄養失調」になる/
子どもの得意なことを見つけてやるのが教育の第一歩/
「先生は尊敬すべき人」と教えるべき/
子どもはテストの点でなく親の顔を気にしている/
1行でも印象に残る文章を見つければ立派な読書/
 :坂東眞理子
「人はパンのみにて生きるにあらず」/
グローバル社会の処世術を身につけるには/
自分が今ここにいるのは自分の努力のおかげだけじゃない/
裾野が広くなければ高い山にはならない/
型を破るためにはまず型を覚える/
 :福岡伸一
「脳の水路付け」から逃れるために/
勉強には人類の文化史が折りたたまれている/
教養とは知識の時間軸を持つこと/
「小さな問い」に一つ一つ答えていく/
大人になれないサルが「大きな問い」を発明した! ?/
「センス・オブ・ワンダー」が人生を豊かにする/
科学と技術は違う。教育と職業訓練は違う
 :藤原和博
成長社会から成熟社会への移行/
情報処理力から情報編集力へ/
勉強と遊びの両方が必要/
クレジットをためれば自由になれる/
クレジットを希少性に投資するリターンは大きくなる/
 :茂木健一郎
知恵を得る以上に価値のあることは存在しない/
「フロー」のサイクルができれば子どもは勝手に勉強する/
知識や教養は高性能な脳内ネットワークを形成する/
今こそ日本の教育のベストシナリオを描くチャンス/
親がすべきは、子どもの「学ぶ本能」が起動するきっかけづくり
 :養老孟司
昔なら「くだらないころ聞くんじゃない! 」でおしまい/
「くだらないころを聞くな」と「そういうもんだ」は違う/
「勉強したくない」というのが本当のメッセージかも/
好きなことを突き詰めればすべての学問に通じる/
山道を登り始めればさらに先が見たくなる/
――――
▼ 世の中には、「心の栄養失調」の病人?の多いのに驚かされる。
 私自身、どうだろう。 倒産という形で事業生活を終えた私の人生は、
<この結果なればこそ、「五目並べ」の白の石目が一挙に黒に変わって
しまったことで、過去の白を黒として問い直せ!>ということになる。 
成るほど、どれもこれもが面白可笑しく、それらの事象が変わってくる。
視点の変化で、「大人は、なぜ勉強しなくてはならないの?」が、そのまま
我が身に突き刺さってくる。人生を洗いなおすために、学び直すために、
この結果はベストだったことになる。 
 福岡伸一氏の《教養とは知識の時間軸を持つこと》からすれば、この随想
日記を書きつらね、同月同日の内容を毎日、読み返す行為は、ベストになる。
15年分の同月同日の時間軸で、自分を省みる勉強になっている。
「シニアになっても、何ゆえに学ばなければならないの?」の答えは、
「あなたの現状そのままが、答えになっている!」  
「自由になるため、心の平安のため、広く深く遊ぶため、後悔しないため!」
 で、これもまた、以下の文章に繋がっていく。
・・・・・・
5181,アウシュビッツの回想
2015年05月22日(金)
                      『読書脳』立花隆著 
   * アウシュビッツの奇跡的幸運(地獄に仏)
 二ヶ月前のNHK/BSのアーカイブで、ある女性の奇跡的生還を扱っていたが、
これも似たケース。奇跡的幸運が重ならないと、この過酷の状況下で生延びる
ことなど出来ようはずがない。
≪「シモーヌ・ヴェーユは驚くべき女性だ」と書くと、日本では社会思想家の
シモーヌ・ヴェーユを思い浮かべる人が多いかもしれないが、私が言及している
のは、もう一人のシモーヌ・ヴエーユだ。フランスで最も有名な女性政治家。
一九七四年シラク内閣で保健大臣になったのを皮切りに、歴代の内閣で保健大臣
をつとめ、フランスに人工妊娠中絶法を導入したことで知られる。一九七九年
には、第一回欧州議会で直接選挙による初代議長に選出されてもいる。
だが彼女を何より有名にしているのは、ドイッがフランスを占領している最中、
ユダヤ人身分証偽造)に問われて、ゲシュタポに逮捕され、アゥシュヴィッツに
送られながら、奇跡の生還をとげたこと。彼女の腕には、いまでも囚人番号の
入れ墨がある。シモータ・ヴェーユ『シモーヌ・ヴェーユ回想録』は自ら筆を
とってその数奇な人生をふり返ったもので、フランスでは〇七年に発売されるや
たちまちベストセラーになった。政治家になってからの話も面白いが、圧巻は
第二章「罠」と第三章「地獄」。逮捕劇とアウシュビッツ時代を語ったくだり。
【アウシュヴィッツに着くとすぐに、その場で囚人の仕分けが行われた。彼女
は十六歳だったが、見知らぬ人の耳打ちで「十八歳」と申告し危くガス室送り
をまぬがれる。子供、老人、身障者など労働に適さないと判定された者は、
その場でガス室送りのトラックに乗せられたのだ。「親や子どもがどこへ
行ってしまったのか(略)カポー(女看守)に尋ねる人がいると、彼女たちが
窓から見える死体焼却炉の煙突とそこから上がる煙を指し示していたことを
私は覚えている。(略)死体焼却炉の煙は休みなく煙をはき出していた。
堪え難い匂いが立ちこめていた】 読んでいくと、彼女が生きながらえたのが
不思議に思えるくらい地獄の生活がつづく。収容所の娼婦あがりの女監督官に
気に入られて「あんた本当にかわいいねえ、ここで死なすにはもったいないよ。
別のところへ行けるようにしてあげる」「でも母と姉が一緒だからいいです」
と断ると、「じゃお母さんとお姉さんも一緒に」と、本当に三人そろって、
アウシュヴィッツから別?収容所に移され、仕事も調理担当に代えてくれる
というウソのような話が本当に実現した。その女監督官がなぜそんな特別の
ことをしてくれたのか、理由はよくわからない。その頃かわいい女囚に同性
愛的サービスを求めて特別の便宜をはかる女看守もいたが、それ的な要求も
なかったという。それから間もな-戦争が終り、女監督官は英国の手で
逮捕され処刑されてしまったので、その理由がいまでもわからないという。
本書には若いときのヴェーユの写真もおさめられているが、確かにガス室で
すぐ殺すには惜しい容貌だ。≫
▼ アウシュビッツといえば、フランクルである。12年前に、彼の本を
 集中して読んだが、人生への絶対的肯定に驚かされた。こういう極限の中で
奇跡的に生延びている人の共通点がある。それは、この状況下から生延びて、
家族か、友人たちと楽しい時間を過ごす具体的イメージを持っている人という。
【人生に何かを求めるのでなく、人生が私に何を求めているかを問うべきだ!】
が、特に印象に残っている。女監督官は、ただヴェーユが可愛いという理由
だけでなく、光る何かを見出したのだろう。そして、その後、彼女は光った
のである。肯定的イメージ化と、信念こそが、人生で最も必要ということか。
――
2003/09/19
《V・E・フランクル》について
 十数年前にフランクルの「夜と霧」を読んで感銘した。
そして数年前、春秋社の以下の彼のシリーズをむさぼり読んだ。
人生の調度まがり角であったためであろう。
その意味の深さー絶対的人生の肯定に魂を揺さぶられた思いであった。
彼の「意味」発見のための3つの問い
「私は、この人生で,今何をすることを求められているか」
「私のことをほんとうに必要としている人は誰か。その人は、どこにいるのか」
「どの誰かや何かのために、私のできることには、何があるか」
この3つを常に念頭において生きることが,『なすべきこと』
『満たすべき意味』を発見するための手がかりになると、
フランク心理学では考えている。

特に以下の分析には深く納得をした。
ー自己超越のための3つの意味(価値)ー
1・創造価値: 創造行為を通して得られる意味
          =仕事・子育て・学問・芸術
       ー力への意志
2・体験価値: 体験を通して得られる価値・意味
          =自然・芸術・愛
       ー愛への意志 
3・態度価値: 運命に対し模範的な態度を取ることで
        得られる価値・意味ロゴスの覚醒=対象との一体化
        ※自身が何らかの喜びに満たされていること
       ー知への意志 
人生には発見されるべき価値や意味がある
 (1)意志への自由 (いかなる境遇でも自由意志を持つことができる)
 (2)意味への意志 (意味と目的を発見し充足するのは人間の努力である)
 (3)人生の意味  (創造・体験・態度生きる姿勢の中に意味を見出す)
  ー生きることは価値判断(学習)と選択の連続である

ー私が読んだ本は以下であるー
・「夜と霧」:ドイツ強制収容所の体験記録
 V・E・フランクル 霜山徳爾(訳)  みすず書房  1985年
・「それでも人生にイエスと言う」 V・E・フランクル 山田邦男・松田美佳(訳)   
  春秋社   1993年

・「宿命を超えて、自己を超えて」
 V・E・フランクル山田邦男・松田美佳(訳)   
  春秋社   1997年

・「<生きる意味>を求めて 」
  V・E・フランクル  諸富祥彦(監訳)
  上嶋洋一・松岡世利子(訳)   
  春秋社   1999年

・「フランクル回想録:20世紀を生きて」
  V・E・フランクル  山田邦男(訳)  
  春秋社   1998年

・「フランクルに学ぶ 」    
  斉藤啓一 日本教文社  2000年

・「どんな時も、人生に‘YES’と言う
  諸富祥彦
  大和出版
・・・・・・
2003/09/20
《V・E・フランクル》について
十数年前にフランクルの「夜と霧」を読んで感銘した。
そして数年前、春秋社の以下の彼のシリーズをむさぼり読んだ。
人生丁度まがり角であったためであろう。
その意味の深さー絶対的人生の肯定に魂を揺さぶられた思いであった。
彼の「意味」発見のための3つの問い
「私は、この人生で,今何をすることを求められているか」
「私のことをほんとうに必要としている人は誰か。
 その人は、どこにいるのか」
「どの誰かや何かのために、私のできることには、何があるか」
この3つを常に念頭において生きることが,『なすべきこと』
『満たすべき意味』を発見するための手がかりになると、
フランク心理学では考えている。
ーー 
  『夜と霧』(みすず書房、1971年新版)
収容所での体験を描写することによって語っているのは
「人は変えようのない運命に直面したときでも、それに対して取る゛態度゛
というのは自ら選ぶことができる」という真実です。精神的自由、すなわち
環境への自我の自由な態度は、この一見絶対的な強制状態の下においても、
外的にも内的にも存しつづけたということを示す英雄的な実例は少なくない
のである。強制収容所を体験した人は誰でも、バラックの中をこちらでは
優しい言葉、あちらでは最後のパンの一斤を与えて通って行く人間の姿を
知っているのである。そしてたとえそれが少数の人数であったにせよ
――彼等は、人が強制収容所の人間から一切を取り得るかもしれないが、
しかしたった一つのもの、すなわち与えられた事態にある態度をとる人間の
最後の自由、をとることはできないということの証明力をもっているの。
「あれこれの態度をとることができる」ということは存するのであり、
収容所内の毎日毎時がこの内的な決断を行う数千の機会を与えたのであった。
その内的決断とは、人間からその最も固有なもの――内的自由――を奪い、
自由と尊厳を放棄させて外的条件の単なる玩弄物とし、「典型的な」収容所
囚人に鋳直そうとする環境の力に陥るか陥らないか、という決断なのである。」
 生きていれば、誰しも避けがたい苦悩に直面するわけですが、そういった
ときに、「どのような゛態度゛を取るのか」というコトが問題となってくる
のだと思います。変えられない運命に絶望しニヒリズムに陥ることや、責任を
転嫁して他者を恨むこと、現実逃避のために自暴自棄になることは簡単
だけれども、フランクルは、そういった態度は人間としての自由と尊厳を
放棄した態度だと言っているのだと思います。

「〜生命そのものが一つの意味をもっているなら、苦悩もまた一つの意味を
もっているに違いない。苦悩が生命に何らかの形で属しているならば、また運命
も死もそうである。苦悩と死は人間の実存を始めて一つの全体にするのである。
 一人の人間がどんなに彼の避けられ得ない運命をそれが彼に課する苦悩とを
自らに引き受けるかというやり方の中に、すなわち人間が彼の苦悩を彼の十字架
としていかに引き受けるかというやり方の中に、たとえどんな困難の状況に
あってもなお、生命の最後の一分まで、生命を有意義に形づくる豊かな可能性が
開かれているのである。」 変えようがない事実そのものをそのまま認識し、
そこから自分はどうするのか、何が出来るのか、といった自らの可能性を考える
態度。それは、苦しみを受け入れ、苦しみに耐えながら、苦しみと共に生きて
いこうとする態度。人はこのような苦悩を正面から受け取る態度を取ることに
よって初めて、その苦悩を乗り越え、自己をさらなる高みに引き上げることが
出来るのだと思います。ここで、苦悩の持つ意味・価値が創り出されるのでしょう。
 フランクルは、このように苦悩を超えることによって生み出された価値という
のは、他の価値とは次元の違うものであるとしています。彼は、それは如何なる
外的状況(例えば、傍から見れば「失敗」であったり「不幸」であったり「悲惨」
であったりするような状況)に関係なく得るコトの出来る価値だと述べる。
 このように、苦悩を自己の飛躍へと転化することというのは、きっと誰にでも
可能なことなのだろう、とわたしは思います。わたしたちの苦悩が収容所での
経験を凌駕するほどの悲惨なものでないのなら、この、人間が運命に対して挑む
ことの出来る唯一のやり方、「事実を受け入れ、そこから生きていくという姿勢
を取るコト」は、わたしたちにも可能だろうと思うのです。フランクルも本の
中で、このような態度を取ることが出来た人が過去において一人でもいたという
事実そのものが、「人間がその外的な運命よりも内的にいっそう強くありえる」
ということの証しとなると述べています。
 わたしたちはともすれば、自分を取り巻く様々な運命的な制限(生まれや能力、
容貌、環境などなど)に落胆し、成す術もなく空虚な気分になりがちですが、
しかし、これらの変えようのない事実をしかと受けとめ、その苦しみに塗れ
ながらも、どうにかして何かをしていこうという姿勢こそが、わたしたちを
内的な成長へと導いてくれるのだとフランクルは言っています。収容所の中で
さえ、そのような偉大な所業を成し遂げた人間がいるのなら、現代に生きる
わたしたちに出来ないはずがないでしょう。全ての苦しみをかかえる人が、
それぞれ立っている場所から自己と自己に与えられたモノを見つめることに
よって、それぞれの意味を見出し、苦しみを乗り越えることが出来るはず。
わたしはそう思っていたりします。「真の運命を正しく耐え、率直に苦悩する
ことは、それ自身、行いであり、まさに人間に許される最高の成就であり
業績である。」  (『神経症の理論と治療』より)
-----------
「夜と霧」からの抜粋
ー内面化と内的豊かさー
 人間が強制収容所において、外的のみならず、その内的生活においても、
陥って行くあらゆる原始性にも拘わらず、たとえ稀ではあれ著しい
”内面化への傾向”があったということが述べられなければならない。
元来精神的に高い生活をしていた感じ易い人間は、ある場合には、その比較的
繊細な感情素質にも拘わらず、収容所生活のかくも困難な、外的状況を苦痛では
あるにせよ彼等の精神生活にとってそれほど破壊的には体験しなかった。
なぜならば彼等にとっては、恐ろしい周囲の世界から精神の自由と内的な
豊かさへと逃れる道が開かれていたからである。”かくして、そしてかくして
のみ繊細な性質の人間がしばしば頑丈な身体の人間よりも、収容所生活を
よりよく耐え得たというパラドックスが理解され得るのである。”
 若干の囚人において現れる内面化の傾向は、またの機会さえあれば、芸術や
自然に関する極めて強烈な体験にもなっていった。そしてその体験の強さは、
われわれの環境とそのすさまじい様子とを忘れさせ得ることもできたのである。
 〜中略〜 あるいは一度などは、われわれが労働で死んだように疲れ、
スープ匙を手に持ったままバラックの土間にすでに横たわっていた時、一人の
仲間が飛び込んできて、極度の疲労や寒さにも拘わらず日没の光景を見逃せ
まいと、急いで外の点呼場まで来るようにと求めるのであった。
 そしてわれわれはそれから外で、西方の暗く燃えあがる雲を眺め、
また幻想的な形と青銅色から真紅色までのこの世ならぬ色彩とをもった様々な
変化をする雲を見た。そしてその下にそれと対照的に収容所の荒涼とした灰色の
掘立小屋と泥だらけの点呼場があり、その水溜りはまあだ燃える空が映っていた。
感動の沈黙が数分続いた後に、誰かが他の人に
 「世界ってどうしてこう綺麗なんだろう」と尋ねる声が聞こえた。
ー運命としての苦悩を受け入れるー
 かかる人々は、著しく困難な外的状況こそ人間に内面的に自らを超えて
成長する機会を与えるものだということを忘れているのである。
収容所の外的な困難さを内的な試練の試みに変える変わりに、彼等は現在の
存在を真面目に受けとらず、それをある重要でないものに貶め、過去の生活に
思いを寄せることによって現在の前では目を閉じるのが最も良いと考える。
ところで具体的な運命が人間にある苦悩を課する限り、人間はこの苦悩のなか
にも一つの課題、しかもやはり一回的な運命を見なければならないのである。
人間は苦悩に対して、彼がこの苦悩に満ちた運命と共にこの世界でただ一人
一回だけで立っているという意識にまで達せねばならないのである。
何人も彼から苦悩を取り去ることはできないのである。
”何人も彼の変わりに苦悩を苦しみぬくことはできないのである。
”まさにその運命に当たった彼自身がこの苦悩を担うということの中に
 独自な業績に対するただ一度の可能性が存在するのである。
 ー【フランクルに学ぶ(日本教文社,斉藤啓一】ー
・『 人間など,いくら優秀でも大したことはできない.
   真に偉大な業績は,宇宙の力を借りて行う.』
・『 人間は近くに,神は遠くに幸福を見る.
  【2016年5月22日字数制限のためカット】


5545,子どもはなぜ勉強しなくちゃいけないの? 〜①

2016年05月21日(土)

      『子どもはなぜ勉強しなくちゃいけないの? 』
                     おおたとしまさ(著)
   * 子どもはなぜ勉強しなくちゃいけないの? 〜①
 人生の黄昏時に思うことは、<もっと世界のことを知っておきたかった、
もっと様々な経験をしておけば良かった>である。そのベースは、子供の頃に、
つくってこそ、可能になる。 ということは家庭環境の家系も大きく左右する。
 学生時代を終えようとする時、それまでの知識不足に気づき、それから半世紀
近く、読書を続けてきたが、ベースの絶対的質量の不足をカバーできなかった?
ようだ。 「10歳までに、人生が決まってしまっている」というが、図書館で
見つけた、この本。子供向きの本かと思っていたら、熟年向きでもある。
 5年前、会社を早々、整理をした結果、「この男、あまり頭の良くない!」と、
陰口で言われたのだろうが、一番、実感しているのが当の本人。正に10歳まで
に決まっていた。 <子どもはなぜ勉強しなくちゃいけないの?>の答えが、
私の人生そのもの。その時点で、人生は既に決定済み。
「事前の一策は、事後の百策に勝る」の「策」が学び(勉強)であり、
事後の百策では、子供の時代の学び不足に追いつかない。ただ、その自覚が
あるだけ少しはまし? 〜まずは、アマゾンの内容紹介の
  [子ども編]より
 ☆ 荒俣 宏
人間は動物よりも多くを勉強して生き残った/
お父さんお母さんが言うことも1つ2つは聞いてみよう/
きらいな勉強は好きなことに無理やり結び付けよう
 ☆ 内田 樹
大人も勉強する理由を本気で考えたことがない/
生き延びる力を身に付ける/
どうやって仲間と支え合うのかを学ばなければ/
勉強するのは「自分のため」じゃない
 ☆ 瀬戸内寂聴
勉強しないと心の栄養失調になる/
テストの点数は気にしなくていい/
得意なことに気付くと勉強が楽しくなる/
本からも「心の栄養」は得られる/
 ☆ 坂東眞理子
子どものころに勉強の習慣と土台をつくろう/
勉強がつまらないなら100点を取ろう/
どうしようもないことをやり過ごすことも学ぼう/
勉強するのはお金のためだけじゃない
 ☆ 福岡伸一
勉強すれば「思いこみ」から自由になれる/
人類の歩んできた道を自分の足でふみしめる/
たった十数年で3000年以上分のおさらいをする/
「大きな問い」は「好きなもの」の形で現れる/
 ☆ 藤原和博
人生とは経験値をためるゲームのようなもの/
「最強装備」は遊びから手に入れる/
「最強装備」があれば「究極の力」が手に入る/
クレジットをためればためるほど自由になれる
 ☆ 茂木健一郎
勉強することとは自分をかがやかせること/
勉強を続けるコツはマイペースを保つこと/
学校を利用する気持ちになれば勉強は楽しくなる
 ☆ 養老孟司
「そんなくだらないことを聞くんじゃない! 」/
勉強とは「山道を登る」みたいなこと/
好きなことを思い切りやれば勉強が必要になる/
「答え」を知ることよりも考えることが大事
――
▼ 一言一言が、どれも身に覚えのあること。幼児なりに、言葉から
 何かを察知する言語能力が必要である。やはり、両親、特に父親の幼児
教育がベースになる。人生の「最強装置」から得た経験値は、遊びにあった。
「もっと稼いでおけば良かった」でなく、「もっと遊んで楽しんでおけば
良かった」が、最後の最後に残る。結局、何か心の底から楽しめるシステム
を、見つけ出しおくことが必要であり、それが子供時代の学びから生じる。

