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堀井On-Line
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2015年04月17日(金)
【金持ちが確実に世界を支配する方法】スーザン・ジョージ著 まずは〜内容紹介〜より < 世界中の富裕層のみなさん、お喜びください。完全勝利は目前です。 ただ少々、問題がございます――。世界金融危機で痛手を被ったかに 見えた1%の富裕層。再び立ち上がり、さらなる富を手にした彼らは、 一体どのような手段を取ったのか。『なぜ世界の半分が飢えるのか』の著者 が「報告書」という形をとって、グローバル化された収奪のシステムを暴く。> ネットに、概要を簡潔にまとめた内容があった。 ≪ ・ 多国籍企業が国境を越えて自由貿易および市場主義経済を拡大させる、 グローバリズムの動きがますます急である。これに伴い、世界中で上位1% への富の集中が著しい。最近は1%どころか、さらに最上位0.1%へ富が集中して、 アメリカの場合には2012年で、純資産が2000万ドル(約20億円)を超える富裕 層上位0.1%の人々の家計に、米国全体の富の23.5%が集中したという。 各国の福祉は切り詰められ、99%の窮乏化は進む一方。誰が一体、 このような事態を引き起こしているのか。 ・ 本書は、反グローバリズムの旗手である著者が、1%が委託した、ある架空 の作業部会が作成した架空報告書(今回は2回目の報告書)という寓話形式で、 鋭い皮肉と風刺を用いて、支配している権力者の思考方法と支配メカニズムを 暴き出したもの。架空とはいっても、支配者の論理を知り尽くした著者が、 実証データを駆使し書き上げたものであり、「陰謀論」の批判は全く当たらない。 「スイスの某リゾート地で毎年開かれる1%層のための経済フォーラムが、 秘密部会を設けて世界情勢を分析した内容」とでも想定すればイメージが ピッタリである。・・ 〜つづく ≫ ▼ ここで、「階級闘争があると言いたいなら、そういっていい。しかし戦い を仕掛けているのは我々の階級、金持ち階級のほうで、勝利は目前だ。」と、 ウォーレン・パフェット(世界三位の大富豪)が述べている。たとえば、世界 の85人の手に、世界人口の半数、約35億人分と同じ富が握られている。 仮説の委嘱委員のような人たちは、自分には今もっているものを持つ権利が あり、他人に恩義を感じる必要がない、貧乏人は事業自得だ、民間セクターは、 公的サービスより常に望ましいと考えているようだ。著者が、「本書は、 事実に基づくフィクションで、信頼おける確実な情報源によるが、実際の 『作業部会』は、存在しない。だから、綺麗ごとを並びたてる必要がないため、 内容は辛らつで、核心をついている。何度も書くが、自民の保守本流はポチ! ・・・・・・ 4781,閑話小題 ー怒りの取り扱い方 2014年04月17日(木) * 怒りの取り扱い方 一昨日こと。家内に「同級会の席や二次会などで、誰かに見られているかも しれないから気をつけて!」と言われて出かけたが、案の定、二次会のスナック でハイになっている中、銀行OBと思われる男に「誰かに見られているぞ!」と、 通りすがりに声をかけられた。「うるさい、人のことより自分をみてろ」と、 言えないし。軽さが、そのまま出ていたが。他人ごとではないか?スポーツジム でも、露骨なイヤミな視線を数ヶ月に一度は感じる。で、悟りが深くなる。 ー悟りとは、平気で死ぬのではなく、平気で生きることーというが、何事も慣れ。 最近、腹が立つとすることがあるが、書くのはやめておく。 ヒト指先で人をさすとき、親指は上(道理)、他の三本は、自分を指している。 哲学でいう認識である。他人の指摘は自分の世界観を言っているに過ぎない、 という自覚がない。ネズミ集団=世間の戯言ネタに、一々怒ってもいられない! 世間教の下世話ネタが、ネズミたちの集団念仏。気の毒といえば、気の毒だが、 こんな??のことを書いている私こそ遥かに気の毒? そのために、ぼんやりの 時間を持たなければ、せっかくの人生は台無しになってしまう。それにしても、 バカなことを書いている、自分に驚いているが。で、ぼんやりする時間が必要。 [・現実の背景にある膨大な漆黒の闇を意識する。・その為に独りの世界を大切 にする。・その時空をつくる為に、閑居の世界を身近に持つ。・働いてばかり いないで、怠けること。・その中での心の余白を良しとする懶惰の気持ちが鍵] 。 ぼんやり時間のエネルギーこそ、己を包み込む。 怒りは、エネルギーの源。 大事に扱うべきだが、因われないことも重要。・・人生は、面白い玩具で一杯。 老いも、喜怒哀楽も、楽しか! 目を本質から逸らさなければだが。 長岡という出生の地に飲み込まれない知恵こそ、今こそ必要だが、老いは、 その知恵を弱らせる。私の人生は、50歳辺りから二毛作目と思っていたが、 二期作でしかない?(二期作は、同じ農作物。二毛作は、違った作物) それとも、50歳から三年前まで、二期作目で、その後が、二毛作目? ・・・・・ 4414, ボストン爆弾テロについて 2013年04月17日(水) * この結末は、どうなる? ボストン爆発テロ、北朝鮮の関与を誰もが思い浮かべただろう。 アメリカの反政府の団体という仮説も立つが、平城でマラソンが行われた直後、 ボストンのゴールのカメラの多い中で、二つも爆発させたのは脅しの効果として 抜群。他に二つの爆弾が発見されたというから、明らかに何かの警告。 刑事ドラマのシリーズ「相棒」で、東京マラソンを狙った爆弾テロを阻止する ストーリーがあったが、手口は同じ。とすると近くの国の??と連想するのは 私だけでないはず。 ボストンマラソンといえば、世界で有数の権威ある大会。 そのゴールを狙うとは大胆。それもケリー国務大臣の因縁あるボストンで・・ ミサイル実験の前のデモンストレーション、としては危険すぎる? 今のところ、誰も北の関与を口に出さない。だから恐ろしい。タイミングから して確率は高い。アメリカが黙って見過ごすか、全面戦争の切り口になるか? 関与していなければ、北朝鮮は震え上がっているはず。これだけ全面戦争と 騒いでいた最中、タイミングが合いすぎ。 覚悟があってだろうがまずは、 この数日が境目だが、数ヶ月後には、全面戦争?が現実味を帯びてきた。 まさかと思っていたが、やはり! その最中、ミサイル発射実験、やるか、 やらないか、見もの。 これで軍事的に一触即発になった。しかしアメリカも 軍事産業立国の要素が強く、得体の知れない国家。さらにシリアもイランも、 アメリカの矛先を北に向けたい思惑もある。またCIAが北の仕業にした先制攻撃 の口実作りも考えられるし、アルカイダがビンラディン殺害の復讐のため、 北朝鮮と見せかけ、全面戦争の‘けしかけ’の可能性もある。どの切り口も 前面戦争の方向。その最中のシナリオ、あの坊やの考えそうなこと。危ない! アメリカは金がない、中国も新体制が整ってない、欧州危機は深刻だし、 日本は衰弱。 最初のブラックスワンは何から? ・・・・・・ 4040, 汚れつちまつた悲しみに ー3 2012年04月17日(火) 7年前の同月同日に若い時分の挫折体験について、次のような文章が書いて あった。傍からみた現在の私は、このようだろう。ところが今回の挫折体験の 心の傷は、これほどでもない。逆にいえば、茫然自失まで至ってないためか、 若さを失ったためか。青年期の幾度の挫折体験で、よくぞ狂わなかったものと 思うほど心の傷は深かったが、今回は、魂まで切っ先が届いてない。 長年の読書と、経験、人間関係の構築のベースがあったためである。 特に若い時分の挫折体験と、長年の読書の蓄積が大きい。それとも悲しみを 遥かに超えた多くの体験のためだろうか。それにしても、真似た文体としても、 血だらけの挫折体験が、そのまま出ている。書くということ、書き残した自分 の文章を改めて読み返すことの意味(価値)を、この文章で知らされた。 【 1475, 汚れつちまつた悲しみに ー2 2005年04月17日(日) 】 「汚れつちまつた悲しみに」の「汚れ」を「倒れ(挫折)」にして、 「倒れてしまった悲しみに」という詩を書いてみた。昔の何度かの挫折を 思い出しながら。 ー作成時、2005年4月16日 20時20分 ー倒れてしまった悲しみにー 倒れてしまった悲しみに 今日も涙の雨が降りかかる 倒れてしまった悲しみに 今日も嵐が吹き荒れる 倒れたしまった悲しみは たとえば樹氷のように突き刺さる 倒れてしまった悲しみは たとえば黒い血海のよう 倒れてしまった悲しみは たとえば虚空の空飛ぶ蜻蛉よ 倒れてしまった悲しみは あなたの愛に気づくとき 倒れてしまった悲しみは 夢みた昔を懐かしみ 倒れたしまった悲しみは 倒した人を思いだす 倒れてしまった悲しみは 光りの日々が走馬灯 倒れてしまった悲しみは 独りの自分に出会うとき 倒れてしまった悲しみは 悲しい悲しい悲しみよ 悲しい悲しい悲しみよ 倒れてしまった悲しみは 倒れてしまった悲しみは 倒れてしまった悲しみは ▼ 悲しむべき時には、悲しむが良い。 本当の悲しみが出てくるのは、 数年先になるのだろう。まだ、悲しむだけの余裕がないのかもしれない。 ・・・・・・・ 3674, 自己を見つめる −2 2011年04月17日(日) 「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著) 私たちは人生の現実を経験を介して初めて知られてくる、経験をして みなければ分からないのである。人生は、経験を通してその深みと広さを増す。 自分とは、経験してきた全てである。人生は様々な過去の追憶を返し、暖め なおすことしか、事実上何処にも存在をしない。良質な経験の積み重ねこそ、 人生を豊かに、実りあるものにする。 ー 第一章 経験 の中より ー 哲学者・ダガマーは経験について3つの点をしてきした。 ・まず第一に、それが誰も予見できず、見通せない仕方で生じてくる点である。 したがって、経験は常に新しさを含んでおり、経験がもたらす内実を、 まったく予測することができない。 ・次に第二に、そうした経験の過程は、いつも否定的過程であって、実際に経験 するまでは、当の事柄を知ってなかったことを痛感させられるわけである。 つまり私たちは徹底的に、浅見や独断を捨て去らねばならないことを教えられる、 とガダマーは断じる。 ・さらに第三に、それゆえに経験とは、本質的に、辛い不快なもの、期待の 幻滅を伴うものである。かつてギリシアの悲劇作家アイスキュロスが語った ように、人間は、「苦しみをとおして学ぶ」のである。それが経験ということ であり、こうして初めて人間は、真の洞察と自己認識を獲得するのだ、という。 要するに、経験をとおして、私たちは、あらゆる予見の限界と、すべての 計画の不確かさと、人間の非力さと有限性を、徹底的に思い知らされるわけ。 実際、こうした労苦にみちた経験を介して、私たちは、ほかならぬ自己自身の 人生の実相のただなかに立つことになる。そしてそれ以外に、どこにも人生 というものはない。私たちは、経験において初めて、自己自身と宿命的に向き 合うことになる。 経験のなかにこそ、自己自身があると言いうるゆえんである。 ▼ 人生を振りかってみて、経験の中こそ、自分があると、つくづくと思い知る。 その境界が自分の限界であった。だから迷ったら、とにかく、一歩踏み出して 行動することが、自分を広く深くする。「自分を見つめる」とは、自分の経験を 見つめることと同じである。 経験して初めて、知るが、それは否定的過程を 踏む事であり幻滅を伴なう。 とはいえ、落語の与太郎では? ・・・・・・・ 3309, 笑われ力 −1 2010年04月17日(土) 「 笑われ力 」 太田 敏正 (著) 石原 壮一郎 (監修) 図書館で、この本を見つけた時に、「面白い!」と、直ぐに借りた。 「自分の失敗や欠点を笑い飛ばしなさい。それで既に自分を客観的に見下ろして いることになる。」とは癒しの真髄であり、これまで「フン、この程度モノさ!」 と自分を笑い飛ばしてきた。 しかし、それを一冊の本として真正面から取組む とは。お笑いのサンマやタモリが、この名人である。 実に上手に自分の失敗談 を取上げて、周囲の共感と笑いをとる。タモリが「電車で、もようして? 有名人なのでトイレに入りづらく、失禁直前に家にたどりついて、ホッとして、 ところが大爆音のガス一発だけ! あの1時間の苦労はなんだった? 」で、 場内、爆笑だったが、「笑われ」の典型的事例。誰も一度や二度は経験のある?。 私の知人でも、「笑われ力」を駆使して世渡りをしている人が何人かいる。 実に自分の欠点、失敗を披瀝をし、周囲の苦笑と共感を誘っている。自分より 知識や、経験の少ない人の前では可能だだろうが、同じレベル?の人の前では、 躊躇をしてしまう。 素の自分を曝け出し、相手を笑わせようというのだから、 基盤がないと出来るものでない。 まずは、アマゾンの ー内容紹介よりー ≪石原壮一郎≫ ≪「心地良い人間関係」に「笑い」が不可欠なのは言うまでもないでしょう。 しかし、ウケを狙えば狙うほど、スベりやすくなるものです。まして、 人をバカにして笑っても「心地良い人間関係」は生まれません。そこで 「笑われ力」の登場です。 笑わせようとするのではなく、笑われる意識、 人をネタにするのではなく、自分をネタにするスタンスです。 お笑い芸人 のような爆発的な「笑い」が、笑わせることを目的にしているのに対し、 「笑われ力」が生む自然な「笑い」は「心地良い人間関係」を築くための プロセスに過ぎません。大爆笑は不要です。 自然で心地良い「笑い」を プロデュースする方法をゆる?く紹介します。≫ ▼ 「まえがき」の冒頭に、「いきなりですが、おめでとうございまう! あなたが、こうして『笑われ力』に出会ったことは、あなたの人生にとって、 大きな意味を持つでしょう。きっと日ごろの行いがいい方に違いありません」 とあり、最後の方には「大人力の77パーセントは「笑われ力」でできています。 残り23パーは、さほど気にしていただく必要はありません。」とある。 この随想日記やブログも早くいえば「笑い」というより自嘲の披瀝。そうでも 思わないと、毎日、アクセクして書いていられない。ある意味、癒しになって いる。 読み続けている人はご存知のとおり、最後の一行に捻りを入れるよう にしている。それも共感を得るような自嘲気味の捻りで締めるように。決して、 この本を読んだぞ!でなく、やっと読みおえた!でないと続かない。 この本の内容は簡単明瞭。 嫌味なく自分をダシに笑いをとれれば、悩みや、 怒り、悲しみの絶対量は激減する、ということ。 そういえばオカマバーの方々、 実にオカマの世界を自嘲気味に話し笑いをとっている。笑われてナンボの世界か、 珍獣?の世界は。10年以上は行ってないが、歳のせいか気持ち悪いが先にたつ。 ・・・・・・・・ 2934,世界恐慌に入って、まる7ヶ月 ー2 2009年04月17日(金) 新潟駅前でビジネスホテルという業態モデルを経営しているために、世界恐慌 の影響がストレートになる。初めに、広告、営業活動に対して経費をつめてくる。 二時間以内の出張は日帰りである。インターネットや携帯電話などで情報をやり とりして出張は可能な限り回数を減らすのは常道である。最近は宿泊ネット販売 が25パーセントなっている。しかも新潟では半額以下の2600〜3000円代前半は 当たり前。当日でも3000円前半なら何時でも取れる状態だから堪ったものでない。 そういう私も、冷蔵庫や洗濯機や大型TV以外は、電気製品、デジタル家電、書籍、 健康食品、ユニクロは、ネット購入。情報は、大型店の店頭で見て、実際に買う のはネット。2〜3割はまちがいなく廉いからである。リーマン・ブラザーズ から始った経済危機から世の中は一挙にデフレスパイラルに入った。情報化に よるフラット化で一物一価の世界になったことも、さらに輪をかけている。 最低価格が実現できないところは、即、退場をさせられてしまう。(客室は、 在庫が限定されているから、まだよいが)ということは、大部分の企業は淘汰 されることになる。 世界は5〜10年と暴風雨が吹き荒れだしたのである。 日本の国力もバブル崩壊後に大きく失われてしまった。アメリカのように資源や 軍事力や知的蓄積がないのである。この金融恐慌は近代資本主義社会の根幹を 揺るがすほどの大事件。4〜500年かけて近代社会がつくり上げてきたのが 中産階級である。その中産階級が中期・長期的に見て消滅しようとしている というのだから、ただ事ではないのである。1990年前後にソ連と、東欧諸国の 共産社会体制が消滅。そして10年後の2001年9月11日にイスラム原理主義の アルカイダがアメリカの金融の中心のビルを二つ崩壊させ、2千数百人の 生命を奪いアフガン・イラクの戦争中に入った。そして今度は百年、数百年 に一度といわれる金融恐慌である。これは簡単に解決できるような事態では なく5〜10年は世界中で想像を絶した多くの経済混乱が発生する。 まさか、これほどの大事件を目撃できようとは思っていなかった。 それも全ての人が直撃する惨事を・・
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| 5145,閑話小題 〜漫画本を読む感覚でシネマを観る |
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2015年04月16日(木)
* シネマは、漫画本を読む感覚で・・ 明日の金曜日は、所要でシネマに行けないので、昨日、前編に続いて 『ソロモンの秘密ー後編』を観てきたが、期待に反しない重厚な内容。映画館 で、シネマを観ると何か充実感が残る。大きな館内で、大型スクリーンで、 大音響で、数多の映画の中で選んで、独りで行って、観るからこそ没頭出来て、 その世界の幻想世界に入り込むことが出来る。平日の昼前後は、10〜30人 位しか観客がいないところも良い。この3年間、年に数度は休むが、ほぼ毎週 金曜日のシネマ通いを欠かさない。面白いから続いているが、デジタル技術の 進化で、迫力が日々、増しており、コスト対ストレス解消効果はネットに 劣らない。あれだけの幻覚の別世界に誘って、千百円は価値がある。 平静を装っているが、ストレスは沈殿して、少しのことでも動揺は起こる? そこでTVや、ネットなどで、自動発生するマイナスの情念を日々、解消する。 そのため面白、可笑しく、気持ちをフレッシュにしバウンドしている。 ハピネス・アドバンテージ(幸福優位性)を維持するためには、マイナス感情 の3倍の楽しみを持つ必要がある。慣れてしまえば、結構、ネタはある。 この文章を書く習慣も、その一つ。 20年になるが、母親が痴呆症になって5年半、そのストレスは尋常では なかった。そこで、本能的に好きな年二回の秘境ツアーに行くことにした。 そうでもしなければ、ストレスの短期間解消が出来なかった。 あれは、 恐怖心を乗り越えるゲーム。帰路の機内では、ストレスが見事に消えていた。 その代りがシネマ通い。月4〜5回で4〜5千円が高いかどうかだが、居酒屋 や、スナックの一軒分からみれば、価値は充分。問題は、これも続けること。 デジタルの映像漫画を、大スクリーンで、観ると思えばよい。所詮、人生、 振返れば幻覚の悲喜劇の世界。せめて、小さな世界から一時だけでも、 ドロップするのも好い。面白いことに、館内から出た瞬間、全てを忘れる。 人生と同じ。何せ幻想世界であるからだ。それを現実と思うから、変になる! ・・・・・・ 4780,ぼんやりの時間 ー9 2014年04月16日(水) 「ぼんやりの時間」辰濃 和男 (著) * ぼんやり時間について ーつれづれに 10年前に、この本を読んでいたら、どうだったろう? まだ娑婆っけが強かった年齢。人生の余白を埋めることに全力をあげていた 真っ只中で、ぼんやりなど程遠い生活であった。 ー‘あとがき’の次の箇所が最後のマトメによいー 《ところで、「ぼんやり」という言葉は、辞書ではどう説明されているのか。 何冊かを調べてみて、予想以上に評判が芳しくないことを改めて知った。 「①気がきかないさま。②利発でないさま。③どこか元気がなく、気持ちが 集中しない様子。④間が抜けているさま。⑤呆然としていたり、うかつで あったりする状態。」 多くの辞書では、「ぼんやり」という言葉は否定的な 意味で説明されているし、世間の人ぴとのぼんやり観も、たぶん、同じように 否定的なものだと思う。たしかに、横断歩道のところで呆然とした状態で ふらふらと車道に歩み出れば、これはもう危険な場所、不適切な場所での ぼんやりは困りものだ、ということについて、私としては異議もなく、異論も ない。そういうことは承知の上で、串田孫一は「ぼんやりしているのは人間に とって非常に大切な貴い時間である」と書いたのだと思う。 私は、串田の文章に共鳴するものだが、それでも、ぼんやりの否定面を 忘れることはなかった。ぼんやりの否定面を仮に「ぼんやりH」といい、 ぼんやりの肯定面は「ぼんやりK」ということにしよう。この本で繰り返し 説いてきたのは、主にこのぼんやりKのことである。「これは、ぼんやりKの 場合です」といちいち断ってはいないが、いままでこの本で書きつらねてきた のは、ほかでもない、主にぼんやりKのことである。世の中の支配的な風潮に 対して否定的な考え方を示すことは、難しいことではあるが、ある意味では 実に大切なことだと思っている。ぼんやりということを考えるとき、 「ぼんやりH」的な思いが支配的な風潮であるならば、一方で、「ぼんやりK」 的なもの、つまり、ぼんやりには、脳の働きをいきいきさせるものがあり、 生命力をよみがえらせてくれるものがあると主張することは、ことのほか 大切なことではないか。そんな思いが私にはある。私たちは「光」の恵みを 考えるならば、同時に「闇」の恵みにも思いをいたす必要がある。 「陽」の力を思うときは、同時に「陰」の力を思う必要がある。「動」や 「働」や「がんばり」が大切だと考えるときは、「静」や「休」や「ぼんやり」 もまた、いかに大切であるかを考えねばならぬ。日常の暮らしのなかで、 私たちはあまりにも「働」や「緊張」や「がんばり」に力点をおきすぎて、 「休」や「やわらぎ」や「ぼんやり」の効能を片隅に追いやっているのでは ないか。ぼんやりは「呆然としていること」であり、「間が抜けているさま」 であるということとは別に、「ぼんやりすることは貴い」「ぼんやりする ことで、なにかが貯えられる」「ぼんやりは活力を生む」という場合もある。 ときおり、ぼんやりした時間をもつことは、生気、活力をよみがえらせる ためにも必要なのだ。》 ▼ 人生には「よく働き、よく学び、よく遊ぶ」ことが核になる。それを、 いつも意識をし、分類し、バランスをとってきた。その他に、もう一つ、 背景に広がる空白も意識してきた。働くでなし、学ぶでなし、遊ぶでない、 ボーとした時間である。これは幾つかの挫折体験などから、否応なしに誰もが 経験すること。 そこでの、ぼんやりの時間も飽きてくると、そこから エネルギー、気力が湧き出ることを、である。ツアーで、独自で行けない 秘境・異郷に行くのをライフワークにしてきた。