堀井On-Line



5246,他諺の空似 〜ことわざ人類学 〜③

2015年07月26日(日)

             『他諺の空似 〜ことわざ人類学』米原万理著
   * 馬鹿と鋏は使いよう
 馬鹿と鋏の、馬鹿を当時のブッシュ大統領として槍玉に上げている。
9・11テロも、何か不思議な奇妙な事実が次々と出てきた。日本に居ても、
ブッシュの何?は見て取れた。改めてブッシュを考えると、恐ろしい限り。
無能について、他人をとやかくいう資格はないが、自覚はしている。
『軍産複合体』というシンジケートがアメリカには存在し、政治をコントロール
している。それが馬鹿を、次は黒を、そして、その次は女を大統領に据えて、
強力な指令を出す。  〜その辺りから
≪「馬鹿と鋏は使いよう」もまた、ものを気楽にポイ捨てしたり、人をリストラ
 したりすることを戒め、資源の有効活用を説く諺で、実に普遍的な真実を言い
当てているのだが、今のところ、日本以外の地域に類諺を探し当てられず。
もっとも、諺化していないからといって、切れない刃物や無能な者を使い方
次第で役立てる精神や試みまで皆無というわけではない。
 たとえば、2000年のアメリカ大統領選は、モニカ・ルインスキースキャンダル
のおかげで共和党には絶好のチャンスが訪れ、ここで強力な候補を立てれば圧勝
楽勝だったというのに、なぜよりによってブッシュ・ジュニアのような、政治、
経済、法律、外交のどれをとっても無能な候補を立てたのか、私にとっては
長いあいだ大きな謎だった。 (その無残な履歴とは)
・二〇代と三〇代に飲酒運転で逮捕歴があり(妻のローラも十七歳のとき飲酒
運転で級友をひき殺している)、
・名門工ール大には金と権力を持つパパのコネで潜り込み、勉強せずに遊び
惚けていてコカイン吸引で有罪判決を受けたという疑惑のどら息子。
・大学卒業後も酒びたりの自堕落な生活を送り、ベトナム戦争中もパパのコネ
でベトナム行きを免れ、
・パパの全面支援のもと下院議員選挙に立候補したものの落選、またまた
パパの人脈を頼りに石油ビジネスを手がけるも二回も会社を倒産させ、その尻
ぬぐいもパパの息のかかった銀行や同業他社にしてもらったという、何一つ自分
の失敗の責任をとったことのない男。
・さすがのパパも息子にはまともなビジネスは無理と悟り、大リーグ球団
テキサス・レンジャーズの株を買い取って共同経営者に据えた。
四〇歳になるまで、金と権力を持った身内のコネに頼りきりで仕事らしい
仕事をしたことがない、まさに金さえあれば馬鹿も旦那を地でいく男。
・テキサス州知事になってからも、知事としての霧に無関心で、政策の勉強を
嫌いだと公言し、「これほどまでに政策や国家運営にうとい人物が、州知事は
もとより、なぜ、よりによって大統領の座に就きたいと思っているのか」と
周囲に不思議がられている。「なぜ読み書きしゃべる能力が小学生レベルの、
知性も才能も勤勉も努力も欠如した男を」と。
石油価格を牛耳ることで、世界経済に対する覇権を維持し続けたいにとって、
お馬鹿なブッシュが理想的大統領である理由である。
なぜブッシュでなくてはならなかったか、そして、彼が馬鹿であるからこそ、
共和党とそのバックにいる軍産複合体には都合が良かったということ。≫
▼ 日本というアメリカのポチの飼主が、この程度だが、後ろには『軍産複合体』
 という得体の知れないシンジケートが複雑に背景として存在する。小沢一郎が、
過って『首相とシャッポは軽いほうが良い』と口を滑らしたことがあったが・・
娑婆は、馬鹿でなければ出来ないことがある。それが政治というもの!創業もか!
・・・・・・
4881,閑話小題 ーエコ葬〜フリーズドライ葬
2014年07月26日(土)
   * エコ葬儀、フリーズドライ葬
日本では大方が火葬だが、遺体を凍らせる「フリーズドライ葬」が、エコ葬儀と
して注目を集めている。そこでネット検索をしたところ、以下の内容が出てきた。
≪ これを開発したのは、スウェーデン生物学者のSusanne Wiigh-Masak氏。
 科学教室などでも良く使われる液体窒素は、いろいろなものを瞬時に凍らせる
ことで知られています。例えば凍らせたバラの花を手で砕いた映像をなどを見た
ことがあるが、あのようにフリーズドライ葬は、この液体窒素を使用し遺体を
マイナス18℃で乾燥凍結した後に砕いて細かくする。そして水銀などの重金属を
取り除いてから、でんぷんを主材料にする生分解性の容器にいれて埋葬するもの。
原理としてはフリーズドライの食品を作るのと同じ。埋葬した遺体は時間をかけて
土の中で分解し、植物などに栄養を与えてくれることにもつながる。
死んだら皆土に還る…が本当の意味で実現できそうです。まだ、いくつかクリア
しないといけない課題はあるが、この方法を「プロメッション(promession)」
と呼び、費用は約290ユーロ。大よそ4万円。韓国でも本格導入を計画。 ≫ 
▼ 重油で焼かれるイメージは、何か良くないが、乾燥冷凍後に砕かれ土の
 中で分解されるなら?これなら庭の木の下に埋めることも可能? 特に、
災害時に手軽にトラクターにコンパクトな乾燥冷凍機を持ち込めば、処理が
スムースにいく? どちらと問われれば、私はフリーズドライを選ぶが、所詮は
死んでしまえばゴミ。 先日、スーパーで果物を乾燥させたチップスを買って
サクサク食べた・・ あれ。
 ところで以前、イタリアのドキュメントで、マフィアが殺した遺体を処理する
「硫酸入りプール」の存在をレポート。何か、寒々とした後味の悪い内容だった。 
やはり重油で1時間かけ、焼いてもらう火葬が良い?そういえば中国で、遺体
捨場に着の身着のままで捨てられた遺体を映し出すTVレポートを見た。 
それも前にレポートされていた本人の映像が映し出された後に、凍りついた遺体。 
ところで、フリーズドライをセメンに混ぜた墓は? 生々しい?
 位牌程度なら? ・・お後が宜しいようで! 
・・・・・・
4514,スポーツ自転車の勧め! ー1
2013年07月26日(金)
   * スポーツ自転車入門   「自転車で痩せた人」高千穂 遙 (著)
 私のは、電動のマウンテンバイク。値段は5万9800だが、これが大当たり!
それまで30年近くのウォーキングの習慣があった為、それを自転車に切替えた
のでスンナリいった。早朝の一時間が、自分へのプレゼントと思えるほど。
   まず ー内容(アマゾンより)ー
50歳の春、肥満体型と高脂血症、高血圧を改善するために手にしたのは、
スポーツ自転車だった。わずか2年で24キロの減量を成し遂げ、体脂肪率は24%
から10%以下に。 明るく楽しく、そして激しく愛車に乗りまくる日々を活写する
とともに、ダイエット成功の秘訣をすべて公開する。
 〜入門書としても最適な本である。主観で、まとめると、こういうこと。
≪ 自転車には、ママチャリとスポーツタイプに、まず分けられる。そして、
 スポーツタイプには、ロードバイク、マウンテンバイクがあり、最近では、
この二つをミックス(=クロス)したクロスバイクが現れてきた。これに
折畳みが出来るフォルディングバイクと、車輪の小さなミニベロがある。
それと色々な競技を楽しむBMXがある。 著者は健康不足を医師に指摘され、
考えあぐねた上にスポーツ自転車を思いつき、クロスバイクを2002年2月から
乗り始めた。しかし暫くして、物足りなさを感じて特別仕様のスポルティーフ
の自転車をつくる。 その後、気がついたのが、ツールドフランスなどで見る
「純競技用のマシンのTREK5500」。これを買ったのが正解で、人生のパートナー
になってしまった。これを買って決めたことが、「毎日乗ること」。 
値段が高いため、一度乗ると、自転車から離れることが出来ない。
公衆トイレなら中に持ち込む。盗まれる危険が高いからだ。そして2年で、
20キロ、体重の10%以上の減量に成功した。そして一年後、更に10%、58キロ
まで体重が減った。定例走行距離が64キロになっていた。
「自転車はすごい。自転車はいい。自転車は楽しい。」と、断言する。 
定年退職をむかえ、体力に自信のない人、健康に不安な人、無趣味の人、
時間を持て余している人、一日中ボッとしている人にお勧め。型はスポーツ車、
出来ればロードタイプがいい。 自転車と思うと目が飛び出るほど高いが、
自動車、オートバイからすれば安い。その価格で、F1クラスのスーパー
レーシングマシンが手に入るのである。こんなことは自転車以外、絶対にない。
〈暇を持て余し、不健康この上ない諸君。 スポーツ自転車を買おう。
買って、毎日数十キロ(20〜50キロ)走ろう。そうすれば体重脂肪率10%
以下は、決して夢でない・・・〉 ≫ 
▼ これは自転車入門書。著者にとっての効用の一つが肥満と血圧の改善。
 ここには書いてないが、自転車で自然の中を汗をかきながら走って見える
景色と爽快感は何もの代え難い。 実際に4年近く信濃川にかかる二つの大橋と
両側の土手を自転車で一周しているので、よく分かる。 年齢が年齢なので
電動アシストだが・・ 著者のように毎日60kmの走行ができれば25kg痩せること
が出来るかもしれないが、普通の人では無理。とにもかくにも、走りまくること。
一度走り出せば、必ず病みつきになる、これは! これを読んだ御陰で、
早朝に行き交う自転車の種類とマニアのレベルが少し見えてきた。 
そして自分のレベルもである。ママチャリでノンビリと走っている人から
レーシングマシーンに乗っている人まで、何組も出会う。そこに電動アシスト
のマウンテンバイク。ママチャリレベルである。一昨日、昼間、20万以上も
する折畳み自転車を乗っているのを見かけた。
それも、この本を読んでなければ分からないこと。
・・・・・・
4140, スポーツジムの景色 ー2
2012年07月26日(木)
 去年の同月同日にスポーツジムについて書いていたので、その一年後の感想
を書いてみる。所用で市外に出てた以外に、気が進まないとかで休んだことは
一度も無い。露骨な卑しい?視線を感じて、何度も止めようと思ったことが
あったが、「とにかく一年」と思っているうちに何とも感じなくなっていた。
その後、各種のエアロビックスのプログラム全てに参加してみたが、三月から
のスローヨガに週二回だけに参加している。(勘違いで一回休んだ以外は全勤)
それと円座に置かれた6台のマシーンと、交互に置かれたステップ台を、
インストラクターの掛け声で12人が参加するイージーライン(30分)を
連続二回と、ウォーキングマシーン(20〜30分)が私の日課。
滞在時間は平均二時間である。16ヶ月になるが、40年、50年以上の
足腰の関節の硬化が徐々に解れてきた実感がする。しかし「養生に預金無し」で、
続けるからこそ価値がある。とにかく雰囲気が明るいのが気に入っている。 
早朝4時過ぎから13時過ぎまでが午前の部で、午後の部は13時過ぎの
スポーツジムから21時に就寝するまで。 その意味で、日課として大きな
位置を占めている。顔見知りになっても軽く会釈するだけ、個人的会話はゼロ。
ただ独り黙々とコースをこなして帰ってくる。この一年で変化したことは、
午前中から午後になったこと。会員は老若男女、幅広い。それらの人が毎日、
同じプログラムに参加する。4〜11月までは一日三時間の運動量は健康に
とって、このうえない。金・日・祭日は、休日と契約規定で参加出来ないため、
近くの市営のスポーツジムに参加をしているが、これも相変わらず通っている。
値段は三ヶ月、1800円で、これも慣れると丁度良い使いかってになる。 
今のところ新しい生活環境の中、何とか肉体も精神も正常を保っている。
人間は働きの中で社会に組み込まれていると思っていたが、そうじゃない
ことが分かってきた。全て一人一人の思い込みで生きているだけ! 
「一日一日を面白可笑しく生きること」ただ、それだけ。ところで時どき
会うスナックのママさん、「毎日、風呂とサウナだけで、他は気が向かない
と行かない」といいう。私の場合、スローヨガだけ参加という使い方もある。
そういえば一言二言話す同じ年代の男性がいるが、ヨガだけで帰っていくが、
六回参加して一回千円としても十分に価値がある。一週間の日程の中で、
他に二回の図書館通いがあるが、他に新しい世界を探す時期にきているが・・
毎日をフワフワ浮いたように気ままにいるのが、こんなに充実感があるとは
思わなかった。母親も家内も、これをやっていたのだ。これが「日々是悠々」
なら、私は数十年も「日々是恐々」だった。
家内からみて、「私は生活を楽しむ人、貴方は働く人」だったか?
・・・・・・・
3774, スポーツジムの景色
2011年07月26日(火)
 スポーツジムに通い始めて4ヶ月足らずになる。そこには中年女性を中心に、
あとは年代は30歳から80歳半ばまで様々で、平均40歳半ばというところ。 
65歳の私が場違いという感は全くなく、中年女性の二人連れが目立つ。
夫婦は数組である。男女は一対三の割合だが、私の選んだコースが平日中心の
10〜17時までコースで、主婦が中心ということもある。スタッフに客の集中する
時間帯を聞いたところ、夜と、土・日曜日という。それでも私の行っている
午前中でも満杯だった会員が、5月の連休明けから、急減した。ここでも東北
大震災が直撃しているようだ。(二ヶ月先払いのため、その影響は2ヶ月先に?)
 そこで、顔見知りが二人いたが、地元だから当然のこと。 場所は自宅から
車で1〜2分(500m先)のところにあり、オープンして半年も経ってない。 
このオープンは私にとって渡りに舟だが、イメージと実際に通う実感は違う。
一年以上、通ったと通わないとでは、これでは大きな差が出て当然である。
これは是非とも勧めである。私の場合、オープンの10時に行って、イージー
ラインの予約札をとって、30分近くはマッサージ・ルームで過ごす。
そして10時半からの25分間のイージーラインに参加する。これは6台のマシーン
(腰、肩、脚など)で、バランス良く配置され、一人のインストラクターが
指導するシステムになっている。それが終わると再び、マッサージ・ルームか、
ランニング・マシーンで30分過ごす。その後、エアロビックスか、再び
イージーラインに参加し、大よそ二時間で終了する。週に一度は外出をして、
近くで昼飯をとって午後のエアロビに一部に参加する。早朝の、この随想日記
の書き上げ、信濃川の川辺のサイクリング、そして、このジムが、昼までの
生活習慣の三本柱になっている。午後からは、本を読んだり、録画を見たり、
昼寝をしたり気ままに時間を過ごす。 頭も身体もフル回転で健康そのもの。
昼飯が非常に美味いこと、このうえない。 成るほど、この日々は、平凡で、
刺激が少ないが、それでも良い。ギアチェンジをしてみて、リタイアをした
人は、実際に何をして過ごしているのか不思議だったが、成るほど合点。 
誰とも殆ど口をきかないとしても、そこにいるだけで孤独感は少なくなる。
レオタードなどを着た女性たちのエネルギーに溢れた場所は、そこに居る
だけで充電になる。特にブラで補填した? 胸の膨らみには!
 ・・・・・・・
3409, この国の終わり ー5
2010年07月26日(月)
 終始一貫、日本の現状と先行きに悲観的である。欧米人を知り尽くしている
からである。一神教は他の宗教に対して、奴隷か、死の二者択一ということを
である。共産主義圏の崩壊後は、それほど日本の位置づけは大きくなくなった。
 後は、日本からの借財をチャラにする、いつものコースである。それが、
911であり、915である。これは、仕掛けられた事件と見れば、
 以下の著者の論が理解できる。
  * 日本人なぶり殺しの条件は整った 
≪(P−107) この章では、考えることのできない日本民族の明日の運命が
 問題だ。その運命は‥、喩えれば、10メートル先の線路は切断されていて、
 目前の千尋の谷に渡した鉄橋は影形もなくなっているのに、時速5百キロほど
 の速度で突っ走る無人列車に乗っているような状態が日本民族の現実である。
 しかもそれは自然とそうなっているのではなく、完全に「彼ら」によって
 仕組まれている。それに気づき、かつ確認する方法は2つしかない。
・ひとつは私がここで紹介する何冊もの本を読み、その内容をまず最初に疑った
 後で、自分の努力で検討し、真偽を探り、試行錯誤を繰り返しながら深刻に
 悩み、時には身の危険を冒した個人的なリサーチを試み、また世界各地を自分
 の足で回り、最低1、2年の期間その場所に滞在し、実地に自らの経験を積み、
 見聞を広め、再び文献を洗い直して真贋を探るといった努力をすること。
 だが、これはほとんど、というより確実に不可能だろう。 問題は、私の時代
 と違って、それだけの時間的余裕がまだ残っているかどうかであり、それに
 関して私は百パーセント悲観的である。 日本滅亡の必然を学び取り、
 納得したときに、もうこの国はない。
・もうひとつの、より安易だが、さりとてしないよりはずっとましな方法は、
 この私の文章を最後まで読み、内容を信じ、私と一緒に立ち上がり、行動
 することだ。 しかし(そうするとしても)、最初からもう一度はっきり
 断っておこう。まず九分九厘すべては手遅れである――と。この国は終わる。 
 仮に私たちがその無人暴走列車に乗っていることを確認
 できたからといって、それを止める方法は何ひとつないのだから。
 何しろブレーキが「彼ら」によって破壊されているのだから。
 これは一種の完全犯罪なのだ。となれば、またしても奇跡が必要である。
 昭和では吹かなかった神風が、平成で吹くだろうか? 私たちは新しい
 『立正安国論』が生まれるのを祈るしかない。しかし―、時代が違う。
 21世紀の安国の実用にはならない。 ・・イルミナティの確信犯的犯罪など
 に対しては、もはや、いかんともしがたいのである。・・  ロスチャイルド
 やロックフェラーといった世界の超・大財閥から流れる彼らの資金は潤沢・
 膨大にある。見返りはそれ以上に膨大なのだから、彼らの出資を躊躇させる
 ものは何もない。  後は世界の他の部分の征服との兼ね合い、つまり一極
 支配へのスケジュール的なタイミングに過ぎない。 即ち彼らの言う
「アジェンダ(実行予定順位)」だ。 ≫
▼ この文章が4年以上前に書かれている。2008年9月15日のリーマン・ブラザー
 の倒産から始った金融恐慌と、2012年末から起こる?大恐慌と新ドルなどの
通貨切り替えが、日本人、世界の弱者への「なぶり殺し」ということになる。
そこで著者の林秀彦は、99パーは、既に手遅れという。
この国は終わっているのか? 気がついても、どうにもならない!
 ・・・・・・・・
3034, バブル時と現在の比較は
2009年07月26日(日)


5245,ペットの話

2015年07月25日(土)