・・・・・・
5180,私はガス室の『特殊任務』をしていた
2015年05月21日(木)
    * ガス室の中の、断末魔の地獄絵   『読書脳』立花隆著
 ー私はガス室の『特殊任務』をしていたーショロモ・ベネツィア著を、
『読書脳』立花隆著で紹介をしていたが、その内容は極めて凄惨である。
ガスを吸った瞬間死ぬのではなく、15〜20分の間、のたうちまわるのだ。
そこで生残った特殊任務部隊員(囚人)の証言が生々しく記されている。
≪「人体組織の抵抗力で目が眼窩から飛びだした人もいました。
 身体じゅう出血している人もいれば、自分や他人の排泄物で汚れている人も
いました。恐怖とガスの効力で、犠牲者は身体のものを全部排出することが
多いのです。(略) みんな苦しんで死んでいました。普通の人は、ガスが注入
され、はい終わりと考えるでしょう。でも、なんという死か!…。よく見ると、
お互いにしがみついて、少しでも空気をと、みんな必死だったんですね。
床に落ちたガスから酸が発散するので、みんな空気がほしくなる。
そのために、最後のひとりが死ぬまでみんな互いの上をよじ登ろうとする」 
その言葉通りまるで運動会の棒倒しのように、天井の空気穴めがけてもがき
あい手足をひっぱりあい重なりあいながら人間ピラミッドを作るようにして
死んでいた。その一体一体が苦悶の表情を浮かべている。ガスの注入から全員
の死亡まで15分〜20分だった。断末魔の悲鳴が徐々に弱くなり、無音になる
のを待って、特殊任務部隊(囚人)が中に入り、からみ合った死体を一体
一体引き離し、焼却炉に運んだ。遺体の口を開き、金歯をしている者からは
金歯を抜いた。ガス室の中に入ることを許されたのは、特殊任務部隊員だけ。
彼ら自身も三ヵ月ごとにガス室で処分され、秘密が保持された。生き残り
数十人だけがガス室の中で起きたことを証言したが、あまりのおぞましさ故に、
その詳しい実情はこれまであまり表に出なかった。 本書は2007年に仏国で
出版されると大ベストセラーになり、世界15ヶ国以上で翻訳されている。
これを読まずにアウシュヴィッツに行っていたら、私も東大生と同じように、
ガス室や焼却炉の残骸を見ても、犠牲者の髪の毛の山や遺品の山を見ても、
本や映画で見たのと同じと思い、ショックを受けなかったかもしれない。≫
▼ 多くが糞尿を垂れ流し、断末魔の苦しみの中で死んでいく姿が、そのまま
 描写している。個々では、どこかの病院の一室で毎日あることだが、それが
集団となると地獄絵そのもの。20世紀は、集団殺戮の世紀で、一億近くの
人たちが抹殺された。21世紀の現在も、北朝鮮や、中近東で、こうした
殺戮が現に行われている。恐ろしいが、これが現実である。ー以下も御覧あれ!
――
2015/03/15
ホロコーストを生き延びて
  * 囚人番号A26188〜ホロコーストを生き延びて〜
          〜15年3月11日 水曜 午後6時〜6時50分〜
 先日、大相撲が終わり何気なくまわしたチャンネルが、この番組。
当時の凄惨な収容所や、殺された人たちの写真と共に淡々と語る老婆
へニアの話に、我を忘れ見入ってしまった。転々としたどの収容所でも、
奇跡的に助かり生き延びた内容は、想像を絶した生き地獄。 途中で、
この番組を数年前に見ていたことに気づいた。 ポーランド、ソ連を
中心に500〜600万人が虐殺されたホロコーストは残酷の極み!何度見ても、
その悲惨さに驚愕をする! 〜NHKのHPの、その紹介記事から〜
≪ 1939年のドイツによるポーランド侵攻は、ある少女の運命を狂わせた。
 靴工場を経営する父と母、3人の兄弟と幸せに暮らしていたヘニアは、
マイダネク強制収容所、「シンドラーのリスト」の舞台として知られる
プワシュフ強制収容所、アウシュビッツ強制収容所、終戦時のベルゲン・
ベルゼン強制収容所と、4つもの収容所を転々とし、偶然と機転、そして
時には他人に助けられて奇跡的に生き残ったのだ。
 現在南アフリカで静かに暮らす彼女は、ホロコーストを知らない若者が
増えていることに危機感を抱き、今まで夫や息子にも話さなかった悲惨な
過去を明らかにすることを決めたという。目の前で日常的に繰り返された
ナチスの残忍な行為の数々、アウシュビッツ解放前に強いられた“死の行進”、
家族の行方―ホロコーストを生き延びた“囚人A26188”ヘニア・ブライヤー
が、壮絶な体験のすべてを語る。≫
▼ 20世紀といえば、スターリン、毛沢東、ヒトラー、ポル・ポトなどが、
 大量殺戮を重ねた世紀。彼らは国内や隣国の人民を1〜2割も殺戮した、
というから、平和ボケした日本では想像すら出来ない事態。 現在も、
北朝鮮が同じような状況にある。社会主義も資本主義も駄目というなら、
何が良いのか? その上、情報機器が飛躍的に進化する中、政治体制が、
それを持った大衆をコントロールするのは至難の業である。その行着く先は
混沌とした世界。そして極端な原理主義が、世を覆い、同じような大量殺戮
の世が再び、生じる可能性が出てきた。人間は本当に進化したのだろうか?
・・・・・・
4815,尊厳死は必要か ー1
2014年05月21日(水)
 尊厳死について、多くの身近な人たちの最期をみて、これは正しい!
という答えが無いことを前提に、司法は可能な限り介入すべきではないと思う。 
回復の見込みがなくなった時に治療の中止を認める、尊厳死法案が検討されて
いるが、これは当然のこと。人生の終わりに、どうすれば尊厳は守られるのか、
当人にとって大問題である。この3月末にとり上げた、
「そんなに長生きしたいですか 1〜7」の内容に通じるところがある。
◆ 深く悩み納得するのが先 ー①   <映画監督・周防正行>  
                 ー朝日新聞 オピニオン〜耕論ーより
《「患者に良かれ」と思い、治療をやめたお医者さんが、告発される。
 一度つけた呼吸器は外せない。そんなことがあるのなら、何らかの法律が
要るんだろうなと漠然と思っていました。でも、2012年に公開した映画
「終(つい)の信託」をつくるため終末期医療を調べるうち、「待てよ」と
感じるようになりました。死の迎え方は、人がどう生きてきたかと同じように、
一律ではない。経済的な理由から治療をやめざるをえない場合もあり、
社会システムの問題でもあると気付いたのです。取材してわかったのは、
食べられなくなった時に栄養を直接いれる胃ろうをつけた家族も、つけな
かった家族も、どちらも「正しかったのか」と悩んでいること。そこに正解
はなく、あんなに考え、話し合って決めたのだから、という思いがせめてもの
救いになるのでは。その質と量によって納得するしかないんですよね。
 今の医療現場では、患者や家族と医師らの間で信頼関係を築きにくい。
お互い忙しく遠慮もあるのでしょう。患者や家族がいつでも、これからの
ことや不安を相談できる人が病院にいる態勢づくりが、大事だと思う。
患者と医師を結びつけてくれる窓口のような存在がいると、患者や家族は
深く考え、きちんと悩めるようになるのです。この人が望む道は何なのか。
共通認識を持ち、それを実現するのが「尊厳ある治療」なんじゃないかな。
まずはそれが大事。良い医療かどうかって、患者や家族がいかに納得できる
かにかかっている。コミュニケーションがうまくとれないとだめなんです。
・・・ つづく 》
▼ 医療現場では、各個人の尊厳死に至るまでのフォローする仕組みなど
出来ていない。あとは、医療経営に有利な延命治療か、家族の都合によって
生かされるか、殺されていく。病院を監獄と看做すと、病室は獄内、身体に
つけられたチューブは鎖、看護婦は刑務官になる。そこでは、拷問のため
生かされた人たちの苦しみの悲鳴が聞こえてくる。チューブを外し、死なす
尊厳死は犯罪として禁じられている。しかし、当人も、家族も、それを望む
なら、拷問のような苦痛の人を死なせることも、必要になる。それを法律で
禁止すること自体に問題がある。縁者の死際では、殆どが医者の手で、呼吸を
止めているが、その前段階に、本人や家族の希望で延命を認めるべきだが、
色いろなケースがあるから一概に断じることが出来ないのが末期医療。
今までは他人事だったが、今では近い将来の問題になってしまった。
・・・・・
4448, 屋根裏に誰かいるんですよ −2
2013年05月21日(火)
   「屋根裏に誰かいるんですよ―都市伝説の精神病理」春日 武彦著
 「幻の同居人」をネットで検索すると、日本老年精神医学会学会での
「幻の同居人」に関する考察で、医師の深津亮(埼玉医科大学)が講演で、
以下のような発表をしていた。
1.はじめに = 超高齢社会を迎えた我が国の社会構造は劇的な変化が
 もたらされている.高齢者は社会的に孤立を余儀なくされており,このような
孤独な環境は 種々の喪失体験を増悪させ,特有の妄想反応や誤認症候群を生じる
母胎となる.「幻の同居人」もその様な症状の一つであり,「自分の家の中に
だれか知らない人たちが住み込んでいて,さまざまなかたちで自分を苦しめる」
という妄想と定義されている.「幻の同居人」はRowwan EL が1984 年に
「自分の家の中にだれか知らない人が住み込んでいて,さまざまなかたちで
自分を苦しめる」と訴える女性例を報告したことをもって嚆矢とされている.
「幻の同居人」は「天井裏や,床下に住んでいる」,「留守にすると部屋に
入ってきて,いろいろなものに触っていく」などと訴えられる.さらに自分
の行動がその同居人に監視されていると確信していることがある.
Rowan の報告例では,知的機能の低下や感情障害が明らかではなく,思考,
感情,精神運動の障害や退行などの脳器質性障害を示す徴候も認められない
ことから遅発性パラフレニーにみられる被害妄想とされた.
2・「幻の同居人」はどのような精神症状か?=「だれかが自分の家に
侵入して,物を盗んでいく,部屋を汚す,嫌がらせをする」などの住居(家)
に関する被害妄想は遅発性パラフレニー,遅発性統合失調症,接触欠損性妄想症
などにも認められる.高齢者では少なからず見出される.我が国においても,
同様の症例は,報告されている. 精神症状はいかなるものか,幻覚か,
実在性意識か,あるいは想像上の友達などとの鑑別が必要と思われるが,
必ずしも明確でない。
3.「幻の侵入者」か「幻の血縁者」か? = 確かに「幻の同居人」は,
 本邦の高齢者にも稀ならず見出される.Terada S らは前述の「幻の同居人」
の特徴を分析して,「幻 の侵入者」と記載した.我が国では,このほかに
父,母,祖父,祖母,子供などの血縁者が現れることがある.外部から
侵入するのではなく被害的でも敵対的でもないことが多い.
むしろ親密で友 好的協調的な懐かしい血縁者であり,特に小さな子供の場合も
少なくない.これらは「幻の血縁者」と呼ぶことができるかも知れない.
この様なタイ プの同居人が比較的よく見出されることが我が国の特徴のように
思われる.また妄想性誤認症候群,鏡像現象やTV 現象を伴うことも稀ではない.
  4.「幻の同居人」の発現機構 = このような精神症状は加齢による
さまざまな変化や社会文化的背景をもとに出現していると考えられている.
精神機能の解体過程,退行などによ ってゲマインシャフト的世界,しかも
日本的な農村共同体への回帰とみることができよう.「幻の血縁者」に子供が
現れることは,遠野物語のザシキワラシ 伝説とも相通ずることを示唆している.
▼ 以上だが、この「屋根裏に誰かいるんですよ」で、< 身体の一部を
 失っても、脳機能は、それがあたかも存在するように感じ取る働きをする。
それに似た働きに近いのでは>は納得できる。作家の佐藤愛子本人が、色いろな
場所で、これに近い経験をしているが、作家なら、冷静に精神の衰えと看破する
はずだが、どうだろう。知人の夫人の場合は、高齢者の孤立、種種の喪失体験
などによる精神不安定が見て取れる。老化による精神機能の解体過程に出てくる
妄想ということ。私にもサードマンが頭の中に同居しているが、これは自分で
意識的に作りあげた対自。ちょっと違うか。
・・・・・・
4074, 屋根裏に誰かいるんですよ
2012年05月21日(月)
        「幻の同居人」―都市伝説の精神病理  春日 武彦 (著
   ーアマゾン 紹介文ー
 まず、その奇妙なタイトルが目を引く。しかし本書は、そのタイトルから
受けるコミカルな印象とは異なり、精神科医である著者が、現代社会における
さまざまな精神病理を、きわめて冷静に考察したものである。 ある日、
ひとりの老女が、「自分の部屋に勝手に人が入ってきて困る」と訴える。
その侵入者は、彼女の部屋にある日用品などを盗んでいったり、ちょっとだけ
位置をずらしていったりするという。しかし、姿は見えない。まるで、
「座敷わらし」などの妖怪のしわざとしか言いようがない不可解な話を、
老女は真剣に語る。表題となっているこの症例は、「幻の同居人」と呼ばれる。
このような症例は、多数報告例があるらしい。患者たちは、脳に器質的な異常が
認められるわけではなく、精神的にも問題ない場合が多い。「妄想の突飛さと
当人の穏やかな常識人ぶりとのあいだに乖離が生じているときには、精神医学は
たちどころに歯切れが悪くなってしまう」と著者は言う。それがこの症例の複雑
さと奇妙さとを物語っている。本書は、現代社会においても、妖怪と出会うと
いったような「非日常」的な現象が、たちあらわれる瞬間があることを示唆する。 
精神科医が語っているだけに、いっそう説得力がある。
▼ ある亡くなった友人の奥さんが数年前、急に事務所に訪ねてきて、世間話の
後に何気なく「最近、家に侵入者が時々入ってくるが、生前、主人が何か言って
ませんでしたか」と言う。「侵入者とはとんでもないこと、どういうこと?」
と吃驚して聞きなおすと、「自宅の屋根裏に侵入者がいて、彼方此方、徘徊して
いる。」という。よくよく聞いた後、「貴女は魔界に一歩踏み込んだようですね。
ご主人からは、それについて聞いたことはありません。」と答えた。
警察に相談して屋根裏を調べてもらった時の写真を何枚か出して、「私には、
侵入者が見えるが,貴方は見えませんか」という。 私には全く見えなかったが、
その辺から、何か精神的に追い詰められているのだろうと思い始めた。
その後、ご主人と共通の複数の知人から彼女の同様の話を聞かされた。
本人には、実際に屋根裏に何かがいるのだろう。彼女は初老で、独り暮らし。
佐藤愛子が、似たような現象を経験している。それと同じかどうか私には
分からない・・・ 


5544,閑話小題 〜悪口は泥棒より悪いって知っていた?

2016年05月20日(金)

      ー「泥棒と悪口と、どちらが悪いか」三浦 綾子(作家)
                 『人間学入門』(致知出版社)より
   * 「泥棒と悪口と、どちらが悪いか」
 以前、この道理を知ったとき、そこまで悪口が罪悪とは思ってなかったこと
もあって、驚いてしまった。大家族の中で育ったためか、本能的に、悪口や、
他人の誹謗中傷を言うことがタブーか知っていた。一番立場の弱い末っ子が、
まず身につけるしかない自己防御のなせる業である。それが、進級、進学に
つれて、育った環境などにより、弱者に対する虐めや、悪口を言う人の比率が
増えていった。 学校、職場、一般社会も、階層があって、そのコントロール
として、誹謗中傷と悪口が、大きな働きをしていた。 それを筆者がズバリ、
泥棒より悪口が、悪いと断じるから・・  〜その辺から
≪・時折、講演で話すんですが、「泥棒と悪口を言うのと、どちらが悪いか」。
私の教会の牧師は「悪口のほうが罪が深い」と言われました。
大事にしていたものや、高価なものを取られても、生活を根底から覆される
ような被害でない限り、いつかは忘れます。少しは傷つくかもしれませんが、
泥棒に入られたために自殺した話はあまり聞かない。だけど、人に悪口を
言われて死んだ老人の話や少年少女の話は、時折、聞きます。
「うちのおばあさんたら、食いしんぼうで、あんな年をしてても三杯も食べる
のよ」と陰で言った嫁の悪口に憤慨し、その後一切、食べ物を拒否して死んだ、
という話があります。
・それと、精神薄弱児の三割は妊婦が三か月以内に強烈なショックを受けた時
に生れる確率が高いと聞いたことがありますが、ある妻は小姑に夫の独身時代
の素行を聞き、 さらに現在愛人のいることを知らされた。
それは幸せいっぱいの兄嫁への嫉妬から、そういうことを言ったのです。
この小姑の話にちょうど妊娠したばかりの妻は大きなショックを受け、
生まれたのは精神薄弱児だったそうです。 恐ろしい話です。私たちの何気なく
言う悪口は人を死に追いやり、生まれてくる子を精神薄弱児にする力がある。
泥棒のような単純な罪とは違うんです。 それなのに、私たちはいとも楽しげに
人の悪口を言い、 また、聞いています。 そしてああきょうは楽しかった、
と帰っていく。 人の悪口が楽しい。これが人間の悲しい性です。
・もし自分が悪口を言われたら夜も眠れないくらい、怒ったり、くやしがったり、
泣いたりする。 自分の陰口をきいた人を憎み、顔を合わせても口をきかなくなる
のではないでしょうか。 自分がそれほど腹が立つことなら、他の人も同様に腹が
立つはずです。そのはずなのに、それほど人を傷つける噂話をいとも楽しげに語る。
私たちは自分を罪人だとは思っていない。 罪深いなどと考えたりしない。
「私は、人さまに指一本さされることもしていません」。 私たちはたいてい
そう思っています。 それは私たちは常に、二つの尺度を持っているからです。≫
▼ これを読んだのは、20年前になる。元もと、噂話や、他人の中傷誹謗に
 興味がなかったが、大家族の中では、第三者の話題はタブーに近かった。
学生時代も、殆ど、批評はすれど、批判をしないのが通り相場。いい大人が、
悪口など、男が廃るという空気があった。しかし、自分が人を使う立場になると、
飴と鞭のムチを、知らず知らず使いだしていた。知人に噂話を売りにした人が
何人か存在するが、耳を塞ぎたくなるほど聞くに堪えない。長年、かかって顔が
暗く澱み、声まで変質している。あれ、万引き常習者になるが、これも悪口か・・ 
――――
2016/04/07
愛と孤独 ―池田晶子の言葉 〜⑤
     『幸福に死ぬための哲学 ―池田晶子の言葉 ー』池田 晶子(著)
   < 孤独の味わい方 >
  * 他人の悪口が気になる人へ
《 人間には、自分の中の気になるものを、自分の外に見つけ出すという妙な
 癖があります。自分の中のそれが気になるからこそ、他人の中のそれが気に
なるのですね。 よくあるでしょう、誰かの悪口を言っているその人が、
自分が悪口を言っているその人にそっくりだということが。つまり、人間は、
自分の中にあるものだけを他人の中に見る。裏返せば、人間は、自分の中にない
ものを、他人の中に見ることはできない。当然ですよね、だって、ないものは、
ないんだから。ないものは、気になるはずがないんだから。 》〜『人生は愉快』
 ☆ 時間薬の効果で言えることだが、5年前の会社清算の一連が、当事者と
しての内なる記者の目線でみえた現象の面白さは格別であった。
 プラモデルの趣味の人に、それが壊れたとて、喪失感は少ない。それは、
楽しんだ結果でしかないから。所詮、悪口とは、その人間そのものの影!
――――
2003/11/25
965, 悪口についての一考察
 悪口については、随想日記の中では何回も書いている。
しかしテーマにしたことは無い、一番イヤなテーマであるからだ。
昨日、新聞を見ていたら‘メジャー’ヤンキ−スの松井は中学校二年生以来、
悪口を言ったことがないという。(所詮は勝ち組が言っているから注目
している部分もあるが)
それでは「私の場合は如何だろうか?」と考えてみた。
本音でいうと
 可能な限り言わないようにしている。その為には嫌いな人のいる場には
 極力行かないようにしている。例えば、ライオンズとか商工会議所などである。
 痴呆名士志向の子狐的人間である。  地方で頑張っている人はこういう
 傾向が強いから始末が悪い。自分より肩書きや収入が多い人間には媚び
へつらい、下の人間には尊大な人だ。 仕方ないのは解っているが。
「お前の姿でもある」といえば、そうかもしれない。
  人間にとって自分は善人であり他人は悪人なのである。
 自分を理解しろと必死になるが、嫌な人を理解しようとはしない。
 それは、怠惰という無精者に過ぎないことに気づいていないからだ。
  〜辞典には
 ー悪口は「他人について、劣っていると(事実に反し、また実際以上に)
 いう言葉」とある。
 ー陰口は「その人のいないところで、いう悪口」と書いている。
 悪口とは事実に反してと書いている。
 
