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堀井On-Line
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2015年07月15日(水)
一昨日、NHKスペシャルで、ー「腰痛」治療革命ーを放送した。 < 腰痛は、「腰」ではなく「脳」に原因があり、劇的に改善する可能性が!> が、その要点。偶然だが、6年前の一昨日の同月同日(7月13日)に、 私にとって最後の重症?の腰痛について書いてあった。「最悪を覚悟した上で、 上京する!」と決めたと同時に痛さが何故か半減、無事、学校行事に参加して きたが、決心が痛みを半減させたとは知らなかった。 〜その日の内容から〜 【 3021,卒業40年周年か〜 2009年07月13日(月) 「大学卒業40周年記念の集い」に参加してきた。 これまで、20周年、30周年記念の集いにも参加をしたが、良いメルクマール になってきた。(10周年は、20数年前から企画されたので、『集い』そのもの が無かった) 今回は、数日前から腰痛が出て、上京など無理の事態だったが、 「這ってでも行く」と決めた瞬間から、痛みが少なくなった。 まず「前日の金曜日に銀座でクラブの仲間が集まろうよ」の誘いを断り、 当日の土曜日だけを出席すれば何とかなるのではと考えた。出席するとしたら、 前日に東京に行って、クラブ仲間の会の出席は一度ホテルで休んだ後で、 腰と相談すればよいと。「当日に上京するよりも、前日に行き、翌日ギリギリ までホテルで待機して集いに参加すれば何とかなるはず」ということで決行、 クラブの会にも出席。二日間を乗り切ることができた。最後は覚悟である。】 その時には気づかなかったが、不安と迷いが、腰痛を拗らせていたようだ。 NHK・HPの ー腰痛」革命ー の案内より〜 ≪ その腰痛、「腰」ではなく「脳」に原因があり、劇的に改善する可能性が! 治療しても効果がなく、一度治ってもぶり返すなど長引く「慢性腰痛」。 最先端の治療現場では、「脳」の働きを改善し、慢性腰痛を克服する対策が、 大きな成果をあげています。たとえば腰痛 の不安を解消する映像を見たり、 恐怖心を克服する運動をするだけで、改善する人たちがいます。専門的な 心理療法で、極めて重い症状の患者の腰痛が改善するケースも出始めている。 3か月以上痛みが続く「慢性腰痛」の方へ。世界が認めた最新対策を伝える。 ・厚労省研究班の調査によると、いま腰痛にお悩みの方は2800万人、 実に日本人の4人に1人に及ぶと言われています。中でも問題なのは、 3か月以上続く「慢性腰痛」の人が半数以上を占めると考えられていること。 通常なら、腰痛の原因となる腰の骨や筋肉の異常は3か月たたずに改善 するはずです。痛みの大元は改善しているはずなのに、なぜか痛みが 長引く人がたくさんいるというのは、一体どういうことなのでしょうか? 最近の研究で、痛みの長期化(慢性化)に「脳」が大きく関わっている ことがわかってきました。脳にはもともと、痛みを抑える鎮痛の仕組みが 備わっているのですが、慢性腰痛の人ではその仕組みが衰えていることが わかってきたのです。 ≫ ▼ 現在、3年前からスポーツジムで、週2〜3回のヨガ・エアロに参加。 これが、セルフ・腰痛治療のかわりになる。これが腰痛の身にとって、 決して楽でなく、数時間は痛みが残る。それでも徐々に良くなっている から続いている。不安、恐れが、腰痛だけでなく、人生のあらゆる問題に なっている。大方が、これに潰され、人生を小さくさせてしまう。 この私の対策が、不安・恐怖を凝視し、「正中心一点無」の言葉。 これは極限の場面で前向きになるために絶大な効果がある。後ろ向きは、 最大の内なる敵。腰痛も、「何とかなる。ガタガタするな!」ということ。 ・・・・・・ 4870,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー38 2014年07月15日(火) * 設計と、建設と、ゼネコン・シンジケート ビル設計の私の方法は、各階の平面図を設計士と話合い何度か書換えながら 穴があくほど凝視する。その過程で他の戦術などを考える。そうこうすると、 夢の中で、その場に立つまでになる。今では3DやCGがあるが・・問題は設計 担当者と自分レベル。それが、そのまま出る上、後になって隠れた問題が出てくる。 千葉・千城台と、実家の商業ビルの基本設計担当者が事務所を辞め独立していた。 その担当者とは呼吸が合い、創造(想像)力が引き出されていた。が、彼は私を 全くの素人と見ていた。私の場合、創造工学などの本を何冊か読み込んでいた。 また学生時代のゼミなどで、ものを考え出したり、作り上げるに、何も捉われの ないピエロ役「X」を仮想し、暗黙のうちに誰かが演じ、飛躍した案を正・反・合 を繰り返しながら練り上げていた。 千葉、長岡の手掛けた二つのビル設計も、 私がピエロ役(暗黙)をしていたが、それを未熟?にしか思えなかったのか、 一度会った後、居留守を使ってきた。それより、千葉と長岡の露わな姿を身近で 見ていたこともあったか。 この人物、一棟目のホテルの成功をみた後、改めて 組みたいと言ってきたが、許せないのが私の限界。既に故人だが、設計担当として 神がかり的であった。 長期投資は、時代の変遷を乗越えなければならないため、 長期的視点(神的視線)が必要になるが、ところが分かってないのが多い! 創業は、その都度、会計事務所も、設計事務所も、何もかも変えるのが筋だが・・ その甘さが、贅肉として、付いていた。 当初のビル建設から薄々気づいたのが、 建設業界そのものがゼネコン・シンジケートの存在。当時のビル建設の99%は、 その談合で決定されていた。あとの一%は、関係者の熟知した中で、何とか?・・ その網の中で、私は小虫レベル。その都度、何とか努力をしたが、長年かけた 膨大かつ緻密の網目で、雁字搦め。10数年前に社会的大問題になって、大きく 変わったというが? 今でも巧妙に、マフィア化し、巧妙に現存? 相手を パターン化し、シンジケートが談合で決めた粗筋どおりに、施主を躍らせる集団 詐欺的要素が強い世界。装置産業は、これと、税制のカラクリで、長期的に存続 するのは至難の業である。軌道に乗ったころには、時代遅れの産物になる。 だから、長期の装置投資をする時に、当初からシェルターを組込むしかない! 創業は上手くいけば天国、失敗すれば地獄。その中間にあるのが煉獄。 そこは <キリスト教の教義において、小罪を犯し地獄に行くまでに至らないが すぐには天国へ行けない霊魂が、苦しみを受けながら浄化 され最後の審判を 待つ場所、その状態> 老後は、誰しも煉獄状態? 創業は、地獄、天国、煉獄 が直に味わえる。で、シェルター内は、煉獄? 建設業界は、生き馬の目を抜く 修羅世界でもある。偶然だが、以下の文章に続く! ・・・・・・ 4503, 実録・ゴールデンブリッジからの身投げ 2013年07月15日(月) 先日、蔦屋で本を一冊買ったところ、レジの人がいうに、「今なら、シニア様 なら無料でDVDが借りられます」という。そこで借りてきたのが、『ブリッジ』。 軽い気持ちで、身投げ自殺のドキュメントのタイトルにひかれ借りてきたが、 初めから終わりまでシリアスで見入ってしまった。次次とサンフランシスコの ゴールデン・ブリッジから身投げをしていくのが映し出され、遺族や友人が、 インタビューに答えている。このところ『大往生したけりゃ医療とかかわるな』や 『どうせ死ぬなら「がん」がいい』の読書録と、その下書きを書いているので、 死にゆく者の心模様がシリアスに伝わる。橋の手前で、死のうか迷って考え込み、 決断する悲痛な姿が痛ましく映し出されている。 バンジージャンプのように、 飛び込んでいく。身近の人の証言では、ほぼウツ病で、それが高じ自殺に到る。 生きているのが辛く、死にたいのである。 反面、誰かに助けて欲しい気持ちが 迷いを生み出す。その中で、一人、助かった人がいた。足から落ち、上手く靴が 水面に突き刺さって衝撃を和らげた上に、水中でサメかアザラシ?が踏み台に なり、押し上げられたという。普段なら40Mの落差の衝撃で亡くなるが、 このブリッジは66M。内容は暗く恐しいが、心の闇が、身投げを通して 浮かび上がってくる。 ーウィキペディアによるとー ≪『ブリッジ』(原題:The Bridge)は、2006年に公開されたアメリカの ドキュメンタリー映画。社会の禁忌としている『自殺』をテーマにしている。 観光の名所のゴールデンブリッジに1年間カメラを設置し、自殺者の様子をカメラ に収めた。後に遺族にインタビューをし、そこから自殺を図る人々の様子を映し だそうとしている。映画では24人が、橋から66Mの高さから海面に向かって飛び 降りている。監督のエリック・スティールはこの映画を取る際、映画の宣伝効果で 自殺者が増加しないように極秘に行っていた。また、橋の柵に足をかけたら管理局 に通報することをルールとして定めていた。映画は主に橋とその周囲の日常を撮影 した風景、自殺者の飛び降りるシーン、遺族や友人、目撃者へのインタビュー、 遺書などから構成されている。中でもインタビューの映像が多く、自殺者の情報は インタビューの情報でしか語られない。自殺者の多くが精神的な病やトラブルを 抱えていることがその中で分かる。≫ ▼ 2006年の時点で、この橋からの自殺者は年に24人もいるというから、 全員撮ったことになる。次から次へとブリッジから飛び降りるが、躊躇して いるうちに警官や近くの人に、取り押さえられた人が数人いた。生死の問題も あり、それぞれの人生が浮かび上がる。ゴールデンブリッジという名所が、 ロマンチックな気持ちを駆り立て、志願者が国内から集まってくる。県内なら 新潟の万代橋が河口に近いため海に流され、死体が上がりにくいとか。 人知れず消えている人がいるのだろう?テーマがテーマだが、決して後味が悪く ないのは、シリアスすぎて、実感がわかない為? 死ぬには死ぬ理由があるはず! ・・・・・ 2012年07月15日(日) 1129, マネー大動乱 ー2 「日本と世界を直撃するー マネー大動乱」増田悦佐著 アメリカの金融業界と他の産業の格差は二倍。そして製造業が商業より三割高。 日本もアメリカほどでないとして同じ傾向にある。最近では公務員が民官に比べて 2〜3割以上も高いことが問題になっている。強い立場を利用して御手盛りをして いるのである。情報化もあり、一強多弱の傾向が全ての産業で強くなってきた。 日本の自動車業界も日本資本はトヨタとホンダぐらいしか残っていない。 家電にいたっては総崩れの様相になってきている。グローバル化は世界各国の 垣根を超えた戦いになり、一強しか生き残れない事態になる。 ー第二章 アメリカの金権社会は、荒治療でしか直せないー * 産業間格差と、一業界一社の時代 ≪ 日本の金融業界の給与水準は、その他産業の20〜30パー増しくらいである。 これがアメリカだと、その他全産業の倍。20〜30パー増しではなく二倍なのだから 驚いてしまう。製造業と商業の給料ベースを比べると、日本では製造業が商業の 15〜16パーセント多いだけだ。これがアメリカになると、製造業は商業よりも 30パーセントは高くなっている。あらゆる職種について給与水準の差が大きい のがアメリカの特徴なのだ。当然、給与がいい産業には誰れもが殺到するから、 どうしてもその産業は慢性的に人員過剰になる。いくらでもスペアは利くから リストラもしやすい。逆に、低賃金のところは慢性的な人手不足になりがちだ。 人手不足だから時給を上げて人を手当をしようとすると採算割れになるので、 他ではどこにでも採用されそうもない低賃金労働者で久場を凌ぐしかない。 移民には絶好の勤め口だが何時までも経っても生産性が低いままだ。 結局、会社ごと産業ごと衰退してしまう。アメリカに比べると、日本はどの 産業を見渡しても収入に大きな格差がない。人手不足も人員過剰も極端ではない。 それでいながら採用する会社側は「人員過剰の人手不足時代だ」と愚痴をこぽし、 雇われる側は「天職に転職したい」と夢ばかり追いつづけている。どちらの陣営 も自分たちがいかに恵まれた環境にあるかご存じないが、一般庶民が夢を追い、 高い要求水準を主張しつづけられるのは文句なくよいことだ。 参考までに、お隣の韓国は教育水準がますます高くなっている。 だが、1997〜1998年の大不況でIMFが乗りこんできて、大企業は一産業一社 というアメリカンスタイルにつくり変えてしまった。おかげで、それまでの 7〜8つの財閥が競争して採用活動を展開していた時代は遠い昔、企業の求人 活動はすっかり衰退している。電機.電子ならサムスン、自動車なら現代に 採用してもらえるかどうかで、その後の人生が天と地ほどもちがってしまう。 同業で生き延びているのはクズ同然のその他大勢企業だけだから、敗者復活戦 もありえない。同じ電機業界でも、パナソニックもあればソニーも日立も東芝 もあるという構造はいま、世界中でも日本だけになりつつある。 ドイツもかっては大きな産業ごとに代表的な企業が3〜4社ずつあって しのぎを削っていた。これがドイツという国家の活力になっていた。いまは そんな状況ではないぜいぜいフォルクスマゲンとダイムラーペンツ、BMWを 抱える自動車くらいしか、複数の企業が切磋琢磨して高い技術水準を維持できる 産業は残っていない。こうして改めて見渡すと、いまや基幹産業ならどれを 取っても少なくとも三〜四社の大企業同士の激しい競争が続いている国は、 日本だけなのだ。あとはどこでも、基幹産業それぞれで国際競争に打って出て 通用する企業は一社だけという「競争」環境になっている。≫ ▼ 情報化によるグローバル化が産業間格差と、一業界一社の時代を作り上げた といってよい。但し、その周辺で、それにとって変わる群れがいることが前提 になる。問題は個人レベルの格差に直接影響すること。日本の産業も大きな 亀裂が出来たようだ。 ・・・・・・・ 3763, ユング ー6 2011年07月15日(金) * この東北大震災を、ユングの「布置」とし日本国家に置き換えてみると! 10年前の9・11テロと、3年前の9・15のリーマンショックで大打撃を 受け瀕死の事態に、今度の3・11の東北大震災と福島原発事故が重なり襲った。 これを「二つの歴史的経済震災」に対する、この東北大震災は「めぐり合せ」 (布置)と考えると、この大地震の意味が見えてくる。 世界的経済震災が二つ 日本に直撃した。それで経済基盤が弱い東北・北海・北陸など地方経済は、 これ以上ないほど疲弊をしていた上に、このめぐり合わせである。ただ偶然が 重なっただけでなく、そこに意味を見出すべきである。 また世界全体からみれば、地球温暖化の中で原子力の是認が流れになっていた 矢先のこれ。「西洋的合理主義に対しする根底からの見直しのサイン」と、この 「布置」=めぐり合わせを見るべきではないか。日本もグローバル化の時代の中、 西洋的合理主義の考え方を、根底から変える機会と見るべきである。また同時に 開放も図るサイン?ではなかろうか。外国人を入れるだけでなく、外国に日本人 も出ていくべき時期。現在の政治体制では日本は成り立たなくなっているが、 現在の日本は自己修正能力が失われている。 この「布置」は、この震災が 最後のダメ出しとして、否応なく壊滅的状態まで個人から国家までの既存の システムの破壊が進むことになる。世界は日本を先駆けとして、その崩壊と 先行きを冷静に学習することになる。これは取ってつけた民主主義と、隷属 国家の末路として捉える。波乱の中で現状を変えるのは、信長か、秀吉のような 下克上で、成り上がってきた者である。 日本も世界も、思い切ったダウン サイズの時期に来ている。 この10年間の、幾つかの自然災害の頻発は、 地球規模の大転換へのサインである。まさに、その時に、9・11、9・15 の経済大震災である。やはり、来年後半にかけて、世界は政治的、経済的に 大津波が荒れ狂うことになる。 その中で、全体が、より合理的な、身丈に あった生活になっていくのでは? 現に、日本は、その一歩を踏み出している。 ・・・・・・・・ 398, ゴリラは人間の隣人 ー1 2010年07月15日(木) ビートたけしと、ゴリラ学者の京大大学院教授・山際寿一の 「ゴリラは人間の隣人」をテーマにした対談が面白い。山際寿一の 「アフリカでのゴリラ研究の現地ドキュメント」を数年前にTVで見た。 ーまずは、印象に残った部分からー ≪ゴリラと人間は97パーセント以上同じ遺伝子を共有しているとか。 ならばゴリラが分かれば人間も分かる?・・ 遺伝子かみると、オラウータン、 チンパージー、ゴリラは「ヒト科」に属しており、人間に非常に近い存在。 サルとの差の方が遥かに大きい。では、「人間と類人猿と大きく違うところは何」 というと、人間は劇を作ること。類人猿のゴリラやチンパンジーは、劇を見て いても意味が分からない。その中に入っていけない。劇中で、AとBという人間 がいたとして、それぞれの行動を見ながら、どういう思惑で、何をしようかと、 劇中の人物に共感しながらみるが、しかしチンパンジーやゴリラは、それが 分からない。彼らは現実に起こって事実からあまり離れられない。しかし 我われは現実から離れて、空想の中でドラマを作ることができるわけ。≫ ▼ ー以上だが、これは人間にもいえること。本を読み込んでない人は現実の世界 から離れることができない。現実を形而下とすると、形而上の言葉の訓練が ないので想像力や空想力が弱い。小説を読むとは、文字から作者の創りあげた イメージの世界に入り込むことである。 本を多く読み込んでいる人と、ほぼ 読まない人とはゴリラと人間の差ほどがある、というと言い過ぎになるか? その位、本を読み、考えることは人間の人間たる所以である。人生設計を前もって 作っておいて、それに従い生きることは自分の人生劇を作ることになる。必死に 生きてきた人は、形而上も形而下の質量が豊富になるので、言葉とイメージは、 それに比例して出来てくる。ゴリラと人間の差は考え、イメージする質量が 圧倒的に違うということになる。情報手段としての言葉がキーワードということ。 街に徘徊するヤクザは、ほぼゴリラの原型の世界とみれば分かるだろう。 時どき弱者を見つけてデモンストレーションをしたりするが、他者への 迷惑は、あれほどかけない。 ーつづく
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2015年07月14日(火)