 居間の座いすの、障子とガラス戸一枚越しのサッシで囲まれたベランダに、
籠に入ったインコが鎮座している。30数年間、代々にわたって10羽目になる。
平均滞在3年になるが、殆どが逃げていくか、病気で死ぬ。現在のインコの
滞在は4年半。一代前の中型のコガネインコは、頭が良くて懐いていたが、
一年半で病死をした。現在のインコは、オウム科で最小の型で、性格が穏やか。
とにかく癒される。 以下の哲学者のペットに対する指摘が分かりやすい。
   * ペットは教師    ーニーチェ「超」入門ー白取春彦著ーより
≪ 本当の教師はさまざまな角度から能力を自覚する契機を与えてくれる人だ。
 知識など二の次にすぎない。日陰に押し込められている能力を解放さえさせて
くれれば、必要な知識などはおのずと吸収されてくるものだからだ。
そして、そういう真の教師は生身の人間とは限らない。
 書物である場合も多いだろう。風景かもしれない。一皿の料理かもしれない。
ある見知らの人間の態度かもしれない。飼い犬かもしれない。
 犬が教師になるかもしれないというのは隠喩でも皮肉でもない。
人が犬などのペットを飼うのは、本能という自然にしたがういさぎよい態度に
魅了されるからだ。動物はいつも今を生きている。来るべき時間に起きること
を想像して心配したりしない。過去を振り返って悩んだりしない。つねに今を
受けとめて生きている。空腹ならば食べ、空腹でなければ餌に見向きもしない。
素直に本能にしたがい、恥じることもない。欲望を明瞭に露出する。
それでいて、自分だけよければいいという態度をとらない。
喜ぶときは素直に喜ぶ。しかし、多少の我慢とあきらめも知っている。
彼らは真っ直ぐに生きているのだ。 人間もまたそういう生き方に
あこがれている気持ちがあるから、ペットを飼う。
 ペットの癒しというのは、自然に生きることを見せてくれるからなのだ。
その意味で、一匹の犬でさえも、わたしたちの良き教師になりえるのだ。
もちろんそこには、人間が押し込めているものを解放してくれる働きがある。
これこそ、教師と呼ばれるものの最大条件ではなかったか。≫
▼ インコの「ピーコ」、鳴き声の呼びかけで振向くと、たった一つの芸、
『連続枝回転』を3〜8回、最高で50数回もする。居間の席を立って何処か
に行こうとすると、「行くな!」という意思表示と、朝の餌ねだりの回転が、
何とも愛らしい。思いたって餌をやると、必死に食べている途中に、ハッとし、
食事を中断して、枝に移動、回転をする。気持ちが真っすで、今を生きている。
 ペットから、ニーチェに飛躍するが、 〜ニーチェを語る一節から〜
『要するに、世界は無価値、無意味なものだ。この言い方は一見して絶望的な
感じを与えるものだが、人が世界に意味を与え続けている意味で、今の生こそ
が光源なのだと気づかせてくれるものである。』と、ペットは人に教える。
・・・・・・・
4880,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー43
2014年07月25日(金)
   * チェーンストアの組織論の特徴
 チェーンストア組織論の特徴は「3階層」「5職能」 で表現される。
 (少し専門的な内容になるが)
★ 「3階層」 とは<トップ><スペシャリスト><ワーカー> の階層。
 階層を増やさず、可能な限りフラットにし、ミドル・マネジメントを
 増やさないシンプルな組織が特徴。 
 ○ スペシャリストは、それぞれの専門で、店舗なら多くの店の運営を、
  バイヤーなら、各部門の仕入れ経験をこなし、それぞれの商品の専門
 キャリアを多く持っている人をいう。売場では、多くの店と売場を
 経験した店長、次長がスペシャリストに入る。
 ○ ワーカーは、マニュアルに従って作業をする職階の人で、ノンキャリア
 社員、パート、アルバイト。ところが、情報機器の進化で、現場段階の
 ワーカーと、スペシャリストの区分が曖昧になっている。
  スペシャリストの技能が情報機器で簡単に使えるようになっているため。
★ 「5職能」 とは横割りを5つに増やし トップの下で
 <スタッフ> ※トップのためのスタッフ
 <サービス>
 <ライン・スタッフ>    
 <クリエイティブ・ライン> (商品部)〜仕入れ担当で、一般的にバイヤー
 <オペレーション・ライン> (店舗、加工、物流施設の運営)
  の機能で分担する組織である。
▼ 旧来型の組織論のライン、スタッフ、サービスの3職能を、3階層、5職能
で理論付けが特徴! 目新のが<ライン・スタッフ>=ラインのためのスタッフ。 
クリエイティブ・ラインやオペレション・ライン(マネジャー)に付くスタッフ
のこと。ラインの業務プロセス作り、カイゼン、有益な情報・データの提供など
でサポートするスペシャリスト。 これらは、チェーンストア統一伝票システム
から成立した部門別管理と、それぞれのマニュアルが、ベースになる。
それぞれの教育計画は、社員と幹部の登用試験制度と、配転計画のキャリアから
成立する。トップ育成計画と、スペシャリスト育成教育、正社員教育システムに
則って、それぞれ行われる。特にトップ教育は、本人以外には知らされずに
行われるメニューがある。職能として、スタッフとして、新規出店の開発部門、
経営計画作成、サービスの財務などの配転の中で育てられる!
官僚のキャリアの育成計画は、この計画にそって出世競争の中で勝ち残った者が
選択されるのと同じ。右上がりの時代ならよいが、右下がりになると、配転計画
段階で、多くが排除されていくしかない。私自身は、自ら10年目に行うべき
配転計画の判断ミスをしてしまった。それも、自分の限界と割りきるしかないが・・ 
高度経済成長時代の鬼っ子ということか。
・・・・・・
4513, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー7
2013年07月25日(木)
           『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著
 著者そのままを私の事前指示書にしたいぐらいだ。そこで早速、図書館から
借りていたこの本を、アマゾンで注文をした。その本に、自分の希望を書いた
ポストイットを貼り付け、仏壇の引き出しに入れておけば、それがそのまま
指示書になる。そして気が向いたらまとめてブログの分類コーナーを作り、
張り付けておけば良い。 実際のところ、気がすすまないのか、面白いのか。 
死際を考えると、すべきこと。ーまずは、その指示書からー
≪  ー 事前指示書(その1)ー    2006年9月17日2 中村仁
「医療死」より「自然死」が好みのため、意識不明や正常な判断力が失われた
場合、下記を希望する(ぼけた時は、ぼける直前に「断食死」を
敢行するつもりだが、タイミングを外す場合も考慮して)。
1 できる限り救急車を呼ばない
1 脳の実質に損傷ありと予想される場合は、開頭手術は辞退する
1 原因のいかんを問わず一度心臓が停止すれば蘇生術は施さない
1 人工透析はしない
1 経口摂取が不能になれば寿命が尽きたと考え、中心静脈栄養、
  末梢静脈輸液は行わない
1 不幸にも人工呼吸器が装着された場合、改善の見込みがなければ
  その時点で取外して差し支えない
   ー 事前指示(その2)ー
1 使い古しの臓器は提供しない
1 葬儀式は簡素に家族だけで、遠方の者には連絡せずとも良し、
  葬儀会館使用も可
1 読経、死後戒名は不要
1 告別式不要、供花、香典は辞退すること
1 死体処理は完全に灰にするか、凍結乾燥粉砕で肥料にせよ
  (もし、偲ぶよすがが欲しければ、髪の毛か下の毛を刈り取るべし)
1 年忌法要、墓石詣リは不要(但し、死体処理が希望通りにならず、骨が
  残れば、死後戒名、年忌法要行うも苦しからず、墓石詣リも勝手たるべし)≫
▼【一切の延命処置を拒否し、葬式は密葬。坊様の読経も墓も必要としない。
 骨は、先祖の墓に読経なしで、家族の手だけで入れて欲しい。】これが私に
似合っている。父の口癖が「死んでしまえば、それまでよ」。 死ななくても、
「いつ何時、何ごとも、一期一会、瞬時過ぎれば、それまでよ」である。
・・・・・・
4139, 元始、ママは太陽であった ー2
2012年07月25日(水)
  * スナックは「未知なる異空間の社交場」
 著者の言葉そのままに、何処の店も似たかよったりである。
この長期不況のため、客足は激減、スナックの数も同様である。
何とか存続しているのは、昔からの店で固定客を掴んでいる店だが、
話は不景気の話ばかり。やはり還暦過ぎると、以前のような元気は減退、
それにつれて回数も減っている。それでも月に平均二回は通っているが一晩
3〜4軒のハシゴが2〜3軒で帰ってくる。高度成長期の一時期を除くと、
スナックは儲かる仕事ではなくなった。まあ、よく維持していると感心する。 
 一部をコピーする。
≪ 日本全国にスナックはたぶん15万軒ぐらいある。15万軒の扉の中で、
 毎晩『つぐない』や『銀恋』や『麦畑』や『津軽海峡冬景色』が何万回も
歌われて、何十万人もの家族が、何十万人もの家長のママを囲んで和気藹々
夜を楽しんでいる。家に帰れば別の家族が待っているママもいるし、ひとり
暮らしのマスターもいる。 店の中では一緒に遊べる家庭があって、飲んだり
歌ったり、お腹すいたら焼きウドン作ってみんなで食べたり、「今度はどこの
温泉に行こうかなど盛り上がったりしている。この数年でやたぶん200軒以上の
スナックに足を運んできたが、裕福なママやマスターなんて一人もいなかった。
「儲けを考えたら、こんなことやってませんよ」というのは、僕がいままで
インタビューで、一番よく聞いた言葉のひとつ。でも、そこには別の「幸せ」
と呼ぶのは大げさかもしれないけれど、こころのコリをほぐしてくれる温い
なにかが、確かにあった。有名スポーツ選手を射止あたり、年収、何億という
女社長になったり、名家の女家長どして君臨したりオンナ道の「勝ぢ方」にも
いろいろあるのだろう。でも、もし僕がいい年したオバサンだったとしたら、
気の良い常連たちに恵まれた、場末の小さなスナックのママでいる以上の
幸せは、なかなか思いつかない。 ところで一説によると、日本で一番多い
スナック名は「来夢来人」(ライムライト)という。ネットによると、
その名前のママが四人揃ってライムライト・サミットが開かれたといか。
不景気話が中心だったと思うが?・・ スナックを「未知の異空間の社交場に
人生の酸いも甘いも知り尽くしたママが待っていると考えるか、酔っ払い相手
の怪しげな空間として捉えるか」でスナックの価値(意味)も変ってくる。 
カフェやバー、こじゃれたレストランがない町は日本中にたくさんあるけれど、
スナックのない町は殆んどない。共通の異空間を人を求めているのだ。≫
▼ そういえば、タンザニアの年越しに行ったスナックが印象的だった。
 タクシードライバーを中心にした小さな村の中に10坪位の掘っ立て小屋
だが、カウンターがあり、テーブルと椅子が5〜6あるスナック。
そこに30歳位のグラマーの現地人ママがいて、年末の年越しのため10人位
が焼肉パーティーをしていた。私たち日本人5人が、そこに加わり大騒ぎ、
しかし、10メートル先にはハイエナが数匹、唸り声をあげていた。
タンザニアの片田舎にも日本と同じようなスナックが存在していること
自体が奇妙な気持ちだった。スナック、そこは漆黒の異次元の寂しさを
紛らわす共同空間でもある。
 ・・・・・・・・
3773, 閑話小題 ー今場所は面白い大相撲
2011年07月25日(月)
  * 今場所は面白い!
 大相撲、今場所は、いやに面白い!相撲はプロレスと同じでないとしても
「現在も談合の臭い強い○○業界?」と酷似した世界。いずれにしても数年内に、
これまでの延長上の事件が発覚、「現在の相撲協会は解体、根本的出直しの事態
になる」こと必定。「税金免除の談合社会も終わりをつげる」可能性を孕んでいる。
しかし、少なくとも今場所は八百長はやりつらい。で、まず「あの方」が引退に
追い込まれた。この場所全体を俯瞰すると三十代半ばの力士達の、勝率が極端に
良くない。興行上、大関以上に日本人は一人は必要。そこで来場所から、何の引退
の替わりに日本力士が大関になる筋書きになってはいたが、今場所は難しい。で、
・・ 全体が阿吽の呼吸で場所全体の筋書きを創作するといえば、恰好がよいが、
阿吽の談合が大相撲の本来の伝統?「それを今さら何をいっているか!」が、
彼ら役者(親方を含め)の言い分である。それをいっては御終いだが、
事実は事実。現在の協会が解体されれば、国技?を前提にした税金免除だけでなく、
これまでの備蓄金も没収される。せっかく日本的伝統を長年かけ、つくり上げて
きた親方制度の蜜が吸えなくなるため、親方衆が保守的になるのは当然。 
で、今場所は、どうも、こうも、「僕らは、そうすれば良いの?」が、露出して
いるから、これほど面白い場所はなかった。今場所は、優勝は大関の日馬富士。
大関に一歩及ばなかった一人を含めた関脇の三人が、大関に向けて一線に並んだ。 
また、八百長で20数名の力士が追放された効果で、若手が一挙に十両・幕内に。 
地位は人を作るで、数場所で、それなりの実力が備わってくるはず。
その怪我の功名で、相撲が俄然面白くなってきた。この傾向は数年は続くだろう。
有望な力士も、古参に苛められ若いうちに、その力が発揮しないうちに枯れて
しまうのが、これまでのパターン。その上に、貸し借り、金銭のやり取りで
昇進が決まってくるから関取になったと同時に変になってしまう。その意味で
当面は大相撲は復活するだろう。 若手有望力士の台頭がテーマでキャンペーン
をはれば良い。ということは古参力士の大量引退劇が始り、相撲自体が新鮮に。 
何処の世界も同じ。老兵は消え去るのみか!
 ・・・・・・・
3408, この国の終わり −4
2010年07月25日(日)
  * 「取り繕い」国家の「その日暮らし」民族
ー(P・53) 原爆を落とされる直前まで、私たちはせっせと竹槍を作っていた
 のはつい最近の出来事である。いくら資源不足の国とはいえ、なんとも象徴的
な風景ではないか! それが何になったか。この大悲劇の教訓は、その後も全く
生かされなかった。現在、足音高らかに近づいた究極の世界的大陰謀という
「目」に対し、私たちの「目」は老眼にかすみ、日本民族総家畜化という「歯」
に対しては、私たちの「歯」は全部抜け落ち、入れ歯さえもちあわせていない
のである。 この世界は常に修羅場であり、「決闘の場」なのである。いったい
世界で昨日今日何が起きているのかが、わかっていない。 新聞に書いてある
程度は読んでいるかもしれないが、その記事を疑う段階までは決していかない。
ブッシュの言動と小泉の言動の間にある因果関係を考察する意欲もない。
ということは、即、明日の自分の命には無関心だということである。なぜか?
考えるということができないからである。目にはカラオケ、歯にはパチンコで
毎日を過ごしているのである。明治国家がインスタント国家であり、急場しのぎ
国家、間に合わせ国家、一夜漬け国家、ツギハギ国家だったことは確かなことだ。 
 世界のあらゆる事情に応急対応を迫られ、いずれかゆっくり腰をすえ・・
と一時しのぎのつもりが、ずるずるここまで生き延びた。
▼ 現在の民主党の沖縄軍事基地の対応も、まさに著者のいう「取り繕い」
 そのものに終始している。この本が書かれて4年経ち、その二年後にリーマン
ショックがあり、世界に先駆けて国家存亡の危機に立たされている現在でも、
ただ「その日暮らし」の政策しかたてることが出来ない。4年前には、この著は
「過激」に受け止められたが、現在ではご覧の通り。自民党と民主党という
二大政党の看板はあれど、旧態以前の体質は変わってない。軍事も、金融も
米国に支配され、身動きがとれないで、ただ目先を「取り繕い」、
「その日暮らし」をするしかない。ほぼ完全占拠されている現実が直視できない。
軍事ひとつとっても、ほぼ全て米国製。部品補給をストップされれば裸同然に
なる。中国、北朝鮮の防衛の一環のための米軍基地の配置というが、実際は
日本の軍事占領。金融も、アメリカ国債に500兆円も買わされている。
で、変動為替で、ある時期に来るとドルの価値を下げチャラにさせられてきた。
それを知って知らないふり。政治家も官僚も、むしろ尻尾を振って従わざって
いるとしか思えないのである。彼らは日本がアメリカの支配下にあることを
 知り尽くしているからである。 北とか中国の脅威より、この見えざる
搾取の方が遥かに深刻である。これが現状である。
 ・・・・・・・・・
3033,刑事が家にやってきた
 2009年07月25日(土)
    (字数制限のためカット 2012年7月25日)


5244,他諺の空似 〜ことわざ人類学 〜②

2015年07月24日(金)

             『他諺の空似 〜ことわざ人類学』米原万理著
   * 寄らば大樹の陰 
 下ネタや、以下のようなグローバルのネタは、悲しいかな、地方では書籍
でしか知る機会がない。ロシア、それも極東は、アメリカ開拓時に酷似して
いるのだろう。 何事も現場に行くと、思いとは違った世界が見えてくるもの。
≪ 六年ほど前、大学の先輩で長年某老舗商社の名物社員だったMさんの送別会
がもたれたことがある。「何を今更、商社員に海外出張や海外赴任は日常茶飯で
しょうが。どうせ飲み会の口実でしょう」 声をかけてくれた幹事のS君に言い
かけて、口をつぐんだ。手渡された案内状の文面から「ヴラジヴォストーク市」
という文字が飛び込んできたからだ。
「まさか……冗談でしょう。モスクワ支店長もつとめたことがあるMさんを」
体のいい肩たたきだと思うんだ。まあ、オレもそろそろかなあ」S君は力無く
微笑んだ。送別会でも、友人たちの誰もがMさんに同情した。
「あいつも今まで気味悪いほど順調だったのに、ついに運に見放されたか」
豪放轟落な快男児として慕われてきたMさんも、この時ばかりはびびっていた。
 ・・「でもね、ほらオレ再婚だから、子供はまだ小さいし、家のローンは
いっぱい残ってるし・・」 声を詰まらせてグイッと杯をあおった。
Mさんは死地に赴く、その場にいた誰もがその時そう思った。
 帝政時代に太平洋に開かれた不凍港として建設されたヴラジヴォストーク市は、
ソ連時代は太平洋艦隊の基地となり、外国人の出入りを禁止したいわゆる閉鎖
都市だった。ゴルバチョフのペレストロイカが始まってしばらくして閉鎖を
解かれた時は、画期的な出来事として騒がれたものだ。
 ところが、たちまちソ連中のマフィヤが集結し、ソ連邦崩壊以降は、激動の
かの地でももっとも物騒な街となった。日本や東南アジア諸国から持ち込まれる
中古車をはじめとする大量の物品が、原価の数百倍、いや数千、数万倍の価格で
取引されるのだから、当然。利益の匂いを敏感に嗅ぎ付けて群がってきた。
経済が破綻し、貧富の差が急激に開いたことによって社会不安が広がる中、
ただでさえ犯罪率がものすごい勢いで上昇するところへ、マフィヤ同士の縄張り
争いが日常化するのだから、たまったものではない。そこへ明らかに金を持つ
無防備な日本人が乗り込んでいくのだ。狼の群れに飛び込む兎、狐の群れに投げ
入れられる鶏、猫の群れに放たれる鼠、蝿たたきの下に飛び込む蝿。標的に
ならない方が不思議である。ホテルや住宅地は、マフィアの合戦の対象になって
いるから、いつ流れ弾に遭うかもしれない。彼を送り出す商社が防弾チョッキを
配給したと聞いた時には、私も膝が震えた。
 そのMさんから赴任後半年ほどして電話がかかってきた。声が拍子抜けする
ほど陽気である。「いやあ、米原さん、寄らば大樹の陰ですよ」何だか心配して
あげて損したなあと思ったほど嬉々としている。そんな私の胸中など察するはず
もなくMさんは得意げに話を続ける。「てゆうか、灯台もと暗しってのかなあ。
クックックックッ。要するにだねえ、この街最大最強のマフィヤが直接経営する
マンションに入居したんですよ。これ以上安全なところはないんだな。
警察なんかよりはるかに頼りになるんだよ、これが」 ・・・≫
▼ ここで、戦後日本が選択した生き方が、まさにこれであったと指摘する。
 世界最強の暴力団=アメリカの傘下に入ることで、自国の安全を確保する
道を歩みざるを得なかったが、これが幸いした。利権を守るため、警察官と
称して殺戮を続けてきたが、アメリカの最大の邸宅内の飼犬として被害は最小?
救いは、そのことを大部分の国民に自覚が無いこと。ポチよ、沖縄は・・
・・・・・・
4879,閑話小題 ー最近、またカラスが・・
2014年07月24日(木)
   * 最近、またカラスが・・
 このところ、若いカラス数羽が自宅の庭周辺のテリトリー争いで、威嚇の鳴声
が鳴響いている。一年ほど前に以下の文章を書いていたが、現在も、その延長戦
が続いている。ポタリングを毎日2時間していて見かける動物は、ほとんどが鳥。
その中でカラスが目立って多い。その上、庭に雀の群れ、小さな地鳥、渡り鳥が
次々とやってくる。 ー去年に書いた内容といえばー
≪ 4440, 閑話小題 ーカラスの糞かけ <2013年05月13日(月)>
 数年前になるが、自宅近くを自転車で走っていると、カラスが低空できて、
二m先に糞を落としていった。「これは果たして私を狙ったか、偶然か? 毎朝
近くを通る度に考えていた。ところが一昨日の朝日新聞のコラムで、四コマ漫画
「ののチャン」が、専門家に質問する形式で、「カラスの糞かけは、意図したか
どうか」を取り扱っていた。よくあるので、取り上げたのだろう。 
答え手は「あくまで偶然で、カラスにとって何ら利益にならない」と、ゲーム説、
カラカイ説には否定的。専門家とはいえ、私のように30年以上、毎朝、散歩や
ミニサイクリングでカラス観察をしていた訳でない。で、私はゲーム説。(中略)
 ・・そういえば、散歩中の小型犬を、カラスが至近距離で威嚇し遊んでいる
のを見たことがある。犬の飼主も、そのやり取りを面白がって見ていたが、
明らかにカラスが小犬をバカにし遊んでいた。 
 ところで昨日の午後、帰宅をすると、隣の空地で4羽のカラスが入り乱れての
空中戦。よく見かけることだが昨日は違っていた。二組の激しい乱闘。初めは
車内で見ていたが、決着がつかないので、一度、車庫に車を入れて門の陰から
みたが、その間7〜8分。 鳴声を聞きつけた他のカラス数羽が駆けつけ、騒然と
した乱闘は、見もの。上下に体勢を入替わり互いの身体をワシヅカミの突つきあい。
4羽が無事に飛びたったのが不思議なほど。 最近、来ているのが、その一羽? ≫
▼ 今回は、他の小さな渡り鳥や、モズも入乱れて、カラスと牽制しあっていたが、
 どうも、我家のインコが野鳥の興味を惹くようだ。で、「カラス除けグッズ」を
ネット?と思ったが、他の野鳥も来なくなる上、無粋。 そういえば近所の土手も、
信濃川河川敷も、野鳥の絶対数が年々減っているのが気がかり。至近距離の田畑
20反も住宅地に変わってしまったがこれも小さな緑地の我家の庭のテリトリー
争いの激化の理由?仕事から離れ、自然と向合う機会が多くなると、今まで見て
見えなかった自然に触れあうことが多くなる。地方の良さは、軽井沢、那須など
に行かなくとも触れ合える! ますます御隠居生活に慣れてきている。
・・・・・
4512, 閑話小題 ーつれづれなるまま
2013年07月24日(水)
   ―つれづれに―
 人生も、あと二年もしないうちに古希。杜甫の詩「人生70 古来 希なり」
の年齢になる。後悔も、満足感もさしてない。人生の終わり間近には必ず後悔の
念に支配されるという。 実際に、こんな時代の断層を経験をするとは思いも
よらなかった。それと地球の絶景をこれほど多く見ることが出来るとは・・ 
日進月歩の情報端末の進化が、日常生活を変えるとは・・ 
 終戦直後に生を受け右上りの時代を40歳半ばまで経験し、その恩恵を受けた。
そしてバブル崩壊と、9・11テロ、リーマンショック、2011年の東北大震災、の
三つの経済・自然震災で、世界が更に変わった。それがあっても良い時代だった。 
団塊世代の一年前に産まれ、時代の恩恵を十分に受けてきた。 バブル崩壊と、
新世紀21世紀の時代変動の中で、何とかソフトランディング?が出来た。
「時代のめぐり合わせが良い世代は、最後までハッピー」という説がある。
現に同年代の人たちは、大方が恵まれていた。 2〜10数歳年上の兄姉達は
戦前・戦中時代派。 時代の価値観に大きく影響されているのが見て取れる。 
両親が明治生まれ、叔父叔母は明治・大正時代に、兄姉は、昭和1桁生まれから
10年代。それぞれの時代に大きく影響されている。それからすると、私は
「終戦生まれで、高度成長期育ち、最後は、その崩壊で御終いの人生」。
そして、日本の本格的衰弱を目の当たりにして最期を迎える。 
長生きをするほど、辛くなる。
   ーいま、ドラッグストアが面白いー
 最近の中小のSCには、スーパーの横に、必ずドラッグストアが並んでいる。
スーパーは生鮮三品を周囲のメイン通路に配置、挟むように日用品と、袋物食品
などを配置している。酒とツマミの買出しに週一、SMと、ドラッグストアに
通って二年になる。 そこでは地元スーパーと、全国チェーンのドラッグストア
との非生鮮食品と日用品をめぐる激しい戦いが見て取れる。
更にSCの入口近くに、コンビニが出店、両者の隙間をつく構図になっている。
ドラッグストアも、ここで色いろ模索をしている。近くにある3つのチェーン
が同時に、食品コーナーを二倍ほど拡張、98円均一の小パックの単身者向け?
コーナーをつくった。 企業規模と、小回りをきかせた、それぞれの特徴を
備えた本格的な戦いになっている。 酒あり、生鮮あり、缶物食品あり、
パンコーナーあり、冷凍コーナーあり、である。消費者も商品と値段に敏感に。 
県内最大の「コダマ」も、いつの間にか、全国チェーンの傘下になっていた。
これに消費税のアップが控え、小売の最前線は更に熾烈な戦いになる。
・・・・・・
4138, 元始、ママは太陽であった ー1
2012年07月24日(火)
 ある雑誌の「元始、ママは太陽であった」都築響一、
  のスナック・ママのレポートが面白い。ーまず、その一部を抜粋するー
≪「スナックの良い店の見分け方がありますか?」と聞かれるが、そんなのが
 あったら苦労してないです。スナックのドアがああなっているのは、そこが
家庭だからだ。「家庭的」じゃなくて「家庭」。あのドアは店のドアというより、
ママなりマスターなりと、常連さんたちがつくる「家」のドアなのだ。
ドアがガラス張りで、中の暮らしが丸見え、なんて家はあんまりないでしょう。 
ママやマスターという「家長」がいて、常連さんという「家族」がいる。
僕みたいな一見の客は、知らない家にお邪魔する人間としてドアを開け、奥の
ほうで和んでる一家に「僕も混ぜてもらってもいいですか」とお願い、
「まあ上がって飲んできなよ」とか言われて上がりこむ。ちゃぶ台やコタツの
かわりのカウンターで肩を並べて飲んで歌って、そういうのを2、3回も繰り
かえせば、知らないうちに家族の一員になっている、スナックとはそういう場所。
だから長いこと営業しているスナックでは、ママやマスターと常連たちが、
やたらとバーベキューだのボウリング大会だの栗拾いだの一泊温泉旅行だのに
行ったりする。どんなに歴史があるところだって、レストランやショットバー
がそんなことをするだろうか。飲食業にもいろいろあるが、スナックという
業種は、開業するのがいちばん簡単な飲食業でもある。飲み物と乾きもの出す
ぐらいだから、調理師免許もいらないので、一日講習を受けて食品衛生責任者の
資格を取って(よくカウンターの隅とかに青い板が貼ってある、あれ)、保健所
に食品営業許可、警察に酒類販売のための風俗営業の申請をすればいいだけ。
あとは毎月の家賃と、お酒とつまみと氷代と、カラオケのりース代を払えれば
やっていける。バーやキャバクラみたいに女の子を何人も雇うのでなければ、
人件費もかからない。料理店とちがって食材の心配をする必要もないから、
商売としてリスクは、他の飲食業と較べてずいぶん少ない。そのかわり、
儲らない。スナックでお客さんが払う金額というのはふつう、キープポトルを
飲んで3000円から5000円ほどだ。最近では、それくらいで飲み代、歌い放題
という店もたくさんある。ドリンク代を考えれば、カラオケボックスより安上り、
なんてこともある。それで一晩に5人か10人、常連が出来れば上等という店が
ほとんどだから、お金儲けのためにスナックをやってるママやマスターなんて、
日本全国にひとりもいないのではなかろうか。≫
▼ 20歳頃から現在まで46年間、スナック、居酒屋で酒を飲んできた。
 20代後半から30代半ばまでは、仕事に没頭していた為、スナック通いは
少なめだったが、それ以外は、月に二回は通っていた。だから、上記に書かれて
いるのは全国津々浦々、殆ど同じということがよく分かる。 男は傷ついて
誰かに慰めてほしいが、連れ添いは「ツレナイ」ため、外のママ様にお上手を
言って欲しいのである。女の子を置いている店は、クラブの要素を入れて、
疑似恋愛空間をつくってお客を呼び寄せる。アルバイトや、酒好き、男好きの
女性を客に如何に集めるのもママさんの腕。それもこれも、采配一つで店の盛衰
が決まってくる。ただ一つ絶対的基本がある。店は綺麗に磨きあげておくこと。
愚痴を言わないこと。客の悪口を言わないこと。
プロ筋の店が少なくなってきた。客もだが! ーつづく
 ・・・・・・
3772, 閑話小題
2011年07月24日(日)
  * タレントは日本特有の職業人
 NHKのBS番組「クール・ジャパン」で、各国の外国人が日本のテレビ番組
に特殊性を語っていた。日本のTV番組は、それぞれの国からみると、過剰な
ぐらいサービスが徹底していて、特にバラエティー番組に、その傾向が見られる
という。そこにはタレントと称する職業があり、何でもこなすマルチ的才能の
職業がある。  ーそこで、タレントをウェブ辞書で調べてみるとー
【 俳優や歌手以外で、その才能・個性をセールスポイントにTVやラジオに出演
して活躍する人を一般に「タレント」といいます。バラエティーやクイズ番組に
出演している司会者、リポーター、コメディアンなどをさすことが多い。
プロダクションに所属してチャンスをつかむほか、街を歩いていてスカウト
されることなどもある。いずれにしても、きっかけをつかむ運と、魅力ある
キャラクターを持っているという、生まれついての素養が重要となります。】
とあった。このような職業は外国では存在しておらず、日本固有のものという。
また、日本のようなバラエティーも特殊であり、そのテーマに教養を取り上げる
ことなど外国では考えられない。その意味で、日本は遥かに外国を凌いでいるとか。
もし、それぞれの専門家が、それ以外の番組に多く出演しただけで、仲間内で馬鹿
にされる土壌がある。教養番組に出演する時は、背広を着て、厳しい雰囲気が常識。 
ゴールデンタイムに、教養的知識を面白おかしく番組が構成されるなど有得ない
といか。お笑いなら徹底的にお笑いに徹するのが習い。 タレントという存在、
そう言われてみれば不思議である。タレント教授、お笑いタレント、元プロ野球
タレント、タレント代議士、マスコミ出身タレント、など不思議といえば不思議な
存在である。専門職で名をなした人が、そのキャラでバラエティーに出て、
その場を盛り上げる一員である。そういえば、公道で通行人がインタビューを
された時、多くの人が堂々と受け応えする。一億総タレント化の様相でもある。 
しかも今度は携帯電話がパソコン化されてきた昨今、ミニブログなどのツイッター
で、誰もが情報を発信できるようになってきた。その中で、色々な方面の多種の
タレントも出現始めてきた。面白いといえば面白い時代、総白痴化と否定だけは
してはいられない。 それにしても、TVの露出度が高い低いで、その人気度が
はかられる時代、変といえば変である。    バカタレ!
 ▼ NHK[クールジャパン」HPより
 (字数制限のためカット 2012年7月24日)
 ・・・・・・・
3407, 人みな骨になるならば ー15
2010年07月24日(土)
 * 心理学が自虐 
(−P199)もしフロイトの「発見」のうち、後世によって葬られず引き継がれる
べきものがあるとすれば、それは人間が認識において都合の悪い現実よりも快い
虚偽を愛し、しかもそのことに自分自身で気がついていないという、つまり
われわれは自らの「無意識」を信用できないのである。われわれの無意識は
われわれに信じたいように信じさせる傾向があり、しかも、その操作をわれわれ
に気づかせない。ということは、われわれが信じていることが、信じざるを
得ないことか、単に信じたいことか、わわわれには判別できないのである。 
いったんこの思想に感染してしまうと、以後、人間は自分の判断を無邪気に
信じ込むことが出来なくなる。それまで気づかれなかった自分の暗黒面を知り、
受け入れ、引き受けることで初めて精神的な健全さが回復されるとするフロイト
以後の治療論仮説は十分実証されているわけではない。なぜなら、そうした
「無意識」の洞察なしでも治療効果が得られる心理療法や薬物療法がいくつも
知られてしまったからである。とはいえ、われわれの「無意識」が、まるで別の
生き物のように、意識的な感情や記憶や判断を本人の知らないうちに歪ませるのを
勘定にいれておくことは、いくばくか愚行を防止するのに有用なはずである。
目常生活において、おいしい儲け話に飛びつくことが危険であるのと同様に、
世界や人生に関する認識においても、自分たちに好都合すぎる筋書きには眉に
唾しなければならない。願望充足をたくらむわれわれの無意識が、
そのように誘導しているのかもしれないからだ。
 フロイト以後、いやしくも十分知的な教養人は、何らかのムシのよさを
 備えた世界観や欺瞞の人生観を受け入れがたくなった。
・話がうますぎるような信念は自己欺隔であり、
・自民族や人類だけを特別視する思想は単なる願望思考の産物でしかない。
・輪廻転生は「死んでも命のあるように」という見苦しい未練の現れで、
・極楽往生は現世の不如意を慰める童話である。
・文明をもった宇宙人の存在を信じたがるのは人類の孤独を
 ごまかしたいためであろうし、
・超能力への期待も味気ない現実から目をそらし繍時の夢を見たいがため。
▼ 上記の中にも、多くの示唆がある。フロイトの「人間が認識において都合
の悪い現実よりも快い虚偽を愛し、しかもそのことに自分自身で気がついて
いないという、つまりわれわれは自らの「無意識」を信用できないのである。
 (字数制限のためカット 2012年7月24日)