 週刊誌などは、それで持っているいるようなものだ。
 大衆の一番弱いところを狙っているのだ。
 辞書のとおりならば、悪口の経験のある人は虚言罪で天国の門は間違っても
 叩かれないことになる。
  ☆ 思いつくまま「悪口」について頭に浮かんだことを書いてみる。
・「悪口はドロボーより悪い!」と曽野綾子の本にあったが、まったく
 曽野(その)とおりである。ドロボーは人を殺さない、しかし悪口は時に
 人を殺す。
・悪口は結局は、自分の事をいっているに過ぎない。
 したがって根は深い。ただ自分で気がついてないのだ。
 悪口はその人の歪んだ心象風景といってよい。
・悪口にも色いろある。
 本人に面と向かっていう悪口と
 陰でいう悪口がある。
・宗親(居酒屋おやじ)「馬鹿野郎!これで俺等居酒屋が、
 商売でもっているんだ!でも酷いもんだよ!
 サラリーマンの悪口は耳を塞ぎたくなるより、
 『その対象の奴より、言っている本人を張り倒したくなるよ!! 
 まあ、そうでもしなくては精神のバランスが保てないのだろうがね』            
                         ー続く
ーーーー
2003/11/26
966, 悪口についての一考察 −2
 どんなに憎んでも、面と向かって言ってはいけない言葉があると。
しかし、悪口は楽しいのである。これが人間の悲しい性である。
4~5年前にある泥酔の高校の同級生二人に呼び出されたことがあった。
片っ端から知人の悪口を言っていたが、私を呼び出す前までは私の悪口を
言っていたのがミエミエであった。そして「人の悪口は楽しい!」といって
いる姿に唖然とした。そう、こう書いているこの文章も、彼らの悪口だが。
 私の場合、こと人間の真髄に関しては何を話しても悪口になってしまう。
虚飾などどうでもよい?見えるのは裸の猿の狂った姿である。
大学のたまたま入った学部が社会学部であった。早くいえば人間学である。
人間関係の網の構造を瞬時に洞察する訓練を受けているから始末が悪い。
さらに、こういう社会学的な本が好きで40年近く読み続けているから
知らないうちに外部化しているのだろう。
表面的な付き合いの人間には、全てが悪口に聞こえるはずだ。
同級生のスナックのママに説教をされたが、その道の専門家いやアマチュア
ということは知らないようだ。
 ところで悪口という概念は、なんの思想も持ち得ない。
ー怒れば、ストレス解消・精神衛生などという隠れみので、自己のプライド
 など微塵もみせず?に罵詈雑言をいい続ける。
ー気分の良い時は調子よく聖句などを持ち出してきて、
「悪口はいけません」とのたまう。
この二面性を持っているのが人間の姿である。
悪口の後で「仕方ないさ、人間だもの」と繰りかえす。
ー悪口をいま思い出せる言葉を羅列してみるとー
「服のセンスが悪い」「だらしがない」「カスが人間をまとっていうような奴」
「子狐のような奴」「屑どもめ」「仕事が出来ない」「気がきかない」
「痴呆迷死」「ミス何々ー失敗ばかりする女」「ダニ」「自民党のような奴」
「たかり」「くそったれ」「共同便所のような女」「東京ガス」
 悪口はまるで無尽蔵である。
嫉妬心・怒り・敵意・ねたみ・憎しみ・優越感・軽薄など心の底に
渦巻いているドブから発するガスである。
 
 ー インターネットで調べた内容をコピー ー
  「悪口をやめよ 」
 ヤコブ4:11〜12
 箴言26:17〜28
 マタイ5:21〜24
  ー皆川尚一牧師ー
 悪口をやめよ!
兄弟たちよ。互に悪口を言い合ってはならない。兄弟の悪口を言ったり、
自分の兄弟をさばいたりする者は、律法をそしり、律法をさばくやからである。
もしあなたが律法をさばくなら、律法の実行者ではなくて、その審判者である。
しかし、立法者であり審判者であるかたは、ただひとりであって、
救うことも滅ぼすこともできるのである。しかるに、隣り人をさばくあなたは、
いったい、何者であるか(ヤコブ4章11〜12節)。
 「兄弟たちよ。互に悪口を言い合ってはならない」(11節)。
 ここで「悪口を言う」(カタラロー)というギリシャ語は「逆らう」(カタ)
という語と「言う」(ラロー)という語が合わさって出来た合成語で、
「逆らって言う」とか「反対して言う」という意味です。
しかし、この語の使い方は、面と向かって相手に逆らって言うのではなくて、
今そこにいない人の悪口を言う場合に使われます。
だから日本語では「陰口をきく」とか「中傷する」とか「ざんげんする」とか
言います。顔と顔を合わせて相手に反対したり、悪口を言ったりする場合には、
相手の人は自分の考えを説明したり、自分のやり方を弁明したり、相手に
反論したりできますから、ある程度公平だと言えるでしょう。しかし、今そこ
にいない人のことを悪く言う場合には、言われる人は弁明できず、反論も
出来ませんから、悪いうわさは毒ガスのように人から人へと伝わります。
二、三人のヒソヒソばなしやいわゆる井戸端会議からゴシップが流され、
話に尾ひれがついて、あること無いことが発展して人の名誉が汚され、信用が
失われ、せっかく築かれかけた良い人間関係が壊れていくのです。だから陰口
ほど質(たち)の悪いものはありません。
  しかし、クリスチャンになってもこの悪い行いは、なかなか改まらない
人が多く、このために教会の親しい交わりが汚されるので、使徒ヤコブは、
特にクリスチャンお互い同士が陰口をきかないで、愛の交わりを育てるのに
心を配って行こうと呼びかけているのです。そこで大切なことは陰口をきく
のは恐ろしい罪だということを認識する必要があります。
それは「神の律法に違反する罪」と「神の大権を犯す罪」の二つです。

・・・・・・
5179,人生相談という気晴らし! 〜⑧
2015年05月20日(水)
             『人生、しょせん気晴らし』中島義道著
   * 信念に生きることは割りに合わない!
 信念に生きると、当然、摩擦が起きる。それをバネに信念の芯を強めるか、
修正するしかない。信念を貫いた人生には充実感が残る。
≪ Q: 先の暗い人生でも生きるべきでしょうか?
 私は58歳の零細自営業者です。同世代の先生なら説明する必要はないと
思いますが、学生時代から頑迷に反体制を信条として、就職や年金とは無縁の
生活を送ってきました。そのことに後悔はありませんが、困ったことに働ける
年齢を越えて生きのびそうな予感がするのです。いまさら、官にたよって生活
保護を受けるなんて恥ずかしくて出来ませんし、この歳になって信念を曲げて
まで生きる気もしません。自殺は解決手段ではないと読んだことがありますが、
私はこれから到底よくなるとは思えない苦渋の日々を寿命が尽きるまで生き
なければならないのでしょうか。あるいは、何としても生きるべきでしょうか。
その理由があるのでしたら教えてください。
  A: 「信念」を生きるとは割の合わないものです
 これも同じようなご相談で、一見どう答えていいか難しそうですが、
私の回答は至極簡単です。自分の「美学」があなたにとって何より大切なこと
でしたら、これまでせっかくがんばってきたのですから、国家の面倒を今後も
いっさい辞退して、潔くホームレスになってしまってはいかがでしょうか?
そして、どこまでも自分の美学を全うして死ぬことです。 私が法学部を捨てて
哲学に身をささげようとしたときは、先生から「自殺率は高いですよ」と
言われました。33歳で誰も待つ者のいないウィーンにひとり私費留学した
ときも、ドクター論文が書けなかったら戻ってはこれない、死ぬしかないと
思いました。 たとえ誰もほめてくれなくとも、いやバカだ、アホだ、と罵倒
されても、それがあなたの「生き方」なんですから、それでいいではないですか。
本物の「信念」とはそういうもの、そういう割の合わないものです。
だから(場合によって)感動的なのです。ソクラテスが最後の最後で脱獄して
しまったら(そういう誘いは多かったし、それは可能であった)、弟子のプラトン
はじめ彼のことなどすっかり忘れてしまっていたことでしょう。単なる
「合理的な爺さん」で終わっていたことでしょう。とはいえ、私は自分の信念を
貫き、ついに毒杯を仰いだソクラテス的生き方を賛美し勧めるつもりは毛頭ない。
もうひとつの合理的な爺さん的生き方もなかなかいいのではないか、と思って
います(私だったら迷うことなく脱獄します)。つまり、昨日までの反骨精神など
きっぱり捨てて、たったいまからは国家や政府あるいはボランティア団体から
すべての「援助」を貪欲にむしり取るのです。あらゆることを巧利的かつ合理的
にとらえなおし、「豊かな」老後に備えるのです。あっという間に変身する
生き方も、なかなか颯爽としていいものですよ。こちらは、ソクラテス型に
対して、ホッブズ型とも言えましょう。俺が人々と暗黙の社会契約を結んで
国家を承認したのは、自分にとって利益があるかぎりであるから、国家が俺に
死刑を請求したら、さうさと逃亡するのが当然だ、という考えです。
どうです、なかなかさっぱりしていていいでしょう? ≫
▼ 「功利的、合理的に生きる」という信念もある。サッサと事業断念を
 して「合理的爺さん」で終え、「節目を打った」と独り嘯いても、
「お前さんのそれは『日々是口実』でしかない」「これが私の生き方だから」
という「口実」が湧き出る。こと信念については、独り呟き続けるしかない!
・・・・・・
4814,Quirt <内向型人間の時代> ー3
2014年05月20日(火)
           <内向型人間の時代>スーザン・ケイン著
 * ‘誰からも好かれる人’の興盛
 毎日が淡々として、読書、スポーツ、TV鑑賞、パソコンに明け暮れる日々。
ますます内向的人間になっている。私の年齢と、時代が、そうさせていると
いう実感がある。一般的に、外交的人間の評価が高いが、実際に生きる上で、
内向的か外交的が良いのかは、その人自身の問題になる。誰からも好かれる
タイプは、時代によって大きく変わってくる。特に、現在、何が外交的か、
内向的かの根本から定義を変えなければならない。 ーその辺りからー
《 社会学者のウィリアム・ホワイトは1956年の「組織のなかの人間」で、
親や教師がどのようにして内気な子供を矯正しようとしたかについて述べている。
「ジョニーは学校にうまくなじめません。 担任の先生が言うには、勉強の
ほうはまあまあなのに、社交性の面がはかばかしくないとのことです。
友達はひとりか二人だけで、どちらかといえばひとりでいるのが好きだそう」 
ある母親がホワイトにそう話した。そうした教師の干渉を親は歓迎すると
ホワイトは書いた。「少数の変わった親を別にすれば、たいていの親は学佼が
子供の内向酌な傾向など偏挟な異常を直そうとすることを歓迎している」
親がそういう価値観を持つのは、思いやりがないせいでも鈍感なせいでも
なかった、たんにわが子に「現実の世界」と向き合う準備をさせようとした
だけだ。成長して大学に入った職に就けば、わが子は集団のなかで上手に
立ちまわらなければならない。大学の入試担当官が求めているのは、特別な
学生ではなく、外向的な学生だった。1940年代後半に、ハーバード大学の
ポール・バック学長は「繊細で神経質」や「頭でっかちな」学生よりも
「健康的で外向的な」学生を入学させるべきだと言明した。1950年には、
エール大学のアルフレッド・ウィットニー・グリスウォルド総長が、理想の
エール大生は「しかめ面の専門家ではなく、円満な人間だ」とした。さらに、
ホワイトがある学長から聞いた話は印象的だ。「学生たちの推薦状を読んで
いると、大学が何を望んでいるかだけでなく、四年後に企業の採用担当者が
何を望むかまで考慮するのが常識になっているのを感じると総長は語った。
『外向的で活動的なタイプ』が好まれるそうだ。『つまり理想的なのは、
平均してして八十から八五点の成績を取り、課外活動に熱心な学生である。』
『抜群の成績』でも性格が内向的な学生はあまりこのまれないという。
この学長は20世紀半ばの理想的な従業員は沈思黙考ではなく、セールスマン
的な性格を持った外交型であることを適確に把握していたわけだ。・・・ 
要するに、科学者の仕事は研究するだけでなく、販売を手助けすることでも
あり、相手に調子を合わせる態度が必要になってくるというわけだ。 》
▼ 地方から上京してきて、都会育ちの洗練された外交的人たちを知った時の
驚きは、はかり知れないものだった。暇さえあれば、的確な間合いで、ダジャレ
を言い、笑いを取る。それに比べ、地方出身者は言葉が重く、無口な人が多い。
ジョーク、ダジャレで、その場を明るく和やかにするセンスはゼロ。
更に内向的になっていくか、身につけるか分かれる。 私の場合、まず
カーネギーの『人に好かれる六原則』の一つずつを身につけるしかなかった。
1、相手に誠実な関心を寄せる。
2、笑顔を忘れず前向きに。
3、名前を覚え、意識して名前を呼ぶようにする。
4、聞き手に回り、聞き上手になる。
5、自分ではなく相手の関心を話題にする。
6、その人を心から大切に思う気持を伝える。
 これを半年〜一年かかって身につけた結果、多くの友人に囲まれるように
なった。 しかし、仮面に嫌気をさして、直ぐ止めてしまった。何故、自分を
偽るのだろう、相手中心の話題ばかりで、自分を抑えなくてはならないのか!と。
人付き合いが良くなった反面、自分を抑えすぎて、日々、息苦しくなっていた。
その後、所属した武澤ゼミの影響もあった。


5543,閑話小題 〜お金に窮したことは一度もなかった

2016年05月19日(木)

  * そういえば、お金に窮したことは一度もなかった!
        〜お金についての考えは人生に対する考えと同じ〜
 用心深い性格もあるが、事業人生の中で、お金に窮したことは一度もない。
両親、特に父親は、お金に対して厳しい人で、見栄や、無駄金、死に金、
小銭の扱いに常に目を光らせていた。普段の生活は徹して節約をし、外食や、
ブランド物趣味には、極端に厳しい姿勢であった。しかし、書籍の購入には、
一切、何もいうことがなかった。 
 学生時代、上京をして寮に住んでいた時の仕送りも、ギリギリの生活費しか
送ってくれなかったが、ヒモジイ思いをすることが無かったのは、節約が
身に付いていたため。当時の学生時代は、家庭環境に関係なく、殆どの人が、
似たようなギリギリの送金。カナダの学生は、それが首相の子供であっても、
アルバイトで生活費を稼ぐのが暗黙の習性という。
 その節約も、21歳の「欧州一周旅行」で、全てパーに。
「使ってこそお金の価値が現出する」と信じるようになっていた。
父が、末期ガンで死期を悟った時に、身近で実感したことは、「お金は、持って
旅たつことが出来ないこと」。 結婚直後からは、「稼いだときに、1〜2割を
別立てをして、残りは、使い切る」と、方針を変えた。それもあって、より遊ん
でおけば良かった、という後悔はない。死んだ瞬間、お金は一切、必要なくなる。
 また、お金が無くて呆然とした経験が一度も無かったことが良いのかどうか。 
健康面を除いた娑婆の苦しみの中で、「金の不自由」が、一番、辛いという。
現在、家内名義の家では少し肩の狭い思いをしているが・・
 他人事ではないが、一般的に、熾烈な事業の中で、万一の場合の用心深さが
あまりに無さ過ぎるのではと思うのは、老いのなせる業か。
<お金について> を書くと、あまりにシリアスになるが、なればこそ、
自分を見つめる合せ鏡になる。そこには、欲が、そのまま露出している。
 それは健康に対していえることだが、70歳を過ぎたから、死を従容と
受け入れたいものだが、現実となると? 
 ―――
 面白いもので、偶然だが,9年前に「お金」について書いてあった。
・・・・・・
2237, お金の正体 −1
2007年05月19日(土)
      「お金の正体」 ー日下公人著
              (((。・-・)从(・-・。)・゜
「生・死」と「金」の話題は尽きることは無い。
特に「金」に関してはもういいや!と思うが、それでも次々面白い道理に出あう。
しかし、どれを読んでも面白いのは、金が欲の集約でもあるからである。
この本を図書館で手に取ったときは、あまり内容のない本に思えたが、
実際読んでみると、面白い本である。
「お金の正体」はつきつめると
「その人が求めている幸せは何ですか?」ということになる。
幸せとは何ですか?は、これも単純で解りきったように思えるが、実は深い問題である。
私が好きな「幸せはアルコールのようなもの」とか、軽く扱われない大きな問題である。

以前にも何度か書いてきたことたが、
父が死を覚悟した時にジッと私の顔をみて、数千万円の数字を紙に書いて
「この数字と銀行預金の同じ数字と何処が違うのだ?」
と深刻な顔をして私に問いかけた。
「事業という楽しみの後に残ったカスがお金である!」が父の口ぐせだったが、
それでは、そのカスも紙に書いた数字でしかないことに気づいたのだ。
「実際に使えないなら現状なら、無いに等しい」といいう言葉を加えた。
しかし両親は、そのカスを更に楽しんで使っていた。
それ以上を求めること自体は、少し求めすぎのように思えたが、
それでも逝く直前に割り切れない何かが心が残った。

その時、何かを伝授してもらった。
「仕事を遊びまで高めること、そして、そのカスとしてのお金を、
仕事とは別の趣味を見つけ楽しむこと。それも楽しんだら、
大らかな気持ちで余韻を楽しむこと」である。

金を哲学的に考察すると、交換手段としてのルール(価値尺度)でしかない。
それでは目的はというと「魂の充足と自由」である。
「金」を通して(物や事で)魂の充足をしているうちに、目的と手段が混同し、
その混同が生き方を誤らせてしまっているのが現代の傾向である。
金という手段で「魂の充足と自由」をやり取りしているうちに、
金が魂と同類に思えてしまったのである。
だから価値尺度の通帳を見てニヤニヤしているうちに死に直面してしまい、
「金」が果して何だったのだろうかと錯乱してしまうのである。

ところで私の父親の迷いは何だったのだろうか?
その謎解きをしてみよう!
事業を楽しんで当時として、地方では財をなした。
そして、以前の家業の骨董屋の因縁で「骨董」の収集と、「国内旅行」を楽しんだ。
更に豪邸をつくった、そしてその8年後のある日突然死を宣告された。
目の前には、当時の数千万の預金と、幾つかの土地屋敷がある。
「それでも残ったこれは(資産)自分にとって何だろうか?」という疑問である。
死を直面して、混乱をしたのである。

父は事業も趣味も充分に楽しんだ。
そう、魂の充足はしたのである。
ところが、何かが欠けていたのである。
それは哲学的思考である。それも、難しい哲学ではない。
それで充分幸せであった!という心の安定を裏づける確信ができなかったのである。
「それでは完全燃焼などあり得るというのか?」という哲学的な答いが
出来なかったのである。

父の姿をみていて「哲学の基礎だけは教養として身につけておかなければならない」
ことを教えてもらったのである。

ー以前、書いた一部を紹介してみるー
ーーーーーーー
H0903  お金について
 誤解を恐れずに、いや覚悟の上に書いてみる。
これほど重要なモノについて誰も直視しない。
触れたがらないのはその本質があまりにも“現金”だからである!。
ズバリお金は“自由の塊”である。
世界の大部分のモノが引換に手に入る!人の心さえも。
それほど強力な魔物である。

それに支配された時、その人の奴隷使いにも変身してしまう。
反対に上手に使えば従順な召使いになる。
父がよくいっていた
“お金がないのは首のないのと同じ位つらい、
その苦労はこの世で一番の苦労だ!。”
“お金で奇麗事を言う奴が一番お金に汚い人だ!”
“生き金は使え、死に金は使うな!”
“お金の楽しみの(うまくいった仕事の)結果のもの。”
“それは使わなくては紙に書いた絵でしかない。”
“金・金・金!!とどのつまるところ、それだ、それ位重要である。
お金に窮してはじめてそれと気ずく。
それを誰も直視しようとしない。
世の中その為に首を吊り、人を殺しもする、盗みもする。
それを認めた上で、それにとらわれるな!
とらわれない為にはお金を貯めろ!”。