そこでは、旅の企画と手配と 案内は全て代理店と添乗員がしてくれる。その大部分が、移動の飛行機か、 バスの中。そこの「ぼんやりの時間」が良いのである。慣れるまでは苦痛 だったが、回数を重ねる度に、その高速移動空間で、ただただ、ボ〜っと する時空の魅力に気づくようになった。何か、痴呆症の勧めのようだが・・ ・・・・・・ 4413, 早起きの話 2013年04月16日(火) 早朝の読書習慣は事業を立上げた27歳の頃から現在まで40年になる。 父も早寝早起きで、夜は9時前に寝ていた。一日、二時間は読書をすると 決めていた為、創業の忙しさの中で読書環境は静かな早朝しかなかった。 40年にわたる早朝の読書時間は私の独学塾。その蓄積で、もう少し読書 の質が上がって良いさそうなものだが、独学もあり壁を破れなかった。 それもあって夜は9時就寝に自然となっていた。 晩酌をすることもあり 就寝と同時に4〜5時間は爆睡するが、深夜1時〜2時頃に目が覚める。 その30分は頭が冴え渡る。事業で何か大きな決断をするとき、2時半を 目安にして判断をする。その後、半覚半睡の状態で二時間ほど過ごし4時〜 4時半に起床、書斎に入る。そして6時頃からポタリングに出る。 早朝時間の活用をしている人は意外と少ない。 時間帯として、 「20対80の法則」「6対94の法則」でいう、この時間の読書と散歩か ミニ・サイクリングは私にとって重要事項。カレルが「物理的に過ぎ行く 時間の他に『内的時間』が別にある」というが、早朝の時間は、その内的時間 に入る。内的時間の芯といえば純化した心のゾーン。名著などに没我しきった 時間の、それである。ところで日本は戦中・終戦直後まで人口の過半数以上が 農林漁業に従事していた。そのため、朝早く起き、夜早く寝る習慣になっていた。 朝の陽光が生命の源。朝の語源は、天が開いて明るくなる「明ける」からきた という説がある。英語のモーニングもドイツ語のモルゲンも、太陽の光を 思わせるイメージがある。仕事により朝方かどうかが変わってくるが。 早起きの効果は、長年続けなければ出てこない。部屋で、土手で、早朝、 独りで物思いにふける時間は至福である。 ・・・・・ 4039, 世界の旅行記101 ー1 2012年04月16日(月) ー 内容(アマゾンより)ー 「世界の旅行記101」 樺山 紘一著 アームチェアで葉巻をくゆらせながら読むものも、通勤の電車内で文庫本に 読みふけるものも、旅行記から、迫真の体験をうけとるだろう。ときには、身に うずきを感じ誘われるかのように、みずから旅への計画にむかうこともあろう。 旅行記の効用は、実に広く深い。ヘロドトスの「歴史」からイブンバットゥータ の旅行記、ぺルリ提督日本遠征記、はたまた永井荷風の「あめりか物語」・・ 異文化への遭遇と驚き、喜びを満載した古今内外の代表的な旅行記101冊の 歴史的な意味と、意義、概略をコンパクトにまとめている。自宅でくつろぎ ながら、旅行記の魅力に浸れます。 この中から興味を持った本を図書館に行って借り、読むのも一興。 ◎ アマゾン読者感想 ≪ 読書と旅が好きな者にとって、旅行記は興味この上なく深い。しかし、 世の中には旅行記なる書物は山のように存在する。その中からその時の関心の 在処に応じて何か良いものを探し出そうとする時、手引きとなる情報があると 助かる。 旅に出る時、ガイドブックとは別にその地をめぐった先輩の書き物 に教えを請おうとする時、適切な本を探索する手引きとなる情報があると助かる。 また、仕事を終えた夜のつれづれに、何か旅の本に想いをいたそうとした時に、 そんな本の梗概を記した手軽な本があると愉しい。私は、数年来、この本を そんな風に使ってきた。先日、タヒチを訪ねるにあたって、モームやゴーギャン の作品などとともに、ブーガンヴィル、クック、ダーウィンという探検の時代の 旅行記の関係部分に目を通した。その時、この本が彼らの旅行記を推薦した。 そして、私のタヒチ旅行はいっそう内容豊かになった。この本には、紀元前から 現代までの代表的旅行記が外国から日本まで101件、原則2頁で、時に地図や 写真を付けて紹介されている。各文末には、入手可能翻訳本を記している。 関連年表、索引もやや詳しい。目次は、書名のみ、著者・解題者付書名、執筆 年代順書名という3種が付されている。ハンドブックとして工夫次第で利用勝手 は拡がる。旅が好きな読書子には常備して価値のある本であろう。理想を言えば、 併せて、古今東西の旅行記・紀行文を網羅したリストを座右におけば、 精粗あわせて情報が得られて良いのだが・・・ ≫ ▼ 10年ほど前に買った本だが、数編を読んだまま蔵書になっていたもの。 どのページを開いても、生々しい事件に満ちている。編者の「旅行記は事件簿 でもある」という見方こそ、面白い切り口である。旅行は事件なのである。 そこには、それぞれの人生の全てトラブルが現れ出ていて、生々しい記述で満ち ている。それと、自分の人生の様々な場面と合わせ鏡にすると万華鏡のようである。 次回から、目に止まった面白い旅行記の逸話を抜粋する。 ・・・・・・ 3673, 自己を見つめる −1 2011年04月16日(土) 「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著) ここまで人生を生きてきたら、要は「生きてきた過去をどのように 受けとめるか?」になる。それは生きてきた「自己を見つめる」になる。 その「自己とは、そもそも何か?」色々な場面で、多くの判断をし、決断を してきた、その時々の主体が節目ときの自己になる。それらの自己の総合体が 自分になる。 先日、何気なく図書館で借りてきた10冊の本を流し読みを していたら、思わない拾物をしたのが、この本。現在は、その「節目どき」。 自分を見つめ直す機会である。 まずは、−アマゾンの説明書きよりー 《 放送大学の空前の人気授業といわれたテキストを叢書化。ニーチェや ハイデッガーのことばをまじえながら、崩れ落ちそうになる気持ちを支え引き 締めてくれる。「この授業、このテキストがあったから、いまの私の人生がある」 と語りつがれる哲学の名著。 日本を代表する哲学者が「自己」「仕事」「孤独」 「世間」「運命」「不幸」など 15章のテーマで語る人生の真髄。 ― 次に、アマゾンの感想文の中の抜粋をコピーしてみた ― * 「生き甲斐は、根本的に重い運命愛の意識に担われた、死場所への覚悟と いうものと深く関係している。しかし、他方では、それは、ときにはそれを 忘却した、放念と遊戯と飛翔のうちで、自己の快癒を図る悦楽の解放感とも 接続していることは確実である。この大きな振幅のなかで、私たちの生の 営みは展開している」 (「生き甲斐」) * 「愛とは……問題となっているものを、深く大切に思い、それを慈しみ、 人生の大事と考えて、その尊厳を守ろうとする、控え目ながらも持続的で 強い根源意欲ないし生命意欲に関係するものであり、また、そのことに伴う あらゆる憂いと悲しさの 情念のすべてであり、自己としての生きる人間の 根源に関わる根本問題なのである」 (「愛」) * 「幸福は、たいていの場合、不幸を介して、その姿を浮かび上がらせてくる 失われた桃源郷である」 (「不幸」) * 「老年になって、やっと人は、自分の人生を変えた大きな出来事が、そっと 気づかないうちに、自分に忍び寄ってきて、自分を支配することに至った ことを理解する。自分の周りの人々が、ほんとうは何者であったかが、 ようやく分かるのは、老年になってからである」 (「老い」) * 「人は、多くの場合、無言のまま、誰にも相談することのできない、 こうした人生の重大問題を抱えて、悩みながら生きている。私が、本書 『自己を見つめる』において、語りかけたいと思っている読者は、そうした 優しく敏感で、傷つきやすい、心豊かな人、慰めもなく、苦しみながら、 しかし立派に生きる務めを果たそうとしている人である」(「まえがき」より) [目次] まえがき 第一章 経験 第二章 時間 第三章 境遇 第四章 遍歴 第五章 自己 第六章 生き甲斐 第七章 仕事 第八章 孤独 第九章 愛 第十章 他者 第十一章 世間 十二章 運命 第十三 不幸 第十四章 老い 第十五章 死 ▼ これを図書館から借りてきて、直ぐにアマゾンで、姉妹書の「人生の哲学」 と共に注文をした。老年に差し掛かってきた現在、自分の歩んできた人生を 振り返り、己を見つめ、考える時期に来ている。それが「節目を打つ」こと。 青年期の挫折時には、これをチャンとしていたから、躓きの石を踏み台の 石にすることができた? 内省も面白いものだ。 ・・・・・・・ 3308, 万田酵素 2010年04月16日(金) 新聞広告で、「万田酵素、無料キャンペーン」の見出しがあった。 前から新聞広告やドラッグストアで見かけていたが、一万円前後。無料キャン ペーンはお試し用の6パックで1200円。10日前に届いたので、試飲をしてみた。 で、二日間、一パックを飲んだところ、二日酔いのような赤ら顔になった。 何かニンニクエキスを飲んで、一日中逆上せているような感じ。そこで、小さな パックだが、半分にして飲んだところ、丁度良い。酵素といえば、もう25年来、 玄米酵素を飲みつづけている。これも一日一パックを飲んでいるが、続いている から身体に適応しているのだろう。 酵素といえば新潟産業博で年一度、小さな コーナーで「酵素源」のデモ販売をしている。そこで三度ほど買ったことがある。 ただ7千円もするので、一瓶を数ヶ月かけて飲んだ。確かに身体全体に活力が 出たが、電話で取り寄せるほどではなかった。無料の試しパックは一パック 2百円と高い感がする。 しかし飲んでみると、全身から活力がみなぎ出る感じ。 通勤途上にある「マツキヨ」の健康食品のコーナーをみたら、全く同じものが 一瓶9800円である。これなら少しずつ飲めば三ヶ月は持ちそうである。 で、ネットに「格安 万田酵素」と入れたところ、何と3600円。ネットでは、 3000円半ばの販売価格に集中していたから、「マツキヨ」のバイヤーもネットで チェックしているはず。それでも、この価格で販売しているのだから、ネットで チェックしない客を狙っているのか。ネットの世界=情報化は、ドラックストア さえ中抜きにしてしまう。 バイアグラとしても、使える?代物。 バイアグラ以外では、これが一番? 今さら、大して用がないか! ・・・・・・・ 2933,世界恐慌に入って、まる7ヶ月 ー1 2009年04月16日(木) 去年9月15日のリーマン・ブラザーズ破綻から、まる7ヶ月経った。 その間に金融恐慌関係の経済雑誌の特集や著書を、多く読んできた。 楽観論から悲観論まで様々あるが、当然のことながら悲観論が主である。 当初は、「50~100年に一度の金融恐慌」といっていたが、何時の間にか50が消え、 「100年に一度の経済危機」の言葉が定着したきた。1930年代の世界恐慌より、 今回は深刻という事実を時間をかけて一般に知らしめてきた。 新潟駅前の宿泊現場のセンサーからみると、全体的にみて30〜40%ダウン。 輸出産業を中心としたメーカー関連で、40〜50、それ以外が20〜40%のダウン。 2001年の9・11事件の時は、三年かかって30%にダウンしていったが、今回は 2〜3ヶ月で、総じて30〜40パーセントのダウンである。9・11の時は、金融庁の 方からは、駄目な会社は早々処理するようにというお達しが出ていたが、今回は、 何とか助かるところは、潰さないようにという、お達しが出ているという。 大きな方針の転換である。実際には、現場は11月末から露骨な売上減が始ってきた。 これは、どの業界も同じである。そして年を越えてから一ケ月ごとに、ジワジワと 経営圧迫がきているのが現状である。国家として3月末の大量倒産を避けることが 出来たが、問題は決算が出揃う5月〜6月にかけて大事変が続くと言われている。 実際に数字を見ていると凍りつく思いである。当方の先期決算は恥ずかしくない 数字だったが問題は、これからの経済社会の情勢。この恐慌の大波が、まずは 日本に押し寄せているが、アメリカ・中国に深刻に現れるのは、これからである。 韓国・台湾・シンガポールなどの日本の輸出比率が2倍もある国では、GDPが20% ダウンというから、大打撃になっている。かなり深刻な事態が、世界各国、 いや日本に出てくることを覚悟をしなければならない。この7〜8年、何とか 輸出立国というモデルで何とか、日本を牽引してきたが、そのモデルは 崩壊してしまった。 どうなるのだろうか? ・・・・・・・・ 2569, 閑話小題 2008年04月16日(水) * ガソリン価格 先週、車のタイヤ交換のため新潟に来たが、見附で124円のガソリンを 入れた。そして新潟のバイパス近くのガソリンの値段を見たら120円とあった。 ところが、家内の話だが長岡はセルフ以外は、127円で統一(談合)している のでは? 市内の何処を見ても統一は不自然だという。こんなことをしている から消費者に嫌われるのを知らないのだ。誰も直接口には出さないが、必ず 口コミで辛らつに批評されているのである。 * 呼び込みの、その後(迷惑条例実施の、その後) (字数制限のためカット 2012年4月16日) * ロシアのバレー事情の激変 (字数制限のためカット 2012年4月16日)
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2015年04月15日(水)
* 個人物語 ー知の逆転ー 対談相手 オリバー・サックス 14年近く、休むことなく毎日、この随想日記を書いている。これは私が、 「直近に読んだ書籍や、経験を個人の物語としてパッケージ化して保存」 する習慣で、それを毎年、同月同日に読み返す。何故に14年も続いたか といえば、「私つくり」に有効と実感するため。「個人物語化」化である。 ー以下は、まさに、それ! 私のフィルターを通した経験を、書き連ねる ことで、経験を自分の中に、埋め込む重要な習慣である。 ≪ 「個人の物語」化というのが、それぞれのアイデンティティを確立のため にいかに重要か。生物学的あるいは生理学的に見て、われわれにはほとんど 違いはないが、各個人の物語は異なっている。それは、脳や免疫システムは、 ある程度以上のレベルになると、みなそれぞれ異なっているからです。 病気に向き合う際にも、落ち着いて対処する人もいれば、すっかり怖気づいて しまう人もあるし、全く無関心な人もあるといったふうに、人によって物語も 違います。細胞組織レベルでは私たちはほとんど違いはありませんが、脳は、 たとえ一卵性双生児であっても、生まれたときから既に違っている。さらに、 生まれてから脳は、経験によって大きく左右されます。数学者の脳は音楽家の 脳と異なるし、視覚芸術家や言語芸術家の脳も異なります。18世紀の科学者 ヘンリー・キャベンディッシュは、ほとんど他の人間との接触というものを 避けて生きていたそうです。裕福そうな人でしたが、使用人は家の別棟に 住んでいて、キャベンディッシュに話しかけることを禁じられていた。 想像も及ばない静寂と孤独の中で暮らしていたそうです。彼はたいへんな 知性とオリジナリティを備えており、地球の重量計測から始まって、 新元素の発見などを成し遂げているのですが、科学者によく見られる野心や 競争心とは全くかけ離れていたそうです。バートランド・ラッセルが 「最も高い教育を受けた者たちのなかで、一番幸福なのは科学者である。 なぜなら、彼らの脳は仕事の内容でいっぱいで、感情面では非常にシンプル でいられる。あまりにシンプルなので、食べることや結婚することなどに 楽しみを見出だせるほどだ(笑)」と言っていました。 ≫ ▼ 個人物語は、自分が主役で、舞台と、配役が在って、観客がその物語を 観ている。それを把握するのが主人公の「私」であり、総監督も兼ねる。 それを自覚する方法に「瞑想」や「散歩」がある。あるいは、映画や書籍に 没頭することで、自分を見つめなおし自分の物語を鳥瞰する。 「事業人生を決心して45年」の語り直しー50(2014/08/25) 総括の総括 ー小さな物語のまとめー のシリーズを去年の夏、書いたが、 自分を物語を、冷静にみると、小さなエゴの塊の物語が見えてくる。 問題は、認識できるかどうか? ほぼ、出来てない。 程度の差?ですか。 ・・・・・・ 4779,閑話小題 ー勘違い 2014年04月15日(火) * 勘違い 「今回、Windows・XPのサービスの停止で、私のWindows・Vistaも、その範囲」 と勝手に勘違いをしてしまい、新たに、Windows8のパソコンを買ってしまった。 実際のところVistaは、あと3年後であった。6年以上も使って買え時期だった ので後悔はしてないが、その迂闊さには我ながら呆れ果てる。 検索で 「Vistaのサービス停止」と入力すれば良かったが、思い込みは恐ろしい! しかし、知人の言う「パソコンは進化を考えたら4年が買替え時」も事実。 * 今年の桜は 毎年恒例の桜のシーズンで、数日来、満開だが、それぞれの地域ごとに 素晴らしい桜並木があるもの。その中で、特に自分の気に入った桜の木を 決めて、毎年、再開するのも良いものである。個々も良し、並木も良しが桜。 シーズン中の、天候の良し悪しも大きく左右する。その点、今年は当り年。 明日あたりから、散り始めるが、これもまた良い。川辺などの桜が散る頃、 山辺の桜が満開になり、それも散ると、今度は八重桜が満開になる。 八重桜は八重咲きになるサクラの総称で、山桜のヤマのマがエの変化したもの。 何か歳とるごとに、桜の花が愛おしくなっていく。 ゆさゆさと大枝ゆるる桜かな (村上鬼城) したたかに水をうちたる夕ざくら (久保田万太郎) ゆふ空の暗澹(あんたん)たるにさくら咲き (山口誓子) やどりして春の山辺に寝たる夜は夢の内にも花ぞ散りける (紀 貫之) すさまじくひと木の桜ふぶくゆゑ身はひえびえとなりて立ちをり(岡野弘彦) 夜半さめて見れば夜半さえしらじらと桜散りおりとどまらざらん(馬場あき子) 世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし (在原業平) ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ (紀 友則) 今日は、この数日来のコースを周り、明日からは悠久山のコースの予定。 ・・・・・・ 4412, 大丈夫、なんとかなるさ −2 2013年04月15日(月) * 今を生きる女の強と、昔を生きる男の弱さ ー「大丈夫、なんとかなるさ」近藤勝重著 国が衰えてくると、俄然、女性の強さが浮かび上がってくる。その一つの 傾向として男は台所に女が外に働きに出る。定年をむかえ、男は仕事で消耗 してしまい家の中では粗大ゴミ扱い。そこで争いが。しかし強いのは女性。 ここで、その理由を明確に述べている。働きづめだった男こそ、「今を生きる」 ために与えられた時間なのに、過去の想いに囚れ今に生きることが出来ない。 ≪ ある時期、男たちの間で女性の活躍がよく話題になった。おのずと話は 男女の一般的な比較諭になって、いざという時には女は強く、男は弱いという 意見や感想が目立った。彼らの話を聞きつつ、ずいぶん前に新聞で読んだ男女 の産み分けがなぜ可能かの記事をい出していた。ある大学医学部が明らかに したもので、人聞の精子を分離すると、女の子つくるX精子は重く下にたまる のに比べ、男の子をつくるY精子は軽くて浮くという。 そんな内容であったと記憶する。以来ぼくは男女比較論になると、その話 を引用しながら「つまり女はもともとどっしりと安定しているのに比べ、 男はふわふわと不安定なんだ」としたり顔で言ったものだ。 さらに近年は、 脳科学のこんな説にも注目してきた。芸術・感情脳の右脳と、言語機能を持つ 思考.論理脳の左脳を結ぷ脳梁などは、女性のほうが男性より太く、そのぶん 情報交換量や、情感も女性が豊かだという訳だ。これには異論、反論があるが、 男性よりよくしゃべり、よく泣き、よく笑う女性のリセット的特性を説明 しやすく、これまでも重宝してきた。 男より女佐が長生きするなども、 それらの特性でかなり説明がつくようにも思える。ところで人間のありよう が遺伝学や脳科学とは別に日常の習慣性からとらえられるとすれば、前に紹介 の加藤登紀子さんの話のとおり、炊事・洗濯・掃除といった短いサイクルで 毎日を生きている女性のしぶとさは男など問題外だろう。その場その場の 対応力や性を生きる強さ、男よりよく泣くにしても、泣いてすっきり、 ああご飯がおいしいとすぐに涙など吹っ切っている女性を見ると、事態への 能力において男の勝ち目は縛い。・・・ ≫ ▼ 現在の状況を冷静にみると、身につまされる。比較的、今の時間を生きて いるつもりだが、家内の日常からすれば、全く劣っているのが現実。毎日、 毎週の習慣から抜け出せないのである。歳もあってか、既に世の中を見切って しまい、映画か読書とか、過去の記述など頭の中の世界に生きようとしている。 それに比して、家内といえば、羽がはえたように「横世界の今・ここ」を 生きている。で、私は、早朝起きて独り部屋で、これを書いたり、ポタリング をしている。猫(女)と犬(男)の生活を続けた差が、鮮明に出て当然である。 ニャ〜ンとワンが喧嘩して、毛をソバたてたフーとワンワンでは、 猫が勝つに決まっている。夫源病と妻源病か! ・・・・・ 4038, 閑話小題 2012年04月15日(日) * つれづれに ◎ 昨日、一昨日と二日続けてシネマを見てきた。全米の観客動員数が一位と、 二位というから間違いないと判断。私の評価は、全米一位の「バトルシップ」、 85点。 二位の「ジョン・カーター」、90点。一応、合格。 昨日は土曜日のためかロビーは客で溢れていた。 シルバー割引千円で 現実からトリップできるから価値は充分ある。ストレスを解消してくれそうな ものを、話題になった中から選んでいる。大不況の鬱憤を映画で晴らそうと いうのか、破壊と再生の物語が多い。 バーチャルの世界で鬱屈した? 気持ちをスカッとさせ、ストレス発散をするようにできている。 ◎ 現在、世界的にも、国内的にも大きな節目。 現実に私のケースのように 過去10年間の売り上げの激減と、その結果の事態は、数年先の現実の前倒 現象になる。 それで、悲観過ぎるのか?決して悲観過ぎるということはない。 毎日毎日、同じようなことを飽きもせず書いているが、書くことで、気が付く ことが多い。ところで、このところ、この随想日記のスランプ期間に入った。 テーマが出てこないのである。数ヶ月に一度くるが、これも慣れている。 ◎ 「年齢に気持ちがついていけない!」 これが、人生を生きてきて常に 感じてきたこと。歳をとればとるほど、その傾向が強くなる。未来より、 過去を見つめる時間が長くなるためだろう。そこで、過去を否定しないこと。 ◎ 米国の天然ガス価格が2ドル代の大台を割って、日本の輸入価格は18ドル。 日米格差は9倍である。米国は世界最大の資源国であり、世界一安い天然ガス を使える。これに対して日本企業は電力不足と、世界一高い法人税、そして 社会保障費と人件費も高い。米国産原油価格優遇策となれば米国優位は ゆるぎない。これが宗主国と属国の力の差。ジワジワと、その影響が日本経済 と社会に出てくる。