堀井On-Line



5126,閑話小題 ー 大塚家具の顛末

2015年03月28日(土)

   * 大塚家具の顛末
 父娘の経営権をめぐっての争い、娘側が勝ったが、当然の成り行き。
百貨店的経営モデルか、専門量販大店モデルか、の経営方針の違いによる
仲違いに親子の情実が絡んだようだが、情報化社会は父親の経営モデルを
良しとしない。リア王に、何か重なって見えるのは私だけではないだろう。
専門大店への切替となると、会長・子飼いの社員の大部分がヘドロとして、
処分されるが、これを良しとしない彼らが会長と組んで生残りを図ったとも
考えられる。しかし出資者からみたら、娘サイドを支持するのは当然のこと。
この結果、アメリカのファンドが大儲けをしたというが。それにしても、
会長の老醜、見苦しい! 老兵は黙って去るべし。それは、このブログにも
いえる事。ただ沈黙を守っていれば良いものを、恥かしげもなく、ったく!
   * 旅客機乗の道連れ自殺
 ドイツのエアバス機墜落で、検察当局は、《同機を故意に墜落させた
副操縦士の自宅で押収した書類に「勤務不可能」とする内容が見つかった》
と報じた。数年前に、燃えつき症候群の傾向があったというが・・ 
これで、当分、機長と副機長、トイレに気楽に行けなくなった?
これは道連れ自殺というより、149人を巻きこんだ虐殺? 消息不明の
マレーシア航空でも意図的な事故であることを示す証拠があり、このような
事故はここ1年5カ月で3件となり、死者は416人に上る、という。
これだけは、実際のところ防止は無理。当初、このニュースを聞いた時、
<テロリストによる操縦士の家族を人質にとったテロの強要の可能性がある>
とみたが、乗員にも同じ宗教の人も混じっているため、それは無いか。
・・・・・・
4761,ぼんやり時間をしてますか?
2014年03月28日(金)
            ーひと言でいいのですー吉川直美編 より
   * ぼんやり時間
 これを読んで気づいたことが、3年前からのリタイアで「ぼんやり時間」が
少なかったこと。当時、心配したのが、心の空白からくるウツ症である。
それも初老性ウツを、周辺で何人か見ている。そこで、無為の時間を最小にする
ことを第一にすること。そのために、早朝から、寝るまでミニ・サイクリングと、
スポーツジム通いで運動をすること。そして、ブログ作成、ネット・サーフィン、
TVの連続ドラマと、週一の映画館通いなどを組込んで置くことで、まずは
3年間を乗越えることにし、合間に、寝室、書斎で空白を置くことにした。 
それが私の「ぼんやり時間」。 〜その箇所から〜
《「ぼんやりしているのは人間にとって非常に大切な貴い時間である。
 単に漠然と貴いと言っている訳ではなく、この間に、本人はどの程度意識
しているか分からないが、必す貯えられているものがある。」〜串田孫一より
  一日の予定が、朝から晩まで有意義な計画で埋め尽くされてはいませんか。
スケジュール帳に有益な予定が 隙間なく詰まっていないと、人生を無駄に
しているようでそわそわしませんか。白紙の部分は無益な時間ではなく、自由
な発想が与えられ、想像力が羽を伸ばすぼんやり時間、たましいの息継ぎ時間。
 箸休めがあってこそ濃厚な時間も引き立つのです。 お気に入りのカフェで
コーヒーを味わう。風に流れる雲をなんとはなしに目で追いかける。公園の
ベンチに座って子どもたちの遊ぶ声に包まれる。仕事の合間にふと手を止めて、
雨の音に耳を澄ます。そんな無為な時に、ゆらりと身を任せてみましょうか。》
▼ この30数年間、何事も「遊び、仕事、学び」と、分けて、重なりの合間
 に余白時間を入れてきた。それが瞑想だったり、独りボ〜と物思いにふける
時間だったり、散歩だったり。ここで気づいたのは、ご隠居の現在、ボ〜と
する時間を、より多く持つこと。ポタリングをしていると、信濃川の土手で、
ぼんやりベンチにいる人を見かける。散歩の休憩か、ぼんやりが目的なのか? 
「ぼんやり」を検索したところ ーぼんやり時間 辰濃和男著ーがあった。
今日にでも図書館で探してみるが、面白そう 欧州では夏場など、避暑地で、
何をするでなく浜辺で無為の時間を過ごすのが最高のレジャー。
生活圏から離れ、綺麗な空気の中で「ぼんやりする時間」が最高の時間と
すると、早朝のポタリングと、午前中の三時間近い書斎でのフリータイムが
私の「ぼんやり時間」? 違う!これな日常の範疇!
・・・・・・
4394, 私たちの住む宇宙は、10の27乗・10の−35乗の世界 ー1
2013年03月28日(木)
           「宇宙は何でできているのか」村山 斉 (著)
  * 私たちの住む宇宙は、10の27乗・10の−35乗の世界 ー1
 村山斉の「宇宙は本当にひとつなのか」が非常に刺激的で、去年読んだ
本ではベスト。「現在、宇宙論はコペルニクス以来の大転換期にある」と素人
に分かり易く書いてあった。「我われの住む宇宙の他に10の500乗の宇宙が
存在している」というから、驚きである。この「宇宙は何でできているのか」
は、その10ヶ月前に発行されたもの。比べてみると、新著が宇宙論入門書で、
これは素粒子論が主とした内容。素粒子を突き詰めると宇宙と同じというから・・  
  =まずアマゾンのー内容紹介ーより=
≪ 全ての星と原子を足しても宇宙全体の重さのほんの4%。で残り96%は
何なのか?物質を作る最小単位の粒子である素粒子。誕生直後の宇宙は、素粒子
が原子にならない状態でバラバラに飛び交う、高温高圧の火の玉だった。だから、
素粒子の種類や素粒子に働く力の法則が分かれば宇宙の成り立ちが分かるし、
逆に、宇宙の現象を観測することで素粒子の謎も明らかになる。
本書は、素粒子物理学の基本中の基本をやさしくかみくだきながら、
「宇宙はどう始まったのか」「私たちはなぜ存在するのか」
「宇宙はこれからどうなるのか」という人類永遠の疑問に挑む、
限りなく小さくて大きな物語。≫  ーキーポイントの部分の抜粋ー
【この本のテーマは『素粒子物理学で解く宇宙の謎』。なぜ素粒子と宇宙が
 関係あるのか? 最も大きいのが137億光年の宇宙で、最も小さいのが素粒子・・  
たとえば、リンゴは直径約0.1m。人間の身長は、桁がーつ上がって1〜2m程度。
ビルやマンションはもう1桁上がって、数十mの高さ。東京タワーは333m、
建設中の東京スカイツリーは634mにです。それぞれおよそ「3×、10の二乗m」
「6×、10の二乗m」。高い富士山(3776m)、「10の三乗」という桁数。
では、富士山が載っている地球の直径は約1万2千キロmですから、メートルに
直すと桁数は「10の7乗」。富士山の1万倍。その地球が太陽のまわりを公転
する軌道の大きさは、富士山の1万倍のさらに1万倍(10の11乗m)のオーダー。
でも、それは宇宙全体から見ればほんの小さな点のようなもの。太陽系は
「天の川銀河」の片隅にありますが、この銀河は地球の軌道の約10億倍の大きさ
(10の20乗m)。さらに天の川銀河はほかの銀河系と一緒に「銀河団」を形成して
おり、その銀河団は天の川銀河の1000倍程度の規模(10の23乗mのオーダ)。
もちろん宇宙には、そういう銀河団がほかにもたくさんあります。それらを
すべてひっくるめたのが、宇宙です。そして、私たちがいま実際に観測できる
宇宙のサイズは、1つの銀河団のさらに1万倍(10の27乗)。こうなると
「兆(10の12乗)」や「京(10の16乗)」とといった単位では表せないので
「10のX乗」という表現が必要になります。これがまさに、いわゆる
「天文学的な数字」のスケールなのです。】
▼ 最も小さな素粒子については次回するが、我われのすむ宇宙は、極大と
 極少合わせ10の62乗の世界。しかし、この他に宇宙が10の500乗もある
可能性がある。世界観が変わったとかいう問題でなく、宇宙観が変わってしまう。。
他の宇宙から、我われの住む宇宙にループ状になってつながって暗黒エネルギー
を供給しているという。これを読むと、人生、社会、人間がつくり上げた神、
正義、愛、価値とかは、虚無の彼方の中に消えてしまいそうになる。
それなら日々を味わいつくし、楽しめば良い。少なくとも、何時の間に
刷り込まれたバイアスに縛られないこと。 −つづく
・・・・・・
4020, 事業生活39年の、独り語り ー6
2012年03月28日(水)
 初めての千城台ビルの建設中に石油ショックが起きてしまった。
そのビル前の数百世帯の建設予定だったマンション建設が急遽、
 中止になってしまった。 その世帯群を当てにしていたため、テナントの
問い合わせはゼロ。 完成した時には、最悪低迷の状態。 この時、つくづく
時代の激変の恐ろしさを痛感した。その最悪の出発の中で、テナントとして
商売を当て、ビルそのものを活性化しなければならない。父親の死の問題も
あって、この時は必勝が絶対条件の土壇場であった。衣料スーパーは立地的
にみて商圏が狭すぎ現実的でない。考え抜いたのが当時、破竹の勢いで店舗
展開していた養老の滝のFC。その暖簾なら客を確実に呼び寄せると直感。 
そして、ビルの完成と同時に養老の滝のオープン。その1ヶ月後の結婚と、
慌しい日々が続いていった。連日、朝の7時から23時までの激務である。