「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳 * ある若い女性との出会いと、別れ ホッファーに深い矛盾が見て取れる出来事である。人生で誰もが、 経験する分かれ道がある。もし、二人の女性の申し出を受け入れていたら、 放浪者として世に受け入れられた哲学者としての彼は居なかった。別れで一番、 傷つくのが本人同士。こういう傷口から深い思索と、新しい出会いが出来てくる。 時空を超えて悲しみが伝わってくるようだ。 〜その辺りから ≪・ある初夏の朝、レストランから出ようとしていると、赤い列車がシャタック アベニュー駅に到着するのが見えてきた。こんな早く旅行しているのはどんな 人だろう。列車からは若い女が二人降りたが、手には小さなスーツケースを 持っている。明らかに初めての来訪で、列車を降りた所であたりを見回している。 様子を見ているうちに、急に話しかけてみたくなり、足早に彼女たちに近づいて 「何かお手伝いしましょうか」と声をかけた。彼女たちは驚いたようだった。 二人の女は昼と夜のようにまったく対照的である。一人は背が高くてとても 美しく、もう一人はずんぐりしていて、きれいとは言えない。 「手荷物係さん?」とずんぐりした方がたずねた。「いいえ、給仕係さんですよ」 と私は答えた。みな笑った。私は動揺を隠そうとしゃべり続けた。彼女たちは学生 だろうか。大学はちょうど休みの時期で、次の学期が始まるのは数ヵ月先だった。 サマースクールに出席しようとしているのだろうか。それなら、いろいろと 落ち着くまで時間が要るだろう。「とにかく、そのときまず必要だったのは 朝食である。私はスーツケースを持ち、レストランに案内した。私はテーブル をとり、カウンターに行き、オレンジジュースと果物とハムエッグを注文した。 食事中も彼女たちは笑いっぱなしで、私を好奇な目で見ている。きれいでない方 の目は私に対する疑いが見てとれた。私は「心配しないでください。別に私は 頭がおかしいわけでもないし、知らない人に声をかけて朝食をご馳走する 趣味はありません。姿を見かけた時に、話したいと思っただけです。 ・・(略) 彼女たちにはある計画があったのである。ある晩、フレッドが 人生の目的について私を諭した。人間は目的をもっていなければならないし、 自分の非凡な能力を無駄にするのは罪だ、と。彼女はヘレンから最近の物理学 の動向について聞かされていたのだ。そして、私の理論化する才能を生かせば、 奇跡的なことが成し遂げられるはずだし、物理学部の誰よりもすごいことが できる。並外れた数学の力があれば、アインシュタインのようにもなれるかも しれない、と彼女は信じ込んでいた。ばかげた話だった。二人の女性が、 私を驚異の人物に仕立てようと決意している。まったく常軌を逸していた。 私は心からヘレンを愛していたが、彼女たちの期待に応えるために、四十歳 まで残されたわずかな人生を費やすのは、あまりにも惨めだろう。おそらく 物理学部の人たちは、すぐに私が偽者だと気づき始めるだろう。どうして自分 に並外れた才能があるなどと信じられよう。もしこのまま彼女たちと暮らせば、 一時の平和も見出せないだろうと思った。私は一刻も早く行動を起こして、 放浪生活に戻らなければならなくなった。こうして収穫期が近づいたある日、 私は何も告げずに、バークレーを離れた。・・・ ≫ ▼ 何か、ホッファーの傷の疼きが、そのまま井伏鱒二の詩が代弁している。 <この杯を受けてくれ どうぞなみなみ注がしておくれ 花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけ が人生だ> 先短い人生、一時的安住を選ぶか、放浪哲学者の道を選ぶか。 20才代、創業のための自己配転をした節目の孤独感を思い出す。 目指す所が、あまりに遠く、現状に安住できない二重構造の自分が、 存在していた。 極限を乗越えていくのが青春であり、青年である。 ・・・・・・ 4869,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー37 2014年07月14日(月) * 閑話小題 −なぜ、あなたはいつもお金が足りないのか? 『 なぜ、あなたはいつもお金が足りないのか?』小堺桂悦郎著ーに、 45年間の事業で実感した真髄が、そのまま書いてあった。 《 ・・多くの経営者が、「儲けようとして損をしている」わけです。 誰しも、自分から損をしようとする人はいません。ならば、まず徹底して、 損をしないようにしましょうと、私はアドバイスをします。》 のぼせ上り、より儲けようと歯止めが利かなくなり、ミスに繋がっていく。 ファッションなどの不良在庫の発生原因の多くが、売れ筋商品の代替商品がヘドロ化 したもの。 チョッとした違いに消費者は敏感だが、売り手が気づかず仕入れ をしてしまう。 売れ筋がベストとすると、その品切れをベター商品で補おう として不良在庫になって、損失につながる。これ事業も、人生も全く同じ。 10年、20年かけ積上げた利益の保留分が、創業時の周到に準備を重ねた構えを 忘れ、目先のベターに妥協をした結果、損失に変えてしまう。新潟駅前では、 それが駅から一番離れたのホテルと、駐車場。これが、それまでの利益のみ ならず、本体の経営を揺るがす。ちなみにベストは、関越自動車道からの 東バイパス沿い立地。その判断ミスが致命的な戦略ミス。 それを戦術的リストラでカバーをしても、所詮は無理。3年前の結果は、 ベストでなく、ベターの選択の結果である。現在も同じことが言えるのでは? 決して、ベストではない? 流れで、自宅に、そのまま住んでいる。 ところで、私の場合どうだろう? 3年まえも、そうだったが、今日明日の 資金繰りに追われたことは、人生に一度もなかった。それは、むしろベスト でなく、ベターだったのか?「なぜ、人はいつもお金がたりないのか?」と、 問われれば、「万一の備えと、その知識が足りないため!」になる。 ワーストは、ベターの服装を着て擦り寄ってくる。 で、このザマ! アベノミックスは、決してベストではなく、ベターでしかない。 ベストは何? 意図的なブラックスワンで、一度、現状を 清算をさせ、国家非常宣言をした上で、思い切った国家的リストラ。 当然のことだが! グローバル的には秒読みに入っている。 私、個人は、まさに一歩先に・・ いや、そうせざるを得なかった!だけ。 ・・・・・ 4502, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー4 2013年07月14日(日) 『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著 *(末期ガンで早々}逝くも地獄、残る(死に損なうの)も地獄 『どうせ死ぬなら「がん」がいい』と『大往生したけりゃ医療とかかわるな』 を読むと、老いることも、死にゆくことも、決して甘くないことが分かる。 そう遠くない未来を垣間見ているようで呆然とするが、これは目を背ける ことが出来ない。子孫を遺す役目を終えた50歳から還暦辺りになったら、 「がん死」がお勧めという。余命6ヶ月と宣言され、幸運と私に思えるか? 何をしても少しでも長く生きたいと思うのが人情。 近代医学の成果で 長生きをした結果、長生きをし特老に入って死に逝く人を見送り、その悲劇 を実感した著者の率直な実感だから説得力がある。拷問ようなの苦痛を 味わった挙句、息を引き取るのが大半ならば、点滴、薬漬けを拒否し、自然死 に近い状態で死んでいく方が良いのかも。 胃瘻と鼻チューブなどで延命させるのが果たして本人に良いだろうか。 医療サイドは、出来ること全てを注ぎ、延命させるのが基本であり、家族も 見殺しに出来ないという罪の意識が、拷問に近い状態でも生かそうとする。 それは逆に拷問のため生かしておくことと変わらない、のが分からない。 鼻チューブから栄養をとる違和感は半端でないため、患者は隙あらば 引き抜こうとする。そこで両手を縛り付けるが、それは拷問と同じこと。 患者は食べないから死ぬのではない。死に時が来たから食べないのである。 それを無理に生かそうとするため、拷問状態になる。「できるだけ手を尽くす」 は「できるだけ苦しめて地獄を味あわせる」と同じ意味になる。 そうこう考えると早々と死ぬのも、ひとつの選択になる。 末期ガンで早々逝くも地獄、医療で死に損なうのも地獄。 このところ、 中学、高校の同級生がガンや自殺で亡くなったが、著者の見方によれば、 これは生、老、病、死の苦しみを最小で済ませた幸運の持主。老いて逝くのも 大ごとということ。 そうこう考えると自殺も選択肢の一つになる。 そういえば、図書館で断食で自ら命を断つプロセスを事細かく記録した 文庫本があった。食を断つのは自死かどうかだが・・ 元気なうちに何? を用意しておくのも必要なことかも。死ぬのは、生きてきたのだから仕方が ないが、問題は死際の精神的、肉体的苦痛である。 やはり生きているうち今を充実させるしかない。「今ヨリナキニ」である。 それと「今日という日は、残された日々の最初の一日」と、思い味あわなければ ならない。 地獄の瀬戸際で何をみるのだろうか? 幸せだった日々に感謝 しながら、両親に両側を挟まれ光の中、消えゆくイメージを瞑想で中で創れる かもしれない。死際の準備も、この著書にシッカリ書いてある。 次回になるが、なかなか含蓄がある。 母親は痴呆症になる前に、全て準備 をして私に託していった。本当は還暦前にしておくべきことだが、 今でも遅くはない・・ 何事も準備である。 ・・・・・・ 4128, ヨガとは何?という素朴な疑問 2012年07月14日(土) スポーツジムのヨガに参加して4ヶ月になる。‘スロー’ヨガというから 初心者向けだが、腰痛持ちもあって少し厳しい。定員50人に、平均40人位 が参加している。男性参加者が10名位で、片隅で目立たないようにしている。 その中、時どき先生がヨガの説明をする。先日の内容は、「ヨガは瞑想法の一つ。 無念無想になるために呼吸法と、色いろなポーズを取ることで、そこに気持ちを 集中して、頭を空ッポにするためのもの。従って、ヨガが上達したとか、しない とかは気にすることはない」という。なる程!いいことを言われる。週二回、 4ヶ月経った印象は、「腰痛解消のために病院で集団治療をしている感覚。」 腰には良いが、少し痛みが残る。それでも合計33回、ヨガを続けてきた成果が 出始めてきた体感はある。 数十年かけて固まった足腰が、徐々に解けている のがポーズの積み重ねで実感する。ーそこでヨガの意味をネットで調べてみたー ≪ ◇ ヨーガの意味と起源 ヨーガの起源をたどると、紀元前二千五百年程のインダス河流域のハラッパや モヘンジョダロなどの遺跡から、ヨーガの坐像の印形が出土していることから、 その頃を起源としているようだが、実際に「ヨーガ」という言葉が宗教用語として 確認されているのは紀元前五百年前後のベーダンタ時代で「ヨーガ」とは 「馬を車体につなぎ、その馬車をコントロールして、道をはずさず、人生の目的地 へ行くこと」を意味していた。 カタ・ウパニシャッドでは 「真我(アートマン) を車主、肉体を車体、理性を御者、意志を手綱と心得よ。賢者たちはもろもろの 感覚器官を馬と 呼び、感覚の対象を道と呼ん でいる」と述べています。 このことから「ヨーガ」は、馬を車に「つなぐ」が語源であり、意味するところは 「結ぶ」「コントロールを する」「バランスをとる」との意味をもってきました。 又、少し遅れた同時代には釈迦族のゴータマ・シッタルダが悟りを開き、 仏教がスタートしています。このお釈迦様も二十九歳の時、王宮から出家して 山野で六年間修行された後、ブッダガヤで瞑想し、悟りを開かれたのですが、 その間、瞑想をしたり、断食をしたり、野山で遊行した修行が、まさに当時の ヨーガそのもの。その生きたお釈迦様の実際に語った言葉を、後に弟子が書き 残したと云われる「ダンマパダ(法句経)」の中にも、「ヨーガ」という言葉が 語られています。「まさに智はヨーガより生じ、ヨーガなくして智は滅ぶ。 その道理を知りて、ヨーガを行じ、智を増大せしめよ。」「智」というのは、 物事を分析するだけの知識(分別知)ではなく、知に日がついて光あふれた、 命の智恵「英知」と云われています。それを人々に伝える人を、かつて、日知り 「聖人」と云ったのです。このように「ヨーガ」とは、「結びつける」 「コントロールをする」「バランスをとる」という意味と、その「修行法」 「技法」として発達してきたのです。それでは何と何とを「結びつけ」 「バランスをとる」のでしょうか? それは、�身体と心をバランスよく結びつける。�内なる私(真我)と 大いなる我(宇宙)とを結びつける。�人と人をバランスよく結びつけること。 仏教では、それを三宝と云って、�身体と心をバランスよく結びつけ解放した 人間存在を「仏(ブッダ)」といい�宇宙や自然の法則と自己とを調和させる 生き方を「法(ダルマ)」といい、�人と人とが調和し助け合う平和な社会を 「僧(サンガ)」といって尊んだのです。そしてヨーガでは、その方法を、 具体的な生活法(ヤマ・ニヤマ)、運動法(アーサナ)、呼吸法 (プラーナヤーマ)、瞑想法の階梯(プラティヤハーラ、ダーラナー、 ディヤーナ、サマーディ)そして祈りの言葉・神の名(マントラ、ジャバ) 等として、 私達に伝えてきているのです。 ≫ ▼ ≪「真我(アートマン)を車主、肉体を車体、理性を御者、意志を手綱と 心得よ。賢者たちはもろもろの感覚器官を馬と 呼び、感覚の対象を道と呼ん でいる」と述べています。このことから「ヨーガ」とは、馬を車に「つなぐ」 が語源であり、意味は「結ぶ」「コントロールを する」「バランスをとる」 との意味をもっていた。≫が、ヨガの本質。内なる真我と大宇宙を結ぶ修行こと。 10数年ほど前に、散歩で出会った地球の核の一点を擬人化して現在も話を しているXが、宇宙。向き合っているのが真我ということ。 ・・・・・・・ 3762, ユング ー5 2011年07月14日(木) ー「共時性」の幾つかの事例を、<「タオ心理学―ユングの共時性と自己性」 ジーン・シノダ・ボーレン著>から抜粋ー 例1 ある女性が、妹の家が燃えているハッキリした夢をみて、妹が安全か どうか電話でたたき起したところ。まさに、その通り火事になっていて、 電話で目をさましたために命拾い。 例2 ある研究者が高度に技術的で分かりにくい問題にぶつかっていて、 情報がえられず困っているとき、ある基金募集のパーティーに出席した ところ、たまたま隣の席に座った人が必要な情報を提供してくれた。 例3 ある女性がある町にやってきて、昔の同級生に連絡をとろうとした けれども住所がわからず、混雑したエレベーターに乗り込んだところ、 たまたまそこに彼女がたっていた。 例4 ある人のことを考えているとき、電話が鳴る。 出てみると、私がちょうど考えていた相手だった。 例5 私はキッチンで夕食の支度をしながら、夫のジムに向かって、 「テーブルに花が欲しいわ」と言いました。子供達はそのとき外で遊んで いて、私の声の届かない遠くにいました。しばらくすると、娘のメロディが 家の中にまっすぐに入ってくると、手にピンク色の花束をかかえていて、 「ママ、ここにあるわよ」、と言ったのです。 例6 人の死を知る能力のある人がいます。ある人の場合、夢や白昼夢として、 死ぬ人がスーツケースを持ってその人の前に現れるのを見ます。そして暫く すると、そのスーツケースを持って現れた人が、亡くなった知らせが届く。 ▼ 単なる偶然とは思えない、これらを、ユングは、共時性(シンクロ二シティ) と呼んだが、その人によって、その要素の強弱があるようだ。私は、Aーabc、 bーabc、Cーabcの9段階の二番目のAのb辺りか。その人の持っている 一つの感覚であり、それが物理的にあったり科学的に証明されるものではない。 前回も書いたが、事業の立ち上げや、ホテル計画を実行段階に入ると、必ずと いってよいほど、身辺に普段は起らない事故とか、ごく身近な倒産、不幸が起こる。 今回、それが共時性の前段階の「布置」ということを知ったが、今度の当方の倒産 でも周辺でも、事故、大病があった。私の場合、負債債権処理など、あと二年は 要するから、二年間は大病、大事故には心しなければならない。 ところで、 今回の東北大震災。 国家を人間と喩えると、明らかに「布置」の思えてしまう。 次回に取り上げるが、そう考えると、今回の震災のユング的見方が見て取れる。
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2015年07月13日(月)
『泥棒刑事』 元三課部長刑事 小川泰平著 * 犯罪の4分3が窃盗 「窃盗」や「盗難」は、日々の生活で起こりえる危険である。それに関して、 事前に知識を身につけておいた方がよい。 〜面白そうな要所を抜粋すると ≪ ・泥棒は初犯はほとんど逮捕できない。一回で終わりという泥棒はおらず、 常習犯は繰り返す。そのうちに徐々に犯行手口が見え、検挙の端緒をつかむ。 泥棒が犯行を重ねるうち、「あいつは必ずこうやる」という癖が見えてくる。 30年間の警察人生で出会った特徴的な泥棒のエピソードを紹介されている。 ・金庫専門ドロはその場で破るか、持ち帰ってゆっくり開けるかの両パターン。 泥棒は軽業師みたいな小柄な人間が多いが、金庫ドロはその理由で大柄の人間 が多い。しかしクマヒラ金庫は持ち帰れない重量のため、開けるのに時間が かかるので諦めるケースが多い。著者はクマヒラの防盗金庫が破られた話は 聞いたことがない。 ・犯人尾行や、取調室でのやり取り、黒帯犯人の大捕り物や質屋との信頼関係 作りなど、隠語も豊富に盛り込んだ捜査裏話も面白い。 外塀がないなど 「プライバシーがない家」の方が狙われにくい。泥棒に狙われやすい場所は おおむね1階ないし2階と最上階。そして2階でも、ベランダの背の高いところ が狙われやすい。 ・タンスと仏壇から物色するのが泥棒の常套手段。泥棒を捕まえるため質屋 との連携、外国人窃盗団の違いなどが面白い。空き巣の実に7割が窓の侵入。 そして、侵入手口の8割以上が「ガラス破りによるもの」と、 「無施錠の家を狙ったもの」。 ≫ ▼ それでも欧米に比べ、日本の治安は段違いによい。目星をつけた 観光バスに集団スリが車で付いて回るケースが多い。身近で、あまり 空巣に入られた話は聞いたことがない。地方ということもあるが・・ よそ者が目立つこともある。「下着泥棒」の聞きこみにきた刑事が、 「この辺で空巣の話を聞いたことがない」という私の話に、「目立たないが、 アパート内で、結構、多くある」という。アパートの住人は、地元民との 接触が少ないので、伝わってこないのだろう。地元では、長岡花火の日が 狙いどこだろうが、注意勧告が無いということは、泥棒も花火を見ている? ・・・・・・ 4868,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー36 2014年07月13日(日) * 暴力団事務所がホテル至近に二つ! 開業前の一時期に、開設の事務所をゼネコンの現場事務所の背中合わせに、 ベニヤ板一枚で仕切りを置いていた。(その後、東跨線橋近くに移動したが・・) そのゼネコンの現場事務所に暴力団の二人が、恐喝に来て、一人は、ドアの外で 誰も入ってこないように見張りが立ってから、大声で、「何で挨拶の来ない!」 「ここは、どこの縄張りか分かっているのか!」とかの恐喝劇が始まった。 修羅場を経験した私でも、ライブでベニヤ板一枚で聞くのは初体験。 その迫力は、自分でなくとも氷つくほどの恐怖である。現場事務所の主任が一人 になるのを見届けて来たのだろう。しかし現場主任は冷静沈着で、対応していた。 その直後に聞くと『こんなのに金を出したら、市内の暴力団が次々と来ますよ!」 と平然としている。その直後、近くの交番に電話をしても、「その程度では 受付できません!」と軽く受け流されてしまった。しかし、帰宅してから、その 応対に腹が立ち、交番に激しく抗議の電話を強くした。その結果、その暴力団 事務所前にパトカーが数日間、見張ることになった。それ以来、その後のホテル 建設のゼネコン現場事務所には、一切に暴力団は顔を見せなくなった。開業して から分かったことが、ホテルは、ヤクザ、チンピラの絶好の凌ぎの標的。 しかし一度、出したら、その筋に直ぐ知れ渡ってしまう。 当然、30年間、 一度しか脅し取られることはなかった。当時の副支配人は包丁を突きつけられ 脅されたが、そのチンピラ二人は、その後、県外の検問逮捕された。開業後、 1〜2年に一度は巧妙な脅しが定期的?に続いていた。現場責任者が対応するが、 酔客と、ヤクザ、チンピラの恐喝のストレスは、想像の域を超えるという。 ホテルマンの教育で一番初めに受けるのが、客からの罵声に備えた訓練。 お客に扮したトレーナーが、大声で無理難題を言うのを、ひたすら受け流す 訓練。暴力団は、弱みを見せないで迷わず警察に電話をするのが基本だが、 民事と刑事の境目を彼らは熟知し巧妙に仕掛けてくる。何があっても直ぐに連絡 するが、刑事とて公務員、あてにならない! 前門の虎が脅し客なら、後門の狼は 私? 考えただけで、私でも怖ろしい! その後に、暴力団の不当行為をなくす 法律として、平成4年に「暴力団対策法」が施行されたのを境に、脅しが年々、 減っていった。それでも、手口は巧妙になって続いていた。今では、暴力団と 知って宿泊をさせると、宿の方も罰せられる? 事務所も、それを隠して契約 をした暴力団が逮捕されたニュースが流れていた。暴力団にしたら、年々、凌ぎ が厳しい絶滅動物になっている。 30年間、ニアミスは一度も無かったが、 相手も、自動的に交番と、暴力団対策課に連絡する相手は、一番の難敵。 犯罪捜査に積極的に協力するフロントは、私設交番でもある。そこに恐喝など、 無知なチンピラ以外に仕掛けてこないが、それでも仕掛けてくるから・・ 警察は全ては解決をしてくれないが、直ぐに相談する習慣こそ、大事。 一番悪いのは泣き寝入り!そういえば、一晩に43人が宿泊したことがあった。 ・・・・・・ 4501, 閑話小題 ーバランスボール 2013年07月13日(土) * バランスボール 腰痛の本は雑誌などの記事で読んだことがあったが、図書館から借りて 読むのは初めてである。母親が腰痛持ちだが、私もその体質を引き継いだ。 腰痛は昭和38年の長岡豪雪で高校の屋根の雪下ろしでのギックリ腰から持病 になり、現在も完治はしていない。借りた本に、腰痛にはバランスボールが 良いとあった。書斎の椅子にバランスボールを交互に使うことを勧めている。 さっそくHCに行ったがサイズは大・小のうち、その小しかなかった。 小でも大丈夫だろうと1500円で買ったが、やはり小さい。台を置いて辛うじて 使っているが不安定。スポーツセンターのエアロの一つに「バランスボール」 がある。当初、数回、参加したことがあったが今は参加していない。 これは直径80センチぐらいのゴムの厚いもので、この上に座ってストレッチ やエビ反りや、上下のバウンドをする。机の横において腰が疲れると椅子から、 これに乗り換える。まだ3日なので効果は分らないが、直感的にみて良いようだ。 ところが、何時の間に家内が、居間のTV前で椅子がわりに使い出した。 この半世紀の間に、3年に一度位の割合で強い腰痛になっていた。 軽いのは季節の変わり目で、年2〜3度の年中行事。最後に重いのきたのが 4年前の7月で、治るまで一月以上を要した。この時のキッカケが、 「パッション」という腰叩き専用のマッサージ機を購入した時のこと。 あまりに腰が気持ちが良くて、使いすぎて逆に重症の腰痛になってしまった。 それ以来、本気になって腰痛対策を幾つか取り入れた。まずベッドに低反発枕 と低反発マッド。会社の椅子には低反発クッションを。居間のTVの前には 低反発クッションを導入。それ以来、大きな腰痛は4年間、一切ない。 2年前からのスポーツジム通い運動と、16ヶ月間、週二回のヨガ・エアロ の効果もあって、今では腰の重さが五分の一以下の軽さになっている。 特にヨガは腰痛の自己治療と思えるほどで、足腰の歪みを修正してくれる。 借りてきた本によると、椅子に座った状態で、体重の三分の一の重量が腰に かかるというから、私なら20キロである。毎日、4時間近くパソコンの 前の椅子に座るので、その負担が実感している。 ・・・・・ 4127, 閑話小題 ーシネマ 2012年07月13日(金) * 相変わらずのシネマ通い 今年になってから平均して月3回はシネマ通いをしている。少し通い過ぎ? だが値段の割に価値を感じるからだ。エネルギーを持て余している現在、手軽な ストレス解消になる割りに毒は少ない。物語に意識しドップリ浸かるのがコツ。 