堀井On-Line



5416,だれもわかってくれない ー④

2016年01月12日(火)

       『だれもわかってくれない』ハイディ・グラント・ハルバーン著
   * エゴレンズ
 数ヶ月前、夫のエキスを一生かけて吸上げる「タガメ女」と「カエル男」を
とりあげた。 まさにタガメ女は、この「エゴレンズ」を通して選定をするが、
それも時間の問題、アメリカで5割以上、ベルギーでは7割、日本は、今では
3組に1組が離婚に至る。新婚早々、夫婦の壮絶なバトルの果て優劣が決まる。
その結果は、だいたい妻が勝つ。 〜まずは、この章のポイント
≪ ★「エゴレンズ」の目的はただ一つ、自己肯定感を守ったり高めたり
 することです。その力強い働きのおかげで、私たちのほとんどは、自分が
平均よりも賢く、魅力的で、道徳的に優れていると思っています。
したがって、何かがうまくいくと自らの実力だと思い、失敗すると状況や
他者や不運のせいだと考えます。 あんまり感心しない面もありますが、
エゴレンズは大事な働きをしています。
★ あなたの成功や能力がどれくらい相手の脅威となるかは、その分野が
 どれくらい相手と関わりがあるか(その人も同じ分野における成功や能力を
望んでいるか)、あなたとその人がどのくらい心理的に近いか(あなたが相手の
人生の主要な一部であるか)によって決まります。あなたの成功や能力が、
その人にとってさほど重要でもなく、両者の心理的距離も近くなければ、
脅威は些細なものなので、あなたはより的確に評価してもらえるでしょう。
★ 関連性も深く距離も近いという場合は、困ったことになります。
 相手は自己肯定感を守るために、あなたを(心理的に)小さな存在に
するか、距離を置くかせずにはいられないからです。
★ これら「エゴレンズ」のプロセスは、個人のレベルだけでなく、
 属するグループのレベルでも起きます。自分のグループメンバーの成功は
「わが成功」となり、他のグループメンパーの成功は『脅威レとなります。
★ したが⊃て、相手との間に言H分たち」という感覚を生じさせることが
 大事です。同じグループの入間だと思ってもらえれば、あなたの成功も
能力も相手の自己肯定感を高めるものになります。
★ 相手のエゴを脅かすことを事前に防ぐために、こちらが謙虚にふるまう
 こと、相手に肯定的な気持ちを伝えることなども有効なテクニックです。
ーー
▼ 「妻は本来、亭主をバカにする動物」というが、
{自己肯定感を守るために、あなたを(心理的に)小さな存在にするか、
距離を置ずにはいられないという心理}がはたらくためである。
足代わりの「アッシー」、金づるの「キャッシー」と徹底的に割切り、
間隔をおいて、上から目線で見下す。亭主は、ゴルフか、居酒屋で、妻への
憂さをはらし、家庭内アウトサイダーになっていく。遺伝子の設計図には
エゴが基本構造にあり、生物の身体を通して、代々、生き延びていくため、
エゴを否定し、綺麗ごとをいうと、仮面夫婦になる。そのエゴを仮面で隠し、
良い人を演じるのが社会人としてのマナーで、本来は仮面と真の姿は別物。
・・・・・・
修羅場の極意 ー3
2015年01月12日(月)
              『修羅場の極意』
   * 私の修羅場解決法 〜正中心一点無
 そういえば、修羅場にたつたび、「正中心一点無」を呟いていた。
難題にぶつかると、その中心点に気持ちを集中して、無心に考える。
そのうちに自然と何が問題かが見えてくる。4年前も、そうだった。
事業が、限界に近づいてきた時、問題の本質は何だろう? 想定外のこの
売上減は何ゆえ? これは乗越えられる壁か? もう無理? 継続断念? 
を無心に考えて考えて考えるしかなかった。 事業だけでなく、人生にも、
いえること。 65歳の年齢の節目時には、心構えを「正中心一点無」を
呟き、図書館で本を探して、その読書感を書いていた。
10数十年前、随想日記に「正中心一点無」の小題で書いてあった。
≪  [110] 正中心一点無  〜2001年
 15年前か、経営セミナーで栗山奉行という思想家?の話を聞いた。
あまりに奇抜で面白かったので、その人の本を買い求めた。そこにこの
正中心一点無という言葉があった。少し考えれば、この意味は解るだろう。
問題解決の時などこの言葉を唱え考えると、時間と共に自然解決してくる。
それが難解であればあるほど、無心に考えると答えが自ずと出てくる。
今まで、どれだけ知恵が出てきたことか。知恵袋の呪いと言ってよい。 ≫
▼ 『修羅場の極意』の中にもあったが、難題に対し、その最悪の場合を
 想定し、その場合の対処を幾つか考えて、そこから逆算しながら、その
対策を冷静に考える。これは、人生の難問にも可能である。難問であるほど、
人には相談しないこと。書店と図書館を歩いていると、自然と本の方から
呼びとめてくる。こういうのを因縁という。「因が難問」で、「縁は呼び
とめてきた本」になる。修羅場から得た極意は、何ものにも換えがたいのは、
それが、その人の芯になるため。「まずは、修羅場は可能な限りさけること!
だが、起こってしまった修羅場は、全霊をもってあたるべし」である。
考えてみれば、この随想日記も、『正中心一点無』で、自然体?
で書いたもの。  〜これも偶然だが、以下の文章に続く!
・・・・・・
4686,エッセイ力は人生力
2014年01月12日(日)
          「60代からのエッセイ教室」木村治美著
  * 自分を表現できる仕合せと、自己開示
 三年前の節目から今まで、長いようで短かった。
ウツにならないために、ことの本質を見つめるために様々な本を読みながら、
自分の心を整え、それそのままを、ここで書いてきた。今回の節目時の核に
なったのは『自己をみつめる』で、26回にわたって書いてある。 
その合間に『節目どきに』と『ジャズについて』が入っている。
その後のテーマは、哲学とユング、そして精神力などを取り上げている。 
書くことで、セルフ・カウンセリングをしていたのである。現在も、同じ延長
上にある。思いを書き出すのは、心の傷から流れ出る血を凝縮する作用が働く。
今年早そうから「何だろう?この現象は」を書いたが、その過程で、気持ちが
楽になると同時に、気づきが出る。文章は何度も推敲を重ねるうちに気づきで、
新たな考えが出る。受けた傷は残るが、与えた傷は気づかないか、直ぐ忘れる。
それが書き換えているうちに、気づいてくる。この文章を書くにあたって、
当時の文章を読み返しているが、苦しい中で書いたためか、魂が篭っている。
これは私の財産。若い時分も、書いておけば良かった。いや、書いていたが、
何を血迷ったか全て捨ててしまった。後悔あとに立たず、である。
 以下に当時の目次をコピーしたが、一つずつが心の記録である。  
2011年04月17日(日) 3674, 自己を見つめる−2                     
2011年04月16日(土)  3673, 自己を見つめる−1   
2011年04月15日(金)  3672, 節目どきに ー7           
2011年04月14日(木)  3671, 節目どきに ー6             
2011年04月13日(水)  3670, 節目どきに ー5           
2011年04月12日(火)  3669, 節目どきに ー4           
2011年04月11日(月)  3668, 節目どきに ー3           
2011年04月10日(日)  3667, 節目どきに ー2           
2011年04月09日(土)  3666, 節目どきに              
2011年04月08日(金)  3665, 関係性が問題             
2011年04月07日(木)  3664, 閑話小題               
2011年04月06日(水)  3663, 9・11、9・15、をしのぐ3・15−2   
2011年04月05日(火)  3662, 閑話小題               
2011年04月04日(月)  3661, 9・11、9・15、それをしのぐ3・11   
2011年04月03日(日)  3660,音信不通だった友人から連絡が!    
2011年04月02日(土)  3659, つれづれに              
2011年04月01日(金)  3658, 価値とは思い込み           
▼ エッセイは人生に力を与えてくれる。限りない色いろな想いが混乱した
 頭に浮かび上がる。一つ間違えると地獄の業火に焼き尽くされる。ひたすら、
時間と、時空を超えた誰かの魂の声を耳を澄ませて聞くしかない。
思いもよらぬ結果から、何故?と考えたのが『節目どきに』であり、それから
『自己を見つめ』を通し著者の進言を聞いていた。悲壮感は思いのほか少ない。
これは心のセフティネットである。それと、毎朝の独りの時間も。
・・・・・・・
4319, おれにつきあうのは、おれだって大変だよ!
2013年01月12日(土)
 谷川俊太郎のエッセイで、勝新太郎を書いている文章が気に入っている。
これを読むと肩の荷が半分はおりるようだ。挫折や、大きな決断をしなければ
ならない時、まず直面するのは自分の限界。それも、酷い自己嫌悪に陥った
自分もそうだが、平気で間違いをおかしてきた自分を振り返り「何だ、お前は!」
と振り返っている時の自分を見ている上から目線の視線が、つくづく俺って変だよ、
それも大変な奴だよと実感する。それでも、結構それを容認している自分もいる。
 ーその辺りよりー
≪ ・・勝新太郎さんがどこかでこんなことを言っていた。「おれっていう
 人間とつきあうのは、おれだって大変だよ。でも、おれがつきあいやすい人間
になったら、まずおれがつまらない。」 私はすっかり感心した。自分とつきあう
のが大変だなんて考えたことがなかったからだ。私は勝さんよりのんきな人間で、
自分とも他人とも世間ともあまり衝突せずに生きてこられたと思っていたけれど、
実はそれは自分で自分をごまかしていたにすぎないのではないか。 ほんとは
誰も自分とつきあうのは大変なんじゃないか。ただ大変なのを自分じゃなく、
他人のせいにしてるだけじゃないか。大変な自分と出会うまでは、ほんとに自分
と出会ったことにならないんじゃないか。上手に自分と出会うのを避けていく
のも、ひとつの生きかたかもしれないけれど。・・ 自分のこころだから分から
ない筈はないと思うのは誤り。 自分のこころはもしかすると他人のこころ
よりも分かりにくい。ましてこころの奥にあるというたましいなんてものは、
もっと分かりにくい。分からないまま日々私は生きている。我ながら大胆だ。≫
▼ この随想日記の12年分を目を通すのも、けっこう大変である。
 12年間の、魂を込めた?文章に見え隠れする自分と毎朝付き合うのも大きは
 エネルギーがいる。躁うつか分裂病を抱えている人は、まさに、自分を
 コントロール出来ない人。勝新太郎は薬中だったから、言葉に含みがある。
 事業準備の期間を含めて45年間、前を見つめて走って来たが、リタイアで
 過去を振り返る機会が圧倒的に増えている。そこで過去がフラッシュのように
 湧き出てくる。面白かったことも、自己嫌悪の大失敗もである。それでも長年
 かけて培ってきた趣味の世界があるので、大変なりに、日々を楽しむことが
 出来ている。死に直面した最期の自分と付き合うのが一番に大変だろう・・ !
・・・・・・・
3944, 岐路に立つ世界経済
2012年01月12日(木)
  * 今年は、一日一日何が起こるか分からない
11日のNHKのクローズアップ現代、連休明けには刺激的な内容である。
昨年から欧州の金融危機が続いているが、そのダイジェスト版と、世界経済恐慌
前夜の深刻さを伝えようとする内容。恐慌が起きる起きないでなく、何時起きるか
の瀬戸際。 ー まずは、NHKのHPの番組解説から ー 
           クローズアップ現代 「2012年 岐路に立つ世界経済」
≪ ヨーロッパの国々を脅かす国債危機「ソブリン・クライシス」。そして野火
 のように広がるアメリカのデモ「ウォール街を占拠せよ」。
 そして日本はその二つの危機に挟まれて記録的な円高に見舞われている。
背景にあるのは、“自由”な金融市場で広がる“マネー”。時として制御を失い、
リーマン・ショックによる金融機関の破たんのみならず、国家を揺るがす事態を
引き起こすパワーを持つに至った。世界はいま、国家の財政危機と銀行などの
金融危機が同時に進行するただ中にある。経済危機が起きる度に“マネー”が
引き起こす新たな“バブル”によって乗り越えてきた世界経済。しかし、先進国
をも巻き込んだ連鎖の中で格差が拡大、失業が解消されず、不況が長引き、
社会保障制度まで大きく揺らいでいる。日本も、もはや“対岸の火事”ではない。
GDP国内総生産の2倍を超える財政赤字を抱える日本では、消費税増税の議論
が本格化する。世界は実体経済を凌駕し、国家をも左右する“マネー”がもたらす
困難を乗り越えることができるのか。2012年最初のクローズアップ現代は、
危機の構造を解き明かしながら、この難局にどう向き合い、いかに解決しなければ
ならないのかを探る。(総合テレビ:2012年1月11日 19:30〜73分拡大版)≫
▼ 欧州、米国の起きている金融恐慌の深刻さと、世界恐慌前夜の状況を映像と、
 識者の対談で構成した内容。翌日の朝も録画で再びみてみた。 
 ○ 日本国債への波及は、あと3〜5年。 ○ イタリア、フランスに
 国債危機が来ているが、 次はドイツになる。○ ECBの準備金は20兆円だが、
 必要な金額は100兆円。それはECの基本理念を根本から損なう金額。それを考えると?
 ○ 日本の国債金利が1%、いずれにしても上がっていく。消費税の値上げ
 ノリシロがあるのでまだ良いが、これが出来ないと、暴落の可能性も・・・ 
 ○ 2012年は経済的にみて、世界経済の歴史的分岐点になる・・等々である。
先日のNHKスペシャルで「東北被災者の12万人の失業問題」を取り上げていた。
NHKのメッセージは、アメリカと欧州の切迫した危機は、私たちの生活に深刻な
影響を及ぼす現実が迫っている。 最近知ったことだが、震災直後の3月15日に
関東地区の住民に避難命令を出すかどうか決断を官邸が迫られていたという。
それだけ危ない日々だった。それが決して好転したとは思われない。
・・・・・・・・
3579, 閑話小題 −2
2011年01月12日(水)
  * ある居酒屋で
 もう10数年、長岡で飲む魚料理の店がある。その店の三軒隣に夫婦でやって
いる焼き鳥と小料理の店がある。夏は戸を開けているので店頭から中がよく見え、
一度は入ってみたいと思っていた。ところが先日、前を通ったら貸店舗の看板が
出ていたので、女店主に聞くと、「去年暮れに夫婦揃って覚醒剤常用で逮捕され、
店は閉鎖。自分の店にも刑事が聞き込みに来た」という。 飲食店の店主が薬中で
つぶれた話しは聞いたことが無い。長岡駅の専門店街でトラブルを起こし、
駆けつけた警官が様子が変なので調べたら、覚醒剤の服用が発覚したとの話。
  * どうでもよいことだが
 何処かの?誰か。 三日間乗り放題1万2千円で、東京に毎日、通うという。 
行き先をネットで下調べをして、10時に東京に着くように乗車、帰りは18時
の新幹線に乗る。 それでも数ヶ月に一度なら、安い遊びか。去年の暮れは二日
通ったが、今回は三日に挑戦というから凄い。その人の友達は、その乗り放題の
切符で、東京の子供の家に行った帰り、急に思い立ち草津に行って温泉に浸かり
帰ってきたとか。独り遊びは自由の天使の羽がつく。
  * 花の平成元年組
 今年大学を卒業するプロ(22歳)は、久々の当たり年のようだ。
高卒の4年目もプロ野球などで大活躍をしている。そういえば早稲田大学
の三人の投手が揃ってプロ野球で一巡で指名された。また全日本学生野球選手権
で優勝をした。全日本ラグビー選手権は決勝で破れて準優勝に終わったが、
全日本駅伝では総合優勝をした。「花の平成元年組」とでも命名されるのだろう。 
大相撲でも花の三八トリオといわれた当たり年があって、同期が何人か横綱に
なった。高校も10年に一度位、当たり年があって、東大など一流校に多く合格する。
 考えてみたら人生でも当たり年があるか。
・・・・・・・・
3204, 善は悪より生まれた!
 2010年01月12日(火)
「善は、悪より生まれた」の言葉が、妙に頭に残った。「悪は、善より生まれた」
なら、合点がいく。キリスト教倫理からすれば、イエスの教えが善なら、悪は、
それに反する思いや行いになる。 人間が社会を形成する時に、一つの規範が必要。 
例えば、国家創りにまずは憲法、そして法律、それを守らせる内への警察という
暴力装置、そして、外に対して軍隊である。それを統治する象徴として日本なら
天皇、欧米なら大統領である。 孔子の教えは、一つの指標を作り上げて、民を
内側からコントロールする教え。古代中国から現在に至るまで、その教えは非常に
有効に働いた。それらの規範を守ることを善というなら、それに反するのを悪という。 
ということは、それができる前は、その規範をもって振り返ると悪がまかり通って
いたことになるから、「善は悪より生まれた」ということになる。しかし、それも変。
キリスト教倫理からみると、『どうして聖なる神から悪魔が生まれたのか。』という
疑問が生じる。 女性の哲学者 シモーヌ・ヴェイユは 『善は、悪からは生じない。
ところが悪はある意味で善によって生じる。悪は神とわれわれの間にある。
愛は、そのうえを通過せねばならない。』彼女は悪を二元論的に見ないで神様と
自分との間を裂くものとみた。神様の愛の力を説き、愛が悪を征する力であると。
これは、キリスト教倫理的な見方でしかない。悪党ほど、善の価値を知っている
のだろうか。悪も善も知り尽くした善、一回転、数回転した上で善という捉え
かたもある。親鸞の、悪人が極楽浄土に行くのは当然(悪人正機説)という考え方
に近くなる。キリストは、ユダヤ教の弱者(女子供、奴隷)の立場からみた
善を説いた。 善悪も立場で変わるから、ややこしい。 省みて、己の悪に
気づいて改心する善ということか。どうも、これは答えのない永遠の問い。
・・・・・・・・
2839, 不況の景色 −7
2009年01月12日(月)
  *タクシー業界の不況
 一昨日の毎日新聞・社会面のトップで新潟市のタクシー業界の不況を
取り上げていた。市内の老舗二社が倒産、運転手の再就職がままならないと・・
適正の台数が1000台のところに、1700台の過剰台数。二社で280人が
失業、最後は月に12万円の手取りだったという。全国的でも新潟、長岡の
タクシー業界は厳しい状況。昨年の最終金曜日の0時過ぎの2980円の
割引に、百十数人が宿泊をした。夜半の0時過ぎにホテルの前まで行列をなして
いたというから、知らない人が見たら驚くだろう。それだけ、お客はシビア。 
それでは、前年に比べてプラスになっているか?といえば、前年割れである。
いかに宿泊客が少なく、シビアに商品選定をしているか、これからも見てとれる。
ホテルは装置産業の典型である。一度設備投資をすれば、30年は潰せない。
一口に30年というが、その間は世界は激変を重ねている。だから面白い。
  *景気の山は07年10月
内閣府が、この景気の山が07年10月と発表した。
同11月から景気後退の局面に入ったと認定する方針だという。
(以下、字数の関係でカット2011年01月12日) 


5415,だれもわかってくれない ー③

2016年01月11日(月)

