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堀井On-Line
| 5276,閑話小題 〜静かなる恐慌が表立ってきたか |
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2015年08月25日(火)
* 株価、世界同時安が ここで、世界は静かな世界恐慌に既に入っていると、くり返し述べてきた。 リーマンショック以来、アメリカのドルの供給量が三倍。円は二年前の二倍に なったが、ドルの為替値は、変わらず。円は、三分の二になった。 こういう歪な不自然なことには自然淘汰が、起こって当然である。 その発火点が中国か、ギリシャか、日本か、北になるのかだったが。 「暴落しそうな企業は、株式市場での売買停止が可能」とは、知らなかった。 これでは、国内外の投資家は、引くのは当然である。私のHPの内部検索で、 去年春に、以下の内容が出てきた。我ながら真面目なものだ。 ≪ 2014/02/10 閑話小題 〜時どき、10年前から現在を振り返えり〜 * 時どき、10年前から現在を振り返えって見えてくるのは! 株式のチャート見るように、その時どきから、5、10年間を振り返えると 思いもよらない事件に遭遇していることが分る。では2004年2月〜2014年2月 まで、何が起きたか?を調べると想像を絶することばかり。 先の10年間は、 これらより遥かに大きな自然災害と経済震災に遭遇することになるが、 これだけは起きてから分かること。 時系列であげると! ・2004年に、中越地震とスマトラ沖地震、 ・2007年に、中越沖地震、 ・2008年には、ミャンマーでサイクロンで死者・行方不明は13万4千人以上。 5月12日- 中国で四川大地震発生。M8.0、累計で4千万人以上が被災し、 6万9千人が死亡。米国でリーマンショックが発生。 ・2008年9月15日 − リーマンショック ・2009年1月20日 - バラク・オバマがアメリカ合衆国建国以来、 初の黒人大統領とし第44代米国合衆国大統領に就任。 ・2010年には、チリとハイチで大地震。ハイチでは30万以上が死亡。 ・2011年に、東北大地震で2万人近くが亡くなり、福島第二原子炉が破壊された。 チュニジアのジャスミン革命が各国に波及し、アラブ各国で独裁政権に対する デモに発展。エジプトでムバーラク政権が崩壊、リビアでNATOが軍事介入し 半年間の内戦の末にカダフィ政権が崩壊した。(アラブの春)アルカーイダ の最高指導者とされるウサーマ・ビン・ラーディンが、パキスタン・ アボッターバードにて米国の特殊部隊との銃撃戦の末に殺害される。 ▽ 東北大地震の直後、私の事業もあっけなく消滅。 時系列でみると、 10年前に、こんな予測をしても誰も信じない。が、現実には次々に起きている。 とすると、2014/02〜2024/02年は、さらに大きな自然震災、経済災害があるはず。 それを前提に対策を立てておく必要がある。まさか地元の中越地区に二度も、 大地震があるなど思いもよらなかった。いま考えられるのは、首都直下型地震、 南海トラフ地震、富士山の噴火の可能性が高い。また静かな世界恐慌?が 表立ってくるのも自然の成りゆき。その中で、情報革命が劇的に進んでいる。 パソコンがスマフォや、タブレット型に収まるとは、当時は考えられないこと。 次の10年は、メガネ型、腕時計、ジャケットなどの身体の一部になる装着式。 危険な大震災の可能性と、反面、面白い時代になる。ブラックスワンがいるが、 大部分はホワイトスワン。 私個人としてのブラックスワンは、「死」。 5分5分、いや6分が到来? で、その日のための予習を楽しんでいる。 一応、やりたいことは、やり終えた実感は、小さい範囲としても、気が楽。 それも吹っ飛ぶのだろうが。 ≫ 〜以下は、2015年8月25日・記 ▼ 後記)中国のバブル経済の崩壊は、世界恐慌が表立ってくるのか、どうか? 見ものである。一線に立っていれば、由々しき出来事に夜も眠れない? 昨日の夕方、NHK:BSで、『中国の製造業崩壊現場』を、再放送をしていた。 人件コストアップのため、カンボジアに工場移転をしたところ、カンボジアも 人件費が高騰し、人民レベルの質の問題もあり、当てが外れたという内容。 中国経済と、その株式市場の崩壊の影響は、リーマンショックとは、 レベルが違う! 一年、二年かけて、世界の株価が、現在の半値か、 3分の1の可能性もある。目先は、一時的には平成を保つとしても・・ ・・・・・・ 4911,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー50 2014年08月25日(月) * 総括の総括 ー小さな物語のまとめー HP内検索で調べてみたら、2年半前の春先に『事業生活39年の総括』 『シングルイン、31年間の総括』と、二つ似たようなテーマで7〜10回 シリーズで書いていた。しかし、それを全く忘れて、これを書き続けた。 45年と、6年〜14年間延びた分、今回は準備期間の15年間を重点的に 書いてある。(重なりが多いが) 無事、ハッピーエンドで事業が終わって いたら、在り来りの成功物語でしかないし、この3つのシリーズは書くことは なかっただろう。この結果なればこそ物語を再編成をしなければ、45年間を 受け入れることが出来なくなるためだ。創めるまで、こんな準備をし、半狂乱? になって全てを注ぎ生きてきた。それぞれの場面には、それぞれ多面性があり、 重く、複雑な問題が、次々と生じてくる。 時には、直ぐにでも投げ出し、 逃げたくなるような、ドロドロしたものが覆いかぶさる。しかし、重みに 耐えているうちに、それは何時の間に解消していることが多い。そこに必死に 立向かっていた自分が間違いなく、いた。この物語を語らずには、死ぬに死ね ない思いがある。これは誰の人生でも同じ。 書き残すか残こさないかである。 書き残せば、遺言にない、かつ自分への弔辞にもなる。 『ご覧の通り、そのまま結構!』で、これ以上でも以下でもない自分の姿が、 そのまま現れ出ている。私生活では、読書、ウォーキングかポタリング、 事業、秘境ツアーが大きく占めている。 素晴らしい仲間に恵まれ、何とか、 ここまで辿り着いたが、結果は?? それでも、悔いは少ない。 10数年前のつくった辞世の句?『有難う 面白かった 悔いは無し』がある。 「遊び、学び、働き、ぼんやり(中空)」と分け自己満足度を総括をすると、 遊びー80点、学びー80点、働きー40点、ぼんやりー80点。平均で70点。 甘いのは分かってはいるが! バブルと、その崩壊に対する認識の甘さが、 働きの自己評価を大きく下げてしまった。それもひとつの小さな小さな物語。 手がけたホテルを一つの生命体とすると、「新しい経営陣と、前オーナーと 管理者の総入れ替えと、借金の6割カットのリストラ」になる。 新潟駅再開発で、二つのホテル棟が買収が予定されているため、何とか、 それまで持ちこたえれば採算に合う?という思惑があればこそ、新オーナーは、 決断したのだろう。問題は、経営母体の体力になる。私は、20年かけて、 衰弱をしたが。このシリーズ、今回が一つの区切り。あとは、「つれずれに」 で、書き加えていくつもりである。結局は『珍獣』止まりだったが、こんなもの! 別記)『分類』の中の「行蔵ーこんな経験をしてみた」の中に、3つの総括 シリーズが収めてある! 一番、楽しんで読んでいるのが私とすれば、 幸せなこと。癒し、というより何だろう、これ。 ムンクの『叫び』? ・・・・・ 4544, ヨガの瞑想と死者のポーズ 2013年08月25日(日) * ヨガに参加して一年半、経過したが スポーツジムのスタジオでのヨガ教室に週2回、1回につき50分間、 参加をして一年半になる。ジムの盆暮の特別休暇以外で休んだのは7〜8回位 とすると、140回は参加したことになる。毎回、50人の定員はほぼ満席で、 30分前までに行き、参加の予約チップを確保しなければならない。 で、二回は遅れて不参加の事があった。火曜と木曜日の午後で、30代半ば? の女性インストラクターは、それぞれ別。私の見立てで能力、人気も同程度? 2人ともヨガが大好き人間で、それに負けないほど、教えること自体が楽しくて 仕方がないようだ。40坪位のスタジオに50人が一同でヨガをする様は異様 の光景。正面には全面カガミがあり、見た目は100人の姿が視界に入るから、 なお迫力がある。横60センチ、縦120センチ位のフィットネスマットの上で 百種類のポーズのうち、一回につき10数種類はする。そこで言うのは、 「周りの人の視線は無視してください。 マットの上は、それぞれの全宇宙。 独りの世界の入って下さい。他人ではなく自分と向き合って下さい。」と。 スタジオはカーテンで外の光が遮られ、照明を落とした薄暗い中、チャンドラ などヨガの空気にピッタリの音楽が流れ、数分でヨガ世界に引き込まれる。 そこで、直ぐに家で取り入れたのが、瞑想と、死者のポーズである。 死者のポーズは、仰向けの瞑想と思えばよい。仰向けになって。両目を閉じ、 両腕と両足は少し大の字気味に開き、全身の力を抜いて、チャンドラの音に 気持ちを向け、戦場の死者のように横たわるイメージを持つ。 毎回、最後の5〜10分は仕上げに行うが、これが疲れを取ってくれる。 ここで感じるのが「大人数の中の、ひとり」。気持ちの集中で、殆ど他人を 気にすることがなく半睡状態になる。それは、一時間の睡眠の効果に当たる。 仏壇前の、早朝の瞑想は30分、死者のポーズは、やはり午前9時〜20分間、 行う。夜半に目が覚めた時に、大の字になって、気持ちをヨガをしていると 思えば、それをしていることになる。問題は、呼吸を小波、中波、大波が 岸辺に打ち寄せるイメージですること。何事もそうだが、続けること。 この二つだけでなく、他にもヨガのポーズがチョットした仕種の中に入る。 居間でTVを見ている合間に大の字の姿勢で、両手、両足を目一杯伸すとか、 歩いている時に背筋を伸すとか・・・ ・・・・・・ 4169, 老年行動学 ー5 2012年08月25日(土) * 老生自覚 「ご老人は謎だらけ 老年行動学が解き明かす 」佐藤 眞一 (著) ≪自らの老いを自覚することを「老性自覚」と呼び、老性自覚には 「内からの自覚」と「外からの自覚」あります。 △ 内からの自覚には、物が見えにくくなったり耳が遠くなったりする 「五感の能力低下」、しわや白髪が増える、歯が抜けるなどの「身体的徴候」、 もの忘れが増えたり、計算が遅くなったり、根気がなくなったりする 「精神的な減退」などがあります。 △ 一方、外からの自覚には、子どもの成長や孫の誕生、配偶者や友人の死、 定年退職、他者からの老人扱いなど、「社会的なできごとや経験」があります。 このような老性自覚は、「老い」にネガティブな意味だけでなく、ポジティブな 意味も感じていた時代には、当たり前のこととして、自然に受け入れられていた のかもしれません。しかし今は、そうではありません。第1章で述べたとおり、 現代人は老いを感じると、暦年齢を主観年齢に合わせるべく、アンチエイジング に励みます。また、身体の状態も75 歳〜80歳ぐらいまであまり下がらずにきて、 最後の数年でガックと落ちるのが今の老人です。日本人の場合、介護が必要に なるのは平均して寿命の1割、7年間か8年間程度なのです。つまり現代の日本人 には、極端にいえば老年期がなく、壮年期のあと直ぐに死と向かい合う時期が やってくるのです。このことは「死に対する準備ができない」ことを意味します。 老性自覚を自然に受け入れ、心も体も徐々に老いていった時代には、 自身が老人になることや死ぬことを、自然に受け入られたのだと思います。≫ ▼ 人は脳卒中や心臓発作などで病院に運び込まれたり、死に直面する病気に 直面し逃げ場のない状態に追い込まれた時や、自信を失ったときにガックと 老いるのである。老人は自分が失敗したことで自信を失うのではなく、周囲が、 それを繰り返し指摘することで生きる気力を失うことが多い。だから周囲は、 これに気づく必要があるが、現実は甘くはない。少くとも服装と言葉と運動量は 注意しておく必要がある。「一年後は無いかもしれない!」を常に意識しているが ・・それでも一期一会の気持が甘くなる。仏壇に祖父の遺影があるが、私より 10歳若い57歳時だが、80歳近くに見える。目先を精一杯生きるしか ないが、果たして死に際、冷静でいられるのだろうか? 充分生きたので静かに逝きたいが、所詮、無理。 ・・・・・・ 3804, iPadを買った 2011年08月25日(木) タブレットPC、来年春のiPad3が出てから買おうかどうか迷っていたが、 思いたったが吉日で、三日前に購入。去年から八月に買うと決めていたが、 この春先の騒動で、それどころではなかった。ここで気持ちも落ち着いて きたことと、「iPadバカ」というタイトルの本を読んだのがキッカケとなった。 そこで実際に手に取ると、成るほど面白い。感想として、これはモバイル携帯 が大きくなったというより、無線のタッチ式タブレットパソコン。 パソコンでゲームをしたことは皆無だが、今度はゲームなどソフトを ダウンロードして、使いこなしてみたい。タブレット(バインダー)で 持ち運びが簡単で、無線であることが、これまでと違った感覚。ベッドや車内 などで、気楽にウェブ上の新聞やニュース、ブログなどを見ることができる。 パソコンの前に座り、電源をオン、ヤフーのHPにアクセス・・ 等々を、 タッチだけで出来るので手軽にネット世界に入れる。しかも板状で、何処へ でも持っていける。 まだ使い始めて数日なので、門前から一歩を踏み込んだ ばかりだが、これは日常の必需品になる。初期投資がゼロ円、ランニング・ コストが5千円が高いか安いかは、その人によるだろうが、新聞を止めて 少し生活を切り詰めれば何とかなる?少し重いのが気がかり。あとは本を 自動的にめくり、スキャンしてくれる器械でも出現すれば良いが。 新聞・雑誌がタブレット式パソコンなどの端末の出現で淘汰されるといわれて いるが、実際に手元に使ってみて、その流れになると確信。先日、近くの ステーキチェーンでランチの写真を撮っていたら、フロアーの女性が来て、 「写真を何に使うのですか?」と、聞かれた。(HPに写真が多く掲載されて いるので、競合店の視察とも思ってもいないはず)「ブログに、気に入った ランチを時々載せているので、これも」と答ると、暫くして再びやって来て、 「店長がブログを見たいので、ブログ名を教えてもらえますか」という。 少し躊躇したが、教えたところ、厨房の辺りから、「出てきた出てきた」 と小さな声。モバイル携帯で早速、何人かで見ているようだった。 そういう時代になったのだ。 薄型タブレット、無線、ツイッターなどで、 誰でも直ぐに情報が繋がると、現実社会の上にネット社会が覆いかぶさる 時代が現実に、こういうカタチでやってきた。 面白い時代である。 ・・・・・・・ 3439, 「うち」と「そと」という、考え方 2010年08月25日(水) 日本人の考え方として、「うち」と「そと」を区別する。 「そとの人」に対し「うちの人」の話をするときには、その人に敬称をつけない のが一般である。元もと「家」の単位をベースにして、その内側を「うち」と いい、一歩出ると、「そと」とする。家の玄関は鍵をしめて用のある人以外は、 あけない。節分には、「鬼はそと、福はうち」と、豆をまく。 江戸時代の藩制度の名残で、属している組織の帰属を第一にする考え方は現在も 続いているといってよい。朝礼、社員旅行などは、うちを固める儀式。 日本的な名残。それが人間関係の中でも、考え方として色濃く残っている。 「この人は、うち側の人で、友人。うち側でない人は、そとの人で、知人」 とする。裏切られたり、騙されると、あっさりと、心の中で、そとの人に分別 してしまう。 面白といえば面白いが。一般的に、家族と、信頼している友人、 そして会社の同僚が「うち」になる。それ以外は「そと」と単純明瞭。 これが個人主義の欧米人からしたら不思議なようだ。欧米は一神教。 ビック鶸と「私」の関係が「うち」で、その神の前で永遠の愛を誓った連れ添い、 そして、二人の間の子供と「うち」が拡大して、「家庭」が存在する。しかし、 日本の「うち」は、多神教をベースにして「家」に、 まず帰属して、その内側が「うち」で、外側が「そと」になる。 私自身を振り返ると、この二分法で知人、友人、同僚を振り分けていた。 一度、信頼を失った相手は、そとの人と、二度と、心を開くことはない。 特に、卑しさを見せつけられると我慢が出来ない。 そういえば、「タテ社会の人間関係」で、中根千枝が《日本社会の人間関係は、 個人主義・契約精神の根づいた欧米とは、大きな相違をみせていて、まず「場」 を強調し「ウチ」「ソト」を強く意識する日本的社会構造に、どのような条件が 考えられるか》を論じ、タコツボ社会が日本的特質と指摘している。 その考え方そのものが、私の造語になるが「タコツボ思考」ということか。 自分を省みると成る程、いやに納得できる。ウツボが徘徊している中でタコは タコツボに入って、最後は人間に食べられてしまう。「うち」と「そと」の間の 「にわ」か「うちにわ」を日本人は昔から取り入れて自然を取り入れていた。
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2015年08月24日(月)
* 義兄の葬儀にて 一昨日は、15年前に亡くなった一番上の姉・正子の連れあいで、私にとって 義兄にあたる故人の葬儀に出席。 去年の11月末に、20数年前のガンが転移 したのが発見されたが、手遅れで、抗癌剤の治療などを受けていた。 享年87歳。出席者は60〜70人で、御斉は25人。 千葉の姉三人の代表として一番下の姉が出席、私は地元の親族代表で出席。 本葬だけで帰ってくる予定だったが、前夜半、不眠で睡眠薬二錠を飲んだ効果 が昼になって効いてフラフラの状態の姉に付添いを頼まれ、急遽、御斎に出席。 姉とともに中座をして骨拾いをしてきた。遺体はゲッソリ瘠せており、末期の 苦痛は酷かったという。これだけは、誰も通らなければならない道。 婿取り娘の長女の連合いで、城下町の価値観の中では、派手な社交人。 夫婦して、あれだけ楽しめば、波乱万丈だが、満足いく人生だったろう。 ご冥福を! 父方の従兄弟と、兄姉の親族の不幸は、15年ぶりになる。 結局、その後、姉を駅近くの従兄弟の家に報告がてら立寄り、 結局、自宅に着いたのが18時過ぎ。 * 北朝鮮が、またも 北朝鮮、何時ものコースの大言壮語で、何か有耶無耶の尻すぼみ。 今週中は、危ないが、北が総攻撃をしたら、3〜7日で、壊滅するのは 軍部は分かっている。状況から見て、金王朝の壊滅が早いのでは? 側近を銃殺するしか?手段がない、若きドン様、当人の粛清は秒読み? あの太り方は、糖尿の可能性が強い。こうなれば、三文スパイ小説レベルの 策謀を少し捻ればよいだけ。あの地雷、北側の軍部の一部が、政権打倒を 目指し、交戦を狙ったとみることも可能。そろそろ終わりの始まりか? これに加え、中国発の世界の株式の暴落がおきそうな空気も出ている。 秋口にかけて、不穏な危ない空気が世界を覆うのか。 ・・・・・・ 4910,ホントに大事なお金の話 −6 2014年08月24日(日) * つれづれに ーあと二割の収入が足りない あらゆる年収の人に「収入は足りてますか」と質問すると、ほぼ全ての人が 「足りてない」と答え、そこで、「あと、どれ位」と聞くと、どの人も決まって 「あと、二割は欲しい」と答えるという。私も、年金暮らしに入り、あと二割が 足りてないため、この実感が強い。これには意味がある。 その収入ごとに、全額を使う消費構造が出来上がっていて、常に不足感が出る 仕組みになっている。老後?のため、逆に二割を預金をするというから、日本人 は悲しい貧乏性である。 地球上には一日一ドルで生活をする最貧民が二割、 12億人も存在する。数日前、TVのニュース番組内で、知的障害のある夫婦の 収入が合計10万円で、時々、ご飯と味噌汁だけの食事場面が映し出されていた。 驚いたのは「生活保護を受けいれ条件を満たしているが、自立をして生きたいため、 頑張っている」という。知的障害があっても、人間の価値としては、ハイレベル である。2食にして、卵、御飯、味噌汁だけとしても? 家内には、年金生活者 の自覚が足ない!と言われるので、最近、机上のダイアリーに、毎日の出金メモ とレシートの貼り付けを始めたが、これはコントロールには良い。それでも、 やはり切迫感が乏しい。御隠居生活に入って気づいたのは、知識としてのお金に 興味があっても、金欲は格段に少なくなったこと。一通りの経験をしてきたので、 何かが欲しいとか、したい渇望は少ないため。 としても、やはり「あと、 二割は欲しい」もの。たかがお金、されどお金、である。お金が自由の塊と すると、全ての人が、二割の自由が足りてないことになるが、その自由を縛って いるのは、個々の固い先入観と思い込み。それに気づいてないから始末が悪い! 「何時までもあると思うな親と金」である。 ・・・・・ 4543, 「ひとり」には、覚悟から生まれた強さがある ー4 2013年08月24日(土) * アルコール依存症のケア 「ひとり達人のススメ」山折哲雄著 私は軽いアルコール依存症?、いや軽くないのかもしれない。医者通いは ないが、酒の上での失敗は多々ある。今では缶ビール一本と、缶のウィスキー の水割一本が晩酌の定番。そのうちの一本がノンアルコールビールだったが、 何時の間にか、ウィスキーの水割に変わってしまった。最近、ガラスの御猪口 でビールを飲み始めた。少しでも胃の負担を少なくしたいため。 その話を 酒友に話すと、「酒で身体を壊した知人が、舐めるように飲んでいる」という。 ここに依存症ケアで、成るほどと感心させられた内容があった。 ーその箇所を、抜粋してみるー ≪さきほどの鈴木先生は、心療内科に通ってくる患者の中にアルコール依存症 の患者がおおかった。先生は、定年で退職すると、アルコール依存症の会の 人々のケアを始めたのです。彼は使命感みたいなものを持っている人だったと 思います。私より2〜3歳年上で、戦時中は海軍に入っていた。 若い頃より軍人経験があり、それから僧堂にも通っていたと聞きました。 座禅の修行をかなり積み重ね、その延長線上に、断食というブラクティスも あったのでしょう。 ・・アルコール依存症の会とは月に一回の食事会で、 参加者は十人ぐらいと聞いています。食事会には約束事があって、それぞれが 自分の夕食として駅弁を買ってくる、そして一合のカップ酒も準備する、 ということでした。アルコール依存症だから全く酒を飲ませないというのは、 本当の治療に繋がらないそうです。 重要なのは、一合のカップを二時間、 三時間かけ、ちびりちびりやること。時間をかけて一合飲むと、酔いませんが、 体にアルコールはわずかずつ入る。みんなで語り合いつつ、ゆっくり飲むんです。 当然、駅弁の中身もゆっくり食べざるをえないでしょう。そうして飲み食いに 時間をかけ、カップ酒も弁当も空っぽになると散会する。なかなか趣きある 集会ではありませんか。この食事会、十人集まってはいても、ひとりひとりが 自分と向き合う時間になっているように私は思いました。みんなとし喋りつつ、 一合の酒の飲み方、駅弁の食べ方を自分で考えで、調整しながら、 自分と向きあっているんですね 》 ▼これはアル中患者のリハビリには最適だろう。まずは晩酌の飲み方から 始めるべし!