最近のシネマはデジタル特撮効果で画面も映像も圧倒的迫力がある。 家でもWOWOWなどで映画やシリーズのドラマを見ている。頭には決して 良くはないのだろうが、面白いこと、この上ない。今年に入って特に面白かった のは、韓国映画の「マイウェイ・12000キロの真実」、邦画で「外事警察」、 ハリウッド映画では「バトルシップ」というところ。千円のため、居酒屋一軒分 で月三回は価値がある。 最近では外れは殆んどないが、もし千五百円なら半分 も行かないだろう。映画の開始前に予告が流されるが、それに洗脳されてしまう。 時代背景の家具や服飾を見るのが楽しみ、というのも年齢のため。一つ酒を飲み 交わす場面で、徳利は江戸末期になって出まわるようになったもので、それまで は鉄瓶のようなもので温め、杯についでいた。19Cのロンドンを背景にした 映画は、時代考証を見るだけで面白い。 話は変わるが、先日、家電店で 80インチのTVを見てきた。80万位だが、ここまで大きいと迫力がある。 月3回のシネマ通いは、たまたま面白いのが来ていたためで、1〜2回で充分。 * オスプレーの反対運動 飛行機とヘリ兼用のオスプレーの反対運動、何故、あそこまで反対するのか 不思議。沖縄に配備されると一番困るのは中国で、都合が良いのは日本。 飛行コースを決めておけば、別段、危険ということはない。ヘリコプターの 役割もあるので、飛行機と違って、滑走路を必要としないため何処からでも 離発着が可能である。 反対理由は中国からの裏指示と疑うのは当然である。 沖縄の飛行場周辺の街は、基地のために後から出来たものが殆んどで、わざ わざ基地を街の近くにつくった訳でない何故か誰も、このことを言わない。 嫌な臭いがする反対運動である。 話は変わるが、原発に対するアンケートで、 「全エネルギーの25%を原発が担っているが、15%位が良い」、が一番 多い調査結果が出た。現在の日本は、「原発は危険だが、存続が必要」なこと ぐらいは、分かっている。このままいけば、周辺各国から、寄って集って領土 など資産を毟りとられてしまう。原爆被爆国だからこそ、原爆を持つ権利が 十分ある理屈もある。もう敗戦国の負い目から脱皮すべきである。67年も 経って何が保証である。表立った再軍備をすべきで、原爆を持つべきである。 ・・・・・・・ 3761, ユング ー 4 2011年07月13日(水) 共時性とはシンクロ二シティの訳語で、ユングは、「意味ある偶然の一致」 と言っている。ユングのいう共時性(シンクロ二シティ)の定義を 「臨床ユング心理学入門」 山中 康裕著で、 第一の定義 非因果的連関の原理 第二の定義 「別々の出来事が、互いに因果関連はないが、時間的に 一致してそのつながりに意味が感じられる事態を示すこと」 第三の定義 「別々の出来事が、時空間的に互いに一致して、しかもそこに 意味深い心理的関連が感じられる事態を示すこと」 第四の定義 「心の世界と物質の世界をつなぐものとして考える場合」等、 定義している。 ここで山中 康裕は、「そのような心の現象は実際に多く存在し、従来の 確率論で予測される期待値よりはるかに高い確率で生じている」 *また、河合隼雄は、「希望する人にとっては、共時的現象がよく見える ようになる。共時的現象は、実のところよく生じるが、われわれがそれを 把握していない、と考えられる。「希望する」人は、心が広く開放されて いるので、共時的現象によく気づく」 *ジーン・シノダ・ボーレンは、「自然発生的な共時的出来事は、心の中の状況 が活発に働き、強い情動を帯びるのに共鳴し、それにともなって起こるものです」 「心が霊的に中心化されてくると、タオに触れることによって、積極的に共時的 出来事がおこるようになってくる」「まず、霊的な価値を求めよ。何事であれ、 必要な形あるものはやがてやってくる」「イエスは、人々をみちびくにあたって、 神の国について教え、この最高の価値は人々の手元にあって到達できるものである ということを語りながら、それを求めるように説きました。私には、もしも人が まず神の国を求めさえすれば、現実の必要をみたすために共時性が与えられる であろう、と語っているように思われる」と述べている。 ▼ 私も、この6番目の感覚を得るまでは、半信半疑より、ほぼ否定的であった。 しかし、この感覚が内側から出てからは!一変。作家の佐藤愛子も、この感覚を 身についてから、その経験の本を出している。しかしネットを始めた頃か、哲学書 を読み始めた頃からその感覚は急激に薄れていった。共時性は、人間の持っている、 ある情報器官がはたらいた結果だが、現在の情報端末は、それをはるかに超える。 特にモバイル携帯は、人間の6感を超えて我々の存在のあり方を根底から 変えようとしている。 で、過去分の同月同月をコピーして驚いたが、7年前の 7月13日に偶然、ユングの共時性について書いていた。これも意味深い偶然 の一致していた。 ・・・・・・ 3396, 蛸が、サッカーの結果を予測 2010年07月13日(火) 蛸がサッカーの結果を8試合全部を当て話題になっている。面白そうなので 少し考えたみた。蛸からすればサッカーの勝負など関係がない。ただ、どっちに 入るかでしかなく人間が騒いでるに過ぎない。 とはいえ偶然の一致?が、 8回も続くことは有りえないから、何かがあるのか。 考えられることを挙げてみると ・蛸の予測に自信を持ったチームが勝ち進んだか、 ・誰かが予測をして蛸を人知れずに誘導しているのか、 ・蛸が水槽の外の誰かの顔を見て左右を判断しているのか、 ・上記など全てを直感で判断する超能力がある、 ・人間には知りえない何かの能力がある、等が考えられる。 マスコミが注目をしてたには、それなりの実績があったはず。 諸説が出てくるのだろうが、夢があり面白い。何かトリック?を見つけるより、 そのままにしておいた方がよい。理屈からみれば、何で蛸が人間どものゲーム の勝敗を当てなければならないのか? その理由など一つもない。 当った当たらないは、人間が勝手につくり上げた虚構でしかない。 でも事実、試合前に勝っている方に入っているではないか?といえるが、 その勝ち負けを設定しているのは人間様。8回も当たったという人間様の論理 そのものを疑う必要がある。ドイツの勝ち負けの視点からみている、そこに何か あるとみるべき。とすると、水槽の中で、誰かのサインにしたがっている説が、 有力に思える。 でも、そんなことは、どうでも良い。スペインの優勝より 大きな話題になったから、それで充分である。蛸は三年しか生きないと いうから次回は無理とか。
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2015年07月12日(日)
『泥棒刑事』 元三課部長刑事 小川泰平著 * 窃盗専門の「泥棒刑事」が明かす泥棒の実態 泥棒専門の第三課元刑事が書いた本だから、面白くないはずはない。 30年間、ホテル経営をして中で、常に不審者が数人、宿泊をしていた。 そこに刑事が目をつけて、フロントの宿泊者名簿と、出入りの時間をチェック。 指名手配、挙動不審者をマーク、尾行などは日常茶飯事。その中で、流しの チンピラが恐喝をしてくるのが居るから、目くら蛇に怖じず、そのもの。 日本の警察は凄い。駅前のホテルでのチェックは、防犯からみて、効率は良い。 それにしても、世の中、得体の知れない人間が多い。〜その辺りから ≪ 窃盗には1、侵入盗 2、非侵入盗 3、詐欺盗 4、乗り物盗がある。 ・1の侵入盗とは空き巣のように、自宅や事務所に侵入する泥棒。つまり、 住居侵入罪や建造物侵入罪になる場所に侵入し盗みを働くというものである。 その手口は、空き巣、忍び込み、居空き、事務所荒し、金庫破り、旅館荒し、 官公署荒し、学校荒し、病院荒し、給油所荒し、出店荒し、工場荒し、 更衣室荒し、倉庫荒しなど、多岐にわたっている。 ・2の非侵入盗とは、ひったくりや、スリなど、屋外での犯行をいう。 具体的な手口としては、ひったくり、スリ、万引き、自動販売機狙い、さい銭盗、 置引き、仮睡者狙い、途中狙い、色情盗、等々である。 ・3の詐欺盗とは、窃盗ではあるが、装ったり、ロ実を設けたり、詐欺的要素の ある窃盗のことをいう。手口としては、職権盗、慶弔盗、追出し盗、買物盗など。 ・4の乗り物盗とは、乗り物を窃取するもので、自動車、オートバイ、自転車盗。 こうして見ていくと、泥棒の種類には空き巣狙い、金庫破り、事務所荒らし、 車上狙い、置き引き、出店荒らし、万引き、自転車盗などがあるが、数が最も 多いのは、自転車盗などの乗り物盗である。 侵入盗に関しては、空き巣狙いと、事務所荒しである。そしてこの空き巣と いうのは、「家人等が不在の住宅の屋内に侵入し、金品を窃取する」泥棒をいう。 空き巣の手口というと、千差万別ではあるが、侵入方法ということに限ればある 特徴が見えてくる。まず時間帯であるが、ドロ刑には「宵空き」という言葉がある。 つまり空き巣が発生する時間帯は夕暮れ時が最も多いということである。夕暮れ あたりが薄暗くなりベランダ等への侵入などで人目につく可能性も多くない。 またその特間帯に帰宅するサラリーマンはほとんどいない。そしてなにより、 通常自宅に人が居れば電灯がつく時間に部屋が真暗であるので不在であることが、 一目瞭然なのである。そして夕暮れ時に犯行に及ぶことが多くなるのである。 次に侵入場所であるが、いちばん多いのがマンション、アパートなど集合住宅 の一階である。さらに付け加えるならば都市部において泥棒が狙うのはもっぱら、 マンション・アパートなどの集合住宅である。一戸建ては普通あまり狙われない。≫ ▼ 時どき、玄関のチャイムが鳴るが、誰も居ないことがある。その内の一つが、 泥棒が所在の確認のケースがあるという。日本には泥棒の専門職?が、3千人 存在していて、一人あたり数百件の余罪を持っているという。万引きを含めると、 3〜5%は、危ない線上にあるというが・・ 中学の同級生に一人は、危ない? のが居たことから見て、頷ける。空巣に入られた経験が無いが、知らないだけ かもしれない。「嘘は泥棒の始り」というが、悪い奴は何事も身近から始める! ・・・・・・ 4867,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー35 2014年07月12日(土) * 駅前ホテルと旅館の社長たちの抗議 開業直前のこと、以前の会社の事務長が、わざわざ長岡から近況を知りたいと 開設準備室に訪ねてきて、世間話をしていると、開業予定地の真前のホテル社長 から『これから、伺います!』と一本の電話。 その事務長は長岡近郊で工場を 経営していたが火災のため倒産した経歴を持つ人で、威風堂々としている。 しかし、前の上下関係もあって、私の前では表向きは服従だった! 当人は元社長なので、それは知り尽くしている。その雰囲気の中、地元のホテル、 旅館の主だった社長連中が7〜8人、ドタドタと乗り込んできた。何だろう? と思ったが、要は、税込み3980円の価格破壊に対する抗議と圧力のつもり? ところが、事務長は、その空気に固まってしまったが、それが、彼らに恐ろし そうな人に見えたようだ。 それと、私にすれば15年間の準備期間を持っての 覚悟がある。烏合の衆になった彼らの方が、明らかに恐れているのを見て取れた。 そこで『私は、ホテル・旅館の組合に入る予定は一切ありません。問題がある なら、訴えればよいではありませんか! 名刺を見ると、素人の駆け出しの私に とって貴方たちは、神様のような存在。それが、こんな、抗議をしてくるとは!』 と、我ながら、冷静な受け応え。 彼らは、罵声を浴びせようにも、得体の 知らない恐持ての来客が腕を組み座っている。その人が、私の一言で絶対命令的 に立ち上り席を譲るのを見て、気を飲まれたのが分かった。 第一、グリーン、 ハイマート、ステーションホテルや、その後、自死?した旅館の主も? で、 ここで知ったのは、何とも大らかな世界の存在。で、数分で、すごすごと、何を しにきたのか?曖昧のまま、帰っていった。それよりも、事務長、何と面白い 場面に出くわすことが出来たことか。 それとも極限の恐怖だったか? 私はゼロというより、面白かった!が。現在も、そのまま経営している彼らか、 その子息が、三年前に「そら、見たことか!」と喜ぶ姿が目に浮かぶが、 「それ、逆でしょう?」という考えは、彼らには、あり得ない?毎日が青色吐息 で、この原油高!その世界が全ての彼は、止めるに止められず!万一のシェルター の備えがあるかどうか?「倒産や、廃業は悪い!」の銀行系価値観の盲信が、 自分を縛っていることすら理解できない。人様の財布の中までは分からないので、 これも私の思い込みか・・ 長岡も、新潟も、まずは、根こそぎの価格破壊が 新規参入の役割。だから、地元では創業など、すべきでない。それまでの売り方、 商習慣を破壊するのが新規参入者の役割。だから既存の人たちを根こそぎ否定 せざるを得ない。で、駄目だったら、止めればよい。そこに当然、軋轢が生じる が、それを受け止めればよい。そのまま、結構!である。 ・・・・・・ 4500, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー3 2013年07月12日(金) 『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著 * 年寄りの不具合は、すべて老化が原因か、老化がらみ 現代医療は、「老い」を「病」にすり替える。「病」は、回復の可能性が あるためだが、老いはどうになるものでないのに、病気扱いにし薬漬けにする。 老人性鬱も、老いれば誰でも落ち込む。それを病気といって薬を与えれば、 自動的に薬中になってしまう。で、それが高じてボケを早めるパターン。 保険で薬が安く入手できるので、直ぐに病院に行くが、相手も商売の要素が 強いところ。病気という毒を、違う毒で征する危ない手法を駆使するところ。 ーそこで、この本で面白そうな要所を抜粋ー ・リハビリテーションは、リ(再び)ハビリス(人間にふさわしい)エーション (状態にすること)の合成語で、人間が人間にとってふさわしくない状態に 置かれた時、再びそれにふさわしい状態に戻すことを指し、病前の姿への 復帰を意味するわけでない。以前なら死んでいたものが、死ぬでもなく 助かるでもなく、ただズルズルと生かされている事態が起きる。 ・「死」を、止めたり、治したりすることはできません。しかるに、治せない 「死」に対して、治すためのパターン化した医療措置を行います。これらは、 せっかく自然が用意してくれている、ぼんやりとして不安も恐ろしさも寂し さも感じない幸せムードの中で死んでいける過程を、ぶち壊しているのです。 ・点滴注射もせず、口から一滴の水も入らなくなった場合、亡くなるまでの 日数がどれくらいかというと、7日から10日が多い。 ・「できるだけの手を尽くす」が、「できる限り苦しめて、たっぷり地獄を 味わせる」とほぼ同義になっているといっても、いい過ぎではない状況。 ・日本人は、病気や障害を理由に、甘えて依存しがちです。また、それを許す 傾向にあります。こういうことをしていると、欲しくない時にも、無理やり 口の中に押し込まれるという「拷問」にかけられることになる。 ・死にかけの人間が医者にすがるのも、あまり感心しません。なぜなら、いかに 生きるか、いかに死ぬかは人生の問題、医療で解決できる問題ではないからです。 ・初めから、本人が誰かに何かをしてもらいたくて、自分の足で立とうとせずに ぐにゃぐにゃしていたのでは、両側から無理に抱え上げようとしても、 どうにもなるものではありません。今、老いも若きも、病気は医者に治して もらおう、苦悩は誰かに解決してもらおうという、この手のひ弱な人間が 日本中に溢れています。 ・現在の日本人は若さにこだわり、「年のせい」を嫌って認めようとはせず、 近代医療に過度の期待を持ち、老いを「病」にすり替えています。なぜなら 「老い」は一方通行で、その先には「死」が待ち構えています。一方、「病」 には、回復の可能性があるからです。 ・・・年寄りの不具合は、すべて 老化が原因か、老化がらみです。今さら、医者にかかって薬を飲んでみた ところで、若返らせることは不可能で、根本的には、どうにもなりません。 ・問題は、健康は、人生を豊かに生きるための手段であるはずなのに、それが 目的になってしまっている点にあります。本来、「健康は、こういう生き方を するために、この程度必要」というものでしょう。それが「生き方」もない のに、「健康」だけを追い求めることに、どれほどの意味があるのでしょう。 ▼ 「還暦を過ぎたら、自然体で、あまり病院などに行くな。どの道、少し 早かれ少なかれ亡くなるのだから」と、特老の医師が言うのだから、内容は シリアスである。「表面的に健康に戻すために、毒を盛って、毒を征する」のが 実態なら、毒を毒のまま放置しておいた方がよいというのも筋が通っている。 成人病で突然死した人と、特老などで不自由な生活をおくっている人と、 どちらの生き方を選ぶかというと、どうだろう? 介護生活が平均10年も 残されていると知った現在、末期ガンで余命半年も喜ぶべきかもしれない。 不自由の長生きも辛いということ。 ・・・・・・ 4126, 第一感は叡智である 2012年07月12日(木) 倫理研究所の「日捲り」にあった言葉。 「第一感を働かせよ、これは叡智。 気がついたら間髪いれず実行。」と。出来る人は、これを純粋に実行している。 ひと呼吸を入れると必ず迷いが出る。その前に実行すればよいことを出来る人は 知っている。もし迷いが出ても、「迷った時は、可能な限り実行する」という 駄目押しの信念を持てばよい。即実行をしないと人生、後悔をする。 そこで、「倫理研究所」のHPを覗いたら次の内容があった。 ー 万人幸福の栞17ヶ条ー ー逆も真なりー 1 今日は最良の一日、今は無二の好機 (今日は最悪の一日、今は無二の危機、 と考え一日に挑戦する) 2 苦難は幸福の門 (順境は不幸の門) 3 運命は自らまねき、境遇は自ら造る (運命を考えるときは、 境遇が悪いときだけ) 4 人は鏡、万象はわが師 (鏡を見すぎると、何が何だか分からなくなる) 5 夫婦は一対の反射鏡 ( 乱反射があるだけ ) 6 子は親の心を実演する名優である (子供は、親の歪み?) 7 肉体は精神の象徴、病気は生活の赤信号 (精神は肉体の象徴? 違うだろう。 健康は生活の青信号?これも違う!未病もある) 8 明朗は健康の父、愛和は幸福の母(陰鬱は不健康の父?トラブルは不幸の母? 裏表じゃないか、健康も不幸も?) 9 約束を違えば、己の幸を捨て他人の福を奪う (約束を守るだけでは不足? もう一歩踏み込んだ実行! 無理?) 10 働きは最上の喜び (方向が正しいなら良いが、間違って いれば、働くほど最悪の悲しみの道) 11 ものはこれを生かす人に集まる (使い切った後、いかに捨てるか?) 12 得るは捨つるにあり (得るは拾う人にあり) 13 本を忘れず、末を乱さず (本も、末も叩き壊せ、創造は、そこより始まる) 14 希望は心の太陽である (絶望から、全てが始まる。空即是色である。 希望を目標まで具体化すべき) 15 信ずれば成り、憂えれば崩れる (疑いは、考える第一歩。憂いを乗り 越えてこそ厚みのある実現がある) 16 己を尊び人に及ぼす (人の美点を尊び、その結果、美点を吸収する。 それが己を尊ぶことになる) 17 人生は神の演劇、その主役は己自身である(人生は悪魔‘=欲望’のなすが まま、欲望と後悔の織り成す絨毯である) ▲これが裏表を成すのが人生。だからこそ味わいが出てくる。だからこそ、 明るい視点で人生を日捲りで確認する必要がある。ー逆も真なりーは、 居間で晩酌をしながら下書きしたもの。酔いで歪みが出てきたためか、 すらすらと書けたが・・ 正・反・合の、反。 ・・・・・・ 3760, ユング ー 3 2011年07月12日(火) ユングといえば、「布置」と「共時性」である。 〈次数の関係でカット2012年7月12日ー ブログに貼り付けてあります!) ・・・・・・ 3395, 何故、名古屋の資産家の息子が麻布で? 2010年07月12日(月) 学生時代に30日間、一緒に欧州旅行した男が、何ゆえに麻布で撮影会社の 社長になったのか?非常に興味があった。その話を一昨日に会って聞いたが、 チョットしたドラマ仕立て。撮影会社といえばカメラマンとモデルやタレント、 そしてスタジオが舞台になる。撮影の世界は世間一般とは異質である。 人間関係が広く、うるさい上に腕の差が作品で明らかになる。その世界で麻布周辺 で三箇所のスタジオに80数人の会社を経営をしているのだから、そのプロセスの 話しが面白くないわけがない。その会社を独立させるまでの経歴がドラマ仕立てで 面白い。三時間が瞬く間に過ぎてしまった。プライバシーもあるので具体的に 書けないが、静岡の友人と、その話しを三時間に渡って聞き入ってしまった。 大学を卒業後、普通の会社に4年間勤務した後、実家の貸しビル業に戻ったが、 親父と衝突など色いろあった後、東京の撮影会社に勤務(弟子入り)。 そこは百貨店の商品のチラシやパンフレットの写真を扱っていた。そのうち 一つの百貨店をイトーヨーカ堂が買収した時に、社長がスーパーの写真など 撮りたくないと拒否反応。そのため、わざわざ分社。その会社の責任者になった が、撮影写真一点あたりの価格が百貨店の半額以下にプライスを抑えられた。 そこで知恵を発揮して採算にあうようにした。その結果、ある時点から分社の方 が組織的に大きくなり、稼ぎかしらなった。それを良しとしない社長との対立。 会社を辞めた、ところ過半数が辞めたので、やむなく会社を設立、現在に至った という。そこから一人の男の人生が見えてくる。寡黙な純粋な男だったが ユニークな人生を生きることになるとは驚き。そこの人間関係は非常な華やかな 世界で、有名タレント、歌手、プロ野球の選手など、撮影で接するのが日常とか。 それにしても、学生時代の色いろな友人から見えてくる人生は面白い。 面白か、恵まれているから、会う機会ができるということもある。このリーマン ショック以降、経費削減の影響を直撃しているという。 最後は、人間性、品格で人生がつくられる、ということ。 ・・・・・・・・ 3020.旅する力ー深夜特急ノートー4 2009年07月12日(日) 旅する力 ー深夜特急ノート ー4 「旅する力ー深夜特急ノート」 沢木耕太郎著 読書日記 第三章 旅を生きる * そのたびの最大の幸運は、第一歩を踏み出した所が香港だということ。 のちになって理解することになるのだが、香港から東南アジアを経てインドに 入って行くのには、そこから徐々に異国というものに慣れていくのに理想的な ルートだったかもしれない。気候とか水や食べ物といったものに徐々に慣ていく。 湿気、暑さ、食べ物の辛さ・・。だから、インドに入って下痢をすることも なかったし、どこでもすぐにその土地の食べ物を美味しく食べることができた。 解)そう言われると、成るほどと納得する。登山のように徐々に空気の希薄に 慣れていくのは同じことか。 *私は、何時のころからか、新しい国に入ると、暇そうな人を見つけては言葉を 教えてもらうようになった。しかし、語学の乏しい私には、多くの単語を一度に 覚えるのが難しい。そこで、次第に必要最小限の単語だけを教えてもらうように なった。 いくら 何 どこ いつ こんにちは ありがとう さようなら この二つのグループの7つの言葉さえ覚えていれば、まったく情報のない国に 入って放置されても、なんと切り抜けることがわかってきたからである。 もう一つ、宿も、かりに安宿も、中国人が経営している限りは 最低の清潔が 保たれてしたし、食堂も、どんなみすぼらしい店構えでも、中国人が調理を しては火が通った安全な食べ物を提供してくれる。私は、やがて、どんな ところに行っても、まずはチャイナタウンを探すようになる。 解)世界中どこに行ってもあるのが中華料理店で、味の外れは少ない。 (一番外れが大きいのが和食の店) 何処に行っても、中国人がいるから、 いい加減な料理も出せないのだろう。