父の考え方は決して間違っていないと思うし一つの見方だ。
でもお金に対して奇麗な人であった!
 ーーーーー
ヾ(´Д`、)マタネ
・・・・・・
5178,閑話小題 〜日本の将来に疑問
2015年05月19日(火)
   * 後世への恥さらし 〜歴史的汚点の結果に
・大阪都構想は、僅差で否決され、これで維新の党は消滅をする。
 これは既存政党丸がかりで「維新の党」を潰したと同じ。後々、
この否決は、日本の没落の象徴として位置づけられる。大阪市民がノー
という選択をしたことは、間違いなく、日本の将来に暗雲をもたらす。
本気になって日本を変える気持ちが無いという選択である。
・ある批評家が、ブログで、「大阪市政廃止は、何の合理化にはならない」
と、したり顔で論じていたが、この問題は、「日本を本気で変えていく気が
ありやなしか」の突破口の杭になるかどうかだった。東京オリンピック開催を
選択した上に、この有様。これが日本の現状である。それにしても、日本の
既成政党が、こぞって、反対したとは、何をか言わんである。この結果の、
マイナス効果は、大阪だけでなく日本を痛めつけるだろう。
・私が橋下を代弁すると、『仕方がない、この結果の評価は歴史が証明する。
それにしても、この既成政党の全てが総がかりで反対とは、世も末。
これだけ、内側の市長と、県知事の立場で内部告発をしても、市民、府民が
理解できないとは思いもよらなかった。何が地方再生だ。その前に、大阪を
まな板に上げ、徹底的に合理化をすべきだろうに。 これでは、生活保護の
対象者は大阪に殺到する。彼らは、この甘さを享受したいからだ。
無念だが、仕方がない!』 
・これもそうだが、気持ちの悪い空気が覆い始めている。 こういう時に、
大地震と噴火が得てして起きる。バブル崩壊の数年後に淡路・神戸大地震が、
リーマンショックの4年後に東北大震災が起きた。恐らく近い将来に経済の
クラッシュが起き、その数年後に大震災の可能性が・・(逆もあるが)
 何か、自分の死の不安を重ねている? ようだが。
・・・・・・
4813,閑話小題 ー高齢者の三割が認知症とは
2014年05月19日(月)
   * 高齢者の三割が認知症とは
 先日の朝日新聞の社会面に「認知症徘徊 不明届け一万人」の記事があった。
その中で「65歳以上の高齢者のうち462万人が認知症で、軽度認知障害が
400万人もいると推計される」とあった。高齢者が人口に占める割合が
23〜4%からすると、高齢者が3000万人。その中の862万とすると、
三割が軽度を含めた痴呆症になる。前期と後期高齢者では、二倍以上は違って
くるから、80歳までに4分の1、それを超えると、過半数は認知症になる。 
そして徘徊で不明になるのが年に一万人というから、深刻な問題である。
 それからして、長寿を願うのは実は考えもの。独り住まいの高齢者が増加
している中、本人も周囲も深刻な問題である。「健康診断などしないで自然死も
選択の一つ」も、理解出来る。胃瘻で一度、管につながれると、簡単に取り払う
ことが出来ない。生かして拷問しているようでもある。 死ぬも地獄、生き延びる
も地獄。老いて死ぬのも大仕事である。これを書いたためか、自分が認知症に
なって呆然と佇んでいる夢をみた。脳は面白いものである。その夢とは、
<店頭で、ハンバーガーとコーヒーを注文するが、商品がなかなか来ない。
それを(どういう訳か中年男)の店員に言うが、何も答えない。ところが後で
入ってきた若い男が目の前のチケットを取って、カウンターに並んでいる。
私が店のシステムの要領を得ないで財布を持って勝手に立っていたようだ。
仕方がないので、店から出て、他のテイクオフの店に行くが、店内の座席は、
二人以上でないと座れないという。どうも自分が認知症で、街を彷徨っている
ことに気づいた>ところで、目がさめる。何か恐ろしい夢だが、認知症とは、
こんなものと自分自身に知らしめる内容である。そうこう考えると、可能な
限り医者に行かないで、自然にまかせることも選択の一つである。いざ、余命
一年、半年と告げられると、その恐怖は、はかり知れないのは父親の姿で知った。
傍らに一年いて、その恐怖感が直に伝わってきた。それも、激痛が死にたくなる
ほど激しくなっていく。死にいくのは、簡単なことではない。そのため認知症を
神様が与えた自然の業わいとも言える。マダラボケになるから、本人も、周囲も
地獄になる。 生きているうち、元気なうちである。以下の内容も、その類?
・・・・・・
4446, 屋根裏に誰かいるんですよ
2013年05月19日(日)
    「屋根裏に誰かいるんですよ ―都市伝説の精神病理」春日 武彦著
 数年前になるが、既に亡くなった知人の奥さんが会社の事務所に訪ねてきて
言うに、「誰かが留守に家に入りこみ、困っている」と切り出してきた。
それも会話の中で何気なくである。「ちょっと、待ってください。聞き捨てに
ならない話で、もう一度、本当に侵入していたのですか」と聞きなおすと、
現在も屋根裏に隠れていると、写真を数枚だし、ここですと言う。
私の目には見えなかったが、本人には見えるという。「警官に来てもらい
見たが、何も見つからなかった。が、私には隠れているのが分かる。ところで、
うちの主人が生前、そういう話をしてませんでしたか? 貴方にはシックス
センスがあると聞いてましたが、この現象をどう思いますか?」と真剣な眼差し。
「恐らく貴女は、魔界とか何か違う世界に取りつかれたと考えるしかありません。
そういう話は一度も本人から聞いたこともありません」と答えた。その話を、
その人の共通の知人に話すと、「実は私の家に訪ねてきて、全く同じ話をし
写真を見せてくれたが、何も見えなかった。他にも訪ねてまわっている」
とか。本人は60歳前後で、老女というには、まだ若い。 
  ーアマゾンの内容説明ー
 精神科医である著者が、現代社会におけるさまざまな精神病理を、きわめて
冷静に考察したものである。ある日、ひとりの老女が、「自分の部屋に勝手に
人が入ってきて困る」と訴える。その侵入者は、彼女の部屋にある日用品などを
盗んでいったり、ちょっとだけ位置をずらしていったりするという。しかし、
姿は見えない。まるで、「座敷わらし」などの妖怪のしわざとしか言いようが
ない不可解な話を、老女は真剣に語る。 表題となっているこの症例は、
「幻の同居人」と呼ばれる。このような症例は、多数報告例があるらしい。
患者たちは、脳に器質的な異常が認められるわけではなく、精神的にも問題ない
場合が多い。「妄想の突飛さと当人の穏やかな常識人ぶりとのあいだに乖離が
生じているときには、精神医学はたちどころに歯切れが悪くなってしまう」
と著者は言う。それがこの症例の複雑さと奇妙さとを物語っている。
▼ 当時は、この本の存在を知らなかった。 子供達の巣立った家で、
 当人は深夜怯えているのだろうが・・ 想像しただけで、背筋が寒くなる。
当人にとって感じるのだから!私も一時期、女性の幽霊?を見たり、幽体離脱
をしたり、面白い経験をしたことがあるので、当人が真剣になるのは分かる。
・・・・・・
4072, 南直哉 恐山菩提寺院代の話
2012年05月19日(土)
 昨夜の18日、BSフジ・プライムニュースに恐山菩提寺の南直哉(じきさい)
院代が2時間近く出演し、「生きる」ということ、「死」について、説いていた。
最近、「恐山」出版されたようだ。東北震災で家族を亡くされた人が多く訪れて
くるというが、行方不明の場合、縋る思いで恐山に救いを求めるのは分かる。
院代とキャスターの問答の中で多くの鋭い指摘があった。
・恐山は感情の器。 ・死は観念、生は感覚。 
・「やりすごす」ことの重要性。(なんとかやっていける方法がくるまで待つこと) 
・人間には存在が認められた経験が必要。最初の動力になる。 
 子供の頃に、その基盤を両親がつくるが、それが壊れてしまっている。
・自殺は選択の問題。まず生きることを選択すること。転んでも起き上がる
 ことが大事、自殺したくならないような人生は本来の人生でない。
・あの世があるか?の質問に対し、「その前提に、死後の世界がある、という
 認識がある。」その前提は何か?と逆に問う。
・最近さかんに「心の時代」というが、どんな時代にも、その時代を生きた人
 には心があったのであって、いまさら、この時代だけを「心の時代」と言うのか?
「心の時代」と声高にいう人たちは、そう言うことで、「心の時代」という商品
 を作っているではないか?等々だが、訪問者が色いろの遺物を持ち込んでくる。
 その中に花嫁姿の人形が年に十数持ち込まれる。10年もすれば百以上になるが、
 捨てるに捨てられないという。毎年、その人形に拝みにくる家族がいるからだ。
 その花嫁人形も、特注のものばかり。院代の話の奥行は深い。東北大震災で
 奥さんがお産のため実家に帰っていて、亡くなられたヤンキーっぽい若い人
 の話が、涙を誘う。ただ独りで来たが、哀しみが感じられなかったという。
 哀しむまで心が追いついてないのだ。本当の悲しみは時間とともにやってくる。 
 あっという間の二時間だった。30年前に行った恐山は、強烈な印象である。
 山鳴りと、硫黄の臭いと、老人が多く入っていた硫黄風呂。あちこちに
 置かれていた遺品。そして、イタコと涙ながらに話している人たち。
 目の前に広がる白っぽい小さな湖。哀しみの感情の器である。
・・・・・・・・ 
3706, 自己を見つめる −23
2011年05月19日(木)
   ー 他者について ー     「自己を見つめる 」渡邊二郎(著)   
 幼児の頃から、「自分」は、他者の呼びかけによってカタチづくられていく。
一般的には、「他者」は、自分以外の人や、生物、そして物を総称して呼ばれる。 
二人称の「汝」と「我」の出会いと対話から生じてくるのが他者である。
【(* 対人関係の葛藤の海 ーp186) 二十世紀になって、たとえば
ブーバーなどを中心として、多くの思想家によって二人称の「汝」と向き合った、
「我と汝」の出会いと対話の関係が、人間存在の根本事実として、改めて
強調されるようになったのも当然である。とりわけ、人間関係が稀薄になって
ゆく機械的現代文明社会のなかでは、「我汝関係」の豊かな拡充が緊急の課題
として重視された。ブーバーなどは、汝の奥に、永遠の汝の面影さえ予感して、
神の前に立つ自己の存在の確認を、汝との出会いの延長線上に設定するほど。
こうした我汝関係の思想は、十九世紀前半のフォイエルバッハあたりから始まる
とも言えるが、とりわけ現代において強調された重要な問題意識である。
 さりながら、そうした他者のうちに、たとえば、サルトルは、むしろ逆に、
鋭く私の秘密を握って、私に対して支配力を行使しようと隙を窺っている、
油断のならない「まなざし」を予感した。したがって、そこでは、自他の関係は、
永遠に自由をもった者同土の「相克」が宿命となる。調和的な共同主観などは
幻想であり、むしろ、個別の体人同士の峻烈な争いと闘いが、対人関係の根本
事実と見なされるわけである。 ヤスパーも、人間関係において、やはり、
争いを、不可避の個別的限界状況と捉えていたことは、すでに述べた。
・ つまり、一つには、人間関係の根本には生存競争という非情な争いが、
 一皮剥けば、いたるところに隠れ潜んでいることが、すぐに露呈してくる
 からである。実際、人間関係の深刻な極限的状況においては、食うか食われる
 かの、生死を賭けた争いの火花が噴出してくることは、誰もが覚悟している。 
 また、平凡な日常生活の場面においても、いろいろな局面で、先着順や成績順
 や業績順や体力順によって、岐路が分かれ、自他の運不運の差が顕在化して、
 憂き世での浮沈が結果としてくる。
・ さらに二つには、自己と他者は、相互に協力し合いながらも、
 「愛しながらの争い」において、互いにたえず、本心を確かめ合おうとし、
 公明正大さをめぐる人間的吟味の鋭い眼を、相互に向け合う。すなわち、
 自他は互いに、相手が、どれほど誠実であるか否かを、いつも気懸かりの
 種とする。つまり、他者を、その誠意や裏切り、欺朧や正直、傲慢や謙虚、
 忘恩や怠慢などの点で、吟味して、他者が真に信頼の置ける人物であるか否か、
 人は不断に確認しようとする。・・・   】
▼ ソクラテス、デカルト、カントの三者の考えは、みな「私」を拠り所
 にして他者や世界と立ち向かっていたと感じていた。しっかりした「自分」
があってはじめて他人と接しることができると考えていたようである。しかし、
19世紀初めに生きたヘーゲルは、この考えに根本から批判する。
 (字数制限のためカット 2016年5月19日)


5542,閑話小題 〜夢にみる深い闇 

2016年05月18日(水)

   * 夢にみる深い心の闇 
 一昨夜半、虚無的な恐ろしい夢をみた。5年前に遡った新潟駅周辺で、
誰も居なくなってしまった白い空間の中、呆然と立ち尽くして、
『さて、どうしようか?如何したらよいか?』と思案をしている。その直後、
『何で今さら、如何しなければならないのか?今さらどうもしなくてもよい
のに、何をしている?『これ、もしかして夢?』というところで目が覚めた。
当時の時点では、無我夢中で、板一枚の舟下の虚無を垣間見る余裕さえ
無かったのが、現在に至って当時の押隠した不安心理が表出している夢。
それだけ心に余裕?が出てきたか、心の闇は複雑かつ深淵である。
 ――
   * ヨガに88歳が!
 先日、ヨガ・エアロの参加の行列に並んでいると、「いつも、ヨガの先生
の前に座っている人が昭和三年生まれだってさ」という囁きが聞こえてきた。
そこで、改めて見ると、そこに70歳後半?の女性がいた。が、まさか88歳とは
驚いた。 老いには、ヨガは良いことは実感するが、気持ちの若いのが第一。
老いるほど、長年の節制の差が出てくる。気力、体力、社会的条件が揃って、
元気なのだろう。 気持ちが老け込み始めた昨今、まず気持ちの持ちようと、
75歳を寿命の目安にしていたが、80歳に引上げることにした。
 ――
   * 老いの近景    (*´ェ`*)
「きょうだい」6人の生存平均年齢が77歳。連れ合いを入れた12人の中で、
3人の4分の1が亡くなっている。 先日の母方の実家の従兄弟の「49日法要」
に集まった平均年齢が70歳前半。 去年の暮れに、既に亡くなった一番上の
姉の連れあいが86歳で、49日法要の従兄弟は75歳で亡くなった。 日々、
わが身に近づいてきた実感がする。一日でも健康で長生きしたいが、死ぬまで
は生きている。古希をこえれば、チョッと前か、チョッと後の話。生きてきた、
ように、そのまま人は死んでいく。身近な死を目の当たりにすると、少しでも
後がよいと思うが・・ で、これまた丁度よく、以下へと、物語がつづく!
 
・・・・・・
5177,閑話小題 〜ミニマリズム
2015年05月18日(月)
   * あなたの中で何をしているのですか
 イタリア作家のタブッキの、『インド夜想曲』の中で、その「僕」は、
ピントという名前のポルトガル人を探して旅をしているらしい。ポンペイ、
マドラス、ゴアへ。 その中の一文が印象に残った。
≪「漂泊の旅」などといいうが、旅の無意識の目的とは、今までの自分を失くし、
 新しい自分に出会うことなのかもしれない。・・ 深夜の駅で、「僕」と死を
目前にした、「インド人の紳士」が、どこかぎくしゃくとした会話を交わす。
「この肉体の中で、われわれはいったいなにをしてるのですか」
「これに入って旅をしてるのではないでしょうか」
「なんて言われました?」 「肉体のことです」と僕はいった。
「鞄みたいなものではないでしょうか。われわれは自分で自分を運んでいる
 といった」 みずからの影に運ばれるわたしは黒いケースにおさまった
ヴァイオリンそのもの。≫
▼ 死を悟り、「この肉体を与えられ、それを使って、この人生で何をして
 きたのだろう?」と思うとき、「あ〜長い旅をしてきた! しかし、一瞬
だった気がする!」」と思うのだろう。「私たちは地球上に、一回限りの
70〜80年(平均)の旅行にきている」のである。そこで、互いに首輪の
紐を引っぱりあい、世界を見ようとしない人たちを、『世間びと』ともいう。
 で、以下のミニマリズムに繋がっていく。
   * ミニマリズム
 最近、「ミニマリズム」なる言葉を知った。 その意味とは、
<最小限主義で、無駄をそぎ落として最も重要なことにフォーカスること。>
 人生の夕暮時に入り、ミニマリズムを本格的に取り組まなくてはならない
時節ということ。 母親を看送った51歳の節目に、人生のギアを入替えた。
そのコンセプトが、
「還暦までの9年間に、80歳までの30年分を10年に圧縮して生きる」と、
濃厚な日々として過ごした。それが次の事業清算の決断?に繋がっていく。
そして、次の最重要事項が「死に準備」である。この20数年以上にわたり、
「死に関する本」を読んできたが、死ぬときは、七転八倒の苦しみの中で、
漆黒の闇に消滅していくしかない。ただし、その直前までは活ききればよい!
・・・・・・
4812,閑話小題 ーシネマ『それでも夜が明ける』
2014年05月18日(日)
   * シネマ『それでも夜が明ける』 ー評論
 一昨日はシネマの日。今週は『それでも夜が明ける』を、みた。評)90点
暗い内容だが、重厚で、アカデミー賞の作品賞をもらうだけのことはある。
南部の奴隷が動物並みに扱われていた実態は、それは酷い。中南米諸国の
アスリストの身体能力が高いのは、奴隷としてアフリカから運搬船で送られる
船中で、まず淘汰。その後、過酷な肉体労働で生き延びた人たちから、さらに
選び抜かれているため、異常に高い身体能力があるという。当時の南部では、
家畜として見ていたようだ。 インドのカースト制は、三千年前に西の方から
やってきたアーリア人が、ヒンズー教を創りあげ、肌の色で階級をつけた仕組み
で、そのミックスを防ぐのが目的で、現在も、そのまま続いている。 白、赤、
黄色、ねずみ色の順に、見た目だけで階級が判断できる。その上に体格も、
顔つきも、そのまま三千年の歴史が現れ出ている。最下層は、牛以下で、車で
はねても、そのまま立ち去ってしまう。先進国、後進国の格差も、似たような?
 3年前の節目時の日々は、『それでも夜が明ける』そのもの。 
『闘い済んで日が暮れる』である。ただ、面白みと味わいもあったが・・差別?、
軽蔑の視線をモロに受けてみて、「成るほど、こういうものか」という逆視線と、
経験したことのない怒りと、その対処法の知恵も出てくる。いちいち怒って
いられないので、その場でイメージで消去してしまう。それで相手への憎しみも
怒りも、その場限りで不思議なことに消えていく。 消去方法は?企業秘密。
で、再び怒りが出てきたら、その都度、小まめに消去する。10回もすれば、
ほぼ消去。百回なら大病、事故? 何度も書くが、避難先の高台(現状)から、
外海に押し寄せてくる大津波に、ただ、漫然としている人たちの姿が見える。
三分の二は助かるが、三分の一は、間違いなく飲み込まれる。危ない人ほど、
自分は大丈夫とタカをくくっている。 この映画の主人公のように、ある日、
突然騙され南部に売られ自由を失った主人公のように、突然、全てが失われる。
これは、社会的変動だけでなく、誰にでも起こる生老病死の問題もあるが。 
国家としての行き先は、現在の韓国のように、韓国内の企業の株式の8割が
外国所有になって、民度は落ち続け、客船沈没事件とか、得体の知れない宗教
団体の跋扈とか・・ それでも、かの国の夜が明けている。 
色いろ考えさせられた映画である。
・・・・・・
4445、早朝座禅
2013年05月18日(土)
        「早朝座禅ー 凛とした生活のすすめ」山折哲雄著
 この本を読んで直ぐに30分早く起きて、早朝座禅を取り入れてみた。
まずは、今月一杯は続けてみるが、どうなるか。今のところ抵抗感も、
異物の習慣といった感もない。もう40年以上も朝起きの習慣化があった
上に、その時間帯での全てがカタチを変えた瞑想みたいなもの。
朝の散歩やミニサイクリングは、移動座禅といってよいほど。何故、今まで
軽い気持ちで早朝座禅か、瞑想を取り入れなかったのが不思議なくらい。
 30年間の新幹線通勤の往復一時間が、瞑想に近いし、夜半の4時間の
爆睡後の一時半から4時半までの三時間は、瞑想に近い状態になるので、
あえてその必要が無かったこともある。しかし姿勢を正し、目を瞑り、
思いに捉われないで、覚醒した気持で正座をするのとは違うのは、
経験して初めて知ったこと。
ーまずは、(内容ーアマゾン)よりー
< 現代ほど「人間関係」の重要性が説かれる時代もない。家族、学校、
 会社、それぞれにおけるコミュニケーションの大切さが謳われる一方、
疲れた人やうつ病は増え続け、自殺者は九年連続で三万人を超えている。
著者は、疲れたときには「群れ」から離れて「ひとり」になってみよ、という。
毎朝、五分坐って、己の心と向き合う。正しい姿勢で、深い呼吸をする。
季節の風を胸元に入れながら、歩く。ときには庭にたたずみ、河原で風に
吹かれる。ひとり静かに自分自身や自然と向き合うことが、騒々しい人間
関係の疲れを取り、豊かな人生を手に入れる最良の方法。凛とした生活を
送るために大切な身体作法を実践的に説く、山折流・人生指南の書。>
   =概要をマトメルと=
≪ 現代社会にあふれる‘うつ’の現象を分析し、
○過去に人生モデルが見つけられない程の高年齢化。
○宗教的な感覚が欠如した口先だけの言葉の群れの氾濫。
それが、世の中に不安をもたらすモノノケとなり、うつを蔓延させている。 
回復には、ひとりで静かな中で早朝坐禅をし、モノノケから自由になり、
歩く・泣く・眠るという3原則が大事とのこと。 宗教は非日常性。
教会でもお寺でも、日常の気持ちから離れ、心を改めて参拝します。 
一方、俗人の日常は、非宗教です。宗教者とは違い、生活に宗教性は薄く、
実生活を営んでいきます。著者にとっては、この場は混ざり合っていて縦横に
歩ける無境界地帯のよう。早朝坐禅は、無念無想のために坐るのではなく、
むしろ雑念妄想を吐き出させ、それ以後の1日をスッキリ生活させる為の手段。
またチベットの寺院の真似をして、呼吸さえ密やかにする坐禅中に、茶を喫する
などその自由闊達な動きは著者独自のもの。頭の中に湧いてくる雑念をそのまま
流れに任せ感じ、そのまま受け入れる。嫌な事でもいい事でも想像の中で、
いろいろ出来る。著者は「疲れたときには‘群れ'から離れ‘ひとり'になれ」と。
そして自分の心と向き合って深呼吸をする。人間が自分を不幸だと感じるとき、
それは絶対的な不幸をいうのではなく、「幸福な他人」との比較による相対的な
不幸について言っている。 あらゆる不満は他人と比較で生じると。≫
▼ 創業の第一歩は、「ひとりになること」から始まる。心にイメージした絵に
向かい、ただ独り長年かけ準備をしていく。周囲が現在のことに無我夢中の中で、
一種の宗教のように自分が目指す、創業に向かい一つずつ、パーツを集める。
傍からみたら一種の狂人に近い心の状態。それでも続けていると、カタチが
少しずつ現れてくる。問題は前進を止めないこと。 その中で、心の芯に
「ひとり」を保っていないと、現象に流され、群れに同化してしまう。庭弄り
とか、散歩、一人旅、読書など、「ひとり」になる切り口は幾らでもある。
それでも、モノノケに縛られる。早朝禅か、瞑想の習慣は最も有効だが。 
  さて30分の野狐禅が身につくかどうか? 
・・・・・・
4071, 哲学で自分をつくる ー1
2012年05月18日(金)
     「哲学で自分をつくるー 19人の哲学者の方法 」 瀧本 往人 (著)
 実をいうと、この本、トイレに一年間以上、置いておき毎日読んでいたもの。
これを手に取ると自分の本音を見透かされてようで、切り口が素朴で日常的の
ため面白い。あまり知られてない、こういう掘り出しものが哲学書には数多ある。 
門前で野狐禅みたいなレベルで知識を弄んでいる輩(私)に、噛み砕いて教えを
説かれているようである。
   ー内容ー
 ソクラテス、ニーチェ、ウィトゲンシュタインから、フーコー、ドゥルーズ、
デリダまで、19人の哲学者の思想・人生のエッセンスを、現代に生きるリアルな
問いに置き換え、今を生きぬいていく方法を学ぶ。(読者評価) 19人の哲学者
たちの声に耳を傾けつつ、もう一度自分自身の頭で考えるということから
始めてみよう。確かに悩みや不安を宿命として受け止め肯定的に捉えるのは
容易なことでは無い。しかしそのために考えることを生きていくことの
力とする哲学というものが存在する。もっと哲学という方法を、すなわち自分で
考えるということの強度を信頼しても良いのではないか・・。著者はそうした
問題提起の下、それぞれの哲学者に成り代わって現代の読者との対話を試みる。
しかし本書は哲学者を高みの存在には置かない。また、昨今の入門書のように
デフォルメもしない。あくまでも彼らがそれぞれの時代を生きた一人の人間であり、
一人の生活者であったことに軸足を置いている。このニュートラルな哲学者の位置
づけによって、それぞれの哲学者に瑞々しい生命力が与えられ、彼ら哲学者と
現代に生きる我々との問題意識が決して隔てられたものではないという親近感を
得るのに役立っている。
  ーはじめにー の冒頭が、この著書の特徴と狙いを書いているー
【 あなたには、自分らしくありたい、人に認められたい、自分のことを
 分かってほしい、世の中で成功したい、幸せになりたい、金持ちになりたい、
モテたい、死にたくない、もっと真っ当に生きたい、といった積極的な意欲が
あることだろう。もしくは、とにかくモヤモヤしている、何もかもが信じられない、
人づきあいが面倒、生きるのがつらい、何もしたくない、誰かなんとかして、
といったような、消極的な感情もあるかもしれない。過去の哲学者たちがもし、
今、ここにいて、21世紀に生きる私たちの、そういった悩みや葛藤を聞いたなら、
はたしてどうなるのか。どのように聞きとり、どのようなことを語ろうとするのか。
「街の意見」をぶつけられた哲学者が応えるようなスタイルで本書は書かれている。 
本書は、あなたに「哲学する」ことを勧める。 ここで言う「哲学する」とは、
生きてゆくうえでの「思考の力を磨くこと」である。既存の哲学を単に解釈したり
理解することではない。日常的に哲学的な問いかけを行い、生きることに役立てる
こと、つまり哲学を使って「自分」をつくるということである。】
▼ 我々にとっての疑問、悩みを歴史上の哲学者が答える形式は分かりやすい。
 我々が日常で悩んでいることや考えていることは、全て過去の哲学者が考えて
きた一部の悩みでしかない。19人は哲学者の中でも選りすぐりの人たち。
彼らのいっている真理は現在でも、そのまま通じること。最近、気づいたことは、
私の人生はニーチェに大きく影響されていたようだ。この生活者としての生の
内面の疑問に19名が答える形式は哲学を身近に引き寄せる。
残されて人生、とにかく考え続けるしかない。
  ・・・・・・・
3705, ジャズについて −4
2011年05月18日(水)
              ー 「音楽の本」三枝成彰著 より
 1920年代に「ビッグ・バンド・スタイル(4人位のバンド編成が、
15人を超える大編成)」が受けるようになった。その巨人が、あの
デューク・エリントン。ジャズの世界を知れば知るほど、面白い。
  * ビッグ・バンド・スタイルの流行
【 ジャズの中心がその生誕地ニューオリンズからシカゴに移っていた
 二〇〜三〇年代、ニューヨークやカンザス.シティでは、大編成による
ビッグ・バンド・スタイルのジャズが流行した。トランペット奏者、サックス
奏者、トロンボーン奏者がそれぞれ四人程度、それにピアノ、べース、ドラム、
ギター奏者が一人ずつの編成し、クラシックの楽団には比べるべくもないが、
それでも、一五人を超えるメンバーからなるビッグ・バンドはニュー・
ーオリンズ・ジャズの編成(一般的にはコルネットット、トロンボーン、
バンジョー、ピアノ、ベース、ドラム各一人)に比べればはるかに大規模
だったし、現在でもトリオ(ピアノ、べース、ドラム各一が基本)か、カルテット
(ピアノ、べース、ドラム各一にトランペットかサックスが加わる)がジャズ演奏
の主流であることを考えれば、大編成と呼んでもいいだろう。 
そのビッグ・バンド・スタイルを確立させたのは、フレッチャー・ヘンダーソン
(一八九七〜一九五二)。しかし、ニューヨークの黒人居住区であるハーレムの
ポールルーム(ダンスホール)やクラブを拠点に活躍したビッグ・バンドの巨人
といえぱ、デューク・エリントン(一八九九〜「九七四)をおいていない。 
本名エドワード・ケネディ・エリントン(デュークは公爵という意味のニック
ネーム)は、あとで触れるマイルス・デイビスに、「あらゆるミュージシャンは
彼に感謝を捧げる日を持つべきだ」といわしめ、フランスの作家ポリス・ヴィアン
をして、小説の登場人物に、「かわいい女の子たちとの恋愛と、デューク・
エリントンの音楽。それ以外は消え失せたっていい。醜いんだから」と語らせた
人物である。「A列車で行こう」「黒と茶の幻想」「ソフィスティヶイテッド・
レディ」「サテン・ドール」・・・。ジャズ・ファンならずとも耳にしたことが
ある名曲.名盤を数多く残し、自らもピアン奏者であったが、彼の真の楽器は、
自分の楽団そのものだったといっていい。アーム・ストロングと同じように時代や
国に影響を与えた彼は、アームのソロイストとは対照的に、優れたバンドリーダー
であった。エリントンにとって、バンドのメンバーはさながら絵の具のようであり、
それぞれ個性という色を混ぜ合わせて、最終的には「エリントン風絵画=楽曲」
に仕上げることに長けていた。】
▼ そうこうジャズについて知ると、学生時代に、こういう本があれば、
 もっとジャズ好きになっていた筈である。エリントンの70年の録音された
「ニューオリンズ・スイート」は、その地と縁もゆかりもない彼が、ジャズの
発祥の地に敬意を表したアルバム。アメリカ発の魂の歌と言うことができる。