≪ ー 養老の瀧1122号店、店長の日々 ー H・0907
 両親の創業を幼児の時みていて、その厳しさを知っていたつもりだったが、
自分がその立場に立ってみて、その認識の甘さを思い知った。千葉の新興住宅地
(五万人)の十字路に“貸ビルの建築”“養老の瀧オ−プン”“結婚”という
人生の初体験を同時に始めた。丁度石油ショックにより高度成長期が弾け、
ビルの前の数千世帯のマンション計画が中止となり、最悪の出発となった。
そしてオ−プン...!完全にパニック状態!オ−プン人気も含めお客の列!
しかし、全くの素人である。ビル建築等、他に諸々が重なり、地獄のような
日になってしまった。 当初の、2〜3ヶ月は朝8時より夜半の1時までの
激務であった。指導員と私とアシスタントの3人の激しい日々であった。
“勤め人”と自営業の立場の大転換がその時おこった。それまでは8時間
プラス2〜3時間、という立場が、‘24時間(休んでいても仕事のうち)
仕事’という立場になった。サラリ−マンが事業をおこし大部分が失敗する
のは前者より脱皮できない為である。大手ス−パ−の創業期に入社、異常に
近い厳しい世界に3年近くいたが・・ その厳しさが全く違う。はじめの
数ヶ月は、今日辞めるか明日辞めるかという位、厳しいものであった。
あの空ビルをテナントで埋めなければ、私の立場が無くなる!という前提が
あった為乗り越えられたと思うが。でも不思議なもので、真っ正面より立ち
向かっていると、いつの間にか辛さが辛さでなくなってくる、適応能力が
自然についてくるのだ。ヤクザ、土方、得体の知れない人間に“気違い水=酒”
を飲ませているのだ。それと兎にも角にも全くの無警察状態に近いのだ。
そこで自分で店を衛らなくてはならない。酒を飲んだ人間の本当の恐ろしさ
をそれまで、ほとんど知らなかったためだろう、命が幾つあっても足らない事件
が月に一度はおきた。恐怖の中で1人トイレの中で(他人にはわからないよう)
震えた事があった。そこで、大きく唸った。 そしてお客に対処したところ
腹が据わったのだろう、お客が逆に竦んでしまった。“これだ!”と直感した。
また店の従業員に前もって、うち合せをしておき、お客に怒鳴る変わりに
従業員を怒鳴りつけ竦ませたり、土壇場に立つと知恵がついてくる。
フランチャイズのシステムは今でも素晴らしいものであった。標準化、単純化、
マニュアル化がきっちりできあがっていた。創業時の勉強という点、
このシステムは自らに非常に有効に働いたと振り返って思えるようになった。 
 創業は辛い!  1973.11.07〜   ≫
▼ 計画も、それが完成をした時に、時代が全く変わってしまう経験を創業の
 出だしに経験することになった。現在からみると、良い経験だが、実際に窮地
に立つと、思わぬ力と知恵が湧いてくるもの。必死に問題の中心にエネルギー
を集中していると、思わぬところからチャンスが転がり込んでくるもの。
・・・・・・
3290, 地震 ーつれづれに  ー13
2011年03月28日(日)
  * メルトダウンが始った?
2号機の付属建物で高濃度の放射能が検出された。濃度が《1000万倍》。
メルトダウンが急速に進んでいるのか? 爆発が起こる可能性があるのか?
急に政府が副首都を大阪といい始めたのは何故?等々、疑問が出てきたが、
どうなるのだろう? 大使館が大阪や京都に移動したり、外国人が大挙して
帰国していったのは、正しい情報を持っていたため?知らぬが仏の仏様は
日本人の茹で蛙だけか! 
  * 関東大震災
 今だ現在進行中の世界的にみても最大規模の大震災の真只中に日本はいる。
この津波により破壊された原発事故も、現在も予断を許さない事態。最悪の
シナリオとして日本壊滅の事態もありえるのか。現在は「東北、北関東の壊滅」
レベルだが、これが「東北・関東壊滅」だけでなく「日本壊滅」もありえる。
実際のところ水の汚染が進んだら本州壊滅が現実的になる。千年に一度の国家
的危機の大震災に発展するのか。  ところで百年来の大震災といえば、まず
思い浮かぶのが関東大震災である。
  ー そこで、ネットで関東大震災を調べてみたー
【 関東大震災は、1923年(大正12年)9月1日(土曜日)午前11時58分、
 神奈川県相模湾北西沖80kmを震源として発生したマグニチュード7.9、
海溝型の大地震(関東地震)による災害。死者・行方不明者14万2800人 
地震の発生時刻が昼食の時間帯と重なったことから、136件の火災が発生した。
それが大惨事につながった。】
死体が山のようにつみ上げられいる画像をみたことがある。この時
「朝鮮人が日本人を襲撃している」という風評が飛び交い、数千人の朝鮮人が
殺害された。東北関東大震災からみるとマグニチュードは遥かに小さいが、火災
が人的被害を大きくした。この東北関東大地震は人口密度の低い東北という
こともあり死者は関東大震災に比べれば少ない。しかし大津波と原発事故で
本州壊滅の危機に立たされてしまった。 まったく恐ろしい限りである。   
 ・・・・・・・
3289, 「離婚確率」が30% !
2010年03月28日(日)
「離婚確率」が30%になったと新聞で報じていた。40年前の4・5倍。
  まずは、ー先日の新聞記事によるとー
≪ 結婚した人が離婚する確率が約3割に上ることが25日、厚生労働省の統計
 で分かった。最低だった40年前と比べ約4・5倍に増えている。離婚件数は
平成14年をピークに6年連続で減少傾向にあるが、離婚する確率は上昇し続け
ている。・・平成17年に結婚した人と離婚した人の割合は1対0・3だった。
この割合が今後も変わらないと仮定すると、結婚した人の約30%が離婚する
ことになる。同様の計算を過去にさかのぼると、昭和40年に離婚した人の割合
は約7%で、以降、上昇が続いている。≫とある。
 7〜8年前に、25パーから30パーセントになったと聞いた気がするが・・
離婚経験者が何気なくいう本音に、心の傷を感じるとることがある。「自分には、
勿体ないほどの人だった」と、同時期に二人から聞いたことがある。 新たに
若い連れ添いができ、幸せそうな人の何気ない言葉に心の闇が覗く。
家庭内離婚も含めると、半数以上は破綻しているというが・・ 我慢・我慢、
そして我慢か、それとも三割?女性の方も、その傷は浅くはない。女性の場合は
世間知らずで、亭主がバカに見えて、愛想を尽かすのだろうが、それでは己は
というと、自分がまるで見えてない。母子家庭の半数以上が、年収200万
以下の貧困層という現実が待っている。亭主をバカにするのが世間一般のよう
だが、生理的に相性が悪いのは致し方ない。「結婚生活は煩しいが、さりとて、
独りでは殺伐すぎる」というところだが、相性の悪いのは如何にもならない。
5年ほど前にTVで松坂恵子と渡哲也が夫婦役の『熟年離婚』の連続ドラマを放映、
ここでも取り上げた。一方的に出て行った嫁さんが理想的な転進をした内容だが、
あれは罪作りである。殆どが究極の苦しみを味あう。昼間笑って布団で泣いて?
いや、反対もあるか? 他の相手を見つけておいたり、準備金をつくったり、
憎しみは何をしでかすか分からない。 それが夫婦というものか? 
オカメと般若は紙一重?
 ・・・・・・・・
2914,新潟駅再開発事業が4年目に入る
2009年03月28日(土)
 来週になると新年度だが、「新潟駅再開発事業」が4年目に入る。
H18年度~H27年度の10年計画が駅と線路の高架と、駅裏広場と、前期の道路
整備、H28年度~H37年度の10年間は駅前広場と、の後期の道路整備になる。
(字数の関係でカット2012年03月28日)
・・・・・・・・
2550, 閑話小題  
2008年03月28日(金)
  * 盃の中に蛇がいる!
 何気なく図書館の本を捲っていたら、この言葉が合った。
「英国詩人のホープという人の言葉」だが、私など何度か、その蛇に噛み付かれ
たものである。酒を飲んでいると思っていたら、その盃の中の蛇に飲みこまれて
いた経験が、あまりに多い。大蛇だけではなく、内臓まで食い散らしてる。
「本当の敵は沈黙している」と、フランスの詩人のバレリーの言葉にあるが、
黙っている敵こそ、恐ろしい。汝の名は酒!ということか?
  * 偏見のかたまり
「故郷より一歩も出たことの無い人は偏見のかたまりである」
 (ゴルドニー・18世紀の喜劇作家)これは地域の問題だけでなく、
自分の職業、固定観念、学問から一歩も出てない人に対していえる問題である。
地方にいると、それをつくづく感じることがある。人間は誰しも偏見の塊と己
を割り切った方がよい。だから、常に外の世界に触れる必要があるということ。
それと、あらゆる分野の本を読み続けていないと、偏見の穴の中に入り込む。
  * 世逃げのすすめ(ひろさちや著)
(字数の関係でカット2012年03月28日)
・・・・・
2007年03月28日(水)
2185, 政令指定都市とは?       おはよう!♪? ヽ(´π`)ノ
新潟市が4月1日より浜松市と政令指定都市に指定される。
といって、それについて殆ど知られてないのが実情。そこで、
政令指定都市について調べてみた。(字数の関係でカット2014年03月28日)