日本は海洋国家と、水資源が豊富にある。それと島国の 特性の中に、これからのヒントがあるはず。それにしても、東北大震災と、 原発事故と、54の原発が使えないのが大きい。 ・・・・・・・ 3672, 節目どきに ー7 2011年04月15日(金) * つれづれに △ 事務所にあった身の回りのものと書棚が二回に分けて届いた。 倉庫の中に三坪ほどのスペースをとり、収めたが丁度良く収まった。 事務所の移転ごとに多くを捨ててきたので比較的最小限度のものしかないが、 それでも捨てがたいものが多くある。会社に置いてた本の半分ほどは処分して きたが、振り返ってみると、もっと早く、哲学書を読み込んでおけばと反省 しきりである。逆に言えば、この10数年で読む本が変わってしまった。 △ 昨日、小学校5〜6年担任の恩師の西沢先生から、丁寧な破綻の?見舞いの 葉書が届いた。現在、80歳前半になられたが、葉書に筆で書かれた書体の 美しさに驚いてしまった。私の5歳上の姉も担任をされたが、姉は、あまり 先生のことを語ってくれなかった。 先生が定年退職をされた時に、確か 小学校の同期会に先生が出席され、その時に先生にお願いをして、新潟の私の ホテルに宿泊をしてもらい、一晩、酒席を共にさせて貰ったことがあった。 もう20数年も前になる。 先生は多くの小中の校長を歴任し、長岡の教育長 までされた人で、定年時には、そのお祝いに300人が集まってくれたと 嬉しそうに語ってくれた。 その時に先生がつくられた御猪口を貰いたが、 先日まで、会社の事務所の飾りだなに大事に飾っておいた。卒業まじかに、 半年間、虐め?で級長にされたことがあった。これはきつかったが、その時に 不貞腐れていて運動場で掃除をしていた私の頭を引っぱたかれた心の傷は、 今でも鮮明の残っている。しかし人を導く不思議な力を持っていた。 先生の両親とも先生で、息子も先生をしている教員一家。色々の人生を垣間 見たのだろう。そういえば小学校の同級生、地方としては男15人の中で、 慶応、早稲田、立教三人、新大二人と、出来は悪くない。喧嘩も、勉強も ライバルが多くいた。 変なのもいたが、変ななりに、まっとうに? 家業などを引き継いでいる。 駅前エリアもあり、玉石混合ということか。 ・・・・・・・ 3307, 日本破綻 −2 2010年04月15日(木) ー 「日本破綻ー株・債券・円のトリプル安が襲うー」藤巻 健史 (著) 著者は新自由主義論者で、円安論者。 グローバル化社会を推進すべきだ としている。そして「大きい政府・規制社会・結果平等税制」の是正を主張。 経済を拡大をしないと、グローバルの世界を生き抜くことは不可能で、その ため円を実力どおりの円安に誘導すべきという。日本は輸出立国でしか成り立た ないと論じている。格差が開いたとしても日本の貧困層は世界の中間層で しかない。 ここで、アメリカの強さを何気なく書いている。 ・アメリカの双子の赤字は大げさ= アメリカの税収2008年で 約2.5兆ドル=220兆円。日本の44兆円の5倍ある。アメリカの GDPは日本の3倍に対して5倍である。一方、財政支出は、2008年で 4500億ドルの赤字。ほぼ日本と同じ。2008年末の連邦債務残高は 10兆ドル。これも日本と同じでしかない。日本は不景気が良くなって 金利が5パー増えたら43兆円の支払い増で、今の税収が吹っ飛んでしまう。 もうひとつのアメリカの赤字、経常赤字も大げさに騒ぎすぎ。ネット金額で 見ると、資本を海外から取り入れているにかかわらず、配当金や金利は 「支払う額」より「入ってくる額」の方が大きい。 借金をしていれば金利は 「支払うはず」なのに、「受け取っている」のです。それは、アメリカ人に リスクをとる精神があるからである。海外投資で高い配当金や利息が 国内に入ってくる一方、支払い金利の方が少ないからだ。 ・日本のバブル時の1989年末と現在2010年1月と比べると、日経平均 3万8915円から1万765円と4分の1近く。一方のNYダウは2753 ドルから1万765ドル。4倍になっている。その差は15倍になった。 NYダウが最高値の1万4千ドルをつけた時、日経は1万8千円として、 そこから1万765円。アメリカが20パーセントダウンに対して、日本は 40パーセントのダウンになっている。 〜この背景には世界の主軸通貨がドル本位制がある。 ネズミ溝の親は、 外貨準備金は必要でない。ただ紙切れを刷っていれば済む。紙代だけなら 荒利は99パーセント以上の利益を得ることが出来るからだ。数年以内に、 アメロなどの新ドルに切り替え、実質的なデフォルトをしてくるだろうが、 日本破綻は大きな岐路にたつ。 ・・・・・・・・ 2009年04月15日(水) 2932,筑紫哲也の残日録 文藝春秋の二月号の、筑紫哲也の「がん残日録」ー告知から死まで5百日 の闘いー が壮絶な死と生の記録であった。2人に1人が癌になり、3人に 1人が癌で死ぬ時代である。50歳を過ぎれば何時何が起きるかもしれない。 癌は体内に発生して、最初に発見されるまで、14〜5年かかると言われる。 発見されるまでの潜在的なものを含めると、全員が癌を持っており、全ての 人が癌への道を歩いていることになる。一グラムの癌細胞は鼠算的に2倍 ずつ増えていくと、1キロに増加するに10回の2倍を重ねるだけでよい。 =この残日録の中の印象に残った部分を抜粋してみる= ・《07年10月20日》 福田康夫様 歴代の総理を拝見していますと、この人がと思う人でも、鬱積が溜まって いくものです。それをあまり我慢するのもよくありません。秘訣は、本当に 怒らないことです。口さがない批判、非難の大部分は、それを口にする者の 身の丈、思考の水準に見合ったものでしかない。そんなものに自分が とらわれてたまるかと思えば腹は立たないでしょう。総理の仕事は、 それより遥かに次元が違うでしょう。 ・《07年12月8日》 執行猶予 この病を得ることは、いわば《執行猶予ー死ぬまでの》の時間を与えられた ことになる。それは自分の正体を見つめなおす機会を与えられたということ。 私は何ほどのものか。何をしてきたか、何をしてこなかったのか。 己を正視するのは、そんなにたやすいことではない。それに加えて、もう 一つの困難がある。こうやって、何事かを言語を用いて表現することは、 通常は他者に向かっての意思伝達の手段なのだ。そのための工夫や表現力は、 訓練次第、あるいは個人的能力によって多少とも向上させることができる だろう。だが、本質的に社会的、公共的ツールである言語が、自分に向かって 自分を説明するのに、どこまで有効なのか。どんな言語表現もすり抜けていく 部分、そこに自分の正体はぼんやりと、または黒々と潜んでいるのではないか。 「よい人生だった」「悔いの多い、くだらぬ人生だった」どちらにしても、 言語を用いる以上、他者への説明を意識しているのだろうし、そうでなくとも、 「自分の中の他者」に言い聞かせているのかもしれない。 ・《08年1月 日付なし》 泣いても一日 笑っても一日 どちらでも良い 良くないのは どちらでもない一日 せめて怒ってみるか ・《08年2月15日》 次女ゆうな の言葉 この宣告以前に、父が違う病院のお医者さんに余命について質問をした ことがあるんです。その時に言われたことは 『自分が駄目だと思ったとき が余命の始まりです』という言葉。はっきりとした余命を伝えることは 『ダメか』と思わせることになるから、と家族で結論を出して、伝えることを しませんでした。 ・《08年11月5日》 こん睡状態、次女に『メモ、メモ』と紙と エンピツを用意させ、《THANKY YOU》 ーひとりの人の死は、生きてきたプロセスを圧縮して立ち現れてくる。 ・・・・・・・・ 2568, ドル覇権の崩壊 ー3 2008年04月15日(火) 著者はアメリカが実質的価値のないドルと、偽札のドルとどこが違うと 疑問を呈する。私も以前から北朝鮮が国家として作っているといわれる偽ドル と、アメリカのドルと、どこが違うか疑問を持っていたが、その極めつけが プライムローンである。 まずは、その部分を書き写してみる。 ーー 第二章 世界はこうしてドルに騙された 非兌換紙幣であるドルの刷り散らかしはアメリカによるマネーの偽造 ーP100 「紙幣を印刷するものがが法律を制定する」少なくともまだ暫くの間はこの 格言が真実として通用するだろう。今日では、ゴールド(金貨〉は通貨として もはや使われていない。表面上は、ゴールドによる貿易決済もゴールドを準備 貨幣とする経済体制も存在しなくなっている。しかし、それでも今のアメリカ の強大(そうに見える)な軍事的優越性と、米ドル紙幣の印刷と強制通用の みせかけの信用によって、諸外国の国民が、米ドルをゴールドと同じような 信用力を有するものと、思いこみ、深く信用しているからだ。また、そのように 信用させることが大事であるから、そのように、上手に「ドル紙幣の生産と そのドル紙幣で各国への軍需や経済援助を実行し続けるという外見は今も不変。 (以下字数の関係でカット2011年04月15日)
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2015年04月14日(火)
ー知の逆転ー * 5万年の間、人間の認識能力は進化してない 対談相手 〜ノーム。チョムスキー フランス、スペインに多くの洞窟壁画が、近年発見されたが、発見当時は、 プロの画家や学者は、3〜4万年前に、これほど高度技術の壁画の存在を認めず、 最近、いたずらで描かれたと譲らなかった。ラスコーの壁画は、霊媒師のような 存在の人が、百数十年にわたり書き加えていたという。 ≪ ・わかっていることとしては、約五万年前、ごく小さなグループの人間が 東アフリカを出て、急速に全世界に広がっていったということ。それ以来、 知る限りにおいて、認識能力の進化は起こっていない。 つまり、たとえば アフリカを出てから全く他の人種との接触のなかったパプア・ニューギニアや アマゾンの原住民の子供たちと、われわれの子供たちとは、認識能力に全く差が ないということです。当時の原住民の子供をボストンに連れてきて育てれば、 私の孫たちとなんら変わらないはず。種族間の遺伝的な差異は見つかりません。 同じ種族の中での差異はありますよ。たとえば、病理学上の違いとか。 でも基本的には認識能力に差はない。ですから、過去五万年の間に、進化上の 変化は全くなかったと言っていい。たとえば髪の毛の色といった表層的な 変化はありましたが、認識能力上の変化は起こっていない。 ・考古学上の資料によれば、約5万年から10万年くらいの周期で、重要な 創造力の爆発があるといいます。ですからそれくらい前に人類学者が「大躍進」 と呼ぶような何かが起こったらしい。その頃、記号を使った行動や表記が始まり、 天体の記録や複雑な社会構造が生まれ、考古学上の記録だけでも、人間能力の 突然の進化や向上が見られるわけです。それ以前にも進化はあったけれども、 この頃に急激な変化が起った。 ・カンブリア紀の生命爆発の頃に、生物の基本的なパターンというものが 整ってからは、生物の発達というのはみなほとんど同じなのです。 遺伝子の保存についても十分にわかってきている。多様な生物は、実は一種類が 非常に長い時間をかけてわずかずつ変化してきた結果であるとする論文も発表 されているくらいです。しかしそれらとは違って、言語を含む人間のさまざまな 能力は、非常にごく最近、突然現れたものなのです。・・ ≫ ▼ 「5〜10万年の周期で、創造力の爆発がある」というが、まさに現在の ネットの世界的普及が、これに当る。認識能力が、このネットで飛躍的に 伸びることになる。ハッキリいえば、最近、同年代の人を二つに分けている。 「パソコンをどのように使ってますか?」「ネットサーフィンしてますか?」 人類にとって、これは有益かどうか?など、考える必要はない。奈良時代に ヘリが空から舞降りてきて、誰でも使えるようになったようなもの。こんな 面白いものを使えないのは、知らないから。認識の飛躍的拡大が可能のマシーン が、各自が手にしたのである。 人類にとって、断絶の時代である。 ・・・・・・ 4778,閑話小題 ー 二度のポタリングの試み 2014年04月14日(月) * 先週から、一日二回のポタリングを開始 先週から、早朝に加え午後の一時間のポタリングを加えた。 午後はスポーツジムを早めに切上げ同じコースを走る。健康もあるが、 グライダーで空中遊泳をしているようで気持ちが晴れるからだ。 音楽を聴きながらの土手の時間は特上。 NHK・BS/TVで、朝食時に日本各地を火野正平が撮影チーム4人と自転車で 駆け抜ける番組を放映している。数ヶ月先のコースを予告して、視聴者が、 どの道を走って欲しいかの便りを元に走る内容である。朝ドラの直後もあって か、視聴率が高いという。平凡な毎朝の、私の定番だが、ツーリストの 自転車目線が好き。 その一つの便りに、「先年、亡くなった父親が生前、 行き先は何も言わないで早朝から夜遅くまで、出かけていた。ところが最近、 父親の日記帳を見たところ、自転車でお寺や名所廻りの行先の記録があった。 その一つの寺院のコースをまわって欲しい」とあり、そのコースを辿っていた。 「早朝から夜まで、自転車に乗って、独り、何処かに行っていた」という 言葉が妙に引っかかった。 私の自転車歴は4年半だが、その人は、一日中、 どんな気持ちで走っていた? チャリダー? ポタリスト? 私の命名は、 「一日ツーリスト」。 少なくとも、家でゴロゴロしているより遥かに良い。 そこで「現在、一時間のポタリングも、2〜3時間にしたら?」と思いたち、 先週から二回目を挑んでいる。で、私は、「一時間ポタリスト」というところ。 ただ、自転車は危険なこと、この上ない。それもあって、土手と、バイパス 脇の道路以外は、避けている。最近、始めたのが、ある本をヒントに、 ベンチで「ぼんやり時間」を持つこと。これが、なかなか、難しい。 自転車があるので、道の傍のベンチに座るが、ウォーカーが通ると、 何か落ち着かない。ボ〜っとした自分の姿を他人に見られたくない気持ちが 動くのだ。 まだまだ「ぼんやり道」の初心者でしかない。 * 面白い公園 ツアーで、世界中を旅行していると、行先の都市の美術館、博物館、寺院 などの観光の中に、公園がある。公園は、その国の文化が、そのまま現れ出る。 その中に、ノルウェーのオスロの彫刻家のヴィーゲランの作品をテーマにした 公園がある。 幼児期から老人期、そして死、愛、感情など、一生の出来事を テーマに、人生を考えさせられる像が、様々なテーマごとに並んでいる哲学的 空間である。初めて、その空間に入った時の驚きは、今でも憶えている。 人生をテーマに国をあげて公園をつくる、そのセンスの奇抜さに・・ 一日がかりで、それぞれのコーナーで、自分の人生と重ね合わせると、 記憶が生々しく立ち上がるのだろう。 ・・・・・・ 4411, 隠居大学ーよく遊びよく遊べ −8 2013年04月14日(日) * 心清く、よく遊びよく遊べ ーつれづれに 老後を考える上で、なかなか面白い本である。何事にも自然体で、拘りを 持たず、自由に気楽に生きることがベース。人間は、それぞれ固いバイアスに 囲われている。それを一枚一枚、そぎ落としていくのが人生。老いるにつれ 何事も面倒になり、過去に目を向けて、周囲の現象には上から目線になりがちに。 両親の晩期を供に生活をし、冷静に身辺整理をした父の姿を見ることが出来た。 母からは何事にもチャレンジする姿を見た。「始める前に、あるレベルまで 到達できるかどうか見極めること。決心をしたら、先生を見つけ集中すること。 ライバルを見つけること」と、教えてくれた。道を極めようと一心不乱で 日々過ごすと、心が純化されていく姿が見て取れた。「心の純化」こそ極意。 以前「何かに集中していると、あるゾーンに入る瞬間がある」と書いたが、 それは心の純化の状態。 何事も純化の心から生まれ出てくる。「童心に帰り、 純化の心で、遊べ遊べ!」である。人生を振返ると、その時々、面白く遊んだ ことが思い出される。 事業も、遊びも、何でも、遊びになるまで対象に入り 込まないと。それは楽しむことから始まる。楽しみになるまで対象に同化する こと。「おもしろき こともなき世を おもしろく すみなしものは 心なりけり」 これは高杉晋作の言葉だが、その心は純化した心。 論語の雍也第六に 『子曰。知之者不如好之者。好之者不如樂之者』がある。「師曰く、真理を 知る者は真理を好む者に及ばない。真理を好む者は真理を楽しむ者に及ばない」 という意味である。真面目に学べば「知ること」ができる。 しかし、知った ことは、よく忘れる。だが、好きでやったことは身に付くから忘れることも 少ない。更に良いのは「楽しむ」こと。・・・更に、楽しみを遊びにしていく ことである。遊びは、現代風にいうと、ゲーム化することになる。 ゲームは仮想世界の競争である。人生を夢幻として、難関を乗り越えて いくことになる。人生のゲーム化。 夢幻の劇場で自作自演の役割を演じ、 それを味わい楽しむことである。心清く、遊んでいれば、その役をこなすこと が出来る。 「うれし、たのし、おもしろし」の世界を、持つこと。ただし、 節度を持ってである。だから、そこに「良く」がなければならない。 その辺りに少し気を使いながら。 ・・・・・・ 4037, 閑話小題 2012年04月14日(土) * スマトラ沖でM8・7クラスの大地震 先日のスマトラ沖地震は、2004年のスマトラ沖大地震の余震とみられる。 前回のような断層の縦移動でなく、横に移動したもので、M8・7の大地震に しては大津波は発生しなかった。地震学者は、「これは東日本大震災も震源地の 隣接地域で10年、20年単位で誘発地震が起きる可能性を示唆しているもので、 注意が必要。」と、忠告している。東海、東南海、南海地震と、首都圏直下型 地震の可能性を示している。 地球規模の地殻変動期の渦中にいるのである。 日本は、その地震帯が重ねっている地震大国。 そこに原発が54もあれば、 危険極まりない事態。 * ポタリングを再開 早朝のミニ・サイクリング(ポタリング)を再開した。冬期間を除いた4 月〜11月の間、一時間かけ信濃川の二つの大橋を一周する。6時過ぎから 7時過ぎにかけての時間帯だが、何とも清々しい。電動アシスト自転車の効能で、 午後の二時間のスポーツジムを加えると、三時間も運動している。平坦な習慣の 組み合わせのためかアッという間に一週間が経ってしまう。電動アシスト自転車 の使用目安を5年と決めているので、半分使え終えたことになる。電動自転車は、 お薦めである。手段(自転車)が、目的(朝の運動)を変えてしまう (ウォーキングからポタリングへ)典型的事例になる。これからはスマート フォンとタブレットPCの普及が、ビジネスや生活パターンを根こそぎ変え 始めているが、手段の進化は、人間生活を間違いなく良くしてくれる。 * チョッと騒ぎすぎでないのか? 打上げ失敗で、よかったものの、北朝鮮のミサイルの打上げ少し騒ぎすぎ。 また、おどおどした防衛大臣の巡り合わせも悪い。北朝鮮の存在で一番、都合が 良いのは中国。極端に時代がかった漫画的国家を存在させておくのは、米国の 属国、日本と韓国の国境の緩衝地帯として地政学的に見ても必要である。 まだ韓国が存在しているから他人事のように勘違いしているが、危険極まりない。 更に、やっかいなのは日本。充てがわれた憲法をたてに、軍隊の存在を認めず、 国境を侵犯されても他国への攻撃は相成らぬという、呪縛にとらわれている。 その結果が、国家の体をなしてない有様。この十年で、残った体力を使い切る ことになる。 ・・・・・・・ 3671, 節目どきに ー6 2011年04月14日(木) * 都知事選の結果をみて 一度、不出馬を表明していた石原慎太郎が一転、出馬をして当選をした。 東国原とかいうお笑いタレントが石原が不出馬の場合に、当選する可能性が あったからという。お笑いタレントを首都東京に選出するなど論外だが、 この国ではありうること。都民の大部分は以前、タレントの青島で大失敗を したことを知らない。 この時期に人材が存在しないのは、悲しむこと。政治は 言葉で方向性を常に発し導くことである。石原を除いた他の候補は、論外も論外。 * 本州壊滅は本当だったのだろうか? この原発事故が発生した数日後、あるところから、これは「本州壊滅の惨事」 と聞き及んでいた。ここでも何度か書いてきたが、その直後から外国人が列を なして帰国をしていった。去年の三月にオープンした、東京駅に隣接している シャンブリアホテルの支配人やシェフが、逃げ出して運営が出来なくなり、 事故後10日もしないうちに、休業に入ってしまった。(昨日に、営業再開の ニュースがあったが・・)ところが数日前になって、チェルノブイリ級の最悪 レベル7に引き上げられた。事故直後は、危険レベルが4だったが、実際は7と いうことを外国人は知っていたのである。知らないのは日本人だけだったのが、 ここで裏づけられたことになる。風評に気をつけろでなく、政府の発表と風評、 両方とも疑ってかからないと、大きなリスクを負う。 * ホテル・飲食・サービス業界の悲鳴 一足先に、事業を清算したが、同業の悲鳴がグッサと刺さってくる。 前年比で全国平均で三割減、首都圏で6割減、東北・北陸で八割減。それも、 リーマンショックで売上げが半減し体力を消耗した上で、これである。地元の リゾート地や、佐渡など壊滅的と漏れ聞こえる。「過度の自粛を控えなさい」 というが、この世情の中で、生活防衛に入りざるを得ないのは当然のこと。 だから、あまり費用のかからないスポーツジムが大流行になる。 気の毒なのは料理屋、居酒屋である。 酒のツマミには魚料理である。 その魚に不信感を持ってしまえば、足が遠ざかる。最近、居酒屋の刺身が、 いやに美味しい。高級魚が売れないため、居酒屋に安く流れてくるためである。 ・・・・・・・ 3306, 日本破綻 −1 2010年04月14日(水) ー 「日本破綻ー株・債券・円のトリプル安が襲うー」藤巻 健史 (著) また恐慌本だが、近未来の津波のひとつの形が株・債券・円のトリプル安 と分かりやすい。現在の世界経済と国内経済も異常事態だが、何か茹で蛙と いうのか、諦めムードというか、危機感がいまひとつ。津波がきたところで、 今さら如何にもならないこともある。それに加えて政治の混乱である。 最悪の政党がやっと瓦解し、溶解しかけているが、それに劣らない時代遅れ の社会主義政権になってしまい滅茶苦茶な空理空論の政策を始めた。 それが、とんでもない破滅型政策とくれば「株・債権・円」のトリプル安は 早まること必定。 まずはー 内容(amazn)から 《 バブル崩壊を上回る市場の反乱が日本を襲う財政の極度の悪化が招く 「日本売り」が迫る。市場経済を無視し続けた代償として「トリプル安」 による未曾有の大混乱が迫る。惨事を回避する策は果たしてあるのか? 〜 本文の印象的な部分を抜粋しながら考えると、現状の深刻さに凍りつく。 *「市場の反乱」が起こると、人はそれを市場の暴力といいます。しかし、 それは違います。日本でも株価が4000円を割り、円は200円まで 暴落をし、失業率30パーセントが日本を襲う可能性がある。