5541,閑話小題 〜 『ルーシー』

2016年05月17日(火)

     * 『ルーシー』
 先日、『ルーシー』をTVの再放送で観たが、半年に一回位は放映されている。
もう4〜5回はみている。私も微細だが、何か面白い特殊能力がある。誰も、
個々に特殊能力、いや脳力があるが、気づかず見逃しているだけ。この映画、
見る度、その面白さが増していくのも珍しい。それにしても、映画は面白い! 
 〜まずは、その内容から〜 【ストーリー】
≪ マフィアの闇取引に巻き込まれたルーシーは、特殊な薬が入った袋を体に
 埋め込まれ運び屋にされてしまう。しかし、体内で薬が漏れたことで彼女の
脳機能は驚異的に覚醒。脳科学者ノーマン博士が見守る中さまざまな能力が
超人的に目覚める一方、少しずつ人間性が喪失、自ら制御できなくなっていく。
『レオン』や『ニキータ』などクールなヒロイン像を打ち出してきたリュック・
ベッソン監督と、スカーレット・ヨハンソンが初めて組んだアクションスリラー。
体内に埋め込まれた特殊な薬が漏れたことで脳機能が驚異的に覚醒し、
人間離れした能力を発揮し始めるヒロインの暴走を描く。通常は10%程度しか
機能していない脳が、100パーセントへ向かって覚醒していくヒロインを見守る
脳科学者役に、オスカー俳優モーガン・フリーマンがふんする。≫
▼ 西アフリカを南に下っていく道すがら、面白いところがあると立寄った
 数軒のテントの店が全て、呪いに使う小道具だけを扱う店だった。当時は、
民度が低いアフリカの地方の一現象と見ていたが、どうだろう、案外に効果が
あるのかもしれない。変と思われるかもしれないが、この5年間、いや人生の
節目ごと、直接、私の心の傷口を蹴り上げてきた人の8〜9割が人身事故か、
大病か、ごく近い親族が倒れ寝たきりとかになる。あとの1〜2割は、それが
入ってこないだけと思っていたが、その数人が、ごく最近・・? 自分でも
恐ろしい? 元もと不幸な性格の人が、他者の傷口に、自分の傷口の血を擦り
付けるため、それが膿んで、自分の傷口に毒が悪化するため。こんな映画を
数回も見るため、因果をつけた筋書きをしているだけとしても、実際に、何か
あるのでは?と・・ 人を恨ばま、穴二つ、いや無数! 逆に、恨まれている
憶えは数限り? それでも何とか、健康に?生きている。毛沢東、スターリン、
ヒットラーなど、狂い死にしてよいはずだが、そうでもない。とすると、
これは私の創作した馬鹿話! がオチ。 でも不思議だが、娑婆は妄想である。
 
・・・・・・
5176,人生相談という気晴らし! 〜��
2015年05月17日(日)
             『人生、しょせん気晴らし』中島義道著
 さすがの個人主義の哲学者も、老老介護の相談には歯切れが悪い。
介護の世界は複雑で、根深い。極限の場面で、真実を知ったところで、
せめて、気晴らしになるぐらい。最期の最期は、宗教に頼るしかない?
≪ Q:  〜老老介護から人の〈生〉と〈制度〉を問う〜
 私は七十四歳の女性。以前の「死ぬ作法」の記事を読み考えるところが多く、
質問させていただきます。私は現在、九十五歳の母親の介護をしております。
昔であれば一番上の子供が還暦を迎えるころには親は天に旅立ってゆくもの
でしたが、医療の進歩もあり、寝たきりであっても延命治療が続いております。
世間では後期高齢者医療制度が問題になっていますが、むしろ末期の医療現場を
考えていただきたいと思っています。人が生きるとはどういうことであるのか、
死に近い位置から医療をはじめ生きるということを見直すことが必要ではないか
と思っております。哲学のご見地から、寝たきりとなった高齢者の生、死について
何かご示唆いただきたくお願いします。ちなみに私の兄弟三人は皆、病に倒れ
入院生活を送っています。私が倒れたら、どうすればいいものか不安で一杯です。
  A:  〜われわれは「生きている」ことの意味が分からないのです〜
これは大変難しいご質問です。私も大学でここ十年ほど「生命倫理」の講義を
受け持ちましたが、さまざまな学説を紹介することはできても、自分の意見を
言えといわれると、とたんに分からなくなる状態です。 逃げのようですが、
あなたのご質問に対して「哲学の見地から」何の示唆もできない、と言うほか
ありません。哲学は人を救えないものです。正確に言えば、世界とは、私とは、
時間とは、善悪とは、何か分からなくて悩んでいる人をある程度救えますが、
幸福になりたい人を救う能力は皆無だと確信しています。むしろ、哲学とは
不幸になってもいいから真実を知りたいという欲望をもっている人にのみ
開かれている。真実は必ずしも人々に慰めや、平安や幸福を与えるわけでは
なく、逆に不安や不幸を与えるとしても、あえてそれを追究するのですから、
相当ヘンな欲望ですね。そもそも、われわれは「生きている」ことの意味が
分からないのです。ですから、生きているほうが、死んでいることより「いい」
ことを論証できないのです。哲学は「いかに」生きるか「いかに」死ぬかを
教えることはできず(それを安直に言い出す哲学者はニセモノ)、人間が死ぬ
ことの意味そのものを問い続けることができるだけです。私も人間ですから、
直観的に「人を殺してはいけない」とか、「老人を虐待してはいけない」という
ことは理解できますが、さらに「なぜ?」と問うと途方に暮れてしまいます。
まさに、ここに問題を見出す人のみが哲学に突き進むのであり、そんなことは
何の問題でもない、目の前に苦しんでいる人がいれば助けるのがあたりまえ
ではないか、という考えの人は決して哲学の門にはいらないでしょう。・・ ≫
▼ 難しく、深刻な問題だが、決して他人事ではない。人生の最期は、決して
 不幸から逃れることが出来ない現実がある。それに対し、「南無阿弥陀仏」か、
「南無妙法蓮華経」と唱えるしかない。哲学は、「ことの道理」を追求すること
が出来ても、人を救うことは出来ない。ということは、人生相談に、哲学は
向いてないことになる。だから、逆に質問の内容そのものの甘さを指摘して
納得させるのが、ベストになる。『人の心の問題は、ほっとけ!』と。
・・・・・・
4811, Quirt <内向型人間の時代> ー2
2014年05月17日(土)
               <内向型人間の時代>スーザン・ケイン著
  * 内向型人間は二流の性格特性か?
 外交型人間の代表といえば、特にイタリア、スペインなどの南欧の人たち。
逆に内向的人間の代表はフィンランド人を代表にした北欧の人たちからみて、
季節要因と食料が大きく影響しているのが分る。黒夜の時節、15時になれば
真っ暗になれば自殺率が高いのも当然である。冬期間に雪に閉ざされ、内向き
になる秋田、新潟の自殺率が高いのと似てる。外交型人間を理想とする価値観
の中で、内向型人間は、一段も二段も低く見られるため、どうしても隠したがる。
  ーその辺りから抜粋ー
《 今日、社会が求める性格タイプはごく狭い範囲に設定されている。
 成功するには大胆でなければならない、幸福になるには社交的でなければ
ならないと、教えられる。 私たちはアメリカを外向型人間の国家として見て
いるが、それは必ずしも真実ではない。どの研究を見ても.アメリカ人の三分の一
から二分の一は内向型である。言い換えれば、あなたの周囲の人々のうち二、
三人にひとりは内向型なのだ(アメリカが有数の外向型の国のひとつだとすれば、
世界にはもっと内向型の比率が高い国々がある)。あなた自身が内向型でない
としても、家族や学校や職場に何人か思いあたるだろう。もし三分の一から
二分の一という統計に驚きを感じるのなら、それはたくさんの人が外向的のふり
をしているからだ。隠れ内向型は、学校の運動場や高校のロッカールームや
大企業の廊下に気づかれずに生息している。なかには自分自身までもすっかり
騙していて、なんらかのきっかけで、たとえば、失業、子供の親離れ、遺産が
転り込んで時間を好きに使えるようになったなどで、ふと自分の本来の性格に
気づく人さえいる。この本の内容を友人や知人に話してみれば、思いがけない
人が自分は内向型だと思っているとわかるだろう。 多くの内向型がそれを
自分自身にまで隠しているのには、それなりの理由がある。私たちは、外向型
の人間を理想とする価値観のなかで暮らしている。つまり、社交的で先頭に
立ちスポットライトを浴びてこそ快適でいられる、そんな自己を持つことが
理想だと、多くの人が信じているのだ。典型的な外向型は、熟慮よりも行動を、
用心よりもリスクを冒すことを、疑うよりも確信することを好む。たとえ悪い
結果を招くかもしれないと思っても、すばやい意思決定を優先する。
チーム行動を得意とし、グループ内で社交的にふるまう。私たちは個性を尊重
すると言いながら、ひとつの特定のタイプを賞賛しがちだ。その対象は
「自分の存在を誇示する」のを心地よく感じるタイプなのだ。もちろん、
テクノロジー分野の才能があって自宅のガレージで起業するような人なら、
一匹狼だろうとどんな性格だろうと許されるが、それはあくまでも例外で、
そういう特例として認められるのは大金持ちか、そうなると約束されている
人たちだけだろう。 内向性は、その同類である感受性の鋭さや、生真面目さ、
内気といった性格とともに、現在では二流の性格特性とみなされ、残念な性格
と病的な性格の中間にあると思われている。外向型を理想とする社会で暮らす
内向型の人々は、男性優位世界の女性のようなもので、自分がどんな人間かを
決める核となる性質ゆえに過小評価されてしまう。外向性はたしかに魅力的で
あるがゆえに、押しつけられた基準になってしまっていて、そうあるべきと、
大半の人々が感じている。・・・ 》
▼ 戦国時代の、信長、秀吉、家康を、この性格分類からみると、信長と、
 家康は内向型で、秀吉は外交型になる。家系と、家族と、連れ合いなどの
環境も、大きく左右してくるが、豊かさと、知識も多分に影響してくる。
 学生時代の、ある時期から、面白いように次々と小さな殻が壊れていった。
その一つが、父親が私の牛小屋のような寮に来て、その見窄らしい生活に驚き、
仕送りを二倍にしてくれた頃に、欧州旅行と、ゼミの影響もあって、外交型に
自分が変化していった。当時、仕送りが二倍になるのは、日常が根こそぎ
変わることでもあった。 ーつづく
・・・・・・
4444, 過去の意味は変えられる
2013年05月17日(金)
  * 過去は変えることはできないが、過去の意味は変えられる
 何気ないが心に響く言葉、「過去は変えることはできないが、過去の意味は
変えられる」がある。40年近い事業人生と、この結末を如何に受容するか。
所詮は、人生も事業もバブルと、その崩壊過程の側面がある。何事も始まりと
終わりがある。その行蔵は残るが、変えることはことはできないが、意味は
変えられる。それは、自分が何を目指すか、楽観的か悲観的か、などで意味の
捉え方で変わる。過去の意味(価値)を変えることは、未来と現在に対する
考え方を変える。過去を結果に言い換え「結果は変えることはできないが、
結果の意味は変えられる」として、人生、事業を総括すると多くの視点が
見えてくる。現在こうして存在していることは奇跡である。
全てがベストであったから今の私が、ここに存在している。
(この宇宙、地球、人間など全てだが)それでは「過去の意味を変える」とは
如何なることか。意味に近い言葉に価値がある、意味=価値として考えてみる。
価値とは、その人にとっての優先欲求、優先順位でもある。ということは、
何を目指しているかに行きつく。過去の価値は、現在の価値で解釈が変わって
当然、作り変えられ、加工される? 歴史が、時間と共に解釈が変ると同じ。
意味には真実も含まれるが、その真実もあてにならない。当人が信じていること、
それが真実といわれるケースが殆ど。そこで、真実と意味を辞書で調べると
・【真実とは、虚偽の反語。本当のこと、偽りでないこと。歪曲や隠蔽や錯誤を
 すべて排したときに明らかにされること。漢字の意味は、事柄の中身を開いて
 見たときに、実(じつ)として充満しているもの ...】
・【意味とは、表現に対する「なかみ」。意図するところ。表現(結果)を
 さかのぼる真意、意図、目的。ある現象(行為・言語・その他)に添付される、
 ある種の上位概念。】とある。
真実も、意味も、言葉の解釈で如何様に変わる。あるのは現在しかないとすると、
過去は記憶でしかない。その記憶も曖昧ときたら、成り立つ基盤は在って無い
ようなもの。「過去の意味は、現在の解釈で如何様にもなる」ということ。
・・・・・・
4070, 主義とは、内に貫く一つの信条
2012年05月17日(木)
  * 勇ましい、高尚の人生こそ最大の遺物!    
         ー「人生を励ます黄金の言葉」中野孝次著 より 
「金も、事業も、文学も、思想も、これをもって最大遺物ということが出来ない。
その訳は、誰にでも残すことが出来る遺物でないから最大遺物ということが出来
ない」と、内村鑑三は論じて、こう訴えかける。『それでドウゾ、後世の人が
我々に就いて此の人等は力もなかった。富もなかった。学問もなかった人であった
けれども、己の生涯をめいめい持っていた主義のために送って呉たと云われたい
ではありませんか。是は誰にでも残すことが出来る生涯ではないかと思います。』 
▼「内に貫く一つの信条」こそ、その人となりである。 私は、「人間として
 生まれたからには、人生を全うをすること」を信条にしている。一度だけの
人生、自分で納得できてこそ。納得出来なかったとしても、それも人生だが・・ 
主義とは言葉の通り、その人の主たる義。内に貫く一つの信条を実践することが
義である。他人の思惑など入り込む余地など、そこには微塵もないはず。
貫き通せば、勇ましく、高尚の人生が、そこに残る。しかし、人間は所詮、動物の
進化系でしかない。 勇ましい、高尚の人生も、見方でどうにでも解釈はできる。
そうとでも思わなければやってられないということ。やり抜くには刷り込みも
必要である。その刷り込みを、いかに加工するかである。
   * 長い期間にわたって不幸なのは、その人が悪い!
 誰でも長い期間にわたって不幸なのは、自分が悪いにほかならない。 
死も生も堪える勇気のない人も、抵抗しようとも逃げようともしない人、
こういう人にはどうしてやればよいのだろうか。ーモンテーニュ『エセー』より
▼ どこにでもいる、不平家。 勝手に不幸と決め込んでいるから始末に悪い。
 悪いことに親から相続しているため直しようがない。現実を全く疑い持たない
一般にいう世間人間。いっけん純粋で素朴のため、世間幻想を現実と信じている。
まともに思考をしたこともなし。 傍によらないことだ。不幸、幸福など、
これまた解釈の仕方ひとつ。不幸の時期ほどベストのことが隠されている。
ベストよりベターが良いと、信じているんじゃないのか、彼らは?いや自分か?   