5125,洞窟の壁画 

2015年03月27日(金)

   * フランス、ラスコー洞窟の洞窟画
 8年前に購入した写真集、『世界のスピリチュアル・スポット』を
見ていたところ、「ラスコーの洞窟画」があった。以下は、そこに
書かれている説明文である。そこで、ネット検索をしたが、その規模の
大きさと、絵画の躍動感に改めて驚いた。面白半分の落書程度と思って
いたが、現代の画家も驚くほど、高度の技術を持った本格的な壁画・・・
 ≪1940年、フランスのドルドーニュ県で、ヴェゼル渓谷の土手を探索して
いた4人の少年が迷子の犬を探していたときに木の下に穴があるのを見つけた。
そしてそれがきっかけとなり、地元の住人すら存在を知らなかった洞窟が発見
された。洞窟の中には約17.000年前、数世代にわたって創作された、馬、野牛、
鹿などの彩画、線刻画が保存されていた。はるか昔に衰退してしまった文明で、
ある特定の物事がなぜ行われたかを正確に知るのは困難である。
 だが、この洞窟が気軽な落書きの場でなかったことは明らかだった。
科学者で探検者でもあり、「先史学の父」と呼ばれたブルイユ神父は、道具や
ランプは散乱しているものの、人間が住んだ形跡がないことを指摘した。
この洞窟は何か特別な目的、おそらくは神聖な目的に限って使用された場所に
違いなかった。惰報が十分でないがゆえに、こうした場所がどういうかたちで
神聖だったのかについては、さまざまに議論を呼ぶものである。文書のかたち
でも口承ででも歴史が残されていないため、それぞれの主張を裏づけるものが
ないからだ。これらの壁画は狩猟の成果を表現したものと主張する説があれば、
猟の成功を祈願する共感呪術か、大地の「子宮」の内部で豊穣を願うシャー・
マンの儀式だったという主張もある。芸術的な内容から見るなら、壁画を描いた
人々の技術はそうした文脈を表現する上で大いに貢献した。彼らは洞窟内部の
凹凸を最大限に利用して多くの動物に立体感を与えることに成功し、なかには
高い天井を駆ける動物すらいた。画家たちの観察は正確である。彼らは対象を
熱知し、動きやカ、速さを表現することに多大な努力を払った。壁画は、
それを描いた人々にとって、単に目を楽しませるもの以上の重大な意味が
あった。これは、日常とは異なったレベルの意識領域に属す絵なのである。≫
▼「地下に長く伸びる洞窟は枝分かれし、壁画が集中している大空間などが幾つ
 かあって、洞窟の側面と天井面には、数百の馬・山羊・羊・野牛・鹿 ・人間
・幾何学模様の彩画、刻線画、顔料を吹き付けて刻印してあった」という。
それも、数世紀にわたり描かれたというから、呪術のひとつだったのだろう。
最古の洞窟壁画は、20年前に発見されたショーヴェ洞窟絵で3万2千年前のもの。
古代人の魂そのもの。世界は広く深いわりには、現代人は、あまりに底が浅い! 
・・・・・・
4760,そんなに長生きしたいですか ー8
2014年03月27日(木)
       『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部 羊著
  * 死に時を忘れた日本人が多過ぎる!
ここでは「ある年齢以上の人には病院へ行かないという選択肢がある」
ことを提案している。
寝たきり時間が、男性6・1歳、女性7・6歳もある。問題は、不自然な形で、
生かしておくこと。それなら、ある年齢になったら病院に行かないこと。 
                   ーその辺からー
《 病院へ行かないことの利点として、
 ・第一に、濃厚医療による不自然な死を避けられること。
 ・第二に、つらい検査や治療を受けなくてすむこと。
 ・第三に、よけいな病気を見つけられる心配がないこと。
 ・第四に、時間が無駄にならない。第五に、お金が無駄にならない。
 ・そして最後に、精神的な負担が減るということを挙げられる。
誰もが死ぬことと、苦痛に対して恐怖を覚え、自然の寿命を受け入れられない。
多くの人が苦しい最期、過重な介護、膨大な医療費を背負い、
そちらの方が死よりも苦しい余生になる。》
 ナンシー・ウッド著『今日は死ぬのにもってこいの日』引用の
「タオス・ペブロの古老の言葉」(ネイティブ・アメリカンの詩)がよい!
 今日は死ぬのにもってこいの日だ。
 生きているものすべてが、私と呼吸を合わせている。
 すべての声が、わたしの中で合唱している。
 すべての美が、わたしの目の中で休もうとしてやって来た。
 あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。
 今日は死ぬのにもってこいの日だ。
 わたしの土地は、わたしを静かに取り巻いている。
 わたしの畑は、もう耕されることはない。
 わたしの家は、笑い声に満ちている。
▼「自然体で、死時がきたら、受け入れなさい。介護9〜14年、寝たきり
 6〜7年半で長生きするより、病気を受け入れ、放って、早そう死んだ方が
良い!」というのも道理で、老人ホーム医の言葉だから重く響いてくる。
「ある年齢」とは、各自違うのだろうが、還暦から古希の間だろう。私は医者
に一切行かなくなったのが4年前の64歳。私の死に時を75歳にしているが、
どうだろう? 今の酒量では無理? もう充分生きた気がする。
 最近、ー私は、生きていることが好きなんだ!ーの言葉が、心に焼き付いた。 
今の私の心境である。生きてきて、実感で、良いこと二つに嫌なこと一つ
だったが、歳をとるにつれ、その比率が近づいて現在は半々。
これからは逆転し、最後は嫌なことが多くなるのだろう。 
それでも「生きることが好き!」と、思いたいもの。
・・・・・・
4393,閑話小題 −つれづれに
2013年03月27日(水)
 * 先週から早朝の信濃川一周のポタリングを始めたが、ほとんど
散歩する姿はないのは寒いためだろう。分厚い手袋と耳あてをし何とか寒さ
を凌いでいるが、日々暖かくなっている。慣れてしまえば最上の習慣である。
毎日15キロ、一年200日として合計三千キロ。三年間で9千キロ走ったこと
になるが、自転車はボロボロになって当然。リチウム電池は、当初一回の充電
で二日持ったが、劣化で一日が限度。この買換えは一年後の予定?だが、
持つかどうか。あと一年で4年で一万二千キロ、地球の4分の1周を走った
ことになるのだから良しとするか。ギリギリ使うつもりだが・・
 * 一昨日、カラスの交尾をみた。ポタリングの何時ものコースの通りの
脇の花壇にいたカラスに、小さなカラスが舞い降りてきて尾っぽを向けて羽根
をそば立てて小さくうずくまった。そこにオスが・・ メスからの求愛である。
これで春の訪れを知るとは・・・
 * 久々にグーグルアースを覗いたが、面白くなっていた。アフリカ大陸に
グーグルアースの地球儀を回転すると、画面の下に各地のツアーガイドの写真が
10ほど出てくる。それをクリックすると、そこに焦点が合わされ拡大していく。
YouTubeの右に関連の録画の画面が出てくるのと同じ。これで更に使いやすく
なった。 また以前より写真とHPなどの貼り付けが多くなっていた。スマート
フォンなどの普及でタッチで気楽に使えるように進化していた、ということ。
改めて自分の生活の中でiPadが与えたインパクトの大きさに驚いている。
マイクロソフト、グーグル、マック、アマゾンなどが世界に与えた変化は、
あまりにも大きい。
 * 数日前に朝日新聞の一面のトップに腰痛の話題が出ていた。
こういう話題を一面トップで扱ったのは、あまりなかった。ところが一昨日、
一時帰宅した長男が腰痛になって医者に行ったところヘルニアと診断され
コルセットを付けて帰ってきた。私は半世紀も腰痛に悩まされてきた。
しかし医者にかかった事が一度もない。全てホッカイロで治してきた。
時間が解決するのを経験が教えてくれた。5年に一度は、ひと月ぐらいは
酷い痛みになるが、ある時期が過ぎると直る。この4年間は重い腰痛はない。
スポーツセンターに通って二年、エアロやヨガなどで足腰を鍛えているが、
季節の変わり目は鈍痛になる。50,60歳代の4割は腰痛に悩まされる
というが、人類永遠の課題の一つ、割り切るしかない。 
・・・・・・・
4019, シングルイン、31年間の総括 ー2
2012年03月27日(火)
 ホテルは典型的な装置産業で、資金を土地と鉄とコンクルートに固めて
しまうと、30年は維持しなければならない。その間に経営環境は激しく変化
するが、客室という単品を毎日売り続ける「あきない」である。立ち上げは
華々しく面白いが、その後の時代変化に対応するに、ダメ元の覚悟がなければ、
やれる事業でない。最初の千城台ビル建設で父から学んだことは、「ビルは
長期スパンの生きもの! ツブシがきく前提で設計すべき」ということ。
具体的には、骨組みを太くして、可能な限り柱を入れないこと。構造上、
難しい場合は柱を壁面に可能な限りよせること。それに、設計事務所の方針の
「ビルは、神からのさずけもの。自分だけの使いかってで造ってはならない」
が重なったビル設計になった。それと平面図に魂を入れること。
千城台ビルと長岡の場合、夢に、その平面が出てきて、3Dのような可視化
