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堀井On-Line
| 5456,閑話小題 〜逃げるから怖ろしいのだ ー2 |
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2016年02月22日(月)
* 逃げるから怖ろしいのだ ー2 このテーマ、面白いので続ける。「悲しいから泣く」の、 <悲しいは「感情」で、泣くは「情動の表出(身体反応)」>である。 「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しい} 「うまくいったから幸福なのでなく、幸福だからうまくいく」 「成功したから面白いのではなく、努力が面白いから成功する」 このような論理で、逆照射を立てると、面白い道理が多くたつ。 「内的自由度は外的自由度と、ほぼ同じなら、まずは内的自由から 始めよ」というが、まずは、知識の蓄積から始めるのがよい。 内的自由度のコントロールで、「うれしい」「たのしい」「しあわせ」 「ありがとう」を、日常的の口癖にすればよいと勧めた小林正観がいた。 彼の言葉に、『人はいつも<正しい>ことを受け入れるのではなくて、 <温かいもの> を受け入れる。』とか、 『全てがあなたにちょうどいい。父母も子も夫も妻も兄弟も上司も部下も 友人も 全てがあなたにちょうどいい』を思いだす。人の心は普段使っている 内語で大きく左右される。この「う・た・し・あ」を暇を見つけて唱えて いれば、その感情が強い磁力になって、情動になっていく。だから、感情の コントロールは非常に重要になる。怖ろしいので、問題から目を逸らすと、 自滅するのは、感情が、情動にマイナスに働くため。『その時は、その時、 取りあえず戦い続ける。そのうち、何か手がかりが出てくる!』でもよい。 好き嫌いの感情は、すぐに相手に伝わる。「う・た・し・あ」に、好きを 加えればよいことになる。愚痴をいうから、毎日が、つまらなくなる。 「かなしい」「つまらない」「不しあわせだ」「のろってやる」「きらい」 の言葉は、その事象を自らへの磁力になる。現実に溺れた世間原理主義者が、 巧妙に、この言葉を駆使する。言葉は言霊で、相手への毒は、自分への毒に なる。だから、世間原理主義者を、悪し様にいうのは最悪と解ってはいても? で、以下の内容が丁度よく繋がっていく。世間とは、そういうものである。 脱兎のように逃げるべき時もある。逃げ、負けは、前向き、勝利の裏表。 ・・・・・・ 5092,閑話小題 〜『悼む人』が良かった! ー② 2015年02月22日(日) * 『悼む人』が良かった ー② 『 誰に愛され、誰を愛していたか。何を感謝されたか。 確かに貴方が生きていたことを私は憶えています。 』 8人兄姉の末っ子に生まれ、両親に溺愛され?育ったことが、 私の人生の最大の恩恵である。それにも+−の両面がある。 小中学校の同級生を思い出すと、既に亡くなったが、義母に憎まれ 育った子や、戦災孤児で寺男のような生活環境で育った子もいた。 5〜6坪の居酒屋の2Fの4畳半の屋根裏に母と二人住んでいた子も。 家庭環境の格差は大きな問題。人生は不条理で覆われている。 家内も私も両親に溺愛されて育ったが、愛情を受けることには慣れては いるが、逆に愛することが苦手。これも大問題で、最大の欠点になる。 創業を志したことで、感情を抑えてきたことが、果たして正しかったか。 それが現在の私の中(自己対話)での最大のテーマになっている。 45年、無我夢中で取組んできたことが果たして正しいことだったか? 後悔は少ない?が、無我夢中で生きていたことは確かに憶えている! 『 誰に愛され、誰を愛したか。何を感謝されたか。』の問いが、突き刺さる。 高度成長期の20歳で創業を決意したとき、 ‘結果はどうであれ、やらない後悔より、やってみた後悔’の道を選んだ。 撤収を決意した時、何の躊躇いもなく行動に移せたのは、出始めに、 失敗への受容の覚悟をしていたことがある。 創業とは、 『 誰かに恨まれ、誰を憎んだか。 そこで何を失ってきたか。 しかし、 確かに、全身全霊で生きていたことだけは私が憶えています。』である。 その結果、「ご覧のとおり、そのまま結構!」と受け止めるだけ。 中原中也‘帰郷’の一節「 ああ おまえはなにをして来たのだと… 吹き来る風が私に云う」が、心の底から私に語りかけてくる。 その答えは、「面白かった! ただ面白かった ひたすら面白かった」 何か辞世の言葉のような、自分への悼みの言葉になるが。 ・・・・・・ 4727,閑話小題 ー「受け継ぐ〜京都 老舗料亭の代替わり〜」 2014年02月22日(土) <プレミアムアーカイブ 2/19(水)9:00〜11:05 > * 受け継ぐ〜京都 老舗料亭の代替わり 最近の日常生活に、午前中のNHK・BSの過去の名作番組を見ることが多い。 これが未知の世界を垣間みることができ、下手な読書より遥かに良いことに 気づいた。 今回は7年前の番組。 ーその番組内容によるとー 《400年の歴史を持つ京都の老舗料亭「瓢亭」が、転機を迎えようとしている。 14代目主人で日本料理を代表する重鎮・高橋英一から、15代目となる息子・ 義弘への代替わりである。 挑戦することで新鮮な魅力を生み出し続けてきた 京料理の魅力の神髄を、新しい和食を捉えようと格闘する15代目と、彼を 励まし育てていく周りの老舗料亭の主たちの姿を通して描き、 京都の伝統文化の奥行きと幅の広さを浮かび上がらせる》 ▽「京都の老舗料亭の代替わり」となれば、静かな寝室で二時間かけジックリ、 その世界に入ってみた。京都の歴史が作りあげてきた独特の京料理の世界は、 奥行が深い。ライバル店の主が競合店の調理場に、平気で入って、料理場の 様子をみる。お互いにフリーの長年の京都独特の慣習という。また、先代が 亡くなった場合、その知りあいが、他店の後継者の面倒をみる。 京料理の世界が共同体のようになっている。また100店以上の料理店が 互いに腕前を競い合う展示会が年一回は開かれ、それぞれ新商品を展示する。 これぞ京都の古くからの原風景の世界が映し出されていた。 * 記憶のモザイク 以前行った旅行先の写真をネットで探し、気に入った何枚かをファイルに 入れ、改めて見ていると、タイムスリップをしたように、当時の光景が蘇る。 その先が異郷・秘境のため、強力に脳に焼きつき残っているが、撮ってある 写真は、さほど良くない上に、記憶が年々薄れていく。しかし、その時の感動を 思い出しながら、画像検索にキーワードを入れると、忘れていた記憶が鮮明に 戻ってくる。その写真が磁石の役割を果たしてくれる。情報機器の進化が、 同じような体験をしてきた人たちの画像がネット上に溢れ、次々と新鮮な それぞれの瞬間が現れ出てくる。現地で実際に見ていた光景が、きめ細かく、 広範囲に、新たに追体験が可能になる。例えば長岡花火のフェニックス。 自分が撮った写真よりネット上の写真の方が遥かに臨場感がある。 「パンプローナの牛追い祭り」や、「リオのカーニバル」のなどの熱狂は、 現場に実地に行かないと味わえない。しかし、当時の感動を思い浮かべながら、 検索で現れ出てきた写真を見ていると、当時と同じような追体験が可能である 当時の朧げながらの記憶も、ネット上の写真から生々しい記憶に置き換える ことができる。 ケニアの丘で見た夕景。そこに足の骨折で取り残されたヌーが 印象に残っている。いつ獣に襲われるかもしれない恐怖で立ちすくんでいる姿が、 痛々しいが、何とも美しい。それらの記憶が脳の染み込んでいるためか、 ネット上のアフリカの夕景が違って見えてくる。
・・・・・・ 4360, 閑話小題 ー久々の百均ショップ 2013年02月22日(金) * 久々の百均ショップ 仏壇用のライターと、チャックが壊れたのため、衣服用の両面マジックテープ を探しに『百円ショップ』にいってきた。半年ぶりである。「日本の主婦は世界で 一番、頭が良い」というテーマのTV番組があった。 百均ショップの商品を、 材料にし、組み合わせて新たなインテリアを作ることを趣味にしていた主婦を 紹介していた。恐らくネット世界で情報が流れているのだろう。私の周りには、 この数年来、買い集めた百均の小物が100はくだらない。100円だから 欲しくなるものは数多ある。以前、針に糸を通す道具があれば、と思っていた。 子供の頃、市場で針通しの小物を売っていたのを見たことがあった。 で、探すとあった。極細の針金が二つ折りになっていて、それを針の間に入れて、 出た先で糸が通る位の空間ができ、そこから引き出すことで糸を通すというもの。 成るほどである。 家内が目が悪いので、ボタンの縫いつけや、ほつれ等は 私がすることが多い。これも慣れると面白い。あとiPadのスタンドがあった。 ネットで買ったものがあるが、かさ張る。 単行本用の書見台にも使えるので 衝動買いをしたが、実際使ってみてなかなか良い。30分、5百円の ディズニーランドと思えば良い。で、要らない物が、溢れかえっている。 * 久々の夢の中の母 最近あまり母親の夢をみてなかったが、一昨日の朝方、母が出てきた。 それもリアルに。ふと眠りから覚めると、居間の炬燵で母が隣に寝ていた。 夜半に私も転寝をしていて、母親に声をかけた。80歳代半ばの年令で、夢では 呆けてはなかった。夢は現実との境が無くなっている。毎晩、寝ている場所が 母親が寝ていた同じ位置にあるためである。末っ子ということもあり両親から 特別愛され育った。また、その後姿から多くのことを学んだ。父親の死亡年齢に、 あと4年足らずになった。本当に良い両親に恵まれて良かったと年齢を重ねる たび思いが深まる。父親との差はあまりに大きい。両親とも、常に何かテーマを 見つけて追い求める人だった。意識として両親から出発して、最期は、 そこに戻っていくのか。 ・・・・・・ 3985, 生保に入るバカ、入らないバカ ー2 2012年02月22日(水) 生命保険は生命を賭け対象にした博打。保険屋が騙すのも悪いが、騙される のも問題。確率論を背景に不安心情につけこんだ悪質?商法が生保の本質。 彼らは必要悪と嘯くが、それも程度の問題。 欧米の二倍の9割の世帯が、 3倍〜8倍の額の契約、というと10倍以上の額を生保に支払っている異常さに 誰も気づいていない。 国家予算と同額が生保の餌食とは、日本沈没も当然。 愚かさという点では、他人にいえた柄でないが・・ 私が生命保険嫌いのため、 家内は、こっそりと家内名義の給料の全額を40年近く預金をしていたことを、 後で知った。ある意味、それが正解。死ななかったこともあるが、塵も積もれば山。 それが現在の命綱になっているが、それを生命保険に注ぎ込んでいたら、数分の一 も手元に残っていなかったはず。その辺の詳しい内容は、≪生命保険のカラクリ (文春新書) 岩瀬 大輔 (著)≫に詳しく書いてある。 その一部を抜粋する 【▼ この仕事を始めてわかったのだが、生命保険を理解できていない人は、 決して少数派ではない。ビジネスパーソンも主婦も、若者も年配の方も、 そして金融のプロでさえ、同じく生保の仕組みについては理解できてない(p.70) * 多くが巧妙に近づいてくる女性セールスとの「付き合い」で契約し、 「月々いくら」という状況で気楽に契約しているが、1,500万円近い商品に 関して理解していない。 ▼ 日本の生保業界の現状といえば、専属のセールスの人海作戦のネットを 張り巡らせがビジネスモデルのために、組織として高収益の保障性の商品を 販売してきた(p.43) ▼ 生保業界では長きにわたり、「顧客のニーズに合った商品は何か」でなく、 「既存の販売組織を維持するために必要な商品は何か」という観点から、 高収益を確保できる商品開発がおこなわれてきた。(p.46) ▼ 売り手である保険会社と買い手である国民との間に、大きな情報格差が あることを前提とした既存のビジネスモデル(p.189) ▼ 生命保険商品の3つの機能(p.81) 1. いざというとき、残された家族のための所得保障→遺族保障(死亡保障) 2. 病気・ケガによる入院・手術のための保障→医療保障 3. 将来に備えるため→生存保障(貯蓄・年金) 】 * 家庭の大黒柱が死んでも生活に支障のないのに保険に入る人をバカという。 それを積立にしたほうが、二倍も得になる。その本質は「弱者救済を建前とした タカリの類」で、貧困ビジネスそのもの。豊かな人は、そんな不安は本来、 全くないのと、保険のいかがわしさの情報を持っている。いずれにしても 情報格差で搾取を業にしていることは事実。千五百万の買物の中身はカス。 ・・・・・・・・ 3620, ちょいとした 小話 2011年02月22日(火) 経済学会にて、ある重大な定理について、多くの質問があった。 イギリス人: 「その定理は経験によって裏付けられているだろうか?」 ドイツ人 : 「その定理はいかなる基本定理から演繹されたものであるか?」 フランス人: 「その定理をフランス語で言ってください」 日本人 : 「あなたの先生は有名ですか?」 ―― ・賢い男 + 賢い女 = ロマンス ・賢い男 + アホな女 = 妊娠 ・アホな男 + 賢い女 = 不倫 ・アホな男 + アホな女 = 結婚 ・賢い上司+賢い部下=業績順調・賢い上司+アホな部下 =余剰人員即削減 ・アホな上司+賢い部下=能力主義昇進・アホな上司+アホな部下=長時間残業 ―― なんでもゲームにしてしまう夫婦がいた。何事につけ勝負を競い、 たがいに掛けあうのだ。その結果、夫は常に欲求不満だった。というのも、 結婚して以来彼は妻に一度も勝つことができなかったからだ。だが夫は自分が 負ける心配のないゲームを思いついた。子供の頃よくやったオシッコ飛ばしだ。 壁に向かって、どちらが高くまで飛ばせるかというあのゲーム。 構造上からいって、自分が勝つことは確実だった。「さあ、ごらん」彼が言った。 「あの壁に向かってオシッコをするんだ。高くまで飛ばしたほうが勝ちだ」 「分ったわ。面白いゲームね。私に先にやらせて」妻は足を広げ、スカートを まくりあげて狙いをつけた。壁の約二十cmの高さの所に彼女の痕がしるされた。 「よし」男が言った「今度は俺の番だ」彼がジッパーを引き下ろし、モノを取り 出して準備を整えたとたん妻が声をかけた。「待って。手を使うのはナシよ」 ・・・・・・・ 3255, 「都市主義」の限界 −1 2010年02月22日(月) 「都市主義」の限界 養老 孟司 著 〜読書日記 ーまずは、概要となるポイントの文章を書き出してみたー *仮想社会とは、ネットやTVなどのバーチャルなものではなく、我々の脳内に 作られた社会(=都市)であり、脳による判断のみで社会を構築していくこと への恐怖が伝わってくる。「戦後社会の変革を、私は『都市化』と定義してきた。 ・・ 戦後の日本がいかに都市化されたか、それがいかに行き過ぎたか、それは もはや歴然としている」 『都市化』を脳化ともいう。 都市の全ての物は 脳が作り出した意識の産物であり、それと対局にあるのが都市生活者が全く 意識の及ばなくなった自然である。 日本もヨーロッパもアメリカもその状態 にあり、現代社会に起きるありとあらゆる問題はそのことに帰結するという。 少子化に決定的な解決がないのは、子供は「自然」である、と著者は主張。 自然は都会で排除されるものである(子供も然り)という。また、都市で起こる (悪い)ことはすべて「他人の所為」という視点があるからだ。 *文化大革命では「批林批孔」を行っていた。このとき、中国の二大思潮は 儒教と老荘思想であり、「文化大革命=老荘思想」「中国旧体制=儒教」 なのだとおぼろげに感じた。「都市主義」対「田舎主義」として、儒教対老荘 思想、文化大革命も説明している。 *日本で学園紛争がおきたが、同時に中国では文化大革命が、フランスでも 「ラテン区」の騒動がおきている。これらの学生の動きが世界で同時におきた のはなぜか? それを氏は「都会と田舎の対立」だったと規定する。 都会化するためにはエネルギー供給が不可欠である。そのころ石油が安価に 供給できる体制が整ったことにより、世界中で都市化が急速に進展した。 *急激に進展する「都市化への反応」が世界各地でおきた学生の反乱だった。 当時の運動は、反体制を標榜した。 体制」とは、「人間が意識的に作り 出したもの」である。しかし、当時の若者自身が「田舎」を引きずっており、 大学は「封建的」で「田舎」的。当時の若者は「都会」的であることを志向 して「田舎」的である大学に反発、同時に彼らは「都会」主義に反発もして、 文化大革命の「田舎」主義にも共鳴した。 ▼ なかなか、面白い切り口である。多くの国ではの人口の三分二が大都会の 周辺に住んでおり、その半分〜三分の一が首都圏に住む。東京都民の増加が 止まらないで、何時の間にか1300万人を超えてしまった。首都圏には大よそ 三分一が住んでいる。彼等は、異常な位にそれ以外に住む人を「田舎もの」 と差別。 自分たちは文明の最先端で文化的な生活をしている。 彼方此方で催事があり、それに触れる機会が多いのは事実だが、不自然な 生活環境である。 「都会人が優位という感情が、目くそ鼻くそを笑うレベル でないことは学生時代から認識をしていた。そこで産まれ育った人の固定観念は 想像を絶したことを知った。機能を優先させて不自然な環境に住んでいることが 自覚できない。偶然に、下記の同月同日の上海のターミナルの文章が間接的だが、 同じ問題を提起している。 ー つづく ・・・・・・・ 2880,上海のバスターミナルにて 2009年02月22日(日) 19日の「NHK・BSの世界のドキュメンタリー」が、迫真に迫っていた。 今年の中国の正月にあたる「春節」に、上海で撮られたもので、中国の出稼ぎ 労働者の現状を生々しく追ったもの。ーその部分NHKのHPの番組紹介からコピー 《 再訪・上海バスターミナル 〜不況下の帰省ラッシュ〜 》 中国の人々が年に一度、故郷の家族と水入らずで旧正月を祝う「春節」。 NHKが2年前に取材した、好景気に沸く上海の長距離バスターミナルは、春節の 直前90万人もの帰省客が押し寄せ大混乱に陥っていた。人々は貧しいながらも 明日への期待を膨らませていた。しかし今年のバスターミナルは、打って変わり 閑散としていた。世界経済危機の荒波を被り、出稼者の多くが仕事や生活の基盤 を根こそぎ奪われ、すでに帰郷していたのだ。それでも大晦日のターミナルには、 追いつめられながらも故郷で春節を迎えたいと願ってやまない人々の姿があった。 バス代を工面するのがせいいっぱいで、土産も買えず身一つで帰省する農民工。 給料が支払われず、妻子だけを帰省させて一人上海に残る工員。故郷に残した 我が子に会いたくて、リストラされた夫の反対を振り切って来た母親。 (字数の関係でカット2012年02月22日) ・・・・・・・ 2008年02月22日(金) 2515, iMacの感想! −2 オッ ヽ(゚∀゚)ノ ハー Macを買ってから一月ほど経つ。 これを入れてから2週間もしないうちに4棟のホテルのロビーに6台、 事務所に二台、自宅も含めて9台を導入した。とにかく画面が綺麗なことと大きい ことでパソコン環境が一変した。そのキッカケが年に数回事務所に訪ねてくる知人が 三年前のパソコンを見て「そんな古いパソコンを使っているのは如何なものか?」 といわれたことである。何かピンとくるものがあり、直ぐ近くある「ヨドバシ カメラ」に、パソコンを見に行ったところ、最新のオールインワンの「iMac」 を見て気に入り、即座に事務所に一台入れた。旧来のノートパソコンの隣で比較を してみて驚いてしまった。 (字数の関係でカット2010年02月22日)
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2016年02月21日(日)