      『だれもわかってくれない』ハイディ・グラント・ハルバーン著
   * パワーレンズ
 パワーを有効に引上げるには、よりパワーを持った人やグループに認められる
必要がある。そのためには、対象のパワーアップの手助けが可能と、アピール
する必要がある。企業採用も、昇進が、これである。 社会も、結婚生活も、
パワーバランスで成立している限り、パワーを持つこと、それをデスプレーし、
アピールすることが必要である。 ーパワーレンズー項目の要約よりー
≪ ★ パワーレンズレは、誰でもつけたり外したりするのです.
 ★ パワーを持つ人は、あなたのことをきちんと認識してくれません。
  その理由は多くの場合、相手が自分の目標達成に集中していて、ほかの人
 の問題や考えにまで気がまわらないからです。ショートカットを駆使して
 大まかに理解するので、他者の複雑で微妙な点までは目に入りません。
★ パワーは状況によって変わります。ある時点であなたよりパワーを持って
 いた人が、別の状況ではパワーが低下することもあります。パワーは動的で常に
 変化しているので、「パワーレンズ」は、誰でもつけたり外したりするのです。
★ パワーを持つと、ステレオタイプや先入観により強く依存するようになる。
 パワーのある人に自分を特別な個人として認めてもらうことは至難の業。
★ 大きなパワーを持つ人が他者について的確に理解しようとするのは、それが
 自分の目標達成のために必要なときです。だからこちらが有用な存在、つまり
 相手の目標達成を助ける人になることが大事です。そうすれば相手は、時間と
 精神的エネルギーを使ってあなたを正しく見極めることに意味があると思って
 くれます。 ≫
 ―――
▼ パワーは集中と、その維持の中から生まれ出てくるため、アップ続ける
 には、長年かけること。生きていく必要条件である。そのパワーも、所詮は、
直ぐに消え去る一現象。特に女性の伴侶選びは、一生を左右するため、シビア
なレンズになっている。で、一生かけてパワーを吸取られる浮世の無限地獄。 
結果、自律神経失調症など精神がやられる。その対策として、独りを楽しめる
ライフワークが必要となる。一番、手っとり早いのが、読書だが・・
・・・・・・
5050,生と死をめぐる断想  ー4
2015年01月11日(日)
   * 免疫学者・多田富雄の受苦
 7〜8年前、『「生と死をめぐる断想』でふれた「多田富雄の生死の淵」を
取り上げたNHKドキュメントを見ていた。そこで、自分の中の「新しい自分」を
「鈍重な巨人」と名づけていた。全身全霊だからこそ、内なる巨人が現れ出る。
「受苦は魂を成長させるが、人格まで破壊するから頑張っている!」が良い。
  ーその辺りを抜粋するー
≪「にもかかわらず」の哲学を実践したと思える、免疫学者の多田富雄がいる。
1934年生まれ。医学の道に進みながら若いころから専門の研究のかたわら文章を
著し、さらには能を創作し自らも小鼓を打つなど、旺盛な表現活動をしていた。
2001年、脳梗塞に倒れ、一命はとりとめたものの、右半身の完全麻痺と嚥下障害、
言語障害という重度の後遺症が残った。多田にとって右手は利き手であり、
字を書く手だ。その自由と声とを失ったのは、表現とコミュニケーションを
奪われたに等しい。どうにか自由になる左手でパソコンを覚えようとする。
利き手ではない上、それまでパソコンを使ったことがなく、わからないところを
口で訊くこともできないから、習得は困難を極めた。それでも少しずつ文字が
打てるようになり、執筆を再開。その頃のことをうった文章では、もどかしく
遅々とした歩みを「鈍重な巨人」に喩えている。「私の中に、何か不思議な
生き物が生まれつつあることに気づいたのは、いつごろからだろうか。
初めは異物のように蠢めいているだけだったが、だんだんそいつは姿を現した。
まず初めて自分の足で一歩を踏み出したとき、まるで巨人のように不器用な
そいつに気づいた」。「私はこの新しく生まれたものに賭けることにした。
自分の体は回復しない巨人はいま形のあるものになりつつある」(略)・・
 自分の中に「新しい人が生まれる」のだ。緩慢で寡黙で、そしてときどき
転んで多田の体に痣を作るなどして、彼を裏切るその人を、いとおしさも込め
て「鈍重な巨人」と彼は呼んだ。 やがて多田は音声合成装置を用いて発話も
できるようになった。文章の執筆の他、能の創作も再開、車椅子での出かけも
はじめた。その多田に、さらなる試練が降りかかる。2005年に前立腺がんが
見つかって、手術をするも少しずつ進行し、転移による胸膜炎で2010年死亡。
 ・・リハビリの中で、努力を続けるわけを彼は次のように述べる。
【 受苦ということは魂を成長させるが、気をゆるすと人格まで破壊される。
  私はそれを本能的に逃れるため頑張っているのである。】 ・・≫
▼ 4年前からの御隠居生活の環境で、新しい自分が動き出した
 実感がある。それは、風によって、行き先が変わる「羽毛のような天使」
のように宙に浮いたよう。一歩間違えると、人格まで破壊されるマイナー
のエネルギーの風でもある。私も愛情を込め、内なるこれを、『羽毛の天使』
と、呼ぶことにした。コヤツ、晴れた日は良いが、雨風にねっぽう弱いが、
過去未来に平気で飛んでいく。そして、私と娑婆には、いやに冷淡?である。
・・・・・・
4685, 10年日記
2014年01月11日(土)
 去年の暮れに10年日記が終了した。一昨日、この文章を見つけ驚いたが、
これも続けるとなると根気がいる。ただ何気ない平凡な日々も、書いてあれば、
その時どきの記憶が舞い戻ってくる。折々に、その内容を書き写してみる。 
そこで蔦屋で10年、5年、3年日記か迷った結果、『5年日記』を買った。 
「果たして10年先、生きているか?」を、店先で考えるのも奇妙である。
《 2004年01月09日(金) ー10年日記帳 ー
 昨日「10年日記帳」を買ってきた。通勤途中の書店に、3年日記、
5年日記、その横に10年日記帳があった。数日前から迷っていたが思い
切って買うことにした。10年といえば途中で途切れる(死ぬ)可能性もあるが。
10年前にこの日記帳を書きつづけていたら、毎日が面白いだろう。日記御宅
になってしまうかもしれない。 買ってみて「10年先を白紙で毎日意識して
みることが出来る」のではないかと気がついた。現在はホームページの随想
日記に、35年前と2年前と一年前の日記をコピーして貼り付けている。
この為、後ろ向きになってしまうが、10年分の白紙を毎日見ることで、
10年スパンで鳥瞰する目が知らないうちに身に付くのではないか。
更に他にも深い意味が出てくる可能性もある。『ポストイットで未来の日記を
仮定で書き貼っておくとか』『理想の姿を現在進行形で書いてみるとか』
年をとっていく自分を見る視線が憂鬱になる可能性もある。9年、10年
経ったとき後ろ向きになってしまう可能性もある。その時は、その時。 
今日から門出の日記の開始。随想日記に、過去の当月当日を貼り続けているが、
結果、毎日過去の日記を見ることになる。そうすると、ほぼ同じことをしている
ことになるが、白紙を毎日見ることが決定的に違う。こう公表してしまえば、
書きざるを得ないだろう。習慣化は第二の天性というから。
これも加えたいが・・・ 》
▼ 改めて、ジックリ同月同日の10年分を俯瞰すると、やはり書き続けている
 価値はあった。それぞれの日々が懐かしい。「遠き日は年とるごとに近くなり」
であり、この習慣を数十年続けていたら、心の豊かさが全く違っていただろうに。
忘れることも大事だが、メモだけでも、行き先(5、10年先)を決めて
「ここまで生きているぞ!」と書き込んば張り合いにもなる。それにしても、
よく続けられたもの。これも早朝起床の御蔭! 次も10年日記でも良かった?
・・・・・・
4318, 幸せはいつうもちょっと先にある −6
2013年01月11日(金)
     「幸せはいつもちょっと先にある」ーダニエル・ギルバード著
 * 意外と知られてない事実ーすべての人は自分を特別存在と思い込んでいる
心の奥を覗いてみれば、「みんなが大将」である。 但し皆が、それを隠して
いるので、そう思っているのが自分だけと思っているから始末が悪い。
人より優れてないと思わないまでも、自分は他人とは違った世界を持っている
と自負している。 −その辺りの心理がリアルに書かれてある
≪ あなたがほとんどの人と同じなら、ほとんどの人と同じように、自分が
 ほとんどの人と同じだということが分らない。科学は平均的な人について、
たくさんの事実を明らかにしてきた。なかでもとくに信頼できるのが、
「平均的な人は自分自身を平均的だと思っていない」という事実だ。
ほとんどの学生が自分は平均的学生より頭が良いとおもっているし、
殆どの営業部長は、自分は平均的営業部長より能力があるとおもっているし、
殆どのフットボールの選手は、チームの他の選手より上と思っている。
・・皮肉なことに、自分を平均以上だと考える偏見は、自分を平均より偏見の
少ない人間だと考える原因にもなる。 ある研究機関は、こう結論づけた。
‘ われわれはたいてい、自分が平均的な人より運動ができ、頭がよく、
几帳面で、道徳的で、論理的で、面白くて、公正で、健康で、(もちろん)
魅力的だと思っているようだ’ 自分を他人に勝るものと考える傾向は、
自分を他者と違うもの(ー勝るものも多いが、劣るものもあるー)と捉える傾向
の一例かもしれない。人は寛大さについては、他の人より数多く寛大な行為を
していると主張する。ところが、身勝手について尋ねられると、他の人より
数多くのしていると答える。車や自転車の運転といった簡単な課題に対し、
その能力は優れていると答えるが、ジャグリングやチェスといった難しい
課題をこなす能力は、劣っていると評価する。 ≫
▼ 勝っている部分が少ないと、自分は他者と違った特別の存在と思い
 込もうとする。そのために特別な方法をとりたがる。この随想日記からして、
まずは、そう。「12年間近く、これを休むことなく書き続けた。凄いだろう!」
という気持ちが何処かにある。「48回も世界中を旅をし、それぞれの地域から
見れば、私の生活圏も同じように変わったところでしかないことを体感してきた。
それが私の大きな財産!」とか、まあ、心の奥の馬鹿くさ! 所詮は石ころは
石ころとして、自分で自分を慰めるしかない私が、ここにいる。大津波か何か
知らないが、挫折を、「外海に大津波がきているのが見えて、その本体の巨大
津波で浚われる前に、事業整理をした」とか何とかを、恥ずかしげもなく
ブログに書いている有様。まあ、読んでいる分には面白いだろう。 
ただ、面白がっている方も大して変わらないのを知ればこそ書いている・・
ある人が面と向かって、「私は特別な存在!」と確信を持ち言われたことがある。 
純粋か無知なのか、本当にその通りかマジマジと、半ば呆然と顔を見た。 
これからすると、その人は、心の内を正直に述べただけ。 どう見ても、
そうには思えなかったが! 考えてみるに素直なだけ。その人、誰も、そう
思っていると知っていたら、言わなかっただろうに。そこで、これからは
魂を込めて一人ずつ誉めることにした。心の奥の魂には、魂を込めないと。
 独身時代、美人が大好きで、タイミングをみて、「あんた美人だね。私は、
実は美人大好き!」と軽くいっていた。ポイントは一回だけ、こっそりと。
この感覚で人を誉めろ、ということ。人生を振り返り、もっと誉めれば
良かった!ったく。 ところで私がやたら誉めると私らしくないのが問題。 
どういう人生を生きてきたのか、この男。 母親が還暦のとき、「子供たちは、
みんな感謝している。ただ誰も口に出さないだけ」と、言ったら、
「生きてきて良かった!」と。歳をとるにつけ、それがだんだん言えなくなる。
そうそう言ってはならないが・・ 言わなければならない時もある。      
・・・・・・
3943, 閑話小題
2012年01月11日(水)
    * つれづれに ー不況景色
 このところ急に身の回りが寒々としてきた。自分の状態が状態だけに、そう
見えてくることもあるが。私の甥っ子が「メガネ・スーパー」に努めているが、
先日、検索すると、株価が100円を割っており倒産の瀬戸際とあった。
銀行の株式相場を見ていたら案の定、震災地の銀行の幾つかの株価が50円前後。
あの「みずほ銀行」も100円前後。マスコミも情報コントロールをされ、
そのことを取り上げない。20年以上、屋敷内の貸家も空家になって三ヶ月目。 
3月、4月の転勤時期に入居を期待しているが、どうなることか? 
現在、消費税アップが問題になっているが、前の事業を考えてみても、消費税が
10%になったら借金ゼロでも存続は無理。これは他の多くの事業でも当てはまる。
増税を反対をするのは分かるが、国の税収が激減し、収入が支出の半分以下なら
上げざるをえない構図になっている。現在の日本国内では金を使わない算段は
いくらでもある。これでは貧乏症の日本人の消費マインドは、大きく冷え込み、
長期の景気低迷になる。 世界的な経済の氷河期に入った。昨夜もNHKのクローズ
アップ現代を一時間延長して、欧州危機、世界恐慌危機についての放送していた。
また先日も東北被災地の失業問題の特番を組んでいた。これが数十年も続く?

  * バンジージャンプの命綱が切れた
 ニュースで、南アフリカのボツナワ国境にあるザンベジ川のバンジージャンプ
で、飛び降りた若い女性の命綱が切れ落下、落ちていく映像が報じられていた。
それでも奇跡的に助かり、自力で川辺に泳ぎ着いたという。よく助かったもの。
人間が川に飛び込んで助かる限度が40Mというから、一度バンドした後に
紐が切れた高さが、40M以下だった為に、奇跡的に助かったことになる。
打ちどころが少しでも悪かったら、もちろん即死である。これまで、飛び降りた
人が5万人、その一人に私も入っている。これまで、紐が切れたりした事故は
無かったという。それにしても私も50歳で、よくやったものだ。
・・・・・・・
3578, 10年一昔というが ー2
2011年01月11日(火)
 この10年で、デジタル機器が飛躍的に進化し、パソコンや携帯電話などで
ネット社会が出現。地球上の人たちのあり方を根底から変えてしまった。この間に
ブログが世界的に普及、誰もが個人サイトの発信基地を気楽に開けるようになった。
更に携帯電話機能が飛躍的に性能アップ、そこにインターネットが接続され、
ミニ・ブログのツイッターが受発信と、Youtubeで世界中の動画の受発信が可能に。
これらがグローバル化を押しすすめる結果となった。
この10年の潮流を知るために、大きな出来事を重要順に選んでみた。
 ー2001年〜2010年、世界10大ニュースー
1、2008年のリーマン・ショック 2、2001年の9・15テロ、アフガン、イラク戦争
3、ネット社会の出現      4、デジタル機器の飛躍的進化
5、3,4の結果、世界のグローバル化、フラット化が進む
6、インド洋、中国・四川、ハイチ大地震などの大災害が相次ぐ
7、アメリカで初の黒人大統領が選出 
8、中国・インド・ブラジルなど飛躍的経済発展 
9、電気自動車がクローズアップ、今後の重要産業に目される
10、環境問題が待ったなしに!その一つとして原発開発の機運が世界中に高まる
 この主な出来事をみても、10年前では想像を絶する現象が、
たて続きに起きている。今後10年は、これより激変が起こるとみると、それは
想像を絶することになる! 分かっていることは、「この現象は百年単位の変化
の現象でなく、数千年、数十万年単位の変化の入り口に入った」ということ。
それからすると、この変化は恒常的に続木、その結末として人類の歴史は、
それほど長く続かないと見るべき?
 ・・・・・・・・
3203, 電気自動車の話
 2010年01月11日(月)
「電気自動車は、パソコン、携帯電話以上の影響を社会に与える」と、
思わず疑いたくなるコメントが、NHK・TVのレポートのインタビューから
聞こえてきた。30年間電気自動車を研究してきた慶応大学教授が話していた
のだから、再びびっくり。私の知る限り、パソコンと携帯電話以上のインパクト
のあるマシーンは、これまで無かったし、今後とも当分無いだろうと思っていた。 
家内に言ったら「そんな馬鹿なことはない」と、私と同じ意見。
 しかし、本当と仮説を立てると如何いうことか? 移動空間から情報空間
としての見直しなら納得する。(希望的予測として)三年後に普及車が量産され、
10年後には重心が、エンジン車に取って変わっているという。
部品が10分の一から、更に少なくなるはず(三万ー>三千)。日本にとって、
リチウムとか、電気技術が進んでいるので、プラスに働くとか。わかず三年前
までは、「電気自動車」が、ここまで注目されるとは思っていなかった。
ガソリンエンジンは熱を持ち、スペースをとり、車形などに大きな制約があった。
しかし、それから解放されると思いもよらない車が、あらゆる業界から出現する
可能性が大というのも頷ける。さらに電気自転車とスクーターの融合したような
ものや、オートバイと車の融合したものが出来るだろう。車椅子のような乗り物
が一般の移動に考え出される可能性もある。自動車の概念が根底から崩される
ことになる。 家の一部としての移動式生活空間と見直されるかもしれない。 
生活の中で電気自転車で驚いていた。それが電気自動車としたら、更に大きな
インパクトを与えることになる。さらには電気モーターの、カヌー、舟、小型
ヨット、電気ヘリとか、電気パラグライダーも。 
厳しい経済環境になっていく反面、面白い時代でもある。 


5414,閑話小題 = 寒い朝〜つれづれなるままに

2016年01月10日(日)

   * 寒い朝〜つれづれなるままに 
☆ 北朝鮮が、再び核実験をおこなったが、水爆ではなさそうだ。
 今のところ不明だが、年明け早々、イラン、アラブの国交断絶や、
世界的の株式の暴落などを含めて世界は更に混沌としてきた。
米国大統領の最後の年もあって世界の混乱に拍車がかかる年になる。
☆ ロシア、中国、欧州、米国の、どこから発火しても、その火の手
 は一瞬に世界を駈け回る。原油も暴落、30ドルを割りそうな気配。
ロシア、中東など資源で潤ってきた国々も、これで資金が不足すると、
それが戦争やテロの火種になって難民を輩出する。
☆ 積雪、多ければ多いで大変だが、無ければ無いで、水の循環に
 狂いが出る。オゾン層の破壊による地球温暖化は深刻だ。
☆ 年賀葉書が例年どおり、毎年、差出した人から、そのまま届いた。
 現役時代は個人宛てが70通位だったが、今では50数通に減った。
☆ 小学校時代の恩師から、『自分史』が送られてきた。
 30年前に頂いた個人史は18pの小冊子だが、これは、一冊の本。
先生の信条は、「話すより、手紙を書く」で、筆や、ペンでスラスラと
書かれた手紙は、それだけで、一つの作品のようである。 私は、
この随想日記を墓場と見立てて、個人史的なことも書いている。
分類が項目が、目次にして、駄文を切取って、構成すれば、本になる。
 まず母親の残した『自分史』を送ろうかどうか? 思案中!
☆ 今日から大相撲が始まる。一時、熱が冷めていたが、不祥事後は、
 ガチンコ勝負の徹底で人気を回復させている。
人気回復に、若い女性の取り込みを戦略にしたこともあるが、観客席に、
その姿が少なく、中年女性が目に付く。