しかし、 それは『市場』の自動調整機能を封印し、「計画経済」「管理経済」政策を 長い間とってきたことの‘ツケ’なのです。 *2008年の54兆円の税収が、リーマンショックで44兆円まで 落ち込んでしまった。この44兆円の内訳は、法人税が10兆円、所得税が 15兆円、消費税が10兆円、その他が9兆円。その結果、33兆円の赤字 を出してしまった。法人税は、これで世界で一番高い税率である。ところが、 2009年度では10兆円だった法人税が「5〜6兆円」に減ってしまった。 それは民主党がいっていたマニフェスト「子供手当て」とホボ同額。 法人税は日本の三大税収のひとつだが、そのひとつ分を「子ども手当て」 として、すべてばら撒こうという。その結果、53兆円の赤字国債を発行 して、更に金を借りようとしているから驚きである。 *ハイパーインフレは「合法的徳政令」= 以上のことから、過剰なトリプル 安が起こった結果としてハイパーインフレになった結果としては、貨幣の 価値が大幅に低下する。その結果、政府の872兆円の借入れは、どんどん 小さくなる。国債も紙くずになるということ。こうなると政府も簡単に借金 をへらすことができる。私が、これを「合法的徳政令」政策と呼ぶ理由はここ にあります。 ・・しかし、ハイパーインフレは大きな格差を生むことになる。 株式や不動産を持っている人は良いが、持たざる人や、 給料の低い経済弱者が酷いめにあう。 〜〜 結局、何時の世も弱者が最大の被害者に成りざるを得ないのである。 問題は、これが何時、始るかである。 ・・・・・・・・ 2931,わが人生最良の瞬間 2009年04月14日(火) ある雑誌に、「わが人生最良の瞬間」というテーマで各界30人の有名人が 寄稿していた。歓びと、悲しみ、そして出会いと別れが、その人をつくりあげた ことを、それぞれが心を込めて書いている。なるほど、このテーマで自分の 思いを語ることは、自分自身を語ることでもある。それぞれの人が、自分の思い 入れがあり、その一番印象的な瞬間こそ、「わが人生最良の瞬間」になる。 その中で、印象に残ったものは、宗教学者ひろさちや「即今・当処・自己」。 【 華々しい賞を貰ったこともないし、逆に刑務所に入ったこともない。 それにかかわらず著作活動で500冊の本を書いた。何処をもって最高だったか? ・・と考えた瞬間にハッと閃きました。そうだ〈いまが最高なんだ〉と。 ラテン語に「カルペ・デイム」という言葉があります。「いまを楽しめ」という 意味。BC1世紀のローマの風刺詩人のホラティウスの言葉です。 仏教では ー即今・当処・自己ー と、いっています。「いま、ここ、わたし」。 もし、いまが苦しみの内にあるなら、わたしはその苦しみを味わって生きれば よいのです。病気なら、その病人をしっかり生きればよいのです。病気でない わたし、苦しみのないわたし、そんなわたしは存在してないのである。 あの頃は良かったといっても、それはもう存在してないのです。未来に 求めても存在してないのです。それゆえ、「人生の最良のとき」と問われれば、 「いま」になるのです。何か遺言みたいになったが。】 ▼ 以上だが、最良の瞬間には永遠という時間が縦に流れとすれば、彼の この言葉は当然のこと。私の「わが人生最良の瞬間」を、考えてみたことが 何度もある。 私もそれほど、華やかの経験もないし、実績もない。しかし 「わが人生最良の瞬間」という経験を数多くしてきた。多くの感動の積み重ね が自分の中に沈殿し、それが磁力になって感動を引き寄せていったのだろう。 その度に感受性が強くなってしまったのだろう。秘境で大自然の神秘的な光景 との思わない出会い、酒を飲んで騒ぎ、読書を通して時空を超えて多くの人と 出会い、それぞれの節目ごとに多くの人と邂逅し、多くの美術館で有名な絵画 などに出会うなどの集積が、多くの最良の瞬間を引き寄せてくれたのである。 小さな自己満足でしかないが。「いま、ここ、自分」を大事にしろ! ということ。 そして、その場をつくる積極的な準備もである。 「ひとがみな われより偉くみゆる日に 花を買いきて独りでしたしむ」も、 人生最良の瞬間になりえる。 ・・・・・・・ 2567, 閑話小題 2008年04月14日(月) *桜咲く 今日現在、桜が満開である。三分咲き、六分咲き、七分咲き、そして満開と 自分の人生を開花の中にみる。毎年、同じ桜でも気持ちが新たになる。短時間 に咲いて散るから心を打つのである。一日ごとに、それぞれの姿を見せてくれる。 そして今日あたりから一日一日と散っていく。通勤途中だから、それがよく 見える。散るのもまた良しの気持ちにはどうしてもなれない。 *最近の身近な景気状況 (字数の関係でカット ー2012年04月14日) *その後のipod (字数の関係でカット ー2012年04月14日) *最後の叔父が亡くなる (字数の関係でカット ー2012年04月14日)
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2015年04月13日(月)
ー知の逆転ー * 帝国主義の終わり ーC (民主主義の限界と、ネット) 対談相手 〜ノーム。チョムスキー 帝国主義の限界が見え始めてきたが、まだ当分の間は続いていく。 新しい時代に入り世界の枠組みが激変を始めた現在、民主主義も 限界にあるようだ。 〜インタビュアーの質問に ≪ ー侵略者はいつだって、気高い志に燃えているー もしブッシュをインタビューして、真実についてどう考えるかと聞いたら、 おそらく真実は素晴らしいもので、自分は真実というものに挺身するつもりと いうでしょう。ヒョッとしたらヒトラーも同じように・・ アメリカ南部の奴隷所有者たちも実際かなり的を得た論理を重ねていた。 ー民主主義の限界ー アメリカは世界中で最も自由な国のはずだが、国内に力の不均衡がある。 情報システム、メディア、広告などが、ほんの一部の手に集中している。 巨大な力を持つアメリカの企業は、地球温暖化というのは根拠のない仮設 に過ぎないと、大衆の説得を試みていて、しかも成功しつつある。 人為的な理由による地球温暖化を信じているのは人口の3分の1にすぎない。 先の(2010年)中間選挙で当選した共和党の大部分は、温暖化を否定。 共和党の主要委員会の若いリーダーは、「そんなことを神が許すわけがない。 神が許すわけがないことは存在しない」と言ったのです。 ーインターネットなどの垂れ流しの情報は、情報がないのと同じー 生物学者が、ハーバード大学の図書館にある全ての論文を読んだところで、 ほとんど何の役にはたたない。 生物学でノーベル賞をとるような人は、 論文を片っ端から読むような人でなく、何を探すべきか、何が大事か、 ということがわかっている人です。だから、こちらで大事なことを拾い、 あちらで大事なことを拾うという風に働く。・・・ 世界事情も同じで、何が必要か知っておく必要がある。そのために、 理解あるいは解釈の枠組みというものをシッカリと持っていなければ ならない。これを個人で獲得するのは大変で、機能している教育制度や 組織が必要だし、他の人たちとの交流が必要になる。ちょうど科学分野の 大学院のようなものです。≫ ▼ 世界の富の半分は、およそ80人が所有するという。グローバル化が、 そのために大きな力に働いている。イスラム国は、それに対する抵抗 勢力とみると、その意味の一端が見える。アラブやアフリカの国は、 欧米の都合によってつくられた人工的国家であり、元首はポチと見做す のも、一理ある。そして、日本の保守本流も、そう見ると肯ける。 ・・・・・・ 4777, 閑話小題 ー消費税3%値上げの実感 2014年04月13日(日) * スタップ細胞の真偽について 世紀の発見といわれたスタップ細胞の存在の真偽問題で、小保方リーダー の記者会見がライブでTV放映をされた。理化学研究所のトカゲの尻尾切りで 終わらせようとした目論見は失敗。冷静にみれば、やはり小保方氏に問題が あったとみるしかない。200回もつくったなら、期限を決めて201回目を専門家 を総動員してやればよい。共同研究者の上司が降りたことからみても、疑われて 仕方がない。世界的な大問題になった中での、彼女の会見の受答えには驚いた。 本人が撒いた種としても、問題が表沙汰になってからは地獄だったろうに。 彼女が醸し出ている怪しげな雰囲気が、ドラマ仕立てに妙にピッタリである。 「傷口が膿んだ後に皮膚が再生するのだから、それらしき何かがあって 然るべき」という専門家がいたが、いやに納得させられた。 * 消費税3%値上げの実感 毎週、木曜日のスーパーのシルバーディに酒とツマミなど一週間分を 買い込む。で、先日の値上げの実感といえば、思いの他、大きいというのが 実感。他の値上げを加えた家計は、これでは大きく響くはずだ。私にとっては 酒を控えるチャンスにもなる。ウィスキーの水割りと黒ビールの二本を、 350mlのノンアルコールビールと、黒ビールの二本にすればよいが。つい売場 で、他に日本酒かウィスキーのボトルに手がいってしまう。この値上で、電化 商品とか車などの売上が、駆け込み需要の反動で激減しているが、ファミレス とかコンビニは、影響が少なそうだ。 年金だけが収入の我家。家内の買物 行動をみていても、異常なくらいシビアになってきたが、何かゲームを楽しん でいるふう?これでは当分は、さらなる消費の落ち込みになる!それと価格に 転嫁の難しい中小企業も、厳しい事態である。世界的株価の暴落の可能性も 膨らんでいる現在、危険な日々が続くことになる。「10年前から今日まで、 何が起こった?」そして、「今後10年間で、同じレベルか、それ以上のことが 今後起こるとしたら、それ何?」とすると? それより我身の存在? ・・・・・・ 4410, 夫源病と妻源病 2013年04月13日(土) 昼のワイドショーで、ゲストの医者が「最近の病の原因が夫婦間のイザコザ が多い」という。それについて何人かの主婦や、夫に街頭で互いの不満について インタビューをしていたが、その殆どが我が身に当てはまる内容。驚いたのは、 「それでも旦那を愛していますか?」という質問に、イエスと答えたのが20人 いた番組の参加者の僅か5名。キャスターは唖然。そんなものだろう、夫婦は! ーそこでネット検索で「夫源病」を調べるとー ≪ 最近の病の原因を探ると、妻は主人への不満を語り出し「夫源病」と診断 されるケースが多い。夫の言葉や行動に対する不平や不満がストレスになり、 妻の身体に更年期のような症状がでてしまう。まずはコミュニケ不足と家庭内の 役割分担がうまくいっていないことが問題、と言われる。家庭の主婦がおこす 病名として、大阪大学大学院医学研究科の准教授・石倉文信先生が名付けた病名。 夫源病の症状として、原因不明の不定愁訴や強い耳鳴り、横揺れのめまい、 激しい頭痛、のぼせ、ひどい肩こり、全身の痛み、動悸、息切れ、呼吸困難、 不眠などがある。妻の置かれた状況を察しない夫への日々の小さな不平や不満 が、脳の視床下部(自律神経やホルモンのバランスを司る部位)にストレスを かけ続け、次第に自律神経がバランスを失い暴走し、色々な症状をおこす、 と考えられる。その夫源病の対策として、感情を爆発させる、秘密を持つ、 プチ家出をする、などがある。≫ ▼ 夫も同じで、モンスターワイフのストレスの「妻源病」が増えている。 以前からあったが、こういう病名が付けられると、互いに我慢していた夫婦 の亀裂が更に大きくなる。 中国で巣立った後の家庭を「空巣家庭」という。 また英語には、「Empty nester」という言葉がある。ヒナ鳥が巣立った後の 「空っぽの巣」 を守る親鳥に喩えて子供が育った後の親の事を指す。日本中、 団塊の世代が定年を向かえ、空の巣で「妻源病」「夫源病」が向き合い、互い の首輪の紐を持ち合い、引っ張り締め付けあう。とはいえ、状況からして 今さら離婚も無理。さらにリタイアによる収入激減が、不満に火をそそぐ。 多かれ少なかれ、何処の空巣でもバトルがある。 で、やはり強いのは大方は御夫人の方? ・・・・・・ 4036, 一時停止 ー2 2012年04月13日(金) 「一時停止」 谷川俊太郎ー自選散文ー1955〜2010 * 昼と夜 ー ある感受性のプログラム 1955年5月 ー より ≪ 私「それで、あなたは、昼と夜とのどちらをお選びになるのですか。」 詩人は目を地に落としたまま答えた。「私は両方を選ばねばなりません。 私は詩人ですから。しかしあなたは昼を選ばなければいけない。あなたは 詩人ではないのだから。あなたは夜、眠ることが出来るのです。そうです、 人間はみんな夜、眠らなければいけないのです。眠りこそ最も知恵深い 行いなのです。」 私「あなたは昼も夜も眠らないのですね。」 詩人は答えなかった。 私は詩人の深い孤独を思わずにいられなかった。 その私の気持を見ぬいたかのように詩人はいった。「しかしそれが運命なら 詩人はそれを不幸とは呼ばないでしょう。どんな不幸であろうと、それが 言葉になった時、詩人は幸せなのです。その時彼は人間になれるのです 「だから。詩人の本当に怖れるのは言葉になり得ない不幸なのです。」 その時、すべての夜が詩人の中に集ったかのようであった。 私たちは 黙って立ち上り、歩き出した。夕暮が近づいていた。詩人「こんな日は、 ぼくはかえって気楽なんです。どうも曇りの方が晴れよりも人間的な ところがありますね。 ぼくは天を見ずにすみます。だからぼくは人間 の中にいられます。ほんとうに雲ってやつは、大気や水が無ければ出来ない んだから、それだけでもどこかわれわれに親しいような感じがしますね。」 私「で、あなたは今、昼を選んでいらっしゃるというわけですか。」 私の問は半ば冗談だったのだが、彼の顔は生真面目であった。 詩人「そうもいえるかもしれません。 しかし詩人は昼を選んでいる ように見えている時でも、決して夜をあきらめてしまっているわけでは ありません。また逆に夜を選んでいるように見える時でも、決して昼を 諦めているわけではないのです。」≫ ▼「どんな不幸であろうと、それが言葉になった時、詩人は幸せなのです。 その時彼は人間になれるのです。だから詩人の本当に怖れるのは言葉に なり得ない不幸なのです。」 言葉になり得ない不幸が夜という言葉に滲んで いる。谷川のいう言葉は、言霊である。「不幸も言霊になった時、それも 夜半の闇の中で熟成して生まれ出ると、不幸が不幸でなくなる」のである。 夜半に目がさめ、色いろ考えが吹き出てくる。それはマイナスが多い。 詩人は、そこで多くの想いの中で、葛藤し言霊を生み出すのである。 ・・・・・・ 3670, 節目どきに ー5 2011年04月13日(水) * 娑婆には知らないことばかり 先日、最近できたSC内のスポーツジムの施設を見学に行ったところ、 10時のオープンに50人位の行列。「プール関連の新しいサービスが開始 されるため」というが、今どきに、あの熱気は凄い。館内設備の案内をして もらっていたら早速、小中学校時代の同級生に声をかけられた。 「よう、八ちゃん、入れって!」だと! 時が時だけに「まずい!」と 思ったが・・ 何を今さらと気を持ち直して一時間ぐらい見学をしたが、 成るほど人が殺到するわけである。ここは契約時間内なら何時間いてもよい。 家内の新潟在住の知人は駅南のスポーツジムに、日中5時間も行っていると 聞いていたが、成るほど合点がいった。家内の、別の新潟の友人は、二つのジム に入っていて、交互に行っているとか。家にいるより快適で、金がかからない 上に、主婦にとって癒しの場。漫画喫茶のパソコンとTVの替わりに、 ウォーキングマシーンなどを入れかえたスポーツ用レジャー施設である。 平均年齢が女性の方が5歳以上も多いのが分かる。 風呂・プール関連、 ウォーキングマシーン・サイクリングマシーン、エアロビックスのプログラム、 そしてマッサージ機の4本が柱になっている。考えた末に、10〜17時の 平日コース(金、日、祭日 休み)に入ることにした。 月15回行くとして、 一回につき400円なら価値は充分にある。 これと市営の福祉センター内の 運動ジムと、図書館が当面の日中の外部空間になる。考える時間が多く なった分、身体を動かさないと! ・・・・・・・ 3305, 金の価格は談合で決まる!って本当 ? ー2 2010年04月13日(火) ハイパーインフレへの対策は、少しは金でヘッジをすべきと思っていた。 前回のレポートからみて、投機、投資の世界は、私たちの窺い知れない世界。 金融シンジケートの手中にあるようだ。そのうえ、国家が金を吸い上げようと 思えば、朝飯前。利益に8割でも9割でも税金を賦課すればよい。その結果、 金売りが殺到し暴落する。その後、政府が買い上げた上、その法律を元に戻す。 一般の国民は、一時的の収益があっても中長期の利益を上げ続けることなど 不可能である。アメリカの金融占領国の日本は、そのコントロールから抜け 出すことは出来ないのが現実。近々に為替か株式かで、乱高下が起こるはず。 金は世界共通通貨である。ネズミ溝システムの米英通貨体制とすると、 ドル体制を守るために金の価格をコントロール下におくのは当然。金が真実で、 ドルを虚偽と仮説すると、ドルを発行するアメリカは、金の価格を可能な限り 下げておく必要があった。 しかし借金棒引きために、数十年かけて静かに 買い集めたゴールドを、今度は暴騰させドルの価値を下げる必要性が出てきた のである。ドルの下げはアメリカの対外債務が大きく減額される。1〜2年か 遅くても3〜5年後には金の暴騰を中国などと組んで仕掛けてくる。と同時に デノミなどを世界中が一斉に実施するだろう。その前に金融シンジケートは 何度かは大きな株や債権の上げ下げをしながら、売りだされた金などの現物 商品を買いに入る。だから、5〜10年スパンの長期保有の覚悟があるなら、 金は買い。「世界は、ごく一部の人たちによってコントロールされていて、 99パーセントの人たちは、彼らに搾取されている」という、眉唾的な本を 度々見かけるが、一連の恐慌謀略説など、あれは本当だったのかと考えざるを 得なくなる。G7の首脳を動かしている力の存在は、当然、存在している はずである。今更何をいっているかだが! ・・・・・・・・ 2930,新潟清酒達人検定 2009年04月13日(月) 一昨日の法事で、隣に座った従兄が三月に「新潟清酒達人検定」 に受験、銀と銅のランクの、銀に合格したという。 ・銀が500人、銅が800人が受験、合格率が7割。発表はネット上だという。 ・3000円位の教科書があって、その中から問題が出て、○×で答えるもの。 ・内容は、大吟醸は何の基準で決められるのか?とか、清酒のアルコール度は 1〜22度まであるとかいう軽い内容が中心? (以下、字数の関係上カット2012年04月13日) ・・・・・・・・ 2566, ターニングポイント 2008年04月13日(日) ・世界のターニングポイントは ソ連が崩壊した1991年か、アメリカの9・11テロの起きた2001年か、 意見は分かれるだろう。 ・日本は、バブルと、その崩壊の(1986年12月〜1991年2月までの4年3か月の) 1991年か、阪神淡路大震災、オウム事件、そしてネット社会の始まりをつげる ウィンドウ95の発売で始まったネット社会の起動の1995年か、これもまた 分かれるところである。世界にとって、ソ連の崩壊と、アメリカのテロによる 威信の失墜と弱体化は、同じ位の意味はある。世界も、日本も、その背景にある のは、情報化社会の到来によるグローバル化がある。民族と宗教対立が世界規模 で生じてきたのである。そして中国ではオリンピックを契機に大混迷期に入る。 ー以上のことからー 「日本はバブルの発生した1986年からウィンドウ95 ・阪神淡路大震災 ・オウム教事件の発生した10年間、世界はソ連崩壊の1991年から2001年の 9.11事件の10年間が、ターニングポイントの期間になる」ということになる。 これは20世紀から21世紀への時代の千年単位の変化で、その背景にIT革命など の科学の飛躍的進歩がある。まさか、ソ連が崩壊するとは思っていなかったし、 ニューヨークのアメリカを象徴するビルが二つ瞬時に消滅するなど、 考えられない事件であった。 日本では、バブルと、その崩壊、そしてネットの 普及は大事件である。20以上あった都銀が、あれよあれよという間に3つに集約 され、西武グループも、西武鉄道も解体された。デパートも、ここにきて4つに 集約されようとしているし、ナショナルチェーンも2つに集約された。 ターニングポイントは、10年にわたったが、その余波は政治経済の事象を大きく 変え続けている。それだけ大きな時代の断層は大きいのである。 身近では、 僅か3年半で大地震が二度も起きた。幸い事業には最小限の影響ですんだが、 それでも決して甘い状況ではない。 ハッキリいえることは、これで新潟県の エネルギーが10〜15%ダウンした。 その中で、一つ状況への対応を間違えれば 事業として即死するしかない。これは、どの事業も同じことだが。もう一つ ターニングポイントといえば、今年が大きな変わり目になる。 恐ろしい年と覚悟をしたほうがよい。特に、後半に政治も経済も大波乱がある。
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| 5141,閑話小題 〜二年で円の通貨量が二倍になったが |
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2015年04月12日(日)
* 二年間で円の通貨量が二倍に! 二年前、日銀の黒田総裁が、「2012年末に138兆円だった資金供給量を14年末 には約2倍の270兆円に拡大。長期国債の購入量も2年で190兆円と2倍強に、 上場投資信託などリスク性資産の購入も増やす。インフレターゲットは2%。」 と発表した。ところが、先日のニュースで、「2年間で円の通貨量が 2倍になったが、インフレ目標の2%はゼロのままと、日銀が公表」と報じた。 リーマンショック後、米国は数ヶ月で二倍、現在は三倍以上にドルを増刷、 為替相場が3分の1になったかといえば、7年前と同じ。日本の供給量は 2年で二倍。しかし為替相場は3分の2。株価は安倍首相が就任した2012年 12月26日の終値は1万0230円36銭だから、2倍になった。日本も米国も通貨量を 2〜3倍にしたにも関わらず、インフレにならないところが摩訶不思議。 アベノミクスは中長期的にみて明らかな失政が見てとれるが、保守本流の 頭脳は膨張以外、考えが至らない。「後は野となれ山となれ」である。太平洋 戦争突入の数年前の様相と似てきている。家内を見ていると、物価の値上げに 対する反応に敏感だが、これは一般主婦の趨勢。スタグフレーションの様相を 示している。保守本流は、早くいえばアメリカの忠実なポチ。強者に優しく、 弱者には厳しい。先日、図書館で借りてきた、『金持ちが確実に世界を支配 する方法』の「1%による1%のための勝利戦略」が、まさに現在の政権と 酷似している。とって付けの、政策など、直ぐに、その正体を現れ出るが、 その前に衆議院選挙を昨年末に断行した安部も、強かである。この国民を して、この政府。とはいえ、激動期には保守本流で中心を固めないと、 学芸会のような政治ごっこの政党に、国は荒らされる! まだ、マシ?
