堀井On-Line



5366,閑話小題 〜久々に聞いた面白い話

2015年11月23日(月)

   * 久々に聞いた面白い話
・身近で聞いた話だが、『あるグループの一員で、74歳の若作りの
小金持ちのオバアサン?が、思い立って真っ赤な乗用車を400万で
買ったが、家族には不評! 私には考えられない。』という。聞いていて、
大都会なら、いざ知らず、地方都市で良くぞ、この年齢で買ったものと感心。
 お金を持って、あの世とやらに、いけるわけでなし、持っていけるのは、
「コト」だけ。「74歳で真っ赤な乗用車を400万で買って乗り回したコト」は、
持って逝?ける。それを実行した当人は、人生の何たるかを知っている。
・そういえば、母親が、80歳の時、何を思ったか、ボケ現象の入りかけか、
『姉二人と、家内と、兄嫁の4人をお供に欧州旅行に行く』と、言い出した。
『どの道、お金を持って、あの世にいけるわけでなし、良いの!』と、酒の
入った勢いで啖呵を切った。4人は大喜びで、母共ども二週間、旅立っていた。
 その間、留守のお祖母ちゃん、お母さんに不満を持った小学生の二人息子
の面倒と、家事を私が見ることになったが、これが大変。帰ってきた家内が
一言、曰く、『楽しかった!悪いけど、子供も、彼方のことも、一切、
忘れていたわ!』。30数年前で、総額300万代半ばの旅費だった。まだ、
高度成長期の真只中、これも母の預金の一部をコトに換えたことだが。
どの道、息子達の旅行代か、酒代になって、どこかに消え去っていく金。
 私にとっては、多くのお金を、コトに換えてあるので、残す苦しみが
全く無いので、その点では、心残りは無いコトが、良いのか悪いのか?
  * 優勝決定の珍現象 〜目出度くもあり、目出度くなくもあり!
 千秋楽まで、一敗一人、二敗二人だったが、日馬富士が、大関稀勢の里に
敗れ13勝2敗となったが、2敗で追っていた横綱白鵬、平幕の松鳳山が
それぞれ黒星を喫し、優勝が決まった。千秋楽に三人とも敗れての優勝は、
聞いたことがない珍現象。「目出度くもあり、目出度くなくもあり」である。
残酷な話だが、理事長であっても、死んでしまえば、30年続いた一代限り
の相撲部屋の消滅が、昨日限りで決まった! 死期を悟った?当人は、
死ぬに死ねない苦悩を抱えていた。最期は、全ての人が挫折が待っている。
だから、人生は面白く、スリリングになる。「三日も経てば、三百年前に
死んだと同じ!」である。この世は、生きている人の為にある。だから、
生きているうちは、「活きていなければ!」ということ。
・・・・・・
5001,閑話小題 ーつれづれに〜5001回
2014年11月23日(日)
   * つれづれに〜5001回
 一昨日で、随想日記が5千回になったが、一日一テーマの作成の重圧は、
ストレスになるが、これも慣れ。一線から離れると、これが丁度良いストレス
とエネルギーの消耗になる。 としても、5千日連続して書き続けたもの。
この習慣は、頭を使いざるを得ないことと、自分しか書けないことを書き残せる
ところが最大の魅力。テーマを探し、決まったら、一気に書き上げ、書き直し
書き換えに全力をかけるしかない。これはストレスでストレス発散をしている
ことになる。 自分が何かを感じなければ、未来の私に、それをを伝えることが
できない。 だから、心のアンテナが敏感になるのが良いようだ。 
 未来の自分が再読するため、嘘とか中途半端なことは書けないから、
まず正直に書くしかないが、読み直すと、それでも、偽善、偽悪も、露悪、
露善が出ている。そこを第三者が見ているのだろうが、その緊張感が面白く、
反面、恐ろしい。 毎日、書き続けていると、日常に浸り流されている自分が
鮮明に見えてくる。それも、この年齢では平凡な日々を感謝しなくてはならない。 
早朝、この文章を書き直しをしたり、過去数年分の同月同日分を読み返すことは、
一種の内観。そして「何をしてきたのか、考えてきたのか、この男は!」と・・ 
 それにしても、文筆家の言葉はアマチュアや、素人とは全く違う。
それで、生計をたてているから当然だが。それにしてもである。
それは、書き続けたからこそ分かったのだろうが。
・・・・・・
4634, 閑話小題 〜また一人、奥さんからの年賀欠礼の葉書
2013年11月23日(土)
   * また一人、奥さんからの年賀欠礼の葉書
 また一人、創業時からの営業担当の奥さんから年賀欠礼の葉書が届いた。
創業を始めて40年、地元に帰ってきて38年も経てば、その時節ということ。
「東芝エレベーター」の営業担当の馬場さんで、この8月に亡くなっていた。
長岡の大手通四角の物件から始まり、都合、五台のエレベーターを入れていた。
その都度、本当かどうか、ギリギリの値段で入れていたため、会社から厳しい
視線で見られていたとか。サッパリした性格で、私とは相性が合ったようだ。
毎年、会社の忘年会に出席してもらった常連の一人。10年前に定年退職して、
自宅近くの公用地・500坪を借りて、野菜つくりをしていた。定年後も、前の
会社の事務所に訪ねてきたり、新潟駅前の町内の懇親会で酒を酌み交わしていた。
 彼から酒飲みで学んだことは、「自棄酒など、美味くない酒は飲まないこと。
さらに落ち込む!」である。長岡の実家の商業ビル建設を建てかえていた時の
修羅場の姿を見ていた数少ない人である。それもこれも、過ぎてしまえば、
夢幻である。当初からの忙新年会の上席で残っている?人は、
数人だけになってきた。「ひとは先、我は後」。 享年、74歳。 ご冥福を!
   * 昨夜は、高校同級生の偲ぶ会
 昨夜は、昨年の今頃に自死した高校の同級生の「K君を偲ぶ会」が長岡駅裏
の居酒屋で開かれた。出席者は16名。商売上の事由というから、他人ごとでない。 
30年近く、この同級会は毎年開かれているが、常連組17〜8人のうち、これで
5人が亡くなった。幼稚園から大学までの同級生で、自死は始めてである。
自死には、それだけの事由がある。明るくサッパリした性格の反面、神経が繊細。 
高校では山岳部に属し、趣味は落語を聴くこと。偲ぶ会の寄せ書きは、如何な
ことか、と思ったが、色紙に、それぞれが一言、書き留めて仏前に添えて
もらうことにした。
   * 雪下ろしの雷
冬の雷を「雪下ろし」という。11月の雷は初雪の前兆で、轟音がすざましい。
その後の雷は、激しく降る合図になる。今年も、例年と同じ下旬。
直ぐに降雪するか、1〜2週間後に50センチ位の積雪になる。一度、消えるか、
降ったり止んだりし、1月半ばか、下旬に2M位の積雪になる。
それが消えるのが四月の初旬の頃。
・・・・・・
4269, 閑話小題 ー虚無より傷心が上
2012年11月23日(金)
   * 人生、虚無より傷心が上?
 W・フォークナーの言葉に、「人生は虚無より傷心が上」がある。 
両親が大戦の長岡空襲で財産の全てを失い、第二の創業を幼児から少年期に
わたり目の当たりにしていた。 そして自分も創業人生を過ごしたいと20歳
頃に決心し、去年まで挑戦と挫折を繰り返した45年間。その心血を注いだ
事業も、3つ(9・11、9・15、3・11)の歴史的震災?で、呆気なく消滅した。 
口ではカラ元気なことをいっても、やはり深く傷ついている。 とはいえ
「何も人生をかける機会がない、虚無の人生」や、「上手く後継者の譲った
ハッピーエンド」より、傷心している現在の方が良かったと思っている。
いや、自分にそう言い聞かせている。節目には挫折感がともない、深く傷つき、
虚無が覆う。何事もない虚無や順調な人生より、傷ついた後の虚無の方が、
(ドーナツの穴のように)傷口が取り囲んで虚無を浮きだたせる。何度か、
そこ知らないほどの虚無感に陥ったことがあった。半年位だっただろうか。
何事にも自信が無くなり、虚脱状態で、ただ独り、極小に縮んで滅していく
ような妙な感覚。現在も、ひとつ間違えると、陥る可能性があるのが解る
ので、ブログを書き、スポーツジムに行き、読書をするなどで自分に隙を
見せないようにしている。ただ愚痴を言い、他人を標榜するしかない老人を
多く見てきたので、その愚だけはしたくない。しかし、知らぬ間に愚痴を
独りで呟いている自分がいる。 先日も、近くの道路で大声で愚痴を喚き
ながら歩いている老人を見た。家内がよくスーパーで買物をしているのを
見たというから、痴呆の独居老人らしい。心の傷口が化膿しているのだろう。 
男ヤモメの痴呆症は近くの親族は苦労する。「人生、傷心、時どき虚無」か。
いや、「虚無、時どき傷心、のち躁鬱」か。毎日が、心の天気模様のよう。
台風もたまに来るが。服装と、心と、身体の管理は気をつけてないと・・  
 ・・・・・・
3894, ギリシャの次は・・ ー2
2011年11月23日(水)
  前回、取り上げたPIIGSの国債の数値化を、改めて考えてみる。
 ・ ギリシャ    32.29%      
 ・ ポルトガル   11.52%
 ・ アイルランド   8.22%
 ・ イタリア     7.28%         
 ・ スペイン     6.43%     
ギリシャの32・29%からみる。EUが今回、国債の残高の半分を免責、
「ギリシャが現在の国家の支出を大幅にカットしても、 数年もしない
うちに行き詰まるのは明らかな数字である。あくまで延命である。それに、
他のPIIGSの金利も、この数値からみて、重体である。これらの国の
トップは殆ど、ここで変わったが、それで問題は片付いた訳でなく、
間違いなく破綻が近づいている数値。もしもの話をしても仕方がないが、
日本国債が今後どうなるかである。現在の10年もの国債は1・47%であるが、
何時、国際的 投機筋に狙われるかである。 現在の利払いだけでも千兆の
一%としても10兆円になる。その上に返済をしているので、既に国家予算
の半分が、国債に向けられている。ある日、国債に対して不信感から売り
浴びせられたら、国債金利は高騰する。考えただけでも末恐ろしい。
首相を一年ごとに変わるので長期的政策を持てずに、無責任の垂れ流しの
予算しか組めないのが現状。その破滅的システムが、この数年続いている。 
アメリカにとって、それがベストのため変えられないこともある。
5年、いや、もっと早くIMFの管理下に入って徹底的なリストラを行われる
しか手立てはない。そのキッカケはハイパーインフレ? それでも消費税が
5%で、欧米の平均値の20%まで15%のノリシロがある。また、国民の
預金が1千兆円以上ある。それも、アメリカ国債を買わされている・・ 
ギリシャか、イタリアが破綻すると、リーマンショックの比較にならない
ほどの大混乱になるというが、その具体的な状況は誰も想像つかない。 
一線をひいてみると、なる程、より鮮明に見えてくる。
  ・・・・・・・
3529, ハーバード白熱教室 ー1
2010年11月23日(火)
 一昨日(日曜日)のNHK・TVで15時から2時間、東京大学での日本版
アンコールのサンデル教授の授業をを見た。ハーバード大の彼の講義には、
毎回1000人以上の学生が出席しており、1636年に創立された同大の
歴史上、最大の履修学生数を誇り、あまりの人気ぶりに、大学側は非公開の
原則を覆し、初めてメディアに講義を公開した。その一つを以前に見たが、
私でも理解できる内容であった。日本でのアンコール版は、一般から応募した
1千人の生徒との質疑応答を中心としたもの。元のハーバード大の授業内容は、
米国のボストン公共放送局が制作し、昨年、全米ネットで放送した放送権を
買い取ったNHKが邦訳をつけ、今年4月から全12回での放送を始めたもの。
東大の大教室には一般から募った1000人以上の参加者が詰めかけた。 
彼の講義の特徴は、サンデル教授が提示した究極の事例研究を通して考え
させていく手法である。  始めのテーマは「正義とは何か」である。 
まず正義を、彼は3つ上げてた。
* 幸福の最大化 (ベンサムの最大多数の最大幸福)
* 人間の尊厳に価値を置く (カントの主張)
* 美徳と共通善を育む (アリストテレス) 
 初めのテーマは、(18世紀に実際にあった事件=)難破した船乗りが
救助を待つ間、最も衰弱した1人を残りの3人が殺し、その肉を食べて飢えを
しのいだという実話を挙げ、「道徳的に許されるか」との問いを投げかける。
まず初めの学生は、「3人が生き延びるためには必要だった」「被害者の同意
があれば許される」という立場、しかし他の学生からは「どんな場合でも殺人は
殺人」「食人は許されない」という否定論が出てくる。色いろな議論の中から、
初め上げたベンサム、カント、アリストテレスの立場の哲学を導き出し、会場
の生徒たちを巻き込んでいく。サンデル教授は、学生たちの意見を踏まえた上で、
「最大多数の最大幸福を求める行為が望ましい」と主張した18〜19世紀
の政治哲学者ベンサムの功利主義が、常に正しいとは限らないことを示唆したり、
カントの立場も示唆したりする。
 この授業で奇妙な既視感が浮かんできた。そう、私が度々、ここで書いてきた、
学生時代の人事管理の武澤ゼミでの放課後の週二回のゼミである。人事上の
トラブルを、ある一管理職が書きつらねた難問の文章を渡され、次回に、それに
ついて15〜6人が議論する。 初めはランダムに背後にある問題を抉り出して、
最善の解決策を考え出していく。次々と、問題に対する意見を搾り出すが、
そこには教授が難しそうな顔をして目たないように座っている。したがって甘い
指摘は許されない緊張感が張り詰めている。もちろん甘い意見は、その後の誰か
に指摘され潰される。2時間の議論を終えて部屋から出たときには、太陽が
黄色に見えるほどだった。そこで思い知らされたのは絶対的知識不足である。 
一年前の欧州一ヶ月の旅行で破壊された固い壁が、さらに粉々になっていた。
時間をかけ考え考え考えること!人生それしかない。
・・・・・・
3154,低反発マットと腰痛
2009年11月23日(月)
 低反発マクラを使ってみて想像以上良かったので、居間用のクッションとして
マクラにバスタオルを巻いて使っているが、その後、ベッドに低反発マットを
敷いて寝ている。使い始めて2ヶ月ほど経過するが、マクラと共に非常に良い。
腰痛も少なくなったようである。寝返りが、これまでの半分以下になったようだ。
それと横向きが少なくなった。人は平均、左右、仰向けなど平均10回ほど
寝返りをするが、それが4〜5回?ほどになった。だいたい寝返りの時に目が
さめるから、少なくなった分、良く寝れることになる。それは腰や肩の部分が
身体に合わせて包み込むような感じで、マクラと首も同じである。
実感として、寝心地が二倍は楽になったようだ。これだけは実際に数ヶ月、
寝てみないと分からない。特に腰痛の人にはお勧め。この特徴は身体との接点の
部分だけが沈み込むことにある。シートの方が身体に合わせてくれるのである。 
誰もが寝入りの数時間は熟睡するが、その後、身体と布団の接点部分の重圧で
寝返りが多くなる。ところで、ビックカメラには低反発のマクラ専門コーナー
がある。私のはニトリで2千円だが、そこは4千〜2万以上。どこが違うのか
聞いてないが、低反発の沈み具合が違うのだろう。他にマットの素材に
ゲルマニウムやセラミックが混入されているのもある。
(私は、枕の下にゲルマニウム石を置いている) 低反発マットもニトリで
6980円の値下がり品を買ったが、通販では1〜2万円が通り相場である。ベッド
には、低反発枕と、その下にゲルマニウムの鉱石、それに低反発マットをセット、
目にはゲルマニウムのアイマスク、耳に100円ショップで買った耳栓をしている。 
その積み重ねの結果は充分出ている。 良さでは、低反発マクラ、マット、
耳栓、アイマスクの順である。就寝は人生の三分の一を占める割に、人は
無頓着である。この低反発マットを使って気づいたが、ウォーターベッド、
これ良いんじゃないか? もちろん、ハンモックも良いが。


5365,世間、社会、会社の意味とは ー①

2015年11月22日(日)