・・・・・・
5049,生と死をめぐる断想  ー3
2015年01月10日(土)
   * 死に対する恐怖 ー岸本英夫氏の場合
 宗教学者の故・岸本英夫氏が、東大教授であったアメリカ滞在中の1954年に
悪性の皮膚癌のが発見され、余命数ヶ月と宣言され、10年にわたる闘病生活で、
常に死を見つめてきた。〜『死を見つめる心―ガンとたたかった十年間』から
≪「人間にとって何より恐ろしいのは、死によって今持っている『この自分』
の意識がなくなってしまうこと。 死の問題を突き詰めていくと、それが
『この今意識している自分』が消滅することを意味すると気がついた時、
人間は愕然とする。 これは恐ろしい。何よりも恐ろしいことである。
身の毛がよだつほどおそろしい。死後の生命存続ということが、煎じつめると、
その一点にかかっている。何とかして、「この自分は」いつまでもその個体意識
をもちつづけうるということが確かめられればと願う。 これが近代的来世観。
 しかし、どうであろう。死によって肉体が崩壊すると、感覚器官や神経系統も
消滅する。脳細胞もまったく自然要素に分解してしまう。生理的構造が何もなく
なった後で、「この自分」という意識だけが存在することが可能だと考えようと
するのは、相当に無理がある。これは近代においても、人によって、その見解の
異なるところがあるように思われる。私自身、はっきりいえば、そうしたことは
信じることはできない。そのような考え方はどうも、私の心の中にある合理性が
納得しない。私の心の中の知性は、そう考える。≫
▼ 世界中の宗教を研究する岸本英夫。「世界の生命が何らかの形で死後も続く
と主張するところが共通する」が、そう信じて死んでいくことに否定しないが、
彼自身は、それを受けいれることが出来なかった。 死によって、肉体が崩壊
すれば、脳細胞も消滅する。生理的構造が無くなれば、「この自分」の意識
だけが残るというのは相当無理があるのではと。死後の世界を否定するのは
苦痛を伴う。その結果、自分がどこに行くかを問わない、というもの。
死後の生はないと決め、人間が与えられている今、この命だけと思い定めて、
「この自分」が確かに存在している生の期間に集中する。身の毛がよだつ
死の恐怖も、充実感に溢れる生き方をしていれば克服できると、彼は言う。
 その後、死は「別れのとき」という考えに到達する。人間が別れを経験し、
耐えることができた別れの、より大きく全体的なものだと。 そこまで、
心が到達して、平安を得る。私自身、父親の「生命飢餓状態」を、一年間、
身近で見ていて、父親が、煩悶の中で教えてくれた人生と、その結末。
【元気なうち、生きているうちが花! 死んでしまえば、それまでよ!
ただひたすら毎日を楽しめ!】に、深く納得する。死んで花見ができようか!
 で、以下の一年、二年前の文章につづく! 偶然だが、そういうこと。
・・・・・・
4684, 偶然からチャンスを見つけだす能力 ー2
2014年01月10日(金)
         〈ー偶然からモノを見つけだす能力ー沢泉 重一 (著) 〉 
   * 私の体験例より・・
 偶然からチャンスを見出した経験は人生を長く生きてくれば、誰もが
多かれ少なかれ持っている。その偶然に出会うのは、節目の極限状況が多い。 
新潟の駅前から150Mほど離れている角地の更地70坪で、さて何か事業を
始めようかと考えた。その直前まで実家の衣料品ディスカウントの本店を
任されていて、二ヶ月に一度の割で東京、高崎、名古屋、岐阜、大阪、広島
などの産地に仕入れに行ってビジネスホテルに4年半ほど宿泊をしていた。
その顧客経験から、新潟駅前の格安ホテルなら必ず成功すると思い至った。
おりしも上越新幹線が部分開通が始っていた。34年も前のことである。
以前より、何かに捨身で無我夢中にエネルギーを集中すると、そのプロセスで
他の何かをつかみ取れる経験をしていた。卒業後、ジャスコに一年勤務。
考えるところがあって産能大に編入した時も同じである。その時、千葉郊外の
姉の家に居候をして自由が丘に通っていたが、姉が家から車で20分離れた
新興住宅地の一角を将来の貸家のために買っていた。千葉県住宅供給公社が
開発、販売のため、一般の半値近い。そのため何倍かの希望者があるため、
公開の会場で抽選会が行われ、その場で次々と当選が決まる。それには
条件があって、二年半以内に建物を立てないと公社に強制的買戻し条件がある。
それもあって、地区ごとに、団地が住宅建設が見られる。ある朝、何気なく
新聞広告をみると、その五万人ほどの住宅地のド真ん中の商業地の販売広告が
載っていた。そこで、姉に「これは買いだと思う!申し込みをして当たれば
儲けもの、どうだろう?」と話すと、「当たってからの物種。当たったら、
父親に借金をすればよい。とにかく申し込んでみたら」と言う。
時は、高度成長期の真っ只中。団地の一等地である商業地の「角地と、隣」
二箇所を、早速、申し込んだ。物件の倍率は、角地が十五倍、その隣は三倍。
抽選当日、会場の抽選会に行ったが、何となく角地の隣は抽選に当たる!
予感がしていた。そして、当選。 外れても当選者の辞退が出た場合、
次点の人に権利がある方式。「これで余裕があれば、応募しない手はない」
と思ったのを憶えている。 それも隣接する二万人の隣の住宅地加えると
七万人の十字路の角地の隣接地からみて、五年で数倍になるのは誰でも分る。
そこで、私に甘い父に「せっかく、当選したのだから、私の物件でなくても
よいから」と、三日間、つききりで、その価値を説き続け、その結果、
実家の会社名義で買うことになった。これも、当時の合併した直後の
ジャスコを思い切り辞め、大学に入り直して必死に学んでいたおかげ。
 その二年後に貸ビルを建設し、その一角で「養老の滝1122号店」と、
焼きたてのパン屋「センチュリー・ベーカリー」を立ち上げ、無我夢中で
取り組んでいるうちに、実家でお家騒動が勃発、その二つを経営委託をして、
長岡に帰ることになった。 これも私にとって大きはチャンスになった。
千葉は5千万の総投資だったが、一億で売却。 それが新潟駅前シリーズ
の事業資金。 まず、時流に乗った何かを見つけ、全身全霊を込めると、
思いもよらないチャンスが舞い降りてくる。 
 この随想日記も、そうである。第三者からすれば「毎日、飽きもせず、
この程度の文章を書き続けて!」と思うだろう。他人を傷つけ、銀行の担当
から疑われ5百万も脅し取られ、この一連の中で「これは、計画倒産そのもの
じゃないか?」と詰なれても、割り切ってしまえば、それまで。
10年、50年先に残るのは、その時どきに残した言葉=魂(全身全霊の
エネルギー)だけ。言葉とは、それだけの力があると実感するからである。 
事業40年、人生68年の総括での「遇察」は何だったか? 
般若心教の悟りに近い、色即是空、空即是色の透視?
 因縁、感謝、感動!の中にある一連の現象。 
人生に後悔が無い、といえば嘘だが、諦め(明め)はついてきた。
・・・・・・
4317, 幸せはいつうもちょっと先にある −5
2013年01月10日(木)
      「幸せはいつもちょっと先にあるー期待と妄想の心理学」
                    ーダニエル・ギルバード著
   * お金の果てない追求は、なぜおこるのか? −�
 お金の効用こそが、価値を決定する。今さらのことだが、その辺が曖昧に
なってしまう。私自身、末っ子のため、両親の傍で、いつも金銭哲学を聞いて
育った。そして、最期の死様から多くの教訓を得た。その一つが、時節ごとに
使うべき金は使うべし、残しても、後でみると不安を具現化した残物でしか
ないということ。人生(特に事業)は何時何が起こるか分からない。
財産を残しても、一瞬で消え去る恐ろしさを見聞きしていた。
で、給料範囲で全てを使い切ることにしてきた。 振り返ると、それが正解。
満足した行蔵が人生の晩年の宝として残っている。本を読んでも、TVを見ても、
それがベースになっている。
  ーその辺りを抜粋するー
≪「ものの価値、その値段ではなく、そのものが与える効用をもとに
決定しなければならない。ものの値段は、そのもの自体に左右されるだけで、
誰にとっても同じだ。しかし効用は、予測をしている人の個別の状況に
左右される。そのため1000ドルの利益は、たとえ額は同じでも、金持ち
より貧乏人にとっての方が間違いなく価値が大きい」 富そのものは幸せに
関係ない。大事なのは「効用」。お金や昇進やビーチでの休暇そのものには
興味ない。あるのは、こうした形態の富がもたらす、満足や喜びである。
賢い選択とは、喜びを最大にする選択であり、お金を最大にする選択ではない。
お金が増えていく場合、一ドルが与える喜びは常に前回よりわずかに少ない。
人は絶対量でなく、相対量に敏感である。しかし効用を推定することは難しい。
それをするには、そう想像だ。我われの脳は独自の構造を持っていて、
心の中で自分を未来の状況に移動させ、そこでどんな気持ちがするか自分に
尋ねることができる。 効用を数学的な正確さで計算しなくとも、明日に一歩
足を踏み入れて、その感触を確かめればよい。自分を時間軸の前方に投影し、
出来事が起こる前にそれを経験できる能力のおかげで、我われは誤りをおかす
ことなく学ぶことができ、行動することなくそれを評価できる。
 それでも未来の自分と未来の状況をシュミレーションする能力は、完璧から
ほど遠い。未来の状況を想像するとき、我われは、実現しない細部を穴埋めを
し、実現する細部を放棄する。未来の状況を想像するとき、今感じていること
を無視できず、あとで起こる物事について、どう考えるようになるか気づかない。
しかし、先見はもろい能力だ。そのためには、目を細め必死に目を凝らして
みたりしなければならない。幸せを見つける公式はない。しかし、偉大なる
脳は、ちょっと先にあるように見える幸せに、かならずしも導いてくれない
としても、なぜ辿りつけないかを教えてくれる。≫
▼ 秘境ツアーは、その最たるもの。大体、価格の5〜10倍の価値を実感
 してきた。その効用(価値)は、経験と情報でほぼ予測可能である。
その上、行った先をTVの旅行番組で映し出してくれる。その時の見れなかった
細部をプラスして見せてくれる。とはいえ、それも時間と金銭と気持ちに
余裕があってこそ。 亡くなった姉が派手な浪費家と思っていたが、
振り返ると、浪費家というより‘良’費家に思えてきた。その時々を最大限、
楽しんでいた。 人生は、それでよいと、この歳になる身に沁みて思える。
ただ、面子を捨てることが出来るかどうか。面子は面子で、それも可愛い。
 ・・・・・・
3942, 終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか ー2
2012年01月10日(火)
     「終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか」 
                            水野和夫著
  * 事実は真実の敵である
‘はじめ’の次の言葉が、この本の全てを要約している。
≪ 我々がシュミットのいう「世界史」の終わりに近づいているに一刻一刻と
 近づいているにもかかわらず、その認識がなく、グロバリゼーションを
「ヒト、モノ、カネが国境を越えるプロセス」と考えて資本の反革命の片棒を
担いでいる。・・ 「事実は真実の敵だ」といったのは、ミュージカル
「ラ・マンチャの男」の脚本を書いたD・ワサーマンである。
グロバリゼーションの「事実」とは、「ヒト、モノ、カネの国境を越える
自由な移動」であり、その「真実」とは、帝国システムをなす中心と周辺を
結びつけるイディオロギーである。≫
▼ ここで、二つの経済震災と、一つの自然震災を著者は「近代の自己敗北」と
「歴史における危機」とみる。近代は、過去の遺産を食い潰し、未来の利益を
横取りをしたと看破している。現在の日本のy財政や年金を例にみても、その
ことが納得できる。ヒト、モノ、カネの移動をグロバリゼーションの事実だけ
みて、その真実を知らないと、近代科学のもつ恐ろしい力に飲み込まれてしまう。 
その上に、ひとりひとりの手には、高性能の情報端末を持つ時代になっきた。
情報化社会でグローバリゼーションを止めることは不可能。 
グローバル化は金融や情報だけでない、細菌なども含まれる。
今回は大地震と津波、そして原子力発電の破壊が重なった大震災だったが、
鳥インフルエンザや、狂牛病などの細菌汚染もあるから、ことは重大になる。
それぞれの地区、国内の問題が、一瞬に世界に広がってしまう危険が増した。
帝国システムをなす中心だけでなく、最悪の問題にとって変わって世界の周辺
各国に結びつける作用になる。これこそ、グロバリゼーションの事実であり、
真実といえるのである。 従って、この本のテーマの「終わりなき危機」が
グローバリゼーションの真実ということになる。インドや、中国のような膨大な
人口を広い国内に抱えている国が、最後に生き残ることになるのか? 
グローバリゼーションは、それぞれの文化を破壊する。
それが一番、恐ろしいことである。 きしくも、下にある二年前の
「一〇〇年前の世界一周 ー2」の文章が、それを語っている。
・・・・・・・
3577、10年一昔というが ー1
2011年01月10日(月)
10年一昔というが、それにしても激しい変化である。 
 10年前の2001年といえば、
・前大統領のブッシュがゴアに僅差をつけて大統領になり
・9・11テロが発生、アルカイダと断定し、アメリカは
 アフガン攻撃をし、タリバン政権は崩壊した。
・国内では、小泉が「改革なくして成長なし」「自民党をぶっ壊す」
 などのフレーズで、首相に就任。 田中真紀子が外相になったが、
 直ぐに能力に問題ありと失脚。
・イチローが大リーグのマリナーズに移籍、豪語したとおりにMVPを獲得。
・この年に、アップルがiPodを発売し、携帯デジタル音楽プレーヤーが
 爆発的に売れ始めた。
・皇太子妃に第一子の愛子様が誕生。
 これが21世紀の幕開けであった。
 それから、ブッシュはアフガンに攻撃の後、イラクに侵攻、泥沼に入った。
 そして、リーマンショックという大事変が起きてしまった。
その結果、失われた10年をそのまま引きづり、失われた20年と日本経済と
社会は疲弊してしまった。首相は、小泉の後、一年ごとに交代し、現在に
至っている。その間の失政による混乱は、あまりに悲惨である。戦後、
間接的アメリカによる統治で日本そのものが骨抜きにされたことは言う
までもない。小泉元首相の改革で垣根が低くなったが、格差は拡大。
これも仕方がないこと。
・・・・・・・・
3202, 一〇〇年前の世界一周 ー2
2010年01月10日(日)
 先日の新幹線の行き帰りの車中で、旅行記の文章を読みおえた。
8割が117枚の写真で埋められていたので、70ページぐらいの文章で
しかなかった。その半分は、この本をまとめあげたドイツの文筆家の
フォローの文章であり、読みやすい。アベクが50年後に、この写真と昔の
メモを見ながら書いた文章で、旅行中はカメラに思いを込めていた。
そのため、その写真の向こうからアベクの思いが、そのまま出ているよう
でもある。この中で日本の写真は20枚あり、当時の庶民の姿が何ともリアル。 
彼は旅行を通して、自分の住む世界に疑問を持つようになり、旅も終わりに
なるにつれて、考えが大きく変化したことに気づく。
「旅を始めたとき、彼は欧州文明が正しいという確信を持ち、その一員である
ことに誇りを持っていた。そして海を渡り、彼方で暮らす人々と知り合うよう
になった。すると、欧州の本当の姿は、安っぽい民族主義に包まれ、まるで
動物ででもあるかのように万国博覧会の見せ物になっていた世界の人とは、
大きく異なることを見いだしたのだ。彼等は貧しくとも、言葉が理解できなく
とも、奇妙な風習があっても、ワルデマールは彼等と心を交わすようになった。
インディアンの青年、快活なアメリカ女性、別府で過ごした二人の芸者、
日本の職人、友となったナカノ、北京で雇った少年、バラナシにいた敬虔な
信徒たち、そして、ジャワで見かけた花のような人たち・・」
「 シナ海やマラッカ海峡と比べたら、地中海には何の夢も描けない。 
黄浦江から見た上海と比べたら、世界で最も美しいといわれたナポリでさえ
色あせて見える。ベスビオ山はせいぜい小さな丘で、インドネシアのセメル山
を見たときのような興奮を覚えない 」等々。 このリーマンショックは、
欧米中心で周っていた世界の崩壊過程の大きなキッカケである。彼は旅行を
通して、それまでの欧州中心の世界観が、いかに歪んでいたかに気づいた。
私の趣味が「世界異境、秘境ツアー」である。そこでみるのは、自分の世界が
いかに小さいか、そして歪んでいるかを再確認することである。
それより、大自然のパノラマの魅力もあるが。100年前の、この経験は、
それまでの価値観を根底から破壊するのは当然である。近代哲学の一群が、
いち早く、それに気づいている。 構造主義、脱構造主義などである。
アマゾンの原住民の風習と、欧米とどちらが優れているのか? 
もしかしたら、彼らの方が?という疑問が出てきた。
100年前に、アベクは、それに気づいたのである。 
タダ、彼は哲学者ではなかったのである。


5413,だれもわかってくれない ー②

2016年01月09日(土)

      『だれもわかってくれない』ハイディ・グラント・ハルバーン著
   * 信用レンズ
  まず、この3つのレンズを簡潔に要約すると・・
・信用レンズ: 初対面の相手を評価する際に働く、温かみと、
      それを伝える能力が大事。誠実でウソをつかないこと。
      話しをしている間、目を逸らさないことがポイント。
・パワーレンズ: 会社における上司など権力者が持っている認知の特徴。
      例えば、「私にとって役に立つことを示せ。さもなくば消えろ」
      「自分を守ってくれるパワーがあるか」
・エゴレンズ: 自分の過去の意思決定や立場を守るための認知の特徴。
      このレンズの目的は、ただ一つ、自己肯定感を守ったり、
      高めることが可能かどうか。このお陰で、私たちの殆どが、
      自分が平均より賢く、魅力的で、道徳的に優れていると
      思っている。したがって、何かうまくいけば自らの実力と思い、
      うまくいかないと、状況や誰かのせいだと考える
 ー他に ・予防レンズ: 失敗を回避することに重きをおく特徴。
      慎重でリスクや問題がよく見える。
     ・促進レンズ: チャレンジして成功することに重きをおく
      のが特徴。リスクが見えづらく、楽観視しがち。
  誰でも、今より良い暮らしを手に入れることと、今あるものを守る
  ことの両方を同時に望むが、どちらかに偏るもの。
  一番大事なことは、ある人にとって「向上すること」だが、
  ある人にとって「安全であること」。
ーー
まずは、「安全で、安心できる相手かどうか?」の「信用レンズ」より。 
 そのポイントを、以下のように上げる。−P130−
☆「信用レンズ」= 初対面の相手があなたを見極めようとするときに
 最初に考えるのは、「信用できる人間かどうか」ということです。
 早く言ってしまえば、「敵か味方か」ということです。
☆ 人を信用するかどうかの判断は、ほぼ完全に無意識のうちに行なわれ、
 それは「人間的温かみ」と「能力」の印象に基づきます。「温かみ」は、
 相手の味方になろうとしていることの表れで、「能力」はそういう意図を
 実践できることを意味します。
☆「温かみ」を伝えるには、相手に注意を払います。話している間は目を
 合わせること、微笑むこと、うなずいて理解を示すことなどです。
 またそれが適切なら、共感を示したり相手を気遣つたりします。
 一番大事なのは、誠実でウソがないこと。こちらが先に相手を信用して
 安心させることも、場合によっては効果的です。
☆ 目を合わせるというのは、「能力」を示すことにも有効です。そして、
 背筋を伸ばして座りましょう。個人的な心配事などをやたら話しては
 いけません。あまり卑下するのも、自慢もよくありません。少々謙虚な
 くらいにすると、相手は感心してくれます。自分をあまり有能だと
 思えないという人は、「パワーポーズ」を試してみてください。
☆ リーダーとして部下から信頼と忠誠を得たいと思うなら、
 「能力」よりも「温かみ」のイメージを優先的に発信することです。
 ーー
▼「だれもわかってくれない」のは当然のこと。少しはわかってくれて、
 友人で、わかってくれなくとも、一緒にいるだけでホッとするのが親友? 
この3つのレンズは、大方、直感で判断するが、この選定の結果、過半数
以上が、間違いだったことに気づき、『男(女)運が悪かった!』と嘆く。
運が悪いのでなく、頭が悪いだけだが、その自覚がないから始末が悪い。
その鬱積を周辺の噂話の創作に向けるため、ガスが湧くヘドロのドブとなる。
挑戦、変化、戦い続け、脱皮しないと、肥大し歪んだ、あの世間人に陥る。
・・・・・・
5048,修羅場の極意 −2
2015年01月09日(金)
                 『修羅場の極意』佐藤優著
   *「夫のアル中」と「カネがない」のが最大の修羅場      
  西原理恵子との対談の表題にある『修羅場の極意は、「最悪」の
 シュミレーションをすればよい』だが、修羅場はいつ来るか、どういう
 状況の下にくるかもわからない。準備のしようがないように思えるが、
 長期的な体質づくりは可能である。そこで、自分が何をしたくて生きて
 いるのか、を明確にして、優先順位を決め「最悪」状態になっても「やる」
 と決めれば、何とかなるもの。 ーその辺りからー  
≪ 佐藤 西原さんの最大の修羅場はいつですか?
西原 戦場カメラマンだった夫がアルコ孟依存症で、家の中で暴れていたとき
 ですねアルコール依存症って大変な病気で、理性が吹飛んで、野生の生き物
 みたいになっちゃう。だから強い者にはペコペコして、弱い者は徹底的に
 いじめる、という動物のような人格になってしまう。二十四時間、私のことを
 罵倒していました。私はアルコール依存症という病気の知識がなくて、この人
 は著しく性格の悪い人だと思い込んで、二人の子どもを守るために離婚した。、
佐藤 酒は怖いですよ。僕もロシアで山ほどアルコール依存症の人を見ました。
 あの国は男の平均寿命がものすごく短い。64歳くらいです。そして、死因に
 ウオッカが関係しているケ支が多い。アルマル依存症による内臓疾患だけで
 なく、酔っ払って交通事故や機械に巻き込まれる事故も少なくない。
 またはアルコール依存症に関係があると思われる自殺も多い。
西原 アルコール依存症患者の生還率は二、三割とされています。
佐藤 でも旦那さんは帰ってきた。
西原 そうなんです。治療を終えて、「ただいま」って帰ってきた。
 最初は怖くて目も合わ軸せられなくて。でも二日目くらいで結婚する前の優し
 かった頃に戻っていることに気づいた。 
西原 夫が病気になって思ったことですが、人間は必ず病気になる。病気に
 ならない夫も、潰れない会社に勤めている夫も、浮気しない夫も、この世の中
 には存在しません。そのとき専業主婦だったら家の中は滅茶苦茶になる。
 夫が倒れて、自分に子どもを養う力がなければ、家庭は修羅場になります。
 専業主婦は極めて危険なお仕事です。夫を治すために莫大なおカネがかかり、
 半年後にちゃんと死なせるためにも莫大なお金がかかりました。
 最大の修羅場はおカネがないこと。おカネがないと、たいていの人は獣に
 なってしまいます。おカネがないと男の子は泥棒に、女の子は売春婦になる
 危険性が高くなる。
佐藤 西原さんの修羅場の対処法を整理すると、まず、最悪の状況を
 シミュレーションしておくと。それで、原因を理性的に分析して、その危険が
 ある芽を潰していくということですね。これはすべてのことに応用できる。
西原 子どもを東大に行かせようなどと高望みしない。いい子に育てようといった
 漠然とした理想も描かない。最悪の危機管理から逆算するのであって、上は
 想定していません。
西原 人に好かれる、何か言われてもはね返せる強さが身につけば
 いいなと思っています。人に好かれるって一番の財産ですよね。それと、
 女の子は他人の中傷とかにすぐへこんだりしがちですが、それさえ気に
 しないで生きていける強度があればいいと思っています。 ≫
▼ 事業計画をつくる時、事業構想の背後には、最悪の思わぬ事態を想定し、
 自宅ならシェルター、船なら救命ボートを事業設計段階から 組み込んで
 おいた。 父親からの教えがあったが、ドルショックと、石油ショックを
 創業準備期に経験し、その恐ろしさを知っていたため。 事業は恐ろしい!
 だから命がけで面白いが、舟板一枚下は地獄。 今は何とかシェルター?
 暮らしだが、なかなか濃口の妙な味がする! 小さな修羅場は、最悪の事態
 を想定して逆算すればよい。悲観と楽観の枠を広げ冷静になる思考法。
・・・・・・
4683, スマート革命 ー4
2014年01月09日(木)              
              「ゼロから学ぶスマート革命」山崎秀夫 (著)
  * ミクシィ、グリーはもう・・全く目立ちません
 あれだけ騒がれていたミクシィ、グリーが、もう落ち目?とは、この本を
読むまでは知らなかった。半年ぐらい前に「LINE」なるものが若者中心に流行
を始めたとニュースで見てメモに書き写したが、そのままだった。今では
中高生や女性には、「LINE」に人気が移動しているようだ。ーその辺りから
《 既存SNSのミクシィ、既存SNS+ソーシャルゲームのグリーが没落を開始。
 ミクシィは2013年4−6月期が赤字となっただけではなく、通期の赤字見通しを
発表しています。グリーも海外拠点の閉鎖だけではなく、大阪オフィスの閉鎖、
200人のリストラを発表。その原因はパソコン+ブラウザー重視の時代から、
スマート革命(スマートフォンなど+アプリ)への対応が後手に回ったという
指摘がもっぱら。 日経新聞などはグリーの3年天下などと書いています。
一方で各種の「メッセージ型対話アプリ」の台頭と言うソーシャルメディアの
新旧交代が進む中、日本ではLINEが台頭し、中国では微信、韓国はカカオトーク、
米国ではインスタグラム、スナップチャット、ホワッツアップなどが台頭。
筆者は電車の中で時々女性のスマートフォンの使い方を観察していますが、
多くの場合、まずパズドラを楽しみ、次にLINEに移って高速で指を動かして
入力し、それからフェースブックに移って眺めるだけ・・そしてLINEに移って
高速で指を動かすと言うパタンが典型です。ミクシィ、グリーはもう・・ 
全く目立ちません「LINE型の対話アプリとスマートフォンゲームの組み合わせ」
が「ミクシィ、グリーの得意なパソコン(ガラケー)+ブラウザー時代の課金型
ソーシャルゲーム」を滅す原因となるのでしょう。さてパソコンとブラウザーに
基礎をおく既存SNS離れが始まっている中、フェースブックはどうでしょうか?
筆者も「ミクシィ、フェースブックが消える日―ソーシャルメディアの新旧交代」
(仮題)の書籍を書いていて驚いたのですが、国内のフェースブックとLINEの
企業ファンの数の対比です。企業マーケティングで見る限り以下のような数字
になっています。調査時点と少し変わっているかもしれませんが・・
 ローソン  フェースブック(いいね数) 約48万人 LINE 約1050万人
 Au  フェースブック(いいね数) 約100万人 LINE 約1000万人
 ソフトバンク フェースブック(いいね数)約100万人 LINE 約1000万人  
LINEが優位であり、1桁違いますね。大手企業はマーケティング、広告投資を
フェースブックでこれからも続けるでしょうか? また初のインターネット
選挙であった参院選挙の政党別のファン数を見てもLINEの優位は明らかです。
この状況は米国の企業マーケティングでは未だ始まっておらず、これからです。
明らかに日本のLINEが先行しています。米国で対話アプリが本格的に広告を含む
企業マーケティングに乗りだしたらフェースブック収益は足元を揺さぶられる。》
▼ 去年の暮れに「広島LINE殺人事件」で逮捕された少女と友人の会話で注目
 されたが、その内容はリアルそのもの。先日、一年ぶりに新潟のSEをしている
知人にPCとネット環境の変化を電話で聞いたところ、「中高年がフェースブック、
若者と女子どもはLINEへと流れは変わった」と教えてくれた。この背後には
スマートフォンとタブレットPCの変化がある。更にメガネ型PCなどの装着式PCが
普及をすれば違ったネットワークが台頭するのだろう。 動きは激しい!
 ・・・・・・
4316, 幸せはいつもちょっと先にある −4
2013年01月09日(水)
         「幸せはいつもちょっと先にあるー期待と妄想の心理学」
                      ーダニエル・ギルバード著
  * お金の果てない追求は、なぜおこるのか? ー�
 私たちは、極貧から中産階級に移動した時の喜びが、中産階級から上流階級に
移動した時にも正比例すると思っている。しかし実際は少しだけ上がるだけ?だが、
あまり変わりはしないことに気づかない。ーまずは、その辺を書き出し考えてみる。
≪ ・・何かを売ろうとしたことがあるなら、あなたはできるだけ高く売ろうとし、
相手はできるだけ安く買おうとしただろう・・ 
 売買の当事者はみんな、最後に残るお金が少ないより多いほうが幸せだと
思いこんでいる。この思いこみが経済行動の根本原理だ。だが、これを立証する
科学的な事実は、あなたが思うほど多くない。経済学者や心理学者は、何十年
にもわたって富と幸せの関係を研究している。富が人間の幸せを強めるのは、
赤貧から抜けだし中産階級になる場合だけで、それ以上はほとんど幸せを強め
ないという説が一般的だ。アメリカ人の場合、年収五万ドルの人は年収一万ドル
の人よりずっと幸せだが、年収五〇〇万ドルの人は年収一〇万ドルの人より
ずっと幸せというわけじゃない。貧しい国の人びとにくらべると、ある程度豊かな
国の人びとはずっと幸せだが、ある程度豊かな国の人々にくらべて、非常に豊かな
国の人びとがずっと幸せかというとそうじゃない。経済学者は、富に「限界効用
逓減」があると説明するが、これは、空腹、寒さ、病気、疲労、恐怖の状態に
あるのはつらいが、その苦しみから抜けだしさえすれば、それ以上のお金は
増えるだけで意味のない紙の山でしかない、ということを言っているにすぎない。
ならば自分が使いきれるだけのお金を稼いだら、あとは仕事をやめて楽しむだけだ。
でしょ? いいや、はずれ。豊かな国の人びとは、たいてい、長時聞まじめに
働いて、これ以上お金が増えても喜びを引きだ芸いという限界以上に稼ごうとする。
われわれはこの事実をもっと不思議がるべきだ。なにしろ、ゴールに安物チーズ
をおくだけで迷路を走り抜けるラットさえ、いったん満腹になれば、最高級の
チーズを使っても動こうとしないのだ。我われ自身、パンケーキをたっぷり
食べたら、それ以上のパンケーキはもう食べがいがないため、調達や消費の努力
をやめる。だが、お金については違うらしい。近代経済学の父、アダムスミスが
一七七六年に書いたように、食べ物への欲求は、人間の胃袋の容量が小さいせいで、
どの人でもかぎられている。しかし住宅、、衣服、馬車、家具などの便利品や
装飾品への欲求は、何の限界も、はっきりした境界もないようだ。食べ物もお金も、
いったん十分になるとそれ以上の喜びを与えてくれなくなるなら、なぜわれわれ
は、食べ物を腹に詰め込むのをやめるのに、ポケットには際限なく詰め込み続ける
のだろう。それは金銭の多さに比例して満足が増えると思い込んでいるためだ。≫
▼ 世界も、日本も上流階級が存在している。金銭で表現すると、1〜2億以上の
 純資産が上の下、10〜20億クラスが上の中、最上が100億以上という。
それに見合って幸せかというと、そうでないようだ。純資産がゼロというと、
常にお金の残高を意識する生活になるため、ある程度の収入と預金が必要である。
だから、極貧から脱出した時の喜びは、大きくなる。では中流と上流との幸福感は、
どうだろう? それほど変わらないようだ。しかし中流の上流に対する希求は
思いのほか大きい。中流は欲しい物が買えないので少し不幸で、上流は何でも
買えるので少し不幸ということ。でも、これだけは、多い方が良い。
  一万円と百万円を懐に持って一万円の買い物をするとき、気持ちが全く違う。
心理学者のお金に対する切口は特別に面白い。
・・・・・
3941, 終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか ー1
2012年01月09日(月)
  「終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか」水野和夫著 
  * 9・11、9・15、3.11の意味するもの=「近代の敗北」の記念碑
 私にとって10年前の9・11、3年前の9・15、去年の3・11の三連打で
呆気なく事業人生を終焉をした。それぞれの震災が起こるたびに売り上げが翌日から
右下がりになってしまう。その都度、政府が打ち出す政策などで持ちこたえてきた。 
しかし最後の東北大震災で止(とどめ)めをさされてしまった。売り上げの推移は
正直である。最近、二つの経済震災と、原発事故をともなった東北大震災の三つは
関連しているのでは?と考えた。 ところが先日、図書館で借りてきた水野和男著
の『君はグローバリゼーションの真実を見たか』の中に、私が知りたいことが、そ
のままあった。 ーここで書かれていることを大雑把にまとめるとー
≪ 500年前に、ヴァスコ・ダ・ガマとコロンブスによって海洋に進出し、
 近代化を始まった。これは、要するに、「欧州における北アメリカの開発に伴う
超長期のブーム」の出発と捉えることができる。それは「陸の時代」から
「海の時代」の転換を示唆していた。海の時代には、アメリカ、アジア、インド
大陸などに侵略をしていた。それを欧米では近代化といっていた。
そして2008年のリーマン・ショックと、去年の3・11の原発事故で、
その近代化の終焉を迎えた。 9・11はそのアメリカに対する、弱者からの
反撃でもあった。本来1970年半ばで終わっていたアメリカの時代も、金との
兌換の中止を宣言したニクソンショックで終了したはずだった。その1974年に
自動車や家電製品に使われる粗鋼消費量がピークを向えていた。 これが
「地理的・物理的空間」の膨張の止まりであった。近代社会とは、膨張し成長
し続けることを前提とした。≫  ーまず、そのへんの部分を抜粋してみるー
【 9・11(米国同時多発テロ)、9・15(リーマン・ショック)、3.11
(福島原発事故)を「真の危機」と認識し、その原因を考えないと、これらを
上回る大きな危機が襲ってくる。 
  * 9・11ではテロリストによってジット旅客機がミサイルに、
  * 9・15ではサブプライムローンが略奪的貸付として、
    CDSが「金融版大量破壊兵器」として、
  * 3・11では原発が「放射能兵器」へ姿を変えて、弱者に牙をむいた。
    −字数制限のため中間カット 2016年01月16日 】
▼ この3つの震災は、大きな時代の変わり目であり、アメリカの衰退の象徴。
 この3つが「近代の敗北」の道標として歴史に残る。我われは、その場面に現在
 進行で直面しているのである。この節目(カオス)が今後数十年、続くことになる。