5540,ドーキングスのセックス機械論

2016年05月16日(月)

カントを頂点とした欧米の哲学の世で、< 生物の身体は遺伝子(DNA)を
運ぶ箱である>などと主張すれば、袋叩きになって当然の事。人は神様が
おつくりになったと信じて疑わない国柄の米国だから顰蹙をかって当然だが、
ドーキングは、「セックス機械同士が交わった結果、子供が生まれ、子々孫々、
遺伝子が生き繋いでいく」と言い切る。この論からすると、死後の世界とか、
生まれ変わりや、「自己存在とは何だろう?」など、考えることが馬鹿くさく
なる。 たまたま、やばい我々?の身体に、遺伝子が取りついただけ?
         ーエピソードで読む西欧哲学史:堀川哲著ー より
≪  ☆ 利己的遺伝子
1976年、オックスフォード大学の動物行動学の教師、リチャード・ドーキンス
(1941〜)が『利己的な遺伝子』という本を出した。ドーキンス、35歳であった。
この本は現代のダーウィン主義を要約したものであるが、ドーキンスの文才も
あって、センセーショナルな反響を呼び起こした。
 彼は、「神も仏もあるもんか、生物はセックス機械にすぎない」という。
ドーキンスは特に宗教を攻撃して罵倒するものだから、特にアメリカでは
超顰蹙であった。ドーキンスがアメリカで講演しようとすると大変である。
硬派のキリスト教徒たちが「くたばれドーキンス!」と叫んで押し寄せる。
彼の理論自体は単純・明快である。「この本の主張するところは、われわれ
および、その他のあらゆる動物が遺伝子によって創り出された機械にほかなら
ないというものである」。 こうドーキンスは書いている。
生物の身体は遺伝子(DNA)を運ぶ箱である。よーく考えてみよう。
人間は、最初は一個の細胞である。お母さんのお腹の中に、微小な卵として
誕生するのである。 学校の生物の時間に教わったでしょう。
 細胞の核にはDNAという二本鎖がある。DNAは四種の塩基物質で構成される。
四つの記号でプログラムが書かれていると考えればいい。コンピユータ時代
にはそのほうがわかりやすい。DNAはA、T、G、C(塩基物質の名前の頭文字)と
いう四種の記号でプログラムが書かれるのである。
 人間には人間のプログラムがあり、ブタやダニにはそれなりのプログラムが
ある。私が何ものであるかは、このプログラムによって決定されるわけである。
 DNAのプログラムは自分が生き延びるように動く、そういうようにできている。
サバイバルの方法はといえば、それは自己の複製(コピ!)を作り出すこと。
私たち人間は有性生殖の生き物であるから、コピーの作業は異性との性交と
いう行為を通じて実現される。できるだけ多くのコピーを製造すること、これが
DNAの基本的機能である。DNAはそうするように作られている。雨が降るのと同じ。
 そのために、DNAのプログラムは私たちの身体を適当なときに発情させ、複製の
行為と駆り立てるのである。こうしで私たちは異性を追いかけ回すようになる。
人間誰でも年頃になれば、発情するようにプログラムされているということになる。
 ☆ 遺伝子は永遠だ
間違いなくいえることだが、私はいつか死ぬ。私の身体はやがて滅び去る。
しかし、私が子どもを製造する限り、私を製造しているDNAプログラムは
少し書き換えられて、子どもにコピー(複製)される。個体としての私は死ぬが、
私のDNAプログラムは、私の子どもがまた複製を作れば、永遠である。
私にとってはうれしくも悲しくもないけれど、そういうことになっている。
遺伝子DNAは利己的である。だから「利己的遺伝子」である。その意味は、
DNAは自己の複製を極大化するように行為する、そういうようにプログラム
されているということである。≫
▼ 30数年前になるが、犬のブリーダーが、生まれたばかり犬の子、7〜8匹の
 写真を見せてもらった時、それぞれの個性的な顔と姿を見た瞬間、「この子犬
たちは、以前存在した犬の遺伝子が、改めて、この世に現れ出てきた」と、
直感したことを憶えている。 もしかして、分霊の正体は遺伝子? たまたま、
自分とは、それに触媒の積み重ねでカタチつくられた存在に過ぎないのだ。
これを知っておくと、死に際の絶対孤独が和らぐのではなかろうか。同じか?

・・・・・・
5175,人生相談という気晴らし! 〜⑥
2015年05月16日(土)
           『人生、しょせん気晴らし』中島義道著
  * 老いた人の絶対的孤独との向き合い方は
 ここで、自分のしたいことを誠実に熱心に追及している限り、理解者は
出てくるというが、どうだろう? 今では、ブログなど、ネットで繋がることが
可能なので、ある程度の他者と繋がることが可能だが。
≪ Q: 〜年齢とともに肥大する孤独との向き合い方〜
 六十五歳の男性です。人間、歳を取るとだんだん孤独になるものだとつくづく
実感しています。若い頃は学才に恵まれていた男が、いつのまにか「俺は文化
なんてものには興味はねえ」と野卑な口調で本性をあらわしたり、デリカシーに
欠けていた男の品性がますますひどくなったり。さらには盟友が亡くなったり…。
そんなこんなで、私はこの七〜八年ほどの間に若い頃からの友人をあらかた
失くしてしまいました。孤独であることにもそれなりの味わいはありますが、
しかし、人生、いや歳を取るということは、かくも無漸なものなのでしょうか。
歳を取ることによって生じる、どうしようもない孤独にどう対応したらいいのか?
適切なるご教示をお願いします。
  A: 〜わずかでも心の通じ合える人がいれば絶対的孤独は避けられる〜
 私は「孤独」がそれほど嫌いではなく、「それなりの味わいがある」と思って
いますので、「どう対応したらいいか」に対する直接のお答えにはならないかも
しれません。あなたの問題にされているのは、主に「他人との関係」でしょう。
それにも二つあって、1つは、人間、歳を取ると「品性」がますますひどくなる
こと、そしてもう1つは、親しい他人や愛する他人が次第に自分より先に死んで
いって、だんだん心細くなること。前者については、私も同じ印象を持ってます。
私が同年齢の男女との付き合いをかなり切っているのは、―自分はともかく―
一般的に言って中高年の「醜さ」に耐え難いからかもしれません。それに加えて、
私は「哲学」なんぞに首を突っ込んでしまったので、50や60の「普通に出来
あがった」男たちと話すことは何もないと確信しているせいでしょう。
 この歳で、妙に哲学に擦り寄ってくる老人も嫌いです。大学の教師や研究者、
あるいは物書きをしていて気が晴れることは、若い学生たちや若い研究者たちや
若い編集者たちや若い読者たちとの「交流」が、適当にあることです。
もちろん、彼らの中にも「心の醜い」輩はいますが、私の周りには総じて
「心のきれいな」人が集まります。そう自分が厳選しているからなのですが。
このことは、第二の孤独にも通底しています。私の場合、特殊とも思いますが、
自分と同世代の男女との付き合いをほとんど完全に絶っていますから、という
ことは、小学校から大学までの同級生などとの交際はないので、誰が生き残って
いるのか、誰が死んでいるかさえ(連絡がないので)わかりません。それに、
私は目上の人との付き合いは(どんな恩人でも)苦手で、これもほぼ完全に切り
捨てていますので、目下、誰が死んでもいっさい葬式に行く義務はないのです。
別に老後の孤独に備えてこう準備したわけではありませんが、私はその時々で
一緒にいて心の通じ合える人がわずかにいればそれでいい、という「刹那主義」
に徹しています。どんなに歳を取っても、自分のしたいことを誠実にかつ熱心に
追求している限り、理解者は出てきますし、その限り絶対的孤独は避けられると
思いますが……。≫
▼ 著者から肩書をとったら、「醜悪なクレーマー」と思われる。
 これまでの著書を読んでいると、クレーマーとしての信じがたい内容が
リアルに書いてある。それはそれは・・ 特に街中や電車などの騒音に敏感。
それと、著書を出し、思いを表現していると、孤独感は半減する。中島の口癖、
「いずれ直ぐ死んでしまう!」は、亡くなった友人を自分に置換えると分かる。
『死んでしまえば、それまでよ! そんなことなど死んで3日も経てば・・』
・・・・・・
4810,Quirt <内向型人間の時代> ー1
2014年05月16日(金)
              <内向型人間の時代> スーザン・ケイン著
   * 内向型人間かどうかのチェックリスト
 私は、あまり外交的ではない。だから、事業創業の人生を選んだのである。
この書の冒頭にあった内向型リストで、○✖▽で、チェックしてみた結果、
20のうち、13が○、✖が3、どうだろう?▽が4で、明らかに内向的
人間である。家内は明らかに外交的人間と思っていたが、○が15に、✖が3、
▽が2で内向的人間には驚いた。専業主婦ということもあるが、驚きである。  
 ー以下、左が私、( )が私から見た家内である。
  ーまずはチェックリストからー 
           日本人、特に地方、北国は8〜9割は内向的人間? 
○グループよりも一対一の会話を好む      ○  (▽)
○文章のほうが自分を表現しやすい       ○  (✖)
○ひとりでいる時間を楽しめる         ○  (○)
○周りの人にくらべて、他人の財産や名声や地位にそれほど興味がないほうだ
                       ○  (○)
○内容のない世間話は好きではないが、関心のある話題について深く話合う
 のが好きだ。                ○ (○)
○聞き上手だと言われる            ○   (▽)
○大きなリスクは冒さない           ✖   (○)
○邪魔されずに「没頭できる」仕事が好きだ   ○   (○)
○誕生日はごく親しい友人一人か二人や、家族だけで祝いたい ○(○)
○物静かだ」「落ち着いている」と言われる       ○ (○)

○仕事や作品が完成するまで、他人に見せたり意見を求めない。▽(○)
○他人と衝突するのは嫌いだ              ▽  (○)
○独力での作業で最大限の実力を発揮する        ○  (○)
○考えてから話す傾向がある              ○  (○)
○外出して活動したあとは、たとえそれが楽しい体験であっても消耗したと
 感じる。                      ✖ (✖)
○かかってきた電話をボイスメールに回すことがある。  ✖ (✖)
○忙しすぎる週末よりも、なにもすることがない週末を選ぶ ○ (○)
○一度に複数のことをするのは楽しめない         ▽ (○)
○集中するのは簡単だ。                 ○ (○)
○授業を受けるとき、セミナーよりも講義形式の方が好きだ。▽ (○)
▼ 意外なことに、アメリカ人でさえ、2〜3人に1人は、内向的人間という。
 事業人生を30年以上、たずさわり、人との接触が多い仕事もあって、外交的
部分も多かった?反面、嫌な場面へ行かないで済む、自由もあった。逆に仕事上、
内向的姿勢も求められたこともあった。家内の友人に、極度の内向型人間がいて、
その話を度々、聞くことがあった。内向的にも、暗いのと、明るいのがいる。
冷たいのも、温みがあるのもいる。携帯パソコンが一般に普及した中、情報選択
と決断が重要になっているが、この時代だからこそ内向型人間の時代というのも、
説得力がある。ヨガブームというが、週二回、26ヶ月、参加して、成るほど、
内向き、精神性の時代が、実感できる。 高齢者は、どうであれ、内向きに
なりざるをえない。 ーつづく
・・・・・・
4443, ヨガと座禅の違い
2013年05月16日(木)
 毎週二回、スポーツジムの「ヨガ」に参加して14ヶ月、百回はゆうに
超えているが、回数を重ねるたび、身体も、気持ちも解れていく。学生時代に
野狐禅だが、六日町の雲頓庵で持ち込んだ卒論の種本を読みながら、合間に
広い禅室で独り座禅を組んだことがあった。ただシーンとした中、
「直ぐにでも止めようか」という気持ちと戦いながらのたった独りの座禅は、
永平寺での一瞬気持ちを緩めれば、禅僧に叩かれる状況より辛い。誰もいない
ため、直ぐ止めたい誘惑との闘いになる。ヨガで仰向けになり全身を弛緩する
「死者のポーズ」があるが、これは座禅の禅定に似ている。飛行機内の座席で、
耳栓をして姿勢を正し、次々出てくる思いを泡のように流していると、何かの
ゾーンに入ってしまい、10時間以上の時間がアッという間に過ぎてしまう。
ヨガは、瞑想で心を解すのが目的で、禅は、その状況から仏の悟りに近づく
ことにある。
ーヨガと座禅の違いをネットで調ベた、納得した3つをコピーしてみるー
《 人は疲れたときに目をつぶる事がある。そこで何かを思い浮かべながら
 瞑想にふける。この繰返しがヨガという。 このヨガはもともと
「軛(くびき)」ということで、牛に車を曳かせる腕木を指した。これが
次第に神の力に人間を結びつけることを意味するようになり、その修行法と
して智慧、愛、行、瞑想が重視された。一般にヨガと呼んでいるのは、
このうちの瞑想による神人合一の方法である。このヨガは紀元5世紀ごろ
には「ヨーガ・スートラ」を根本経典としたヨーガ派が独立してさかえ、
完全性をそなえたひとつの霊魂を最高神としてあがめた。このヨガの修行法
が仏教にも広く取り入れられてきた。それが坐禅につながっていく。 》
《 ヨガと坐禅は、まず姿勢を正して、呼吸や五感(眼、耳、鼻、舌、身)
 を整え、誘惑をさけ、精神統一するのはどちらも同じ。ヨガは、これに
よって初めて超自然的な力が得られ、対して禅は「禅定」に深くかかわり、
静けさを求める。禅とは(ジャーナ、禅那)という梵語の音写で、釈尊の
悟りを追体験して”身心脱落”し仏の境地になりきり坐禅をすること。
禅は「無」を標誘し功徳や利益を求めない。ひたすら足を組んで坐禅をする。
ヨガは神人合一して身心の健康を増進させる。 》
《 ヨガは、インドに古くからあり、ウパニシャッドと言われる古代インドの
 哲学書にも出てくるもので、瞑想や呼吸法、座法などによって心身を鍛える
事で、心の動きを抑制する方法として古くから用いられた。後に、ヨーガ学派
という哲学集団によって、解脱への実践方法として体系化されていったと
言われています。そして仏教においても、このヨガは悟りへの実践方法として
用いられ、釈尊も、瞑想によって真理を悟ったと言われますし、「瑜伽行」
という修行法として確立されました。現代のヨガも、もともとはそのインド
独特の修行法をアレンジしたものですから、仏教の修行とヨガとは、出発点は
同じであると言えるでしょう。違いと言えば、仏教における修行は、さとりを
目指す為の方法であり、現代のヨガは、心身の健康維持のためのもの、という
点でしょうか。座禅とヨガとの関係についてですが、ヨガは、座法や呼吸法を
盛り込んだ、精神統一の方法でありますし、「禅」といいますのは、「禅定」
つまり精神統一をし、真理を観察することであって、「座禅」は座法や呼吸法を
用いた「禅定」一つの方法ですから、根本的な部分で同じ要素を持つ。 》
▼ ヨガは座禅と出発点が同じ「座法」「呼吸」を盛り込んだ精神統一の方法に
 対し、座禅は精神統一を通して真理を観察するもので、少し意味合いが違う。
腰痛持ちの私にとって、週二回のヨガは腰痛緩和の自己マッサージ治療。
私の腰痛は完治はないが、仲良くするのは可能。その方法がヨガに多くある。
手軽なベストの場が見つかったもの。たまたまー「早朝座禅」山折哲雄著ー
を見つけ読んでいるが、数日前から、30分早く起き、早朝座禅を取り始めたが、
これが良い。4時から7時までは、正にゴールデンタイム。
60年以上溜まった毒出し、矯正の時間でもある。
・・・・・
4069, お金と神 ー2
2012年05月16日(水)
   * 「お金=信用」と、「神=信仰」は同じようなもの  〜�    
           ー「お金の執着」が経済を狂わせるー小野善康 より
 お金の本質に関して多くの本を読んで考え続けてきた。ここで、お金と神
の本質を同定し分かりやすく書いている。なるほど、人は心情的に多くの金を
持ちたがるはずである。とはいえ、それは心情である。傍に迷惑をかけない
範囲で、自分の好きなことに時間をかけて使うべきである。通帳にあるのは
単なる数字の羅列。その辺りの知識がないと必ず後悔する、それが人生である。 
 ーまずは抜粋ー
≪ 一方、お金はどうか。人は物やサービスという実体を消費し、生活している。
経済は、それらを効率よく手に入れるため発達してきた。多種多様な物欲と技能
を持つ人びとが、それぞれの能力を最大限発揮して、生活を物的に豊かにする
ためには、自分の得意な物を作って、他人が得意とする生産物と交換すればよい。
それによって、自給自足では望めなかった生活永準を実現することができる。
そのための交換の場が市場であり、お金は交換手段として生まれ発達してきた。 
物々交換では自分の欲しい物を相手が持っているとともに、自分も相手の
欲しい物を持っていなければならない。経済学で言う、交換における「欲望の
二重の一致」である。このとき、誰でも普遍的に欲しがる物があれば、交換手段
として最適である。二重の一致が一重で済むようになり、いつでも自分の欲しい
物と交換できるからである。そのため、宗教が雷や山から始まったように、
お金もはじめは、それ自体が安定した実用価値を持つ米や金銀などであった。
しかし、交換機能だけを考えれば実用価値などいらず、信用だけで十分である。
持ち運びや保管には、かえって実体として機能は邪魔になる。 そのため、
金銀の代わりに大銀行の金銀預り証が紙幣としての役割を持ち始め、20世紀
に入ってからは金銀との交換性とも切り離されて、純粋に交換手段の不換紙幣が
定着した。しかし何の価値のない紙幣を流通させるのに、信じ込ませることが
必要である。それが信用である。≫
▼ 金も、社会的価値として信用出来るから流通するのである。
 それ(交換手段としていた金)が、いつの間にか、将来の不安を解消する
手段にすり替わってしまっていることに人は気づかない。金は使うべき時に
使うのが道理ということ。 何で人は、お金を残して死ぬのだろう?
死後に残された金は、あくまで死の不安の遺物。しかし交換手段の額が
大きいほど、自由になる幅が広くなることは確か。が、それも幻想。
 やりたいことをするのが自由である。何がしたのかをハッキリさせて使って
こそ金(自由)の効用が生きてくる。 貯めたは貯めたで、金に未練を持った
まま死んでいく。つくづく、人間は頭が変である。自分の好きなことをして
行蔵として残せばよいものを。100億円遺した人と、100億円使い果た
した人と、どちらが面白かったかをみれば分かること。
人間両手に持てるのは2千万まで!


5539,閑話小題 〜消防士の収入

2016年05月15日(日)

   * 地に足が着いた人生 ー2
 先日の小テーマで、「地に足が着いた人生」を書いた。
そこで地方公務員資格試験は、如何なるものかと、「地方公務員資格試験」と、
「消防士」の二つで検索したところ、消防士の平均収入が700万以上とあった。
 危険な仕事としても? あまりに・・  〜その辺りから〜
≪ 消防士は718万円が平均年収!(地方公務員給与実態調査結果の概要調べ)
 消防士に支払われる給料の平均は36万円が基本で諸手当が65万円で、
民間企業と比較すると非常に高くなっています。 民間企業平均の平均年収は
409万円となっており、消防士はその300万円以上高い年収を得ている事になる。
消防士に割り当てられる諸手当を調べたところ、特殊勤務手当てがあり、
(1) 危険作業手当(2) 不快作業手当(3) 重勤務作業手当
(4) 非常災害業務手当 (6) 消防業務手当などの手当てがつきます。
 現在全国の消防職の職員は15万8000名。
30代の平均年収は600万円、40代になると720万円といわれており、50代では
800万円以上と民間の平均よりも非常に高くなっています。民間の場合は50代
になると年収が減少する傾向が多いのですが、消防士は着実に上昇する。≫
 とあった。成るほど、自信に満ちた彼の受け応えも、こういう背景があった。
   * 「道」という漢字は、「生首」に由来する
 ある本に、「道」という漢字は、「生首」に由来するとあった。
道は「導く」の意味もある。道は血生臭いのである。人生を道に例えると、
納得する。道には血と汗と涙が詰まっている。
≪ ・古代中国では、自分の領地をへいで取り囲み、そこから外へ抜ける道
 には敵の首を埋めて、攻め込まれないように「まじない」をしたとする説。
・敵から討ち取った生首をちょうちんのようにぶら下げ、「まじない」がわり
 にして外に通じる道を進んだとする説。
いずれの説も討ち取った敵方の生首を魔よけや、まじないがわりに使ったこと
が道の漢字の成り立ちに含まれています。
・「行が変化→辶(みち)」、と、「首(シユ/シウ→チウ疇=長く通っている
意味)」。 長く通じている「みち」→「道を行く」「みちびく」の意味。≫
▼ 人生の道を切り開くとは、戦い、血だらけで進み、途中で行倒れて・・
 と解っていても、進むしかない。急ぐのも、ゆっくり行くのも、人生。
 とすると、ゆっくり急ぐのがベストということか。 人によるが。