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| 5231,思いが人生をつくる ー③ 〜最もやっかいな‘スピリチュアルなプライド’ |
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2015年07月11日(土)
思いが人生をつくる ー③ 〜最もやっかいな‘スピリチュアルなプライド’
『思いが人生をつくる』〜ジェームズ&リリー・アレン著 * もっとやっかいな‘スピリチュアルなプライド’ 人間は程度の差があるにせよ、多かれ少なかれ、‘知的プライド’も、 ‘スピリチュアルなプライド’を持っている。 問題になっている「IS」 の原理主義をみれば、極端なプライドが浮び上がって見えてくる。 それは、ユダヤ教、キリスト教も同じこと。 〜その理由とは〜 ≪・「知的プライド」より、もっとやっかいなのが「スピリチュアルなプライド」。 なぜならこのプライドは、「知的プライド」よりもあいまいで、なおかつ人を 容易にだますからです。「スピリチュアルなプライド」が、同じ信仰をもたない 人に対して「救われない存在」というレッテルを貼るのです。「スピリチュアルな プライド」をもつ人が、「世界はおかしい、すべてさかさまだ。私たちが社会を 正さなければいけない。私たちだけが、スピリチュアルな信仰を啓発することが できる」という発言をするのです。 ・しかし世界は、このような人が生まれる前から存在していましたし、 彼らの信仰する宗教が現れる前に存在していたという事実はどう説明するので しょう? 「自分よりも他人をもっと尊重しましょう」というスローガンは、 明らかに受け入れがたいものです。この「人を混乱させる」スピリチュアルな プライドを排除しましょう! すべての宗教は善であり、神の道を純粋に説いて いるはずなのです。私たち人間はすべて、人生の灯りを探求しており、また 自分たちの灯りに従って生きているのです。そして一番の理想は、その灯り のみに従うこと。すぐ他人よりも優れている人は、すべての人に奉仕しなければ いけません。「知的プライド」を克服する良い方法は、「私たちは無知である」 と知ることで膨大な量の知識、無限の世界、そして私たちが想像もつかない ような概念のことを考えるのです! ≫ ▼ 「自分よりも他人をもっと尊重しましょう」は、一見、素晴らしい言葉。 「自分と同じように他人を尊重しましょう」が正しい。出来ないなら、まず フリをすればよい。人は概ね一ランク〜二ランクは自分を買い被っている。 問題は、自覚できるか出来ないか。出来ないと、他人の揚げ足をとって、 鬱憤を晴らすしかない。だから、世には争いが絶えない。しかし、これなくして 人は生きられない時がある。生きる灯り、これは経験と知識を通し得るしかない。 ・・・・・・ 4866,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー34 2014年07月11日(金) * 開業前の戸惑い 店の先頭に立った切った張ったの千葉・長岡の8年間の生活から、今度は、 小さいが社長の立場。御客との直接接点がゼロになってしまった。しかし、準備 期間の一年は、開業直前までは何もかも独りである。学校に新卒、職安には中途 採用、リクルートには東京まで管理職の募集に行かなければならないが、それら は長岡で経験済み。前宣伝も広告代理店と打ち合わせ、ホテルの備品の購入の 全てを自ら決定していく。それらが、直前に集中するため、加熱状態になるが、 それが面白い? 既存の組織があれば、それぞれの部門の責任者を決め、一つ ずつ対話をしながら決定していくのが、それが無い場合、独り言を口に出して 決めていく。開設準備室のベニア板一枚、隔てたゼネコンの現場事務所の主任が、 それが何とも不気味だと注意もされた。8年ぶりの今回も、独りからの出発。 この慣れには、3〜6ヶ月は、かかるが、戸惑が先にたつ。 全て、置いた 環境が自分を慣れさせる。ホテル開業の数週間前に、学生ショップの開店。 その後、ホテル開業になる。 その間に、色いろなことがあった。 ある30歳前後の女性が、開設事務所に履歴書を持って訪ねてきた。 『私は古町で、学生ショップの会社の事務をしている。ある長岡の問屋の方から、 貴方のことを聞いているが、貴方の経営戦略が面白そうなので、是非、事務に 雇って欲しい』という。私にすれば『エッ何?』の小説のような話。 『商道徳上、いくら何でも、それは出来ないでしょう』といっても、なかなか 引き下がらない。最後は引下がったが、今度は『私が立場上、駄目なら親友が 働きたいというので、駄目もとで、面接だけでも!』と、本人を連れてきた。 それが品が、この上ない上流階級?ふうの御婦人。 私を余程の凄腕と勘違い をしているよう。なるほど、長岡と新潟だけでも、これだけ割りきりが違うと、 思い知った。 もう一つ、開業直前、地元紙に〈学生ショップを併設した面白い ホテル〉の見出しで、記事を書いて貰った。掲載された当日の夕方、自宅に一本 の電話、『私は三条駅前で学生服を販売している者だが、貴方のアイデアの ホテル開業を羨ましく思う。間違いなく成功するでしょう・・』と、一方的な話。 何と答えてよいか分からず、「はい、そうですか、有難うございます」と、 丁重に答えるしかなかった。15年の準備期間を経た立ち上げ。 その戦略を 褒めてもらったり、押しかけが来たり! 世の中は、面白いもの。 その間には、前の会社の、ある社員が訪ねてきて『会社がピンク色?に染まり、 誰一人、真剣に仕入れをしない。あるのは男女間の噂話。このままでは会社が 潰れてしまう。クーデターを起こすので戻って欲しい!』と必死の訴え! 私も命を張った大勝負の時節!で、断ったが、これ、誰にも言わなかった秘話。 その数ヶ月後、会社の危機を議論をした翌日、心不全で亡くなっていた、という。 彼の口癖が『とにかく、この会社が好き!』だった。何とも哀く気の毒な出来事 だった。 この頃から、姉夫婦の立ち上げた会社の不調の噂も流れてきていた。 商売は常時戦場!決して生易しくない。 ・・・・・・ 4499, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー2 2013年07月11日(木) 『大往生したけりゃ医療とかかわるな 「自然死」のすすめ』中村仁一著 *「治療に関する思い込み度テスト」 「私たちの医療に対する信頼は思い込みでしかない」と著者は、医師の立場から 切り捨てている。私も変わっているので、このテストで○は2〜3つしかない。 現在の医療を信頼してはいけないということ。 特に老人は、病院にとって金のなる木。信頼するほど真逆の結果、 搾り取られるだけ!というのも、至極当然。その結果、何とか長生きした先が 特老というのも、極論とも思えない。還暦を過ぎたなら、病院でチューブで 繋がれる道でなく、自然死を選ぶのも一つの選択。 ーその辺りから抜粋ー ≪「医療の鉄則」があります。1、死にゆく自然の過程を邪魔しない 1、死にゆく人間に無用の苦痛を与えてはならない今の医療現場では、この真逆 が行われている。 私が主催する「自分の死を考える集い」の参加者に、 以下のような「治療に関する思い込み度テスト(信頼度テスト)」を行なった。 �ちょっと具合が悪くなると、すぐ医者にかかる �薬を飲まないことには病気はよくならない �病名がつかないと不安 �医者にかかった以上、薬をもらわないことには気がすまない �医者は病気のことなら何でもわかる �病気は注射を打つほうが早くよくなる �よく検査するのは熱心な医者だ �医者にあれこれ質問するのは失礼だ �医者はプロだから、自分に一番いい治療法を教えてくれるはず �大病院ほど信頼できる医者がたくさんいる �入院するのなら大病院・大学病院が安心できる�外科の教授は手術がうまい �マスコミに登場する医者は名医だ �医学博士は腕がいい �リハビリはすればするほど効果が出る いくつ◯がつきましたか? 奇人、変人の多い「集い」では、 ○印がゼロがかなりでした。 �の説明は学術専門誌の編集長・インゲルハイム氏の言葉の引用です。 「ニューイングランド・ジャーナル・メディシン」の編集長は「病気の80%は 医者にかかる必要がない、かかった方がいいのが10%強、かかったために悪い 結果になったのが10%弱」と言いました。4世紀半以上も前の話なのに、 今も反論がないそうです。病気を治す中心をなすのは、本人の自然治癒力です≫ ▼ これでも日本の医療制度は世界一のレベル。病院とはいえ、経営システム が必要で、一番の利益になる老人に、可能な限りの医療を施すのも自然である。 問題は、当人の死に方の選択になる。そのためには、このような視点を知って おくべきである。少しの延命のため、無用の苦痛を与えるのが果たして治療と いえるのだろうか? 40年前に父が大手術の一年後に亡くなったが、亡くなる 一月ほど前にポツリ言った言葉が耳に残っている。「あれ程の苦痛なら手術を しなかった!」と。悪性のガンは、どのみち助からない。なら、人間ドックも 手術も無用ということになる。医者が自然死を勧めるほど実態は薬漬け、 チューブつき。酒を飲んできた人は麻酔の効きが悪いというし・・ 死に際の厳しさは、実際は壮絶だろうが、生き返って誰も証言しようがない。 生きているうち、楽しみ、味わうしかないのか。 ・・・・・ 4125, マネー大動乱 2012年07月11日(水) 「日本と世界を直撃するー マネー大動乱」増田悦佐著 世界の激動する国際金融危機を解りやすくダイジェストに俯瞰した内容。 著者の視点で日本国内のついての悲観論と、欧米や新興国についての楽観論に 対して、まだ日本はマシと論じている。 それぞれの章ごとに、ポイントになる 部分を書き出して、それについて論じてみる。世界のマネーは動乱に入った。 ー 第一章 アメリカは財務省・ウォール街複合体に潰される?! 〜上位一パーセントの総取り! 【 2007年で、最も裕福な1パーセントが合衆国の全ての資産の34.6パーセント を所有しており、次の19パーセントの人口が50.5パーセントを所有している。 要は、二割の人口が85パーセントの資産を占めている。逆に連邦政府が定める 貧困ライン(4人家族で2万2千ドル=180万)以下の生活をおくっている人 が4620万人。人口比にすると15パーセントも存在する。信じられないことだが、 生活保護やフードスタンプ(低所得者向け食料配給カード)など、国や州の援助 がなければ生活が出来ない人が47〜8パーセントもいる。失業率は2008年 初頭で5パーセントだったのが、リーマンショックで10パーセントを一時期 超えたが、去年の秋には8パーセントまで下がってきた。ではオバマの失業対策 が上手くいったかというと、そうでなく、職探しを諦めてしまった失業者が、 労働人口から外れた「無業者」になって、失業調査から外れてしまっただけ。 ・・アメリカの実質世帯所得は5万ドルで日本円すると400万円。 これも下落傾向にある。】 ▼ ネットでその辺を調べたところ、「全人口の上位1%の税引後世帯収入の 割合は1979年の約8%から2007年の17%に上昇、2倍になった。全人口の上位 5分1の富裕層が受けとる税引後世帯収入は、1979年の43%からさらに上昇し、 2007年には53%だった。言い換えれば、上位5分の1の富裕層の総額は、他の 5分の4所得を超えている。」とあった。現在の日本も、同じ傾向にある。 特に地方の衰退は激しい。世界的みて富裕層といわれる人は100万ドル、 日本では1億前後の流動資産を持っている人をいう。だいたい1・8%の 世帯が入るとか。50数世帯に一世帯というと、なる程、そうか?である。 身辺を見渡してみて、豊かそうな人は、その位は持っていそうである。 そういう人たちは、何があっても、しぶとく豊かさを守る知恵がある。 ・・・・・・ 3759, ユング ー 2 2011年07月11日(月) < ユングー地下の大王 コリン・ウィルソンー� > あまりに有名な幻覚?だが、序文の冒頭から以下のような刺激的な内容から 始まっている。 ーまずは、その部分からー 【ユソグは六八歳のとき、日課の散歩中凍った道路で滑って、くるぶしを折った。 その二、三日、はげしい心臓発作に襲われた。彼は病院で酸素とカンフル注射で 生き続けた。ユソグに付き添っていた護婦は後に、「私は、死にかけている人が 一種の白熱光で取り囲まれているのを見たことがありますが、あなたもそういう 光で取り囲まれていましたよ」と彼に語った。この状態でユングは、生と死の間 をさまよった人々によってしばしば述べられてきた幻影を経験したらしい。 その第一は、約千マイルの上空から見られ、青い光に浸された海と陸地のある 地球の幻影だった。彼は、赤味を帯びた黄色のアラビアの砂漠や雪でおおわれた ヒマラヤ山脈を見分けることができた。つぎにそのそばに、彼は阻石のような 巨大な石の塊を見た。 しかしそれは、彼がインドで見たことがある、ある寺院 のようにくり抜かれていた。その入口の近くに、一人のヒソズー教徒が結珈趺坐 の姿勢で坐っていた。ユソグはこう言っている。 近づくにつれて、「私は、 あらゆるものがはがされて行くかのような感じがした。 私が目指したか、 欲したか、あるいは考えたあらゆるものや、走馬灯の様な地上の全ての光景が、 消え去るか、私からはぎとられていった。それは、この上ない苦痛の過程だった」。 そして彼が、そのヒンズ教徒によって、灯心が一杯ともっている寺院内部に案内 されたとき、「私の真の仲間であるすぺての人々」にまさに会おうとしている様 だという確信と、自分の生命の意義と自分が、この世に送られて来た理由が突然 わかったのだという確信をもった。そのとき、ヨーロッパの方角からなにかが 彼のほうへ浮き上がって来た。彼は、それが自分の治療をしていた医者だという ことがわかった。しかしこの医者は古代のコスー医療の神、エスクラピウスの 寺院のあるところーの支配者に変わってしまっていた。その医者はユングに、 「あなたは死ぬことが許されないでしょう。少なくとも三〇人の女性があなたが この地球を去るという計画に抗議をしています」と説明した。ユングは、 その幻影があせるにつれて、深い絶望感を感じた。自分はしぼらくの間死んで いて、それから生によびもどされると確信していた多くの人々のように、 ユングはもどらざるをえないことに憤慨した。その医者が古代の王の形をして ユングのまえにあらわれたので、彼は、この医者は死のうとしている ー実際その医者の死が、彼自身の死の代わりになるのだろうーと信じた。 一九四四年四月四日、ユングがベッドの上に坐ることを許された最初の日、 その医者は熱のために病床につき、その直後敗血症で死んだ。 ユングが、彼の 最後の患者だった。 それは幻影の時期であった。「毎晩私は、もっとも純粋な 至福な状態のなかに浮いて驚いた」。朝が近づくと、彼は「今灰色の朝が再び やって来ると、今灰色の世界がその贈り物の箱をもってやって来る」と感じた ものである。そして彼が肉体的により丈夫になるにつれて、幻影は止んだ。 ユングは幻影を、ある形の夢か幻覚とみなさず、根本的な現実に対する洞察と みなした。「それは想像の産物ではなかった。幻影と体験はまったく現実的な ものであった。それらについて主観的なものはなにもなかった。 それらはすべて、絶対的な客観視をもっていた」。 】 ▼ これは、まさかと思えるほど衝撃的だった。ということは、私には父親が 亡くなって10年ぐらい、妙な霊感が身に備わった。しかし、その直後に 結婚し、様々な事業体験で極限の経験をしてきた中で、その新たな感覚が増強 されていった。この感覚は他人に言っても信じてくれないことは (自分が経験してない時を考えれば)分かりすぎるほど分かっていた。 その中で、この文章である! ・・・・・・ 3394, おテレビ様と日本人 ー1 2010年07月11日(日) この本はテレビの与える弊害を書きつらねている。それも「7人の家族」 「鳩子の家」テレビ・映画の脚本家として活躍した人だから説得力がある。 テレビ局からの一方的な押し付けで思考力を奪ってしまう弊害は大きい。 4万年前の洞窟の絵文字から、人間は考え、それを他人に伝えてきた。 その中から、他者の持つ複雑な考えの意味を理解しようと勤め、 自分の考えを進化してきたのである。そして人間は、「考える動物」として、 他の動物と違って、飛躍的に文化・文明を蓄積してきた。それが、テレビ様 の御かげで、根本から破壊された。人間が創りあげたテレビという機械に、 人間は勝ち目のない戦いをし、それに隷属されている。人生は短いのに、 日本人の総白痴化が、ここで顕著になっている。 経済、政治について語る 日本人の内容の浅いのも「おテレビ」のお蔭という。 「911・考えない・日本人」と合わせ、納得させられう点が多い。 ーまずは、要約部分からー ≪ テレビのない時代、人間が余暇を過ごした方法の一つは読書だったから、 テレビと本を比較すれば言いたいことがわかるだろう。知的な刺激を求め、 人間が本と親しんだその時間の大部分は、今テレビに奪われている。 本には良書と悪書の区別があった。だが今、テレビに「良番組」「悪番組」など の識別をすることはない。あまりに一過性で、人に判断の余裕を与えないからだ。 この番組はコマーシャルをはさんで、すぐ次の番組に移る。 焼け野原の都市に、 本屋の数は少なかった。 古本屋はアリババの洞窟のような魅力があった。 実際本の起源は洞窟から始まっているのだ。 約四万年も前に、柔らかい岩や 粘土に刻み込まれた絵文字によって。人間は自分の考えを他者に伝えたい本能を 持つようだ。また同時に人間は、他者の持つ複雑な考えの意味を理解しようと 努力を始め、自分の考えと同化させる努力を始めた。同意・同感するたびに、 あるいは異論を抱くたびに、人間は人間らしくなっていった。 その結果、 何万年もかけて地球上でたった一種類の珍種哺乳「考える動物」が誕生したのだ。 この珍種が、絶滅一歩手前にきている。本を失い、その代替としてテレビを 与えられ、考えるカを失ったために。もうすぐ人間の最大の敵は、再び歴史 以前、石器時代と同じように、他の動物、野獣たちに戻る日が来るだろう。 考えるカがついてからの長い期間、人間の最大の敵は、無論、人間だった。 それはお互いに自分の損得を優先して考えるようになったからだ。それは単に 金銭、物質の損得への考えだけではなかった。何よりも人間は、人間らしい 人生を送ることへの損得を考えた。 短く貴重な一生を、どうすればより 実りの多い時間で満たすことができるかの損得を考えた。 ( 字数制限のためカット 2011年7月11日)
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2015年07月10日(金)