5412,だれもわかってくれない ー��

2016年01月08日(金)

     『だれもわかってくれない』ハイディ・グラント・ハルバーン著
  *「信用レンズ」「パワーレンズ」「エゴレンズ」
 世間とは、一般的に、個々の立場から延長する人間関係を言い、
本人、家族、近所、その知り合いと広がった人たちの繋がりを総称する。
人間は複雑で、この3つをベースにした歪んだレンズを通した世界に住む。
 個々人にとって、それが現実で、全世界になるが、それを客観視できない
ため、小さな世界から一歩も外に出ることが出来ない世間という名の牢獄で、
一生を終えることになる。  そのレンズを、著者は、「信用レンズ」
「パワーレンズ」「エゴレンズ」の3つに分けて、ここに前向きな
「促進レンズ」と、後ろ向きの「予防レンズ」を加える。のっけから、
そんなレンズの視線を気にしないで、自分のレンズを冷静にみて、
生きていくべきだが、これが難しい。
 〜アマゾンの内容より〜
≪ そんなつもりで言ったのじゃないのに、勝手にそうと決めつけられたり、
 自分では笑顔でいるつもりでも、だれも話しかけてくれなかったり…。
こういった「誤解」は、オフィスでも、学校でも、家庭でも、老若男女関係
なく、つねに起こる問題です。ところが近年、その仕組みは科学的にかなり
解明され、予測することが可能になってきています。社会心理学の研究に
よると、人は育った環境や性格によって、大きく3つのレンズ「信用レンズ」
「パワーレンズ」「エゴレンズ」をつけ世の中を見ていることがわかりました。
あなたがコミュニケーションしようとしている相手はどのレンズをつけて
いるのか、あなた自身はどのレンズを通して相手を見ているのか、まずは
それを理解することが、スムーズなコミュニケーションにつながる秘訣だと、
著者は言います。 本書は、モチベーションと目標達成分野の第一人者で、
コロンビア大学ビジネススクールで教鞭をとる社会心理学者が、誤解の原因と
解消法について具体的事例を挙げながらわかりやすく解説した実践的な1冊。≫
▼ この3つのレンズで、世間の視線を分けると、その嫌らしい縄目が透けて
 見えてくる。多くの人が、この歪んだレンズの共同幻想の飼殺しで終わる。
 3つのレンズを、連れあい相手を探す時のレンズと例えると、解りやすい。
・一生の伴侶として信用してよいか、温かみがあるか? 「信用レンズ」
・自分の望む生活を維持できるパワーを持っているか? 「パワーレンズ」
・我がままを許容してくれるか?のレンズで、相手を見定める。「エゴレンズ」
ライオンの群れが、ボスライオンが失踪したとき、メスグループが、新たな
ボスを選定するプロセスを映しだしたTVドキュメントを見たことがあった。 
メスにすれば、外部の強いオスにボスが群れから追い出されれば、子供は
皆殺しになるため、ボスの選定は当然、厳しくなる。これが人間社会だと、
一つ間違えると、一生をボウにふることになる。「貴方の事など誰も解って
くれない!」 そこで、努力をするか、壁をつくるか? どうでもいいか?
・・・・・・
5047,閑話小題 〜全人類と全アリンコの重さは同じ
2015年01月08日(木)
  * 全人類と全アリンコの重さは同じ
 どうでもよい話だが、全アリンコと全人類の体重は同じぐらいで、地球上に、
一京(一兆の一万倍)のアリが存在し、他の昆虫の総体重の10倍はあるそうだ。
ケニアの草原にはアリズカの山が延々とあり、それを餌にするアリクイという
動物までいる。 アリには奴隷アリもいて、他のアリに強制的に働かされている
のもいる。地下に葉っぱを発酵させ、コケを栽培させているアリもいる。
ある意味、地下社会の支配者でもある。
  * つれづれに 〜アベノミクスって大丈夫? 
 犬も歩けば保守にあたる、って感じになってきた。景気と国勢が右下がりも
あって、20数年かけて総中流社会が総下流に下がっている。世界全体が
重苦しく停滞していく中、不安心理の裏返しなのだろう。アベノミクスの金融
緩和で、株高、円安、物価高に重心が動き出したが、地方には景気浮揚の実感は
なく、どんよりとした黒い雲が、覆いかぶってきた。 隠居の身、40年以上の
緊張感から開放され、フワフワ浮いたような毎日。それが思いのほか良くもある。
そして原油が50ドル以下とは驚き!ロシアなど輸出の8割を占める資源大国は
一挙に変になってきた。ちなみに、最近、モノを買わなくなった。買わなくとも
済むからだ。税収の二倍の国家予算で、国の借金が国民一人当たり7百数十万と
いえば、誰もが不安になろうというもの。目先を、6年後の東京オリンピックに
向けて何とか乗り切ろうというのだろうが。
・・・・・・
4682, スマート革命 ー3
2014年01月08日(水)    「ゼロから学ぶスマート革命」山崎秀夫 (著)       
  * エッ 自動運転の車が近未来に販売?             
 スマートカーの現時点の究極は自動運転。それが7〜8年内に発売予定の
ニュースには驚いた。以下は著者の内容だが、この本が発刊されたのが
凡そ一年前。これほど早く自動運転の車が現実になるとは、誰も予測して
なかった。如何に科学技術が進んでいるかの証である。それもあって、
何か、この内容がズレてさえいる。 ーその辺りを抜粋するー
   <ドラマ「ナイトライダー」の夢の実現>
1980年代に国内でもテレビ朝日が放映したドラマ「ナイトライダー」の夢
がスマート革命により実現されようとしています。人工知能の塊である
ドリームカーの「キット」(あの開発用のキットを意味する)と運転手
マイケルとが楽しく会話しながら事件を解決すると言った筋書きでドラマは進む。 
自動車がガソリンから電気自動車へと変化する端境期に当たって、スマートカー
にもWiFiネットワークの根と茎が生えて、各種のサービスをクラウドから持って
来る時代になってます。車のナビゲーションや娯楽は外部からサービスとして
提供される。両手をハンドル操作に奪われた運転者は各種サービス操作を
音声で実施する時代が来ています。そうなればまるで車は人の友達のように
感じられます。日本家電が須らく負け組みに陥る中、センスの良いトヨタは
「トヨタフレンド」のサービスをPHVなどのプリウス向けに開始しています。
ドライバーが「プリ君」(プリウス)に友達申請して会話をする訳です。
「プリ君」は電池切れや最適な充電時間帯をドライバーに教えてくれます。
非常に残念なのは「プリ君」が話さない点ですが、早晩、「プリ君」には
会話力が付加されるでしょう。
  <マウスやキーボード、ブラウザーが不要になる?>
音声処理やジェスチャー処理、顔認識などの擬人化インターフェースの時代
には、機器が人の友達として立ち現れます。(昔、筆者もIBMのオフィス
コンピューターを大型汎用機のハネウエル機に苦労して接続した事がありました
が、その時IBMのS32はハネウエル機を仮想IBM360として認識していました。
技術的に説明するとこうなります)擬人化インターフェースの時代は
ナチュラルコンピューティングの時代とか「ソーシャルロボットの時代
(人が機器を人として認識する時代)」と呼ばれていますが、いよいよ機器が
「現代のピノキオ」に変身する時代がまた一歩深まった。
そうなればマウスやキーボード、ブラウザー、タッチすら時代遅れです。
▼ Googleがメガネ式の情報端末のモニター向け販売を始めた。これが普及すると
 更に世の中が一変する。その意味で、今年は本格的装着式スマート機器の新機種
が表立ってくる年になる。ワクワクする話だが、これが現実の流れになる。
その上に、想像を遥かに超えた知恵を絞ったアプリが次つぎと出現、情報格差が
更に大きくなってくる。こと情報端末に関して、未来予測は、不可能である。 
 まさかスマートカーが現実に?
・・・・・・
4315, 考える力
2013年01月08日(火)
 人生をふり返ると、数多の経験をしてきたが、行蔵は大したことはない。
毎日2〜3時間の読書を50年近く続けてきた割に、あまりの無知と軽さに
我ながら驚いている。 商家の家庭環境の中で教養としてのベースを積む
機会が少なかったということか。現在もTVやシネマで映画をみたい放題の上に、
タブレットでPCゲームを一日に1時間は遊んでいる。26歳からの事業人生、
何時も時代を読み、計画を立て、実行、フィードバックをしていた。
 ということは、それなりに考えてきたことになるが、この有様。
点と点を結ぶ最短の方法をさぐるのが考えることだが。読書で心を集中し、
その意図を読みとり、判断に何か役立つアイデアを探す、それが考えることに
繋がっていたはず。それがマンネリとなると、考えも甘くなる。私の考える力が
ついたのは、この随想日記を書くようになってから。常に何かテーマを探し出し、
小文として、起承転結にまとめる。そのこと自体、考える作業になる。
また、公開することで、書きざるを得ない、手抜きが出来ない状況をつくって
しまうと、考えざるを得なくなる。それを習慣にしてしまえば、年月が経つに
つれ進歩していたはずだが、そうでないようだ。 この頃から、哲学書が
面白くなっていた。哲学は考えることを考えること。そのため、考えるほど、
己の底の浅さに呆れている。 ある哲学者によると、《人間の脳は
‘先読みする装置’で、未来を作ることがもっとも重要な仕事》という。
でも、まさか9・11、9・15、3・11の一連の歴史的事件の先読みは出来なかった。
これに匹敵する震災レベルの大波は、これからも、次々と襲ってくる。
それは、20世紀前半に起きた第一次、第二次世界大戦と、世界恐慌の一連の
カオスより遥かに大きいはず。 その中にあって、自分の脳に自信がなければ、
他人の先読み装置を利用すればよい。が、確たるベースが無ければ、他人の
先読み装置の利用など不可能。情報化と、厳しい環境は、考えるにベスト。
カオスの中では、考える力、知的筋力をつけることが最優先される。
手持ちの経験と知識で、瀬戸際で考えるとは、何と恐ろしく、面白いものと、
割り切っていた方がよい。 考えるとは、生易しいものでない!
・・・・・・・
3940、新年にあたり ー4
2012年01月08日(日)
  * 御先祖・四四太郎様の警告  ー�
 久々にシャバに出てきたので、もう少し講釈を垂れることにする。
子孫に講釈は楽しいもの。前回の復習のようだが、この津波は世界にとっても
日本にとっても、お主たちにとっても一大事である。これは80年前の
1930年代の大恐慌と同じか、それより遥かに大きいから始末が悪い。
以前は世界戦争で一度精算をしてしまう方法があった。しかし情報化社会では、
その壮大な手品もネタバレ。だから成り行きに任せるしかない。ワシが生きて
いた16世紀あたりから白人が世界を征服を始めて以来、5百年にわたり
支配をしてきた世界構造が現在、崩壊を始めたのだ。日本では私が亡くなった後、
300年も徳川幕府が日本を支配し、鎖国をしてきた。その鎖国を強引に開国
させたのがアメリカである。その後、日本は日清、日露戦争で勝って調子
づいたが、アメリカと太平洋戦争を始めて完敗、その後66年も間接占領をされ
てきた。そのアメリカが、経済恐慌の火種を世界にバラ撒いたのは周知のこと。
 ここで急激に勢いを増してきた中国と、太平洋を挟んで、
覇権を争う図式になってきた。その中で日本が両者の圧力で、ますます体力を
失うことが必定じゃ。この間に日本の第二次大戦の復讐を恐れたアメリカに
骨の随まで骨抜きにされてしまい、元の日本に戻ることは不可能に近い。
まあ、お前さんも66歳、今さらだが・・ せいぜいパソコンなどIT機器を
フルに使って、世界を知ることだ。その点では、この情報化時代は羨ましい。
 ネットとTVをフルに活用して、この地球と人類が創りあげた文化・文明
を深く知ることだ。しかし、この情報空間は実に恐ろしい仕掛けが隠されている
のを知っているのだろうか。 娑婆の道理より、ネット社会の情報の道理の方が
優位に立ってしまうことだ。これは、最優位のものが、情報により総取りが
可能になるからだ。一番以外は、全てが敗者になってしまう世界になるのである。
これが中間の存在を許さなくなるから、ことは重大になる。商品も人間の階層も
同じ原理になるのだ。 それを知り尽くしているグループが実際に存在していて、
情報操作をし、間接的支配を始めているのだ。彼らは情報操作で、世界を
どうとでも動かせる。まあ、この辺で話は止めておくが・・ 娑婆は御前さん
の想像を絶した思惑で動いている。まずは、それを察知するしかない。これは
自分の地頭で考えるしかない。要は、それぞれが知っている世界はごく僅かで、
それも殆ど好い加減ということを、いま一度じっくりと考えることじゃ。
度々、娑婆に顔を出すたびに思うのは、マスコミとかいう新聞やTVでみる
評論社会のバッシングじゃ。 何だ、あれは。 言葉狩りとかいうらしいが、
目立つ人に対するバッシング、ここまでくると、病気としか思えない。
あれを、ゴミ集団化したマスゴミというらしいが・・ もう一度言う、
この数年は天地が引っ繰り返るほど激しくなる。 チロリ!
・・・・・・・
3575, 閑話小題
2011年01月08日(土)
  * 帰省中の次男の話
 外資系に勤めて10年になる帰省中の次男に聞いてみた。「中国人は多いのか?」
これに対し「普通の存在のように居るよ」である。中国人が日本の外資系に勤める
のだから信じられない位に優秀だろうが、 そこまでは聞かなかった。 
彼らは一人っ子政策の中で、家族を背負っているから覚悟が違う。その彼らと
働くのだから大変だろう。 土曜、祭日は出勤で、週一しか休暇が取れないとか。
平日の帰宅は22時過ぎ、常に睡眠不足。顔はゲッソリ、30歳前半は誰もそうだが。
  * バーチャル・ビュー
 BSで、最近みたのがズバリ「バーチャル・ビュー」という番組。その場に、
あたかもいるような目線で海岸や、街中を軽快な音楽をバックグランドにして
映し出している。何処かのリゾート地のビーチで自分が横たわったり、また
泳いでいるように画面が構成されている。特に自分が行った先は更にリアル感が
強くなる。 そういえば、以前から「世界街歩き」という番組がある。
 自分があたかも旅先で歩いている目線で、店に入ったり、人に声をかけたり、
家に入れてもらったりする。地デジの切り替えで、各家庭のテレビを大型液晶に
かえた為か、テレビ番組も、それに従い変わってきた。受信機だけでなく、撮影
機材も格段と良くなり、映し出される映像と内容が飛躍的にスケールアップ。
これまでBSで放送していた内容のものが、地デジの方に移行を始めている。
それにともない、BS放送の内容も、バーチャルビューのように、居間の空気を
和ませるような内容が出てきた。その一つがバーチャルビューということになる。
これは録画をして、早朝に聞くにベストである。そして現在、映像入りBGMで、
これを書いている。
  * つれづれに
 4日の15時半発の帰省列車の東京方面に乗ったが、殆どが若い親子連れ。
中高年の姿はほぼ見当たらない。(字数制限のためカット、2,011年01月8日)
  ・・・・・・・・
3200, 年末・年始の「どうなる日本」の新聞論評は?
2010年01月08日(金)
 正月の5大新聞の年末年始の社会、経済など「どうなる日本」の解説や、
対談を目を通してみた。石原慎太郎の「日本よ」の辛口の論ぐらいが、納得した
ぐらいで、あとは殆んど見当たらなかった。あまりに悪いから、マイナス論調
のことを書けないのだろう。 当たり前のことだが、
・現状は恐慌そのものであり、既に二番底にむかっている
・デフレ危機の瀬戸際。 デフレ・スパイラルは5,6月辺りが危ない
・アメリカから中国、インドなどに選手交代
・電気自動車などの新しい分野への転換期  等等が、問題と指摘していた。 
株価、為替は大きく揺れるのは必至である。私の商売の動きからすると、
デフレ・スパイラルに去年11月から始ったと思われる。社会的問題の、
ホームレスや、失業問題には、どの新聞も避けていた。新聞は取上げないが、
リーマンショック以来16ヶ月も、輸出入がマイナス40%を続けている。
輸出主導の経済のこの国では、この有り様では景気回復など考えられない。
藤井財務相が辞めたが、この国家予算と800兆の国債総額では、予算委員会の
答弁は無理。 なるほど百年に一度の恐慌とは、こういうものか!と実感する。
恐慌が二年目に入り、そのウネリがより大きく覆ってきている。
情報化、グローバル化は、世界を平準化する。その中でアメリカの従属国家
として平和を謳歌し、豊かさを享受してきた日本も、世界の普通の国家並みに
なるプロセスの入ったということ。 今年は政界再編成を含め、大波が次から
次へと襲ってくる。 憂鬱な10年に入ったが、割切って身を委ねるしかないか? 
高度成長期を味わったので、その段差の溝があまりに大きく感じる。 
21世紀になって10年、その一端を経験しているが、成るほど断絶の世界である。
更に、ここにきて電気自動車と、ツイッターである。
・・・・・・・・
2835,夢の中に集中しすぎて、無呼吸に 
2009年01月08日(木)
 去年の暮れになるが、危ない夢をみた。何かの夢をみている中で、
空の上から下をみると砂粒位の人が数人が見える。それを神経を集中して
見ようとしたあまり、夢の中の世界に集中しすぎて、生きている生身の本体が
呼吸が出来なくなったのである。ハッとして夢から覚めたが、何分か息をして
なかったようだ。必死に呼吸をして体に空気を入れるが、何ともいえない気分
の悪さに見舞われる。その時、「死ぬ時の感じがこんなものか? 友人はこんな
気分で死んだのか!?」という死の恐怖感に襲われる。そして数分の間、深呼吸
をした後に目をつむると、その画面が再び自動的に現れ、そこに集中してしまう。 
その繰り返しである。そして呼吸が出来なくなる。よほど、集中したのであろう。 
恐ろしくて目をつぶれないのである。30分ほど寝室の暗闇の中で目を見開いて
いたが、恐ろしい不気味な時間であった。無呼吸症候群ではないのだろうが、
高齢現象なのだろうか。書いていて思い出したが、子供の頃、父がイビキを
かいていて急に呼吸が数分止まることがあった。再び呼吸をしないのではと、
耳を済ませたことがあった。(字数制限のためカット、2,011年01月8日)


5411,新年に 〜情報と知識の違いについて

2016年01月07日(木)