* あれから5年ですか! 倒産といえは、身近の人に詐欺同様の手口で、次々と手形の連帯保証の 請け判を押してもらい、高利貸しから借りまくり、夜逃げか、保険をかけて 自殺のケースが多い。 私のケースのような余力を持って整理に入るケースは 少ない。そのため、資金繰りの経験を一切しないで済んだことに誰もが奇妙に 思って当然。振返ると、止め時は、あの一点のタイミング。駄目押しが偶然 起こった3・11の東北大震災。それで迷いが消えてしまった。 倒産は、当事者と関係者にとって、大惨事。連鎖倒産とか、詐欺同然の借金 がなかったのは、その恐ろしさを知っていたため。 一年もしないうちに、 ホテル営業を引き継ぐ業者がいなかったら、テナントの入居者を連鎖倒産に 追いこんだかもしれない。倒産の釜の中は熱湯の地獄。だから、社会的にみて 前科に近いレッテルをはられて当然。2割弱を家内名義の給与にし、健康保険と、 厚生年金を40年かけ、それ以外を家内が預金にしていたのも、私と家内の実家 の家系(ハビタス)を含めた商売人の知恵を引継いでいたため。 一点豪華主義のライフワークの「秘境・異郷ツアー」を除いた普段の生活が 豪奢でなかったことも、わが身を助けている。当時、うつ病にならない対策の 生活習慣を厳し目にたて、現在も淡々と続けている。それが慣れてくると、 快適で、面白く、結構楽しいのである。それでも、落込みが無くはないが、 比較的安定している。 早朝の読書習慣と、インターネット、散歩(今はチャリ)などを、 一週間単位のスケジュールを淡々とこなす日々も慣れれば底深くなる。 5年といえば、大きな区切りになるが、問題は70歳を超えたこと。 本気で身辺整理に入らないと。とはいえ、最大の会社整理も済んでいる。 (後記 〜で、以下の内容につづく。) 『 誰に愛され、誰を愛していたか。何を感謝されたか。 確かに貴方が生きていたことを私は憶えています。 』 この言葉に近い祈りで、毎朝、この文章を書き上げた後、仏前で、 亡き両親と、兄、姉、恩師、恩人、友人の顔をリアルに思い浮かべている。 人は愛し愛され、憎み憎まれ、許し許され、感謝し感謝され、生きて死んで いく。それで、いいんじゃないかと思う。よい人生だったとしみじみと思う。 空即是色である。 お後がよろしいようで! 書残すのは良いことだ。 ・・・・・・ 5091,閑話小題 〜『悼む人』が良かった! 2015年02月21日(土) * シネマ、 『悼む人』が良かった! 事故現場で、地に躓き、右手を頭上に挙げ空中に漂う何かを捕らえるように 自分の胸へ運ぶ。左手を地面すれすれに下ろして大地の息吹をすくうかのように 胸へ運び、右手の上に重ねる。目を閉じて、何かを唱えるように唇を動かす青年… 『 誰に愛され、誰を愛していたか。何を感謝されたか。 確かに貴方が生きていたことを私は憶えています。 』 悼むことは、愛を憶えておくことだ!どんな人にも、様々な愛のカタチがあると、 作家・天童荒太の直木賞受賞作『悼む人』を堤 幸彦が映画化したもの。 イスラム国とか、奇妙なテロ集団が殺伐とした殺人を公開している現在、 ベストのタイミングの内容である。 〜まず、映画サイトのブログより ≪ 天童が『悼む人』を書くに至った発端は、2001年、9・11同時多発テロ事件、 およびそれに対する報復攻撃で多くの死者が出たことだった。これらの悲劇 だけではなく、世界は不条理な死に満ちあふれていることに改めて無力感を おぼえた天童に、天啓のように死者を悼んで旅する人の着想が生まれた。 彼は実際に各地で亡くなった人を悼んで歩き、悼みの日記を三年にわたって記し、 その体験を元に2008年、『悼む人』を刊行した。そして2011年、日本は再び 大震災に見舞われ、我々は改めて不条理な死と向き合う事を余儀なくされた。 人はなぜ生まれ、なぜ死ぬのか。ふいに目の前から消えてしまった者に対して 誰もが抱く行き場のない思いをどうしたらいいのか。病や事故のような逃れよう のないことであれ、殺人という加害者によることであれ、かけがえのない「生」 を損なわれた時、人は深く傷つき、苦しむ。静人は旅をしながら、「生」を 奪い奪われる人たちと出会っていく。母を見殺しにした父を憎む男。愛という 執着に囚われて夫を殺した女。末期癌療養に病院でなく自宅を選ぶ母親…。 静人自身も、大好きだった者の死を忘れるという行為に自らを責め続けていた。 「誰に愛され、愛したか、どんなことをして人に感謝されていたか」 死者に対してこの3つを見つめ、記憶することで、逃れることのできない 「死」を、「愛」によって永遠の「生」に変える。これが、人のできる最善 なのではないか。静人の〈悼む〉行為はそう語りかけてくるようだ。 その「愛」の記憶は、見た人の数だけ無数にある。静人が黙々と死者を訪ね、 その愛の記憶をひもとき、呪文のように言葉にし、祈る姿を見ながら、観客は 個々の「愛の記憶」を呼び起こしていく。そして、自分は誰を、どんなふうに 愛し、誰かに、どんなふうに愛されたであろうか。また、これから誰を愛して いくだろうか。そんな思いにも繋がっていく。≫ ー評価〜90点 ▼ この映画を観ながら、そして、夜半、誰から愛され、愛し、感謝されたか、 を考えさせられた。最近、思い出てくる記憶は、純粋な気持ちで、感謝された シーンと、言葉である。その時は、何とも感じなかったことが、数十年の時を 超えて、フッと蘇ってくる。「ダカメ女の正体」の真逆の愛と感謝の照射! ・・・・・・ 4726,シェールガス革命 ー3 2014年02月21日(金) * シェールガス革命の拡大で日本経済も大復活? 「石油危機で原油150ドルに!」という見出しを、あまり耳にしなくなったのは、 世界的不況に加えて、次のエネルギー源のシェールガス開発が進んでいるため、 その技術を日本が大きく担っていることは、あまり知られてない。 ーまずは、その辺りからー 《 米国では、急速にシェールガス社会へとシフトが進み投資ブームになって いるが、それを技術的な面で支ているのが日本。もっと言えば、日本の技術力 がなければ、アメリカのシェールガス社会へシフトは実現できないと言ってもよい。 大阪ガスはアメリカのテキサス州で開発権益を取得。現時点で、シェールガスの 本格的採掘は米国やカナダに限られているが、今後、急速に世界的規模で拡大 していくことになれば、日本がもつ圧倒的な技術力が世界市場で席巻することに なるのは確実。さらには、シェールガス革命のメリットは、製造業の世界だけで なく、日本の社会全体が享受できるようになる。石油よりはるかに安いシェール ガスが手に入って、シェールガスを燃料とする火力発電が増えれば、電力の 供給価格は下がる。そうなれば、アメリカと同じように、日本の製造業の競争力 が高まるとともに、工場の国内回帰にもつながる。その結果、雇用も増え、 経済成長にも貢献することになるだろう。》 ▼ アメリカ経済の復活は、日本にとっても大きなプラス要素だが、アメリカ への属国化が、更に強くなる。タイミングが良かったのか悪かったのか、 東北大震災で原発安全神話が根こそぎ壊れてしまった。同じ危険なら、まだ 危険度の低い自然化石エネルギーへの選択に流れに変わろうとしている。 ということは、地球温暖化と、自然破壊がますます進むことになる。 人間は、自ら作りあげた文明で、自らを破壊する運命にある。最近、パキスタン のフンザの住民の写真を何枚か見たが、何とも純粋で綺麗な目をしているが、 それに比べ日本も含めた先進国の人たちの人相の悪いこと! 「シェールガス革命の拡大で日本と世界経済も大復活」というより、 それが人類の未来にとって、最悪の結果になるのでは? ・・・・・・ 4359, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー3 2013年02月21日(木) 「残酷な世界で生き延びる・・」橘玲著 * 貨幣空間は、友達のいない世界 40年以上も事業の世界にいたため、貨幣世界にドップリと浸かっていた。 何はさておき事業を最優先にしないと、競争社会では生きていけない。 事業の性格上(装置産業)、人間関係の貸借表の資産を増やす必要がなく 楽だった側面がある。 ー以下は、政治的空間と、貨幣空間の違いを明確に述べるー。 ≪ 友人や知人の政治空間の基本は、敵を殺して権力を獲得する冷酷な パワーゲームだ。それに対して貨幣空間は、競争しつつ契約を尊重し、 相手を信頼するまったく別のゲームが行われている。人間社会には富を 獲得する手段として、�相手から奪う(権力ゲーム)�交易する(お金ゲーム) という二つの方法がある。権力ゲームは複雑だが、お金ゲームはシンプルだ。 誰だってシンプルが良い。だから必然的に貨幣空間が政治空間を侵食していく。 また中間共同体では、それが顕著になる。それはPTAや自冶会、会社の 同期会のような「他人以上、友達未満」の人間関係の総称だ。しかし日本や 欧米社会では、貨幣空間の膨張により、共同体が急速に消滅しつつある。 そんな活動は、お金を払ってサービスを受ければよいというわけ。 貨幣空間があれば、それだけで十分という人が増えてきたのである。 それは、「友だちのいない世界」の出現で、愛情空間がダイレクトに貨幣空間 (市場)と向き合う新しい世界に生きるようになってきた。友人のいない世界 は、愛情空間は夫婦や親子、恋人単位に最小化し、人間関係はますます濃密で 複雑になっていく。かっての人間関係は村的な共同体に分散していたが、 いまでは極限られた一人か二人にすべての感情が集中している。・・・ ≫ ▼ 現在、団かいの世代が定年になり、子供たちが巣立った家庭内では老夫婦の 権力闘争で大変だろう。他人事でないが・・ これらからして、教養と、 ちょっとした小金を持って貨幣世界を独り生きるのがベストに思える。特に 歳を重ねると、残忍の愛憎空間は残酷である。とはいえ、弧族も辛いもの。 どちらも辛いなら、あとは選択の問題になる。貨幣空間もリッチかプアーかで、 全く違ってくる。「金に換えないものもある?そりゃ金額によるだけさ!」 という小話がある。「数百億の資産を残して死んでいくのと、それを全てを 面白可笑しく使い果たして死んでいくのと、どちらを選ぶ?」のの問いの答は、 その人による。私は後者を選ぶ。しかし愛憎空間、いや愛情空間に生きてきた 人は前者になる? 現に、一桁下げると自分自身の問題になる。 で、「この結果!」という、落ちになる。父親は面白楽しく生き、資産を残し、 それら全てを生前贈与をして死んでいった。お陰で人生を面白可笑しく 生きられた。 一度限りの人生。三度、万歳と感謝! ・・・・・・ 3984, つれづれに ー地震 2012年02月21日(火) * 大地震後の数年は非常事態である 地震学者によると「大地震後の数年間は非常事態という歴史的事実がある」 という。それも500年に一度の大地震は特に非常事態。噴火も厳重注意。 週刊誌の見出しが決して過激でないようだ。 歴史的大地震で日本の全体が 大きく歪んでしまい、その連動が起る前提で対策を取るべき事態である。 特に東海、東南海、南海トラフ地震と関東直下地震が起こる可能性が高く、 今回の東北地震の規模に匹敵するという。その沿岸にある浜岡原発の休止も やむを得ない。知れば知るほど、この東北大震災が大規模だったことが 分かってくる。それも津波による原子炉の破壊も加わったことも深刻。 奇しくもリーマンショックで、500年にわたった欧米中心主義の終焉も 重なり恐慌前夜。その上に首都圏周辺で小さな地震が頻発し、5年で5割 前後の確率?で直下型地震が起こる可能性があるというから・・ 首都圏 在住の人は東海・東南海・南海地震か、直下地震が5年で5割の確率を前提 とし対処するのが筋。ということは、福島第一原子炉による放射能の影響を 加えると、幼児のいる家族は移住を考えるべきだが・・ あとは、勘? * 今の政治はやるやる詐欺か 日本の二大政党政治というと聞こえが良いが、野党は政権を奪取するため 政権与党のマイナス面をとらえ綺麗事の政策を並べ立て、政権を取った時は、 よりよい政策を実行しますと約束をする。いざ政権を取リ実行段階になると、 それは野党時代の綺麗事。その妄想実現のため予算の散蒔きで凌ごうとし借金 の上乗せをする。その結果、国家収入の二倍の予算をたてざるを得なくなり、 現在は国家破綻一歩手前。 それでいて、その数分の一も実行できない 「やるやる詐欺」。 もう限界に来ているが、野党側は、同じスタンスを とるしか方策はない。しかし一番悪いのは騙される国民。ところで小沢一郎が 「消費税の増税をしたら日本が危ない」と反対をしたが、冷えきった景気の 上に、企業もギリギリの経費節減の上の5%アップは実際に危ないコストアップ。 その上に、電気、ガスなどコストアップになれば民主党そのものが危ない のではなく、日本が危ないのは本当だろう。 とはいえ、上げないと国家予算 が成り立たなくなる。要は、袋小路にドンドン追い込まれてしまった。 そのツケは弱者に集中してくる。 ・・・・・・・ 3619, 忘却の整理学 −4 2011年02月21日(月) 「 忘却の整理学 」外山滋比著 * 忘却はゴミ出しに似ている 忘却は、ゴミ出しに似ている。この情報化の時代に必要としない情報は、 どんどん捨てた方がよい。そのままに放置しておくと神経に良くない。 「忘却不全症」は、大変なことになる。アメリカに過去の記憶を殆ど憶えて いる女性がいるという。何歳の頃の日付をいうと、殆ど思い出す。 これは本人にとって非常に苦痛である。 自分を考えただけで、ゾッとする。 忘れるから生きていられる。忘却は不純、不要、よけいなことを洗い落として、 昇華、純化させる作用がある。フロイトは「人間には、嫌なことを忘れさせ、 良かったことを憶えている癖がある」といっている。海外旅行中は普段の 数倍の質量の経験をする。良いこと三分の二、嫌なこと三分の一の思いをする。 そこで嫌な思いを意識的に捨てることにしている。 帰路の飛行機や列車で、 連れ合いと良いことだけを少しオーバーに話し、マイナーの話は絶対にしない。 復習すれば記憶に残ることを経験上、知っているから記憶の調整をしてしまう。 その記憶のコントロールは非常に重要になる。人生でも、これが出来るかどうか。 人の悪口・陰口を趣味にしている人を見かける。他者批判は自分の影を言って いる過ぎないことを知らないのだ。そのゴミが記憶に溜まって悪臭を放って いる自分のことを。その辺に教養が出てくる。忘却のノウハウも教養になる。 ところで痴呆症の現象では、明るいヘラヘラした人の方が多い。何割かは、 怒りの比重の大きい人がいる。性格もあるが、脳は最期は苦痛を与えないように 出来ているようだ。ボケたが勝ちか! 天然ボケもいるが。 若かりし頃に、 脳が加熱をしすぎて変になりかけた時、加熱で浮き上がってきた思いを、ノート に書き出し、乗りこえたことがあった。これもゴミ出しの一つか。 比較的、文章を抵抗なく書けるのも、こういう経験がある。 書く行為も、ゴミ出し? かいな。 自分では宝のつもりだが・・ ・・・・・・・ 3254, 大恐慌 入門 −2 2010年02月21日(日) ここで考えさせられる一文がある。P241) < 古今東西、99%までの人が最終的に投資では儲かりません。 1〜2年、仮に10年間儲けたにせよ予期せぬ変動やトレンドの変化に対応 できず、全て吐き出すのです。 *1980代には生保をはじめとする金融機関は大量の米国債を保有していた ものの、急激な円高で損失を出した。 *1990年から始ったバブル崩壊では、大手銀行が持ち合いの株の大幅評価損で 業績悪化もあいまって、公的資金の導入を余儀なくされた。2003年までの 株式の暴落で年金基金の存続が危ぶまれ、数多くの年金が解散、やはり国民の 財産だった株式を売却をした。これらは、外国人投資家が買い捲った。 【投資で儲けることができないのは、投資家が大きなトレンドの変化に対応 できないということ】です。投資の世界では、トレンドが一方向、特に 上げの時は比較的簡単なのです。 日本の1945年から1990年までの日本、 または2003年から2008年までの世界の株式市場などです。 基本的に買って持っていればよいのです。 (字数制限のためカット 2012年 2月21日)
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2016年02月20日(土)
『 悲しいから泣くのではない、泣くから悲しくなる。 怖いから逃げるのではない。逃げるから怖くなるのだ。』 と、100年ほど前に、アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズと、 オランダの心理学者カール・ランゲが提唱した、ジェームズ=ランゲ説で、 「身体反応は情動経験に先立つものだと」言う見解で、骨格筋や内臓の 変化が情動を引き起こすと考えた。 <悲しいは「感情」で、泣くは「情動の表出(身体反応)」> 情動反応(身体反応)が先立って→感情(情動:感情の感知)をうむ。 事業清算の直後、身の置き所がなくて、弁護士に、『気分を切り換える ため、東京でも一週間位、行きたいが・・』と切出したところ、即座に、 『絶対に後ろを向いたら駄目です。ジッとして問題を見据える今が一番肝心 な時です!』と。何度か起業を経験し、難問を乗越えてきた経験から、その 意味が直ぐに理解できた。 その時々の難問に、『正 中心 一点 無』を、 唱え、ただ無心に一つずつ正論(正道)を考えてこなしてきた。だから、 『 悲しいから泣くのではない、泣くから悲しくなる。怖いから 逃げる のではない。逃げるから怖くなるのだ。』は、実感として理解できた。 『うまくいったから、幸せになるのでなく、幸せだからこそ、良いことが 集まってくる』の道理もある。他者の実情は知らないが、私には三桁の 至高体験がある。事業の立上げの直後や、秘境ツアー先で出会った 大自然との邂逅や、名画を観て感動したとか、上げればきりがない。 それらは、みずからが、足を運んで求めたからこそ味わえた感動である。 昔から、信じられないほど多くの、おっとり型の長女系美人と出会った。 末っ子のためか、何故か気があう? ただ、それだけだが、いつも、情動なく 終わってしまうが、後悔が全くないのも、変といえば変。私には感情反応と 情動反応の線上が一番面白いところ。女性はその境に敏感、その辺りは 気ままな4人の姉の観察から学び過ぎるほど? で、最後は(。_ _)シュン 学生時代、「人に好かれたいと思ったら、先に好きになること。」と 教わった。好かれるのは難しいが、好きになるのは御手のものと・・ で、 〜また丁度よく以下につづく(一昨年も) ゥゎ━。゚(゚´Д`*゚) ・・・・・・ 5090, タガメ女の正体 ー⑤ 2015年02月20日(金) * 恋愛結婚に恋愛なし (◎ n`◎) ほぼ大部分の人は、結婚して暫くすると、何か奇妙な感覚になる。 そして、相手を間違えたと誤解する。誤解でも何でもない。 元もと、結婚=幸福は思い込み、共同幻想でしかない。だから今では 三分の一が離婚する。家庭内離婚を含めると、9割が破綻しているのが、 実情のようだ。偽装の幸せ家族を、「幸せの実演」とは言いえて妙である。 ≪ ここで指摘している「タガメ女」と「カエル男」の定義は我々が潜在的に 抱えていながら口に出すことができない「恐怖」をズバリ言い当てている。 そもそも「結婚」や「家庭」を、無前提で「幸福なものとするのは、幻想や 思い込みにすぎず、捕食者が獲物の「生」を奪うことで維持されている現実を 直視する恐怖がある。幸せであるはずの結婚と家庭が、何故か息苦しい、張合 がない、なぜか心底幸福感が得られないのか?その答えは、この婚姻関係が 愛しあった結果でなく、捕食者と獲物の関係だからです。それに気づいても 口に出せない、出したら自分が不幸と認めなければならない。今、口に出す 「幸せ」は実は偽装されたもので、「幸せ実演」「周囲への誇示」のため、 結びついただけの関係を認めなければならない。タガメに箍をはめられ、 血肉を吸い取られたカエル男。その大群が満員電車に揺られ・・ ≫ ▼ 結婚以来、何かモヤモヤした感情と原因を、ズバリ指摘している。 認めたくない人は、問題の根源の「タガメ女」と「カエル男」から 目を背ければよい。「所詮、男はそんなもの」「男のすべては消耗品」 で、直視しないできたツケが、第二の人生にまわってくる。・(ノД`)ヽ(゚ω゚= 身近な4人の姉をみていると、まさに捕食者のそれ。いや、家内も! 植木等の「スーダラ節」が、カエル男のそれ。ヤケッパチになるしかない。 戦略的カニバサミで捕食され、一生、毟り取られる人生! (w_−; ウゥ・・ ・・・・・・ 4725,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー1 2014年02月20日(木) * 王様の代わりに貨幣が君臨するのが近代資本主義? ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著 事業の結果が、この有様だったが、何かさばさばして心身とも空を浮いた ようで、「ほどほどで、後継者に引継ぐより、これがベスト?の感覚は、 何だろう?」と考えていたが、そのヒントが、この本にあった。 森林でこそ事業経営も面白いが、そこを出てしまえば、充実していたか の満足感の違いだけ。問題は、その後の準備をしていたかどうか。 ライフワークがあったかどうか。 脱コード化の次への準備こそが、必要 だったことになる。王様の支配から資本支配にかわった体制が近代資本主義 であり、金の力が、国も、個人の価値基準になっている。しかし、この近代 資本主義も、一部に力が集中する弊害があって矛盾が出始めてきた。 ーその辺りを抜粋ー 《 ドォルーズとガタリは、人間の欲動が制御され、文化が形成されていく 過程を次のように発展段階的に説明する。 �コード化(原始共同体)=個個人の平面的ぶつかり合いで秩序形成が出来る �超コード化(古代専制国家) =王様が秩序形成 �脱コード化(近代資本制) =王様に代わり貨幣が君臨する ・「コード化」とは、拡散する人間の欲動を一定方向に導くこと、つまり 「秩序形成」と考えればいいでしょう。『構造と力』では、「コード化」 から「超コード化」までの過程が描き出されています。 ・「個人対個人」を原点とする平面的なぶつかり合いによって「秩序形成」 (コード化)が進行し、やがて王を頂点とする「垂直的な秩序形成」 (超コード化)に発展するという流れです。 ・「超コード化」に続く流れとして、いままさにわれわれが生きている 「近代資本制」(脱コード化)社会の構造と、それを乗り越えた先にある、 新たな世界の姿を描き出そうとしています。そしてこの部分が、 「現代人が幸福になれない理由」と、その突破口を示しているのです。 ・「超コード化」(古代専制国家)された社会では、王を頂点とする秩序に よって社会の安定が保たれます。この「安定化の仕組み」こそが、 ドゥルーズとガタリらの構造主義者が説く「構造」にほかなりません。 ・ しかし、われわれが生きる「脱コード化」(近代資本制)された社会に おいては、すでに王は存在しません。英国やオランダ、スペイン、タイ など、いまでも「王国」は存在しますが、そのほとんどは、日本の天皇と 同じように象徴的存在と化しています。ドゥルーズーーガタリによれば、 「脱コード化」社会において、王の代わりに秩序を生み出す存在とは 「貨幣」になります。「超コード化」社会における「安定化の構造」 (秩序の枠組み)は、王を頂点とする円錐形を形成しています。》 ▼「脱コード社会では、人はお金への欲動に突き動かされるが、お金を得る とさらなるお金を求め資本として再投下、もっと多くの金を得ようとする。 際限なく人は、これを繰り返す」これが、現代資本主義の正体である。 だから幸せにはなれない。それも情報化、グローバル化が、一部の強者に 力が集中させてしまう。しかし貨幣の正体は、情報そのもの。人間の持つ潜在 の自然の大きな力が、プラスにも働くのでは?という楽観論を信じたいが・・ ・・・・・・ 4358, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 −1 2013年02月20日(水) 「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」 橘玲 著 *「藍を捨ててバザールに向かえ。恐竜の尻尾のなかに頭を探せ。」 分かりやすく言うと、「大それた成功を求めず、自分にあった生きる領域で 一番を目指し、上手くやれ!」ということ。この本には新鮮な切り口の事例が 多く面白い。次回から幾つか紹介する。特徴は弱者の戦法というところか。 これから長く続く乱世に生き延びるには、大成功など求めず、自分の強みを 最大限生かし地道に勝ち抜くしかないという著者の論も一理ある。 ー内容紹介・アマゾンよりー 伽藍を捨ててバザールに向かえ!(恐竜の尻尾のなかに頭を探せ!) ワーキングプア、無縁社会、孤独死、引きこもり、自殺者年間3万人超など、 気がつけば世界はとてつもなく残酷。だが「やればできる」という自己啓発 では、この残酷な世界を生き延びることはできない。必要なのは、「やっても できない」という事実を受け入れ、それでも幸福を手に入れる、新しい成功哲学。 自己啓発の伝道師たちは、「やればできる」とぼくたちを鼓舞する。でもこの本 でぼくは、能力は開発できないと主張している。なぜなら、やってもできないから。 人格改造のさまざまなセミナーやプログラムが宣伝されている。でも、これらは たいてい役には立たない。なぜなら、「わたし」は変えられないから。 でも、奇跡が起きないからといって絶望することはない。ありのままの 「わたし」でも成功を手にする方法(哲学)がある。