ということ。ところで、晩酌を御猪口用のミニグラスで飲み 始めたところ、ビールと、缶の水割の味わいが深くなり、更に美味く感じる ようになってしまい、少しでも量を減らそうという魂胆は消滅してしまった。 書物や映画などで、アル中の重症患者の症状を垣間見るが、それは酷いもの。 自分のこととなると分からないが! アルコールは、薬物が水分になっている だけの気違い水。一時でも、狂いたいのは分かるが・・ 当面は、一本は ノンアルコール厳守にすべきか! 緩慢なる自殺のための薬物であるのは 分かっているが、どうも、適度の良い心地の誘惑には・・ ・・・・・・ 4168, あなたが大金持ちではない10の理由 2012年08月24日(金) 「あなたが大金持ちではない10の理由」ドナルド・トランプの著 アマゾンのネットサーフィンで見つけた不動産王ドナルド・トランプの著書 「あなたが大金持ちではない10の理由」が面白い。耳が痛いが・・ まず基本的な考えは「お金持ちになりたいなら、お金を持つ前からお金持ち のように思考しなくてはならない」である。まず金持ちであるかのように 考え振舞うことから始めよ、である。そう振舞ってもダメなのはダメだが・・ ー「あなたが大金持ちではない10の理由」ーとは ① 休みをとらなくちゃいけない・・・と思っている 「休みをとりたいなぁ」と思ったらその仕事はあなたに合っていない。 まず自分が好きになる仕事を選ばなくては! ② 睡眠とらなくちゃ・・・と思っている 著者は一日4時間しか寝ない(午前1時〜午前5時)。 寝る間を惜しむほど仕事に打ち込むことが基本。 ③ 集中力に欠けている 「私は相手が二、三語話しただけで次に何を話すかがわかる。 それが出来れば会話をリードできる」 相手に集中する能力。 ④ テクノロジーに頼り過ぎ メールでは感情を伝えられない。電話したり、直接相手に会うこと。 ⑤ 相手の期待値を考慮していない賞賛や驚きは相手の期待値により変わる。 相手の期待を知って初めて効果があがる。 ⑥ 仲間に頼りすぎている 最後は一人。「どんなことでも自分でできる!」と思い、自分でやるべきこと をやらなくては何も進まない。人に頼りすぎると仕事の遂行が遅くなる。 ⑦ 成功グセをつけていない 一つの成功は次の成功を呼び込む。まず実際に行動を起こし何かを 成し遂げる。著者は「彼の触ったものは黄金に変わる」評判がある。 ⑧ 意思決定がいいかげん 「意思決定は恋人を決めるときと同じように」。多くの人が意思決定を 「一目ぼれ」のように扱っていることを嘆く。会議で他人の意見を聞くのは 「あの子のことをどう思う?」と聞いているのと同じ。 意見を聞きつつ、 注意深く意思決定を進めること。 ⑨ 家族とうまくいっていない。 家族はもっとも重要。 家族と良い関係が、基本中の基本。 ⑩ 好奇心をもっていない 成功者は何にでも興味を持つ。興味はイノベーションにつながり、 成功の鍵。起きていることすべてに興味を持つこと。 ▼ 今さら金持ち云々など、関係ないが、それでも道理は面白い。 上手くいっている人は上記はクリアーしている。会社を創業し軌道に乗せるに、 ほぼ上記をカバーしないと不可能だが、それも震災ひとつで、パーである。 お金は、お金を意識しないで済む程度が一番よいという。年齢にもよるが、 一般的に100万ドルか、一億円が目安。 ・・・・・・ 3803, 哲学人 ー⑤ 2011年08月24日(水) ここでもテーマにした吉本隆明の「共同幻想」という言葉がある。 その典型が国家である。その元になっているのが、ウパニシャッド。 また信長が好んで舞ったといわれる部分の敦盛の歌詞 《 思へばこの世は常の住み家にあらず 草葉に置く白露、水に宿る月 よりなほあやし 金谷に花を詠じ、栄花は先立つて無常の風に誘はるる 南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて 有為の雲にかくれり人間五十年、 下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり 一度生を享け、滅せぬものの あるべきか これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ・・》 所詮は、幻想のようは儚い一生を鳥瞰した歌詞。 マギーは、ウパニシャッドを簡潔にまとめてあり、分かりやすい。 * ウパニシャッドとは ー「哲学人」ブライアン・マギー著より 【15、6歳のころ、世界の偉大な宗教の経典を集めた「世界の聖典]という 本を学校の図書館で見つけ、読んでみた。この本の中で、唯一、私の想像力 を心底かき立てたのが『ウパニシャッド』。驚いたことに次の記述があった。 「ー人間の知識と経験の全領域はイメージだけで成り立っており、そのイメージ は流動的であって、永遠不変の存在を持たないのだが、それに対して実在する 現実は、永遠に存在するものであるけれども、我々は直接それを知ることが できず、それを明確に把握することもできないー」。 私は自分の考えが目の前のページに、それも数千年前の昔の書物に載っている のを見て愕然とした。そこには、さらに、私の思いもつかない説明まで書かれて いた。それによれば、「私たちの心には無数の多様なイメージが浮かぶが、 そのイメージを去来させているのは、個々とのイメージと同数の、直接触れる ことのできない対応物ではなく、あるひとつの大きなものである。 私たちは個人として生まれたときから分化し、死ぬと再びそこにとけこむ。 突きつめると、実際には、その大きなものしかない。互いに相容れることなく 個々に分離しているのは、イメージだけである。また、イメージはあくまで イメージであって、主観的ではかないものである以上、そしてとくに、 人間には生来、イメージを独立して存在する事物と混同する傾向がある以上、 イメージを幻想とみなすのは、しかるべき理由があることになる。 分離した個々の事物、人間を含む個々のあらゆる事物は、してみると現像という ことになる。現実には万物はひとつ」 ・・・私には、この見解は確認できない ように感じられたのである。たとえこれが真理であったとしても、そのことを 知るすべが見当たらなかった。 とはいえ、この見解は、ある重大な事実を 痛感させてくれた。私は自分でも気づかぬうちに、ー存在しているものは基本的 に私たちの考えていることに「似ている」、すなわち多種多様なものが存在して いると想定していたー のだが、この想定には根拠がないことが明らかになった。 考えてみれば確かに、現実の本当の姿はどういうものかをめぐるいかなる意見 にも根拠がないように思われる。】 ▼ 過去を振り返ると、実際あの時の経験は記憶とていて残っている。 その対象も物理的に残っているものもある。しかし時間は、記憶も、物理的残存 しているものも、容赦なく変えてしまう。そうすると、残っているのはイメージ。 そうこう考えると、ブラフマンの存在こそ、そこから発生し、そこに戻っていく という考えに、ついつい・・ 夢幻でしか!と。恋愛など、性欲がつくりあげた イメージのダンスでしかない。ダンスが終わったら・・ 類推は、いくらでも出てくる。 ・・・・・・・ 3438, 腰痛について 2010年08月24日(火) 腰痛について何度か書いたが、《下にコピー》 去年も二回書いている。 この一年、日常的な腰の重みはあっても、顔をしかめるほどの腰痛はない。 一年間何もないのは近年には記憶がない。 低反発マットと、海老反りマシーン による背筋伸ばしと、立振動バイブレーション・マシーン効果がでているようだ。 四足だったサルの祖先を持つ人間が、両足で立って歩くようになったのが、 腰痛の原因。特にディスクワークで椅子に座る時間が長い人とか、 立ち仕事の過剰が腰に負担をかけるのが原因。 日常的に心がけることは、 ・なるべく歩くように心がけること(一日1万歩を目安にする)、 ・普段の姿勢で胸を広げアゴをひいて頭を背骨に上に置くようにし、 ・前かがみの時は、屈まないようにして膝を曲げるように心がけ、 拾うときは腰から上は立てたまま膝を曲げる。 ・右手でものを拾うときは、反対の左足を必ず前にだすこと ・電車の座席や、喫茶店、居酒屋で座席に座る時に、足を組まないこと ・腰の冷えに充分気をつけること、また夏の冷い飲物の過剰摂取による 内臓の冷えも危険 ・常に自分は腰痛持ちであることを意識をし、腰痛を目覚めさせないように、 注意をすること ・季節の変わり目には、腰痛になる前から腰痛ベルトを事前にすること などなど、ある。 腰痛と、嫁姑問題は、人類の永遠のテーマのようだが、予防の習慣で、 ある程度は押さえ込むことは可能。腰痛の御かげで、早朝の散歩の習慣を 25年間も続けることも出来たし、姿勢は良くなった。その結果、全身の 血の巡りは良くなった。 まずは嫌わないで腰痛と仲良くすること。 ―― 3063,閑話小題 2009年08月24日(月) * 日本文理高校が決勝だと 日本文理高校が、あれよあれよという間に決勝戦まできた。 国体開催の一月前ということもあり是非とも優勝をしてほしいもの。 今日は県内は大きな盛り上がりになるはず。昨日は県岐阜には勝てないと 踏んでいたが、まさか勝つとは。過去に準々決勝が最高だったから、新潟県 にとっては大快挙である。地元の予選では対戦相手とは段違いの力だったが、 ここまで来るとは思ってもいなかった。彼らナインも監督も同じだろう。 新潟県は、このところ二度の大地震が続き、景気も最悪の事態の上に、 この天候で稲作も期待できない。 優勝でもしたら国体までのつなぎになる。 たまたま今日は飲み会が入っているので、酒の味が美味くなる。 * 新インフルエンザの恐怖 商売が商売だけに、この新インフルエンザで日本中に蔓延した最悪の事態 も考えなくてはならない。半年も客が誰も泊まらないこともありうること。 そうすると「 」考えても仕方がないことだが、現実に有りえることである。 この恐慌?の中で、更に日本経済は壊滅状態。特に地方経済は体力が消耗 しているので深刻の事態になる。ビジネスホテルは直撃を受ける。 新潟国体の特需を計算に入れていたので、もし大幅の縮小となると大問題。 困ったものである。支配人の近所の親しくしている家の子息が新インフルエンザ になったとか。タミフルを飲んでホボ直ったというが、現実に身近に感染者が 出てきたのである。 お盆で海外旅行から持ち帰った菌と、帰省などの国内旅行 でばら撒かれた菌が、10日の潜伏後で表面化する。更に来週から学校が始ると、 密室の教室内で大蔓延するのは火を見るよりあきらか。一ヵ月後には、 日本中が新インフルエンザで大問題になっている可能性がである。 新潟国体の縮小も充分に有りうること。これからは一日一日が、スリルと サスペンスの日々になる! そうこう考えると、恐慌も重なった大津波の 本体が押し寄せてきたというのか。 数ヶ月先も読めなくなってきたが、 それが日本の現実か。 高校野球の優勝かどうかより、直撃を受ける本体 の方が大問題である。 不安と不機嫌の日々がつづく。
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2015年08月23日(日)
ークオリア再構築〜島田雅彦:茂木健一郎、対談集ー 森の生活(現役)からサバンナ(御隠居)に移動して、過去を振り返ると、 分岐点の判断に対しての後悔が出てくる。現場では、取り返しのきかない ことや、逆に適切な判断などが、思いやられる。 しかし、現在の私は、 その多くの過ち、成功の結果の現れ。だからこそ面白い。鋭い対話集である。 * 取り返しのつかないことやってしまう現場 ー島田雅彦 ≪ たった一度の過ちが運命を大きく左右する。 タイムマシンで原始時代に出かけ、美しい花を一輪摘んで、現代に戻ったら、 世界は滅びていた、という話があるが、人生も同じだとしたら、身がすくむ。 過去を振り返る時、いくつもの転機があったことに思い至る。たとえば、 妻に浮気がばれた夫は、あの時、携帯電話を机の上に置いておかなかったら、 隠し通せたのに、と考える。大きな契約を逃したビジネスマンは、あの時、 話題を政治に振らなければよかった、と後悔する。事故に巻き込まれた人は、 あの時一本早い電車に乗っていれば、避けられた、と嘆く。 しかし、誰もが占い師ではないのだから、今この瞬間の行為があとで取り返し のつかない事態になると予測することはできない。運命は刻刻変わるので、 その瞬間に正しい未来予測を立てても、五秒後には変わる。まさに、一歩、 一歩が命懸けである。占い師を過信するものは痛い目に遭う、と相場は 決まっている。細木数子もそれを認めるだろう。 ともあれ、時間は無情に先に進む。 迷っている暇はない。 人も歩けば、過ちを犯す。 だが、諦めを知る人には救いもある。 人生にはオプションがあって、挫折すなわち死ではない。 凡庸な人生を振り返る者より恥多き人生を振り返る者の方が回想は甘い。 輝ける栄光の人生には同じだけ恥に満ちている。英雄も凡人も今際の際 では平等だが、凡人にはこんな思いもある。 どうせ滅びるんだから、もっと過ちを犯しておくんだった。 ワルハラの城は炎上し、ライン川は氾濫する。 きっかけはスワッピングと裏切られた妻のヒステリー。 戦争も革命もそのきっかけは感情のもつれだったり、指導者の勘違いだったり。 英雄がしゃしゃり出ようが、凡人がのらくらしようが、歴史は痛くも痒くもない。 愚か者が英雄になり、売れない画家が独裁者になり、アル中の狂信者が大統領に なり、田舎のモテない男が億万長者になるのだから、歴史は長い目で見れば、 万人に平等だ。≫ ▼「輝ける栄光の人生には同じだけ恥に満ちている」が、 「暗い凡庸の人生にも、多くの光が満ちている」。凡庸の人生も、 輝ける人生も、振り返ってみれば、遠くから見れば、砂利の一つでしかない。 とはいえ、人生は生きているうちにある。 ・・・・・・ 4909,世界の美しさをひとつでも多く見つけたい ー3 2014年08月23日(土) 『世界の美しいさを一つでも多く見つけたい』石井光太著 * 「小さな神様から、小さな物語へ」 著者は、東北震災の地で、苦しんでいる被災民それぞれの「小さな物語」 を見つけ出す。起こってしまった現実に対し、自分を納得させる物語でしか 救われないのである。 ーその辺から(P222)よりー ≪ 「私は、夫が家にいた私を心配してもどってこようとして被災したのだと 思っでいます。夫は私を助けようと命を落としたのだと考えたいのです。 消防団員からすれば、「町のために死んだ」と考えた方が死を受け入れやすい はずです。しかし、奥さんからすればそう考えるより、「自分を助けようと 死んだのだ」と思った方がどこか納得できる。「小さな物語」が落としどころ となって前を向くことができるようになるのです。 ―夫は町のために死んだのではない。自分を助けるために家に帰ろうとし 流されてしまったんだ。私は彼女がそう自分に言い聞かせながら生きていこう とする姿を見て、こみ上げる感情を抑えきれなくなった。彼女にとって、 この物語がどれだけ大切なものであるか。それは闇に閉ざされた海に灯る灯台の ようなものです。この光があるからこそ、彼女は闇の中を進んでいけるのです。≫ ▼ 数ヶ月かけ書いてきたー「事業人生を決心して45年の」の語り直しーが、 これに近い。書くべきことでないが、自らを保つため書いてきた。いや、 このブログが、毎日の「小さな物語」。「死んで3日も経てば、300年前に死んだ と同じこと」というが、書き残こせば、痕跡になる。成るほどブログは墓場。 毎朝、過去の10年以上の同月同日の文章に目を通すが、これは過去の自分自身 への墓参りでもある。 ・・・・・・ 4542, 閑話小題 ー種銭の話 ー3 2013年08月23日(金) * 種銭は、まず一億が目安 日経新聞の『私の履歴書』で、誰かは忘れたが、「事業の種銭は一億円。 そして次は三億。何はともあれ、その金額を用意すること。」と語っていた 言葉が記憶に残っている。20数年前のことだが、その間にデフレもあり現在 でも通じる金額。「富裕層=ミリオネア」が金融資産1億以上というから、 これがロットしての目安のラインとみてよい。ミリオネアが、世界では1千万。 日本で190万人が存在するというから、一世帯あたり2・46人とすると、467万人、 総人口1億2600人として、37世帯に一軒が1億円の現金を持っていることになる。 「40軒弱の世帯が一億の現金を、その70倍の2700世帯に一軒が10億の現金を 持っている」と、家内の反応をみたら、「そんなにいるはずがない!」と 取合わない。 地方の最もマイナーの経済地域にいることもあるが、大学の 友人を見ると、有り得ること・・ 33年前の私の創業時の手持ち金額が1億。手持ちの土地が1億で、合計2億。 それに1億8千の借入で、総計3億8千が、最初のホテルの投資額。これが創業 としてのロットとすると、こんなもの。 ホテルは創業は華々しいが、一度、 投資をすると20年〜30年かけ回収する地味な装置産業。結果からして、10年を 節目で売却、転身すべきであった。その辺りが私の限界である。事業年齢から みて30年経過後の老衰死。 残ったのは、家内名義の自宅と、家内名義の 幾ばくかの預金と、何とか人並みに過ごせる?二人分の厚生年金分。 子供が本気で事業を望めば、自宅を売却して何とか・・ だが、子供も家内 にも、「家のために」「自主独立のため独立」とかいう気が全くない。 それより世界恐慌の本番に向け、下手に事業などしない方が得策。ところで、 100億、いや10億の現金があったら、何をしたいか? 今さら、何もない! 50歳代までに遣り尽くした感があるので、今さらハワイかシンガポールへの 移住するのも面倒。京都か、軽井沢近辺に住みたいとも思わない。 あとは人生をスキップしながら、適当に生きていければ充分。 世界恐慌の最中、衰退する地方も面白いと思えばよい。 ・・・・・・ 4167, 老年行動学 ー4 2012年08月23日(木) 「ご老人は謎だらけ 老年行動学が解き明かす」佐藤 眞一(著) * 「長寿者は少食」という、間違った思い込み 両親をはじめ、若い時から老齢の人との接点が多く、人生を充分に生きた 人たちのエキスを得ることができた。最期は脳梗塞やガンなどで亡くなった。 それぞれが壮絶で、生きた人生のとおり死んでいったが、死んでしまえば、 それまで。身近で知る限り、80歳から一年一年、急激に体力が落ちていく。 中年まではメタボにならず、老齢期に入ったら、逆に痩せ過ぎない方が良い。 長寿の人は、小食というより肉にしろ魚にしろ何でも食べる人が多く、食事を 楽しみにしている。愚痴は少なく、明るく何事にも興味を持つ性格が共通。 それと孤独の人は認知症になりやすいという。人の接点が少なくなり、 それが存在理由を小さくし、内に篭もる。それが認知症を進める。一般的に 男の方が定年後、横の関係が出来てないため孤立傾向になりやすい。 妻に先立たれると、孤立する傾向が強くなる。そこで個食が孤食になり、 その寂しさからアルコール依存症になっていく。 一度、アルコール依存症 になると、倒れるまで飲まないと気が済まない状態になる。その結果、孤独死。 孤立する原因に、時どき新聞ネタになる「ゴミ屋敷の住人」の主がいる。 老人の判断基準で分別が出来なくなり、苦情などでゴミを捨て辛くなり、 その結果、家はゴミの山になり近所との軋轢が出てしまう。この傾向は全国的 にエスカレートしている。私も、家内に先立たれたら直面する可能性がある。 自分の年齢と、その自覚の差異が7歳もあるのが問題の一つ。精神の老いに 生活が追いつけなくなる問題である。 もう一つ70歳を過ぎると免許証の 返納を勧められる。しかし本人にとって最後の砦を失うことになる。 危ないという自覚がないから、尚のこと。歳をとり日常生活でイライラする ことが多くなるほど、車の運転は自己効力感が強くなり、貴重な楽しみになる。 それを取り上げると、気力も何も無くしてしまう。いずれに、直面することに なると思うと暗くなるが、今日一日を精一杯生きていくしかない。 老人化も、冷静にみれば面白いもの。生きているだけ儲けもの? ・・・・・・ 3802, 哲学人 ー� 2011年08月23日(火) * 驚きを忘れた人々 (P/29より) 【 あらゆる意味とあらゆる目的がこの世界のなかにあリ、価値と道徳は人間に よってつくられる、つまり、価値と道徳は社会的・歴史的に形成されるのである。 真実はミステリアスであるとの意見を『彼ら』は理解できず、それゆえ人間の 経験の意味するところは私たちの理解を超えているのかもしれなといった意見を、 まわりくどい戯れ言(その正体はやはり宗教的なもの)とみなした。 私にとってこの態度のどこがいちばんなじみにくく、理解しがたかったというと、 それは私たちが存在していることに、というより、なんらかのものが存在して いることに驚異(あらゆるものが奇跡にほかならないということ)を感じる 感覚が欠けているという点である。 結局のところ、深く考えなくても、 子どもくらいの思考力さえあれば、私たちの経験のきわめて一般的かつ基本的な 特徴すら私たちは自分では気づいて当然なのに、私がいま述べているような人々は その点を見抜けなかったらしい。ある種の常識的なものの見方がほぼ正しいという ことを自明だととらえているようだが、私にとって自明だったのは 「常識は正しくない」ということだった。あっという間に不可解さと自己矛盾の 泥沼に嵌ってしまうからである。さらに正直に言うと、「『彼ら』は常識的な 世界観を否定することをばかげているとみなしたけれども、私からすれば、 それを容認することこそばかげていた。彼らの見解は、その基盤を顧みない あいだしかもちこたえ代物だった。はなはだ浅薄であったばかりか、支えとなる ものはなく、ぽっかりと宙に浮いていたのである。『彼ら』の見解の根本を 問いただしても、そうした疑問はことごとく退屈で的はずれなものとして 退けられた。世界や経験のさまざまな基本的特徴は、人間の推理力ではとうてい 理解できそうにないという事実に注意を向けようとすると、彼らはこの事実を 逆手にとって、問題を提起することを封じこめた。彼らの望みは、理解できる 事物の領域に自分の人生を閉じこめることだった。最初に挙げたクルーブと比べ ると、わずかながら深遠で批判的でもあったが、結局、両者の態度には多くの 共通点があったのである。大人になるにつれて、世界にまつわる驚異の念にひたり、 世界が差し出す解決できそうにない問題(とくに、時間、空間、物体の知覚、 物体の本質などに関する問題)にのめりこんでいったおかげで、私はまわりの 人たちからやや孤立することになった。こうした問題を語りあえる相手が 見つからなかっただけではない。そんな問題をもち出せば変人扱いされかねない ことを思い知らされたのである。人づきあいをしなかったわけではなく、 人生のほかの局面ではとても社交的な人間だった。昔から友人はいたし、 17歳になって恋愛もした。 パーティが大好きで、熱烈な音楽愛好家にして、 芝居通でもあった。それでも、経験のきわめて形而上学的な次元に心を奪われて いることは、たとえ日々そうした問題に取リ岨んでいたとしても伏せておくべきだ と知った。そんなふうに孤独感を覚えながらも、この問題に取り組んだのは、 なんといってもこの問題が圧倒的に重要であったからだ。私たちの本質や、 私たちが暮らしている世界の本質にとって根本的であるのに、こうした問題に 何故誰も魅了されないのか理解できなかった。