5243,閑話小題 〜今朝方みた、夢分析と現在の心境

2015年07月23日(木)

   * 今朝方みた、夢分析
・今朝方の夢が何とも微妙な内容。パリのホテルを一人で、観光に出発する。
地下鉄に乗って、コンコルド広場に出るが、自分の宿泊先が、何処の街の、
何というホテルか、憶えてないことに気づく。呆然としていると、後ろに何か
気配がする。黒人少年3人が、財布を狙っていた。睨むと、逆に強奪しそうな
雰囲気。 まずい!と思ったところで夢からさめる。 財布を強奪されたら、
パリの街で、如何したのだろう?と不安の襲われる。
 そこで、布団の中で、夢分析。
僅かな金しかない財布以外、何の手がかりが無いのが現在の私。
それもスリに狙われ、危険の中で、ただ呆然としている。
それも襲われる直前に、自分から夢を切断してしまう私が、ここに居る。
実際、襲われたら、警察に事情を話して日本大使館に行くだろう。
あの少年3人は「生老病死」の「老病死」?「生」は、パリを彷徨う自分。
余命三ヶ月、半年と悟った時、もっとドロドロの夢になるのだろう。
 まだ、今のところ、幸せ!ということだ。 
   * プロ野球も、大相撲も面白くなってきた
・大相撲が、一昨日、白鵬が負けたことで1敗が4人になり俄然面白くなった。
しかし、昨日は照ノ富士が白鵬に破れ、関脇栃煌山も大関に破れて二敗、
一敗が横綱二人になったが、まだ何がおこるか分からない。
間違いなく、白鵬は全盛期の力は下降気味。物語としては、照ノ富士が優勝し、
来場所か、翌場所横綱昇進が相撲協会に良いが、そうさせない力を、まだ白鵬
が持っている。もう一つの物語は、関脇栃煌山が優勝して、来場所の大関挑戦。
まだ千秋楽までの4日間がある。面白くなったが、結局、終わってみれば白鵬? 
心情的には病み上りの鶴竜だが。
・プロ野球も、セリーグ、「0強、6弱の6つ巴戦」の様相が面白い!
珍しい現象だが、巨人の原監督が監督としての寿命が既に終わっている
から面白いのだが・・ 選手と共に、勝って喜び、負けて落込んむ原監督。
何かが足りない? 優良選手の在庫オーバーが、大きな問題。どうしても、
監督の後姿に気持ちが集中する。
・・・・・・
4878,閑話小題 ーインコのプライド?
2014年07月23日(水)
   * インコのプライド?
 ストレスで、週に一度は狂ったように籠内を飛び回る。ヒステリックである。
二日前のこと、ヒステリックに飛び回っていた時、水飲み場に身体全体が落ちて
しまい全身びしょ濡れ! その姿を家内と笑って見たところ、怒って拗ねたのか、
駕篭の一番奥の物陰で睨みつけ、半日、何度も呼びかけても出てこない。 
プライドが高く、少し叱ると、少しの間、無視などで怒りを現すが、今回は半日
も拗ねていた。鳥にも三分?を改めて確認した。ラクダも失敗で叱られた場合は
納得するが、理不尽の怒りには、根に持って何か機会に攻撃するとか。
 懐いたペットは、飼主の露出した魂そのもの。下手な?家族より親しみを持つ。 
  ーネットのペット川柳よりー 特に1、7、12、14、19は? 家庭内で・・
 < 1、 挫折して ペットに学ぶ 処世術 (ひまわりさん)> よしよし(,^^)/
 < 2、 散歩中 愛犬モテキ 俺ボヤキ  (婚活男子さん)>
 < 3、 似てますね 嬉しいけれど ブルドック (ゆずママさん)>
 < 4、 家出した 猫が太って 帰って来た (あきちゃんさん)>
 < 5、 犬だけど おやつの時は 猫かぶり  (蘭璃さん)>
 < 6、 まだ残る ローンの柱 かじる犬  (らくちゃんさん)>
 < 7、 飼ってます 犬・猫・鳥と 虫・夫 (りのんぱさん)>   
 < 8、 パパの背を 見たからできる お手と待て (良馬さん)>
 < 9、 まっしぐら 犬も子供も 妻の膝 (伊那のザザムシさん)>
 < 10、 鎖より 絆でつなぐ うちの犬 (おたふくまめさん)> 
 < 11、 ほれ投げろ!遊ばれてるのは我が主人 (醜いカラスの子さん)>
 < 12、 ご飯まだ?ペットにエサやる 妻に聞く(まつながともふみさん)>
 < 13、 もの言えぬ 君は夫婦の 司会役 (犬猫主夫さん)>
 < 14、 妻娘 俺はタローと 連立し (びわこ鯰さん)>   
 < 15、 会釈され 連れてる犬で 思い出す (多国籍さん)>
 < 16、 愛犬に 脛を齧られ 親想う (多国籍さん)>
 < 17、 ペットだけ 動かす妻の 重い腰 (さごじょうさん)>
 < 18、 元彼の 名前と知らぬ 旦那様 (まささまさん)>
 < 19、 ペットより 先に逝ってと 妻が言う (クジラさん)>   
 < 20、 プラズィオン ペットのそばより 俺の横 (はるやすさん)>
▼ どれもこれも切実な問題? 7の<飼ってます犬・猫・鳥と虫・夫>の、
「犬・猫・鳥と」を「ペットのピーコと」に置換えると、家庭内の私の立場!
・・・・・・
4511, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー6
2013年07月23日(火)
           『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著
 著者は「・・・延命措置をお断りします」の宣言だけでは不十分と、自分の
事前指示書を作成している。まず事前指示として、以下の項目をあげている。
内容は医師であればこその内容で、そのまま雛形にすればよい。これを機会に、
ブログに書き残しておくつもり。ほぼ著者の指示書を咀嚼するだけだが・・
 ーまず、その部分から抜粋
≪   ー延命措置事前項目ー より
(1) 心肺蘇生(心臓マッサージ、電気ショック、気管内挿管) (2) 気管切開
(3) 人工呼吸器 (4) 強制人工栄養(鼻チューブ栄養、胃瘻による栄養)
(5) 水分の補給(末梢静脈輸液、大量皮下注射) (6) 人工透析 (7) 輸血
(8) 強力な抗生物質の使用  (9) その他
  次に事前指示の項目(表4参照)とは何かについてお話ししていきます。
 � 心肺蘇生(心臓マッサージ、電気ショック、気管内拝管など) 
心臓や呼吸が止まった時に行う治療手技です。  両手で強く胸の真ん中あたり
を圧迫して心臓を動かそうとするため、肋骨骨折は、当然起こります。 
また、心臓が細かく震えた状態(心室細動)で有効な血液を送り出せない
場合、これを改善する目的で電気ショック (AEDはこれです)を行います。
口対口で肺に空気を送り込んだり、手動のバッグを使う場合もあります。
 さらに、気管内に管を入れ、アンビューバッグで空気を送り込んだり、
人工呼吸器に連結したりします。 ひとたび心臓が止まったり、有効な血液量
が送り出されないと、酸素不足に極端に弱い、脳の神経細胞がやられてしまい、
再び心臓が動き出したとしても、その杜絶した時間の長さによって、脳死や
植物状態になって蘇ることになります。 私は、一度心臓が止まれば、原因の
如何を問わず寿命と考えていますので、AEDなどは、平にご容赦というところ。
溺れた子どもなどには、有効な場合もあるが、生きものとしての賞味期限の
切れた年寄は、考えてみるべきでしょう。
 � 気管切開  痰が多く詰まって窒息しそうな場面や脳死の場合に、
のど元に穴を開けます。  ・・以下略  ≫
▼ 生々しいが、それでも、元気のうちに意思を示しておいた方が良い。
 特に(1)などは絶対にして欲しくない。(2)の気管切開、(3)の
人工呼吸もである。(4)(8)も一時的ならまだしも!生かしておくだけの
延命は、お断りである。死亡解剖も一切、お断り。臓器移植も駄目。今まで、
家族とこういう内容の話をしたことがないが、ブログの分類のコーナーに項目を
つくって書き残し、正月で集まった折などに話うつもりである。下手に5年、
10年、生かされたくはない。次回は、著者の事前指示書を考えてみる。 
まだ、早いと思うが、本来は還暦までにすべきこと。
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4137, 大方は40歳で右下がり
2012年07月23日(月)
   * 男は40歳でポンコツ化の曲り角!
 少し前の週刊SPA! になるが
 ≪40代会社員のポンコツ化が尋常ではない【証言集】≫があった。
  ー それは、「40代会社員の劣化メカニズムを徹底解明」特集で、
    劣化事例を紹介していた ー  
・「バブルの頃は良かった。友達の付き添いで行った面接で受かったりしたもん」
 と自慢話を連発
・「係長(男・45歳)という役職なのに、部下のミスは部下のミス、絶対に
 尻拭いをしてくれません。ランチに誘われても必ず割り勘。なぜこいつが
 係長になれたのか、我社の七不思議」(代理店・28歳)
・「IT関係の職業なのにも関わらず、僕の上司(男・46歳)はファイルの圧縮
 さえできない。Excelの関数はおろか操作もままならない」(SE・25歳)
 ポンコツ40代を見ていると、「自分はこうにはなりたくない」と誰もが
 強く思うはず。しかし心理学者の和田秀樹氏は「人は40代になると必ず
 劣化します」と断言する。
▼ 現場の一線に立っている人も、管理職としての能力も、30歳代までで
 成長は終わると、いわれている。私の事業人生を振り返っても、右上りが40歳
まで、後は下降?、その後の判断した結果は、右下がりの起因をしたものばかり。
40歳の頃、富士銀行に勤めていた高校の同級生が支店長への出世コースから
外れ出向になったっと聞いて驚いたことがある。激しい競争社会では、その辺が
ピークということ。結局、先が見えエネルギーも出し切ったところで、外に
出さないと、組織そのものが弱体化する。その頃が厄年として男も女も大病や
人生を揺るがす事故や失敗が起きてくる。逆に、その辺に予定挫折として前向き
に自分から転職・転業などの節目をつくる方法もある。 男の一生は大変だ。
への字の右上がりから、下りのテッペンが40歳。下がりきったところで少し
右に流れたところが65歳以降。 少し長い?とすると、最近は80歳以降か。
40歳右下がり説からすると、ピークを維持するため何かを学び続けなけば
ならないことになる。戦後日本を一人の人間と喩えてみると、1985年の
プラザ合意が明らかに右下がりの決定事項。そして、現在66歳とすると、
自分そのもの。4年前のリーマンショックが、次の大きは節目で、
その大津波が今年末、日本と世界を覆い尽くす可能性が高い。
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3771, ユング ー10
2011年07月23日(土)
  * ユングのいう、能動的想像とは? 
 ーあるブログに、能動的想像法の要約があったー
{ 能動的想像法は、睡眠と覚醒の中間の状態で、一種の夢想状態に近い。 
 眠りと覚醒の中間、眠りに落ちるすんでで留まり、意識を持ちながら夢の中を
観察するような、そういった状態。ただし、そこでは、あくまで観察するだけで、
干渉はしない。願望を叶えるために夢を操作するような、そんなことはしません。
魂ともいえるものが自由にしている状態を、ただ眺め、観察する。この時重要に
なるのが、記録。これは、単に書き留めるだけに留まらず、それは一種の表現。
書き留めたり、絵に描いたり、粘土で作ったり、踊ったり、歌ったり、演じたり、
また信頼できる人に話したり、そうすることで、無意識の闇にあったものが命を
持ったまま、現世に顕現するのです。そうすることで、こちら側に生きる我々が、
こちら側に生きながらあちら側に参加する、そんな感じになってきます。
それが魂の体現の一部となる。 人間を豊かにし、特に現実問題と十分に向き
合ってきた中年期・老年期の人たちに対しては、今までになかったものを与えて
くれたり、今まで見逃していたものに、気づかせてくれたりします。}
▼ なるほど、面白い。この実例が〈ユングー地下の大王ーコリン・ウィルソンー〉
 にあった。その幾つかを、次回にコピーし考えてみるが、あちら側は、あくまで
能動的想像をしている本人の潜在意識の世界。いや、更に深い共同意識の世界。
意識を持ちながら夢の中を観察する状態で、魂を眺めているのが能動的想像と
いうこと。子供時代の頃の夢を見ている時のマドロミ状態が、こんなものかも
しれない。ユングは自分に、この能動的想像力があることに気づく。フロイト
との仲たがいなどで、自分の精神が崩壊の寸前に至り、精神病者が苦しんでいる
妄想を垣間見ることができた。その一つに「血のなかに溺れかけた欧州の幻覚が、
翌年の1914年に現実になり、その幻想は間違ってなかった認識をえたのは幸運。
作家の創作も似ているが、あくまで、これは潜在意識の観察であり、本人の魂の
開放である。重なっている部分は、主人公の魂の開放を通して、読み手を満足
させようとするところ。(全ての小説が、そうとは限らない。)
 ところで、過って行ったことのある世界の旅先を、毎日のようにTVで放送して
いる。実際に見てきた以外の所も映し出す。そうすると、当時に立ち返り、
そこに自分が行っているような奇妙な感覚になる。これも、能動的想像法の
一つになるのか?老人が過去の思い出に浸っている時、心は能動的想像の
世界に入っている? だから、勝手に孤独な老人と決め付けるのは間違い。
この年齢になって分かったことは、行蔵にあまりに多くの経験があることだ。
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3406, この国の終わり ー3
2010年07月23日(金)
 * 「転ばぬ先の杖」こそが知性の原点
 恐怖と不安は鋭敏な自衛感覚を育て、それによって人間である限り永遠に
尽きることのない敵に対処することこそ、人間の知の原点。その典型的な形が、
外交をはじめとし、最後の原爆投下にいたるまでのすべての闘争における
攻撃と防御のストラットジーである。恐怖は考えの母であり、不安は考えの
教師である。考えた結果を個人的な知性に転じるという能力もまた、疑うという
能力をも持っていなければ達成できない。疑いの度合いが深ければ深いほど、
そしてその疑いの解答が明晰であればあるほど、人は賢くなる。
「何故」があり、「何故なら」がある。 西洋哲学は恐怖と不安への疑いが
原点であり、西洋宗教も同じである。それが日本人以外の人間たちが持つ知性。 
一神教的知性なのだ。 賢い人、とは、知性があるということを古風に言った
言葉である。ただの「物知り」とは違う。知恵者とも言った。
知恵は智慧とも書く。・・・・
▼ー感想: 知性とは、モノゴトを知っているということでなく、恐怖と不安
 を感じ取り敵に対処する人間の原点をわきまえ知ることである。持っている
知識を、それに対処する智慧を知性という。言われてみれば、当たり前のこと。
(字数の関係でカット2012年7月23日)
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3031,卒業40年周年か〜 −3
 2009年07月23日(木)
* 奥野君への手紙        (今日、本人の手元に届く)
 学卒40周年記念に参加をしてクラスの名簿に貴君の名前をみて懐かしく、
手紙を書いています。卒業前の半年間(S43・9〜44・2)日記をつけており、
それを20数年前に倉庫の隅から見つけ出しました。書いたことすら忘れていた
ので、タイムマシーンで当時に戻ったような気持ちで読み返しました。 
8年前に始めた私のHPの中央の下にある分類のブログに書き写してあります。
ブログに同月同日に毎日載せたものです。従って、毎年半年は、当時の日記を
毎日読み返しています。その時、貴君が、あの馬小屋のような寮に卒業間近かに
訪ねてきて、これから社会に出るにあたって多くを語ったことや、佐渡に広瀬君
などとご一緒したことを思い出しています。先日の会では石川譲治君や、
服部学園の園長の染谷(服部)、川村、福田君などの顔が見受けられました。 
その前日に銀座に合気道の面々が集まり、一杯やりました。 三崎、木矢、伴、
鈴木(加藤)、高杉です。三崎さんは10年前まで、新潟に16年近く転勤できて、
2〜3ヶ月に一度のわりで古町などで酒を飲んでいました。ところで私は、その後    
・ジャスコに一年在社後に、 ・産業能率大学に途中編入をし、
・その後金沢の「いとはん」(ジャスコに吸収)に一年半在社、
・千葉の郊外に貸しビルをつくり、その中に居酒屋の養老の滝のFC店と、
やはりFC店の焼きたてのベーカーリーを二年間従事(その当時に結婚) 
・家の事情で実家の事業(衣料量販店と衣料専門店)を5年間従事をし、
・34歳から新潟駅前でビジネスホテルを30年近く経営をしています。
 2001年の9・11のテロと、去年の9・15の金融恐慌以来、苦戦をしていますが、
何とかやっています。どちらかというと、創業屋的な人生だったと思います。
30歳前半までに問題を吐き出し、後半は、それまでの勢いで何とか辿り着いた
というところ。
 ところで、貴君の住所をグーグルアースに入れてみたら、仙台空港の南10キロ
ほどの漁港のようなところで驚いています。資生堂に入社して、都会にドップリと
浸かっているかと思いきや、その正反対の場所で。 実際、東京のアスファルト
ジャングルなどより、遥かに良いことは、新潟飛行場の周辺をみれば分かります。 
それだけでも良い人生を過ごしてきた貴君の姿が目に浮かびます。
(それぞれに価値観があるでしょうが) 何かチャンスがあったら、会うのも
面白いでしょうね。 それでは、お元気で。 あの日語り合った、延長の気持ちで
思いのまま書いてみました。   2009年07月22日     堀井八郎  
追文)8年前より、ブログを開いています。 暇のおり覗いてください。
検索に堀井八郎を入れると出てきます。当時の写真や、先日のクラブや、同級の
二次会の写真があります。分類には当時の私の日記があります。  
〜 22・23・24歳の日記のコーナー〜