するまでになっていた。要は、万人に通じる魂を入れること。だから、
売りに出すと即売になって当然である。買い手の全部が、ホテルか建設関係者。 
それが分かるのだろう。この事業を始めるにあたって会社には家族や親戚は
一切入れず、保証人にしないことも前提条件にした。また初期投資二億全てを
失っても、後悔はしないこと。これは何度も自分に言い聞かせた。現在、
平然としていられるのは、その覚悟の上で始めたため。妻子を会社に入れ、
連帯保証を押させ、子供に家庭があれば、家族崩壊。それと職住を分けること。
また取引先に迷惑をかけないよう債権額を最小にするのは、後に恨みを残さない
ため。 倒産は、長年、一緒に苦労を重ねてきた社員と、その家族にも多大な
迷惑をかけてしまい後にひく。倒産の翌日、従業員を一同に集め解雇を
言いわたした時に、思わず涙が吹き出てきた。この人たちは明日から失業者。 
その思いが、言葉でなく、涙になってしまった。取引先に支払う分、最後まで
残って残務整理をしてくれた社員に回すべきだったのか?これで良かったのか? 
自問自答が続く。 正解はあるはずがないが・・ 倒産の虐めの一つに、計画
倒産疑惑の流布がある。銀行は、それを許すほど甘くないのを知って知らずか。 
私にとっては褒め言葉にしか聞こえないが。  
・・・・・・
3653, あと一月で10年
2011年03月27日(日)
 何ごとも、一日3時間を10年続ければ「ひとかど」になるという。 
で、この随想日記を書き続けて、あと一月で10年。で、何だったのか? 
常に、「何か書かなければ」という心理的圧迫が感覚を磨く作用をしていた。
ここで何年に一度、書き続けている効用を取り上げてきた。論理思考が
培われたことと、読書の備忘録や、旅行の感想文、そして毎年、同月同日に
書いた文章の何年分を読み返す効用など、現在の私にとって無くてはならない
存在になっている。常に変わったことや、面白いことに出合うと、その場で
自然に起承転結の文章化をしてしまう癖がついてしまった。
「記者の目で論理を組み立てる習慣」という、現象に隠された本質を、
あらゆる角度からみる視線である。 ところで10年一区切りで実はホッと
したところもある。この随想日記を休むことも考えている。一度休むと、
再び書くことが面倒になるが・・ 「一日も休まない」というのは
実は大きなプレッシャーだが、反面それが張りになっていた。 
何も書かないとなると、頭が変になってしまうかもしれない。
書くということは、自分の心の開放でもあり自由を獲得している部分がある。 
それにしても、10年も続いたものと自分自身が驚いている。
「偉そうなことを書いているが、その様は何だ」が、読み手の心理。 
それを分かっていても、偉そうなことを書くことで、自分を開放をする
面白さもある。 65歳、そろそろ自分の痕跡の消しに入る時期に入った。 
このまま書き続けるか、それとも形態を変えるか? 書くことの秘儀は
少しは?分かった。書き出すことで、その背後にある膨大の世界を僅か
ながらでも知覚できたことが何よりも変えがたい収穫であった。 
節目の時であることは間違いない。 
・・・・・・・・
3288, 人みな骨になるならば ー6
2010年03月27日(土)
  * 意味の意味
 ーまずは、意味深長?の部分を抜粋してみるー
 いろいろと思索した挙げ句、いにしえの賢人たちは「人生に意味があるか
どうかという問題に対しては客観的な解答があるのではなく、各人が自らの
人生に意味を付与するかどうかにかかっている」といった暫定的結論に達した
もようである。これは、ずいぶん心もとない結論である。こちらの理解の仕方に
よっては、「みなそれぞれ勝手に意味を見出しなさい」といっているだけ。 
だれも、われわれ一人一人の人生に意味・意義・価値などを保証してくれては
いない。われわれの一生は無意味かもしれないし、意味のあるものかもしれない。
それを決めるのは、われわれ一人一人の思い込みにすぎない、と言わんばかり
である。 そして、やはり「思い込みにすぎない」のである。自分の人生には
意味があるとするあつかましい人物と、宇宙規模で考えれば無意味だとする
謙虚な人物との、いずれが正しいかを判断する根拠などない。思いたい
放題であり、思った者勝ちのようなところがある。なぜこのような次第になる
のだろうか。おそらく「意味」とか「意義」とかの言葉の起源に問題がある
ように思われる。 それらは「目的」などと同様に、古代人の日常生活の中から
生まれてきた概念である (全ての言葉がそうなのだが)。大昔、まだ人類が
人生やら宇宙やらをそれほど真剣に考えておらず、毎日の生存や空腹のことで
頭がいっぱいであった頃、なんらかの対象や行為が役に立つものかどうかが
最大の関心事であった。そして、自分や身内にとって大切なことが、すなわち
「意味」をもち「意義」のあるものであった。「目的」もまた本来は、欲求の
向かうゴールであり、その達成のために努力という投資と、さまざまな「手段」
を講じなければ到達点にすぎなかった。・・たぶん人生や宇宙には「意味」も
「目的」もないはずである。それらもまた木登りや航海と同様、一つのプロセス
には違いないから、「結果」はあるであろう。あらゆるプロセスは、特定の時点
をとれば「結果」を伴うからである。その結果を意味や目的と読み替えることは
できるだろうが、それなら宇宙や人生の意味と目的は消滅すること、ないし永遠
に溶け込んでいくこと、あるいは繰り返されることに他ならない。 
単なる繰り返し(永劫回帰)には意味がないであろう。存在するものはいずれ
消滅するのだから、存在の最終的な結果は消滅ということになる。しかし、
こんな結末は意味や目的と言えるだろうか。もしそうなら、われわれの誕生の
目的はわれわれの死亡ということになる。それゆえ結果があるからといって
「意味」や「目的」があるとは言えない。「意味」や「目的」というのは
単なる結果ではなく、目指すべきものであり、さらに、あくまでも
「自分(われわれ)にとって」という但し書きがついていなければならない。
宇宙や人生に、自分(われわれ)にとっての意味や目的があるとしても、
それは人間だけの話である。
▼ 人生の意味など、後づけの自己正当化でしかないのは自明のこと。 
 独りブツブツ呟くように支離滅裂のことを書いている? この随想日記
のようなもの? 「意味とは、価値に非常に近い言葉」と信じていた。だから、
意味・意味と生半可に語る人に、「それを価値・価値と置き換えれば、
自分エゴの意味づけに気づくのに!」と、何時も内語で呟いていた。
 意味など自分の都合のよい筋書きの為のエゴというと、少し歪んでくる?
エゴは決して悪くはない、但し他人の犠牲を・・
 ・・・・・・・・
2913,ホテル&旅館 大淘汰
2009年03月27日(金)
新聞広告に、週刊ダイヤモンドの特集記事が載っていた。 
「ホテル&旅館 大淘汰」である。さっそく書店で買って読んだが、
大体予測したとおり直撃の惨状。 内容は東京圏内の外資系高級ホテルと、
日本の御三家、リゾートホテル・旅館の不振を取り上げたもの。ホテルマン
45年歴の日本ホテル協会会長が「初体験」というほどの急激な売り上げダウン
に見舞われて激しい値引き競争で収益が激減しているというもの。
ー概要を大きくマトメルと
・外資系ホテルが壊滅状態で、安売りのジレンマに陥っていて、
 開発ラッシュが一転して 全国で開発の中止、延期が続出
・日本の「御三家」ーオオクラ、帝国、ニューオータニーが沈没  
 特にオオクラは内部崩壊に瀕している
・能登のホテル百万石も破綻、身売りが多発していて、変化に対応
 できない事態沖縄も観光ブームに沸いていたが一転、閑古鳥が鳴いている
  以上が、この特集の骨子になる。
▼ 全てにわたり、11月以降は二桁のマイナスが続いている。
 ホテルは在庫の蓄積は効かないので日ごと売って何ぼの商売、この世界恐慌?
は、新規に出店した外資系のホテルにとって、根底から揺らぐのも肯ける。
ハッキリいえば、何処も「稼働率激減、市場は壊滅状態」というのが、
ビジネス、都市型ホテル、リゾートホテル、大型旅館など全ての業態でいえる
緊急事態。最近開業したホテルの多くは、実需ベースというより、
「再開発の最大化」のための誘致の傾向が強かった。それに行き場のない
外資の資金が後押しをしたことも重なってバブル現象。大阪、名古屋のホテル
も総崩れで20パーセントのダウン、大阪や中国、韓国などのアジア圏の売上げ激
減。名古屋は自動車業界の惨状が直撃、悲惨な事態である。地元の新潟でも、
外資系のビジネスホテルが数軒オープンしたが、バブルの様相の感がしていた。
その上に11月下旬より、極端な稼働率の下落が顕著になっており、深刻という面
では同じ。特に4月からの年度変わりからの予約の状況が非常に悪いのが気がかり。
「1〜2年なら何とか凌げるが、後は誰も分からない」というのが大部分の実感
だろう。3年先に、まず一棟が新潟駅再開発の道路拡張の買収予定に入っている
目安があるのが救い。しかし大津波が覆いかぶさってきている事実は厳然ある。 
<一日、一生>の思いで生きるに丁度よいか?