頭の良い人なのに、何よりも 重大な問題に暗黙のうちに禁じられているには、何とも奇妙に思われた。 】 ▼ ここで、マギーは「 私にとって自明だったのは、常識は正しくない ということだった。あっという間に不可解さと自己矛盾の泥沼に嵌ってしまう からである。さらに正直に言うと、彼らは常識的な世界観を否定することを ばかげているとみなしたけれども、私からすれば、それを容認することこそ ばかげていた。彼らの見解は、その基盤を顧みないあいだしかもちこたえ 代物だった。」と、述べている。常識は、殆ど正しくないことは、今さらだが、 あえて事を荒立てることもない。私も常識とやらは、ほぼ間違えていると、 この年齢で実感する。考えてみれば「あの人は常識人」ほど侮蔑の言葉はない。 大部分である常識人のいうことを、まともに聞いてきた人生、何だったのだろう。 ・・・・・・・ 3437, 64歳の現時点で、感じること! ー2 2010年08月23日(月) * あと5ヶ月で65歳になるが 65年の人生を振り返ると、月並みだが長いような短いような感じだが、 決して長くはない。アッという間である。家庭に恵まれていたし、時代背景にも 恵まれていた。 満足度は70、いや80点である。明日の金が無くて呆然とした ことも無かったし、人間関係で悩むことも比較的少なかった。また事業を四十年 近く、やれたことが良かった。また装置産業を選択したため、自由時間に恵まれた のが良かった。好きな秘境ツアーも、私の環境=条件内では最大限に楽しむことが できた。 好きな本も充分に読むことができた。 好きな箱物(ビル)造りも、 小規模だが増築を含めると8棟を立ち上げることができた。もっと事業を大きく できたチャンスがあったが、恐慌になった現在、それが良かったかどうか。 第二次世界大戦の終了から、米ソの対立、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中国の 文化革命、そして、ソ連と東欧の崩壊、日本の高度成長、バブルと、崩壊、 そして失われた20年という長期停滞。ニューヨークの9・11テロと、 アフガン・イラク戦争。そして、極めつけがアメリカ発の大恐慌である。 それが今後、10〜20年と色いろなカタチで、20世紀的なものや、文化の 破壊がすすむ。65年の人生で、半分以上は成長期の時代を味わってきた。 特に20代、30歳代は、高度成長期にあたっていた。もう日本が、これだけの 右上がりに成長を謳歌する時代は二度とこない。そうこう考えると本当に良い 時代背景だった。情報化社会の到来で、劇的変化を始めた時代の入口を生きている。 その変化は想像を遥かに超えている。毎日が驚きと、感動と、おののきの日々。 それにしても知らないことが多すぎる。 ・・・・・・・ 3062,階級社会だと! −2 2009年08月23日(日) 上流階級?の人が落ちぶれた時に、階級の存在をシビアに知ることになる。 その時のハビトゥス(その人の習慣をつくりあげている文化構造)の崩壊の プロセスを身近で何人か見てきた。その崩壊は人間性の崩壊になる。 階級社会にとって必要なことは、その入れ替えの弾力性である。弾力性が 無くなれば階級社会が自滅することを経験的に知っているからである。 時間軸の長短から考えれば誰もが成上がりでしかない。イギリスは階級制度 のハッキリした国であるが、その入れ替わりには長年の経験上、当然のように 受け入れるシステムになっている。新しい価値をつくりあげれば、その価値 の創造者として認める。日本でも明治時代の伝統で、家柄より学歴を優先する 社会的システムができている。日本の最も優れた文化資産である。 (字数制限のためカット 2011年8月23日) ・・・・・・・・・ 2697, 散歩について 2008年08月23日(土) 散歩の習慣と効用については何度か書いてきた。1月から3月半ばを除けば 毎朝、豪雨でない限り歩いている。もう25年ほどになる。年々少しずつだが 歩数は減っているが、それでも毎朝一時間弱は歩く。 日本人の歩行は、 この三十年で激減しているという。30年前で7000歩が現在では 6000歩弱に、車通勤では、4000歩も歩かない。江戸時代には日本には 散歩という概念がなかった。車がないので、何処に行くのにも歩いていたから、 敢えて歩く必要も無かったようだ。それでも、現代人と比べると3倍から5倍は 歩いていたという。西欧人のように、「楽しみのための目的なしの歩き」に名前 を散歩と名をつけたのは、勝海舟であった。氷川清話には、散歩の話がところ どころ出てくる。散歩の語源は、漢方の言葉で、漢方の内服薬を飲んだあと、 その薬を早く吸収させるため歩くことを意味していた。勝海舟は、外国人が 生活の中に散歩を取り入れているのを見て、心身の健康の効用を看破した。 私にとって、散歩のない日々は考えられないほど、日常生活の一部になっている。 大雨で歩かなかった翌日など、身体から毒素(恐らく活性酸素だろう)が抜けて いくのがわかる。それと、脳の活動が活発になるのも分かる。これを続けて いると鬱病などなる訳がない。早朝に、陽光にあたりながら、鳥の声と、川の せせらぎの音を聞きながら、深呼吸をして歩いていれば、マイナス思考など 出ようがない。最近はiPodでアルファー波のタップリ入った音楽を聴く習慣も 取り入れた。哲学の小道が京都になるというが、決まった道を、他のことを意識 しないですむ道という。ソクラテスではないが、プラトンなどと問答しながら 歩いたのは、脳が活性化するためである。散歩を健康のためとか、考えるため、 というのでは長続きはしない。あくまで楽しい日課の一つとして取り入れて、 スキップするような気持ちで歩くことだ。最近80歳過ぎの少し痴呆症の入った 年配の人が散歩をしている。道に立って、来る人来る人に手を上げて親しそうに 話しかけている。 (字数制限のためカット 2012年8月23日)
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2015年08月22日(土)
「読書の腕前」ー◆_崎武志著 ー 読書日記 〜 * 本は「即効性のない」メディア 倉庫内の書棚で見つけて再読しているが、HP内の検索によると、 2008年1月31日に一回だけ、書評を書いていた。(後にコピー) 当時、熟読はしてなかったことは、読書日記が一回で終わっていた ことでわかるが、この本、改めて精読すると、なかなかの内容。 ここで、著者は「人間の土台は、『読書』がつくる」というが・・ それにしても、半世紀以上の読書を続けてきた割に、人間としての土台が、 軟弱なのは、20歳までの読書の絶対量が、あまりに少なかったためと、 自覚をしている。 〜その辺りから抜粋〜 ≪ 本というのはじわじわ効いてくる。あるいはそのときには気づかなくても、 後になって考えると、ちゃんと効果があった、とわかる。または、効き目が なくとも、いつのまに溶けて、静かに体内に吸収されてしまっている。 本とはそういうもの。だから、「本というのはもともと不便なもの」だと 北上はいう。 注目すべき発言である。ところが、現代は「不便」を嫌う。 効率や至便性を重んじて、極力「不便」を切り捨ててきた。 その点、本は、いやでも読む場所を固定し、そこに自分の肉体を釘付けにし、 いくばくかの時間を費やさなければならない。「読む」という意志も必要だ。 「不便」なことこのうえない。「そこに便利なものを求めてしまったら、 ものの中身が変質してしまうという怖さがあるでしょう」 北上は非常に重要な ことを、静かに主張している。なぜ、そんなに急ぐのか。なぜ、とりあえずの 結果や答えを求めようとするのか。仕事のことでは、大切なことかもしれない。 しかし、それは本の役目ではない。「あらすじ」だけ知って事足れりとした のでは、その本と出会うチャンスを永遠に放棄してしまったことになる。 本を読んでいる時間が惜しい? いや、ほんとうに惜しいのは、 読書の時間を失ってしまったことのほうだ。 『だれが「本」を殺すのか延長戦』で、デザイン評論家の柏木博と対談した 佐野は、こんなことを言っている。「幻想かもしれないけれど、僕は本という ものは、時間の流れを一瞬で止めることができるメディアだと思うんです」 われわれは否応なく時間によって動かされている。現代に生きる以上、 それから逃れることなどできない。画家のクレーは「人間という動物」を 「血でできた時計」と定義した。われわれはまるで、血という電池で動いて いる時計、なんだと。 読書はそんな時間の流れに逆らう行為である。 視覚と脳を通して、読めない人にとりては記号や模様にしかすぎない文字を、 速やかに解読し、心と身体になじませていく。こうした奇跡のような行為は、 文字通り、時間を忘れて没頭しなければできない。天体の運行も、この地球上 のすべての時計の針も止め、ひとところにじつとして、ただ本のなかを流れる 時間だけに身を委ねる。そんな至福の時間を放棄して、「あらすじ」だけで 答えを求めて何になるというのだろうか。 〜p18・19 ≫ ▼ 人間を、「血で出来た時計」とは、いい得て妙である。 大学に入るまでは、試験勉強に追われ?面白いと思える純粋な読書習慣は、 あまりに少なかったが、20歳・30歳代は、一日、2〜3時間、40歳代は4時間、 50・60歳代は5時間は、読書に時間を当てていたが、ノートや手帳に記録する 習慣がなかったことが悔やまれる。 50歳半ばから、この随想日記に書き残して きたが、それまで大学ノートに、せめて1〜2ページの読書録、備忘録を書いて いたら、格段に豊かな知識の相乗効果があったはず。知識の蓄積の量と質は、 直ぐに露出するから怖い。 〜つづく ―――― 2008年1月31日 「読書の腕前」ー 面白そうなところを何箇所、書き写してみた。 なかなか含蓄のある読書論であり、何度も肯いてしまった。 ーー 川面に多くの舟が漂っている、私たちはひとりひとりが違う舟に乗って 流されている。中には錨を下ろしている舟がある。 川の流れを時の流れ、舟を人生にたとえたらいいだろうか。そして、 本を読んでいる時間は、動かぬ舟の中で、川の流れを感じるようなものだ。 川は永遠に流れていく。水がある限り、流れることをやめようとしない。 そんな悠久の流れを、ひととき止めたりを舟の中で感じる。 本を読むということは、そういうものだと思っている。 ―ー 寝床で読む、喫茶店で読む、電車で読む、バスで読む、食事中に読む、 トイレで読む、風呂で読む、眼が覚めている間中ずっと読む。 ーー 飯島耕一が 「何もつよい興味をもたないことは /不幸なことだ /ただ自らの内部を / 目を閉じてのぞきこんでいる。/ 何にも興味をもたなかったきみが / ある日/ ゴヤ のファーストネームが知りたくて/隣の部屋まで駈けていた。」 「生きるとは / ゴヤ のファーストネームを/ 知りたいと思うことだ」 ーー 読書に費やしたこれまでの膨大な時間を、もっと別の有意義なものに 置き換えられなかったのか。そんなふうに悔やんだことは一度もない。 一度もない、といま気づいたことに驚いている。 ほんとうに、一度もないのだ。そうして生きてきたのだ。 だから、明日からも同じように生きていく。 ー― 「本を読むことで得る大切な収穫の一つは、他者を知ることだと思います。」 色川武大 「読書の楽しみの一つは、私にとってこの他人を生きること、 他人になれる喜びかもしれない」 遠藤周作 「僕は本を読む労働のための忍耐力をつちかったのである」 大江健三郎 本は膨大な人間のモデルを提供してくれる。しかも、相手の忖度を気にせず、 思うまま、自由にそのモデルと触れ合うことができるのだ。 ーー 田辺聖子が読書論の中で、 「もし出世と引き換えに何をとるか、ということになったら、それは何か」と、 同年代の友人たちと、あるとき話題になった。さまざまな意見が飛び出した。 いい女房を持つ、硬骨に生きる、世間を捨てて山頭火になる・・。 しばらくして、誰かがしみじみ言ったことに、みんながうなる。 「出世せんでもええ、毎日読みたい本を読んでたのしく暮らせたらええなあ・・」 ^^^^^^ 以上だが、今のところ読書が人間にとって、一番良い習慣である。 最近はインターネットというトンデモナイ手段が出てきたが、 それでもジックリと他者と対話が出来るのは本である。この本も、直ぐに アマゾンの中古本を発注したが、まだまだ面白い箇所が多数ある。 バイ(´・ω・`)ノ ーつづく ・・・・・・ 2333, ホッファー −2 *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ! 4908,世界の美しさをひとつでも多く見つけたい ー2 2014年08月22日(金) 『世界の美しいさを一つでも多く見つけたい』石井光太著 * 小さな神様見つけ方〜◆〜蠎蠅諒弧で大切にしている神様を見出す! 人生は妄想によって生み出した「小さな神様」に頼って生きるしかない過酷 の旅でもある。それが過酷であるほど、しがみつくしかない。 宗教の原点が、そこにある。 ーその辺りから抜粋ー 《 ムンバイの売られたレンタルチャイルドでさえ、マフィアを心の拠り所 としている。これまでの旅で出会った人たちも同じでした。 たとえば、 ヨルダンのナイトクラブで会ったイラク人売春婦は男性客を不安に怯える自分 を支えてくれる大切な人と見なしていたし、バングラデシュの公園で暮らして いた少女は変質者の男性を一緒にいてやさしくしてくれる大人と見なしていた。 みんなそれぞれ闇の中で何かしら心の拠り所をつくり上げ、それにすがり つきながらがむしゃらに生きていたのです。人間は絶望の底につき落された時、 懸命に光を見出そうとします。それは、救いを求める人が神にすがる行為に 通じるものがあります。「貧困に生きる人々が苦しみの果てで生み出すのは 神様のようなものだ」といえるはずです。もちろん、ここでいうのはキリストや お釈迦様のような存在ではありません。教義を有する宗教における神ではない。 ただ、個入にとっての救い主という意味では、同じような存在であり、私は それを「小さな神様」と呼ぶ。マレーシアであった兄妹の彼女は、誕を垂れ流し、 会話もできないほどに精神を病んでしまっていた。そこで兄は妹を連れて祖国の スーダンを離れ、知り合いを頼ってマレーシアに辿り着いた。コタキナバルで、 兄は妹にリハビリを施していました。心の闇を吐き出すために絵を描かせ、 静かな公園へ連れて行って気晴らしをさせたりしていた。 私はそんな二人と 何度か話をしたのですが、妹が妙なことをいいだしたことがありました。 こんな話でした。「スーダンの故郷には、私のことを待ってくれているやさしい 人がいるの。兵隊さんなの。私は彼と結婚するつもり。だから、国に帰りたい」 どうやら彼女を拉致監禁した武装組織の兵士と婚約をしているということでした。 なぜ自分をつかまえてレイプをした側の男性とそんな関係になったのでしょうか。 兄はその話題について詳しく説明しようとしませんでした。ことの真相を知った のは、しばらく経った日のこと。その日、私たち三人が暮らしている安宿へ 赴きました、そこで兄から妹が語る「婚約者」について・・・ それは彼女が作り上げた妄想でした。(略)・・・そうやって生み出された 個人のごく小さな希望や幸福が「小さな神様」となる。私は他者を見つめる際に 大切なのは、相手がどんな小さな神様を抱いているかを知ることだと思います。 その人にとって希望だとか幸せだとかいったものは「小さな神様」に集約されます。 それを発見することが、その人の価値観に寄り添って物事を考えることにつながる。 ・・それでは、小さな神様を見つけるにはどうすればいいのでしょうか。 決して難しいことではありません。 一言で表せば、「自分の文脈で勝手な 価値観を押し付けるのではなく、相手の文脈で大切にしている物を探すこと」 その人が何を小さな神様と見立てるかには、きちんとした理由があります。 何かしらの文脈で小さな神様ができ上がっているのです。従って、その文脈で 考えさえすれば、ちゃんと小さな神様が何であるか、つまり何を幸せとして いるかが見えてくるはずなのです。》 ▼ いかなる惨状の中でも、必ず希望を見出して生き抜く人間の生命力、 そこには、惨状だからこそ、浮かび上がってくる小さな神がいる。 そこでは、世界がひっくり返るほどの感動、美しさが見えてくる。 それが、著者が伝えたいこと。 ところで、私の小さな神様は何だろう? ・・・・・・ 4541, 「ひとり」には、覚悟から生まれた強さがある ー3 2013年08月22日( * 宗教の伝統的な実践による心の治瞭 「ひとり達人のススメ」山折哲雄著 私が学生の頃、親戚が末期ガンと知らされ、その苦しみ恐怖から逃れるため 『写経』に没頭し亡くなっていった。この本で、死の恐怖を克服する実践に 『写経』と『散歩』を上げている。『散歩』には遍路や巡礼が含まれる。 早朝の散歩で、吐く息に身体の毒を、吸う息は大自然の霊気を入れ込む イメージすれば、身体に良いはずである。 ーまず、その辺りを抜粋ー 《 三十代で、絶食によってわが身体とは何かを考えるようになった私は、 体と心の関係に強い関心を持ち始めていました。そして四十代に入ると、さらに 興昧深い出会いが待っていたのです。さまざまな経緯があり、私は母校である 東北大学の文学部に宗教学の助教授として迎えられることになり、東京から東北 に戻りました。当時の母校の医学部には、最近亡くなられた鈴木仁一先生という 心療内科の助教授がいらしゃった。心の病がからんで、どの科でも回復の望めない 患者が、心療内科の鈴木先生のもとへ送られていました。彼は患音の心の病を治療 する、今でいう心身医療の専門家でした。その鈴木先生がやっていたのが絶食療法。 もともと戦前の東北大医学部では、女性のヒステリを治す治療法として絶食療法が 行われ、基礎が出来上がっていた。その診療法で女性のヒステリーの60%近くが 治ったという結果もある。先生は、その絶食療法を中心に治療している。ただ、 絶食療法は、誰でも有効というわけでない。どういう人が効くかというと、 意志の強い人だと、いっておられる。そこで思い浮かんだのが山頭火。 山頭火のような修行ができる人間というのは意志も意地も強かったはずです。 意志の弱い、普通の人は、なかなか絶食療法ができない。 私が「死ぬきは断食で死ぬよ」と言ったら、賛成する人もいるが、 「それは思った以上に大変なことだよ」と、反対する人もけっこういます。 やはり食を断つということは並大抵の覚悟ではできないのです。 それでは 意志の弱い人には、どういう治療をほどこすのかを尋ねると、「写経」という 方法あると先生言下に言われた。それから「散歩」とも。俗世の欲望を捨てる ための修行のひとつに「とそう」というものがあります。「行脚とそう」 ともいう。これは徒歩で修行のために諸国を遷ることです。お遍路も含めて 巡礼というものは、みんなこれに入るでしょう。けれども写経や散歩はいろんな レベルのものがあって誰にでもできるので、人それぞれに応じたことを薦めます。》 ▼ もうダメと悟ったら、断食を考える。無理なら、四国のお遍路に出るか、 身体が動ける範囲で近くを歩き回る。 天候の具合で、疲れて家に居るときは、 写経を書いて過ごす。それも終わりに近づいたら、点滴などを拒否し、可能な 限り、食を絶って、自然死を待つ。そのぐらいしか出来ないが、身内に今のうちに 伝えておくこと。 死に時には死ぬ覚悟が必要!以下の、去年の文章が丁度よい 内容である。老いの準備から、死に準備の移行である。 あと一年数ヶ月で「古希」になる。 ・・・・・・ 4166, 老年行動学 ー3 2012年08月22日(水) 「ご老人は謎だらけ 老年行動学が解き明かす 」佐藤 眞一(著) * 長寿の人の共通点 ーわがままに生きる 「憎まれもの世にはばかる」ではないが、歳をとると因業になる。 先がないので抑えていた我がままが表だつ。 長寿の共通点が「わがまま」。 わがままと因業は紙一重。 ー その辺りをまとめてみた。 【 日本には100歳をこえる人は4万8千人いる。50年前には153人 しかいなかったというから300倍以上。10年前で1万人をこえたという から、僅か10年で5倍である。人間の寿命の限界は、フランス女性の122歳。 100歳以上の人に対し医学や遺伝子の様々な研究が行われていて、心理学研究 では、ある程度共通した性格ががわかっている。男性の場合は、性格が几帳面で、 自分を曲げないで、日課がほぼ決まっていて、生活がきちんとした人。 女性の場合は、明るくてわがまま。ちょっと強引だが、周囲の人を幸せにして くれる‘大阪のオバチャン’みたいの人。男女とも「わがまま」の人が長寿。 「自分勝手」とは、少し違うが、我が強い人である。「わがまま」の意味は、 「自分が決めたことを、自分の思うようにできている」で、誰かが元気がない時、 その人が喜びそうなことを、積極的に動く人。それは「自律できている」こと。 自律を保つことで幸福度を高く保っている人ということになる。アメリカの 心理学者が、面白い実験をした結果がある。 ≪ 三匹の犬を一緒につなぎ、電気ショックを与える。 一匹目は、電気ショック を与えたら、鼻でパネルを押すと電気ショックを 押すと止むようにし、二匹目は、一匹目が押した時に、電気ショックが止むが、 自分では何をしない。三匹目には何もしない。これを繰り返した後に、 それぞれを仕切に分けたボックスに入れて、電気ショックを与えると、 二匹目の犬は、すぐに飛び越えられる低い仕切りでも、うずくまっただけで、 逃げようとしなかった。この犬の状態を「学習性無力感」と呼ぶ ≫ 】 ▼ 何か勤め人根性が染み付いて、退職後に誰も指示しないため無気力になる 大方が二匹目の犬に近い? 身につまされる人が多いだろう。身近な人に似た ような人がいるが、人生は誰も同じようなもの? わがままな二代目か、婿取り 娘が果たして長生き?かというと、そうでもない。それぞれ気苦労がある。 ライフワークを続けること自体が、わがままになるが、10年20年が必要。 今からでも遅くはない。 ・・・・・・・ 3801, 哲学人 ー 2011年08月22日(月) 『哲学人』 ブライアン・マギー著 ー読書日記 ー 第一章 子供のころの記憶 〜時間に始まりと、終わりはあったのだろうか?〜 【 何かが存在するためには、その何かは「ほかのものとは違う何らかの個性」 を備えていなければならない。つまり、その何かは「異なるもの」も存在して いなければならないのであり、その「何かに限界がなければならない」のである。 したがって、いまあるものに終わりがないということはありえず、いまあるもの に始まりがないということもありえない。私は始まりのない時間も終わりのない 時間も不可能であると確信するようになった。かといって、始まりや終わりが あるという可能性をつかめそうにないわけでもなかったが。さらに、似たような 問題が空間に関して存在することにも、私はすぐに気づいた。いまでも覚えて いるが、ロンドンからイングランド中部のマーケット・ハーボロに 疎開していたころ(確か十歳か十二歳の頃だった)。公園の芝生に横になって雲 一つない青空をずっと奥まで見通そうとしながら、こんなふうに考えたことがある。 『 もし僕が空のなかにまっすぐ、昇ってそのまま突進んでいってたら、 どこまでも進んでいけたっていいはずだ。でも、そんなことはできない。 どうしてできないのか? きっと最後には終わりみたいなものに突きあたるから だろう。だけど、どうして?最後に何かにぶつかるのだとすると、その何かは 空間のなかにないといけないんじゃないだろうか。そして、その何かが空間に あって、空間ももっとあるとすると、その向こう側にも何かがあることになる んじゃないか。ただ、そうすると限界がないことになるけれど、終わりのない 空間なんかあるはずない。終わりのない時間がありえないのと同じである。』 こうした問題にしきりと頭を悩ませた末、私はこう考えるようになった。 最大の間違いは、自分に想像できないものがあるはずはないという仮定にある のだろう。 考えられることと、実際にありうることとは違うのかもしれない。 結局のところ「つぎはどうなる? そのつぎは? そのつぎは? そのつぎは? 」 と、ずっと問いつづけていれば、確かにある意味では、永遠につづいていく ものがあると考えることはできる。しかし、その永遠につづくものは考え られるだけで、実際には存在しないということも、当たり前のような気がする。 無限というものは、考えることはできても、存在することはありえない。 たとえば星の敗が無限であることなど実際にはありえないように・・。 それとも、自分は落とし穴かち抜け出そうとしているのに、いままた落ちつつ あるのだろうか? ともかく、真相がなんであれ(考えられるものが存在できず、 考えられないものが存在できるとしても)、それは自分が現に抱えている問題を 解決する役には立たないだろう。 時間に始まりがあるのかないのかについて、 それは真相を教えてくれないからである。いったい、このふたつのうちどちらが 本当なのだろう? 】 (字数制限のためカット 2015年8月22日)