* 中国が変と言われてきたが、ついに? 〜② 知らなかったが、一昨日の中国の株式市場で、半数近くの銘柄が、商い ストップになった。暴落しそうな会社が、それを阻止するために、自主的に、 売買を停止する権利があり、それを実施したため、半数の商いがなかったため。 こういう狼狽の投げ売りには、目先は有効に働くが、大きなウネリを止めることは 不可能である。それにしても一年で株価が2・5倍の方が、よほど異常であり、 その反動があって当然。株主の8割が一般投資家(日本は2割強)というから、 大暴落が起きたら、国家そのものが大揺れになる。また、信用取引が三倍まで 可能で、当り前のように行われているという。当面は腕力で抑えるだろうが、 次のステージが、どうなるか。 昨日は、世界中が固唾をのんだ一日だった。 * 古希を過ぎると・・ 一昨日、スポーツジムの行くため、車に乗ろうとしたがドアが開かない。 さて、どうしようか?と迷った。バッテリーがあがったようだ。 ・ カード会社の「ロードサービス」か、 ・ 自動車保険に電話をしようか、 ・ 購入会社トヨペットのサービス部門か? と迷ったあげく、 何を血迷ったか? トヨペットに、「どうも、バッテリーが切れたようで・・」 と、電話をしたのが間違いの元。早速、サービスが新しいバッテリーを持ってきて、 既存のものが寿命かどうかも確認なしで新しいのに交換し、「2万5千円」の請求。 電話で「バッテリーが変」といえば、相手は商売。交換依頼と解釈して当然? 「まだ、年金受給者の自覚が足りない」と、家内に嫌味をいわれ・・ 「一年点検時」にバッテリー交換の時期といわれていたような? その辺りの記憶 は曖昧だが・・ まあ、緩んでいるということ! 年金暮し、こういうのが効く! ・・・・・・ 4865,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー33 2014年07月10日(木) * つれづれに 〜事業を通した「力と、遊びと、学びと、その背後の闇」 事業を通して多くを学んだ。その一つが金沢でのこと。追込まれ、気持ちが 深く沈んでいた時、内なる声が浮かんできた。「私は、ここに学びに来ている。 順調で満足しているより、この事態こそが学びではないか。こんな惨めな状態は 二度と経験はできない。現状がマイナスほど、逆にプラスになるはず。 そんなことも分からないのか!」と。そこで現象を改め見直すと、全てが違って 見えてきた。逆境は学び、順境は遊びと、割り切ればよいということか。 3年前も、そのことを思い出し、「こんな経験、二度とない。倒産の当事者に 成りきって、今すべきことを一つずつ処理をしろ」の、内なる声にしたがい 冷静?に取組めた。これは、節目時の対処を何度か経験してきたこともある・・ それをみていた、月次経理監査で30年、来社をしていた税理事務所のJさん 曰く、「楽しんでいますね!貴方は現在、何が起き、どういう立場にいるか 分かっていない?」と、呆れ顔。 それに「分かっていないのは彼方!」とも 言えない。偽悪的にいえば「これで創業から終わりまで起承転結の全てを経験 できる! これは立上げからの行蔵を持った私の45年の最期の仕上げ!」 の気持ちが、身体も心も自由にしてくれていた。 表立った心は沈んでも、 こころ根まで折ることはない。痩せ我慢としても、冷たい視線?に対し、 逆照射をしているしかないが。 ブラックスワンの長期的対策をしてない中小企業の9割?以上の方々が、 その視線で、面白おかしく中傷している自分の姿が分からないのが、ブラック ジョーク。 他人には、隠れた45年が見えないし、見ることもない。学び、 遊び、働きと、それらから解き放された自由な心、の4分類で考えると、人生が 鳥瞰して見えてくる。 「学び」を切口にすると、マイナスの出来事が真逆に 見えてくる。「遊び」も同じ、現象そのものを遊べばよい。失敗も、遊びで 括ると、ケセラセラ!に、思える。「働き」で括ると、戦略的失敗も、無我夢中 だから・・になる。全てが意味(価値)づけが可能ということ。この3つの 括りも、宇宙的括りの解き放された自由な切口で、包み込めばよい。 死んで3日もすれば、300年前、死んだのと同じになるのだから。 人生の鳥瞰は面白い! ・・・・・・ 4498, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー1 2013年07月10日(水) * 現役医師の「自然死」のすすめ 『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著 以前から、新聞や雑誌などの見出しをみたり、書店で立ち読みをしていた本 だが、偶然、図書館の返却コーナーで見つけ、読んでみて驚いた。現在の医療の ありかたを根底から否定している内容である。生殖能力を終えた動物は、延命 などの無駄な努力をしないで自然死をしなさい。その無駄な努力は、医師など による洗脳によるもの。それも特老施設の配置医が、長生きしている特老の死を 見るにつけ、薬で何とか生き延びた結果の、痴呆老人の目線から、書いている から考えさせらる。 =まずは、概要の部分を抜粋する= ≪ 医者にも格付けがあって、大學病院の医者が頂点で、旧国立病院や日赤、 済生会、県立、市立などの税立病院と続き、次が民間の大病院、中小病院の 医者で、一番下が町医者といわれる開業医で、老人ホームの医者はさらに その下ですから、いわばホームレスレベル。ですかから、県立病院の部長で あっても、開業した途端に最下位の町医者に転落するわけです。 世間では、「そんな小さな町医者では駄目」というのがふつうなのですから。 考えてみれ当然です。・・ ・・配置医はホームレスレベルという構図です。その老人ホーム勤勤も12年目 に入り、最後まで点滴注射も、酸素吸入もいっさいしない「自然死」を数百例も みせてもらえる得がたい体験をした。病院では、最後まで何かと処置をします。 いや、しなければならないから、「自然死」はありえません。在宅における死も、 ふつうは病院医療を引き継ぎますから、ほとんど「自然死」はないっていいで しょう。また、医者の方も、何もしないことには耐えられないでしよう。 しかし、それは、穏やかな死を邪魔する行為なのです。ですから、殆んどの医者 は「自然死」を知りません。人間が自然に死んでいくのを、見たことがありません。 だから死ぬのにも医療の手助けが必要だなどと、いいだすのです。 「死」という自然の営みは、本心、穏やかで安らかだったはずです。それを、 医療が濃厚に関与することで、より悲惨で、より非人間的なものに変貌させて しまうのです。世の中で、一番の恐がりなのは医者でしょう。それは悲惨な 死ばかりを目のあたりにしてきたせいだと思います。・・ がんでさえも何の 手出しもしなければ痛まず健やかに死んでいきます。 以前から死ぬならがんに限ると思っていました。近年、年寄りのがんの自然死 を70〜80例みて、確信に変わりました。繁殖を終えた年寄りは「がん死」が 一番のお勧め。「手遅れの幸せ」を満喫するには、「がん検診」や「人間ドック」 など受けてはなりません。病院通いが多いのは、医者たちが、「健やかに老い なければなりません」と洗脳してきたせいもあります。今、年寄に対する、重圧 は、かなりのものは、健康食品やサプリメントの売れ行きをみれば分かります。 本来、年寄りは、どこか具合の悪いのが正常なのです。不具合のほとんどは 老化からがらみですから、医者にかかって薬を飲んだところで、すっかりよくなる わけはありません。昔の老人のように、年をとればこんなものと諦めることが必要。 ところが、「年のせい」諦めようとせず、「老い」を「病」にすり変えます。 なぜなら「老い」は一方通行で、その先には、「死」がありますが、病気なら回復 が期待できますから。人は、生きものである以上、死ぬという運命は免れません。 最先端医療といい、再生医療といい、所詮、「老いて死ぬ」という砕内での話です。 年寄りは、あまり近づかない方がいい。≫ ▼ ‘まえがき’の一部だが、これが概要である。これを読んで、さっそく、 『どうせ死ぬなら「がん」がいい』という近藤誠と著者・中村仁一の対談集を 買ってきた。まだ目を通した段階だが、多くの共通点がある。上記の‘まえがき’ の内容である。ガンには良性と悪性があって、悪性は、どのみち助からない。 それを延命するのが果たして当人に良いのだろうかという素朴な疑問がある。 裸の王様ではないが、誰が声高に主張するかだった。それを放射医と、特老の 配置医が公にしたのだから反響は大きいの当然である。この本も特老の医師と いう視点で、壮年以下の年齢の人には当てはまらないが、参考にする部分は 多くあるはず。根底から私の先入観を覆す内容である。そういうこと! ・・・・・・ 4124, 老後の備え 2012年07月10日(火) 「老後に後悔しない10の備え」三浦朱門著 ー� * 老後の備え ーあってもなくても、虚無 学生時代に社会学を専攻した。社会といえば人間の集団をいう。個々にみれば 人間学ということになる。人生とは、その人間の始まりから終わりまでをいい、 老後は最後の2割ぐらいの時期。その備えを人生の半ばの中年期から如何に 準備するかを問うているのが、この本。その時々に、やるべきことを明確にして 全力で生きれば老後の備えなど考えることもないが、とはいえ、長年かけた準備 は必要である。 私の場合、何度も書いているが「50歳代の10年間に30年分 の人生を生きること」が人生の最終の備えの仕上げであった。 この御陰で60歳になってから、精神的に非常に楽になった。し残したことが 少ないという実感は他人に対しても自分に対しても余裕を持てる。40年近い 事業人生は常に最悪の事業破綻の心配が纏わりついてきた。その恐怖感が逆に リスク管理をさせることになった。 倒産すれば全て失うし、失業保険もないし、 退職金もない。まる裸になってしまう。その危険の海の中でこそ智恵が出てくる。 しかし、想定外の事態が起こるのが事業。その事業破綻の備えは人生の備えと 大きく重なる。破綻の備えを事業計画の組立の中に入れておくのは基本である。 私は、第一に「家族は事業に直接関わりを持たせない」であった。家業と事業 の違いは、会社規模に関係なく家族・親戚を事業に関わらせているかどうか。 家業は家業で、それはそれで良い。ただ危険度は高いが、長年かけた備えの知恵 がある。家内の実家を見ていると、つくづく感じる。何があっても生き延びる 体質がある。長年かけた老後の備えに、日記帳的記録を書き続けることがある。 私の場合、このブログ。大きな挫折で虚無に陥りそうな気持ちを何とか支えて くれている。 この著書は、「老後に後悔しない10の備え」を勧めているが、 老後に至った現在、「今から」より、「今更」の内容。 行蔵の中身の質量を 高めておけば、それが老後に生きてくる。 それぞれの人の視界にみえる地平線 内の景色は、その人だけのもの。目先の生活の心配をしないで済む余裕があれば 良いが、時代が時代で一寸先は闇である。その中にあって、孤独に耐えらる教養 と趣味。この二つをベースとした構えを中年から本気になって構築すべきである。 ところで、老後という言葉。死ぬまで、その人に纏わりつく不安の化物にも思える。 それは還暦から20年以上も生きなければならない分、大きくなっていく。 人生は何とかなるもの。何ともならない時は、自分は無になっている。 だから「いま・ここ」で、精一杯生きるしかない。ただそれだけ。 ・・・・・・ 3758, ユング ー 1 2011年07月10日(日) < ユングー地下の大王 コリン・ウィルソンー� > 15〜6年前に、この本を買って読んだ時の衝撃は現在も残っている。 それ以前にスェーデン・ボルグの霊に関する本を読んだことがあったが、 この序文からして、一挙に著者によって、「ユング」の異様な世界に引き 込まれてしまった。6年ほど前に、文芸春秋の誌面で立花隆が、「ユング」 について、書いた時、ここで取り上げた。ユングといえば、超常現象と霊に ついて、心理学者として真正面から向き合った人である。それでフロイトと 袂を分かった。日本では河合隼雄と秋山さと子が、ユング研究で知られている。 また江戸時代に明恵という坊様が、夢世界の著書を書いている。 著者のコリン・ウィルソンは、これまた面白い人物で、「アウトサイダー」 以来一貫して、「現代人の精神の貧困を問題視し、その原因と克服の道は何か」 を問い続けてきた人物。この著書は、序文から終わりまで、息をつかせない ぐらい濃い。 オカルト、共時性(意味ある偶然の一致)、能動的想像など、 ユングの神秘的側面を明快に説いている。この本を読み返したと同時に、連日、 不思議な夢を見ている。私の人生の節目時に、ユング心理学を通して自分を振り 返るに丁度良い機会と、怖いが、オカルト世界を再度、覗いてみたい。 一笑にふすなら簡単だが、この世界は踏み込んだものしか知ることが出来ない。 この10年哲学を独学してきたので、オカルト世界を探索し戻ってくる命綱 (哲学が)と気休めもある。ユングは、内面の対話を重視した心理学者。 ソクラテスの対話法にも影響され、患者との対話と、バランスを重視した。 「汝自信を知れ」を潜在意識に求め、それまで科学者がタブーにしてきた オカルト世界の神秘世界に正門から入っていった。ユング関係の本を数冊、 目を通しため、毎日、明らかに潜在意識の地下世界の夢を見ている。 この手の世界は自分の内面の意識下の何かを刺激する。 以前から、ここでも 書いているが、人より強い?霊感が私にある。ネット世界になってから、 この手の話題は静まった。 直感、霊感より、ネットによる認知が強くなった のでは?と思われる。何が今さらユングだが、でもユングはユングである。 それで何を知ることが出来る? 宇宙の外のXとやらを何でもよいから、 ネットで公開したら良いではないか。神秘主義など、情報不足のなせる技。 で、終わってしまう。 ・・・・・・ 3393, 閑話小題 2010年07月10日(土) * お金の恐ろしさ 金の持つ威力、魔力は今さら言うに及ばない。では、その恐ろしさを本当に 知っているかというと疑問? その魔力の金を金融工学で創りあげ、破壊した のがアメリカである。 金があれば世界の9割が自由になるし、無ければ今日 明日の飯の心配をしなかればならない。1万円を持って千円の買い物をするのと、 1千円を持って1千円の買い物をするとでは気持ちの余裕が違う。身近で金に まつわる人間模様を見ていると、その恐ろしさを実感する。親戚が親からの 相続で大金が入ったところが、人相と着ているものが様変わをした。 環境=条件が人をつくる典型的事例である。逆の話しは幾らでもある。 だから、その恐ろしさを充分に知り尽くさないと・・・・ * 再びユーチュウブについて考えてみる! (字数の関係で中間カット2012年7月10日) * 不機嫌とイライラ 歳をとるとともに人間は円熟していくと青年期までは思っていた。 ところが社会に出て、仕事を通してみる年寄りは機嫌の悪い偏屈の人の方が多い ことに気づいた。 30年前から駅前で事業を始めて出あった老人の何割かは、 明らかに不機嫌とイライラの塊のような人が多いという事実がある。 しかし今度は自分が60歳を過ぎた辺りから、イライラが多くなってきた。 それは肉体の老化の上に、精神の老化もある。あの出会ったイライラした 老人の不快を自分が、その歳になって始めて気づいたのである。 なるほど人生は60歳までと曽野綾子が述べていたが、その一端が分かってきた。 それと社会は年寄り向きには出来ていない。円熟なんぞは、年寄り仲間でしか 通用しないのも、道理である。むしろ不機嫌、イライラは避けることの出来ない 事態と割り切って、人に見せないようにカモフラージュすべきである。 自分もそうであるように、同年代の知人も老化現象が起こっている。 他人から聞いた片耳で喧嘩を仕掛けてくる、それを、待ってましたとばかり 受けて立つ、というような老化現象を自分にみる。先のことを考えられなく なると、過去の経験がフラッシュのように思い浮かぶ。40年前のことを思い 出して独り怒ってみたり、ニヤニヤしたり、年老いた幼児である。 これが高じると痴呆症ということか。 晩年は、冬景色ということか。
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| 5229,閑話小題 〜中国経済が変と言われてきたが、ついに? |
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2015年07月09日(木)
* 中国が変と言われてきたが、ついに? 数日前から、中国の株式が変である。昨年7月以来、株価が2.5倍なら、 当然、反動がくる。それにしても、半数近くが売買停止とは、異常事態である。 これが、隠れていた世界恐慌の現出のキッカケにならなければ良いが。 〜以下は、ネット上のニュースだが、どうなることか? ≪ 中国リスクへの警戒感が市場に広がっている。上場銘柄の約半数が売買停止 となる「異常事態」にグローバル投資家は、株式や商品などのポジションを 手仕舞い始めた。実体経済への影響も懸念され、金利は低下、リスクオフの 円買いも出ている。・・ 8日の中国株式市場の上海、深セン取引所では約1300社の企業が売買停止。 全上場企業2808社のうち約45%が売買できない状況となっている。・・ 中国株が下落したこと自体を、市場関係者が驚いているわけではない。 上海総合指数は年初から60%、昨年7月からは2.5倍という急上昇を みせてきた。 ≫ * ギリシャの末期現象と大阪都構想の破綻 ギリシャが、EUのギリシャの改革案の是非で、大方の予測に反して、 「ノー」を主張する現首相を支持をする選挙結果に終わった。この結果を 携えてEUと交渉するというが、本末転倒は誰の目にも明らか。 気の毒だが、「ヨルダン化」「レバノン化」の茨の道が待っている。 国家とはいえ、『金が無いのは、首が無いのと同じ』。首無しの彼らが、 地中海のエーゲ海を背景に右往左往する見苦しい姿が、現実問題として、 目の前につき付けられる。ところが、これが近未来の日本の姿である現実を、 誰も語らない。 橋下の『大阪都構想』が、僅差の投票で破綻したが、これと 何か似たところがある。全国各地から大阪市と大阪府の二重行政の甘さに惹かれ 移住してきた連中は、無駄の廃止など、もっての外。その彼らに判断の一端を 委ねることが誤り。その点、ギリシャも同様。 オリンピックの、お祭り騒ぎ の日本国家も同じこと。ギリシャはEUが見捨てないとタカを括っているが、 果たして、そうだろうか。残留ならドイツのEUの離脱もあり得ること。 ある日、EUもギリシャも、怒涛のような金融の大混乱が生じて、特に ギリシャは国家破綻の可能性が強い。 日本の近将来の行方が見ものである。 その時、誰も助けてくれないことが理解できないのだろう、彼らには、 いや、日本もである。 〜以下は、あるHPのコラムだが・・ ―― 何もおきなければよいが・・ 《 本欄7月7日付け「9月リスクに身構える市場」で挙げた、米利上げ・ ギリシャ危機・中国株不安の3つのリスクが早くも共振現象を引き起こし、 市場を揺らせている。なお、引け後の日本時間朝6時台に、ブリュッセルで ユンケル欧州委員長とトゥスクEU大統領が記者会見。EUホームページで 伝えられる発言は、語気鋭い。「合意できずば、ギリシャは破たんし、 国内の銀行は倒産する。それはないという錯覚に陥っている人がいれば、鈍感と 言わざるをえない。」(トゥスク氏) ユンケル氏は「ギリシャのユーロ離脱は 回避したいが、ユーロ離脱に備えた詳細な計画も既にある。」と明かした。 市場では、「プランB」と呼ばれる非常時対応計画。 独ビルト紙も、 メルケル首相がブリュッセルに持参する「5項目プラン」の中に 「ギリシャのユーロ離脱のケースも含まれる。」と報じている。 たしかなことは、今週中が、ギリシャにとって「ラスト・チャンス」ということ。 「もはや時間的猶予は数週間も無い。」と語られる。 ECB(欧州中央銀行) 保有のギリシャ国債(35億ユーロ)償還が7月20日に迫ることを考慮すれば、 ギリギリの期限設定と言えよう。》 問題は、今日、明日である。 ・・・・・・ 4864,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー32 2014年07月09日(水) * ホテルと学生ショップのオープン ホテル一角の学生ショップは、メーカー社長と新潟市内の販売権の移動も話が ついていた。 更にペガサスの立地セミナーで確実に値上するはずのバイパスと 生活道路のクロスしたポイント箇所を把握、長岡郊外の二つの更地を購入した。 それが数年で倍近くに値上がりをしていた(税制の関係で5年後売却)。 千葉・千城台ビルの売却資金が、次期計画の基礎資金を予定。 後で気づいたが、この二ヶ所こそが、郊外型ビジネスホテルの立地。それを薄々 気づきながら売却したのが、私の限界。当時、郊外型ホテルに取り組んでいたら、 数十棟のホテルチェーン展開が可能だった。しかし、リーマンショックで、 これも間違いなく壊滅の道を歩んでいたから同じ! 現に郊外型ホテルのルートインとαー1が、現在、苦境に陥っている。 振り返ると、節目の時々こそ、アップスケール(脱皮)の機会があった。 予定挫折で節目を自ら作り、転進した時にチャンスが生まれていた。 そこで、孤独、孤立に自らを置いた第一歩からから、創業が始まる! 決断をして、大風呂敷を広げ、行動を起こしてしまえば、もう後には引けない。 しかし今度こそ、白紙である。目先の問題は、経営計画書の作成と、ホテルの設計と、 千葉・千城台ビルの売却。それと、有り余った手持時間を使った「宅建資格試験」の セミナー通い、から出発。 フロントやベッドメイクなどホテル業務など何も知らないため、ただ呆然自失。 そこで考えたのが、ホテルの一括の運営委託。その場に立てばこそ、知りえたこと。 