        ーなぜ日本人は「世間」を気にするのかー三浦朱門著
   * 世間の中で、もまれて大人になる日本人
 学生時代の専攻が社会学。それに影響されてか、社会科学に興味を持って、
以来40数年、その系統の本を読み続けてきた。そこに当然、身近な『世間』
なるものの正体に興味を持つことになり、手当り次第に読んできた。
その世間、社会の色取りが面白いからこそ、続けてこられた。特に日本人は、
『世間教』たる宗教めいた神様が存在して、それに大きく左右されて、
『世間馬鹿』(いま、思いついた言葉)になってしまい、人生の黄昏頃に、
その壁に気づき、自ら涙する。その世間を、否定をしないで、真正面から
捉えたのが、この本である。ーはじめにーの、「世間」「社会」「会社」
の定義が、的を得ている。まずは、その辺りを抜粋。  
≪ 日本には昔から「世間」という言葉がありました。
 「世間知らず」
 「世間の笑い者になるぞ」
 「世間は広い」
・世間とは個々の人が作った集団ですが、それは具象的というか、私たちが
日常接する人々とつくるつきあい、そして、その延長である知人のまた知人、
というふうに範囲を広めていった未知の人をも含めた集団といえる。
あくまでも、現実の人間関係の延長がつくる人間関係です。
 人は成長するに従って次第に複雑な人間関係を持つようになり、やがて
未知の人をも含めた集まりが存在していることを知るようになります。
 それが世間であり、大人になるということは、そういう世間で生きるための
常識が備わってくること、いや、積極的に世間を知ろうとすることが成長する
ことの意味なのでしょう。世間を前にすると、個々の人間は弱い存在です。
そのルールには従わなければならないし、ルールの担い手になることさえ、
周囲の人々に期待される場面もあります。世間の掟というのは、法律のように
個人を強制するものではないにしても、世間の暗黙のルールを破ると、物事が
スムーズに運びません。
 「世間知らず」とは、そういう世間の暗黙のルールが身についていない人の
ことであり、「世間は広い」という言葉には、暗黙のルールだと信じていたもの
のほかに意外なルールがあって、それに従って生きている人々がいることを
知った驚きが込められています。
・「世間」によく似た言葉に「社会」があります。学生のころ、社会学の講義
で、明治のはじめに英語の「ソサエティ」を訳すに当たり、当初、「会社」と
した場合もあったが、やがて「社会」に落ちついたと教えられました。
しめすへん「社」という漢字の左側の部分は「示偏」で、これは神を祭る祭壇を
表すと聞いた覚えがあります。そして、右側の部分をなす土という字です。
つまり、「社」という字は土の上に神を祭る祭壇を作ることで、「会」という
字は人々が集まることです。「社会」という単語には、まず祭壇があって、
そこに集まる人々がいる。つまり、共通の神があり、それを承認する人の集団
が社会なのです。
・そして、「会社」は、「社会」の漢字の順序を変えただけ。しかし日本語の
「会社」の場合は、まずある目的があり、それを達成するために人々が作った
かなり人為的な組織ということになります。たとえば紡績会社なら、織物の
生産を目的に、金と技術と意欲を提供して集まった人たちの組織ということに
なります。それに対して「社会」は、自然発生的で人間が知的にその存在を
認めた組織ということになりましょう。そうやって考えると、「社会」と
いう言葉は、あくまでも知的な認識というか、人にとっての個々の知人関係
などがつくる人間関係とは、一応は無縁な言葉ということになるでしょう。≫
▼ ウィキペディアによると、{社会とは、人間と人間のあらゆる関係を指す。
 社会の範囲は非常に幅広く、単一の組織や結社などの部分社会から国民を包括
する全体社会までさまざまである。社会の複雑で多様な行為や構造を研究する
社会科学では人口、政治、経済、軍事、文化、技術、思想などの観点から社会を
観察する。}とある。「世間」が身近な人間関係の広がりに対して、「社会」は
その範囲が広く、社会契約を含めた、構造と、その構成要素をいう。人生を
考えるとき、「世間」たる化け物を、見据えておかないと、その一員に陥る
はめになる。それを避けるには、長年かけた教養が必要になる。
・・・・・・
5000,閑話小題 ー今日で5000回!
2014年11月22日(土)
   * 随想日記も5千回に
 気持ちを入れた文章は足跡として残る上に、過去の同月同日に再び、
その時の自分と出会える。5千回は、以前より大きな目安としていたので、
やはり感慨が深い。とにかく続けることだが・・
 この随想日記と、50回の海外ツアー(来年達成)と、新潟駅前事業が、
この30年の大きな行蔵だが、これ、何の価値(意味)があるの?と、改めて
問いなおせば、何もない。ただ、ひたすら生きてきた中で、これがあっただけ。
面白く、厳しい場面が多くあったが、悔いは無い。いや、そう思うしかない。 
 読み返すと千回までが大変だったのが見てとれる。5分遅れでアップ
できなかったことが一回あったが、我ながら五千回もよく続いたもの!
学生時代に日記と、卒論を書いた以外は、社内報に二月に一度、書く以外は、
殆ど書くことはなかった。それまで本を読みっぱなしで、ダイアリーにメモ書
で残す以外、感想も、要約も書き残すこともなく、一番大切なことをして
なかったことに気づいていた。そこでHPの存在を知り、記憶の雑記帳として
ネット上に公開すればと、思い立った。そこに、通勤途中に開業したばかりの
パソコン教室を見つけて本格的にのめりこんで行った。当時は、まだブログの
出だしの頃で、手作りのHPだった。それが、今でも、エンピツの「随想日記」
と、「分類」として続いている。そして7年前に、二つのフォロー用に始めた、
「はてな」のブログに殆どが移動していった。そのことに気づいたのが一月前。
13年の日時もあって、「ヤフー」のブログを加えると、400人の閲覧に
なっている。もっとも、最大のファンは同月・同日の自分と、未来の自分だが。
アップをした瞬間、その全てを忘れるため、読み返すと奇妙な気持ちになる。
なるほど、言葉は言霊!「その瞬間の自分は、集中すればしただけ残るんだ!」
を、読み返すと分かる。   ーまずは初回からー
――
ウオーキングについて
2001年05月04日(金) 
 7〜8年前より 1日平均 15000歩、歩ている。土日曜祭日は
23000歩 は歩く。気功、屈伸、地蔵様へのおまえリ、瞑想、太陽視、
呼吸法、肯定思考訓練など全部取り入れてある。趣味をとうりすぎてライフ
ワークである。酒を多く飲みすぎた時など毒素が抜けるのがわかる。
日経新聞のコラムで1日7〜8万歩も歩いている人の文章を読んだ事があるが、
上には上があるもの。 10年前に書いた文章をコピーしてみる。−>
【最近、造った言葉で“夜明けのリゾート・タイム”がある。
(江藤淳の“夜の紅茶”をもじった)�早朝(4時半〜5時半)起床 
�近くを一時間散歩 �テレビ体操 �瞑想 �家族全員のお祈り �食事�風呂
と続く。特に散歩が非常により。山の彼方をみながら複式呼吸をして歩く。
季節ごとの草花や鳥をみながら川のせせらぎを聞き、時々に般若心経を
となえる。この散歩に全てが含まれても過言ではない。
 これを実施して4年、副産物としてアフター・ファイブに出あるく事と、
酒量が激減した事だ。健康食品を口にする事も加えて七kgも体重が減った。
時々不節制が続くと散歩していると身体がだるく重くなるのがはっきり判る。
また朝の風呂も非常によい。当初は疲れが残ったがなれると気分爽快になる。
早朝型のきっかけは松下電器の山下俊彦元社長の講演を聞き感激して自ら挑戦
してみた事だ。登山がライフ・ワークであり、その訓練も含め毎朝3時半起床。
1時間半10km歩くという。そして読書とシャワーをあびるとの事。
夜は定時がくるとすぐ帰宅。夜のつきあいは一切断っている。
これが逆に考える時間と、心の余裕をつくったのでないか。
山下跳び(飛躍的出世)の秘密もこれがポイントではないか。平成3年5月】
――
4000, 4000回の随想日記
2012年03月08日(木)
 千、二千、三千回目に、それぞれの感想を書いてきた。 
旅行中も「書きだめ」をしたのを知人に頼んでアップをしていたのでほぼ
休まず書いてきた。自分でも11年近く四千も連続して書いたと驚いている。 
次は五千が目標になるが、四千回を契機に、時どき休むことにする。 
また五千回に到達した時点で半年位は休むつもりである。この程度の文章は
誰でも書けるが、一応自分で納得した内容を書き続けるのは大変である。
充実感があり、習慣化したから可能だった。「チョット聞いてよ。こんな
ことがあったよ!」という長屋のハッツァンが、クマサンに自慢気に話して
いる感じである。もちろん、自分のために整理し知識として残すのが目的だが、
せっかくの獲物?を共有することで、学び続ける動機づけにしている。 
気楽に、面白可笑しく、バカ丸出しで、地頭で、書いたため、それが、
そのまま伝わっていたはず。 それも四千ともなると、自分の脳内そのもの
でもある。 自分の貯めた文章を毎朝、同月同日分を読む楽しみは格別。
今では、その日書いた分を含めると11年分の同日の自分に出会っている。
書いたことも、その内容も、ほぼ忘れた文章が、早朝に読み返すのは不思議
で奇妙な感覚になる。だから倒産とか、それに関わる嫌な日々も、この御陰
で毎朝、心が洗われる。 文章を起承転結でまとめるのはプロならいざしらず、
気力が無いと無理。 但し、一度、その習慣をつければしめたもの。 
しかしブログに字数制限があるため、当日分の書いた分だけ、過去に書いた
文章をカットする。それが、身を切る思いになる。しかし、それが好い加減
な文章を書くと数年もしないうちに、自分の手で削除することになるので、
内容の質を落とせなくなる効用がある。 文は、一度書き、アップすると、
あとに戻せない。何気なく書いたために明らかに傷をつけた人が何人かいる。 
注意はしているが、厳重な注意が必要だが、それが見えなくなってしまう。
時系列に書き続けていると、ある意味で、メモ帳、雑記帳にもなるが、毎日、
書き連ね、別ボックスに分類すると、違った意味で、価値が出来てくる。
また分類ボックスの一番下に、過去に書いた文章の検索が出来るように
なっている。 時々、検索をすると、キーワードの入った文章が出てくる。
もし、秘境旅行、と入れれば、過去に書いた文章が時系列に出てくる。
これは記憶の検索になる。
――
3000、3000回か〜
2009年06月22日(月)
 この随想日記が3000回になった。1000回、2000回の時ほどの感慨がない。
書き続けることに慣れてきたのだろう。 誰に頼まれたわけじゃなし、
ただ習慣だから続けているだけ。確かに、続けているとプラスにはなる。 
考えざるを得ないからである。それと、常に何か書くことがないか注意を
周囲に向けるようになった。 その現場で、キーワード探しと、その組み
合わせをするようになっている。書くことを職業にしている人は、
考えることを職にしていることになるが、紺屋の白袴で・・?
ところで、千回、二千回の時に何を書いていたか、調べてみた。 
なるほど、今回も同じような気持ちである。ふと、気づいたが、
自分とは時間の経過と同時に広がっているということ。
それと、心の底の変わらない‘X’が魂ということになる。
――
2000, 継父
2006年09月24日(日)
           (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜
今日は母の命日で、亡くなってまる十年経った。
この随想日記2000回と重なるところが不思議である。
早かったのか遅かったのかというと、大昔のような気がする。
5年半の間、痴呆症になっていたが死に際の入院まで
オシメをすることがなかった。

痴呆症を切れ掛かった蛍光灯に例えると分かりやすい。
始めは時々切れてはつくが、その回数が増えてくる。
マダラボケがジワジワと悪化すると被害妄想や、
抑えていた悪口・陰口が始まる。
心が腐っていくのが手に取るように解る。

マダラボケは一緒に生活をいていると疲れるものである。
亡くなって一月後になって、
「人様はなんて楽な日常を過ごしているのだろう!」と、
驚いてしまった。

両親の一生をみると、人生の深さを思い知る。
戦争は全ての国民に深い傷と重石を担がせる。
第二次大戦直後に生まれたが、
あと十数年早く生まれていたら戦争にとられて・・・

ところで母の命日なので供養として、
母の幼少時の、絵に描いたような地獄絵の世界を話してみよう。
そして、それが長男・次男の死の間接的な死の原因になってしまう。
この話を故人になったが教育学者の森信三さんが間接的に聞いて、
「自分の主催している会で話して欲しい」と依頼があったが、
断ってしまった。20年前で母が生存中なことと、それを多くの
セレブの前で話すには自分が出来てなかった。
その時、是非話しておけばと悔いが残っている。
母が幼児の頃、父親が母の兄と姉を残して亡くなってしまった。
(奇しくも昨日 TVのWOWOWで「世界で不幸な物語」という映画を観た。
3人の資産家の孤児が、里親に命を狙われ転々とする筋書きであった)
家が商売をしていたので残った母の母ー祖母は男後家をもらうしかなった。
そして祖母と男後家との間に4人の子供が生まれた。
そこで何が起こるだろうか? 
この設定は、言わずもがなの結果になる。
義父による実子との差別と、徹底的な虐めである。
3人の末であった母に、特に虐めがいったという。
それが母のトラウマになってしまった。   ーつづく
 さて墓参りだ!
 ーー
 書いた後に気がついたことだが、
 ほぼ同じ文章を、2年前に書いていた。(後にコピー)
 次回は更に深く母の一生を掘り下げて書いてみよう。
               (。・ω・)ノ☆゚+.バイ! 
ーー
1000, \(~o~)/千日の随想日記!
2003年12月30日(火)
 1昨年の5月2日から今日の12月30日までは973日である。
更に旅行をしていて休んだ一回分の日にちを加えると約35〜40合わない。
調べてみると206〜222とか250,251辺りとか何箇所かがぬけている。
しかし小説風の「宗親日記」が大体その位の数を書いているので、合わせて
一千回の到着日とすることにした。あくまで自分ひとりの記念でしかない。
 子孫への永久保存版としてー「子供や孫に見せるように」と、また「遺言」の
つもりで書いてきた(書き始めて一年位経ってからだが)だから続いたのだろう。
自分の父親や、祖父がこのような文章を残していたら、実際、面白いだろう。
いま考えてみると、私にとって随想日記を書き始めた日を境に自分が
間違いなく変った。一日一日が本当に充実したのだ。
50人位の人に毎日読まれていると思うと、誰かに見守られているような
感覚になる。作家などの物書きが必死になって書くのも解るような気がする。

 死ぬ前に全てを消し去っていくのもよいし、また書き残すもよいのだろう。
いずれにしても50年以上は残らないのだろう。いや死んだと同時に消滅して
しまうか。そうすると生前葬の遺言みたい、いや墓みたいなものだ。
 ところで実感としていうと
 一番勉強になり良いのが、自分であることだ。
・テーマ探しに46時中頭が1杯
・そして構成に苦労して
・書き上げた後に、何回か書き直し
・誤字と矛盾をさがす
そのプロセスで内容を練り上げることが、思考を練ることになるからだ。
といってこの程度の内容であるが。
 ス〜と書ける日はよいが、全く書けない日がある。
それでも何とか書くからよいのだ。
書きつづけていると、自分自身が変っていくのが良く解る。
書くということは、考えるということであり、考えを纏めることになる。
書き続けることは、書き重ねることになる。
書き重ねて、それを読み返すことは内面の深層に入り込むことになる。
深層の自分は、ユングではないが万人にあい通じる部分が出てくる。
その共通面と、違う面を自分で見つめることが可能となる。少し難しくなって
きたが。来年からは「閑話休題」や「あはははは」とか、ソフトな内容を
挿んだり、土日を休むとかして、今のエネルギーを半分にしようと思っている?
このまま続けると、ある日突然「や〜めた!」ということになりそうだ。
千回千回と思いながら、書き続けてきたのだから、やはり転換期だ。
来年は待ったなしにリストラー事業構造の転換の年、頭を仕事に
切り替え集中しなくてはならない。
 それとも、「2千回2千回!」と唱えなおそうか?
どうなるか?自分でもわかりません。
 ー本当に読んでいただいて有り難うございました!


5364,閑話小題 〜親父と息子の確執

2015年11月21日(土)

   * 親父と息子の確執
 学生時代の友人に暫くぶりにあって話している中で、長男の話になると、
大部分の顔色が変わる。あまり触れて欲しくないようである。いずれの家庭内
には。何らかの問題がある。それが、夫婦仲の不和や、嫁姑、嫁小姑だったり、
父親と息子との確執などが絡みあってである。自営業をしている場合、それが
マイナスに働くと、致命傷になるケースが多い。先日、全国的ニュースにも
なった服部学園の場合、長男の詐欺行為となると、いかんともし難い問題。
その逮捕に至る葛藤は、地獄の業火に焼かれるほどだろう。地元最大手の関連
会社の社長だっが同級生が、派手な社交界で、遊行費を使いすぎて裁判沙汰に
なったことがあった。雇われならまだしも、これが親子となると、複雑だ。
父親と長男の確執と、嫁姑の関係は、人類の永遠のテーマ。
   * 腰痛と、圧縮パンツ
 数年前、次男から、『父の日』にスポーツ用靴下の『圧縮靴下』を二足、
プレゼントしてもらった。早速、履くと脚全体が軽くなったようで、使い心地
がよく、週一回は使っていた。ところで、数ヶ月前から慢性の腰痛が重くなり、
何かないかとネットで調べてみたところ、『圧縮パンツ』『圧縮タイツ』なる
ものの存在を知り、早速、取り寄せて使い出している。パンツかタイツの
どちらかの判断に迷ったが、圧縮靴下があるので、廉く済み、はきやすい
『圧縮パンツ』なるものにした。税抜き1980円である。
茶封筒に収まる薄いパンツで、「何これ?」と思ったが、身に着けると、
圧縮度が凄い。今では違和感が少なくなった。「身に着けるとタイムが
上がる、不思議な水泳パンツが、これか」と、着けてみて気づいた。 
あまりに締め付けが強いので、時間とともに、気分が悪くなるのではと、
心配しながら、『圧縮靴下』と共に身につけ、ポーツジムで使用したが、
時間とともに馴染んできて、今のところ問題ない。とはいえ、腰痛は、
良くなる兆しがない。
・・・・・・
4999,河合隼雄 ー私が語り伝えたかったこと 〜②
2014年11月21日(金)
             ー私が語り伝えたかったこと〜河合隼雄著ー 
   * 般若心経の勧め ~(-ノ-)/Ωチーン
 般若心経を暗記をして30年近く経った。この間に、数十人に暗記を勧めた。
当時、息子二人も毎朝の仏前の読経をきいて、面白がって暗記をした。何万回、
唱えたことだろう。唱えた分そのままが、心の底に蓄積されている感がする。
 今は、数日に一度だが、唱えること自体に意味と実感している。ポイントは、
ゆっくりと、一言一言を区切ること。 創造工学の中山正和の講演で、
『運を強くしたいなら、般若心経を暗記しなさい』という勧めを受け、必死で
憶えた。これは一度憶えてしまえば、汽車待ちのベンチや、夜半に眠れない時
など、唱えることが出来て、頭がクリアーになる。 ーその辺りからー  
≪ 会社で出世して係長から課長になっておめでたいのは確かだが、見方を
変えれば係長級のストレスからさらに大きな課長級ストレスを抱えることにも
なる。それほどの大ストレスを癒すには通常の意識レベルを、違うレベルの
意識に持っていくという作業がすごく大事になる。そのため何をすればよいか
といえば、一番簡単な方法の一つが毎日、「般若心経」を唱えることなんです。
訳はわからなくていい。とにかく唱える。そこで大事なことは、へたに解釈
してはいけないこと。ただ、ありがたいと思うことが大事なんです。 
また、例えば会社でも、朝みんなで社訓を唱えたりするでしょう。
あれだって意味を考えてなくて怒鳴るから効果があるのです。
まともに考えたら馬鹿臭くなるのではないでしょうか。
 ーそういう意味で、「教育勅語」などは、その典型だったわけですね。
そうですね。僕ら、小学校のとき、何にも意味わからないことを聞いて
全部暗記してました。 ーある種の呪文なんですね。
 そうです。現代人には、ある意味でそういうものがなくなってしまった。
いわゆる近代主義というのは呪文を全部否定したわけです。呪文を否定して
何でも意味を考えて、何でもわかると考えてしまった。そうすること自体が
すごいストレスを生み出してしまった。つまり「般若心経」を例に取れば、
それをわかろうとするのではなくて、単に唱えることに意義、つまり心を癒す
作用がある、ということですね。 ただ、それで完全にわかったと思ったら、
もう駄目だと思います。理解するより唱ることに意味がある。「般若心経」は。
‘ありがたい’と思うことが大切だ、ということです。(p178)  ≫
▼ 「般若心経」を唱えている間は、別時空に入ったような感覚がする。
《現象は、五感は夢幻でしかない、それを自覚しなさい》ということ。
《南無阿弥陀仏》《南無妙法蓮華経》《南無観世音》も一心に唱えている時は、
心が魂の世界とつながっている。魂とは一心不乱に対象に没入している時の
心の状態をいう。ひたすら、念仏や、般若心経を唱えている時こそ、自分が
自分になる。 南無..(-人-) Д│
――
 H0605
般若心経のすすめ
 十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”という講演で、
般若心経のすばらしさを聞いて一ケ月がかりで丸暗記をした。今まで何万回
唱えただろうか。当社では入社教育で丸暗記が必須。二人の子供ま毎朝の
仏壇での私のお経の為か丸暗記をしてしまった。十年間の経験より
(私の実体験より)直観した事を列記すると
�自分サイズの時空を超えた一つの視点をえた
�心臓音に波長があっている(リズム)
�α波がくみこまれている
�“念”がこの中に入っている
�お寺・神社等で唱えるとTPOとして、
 その場のイメージが鮮明に残る
�情報雑念等を切断、整理をする働きがあり、
 結果として“運=無意識の判断”を左右する
�これをくり返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき、
 自己の中にその中空がつくられる
�夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、等々限りない。
 立花隆と宇宙飛行士との対話の中で
「彼等は地球をはなれた体験の中の一瞬に、
キリストや仏等の教祖が苦難の上で直感した“絶対無”を観た」
のではないかと言っている。
それは般若心経をくりかえしの中で、
少しでも近づける様な気がする。
――
2001年06月11日(月)
[49] 一期は夢 ただ狂え