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| 5272,「エリック・ホッファー自伝」〜⑦ 『希望より勇気を』 |
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2015年08月21日(金)
「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳 * ホッファーが生きた時代背景と、弱者 ホッファーは、自分の生きた時代背景と、そこに適応出来ない人々の 精神状態が、いかなるものか?を、自身をそこに置くことで詳細に観察した。 当時は、現在の断絶の時代に酷似しているようだ。情報機器を使いこなせない 中高年たちは、情報段差に呆然とするしかない。それでも、タブレット、 スマホの普及がフォローをしてはいるが。物理的な金銭に加え、現在は 情報格差の問題が加わっている。 ≪ ホッファーが分析の対象としたのは、何よりも同時代の「気質」であり、 そこに生きる人々の「精神状態」であった。近代人は、長きにわたって拘束 された神から逃れ、ようやく自由を手に入れたものの、今度は、 「かれ自身の魂の救済を、しかも四六時中、行なわねばならなくなった」。 自らに対して、そして社会に対して、自らの価値を日々証明し、自らの存在を 理由づけなければならなくなった。 これは容易ではないし、絶え間なく変化 する社会に生きる一個の人間にとっては途轍もない重荷である。 われわれは、往々にして、自分自身に満足できず、「自己自身と異なったもの」 になりたいと熱望する。そして、「真に欲していて、それを持つことができない ものの代用品」を追求して多忙をきわめる。好ましからざる自己から自分を 引ぎ離し、文字通り「心を亡くそう」と試みる。かくて、「人生のあらゆる 部門に熱狂の噴出がある」のであり、「社会組織そのものが、一般に、心の病 に冒されやすい、すぐ燃えやすい体質になってしまった」とホッファーは洞察。 本書に鮮やかに描かれているように、この簡潔で力強い分析の源泉は、 彼自身の浮浪者としての原初的な生活の中にあった。 「金がつきたらまた仕事に戻らなければならない」生活に自殺未遂をするほど うんざりしながらも、それを克服して「旅としての人生」を生き抜いていく ホッファー、その彼は、季節労働者キャンプでのささいな出来事から、 自分も他ならぬその一員の「社会に適応しえぬ者たち」に興味を抱き始める。 そして、彼ら固有の自己嫌悪が放出する「生存競争よりもはるかに強い エネルギー」こそが、人間の運命を形作るうえで支配的な役割を果たしている のであり、「弱者が生き残るだけでなく、時として強者に勝利する」ことが、 人間の独自性であるという洞察に到達するのである。 ここで本書の歴史的な背景に少し目を転じてみると、ホッファーは 路上にあった1930年のカリフォルニアには、浮浪者がかなりたくさんいた。 F・L・アレンの『ジンス・イエズタディ』(1939年)が記している、その原因 のひとつは、テキサス州からカナダ国境から大平原地帯で起きた異常気象。 1933年から二年余りにもわたって無数の嵐が起こり、過度の放牧で荒廃した 広大な地域で大量の砂が吹き上げられた。大恐慌ですでに苦境にあった。 この「黒い大吹雪」と大洪水によって、決定的な打撃を受ける。 農業の崩壊は、町を衰退させ、住民は、「約束の地」西部へと逃れる。 そして、ホッファーと同年生まれのスタインベックが『怒りのぶどう』 (1939年)で鮮烈に描いたあの苦難を経験したのである。 「普通の安定した地位に留まることができず、社会の下水路へ押し流された人々」、 「居心地のよい家を捨てて荒野に向かった者たち」こうした人々の内面に欝屈する 「こんなはずではない」という不満と「別の人間になりたい」という変身願望を、 ホッファーは折に触れて感じていたのかもしれない。そして、自分の内面を 厳しく見つめ、自分が存在する歴史的世界を認識することによってこそ、 あの近代人の「情熱的な精神状態」を見抜くことができたのであろう。 人間の抱く"情熱"の現実を見ようとしたホッファーは、常にその両面性を 指摘した思索者でもあった。われわれは、まずもって、情熱的な精神を 「創造の新秩序の発生」として見なければならない。情熱のない人間など、 その独自性を放棄した存在に等しい。しかし、同時に、それが「退行化」 そして死をも辞さない狂信になることに絶えず警戒を怠ってはならない。 この世の悪を絶滅しようとする宗教的、民族的・イデオロギー的な熱狂の 罠に陥ってはならない。そもそも「山を動かす技術があるところでは、 山を動かす信仰は要らない」のである。 情熱を飼いならし、加工し、創造的なカへと変容させること ーそれは、 きわめて困難な作業である。「抵抗しがたい渇望」は突然襲ってくるもの。 しかし、われわれは、「希望」より「勇気」をもって、それをやり抜かねば ならないのだとホッファーは訴える。自己欺隔なくして希望はないが、勇気は 理性的で、あるがままにものを見る。希望は損なわれやすいが、勇気の寿命は 長い。希望に胸を膨らませて困難なことにとりかかるのはたやすいが、それを やり遂げるには勇気がいる。闘いに勝ち、大陸を耕し、国を建設するには、 勇気が必要だ。絶望的な状況を勇気によって克服するとき、人間は最高の 存在になるのである。≫ ▼ 考えさせられる内容である。時代に合わせ、自分を変えてるリスクと勇気 こそが激動の世に求められる。それは常に不安定が伴うが、それを観察し、 楽しめる精神の強さが求められる。現在は、「情報革命による断絶の時代」。 『勇気』こそが、時代を切開くキーワード。人生を創造していく勇気!である。 ・・・・・・ 4907,ホントに大事なお金の話 −5 2014年08月21日(木) * 真のお金持ちは紙袋を持つ 元ネタは、プレジデントオンラインー2010年8月頃の記事 『なぜお金持ちは紙袋を持つのか?』 ー面白いと思った部分の要約をするとー ◎ お金持ちはなぜ紙袋を好むのか? 彼らは紙袋で移動してもOKだからだ。 運転手付きの車、タクシー移動とドアtoドアで雨にも濡れない。 だから紙袋でも平気。必要なくなれば折りたたむことも、処分することも できる紙袋が、一番使い勝手がいい。 ◎「海外ではいい時計や靴がセレブの証だ」というが、本当のお金持ちに とって、それも無意味。なぜなら予約の際すでに彼らの身分は割れている。 お金持ちは決して粗雑に扱われないルートで予約するし、定宿は決まっている。 一流ホテルとなれば、常連の顧客の顔を覚えていないわけがない。安い時計に スーパーで買ったシャツでも、彼が歓待されるのはそういうわけがある。 ◎ ブランドショップにもいない。ものを買うなら知り合いから少しでも 安いものを買うのが基本。 ◎ さらにお金持ちは「ブラックカード」や「プラチナカード」も持たない。 「ゴールド」ですら必要ない。「年会費がバカ高くてもったいない、普通の カードで十分」。必要な局面ではコネがあるので優遇されるし、不必要な 場所で自分がお金持ちであることを、ことさら触れまわるのはリスクが大きい。 ◎ また彼らは絶対に見栄を張らない。元もと、「お金持ち」であることを人に 知らせる必要がない。ランチは1円まで割り勘。でも慈善事業に多額の寄付を している。使い切れないお金を持てる人は、それに振りまわされない独自の 価値観をしっかり持っている。見栄を張ると無駄な出費も多くなります。 本当のお金持ちは絶対に見栄を張らない ▼ ここで著者がいう本当の金持ちは、上の上の人たち。百億以上の資産を 持つ人たち。上の中といえば、純資産が10億以上。上の下が1〜2億。 上の下から上の中ギリギリが、その嫌らしさが現れ出てくる。知識同様、 その辺りの「似非」が金持ちを演じたがる!金持ちのラインは10億の現金か、 純資産である。 47年前の学生時代に、一ヶ月間の大名旅行をした時、 ここでいう大金持ち?の子弟が多くいた。 身なりからして違う人種。しかし お金には、非常に敏感で細かい。何気ないオシャレでブランド品をさり気なく 着こなしていた。見栄を張るのは一部の人たちのみで、開放的でフレンドリー。 漂う空気からして、それまでの友人とは違っていた。周囲の思惑など気にしない で、紙袋などを平気で、何処にでも持って行く。その紙袋が実にセンスが良いが。 こういう存在を身近で見る初めての機会だった。 当時、その段差を、さほど 意識はしなかったが、現在、考えると、上記の通り。 時おり海外ツアーで、それらしき人を見かけるが、まずユニクロを着ている ことを隠さない。アンダーとして割切っている。元もと隠す必要がない。 ブランド品を着ること自体、自分のセンスに自信がないため、ブランドで、 それを覆い隠すしかない。 TVドラマで、セレブ世界のドロドロした社会が 出てくるが、その世界を知らない人が演出したものとしか思えない。実際は、 あんなものではない。それぞれ独自の価値観を持って振り回されない人が殆ど。 この一連の経験から見えたのは、それぞれ独自の価値観の質の格差。 その視点の質は、隠せないようだ。 ・・・・・・ 4540, 「ひとり」には、覚悟から生まれた強さがある ー2 2013年08月21日(水) * TVが比較地獄をつくった 「ひとり達人のススメ」山折哲雄著 まずは、ひとりになれない人たち、B層の人たちの比較地獄の話。 自分の頭で考えることが出来ず、マスコミに流されていること自体、気づかない 人たち。ファッション、化粧、車、スマートフォンなどメーカーの比較戦略の 術中に嵌ってしまう。人間の性としてのコンプレックスこそが狙い目で刺激する。 ファッションのプロと称するオカマが、街頭で女性に声をかけ、服装のセンスを チェックするお笑いコーナーとか、健康チェック、英会話など番組が続く。 そのTVの弊害の結果、「ひとり」になれない比較、嫉妬地獄の罪人のような 群衆のひとりにされている。 ーその辺りを、抜粋するー 《 戦後の変化といえぽ、テレビ文化の波及もひとつ。家庭の娯楽の主役が ラジオからテレビへと移り変わり、映像が強大な影響力を持つようになりました。 テレビというのは視覚を重規したメディアです。そして、現代人は視覚を 重要視し、視覚に振りまわされるようになった。もちろん、人は基本的に、 朝起さてから夜寝るまで、目を開けています。たえず視覚を使い眼前にある 何ものかを見て、さまざま判断をしている。もし、ひとりが嫌いで、常に誰かと 一緒にいるとすると、どういうことが起きるのか。視覚は人間を比較に誘います。 この人は(自分より)いい服を着ている、あの人は(自分より)容姿が整っている… 視覚で判断すると、要望や才能、環境などの違いが歴然とします。そのことに 耐えられない人が多いはず。人間は平等、平等と教えられてきたにもかかわらず、 現実を見ると、何から何まで違う。だからひとりになれない人間、結局は比較 地獄に陥る。たえず他人と自分を比鮫せずにはいられない。比鮫して、自分が 劣っていても、現実はどうすることもでません。すると恨みがつのって、 「嫉妬地獄」に移行してしまいます。さらに批難や中傷、陰口の井戸端会議で、 自分より優れていると判断した人を引きずり下ろそうとする。このような、 群れの関係がしばしば陥りがちな「嫉妬地献」から身を守るためにも、 ひとりの時間は大切だと思うのです。 》 ▼ 私が地元に帰ってきて、まず決めたことは、学校関係以外の人間関係を 最小にすること。商業界とか、ライオンズとか銀行が主催する「何何会」 とかは、まさに比較地獄の世界。町内、寺の檀家衆、商店会とかには「ひとり」 になれないB層がC層を中心にした輪があって、住みやすい絆がある。 そう、NHK連続TV小説のコメディの東北の、あの街の人たち。実態は、 あれは地獄の針のむしろに座っているようなもの。都会人が思い抱いた地方の 理想郷、妄想である。地方経済は疲労困憊の結果、若者は都会に出ていくしか なくなっている。絆は、一人一人が確立されて出来るもの。その逆の弊害を TVが数十年かけて作り上げてしまった。それから逃れるためには、 ライフワークを持つしかない! それがA層とB層の境目の目安である。 それさえ持っていれば、比較とか嫉妬に陥ることが少なく済む。TVも、 シネマも、ネット、面白くなっている。これでは、比較材料の垂れ流しで 「ひとり」になれない人たちの嫉妬地獄の修羅場が、ますます拡大していく! 「和して同ぜず」なら良いが、「同じて、和せず」になる。アウトサイダーは、 「和せず同ぜず」になるが、インサイダーとして、何処かの高校の校是に 「和して同ぜず」があるが、「ひとり」が鍵になる。 ・・・・・・ 4165, 閑話小題 ー今年の熱さ対策 2012年08月21日(火) * 今年の熱さ対策 今年は当初は熱暑だった。しかし7月末辺りから暑さも収まってきたが 再び盆からぶり返してきた。ひと月前にミニサイズの扇風機二台を買ってきて、 居間と書斎に一台ずつ置き、これまでの古い扇風機と併用して使っている。 それにスーパーで売っていた「冷却ジェルパック首もとベルト」を3つを 冷凍庫で冷やし交互に使っている。これは冷たさが一時間しかもたないが、 冷却時間が三時間のため複数必要になる。 ところで今年の電力不足騒ぎ、 今のところ起きてない。問題は残暑のこれからになるが。クーラーは寝室の 就寝時間だけ入れて、居間では夕方の一時間ぐらい入れている。 夏場の電気料金が月に三万円、一日千円になる。 * 大手大橋にて 先週土曜日の早朝、何時ものようにポタリング(ミニ・サイクリング) の大手大橋で、ヒキチャリをしながら歩いていると、後ろから声をかけたれた。 車椅子に乗った隻手の男性で、恐らく交通事故で右腕を根元から切断、下半身 麻痺で自走式車椅子である。私の電動アシスト自転車に興味を持ち声をかけてきた。 電動アシスト自転車の良さを説明すると、自分の車椅子が電動切替え式で、 背後に電動モーターがついていて時速6キロという。何度か薄暗い中、かなりの スピードで走っているのを見たことがあった。人それぞれの運命と人生がある。 ところが昨日の朝、いつものコースの信濃川の土手を走行していると、 屋根つきの休憩所で、30歳前後の男女二人が、その電動車椅子を畳んでいた。 本人は不在で、まさか聞く訳もいかないで、遣りすごしたが。その前に何か (熱中症とか?)あったのだろう。ポタリングを始めて4年目になるが、 続けていると色いろある。そういえば、雀が少なくなった。去年の大雨で 河川敷の雑草地に水が使ったせいだろうか。燕も少なくなった。 多いのはカラスだけ。 ・・・・・・ 3800, 人間の五感が認知できる範囲を世界という 2011年08月21日(日) 「知的余生の方法」渡部昇一著 〜2 * 人間は世界内存在である 第二の人生は、その世界内存在の隅に足を入れたことでもある。 隅から逆視線で世界内を見直すと、これまで見えてこなかった世界内存在の皺と 虫が不思議に思えるぐらいに奇妙に見えてくる。なるほど悲劇と喜劇は裏表とか、 善悪の基準のいい加減さとかが。学生時代あたりから、この辺のこと、 「現象に現れていることと、本当のことは、違う」ことをゼミなどで少しだが 分かっていた。だから、「学び続けていないと、大きな転換期に対応できなく なってしまう」危機感が人一倍あったが、最期は、このザマ。それでも、最悪の 事態の備え、家族を事業に入れないとか、家内と私の通帳管理は全く別にして おくとか、家内にも厚生年金を別口でかけておくとか(退職金や、倒産時の失業 保険はないため)一般の勤め人とは違ったリスク管理をしてあった。 それをもって勤め人の立場からすると、計画倒産というらしい。 【「人間は世界内存在である」という場合の「世界」というのは、人間の五感が 認知できる世界ということになる。縦、横、深さの他に時間をいれてもせいぜい 四次元の世界である。五次元、六次元の世界がどのようなものであるかは想像 すらできない。音も光も人間が五感で認識できる周波数の範囲は限られている。 それは、象の皮膚の襞の中の寄生虫には星が存在せず、梅の香が存在しないよう なものではないか。人間は五官世界に閉じ込められていて、これから逃れる方法 はない。 この状況を「人間の世界内脱出不可能性」というらしい。 人間は象の皮膚の嫉につく寄生虫とは違う。人間は自分が五官の世界内に存在 していることを知りながら、そこから脱出しようという努力をしたり、脱出する ことを、祈ったりするからである。そしてそれに成功している人もあると 主張する人もいる。それがオカルトである。オカルトとは、つまり五官と時間の 囲い込みを超越しているという意味。どの宗教の神様も人間の世界内に閉じ込め られてはいない存在だ。だから有難いのである。神様とはいかないまでも、 超能力があるという人もある。ある宗教家には私の前世がわかるという。 私の霊魂は在原業平とベンジャミン・フランクリンのそれだったという。 二人とも私が好きな人であり尊敬する人でもあるから悪い気はしないので、 それを信ずるわけでないが、有難く承っている。こういう認識の仕方は、 人間の世界内存在の状況を完全に超越しているわけである。普通の人間は 解剖学的制限の下にある。これを哲学的に言えば「世界内存在」の実体である。 だから解剖学者はオカルト世界を認めない人が多い。霊魂だとか超能力などは、 人間をいくら解剖し、いかにすぐれた顕微鏡や検査法を用いても存在をつきとめ られるわけではないからだ。】 ▼ ビックバンが起こって宇宙ができたというが、それは世界内というのか、 それを人間の知識が感知した範囲でしかないから、人間は世界内存在という のか、どうか。インドのカースト制度。それぞれの身分に世界があり、最下位 にも、チャンとした目下がいる。世界は、それぞれの視界内のことになる。 この情報化、世界中の寄生虫が、他の寄生虫と瞬時に情報交換が可能になった。 ・・・・・・・ 3435, 再び、死について考えてみる ー3 2010年08月21日(土) 新聞広告に「死ぬときに後悔すること」の幾つかが載っていた。 直接、死とは関係ないが死際の後悔は事前に準備で少なくできる。 面白そうなのでネットを調べてみた。 ーアマゾンの「死ぬときに後悔すること25」の紹介文よりー 《 ほとんどの人は死を前にすると後悔するという― では人生の最期を前に、 どのようなことに後悔するか。本書は、終末期医療の専門家である著者が、 千人を越す患者たちの吐露した「やり残したこと」を25に集約して紹介。 この本の著者は1000人の死を見届けた終末期医療の専門家。 死に直面した時でも充実した生き方をして生ききったら、 『この世に未練はない!』の境地になれそうである。》 =「死ぬときに後悔すること25」のうち20に絞って記した。 ▲1 健康を大切にしなかった ●病気になる前にお金を使うか、なって使うか ●健康のうちから健康を大切にする ○3 生前の意思を示さなかったこと ●大切なのは遠慮なく話し合うこと ●平素から意思疎通をしておく ◎5 自分のやりたいことをやらなかったこと ●自分の気持ちに嘘をつかない ●自由に生きるか、忍耐に生きるか ○6 夢をかなえられなかったこと ●一つのことを続けると良いことがある ○8 感情に振り回された一生を過ごしたこと ●小事に心を揺るがせないこと ?9 他人に優しくなれなかったこと ●優しさを行う難しさ 心の優しい人は後悔が少ない (字数制限のためカット2015年8月21日)
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2015年08月20日(木)