            〜『残酷人生論』池田昌子著
   * 情報と知識の違いについて
 以下の文章は、哲学者の故池田晶子が20年前、Windows95が
世に出てきた頃に書かれた文章である。その後の激変したネット情報化社会
の現在でも、そのまま通用する内容。 高度をコードと捻っているところが
面白い。知識とは違った有効な生情報も、情報社会に生きるものにとって
重要な要素である。情報と知識の違いを簡潔に説いている。〜その辺りから〜
≪ 前に、情報は「しょせん」情報だと言いました。高度情報化時代なんて
 のは、要するにコード情報化時代、コードを引っこ抜いちゃえば、タダの箱。
タダの箱を前にして、人はやっぱりタダの人だと。とはいえ、そのタダの人が、
タダの人のままに広くコミュニケーション可能になるということは、やはり
画期的なことで、オンライン・ショッピングなんぞには私はもとから興味が
ないが、この点に関してならば、さしものコード情報化時代にも希望の光は
射している、と思える。
 ヒラ社員がわからず屋の部長の頭越しに、いきなり社長と交渉できるとか、
無名の新人が、阿呆な編集者をパスして、堂々作品を発表できるとか、地位と
肩書なきゆえに虐げられてきたタダの人々に、その実力を発揮できる機会が
平等に開かれるということは、文句なく素晴らしいことだ。これはほんとに
よいことだ。 それがほんとに可能になれば。
 普通に人は、とくに日本は、地位と肩書が偉ければ偉いと思っているが、
情報優先のネットの上では、そんなの何の意味もない。すると、旧態依然の
権力機構は、やがて軒並み崩壊するだろう。年功序列、性差別、情実、根回し、
御挨拶、地位と肩書ゆえに威張っていた無能な人々が、地位も肩書もないが
しかし有能な人々に、おいおとされてゆくことになるのだ、なんて愉快! 
これは革命!
 ところで、地位も肩書もないが有能な人というのは、タダの人であっても、
やはりタダの人ではない。したがって、情報ネットによって実現する平等社会
とは、裏を返せば、これまで以上に実力本位の競争社会である。
実力がなければ、たとえネットの上であれ、やっぱり何の意味もない。
 競争の現場がネットの上に移り、余分な障害物が減っただけのことであって、
何のための競争か、ということを考えずに競争している人間社会の在り方と
しては、以前と何ひとつ変わっていない。
それだから私は、やはりこう感じざるを得ないのだ。
 情報化時代  それが、どうした__と。
 人がまず理解していないのは、情報は知識ではないということだ。
情報は外から受け取ることによって流通する。しかし知識は、或るAがなぜ
Aなのか、と立ち止まり考えることによってのみ知られ得る。情報は流通するが、
知識は決して流通しない。流通する知識は知識ではない。すでに情報だ。
なぜなら、考えて知る、とは、自ら考えて知ることしか意味しないからである。
したがって、そこに在る同じAであっても、情報と知識とでは、知られる仕方が
正反対を向いているわけで、その差がまさしく、無知と知との差だ。
 さて、人は多くの情報を知ることによって、いったい「何を」知っていること
になるのか。我々は「何のために」競争しているのか、それを知っているのか、
どうか。 私は思うのだが、今後しばらく押し寄せてくる情報ネット化の大波は、
折にふれ人類を訪(おとな)う大掃除としてのあの大洪水のようなものと。
洪水の引いたあと残っているのは当然、地上に広く流通していたあれこれの
情報群ではなく、もとより流通することのあり得ない、星のように高く光る
あれら普遍的な知識だけであるはずだ。(一九九六年四月号)≫
▼ この随想日記も、押寄せる情報群の中から、選んだエキスをパックにし、
 知識化する有効な手段になっている。一度、パックすれば、毎年の同月同日
に読み返し知識の再認識が可能になる。それにしても、絶対的知識量の不足に
今さら驚いているが、それを自覚出来ているだけ、少しは、まし?
<情報と知識とでは、知られる仕方が正反対を向いているわけで、その差が
 まさしく、無知と知との差だ>は、これを書き続けて実感すること。
読みっぱなしで、忘却の彼方に消えていく内容の読書感の記録が無かったら、
「無知と知」の差ぐらいは軽く出来てしまう。無知の人間は、考えるしかない。
『世間』という、あの群れの特徴は、身近な情報を、考えないで横流しをして
いる輩たちをいう。それが、彼らの現実だからである。 で、絡めとられ
ゾンビの一員になった粗末な人生が、巷に溢れている。考えないのは罪である。
・・・・・・
5046,修羅場の極意 −1
2015年01月07日(水)
              『修羅場の極意』
  〜まずはアマゾンの内容紹介〜
 面白い本である。 人生には、それぞれの人の修羅場がある。今では、
結婚し、甘いハネムーンの後、修羅場を経験した後、4割が離婚に至り、
その過半数以上が貧困に陥っていく。 何度か修羅場に出あい、乗越えて
生きていくのが人生。 地獄は彼岸にあるのではなく、現世にある。
 −アマゾンの内容紹介と、目次であるー
≪ 敵を作り、嵐に巻き込まれた時、
   うろたえるな!  「時」を待て!  生き残りを懸命に考えよ!
 修羅場には独自のルールがあり、それに対応する作法と技法がある。
イエス、宇野弘蔵、西原理恵子ら多岐にわたる達人から、どんな極意を学べる?
ヒトラーら反面教師の「悪知恵」とは? 外交と政治の修羅場を駆け抜け、
獄中で深い思索を重ねてきた著者が贈る、実践的アドバイス。                            
 ○目次 ーはじめに――東京拘置所での谷底生活から
  I 偉人たちのサバイバル術
1章 助言者は絞り込め【マキアベリ】
2章 逆説的発想で事態を打開せよ【イエス・キリスト】
3章 「偽装」というテクニック【ドストエフスキー】
  II 反面教師たちの失敗学
4章 破壊的影響力の秘密【ヒトラー】
5章 悪知恵にだまされるな【オットー・ケルロイター】
6章 “正義漢"の勘違い【スノーデン】
  III 「獄中」の教訓は役に立つ
7章 独房で筆者の精神を救ってくれた教え【内村剛介】
8章 経済学と小説の力【宇野弘蔵】
  IV ヴァーチャルな修羅場、リアルな修羅場
9章 人間関係に役立つ神学者の言葉【ディートリヒ・ボンヘッファー】
10章 ノマド的〝処世術〟【安藤美冬】
11章 不作為は悪【小説『インフェルノ』のラングドン】
 対談 「最悪」のシミュレーションだけすればいい【西原理恵子】
おわりに――「時」を見極めるということ ≫
▼ 人生は、いずれにしろ甘くはない! 修羅場の修羅は、阿修羅が語源。
 辞書によると、【阿修羅のもともとはインド神話における「アスラ」
という名の魔神であり、インドラ神と戦いを繰り広げた鬼神であった。
一般的には戦いの神としてのイメージをもたれており、そのため激しい
争いの場を、その名をとって修羅場と呼んだりもする。】とある。
身近な修羅場といえば、夫婦間の争い。 夫側の酒癖、女癖の悪さや、
互いの粗探し、金が無いことからくる争いが、修羅場の起因となる。
そこで、〜うろたえるな!「時」を待て! 生き残りを懸命に考えよ!〜になる。
・・・・・・
4681,閑話小題 ー何だろう?この現象は ー3 
2014年01月07日(火)
  * この現象から考えさせられたこと
 ふと気づいた仮説、静かに激怒した相手が、事故とか病気になっている
ケースが多いことから、これはユングの「意味ある偶然の一致」ではないかと
思い立った。その数週間前にシネマで『キャリー』という映画も見た事もある。
静かに激怒した相手が、事故とか病気になっているとすると、過去のトラブルで
多くの人が、事故や病気になっているはず? か?というと、そうでない! 
また、逆の立場のトラブルの相手が、静かな怒りのエネルギーを私に向けている
ので、私は、今頃、とうの昔に死の病か、事故で亡くなっているはず。
事業の立ち上げを幾つか経験してくれば、その分、軋轢がある。それを避けての
創業など無理。この仮説から演繹法と帰納法が具体的ケースとみると解りやすい。
演繹法は、まず仮説を立て、その証明の要素を集める。帰納法は、節目時に
因縁のあった人との軋轢で激怒した相手が、その直後から3〜4年以内に事故か
病気が生じる現象。そこから、これユングのシンクロニシティでは?と行き着く。 
これを書いていて、「バカくさ!」と思える部分と「偶然にしては出来すぎ!」
が交互して結論は出ないが、両方とも否定ができないところがある。
 現に、自分が、ここに、生きていること自体が偶然の積み重ねの結果。 
大気圏を持った惑星が、宇宙に存在すること自体が奇跡。さらに生物が存在し、
知識を持ったサルが、ここに存在いていること自体、奇跡も奇跡。このテーマ
自体が無知蒙昧丸出しの仮説である。自分に都合の良い要素を集めて、勝手に、
さも不思議そうに思い込んでいるだけ。それも、一時的にしろ、私自身が信じて
いたのだから。 人間は自分の言葉を持ち、物語をつくって生きていく動物。
その思いを書き出すことで、如何に好い加減な考えで日常を過ごしている己に
気づかされる。それでも一応、経験も知識も、積み上げてきて、これ??
 ここで、気づいたことは、静かな怒りの相手を改めて見つめると、怒りだけ
でなく、むしろ感謝する対象である。怒りと感謝が相まっていることに気づく。
夫婦の関係と同じである。だから、犬も喰わない。まあ、未熟ということ!
以前から怒りなどマイナーの念に囚われた枠外に出る鍵として、10回、目を
つぶり「ありがとう」の言葉を繰り返していた。そうすると、そこから一歩、
外に出ることが出来る。 感謝を間違いなく、互いに忘れている。
この人生の節目の意味を考えると・・ ひたすら、ひたすら祈るしかない!』
 /   _ノ  \
 |   ( ●)(● <おっと、それ以上は言うなよ…ったく!>
. |     (__人__)____
  |     ` ⌒/ ─' 'ー\     
  |       /( ○)  (○)\    
.  ヽ     /  ⌒(n_人__)⌒ \    
   ヽ   |、    (  ヨ)Ωチーンi~   
   /    `ー─−  厂   /     
   |   、 _   __,,/     \   
・・・・・・
4314, 閑話小題  ー若者たちの悲哀
2013年01月07日(月)
  * 若者たちの悲哀
 現在、日本の若者の36%が離婚しているという。アメリカでは50%、
ベルギーにいたっては70%というから、驚き。元もと結婚しない人25%
を加えると、一生涯を通して一人の相手と添え遂げる人は半分以下になる。
この不況下では、私たち世代の生活レベルに比べ遥かに劣り、現代の中枢を
なす人たちの生活形態そのものが変化している。姉兄6人の甥姪が息子二人を
含め12名いるが、独身者が4人いる。これが身近な実態である。
離婚率は、この10年、同じ曲線で上がり続けているので、5割も遅くない
将来に到達する。少子高齢化に加え、非婚、離婚の異常な増加は日本的
家族制度を解体しつつある。それは日本という国の基礎を揺るがすことになる。
  * 現代の進学事情
 隣の韓国の大学進学率は、OECD加盟国の中でも高い水準にあるが、最近
少しずつ低下している。2008年に84%で頂点に達した進学率はそれ以降下がり
続け、2010年には79%まで低下しているが、OECD加盟国の平均(2008年、57%)を
大きく上回っている 。では、日本はどうか。2010年における日本の進学率は
57%で韓国を大きく下回っているが、詳細を見ると、韓国とほぼ変わらない。
日本の進学率57%は大学や短大への進学率だけで、ここに専門学校等を含めた
高等教育機関への進学率23%をプラスすると日本の進学率は80%。
これは韓国の進学率79.0%を上回る数値。韓国には日本の専門学校のような
教育機関が少なく、専門学校の代わりに短大に進学している学生が多い。
OECD加盟国の平均は57%というから、こんなもの。高卒就職者が二割とは
時代が変わったもの。私の時代は八割だった。右上がりと右下がりの時代では
様相が激変するのは当然としても、ここまで変化するとは! 
そして、右下がりは更に続く。
・・・・・・
3939, iPad その後
2012年01月07日(土)
 現在でもiPadに驚きの毎日である。というより、ネット、ブログ、
アプリ、パソコンを組み合わせたタブレットPCの威力に驚き!が正しい。 
PC世代が当り前に使っていたパソコン機能を更に進化させ、我われ世代が
気楽に使えるようタブレット式PCで可能にさせてくれたのである。
こんなアプリもある、こんなゲームも出来ると水を得た魚のような気持ちに
させてくれている。起動から数秒で使えることと、何処でも使えるのが良い。 
先日、ネット上のアップル・ショップで、「Fotopedia国立公園」
という北アメリカの国立公園の写真集を85円で購入した。さっそく開くと、
2000枚の、素晴らしい写真が次々と出てくる。何で、これが85円と不思議。 
が、直ぐに電子本を手元のパソコンにダウンロードしたのではなく、ネット上の
書籍にアクセスをして見るシステムだった。ネット辞書のウィキペディアを
ネットを有料でみるようなもの。ネット環境さえあれば、パソコンに全てを
ダウンロードなどする必要はない。 もう一つビューンというのもある。
月に450円を払うと、数十種類の週刊誌、月刊誌を読むことが可能になる。
更に数種類の週刊誌の数ヶ月分がダウンロードが出来、それはネット環境下で
なくとも読むことが出来る。他にも版権の切れた文庫本などの小説集を80円
で購入したが、これはダウンロードをし、ネット環境外で見ることが可能。
したがって少しの時間でも退屈する事はない。私のような暇人にとって、
理想的IT端末といえる。購入前に、iPadにするか、ドコモの携帯電話機能
のついた7インチのタブレットか迷ったが、ドコモはネット環境下でなくとも
見れる利点がある。何を選択するかである。 去年はスマートフォンが爆発的
ブームになったが、今年はタブレット式パソコンだろう。TVにしろ、パソコン
にしろ、スマートフォンにしろ、これだけ膨大の情報が隅々まで流れ出ると、
既存ののシステムは対応できなくなって当然。これが、この大混迷の原因に
なっている。 誰もが数年前の自分が他人(馬鹿)に思える時代が面白い!
・・・・・・・
3574, 10分ルールと、30、60、90秒ルール ー1
2011年01月07日(金)
時間ルールに、「10分ルール」「90分ルール」、そして30、60、90秒ルールがある。
 * まず、「10分ルール」と「90分ルール」から
   ー10分ルールー
 10分ルールは、理性的に配慮して安全な状態なら、10分じっと耐えると、
その環境や行動に脳が順応することをいう。弱点だと思い込んでいた性質が、
この10分ルールで変えることも可能になる。最近、テレビのバラエティーでよく
あるのは、最初の10分間に一番面白そうな情報を流して引きとめてから、
オープニングが始る場面に多く行き当たる。 これは10分間、視聴者に予告を
含め馴染ませれば、チャネルを変えないという「10分ルール」を利用したもの。
 このルールを知っているといないのとでは大きな違い。既に亡くなったが、
ある知人に「とにかく一晩寝てから、怒りなさい!一晩で、怒りの大部分は
消えてしまう。」と諭されたことを思い出した。これは半日だが。
これは突発的なことに直面した時に、まず90秒、そして10分間、ジッと耐える
ことをルールと捉えた法則。これまで決断するまでに、計画が固まった後に
時間をおき、判断し、その後に決断をする。それは計画段階のことだが、
目先の思いもよらない事態に出くわした時に、90秒ルールと、10分ルールを
知っていると良い。考えて見ればヤクザの脅しは、逆の立場で、その辺の
人間の弱みを知っていて、即効がが勝負と知っていて脅しをかけてくる。
だから、ある時間耐えれば良い。
 次は、ー90分ルールー
 映画は、人間の生理的なサイクルが90分ということを知っており、
大よそ90分であった。最近は120分を越えるものが多いが、90分を過ぎると
実際に嫌になるが、その辺から飽きさせないようストーリーが組み立ててある。
テレビの特集なども90分もの。人間の身体は一日24時間のサイクルに合わせて
出来ている。その中に、90分のサイクルがある。分かりやすいのが睡眠で、
90分周期で浅い眠りがくる。それが一晩に4〜5回繰り返している。
大学の授業時間も、会議も90分が通り相場。休日など終日、読書をする時は、
90分で休憩を入れ、違った分野の本に切り替えると良い。
  ・・・・・・・・・
3199, 閑話小題
2010年01月07日(木)
  * 善は悪より生まれた!
 誰が言ったか忘れたが、「善は、悪より生まれた」が、妙に気になった。
「悪は、善より生まれた」なら、合点がいく。キリスト教倫理からすれば、
イエスの教えが善なら、悪は、それに反する思いや行いになる。人間が社会を
形成する時に、一つの規範が必要になる。国家創りにまずは憲法、そして法律、
それを守らせる内の警察という暴力装置、そして外に対しては軍隊。 
それを、統治する象徴としての日本なら天皇、欧米なら大統領の存在である。 
孔子の教えは、一つの指標を作り上げて、民を内側からコントロールする教え。
古代中国から現在に至るまで、その教えは非常に有効に働いた。
 それらの法律や規範を守ることを善というなら、それに反することを悪という。
ということは、それができる前は、(その規範の視点で振り返るから)悪が
まかり通っていたことになる。 で、「善は悪より生まれた」ということになる。
しかしキリスト教倫理からみて、『どうして聖なる神から悪魔が生まれたのか。』
という疑問が生じる。  女性の哲学者『シモーヌ・ヴェイユ』は
『善は、悪からは生じない。 ところが悪はある意味で善によって生じる。 
悪は神とわれわれの間にある。 愛は、そのうえを通過せねばならない。』
彼女は悪を二元論的に見ないで神様と自分との間を裂くものとみた。
神様の愛の力を説き、愛こそが悪を征する力であると。 これは、キリスト教
倫理的な見方でしかない。悪党ほど善の価値を知っているのだろうか。
悪も善も知り尽くした善、一回転、数回転した上で善という捉えかたもできる。
親鸞の悪人の方が極楽浄土に行くのは当然(悪人正機説)という考え方に近くなる。
  * 呉服の衰退
 TVのレポートで、呉服チェーン店の「さが美」が、ポリエステルだが
一万円の和服セットを紹介していた。普通、呉服のセットは30万というから、
30分の1である。 若い人が呉服を着なくなり、不景気も重なり、5年間で
呉服の売り上げが業界全体で半分に減ったという。 何処も同じである。
「さが美」は高度成長期より呉服チェーン店として飛ぶ鳥落とす勢いで急成長、
現在300店舗あるが、必需品以外は、こんなものだろう。先日、静岡のトヨタ
関連の部品メーカー関連の仕事をしている友人に景気状況を電話で聞いたところ、
「エコカー補助金のお陰で何とか息をついているが、二輪車を扱っている
「ヤマハ」の関連企業は、回復の兆しはない」と言っていた。オートバイは、
呉服と同じで嗜好品?だからである。


5410,新年に 〜貧乏の性分

2016年01月06日(水)