・・・・・・ 4776,閑話小題 ー痴呆症を持った家族の物語 2014年04月12日(土) * サクラサク ー昨日みたシネマ 評ー85点 ストーリーは、《 大手家電メーカーに勤める大崎俊介は、部下からの 信頼も厚く、将来を嘱望される会社員だ。重役への出世も目前で、生活は順風 満帆なように思えた。しかし気付けばその家庭は多くの問題を抱えていた。 妻・昭子との関係は冷え切り、息子の大介は大学受験に失敗してからは アルバイトを転々とし帰宅後も部屋に閉じこもる。娘・咲子は高校生だが毎晩 帰りが遅く、俊介の忠告も聞かず何を考えているかわからない。周りを見つめる きっかけは、父・俊太郎が老人性認知症を患ったことだった。大雨の夜、俊太郎 は徘徊しているところを警察に保護され、この日を境に変な行動が増えていく。 苦しむ俊太郎を見ても家族は見て見ぬふりで、一切助けようとはしなかった。 薄情な家族に俊介は大きく失望し、孤独な父を守ろうと奮闘する。 しかし実は、息子が人知れず俊太郎を介護していたことを知り… 》 ▼ 40歳半ばから50歳までの5年半の間、母親の認知症と付き合った。 映画は息子と娘、私の場合は、息子2人と、少し状況は違うが、家内も同じ頃。 家庭内や、4人の実姉達との関係は崩壊寸前。他にも大きな問題を抱えていて、 人生の大きは危機の時期であった。実の母親のシモの失敗の始末は、なかなか 出来るものでないが、思わぬことが起きた。長男がみかねて、率先して面倒を みてくれるようになっていた。しかし次男は、素知らぬふり。ところが、その 長男が進学で上京をしたと同時に、自分の順番とばかりに、負けないぐらいに 世話をするようになった。それぞれの立場があったのである。それにしても 一番だらしないのが自分。それでも毎日の早朝、車で20数分先にある、長岡 ニュータウンの散歩道で三十分の間、神秘的時間を過ごしていた。この映画の ストーリーはハッピーエンドだったが、実態は、そう甘くはない。経験者に とっては、物足りない感が残るのでは?現在、非力な自分への後悔の念が残る。 その時は無我夢中だったが、よくぞ家族で乗越えたものと改めて、家内と 子供に感謝の念が湧いている。そして今度は自分の順番が、さほど長くない 先に控えている! やはり死ぬべき時に死ぬが良い!それまで一日一日を 味わい尽くすしかない。母親は下の失敗は最小で済んでいたが、呆けても プライドが、そうさせていた。 御陰で、この5年半の経験がバネになって、 50歳代の10年間で20年〜30年分の人生を燃焼することが出来たようだ! ・・・・・・ 4409,隠居大学ーよく遊びよく遊べ −7 2013年04月12日(金) 第六時限「遊行の旅に出よう」ー「隠居大学」天野祐吉、お相手 安野光雅 * いのち短し恋せよ 人生は! 御隠居には自由気ままで何事も楽しめる特権がある。桜は咲き誇った時だけ でなく、桜絨毯にも何ともいえない美しさがある。散った花も花である。人生は 二度なし、その時どき、すべきことをしておくべき。しない後悔より、してみた 後悔がよい。「いのち短し恋せよ 人生」である。今でも遅くない、 自分のバイアスに気づき取り払うこと。それが、御隠居の残された最後のお勤め。 今までの枠を超え楽しまなくては、長生きの甲斐がない。 どちらにしても先は長くはないのだから。 ≪ 天野: 落葉の風情なんてまるで意味のないものと思われていますよね。 安野: あのね、わたしの家の近くには桜並木があって、春には窓から 花見ができる借景なんです。この前、ある人が近所に引っ越してきて、 その人も最初はキレイな桜を見て「素晴らしい、素晴らしい」って喜んで いたの。ところが、秋になって落ち葉が家に入ってくるようになうたら、 こりゃ住めたもんじゃないっていって、引っ越しちゃった。花も落葉もある いいところなのに。落葉は風が吹くと竜巻ぎみたいになって、クルクル 回ったりしてね、いいなって思うんだけど。 天野: 落葉のそういう風情を楽しむのは、遊び心の一つなんですよね。 機能的なことだげ考えたら、そんなのないほうがいいってことになっちゃう。 だけど、そういう、なんとなく無駄なようだけど風情があることの中に、 何かこう人生を感じたり面白味があったりするなあと思うんですよ・・(略) 安野: ・・・いまの現代の文明が昔を超えたかというと、超えていないわけ ですよ。ミケランジェロみたいな絵を描けっていわれても描けない。 ミケランジェロはおろか、まだ人間以前のクロマニヨン人が描いたラスコー の壁画だって描けませんよ。電気もない、真っ暗な洞窟の壁に、あんなもの どうやって描いたんだろうと思うけど。文明は進化したかもしれんけど、 文化はさほど進化していない。だから、古いものだからって、 バカにするのは違うんですよ。 天野: 人間は技術文明の上では巨人になっても、文化や芸術の面では木偶の坊 になったっていう人がいるんだけど、同感だね。せめて現代の隠居は、落葉の 風情の楽しみ方みたいなものを次の世代に伝えていけたらいいと思います。 安野:『即興詩人』に憧れてイタリア全土を周遊するなんて若いころの話で、 今では、仕事だから、仕方がないから行っているものも多いんです。 私は言葉が分からなくても行くからね。そういうと、言葉とか、食事は どうするか聞かれる。高学歴の人に多いね。でも、困ることなどない。 宿屋に行けば、「部屋探しに来たんだな」って思われるし、八百屋に行けば、 「野菜を買いに来た」と思われる。レストランなどでは上から三つ目にしている。 たいてい食べられるものが出てくる。 一度、とんでもないものが出てきた ことがあったけどね。(笑い) 天野: 隠居生活は、遊行の旅のようなもの。日々気ままに、 好きなほうに歩いていけばよい。面倒なことをしないで。 安野: そう、なんでも、自分の思いのまま、楽しんでやってみたらいい。 言葉など必要ない。いのち短し恋せよ少女、ですよ。≫ ▼ 何ごとも楽しむ人生を過ごせたので、あまり人生に後悔はない。 いい時代、いい家庭に恵まれたことを感謝している。あとは、過去の思い出と、 現在の楽しみを味わい尽くすことである。死んでしまえば、それまで。生きて いるうち。 それにしてもバイアスが邪魔をする。「ハミングしながら スキップ気分で何事にも触れること」は分かっているが、いま一つ。 ・・・・・・ 4035, パチンコに日本人は20年で540兆円使った 2012年04月12日(木) 「パチンコに日本人は20年で540兆円使った」 (幻冬舎新書) 若宮 健(著) 以前にも、同じ著者の本を取り上げ、パチンコが日本に大きなマイナスを 与えている実態の驚いた。先日、図書館で、その続刊の最新書を見つけ読んで、 改めて、その被害?の大きさに驚いてしまった。 ー内容紹介ー ≪ あっという間に1万円が消えるパチンコに日本人は多くのカネと時間を 奪われてきた。この既得権益を貪る人間、依存症に苦しむ人々。20年で540兆円 ―日本人が「失われた20年」でパチンコに費やしたカネは、2011年の国家予算 (92兆円)の約6倍、GDP(479兆円)を凌駕。多くの人々の労働・消費意欲を 奪い、また精神疾患であるパチンコ依存症者の数は450万を超える。ものの30分 で1万円以上を失うパチンコが、カネと人間性を奪ってきた。なぜ韓国には できた「パチンコ全廃」が日本ではできないのか。依存症の実態とそれを誘発 するメーカー、蜜に群がる利権政治家、警察、マスコミの現状を徹底糾弾。 ◎ パチンコ業界の売り上げは、『レジャー白書2011』によると、2010年は 19兆3800億円。これは日本独自の市場。ギャンブル依存症は世界保健機関も 認める精神疾患近年は通常の病気と同様、健康保険の適用を受けられるように なった。否認の病気と言われ、嘘・借金・お金を盗む・うつ・失踪などが症状 で、進行性の病気である。厚生労働省が2009年に行った研究調査の結果によると、 日本の成人男性の9.6%、同じく女性の1.4%がギャンブル依存症であるという。 2009年の成人人口から単純計算すると、男性は483万人、女性は76万人で、 合わせて559万人という驚くべき数。そのうち8割程度がパチンコ、 パチスロによるものと言われる。 ◎ テレビ、映画で禁じられるサブリミナル効果がパチンコの特許に特許 3029562の発明。大当たりの図柄を暗示銘柄にし、遊戯者が認識できない短い 時間、挿入している。潜在意識に働きかけ、遊戯を続行させる手段として 用いているようだ。≫ ▼ 私の感覚では20年で540兆円、年平均27兆円も使ったとは信じられない 額である。コンビニの総売り上げが8兆円。スーパーの売上総額が20兆円。 書籍の2011年総売り上げが1兆1千億というから、その20倍の売上高。 それに対してパチンコの売上総額が20〜30兆円。しかも愛好者が1600万人、 中毒者が500万人。数多あるコンビニの二倍以上の売上高?信じられないので 何度見直しても、そうある。 事実としてみると、これは亡国の事態。 韓国は、その社会的大きさに、国家として廃止してしまった。 しかし日本には、それを実行するだけの自己修正力は無くなっている。 ◆ パチンコ店が何故、廃止にならないのか ? −2 2012/02/28 パチンコの売り上げ、10年前に30兆円、現在では20兆円という。ギャンブル 総額が30兆というから、大部分がパチンコ・スロットの売上げが占めている。 子供を含めて一人あたり15万円にもなる。これは明らかに賭博であるが、 どういう訳か廃止論が出て来ない。この国は、政界、警察、広告、メディアが パチンコ業界と癒着?の実態がある。それがあって当然というのも異常。 チョットした市の郊外には必ずパチンコ屋がある。ギャンブルと見なされて ない遊びの文化のようで何の規制もない。 受験が終わって、友人と初めて 行ったのがスロットマシーンとパチンコ屋。 やっと大人を感じる時である。 人がギャンブルに嵌りこむのは、大損しても、稀に勝った快感の記憶が残り、 その味を求めて繰り返す仕掛けがある。業者の方は、勝った際の高揚感や 恍惚感を高める工夫をする。パチンコ店の音楽やパチンコの光と音など。 そして勝つための技術が必要と錯覚させる仕掛けをつくる。負けたのは、 勝つための技術料金と錯覚させる。もう一つ巧妙なのは、ニアミスの仕掛け。 スロットの場合、AAAが当たりの場合、ABAや、AABが出ると、 「当たり損ねた」と考える。 しかし、外れは外れでしかない。その辺の 気持ちを逆用するようゲームは出来ている。ギャンブル依存症の人は、 脳内に勝った時に出るドパーミンが長年の間に多くなっている。それは麻薬 中毒の似ている。iPadを購入して以来、パソコンゲームに嵌っている。 あるゲームの場合、達成すると、音楽と金色の星が三つでる。失敗すると、 グフフ!とバカにしたような笑い声と軽蔑の絵が出てくる。 それも、 あと一歩のところで達成できないようになっている。金を賭けている訳でも ないのに、やり始めたら、止めるタイミングが無くなりトイレさえ行けない ほど熱中する。難しい本を読んだ直後には非常に効果的である。私の周辺の 人でパチンコが趣味というのは一人もいないため、20〜30兆円がピンと こないが、この金額は国民の何割の人は中毒に近いと伺わせる。韓国は、 悲惨な悲劇の続出で禁止されてしまった。この不景気で、業界は壊滅的打撃 を受けているはずだが、何故か倒産の話は聞こえてこない。 ・・・・・・・ 3669, 節目どきに ー4 2011年04月12日(火) こういう時にこそ、これまでの付き合いの真の姿が見えてくる。 私の人間関係は長年?の友人が多い。その節目どきに、真かどうか見えてくる。 具体的の話は、まあ・・止めておこう。立場が変われば、これまでの関係が 変わるのは当然。それを取り上げること自体がおかしい。その中で一番身近な 家内が、このところ上機嫌である。立場が逆転するからである。 今後を考えただけで恐ろしい。早々に粗大ゴミにされてしまう恐れがある。 彼女も含め、手の裏を返す人の共通点は、プライド?の高い、底の浅い? 修羅場経験の少ない人?等、共通がある。しかし何処か憎めない性格。 前向きな人生を生きていなかった? それぞれの人生が、境目から見えてくる。 これは私の歪みの目。それでは御前は何じゃい! と言われると返す言葉がない。 年齢からして「節目どき」というより「夕暮れどき」か? 65歳なら、それも 仕方がないか。 大体が人間の付き合いは立場における力のバランスの上で 成り立っている。その力が変化をすればバランスが崩れて当然と割り切れば よいのは分かっているが。 ところで昨夜、学生時代の友人が当時のクラブを 代表して東京から見舞い?に来てくれ新潟駅南で一献を傾けた。 (当人の会社の仕事が偶然あったこともあるが)有難いことである。 そうこうして落ち着いた二ヶ月後に落ち込みが来ると、何の?先輩の実兄が先日、 電話で教えてくれた。 この体験の中で、ここでは書けない聞くに値する? 話しは幾らである。いや、この数年間は、その宝の山だろう。特に銀行筋の 手順の中には・・・ それと、世間様レベルの人々の視線を、そのまま書く ことになるだろうが、面白そうだ。「家内が、先日、前の町内会長婦人とあった ので、挨拶をしたら無視された」レベルの話しである。こういうのを重ねて、 ジワジワ追い詰められていくのだろうが、アウトサイダーの長年の実績が、 こういうのを茶化して楽しむ術がある。人は言葉よ、言葉!それも心の奥底の 絶対言明!より深く本を読む節目の時節到来か。 ・・・・・・・ 3304, 金の価格は談合で決まる!って本当 ? ー1 2010年04月12日(月) あるレポートに「金(ゴールド)の相場は談合で決まっている」という 衝撃的な内容があった。どうも金の相場を見ていると、不可解な動きに疑問を 感じてはいた。しかし、こうしたレポートで、「連銀が間接的にコントロール している」とか、「大手貴金属会社の主要メンバーの談合で動かされている」 というと、話しは違ってくる。 〜そのレポートの内容とは〜 ・ひとつは、世界の中心的な金相場のあるロンドンで、JPモルガン・チェース などの米英機関が相場が上がりそうになる度、大量の先物売りを浴びせたという。 連銀が金融機関に相対取引で「地金を貸し出す仕組み」の中で金利を極端に下げ、 金の空売りを奨励しているというから、聞き捨てにはならない。これはある業者 の告発から表ざたになった情報で、レポートの主が「ネット上で見つけた内容」。 真偽は如何だろう? ・いまひとつは、金の価格は表向きの取引で決まるのではなく、ロンドン貴金属 市場協会のメンバー60社の中の主要9社が午前と、午後の二回、金額を持ち 寄り、上の値の2社と下の2社の価格を取り除いた5社の価格平均で決めている いうもの。米英が二社ずつ、独・仏・日、カナダ、スイスが一社ずつという。 ここで問題になるのは、その総量が実際に会員が保有している総量より多いこと。 これはマグワイヤというトレーダーによって暴露されたという。その本人は、 その後に、あわや暗殺されそうになったとか。金の先物で破産したとか大儲け したとか、という話を聞くと、ラスベガスの八百長賭博並みの世界で騙された 結果でしかなかったことになる。「嘘だろう!」と狐につままれた内容だが 相場の世界は、こんなものかもしれない。相場の世界は情報の質量の絶対数が 多い方が有利で大手ほど有利になるが、「金相場が談合で決定!」というと、 話は違ってくる。ちなみに、このレポートはネット上のものだが、半年、 3千円、2〜3日に一度、書き込みがあるもの。 決して、怪しげな情報源 ではない。世界経済は、数人の男たちによって動かされているというが、最近、 それが信じられるようになってきた。ロシア、アメリカの政府の首脳とは別の! ・・・・・・・・ 2929,閑話小題 2009年04月12日(日) * 昨日は法事 去年早々、母方の叔父が亡くなり、両親の全ての兄弟・姉妹と連れ合いが 亡くなった。その叔父と連れ合い、そして長男の合同の法事が昨日あり、家を 代表して参列してきた。「自分たちの法事としては、最後」と言っていた。 これから法事は少なくなる傾向のようだ。「家」の意識が、ここで大きく変化 している。親戚も最小にして、ごく内々で済ますようになった。坊様の商売は 不景気に大きく左右される上に、これだから上ったりだろう。 * 国債>税収 09年度の一般会計が、ついに税収を国債発行が超えてしまったと、あった。 目を疑ったが、事実である。もちろん戦後60数年で初めてで異常事態である。 国債大量発行で国債価格が下落し、金利が上がれば、企業の資金調達が困難に なる。恐ろしいことである。世界規模の大恐慌を避けるために、15兆円の 大ぶるまいだが、それは国債発行でまかなうしかない。しかし、その結末は 将来の大きな負担と禍根を残すことは間違いない事実。あらゆるところから、 綻びが現れてきている。 * 宮城県が2011年にも財政破綻 これまた、目を疑ったが、宮城県が2011年にも財政破綻という。宮城県だけで なく多くの県が同じような窮状にあるという。一般には隠しているだけで、 数年以内に露呈するという。一日一日と何か恐ろしい事態が迫っている。 マイナスばかりが、目に付くが、それが現実なら仕方がない。 * 桜が満開に 新潟市は昨日一昨日と花見と年度変わりの歓迎会を兼ねた宴会が集中する。 不景気になって今年は、それが顕著に現れたようだ。近くの地元の大型居酒屋 は、予約で満杯という。但し長岡は、どこもガラガラ。地域によって 違うようだ。桜は満開になり、渡り鳥の姿が見られるようになったが、心は・・
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2015年04月11日(土)
* 北陸新幹線開通1ヶ月 北陸新幹線が開通して1月。ゴールデンウィーク辺りから、福井、石川、 富山の北陸三県の観光地が脚光を浴びる。金沢は加賀百万石の文化が営々と 引継がれている。20歳代半ばの頃、1年半、金沢の地で勤務したが、現在 でも鮮明な記憶として残っている。休日、日帰りバスツアーで能登半島を 一周したり、半日市内観光をしたり、金沢港でキス釣りをしたり、茶道に 習いにいったりした。 加賀百万石の文化は何とも風情のある。 特に、老舗の居酒屋が良い。北陸三県と隣接した地区の観光資源は豊富。 その背景に三大都市圏の観光需要があるのが大きい。そこに新幹線で二時間半 で行けるのだから、女性にとってうってつけ!『日帰り能登一周コース』を つくれば良い。 逆にストロー効果で、地元民が東京に取られる可能性も大。 ところで金沢滞在の一年半で、姉や友人が三人、訪ねてきた。更に、実家の 会社の慰安会で近くの温泉にバスで来て、私もそこに招かれ、泊まって騒いだ こともあった。勤務先の会社上げての慰安会が、泊まり込みで片山津温泉。 高度成長経済の真只中時代だった。今では隔世の感がある! 金沢・能登は一人旅に、うってつけ、お勧めである。 * ジヌ(銭)よさらば! ーシネマ評 ハリウッドか邦画か、翌日放映の‘ソロモンの偽証(下巻)’にするか 迷ったが、上記の内容を読んで、こういう風変わりも「良いか」で、 これにした。80点だが、不満も残らない内容。観客は10人あまり。 《 田舎の小さな村“かむろば村”に、大荷物で降り立った1人の青年。 彼の名は通称・タケ。一見どこにでもいる若者だが、実はこの男…お金を “さわれない、使えない、欲しくない”の三拍子がそろった“お金恐怖症” になってしまった元銀行マン。現金にさわるだけで、とたんに激しいめまいに 襲われ失神してしまうという筋金入りだ。「1円もお金を使わない!」 と悲壮な決意を固め、かむろば村へやって来たタケは、どこか田舎の自給 自足ライフを甘く見ているフシもあり度々命の危険にさらされるが、憎め ない天然キャラに救われ、村人たちに度々助けられるのだった。・・(略) クセ者なのはタケだけではない。彼がやって来たかむろば村こそ、一見 どこにでもある寒村ながら、ユニークというには濃すぎる村人たちが生息 していたのだ。学校はないけれど、異常に世話焼きな村長がいる。銀行も ないけれど、写真好きで目が光ったりする神様がいる。病院なんてもちろん ないけれど、色っぽい美人が(多少)いる。そんなキャラクターの濃い村人 たちのお蔭もあり、危なっかしいながらも奇蹟的に1円も使わない生活を 続けるタケ。最初はタケの無知と無鉄砲さに半分あきれていた村人たちも、 タケの存在を優しく受け入れてゆく。そんな矢先、穏やかだったかむろば村 に不穏な風が吹き始める。村長の過去を知る不気味な男の出現、同時に迫り くる村長選挙をめぐる陰謀が発覚!村に来て間もないタケも、知らず知らず のうちに騒動の渦中へ…。タケの生活は思わぬ方向へ向かいだす…! 》 ▼ 少し、いや非常に甘い主人公と、その物語の設定だが、それでも、 何時の間にか、‘かむろば村’の世界に引きこまれてしまうには、 主人公の松田龍平の周りに、松尾スズキ、松たか子、西田敏行などが、 脇を固めているため。「ぼんやり」と息を抜くには丁度良い。以下に続く! ・・・・・・ 4775,ぼんやりの時間 ー8 2014年04月11日(金) * 「懶」 ー心の余白 「ぼんやりの時間」辰濃 和男 (著) 「『ものうい生活』の中に自らなる別天地に休んじ、楽しむことを気取ることが 懶惰」というらしいが、これが、この年齢で、少しは分かってきたようである。 事業を立上げ、軌道に乗せて暫くの間、何もすることが無い日々の別天地を 知っればこそ、この懶惰の味わいが分る。振返ると、あの退屈の懶惰こそ、 お宝だった。その合間の、読書や、秘境ツワーなども、それだ。 《 谷崎潤一郎は、1930年に『懶惰の説』という随筆を書いている。西洋の 人々がいかに活動的であり、精力的であるかを例示し、これに対し東洋の 人々がいかにものぐさで、面倒くさかり屋であるかを対照的に書いている。 懶惰の代表者は誰か。物語のなかでの人物ではあるが、物臭太郎(三年寝太郎) の名をあげている。 さて、瀬惰とはなんだ?. 「『ものうい生活』の中に自らなる別天地のあることを知り、それに安んじ、 それをなつかしみ、楽しみ、或る場合にはそう云う境地を見えや気取りにするか の如き傾向の存すること」 瀬惰心という言葉があるとすれば、この谷崎の 定義はその一面を言い当てている。むろん、西洋人にも瀬惰心の人がいるし、 東洋人にも活動的な人がいるのはいうまでもないが、あるていど類型化 しないと、論旨がはっきりしない。瀬惰をよしとする人は、年中あくせくして きりきり働く人を冷笑、ときには俗物扱いにする。朝から晩までせかせかと 動き回る人を嗤う傾向がある。