* 天津の大爆発 〜まずは、この事件のニュースの一部から 【 爆発現場の空気中から高濃度の有毒な神経ガスが検出されていたと伝え 爆発現場の倉庫には700トンのシアン化ナトリウムや、800トンの硝酸 アンモニウムなど、 40種類以上の危険化学物質計3千トンが保管されていた。 中央テレビによれば、専門家は「こうした物質が水と混ざったり、アルカリ化 したりして神経ガスができるほか、 爆発の過程で化学反応を起こし、有毒性の ガスが生じる」と 指摘した。 中央テレビでは「神経ガスを吸い込めば呼吸器 系統や心臓などが突然停止し、死亡に至る可能性がある」と紹介した。】 テロではないと思うが、どうだろう。数百人が爆死をしたと思われるが、 実際の死者数は表立てないだろう。 もし危険物質の存在と、ずさんな管理の 隙をテロリストに狙われたなら、ことは深刻。この事故、中国政府にとって、 株価暴落、二度の人民元の引下げ直後であり、あまりにタイミングが悪い。 ネット上の、この事件による影響についてのコメント、 ≪ 世界第四位の港、天津大爆発はタイミングが悪かった。 輸出依存型経済モデルから内需主導の経済への戦略的転換点で、 この大事件が起こり、日本企業を巻き込み、サプライチェーンが破断された。 ときあたかも、目指す内需は不動産不況の余波で盛り上がらない。 大都市では不動産価格の上昇も見られるが、全体で見れば、まだ住宅過剰在庫 を持て余している。新規住宅建設が低調なので、そこで使用される素材である 鉄やセメントなどの需要も急減している。そうなると負の連鎖で、鉄やセメント 工場の設備投資は増えない。更に、新たな経済を主導する産業セクターとして 期待されている医療、教育、観光、情報産業などへの移行も遅々として進まない。 現状を放置すれば、世界的経済減速で旧経済モデルの輸出も盛り上がらず、かと いって新経済モデルの産業も伸び悩む、経済構造変換の端境期にあるわけだ。 そこに天津大爆発の追い打ち。 既に、習政権は、人民元切り下げという 「伝家の宝刀」を抜き、力づくで、中国製品の国際競争力を高め、他国の輸出 を奪う戦略に出ていた。今回の急激な人民元切下げは終息したようだが、また、 近い将来、その第二ラウンドが起こるだろう。通貨安競争は終わってない。≫ ▼ この爆発は、世界第四位の港の保管庫で起こった事件。毒ガス、化学兵器 の保管庫?というのは明らか。あの穴の大きさからみて、ただならぬ爆発 だったことが分かる。共産党内部の権力闘争の真只中で起こった化学兵器倉庫内 の大爆発、単純な火災爆発でないと見るべきである。何か変だが、それを 隠すため、矛先が海洋への領土侵略に、より強く向かう可能性が高くなる? ・・・・・・ 4906,世界の美しさをひとつでも多く見つけたい ー1 2014年08月20日(水) 『世界の美しいさを一つでも多く見つけたい』石井光太著 * 小さな神様見つけ方 〜� 幻のプロ歌手への夢 前回取り上げたー『レンタルチャイルド』の著者、石井光太の最近の著書を 図書館から借りてきた。『世界の美しいさを一つでも多く見つけたい』である。 その中にあった‘小さな神様の発見’が良い。 まず、インドネシアのストリートチルドレンの「小さな神様」の話である。 ≪ストリートチルドレンたちは常に飢餓や伝染病の危険に瀕していますが、 決して意気消沈しているわけでない。街角で友達と追いかけっこをしたり、 肩を組んで流行の歌をうたったりしています。私はそんな姿を見て、彼らの 精神力の根本には何があるのかと不思議に思っていました。ある日、私は理由を 知ることになります。何人かの子供たちと話をしていたら、共通する逸話がある ことに気づいたのです。それは彼らの希望ともいうべき話。次のようなものです。 『この国は貧しいから、ストリートチルドレンとして育った子供は多いだろ。 だけど、歌さえうまくなればお金持ちになって楽しい暮らしができるようになる んだ。昔、この町のストリートチルドレンに毎日歌をうたって上手になった人が いた。彼は路上で歌をうたって施しを求めていたところ、音楽プロデューサーに スカウトされてプロの歌手に。瞬く間に有名になり大金持ちになった。 僕もそうなるんだ。毎日路上でうたいつづけているのは、これが僕にとって成功 する方法だからだ。僕は先ぱいのようにプロ歌手になって大金持ちになるんだ』 似たようなことを多くのストリートチルドレンが喜々として語っていました。 彼らによれば、ストリートチルドレン上がりの歌手は何人もいるそうです。 ストリートチルドレンにとってこういう歌手は目標になっている。 彼らは学校教育を受けていないため大きくなってもまともな仕事に就けることは ほとんどありません。だからこそ、プロの歌手になることを目指して毎日歌を うたいつづけている。私は何人もの子供たちからこの話を聞くにつれ、 「プロの歌手」というのが誰だか気になりました。 ある日、レコード販売店 を訪れ、その歌について尋ねてみたら、店長はきっぱりと、 『そんな歌手はいないよ。ストリートチルドレンたちの妄想だろ。路上で育った 子供は社会的な常識もなければ、麻薬で体はボロボロになってしまっている。』≫ ▼ チャップリンが似た状況から、歴史的喜劇役者になった事例がある。 しかし、そこは欧州の話。インドネシアでは不可能だろう。その中で、 小さな神様という共同幻想をつくり、信じることも必要だろう。 ムンバイのギャングに売られたり浚われた子供たちは、その中で、マフィアを 慕っている。彼らは、やさしくしてくれるからである。そして、それぞれが、 それぞれの「小さな神様」を見出している。 ところで私の小さな神様は何だろう。 ありきたりだが、私は両親。 母親が常日頃の口癖、 『私には、幼い頃に亡くなった父親の背後霊がいて、子供の頃から私を守って いてくれていた!』 幸せな人と思っていたが、68年の人生を振り返ると、 極限になると両親から受継いだ体質が自分を守っていた。 ただ末っ子のファザコン、マザコンでしかないが・・ 有難いことである! ・・・・・・ 4539, 閑話小題 ー新富裕層の出現と移住 2013年08月20日(火) 一昨夜のNHKスペシャルで、日本やアメリカなど新富裕層が節税のため税率の 低い国への移住する人々を取り上げていた。株式の利益に対しては税金ゼロ。 所得税も、日本の4割未満とか。 ーNHK・HPの番組内容の説明によるとー 《 世界中で巨額の資産をもつ新富裕層が増えている。経済のグローバル化や 金融の高度化により、短期間で富を築くことができるようになったためだ。 こうした新富裕層を自国に移住させ経済を活性化させようという国も増えている。 所得や金融取引にかかる税金を安くすることで、やり手の起業家を呼び込む。 日本人新富裕層が向かうのが、シンガポール。新富裕層の実態や各国の思惑を 取材し、世界経済に与える影響を探っていく。》とある。〜ネット検索によると 《 調査会社キャップジェミニとロイヤル・バンク・オブ・カナダが共同で 調査した。 富裕層は、居住用不動産を除く金融資産を100万ドル(約9700万円) 以上持つ人と定義した。国別では米国が前年比12%増の343万人と圧倒的な首位を キープした。米国のS&P500種 株価指数は昨年、13%上昇。米住宅市場の回復 もあり、富裕層の持つ資産がかさ上げされた。 米国では富裕層の金融資産のうち 4割弱を株式が占める。リスク資産への投資比率が高いことが伸びに寄与した。 2位は同4%増の190万人となった日本。3位のドイツ(101万人)を含め、 上位3カ国で 世界の5割強を占めている。アジアでは中国(64万人)と韓国 (16万人)がそれぞれ14%、11%伸びた。 一方で、低迷 したのが中南米。 景気の鈍化が深刻なブラジルは16万人と前年のほぼ横ばいにとどまった。 富裕層人口は世界に1090万人存在し、その保有資産も約42兆7000億米ドル (同9.7%増)と増加中。・・・ 》とあった。 ▼ NHKのレポートで、シンガポールで「フェラーリを持っているのが参加資格 のクラブ」の一人の日本人を取り上げていた。殆どが真っ赤なフェラーリで スポーツシャツも同色で10数人が集っていた。可愛いいが、そこには金の情報 が集まる。国籍をシンガポールなど税金の安い国に移すのは、財政危機の日本 では、自然の流れ。「富裕層=ミリオネア」(金融資産1億以上)の中に、 金融資産10億円を超す「超富裕層=ビリオネア」が存在、ビリオネアは日本に 2万6千人存在している。 現在のところ表立った株式や国債の暴落は無いが、 ある日、何かの切っ掛けで爆発するのは時間の問題。私が審査基準の5億?以上 の金融資産があれば、シンガポール辺りに。 ・・・・・・・・ 4164, 老年行動学 ー2 2012年08月20日(月) * 自伝的記憶 「ご老人は謎だらけ 老年行動学が解き明かす 」佐藤 眞一(著) 最近、思い出す頻度が高いのは20〜25歳の頃のことが多い。当時の日記が 残っているためと思っていたが、その年頃は強い感情が満ち、自由で未来への 旅たちの時節。少しの決断が、人生を大きく左右に分けてしまい後悔も大きい。 多くの自伝的記憶は、この頃がピークになる。あの極度の緊迫感のあった日々は 過酷だが懐かしさが残る。 ー次の部分は、理解しやすいー ≪ 日常のできごとの記憶である「エピソード記憶」のうち、自分の人生に 関する「自伝的記憶」だけは、20代をピークに、10歳後半から30代前半まで の青春時代のできごとを、たくさん思い出すのです。なぜか青春時代よりも 今に近い、30代後半以降のことは、青春時代ほどには思い出しません。 この、青春時代の記憶を突出してたくさん思い出す現象を、 「レミニッセンス・バンプ」と呼びます。レミニッセンス・バンプは、老人に 限ったことではありません。中年以降の人ならば、誰にでも起こります。 では、いったいなぜ、青春時代の記憶だけが突出しているのでしょうか? その理由の一つは、「強い感情を伴うできごとは、記憶しやすく思い出しやすい」 という、記憶の特徴が挙げられます。10代後半から30代前半にかけては、進学 したり就職したり、親元を離れたり、友と出会って友情を育んだり、けんかを したり、恋愛をしたり結婚をしたりと、強い感情を伴うできごとが多くあります。 そのため、それらのできごとが、ことごとく心にしっかりと刻み込まれるのです。 また、親の監視下から離れ、なおかつ重要な仕事を任されることも、養うべき 家族もないといった、社会的責任のない青春時代は、人生でいちばん自由かつ 可能性に満ちたた時代です。親や地域の抑圧から解放され、社会からの抑圧は まだない。ほんのひととき。その、今は失ってしまった自由と可能性に満ちた 時代に、人はノスタルジアという感情を喚起され、好んで思い出すのです。≫ ▼ 自伝的記憶は、その時どきで再編成される。あらゆる可能性に満ちた青春 時代は、老いるほど懐かしいものとなる。俗世の縛りから解放され、そこはか となく楽しい気分でいられる時間がある老人は、楽しいことを思い出しやすい。 人間は楽しい気分の時は楽しいことを、悲しい気分の時は悲しいことを思い出す 傾向にあるためである。人生のピークは、青春の真っ只中にあるため、その辺 の記憶が鮮明に戻ってくる。 老年は、自分の人生という物語の記憶を校正 している。過去の日々を思い出し、「日々是好日」というより、過去の 「日々是口実」を都合良くすることになる。自伝的記憶の再構成である。 ・・・・・・・ 3799, タブレット式パソコン 2011年08月20日(土) そろそろタブレット式パソコンを、と思っていた矢先に、この一連の騒動。 ここで、少し落ち着いたので、家電メーカーのタブレットPCのコーナーに行って 驚いた。それより隣のモバイル携帯電話コーナーに驚いた。その内容は今度に して、タブレット、ここで買うと二年間は縛られてしまうので慎重になる。 売り場で感じたことは ・ソニーかアマゾンの読書用専用の機種か、 ・ドコモの多機能のものか、 ・MacのiPadか、 ・家のパソコンに無線ランをつけ、電波を飛ばして、 家庭内の第二の携帯パソコンとして割り切ったものに、大方分類される。 その中で、どれを選ぶかである。 私の知人のように、両方選ぶというのも あるが・・ 年金生活者として殆ど家にいる身として別に買わない選択もある。 電話機能付かどうかは機種によるが、モバイル携帯が大きくなっただけ。 各メーカーが数年後の主力商品を目指し機能の競争が始ったため、少しでも 後の方が良いものが出てくるはず。しかしデジタリアンとして、ここで我慢 するのも辛い。外的世界から、内的世界に気持ちの重心を移動したので焦る 必要もない。ところで最近、モバイル携帯電話やタブレット式PC用の直感的な ブログが出始めてきた。写真と、映像が直感的に表現でき、かつ見やすく面白い。 数年後には、これにデジタルTVかパソコンに連動するのだろう。 最近、目にする丸めることが可能なシート式モニターにモバイル携帯を連動 するものが出てくるはず。こと、デジタル機器に関しては、想像を遥かにこえた ものが次々と出てくることになる。手段=道具の方が、人間の進化を超えて きている現実は、プラスにもマイナスにもなる。ますます、面白、怖い時代に なっていく。とにかく、モバイル売り場へ遊びにいってみたら、今と未来の 一部が垣間見れるはず。ランニングコストは、モバイル携帯が6千円、 タブレットが7千円。その中間的大きさの商品が初期投資0円になっていた。 その境目の基準が、大きさだけだと! 今日、明日、他の家電メーカーの店頭で、 説明を聞きにいくつもりだが、今のところ、あと数ヶ月は待つ方になるのでは? ところで一年前に買いかえた多機能TV、面白過ぎてバカが増している。 今さらか・・・ ・・・・・・・ 3434, 再び、死について考えてみる ー2 2010年08月20日(金) * 死に際の恐ろしさ 家内が、近所に住む友人の通夜で聞いてきた話。肺が溶けていく病気で (肺結核)、息の出来ない苦しさと痛みの果てに、最後には「オトウサン、 助けて!」と叫んでいたという。断末魔の苦しみは、近親者に一番辛いもの。 同級生の葬式で、衰弱しきった遺体を見て驚いたばかり。死に際の苦痛は避ける ことが出来ないのだろうか。最後は独りで苦悩と苦痛の中で死を向かえると 思うと、何ともやりきれない。といって考えても考えなくとも結果は同じ。 なら考えない方がよい。年寄りは、そういう事例を多く見聞きしているから 「ぴんぴん・ころり」と死にたいと、願うのである。死を悲劇と考えるか、 生の成就と考えるかは難しい。最近、亡くなった友人の大部分は、苦痛と苦悩の 果てに亡くなっていった? 最期は、リンゲル(麻薬)の濃度を高め、苦痛を 緩和し、その果てに死を早めるしかない。そこではリンゲルによる極楽と、 肉体の苦痛の地獄が混濁する。父親も、手術後の数日間は苦痛の極みにあり、 「あんなに苦しむなら、手術などしなければ良かった!」と死ぬ数ヶ月前に 言っていた。 手術の一年後に亡くなったが、最期は病室で独りで頭を掻き 毟っている姿をみた。「死んでいいから、どんどんリンゲルを打ってくれ」と、 延命より、安楽死を望んだ。また、私の4番目の姉の旦那が亡くなった時の、 断末魔の苦しみの状況も、姉からリアルに聞いた。最期は苦痛で暴れるのを、 何人かで抑えて・・ 亡くなった。 数年に一度は、訳のわからない新聞記者 とか、検察が、断末魔の苦しみの末に、強いリンゲルとか何かで死期を早めた のを聞き込んで、逮捕や刑事告発をするケースがある。ガンだけではないが 死に際には苦しむ患者の息を止めてやるのが、医師の役割。誰が苦痛の際で 生きているより、早く解放された方が良いのは当たり前のこと。 死は誰にも平等に、思わぬ苦痛を伴いやってくる。人生は生きているうち! 美味い酒を飲んで、好きなことをして、後悔の残さないように生き、そして 最期は、のたうちまわって死ぬしかない。上手く死ぬのも芸のうち、など 言っていられない。ホテルのバスにナミナミと水を張り、睡眠薬をタップリ 飲み、美味い日本酒を一升も飲めば楽に逝けそうだが。 まだまだあるが、こういうジョークは止めておこう。 ・・・・・・・・ 3059,逆説思考 −3 2009年08月20日(木) * 「逆説思考」を逆説で思考してみよう。 まずは逆説思考の典型的事例は、フランクルの心理学である。フランクルが 「夜と霧」で、死と隣り合わせの日々で、コペルニクス的転換の心理転換。 「人生に何かを求めるのではなく、人生が私に何を求めているか。生き抜いて 愛する人と再会をし、自分の残してある仕事をやり遂げること」である。 人生が何を人に求めているか? ・創造価値(何かを創造することによって実現される価値) ・態度価値 (人生でどうにもならない究極の場面で態度を変えることで実現される価値) ・体験価値(何かを体験することで実現される価値。美しい夕日や景観を見て 実現される価値) これらを知るために、「本当にしたいことは何か」「夢は何か」 「人生の目標は何か」をまず追求すべきである。しかし、自分の人生は無意味 という観念にとらわれた人にとって、その価値を受け容れることが難しい。 それでは、どうするか! 「闘う」ことしか、自分の価値を創りあげることが できないのである。人生に押しつぶされいる人は、「生きるのが辛くなっている」 のである。その「つらさ」については哲学者ドゥルーズが原因を追究している。 彼は「器官なき身体」という生きることの実相を明らかにしている。我われは 「欲望」と「欲求」によって動いている。喉が渇けば水を飲むことによって 欲求を満たそうとする。性欲も、食欲も、睡眠欲も、排泄欲もである。 しかし、それだけで人間は行動するわけではない。自動車がガソリンの補給と、 ラジエーターの水の交換だけで動くものではない。それは自動車が人間の目的の ための道具であるのと同じく、人間も、身体の生理的欲求だけでなく、 「器官の欲求」を超えたところに存在する何かのありさまを「器官なき身体」 とドゥルーズはいう。 ー彼は以下のようにいう。(*参考 「現代思想の使い方ー生きるのが つらいと感じた時ードゥルーズ」P176) 「闘いとは、反対に、力と力で補完し、自からの捕らえるものを豊かにするあの 『器官なき身体』の生命力のこと。赤ん坊が呈示しているこの生命力、すなわち、 執拗で頑で飼い馴らしがたく、あらゆる器官組織的な生とは異なる、 そんな生きるー意志である。」それは、私たちの「存在そのもの」に由来する 力であり、「存在そのもの」が指し示し、進んでいこうとする方向性である。 「存在そのもの」とは「生そのもの」と置き換えることが出来ます。 (字数の関係でカット2013年08月20日)
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2015年08月19日(水)
* 久々の大物スターアスリートが出現 高校野球に、久々の大物・清宮選手がデビューをした。まだ15歳だが、 風貌は20歳後半。三年前のTVの報道で、彼の大物ぶりを報じていた。 当時のプロの目から見て、「ベーブルース並み」の潜在能力があると 報じていたが、「まさか!」と思っていた。当時の身長は、現在とほぼ同じ。 この4試合を見る限り、決して、その言葉が大げさに思えないが。 球をとらえる前さばき、全身のシナリ、バットの鋭さ、ふてぶてしさ、 風貌、どれもを見ても、イチロウ、松井秀樹レベルか、それ以上? しかし、ネット上の記事の辛口のものもある。 《 準々決勝含む4試合で16打数8安打の打率5割。2試合続けて本塁打を 放つなど、計4試合で8打点。本塁打まで打った1年生のどこが「まだまだ」 で、「パワーヒッター」じゃないのか?。「脚力を含めて絶対的なパワーが ないしフォロースルーも小さい。打つポイントが体に近く、ボールを最短距離 でとらえているので基本的にはセンターから左方向へライナーを飛ばすタイプ。 スイング自体もコンパクトで、レベルよりダウンスイングに近いため、打球も 上に上がりづらい。ホームランバッターがよく、とんでもなく高いファウル フライを打ち上げますけど、そういう飛球がいまの清宮にはありません。 松井や清原が1年生で甲子園デビューしたときと比べると体のキレ、躍動感、 スピード、パワーで物足りない印象ですね」(同) 別の球団のベテランスカウトによれば、「東海大甲府戦(15日)の本塁打 にしても、芯でとらえればあれくらいの飛距離は出て当然。それより何より 対戦する投手のレベルがヒド過ぎる。130キロちょっとで、打ちごろのボール が甘いコースに来れば打って当たり前。清宮だけがとらえているならともかく、 それ以外の早実の打者までボカスカ打ってるじゃないですか」。》 少し買被り過ぎに、この位の内容で少し冷静に見た方が、本人にも 良いのだろうが、問題は今日明日の内容になるが、やはり逸物である。 相撲でも、同年代の少年に清宮並みの大物が、何かの大会で優勝をした。 こっちは買被り? それぞれのスポーツに、こういうのが次々と現れてきた。 親がかりのマシーンをつかった天才教育の結果だろうが、清宮は、まだ12歳で、 既に183㎝のアスリートとして出来上がった身長があったところがポイント。 一風変わった、沖縄のトルネード投法のピッチャー、アフリカのハーフ、 オジサン顔の15歳の超大物など、面白いのが出てきた。時代は、変わった。 ・・・・・・ 4905,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー49 2014年08月19日(火) * 総括の総括 ー① このテーマのシリーズも、目安だった50回に近づいてきた。 しかし、思いついた時々に‘つれづれに’加えていくことにした。 ホテル事業の準備段階までのことは、今まで、深く振り返ったことが 無かったので、書き出してみると面白い。しかし肝心のホテルは転売時期を 逸し、後半の15年間は、2001年の9・11テロと、2004、2007年の中越地震と、 刈羽沖地震が発生。 2008年のリーマンショックを経て、2011年の3・15の 東北大震災を向かえ、その直後の3月30日に倒産に至った。 経営的には、2001年の9・11以来、右下がりの坂を駆け降りていた。 1985年から始まったバブルは、1989年の株式の納会で最高値をつけた翌年 11月に、半値の20000円まで下げた。更に、数年かけ、最高値の5分1の8000円 以下まで下げた。「バブルの崩壊」は、あるとき一瞬に起きた現象ではない。 崩壊は、開始から数年間をかけて徐々に生じた過渡的現象で、その進行は 地域や指標の取り方で異なる。崩壊は1991年10月ごろ始まったが、その頃、 ソ連、東欧の共産圏の社会主義圏が崩壊をした。中国は実質的に社会主義を 放棄、資本主義に変わり始めていた。バブルとバブル崩壊が日本の大転換期で、 欧米に先立って、崩壊過程に入っていた。事業は改革を続けないと、「へ」 の字のように右下がりの結果、消滅をしていく。時期的に3分1が上り坂で、 3分2が下り坂になる。これは店も同じ。 開業以降、バブルを含めて10年が 利益の面からみて上り坂で、後の10年はナダラカな下りで、最期の10年は、 急激な下りになっていた。リーマンショックで地方経済は大打撃。 しかし、新潟駅前に留まっていたのが、撤退には都合が良かった。 現在も、4棟のうち3棟が、同じ名前でホテル営業が続いている。 買い手が、名前を引き継ぎたいというから、快諾をした。同じホテル名なら、 表向きオーナーが変更しただけで、事業体の生命が続いていることになる。 拒否も真剣に考えたが・・ まあ、いいだろう! と。 ・・・・・・ ・・・・・・ 4538, 「ひとり」には、覚悟から生まれた強さがある 2013年08月19日(月) 「ひとり達人のススメ」山折哲雄著 孤独の必要性を今さら、哲学者の書で読み直すこともないが、図書館で手に とった時に、「ひとりとは思考すること」と「考えるとは心を震わすこと」を 目次の中で見つけ借りることにした。 会社から離れ、日常生活で「ひとり」 でいる時間が圧倒的に多くなったが、さほど誰かに会いたいとか、話をしたい とかの渇望は少ない。 家内以外と私的会話を一月もしないことも度々。 これだけ、ここで色いろ主張していれば充分だが・・ 創業を20歳時に 決心した第一歩が「ひとりに成りきる」ことと、『ひとりの世界』のつくり方が、 人生のテーマ。それ以来、早朝の読書を中心にした独学が芯になった。 振り返ってみると、独学の「独」が、重要だったことになる。学のためには、 独(ひとり)になること。スポーツクラブのヨガなどで、図書館、ランチの店、 シネマで、まず自分が独り座る位置を決めておくと、その辺りが精神的な テリトリーになる。慣れてしまえば「ひとり」ほど自由で気楽なものはない。 まずはアマゾンのー内容紹介ーより 《 散るさくら 残るさくらも 散るさくら―良寛の作と言われていますが、 はっきりしません。ただ、この句をじっくり味わうと実に奥深いものが感じ られます。それは、私たち日本人の感性に訴えかける「無常観」や「死生観」 が込められているからです。2011年3月11日。そこから意識され始めたのが 「絆」でした。確かに、人は誰かと繋がって生きています。しかし「孤」 があって初めて人との繋がりを意識できるのではないでしょうか。 精神的なよりどころを見失っているかのような現代人に向けて「ひとり達人」 になることで得られる充実感をこの本は説いてくれます。「いじめ」や 「孤独死」の問題を解決するために、果ては充実した死を迎えるためにも、 いま最も求められているのが「ひとり」であることの美しさ、強さなのです。 どう生きていくか、どう死んでいくか、どう人と関わっていくか… すべての 答えが「ひとり」の中にあります。どうやったら「ひとり達人」になれるか? 》 ▼《「ひとり」には、覚悟から生まれた強さがある》というが、 「覚悟が出来ているから、ひとりになれる」。