最終的には、ビルメンテと、ベッドメイクだけにして見積もりを4社に取ったところ、 開けてビックリ玉手箱! 47万、140万、240万、320万である。詳細を 見ても同じ。何で、これだけの差が? とんでもない世界に自分が飛び込んで しまったことを改めて実感した一現象である。最終的に、これにフロントの夜間 委託を加えた。そして片腕の人材、これが、帯に短し、襷に長しで、見つからない。 最後の最後に、リクルート本社の中途採用部門を通して、マネジャーを採用する。 その他の学生服ショップとフロント要員は、中途採用と新卒を6人を採用した。 オープン前に、何日か研修したが、寄せ集めのため、バラバラで手ごわい相手。 その上に学生ショップのオープンでは、学生服メーカーの思うまま、なすがまま。 相手は既成の組織がある上、内装費の一千万円近くを出させてのだから、耐える しかない。 次は、付属のレストランである。そこで、コーヒー卸「Sコーヒー」 の営業担当に相談すると『任せてください!そんな難しくはないですよ。一人、 面白い男を紹介するので、任せれば良いですよ!』で、開業直前に本人が乗込んで 無事にオープン。 そこで飲食業界の一種独特の世界を知る! ホテルなど、 よくぞやったもの! 全てが綱渡りで、赤裸々の自分が露出するが、それこそが 己を導いてくれる。 咽喉過ぎれば熱さ忘れるから人は生きていける! ・・・・・・・ 4497, 怒らないって本当は恐い! ー12 2013年07月09日(火) * 怒らない作法 『怒りの作法』小川仁志著 矛盾しているが、ここで「怒らないという方法」について言及している。 ≪ 怒らなくても問題が解決する時に、あえて怒る必要がない。その場合、静観 する勇気も必要で、淡々と処理をする。相手が怒っている場合、特に注意すべき。 ネガティブの人、卑小な人を相手にすると、同じレベルまで落ちる危険がある。 ニーチェは、他人の成功を妬んだり、自身の弱さを他人への復讐心に変えていく ような人間を「ハエ」と表現、そこで「そんなハエを叩いて人生を過ごしては いけない」と警鐘。もう一つ、人間が一人考え行動できることに限界がある。 そういう限界に謙虚になるのも必要なこと。怒って解決できる物事ばかりでない、 気が熟するの待つことも必要である。その間に、知恵を増やすか、仲間を増やし、 力を増やしてから、改めて怒れば良い。その意味で、信長型ではいけません。 待つという意味では秀吉型でも足りない、家康型でなければいけません。・・≫ ▼ 一連の事業撤退のプロセスで、地方経済の惨状認識の実感と周囲の段差に 驚き、怒りさえ感じた。商売柄、津波の到来が早い立ち位置にあっただけだが。 ニーチェは「ハエ」と表現したが、私は「シラミ」である。そういう私もシラミ だが、ただシラミを自覚している。いや自覚できないのがシラミだから? 私は?・・ だから、そろそろ気持ちに余裕が出来て、改めて見渡すと、 危険度が増しているのが分かる。民主党も酷いが、自民党も酷い。あの戦犯の 二人が首相と副首相になり、更に悪い間違いをしようとしている。その付けを 支払うのは国民である。その自民党に国民が多く支持いているのだから。 確かに政治的にみて憲法改革は必要。甘い餌で釣ることもありだが。 怒るには覚悟がいるが、怒らないことにも覚悟がいる。その場をともかく 遣り過し、タイムラグを置く。 そのため「シラミ」と頭の中で繰り返す。 これが一番、効果があるが、「三ヶ月に一度は、嫌なことはあるもの」と覚悟。 面白いもので慣れ。シラミ、ハエは事実は事実であると確信すると割り切れる。 「娑婆娑婆」である。その意味で、この経験は私の人生の物語にとって必然 だったことになる。 受け止め方の問題でしかないが・・ ・・・・・・ 4123, 予言の書「日本の自殺」 ー11 2012年07月09日(月) * 戦後民主主義の弊害 アメリカに与えられた擬似民主主義を、現在でも大事に守っている府ぬけた 日本も、ここまでくると呆れ果ててしまう。まずは憲法改正と、原爆所持は最低 条件である。そして海洋国家として空母を7〜8艘の配備をすべきである。 決して極右的発想でない。 中国と北朝鮮が隣接して隙を伺っている現実が、 その必要性を求めている。この国民では無理だろうが・・・ ー次の箇所が正しく疑似民主主義の徴候を書き出している。 所詮は、アメリカに充てがわれた民主主義国家。 【 平等主義のイデオロギーに限らず、「戦後民主主義」という名の疑似民主主義 のイデオロギーは、すべて現代1975年時の日本の「自殺のイデオロギー」と して機能している。それをわれわれが疑似民主主義と呼ぶ理由は、それが民主主義 本来のあり方とは似て非なるものだからである。それは混沌とした意識にとっては 確かに民主主義と大変類似したものに見えるかも知れないが、決定的に重要な いくつかの本質点において、本来の民主主義とは明確に異質のものだからである。 〜疑似民主主義は次のような幾つかの特徴を持っている。病理診断の言葉を使う ならば、これを疑似民主主義の徴候群と呼んでもよい。 * 疑似民主主義の第一徴候群は、その非科学的性格である。疑似民主主義は、 イデオロギー上の独断的命題の無批判的受容から出発する。 そのドグマに従って行動するなら、必ずや全人類の解放が実現され、 一切の社会問題が完全な解決をみるであろうと、そのイデオロギーは主張する。 その命題は唯一、絶対的なものであり、完全で、誤りなきものである。 問題の鍵は、どれだけ多くの大衆が、どれだけ強く、また熱烈にこの福音を 信ずるかにかかっている。 「信ぜよ。さらば救われん」なのである。 * 疑似民主主義の第二徴候群は、その画一的、一元的、全体主義的性向である。 多数決原理の誤った認識の仕方に端的に示されている。疑似民主主義は本来、 多元主義のための一時的、かつ極めて限定された調整のための手段、便法として 工夫された多数決を、一元主義、画一主義、全体主義のための武器に巧妙に転用 するのである。 多様なものの見方の存在を否認する方向で作用することになる。 * 疑似民主主義の第三徴候群とは、権利の一面的強調の仕方にある。 疑似民主主義にとっては、義務も責任もどうでもよいことである。 できるだけ権利、権利と主張し、取れるだけのものは取り、しかも 義務と責任はできる限り拒絶する。 * 疑似民主主義の第四徴候群とは、批判と反対のみで、建設的な提案能力に 著しく欠けるということである。個人や社会のアラ捜しをすることは、 易しいが、問題解決の提案は骨の折れることであり、責任も生じる。 * 疑似民主主義の第五徴候群とは、エリート否定、大衆迎合的な性格である。 真の民主主義はエリートやリーダーシップを否定するものでないばかりか、 それに重い責任を課するものである。専門家を否定し、リーダーシップを 否定するなら、その結果として、どうしようもない衆愚政治の泥沼に落ち 込んでいくほかない。 * 疑似民主主義の第六徴候群とは、コスト的観点の欠如である。 疑似民主主義は、その権利主張の一面的性格、提案能力の欠如、 大衆迎合主義などから、大衆の気に入りそうなことを並べたてるだけで、 その制約条件を覆いかくそうとする。こうした偽善的なポーズで、大衆の 人気取りをしている限り、国家は破産し、社会は滅亡するしかないのである。】 ▼ 以上の懸念のとおり、これらの症候に冒された隠れ社会主義政党が与党に なった結果、収入の二倍の国家予算を組み、動きが取れない事態をつくっても 平然としている。それも国民が擬似民主主義の徴候群におかされた結果だが、 それにしても酷い。 ・・・・・・・ 3757, 下流の宴 2011年07月09日(土) NHKで「下流の宴」という面白そうな連続ドラマをあったが、見るほどで ないと見過ごしていた。しかし、先日の夕方に二回分の再放送を見て、そのシビア の内容に苦笑してしまった。エリート・サラリーマンの母親(医者の娘)の息子が 中卒でフリーター。 何とか受験校に心を入れ替えてチャレンジさせいのに、その 彼女が、母親の目には下流家庭の娘。その娘に、「私は医者の娘、旦那も一流会社 勤め。貴女のような家庭とは身分が違うのです」と言い放つ。しかし、その旦那は、 リストラ対象で自分たちも下流に?なろうとしている、で・・・侮辱を受けた娘は、 「私が医大に入学すれば、結婚を許してくれますか?」というところで、終わった。 しかし、これはあくまでドラマでしかない。小中学校の基礎が出来てない人が、 猛勉強で今さら! が現実。私の一番上の姉が、その母親に考え方がそっくり。 婿取り娘で、長岡社交界が彼女の庭。彼女が意識している庭の住人は、上流だとは 当時も、現在も私には思えないから喜劇にしかみえない。もちろん、その人たちは 上・中流など全く意識にはない。自分のことを一番知っている? しかし学歴と 学力のない姉は付き合いを、その庭の人たちに絞り、見栄に全てを入れていた。 (字数の関係上カット、2012年07月09日) ・・・・・・・ 3392, 911・考えない・日本人 ー8 2010年07月09日(金) 「911・考えない・日本人 」林 秀彦 (著) 著者の哲学についての解釈が書いてある。自身の言葉だから、納得する。 特に「哲学することの要点は、驚異と認識、懐疑と確実性、自己喪失と自己発見」 は、分かりやすい。 = 哲学とは = (P−217) * 科学のように進歩発展があるものではなく、その確実性を求める ものでもなく、人間が共に語り合って確認しあう過程のこと。 * 哲学とは、人間が「目覚める」ための試みである。 * どんな人間でも、自分が人間であることを意識し、自分の運命や 経験を意識すれば、誰でも参加できるものが哲学。 * 哲学は、誰でも、人間である限り手にすることができるものである。 ただし、他人に教えてもらって覚えるものではなく、 自分自身でトライするものである。 * 哲学は真理を自分のものにすることが目的ではなく、 それを求める過程のことである。 * 哲学は人間同士の交わりである。 * 哲学は自分が人間となるために現実と関係を持ち、その現実に集中すること。 * 哲学の根源は、人間が森羅万象に持つ驚きと疑いから発するものである。 徹底的な疑いが心の中に起きていない限り、哲学することは不可能である。 * 哲学の起源はそれぞれの人間が、自分自身の弱さと無力さを認めることで あった。その自分のカの及ばないことを無関係だと思い、無関心に なるならば、人間は哲学を失い、非人間化する。 * 世界の存在は頼りないものであり、信じられないことに満ちている。 それらに疑問を持ち、考えない限り人間は人間の価値を失う。 * 人間が人間同士助け合う動物だという考え方は欺瞞であり、常に人間は 孤独であり、平和には常に限界がある。故にどんな場合でも人間は自分独りで 自分にとって確実なことを見出さなければならない。それが哲学することである。 * 人間が自分の挫折をどのように経験するかということが、 その人間を決定する要点 * その個人的な困難と困惑の中から、目標を探り出すことが哲学である。 * 哲学することの要点は、次のようものである。すなわち、驚異と認識、 懐疑と確実性、自己喪失と自己発見。 〜〜 独りで血の滲むように考えてきたことが、上記のことから読み取れることが 出来る。多彩な経験と挫折が豊富?にあるからだ。人間は考えるからこそ、 人間の人間たる所以である。より多く世界を見て、より多く考え、 感動すること!それが哲学につながる。
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| 5228,思いが人生をつくる ー② 〜知的プライドは危険 |
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2015年07月08日(水)
『思いが人生をつくる』 〜ジェームズ&リリー・アレン著 * 知的プライドは危険 学生時代、読書の絶対量の少なさを自覚し、知的コンプレックスに陥った。 以来、早朝を中心に2〜5時間の読書習慣を続けてきたが、この程度。しかし 半世紀近く続けると、その量が質の向上に繋がってくるが、大学ノートに、 せめて1ページでもメモの習慣を付けておけばと後悔をし、14年前から、 個人HPで、その内容を記録をし、公開を始めたのが、これ。 自ずから、 8〜9割方の人が、読書の絶対量が少ないことに気づくことになる。 特に地方の人は、それに気づく機会が少ない。そうすると、対話できる 相手が少なくなる。そこで、自分の壁が出来ていく。所詮、それも馬鹿の 壁になるが、それが知らずにプライドになっていく。 これが危険という。 〜その辺りを抜粋〜 ≪ 外見や衣服、もしくは富や地位をひけらかすプライドといった些細な問題は 取り上げません。もちろんこのプライドも、好ましくありませんが、所詮は 弱い心、もしくは大人気ない心から生まれたもので、心が成熟すれば克服できる。 より危険なプライドは、「知的プライド」です。なぜならこのプライドは、 成熟した心に現れながら、その存在は明確ではないからです。 熱心な研究や思考の力、もしくは高等教育によって誰かが他人より秀でると、 そこに「知的プライド」、もしくはそれに近い感情が生まれます。 ある人はこの感情によって、他者を「惨め」と決めつけたり、物事の真意を つかめない人に対しては、もっとエスカレートして「馬鹿な連中だ!」と叫んだ りするのです。この類のプライドが、近代の改革を台なしにしています。 利己的な改革に異常なほどに固執している政治家があまりに多く、自分に賛同 しない人を「惨め」ととらえ、この感情を他の民族や先人たちにまでも、 伝染させるのです。・・・ 「私は真理を守るために力をつくします」 そう老いた哲学者に語りかけた若者がいました。 「若者よ、そんなに真理を守ろうとしているは、真理か、 それとも、真理に対する自分の意見か、どちらなのだ?」 哲学者は、そう静かに質問したのです。 人が真理を知るとき、それを守ろうとしません。なぜなら、真理そのものが 守られた存在だからです。同じように美徳に関しても大騒ぎなどしないのです。 静かに、しかし、明確に、真理は、それ自体が人生の中で人格のようなものと して存在意義を示しています。人格とは、だれもそれに対して反論したり、 議論できるものではないのです。 言葉や議論は、砂の上に書かれた文字のよう なものです。それに対し人の行動や人格は、人生という永遠の岩の上に、 けっして消えないように刻みこまれた彫刻のようなものなのです。 ≫ ▼ 「世間」を嫌っているのが、私のみすぼらしい「知的プライド」が、 原因だろうかと、思い浮かんだ。現象をそのまま、事実と区別しない輩。 こういうことは、黙っていればよいものを。わざわざ。知らないということは、 底知れぬ恐ろしさがある。 この「知的プライド」の危険性もだが! この半世紀も何を読んできたというのか? このことを知るためか! ・・・・・・ 4863,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー31 2014年07月08日(火) * 都銀支店長の全面協力が、出発第一歩! 〜後半編へ 時は、1980年3月1日。都銀・営業のTさん(兄と私の嫁を世話をした恩人) の上司である支店長が、私に面会したいという連絡が入っていた。 当日、本店の朝礼で辞任挨拶をした足で銀行に行った応接室で、辞めるに ついての経過と、今後の事業計画を述べたが、それを黙って聞いていた支店長が おもむろに、『現状のままでのホテル計画なら賛成できないが、貴方が会社を 辞め、以前に手がけた千葉のビルを売却して始めるのは筋が通っている。当行と して今後の資金計画の全てを協力します!まず千葉のビル売却からですね!』と。 金融の知識や、長期資金調達方法が皆無の私にとって、渡りに舟の信じられない 言葉! 小説のような話である。何ごとも、実績? 直前に辞任の挨拶をして きた帰りに、次の事業計画の最大の理解者を得て、最大課題の解決の糸口を 得たとになる。その間、僅か一時間。幸先良い出発になった。地銀の役員 クラスでは、無理! 今の私が都銀の支店長なら全面協力をするが・・ 地方豪族化した彼らでは?それもあり、今回の私の結末は、地方豪族システム の価値観で染まった地元権力の残存者には最高の物語? それもいい。 あと一つ、現在も酒友だが、当時の相互銀行の計算センターの部長が、 そこの契約コンサルタントのW先生が、私の事業計画を聞きたいという。そこで、 ありのままを話すと「この事業計画は間違いないでしょう!」の、お墨付き。 私にすれば15年間の捨身の計画だが、誰も、それを知らない。もし都銀の 支店長の全面協力が無かったら、その経営コンサルタントと契約することに? その後、姉夫婦の倒産の後始末と、義父の会社の不動産トラブル解決をして 貰うことになったが・・ 既に20数年前に亡くなった。 ・その前の節目は、実家の会社で、産地の大手問屋の全面協力と、暖冬で 暴落した冬物で大当て、波に乗せたこと。 ・千城台ビルの二店舗は、商社のS氏が本気で面倒を見てくれた。 ・その前のジャスコ辞任後の産能大時代では、千葉の新興住宅地の中央四つ角 商業地の売出し記事をみて応募、抽選で当選、次へのステップになっていた。 ・今回は、都銀支店長が全面協力の約束。 などなど、節目節目で、何もかも プラスに働いたのも、右上りの時代に捨身で挑んだため。どれも紙一重で、 思わぬ因縁がプラスに導いた。捨身で、全力で節目に挑めばこそである。 ・・・・・ 4496,怒らないって本当は恐い! ー11 2013年07月08日(月) * 怒りへの反発を覚悟し、耐えて生きる 『怒りの作法』小川仁志著 怒りっぽい私は、常に反発されてきたが、それぞれの問題の中心点を凝視、 考えることで何とか乗り越えてきた。考え続けると、いつの間にか、その答えが 導き出されてくる。だから、この「怒りの精神論」が身にしみる。 ーその辺りからー ≪ まずは怒りの精神論。 怒りは強いメッセージを発する。当然、それに 対する共感と反発が出てくる。そのメッセージが強いほど異論が噴出するのは必至。 それを予め承知した上で怒る必要がある。その覚悟がないと、大きは精神的打撃を 受けたり、怒りに臆病になってしまう。だから怒りには覚悟と準備が必要になる。 覚悟とは予め事の困難さを了解し、受け止める心構え。それはある種の決断と いってよい。決断なしに闇雲に怒ると、後で後悔することになる。怒るべき時に、 決断して怒らないとチャンスを逸してしまう。怒りは一日24時間の中の例外事項、 怒るべき時に怒る一瞬の決断が必要ということ。 ひとたび怒ると決断するには、 どんな反発が来るか、どう対処すべきかを想定しておかなければならない。 反発には、積極的に否定してくるのと、消極的に無視してくるのがある。 特に積極的に否定してくるのは厄介である。そこで重要なことは、反発を予め 予測して、その際の自分の出方を決めておくこと。それさえしておけば、対処が 数分の一で済ますことができる。そのためには経験の積み重ねが必要だが。 心の準備が出来ていたとしてもへこむのが人情。そこに心の強さが必要となる。 そのために自分の主張が正しくなければならない。正しければ、怒りは無駄には ならない。 この国では、怒りは仏教文化の影響もあってマイノリティに捉え られがちである。そして、孤立をしてしまう。心の強さとは孤独の強さをいう。 岡本太郎は、「孤独ということは絶対に社会的だ。孤独者とは肉体的にも精神的 にも、他からの制約を誰よりも鋭く感じ、それに傷つきながら、なおも絶望的に 挑む人間である」と言っている。誰からも理解されなくとも、それでも挑み 続ける人間を孤独者と捉えている。孤独とは怒りと深く結びついていて、 それらがともに創作の根源になっている。・・・ ≫ ▼ 怒りを表出するには覚悟がいる。その場で怒るか、タイムラグを置くか。 過去の怒りが、数十年の時を超えて、蘇ることが、最近ちなみに多くなっ。 50歳位までは過去を振り返らないようにしてきた。しかし、還暦を過ぎた頃 から、思わぬ記憶がフラッシュバックすることが多くなってきた。 「遠き日は 年とるごとに 近くなり」である。それもマイナーの怒りの 記憶が多く占める。それにしても己の無知蒙昧には独り怒った後に自嘲する ことになる。過去は決して消えてなく記憶の奥に刻印されている。だから、 老いて心身が緩むと過去の封印された記憶が、あちこちから飛び出してくる。 それも面白いが・・ 過去は現在の記憶でしかない。 そこに脚色も嘘も加わり、その都度、書き変えられ、違ったものになる。 ・・・・・・ 4122, 閑話小題ーつれづれに世相 2012年07月08日(日) * つれづれに 激変する世界と日本の渦中で、一戦を退いた立場で鳥瞰している毎日が 刺激的である。情報化社会の本格的到来で情報はネットから簡単に手に入る。 世界は既に恐慌突入か、その一歩手前で一年先の経済見通しは全く見当が つかない事態。10年前に現在の事態を誰が想像しただろうか。 80年前の世界恐慌より遥かに大きい恐慌前夜というが、実際のところ 起こってみないと分からない。しかし、ただ事でないことは確か。こういう カオスの中では、軍事力しか頼ることが出来ない。それも原爆の保持が前提。 この国は被爆国という建前で、保持をしないという国是?がある。しかい世界 の常識は、この国では通じない。 目先の世界恐慌は避けて通ることは出来ない ことは誰の目にも明らか。20G会議も、目先の対処療法しか対策がない。 不安を煽るようなことばかり書いているが、リーマンショックは起こった。 その原因となった不良債権が世界中の銀行、政府、企業の金庫に塩漬けで 置かれている。それが債権市場か、株式市場で暴落が起こった時に、表立つ。 