5242,他諺の空似 〜ことわざ人類学 〜①

2015年07月22日(水)

             『他諺の空似 〜ことわざ人類学』米原万理著
    * 医者の不養生 
 この本の第一章の冒頭からして、際どい下ネタで引きこむ。
男なら、目くじらを立てたくなるが、女だから良いだろうになる。
さすがにロシア文学の翻訳家、かつエッセイストである。その彼女も
9年前に癌で他界している。『ガセネタ&シモネッタ』の本を出しているから、
この程度で驚いている方が野暮!  〜その辺りから〜
≪ 「ママ、ママ」 出張先から帰宅するなり、娘が駆け寄って来て、
 コートを脱ぐあいだも息継ぎするのも忘れてしゃべりまくる。
「きのうママがお留守のあいだにね、パパったら綺麗なお姉さんを連れてきたの。
それでね、リビングのソファーでね、一緒に横になってね、お姉さんのスカート
まくり上げちゃったの。それで股のあいだにね……」ここで娘は肺に溜めて
いた空気を使い切ったらしく、息を吸い込んだので、抱きしめて言った。
「はるかちゃん、もうすぐパパがお仕事から帰ってくるでしょう。
お話の続きはそのときにしてね」 まもなく夫が帰宅し、親子三人で
夕食の卓を囲んだ。頃合いを見ておもむろに娘を促した。
「はるかちゃん、ママがきのう留守していたときに、パパが何をしていたのか、
話してちょうだい」 夫は飲んでいたみそ汁を喉に詰まらせて咳き込むが、
娘は得意になってしゃべり始めた。
「パパったら、お姉さんの股のあいだにね、ほら、パパが出張中に
ママがよく連れてくるオジサンのものを口の中にくわえるでしょう。
あれと同じものを突っ込んでたみたいなんだ」
 これは最近離婚した女友達Fから聞き出した離婚の発端。ちなみに別れた
夫は彼女の二十何人目かの男で八歳年下、初婚から数えて七人目の夫だった。
「あいつの純粋さに惚れて結婚したのに、若い女と浮気しやがって、許せないわ」
Fはひとしきり息巻いたものの稼ぎのいい前夫と別れるや生活水準が急降下した
のだろう、今更ながら、「やぶ蛇だったんだよねえ」などと口惜しげである。
 思わず、「ちょっと、やぶ蛇ってのは違うんじゃないの」と茶々を入れた。
Fのノー天気な自己中心主義は、観察する分には面白いが、諺の使い方が
間違っているとなったら話は別。 ・・・ Fが怪訝な視線を向けているのに
気づいて弁明。「あんたの場合は、むしろ、盗人猛々しいとか、自分のことは
棚に上げてって言うんじゃないの? 彼の浮気を裁ける立場じゃないでしょう。」
「医者の不養生・坊主の不信心昔より然りと『風流志道伝』にもあるでしょうが。
浮気性の人間に限って、他人の浮気を許せないものなの。」 ・・・ ≫
▼ 子供の目を通した生の浮気の現場の描写が面白い。それと七人目の夫を
 持ったFのエネルギーも恐れ入る。地方もあって、あまり具体的な下ネタを
聞くことはない。スナックのママの、『下の娘、嫌がる亭主を強引に犯した時の
子供なの』ぐらい。男同士は、意外と具体的下ネタは御法度。特に父親は、
その点に関し非常に厳格であり、具体的な会話は皆無。下ネタに関しては
詰らない、味気ない?人生。なら、中の下ネタなら幾らでもある?ありません!
・・・・・・
4877,閑話小題 〜大相撲の立ちあいに、肘打ち!
2014年07月22日(火)
   * 昨日は、初孫の顔を見に東川口に!
 生まれたばかりの孫の顔を見に川口に行ってきた。私が8人兄姉の末っ子も
あって、実子の生れた時も、子供の扱いが苦手で、戸惑った。昔から孫自慢を
聞くが、いま一つピンとこなかった。中・高校の同級生で、離婚や死別を
切っ掛けに県外の嫁ぎ先の近所に引越していった人が知人だけで三人もいる。
それだけ孫が可愛いという。 で、昨日の感想は、「成るほど!」である。
名前がスケートの浅田真央からとって、愛央(まお)。その顔が真央そっくり! 
彼女、金メダルを取れなったため、暗いイメージがついたが、愛嬌があり美人。 
女の子は、美しいか、そうでもない? では雲泥の差。半分?は決まってしまう。 
 これで、一つをクリアーしたことになる。ご対面の時、家内が「今の子供は、
みんな可愛いらしいね」と息子に言うと、「実は、そうでもないんだよ!」・・
 話が変わるが、その後、大宮駅まで見送りに来た息子と三人、居酒屋で晩餐
をすることになった。その時に、息子が歩きながらスマホで電話予約。
「知っている店?」と聞くと「知らない!」と、歩いていく。そこで
「検索のキーワードは何?」と聞くと「大宮駅、居酒屋、個室、予約」。
スマホのGPSが、道筋を誘導し、遊歩道を2〜3分歩いた飲食ビル9Fへ。
その間、僅か5分!探したり、迷う余地ゼロ。丁度良い店であった。 
それにしても時代は変わったものである。
   * 大相撲の立ちあいに、肘打ち!
 エジプト人の若い力士が、ここで二日続けて金星をとった。よく見ると、
立合いの出あいがしら、肘打ちを相手の顎に全身で叩きつけている。これは、
厳禁の握り拳で殴るより危ない打撃系格闘技。連続して負けた二人の横綱、
それを恐れ自滅した相撲内容。 近々、禁止?これは一種のカテゴリーキラー! 
モンゴル人の横綱が、その地位を利用して格下力士に張り手をしているが、
これも打撃系の軽いもの。最近は平気で、横綱に張り手をするツワモノもいる。 
格闘技のカテゴリーキラーといえば、柔道がある。ロシアのサンボや、
レスリングの技を柔道の持込んで、柔術から生まれた「柔道」に対し、
レスリングの「倒して背中を付ければよい」という考えを取り入れた
「JUDO」になっている。このため本来の柔道の姿が変わってきた。
大相撲も、時代の流れをふまえ、規則も変えるべき時? 
いや、何でも有りが面白い?
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4510, どうせ死ぬなら「がん」がいい ー4
2013年07月22日(月)
     『どうせ死ぬなら「がん」がいい』近藤 誠 (著)中村 仁一(著)
 今まで大半の日本人には「命の長さが絶対」という思い込みがあった。
医師も最大限生かそうとし、家族に示そうとした。また日本人には死に目に
立会うべきという通念があり、家族が集まり、最期を看取るのが価値あることと
信じていた。でも、それは本人にとっての幸不幸でなく、一種の儀式のためで、
家族はモニターの波をみていて死にゆく人をみていない。当人にとって
延命は苦痛そのもので、「孤独死」でしかない。 
 以下の項目も、辛辣な医師と家族への批判だが、こんなもの。
    * 第三章 日本人と死
・死に目に立ち合う症候群      ・臨終のすったもんだ
・胃ろうと「生かすことはいいことだ」・1時間かけて食べさせるのは愛情?拷問?
・生死も「長いものに巻かれろ」   ・自然に死ねる「野垂れ死に」「孤独死」
・90歳過ぎるとだれも遣骨を取りに来ない 
・死後の始末を他人に頼むには、金がかかる
・「香典医療」で死ぬ前の数ヶ月に大金を使わせる ・余命6カ月エクササイズ
・日本人は自分で決められない   ・無言の「若さ圧力」「健廉圧力」がすごい
・「平穏死」と「胃ろう」       ・がんの治療やーめた
・がんを放っておくと家族がうるさい  ・薬師もにわか軍医も医者に昇格
・放射線科で一生懸命になった理由… ・昔の「老衰死」は大部分、がん
・モルヒネは太古からの痛み止め剤    ・「在宅での看取り」への動き
・男が長生きしたら、老害でまわりが困る ・カロリー制限しても寿命は延びない
・死にゆく姿を見せるのは最高の遺産   ・あなたは立派な患者だった
▼「野垂れ死に」「孤独死」が理想の死に方とは思いもよらなかった。
一番恐れている死に方が、実は理想とは。 数年前に独り住まいの孤独死が問題
になり、そのTVドキュメントを放映していた。そこで、誰かが 「孤独死が悲劇
というのは周囲の思い込みでしかないのでは?」と疑問視する見方があった。
家族に囲まれても、死に逝く者は孤独である。死に目の立会も、孤独死への
恐怖も、残されたものの思い込み。生き残るものは立場からして違うのである。
哀しみの感情を満たすため、当人の真の辛さが二の次。で、逝く者は地獄。  
やはり自分の延命に対する「事前指示書」を示しておくべき。そうこう死に
準備を考えると、65歳が引け時だったか。
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4136, 閑話小題 ー日記は翌日の午前中に
2012年07月22日(日)
  * 日記は翌日の午前中につける
ある本に、「日記文学は、平安期に栄え今も古典として残る名作が多くある。
当時の貴族たちの多くは、日記は翌日の午前中に書いた。つまり前の日の出来事
を思い出して書いた」とあった。これを知ったのは最近のこと。前日とはいえ、
時間をおいて思い出すのは脳にとって良い上に、起きたことを冷静に見つめる
ことができる。私は日記的メモとして陰山手帳、10年三行メモ帳、
フリー落書帳を、三冊持っており、数日以内に2〜3日分をまとめて書いている。
しかし翌日午前中に書く習慣化しておくのがベスト。改めて考えると手帳お宅、
そのものである。内省的性格からして、これほど自分を落ち着かせる習慣は
他には見当たらない。朝4時過ぎに起きて、この随想日記の校正をしてブログに
アップし、ポタリングに出て、食事をしながらモーニングショーをみた後、
風呂に入り、自室のパソコンの前に座って、翌日分の随想日記内容の下書きを
書いたり、読書をして午前中を過ごすのが日課。その中の空き時間にiPadで
週刊誌や、世界遺産などの写真集などを見たりしている。今までは、ポタリング
の出発前の10分間ほどだったが、9時過ぎに時間を移行することにする。
それほどして書いたものを読み返すのは、ネットに上げた、これぐらいだが。
  * 父親のこと ー2
 父は太平洋戦争前までは、実家の老舗の古道具屋の二代目で、母親が嫁に来た
ときに父に聞いたそうな。「家って金持ちなの?」、それに対して父は「資産が
7万円位で、金持ちの目安が10万だから、金持ちではない」と。 そして
10数年後に戦争が始まり、それから数倍にした財産の殆んどを無くしたという。
しかし、その財産の一つが、空襲で焼けた後の繁華街の四角のあり、そこで始めた
商売が当たり一時的だが、全国にも知られた繁盛店になっていた。
父は戦前、道具屋をしていた頃に、その商売柄、津上退助、野本恭八郎
( 野本互尊翁)など戦前・戦中の財界人にフリーパスで会うことが出来て、
年に数点の骨董品を買ってもらうだけで商売が成り立っていたという。
そのため世の動きに対する知識や教養が必要ということを肌身で感じていた。
コンプレックスだけでなく、子供には学問を身につける必要性は分かっていた。
早寝、早起きがベースにあり、20時半に就寝、5時前に起床し、新聞を読んで
いた。綺麗ずきで、チリ一つ落ちていない家であった。晩年の趣味は骨董品の
収集、旅行、株式、旅行。 怒鳴ることは無かったが、その代わり強烈な皮肉が
飛んできた。自分だけでなく家族に従業員に非常に厳しい人だった。
要する地味にして目立たないこと、自己主張をしないことが大家族の掟。
兄姉達は、常に父親の顔色を窺って、側には近寄らないようにしていた。
その父親が亡くなったのは満70歳。 私も3年半後に、その歳になる。
ファザーコン、マザーコンは、人間の心の底に誰も抱えているが、
その人の原点である。幼児体験は強烈な経験だった。
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3770, 閑話小題
2011年07月22日(金)
  * 時間でみる施設の使用料金
 スポーツセンターや、シネマを一時間あたりの使用料でみると面白い。
スポーツセンターは、月5980円。20日は通っているので、一日300円。
私の実感は三十分500円で、二時間平均は滞在しているので2千円の価値は
感じる。2千×20日=4万円なら行かないが1万2千円なら行く。それに
しても安い。知人が、「スポーツジムは一人当たり一回2千円の計算がベース。
これに会員数と稼働率をかける」と言っていた。私の選んだコースの場合、
日・祭日を除いたコースで、特別参加の日払いだと一日2400円。
風呂、サウナ、プール、マッサージ・ルーム(マシーン)、ロビー、トレーニング
・ルームありで、10時〜17時まで使い放題300円は価値がある。 
月に一度は行っているシネマは二時間で千円、一時間あたり五百円なら充分に
価値がある。最近のシネマはデジタル化のため圧倒的に画面も音響も迫力があり、
別次元の世界に我々を引き込んでくれる。年齢もあるのだろうが、スナックや
居酒屋は、酒・肴などの飲み食いも入れてとしても一時間あたり千五百、二千円
からみると、圧倒的に映画の方が価値がある。現在の不景気、ネット化、デジタル
化で情報量が日ごと飛躍的に増えていることにある。大相撲や、プロ野球、
行楽地は現地まで行かなくても、家でパソコンやTVで、情報や、現場感覚が
実感できる。それも無料に近い値段で、である。スポーツ・センターも、よく
見ると、殆どマシーンである。映画も、現在では殆どデジタルでつくられている。 
考える時は考え、休む時は休む。その時に道具としてマシーンを使えばよい。 
・・・・・・・・
3405, この国の終わり ー2
2010年07月22日(木)
   * 考える遺伝子の不在 
 日本の現状に対して、殆んど誰も考えてない国家に絶望をしながらも、
何とかしたいという著者の気持ちが伝わってくる。これでも考えて生きてきた
つもりだったが、この数年来、何を考えて生きてきたのか反省しきりである。
10年来の哲学等の学習効果が少し考えに厚みが出てきたが、そうすると人生全体
に疑問を持つようになる。こと日本人全体をみれば、ほぼ99パーセントは考えて
ないように見かけられる。「考えて何になるの?」という質問が帰ってくるのが
落ちになる。 欧米、特に欧州では中学校の段階で哲学の授業があるという。
考えるとは、陸続きの他民族の侵略の恐怖や不安がああるからだ。それを真剣に
考える時に、それが立ち現われる。海に囲まれて当面の攻撃が考えられない
日本民族にとって、考える必要がそれほどないから、考えられないのである。
 ー 以下の、箇所は辛辣だが、的を得た内容である。ー  −P34 
要するに「脳が足りん」のだ。 考えるー、という脳の機能が、少なくとも他の
民族と比べ極端に欠乏している。猫でももう少しましに考えて行動しているのでは
あるまいか。 それは一方において、日本人があまりにも鋭敏で潤沢な「感じる」
という機能を持っているために、考える機能のほうが圧倒され、脳の土俵から
押し出されてしまったせいなのかもしれない。つまり右脳と左脳、ロゴスとパトス
の千秋楽の結果である。この事実への感慨は、母国の中の異郷、身寄りが一人も
いない九州の山中に住み着いたこの六ヶ月、日々ショックを新たにし、今日も
変わらず、修正できず、ますます強まる一方である。国家は芯の芯まで腐り果て、
民族は脳死状態で、植物人間化している、ということを、ほとんど誰も考えて
いないのである。いや、考えることができないでいるのだ。うすうすは感じては
いるらしい。そもそも思考力よりも直観力の鋭かった民族である。なにやら
日本の全体がおかしく、どこかが狂っていて、怖ろしい結果が近づいている、
といった漠然とした恐怖は、なんとなく感じてはいるらしい。何しろかつて
この国には起きようもなかった異常な犯罪は、それこそ日常茶飯といった感じで
起こり続けている。帰国してからのこの半年間でも、すでに数え切れない。 
あまりの立て続けさに、私も忘れるし、人々も覚えきれず、次々に忘れて
いくようだ。確かに世界中で犯罪は起きている。ニューヨークだって、パリ
だって、私が十八年暮らしたオーストラリアだって、犯罪は起きる。
しかし、これほどの異常な内容の犯罪は聞いたこともない。どこであろうと、
起きているのは「並みの犯罪」だ。並みの犯罪とは、犯人は、それがどんな種類の
犯罪であろうと、何かは考えている。どんなにバカな考えでも、異常な考えでも、
愚かな考えでも、邪悪な考えでも、要するに、ナニカは考えている。
≪恐慌以来の日本国家の存亡の危機に対し、国民の危機感の希少さに驚き唖然
 としている。それが考える遺伝子の不在としたら≫
・・・・・・・・
3030、卒業40年周年か〜 −2
2009年07月22日(水) 
  * 卒業40周年記念に参加してみた人間模様。
 1〜2年次の教養課程の同級生では、TVでよく見かける服部学園の
 服部幸應と、大阪学院大学の白井総長が面白い存在。
・服部幸應は実名が染谷で、当時は存在感が殆どなかったが、常に財布に
 10万円を入れているという話はあった。一年留年をしてアメリカに行って
 いたのか、留年をしたためアメリカに行っていたのかはファジーである。 
 二次会のクラス会が彼のために開かれているかどうかは定かではない。 
・私が学生時代で一番親しくして、卒業まじかで大喧嘩をした○○譲○。
 ハッタリ屋だったが20年前のバブルの崩壊で倒産。借入金が280億で、
 ビルが17棟だったという。 前回は身を隠している状態で不参加だった。
 三次会の最後は彼と飲んだが、二棟だけビルを隠して持っていて現在は、
 それが生活のベースになっているとか。更に、この恐慌で、経験を買われて
 コンサルタントもしているという。 バブル時の倒産劇は、人生の大きく
 覆いかぶさっているというが、そうだろう。
・クラブ関係では、神田周辺の菓子問屋に養子に行った男が土産として、
 仰々しい包みのお菓子をくれたが、家内が言うに、「これって、前週に買おう
 と東京駅の地下の店のカリントウ。すごく有名だけど、わざわざ並んで買って
 くれたのかしら」と言っていた。「まさか、そこの社長じゃないと思うけど、
 少しは有りえるかも」と答えていた。お返しで、新潟の酒を送ったところ、
 自宅に電話があり家内が出て「そこの社長なんですか」と聞いたら、そうだと。
「先週、買おうと店まで行ったら行列で買えなかった。奇遇です・・・」
 家内は、本当か嘘か?その辺は調子が良いが、相手も悪い気がしないだろう。
・卒業してから数年後に、先ほどの石○譲○と、私の自宅に遊びに来た伊香保
 温泉の「村松屋」に婿養子に入った友人の根岸君。十数年前に脳溢血になって、
 九死に一生を得たとかで、半身不随になっていた。それでも朝一の高速バスで
 來京し、最終のバスで帰ると言う。以前に一族の「いとこの会」を、
 その旅館で開いたことがあった。
・亡くなっている人はクラスの約一割である。還暦を越えると、社会的に
 如何こうは、三番目か四番目。10年後には出席できる?


