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堀井On-Line
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2015年08月05日(水)
〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著 * 蓄群本能 誰も持っている『群蓄本能』。城下町では、その小さな世界で群蓄本能が、 互いの足の引張りあいになり、その個性を内に押しとどめるしかなくなる。 違うということが、マイナスの世界。割切るしかないとしても。〜その辺りから〜 ≪ わたしたち現代人はただなんとなく、道徳とは個人の行為に関する規範だと 思い込んでいる。あるいは、人間性が生んだ規範、社会を健全に生きるための 知恵のようなものだと思っている。 ところがニーチェは、「道徳とは、共同体 のために個々人の内部で作用する一種の畜群本能から生まれたものなのだ」 (『悦ばしき知識』116)という。 この畜群本能というのは、「共同体が個人より も価値が高いのだから、個人の利益より共同体の利益を優先すべきということと、 「一時的な利益よりも永続的な利益を優先させる」という、国家や社会の全体を 益するための考え方を因習とし継承してきたあげく生まれた。 たとえば、盗んではならないという身近な一つの道徳律を考えても、ニーチェ の説はあてはまっているように見える。実際に、空腹ゆえにパンを盗んでも、 社会に損失を与えたとして罰せられる。そして、「個人よりも全体を優先する という因習が覆う社会で人間は教育され、生活してきた」。よって、「人の心に ある道徳性とは、これらさまざまな因習の全体に向かう感情にすぎないのだ」 になる。一般的な道徳が自然な心情や宗教の神の配慮から生まれてきたのでは なく、利益の重さをどこにおくか、つまり功利がその出発点になる。 そう考えた二ーチェは、もちろん道徳の発生を理性に見るカントに反対する立場 にいるわけだ。二ーチェのこういう考え方は、現代哲学で使われている用語で いえば明らかに構築主義的だということはもうわかるだろう。 だから、ニーチェはこうもいう。 ・「道徳的、倫理的であるというのは、古くからあった掟、古くからの因習に 従順であることを意味しているのだ」・・ ・「良心の中身とは何か。幼少時代のわれわれが尊敬し、かつ恐れた人々が、 理由もなく規則的にわれわれに要求してきたものすべてが良心の中身だ。 …そういうさまざまな古い権威に対する信仰が良心の源泉なのだ。したがって、 良心は人の胸の中にある神の声などではない。その人の心の内にいる幾人かの 人間の声である」(「人間的」) つまり、良心は群れとして生きる人間がみずから生み出したものだということ。 だから、本当に個性的であることはいやがられるし、個性的ゆえに良心の痛みを 覚えやすい。しかし、そこを越えなければ、新しいものは出てこないのだ。 けれども、自分の中に巣くっている古い群れの声にしたがわない行為、考え、 発見はどれも社会からは悪だとみなされる。過去をふりかえれば、みなそう。 新しい思想、新しい知識、新しい方法は、それぞれの時代で弾圧され、 狂気だとみなされ、犯罪扱いされてきた。≫ ▼ 一匹狼的か、群れる羊の一匹として生きるか。論語も蓄群の精神マナー? 確かにマナーは必要だが、古くからある因習に従順過ぎると、世界を自分 から小さくするし、個性的人生からは遠ざかることになる。「個性、個性と いうが、所詮は砂利の一つの石ころじゃないか」ともいうが、その石ころの デザインを自分でしてきたか、してなかったか? それも同じことか? ・・・・・・ 4891,定年後の4年目のリアル −1 2014年08月05日(火) 「定年後のリアル」勢古 浩爾 (著) 朝日新聞の新刊広告に『定年後の7年目のリアル』があった。3年間、私が、 ここで書いてきた内容と同じような見出しにあった。 そこで、アマゾンで 内容紹介を見たところ、前著の『定年後のリアル』があり、『・・7年目のリアル』 の内容は続刊。 内容紹介だけだが、生々しいだけ私の内容の方がシリアスの筈・・ ーまずは、内容紹介よりー 《 ◇お金、仕事、健康、生きがい……退職したら、どんな毎日が待っている? 不況のいま、いかにして生きていくかという問題がクローズアップされている。 特に定年退職が迫った人に対してメディアは、定年後は「6,000万円の貯えが必要」 「孤独死にご用心」を語る。著者は、さまざまな定年本、定年者たちの生き方を 引き合いに出しながら、メディアが煽る「不安」など、実際にはそれほど思い わずらう必要もないことがほとんどという。いまの日本人は、過剰な情報に振り 回され、不必要なほど不安になってしまっているというのだ。たとえば貯蓄や 健康状態の「平均」がどの程度かといった話が盛んに語られ、自らを引き比べて 不全感を増している人も多いが、現実には「平均」は自分の生き方とはあまり 関係のない情報であり、気にしすぎる意味はない。またアンチエイジングや若さ を保つ方法が日々声高に喧伝されているが、本来、人は年を取ったら取ったなり の自分を認めていくのが自然であり、若さを過度に持ち上げる価値観自体がいびつ だともいえる。 ・・人は死ぬ、年を取ったら衰えるのが当たり前であり、 そうした事実を正面から受け入れて、初めて本当の人生に出会える。そのうえで 一日一日から得られる人生の喜びを享受して生きていくのが、定年後の理想的な 生き方だという。さまざまな不安の正体を解き明かし、心をほっとしてくれる。》 ▼ 私の喩えで、「森の生活からサバンナへ!」がある。 森の中でイメージを していたサバンナの生活は、そこはそこで面白く、生きがいもあり充実をしている。 森の住人には、それが理解できない。そのことを、森の住人に問いかけている 内容のようである。しかし、これは森の生活で、準備をしてきたかで大きく違う。 私の場合は、ハードランディングだったとしても、万一の備えを長年にかけして いた為、何とか着陸をした。そして、リアルな毎日が待っていた。そして 4年目に入って、そんなことより、老いそのものの方が現実として迫ってくる。 この紹介の中で「老いの一日一日から得られる人生の喜びを享受して生きていく のが、定年後の理想的な生き方だ」というが、享受するのは、喜びと楽しみだけ でなく、怒り、哀しみが伴なう。老いは確実に精神も肉体も衰えさせている。 哀しみに覆われた日を何とか過ごすのもリアルの一日になる。逆に有余る時間で、 思いのままに一日を過ごす楽しみもある。 夕暮れの残照の中での、最後の宴も良いもの! ・・・・・ 4524, 生きる悪知恵 ー3 2013年08月05日(月) 「生きる悪知恵 ー正しくないけど役に立つ60のヒント」西原 理恵子 (著) 60の人生相談が収録されていて、仕事編、家庭編、男と女編、性格編、トラブル編 とカテゴリー分けされている。その中から、印象の強い面白い順といえば、 「男と女編ーヤリたいときがヤレるとき」。 * 妻子ある男と交際を続けるべきかに →3チンポもて! 《 Q: 8年付合っている妻子持ちとの交際をやめるべきか? に対して A:オーケストラの人としゃべっていたら、「いやあ、ウチは不倫率が高くて」 と言っていたけど、音を合わせてるんだから、しょうがねえよなっていう。 だってやったほうが早いもんね。フィギアスケートのペアとか社交ダンスとか、 「アンタらヤってないほうが不自然じゃっん」みたいな。しかも、そういう クリエーターは、従来の決まりやモラルを破るのが仕事だから、「この人いいな」 と思ったら、さっさとヤっちゃう。そりぁ、たまに会ってデートずるだけの拘束 しない相手って楽に決まってるよ。女の人が自立してたりすると、よけいにね。 そのまんまの関係でダラダラしてるのが好きなんじゃない? 別にやめる必要も ないと思うし。今の相手より好きな人が見つからないというか、見つける努力を してないだけ? あなたの場合、次を見つける努力はしたほうがいいですね。 スぺアていうかバックアップはとっておいたほうがいいですから。私の周りの モノノフの女たちは「3チンポを持て」と言います。「いいですか、1チンポ ではいけません。それがなくなったらどうするんでか。必ず2本はバックアップを 持っておくように」って泳かせておいてもいい、年に1回くわえるだけでもいい。 必ずバックアップを持っておいてください。そうじゃないと、相手が「やっぱり 奥さんにバレちゃったし、となった時に、路頭に迷うじゃないですか。 30過ぎて路頭に迷うとキツイですよ。 》 ▼「3マンコ」など、中村うさぎか、西原でなければ書けない。水商売なら ともかく、普通の女性が、そのまま実行でもしたら? この章の「男と女編」 の副題ーヤリたいときがヤレるときーが良い。 「後悔、先に立たず」でなく「後悔、後に立たず」? 何事も硬い壁を壊し、 もう一歩踏み込むこと。人生を通して必至に壊してきたが、この程度。壊した分 だけ変形しただけ? あらためて周囲を見渡してみて、壊さなかったら、 これほどツマラナイ人生もない!と、実感。ところで、男の相談者だったら 「3マンコを持て」と回答はしない。そんなのはザラにいて面白みがない。 「やりマンになれ」より「3チンポを持て」は、漫画家でしか表現できない言葉。 漫画家は一つの絵の中に、捻った笑いを含めるため、自然と言葉もこうなる。 ・・・・・ 4149, 強迫性障害 2012年08月05日(日) オリンピック開会式で久しぶりにサッカーのベッカム選手の姿があったが、 彼は強迫性障害であることを最近、告白した。「何でもまっすぐに並んでいない と気が済まないし、何でもペアになってないと気が済まない」という。自宅の 冷蔵庫や、宿泊先の部屋でもすべてを「左右対象でまっすぐ」に並べ直す作業に 長時間を費やす。 ディカプリオ主演、『アビエイター』のモデルになった 大富豪のハワード・ヒューズも、この病。この映画をみたが、 「すべてのものが汚染されている」という考えにとりつかれ、人との接触を 避けるようになり、自分が買い取ったホテルで20年間も暮らして、最後は 孤独死を遂げた。 ーそこで、ネット辞書で検索してみるとー ≪ 強迫性障害とは、簡単にいうと「わかっちゃいるけどやめられない症候群」。 自分でも不合理だと思いながら何回も繰り返すので、本人には大変つらい病。 よくみられるものは、トイレに入った後何回も手を洗う、ドアのカギをかけたか どうか、ガス栓をしめたかどうか何回も確認するというもの。本来これらの行為 は安全を確保するために誰でも行うが、それが何回も何十回も確認しないと 気がすまない状態になると社会的に支障をきたすことになり、何らかの治療が 必要となります≫ とあった。 これは、心の病と、脳の病の原因があり、 それぞれの治療がおこなわれているという。心の病の場合、過去の「喪失と悲しみ が、原因になっていることが多い。病気に至るのは、喪失の悲しみを乗り越え られないため。人生は、考えてみれば喪失と悲しみがつきもの。 そんなことをいったら現在の私は、重症の強迫性障害に陥っていて当然である。 定年も転職も失業も同じ。「喪失と悲しみ」の中で、最も辛い一つは、連れ合い との死別。傷が癒えるに最低二年は要するという。 亡くなった姉が晩年、 合唱の先生をしていたが、未亡人だけのグループをつくって(歌で互いに癒しを 隠れテーマにして)いた。その姉が私に「誰も平静を装っているが、死別の傷の ためか尋常でない何かを感じる!」という。躁鬱症も、分裂症も、この強迫障害 も、誰もが多かれ少なかれ持っている。それをコントロールしようとしてできる ものでない。私も当然、それに思い当たる強迫障害に近い症状が幾つかある。 多人数の兄姉の末っ子で、両親が終戦直後で、家業の再創業期にあり、異常な 生活環境にあった影響が、心の奧底に大きく存在していた。人生を通して、 その脱皮が人生のテーマだった。それぞれが、それを抱え生涯を生きている。 私の場合、心の底から笑える性格があったのと、両親の温もりが地熱として あったのとが、症状を軽くしてくれた。分裂、躁鬱、強迫障害症の三つを 束ねるのが自己になる。 ・・・・・・ 3784, ツール・ド・フランス 2011年08月05日(金) 昨夜もツール・ド・フランスの総集編の録画が再放送されていた。 これで三度目。ーまずは、ウィキペディアより、その概要よりー 【 毎年7月に23日間の日程で行われるステージレースで距離にして3300km前後、 高低差2000m以上という起伏に富んだコースを走りぬく。フランス国内での レースが中心だがイギリス、イタリア、スペイン、ベルギー、モナコなど 周辺国が舞台になるステージもある。ステージ数は1993年以降「プロローグ」 を含め全21ステージが定着しているが、それ以前はもっと多いステージ数で 争われることもあった。平坦ステージ、山岳ステージ、タイムトライアルステージ と多彩なステージ設定がされているが、山岳の比重が大きくなることの多い ジロ・デ・イタリアやブエルタ・ア・エスパーニャに比べて平地ステージと 山岳ステージのバランスとれた構成となっている。一社ないし数社のスポンサー の名を冠した9人編成(最低6人)のチームが、20〜22チーム参加する。 出場する選手の国籍はヨーロッパだけに限らずアメリカやオーストラリア、 カザフスタン、コロンビアなど多様である。総合成績1位の選手には黄色の ジャージ「マイヨ・ジョーヌ」が与えられるほかスプリント賞、山岳賞、新人賞 といった各賞の対象者も特別なジャージを着用する。賞金総額は2009年の場合で 約320万ユーロ、うち総合優勝者に45万ユーロとなっているほか、各ステージ 優勝やスプリント賞・山岳賞などに細かく賞金が設定されている。 ●特徴として、例年、前半は平坦基調のステージが続き、スピードマンの逃げや スプリンターによる迫力あるゴールスプリントが見られる。そして中盤に一度 山岳を通過し優勝候補が絞り込まれ、その後はまた平坦ステージが続き、今度は ポイント賞争いが絞り込まれる。後半にかけてはラルプ・デュエズ、ガリビエ、 モン・ヴァントゥなどの峠を舞台にした山岳ステージで総合優勝や山岳賞を かけたオールラウンダーやクライマーたちの戦いが繰り広げられる。 2度の山岳コースはそれぞれ3日ほど繰り広げられ、それぞれピレネー山脈と アルプス山脈を使う事が多いため、ピレネーラウンド、アルプスラウンドと 呼ばれる。間の平坦基調ステージは主にこの2つの山脈の間を移動するために 設定されているが、この緩急つけたレイアウトと平坦ステージの多さ、ポイント 賞のシステム(後述)などもあり、スプリンターが一番ポイント賞を獲得 しやすいグランツールとなっている。レースが非常に大規模、かつ露出度が 高いため専門の本部が置かれおよそ500名のスタッフが運営に関わる。 また交通規制やレース中の警備、極端な不正行為の取締りはジャンダルマリ (フランス国家憲兵隊)とポリスナシオナル(フランス国家警察)の2系統の 警察が担当しており、これに動員される人数が約2万5000人。さらに ボランティアで警備などを担当する人は数十万人にのぼると推察されている。】 ★ この数年、7月になると、この自転車レースを見るのが楽しみになっている。 色いろな賞があるが、個人総合が最も価値ある賞。これを目指して3300kの 熾烈な争いになる。距離が距離だけに、多くのアクシデントが生じる。 もちろん、万一の故障に備えて、自転車を数台のせた車が伴走している。 その沿道は熱狂的ファンが詰めかけ応援をする。もちろん、TVの実況がある。 フランス的なのは、最後の区間は、パリ近くに場所を変え、凱旋レースになる。 ここでは区間賞だけで、総合賞は別になる。そのため、選手もギャラリーも お祭り気分になる。ただし、完走しなければ、総合優勝を失うため、 同じチームの選手がヒーローをアシストする。 ・・・・・・・ 3419, 新たなる金融危機に向かう世界 2010年08月05日(木) 「新たなる金融危機に向かう世界 」副島隆彦 (著) ーまずは、アマゾンの内容紹介からー ギリシャの財政危機に端を発したユーロ暴落の裏側にアメリカの仕掛けがあった。 アメリカは米国債に世界の資金を環流させなければもうもたないからだ。そして 5月6日にダウが一時998ドル急落する過程で、ゴールドマン・サックスの ロボット・トレーディング・システムが壊された。このあと、金が崩される。 そして、ゴールドの大きな下落のあとにドル(米国債)が暴落させられるだろう。 ―サブプライム崩れを始め、これまでことごとく経済予測を当ててきた著者が、 2010年末の恐慌突入に向けてさらに下落を繰り返す世界の金融経済を読む。 〜〜 面白そうなので、ネットで買ったが、☆4つ、というところか。 *現在、世界のゴールドは、16万トンといわれているが、それは表の話で、 バチカン、イギリス、スイスに、それぞれ10万トン、合計30万トンある。 したがって、16+30=46万トンあり、1600兆円あるとか。 だから、いつでも金本位制度へ戻ることは可能である。ただし、先ほどの国に 覇権が戻るということか? *ゴールドの大きな値下がりと、大きく新聞広告に書かれていたが、 グラム3000円で、最大2500円でしかない。現在ユーロが狙われて いるが、それが終わると、次はゴールドが、狙われる可能性があるという。 そして、その次にはドル(米国債)が下げられる。 ゴールドが値上がりを すると騒いでいた副島が、舌の根の乾かないうちに? *秋以降には、アメリカの株価が6500ドルに向かって動き出す。 *アメリカは、不良債権4000兆円の実損処理をしなければならない。 これは血をみるおもいで、やらなければならない。 〜〜 以上が印象に残ったところだが、今年、来年、再来年と、大きな危機が 次々と襲ってくる。それは株価や、国債の暴落とか、実物経済でも不動産とか の暴落として現われてくる。恐ろしい限りである。100年か、500年に 一度の変動期に入ったが、まずは徹底的破壊から始る。それが日ごと現象に 現れてきているが、再来年には、非常に厳しい局面を世界も、日本もむかえる 事になる。10年、20年スパンに渡ることになるから、想像を絶した場面が 次々と現れる。 背後にあるのは、情報化社会のウェーブ。 ・・・・・・・・ 3044、罪深き新自由主義 2009年08月05日(水) 「罪深き新自由主義」 高杉 良 (著), 佐高 信 (著) 対談・高杉良×佐高信である。二人は「小泉・竹中路線」の深層構造を取り 上げ批判、小泉・竹中路線の罪でもある「かんぽの宿」問題と、マスメディア の劣化を鋭く問うている。「現在の日本にリーダーはいなくなった」ことに 二人は共鳴し、今の不景気は小泉・竹中不況と言い切る。小泉・竹中虚構改革 で得をしたのは米国だけで、ライブドアを太らせたのも小泉の「改革」を悪用 しただけという。 新自由主義を標榜していたアメリカがこけたのだから、 日本は重症になって当然。去年の9・15による世界的な金融恐慌が無ければ、 これだけ早くアメリカの国家的犯罪も露出はしなかった。 数年前に、アメリカ の投資会社のトップがインタビューで、耳を疑うようなことを平然と言っていた。 《 日本の1985年のバブル発端のプラザ合意で、日本銀行は金融緩和を大胆に 進めた。あれは我われが意図的に仕掛けた政治的な戦略。その結果としての バブル崩壊と、その後の失われた10年で、日本を徹底的に買い叩いた。》 と・・。 (以下、字数制限のためカット 2,011年8月5日)
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2015年08月04日(火)
〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著 * ルサンチマン ニーチェといえばルサンチマンである。ユダヤ教は、男と強者のための宗教 に対し、キリスト教は、女と奴隷などの被支配者の弱者を愛する教えだった。 支配者にとって、弱者の宗教ほど、支配するため都合の良い教えはなく、 中世から近代にかけて、欧州がアフリカ、南米などを世界進出する際、 キリスト教の普及が有効に働いた。 ーその辺りを抜粋ー ≪ モラルもまた遠近法的な見方から生まれた価値解釈とニーチェは考える。 道徳、モラルというものは、誰か特定の人々が定めて広めたものだ。 古代君主道徳と奴隷道徳においては、しばしば暴力によってその地を占めた 支配者やその所属の人々だ。彼らは貴族と自称した。支配者や貴族たちは自分 たちを中心にして善悪を定めた。つまり、自分たちの気質や行為を「善」とし、 そこから遠ざかっている行為を「悪」とした。これはもちろん遠近法的な思考 から生まれたものだ。貴族のような力を持った者たち、いわゆる強者から生まれた 道徳を、ニーチェは「君主道徳」とした。ちなみに、現代では辞典に採用される ようになったこのドイツ語は「主人のモラル」とも「支配者のモラル」と訳すこと ができる。それと対立する支配される側の者たち、いわゆる弱者たちから生まれた 道徳、キリスト教道徳に代表されるようなものを「奴隷道徳」と名づけた。 こちらの原文のドイツ語は文字通りに「奴隷のモラル」と訳せる。 ところで、 こういう名称からくる印象によって現代のわたしたちは二ーチェは差別主義者 のように思えるかもしれない。しかしニーチェは、どんな道徳にしても遠近法的 な思考から生まれたものだということを述べているのだ。つまり、どちらも真の 道徳だというわけではない。それどころか、真の道徳というものなどなく、 あるのは何を自分たちの道徳にするかという遠近法的解釈だけ。 道徳はその時代の文化、その土地の文化から生まれ、それゆえ多様だからだ。 この地での悪とみなされる行為が、別の地では悪ではないことは往々にしてある。 たとえば、古代においては人間を殺して神への供え物とする風習の地があった。 これは悪習ではなく、宗教上の道徳的義務でもあったのだ。 ールサンチマンー どんな道徳も当時の遠近法的思考から生れたものだとニーチェは認識しながらも、 やはりキリスト教道徳に対しては嫌悪感を見せている。なぜならば、キリスト教 道徳は恨みから発したものだからというのだ。この恨みはルサンチマンと呼ばれる。 強烈なやっかみ、屈折した逆恨みのニュアンスを含ませるためにルサンチマンと いう語を使ったのだ。 モラルなど最初からなくて、あるのは何を自分たちの 道徳とするかという遠近法的解釈だけなのだ。 ニーチェは、キリスト教道徳の生まれた紀元の時代の人間関係にこの道徳の 発生の原因を見た。つまり、ローマ帝国が地中海を中心にヨーロッパのほぼ全域 から北アフリカまでを支配していた頃である。当時、ユダヤ教徒は支配される側の 民族の神だった。ユダヤ教徒の右派はローマ帝国に対して三回も戦争をしたが、 戦闘技術にたけたローマ兵にかなうわけもなかった。≫ ▼ ニーチェは、何も考えないキリスト教を妄信している穏やかな平民を、まず 槍玉にあげた。恨みから発したルサンチマンを「支配者のモラル」として徹底的 に否定。そして神にかえ、「超人」を置いた。キリスト教社会では、否定されて 当然である。これこそ、ニーチェの真髄である。 ・・・・・・ 4890,閑話小題 −人型ロボットの現在と未来 〜2 2014年08月04日(月) * 自分のアンドロイドを講演会場に! 自分のアンドロイドをつくる着想が非常に面白い!分身そのものである。 奇妙な感覚ではないか?そのアンドロイドの目(カメラ)から映る周辺の景色と、 人々との交流の感覚はどんなだろうか? ーその箇所のコピーからー ≪ 私は、自身をモデルにした瓜二つのアンドロイドを海外での講演にしばしば 使っています。数年前にはアンドロイドに自らを合わせようと、私は美容整形 も試みました。アンドロイドを講演会場に送り込み、聴衆から質問を受けるとき だけ、インターネットを介して遠隔操作で私が答えます。最近では、私よりも アンドロイドへの講演依頼のほうが多いくらいです。私が直接出向くと、ホテル 代やら飛行機代がかかるので高くつくんです(笑)。 人間国宝の桂米朝師匠の アンドロイドも作りました。見た目はもちろん、身振り手振りまで師匠そっくり で、落語を演じさせると非常に迫力があります。このアンドロイドによって 初めて、無形文化財が有形文化財になったと言えるでしょう(笑)。 将来は多くの人がアンドロイドを所有して、自分の分身として活用する日がくる かもしれません。 人間は、機械にあらゆる行為を代行させたいという欲求を 詩っています。たとえば、食洗機、掃除ロボットなどは家事を代行してくれます。 このような機械は今後も発展を続け、肉体労働をますます減らしてくれる。 しかし、いくら技術が進歩しても、機械には代行できない何かが残る。 それこそが人間らしさの源泉ではないか。私がアンドロイドを作るのは、 人間の人間たるゆえんに迫りたいからです。 私は抱き枕型通信ロポット 「バグビー」も作っています。携帯電話をクッションに入れ、本体を抱きしめ ながら会話をすると、相手の存在がより近くに感じられます。・・・≫ ▼ この下書きの後にTVを見ると、将来のロボットの姿を研究者が実物を 目の前にして解説していた。ゴミ箱が、ユラユラと歩いて人の傍にいく。 あるいはゴミと判定した傍による。それを見た人は、ゴミを入れたくなる ゴミ箱ロボット。あとは、手だけ付いていて散歩を一緒にしてくれるロボット も面白い。ただ合理的ではなく癒し系のところがミソ。玩具とは癒しの要素が 多いから、玩具メーカーにとって、ロボット系玩具は宝の山だろう。 メガネ型PCや、チョッキ型PCや、帽子型PCなど着装式情報端末も、ある意味、 ロボットと捉えることが出来る。これらが進化していくと、思いもよらない 端末が現れ出てくる。 ・・・・・ 4523, 生きる悪知恵 ー2 2013年08月04日(日) 「生きる悪知恵 ー正しくないけど役に立つ60のヒント」西原 理恵子(著) * 働いて金稼げ、子つくれ、いい嘘つけ、枠を外せ! 今東光の身の上相談のように歯に衣をきせない回答がよい。ー アマゾンのレビューに 【昔読んだ山本直樹のマンガに「悩み事は自分の目の前にある壁に描かれた、 ただの絵の窓。押しても引いてもびくともしない。でも、振り向いてみると その先には開け放たれた窓がある。振り向きさえすればいいのだ。回答の数々は その「振り向き方」。ちょっと思いつかない方向から答えが飛んでくるような 感覚すら覚えますが、全ての質問を冷静に分析し、かなり真面目に、しかも 的確に答えています。意外ですが、現実的に実行できる解決策ばかりです。】 というのがあった・・・ もう一つは、【相談から「問題の本質」を発見し、 「問題を設定し直し」て、それが正鵠を射ているのに感心した。 「悩んでいる人」というのは「悩み方」からして間違っていることが多い。 サイバラはその「悩み方」をいっぺん解体し再構築します。その結果、説得力 があり、かつ実行可能な解決策が提示されている。ちょっとした名人芸です。】 これも分かりやすい。学生時代の人事管理の武澤ゼミのケース・スタディによる 問題解決法と同じ。何事も、自分一人の知識と経験で考えても限界がある。 問題を把握し、考え続ければ、思いもよらない解決法があることを知っておく べきである。ー目についたものを書き写しただけでも、 これだけある ・就職できない。 →横入りしろ。 ・向いてない部署に異動になった。 →仕事のインナーマッスルを鍛えろ。 ・妻の飯がマズい。 →焼いてポン酢をかければ何でもうまし。 ・義母から「早く子供を」という圧力が。 →そのうち死ぬから放っておけ。 ・妻子ある人との関係をやめるべきか。 →バックアップ(3チンポ)の用意を。 ・元彼と結婚した友達を祝福できない。 →敵は己の中にあり。 ・空気が読めない。 →空気読めなくても許される人間になれ。 ・隣に騒音おばさんが。 →外に働きに出れば一石二鳥。 ・部下が使えません。 →使い方が悪い。人と思うな、ネジだと思え。 ・苦手な英語が社内で必須になりました。→フィリピンパブへ通って 彼女を作って楽しく覚えろ。 ・一言多い性格を直したい。 →関西に引っ越せば解決。 ・浮気を疑う妻に →携帯を見たあんたが悪い。勝手に携帯見てる 時点で夫婦終わってるだろ。 ▼「働いて金稼げ、子供作れ、いい嘘つけ、自分を顧みろ」の範囲だが、 それでも説得力がある。次回から幾つかを取り上げる。 ・・・・・・ 4148、男性不遇社会へ 2012年08月04日(土) 団塊世代が定年をむかえ、会社から家庭中心の生活に入りつつある。 しかし、そこに妻という海千山千の難敵が控えている。そして丁度良い捌け口 の対象として鬼婆化して団塊粗大ゴミに襲いかかってくる。 団塊粗大ゴミの 妻たちも、女社会では、目のつく嫌われ者として君臨しているから、陰湿な闘い の勇者として力は蓄えている。ところが、その団塊ジュニアの男も、厳しい立場 にある。対象になる女性の7割近くが結婚相手に年収400万以上を求めて いるが、それを満たすのは僅かに25%しか存在してない。そこに45%の 絶対的開きがある。そのため未婚の男女が増えている。去年の男性の自殺率 は女性の二倍。3万数千のうち、二万以上が男である。 女性は9割以上が、 「今度生まれてくるときも女が良い」という。先日も中学の同期会があったが 元気が良いのは女性だけ、男は片隅で大人しい。家内と私の関係を見ていても、 同じ流れ。色いろあって自宅は家内名義になった途端に・・連日、サンドバック 代り。外国人の目からみて、中年女性連れがデパートやレストランに多く 見かけるのに驚くという。旦那が会社で必死に働いている間に、長年かけて TVやネットで文化的教養が蓄積され、コンサートホールや、世界的名画の 展覧会などに大挙してオバサンが押し寄せる。 そこに添え物のように連れてきてもらっているのが亭主という図式。 家内を見ていて気づいたが、自分の行先に合わせて相手を選別している。 行動パターンは単独行動が基本。年に一度は、4日間乗り放題の特別割引を使い、 4日連続の日帰りの東京通いである。曰く、「ツアーと思えばよい。単独行動は 気ままでよい。問題は一人でランチがとれるかどうか。これを身に付ければ東京 は面白さが数倍になる」とか。世界中を旅行した蓄積は、そんなことは朝飯前。 要はオバサン化いや、オバアサン化したということ。とにもかくにも、男と違い、 消耗していない。「国滅びても山河あり」というが、国が衰ると女が表立ってくる。 リーマンと東北大震災で、明らかに世界も日本も激変の嵐になってしまった。 その背景には、情報化社会の本格的到来がある。激変現象の一つが、女の優位 社会の到来がある。子供の頃から、姉が4人もいて鍛えられていた素養が、 ここで活きてくるのか? ったく。 ・・・・・・ 3783, ユング ー16 2011年08月04日(木) * ユング心理学、3つの流れ ー � 発達派 ☆ 発達派ー人間の精神的成熟と対人関係 【 ユング派の第三の流れは発達派と呼ばれており、主にロンドンを中心に活躍 しているユング派の人たち。ロンドンというユング派とフロイト派の両方が 交流しながら発展している地域柄もあって、フロイト派の精神分析に近い考え方 を持っている。この派の特徴の一つに、「成人の人格の発達における幼児期の 重要性を強調」している。その人が幼児期にどのような親子関係で育ってきた かが、その人の現在の人格のあり方にとって大きな影響力を持っているという 考え方。その頃の親子関係が、対人関係と感情や衝動のコントロールに関して、 非常に重要になる。その頃、あまり親に愛されてないと感じた子供は大人に なってからも、「自分は(親に愛されてなかったから)もっと愛されたい」とか、 「自分は、いつも良い子でないと受け入れてもらえなかったから、この人にも 良い人と思われないと、見捨てられる」とか、歪んでいきやすい性格に なってしまう。 ー発達派の治療態度ー 治療場面で、治療者と患者(あるいは相談者)にわきおこる転移、逆転移を 取り扱うことを主な作業とするのも発達派の特徴である。転移とは、治療の過程で 相談者がそれまでの人生において重要だった人物(親・養育者)との関係を、 治療者との間で再現することをいう。つまり、治療過程で、患者(相談者)が、 両親や、それに類する人に感じられる人になるということである。これと逆に、 治療者が相談者に抱く特別の感情を逆転移という。この転移、逆転移を 「対人関係におけるファンタジー・幻想」といった方が分かりやすい。そこに、 集合的・普遍的な父親像、母親像も表現されるので、それが重要な分析材料になる。】 ▼ いかに、幼児への親の対し方が難しいか、その辺のところが人間の精神の 成熟の鍵が隠されている。10歳までに人間の性格、能力の殆どが決定されて しまうことは、自分と、至近の人たちを見渡せば分かる。そこまで、立ち戻って 治療をしていくのが発達派の治療態度。これを血筋と昔から日本人は言っていた。 (哲学的にいえばハビタス)。 もちろん、それぞれ例外はあるが・・ 両親との関係から、現在の自分に至ったプロセスを見つめ、その歪みを自覚 させるように導き出す。 多かれ少なかれ歪みの集合体が自分ということになる。 ・・・・・・・ 3418, 哲学者の言葉 100 2010年08月04日(水) 「最高の人生を送るための哲学者の言葉100」稲垣真美著 何気なく借りてきた本だが、軽いタッチで読みやすいが、唸るような言葉が次々と 出てくる。10項目に100の言葉が書かれ、解説してある。10項目の中から 幾つか書き出して考えてみる。 * 第一章、哲学と人間 ≪ 心をあらゆる努力で守りなさい。あの血(生命)の泉もそこから流れ出る のだから ≫(ハイデッガー)【ハイデガーの学説を、一言で解釈し、具体的 に説明するのは容易ではありませんが、古代ギリシャのアリストテレス以来、種々 に考えられてきた「存在」の問題について、人間存在とは「私が在る」ということ であり、したがって人間とは「現存在」である、と規定しました。「現存在」存在 の仕方を「世界内存在」とも呼びました。この場合、「現存在」の言葉の中には、 すでに「今」という時間が入ってきます。 すなわち「存在」とは、常に 「時間の問題」に突き当たり、一心同体なのです。そうだとすると、 「今(現在)」とは何でしょうか。 「私がこれこれのことを意図している今」「12時である今」 「光が消えている今」等で確定される「今」には「私」「私自身」、あるいは ほかの誰でもがそのまま時間ということになります。「現存在」は時間なのです。 「私」は本来的に時間であり、「私」は時間をもっているのです。 このように考えて、ハイデガーは、私たち一人一人の時間としての営みの大切さ に思いに至った。南ドイッのフライブルク市の郊外にあったハイデガーの自宅の 扉には、文字を刻み込んだ一枚の板がぶら下げられていた。その文字はハイデガー が大切な誓いの言葉とした。「旧約聖書」の箴言でした。「君の心をあらゆる 努力で守りなさい。あの血(生命)の泉もそこから流れ出るのだから」 ハイデッガーは、この言葉を「現存在」である自らに対しても、訪れてくる 客人たちにも、誓いの言葉として掲げたのです。】 (字数の関係でカット12年08月04日) ・・・・・・・・ 3043,閑話小題 2009年08月04日(火) * 今年の長岡花火 今年の長岡花火、初日(8月2日)は天気予報が雨。 空を見あげると雨が 降りそうな雲模様。それなら降り出したら帰ってくればよいと、行くことにした。 夏の雨は濡れてもしれたものと家内と出かけた。ところが信濃川の土手に着く 少し前からポツリポツリ、それでも花火の誘惑には勝てず最後まで見てきた。 ところが最後の『フェニックス』が始る直前には花火の音と間違う音(雷) と共に雨が降ってきて、せっかくの花火も興ざめになってしまった。それでも 『天地人』をモチーフにした花火が印象に残った。二日目の昨日は、前日と うって変わった晴れ。その中での花火は、どれもこれも良かった。 * 失業率、実態は8・8%(助成金にひそむ隠れ失業238万人) 以前にも取り上げたことだが、先日の産経新聞に「6月の完全失業率が5・4% と発表されたが、助成金申請が238万人に達しているので、それを加えると 単純計算で8・8%になる」という記事が載っていた。欧州が9・4%、 アメリカが9・5%というから、この数字が実態といってよい。過去最悪時は、 5・5%だから、僅か一年足らずで1・5倍の失業率になってしまったということ。 日米欧の失業者が3300万人となり、昨年の3月から15月で1200万人も 増えてしまった。 私たちの年齢が還暦を過ぎたので、深刻な話は聞かないが、 5〜10歳下あたりの年代では深刻な話が多い。事業が景気に敏感な商売なので、 その深刻さが直に伝わってくる。 * 「フランクリンの罫線表」 話が込み入ってくると、(アメリカ元大統領)フランクリンは白い紙を出して、 真ん中に線を一本引く。右にプラスを左にマイナスの印を付ける。そして、相手の 言い分を聞きながら、「その点につていは、あなたの得で、それはコレコレ」と プラスの方へ書き込み、そしてまた「この点につていは、あなたの方が損で それはコレコレ」とマイナスの方へ書き込む。こじれた話が、それで一目瞭然、 利害得失が、表の上にはっきり出されてくるので、みんな重宝した。 これが「フランクリンの罫線表」と云われる表である。
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2015年08月03日(月)
去年になるが、NHKスペシャル、ー老後破産:長寿という悪夢ー をみて衝撃を受けた。家内も厚生年金のため、人並みの生活は出来そうだ。 先日、新聞の雑誌広告で、『下流老人』という言葉が目に付いたので、 ネット検索をすると、以下のような厳しい内容が出てきた。 ≪ ・ ー下流老人とは、 1、収入がない、2、資産がない、3、社会的ネットワークがない老人をいう。 総務省の家計調査や、所得統計から貧困ラインから下流範囲を推測するが、 生命保険会社や金融機関では、老後生活の費用は最低ラインで20万円、ゆとり ある暮らしには30万円超が必要という。ほとんどの老人世帯は最低ラインで、 ゆとりある老人世帯は一握り。(これは金融商品や保険を売るため使われる。) ・2014年の我が国における65歳以上の高齢者人口は3300万人、総人口に占める 割合は25.9%と、共に過去最高を記録しているが、大づかみに言って、そのうち 600〜700万人が「下流老人」と見なされている。内閣府の調査でも(2010年)、 65歳以上の高齢者世帯の「相対的貧困率」が22.0%となっていることから、 この推計は大きく的を外してはいない。老人と若者の間の「世代間格差」 が問題となっているが、老人の間の「世代内格差」も凄まじいものがある。≫ ▼ 10年、20年スパンでみると、9割の老人が「下流老人化」するという。 老いれば、金を使う場面も少ないから、さほどの問題ではない?と、たかを 括っていられない。死ぬまでは金が要るが、死んだ瞬間から、生活費がゼロ になるので、当人にとっての持ち金は微妙な問題でもある。 それでも 総世帯の15%が「下流」というから、やはり老人の立場は弱い。本格的 な国家衰退が始まってきたが、そのシワ寄せは、まず弱者に襲いかかる。 ギリシャが問題になっているが、それより、日本が遥かに深刻である。 ひたすら直視しないで、先送りしか手立てがないだけ。その限界の年が、 今年から来年。その矛先が、まずは老人と、母子家族。何がオリンピックか! 目先を凌ぐ、末期患者のリンゲルと同じ。その責任は、選んだ国民にあり。 ・・・・・・ 4889,閑話小題 −人型ロボットの現在と未来 −1 2014年08月03日(日) * 人型ロボットの現在と未来 このところ、ロボットがマスコミに多く取り扱われだしてきた。 特に労働現場に・・ロボットにも無人戦闘飛行機、宅配ヘリ、自動運転自動車 などの、非人間型ロボットと、人間のカタチをしたものがある。人間型ロボット の研究者で、マスコミで見かけるのが、石黒浩(大阪大学大学院教授)。 ー彼のロボットのリアルな内容が、面白い!ー ≪ 将来のロポットに必要なのは、アトムのように空を飛ぶ能力や走る能力では なく、真の意味で人間と関わる能力ではないか。そう考え、私はこれまで ロポット研究に取り組んできました。たとえば、接客をロポットに任せたら どうなるか? 昨年10月末〜11月中旬まで、高島屋大飯店で、20代女性をモデル にしたアンドロイド(人間酷似型ロボット)の「ミナミ」が衣料品の販売員と して「接客」しました。ミナミがお客さんと対話しながら 「この色はいかがですか?」と商品を薦めるのです。 高島屋のスタッフは当初 「1枚も売れないはず」と悲観的でしたが、結果的にはイベント期間中、一万円 程度のカシミアのセーターを40枚も売りました。人間が一日当たり10〜20枚売る のに、ミナミは3〜10枚しか売れないので、決して有能な販売員とは書えません。 しかし、人間が接客する場合、一日20人が限界ですが、ミナミは毎日40人以上 接客して働き続けることができた。アンドロイドは疲れないからです。20年後は、 ミナミのようなアンドロイドが社会のそこら中に進出しているでしょう。 ニュースキャスターや警備員、喫茶店店員も、アンドロイドに任せて全く かまわないと思います。ーつづく ≫ ▼ 20数年前のセミナーで、「現代人の生活は一時代前の2百人の召使を使った 王侯貴族と同じ」と聞いたが、今では、数千・数万人以上だろう。居間のTV で演劇をみ、iPhoeで音楽を楽しみ、飯炊きは炊飯器、掃除は今やロボット 掃除機がしてくれる。回転寿司もベルトコンベアで客席まで運ぶのは、一種の ロボット機能。電子レンジ、洗濯機、エアコンなど白物の大部分も一種ロボット。 アトムが時空を実際に飛びまわるのに対し、グーグルアースが、パソコン内で 飛びまわる。 ところで、ソフトバンクが、6月5日に、世界初の感情認識 パーソナルロボット「Pepper」の一般販売を発表。社長の孫正義氏が記者会見で 《 この発表会が「100年後、200年後、300年後に、あの日が歴史的な日だった と言われるようになる。ロボット史上初めて、感情や心を与えることになった」》 とし、その意義を説明した。一般家庭向けに19万8000円(税別)の価格で、 来年2月から、ソフトバンクショップや、ソフトバンクのオンラインストアで 購入できるようになるとか。感情認識ロボットとは驚き! ペット型ロボットの ソニーのaiboをあった。目先の利益にならないと、販売中止になったが、 ソニーにとって戦略的に大失敗と、誰の目にも明らかだった。これだけでも、 ソニーの存在価値が充分にあった。これからはロボット玩具主導の感情認識 パーソナルロボットと、ペットが、世界に満ち溢れるのだろう。 ・・・・・ 4522, 生きる悪知恵 ー1 2013年08月03日(土) 「生きる悪知恵 ー正しくないけど役に立つ60のヒント」西原 理恵子(著) 図書館の返却コーナーで見つけた本で、面白そうなので借りてきたが、これが 面白い! 著者は、このところ売れっ子で、岩井志麻子、中村うさぎなどと 女無頼を売りにしている。しかし答えは至ってまともで、的を得て、簡単。 「被害者面するな。世間体やプライドとか言ってる暇あったら、あの手この手 を使って状況を打開しろ」で、「人生、生き延びてナンボ」が一貫している。 ーアマゾンの内容紹介ー =『ぼくんち』『毎日かあさん』で知られる人気漫画家・西原理恵子が、 波瀾万丈な人生経験をふまえて、恋愛、家族関係から仕事、おカネの問題まで、 あらゆる悩みに答える「人生相談」エッセイ。 主な項目は以下の通り。 「70社受けてもダメ。出口の見えない就活に疲れ果てました」 「苦手な上司に毎日のように飲みに誘われます」 「結婚して5年。妻がブクブク太っています」 「夫が浮気しているようです。追及すべきでしょうか」 「息子の部屋からロリコン漫画が出てきました」 「60代の父が30代の女性を同棲。妙にやつれてきました」 「頼まれるとイヤと言えない性格を何とかしたい」 「夫が痴漢で逮捕されました。無実を信じたいのですが」 「小銭を借りて返さない同僚に困っています」など。= ー「はじめに」の冒頭からして、これ(以下)であるー ≪ ・・私の故郷の高知県なんか、すごいですよ。 高知で一番大きな会社はどこかっていうと「生活保護」。 「あれだけお金払える会杜、ほかにない」って。で、生活保護をもらえる人は 貯金しない人だから、きっちり毎月全額を飲み食い、遊興費で使ってくれる。 それで高知県の経済が回っている。それはまあ半分冗談ですけど、実際ケース ワーカーさんに話を聞いたら、「確かに腹の立つヤツもおる。こいつは インチキやろ、というのもおる」と。だけど、「具合悪くて働けんゆうたら そうかもしれんし、そんなに悪ないゆうたら悪ないかもしれんし、人間なんだ から玉虫色なんです。ただ、それで生活を立て直す人たちも確実にいることを 覚えてお いてください」と言うてました。日本人って「正直であれ」とかよく 言うけど、真面目すぎるのも生きづらい。もっとウソつきでいいんじゃないかと。 私がこれまで漫画家として生きてこれたのは、正直じゃなかったから。 ウソをつくのを悪いと思うてない。一番最初のお客さんである編集者を、 いかにダマすかというところから始まりています。締め切りがギリギリで 絶対OKもらえなさそうな人には、最初にくだらないA案を見せて、あとにもう ちょっとマシなB案をもってくるとか、目くらまし的なことをやって。あと、 10万円欲しいときには、最初に「100万円くれ」って言ってみるとか。 火事場泥棒みたいなことは我ながらうまいかな、と思いますね。