5124,閑話小題 ーボンヤリも悪くない

2015年03月26日(木)

  * つれづれに 〜ボンヤリしながら
「はてな」のブログのアクセスが3月3日から、何故か5倍の1500に
増加した。不自然なので一時的と思っていたが、なかなか減らない。ところが、
数日前の連休から、以前の300前後に戻ってしまった。突然、増えた理由も、
減った理由も分からない。300でも多いと思っていたが、1500になった、
アクセスが20日近く減少しないので少し自信を持ちかけていたが・・
 内容からしたら、300でも、出来過ぎだが。14年近く、毎日2〜3時間
かけて、一日一文を書いてきたが、気がつけば、5000以上。自分のデータ
ベースを公開し、自己コントロールするため、どうしても、他者の目線を意識
をしてしまうが、こうともしないと5千日も続けられなかったことも確か!
 ところで、一昨日の早朝、一時間ほど早く起きて机に向かったため、ブログ
のアップも、一時間早く終わった。そこで、意識的にボンヤリとしてみた。
目の前の書棚の本や、図書館で借りてきた本を次々と流し読みをしたりしたが、
この何をするでもない時間が良い。午前中のネットサーフィンでも、この間
(ま)でするが・・  
  * オープン戦の原・巨人が変? 
 明日からプロ野球の開幕だが、パ・リーグは、ソフトバンクとオリックス。
セ・リーグは広島と巨人の前評判がよい。しかし、どうも巨人の原監督の
監督としての賞味期間が切れているのは確か。巨人というブランドの監督の
消耗度はただ事ではないはず。もう無理である。新監督は、江川か、桑田辺り
がベストと考えられるが、どうだろう! それにしても、あの戦力、他チーム
を圧倒している。それを賞味期限を終えた監督で勝てないゲームを観るのも、
味わいがあることも確か。三年期限で、江川監督、桑田ヘッドコーチにし、
その後、江川が退くシナリオ。何故か、誰も言わないのは何故だろう!
原に実績があるため? 
・・・・・・
4759,挫折と悲哀こそ、人生のパスポート!
2014年03月26日(水)
              ーひと言でいいのですー吉川直美編
  * 挫折と悲哀こそ兄弟との共感のパスポート
 人生で、何も挑戦しないで、挫折も悲哀も味わったことがない人が思いの外
に多い。それも人生だが、ポッキリと折れてしまう危険がある。その時に立直る
に大きなエネルギーを要することになる。秘境ツアーの中に、こういう人を
何人か見かけたことがある。かなり深刻の悩みのようだっただが、それを経験
する方が、しないで済んだ人より幸運? 悲哀さえ、知らず終えていくのも人生。 
 大きな挫折を経験してない人ほど、「まさか、自分が!」の声が心底から
生じてくる  ーその辺りから!ー
《【苦しんだことのない人々がどんなに我慢のならないものかは、人生の
 あらゆる分野で教えられる。挫折と悲哀こそ人間がその兄弟たちと共感し
合い、交るためのパスポートである。ーロバート・ゴルティス】
ある心理的・霊的成熟を目指す研修会に、いつもピンと背筋を伸ばした
人はきぜんを寄せつけない、毅然としたシスターが参加されていました。 
ほかの参加者が様々に痛みや弱さを分かち合う中で、彼女は両親にも家族にも
愛され、早くから神に仕え、とくに記憶に残る挫折も後悔もなく、どんなに
心を探っても痛みがないと胸を張られました。その研修会にも、修道院長に
命じられてしぶしぶ来られたのでした。ほかの参加者が嘆き、もだえ苦しみ、
寄り添い寄り添われ、やがて十分泣いて気の晴れた子どものように笑顔を取り
戻したころ、思いがけずうちひしがれていたのは彼女でした。「私には人の
痛みがわからないことがわかりました。それがはじめて知った挫折です。」》
▼ 人生の味わいは、挫折と悲哀と諦念から滲み出てくる。それなくして、
 最後の最後に、味わいの無い自分の人生に愕然。秘境旅行の参加者には、
そういった風な人が人生の悲哀を味わい尽くしてきた人より、多く見られる。
それこそ一番の挫折に気づいた人たちである。何度も書くが、中学校の担任の
先生が、定年時に私に深刻に話したのは、このことだった。「定年になった
現在も90歳前後の両親に見守られ、のうのうと順調に生きてきた。しかし、
そこには自分の人生が全く無かった。これほど、無念のことはない。思いのまま
生きている、お前が羨ましい!」と。それも人生。その怒りを周囲の挫折や悲哀
に向ける人たちより、遥かにましである。この節目で‘自分の傷口を他人の血で
洗おうとする哀れな人たち’を多く観察しただけでも、良い経験をした! 
自分の経験範囲しか理解できないのが人間の性。そのことを自覚できないのも
人間の悲しい性である。 ところで私も、このシスターの範疇? で、最期は!  
・・・・・・
4392, 暴走老人!  −2
2013年03月26日(火)                
  * 待つことをめぐる考察 ー時間編  「暴走老人! 」藤原 智美 (著)
 イライラの原因の一つは待たされることである。しかし日常は考えてみれば
「待つこと」で大半は占められている。列車を待つ、車内で目的地に着くのを
待つ、エレベーターで待つ、昼飯が出てくるのを待つなど待たされることばかり。
最近、喫茶店に学生が少なくなったという。スマホなどの携帯電話で待ち
合わせの時間が無くなったり、駅などのベンチでネットサーフィンやゲームを
していればば、別に喫茶店でなくてもよい。それは待つ喜びも失われたこと。
 子供の頃、クリスマスや、年末の年越しを心躍らせ首を長くして待っていた。
現在、そんな気持ちになることなど殆どない。主体的な待つのは良いが、
相手の都合によって待たされることに苛立つ。現代はムダな時間を排除するのが
求められる。そのムダの時間には考える余裕が含まれるが、今やそれが無くなり
つつある。企業では無駄が排除され、合理性が求められる。そして定年や人員
カットで社会の一線から押し出され、御年寄りとしてムダの存在として見られ
がちになる。それに苛立ちと焦燥感が蓄積される。それが乾くと、一寸した
発火で怒りが爆発し燃え上がる。10歳の頃の一年は、本当に長かった。
新学期になってクラス替えがあり、新たな顔ぶれの中、授業が始まり、梅雨が
きて、試験があり、やっと夏休み、・・と長い日課が延々と続いた。それが、
今や、アッという間に一年が経ってしまう。 それが今では、先は残されて
ないのに、思い出すのは嫌なことばかり。以前は考えなかった、「何のために
生きているのだろう?」という問いが、浮かんで消える。そこではマイナスの
フラッシュバックが次々と出てくる。 私たちは自分の時間割を帯グラフで
割り振るようになっている。4時起床、そのままパソコンに向かい随想日記の
書き上げとアップロード。6時過ぎに信濃川沿岸へポタリング。7時半、食事。
8時風呂。9時から読書と随想日記の下書き等々、帯グラフに従って一日を
こなしていく。そこに、チャリ、パソコン、スポーツセンター、読書さえ、
マシーンが介在する。どれもこれも便利で快適だが、これに適応出来ない人に
とって、大きな格差が出る。周りをみると、同世代にiPad、iPod、
パソコンを使いこなせない人が意外と多い。それでもタブレットPCが普及を
始めたので解消してきた。 ラーメン屋の行列で待つ、新製品の発売を店の
前で待つなど、「待つ」ことが、レジャーの要素の一つになっている。
待つというのは、「間」があるということ。その間は、空白である。元もと
私たちは空白に漂う陽炎のようなもの。それが本来の姿ではなかろうか。
生れて死ぬまでの間、それが生きるということ。その間で、たっぷり間を持つ
ことも大事ではなかろうか。それにしても時間に、いや、空白に恵まれていた。
「待つ時間が人生の大半を占めていた」とはね!
・・・・・・
4018, シングルイン、31年間の総括 ー1
2012年03月26日(月)
    準備期間、一年を含めた31年間の総括をする。
 * 新潟駅前の事業 ー準備期間1980年3月1日〜、開業1981年3月31日、
   閉鎖は2011年3月30日。 まる31年。
 * 新潟駅前で4棟、駐車場一箇所、客室数500室。
 * 新潟駅前のホテル等の総投資が32億。 
 * 創業時の自己資本が2億。借金残債が10億だったので返済額20億円。
 * 営業利益が赤字になったのが最後の年だけだったので、
   勘定足って銭足らずの典型。
 * ホテル営業30年のうち、上り坂が当初10年、次の10年が緩やかな
   右下がり、2001年の9・11テロから4年かけて売り上げが
   三分に二に激減。 さらに2008年の9・15のリーマンショック
   以来、二年半で半減。11年前の9・11テロから三分の一まで減少。 
   東北大震災で、さらに2〜3割減が予測された。破綻の直接原因は
   9・11テロと、リーマンショックの売上が65%減。 
   東北大震災は最後のとどめ。
 * 取引先への負債は20日締めの月末支払いを終えた後のため、
   ほぼゼロ。事務所、自宅への債権者の電話、押しかけゼロ。
 * 最後まで残った役員と管理職の退職金は、当社退職規定の65〜95%
   の支払い済み。(国の補填3百万も含め。)役員は、役員就任時に一度、
   退職金払い済み。
 * 会社関係の5つの物件は三ヶ月で完売。 しかし一つがキャンセル。 
   それも、半年後に売却。( 弁護士曰く、「銀行も、ここまで早く売れる
   と思ってなく、慌てていた」。自画自賛になるが、千葉、長岡で手がけた
   ビルは、売り出すと同時に即売。設計の中に売却前提で計画してあるため。
▼ この事業の結果に対して、後悔も、未練も一切なし。三つの経済・自然災害
 が直接原因だが、本来、土地を仕入れ、借金をしてする事業ではない。
そのことに10年で気づかなかったこともある。それと、情報化で、ビジネス
のあり方が変わってしまった。数日かかった出張も日帰りで済むようになった。 
結果から、バブル崩壊直後に売却が理想。
・・・・・・
3652, 地震 ーつれづれに ー12
2011年03月26日(土)
  * 外国人が大挙して帰国、 そして身近に避難民が! 
 日ごと、原発の放射能の起こるべきマイナーの影響が一つずつ、
現れ出てきている。御用放送局のNHKのニュースと、広告料金で成り立って
いる民法の流す情報など信じるに足りない、と仮説を立てると、現在流されて
いる事態の本質は知ることが出来ないのは当然のことと思い知る。東北は壊滅
状態とは間違っても記事に出来ない。毎日、枝野官房長官の発するコメントは
建前の上っ面の情報でしかない。外国人が我先に逃げ出していることを考えると、
地球史上最大規模の危機とみるべきである。 政府は事実の情報を風評とて
否定することしか、パニックを抑えるしかない。現状の進展を一般には小出し
にするしかないのである。放射能の摂取量が10倍、100倍から何時の間
にか数千倍になっている。しかし、外国は容赦なく事実を報じるから、
そのギャップがみえてくる。 ところで、家内が昨日、自転車で郵便局に
向かっていたところ、中年の女性に福島弁で「郵便局は何処ですか」と聞かれ、
「自分も行くところだから、ご一緒しましょう」と、自転車を降りて話しを
聞きながら案内したという。その内容とは、「自宅が30キロ以内にあり、
家族で車で避難してきた。しかし、自分は透析を受けているので、中央病院に
近い比較的良い公立のデーサービスの施設に一人でいる。原発は政府は安全
というので、信じていたのに、こんなになってしまった」と。
その施設に三年ほど亡くなった母親を週二回、世話になったことがあった。
大きな娯楽室があるが、そこのステージの上で暮らしているとか。30キロ
以内なら、もう元の生活に戻れるかどうかである。その人の顔色が悪く正視
できなかったという。駅には、大きなリュックを持った親子連れの姿が多く
みられる。本当に、これが現実なのか信じられない日々である。この事態で、
経済活動は大幅に減ることになる。それだけでない、今年の就職の内定の
取り消しと首切り、そして倒産が大幅に増加することになる。身が凍る思い
である。あれから二週間になるが、現在も進行中で問題が拡大している。
・・・・・・・
3287, 人みな骨になるならば ー5
2010年03月26日(金)
 * ザインとゾルレン   
ー まずは(P−68)の「ザインとゾルレン」の一部分を抜粋する。 
・ザインはドイツ語で、「在る」とか「である」のことだから、抽象名詞
として使うと「そこに客観的に在るだけのもの」という意味になる。
それが良いことか悪いことかを問わず、現実にあるんだもの、しょうがない、
といったニュアンスの言葉。「存在」と訳されるが、「現実」や「実態」
と訳したほうがよいことも多い。
・ゾルレンというのは、英語では助動詞に相当する。「べきである」
「そうあらねばならない」といった意味で、抽象名詞としては「当為」と
訳される。当為は訓読みすれば「まさになすべし」と読み下す。
「そうあらねばならない性」、ひいては「本来はそうであるべき様態」のこと。
たとえば、当時の旧制高等学校生なら「親父が死んだので、ゾルレンとしては
すぐ郷里に帰へって家業を継ぐべきだが、ザインとしてはここでこうして破帽
のまま君たちと安酒を酌み交わしているわけさ」といった使い方をした。
このように、ザインはゾルレンとともに用いられるのがほとんどだから、
ザインというのは単に現状というだけでなくゾルレンと対比される
「ていたらく性」を帯びる。本当はゾルレンであるべきなのに、現状はザイン
なのよ、といったところ。前節で挙げた唯骨論によると骸骨こそがザインの象徴。 
そんなものが、われわれの体内に鎮座しているというのは必ずしも歓迎すべき
ことではない。若い美男美女であれば、なおさらのことである。だれしも一皮
剥けば骸骨が現れることは簡単に証明できる。ただ最近は手術場を除いて、
生きている人間にそんな残酷なことをあまりしなくなっただけのことである。
ゾルレンとしては、万物の霊長にして神の似姿である。そんな人間の中心が骸骨
にすぎないというのは直視するにしのびがたい。いくらなんでも骸骨はあんまり。
人間の中心には霊魂やクンダリニーが宿っているべきである。しかし、それは
あくまでもゾルレンなのであって、あいにくとザインとしてはやはり愛想のない
ことにおぞましくも骸骨しか存在していない。ここで悟るべきである。
ゾルレンというのは願望や想像、あるいは強制にしかすぎず、実証も提示も
できないものであることを。ゾルレンは信じることが出来ない対象であることを。 
これに対してザインは見ることも、触ることもできるものである。
▼ ザインが唯骨論の骨の存在で、ゾルレンは神の似相である、というのは
 言いえて妙である。ゾルレンは願望や想像、あるいは強制に過ぎないと言う
のも刺激的である。こうあるべき、というのも幻像の最たるもの。等々、著者
の虚無の論も肯けるというより、優しく聞こえてくる。 それも経験と年齢を
重ねたためである。 閑吟抄の、チロリ チロリ チンチロリの「何しょうぞ 
くすんで 一期は夢よ ただ狂え」の虚無とは類似をしている。 成すべき、
などの建前より、今生の世は夢 と割り切り、狂ったように生きることこそ、
虚無を突きぬけた言葉である。何をしても、成るようにしかならないのだから、
目の前を精一杯、何かに打ち込むしかないということ。それも、捨て身で。 
それが狂うということ。 この二つを冷徹な目で、己に対してみつめることだ。
それが骨になったものの視線である。
 ・・・・・・・・・
2912,金を使うなら頭を使え!
2009年03月26日(木)
 榊原英資vs岩井克人の対談 「金を使うなら頭を使え!」
                  ー新潮45ー09年2月号
 ここで学者と元大蔵官僚の二人は、この金融危機の深刻さをアッサリと
論じている。 既にアメリカの金融全体に8兆ドルを投入していたのである。
それだけ深刻ということになる。AIGだけをとっても潰すことができない。
潰せば残っているゴールドマンサックスなども倒産してしまうからである。
といって対処主義では、ここだけで数百兆円も投入せざるを得なくなる。
ということは、結果は知れたこと。 新ドルの切り替えか、国家デフォルト
しかないことになる。 ーまずは要点を抜粋してみるー
榊原は、
・「アメリカ政府とFRBが金融セクターに入れてある資金が8兆ドル(800兆)
 で、アメリカの金融システム全体が公的な管理に入っていると述べている。
・アメリカの消費が落ちなかったのは消費者金融のおかげだったが、
 それが壊滅した現在、国民は消費行動を変えざるを得なくなったという。
・金融危機ー>金融収縮ー>資金繰り難、倒産ー>マイナス成長ー>
 不良債権の増加ー>金融危機の拡大というスパイラルに入ってしまう
 可能性が大としている。 (字数の関係でカット2011年03月25日)  
・・・・・・・・・
2548, 一神教vs多神教 ー2
2008年03月26日(水)     (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪


5123,「魂」の思想史 ー③

2015年03月25日(水)

     〜「魂」の思想史: 近代の異端者とともに ー酒井健 (著)
   * ソクラテスを魅惑する魂
 ソクラテスといえば、「魂の鍛錬」「対話術」「無知の知」がキーワード。
魂とは「神的でダイモン的な何か」として、その鍛錬を説く。〜その辺りから〜
≪(p17) ソクラテス自身に最も人知の限界を意識させたのは、ほかならぬ
 彼の内部から立ち上がってくる声。いくら知ろうと思っても認識できない。
声といっても、明確に言葉を発するわけでなく、いつ心のなかに発生するかも
分からない正体不明の存在です。自分のなかに棲む謎の他者。分からないまま
現れて自分を翻弄する何ものか。この声は自分を毒したと正義のソクラテスは
強弁していますが、はたしてそうだったのでしょうか。
 この声が国事への公的参加をソクラテスに拒ませたのはたしかに正しかった
と思われます。しかし彼が公的な場にいようと、私的な活動の場にいようと、
あの「神的でダイモン的な何か」は曖昧な動きを呈します。しっかり動かない
既存の制度、慣習、信仰とは反りのあわない暖昧な動きです。そして彼の意識
の底で果ての知れない広がりを呈しています。大きな魂と呼んでもいいでしょう。
彼の「無知の知」の教説、彼の正義、心、そして自分自身のものと彼が考えて
いた魂は、この大きな魂と表裏一体になっていて、しかもその底から、大きな
魂を定かには見えないかたちで溢れ出るにまかせていたと思えてくるのです。
そのことは、はたしてソクラテスにとってよいことだったのでしょうか。
無知を人に悟らせるのは間違ったことではありません。立派な正義です。
しかしソクラテスの言動は正論であると同時に正論を超える何かを放っていた。
彼を死なせるほどにです。公開裁判で、彼は、五百一人の民衆裁判官に対し、
まるで自分を有罪へ、そして死刑へ、煽り立てるように挑発的正論をぶった。≫
▼ ネット検索に(ソクラテス ダイモン)と入力すると、
 <ソクラテスは、自然に際して合理的思考を、対話・議論には論理性を重視
するが、その一方で内面にダイモンという神霊の声を聞いて茫然自失の態に陥る
ことが多かったと言われます。ダイモンは『善なる神霊あるいは悪なる神霊』
とされますが、その実態は詳らかではなく、ソクラテスの意識に突如飛来する
神秘的現象であり、ソクラテス自身には『内なる道徳律を示す声』のような
認識が為されていたようで、自らが道徳律に反する悪しき行為を為そうとする
時に『それを為すべからず』といった形でダイモンの合図がやってきた。
現代の脳神経科学的な見地からは、てんかん発作に近い意識消失を起こしたと
されます。しかし、ソクラテスの脳内現象とダイモンの出現を結びつけて、
神霊としてのダイモンは幻影に過ぎないと科学的判断で切り捨ては出来ますが、
心的リアリティとして『内面的な良心や倫理観の象徴としての神霊』は実在した
こともまた事実です。> とある。彼は、一切の著書を残さず、その言説は、
弟子のプラトンによるもの。欧州の発生の地で、2千5百年前のギリシャで、
こういう議論が戦われていたとは、驚きである!それにつけても私の脳は・・
 ー思いまどうことはない、人生は無意味なのだ ーサマーセット・モーム
・・・・・・
4758,閑話小題 ー冒険家の憂鬱
2014年03月25日(火)
 ーベスト・エッセイ2012ー探検家の憂鬱 角幡唯介
  * 35歳の冒険家の憂鬱 
 ある随想集で見つけた少し哀しい話題。友人に晩婚の人が何人かいたが、
35歳ぎりぎりで結婚をした。モテ過ぎの人は、女性が逆に敬遠するようだ。
以前、女性の適齢期をクリスマスケーキに例えた時期があった。
22、23をピークに、24、25と日毎に価値が下がっていく。現在は違うが、女性の
職場には、23歳停年制の暗黙の戒律があった。若くて綺麗な娘が毎年、入社して
人気が日毎、凋落するのに耐えられない。そこで、早めに本命を掴んでおいて、
あとは少しでも良いのを探す! が、最後は、この程度と諦めて結婚していく。
著者は、35歳男の婚活についての本音だから、納得させられる!ーまずは、抜粋ー
《 婚活女からみた人間の価値判断の基準は意外と単純なところにあり、男で
 いうと34歳と35歳の間に引かれるラインが、それにあたるのではないか。
つまり女性陣の多くは私の年齢を聞いた瞬間、頭の中で四捨五入して、35歳は
40歳側の人間ーおっさんーという仮借なきカテゴライズをしているような気が
するのだ。さらに悪いことに私は探検家という日本で数人しかいない珍しい
肩書を名乗っている。名刺的には「ノンフィクション作家・探検家」としている
のだが、ノンフィクション作家などという普通の肩書は探検家を前にすると、
アマゾン州にそそぐタパジョス川みたいなもので、ほぼ存在しないに等しい。
そのことを証明するように、私はこれまで何度も、どんな文章を書いているん
ですかと質問されたことがない。聞かれるのは、どんなところに行ってるんです
か、そこで何をするんですか、何のためにそんなことするんですか、マゾか
サドかといえばマゾですか、といった質問ばかりなのだ。 ・・ 酒も入って
気持ちよくなってくると、ついついキャバクラにいるような気分になってきて、
あることないことをペラペラしゃべってしまう。やれ雪崩に三回埋まって死に
そうな目に遭ったとか、チベットで滑落して九死に一生を得たとかの話を
お酒の力を借りて講談調で話すのだ。面白いことに、そういう話をすると女性
の目は必ず変わる。もはや場の主役に躍り出たような気分になっている私は、
その目の色の変化を肯定的に捉え、今、女たちは俺のことを男の中の男だと
思っている、などと有頂天になるが、実際のところ女性陣の目の色が変わった
のは、私を男の中の男だと思い始めたからではなく、対象外と思い始めたから
であることにはその場では決して気がつかない。翌日に次回の約束を取り付け
ようと、お気に入りの女性に意気揚々とメールを出し、数日待っても返事が
来なかった時に初めて気がつく。コンパに来る女性は通常、交際相手を求めて
いるから、四十歳の側に属した探検家を名乗る、安定的な生活基盤がない
どころか生存基盤すら危うい男をつきあう対象と見なすわけがないのだ。
もし年齢と職業がネックになっているという推測が正しいのであれば、長年
憧れてきた世間的な幸せを私が享受する可能性は、いよいよしぼんでいく。》
▼ 私自身の経験では、それが27歳。21歳から26歳までは、終戦直後の生まれ
 のため、同年代の数が極端に少ない上に、数歳下の数が異常に多いため、
在庫からして非常に有利の状況。その割に?だったが、それでも早いうちから
声がかかっていた? しかし、姉4人の最低ラインがあるため、クリアーする
相手は、なかなか見当たらない。要は、さほど持てなかっただけだが、
27歳になると同時に、塩を引くように、声がかからなくなった。ここが潮時と、
思った矢先、紹介されたのが家内である。家内も同じような動機だった? 
だから、著者の悩みが分かるのである。先行きどうなるか分からない事業を
創業をするといっても、何の手掛かりもない。誰も、結婚相手として認めない
当時の私の状況に似ている? 結婚の時節は、それぞれあり、それを逃すと・・  
生涯独身が男3人に1人、女4人に1人の時代が来つつある厳しい時代である。
特に女性は、相手の選択で大きく人生が変わってくるから・・
・・・・・・
4391、大衆は何も考えない
2013年03月25日(月)
    * 劇場版「相棒の映画感想
 一年前から、平日の16時から刑事モノ「相棒」の再放送をみているが、
物語に捻りと味わいがあって面白い。一昨日、その劇場版をシネマで見てきた。 
 ーまずは、専用サイトの内容よりー
【‘謎のデータ’がネット上にバラ撒かれ、削除された・・。
 直後、燃え残った数十枚の一万円札と死体が発見された現場で、捜査一課刑事
・伊丹とサイバー犯罪対策課専門捜査官・岩月は出会った。死体は東京明和銀行
本店システム部の中山雄吾。ネットに不正アクセスし、機密情報を流していた
疑いでサイバー犯罪対策課にマークされていた。殺人事件として真実を追う
伊丹、不正アクセス容疑を追う岩月。いがみ合いながらも、共に捜査を進めて
いく二人だったが、目に見えない圧力に曝され、捜査は行き詰っていく・・。】  
 ー私の主観で要約するとー
≪ 官僚が銀行閉鎖の「Xデー」を策定・計画していた。が、その内容が
 ネット上に流され、それを知った暴力団関係のトレーダーが、そのXデーを
知ろうとして偶発的に告発者を殺してしまう。しかし官僚たちと政治家と警察
トップが、銀行閉鎖の計画を知られるのを阻止するため捜査妨害する。公然と
マスコミに出てしまえば、その日がXデーになってしまうからだ。 
キプロスで偶然、銀行閉鎖騒ぎがあったこともあり、銀行の取付け騒ぎや
銀行閉鎖計画に現実味が感じられる内容。金融庁などの各省官僚と政治家の
打ち合わせの中の言葉が、辛らつ、かつ真実を含んでいる。
 ・国民は、厳しい現実を示されるより、甘い将来の絵図を求めている。
 ・難しい真実より、簡単な嘘を好む。
 ・現在が、そのまま将来も続くと信じて疑わない。
  現在何が起こっているか知ろうとしない。 等々、
アベノミクスに両手を上げて喜んでいる愚衆を、そのまま言い当てている。
貨幣も国債も信用があってこそ通用する。誰も信用しなくなったら只の紙切れ。