一方、瀬惰心に批判的な西洋人は、浮世を 捨てて山の中に隠遁し、独り瞑想にふけっているような人物を聖人とは 思わない。高潔の士とも思わず「一種のエゴイスト」にすぎないと切り捨てる。 谷崎自身は、瀬惰心というものに、一定の共感をもっていたことはたしかだ。 「とにかくこの『物臭さ』『億劫がり』は東洋人の特色であって、私は仮りに これを『東洋的瀬惰』と名づける、というとき、自分にもまた、その東洋的 瀬惰なるものの血が流れているという自覚があっただろう。 》 ▼ 事業を目指し、準備15年間、立上げ、最後は、津波で流され終わった 私の事業人生。それを全面否定され、あざ笑われているような内容である。 それも、あと一年で古希になろうとして気づいた底浅い己には、この結果が 似つかわしいと独り納得させられる。 こういう視点もあると割り切っては いても、気になることは確かである。心の余白など埋めぬがよい! いや、埋めようがない! ・・・・・・ 4408, 隠居大学ーよく遊びよく遊べ −6 2013年04月11日(木) 第五時限「うふふ力を磨こう」ー「隠居大学」天野祐吉、 * 俳句はゲーム感覚で楽しむ お相手 坪内捻典 母が50歳の頃、それまでの苦労のため重症のウツ病になり、数年かけ独り 立ち上がったが、子供なりに壮絶さを垣間見た。88歳で老衰で亡くなったが、 医師の要請による解剖で心臓の四分の一が壊死していた。第二の人生の40年 近くは、趣味の世界に徹底していた。舞踊、謡い、茶道、写真、短歌、どれも これも負けず嫌いで、ある領域まで達していた。 晩年、母親に、「一番、極めたのは何?」と訊ねたところ、 短歌という。 老年の趣味といえば、短歌と俳句と川柳がある。 ー 次の箇所は、短歌と俳句の違いを端的に示している ー ≪ 坪内:俳句的人間と短歌的人間って呼んでいるんですよ。ぼくの中では、 つぶあんは俳句的人間、こしあんは短歌的人間。天野 どういうところが、 俳句的、短歌的なんでしょう。坪内 そうですね、まず、俳句は、自分の言い たいことを言わないんです。これは、つくるときにも意識しておくといいと 思うんだけど、いちばん言いたいことを言わないのが、俳句がうまくなる コツですよ。よく「わたしのこの俳句は こんなところがこんなにいいんです」 と、自分で一生懸命説明する人がいるんだけど、そういう人はあまりうまく ならない。自分の俳句についてしゃべらなくて、人の意見を聞いている人が、 うまくなるっていうか、俳句向きだと思います。 天野 主体性のない人がいいんですね。 坪内 そうです。無責任で主体性がないんでいいんです、できるだけ(笑)。 天野 自分ってものを、強調したがるような人は……。 坪内 それはもう、あきらかに短歌の人です。短歌は最後の七七で、 自分の言いたいことが言えるんですよ。俳句には、その七七を言わない 醍醐味というのがあります。 天野 そうか。これは短歌じゃなくて狂歌ですが、「世の中に金と女は仇なり 早く仇にめぐり会いたい」というのがありますよね、これも、言いたいことは 最後の七七ですもんね。 坪内 俳句だったら、最後の七七はいりません。 ・・・(略) 天野 言いたいこと言わないなんて、欲求不満になりませんか。 坪内 そう思うのが、こしあんの人の特色なんじゃないですか(笑)。 俳句的つぶあんは、言いたいことを言う欲求より、自分の言葉を他人が どう読むか、っていうほうに欲求や興味がいくわけです。 天野 じゃあ俳句は、こう見て欲しい、感じて欲しい、こう解釈して欲しいって いうのは、表には出しちゃいけないんだ。 坪内 いけないってことはないけど、出さないほうが俳句らしいでしょうね。 天野 お話を聞いているうちに、「三月の甘納豆のうふふふふ」がなんだか、 これまでとは違うふうに思えてぎました。 なるほどねえ。今日、帰ったら さっそく俳句、つくってみようかな。・・・ ≫ ▼ 「俳句は、ひとりきりで捻っていく人はうまくならない。それは自分を 読者にしていまうから」に、ドキッとした。句会では、たいてい作者名を隠す。 それで非難され恥ずかしいと思ったら句会に入れない。恥をかくから上手くなる。 この随想日記、だから公開しているが、あくまで自分中心。毎日、書き続けて いると、誰かの嘲笑を独り感じる。そこで、馬鹿丸出しを曝してよいものか? 迷いが出る。しかし、人間には露悪趣味が心の隅にある。露悪とエゴと無知を 偽善で包んでいるのが人間の本来の姿と思って開き直るしかない。私が短歌を 書いたら、ほぼ狂歌だろう! 母の短歌より :窓の下 逆巻く波のはげしくて わが生涯の縮図の如し :大仕掛け 空を焦がして彩どれば 中天の月いろを失ふ :若き僧 煙草の吸いがら 投げ捨てぬ 早朝のホーム 一点のしみ :青き田の水に浮かべる没つ日を 絵心あらば 描かむものを :ものかなし 豆腐屋の鈴流れきて 秋の夕暮足はやに来ぬ ・・・・・・ 4034, 幸福になるための五箇条 2012年04月11日(水) 「幸福になるためのソフト」の五項目 ー中川昌蔵 「今日一日 親切にしようと想う。」 「今日一日 明るく朗らかにしようと想う。」 「今日一日 謙虚にしようと想う。」 「今日一日 素直になろうと想う。」 「今日一日 感謝しようと想う。」 「以上のことを、実行してはだめです。意識して実行すると失敗します」。 意識するとエゴがでてしまいます。そういう想いが、いつも体の中にある人間に なるのが一番いい。 潜在意識に刷り込むのが良い。 ▼ 老齢とは、この逆になっていくことをいう。 「しようと想う;なろうと想う」が良い。パソコンかトイレに貼っておくと良い。 「今日一日、しん(親切)、めい(明るく)、にかけ、謙虚に、素直に、感謝 しようと想う」と憶えればよい。 ・・・・・・・ 3668, 節目どきに ー3 2011年04月11日(月) これまでと違う日常に入って、10日になる。もっと、その変化に違和感を 感じるかと思いきや、それが全くない。恐らく10年以上、一日2〜3時間を 集中し、蓄積してきたこのHPのためである。事象の変化に対して、脳の外部化 した基地が、ここにあるためだろう。 ある人に「HPに偉そうに書いているが、 現状のその様は何だ!」と酒席で言われたが、その通り。その時に「少なからず 経営に携わっている限り、赤裸々に曝け出すブログを書くのは如何なものか」と、 他の人から忠告された言葉を思い出した。毎日の記憶をHPの中のブログに 記録したり、読書の感想を書き残したり、毎日一文を書き始めた時から何かが 確実に変わっていった。脳の外部化で、因縁のある人の何人かと繋がっている 実感があるのが心を広く明るく自由にする。心は言葉である。毎日、言葉として 表出していれば、現象が変わったとしても、気持ちの芯が乱れることはない。 毎日、書き続けているのは、経営を良くするためでない。経営は失敗すれば、 全責任はトップにある。何を責められても言い訳は出来ない。 立場的に、 赤裸々に自分の心を露出すること自体が大問題である。ギリギリのところで、 表現を注意していても本音が表出してしまう。しかし、その何倍も、書き出し、 公開することの効果を感じ取っている。だから 偉そうに! と言われても、 その通りと認めざるを得ない。初めから覚悟をして書いている。5年、10年後 から振り返ったとき、書いた時々のマイナス、プラスなど、如何にでもよい ことを毎日、過去の文章を読み返していて分かっている。以前に都銀の担当に、 「借りた金は、返すな!」という読書感想文を書いたのを読まれ、貸し剥がし をされかけた事があった。その上に、いわれのない? 数百万を強奪?された ことがあった。それなりに書き、表現すると周囲に波を立てることになる。 しかし、その蓄積が、このような節目どきに、安定した心を保つことが出来る。 その時に、書く内容に力を落としたら、その分だけ心に違和感が出てくる。 先月末を持って、数ヶ月、節目ということで、休もうとした。しかし、 あと一月で、まる10年に辿りつくまで書くことにした。結果からして、 心を乱さないためには、休まないのが正解であった。 で、・・ ・・・・・ 3303, 人みな骨になるならば ー10 2010年04月11日(日) * 死の不安の克服は可能か ー まずは、その部分の抜粋 ー 老いゆく日々はまた死の不安に対する対処の日々でもある。その圧力が あまりに大きいため、われわれはそれと正面切って対決するよりは、なにかで 紛らせてしまおうとする。人生前半は若さや時間をもてあますあまり何かで 紛らせようとするが、人生後半になると若さや残された時間の急速な目減りを 直視しないために何かで紛らせる必要が生じる。不安や恐怖に対して、 そこから目を逸らせて別の関心事で紛らせることは必ずしも悪い料簡ではない。 何かで紛らせるのが下手な人物のほとんどは中高年期以後に精神障害に陥る ように思われる。つまり、何かで紛らせそこねたとしても、自らの死や限界を 直視したり対決したりできるものではなく、ただノイローゼになるだけなのだ としたら、死の直前まで俗世間のことで紛らせ続けるほうがはるかにましな 選択かもしれない。ある意味で病気というのが紛らせる工夫として最後の手段 なのであろう。少なくとも、病気はそこからの回復という一時の目的を用意して くれる。 ただ、ノイローゼになろうが、別の何かで紛らせ続けようが、 最後の時が近づいている事実を変ることはない。猛獣にねらわれた駝鳥が逃げ あぐねて、砂の中に頭をもぐりこませたとしても、猛獣そのものが消えてなく なるわけではないのだ。 俗世において最低限の衣食住を確保すること以上の 関心や活動の全ては、死や滅亡しないで済ませる工夫でもあり得る。 仕事も趣味も健康法も孫の世謡も老入クラブもゲートも、いやい老人向けの ものばかりで無い。あらゆる交際、作業、訓練、試合、家事、育児、創作、 旅行、遊興、その他、ありとあらゆる実務と余技と行楽が空虚を埋めてくれる レパートリーなのである。 与えられた時間の中身を埋めていく営みを、交流 分析の祖、E.バーンは「時間の構造化」と名づけた。確かに、われわれは 無構造な時間、中身のない時間を過ごすのに適した脳を進化させてはいない。 ・・(中略)恐らく人間は、ただ死を待っている例外的な状態か、それを 忘れるために俗事に忙殺されている通常の状態かのいずれしか許されていない。 ・・われわれのできる最大限の抵抗は、せいぜい「生まれる前なることが、 それほど恐れるべきことか」と自他に問いかけることぐらいだろう。 ・・(中略)それがしの不安を宥めるために思いつかれたかどうかはさだけで はないが、祖先や供養や崇拝もわれわれにとって捨てがたいことである。 ・・もちろん、われわれは多くの祖先に負っている。祖先がどこかで安らんで いると思えば心安んじることができるし、なによりも、わたしたちが、そこで 安んじることができる。しかし、ああ哀しいかな現代のわれわれは、草葉の 陰も、煉獄も、もはや信じていないのである。 ▼ あまりにも虚無的な内容だが、そんなものかもしれない、特に目を逸らして きた人は。60代までは、後ろから迫ってくるが、70歳代に入ると前方より 迫ってくる感覚になるという。 病気でさえ、それから回復という目標としての 気を紛らわせる手段でしかないとは・・ 死は本人にとっては、無だから、 そんな存在しないことに恐れることはない!とはいえ、そういかないのが、 言葉を持ってしまった人間の宿命。 だから、天国のイメージを永年つくって おく必要があるから宗教が最後のよりどころということか。最後のレッスン= 学習と思っても、身近な人の苦痛と苦悩の極みを見ているから、一日一日を 精一杯生きることしか、紛らわせることができないのだろう。 知ること、 新しい経験をすること、愛すること、楽しむこと、等々、時間の構造化(一週間 の予定を立て入れていく)をすること位しか無いのだろう。 気を紛らわせるために。 ・・・・・・・・ 2928,中沢新一の『三位一体モデル』 −7 2009年04月11日(土) それでは、実際の演習をしてみる。 ー「会社役員」ー 子=会社役員 父=変化する社会変化、その変化に関わるニーズの変化、市場の変化そのもの。 会社の理念、そして「あるべき姿」を把握。精霊=会社の現状、そして 父の姿を反映しているか?ということになるが、何か書きながら赤面 してしまうから、・・・ ー設計事務所ー 子=設計事務所 親=会社の理念、創業者の積重ねた信用、長年積み重ねてきたノウハウと実績。 社会の変化と、新しい技術、そして 精霊(自己増殖するもの)=設計で完成した建物。地域社会との繋がりと貢献。 ーソフトハウスー 子=ソフトハウス 親=ニーズとされる人材の確保と、 〜〜 ー保険事務所ー 子=保険事務所 親=万一の危険に対する対応のニーズ。危険を金で分散をしておくノウハウ 精霊=得意先のニーズの充足。 顧客。 金融商品。 こんなものだが、自分の名前を「子」に入れてみようか? ドッキとするだろうが。 ・・・・・・・・・・ 2564, サルも朝日の美しさに感動する! −1 2008年04月11日(金) (字数制限のためカット 2010年4月11日)
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| 5139,閑話小題 〜元校長の買春、12600人切り! |
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2015年04月10日(金)
* 12600人切り、それも元校長の・・ にわかに信じがたい下世話なニュースが入ってきた。〜まず、その内容から ≪ 1975年に教員採用された高島容疑者が、マニラの日本人学校に赴任したのは、 およそ25年前。3年間、理科を教えていた。高島は、マニラ時代のことを コラムに「経済的理由で、学校に行くことができない子どもたちが多いこと。 明日をも知れぬ子どもたちが街にあふれているのだ」と書いていた。 高島は、このマニラへの赴任中に、少女などの買春を始めたという。 高島は「買春の快楽を覚えた」と供述している。日本に帰国したあとも、 学校の夏休みなどを利用して、フィリピンに65回ほど渡航。およそ25年間で、 13歳から70歳くらいまでの女性1万2,600人以上と買春したという。・・・ 警察が高島容疑者の自宅から押収したものの中には、複数のカメラやDVD、 児童ポルノの漫画のほか、買春した少女らの写真を保存したアルバムが410冊。 写真には、通し番号が振られ、その数は、1万2,600人以上に及んでいた。≫ ▼ 過って聞いたことがない話。 巷の話としては、こんなものだろう。 < 65回×10日+αとして、仮に千日。 赴任期間の千日を加えて二千日。 一日に6人の買春とすると可能だが、としても信じがたい。たまたま精力絶倫 の男の職業が校長だったため問題になったが。こういう人種が存在する具体例 のニュースとして面白い。「少女の清潔感が・・」は、経験者でこその言葉。 それにしても12600人とは! 一度きりの人生、「??まくるのも人生か」 その辺の誰かより、マシ? 巷の男にとって、ニヤと笑って本音は? が、 これだけはタブー。スケベの女性版では、かの国の元王女を思い出す! 最後は謎の死だったが・・ せめて10人、いや1人でも・・ > 大よそ、はな金の居酒屋かスナックの酔払いの話は、こんなもの。 こんなことを、朝っぱらから書いている私も私!だが。 ・・・・・・ 4774,ぼんやりの時間 ー7 2014年04月10日(木) 「ぼんやりの時間」辰濃 和男 (著) * 「怠」―「1日四時間労働」の夢 「怠」肯定の論など、それもラッセルというから驚いた。ーその辺りからー 《 英国の哲学者であり数学者であったバートランド.ラッセルは、一九三二年 『怠惰への讃歌』という論文を雑誌に発表。怠けることは「いいことなのだ」と いえば、昔はむろん、いまでもかなりの反発を買うことになるだろう。 お前は怠け者の味方をするのか、この世に怠け者が横行すればマジメに働く ものは損をする、働くことをおろそかにする世の中なんかおしまいだ、など など非難のツブテはつきないだろう。怠けることは大切なことだと主張した ラッセルでさえ、「何もしないで怠けているものに、悪魔がいたずらをする」 という子どものころに聞いた格言を紹介し、怠けることを恐れるあまり、いま まで一生懸命に働きつづけてきたと回想する。 それでもなお、ラッセルは 「仕事はよいものだ」という信念こそ、恐ろしく多くの害をひきおこしている と主張する。 ラッセルはなぜ「仕事はよいものだ」という世問一般の常識を 批判し、「怠惰はよいものひぽだ」という主張をしたのか。 人びとが生きるうえで大切なのは「閑」である、という思いがラッセルの 主張の根幹にある。勤労は神聖であり、働くことはすばらしいものだという 考え方は、支配者、富裕階級が、働くものにそう思いこませるためにいい つづけ、その企みが一般にもひろまったとラッセルは考える。 少数の特権階級は、他人の労働のおかげで多くの閑な時間を享受している。 自分たちの快適な閑を守るためにも、特権階級は働く人に向かい、「働くこと は大事なこと」といいつづけてきた。 「私が本当に腹からいいたいことは、 仕事そのものは立派なものだという信念が、多くの害毒をこの世にもたらして いるということと、幸福と繁栄に至る道は、組織的に仕事を減らしていくに あるということである」と、ラッセルは書いている。 文明が起こってから 産業革命まで、人ぴとはせっせと働いてきた。妻も、働ける年齢になった 子ども働いてきた。しかし、最低の生活支える分しか手元には残らず、 食料は支配者階級が管理した。飢饉のときは、余剰物資は支配階級の管理下 にあり、多くの労働者は餓死した。労働者たちは、十分な閑をもつどころで はない貧しい暮らしをつづけいた。 》 ▼「人生で最も大切なことに縁が無くなるのは、暇な時間が無いため」と、 ラッセルが指摘する。 私の選んだ事業は装置産業だった。 当たりさえ すれば、当分は何もしないで済む時間が、褒美として差し出される。当初は、 戸惑い、暇を持て余し次の設置に取組んで、最後は、過剰投資でダウンした。 しかし、その間の膨大の時間は、何ものにも代えがたい贈物であった。 冷静に考えれば、長期装置産業など、この激変の時代に、そぐわないが、 後悔が少ないのは、膨大の「怠」の時間を得ていたため。これは当事者で なければ理解できない実感。そのため、解放された現在、肩に羽がはえ、 空中を飛んでいる感覚がある。いずれも、同じでしかない、ということ。 生きるのは、辛く、哀しく、面白く、滑稽な、ことである。立場が変われば、 見方も変わる、ということ! 振返ると、挫折して呆然としていた時に、 人生で一番、必要なことをしていた。聖書を読んだり、講演を聞きに行ったり、 旅をしたり、溢れる言葉の整理とか・・ ・・・・・・ 4407, 閑話小題 ー自転車の修理 2013年04月10日(水) * 自転車の修理 一昨日はチャリのパンク。で、何時もの自転車屋に持っていくと、 オヤジさん、転んで左手を骨折で修理が出来ないという。「手伝うので直して ほしい」と言うと、しぶしぶ納得。そこで思ったのが、自分でも可能でないか ということ。「こんど泊り込みでサイクリングに出たいがパンクが不安。 で、見ていて私でも直せそう」というと、「問題は修理道具だが、二本の 専用ヘラがあれば、タイヤ外しと装着が手軽に出来る。HCにはパンク部分は ゴムのノリ付シールがついたパンク修理セットが売られている」という。 一寸した靴の修理と同じである。 靴も自転車も専門家が直すもの、という バイアスがかかっているだけのこと。それか千二百円を割り切って払うか? 次回、考えてみようか! * 絆とは 絆は家畜などをつなぎとめる綱の意味。言葉の通じない人間と家畜が、互い に生きていくため、鼻や首につけられる綱が転じて義理や人情の喩えになった。 互いが、その綱だけで繋がっている危うい関係をいう。そのため、震災での助け 合いの繋がりに使うのに無理がある。阿部首相が米国との絆を強調したが、 毎日新聞に「日本は米国の家畜と受け止められる」と批判されたのが、記憶に 新しい。絆という言葉に何か危うさ弱さを感じるのは私だけでないはず。 とはいえ、身内や自宅や共同体を失って路頭に迷った時、頼れるのは親戚縁者と 共同体の繋がりしかないのも事実。いまだ避難民が20万世帯もいると思うと、 「絆の批判」など、とんでもないこと。人と人の間で生きているから、人間。 その繋がりが絆ということか。 * ネットラジオ 書斎コーナーのBGMはネットラジオを聴いている。iTunesで、 世界中の千局のテーマ別スタジオから音楽を聴ける。思いもよらぬ曲が次々と 飛び込んでくるが、これが新鮮で良い。人は、思いもよらぬ仮想の中で気持ちが 解放される。それは未知の音楽の中に近道があるようだ。こういう音楽を気楽に 聴けるようになったのは、バイアスがとれたため。ジャズ、ソウル、カントリー などジャンル別だったり、70 /80/90年代のヒット曲別だったり、分類も豊富。 音楽好きだったら、たまらないはず。少し目をネット上に向けると、こういう のが無制限に手に入れることが出来る時代、それを如何に楽しめるかどうか? そのため若い人の間に居ないと。バイアスが外れる度、外は広く、内は深くなる! ・・・・・・ 4033, シングルイン、31年間の総括 ー9 2012年04月10日(火) * つれづれに ー9割がた終了 抵当に入っていた自宅は家内が買い取ることになり、新潟駅前の物件5つを 加え、すべて決着。 弁護士曰く、「あれから一年、世の中はグチャグチャ。 この環境下、見切り千両というより、見切り万両といってよい。これだけの物件 で金融関係が全く異議をいってこないのは、初めて。」という訳で、9割方終了。 一瞬早い決断は、問題を数分の一にしてしまう。あとは個人保証債権を サービッサーと交渉して家内が買いとるか、破産するか一年がかりになる。 これが残りの一割。 「この時世の中、全ての物件が一年で処分できたことに 逆に銀行に感謝された!」と弁護士。これで現時点で、絵に描いたような撤収。 これも一連の事業の範疇。経理担当Oさんの管理が完璧だったことが背後にある。 夜逃げ、首吊りか、合理的撤収になるかは一瞬の決断の間合い。それでも心の傷 が癒えるに数年はかかる。これは、時間の経過と、問題の中心点に気持ちを集中 し続けるしか、解決はできない。多くの要素が絡んだ原因と結果でもあるからだ。 一度、社会から身をひくと、経済と社会の流れに鈍感になる。表立ってないが、 深く景気の悪化が進んでいるようだ。