もうひとつ よかったのは、プライドがなかったこと。私の仕事は客を笑かしてナンボなので、 自分の表現がどうとか関係ない。もらえる仕事は何でもやってきた。 身もフタもないことを平気でできるというのは大事です。プライドでご飯は 食べられません。誰だって働けなくなる日は来るんだから、とにかく働けるうちは 働いてお金を貯めておけ、と。だから、今でも仕事はどんどん入れてる。 国とか会社をアテにしてたら酷い目に遭いますよ。》 ▼ 西原は「借金を重ねながらも夫を看取り、子供を育て、誰に頼らないで 大量の仕事をこなしながら、ここまで至った。人生・体験に基づいた 回答だから、「生き延びたもの勝ち! 横から攻めたり、一旦逃げたり、 ダメな時の解決は人任せ」 でも嫌に説得力がある。男には書けない 開き直りが面白みを増している。 ・・・・・・ 2012-08-03 ある老女の遺書ー 3 10年前に取り上げた、随想集『心に残るとっておきの話』第五集、 に載った内容。10年か20年もしないうちに、生きていれば次のステージで 待っている。人は、それぞれ来し方の人生という行蔵がある。 その行蔵に他人は入ってみることは出来ない。しかし本人には蔵があり、 それぞれの棚には多くの経験というお宝がある。外見はボンヤリしていても、 一歩藏に入ればお宝の山である。だから元気なうちに、ここで書き残すべき ことを書いている。 ところで遺書を書いた老女は80歳後半辺り。 看護婦の叱責に怒りと哀しみが蓄積されている。 老人同士の愚痴は、 その解消のためにある。しかし老人ホームでは、それも限られる。 老化は、それだけでウツになる要素が十分にある。だから元気なうち、 動けるうちに、やるべきことは、全てしておくことだ。老いるということは、 過去のしてしまった失敗と、しなかった後悔にうち震えることだ。 (字数制限のため、カット) ・・・・・ 3782, ユング ー15 2011年08月03日(水) * ユング心理学、3つの流れ ー ? 元型派 ☆ 元型派ーひたすらイメージと対話し、遊ぶ < 元型派= 古典派が自己の元型の象徴と、その変容に重点を置くのに 対して、『元型派』は変容や自己実現はフィクション・幻想であるとする。 そして常に変容を目指すという古典派の態度そのものが、かえって人間を 傷つけるとして、変容や統合を目指さないでひたすら「イメージそのものを 大切にする」という態度をとる。それはたとえば「オルフェウス」の神話の 解釈に表れている。{ギリシャ神話の音楽と詩の神オルフェウスは、蛇にかまれて 死んだ妻を地下の世界、つまり黄泉の国に行き、連れ帰る途中に、決して後ろを 振り向いてはいけない約束を破ってしまったため、妻は洞窟の奥に吸い込まれて 消えてしまった。そして、彼の使っていた竪琴だけが天に昇って琴座の星座に なってしまう。その後、オルフェウスは放浪の旅先で殺されてしまう。} この神話は古典派的視点から見れば、女性像=アニマを獲得しそこなって 男性性を確立しそこなった失敗例として扱われる。しかし、イメージそのものを 大切にする元型派は、この神話の各登場人物やアイテムが「生き生きしている ことが大切」である。 竪琴が星座になってキラキラしているのであれば、 自己実現しているのだと理解できる。患者が統合や発達の失敗、男性性や 女性性の確立の失敗などの夢を見ても、失敗例と見ない。その夢の中の イメージや登場人物・アイテムについて、じっくり 話し合い、そのイメージ と遊ぶように接していくのが元型派の特徴である。 ー元型派の治療態度とはー 元型派は、患者の夢のイメージそのものを何よりも大切にし、イメージと遊ぶ。 古典派の患者の変容や治癒だけを目指すのではなく、患者のイメージにいかに 寄り添えるかを大事にし、夢そのものを色いろな角度から味わい、深めることを 目的とする。 時には、治療者と夢に関連させて共に空想を膨らませたり、 昔みた映画やドラマの話しをしたり、突拍子もない話をする態度である。 それは、あくまで治療者の「癒し」につながる遊びである。それらの対談の中で、 その夢は単に、その人だけのものでなく、人類に普遍的なものだったり、時空を こえた昔話だったり、神話につながることに気づくことで、孤独が癒される。 このように、イメージに忠実に寄り添い、深めることで、結果的に治療や変容 が生じてくるのであり、変容を起こそうと思ってはいけないのが、元型派の 基本的態度である。 > (『ユング心理学』福島哲夫著ーP・200) ▼ 患者の夢について、色いろな角度から深く語りあううちに、患者の悩みが 特殊なものでなく普遍的なものと気づくことから孤独感が薄らいでいく。 何ごとも肯定的に受けとめることが重要になる。〔イメージそのものを大切にする 元型派は、この神話の各登場人物やアイテムが「生き生きしていることが大切」〕 とあるが、考えさせられる。そのイメージと遊ぶように接すれば生き生きして くるはず。神話は民族の元型である。その登場人物はキラキラ輝いていなければ! ・・・・・ 3417, 64歳の現時点で、感じること! 2010年08月03日(火) 最近、首相や、県知事、市長などをみていると、「何、これは!」と、 心の底から思うようになった。青年期にみた老人の捩れた言葉?が何だった のか分かりかけてきた。当時は、「自分が、何も出来ないのに他人に対し 何故に背後から刺す言葉しか吐けないのか?」と、嫌悪感を持ったもの! 特に一生を無為に過ごしてきた人ほど、強くなる。ベルクソンが 「人生の歩みを進めれば進めるほど、私はわれわれがあまりに貧しいもので あるのに気づく。偉人と呼ばれる人と、他の人々との間にはほとんど差はない。 特にいわれもなく与えられたものと、その時々の状況、あるいは人生の運と いうものを除外するなら、差は少しもない」という言葉に深く納得する。 特に情報化がリアルに表出させる。ところで、ベルクソンは「時間と自由意志」 でアリストテレス以来の時間論に対して、画期的な反対論で一気に名前を高めた。 ベルクソンはまず、人間の意識によって時間を考えなおそうとした。 普段、我われが考えている時間とは、現在の一点を中心に過去へ未来へと空間化 され、直線のように考えられ、測れるものとされている。現に私も同じである。 アリストテレスもカントも、伝統的な時間論に従っていた。アリストテレスは 「以前と以後に関しての運動の数」、カントは「時間は人間主観に備わった形式」。 ベルクソンは、時間は、本来数えることのできない、はっきりした輪郭を持たず、 外在化する傾向も持たず、数との間にいささかの類縁性ももたない、継起 (数えることの出来ない感覚や感情の持続)であると、考えた。彼は、人間の 生を純粋に持続するものととらえた上で、その純粋持続こそ時間だと考えた。 純粋持続は意識に直接与えられる時間、内側から生きられた時間であり、 時間は、音楽のメロディを聞いているようにときのように、空間や世界から 切り離されて、徹底的に主観化され、内面化されている、とする。 演劇を観ていて時間を超越している感覚である。話は少し脇道にそれたが、 人生など結局は独りでしかない。偉人とかいうのも、所詮は、その時代の尺度 の評価でしかない。 それも時代時代に評価が変わっていく。 「人間は<よく生きること>ただ、それだけで充分」と思うように なっただけ、歳をとった。 ・・・・・・・・ 3042,上杉謙信の家訓 2009年08月03日(月) NHKの日曜日の大河ドラマは、この数十年来ほぼ見てこなかったが前回の シリーズから転換した。今年の「天地人」の視聴率も良いと聞くが、上杉謙信 の精神が直江兼継を通して我われに伝わってくる。それが何かというと、 あまり知られてない。数日前もTVで上杉神社などを紹介していた。 そこで検索に「上杉謙信の家訓」といれたら、やはりあった。 米沢の上杉神社に石碑にもなっている。【 上杉謙信公家訓16ヶ条「宝在心」】 一、心に物なき時は、心広く體泰なり 〜心を見失わせるような物がない時は心が広々として、体がゆたかである 一、心に我儘なき時は、愛敬失わず 〜わがままに振舞うことがない時は、全てを愛し、慈しむことを 忘れないもの 一、心に慾なき時は、義理を行ふ 〜惜むようなことがない時は、他人への義理や思いやりを 忘れないものだ 一、心に私なき時は、疑ふことなし 〜自分勝手な心がない時は物事に対しても疑うことはない 一、心に驕(おご)りなき時は、人を敬ふ 〜思いあがった心がない時は他人を尊び敬う気持ちになる 一、心に誤(あやま)りなき時は、人を畏(おそ)れず 〜やましい心がない時は他人を恐れることがない 一、心に邪見なき時は、人を育つる〜心に偏見がない時は人を立派に育てられる 一、心に貪りなき時は、人にへつらうことなし 〜心に欲が深くない時は他人におべっかを使いへつらうこともない 一、心に怒りなき時は、言葉和かなり 〜心に怒りがない時は言葉は柔らかく和やかになる 一、心に堪忍ある時は、事を調ふ 〜心に耐え忍ぶ努力がある時は物事は順調にすすむ 一、心に曇りなき時は、心静かなり 〜心が曇りなく晴々とした時は、また心も穏やかである 一、心に勇ある時は、悔やむことなし 〜心に勇気がある時は後悔することはない 一、心賤(いや)しからざる時は、願い好まず 〜心が卑(いや)しくない時は無理な願いを好まず努力して掴める 一、心に孝行ある時は、忠節厚し 〜心から尽くそう心がける時は真に仕えようとする気持ちが深い 一、心に自慢なき時は、人の善を知り 〜心に自惚れがない時は、他人の優れた素晴らしさを知ることができる 一、心に迷なき時は、人を咎(とが)めず 〜心にしっかりとした信念がある時は他人を責めないものだ 〜〜 日本人、特に越後県人の生真面目さが、そのまま現われている。 戦国の世だからこそ、これを実行してきた謙信の誠実さが、他国の武人 に評価され、それが、信玄に塩を送ったことなどに現れたのだろう。 天地人の隠れ主役は謙信の上記の精神ということが理解できる。
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| 5253,二度の地球規模の大爆発 〜地球大進化46億年 ー③ |
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2015年08月02日(日)
ー「地球大進化 第3回 知られざる“生命の星”の秘密」ー * 6500万年前の恐竜絶滅で、哺乳類が主役に 私たちは、数知れぬ地球規模の困難を乗り越え、現在に至っている。特に、 哺乳類の、そして類人猿の誕生は、進化上、あまりに大きい出来事である。 その辺りを、ネット検索をすると、番組の内容が、そのまま記述してあった。 ≪ 2年前、中国で発見された胎生の能力を持った最古の哺乳類の化石がある。 エオマイア(黎明期の母)。 恐竜が全盛を極めていた1億2千500万年前の地層 から見つかりました。現在、お腹の中で子供を育てるすべての哺乳類の祖先に あたると考えられています。恐竜の脅威と低酸素の環境という暗黒の時代の中、 哺乳類は子孫を確実に育てあげ、未来にかける戦略を強めていたと考えてられる。 季強博:「低酸素の環境ではからに閉ざされた卵による繁殖は決して有利とは いえません。そこで子孫を確実に残す為に哺乳類は繁殖の方法を替えたのです。 体の中で子供を育てる胎生の方が卵に比べ、酸素と栄養分をより多く子供に供給 することができます。私は哺乳類が繁殖の方法を胎生へと替えた背景には低酸素 時代という環境が密接に関係していたと考えています。」 胎生を行うようになった哺乳類では母親と子供が胎盤と呼ばれる新しい臓器に よって結ばれました。胎盤の中では、へその緒とつながる子供の毛細血管へと 母親の赤血球が勢いよく吹き付けられています。母から子へ、まるで母親の愛情、 そのもののように優しく吹き付けられる酸素たっぷりと含んだ赤血球。 新鮮な酸素が常に母親から与えられ、わが子の成長を支えるのです。 低酸素時代が凍死して始まった全く新しい母と子の関係。子供を愛しみ、確実に 育てる哺乳類のLifestyleが完成したのです。恐竜の時代が始めてから 1億6千万年後、再び地球を大変動が襲いました。突然現れた直径10キロの隕石 の衝突がもう一つの大量絶滅を引き起こし、恐竜の支配は終わりを告げた。 酸素濃度も回復し、地球は再び全く新しい時代を迎えることになりました。 2億5千万年前と6千5百万年前に起きた2度の大量絶滅、研究者たちはその 二つの出来事がなければ現在の複雑な生物の世界は決して生まれなかったと 考えるようになっています。暗黒の時代を力強く生き抜いた哺乳類は再び地球の 支配者として返り咲いた。恐竜から効率的な呼吸システムを受け継いだ鳥たちは それを飛行へと応用し大空を自由に舞うようになりました。そして私たち人類は、 祖先から受け継いだ酸素の効率的な利用によって思わぬ飛躍を遂げています。 大きな脳を手に入れたのです。重さでは全体重のたった2%に過ぎない人間の脳 は肺が吸い込む酸素の実に20%を消費しています。祖先が獲得した酸素の効率 的な利用がなければ私たちの人類の高度な知能は決して生まれなかったのです。 大きな脳を持った人類は、科学技術を一気に発展させました。その力は今や地球 の未来を大きく左右するにまで、膨らんでいます。人類を含む多様な生命が 息づく地球、それはかつて私たちの祖先が大量絶滅を始め数々の試練を戦い 抜きた結果、生み出されたものだったのです。・・≫ ▼ 脳という考える司令塔は、肺からの酸素の20%を消費する。有酸素運動 が、体に良いのは、脳にとって酸素が有効に働くため。早朝のウォーキングで 酸素と、太陽のエネルギーを取入れる必要性が、このことから分かる。 6億年前には地球の全てが凍りついてしまう全球凍結が襲いかかり、 この変動の後、小さな微生物だった祖先は劇的に大きくなって、多細胞生物 となり大型生物へと進化していった。4億年前に豊かなサンゴの海を襲った地殻 変動、住処を失った私たちの祖先は上陸へと挑んだ。この時、獲得したのは 私たちの手や足。2億5千万年前、シベリヤの巨大噴火から始まった大量絶滅、 その絶滅を辛うじて生き延びた後、私たちの祖先は子宮で子供を育てるという 能力を身につけた。3300万年前、南極から始まった厳しい寒冷化、木の上 という新天地に進出した祖先はエサ不足を生抜くため、優れた目を発達させた。 そしておよそ700万年前、私たち人類が生まれた。偶然だが、以下にーつづく ・・・・・・ 4888,閑話小題 ー温暖化と氷河 2014年08月02日(土) * 温暖化と水資源問題 世界の淡水の8割が氷河という。せいぜい数パーセントもあるかなしかと 思っていた。考えてみれば、北極も南極も氷で覆われており、アルプスや、 ロッキーも、ヒマラヤも氷河がある。シベリアには永久氷土がある。 としても、ナイル川やアマゾン川や、湖など水量の数倍もあるとは。 ということは、氷河は地球の水のダム。世界各地の氷河に行くと温暖化による 消失が、必ず話題に挙がる。 ーネットによるとー 《 地球全体の水資源の約97.5パーセントは海水が占め、残り2.5パーの淡水の 8割が氷山・氷河。その中で飲み水、工業用水は残り3割。その約9割は地下 に眠っている地下水。その部分を差し引くと残りは0.075パーセントになる。 しかし、人間が直接その水を採取できる湖・河川はさらに限られるので、 ここからまた目減りして、結局「0.01パーセント」。その貴重な水を巡っての 紛争が世界中で起きている。ヨルダン川(イスラエル、ヨルダン、レバノン)、 ナイル川(エジプト、スーダン、エチオピア)、チグリス・ユーフラテス川 (トルコ、シリア、イラク)、ガンジス川(インド、バングラデシュ)など。 2009年のスイス・ダボス会議では、「いずれ水はオイル(石油)よりも投資 価値が出てくる」と指摘されていたが、まさに的を射たコメントである。》 《 日本は世界有数の多雨国で,単位面積当たりの平均年間降水量は世界平均 の約2倍。しかし人口密度が高く,平均年間降水量を人口一人当たりにすると 世界平均のわずか1/5になる。一見,日本は,水資源に恵まれているように 見えるが,降水の多くは梅雨時や台風の時期に集中するうえに,多くの河川は 規模が小さく,勾配が急で,距離も短いため,雨が降っても水は短時間で海に 流出してしまう。多雨国なのに資源としての「水」には恵まれていない水資源 “小”国。さらに言えば,日本の食料の自給率は約40%で,大量の農作物を 輸入に頼っているが,仮に日本国内で栽培しようとすると大量の水が必要。 日本は,実質的に大量の水=バーチャルウォーター(仮想水)を輸入している ことになる。生活水準が向上するにつれて水の需要は増え続けるが,世界の 約2割の人たちは安全な飲み水すら利用できずにいる。》 《 世界の哺乳類の4分の1、鳥類の8分の1、両生類の3分の1、植物の 7割の種が危機に 瀕している」。・・タンザニアの「キリマンジャロ国立公園」 では1万年以上 維持されてきた万年雪が20世紀だけで8割失われ、このまま だと15年以内にすべて なくなる。》 ▼ 上記の現実は、我われ日本人にあまり知られてない。現に、私も知らな かったこと。水資源小国とは! それでも大雨や積雪などの地下水がダム 代わりなっている上に、7割が森林などの自然に恵まれている。いざとなれば、 井戸を掘ればよい! これらから考えると、やはり森林・農業保護は必要。 それにしても、総水量の0.01%とは! ・・・・・・ 4521, がんで死なない生き方 ー2 2013年08月02日(金) 「専門医が教える がんで死なない生き方」中川恵一著 ー更に、印象に残った箇所を抜粋するとー ・何より重要なのが早期発見。すい臓がんのように発見が難しく進行が早い ものもあるが、早期に発見すれば約9割が治る。例えば乳がんの場合、1cmの 腫瘍が2cmになるまで1年半かかるので、その間に見つけることが大切 (それより小さいと発見が難い)予防が可能になりピロリ菌感染者が減って いるので胃がんは減少傾向にある。元々ウイルス感染が引き金になるガンもある。 ・治療の中心は、いわゆる三大治療。手術、放射線治療、科学治療。ただし、 抗がん剤について、それだけの完治は難しい。サプリメントなどの代替医療 の効果は医学的に証明されていない。ウイルス療法など新しい手法もいろいろ 出てきてはいるが、まだ検証中という段階を出ていない。総じて、実態として は26年前から大きく進歩しているとはいえない。また、治るものはともかく、 末期のものについては必ずしも無理な治療をしないという選択肢もありうる。 ‘ガンは死期を迎える2〜3週間前くらいまで日常生活を営めるピンコロ型に 近い病気’である。 ・福島原発の事故を受けて、がんへの影響も解説している。被爆しない方が 好ましいが、一般の人たちへの影響という点で見れば生活習慣やたばこと いった要因に比べて、その一つの程度でしかない。 最近話題になっている 内部被爆について、実際は内部被爆と外部被爆の影響を明確に分離して 考えることは難しい。そして、現時点で空気や食べ物より土壌の汚染に 一番気をつけるべき。 ・野菜嫌いの人の発がん性リスクは、放射能被爆の100ミリシーベルト に相当する。また、受動喫煙も100ミリシーベルトに近い。 ・現在、日本人の2人に1人ががんになるが、男性は6割弱、女性は4割強。 がんの死亡者数は、男性が女性の1.5倍だが、20歳から55歳では、女性の 方ががんの発症者数が多い。30代のがん発症は、女性は男性の3倍。 ▼ 青壮年時期の20〜55歳は、女性の方が発症者数が多いとは知らなかった。 とすると、55歳を過ぎると、遥かに男の方が、多いことになる。この年齢に なってみて、「生老病死」の問題に直面すると、生易しい問題でないことが 分かる。皆で老いれば怖くなさそうに思うが、生老病死に関しては、それぞれ 孤立した問題。それぞれ独自で直面するしかない。著者の同僚7人の医師全員 がタバコを吸わないという、その結果を見ているからだ。そのうちの一人が、 「最近の事情が変わったようで、医学部百人の授業で聞いたら、 一人もタバコを吸っていない」という。 ・・・・・ 4147, 閑話小題 ー8年ぶりの歯医者 2012年08月02日(木) * 8年ぶりの歯医者 昨日、朝飯を食べていると口の中で小さな砂利みたいなのが引っかかった。 何だろうと見ると、奧歯の虫歯に埋めたツメモノ。8年前に、やはり取れて しまい新潟駅前の歯科で入れ直したもの。その時も被せた下が虫歯になり取れて しまった。今回の原因も、当時と同じであった。さっそく家内から聞いた歯医者 に行くと、間接的だが、「この夏休み時期に飛び込みは困ります」という。 家内に初診でも電話予約をしていくべきと言われたが、私の判断ミス。そこで 二軒目に切り替えて大型のレストラン風の歯医者に行ってみた。ここは、顧客 サービスの視点から、待合室や診療を現代的に組み替えたシステムで、一度 入って見たかったところ。ロビー兼待合室にはパソコン、マッサージ、何台もの 小型TVありで、マンガ喫茶のようである。歯科医が4人も居る。歯医者といえば、 個人医院が多く唯我独尊の前近代的スペース。誰も語らないが、行きたがらない ところが多い。そこは近代的歯科医を目指す徳真会グループで、新潟県内では 松村歯科医が数店舗を出店している。10年位前に自宅から車で5分ほどの ところに出店していたが、私の散歩コースにあった。実際に患者になった感想は、 「ここを知ったら一般歯科医には二度と入りたくなくなるだろう」が感想。 一度だけなので、感想は、その位にしておくが、直ぐにレントゲンを取られ、 それが診療台の前のモニターに映し出されて、こことこことが虫歯になっており、 15回位の治療回数になります。一回の治療の時間を長くし回数を減らすことも 可能という。8年間も歯医者にいってないため、あちこちに小さな虫歯がある。 周囲の人の話だと、年に一回歯垢を取ったり、小さな虫歯を直してもらうとか。 朝晩、マウスウォッシュでウガイを丹念にして、電波歯ブラシで磨いているので 大丈夫と、八年も行ってなければ、それも仕方がないが。 初回もあり、一時間も治療に要した。 * スポーツジムは夏枯れ 会員制度だから、ジムサイドとしての経営上の問題はないが、夏休みに入ると、 昼コースもあるが館内はガラガラ。去年も全く同じ状況で、大地震の影響と勝手 に思い込んでいたが、夏休みで主婦が家に縛られているようだ。冷房がきいて いるので快適だが、家から出るのも億劫のこともある。「とにかく休まない!」 をテーマの一つにしているが、人が多いより少ない方が良い。日が経つにつれ、 その場の空気に馴染んでいっている。 ・・・・・・ 3781, ユング ー14 2011年08月02日(火) * ユング心理学、3つの流れ ー �古典派 (『ユング心理学』福島哲夫著ーP196より) 【 ユングが亡くなって現在に至るまで、ユング心理学の考え方や 心理療法派、主に3つ流れ、古典派、原型派、発達派として続いている。 ☆ 古典派= ユングの考え方を、そのまま受け継いでいる。 彼らは「心の深層の象徴的イメージの変容に重点が置かれる。たとえば、 個人の中で男性イメージと女性イメージがどのように発展し、一つのまとまり あるものとして機能していくか、ということに 注目する態度に代表される。 そして、このような様々なイメージを一つのまとまりあるものとしていく自己 の元型の働きが夢や空想の中にどのように表現されるているかを読み取り、 その働きが活発になるように関わっていく。男性、女性イメージのほかにも、 英雄が龍と戦って勝利するイメージが、母親的なものからの精神的な自立の 象徴と考えられて肯定的に扱われる。また、それまでの古い自分が死んで、 新しい自分が生まれ変わる「死と再生」、あるいは、それが儀式化されて 成人式や結婚式、葬式の儀礼となった「通過儀礼」などの、イメージを個人が 内面で、どのように体験するかということも大事にされる。これは、内面の イメージの変容をどのように体験して、それまでの自分と、どう違った自分 になるかに大きな関心が向いている。 ー古典派の治療態度とはー ここで、グリム童話の「かえるの王様」を例にして自己表現を取り上げる。 <姫が気に入りの金の鞠を泉に落として、悲しんでいるところ、蛙が現れ、 条件をつきで鞠をとってもらう。しかし、蛙を気持ち悪く思う姫は約束を 破り、叩きつけてしまう。すると蛙は王子に変身し、二人は結婚をする> 古典派では、金の鞠を「自己」、蛙を、未知なる男性、他者。結婚を自己 実現と解釈する。彼女は他者と初めは嫌々ながら密接に関わりながら、 正面から対決することで大人になり、自己実現(結婚)をしていく。 古典派は、このような変容過程が、実際の個人に起こることを期待するのが、 立場になる。】 ▼ ひとつ夢でも、ユングの各派で解釈が色いろ違ってくる。古典派は統合と 発達を大事にする。結婚=自己実現するために、他者を叩きつけてしまう、 という部分が象徴的。叩きつけられた他者は、そこで王子=理想的相手に変身 するというのも意味深長。これでは、結婚してからの蛙はたまったものでない。 しかし、そういうものと心の奥で、割り切るしかないのか? いずれにしても、 親からの自立は、人類の永遠のテーマとなる。成人式も、結婚式も、ひとつの 通過儀礼である。そこで、二世代、三世代家族は多くの課題を持ってしまう のは当然の結果である。一生、小さな岩場の中に閉じ込められた山椒魚になる。 気がつかないのは自分だけ。 ・・・・・・ 3416, 「憎国心のすすめ」 ー2 2010年08月02日(月) ■ 知性の定義 知性を電子辞書で調べると、 「知性とは、『知覚を認識に作り上げる精神機能。感覚によって得られた 素材を、整理・統一し、認識に至る精神機能』とある。ここで日本人には知性が 足りないと繰り返しているが、その「知性とは何か」と言われるといま一つ曖昧。 そこで著者は知性について一章をさいて書いている。 ー知性について書いている印象に残った部分を書き出してみるー * 私は「知性とは何をしたらよいかわからないときに用いるものだ」という ジャン・ピアジェの明快な表現が好き。つまり「正しい答え」がないときや、 通常の対処で十分とは思えないときに必要となる。 柔軟に対処したり手探り したりする能力で、いわば知的な即興の能力である。モーッァルトやバッハの コンチェルトのように高度に磨き上げられた作品ではなく、ジャズの即興演奏を 思い浮かべるとわかりやすい。知性とは、即興で作られ、思考と行動によって 磨かれる「過程」のことである。』(『知性はいつ生まれたか』カルヴイン著) *『 新しい情況に当面したとき、盲目的にもがくというような、本能的方法 (例えば運動暴発)によらずに適応する仕方または課題を解決する方法をいう。 過去の経験を利用することが多いので、この能力(記憶)をも〈知性〉のうちに 入れるのが普通であって、これを〈再生的知性〉という。また、人の知性のうち には抽象的思考力があるが、これだけを〈知性〉と呼ぽうとするものもある。 なお、《英知》というコトバは精神の知的側面、とくに高級な思考作用をいう。 〈概念をつかう能力〉のような高級なものをさすことが多い。』 *『ー 困難な状況に直面して生来的なまたは習慣的な少数の反応しか 持ち合わせていない動物は、その反応が成功するか、環境の偶然の変化によって 条件が好転するまで、その力と衝動の持続する限り、その持ち合わせの反応を 無駄に繰返すに止まる。 (字数の関係でカット、2012年8月2日)
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| 5252,自分もないし、あの世もない 〜ニーチェ「超」入門〜 |
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2015年08月01日(土)
〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著 * 遠近法でみれば、自分もないし、あの世もない! 黄色の声で娑婆現象の因果律を、己の世界観で物語化して、一人、 悦に入っている我われ凡人を根こそぎ否定するのがニーチェの醍醐味。 ことあるごとに「世間人」を取り上げてきたのも、ニーチェの影響があった。 ニーチェの遠近法的認識から、我々は近くの現象に左右されていることを 知ることができる。 山奥の集落では、その集落の世界が全世界になりがち ということが解る。 遠近法を『多宇宙論』まで拡大すれば、「自分も、 あの世もない」ことが自明になる・・ ー以下の部分は、ニーチェの核心部分ー これを理解できるかどうかだ? ≪ 人間の遠近法的な認識のゆえに、いっさいが現象でしかない。けれども、 それはわたしたちにとってウソではない。まさにそれこそ現実であり、 リアルなのだ。現象というこのリアルから誰も脱出することはできない。 だからといってこの現象界の裏側に真実の世界があるのではないかと思うこと こそ妄想なのだ、とニーチェはいう。それは混沌としていて、客観的世界などで はないという。二ーチェはそのように語ることによって、真実界が天上にあると 考えたプラトンの哲学を否定しているのだ。キリスト教神学がプラトンの哲学を 取り入れたと一般的にいわれているのはこの部分。真理も真実も神も天上界に あるのだとする神学のことだ。つまり、ニーチェは遠近法の考えを発展させる ことによって、神はいないはずだという見解に達したのである。 神など人間が想像してつくりあげた単純な無神論ではない。目に見えるもの ばかりではなく「物体、線、面、原因と結果、運動と静止、形態と内容」と いった基本概念すらも実は人間のつくった仮構だと二ーチェはいう。 たとえば、わたしたちの生活でしょっちゅう考えられている原因と結果だ。 物事は起きているのだが、その一点をチョイスしてわたしたちは結果だと決め、 その結果を生んだ原因を探す。しかし本当は、原因も結果もない。因果という つごうのよい言葉に人はとらわれているだけなのだ。だから、起きている事柄 とは事実そのものではなく、それに関わる人間の概念とか心理的印象などが 混じりあって総合的に結合されたもののこと。それを二ーチェは生きいき描写 する。要するに、因果を決めたがる心理は、まだ慣れていないものに対する恐怖 のことなのだ。そして、なんとか既知のものを見つけて安心する。だから 本当は、原因を探求しているのではない。既知のものを探しているだけなのだ。 (「力への意志」551) ー以上をもっと簡単にまとめてしまえば、 人間は起きている事柄をストーリー化して考えてしまい、それを事実ととらえる ということだ。それはもちろんわたしたちのそれぞれの人生行路という話も含む ことになるし、世界の歴史も含む。二ーチェのこの鋭い指摘は、当然ながら 他の事柄にも通じていく。たとえば、家柄や血筋、それに強く関連している差別 や階層の問題、あるいはまた人間の喜びや苦しみについても、わたしたちに 新しい眼と態度を与えてくれる考えとなる。 意識というものについても、 ニーチェはそこに遠近法を見る。それをまとめると、次のようになる。 < 個々人の意識であろうとも、個々人の生き方に沿っているものではない。 わたしたちの行動はそれぞれに唯一であり、個性的なものであるのに、意識 といったものに翻訳されるやいなや、もう個性的なものではなくなるのだ。 意識に変換されたとたん、一般的になってしまう。共同体的になってしまう。 薄っぺらになり、平凡化される。精妙さを失ってしまう。みなと同じような 妄想に変化してしまう。したがって、人間の認識の力は真理のようなものを 捌む程度には達していない。(『悦ばしき知識』354)> ≫ ▼ 4年前の会社整理に対し、『計画倒産』とか、『帰り矢が当たった』とか、 色いろ揶揄されていたようだが、要するに、否定による否定の共同幻想の類。 とはいえ、当ってなくもないから面白い?・・ 上記の、『要するに、因果を 決めたがる心理は、まだ慣れていないものに対する恐怖のことなのだ。そして、 なんとか既知のものを見つけて安心する。だから本当は、原因を探求している のではない。既知のものを探しているだけなのだ。』その一番、手っ取り早い のが、無知蒙昧による計画倒産の共同幻想。その物語が透て見えるから、逆に 醍醐味になっていた。共同幻想の事例研究としてのは非常に面白い内容だが。 ・・・・・・ 4887,閑話小題 〜ベトナムのシシャモ 2014年08月01日(金) * 先日、あわや買おうとしたシシャモが・・ 近くのSC内のドラッグストア「アオキ」で、美味そうなシシャモの パッケージ、一度はカゴに入れたが、色が青白く光っているのが気になり、 元に戻した。ところが、その翌日のニュースで、「山口県内の業者がベトナム から輸入した冷凍シシャモで、 殺そ剤と人のふん便とみられる異物が混入」。 あわやである。 以前も、冷凍の中国産唐揚を買ったが、まだ食べてない段階 でニュースで知り、事なきをえた。家内は絶対に中国産を買わないが、私は、 あまり気にしない。中国・上海市の会社による期限切れ食肉使用問題が国内 にも衝撃を与える中、今度はベトナムの食品をめぐる新たな問題が発覚。 それにしても恐ろしい! * 佐世保の女子高生殺人事件 これは異常性格者の犯罪で、一般的常識では語れない事件。 「子猫を解剖し、今度は人間を解剖したくなり、準備をした上で、親友を誘い、 首を絞め殺し、首と手首を切断。下腹部を切り開いた」と・・ そのニュースで 《 医師が6月10日、県の「佐世保こども・女性・障害者支援センター」 の窓口に電話。少女が小学生の頃に給食に異物を混入させたことや、父親を殴打 してけがをさせたことを挙げ「人を殺しかねない」など相談。窓口側は医師に 対応を助言した。医師は少女が高校1年女子は伝えたが、名前は伏せた。相談 内容について窓口側は当時、県警に連絡をしていなかった(2014/07/31)》とある。 家庭環境の激変の中で、元もとあった異常性が表立ったのだろうが、猟奇・ ホラー映画、顔負けである。ネットや映画で、無制限に猟奇殺人などが 無制限に流されている結果だろうが。 * 新発田の女性遺体 ー31歳男、複数の殺人に関与の疑い 以前、全国版ニュースで流れた地裁から必死に逃げる若い男の姿が脳裏に 残っているが、その男が新発田の若い女性の殺害犯人で、他の殺人事件にも 関与している可能性がある、という。 ーまず、そのニュースから ≪ 6月、新潟地裁から一時逃走した男。新潟県内で女性を殺害した疑いなどで、 7月31日、逮捕された。さらに、この男には、ほかの複数の殺人事件にも 関与した疑いが浮上している。6月27日、新潟地方裁判所から逃走を図った 喜納尚吾容疑者(31)の姿をとらえた映像には、全力で逃げる喜納容疑者と、 後を追いかける警察官の姿があった。強姦など3つの事件で、逮捕・起訴。 31日、殺人事件にも関与していたとして逮捕された。喜納容疑者は、自分が 所有する乗用車で、徳永 希さん(当時22)を自宅と友人宅の間で連れ去り、 当日かその翌日、殺害した疑いが持たれている。2014年4月、新潟・新発田市 のやぶの中から、その遺体で発見された事件。徳永さんは2013年11月、 「友達の家に行く」と言って家を出たあと、行方不明となり、2014年4月、 自宅から5km離れたやぶの中から、白骨化した遺体となって発見された。 喜納容疑者は「身に覚えがない」と、容疑を否認。警察は、喜納容疑者が 複数の殺人事件に関与したとみている。市内では、若い女性が次々と不審死を 遂げている。2013年9月には、住宅街で乗用車4台が燃え、車内から20代の女性 の遺体が発見され、さらに、徳永さんの遺体が発見された同じ4月に、 20代の女性が遺体で発見されている。≫ ▼ ところで、2009年11月に新潟駅南で乗せた若い男の客にタクシー 運転手が金を奪われた上に殺害された事件。駅の監視カメラに映っていた 姿が似ているような? 若くて、キャシャだけで、いうのは何だが・・ ーーーー 4520, がんで死なない生き方 ー1 2013年08月01日(木) 「専門医が教える がんで死なない生き方」中川恵一著 ーどうせ死ぬなら「がん」がいいー の内容に対し、正当派の医師の見方も 必要と図書館で見つけたのが、この本。誰もがんで早死にはしたくはない。 少し注意した生活を数十年も続ければ大きく変わる。特にタバコと飲酒の習慣。 二人に一人がなる病なら、特に若いうちは定期検査と早期発見で治すしかない。 ーアマゾンの内容よりー 《「日本人が目をそむけてきた"究極の病"。本書を読めば心構えと希望が持てる」 2人に1人がかかる時代、予習と対策ができる人生のテキスト。がんはもはや 他人事ではない国民病。東大病院の中川先生が、"がんは遺伝""がん家系"と いった誤解を解き、予防法から治療、お金の問題まで徹底解説。一方、専門医 自身はどんな生活を送っているのか、予防のために何か特別なことをしているのか、 一般の私たちが気になる疑問に中川先生が答え。同僚の医師にもインタビュー。 コラムでは、原発事故以降の放射線に対処するための知識をQ&A式で掲載 》 ー概要の部分を抜粋するとー ≪ 肺がんや大腸がんにおいては、野菜や果物の摂取によって発症リスクが 低くなるという証拠はない。2人に1人がんになり,3人に1人ががんで亡くなって います。誰だって、がんになりたくないし、がんで死にたくはありません。 がんで死なないため一番‘確実な方法’はがんにらないことです。しかし、 どんな聖人君子でもがんになり得るのです。おおざっぱに言えば、がんの3分ー がタバコ、3分のーがお酒や食事や運動といった「タバコ以の生活習慣」です。 そして、残りの3分の1は「運」と言ってよいでしょう。どんなに理想的な生活を 送りても、がんを完全に防ぐことはできません。ですから、がんを防ぐ生活習慣 を心がけるとともに、‘運悪く’がんになっても、早期に発見して完治させる 必要があります。この生活習慣《一次予防》十早期発見《二次予防》の2段構えが、 がんで命を落とさないための特効薬なのです。実際、がん全体の「5年生存率」 (医学的には、治療によって、がんが消失して5年経過後に再発がない場合を 「治癒」とみなす)は5割を超えていますので、がん「不死の病」ではないし、 早期がんで発見されれば、ほとんどの臓器のがんで治癒は9割以上になる。 早期に見つけられれば、がんは怖くありません。 早期がんを発見するには、 定期的な検診が不可欠です。早期がんでは目立った症状が出ないからです。 そして、症状が表れると、進行・末期がんの場合が多く手遅れです。 だったら、どうか?と考えると、どうだろう?あまりかわらなかったのでは? 悪性なら早期でも助からなかったのでは? しかし生活習慣病なら、注意すると しないとでは大きく変わる。しかし50歳を過ぎれば、検査をして見つけても、 逝くのは少し早いか遅いかだろう。今だ男の喫煙率が4割。これほど危険なもの はない。法的に麻薬並みに禁止すべき数値。これに酒とストレスを加えると、 男の場合、半分以上は複合効果でやられている。 「酒飲んで、タバコを吸って バカ騒ぎ」 ・・・・・・ 2012-08-01 閑話小題 ーベッドから転げ落ちる 編集 * これも老いの現象か? 二日前の夜半に初めてベッドからモンドリ落ちた。床がピータイルで硬い こともあり、右手と右頭が同時に床に直撃をした。瞬間、腕が折れてしまったと 勘違いするほどで、怖々と触ってみたが折れてなかったが、痛いことこの上ない。 腕が一瞬早かったので頭には瘤は出来てなかった。直ぐに氷で冷やしたが、 何とか最小の事態で済んだ。翌日には何とかスポーツジムの定番コースを こなしてきたが、腕の痛さは残っていた。ひと月前にも居間で滑って、 やはり右手と右頭を打撲して、その腫れが落ち着いてきた矢先である。 最近、シネマやTV映画の刑事モノの映画を連続してみているが、リアルな 恐ろしい夢をみて、逃げようとしてベッドから滑り落ちたのである。 * オリンピックが始まったが ロンドン・オリンピックが始まった。以前は、それほど関心が無かったが、 今では時間があるため楽しむ余裕がある。見る方も、選手も、以前ほど結果に 対し大げさなリアクションが無くなった。オリンピックもアナザーワンに、 ということか。この大不況下に関心が半減していることは間違いない。 もう一つは、金メダル獲得という物語に、人々はさほど価値を見出さなく なっている。 情報社会の効用ということか。「ヒーロー? それがどうした、 それより私の夢の実現の方が、よほど良いに決まっている」と、各々が ミニ物語の完成を求める「個人主義」が行き渡ってきている。それが良いか 悪いのか? 競技の審判に対する抗議に、ビデオを取り入れる制度が出来た。 これに対して物議があるが、私は素晴らしい決断だと思っている。 世界中の目がテレビを通して審判のミスを繰り返し見せつけられ、後味が悪い 思いがしている現在、思い切った英断である。 大相撲も、際どい勝負の結果にはビデオ室の結果を確認する。オリンピック という世界一を決める勝負に、ビデオ確認は当然である。審判の依怙贔屓や、 経験不足による好い加減の判定があまりに多く、それを映像がリアルに世界中に 発信してしまう情報化が根底にある。プロ野球もビデオ判定を取入れ始めてきた。 ・・・・・・・ 2011-08-01 閑話小題 * 3Dシネマの凄み 「アバター」でシネマの3D映像の体験をして、その迫力に想像を絶する思い だったが、ここで、「ハリー・ポッター」と「トランスフォーマー」をみて、 更に進化した映像の異世界に入りこんでしまった。ストーリーより、その異世界 の世界を楽しもうと期待していたが、次から次への息をつかせない立体空間の ド迫力の世界に、我ながら驚いてしまった。供騙しのようなロボットのような姿 の宇宙からの飛来者が繰り広げる勧善懲悪的闘いが圧巻。 巨大なロボット風の 無機質の風体が、人間の想像を遥かにこえた映像に抵抗感を少なくするように計算。 要は、デジタルを使い、私たちが経験したことがない世界を3Dで引き込んで くれるのである。薬や音楽で脳を麻痺をさせ、普段味わえないサイケの世界に トリップさせるのと似ている。それはそれで、その世界を垣間見るのも悪くはない。 天才という人種は、トリップしたあちら側の視線で、芸術作品を通して表現した人 をいうのである。それと3Dのシネマと結びつけるのに、少し無理は無くはないが、 実際のところ、当たらずとも遠からじである。せっかく、平均滞在80年の娑婆 への宇宙旅行を与えられた人として、やはり、既成概念内の現象だけを見て、 宇宙の彼方に帰還するには勿体ない。これもデジタル化のなせる技。 実際にTVもデジタル化と大型化で変わってきた。数年前までは、面白そうな TV番組は週に数本しかなかったが、現在では一日に数本はある。その上に 録画が数百本はブルーレイデスクに入っている。なるほどTVは人をバカにする。 * ここの円高は厳しい あれよあれよと円高が進んでいる。リーマンショックの津波の一波だろうが、 東北大震災に、この円高は日本経済にとって大打撃。アメリカが国債の発行限度 の引き上げで議会が対立が起因だが、万一、アメリカが国債のデフォルトを宣言 でもしたら、世界経済は大混乱に陥ること必定。その中で、特に日本は アメリカの国債を大量に持たされているため国家破綻になる可能性がある。 ・・・・・・・ 3415, 売国者たちの末路 2010年08月01日(日) 「売国者たちの末路 」副島 隆彦 , 植草 一秀 (著) ーまずは、アマゾン・内容紹介ー リーマン・ショックを的中させた副島隆彦と植草一秀の対面が実現。 国民を不幸にする国家権力に対し「共闘宣言」を叩きつける。植草は1990年代、 日本を代表するエコノミストとして華々しく活躍していた。 しかし2001年4月の小泉純一郎政権誕生後、その経済政策(すなわち竹中平蔵氏 主導の『構造改革』路線)に異を唱えつづけたところ2度にわたって「痴漢事件」 の犯人となり、公的な職を失った。2004年の事件は罰金刑が確定したが、2006年 の事件は最高裁で係争中。現在はブログで政治・経済分析を中心とする言論を発信。 副島は早くから「植草氏は冤罪。売国者・小泉=竹中政治の謀略に嵌められた」 と指摘。 同時に植草氏の言論活動を高く評価してきた。両氏が相見える本書 では、小泉=竹中政策の糾弾はもとより、民主党・小沢代表への国策捜査、 「かんぽの宿」問題に象徴される郵政民営化の闇、世界金融危機の行方まで、 新聞やテレビでは触れることのできない 「真実の言論」を展開する。 ▼ このところ読み続けている林秀彦氏の著書の叫びと相通じるところが多い。 官僚、政治家、マスコミがアメリカの隠れたコントロールに入っておりそれに 歯向かう者たちを謀略に嵌めてしまう。アメリカの新自由主義の誤りを今さら ではないが、それに踊った小泉、竹中は万死に値することは事実。私も数年前に、 やっと気づいたのだから遅い。しかし大手銀行の財務内容が改善されたことも事実。 冷戦では西側として、アメリカの傘の中で共産主義から国を守らなければならな かったが、それが終わった現在では、その構造が変わるのが当然のはず。 それを自民と官僚が売国的行為を続けてきた結果と二人は主張。 植草は【一般国民の大多数は、観念的に「警察、検察、裁判所は中立公正であって、 正義の味方」という考え方しか持ってなかった。しかし一部の人たちから 「いや、そうではない」という考え方が広がってきた。】という。 高橋洋一の万引き事件は、明らかに検察官僚の捏造事件と疑ってきたが、 植草の痴漢事件も冷静に考えると、やはり冤罪と見ると、辻褄があう。 一度、解体的混乱を通ってしか日本は改革できないのか。 頭と尻尾をみると、つくづく絶望的になる!