世の中はチロルにすぐる チロリチロリ
 何ともなやなう 何ともなやなう  浮世は風波の一葉よ
 何ともなやなう 何ともなやなう  人生70古代稀なリ
 ただ何事もかごとも  夢幻や水の泡
 笹の葉に置く露の間に あじきなの世や
    夢幻や南無三宝
 燻む人は見られぬ 夢の夢の夢の世を 現がおして
 何しょうぞ くずんで 一期は夢よ ただ狂へ
                閑吟抄
470〜480年位前、富士山の近くに庵を開いていた名も知らぬ男が
古今集をまねてつくった歌の一つ。‘人生など一瞬でしかない。なら
狂ったようにしたいことをして生きたいものだ’と言う内容である。
今年の年賀状にこの一節を載せたほど、感じろところがあった内容だ。
500年前この無名の男の人生‐過去に何があったのだろうか?
今500年の時空を越えて、激しく共感するのはなぜか!
・・・・・・ 
4632, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか ー3
2013年11月21日(木)
      『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔(著)
  * 早慶・東大卒のお相手の学歴は?
《夫から見た場合、妻の大学カテゴリーは大きくぱらついている。
 ところが女性を基準にすると、別の結果が見えてくる。 まず、同じ
グループの大学を卒業した組み合わせが非常に多い。具体的大学名までは
分らないが、同大学の男性と結婚する人が多いのであろう。
「旧帝一工(旧帝大.一橋大・東工大)グループに注目すると、同グループの
男性の比率が約64%に達する。次いで「その他の国公立大」「GMARCH(先述の
MARCHに学習院を加える)や「関関同立(関西、関西学院、同志社、立命館)ほか」
という比較的入試の難易度が高い大学卒の男性が続く。・・名門大学とされる
「旧帝一工」「早慶」の両グループを卒業した女性は、同グループを卒業した
男性との結婚を望み、実現させている。そうした夫婦は、パワーカップルの
代表例である。ただ、それらの大学で学ぶ女性の数は男性と比べ少ないので、
彼女たちに選ばれなかった同グループの男性は、他の大学を卒業した女性と
結婚することになる。これが男性側から見た、女性の出身大学の散らばりの
理由である。・・
 東大卒の105名の女性の場合、同窓の東大が70人と三分の二を占め、他の
国立を含めると、94名で、9割を占める。男性の東大卒19名のうち、東大卒
女性は少ないが、短大4名、大卒13名と高学歴が多い。御茶ノ水、津田塾、
フェリス、上智、慶応、ハーバードと難関のところが多い。》
▼ 難関校の女子は女性比率が低いため、よりどりで、三分の二が同じ大学生
 と結婚。男の方は一流女子大生と結婚に至るケースが多い。女性の場合、
まず家柄、大学のブランド、相性、次に容姿の順になっていく。それさえ
気にしなければ、それぞれの勤め先には、地場の美しい魅力的女性がいる。
20代前半は花の時節。とはいえ、一生抱えるとなると?その人を知ろうと
したら奥さん(旦那)を見ろ!という。その人、相応の相手とすると? 
深く考えるのは止めておく。 若い女性は、自己評価が思いのほか高い。
その自覚を持たない人が多い。 そのため?行かず後家を多く見かける。
秘境ツアーで見かけるが、それは大変な人。プライドが高く、唯我独尊、
傷つきやすく・・ 2〜3回に一度はいる。自分も同じか? 話を戻す。
パワーカップルといえば、20数年前、東京のパレスホテルの経営セミナーの
夕食の時、隣席の人と名刺交換をした。グリーハウスという全国有数の企業
の社内食堂を受託する給食ビジネスを展開していて、飲食業界では有名人。
駅などで見かける「サボテン」という豚カツ店、デリカのチェーンも
展開している。セミナーでは、可能な限り気楽に名刺交換をするのが慣わし。
異種業種からの情報が入るためである。私の名刺を見て、「私の家内は、
実は柏崎出身なのですよ!」というので、「私もです。柏崎には親戚や、
仲人がいるのでよく知ってます。どちらの娘さんですか?」と聞くと、
「ブルボンです」と。「私の仲人とブルボンの社長が幼馴染で、非常に
親しくしていると、聞いてます。ところで何処で知り合ったのですか?」に、
「母が慶大のOB女子会の役員をしていて親しくなったのが家内の母親。
その関係で・・」大手のオーナー会社トップのパワーカップル?である。
で、衰退系の会社?まず昼飯から合理化をするからだ!そういうこと!
・・・・・・
4267, つれづれに ー衆院選・政治談議
2012年11月21日(水)
   * 次の内閣は安部首相で、石原が副首相か
消去法からすると、まず民主が消え、自民も駄目、公明、共産、社民は論外。
その他のミニ政党も烏合の衆の範囲。そうすると日本維新の会しかない。
中心人物二人が東京都と大阪市の首長として改革した実績が光っている。
その実績をもって二人が国政を改革をするというなら、期待するのは当然の理。 
おそらく、自民が180〜200票で、維新の会が80〜100票前後で、「安部首相、
石原が副首相」か、逆の「石原首相で、安部副首相」の超保守的強権内閣の
可能性が出てきた。こうなると、改憲や領土問題などで一挙に中国や韓国との
間に摩擦が生じる。また、国内的にみても荒療治が行われることになる。 
公明党も、時の権力に擦り寄るのは自明。ここで強大な救国内閣という名の下
に思い切った荒治療をすべき時期でもある。一歩退いて改めて日本を、世界を
みると、実相が鮮明に見えてくる。日本は既にEUのPIIGS並みに陥って
いる。ここで本気に改革しなくては周辺各国から狙い撃ち状態になる。いや、
既になっている。 国家非常事態の特別立法をつくり超権力を持って腐った
病巣を切り捨てるべき時節。 野田首相は、それでも真ともだったが民主党の
3年あまりは酷かった! しかし、このところ安部が、政権をとったら国債の
日銀の引き取りをさせるという。これを始めたら国家滅亡といわれていた。
個人国債も同じだ。自民だけには政権をとらせてはならないが、では誰がと
いうと、石原と安部しか見あたらない。どちらにしても先行き真っ暗である。 
安部・自民は時代の逆戻りという感が非常に悪い。国民には自民党への
トラウマが根強く残っていることを、彼らは分かっているのだろうか? 
この選挙で、日本の将来は大きき変わることになる。ご隠居の視線で
劇場型政治と割り切っている分には面白いが、壊滅は、どうも・・
 ・・・・・・
3892, 顔を哲学する
2011年11月21日(月)
 家中心の生活に入って8ヶ月になろうとしているが、平日のバラエティー
は化粧とァッションを取り扱った番組が多い。それほど顔が大事にしては、
「何故、これほどまでして人は化粧をするのか」という疑問と、答えをあまり
聞かない。顔について哲学した学者といえば、レビィナスである。
顔は、その人の魂の表出でもある。 特に女性は、そのバランスの釣り合い
(美系)によって人生さえ変えてしまう力がある。全身の肉体のバランスが、
そのまま顔に集約されて出てくるからだろう。口は女性の性器に鼻は乳房?を
表現しているという。顔面の評価認識は時代と、国により変化している。
また脳の中にそれ専用の部位があることから、生物的に有意な機能があると
考えられる。美醜の存在は、それが単にコミュニケーションのためだけでなく、
身体機能や脳機能の優劣選択のシンボルとなっている。そのことは目は脳、
鼻は肺、口は胃と同じ細胞から分裂して形成される事から推察される
(だから胃が荒れると唇も荒れる)。美人を優れた男が獲得する事が続けば、
結果的に身体的な強さと顔の美しさが相関するようになるのが当然である。
その意味で顔は、その人の家系の表出と見てよい。韓国では、女性の整形は
ごく普通のように行われている。整形も、化粧も、顔のバランスの崩れを
修正し、美形に近づける。顔の中で眼だけが、内臓が露出している。
目は脳の細胞と同じで、人の心が、そのまま現れ出てしまう。だから女性は
目元、睫毛、眉毛に注意する。イスラム教徒の女性が、ベールで顔を隠すが、
欧米人が酷く嫌い、恐る。顔・形を隠すからである。また、双子を除けば
万人、それぞれ違っている。その人の認証のサインである。
そうこう考えると、顔・形に、特に女性が集中するのは至極当然である。 
それと姿勢があるが、これも年齢と共に崩れていく。
 ・・・・・・
3527, 円高より深刻な国力低下
2010年11月21日(日)
 18日の産経新聞の一面の「日本の未来を考える」で、
東大の伊藤元重教授の「円高より深刻な国力低下」の論説がよい。 
  ーこの内容を大ざっぱにまとめるとー
≪ 現在の円高は1995年に比べると、アメリカの物価などを考慮すると、
 30〜40パーの円高に過ぎない。しかし、産業界の実情を聞くと、
どうも、その時のレートより今の方がきつそうだ。それを考えると、15年間で
日本の経済力が落ちてしまったのではないか。言い換えると、周辺国の競争力
が上ったのである。これは、円高を嘆くより、経済力、国力の低下を嘆か
なければならない。≫と言うのだ。 この20年間、海外に出て、日本に
帰ってきて、新聞と週刊誌を飛行場で買って読むが、年々、紙面から出てくる
エネルギーが目だって落ちている実感がしていた。最近は、それも慣れて、
それすら感じない。 様子が変わったのがバブルの崩壊からである。
一度、1995年に持ち直したに見えたが、数年もしないうち、再び下がり基調に
なってしまった。金融再編成で都市銀行が、三つになったり、証券会社が
淘汰された時期。そこに、2001年のリーマンショックである。
そこで、まず地方の弱体化が本格化した。その間に、関東・東海地区は、
金融と輸出で大きく潤ったが、地方は弱肉強食の弱肉になってしまった。
そして、2008年のリーマンショックで、関東と東海に原爆ニ発が落とされた位
の大打撃を被った。しかし、同時にとって、地方の更なる衰弱になっていった。
悪いことに自民党の自滅で、民主党が政権を取ってしまい、更に国力が削ぎ
落とされてしまった。これで、まだ大底についてないのが実情で、この数年で
大底が待っている。そして、二番底の可能性がある。それを前提に現在を、
そして、この20年、30年を振り返ると、アメリカによる、日本の愚民化
政策が見えてくる。それが現状と、数年先に予測されるだろう惨状である。
大学生の半分近くの就職先が見つからない事態を、10年、20年前に誰が予測
しただろう。この地方経済の惨状もである。高度経済成長の時代の陽気さと、
現在の暗い世相の段差が分かればこそ、国力の低下を嘆くのであって、それを
知らない若人たちは、こんなものと思っているのか。まだ円高だからよいが、
円安になったら、国力の衰退など言っていられなくなる。


5363,閑話小題  〜文明の相克

2015年11月20日(金)

   * 文明の相克
 今年も、あと一月足らずだが、やはりISのテロ関連が中心であった。
1月と11月のパリのテロと、ロシア機への爆発テロなど戦争の様相である。
さらにISなどシリア内戦で700万人が難民なり、その何割かが大挙、欧州に
押し寄せている。そこにISのテロリストが紛れ込むため、問題は複雑。
その対処に、欧州の安全がゆれだした。20数年前に、エジプトに初めて
行った時、若い女性の日本人現地ガイドが、空港からホテルに向かうバス
で言った注意が、鮮烈だった。
《エジプトはイスラム圏で、欧米文明の常識とは根本から違います。
これから今までの常識を捨ててください。イスラムは、金持ち、力ある者が、
ない人に何かを与えるのは至極当り前のこと。今日からラマダンが始り、
日中の断食に入りますが、全員がイライラの極み。日本人への釣銭は、ほぼ、
まともに返しません。「騙すより騙される方が悪い」のがイスラムです。
いちいち、それに腹を立てていては、せっかくの旅行がダイナシになります。
女性や、子供を褒めてはなりません。褒めると、それは欲しいと同じ意味に
受止められます。とにかく、ここは別世界、注意をして下さい!》 
 そのイスラム教徒が、欧米世界に大挙して押し寄せたら、摩擦が起きる
のは火をみるより明らか。グローバル化で、文明同士の争い、キリスト教と
イスラム教の争いは、より深刻になっていく。欧州に逃れたイスラム教徒は、
自由、平等、博愛の精神に自分たちが当て嵌められないことに、不満を持ち、
それが相克になっていく。今までは、国という括りで、隔離されていた人たち
が、欧州の文明の中に一挙に混入すれば、文明の相克が日々の生活の中で、
直に生じてくる。それにネット社会が、それぞれの絆を、より強固にする
ため、その対立は、より深刻になる。もし、日本に、某国の難民が10万人
単位で大挙して押し寄せてきたら、大混乱する。それが、欧州で現実に起きて
いる。情報化社会でネット難民を生んでいるが、これこそ文明の相克!で、
 以下のテーマにつながっていく。ネット世間が、そこにも存在する。
・・・・・・
4998,暴走する世間 −12
2014年11月20日(木)
     「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著)
  * 世間とは、差別社会の日本的用語!
 日本の世間にも、欧米社会にも歴然とした格差があるが、高度経済成長と、
バブルと、崩壊を経て、中流階級が、総下流になりつつある中、世間様では
窒息感が強くなって、世間様のイギリス化が始まっている。この傾向は、
今後ますます強くなっていくことになる。 ーその辺りからー
≪ 八○年代までは相対的に景気がよかく、人びとに余裕というものがあった。
「世間」の贈与・互酬関係」や異通の時間意識」は、「お互い様」という
相互扶助」や「やさしい関係」という「共生感情」を生みだす。これが
「世間」のウチでセーフティネットとして機能していた。ところが、九〇年代
以降の不況の時代に入ると、人びとにこうした余裕が失われ、セーフティ
ネットとしての「世間」の機能がだんだんと後退し、「世間」の「権力性」
「抑圧性」といったネガティブ面だけが目立つようになった。「世間」の
「息苦しさ」や「閉塞感」が、前面にせりだした。この変化を、私は資本主義
の「中世」化とよんだことがある。九〇年は、オングのいう「第二次的な声
の文化」が始まる時代と符合する。オングは九〇年代以降、電子メディアの
普及によって、文化の伝承という点で、ちょうど「中世」のような状況が
あらわれたという。「中世」の特徴は身分社会にあるが、「世間」もまた
「目上・目下の関係」としての身分関係を重視する人的関係である。
この資本主義の「中世」化によって、世間」がせりあがってきた。 
 ・・(中略)例えば英国の階級社会とは、何なのか。イギリス生活が長い
ジャーナリスト林信吾によれば、英国の階級制度は、上流、中産、労働者
階級に明快に分けられる (『しのびよるネオ階級社会』林信吾)。 
☆ まず上流階級と中産階級を分ける基準は身分。これは古い貴族制度が
のこっているためで、上流階級には王室をはじめとする貴族や代々の
大地主などが入る。これはまあ、わかりやすい区別である。
☆ つぎに中産階級と労働者階級を分ける基準は、収入や資産もあるが
基本的には職業であるという。これはみた目で区別するのはむずかしい。
中産階級に属するものとして、医師や弁護士などの専門職のアッパー
ミドルクラス、高学歴のエリートサラリーマンなどのミドルクラス、一般的な
ホワイトカラーや下級公務員、自営業者などロウアー・ミドルクラスがある。
☆ 後に労働者階級に属するのは、特別の資格やスキルを必要としていない
仕事に従事している者。 ロンドンでは、二階建てバスの運転手は労働者階級
だが、むずかしい試験に受からなければならないロンドン・キャブの運転手は、
ロウアー・ミドルクラスだという。
 ・・英国でおなじみのパブでも、1軒のお店のなかで、中産階級向けの
ソファやスツールに座って飲む「サルーン」と、労働者階級向けの墓本的
には立ち飲みの「バー」が分かれていて、入口まで別。≫
▼ 欧州は人種の坩堝のため、飲食店は長年かけて以上のようなシステムに
なっている。日本も、ますます、この傾向が強くなっていくのだろうが・・ 
実際、日本も表立ってないが、客単価で、えり分けをしている。世間とは、
それぞれ階層の「目上・目下」の人的関係に過ぎないが、当人たちにとっては
大問題である。大学、高校、中学、小学校の同級会に毎年、出席しているが、
そこには、階層差が歴然としている。その上、それぞれにも明確に存在する。
それを見てきたため、創業時の事業設計から万一の備えを組み込んでいた。 
娑婆は面白い! が、それも所詮は、共同幻想でしかないが。
・・・・・・
4631, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか ー2
2013年11月20日(水)
     『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著)
   * 学歴の組み合わせは?
《 1000人にアンケート調査を行い、結婚相手の学歴、とくに大学名を挙げ、
どのラインを理想とするか、あるいは、ぎりぎり妥協できるかを問うている。
この調査から、日本の学校間格差、男女差、心理的な葛藤など、様々がわかる。
・まず中卒、高卒の男女で相手に大卒を望む人は非常に少ない。高卒女性では
大卒男性を望む人もいるが、そのなかで大学名にまでこだわらない人が大多数。
・男女差に注目すると、男性よりも女性のほうが相手の大学名にこだわる。
大卒男性は女性の大学は無名でよいという人がかなりいるのに対して、女性の
場合は自分の大学よりも名門度が高いか、同程度の大学の男性を望んでいる。
・「国立大・早慶上智クラス」卒業の女性の64%が同クラス卒の男性を理想と
しているし「MARCH(明治、青山、立教、中央、法政)クラス」卒、および
「成蹊・成城・明治学院クラス」卒の女性の過半数が「MARCHクラス」卒以上
の男性を理想としている。なぜ入学の困難な名門大学で学ぶ女性は、相手男性
も同クラスの大学卒であることを希望するのか幾つか考えられる。
難関校に入学する女性は少数派なので、自分に自信がある。自信があれば、
男性にも同等ないしそれ以上の大学を希望するのは自然である。一方で、
男性は劣等感を抱く可能性があるため、自分より格上の女性を避ける
傾向があるとされる。》
▼「東大」「旧帝一工(旧帝大.一橋大・東工大グループ)」「関関同立(関西、
関西学院、同志社、立命館)」「MARCH(明治、青山、立教、中央、法政)」の
色分けは、私の学生時代から、あまり変わらない。有り余る自由の中で、何を
していたかが大きい。としても大学は、それぞれの人生に大きな影響を与える。
血筋、大学、結婚相手のレベルで、人生が決まるか?というと、そうでもない
から面白い。しかし8割は大きく左右する。 毎年、中学、高校、大学の
同級会に出て感じる事は、進学するにつれ、世界が広まる奇妙な感覚。  
中学は駅周辺、高校は中越地区、大学は首都圏周辺と全国区へと広がる。
義兄に東大、一橋卒、中央・法科と、長岡商業卒がいる。姉は、大手高校、
ドレメ、実践女子短卒が二人。なるほど、その組み合わせが、そのままが、
その人となり?結婚相手の当たり外れかは、棺桶の蓋を閉めるまで分からない? 
結婚相手と両親、学校、生活の質(読んだ本と趣味の質・量)で多方が決まる? 
諸条件は、原因? 運もある?(★>Д<★)
・・・・・・
4266, 法則は思考のショートカット −1
2012年11月20日(火)
     「知っているようで知らない 法則のトリセツ」水野 俊哉 (著)
今さら法則もないが、しかし面白い本。 ーまずアマゾンの内容紹介からー
【 内容紹介: 巷にはさまざまな成功法則や戦略書がある。いったいどの
 法則が実際に使えるのか、そしてどのような場面でどんな法則を使うべきか、
迷ってしまうことも多い。そこで本書ではどれが有効か、ケース別、TPO別に
解説する。 ナポレオンヒルから行動経済学までを完全網羅!
 △ 世の中はこんな「法則」で回っている!
   組織には必ず20%の怠け者が存在する
   会議では自分の意見に反対する人は正面に座る傾向がある
   一度Yesと答えてしまうと後でNOとは言いづらくなる
   先延ばしした仕事は、処理に通常の2倍の労力を要する等 
   不安定な時代に知っておくべき法則」 がある。
   人生の「ショートカット」となる「法則」の数々が、この一冊に! 】
▼ ざっと概要は、こんなものだが、取り扱い方というより多くの知らない
 法則が各分野に多くあるのに驚いた。それらの法則を知っているか知らない
かは大きい。「法則の取り扱い方」の説明書より法則の紹介書。「法則」を
多く知り、用いることが出来れば、人生、数倍、いや数百倍も豊かに人生を
生きることが出来る。しないで済む苦労も事前に避けることが可能。
長い歴史の中で科学も人生も、ほとんど先人が既に経験済み。法則は、
それらを経験則として凝縮されている。それを知るほど、世界を広げることが
出来る。三年前に出版された本だが、過去に、このような本は数多あったはず。
多くの「法則」、知っていても本当に理解していたか?というと疑問である。
ここで法則を、職場関係と仕事の法則、ビジネス一般、心の法則、勉強の法則、
そして成功本の成功法則など分けている。半分近くは、これまで読んだりして
少しは知っていたが、全く知らない法則も多く紹介されている。
何気なく目次を見た中で「好意の互恵性」の法則があった。
「好きになると、好かれる。好かれると好きになる」とかいう法則である。
これも一方的に思い過ぎたり、思われ過ぎると逆効果になるが、ほどよく
人間関係に適用すれば、職場などの人間関係で有効になる。 
次回から、今まで知らなかった面白そうな法則を選んで紹介する。
・・・・・・
3891, 腰痛は、脳内システムの不全が原因
2011年11月20日(日)
  先日のNHKTV番組「ためしてガッテン」で、腰痛を取り上げていた。
腰痛について、ここで何度も取り上げてきたが、内容は、思わない展開であった。
大雑把にまとめてみると、<腰痛の痛みは、椎間板ヘルニアと思われていたが、
その痛みはストレスなどで脳内にある痛みを抑える脳機能の働きが弱ったためで、
犬や他のことに気を散らせると大きく改善する・・云々>という内容。
今でも半信半疑である。 
ーまず「ためしてガッテン」のHPの内容紹介を、箇条書にしてみるー
 ◎ 日本人の8割が一度は経験するといわれている腰痛が、実は
「国民的大誤解」があることがわかった。まず、「腰痛の85%が原因不明」。
 ◎ さらに、主犯と考えられていた椎間板ヘルニアさえ犯人じゃない?
町の人に尋ねると、半分の人たちがこの椎間板に原因で、ひどければ手術!
と信じていました。ところが、これが国民的大誤解。ヘルニアを切除して、
神経の圧迫が無くなったのに、痛みが消えない人。さらに、ヘルニアがある
のに痛みがない人が続々とみつかりました。「ヘルニア手術」をした場合と
「手術以外の治療」をした場合を比較しても、2〜10年で患者の回復満足度
に差がないことも明らかになってきた。
 ◎ そんなナゾ多き痛みに、50年に1度という大発見がありました。
それはなんと「脳」と「腰痛」の意外な関係。「犬」を飼ったら大幅に直った!
という事例がある。神経が、痛みに集中していたのが、犬に気持ち分散した
ためである。研究者が注目しているのが「脳」と「腰痛」の意外な関係。 
  様々な論文で、ストレスが高まると「腰痛」が増えることが指摘されて
いましたが、その理由は解明されていませんでした。福島県立医科大学が、
原因不明の腰痛患者の脳血流量を調べたところ、7割の腰痛患者が、健康な
人に比べて血流量、つまり脳の働きが低下していたのです。 アメリカの
ノースウエスタン大学がさらに詳しく調べると、活動が特に低下しているのは
「側坐核(そくざかく)」という部分であることがかってきました。「側坐核」
は痛み信号が脳に届くと、鎮痛物質を働かせる命令を出すと考えられています。 
これによって、脳は大きな痛みを自動的におさえていたのです。ところが、
慢性的なストレスを受けると、側坐核の働きが低下。鎮痛物質に命令が
いかないので、痛みがおさえられず、激痛を感じてしまうのです。
  ストレスが痛みの原因を作るのではなく小さい痛みを強めて激痛を
生み出すことが分かってきた。脳の鎮痛システムが働かなくなるので、
痛みが増加しているというのです。 
 ▼ 腰痛を47年も抱えてきた私にとって、まだ信じられない結果である。
 腰痛解消のため、30年前から早朝のウィーキングを続けており、二年前
からは低反発クッションと枕を取り入れたこともあり、重い腰痛は起こらなく
なった。そして、半年前からはスポーツジム通いで、更に改善をしている。 
それが、ストレスによる脳の働きの低下により重くなっていると、いう。
そんなものではない!というのが、私の現在の心境。しかしストレスは
万病の元である。ストレス無いのが一番のストレスというが。
・・・・・・
3526, 死に至る地球経済   ー2
2010年11月20日(土)
   「死に至る地球経済」 浜矩子 著
 ー今だ一番底に落ちてない世界経済ー
今だ、底に落ちてないのに二番底というのは矛盾がある。
来年から再来年に、一番底が来るのは流れからみて当然。
そして、その後に数年して二番底が来る。プライムローンなどの不良債権
は、まだ表ざたになされないまま、銀行、企業、そして自治体などに
塩漬けにされている。しかし、そのままにしてはおけない。
   ■ランダムに印象に残った部分を書き出してみた■
*「二番底」と言うが、問題がある。ここまでの地球経済は、しっかり
一番底に足がつかないまま、無理して舞い上がることを強要された恰好で
推移してきた。このリーマン・ショックをもたらした諸々の歪みを是正
され修正されるプロセスを貫徹されないまま、当座凌ぎの緊急対策で
経済活動を離陸させた。二番底というのは、失速し、谷に落ちた経済活動が、
一度は活力を取り戻して谷底から這い上がったのに、再び力尽きて谷に
落ちた場合である。今回のは、谷に落ちていく途中で、つかの間の踊り場
が人為的に繰り出されて一息ついた感じである。大底に向かっての小休止
に過ぎない。そんな小休止の踊り場はぐらついている。G20の「成長に優しい
財政再建」の苦肉の言い回しが、この厳しさを実によく言い表している。
* PIGS(ポルトガル、アイルランド、ギリシャ、スペイン)は「豚箱入り」
* アメリカとPIIGSはキリギリスで、ドイツはアリ。
 日本は「アリの民間」と「キリギリスの政府」と喩えられ、「アリギリス」。 
 アメリカは、これからアリギリスを目指そうと言うが・・・
* 日本のお家芸は「量的緩和」と「金利引き下げ」である。
*「自国さえ良ければいい」的な通貨安競争は一時的には自国の利益を
増やすが、各国が密接に関連している世界経済では、巡り巡って自国への
強烈なカウンターパンチとなりかねない
* ガルブレイスの言葉、「政治は可能性追求の技にあらず。
それは選択の技である。 選択肢は、悲惨なるものと耐え難きもの。
二つに一つだ」(61-2頁) (字数制限のためカット 11年11月20日)
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3151、災害で助かる人、助からない人
 2009年11月20日(金)
 韓国の釜山の火災で日本の観光客が亡くなったり、浜松のマージャン店
火災で7人が死傷したが、色いろの現場で助かる人と助からない人が出る。 
一般的に地震や火災などに遭遇したとき、人はどのような心理状態で
行動するのか? まず、どちらが正しいか?という質問。
 1 地震や火事に巻きこまれると、多くの人々はパニックになる
 2 地震や火事に巻きこまれても、多くの人々はパニックにならない 
  答えは2という。 
 日本や欧米の研究でも、避難の指示や命令があっても、大部分の人間は
速やかな避難行動を取らないという。指示する側が人々に安心感を与える
ために状況の深刻さを軽めに伝え、その結果、手遅れとなることもある。
一般的には、実際の災害現場では幾つもの要因が偶然に重ならない限り
パニックなど起きないという。過去の大災害時に助かった人で一番死亡
しやすいのは年齢の高い「男性単身者」。逆に一番助かりやすいのは
「家族」で、行動を共にする人がいること。また若い人ほど生存確率は高い。
家族による信頼感と無償の援助、心理的な安心感が生存確率を二倍にも
高めるということ。マスメディアや近所つきあいの接触の多い人間は、
早めの避難行動を取る傾向があり、助かりやすく、また金持ちほど助かり
やすいデータもある。大金を残して死ねるかという執念があるからか。
状況判断が的確に出来るか、そして前もって災害の恐ろしさの情報があるか
どうかが分かれ目になる。 
 少し話は逸れるが、地震や大火災は、都市の時間的流れを強制的に進める
効果がある。神戸の震災は復興はしたが、経済的な後退感は否めない。
それは神戸が経済的には下降期にあったからだ。逆に関東大震災の東京は、
それを機に都市計画を整備し、震災以前よりも首都として成長することが
できたのである。都市が成長期の災害は一層の成長をし、衰退期の災害は
一層の衰退につながる。 人生も事業も同じようなものか。 飛行機事故で
数人助かった人の顔は、何か共通の異相をしているのにお気づきですか。
 :天声人語に以下のような文章があった; 
 警察によると、幅約1.4メートルの落石が駐車場フェンスを突き破り、
駐車場に停まっていたキャンピングカーを貫通した  
 (字数制限のためカット 11年11月20日)