残酷な世界を生き延びる ための成功哲学は、次のたった二文に要約できる。 「藍を捨ててバザールに 向かえ。恐竜の尻尾のなかに頭を探せ。」なんのことかわからない? そのヒミツを知りたいのなら、これからぼくといっしょに進化と幸福をめぐる 風変わりな旅に出発しよう。(本書「はじめに」より) ▼ ここで、≪人間は知能、性格、肉体など遺伝による初期能力の違いにより、 現代社会において成功できるかどうか決まる。努力や訓練や方法論によって、 「よりよい=より豊かな」自分になることは大方の人はできない。 「人間の能力は平等。努力すれば皆幸せになれる。」という建前を否定し、 人間は生まれながらに「不平等」であるという 前提に立ちながら、 「それでも幸せに生きる」ための方法を提案する。「より認められる」には、 大きな成功を求めず、「自分が好きな分野でいちばん」になるまで対象を 細分化し、集中しろ」。そのための仕組みを“自分で設計”すれば、幸福の 新しい可能性が見出せる。≫と説く。伽藍の世界でも同じ戦法で生き抜く しかないが、普通の人は尻尾の中の勝ち組になるしかない。 自分の強みを生かし、小さなテリトリーの一番を探し、追求しろということ。 それより、「世界は残酷」をまず知ることだ。 ・・・・・・ 3983, 生保に入るバカ、入らないバカ ー1 2012年02月20日(月) 私は保険に入らないバカだが、それぞれ考えがあるので一方的に決めつけは できない。 日本の生命保険の世帯加入率は90%で、共済と生保を合わせた 年間保険料が40兆にのぼる。一世帯が年間に支払う額が平均45万円で、 22年で1千万、33年で千五百万になる。人生で生保が住宅に次ぐ高い買い物。 しかし加入者の方は、その意識がない。欧米の加入率は、フランスが6割、 アメリカが5割、ドイツが4割、イギリスが3割6分と、日本の大よそ半分。 いかに日本が高いかである。死亡保険の保険高は突出して高く、2000年 だが、日本が1600万、アメリカが600万、イギリスが260万、ドイツが 200万だった。生命保険の加入経路の7割が保険のセールスで、親戚や友人の 紹介をされ、加入するケースが圧倒的に多い。生保の営業方法は義理(G)、 人情(N)、プレゼント(P)の頭文字をとったGNP営業の典型。 バブル崩壊後に、その営業職員の膨大の経費を維持するため、収益の高い 死亡保険を大型にした保険会社に有利な、複雑化した、顧客無視の営業をする ようになった。 その頃、保険会社は、それまでの顧客にとって有利の商品を 解約させ、セールスを使い利回りの悪い商品に切り替えさせていった。 その辺(01〜05年)から保険会社は悪質な営業説明で本来加入できない 病歴のある顧客に加入させ、その後、契約不備を理由に保険金拒否をして社会的 大問題になった。 何と37社で130万件に至ったという。 早くいえば、セールスレディーというオバサンを集めて、GNPで、 その人脈を食い尽くす。それは巧妙なテクニック、何も知らない素人を、 ほぼ騙しで契約をさせる悪質集団という側面を持つ。フレンドリーに長年 かけ知人・親戚に入り込む。合理的の欧米人の二倍の加入率は、組織的意図 がないと無理。 生保で、まともなのは学資保険ぐらいのもの。 22歳まで死んだときに子供の学資を保証するのは、一応、理に合っている。 それ以外の商品の多くは、客単価を上げるための巧妙な商品。読みも理解も できない契約書に巧妙に生保にとって有利な条文が入れてある。 見方によれば合法的組織犯罪に近い集団。それなら預金の方が良いが、 相手はフレンドリーのプロ。その辺の理屈が理解できない人たちの不安に 付け込むのが営業センス。 ・・・・・・ 3618, 忘却の整理学 ー3 2011年02月20日(日) 「忘却の整理学」外山滋比著 ここで、著者は早朝に目をつける。どうも、夜の間に忘却が起こることは たしかであると。忘却が頭を働かせやすく、きれいに整理をしてくれるとすると、 一夜明けた朝がモノゴトを考えるに適しているのは当然である。昔から、それに 気づいていた人は少なくなかった。イギリスの詩人のウィリアム・ブレイクに 次のようなを紹介してある。 朝、考える ひるは はたらき 夕がた 食し 夜は 眠れ まず 朝いちばんに思考せよ である。 他の仕事は、そのあとでよい。 昔、中国の役所は、朝、日が昇ると同時に開始されたという。 それで、 「朝」廷で、効率的であることを知っていたのである。日本の諺に、簡単の仕事 を「朝飯前の仕事」というのがある。 本来は朝飯前に手がければ、簡単な仕事 でなくても、頭は整理されていて、仕事の判断、手順がたしかで処理が早くなる ということから来ている。もう一つ、思考に向いているのは夕食前である。 その時間は早朝と同じで、働いた後で、空腹も加えて脳が活性化している。 更に勧めているのが昼休みの短時間の昼寝。そこに僅かな時間でも睡眠をとる ことで、忘却の要素を入れることになる。最近、再開をした 「モーニング・ペイジ」がある。 白紙の大学ノートに30分位、思いのままを 書き付ける。早朝だから、自然に出てくる言葉は、外部情報に染まってないサラの 内部?から声を掬い取ることになる。ところで以前に、過去の全てを忘却した男 の映画をみたことがある。その時に過去の記憶こそ、人間形成をしていると思い知る。 ということは記憶と忘却の形が、その人物形成をしていることになる。 忘却の、いま一つの方法は、より刺激の強い経験を挟むことだ。忘れようとしても 忘れられないなら、より刺激の強い何かを探し、そこに気持ちを切り替えることだ。 それは前向きということになる。後ろを向いて記憶を強化ばかりしてないで、 目先を変えることが忘却の一番の方法。 ーつづく ・・・・・・・・ 3253, 置き引き? 2010年02月20日(土) 一昨日、新潟の万代シティの近くのマクドナルドで海老バーガーを食べて、 最後にポテトフライをつまんでいた。半分ほど食べたところ腹は一杯。持って 帰るか、食べて帰ろうかと。 で、そこからである。60歳後半の暗い顔をした 男がやってきて、私が一番奥に座っている隣席をみて、そのまま店頭にある 売店の方に戻っていった。自分の席でも確認して注文した商品を取りにいったと、 ポテトフライを摘みながら思っていた。ところが女性の一人客がきてバックを 置いて店頭のほうに戻っていった。その直後に男が戻ってきて、その席をジッと 見ている。自分の座ろうとしていた席を取られて他の席を探しているのだろうと 思っていた。 ところが、もう一人の女性客が目前の席にバックを置いて 店頭に行った。その男、再び戻ってきて、後に来た客のバックを見ている。 その時は、その男、自分で座ろうとしていた席を二度まで取られて、それを 見ていたのだろうと思っていた。しかし私の一つ置いた席の女性が何か不審 そうな感じで、その男を見ている。 (字数制限のためカット 2012年2月20日)
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| 5453,人生で最も大切な技術 ー23 豊かな貧困者 |
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2016年02月19日(金)
『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * ハッピープアー(豊かな貧困者)の存在 「豊かな貧困者」の言葉が意味深長。 仏教用語の「無一物中無尽蔵」の意味、 「人間は無一物が本来の姿だから 、それに徹したとき、逆に一切が無限に出現 する自在の境地が開ける」と似ている。最貧の状態が、最も豊かになることも ある。 その具体的なケースとすれば解りやすい。 〜その辺りから ≪ 心理学者グループの研究にハッピープアー(幸福な貧困者)と呼ばれる層 に関するテーマだが、ストレスに苛まれている富裕層が羨むような、陽気で 苦労知らずの人たちをこう呼んでいる。ディエナーによって実施された研究も その一つ。カルカッタの路上生活者とスラム居住者を対象にした調査から、 彼らの家庭生活、友情、道徳、食事、喜びを含む各種の分野における満足度が、 大学生レベルとほとんど変わらないことが判明した。 一方、社会的、感情的な愛着をほとんど断ち切っているサンフランシスコの 路上や保護施設生活者の場合は「非常に不幸」と答えている。社会学者たちは、 このハッピー・プア現象の説明に、以下の事実を根拠にしている。 カルカッタの貧困層の多くは、社会的、経済的な立場が向上する希望を まったく放棄している結果、この点で不安を感じない。しかも彼らは、食品 などの極めてささやかな物質を手に入れることで容易に満足感を得ている。 ハッピー・プアが単純極まりない楽観論者だ、とは言い切れない。 チベット語の教材を印刷するために、デリーの貧困地区に暮らしていた ことがある。ボロボロの三輪車の後ろに客を乗せて人力車のペダルを一日中 踏み続ける、リキシャ仲間がたくさんできた。冬の夜は、道端の空箱や ダンボールをくべて焚き火をして集まるのが常だった。大声で会話しては、 大笑いをし、あたりを騒がせていた。中には流行歌を歌う者もいた。 焚き火が消える頃には、それぞれの三輪車の中で眠る、という日常。 彼らの生活は楽とは程遠い、非常に辛いものだろう。だが、その善良性と 無頓着こそが彼らを幸福にしているのである。ストレスを溜めこんでいるパリ の広告代理店や証券市場の連中よりはるかに幸福だ、と考えざるを得ない。 年老いたブータンの小作人のことも忘れることができない。私のいた僧院 の若い僧院長が、新品のシャツと1000ルピーを差し出すと、小作人は、 「300ルピー(約7ドル)以上を手にしたことは一度もありません」と、 おどおどしながら話した。僧院長が「心配事はないか」と聞くと、 しばらく考え込んでこう答えたのである。 「はい、雨の季節に森を歩くとき吸いつく蛭です」 「他には何かないか」「それ以外ありません」 かの有名な樽に暮らすディオゲネスがアレキサンダー大王に向かって告げた。 「王よ、私はあなたより偉大です。なぜなら、王が所有したよりはるかに多く を捨て去ったのだから」。ブータンの小作農の単純さには、偉大な哲学者の 言葉と同じ重さがあるとは言えないだろうが、幸福と満足度が富に正比例 しないことをはっきり示している。驚いたことに、米国人の80%が幸福である、 と答えている。ただ、表面に現れている数字と現状には大きな落差がある。 物質的な状況は改善されているのに、若い世代のうつ病は、1960年代の10倍 に膨れ上がり、それが低年齢層に蔓延しつつある。40年前、うつ病に初めて 罹患する年齢は平均29歳だった。それが今日では14歳に低下。 世界の年間死亡者の2%が自殺で死亡し、戦争や殺人を上回る。米国では、 躁うつ病の患者の自殺が十代男女の死因の2位に上昇している。 スウェーデンでは、学生の自殺が1950年以降260%という驚異的上昇を記録。≫ ▼ 準備を含めた45年間の事業人生を終えて、丸裸? で、現在は家内名義 の自宅で、家内リッチで、私はプアー しかし、何故か心は ハッピ?ープアーそのもの。だから、卑しい?目線に快感すら感じることがある。 実際に、今日明日の生活に貧する路頭に迷ったら、その余裕はないのだろうが。 デリーのリキシャの明るさの一端が、少しは解る? それが、最大の収穫。 今さら現象としてのコスプレの衣装が、汚れ、擦り切れたとして、着たきり雀 のコスプレを羨ましいとは思えないし、逆に、暑苦しくない? と、書くと、 逆だろうと勘違いされるか。 これだけは経験しないと分からないこと。 話題の川柳〜 我が家では イエスかハイの 二択制 (/へ\*)")ウゥ で、これも偶然だが、以下の内容に丁度よく繋がっていく。 (_ _。) ・・・・・・ 5089,タガメ女の正体 ー� 2015年02月19日(木) ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著) * 魂の脱占領化 この著書で紹介されていた、「魂の脱植民地化」とは、言いえて妙。 この随想日記で、言い続けてきたことが、たった一言で言い表している・・ 「終戦の半年後に生まれ、アメリカの占領下、魂まで植民地化された自分に 学生時代から気づいてはいたつもりさった?が・・ しかし、私もダカメ妻? に絡めとられて40年、何時の間に前期高齢カエルになっていた、? いや、! 〜ネット検索をすると、以下の内容があった! ≪「魂の植民地化」とは、自由なはずの魂の活動が、人間社会によって呪縛され、 本来の自分を発揮できない状態のこと。国家による植民地化だけでなく、 親や学校、共同体、社会の空気・思想などが個人の魂を呪縛し植民地化する。 それによって偽装された自分によって、本来の情動や感情が、いかに抑えられ ているかを、まず自覚しないと。≫ ≪「不幸の均霑(キンテン)」という言葉は、第二次世界大戦下に、 「不幸が平等であるべきだ」という日本国民を縛付けた恐ろしい概念。 それが69年経っていまだに、日本人の心の中に生き続ける。これを作動させて いるのは個人個人の『蓋』と『箱』という人間の魂と言動を分断する装置だ。 『意図的に自らの言説空間にとって都合の悪いことを「認識しないことにする」 ことで、場の論理を維持する。』「和を以て貴しとなす」と云われるように 日本人独特の価値観がこれに拍車をかける。社会に対し不平不満や誹謗中傷 をぶつける前に、自らの感情の源泉はどこにあるのか考えることが 「不幸の均霑」という呪縛から抜け出す唯一の方法に思う。 ≫ ▼ 諸悪の根源である『世間』という幻想。それに縛られた状況が作り上る 窒息状態が人間を小さな岩穴に閉じ込め、歪んだ結果、病になる。その箍を 極力、意識し、そぎ落としてきたつもりだったが・・ それは具体的にいうと、 世間という妄想。この力が働くのは誹謗中傷で現れる。 これこそ、不幸な 人たち、何も出来ない魂の膿である。彼らの情報は、世間的価値の妄想で 作り上げた「裁き」という誹謗中傷。それが対象だけでなく、自分を毒殺 していることが自覚できない。これが世間の「魂の占領化」である。 毒殺された植民地現人が、ゾンビ化し彷徨って、不幸の均霑をしているのが、 娑婆。だから、自分の周りに柵を巡らし、ひと時でも宙遊の時を持たなければ ならない。その為、教養(魂の脱占領化)が必要となる。 ・・・・・・ 4724,シェールガス革命 ー2 2014年02月19日(水) * 資源大国の地位を失いかけている中東やロシア そういえば、以前ほど原油価格に対し敏感でなくなっているのは、 静かな恐慌?で原油需要が減っているのに加え、アメリカのシェールガス革命 が進んで自前でまかなえるようになったため。 この数十年来のエネルギーの 高騰で、この世の春を謳歌した中東、ロシアも、その恩恵が少なくなってきた。 ロシアのプーチンが北方領土問題で、軟化してきたのも、そのため。 公害問題もあるが、間違いなく新しいエネルギーに重心が移ろうとしている。 ーその辺りからー 《 シェールガス革命が進めば進むほど、エネルギー価格は下落していく。 とりわけ、これまでエネルギーの中心にあった石油ほどその影響を大きく 受けざるを得ない。今後、原油価格はどんどん下がり続け、世界のエネルギー 市場の構造は一変することが予想される。周知のように、冷戦崩壊後、経済的に 貧窮していたロシア経済を救ったのは石油や天然ガスなどの資源である。 一般に、原油価格が1バレル80ドルを割り込むと、ロシア経済は苦しくなる。 ロシアは国内産業が未成熟なため、多くの製品を海外から輸入する必要がある。 意外に知られていないが、ロシア最大の弱点は農業。ロシアは多くの農産物を 海外からの輸入に頼っているが、資源が高値で売れないと、外貨を稼ぐことが できなくなってしまうのである。そこでロシアのプーチン大統領は、天然ガスを はじめとする資源をアジアに売り込もうと、日本にも積極的にアプローチ。 北方領土問題でのやや軟化姿勢はその苦悩の表れなのである。 同じように、経済的に厳しい状況に追い込まれるのが中東の産油国である。 1973年に石油危機が生じて以降、中東は現在まで40年もの間、大きな政治力を 発揮してきた。それはひとえに石油の賜物と言ってよい。しかしながら、今後 は中東の産油国に頭を下げなくとも、エネルギーが手に入るようになる。今後、 石油は単なるエネルギー商品の一つにすぎなくなる。中東諸国の凋落に合わせて 苦境に陥ることが予想されるのは、英国ロンドンのシティである。 これまで中東のオイルマネーを一手に集めてきたシティは、中東の地位低下と 一蓮托生になる。シェールガス革命後、欧州の中心は、金融においても 実体経済においても、急速にドイツへと移ることになるだろう。》 ▼ 日本も脱原発問題を踏まえ、国内の資源開発に乗り出すだしかない。 しかし、その海域は地震発生と津波のリスクが存在する。それよりも、 全体の需要が減っていくため、さほど面白みのない分野なのかもしれない。 これもあって、アメリカが当分の間は、力を取り戻すことになる。 何があってもアメリカには、ドルという主軸通貨が健在だ。中東の原油の 決済通貨を盾にドルの裏付けにしていたものをシェールガスが加わるのだから。 ・・・・・・ 4357, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 −2 2013年02月19日(火) 「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」 橘玲 著 * 愛情空間、友情空間、貨幣空間 私たちは、まず家族、そして友人を第一に考える。そして職場の仲間、 定年になれば趣味仲間になる。しかし貨幣を媒体とする買い物やサービスを 受ける付合いもある。それらの空間を、愛情空間、友情空間、貨幣空間という。 家庭、職場、お店という空間である。その中で、いざとなると金である。 その魔力に、その隠された本性が現れ出る。貨幣で世の中の9割以上を 買うことが出来る実感がする。その本質は交換手段だが欲望を満たす手段。 金は自由そのもの。勤め人が我慢して働くのは、自分の自由を労働という 不自由と交換するため。しかし得た賃金は、自由そのものになる。 その交換の場を貨幣空間という絶妙な表現が良い。お金ほどグローバル価値 のものはない。空気と同じで、それが無くなれば今日の食事もままならない。 ーその辺りの要約すると ≪ 私たちにとって、一番大事なのは、家族や恋人などの関係である。 これが八割ほどとみてよい。そして残りの19%が友人関係。ここには 会社などの人間関係も含めて「政治空間」という。そして残りが貨幣関係。 この関係は商品などを通して世界中ともつながる。中国製のユニクロの シャツなどは、その典型である。その関係は空間にある。 ・愛情空間は2〜10人ぐらいの小さな人間関係で、半径10Mぐらい。 ところが、この小さな世界が、人生の大半を占める。人間は太古より、 愛情空間の出来事の中で、愛情を作ってきた。人間社会は親族のネット ワークで構成されていて、それを最優先をしても、誰も咎めをしない。 愛の至上主義は、生命の進化の過程で人類の遺伝子に組み込まれてきた。 だから、愛が無くなるなどありえない。 ・友情空間は、最大でも20〜30人ぐらい(普通は10人前後)、 半径100Mほどの人間関係。政治空間まで広げても100人ぐらいでしかない。 友情空間が大事なのも、人間が社会的動物だからだ。狩猟採集の時代、 過酷な自然環境のなかで人類の祖先は群れをつくって身を守ってきた。 群れから追放されることは死を意味していた。 ・貨幣空間は、人間関係においては、わずかに1%だが、実際の範囲は、 90%、いや99%を占めているといってよい。貨幣空間は、農耕と取引 によって成立してから僅かに一万数千年しかない。ここに私たちが、貨幣空間 に極めて少ない価値しか認めない理由がある。進化の歴史の重さによって、 愛情や友情という人間関係に比べ、貨幣を介するつながりの重要性を正しく 理解できないのだ。≫ ▼ その貨幣価値は、一歩、愛情空間と友情空間を出ると、ほぼ全てが 貨幣空間になる。新幹線に乗り、東京で同級会に出席してみれば分かる。 その会も、友情空間と貨幣空間のミックス。家を出て、帰るまで、全てが 貨幣空間になる。現実のシビアさと、家庭の温度はあまりに大きい。 とはいえ、愛情空間と友情空間も、残酷で残忍の一面がある。 愛憎空間というか。 ところが、これにネット空間が別に出来て、 現実社会を覆ってきたのだから・・・ ーつづく ・・・・・・・ 3982, スポーツジムに10ヶ月 2012年02月19日(日) スポーツジム(SJ)に通い始め、あと50日で一年になる。 金曜と日曜が公営のミニSJで、それ以外が近くの大型の民営のSJに通う。 一挙に緊張感から解放された反面、ストレスによるウツ予防対策として身体を 動かすことと、セカンドルームとしての場所の確保には、うってつけ。身近の 人の倒産劇で、ストレスが暴発したり、酒浸りになり廃人同様になったのを見て いるので、とにかく運動でストレス解消と、二つスポーツジムに通いだした。 元々、二年前からの早朝のサイクリング一時間を習慣化していた(4〜11月)。 それを加えて一日三時間は運動をすれば、目先の辛い一年を乗り越えるだろう と始めた。 気分転換には良い反面、地元のため知れ渡ったのだろう、冷たい 視線や聞こえるような陰口もあったが、内語の「シロアリ」の10回の繰返しで、 実際にそう思えるため、丁度良い呪文になっている。シロアリは弱音に敏感、 何とも思わなければ直ぐに消えていくのは世界共通の道理。一年近く真面目に 通った結果、数年来の足腰の重さが五分の一か、十分の一になり、腰痛もほぼ 解消。 それも時間が経つにつれ良くなるのが分かる。6つの運動マシーンと、 その間にステップ台が交互に円環に並んだ中央に、若い女のインストラクターが ポップ系の音楽に乗って指導する踊るようなイージーラインがよい。この歳で、 ただ踊れといっても無理だが、運動ならできる。立ち話で「今日は、まだ一回目」 というから、一日何度も来ている人がいるようだ。温泉プールに、風呂、サウナ、 ロビーがあれば、格安の娯楽施設でもある。 フリーの世界=御隠居の世界も 入ってみれば、楽しいもの。 昨日フロントで、「今日で200回目です」と 言われた。10ヶ月と10日になるので、祝祭日と定休日を除くと、ほぼ皆勤。 現職を含め、お薦め。 ・・・・・・・ 3617, 一連のアラブ世界の騒動は 2011年02月19日(土) 今年に入って早々から始ったネットで触発されたデモで、アラブ諸国が次々 と政変に至る事態に陥っている。これは、当分の間は続くだろうし、事態は 思わぬ方に発展していく可能性がある。ネット社会に移行しつつある現在、 日本では、まだ地位と肩書きが高ければ偉いと思っている人が多い。 しかし情報が優先されるネット世界では、そんなものは何の価値も持たなった。 アラブ諸国のような旧態依然の権力構造国家が、ネット人間によって、当然 のごとく軒並みに崩壊過程に入ってしまった。 年寄り優先、性差別、情実、 肩書き故に威張っていた絶対権力者は、若いネット社会人には、無能な漫画的 老人として、ある日、突然、追い落とされてしまう。それでは、彼らの中の 優秀な人材が、急にとって代われるかというと、そうはいかない。 情報ネットはフラット化で平等社会にする良い動きもある。 が反面、真の実力 が求められる競争社会でもある。情報社会と知識社会とは違う。情報社会は、 情報が優先されるが、それが知識にまで到達してないレベル。これまで権力 構造の上層部しか持てない情報が共有されるから、否が応でも過去人間は 早々に淘汰される。 ここで知識と情報の違いは何だろうか?という問いが たってくる。 情報は、本やネット、マスコミ媒体、そして人など、外部から 入ってくるもの。知識は、一度自分の中で消化され血肉になって内側から出る。 だから情報社会は恐ろしい。事実は一瞬で流れるが、真実は伝わりにくい。 しかし、一部に偏っていた情報がフラット化をする作用がある。日本では、 現在アラブで起こった問題は、この10年間、いや20年かけて起きて、権力 構造を変えてきた。その辺が、アラブとの知識構造が違うのだろう。 この毎日の随想日記は、情報の知識への転換プロセスと、書きながら気づいた。 私の触覚が捉えた情報を、起承転結の文章のパッケージ化してしまう。 そして忘却して、翌年から、毎年読み返すことで、情報から知識への転換をして いたのである。 鈍くても、5年、10年も繰り返して読めば、知識に転換する。 努力の割りに蓄積効果が自覚できないのは、基礎教養の土台に問題ありか・・・。 話しがそれた。もう一つのネット世界が、旧来の現実世界を破壊を開始した 一例である。 間違いなく、近い将来に中国でも共産党を 破壊するか、大改革を迫ることになる。ここで、モバイル携帯や、タブレット式 パソコンが爆発的に普及しだしてきた。これが更に、ネット世界の力を急激に 増す。 その結果は、誰も想像すら出来ない世界に突き進むことになる。