起こってしまった東北大震災と、今後予測 される大震災を、連日マスコミで流されれば、住宅関連、車、家電など買う気が なくなる。その中で運良く全ての物件が売れてくれた。ホテルの装置は稼働して いないと、内臓(ボイラー、配管)が時間とともに腐り、買い手がいなくなる。 最悪の場合、建物撤去が必要になり、価値が暴落することを銀行は知っている。 その結果、個人保証に厳しい姿勢になる。 破産をすれば、それで終わるが、 拗れると個人破産にも異議が出る。しかし生きたままの債権移動は、買い手も、 銀行も、債務者も良い「三方両得」になる。目安が3〜5年先と思っていた ので、歴史的異常時の中、有難い結果である。 ・・・・・・・ 3667, 節目どきに ー2 2011年04月10日(日) 今回の ? を当事者の目線で現状分析すると、 ・ 9・11、9・15、の経済震災と、3・11の自然震災の直撃で、事業としての 立ち居地が悪かったこと! 五割が、これ。 ・ 三割がネットなど情報化の影響が直撃、そこにビジネス客の首都圏より 二時間圏内の日帰りの徹底が地方都市駅前ホテルを衰退を招いたこと。 グローバル化で、特に、この10年地方経済が衰退したことがある。 ・ 最後の二割が、鉄とセメントの装置産業で身動きが取れなかったことと、 部屋在庫を多く持ちすぎたことである。 ・ さらに当方として30年という事業年齢の満期にきたこともある。 これらを読めなかった能力不足が全てといえば、その通り。しかし、 (これを読めというのか?)という内なる声。 結果からすれば、創業後 10年辺りの最盛期に事業転換をすべきだったが、これはあと講釈。 この3つの経済震災と自然震災の結果について、震災は震災として割り切る しかない。その辺の、したり顔の下司講釈など・・ 宮城の震災地の真只中で、 「こんなところで事業をしている御前が悪い」とか言う輩はいないが (いや何は何処にもいるか?)、経済震災になると、その辺の類推がでない 人が大部分だろう・・・。 今回の災害そのものを大地震とすると、恐慌 という大津波が何波も、もう、そこにきているのに、情報コントロール下 のため?か、大部分の国民は、分かってない? 今年は2012年の前年。 この三年は10〜20メートル・クラスの経済破壊の大津波と、放射能 汚染などのパニックが起こってくる。 たとえとして、ソ連解体直後の ロシアの大混乱?や、中国の文化大革命(推定3〜7千万人の??) に匹敵する混乱を日本に想定すればイメージがわいてくる。 リーマンショックが日本経済を直撃している最中に、日本史、いや世界史 に残る、大震災に直面するとは! 東日本のリゾートホテル・旅館は、 客が5分の1、10分の1という。長岡の奥座敷といわれるホテル街は、 ほぼ客がゼロとか。 中越地震で立ち直りかけた矢先に豪雪と、これ。 青色吐息でなく、黒色吐息。 それにしても、原発事故の行方がサッパリ みえない暗い日日が続く。このままでは経済の先行きは真っ暗。 この原発事故の汚染が、このまま収まるとは思えない。農業、漁業、土木、 建設、第三次、第四次産業も、輸出産業など、どれをみても・・ どうなるのだろうか? 何をかいても曳かれし者の戯言 か、これは。 ・・・・・・・ 3302, ブログ向けビデオカメラ 2010年04月10日(土) 新聞で、ブログ用に特化したデジカメを二種類を比較対照した記事があった。 発売当初から両方とも興味があったので早速、近くの家電量販店に行ってみた。 たまたま、真剣に見ていたためだろう、女店員が来て詳しく説明をしてくれが、 なるほど実物は思ったよりズット良かった。衝動買いは必ず後悔することを 経験上知っているので、パンフレットだけを貰ってきた。ネットで調べて 迷ったあげく、結局はアマゾンで買ってしまった。ヨドバシカメラの値段より、 25パーセントはやすい。16GBのSDカードを別口に注文をして3万1千。 ちなみにヨドバシは、カード込みで4万弱だった。一方のソニーのものと 最後まで迷ったが、5千円高い方の、これにした。シンプルだが、非常に使い かってがよい。5年前なら軽く20万はしただろう。デジカメとして800万 画素もあるので、デジカメにビデオが付いているという感覚である。 (字数制限のためカット 2012年4月10日) ・・・・・・・・ 2927,中沢新一の『三位一体モデル』 −6 2009年04月10日(金) *「三位一体モデル」を使った演習 ー � 「三位一体モデル」を実際の知人の仕事を当てはめて演習をしてみたが、 考えさせられる。実際に丸を重ね合わせて三つ書いて、その一つの「子」の 円に、職業を書き込んで、次ぎに「父」、そして「子」の順に書き込んでいく。 それが、なかなか面白いのである。 その前に、我われの生存ベースである 幻想としての「国家」、「国民」、そして「家族」から考えてみる。 * まずはー「国家」ーから 子= 国家 親= 国家成り立ちの神話 日本なら「天皇神話」から、 これまでの歴史と、これからの方向を示す羅針盤。 精霊= 文化、文明(国家としての教養)。国民と、その民度。 国家としての政治・経済・軍事力・警察力。 * 次に、ー「国民」ー 子= 国民 親= 国家憲法、法律、それを維持する暴力装置 (対外的には軍隊、対内的に警察)。これに愛国心。 精霊= 公共施設(道路、河川、鉄道、公園、学校 etc)、都市、 街、村、故郷、政治家、芸術家、経済力、など・・ * 国家のベースとしてのー「家庭」ーとは 子= 家族 親= 血統、家柄。家訓、家そのもの。 精霊= 子孫、盆暮れの集まり。家族の団欒。家族旅行。 国家は、共同幻想の典型と言われるが、長い歴史に裏付けられた蓄積がある。 日本では天皇制度である。人間の「なすべき基準、価値観のベース」は、国家 のために何をすべきかに行き着く。我われの安全を最後に守るのは国家である。 それが軍隊であり、警察という暴力装置である。現在の憲法は、明らかに アメリカ庇護を前提として作られている。庇護は建前で実態は隷属である。 この憲法である限り、日本は衰退するしかない。右翼みたいなことを言うが、 グローバル化になればなるほど、ベースとしての国家の強固の基盤が必要。 無理だろうが・・ つづく ・・・・・・・・・・ 2563, ディープ・スロート 2008年04月10日(木) 『ディープ・スロート 』ー大統領を葬った男 ボブ・ウッドワード著 これも図書館で見つけた本である。これが出版されていたことは知っていたが、 買うほどではないと、判断していた。あまりに奇抜で、生々しいから目をそむけた のだろう。まずは、アマゾンの紹介文からして、面白い。 ー内容 ニクソン大統領を辞任に追い込んだ「ウォーターゲート事件」から33年。 新米記者ボブ・ウッドワードに地下駐車場で極秘情報をリークしていた 人物が名乗りを上げた。当時のFBI副長官マーク・フェルトだった。 フェルトが死ぬまで秘密を守り抜く覚悟でいたウッドワードが、その告白を 受けて初めて明かす、フェルトとの出会い、情報源秘匿のエピソード、 その後の二人の関係…。 (字数制限のためカット 2010年4月10日)
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2015年04月09日(木)
前日に続いて見た、プレミアムアーカイブスHV特集 『二人の旅路〜日中 激動を生きた京劇夫婦〜』も重厚な内容。 日本人の父と、中国人の母と、中国人の夫を持つ、「事実は小説より 奇なり」を地でいく日本女性の壮大な物語。 〜その概略から ≪ 中国・京劇のスターだった夫婦、梁嘉禾さんと柴田真理さん。 およそ20年前、残留孤児の妻と日本に移住。そのとき、夫は中国京劇の 最高峰・国家一級俳優の座を捨てた。妻は「夫のすべてを奪ってしまった」 と悔いるが、夫は「あなたといる今が一番幸せだ」と語る。 日中戦争後の中国、文革などの激動の時代を生き抜いた二人。2010年秋、 逆境を乗越えた末、夫は20年ぶりの舞台に立つ。〜2011年放送。 ≫ 〜ネットに、心のこもった投稿があった〜 《 このTVを観た後、一夜興奮して眠れなかった。涙がとめどもなく流れ、 枕をぬらした。1945年8月6日、麻里さんの両親は敗戦直前の上海で結婚した。 父は東京大学卒業、三菱商事武漢に勤めるエリート社員、母は裕福な20歳の 中国人美女、しかし7日後日本の敗戦、1946年父は強制収容そして日本へ強制 送還、その後は消息不明、中国人の母も日本人と結婚した罪で2年間の投獄、 柴田麻里さんが10歳になった時、母は人々から素性を隠し中国東北部の 貧農へ再婚、その後、麻里は柴麻里と中国名に改名し、京劇女優になった。 しかし、文化大革命の真っ只中、麻里は日本人の子であることが暴かれ いじめられ、傷つけられ、紅衛兵にも選ばれる事はなかった。そんな苦しみ の中、京劇名優梁さんと出会い 恋愛・結婚。しかし、2人は一緒に住む事も 許されず、3年間の別居。再び、麻里は素性を隠すように、西の果て、遼寧省 に移り 夫婦で京劇に徹する。夫 梁さんは 国家1級演劇家として、将来を 期待されたが、日中国交回復後、中国残留孤児として妻の麻里さんは、京劇 仲間から「日本に帰れ」と、苛められ 激しい追い出し環境に耐え切れず、 2人は日本に住む事になる。そんな中、父はウルグアイで亡くなったと知る。 もう日本での親族発見も叶わず、福岡市の残留孤児仲間と一緒に住むうち、 柴田麻里さんは身体を壊し、始めた中華料理店も閉店に追い込まれ、日本政府 の僅かな援助金で、貧しい2人の生活は続く。そして昨年、麻里さんの母親は 亡くなり、母の散骨と、梁さんの京劇記念講演の為、再び遼寧省に向う。 2人の長い、辛い人生を象徴する、大地を走る列車の窓から見る夕焼けの空は 遠く霞んでいた。あの日中激動の下に、押しつぶされていった2人の人生、 哀しい人生だ、しかし誠実な夫と、美しい妻の愛情は今も、2人の人生を 格調高く 結びつけている。美しい2人の後姿はいつまでも忘れられない。》 ▼ 家内と、互いに見つめあうリタイア後からの生活の中で、生きること、 老いること、夫婦とは、愛とは、厳しさ、優しさとは何かを考えてきた。 その答えが、この物語にあるような気がした。苦難は人生に付きもの。 それに日々、前向きに立向かうしかない。 一日一生の覚悟。 ・・・・・・ 4773,ぼんやりの時間 ー6 2014年04月09日(水) 「ぼんやりの時間」辰濃 和男 (著) * 「閑」ー逆茂木に囲まれて 森の生活(世俗)を抜け出て、ご隠居(サバンナ)の世界に入った現在が、 まさに逆茂木の「閑」の世界である。閑の字は、門の中の一本の木がある。 それが、ぼんやりの世界である。 ーその部分を抜粋し、考えてみるー 《 さかもぎの刺のある木の枝をならべて積み、垣にしたものを逆茂木という。 トゲトゲの垣を周囲にめぐらせておけば、「邪魔者はたやすく突破できない。 逆茂木の内側では、人はのんびりと過ごすことができるし、閑をたのしむこと もできる。それが閑という字の意味だ。 およそ、そんな意味の文章が 『閑適のうたー中華愛諦詩選』の冒頭にあった。・・ だれにも知られてない宿でぼおーっとして過ごすとか、めったに人の来ない 尾根道で二時間も三時間もぼんやりしたときをもつとか、そういうのが逆茂木 に囲まれた「閑」の状態というのだろう。閑は時間であり、空間である。 それはときに逆茂木の内側という空間を表し、同時に逆茂木の内側に坐り つづける時間を表す。そして、「閑」と「ぼんやり」は表裏の関係にあると いってもいい。現代人にとっては、隠れ家を逆茂木で囲むには、それなりの 工夫が必要になる。 白居易の詩『閑適の詩』に、こんなくだりがあった。 心足る(みちたる) すなわち 富(とめる)なり 身暇なり(からだひまなり) すなわち貴(とうとき)なり (中略)・・ やがて吉井勇は、こんな歌をうたうようになる。 目を閉ぢて半珈を組みて或る夜半はほのぼのとして涅槃おもふも苦しみ、 楽しみながらたどりついた一つの境地が、この歌にはある。 (中略)・・旅をすること、自然度の高いところに隠ること、日々、 散歩をすること、温泉に入ること、閑をもつこと、独りになること、 雑事から解放されたこと、すばらしい土地の人びとに会えたこと、そして たっぷりとぼんやりする時間に恵まれたこと、勇は、高知の猪野沢温泉で、 そういうぼんやり道の骨子になる部分の実践をしたことになる。 そのよみがえりは偶然のことではなかった。》 ▼ 「せめてミニ書斎を持て!」とは、この閑の独りだけの時空を持て、 ということになる。現に、この二m四方の、この空間は私だけの世界で、 BGMが流れ、2台のパソコンからは、欲しい情報、知識の殆どを手に入る。 今では、タブレットなどのモバイルPCという優れものもあり、何処へにも 持ち出し可能である。とはいえ、やはり自分の空間も必要である。雪もとけ、 自転車散歩(ポタリング)を再開したが、信濃川の土手の休憩で「ぼんやり」 を意識的に始めたが、これがなかなか良いが、難しい。先を急ぐ気持ちが、 勝ってしまい、直ぐに立上がってしまう。木の下や、ベンチで30分でも 一時間でも、小春日和の中、寝転べば良いのが分かっていても、気が競ぐ。 ・・・・・・ 4406, 大丈夫、なんとかなるさ 2013年04月09日(火) * よい先生、わるい先生 ー「大丈夫、なんとかなるさ」近藤勝重著 著者は毎日新聞の論説委員をしており、「文章をうまく書く秘訣」などの レポートを読んだことがある。「随想は想いを書くもの。その想いを書くとは 思い出を書くこと。多くの経験の中で、記憶として残っているのは、その人に とって大きなインパクトのあったこと、それを書きなさい」という論に、 ハッとした。 これは、毎日新聞の夕刊に「しあわせトンボ」に5年前から 二年半の間、連載されたエッセー。なかなか味わいがある。 ーまずは、心に響いたものから、取り上げてみる。 ≪ 司馬遼太郎さんが学校嫌いで図書館が好きだったことは有名だ。 それは中学一年の英語リーダーで先生にニューヨークの、地名の意昧を質問 したことからはじまる。なんと先生は「地名に意味があるか」と怒声を上げた という。司馬さんは帰り道、市立図書館に寄ってニューヨークの意味を知る。 独学癖がつくようになるそもそもだが、一方で「いい先生につくに越したことは ない」とエッセーで言い添えている。 いい先生というと、アメリカのある学校 で数学を教えていた先生の話を思い出す。その先生は数学を教えることが自分の 仕事だと思っていたが、ある日、「私の仕事は子供を教えることである」 と思い直す。つまり科目「数学」から科目「子ども」へのチェンジである。 「数学」を教えていれば子どもに完全な答えを求める。しかし「子ども」 を教えるのだとなると、それは最終の目標ではなくなる。やがで子どもたちも 変わってきて、成績がぐんぐん伸びたエディという子はこう答える。 「先生に習うようになっでから、自分が好きになったんです」 「こころのチキンスープ」で知った話だが、・・・ ≫ ▼「数学を教えるのではなく、子供を教えるのが仕事」は、さすが。 この随想日記、「自分のために、同調したこと、心に響いたこと、記憶に 残したいことなどの雑記帳・記録帳」と割り切っている。忘却のためのメモ帳 ということ。そう割り切ってしまえば恥も外聞も何もない。「偉そうなことを 書いている割に全然、成長の跡などみえないじゃないか」と言われれば、 「全く、その通り!」である。未来の自分は、現在、そして過去の自分の 子供と想定。 その子供のために書き残すと思えば、逆に手が抜けなくなる。 「未来の自分は、現在と、過去の子供」という言葉、我ながら言い得て妙。 とすると、過去の自分は現在の親になる。あまり良い父親ではない? まあ、いい、この子(私)を見れば、仕方がない! ・・・・・・ 4032, 「人生の知恵」ノート ー4 2012年04月09日(月) ー 人生を成功に導く言葉ノートより ー * 先延ばしは命どり 「仕事で失敗する理由で一番多いのが先延ばし。一度やりはじめれば 意外と簡単に片付く。とにかく先取りで問題を解決すること。 * 尊敬など、されようと思うな 孤高の姿が敬意を呼ぶ。無理に尊敬されようとしないこと。 * ツキを見極める 新しい事を始めるときは、運の風向きに敏感になり、 好機を待つ間に準備を進めよう。 * 引き際を見極める 勇敢な攻撃と同時に退くこともたたえれるべき。引き際のタイミングが大事。 幸運の女神は、その頂点が高いほど、期間が短くなる。絶頂期を見定めたら、 引き際を考えるべきだ。 * 欠点を直すこと 人は他人の欠点を見逃さない。あなたの実力を点検した上で、 欠点だけに注目、悪し様に言い立て、他の長所をかすませる。 * 二回目の挑戦を必ずする 一度失敗しても、必ず二回目の挑戦をすること。一回目の失敗を取り戻せる。 成功より失敗の方が多いが、二回目に成功する確率は一回目より遥かに高い。 多くの挑戦は二回目に成功が多いという真理を知っておくべきだ。 * 現実的に生きるべし 賢者は思ったふうに生きられないとしても、できる限りのことをする。 運命が与えてくれないものを惜しむのをやめ、運命が与えてくれたものを 大切にすべきだ。現実が理想を支えることを知ろう。現実の土台が弱ければ、 理想は単なる重石となる。未来の理想の自分を明確にしたうえで、現在すべき ことを確実に実行する。賢人は現実で未来をコントロールする術を知っている。 * 忘れるべきは忘れる 「人が一番良く覚えているのは、忘れた方がいいことである。」 嫌な記憶は楽しい思い出で吹き飛ばせばよい。反省をしたら、次へ。 ▼ 引き際は、最も大事な決断。最高値の引き際は無理だったが、 最後の最後は断崖絶壁での引き際。 いや、どうだか? ・・・・・・・ 3666, 節目どきに 2011年04月09日(土) 先月末から一週間、この30年来と違った生活に入った。リタイアになる。 以前もそうだったが、それまでの生活と全く変わってしまったが、抵抗感はない。 肩の荷がおりたためか、何か地から浮いているような、ふわふわした気分である、 独りになったためか縛りがなくなり、まずは足が軽くなり、直感的に新しい習慣 つくりを始めている自分に驚いている。30年、40数年前の自分に戻ってしまった ようである。 装置産業の装置に縛られていた、それからの開放ということか。 今は興奮状態だが、2〜3ヶ月たつと「より戻し」がくるようだ。 問題は、これまでのエネルギーを、どの方向に向けるかである。 同じ一日なら、充実した時間を過ごさないと! で、イメージとして ・市営の福祉センター1Fにあるスポーツジムと、 初心者向スポーツジムに入会。平日、この二つを隔日に使い分ける。 今まで通り図書館通いと、信濃川沿岸の早朝のサイクリングとウォーキング。 さらに月に一回のシネマの通いと、月1〜2度、居酒屋でクダをまく?。 更に、これから探すが、何かのカルチャー・センター通い。 その立場にたつと、新しい世界が開けるもの。 とはいえ、当分は謹慎の身で あることは事実。 元もとアウトサイダーを自認してきたので、こういう 切り替えには抵抗感がない。 それと世間様とやらの何は今さらである。 マイナーの方々の暗示にさえ乗らなければ落ち込むことはない。 居間に中村天風本を手元に置いておくか。 ー つづく ・・・・・・・ 3301, 日本経済は死ぬのか 2010年04月09日(金) 先日の週刊現代の新聞広告の見出しを見て、つい買ってしまった。 週刊誌の見出し以上の内容が無いのは知っているが、それでも何か目新しい ことが?と ・・で、あるわけないがジックリ恐慌本を読む機会のない人には ダイジェストとして丁度良い。その中で、野口悠紀雄が、「もはや日本経済は 死に近づきあることは間違いありません。まず、日本経済の落ち込みの原因を 「米国の金融危機」と考えていますが、それは正しくありません。悪化原因は 米国にあるのではなく、極端に外需に依存してきた日本の産業構造にある。 戦後最長といわれた2002年から08年の日本の好景気は、米国のバブルに乗った ものです。米国の住宅価格のバブルによって、結果として日本の輸出が伸びたと いう現象が起こっていたのです。当時の米国では3パーの物価が上昇していたが、 日本では0パーセントことが円安に拍車をかけていた。・・そのバブルが弾けて しまったのだから2002年前の水準に戻るのが当然。数字で言えばピーク時の07年 度に対し輸出で20パー、GDPで10%減になる。09年の2月の輸出額は3兆5300億、 これは1984年度3月と、殆んど同じ。この事態に、政府はエコポイントで家電や 自動車などの購入を支援している。これは今の製造業が、政府の支援にしがみ ついて生きている状態。これも期間が終了をした時には反動として跳ね返える。 それは時限爆弾になる。 日本の潜在的失業率は14パーセントというが、これが 打ち切られれば、失業率が10パーセントを越える可能性が高くなる」等々、 刺激的内容である。彼の著書「世界経済危機ー日本の罪と罰」をダイジェスト とし述べているといってよい。欧米の失業率が10パーセントに対し、これだけ 悪化している日本が5パーセントは、明らかに変である。それが一挙に二倍、 三倍になると、どうなるか考えただけで恐ろしくなる。他人事では決してない。 まだ日本の消費税を5パーセントに抑えてあるから、少しは救いがある。 これが、既に欧州並みの20パーセントで、これだけの赤字なら救いがない。 したがって早めに政界再編成をして、消費税のアップが必要である。 ただし国民を納得する上にも国会議員、地方議員も定数を半数か、三分の二に しなくてはならない。スマトラ沖地震の津波の映像で、向うから大津波が 来ているのに、浜辺で海水浴をしている観光客を思い浮かぶが。 ・・・・・・・ 2926,中沢新一の『三位一体モデル』 −5 2009年04月09日(木) 『三位一体モデル』中沢新一著 −読書日記 *「三位一体モデル」を読んだ人たちの座談会 それぞれの職業の立場で考え出した三位一体モデルの事例が面白い。 これからみても思考モデルとして充分に使える。 私の思考法として 利用しているのが、この随想日記である。テーマ選定から始まり、 それを起承転結にまとめあげる、そのプロセスで頭の中を整理していく。 第三者から見れば、私の脳の中が少しは見ることができるのだから 面白いだろう。 =その事例から= ー広告代理店の勤務ー 「精霊(代理店)」と、「子(お得意先の企業)」は、一緒になって、 見えにくくなった「父(理念)」を探しにいく旅に出るということでしょうか。 父は「企業の社会的価値」と理解できる。 ー中学校の教師ー 自分(教師)を「子」とすると、父が「法則」「原理」「先人の知恵」。 そうすると、まずは<成功や幸福という概念>が「父」だと思われます。 分かりやすくいうと予備校の教師群こそが「精霊」なのです。 資本主義社会では予備校こそ一番分かりやすい「三位一体モデル」です。 ー音楽業界にいるものー 先ず「子」として、音楽家とする。そして私たちは音楽産業を「精霊」 の場所とする。父の部分を逆算して「歌われるべきもの=神の意思」と。 この原型になるのに教会音楽がある。神の思し召しを、バッハが音楽を 通して地上の民に伝えてくれる。それを伝える場所が教会であった。 ースポーツ業界にいるものー ルールが父なんです。見えないけど絶対の「神」です。「子」が選手です。 「霊」の中には、「競技場」とも「観客席」ともいいし、「テレビ」でも いいと思います。いっそ、「スポーツ業界」ともいえる。いまの時代に、 もっとも考えられているのが、この部分です。一番のポイントは、装置化 した「霊」の部分が、「子」の材料を探してくることです。スポーツでは、 三位一体は考えやすい。何しろ「父」が確固として存在しているからです。 ー料理人ー レストランでは、前から「三位一体」を「味」「料理」「ムード」 といってました。今回の、この「三位一体」を読んだことで、 「美味しい幸せ」が父。それを作り出すのが「料理人」というのが「子」。 そして、「お店とムード」が「霊」に変わりました。 ―― スポーツ業界のルールが親には驚いた。コーチとか、父親・母親なら わかるが。次は、身近な知人の職業を『三位一体モデル』で演習。 ・・・・・・・・・ 2562, ドル覇権の崩壊 -1 2008年04月09日(水) 図書館で借りてきた本だが、この本が出版されたのが、去年の7月末である。 それから半年もしないうちにアメリカのサブプライムの問題が表面化をして、 この本の大筋のとおりになってしまった。かなり刺激的な言葉に満ちているが、 サブプライム問題で株とドルの暴落を目の当たりにすると、納得するしかない。 この著者の本は何度か買って読んだが、何時も刺激的・悲観的な内容で一貫して いる。そして、指摘しているほどの事態に世界はならなかった。しかし、この本 に関する限りアメリカのサブプライムが表面化したために、決して悲観過ぎでは なかった。 この一連の金融危機、考えれば考えるほど、恐ろしい近未来が待ち 受けているようだ。 年々ジワジワと悪くなっているのが身に沁みる。 どうなるのだろうか? まずは、この本の表紙裏の 「説明文」と 目次を コピーしてみる。 これだけで、この本の半分以上の要旨が書いてあると言って過言ではない。 ーー 「ドル覇権の崩壊」?静かに恐慌化する世界 副島隆彦著 ー背表紙裏の説明文 ドル暴落を見越した資産逃避(キャピタル・フライト)が始まった 2007年5月からの「三角合併方式」での日本企業への買収の真実は"ドルの逃避"。 日本企業をただ単に乗っ取ることよりも、真の動機は、ドル資産の保全、ドル 暴落からの避難、外貨建て資産でのリスクヘッジという考えに変わりつつある。 日本の大企業を買収する利益は、チョップ・ショップ方式による、荒っぽい 自動車泥棒・解体屋の手法ではなくて、これからは、アメリカ本国からの 資産逃避(キャピタルフライトである。 ー 目次 ー (字数の関係でカット2009年04月09日)