5362,うらやましい死に方 〜死の前に一人でお遍路へ

2015年11月19日(木)

            ーうらやましい死に方ー五木寛之[編]
 妹に対する姉の愛情が行間から溢れ出ている内容で涙を誘う。
 人の一生は、世界と同じく深くて広い。生きてきたように人は死んでいく。
   * 死の前に一人でお遍路へ   日引美江子(京都府宮津市52歳)
≪ 四人姉妹の末子K子(四六)は、七タの夜ホスピスで亡くなりました。
 死の間際「私達姉妹で良かったね」と声をかけると「有難う。さよなら」と
右手をちょっと上げて答え、それが最後の言葉となりました。ペルーが好きで
インカの遺跡を上空から眺めた時の感動をよく語っていましたので、枢の中を
ひまわりの花むぎわらだびで埋めつくし麦藁帽子と好きだった煙草を入れ茶毘に
付しました。その日の夏空はどこまでも青く澄み"コンドルは飛んでゆく"の曲と
共に妹の魂が天空に吸い込まれていくように感じました。
妹は大学院を出た後渡米、文化人類学で博士号を取得、帰国後は年老いた
父親との二人暮し、大学の講師や翻訳をしながら自由に世界中を闊歩し生き生きと
暮していました。妹なりの切り口で見たこと感じたことを面白おかしく話して
聞かせてくれ、私共もそのような妹を見ているのが楽しく好きでした。しりめ
そんな妹からある日突然「私は癌」と告げられオロオロしている私共を後目に
手術・抗癌剤・放射線治療と続き、その後仕事に復帰、以前と変わらぬ活動的な
日々を送っていました。よもや再発との気配は感じられませんでした。
ところがその又二年後のある日突然、「実は術後すぐ再発していた、自分なりに
調べ考えたすえ、治療はせずに自然に生きられるだ星きようとその時決めた。
いよいよその時が来たから私は今からホスピスに入る」と淡々というのです。
・・(略) 死の五ヶ月前、四国八十八ヶ所を一人巡り、高野山にも参って
いるのです。遍路体験を‘日本版ホスピス’と言い「踊る阿呆に見る阿呆、
同じ阿呆なら踊らな損々というのはすごい真理だと思う。途中行き倒れても
向かう先はお寺だから安心、次の札所までという目標があって自然の中を歩いて
いる方が寝ているより健康的なのは確かです。病人だから歩けないと思うのは
思い違いである場合も多いと思う。生きている限り寝ていてもエネルギーは
使います。とにかくお遍路さんは最高です」と友人にメールを送っています。
 そんな話を聞いても私は再発し死期が迫っているとは考えず、不断の好奇
心旺盛な妹の行動と思っていました。気付いてやれなかったことが悔やまれて
なりません。知ったところでどうしようもなかったでしょうが、明るい言動
とは裏腹に一人悩み苦しんだ夜もあったろうと思うと未だに涙がこぼれます。
でも最後まで誰にも知らせず胸の内にしまい生き続けたことが、妹なりに
学んだ哲学を、自分の生き方の中で実践したということなのでしょう。
最後の三週間は妹と一緒にホスピスで暮しました。冗談は言っても心の内を
語ることはありませんでした。ホスピスでの手厚い介護のお蔭もあり、妹は
とても穏やかで‘有難う’‘ごめんね’‘おいしい'と言うだけでした。
私は七タ様の短冊にこの言葉を書いて吊しました。我妹ながら、あっぱれ! ≫
▼「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々というのはすごい真理
 だと思う」は、人生を通して実感した真理だからこそ響きが伝わってくる。
エライヤッチャ エライヤッチャ ヨイヨイヨイヨイ」の エライヤッチャは
「大変なことだが平気だぞ」といった複雑な意味が 込められているという。
一人では出来ないことが娑婆には多い。踊るか、見るか? 集団で狂乱して
踊るのも、日常から外れる方法。人生、それぞれが独り阿波踊りでもある!
・・・・・・
4997,暴走する世間 −11
2014年11月19日(水)
      「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著)
   * 「格差」拡大による「そねみ・ねたみ」の肥大化
 建前が平等の社会にあって、格差が拡大すると、自分より上に対する
「そねみ・ねたみ」が拡大する。 逆に下に対して、陰湿な苛めなど差別を
するのが人間の性。それが世間様というもの。その互いに発する毒の共同幻想
で実は本人たちの脳がやられる。問題は自覚できないこと。ーその辺りからー                       
≪ つまり自分と同じ」だと思っていたお隣さんが、ある日突然ベンツを買った
 とすれば、それは自分と「同じ」 ではなくなる。ビミョーな「格差」が
生まれたときに、他人にジト−ッと嫉妬する独特の心理が生まれる。 
この日本人特有の嫉妬について、正高信男さんは以下のようにいう。
【 いかに時代が変わろうと、日本人は基本的に非常に嫉妬深い。いじめも、
 モンスーン気候の風土と正比例するように、ジメジメしている。だから、
自分よりも注目されている人間に対しては、いくら口先で褒めても、内心は
ムカツク要素を秘めている。昔でいえぽ、胸くそ悪いとでもいうのか。
単に不愉快ではすまない。 いつまでも梅雨が上がらないようなしつこい
陰湿さがある。嫉妬心も消えない。(『他人を許せないサル』)】
 ・・(略)自分は自分、他人は他人という個人主義ではないから、自分が
他人に比べて損をしていないか、得をしているかがいつも気になって仕方ない。
横並び一直線で暮らしていた時代は成功した者とそうでない者のデコボコの
差がほとんどないから、嫉妬の質も深刻ではなかったかもしれない。 が、
現代のように勝ち組、負け組の区別がはっぎりして、所得格差も以前より
ひどくなり、社会システムがより欧米化されると反応は過敏になってくる。】
▼ 地方では勝組は少ないが、大都会は中国などの勝組の観光客も相まって、
 歴然とした格差が現前している。それが面白い!と言えるのは、余裕のある
立場の人たち。そこは一度沈んだら、二度と立上がれない世界。他人事では
ないが・・ 日本は国家として明らかに負組になってきた。 その結果、国内
には、ジメジメした空気が漂い、今まで無かったような殺人事件が多発する。
そして、それを揶揄して楽しむ歪な空気が漂う。そこに欧米のような個人主義で
ないが故に生じる共同幻想で集団で脳をやられる。 江戸末期の
「ええじゃないか!」の馬鹿踊りが形を変えて出てきたのが、
『東京オリンピック』である。 この共同幻想を楽しみながら、
最期の宴を国家とともに終るのもオツナモノか。
・・・・・・
4630, 閑話小題 ー相棒 〜国民的刑事ものシリーズ ー2
2013年11月19日(火)   
   * 相棒 ー愛人と共謀の夫殺し 
 昨日の『相棒』は、二回完結型の後半もの。概略は
《 有名女優が、内縁の夫の作家を愛人のマネジャーと共謀して撃ち殺す。
 強盗の仕業にするが、右京が追い詰める。ところが調べているうちに、
内縁の夫は女優の実の父であることが判明。子供の頃に両親が離婚。 
亡くなった母親が残したアルバムから、半年前に知るが、父は、そのことを
知った上に、女優と内縁の関係になっていた。そのことに同情したマネジャー
と共謀し・・ しかし、そこには二人の純愛があった。 逮捕をされる時、
マネジャーが相棒二人に、結婚届けを託すラストシーンが、涙を誘う。》
話は、これからである。 ああ終わったか、とチャネルを回そうとすると、
TV局も、視聴者心理をしってか、冒頭から、ニュースの触りを持ってきて、
引きとめようとする。ところが、冒頭のニュースが、似ている裁判の内容。
「裁判で、被告が突然、自分は主犯でなく、殺害した被害者の奥さんと共謀して
やった」と主張、その奥さんは、証言で「ストーカーの被告が勝手につくった
物語」と、両者の言い分が対立、と報じていた。被告の証言で、
「以前、奥さんから、本人がつけている香水をもらった」と、それを提出した
のに対し、奥さんは、・・まあ、テレビドラマそのもの。偶然としてもTV局
は、してやったりのタイミング。奥さんらしき人の写真が流されていたが、
被告も、奥さんも普通の感じ。今週のマスコミは、この問題で大騒ぎだろう。
『相棒』の話題、軽いので、テーマとして迷ったが、こうなると、良かった
ことになる!それにしても、視聴者の多くは、主犯は?二人共言い張れば通る?
   * 何もする必要が無いのが、御隠居生活
 思いのほか、御隠居生活に馴染んでいるが、準備期間を含めた事業人生から
解放された気楽さがある。大きな成功を必死に求めていた自分が、可愛らしく
思えるのが御隠居の視線である。以前も書いたが、家内が不思議そうに、
「毎日、単調な生活で刺激も無いようだし、つまらなくない?」と聞いてきた。 
その答えは、「実際に、事業をしていると、寝ても覚めても極度の緊張状態。
それは良いこともあるし、嫌なこともある。現在も、同じこと。これはこれで、
淡々として良いし、逆に詰らないこともある。どっちも同じこと」が、
偽わざる気持ち。滑り台に例えると、早朝が一番上で、就寝が一番下。
寝起きに、この随想日記の添削をして、アップ。30分の瞑想、ポタリング
と続く。そして朝食とり、八時またぎでTVを見て、風呂に入り、九時半から
パソコンと読書に二時間、費やす。そして、・・と、淡々と何時ものとおりの
習慣を繰り返す。重要度からすると、徐々に下がっていくから、楽といえば楽。
午後からは、スポージム、読書、ドラマの視聴といった流しになる。
面倒なら飛ばせば良い。どれもこれも誰に頼まれた訳でない。森の生活では、
少し不安だったサバンナも、慣れてしまえば、これはこれ。
50年近い、読書習慣が支えである。
・・・・・・
4265, この非常事態に、万一の備えがあるの? −2
2012年11月19日(月) 
 私の場合、記憶が1歳の頃からある。そして両親の商売の一喜一憂が、
そのまま普段の生活に直に伝わっていた。終戦直後で、新しい事業を両親が
模索していた時期のため、今から振り返ると、何ともいえない張り詰めた
緊張感があった。「どこどこが倒産した」「店を出したが、少し良くなると
天狗になり夜逃げをした」などが、日常会話。それもあってか、自分が瀬戸際
に直面した時に、不謹慎だが、デジャブというか、その自分を冷笑し楽しんで
いる視線があった。現在も一部それがある。それらの幼児体験もあり、万一の
備えを無意識に次々と重ねていた。悪化と同時に、自動的に手順をつのが自然
の道理。30年間(事前の準備期間を入れたら45年間になるが)、創業から
整理までの起承転結の一サイクルの経験をしてみて、手じまいも、事業の最大
のイベント。 最悪に見えた経験も、奇妙な感情が支配していた。
あと講釈だから、言えるのだろうが。15年以上かけ準備をし立ち上げた
事業を、その衰退を見届け、自分の手で潰すのも事業経営の一環であり、
後悔も無念の感情も残らないのも道理。で、この本体の経済崩壊の大津波、
地方では既に到来の感がする。大方は茹で蛙状態で、知ってか知らぬふり? 
年末の選挙前後辺りにクラッシュの可能性の仮説はたてておくべきだ。
年越しの可能性もあるが、遅かれ早かれ恐慌は起きる。日本で、この2千年
の間に4回の東日本で震度8クラスの大地震があった後、10年以内に、
いずれも首都圏で直下型地震が連動して起こっていた。 西日本では18年
以内にM8クラス以上の巨大地震が起きている。経済の7割が集中している
太平洋ベルト地帯が破壊されてしまうのである。恐ろしいが日本には失われた
20年で経済が壊滅的状態。そこに少子化もあり、分かっていても、資金が
追いつかないのが、現実である。それと世界的恐慌と、デフレの問題がある。
ある日突然、何かの切っ掛けで、世界は機能不全に陥ってしまう危険がある。
そうすると、弱い国に矛先が向かう。その弱い国が、日本となる危険が
非常に強いのである。バフェットが、一度売り抜けた金を再び大量購入。 
イスラエルが、先手をうってガザ地域で戦争を仕掛けている。
イランへの攻撃が始まるか? 
 ・・・・・・
3890, ギリシャ/イタリアの次は・・
2011年11月19日(土)
 ギリシャが何とか目先の命を繋いだが、これも解決したわけでなく問題の
先送り。その直後に、待ってましたとイタリアがマナ板に上がり、IMFの
管理下に置かれて徹底的な国家の合理化が図られる。イタリアには一度
就職をすると簡単に人員整理が出来ない法律がある。イタリア人は、それを
逆用して働かないで給与を貰う体質が染み付いている。グローバル化の世界
では競争力がなくなり破綻するのは当然。IMFの厳しい合理化にイタリア
気質が耐えられるか?というと、非常に難しい。ギリシャ、イタリア、
スペイン、ポルトガルという一時代を築き上げた国が次々と国家破綻の
瀬戸際になっている。
 リーマンショックがキッカケで、世界の多くの国が積年の矛盾が噴出し、
一挙に激変の様相になっている。それに対して指導者は、その対策が全く立た
ない事態で、その場限りの対処しか考えられないのが現状。あとは何時何処で
火を吹き出すか。1999年からG7にロシアを加えた蔵相会議が開催されてきたが、
リーマンショックを契機に世界の主な国の12ヶ国を加えたG20が年に
1〜2度のペースで開催され、その対策が検討されている。
そこで何とか恐慌を食い止めているが、それも秒読みになってきた。
イタリアに続いてスペインの国債利回りが7パーになろうとしている。
ここもIMFの管理国になるのだろうか。 ギリシャ危機の9月のギリシャ
国債のりまわりが136パーセントというから驚き。現在の32パーも、危機
ラインを遥かに超えている。日本だったら1千兆の利回りだから、329兆円
の利回りになる。国家収入の10倍になる。そのギリシャと程度が同じで、
数年後には、似た状態になるとしたら、ここで叫び続けていることは、まだ
楽観的範疇。 例の国の国債の利回を見て、呆然。近未来が見えている。
 <10年もの国債の利回>   ぷかぷか煙草を吸いながら川辺で車に
寄って引き潮を見ていた東北大震災の被害者の姿が目に浮かぶ。
・ ギリシャ    32.29%      
・ ポルトガル   11.52%
・ アイルランド   8.22%
・ イタリア     7.28%         
・ スペイン     6.43%   
たまたま、この数年来の同月同日に予告編?を書いていた。
・・・・・・・
3525, 死に至る地球経済
2010年11月19日(金)
  [死に至る地球経済」浜矩子 著
ー内容紹介ー
 ギリシャ危機に端を発するソブリンリスクを抱えたEUや、人民元の動向
が注目される中国など混迷が続く世界経済。長期低迷を続ける日本経済も、
デフレ、資源価格の高騰、財政危機というトリプルショックを迎えている。
今、進むべき道はどこにあるのか。グローバル経済の新しいあり方を
視野に入れ、現状を分析し未来を模索する。
(第1章)では、G20サミットの苦悩にみる政策主導型成長の限界を論じ、
   「成長に優しい財政再建を目指すこと」の困難さについて述べている。
(第2章)ソブリン・ショック=国家破綻の脅威についてで、グローバル時代の
   恐慌は、いったん始れば国家財政で押さえ込むスケールを遥かに越え
   広がり、セスキュー隊員を遭難させ、その隊員の遭難が更に恐慌を深める
(第3章)終焉近い基軸通貨体制 ートリフィンのいわゆる「流動性ジレンマ」
   論を踏まえての基軸通貨システムへの代替論の提示)、どうしても
   「地域通貨」に一つの解答を見出したくなるという
(第4章)ポスト・リーマンのグローバル金融の模索、ー再暴走か、
   大縮減かの瀬戸際に立つ緊迫状態
(第5章)中国は果たして救世主になれるか? 世界経済における中国の
   存在意義とそれが生み出す諸問題、経済活動は、成長と競争と分配を
   三辺とする三角形。中国は、はなはだ歪で成長だけの一輪車。
(第6章)そしてわが日本はどうすべきか。総中流に向けて忙しく働き、
   皆が豊かになっていく時代の状況は変わってしまった。「下流社会」
   という言葉も出ている中、誰もやらないことをやるのが政策の仕事。
▼ 著者は、辛口の経済学者として著書、雑誌で度々みかけ、その論調も痛快。
 エピローグで、ここで再び世界を不安感が覆いはじめていると警告。
その不安を呼び覚ましている言葉を二つあげている。その一つが「財政破綻」。
二つめが「二番底」という。財政破綻は、国家破綻を意味している。
その二の「二番底」は「死に至る危機」が襲う恐ろしいこと。これは当初から
あったが、目先の緊急措置で当面の間、乗り切ったに過ぎず、根本問題の
先送りをしただけ。その先送りの問題が、再び立ち上がっている。
「国家財政破綻」これが、恐ろしいのである。欧州では、理想的なEUが
発足されたが、さっそく、この金融恐慌で、その脆さが出てしまった。
先行き、真っ暗で、世界恐慌への引き金を引きそうな事態に。  


5361,うらやましい死に方 〜愛犬に見守られ

2015年11月18日(水)