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2016年02月18日(木)
【アリストテレスの人生相談ー小林正弥著】の、 ー幸福原理「美徳に基づく魂の活動」ーより * 「楽しむ」を哲学する 母親からは、『仕事も、習い事も、それが楽しみになるまで努力すること!』 父親からは、『お金は事業と仕事を楽しんだカス。カスを稼ぐため努力する のではなく、楽しめるまで苦労し熱中すること』と、聞いて育ってきた。 その背景には、仕事も、習い事も、膨大な努力があってこそ。それを続ける には、楽しみまで引き上げればよい。古美術商時の上客から伝授して貰って いたのだろう? 同じことを2千数百年前の哲学者がいっていた。 <「本物の音楽家とは音楽を楽しむ人のことであり、本物の政治家とは 政治を楽しむ人のことである。そして、楽しむのは能力のある証拠だ」> これは、アリストテレスによる洞察である。何をするにせよ、本物の上達は、 そこにどれだけの楽しみを得られるかによって図ることができるのだ、と。 【アリストテレスの人生相談ー小林正弥著】の、幸福原理「美徳に基づく 魂の活動」から考えて、楽しむとは、美徳を実現させるため、の前提がいる。 ただ楽しければよいだけでは薄っぺら過ぎる。 〜その辺りから〜 ≪ 言葉だけを見ると、誰にも存在する美徳を実現することが幸福をもたらす と見えるかもしれませんが、実際は、音楽の卓越した素質を持たない人は、 いくら努力をしてもプロの音楽家になるのは困難。アリストテレスは、個々人 に、その人の固有の素質が本性として備わっていると考えているのです。 ですから、この原理における「美徳」は、あくまでもその人の魂に内在する 卓越した素質のこと。つまり、これは「幸福を、その人の魂に内在する優れた 素質に基づく魂の活動」ということなのです。アリストテレスは、 「馬の愛好者にとっては馬が快いように、美徳を愛する人たちにとっては 美徳に基づく行為は本性的に快いものである」とします。ここで重要なのは、 彼は幸福を快楽とする考え方は否定しましたが、「美徳に基づく魂の活動と しての幸福は、それ自体として快適である」としていることです。たとえば 賭博を快楽とする人がいても、それは真実の幸福ではありません。それは、 美徳に基づ魂の活動ではないから、これに対し、たとえば理性的な思考活動は、 美徳に基づく魂の活動なので、快いものです。 再び音楽家を例として考えて みれば、その人の魂に内在する卓越した音楽的素質が開花し発揮されれば、 その人は優れた音楽を作曲したり演奏したりすることができるから、その人は 音楽の喜びを味わうことができる。その人にとって、それは本性的に快いもの。 逆に、音楽的素質のない人が無理に音楽を長時間習わされても、それは苦痛で しかありません。このようにアリストテレスは、「本来の善なる活動としての 幸福は、魂に内在する卓越した素質に基づくがゆえに、その人にとっては 不愉快で面倒なものではなく、本性的に快いものだ」と考えました。 しかも彼は、それは美しく、善き行為であると考えます。アテレーは一般的 には「徳」と訳されていますが、美しいものでもあるので、私はそれを「美」 と訳しています。≫ ▼ 「幸福の状態」を、「楽しみ」に重ねてみた解釈だが、最も濃いのを 至高体験、薄めなのが「楽しみ」と、普通は「何となく幸せ」という実感。 オリンピックの選手が、『勝負を楽しみたい』とは、極限状態の現場で本性的 から出てくる実感の言葉だからこそ価値がある。それも勝ったか負けたかでも 意味合いが違ってくる。 濃い目の「楽しむ」とは、美徳に基ずく魂の活動 なればこそ、その味が濃くなろうというもの。まあ、美徳でなくとも、大自然 との邂逅でも、至高体験は可能・・ で、三桁の至高体験と、濃い目も 「楽しみ」が沈殿した池、いや風呂が心の底にあって、何時でも入浴可能。 で、落ちがつく。それが慢性したのがボケ状態の天国? 傍は、地獄に化す。 で、以下が、ちょうど良い塩梅につづく。 ・・・・・・ 4723,哲学はなぜ必要か? 2014年02月18日(火) * なぜ人生に、哲学が必要なのか?(今更だが、あえて!) もう少し おまえσ(=゚ω゚=;)考えろよ ったく! 40歳を過ぎた頃から、哲学に興味を持ち始め、初心者用の本を中心に読み 続けてきた。知れば知るほど、奥行は深い。知人の叩き上げ?で一財を築いた? 男が、茶器造くりを趣味にしていると聞き、自宅に行き、一つ貰ってきたことが あった。その少し前に「スランプ気味」と話していたので、お礼にと初心者向け の池田晶子の哲学書を贈呈した。そこまでは良いが、私の一連の件で会う度に、 逆手に『俺は哲学書など読まないが、上手くいっている』と嬉しそうな嫌味。 これは、イギリスの哲学者で経済学者でもあるジョン・スチュアート・ミルが、 著書「功利主義」で唱えた【満足した豚よりも不満足な人間である方が、また 満足した愚か者よりも不満足なソクラテスである方がよい】の知識があったら 言えない言葉。「ものを考えず現状に満足して動物のように生きるな。やせても かれても思考する人間らしく生きよ」ということ。その男に何度か言われるうち、 酒も入っていたこともあって『茶器造くりでスランプというから哲学入門書を あげた。茶器とは作者の魂そのままが、表出するもの。スランプを乗越えるには、 魂とは何か?魂を入れるとは何か?を知らなければなるまい。作品に打込んだ 魂とは全身全霊を作品に叩きつけてこそ入るもの!それなくしてスランプを 乗り越えることなど出来ないはず!』と、怒り気味に話したが、この人には? 近くの社長をしている二人も、その男の嫌味に対し、私の理屈に同調?したよう だったが・・┃¨━(σ-`д・´)━╋┓ 魂といえば、ゴッホの「ひまわり」や、ピカソの「ゲルニカ」を前にし、 その波動が伝わって立ち竦んだことがある。茶器づくりも、茶道も、花道も、 コンピユータにたとえれば「エクセル」「ワード」などの「アプリケーショ ンソフト」に過ぎない。「ウィンドウズ」や「リナックス」といった 「OS(基本ソフト)」がなければパソコンのアプリが動かない。 何事も、そのOSとなる「ものの考え方」や「もののとらえ方」の基礎を 学ぶ必要がある。行詰ったら、「知のOS」を、グレードアップした上で、茶碗 造りなどのアプリを作り替える必要がある。その「知のOS」が "哲学"などの 教養にあたる。これからして、正解のない人生の課題に対処するにも哲学が 必要になる。人生の難問は生きている限り次々と生じてくる。 対処するには自頭で考えて乗り越えるしかない。その自頭のベースは教養から 生じてくる知恵、すなわち哲学になる。「哲学」(フィロソフィー)という 言葉は、古代ギリシャ語「フィロソフィア」(知恵を愛する)が語源。 この言葉は、哲学が「いかに知るか」「いかに学ぶか」を学ぶための学問で あることを教えている。知恵を愛するから、知恵が生まれる。反面教師 なら幾らでもいるが、相手から見れば、自分が最たる反面教師だろう・・ 人は己が知っていることしか知らない! (゚∀゚). (ノ・人・`)??はて? ドォスル?? (*・д・)ノ(・д・`*)ドォシヨッヵ o( ̄ー ̄;)ゞううむ o(´^`)o ウーr(-◎ω◎-) 考え中..... σ( ̄、 ̄=)ンート・・・σ(゚・゚*)ンート・・・ウーン (Θ_Θうーん・・(〃 ̄ω ̄〃ゞ ・・・・・・ 5088,タガメ女の正体 ー③ 2015年02月18日(水) * 某メガバンクの必殺カニばさみ ータガメ女の正体〜深尾 葉子(著) とっておきの逸話が紹介されている。できちゃった婚の「ちゃった」が、 この恐ろしい女の謀略を隠しているが、相手も然るもの! とにかく危ない! 誰にでも‘持て期’があるが、ひ弱なカエルに対し、「カニばさみ」は必殺技。 神様は、男の生理を、この技に耐えられないよう御つくりになった。 ≪ 「“カニばさみ”されないように気をつけろ!」 (p103〜戦略的妊娠) 某メガバンクの独身寮には近年、先輩から後輩へ語り継がれるこんな“警告” があるという。「カニばさみ」とはいったい何か。入行6年目のAさん(28)が 実体験を語る。一般職の女子行員(32)にいまの部署に移ってから先輩として いろいろ教わっていて、部署の飲み会の後、酔いの勢いでラブホに入ったんです。 いざ行為を始めようと避妊具をつけようとしたら、彼女が『今日は大丈夫』って」 そのまま言葉に甘えてノーガードで始めたAさん。だが、もう限界だと思って 腰を後ろに引こうとしたその時、信じられないことが起こる。「彼女の両脚が 僕の胴回りを挟み込み、ガッチリとホールドされた。振りほどくのも変だし、 『まあ大丈夫だって言っていたしな』と……」 流れに任せたAさん。 この時は、職場の上司に「出来ちゃった婚」を報告するはめになろうとは 夢にも思っていなかった─。 これが、いま独身のアラサー女性たちの間で にわかに急増する“カニばさみ”の実態。「独身のアラサー女性たちは、 とにかく若い社員を捕まえたい。だから、避妊をさせない。しかも、男の側も 上司や周囲から『早く身を固めろ』と圧力をかけられたりするから、結局 従ってしまいやすい」(ベテラン銀行員) 冗談と思われるかもしれないが、 バンクの男性社員間では、「お前もやられたか」「あの娘は‘カニばさみ’ をするように見えなかったけどな。」なんて日常茶飯で語られている。 ≫ ▼ 以前、名古屋の花嫁学校の授業の一部を紹介していたが、料理・洗濯・ 行儀見習いなどを教えていると思いきや、何と、〈 男の誘い方、魅力的 化粧と、ファッション、魚(男)の釣り方、漁り方、魚場の在り処 〉が要だった。 この書からみれば、ダカメ女に徹し、少しでも大きく、美味い魚の漁り方。 必殺カニばさみの戦略的妊娠は、逆に女子行員の中で、引継がれている? タガメも女道がある!これで一生が決まる幻想があれば、一生懸命になるは! ・・・・・ 4356, 閑話小題 ー因果一如 2013年02月18日(月) * 因果一如 白隠禅師の坐禅和讃の中に、「因果一如の門ひらけ」と云う一節がある。 「因果一如」は、因果応報に近い言葉。原因と結果は一緒という意味で、 原因を作ったときには、結果も同時に生まれるということ。結果はいつも 原因の中にある。 原因から出て行って、また原因へ帰る。 過去と未来に とらわれることなく今のその瞬間を大事に生きることにつながる。 なぜ人は死ぬか? 生まれてきたからだ。病気は、きっかけでしかない。 善悪、それは誰かが決めた基準で裏表同じこと。事業の倒産、それは創業を したため。きっかけは事業年齢がきて寿命が尽きたため。そうこう考えると 納得できる。現在のアベノミクス、これを因果一如で考えると、ハイパー インフレへの最終到達点。一度、清算した方が良いのかも。 * ヨガ・エアロの場にて 週に二回、スポーツジムの「ヨガ」に参加しているが、あと一月で一年。 欠席は4〜5回で、ほぼ皆勤に近い。週に三回、行われているが、火曜日と 木曜日に参加している。50人定員だが、毎回、ほぼ満員。幅60センチ、 縦120センチのヨガマットを縦にして、その中で先生の指導の下、50分間、 マントラなどの音楽を聴きながら、色いろなポーズをとる。室内はカーテンで 暗く、大人数のヨガは何とも不思議な気持ちになる。 「マット内は、自分の宇宙で、周囲を無視してください。」と何度も繰り返す。 9割は女性で、時間からして主婦が大部分。一年近く続けていたため、関節の 硬さは、かなり取れてきた。「スローヨガ」と名うっているが、だんだん ハードになっていく。私にとって、医院での腰痛治療のようで、背骨、足腰 の骨の矯正をしていることになる。ヨガは、元もと座禅など瞑想をしている 合間に、足腰の矯正をするためのもの。とはいえ、これで腰痛が良くなった というより、悪化防止という感覚。終わると、脳と身体がスッキリ した感覚になる。で、先日、私の近くでプッという音。ガス抜きのポーズで、 誰かが思わず・・ そこに、男は私ひとり。誰がみても・・ まあ、いいかで時間が過ぎていった。 ・・・・ 3981, 閑話小題 2012年02月18日(土) * 総下流の時代って言葉は変じゃない? 最近よく「総下流の時代」という言葉を見かけるが、少し考えれば分かるが 言葉自体が変じゃないか。その意味は、総貧乏。総下流とは今までの下流レベル に大部分の人がなると、いっているのだろうが。下流とは平均所得半分以下の 収入の人をいうが、そのレベルに大部分がなった時、それは下流ではなく、 それが中流になる。 終戦直後、大部分が貧困に喘いでいた時に、総下流など 誰もいわなかった。 戦争に負け占領され目先を如何にして食いつなぐかで 精一杯で勝ち組もいなかった。現在は一部が総勝ちで、大部分は敗者になるのは グローバル化時代では仕方がない。その一部の勝ち組の収益を、どう調整するか。 一時代前まで、総中流と大部分が信じていた良き時代があった。言葉に矛盾が あるが、総下流、皆でなれば怖くない? のか。 * スポーツジムに10ヶ月 スポーツジム(SJ)に通い始め、あと50日で一年になる。金曜と日曜が 公営のミニSJで、それ以外が近くの大型の民営のSJに通う。一挙に緊張感から 解放された反面、ストレスによるウツ症対策として、身体を動かすことにした。 身近の倒産で、ストレスが暴発したり、酒浸りになり廃人同様になったのを 見ているので、とにかく運動でストレス解消と、二つスポーツジムに通いだした。 元々、二年前からの早朝のサイクリング一時間を習慣化していた(4〜11月)。 それを加えて一日三時間は運動をすれば、目先の辛い一年を乗り越えるだろうと 始めた。 気分転換には良い反面、地元のため知れ渡ったのだろう、冷たい視線 や聞こえるような陰口もあったが、内語の「シロアリ」の10回の繰り返しで、 そう見えてくるから。 シロアリは弱音の気持ちに敏感、何とも思わなければ 直ぐに消えていくのは世界共通の道理。 真面目に通った結果、数年来の足腰の 重さが五分の一か、十分の一になり、腰痛もほぼ解消。 それも時間が経つに つれ良くなるのが分かる。6つの運動マシーンと、その間にステップ台が交互に 円環に並んだ中央に、若い女性のインストラクターがポップ系音楽に乗って指導 する踊るようなイージーラインがよい。更に、各種のエアロビも気持ちを高める。
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| 5451,人生で最も大切な技術 ー22 幸福の社会学〜個人の特性 |
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2016年02月17日(水)
『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * 個人の特性 幸福は知性には関係なく、心の温かがあって、開放的、外交型タイプ に多い。精神的な人で、リラックスが直にできる人も幸福が擦寄ってくる。 とすると、私はさほど幸福ではない?いや、これを書いている時は、 リラックスし、幸せタイムだから、少なくともネット上は幸せか。 〜その辺りから ≪ ・幸福と知性は直接の関係はないらしい。幸福度は、IQテストでも、 性別や 民族でも、ましてや肉体的美しさでも測定することはできない。 ・一方、「心の知能指数」は、幸福な人と不幸な人では大きな差がある。 ピーターサロベイによって造語、解説され、ダニエル.ゴールマンによって 一般に紹介された、心の知能指数とは、他者の感情を正確に認識、配慮し、 自分自身の感情を明確かつ即座に自覚する能力、と定義される。 あるグループによれば、「幸福は、自己主張する資質と外向性および 共感する力が揃ったときに実現する」、ということらしい。 たしかに、幸福な人は、一般的に開放的である。 ・幸福な人は、自分と自分の人生をコントロールできると信じている一方、 不幸な人は、自分が運命に弄ばれていると信じる傾向がある。自分の住む環境 を自在にコントロールできれば、それだけ幸福感が強まるということらしい。 ・日常生活で見る場合、外交的人間は、内向的人間よりポジティブイベント 経験が多く、神経症の人は、安定型よりネガティブイベント経験が多い、と いう点は興味深い。人は、不運を「連続」して感じたり、自分の中に問題を 惹きつける磁石がある、と感じたりする時がある。だが、大切なのは、外向型 だろうが神経症タイプだろうが、楽観的だろうが、自己中心的だろうが利他的 だろうが、繰り返し同じ状況にかり立てるのは、究極的には自分の性格である、 という点に留意することである。 ・心が開かれた人は、困難な状況を戦い抜くのに長けている。一方、リラックス できない人が困難に直面すると、不安を募らせ、それが感情的および家族的な 問題として反映される上、社会的落伍者という形をとることさえある。 ・宗教的であるなしに関わりなく、精神的な次元は、人生の目標設定、人間的 な価値の向上、慈善、寛容、の促進の行為に役立つだろう。 ・・・(略) 人間は、病気にかかっても、病気になる前の幸福度に戻れるというガン患者の 研究により、彼らの幸福指数は、患者以外の人々の指数とほとんど変わらない ことが判明した。・・ ≫ ▼ 不幸のどん底と思えるガン患者の幸福指数が普通の人と同じとは意外。 ガンは心を閉ざすものとの思い込みがあるためである。心が開かれている人は、 それゆえに心の闇の淵で何とか留まる。とnころで、ブログを始めて暫くして自分が 大きく変わったことに気づいた。ブログは、続けていると生身の心情と、能力の 限界がそのまま露呈するが、時間とともに、そのことが、幸福感を、以前より 遥かに強くする力になるようだ。 「幸福は、自己主張する資質と外向性と共感する力が揃ったとき実現する」 で、正にブログは、ネット上で、その役割を果たしてくれ、その多くから、 幸せ感が溢れ出ているのは、そのため。