5241,窃盗専門の「泥棒刑事」 −⑦

2015年07月21日(火)

           『泥棒刑事』 元三課部長刑事 小川泰平著
   * 被害届を拒む女性。そして孤独で寂しい泥棒たち
 何か、内容が下ネタになるが、話題としては面白い。そういうこと!
≪「泥棒には入られていません」「絶対に入られていません」と言いはり被害届
を出さない女性がいた。これは被害者のほうに何らかの事情があるのは確実だ。
あるとき、1人の空き巣を逮捕し余罪を追及していくと、100件以上の余罪。
被疑者を捜査用車両に乗せて「引当り捜査」を行う。私はその空き巣被疑者の
自供に基づき被害者宅を訪ね、「お宅に空き巣に入った、犯人を逮捕しています」
と、事情を説明に行くのだが、一件だけ「入られていない」という被害者がいた。
もちろん被害届も提出されていない。実際に空き巣に入られていても、被害額が
僅少であったり未遂であったりした場合は、面倒だなどの理由で警察にさえ届け
出ていないかたも時にはいる。それでも、引当り捜査で行くと、そのようなかた
でも、「忙しくて……、面倒で…」などと言いながらも協力してくれるもの。
しかし、この一件の被害者だけは「入られていない」の、1点張りである。
被害者が帰宅している時間帯にもう一度訪問した。20歳代前半の美人の女性。
「絶対に入られていません、何回言わせるんですか」と怒られてしまった。
そこで被疑者から再度の調べをしたところ、ある物が「机の引き出し」に入って
いたことが分かった。「大人のおもちゃ」であった。事情聴取を女性警察官に
任せることにした。何とか説得し被害届を提出してもらった記憶がある。
金額は6000円で。我々ドロ刑にとって、被害届1枚は「血の1滴」と言われる。 
 大人のおもちゃを持っていた被害者とは話はまったく別ものなのだが、
泥棒は基本的に孤独であり、さびしがり屋が多かった。泥棒は構ってくれる人
がいなくなることを非常に恐れる。孤独な生活を送っている泥棒は、逮捕された
後に取調べを受けるとき、人と人とのつながりを取り戻すかのように饒舌になる
者が多い。不思議と思われるかもしれないが、取調官と別れたくないがために、
やってもいないヤマ(事件)を自供する者さえいる。これを「空ヤマ」と言う。
 ・・たいていの泥棒は、シャバと刑務所の問を行き来している。そうした
泥棒というのは、寂しがり屋が多かった。泥棒稼業を送る彼らは、ほとんどが
一人暮らしで身寄りもなかった。彼らの多くは逮捕され刑務所生活を送る。
刑務所に入っても泥棒は馬鹿にされる存在でしかない。そして、2、3年の刑期
を終えて社会に出てくる。そのとき、彼らのほとんどはあまりお金を持たない。
刑務所では刑務作業に対して報奨金が支払われるが、刑期が2、3年の泥棒は、
刑期中に金を貯めることはほとんどできない。刑務作業で稼いだ金は出所後の
交通費で消えてしまうりだから手元には金はいくらもないのが通常である。
そこで、出所した常習者のほとんどが、更生施設などに身を寄せるしかない
のだが。そこも長続きしない。また、就職して働く者もいるが、給料などの
待遇もよいはずがない。月15万も稼げれば良いほうだろう。彼らは少し
働いて金ができると、たとえばスナックに出入りするようになる。
そうしているうちに、働いて得た金だけではとても足りなくなる・・ ≫
▼ ネットで『女性用大人の玩具』と検索したところ・・ 出るは出るは!
 今度、生まれるなら、老いたら機能不全?になる男でなく、女性ですか。
・・・・・・
4876,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー42
2014年07月21日(月)
   * 31年の新潟~長岡間の通勤
 老いた母親をおいたまま新潟に引越すわけにもいかず、31年間も新潟~長岡
を通勤になった。しかし、高速の乗物空間の往復一時間は読書の最適環境。
私の性格からみて地方の閉鎖性に同化されない為に、職住分離は必要である。
新幹線車内は一度、県外に出たような感覚になる。だから30年も続いた。
それと、機内や高速鉄道の車内は「ぼんやり時間」としてベスト空間でもある。
長岡住民の7〜8割が地元出身者だが、新潟は流入組7〜8割。僅か30分で
世界がまるで違う。それも慣れだが流動が少ないのは良くない。それは、この
三年間で、さらに実感している。排他的で、プライドが高く、烏合で、常に人の
目を伺う比較世界の傾向が強い。それも、外部からみれば越後・新潟の差異範囲。 
ところで、30年の新幹線交通費の総額は、マンションが一つ買えるほど。
全線開通直後、長距離通勤のための税制が変わり、経費で落すことが可能になった。
 何処も所属しないで済んだ代金とみればよい。酩酊しての乗り過ごしは8回。
そのうち3回は湯沢などに宿泊、スナックへ。今から考えると、冷汗もの。
そうこう振り返ると、やはり70歳前半が寿命? 今さら生き急ぐことも、
死に急ぐこともない。今や職住分離の職が無くなり、自宅中心の生活。
新幹線の代りが「ハリウッド映画」と、ポタリング。これで一度、生活圏から
出たような錯覚が、ストレスを最小にしてくれる。
   * スラスラと、思ったことを文章化出来る?
 知人に「思ったままを毎日、書けるのが羨ましい!」と言われたことがある。 
読む方は、2〜3分だが、書き上げる方は、この程度の拙文でも、テーマのネタ
探しを含めたら2〜3時間は軽く掛かっている。これでである。しかし、書き
上げた達成感と、プレッシャーが丁度良い刺激になっている。その後、読返し、
書いている自分は何者?と、ドキッとすることもある。時間が過ぎると、書いた
時点の自分は、別人のような人。 吐いてしまった、書いてしまった言葉は、
二度と戻らない! 言葉は恐ろしいし、それを文章化して責任を持って公表する
のは、更に恐ろしい。そのままの自分の本音が、そのまま出てしまうからである。
そのため、早朝、何度も書き直す。それが考える訓練と、思考そのものになる。
「日々、是、口実」が、分かっていても?自嘲しながら続けている得体の
知れない自分は「何者だろう?」
・・・・・・
4509, 一日5分「簡単ヨーガ」健康法 ー7
2013年07月21日(日)
         『 一日5分「簡単ヨーガ」健康法 』ー番場浩之著
 スポーツジムののヨガに週二回、百回以上も続けると、一寸とした動作も
ヨガ的になる。ポタリングの車上の姿勢と呼吸とか、起床の前の屈伸とか、
夜半に目が覚めた時の姿勢と呼吸とか、居間でTVを見ている合間の姿勢とかを、
意識するようになった。これが続けてきた一番の収穫。また早朝の30分の瞑想
も良い。この結果、夜半の半睡の状態も、瞑想のイメージを持つと、心穏やか
に不眠状況を受け入れることが出来るようになる。
  * 3日目ーA 正座から四つんばいになって・・
1、まず正座になって(踵を重ねない)両手を膝の上に自然に置いた自然体から、
  軽く御尻を浮かすようにして爪先を立てて、膝の前で床に手のひらをつく。
  短距離のスタートの姿勢だが、手のひらは地面にベッタリつける姿勢。
2、「静かな一呼吸」−>「軽い一呼吸」−>「深い一呼吸」を入れながら、
  狼が吠えているように、顎を上げ、胸を開き、背骨をそらす。
3、そこから腰を入れ、手をつけたまま立ち膝になり、踵をつけたまま背中
  を丸める。額を膝につけて息を出し切る。
4、緩めて、元の正座に戻る。そこで軽く一呼吸をする。
5、もう一度、1,2の動作をした後、軽い呼吸をしながら、膝裏を伸ばし
  ながら尻を持ち上げる。横からみたら、三角形に見える姿勢である。
6、息を出しながら、かかとに体重をかけ、肘と膝を伸ばした状態で腰を入れ、
  眉間を見あがるようにして顎を上げる。犬や猫が、四つん這いで、背筋を
  伸ばしている姿である。
7、「軽く一息」を入れて緩めたら、ゆっくり息を出しながら、膝をつき、
  「基本単位」に戻す。
 ▼ 犬や猫が寝起きに、これをやっている。背中を丸めたり、反らしたり
  しているポーズである。動物が誰に教わることなく本能的に行う運動には、
  それなりの良さがある。
   * 3日目ーB 手の指を開く体位
1、正座に座り、親指と人差し指で朱印を結び、肘を直角に曲げて前腕は床と
  水平に手の平を上向きにする。 「静かな一呼吸」−>「軽い一呼吸」−>
 「深い一呼吸」を入れながら、手指が反るぐらいに開き、息を止めて、少し、
 その状態を保つ。
2、ゆっくり息を出しながら、最初の基本体位に戻って、軽く一息をしたら、
  もう一度1,2を繰り返す。
3、1を行った後、手指を開いたまま息を止めて少し静止。息を止めたまま、
  ゆっくり親指から順に小指まで折り込んでいく。 最後に、親指を握りこむ
  ように「グー」でしっかり握る。
4、さらに、息を止めたまま、小指から親指まで順に指関節を伸ばした状態で
  開いていく。最後にしっかり開ききった上に、ゆっくり息を出しながら
 「基本体位」の朱印に戻って軽く一息。
5、再度、1、3,4を行う。  ポイントは、どの姿勢の場合でも背筋を
  ピンと伸ばすこと。
▼ ヨガ教室では、正座をして、深呼吸をしながら上に向け延ばした手を、
 逆の手で反らすことを毎回している。あとは、投げ出したフクラハギをバタ
バタ地面に叩くのも居間などで手軽に出来る。常に、小まめにマッサージと
屈伸をする習慣をつければ良いということ。
・・・・・・
4135, 閑話小題 ー父親のこと、など
2012年07月21日(土)
   * おもいのままに 
 緑の原野からサバンナへの移行をした、とか分かったようなことを言っている
割に、話題の中心は世界情勢、特に世界恐慌という大津波襲来の内容が多い。
百年、5百年、千年スパンの大変動の大波が襲来するのを、外海?の地平線に
目を凝らして見つめるのは人情として当然だが、どうも期待半分のようでもある。 
現に到来した時の惨状は、10年〜20年以上にわたる長期的になり想像を絶した
になるだろう。現に私が、その前波で一年前に事業継続を断念したこともある。
しかし裏山に避難して海原をみると地平線の本体の大波は近づいているのがよく
分かる。眼下をみると、これまで通り人々は何も変わることない生活を送る人と、
海辺で浸水が始まり慌てている人もいる。鈍い人は現実に大波が来ないと分から
ないのだ。ただ、それぞれの立ち位置で、問題の大きさが違うから難しい。
5階以上のビルの人にとって、それほど慌てることもないが、目先の生命は
助かっても生活圏が根こそぎ破壊されてしまう 時どき週刊誌に、大津波の襲来と
対応策が見出しに掲載されるが、売らんがための大げさな見出しとして、狼少年の
騒ぎとして見ている。しかし、NHKが特番で危機の深刻さを報じているので、
分かっているはずだが。また私の知人の子弟が外国に留学やビジネスで滞在して
いる人が多い。彼等も二分していて、対策をとる人、とらない人がいる。
どっちにしても、この年齢になれば何があっても先が知れている。初めは、
戦争勃発による株式の暴落から始まり、ハイパーインフレ、そして銀行閉鎖か? 
それもなく、延々と現状が続くのか?そうあって欲しいが、有り得ないこと。
   * 父親のこと
 父については何度か書いたが、年齢を重ねるごとに父親のことを思い出す
ことが多くなっている。年齢が父の晩年に近づいているためだが、どうしも自分と
対比してしまう。 私が父親の42歳時の子供だったこともあり、私を特別視を
してくれていた。その影響はプラスマイナスにも、現在も強くある。
父親の死は最大の子供へのプレゼントという話を聞いたことがある。自立をする
ためだ。その意味で26歳の時に亡くなったことは丁度良いタイミング。 
その頃から創業を始め、結婚も重なり決断は自分独りでするしかない。
経験不足の身にとって一つ間違えると地獄のそれは、結果が直接、跳ね返って
くるため厳しい。それも、自信が無くとも、分った振りをして決めるしかない。 
事業人生の40年間は、特に、その場で瞬時に判断しなければならない世界。
去年の節目から16ヶ月になるが、今だ解放感で空中を浮いているように気持ち
が軽くなっている。現役の方が良かったなど懐かしむ気持ちは今だになれないが、
後悔とか、未練は全くない。父は42歳で終戦を向かえ、10数軒あったという
貸家は長岡の空襲で全て燃えてしまい一財産の殆んどを失い、そこから裸一貫
から第二の人生が始まった。その頃に私が生まれたが、当時の記憶は生まれた
数ヶ月後からハッキリと憶えている。変化変化の刺激的な日々だったから。
その中で必死に働いていた両親の姿が子供心に輝いて見えていた。
 ・・・・・・
3769, 下流の宴 ー2
2011年07月21日(木)
 昨日、7回シリーズの「下流の宴」−最終回のビデオをみた。
これでシリーズの録画、3、4、6、7をみたことになる。内容は団塊世代の
現状の起承転結の転結そのもの。遅かれ早かれ人生は、こんなものであると・・
下流と見下された少女と、上流?家族の母親との対比の中で、下流、上流とか
いう世間体の虚実を浮かび上がらせている。 この隠れテーマは、
「総中流だった団塊世代の崩壊と現代の若者」で、上流とかいう虚妄の実態を
面白可笑しく表現している。下流と蔑まされた痛いげない少女の必死な姿を通し、
人間の品格とは何かを問おうとしている。あの夫婦の姿は多かれ少なかれ、
定年をむかえている団塊世代の家庭内に見られる実情。そこで、問われるのは、
「考える」ということ、定年までの準備の有無、そして、これまでの人生を
如何に生きてきたかである。あの家族の父親が自分、医者の娘というだけが誇り
の母親が家内、そして二人の息子を、あの二人の子供に重ねると、他人事でない? 
で、どうした!である。 家族には、それぞれの結末が待っている。 
最後は永遠の果てに散っていくのである。それが早いか遅いかの差でしかない。 
医者を偉そうに取り扱っているが、現在の医師の8割は技術者でしかない。
そのことを当人たちは熟知している(はずである?)。何かに向かい一心不乱で
努力する姿勢、それに対し全く無頓着の生様、それぞれの人間の姿を作家の
林真理子は表現したかったのだろう。蔑まされていた娘が独りで、医科大学に
入って、医者の道を歩くところで、終わっている。それをバカバカしいと断念
する方が面白いのでは?と、思った。が、これはこれで良い。
「世の中の人が総下流なら、それは中流ではないのでは?」と常々思っていた。
娑婆では下流は平均値の半分以下の収入を言うらしい。国民年金で生活する人
たちが下流?というのだろうか? 鳩山一族が上流? こうなってくると、漫談
になってくる。ところで、私が学生時代に入っていた馬小屋のような寮の住人。 
その人たちの実家は玉石混合だったが、学生時代の寮生活は、こんなものと、
誰もが着るもの、食べるものに無頓着であった。 親が自営業だった?から、
仕送りは実家が裕福かどうかに関わらず、ギリギリだった。むしろ、それを
全員が楽しんでいるようだった。誰も実家の裕福さなど問題にしてなかった。 
日本は、アメリカの属国だったこともあり、経済大国といわれ、アメリカに次ぐ
豊かさを一時的に謳歌した。それが、この20年間で・・ 最後は東北大震災が
トドメ。下流とは言わないが、中の下。団塊世代と同じである。
米国が国債のデフォルトを臭わせてきた・・ 500兆以上は買わされて
いるというが・・ 待っているのは、下流の宴か、やはり。 
  ーたまたま去年のテーマが、それであった。
 ・・・・・・・                               
3404, この国の終わり
2010年07月21日(水)
      「この国の終わり ー日本民族怪死の謎を解く」林 秀彦 (著)
 18年間の海外生活から帰国した著者の目に映った日本は、いまにも滅亡
しようとしている無惨な姿だった。この本で三冊目になるが、時系列でいうと
遡って読んでいることになる。帰国後の早い段階で書かれたためか、日本の惨状
の驚きと、怒りが新鮮である。アメリカが60年間かけて作りあげた被植民地
国家の悲惨な姿に唖然とし、そして怒りの言葉が続く。私自身に著者が罵倒して
いると思いながら読むと、一言一言が胸に刺さる。日本人には、そもそも
「考える」という総合的な頭脳的現象が存在していなかった、という著者の
見方が一貫している。世界は常に修羅場であり、「決闘の場」なのである。
相手が選ぶ武器は、こちらの武器でなければならない。剣には剣、銃には銃。
何より必要なのは悪だくみには悪だくみ、最低でも同等同質の武器を持たないで
生存が不可能というが・・。グローバル化、ネット社会に入ってしまった現在、
これまでの島国の国民性の改造が必要になる。ーまず、印象に残った箇所から
 * 恐怖不感症もしくは不安鈍感症 −P63
日本人は、世界一信じやすい民族なのだ。「疑っちゃ相手に悪い」という心情
が働く。何でもかんでも「信ずるものよ、幸いなり」で貫く。疑うことは不道徳、
といった観念まである。恐るぺきノータリン、ノータリンここに極まれりである。
疑うという心情作用は一種の恐怖であり、不安によって触発される。
簡単に言えば、人は恐怖と不安という触媒によって進歩する。ところが日本人は
恐怖不感症である。不安鈍感症である。あるいは逆に、あまりにも臆病で卑怯
だから恐怖や不安を先回りして回避する。目をつむり、恐怖の実体を無視する。
そしてその場限りの「逃げ」だけで片付ける。だかち戦争をはじめとする
すぺての防災対策は後手後手になる。治にあって乱を忘るるなかれ、などという
段階ではない。乱の真っ最中でも、その乱を感じ取れずボケている。
呆けているほうが楽なのだ。そしていままでそれで何とかやってこられた。
幸いなことにこの列島は資源がほとんどない、だから助かった。
〜〜
 この国家的危機の中でも、国民の危機感が感じられない。そして頭を
(首相を)取り替えることで、目先の不安解消にしている。もう絶望の事態
だろう、これでは。65年かけたアメリカによる日本国民への植民地化計画の
完成が、現在の日本人である。自分を見ればかることだが、家内や親戚など
身近な人を見ても、その完成体?に近いのでは、と新鮮に驚いている。


5240,窃盗専門の「泥棒刑事」 −⑥

2015年07月20日(月)