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2015年04月08日(水)
* 定年・夫婦で走った40日 昨日のアーカイブの番組が現在の自分を考えるのに丁度良い内容。 平日の朝9時のプレミアムアーカイブスを、隔週に一回位はみるが、 今回の『定年・夫婦で走った40日』が考えさせられた。恐らく旅行代理店 の企画だろうが、全ての車が乗用車に牽引するキャンピングカー。 48台が連なって走るのは西部に向かう幌馬車隊を髣髴させ、壮観。 〜まず、NHKの番組案内より ≪ アメリカのテキサス州から中米のパナマまで、24台の車が連なって 5000キロの旅に出た。旅をするのは夫婦で第二の人生を走り始めた 中高年夫婦たち。子どもが独立した夫婦。伴侶に先立たれ再婚同士の夫婦。 伴侶の思い出を抱きながら単身参加する男性。さまざまな夫婦がメキシコ と中米6ヶ国を訪ね、向き合い、これからの人生を見つめた40日の 心の旅日記。 〜2001年放送分 ≫ ▼ 47人の平均年齢が67歳、年齢は50〜70歳半ばまで。 とすると、私と家内の平均と同じ。それぞれ夫婦の道中の会話で、人生を 振返り、語り合う。それまでの子育てと、それぞれの仕事のため、24時間、 向き合うことが無かった二人が、様々なトラブルの中で、協力し乗越えていく。 二人参加の旅は、夫婦関係にとって、非常に危険を伴う。普段、隠蔽? されていたトラブルが、圧縮された移動空間で、噴火する。だから、成田離婚の 悲喜劇が起こる。ツアーで、百回以上の参加経験者がいても、夫婦の参加者の 10回以上は今までなかった。多くて7〜8回。 24組の参加者で、一組の 脱落者が出なかったことに驚かされた。夫が『二度、殺したくなった』に、 妻が『寝ているときでしょう。解っていたわ』は、何とも迫真があった。 ところで、キャンプ地の料金は、平均10ドル。帰りは同じ道を辿る。 「ぼんやり!時どき旅」が理想か。それとも「旅をしながら、ぼんやり」か。 ・・・・・・ 4772,ぼんやりの時間 ー5 2014年04月08日(火) 「ぼんやりの時間」辰濃 和男 (著) * 「独」―独りでいること ーぼんやり道 「ぼんやりの時間」は独りでいる時である。人間は生まれてくるときも、 死ぬときも独り。宇宙の一点に独りおかれた存在で、その背後には暗黒が 無限に広がっている。だから、自分という存在と、親しい人の存在が大事。 ー以下の部分に納得するー 《 アン・モロウ・リンドバーグは1955年に『海からの贈りもの』を刊行 している。この本には、多くの心に残る言葉がある。 たとえば 「今日、わたしたちは、ひとりになることを恐れるあまり、ひとりになる ことができなくなっている」という言葉。いつもだれかとつるんでいたい、 群れていたいという習性になじんでくると、人はしだいに「独りになること」 が怖くなる。仲間はずれにされるのが恐ろしくなる。群れてみたからといって、 心が満たされるものでもないのだが、独りっきりになるよりはましだという 気持ちになり、人は群れようとする。A・M・リンドバーグはこうも書いている。 「わたしたちは、ひとりの時間を求めなければならない。ひとりで静かに 過ごす時間。ゆっくりと考える時間。祈りの時間。音楽、読書、そのほか 何かの勉強でも、仕事でも、自分を自分の内部に向かわせて、わたしたちを 分断しようとする各種の遠心的な力に抵抗しなければならない。」 なぜ独りになるのか。独りでいることによって、人は「静かに過ごす時間」 というものを味わうことができるからだ。「ゆっくり考える時間しを過ごす ことができるし「自分の内部」に思いを向ける時間をもつことができるからだ。 「空想にふける」時間も生まれる。『孤独の空間に自分の夢の花を咲かせる」 ことだってできるのだ。そして、独りでいることと、ぼんやりすることとは かなり重なっている、と私は思う。・・(略) 「寄せては返す波。松林を吹き抜ける風。砂丘をゆったりとはばたきながら 飛んでいく都鶏。そんなものが、あわただしい都会の暮らし、時間割りや計画 のざわめきを消してくれる。そうして、ただそこに横になったままのわたしを、 あるがままでいさせてくれる。横になったわたしは、波で平らになった浜辺と ひとつになる」。「ぼんやり道」というものがもしあるとすれば、このあたり の文章はまさに「ぼんやり道の奥義」、といっていいだろう。 ただそこに横になっている。あるがままの自分がそこにいる。・・ リンドバーグは、さらにこの本で、「孤独の力」といったことについて、 重要なことを書いている。「ひとりでいる時間は、一生のうちでもきわめて 重要な時間である。ある種の原動力は、わたしたちがひとりでいる時にだけ 湧いてくる。芸術家は創造するために、作家は考えを深めるために、音楽家は 作曲するために、そして聖者は祈るために、ひとりにならなければならない ことを知っている」 独りでいる。独りでいることで、心安らかにぼんやり することができる。ぼんやりしながら、いつか自分の内面と向き合っている。 謙虚な気持ちで、内面と向き合っている。・・・ 》 ▼ 午前中の5時間は、ミニ書斎でブログの下書きと、修正、読書、ネット サーフィンのいずれかをしている。この時間帯は時間感覚が無くなって、 完全孤立の壺の中。没頭ないし、ぼんやりの世界という方が正確だろう。 そこで生じた内容を公開していることもあり、日常の生活でも、孤立感とか、 孤独感が全くない。毎夜、4時間の爆睡後、うとうとしたり、夢をみたり、 急に頭が冴えわたったり、またぼんやりしている時の漆黒時間帯がある。 この孤独の3時間は、何ともいえぬ味がする。潜在意識と、顕在意識の際が 混濁した時間帯で、時空を超えたフラッシュが現れ出てくるが、決して 楽しくない。老いとは、この時間帯の感覚が、昼夜続く孤独な老人になって いくこと。とすると! ・・・・・・ 4405, 隠居大学ーよく遊びよく遊べ −5 2013年04月08日(月) 四時限 宇宙人を目指そう 『隠居大学』 天野祐吉 * 隠居をすると自由になれるー宇宙人を目指そうーお相手 谷川俊太郎 ここで、「人生はカマボコ形グラフ」とあるが、そうかもしれない。 右下がりは以前、還暦だったのだろうが、今は古希か。体力からみると、 私は古希が目安。リタイアーをした後、スポーツジムに連日通いだしてから 足腰は寧ろ、強くなってきた。知能も、バイアスが取れてきた分、 これも良くなった?ようだ。とに角、面白い。 ≪ 谷川:うん、それもあるし、ぼくは幼児に戻れるというふうに思って います。われわれ世代は高度成長の時期と重なっているからか、人生に ついても右肩上がりのグラフで考えるくせがついていたんですよね。 けれど、やはり母の介護を経て、「老い」ということを身近に考えるよう になって、鶴見俊輔さんらがいうような「人生はカマボコ形グラフ」なんて ことが、実感としてすごくよくわかるようになった。ある程度上がったら、 下がっていくのが自然なんですよ。それはさっき言ったように自由になったり、 解放されたりすることも含めて。 天野:下降ということは、嘆くばかりのことではない。 谷川:そう、人間の加齢を考えるとき、樹木の年輪にたとえて考えるのが わかりやすいと思っています。中心に0歳の自分がいて、一歳、五歳……と だんだん経験とともに年輪が増えていき、いちぽん外側に現在の自分がいる。 だから、どんな年齢の老人のなかにも、0歳や三歳の幼児がいる。 これは心理学でもそういう考えがあると思うんです。そして、働き盛りの 中年期を経ったら、今度は積み重ねてきた年輪が一枚一枚、はがれていく。 つまり年をとればとるほど、中にもともといた自分、幼児の自分に戻れる のではないかというのが、持論です。 天野: なるほど。年輪となる厚い木の皮は、たんに経験ではなく、 社会的な制約というようなものでもあるんだ。 谷川: 中年期のひとだって、本当は幼児の自分を持っているわけです。 そしてその部分は、本当はもっと自由になりたいといつも思っているはず なんですよ。われわれのように詩を書くような人間は比較的自由に幼児の 部分を出せますが、会社組織のなかにいると、そうもいかないでしょう。 だから会社が終わって飲み屋さんに行って、ママさんに甘えるという かたちで幼児性を解放しているんじゃないかと、そうにらんでいます。 天野: なるほど(笑)。つまり幼児化、宇宙人化は、もともとできたこと が下降したり変質したりするわけではなく、むしろ、 自然な姿に戻って いるということですね。≫ ▼ 「加齢を樹木の年輪にたとえて考えるのがわかりやすい」というのが 言いえて妙。一番外の厚い皮が社会的制約、も面白い。その樹皮を外し てやるのが御隠居の第一歩。一度外すと「遠き日は 年とるごとに 近くなり」 になっていく。振りかえると、してしまった後悔と、しなかった後悔がある。 後悔あとに立たず、だが・・ 解放され自由になるのは良いが、それを 楽しめないと重荷になってくる。 私の知る限り3分の2。 何故解る?顔に出ているもの。せめて楽しいふりをしたら。 ・・・・・ 4031,「人生の知恵」ノート ー3 2012年04月08日(日) ー 品格と、自分を高める言葉のノートより � ー * 人間的側面見せすぎない あまりに人間的と見られれば、軽く見られ尊敬を失う。グラシアンは、 「中身が少々足りなくても、重々しい雰囲気を出せれば尊敬を集めやすい」 という。軽々しさは尊敬を失う。人は浅はかな者ほど人をバカにしたがる。 バカに隙をみせるな。 * 余計な関わりは最小に 「人に干渉しないだけではダメで、人からも干渉されないこと」が原則。 そのために「余計な関わりは最小に」。 * 人との距離を一定に保つ 苦境に陥ったときは同伴者がいることが大きな慰めになる。 溺れる人を助けようとして、自分まで溺れることはない。 「星は空高く輝いているからこそ、まばゆい存在。 非凡であるには、 節度が必要。なれなれしくしないことだ。 * 賢者ならどうするか? 「幸運を選び、不運を避けよう。不運はたいてい愚かさの罰として与えられる。 どんな小さな災いにもドアを開いてはいけない。もっと大きな災いが忍び込んで くる。」 判断に迷ったら、賢者ならどうするかを考えよ。 現状を冷静に 見ることができ、的確な選択が可能になる。これが知識から知恵への転換に。 これは独りになりきることで可能になる。 * 品格を備える 品格は勇気、分別、賢明さ、王者の威厳にさえ勝る。何かを成し遂げるため の近道であり、困難からたやすく逃げる道である。「品格は言葉や行動の要。 品格がなくては美は精彩を欠き、優しさは形ばかりになる。 ▼ ここまで生きてきて、品性、品格について考えさせらることが多い。 家内に何時も「あなたは品がない」と、暗示をかけられていた。 ところが数年前に「国家の品格」とかいう本で「品格」の付いた本がブーム になった。「女性の品格」に「品格」の定義があった。それが思いもよらず、 殆どクリアーをしていたが、家内は??。自主独立、陰口を控える、趣味を 持つ、信念の確立の有無などで、自己の確立が出来ているかが品性の土台の説。 一般人は表面的にしか捉えない・・ それにしても品性のない人が多い。 ・・・・・・・ 3665, 関係性が問題 2011年04月08日(金) カーラジオで「夫婦間のトラブル」について、その道の専門家が「夫婦間の 問題は関係性にあって、一方的に相手が良い悪いとか、自分が良い悪いという 問題でない」と論じていたのが、いやに説得力があった。要は相性と、互いの 立場のバランスなどの関係に問題が存在する。それでは夫婦間の関係性とは、 そもそも何か! 二世帯同居の嫁姑の立場とか、マザコン夫とファザコン妻の 組み合わせだったり、長女の嫁と末子の夫の関係だったり(これは私だが・・) 色いろある。 互いが相手のマイナスを見つめあうのでなく、互いの置かれた 立場と条件を理解するしか手立てはない。恋人同士の関係は良かったが、夫婦 関係になったら、破局をするケースが多い。そして別れたと同時に、関係が良好 になって、結婚と離婚を繰り返す芸能人が多く見かけられる。リズとバートン とか! 無知からくるのだろうが・・ 関係が重なるとネットになっていく。 ネットといえば、網目。それぞれ結び目で出来ている。 その結び目が関係性である。 ー ネットで、関係の意味を調べてみると ー 【関係】1 二つ以上の物事が互いにかかわり合うこと。また、 そのかかわり合い。「前後の―から判断する」「事件に―する」 2 あるものが他に対して影響力をもっていること。また、その影響。 「気圧の―で耳鳴りがする」「国の将来に―する問題」 3 人と人との間柄。また、縁故。「あの人とはどういう―ですか」 「友好―を結ぶ」「父親の―で入社する」 4 男女間の性的交渉。また、それをもつこと。「妻子のある男性と―する」 5 (他の名詞の下に付いて)その方面。そういう領域。「音楽―の仕事」 ▼ 何ごとも、関係性の中で成立している。触媒の中でこそ、自己は成立。 ・・・・・・・ 3300, 平山郁夫の教養世界 2010年04月08日(木) 先日、何気なくTVをまわすと平山郁夫の絵と、彼の原爆体験などの逸話 などを取上げていた。原爆後遺症で一時は死も覚悟したなかで玄奘三蔵をテーマ とした『仏教伝来』を描きあげ院展に入選した平山郁夫の作品には仏教をテーマ としたものが多く、それがインドに発生した仏教をアジアの果ての島国にまで 伝えた仏教東漸の道と文化の西と東を結んだシルクロードへとつながっていった。 彼は東京芸大教授、そして学長になるが、何ともいえない風貌に教養の深さを 感じ取ることができる。この番組で、彼の逸話が印象に残った。「ある先生に、 人の真似をしないこと、と教わった。そのためには独自の世界を創り、それを 表現すること。独自の世界を創るには、はば広い教養が必要である」と教えられ、 痛感。それから宗教、哲学、歴史など幅広い分野にわたり猛勉強をした。 その裏づけがあるから、あのような絵が描けるのである。この齢になって幅広い 教養のベースが、その人なりであると、つくづくと感じ入ったため、なお納得。 先日、TVを通して400年前の画家・長谷川等伯の絵を見たが、その中にある 幽玄な世界に、等伯の魂を数百年の時空を超えて感じとれた。絵の中に彼の 独自の精神世界が全て込められている。独自の世界をつくり、その世界を表現 することが最も重要なこと。 そのために幅広い知性と教養が必要といわれると 納得できる。その結果、真・善・美という価値が自然に現れ出ることになる。 経験、そして知性を裏づけとした教養を考えると、何か心寂しい己に寒気がする 此の頃。良い学校に行き、良い師に出会い、良い友人と語らう中で、 教養のベースができるということか。 ・・・・・・・・ 2925, 中沢新一の『三位一体モデル』 −4 2009年04月08日(水) *「三位一体モデル」と「カ・タ・チ・モデル」の相似と違い三位一体の モデルを肯きながら読んでいて、似ている思考モデルを思い出した。 創造工学の故中山正和の創造思考法である。 ・カ= 神の閃き(神のカ) ・タ= 田んぼのタで、カタチ取りをする ・チ= 道のチ、血のチ、力のチで、エネルギーを注ぐカタ=カ+タで、 型をつくることになる。カタ+チ=カタにエネルギーを入れて、カタチ(創造) にすること。 何かそっくりだが、彼がこの三位一体モデルから、このヒントを 得たかどうかは分からない。「三位一体モデル」は、父、子、精霊のうち、 まずは子の設定をした後に父たる普遍と、増殖する精霊を考えるのが自然。 しかし、それに対して「カ・タ・チ・モデル」は、カの閃きから、カタ、カタチ、 へ発展していく考え方である。そうすると三位一体の父たる「閃き」を纏めるに、 「カ・タ・チ・モデルを使えば良い。 二つの思考法の合体である。 いや、ややこしくなるので類似した思考法があるというだけで良い。 カ=頭、タ=身体、チ=血液(循環器)・エネルギーということか? 思考法として、『起承転結』『カ・タ・チ・モデル』『正反合モデル』 『曼荼羅思考法』『雑記ノート書き散らし法』などをメインにしているが、 『三位一体モデル』が一つ加わった。次回は、この本の最後にあった、 各職業の『三位一体モデル』の実例を書き出してみる。その一つだけを、 まずは紹介してみる。 ー書籍の出版社ー 私たちの場合は、一冊の本ごとに「三位一体」があるといえます。 作家、作者が「子」であることは分かります。その作家に本を書かせた 「動機」が、これが「神」なんです。書いた人がいて、彼が書いたものがある。 それを書かせたものがあるとしたら、それは「父」です。何しろ、初めに「子」 ありきで、一冊ずつ、みんなそうだとしたら、出版社は八百万の神々の 集会所のようなもの。 ・・・・・・・ 2561, ウォルト・ディズニーがくれた夢と勇気の言葉 ー2 2008年04月08日(火) 創業のノウハウの全てが、ディズニーの全てに入っている。 それが遊びという世界で万人が解りやすいから、尚のこと心を打つのである。 感動、そして共感が一つずつのイベントに入っている。その原点がチャップリン の凝縮されたミッキーマウスから出発している。ディズニーのの世界は 参加型バーチャルであり、夢の世界で幻想を楽しませる。 明るく、光にみちた世界に一時を過ごすのである。 ▼ ひとつ踏み出す、つまり、新しいことをやってみるということは勇気が いるけど、自分を信じて思いきってやってみよう。ひとつ踏み出さなくちゃ、 何にもはじまらない。 解)その一歩の勇気、それが大きく人生を左右する。 その一歩も裏づけを十二分に持ってないと、逆の結果になってしまう。 ▼「人生の素晴らしい瞬間というのは、自分ひとりのためよりも、愛する者たち のために行ったことに結びついている。」 解)押し付けにならない程度のこと。 ▼ 実は人々はお互い相違する点よりも共通する点が多いということを、伝えていく。 解)自分の中に、その共通点を見出していくのが教養? ▼ ただ、絶対に忘れてならない。すべてのはじまりが一匹のネズミだった ということを。解)ミッキーマウスが、チャップリンの漫画化ということも? ▼ 我々は何か人をひきつけるものが欲しくて、チャップリンのような切なげな 様子を持つ小さなネズミを思いついた。とにかく精1杯生きているちっちゃな やつ、というような、どこにいても人々がミッキーを見て笑い、共に笑い続ける ことだけを求めた。 特に社会的象徴のような重荷を課したりしなかったし、 社会の欲求不満を代弁したり、痛烈な皮肉をしゃべらせたりしなかった。 ミッキーは人を笑わせる使命を与えられた小さな人格なのだ。 ▼ どこにいても人々がミッキーを見て笑い、共に笑い続けてくれる ことだけを求めた。特に社会的象徴のような重荷を課したりしなかったし、 社会の欲求不満を代弁したり、痛烈な皮肉をしゃべらせたりしなかった。 ミッキーは人を笑わせる使命を与えられた小さな人格なのだ。 解)笑わす使命を与えられた人格=チャップリンか? 気の毒じゃないか、 そういうのは?いや、人に微笑を浮かばせることこそ、人間としての使命 ではないだろうか。
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