その火薬庫に火の手が近づいている。ロンドンオリンピックも、この状況の 中では盛り上がらない。数ヶ月ぶりにいった居酒屋の主人の話では、長岡の 飲み屋街は、惨憺たるもの。これも20年近く言われ続けてきたことだが、 他に働き場が無い上に、一日一日を生き抜いているだけ、という何時もの悲鳴 に似た愚痴。歳が歳だけに、行き先は死だけと真顔。前の事業の整理も終わって 身軽になり、身体が浮いたみたいに気軽だが、日ごと何か気が抜けていく。 リーマン以来の経営危機の立場から解放された分、逆に身辺が見えてくる。 世間的価値観を割り切ってしまえば、けっこう面白いことに満ちている。 しかし実際のところ明日、死ぬかもしれない舟板一枚下は地獄もある。 それが人生。天国も地獄も、娑婆にありということか。何はあれ後悔はないし、 ほどほど満足している。自主独立を貫けたのが最大の収穫? 最後は自問自答で自分を説得するしかないか。 ・・・・・・ 3756, ジャズについて(�) ー「ジャズ完全入門!」� −20 2011年07月08日(金) ー 「ジャズ完全入門!」 後藤雅洋著 ー � * 楽器編成の基本は、ビッグバンドにあり! ーP・60 【 ビッグ・パンドにはそれこそ膨大な組合せがあるが、思い切って 要約してしまえば、ジャズの入門者には次の三つを覚えれば十分だろう。 それは「ビッグ・バンド」「スモール・コンポ」「ビアノ・トリオ」の三バターン。 そしてこの三形態も、基本はビッグ・バンドにあるので、まずこれを見ていこう。 ビッグ・バンドの土台を支えているのはリズム・セクション。リズム・セクション というのは、ピアノ、べース、ドラムスそしてギターから成っている。 なぜこれらの楽器をリズム・セッションと呼ぶかと言えば、ジャズの要のリズムを 提供するからだ。だがベースとドラムスは先ほどの説明から分かるとしでも、 初めての人は、ピアノとギターがリズム楽器というところがわかりにくいかも。 クラシックでは、ピアノは、オーケストラをバックに従えたピアノ協奏曲を例に 出すまでもなく華麗な主役であり、ロック・ファンにとって、もちろんギター・ソロ が目玉になっている。しかしロックでもサイド・ギターが渋くリズムをカットして いるようにジャズのビッグ・バンドも、ギターはコードを掻き鳴らしつつリズムを 提供している。そしてピアノもまったく同じことをやっているのだ。 そしてそのコード・サウンドを押さえたリズム・セクションに乗って、 ビッグ・バンドの花形楽器ホーン・セクションがバンド・サウンドを吹き鳴らす。 ホーン・セクションというのは、おのおの数名からなるトランペット、サックス類、 トロンボーンのことを指し、これにサックスを受け持つミュージシャンが適宜楽器 を持ち替えて、たとえばフルートなどを吹いたりする。またスイング時代のバンド では、ベニー・グッドマン・バンドのようにクラリネットが加わることが多かった。】 ▼ ビッグ・バンドの楽器編成を基として、ピアノ、ベース、ドラムス、ギターが リズム・セッションの基本。ジャズファンの、まず初め憶える第一歩である。 そこからピッグ・アップしたのが、スモール・コンポとなる。 トランペットはジャズの花形だが、リズム・セッションにならない。 * ジャズの花形楽器、トランペット 【 ジャズの歴史のところで、サッチモの吹いたトランペットの親戚のような 楽器としてコルネットが、1920年代は主役だった。しかしモダン期以降は 逆転して、ほとんどがトランペットに変わっていった。トランペットはジャズを 代表する楽器といって過言でない。よく通る高音域と華やかな音色の輝きが、 ジャズのダイナミックな特質と一致しているからだろう。実際ルイ・アーム ストロングをはじめ、一時代を築くようなミュージシャンにはトランペッター が多い。代表例はマイルス・デーヴィス、クリフォード・ブラウン、そして リー・モーガンだろう。】 ▼ トランペットが主流なら、トランペットが聞こえたら、 モダン・ジャズとみてよい? ・・・・・・・ 3391, 911・考えない・日本人 ー7 2010年07月08日(木) 「911・考えない・日本人 」林 秀彦 (著) * 陽気なロボットが、日本人の原型 (P−192) ≪ 三歳児以下の日本人。自分を客観視するアイの代名詞を持たず、他者を 客観視するユーを持たず、故に内言語が生まれず、故に反省意識が生まれない。 故に知性が育たない。故にその近代史は「突き当たり」の連続だった。故に人類 で唯一無二の原子爆弾被爆経験民族の栄に輝いた。「過ちは繰り返しません」と、 善のアメリカに原爆を頂いた悪の日本人は、見当違いの悔恨の思考を働かせて 死者に誓い、賑罪をし、より一層の悪化を改善と信じた。こうした日本人の 三歳児性は、無論原爆の出現やその被爆とは関係ない。われわれ日本人は動物 心理をの水準を超えたことは一度もないのだ。知能ではなく、心理として狸や 狐と大差ないということだ。彼らも内語を持たず反省意識を持たないからだ。 原爆を落とした悪よりも、落とされた状態をつくった自分のほうに悪を見る 脳みそは、内言語と反省では作りえない言語以前の反応である。ニャーという 猫言語が、ワンという犬言語に尻尾を巻いた心理・外言語構造である。 動物には外言語しかない。いや、言語ではなく、吠え声、鳴き声だ。日本人は その「音」を使ってきた。「訓」ではない。もはや音と訓の区別もつかない。 どっちがどっちだっけ?ハヤシ?リン? ・・ 人間が人間の条件とされた ものを次第に失っていく西欧社会や、アメリカでは「陽気なロボット」 (自己満足した卑小な人間の形容)。人間としての尊厳さも、崇高さも字の とおりの意)とか、色いろある。どれも絶望的に人間性を失った人間を嘆く 言葉であり、その論証には反論の余地がない。≫ ▼ この辺の論も外から見た日本人の姿をシビアに表現している。 あまりにアメリカに飼いならされ良いように収奪されても、それさえ気づかない 三歳児以下の日本人の滑稽さを嘆いている。「アイ」と「ユー」さえ持ちえず 「ウィ(我われ)」しか言えない幼児性から抜け出れない日本人。そして、 あと二年後にアメリカは??を宣言、日本が持っているアメリカ国債と、 ドルの価値を半減にしてしまう。それが分かっていても、どうもこうも ならない陽気なロボットの日本。それが現状の様相である。 ・・・・・・・・ 16,旅する力 ー深夜特急ノート ー1 2009年07月08日(水) 「旅する力ー深夜特急ノート」沢木耕太郎著 ー読書日記 深夜特急を初めて読んだ時の興奮を今でも憶えている。その後、TVでも ドラマ化されたが、これも良い脚本。その後、彼の本を何冊か読んだが、それに 勝るものはなかった。この本も、沢木の旅好きの子供の時からの由来と、旅の 指導書のようであり、なかなか説得力がある。 深夜特急の読者を狙っている ようだが、そうだとしても納得できる。全体の総評を書こうかと思ったが、 一章か、二章単位で印象的な部分を記録として書き残しておいた方が良いと 判断して、何回シリーズで書くことにした。 まずは ー序章 旅を作るー から 一行目の出だしからして惹きつけられる。 *「旅とは何か。その答えは無数にあるだろう。私には大槻文彦が『大言海』 で記した次の定義が最も的を射たもののように思われる。 《家ヲ出デテ、遠キニ行キ、途中ニアルコト》ー・・・しかし、旅は同時に、 終わりがあるものである。始まりがあり、終わりがある。そこには旅を作る、 いう要素が入り込む余地が生まれるのだ。人は旅をする。だが、その旅は どこかに在るものではなく、旅をする人が作るのだ。・・・ (解説)旅と旅行の違いは、「旅は、その途中を味わうことを目的とし、 旅行は 目的地に行くことを主にすることをいう」ということは知っていた。 私にとっての秘境・異郷の旅はとりあえず遠くに行くこと、そして文化・ 文明 というより、大自然に触れることであった。それは目的地だけでなく、 その移動の中に垣間見る景色にあることが多い。 *「余儀ない旅」ではなく、「夢見た旅」を始めようとするとき……既に旅の 姿が整えられていく。夢が生まれ、それを具体化し、実現する。そのように して、旅を作っていく。しかし、人によってその作り方は違ってくるだろう。 だから似た夢でも、まったく違った旅になってくるのだ。 (解説)一回の旅行は、終わって帰ってきても終わりがない。その旅行記を 書いて総括し、写真を整理し、そして、その後にガイドブックや、ネットで 情報を取って記憶を再編集する。そして何時かTv番組で放送をしているのを見る。 その都度に一度行った旅行が再編されるのである。だから、どんどん自分が 膨らんでいく。 とにかく一度その地に足を入れることである。 そうすると、作った旅が自ずから動き出していく。
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| 5227,「エリック・ホッファー自伝」 〜⑤『適応しえぬ者たち』 |
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2015年07月07日(火)
「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳 * 適応しえぬ者たち 「季節労働者キャンプにいることが何を意味しているのかがわかった。 ここにいるわれわれはゴミの集まりなのだ、と。」 誰が好んで、ここに居るものか、社会に適応できぬ者たちが、ここにいる。 まあ、シビアである。 私の社会生活、アウトサイダーと自認していても、 適応できないだけかもしれない、 〜その辺りから〜 ≪ ―開拓者としての放浪者?―ば かげた考えのように思えた。しかし、 白い砂漠を横切って歩いている間中、この着想について思いをめぐらせていた。 開拓者とは何者だったのか。家を捨て荒野に向かった者たちとは誰だったのか。 人間はめったに居心地のよい場所を離れることはないし、進んで困難を求める こともない。財をなした者は腰を落ち着ける。居場所を変えることは、痛みを 伴う困難な行動だ。それでは、誰が未開の荒野へ向かったのか。明らかに財を なしていなかった者、つまり破産者や貧民。有能ではあるが、あまりにも衝動的 で日常の仕事に耐え切れなかった者。飲んだくれ、ギャンブラー、女たらしなど の欲望の奴隷。逃亡者や元囚人など世間から見放された者。そして、このほかに 冒険を求める少数の若者や中年が含まれる。おそらく現在、季節労働者や放浪者 に落ちぶれた者と同じタイプの人間が、一昔前は開拓者の大部分を占めていた のだろう。新しい国への移住はほとんど例外なく、これに妥当する。 オーストラリア移住の前衛を占めたのは元受刑者だったし、シベリアに定住 したのは流罪者や囚人だった。アメリカで初期と後期の移住者は失敗者や逃亡者、 重犯罪人だったし、宗教的情熱に突き動かされた開拓者だけが例外である。 ともかく、この放浪者と開拓者の親縁性の発見は、私の心を強く捉えた。 それから何年もの間この発見、表面的には放浪者にも開拓者にも関係ない考察と 絡みあい続け、それまで関心を抱くことがなかったテーマについて考えるよう、 私を導いたのである。そして、人間の独自性とは何かという根本的な問題に 突き当たったのだ。 人間という種においては、他の生物とは対称的に、弱者が生き残るだけでなく、 時として強者に勝利する。「神は、力あるものを辱めるために、この世の弱きもの を選ばれたり」という聖パウロの尊大な言葉には、さめたリアリズムが存在する。 弱者に固有の自己嫌悪は、通常の生存競争よりも遥かに強いエネルギーを放出する。 明らかに、弱者の中に生じる激しさは、彼らに、いわば特別の適応を見出させる。 弱者の影響力に腐敗や大敗をもたらす害悪しか見ないニーチェやD・H・ローレンス のような人たちは、重要な点を見過ごしている。 弱者が演じる特別な役割こそが、 人類に独自性を与えているのだ。われわれは人間の運命を形作るうえで弱者が 支配的な役割を果たしているという事実を、自然的本能や生存に不可欠な衝動 からの逸脱としてではなく、むしろ人間が自然から離れ、それを超えていく 出発点、つまり退廃ではなく、創造の新秩序の発生として見なければならない。≫ ▼ 弱者の立場から、その役割の重要性を看破している。「特別の適応」を 弱者は見出していく。弱者の自己嫌悪は、通常の生存競争より遥かに強い エネルギーを放出する。それは、挫折をした節目で、内に向かって出てくる それである。それが強者に勝利する原動力になる。適応しないことも時に重要 になる。ただし、目的が、そこに有るかどうかが、孤高と弧底?の境目になる。 ・・・・・・ 4862,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー30 2014年07月07日(月) * 本来、この事業構想は正しかったのだろうか? ー前半、終了ー この事業は、280室で駅前シリーズを終えた後に、郊外型ホテルへ切替えるか、 事業売却であった。そこで節目を作るのが、学生時代に構想した創業型事業人生。 それを作らなかったのが、三年前の結果に繋がった。1985年のプラザ合意直後 から生じたバブルと崩壊は、明治維新と、太平洋戦争敗戦と同じぐらいの大きな 節目である。アメリカの陰謀による経済敗戦であり、更に9・11テロ、9・15の リーマンショック、3・11の東北大震災である。 それが私の事業にも直撃、 これまで深手になることを読めなかったのが致命傷になった。創業当初の 10年間で、ユデ蛙になったためである。「ご覧とおり、そのまま結構」である。 これを書いて気づいたことは、創業時に転売した二ヶ所の土地が、実は郊外型 ホテルの立地だったこと。あの時に「もしか、ここがホテル立地?」という 想いはあった。しかし、新幹線開業した直後の上越新幹線最終駅前の周辺に、 執着するのも仕方がない?あと講釈としても、十年目に大きな節目を作るべき だった。進むべきか、立止まるか、引くかのサイン?があった。 その時、 そのサインを読み違え、戦略を新潟駅周辺に280室から、500室の拡大 戦略をとってしまった。当時、大型チェーンの駅前などの繁華街店舗が急激に 衰退していった。その頃に、ペガサスでは駅前立地から本格撤収を指示していた。 事業構想は10年スパンか、駅前周辺300室内なら正しく、それ以上は致命 的間違い! 新潟駅前シリーズは、バブル崩壊による日本経済、特に地方の 衰退が本格的に始まった中で、舵取りを間違えた結果、最期は、これ。 直接原因はリーマンショックと、東北大震災?で、間接原因は500室の駅前 への過剰投資。だから諦めはついている。歴史的バブル経済の崩壊にかかわらず、 逆に新潟駅前でバブッタのである。これが直接原因で、最後の二つは、 駄目だしの間接原因ともいえる。物語として、私には、これが丁度良かった! 〜と、思うしかない。 そして、反省の日々! そして、外海には、更なる 大津波の音がする。内海では、その中、祭り(東京オリンピック)の準備で ミニバブル! 高台からの下界の景色を、妙な気分で見るのも? 「天気晴朗なれど、波高し!」が内海の景色!ここからみえる 人生68〜75年の最期の祭り?が、面白そうだ。 ・・・・・・ 4495, 怒らないって本当は恐い! ー10 2013年07月07日(日) * 石原と橋下の怒りについて 『怒りの作法』小川仁志著 怒りといえば、石原と橋下。TVで常に怒っている。アメリカの間接統治 のために与えられた憲法さえ変えることが出来ないのが二人の怒りの根にある。 更に実質的に日本は官僚が支配している実態に対しても怒っている。二人とも 怒りを実に巧く使い、改革を実施してきた。実質、占領下の現状に対し、 怒るのが当たり前だが、それを表立てると何故か失脚をする。 歴代の首相も何故か、独立を企てると失脚してきた。アメリカにとって一年の 首相交代は間接的統治に理想的である。ーその辺りから抜粋して考えてみようー ≪ 橋下大阪市長と、もう一人石原都知事の二人は、事柄に対して本当に怒り を示せる人物だということができます。彼らのメッセージはしっかりと 伝わるのです。それが人気の秘訣でもあるのでしょう。彼らはまず怒ります。 そしてその怒りのモードに諭理を載せます。なぜ怒っているのか、なぜ メッセージを発しているのかが明確なのです。そして筋が通っています。 ただ、両者の怨りの根源は大きく異なります。石原都知事の場合は、偏った 保守思想に恨源があるのに対して、橋下市長の場合は、世の中の不合理さに 対する怒りに恨源があります。 石原都知事は外国人に対する差別的発言に 顕著なように、自分の思想に反する事柄を排除しようとするエネルギーが怒り の源泉となっているのです。これに対して橋下市長の場合は、弁護士出身 だからというわけではないでしょうが、世の中の不公平に対して挑戦しようする。 ・・・ そんな橋下市長がぶち上げたのが大阪都構想です。大阪市を特別区に 分割し、他の市と一緒に再編してまとめようという。 これによって、 大阪市が副都心として活性化するというわけです。 同じ独裁的イメージを 醸し出す二人ですが、いわば石原知事が偏向思想に基づく自己中心型独裁 であるのに対して、橋下市長は、奇しくも彼が解放と表現したように人民開放型 独裁のです。この違いは偏りに怒りの恨源の違いに基でづくものといえます。 私もこうした橋下市長の怒りの根源には、石原都知事の偏向思想と連って大いに 共感します。この共感を持てるかという点は、実はメッセージの威力に影響を 与えます。というのも、共感とは納得感であって、誰もが納得できるというこは、 それだけ論理的だということだからです。≫ ▼ 東京と大阪の首長までは、彼らの手法が有効に働いたようだが、 こと国政においては難しいようだ。遅かれ早かれ政治的謀略で消え去る 可能性が強い。しかし、ここは怒りの話。都会人なら、二人の怒りを理解できた としても、それが全国区となると、民度からして、理解できないのである。 その意味で、二人は怒りが洗脳され、安穏とした日本という国の実態に怒りが 向いているだろう。それにしても怒らなすぎる日本人は! 考えないからだ。 怒りが私の人生を狂わせたと、少しは思っていたが、そうじゃない、怒りこそが、 大きな原動力になっていた。歳をとったら、少しは大人しくした方がよいが、 これでは怒って当然のこと。 「怒り」の肯定論があるとはね! ・・・・・ 4121, 空腹感のすすめ 2012年07月07日(土) 「老後に後悔しない10の備え」三浦朱門著 最近、「空腹の勧め」をTVなどで紹介しているのを見かける。以前も、 ここで飽食の猿と空腹の猿の生存年齢の違いを取り上げたことがあった。 生物は長年、飢餓の境目に生きてきたため飽食に対しての身体が出来ていない。 著者は、空腹感状態の方が身体に良いという。私は終戦直後に生まれ、それも 大人数の兄姉の末っ子だったたこともあり、 今でも腹八分目は食べないと気が済まない。 ー以下は、そのくだりー * 空腹のすすめ ≪人間にかぎらず、動物というのは空腹であるのが健全な状態である、と言う。 空腹である、ということは、摂取した食料が体に採り入れられ、それが身体 各部の必要なエネルギーになり、新しい細胞を作っている、ということであって、 動物の体を作ってゆく、という面では生産的であり、体内に蓄積されたエネルギー を消費するという面では消費的な活動をしているのである。空腹というのは、 今、体内に採り入れた養分をしかるべき所に配分しております、という合図。 それで、もう体の中の余分なエネルギーは残っていません、というのが疲労で あり、休息と食事の時間、ということになる。それなのに、生物の中でも最も 恵まれた動物である人間は、空腹を感ずると、すぐに食べはじめる。 体を生産的なことに動かしながらも、食べ物、飲み物を口に入れる。 考えてみてほしい、空腹感は、あれで結構、好ましい状態なのではないか。 少なくとも食いすぎの状態よりも、気持ちがいい。「腹が減ってきた。 何を食おうかな」と私たち祖先は考えて、獲物になるものを探したのであろう。 空腹はそういう根本的な動物の行動を促す動機になる。それなのに現代の日本の ような先進国では空腹を感ずると食料が手に入る。戦前の家庭婦人の場合は違った。 朝から掃除、洗濯、昼食は残り物でいい加減にすまして、午後は洗濯物をとり 入れて、アイロンをかけて収納する。さて一休みという段階で、ちょっと空腹感 を覚える。空腹になって、それでは夕食のメニューを何にしようか、その材料を 買いに着物を着替えて、駅前のマーケットに買物に行こう、夕食は何ということは まだはっきりしないが、マーケットに行けば、その日の安いもので、亭主の好さな ものが見つかるだろう。つまり空腹が夕食の準備、そのための買い出しといった 新しい行動をうながしたのである。こうやって、夕食の準備をして、子供には 先に食べさせて、寝かしつける。 自分は空腹をガマンして、午後八時ごろに 帰宅する亭主を待つ。≫ ▼ そういえば独身時代、三食を自分で準備をして食べていた頃は、 時間が来たから食事をするというより、腹が減ったため食事をしていた。 そのためか、何を食べても美味しかったことを憶えている。この年齢だと、 腹5分位が丁度よいというが、まだ腹8〜9分目まで満たさないと物足りない。 人間は精神的空腹感も同じように必要か!青年期の精神的渇望感が懐かしい。 ・・・・・・ 3755, 夢はリアル 2011年07月07日(木) 昨日の朝の夢は、生々しい内容である。 ーその内容とはー 【 経営破綻しそうな会社を引き受けないかと言われるが断る。