          ーうらやましい死に方ー五木寛之[編]
 20世紀末に、文芸春秋に投稿された、身近な「うらやましい死に方」が
幾つか編集されていた。死に方は様々あるが、この中には、素朴な何処
にでもある死だが、何か心をうつ味わい深い死が連なっている。
「死に方」は、その人生き方に左右されている。「うらやましい」は、
あくまで受けとめる者の主観でしかない。そう思うのも供養の一つである。
昨日、兄の連れあいの御父さんの葬儀に参列したが、故人は穏やかな
人生を絵にかいたような人で、白寿をむかえて、ひっそりと亡くなった。
うらやましい生き方で、うらやましい死に方だった。 御冥福を!
  * 愛犬に見守られ    吉田達也(広島県三原市85歳)
≪ 近所のアパートに30年住む、独居老人が昨年暮れ心臓発作で他界された。
老人は年金生活者で、数年前に連れ添った妻とも別れ、我が子も訪ねてこない
孤独な一人住まい。愛犬を連れての散歩が唯一の楽しみであった。
近所付き合いもなく、愛犬と寝食を共にする生活であった。
 真夜中に急に苦しくなり、階下の管理人にすぐきてくれと電話する。
 管理人が駆け付けると、苦しい苦しいと胸を押さえて寝返りする。
愛犬は部屋の中を泣きながらぐるぐる駆け回る。主人の死を予感したのか
泣き声は悲痛であった。管理人は直ぐ近くの医師に連絡する。医師と看護師が
駆け付ける。診察の結果心臓麻痺で手のうちようもなく、死亡が確認された。
 その時の愛犬の泣き声がひときわ大きく、遺体に取り付いて離れようとしない。
周囲の人達は嘆き悲しむ愛犬の姿に、涙を拭うことができなかった。
 主入を慕う愛犬の姿に、親子以上の関係を見ることができた。
 老人と愛天とは十数年のつながりであったが、その後血のつながった我が子が
駆け付けると、涙ひとつ流すことなく、葬儀屋と相談し遺体を棺桶に型通り納める。
愛犬は棺桶から離れることなく、回りを泣きながら駆けまわる。
老人はいつも愛犬と一緒に寝る。愛犬を抱えた時の笑顔、微笑みは、安らぎの
境地を思い出していたのではないかと、管理人は回想する。
 息子は犬が嫌いで、置いていくという。「ご主人様がこれほど可愛がっている
犬を置いていくとは何事か」と、犬は棺桶から離れようとしない。
「その犬はお父さんの形見だから連れて帰れ」と管理人は強く言う。
息子は周囲の意見に従い連れて帰ることになる。犬は嬉しそうに車に飛び乗る。
孤独な老入は愛犬によって、安楽な往生を与えられたのである。
 我が家で家族に囲まれ、静かに息を引き取ることが、私の希望である。
とはいえ、一人暮らしの老人になったら、この老人のように、愛犬を友に
暮らすことも考えてみたくなった。孤独死だけは避けたいと思う。≫
▼ 動画投稿で鮮明に記憶に残っているのがある。「殺された若いギャングの
 傍で、可愛がっていた?野良犬が悲しげに佇んで、人を寄せ付けない姿」と、
「交通量の多い車道で、轢かれた仲間の犬を、必死に歩道に引いている犬の姿」。
犬は、死の何たるかを直感で分かるようだ。ところで、『孤独死』という言葉に
違和感がないか? 誰もが死ぬ時は、最たる孤独感が渦巻いているのでは?
・・・・・・
4996,暴走する世間 −10
2014年11月18日(火)
     「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著)
  * 公共性と「世間」とは、同じでない!
往復一時間の新幹線通勤を30年続けてきたが、そこは全国レベルの公共の場。
時どき、台風などで在来線が不通になると、一般客で満席になることがある。
そこが、公共性のある新幹線車内の「社会」と、通学、通勤の客の「世間」の
ミスマッチのクロスになる。都会と田舎の違いは、両者がクロスしているか、
いないかの差。それは、ネット社会でも同じことがいえる。ーその辺りからー
≪「世間」は私たちを支配しているが、具体的にみえるモノではない。しかも
「世間」は、「広い世間」のウチに「狭い世間」が存在し、その「狭い世間」
のウチにもまた「より狭い世間」があるというように、一種の入れ子のような
複雑な構造をもっている。問題なのは、「世間」は「共通の時間意識」をもつ
ために、「世間」のウチの人間にたいしては相互に「配慮」しあい「優しい関係」
をつくるが、「世間」のソトの人間は、人間だとは思わないという本質をもって
いることだ。つまり「世間」は「世間」のウチにいる者を「身内」とよび大切に
するが、ソトにいる者を「赤の他人」と排除する。公共性という概念が「世間」
に似ているのは、ある種の社会的強制力をもつからである。しかし「世間」が
公共性と異なるのは、「世間」がつねにウチとソトという区別をおこない、
「世間」の内部の原理がソトまで及ばないこと。さきほどの例でいえば、
「世間」のウチとみなされる町の駅はキレイに保たれるが、「世間」の目の
とどかない「世間」のソトとみなされる富士山の頂上では、この「キレイにする」
「ゴミを捨てない」という倫理・道徳は通用しない。日本は「旅の恥はか捨て」
というとんでもない格言があるが、これこそ、自分の「世間」のソトでは、
「世間」がみていないので、タガがはずれて「なにをしてもいい」ということを
意味する。 居酒屋で盛り上がっている人間は「世間」をつくっているから、
他の人間は「赤の他人」であり、人間だと思ってない。「世間体」とか
「世間の目」という言葉は、その内部だけで通用するのであって、その外では
まったく機能しないのである。花見でも同じで、世間はグループ内だけの話で、
他のグループには通用しない。最近若い女性が電車の中で他人の目を気に
しないで化粧するのも、自分の「世間」を離れたところの行為。≫
▼ ワールドカップで、日本人観客席が、帰り際に綺麗にゴミを持ち帰る
 姿が話題になったが、これも「世間」の特質の現れである。その世間が、
神様かわりをしているとしたら、三年前の節目から突然、私の前に現れ出てきた
神様気分の、あの連中をコミック的に思えたのは当然至極。これは、実際に経験
してみないと味わえない経験でもある。世間様世界は、面白い動物で満ちている。
とすると私は、珍獣?
・・・・・・
4629, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか
2013年11月18日(月)
 『夫婦格差社会 ー 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著) (その他)
* 結婚相手に何を望むのか ー
 ∵ 「なぜ一夫一婦制なのか?」に、
第一に、子供を養育する義務があるのは、男女の関係を結んだ一組を明確に
するためである。大昔は、生まれてくる子供の親が特定できないことが多々
あったため、養育に支障をきたした。一夫一婦制で子育てを義務化する
ことができる。第二に、キリスト教などの倫理観から生まれた。
性の乱れを防ぐ目的もある。第三に、弱者保護の目的である。権力、資産、
容姿、体格、知能などを有する以上、弱者と強者が出てくる。強者が多くの
異性を抱え込んで、弱者が異性から排除される事態を防ぐための人類の知恵
としての制度という学説がある。
 ∵「何故、男女が結婚をするのか?」に、「相補説」と「類似説」がある。
 相補説は、互いに違った点をもち、補完できるような組み合わせの方が結婚
生活は、うまくいくと考える説。類似説は、素質の似た者同士の方がうまく
いくという説。補完説でいえば、経済力がない人は、経済力のある人を、
精神的に弱い人は、心の強い人を、背の高い人は、低い人を求める、という
ことになる。自分のない部分を相手に求める。 一方、類似説では、
背の高い人は、背の高い人を、低い人は、低い人を、美男は美女を求めるなど、
同じ素養、素質を共有する方が、相手の欠点を気にしないで済む。
人と好み、育ってきた環境で異なる。人それぞれの優先順位で変わる。
 ∵ 「未婚者は相手に何を望んでいるか?」に、
第一に、男女とも相手の人柄で、具体的に会話が弾み、結婚生活をスムース
 に進む相手、
第二に、「家事能力」である。第三は、男女とも大きく異なるのが、職業と、
 学歴。女性の9割は経済力、男性は4割でしかない。まだ男女の役割分担
 の意識が高いが、学歴に関して、男女とも同類婚を望んでいる。
 ∵ 「見合いか、恋愛か、どこで出会うか?」に、
 大まかに分けると、職場と、友人・兄弟姉妹を通じてが、それぞれ30%。
学校が10%。サークル、街中、アルバイト、見合いが、5%と9割を越す。
見合いが低いが、結婚紹介所の出会いが、それを補完。
▼ 世界のおお方が一夫一婦制のわけや、何故結婚をするのか、何を相手に
 望んでいるのか、が解りやすい。殆どの人は、学歴、家柄、容姿のうち、
二つが揃っていれば良しとして結婚するしかない。誤解で結婚をし、理解し
合って、離婚するのが、今では3〜4組に一組。世の中、すべからく妄想で
なりたっている。その最たるのが結婚の妄想。青年期を振返ると、女性の方が
シビアで、見るところを見ていたようだ。それで人生、決まってしまうからだ。
・・・・・・
4264, しまった!  ー12
2012年11月18日(日)
 ー しまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著)
  * 人生の財産 ーこの著書を総括するー 
 瞑想は、静かに独り座し、心を沈め、バイアスのかかった自分を見つめ、
かえりみること。ある人は、「飛行機のビジネスクラスで世界を移動する
ことを仕事の核にしている」という。10時間以上の、まとまった時間、
ただひたすら、黙想する。その時、深い何かに触れるという。
前回の旅行でエコノミーの席だったが、耳栓をし、同じように、ただひたすら
黙想をしてみた。「一万メートル上空で、時速千キロ以上のスピードの空間の
半睡のような黙想体験は、言葉で表現し得ない悟りというか、マドロミに
包まれた夢のよう。 考えるでなし、何かの思いが浮かんでくれば思うまま、
半睡状態にいる。それが飽きることなく(トイレと食事以外)、その状態。
宇宙と一体になっているような、何かから解放されているような永遠な何かと
一体になっているような。疲れ果てたとき、決断したいとき、頭を整理したい
とき、ただ、あの空間で、飲食のサービスを気ままに受け、自然体で黙想する
には理想的空間である。高速の移動空間は、脳内活動を活発にすることは
新幹線内での読書で経験していた。学生時代の友人の娘が日航のスチュワーデス
をしていて、小泉元首相が外国への飛行での機内専用サービスの担当になった時
の経験談を聞いたことがある。「10数時間、お茶を一口飲んだだけで、
ただ眠り続けていた」という。あれは疲れで寝ていたと同時に、黙想?も
あったのだろう。 過去に機内で同じ状態でいた時間はあったが、ひたすら
10数時間を黙想状態にしたのは初めての経験だった。 時間とお金に余裕が
あれば、充分価値のある時間になると、納得。この経験から、ひとつの習慣が
出来た。休日などで、ふと何もすることが無いとき、独り寝室で半睡をする。
大体30分〜1時間。ただ目を瞑り、休む。この春から始めたヨガで、
最後の5分、マントラを聞きながら大の字で弛緩する。これも機内と同じ状態。
好きなことに熱中している時も、これと似ている。この時間こそ、人生の財産
である。私には時間という財産だけは充分にあった。装置産業を選び、それゆえ
に固定化されたマイナス面があったが、反面、自由になる時間が充分にあった。
これこそ財産。秘境ツアーに、読書に、パソコンに・・ 日本人には、何も
しないと価値のない時間と思い込む妙な習性がある。定年をむかえ、それまでの
延長に生きている人が、あまりに多い。私も似たようなものだが、改めて、
じっくり時間の過ごし方を考えなければ!
・・・・・・
3889, 積極的逸脱 ー2
2011年11月18日(金)
 積極的逸脱は、その視点で捉えると多くの分野で見て取れる。
ベターに妥協せずベストを求めた結果の現象が逸脱になる。
天才と秀才の差は逸脱をしているかである。秀才は決して逸脱はしないで、
その世界の価値観の中で頭角する。野茂がメジャーに行き、その後にイチロウ、
松井秀喜が続いた。初めてのチャレンジは逸脱と捉えられがちになる。
彼らは天才、それとも秀才だろうか? 日本のレベルを超えているので、
日本では天才、アメリカでは秀才? いやイチロウはアメリカでも天才だろう。
そう考えると天才、秀才は比較の問題。とすると、自分で地元で、積極的逸脱
をしていたと思っていたのは、自己詭弁でしかなかったことになる。
単なるアウトサイダー、ハグレモノ。天才は、対象に没頭するあまり誤解の
ベールに包まれ逸脱者として扱わた。ところで、酒や薬でトリップするのを
積極的逸脱というのか?というと、それは違う。前回、書いたが、40・50歳
代に多くの問題が重なり、そのストレス解消のため秘境旅行に数多く行ったが、
これは日常からの積極的逸脱であった。その総量のエネルギーと感動は、
その他の人生の総量と同じぐらいはあった。人生の積極的逸脱で見られるのは、
40歳半ばから50歳で一線を引退し、早々に自分の趣味の世界に入る人がいる。
江戸や明治時代には多く見られたが、現代では経済的事情があり、そんな優雅
がことは難しい。 いや、それより、早々に産業廃棄物扱いをされてしまう
恐怖感が壁になっている。 私も結果からして、10年前に会社を売却して、
第二の人生に入った方が得策だった?と考えたが、それは後講釈。
どちらにしても結局は同じ。事業に「たら、れば」はない。積極的逸脱もある
なら消極的逸脱もあってよい。一般にいう落伍者である。落伍による失意の
果てに待っているのが自死。これも、あの世への積極的逸脱と考えられなくも
ないが、好き好んで自死をする人は皆無に近いから、消極的逸脱の果てになる。 
鎌倉時代中期の僧侶一遍は時宗の開祖。「捨聖(すてひじり)」
と尊称された。捨てて捨てて捨て去った人。
 ・・・・・・
3524, 「人・ひと」と、「人間」の違い
2010年11月18日(木)
 私たちは「人」と「人間」の違いを意識せず何気なく使っている。
しかし、そこにはハッキリした違いがあるようだ。 この違いについて膨大な
エネルギーで和辻哲郎が研究している。
【 和辻哲郎は「人・ひと」と、「人間」の違いにこだわり、これがどのように
 混同されて使われてきたかを、英語、フランス語、ドイツ語などと比較対照
しながら、考察を進めてきた。日本語に「われひとともに」という言葉がある
ように、ひと」「人」はわれの人としての自覚から始めて、他人を意味している。
そのうち「ひと」は「人は言う」や「人聞きが悪い」などのように世人・世間の
意味に用いられるようになった。 では、「人間」という言葉はどうか。
これは、人に間の字を添加している。間を加えるとすると、すでに「ひと」「人」
は、自、他、世人を意味しているのだから、そういう人の間を意味し、そういう
人の間の関係を示すということになる。人間とは世間であり、世界でもある。
和辻は「法華経」や、その原典に関わる古いインドの神話まで渉猟して、人間
とはあくまで人間社会のことであって、天上や自然界に関わるものでないことを
実証している。】 ( 哲学者の言葉100 −稲垣真美著 p‐37 )
 〜「人間は、人の間の関係を示す」とすると納得する。人は人との関わり
あいの中で、人間になっていく。また、それは人だけでなく、我われを産み
出してきた根源といわれるものと発展していくが、それは、人間の意味に、
あくまでも含まないとする。根源を含め人間というと、それぞれの自己絶対化が
生じてくる。人は人間関係、社会を通して人間になっていく。
書物を通した色いろな人物もである。「出会い」こそ、人を人間に変えていく。
 ・・・・・・・・
3149,つれづれに ー閑話小題
 2009年11月18日(水)
  * 論理的思考とは
毎日、二〜三時間かけてレポート1〜2枚分の文章を書き続けて8年半経つ。
自分のメルクマールのため続けているが、この習慣で得たことは「インプット
した知識もあるが、各種の題材を探し出し、その要点をまとめ上げる過程で
身に付いた本質を見抜く視点と、それを起承転結にシンプルにまとめる論理力
がついたこと」理構成力こそが、自分の核である。その核?はウネウネと
トグロを巻いているようで、ブラックホールのようなトンネルの先の別世界
に繋がっているようにも思える。大した論理構成力でないが、その蓄積と、
その発酵は、トンネルの先で起こっているようだ。純真の視点ということか。
何かのイベントに参加すると、その事象をスラスラと文章化できるように
なったのが一番の収穫であるそれは記憶のパッケージ化をしていることになる。
その蓄積は人生経験を豊かにしてくれる。デジカメで日常の写真を撮り、
そこに言葉を添えて毎日の日記帳にすれば、それだけで豊かな気持ちになれる。 
その人によるが。
  * ブルーレイ録画機
7年間使ってきた、DVD録画機が故障を始めたのでブルーレイを
ネットで買った。量販店の7〜8掛けである。  
  * オモシロ、オカシク
(字数制限のためカット2011年11月18日)
 


5360,閑話小題 〜何か不思議なウエーブが

2015年11月17日(火)