           『泥棒刑事』 元三課部長刑事 小川泰平著
   * 南米人の場合
 南米に何度かツアーで行ったが、それは物騒である。事務所に強盗は
日常茶飯事。入られた時に差し出すお金を用意しておくという。見境なく
殺人をするため、とにかく抵抗をしないのが現地の常識。警察も強盗、
泥棒を抵抗なくとも射殺する、とか。
≪ コロンビア人の中にはペルー人と共犯関係を組む者もいた。コロンビア、
 ペルー共にスペイン語で言葉が適じ、ペルー料理屋で知り合ったらしい。
これは中国人も同様であるが、最初はまじめに働く気で日本に来ていても
手っ取り早く稼げる泥俸に渉転職する者もいる。彼らの特徴は、中国人窃盗団
にもましてその手口の荒っぽいことが第一に挙げられる。まず侵入手口だが、
マンション、アパートならベランダ側に回り、ガラス窓を「叩き破り」
「突き破り」等の方法で大きく破るのが特徴の一つ。ここ数年「焼き破り」
という方法で侵入する場合もあるが、石やバールを使い荒っぽく破っている。
侵入後の物色だが、彼らが"仕事"をした現場はまさに「足の踏み場もない」
という表現がピッタリ。あたかも台風が通過したかのごとく部屋じゅうの物が
散乱している。こうした被害に遭われた方々は我が家の状態を見て、荘然自失
の状態。それほど被害現場は酷かった。これは南米人特有のラテン気質の反映
と言えるかもしれない。・・(略)
 南米系の窃盗団の場合、彼らの特徴の一つに、持っていける物は何でも
持っていくということ。パソコンなどは当然のように持ち去っているが、
テレビや炊飯器も盗んでいる。つまり中国人は安物は残すが、南米系窃盗団の
場合はごっそり持っていくのが何よりの特徴。彼らが持ち去った物の中に
信じられないような物まで含まれていた。それは食料品である。その中には
ビール、コーラ、野菜や肉までも含まれていた。南米系窃盗団はそんな物まで
持ち去るのであった。南米系の窃盗団の特徴はそのラテン気質からくるものか、
荒っぽいがその反面極めて大雑把で、そのため貴重品を見逃すという例もたび
たび見られた。・・ ≫
▼ いかに南米が貧しいか窺い知ることができる。中国は、距離的に近いため、
 金目の盗品を持ち帰り処分が可能だが、南米は、そうはいかない。だから、
現在、生活する物資を持ち帰ることも頷ける。近くのアパートに韓国、中国、
フィリピン人が入居しているが・・ 人種というより、そう長居をしないため
「やり逃げ」感覚が危険である。
・・・・・・
4875,意味としての心  ~意味の意味
2014年07月20日(日)
       ー『意味としての心ー「私」の精神分析用語辞典』北山修著ー  
  * 空虚の穴埋めと、意味の発見  〜意味の意味について、再び!
4年前の随想日記で <「人みな骨になるならば」頼藤和寛著>の
『意味の意味について』について書いた。
【 ・・ われわれの一生は無意味かもしれないし、意味のあるものかも。
 それを決めるのは、われわれ一人一人の思い込みにすぎない、と言わん
ばかりである。そして、やはり「思い込みにすぎない」のである。 自分の
人生には意味があるとするあつかましい人物と、宇宙規模で考えれば無意味
だとする謙虚な人物との、いずれが正しいか判断する根拠などない。
思いたい放題であり、思った者勝ちのようなところがある。… 】
 〜要は、「人生の意味など適当な意味付けでしかない!」ということ。
価値観の価値に、非常に似ていて、人生色いろ!の理屈付け。
それでも、そのことを考えないより遥かによい。
  『意味としての心ー「私」の精神分析用語辞典』北山修著ーの中に、
「意味」について解りやすい解釈がある。『意味というミ』の小テーマで、
《 意味とは、意=気持、を充実させることである。私たちの自己は広がり
であり、空間で、器、容器をイメージさせる。そして、たえず欠如や不足、
欠乏を抱え込み、その内容が満たされて豊かになることが、これらの充足願望に
共通する目標であります。その逆の不満や不足を意味する「満たされない」
「足りない」「充実しない」は不幸で不快であり、これが重なると「虚ろ」
「空っぽ」「空虚」など、寒々した空洞体験を出現させる。その空虚の穴埋
として、実のあるものを生み出すこと、多く表現することなどで、充満する
ことで満足する。その充満が得られ、その充満の限界をこえかけギリギリの
ところに止まるならば「たまらない」という快感につながることもある。
そして記号というカラの器を充実させるのが読み取られて味わわれる意味
内容であり、この意味のミも、記号のミになのなのでしょう。 》
 現在、シリーズで書いている『事業人生を決心して45年、の語りなおし』
は、3年前の結果を踏まえた物語の書き直し! それぞれの節目の要素と、
物語の根こそぎの『意味』の変更。 『意味』に一番近い言葉は「価値」だが、
その意味は「物がもっている、何らかの目的実現に役立つ性質や程度。
値打ち。有用性。」 目的により、それぞれ人により違っている。
「意味」の『意』は「気持」。『味』は、ミ。満るのミ、記号で言う、身、
実、につながる。その時々の節目で、何が満ち、何が実として、あったか? 
逆に、何が足りなかったか、の棚卸は、ある意味、内省になる。 
〜「人間、生まれて、飯を食べ、糞をして、死ぬ、ただ、それだけ( )」
のカッコ内に「?」を入れるか、「!」か、大きく『意味』が違ってくる。
・・・・・・
4508, どうせ死ぬなら「がん」がいい ー3
2013年07月20日(土)
     『どうせ死ぬなら「がん」がいい』近藤 誠 (著), 中村 仁一 (著)
  第二章 医療に殺される
 現代医療の根源を問う問題である。現代医療の肯定派の医師との公開討論は
直前にドタキャン。それだけ、根は深い。 裸の王様と同じで、誰かが現代医療
の病巣を指摘しなければならなかった。このような問題を今まで聞いたことがない。 
としても、世界で一番の医療システムであることは、認めてよい。延命医療の
盲信が良くないのである。 数年前の「インフルエンザ・パンデミック騒ぎ」
の時、世界のタミフルの7割が日本に流れたという。振り返ってみれば、普通の
インフルエンザより、遥かに致死率が低かったのである。これは薬品メーカー
の陰謀?=販売戦略でしかなかったが、その総括は全くなされてない。
これと同じで、盲信していると、医療そのものに殺されるてしまう。父親も、
同級生も、治療で、苦しまないで死ねたのが、盲信したため、拷問のような
苦痛?の中で死んでいった?と思うと、すえ恐ろしい。
 ー第二章 医療に殺されるー 
 目次の小項目には、その恐ろしい現実が、そのまま書かれている
・「がんにかかるとすぐ死ぬ」イメージは医者が作った  
・99の死屍累々は隠して1の成功例だけを強調
・胸部CT検査2回で「避難」レベルの彼ばく      
・「免夜力とがん」と「笑うとがんにならない」のウソ
・病院に寄りつかない人は確実に長生き        
・検診は受けない、自分の血圧も知らない
・がんになったら太りなさい。コレステロールが低いほど早死に 
・今までの日常を保ちながら、がんとつき合っていく
・高血圧のガイドライン操作で薬の売り上げが6倍に   
・教授が執刀? それは危なかった
・同窓会に行かない理由                   
・日本人の寿命が廷びた原因は医療ではない
・「予防医療」センターは「患者を呼ぼう」センター      
・医療検査に近づかないと人生終盤が有意義に
・余命3ヶ月がはやる理由                   
・「医者は治療をすすめる」これは永遠に変わらない
・財政難で検診が変わる                
・がんやインフルエンザを「めしのタネ」にする人々
・世界のタミフルの7割が日本に流れた…       
・ワクチンやってもインフルエンザにかかります
・医療で死にかけても「信仰」は消えない      
・医療は桐喝産業。不安をあおって患者を増やす
・ネズミの実験で成功しても人間の体は別もの   
・2つの薬を抱き合わせる「新薬」商法
・老化と言われたくない症候群             
・大学病院はいい「実験」を受けられる病院
・医療体制はもうじき崩壊する             
・日本人のスリムな体形が手術向きだった
▼ 誰も目先、死にたくない。老いてからのガンを老化現象とみるか、
 病とみるかで変わってくる。現代医療の信頼も共同幻想でしかない。
スポーツセンターの血圧計で、測定したらギリギリ?の125〜140。
子供の頃、両親から聞いていたのが、年齢+90が高血圧の目安だった。
ところが、そこには130と、説明書にある。私の年齢からすれば2割も目安が
下がったことになる。とはいえ、現状の自分の数値を知っておく必要もある。
・・・・・・
4134, 「夏目漱石の自己本位」 ー3
2012年07月20日(金)
        『定年後 ー豊かに生きるための知恵』 加藤仁著
  * 他人志向型人間
「自己本位」の対照に「他人志向型」人間がある。学生時代のゼミで読むよう
指定された本にリースマン著『孤独な群集』があった。 以前にも少し取り上げた
ことがある。  ー 大まかにいうと
《 都会の群衆は、それぞれが孤独であり、他人に対して無視を装っているが、
 実は非常に敏感で、その視線を気にしている「他人志向型人間」が多い。
これは都市という空間が、人工で創られているためで、各々は個々に分断されて
いるため内情を知りたいのである。要は内幕情報屋的傾向の強いのがが都会人。》
が、私の記憶として残っている。 そこでアマゾンで調べてみると、
【 この本が書かれた1950年代アメリカというのは非常に興味深い10年間
であります。戦後の繁栄を謳歌し、今や万人の上にアメリカの夢が輝いている、
そういう光がある反面、冷戦が社会にもたらす緊張、そして勃興する消費主義、
台頭する大企業、人々は次々と「長いものに巻かれ」て自己の表現よりも大樹への
忠誠とへつらいという軍門に降っておりました。そんな時代の空気を吸い込んで
書かれたこの書の主人公は、やはり、他者の視線を例えば会社で四六時中気にする
ような、「他人志向型」人間であり、仕事によって自己表現をするというかって
のアーティストとは異なり、仕事を家計の質を得るための手段にすぎぬと割り
切って、自己表現の場を瑣末な消費主義に求める、そんな連中であります。】と。
 都会の中にあって、誰もが、それは素振りも見せず、それぞれが自己本位で
生きていかざるをえない。しかし、心は空虚の孤独な群集と化してしまう。
特に勤め人は、都会暮らしで日々の仕事に忙殺され、自己本位というより、組織
という集団の中に自己を見失いがちになる。そうであればこそ、その中に自己本位
のライフワークを確立しておかなければ漱石のような鬱病に陥ってしまう。
そのような世界から、自己本位人間に定年後こそ移行すべしと著者は勧める。
その変化が出来ないで、定年後も仕事仲間と付き合うのが一般だが、
「昔の首輪を付けたまま群れをつくり、街中をさ迷う犬」に喩えられる。
一度、孤立をして、孤独の世界をつくり、そこで新たな自分と対峙しないと、
そう簡単に自分は変えることは出来ない。他人志向も達観すれば、それはそれで
良いのだろうが・・いい歳をした老人が群れて、我を忘れて他人の噂をしている
姿もいただけない。 特に男は!
 ・・・・・・
3768, 福島原発事故は実際、何処まで深刻なのか?
2011年07月20日(水)
  大震災と、それに伴なう福島原発事故が起こって4ヶ月以上になるのに、
一番深刻と思われる原発事故の深刻度がハッキリしない。先日、図書館から
借りてきた「新潮45〜6月号」にー特集・震災後をどう生きるかーがあった。
実に、現在知りたいと思っていた、哲学者や、学者、その道の評論家が、
それぞれの視点で論評を書いていた。 現在、一般的に知られている事実を
科学作家の竹内薫が次のように、書いていた。
【 マスコミも含めて、日本人の多くが原子力発電の基礎知識をほとんど
 持っていなかったことで、いまだに多くの誤解がまかり通っている。
  スリーマイル島とチェルノブイリの事故の違いも知られていないようだ。 
・スリーマイル島ではメルトダウンが起きたが、格納容器が破壊されず、
 環境への影響はほとんどなかった。
・チェルノブイリは、まともな格納容器すらない、旧東側の原発であり、原子炉が
 爆発して(核爆発ではない)、放射性物質が成層圏にまで吹き飛ばされた、未曾有
 の大事故だった。 旧ソ連は事故を当初から隠蔽し、海外で放射性物質が検出
 されて初めて大騒ぎになった。
・今回の福島事故は、深刻であることは間違いないが、スリーマイル島の事故
 を超え、チェルノブイリより被害が小さい事故、というのが世界中の科学者・
 原発エンジニアの共通する見解だ。
・最悪の事態を迎えたとしても、格納容器が内部の蒸気圧に耐えられずに爆発し、
 高度500m付近まで放射能物質が飛散し、周囲に拡散するにとどまるという。
 4月12日に事故の深刻さが「レペル7」と認定され、「ほれみろ、チェルノ
 ブイリと同じではないか」という論調のマスコミもあらわれたが、政府が
「チェルノブイリではない」と主張しているのは、ある意味、正しい。・・ 】
▼ 世界の科学雑誌は、一般的に事態を冷静に見ており、原発事故を
「1.未曾有の自然災害」×「2.40年前の技術水準の原子炉」とし、
 数十年かけて再生可能エネルギー技術をスケールアップするまでは、原子力
発電を使い続けるべきとしている。 日本のTVを見ていると、まるで世界中が
原発反対で一致団結をしているように思われるが、それは正確でないという。
また、「想定できたはずの人災」にすり替えようとした動きは、後だし
ジャンケンであり、原子炉の破壊が人災というなら、2万人以上の死者を出した
大津波に対しての、10メートルの防波堤に対して、更に大きな人災論を
マスコミは騒いで良いはず。これまでの過剰反応は収まってきたが、それでも
大気にばら撒かれた放射性物質の影響は、次第に身近に来ている。
問題は、若い人である。その中で、幼児が、10〜20年後に、ガンなどに
なる可能性が出てくること。私たちの年代には、どっちにしても、先は限られて
いるので、騒ぐこともないので、国全体としては落ち着いているのである。
とはいえ、この事態は健康面だけでなく、政治経済などの先行きに予断を許さない
ことは間違いない事実。それに気づいた人たちが、観光地、温泉などに徐々に
戻りつつあるようだ。まずは、この夏の電気エネルギーの供給。
  ・・・・・・・
3403, マイナス思考講座
 2010年07月20日(火)
「マイナス思考法講座ープラス思考をやめれば人生はうまくいく」ココロ社(著)
  ーアマゾンの内容紹介より
前向きなポジティブ思考で「その気」になっても実際には何も変われていない、
ってことありませんか? そんなあなたにこそオススメしたい最終兵器がマイナス
思考! 落とし穴だらけのポジティブ思考を捨て、仕事・人間関係・恋愛で本当に
役に立つ“戦略的マイナス思考”を身につけよう。本当の成長は、徹底的な
絶望から始まるのです! 人気ブロガーによる究極の自己啓発書!
▼ この本はまだアマゾンの内容紹介と、読者の感想しか読んでない。
 なるほどと思う部分と、何も知らない何の経験のない人が
読んだら誤解を受けそうでもある。プラス思考・肯定思考は意志そのものである。
それに対しマイナス思考は感情面が強い。したがって、二つをミックスしながら
考えを進めてこそ、思考が高まる。 単純なマイナスも、プラス思考もない。
一般にいうプラス思考は、マイナス思考を乗りこえた上の積極的な働きをいう
のであって、頭の軽い明るい人の軽薄思考とは違う。
ここで「絶望ワーク」という、14の講座が展開されているが、もちろん、
それらを乗り越えた上の思考であることは当然である。先日の全国紙上で、
アメリカの「肯定思考法」の行きすぎに疑問を呈している論があった。
ただ、それだけで良いはずはないのは、誰の目にも明らかだが。格差という
視点からみて、肯定思考は「一段上にアップスケールなど考えるより、現状を
肯定し、それを受け入れるべし」と捉えがちになる。マイナス思考なら、
「現状を絶対否定をして社会全体を破壊するか、現状に満足している
自分を否定する」ことになる。 そうすると、ヘーゲルの正・反・合の適応が
考えられる。正=プラス思考、反=マイナス思考、それらから導き出された
ランクアップした思考こそ、練りこまれた結果となる。マイナス思考で準備を
して、プラス思考で実践をすることがより有効になる。思いもよらない失敗を
した時、我を取り戻すために必死になって、マイナスを取り繕うために、
プラス面を探し出し気持ちの動揺を最小にする作用として、プラス思考を使う
ケースが多い。 しかし徹底的に、そのマイナスの中心点をみるためには、
マイナス思考は重要である。とはいえ、人生は「にっこり笑ってハンカチーフ!」
でなければ、生きられない局面が多い。 だいたい、「マイナス思考講座」
という題名の本が出ること自体、世界が金融恐慌だからだ。今後、10~20年は、
いや50年スパンで歴史的大混乱は避けられない中で、「マイナス思考」を持つ
のが自然であり、「プラス思考・肯定思考」そのものが、不自然になるのは当然。
明日にでも、この本が送付されてくる。
 ・・・・・・・・
3028, 『死ぬときに後悔すること25』+2
2009年07月20日(月)
      『死ぬときに後悔すること25』 緩和医療医・大津秀一著
《人生の目標は、『死ぬ時に後悔しないこと』》と言ったのは、日蓮だが、
この本は新聞の書評で知り、ネットで概要を調べただけで、実際に読んでいない。
しかし、それだけでも、その骨子をしることは出来たようだ。 その骨子とは
 〜〜
末期医療の現場で1000人の死を見届けた医師が書いた本で、
「人は亡くなる時にどんなことを後悔しているのか」をまとめたもの。
人は生きている時に、「仕事で出世したい」「人生に成功したい」
「お金持ちになりたい」とか思うのが常かもしれないが、
最期を迎える時に思うことは、どうも違うようだ。 
 ーその25のこととは?ー
健康を大切にしなかったこと  △     たばこをやめなかったこと  ○
生前の意思を示さなかったこと  ○    治療の意味を見失ってしまったこと ?
自分のやりたいことをやらなかったこと ◎ 夢をかなえられなかったこと  ○
悪事に手を染めたこと  ○     感情に振り回された一生を過ごしたこと ○
他人に優しくなれなかったこと  ○  自分が一番と信じて疑わなかったこと ○
遺産をどうするかを決めなかったこと △  自分の葬儀を考えなかったこと ○
故郷に帰らなかったこと  ○    美味しいものを食べておかなかったこと ◎
仕事で趣味に時間を割かなかったこと◎ 行きたい場所に旅行しなかったこと◎
会いたい人に会っておかなかったこと ◎ 記憶に残る恋愛をしなかったこと ?
結婚をしなかったこと  ○       子供を育てなかったこと ○
子供を結婚させなかったこと ○    自分の生きた証を残さなかったこと ◎
生と死の問題を乗り越えられなかったこと ○ 神仏の教えをしらなかったこと ○
愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと  ○
  (字数制限のためカット 2011年7月20日)


5239,窃盗専門の「泥棒刑事」 −��

2015年07月19日(日)

           『泥棒刑事』 元三課部長刑事 小川泰平著
 * 外国人窃盗団の手口 〜中国人の場合
 日本人は、単独で、無施錠のドアか、窓のガラス破りが殆どで、現金か
貴金属だけを狙う。中国人は高価なものを中心に何でも手をつける。南米の
窃盗団は、食品から何でも見境なく盗むのが特徴という。〜その辺りから〜
≪ 外国窃盗犯の場合は日本人の窃盗犯と違い複数で侵入することが多い、
 いわゆる外国人窃盗団である。外国人の窃盗団の手ロは一目でわかる。
とにかく仕事が荒っぽい。侵入方法も物色方法もすべてが荒っぽいのが特徴。
2003年が外国人犯罪のピークと言われているが、当初は、この外国人の窃盗団
には手口捜査があまり有効ではなかった。窃盗団のリーダーの指示どおり侵入し
物色するからだ。また、その手口が伝えられマニュアル化されており、日本人の
常習者のように、この手ロならといった具合に、30人くらいに絞れることは
まずなかったのである。  ・・中国人の場合その特徴は顕著だった。
 中国人は地元意識が強く、出身地ごとに集まり徒党を組む性格がある。
この場合、集るのは食材店や料理屋。中国人は味に対して保守的で故郷の味から
離れられない。そこで故郷の料理を出す店に通うのである。たとえば福建省出身
なら福建料理を出す店に、上海出身なら上海料理の店に行くという具合である。
それが窃盗団の構成にも反映されていた。彼らの立ち回り先には、メンバーを
集めるため窃盗団の構成員が常にいて"リクルート"活動を行っていたのである。
こうして誘われた者は上海、北京、東北なら語学就学生や職業訓練生が多かった。
また福建省出身者の場合は密航者が多くを占めていた。福建省出身、上海出身、
北京出身、東北出身の窃盗団はいつでも身近で人員を補給できたのである。
これは泥棒とは別のマフィアもほぼ同じで、中国人の徒党の特徴を示す最も
大きな指標。  中国人の窃盗団の場合、2つのパターンがあった。
一つぱ、正規に入国し語学学校に通ったり、就学ビザや留学ビザを持つ者。
もう一つのパターンは、最初から日本に泥棒のために来日した窃盗団。
 中国人の進入方法では、アパート・マンションの中階以上の玄関から入るのが
特徴であった。「ピッキング」「サムターン回し」といった侵入方法で、中国人
窃盗団の十八番である。この表のドアから侵入するということが中国人窃盗団の
第一の特徴である。次の特徴は集団ですばやく"仕事"を行うことから、その手ロ
は限りなく荒っぽい。彼らが仕事をした現場は目も当てられないくらい散乱
しているのが普通。引き出し内にあるものすべてをぶちまけるのである。
さらに盗んでいく物にも特徴が表れる。日本人泥棒の場合、そのほとんどが現金
か貴金属であり、他のものには手をつけない。ところが外国人窃盗団は金目の
ものとなると洗いざらいかっぱらっていくの。中国人の場合、現金はもちろん、
貴金属も盗むが貴金属は安物には手をつけず高価なものだけ選別して盗むのが
特徴である。現場で選別するのであるから、相当な目利きの人物がいるという
ことになる。そのほかには、ノートパソコンも必ずと言っていいほど盗まれる。
しかしノートパソコンも3年以上古い型だと盗まれないことが多い。また面白い
ことに、新型でも台湾製のパソコンには手をつけていなかった。被害に遭った
ほとんどがソニー、パナソニック、NECなどの日本製のパソコン。≫
▼ 東北大震災のとき、福島第一原発の周辺の家が泥棒に荒らされた映像を
見たが、全ての箪笥、押入れなどが、散乱している様に唖然としたが・・ 
外国人の窃盗団だったのだろう。犯罪に関して、日本もグローバル化に入った。
10年ほど前、関西系の人の話では、住民間の窃盗に対する切実な危機感の
話を聞いたことがあった。
・・・・・・
4874,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー41
2014年07月19日(土)
  * 創業時の取引先の営業関係者が、ほぼ亡くなった!
 毎年の忘年会の常連メンバーを思い浮かべると、ホテル創業時の営業担当の
3分の2が、亡くなっていた。30数年前からの営業関係者なら、さもあり
なんだが。大体が60歳前半のガン。70歳過ぎが、二人。その中で、80歳過ぎ
まで10数年間、古町の老舗料理屋を毎月通っていた近くの不動産屋の遊び人?
がいた。倒れた前日、飲みに誘われたが、先約があったため、他の?かと飲んだ
後、さらに自宅で酔いに任せウィスキーを、一本を空にした翌朝、脳溢血で
意識不明になっているのが発見され、一年後に意識回復することなく亡くなった。
 酒の壮絶死は、後先、身近で見たのは、初めて。私も一つ間違えれば? 
営業担当もあって、ガン死が殆どだが、建設関係は、酒によるガン悲話 
<夫の意に反しての単身赴任の結果、ガンで亡くなり、そのショックで
 奥さんが重いノイローゼに・・云々> 
<営業の酒席の過多でアル中で、離婚>などを多く聞く。営業担当は、飲み屋の
 付けを抱えているため、競争関係者に、その支払いの代償に、自社の利益に
 反する情報を売ることもある?
  * つれづれに 〜語り直しは、内省!
 装置産業は、創業で当てれば天国だが、後は何もすることがない。
立上げで、勢いをつければ枝と幹が出来たようなもの。日常業務は、支配人、
マネジャーの仕事。一棟目の一周の春夏秋冬を経験すれば、二棟目以降は一ヶ月
も過ぎると、何もすることが無くなる。そこで事務所で本を読むか、年二回、
海外旅行で刺激を得ることになる。あとは、お決まり小人閑居して酒。
しかし、お客の生命を守る危険な仕事。火災、ヤクザの脅し、酔客などの苦情、
自殺など、いつ何時、何が起きても対応しなければならないため、常に緊張感が
必要になる。リタイア後、その縛りと、45年間の刷りこみから解放感で、宙に
浮いているよう。『現役時代は良かった』の心持ちはゼロ。現在も、そのまま
同じ。同年代の人の仕事の話を聞いていると『   』。 
 振返ると、その持て余した時間が、人生にとって大きな贈物だったことが、
見えてくる。これは振返ってこそ見えてくること。そうと、当時、もっと意識を
していたら、味わい方も違っただろう。過去は、変えられないが、見方、解釈は
変えることが出来る。 それもこれも、どうでも良いことだが。
・・・・・・
4507, どうせ死ぬなら「がん」がいい ー2
2013年07月19日(金)
      『どうせ死ぬなら「がん」がいい』近藤 誠 (著), 中村仁一(著)
 対談ということもあり、目次の小項目がテーマが、ずばりキーワードである。 
これを並べれば概要になる。どれもこれも、今までの思い込みと真逆な内容。
「ガンは悪性なら助からないし、良性なら助かる」それが分かってない。
それを延命させようとしただけ苦痛を与える。自然死こそ本人のため。
私も20年にわたり毎年、胃腸や肺を胃カメラやCTスキャンなど半日検診を
欠かさず受けてきた。結果からすると、2~3年に一度でよかったのでは?
必要がなかった? 早朝ウォーキングを毎日一時間以上を続けてきたことと、
ストレスを溜め込まないことが、私の健康法だった。
   一章 がんの誤解を解く 
・どうせ死ぬなら「がん」がいい 
・治療しなければ、がんはけっこうな病気
・がんが痛むのではない。治療で痛むむ 
・がんの9割に抗がん剤は無意味
・抗がん剤が「効く」とは、しこりが一時小さくなるだけ
・「腫瘍内科医になるのは、おやめなさい」の意味
・ひとりも痛まない老人ホームの「がん放置患者」   
・胃がんも肝臓がんも放置すればラクに死ねる
・手遅れの幸せ。安らかな自然死           
・がんの9割は「末期発見・治療断念」「放置」がいちばん
・家族ががんだとわかったら   ・人間ドックを受けたために、がんで玉砕
・いくらでも見つかる「潜在がん」「がんもどき」   
・がんの集団検診をやめたら、がんが減った"
・この半世紀、日本人の融がん死亡率は変わっていない 
・姉の乳がんが「乳房温存療法」「がん放置療法一のきつかけ
・150人以上の「がん放置患者」を謬て理論と事実が一致 
・本物のがんと「がんもどき」・本物のがんは、見つかった時点で転移している    
・「早期がんを手術で取ったから助かった」の誤り
・手術は「人工的な大けが」。傷口が痛み、がんがはびこる 
・スキルス胃がんも切らない方が余命が延びる 
・「抗がん剤が効いた」という論文のカラクリ
・腹永も消える、安らかな自然死  
・「治僚しない」ことに耐えられない日本人 
・「やるからには徹底的に」が医者の性格
・手術で大きな後遺症を抱えて寿命が縮む        
・症状のない前立腺がんを放射線で虐殺
・放置すれば最後まで痛まない胃がん、肝臓がん、食道がん、子宮がん
・消えるのは「がんもどき」。末期がんからの生還例はない 
・1%の可能性だけ見て99%を考えない"
・西行が桜の下で死ぬ夢を叶えるためにしたこと      
・治療を拒み、飲まず食わずでスーッと逝った"
・食べないから死ぬのではなく「死に時」が来たから食べない
▼ どれもこれも「ガンを老いの病と捉え、抵抗をしないで、従うしかない」
 ということ。西洋医学に限界と無理がある。目先、医療知識のない患者は、
医師の方針に従うしかなく、恒例の手術か、抗がん治療に入っていく。誰もが
自然死を選ぼうとしないのは自然の成り行き。で、管に巻かれて悶え死んでいく。
 「この論を信じるべきか?」で、真逆の真逆の論?「がんで死なない生き方」
中川恵一著を借りてきた。 
・・・・・・
4133, 「夏目漱石の自己本位」 ー2
2012年07月19日(木)
          『定年後 ー豊かに生きるための知恵』 加藤仁著
「自己本位」が無作法に行われたら人間社会は成り立たない。そこには当然、
心得がある。それを厳格に守るのが個人主義。我々は社会の中に生きている。
社会にはルールや心得がある。それを知った上で自己本位で生きて
いかなければならない。
   * 当然、「自己本位」に心得がある!
≪「他人本位」から「自己本位」に生き方を転換するには、
 三ヵ条を心得ておかねばならないと漱石は言う。
第一に、自分の個性の発展を遂げようとするならば、
  他人の個性を尊重しなければならない。
第二に、自身が有する権力を行使しようとするならば、
  それに付随する義務を忘れないこと。
第三に、自己の金力を示したいのであれば、
  それに伴う責任を重んじなければならないことである。
 講演の最後に、漱石はこう言いきっている。
《 ただもう一「つ御注意までに申し上げて置きたいのは、国家的道徳という
ものは個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見える事です。
元来国と国とは辞令はいくらやかましくっても、徳義心はそんなにありゃ
しません。詐欺をやる、誤魔化しをやる。ペテンに掛ける、滅茶苦茶なもので
あります。だから国家を標準とする以上、国家を一団と見る以上、よほど低級
な道徳に甘んじて平気でいなければならないのに、個人主義の基礎から
考えると、それが大変高くなって来るのですから考えなければなりません。》≫
▼ 漱石は「自己本位」という金鉱を見つけたことで、その後の進むべき道を
 見い出した。聴衆に対して「もしどこかにコダワリがあるなら、何かを掘り
当てるまで突き進むと、各人各様にもって生まれた個性がそこにぶつかり、
初めて腰がすわる。そこに腰を落ち着けて前進していくと、個性に磨きが
かかり、発展し、幸福感と安心がもたらされる」と、説く。このことは定年
退職者にも、同じく当てはめることが出来る。若さを失う要素の一つは周囲に
流されやすくなり、他人本位になることがある。まだ江戸時代の滅私奉公の
気持ちが抜けきらない時代に、「自己本位」を言ってのけたのだから、驚いて
しまう。単一民族で、島国では、互いを大事にするあまり他人を意識過ぎて、
自分を確立する機会が減ってしまう。特に勤め人は孤立に弱い。
・・・・・・・
3767,閑話小題 
2011年07月19日(火)
  * 女子ワールドカップ・サッカーで日本が優勝
 テレビで話題を盛り上げるため、日本が優勝すると笑いながら言っていた
解説者はいたが、殆どの人は、「日本が優勝するなど有得ない」と思っていた。
ところが昨日、一般の予測に反し日本女子が優勝をしてしまった。
ドイツに買ったのだから、日本がアメリカに勝っても不思議ではないが、24戦
して22敗、二引き分けの相手である。もし勝つなら「何とか引き分けに持ち
込んで、PK戦で勝ちを拾うしかない」と、思っていたのが、正夢になった。
結果的には大震災と原発事故で瀕死の状態の日本に米国が勝ちをプレゼントした
ことになる。 米国の一方的な攻撃の中で、耐え抜いてPK戦に持ち込んで勝利
したのだから、恐れ入る。 その中で、神憑り的な幸運が試合の随所でみられた。
明らかに弱者である日本は、一方的な攻撃に耐え抜く弱者の戦法が、最後に幸運を
引きよせた結果を生んだ。最悪の事態の時に、最悪の出来事を呼び寄せることを
「布置」と、先日、ここで書いたが、逆に、この時期に有得ない幸運?を
引き寄せることも「布置」というのだろうか? 
  * メタボの雀、再会
 昨日の朝、女子サッカーを見た後、何時もの信濃川の川辺のサイクリング・
コースのベンチで、ストレッチをしていると、前に書いたことがあったメタボの
雀が、何時もの通り、50センチ位のところまでやってきた。このところ
見かけなかったので、餌が無かったが、ポケットに手を入れ撒いたふりをすると、
そのあたりを必死に餌を探している。 信濃川の雀、その後、何気なく自転車に
乗りながら観察しているが、餌が豊富なのだろう、全体にメタボ気味のようだ。
  * そろそろ、軽い鬱になりそうな
 三月末を区切りに、自宅に中心の生活に変わり100日余りになる。
だんだん慣れてはきたが、そろそろ軽い鬱がきそうか。早朝、この随想日記の
仕上げと、電動アシストのチャリで信濃川土手のサイクリング、そしてスポーツ
センターと、午前中は過し、午後は流しに入る。映画館、SC、図書館に行ったり、
読書をしたりで、時間がたっていく。しかし、今度は余裕が出来てくると、
周囲の人の視線が見えてくる。 事が事だけに獄門打ち首のサラシの身の上か、
1〜2年は蟄居閉門である。本人には、そんな意識は少ないが、あの視線は、
やはり、そういうことか?という感がする。 元もとアウトサイダーを基本と
してきたので、「その辺の輩」への逆視線はある。 私も人間、環境の動物。
今さらか・・ それ以前の初老性欝か、大震災の背景も?
 ・・・・・・・
3402, 「壊れ窓理論」の経営学
2010年07月19日(月)
「壊れ窓理論」の経営学 ー犯罪学が解き明かすビジネスの黄金律ーレヴィン(著)
 ーアマゾンの内容説明からー
小さなことが大きな成功と失敗を生む! 「壊れ窓理論」とは、小さな犯罪
(壊れ窓)を放置すると大きな犯罪を招く、だから小さな犯罪を取り締まれ、
というものだ。この犯罪学の理論をビジネスに当てはめたのが、本書である。
有名企業の豊富な事例をもとに、あなたの会社の「壊れ窓」を防ぐ方策を伝授。
  =まず、その要点をまとめてみると・・=
≪ 「ニューヨークの凶悪犯罪が減ったのは地下鉄の落書きを消したから」
「あなたの会社にも壊れ窓はないか?」という再三の問いかけと、ささいなこと
を大事にするか疎かにするかで大きな差がつくという指摘にドキッとさせられる。
序文の一行目に「汚いトイレとは、壊れた窓である。・・・」とある。
「一枚の割れた窓のようなチョットした綻びが、毎日そこを通りかかる人々に
向かって強いシグナルを発する。 壊れたまま修理されてなければ、建物の所有者
はそれに気づいてないか、目をつぶっているという意味だ。ということは、近辺
では窃盗や破壊行為や暴行など、もっと深刻な犯罪が見逃されていたかもしえない。 
少なくとも、誰も目を配っていないのは明らか。これが壊れ窓理論の核心である。」
と・・・
 ここで、さらに鋭く「もし、あなたが経営者で、小さなことはどうでも
よいと本気で思っていたら、本書を是非とも読んで欲しい。あなたの会社を
救えるかもしれない。ともかく、些細なことがビジネスの成否を大きく分ける
というのは、どれだけ強調しても足りない。・・・壊れ窓とは汚れたカウンター
かもしれないし、見つけにくい場所に置かれたセール商品、適当に羅列された
メニュー、態度の悪い従業員かもしれない。≫
▼ 耳が痛い。あまり細部に口を出すのは管理・監督まで指示するから、
 と目を瞑ること自体が出発点から間違っているのである。忘れていたこと。
内部的にも、その辺を見られる。そういう目で色いろな店とかを見て合せ鏡に
するのも良い。自分自身の壊れ窓、身近の人の壊れ窓、知人の壊れ窓、という
視点で、その性格を見ると面白い。 私は?癖、 はたまた??か。
 ズット壊れたままか。何度も修理をしてきたが、何時の間にか・・ 
誰か笑っているけど、壊れているのを自覚してない方が恐ろしい。
 ・・・・・・・・
3027,アキバ・オタク文化
 2009年07月19日(日)
 現在、秋葉原が注目を浴びているが、秋葉原は昔から時代の10年先を
行っていたという。現在は秋葉と、中野ブロードウェイは「お宅」だけでなく、
外国観光客のスポットになっている。引きこもりのオタク文化は、新自由主義
の変化が引き起こした歪みの側面がある。しかし電器商品や、萌えとか、
コスプレなどのファッションは面白い独自の世界を形成している。
 ーウィキペディアによると
・まず戦後、闇市から出発。 ・1960年代に入り、家電の街になって、
・70年代になってオーディオの街に、
・80年代がマイクロコンピューターの街になり、
・90年代でマルチメディアの街に、・2000年代になってオタクの街になった。
  ≪字数制限のためカット 2011年7月19日≫