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| 5251,二度の地球規模の大爆発 〜地球大進化46億年 ー② |
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2015年07月31日(金)
ー「地球大進化 第2回 知られざる“生命の星”の秘密」ー * 二度の大爆発 生命の絶滅の危機をもたらした大爆発をネットで検索し、まとめてみた。 ≪ 二度の全球凍結の後、さらに二度の地球規模の大爆発で、生物は 大きな岐路に立たされる。 ・まずは、内側からの爆発である。 2億5000万年前には地球内部マントルから 巨大な熱の固まりが一気に突き上げる大噴火があった。生物も実に90%以上が 絶滅するという、史上最大の絶滅をもたらし、絶滅のふちに追い詰められた。 その試練の後、恐竜の支配、哺乳類の誕生があり、それらの大量絶滅後に、生物 の化石がほとんど見つからない空白の時代が長く続いた。 しかし、この大変動がその後の生物の世界に劇的な変化を促すことになる。 大量絶滅から1億年後の世界、つまり今から1億5千万年前(ジュラ紀後期)には、 生物の世界に起きた劇的な変化、それは巨大な爬虫類、恐竜の出現である。 これは30mの体長を誇る草食恐竜、アパトサウルス。そして、この時代の白獣 の王となった肉食恐竜、アロサウルス。こうした恐竜たちは他の生物を大きく 上回る高い活動能力を持っていたと考えられている。一方この頃の私たちの祖先 は、恐竜に怯えながら暮らすネズミのように小さな姿に変えて、かって繁栄を 極めた面影はありません。なぜ私たちの祖先に代わって爬虫類が巨大化し、 地球を支配することになったか。それが大量絶滅後の生物の進化をめぐる大きな 謎となっています。そして、次は外(宇宙)の隕石の衝突へと続く・・ ・次は、外側からの爆発。 メキシコのユカタン半島にあるチクシュルーブ・ クレーターは、約6,500万年前に地球に巨大隕石が衝突してできたものである。 クレーターの直径は約100〜300km、深さ15〜25km、衝突した隕石の大きさは直径 約10km、衝突時のエネルギーは広島型原爆の50億倍を超えたと推定されている。 これで、恐竜が絶滅したといわれる。それで餌でしかなかった小型の生命が、 生延びる機会を与えられ、これが類人猿を生み出す切欠にもなった。 ≫ ▼ 生命は、地球規模の大変動に適応させるため、己を変え続けることで、 生延びてきた。しかし、最近では、都市化が端的に示しているとおり、 環境を人間に合わせて変える道を選んできた。それを文化・文明というらしいが、 その結果に一つが、オゾン層の破壊による温暖化問題や、核兵器使用による 人類自滅の可能性、などが出てきた。今世紀中に人類は、死滅する可能性すら あるという。人類という、地球にとって「ガン」が、文明に隠された爆弾で、 大爆発する可能性があっても何ら不思議でない事態が生じてきた。 ・・・・・・ 2014年07月31日(木) 4886,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー44 * つれづれに 〜赤いカップ制度(仕事のゲーム化) 話は実家の量販店時代に戻る。 まずチェーンストアの統一伝票を導入 して部門別管理を採り入れた経緯を以前に書いたが、その後日談になる。 その「仕事のゲーム化」とは・・・ 【 まず本店ビルを建てかえ、部門別管理をゲーム化した『赤いカップ制度』 を始めた。そして劇画のような?日々になっていった。まず部門責任者と、 それぞれ年次売上予算と利益予算を決め、それを月次、日次予算に落とす。 そして各部門単位のレコードの曲を決め、予算達成をすると総務に連絡、店内 に、その曲流す。それで社員の誰もが、どの部門が達成したかを知る。 早い部門だと、日祭日などでは、二時間もしないうちに流れることもある。 逆に、流れない部門は、一週間、二週間経っても流れない。その上、車座に 並んだ朝礼で、成績順に並ぶ。更に月次で一番営業成績の悪いところが、 一ヶ月間、15分の早出で店頭掃除をする。早出代として毎日千円、月3万円を 割り出し、ベストの部門全員に近くの趣味の店のコーヒーカップ・シリーズを、 景品として贈呈。 逆にワースト部門は、真っ赤に塗ったカップを、売場の 何処かに置いておく。(これを現金にするとリアルな競争になるため、若い人が 楽しめて仕事が出来るように配慮をした。)結果、担当の能力が明確に現出する ため、不振の責任者は追込まれる。これに利益率を換算した結果が明示される。 そのため、責任者は堪ったものでない。その上、週初めのチーフ会議も成績順に 並ぶ・・ 仕入が当てればよいが、外れると、パートまで・・ 担当者には 仕入れ権限も大幅に与えられているため、それぞれが商店主のようなもの・・ 】 ▼ 必死さが生み出した仕組みである。都会のファッション専門街ビルは、 活性化のため、不振店を自動的に排除をするシステムで競わせているが、 同じようなもの。 私が辞めた後に、反動でピンク一色になったのも当然。 桃色は同時に赤色(赤字)も?伴うから始末が悪い・・ 35年前、こんなこともありました! とにかく必死だったが、面白かった! 新潟駅前シリーズも、卑怯ツアーも含め、殆どの人は、こういう面白みの 極みを経験しないで死んでいくようだ。 周囲は大変だったのだろうが・・ 会社整理の極みゲーム後は、75歳に想定した死の壁が待っている。 どうゲーム化するかだが、これは大変! 余命三ヶ月で、リンゲルの大量投与? で、何故か、一年前の文章に続く。 ーー 2013年07月31日(水) 4519, どうせ死ぬなら「がん」がいい ー5 『どうせ死ぬなら「がん」がいい』近藤 誠 (著), 中村 仁一 (著) 日本エッセストクラブ編の‘11年版ベストエッセイ集’の「老いた人、瀕死の 人にも希望を」が、二人の説を裏付ける内容。医師も若い時には、その不条理に 思い悩むが、何時の間に、その世界に染まってしまう恐ろしい世界でもある。 ーまずは、冒頭の一部を抜粋してみるー 《 * 老いた人、瀕死の人にも希望を ー榊睦子 この春、研修医になって独立した息子が忙しい勤務の間を縫って帰って来た。 元気がない。就職したての頃の笑顔が消えている。「仕事はどう?」と水を向けると。 「愚者さんの最期を看取ったよ」と息子。「薬が殺したようなもんだ。」 どきりとする。息子の話によると、その六十代の終末期の癌患者は、1%の成功例 しかない治療薬を処方された直後に亡くなったという。もちろん主治医は患者を 救う努力を続けて来たし、患者と家族との間でインフォームド・コンセンも なされている。主治医には何の落ち度もないのだが、息子は、善意の陰に見え 隠れするもの ーその治療薬の臨床例を増やしたい、百に一つの成功の快感を 味わいたいーを見落としてはいなかった。彼は立場上、主治医に対して異を 唱えることのできなかった自分を責めているのである。 「希望」はすべての人にある。余命幾許もない人にもあるはず。この患者は、 もしかしたら、それを奪われてしまったかも知れない。それから数ヶ月経って 息子から衝撃的話を聞いた。同僚の研修医が自死を遂げたという。原因は不明。 大変、優秀であったその研修医は、「笑顔しか思い出せない」と息子が言うほど、 明るく穏やかな人。彼に一体何が起きたのだろうか。 次は看護師をしていた娘から聞いた話。白血病の末期であったその少女は、 亡くたる数日前に、窓の外に自分がいると言って怯えはじめたが、次第に落ち 着きをとり戻し「お母さん、がっかりしないでね。泣かないでね」と母に言った 後、昏睡状態に陥り、眠るように亡くなったという。少女はその生涯で一番大事 な仕事ー母を慰め励ますことーをやりとげて逝ったのである。 死に行く人にも希望はある。それは前途洋々たる人の場合、桁遠いに重く 大きい悲願と言っても良いのでなかろうか。・・・ ≫ ▼一%の成功事例しかない治療薬を提示すること自体問題だが、同じ死ぬなら、 それに挑戦するかの判断は本人次第。当事者になってみなければ分からないこと だが、私ならどうだろう?早く逝けるなら前倒し?・・ 医師も難しい職業。 人間は全て、死んでしまう。結局は延命の手助け。これも必要だが必ず限界 がある。その上、ビジネスの要素も関わってくる。現状の医師と病院システム で中では、自分が判断するしかない。 ・・・・・・ 2012-07-31 もうこれは世界大恐慌 ー 「もうこれは世界大恐慌」朝倉慶著 * あの債権は、何処にいったのか? 不思議でたまらないのが、リーマンショックの原因となった不良債権の行方。 バージン、ケイマン諸島は、世界の金持ちが金融口座をつくって脱税をするもの と思っていたが、不良債権を塩漬けにする基地でもあった。そこに飛ばして おけば、鉄の塊に金粉を塗装して置いておくようなもので、実際の金か鉄の塊 かの調査権が及ばない。 永久に隠しておけば良いが、そうはいかない。 もしかして永久に抹殺して封印して置くことも可能なのだろうか。どうだろう? そうすると、6京円の不良債権は大変だと不安がっている私たちの方が無知と いうことになる。どうなっているのか金融の世界は? ーその辺の記載をコピーしてみるー ≪20年前のバブル期に大損した損失は今だ表に出てこない。 このオリンパスの粉飾はたった一社特有のことなのだろうか? オリンパスが 使ったタックスヘイブン、バージン諸島、ケイマン諸島には大金持ちの資金だけ でなく、隠れ借金が膨大に隠されている。日本のバブル崩壊の100倍のスケールと いわれたリーマンショック後、巧みに封印され隠されてきた欧米金融機関の膨大な 不良債権も、やはりこれらタックスヘイブンに眠っている? ジェットコースター のように激しく上下したオリンパス株は、なぜあれほど上下に動いたのでしょうか?、 裏に何かあるのでしょうか? すべての矛盾が複合的に絡み合っています。 様々な点が線に結ばれる時、いよいよ資本主義という世界の屋台骨が怒濤のごとく 崩れ去るのです。恐ろしくも激しい、驚愕するような大変化のドラマが始まろう としています。一体昔の損失はどこに消えたのでしょうか? リーマンショック の後、欧州では大々的に会計制度を変更しました。当時レベル3と呼ばれた証券化 商品でしたが、このレベル3の商品に関しては時価評価をする必要がない、と欧州 当局はお墨付きを与えたのです。通常サブブライムローンを含んだ証券商品は 当時ではほとんど無価値と判定されていたのですが、いわゆる金融破綻を避ける ための当局の緊急措置として時価評価したら欧州のほとんどの金融機関は 実は債務超過となるからです。≫ ▼ 世界中の政府が口裏を合わせて、地下深く隠して表に出さないと合意して いたら、短・中期的は表に出ないで済む。要は、金メッキをした金と分かって いても、それを本物の金として認め、金庫を開けない約束を国家単位で決めれば、 それで通ってしまうのが金融の世界ということなのか。1千兆円の日本の国債も 永久国債にして塩漬けにする手がある。金利が上がったら、その分の永久国債を 刷ればよい。何せ永久に返済無用。何時か破綻が来るというが、そんなのは 知ったことはない、というのがその時点時点の権力者である。日本のバブル崩壊 は、大部分の都銀と、幾つかの証券会社と、多くの会社が倒産、吸収合併で 消えて無くなった。やはり何時までも隠し通せる訳がないのが現実である。 私も既に世界は恐慌に入っているという論である。 ・・・・ 3779, ユング ー13 2011年07月31日(日) * 箱庭療法 ー2 ☆ ゲニウス・ロキ <その場所や土地に宿る「精霊」> どの村、国にも聖地があるが、殆どの家に仏間と祭壇がある。家だけでなく、 守護霊が、それぞれの人間の魂にいるという説がある。それを箱庭の中に表出 させるのだから、興味がわいてくる。人間の脳は、20億年以上の生物の進化が 創り出した得体の知れない機能の塊。 箱庭の作品の写真をネットで見ると、 底知れぬ人間の潜在意識の奥行きの深さの一端を見ることができる。 ≪ ーつづきー 「箱庭療法」では、「ゲニウス・ロキ」を重要視する。 古代ローマの思想では「ゲニウス」は「精霊」、「ロキ」は「土地」を 表していた。「ゲニウス・ロキ」で、<その場所や土地に宿る「精霊」>の意味。 その時その場に宿った力(精霊)が、無意識の深層心理の神話的な力と結びつき、 それが創造力となり箱庭」に表現される。この「ゲニウス・ロキ」を実現する ことが、治療者の「見守る」行為。実際になにもしないが、大きな精神力が必要。 「見守る」とは言っても、治療者ではない一般の人が「見守る」のとは、異なる。 「箱庭」になにも表現されないセッションでも、治療者が作り出した 「ゲニウス・ロキ」のなかで、患者の内面では変化が起きてくる。それが、二回 以降のセッションで現われてきます。初めの数回のセッションでは落ち着きがない 被験者も、その数を重ねることで、徐々にまとまりのある箱庭を作るようになる。 箱庭という守られた空間に自分の気持ちを繰り返し表現することで、その課題が 浮かび上がる。それは、あくまで遊びの中で行われる。遊びの中には、成長を するための要素が多く含まれている。≫ ▼ その箱庭が、玩具の配列で、精霊が浮かび上がってくる。箱庭の解釈は、 大ざっぱにいうと、左半分が内面を、右半分は外面を、手前から上に向かって 現在から未来へと向かう。ところで、聖地は典型的なゲニウス・ロキが在る ところに存在している。その周辺には必ずといってよいほど、岩場が存在する。 ピラミッド、中南米の古代聖地、ギリシャの神殿、エルサレムなどは、その典型。 もう一つは立地上、民族の存続上に大きな戦略的拠点でもあるが。 箱庭療法、一度は、やってみたいものだが。 ・・・・・・・ 2010年07月31日(土) 3414, 「憎国心のすすめ」 18年の海外生活から帰国した著者が大分の山中に居を構えて5年、変わり 果てた祖国・日本を憂えている。ここで、ひとりの地元青年とのやり取りを 通して、日本再生には愛国心ではなく憎むという感情、いわば「憎国心」 が必須と説く。最近は著者の見方にかなり感化されてしまったが、老化から くるマイナーの見方でもある。しかし「憎国心のすすめ」は極論になるが、 それで日本人にアメリカの間接統治を知らせたいのである。 それを前提にしないと国家改革など不可能である。日本は、いまだ長年に わたった洗脳で思考停止状態にある。その実態に憎悪心を滾らせないと、 真の己の姿が見えないというのは至極当然のこと。 ―印象的な部分をランダムに書き出してみた― 《 愛ではない。この日本を救うのはむしろ、憎むという感情、いわば憎国心! ・・・ 愛するために憎む。想うために考える。この日本を。「俺の仕事の 動機はいつも怒りと愛だ」と私は無理に続ける。「悶死したくなるような怒りの 先に愛が見える。そのとき、仕事をする情熱が生まれ、行動の意味が完結する」 「ははぁ・・・」「日本に帰ってきてから、怒りはほとんど極限に達している。 でも、その先の愛は見えない。だから、もっと、徹底的に憎国心を高ぶらせる」 「ゾー・コ・ク・シ・ン・・・ですか」「無論そんな日本語はない。 いま、とっさに考えついた。愛国心の相対だ」「ははぁ・・・」 「憎国心さえもっと鍛えれば、もしかすると、死ぬ前に、もう一度この国を 愛することができるかもしれない」》 《 日本人を一言で要約すれば<考えない>ということであり、―ジャップ (日本人の蔑称)は考えないという特殊能力を持っている、ということになる。 人間が考えないでいられるというのは、ムズカシイ以上に実にありえない 不思議な才能であり、特殊の才能である、特異能力とも呼べるものであり、 貴重な力となりうるからである。<考える>という根本は、まず疑問が無くては ならない、それからしてジャップには無い。次に推理、次に分析、最後は統合。 この4段階、どれもない。疑問がないのは、比較感覚がないからということ になる。比較がないから、考えない。・・・・ 》 《 中村元「日本人の思惟方法」の引用からー (日本人は)西洋人の目には、シナ人などよりはるかに浅薄な印象を与える。 日本人自身は世界の文化を総合したつもりでいるが、じつは単なる 便宜主義的な無反省な折衷混合状態に陥っているおそれが少なくない。》 更に著者は日本人を嘆く。 《 「一言で言えば日本人は他律的な民族だということである。それは縄文から 続くわれわれの本性だったのだ。他律とは、(自分の意志によるのではなく、 他からの命令や束縛によって行動すること)であり、カントの用語によれば、 意志が理性の命令でなく、感性の自然的欲望によって規定されること、である。」 「すべて。そして誰かが操作している。このにほんじんの本性を、骨の髄まで 他律的であることを知っている誰かが、どこかの国が、どこかの民族が、 その欠点をたくみにつき、利用し、一層助長、推進させ、摂取し、操っている。 そして、これほど歴然としている数々の証拠実例を、なぜ人々は気づかないか?」》 ー著者の視点で人生を振り返ってみると、アメリカの属国としての 価値観を疑いもせず、あくせく生きてきただけ?になる。 ・・・・・・・・ 2009年07月31日(金) 3039,「自信を与えてくれた人」 何気なく見ていたブログに紹介してあった一文。世の中には心を打つ色いろな 出会いがあるもの。本人にとって何にも替えがたい自信になったろうし、前向き にさせてくれる出会いである。ネットで調べたら、この人の漫画は何度も目にした ことがあったが、軽妙な暖かい人物像を描いている。その「元気を与えてくれた人」 は、数寄屋橋の絵の中の何かに共振をしたのだろう。その絵に感動し十五年後に 買い求めた人と、その絵を見てみたいもの。 《 あれは今から二十年も前、私が二十二歳のときです。私は数寄屋橋で風景画 を描いていました。ええ、まだ数寄屋橋の下にはチャンと川が流れていたころ。 私の描いた油絵を、大勢の人が見て通るんですが一人だけ、三十分も一時間も そばで見ている人がありました。そして最後に私の住所と氏名をきいたんです。 そのときはそれっきりでしたが、五年前にその人から手紙をもらいました。 「あなたは忘れているかもしれないが、私はあのとき住所をたずねたものです。 あのときとてもあなたの絵がほしかったのだが買えなかった。こんどようやく 家を新築したので、ぜひあのときの絵を売っていただきたい」そういう内容。 その頃のぼくの絵なんか売れっこありません。その絵はチャンとぼくの手もとに あったんです。しかも、何度もぼくは住所を変わったんで、その人は苦労して 見つけてくれたに違いない。ぼくは感激しましたね。さっそくその人と いっしょに〃ガクプチ〃を買いにいったりしました。》 ー鈴木義司 《鈴木義司=読売新聞の夕刊の4コママンガを描いている漫画家、 2004年7月17日午後2時45分に死去。享年75歳。むかしテレビ番組 「四コママンガ道場 お笑いマンガ道場」に出ていた》 ▼ 享年が75歳で、この文章は42歳の時の文章とすると、亡くなる33年前の 1971年頃の文章になる。絵を描いていたのが、その20年前というから1951年 ということになる。岸恵子の『君の名は』が1953〜54年、その二年前に数寄屋橋 で絵を描いていたのである。 新築の家の絵に欲しいというところが良い。 この逸話の中から、それぞれの人生が浮き上がって見えてくる。
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2015年07月30日(木)