・・・・・・ 5087,タガメ女の正体 ー�� 2015年02月17日(火) まず、タガメ女の定義:田んぼに生息してカエルを捕獲するタガメのごとく、 収入や社会的地位のある男性を捕獲し、「幸せな家庭」というタガにがっちり はめて自由を奪い、リソースを吸い尽くす女性。夫、子供、ママ友など周囲の 人間関係をもタガによって呪縛する。搾取される男性を「カエル男」と呼ぶ。 〜概要をまとめると〜 ・現代日本社会には男性を搾取して弱らせる「タガメ女」なるものが存在し、 巧みに男を捕まえて専業主婦という地位に収まり、その後は様々な約束で夫を 箍(たが)にハメては、わずかな小遣いで働かせる。軽い筆致で現代社会の 極めて重大な問題を提起する。それは標準化された「幸せ」の形式を盲信する ことの危険性であり、それを「魂の植民地化」と呼ぶ。「エリートとの結婚」 「郊外の一戸建て」「年に一度の海外旅行」など、標準化された「幸せ」の 強迫は、強者、弱者 とも不幸にする。この問題の答は、読者が自分で考え、 一般の価値観に捉われないことである。 ・政府の施策やマスコミの世論誘導や、家電の普及で家事労働負担が劇的に 軽減されたにかかわらず「家事が重労働だ」というプロパガンダが成功した ことで、「男に寄生して一生楽に血肉を吸い続けるタガメのような害虫女」 が生まれてしまった。タガメ害虫女も、己の存在価値を賭けタガメ女同士 の見栄の張り合いや、夫や周囲に忙しさや幸せの演出を続けなければならない ため、決して幸せではない。 夫の犠牲の上に「専業主婦」という楽園を 作って女性が逃げ込んだ先が実は「タガメ同士が殺し合い潰し合う修羅界 の地獄」だという不都合な真実」がある。 ・箍にハメられ、カネと社会的リソースを「タガメ妻」にと吸い取られる カエル男が支配する日本社会に、「責任転嫁」「現実逃避」の病根がある。 タガメ女に箍めとられてカネと社会的リソースを搾取される「カエル男」 たちが、日本の政治、経済を動かし、部下や下請け会社、取引先といった 周囲の関係者を逆に搾取の”倍返し”で支配する。 ▼ 4年前に御隠居生活に入って、(現役の)森の世界の木や林での価値観が 如何に官製でしかないことと、世間様とかいう「魂の植民地人」の哀れさを、 改めて知った。それは40年近い現役時代の家内の目線は、タガメ女のそれ! ・・・・・・・ 4722,心を上手に誘導する方! 2014年02月17日(月) 「心を上手に透視する方法 」トルステン・ハーフェナー (著) *「自分は運がいい」と思っている人ほど、幸運に恵まれるのはなぜ 「マインド・リーディング」のテクニック&メソッドを紹介した本だが、 これは他人だけでなく、まず自分のマインド・リーディングに使えばよい。 それだけ、心は未知で、扱いにくいもの。ランダムに、面白そうな部分を テーマにするが、運、不運は、その最たるもの。運は判断の結果をいうが、 その為に必要なのが「観察力」である。このところ長年信じてきたバイアス に気づくことが多い。 『私はもの覚えが悪い!』と、数十年思い込んできた。 そのため、対象を観察さえしようとしないため、さらに、もの覚えが悪く なっていたことに、最近、気づいた次第。私は「運が強い」と思ってはいるが、 その運を呼び寄せるのは、長年かけた努力の集積の結果ということを経験上、 分っていた。運がいい、という思い込みなら、良いが。 ーそのあたりからー 《 自動車メーカーの創設者ヘンリー.フォードはこう述べている。 「あなたは、自分は何かがとても上手にできると思おうが、全然できないと 思おうが、どちらも正しい」 あなたの思考パターンが、目標を達成する 妨げになっていないかどうかをよく考えてほしい。なぜなら、それがあなたの 人生の運に大きな影響を及ぼすからだ。イギリスの心理学者、リチャード・ ワイズマンも、大規模な調査によってそのことを証明している。 ワイズマンは、人生における幸運と不運は本当に偶然によるものなのか、 それとも運のいい人と悪い人がいることを心理学的に説明できるものなのか、 ということに興味をもった。そこで、ワイズマンは、自分が幸運に恵まれて いると思っている人と、ついていないと思っている人を探し出した。 調査の対象になった人たちは「新聞に載っている写真の枚数を数えるように」 と言われた。その後、ワイズマンは被験者に、写真が何枚載っていたか尋ねた。 しかし、被験者には知らされていないもっと重要なことがあったのだ。 その紙面の中央に、ワイズマンはある文章をかくしていた。その文章とは、 紙面の半分くらいの大きさで、「実験の担当者に、これ見たと言えば、あなたは 百ポンドを獲得します」と書かれていたのだ。自分には運がないと思っている 被験者たちは写真を数えるのに必死で、その文章に気づかなかった。 一方で運が良い人たちはリラックスしており、もっと全体を見渡すことができ、 ほぼ全員が百ポンド手に入れた。ワイズマンはこのことから、運の良い人は、 運がない人よりもチャンスに気づくということを導き出した。私たちの思考は 私たちの行動に影響を及ぼし、不思議なことに幸運か不運のどちらか引き寄せる。 ワイズマンは、こう書いている。「楽観的な人は前向きでエネルギッシュで、 新たな機会や経験にオープンである。一方運の悪い人は、控えめで、頼りなく 心配そうな反応をし、目前にある機会を見つけて活かす気がないようだった」》 ▼ 運とは、判断の結果であり、判断には対象の観察力が必要になる。 過去の行蔵を見ると、失敗の場合は、観察をする詰めが甘かったケースである。 運を良くするには充分なる準備が必要で、浮ついて取り組めば、当然、そこには 失敗が待っていた。そう簡単に成功など出来る程、甘くはない。貧しい家には、 貧乏神が住んでいる。今回の一連でも多くのことを学んだが、それも捉え方一つ。 この結果が、『あ〜、運が良かった』と思えば思えるし、『あ〜、何て運が 悪かった!』と思えば、そうである。運が良った!と捉えれば、長年かけた リスク管理を幾つかしていたこと。運が悪いと思えば『長年の努力の結果が、 このザマ!神も仏もあるものか!』になる。モノは考えよう。 ・・・・・ 4355, 閑話小題 ー常日ごろがあるということ 2013年02月17日(日) *「今日という日は、残された日々の最初の日」 還暦を過ぎた頃より、「今日という日は、残された日々の最初の日」の言葉の とおりになってきた。44年前の学生時代の終わりの頃の日記のコピーを、毎年 この時期に読んでいるが、当時から現在に至る年数が長いような短かいような。 60歳を過ぎると「時間軸が横になる」というが、一年前も50年前も同じ感覚。 残された日々だけでなく、過去の時間軸も横になってきた。50歳を過ぎた頃に、 それ以降の残された20年、30年分の人生を捨て身で10年に圧縮し、前倒し 実行したのは、時間軸を横にしたのと同じことだった。横にして見えるのは、 「死」である。また、その裏にある「生」。どちらにしても、人は死ぬ。 そして数ヶ月もしないうちに、ほぼ忘却。それなら、今日という一日を目いっぱい 生きるしかない。人生は50歳を過ぎれば、人間は「残された日々」になり、毎日 が、その最初の日になる。それにしては、まあ、いい加減な日々を過ごしている。 ポイントは、「時間もお金も、‘いましかできないこと’のために使う」になる。 面白い映画を見て、良い音楽を聴き、腰をすえて本を読み、新たな世界に チャレンジし、より孤独に徹し、日々を過ごすことである。その意味では 自己評価は70点だが・・いや、50点か? * 常日ごろがあるということ 一線を離れ、毎日が日曜日のような平凡な常日ごろの日々が続く。 しかし、この「常ごろがあること」が実は素晴らしい。中学、高校、大学の日々 で懐かしいのは、当時の「常日ごろの生活」であるため。その年齢ごとの常日 ごろこそが価値があり、光輝いている。時代を背景にした、その時節の自分が、 そこにいる。だから現在も時代背景と、「常日ごろ」を味あうことが 必要になる。ところで真に味わっているだろうか? ・・・・・・ 3980, よかまん ー3 2012年02月17日(金) * よかまん節を女子芸大生に素裸で踊らせた よくぞ引受け踊った女子大生も凄いし、それをビデオで自分の個展で流した 会田誠にも恐れ入る。 ー 前回の続きから ー ≪ 最近非常勤講師として美大に呼ばれた折など、学生に「よかちん」について 聞いてみると、ほとんどが知らない」と答えるのです。せいぜいが「ああ、 ラグビーの連中がやってるアレですね。見たことはないけど、話だけは聞いた ことがあります」程度。どうやら絶滅寸前の状態にあるようです。 僕は 「ざまあみろ」と「こりゃいかん」という、まったく相反する感慨を同時に 受けました。・・ 芸大も近年ご多分に漏れずグローバル化の波が押し寄せて きており、和洋の相克に揺れた先人たちが必要に駆られ作った、ユニークな ジャパン・オリジナルの枠組みが、次々と使命を終えつつあります。 それは決しておめでたいニュースと感じられない、複雑に屈した自分がいます。 また「よかちん」絶滅の直接的な原因が、近年の美大における女子学生の驚く べき増加であることも分っています。僕の学生時代は少数派だった女子が、 今ではどこの美大でも完全な多数派に転じています。女性全般に芸術の才能が ないなんてよもや思いませんが、それでも極端な変化には不安を禁じ得ません。 同時に、少数派となった男子学生の全体的な覇気のなさ、いわゆる「草食」化 も気になるところでした。日本の美大と美術界は今後どうなるんでしょうか。 そんなことを諸々考えた上で、最近「よかまん」という新しい芸を作ってみた。 といっても「よかちん」の歌詞を少し変えただけなんですが。 "数え歌"の部分が以下のようになります。 一つ 開けば、二つ 触れれば、 三つ 見せれば、四つ 悦べば、五つ 入れれば、六つ ムズ.ムズすれば、 七つ 舐めさせれば、八つ 破れば、九つ 擦れば。 小道具の一升瓶は小さな ザルに変更しました。これを現在東京藝大で油絵を学んでいる、知り合いの 女子学生二人にやってもらいました。二人とも肝の据わった「肉食系」なので、 進んで全裸になってくれました。そしてそれを収めたビヂオを自分の個展会場で 流してみました。それで何かが解決するとは思いませんが、問題提起くらいには ならないかと思って。というか本当はこの「よかまん」が実際に芸大で流行して 定着し、新しい伝統が生まれるのを夢想するんですが…やっぱり無理ですかね。≫ ▼ 女と男は違うので、これが定着するとは思えない。あくまで一人の芸術家の お遊びだろうが、これに類したのは、芸者遊びの中では多くあるはず、あくまで 男を楽しませるもの。そういえば、以前の会社の忘年会で、メイクさんのツワモノ が男の人に座布団を女性の何に見立て、自分が箒を男の何にして・・・ という面白い芸があった。ご愛嬌の範囲だが。 ・・・・・・・ 3615, 忘却の整理学 ー1 2011年02月17日(木) 「忘却の整理学」外山滋比著 内容= 頭を働かせるにはまず忘れること。情報・知識でメタボになった頭脳 を整理し、創造・思考の手助けをするのは忘却なのだから。『思考の整理学』続篇 * なかなかオシロイ本である。 忘れること・忘却を中心に据えた本は 私が知る限り過ってなかった。呼吸は、まず息を吐き出さないと新しい空気は 吸えないと同じで、忘却によって整理され、きれいに片付いた頭で新しい知識や 情報などを取り入れられるために積極的に忘れろという。一度書いた文章をまず 寝かせたり、気分転換すると思いもよらぬ着想が得られたりするのは、忘却効果。 忘却が知識を選択的に頭の中で熟成させ、時間の風化作用で別次元の高みに体系化 する働きがある。 忘却はランダムに起こるが、それが個性を形作る。 ー‘まえがき’の以下の部分が、アラスジにもなっているー ・・どうして知識が独自の思考に結びつかないのか。両者間に忘却を考えないと、 説明がつかない。知識をいったんかなりの部分を忘れたあとで、もとの知識から 離れオリジナル思考の生まれる余地が生じる。忘却がないと知識は途方にくれる。 知識は利用されることを待っているのであって、それだけで、思考、創造をおこす 力をもっていない、 むしろ、そのままでは自由な思考の妨げになるおそれは十分。 そんなことをあれこれ考えていて、忘却論に思い及んだ。記憶と表裏をなす忘却が あるという考え。ナマの知識は使いものにならない。忘却をくぐらせて枯れた知識 のみが新しい知見を生み出す。大工は生木で家を建てないのと同じ。 忘却のアポロギア、弁明を思い立ったのは数年前のことだが、どうして忘却が これほど長い間きらわれ、怖れられ、卑しめられてきたのか。忘却を称えた ことばはないものかとそれとなく心がけてきたが、日本には見当らない。 おしなべて忘却性悪説である、・・ことにコンピューターが異常なほどの発達を とげて人間の記憶力の価値を暴落させている。知識人ほどその衝撃を強く受ける。 コンピェーターを念頭において人間の知的活動を考えたならば、創造的思考が もっとも人間らしい活動であることは明らかになるはずで、その独創の土壌に なるのが忘却である… そういう考えのもとに、この本に収められた諸エッセイ は書かれている。忘却論ではなく、忘却をめぐるエ・セイを集めたものである。 ーここに書いた内容は、アップした瞬間、ほぼ完全に忘却の彼方になる。 「いま、ここ」に集中すれば、忘却の後々に残る。それがよい! ・・・・・・・・ 3250, 新・マネー敗戦 −1 2010年02月17日(水) 以前、NHKスペシャルで「シリーズ マネー資本主義」を放送していた。 ■第1回“暴走”はなぜ止められなかったのか 〜アメリカ投資銀行の興亡〜 2009年4月19日(日)午後9時00分〜 ■第2回 “超金余り”はなぜ起きたのか? 〜カリスマ指導者たちの誤算〜 2009年5月17日(日)午後9時00分〜 ■第3回 年金マネーの“熱狂”はなぜ起きたのか 2009年6月14日(日)午後9時00分〜 ■第4回 ウォール街の“モンスター” 金融工学はなぜ暴走したのか 2009年7月19日(日)午後9時00分〜 ■最終回 危機を繰り返さないために 2009年7月20日(月)午後7時30分〜 ■ウォール街の“モンスター” バブルは再び起きるのか 2009年12月20日(日)午後9時45分〜 再放送も含めて食い入るようにみた。 紙切れ(ドルとアメリカ国債)を刷って、 再びアメリカに還流するシステムを追う番組である。そこには、紙切れで世界中 のものを手に入れる仕組みをインタビューや解説で解明していた。 それは正にアメリカが親のネズミ溝。それがアメリカ資本主義というらしい。 その最大の被害者は、もちろん日本。ところで先日、知人から「新・マネー敗戦」 を一時間ほど借りて、速読をしてみた。 大筋は、このアメリカ・ドル本位主義の構造の分析である。 * 「新・マネー敗戦」 岩本沙弓著 ーこの本の概要といえばー《 ネット参照 》 19世紀から20世紀にかけて繁栄した英国は、絶頂期でデフレに見舞われた。 しかし金本位制を廃止せず緩やかな没落の道を辿った。その英国に替わった 米国は、ドルを世界中に流通させ金本位制を廃止した。実物資産の裏付けのない マネーの誕生である。バブルが起きるたび、その対策として投入された膨大な ペーパーマネーはさらなるバブルの原因となった。自国通貨を基軸通貨として 世界に流通させ、ペーパーマネーを溢れさせた米国はさらに原油を用いて、 ドルの価値の維持と産油国経由の米国への還流を図る。 原油決済をユーロで 行う機運が出てきた際には、原油決済通貨をユーロに変更したイラクに対し 戦争を仕掛けてまで自国の繁栄を図ってきた。 それでも原油決済通貨の 変更がなされる現在では米ドル需要の減退は時間の問題。 字数の関係でカット(2012年02月17日)
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| 5450,閑話小題 〜木鶏クラブにて ー②創造的生き方とは |
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2016年02月16日(火)
* 創造的生き方とは 去年の会で初めて会ったが、ここに新大医学部二年生が参加している。 平均60数歳の中で、良くぞと感心する。彼の一年終了後の一年間の休学は、 人生設計上、理想的に思えた。当時、『よく、その発想と決断が出きたね』 と褒めると、『「一年終了時の一年間の休学」は東大の医学部で流行ってる、 その真似しただけです』と謙虚な答え。私が知る限りの医者の選択肢には、 医院の開業医の独立(父親の開業医を引継も含め)か、勤務医での昇進 (山登り)がある。更に、僻地医療も専門にするか、あくまで都会にするか。 医師で探検家で大学教授など、様々な顔を持ち、 「グレートジャーニー」 で有名な関野 吉晴みたいに、探検を気ままする生き方もある。 直後に連れといく、近くのスナックに誘うと、喜んで参加したが、そこに 60歳半ばの男が話しかけてきた。それが、何と、内科の勤務医を66歳で退職 直後の、高校も、大学も、その学生の先輩という。 本人にとって、医師としての人生設計上、知りたい情報の宝庫である、 嘘のような偶然の出会い。二人の話が盛り上っていたので、列車の都合で、 中座をしたが、普通なら誘われても断るのだろうが、求める何かがあると 感じたからだろう。こういう人に、偶然という形で、大いなるチャンス を与えてくれる何かが存在する。大成のためには、この頃から志にそって、 着実に知識と経験を積み始めている若きエリートの一端を見た思いである。 父親は医師ではないが、祖父が精神科開業医で、退職した勤務医の近所にあり、 その医院の存在を知っていたような? 命を扱う医師こそ分厚い教養が必要。 分厚い教養を得るに、一年間の休学という予定挫折?こそ、代えがたい経験だ。 羨ましいというより、これからのキャリアを積むプロセスが大変だが、明るい のが良い! で、以下の内容をHP内を検索、コピーしてみた。 ・・・・・・ 「ゴールデン・ルール」のコーナー 2015/12/02 武器としての決断思考 ー① ー武器としての決断思考〜 瀧本 哲史 (著)ー 図書館で見つけた本で、京大の医学部で場違い?の『起業論』を教えている 内容に興味を引かれ借りてきた。医師の世界も、将来的に、そう甘くはない。 30年以上前に新潟で立ち上げた「木鶏クラブ」の会が、今も二ヶ月に一度、 開かれている。そのの例会に、年末か、年始に、年一回参加しているが、去年、 新大医学部の20歳の学生で、考えるところがあって、一年の休学をとって、 白紙で将来を考えたいという青年が来ていた。『思い切った判断だね!』 と褒めると、『教養課程で、一年の休学は東大医学部の学生の一部で 受継がれてきたのを聞き、考えるところがあり真似ただけ!』という。 この「武器としての決断思考」が、そういう人たちのバイブル?かどうかは 不明だが、私が人生を通し、学んできた要点を、軽く一冊に凝縮してある。 『青年は荒野を目指せ!』である。でないと、溝沼の腐った一員になっていく。 人生からみたら、「事前の一策は、事後の百策に勝る」の、具体例。 「事前に学んでおくべき人生戦略本」で、さすが、東大、京大医学部。 20歳の白紙の状態の決断は人生を大きく左右する。〜アマゾン内容紹介より 《 東大×京大×マッキンゼー式・決断の技術! 本書は、著者がいま、京都大学で二十歳前後の学生に教えている 「意志決定の授業」を一冊に凝縮したもの。今後、カオスの時代を生きていく 若い世代にいちばん必要なのは、意思決定の方法を学ぶことであり、決断力を 身につけることです。もう過去のやり方は通用しないし、人生のレールみたい なものもなくなってしまいました。「答え」は誰も教えてはくれません。 となれば、自分の人生は、自分で考えて、自分で決めていくしかないのです。 仕事をどうするか、家庭をどうするか、人生をどうするか? この本で私と 一緒に「自分で答えを出すための思考法」を学んでいきましょう。 きっと、あなたの人生を変える授業になるはずです。》 〜カスタマーレビューより〜 《 筆者は、東大→マッキンゼー→京大准教授というエリート。 人生において、自分で考え、行動ができる事の重要性を説き、その秘訣を 伝授するとの趣旨。出版社である星海社新書という会社は、「戦う事を選んだ 次世代の仲間たちに、武器としての教養を配る事」を目的として謳っています。 私は、本屋で初めて見つけた本を買って読む事は、めったにないのですが、 思わず買いました。 内容はと申しますと、ガイダンスまでは期待通りで、 これからの厳しい世界を生き抜いていくには、知識・判断力・行動力・修正力 をバランスよく身につけるべき! と実例を交えながら、うなずきの連続。 ただし、本章に入ってからは、ほとんどがディベートの基礎講座。 (大雑把に言うと)ロジカルに物事を考え、常に(正解ではなく)最善解を 導いて、行動を起そう。状況が変化すれば、適宜修正をしていこう。それが 決断思考であり、自分の頭で考えて、自分で決めて行くという事!という内容。 日ごろから、ある程度、まともに物事を考えている人からすると、 同意こそすれ、目から鱗とまではいかないでしょうか。》 ▼ ーはじめにーの「武器としての教養」を身につけろーが、この書の要約。 学生時代の教養課程から専門課程で、何を目指すかを課題を無い頭を絞って 考えて結論を出したが、正に、著者の、この要約を地でいっていたようだった。 50年前の当時は、「坂の上の雲」を目指す高度成長時代の真只中。で、結果は、 バブル崩壊への転換を甘くみて、この結果? しかし、面白く、充実していた。 で、現在は低成長時代の真逆の環境。だからこそ、ゲリラとして、それぞれが 実学としての武器としての教養が必要になる。 既に時代は氷河期に入った。 その中で、久々に? 面白い戦略本に出会った。来週、この会の忘年会に 出席予定だが、この青年、来ているかどうか? ーつづく
・・・・・・ 「ゴールデン・ルール」のコーナー 2015/12/03 武器としての決断思考 ー② ー武器としての決断思考〜 瀧本 哲史 (著)ー * 人間を自由にするための学問を ーリベラルアーツ 高度成長期は、20年以上も昔におわり、今では時代は氷河期に入ろうと しています。そこで選ばれし者同士の熾烈な戦い生じてくる。そのための 明らかなエリート教育が、これである。著者そのものが、更に選ばれし者。 自分自身の経験を、筋立てて教えればよい。 〜その辺りから抜粋〜 《 リベラルとは本来「自由」を意味する言葉で、アーツとは「技術」。 すなわち人間を自由にするための学問である。その基礎としての教養は、 10〜20代の若い時にそのベースをつくっておくべきである。 教養の起源は、古代ギリシャにまでさかのぼります。 当時の社会には奴隷制度があり、奴隷と非奴隷を分けるものとして、 学問の重要性がさけばれていました。かなり大ざっぱに言えば、 「学のない人間は奴隷として使われても仕方、ない」、ということです。 奴隷などというと、21世紀の日本で生活しているこの本の読者にはあまり 関係のない話のように思えますが、決してそんなことはありません。 私は、いまだからこそ、リベラルアーツが必要だと強く感じています。 それも、未来の日本を支えていく10代〜20代の若い世代にこそ必要なのです。 どうしてか? それを説明するため、京都大学医学部生の話をしたい。 * どうして京大医学部生の40パーセントが「起業論」を学ぶのか? 私は京都大学で、「意思決定論」だけでなく、「起業論」の授業も受け 持ってます。教えているのは、成功したベンチャー企業のケーススタディを 中心とした、実践的な起業の方法であり、その根底にあるべき考え方です。 その授業を受け持ってしばらく経ったときのこと。ふと履修者の情報を 整理してみたところ、驚くべきことに気づきました。 なんと、学部別の割合で見ると、医学部の学生がもっとも私の授業を 受けていたのです。その率、40パーセント。 京大医学部ば、東大医学部と双璧をなす最難関の学部として知られています。 卒業後は、ほぼ100パーセントの人間が医者になります。やりがいだけでなく、 高い社会的地位も報酬も得られ、まさに一生食いっぱぐれない安粛な人生を 約束されたはずのエリート中のエリートたちが、なぜ私の起業論の授業を 受けるのか?不思議に思い、私は学生にヒアリングを試みました。 すると、こんな答えが返ってきたのです。 「この国では、医者になったって幸せにはなれない」 「もう昔のように、医者髄お金持ち、という時代でもない」 「やりがいだけではやっていけない。新しい方法を見つけないと」 彼らは自分の将来に対し、明確な不安を抱いてました。》 ▼ 医者の卵でも、勤務医より開業医の方が遥かに恵まれていることと、 その開業(起業)のための知的準備を学生時代から始めておくべきも 知っている。だから、連れあいも、医師とか、資産家の娘の中から、 探すことになる。医師を目指そうというのは、本来、ある程度の資産が 必要条件である。開業するには、医師としての特性がなければ成立たない。 その特性を磨くには学生時代からの長期のリベラルアーツが必要となる。 「鬼に金棒」の金棒と、使い方は、学生時代から準備すべし、ということ。