    * 何か不思議な現象が
 50歳の坂を過ぎた直後の5年間に、中学の同級生5人がたて続きに亡くなった。
そして前期高齢者になろうする65歳の前後数年間に、ガン、自殺、倒産、失脚
などで、高校の同級生が(私を含め)問題が集中した。そのウエーブが、今度
は大学の同級会になっている。20人前後の会で、この一年間で、4人が、
ガン、脳梗塞になって、手術とか。 去年の会でも、数人が深刻な病で倒れた
と知らされていたが、今度は、昨日のニュース、「服部学園」元総務部長を
逮捕 服部幸応さん長男で、背任の疑い 2015/11/16 12:43 とあった。
≪ 服部栄養専門学校を運営する学校法人「服部学園」(東京・渋谷)に
 架空請求で約1100万円の損害を与えたとして、警視庁捜査2課は16日、
同学園の元総務部長、染谷吉彦容疑者(43)=新宿区西新宿=を背任で逮捕。
同課によると、容疑を認めているという。染谷容疑者はテレビなどにも出演
している服部幸応・同学園理事長の長男。 逮捕容疑は、総務部長として
同学園の広告宣伝業務を担当していた2012年4月〜15年3月、都内の広告
代理店など2社に、架空の広告業務名目で計約1100万円を請求させ、同学園
に損害を与えた疑い。同課によると、染谷容疑者は架空請求の代金を知人の
銀行口座に送金させ、宝くじの購入などに充てていた。同課は架空請求は
数千万円に上るとみている。≫  
 これを読んでいて、直ぐに起きた疑問、『長男なら何ゆえに揉みげしを
しないのか?』 学園のイメージのマイナス効果は数千万ではきかないはず。
当人、これまで、有名が故に、何度か週刊誌でバッシングを受けていた。
家族問題でもあり、晴天の霹靂、内なる深刻なブラックスワンの到来。
 数年前に、その会の一人が、『居酒屋を数店、経営をしているが、長男に
運転資金の300万円を持ち逃げされた』と、こぼしていたが。
・・・・・・
4995,河合隼雄 ー私が語り伝えたかったこと 〜①
2014年11月17日(月)
              ー私が語り伝えたかったこと〜河合隼雄著ー 
  * 「三年寝姫」ばなな が過ごした‘さなぎ’の時期
  次の一節に考えさせられた。人生に無駄なし!である。
≪ 先日、テレビの番組で、作家のよしもとばななさんと対談をしました。
ずいぶんと面白い話を聞かせてもらったのですが、その中で、「三年寝太郎」
ならぬ、「三年寝姫」という話がありました。「高校時代の三年間、私は寝て
通しました。教室の中でも、両手の上に頭をのせて寝てばかりでした」と、
よしもとさんが言われるのです。以前から私は、「思春期さなぎ説」を唱えて
います。毛虫が蝶になる前にさなぎの時期が必要なように、人間も、子ども
から大人になる前には、さなぎのように閉じこもり、内面的な変化を乗り
切っていくというもの。
この変化がさなぎの殻によって守られず外に向かって出ていくと、思春期の
破壊性を持った行動になるが、よしもとさんは、三年間、さなぎの時期を寝て
過ごしたわけです。そのことが、後の作家としての大きな成長に役だったことは
言うまでもないでしょう。それにしても、この間、よしもとさんが‘寝ること
を許していた’高校の先生方も、大したものです。もしそうでなかったら、
よしもとさんはきっと不登校生になっていたでしょう。ちなみに、よしもとさん
のお父さんは哲学者の吉本隆明さんですが、奥様ともども、ばななさんの意思
を尊重して、その三年間を黙って見守っていたそうです。間違ってもらっては
困るのですが、思春期の子どもは放っておけばよいと言いたいのではありません。
それは一番困ることです。その子の成長に関心は持っているけど、ある時期は
見守るだけにしておく、こういうことも大切だと言いたいのです。よしもとさん
の御両親にしても、高校の先生方にしても、その点が大したものだ思ったのです。
そもそも、見守るということは、その子に対して何かをするよりもはるかに
エネルギーがいることです。≫
▼ ここには多くの示唆がある。私にとって受験のための高校生活は思い出した
くもない時代。悪いことに鼻炎に悩まされ、机に向かうと頭が重くなるが、
山ほど記憶しなければならない教科がある。何とか卒業は出来たが、更に一年の
浪人生活を加えた『空白の4年間』。それもあって記憶から切り捨てていた。
 もし希望校に入っていれば別だったのだろう・・ しかし実は、この期間を
「さなぎの時期」として見直すと、多の側面が思い当たる。 私にとって一番
面白く恵まれていた時節は、学生時代を加えた20,30歳代。
その中で特に20代。その背景には、この4年間があったという見方もできる。
読書習慣で培われたベースがあるわけでなし、何か夢中になったこともなし、
ただ、お受験の重圧の中、ただボ〜ッとしていた暗い日々! 
これが実は「思春期さなぎ説」の切り口で捉えると・・ 成るほど! 
この年齢で気づくことが、あまりに多い。振り返ると、「してしまった後悔より、
しなかった後悔」の方が、遥かに悔いが残っている。 しかし、「さなぎ」の
時節を改め肯定すると、新鮮な切口になる。そのまま一生ボ〜と過ごす人も
いるが、どうだろう? それは、蝶か蛾によるのか。フランスでは、蝶と蛾は
同じというが・・ 以前、ここで取上げた『ぼんやりの時間』辰濃 和男(著)に、
「ぼんやり」と響き合う5つの「一文字」がある。  
1、「闇」―蛍と星とダークマター  2、「独」―独りでいること   
3、「閑」―逆茂木に囲まれて   4、「怠」―「1日4時間労働」の夢  
5、「懶」―心の余白  ー彼女は、この世界に浸かっていたのである。
・・・・・・
4628, 閑話小題 ー相棒 〜国民的刑事ものシリーズ
2013年11月17日(日)
   * 相棒 〜国民的刑事ものシリーズ
 一昨年の春以来、見始めたTV番組のが「相棒」で、平日の16時前からの
一時間のスケジュールに込んでいる。10年以上続いた刑事ものドラマの再放送。 
  ー概要をウィキペディアでみるとー
{ 優秀なキャリアでありながら、ある事件の影響で出世コースから外れ、
 警視庁内の窓際部署「特命係」に追いやられた警部・杉下右京(水谷豊)を
中心にした刑事ドラマ。いわゆるバディものであるが、相棒は3度変わっている。
1話ごとの基本的なプロットは、超人的推理力・洞察力を持つ右京が犯罪者を
理詰めで追い詰めていくというミステリ的なものだが、その一方、全体的な
ストーリーとしては『踊る大捜査線』が打ち出した警察組織内部のいざこざを
描く警察ドラマ路線を更に推し進めたものであり、警察組織のみならず、
官僚・政治家の権謀術数を描いている。2000年6月にテレビ朝日系・土曜日で、
単発ドラマとして放送され、2002年10月より連続ドラマとしてシリーズ放送}
▼ 団塊世代以上のリタイアー組を対象としての時間帯の再放送。その対象の
 一端に私も入ってしまった。 一年ほどして、家内に「これって、現代版の
水戸黄門でないか。トップ直通のルートを持った東大卒の歪んだ元エリートが、
最後は国家権力を振りかざし悪と対峙する勧善懲悪ものじゃないか」というと、
「今まで気づかなかったの?そんなのは、当初から言われていたこと」という。
12年も続いているので、過去分は、まだ2割も見てないが。 馬鹿馬鹿しいと
思いつつ、見ているが、内容は凝ったものが多い。刑事コロンボの逆の、
キザの東大卒の刑事が、相棒と様々な事件を解決する。その一つに、研なお子
が、明らかに美川憲一を思わせる役柄のタレントの犯人を演じたのが傑作。
再放送直後、家内が知人に、「あれ見た? 凄く面白かったわよ!」と、いう。
オバサマたちの多くが、見ているという。もう一つ、面白かったのは、岸恵子
がフランス帰りの「岸恵子」そのもののキャラを演じた犯人役のドラマも、
なかなかのもの。  
・・・・・
4263, しまった!  ー11
2012年11月17日(土)                      
 * 人生の財産  ー総括するとー1
 〜ー しまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著)
人の幸せについて研究してきた学者が同僚とともに、結論に達した。
《人生の資産はお金でなく時間である》と。人生の大きな転機に起こる大きな
まちがいに「時間の過ごしかたを変えない」ことがある。やろうと考えていた
新しいことでなく、人は、これまでと同じことをするのに時間を費やしてしまう。
人生を精巧に作り変えるには、決意と自制が求められるが、難しいのである。
人の幸せは、どこに住むかでなく、自由になる金があるなしでなく、時間を
どのように過ごすかにある。それを忘れて、思い切った割り切りをしない
ことが人生の最大の「まちがい」になる。この「失敗の心理」から自分の思い
あがりや、固定観念の殻に気づき、苦笑の連続であった。人間は、間違いを
犯す動物であり、それを前提にして、いかに間違いを減らすかである。 
それぞれに人間はバイアス(体系的偏見)がかかっている。それを知り、
自覚することは可能である。多くの知識の蓄積が教養だが、バイアスの自覚も、
その効用のひとつになる。 それぞれの人間のバイアスは面白いほどケッタイ
である。気がつかないから、本人にとって悲劇、他からみたら喜劇にみえる。
間違いを少なくするには「小さく考えること」。間違えは意外と身近な些細な
ことから生じていることに気づくこと。私たちの重大な決断も、考え抜いた末、
印象で勝手に決めつを避けているつもりだが、しかし結果は、大きく影響
されている。考えることを嫌い、こうなるはず、という直感に従ってしまう。
私たちは見ていて見えてないのである。知っていても理解してない。
そのことを、まずは自覚することから間違いを減らすしかない。それでも、
頑強なバイアスが脳の奥底に強固にこびりついて思考、行動を規制している。
節目に、それが現れ出てきて、大きな壁となる。ところで現在の状態に、
あまり不満はない。毎日の生活が自然のままだから。知りたいこと、楽しみが
絶えないこともある。失敗も成功も人生の内である。それも考えてみれば裏表、
一過性の現象でしかない。死んで三日もすれば、永遠の彼方に過ぎ去る。
・・・・・・
3888, 第二の人生は、「自由の刑罰?」
2011年11月17日(木)
 サルトルが「人間は自由の刑に処せられている」と述べた。
自由は人間の求めるところだが、突然の倒産や、会社に不満を持って辞め、
いざ自由の身になると何も出来ない自分に直面して戸惑うのが人間の常。
私も初めて会社勤めで、その過酷の仕事に疲れはて、再び大学に入り直したが、
もう社会的には傷物。その後、事業を始めるには、まだ能力不足で、再度、
金沢にある会社に入り直し鍛え直した時の苦しさは筆舌に出来ないほど。 
 何とか踏みとどまっていたが、逆に、その立場の視線で社会を見ると、
多くが見えてくるもの。結果からみて、それは予定挫折であった。
自由は厳しいものである。「なるほどサルトルのいう、自由は不自由!とは、
このことか」と骨の髄まで思い知った。結局は自分の思いは、思いでしかない。
その経験を人生の前半に何度か味わってきたので、今回の事態では、こんな
ものかと冷静にいることが出来ている。それよりも65歳の現在、人生を
振り返ると、40年近く自分で事業を起こし、独立独歩であったことが、
如何に恵まれていたか。自由を自分のものにして、判断をし、その結果を
プラスもマイナスも直接感受出来たことは、最大の人生の収穫。自由の不自由
を克服し、不自由の苦悶の褒美として、自由の使いこなしが出来たことほど、
幸せなことはない。サルトルは実存主義者だが、人間の本質は「投企=取捨選択
しながら未来に向けて自己を投げ入れ人生を切り開く」存在であるとし、
実存が存在に先立つとしている。しかし老年になると、その未来が少なく感じ、
人生を切り開く前に絶望が先立つから困ったもの。自由と平等と博愛の社会は
理想だが、こと個々人になると非常に難しい課題。「自由の刑罰」の獄死か、
獄内で、うち拉がれている人の山? それが世間という世界である。
・・・・・・
3523, 都市型狩猟採集生活
2010年11月17日(水)
   「ゼロから始める都市型狩猟採集生活 」 坂口 恭平 (著)
 先日、「新潮45・9月号」を図書館から借りてきたが、そこに養老孟と設計士
兼作家の坂口恭平の対談があった。「都市型狩猟採集生活ー対談」がテーマで、
上記の著書の内容についての対談。彼は巨大建築物を設計することに違和感を
持ち、これ以上、新しい建物を作っても仕方ない、それより現在あるものを転用
したり、人が見捨てた場所を転用したりすればいいと考え、路上生活者の家に
興味を持った。都市から溢れ出た「ゴミ」によって作られた工費0円の家。
その写真集「0円ハウス」まで出版。たまたま図書館で、その写真をみたこと
があるが合理的だ。 路上生活者は都市に落ちている余剰物を「自然素材」と
捉え、それらから家を建てている。彼らにとって、都市は鬱屈したコンクリート
ジャングルでなく、資源ゆたかな世界に見える。 坂口は、廃棄されるゴミを
山や海の幸のように〈都市の幸〉と名づけた。彼らは“都市の幸”で暮らせば、
政治、経済、労働、あらゆるものから解放され、自分自身にしかできない
生活を獲得している。
ー以下の文章はアマゾンの書評だが、なかなか考えさせられるー
*「アルミ缶拾いは他人よりも先に拾わないといけない生業なのに、達人たち
の話を聞くと、みんなあまりガツガツしていないことに驚かされる。ようするに
焦ってはダメなのだ。採集したあとは周囲を掃除する位の心の余裕が必要だ。
そんな姿を見ている人がいる。それが次の顧客の出会いにつながる。」(p.68)
*「高い解像度で都市を見ることができるようになったきみは、社会のルール
を何一つ変えることなく文句一つ言うことなく、独自の生活をつくり出すことに
成功する。・・ 社会システムは、いくら変化させてもまた同じ循環を繰り返し、
人間を苦しめつづけるだろう。それよりも まず、きみの精神、視点、創造性を
変革させるのだ。 ・・<都市の幸>で暮らすことは、きみが起こすことの
できる唯一の革命なのだ」 (本書P148)
*「路上生活者支援に積極的なのはキリスト教会であり、それに比べて
仏教寺院の多くが冷淡なのはどうしてか?」
   ーこの対談の最後に坂口と養老の言葉がよい。
 坂口:意外だったのは、「都市型狩猟採集生活の民」たちが、激増する
自殺に危惧の念をもっていたこと。彼らは、「自殺する前に、なぜうちの
バラックのドアを叩きに来てくれないのか?」という。うちの手伝いに来て、 
アルミ缶を一緒に拾ってくれれば、金なんかなくても生きていけるのが
分かるのに、なぜ相談してくれないのか、と。 人生を失敗し、すべてを
失ったと思っても、絶望して死を選ぶ必要がない。「どん底に落ちたら、
とりあえず周辺を歩け。歩けば何でも見つかる」と、住民の酋長といわれる
男が言っていた。養老:身体を使うことは大事。私が好きなイタリアの
箴言に「どん底に落ちたと思ったらそこを掘れ」って。
▼ 日本にトレーラー・ハウスの住人が少ないのは、公営住宅などが揃って
 いたり、生活保護などの支給があるからか。それにしても、ホームレスの
仮設住宅?に合理性を見出すとは、感心させられる。カラスも雪国でチャンと
冬を越せる。何か無駄なものを人間は持たされてしまったのではないか!
立って半畳、寝て一畳というが、老後の心配で節約など・・


5359,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー⑧

2015年11月16日(月)

  * 男の結婚詐欺師は天性のサービス業
≪・シマジ:種族保存の本能で、動物のメスは自分の遺伝子を残すため、
 より優秀なオスを選ぶだろ。オスはとにかくあちこちにタネをばら撒ければ
いいから、そんなに選り好みしない。人間のメスも同じ。自分の容貌はさておき、
背が高くてイケメソで頭のいい、つまり子どもの生き残る確率が高くなるような
男のタネを手にしろと本能が囁く。それゆえ結婚詐欺男の吹く大ボラは、
スケールが大きいほど女にとって魅力的に聞こえる。そこに女性をお姫様の
ように持ち上げて夢見心地にする巧みな話術と、悦楽の極致にまで運んでくれる
閨房術を加え女を虜にする。だから男の結婚詐欺師は天性のサービス業かも
しれない。女性も薄々おかしいと分かっているのだろう。これだけの悦びを
与えてくれる男なら、詐欺でも仕方ないというくらいの気持ちなのかもしれん。
・ミツハシ:一方、婚活詐欺女の紡いだ物語は「学費が未納なので援助して」
ですから夢がないよね。金銭的な援助を施すということまで、自分が女性と
結婚するためのりアリティーにつながるのだとしたら悲しいことですよね。
・シマジ:日本の恋愛文化の貧困さの表れだよ。男と女のスリリングな駆け
引きが不足しているから、こういう事件が起きる。大企業の社長になるような
人間でも同じだよ。≫
▼ 普段の生活でも別に口説かなくても、リップサービスなら出来る。
 営業を生業にしている人は、それが身についていて、直感的に光っている
部分を見つけて褒めてまわる。美人ほど褒めて欲しいが、日本の男は遠慮を
してか、褒めてくれない。特に女性は、『私を、どう思っているか』に、敏感。
日本の恋愛文化の貧困に対する供給として、クラブ、キャバクラという日本
独特のサービス業が生まれてきた。そこで、日々、ホステスと、客の、恋愛
ごっこがおこなわれている。今では女性用にホストクラブもある。
 ネット検で、「都都逸」を検索したら
  〜習う事より 慣れろと言われ あの夜覚えた 四十八〜
  〜大きくなくても あたしはいいわ 使い勝手が 良かったら〜
 即興で、  〜ブーちゃんも 使い勝手は ほぼ同じ〜
・・・・・・
4994,閑話小題 〜一昨日はシネマ鑑賞の日
2014年11月16日(日)
   * 一昨日はシネマ鑑賞の日
一昨日みたシネマ「イフ・アイ・ステイ」が面白い。前週予告で、女子高生の
臨死体験に惹かれてみることにしたが、テーマは思春期の恋愛と苦悩があら筋。
ストレス解消のドンパチものの中で、たまには、これも良いのではと・・
 一家4人が交通事故で両親と弟が死んだ中、集中治療室で危篤の女子高生が
病院の中を彷徨っている。そして、その直前までの日々の世界が、彼女の意識下
で映し出されている。みていて私の人生69年近くの生涯が、主人公の17年の
記憶と、病院の中の彷徨いが、この3年半と重なっていた。 毎晩、夜半の
1〜3時辺りに目が覚めると、この映画の臨死体験と同じような意識下で過去の
世界を夢遊をし彷徨っている。意識を白い塊のイメージをして、思い当たった
記憶に集中する。余命半年、3ヶ月と宣告されると、この濃度が強くなり、
それまでの人生と同じぐらい生きるらしいが。  ーその内容といえばー
≪ ミア17 歳、高校3 年生。親友と呼び合える友達がいて、つきあい始めて
 1 年の大好きな彼氏がいる。将来の夢はチェロ奏者。今はジュリアード音楽院
への入学をめざして猛練習中。そんなミアを、ある雪の朝、突然の悲劇が襲った。
一家が乗った車に対向車が突っ込み、ミアは一瞬にして家族を失ったのだ。
病院のベッドの上、昏睡状態のままのミアの目に映ったものは、ベッドに
横たわる自分の姿と幸せだったこれまでの人生、そして、彼女を死の淵から呼び
戻そうとする人々の姿。いつもと変わりなく話しかけてくれるおばあちゃんの声。
「辛いなら頑張らなくてもいい」と言って泣いたおじいちゃんの涙。親友のキム
と、看護師の制止を振りきって来てくれた最愛のアダム。彼らはミアに何を語り、
ミアはそこに何を見るのか。事故から決断までの24 時間が描かれる。≫
▼ シネマも、少し見方を変えると、内容が全く違って見える。
 最期は、このような意識の混濁の中で、「あ〜面白かった!」の言葉と同時に
『プチッ』とシャットダウンするのだろう。その時{もっと知っておけば、
働いておけば!より、もっと楽しんでおけばよかった!}と思うはず。
そうすると、まだまだ楽しみが足りてないことが、よく分かる。
 でも、人生、面白かった! そして、いま今日此の頃も。それでも、
まだまだ楽しみが足りてないようだ。 さてと・・ 何して遊ぼうか? 
・・・・・・
4627, 夫婦格差社会 ー2
2013年11月16日(土)
    『夫婦格差社会 -二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著)
 * 夫と妻の所得の関係 ー不平等の鍵はどちらに
 奥さんがリッチか、有業かどうかで大きく違ってくる。一人の収入で二人口
より、二人の収入の二人口の方が長い年月で大きな差が出てくる。ローマの道は
一日にしてならずである。とはいえ、残しても、不安の残痕の通帳の残高でしか
ない。〔妻の勤労による所得が、夫婦合算所得の平等化に寄与していた時代は
終了し、むしろ格差拡大・不平等化に寄与する時代になっている〕の指摘が、
一番の要所。結婚相手で、人生は決まってくる。 ー概略といえばー
・「ダグラス・有沢の第2法則(夫の所得が高いと妻は働かない)」の観点で
 見ると、夫の年収が増えても以前ほど妻の有業率は減少しない傾向が出てきて
 いる(夫の収入が1000〜1500万の場合でも妻の有業率は50%)。夫の収入に
 関係なく、妻が働くかどうか、決めている。この10年で25-34歳の既婚者の
 労働力率が10%増加 (結婚しても仕事をやめなくなった)。
・国際比較では、日本の場合、大卒・大学院卒の女性の労働力率の低さは
 際立っている。まだ女性の社会進出が遅れている。
・1960年代後半に生まれた女性はそれ以前より離婚確率が高い、男性にとって
 未就学児がいることは離婚抑制に繋がるが女性は繋がらない、(日本では)
 低学歴の人ほど離婚確率が高い。
・生涯未婚率(50歳で一度も結婚の経験のない人の割合)のデータ分析(p113)。
 1985 年までは男女ともに5%以下だったのが爆発的に上昇に転じ、2010年
 には、男20.1%、女10.6%であるが、2030年には、男は30%、女は20%と予測。 
・長時間フルタイムで働く30代男性の割合は、東京、大阪、神奈川などの大都市
 で高く、島根、秋田、高知などの地方で低い。ところが30代既婚女性の就業率
 は、大都会では地方より20%も低い。つまり、キャリアウーマンが多い東京
 などの都会は専業主婦が少ないように錯覚されるが、高所得男性も多いので
 専業主婦率は地方よりも遥かに高い。
・同じ階層で結婚することが多く、高収入夫婦が増える一方で、その逆も増加。
(女性にとって、結婚は階層を上げる役割を果していたが、今では薄れている)
・職場での出会いが減ったため、婚姻率も下がっている。
・女性の約半数が「自分は異性に対して魅力がないのではないか」
「そもそも異性との出会いの場所がわからない」と不安。年収300万円未満
 の20代男子の4割は女性と交際した経験がない・・ 
 男性にとって年収300万円が結婚の壁になっている。
▼ 家庭間格差は妻が働くかどうかと、離婚、そして婚姻率の低下などが、
 直接、間接的に影響してくる。知人をみると、奥さんが働いているかどうか、
親からの資産があるかで大きく違う。短い人生、可能な限り稼いで使いきること。
百億稼いで残した人生より、それを使い切った人生の方が理屈から考えても、
面白いに決まっている。 どの道、夢幻!
・・・・・・
4262, しまった!  ー10
2012年11月16日(金)                  
   ー しまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著)
  * どう思うかは、そのときまでわからない
 今回、思ってもみなかった事態に陥ってみて大変ではあったが、一度、
受け入れると、諦きらめがつき、後悔とかは皆無。この一年八ヶ月の生活は、
この10年間の気苦労の生活より、少し近所の視線が気になる以外、はるかに
気楽な平穏な日々に自分でも驚いている。これまで何かにチャレンジをして
不安になると、その結果に対して「なるようになる、その時は、その時!」
という言葉が常に繰り返していた。 何事も、その場に立たないと分からない
から面白いのだ。 ーその辺りよりー
≪ 大方の人は、自分が将来どう感じるかの予測は得意のはず。だが人生は、
 遠くから眺めるのと近くとでは違ってみえるもの。人はとかくその瞬間が
くるまで、自分がどう感じるかなどわからない。たとえば、自分が若いときは、
老いて、特別な延命治療を受けるかの質問に、殆どが「受ける」と答えない。
ガンの専門医で「受ける」と回答したのは6%、化学療法士でゼロ、健康の人
で10%だった。しかし、死にかけている人に同じ質問をすると、重病患者の
58%の人が、たとえ一週間しか命が延びなくても、治療を望むだろうと
答えている。・・ ≫と。
▼「こと(実践)」に擦り寄って、体感しないと、実際のところ分からない。
一流のエキスパートには二つの共通点があるという。一つは、「幼少期から
はじめている」ことと、二つ目は、「肉体面でも、頭脳面でも、生まれもった
能力は人が思うほど大した要因でなく、重要なのは練習量、特に10年間の
持続的な努力を要している点」。 研究者によると、バイオリニストの調査で、
同年代で、世界の最高レベルの人たちのグループは、20歳までに一万時間
の練習量を超えており、それほど成功してないレベルの人たちの平均は、
2500〜5000時間だった。当然ただ練習をすればよいのではなく、
練習の繰り返しの中で、パフォーマンスの記憶を改善する方向を目指すことが
必要。ところで秘境旅行は実際に当地に行き直接、その大自然に接し感動して
こそ醍醐味が実感できる。どんな大自然に出会うか、そのときまでわからない。
それが良いのである。それは事業でも人生でも同じこと。未知への不安に
対しては、自分で乗り越えるしかない。私の友人の哲学(信念)は、
「迷ったら、とにかくやる!」見ていて面白い人生である。節目ごとに私の
ところに相談にくるが、見事なぐらいに転進していく。どうなるのか、
現に実践してみないと分からないのを本人は知っている。本題から逸れたが、
ある程度を考えたら、後は出たとこ勝負である。
・・・・・・
3887, 積極的逸脱
2011年11月16日(水)
 異端をマイナスに捉えるのでなくポジティブにみる
「ポジティブ・デビアンス」という言葉がある。日本語にすると積極的逸脱。
世界を巡ってみると、それぞれの地域の閉鎖性が垣間見え、それが異端に見える。
当然、自分の住んでいる異端が合せ鏡で見えてくる。そういう私の方が地域社会
では異端になる。それもあり、地元の人の付き合いは一部の人と因縁のある
学校の同級生を除いて最小にしてきた。私にとって、これが積極的逸脱である。
職場が新潟、住居が長岡だったこともあり比較的上手くいったと思っていた。 
しかし、私という存在は他者がいてこそ成り立っている。その他者が限られた
閉鎖社会としたら、その兼ね合いは難しい。「ポジティブ・デビアンス」は、
もともと社会問題の解決法に使われていたが、現在ではビジネスに使われて
いるようになっている。後進国の農村で死亡率が高い中で、ある村が何かの
きっかけで、手を洗い、動物性タンパク質を取る習慣があって、たまたま
近くに医者がいる部落があったとする。その地域からすれば、その習慣は
他の地域社会の常識から逸脱していることになる。しかし、それを知った外部
の人が、それを他の部落の人に広めることで、全体の死亡率が減っていった
とういう事例がみられる。コンピューターの世界に「暴走熱」がある。 
一定期間継続して作動するコンピューターが、熱を出して不具合が生じる
トラブルで、これはエンジニアの世界共通の常識であった。これをアメリカの
大手コンピューター・メーカーの一人のエンジニアが立ち上がり、世界中の
ポジティブ・デビアンスを探し出し解決をし、会社への競争優位をもたらした。
大体が改革とは、そういうもの。従来のやり方を根底から変えることは、
どうしても摩擦が生じるもの。秘境ツアーそのものも、極的逸脱と見ることが
出来る。世界の在り来たりの観光地から、秘境・異郷に興味が向いたのは
積極的逸脱であった。そうしなくてはストレスが解消出来なかった。
逸脱する対象が、どんどん奥地になるほど、比例して満足度が高くなっていた。
あと二週間しか生きられないとしたら、何をしますか?」という質問がある。
死に直面したら、当然、日常生活からの積極的逸脱が残された人生を生きる術
になる。ベターの時間より、ベストの時間を過ごす何かを求めるはず。
そこで、それを本気になって探すと、自分の生きている世界中に、それが
無限に転がっていることに気づくことになる。第二の人生でのキーワードは、
積極的逸脱である。緑の原野から、視界の広がったサバンナへの逸脱へ・・
・・・・・・・
3522, 「尖閣ビデオ流出問題」を哲学してみると!
2010年11月16日(火)
 今回の尖閣列島の衝突問題と、そのビデオを海保の保安官が流出させた問題を
考えてみる。まず、この問題は、G20が韓国で開催される時期と、APECの
日本で開催される直前に明らかに政治的思惑で中国側から仕掛けられた難題。
それに、やすやすと乗って、中国の強圧的態度に尻尾を下げ、その間隙をつかれ
ロシア大統領に北方四島の一つに上陸をさせてしまった。これはアメリカに
対する圧力の駒であり、中途半端な外交姿勢の管首相の足元をみられた結果。
ところが、中国・ロシアの計算外の海保の保安官の秘密漏洩が起こってしまった。
これは、タイミングからみて周到に計算された国家戦略から幾重ものクッション
を通して行われた可能性を含んでいる。それが出来るほどのタマは現在の日本に
いない?しかし中国のトップの顔に泥を塗るにタイミング的に良かった。
その映像がアジアでも日本でも繰り返し放送されたからである。これは政治的に
みてタイミングがよすぎるたのではないか。保安官が、自分の身分に捜査の手が
及びそうになる直前にマスコミに接触したことも、一介の海保の保安官のなせる
技だろうか? 差出人の名前に「sengoku38」というネーミングも、上手く作り
すぎである。「仙石さんはパー」とか、「仙石は左翼」との解釈で揶揄されている。 
それより、中国の居丈高の姿が逆効果にするに、あまりに効果があった。だから、
あの男は、日本に来てからアカラサマに不愉快の顔をしていた。いずれにしても
保安官が逮捕でもされれば管・仙石ラインは、そうそうレイム・ダックになって
しまう。 まずあ支持率も20パーセント辺りまで急落することになる。
その隙をアメリカも、中国も、ロシアも狙っている。日本を更に追い込むには
TPPに日本を参加させ、農業の自由化を迫ること。これが完成すればアメリカ
の属国の縛りが一段ときつくなる。ここで、民主党小沢派と、自民党の隠れ
主流派が大同連合を組み、国家非常事態宣言をし、銀行閉鎖も、デノミも、
核武装もすればよい。それが100年、250年に一度の地球規模の危機に
対する対処になる。 海保の保安官の逮捕は海保のクーデターと認めることに
なるのを自覚も出来ないのか?
 ・・・・・・・・
3147, 地方経済惨状の一現象
 2009年11月16日(月)
 このところ、たびたび地方経済の惨状を書いている。 先日の読売新聞の
新潟県版に帝国バンク支店長のインタビューで「新潟市内のマンション建設が、
この数年で3千室も供給された。しかし売れたのは700〜800室。
いずれダンピングが始る。団塊の世代の定年退職者の退職金をあてにしたもの
だが、それが全く当てが外れてしまった・・云々」 マンション業界では100室
クラスのマンションで、最後の1〜2室で、やっと利益が出るかどうかの世界。
それが4分の1しか売れてないとは、惨憺たるもの。数ヶ月前に大手のマンション
販売会社が倒産し、新潟の信濃川の川沿いの大きなマンションが宙に浮いた状態。
それを長岡の行きつけの居酒屋店主に話したところ、「東京にいる息子が先日、
5200万のマンションを1200万の値引きで4000万で買った。しかし、売れ残りの
マンションでは半額のものもある」と、息子が言っていたという。それと、
「大手大橋の向うのショッピングセンターの真ん中にあるマンション、4室も
あって1200万円で買えるらしいよ。」という。大型マンションは、土地の
仕入れから建設期間をいれれば3年〜5年はかかるが、その間に世界が劇的に
変わってしまうから難しい。といって、仕込み、造り続けないと会社は存続
しない。ところでホテルは、計画から資金回収まで20〜30年のスパン。
その間に、時代は激変をする。その中で単品を売り続ける商売。 恐ろしい
事業に手を出してしまったことが今になって分かってきた。新潟駅再開発の
道路拡張で4棟のうち、二棟が買収されるから何とか帳尻が合いそうだが。  
(以下、字数の関係でカット2011年11月16日)