ー「地球大進化 第1回 知られざる“生命の星”の秘密」2004年11月22日分ー の再放送を先日見たが、これが、面白い! 〜まず、その内容説明より〜 《 私たちの「母なる地球」は小惑星の衝突・融合で生まれ、海洋蒸発や 全球凍結等の大変動を経てきた「荒ぶる星」だった。40億年前に、微生物で 始まった生命は、大変動を乗り越え、酸素を作り、目に見える大きさにまで進化 してきた。そのたくましさを幅広い取材で描く。》 * 二度の全球凍結 生命が現在に至るまで多くの試練があった。二度の全球凍結と、二度の大爆発。 (二度の大爆発は次回に取上げるが)、初めの全球凍結を乗越えるため、 「真核生物」が生まれでた。その凍りついた氷が解けて、海がうまれ、そこから 生命が進化していった。新しい全球凍結では、「多細胞生物」が生まれた。 何事も、克服できないと思われる困難に自らを劇的に変化させ(進化)、 生命は生延びてきた。 〜その辺りから〜 ≪40億年の生命の歴史のなかで、80%以上の時間、私たちの祖先は微生物の ままだった。では、なぜ大きくなったのか。その謎に迫る「全球凍結」仮説が注目を 集める。全球凍結とは、二度、地球全体が赤道付近も含め完全に氷床に覆われた 状態のこと。その二度というのは、22-24億年前と、6−7億年前のこと。 不思議なことに、どちらの出来事も生物進化の重要な局面と時期的に一致する。 古いほうの全球凍結は、「真核生物」(簡単に言えば細菌以外の生物)の、 新しいほうの全球凍結は、「多細胞生物」の出現と一致するのです。 そして、そのどちらも酸素濃度の急激な上昇が生物進化の鍵を握っていたのでは ないかと考えられています。この二回、地球はすべて凍りついた時に、光合成 による酸素が、空気中のメタンを激減させ、温室効果を低下させたからだ。 しかしこの危機が、長い進化の停滞を打ち破った。全球凍結後、一転して高熱 になった地球では、光合成が活発化し、そこで作られた酸素を利用して、生物は コラーゲンを大量生産するようになったのだ。コラーゲンが細胞の接着剤となり、 生命は大型化を可能にした。≫ ▼ この番組で、科学者は、「地球の生命は、この2度にわたる全球凍結の 大変動がなかったら、今でもバクテリア以上に進化していなかった可能性がある。 動物は現れず、微生物だけの世界になっていたかも知れない」という。 生物黎明の太古の時から、地球は環境大変動システムで、生き延びる生命を 選別してきた。宇宙、地球、大自然、そして生命は、知れば知るほど面白い! ・・・・・・ 4885,閑話小題 ーこの20年間最大の変化とは? 〜2 2014年07月30日(水) ー『スマホの次に流行るものは』岡田斗司夫ーより * 20年後には、どうなっている? 20年前は、Windows95の発売直前であり、まだパソコンも、ネットも、 携帯電話も普及したての頃。スマートフォンも、タブレットPCもなく、ノート PCが普及を始めて5年ほど経った頃である。それが今ではスマートフォンと タブレットPC。 これは未来学者も想像すら出来なかった優れもの。 それからして20年後の予測など、考えられないはずがない。 ー以下の箇所は、既に現在進行のものが多いー ≪・二十年後は検索がさらに滑らかになり、何かを思い出したとき、それが 本当に自分の記億なのか、ネット上のデータなのか、区別がつかなくなる。 SF的にいうと「脳の外部化」だ。これからスマホは、腕時計やメガネのように ウエアラブルで身に着けるようになる。さらに小型化すれば、肉体の一部に 埋め込まれるかもしれない。情報は画面で見るのでなく、プロジェクターで 外部に映し出される。会議で紙の資料を配らなくても、視線と連動して 目の前のテーブル上に文字や絵が投影される。そうなると現実の光景と、 ヴァーチャルな画像とが共存するのが当たり前になる。 ・二十年後の地球は、人口が増えすぎて資源が底をつき、経済は低迷して、 あらゆる人が貧乏になっている。資源とエネルギーは最小限にし、情報だけは ありあまるほど使うのがカッコイイ平均した生き方になる。その次には、限り ある時間をいかに大切に使うかもかっこよくなる。その時代は、実際に活動する のでなく、やった気になることで満たされる。自分でエベレストに登るのでなく、 そのヴァーチャル映像を自宅で眺め、疑似体験するのが楽しみになる。 数万人に1人ぐらいは、手間と時間と金をかけて実体験するが、ヴァーチャル 映像の感動に比ぺてせいぜい五割増しが限度という具合。それなら、ほとんど コストをかけずに疑似体験したほうがいいことになる ・・・(略) ≫ ▼ 年金生活と年齢もあるが、以前ほど海外旅行に行きたいと思わなくなった のは、これまで行った先の写真と 映像をネットで手軽に見ることで擬似体験が 出来ることがある。実際に現地に行った上、ネットで検索したベストのブログの 写真や映像を見ると、その何割かを追体験をした錯覚が起き、記憶そのものが 書き換えられる。二度、三度の繰返しで、擬似旅行体験が、よりリアルになる。 またシネマではヴァーチャル世界が年々迫力を大幅に増し、実体験より遥かに 刺激的になっている! またスマホとタブレットのネット情報を、大型TVにも 映し出すことが可能になった。物価は上っても、ヴァーチャル情報の値段は 下がり続けるため、疑似体験の価値が限りなく高くなる。インスタントラーメン を食べながら、高級レストランの食事場面を見て、満足するしかない時代。 缶ビールとツマミをスーパーで買って、居間で「酒場放浪記」で日本各地の 居酒屋で、レポーターと供に、店内の客と一緒に飲んでいる気になっている 視聴者と同じようなもの。これは未来でなく、現在、既に起こっている現象。 目を凝らしてみれば未来は既に起こっている。気がつくかつかないかである。 ・・・・・・ 4518, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー8 2013年07月30日(火) 『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著 * 「断食往生」の具体的工程 人生など考えてみれば、日々、緩慢なる自殺行為の積み重ね、それが病となって 死に至る。とはいえ、それが中途半端のため、直接、自殺するのも問題を残す。 そこで断食で餓死という方法=「断食往生」もある。 ー まずはその部分を抜粋して、考えてみようー 《 まず、基本的には、現在の、死に際に医療が濃厚に介入する「医療死」では なく、子どもの頃に接した年寄りの死に方、何百万年と続いていたご先祖様の 死に方、「自然死」が希望です。ぼけたり、寝たきりが年余にわたれば、わが家 は家庭崩壊してしまいます。 そこで、タイミングがむずかしいのですが、 完全にぼけ切る前に、山折哲雄さんの提唱する「断食往生」ができないかを 考えています。具体的な工程は、山折さんは教えてないので、中村流に考え、 まとめた「事前指示」が表5。西行さんのように「死に時」が察知できれば、 非常に楽だと思います。できるだけ体内サインに敏感になれるよう、できるだけ 自然に任せて様子をみるというトレーニングを積むようにしています。 ○ 中村流「断食往生」の具体的工程 一、五穀絶ち 7日間 二、十穀絶ち 7日間 三、木食 7日間(木食は木の実だけを食べること) 四、水断ち 7日間 これを見ると、すぐ顔色を変えて、医者ともあろうものが自殺を勧めるとは何事 かと、威丈高になる建前論者がいますが、大丈夫です。日本人の自殺願望という のは、いっそひと思いにとか、注射一本でというせっかちなものです。 このようにほぼ一ヵ月もかけてというのには、よほど強靭な精神力が必要です。 そんな日本人は、極めて稀でしょう。なぜ7日間にしたかには理由があります。 比叡山延暦寺の修行の中に、千日回峰行がありますが、その7百日目位の時に、 断眠、断食、断水の「籠山行」があります。そして、水断ちは9日間以上やると 危ないという言い伝えがあるということを聞いたのと、老人ホームで、一滴の水 も身体に入らなくなって亡くなるまで、7日〜10日が多いという事実を重ねた結果。 延命治療に間しては、日本尊厳死協会の「いっさいの」ではなく、個別に 「心肺蘇生」「人工呼吸器」「人工透析」「人工栄養」「輸液」に関して指示 しています。 心臓は、もう70年以上も生きているんです。 原因のいかんを問わず、ひとたび停止すれば、そのままでいいのです。》 ▼ 30年の間のホテル営業で、様々な自殺があった。警察からは泊めた方も 当事者として自殺者の動機とか事情が知らされる。自殺者にとって、この世は 苦海で、死ぬだけの理由はそれぞれに十分にある。誰も自殺などしたくない、 死ぬしかない理由が、あるから死ぬのである。 数日後、体調が悪くなって、 「あと三ヶ月です!」と言われれば、死ぬまでの間は地獄。そうこう考えると、 断食往生などの自死も真剣に想定しなければ。大往生など諦め、もがきながら 逝くのも自然だが。 ・・・・・・ 3778, ユング ー12 2011年07月30日(土) * 箱庭療法 ー1 ユングといえば(日本では)河合隼雄、砂遊び療法を箱庭療法に発展させた人。 彼の著書で、その概要は知ることになった。一種の創造療法だろう。幼児の頃、 砂場で山を作ったり、幼稚園で初めて手にしたクレヨンで我を忘れて家や 動物の絵を描いた、あの頃に立ち返り、用意されたオモチャの植物や動物で、 思いのまま自分の内的世界を表現することで、自分の中の何かにつながる方法。 その辺のことを、あるHPに分かりやすくマトメテあった。 まずは、その部分をコピーしてみた。 ≪「箱庭療法」は、1929年、イギリスの小児科医ローエンフェルトが、 子供のための心理療法として考え出したもの。 ユング派の心理療法家ドラ・ カルフが「砂遊び療法」として発展させた。 後に、日本の心理療法の第一人者 であり、ユング派心理療法家でもある河合隼雄氏が日本に持込み「箱庭療法」 と名づけた。 その方法はいたって簡単。52cm×72cm、高さ7cmの 長方形の箱に砂を入れます。さらに、動物や植物、建物などの様々なおもちゃ、 人形などを用意し、適当な場所においておきます。患者は、箱庭のなかに、 先ほど説明したおもちゃや人形を自由に使って、遊びながら自分の内的世界を 表現していきます。ここでは、治療者は、特になにもしません。患者を見守る 役に徹します。この「見守る」ことには、深い意味が込められています。 治療者は「見守る」という行為を通して、患者の状態を深く理解していきます。 また、患者は治療者に見守られていることで、安心して自分自身の内面を表現 することができます。1回の治療単位をセッションといいますが、患者が箱庭を 見つめるだけで、なにも表現しないセッションもあります。ただ砂にさわって 砂遊びをしているだけのセッションもあります。こんなセッションのときでも、 治療者は特に指示をしないで、見守り続けます。 ーつづく ≫ ▼ 人生を俯瞰すれば、箱庭みたいなもの。色々なオモチャを掻き集めて、 自分の庭に配置する。それを、小さな箱内でやるのだから、面白いといえば 面白い。言語というと、その限界で真の気持ちが表現できないが、玩具を箱庭に 気ままに配置すると、自分の中の精霊が知らないうちに心の底から湧き出て きても何ら不思議ではない。私は家庭菜園は知らないが、そこには、箱庭的な 面白さがあるはず。他に遊戯療法というのがある。これは遊びを通して悩みや 問題を表現し、子供の心理的な問題に取り組み、課題を乗り越える。 この場合、次から次へと玩具を変えて落ち着きのないケースが多くなる。 言葉や絵となると、その表現に限界ができるが、玩具の組み合わせは、それを 取り除き具体的なモノを組み合わせることで自分の心が表現される。 この随想日記は、言葉の箱庭?になるのか? ・・・・・・・・ 3413, 中学校同期会 −65歳 2010年07月30日(金) まだ65歳まで半年あるが、先日、長岡郊外にある蓬平温泉で中学校・同期 の会が開催された。出席者が67人で約2割が出席をした。この年齢では2割弱が 亡くなってので、亡くなった人が、逆に出席している「あの世の会」と思うと 一人ひとりが際立って見えてくる。把握された亡くなった一割近くの27名の名が 呼び上げられ、黙祷をした。5年前に還暦の会が開かれたが、このときは、 三分の一の110名の出席者。4割減ったことになる。60歳を過ぎると年々、 老化が目立つようになる。 事故、糖尿、脳梗塞などで、何らかの問題が肉体に 出てくる時期にはいった。今回の同級生に卒業以来初ての出席の女性が2人いたが、 どのような感慨があったのだろう。 前回の還暦の会の時には懐かしさのあまり 泣いていた人がいた。私のいたクラスに面倒みの良い女性が二人いて卒業以来、 頻繁にクラス会を開かれていた。20歳代を除くと、高校時代を含めて、ほぼ 毎年開かれていた。 しかし年々、参加者が亡くなったり、転居をしたために、 還暦を機会に、他のクラスに呼びかけ同期会になってしまった。地方だから 可能なのだろう。 男80歳弱、女86歳強の平均年齢と先日、発表されたが、 まあ全体活き活きしており、その位は生きそうだ。それにしても、65歳は長く 生きたものである。この年齢になると分かってくることは、人生は生きること、 そのことが目的である。それで充分。しかし、恵まれている人は何処までも 恵まれており、そうでない人は、そこから抜け出せないのが人生。九州など 県外からの出席者が三分の一位だったが、一回ごとが一期一会になる。 子供の頃の想い出は魂の故郷というが、昔話に花咲くとき、なるほど合点がいく。 通ってきた道で出会うことは、奇跡的なこと。一人ひとりには、それぞれの 宇宙がある。その宇宙同士が触れ合うのは素晴らしいと、歳を重ねるごと実感。 幹事は大変である。とりつかれたように役をこなしていたが頭が下がる! ・・・・・・・・ 3038,明日になれば何とかなる! 2009年07月30日(木) これは菊田一夫の言葉である。誰もそうであるように、若いときは心配性の 傾向が強い。そして長い人生で色いろ経験して分かったことは「先の心配事は、 その時になってから当たるしかない。で、今は問題の中心から目を外さない。 明日は、明日の風が吹く。今心配しても、今心配している範囲のことしか 考えられないのだから、それ以上のことは考ても同じこと」である。 「明日になれば何とかなる」の菊池の土壇場での悟りのような言葉は、心に迫る。 創業時の不安感は、底知れない海の上を小さなボートで漂っているようであった。 そういえば一休の逸話があった。 一休禅師が亡くなる直前に、三巻の巻物を 弟子たちに遺した。そして・・ 「この先、私が亡くなった後本当に困り果てた 時にだけ、これを開けなさい。それまでは絶対に開けてはならない」と遺言し、 遷化されました。何年か後に、寺に大問題が持ち上がり、寺の存亡の一大事 になりました。弟子たちは、知恵の限りを尽くしましたが、妙案を思いつかず、 どうしようもなくなってしまった。そのとき、一休禅師が遺してくれた巻物を 思い出して、恐る恐る紐解いてみると、そこにはこう書かれていた。 一巻目・・大丈夫 二巻目・・心配するな 三巻目・・なんとかなる! それを見た弟子たちは、あっけにとられ、笑い出した。そして、そのときに 素晴らしい解決策を思い浮かべた。「なんとかなる」と信じていたら、本当に 「なんとかなる」もの。「なんとかなる」だけではなく、人生は思いようで、 本当は「なんとでもなる」ということである。19才でライ病発生以来深刻な 体験をもとにリアルな小説「いのちの初夜」などを書いた北条民雄に次の言葉。 《 私にとって最も不快なものは、あきらめである。あきらめ切れぬ、という 言葉は、あきらめを肯定してそれに到達しえぬ場合にのみ用うべきものである。 が、私はあきらめを敵とする。私の日々の努力は実にこのあきらめと戦うこと である。あきらめるくらいなら自殺した方がよほどましである。というよりも、 あきらめと戦うためには私は決して自殺をも否定しない。死んで勝つという ことは絶対にないが、しかし死んで敗北から逃れるということはあるのである。》 (北条民雄(頃日雑記より) 絶望の果てに行き着いた言葉だから、鬼気迫ってくるのである。 明日になれば何とかなると、何もしないで生涯を過ごした人を多く 見てきたが・・ 大部分の人は似たようなもの?
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| 5249,哲学は生の芸術だ 〜ニーチェ「超」入門〜 |
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2015年07月29日(水)
〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著 * 哲学は生の芸術だ 「その人の生き方が、哲学そのもの」とすると、その人生が芸術作品になる。 それは人生を俯瞰すれば、わかる。ということは、志、信念、信条が、その人の シナリオになる。生き様が、そのまま芸術作品ということになる! 〜p19 ≪ ・・哲学は「真理を追求する」学問だと考えられている。高校の倫理社会 の教師や大学の先生たちが教壇の上で今でもそう言っているし、簡単そうな 哲学解説書にもそう記されているので、みんなそう思ってしまう。 ところがだ、二ーチェはまったくそんなふうには思っていなかったのだ。 「哲学は論理の正しさがどうのこうのというものではないし、そもそも 哲学は学問ですらない」とニーチェは考えたのだ。 ニーチェは、哲学は人間が今ここに生きるべき生の本質だと考えた。 生き方が哲学だと思っていた。真理がどうのこうのではなく、まず生き方を 二ーチェは重要視する。だから、論理が正しいから真理だという考え方はしない。 この生き方が人間としてまっとうかどうかということを問題にする。 このまっとうさとは、社会的、倫理的、宗教的な真摯さの意味ではない。 人間本来のまっとうさを具現化しているかということだ。 だから、人間はどうあるべきかということをニーチェは生涯をかけて考え、 あとで説明することになるが、人は超人として生きるべきだと考え至った。 さらに二ーチェは若い頃から、 「哲学は芸術的なものであるべきだ」とも考えていた。バーゼル大学での 就任講演ではすでにこう述べていた。 「きわめて日常的なものが、まったく新しい魅力をもって立ちあらわれてくる こと、いな、まるで魔法の力にかかったように、たったいま生まれたものの ように、いま初めて体験されるもののように見えるということこそ、 学問と芸術の共通点である」(秋山英夫「思想するニーチェ一) 伝統とでもいうべき緻密で乾いた論理の果てに見出されたものが哲学では なく、哲学は生の芸術に貢献すべきものなのだ。ニーチェは知入への手紙 (1888・5/4)で「われわれ哲学者は芸術家と取り違えられるほうが嬉しい」 とさえ記している。これほどユニークな哲学観を持っていた二ーチェの言葉を、 次に「哲学者の書」からいくつか拾っておこう。 すると、二ーチェが哲学をどう考えていたかが実感できるだろう。 ・「哲学は芸術であるのかそれとも学問であるのか。…哲学の目的やその産物 のうちには芸術がある。しかし、概念による叙述というその手段において、 哲学は、学問とたったこれだけの引用でも、おおかたの人の哲学に対する イメージとまったく異なる考え方をニーチェが持っていたとわかるだろう。 実際、過去の哲学者でもこういうふうな哲学観を持っていた人はいないのだ。 これを共有しているのである。それは、詩作芸術の一形式である」 ・「哲学者…彼は詩作しつつ認識し、認識しつつ詩作する…」 ・「世界構成(別名は哲学)の美しさと壮大さが、今や、世界構成の価値を 決定するのである。すなわち、それは、芸術として判定されるのである」 ・「(哲学以外の)ほかの学問(自然、歴史)は、ただ説明することができる のみであって、命令することはできない」 ・「哲学者が製作するものは、(彼の著作に先立って、何よりも)彼の生活。 それこそが、彼の芸術作品である。すべて芸術作品というものは、第一 には芸術家に、第二には他の人間に、向けられたものなのである」 ・「哲学者…彼は詩作しつつ認識し、認識しつつ詩作する…」 ・「世界構成(別名は哲学)の美しさと壮大さが、今や、世界構成の価値を決定 するのである。すなわち、それは、芸術として判定されるのである」 ・「(哲学以外の)ほかの学問(自然、歴史)は、ただ説明することができる のみであって、命令することはできない」 ・「哲学者が製作するものは、(彼の著作に先立って、何よりもまず)彼の生活。 それこそが、彼の芸術作品である。すべて芸術作品というものは、第一には 芸術家に、第二には他の人間に、向けられたものなのである」 ≫ ▼ 数年前、準備15年、実業30年、合計45年の創業人生について書いた。 芸術作品と思えないが、一応、物語になる。喜劇か、悲劇か? 両方である。 その生活そのものが世界構成を作りあげていた。一つの気休めは面白かったこと。 ・・・・・・ 4884,閑話小題 ー「Line」殺人の深層とはー 2014年07月29日(火) * 「Line」殺人の深層は 「Line」による苛めが背景にある?が、ニュースを見たときに感じたこと。 仲の良かった母親が、去年10月に死んだ後に、父親が結婚。時間からみて、 愛人だった人?とすると、殺したかったのは、友人ではなくて、父親と、 新しい母親。 その転嫁がネット上での虐めの仲間外れ? 【佐世保・高1女子殺害!〜母の死後、少女の生活激変「頭よすぎ変わってる」 産経7月28日(月) 殺人容疑で逮捕された同級生の少女(16)は周囲から「文武両道で多才」 と評価される一方「暗く、変わった子」とも見られていた。昨年秋に母親が亡く なって以降、生活が激変していた。女子生徒の遺体は首などが切断されていた だけでなく、胴体にも切断しようとした痕があった。学校関係者によると、 少女をめぐる環境は1年間で激変。仲が良かった母は昨年10月に他界。 冬季に父親とともに年代別の全国規模のスポーツ大会に出場した際は、 「母のためにもがんばる」と話していた。事件現場となったマンションで1人 暮らしを始めたのは今年4月。大通りに面し、父親の職場に近く、学校へも 徒歩圏。「アニメ好き」が共通点だった女子生徒の自宅とは徒歩で10分ほど の距離だった。少女は9月から海外留学する予定で、自ら1人暮らしを希望。 父親は「留学の練習」ということで許可したという。進学校に通い、父親の 影響で始めたスポーツだけでなく、芸術的な才能にも恵まれていた。 父親は地元で顔が広く、「誰もがうらやむような名士の一家」。ただ、学校 関係者によると、少女は小学生時代に同級生の給食に異物を混ぜる問題行動を 起こしていた。中学校では小動物の解剖に夢中になっているという噂が広まり、 「少し浮いた感じになっていた」という。】 佐世保の高1女子殺害の内容が凄惨である。 直ぐに思いついたのが、昨日のブログで引用した内容である。 《 若い世代には、スマホが普及した別の理由がある。仲間はずれにされない ためだ。無料通話やメッセージのアプリ「LINE」が急速に普及したのは、 メールやツイッターと違って、簡単に仲間はずれができるからだ。例えば三人の 仲よしグループがあるとしたら、LINEで全員が同じ画面とメッセージをやりとり できる。その一方でAさんとBさんが陰でグループをつくり、Cさんを仲間はずれ にできるのだ。喫茶店などで若い人が集まっていると、みんな黙々とスマホを いじっていることがある。お互いに話さないのは異様だが、実はあれが彼らの 社交術で、誰々とお茶を飲んでいるとその場にいない友人たちにLINEでしている。 ・・・》 複雑な家庭環境の激変の中で、9月から海外留学もあり、ネット上の虐めが、 この犯行になったのだろう。3年前から現在に至るまで、数ヶ月に一度は、想像 を絶する嫌味、嫌がらせがある。その経験を重ねるうちに、「全身全霊を込めて、 首を叩き落とすイメージ」を、相手の顔を見たとき、想い出したとき、持つ。 20回で相手は自分の中では死者・ゾンビに変身。怒りは不思議と消える。 わざわざ代表してくるのに、??回以上が数人いた?が、墓穴二つになると 直感し中止。佐世保の少女、若いから、実行に移したのだろう!小動物の解剖で、 呪いがカタチを変えて彼女に? 小動物を父親、愛人?に見立て拷問していたと 仮説をすると!真の敵は両親の不和というより、父親? 父親、義母、娘の業火 の日々が永遠に続く! ネットは、恐ろしい。 ・・・・・・ 4517,スポーツ自転車の勧め! ー4 2013年07月29日(月) * マウンテンバイク 「自転車で痩せた人」高千穂 遙 (著) 私が現在乗っているのがマウンテンバイク。 舗装されてない山道などを走る ため、特徴は丈夫かつ軽快さである。ただ値段の安さに惹かれ買ったが、私の 毎朝のコースからみて、これがベスト。小さく軽いのがよい。 ーそこで、ウィキペディアで調べると、以下のとおりー 《 1970年代後半にアメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ郊外の マリン郡で、ヒッピー達がビーチクルーザーや実用車などに太いタイヤをつけ、 急勾配の山を下りタイムを競った遊びが始まりと言われている。同時期に 北カリフォルニアでも同じ遊びが発生していた。初めは手作りだったが、 一つのジャンルの大量生産で一般に広がっていった。