アイヌ語の「ヤイコシラムスイェ」 が「考えることは心を震わすこと」という語源からきているという。感激、感動 で心が揺れることが考える、とは驚いた。秘境などの大自然に接し感動すること 自体で、既に考えていたことになる。驚きは自分の世界から外側に一歩出た ことである。それは、その外側から自分の世界の限界を知り、思考していること になる。 還暦は、独りで生まれてきた以前の無に還る折り返しをいうが、 誰もかも最初から最期まで、実は「独り」。 さて瞑想だ! ・・・・・・ 4163, 老年行動学 ー1 2012年08月19日(日) 「ご老人は謎だらけ 老年行動学が解き明かす 」佐藤 眞一(著) 還暦から65歳までは自分が老人と意識したことがなかった。しかし会社から 離れ、家庭中心の生活に入ると、急に老いを目前に突きつけられた感がする。 思いもしなかった過去の記憶が突然に蘇る頻度が多くなり、それぞれの時節に袋に 閉じ込めていた遠い記憶がフラッシュバックしてくる。図書館で借りてきた本だが、 なかなか老人の本質をついていて身につまされる。改めて老人学を調べると、 面白い本がある。要は、人生を通して学び続けてきたかどうかだろうが。 ーアマゾンの内容紹介ーより 【 =わけがわからないご老人の行動には、理由がある!= あなたはご老人を見たときに「なぜ、あんなことをするのかな?」と、 思うことがありませんか? たとえば、もう先が長くないのに、気にもかけず、 毎日楽しく暮らしている人。誰が見ても反射神経や判断力が低下しているのに 頑なに車の運転をやめない人。些細なことでキレ、頭から湯気を出して怒って いる人....。 ご老人たちの行動は、謎だらけです。しかし彼らのこのような 行動には、実はそれなりの理由があります。その理由を探り、高齢者の行動と 心の謎を、老年行動学によって解き明かしたのが本書です。】 ▼ 冒頭の「なぜ老人は都合のよいことしか覚えていないのか?」が面白い。 「どうやら老人は自分の都合の良いことや楽しいことしか覚えてないらしい。」 の問いを立て次のように答えている。 ≪ 老人に限らず、もともと人の気分は、ネガとポジの真ん中ではありません。 うつの人などはネガ寄りですが、通常は真ん中よりもポジ寄りなのです。 なぜかというと、人はみな、自分が死ぬことを知りながら生きているから。 いつか必ず死ぬとわかっていながら生き続けるには、「自分には生きている 意味がある」という自己肯定感や、「自分は生きる価値のある存在だ」という 自尊感情が必要で、それがないと人は生きていけないのです。 そのため人は、自分という存在を肯定し、自分の価値を高めてくれる情報を、 無意識のうちに集め、記憶し、脳に蓄積していきます。そして、気分をポジ 寄りに保つことによって、生き続けるのです。 この基本的なしくみは若者も 老人も同じなのですが、若者の方がネガティブな事に目が向きやすく老人は ポジティブな事の方により向きやすいのです。実際に、悲惨な写真と楽しい 写真を見せると若者は悲惨な写真を見る時間が長く、老人は楽しい写真を見る 時間が長いという実験結果があります。理由の一つとして、生きていく上で 必要な学習機能として、若いうちはネガティブに目が向くと考えられています。 人生の端緒を開いたばかりの若者にとって、長い時間を生き抜くに、他人は どのようなとき自分を攻撃し、自分はどのような状況で傷つき、どのように 苦しむのかといったネガティブなことに目が向くのではないかと考えられる。 それに対して老人は、散々ネガティブなことを経験してきていますから、 もうそのようなそのようなことを学習する必要はありません。しかも、高齢に なって残された時間が短いことを認識するようになると、気分をポジティブに 保つことが、今後の人生を生きる上で重要になります。経験上、ポジティブな ことに目を向けた方が生きやすいため、注意力や記憶力という‘限られた資源’ を、ポジティブなことに当てるようになるのです。≫ ー 老いはポジ寄りに意識的に向けないとネガティブに陥る傾向にある。 なる程、この年齢になって気づいたことは、年齢に気持ちが追ていけないこと。 実際のところ、心の精神年齢の調査では50、60歳代で6歳の差があるという。 アメリカでは、男が15〜6歳、女が22〜23歳もある。私は10歳近くは若い。 というより、年齢に気持ちがついて行けない。 ・・・・・・・ 2011年08月19日(金) 3798, まずは「自分の世界の自覚」から! * 世界内と世界外 40歳の頃から20年間にわたり世界の秘境・異郷に熱中したのも、 その世界の凄みに引き付けられたことがある。それぞれの世界は、それぞれ 他から隔絶され、それぞれの時間が流れているのを実感させられる。その世界 を対比することで、いかに自分の世界が小さく、脆い現象世界に存在している ことに気づかされる。ここで世界を象に喩えているところが面白い。その皮膚 の襞が、それぞれの社会。そこの寄生虫が我われと見ると、わかりやすい。 問題は、それぞれの寄生虫は、そこが全世界と思っていること。それを知るには、 世界外に出てみないと分からない。 人間は世界内存在とハイデッガーが 述べたのは、そのことである。 ーまずは、渡辺昇一著「知的余生の方法」の≪自分の世界の自覚≫ よりー 【 ここでは人間の「世界内」と「世界外」について述べてみたい。 こんな句がある。< 虫けらは やはり自分の世と思い 阿部佳保蘭 > 毛虫は、住む木の種類が決まっているという。Aという毛虫はKという木の葉 しか食べない。その毛虫にとってはその木の傍に美しい花咲く種の木があろうが、 おいしい葉を持つσ種の木があろうが関係がない。Kという自分の木だけが 全世界だと思っている。この応用はいくらでも応用できる。 「象の皮膚の襞につく寄生虫は、自分がくっついているその襞だけが 自分の全世界で、象がどのような形をしている動物かも知らない」というような ことを言ったのは仏の哲学者ルコン・デュ・ニュイであったろうか。このように 虫の立場から見る世界とか、鳥の立場から見る世界とか、人間以外の動物の目 から見る世界の「視点の転換」を教えたのはユクスキュウルという独の動物学者。 哲学史でどう取り扱われているかは詳しくは知らないが、人間の思考法を大転換 させる業績だと思う。 木田元さんは近代西洋哲学の、特にドイツの哲学者 ハイデガーの権威である。・・・木田さんはハイデガーの『存在と時間』の訳を 読んで発奮されて東北大学の哲学科に入学され、哲学者になられた。 ハイデガーを本当に理解したいと思ったからだと言う。当時の私は中学の教科書 のほかには、佐々木邦の『珍太郎日記』とか、吉川英治の『三国志』を耽読して いたのだから、暦日年齢的には三、四歳ぐらいの違いなのに、精神年齢としては 十歳以上も違っている。そう言えば、同じ中学の五年先輩の丸谷才一氏の読書歴を 見ても、私とは確実に十五歳以上の精神年齢差がある。その木田さんは比較的 早い頃からハイデガーについての著述をなされていたが、ハイデガーを本当に 理解できるようになったのは、ずっと後年で、ハイデガーがユクスキュウルの 動物学の影響を受けているのがわかったからであるという。象の寄生虫の存在を 「象の皮膚の皺という世界内存在」ということになる。」・・・ 】 ▼ この辺は、カントの論に似ている。カントは五感の能力内でしか世界を 認識できないと初めて論じた人。寄生虫と、人間の違いは、自分が象の皺の 中にいることを実感しているかどうか。それを知るには、長年かけた教養を 積むか、その地を遥か離れなければならない。そういえば、力・愛・知の追求 の他に、それらから一歩離れた価値の追求をしてきたのは、五感の外の (世界外)存在も念頭に入れていたため。 ・・・・・・・ 3433, 電子書籍の衝撃 ー2 2010年08月19日(木) 「電子書籍の衝撃」佐々木 俊尚 著 *iPadの有利な理由と、不利な理由 ◎ まず優れている点は、 ・汎用機としての魅力。パソコン、携帯電話に次ぐ三番目のデバイスとして 生活の中の確固として存在になる。大きな画面を近距離からリラックスした姿勢 で見ることができる。書籍、ちょっとした動画の鑑賞、映像つき音楽などが気楽 にみれる。マニアを除けば一人一台になると、キンドルのような専用機は不利で、 本も動画も見れ、ウェブも 楽しめる汎用機を皆が見れるようになるか。 ・次に、iPadはiPhoneをベースにしているため、そのアプリを、 そのまま使える。既に数万点もある。既に一年前で3000万台を持った ユーザーが、そのまま横滑りをしやすい。 ◎ 不利な部分は、 ・サイズと重量、バッテリーの持続時間などのスペック。キンドルに比べ面積も 重量も、大きく重い。持続時間は、バッテリーの10時間に対して、キンドル は7日から10日。 ・第二に、キンドルはバックライト付きの液晶画面で、見た目が紙に近く、 液晶より文字が読みやすく、目が疲れにくい。 ・第三に、値段がキンドルの二倍もする。それらから、結局何を選ぶかになる。 ▼ 以上から、決め手は、そのプラットフォームになってくる。 プラットフォームとは、購入システムのことをいう。キンドルなら、アマゾン という書籍専門のネット販売サイトがある。それに対しiPadは、iTunes ストアがあり、そこから音楽や映像も購入できる。その何を選択するかになる。 流行している本は、なかなか入手しづらいが、ネットなら、そういうことはない。 これにグーグルがソニーと組んで参入してくるというから、その有利なプラット フォームを前面に打ち出してくる。それが何かまだ分からないが、二社に対して 強烈なものになるだろう。他にもマイクロソフトも何かを出してくる。 その激闘の中で、今までの紙の新聞・書籍が壊滅過程に入る。 ・・・・・・・ 3058,逆説思考 −2 2009年08月19日(水) 逆説思考といえば、ここでも取り上げた京都大学工学部の新宮教授が、 古今東西の幸福論を読み漁った成果としての「幸福の4階建て論」説が面白い。 《「幸福ということ」−エネルギー社会工学の視点からー新宮秀夫著 》 4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。 3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。 2階:獲得した「快」を永続させる。 1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。 この論に関しては釈然と出来ないので何度も考えてみた。それでも疑問が 残ったが、考えるという面では良い問題提起である。これを逆説思考と考えると 違った見方になる。挫折、失恋、倒産、などで失意のどん底でもがいている、 そこに幸福があるのだろうか? 金沢時代を振り返ると、何ともいえない酒の味 とか、友情とか、仲間の邂逅があった。節目となる失意の底ほど、無駄なようで いて一番大事なことをしているのである。「窮すれば変じる、変じれば通じる」 である。竹の節目と同じ。哲学的にみれば横の時が平常とすれば、窮した時は 垂直の時ということになる。垂直で立ちっぱなしも問題だが、ここは志が 試されている時である。 ーネットで逆説思考を調べてみたところ《逆説思考 ー自分の「頭」を どう疑うか 森下 伸也著》が、あった。 ーその概要とはー 逆説こそ「思考力」「洞察力」の根本とし、通常の価値観の一面性を暴露し、 それを反転させてしまう思考のスタイルを、「逆説思考」と定義している。 転倒思考(常識の命題を逆にする)、逆因果思考(常識の因果関係の 結果を逆にする)、因果反転思考(常識の因果関係を因果反対にする)と いう3つの類例を設定する。(字数制限のためカット2013年8月19日)
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| 5269,凶器としての狂気 〜ニーチェ「超」入門〜 |
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2015年08月18日(火)
〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著 * 凡庸な人生からの離脱 〜凶器としての狂気 創業には、準備、準備、準備、そして準備が必要である。 新たな絵図面を信じ、ただヒタスラ、日々を過ごしている姿は狂気でもある。 そして、いざ実行段階では、自身が凶器そのものである。それも軟弱な 我が身を知れば知るほど、その刃を鋭くするしかない。それが若さでもある。 「人生、小説とは違う。弱者は悪、強者は善」と、目先の問題解決に立向かう。 ある哲学入門書、『哲学を自分でつくる』瀧本往人著、の小項目、 「凶器としての狂気」を目のあたりにした時、ピンときた。この年齢まで生き、 人生を達観すれば、競争社会を生きること自体が「凶器としての狂気」の意味が 少なからず実感できる・・ 極限の境は狂わないと越えない! 〜その辺りから ≪・精神の三態、つまり駱駝から獅子、幼な子へ、という精神の変化をニーチェ は描いていた。 駱駝とはたくさんの荷物を運ぶ存在で、重ければ重いほど そこに自分の強さを感じとる。ギリシア古典の文献学的研究に勤しんだころの ニーチェは駱駝だろう。 ・しかし駱駝は荷物を運んでいる途中で突然獅子となる。それは、つまり世界 が見通せたことにより明確な探求の対象がくっきり見えたということであろう。 ニーチェの場合は、キリスト教道徳である。獅子はそのもっとも強大な対象と 正面から対峙し克服しようと試みるものの、批判することだけが可能である。 ・そこで獅子は幼な子へと変わる。幼な子は何も知らない。何のしがらみもない。 そこで新しい価値が創造される。幼な子は、「ひとつの新しいはじまり」 「ひとつの遊戯」「ひとつの自力で回転する車輪」「ひとつの第一運動」 「ひとつの聖なる肯定」である、と二ーチェは言う。 実際にニーチェは、生を絶対肯定し、「永劫回帰」といった指標を示し、 「超人」としての生き方までも描きだした。それはまだ「駱駝」や「獅子」 を経ていない人には、理解しがたいのかもしれない。 その過程を経ている人にとっても、得体がしれないかもしれない。 私自身、自分がいずれにあてはまるのか、うまく考えられない。 〜幼な子の超人とは、一体何者であろうか。二つの道筋が想像できる。 一つは、ニーチェ自身もそうであったが、過去の記憶を忘却し世間のしがらみ に束縛されないような生き方である。幼な子というよりも老人に近いイメージ。 この場合、「永劫回帰」という考え方も親近性がある。しかし、これは当初の 二ーチェが考えた超人とは少し異なってくる。つまり、自らの「強さ」を有し 新たな価値を創造するような存在ではなく、老成、老熟、高熟、つまり 「人を超えた存在」というよりも「熟した人」である。 そこでもう一つのイメージが現出する。自らを狂気にするか、もしくは、 狂気のふりをする、というものである。しかもそれは、本当は狂気に陥って いるわけではないのにもかかわらず、そのような生き方を選ぶ。 ・・(中略) 誰にも理解されないで生きることはたやすいことではない。 他者からの承認を媒介にせずに、どうにか生きようと努力すること、人間一般 ではなく、人間を超え出ようとする意欲を持ち、それを実践すること、 それがニーチェの「生きる意志」である。自立とはそういうことではないか。 いかがだろうか、「自立」とは、両親と別居し、自分で稼いで、生活をして いる、ということとは、実は程遠い。それは「自炊」や「自活」にすぎない。 自身を追いこみ、他者とのしがらみの中で、孤高に生きること、そこにしか 自立はないとすれば、あなたはそれを望んでいるのだろうか。結局、私たちは 「主」でなく「奴」としてささやかな幸せをもとに生きていれば満足なのでは ないだろうか。 超人への一歩を踏みこむことは、まだたやすい。しかし、 その渦中で生き続け、死んでゆくのは、敢然たる気概と勇気が必要。 あなたには、それがあるだろうか。 ≫ ▼ 準備15年を含めた創業45年の人生は、精神の三態、つまり駱駝から獅子、 幼な子へ、という精神の変化を経験する。だから、結果がどうであれ、 充実感が残る。別に誰に理解してもらえるかどうかは、問題外である。 問題は、孤高の世界で自立出来ているかである。だから、あれはあれで良い! 私が最も嫌うのは、何事もなく御堅い地元企業で何事もなく、定年を向かえ、 凡庸を最善と信じ、OBとなっても群れ、比較社会で満足している幸せな方々。 ・・・・・・ 4904,閑話小題 ーバンコクの奇怪な事件の背景は? 2014年08月18日(月) * レンタルチャイルド 今回のタイ・バンコクの日本人男性が所有するマンションの部屋で、 9人の乳幼児が保護された件で、タイ警察はDNA鑑定を行った結果、同一男性と 発表、それが日本人のタネかは今だ不明。 これで直ぐに思い出したのが 『レンタルチャイルド』石井光太著である。ーまずは、レビューからー 《 2002年から数年かけて著者はインドの貧民街で取材する。人づてにマフィア にインタビューまで。目をつぶされた子供にも話しかける。不潔で臭くて底なし 沼みたいな暗い話。浮浪者との会話の間に挟まれる街の描写がえげつない。 だいたい貧民街自体がゴミ溜か下水道みたいなものだし。 黄ばんだ砂埃、 どぶ川の異臭、ゴキブリと鼠が路地を這い回り、散乱したゴミや死骸に蛆が 蠢き、虫の群れが飛交い、体臭や口臭、血と垢と泥、小便の匂いが漂う。 文面からジメジメしたまとわりつくような匂いが感じられる。実際には鼻の粘膜 が痛くなるほどの激臭だろう。インドの浮浪児は数万とも数十万いるとも言われ ている。中にはイモムシみたいに這いつくばって物乞いをしている子供もいる。 憐憫を誘う為にマフィアに手足を切断され無理矢理障害児にされたのだ。 時にはレンタル品として女乞食に貸し出される。浮浪児はそのマフィアを父と 呼び、慕い、庇う。浮浪児は青年になると追い出される。自らマフィアになり、 子供を食い物にしようとする。女の子は売春させられ、子供を産み、その子供が またレンタルとして貸し出される。奪われる側から奪う側へ。どうしようもない 不幸の連鎖。彼らは教育も受けておらず身体にも障害があるので職につけない。 だから自分より弱者を見つけて奪うしかない。中には哀れみを誘うために自分で 目を潰す青年もいる。稼いだ金でドラッグや売春婦を買う。売春婦にも相手に されない時は強姦するか獣交する。騙しあい、犯しあい、弱い者は死んでいく。 生きていくために他に方法がないのだ。日本ではどんなに貧しくても努力で 這い上がれるチャンスは多いし、たいていは自分で人生を選択できる。 しかしここにいる人達は運に流されるしかない。全く選択肢がなく貧困から 抜け出せない。しかも大量にいる。どうすればこんな貧困がなくなるのか、 全然わからない。結局誰にも救えない。絶望的で本当に救いのない話だった。》 ▼ インドのベナレスの街では、色々の物乞いが観光客にまとわりつく。 そこで見たのが、マフィアなどにより人工的につくられた子供たちの地獄絵の ような姿。今回の事件の背景には、決してハッピーでない人身売買の実態が炙り 出されるか、この事件、表向き自殺でウヤムヤになる可能性も十分にある。 そこには、非情な世界が垣間見れる。欧州系の刑事モノで、内臓売買の対象の 人身売買もあった。 まず、日本人男性のタネかどうかである。それ以前に、 生きて出てくるかどうか? マフィアにより?世界の深い闇が、表立ってくる。 今回の母体の腹貸し料金が100万円。すごい世界である! 一部マスコミ 以外は、深くは追求しないうち、次々出てくる大事件で忘れ去られることになる。 ・・・・・・ 4537, 閑話小題 ー種銭の話 ー2 2013年08月18日(日) * 33年前の新潟駅前シリーズの種銭は、ニ億 私の創業の野心をみた父親が亡くなる前に、陰に陽に相続に不利にならない ように条件づくりをしていてくれた。末っ子という不利な立場でも何とか自分の 相続分を確保できたのは、99%父のお陰。亡くなる数年前に、殆どの事業資産を 兄と私と姉と母親の4分割の均等贈与をしていた。これが我家の御家騒動の元。 強引に我田引水をしようとした姉夫婦が自爆してしまったのは生前贈与のため。 こっそり父に「お前のためにしたことだ、憶えておけ」と言われた。で、軋轢の 結果、姉夫婦が『主だった従業員全て私についた、会社をそのまま引き渡すか、 渡さなければ、手持分の株式は悪質業者に売り渡す!』と迫ってきた。 耳を疑ったが、母と兄は激怒、『即刻、千葉の事業を引き払い、帰って来い』と。 大学を出て6年以上、極限状況の中で過ごしていたため、「この程度の案件 など朝飯前!」という思いがあった。そして建直しに5年近く注ぎ込んだ後に、 34歳から新潟駅前のホテル事業を始めることになった。結果として、当時の 物件の時価評価と現金で、兄、私、姉夫婦、母が、ほぼ均等の持分になった。 新潟駅前シリーズの当時の持金が1億、更地が時価1億、合計2億。 しかし最後はこれ、悪銭?身に付かずである。しかし、後悔は一切ない! 長岡の大手通シリーズも、新潟駅前シリーズも面白かった手応えが残っている。 ホテルは完成した段階で、立ち上げの面白さで気持ちの上で償却済み。 決して詭弁ではない。それが言えるほど面白い。 父の、「長い事業の中では、 何が起きるか分からない。万一の備えは充分にすべし」という教えで、手掛けた ビルは、壁面側の鉄骨を太くして、内側の柱は無しか、最小が基本。 売りに出したとき、買い手に潰しが効く(スケルトンが可能)構造になるため。 そのため、どれも売りに出すと同時に即売。 それは事業設計も同じ。 ・支払いは実質現金払い(20日閉めの月末払い) ・親戚家族は事業経営に資本も含て一切入れない(資本は私名義) ・借入は地銀最大手と、都銀と政府系銀行で9割 ・妻子の連帯保証はなし。 ・家内の銀行口座は別。 等々がセフィテーネットになり、何とか今まで 通りの生活は出来ている。 年齢を重ねるたびに、事業と、お金の恐ろしさを 感じ入っている。上手く乗りこなしている内は良いが、一つ間違うと食い殺される 獰猛な虎は、長年かけ飼い慣らすしかない。「リーマンショック以来、既に世界 は深刻な恐慌に入っている」この現実を認めるか認めないかである。 大恐慌前提で言動をしてきたので、読む人にとっては大きな違和感があるはず。 2億で30数億の投資をして、最後に残ったのが虎の革?いや、尻尾! ・・・・・・ 4162, 節目時に何をしていたか ー2 2012年08月18日(土) ・30年前=36歳。新潟のホテルの立ち上げ二年目で営業は順調で、 一息ついた時。二つ目のホテルの土地を近くに見つけ、買収交渉に入り つつあった。時代は右上がり。ホテルの1Fで学生ショップを兼業しており、 ホテル名も学生服メーカーの名前をつけていた。月〜金曜日はビジネスホテル が満室で、土日は学生服の売上を稼ぎと当初の思惑が当たり、ピークの時。 この頃、東北・上越新幹線が開通し、新しい波が東北と裏日本といわれた 日本海側にも打ち寄せてきた。 ・25年前=41歳。1987年といえば、プラザ合意から三年目。 バブルで日本中が湧き上がっていた。ホテルも280室になり、利益体質が完成 していた時期。この時、郊外型ホテルを考えていたが、結局は新潟駅前で 500室を目指すことにした。これも、バブルの影響である。こうして振り返ると、 戦後の日本経済と命運が全く同じだったことが見て取れる。 ・20年前=46歳。それまでの無理もあって病気で打ちのめされた。 