   * 貧乏の性分  〜『貧乏の神様』柳美里著
 芥川賞の売れっ子作家の柳美里の本を、図書館や書店でみかけていた
ため、その印税たるや常識的にみて数千万は軽く超えていると思っていた。
ところが、預金ゼロ、電気光熱代の支払いも窮しているという内容である。
 私を鑑みると、幼児の頃から商売で苦労していた両親をみていたことと、
その両親から子守唄のように「金の重要性」について、聞かされていた。
特に節約と、万一の備えとしての長期的預金の必要性が、人生の基本と
インプットされてきた。その割りに、最後は、この様だが、総額の15%前後
を家内名義の給与として40年近く積立をしていた。(残りの85%は、使う
ことにしてきた)。それが、5年前の節目時の命綱になったいた。
「貧乏の性分」の逆を考えると、「節約、長期預金、小銭を大事に扱う」
になる。金を敵のように扱えば、返り討は至極当然。 〜その辺りから〜
≪ 2012年3月16日からは南相馬市役所内にある臨時災害放送局「南相馬
 ひばりエフエム」で、毎週金曜日「ふたりとひとり」という番組の
パーソナリティを務めています。3月6日現在で第143回まで放送されました。
 この仕事は、無報酬です。これからは、交通費も宿泊費も食費も支給
されません。その経費が年間いくらに上るのかを計算したことはありません。
自宅に1万円だけ置いて、5万円を持って南相馬に1週間滞在する、という
ような生活を続けているのです。 非常識だと思います。 けれども、
書くことを仕事に選んだ18歳の時から金銭的や時間的には無理はしても、
自分の性分や生き方には無理ない仕事をしようと決めたのです。・・(略)
 この15年間、貯金をしたことはありませんでした。
お金の使い方、金銭感覚は、両親から受け継ぐものの一つかもしれません。
 わたしの父と母は、ほぼ年子で4人の子どもを拵えましたが、ただの一度も
貯金をしませんでした。父はパチンコ屋の釘師で高給取りでしたが、競馬や
ポーカーや将棋などの博打で給料を摩って、家にはお金を入れませんでした。
生活費を稼ぐために母はキャバレーのホステスとして夜の勤めを始めた
のですが、給料日前には困窮を極め、白飯に緑茶や麦茶をぶっかけただけの
お茶漬けやパン屋からタダでもらってきたパンの耳などで食い繋ぎました。
 わたしの父母の両親も貧乏人でした。それこそ親の敵のように父と母が
散財を繰り返していたのは、収入が支出を上回ることに罪悪感のような
ものを抱いているのではないかと思わざるを得ないのです。
 倹約や貯金は、お金持ちの習慣なのではないかという気すらします。
つまり、そういう家庭内の習慣を子孫や社員に文化として伝授したから、
お金持ちになったのではないか、とー。
 父親に刺身の小皿に醤油が残っているのを見餐められて、「自分の使う分を
見越して醤油を出せないような奴はまともな経営者になれん!」と殴られた、
というある大会社の社長の幼少時のエピソードを思い出したりもします・・≫
▼ ネット検索によると、柳美里は「無頼派の系譜の作家」と評されていて、
 小説ネタには、この性分があればこそ。としても、これは、つらい性分。
在日朝鮮人の大陸的気質もあるのか? 三代続いた家族の金銭感覚は、
一般人とは少し違うようだ。病気、事故とか、寝たきりになった時に、
如何するのだろう。他人事ではないか? 事業を立ち上げる度に、
「もし、失敗したら、如何する?」の内語も一緒に立ち上がる。30年、40年
かけてきた万一の備えも、この不安、恐怖から出てきた知恵。一般的にいえば、
「消費社会は、収入の2割増しの欲望を掻き立てる。しかし、日本人は、
2割を預金か、投資にまわす性向がある」。 固定社会の島国の知恵だろう。
・・・・・・
5045,生と死をめぐる断想  ー2
2015年01月06日(火)
             『生と死をめぐる断想 』岸本 葉子(著)
   * 頼藤和寛 〜にもかかわらず、生きる
 『人みな骨になるならば』頼藤和寛著 の書評を数年前、ここで取上げた。
底しれないニヒリズムと、「にもかかわらず、真摯に生きる」頼藤の姿に
心が動かされた。ここで岸本は、「だから」「しかるがゆえに」の換わりに、
「にもかかわらず」の頼藤の生き様、言葉に励まされる。ーその辺りよりー
≪ 願望に基づく世界観の構築を、彼は拒む。自らの避けられない死際にしても
その立場を徹底する。その姿は、認識の鬼とでも形容したくなるような、ある種
の凄みを持っている。医師を続けてきた頼藤は患者から「何も悪いことをして
いないのにどうしてこんな病になったのか」という抗議を幾度も聞いてきた。
 彼は述べる。科学的に研究をすれば、善人と悪人とで罹患率や平均余命などに
有劣の差はないと、証明されてしまう。心理学は善悪に関して死後の因果応報を
信じがちな人ほど願望充足的な推論や希望的観測を多用するという実験結果を
つきつけてくるかもしれないと。「自然現象に人間的な道理は通用せず、
来世で辻褄を合わせようとする世界観は心理的な自慰にすぎないことを強く
示唆している」。(頼藤和寛『人みな骨になるならば』)
・おそらく世界の実相は、人間の都合とは無関係にある。
 「このことを、実は、何千年もおんちょうのあいだ人類は怖れてきた。
 われわれは幸福がなにかの恩寵によるもので、耐え難い災厄ですら
 なんらかの意味をもつと信じたがった」。
・「世界には、ニヒリズムを突き崩せるような物証は何もない。なぜなら
 われわれは、自分が信じたいように世界を観たのではなく、人間に可能な
 かぎり禁欲的に宇宙のありのままを見据えてきたからである」 
しかし、前向きに生きれば治癒につながる、「だから」前向きに生きるとする
なら、その基盤は脆弱だ。「前向き」でいたのに亡くなっていった人は、周囲を
見渡しただけでもどれほどいることか。治癒を期待し前向きに自分を保つなら、
それでも再発進行した場合、「ならばどう生きても同じだ」と投げ出すことに
なりかねない。「だから」「ならば」「しかるがゆえに」の論理の危うさを
感じていた私に、「にもかかわらず」の哲学は頼もしく思えた。世界には
説明のつかないことがたくさんある。説明不可能性に耐えよ。そう著者に
言われている気がした。「何千年ものあいだ人類は怖れてきた」と彼が言う
世界の実相。人間が受け入れやすいようその上をおおっていたべールを、
近代科学がはぎとって暴いてみせたところでなお、人々が怖れているならば、
世界の実相がやはり「怖れるに足る」ものだからだろう。何千年も怖れられ
続けてきたものに、たまたま近代以降に生れたからといって、人間がひとり
丸腰で対峙することが、果たしてできるものだろうか。自分がニヒリズムを
どこまで貫けるだろうかという疑問もある。・・≫
▼ 死の淵から生還した人にとって、「にもかかわらず、生きる」より、
 「にもかかわらず、生きている」ことになる。死は、特に己の死は、
 直視できない永遠の課題。だから、宗教が必要になる。神の御国に
帰っていくイメージである。生くさい恐ろしい死のイメージを、長年かけ、
優しい神様がいる天国のイメージへの転換が必要になる。死んでしまえば、
それまでよ。にも関わらず、彼岸には、あの世が待っているイメージ。
 で、以下の三年前の内容に繋がっていく! 丁度、あの修羅場?の最中
ーー。
2011/03/18
3279, 人みな骨になるならば −1
「人みな骨になるならば」 頼藤和寛 著
 なかなか面白い人生論である。 副題がー虚無から始める人生論ーである。
初めから終わりまで、「人はみな骨になるならば」の虚無の思想が、どの言葉の
後ろにピッタリと付いている。といって、読んでいて気分が悪くならないのは、
本人の持っている温もりのためか。この本を書き終わった数年でガンが発見され
亡くなった。そのプロセスを書きのこした本『わたし、ガンです ある精神科医
の耐病記』も出されている。「斯う居るも 皆骸骨ぞ 夕涼み」(一茶)の句が、
この本のテーマである。そして次から次へと繰り返される虚無思想。
・「誰しも認めたがらないことではあるが、おそらくわれわれ一人一人の
 人生が一種の無駄である。」とか。
・「我々には何十年という時間が与えられてしまっている。・・どうあがいて
 みたっって、逃れられない人生という檻のなかに?我々は産み落とされて
 しまったからには、檻の仕組みや外側がいかようであれ、にもかかわらず、
 その檻の中で 一舞いしてみせる?しかないではないか」
・「人生に、意味なんて無い。けど、何かに意味を見出さないと、人は生きて
 いけない。だから、自ら意味を作る。それはまるで、無神論者が祈る神の
 ようなものだ」とか。宇宙人?の視線である。
   ーここで「エゴ・トリップ」という幻想を紹介している。
【「わたしが生きようが死のうが大したことは、といった現実は非常に
 不愉快な現実である。たぶん、宇宙から見れば、一匹のゴキブリや一本の
松が生きたり死んだりするのと大して変わりない。この現実から逃れるために
人間は実にさまざまのことをしてきた。われわれの自我は、そのような酷薄な
現実に堪えられないようだ。それに堪えるため人間は自分の意味を膨らませる
ため、自分を誇大視するか、あるいは自分が属する何かを大層なものにするか、
に心をくだいた。・・自分の存在を「なにものでもない。」という実態から、
「なにものか」であるような幻想へと昇格させようという営みの全てを
エゴ・トリップという。自分を膨張させようとする、あえない試みである。
これは子供の背伸びから、青年の客気、男女の虚栄や見栄、年寄りのあがきに
至るまで、およそ人間の煩悩や業の全てに浸透している動機のひとつである。
宗教的な修行や脱俗ですら、それによって自分を特別なものに昇格させたい
という目論見が透けて見える。 】
 ー考えてみれば、われわれの生活の中で何らかの努力をもった営み全てが、
このエゴ・トリップと考えると、人生そのものがエゴ・トリップゲームになる。 
しかし、秘境ツアーで大自然の美しさや広大な姿に触れ、感動した経験を多く
持つ身にとって、それはエゴ・トリップとは違う、と思うが、どうだろうか。
 特別に昇格したいのでなく、対象に自分が溶け込んでしまう経験そのものが
良いからである。すべて夢の中 か〜 そして、すべてがエゴ・トリップ
でしかないのか? そう思うと気が楽になるが!
・・・・・・
4680, 偶然からチャンスを見つけだす能力
2014年01月06日(月)
  ー偶然からモノを見つけだす能力―「セレンディピティ」の活かし方
                          ー沢泉 重一(著)  
  * 人生は偶然を織りこむ絨毯づくり!  
 人生を振返ると、出会った人、出会った出来事が果たして偶然だったか、
必然だったのか、考えさせられる。偶然に機会を見出すためには、目指す夢と
目的が必要になる。そこに機会を見出すには素養と準備が前提だから。
その偶然からチャンスを見出す能力「セレンディピティ」は、イスラムの寓話
「セレンディップの三人の王子」が語源。ドラゴンを退治する巻物を探すため、
自慢の王子が送り出される旅の途中で、多くの危険と苦労を味わうが、
そのつど判断力を働かせ、それぞれ理想的な姫と知りあい、幸せに暮らした
という神話の原型が、そこにみてとれる。英和辞典には「当てにしなかった
ものを偶然うまく発見する才能」とある。 ー内容紹介とレビューからー
【 偶然のチャンスをいかに生かすか、見出す秘訣がここにある。
 世界的発見の多くは、"偶然の所産"であった。 古い寓話に由来する言葉
 <セレンディピティ>は、偶然のチャンスを生かす力を指すキーワードとして、
 科学者や先端的ビジネスマンの間で高い関心をよびつつある。】
  ー読者プレビュー 
●【「セレンディピティ」は、狭い意味では「探していたものを、他を探して
 いるときに偶然に見つける能力」。この本ではより広く「偶然を見逃さずに
成功につなげる能力」という意味で使っている。 著者が編み出した
「偶察力(偶然を察知する能力)」という言葉は、しっくりくる。
面白いのは、セレンディピティを高める方法論。世界的革命をもたらした
発見の共通点をあげたり、トマス・クーンの唱えるパラダイムシフトの関係や、
シンクロニシティとのちがいなどを述べている。さすがセレンディピティ研究
の先駆者が書いたものだけあり、これは発想に役立つと思うところが多かった。
とくに「7 セレンディピティの向上」の章では、意図的にセレンディピティを
高めるための一連のシステムを紹介している。偶然という現象について述べた本
はアーサー・ケストラーなどがあるが、この『偶然からものを見つけだす能力』
はその偶然を人間の力によってうまく引き出して利用しようというもの。
「自分にできるかも」という期待感をもたせてくれる。また、偶然がともなう
ブレークスルーは、ともなわないよりも大きな成果をもたらしうるというから、
セレンディピティを高めたい気持ちは高まる。】
●【「偶察力」という言葉に置き換えて、これを一種の「能力」とし、仕事に、
日常生活に、趣味に言葉遊びに、知的仕掛けとして使っていこう、という話。
驚嘆すべきは、著者の博覧強記ぶり。セレンディピティを巡って、起源、歴史、
 古典、映画、科学論、科学史、書籍、新聞、雑誌、ネットなど、おおよそ
あらゆる情報ソースを駆使し、ちょっとした日常の場面で、どんな場合にどう
適用していくのがおもしろいのか、を、わかりやすく書いた文章です。】
▼ 必死に捨身で何かを目指していると、その何かより、プロセスでプラス・
マイナスの機会に出くわす。そこが、分かれ目で信念が試される。人生の節目
には思いもよらない機会が隠されている。 そこで、運命を恨むか、他者の
中傷に汚れるか、自分の信念を見つめ直し、新しい一歩にするか、その人次第。
その意味で、この言葉は人生を振り返るに、考える糸口になる。 節目は、
順境のアップスケール(脱皮)より、逆境の破壊の状態の方が多い。その時、
思いもよらない学び、チャンスが現れる。私にとって、現在の節目はベスト?
それが「セレンディビティ」の一言に凝縮。遇察力が飛躍的に向上、御陰で
様々な見えてなかったことが鮮明に見えてきた。
 人生は短し!より濃厚に日々を生きろ!ということ。 
・・・・・・
4313, 幸せはいつうもちょっと先にある −3
2013年01月06日(日)
   「幸せはいつもちょっと先にあるー期待と妄想の心理学」
                    ーダニエル・ギルバード著
 人間の脳は、過去の失敗に対して無意識に自動的免疫をするように出来て
いるようだ。私の事業が、大津波(金融恐慌)で儚く流されても、後悔も、
未練も少ない。万一の手立てをしていたことがあるが、経済的震災に遭遇した
事に、後悔も愚痴も無駄、を知っているからだ。しかし、そこには、心理的
免疫システムが働いていたようだ。 ーその辺りを抜粋してみる
  * 前向きに過去をみる ー心理的免疫システム
≪ 我々は、過去に手痛い大失敗や、失恋を、「これまでの人生で最良の
 出来事か」か、「人生最悪の出来事か」と表現するかと尋ねたら、最悪より
最良を支持する人のほうが多いだろう。逆に、その経験をしてない人に、この
質問をしたら誰一人として失敗や失恋を上げない。失敗や、失恋は過去の出来事
として見るとき、実際よりバラ色にみえる。人間の脳は、それほど酷くない
理由を探し始めるように出来ている。これを心理的免疫システムという。 
我々は自分の脳の変化の過程を自覚しないため、見方が変わるなど考えない。
そのため未来の感情の予測が難しくなる。これを知らなかったために将来にも
同じことを繰り返す。ところで人は、行為より不行為を強く後悔するのだろう。
それは心理的免疫システムは、行動しなかったことには働きようがないからだ。
プロポーズして振られても、そこから多くを学ぶことが出来たとしても、何も
しないと、学んだり出来ない。心理システムにとって行き過ぎた勇気の方が、
行き過ぎた臆病さより正当化しやすいからだ。それを我々は分かってない。
その時、つまずきながら前に進むべきときに、両面作戦に出てしまう。 ≫
▼ 天風の積極一貫の信念で何事にも前向きに立ち向かうべきということ。
 手痛い失敗も、しない失敗より良い。事業についても同じ。
‘ああ、面白かった!’ただ、それだけ。 その辺りが、傍で不幸と
決めつけている人との違い。ところで、日本人は幸せなど正面だって使って
なかった。明治以降に、ハピネスあたりの当て語として使われた。
  それらしき言葉で、「良いめぐりあわせ」といった程度のもの。 
幸福とは個人的な心情だが、儒教的考えでは、そういう考え方とあわない。
それに対し欧米人は、個人主義が強いこともあり、臆面なく「幸福」を論じる。
  幸せも、妄想でしかないという視点でみると、分かりやすい。
幸せだったと思えば幸せ、不幸だったと思えば不幸である。それなら幸せ
だったと思えばよい。所詮、全てが妄想。それでも、幸せと思えない? 
それこそが貴方のバイアスである。
・・・・・・
3938, 閑話小題
2012年01月06日(金)
  * 車修理
 去年の暮れ車庫のブロック塀に車の後部をぶつけてしまった。 
経験からみて最悪の場合10万円以上、少なくとも7〜8万はするはず?だが、
あくまで業者が判断すること。そこで三ヶ所の見積もりをとったが、5万4千、
8万5千、20万円と出た。よくぞ、これだけの差が出たものと驚いた。
20万円のところは、「修理不能で、その部分のパネル全体を取り替えないと
無理」というが、他はそんなことを言ってない。当然、5万4千円のところに
決めたが、20万とは、いい加減なもの。そこで思い出したのが以前も
見積もってもらったこと。 高いので他にしたことを思い出した。
 高くなる算段で修理を考えるのと、安くなるように算段して何とか注文を
取ろうというでは4倍近くも違うということ。そこはバイパス近くにある
車社会では一等地。高くなるように見積もっても、客は絶えないのだろう。 
今回決めたところは川崎のカーコンビニ、高いところは?ネット上では書けない。 
家電でも何でも最低、三軒の見積もりは必要である。ところで、年末年始で修理
工場が忙しいということもあり、三週間も、そのままの状態で車を走らせていた
ことあり、他の車の傷が気になり見ていたが、本当に少ない。そういえば、
街で車が凹んんだまま走っているのを殆どみかけない。 これまでも、たまに
見かけると振り返る程だった。無傷が当たり前と思っていたが、外国では平均的に
見ても多く見かけられる。考えてみると、その国の豊かさに比例している。 
服装と同じ感覚である。 まだ修理待ちでヘコンダ車に乗っているが、
あまり気にならないのは? いや、やはり気になる?
  * 男はつらいよ
 以前も、ここで何度か「男はつらいよ」について書いたことがあった。 
年末年始は必ずといってよいほど、48シリーズの幾つかを再放送するが、
今年は全シリーズの放送をしていた。その何本かを見たが、家内が大嫌いで、
私が見るのも嫌がる。しかし何度見ても、その都度、考えさせられる。 
   (字数制限のためカット 2016年01月06日)


5409,新年に ー「過去」は過ぎ去らることはない

2016年01月05日(火)

   *「過去」はわたしを忘れない  〜『貧乏の神様』柳美里著
 芥川賞作家の柳美里の『貧乏の神様』の中にあった言葉。
現役時代の「森の生活」の時節は、過去は遠い彼方のように思っていたが、
還暦を過ぎる「サバンナの生活」に移行したころから、以下のように
過去への心象風景がチョイと変わってきた。 〜その一節より
≪ ・・「過去」とは、過ぎ去った時間や事柄を示す言葉ですが、
 わたしは、「過去」は決して過ぎ去らない、と思うのです。
自分が2つの足を置いているその場所に、過去は地層のように堆積し、
精神が地震に遭ったように揺らぐと、足元に亀裂が走り、地層(過去)
が露出する――  放浪の最中に、わたしは何度も過去に待ち伏せされ、
過去の落とし穴に足をとられそうになりました。
 わたしが過去を忘れても、過去はわたしを決して忘れない。
過去が更新されて「今」になるのではなく、過去は過去のまま
更新されるのです。未来は全て過去にある、という言葉の意味を、
40歳を過ぎて噛み締めています。≫
▼ <過去を忘れても、過去はわたしを忘れない!>
<未来は全て過去にある> の言葉が先の少ない時節の胸に刺さる。
 秘・異郷を中心に50回のツアーに行った先のどこかが、TVの旅番組で、
毎日のように現地レポートされる。その度に、それぞれの記憶が露出し、
その体験した記憶に、新たな現地の映像が加わっていく。この随想日記も、
早朝に15年分を読み返していると、過去からの声が、それぞれの同月同日の
「いま、ここ、わたし」の声が、ざわめきのように「いま、ここ、わたし」
に語りかけてくる。 葬式で、故人の決して後味が良いだけでない思い出が、
心の足元を揺らがすことがある。サバンナ(御隠居)の生活では、有り余る
時間の中で、過去の堆積物から思いもよらないフラッシュが沸いて出る。
あの暗い老人は、その暗黒の堆積物の暗部に引き込まれた結果である。
「因果応報」「因縁」というが、隠れている過去は、何かをキッカケに
表立ってくる。それが現在か、近い将来になるかでしかない。
 人生とは、過去という荷物を担いで、一歩一歩を独りいく道のりである。
・・・・・・
5044,生と死をめぐる断想  ー1
2015年01月05日(月)
    『生と死をめぐる断想 』岸本 葉子(著)
 * 死をそばに感じて生きる 〜団十郎の辞世
   ー 色は空 空は色との 時なき世へ ー
 以下は、序文の冒頭の内容。日本人の2人に1人の割合でガンになり、
3人に1人の割合で亡くなるという。高齢化で、ガンになるまで、死ななく
なった結果、死を意識する時間が長くなったこともある。今では死に関する
知識を、一般の人が、ネットなどから死生観を収集したり、表現できる機会が
増えている。 ー まずは序文の冒頭からー
≪ 2013年2月に亡くなった歌舞伎俳優の市川團十郎の辞世の句だ。
 葬儀の場で長男の團十郎のパソコンに残されていたという。
詠まれたのは前年の十二月、亡くなる数ヶ月前である。
 色は空(そら)、空は色(いろ)との 時なき世へ、と海老蔵は読んでいた。
この句に接し、『般若心経』の中のあの一節を思い浮かべる方は多いだろう。
色即是空 空即是色。それに寄せて読むならば、冒頭の句は、
 色は色(しき)空  空(くう)色(しき) との時なき世へ、となる。 
色はかたちあるものと、ひらたくは言われる。空は空っぽ、何もない、という
ことか。空しい、ということか。かたちあるものは実は何もない、空しい、と
教えているのか。そうではない。(略)・・ このことは追々深めたい。
時なき世とは。時間のない世。時間を超えた世。超時間性は永遠と言換えられる。
それは、この世に対するあの世なのか。この「時なき世」が團十郎の句では
「色は空空は色」と「との」でつながる。「との」は、と言われる、とか、と
聞いている、の意だ。色即是空、空即是色とかねてより聞いている時なき世。
「へ」は方向を示す助詞である。色即是空、空即是色とかねてより聞いている
ところの 時なき世へ、自分はこれから行くのである。團十郎の死生観を
表す句と言える。(略)・・ 團十郎が、死を前に遺した五七五が、芸についての
教えでなく死生観の表出だったのは、私には少し意外、けれどもすぐに理解できた。
團汁郎は長く血液のがんを患っている。治療の副作用による絶え間ないめまいと
吐き気を無間地獄と、あるインタビューでは曝えていた。何度も再発入院し、
骨髄移植をしていた。・・・≫
▼ 色を「しき」と「いろ」、空を「くう」と「そら」と、息子が間違えて
 言ってしまった可能性もあるが、真偽はわからない。栄華を極めたあと、
とたんの苦しみの死際の言葉であればこそ、心に響く。 即興の辞世!
 《 色即是空 死んでしまえば それまでよ 空即是色 》 
・・・・・・
4679, スマート革命 ー2
2014年01月05日(日)                                   
  * スマート革命とは? 「ゼロから学ぶスマート革命」山崎秀夫 (著)
 マックの各スマート機種は一通り使ってみたが、ただ驚きである。
これは「スマート革命」を象徴したもので、ジョブスは、まずは企業向けの
大型コンピューターを個人・家庭用の宅上型に作り変えたパソコンをiMac
として世に出した。次のiPodは、音楽業界に革命的影響を与え、更にiPhone、
iPadと、次々とスマート機器を世に出し、そして現在、スマートTVを世に
出そうとしている。 アマゾンが書籍のネット販売を始めしばらく経つが、
今では書籍の枠を超えた商品を扱うようになった。その書籍も紙に印字する
形態から、パソコン画面へ印字するデジタル書籍の時代が始った。
私の命名だが、これスマートショップ。この動きは、スマート自動車、
スマート家電、スマートTVに広がっている。 現在、スマートフォンが
劇的に普及している。携帯電話にパソコンが融合したもの。そこに、会話式
のアプリが入ると、「手のひら音声ロボット」。テレビ操作、パソコン入力も、
電気製品の操作も、両手をハンドル操作に取られる自動車も、何もかも会話式
アプリ機能に従い入力をするようになる。それが「スマート革命」である。 
  ーアマゾンの読者レビューからー
《 ポストパソコン時代が進むと2015年には一人七台のスマート機器を
 使い分けるようになると予測。 それに合わせて1)新しいイノベーション
の形(事業モデル)と 2)新しい個人コンピューティングの形が出現します。
まず新しい個人コンピューティングの形を特徴つけるユーザーインターフェース 
従来のパソコン+ブラウザー+Webサービス時代には、生活者は「テキスト入力で
パソコンと会話」していた。しかしスマート革命時代には機器と生活者の
インターフェースは、「スマート機器はユーザーの友達になる」と考えられる。
米国MITの社会心理学者シャリー・タークルは著書「Alone Together」の中で、
ユーザーインターフェースのあり方を「ソーシャルロボット」と呼びました。》