映画とはいえ、現在進行形のアベノミクスを批判している。アベノミクスで
Xデーを早める必要性も確かにある。何れにせよ、一度、焼け野原にしてから
立て直さなければならないならば。それにしても、あまりに国民は無知と
(私を含め)思い知る。少し逸れるが、このオバマの中東訪問で、
「シリアへの攻撃と、イスラエルのイラン核施設攻撃のXデーの相互確認が
あった」という仮説を立て二人の会見をみると、近々に始まると思えたが。
・・・・・・
4017, 事業生活39年の、独り語り ー5
2012年03月25日(日)
 最初に事業として手がけたのは、ジャスコを辞めて、一年間の遊学時に
見つけておいた千葉市郊外の千城台の更地。父は自分の死期を悟り、ビル建設
の助言を通した父の経験則の直伝の日々になっていた。準備に入って10ヶ月後
に父は亡くなった。千城台ビルの完成前5ヶ月前である。「千葉シリーズ」は、
ビル建設の一年半と、 実務の二年間の合計三年六ヶ月取り組んだことになる。 
この三年半も熾烈の日々。(20歳〜40歳までは、常に似たようだったが。)
そのビル内で、居酒屋の養老の滝1122号店と、焼きたてのセンチュリー・
ベーカリーをオープンさせた。恐いもの知らずで、捨て身でよくやった!もの。
ただ無我夢中であった。 その時、実家でトラブル発生。急遽、店舗二店とも
知人の伝手で経営委託をして長岡にUターン。危ない綱渡りである。
人間にはイザというと、自分で決め込んだ能力を遥かに超えた力が湧き出てくる
ことを、この経験から知った。ビル投資5千万に対し一億で売り抜けたが、新潟
のホテル開設資金の資本金になった。千葉の千城台はジャスコ勤務の後に産能大
に通っていた時に確保したもの。 新聞で県の住宅供給公社が造成した団地の
商業地区の売却を目にしたのが始まり。ところで父は、実家の事業に携っている
婿取りの姉夫婦と、実兄と、私の関係を心配をしていた。 そのため亡くなる
数年前に突然、家に呼び出され、会社の株式と、主だった会社名義の土地を、
私と、母と、兄と、姉に、4等分の相続を宣言し、名義を変えてしまった。
これがトラブルのタネ。その時、姉夫婦は呆然自失。父は地方名士志向の姉夫婦
を見限っていた。ところが父の死後、生前贈与以外の父名義の財産を姉夫婦が
都合良く分配していた。その上、間接的に「母親と、兄と、私の会社株式を
自分たちに譲れ!」と迫ってきた。 それ以前に、「父の死後の社長は母親」
という父の遺言書を無視をして、母を説得、義兄が社長になっていた。 
私は「乗取り陰謀」と激しく、それを認めた母親をなじっていた。それもあり、
私が千城台ビルで、二軒目の焼きたてパン屋を開店した直後に、「主だった
従業員を引き連れて出る。それとも・・」と迫ってきた。御家騒動の勃発。 
起こるべきして起こった騒動だが、母と実兄は、二人の豹変に動転し、怒り
心頭だが、私には、想定とおり。 大学を出てからの熾烈な日々が、
「この程度の問題処理など朝飯前!」ぐらいにしか思えなくなっていた。
千葉の知人に相談したら丁度良い人を知っていた。 急遽、その人と経営委託
をして実家に戻ることになった。これも丁度良い、節目。しかし朝飯前と思って
いたが、ここも過酷な日々が待っていた。地方名士を自認していた姉夫婦の
後釜に、馬鹿息子がクーデターを起こして帰ってきたという街の冷たい視線と
流布の中で、私にとっては第二の創業。姉夫婦にとって、手際よくUターン
するとは思ってもいなかったようだ。それより我慢を重ねてきた母の激怒が、
全て。 私もイザという時の見極め(正中心一点無)は、持っていた。
・・・・・・・
3651, 地震 ―つれづれに  ー11
2011年03月25日(金)
 * 凍りついてしまった経済
  この地震で、日本経済は凍りついてしまった。 
・リゾートホテルは歓送迎会がほぼキャンセル。駅前ホテルもビジネス客は皆無。 
・生鮮野菜も恐ろしくて、他産地物でも敬遠。水はペットボトルしか安心できない。
・知人の子供が住宅の契約直前になって、業者の方から契約を断ってきたという。
 資材が入手出来るかどうか混沌として、期限までに住宅の完成が確約できない。
 その場合、遅延金を払わなくてはならないので、当面契約は出来ないのが事由。 
・飲食店も期末期首の稼ぎ時に、歓送迎会の予約がほぼストップ。
・甥っ子が宇都宮でチェーンのファッション店に勤めているが、全く商品が売れ
 なくなり頭を抱えているとか。  これでは、経済恐慌になってしまう。
空中の放射能が雨と一緒に浄水場に注ぎ込み、水道水が汚染されたということは、
ただならぬこと。この福島第一原発の河口付近の海から安全基準の127倍の
放射性物質が発見されたと、読売が一面トップで報じていた。
それから連想されるのが魚の汚染。近海ものの魚も危ないとしたら、何を口に
したらよいのか?恐ろしい限りである。そろそろ農家は田植の準備に入る時期に
入ったが、収穫の秋口に、米が売れるかどうか心配だろう。 
売れるのは、外米と古古米だけという奇妙な現象になることすらある。
一日一日が放射能漏れの深刻さを露呈するニュースであれば、
景気は悪くなる一方のは当然だろう。
  * 奇妙な数字の一致
 9.11は9時46分、神戸は早朝の5時46分、そして、
この3.11は14時46分。偶然だろうが、46分が一緒!
 いま一つが  2001年 09.11
       + 2011年 03.11
       =  012年 12.22 は マヤの歴の終わりの日。   
 偶然の一致だが面白い!
 ・・・・・・・・
3286, デフレの実感
 2010年03月25日(木)
  2月末より本格的デフレ・インスパイラルに入ったようだ。
 内容を面白くするため少しオーバーな表現かどうかは??。
・先日、3月でエコポイントのタイム・リミットということで、買って7年半
 経つ50インチのTVの買い替えを考えて大型家電を三店舗まわってみた。 
 今度は65インチの薄型TVで、4〜5年前は100万前後していた。
 数年もすれば50万を割るだろうと思っていたが、何とエコポイントを差し
 引いて30万円。隣にあった一番ホットのLEDのシャープの60インチが
 37万円である。 信じられない!である。もし本気になれば、あと数万円は
 下げられる? 現在のTVはパイオニアのPDPで充分に満足している。 
 今でも画質は、現在の店頭のものと遜色ない。しかし地上波への変更が
 (特殊なので)数万のマシーンを入れないと映らないという。そこで、少し
 心が動いたが、このデフレの中で一年後には更に下がると判断し、この機会の
 購入は止めにした。次はデジカメとビデオカメラ、これも値崩れが激しい。
 新商品になる度に新しい機能が加えられ、値段が安くなる。
・アパートの値崩れも激しい。現在は三万円代の中での価格競争になっており、
 5万代に入ると、よほど間取りの良いものしか入り手がないという。自宅の
 まん前の20世帯以上ある二軒のアパートは、この数年で数軒しか居なくなった。
 築20年は経っている割りに値段が高いためだろうが??。 大東建託とかいう
 20年入居一括借上げの会社があるが、以前から会社が倒産するリスクを
 オーナーは考えていないと懸念していた。こういう時節h、特に危険である。
・建築関係も、ますます価格競争が激しくなり、ギリギリの状態が続いている。 
 中小は、特に厳しく、何とか助成金で食いつないでいるが、必ずクラッシュが
 あるはず。店をまわっても、元気の良いところは、業態としてディスカウント
 を長年かけて作り上げてきたところ。100円ショップ、ユニクロ、ニトリ、
 サエゼリア、回転寿司、蔦屋など。それも店舗がスーパーストア(超大型店)。 
 デフレ・スパイラルは、ハイパーインフレの露払いである。後ろに控えている
 ハイパーインフレが恐ろしいのである。これが国家破綻という奴だ。
 一度、ガラガラポンと破綻させないと、あの世界に撒き散らされた猛毒は排除
 は出来ない。それがリアルに動き出してきたということ! 事実は事実である。
 ・・・・・・
2911,人生は作品である
2009年03月25日(水)
「人間にとって、その人生は作品である」これは司馬遼太郎の言葉である。 
「人間には志がある。その志の味が、人間の味である」という言葉もある。
 身近で亡くなった両親の生き様を見てきてつくづくと、人生は作品という
ことが理解できる。そして生きている限りは未完であるところが、ミソ。 
死んだ時に完成するが、その時は自分にとって関係ないことになるから絶妙。
哲学では人生を「劇場」に喩え、その役割配置から、その真理を突き詰めていく。
それぞれが人生劇場では主役。 それは第三者が口挟むことでない。 
本人の意志に従う物語。従って還暦を迎える頃になると、その物語の辻褄
合わせが始る。シナリオ、主演が自分であり、観客の一人も自分。 
だから面白いのであり、悲しくもある。 自分で悲劇の場面と思っても第三者
の目からみれば喜劇に思える。(逆も言える)
 年齢を重ねて分別がついてきて、人生を振り返ると顔から火が出ること度々。
主役は次から次へと襲ってくる難問を乗り越えるのが役割。 難問そのものの
内容が物語を決めることになる。だから、問題に対して嘆いてはならない。
(自分の火種もあるが)問題と本人の意志が自分の人生の作品を決定する。 
 キュープラー・ロスは<人生劇場は「レッスン=学び」であると看破> 
 (以下、字数制限のためカット 2015年3月25日)