・・・・・・
5174,人生相談という気晴らし! 〜⑤
2015年05月15日(金)
           『人生、しょせん気晴らし』中島義道著
   * 個人主義者の覚悟
 自分を、「アウトサイダー」「ソリスト」「個人主義者」と自認している。
老いるということは、孤独の重圧に押し潰されていく過程でもある。だから、
そのスタンスを取ってきたが、それでも、弱気になることがある。
今さら、「世間びと」になれないし、なる気は一切ないが、彼らの破壊兵器も
ただならぬものがある。だから、「自分とは何だろう」と考えるに丁度よい
エネルギーになる。どの道、永遠の彼方に消滅していく。老いは厳しいのです。
≪ Q: 〜個人主義者にとっての老後を生きるヒントは?〜
 現在、53歳既婚、フリーランスで仕事をしている男です。
私は元来、めんどうくさがり屋でわがままで、人付き合いも苦手です。
特に冠婚葬祭、歓迎会、忘年会など、あらゆる会合や行事に出席を拒否。
こんな利己的性格ですから当然、会社組織に馴染めるはずもなく、こうして
一人で事業をし、近隣との人間関係の希薄なマンション生活をしています。
しかし、現在、老後の問題など何となく将来に一抹の不安を感じています
(目の前にある離婚の危機による自信喪失でしょうか)。自分本位な生き方
をしてきたため、義理を欠くことも多く、自ら世間を狭くしているように
感じています。いずれしっぺ返しがくるように思います。
個人主義生活者に「老後を生きるヒント」を教えてください。
 A: 〜「自分とは何か?」という問いを突き詰めて生きることです〜
「個人主義生活者」にと、その「老後を生きるヒント」とい言葉によって、
あなたが何を期待されているのかよくわかりません(そもそも「個人主義」
とう言葉の意味がはっきりしない)。もし、長く世間に背いて自分本位を
貫いてきたが、老境に至り身体もガタが来ているし、このまま一人で生きて
いくのも寂しいし不安だから、どうにかしたい、というのなら、あなたの言う
ところの「個人主義」をきっぱり捨ててしまえぱいいのです。前後左右の
他人の思惑に常に媚び、自分勝手な考えはぐいと抑え込み、厭なことも率先
してなし、「和」を大切にし、これから必死になって「もちつもたれつ」の
人間関係を復元するのです。それはイヤだ、やはり「個人主義」を貫いた
まま安全な老後を迎えたい、と言いたいのなら、そんなムシのいい話はない
と答えましょう。「いずれしっぺ返しが来る」ことを予見もせずに、よくも
「個人主義」などに乗ってきましたねえ。失礼ながら、おめでたいとしか
言いようがありません。わが国民が、「個人主義」を蛇蝎のように嫌っている
ことを知らなかったとは! 漢然と知っていたとしても、その大量破壊兵器級
の威力に対する自覚がなかったとは!あきれ果てます。しかし、もはや手遅れ
ですから、残された老後は、先に言ったように、「個人主義」をできるだけ
「緩和」して、世間との和解策に奔走するか、あるいは潔く居直って、暗く
寂しい老後を迎えるか、のどちらかしかないように思います。そして、ここ
までがんばってきたのですから、できれば「転向」せずに「個人主義」を
貫くことをお勧めします。それには、自分ひとりでできる仕事を見出すことが
絶対に必要です。単なる趣味ではなく、あなたの実存の中核に届く仕事。
例えば、「自分はなんでこうまで人付き合いが苦手なのか、利己的なのか、
自分本位なのか」という問いを、つまり「自分とは何だろう?」という問いを
突き詰めることです。そのためには、絶えず思索しなければならず、これまで
の体験を微細に至るまで想い起こさねばならず、多方面にわたる読書も
しなければならない。つまり、孤独かもしれませんが、ずいぶん充実した
老後をエンジョイできるのではないでしょうか。≫
▼ ほぼ大部分の人の心には、相談者のような恐れを抱えている。老いて、
 弱って、病気になって、疎んじられ、永遠の絶対無に吸取られ消滅するのが
人生である。個人主義を我が国民は蛇蝎のように嫌っているのは、一連の中で、
多いに実感したが、それ自体も幻想でしかない。
・・・・・・
4809,ある明治女性の世界一周日記
2014年05月15日(木)
   「ある明治女性の世界一周日記―日本初の海外団体旅行」野村みち(著)
 何気なく、図書館内を彷徨っていたら、この本が目につき借りてきたが、
現在の朝のNHKの連ドラの「花子とアン」の、出身校の東洋英和女学校出身と
あったことも借りる動機にもなった。そして、読んでみて、面白いこと。
ランダムに、どのページを開いても、その日その日の、本人の視線が、
そのまま直に伝わる。  ーAmazonの内容紹介よりー
「母親からの厳しい「良妻賢母」教育と共に、東洋英和女学校でキリスト教と
英語という新しい教育を受けた明治の女性、野村みち。豊かな感性と柔軟性で、
真摯に、率直な心情を綴った世界旅行記。」 ーレビューよりー
《 元横浜YWCA会長を務めた野村みちの「世界一周日記」。若い頃から洋行に
 憧れを持っていたことが書かれていた。その「世界一周」は、1908年3月18日
から96日間にかけて行われた。冒頭に旅のルートが掲載してあり、米太平洋郵船
会社のモンゴリア号で横浜港を出港し、ハワイを経由し、サンフランシスコ、
ソルトレークシティ、シカゴ、ボストン、ワシントン、ニューヨーク、英国
ホワイトスターライン社のセドリック号で大西洋を渡り、ロンドン、パリ、
ローマ、ナポリ、ヴェネチア、ベルリン、サンクトペテルブルク、モスクワ、
シベリア鉄道を利用してウラジオストック、敦賀に帰ってくる世界一周旅行。
一行54名、女性3人。筆者の夫は、横浜の実業家・野村洋三氏で、外国人相手の
古美術商のサムライ商会を営んでいました。本町通りにあったサムライ商会は
横浜の古い写真集を見ていると必ず登場するようなエキゾチックでユニークな
外観をしています。258ページに写真が掲載してありますので。筆者の家族の
写真や世界一周時の集合写真も掲載してあり、文章だけでなく当時のイメージ
が理解できるようになっていました。旅行中の装いも和装で通す意味合いも
書いてあり、このあたりに聡明さが伺えます。アメリカのルーズベルト大統領
との謁見や、パリで名バイオリニストのサラサーテの演奏を聞いたことも記され
ています。 巻末に番外編として「野村みちとは」と題する生涯を、北川原美乃
さんが25ページにわたって紹介していました。戦後すぐマッカーサーが占領下の
日本で初めて接した民間人が野村夫妻だったことも書いてあります。
そのような生き方を貫いた女性であることが分かる書でした。》
▼ 100年前の96日間の世界一周日記、そこに女性が3人、加わっての旅行、
 それは大変だっと思われるが、幕末、明治初期の一女性の目で見た当時の、
外国への視線が面白い。長年にわたり、多くの人が様ざまな経験をして記録に
残されているのに、改めて感心する。情報端末がノートしかない時代に、その
人の記録が逆に、生々しさとして、後世の者の心に訴える。横浜で外国人相手
の古物商をしていたため、カルチャーショックは、さほど無かったようだが、
そうでなかったら、その参加自体してなかっただろう。ところで、居間の座椅子
の横に、二年以上も「世界の旅行記101」が置いてあり、毎日、数分間、読む。
2〜3ページに要約した101の旅行記が、それぞれ何人かが分担して書いてある。
ところが、どれもこれも、重いため、せいぜい、一日、数分しか読めないが、
それでも門前の小僧で、少しずつ、階段を下りるように、何とか読んでいる。 
それらから比べれば、ツアーで内容が軽いが、それ故に、親近感がわいてくる。 
世界は広く、それぞれ深い!
・・・・・・
4442, 閑話小題 ーリタイア後の幸せ度
2013年05月15日(水)
  * リタイア後の幸せ度
 退職後の幸せ度は、一番高いのは創業者、二番目は違う会社で勤めている人、
三番目が、そのまま再雇用している人、最後は、そのままリタイアした人、
という調査結果がある。一番高いのが創業者は自分が、そうだから分かる。
それも、私のように会社を倒産させた人がいうと、強がりにように聞こえる
だろうが、複雑な実感である。挫折感より遥かに達成感が強いことは確か。 
自己完結してキレイサッパリするから。意外なのは、完全リタイア組の幸福度
が一番低いこと。長年かけたライフワークを持ってないためだろう。
「自分が、まだ有用の存在でいたい」のか。後は、解釈になる。収入の関係も
あるのだろう。幸せの感じ方は様ざま。 鼻歌でスキップしていくしかない?
そのためには、少々のお金と、知恵と、意欲が必要である。一番の問題は、
やはりお金に行き当たるのか。
  * 節目を超えたようだ!
 昨日、もう一つのブログ《バードウォッチ》に。「一月ほど前か、現在の自分
と娑婆に対し、底知れぬ可笑しさを感じて、知らずに独り腹から笑っていた。
これで節目を乗り越えたようだ。こういうのをアップスケール(脱皮)という。
独り万歳! あとは、心置きなく流しの遊びの世界で我を忘れればよい。
割り切るのに、やはり二年。節目としての4分割の最後のシリーズ。 
心の還暦になる」と書いた。50歳になった時が、これかと思ったが・・、
もう一破壊が必要だったようだ。そして少し楽しめ!ということになる。
まだまだ重いし、最近、何事にも面倒が先に立つ。ただ、バイアスが日ごと
取れて好奇心が強くなっている。遊びに対して、まだまだ修行が足りない。 
「節目を打て」というが、なるほどである。
(後記)ところで偶然だが、去年の以下の文章が、これに連動していた。
    面白いもの。決して傷は浅くないということか!


5538,哲学者は、世間人を、「世人(せじん)」という

2016年05月14日(土)

   * 日常性と非本来的な生き方
 人間は一般的に、規格人間の生き方を良しとし、平均的に、責任を持つこと
なく、生きようとする。世間とは、こういう生き方を良しとし、人と違った
生き方を蛇蝎のごとく嫌う。人生は非日常の中から、新しい世界が広がる。
しかし、人は日常の繰り返しを好しとする。ハイデッガーは、人間の持った、
その習性を真正面に取上げている。 〜ネットで、「世人」を検索すると〜
≪ ハイデガーによると、我々は、常に自分の存在を考えて生きているわけでは
 ない。我々は、仕事やその他の関心事に気を取られ、自分がなぜ存在するのか
を真剣には考えない。我々は、自分が存在することを当然のこととし、その日
その日を他人や物(道具)との関わりの中で生きている。
 ハイデガーは、このような人間の日常的なあり方を「非本来的なあり方」と
呼び、人は自分の存在の意味を問うことなく日常性の中に埋没して生きている
とする。人間は、普段この日常性の中で、他人と同じように行動し他人と同じ
ように物事を考える個性のない平均的な生き方をする。
 ハイデガーは、このように他の人と同じように物事を考え、同じように振る
舞う人を、世人(das Man)を名づけている。世人という語は、固有名詞ではなく、
不特定多数の人々を表す普通名詞として使われている。 世人は、いわば流行を
追っている人である。世人は、皆と同じ服装をし、皆と同じように振る舞う個性
のない人である。このことは、サラリーマンや制服姿の人たちによく当てはまる。
彼らは、ほとんど同じ服を着、いつものように決まった仕事をし、一日を、いや
一生を終えていく。世人は、人並みの人生を生きる。このような世人のあり方は、
ハイデガーの生きていた頃ばかりでなく、今日の社会にも見られよう。
我々は、社会の定めた規格に沿い、同じ言葉を喋り、人並みの着こなしをし、
人並みに振る舞い、人並みの生活をする没個性的な規格人間である。
 世人の特徴は次の二つにまとめられる:
① 平均性 Durchschnittlichkeit
② 免責 Entlastung:この語には、責任免除、責任回避という
 二つの意味が含まれている。
  この二つの特徴をもう少し詳しく述べていよう。
・平均性は、いま述べた通り、皆と同じように考え、同じように振る舞う
 規格人間の状態を指す。
・免責とは、皆が同じことを考え、同じことを行なっているのだから、
 特定の行為に対し、一個人が責任を取る必要はないということを意味する。
 この免責の好例は、おそらく、地球温暖化防止のための自動車の運転の自粛。
 それは一向にはかどらない。その理由は明らか。私ひとりがやめても、どう
 にもならない。皆がやっているから。人は、平均的な考え(偏見)に責任を
 転嫁し、自分の行為に目をつぶる。 ≫
▼ 知性とは、教養とは、規格人間に埋没した己に気づく知識の質量のこと。
 決して、同調するための情報ではない。常々、「世間」を取上げ、埋没して
いる自分を何とか救い上げてはいるが、平均性を求め、責任回避をしている。
『和同の精神』という、長岡高校の精神がある。和すれど、同じない心がけ。
「世人」にも、その属している質もあろうが。情報化社会が、「情報世人」
(いま、私が創った言葉)たる、何も考えられない俗人を生み出している。
しかし、最も格差を生む、情報の質量の格差は大幅に改善されることも事実。
「世間の、どこが悪い」「世人のどこが悪い」というと、小さい世界の中に
閉じ込められている自分に気づかないこと。いや気づかない方が良いのかも。
 で、また偶然だが、丁度よく、以下の内容に続く。

・・・・・・
5173,人生相談という気晴らし! 〜④
2015年05月14日(木)
           『人生、しょせん気晴らし』中島義道著
  * 周りと同じ「普通」であることが、果たして善か?
「世間びと」の典型事例が<普通の人>である。普通であることが善と信じる
大部分の一人が、この質問者。少し外れた弟を勝手に見下す普通の人である。
無知だから仕方がないとしても、私の姉4人を見る限り、同じような思考範囲。
で、私は最たる愚弟であり、自認している。身辺からしても、当然、異物である。
≪ Q: 〜41歳になる弟が稼げません。将来が心配でなりません〜
 私は53歳の主婦です。私の41歳になる弟のことで相談があります。
弟は大学卒業後、証券会社に入社し、バブルの絶頂期に社内結婚、しかし
バブル崩壊と同時期に離婚、そしてリストラされています。子供はいません。
それ以来、何か気が抜けてしまつたようで、40代になっても独身生活。
社会保険労務士、ファイナンシャル・プランナーなど資格取得にチャレンジし、
その資格を活かして働いているようですが、所得はアルバイト程度で(国民
年金も払えていません)、父親からの援助なしでは暮らしていけないようです。
身内の私が見た限りですが、弟の性格は悪くなく、独身女性にもモテるように
見えるのですが、このままでは弟の未来が心配です。
弟を一人前にするにはどうしたらよいでしょうか。
  A: 〜まず、あなた自身が弟さんを見下す姿勢をやめなさい〜
 回答を裁判の判決形式にしますと「主文、放っておきなさい」となります。
あと判決ではぐだぐだ「判決理由」が続くのですが、今回の場合、何と理由
づけようと(たぶん)五体満足で精神病に陥っているわけでもない41歳の男を
一人前にするために姉が(いや、ほかの誰でも)口を挟むことはありません。
ご相談の内容を仔細に見ても、別に弟さんに何の問題もないじゃありませんか?
むしろ、私はこういう相談をもちかけるあなたのほうに問題があると思います。
世の中には、周りの者(とくに家族)が「普通」でないと、きわめて居心地が悪い
「善人」という名の一群の人々がいますが、あなたもその一人のような気がして
なりません。その「普通」の中心に仕事と結婚がデンと居座っている。
あなたも、弟さんがしっかりした職業についてしっかり金を稼ぎ、しっかりした
家庭を築けば、それでいいのでしょう? しかしーあえて原則論を言いますがー
さまざまな生き方があっていいのではないですか? 現代日本、組織に入らなく
ても食っていける道はいろいろありますし(弟さんはいまそれを模索している
のではないですか?)、結婚しなければならないという規則はありません。
というわけで、自分の弟であっても自分とはまったく別の人格であることを
尊重して、今後弟さんの人生に対してあれこれ干渉するのをいっさいやめる
ことをお勧めします。なお、親が彼を援助するのは勝手です。・・・ ≫
▼ 私が何時も非難する『世間びと』で、世の中の大部分が、善人で普通を
 求める方々で占められている。そういう私も、いざ息子になると、似たような
思考形態から抜けてないことも事実。振返ってみると、弟思いの善人の姉たちに、
いつも、「普通であれ!」と洗脳されていたようだ。見下している世間は、実は
普通の人たちで、普通になれない悪人たる自分が作りあげた幻想でしかない。
逆に、普通こそ据わりが悪いのも確か。「われ、普通を笑う」も、「目くそ鼻くそ
を笑う」の類のこと、ということ!「大変な人」と「普通人」、どうでもよいか!
・・・・・・
 4808,閑話小題 ー年寄りの愚痴
2014年05月14日(水)
   * 年寄りの愚痴
 親戚の法事で、いつも愚痴を言っている一回り少し年上の人がいる。
今回も、前回同様に酒が入ると愚痴が始まった。今回は「昔は良かった!」から
始まり、山本五十六の家系の話から、掛軸の絵の知識の披露と、講釈が続いた。
年を重ねると知らぬ間にクドくなるのは、自分も同じ? 長く生きてきたため
だろうが、これは合せ鏡で、自身を思いやるしかない。酒もまわっていたため、
私も二度「本当に昔が良かったですか?」と、クドく話に割り込んでいた。
 愚痴は、老人性うつ症の特徴の一つの現れ。 そこでネットで検索してみると、
《 65歳以上の高齢者が全人口の23.1%(平成22年)を占める高齢社会になって、
 当然ながら老人性うつ病も増えてきた。高齢者のうつ病には若年層で発症する
のと比べると、いくつか特徴があります。若年期、壮年期に発症する場合には
患者の口数は少なくなり、行動はむしろ不活発にみえますが、高齢者の場合では
逆によくしゃべり落着きのない印象を与える。若年期のうつ病では身体的な症状
を強く訴える場合は、仮面うつ病と診断されますが、同じように老人性うつ病
でも身体の不調を訴える傾向があります。うつ病を発症していなくても老年期
には、個人差はあるにしろ変化を嫌い、意欲を失い、適応力の低下、周囲への
関心の喪失という行動的、心理的な面でいろいろな変化が起きやすい時期です。
特に注意したいのは、老化に伴って性格が変わっていく点です。
一般的傾向をまとめてみますと、
①自己中心的になる  ②疑い深くなる  ③何にでも口や手を出したがる  
④保守的になる ⑤自分の健康を必要以上に心配する  ⑥愚痴が多くなる  
⑦感動しなくなる  ⑧気分や気持ちの切り換えがスムーズにできなくなる 
⑨ストレスにうまく対応できなくなる ・・・》
▼ 肉体的衰えが、精神の衰えを加速し、それがウツ症状をきたす要因になる。
 週に5日は運動ジムに通い、1〜2時間のミニサイクリングをしているので、
何とか落ちこみそうな気持ちを保っているが、この楽しみと、週一の映画館通い
と、自宅のドラマや映画の鑑賞と、この随想日記を書上げる面白味が無ければ、
おそらく、ウツ症になっているはず。先ほどの9つの老人の傾向、どれも
これも、日々、強くなっている現象である。これが連れ合いにも起こり、
その矛先が自分に向かってくるため、二重三重苦になる。で、愚痴が深くなる。
しかし、老いてからの連れ合いの喪失は、それより遥かに厳しくなる。
そして、攻撃先を探し出し・・ 意地悪ばあさん、じんさんになっていく。 
「転がる石には苔がつかない」で、転げまわるしかないのか?
・・・・・・
4441, 四つの時間
2013年05月14日(火)              
 * 四分割の時間割 〜「早朝坐禅―凛とした生活のすすめ 」山折 哲雄(著)
  宗教学者の著者が、この本で勧めている生活が奇しくも私の時間割と酷似
  していて驚いた。
 �デカルトの時間、�イエスの時間、�ブッダの時間、�涅槃の時間、の四分割
だが命名がユニークでよい。( )は、私。�のデカルトの時間は、早朝座禅と
読書や執筆などに充てる時間。(4時半〜6時にブログに掲載する文の添削と
完成、そしてアップ。6時過ぎから7時20分がミニ・サイクリングになる。
そして朝食、新聞、風呂で9時になる)
�のイエスの時間。著者が会社勤めをしていた時は、仕事に集中。
 あたかもゴルゴタの丘を十字架を背負い歩くような時間。
(9時過ぎから12時近くは書斎で、読書か、翌日のブログに掲載する文章の
下書きなど音楽を聴きながら、独り沈潜する)
�のブッダの時間。午前中に集中した緊張から解放された時間。
 (一時間ほどTVを見ながら昼飯した後、スポーツジムへ。正午から15時が
  目安になる。帰りに図書館かスーパーか蔦屋に立ち寄り15時半位に帰宅)
�の涅槃の時間。仕事も終わり、疲れきってしまい、後は晩酌をしたり野球中継
 をみたり。そして、熟睡。(私の涅槃の時間は16時から21時になるが、
 TVの前で、野球、大相撲、録画のドラマか、書斎で読書、そして晩酌)
早朝、午前、午後、夕刻・夜の四分割になるが、書き出してみると価値の高い
順に坂を下りるように世俗化するのが見てとれる。この四分割、人生にも当て
はめることが出来る。0〜19、20〜39、40〜59、60歳以上の、20年一区切り。 
か、25年一区切り。こうみると、どうも私は��が混同していたようだ。
ゴルゴダの丘も大変だったが。そして、涅槃の時節に御隠居で、納得。
 4分割を更に8分割すると「時間割」になるので、曖昧に二つ分けて
おくと良い。成るほど、老後への長期間の準備が必要だ。
・・・・・・
4067, つれづれに ー悲観的すぎるのか
2012年05月14日(月)
 先日、一年半ぶりに木鶏クラブの会に出席した。この会の何人かは、
私のブログを見てくれているが、自分でも気にしていた、「最近の世界と
日本経済の私の見方が悲観的過ぎるのでは」と指摘をされた。読者の多くは、
「一年前に会社を潰したため、悲観的になっているだろう」と予感をしていたが、
案の定。その指摘に対して、「自分の事業の資産デフレと価格デフレの実情を
実際に見て、右下がりの移動年計グラフを10年間にわたって見てきた裏ずけ
がある。世界の株価の総額が4千兆円というが、その十数倍=6京円の不良債権
が銀行、企業、政府の金庫の中に隠されている。これは、何かのキッカケで現れ
出る日がくる。私の事業に早めに来たので、会社をたたんだが、これから世界
恐慌というカタチで、大荒れになるのは当然の理。決して、悲観的過ぎないと・・
日本政府の財政を見れば分かるはず、この有様をみて、悲観的に思わないほうが
変である。」等々、の話になった。フランスも、ギリシャも、今回の選挙で、
国民は緊縮政策に「ノー」の答えを出した。 綺麗事をいい国民におもねいた
野党の毒入りの饅頭の政策に傾いてしまった。それと現在の民主党と自民党の
一部の連中の、囁きは同じ。10年前、5年前に、現在の事態を予測して、
警告を発した人は、当時は変人扱いをされていた。5年先から現在に戻ってきて、
警告を発したら、私が言い続けてきたことなど、大甘の論になると確信している。
5年後は世界恐慌の渦中にあり、銀行閉鎖とか、食料の配給もありえる話。
5年前、リーマンショックや、東北大震災と原発事故を想像できただろうか。
両者とも、500年とも千年に一度の大事件である。目先の応急処理で平静を
保っているが、株式の大暴落やハイパーインフレなど大クラッシュが起て当然。 
リーマンショックという大地震は起きてしまったのである。その後の津波は
1〜2年以内に押し寄せてくる。ただ、時間の問題でしかない。地方経済は
半値八掛が現実。現場は沈黙しているが。ところで移動統計グラフとは、月単位
とすると、毎月、去年の翌月から今月までの年間の売上合計をとりグラフ化した
もの。それをみると、一年単位の趨勢が見えてくる。この右下がり傾向が10年
以上も続いているのが地方の現状。 それで6〜7割減といえば・・ 
一番先に現れるのが駅周辺のホテル、居酒屋、タクシー業界。 さらに携帯、
パソコンなどの情報化が、消費者のシビアな選択を加速、競争を激化させる。
その結果としてデフレが拍車。この中で供給サイドの体力は大きく削ぎ落と
されている。 悲観的になるわ〜
 ・・・・・・・
3701, ジャズについて −2
2011年05月14日(土)
            ー 三枝成彰著「音楽の本」より
【 * スピリチュアル、ブルース、ラクタイム…ジャズのルーツは黒人音楽。 
 ニューオリンズのブラスバンドだけがジャズの母体となったわけではない。
二百年にわたるアメリカ黒人の悲惨な奴隷生活の中から自然に沸き起こってきた
‘魂の歌’の営々たる蓄積が、今世紀初頭にジャズという人種の垣根を超えた
新しい大衆音楽として花開いた、ともいえるだろう。そうした‘魂の歌’が、
ワーク・ソング(労働歌)であり、スピリチュアル(黒人霊歌)であり、ブルース。
ワーク・ソングとは、その名の通り、長く単純な肉体労働の最中、少しでも気を
紛らせるために、あるいは仲間主体となってその苦行を乗り切るために歌った
歌のことである。リーダーが即興で一声うなると、それ応じて全員がコーラスで
応じるスタイルだった。これは、たとえばかって日本の酒つくりで、極寒の
酒造りの中で杜氏たちが作業中に歌った‘元摺り歌"などにも通じるものがある。
 ワーク・ソングはなにも黒人特有のものではなく、世界のいたるところで
かつては見られた労働者の風習だったといえるだろう。スピリチュアルは、
西洋キリスト教の賛美歌などに影響を受けた黒人独特の宗教歌で、これは教会
音楽を経由し、ゴスペルという形で現代に継承されている。
 ブルースについては、他のページでも融れるが、奴蒙の身分から解放された
黒人ひとりひとりが、差別や貧困に苦しむ私生活の哀歓を個人的な感情を込めて
歌ったものといっていいだろう。そして、そのブルースが持っていたミとシの
音撰半音下がる「ブルーノート」と呼ばれる音階構造は、とりわけジャズの
発生に大きな影響を及ぼした。また、黒人とクレオールの融合は、ラグタイム
というリズミカルな音楽を生んだ。ラグクイムはクラシックと同じように楽譜
遍りに演奏されるピアノ音楽で、即興性を大切な要素とするジャズとは直接の
共通点はないが、十九憧紀後半から二十世紀初頭にかけて流行した音楽で、
これもまたジャズの源流となった音楽の一スタイルであることは間達いない。
いずれにせよ、一方には黒人の魂の歌やリズムがあり、他方には、クレオール
からもたらされたといってよいラグタイムとブラスバンドがあった。】
▼ ジャズのルーツはブルースやワーク・ソングなどの二百年にわたる
 アメリカ黒人の悲惨な奴隷生活の中から沸き起こってきた‘魂の歌’の営々
たる蓄積が背景にあると知って聞くと、また違って聞こえてくる。特にブルース
が、ジャズの発生に大きな影響を及ぼしていると、この本で知った。ジャズに
奥底には、黒人の差別と貧困の長年の哀歓がある。その辺を捉えて聴くと、
今まで何気なく聴いていたリズムの奥にあるスピリットを少しは感じる。