そこに社長の 奥さんがいたので、「助言はするので、あなたが引き受けるべきです」というと、 「二つの経済震災と、自然震災で失敗したというが、そんなのは言い訳、この 事態でも乗り切れてこそ、真っ当な経営者。貴方の言うことは当てにならない」 と、言われた夢。】 生々しい、辛らつの指摘であり、その指摘は至極当たり前の道理である。 意識、無意識を含めて、今回の破綻の8割は、3つの震災が原因と思っているが、 反面、それは黙っていればこそ。それを堂々と、ここで書き、また周辺に公言 している脇の甘さが、現在の私。 心底(沼)でドロドロしていたのが変容して、 具体的に夢になって自分を責める。 2割の見方こそ8割の道理がある。 それを前提と考えてみると、「9・11からの長期低迷で売上が三分の二になり、 更に7年後の9・15=リーマン・ショックから二年半で三分の一になったこと は果たして想定出来なかったのか? それも、三年目に入っても売上が2割以上 も続けて落ち続けていたが、二年目で収まると楽観視していた、リーマン・ ショックの経済大震災に対する認識の甘さ。 いや、ギリギリのリストラは 実施してきたが・・ 夢は、誰も思っていても直接いわない事実を、潜在意識が 生々しい幻影で教えている。 あの眼差しを見れば感じるか? 30年で一応、事業のフルコースを味わったことになる。10年登り、10年 緩やかな降り、そして10年で、絵に描いたような急激な降り。 それに対し、 手をこまねいているしかなかった長期装置産業の宿命。そんなことは、分かって いたことでしかないのでは?と、言わんばかりの、夢の中での指摘。 それを赤裸々に書いている現在の私がいる。「喜劇と悲劇は紙一重でしかない、 というのは、このことか」という心の声。 それでも、仕方がないと、 独り嘯くしかない。自嘲か、これは。 と同時に、それをも事業のコースと 楽しんでいる変な自分こそ、私そのものか。 意味など、あと講釈。 ・・・・・・・ 3390, 閑話小題 2010年07月07日(水) * Yotube の世界 ビデオ・カメラを購入しアップロードをした機会からYoutubeを見る ようになった。それから面白い画像の紹介を私のブログ「バード・ウォッチング」 で、毎日のように紹介している。世界中でYoutubeの面白映像の話が会話の 中で取上げられているのを真似たのである。そうすると意識して探すようになる。 ブログには一日一枚の写真を載せているが、適当の写真を探し出すのが大変だが、 それよりもズット楽である。 「面白い、衝撃的、軽いもの」を中心にアンテナを 立てているが、次から次へと底知れず出てくる。一日20憶のアクセスも 分かるような気がする。 * 角界賭博の処分は妥当? (字数制限のためカット 2011年7月7日) ・・・・・・・・ 3015,エジプト・ピラミッドの謎 2009年07月07日(火) 一昨日の日曜夜のーNHKスペシャル・エジプト発掘 第1集 「ピラミッド 隠された回廊の謎」が面白い。 一昨年、二度目のクス王のピラミッドを見学してきたが、あの巨大なピラミッド を5000年前にどのようにして造ったのか、これまでも多くの番組で取り上げていた。 その中で一番尤もらしいのが、「砂漠の砂をピラミッドの周囲に建設の高さに 積み上げて、巨石を運び上げる方法」であった。しかし、今回の説は違っていた。 岩を上に搬送するトンネルを螺旋状に造りながら上に運ぶという説だった。 近くの崩壊した小さなピラミッドにも、そのような痕跡が見て取れた。 ーNHKのHPの番組紹介からコピーからー 【 今から約5000年前、エジプトの砂漠地帯に忽然と現れたピラミッド。 その後500年あまりに渡ってピラミッドは建造され、その数は現在確認されて いるだけでも100個を越える。その中でも最大規模を誇るのが、世界遺産にも 登録されている「クフ王の大ピラミッド」。高さ147m、底辺の長さ230m。 世界最大の石造建造物である。平均2.5トンの石を300万個積み上げて造られている 大ピラミッド。地上60メートルの場所には、重さ60トンもの巨石も使われてる。 クレーンもない時代に、この巨大ピラミッドをいったいどうやって造ったのか? 古来、様々な研究者が謎解きに挑んだが、答えは出ず、古代エジプト史上、 最大の謎とされてきた。ところが今回、ついにこの謎を解き明かしたという 人物が現れた。フランス人建築家ジャン・ピエール・ウーダン氏である。 彼は、最新技術を駆使し、建築家の視点から、「内部トンネルを使って建設した」 という独特の説を世界に発表した。番組では、ピラミッドの登頂調査をはじめ、 ウーダン氏のピラミッド調査に同行取材、神秘に満ちた、大ピラミッド建造の謎 を興味深く解き明かしていく。】 ▼ ー以上だが、近年になって、ピラミッドの近くに、その建設に従事した 労働者の村が発掘された。その調査から分かったことは、4000人の労働者が 20年の歳月をかけて造られたという。 (字数制限のためカット 2012年7月7日)
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2015年07月06日(月)
「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳 * 運命の出会いと別れ ホッファーの放浪者としてのベースは、『旧約聖書』との出あいである。 それを引き合せてくれた運命的邂逅の相手が、雇い主のユダヤ人であった。 <ユダヤ人の神は他の神とは違い、怠惰な貴族でなく、働き者の職長である。> のとおり、ホッファーも放浪労働者として、真理を追究していく道を選んだ。 〜その辺りから〜 ≪・ドイツ系移民の子としてニューヨークで生まれたエリック・ホッファーは、 7歳で母を亡くし同時に失明。15歳で突然視力が回復すると、また視力を失う 怖さから本を貪り読むようになる。18歳で父を亡くし天涯孤独の身になると、 さまざまな労働に従事するかたわら公立図書館を利用して読書に没頭する。 家系はみな短命で、50歳以上生きた者が誰もいなかった。自分の命も40年 だと疑う事なく信じていたホッファーが40歳までの"半生"を綴っている。 ・ローズベルトが大統領になる前のアメリカは、自己憐憫とはまったく 無縁だった。言葉を交わした人間の誰一人として、自分の不孝を他人の せいにする者はいなかった。 ・雇い主のシャピーロとの会話は本の話題が中心で、彼は私が何を読んでいる のか知りたがった。彼は大学を卒業しており、死んだ叔父が倉庫を残さな かったら、学者の道に進んでいたらしい。つまり、大学教授になる代わりに、 やり手のくず鉄屋になったのだ。私は贈罪日に倉庫を閉めたのを見て、 初めてシャピーロがユダヤ人であることに気づいた。それからユダヤ人に 関する本を読み始め、シャピーロが私に関心を示したのは、彼がユダヤ人で あるからだと確信するようになった。ユダヤ人は特別な民族である。 彼らは神を見つけ出し、その数に比して歴史的に大きな役割を担ってきた。 <ユダヤ人の神は他の神とは違い、怠惰な貴族でなく、働き者の職長である> そうした神を崇拝し模倣した西洋においてのみ、機械時代が訪れた。 中国人と日本人はその発明の才と技術習得力にもかかわらず、機械時代を 招き寄せられず、西洋から受容しなければならなかったのだ。 この考えにシャピーロは喜び、ぜひそのことを書いてみるべきだと言った。 ・古代の始まりからユダヤ人は、人間の顔に表れる象形文字を判読する能力に 秀でていた。人間が何をしようと何を考えようと、それは顔に刻み込まれる。 ・新たな好奇心が私を旧約聖書へと導いていた。ちょうど筋肉がついてきたという 意識が、青年をウェイト・リフティングやレスリングへと駆り立てるように、 精神が成熟してきたという意識が、私を未知の新たな仕事へと向かわせた。 ・貧困者に対して非情になるなという訓戒が、争いごとにおいて 貧者の肩をもつなという冷めた諫言と並存している。 ・この世の現実に執着するあまり、古代ユダヤ人は来世のことを考えなかった。 彼らにとって最高の報酬とは、自分の寿命を延ばしてもらうことである。 ・真実を構想して未知のものを思い描き、物語を語る能力は、未知のものを 探るうえで必要不可欠な才能だ。≫ ▼ 放浪労働者から解放される機会が多くあったが、敢えて、その道を 選ばなかったのは、40歳までしか生きられないという思い込みがあった ことと、旧約聖書の影響である。しかし、放浪労働者は違っていた。 ただ社会的不適応者でしかなかったが、彼らの群れには魅力が隠されていた。 ・・・・・・ 4861,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー29 2014年07月06日(日) * 新規事業の構想とは 新規事業は《「①現金商売で、②箱物を絡めた、③妻子などの親戚を入れない、 ④転売可能で、⑤手堅いこと」を前提に、自らを捨石と割り切る!》と、自分に ダメ押しをした。 そして、千葉・千城台ビルと、長岡郊外の更地を売却をして、 新潟駅前の更地一点にエネルギーの集中を、第一歩とした。それに躊躇があるなら、 覚悟が出来てないことになる。 独り落下傘で敵地に舞い降りる決死の覚悟だった。 まずは、千葉と長岡と同じく、孤独、孤立からの出発である。不安と緊張の中で、 漆黒のような闇に向かって、ただ一歩ずつ進むしかない。ところでホテル名は、 学生服メーカーのブランドを付け『ベンクーガーホテル』にした。 その上にツイン、ダブルルームをカットしたシングル専門にして、税・サ込3980円 の価格破壊を仕掛ければ、成功確率は500%!の確信が生まれていた。 これで15年間の準備は一応、出揃った。「新しい酒は新しい皮袋に盛れ」とは 《新しい内容や思想を表現するために、それに応じた新しい形式や方法が必要で あるということ。すなわち、いつまでも古い形式にこだわってはならない、 というたとえ。》をいうが、創業も同じ。まず第一歩は独りになり、己を無に して市場に聞きながら、踏出すのが基本。 事前調査で、ビジネスホテルは 月〜木曜日が、ほぼ満室、金土が5〜6割、日曜が3割、平均稼動8割が目安。 それに対し、学生服は平日が閑散日で、土日が、その三倍の売上げの世界。 平日はフロントに、土日はショップにシフトをし、回わせば、究極の合理化。 その上、学生服の荒利が4割近くで、値引きはゼロ。軌道に乗せれば、大いに 利益貢献をもたらす。 しかし、学生ショップと、ビジネスホテルの融合は、 短期的にはプラスに働いたが、長期的に失敗。学生服は制服の自由化で右下がり の衰退が始まっていた。 ホテル名にするなど、言語道断と、十年近く経って 気づくことになる。しかし創業時の二ヶ所の土地転しと、学生ショップの利益は、 二、三棟目のホテル開業に大きく貢献していた。これはこれで、良かった? それにしても、何だろう、この男? ドンキ? ・・・・・ 4494, 怒らないって本当は恐い! ー9 2013年07月06日(土) * なぜ世界中でデモが起こるのか 現在、北アフリカと中東をはじめ世界中でデモが起きている。 デモは集団による政治のメッセージである。ここでは、格差問題が若者を中心 に怒りとして燃え上がった。その背景には携帯電話という情報機器の普及で、 体制側の腐敗と貧富の格差の情報が隅々まで流されることがある。日本のデモ のようにお祭り騒ぎで練り歩くだけでは怒りは伝わらない。怒りが伴った暴動 こそ、その意思が伝わる。 ーまずは、その辺りからー ≪ 議論と同じ意味で怒りを道具になるのは、メッセージを伝える感情だから。 つまり行動である。その中で、一番わかりやすいメッセージの伝達行動は、 デモでないだろうか。 通常、デモは政治的メッセージを発信するために、 集団で練り歩く行為をいいます。デモンストレーションの略ですが、語源は 「示す」という意味を持っている。したがって、デモの本質は、人々が自分の 意思を示す行為である、と言えるのである。しかし漫然と歩いているのでは 効果がない。怒りが示されると俄然と効果が現れてくる。世界で変革を求める デモが起きているが、それはもっと非日常的な非常事態であってしかるべき。 しかし先進国のデモは、そうでない。特に、日本のデモは、どれもお祭り騒ぎ である。それは去勢されたから。安保闘争の時に圧倒的な取締で潰えた後、 すっかり大人しくなってしまった。それでも、唯一怒りを伴ったデモらしき ものは反貧困を掲げた運動だった。派遣切りをはじめ、人をモノ扱いにする ような新自由主義的な自民党政治に対し、さすがに人々が怒った。 この運動で自民党政治の行き詰まりもあって、ある程度効果があって、 一度政権が交代した。そして、誰もが、貧困が解消されたかに見えたが、 実際は自民党的体質を変えることは出来なかった。反貧困の湯浅誠が、 内閣参与という形で迎えいれられることで去勢されてしまった。・・ ≫ ▼ 携帯電話、スマホは、国境を超えて情報を一瞬のうちに世界に行き来する。 今さらグローバル化を元に戻すことは不可能。それは情報を通して、世界が 平準化していくことを意味するが、様々な格差の拡大を生む。その怒りが 世界中に噴出するのは避けがたいことになる。現に中国が年間十数万件も 暴動が起きている。それが一斉に起きてないから内乱になってないだけ。 社会には、貧困、格差問題は常に存在する。問題は、グローバル化が貧困、 格差を拡大する力になるからである。ということは、世界各地で起きている デモや暴動は、ますます激しくなっていく。時の権力者は、その矛先を自国 より弱い周辺国に向けるため、国境問題を操作する。グローバル化は 戦争の機会を促進することになる。 ・・・・・・・ 4120, オニババと、粗大ゴミ 2012年07月06日(金) * 女の変容 「老後に後悔しない10の備え」三浦朱門著 流石に20歳年上の書いた老いについての話は参考になる。奥さんが 曽野綾子なら旦那に対しても厳しいはず。特に「男から見る女性の、対男性 の態度に四つの時期」が面白い。女性は更年期を過ぎる頃から第四期の オニババ化が始まる。 ーその辺りを抜粋するー ≪ 男から見ると、女の対男性の態度に四つの時期がある。 ・ 最初は男を敵視し、警戒し、ことさらに無関心を装う思春期。 ・それから特定の男あるいは男たちには打ち解けて、彼のことに心遣いを示し、 男としては、うん、この女は優しくて、オレの世話を何くれとなく見てくれる、 と思わせる。これを青春期とする。これは結婚しても数年は続く。 ・第三期はオバサン期である。オバサンは家庭の主として独裁権を振るう。 それに従わない者は、子供であろうと亭主であろうと容赦しない。 彼女の独裁権が及ばないのは、舅と姑だから、彼らへの鬱憤は専ら、 亭主にむけられる。舅、姑は亭主の親だからである。 ・第四期がオニババだが、こうなると、彼女は世を呪い、人を恨み、身のまわり のあらゆる物が、自分の意図と違う状況にあると、すざまじい勢いで叱り つける、そのくせ、自分は何もしない。人に指図してやらせるだけである。 この場合の指図される相手は、多くの場合い、亭主しかいないから、オニババ の夫としては、少なくとも肉体的には健康であることが望ましい。 ≫ ▼ 数ヶ月前に、色いろあって自宅の名義が家内に変わった。 予測はしていたが、急に態度がオーナー然として、私は宿六扱い。 ペットに餌をやっていたのを見て、「居候が居候に餌をやっている」だと。 オニババ化の一場面である。この数年で、団塊世代が大量に定年を向かえ 家の滞在時間が多くなった。現在、日本中がオニババと団塊粗大ゴミが イガミアッテいる。私など平均4時間は外出。ちらほら愚痴が聞こえてきて いるが、当人にとっては切実の問題。以前読んだ、あるエッセーにあったが、 定年になった時に、「食事以外は外出するか、自室以外に出ないよう」 妻に言い渡されたという。まあ、現在の私も似たようなもの。 家が大きいので、まだ助かっている・・ 更年期を過ぎ、身体が老化を 始めると過去の思い出が大きな比重を占めてくる。人間の記憶の大部分が マイナーで占められている。記憶は主語が消えてしまうので、そのマイナー を身近の人に見ることになる。その槍玉が連れ合いになり、オニババ化が 進んでいき最悪、熟年離婚になる。せっかく、会社の嫌な上司から 解放された挙句に、である。 ・・・・・・・ 3754, ワシも族か〜 ー� 2011年07月06日(水) あるブログにあった「ワシも族」、によると、 【・定年で毎日が日曜日状態になった父さんが、 ・家でやることもなくゴロゴロ ・妻がどこかへ行こうとすると「ワシも一緒に」と着いて来る男性を指す。 一般的のサラリーマンは、「定年になったら、あれも、これもやりたい」 と考えるが、何をしても中途半端で飽きてくる。 定年で急にはじめても、 アマチュアになるには遅すぎる。最低で10年の準備が必要。 そこで、妻に縋るしかない。 TVのワイドショーで「ワシも族・度」 が紹介されていた。 1)近所で人当たりが良いが、家では無口 2)夫が家事をするのは「手伝い」と思う 3)妻の予定や行動をよくチェックしている 4)妻にはつい、つらく当たってしまう 5)妻の家事に手は出さないけど、口は出す 6)妻のお出かけにはよくついていく 7)妻子を養ってきたとの自負がある 【判断基準】・3個以下:とりあえずは大丈夫? ・4〜5個:ワシも族の素質、 十分です ・6個以上:要注意!見捨てられるかも会社人間の習性で、 「自分では手を出さずに、命令すること」「部下が作成したものを批評し、 自ら積極的に行動しない」が習慣化しているからだ。 】 ▼「ワシも族」といえば、私の夫婦間では、家内の方が前より「私もやりたい」 と、言う方。女なら、それは愛嬌だが。私がネットに夢中になれば、見よう 見まねでネットで情報をとったり、ネット・ショッピングに夢中になったり。 海外旅行といえば、初めは反対するが、私が申し込む直前に「私も行く」と、 のたまう。大反対をしたもの(ハンモック・チェアーや、健康機器)を良さそうか どうかを見極めてから、都合の良い理屈をつけて始める。それが、今度は逆転。 私も暇時間のつぶし方は得意だが家内には敵わない。相手は38年、年中である。 一般的には仕事にネルギーを奪われ、ライフワークの趣味を作り上げてこなかった ツケが、定年後にくる。でも、それでも妻の後についていくだけ、まだましか。 いくら東京が好きとはいえ、5日連続とは!驚くより呆れる。 「ツアーに出ているよう」だと! 内容からして価値あるツアーだが! ・・・・・・・ 3389, 911・考えない・日本人 ー6 2010年07月06日(火) 「911・考えない・日本人 」林 秀彦 (著) ■ 自問自答が知性を磨く (Pー189) 他者との対話とは別に自分自身との対話=自問自答がある。 著者の考える=「哲学する」についてが、なかなか面白い。 ≪ 哲学について、ポール・ソシャールの『言語と思考』には 次のように書かれている。 *「子供は三歳半ごろ自分を指す代名詞〈私=I〉を使いはじめ、そのときに 動物心埋の水準をはっきり乗り越える。…つまり反省意識という人間の段階は、 言葉に結びついている。思考が内言語(註:個人の頭の中だけに聞こえる言葉) であるからこそ伝達できるのであり、意識状態の科学である心理学もできあがる」 *「(I)の言語化と(you)のそれとは切り離せない。 それは対話の言語化である。自己の想像した対者との対話も含んでいる」 *「人間では、言語は外言語であると同時に内言語でもあるので、外言語として はコミュ二ケーションの役を果たし、内言語としては思考と反省意識を確保する」 *「人間を理解し、その水準を見定めようとするものは、 言語問題に取り組まなくてはならない」 *「言語は人間の発明したもののうちで最高のものである。人間は話すからこそ 知恵があるのだ。人間の身体は原初から何も変わっていない。変わったのは 精神の働きだけだ。人間は言語のおかげで自己を完成し、知性を発展させてきた」 *「言語の無限の能力は単なる感情や状況を示す信号だけでは満足しなくなる。 …… 言語は対象を離れ、独立する。本質的にコミュニケーションの手段では なくなり、思考の道具となるのだ。人間だけがこの〈内言語〉を持っている。 内言語はもはや言語ではない。発音されないからだ。 音情報は脳に移動され、自己の意識化を助ける」 *「人間は言語化されていない思考を心に浮かべることはほとんど不可能である」 まだいくらでも引用したい文章はあるが、読んでいてもつらくなる。なぜなら 言語段階から見ると日本人が人間としていかに未成熟かが歴然としてくるからだ。 特にこの「反省」「内言語」の段階は幼児並みに思えてくる。どうやらわれわれの 大脳皮質は、前述した角田説の逆作用で、成長を停止しているとしか考えられない。 饒舌な内言語の会話が知性を磨く。連続的な自問自答である。われわれは内言語 の失語症を起こしている。だから「失理症」に陥る。主語のない「味言語」は、 結局主観と客観の区別がつかない。それが「無反省」、つまり精神の言語化、 あるいはまた逆に言語の精神化を妨げる。 ≫ ▼ 子供が、(自分)という言葉を持った瞬間から人間になるというが、 そこから、自分に対するyouが出現する。いや、youが(自分=I)を 創出する。それが、動物と人間の境目になる。人間の記憶が、その辺から始る のは、自分という言葉を語るからで、その時から人間は飛躍的成長が始る。 また日記が人間の成長に大きな役割を果たすのは、それを一度、ノートに外に 出すことで内語を外語とする作業の中で考えることになるからである。 サルトルの対自、即自である。偶然だが、去年の今日、同じようなことを 書いていた。 面白いものである。
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