・・・・・・ 2015/12/04 武器としての決断思考 ー③ ー武器としての決断思考〜 瀧本 哲史 (著)ー 『学問のすすめ』が、明冶5年の3000万人の人口の中で、300万冊の大ベスト セラーだったというから、当時の民度が高かったことが窺い知ることができる。 明治初期の日本で、欧米のバイブルみたいに読まれていたことになる。 今の人口比からすると1200万冊。明治以来、日本は果して進化したのか。 現在の日本人が、これだけ読む知性も、教養もない。 明治以来、日本は 果して進化したのだろうか。国敗れて教養なし! 何かが失われた! * 『学問のすすめ』は、いま、若い世代こそ読むべきだ ≪ 変化が激しい今の時代、これまでの価値観や方法・人生のレールという ものは、意味をなさなくなってきているということです。京大医学部生の話は、 その顕著な一例にすぎません。右肩上がりの「幸福な時代」は過ぎ去りました。 良い大学、良い会社に入れば人生は安泰、みたいなことはもうないのです。 さらに断言すれば、これからの日本はもっともっと厳しい状況になっていく。 良い時代を経験して「逃げ切り」ができる世代であれば、昔はよかったとただ 嘆いていればいいのでしょうが、これから社会に出る世代、もしくはこれから 社会のメインステージに立つ世代にとってみれば、問題は深刻です。 では、どうすればいいのか? ここで、リベラルアーツの話に戻ります。 人間を自由にする学問がリベラルア↓だという話をしましたが、まさにいま、 それが求められているのです。 医者の話が良い例ですが、国家試験に合格しただけでは、これからの時代は 生き残れないし、幸せになることもできません。むしろ奴隷として、上の世代が 作ったシステムにからめとられる可能性が高い。それも自分が気づかないうちに。 だから教養が必要です。自由になるために。自分の力で幸せになるために。 といってもそれは、大学生がパンキョーと呼んでいるものとは違います。 極端に言ってしまえば、大学の教養課程で教えている一般教養は、大学教授を 食わせるためのものでしかなく、本来の意味での「リベラルアーツ」とほど遠い。 もっと実践的で、実用的な知でなければならない。 ここで、福沢諭吉が著した『学問のすすめ』から一節を引用してみましょう。 まさに私が言いたいことを代弁してくれています。 《学問というのは、ただ難しい字を知って、わかりにくい昔の文章を読み、 また和歌を楽しみ、詩を作る、といったような世の中での実用性のない学問を 言っているのではない。(中略)いま、こうした実用性のない学問はとりあえず 後回しにして、一生懸命にやるべきは、普通の生活に役に立つ実学である》 (引用『現代語訳学問のすすめ』齋藤孝訳/ちくま新書) 『学問のすすめ』が刊行されたのは明治5年。新しい時代の幕開けに、明治人 が持つべきメンタリティを説いたこの本は、300万部を超す日本史上最大の ベストセラーとなりましたが(当時の人口は約3000万人)、いま、既に20年以上 が過ぎたこの平成の世にこそ、そして、そんな時代に生きる若い世代にこそ、 この福沢諭吉のメッセージは伝えていかなければならないでしょう。 そう、まさにいま、実学が必要なのです。医学部生が起業論を学ぶように、 自分にとって必要な学問は何かと考え、探し、選び取るーそういった行為が、 ベーシックなものとならなければなりません。≫ ▼『学問のすすめ』は、学生時代に読んだが、これほどベストセラーとは! 『世間』に対し異常なほど嫌悪感を持つのは、身近な人間関係に取込まれた 奴隷のような絡みとられた視線を感じるため。教養とは、それらから自由に なるための素養。情報化社会こそ、実学としての教養が必要になる。
・・・・・・ 5086,タガメ女の正体 ー� 2015年02月16日(月) ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著) 子供の頃、小川で見かけたタガメが、カエルなどを主食にした肉食昆虫で、 捕食する姿から、夫婦に例え、「世の亭主は、すべからず女房にお金も人生も 吸いとられる」という切口が、なかなか説得力がある。〜その辺りから抜粋〜 ≪ タガメとは、体長5〜6・5�の肉食の大型水中昆虫 ・・ 今から一〇年以上前、私はNHKのハイビジョン番組を観ていました。 琵琶湖近くにある〆里山の四季を追いかけるというもので、写真家の指導のもと 撮影された映像はそれは美しく、素敵だなあと目を奪われていると、初夏の水田 風景のなかでショッキングな映像にでくわしました。それはタガメの捕食シーン。 じつはタガメというのは肉食で、魚やカエルを獲物にしています。 場合によっては、自分よりも身体が大きい生物をいったいどうやって捕まえる のかというと、これがなかなかエグいやり方なのです。 その映像では、まず土のなかに身を潜めて獲物がくるまでじっと待ちます。 そして、カエルが近くにやってきたらガバッと飛びつき、鎌状の前脚でガッチリ と挟んだら、鋭い注射針くちばしのような口吻(鳥でいう噛)を刺します。 タンパク質を溶かす消化液を注入するのです。カエルも当初は異変に気づき、 「バタバタと必死にもがいているのですが、タガメの締め付けはハンパでは ありません。やがて気力を失ったのか全身に毒がまわったのかグッタリ。 体内の消化液で溶かされ、肉をチューチューと吸われて絶命してしまいました。 番組ではそこまで映してはいませんが、タガメに吸い尽くされた獲物は骨と皮 しか残りません。言葉ではさほどではありませんが映画『エイリアン』を彷彿 とさせるグロテスクな捕食方法。タガメが「水中ギャング」と呼ばれる所以。 そんな捕食シーンをハイビジョン映像で目の当たりにし、息をのみました。 自然界とはいえ、やはりひとつの命が奪われるシーンというのは衝撃的だった ということもありますが、私にはこれが別の場面と重なって見えたからです。 『これって男と女の関係にそっくりじゃないか――』 女はガッチリと男を捕まえて、月一万円という小遣いで身動きがとれない ようにし、チュフユーと夫の収入と社会的なリソースを吸いつくすつ男たちは といえば、最初はバタバタもがくも、やがて諦めたようにグッタリとして、 ゆっくりと収入やリソースを吸い尽くさ最後は骨と皮になって死んでいく。≫ ▼ タガメ女の餌食の「カエル男」は、妻の洗脳で「ATM」と揶揄される タガメ女の搾取と奴隷生活を巧みな洗脳と人格改造により「それなりに幸せ」 と勘違いさせて心の平衡を保ち、保てない人間は職場で溢れたストレスを パワハラ、セクハラ、不倫で発散させる。タガメの顔写真が、女性の股間に 見えてきた。これでカニバサミされ、一度食らいついたら骨の髄まで(ノД`) あ゙ ・・・・・ 4721,末期がん、その日のための予習を ー5 2014年02月16日(日) ー「末期がん、その不安と怖れがなくなる日」樋野 興夫 (著) 死にいく者を見送るのは辛いが、最も重要なこと!見送る方も、その経験が 自分自身の末期の予習になる。父が余命一年と身内に宣言され、それを察知した 父親の死への不安と恐怖を身近で感じ取った。そして現在、ほぼ同じ年齢に なり、自分にも、同じような事態が、さほど遠くない近未来にやってくる。 御陰で、長年かけてその時に対し、多くの知識を入れてきた。その時は、 その時だが、長年かけて積み上げた知識は生きる意味を学ぶことであった。 最後は何もかも失ってしまう人生の残酷さ。これを前提に生きれば、 何事も捨身で立向かうことが可能だったが? * 第四章 だいじな人との貴重な時間 ・患者は病気のことを話したがっている ーだから、患者の集まりがにぎわう。 (患者を人間、病気を自分に置き換えられる) ・親しいからこそ話せないことがある ー「がん哲学外来」も、そのためにある。 (だからがん患者の体験談の本が売れる) ・患者の日常を支えるのは家族 ー死を前にした生への欲求の乾きを 満たすのは家族でも無理! ・30分間黙ったままいっしょにいられる関係 ー傍にいるだけで、来てくれる だけで充分。孤独地獄の中、藁をもすがる思い。 ・「する」ことより「いる」ことのやさしさ ー御隠居生活の移行は、 「何かをする」から「世に存在する味わい」へ。 ・家族にも見えにくい患者さんの本心 ー当人と、周辺の人の理解は至難の業! 割り切るしかない? ・愛しているなら心配するなー心配と愛情は違う。家族は愛情で包むしかない! ・正論が正しいとはかぎらない、 ー家に帰りたい!に対し、同じ無理でも、 言い方一つで、傷つけない注意を! ・「がんばれ」が患者の負担になることもー「がんばっているのに、がんばれも」 ・家族の「交替要員」はいない ーだから、最期まで見送る覚悟を立てるしかない。 ・患者を「第一」に考える ーそのためには、当人にとっての優先順位を考える。 ・家族の思いより患者の思い ーだが、その立場の違いは無限大。 ・がんを誰に知らせるかは状況次第 ー患者の立場になって。 ・病院への遠慮はいらない ・病気になる前にしておくことがある ーこの「その日のための予習」は、 その最たるもの。 ▼ 末期がんのための予習も、変なものだが。とはいえ、その時になって からでは無理。死刑宣告と、ほぼ同じ。自分一人が、突然、奈落の底に 落とされ、絶望と、恐怖に、恐れおののくのである。そこで、人間は神を 創作し、常に共にいてくれ、最後は天国に召されるという物語の刷り込みを 数千年にわたり、してきた。最後は、神様にすがるしかない弱い存在が、 知識を持ってしまった人間である。
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2016年02月15日(月)
* これが老いの悲しみということですか? 最近、何かがおかしい。一昨日、新潟の「木鶏クラブ」の新年会に出席。 ・まず出発時に、金券ショップで買っておいた新潟〜長岡間のS切符を忘れて、 駅から引き返して一時間後の新幹線に乗る。 ・次は、途中参加もあったが、会費を払うのを忘れていて、家内に、 『会費は幾らだった? それも酔払って払ってきたの?』と言われ、 払ってなかったことに気づいた。 ・更に、新潟駅の最終の出発時刻を間違えメモをし乗り遅れ、23時過ぎ の普通列車に71分も揺られ、着いたのが0時半。 一週間単位の日程以外の何かがあると、忘れ物や、思い込みなどで逸脱して しまう。 残念だが普段は自覚できない老いによる緩みがさせる業。 久々の会でも、ハイになり、ズレことを言ったり、したりしていたのだろう。 それにしても酷い。ここで書いている内容も、ずれたことを書いている可能性 がある。一度、言葉にして書出してしまうと、消すことが出来ないため、 アップする直前に精査をしているが、完成に全エネルギーを使い果たし、 もたらす影響の配慮まで十分かける余裕がないことも確か。とはいえ、 何年後の私の目線とビュアーに納得させるためは、ある程度は際どくして おかないとの気持ちもある。御隠居の気楽さは良いが、底知れぬ生老病死の 問題が段々、深刻になっていくようだ。他人様は見えても、自分は見えず。 この会で、「今年の抱負は?」というテーマで、数分スピーチがあった。 本来は新年に考えておかなければならない重要なテーマ。そこで、順がくる まで考えた。で、出てきたのは、『もっともっと楽しむ!』である。 昨日書いた誰か?のように、頭を空にし、『さて、今日は何を楽しむか?』 と、無心に生きればよいが・・ 探せば、面白いことは幾らでもある。 問題は、その選択能力。人は生きてきたように生きるしかない! 去年も書いたが、ここに、新大医学部二年生が参加している。 平均60数歳中で、良くぞと感心する。当人の一年終了後の一年間の休学は、 理想的に思える。これは長くなるので次回のテーマにする。 ところで、当初からの会員の一人に、『ブログから、楽しくて仕方がない 気持ちが、あふれ出ている』と、言われた。 それで、今年の抱負に、 『もっと楽しく!』と言ったが、『楽しく生きる一日一話』が、偶然あった。 ・・・・・・ 5085,真の友人 ー楽しく生きる一日一話 〜�� 2015年02月15日(日) * 真の友人 【本日「いいかげん」日和 】ひろさちや (著) 私に真の友人がいただろうか? 学生時代からの友人が存在するし、 仕事での付合いから、気心が知れた人が何人かいる。そういう人は、年に 一度か、数年に一度しか会わないが、それで十分。この随想日記は、一方的 に、友人にトッテオキの情報を知らせる感覚で書いている。 その意味で、 ビュアーは私と会っていると同じ? しかし残念ながら、知人で同じ感覚で ブログを書いている人はいない。今ではソーシャル・ネットワークもあるが、 何か参加する気になれない。 ー以下のドイツ人の友人観に同感するー ≪ ある日本人がドイツ人に尋ねられた。 「あなたに友人はどれくらいいますか」 日本人は、『さあ、百人か二百人くらい……」と答えたが、 それを聞いてドイツ人は驚いたという。 ドイツでは、その人のために自分を犠牲にできる人 ――自分が何も言わなくても、自分をわかってくれる人―― この二つの条件が満たされて、はじめて「友人」と言えるそうだ。 だとすれば、百人も二百人も友人がいるわけがない。 ドイツ人が驚くのも無理はない。 わたしたち日本人は、いささか「友人」を安売りしているのではないか…。 簡単に友人ができる、友人をつくれる、と思い込んでいる。 だから、自分に友人がいないとさびしくなる。 しかし、真の「友人」というものは、一生に一人得られるか否か、 といった存在なのだ。そう考えると、いま自分に「友人」がいなくても 悲しむ必要はない。これから死ぬまでのあいだに、真の「友人」に めぐりあえぱいいからである。きっとチャンスはあるであろう。 ≫ ▼ 以前、トーク番組で、『私には友人がいません!』といってのけ、 周囲が一瞬、静寂になった、のが印象的だった。これを公然と言放つには 強さが必要である。20歳時に、両親の後姿から、創業を決意した時から、 自ら友情を求めない孤独業、一種の自閉症になっていた。といえ、友人は 存在していたが。 創業を決意して見えるのは、自分の卑小、無能だけ。 しかし、今さら後には退けない袋小路で、その都度、友人ができていった。 ・・・・・・ 720,シェールガス革命 ー1 2014年02月15日(土) 数年来、アメリカのシェールガス革命がマスコミで取り上げられた。 アメリカ国内で格安のシェールガスが生産され、エネルギー確保のための原油 輸入から解き放された。その反面、恩恵を受けていた中東やロシアが、原油価格 は下がり続けることになり、世界のエネルギー市場の構造は一変すると予想。 しかし、地下水などの環境汚染問題が出てきている。何事も負の側面は付く。 ーあるレポートが、その辺りを詳しく述べているー * シェールガス革命がもたらす、5つの大変化 ー泉谷渉 《 現在、アメリカを中心に起こっている「シェールガス革命」は100年に 一度の大変化と言われている。それはこの変化が単なるエネルギー分野に おける変化にとどまらず、産業、社会、政治・外交などあらゆる分野に及んで いくことが予想されているからである。それゆえに「革命」と言われるのだ。 では、今後、シェールガス革命が本格的に進行していくことで、具体的に どのような変化が起こるのだろうか。次の5つの点を中心に、 この大変化の行方を読み解いていきたい。 シェールガス革命で起きる「5つの大変化」 1)アメリカ経済は金融、製造業ともに復活し、世界経済をリードし続ける 2)シェールガス革命に伴う大規模投資で、日本の技術力が必要不可欠に 3)資源価格の下落によって、国際関係のパワーバランスに大変化が生じる 4)エネルギーコストの大幅下落で、航空産業が飛躍的に成長する 5)エネルギーコストの下落は製品価格を押し下げ、デフレが深化する まず、安価なエネルギーを手に入れたアメリカは、急速に経済を復活させるに 違いない。現在、アメリカは幾つもの大型ガス火力発電所を建設し、電力会社の 統合を進めるなど、シェールガス社会へ向けて産業シフトを急ピッチで進める。》 ▼ 以前ほど原油価格にマスコミが敏感でなくなったのは、このため。 また急遽、ロシアのプーチンが北方領土などで軟化をしたのは、日本にガスを 売りたいため。日本近海にも世界有数のメタンハイドレート埋蔵量を持つとされる。 本州、四国、九州といった西日本地方の南海トラフに最大の推定埋蔵域を持ち、 北海道周辺と新潟県沖、南西諸島沖にも存在する。日本海の尖閣・竹島を始め とする領土問題は日本海側のメタンハイドレートが目的とされている。 ・・・・・・ 4353, 書くことが思いつかない人のための文章教室 ー5 2013年02月15日(金) * 「人プラス物」で書こう! 「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著) ≪ 描写力の持つ伝える力やイメージを喚起する力を、さらに高める手立てとし、 「人プラス物」で書くのがあります。具体的描写の大切さは既に説明しましたが、 その描写の中に人と物をうまく取り入れるだけで、その場面はさらにくっきりと 浮かび上がります。物は広く考えてください。事物ととらえていただいても けっこうです。より伝わる文章表現は「人プラス物」です。 ・・ こんな川柳があります。 歯ブラシはそっと寄り添うケンカ後も夫に先立たれた奥さんは こんな句を詠んでいます。 夫逝きなかなか減らぬ歯磨き粉 ぼくは津村節子さんの短編『遍路みち』のこんな場面を思い浮かべました。 洗面所のコップの中の二本の歯ブラシを見ると、一本も虫歯のないことを自慢 していたことを思い出した。夫の母親が、おまえは口もとがいいね、と言って いたという話をからかいながらロにすると、かれはふざけてロ角を少し上げて 笑ってみせた。育子はその笑顔を思い出して鳴咽した。「夫」は四年前に 亡くなった吉村昭さん、「育子」は著者自身でしょう。身近な人の死は新たな 形を持ってやってくると言いますが、それは物と一緒の場合がけっこう多い。 こんな川柳もあります。 亡夫の靴へふと足入れてみたくなり 靴底に足を入れていく感覚から悲しみの深さが伝わってきます。 「人プラス物」は伝える力をいかんなく発揮する。その靴ですが、奥さんをガン で亡くされた国立がんセンター名誉総長である垣添忠生は著書『妻を看取る日』 の中で、ありし日の一日をこんなふうに描いています。 【病室では妻に少しでも明るい気分で過ごしてもらおうと気を張っていたが、 病院から一歩外に出た途端、動き続けている世界に一人でいることになるのだ という言いきれない孤独感に襲われた。師走を迎え、買い物客でにぎわう銀座 通りを一人歩く。まわりの人はみな幸福そうに見えた。私のように、心の中に 嵐が渦巻いている人もいるというのに……。雑踏の中に身を置くと、自分の まわりにだけ冷たい風がまとわりついているような気がした。そんなとき、 よく立ち寄った病院近くにある帝国ホテルだ。その地下に靴磨コーナーがある。 そのベテランの職人さんの仕事ぷりを見ながら、たわいのない会話を交わす と心が和んだ。靴革は見違えるようなツヤを取り戻した。】 ▼ 文章に、その時々の物を意識し持ち込むと心の状況が鮮明に浮かび上がって くる事例である。納得である。金沢のどん底時代の気持ちを表現するに、 「私の供は学生時代から使用していた布団と、20冊ほどの愛読書と、木製の 組立本棚と、机と蛍光灯だけ。二人部屋の同室の男は二つ年下の同窓の大学の男 だが、何か軽く生活観がない。 同期生は12名。」と表現すれば当時の状況が 現れ出てくる。ただ、「気持ちはどん底」の一言より、文章に幅が出る。 物と状況の描写は、それだけ重要になる。12年も書き続けてきて、この程度の ことすら知らなかったが、量を書いてきたからこそ気づくこと。毎日が気づきと 驚きの日々である。すべからく人は無知で涙を流す。 「人プラス物」に、僅かな金か〜 ・・・・・・ 2012年02月15日(水) 3978, よかまん * よかちん節 学生時代に早大を中心にした学生寮に寄宿していて、三月に一度の割合で、 何処かの部屋で数人が集まり飲み会が開かれていた。 そこで興に乗ると出て くるのが、よかちん節か、数え歌、そして終は肩を組んで、「琵琶湖周航の歌」 か「知床旅情」で終る。 よかちん節を初めて聞いたというか、見た時には、 ただ驚いた。私が親しくしていた早稲田の男が、やおら下着になって一升瓶を 股間に挟んで、奇妙な振りで数え歌を歌い踊り始めた。 実家が商家だったこともあり、年に二回は宴会が行われ宴会芸の際どいのを 見てきたが、これほど露骨で面白いのは初めて。そんな遥か彼方の記憶が 浮かんだのは、先日、図書館で借りてきた「‘11年版ベストエッセイ集’ 人間はすごいな」の中の『よかまん』の文である。「よかちん」芸は東京芸大 の宴会芸が出どころとか。 その、さらに元は九州らしいが。「よかちん」 でなく何故か「よかまん」とあったので不思議と思いつつ読んで、仰天。 次回から、少し長いので数回に分けて紹介するが、ベストエッセイに選ばるに、 ここまでやらないと無理。 そのまえに、ネットで調べた「よかちん節」から・・ 下品で、猥雑なのは勘弁を!(二段目から参加者全員がはやす) ひとつ 一つひねってよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン ふたつ 二つ振ってもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン みっつ 三つ見つめてよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン よっつ 四つ よっぽどよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン いつつ 五つ いつでもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン むっつ 六つ むしってよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン ななつ 七つ なめてもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン やっつ 八つ やっぱりよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン ここのつ 九つ こすってよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン とお 十で とってもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン ▼ 書き手は芸大出身の美術家で、その個展に、これを・・ とにかく面白いエッセイ。次回を楽しみに! ・・・・・ 3613, 旅ばなし 小題 2011年02月15日(火) * マッターホルンの登山ツアー 先日、BS/TVでマッターホルン山頂の登山ツアーを放映していた。 それもNHKの女性ディレクターが、それにチャレンジをする内容。 ここはアルプスの中で最後まで登山を許さなかった標高は4478メールの魔の山。 140年前に初めて英国の7人の登山家によって征服された。しかし下山の途中に 4人が足を滑らせて死んでしまった。その山頂へ地元のプロ登山家のガイドが 先導して登る内容を克明に記録した内容。もちろんクライマーは経験者で、 登山前に近くの山頂へのロッククライミングで、その人の能力がガイドによって 試され、合格者のみが登山が許される。コースは決まっているので何組も同じ コース登っていたことには驚いてしまった。もちろん、一つ間違えば滑落して 死んでしまう。頂上には、登って休んでいる先着者が何組かいて、パラダイス を眺めていた。そのガイドは70回以上登っているという。 その頂上から見る パノラマの素晴らしいこと、この上ない。スイスには何回か行っているが、 学生時代の車窓からみた景色の美しさは今でも忘れることが出来ない。 スイスツアーにトレッキングのコースもあるが、山は、その時の天候で大きく 左右される。外れたら、山頂からの景色は霧一色で覆われて何も見えない リスクが伴なう。近くの丘のビューポイントからのマッターホルンは絶品。 天候に恵まれた場合になるが、スイス山岳ツアーはお勧めである。 ここと、カナダのロッキー、ヒマラヤ、北スペインのピレーネの絶景は、 深く心に刻みついている。一度行ったところは、TV放送で再び楽しめてよい。 ・・・・・・・ 3248, 閑話小題 2010年02月15日(月) * 力量と品格 朝青龍の引退について、少し前になるがNHKで特別番組を組んでいた。 その中で「強さが抜群だが、品格に問題だが、その品格というのが、いま一つ 分からない」と、解説の元横綱の北の富士が話していた。「国家の品格」という 本もあり、それについて書いたことがある。「知識とか経験の裏づけから滲み 出る人間性」と、私は理解している。その番組で、北の富士氏は 「一般にいう常識を守ること」と述べていた。一般でいう常識とやらも何だか 分からないが、知識の裏づけのない常識ほど己を抹殺してしまうものはない。 大相撲は品があっても、強くなければ誰も認めない。強い上に、神秘的な綺麗な オーラみたいなのが出ているイメージを品格というのだろうか。相撲は、神事 に後に余興で力比べをしたことから始った。儀式の一つだから、歌舞伎みたいな 神秘を保っていなければならない。それも、その最高の位にいる横綱は神秘的 イメージも必要というのも理屈である。 * その人物を知るには その人物を知ろうとしたら、 ・子供時代に、どんな環境かー家族構成と自分の立ち位置(長男、次男・・) ・学生時代など、青春時代に何を求めていたのか? 人生に何を求めたか、 ・何を恐れ、何に笑い、何に怒り、何を喜び、何を悲しんだのか、 ・何の仕事をしてきたか、 ・仕事以外のときに何をしているのか、 ・誰を愛してきたか、 ・それぞれの時代の友人は、どんな人だったか、 ・奥さんが、どういう人か、子供がどのような人物に育っているか、 ・本棚には、どの本が並んでいるか、 人生を振り返れば自分の外枠が見えてくる。