5238,窃盗専門の「泥棒刑事」 −④

2015年07月18日(土)

              『泥棒刑事』 元三課部長刑事 小川泰平著
   * 泥棒の前科を嫌うヤクザ者
 泥棒と強姦罪と痴漢は犯罪者の中で、地位が最も低いというが・・ 
その中でヤクザが上位というのが合点がいかない。娑婆で、徒党を組んで、
弱者を苛め、恐怖という虚構でショバ代を取るのだから、忌み嫌われるて当然
と思っていたが、あにはからずである。娑婆の世界が、そのまま持込まれて
いるようだ。恐怖心の洗脳は、それだけ強いということ。 〜その辺りを抜粋〜
≪ ヤクザという人種は"男気"とやらを売りにしている関係上、格好をつける
輩である。彼らにとってみれば泥棒などはアウトローの片隅にもおけぬ、極めて
せこい存在にすぎない。実際、刑務所などでは泥棒、つまり窃盗犯は服役者の中
でも最も下位に位置し、受刑者の中で軽んじられている。刑務所内では受刑者
たちは暇に任せていろいろな話をする。そのときまず話題にのぼるのが犯行歴。
つまり「何をして刑務所に入ったのか」ということだ。
 一般的に雑居房ではさまざまな犯罪者が一緒に暮らしているが、そこで威勢
のいいのがヤクザ者。そしていちばん肩身の狭い思いをしているのが窃盗犯、
つまり泥棒である。刑務所のみならず留置場などでもそれは同じである。
泥棒は強姦犯や痴漢と並びどこへ行っても、肩身の狭い思いをする存在。
だが、ヤクザの中にも窃盗の前科前歴をもつ者がけっこういるのである。
その多くは、本物のヤクザになる前の不良時代のものだ。彼らは不良時代
や暴走族時代、何らかの窃盗事件で捕まっている者が意外と多い。
大半がオートバイ盗や部品盗、なかには事務所荒しや、出店荒しといった侵入盗
の窃盗前科をもつヤクザもいる。しかし、本物の組員となってからは泥棒に手を
染める奴はほとんどいない。そして泥捧の常習者であるヤクザというのも、
また聞いたことがない。≫
▼ 刑務所は悪党の巣窟。何度か犯行を重ね、出入りする度に、様々な犯罪
 手口を習得していく。悪党のための悪の教習所の役割になっている。特に、
泥棒同士の手口の方法、手順は具体的だろう。その手合いにあったら、
一般人は、防御が不可能。せめて金目の物は、銀行の貸金庫に預けて置く
しかない。玄関のドアがガラスなので、男物の靴を多く並べて置いているが!
・・・・・・
4873,閑話小題 ー初孫が産まれた
2014年07月18日(金)
   * 初孫が産まれた
 一昨日夕刻、二番目の息子から予定日より半月早い女児出産の電話が入った。
68歳の初孫である。家内が東京に出かけていて留守だったが・・ 嫁さんが、
高齢出産?で、万一を考えて、二ヶ月前から入院をして大事をとっていた。 
出産前に男女の識別は分かっていた?のだろうが、何も言わないことから、
女児だろうと推測をしていた。 亡くなった一番上の姉夫婦に孫がないので、
もしかして私たちも?と諦めかけていたが、これで御祖父さんの仲間入り!
孫は可愛いというが、これだけは持ってみないと? 
   * つれづれにー大相撲の若手人気力士『遠藤』の災難
 現在「遠藤効果」もあって大相撲人気が戻ってきた。一年前とは大きく違った。
八百長が少なくなり?、モンゴル、ロシア、東欧、フィリピイナの混血、エジプト
人などの真剣勝負が、内容を面白くしている。そこに去年、学生横綱だった
『遠藤』が数場所で、幕内に上がってきて停滞していた大相撲人気に火をつけた。
姿かたちと相撲内容に花がある力士で、見ていても面白い! 早速、『永谷園』
のコマーシャルに出演し、取組み前の懸賞金が連日、出るようになった。 
ところが今場所から、その数が横綱よりも多くなってしまい、最後の仕切りで、
館内では横綱を超えた大声援。 そうすると何が起こるか。横綱に勝つのは至難
の技だが、自分と同じ位の力量の遠藤に勝てば、給料分の懸賞金が手に入る上に
注目される。そのため、嫉妬とライバル心を加え、目の色を変えて挑んでくる。
遠藤にすれば堪ったものではない。その中で、最後は6〜7勝をするのだから、
やはり力量があることは確か。これに白鵬、朝青龍レベルの新人、二人
(照の富士、逸ノ城)が加わってきて、他の若手にも火がついてきた。
しかし、遠藤以外に日本人の有望力士が見あたらないのが気にかかる。 
ところで、三役昇進のタイミングに遠藤の四股名が『清水川』に決まったと
数ヶ月前の朝日新聞にあった。清水川は1938年に追手風部屋を創設した、
追手風の生みの親であり、元大関の名前。遠藤をはじめ、勝っても、負けても
面白い相撲をとる力士が、このところ、多く見かけるようになった。
数年前の大相撲存亡の危機の取組みの成果が、一挙に出てきたということ。
・・・・・・
4506, どうせ死ぬなら「がん」がいい ー1
2013年07月18日(木)
     『どうせ死ぬなら「がん」がいい』近藤 誠 (著), 中村 仁一 (著)
 『大往生したけりゃ医療とかかわるな』の中村仁一と、
『がん放置療法のすすめ』の近藤誠が「がん」と「死」を語った内容。
二人は20年以上前から、「がんは手出しをしなければ、痛まず穏やかに死んで
いける。治療せず放っておいた方が生存期間も長い、医者の常識に騙されるな」
と説いてきた。  まずは、ーアマゾンの内容紹介ーより
≪がん、医療の常識を覆す異色の医師対談。がんは放っておくと増殖・転移
し、痛みにのたうち回って死に至る…という悲惨なイメージは、医療界のでっち
あげだった。20年来、「『がん死』のお迎えは最高。ただし、治療しなければ」
(中村)、「がんの9割に抗がん剤は効かない。患者よ、がんと闘うな」(近藤)と
言い続け、実際に多くの「がん放置患者」の穏やかな臨終を見届けてきた2人が、
がんという病、医療の実態、そして人間の死について語り尽くす。≫
ー 印象に残った箇所を幾つか、書き出してみた。これ知っているか知らないかで
 大きく違ってくるー
* 抗がん剤の有効判定が(⇒がんのしこりが一定程度小さくなるだけで)
延命効果は実証されていないこと、逆に抗がん剤で 大きなダメージを受ける
のは正常細胞、不必要な手術と抗がん剤の副作用が苦しみ悲惨な最期を迎える
要因でしかない日本人に多い固形がんは抗がん剤は効果なしなら、やめるべき。
* 50歳を過ぎた男性の2人に1人は、死後解剖すれば前立腺がんが見つかる。
これは放っておいても大きくならない潜在がんで、何の害も及ぼさない。
また、甲状腺がんも、精密に検査できるなら、日本人の3人に1人はかかっている。
 しかし、実際に甲状腺がんで亡くなるのは、全ての死亡者の中のわずか0.1%。
つまり、1000人に1人のみである。* 現在の医学技術で「早期がん」として
発見できるのは、直径1センチ前後の大きさである。この程度の大きさは、
がんの一生の中では30回くらい細胞分裂を繰り返した後の晩期の段階である。
* 最近の研究では、「がんは大きくなってから転移する」というのは間違い
であることが明らかになってきて、「がん細胞はできるとすぐに転移する能力
がある」の方が正しい。
* 著者の経験によれば、逸見政孝さんのようなスキルス性胃がんの場合、
胃の全摘出手術を受けずに放置した患者で1年以内に死亡した例は皆無で、
ほとんどの人は3年以上生きていた。
* 世間でがんと診断される病気の中には、本物のがんと、がんもどきがある。
がんもどきは治るが、本物のがんは発見された時すでに他に転移を繰り返して
いるので治らない。がんもどきは放置しておいても命に関わりがないので、
手術をしてもしなくても 同じ。本物のがんは手術してもすぐ再発するし、
手術で体力が落ちることからかえって死期を早める。本物のがんを放置した
患者の多くは末期になってもほとんど痛まない。患者の多くは最後まで意識を
持ちながら、苦しむことなく枯れ死んでいく。がん治療しようとすると、治療
による痛みに苦しめられ、通常の人間らしい暮らしを根こそぎ奪われてしまう。 
というわけで、がんは治療せずに放置するに限る……。
*「予防医学は患者を呼ぼう医学」「大学病院は、いい実験を受けられる病院」
 など・・・
*「早期発見と早期治療でがんは治る」という世間の常識とは、
現実はまったく逆である。悪性は、関係ない?
▼ 「悪性のガンなら、遅かれ早かれ死んでしまう。それなら手術や抗がん剤
 などの治療などすべきでない」という 二人の主張するのも道理で、身近の人
のガン死をみていると同感である。とはいえ、ガンで死なない注意をしているか
どうかで大いに違ってくるのも確か。タバコを吸い、酒をビールなら二本、
日本酒なら2合以上を飲み続け、ストレスと運動不足などが加わると、ガン
リスクは大きくなるのは当然。還暦まで生きたら、後は野となれ山となれ、か。
・・・・・・
4132, 脳の中の小さな存在
2012年07月18日(水)
 体操の内村航平のインタビューの中の言葉に驚いた。「どうして一秒の間に、
あれだけの回転が出来るのですか?」の問いに対する答えが凄い。
「私の脳の中に小さな自分がいて、彼が冷静に自分を見ていて次の指示を出して
いる。終わってからでも内容を憶えていて、間違いを正してくれる」等であった。 
これは訓練の繰り返しで、色いろのことを自問自答する中から自然に出来上がった
「セルフ」である。その精度が高いため、世界のトップになれたのだ。
その小さな存在には科学的訓練のベースの裏づけがある。擬人化した「セルフ」
には、無意識のレベルに達した自己客観視する自分が、幾重に重なっていて、
直感的連続動作を冷静に見つめていて、瞬間の動作を修正している。柔道でも、
同じような話を聞いたことがある。世界のトップクラス相手の攻撃に対した防御
は、考えて対処するのでは無理、練習の重なりで直感的反射防御まで訓練して
いないと防げないという。世界一流まで持ち上がたレベルの高い「小さな存在」
に、自分を委ねているのと同じである。 親とか、小さな地域的価値観から
一歩も踏み出すことが出来ない「小さな自分」に縛られているそれもあるが、
その辺の下世話な内容は、ここでは止めておく。ここは世界的アスリートの話。 
天才的芸術家や小説家などは、その小さな自分が、冷静に現象の中の本質を直感
して、それを脚色、新たな創造をする。野球のイチロウにしても、こういう右脳と、
左脳の論理が組み合わせが出来た上で、脳の奥で瞬時に動作を指示する司令塔が
あるようだ。 将棋や囲碁の名人にも同じである。 少し話は変わるが、毎朝、
過去の、この随想日記を読みかえしているが、毎日繰り返していると、読み返して
いる自分が別人格として存在しているような妙な気持ちになる。3、5、10年
前の同月同日の自分と対話している毎朝の自分の存在である。
私=自分は、それぞれの瞬間瞬間いて、これを書いていた。しかし、時間の経過
と同時にTPOSは変化していく。その上に自身も変わっていくため、それぞれを
含めた自身の範囲として、「自分」が立ち上がってくる。哲学的になるが、
脳の奥の小さな存在は、言葉だけでなく、直感も持っている。そのセルフの
直感こそ、天の閃きになる。それでも上手くいかないケースもある。
世界を知れば知るほど、自分の卑小さを直感するが、小さな存在は確実に
真の言葉と直感は研ぎ澄まされていく。 真なる自己、真実の時は、感謝、
感激、感動、極限の時、静粛の中に存在する。 この瞬間は永遠である。
 ・・・・・・・
3766, ユング ー9
2011年07月18日(月)
      〈 ユングー地下の大王  コリン・ウィルソンー� 〉
   * 幽体離脱とは          
 事故などで仮死状態の時の幽体離脱の色いろな体験談を聞くが、共通点がある。
 私も何度か幽体離脱と思われる経験をしたことがある。突き詰めれば夢だろう・・
 夢にしては、あまりにリアルである。 ユングが六八歳のとき、散歩中凍った
 道路で滑って、くるぶしを折って、その二、三日、はげしい心臓発作に襲われた
 時に、幽体離脱をし地球の大気圏の境目辺をさ迷った時の体験の手記がある。 
 幽体離脱は、人間の限りないエネルギーが、あるキッカケで、その外に出て
 しまい、外から自分の肉体を眺めているイメージをいう。
【 ユングはこの神秘に対して一つの鍵を与えるように思われる一つのケースを
 挙げている。彼は一人の女性の患者が難産の末に死にそうになり、彼女自身が
 自分の肉体の上方の空中にあって、自分の肉体を見下ろしているような感じに
 なったと述べている。彼女は医者がヒステリックになったのを見ることができた。
 それから、彼女の家族が入って来た。彼女は彼らの反応を見た。彼女は自分の
 後ろに春の花が咲いている公園のような不思議な光景があることを知った。
 それは「別の世界」への入口であることを彼女は知っていた。
 彼女は、もし自分がそれを見たら、自分の体を再度入れたくなるかもしれない
 ことを知っていた。それで彼は目をそむけ続けていた。彼女が目を覚ました
 とき、看護婦に自分が見たことを話すことができた。看護婦は、この患者が
 医者やその他のことについて言ったことを正しいと認めざるを得なかった。】
【 ユングはあからさまに言うことはあきらかに気が進まないが、彼が一般的な
 意向は明白である。一九四四年に彼自身が死に近づいた経験をしたために、
 彼は心は肉体から独立していると確信するようになった。これは、死後の生活
 が実在しているという意味であるように思われる。事実、一九三四年に書いた
「魂と死」という論文で、彼はもうすんでのところでこのことを肯定しそうに
 なり、生命とは「死という究極の目標」の一つの準備だという考えを、世界の
 宗教は受け入れているように思われると注釈している(ここでも彼はことばを
 慎重に選んで話しているので、だれも、死後の生命を信じていると、彼を非難
 することはできない)。このような「体外遊離経験」はー
「意味のある偶然の一致」と一まとめにして考えると、宇宙が混沌とした集合で
 ないことを確実に示している。 ーP183 】
▼ 体の外に出た自分を眺めている夢は、あまりに現実的過ぎる内容である。
 人間の脳は、あまりに奥行きが深い。夢は犬でもみるが、人間は幻覚をみる。
 