日本経済もバブル崩壊で大不況に突入。それでも、バブルの予熱が日本を 覆っていた。客室数は280室から500室に舵を切る決断をしてしまった。 この時期、20の都銀が近い将来、次々に倒産や、吸収合併されていくとは、 夢にだに思ってなかった。 ・15年前=51歳。母親が亡くなった翌年。人生を俯瞰して「やり残したこと を還暦まで圧縮して生きる。30年分を9年間に押し込む」と考え、決断。 今から考えてみて、これは正解。バブル崩壊で金融機関の再編成、真っ只中。 ・10年前=56歳。「人生の良いところ還暦まで!」と、年数回の秘・異郷旅行 など無我夢中。個人のHPも立ち上げ、生活の中心をネットに移動して二年目。 意味・人生を謳歌していた時期。しかし売上は下降曲線に入っていた。 ・5年前=61歳。リストラ効果も出始めて、新潟駅前再開発事業も進み、 何とか目安がたちホッとしていた。二つのホテルが道路拡張工事で買収が 近い将来あるまでと・・ まさか翌年、リーマンショックが起こるとは、 夢にだに思ってなかった。 ・そして現在である。やはり、この10年も激動期。二つの中越地区の大地震、 そしてリーマンショック、東北大震災で、近い領来には間違いなくリーマン・ ショックによる大津波が襲ってくる。そうこう考え自分の人生を振り返えると、 日本経済の光と陰が、ほぼ重ねっていた。経済大震災と東北大震災からして、 やはり去年三月が引き時。 ▼ 5〜10年スパンの節目で振返ってみて、目先の日常にとらわれ、長期的 視野で決断できない姿が見えてくる。振り返るってみて、人生の折り返しの時節 は34歳。独立の一歩を踏み出した時である。とにもかくにも無我夢中。そして、 人生の後半に入った。11年前の9・11テロの翌月から、売上減がジワジワと 三年続き、その後に中越地震。この時は震災復興関連景気で何とか持ったが、 何とか目安がたってきた2008年9月のリーマン・ショック。この日を境に、 毎年20%半ばの売上減が続き、三年目に入っても同じ下降曲線。 10年前の売上減を加えると、売上が三分の一まで激減。そして、決断。 「年内に、大津波の本体の一波が押し寄せる」という仮説を立て現実を見ると、 末恐ろしいが。 ・・・・・・ 3797, 知的余生の方法 2011年08月18日(木) 4月から、これまで30年の新潟の事業の終焉で、新しい生活に変わった。 サンデー毎日(毎日が日曜日)の生活も思いの他、抵抗なく馴染んでいる。 定時に家を出て、新幹線で新潟に行き、事務所で時間を過ごし、帰ってくる 生活を「外的時間」とすると、家を中心に気ままに過ごす時間を「内的時間」 というのか? 早朝に、この随想日記を書き上げたり、独り自転車で信濃川の 川辺をサイクリングをしたり、スポーツジムで運動をする時間が私にとっての 「内的時間」。社会に出てからは、ひたすら未来へ進むことに関心が向いていた。 それは世界の動向と変化を察知することであった。そこに気持ちが集中している 時は、「外的時間」を過ごしている時である。その中で、ふとした瞬間、 過去の思い出や経験がフラッシュバックし、過去から呼び出される事がある。 良いことだけでなく悪いこともである。過去は自分を形作った日々であり、 これからの人生のベースでもある。 これからは、外的時間から内的時間 の絶対量が逆転する。 渡辺昇一著「知的余生の方法」に次のような一節がある。 【カレルは、時間には2つあるという。1つは物理的な時間。例えば、地球の 自転を24時間と決めたりするといったようなことだ。 もう1つは「内なる時間」。これを彼は、抜群の比喩で説明している。物理的 時間は世界中同じだが、彼はこの時間を川の流れに例えるとどうなるかと問う。 そして、同じ速さで流れる川に沿って歩く人間を考える。朝早く起きて元気に 満ちて川沿いを歩くと、川の流れが遅いのに気づく。ところが、どんどん歩いて いって夕方になって疲れてくると、川の流れが速くなっていると感ずる、 というのだ。川の流れは同じ速さなのに、人間が元気な時は遅く見え、疲れて くると速く感じる。どうしてなのか。「内なる時間」のせいと、カレルは言う。 若い頃の時間はゆっくり流れる。しかし、年を重ねるとだんだん速く流れる ようになる。だから老化というのは、実は、時間の流れを速く感じるようになる ことなのだ。年とともに時間の質が変わってくる、そして、シニアはこの質の 変化に戸惑う。比喩でいえば、20歳の時は時速20キロで流れ、60歳時は 時速60キロ流れると考えればよい。あまりの速さについて行けず、結局は 無為に時間を過ごしてしまうことにもなりかねない。】 ▼ ここで、これまでの人生の価値観を大転換し、未来中心に向けていた目を、 過去にも向け、過去を修正する作業が人生の仕上げになる。人生を逆照射し、 前向きで時どき見ていた過去を、しっかりと後ろに向き直し、見つめ直す時間も 「内なる時間」ということ。これまで読んだ本や、読みかけの本に再チャレンジ したり、やり残したことなど幾らでもある。それを坦々とこなすことも 内なる時間といえる。そうこう考えると「人生が自分に余白を埋めて欲しい ことは何かを聞き出すこと」が必要である。私の場合、この随想日記がある。 毎朝、これを書き上げた後に、字数制限のため、書いた分だけ過去分の一部を カットする作業がある。これは、過去のエネルギーのカットのように思えて 辛いが、しかし、その時にしっかりと読み返し、再考することになる。 これこそ私の内なる時間になる。 ・・・・・・・ 3432, 再び、死について考えてみる ー1 2010年08月18日(水) 数日前に近所の家内の友人が急逝した。 最近、「60歳過ぎれば今日明日 亡くなっても不思議でない。今年しか人生が残されていないと一日一生の思いで 生きなければ。だからチャンスがあれば、何ごとも可能な限りやらなくては。」 と話したばかり。 哲学でも、死について多く考えられている。 以下は、 「現代哲学の冒険シリーズ」の【「死」細川亮「恐れと驚きー死と生の問い」】 を参考にして書き上げた。 ≪ そこで「死の人称性」は、死を語る上で分かりやすい説明になる。 ・まず三人称の死は、「彼らが死んだという過去形」か、 「彼は死ぬだろうという未来形」で語られる。 ・一人称の死(私の死)は、過去でも現在ではない。 将来自分は死ぬだろう、死ぬ運命にある未来形である。 ・二人称の死は、「あなたが死んだ」と過去形ではいえない。 「あなたは死ぬかもしれない」とはいいえるが、あまり馴染まない。 弔辞でいう「あなたは死んだ」というのは過ぎ去った過去のことでなく、 葬儀の現在のこと。したがって、あくまで現在の範疇。人の死の人称性の、 一人称、二人称、三人称が、過去・現在・未来の時間性を有している。≫ ー以上だが、今回のような亡くなる前日に電話をしたが不在といわれた 友人が、翌日、そ連れ添いから「実は死に病で最近になり入院していたが、 朝方亡くなった」と電話があり、家内がショックを受けた、という死に話は、 間接にしか知らない二人称の死であり、もっとも死について考えさせるケース。 そこから逆に、死から生への逆照射をすると、【生きるとは何か】のヒントが、 みえてくる。【私は生まれた】と、逆に私の誕生を過去形でしかいい得ない。 未来の死と、過去の誕生、「現在、生きている私こそ、この世の存在」 ということになる。だから、現在、四苦八苦としても、それを生きる証として 受け止めるのが自然。私の死と誕生の、死の時点は、私にとって特異点。 この2つの特異点の間が「私が生きている」現在形として語ってよい。 自分の過去も、現在、そして未来を思い浮かべている現在も含め、全てが現在 と言いうるのではないか。そこにベルクソンの時間論の意味が、ある。 時間など人間の主観?の捉え方でしかないと。 で、二人称の死から考え られるのが、自分の死と生のイメージの絵の書き加え、修正作用となる。 ・・・・・・ 3057,逆説思考 2009年08月18日(火) (字数制限のためカット 2,015年8月18日)
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| 5268,人生を愛する気高さを持つ 〜ニーチェ「超」入門〜 |
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2015年08月17日(月)
〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著 * 人生を愛する気高さを持つ 人生は、何事が起きようが絶対肯定!にある。 どの道、私たちは宇宙のチリとして消滅していくのだから、せめて、 己だけは「天上天下、唯我、独尊」「絶対肯定」の覚悟で生きたいもの。 以下は、著者がニーチェの人生の全面肯定を要約した部分。 ≪ 人生を愛さないのならば、生きている価値はない。 人生はすでに始まってしまったのだから、人生そのものを愛するのが、 人生を味わいつくすベストな方法だ。自分の人生なんてと嘆く人は、 今の人生から逃げたがっている人だ。しかし、どこへ逃げようとするのか。 熱狂へか。享楽へか。陶酔へか。安逸へか。癒しへか。あるいは死へか。 しかしそれらもまた、死でさえ人生の中にあるのだから、人生から逃げる ことなどまったくもって不可能。人生はゆったり全面的に享受するしかない。 自分の身に起こったいっさいの事柄を享受し、肯定するのだ。それは人間 として気高いことなのだ。 自分の身にだけはつごうの悪いことが起こらず、 幸せと良い出会いと潤沢さだけが舞い降りてくるように、と多くの人は願う かもしれない。もしそのようなことがあるならば、人の生ではないだろう。 生そのものが成り立たないだろう。すると、人はやっぱり逃場がほしくなり、 宿命とか運命とかを信じようとする。何もわからならないでいる状態よりも、 オハナシでもいいから、ストーリーがほしくなるのだ。 自分の意思では どうにもならない事柄、なんとも理由がわからない事柄を選んで、宿命とか 運命といったカテゴリーへと納めてしまう。そういう傾向をあてこんで、 領収書が発行されない商売を開く輩。 占い師たちだ。 ところで、ニーチェは運命愛を持つことを勧めている。 すると、ニーチェは占い師たちのように運命や宿命を信じていたのだろうか。 そうではない。二ーチェは、人の身上に起こる事柄を運命と呼んだにすぎない。 そして、どんなことが起きようとも、いっさいを受けとめて肯定するようにと くり返し主張したのだ。これがニーチェの運命愛だ。あるのは人生の全面肯定。 何が起きようとも、「よしっ」という態度だ。決断がつらい結果を生んでも 「よしっ」という態度だ。自分のなすことすべてを肯定する態度だ。 ・・(略) 部分的な時間を人生と呼ぶのではない。人生はすべてを指す。 部分的になんらかの物差しをあてて測定して結果とするのはあまりにも小さ すぎはしないか。人生を全面肯定する人は、今のこの人生がもう一度そのまま くり返されても、ツァラトゥストラのように「よしっ、もう一度」という。 なぜならば、どういう決断をしようとも、まったく悔いがないからだ。 すべてを享受するのだから、反省や後悔など起こりようがないのだ。 むしろ、人生とはこういうものかとおもしろがるだけなのだ。 それは、人間としてとても気高いことではないだろうか。周囲の人々に 人生の尊さと、生きる意欲を我が身をもって教える人ではないだろうか。 それよりも、何が起きてもひるまず、たじろがず、むしろ不敵な笑みを 浮かべて取組む生き方のほうが人間としても高貴ではなかろうか。≫ ▼ 中村天風の『積極一貫』の主張が、ニーチェの引用であることが 見て取れる。 父が死期を悟り、死に逝くときに、母親に、 『再び生れ変わって、全く同じ人生を生きたい』と言ったという。 戦中、戦後の動乱の中を激しく生きたのを知っているいるから、 よくぞ、言えたものである。羨ましい限りである。激しく生きただけ、 後悔が少なくなるということか。 振返ってみて、本当に良い時代に 生を受けたことに感謝する。人間として生を得ただけでも奇跡だが! ・・・・・・ 4903,閑話小題 ー自転車乗りは危険に満ちている! 2014年08月17日(日) * ポタリングは、危険! だから面白いのだが 電動アシスト自転車を乗り始めて5年、一万数千キロは走ったことになる。 急なドシャ降利の中、赤信号になる前に強引にかけ抜けた直後、スリップをし 転倒、自転車共々、数メートルも投げ出された。心臓が固まり、息が止まり そうになったが、何とか骨折も無く、立ち上がることが出来た。 それ以来、雨と、スピードには充分に注意をするようになった。 乗り続ければ、大事故の可能性が自転車にはある。 近くに住む従兄は、 ポタリングを数年間続けたが、電信柱に衝突して、その危険なことを察知して、 一切、乗らなくなった。特に交差点での左折車の出会いがしらの接触事故には 注意をし、数回は右後ろを振り返っている。 半月ほど前に、ある交差点で右後ろを二度振り返ったとき、50歳絡みの 農家風の夫婦が話に夢中になっているのが見えたので、車道に入る直前に念の ため、一度、急ブレーキをかけたところ、旦那らしき運転手が、左を見ない まま、左折をした。 その瞬間、私に気づいて慌てて急ブレーキ、臨席の 奥さんらしき人はフロントに激しく突っ込んでいた。 常日頃から十二分に 注意してなかったら大事故! 恐ろしい限りである。毎日の1〜2回の ポタリングでは、危険を最小にするため、車の少ない土手とバイパスの沿道が 95%のコースにしている。 それでも長年の間には人身事故の可能性は大。 土手とバイパス沿道は、加害者のになる可能性がある! それにしても、乗っている開放感は格別である。 * 晩酌に、毎晩、5本以上の缶ビールでは 私の中学校の同級生が急逝をして2ヶ月が経つが、ショックが今でも大きく 残っている。故人は7〜8年前に転んで腰骨を骨折したが、何とか半身不随に ならずに、少しだが足をひいて歩いていた。去年の同級会の三次会に二人で スナックで飲んだ時に、『晩酌が楽しみで一日、缶ビールを5本は飲んでいる』 という話を聞いて、驚いた。その上、運動不足なら! 発見された時には、 末期の膵臓ガンで、苦しみ抜いた末に亡くなったという。 ツアーの旅先や周囲で、缶ビール5本以上を毎晩、晩酌をする話を、何人からも 聞いていたが・・ 私は缶ビール一本に、ノンアルコール一本を目指しているが、 どうしても、ウィスキーのオンザロックか、焼酎のお湯割りが加わる。 これでも、何か危ない領域の感がする。 ・・・・・・ 4536, 閑話小題 ー種銭の話 2013年08月17日(土) * 山種証券の創業者の種銭 自分が汗水たらし働いた金を種銭にしてこそ強い資金になる。 山種証券の創始者山崎種三の逸話がある。 《 米屋の小僧をしていて思いつく、米屋だからネズミが多くいる。 それを保健所に持っていくと、一匹あたり僅かな報奨金が貰えることを知り、 ネズミを捕まえてコツコツと小銭を貯めて、親方の許可を得てヒヨコを飼って 雑米を与え育て、卵を産ませて、売って投資資金の種銭をつくり投資を始めた。》 これからして株式投資も、その延長で手堅かったのだろう。そういえば、 父が子供達に似たような実践的な金銭哲学の教育をしていた。幼児の頃から、 年末にお年玉を子供達全員が貰う。それが楽しみで嬉しいが、正月が明けると、 父が他からも貰った、お年玉袋を全て回収、それぞれの預金通帳に入金する。 そして、それぞれを金庫の中に保管しておく。年に一回だが、その通帳の残高 を見せてもらう。それが十数年すると、それなりの金額になる。 子供の頃から自分の通帳を持たせることと、使わないで預金する生活習慣を 持たせることが父の狙いであった。目先の欲望を抑えて種銭をコツコツ積み 上げる重要さを時間をかけ教えていた。家風は一見派手だが、生活は質実剛健。 地方都市の商家なら、何処も似たようなもの。そして高校の入学時に、 10数万円の預金の通帳を渡されて、売買の手続きをするから何か値上がり しそうな株を選べという。それから、毎日、日経新聞の経済欄を真剣に見る ようになってしまった。数ヶ月かけて、ある医薬品メーカーを見つけた。 当時、鼻風邪から慢性鼻炎になっていたが、特効薬が売り出すニュースを見ため。 それを5年ほど持ったが、期待ほどの値上がりはなかったが、それでも数割の 値上になった。 ところが、その種銭が人生を変えることになった。 二十歳の時、軽井沢のアルバイト先の山荘で、学生仲間4人と話していた時 のこと。 その中で外国に行く予定が無いのが私だけ。 他の三人は、さほど 豊かそうで無かったが、それでも行けるのである。要は意志であることを、 その時に知った。当時は、まだ年間20万人しか渡航してない時代。 私も決心をすれば行ける?との思いが出た。その時、考えたのが、あの種銭。 その頃、ある友人に『大学の、あるサークルの海外旅行研究会があって、 一ヶ月の欧州旅行の企画で参加者を募集しているが、一緒に行かないか』と 誘われていたが、まさか自分がと、取り合わなかった。当時で40万、現在なら 300万〜350万。その晩の軽井沢で『そうだ、私には20万円があった!あと25〜 30万、都合をつければ私でも行ける!』と、思い立った。アルバイト期間が 終わって向かったのは、東京の寮ではなく、実家のある長岡である。 そこで列車の中で「頭の固い父に、そのまま頼めば断られる、なら母親に 相談すれば良い」と。で、母に相談すると『私が反対すると必ず逆を言うから、 夕飯時に、その話を切り出しなさい』と、賛同を得て、作戦を実行した。 父親は知ってか知らずか、この共同作戦に乗ってしまった。数日後に気づいた ようだが、後悔した様子はなかった。その欧州旅行が、人生を変えてしまった。 あの一ヶ月間の経験のカルチャーショックで半年間は、呆然自失状態。 頭が変になる一歩手前。当時は現在ほど情報も手軽に得ることが出来ない。 それも決心して一ヶ月で、予備知識はゼロ。それがわたしには良かった。 見るもの触れるもの全てが新鮮で、驚きの連続。エッフェル塔や、凱旋門、 ローマのコロセウム、スイスアルプス・・ その中で、遊び慣れた今まで 知らなかった人種との接触。何よりも小さな固定観念が粉々になったことが、 タイミングとしてベストだった。 まとまった種銭は、お金を資金に変えるという意味で、それ自身が準備に なってしまう。問題は用途のTPOSである。「夢を持つことと、長年の準備が、 人生を決める」と、両親からと、学生時代の様々な経験から骨の髄から学んだ ことである。今回の最悪の事態でも、長年かけた万一に備えていたシェルター? が、我身を救ってくれた。 ・・・・・・ 4161, 節目時に何をしていたか ー1 2012年08月17日(金) ここで人生を5年スパンに区切り、振り返ってみる。ミニ自分史である。 自分の姿が浮き上がってくるようで、面白い。何度も書くが両親と時代に恵まれ ていたことが見て取れる。歴史的にみて、終戦後40年間ほど豊かだった時期は ないという。その中で、その豊かさを充分味わった実感は、何ものにも 代え難い財産である。 ー まずは前半から ー ・60年前=6歳、長岡市立阪之上小学校一年生だった。担任は女性の茨城先生。 20歳後半のヒステリックの先生で、優しい反面、厳しい先生だった。 当時の 住まいは長岡一番の繁華街の4階建てのビルの3Fに住んでいた。家は、そこで 衣料店を経営していて、まさに小説のような異様な家庭環境にあった。 成績は普通で、とにかく毎日が面白く刺激的だった。 ・55年前=11歳、阪之上小学校6年。勉強に少し目覚め、虐めの要素も あったが級長にされた。街中もあり、生徒の質は決して悪くはなかったが、 異様な緊張した雰囲気が漂っていた。この辺で、その人の素質が決まって しまうという。 ・50年前=長岡高校二年生で、試験試験の日々。何時もギリギリの成績だった が追試は受けたことがなかった。勉強をすれど、どうしたら成績が上るかの 術が分からない辛く暗い日々。受験校のため成績で人間が区分される。 ・45年前=21歳、立教大學三年。欧州の30日間旅行で、それまでの自分が 粉々に壊れてしまった時期。人生で一番、光っていた。見るもの触るもの 全てが新鮮で、明るく光ってみえていた。時代は1967年、頂上に近づいていた。 ・40年前=金沢の‘いとはん’(衣料スーパーのチェーン)を辞めて実家に 帰ってきて、千葉の千城台ビルの計画に入っていた。父は末期ガンで 東京女子医大で手術後、退院した父親と、計画を進めていた。 父は、医者の 宣言通りに手術の一年後に亡くなった。死期が分かっている父と事業経験の 伝達を一年がかりで始めて二ヶ月目に入っていた。将来に向けた明るさと、 死に直面した父親の苦悩の狭間で、真近で人生と事業の原点を学んでいた。 翌年、石油ショックが起き、最悪の出だしになった。 ・35年前=長岡の大手通の四角にある実家の衣料量販店の店長で、4歳の頃の できた古ビルの建て替え工事の計画に没頭していた。引継いだ店も順調に推移、 商売が面白く、身体が浮いているように動いていた。 一種の躁状態で、怖い ものなし、目は血走り、何かに取り付かれているようだった。 衣料は 一シーズンごとに完結する博打的要素が強い。そのコツを掴むと、面白い。 30年前は次回にするが、振り返ると刺激的で、恵まれていた背景があった。 ・・・・・・ 3796, 「役に立つ」とは? 2011年08月17日(水) * 「役に立つ、立たない」を判断基準にしてないか? 私たちは、何時の間に、役に立つか、役に立たないか、で物事を判断している。 その是非は色いろあるが・・しかし経験則で、我われは役に立つ立たないは結果 でしかないことに気づいている。教養は、その最たるもの。教養を役立てるために 身につける人はいない。これは目的でも手段でもなく、人間性の素養として積み 上げること、そのことに意味(価値)がある。哲学などは、目先、役に立たない。 しかし自分の頭で考え、判断し、その結果を積み上げていくのが人生である。 それを放棄し、目先の利益になるかどうかで判断したり、直ぐに手軽な身近な 人の意見に従って判断、決断をしてしまい、重大なミスをする。 その辺のところを、今回の変動の中で、しっかりと見せてもらった。 (実は、その最たるものが自分?) 〜 哲学者の池田昌子は、著書の中で、 鋭く指摘している。(「メタフィジカル・パンチ」)〜 【「学者」というと、役にたたないことをする人という自嘲気味な言葉が風潮に なっている。「学問をするところ」であったはずの大学という場所が、レジャー ランドか、就職予備校に変わった世の流れに呼応しているのだろう。「学問」 すなわち「役に立たないこと」、「学者」すなわち「役立たないことをする人」、 そういう等式が、人々の頭の中に、しっかりとできあがっているようにみえる。 ・・(中略) ところでこの「役に立つ」ということの意味なのだが、科学理論 に対する科学技術の関係に明らかなように、生活と生存に直接に関係するものの ことを人は「役立つ」と言う。相対性理論は役に立たないが宇宙開発は役に立つ。 解剖学は役に立たないが、医療技術は役に立つ。とはいえ、それぞれ前者あって の後者なのだから、この御時世、総じて理科は文科よりは旗色がいい。 文科、この無用の長物、経済学者が金持でないことが学者が無用であることの 最たる証拠だと、妙な理屈を言った友人がいるが、それなら中世の英文法に 基づくシェークスピア解釈を一生の仕事にしている学者はどうなる。 古代バビロニアの懊形文字の読解に全生涯を賭けている学者の立場はどうなる。 