マウンテンバイクの定義は、 【 荒野、山岳地帯等での高速走行、急坂登降、段差越えなどを含む広範囲の 乗用に対応して、軽量化並びに耐衝撃性、走行性能および乗車姿勢の自由度等の 向上を図った構造の自転車のこと。舗装路でも広く利用されており、用途に よって様々な形態が存在する。】である。 マウンテンバイクは、クロスカントリーバイク、ダートジャンプバイク、 ダウンヒルバイク、などの種類がある。 ・クロスカントリーバイク=山道の長距離走行に特化したバイク。 軽量なフレームに軽量なサスペンションフォークが組み合わされ ・ダートジャンプバイク= ジャンプスタントに特化した、BMXに近いバイク。 小さめで取り回し易いフレームが、堅牢なクロモリか、十分な補強を 施したアルミニウムで作られる ・ダウンヒルバイク= 山を下り降りる事に特化したバイク。 数メートルの崖を飛び降りるなど過酷な環境に耐える強度が必要。 ・プレイバイク= 2010年頃よりジャンルが定着し始めたMTBとBMXを ミックスさせたバイク。・・・ 》 ▼ 以上だが、MTBはポタリングに手軽な自転車で、軽快さが良い。 それとママチャリと同じく、普段の生活の何にでも使えるマルチがよい。 親が、このタイプを少年用に買うことが多いこともあり、HCの自転車売場 では、丈夫でない見た目だけMTB風のチャリが並んでいる。そのため愛好家から は「モドキ」とか「ルック車」などと呼んで、良いイメージはない。 その見分けはデザインで直ぐ分かる。また「悪路走行禁止」と書いてあるのも ある。私のようなスポーツ車初心者に向いている。とにかく軽く小回りがきき、 乗りこなしがスムース。次は、クロスバイクのつもりだが、折畳式も捨てがたい。 スポーツジムと、家でパソコンか、TVか、読書になりがちな生活の中で、 これはソロで出来る手軽な趣味になる。早朝に加えて午後からのポタリングの 習性も悪くはない。それと現在、ジムや、図書館への移動に使うことも考えてよい。 趣味としてポタリングにするとなると、違った切り口が出来てくる。それより、 まず事故に気をつけなくては。これまで色々なマウンテンバイクを見て、 デザインが違うとしか思ってなかったが、実は、使用目的が違っていたのである。 ・・・・・・ 3777, ポタリング 2011年07月29日(金) 最近、面白い言葉ーポタリングを知った。ーネット辞書によるとー 【 ポタリングとは、自転車でぶらつくことを意味する和製英語で、観光 名所などに自転車を用いる「散歩」的なサイクリングをいう。散走とも言う。 サイクリングの一種で、散歩程度に軽く走ることをいう。】 中高年のオジサンが、行く当てない風にママチャリに乗っているのとは、違う。 毎朝、ウォーキング代わりに、信濃川まで一時間、自転車で散走をしているが、 サイクリングというには違和感があったが、適切なポタリングがあった。 「ちょっとポタリングしてくる!」なら、丁度よい。自転車は野球帽を少し 深めに被っていれば目だたないし、人は気に留めない。また電動アシストなら、 エネルギーは普通の自転車の三分の一か、五分の一で済む。近くのSCや図書館に 気楽にいけるのも良い。この御陰で生活が一変したと言ってよい位である。 イメージとして、サイクリングは、中・長距離の場合に使い、目的は自転車に 乗る方のニュアンスが強い。またツーリングは、長距離で、自転車で旅行をする 場合につかう。 東京など密度の濃い都会の二時間の散策なら、かなりの場所に 行くことが出来る。現在、信濃川のポタリングが主だが、今度は午後などに 折りたたみ自転車を車に乗せて日本海沿岸をポタリングするのも面白そうだ。 そうこう考えると、周囲に面白いことは、山ほどある。ただ気づいていないだけ。 ベストの敵はベターというが、その通り。それにしても「ポタリング」という 語感がよい。これから少し与太るで,「ヨタリング」という言葉も浮かんでくる。 陰鬱の時、少し与太らないとやってられない。 でも、自重の時期である。 で、自転車でヨタルしかないか。少し離れた場所のポタリング用に、もう一台、 安い折りたたみでも買うか?でも、車で一時間で何処かあるのか考えると? ・・・・・・・ 3412, マイナス思考法講座 ー3 2010年07月29日(木) 著者はここで、「人間とは自分にとって都合のよいことを信じたがる」と指摘。 その結果、「信じる」というより「期待しすぎる」ことになってしまう弊害が 出てくる。そして「期待に沿わなかった」結果に対し(自業自得でしかないのに)、 「裏切られた」と思ってしまうことになる。以下の絶望的、否定的な見方の多くは 自分自身に対する本音。それを隠すために無理をして逆の自分をイメージしている。 他者から見れば、大したことがないのに、必死に「あるべき自分」を演じている。 この構成は14の絶望ワークからなっている。この本を読む前に自分の意見を 入れてみた。書いた本人は哲学書を、ほぼ読んでないのではと思いざるを得な かったことも事実。「しかし、くだらない、嫌われ、恨まれ、何をやっても 失敗する、誰も理解してくれない存在」と自覚することこそ第一歩である。 汝自身を知れ! のソクラテスの言葉を己に当てはめれば、下記のとおり。 ー14の絶望ワークー ≪ ≫内は、私の意見。 第1講 あなたはくだらない存在です ≪だから、指摘されたら怒るのである。あくまで相対でしかない、それは!≫ 第2講 あなたは嫌われています ≪もちろんである。だいたい誰からも好かれている人など信頼できない≫ 第3講 誰もあなたの話を聞いていません ≪聞いて欲しい、ということ自体が、もう対他的になっている≫ 第4講 あなたの話は面白くありません ≪面白い話など、そうそうあるわけがない。だから、本を読むしかない?≫ 第5講 あなたは恨まれ、攻撃されます ≪今さら、いわれる筋合いじゃない。そういう人こそクズである。ったく!≫ 第6講 あなたは空気が読めません ≪空気の読めない人など、元もと傍に寄せないこと≫ 第7講 人はわかりあうことができません ≪当たり前じゃないか! 名を出版社名にした理由が、この辺で分かる≫ 第8講 あなたは成長できません ≪要らぬお世話じゃ! これも上記の同じである≫ 第9講 弱音を吐くことは許されていません ≪泣き言も、やせ我慢も、それはそれでいいじゃないか≫ 第10講 人はみな悪人です ≪当たり前のこと、で、どうした。そう思っていれば裏切られることも無い≫ 第11講 恋愛はすべて「脈なし」です ≪逆に、脈がありすぎたら、どうする? うるさいだけか≫ 第12講 あなたは何をやっても失敗します ≪当たり前だろう、だから死に物狂いで練習を繰り返すのでは!≫ 第13講 本当のあなたを知る人はいません ≪本当のあなた、って何じゃ?自分で自分を知っているのかい≫ 第14講 あなたの夢は叶いません ≪夢は夢だけのこと。それを計画に落とすのが智慧だろうが・・・≫ ーマイナス思考は人を不幸にするとされているが、逆に、その考え方が慎重に ものごとを進め、確実に幸せになれる。要は、「慎重にいこう」こそ、 人生の要諦。一つの失敗が、99の成功を破壊してしまうということ。 ・・・・・・・・ 3037,読書について 2009年07月29日(水) 読書については何度も書いてきたが、それでも何度も取りあげる価値は 充分にある。手軽に時空を超えて多くの人や現象に接することができる情報伝達の 手段である。大学卒業間近に、色いろ重なって頭がグチャグチャになってしまった。 そのグチャグチャになることが学生時代には最も重要な経験と、後で知ったが、 そこで「もっともっと本を読んでおくべきだった」という後悔の念が起きた。 そこで決心したことは「何があっても、毎日二時間の読書」であった。 それを今でも守っている。私レベルとしては朝の散歩と、この随想日記と共に 最高の習慣になっている。まずは読みこんでない人が直ぐに分かる。 これは学歴とは違い、意志が大きく左右する学力の問題。この詩は、読書の 素晴らしさと効用を素直に表現している。また書物を旅に置き換えて読んで みると、ほぼ同じく感じることができる。人生で時間だけはリッチであった。 ー 「書」 ー 西條 八十 《少年詩集》より 1 雨が降るとき、−風引いて すきな遊びが出来ぬとき、 こどもよ、書物をあそびなさい。 :(旅行紀を読んで遊びなさい) 書物はあなたをつれていく、 :(空想はあなたをつれていく) 海山こえていく千里 知らない国や、とおい国。 見たこともない人たちや、 また、めづらしい動物が あなたと遊び、話する。 書物を読めば、友だちは :(旅行の空想に出れば) いつも出てくる、目のまえに。 2 どんなにだいじにしまっても、 万年筆や、カメラなど なくしてしまうこともがある。 かわいい鳩なき時計でも、 電気じかけの機関車も、 こわれてしまうことがある。 書物は、いっぺん読んだらば :(旅行は、一度旅先に行けば) あなたのこころの奥ふかく じっとそのまま残ってる。 書物がくれる財産は、 :(旅行が与えてくれる経験は) 一生消えない、なくならない。 ・・・・・・・・ 2672, 雁行的進歩とは 2008年07月29日(火)
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| 5248,遠近法こそ、人間の認識方法だ 〜ニーチェ「超」入門〜 |
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2015年07月28日(火)
* 遠近法こそ、人間の認識方法だ 〜哲学『超』入門:白取春彦著 絵画の手法である遠近法を、ニーチェは人間の「生の根本条件」と提示して いたとは知らなかった。時間的に、空間的に近くの出来事に大きく影響される。 それも若いうちで、還暦を過ぎる辺りから「遠き日は年とるごとに近くなり」 になっていく。 ≪ 『悦ばしき知識』(162)に二ーチェはこんなことを書いている。 「…エゴイズムというものは感情のもつ遠近法的法則だ。これによれば、 近いもの程大きく、また重要に見えるし、その反対に、遠くなるにつれて すべての事物の大きさと重さが減ってゆく」 遠近法というこの言い方は二ーチェの著作に頻繁に出てくる。しかし、 現代のわたしたちは「遠近法で考える」という表現をほとんど使わないし、 聞いてもすぐにはその意味がわからない。ふつうは、遠近法は絵を描くときの 基礎的な手法の一つとして理解されている。 つまり現実の距離感をキャンバスの平面に再現するために遠くの物は小さく 近くの物は大きく配置する手法のこと。これを透視画法とか遠近法という。 それが人間の考え方や見方にもあるということをニーチェは指摘したのだ。 さっきの引用例でいえば、エゴイストはいつも自分の利益にばかり関心がある ために自分の損得にあまり関係のない事柄や人は自分にとって重要性も意味も ないように感じているのだ、と説明されるわけだ。 ニーチェはたんに人間のものの見方に新しい名称を与えただけではない。 遠近法による見方というものがなければ人間は生きられないと指摘をしたのだ。 どんな人間にしてもさっきのエゴイストと同様に、これは今の自分に重要、 あれは自分とは縁遠いものだから関わらなくてよい、といった価値の大小や強弱、 切迫性によって判断し、今どころか、この一瞬を生きている。つまり、エゴイスト とさほど変わらないというわけだ。しかし、このような価値判断こそ、まさしく 人間の認識の仕方であり、生存していくための必須な側面となっている。 その認識の方法こそ、まさしく遠近法だという。ちょっと考えてみればわかる ように、みんなの遠近法がそっくり同じだということはない。それぞれに異なる。 だから、価値判断もまったく別々になる。客観的にこの価値だけが正しいとか、 真だということは絶対にいえない。ところが、各人にとっては、その各人の価値 判断こそがもっとも有用なものであり、正しい、もしくは真だと思っている。 そして、そういうふうに思い込んでいるからこそ、人は今の価値を信じ今の行動を 意味あるものとして、この瞬間を生きていけるというわけだ。しかし、それは少し も自覚的なものではない。本人は遠近法を意識することもない。 なぜなら、遠近法という形式の中でしか人は「物を見る」ということができず、 その枠の中でしか物事を理解できないからだ。 したがって、二ーチェは遠近法を人間の「生の根本条件」だとした。≫ ▼ 当り前のことだが、私たちに、それが自覚出来てない。情報化は、 さらに身近な現象を多く、細かく提示する。「時間が解決する」も、その一つ。 まず一歩、その場から離れ、遠くから見る必要性がある。近くのものは遠くに、 遠くのものは近くに。最近、『多宇宙説』が言われはじめた。我々が住む宇宙は、 10の500乗の宇宙の1つでしかないという説。『地動説』と同じ位のインパクト ある驚愕する説だが、これでは、遠近法など、吹っ飛んでしまう。 ・・・・・・ 4883,閑話小題 ーこの20年間最大の変化とは? 〜1 2014年07月28日(月) * この20年間最大の変化と、今後は? 毎日、SF世界のような思いもよらない社会的変化が次々と垣間見ることが できる。「これからどうなっていくのか?」が面白い ー『スマホの次に流行るものは』岡田斗司夫ー ≪・この20年先を読むには、過去二十年間を振り返るとよい。1994年以降の 大きな流れは、ネットが身近になったこと、携帯電話が普及したこと、クレジット カードを持つ人が増えたこと。現在、これらの機能はスマートフォンに入っている のだからたしかに便利。しかし若い世代には、スマホが普及した別の理由がある。 仲間はずれにされないためだ。無料通話やメッセージのアプリ「LINE」が急速に 普及したのは、メールやツイッターと違って、簡単に仲間外れができるからだ。 例えば三人の仲よしグループがあるとしたら、LINEで全員が同じ画面とメッセージ をやりとりできる。その一方でAさんとBさんが陰でグループをつくり、Cさんを 仲間はずれにできるのだ。喫茶店などで若い人が集まっていると、みんな黙々と スマホをいじっていることがある。実はあれが彼らの社交術で、誰かとお茶を 飲んでいるとその場にいない友人たちにLINEでしている。 ・この二十年間で我々に起きた最大の変化は、考えるよりも先に検索する癖が ついたことだ。検索することは、考えることとほぼイコールになっている。 例えば、選挙でどの党に投票するか決める場合、かっては自分で考えた。 今はまず検索し、自分が納得できる意見を探そうとする≫ ▼ 13年以上、欠かすことなく、この文章を書き続けることが出来たのは、 検索機能があったため。テーマが決まれば、キーワードの検索で絶対量の 情報をとり、その過程で、考えをまとめていく。それが私にとって考えること。 後は、図書館でのネタ探しと、ネットサーフィンもある。このお陰で、 「脳の外部化」が、間違いなく行われた。一度ネットに上げれば、何時何処 でも、それにアクセスし、内部検索にキーワードを入れると、過去に書いた、 調べた情報のベースから考えることが可能になる。私にとって、この13年間 は、そのベースづくりの期間でもあった。しかし、その底の無さに呆然とする。 ・・・・・・ 4516, スポーツ自転車の勧め! ー3 2013年07月28日(日) * ポタリング ーつれづれに 「自転車で痩せた人」高千穂 遙 (著) 4年近くで、一日12キロ、年に200日として(冬期間を除き)、9千キロ は走ったことになる。 当然、自転車はボロボロに近い。この本を読むまでは 「月に一度の空気入れ」の鉄則を知らなかったが、息子に「時どき、空気を 入れたほうが良いよ」と言われ、三月に一度の割に入れていた。それとスプレー 式の錆止めを2年前から挿し始めた。 それとHCでパンク修理グッズを見つけた ので、次のパンクから挑戦するつもり。 ここでママチャリについて、【日本独自の車種で、通勤、通学、買い物など あらゆる場面で使えるが、スポーツとしては使いづらい。 日本の道路事情で、 歩道に乗ることを認めていることもあり、スピードが出しづらくなっている。 現在、都市部で大きな問題の歩道上の自転車事故は、スポーツ自転車とのスピード の出しすぎによる接触が多く、道路事情に自転車の仕組みも絡んでいる。 値段も安く、メンテナンスも手軽で、丈夫で、使用頻度も高く、何処にも置ける 気安さがある。値段が安いのが特徴で2〜3年も乗れば、盗まれても諦めがつく。 スポーツ車では、クロスバイクとマウンテンバイクがママチャリに近い。 軽さでマウンテンが、次にクロスバイクが適している。 現在、節約も含めて 自転車通勤が都心で多く見られるようになった。また運動として著者のように、 ライダーや、(私のような)ウォーキングからの乗り換えも増加している。 イオンも自転車専門チェーンを道路沿いに出店を始めた。 日本は自然に恵まれ 自転車でのスポーツ環境が整っている。スポーツや遊びの場面を考えると、 日本に適している。団塊世代が定年をむかえた昨今、自転車は最適である。 もう一歩踏み込みこむかどうか? 鎌倉とか京都に自転車を持ち込み、散策する のも面白そうだが、東京都内も良さそうだが・・ その前に県内のポタリングか。 ・・・・・・ 2012年07月28日(土) 4142, 究極の五木メソッド55 ー� 『きょう一日。〜非常時を生き抜く究極の五木メソッド55 』五木寛之著 * <五木メソッド38手順のまとめ、より> 朝、布団の中でやるメソッド なかなか良い本である。毎朝これを実行したら良いだろう。朝風呂の中で数年来、 この半分近いマッサージをしてきたので分かる。それと現在、週二回のヨガ教室 での色いろなポーズが、この中に取り込んである。 ーまずは、そのへんの要点をコピーしてみる。 ≪ 1.寝たまま、両手をこすりあわせる 2.両手の指を軽く組んで上下に動かす 3.指の組合せを変えて同じ動作をする 4.指の組み方を逆にして手首を上下に 5.指と指の間を手刀でたたく 6.指を一本ずつ親指の腹でこすりあげる 7.親指と人さし指を合わせて反らす 8.指を手の甲の側に一本ずつ反らす 9.親指を除く四本の指をそろえて反らす 10.爪の付け根を親指と人さし指でもむ 11.中指、薬指、小指を曲げ伸ばしする 12.親指で手のひろを万遍なく押す 13.足の爪もみ。足裏も押す 14.再び、両手をこすりあわせる 15.その両手を丸めて、顔に近づける 16.手のひらを目、鼻、口元、耳へ 17.頭皮を指で押さえて前後左右に 18.親指でこめかみのくぼみを押す 19.同じように、眉の付け根を押す 20.眼高にそって目の上の骨を押す 21.同じ要領で、目の下の骨を押す 22.小鼻のわきを人さし指で押す 23.口の上から歯ぐきを押さえ左右に 24.下あごの両側のくぼみを親指で押す 25.ほほ骨の下にあるくびみを押す 26.耳の付け根をはさんで上下にさする 27.耳のはしをつまんで引っ張る 28.手のひらで両耳をふさぎ、離す 29.片膝を胸に寄せ、反対の足を伸ばす 30.同じ動作を、もう一方の足でやる 31.両ひざを抱き込み足首を前後左右に 32.両端の足裏を合せてひざを開き深呼吸 33.足首を反対の足ひざに乗せ倒す 34.同じ動作を、足を組み替えてやる 35.寝たまま、両手をバタバタさせる 36.両足をのばし、両手を下腹部に置く 37.深呼吸。好きな言葉を口に出して言う 38.「きょうも元気だ」と言って起きる 人はさまざまです。百万人いれば百万通りの人間がいる。体質がちがうだけは ありません。その人の環境がちがう。年齢がちがう。気質がちがう。経歴がちがう。 ですから、自分ひとりのための方法、というのが最も大事。 (中略)≫ ▼ この時代に生き抜くために、このぐらいのことは習慣にしておいた方がよい。 習慣は第二の己であるからだ。どれもこれも、 三大成人病対策にもなる。 これらは手足のマッサージと、顔と耳と頭のマッサージ、足と腰の関節の伸ばし、 そして呼吸法に分けられる。三年前から本気になって腰痛対策のため、メソッド を取り入れ、更に一年前からスポーツジムに通いだした。 そしてヨガ。 しかし腰痛は直ったわけでなし、少し椅子に座り続ければ軽い痛みが出てくる。 しかし、直ぐに収まるが。 ・・・・・・ 3776, 閑話小題 2011年07月28日(木) * 世界が誇る中国高速鉄道の話 中国で当初から問題になっていた高速鉄道で事故が起こした。 高速列車にしては死傷者が少なかったのは不幸中の幸い。 ・まずネットで、「これで中国が日本のシステムを盗んでないことが証明された」 と、痛烈な批判が出た。日本はマグネチウド9で一人の死者も出なかったのに、 中国は大雨と落雷だけで、これだけの死者が出たとの批判も。 ・“国産”と自負していた新幹線の実態は、日本や欧州、カナダから導入した 車両や地上設備、運行管理システムの寄せ集めで、系統だった運用の可否が懸念 されていた。その問題の列車の衝突車両を、世界のマスコミが見ている目前で 埋めたのはお笑い以下。ソ連が崩壊したのはチェルノブイリ原発事故当時の、 あまりにズサンな国家体制が露呈してしまったからである。一党独裁の良否が、 そろそろ中国国内でクローズアップされる時期にきている一現象である。 ▼ 以上が、今回の事故から露呈した高速鉄道の危険性の問題。 「当事者の一人は、自分は絶対に乗らない述べていた」と、マスコミが報じている 問題点が本当なら、これから数年間で大事故が頻繁に起こることになる。 ということは、恐ろしい大問題を中国は自らの手で作り上げてしまった。 * アメリカが国債のデフォルト? 何か物騒な話になってきた。共和党がアメリカの借金総額の上限の金額の 上のせ条例に反対し揉めていて、もし通らないとアメリカ国債の債務不履行に なる危機にあるという。そのため、ドル安がジワジワ進行してきた。 共和党との対立でドルと国債の価値を下がると誰が一番得をするか、それは アメリカ自身である。 一番損をするのは日本。それは、初めからのアメリカの 意図としていたこと。現在の日本の震災と荒廃した政治混乱の、この時期に借金 棒引きは願っても叶ったりである。 9・11、9・15、3・11の経済・自然災害の 三連発後で弱体した日本の最後の拠りどころの預貯金の多くが、アメリカ国債に とって替わっている。それが不払いとなれば・・ 考えただけでも恐ろしい。 まずは隷属国家から借金棒引きは当然か! ・・・・・・・ 3411, マイナス思考法講座 ー2 2010年07月28日(水) 「マイナス思考法講座ープラス思考をやめれば人生はうまくいく」ココロ社著 ーまずは、「はじめに」よりー この本の主旨は、「マイナス思考はプラス思考より優れている」、 これに尽きます。物事を前向きにとらえるプラス思考、一見いいように思えます。 「物事を後ろ向きにとらえるよりも前向きにとらえた方がいいに決まってる」と 思うかもしれませんが、こと思考においては、必ずしもプラスがよいとはいえない のです。なぜかというと、「プラス思考こそが、現実逃避の温床に他ならない」 からです。プラス思考こそが究極のマイナス思考といってもいいでしょう。 プラス思考そのものより、プラス思考で行動することで、人間のマイナス面が 助長されてしまうといった方が正しいかもしれません。 プラス思考の根本的な考え方「何事もプラスに考えよう」は、 「耳が痛くなる情報を耳にしたくない」という人間誰もが持つ気持ちと合わさると、 「物事のマイナス要因を忘れよう」に、ついつい翻訳されてしまうからです。 【 プラス思考の問題点を4項目にまとめてみます。】 1.プラス思考を身につけても、不幸に耐えられる忍耐力、不幸を幸福と読み かえる超解釈力が身につくだけ。 「不平不満を言うのではなく、現状の自分が幸せである、と思いましょう」 という考え方がありますが、自分が幸せだと思ったら、現状に対して何も手を 打たなくなってしまいます。本当に幸せならそれを噛みしめていればいいが、 そうでもないのに無理に自分は幸せであると思いこみ、現状に対して何もしない のであれば、いずれ、幸せと思いこむこともままならないほど、不幸になって しまうことでしょう。プラス思考は耳触りがよいので、つい現実を見誤う。 現実を直視しないことには現実をよくしようがない。 2.プラス思考は、他人にとってはマイナス思考です 「プラスにとらえる」とは、「自分にとってプラスにとらえる」ことで、 つまりは、他人を無意識にマイナスにとらえることになる。プラス思考とは、 自分を軸にしている限りはなかなか見えてきませんが、どこかでプラスをすると、 どこかがマイナスになり、その結果、自分1人の中でプラスでも、周囲と 合わせて見ると、誰かから幸せを引いて誰かの幸せがマイナスになっている。 3.プラス思考だと、ありのままの自分を肯定するばかりで成長の機会が ありません。ありのままの自分をひたすら肯定するプラス思考のままでは、 ありのままのあなたは、いつまでたってもありのままで、成長することがない でしょう。ありのままの自分を乗り越えていくことが、成長には不可欠。 4.プラス思考は、必ず裏切られる運命にあります 「人を信じよう」と言いますが、信頼して仕事を発注した相手がスケジュール を守ってくれなかったり、彼氏が友だちと旅行と言っていたのに実は女の人と 2人で旅行だったり…… 一言、事前に釘をさしておけば、裏切られることは なかったのに、「信じよう」などと思って策を打たないから、ひどい裏切りに あってしまうのです。 ▼ プラス思考は、マイナスを乗り越えた上での考え方であり、その背後には マイナスを考えた上でのプラスを元もというのであって、ここで書かれている 上っ面の思考法ではない。 それより、言葉を額面どおり捉え、現実逃避に 知らないうちになっているケースが多いはず、それを諌めているのである。 肯定は意志であり、否定は感情である。 人間は意志の動物であると同時に感情の動物。両者の混合が必要だろう。