5358,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー��

2015年11月15日(日)

  * 女の結婚詐欺師がブーちゃんは、昔からの通り相場
 渡り歩いた、どの世界にもブーちゃんだが魅力的女性が存在していた。
『やり手ブーちゃん』である。彼女らの対象は、下位八割の男衆のため、
思いの外、声がかかる。 そのやり手ブーちゃんも、1〜2割いるかどうか・・
ブーちゃんだから営業努力をしている? ということは、誰もが営業サービス
を望んでいるのである。それが、日本の貧困な恋愛社会では、満足度が低い。
だから、まずは、以下のようなシステムが必要になる。
≪・シマジ:これは俺の持論だが、男は十代の後半に十歳くらい年上の女性と
 ねんごろになって、童貞を失えば、みんなきちんと大人になれる。
その意味で、このダーリンは理想形だよ。女はどういうふうに考える生き物
なのか、女のどこを押せばどうなるか。性道を含めて若いころに年上の女から
しっかり学んでおけば、三十四歳の婚活詐欺女や三十五歳の鳥取ホステス
みたいなのに騙される心配はない。
・ミツハシ:両方とも男が夢中になるようには見えないスタイルと容貌ですね。
・シマジ:女の結婚詐欺師はブーちゃんと昔から相場が決まっているんだ。
 びっくりするような美人だと、モテない男は「これはおかしい」と警戒する。
俺にこんないい女が「結婚して」なんていってくるはずがないというわけ。
これまでの人生の中で女にモテた経験があまりなく、結婚をできずにいた男
にとって、あれくらいの女のほうが自分の結婚相手としてリアリティーがある。
逆に男の結婚詐欺師は饒舌な二枚目なんだ。つまりクヒオ大佐だよ。
・ミツハシ:エリザベス女王の親戚でアメリカ海軍特殊部隊パイロットの
 クヒオ大佐ですね。しかし、「私と結婚すれば、英王室から数億円の
祝い金が出る」という話に至ってはギャグにしか聞こしえませんけどね。
男はロマンチスト、女はリアリストというが、結婚詐欺に関しては、逆。≫
▼ 結婚に対する憧れも、「共同幻想」の一つ。その幻想=夢を与え、お金を
 引出すのが、詐欺師の仕事。「割れ鍋に綴じ蓋」の割れた部分を隠し、高く
売りつけるのが、恋愛の妙味。その仮想(仮装)世界を、キャバクラや、クラブ
が提供。 ネット検索で見つけた、二年前の、松本人志のモーニングビッグ対談 
第17回 「女結婚詐欺師」の(初めての詐欺)
第18回 「女結婚詐欺師」(過去の失敗)がリアル。 詐欺のポイントは、
・金を取った後、如何に諦めさせるか
・失敗したときは、さっさと次のターゲットに切り替える 
・結婚詐欺は、結婚したら結婚詐欺でなくなるため、独身を通す 
映像を見ていて、寒々しい気持ちになったが・・
埼玉と、鳥取のブーちゃんの女結婚詐欺、あまり奇妙で、被害者が気の毒
だが、老いた天涯孤独の身には、結婚の可能性があれば、少々ブーでも?
という気持ちになってしまうのだろう。
・・・・・・
4993,暴走する世間 −9
2014年11月15日(土)
     「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著)
  * ケイタイ、スマホが子供、若者を駄目にするわけ
 以前、繁華街でTVレポーターが若者に何か質問をしたところ、やおら
ケイタイを取り出し、友人に連絡をして、その友人の言葉を鸚鵡返しに答えて
いたのには驚いた。考えようとせず、反射的に誰かに聞いて、その場を繕って
いる現代の若者の姿が、そのまま現れ出ていた。それが今ではスマホで検索
すれば答えが瞬時に出てくる時代、便利さが、考える能力と自立心をそぎ
落としている。 ー以下の指摘が、まさに、言当てている!
≪ アメリカでは、子どもにケータイをもたせることは、子どもの自立を
 妨げるのではないかという議論がある。アメリカの社会学者タークルが、
つぎのような興味深いことをいっている。
<かつては、たとえばニューヨークの繁華街に初めて自分だけで行くとか、
地下鉄に一人で乗るとか、ボストンの街をどこまでも歩いていいという許しを
もらうとか、都会の子どもがそういう経験をするとき、その子にとっては
「自分だけが頼り」だったわけ。自分がただ一人ですべての責任を負うわけ
ですから、何か危険なことや恐ろしいことが起こっても、自分で身の振り方
を決めなければなりません。人は、どこかでそういう経験をし、そこで湧き
起こる感情と闘う術を学んでいかなければならない。どんなことが起こった
としても、状況を打開できるかどうかは自分次第だったのです。
しかし携帯電話の登場以来、子どもがこういう経験をして理屈上は一人で
あっても、親がずっとそばにいるという不思議な状況が生まれています。
また子ども自身も、自分が一人ではないと感じているのです。また、携帯
電話は、このような状況を作り出しているわけです。子ども一人では心
もとないだろうと思われる場面で親が見守っているという経験をさせる
ことは可能になりましたが、自立の時を遅らせているだけだともいえます。
(タークル「技術を本来の役割に」より)>
 ケイタイによって、親が子どもとずっと一緒にいるという状況が生じ、
子どもひとりやらなければならないことが阻害されるというのだ。
「ひとりでいてもひとりじゃない」状況は、自立を妨げるということ。≫
▼ 重大な岐路に立たされると、直ぐに電話がかけてくる男がいる。
 重大な岐路であるほど、担当と議論を重ねて自分独りで熟考すべき時に、
身近な人に判断をあおごうとする。関西で、子どもが誘拐され殺害された
として、何で北陸の学校が送り迎えを集団でしなくてはならないのか?
変なのは分かっていても、それを声高々に言えない。戦勝国のアメリカ
から与えられた自由民主主義の弊害である。そして、次がネットである。
これにプチ世間が結びついた弊害が、青少年だけでなく、成年まで変に
している。情報化社会になるほど、個人の教養のベースが必要になる。
その基盤がないため「IT世間」が、個人の内面を縛り付ける。
恐ろしいかなである。 私も、その犠牲者? でも、面白い時代である。 
・・・・・・
4626、閑話小題 ー今度は絶食系男子!
2013年11月15日(金)
   * 今度は絶食系男子だと!
 草食系男子、肉食系女子が話題になっているが、今度は「絶食系男子」を、
NHK番組で紹介していた。彼らは女子に興味がなく、将来も結婚する
イメージが出てこないという。別にホモ系でもない。女性と付き合った
ことがない若者が45%いて、男の2割と女1割が生涯独身。2030年には
男の3人に1人、女4人に1人が生涯独身になるという。
アラフォーや、アラフィーの独身男性が「現在の収入や、独り身の気楽さを
考えると、結婚に躊躇」とインタビューに答えていた。それにしても絶食系
男子のネーミングにビックリ。本来、男は「絶倫系男子」だが! 
ある小話に「月は雲間に隠れたし、貧乏人の俺等には何の楽しみも無いし、
(女房)おや、お前さん今夜もかい!」がある。 情報化の時代、面白いこと
が山のようにある。お金もないし、敢えて束縛されることもないし、面倒! 
というのも分かる。しかし、妻子のない老後の独り暮らしは非常に厳しい
という。べき時に、べくことを、べくすべし、でないと・・
 絶倫系も、絶食系も、割り切ってしまえば、これほど面白いことはない。 
漫画に、夫婦が互いの首輪の紐を持って、ソッポを向いているのがあった。
何人かの紐を持って困っているのもいる。人生、ままならぬ、ということか。
   * ソリスト
 自転車入門書によると、ソロでツーリングをしている人をソリストという。
ソリストの本来の意味は、「(1)独唱者。独奏者。(2)バレエのソロを踊る
踊り手。第一舞踏手」 冬期を除いて4年以上、毎朝、1日時間、自宅から
15分かけて信濃川の土手周辺をポタリングをしている。私の一日の
スケジュールをみると、殆どがソロ。スポーツセンターでも誰と話すわけ
でなし、一人で行って、幾つかのエアロに参加して、帰ってくる。ヨガとか
青竹エアロで、誰かと仲間になり楽しそうにしている人と、私のように
誰にも挨拶するでなし、数人に軽く会釈するだけのソロ組に分かれる。
ヨガでは、50人中、男は10人前後。スタジオの右前方に5〜6人が
陣取り、左最後方に4〜5名のソロと、夫婦連れが横一列に並ぶ。あとは
中高年の女性たち。SJには同級生やスナックのママなど顔見知りがいるが、
挨拶程度で、会話はない。早朝のポタリングや、ウォーキングも、ソロと
二人連れに分かれる。それと犬連れ。で、独身主義が、人生のソリスト? 
それが自分から求めたかどうかもある。ポタリングは当然、ソロである。
単独か、群れるかは、人であることを優先するか、人間であることを
優先するか、である。
・・・・・・
4261, この非常事態に、万一の備えがあるの ?
2012年11月15日(木)
   * 本当は危ない、夜逃げ予備軍の事業主に!
 第一線から退いたため、より冷静に事態をみることが出来ているが、余裕
資金のない大方の中小企業のトップは、どこかで株式の暴落か、イスラエル
によるイランへの攻撃でも始まれば、一発でダウン。私の事業継続断念時には、
運転資金とは別の僅かだが予備資金の積立てがあり、それが命綱になった。
あれから1年8ヶ月、大方の企業は更に体力を落としている。リーマンショック
の次なる津波は、ただならぬ大きさ。 私が前倒しの整理が可能だったのは、
30〜40年前の事業設計にシェルター機能を組み入れていたため。
それで思い切った事業整理が可能だった。「あと講釈」だが、
  ー中長期のリスク対策ー をまとめてみた。
 【来年にでも実情を書こうと思っていたが、前倒しする】
・全ての建物は万一を考え、用途変更可能の設計(壁以外の柱を入れない等、
 好立地もあり、不動産の6物件は完売。)
・借入金は県の保障協会を含め3分2が政府系金融機関。他は都銀と第四銀行
 で、ほぼ大部分。ー元金融関係の先生のコンサルティングを5年前から3ヶ月
 に一度の割で受けていた。それで常に先手の対策を打ち続けることが出来た。
・職場を新潟、住居は長岡と分け、住居地域では学校以外の人間関係は最小に
 する(名誉職的団体に一切に入らないなど・・)
・20年前に短期借入全てを長期借入金に組みかえ終了・・
 (悪化の場合、短期の借換え時点で追加担保の要求が出るため)
・10年前からは、万一の場合に備えた予備資金の積立てを続け、運転資金に
 一部でも転用した段階で事業閉鎖(隠れ目標値)を予め決めておく。そして
 到達と同時に廃業を決断。
 ー見切り時期の設定ー(償却前赤字の転落時点も、目安にする)この時期に、
 個人名義の事業物件を会社に転売して、個人の金融負債をゼロにする。
・二人の幹部社員には役員就任時に一度退職金を支払済み(平均・三分の一)。
 そのため結果として、会社の退職金規定の8割近くの支給が可能になる。
 (国の退職補助金一千万近くを含めて)
・ 事業停止時には、「取引先への20日締めの月末支払いを全て決済」
 を予め決めていた。一般債権は、ホボゼロ。
・*個人的には、当初より事業に親戚縁者は一切組込まず、家族経営を排除。
 *創業時に高値の事業転売を前提(売り時を逃がし、結果的に出来なかったが)
 *事業の創業を目指すと決意した時から、連れ添いは、「商売とは何かを
  体感している事業経営者の子女」を前提。
 *「家訓の、借入金の保証人を妻子など家族を入れない、
  保証人にはならない」を厳守。 
 * 家内には結婚来、毎月給与を支払い、健康保険と厚生年金をかけ、
  残りは家内名義の別立て預金。一般的には事業停止時に、自宅も銀行に
  収容され、個人破産?は必定だが・・自宅は家内が買い取ることで確保。
 【長期の装置事業に長期のリスクヘッジをしていた】だけだが。
  しかし結果は、ご覧のとおり。
▼ ーあとバイアス(偏見。あと講釈)の要素はあるが、大筋は以上の通りー   
 長期の装置産業には時代断絶の大きなリスクが伴うが、それに中長期のリスク
ヘッジをかけておくのは、経営の正道。経済震災は既に起こってしまった。
現在、中小・零細企業の三割は‘今日明日の資金繰り’に追われ極限状態。
あとの三割以上も、その一歩手前といわれる。そこで、まずは、「弁護士費用は
別口に用意して、家族の保証は避けるべき。」現在は想像を絶する国家的非常
事態。正常時とは全く違った舵取りが必要・・  金融機関に小手先の手法など
土台、無理。まして計画倒産など、この時節に出来ようはずがない。それほど
金融機関も一般債権者も甘くはない。そのためには、「事業は舟板一枚下は地獄」
を前提に《戦略的防御の構築》を中長期的に作っておくしかない。私の見立て
では7〜8割が、「本当は危ない、夜逃げ予備軍」。しかし、それに気付いて
ないため、ことは深刻。私の場合、決断をする3ヶ月前まで、まだまだ大丈夫
と思っていたが、気付いたときには雪崩が間近。
 直感的に即断したため、命拾いはしたが・・
  ・・・・・
2011年11月15日(火)
閑話小題
    * 江戸時代の幸福とは
 江戸時代の幸せを並べた俗うたがある。
<世の中は、年中三月、常(じょう)月夜、嬶(かかあ)十七、俺三十、
 負わず借らずに子三人>
 17歳の嬶に、子が三人もいるわけでない、月日も止まるわけでもない。
 借金も、何時の世にもついてまわる。最後は、子供の顔でも見て幸せを
 感じるしかない、ということになる。 これを現在に置き換えると?
<世の中は、年中連休、常外食、嬶働き、俺は主夫、負わず借らずに子一人>
 というところ? ざれ歌を、まっとうに考えることもないが、いかに幸福感
 が妄想で不平の上に成り立っているかである。
   * 人生に意味(価値)があるのだろうか
 40年近い事業人生を終え、毎日が日曜日の日々で、
「自分の人生は何だったのか? 意味=価値があったのか?」等を、
 考えざるをえない?日々。 人生の価値とは何か?は、人生の根本問題。
 その時点時点で、価値を見出し、それに従って生きているのが人間だが、
 実際には考えているフリをしているだけで、漫然と生きているだけ。
 ニーチェが、そのいい加減な万人の生き方を取り上げ、人生に意味などない、
 世の中に価値など無いと知るべきと、指摘している。 キリスト教の教えを、
 弱者の救済の思想とし、その教えの価値も全く無いと切り捨てている。 
 価値無きものを求めるから、人間は間違えるものと。そうこう考えると、
 せっかく哲学書を読み続けていながら、今さら、自分の人生に価値=意味が
 あったか?などという思いは妄想そのもの? あるのは充実していたか
 どうかの一点である。その辺のオバサンかオバアサンが、したり顔で人の
 悪口、陰口を言っている醜さは、結局は自分のことを言っているに過ぎない
 ことを自覚してないためでる。 まして大の男が腐った女?のような価値論
 を述べているなど・・ エッ私のこと?いえ、貴方のこと!いや全ての人。
 ・・・・・・・
3521, 我が家に新しいTVが  −4
2010年11月15日(月)
 「新しいTVが入って2〜3ヶ月経ったら、居間の世界が変わるぞ」と、
家内に言ってから三ヶ月近くが経つ。そして、予測とおりテレビの見方が全く
変わってしまった。 これまでのテレビとは別物のマシーン。ニュースか
スポーツの生番組以外は録画に軸が変わった。そのためか居間での時間が
二倍以上面白く、充実をした。
* 画面と音響が格段に良くなった他に、地デジを全てを自動的に25時間
 録画するか、19時~23時の四時間×6日間(変更可)を自動録画する機能
がよい。これが一番の売りだったが、実際に利用する前は何で地デジの全番組
を録画するのか?不思議だったが、実際に使ってみると、これがよい。
ゴールデンには必ずといってよいほど面白い番組がある。しかし当日の地デジ
は殆ど見ることはない。見るのはBSか録画。録画のものは面白くなければ、
その場で消す。平日の18時半〜21時は、せいぜい二番組しか見る時間がない。
当日のベストは後にして、これまで録画をしたものでベストのものか、
ゴールデンタイムの過去6日分の中から、面白そうなものを選び、面白く
なければ、他を見る。 改めて過去のゴールデンタイムの番組を見て面白い
ものが冷静に選ぶことができる。そのため面白い番組の選択枠が5倍以上に
なった。トピックスなどはそれを早送りで見る。
* マシーンが変われば品変わるで、歌謡ショー、映画、次にボクシング
 などの格闘技、プロ野球が格段に臨場感が出たため、内容が数段良くなって
 見える。 家内は三日に一度は「凄い!」という。 要は一画面の情報量が
 格段に増えた分、臨場感がアップした。それが感受性を更に高めている。
* 先日、松田聖子のスタジオの(観客無しの)ワンマンショーの録画を
 観たが、二時間テレビに釘付けになった。ハイビジョンを意識して構成されて
 いて、音響とステージの色彩が幻想的。 それほど好きでもない歌手のショー
 に引きこまれてってしまった。次々と光と色彩が音楽に合わせて変化をし、
 全く飽きさせないショー。これほど幻想的画面を見るのは実のところ初めて
 といえるほど。映画館で最近観たマイケル・ジャクソン(オルテガ監督) 
 最後のコンサート「THIS IS IT」のリハーサル映像があるが・・ 
 また「生」で世界のショーを幾つか観てきたが、いずれもステージは臨場感。
 それが音響を含め数倍になったということ。所詮は、人生を振り返れば
 夢のまた夢。虚構は虚構で!
 (この下の方に、8年前にパイオニアのPDPのTVを入れた時の感想がある。)
  


5357,閑話小題 〜大学の同級生が次々と!