ましてや哲学、哲学科。外国語に事寄せることもできない、この学科を選ぶ ことは就職を捨てることだ、と私の頃でも聞いていた。が、そういったことが どういったこととかを考えることこそ先決であるはずだ、という理屈は、 私にとってあまりに自明なことだったので、考えるために哲学科を選ぶことに 迷いを覚えるはずもなかった。まあこのあたりが、どうも普通の人の感覚から ずれてきてしまうその核心部ではあるのだけれど。その生活と生存に直接に関係 するという意味で、「最も役に立たない」と思われている哲学という学問を、 学問の府から追放せよという動きが文部省内にあると最近聞いた。こんな時代、 実学以外に余計な金は出せないと。そういえば、「総合人間学部」とか、 よくわけのわからない学部の一分科として哲学科があるのを目にしてはいた。 あれは、そういうことだったのか。】 ▼ この随想日記の長期講読の皆様も、今回の倒産劇で「偉そうに言っているが、 何だい、この様は」と思ったに違いない。 私自身が「偉そうに書いてきたが、 所詮は、こんなもの。自分の脳内を、そのまま公開した結果である。止めるなら 今回がチャンス。」と少し、動揺をした。が、しかし、「目的は、自分の『弧』 の中の内側をネット上で世界を公開することで、ネット世界を身近にすること、 そして、現象世界を、冷静に見つめる直すことが出来ることである。 役に立つ立たないは現象社会の波間の判断でしかないのは、今さら。」と、 気持ちを持ち直し続けている。ある意味、断層で自分の支えでもある。役に立つ 以前の問題。振り返ると、役に立たないと思っていたことが逆に役立った方が 多いのに気づかされる。目標地点が明確でないから、それが分からないのである。 所詮、死んでしまえば同じだが。 ・・・・・・・ 3431, 我が家に新しいテレビが ー2 2010年08月17日(火) * 新しいTVについて ーとにかく画面が抜群に綺麗ー (以下、字数の関係でカット2012年08月17日) Yahooのバードウォッチのコピーしておきます。 ・・・・・・・・ 3056,人生は旅である 2009年08月17日(月) 『人生は旅である』の喩えは昔から多く言われてきたことで今さらだが、 沢木耕太郎著『旅する力』に含蓄ある言葉があったので、その幾つかを紹介する。 ・「旅する力」それは広く云えば「偶然に対して柔らかく対応できる力」 ・「人生を過ごしていく人を旅人に喩えると、人生の目標は旅の目的地になる」 ・人生で起こるトラブルは旅で起こる困難性。その解決プロセスが人生も旅を 豊かにする。 ・人生の大きな区切りは、旅の日程や、立ち寄った街であり、泊まったところ になる。その街での偶然と奇遇などの出会いがあり、それにより次の展開 が違ってくる。そこは人生の交差点であり、人と人との交差が人生も旅を作る。 ・お金と知識は、人生でも旅でも大きな要素。 それは歩く旅ならバックの 中の食料に喩えられる。 ・旅に無性に出たくなる動機は、「感動」と「非日常」を求めること。 人生でも、それが大きな要素になる。 ・年齢を重ねると新しい出会いが面倒になるが、自分で乗り越えなければ。 ▼ 旅の方から人生を照射してみると、人は常に新しい出来事を求めて何事にも チャレンジする必要性が分かってくる。そこで出会う感動と、未知との遭遇 こそが人生を豊かにしてくれる。人類が数千年かけて創りあげてきた文化も文明も 我われは殆ど知らないが、旅の多くの経験を通して様々な邂逅が可能になる。 地球に知的生物として生まれてきたからには、大自然も、文明も、文化も可能な 限り見聞し、感動することで世界を広めた分が自分の世界。旅に出る前の、あの ワクワクした高まりが青春であり、晩年に差し掛かった時の満足が人生の充実感。 そうこう考えると、まだまだ人生の旅路から多くのことを経験し続けるべきと、 書きながら内省をしている。まだ与えられた人生の有り難みが足りないような 気がする。旅路の果て。パタゴニアの果ての街で夕日を見ながら老齢の残り日 とはこんなものか、アレが人生の全てを照らしたイメージか、と思ったが。 そう新幹線からみえる弥彦山の日没にも。あと12年で後期高齢者。 一つの目安と考えると、一クルーをこなすに時間は充分にある。 さて何をするか、何をしないかを真剣に考えないと。
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2015年08月16日(日)
実は、この6月末に書いた、「ホッファー」は、8年前に4回シリーズで 書いてあった。書いたような気がしたので、HP内の検索で、チェックを したが何故か?引っかからなかったが、改めて読んでみて、再び取上げる 価値は充分にある。 これを再読すると、要点は理解していたようだ。 考えてしまうのは、8年前のシリーズの内容の方が上?と思えること。 としても、現在、書いた内容を補足とすると、丁度よいから不思議。 以前は、図書館で借りて読んだ後、ネット検索を中心にまとめたが、 最近のは、具体的エピソードを中心にした内容で、微妙に違っていた。 ホッファーを読んでいると、己の甘さ、軟弱さ、無知を突きつけられる。 一つの哲学を貫き通すなら、その他を、捨て去らなければならない現実を 彼の生き方から教わる。 ネパールのツアーで、元学校関係者が参加していた。 ホッパー同様、 早死にの家系で、「実家・親戚が殆んど40歳半ばまでに死ぬ家系。で、一年 一年、可能な限り国内の「家族ドライブ旅行」に出ていた。 ところが、 何故か今でも生きている。恐らく、人から教わった、一日一個、生キャベツ にドレッシングをかけて食べ続けてきた効果だろう。その結果、国内は隅々 行き尽くしたのため、還暦を過ぎた現在、毎年、海外に出ている」という。 数奇な激しい人生を送ってきた人が秘境ツアーには多いが、逆に、淡々と 何も考えずに生きてきたが、急に死の問題が現れ出て、慌てて世界の果てで、 その答えを探しに来ている人もいる。 これだけ熱を入れて、まとめていたのに、全く忘れてしまうとは、我 ながら恐れ入る。成るほど人が看破する、『あんまり頭が良くない男』に、 私自身、大いに納得する。ただ、それは、万人に当てはまることと、 自分に言い聞かせておかないと・・ こうみると、パッケージにして 書き残す効果は、頭の悪い私には、最適だ。 ・・・・・・ 2688, 「エリック・ホッファーの 人間とは何か」 2008年08月14日(木) −読書日記− ー遊びをせんと生まれけむー 亡き佐治敬三氏がサントリーの会長だった頃(1995年頃)、 口ぐせのように言っていた言葉に「美感遊創」がある。
・「美」は、羊が大きいが語源。大きく艶やかな羊の美しさを表わしている。 美に感応する心である。 ・「感」は、 感性、感動、共感。 旅に出て自分の世界の外に出会って感動したり、 絵画、音楽、映画、演劇などに感動することが人生を豊かにしてくれる。 ・「遊」は、神代の昔から人間にとって一番大事なこと。 「遊びをせんとや生まれけむ」と「梁塵秘抄」にあるように、人間は「ホモ・ルーデンス」。 遊ぶことで人間性を回復し、活力を得る。遊び心。 ・「創」は、新しい断面、局面を切り開いて、個性のある創造をすること。 一瞬の新しいものへのシュンパツ力。 以上だが、この4つが人間の心の豊かさの要素。 確かに、人生はこれを磨くプロセスであった。この中でも、「遊び」が、 人間にとって最も有用な行為になる。
「エリック・ホッファーの 人間とは何か」という著書に、 遊びについて次のように述べている。 《実用的な道具はほとんどすべて非実用的な関心の追求や暇つぶしにその起源がある。 最初に家畜化された動物ー小犬1は、もつとも役に立つ動物ではなく、もつとも遊び 好きな動物であった。猟犬が出現したのはかなり後のことである。最初に家畜化された 動物は子供たちのぺットであった。おそらく,植物栽培と灌漑も、初めは遊びとして 行なわれたのである。 車輪・帆、煉瓦なども遊びの中で発明された可能性が強い。 たとえば、南アメリカのアステカ人は車輪を使わなかったが、足の代りにローラーを つけた動物の玩具をもっていた。装飾が衣服に先行した。弓は武器となる以前は楽器 であったといわれている。人間が初めて粘土を使用したのも、土器をつくるためではなく、 土偶をつくるためであった。 こう見てくればわかるように、昔から人間のもつとも 有用な行為は、遊びであった。土器をつくり、布を織り・金属を加工し、動物を飼育 するはるか以前に、人間は絵を描き、線刻画を描き、彫刻をし、像をつくったことを 銘記すべきである。 芸術家としての人間の誕生は、労働者としての人間の誕生より もはるかに早かった。 遊びが労働に先行し、芸術が有目的な生産に先行した。 人間はしばしば必要に迫られて楽しむためのものを有目的なことに利用した。 必要に迫られて働いている間は、依然として人間は動物界の一員である。 人間は、ただ生きるだけであったら不必要なもののためにエネルギーを注ぎ、さらに 生命の危険さえもおかす場所に、特異な存在としての人間となり、最高の創造力を 発揮する、したがって、人間の人間化が起こったのは、自然の恵みで豊かで、 余暇があり、遊び戯れる性向があった状況においてであったと考えるべきである。 自然界における人類の台頭は、心細い戦場においてではなく、 エデンのような遊びの庭において起こったのである。・・ 私にいわせれば、オートメーションの時代の到来は、魔法円の完成である。人間は エデンという遊びの庭で初めて人間になった。そして今、人間は遊びの庭に帰還して、 人間の究極的使命を、すなわち人間性の完成をはかりうる機会をてにしている。 》 〜〜 遊びの重要性を上手く説明している。良く遊び、良く学び、良く働く、を バランスよく豊富にすることが人生の豊かさだが、私の場合は、そのバランスは とってきたが、「良く」に問題があった? まあ、いいだろう。遊びが4、学びが3、 働きが3というところだろうが、厳しい娑婆では、働きが4で、他が3だろう。 学びも、働きも、遊びまで持ち上げるのが理想である。そのためには好きなことを 仕事にすれば良い。 ・・・・・・ 2332, ホッファー −1 2007年08月22日(水) オノヽ∋―_φ(゚▽゚*) アメリカの社会哲学者というより、哲人・ホッファー。 彼の文章を読むと、深い魂を呼び起こす熱が伝わってくる。 彼は自分の生きかたを通して人生の何たるかを考え続けている。 知識として、やっと彼まで行き着いか!というのが感想である。 日本でいうと中村天風のような人物である。「ホッファー」で検索をして、 日本で現在一冊だけ出版してある本を見つけ、中古本だがアマゾンから 発注をした。「エリック・ホファー自伝 構想された真実」だが、 今から読むのが楽しみである。HPに彼に関する書き込みが多いのに驚いた。 これからみても彼の哲人ぶりを垣間見れる。生きていく上で真の 「学び・学習」とは何かを深く考えさせられる。 まずは、検索で調べた哲人・ホファーの人生の概略図である。 ーーー ・ホッファーは(1902年7月25日〜1983年5月20日)は、独学の社会哲学者。 ドイツ系移民の子としてニューヨーク、ブロンクスに生まれる。 ・7歳のときに母と視力を一緒に失った。 ・8年にわたる失明ののち奇15歳で跡的に視力を回復。 ・生涯孤独を貫き、学校にも行かず渡りの日雇い労働者としてただ働き、 時間ができると読書に没頭して思索を深めた。 学校はまったく出てないかわり一日10時間、いや12時間、本を読みつづけ、 綿花摘みから、鉱夫、ウェイターなど ありとあらゆる仕事を体験。 1941年から、サンフランシスコで沖仲士として働いたことから、 「沖仲士の哲学者」とも呼ばれる。 ・20歳前後で父が死に、長らく養育役を買って出てくれたマーサ・バウアーが ドイツに帰っていくと、本当の天涯孤独になった。 ・残った300ドルをもってバスでロスに行き、「スラム」に入った。 「まるで幼稚園から、いきなり貧民窟に入ったようなものだった」。 1930年、28歳までスキッド・ロウでその日暮らしを続けた。 死んでみようかと思ったがそれはならず、ロスを出てカリフォルニア 中を動きまわった。 ・1934年の冬、こういう自分がいったい社会の中の何にあたるのか、 やっと思い知った。「ミス・フィット」(不適格者)という階層に属する ということだったのだ。ミス・フィットは白人とか黒人とか、富裕者とか賃金 労働者とはべつに、ひとつの階層をつくっていた。それがアメリカという社会。 今でいうフリーターである。 ・その後、農業労働に近い仕事を転々としながら、また読書に没入していった。 あるとき砂金掘りに出掛けるときにモンテーニュを鞄の中に持って行ったのが、 ホッファーを変えた。「モンテーニュは自分のことを書いている!」と思えた。 ・自分の活動に方針をもったホッファーは軍隊に入ろうとするが、ヘルニアで 失格、その後はサンフランシスコで沖仲仕の仕事をしつづける。 ・「家系はみな短命で、五十歳以上生きた者は一人もいない。 将来のことなんか心配することないのよ、エリック。 お前の寿命は四十歳までなんだから」 養育役のマーサのこの言葉は私の奥深くに刻み込まれ、そのおかげで季節 労働者をしていたときも、あれこれ先々のことを思い悩まずにすんだ。 ーーー 老年になるまで、ミス・フィットと沖仲士を続け、決して高ぶらず底辺の 人たちから学び続けた哲人の姿に全米の人たちから激賞を受けた。 その言葉の一言一言が重い。 − つづく ・・・・・・ 2333, ホッファー −2 2007年08月23日(木) *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ! この特異な哲人ホッファーの存在が、今日のように我々に知られるに至った のは、マーガレット・アンダーソンという「コモン・グラウンド」編集長。 「たった一人、彼女が東海岸で自分の原稿を待っているのだと思えることが、 自分の思索を持続させた」と、ホッファーは書いている。
世に出た著書は、好評だったが、爆発的に売れたわけではない。 あくまでも彼は本の“著者”にすぎない状態だった。 1964年にカリフォルニア大学のバークレー校で週に一度の学生たちとの 講義も担当するようになったときも話題をよんだわけではなかった。 ホッファーのような変わった人物を講師にするのは、バークレーのやり方。 しかし、ホッファーはひとつの感慨をもつ。「人にはこのように、世界の どこかでそれを待っているところが、少なくとも一カ所はあるものなのだ」 ということを。 以下は、ある本からの抜粋である。 −− ホッファーが人気をもつきっかけは、テレビであった。 1967年、エリック・セヴァリードとの対談がCBSで放映され、大反響になった。 それから一年に一度、ホッファーはテレビ対談に登場する。 かれ自身はつねに目立たない存在を望んだが、どんな評価も名声もホッファー の生活を豊かにすることも、その精神を危機から脱出させることもなかった。 社会や世間のほうがホッファーのような“例外者”を必要とした。 こういうホッファー・フィーバーのなかで、彼はまったく変わらなかった。 沖仲仕をやめて著述に専念するようになるのは六十五歳をすぎてから。 八十一歳で死ぬ(1983)まで、本を書きつづけ主要な著作は十一冊をかぞえる。 うち六冊は日本でも邦訳が出たが、現在も入手可能なものは一冊しかない。 これほど数奇な人生があろうかと思わせるほど波乱に富んでいるが、 これ以上に面白いのが、彼がいろんなところで出会った、 数々の特異な社会的不適応者たちの語る自分の人生である。
この自伝には、そのような忘れがたい人々との忘れがたい出会いがつまってる。 その一つ一つが、まるで短篇小説以上の仕上がりになっている。こういった 出会いのすべてが彼の哲学的思索のナマの素材になっているのである。
自分自身がそのような不適応者の一人であり、その不適応者にまじって 生きつづける中で、「人間社会における不適応者の特異な役割」という、 彼の生涯を通じての思索のテーマ発見する。 「人間の独自性とは何か」ということを考えつめていくうちに、 「人間という種においては、他の生物とは対照的に弱者が生き残るだけでなく、 時として強者に勝利する」ということと思いあたる。つまり、「弱者が演じる 特異な役割こそが、人類に独自性を与えている」のである。そしてアメリカを 作った開拓者たちというのも、実は、社会的不適応者が故に、家を捨て荒野に 向かわざるをえなかった放浪者たち(弱者)だったのであり、それがアメりカ 社会の独特の特質をもたらしているという考察にも導かれていく。 ー「ぼくの血となり肉となった500冊」立花隆著よりー ーー ホファーの思想の根幹を成しているのは「思いやり」である。 不適応者に対する温かい眼差しと理解である。 不適応といえば、誰もが他人事ではない。 誰もが思い当たる自分自身へのレッテルである。 自己不一致こそ、本来もっている近代社会の中の特質である。 それぞれが情報化の中でも孤立しているから、 誰もが不適応の弱者と思い込んで自己嫌悪に落ち込んでいるのである。 組織内では、歯車の一つとして自分の自己存在の意識の希薄さに、 孤独感にさい悩まされる「自己疎外」に陥っているのである。 それぞれが孤立している中で、それぞれが自己認識を深め、その中で他人を、 弱者を思いやることこそ、アメリカ社会の特質と考えたのである。 ボランティア運動も、このような思想の中から生まれてきた。 アメリカの開拓者は、実はそれぞれの国を追われたミス・フィットの人たち 放浪者だった!という説は、なるほど説得力がある! 逆に、ミス・フィットでない適応者?とやらが、哀れに思えてくる本である。 −つづく ・・・・・・ 2336, ホッファー −3 2007年08月26日(日) (★>з<)。o○[ォハヨ]○o。 一昨日、アマゾンで注文をしていた中古本の、ホッファーの自伝が送って来た。 一昨夜半、二時間かけて読破したが期待したどおりの内容であった。 ミス・フィットや港湾労働者の立場で、何故独学であらゆる分野の知的 好奇心を持ち続けることが出来たのだろうか、まず疑問を持った。 それは7〜15歳までの盲目体験である。そして、彼の父親がやはり労働者に 係わらず、読書好きの教養人だったことが彼の勤勉性を培ったようだ。 さすらいのホームレスから見た、ミス・フィットの人たちの生態も克明に 書かれていて、時空を越えた当時の生身の生活が垣間見れ、彼と一緒に 20世紀前半のアメリカを彷徨っているような気持ちになってしまった。 ホッファーの言葉を幾つかのHPから拾ってみた。 なかなか含蓄の深い言葉ばかりである。 (ー 〜〜 ー は私の内語である。) ーー <世界で生じている問題の根源は自己愛にではなく、自己嫌悪にある。> ー自己嫌悪を無くすには、他人への愛が必要ということ! 自己愛は、人への慈愛から育てるのが近道。それが出来ないのが人間か〜 でも、半々と割り切ってしまうしかないか、自己愛と自己嫌悪! 他人が嫌ってくれているのに、自分まで同調することもないだろうにー <驚くべきことに、われわれは自分を愛するように隣人を愛する。 自分自身にすることを他人に対して行う。自分自身を憎むとき、他人も憎む。 自分に寛大なとき、他人にも寛大になる。自分を許すとき、他人も許す。 自分を犠牲にする覚悟があるとき、他人を犠牲にしがちである> ー{これはホッファーの「思いやり」についての最も深い部} というが、 自己犠牲という奴ほど、自己というエゴがヘバリツイテイルということに 注意しないと、軽い?人間のボランティアになってしまう。解る?その意味ー <私の言う知識人とは、自分は教育のある少数派の一員であり世の中のできごと に方向と形を与える教授の権利を持っていると思っている人たちである。 知識人であるためには、良い教育を受けているとか特に知的であるとかの 必要はない。教育のあるエリートの一員だという感情こそが問題なのである> ーそういうこと!「教育のあるエリートの一員」か〜? エリートなんぞ対比の問題でしかないのが解らないのは、単なる馬鹿! ある本を読んでいたら、何処かの大学の教授が自らを日本を代表する 教養人とのたまっていた。 まあ、可愛いいから許せるか?− <必要なものにあくせくしているあいだは、人間はまだ動物なのである。不必要 なものや途方もないものを求める時、人間は、人間という独自な存在になる> ー不必要なものと、不必要でないものって誰が決めるの? 世間一般の基準でいうそれなんだろうが。 図書館で、先日、これまた卒倒するほど? 面白い本を見つけた。 不必要、この上ないことを32年間、気違いといわれながらやり通した フランスの郵便配達夫の話、ピンときた人もいるでしょうが・・・− <私の知るかぎりでは、人生は偶然の十字路であるゆえにすばらしい> −カントの何にあったが、全てが偶然か、それとも運命づけられているのか? <他人と分かちあうことをしぶる魂は、概して、それ自体、 多くを持っていないのだ> 28歳からの10年を季節労働者として過ごす間に出会った農場主 クンゼは、ホッファーに向って言った。 「あんたのことは理解できない。将来のことを考えたことはないのかい。 どうして 知性あふれる人間が安心感なしで生きられるんだろう」 私は真面目に答えた。 「信じられないでしょうが、私の将来はあなたの将来よりずっと安全です あなたは農場が安全な生活を保障してくれると考えています。 でも革命が起こったら農場はなくなりますよ。 一方、私は季節労働者ですから、何も心配することはありません。 通貨と社会体制に何が起ころうが、種まきと取り入れは続くでしょうから、 私は必要とされます。 絶対的な安定が欲しいなら道楽者になって、 季節労働者として生計を立てる方法を学ぶべきでしょうね」 よくできた冗談のように思え、二人とも笑った。 ―まあ、そういうこと!何も持たない人は、何も失うことはないのです。 持ったとしても、所詮そんなもの持ったという錯覚でしかない。 その錯覚のために一番大事なことを見失うのであるー ヾ(・ω・`)ノバイ ・・・・・・ 2338, ホッファー −4 2007年08月28日(火) (*'▽'*)/☆゜’ほっふぁ ようさん〜〜〜〜♪ (;-""-);'↑ ー更にHPにあったホファー「波止場日記」の中から言葉を拾ってみるー ー 〜〜 ー は感想です。 <たびたび感銘を受けるのだが、すぐれた人々、性格がやさしく内面的にも 優雅さをもった人々が、波止場にたくさんいる。この前の仕事でアーニーと マックとしばらく一緒になったが、ふと気付くと、この二人はなんと立派な、 寛大で、有能で、聡明な人間だろうと考えていた。じっと見ていると、 彼らは賢明なばかりではなく驚くほど独創的なやり方で仕事にとりくんでいた。 しかも、いつもまるで遊んでいるように仕事をするのである> ー人間の価値とは何か?最近、解らなくなってきた。 誠実であるということ、そして努力をし続けること、他人と比較しないこと、 知恵を出す術を知っていること、他人ことを気遣いすること、 他人に笑顔を浮かべること、迷惑をかけないこと。その基準で図れば解るはずだがー <労働者としても、また人間としても比類ないニグロが幾人か波止場にいるのを 知っている。この人たちは柔和で、誠実で、非常に有能である> ー結局は、アメリカこそヒンズー教のような差別・階級社会である。 ー字数制限のためカット (2015年8月16日)
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