・・・・・・
4312, 幸せはいつうもちょっと先にある −2
2013年01月05日(土)
      「幸せはいつもちょっと先にある」ーダニエル・ギルバード著
 幸せの意味についての切り口が、分かりやすい。ーまずは、その箇所から
    * 3つの幸せ
≪「幸せ」という言葉には少なくとも3つの関連することがらを表すのに
 使われる。「感情の幸せ」「道徳の幸せ」「判断の幸せ」である。
○ 感情の幸せとは、気持ち、経験、主観的な心理状態の表現であり、
 物理的の具体的何かを指すものでない。幸せはこの時代に生きる人が
 暗黙的了解で通じる気持といえる。
○ 道徳の幸せとは、「○○だから幸せだ」になる。感情の幸せなら、
 排便への幸せに少し似ていると考える人が多い。それは低俗で安っぽい、
 意義ある人生の基盤になりえない空虚な牛の充足状態でしかない。 
 哲学者のミルがいう「満足した豚であるより不満足の人間のほうが良い。
 満足した愚か者より、不満足のソクラテスである方が良い。もし、愚か者や
 豚がこれに異を唱えても、このことを自分たちの側しか知らないからだ。」
 哲学者のロバート・ノージックは、この安っぽい感情の幸せの信念が間違い
 と、架空の仮想現実装置を使って説明した。「この装置があれば、誰もが
 思い通りの経験ができるし、自分が都合よく装置につながっていることを
 忘れることができる。彼は、以後の人生につながって生きていていいと思う
 人間は誰もいないと結論づけた。こんな装置で得た感情はちっとも幸せで
 ないからだ。ようするに豚ならいざ知らず、洗練された有能な生き物には
 相応しくない目標ということ。
○ 判断の幸せとは、「○○について幸せだ」である。我々はものごとに
 ついての価値判断について幸せという言葉を使う。妻がタヒチに半年の
 赴任で、自分が子供達の面倒を見るとき、「自分は幸せでないけど、
 君が幸せなら僕も幸せだよ」という場合である。ここには、自分は幸せで
 ないけど、妻が幸せなら、仕方がないという判断が入っている。≫
▼ この3つの幸せが、混同してしまうから問題が生じる。ただヒタスラ
 仕事に打ち込み、別荘をたて、そこで茶道具を買い集め、茶会を開き
楽しんでも、最期に何か物足りない感情が残ったという類の話は、日常見渡せば
幾らでもある。この3つが混同している典型的事例である。感情の幸せを
追うあまり、太った豚が、その辺の豚たちいへの面子で、本来の質素倹約を
忘れ、何処か判断を間違ってしまった?のでは?いう後悔の念が纏わりつく。
 しかし感情、道徳、判断の幸せを分けて道楽をしていれば後悔はないはず。
フランクルの、「良く遊び、良く学び、良く働く」の3つを、特に「良く」
を意識して、バランスよく追求すれば、空虚な気持ちはないはず。
「つねに面白いこと、ためになることを思っていれば、それで幸せになれる」
ということか。
 ・・・・・・
3937, 閑話小題
2012年01月05日(木)
  * 年末年始
 この年末年始も、例年のように過ぎていった。事業から離れて初めての正月
になるが気持ちは何も変りない。ただ以前ほど政治経済のニュースに敏感に
反応しなくなっている。こうなれば、良いも悪いもないが。 まだ事業を
続けていたとしたら、この激流の中で夜も眠れない日々が続いていたはず。 
事業から一歩退いてみると、この断絶の大きさが更に鮮明に見えてくる。
TV番組も、派手な内容のものは少ないようだ。正月で特別なことと言えば、
蔦屋で数年ぶりにDVDを一本借りて見た位。
  * 元旦の殿町で
 元旦は、例年、東京から帰省してきた次男夫婦と、長男と、私たち夫婦、
合計5人で居酒屋での新年会が恒例になっている。次男夫婦は地元の同級生と
二次会とかで別行動。今年は長男と殿町に行った。駅前は、居酒屋チェーン店が
元旦でも営業をしているが、さすが殿町は殆どの店が閉まっていた。
その中で、一軒のスナックに入ったが、先客が二組み飲んでいたが、
危なそうな客。一時間ほど経った頃、50歳頃の革ジャンを着たテキ屋か、
ヤクザ風の客が私たちの隣に座った。隣なので何気なく話すと、奥さんと喧嘩を
して飛び出してきたという。暫くして「マスター、一軒回ってまた来るね!」と
出ていこうとするので、酔った勢いもあり、「勘定を払わないで出ていくの?」
と言ってしまった。ところが、「何だ御前、俺を馬鹿にするのか。
御前に、そんなことを言われる筋合いはない!」と凄んでくる。そのへんは、
慣れたもので「別に馬鹿にしたわけじゃない。自然に出てきた言葉。
そう思うのは貴方の勝手」と答えると、凄い目で飛びかからんばかり。
長男が、その辺の呼吸を知らないようで、立ち上がり乱闘寸前。ようは、呼吸。 
押しても引いてもダメで、「元旦そうそう、あまり怒るなよ!」とか
言っていれば良い。危ない奴ほど、簡単には手は出さないのは経験上知っている。
で、本人はプイと出ていったが、マスターに「あの客、馴染みなの?」と聞くと、
「一げんです」という。飲み逃げ、手馴れたもの。初めての店で、
「少し他の店を回って後でくるね」じゃ、飲み逃げそのもの。で、結果、
飲み逃げの手助けをしたことになる。 特に年始のスナックは泥棒が多いと聞く。 
それにしても、危ない客。 そういう私も、それを楽しんでいる変な客。
・・・・・・・
3572, 人は何故、肯定思考に心がけなければならないか?
2011年01月05日(水)
 肯定思考といえば、中村天風の「肯定肯定、絶対肯定」の言葉が思い出される。
また書店には肯定思考の本がところ狭しと並んでいる。考えてみれば新約聖書も
弱者肯定の見本のようなもの。ありのままに、ほっとけば人間の思考はマイナス
思考、否定思考に流れされる。電車やバスに乗り遅れたことは思い出しても、
ギリギリ間に合った記憶はホボ忘れている。その数倍もあるのに。
楽しいことを忘れ、辛いことを何時までも記憶する習性が人間にはあるようだ。 
それは、我われの祖先がもたらしたもの。 大昔、毒のある食物で当たり、
野獣に襲われ食べられそうになったりすると、二度と同じ過ちを繰り返さない
ように、その記憶を長く残した。逆に、美味しい食べ物に出会っても直ぐに
忘れることにした。それに捉われると、次の食べ物に有りつけなくなくからである。
その習性に気づいてないと、良くない記憶だけが残ってしまい、自分だけ悪い
ことが起きてしまうと錯覚をしてしまう。 だいたい、良いこと悪いことが同量
が起こっていると考えればよい。しかし良いことを思い出す訓練をしていると、
どうも良いことが擦り寄ってくるようになっている。 私の場合は、三対一と
勝手に思っている。面白そうなことを探していれば、自然、その方に自分から
擦り寄っていく。例えとして私事になるが、47回の海外旅行、それも秘境ツアー
の経験は、週末のTV生活を楽しませてくれる。BS/TVで旅先の何処かを
放送している。一度行ったところを違う目線の映像を見ると、再び訪ねている
感覚で見ることができる。自然に他の行き先に惹きつけられ、欲も出てくる。
 マイナス思考は逆である。 嫌なことに捉われていると、それに類似した
TVや小説の場面で嫌な追体験をしてしまう。その繰り返しの中から怒り、
憎しみが憎悪に変わっていく。「人を恨めば、穴二つ」の相打ち、である。
だから、嫌なことは、意識的に排除すべきである。 言葉=精神。 
明るい言葉は、明るい精神と言い換えることが出切る。言葉を持ってしまった
人間は、二人称の身近な死から、一人称の「自分の死」を予感するようになった。
これが、マイナス思考を更に深めている。そのため神という共同幻想の仮身を
つくるしかなかった。 人間は人間であるが故に、脆いのである。
 ・・・・・・・・
3197,つれづれに ー 閑話小題
2010年01月05日(火)
  * 人生味わえば、8割は良いことになる
 1月3日のTV「熱中人生」で、藤岡琢也が対談した70歳後半の品の良い女性
が語った言葉が良い。「人生、生きてきて、良いこと2割。辛いこと8割だった。
しかし、辛いことを味わえば、8割は良いこと辛いことは2割になる」が、印象
に残った。「終戦直前に、近くの旅館に特攻隊員が数人、出撃の待機をしていた。
その話し相手に行っていたが、彼らが終戦の一月前に出撃していった。 
彼らが死んでいっても、自分の中に生きているように感じる。そのお陰で、
疎かに生きなくてはならないと、生きてきた。 人生は辛いことが8割だが、
味わえば、良いことが8割に変わる!」と、しみじみと語っていた。 
そう、辛さを味わうのである。 甘塩辛いが!
  * 面白いものである!
 実際に、数ヶ月に一度は全く書くネタが無くなる。書いていると自己嫌悪に
陥るのである。自己嫌悪は今さらだが、書き尽くして如何もこうもテーマが
なくなり、書いてきた内容に微妙な感情に押しつぶされ、どうもこうも、
ならなくなる。お手上げである。しかし、その時ほど、直後に何かが出てくる。
その何かとは、小さな井戸の水を掬いとった後に、何処から水が湧き出る感覚
である。だから続けることができる。これは人生と同じじゃないか? 
そう、挫折、その後に来る孤立と孤独の中から力が湧き出てきたのと同じ。
その時に、変化が生じる。そこ(底?)から知恵が出てくるのである。
その繰り返しから、知恵も、力も出てくる。 
  * 婚活ブームの後は、離活ブームだと!
 現在、婚活ブームだが、次は「離婚ブーム」が来そうだと、昨日の産経新聞
の社会面トップで取上げていた。20〜30歳代前半の女性の多くが離婚相談所
にくるという。 女が出来たとか、借金が多いとかいうハードなことより、
呆れるほど些細な動機。 熟年のように熟慮を重ねた上の離婚とは違い、単純な
気分で嫌と決め付けるケースが多いとか。以前なら親が説得する程度のことを、
親まで一緒になって悪口をいうから・・。 今のユトリ教育で育った人種なら、
分からないでもないが。 「結婚など、嫌が上のハク」というのは、長年、
連れ添ったものなら分かっているはず。 後記)去年に、偶然に同じような
テーマを取り上げていた。 それも、新年早々に! そんなものだろうが。
 ――
2832, 1秒でも早く・結婚したい女たち -2
2009年01月05日(月)
  ー前回に続いての、まとめである。
・雇用機会均等法の中で育った40歳前後のアラフォー世代の女性たちは、
 キャリア志向が強く「仕事をする女はカッコイイーッ!」という価値観。 
 彼女たちが20代のときは「結婚して家庭に入るよりも仕事に生きたい」
 と願い考える女性が多かった。その結果で晩婚化していった。
 その盛りが過ぎたキャリアウーマンが、40歳に近づいて焦り始めている
 ケースを取り上げていた。
・しかし、その下の若い世代(20代)になると、女の幸せを考えたとき
 「仕事で輝いたとしてそれが何ぼのもの?」「それが本当にカッコイイーッ
 のか?幸せなのか?」と考えるようになり、結婚も仕事もこなす女性の方が
 カッコイイーッという価値観が生まれてくる。 妻となり母となり、
 キャリアウーマンをこなす「キャリア・マザー」がカッコイイーッと捉える
 女性が多くなっている。 全体として結婚して人生のパートナーをつかみ、
 仕事もバリバリこなすライフスタイルの賛同者が多かった。
・その女性の反面、男子たちは女性化している。 かつてクリスマスの夜の
 予約に執念を燃やしていた男達は少なくなっている。肉食系動物より草食系
 動物系に男が変化しているという。 別に結婚に執着しない男が増えている。
 「現在の20歳の女性4人に1人が一生結婚が出来なくなる」というデーターも。
 女性週刊誌は、いかに男を見つけ口説き落とすかの特集が多いという。
 一時代前の男の週刊誌と同じになってきた。何か気持ちが悪くなってきた。 
 36年間、結婚生活を過ごしてきて結婚生活は、そう甘いものではないと実感。
 慣れるに10年、諦めるに10年はかかる。そのあと10年かけて同じ方向を見る
 ようになる。そして最後は「同居の貴女」になっていく。それでも結婚
 しないよりは良い。人生の半分(いや、三分の二)は、結婚相手によって
 良くも悪くも決まってくる。私生活の大部分を一緒に過ごすのだから当然。
 選り好みをしていたらチャンスを逸するし、焦れば「化け猫」を掴んで
 しまう可能性がある。どう見ても「化け猫と、ボケ犬」の組み合わせと
 しか思えないカップルが多い。もしかして結婚とは、こんなものかも。 
(字数制限のため、カット 2016年01月05日)


5408,2016年 新年に ー③ 日本衰退は1985年から始まった ーB

2016年01月04日(月)

            『グローバリズムという病』平川克美著
   * 日本衰退のすべては1985年から始まった ーB
 バブル崩壊は、第二次大戦以来の敗戦であり、以来、衰退が続いたまま。
 アメリカのいうがまま、バブルを引起し、その結果のバブル崩壊である。
 欧米系の金融機関は、これをチャンスに、株式などで大儲けをした。
 経済支配下にある属国の手を捻っただけだが、日本にとって塗炭の
 苦しみが待っていた。 
≪ アメリカ側は日本企業の競争力の原泉である、日本の銀行の融資力を殺ぎ,
つぎに日本の産業全般に行きわたっている構造、とりわけ関税障壁をターゲット
にした構造改革を日本側に迫った。「貿易の不均衡をなくし、日本が経済発展
するため」という表向きの形容とは違って、このときのアメリカにとっては
日本の産業力はまさに「死活的脅威」であり、この脅威を取り除くための
「経済戦争」を仕掛けようとしていた。 ルール変更であった。
日本は当時空前のバブルに沸いていた。銀行もまた多額の不動産を抱え込んで
おり、それを資産計上していた。それゆえに前記の世界の銀行ベストテンに
六行も入るという状況がうまれていたわけである。
 1988年、スイスのバーゼルにおいて、銀行の健全化に向けての国際基準が
策定されてた。それがBIS規制である。国際業務を行うためには、8%を超える
自己資本比率が必要であるということが定められた。
表向きは、金融システムの健全化ということであった。
 1991年2月には、日本のバブルが崩壊する。そうなると、含み資産を自己資本
に計上していた日本の銀行は、時価会計の適用によって自己資本率を一気に
悪化させる。 日本の銀行が採りうる措置は二つしかない。
ひとつは、総資産を減ずること。
ひとつは、複数の銀行を合併・統合させることで自己資本比率を上げること。
 実際に何が起きたのか。それを時系列に眺めてみよう。
盤石だった日本の銀行は、BIS規制と、それに続く金融ビッグバンによって合併
統合・倒産を繰り返し、さらには株式を持ち合っていた生保会社の大型倒産が
続いた。銀行、保険会社、政府が三位一体となって落伍者を出さない日本の金融
システム、つまり護送船団方式は、このとき完全に分断され、崩壊していった。
普通は、こんなことは起こらない。ましてや短期間のうちに、これほどの規模
で銀行システムが変容するなんていうことが、市場の原理だけで起きることは
ありえない。
一九九六年四月、三菱銀行と東京銀行が合併
一九九九年四月、国民銀行破綻
     六月、東京相和銀行破綻
     八月、第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行が、事業統合を発表
     八月、なみはや銀行破綻
    一〇月、新潟中央銀行破綻、
    一〇月、住友銀行とさくら銀行が合併を発表   ≫
ーー
▼ 1991年のバブル崩壊より7〜8年後に証券会社の倒産、大手銀行の倒産、
大統合になった。とすると、リーマンショックを大地震に例えると、今年辺りが
津波が到達する時節になる。それが、世界株式市場の暴落として日本か、欧州、
中国発になるのか、津波と違い予測不能。私は、その二年半後に、自然災害の
東北大地震と共に沈んでしまった。ISのテロをカタチを変えた格差間の戦争と
すると、既に始まってしまった? 戦争は、超保守で体制を固めないと、国の
維持が難しいためか、怪しげな風が先進国に吹き出してきた。

・・・・・・
5043,読書脳 ぼくの深読み300冊の記録 ー6
2015年01月04日(日)
         『読書脳 ーぼくの深読み300冊の記録 』立花 隆(著)
  * 捕食されてきた人間
 人間は肉食や草食もする雑食だが、猛獣の餌として捕食されてきた。
そこには食うか食われるかの長年かけた弱肉強食の熾烈な闘いがあり、
仲間同士の知恵を駆使をして生抜くしかなかった。当然、人間どうしの肉食
もあった。ボルネオや、南米など未開の地では、ごく最近まであった習慣。
人は狩猟をするか、されるかの瀬戸際で、集団で知恵を身につけ、言葉と
道具を身につけ、生き延びてきた。 ーその辺りから抜粋ーエェー(◎-ω-)♪~
≪ 有史以前、ヒトはみな食人をしていたというのもショックだが、同時に、
 ヒトはヒトならぬ肉食獣にエサとして食われてきたという話もショックだ。
しかし、ドナ・ハート・ロバート・W・サスマン『ヒトは食べられて進化した』
は、ヒトは捕食される動物であったから、かくのごとく進化することができた。
「かくのごとく」というのは、ヒトが二足歩行で大きな脳を持ち、ことばを
使うことで複雑な内容を持つ情報伝達ができるようになったこと。
 集団で社会生活を営むようになり、単体ではできない大きなプロジェクトを
力を合わせてやりとげるようになったということ、つまりヒトが文明を作る
ことができた唯一の動物になったという意味である。 ヒトは肉体的には
あまりにもひ弱な存在であった。捕食者の恐怖から逃れようとするなら、
そのような生き方(社会を作り文明集団として生きる)を選択せざるをえなかった
ということなのだ。かつて、人類進化はヒトが狩りをすることを覚えたところ
からはじまったとする、「マン・ザ・ハンター」説が一世を風靡した。
しかし、自然人類学者の著者は、その説は客観的証拠にてらして誤りだという。
多数の原始時代の人骨を調べていくと、原始人たちが野獣に噛み殺され、
食われていたということがはっきりわかる。噛み砕かれた頭蓋に残る歯型と、
野獣の牙がピッタリ一致するのだ。ヒトがどれほど捕食されてきたか、
疑う余地のない証拠が次から次に出てくる。・・・≫ (。・´ω`・。)オォ怖〜
▼ 私たちが爬虫類や、蛇などに直感的嫌悪感を持つのは、原始的記憶が脳に
 インプットされているため。根強い悲観的傾向があるのは、捕食されてきた
生存危機の記憶がなせる業。だから、人間には本能に悲観的傾向がある。
しかし、悲観主義は、人間自身の行動範囲を狭める要素になる。それを
カバーするのが知識と能力で、悲観1に対し、3倍の楽観主義が必要となる。
・・・・・・
4311, 幸せはいつうもちょっと先にある ー1
2013年01月04日(金)
       「幸せはいつもちょっと先にあるー期待と妄想の心理学」
                    ーダニエル・ギルバード著
  * 我われは何故、間違った未来の想像をするのか
 やりたいことが一杯あったのに、いざ定年になると楽しみにしていた暇の
時間をもてあそぶだけとか、結婚も現実は夢みた期待が妄想でしかなかった
とかいう経験は多い。幸せは実現するちょっと手前の期待と妄想にあるようだ。 
人間にとって想像する能力は最も重要だが、それと妄想が混濁してしまう。 
この期待と妄想の心理を熟知しないと、親のバイアスから一歩も出ることが
出来ず、小さな岩場の中で一生を終えてしまう。前頭葉と鋏は使いようである。
 ー その辺りの箇所から抜粋してみる。
≪ 脳の業績はただ一つ、意識的な経験だ。大ピラミッドを見たり、ゴールデン
 ゲートを思い出したり、宇宙ステーションを想像したりするのは、そのどれを
建設するよりはるかにすごい行為だ。 「思い出す」「見る」「想像する」、
この三つの中でもひときわすごい行為が一つある。「見る」とは世界を今の姿で
経験することだし、「思い出す」とは世界を昔の姿で経験することだが、
「想像する」行為は、世界を今の姿でも昔の姿でもなく、こうだろうという
姿で経験することに他ならない。人間の脳の最大の業績は、現実の領域には
存在しない物事や出来事を想像する能力であり、この能力があるからこそ、
われわれは未来について考えることができる。哲学者のことばを借りると、
人聞の脳は‘先読みする装置’で‘未来を作る’ことがもっとも重要な仕事だ。 
ところで‘未来を作る’とは具体的にどういう意味だろう。脳が未来を作ると
言える場合が少なくとも二つある。一つはほかの多くの動物にも共通し、
もう一つは人間に特有だ。あらゆる脳は、人間の脳も、チンパンジーの脳も、
餌を埋めるごくふつうのリスの脳でさえ、私的で身近なさしせまった未来を
予測できる。現在の出来事(「何かにおう」)と過去の出来事(「前にこの
においがしたときは、大きなやつに食べられかけたんだ」)の情報をもとに、
つぎに起こる可能性がもっとも高い出来事(「あ、やっぱり大きなやつに
食べられる」)を予測する。しかし「予測」と呼ばれる行為に二つの要素が
あることを忘れてはならない。一つは、他の動物にも共通し、もう一つは
人間だけの特有の予測。前者は意識的思考の必要ないもの。これを次見という。
それに対して人間の脳は、遠い将来の複雑な予見が可能なことである。 ≫
▼ 人間は、この能力で飛躍的進歩を遂げてきた。人間は本来、将来のことを
 考えるのが好き。旅行を例にすると、行き先を探し、決め、決まったら、
その資料や旅の準備をする。そこに不安や楽しみの感情がまとわりつき、
それも旅行の楽しみとなる。実際に行ってみると、この本と違うところがある。
その数倍も面白く楽しいことと、嫌なことがあるのが実際。そして嫌のことは
帰りの飛行機内に置いてくる。そうなるまで10数回の経験が必要だったが、
間違った予測が多いのは、経験の絶対量が少ないからである。女性遍歴は、
相手を獲得するまでが幸せで、その後は幻滅の繰り返し。それが楽しいか?
 ・・・・・
3936, 新年にあたり ー3
2012年01月04日(水)
  * 御先祖・四四太郎様の警告
 最近、お呼びがかからないから、久しぶりの娑婆になる。
聞くところによると、経済震災や自然震災で去年の3月に倒産したとか。
御前のような用心深い男が何ていうザマだ。こういう長期の装置産業は、
ピークを見極めて早々、売り抜けるのが本筋。それを分かっていたと思って
いたが実際には出来なかったということか。お前が学生時代に事業を目指すと
決めたとき、何を思った? 事業を立ち上げた後、それを第三者に売却し、
全く別の面白そうな事業を立ち上げをして転売をしながら、事業を学び、
自分の世界を大きくしていくことだったのではないか。 それが何じゃ、
30年も続けてしまい、その結果が、これである。この様は30年も微温湯に
浸かっていた当然の報いじゃ。とはいえ、これも事業人生の一場面。 
調子に乗って羽目を外して馬鹿丸出しだったが・・ ワシも御前によって、
400年以上も前から引き戻されたが、みるみるうちに、娑婆の変化が起きて
いるのを知り吃驚じゃ。それにしても面白い時代じゃないか。現時点をみると、
ワシの当時の戦国時代より世界と一体している分、変化は激しい。
戦国時代は、一つ間違えると一族郎党が殺される厳しさがあった。
しかし変化の大きさは比較にならないほど現代は大きい。
現代文明のは、お主達に大きなメリットを与えている。で、ワシの目で見ても、
これから10年は更に大きな時代の変わり目になる。その中にあって日本は
刺激的な日々になるのは、お主は分かっているが、それでも、まだまだ甘い
ことを忠告する。地勢的にみて、そのメリットを受けたのが戦後の経済成長
であり、世界二位まで膨らんだが、それが20年前にバブル崩壊で破裂し
現在に至っている。そして、これから10年で、最後に残った蓄積を全て
アメリカによって吐き出される運命になる。もう一度、書店かネットで情報を
とってみることだ。そこには、まだまだお主の知らないことが多く書いてある。 
それを知らせるために、ワシは現れ出たのじゃ。いいか、お主自身、現状に
危機感を持っていると思っているが、まだまだ、そんなものじゃない、これは。 
ならどうするかを、ここで、もっともっと考えろと言いたいのだ。
大津波は実際に押し寄せたときは、その前のイメージを遥かに超えたもんじゃ。
そのことを考えろ、と言いたいのだ。去年の今時分に、ワシが同じことを
言っても、ピンとこなかったはずだ。 が、一ヶ月後に、ワシの今の言葉が
身に沁みて分かった筈じゃ。それと同じか、それ以上に、お主たちは危ないのだ。
どう身を処するか、より考えろ! お主は去年、ギアダウンをして大丈夫と
思っているが、それは、周辺の鈍い連中に囲まれた中で思っているだけ。
悲観とか楽観とかいう問題ではない、これは、そこに大津波が轟音を立てて
迫っている。 まず直近の大波は今年の前半と、後半に一つずつ見えている。
・・・・・・・・・
3571, ダイヤモンドは 何故美しい?
2011年01月04日(火)
 ー地球上のダイヤモンドのうち、いくつかは現在の太陽系の一サイクル前の
超新星爆発で出来たものとされている。この太陽系は、宇宙がビッグバンで
出来上がってから何回のサイクルをえた世代に属するとされている。
 超新星爆発という「恒星の死」において、中心部に生成されるとてつもない
高圧の中で、炭素の原子が押し詰められ、ダイヤモンドができるという。 
だからこそ、地球上の硬い物質を切ることが可能になる。ー
《「今、ここからすべての場所へ」ー茂木健一郎著》の中で、このことを最近
 知り、世界観が少し変わるほど驚いた。テッキリ地球上の物質は地球上で
出来上がったものと思っていた。 しかし地球の生成は、太陽系に浮いていた
物質が衝突を繰り返す中、だんだん大きくなって地球になっていったのだから、
当時の物質が地球上にあって不思議ではない。超新星爆発という「恒星の死」
の中で中心部に生成された高圧の中、炭素の原子が圧縮され出来上がった物質が
ダイヤモンド、といえば見方も変わってくる。地球生成以前から、ダイヤモンド
は宇宙を彷徨った後に、発見されたもの。これまでは装飾品や、他の物質を
加工する道具の価値でしか見えなかった。しかし、このことから地球そのものや、
物質に対する見方も変えなくては。この歳になって、知らないことだらけ。
いや、年齢を重ね、現世の欲が薄れ、「私」の枠が少しずつ取れてきたのか。
 とはいえ、そんなことは知らないでも全く生活に変わりはない。しかし
知っていると知らないとでは、対象に対する見方が違ってくる。人間が持つ、
それぞれの「私」は、せいぜい80〜100年。それに対し、ダイヤモンドは
50億以上の宇宙の旅をしてきた。その「私」など、それに比べると宇宙の
チリのチリでしかない。それを知るかどうかである。 知ることの価値を
知ることである。人間の趣味は最後には「石」に向かうというが。
ダイヤモンドの美しさ、輝きには、もって生まれた理由がある、ということか。  
石か〜  森に入り、岩山を登り、星空の輝きを眺める、
これが人間の理想的な生活というが・・・。
・・・・・・・・
3196, 100年前の世界一周
2010年01月04日(月)
 「100年前の世界一周〜ある青年の撮った日本と世界」ワルデマール著
 =アマゾンの紹介文より= 1905年、ひとりのドイツ人青年が世界を知る旅に
出た。アメリカ、日本、朝鮮、中国、インドネシア、インド、スリランカなどを
1年半かけて周遊、多くの写真を撮影した。(写真117点収録。)
とくに日露戦争直後に滞在した日本では、まったく異なる文化に感銘を受け、
すっかり日本に魅了される。まだ世界が広かった時代、豊かな地域性を残した
社会を旅した貴重な記録。大戦前の世界が生きいきとよみがる。 
 *ベグ,ワルデマール=【1873年、ドイツ、ベルリンの裕福な家庭に生まれる。
大学で法律を学び、卒業後公務員となる。ナチズムに反感を抱いており、第二次
世界大戦後、ドイツ国籍を放棄した。1961年没】。
〜 昨日、図書館で見つけて早速、読んでみたが、これが面白い。ほぼ写真集
といった内容で、文章は旅行記風に補佐されている。2009年11月30日発刊とある
から、直ぐに見つけたことになる。特に日本の写真が身近に思えてよい。
写真公表を前提としていないので自然体で旅行者の目線である。 写真も、
その記録も本書で初めて出版になった本という。アベクの趣味が写真撮影のため
シャッターを素直にきっている。彼は日本を気に入り、船頭や芸者や街、富士山
などを撮っている。公務員として33歳になった時、研修旅行の名目で休暇を取る。 
17世紀あたりから、英国の上流階級の若者たちから流行した青春の締めくくり
の旅は「グランドツアー」と呼ばれ、当時の欧米の若者たちにも広まっていた。
現在も欧米だけでなく、日本も卒業旅行で世界を旅するのは、数百年前からの
英国の上流階級の子弟の流行からきているようだ。1905年4月、青春時代から
親しんできた写真機2台を携え、地元を一人旅立ったアベクは、移民たちと
ともに大西洋を渡り、ニューヨークに上陸。当時の米国は経済・産業が発展
を遂げ、ニューヨークには摩天楼がそびえ、自動車が行き交り、地下鉄の
高架路線が走る。半年かけて大陸を横断したアベクは、ハワイから日本に到着。 
ニューヨークで知り合ったガイドのナカノの案内で旅を始めた。 撮影した
銀座や、おいらん道中、雪景色の富士山、江戸の風情が当時の世界を垣間見れる。 
日本滞在は4カ月に及んだが、別府では芸者を撮影をした。 その後、朝鮮から
インド、エジプトを経て故郷に帰った。カラー写真が半分を占め、当時の写真
としては、綺麗に撮れている。 特に、花魁が何とも艶がある。 
 ・・・・・・・・
2831, 1秒でも早く・結婚したい女たち -1
2009年01月04日(日)
  一昨日のTV「久米宏!経済SP新ニッポン人現る!ー2
“1秒でも早く・結婚したい女たち”急増中 」を興味を持ってみた。
 まあ、面白い。 ーまずはHPの番組説明からー
◇久米宏が経済の視点から新たな価値観で行動する人々に迫る第2弾は、
 女性たちの結婚観を探る。自由恋愛や核家族化、男女雇用機会均等法など
ライフスタイルの選択肢が広がった女性たちは結婚にとらわれなくなり、
 晩婚化が進んだ。一方で、結婚に走る20代女性が増えているという。 
久米が結婚に向けて活動する女子大学生や、結婚相談所主催の見合いパーティー、
20代カップルの挙式に密着し、彼女たちの理想の結婚の形に迫る。さらに20代
女性たちが育った時代や社会環境、経済状況を検証し、現在の結婚観がいかに
形成されてきたかを解き明かす。さらに久米と写真家の梅佳代さんが女子高校生
たちにインタビューし、彼女たちの結婚観に迫る。
 *解りやすく私の主観でマトメテみると・・・・
・今の男の3Kは「こぎれい こだわる 枯れてる」だと!前の三高(K)
 高収入、高学歴、高身長とは違うようだ。
   (字数制限のためカット 11年1月4日)