2015年11月14日(土)

  * 再び、腰痛談義 
 軽い慢性腰痛だが、時に重くなる。20分以上歩くと腰全体が重くなる。
週三回のヨガが、自己治療の役割を果たしているが、この季節の変わり目
の鈍重の痛みは気力を萎えさせる。でも腰痛持ちになって半世紀経つが、
一度も医者に行ってない。毎日4〜5時間、パソコンと読書で、椅子に座る
のが一番大きな痛みの要因のようだ。 先日、(ハイキング・登山用)折り
たたみ式の杖を購入したが、流石に、まだ使ってない。 旅先で何度か
使いたくなったが我慢した。歳には勝てないとは、こういうことか。 
  * 大学時代の同級生が次々と!
 7〜8年前から、学生時代の教養課程1〜2年時代の同級会に、毎年、
この時期に、出席をしている。参加人員が入替わりながら20人弱が出席。
参加した頃は、あまり病気で倒れたとかいう話はなかったが、前期高齢者
年齢になる頃から、毎年、その中から、ガン、脳溢血で倒れたという話題が
出てきた。『脳梗塞で半身不随、身体が捩れた姿に、本人の目の前で、
思わず泣いてしまった』等の深刻な内容。ところが、先日、武澤ゼミ仲間
でもあった幹事からの開催案内の電話が入った。 いつも同級会の終了後、
人形町から東京駅までタクシーで三人で同乗していた二人が倒れたという。
『N君が二番の脳梗塞で一月に死亡。S君が膵臓ガンで手術。他にM君が、
そして実は、自分も来週、手術予定』と、絞りだすような電話。
寒々しい内容だが、「他人は先、我は後!」など、言っていられないのが
古希、70歳の峠。この坂道、平坦でないのは頭で分かっていたが、
中野君が他界していたとは。 ご冥福を! 川柳に、自分の番になると、
~今までは 人のことだと思ふたに 俺が死ぬとは こいつぁたまらん~
・・・・・・
4992,暴走する世間 −8
2014年11月14日(金)
     「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著)
  *「IT世間」の登場
 この随想日記(自分の覚え書きや、読書感想、つれづれの思いなど)
の公開を13年以上も続けてきた。せいぜい50〜60のアクセスと思い込んで
いたところ、10日ほど前に、フォロー用の「Hatena]のブログが300
近くのアクセスがあることに気づいたことを先日書いた。
これと二つのブログを加えると350以上のアクセスがあることになる。
身近な50〜60だと「IT世間」になるが、350以上だと「ITネット社会」
になる?と・・ いや、この程度の数は「IT世間」でしかないか。
この発信もあってか、群れたいとか、寂しいとかが皆無に近い。人間は、
誰かに自分の話を聞いて欲しいのである。70年も生きてきたお陰で行蔵は
充分あり、考えることも、読みたい本も、行ってみたい世界も山ほどある。 
その独り語りを、ケータイやパソコンなどのITの端末から発信出来、
かつ様々なブログをみることが出来るのだから有難いことだ。
しかし、その反作用で「世間」しか持ち得ない日本では、IT社会がIT世間
として、プチ世界を更に小さくしているようだ。このブログも同じようなもの? 
     ーその辺りからー
≪ 日本では1980年代以降の「過剰商品化」によって、「ある限度」をこえた
 市場化ー商品経済化が生じ、その結果として、子どももふつうにケータイを
もつことになった。これは西欧社会と比較しても、ケータイの普及が日本では
いわば臨界点にたっしていることを意味する。しかしケイタイの普及によって、
人びとがウェブを介して世界の人間とつながることができるようになったか? 
そんなことはないはず。日本おけるケイタイのつかわれ方は、むしろ狭い
「世間」をますます狭くするように「世間」を再生産してる。いまや小学生が
ケイタイをもつようになって、それが「いじめ」につかわれることが問題に
なっている。ケイタイの登場という技術革新で、日本に新しい人間関係が
生まれたか。答えはノー。「日本ではケイタイの普及で、個人をベースとした
社会的交渉が成立している欧米にない、IT化された世間の付きあいが
生まれるに至ったのだ」といい、それを「IT世間」と名づける。
 つまり、いかに新しいツールをつかおうが、そこに形成される人的関係は・
西欧のように個人が集まってできる社会ではなく、あくまでも個人が存在
しない「世間」である。ケイタイもまた、この日本の「世間」を変えるチカラ
をもっていない。逆にいえば、「世間」はそれほどつよく日本人に根づいて
いるということ… ≫
▼ リアル世界の上に、ネット世界が別に出来、それがリアル世界を
 コントロールを始めている。しかし、リアル世界で「世間」しか持てない
日本では、ネットがリアル世界の「世間」を、更に狭くしている。
この随想日記も、「社会」に向け公開していたつもりが、身近な世間様に
向けての「IT世間の独り語り」でしかなかったのか,そして狭い世間を
更に小さくしていた? つくづく・・(_ _Paと思うが、今さらか!
・・・・・・
4625, デフレの真実 ー金持ちの本音
2013年11月14日(木)
          ー庶民は知らないデフレの真実 ー森永 卓郎(著)
「君は一万円札を破れるか?」の対極の要素が多い内容で、お金を考える点で
面白い。3億持てば、3億。100億持てば、100億の世界が開けるのだろうが・・ 
   ーアマゾンの内容紹介ー
《 消費税率を上げる前に、デフレからの脱却を図るべきだ! 増税路線に
 対する国民からの反発は大きい。また野党も執拗に批判を繰り返す。しかし、
増税路線は決して止まらない。そしてデフレも止まらない。それはなぜか?
経済政策の間違いでもなんでもない、庶民が知らないデフレの真実を森永卓郎
が明かす。金持ちの論理から日本経済を読み解く、初めての「金持ちによる
金持ちのための経済学」。申し訳ないが、庶民は、出入り禁止だ。 》
 面白い本だ。10年間、ひたすら働き、遊ばないで三億の金を貯めて、
一応、金持ちの仲間入りをして、見えたことは、一握りの金持ちに有利な
社会システム。だから「まず年収分を、次に三年分の預金を!」という。 
まずは、=アマゾンのレビュー=より
【 金持ちの立場から日本の経済状況を解説する一冊。消費税引き上げやTPP
 など政府の方針は、どれも「金持ちの金持ちによる金持ちのための政策」だ
という。デフレで一般庶民は生活が楽になっているようだが、実は借金のある人
には不利な状況だし(家を住宅ローンで買った人は特に)、一般人の年収は
ずっと下がり続けるだろう。金持ちは、数年後にくる暴落時に、土地や株を
買い占めることでさらに儲けることができる。その後には、アメリカのような、
乃至、日本の明治時代のような超格差社会がやってくる。我々にできることは、
とにかく節約して、キャッシュを貯め、来るべき暴落に備えることらしい。】
【✩プロ野球の一流選手だって同じこと。監督とコーチの指示を受けなくても、
 試合展開を読みながら、自分のポジションでやるべきことを理解して動く。
 それができない二流選手は2軍に落とされ、やがて解雇される。」 
✩ デフレを止めようとしなかった論理として、地価が下がり、二束三文で
 叩き買いまくった後、インフレを起こして「貧民はインフレになっても
 賃金が上がらず(スタグフレーション)、富豪は持っているモノの価値が
 上がって大もうけ。さらに株などで”カネがカネを生む”生活をして
 ますますもうかり、”貧民はその子孫も貧民、富豪はその子孫も富豪”
 にする社会づくり」を目指す。消費税増税、デフレ問題、TPPなど、
 お金持ちのためになされている政策である。】 
【 金持ちの視点からみた経済政策。 この金持ちを「米国」に置き換えると
貧乏人は「日本」。さらに金持ちを「米国を支配する者たち」に置き換えて
みれば貧乏人は? 対象をもっと広げて「世界全体」に目を向けると・・ 
我われほとんどの人類は「貧乏人」に分類されてしまう! 
金持ちは「マネーメーカー」のみ!!】
▼ 資本主義社会は、金持ち=善、貧乏=悪、という洗脳がされている、
 が「君は一万札を・・」の主旨。著者が10年かけて3億の現金を持ってみて、
社会構造が金持ちに有利で出来ていることを実感した!という。バブルの頃、
会社の預金を含めて3億近く持ったことがあるが、豊かさの実感はゼロ。
そして、今は色いろあってゼロだが、貧しいとも思わない。
やりたい事を、しつくした手応えがあるのと、年齢もある。
しかし世の中、8割がたは、金で解決できる厳然たる現実がある。
残りの2割に、人生の8割の価値があるというが・・・
・・・・・・
4260, しまった!  ー9
2012年11月14日(水)                 
  * 人は誰も人並み以上と思うもの ーしまった!
      「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著)
 色いろな挫折体験から学んだことは「自己能力の限界の設定」。しかし、
その設定さえも間違えてしまう。それだけ、自分のことになると見えない。 
若い女性の場合、これが極端に出る。若いだけで周囲が特別視するが、それは
束の間のこと。そこで若さを失うにつれ表面的な化粧や衣装で若く見せようと
するが、その衣装と化粧代は膨大になる。自分を人並み以上と思うのは、
まだましで、特別な存在と信じて疑わないのがあまりに多い。
  ーその辺りを抜粋し考えてみるー
≪ スポーツジム会員は、自分が期待する回数の半分程度しか通っていない。
 大半は回数券の方が得なのに会員権を買っている。統計からみると、
月会員の八割ほどが、利用ごとの支払いにしておいた方が得という。 
何故そうかというと「要するに自信過剰。自分が出来ると思っていることと、
実際に出来ることを混同している」のである。その原因の一つに、ジムに
行かない理由を、何かのせいにすることが多い。そのため、フィードバックが
効かなっている自覚が無くなってしまう。同じような結果が、兵隊の射撃の
予測と結果に現れている。大方の兵隊は射撃がうまいと思っているが、
実際に射撃をすると、大きな差が現れる。75%が予測より下で、25%以上
が、あまりに下手で不合格の成績に終わっていた。
気象予報官についても、経営者についても、同じ。奇妙なことに課題が難く
なる職業ほど、自信過剰のレベルが下がるのではなく上がる傾向にある。
困難が過大になるほど、自信過剰がもっと高まるのだ。・・・どうして、
このような自信過剰過多の幻想が出てくるのかというと、情報の持つ魔力、
というのが答えである。情報を読めば読むほど、知識が増えたと勘違いをする。
だが、実際には、そうとは限らないのである。それは見聞ではなく、
自信が増しただけ。情報化過多の落とし穴が、そこにある・・・ ≫
▼ 自信過剰自体は問題がないが、現実の自分に出会ったときに歪みが出て、
それが他人の弱点を見つめ攻撃に向かった場合、それは回りまわって自分に
返ってくる。それが嫉妬や怒りに転化して怨恨になっていく。だから不幸が
ついてまわる人には近づかない方がよい。あるいは自分が不調な時節には、
孤高を守るべきである。不幸タイプの人は、必ず、その正体を現し、恩を
仇にして返す。それを品性の低さというが、それが更に自らを貶めることに
気づかない。「人並み以下の人ほど、自分を並以上、いや特別な存在」
と思うもの。だから、お世辞が人間関係の円滑油になる。逆にいえば、
恵まれてない人ほど注意し大事にしなくてはならないことになる。
特に若い女性と青年と熟年には・・ そうすると自分を大事に扱わなければ。
・・・・・・・
3885, 平等と公平
2011年11月14日(月)
 最近、平等と公平に対する議論を多く目にするが、その辺の哲学か理論
があるはずと思っていた。ところが、小川仁志著「人生をやり直す哲学」の
中で、ロールズの『正義論』が紹介されていた。その概略というと、
≪ ロールズは、ハーバード大の教授で、アリストテレス以来の政治哲学の
 復権を図った人物で、その『正義論』は、その後の正義に関するあらゆる
言説、あるいはリベラリズムの議論の機軸になったと言われている。
リベラリズムとは自由主義のことを言い、物事の価値の中立性をとなえる
立場である。分かりやすく言うと「善に対して正の優先性」をとる立場。 
本来は平等など我われの世界には存在しない。全てが不平等である。
金持ちと貧乏人、才色兼備と、そうでない人など比較すれば全てが不平等に
出来ている。情報化などで一強多弱が進むと、その格差は社会的歪を生み
出してくる。そこで問題になるのが平等と公平の問題になってくる。
それを克服するために正議論が出てきている。正義の二つの原理、すなわち
「平等な自由の原理」と「機会均等」である。
◎ まず第一原理ー「平等な自由の原理」とは、<各人は基本的な自由に
 対する体系に対して平等の権利を持つべきで、この自由の体系は他者と
 両立しなければならない>という原理である。自由に関して誰も平等で
 あるべき、ということ。
◎ 第二原理とは、「社会的、経済的不平等は次の二つの条件を満たして
 いなくてならない。
(a)「社会の最も恵まれてない人の状況を改善すること」、
(b)機会の公正な均等という条件の下で 全員に開かれている公職や
 地位に伴うこと」の二つ。≫
▼ 競争条件の前提として、自由度と機会平等の権利を持たすべきという
 ことになる。資本主義も、社会主義も、家系の知力、資金力で、競争前提
が全く違っているのが実情。それが、そのまま、社会的格差になっている。
中学校の同級生の、その後の人生を見ていると、その時の家庭の格差の拡大が、
その後の人生に見えている。(但し、何事も例外はある)
ロールズの言わんとする趣旨は、道徳的議論、つまり善悪の「善」よりも、
手続き的な正しさの「正」を優先させるところにある。それを守るために、
これらの原理と、その都度の判断を比較して、公式そのものの妥当性を
チェックすべきとしている。「平等は無理としても、公平であるべき」
というが、しっかりした二つの原理の社会的前提がなければならない。
現在、情報化で社会的不平等が露出されてデモが多発している。これは
「平等と公平」の問題を訴えているのである。そこで、この『正義論』が
大きくクローズアップされている。自由人平等と博愛の問題は、そう簡単
でない。明治以降、日本が世界列強の一つになったのは、家柄より学力、
学歴を最優先したからだ。 二つの原理が明確に当てはまる。
・・・・・・・・
3520, 電子書籍は、その後どうなった?
2010年11月14日(日)
 iPadで火がついた電子書籍は、その後、どうなったか?が、読売新聞
で特集をしていた。また一昨日の朝のNHKニュースでも取り上げていた。
5月末に発売されて半年で、トピックスとしても丁度良いタイミング。
私も秋口11月頃と発売当初に考えていたが、各社メーカーが年内に出揃った後、
比較してからにした。それとまだ電子ブック・ソフトの販売網も充実をしてない。
 4年後にタブレット式パソコンが二億台も普及するという。戦士書籍だけで
なく新聞、雑誌も、ブログ、ツイッターも、ここから見ることになる。
これまでの隠れネット難民も、その使いやすさから使い出すだろうから、
社会的には大きなインパクトを与える。例えの話だが、村上春樹が自分の
小説をブログから直接販売も可能になる。映像ではYoutubeが自分撮った
ビデオを、直接投稿をしている。良い内容のものはネット上の口コミや
視聴ランキングの多さで、一瞬に世界を駆け巡るので、直ぐにスターになれる。
既に、ここから多くのスターが出ている。
 タブレットは電子書籍専門のものと、他の機能が入っているタブラットと
大別される。多機能のiPadは、半年で700万台売れた。その使用場面が居間と
外出先の電車やレストラン。多くのメーカーが、それぞれの機能の特徴を前面
に出した機種の出現が楽しみ。思いもよらないソフトも出てくるだろう。
既にアコーデオンの鍵盤を画面に映し出し、演奏できるものや、パソコンや
iPhoeにある自動車運転ソフトを使い、他の誰かとレースを競うものとか、
カラオケ端末機能とか、数年後には、日常の当たり前の端末になる。
その反面、雑誌、新聞、書籍などが激減することになる。レコード店など駅前
商店街が消滅していったように、新聞、雑誌、地方TV局など多くが淘汰される。
これもインターネットの渦の一つ。
 ・・・・・・・・・
3145,高速道路千円の仕掛け人
2009年11月14日(土)
 学生時代のゼミの一年下の松下さんと、以前に「新潟を活性化するに
如何したらよいかと大和総研に頼まれたが、何か知恵がないか」と電話が
あったので、「 新幹線を新潟駅から飛行場近くまで延長して、東京駅から
直接乗り込みの飛行場を持った環日本海都市として売り込めばよい。その沿線
には中国、ロシア、朝鮮の特区地区としてパスポートで出入りする地区を
つくり、工場などを誘致して、それで足りなければ、高齢者などの施設を
つくって首都圏の補助機能をつくり、元もと天領だった特性を、そのまま
利用すればよい。現在、新潟駅再開発が動き出したので、その延長として本気に
ならないと、北陸新幹線が完成したおりに、幹から枝葉の地区に取り残される。
これが最後のチャンスと思うよ」と、軽く答えた。 ところが数日たってから、
その話を新潟県のエライサンに直接話して欲しいということになり云々・・
話は長くなるので、これはこれで終いにするが、その松下さんが道路経済学を
一人で長年かけて学んできて、現在では、その道の権威者。「高速道路の千円」
の大元の理論家。更に無料化の流れを彼がつくったというから、尊敬に値する。
その彼が、民主党が天下を取ったら自分の理論が政策に取り入れられ、大きな
役割を与えられると数年前に言っていたが、その時代がやってきたようだ。 
先週に彼から、週刊エコノミストに大きく取上げられたとそのコピーが同封
されてきた。 早く言えば、「思い切った高速道路の値下げが、大きな
経済効果をもたらす」という、英国学者の理論を日本に紹介したもの。
彼の著書「道路経済学」も、なかなか説得力がある。「過剰な高速道路を、
世界一高い値段の料金を無料化をして、皆で使いましょう。大部分は、
ほとんど使ってないのだから」というのも一理ある。それを先読みして、
コツコツ学んできたのだから・・ ー以下は、コピーの礼状である。
  ー松下文祥様ー
前略、 送っていただいた資料、さっそく拝見しました。高速道路の料金
一律千円、松下さんの出版された本が出発点だったようですね。近くの岩室温泉
や月岡温泉などのリゾートホテルが潤っていると知人から先日、聞いたばかり。
また、民主党が高速道路の無料化の方針も、やはり貴方の理論的裏づけがある
ようですね。 貴方の長年の地道な努力が、こういうカタチで花咲くのは同じ
ゼミの出身者として誇りに思います。恐らく、戦略会議の一員にも推挙されて
いるのでは?と思いますが・・《以下、字数の関係でカット。2011年11月14日》

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