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2015年07月27日(月)
『他諺の空似 〜ことわざ人類学』米原万理著 * 一蛇の道は蛇一 妻の目からみた夫の変容の姿が可笑しくもあり、悲しい。 これが嫌なら、途中で人生を下りるしかない。 以下は、妻の目からみた 『生・老・病・死』の移りの現象である。そういう私も、来年に入ると、 【六〇代の妻が七〇代の夫に望むこと】の時節になる。 「孫や近所の子供たちが逃げ出すような恐ろしい容貌と身だしなみ」や、 「風呂場や洗面所やトイレがどこか、自分がなぜ笑っているのか、覚えてない」 世代に入ることが、それを全く自覚出来てない。〜その幾つかを抜粋〜 ≪ ● 二〇代の妻が三〇代の夫に望むことは何か。 一、魅力的な容貌で、金銭的に不自由していないこと 五、適度におしゃれで身だしなみに気を遣うこと 六、頭がよくて機知があること 七、音楽や文学や美術を楽しむセンスがあること 八、妻と家族に思い遣りと気遣いを忘れず、時々プレゼントをすること 九、妻を心から愛し(肉体的に)、ロマンチックな雰囲気作りが巧いこと ● 三〇代の妻が四〇代の夫に望むことは 一、まあまあの容貌(とくに頭髪の状態が心許なくなっていないこと) 二、十分に稼いでいること 三、自分がしゃべるよりも、妻の話を聴いていることの方が多いこと 四、妻の冗談にちゃんと反応して笑うこと 八、妻の誕生日や結婚記念日を覚えていること 九、最低週一回はセックスする用意があること ● 四〇代の妻が五〇代の夫に望むことは 三 安定的に仕事をして定収入があり、豪華な外食をする程度に 四、妻が話しているときに、一応首を振ること 五、妻が言う冗談の趣旨を理解できること ● 五〇代の妻が六〇代の夫に望むことは何か。 二、所構わずゲッブやおならをしないこと 六、健康であること、せめて寝ころびつぱなしに なるほど肉体的に衰えていないこと 八、テレビを見ながらでも、妻の作った料理に反応すること 九、せめて週に一度はヒゲを剃り、月に一度は爪を切ること ● 六〇代の妻が七〇代の夫に望むことは何か。 一、孫や近所の子供たちが逃げ出すような恐ろしい容貌と身だしなみを していないこと 二、風呂場や洗面所やトイレがどこか、自分がどこに入れ歯を置いたか、 自分がなぜ笑っているのか、覚えていること 六、普段はちゃんと衣服を着用していること 六 肉体的に健康で、家具を動かしたり、電球の取り替えに 役に立つこと 九、せめて三日に一度はヒゲを剃ること ● 七〇代の妻が八○代の夫に望むことは何か。 一、息をしていること 二、健康であること・せめて糞尿をこぼさずに便器に命中できる ほどの筋カと精神力があること ≫ ▼ 誰にでも訪れる老いのプロセスが、あまりに具体的で笑いを誘う。 「老いるほど、身だしなみに気をつけること」というが、社会的接触が 少なくなるため、身嗜みの感覚が鈍くなる。クロス自転車で、早朝の ポタリングをしていると、時に、「いい年をして!」という風な視線に出会う。 気にしなければ良いだけだが。そういう人ほど風体が悪いから我慢がなる・・ ・・・・・・ 4882,閑話小題 〜草食系男子のつくられかた! 2014年07月27日(日) * 秘仏開帳 〜エロ本の効用が無くなった現在 「近年、草食系男子が多いのは、ネットで簡単にエロ写真や動画がみれるため」 という説がある。47年前の欧州旅行の御土産は、北欧の道路の売店で売られて いる無修正のエロ本が通り相場! まず初めの買物は北欧美人の? 到着をした 翌日、早速、各自が数冊買って部屋で互いに見合っていた。 今では・・ そんなものはネットで幾らでも。 何ごとも「秘すれば花」。 世阿弥「風姿花伝」の『秘すれば花』の正しい意味は… ①本当に重要なものは、他人から隠しておかなければならない。 ②他人に隠しているものは、本当は大したものではない。 イラストレーター‘みうらじゅん’の以下の説が面白い! ーエロ本は、隠れて見てこそ良いもの ≪ いまは小学生でも、PCのアクセス制限をすり抜ければ、いとも簡単に 女性器の鮮明な画像がゲットできる。 無修正の動画だって苦もなく観られる。 私が子どもの頃は、エロ本を手に入れるのもひと苦労で、それも墨などの修正 入りが当たり前。大人が隠すことで「いいもんだぞ、いいもんだぞ」と思い 込まされてきたようなもの。実際はそんなにいいものでなくても、隠されると 見たくなるし、手に入れたくなる。アソコを「観音さま」と呼ぶほどの有り難み があった。ネット時代になると、その有り難みはすっかり失われてしまった。 セックスレス、草食系男子、少子化の原因これだと思う。 「秘仏開帳」は日本独特の文化で、神道の神様も目に見えないように、 日本人は隠されると有り難みを感じる。だから女性器はもっと「秘仏」として 扱うぺきであろう。見慣れてしまえば有難みは消え、あの形状が単にキモいと 感じるようになり、その次には飽きてしまう。女性を口説こうとしない草食系 男子になるのも無理はない。昔のエロ本は表紙だけ美人で、買って開くと中身は ブサイクな女の子ということが多々あった。最近のエロ画像、エロ動画に出て いるのは若くて美人ばかり。「こんな美人には一生出会えない」と思う女子が、 映像の中でものすごくサービスしてくれる。身近な女性に興味が持てなくなる のも当然だ。 政府が本気で少子化対策に取り組むなら、いますぐパソコンと インターネットの使用を禁止するしかない。≫ ▼ 少子化対策も、意外と、こんなところにあるのかも? 姉4人の中の環境 にあり裸体などを普段の生活で見ていたこともあり、自分から見たいとかいう のは無かった。姉が読んでいた「週刊実話」とかいうエロ雑誌を胸ときめかし 隠れて読むくらい。父親が男女間のことに関しては特に厳格で、父親っ子だった こともあり、シモネタなどもっての外。学生時代の悪友に『お前は竹のような奴。 何があっても、最後は何事もなく収まっている』と言われていた。 「真面目な路線の上を面白おかしく生きる」は、家系、血筋。それでも25人の 学生寮で生活していたこともあり、エロテープ、エロ写真を誰かが持込むと、 部屋に集まって?・・ 当時も現在も、草食系と肉食系がいたが、2割が8割を 独占する法則が、当然、存在していた。逆に、2割の肉食系は、どういう訳か 就職先には恵まれなかった。その辺は、ハッキリしている。 ・・・・・・ 4515, スポーツ自転車の勧め! ー2 2013年07月27日(土) 「自転車で痩せた人」高千穂 遙 (著) * 4年間のポタリングからのギアアップの時節 ? 4年近く前に、「電動アシスト自転車が5万9800円の破格値でスポーツ用品 チェーンのヒマラヤが売り出す」という記事をみて思い切って購入した。 当時は電動アシスト自転車の殆どが10万円以上。そして、まず信濃川まで 試乗してみて驚いた。それまで遥か遠く感じた長岡大橋まで僅か15分。 それも全然、疲れが残らない。それまでママチャリしか乗ったことがないのが、 マウンテンバイクのため軽快で、6段切替で、電動アシストとくれば、その段差 に驚いて当然。それと大手大橋からみる信濃川のパノラマの美しさに感動。 そこで30年近く続けてきた早朝の一時間ウォーキングを、ミニサイクリングに 切替え、現在まで続いている。 ウォーキングを30年近く続けていたことも あってか、電動アシストもあってか、体重変動はゼロ。電動アシストでなくとも、 ギアチェンジのスポーツ車で、このコース試乗をしていたら、この方に切替えて いたはず。この5月のゴールデン・ウィーク明けからは、週に一度は午後から 一時間以上を走り始めている。 服装は、スポーツセンターで着ているトレーニングウエア。ズボンは時どき、 登山用ズボンにする。 それに網目のベストを羽織る。帽子は網目の野球帽。 これも、そろそろヘルメットに切替える時期。靴はランニングシューズか、 ウォーキングシューズ。中途半端だが、中途半端の入門者なら、仕方がない。 4年近く乗ってきたマウンテンバイクも、ボロボロ。一日、百円換算からしても 十二分に元をとった感がある。そろそろ電動アシストのクロスバイクか、折畳み式 を考えている。折畳み式なら、「途中までジテツウ」をもじった「途中から ポタリング」が出来る。近くの観光地などに車で行き、トランクから出して、 ポタルとか・・ しかし、クロスバイクの前輪をワンタッチで外せトランクに 簡単に乗せることができるものがある。どちらを選ぶかだ。著者の本格的 「純競技用のマシン」は、私の年齢では無理? 地元が雪国のため12月〜3月が 走行が出来ないハンデがある。とすると来年春まで待つか? 先が多く残されて ない?ので、すぐか? 迷うところ。他にオートバイ、スポーツカー、カヌー など考えられるが・・ 健康と年齢からして、これか。 ・・・・・・ 4141, 閑話小題 ーユーロ安など 2012年07月27日(金) * ユーロ安が止まらない! ユーロが、ついに95円を割ってきた。4年前までは160円代だったのが、 4割以上も下落したことになる。これはスペイン10年債利回りが7.59%に まで急上昇し、更にイタリアの地方都市が破綻危機に瀕しているなど、 ヨーロッパ金融危機がスペイン・イタリアの地方政府・都市に出始めてきたため。 日本だけでなく、欧州に輸出している中国などが直接影響を受けている。 もしユーロ圏内の国でデフォルトでも宣言されたら、更に国債や株式・為替市場 が暴落する負の連鎖が始まる。やはりロンドン・オリンピックが終わる頃から 荒れた経済が表立ってくる。既に会社経営から退いたので、以前ほどの 心配はないが、それでも日常生活に直撃してくることになる。 このオリンピックが白々しく思えるほど世界の経済は逼迫しているということ。 * いじめ 小学校、中学校時の虐めは誰もが何らかのカタチで経験している。 色いろ見てきたが、それぞれが酷いもの。人間に格差と、差別がある限り、自然 発生的に起こるのは避けられない。虐め側は家庭に問題があり、成績が下位か、 性格が捩れていて、自分より下位の人の弱点を見つけ徹底的に攻撃する。 彼らの特徴に徒党を組む習性が強く陰湿な集団リンチ的要素が強くなり、強者に ヘツライ、弱者に強持てになる。中学校の虐めグループの、その後は、当然? 修羅の人生の人が多い。今回、問題になっている大津市の虐めによる自殺は タチの悪い虐めのようだが、今日明日にも自殺に追い込まれる直前の小・中学生 が数百、数千人が存在していると考えられる。しかし小・中学校時代の虐め経験 は必要悪の側面がある。特に会社組織は弱肉強食社会。そこには表立たない筆舌 に言い表せない虐めが存在している。そのための免疫を子供時代につくっておく 必要性がある。虐める方も虐められる方も家庭問題による歪みの起因の要素が 大きい。般若の面は差別による虐めの怒りの表出というが。 ・・・・・・・ 3775, ユング ー11 2011年07月27日(水) 〈 ユングー地下の大王 コリン・ウィルソンー� 〉 * ユングの能動的想像とは? ー2 コリン・ウィルソンは、ここで能動的想像の実例を幾つか取り上げている。 この内容からみると共同意識の世界まで入り込んでいるようで、夢の世界の 奥行きの深さを感じさせられる。私も夢で数知れないほど、奥の深い内容の ものをみてきた。 【ーP/242ー もう一人のユソグ派の分析家J・マーヴィン。スピーゲルマソは、 母親と娘と老賢人に出会った洞窟での「空想」で、24歳のときに能動的想像 の技法を獲得し始めた。ある日騎士があらわれ、母親と娘をさらって行った。 その騎士は、自分は話すべきいくつかの話があり、また話を口述させたい 「数人の他の人が自分の国」にいると説明した。それからスピーゲルマソは 数年を費やして、騎士、尼僧、色情狂の女性、老いた中国人、その他の人々が 口述したいろいろな話を書き留めた。これらは、四巻の本になって出版された。 あきらかにスピーゲルマソはブラッド・と同じ技法 ーつまり「別の自己」が 内気を克服して自分を表現するがままに任せる方法を用いた。そして結果は、 多くの点で似ていた。このシリーズの第四巻『騎士』(「一九八二年)のなかで」 スピーゲルマンはきわめて重要なことを観察している。すなわち、能動的想像 を実行するのに成功すると、「共時的な事件が規則的に起こり、きわめて 神秘的な方法で世界とかかわりあえる」ことを観察した。起こることは、 内部的な仕事によって世界との関係がともかく変わることだと、 スピーゲルマンは言っている。それから彼は、雨ごい師の重要な話 ーもともとはリヒアルト・ヴィルヘルムによってユソグに告げられた話。 < ヴィルへルムは、旱害に苦しんでいる遠い中国の村にいた。雨ごい師が 遠い村から招かれた。彼は村はずれにある一軒の小屋を所望し、三日間そこ から外に出なかった。 その後土砂ぶりの雨になり、ついで雪が降った。 これは一年のその時季には前例のないことだった。・・ヴィルヘルムは老人に、 「あなたはどういうふうにして雨を降らしたのか」と聞いた。 老人は、自分がそれをしたのではないと答えた。「私はあらゆることがきちん としている国からやって来ました。雨が降るぺきときには雨が降り、晴れが 必要になれば晴れます。人々自身がきちんとしています。ところが、この村の 人々はみな、道からはずれていますし、自分自身からもはずれています。 私はこの村に到着してすぐに、それにうつり(感染し)ました。それで、私は 一人になれるように、村はずれの一軒の小屋を所望したのです。私がもう一度 道にかなうようになったとき、雨が降りました」と。「道と自分自身にかなう」 と老人が言っていることは、ユングが個性化と言っているもの。脳の二つの 半分の間に適切な交通があった。> 雨が降らない村の人々は、左脳の自我で 支配されていた。左脳の自我は、もろもろの問題に過剰に反応する傾向にある。 ・・アメリカのハワード・ミラーは、人間には既に、ある形の能動的 想像を持っているとミラーがいっているのは実際には、右脳は オーケストラ、左脳が指揮者だということ。】 ▼ 連続シリーズの夢は一種の能動的想像になるのだろうか。 人は夢日記をつけると、つけないとでは、大きな違いが出る。夢は、潜在意識 を覗く手立て。それを記録にして書き残す習慣は、考えてみれば自分を知る一番 の方法である。父親の初七日に、父のベッドでみた夢(以前にも書いたが)。 父親の魂が私に入れ替わってしまった夢である。父がガン末期で、死の恐怖と 闘っていた時に、傍にいて、それが直に伝わってきていた。そして初七日に、 その恐怖心が、そのまま夢で、体感したのである。問題は、それから。ハッと して目覚めたとき、父親の自分が、私として存在している奇妙な実感である。 それから、私に10年以上、変な感覚が身についてしまったのである。 今から思うと、その感覚で、もっと見るべき世界を見てきた方が良かったが、 それは今だから言えること。自分の内なる沼には、底知れぬ深さがある。 ・・・・・・・ 3410, この国の終わり −6 2010年07月27日(火) * 日本の余命はあと僅かである (P・107) どの時代でも、彼らの邪悪な発想(考える能力)は私たちの発想をはるかに 超えていた。彼らの悪辣さの度合いは、日本人の常識ではとてもついていけない。 そのため私たちは、世界を覆っている真実に対し、考えることを放棄し信じる ことをやめる。 福沢諭吉は彼の『文明論之概略』の中で、開国を迫る列強の 真意を次のように要約している。 ≪ 即ち彼ら毛唐(=「外国人」の蔑称)の本音は、要するに「自分たちと 商売をせよ、さもなくば殺す、 と言っているのだ」と看破。その性温厚に して軟弱な江戸時代までの日本人にとって、この考え方は常識をはるかに はずれた奇想天外の暴言であり、だからこそ福沢もわざわざその事実を本の中で コメントしているのだ。 しかし彼らにとっては常識も常識、至極まっとうな 言い分であり、数万年の歴史をそれのみ集中して生きてきたといっても過言 ではない。そのような「彼ら」が、いままでは局地的な侵略と征服のみで過ご してきたのは、ただ単に地球を一極支配するだけの能力が、いま少し足りな かっただけのことである。 あるいはIT革命、情報革命といった、新しい 最終的な手段が出そろっていなかったためでもある。彼らはそれらが出そろう まで辛抱強く臥薪嘗胆してきた。虎視眈々と、いまに見ていろと舌なめずりを しながら、それでもその時々にできうる最高の手段で、一極支配の地ならしを してきたのである。そしていますべてを手中にし、すべての条件が整ったと いうわけだ。福沢は彼らの言い分を「商売をせよ」と、当時の日本人がやっと フォローできる表現を使って解説したが、本当はそんな生易しいものではない。 彼らが歴史で実証していることは、「自分たちの奴隷になれ、さもなくば殺す」 ということなのだ。 商売は、金儲けは、とっくに済んでいる。 金儲けの最終段階は、いまも昔も奴隷制度の貫徹である。さらに、究極の奴隷化 とは、頭脳の奴隷化なのだ。つまり、マインドコントロールのこと。いまこそ 彼らは堂々と宣言する。「我々の家畜になれ、奴隷になれ、ロボットになれ、 さもなくば殺す」 それが最後の「お触れ」。 ≫ ▼ それが30数年前から始めたアメリカの金融戦争である。ドル一極支配下に 入れ、さもなくば叩き壊す。その際たるものが、この金融恐慌。これで欧州連合 のユーロは風前の灯。たしかにドルも傷ついたが、胴元の被害は、早々に元に戻る。 更には中国もドルを1兆ドルも持たされた。そして、数年後には、それらを アメロとかいう新ドル?でチャラ。それで日本は、その最大の被害者になる。 家畜の運命は、そんなものか。 ・・・・・・・ 3035,「顔」を哲学すると 2009年07月27日(月) 「顔」について哲学をしている文章に殆ど出くわしたことがない。 特に女性の場合、その造作で人生を変えてしまうほど大きな要素になる のにである。そこでネットで調べてみたが、これはというのが、やはりない。 それでは自分で考えてみることにした。古代よりクレオパトラや小野の小町 など、美人は特別に扱われてきた。考えてみれば顔の部分のバランスと、 全身のバランスが整っているだけで、何で?と誰も疑問を持たない。 そこで考えられるのが、顔が露出した全身の凝縮した表出であるからだ。 また眼は内臓が身体の外に、そのまま出ている唯一の部分である。 「眼は口ほどに、モノをいい」というほど、内面が現出しやすい。 さらに顔は何代もかかって作られる。更に、年齢を重ねると苦労とか、感動、 感激の蓄積した内面が、そのまま現われ出てくるから、人間は顔に興味を抱く。 どんな人間も顔にはドラマが書いてあると大作家が語っていたが、その通り。 男の顔は履歴書で、女の顔は請求書とは、よくいったものだ。 徳岡球子が歴史上の人物の顔をモチーフにした「面構え」シリーズで多くの 作品を残している。漫画的の描き方で、その人間の内面の味を炙り出している。 晩年の顔ほど、その人の人柄が出るからだろう。その意味で写楽の絵が、 その典型である。 一月前にWoWoWで「写楽」を映画でみたが、これが面白い。 ところで若い女性にとっては、美人かどうかが一大問題。 (字数制限のためカット 2012年7月27日)
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