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| 5448,人生で最も大切な技術 ー21 幸福の社会学 |
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2016年02月14日(日)
『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著 * 幸福の社会学 〜A:幸・不幸になりやすいタイプ' 客観的には分からないが、私は幸福の典型的タイプと自認している。 10人家族の末っ子で、両親の愛情を一身に享受してきたことが大きな要素。 幸せのタイプといえば、家内と、その母親が幸せな人。幸せが磁石のように、 擦寄ってくるようだ。空っぽの頭にあるのは視界にある楽しみと、楽しかった 想い出のみ。幼稚園から小学校の頃、お人形のように、次々と習い事を重ねた のが底に沈殿している。何事にも興味を持つが、直ぐに他に気持ちが移る。 私も、家内も、不幸系の人の匂いを直ぐ嗅ぎわける。言葉にあらわすと、 品位というが・・ 「じゃあ、お前さんはどうだ?」というと、『品位とは、 言葉と行動に責任を持てるか』という基準からしたら、あるのかないのか。 口先で綺麗ごとをいうのを、品位とはいわない。 〜その辺りから ≪ 幸福を引き寄せるのはどのような心の状態か。幸福を妨害するのはどの ような心の状態か。それを見分けるのが本書の主旨である。では、人生の質に 影響を及ぼす要因に関する社会心理学的な研究から、何か学ぶことがあるだろう。 20世紀初期の心理学と精神病医学の関心のほとんどが、心理学的障害と精神病 の解説と治療にあった。ごく最近まで、科学は、人間が、「正常」な状態から、 精神的に最も健全で生気に満ち溢れた状態に変革する可能性についての研究には、 ほとんど関心がなかったが、このところ認知科学と「ポジティブ心理学」が 非常な関心を集めるようになり、状況は変わりつつある。 人間には、幸福になりやすいタイプ、不幸になりやすいタイプ等の遺伝的素因 が生まれつき備わっているのだろうか。家庭のしつけや人生経験は、主観的な 幸福感に対して、どの程度、有利に働いたり不利に働いたりするのだろうか。 人格的な特性をどの程度まで修正することができ、どの程度まで永続的な満足感 を起こさせることができるだろうか。精神的要因のどれが変革に貢献するのだ ろうか。 過去30年の間に、以上の問題は十分な時間をかけて研究されてきた。 70数力国で、何十万というテーマの研究が実施されており、膨大な量の研究結果 も出版されている。これらの研究結果から、大まかに三つの結論が導きだされる。 ・その第一は、富、教育、社会的地位、趣味、性別、年齢、民族等々、外的条件 その他の一般的要因が、満足度指数にもたらす影響は付随的でたいした重要性 がなく、変動幅は10〜15%以下にとどまっている。 ・第二の結論は、幸福になるか不幸は、遺伝的素因が関係しているらしい。 幸福になる潜在能力の25%が遺伝子によって決まる、ということである。 だが、遺伝子は状況に応じて、適応したり無視したりできる、いわば青写真 のような機能を持つ。 ・第三の結論は、人間の生き方、人生観、人生における出来事の認識と反応の 仕方は、幸福や不幸の体験に多大な影響を及ぼす、というものである。 この結論は朗報である。なぜなら、幸福になる能力が不変のものなら、幸福の 現象を研究したり、持続的に幸福になるために努力したりする意味はなくなる。 これらの結論により、幸福に関するこれまでの膨大な量の理論が誤りだったこと になる。幸福は健康にいい、楽観主義者は人生を長く楽しむ、幸福になる技術は 磨くことができるといった考え方は・作家や哲学者によって、しばしば笑い種 にされてきた。ところが、これらが立証済みの事実として認められようとして いるのである。≫ ▼ 過去を内省すると、様々な節目の危機があったが、判断と決断を大きく 間違わなかった?のは、早朝の読書習慣を続けていたことか?その蓄積が、 何とかポジティブとネガティブの比を3対1に維持させていた。もしかして、 自分で気づかないだけで、判断と決断を間違え、ここまで生きてきたのだろう。
・・・・・・ 5084,閑話小題 〜夜明けのスキャット ー⑤ 2015年02月14日(土) * 夜明けのスキャット −⑤ 一昨日の夢が奇妙! ある男、昨年、ガンになって、慌てふためいていた。 誰かの弱り目をみると、攻撃をしないでいられない性分。ビジネスでも、強者 にはヘツライ、弱者を叩くのが幸い?してか、一応はミニ成功者?で、会で顔 をあわせる度、三度続けて嫌味。その結果?ガンか、大事故?と予知したら、 ガンの結果。 ところが、その会の幹事会があると、先日、電話が入った。 それもあって、早速、その男の夢をみる事になった。 〜その荒筋は〜 ≪ その男が暗い部屋で独り座って、死の恐怖に恐れおののいていた。 そこで急に仏心がおきて、『どうすべきか教えようか?』と、話しかけると、 『頼む!』と。そこで、『身辺整理を直ぐしなさい。始末は自分でしか出来ない こと! 残される者にとって、死後、予め整理した分、楽になる上、その行為 そのものが、死の恐怖を和らげる。』と。ところが本人、急に表情が硬くなり、 苦悶の様子。複雑な家庭環境があるのだろうと思ったところで目が覚めた。≫ 脳は奇妙な物語をつくるもの!(思いこみで)善意を押し付けるべきでない ことが、ここから学べるが、まあ「身辺整理」という言語が出てきたもの。 * この奇妙な違和感は何? 幸福な貧乏人も、不幸な金持ちも存在する。もちろん幸福な金持ちも、 不幸な貧乏人も存在する。 実際に倒産に至って実感したことは、自分も 倒産=悪、と思い込みが、実は過ち!と、この経験であい知った。 何事も、良い要素、悪い要素が積み重なる重層構造がある。「資金繰などで、 身動き出来なくなる前に、予め到達ラインを決めておいての決断が悪い!」 というなら別だが。倒産=悪の固定観念が中小企業の過半数近くの資金繰り 地獄を招いている。そういう人たちこそ、諸手を挙げて喜ぶから始末が悪い。 その辺が当事者として大きな違和感が生じる。「まさか(坂)自分が!」は、 企業も、個人も、避けて通ることは出来ない坂。 私も含めて、あまりに ブラックスワンに、無防備、無準備、無知過ぎ! しても同じ? いや違う! ・・・・・・ 4719,「余命3カ月」のウソ ー3 2014年02月14日(金) * 苦しみ抜いて死に至るがん治療 ー「余命3カ月」のウソー近藤誠 (著) 著者は、現在のがん治療は拷問するために生かしておくようなもので、角を 矯めて牛を殺す喩えそのもの。がんを治そうとして本体を痛めつけ、死に至ら しめる危険が大きい。ー以下は、その典型。知り尽くしているのに、であるー 《 名誉総長はこう語っています。{妻は抗がん剤のつらい治療も受けてくれ ました。1回目はマーカーが下り、喜びました。しかし、2回目からは効果が なく、副作用ばかりが出てきた。薬を代えたのですが、今度は口内炎、食道炎が ひどく、食べるのもつらそうで、かわいそうでした。医師も転移したリンパ節 1個は治せると思っていたはずで、前向きに治療していました。 しかし、最後は敗戦処理のような感じにもなりました。抗がん剤の効果を 本当は信じていなくても、前向きに闘いたいという気持ちでした}。妻が余命 3ヶ月と思われる時期を迎えても、「緩和ケアのことは考えませんでした。 迷うことなく再入院し治療を」と、玉砕しか考えていない。ふともらした 「敗戦処理」「抗がん剤の効果を本当は信じていなくても」という言葉に、 がん治療の恐ろしさが集約されています。医者はこのように「がんと闘う」の 一点張りで、効果を信じてもいない残酷な治療を患者に次次へと平気で押し つけるのです。患者がどれほど苦しみ、弱っていようと。がんセンター名誉総長 の妻は一度だけ「こんなつらい治療を受けたのは、あなたのためですよ」 とつぶやいたそうです。・・・ 》 ▼ 老人ホームの専門医の中村仁一が、「ホームでの放置患者は、ほとんど 苦しまず亡くなっている」という事実が、上記の名誉総長の妻の悲惨さの 逆を物語る。私の父がスキルス性胃がんになって、余命半年〜一年と身内に 宣告された。そこで当時名医といわれた東京女子医大の中山教授に執刀して もらったが、一年で亡くなった。父は亡くなる直前、「あれほど苦しむなら、 死んだ方がまし、同じならしない方が良かった!」と、こっそり打ち明けた。 死ぬ間際の肉体的苦痛は、それは酷く、「結果はどうであれ、モルヒネを うって苦痛を止めてくれ」になっていた。 がん死か、痴呆老人になって紐に 繋がれ死んでいくか、どうするか?と言われたら、私は前者の選択になる。 酒の飲みすぎの罰として、モルヒネの効きは飲んだ量に比例して悪くなる。 神は生きていたくなるほどの苦痛を与え、天に召されるようだ。だから 生きている内、五感と肉体がしっかりしている内、楽しめる内に、積極一貫 に生きるしかない。成るほど、後ろに感じた死神が、そろそろ横並びになり、 数年後は正面から? 死ぬべき時には死ぬが良い!ということ。 ・・・・・・ 4352, 書くことが思いつかない人のための文章教室 ー4 2013年02月14日(木) 「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著) * 独自の視点の手立て ー納得/共感/驚き・不思議 以下は、著者が新聞や雑誌の切り抜きを、「なるほど、納得したり、そう、 そのとおりだ、と感じ入って共感したり、そんなことができるんだ、と驚いた ことなど」を、納得/共感/驚き・不思議三つのファイルにした中から 選んだ抜粋。分かりやすく納得する。 ≪ �納得 ー漫画家・黒鉄ヒロシー たとえば酒場で男女が別れ話をしていて、 どっちの話を聞いても真実がわからない。 そこにバーテンダーが、 「2人ともバカなんですよ」と言われて問題がす〜と氷解することがある。 取り入れなければならないのは、このバーテンダーの視座でしょう。 �共感 ーホスピス医・徳永進ー 日常生活ほど幸せを作るものはない。 勤務医のころ、「死の前にしたいことは何ですか」と聞いたら、 「道を歩いてみたい」と言った女性がいたんです。きっと素晴らしい道に 違いない、とついていったら、ありふれたアスファルト道路。右に曲がると、 スーパーがある。いつもの買い物をしてご主人の酒のつまみを作る。 日常が命を支えてるんです。 ーエッセイスト・岸本葉子ー 覚えている景色があります。 手術して一年もたたない夏の日、マンションの猫の額ほどの庭に下り、草むしり をしました。汗をかき、終わってきれいな庭を見たらとても満足感がありました。 草むしりとがんは直接関係ありません。しかし、その時「ストレスの原因を取り 除けなくても、スーレスを軽減することはできるのではないかと思いました。」 �驚き・不思議 ー明治大学教授・諸富祥彦ー(若いころ、ドン底の気分で、 電車にび込みそっになった。どうして思いとどまることができたを自ら語って) 心理学を勉強していてよかった。脱同一化という手法です。一歩下がって自分を 眺める。例えば、「死にたい自分はそこ、私はここ」と、大きな声で言うのです≫ ▼「独自の見方」も3つに分類しておくと、自然とテーマが浮き上がってくる。 驚き・不思議の意識を持ち世界や、ネットを見れば、数限りない情報が広がる。 そして、共感し、納得する。驚き、感動する心こそ最重要になる。「納得/共感 /不思議・驚き」のキーワードを頭の棚につくっておき、目にふれた情報を、メモ するか、切り取り、ファイルすれば、テーマのネタ探しのベストの習慣づけになる。 ・・・・・ 3977, 人生を振り返る時節に 2012年02月14日(火) 還暦を過ぎ60代半ばを越えて、そろそろ人生の整理に入る時節に入った。 一年近く前に会社も倒産し、事業人生えを終えてしまった。後悔も、未練 も全くないのが自分でも不思議である。しかし時間に余裕が出来、気持ちも落ち 着いた現在、人間は時代の波に漂う存在でしかないことに思いやられる。 出身の長岡市が生まれる直前の戦災で、両親も含めた我家全て焼け出された。 子供の頃の記憶は3歳位から始まるというが、私は生後三ヶ月から始まっている。 大人数の中で育ったこともあるのだろう。 長岡の商店街の真っ只中で何時も 独りで遊んでいた。その習性が、そのまま現在に至っている。 幼児の頃から 住み込み従業員と10人の家族の中で、常に周辺の人の顔色を窺っていたが、 それが刺激的であった。そして年齢を重ねるのと同時に、経済が成長していく 右上がり社会で、その豊かさを享受してきた人生だった。それも20年前の バブル崩壊で、一挙に右下がり経済になり、それと正比例した引き潮に私の事業 も浚われてしまった。それでも66年を振り返れば、ベストの時代に生きることが 出来たと両親に国家に天(運命)に感謝している。人生の満足度では90点以上。 しかし振り返るとフラッシュのように恥ずかしい場面が次々に思い出される。 それでも嫌なことより、良いことが数倍あった実感が気休めになる。 時代と家庭に恵まれて、社会に出てからも独学を続けてきたこともある。 で、これだが問題はこれから。 老齢は、おのずから病気、老い、死の問題が 背後から追い越し目前に突きつけられる。 自然と気持ちが暗くなり、慢性 老人性鬱症が付きまとう。初老の心象風景とはこんなものかと思っているうちに、 中老になっていく。人生それぞれの年齢の心象風景は、それなりに微妙な味がし 面白い。やはり、読書と芸術と自然に深く触れることが晩年の味。人生万歳! ・・・・・・・ 3612, 無縁社会 2011年02月14日(月) 「無縁社会 〜新たな“つながり”を求めて」NHKスペシャル 2月11日 =内容= ‘社会に居場所がない’―― ‘無縁’となる人たちは高齢者だけでなく、 すさまじい勢いで低年齢化し、日本列島に無縁社会が広がっている・・・。 「未婚で高齢の親と同居しています。私も無縁死するかもしれません」 「介護で仕事をやめざるをえなくなりました。日々、自分は無縁だと感じます」 無縁社会の放送を見てNHKに寄せられた一万件を超える声。多くは20代から 50代の働き盛りの世代からだ。未婚、離婚、失業、職場での人間関係の希薄化。 若い世代を無縁社会に引きずり込むきっかけはあらゆるところに転がっている。 この世代に広がる自殺や心中。無縁化した若者たちが社会での居場所も、自分 の存在意義も見失い「無縁死せざるをえない、無縁死してもかまわない」 と考えるようになっている深刻な現状が浮き彫りになる。‘心の居場所’を 作りたい―無縁化した人たちが再び、社会とつながるための様々な試みを通じ、 無縁社会を乗り越えるための処方箋は何か、解決の道筋を模索していく。 ▼ この金・土曜日の二日間にわたり、ゴールデンタイムにNHKで放送 されたが、考えさせらる内容だった。知人に孤独死で亡くなった人がいたが、 これは誰もが今後起こりえる問題。 ここでは、正社員をやめさせられ、 非正規社員をしながら食い繋いでいる中年に差掛かった人たちを追っていた。 また自分が社会から必要とされてないのでは?という挫折感が心底の重しに なっている。 「縁」という言葉は日本特有の言葉。 一神教の世界では、 絶対神 X を発明し、常に祈ることで神様と共に生きている。 聖書が常に傍らにあり、休日には教会に行けば、そこには信者仲間がいる。 しかし日本には身近な周辺の因縁社会が、その役割を果たしてきた。 しかし最近ではプライベート的には、会社も、近所の人たちとの関わりあいが 希薄なってきている。 その中で縁を作るのも並大抵でない。一神教徒から すれば、その辺がリアルに見えてくる。しかし、彼らの切実な叫びから 聞こえてくるのは凍り付く孤独感。ふと孤独死をした知人の魂が 「御前さん分かるか、この気持ち?」と語りかけてきた気がした。 が、最期は誰もが独り死ぬ。仏様の像の小指と死にいく者の小指に赤い糸を 結んで見送る風習があるが、やはり最後は神様しかないのか。 そういえば無縁墓を両親に頼まれて、毎年、ひとつお参りしているが・・ ・・・・・・・・ 3247, 時事放談 2010年02月14日(日) アメリカの露骨な日本タタキが始った。小沢、鳩山の次はトヨタのバッシング。 国内でも時を待ったようにプリウスが槍玉に上げられた。アメリカにとって丁度 良いネタ。次はドル安、円高圧力の再開である。日本を揺さぶるなど朝飯前、 次は年度末にかけて株式あたりの揺さぶり。アメリカの海外に向けての揺さぶりは 北朝鮮かイラン。中国も上海万博までは景気を維持するだろうが、その後の反動期 に狙われる。中国人は「流砂の民」。まとめようとしても 指の間からサラサラと 落ちてしまう。大きな権力で枠組をつくっておかないと体制は崩れてしまう。 しかし20数年続けてきた「一人っ子政策」のプラス面もある。下々は底から 這い上がりたい一心に両親が二人がかりで全エネルギーを注ぎ込む。 本人は堪ったものではないが、エネルギーが 集中されるから教育効果は大。 日本は、その間にアメリカの骨抜き政策の効果で「ユトリ教育??」が完成。 (字数の関係でカット2012年02月14日)
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| 5447,閑話小題 〜何もかもが美味しいと思える幸せ |
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2016年02月13日(土)
* つれづれに
このところプレミアムと名うった缶ビールを買って飲んでいるが、先日の プレミアムビールは濃厚の茶色。黒ビールで、黒いのは飲んでいるが、 こんな変わった色のビールは初めて。各メーカーが出しているプレミアム ビールが、どれもこれも美味い。家内に「飲んでみたら、美味いから」と勧め ても、「どこが美味いかわからない!」の生返事。 先日、ジム帰りに寄ったスーパーの肉売り場で、百グラム千円の霜降りの 牛肉の300gパックが三割の値引。ツマミに少し高めもいいかと、カゴに 入れたら、後ろの男の子が、「すごい!」。現役の頃は、長岡駅と新潟駅内 スーパーで勤め帰りにツマミ用に霜降りの牛肉を買っていたが、最近はない。 現在、何を食べても飲んでも美味しい。ただ、それだけの話だが。 トレーニングジムの運動効果もあるか。
美味いといえば、調理済みの冷凍麺類が良い。冷凍技術が進んだためだが。 下味つきの全国各地の名物の麺(例えば喜多方ラーメン)などがあって、 どれもクセになりそう。 今では、食品メーカーがファミレスに収めている? 冷凍の調理済みスパゲッティや焼きソバが家庭用で売り出されている。まあ 平凡で、健康的!ということ。 これまで外食で美味いのは食べ尽くした感が あるが、こういう平凡な日々のチョットした味わいもよい。老いもあるのか。
株価、為替、原油価格の変動が激しく動いている。これでは資源輸出国は、 堪ったものではない。ロシア、中東、欧州、中国の、何処から、火の手が 上がるのか? 一番の被害者は弱者。通貨量をアメリカは三倍、日本は二倍 に増やしても、物価は上がらないとは、摩訶不思議。何らかのカタチで、 その歪みが、出るのだろうが。
北朝鮮の大陸間ミサイルと、水爆?実験の成功で、アメリカだけでなく、 世界中が、本気に制裁を始めたようだ。戦争前夜的空気が出てきたような。 問題は、中国が鬼っ子の北朝鮮を、今まで通りに容認するのか? 今回は、かなり厳しい制裁のようだが? それより肥満による病死の可能性?