5537,閑話小題 〜閑なるままに・・

2016年05月13日(金)

   * 思いのままに
☆ 先日、一年ぶりに弁護士と会ってきた。ということは、一年、債権に関し、
 何も動きが無かったことになる。ところが、債権買取機構の一つが、債権の
買取請求をしてきた。これが終わると、残りは政府系の2つになる。それも、
私が死ねば、それで清算になる。銀行以外に債権は、ほぼゼロのため、債権
処理のトラブルは無いのが当然。弁護士一任の瞬間、問題終了ということ。
☆ 5年前に、『キレイに止めたい!』という弁護士への私の要請に、
『会社整理に、キレイも汚いもない。良くて70点ならオンの字』の答え。
そこで、『その70点で、お願いします!』 と言い換えて、手順を踏んだが、
抵当物件の全てが、呆気なく、一年以内に売却終了。 弁護士いわく、
『今回は見切り千両というより、見切り万両の結果!』と総括。私の実感は、
『70点というより、80点!』。「20日締めの月末払い」の実質現金決済
の体質もあるが・・ 『生きてきたとおり、死ぬ』の言葉とおりに終了。
実際、小さなトラブルも無かった。 だから、拍子抜けのところもある。
そこで見えた誹謗中傷は、それぞれが、その知識経験の中で、思いつきの推測
をした化物話、それもほぼ嘘で固められた、妄想! でしかない。
 固定化された社会には、ガスが蓄積し、まず自分の毒で、自分を殺す。
☆ 数日前のTVレポートで、最近の「冷凍食品の高質化」を取り上げていた。
 ファミリー・レストランと、味が変わらない冷凍食品が、自宅でレンジに
かければ、美味しく食べれる。 数ヶ月前、この随想日記で、その美味さに
ついて取り上げた。 不景気の中、家計が苦しくなる昨今、ファミレス、
専門レストランの料理を自宅で、安く、手軽に食べる時代に変ろうとしている。
 最近、酒と摘みを買うついでに、冷凍食品のコーナーで、スパゲッテーとか、
焼きソバを買って、昼の食事を家内と分けると、これが丁度良い量。週一回の、
酒とツマミと、冷凍食品などの買い物が、ストレス解消にもなっている? 
それと、百均ショップの買物。値段に関わらず、購買は何かの欲求達成になる。
『日々、是、好日』ということか。 時々、傷口が傷まないこともないが・・

・・・・・・
5172,人生相談という気晴らし! 〜③
2015年05月13日(水)
        『人生、しょせん気晴らし』中島義道著
   * 人生の意味とは何ですか?
 人生の意味は、それぞれあるが、確たる意味など、ある訳が
ないことなど、少し考えれば分かるはずだが。質問者が言うとおり、
この手の本を読み込んでいなかったということか。ニーチェがキリスト教的
偽善を根こそぎ否定してニヒリストと言われたのも、大衆は、実は神など存在
しないと思っているのに、信じたふりをいていただけと看破をしたため。
≪ Q: 人生の意味とは何か? 極楽を説く宗教とは?
 62歳、自営業、仕事はまあまあ、家庭も平穏、健康、毎晩酒を呑み、
週一でゴルフをする典型的な中年オヤジです。しかし、少しは本を読みます。
最近の小説のつまらなさに、学生の頃に夢中で読んだサマセット・モームを
ひっばり出して読みました。そしてガキの時には読み飛ばしていた
「人生に意味などない」(『人間の絆』)という言葉に出会ったのです。
 それ以来、この言葉が頭の中に鳴り続けています。
古今東西の英雄たちの人生さえ無意味だというなら、小生の人生は一体何か?
死がまったく「無」であるなら、天国を云い、極楽を説く宗教とは何か?
哲学書を一冊も読んだことがない小生にも分かるようにご教示ください。」
  A: 人生が無意味であることを実感するには覚悟が必要です。
 私は普通の人生相談の回答者と異なり、嘘をついて励ます(慰める)ことは
したくないので、相談者が多少傷ついたとしても、思っていることをそのまま
お話しします。まず「哲学書を一冊も読んだことがない小生にも分かるように
ご教示ください」という要求にあきれ果てています。 お答えは「できません」
というものです。ここで相談を終えてもいいのですが、(私は優しいので)
あえて続けますと、「人生に意味があ るか?」という問いに対して真摯な答えを
与えるのは、とにかく難しい。それは,こう問う多くの人が、人生に意味がない
はずがない、だから何でもいいから都合よく納得できる「意味」を提示して
ほしい、と願っているからです(あなたもその一人?)。モームは哲学者ではない
のですが、多分この問題を一番考え抜いた哲学者は「ニーチェ」でしょう。
 彼は、キリスト教の教えはすべて嘘であり、坊主たちがグルになって二千年間
われわれを騙してきたとみなしました。この世で報われなかった人があの世で
報われるわけでもなく、この世の幸不幸は永遠に清算(最後の審判)されない。
高速道路で飲酒運転のトラックに追突され幼児が焼き殺されたのも、電車が脱線
してビルに激突し、ぐちゃぐちゃになった車体の中で多くの乗客が死んだのも、
その人たちがただ「そこにいた」からです。こうしたとき、われわれは「なぜ、
罪もない幼児が? なぜ、親孝行の息子が?」と問います。古来人々はこう問い、
「われわれには測りしれない目的によって、神が災いを意志したのだ」と解釈
して、心を慰めてきましたが、ニーチェはきっぱりこれを否定する。すべては
ただそうなっただけ。その奥に隠された意味(意志)などまったくないのです。
彼はこの真理を伝えるのに全人生をかけ、ついに発狂しました。人生に何の
意味もないことを全身全霊で実感するのは、それほどきついことなのです。
あなたも、そんなに「人生の意味」を知りたいのなら、あと統計的に死ぬまで
十年ちょっとあるのですから、残りの人生、それを探究することに費やして
みてはいかがでしょうか? それが厭なら、謙虚にただ「わからない」と
眩いて死ぬことをお勧めします。 ・・・≫
▼ 中島の面目躍如の内容である。この20の人生相談の回答に、ことごとく
 私自身の曖昧さが指摘されているようでもある。それと私が忌み嫌っている
我が内なる世間びとへの批判に徹してようである。それだけ、世間という共同
幻想は、人々を縛りつけている。欧米では、その共同幻想がアッラ〜の神。
その名のもとで、互いが殺戮を行っている。ところで、『人生の意味』の意味
を価値に置換えると糸口が見えてくる。 人生に価値がありや、なしや? と。
・・・・・・
4807,閑話小題 ーボケの始まり?
2014年05月13日(火)
   * ボケか?
 先週の土曜日、親戚の法事で駅まで歩いた後、タクシーに乗って寺まで
行ったが、誰もいない。そこで住職の自宅玄関で聞いたところ、翌日の間違い。
その前日、もしかと思い、案内を見直して日曜日と確認したが、その勘違いを
確認したことも忘れてしまっていた。 こういうのが呆けの初期症状? 
家内に厳しい冗談?で、「施設に入れなくては!」と、馬鹿にされ
「他人に言わない方が良いよ」とまで、言われる始末。 それにしても、
ハガキを見直しても、間違えてしまう迂闊さに、我ながら信じられない思い。
帰り道、履き慣れない靴のため靴擦れの脚を引きずりながら、反省のため
30分の道のりを歩いて帰ってきた。 休憩のため駅東のマックに入って
ハンバーガーを食べたが、それが何ともいえない味。緊張感欠如だろうが、
後々考えたとき、これが、ボケの始まりだった、でなければよいが。
   * カラオケは、森の生活だからこそ?
 スナックに行っても、カラオケをほとんど歌わなくなった。
店内に客が連れと二人だけでも、歌う気がしないのである。やはり仕事の
憂さとか、張り合いの中でこそ、歌に張りも気持ちが入るというもの。
ゴルフはやらないが、現役時代のプレーが、定年後より遥かに面白いとか。 
年齢もあるが、秘境ツアーも以前ほど行きたいと思わない。これも、仕事の
合間に何とか都合をつけて、浮世のストレスを秘境旅行のストレスで消す
からこそ張り合いがある。 今は今の楽しみがあるのだから、
それは、それで良いとしなくては。
   * カラスの糞かけ
 またまた偶然の一致だが、法事から帰ってきた玄関で、カラスの糞が、
目の前50センチ前に落ちてきた。これまで、一度は命中、あと一度が、
以下の前年の同月同日に書いたのを含めて、三度目になる。それより、
よりにもよって一年前に書いていたとは面白い偶然である。私には、この
手合いの偶然があまりに多い。その瞬間、「今回は、カラスに狙われた」
と直感したが・・。 最近、一羽のカラスがペットのインコの鳴き声に
惹かれて、自宅の周辺に屯している。何か、法事とか、葬式に、よく起きる
不思議な現象の一つ?だろうか。 ー以下をご覧あれ!ー
・・・・・・
4440, 閑話小題 ーカラスの糞かけ
2013年05月13日(月)
* カラスの糞かけ
 数年前になるが、自宅近くを自転車に乗っていた時、カラスが低空で
私の二mほど先に糞を落としていった。問題は、これは果たして私を狙ったのか
偶然か、毎朝近くを通る度に考えたことがあった。ところが、一昨日の朝日新聞
の朝刊のコラムで、四コマ漫画の「ののチャン」が、専門家に質問する形式で、
「カラスの糞かけは、意図したものかどうか」を取り扱っていた。よくあること
だから、取り上げたのだろう。 答え手は、「あくまで偶然で、カラスにとって
何ら利益にならない」と、ゲーム説や、カラカイ説には否定的だった。
専門家といっても、私のように三十年以上、毎朝、散歩やミニサイクリングで
カラスを観察していた訳でない。で、私はゲーム説である。長岡大橋の手すりで、
カラスが5羽並んで私が自転車の通りすがりで至近距離に近づいても逃げない
「度胸ためしゲーム」をしていたことを、ここで書いたことがあった。
また散歩中の小型犬を、至近距離で、威嚇して遊んでいるのを見たことがある。
犬の飼主も、それを面白がって見ていたが、明らかにバカにして遊んでいた。
 話は変わるが、昨日の午後、帰宅をすると、隣の空地で5羽のカラスが入り
乱れて空中戦をしていた。よくあることだが、昨日は違っていた。その二組が
同時に地上で激しい乱闘を始めたのである。初めは車内で見ていたが、決着が
つかないので、車庫に車を入れてから門の角から隠れてみていたが、その間
7〜8分。鳴き声を聞きつけた他のカラスが数羽が駆けつけ、騒然とした中での
激しい乱闘はなかなか見もの。上下に体勢が入替わり互いの身体をワシヅカミ
してツツキ合っていた。よく再び飛びたてたもの。身体からみて若いカラス同士
の縄張り争い。最近、一羽が我家の庭に度々来ているが、その中の一羽だろう。
・・・・・・
4066, つれづれに ースポーツジム、その後
2012年05月13日(日)
   * スローヨガ
 このところ、スポーツジムのスローヨガに参加している。連続参加が勘違い
で14回で途切れたが、これまで18回参加した。ヨガのポーズは腰と背骨の
矯正に絶好である。大よそ40人が参加しており、火・木曜日の午後の週二日。
平日の午後、これだけの人数が一同、暗闇の教室でヨガをするのも奇妙な感覚
である。慣れるのに7〜8回はかかったが、慣れてしまえばしめたもの。
60×120センチのマットの上で色々のポーズをとるが、ヨガの先生曰く、
「ヨガでは、このシートが全宇宙と思って、自分独りと思って下さい!」  
一回、50分だが、あっという間に、時間が過ぎてしまう。始まると周囲の人が
意識から消えてしまうのがよい。シートの中の自分と先生の世界が、それぞれ
出来てしまう。 ところで、専門のヨガ教室だったら幾ら?と値踏みをしたが、
一回、千円の価値は充分ある。 週二日、月に6回(二回、休む?)として
6千円になる。 これだけでSJの会費の元が取れることになる。
時間帯もあるが、9割が中年女性である。
   * 昨夜は、新潟で飲み会
 あれから一年以上経ち、そろそろ蟄居閉門も明けつつある。とはいえ新潟駅前
で事業をしていた手前、会場は敷居が高い地区。一般債権が無いが、気分的には
近寄り難いことは確か。「あの野郎、沼垂で赤ら顔をして飲んでいた」と、
言われそうだが・・ 27〜8年前に、月刊雑誌「到知」に惚れ込み、新潟市
周辺の愛読者の同好会「木鶏クラブ・新潟支部」を立ち上げた。私自身は12年
ほど前から、会から遠ざかっていたが、現在でも続いているが、有難いことである。
最後に行ったのが一昨年の忘年会、去年は時が時だけに一年の喪?が明けた今回、
参加した。その前に、新潟駅構内にある家電のジョーシンと、ビックカメラに
寄ったが、土曜日もあって客で溢れていた。長岡と新潟の勢いの差は駅に出るが、
あまりに大きい。泊まろうと思ったが、22時半の最終新幹線で帰ってきた。 
昔の仲間との邂逅は良いものだ。
   * 自転車専門大店
 昨日、新潟駅近くのイオン直営の自転車大店に行ってみた。100坪位の
店舗にビッシリ自転車が並んでいたが、やはり電動アシスト自転車が主流。
開店直後で、まだ軌道に乗ってないようだが、時代から見て時間をかければ
良くなるはず。まだ価格帯が10万円あたりだが、4〜5万円が爆発的に売れる
分岐点だろう。店長曰く「電気代が月に20〜30円」。一回分なら分かるが、
こんなに安いとは知らなかった。電動アシスト自転車に乗って二年半になるが、
本当に良いと実感している。道具一つで、自分の生活圏の広さが全く変わって
しまう一事例である。ヨガもそうだが、ポタリングを習慣にしてしまえばよい。
  ・・・・・・・
3700, ジャズについて −1
2011年05月13日(金)
 ジャズ1000曲がパソコンに入ったため、常にBGMとしてジャズが聴こえる。
これに慣れると、もう無しにはいられないから不思議。そこで、ジャズとは、
そもそも何?と知りたくなって本棚をみると、たまたま三枝成彰著「音楽の本」
があった。 そこに丁度、私が知りたいことが、そのまま書いてあった。
【「黒人の民族音楽と白人のヨーロッパ音楽とが融合し、その結果、黒人を
 中心としたブラスバンドから生まれたポピュラーミュージック」
  「遅れて拍子を打つ黒人独特のバック・ビート(四拍子の一拍目、三拍目に
おくアクセントを二拍目・四拍子目にずらして演奏する)をリズムに持ち、即興
演奏を生命とする音楽」 ジャズという音楽を簡単に説明すれば、こういう
ことになるであろう。さて、そのジャズは二十世紀の初頭、アメリカ南部の港町
ニューオリンズで生まれるのだが、ここは十九世紀はじめにアメリカが購入する
まで、スペインとフランスが交互に統治していた地域だ。そこには、フランスや
スペインの白人と、西アフリカをルーツとする奴隷として連れてこられた黒人、
そして、その混血である「クレオール」が生活していた。クレオールはおし
なべて教育水準が高く、ヨーロッパに留学をしたり、ビジネスで成功するなど、
ニューオリンズではエリート層に入っていた。ところが南北戦争を受けて奴隷を
解放せざるを得なくなった南部白人層の不満は、黒人ばかりかクレオ一ルへも
向けられ、クレオールも人種差別の対象となる。
 一方、ニューオリンズの黒人たちは、奴隷解放後、主に音楽に仕事を求めた。
南北戦争に敗れた南軍軍楽隊の楽器を古道具屋で安く手に入れた彼らは、祝祭
パレードや葬儀の行進などで演奏するブラスバンドとして活躍。とりわけ、
葬儀の際のブラスバンド行進は、ニューオリンズ名物として伝説化されている。
埋葬へ向かうときには悲しげな曲を、墓地から戻るときには死者の魂が天国に
迎えられるように明るい曲を。ジャズ史上最も有名な曲の一つ「聖者の行進」は、
そんな時代に生まれた曲だ。こうしたブラスバンドには、どのグループにも
何人かのクレオールがいた。白人社会から締め出された彼らは、同じ被差別層
 黒人たちと一緒に仕事を始めたのである。音楽の素養があるクレオールは、
楽譜の読めない黒人に西洋音楽の技法の手ほどきをする。黒人はアフリカの
祖先から脈々と受け継がれている生来のリズム感覚を持っていた。
それが融合し、ジャズの生まれる下地ができあがったのである。
「ニューオリンズ(ディキシーランド)−>スウィングー>ビパップー>
クールー>ハード・バップー>フリー」 これがクラシックの歴史を振り返ると
「バロックー>古典ー>ロマンー>近・現代」といった流れで見るように、誕生
から百年を経過したジャズのスタイルの変遷も、こうした流れで見るのは一般だ。】
▼「ニューオリオンズ」という地域と「黒人」、そして「クレオール」という
 人種に行き着くのである。20世紀の初めの頃、怪しげな下町の酒場で、即興
として、古道具屋から安く手にいれた黒人たちがバック・ビートのリズムで始った。  
  あのアルカポネの時代に全米に、それが瞬く間に広がっていった。
やはり、その背景を知っているといないとでは・・
 

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