その幻覚が思わぬ人知をこえた幽体離脱を生み出すだすのだろうか。
・・・・・・・
3401, おテレビ様と日本人 ー5
2010年07月18日(日)
 この本を読んでいて他人事でありながら、実は自分自身のことではないか?
自分が、そのまま嘲笑されているのではないか?と感じとり自分の過去を振り
返ってみた。 テレビが家に入ってきた50年前の中学校二年の頃に、熱中して
成績が落ちる一方であった。そして、ある時にハッと気づき急遽、高校受験に
熱中したが、タッチの差でギリギリセーフあった。高校時代はテレビなど見て
いる余裕は全くなく、ただ授業についていくのに精一杯。ある意味で健全だった。
ところが、東京の学生時代の二年目にテレビを買ってしまったのが大失敗と、
これを読んで気づいていた次第。私も御多分にもれずテレビ大好き人間。 
相撲に、プロ野球、ドラマ、映画、etc、と、これまで、バカ製造機の餌食に
なっていた。それでも毎日、数時間の読書をしてきたから半分はブタ化?を
逃れたと、心の中で言い訳をしている始末。 私と比較ならないほど更に家内が
TV好きなので、そのブタ化が合せ鏡のように見て取れる。
反面、学ぶところもある。ほぼ一切のジャンルを問わないで、世界、日本の
ナンバー・ワンのものを見ている。スポーツといえば、ゴルフ、テニス、
サッカーなどの騒がれ中継されているもの。教養?番組では絵画、クラシック、
各種演奏会。 映画も名作と騒がれていたものの殆ど。これほどのものなら、
TVの弊害というより、有用だろう。 世界一流の絵画を解説つきで見ると、
成るほど理解度と、対象の輝きが更に増す。ということは、有害になってブタ化
していたのは、むしろ私のほうではないか? まあ、いいか! 
そこで私が録画をしたTV番組のタイトルを改めて見てみたが、著者のいう
毒番組が過半数以上?。 現在では、代議士まで、いかにTVに出て、自分を
さらすかに苦心をしている。実際のところ、それが次の選挙対策なる。
彼らにとって、選挙民の投票で現在の地位が保たれているからだ。政治家として
の能力より、タレントしてのパフォーマンスが要求される。だから、あの宮崎県
知事なっている何某が、臆面なく御笑いパフォーマンスで役割を果たしている。
世も末だ。 その意味、愚衆から選ばれた政治家が政治をした結果が愚衆政治
になっているのである。TVの出だしの頃、西部劇などで、白人の主役が
インディアンに襲撃にあい、反撃して殺しているのを喜んでみていたが、
あのインディアンは、我われの姿でもあったのである。白人=善人、
インディアン=悪人という洗脳でしかなかったのである。ハリウッド映画が
全盛を極めているが、その内容には隠された洗脳も多く含まれている。
・・・・・・・
2009年07月18日(土)
「生の科学、死の科学」 −養老孟司 対談集ー 3
        【生きる哲学との出会い】 ー橋口譲二(写真家)ー
 *清水次郎長や殿山泰司の顔がなくなった
養老 いまの日本に「清水次郎長の顔がなくなった」と、TVに写真が出たとき
  ‘あっ’と思った。ちょうどブータンに行ってかえってきて、向こうには
  よくある顔だったんですね。人生やることは大体やってきて、修羅場も踏み、
  この辺で落ちついたという『まあ、こんなものだ』という顔。そういう顔が
  日本人からなくなった。 ブータンの顔は日本人によく似ている。
  モンゴロイドがゴチャゴチャの混ざった顔。 ・・そこで思い出したのが、
  黒澤明「七人の侍」です。 あの役者の顔が、幾らでもいるのです。
橋口 侍のような顔がなくなったのはのは、何でだと思います?
養老 「都会になったから」です。 都会人の顔になった、役人の顔になった。
  一種つくられた顔です。
橋口 何時ごろだと思います。
養老 気がついたのは15〜20年前からです。「面構え」「面魂」という
  言葉が死語になった。
橋口 僕が新宿の街角で少年達の顔を撮りはじめたのが1981年で、その頃
  からと今とでは変わりました。それはバブルの影響が大きい。バブルは人を
  とにかく豊かにして、しかし努力をして得たものでないので、落ちていった
  と思います。文化の享受の仕方が一面的になったというか、何か平たくなった
  印象です。以前に新宿にいたのは、いわゆる不良で、彼らは、自分を取り
  繕っていないし、自分を隠していない。不器用で、去勢されてない。
  ブータンの役人の顔が日本人に似ているのは、ある種、器用で要領のいい
  日本人の顔が浮かび上がってくる。
   ーー
 情報化の影響もあるのだろうが、世界が情報で溢れかえって、地区地区の
土着の味が無くなりつつある。日本の地方の辻浦々まで、情報が行き渡って、
その地区の特有の人間性とか祖先から受け継いできた 風習が損なわれてきて
いるからである。意識の全国総都会化で、地方のブロックが希薄になった。
また時代のエネルギーが消沈している時は、脂ぎった者同士が塀の上で争う
場面が少ないということか。
 


5237,窃盗専門の「泥棒刑事」 −③

2015年07月17日(金)

             『泥棒刑事』 元三課部長刑事 小川泰平著
   * プロの仕事「二点三角破り」 〜窃盗の基礎知識
 犯罪の4分の3が窃盗。そのうち万引きと空巣が多くを占め、無施錠のドアか、
 窓を割って進入する方法が多い。そこで、プロの「二点三角破り」がある。
≪ 外国人の荒っぽいのに比べると、日本人の泥棒には芸の細かい者が多い。
彼らはクレセント錠近くのガラスをドライバーを使い破る方法を好む。
「こじ破り」という方法でガラスを小さく割り、鍵を開けるのである。
少し具体的に言うと、マイナスドライバー1本を使い、2枚引きサッシ窓の
クレセント錠付近の部分の、ガラスとゴムパッキンの溝にドライバーを差込み、
こじるようにすると、窓ガラスにヒビがーつ入る。同様にもう1本ヒビを入れる。
クレセント錠の付近に2本のヒビが入り、三角形の形に破れるわけである。
これをブ回の仕事「二点三角破り」と呼んでいる。プロ中のプロになると、
2センチくらいに破る者もいる。同様の手ロで「三点四角破り」の常習者もいる。
ごの方法だと音もほとんど出ないしガラスが飛び散ることもない。そうして
破った隙間から指またはドライバーの先端でクレセント錠を開錠して室内へ
侵入するのである。こうした窓破りの道具で最も多く使われるのがドライバー。
しかし、ドライバーを持ち歩いていると、職務質問にあったとき不都合が生ずる
場合もある。そうした職質でドライバーを持っていたために挙げられてしまった
経験をもつ泥棒のなかには、侵入用具のドライバーを直前にコンビニ等で購入
する場合もある。そのほかには、侵入用具を現調する者も多い。
現調とはドロ刑の隠語で、「現場調達」を縮めたものである。現調に用いられる
のが多いのは、「移植こて」である。ベランダ等でのガーデニングには欠かせない
園芸用のスコップである。そのスコップを使い、ガラス窓を「突き破り」
「叩き破り」の方法で破kのである。そのほかでは、石を使う方法もある。
石を靴下などに入れ、それをガラスに叩きつけて割る方法。・・・ ≫
▼ 空巣に入られた経験がないが、20年程前に、仏壇の小さな仏像が
何時の間にか消えたことがあったが、見当はついていたが、警察には
届けなかった。空巣に荒らされた現場の写真を見たことがあるが、箪笥から、
本棚、押入れの全てが引き出され、部屋全体が見るも無残に散らかされた様は、
それは酷いもの。プロは、そこまで徹して捜し出す。
・・・・・・
4872,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー40
2014年07月17日(木)
   * 類似ホテルが2年もしないうちに!
 2年もしないうちに、このコピーホテルが隣地にオープンしたのに驚いた。
近くの居酒屋の主が隣の旅館を買収をして、全く同じレイアウトで建ててきた。 
不意打ちだが仕方がない。私の後を追うように、駅裏に二棟合計350室まで・・ 
更に、ある不動産会社の紹介で富山の材木商が訪ねてきた。 その翌年から、
全国に大量出店をした『αー1』の社長である。
『百億の不動産があるが、その有効活用にビジネスホテルを考えているが、
如何なものか?』 の調査である。そして10年もしないうちに、至近距離に
200室のホテルを建ててきた。現在は?数千室もあるだけに引くに引けない? 
簡単にコピー可能なこれ、何の価値がある?と、深刻に考えてしまった!
その時が、節目。 決断するまで考えられなかったのだから、私もしれたもの。
 当時、雑誌記事で『一時期、ビジネスホテルを成功させたが、嫌気がさし
転業した』人の手記を読み、方向を考えたが、350室から500室への拡大
戦略を止めることはなかった。長期の装置産業のホテル業を選択したことに
問題があったが、10年間の期限を切らなかった方が問題?長期装置のため、
暇を持て余し『ぼんやり時間』を充分満たすことができた収穫でもあったが・・
 「上手く転進して二桁のホテル展開をしていたより、豊潤な時間を充分に
味わうことが出来た」という見方も出来るが、どうだろう? 現在の、αー1、
ルート・インの姿。 どの道、好きで選んだ道、「毒を食わらば皿までも」か。 
それでも万一の備えがあったので、最悪に至らず、こんなことを書けるのだ。 
20年目で気づいたことは、「この事業の営業指数が日本経済の先行指数として
現れ出ている!」ということ。装置産業だけに金利、原油価格、為替などが
直接コストに跳ね返ってくる。 今だバブル崩壊による深刻なデフレから
立直れずにいる日本の近将来に悲観的なのは、先行して大波に流された自分の
裏づけがあるため。 どの道、遅いか早いかの差だが。
この時期の東京オリンピック開催は?それを覆い隠す目暗ましでしかない。
阿部首相の隣に苦渋に満ちた?副首相の顔を見るにつけ、それもヤムナシが、
政冶? 隠れた‘世界恐慌!’ なぜ直視しない?   
・・・・・・
4505, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー5
2013年07月17日(水)
           『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著
 死んでいくにも準備が必要である。それが具体的に分かりやすく書いてある。
筆者の主催の「死を考える集い」から生まれたのだろうが、分かりやすい。
私も年内には、幾つか選び、実施するつもりである。あまり気持ちが良くないが、
死に装束、骨壷、棺桶、位牌は通販で取り寄せることができるし、戒名は自ら
つくってあるので、書き込めばよい。遺言も、このコーナーで書いたこと、
そのものになるが。ブログをネット上の墓場と想定して書いているので、
別に必要がない。 問題は物の整理だが、「物」より「こと」を重視して
きた事もあり、物は殆どない。会社も消滅、自宅は家内名義。 
一番、重要なのが、「事前指示書」である。
  * 「自分の死を考える」ための具体的な行動十五カ条
1.遺影を撮る               2.遺言を認(したた)める
3.別れの手紙、録音、録画を準備する     
4.「余命6カ月」を想定して、したいことの優先順位を書き出す
5.死装束を誂える             6.骨壷を用意する
7.棺桶を手に入れる(入ってみる)     8.事前指示書を完成する
9.献体、臓器提供の手続きをする      10.墓地、霊園を手に入れる
11.戒名をもらう             12.散骨の手続きをする
13.人生の節目に“生前葬パーティー”を行う 
14.事あるごとに家族や周囲と「死」について語る 15.物の整理をする
 ひとつひとつの項目に対して自分なりの答えを出して、具体的に行動すことで
死がより身近なものになります。死がより身近になるということは、生がより
身近になるということでもあります。
▼ 特別養護老人ホームの医師になって四百人近い老人の死に立ち会った
 体験から、著者は「自然死」の本当の姿を知らない現代医療の本質的問題点
をついている。 同時に「私たちも患者のひとりになり得る」医療に対し、
“まともな”あるべき姿はどうあるべきか、死をどうとらえるべきか?
を問うている。そして50〜60歳代になったら、近代医療と関わるな、
まだ末期ガンを幸運と捉え死んだほうが良策という。 
以下の去年の同月同日の内容が関連している。
・・・・・・
4131, 夏目漱石の「自己本位」という生き方
2012年07月17日(火)         
 ♠ 夏目漱石の「自己本位という宝の発見!」   
           〜『定年後 ー豊かに生きるための知恵』加藤仁著
 著者は、25年にわたり定年退職者の退職者の取材を続けてきて、ゆうに三千人
を超えているという。「はじめに」で、まず夏目漱石の47歳時の講演
『私の個人主義』で、当時としては思い切った「自己本位の勧め」を取上げている。
私の場合、20歳の時点で創業を決意した時から、「自己本位」になっていた。
しかし勤め人にとって、定年後が第二の人生の創業になる。「定年後の人生こそ、
自己本位であるべし」が痛いほどよく分かる。他人の思惑から遠く離れた自己
本位の生き方に大きなヒントがある、という言葉が痛いほど分かる。
定年後は自己本位への第一歩から始まる。
 ー以下は、漱石の『私の個人主義』の中の一部を抜粋したものー
≪*「 私はこの世に生まれた以上何かしなければならん、といって何をして
 好いか少しも見当がつかない。私はちょうど霧の中に閉じ込められた孤独の
 人間のように立ち竦んでしまったのです。・・そのころ、明治33年、33歳の
 時に、文部省から突然、英語研究のためとして、英国留学を命ぜられる。
 そして1年が過ぎ、苦悩が極まった時に、あることに気づきます。
 自分はこれまで「他人本位」だったのではないか、そして、それこそが「空虚さ」
 や不安の根本原因だったのではないかということです。(私の個人主義)
*「今まではまったく他人本位で、根のない『うきぐさ』のように、そこいらを
 でたらめにただよっていたから、駄目であったということにようやく気がついた
 のです。私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んでもらって、
 後からその品評を聴いて、それを理が非でもそうだとしてしまういわゆる人真似
 をさすのです。(〜中略)ましてやそのころは西洋人のいうことだといえば
 何でもかでも盲従して威張ったものです。だからむやみに片仮名を並べて人に
 吹聴して得意がった男がどれもこれも皆是なりといいたいくらいごろごろして
  いました。(〜中略) つまり鵜呑みといってもよし、また機械的の知識と
 いってもよし、とうていわが所有とも血とも肉ともいわれない、よそよそしい
 ものをわがもの顔にしゃべって歩くのです。しかるに時代が時代だから、
 またみんながそれを賞めるのです。」(同前)
ー苦しみの中から、漱石はあることに気づきます。それが「自己本位」。
「自分を主体にし、個性を大切にする」ことに気づいたことで「他人本位」が
 自身の根源的な問題であると気づいた漱石は、「自己本位」こそが「空虚さ」
 から脱出する鍵を握っていると考える。つまり、外から無批判に「鵜呑み」
 で受け入れた「よそよそしい」知識や価値観を用いて生きるのではなく、
 丁寧に吟味し咀嚼して「わが血や肉」と呼べるものを自分の中に養成し、
 それにもとづいて生きる生きかたに目覚めたわけです。
*「私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってからたいへん強くなり
 ました。彼ら何者ぞやと気概が出ました。(〜中略) その時、私の不安は
 まったく消えました。私は軽快な心をもって陰鬱なロンドンを眺めたのです。」 
ー 1914年に学習院での講演で、47歳の漱石は、それまでの人生における煩悩を
 告白し、いかにして袋小路から抜け出したかを語っている。
「他人本位」から「自己本位」に脱し、自身の神経衰弱を克服した漱石は、
 次代を生きる若き聴衆に向けて、次のように熱く語りかけている。
『 ああここにおれの進むべき道があった!ようやく掘り当てた! 
 こういう感投詞を心の底から叫び出される時、あなたがたははじめて
 心を安んずることができるのでしょう。(〜中略)もし途中で霧か靄
 のために懊悩していられるかたがあるならば、どんな犠牲を払っても、
 ああここだという掘り当てる所まで行ったらよかろうと思うのです。
(〜中略)だからもし私のような病気に罹った人が、もしこの中にあるならば、
 どうぞ勇猛にお進みにならんことを希望してやまないのです。もしそこまで
 行ければ、ここに俺の尻を落ちつける場所があったのだという事実をご発見に
 なって、生涯の安心と自信を握ることが出来るようになると思うから
 申し上げるのです』(同前)≫
▼ この漱石の言葉は、現在でも、私たちに強く響いくる。当時の学習院
 での講演で、「自己本位」を説いたのだから、さすが漱石である。
キリストも、「自分を愛するように他人を愛しなさい」と言ったので
あって、他人を優先して愛しなさいとは決して言ってない。
・・・・・・
3765, ユング ー8
2011年07月17日(日)
 フロイト邸でおきた、ユングのオカルト現象は有名だが、フロイトは半信半疑
だったようだ。ユングには、特殊の超能力があったのは事実である。 以下の
フロイト邸での出来事は、知る人ぞ知る事実である。
【 1909年3月、ユングとエンマはウィーンのフロイドを訪問した。 
 そしてフロイト邸で、「本棚のボルターガイスト」という有名な事件が起ぎた。
「オカルト現象」に関しては、フロイトは完全に懐疑論者だった。1909年までに、
心霊現象のまじめな研究者によって、ボルターガイストー物を投げる霊ーは、
通例は精神的な悩みのある思春期の人と関連があることがあきらかになった。
そしてこれから、ボルターガイスト活動は、思春期の人の無意識的な心、
いわば、はげしい内部葛藤の「外在化」ーによってともかく引き起こされる
という説が生まれた。ユングはこの説を信じ、ボルターガイスト活動を
「外在化現象」とよんだ。フロイトとユングが超常の実在について論じていた
とき、突然本棚から大きな爆発音が起こり、二人とも跳び上がった。
「そら、これが外在化現象の一つの実例ですよ」とユソグは言った。
「ばかな!」とフロイトは言った。「いや違います。私が正しいことを証明する
ために、しばらくすると、もう一度音がすることを今予言します」。
ユソグがこう言ったとき、本棚で第二の爆発が起こった。フロイトがその後
ユングに出した一通の手紙から判断して、フロイトは半分以上納得したらしい。
しかしその後フロイトは数回こういう音を聞いた。そこで彼は、なんらかの
自然の原因があるという結論に達した。ユングはフロイトと議論すると横隔膜が
熱くなるのを感じたから、自分がそれを引き起こしたのだとかたく信じていた。
フロイト派の注釈者たちは、音は、乾ききった本棚の木材から起こっただけの
ことだといつも主張していた。しかし実際になにが起こったのかを知ることは、
今日では不可能である。】
▼ 父親が亡くなった直後から10年間あまり、私に特殊な感覚が身について
 いた時期があった。(偶然の一致が、あまりに多いのは)現在も残っている。
この10年は哲学にはまり、論理的になったこともあり、その感覚が薄れて
しまったようだ。人間の存在、いや、自分の現にある存在の方が遥かに不思議
というのが哲学。実際に、そのとおりである。
 ・・・・・・・
3400, おテレビ様と日本人 ー4
2010年07月17日(土)
  * 泥を食う豚、&、バカにつける薬としてのテレビ
 ここまでアメリカによって非植民地化人間に仕立てられてしまった日本。 
これまで何を考えてきたのか、何をしてきたのか、を考えさせられる言葉が続く。
冷戦下では、敗戦国として、これしかなかったのだろうか。一人の日本人として
考えなければならない。あてがわれた憲法を今も大切に、誇りを持って
維持している健気さ! 
ーP196ー【私は現在の地球上の国々に別称をつけている。印象的な、いくつか
の例を挙げれば次のようなもの。虎視耽々の虎(中国)、手負いの猪(アメリカ)、
砂漠の狐(イスラエル)、遠吠えの狼(ロシア)、追い詰められた野犬の群れ
(中近東)、老衰のハイエナ(イギリス)、踊るチンパージン(韓国)、叫ぶ山猿
(北朝鮮)、昼寝のイタチ(フランス)、うずくまるピュ―マ(ドイツ)など。
 それでは日本は何かというと、無論、「泥食う豚」というところだ。
これ以上ぴったりのイメージは今のところない。 ・・食うている泥とは、
無論テレピだ。一昔は日本人は「蓼食う虫も好き好き」だった。どちらかと
いうと雑食系の日本人は個性があった。変人奇人、変わり種、自説を曲けない
一徹者、頑固おやじ、へそ曲がり、そういう人たちと議論するのは楽しかった。
ところが今の日本人は、一億全員、同じ声しか出さない。「ブー」である。・・】
ーP211【 アメリカがサダム・フセインを殺さねほならなかった理由は、
自分たちの知性を殺人という悪にすりかえての国際法に頼ったからだ。
フセインに知性がない暴虐だと裁断し、自分たちには知性があることを立証する
ために911で立証し、完全に他の絶対多数としてのバカたちを騙し、石油、経済
安定という偽善を打ち立てたのだ。でなければ、バカはもっと、とめどなくバカ
をし、知性の善を弱さとしてしまい、とめどない混乱が起きる。知性の善用は、
即、悪であり不幸の原因となる。なぜこんな大矛盾の不幸が人間に起きているか。 
テレビと人間の関係がそれ明かす。 機械が知性を先回りしすぎたのだ。
もし兵器が、この時代でもまだ弓矢の段階だったら、現在の国際紛争も丁度均衡
が取れているだろう。現在の人間の知性は、弓矢並みであり、それがフィット
しているのだ。 アメリカがイラク・アフガンに攻め込むのも、鉦や太鼓で鎧兜
程度であれば、これほど「悪」がはびこり、「悲惨」が現実になることはない。
人間はいまだにこの「悪」と「悲惨」を征服し、解消できないにもかかわらず、
核兵器を持ってしまった。 テレビを持ってしまった。それを知性化し、知性
利用することは不可能だ。 どうしてもテレビを悪用するしかない。唯一の
「バカにつける薬」こそ、テレビなのだ。残るのは、ほんの僅かな、
知性ある人間が悲憤慷慨し、嘆き哀しみ、絶望し、諦める現実だけだ。】
 ▼あの911事件は明らかに、私たちがテレビで植え付けられたものであり、
真実とは大きな隔たりがあると信じて疑わない。単純にアメリカ公共事業の
戦争屋の仕掛けた罠だけと言い切れないが、逆にアルカイダの単純テロでは
ないことは間違いない。それらが入乱れた複合的な結果だったとみるべきか。
いずれにしても日本人との差は歴然としている。そして、2012年には?
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3025, 閑話小題
 2009年07月17日(金)
* マッチ・ポンプ
 ーウィキペディアによるとー
【 マッチポンプとは「マッチで火をつけておきながら、それをポンプで消す」
 というように、自分でわざわざ問題を作り出しておきながら、そ知らぬ顔で、
自分がそれを解決することで賞賛や利益を得るような、偽善的な自作自演の手法
を意味する和製英語である。1966年、黒い霧事件第一弾の田中彰治代議士事件で
初めて使われ、元々は金品を巻き上げる意味で使われた。】
色いろのケースがあるが、同じことを繰り返すうちにアシアトを残す。 
金銭・物品が絡めば犯罪である。 そして、一番大事な信用と信頼を無くす。 
人間関係は、信用の上に成り立つ。
* 自民党の末期現象
  (字数制限のためカット 2010年7月17日)

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