・・・・・・ 5083,閑話小題 〜地方の(生活)現場では ー② 2015年02月13日(金) * 新幹線の実質大幅値上げ 北陸新幹線の開業日の3月14日からのJRの県内料金値上げのパンフレット を家内が駅から持ち帰った。開業日から上越新幹線乗客の激減を読んでの値上。 3000円の長岡〜新潟間のS切符が廃止、4200円は4割アップになる。 私自身、30年間にわたり、この間をS切符通勤をしていたが、月に20日 通っていたので、月間24000円の値上がり。もう、通わないので、関係ない としても。JRは、新潟県の横丁化、幹から枝化に、悲観的予測があるため? それにしても4割アップはないだろう。地方創生というなら、二割下げたら! 元気がよいのは、銀行関係者、公務員、一部建設業者。 元気がないのは、 農業関係者と、駅前周辺の事業者と、国民保険の年金暮し。その差が更に開く。 これでは、朝は、味噌汁、飯、フリカケ、納豆、前日の残りの一品。 昼はウドンかラーメン。夜は鮭か干物の焼物、揚げ物、飯と、慎ましい生活だが、 お年寄りの生活には理想的。 考えてみれば、何れも同じようなものか? 晩酌さえなければ、何とかなるが、その酒と肴が大好きとくるから・・ TPPは、結果として地方経済を、さらに衰退化をおし進める。 地方創生とよくいうよ!だが、そうもしないと、その惨状は酷くなる一方。 家内からみて、消費財の値上げが、ただならぬ!というが、安い値下品 を探し、買うのをゲーム感覚で楽しんでいる風。200m先にスーパーが あるのは、非常にゲームに有効である。何ごとも楽しみに引上げればよい。 二人の息子の育ってきた時代背景を見ると、私たちと、あまりに時代格差が あまりに大きい。この格差は、経済学的にみても、縮まることはないという。 この新幹線の大幅値上げ、ハイパーインフレの予兆でなければ良いが! ・・・・・・ 4718,「余命3カ月」のウソ ー2 2014年02月13日(木) * 5年生存率と、20年目の転移・再発ー「余命3カ月」のウソー近藤 誠(著) 近藤誠と中村仁一の主張、知れば知るほど納得する。【悪性ガンは治らない。 ならば手術も抗癌剤治療は不要。いい加減な余命期間は聞かないこと。 健康診断などしない、どのみち結果は同じである。現代医療を盲信するな。 そういわれれば思い当たることばかり。 ーその辺りをまとめてみるー ・スーちゃんこと、タレントの田中好子が、最初の手術から19年目に再発し、 アッという間に亡くなったが、これは数百人に一人の特殊なケース。 「5年生存率」とよくいうが、本物のがんでは、治療して残ったがんは 2〜3年以内に検査で見つかり、亡くなるケースが多い。そのため、数年で 見つからなければ、大丈夫と言われる。がん細胞も冬眠するケースがあり、 眠りからさめると性格が変わるケースがある。 ・がんが消えたというのは、検査がズサンで、勘違いしたケースでしかない。 ・食道がんは、手術による死亡が3〜10%もあり、?期でも5年死亡率が 50〜60%。この生存率は手術をしないのと同じで、手術は無意味。 ということは、?期以上なら手術をしない方がよいことになる。食道がんの 死因は肺や肝臓などへの転移によるものがほとんど。食道がんの全摘は、 後遺症・合併症の多い手術で、術後ののダメージは非常に大きい。 ・食道がん、胃がん、肝臓がん、乳がんのような固形がんのすべてに、抗がん剤 はすすめられない。延命につながる実証がないのに毒性が強く、副作用に 苦しむことになる。その毒性は老いるほど、喫煙経験があるほど、強くなる。 ・転移が見つかった場合の術後の生存率は12%。なら、その時の手術はすべき でない。抗がん剤も同じである。以前、治療法が無かった時代には、どんな 臓器のがんでも、死は穏やかなものだった。がんが恐ろしいと思われるのは、 治療のせいで、無意味な手術や抗がん剤治療がもたらす生き地獄が恐ろしい。 ・リード・タイム・バイアスという言葉がある。例えば、6ヶ月の大腸などの 悪性がんの生存が、CTスキャンなどで早めに発見、24ヶ月に延びたが、 1センチのがんが8センチになるに18ヶ月かかるとすると、延命の新薬の 効果に関係ないことが分る。医師は、見掛け倒しの延命を知っているが、 誰も口に出さない。薬で売上を上げたいため。 ・余命は、聞かないこと。当てずっぽうでしかなく、聞いた患者は、それに 引き込まれ、その範囲で死んでいく。医師は患者と身内に短めに言っておけば、 延びた分、喜ばれるため。 ▼ 10数年来、中学、高校の同級生が数名、がんで死んでいるが、発見され 一年以内に亡くなっている。胃がん、食道がんは、白血病によるが、悪性は 2年以内、1年が目処になる。原因は、ストレスによる飲酒とタバコ。 還暦過ぎれば、この二人の説に従うのも一つの道。色いろのケースがあるので、 最後は自分の選択になる!良く生きるか、長く生きるか? 良く長く生きたい! が、振り返れば、みな同じ。「ひとは先、我はあと!」 ・・・・・・ 4351, 書くことが思いつかない人のための文章教室 ー3 2013年02月13日(水) 「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著) * いい文章とは? そもそも文章を書くとは何? そう簡単に、いい文章など書けるわけがない。「自分が納得した文章を 書き上げる」ことを心掛けた結果として、時にまともな内容がある程度。 まずは何事も継続し量を書くしかない。そうすると本音が自然と出てくる。 一々飾らなくなるためだが、長年続けると建前で生きている人の心根の浅さが 見えるようになる。本音を隠していると、その本音が枯れ果てて、何時の間に 「ゾンビ」になっている。ただ世間話しか出来ない夢も希望も知性のない人種。 ー次の内容が、文章の書き方について解りやすく述べているー ≪ いい文章とは? と問われても、そもそも文章って何なんだろう、文と文章 とは違うのだろうか。・・文というのは一つのまとまった内容をひと続きの 言葉で表したものです。多くは最後に句点(マル)がついています。その文を、 意味がわかるぎりぎりのところで短く区切ったものを文節と言います。 文の間に「ネ」を入れてみればわかります。「的確な(ネ)表現の(ネ) 文章を(ネ)書きたい」これは四文節から成り立ちます。この文節でつながる 文を二つ三つと重ねて、自らがとらえた事象を考え、意見などを筋立てて 書いたのが文章です。全体をたとえると、「いくつかも節のある一本の竹が 文で、何本も集まって形を成している竹林が文章です」。 その「いい文章はとは?」ですが、内容が的確に表現されているです。 文章は、その人自身のものでなくてはならない。・・体験は単に身の上に 起きた出来事ではありません。人間の意識が強く働いた結果なのです。 そのときに思ったこと、考えたこと、さらには織り成す感情とともに、大脳皮質 の側頭葉のところに長期記憶として保存されます。文章を書く上でその記憶が 必要になると、やはり大脳皮質にある前頭葉が「こういう記憶を」とリクエスト します。ですから、自分というパーソナリティを形成している体験こそが文章の 最も大きな源泉、おおもとでして、作文というのはそのおおもとから記憶化された 自分自身を引き上げて言葉にする作業にほかなりません。といってそれらは そのまま言葉になるというものではありません。第一、記憶自体、大喜びした とか大泣きしたとか、特別な出来事を除けばそれほど鮮明ではないでしょう。 なかには部分的にしか浮かんでこないものもあると思われます。しかし体験も 言葉もすべては自分の中にあるわけ。それを投げ出さないかぎり文章化は不可能。 また文章は、自分にしか書けないことを、誰が読んでもわかるように書き直す ことです。 ・・・ ≫ ▼ 側頭葉残された「思い出」は、その人にとって意味があるから長期保存と して残っている。だから、書き出せば、その意味の解明になるし読手も面白い。 記憶に残っているだけで意味があり、その人の本質が隠れている。文章を書く のは恐ろしく面白いのは、そのため。脳は物語にすると記憶に残るのは、筋書き を求めているため。で、こうして毎日「あれこれ」を起承転結にし纏めている。 記憶にガラクタしか残ってないのは、どうして? ・・・・・・ 3976, 閑話小題 2012年02月13日(月) * 冬は濁り酒と辛口の酒のミックスに限る 二年ほど前から10月から3月にかけて、濁り酒と辛口の酒を一対一の混ぜ 合わせて飲んでいる。濁り酒だけだと甘過ぎ、かつ癖が強いので、何気なく 紙パックの酒を混ぜてみたところ、これが良い。濁り酒は菊水酒造の「五郎八」 (1980円)。辛口は全国ブランドの普通酒を混ぜ、燗にする。 これに水代わりでノンアルコールビールを一本飲む。これで、酔いが襲ってくる。 濁り酒も色いろ飲んでみたが、値段の割りに「五郎八」が美味い。混ぜ合わせると 水割りにしたように和らぐ。慣れると麹の深みを感じる。一挙に酔いが回るため、 つい飲み過ぎることもない。3千円と千円の酒のミックスと、二千円の酒は、 どちらが美味いのだろうか? 以前、事務所の飲み残しの酒、何種類かを一本の 瓶に入れて冷蔵庫で寝かせて飲んだことがあるが、それが極上の味。 「吉田類の酒場放浪記」という番組で、京都の居酒屋の女将が色々の種類の酒を カメに入れて当店ブランドにしていた。 自分ブランドは一合パック二つを 混ぜれば可能である。濁り酒と辛口酒のミックスは自分ブランド酒をつくって いたのである。 混ぜないで二つを交互に飲んでみたが、辛口が負けてしまう。 ケチ臭い話だが、話題としては面白い?ホットビールとか、焼酎のビール割とか。 ・・・・・・・ 3611, 大相撲八百長事件 ー3 2011年02月13日(日) 二人が勝ち負けを決する個人競技である限り、そして個人の意思が携帯電話や パソコンで簡単に行き来できる現在、「八百長をするな!」という方に無理ある。 お互いに四つに組んだ時に互いの耳と口が至近距離になる。そこで20、30万 と仲間同士の符丁を決めておけば、阻止など出来るわけがない。「自動車事故死 が数千人もあるので、自動車を廃止してしまえ」と主張するようなもの。 まずは交通違反を止めろと言っても、これも無理の話。八百長に関して、 今回のように発覚したら厳罰を科せばよい。「八百長が絶えないから大相撲を 公益団体を外してしまえ」という論理に無理がある。この怪しげな興行世界が 日本伝統のマイナーの側面である。これを解説者では一部の人しか主張してない。 だから、今回も、4人は追放、疑問のある10数名を三場所の出場停止をして 幕引きをするだけでよい。 日曜日の夕刻のお笑い番組の「大切り」は、作家が いて、そのストーリーにそって、落語家が珍妙なやりとりをする。 一時、週刊誌が、このことを槍玉に上げたが、メンバー全員それを否定した コメントをしていた。それは当然である。160キロ平均もある鍛えぬかれた大男 が、全力で15日間も続けてぶつかりあったら、どうなるか分かりきったこと。 幕内・数十人の閉鎖社会の中で勝ち星の貸し借りがあるのは当然で、それを含めて 楽しむのが大相撲の面白味である。だから、私は初日と千秋楽は幕下から見る。 初日は貸し借りのない真剣勝負が見られ、千秋楽は出てくる互いの力士の勝ち 星を見て、暗黙のうちにドチラが勝つかを予測しながら見るのである。 見る方も分っていて見ている。私が知る限り、ほぼ100パーセント、貸し借りを している。日本文化は談合世界の中で育ってきたのである。麻薬などで追放に なった元外国人力士などから、多くの実話が出てくるのだろうが、交通事故に 気をつけた方がよい。 ・・・・・・・・ 3246, 新・欝の時代 −2 2010年02月13日(土) * 「うつ」9つの症状 うつ病について何度か書いてきた。私は、うつ病は、普通の風邪や胃腸病 などと同じで、精神も発熱したり、傷口が化膿するのは自然であり、手当てを すれば治ると思ってきた。 知人に、重い躁鬱の人がいたが、医者より私の 見立てに信頼を置かれ、20年近く相談にのった。数年前に癌で亡くなったが、 それは見ていても気の毒であった。「精神の束の大元が制御不能になってしまう」 というのが私の捉え方。その時は病院に入るか静養をとって回復を待つしかない。 うつ病はれっきとした病気。うつ病は「気分がひどく落ち込んだり何事にも 興味を持てなくなったり、おっくうだったり、なんとなくだるかったりして 強い苦痛を感じ、日常の生活に支障が現れるまでになった状態」。この状態は、 日常的な軽度の落ち込みから、重いものまであり、原因について諸々ある。 「悲しくて苦しくて涙がこぼれ落ちそうになり、胸が強く締めつけられるような 状態が何日も、時には何ヶ月も続くという。うつ病は、内因性うつ病と、 心因性うつ病とに分けて考えられていた。しかし、内因性うつ病でも発症の きっかけとなる心因があることが多いため、症状の形で分類されるようになった。 *うつ病の基本的な症状は以下のようなもの (○は大丈夫、 ×はその傾向あり、 △は少し) 1.強いうつ気分 ○ 2.興味や喜びの喪失 ○ 3.食欲の障害 ○ 4.睡眠の障害 ○ 5。精神運動の障害(制止または焦燥)○ 6.疲れやすさ、気力の減退 ○ 7.強い罪責感 ○ 8.思考力や集中力の低下 ○ 9、死への思い ○ このうち、5つ以上が、二週間以上続いた場合に「うつ」と診断される。 私は最近、少し欝っぽいと思っていたが、全部○、全くの思い込みだった。 (1、の強いうつ気分)が、(少しうつ気分ぎみ)だけのこと。何かガックリ? ときた。 4つが△なら、軽いウツとってもよいが。 高島忠雄や、小川宏の 「うつ」の症状を聞くと凄惨である。恐慌の時代、ある日突然に株と国債の暴落、 それからくる経済麻痺が何時起きても不思議でない。大部分の人にとって、 生活環境が激変する可能性がある。数年前の調査では、国内のうつ患者は 250万〜300万人とされ、今では500万人の可能性も。高齢者の大部分は、 老人性鬱症という。生老病死の問題が身近になれば仕方がないが・・人生の秋か! ・・・・・・・・ 2871、 構造改革路線の罪 2009年02月13日(金) 「文藝春秋・三月号」や、昨日の読売新聞に、構造改革推進派だった 三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長の中谷巌氏が、新自由主義からの 「転向」宣言を寄稿している。 *まずは三菱UFJリサーチ&コンサルティングのブログに、彼のコラムが 載っていたので、要所をコピーしてみる。 「なんでも市場に任せるべき」「国がどうなるかは市場に聞いてくれ」という 新自由主義的な発想に基づく「改革」は無責任だし、危ないのではないかという ことを強調したいのである。実際、グローバル資本主義は巨大なバブル崩壊を 招来し、世界経済に多大の損害を与えたし、平等社会を誇っていた日本もいつの 間にかアメリカに次ぐ世界第2位の「貧困大国」になってしまった。 そのほかにも医療難民の発生、異常犯罪の頻発、食品偽装など、日本の 「安心・安全」が損なわれ、人の心も荒んできたように見える。これを放って おいてよいのかという問題意識である。 新自由主義的改革においては、 「個人の自由」を「公共の利益」に優先させ、あとは小さな政府の下 「市場にお任せ」すれば経済活性化が可能になるという考え方をとるが、 それが上記のようなさまざまな副作用を生んでしまった。したがって、 「改革」は必要だが、それはなんでも市場に任せておけばうまくいくといった 新自由主義的な発想に基づく「改革」ではなく日本のよき文化的伝統や社会 の温かさ、「安心・安全」社会を維持し、それらにさらに磨きをかけることが できるような、日本人が「幸せ」になれる「改革」こそ必要であると考えたわけ。 そのための方向性はもっと勉強しなければならないが、とりあえずは、 「貧困大国」の汚名を返上する改革が必要だろう。底辺を底上げし、貧困層が 社会から脱落していくのを防ぐこと。 このことが重要なのは、「日本の奇跡的 成長の原動力であった中間層の活力を回復しないと日本の将来はない」と考える からである。日本が富裕層と貧困層に2分されてしまえば、社会は荒み、 日本の良さが失われるだろう。 (字数の関係でカット2011年02月13日)
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