5407,2016年 新年に ー②

2016年01月03日(日)

   * 日本衰退のすべては1985年から始まった ーA
 昨日、とりあげた「すべては1979年から始まった」を、日本経済の20数年
にわたる長期凋落は、プラザ合意によるバブルと、崩壊の上に、BIS基準
の策定があった。それはアメリカの戦略的経済政策の結果であることは周知
の事実。『グローバリズムという病』に、その辺りを簡明に述べている。
「すべては1979年から始まった」を世界規模の視点なら、日本の視点と
すると、「日本衰退のすべては1985年から始まった」ことになる。
バブルと、バブル崩壊はアメリカが仕組んだ経済戦争の結果であった。
  〜その辺りから〜
≪ 東西の争いの敵がソ連と中国なら、西の内側の脅威が日本と、
 1981年に就任したレーガンが、戦略として打ちたてた。
1985年9月22日、G5(先進五か国蔵相・中央銀行総裁会議)がニューヨーク市
のプラザホテルで行われた。日本からこの会議に出席したのは竹下登(当時)
大蔵大臣だった。この会議により、それまで1ドル235円程度であった円ドル
為替レートは、一年後にはドル150円台にまで円高に誘導される結果になった。
ロナルド・レーガンは、それまでの民主党の政策を転換し、市場原理と民間
活力の重視、社会保障費と軍事費の拡大、減税という企業寄りの政策を打ち出し、
経済拡大戦略をとった。いわゆるレーガノミクスで、小さな政府、市場原理
主義・軍事的大国主義である。この結果、アメリカ経済は拡大し、アメリカ企業
は大いに潤ったが、貿易赤字と財政赤字の増大という双子の赤字がアメリカ
経済に重くのしかかっていった。この双子の赤字の一方である貿易赤字を解消
するためにアメリカへの最大の輸出国である日本が標的とされたのである。
そのひとつが戦略上のプラザ合意である。プラザム合意は、ドルの安定が
名目ではあったが、直接的には日本の経済力という脅威を取り除くための戦略的
な目的に沿って行われたわけである。しかし、トヨタをはじめとする日本企業は
驚異的な改善努力によって競争力を維持し続け、アメリカの貿易赤字は解消
には向かわなかった。・・ 〜つづく   ≫
▼ 改めて考えると、アメリカの植民地の締め付けになる、TPPは、上記の
 流れに沿う経済戦略の一環になる。とはいえ、軍事的に、経済的に、従うしか
ないのが日本の地政学的な運命である。東京オリンピックも、アメリカの
後押しがあればこそ、TPPの条約を推し進めるための、国民への目くらまし
に丁度よいイベントである。なに故、この状況下で、オリンピック? 
というより、その後である。韓国か、中国の生活レベルになるだけだが。
 としても、せめて心はポジティブであらねば!
・・・・・・
5042,ポジティブ・サイコロジー ー⑧
2015年01月03日(土)
     『 ポジティブ・サイコロジー』クリストファー・ピーターソン(著)
  * つれづれに ー危機に瀕したときこそ最高の状態が湧出る
・ 節目時(危機)の―危機を乗越えようとした時ーこそ「人生で何が本当に
 大切なのか」という新たな認識と、これに従って行動する心構えが形成される。 
 その真っ暗闇の時が一番、良いときであった。最も辛く、苦悩の底にこそ、
 ベストの何かが湧き出てくる。 母親が嫁いできた頃、重なる小姑の虐めに
 耐え切れず、実家に帰った時のこと、実母に「一番辛いとき(いま現在)
 が、実は人生の一番良いときなのよ!」と諭された、と聞いていたが、人生を
 振返ってみて、成るほどと実感する。凝視をすると、最も辛い中に、最も楽しい
 ことが、裏腹に張り付いていた。その辛さの中から、心構えのベースの変換が
 進んでいた。反対に、一番面白く脂の乗っていた時に、重い状況、苦しいこと、
 辛いことが背景にあった。勢いが、それを感じさせなかっただけ。
 幸・不幸は裏腹!だから、面白いのである。
・「必要なものはルックスとたくさんのお金だけ」という信念に、私たちは
 深く取り込まれている? たしかに文化は良い人生の条件について熟知して
 いるのだろうが。その高低だけで決まるものでない。人生でネガティブな
 出来事に出あい、それに順応する期間を経た後にこそ、人生の満足度が安定
 することが多い。何ごとも、ポジティブ3に、ネガティブ1が必要である。
 ポジティブな人が否定する唯一のものは絶望だが、一度、絶望まで陥った
 にもかかわらず、そこから立直ったポジティブこそ光輝く。ネガティブな世
 にかかわらず、ポジティブに生きる!それも、危機に瀕すれば瀕した時こそ、
 『それゆえに・・』でなく『にもかかわらず』、のベースが必要になる・・ 
・・・・・・
4675, 閑話小題 ー何だろう?この現象は ー2
2014年01月03日(金)   
  * では、なぜ事故や大病になるのだろうか?
     ー私も、あなたも自業自得!
 痛々しい包帯だったが「私も手伝うから」とタイヤも交換しながら本人確認。
80過ぎの好々爺の黄門様の勧善懲悪レベル! にぎやかな見送りを受けたの
飛行機で、心の内で静かに激怒をした結果「直ぐに病気か事故になる-人-;)!
それまでのこと」と怒りを収めた。そして「復讐するは我(自然・神)にあり」
の骨折。除雪作業中の骨折直後に、私の自転車がパンクの修理で骨折の確認とは、
奇妙な偶然の巡り合わせ。で、その半年以上も経った現在になって、これは

 シンクロ二シティ?「私の静かに充満した怒りは、対象者を重症の病気か、
交通事故、転倒事故で一生モノの深手になっている?」ことに気づいた。 
そこで、次の筋書き『まずは骨折だったが、80過ぎの年齢から、あと
2〜3年で Ωチーンi~ 気の毒?だが・・』が思い立つ。こういう視点でみると、
この節目だけでも、あるある!更に40〜50年スパンでみた人生の節目なら
数知れず。逆の立場で「私も静かな怒りの対象になって、色いろ危ない目に
あっている。が、自分では気づかなった?」とすると、これも山ほどある? 
「この奇妙な現象は、その解釈、受けとめ方の一つでしかない!」が正論。
「静かな怒りで、対象を破壊する力?は、私だけでなく、エネルギーの特に
強い何割かに備わっていて、破壊された私が、ここにいる」という事にもなる。 
『他人を恨めば穴二つ』この呪文を解くには周囲への感謝の念しかない? 
この偶然はシンクロニシティの「節目の怒りバージョン」か? 
願ってなるのでなく、本人の因果応報。アフリカの市場で、呪いグッズだけの
市場があった。町が沈んでいくと、こうなるのか。仕事として自主独立の事業が
通せたのが私の人生の最大の幸運。こういう人たちと距離が置けたからである。
「当人が怒っているのは、本人自身の毒!それに、私の何かが反応した!」が、
私の解釈。私への毒が少ない?のは、それを経験と知識で最小にしているため? 
 シンクロニシティに関する知識のない人は、それに遭遇しても自覚できない。
オカルトめいているが、自転車屋の主は発病か事故で +_@)!の時期が早まると
思えば怒りが消える。 人生の節目で、思い当たる人が10数人はいる。
3年前の節目からして・・ 40年以上も事業をすれば、トラブルや怒りが
山ほどあって当然。 その対象の人たちの不幸な事故や病を因果付ければ、
こんな筋書が幾らで出来る。対象者の共通点が幾つかあるが書くのは止めた!
万人が持っている?
 この現象は、以前から気づいていたが、同じようなことを聞いて、「偶然を、
自分勝手の思い込み、解釈じゃないか!」と感じ取り、その思いを打ち消した。
で、今回の節目の様々な現象。来年にかけ、私の目で危ない人が4〜5名いる!
といえば、どうだろう? しかし、これまでの現象を凝視すると、それも当人の
自業自得。それを都合の良い解釈、物語にしているに過ぎない? 数ヶ月前に
リメイク版の『キャリー』という映画をみた。苛め抜かれた少女が『超能力』
で、苛めた人たちを根こそぎ破壊する物語。 さて、この物語は、どうなる? 
それが、そのまま私自身へ向かう可能性もある。前回のオチ「こういう話題が
山ほどある私は何? ハ?σ・Д・)お前バカ?」がやはり結論! で、どうした? 
正月から毒を吐き散らしただけ ⌒ ⌒) ぺこ<(_ _)>m(-_-)m コノトオリ 
それにしても我ながら酷い思い込み、内容である!
・・・・・・⌒ ⌒)
4310, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー14
2013年01月03日(木)
  * 正露丸はロシア征伐の征露から由来している                                        
≪ 出征兵たちが水を飲んで赤痢や下痢を起こすのを防ぐために、陸軍省が
 開発した薬が正露丸だったのである。戦争中は、陸海軍の御用薬として、
欠かせない薬となった。薬の名前も日露戦争当時らしく、ロシアを征伐する
という意味で「征露丸」と名づけられた。ラッパのマークも進軍ラッパを
イメージしたもので、まさに戦争色を前面に押し出した薬だった。
その効き目がよかったのか、征露丸は庶民のあいだにも広まった。
ただし第二次大戦後、ロシア征伐をもとにした名前は都合が悪いということ
になり、「征」の字を「正」に改めた「正露丸」となって、現在に至っている。
開発から約一世紀たった現在、正露丸の勢いはとどまるところを知らず、
モンゴル、中国などのアジア地域を中心に11の国と地域に進出している。
それでも今のところ、ロシアには進出の予定はないようだ。 ≫ 
△ 日露戦争の余韻が下痢止薬の名前で残っているのが面白い。仁丹の名前の
由来も面白い。これは孔子の論語の中で最高の徳=仁の心を忘れないという
ところから「仁」に想到し、丸薬を 意味する「丹」とを組み合わせた造語の
「仁丹」を合わせ商品名と社名にした。これも正露丸と同じ頃のもの。
* サラリーマンのサラリーは、塩のこと
≪ サラリーマンは、和製英語だが、そのサラリーの意味は、塩から由来。
 古代ローマ時代の兵隊の支払いに塩が使われており、それが貨幣代わりに
流通していた。ラテン語で「サラリウム」がサラリーになり、交換手段として、
和製英語として、サラリーをもらう人という意味でサラリーマンになった。≫  
△ オーストリアに、モーツァルトの生まれた町ザウスブルグがある。
 これも、塩(サウス)の取引が行われた場所として、その名がつけられたと、
当地で聞いたことがある。日本では江戸時代に、米が貨幣として配られていた・・    
・・・・・・
3935, 驚きの脳力に呆然
2012年01月03日(火)
   * 天才学生、二人の対決
 年末に見た「日本1の頭脳王!大決定戦!」日本一の頭脳は誰だ? にショック。 
東大医学部の天才、京大医学部の神童、高校生クイズ最強王、8ヶ国語の達人、
数学五輪金メダル、東大法学部トップ弁護士、全国模試1位、などが参戦して
超難問に挑戦! 最後は東大医学部の天才と、京大医学部の神童の対決となり、
最後の一問で東大医学部の亀谷航平が勝利を収めた。
亀谷は、一度見たイメージは、そのまま脳にコピーされるとか。 やはり天性
というのがあるようだ。私のような凡人が見ていて、彼らの脳力は想像を絶する。
と同時に、凡人にiPadを自由自在に使えるようにして対抗させたら、
ある程度までは対抗出来るのでは?と思いながら見ていた。それから考えると
パソコンとネットを自在に使えるか、否かでは雲泥の差が生じるということ。
    ーネット上にあった問題を幾つかコピーしてみるー
 ◎ 共和党出身の歴代アメリカ大統領を5人書く 
 ◎ 1822年9月7日に当時、ポルトガル皇太子であったその他一般人が
   「独立か、死か」と叫び、ブラジルの独立を宣言した事を起こった地名から
   「何の叫び」という?というクイズが出題。 正解は「イピランガの叫び」。 
 ◎ 穴の直径は通る砂の6倍以上ある砂時計の中央にあるくびれた部分を何という  
                           正解は「オリフィス」。
 ◎ イギリスの植民地戦争やその他を批判した為、1号で発禁処分となったその他
   一般人が発行したアメリカ最古の新聞は?正解「パブリック・オカレンセズ」。 
 ◎ 枕草子に出てくる「はづかしき人」を現代語に訳するクイズが出題。 
                          正解は「立派な人」。
 ◎ 複利で金利2%の銀行預金に100万円を預けて200万円以上になって帰って
  くるに最低何年かかる。正解は「36年」
 ◎ 逆立ちすると1.5倍に増える物は何でしょう? 正解 6
 ◎ 東京ドームと同じ大きさのダイヤモンドは何円の価値でしょう?
 ●条件・東京ドームの体積=124万㎥・1カラットのダイヤモンドの値段=50万円
  ・ダイヤモンドの密度=3.5g/㎤ ※値段は重さに比例するものと仮定
  ※答えは有効数字4桁   正解 1.085×10の19乗円(1085京円)
 ◎ 次の漢字の読みを答えなさい 「萵苣」  正解 ちしゃ  亀谷○ 
  ※廣海は「らっきょう」と誤答 ーネットで二人の概略を調べてみた。
 ▼ 東大医学部・亀谷航平 = 子供の頃から、教師もあきれる程の天才ぶり
  を発揮。学力のみならず、その知識量はスポーツから漢字まで、まさに桁外。
  日本最高偏差値を誇る、東大医学部の中でも群を抜く!ドクターブレイン
  亀谷が初代頭脳王の座を狙う!
 ▼「京大医学部・廣海渉」= 幼い頃から神童と呼ばれ、余裕で京大医学部
  に合格した異色の天才。その知識量は文学から歴史まで、まさに無限大。 
  全知全能の考察力は、他の追随を許さない。奇跡のIQ戦士、廣海が強豪
  たちを驚異の頭脳でねじ伏せる!ー この問題をスタジオのTVカメラの前で、
  一瞬で答えるのだから驚き。私たちの知らない世界があるのだろう。
・・・・・・・
3570, チョットした小話 ー2
2011年01月03日(月)
    ー 初笑いー
* 臨月に入った、ある奥さんが電車に乗った時の出来事。上品な紳士に席を
 譲られ、お礼を言って座りました。その紳士が下車する一瞬、紳士の着るスーツ
 の襟に付いた、見覚えのある社章に気付きました。「主人と同じ会社だ」。
 帰宅したご主人に事の顛末を話しました。奥さんから聞いた背格好から推定し
 調べた結果、顔見知りの、別の課の課長さんである事が判りました。
 課長さんは「ああ、君の奥さんだったのか。こんな事もあるんだねぇ」と言い、
 この偶然について驚いていたそうです。3ヶ月後。課長さんの自宅に、奥さん
 の名前で一通のハガキが届きました。赤ちゃんの写真が印刷され、その横には
 こう書き添えられていました。「その節は、ありがとうございました。
 この子は、あの時の子供です」その日、課長の家は、大変な修羅場と化した。
* 小さな島国の小さな人間がだ。 10年で国を根こそぎひっくり返し、20年で
 中国と戦争し、40年でロシアと戦争し、80年で太平洋全域で戦争し、コテンパン
 にのされたのに世界二位の経済国になり、アメリカの横面を札束でひっぱたき
 そうになった。 そんな国が平和を唱えたとして、信じるバカがどこにいる。 
* るるちゃんはいつも、ママとおふろに入っています。ある日の夜、るるちゃん
 がテレビを見ていると、おふろあがりのパパが素っ裸で出てきました。
 全裸のパパを真正面から見たるるちゃんは、驚いて声をあげました。
 「ねえママ!!パパのあれ、なあに?まんなかについてる、ほら、あれ!」
 「るるちゃんたら。指差したりしないの。 あれは大事なものなのよ。
 もしあれがなかったら、るるちゃんは今、ここにいないのよ」「へえ。
 そうなんだぁ」「・・・まあその前に、ママもここにはいないでしょうけどね」    
 ・・・・・・・・
3195, 三が日、つれづれに
2010年01月03日(日)
 今年も明けた。久々に雪は積もり、風が吹き荒れる冬らしい正月である。
腰痛も今のところ治まっているし、少し鼻風邪気味以外は体調は良い。
そろそろTVや新聞で、今年の予測が始るが、金融恐慌からくる世界不況は
収まる気配はない。恐慌とはいえ、戦後からの60余年のインフラ整備がある
ので、一見穏やかに見えるが、普段の生活に不況感と、周辺環境から聞こえて
くる話しは厳しいものが多い。これまでは、2対6対2の割で、裕福、普通、
余裕なし層というイメージが、1対4対5の割りになってきた。更にいうと
平均年収の半分以下(日本では200万円以下)の層が6人に1人の割りであり、
母子家庭の過半数が、その層になっている。最近の貧しさの背景は、グローバル
化と、情報化、ハイテク化がある。経験でしか得られなかった個々人の能力の
大部分が、ハイテク器械とか、システム化で単純労働に置き換えられた。
更に海外から安いものや人が入ってきており、グローバル化による労働賃金や
物価の平準化は抑えようもない。問題の先送りも、いつか数倍になり返る。
21世紀は決してばら色ではない。しかし、情報は誰にでも劇的に安く手に
入る時代でもあり、チャンスも無限に広がる。 我われは、生涯を全うする
ために生きる。その大きな位置を占めるのが「知ること」である。
その意味で、人類にとって非常に良いインフラが劇的に整備される時代である。
携帯でミニブログ「ツイッター」を瞬時書き込み、その場で発信できるように
なってきた。先日、地震があった時に、ツイッターに「地震」と入れたら、
「今、地震の揺れで目がサメタ。まだゆれている」という生々しい書き込みが、
次から次へと出ていた。ツイッターにビデオを貼り付けるソフトもあるから、
キーワードを入れると、いつでも現場の臨場感のある情報が行きかうことになる。 
鳩山首相も、今年からツイッターを公開するとか。 去年のオバマも選挙で
ツイッターを、最大限使って勝利した。時代は厳しさを増しているが、
無制限に近い状態で情報が入手可能である。 想像を遥かに超えた時代を、
我われは経験を始めた。 誰も、数年先のことは想像すらつかない。 

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