5122, 社会主義の実現を信じた狂信者という悪魔 〜3

2015年03月24日(火)

       ―ポル・ポト―ある悪夢の歴史〜フィリップ ショート(著)ー
  * ポル・ポト ―自国民の二割を虐殺した男
 国家権力は絶大だが、空想的社会主義者が持つと、こうなるという事例。
家庭を否定し、産まれると、引き離し、数字を記印し呼んでいた。
虐殺の実行者が、その少年達が担っていたというから恐ろしい。
   〜まずはアマゾンの商品説明より
≪ カンボジアで二十世紀の歴史に汚点を残す大量虐殺がなぜ起きたのか?
 人口700万人のうち150万人が犠牲になった、クメール・ルージュ/カンボジア
共産党首領ポル・ポトの伝記。極度の秘密主義を貫いた彼の生涯は、これまで
闇に包まれていた。しかし本書は、その軌跡を追い、クメール・ルージュ組織、
粛清、権力奪取、大量虐殺、失墜、死までを、綿密な取材とインタビュー、
膨大な資料を駆使して克明に描き出した、「決定版」といえる大著。
 パリ留学から帰国したポル・ポトはクメール・ルージュを組織し、「都市=
ブルジョア思想に毒された場所」「農村=革命の前衛」という図式を掲げて農村
をオルグ、独自の共産主義路線を推し進める。彼は背後に隠れ、血の粛清に
基づく恐怖政治で支配を固め、プノンペン占領を果たす。都市人口の大量移動、
通貨・商業の廃止、家族制度の廃止と共同の食事、強制労働など、極端な空想
社会主義は多大な犠牲者を生むことになる。まさに「悪夢の歴史」だ。
大量虐殺はなぜ起きたのか? 蛮行と悲劇の全貌を暴いた本書は
我々に問いかけるが、それは重く、根深い。≫
▼ ポルポトは空想社会主義を信じ、通貨・商業の廃止、強制労働、家族制度
 の廃止を貫き、反抗する者はすべて拷問・虐殺。国民の4分の1を抹殺した。
両親から引離された子供が、その拷問の執行者。1970年頃から2000年までの
30年の間、カンボジアで起きた権力闘争や虐殺の詳細の多くが書籍で語られ
ているが、その内容たるや、想像を絶している。出世のため、地方の役人が
しでかし、それを見て見ぬふりの毛沢東とは違い、ポルポトは、その具体的
指示を出した確信犯。 ヒトラー、毛沢東、スターリンに匹敵する虐殺が、
10数年前までアジアであった事実は痛ましい。国力の向上には優勝劣敗の弱肉
強食のシステムが必要だが、大多数を占める弱者を如何に守るかが問題になる。
それも文化人を狙いうちにしたのだから、国家として絶望的な所業である。
他にも、中国による、チベット民族120万人の虐殺があるが、何故か世界の
マスコミは誰も語ろうとしない。最後の最後、守ってくれるのは国家だが、
ひとつ権力者の選定を間違うと、こういう事態も有りえるということ!
 で、日本では、世界恐慌へまっしぐらの中、東京オリンピックに向け、
アフォノミクスと、お金を無制限に漆黒の闇に、ばら撒いているのだから!
・・・・・・
4757,閑話小題 ー今場所は、面白かった!
2014年03月24日(月)
  * 今場所は面白かったが
大相撲が再び人気が戻ってきつつあるが、今場所が思わぬ展開で面白い場所。
不調で負け越しの瀬戸際だった琴奨菊が、二人の横綱に勝ったことで、俄然
面白くなった。結果は鶴竜の優勝と、横綱昇進が決まったが、大相撲の醍醐味が
楽しめた。 まだ入門一年の、遠藤が三役力士と互角で闘うのだから、古参力士
のプライドに火がついたこともある。後半まで全勝だった二人の横綱が、
二人の大関に負ける展開は近年、珍しい展開。更に若手に突然、超大物?
二人が現れ出てきた。今場所は、白鵬時代の終わりの始まりの場所。
鶴竜は、その性格の大人しさのため、実力があるにかかわらず、いま一つ
だったが、先々場所の前半に負けこんで、大人しい性格に火がついてしまった。 
これで、モンゴル三横綱の時代が2〜3年は続き、遠藤、豪栄道と、
二人の超大物?の時代に移っていくのだろう。
  * 高校野球も田中の御陰で、面白くなってきた
 田中投手のヤンキースへの破格の契約金で、高校球児に大きな夢を与えた。
「アメリカンドリームを、自分も?」である。まさか田中が、イチロウ以上の
評価の選手になろうとは、驚き! 情報化で誰でも情報が入手可能の時代。
親子鷹で、科学的にノウハウを積み上げれば、異能の投手術を持つ選手に
育成可能である。逆に天才的スポーツ選手は親子鷹でないと難しいのだろう。
そこには当然、科学的な管理がある。冬期オリンピックで活躍した選手は
全て、そうである。あるところまで行くと、国がコーチをつけるのだろうが。
  * 一昨夜半見た夢
 一昨夜半見た夢が、驚き。 あるコンサルタント事務所の一室で、
マネジメント・ゲームの進化した研修を数人がしている。誰かに紹介されて
特別見学をしている自分が、疎外感に陥る。そこで、そのゲームに参加したい
と申し出ると、「ある私立小学校の創業の計画書」と、進化したタブレットPC
を渡される。計画書には、創業参加希望者の名が数名あって、まず、タブレット
で希望者の履歴を調べ、面接をするように、更に、資金計画書の作成も
タブレットでするように申し渡される。それを遂行するには膨大なエネルギー
を要する。しかし、その気力が私には全くないことに気づき、その場で参加を
取りやめる。その隣の部屋には、どこかの新興の社長が、ある事業計画の報告を
自慢げにしている。 ところで、そのタブレットが、面白いのである。
ある居酒屋チェーンの店頭に、タブレット(付属しているカメラ)を向けると、
その情報が自動的に出てくる。(誰が社長で、役員の経歴、財務内容、
コンセプト、店内の様子)が、である。このマシーンを使った事業の創業
ゲームで、ほぼ現実と変わりのないリアルなもの。 何か私の潜在意識の
一部を垣間見た思いである。その担当者の冷たい視線と、あの部屋は、
資本主義社会と私の脳内? あの部屋の中に過っていたのである。
・・・・・・
4390, ブラック・スワン ー3
2013年03月24日(日)
「ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質」ナシーム・ニコラス・タレブ著
  * 2023年までに予測されるブラック・スワンは?
 これから10年後の2023年までに予測されるブラック・スワンは、何だろう。
大雑把でいえば世界恐慌と大戦である。今世紀に入って13年だがが、9・11テロ、
リーマンショック、3・11に代表される多くの黒鳥が、舞い降りてきた。 
さらに、その黒鳥の仲間が近くに来ているが、いつ舞い降りるのか分からない。 
地震などの天変地異、経済動乱、戦争が何かのキッカケで突然起ことになる。
しかし、恐れていては何も出来はしなし、あとは備えをするしかない。
ブラック・スワンは、歴史的大事件だけでなく、身辺の出来事にも起こっている。 
人生はマサカという形で、ある日、突然に、我われに襲いかかる。特に断絶の
境目には起きやすい。情報機器の進化は、とどまることなく進化し、情報や知識
は大量に私たちに押し寄せ、それがブラック・スワンを呼び寄せる(天変地異を
除くが)。これだけは、来てみて初めて分かること。1〜2年スパンでは、
イランの核施設へのイスラエル攻撃。それと欧州危機と破綻か、分裂か、朝鮮
戦争の勃発あたりか。地震か富士山噴火も考えられる。「まさか」だから、
こう書いていること以上のことが起こるはず。10年前に、現在まで舞い降りて
きた黒鳥を想像できようはずがない。昨日、シネマで「相棒」劇場版をみてきた。
《殺人事件の背後に、官僚と政治家による銀行閉鎖の「X−day」のネット上
での暴露が隠されていた・・・》というリアルな脚本。数日前にキプロスで
銀行閉鎖があったこともあり、現実味がある切実な問題。明日にでも、ここで
書くが、アベノミクスの批判とも受け取れる内容。意図的にハイパーインフレを
起こし、銀行閉鎖を? ウソでないから、恐ろしい。ある日を境に、黒鳥が
一定の間隔を保ちながら、次々と舞い降りてくる。今世紀に入って現在に
至るまで、舞い降りてきた黒鳥ように。
・・・・・・
4016, 事業生活39年の、独り語り ー4
2012年03月24日(土)
 昭和30年後半辺りから、駅前百貨店と既存商店街が主な流通経路だったが、
新たにスーパーが現れてきた。既存の流通経路では大量生産、大量消費の物流が
対処できなくなったためである。そして書店には「流通革命論」などが、並ぶ
ようになっていた。実家が衣料量販店だったこともあり、それに注目するのは
自然の流れ。 渥美俊一著のシリーズの「チェーンストアへの道」下地にした
「流通革命」を武澤ゼミの卒論のテーマにした。それもあり、就職先が
「ジャスコ」。その一期生と言えば聞こえはいいが、三社合併の先兵として、
合併先の矛盾の先頭に立つのが役割。そして一年で辞職、産能大に編入し、
その一年後に金沢を中心に衣料店チェーンを展開していた「いとはん」
(後にジャスコに吸収合併された)に一年半、勤務した。フィールドでの、
ジャスコ、いとはんは俗にいう修行。 その産能大時代に、三番目の姉の家の
二階に居候させてもらった。 絵に描いたような話だが、その姉が貸家として
千葉市郊外の5万人ほどの新興住宅地の千城台に、貸家を持った直後だった。 
姉、曰く、「ここは、数年で土地の値段が数倍になる。もうじき団地の真ん中の
四つ角が格安で売りに出される。あれは絶対買い得。」 そして、暫くすると
新聞広告に売り出し広告が出ていた。 千葉県土地供給公社が、「大規模団地
を造成し、購入希望者の抽選会を公開で行い、当選者に売却」とあった。 
外れて元々と、申し込みをして、公開抽選会に行ってみた。 そころが5倍と
10倍の競合だった二箇所のうち、5倍だったところが当選したのである。
 そこで実家に帰って父に告げると、にべもなく、ノー。「明らかに数年で二倍
になる権利を捨てることはない。私に買ってくれと いうのでなく、会社名義で
買うべきだ」と三日間、朝から晩まで父に張り付き、イエスの返事をもらった。
もちろん会社名義である。その売却条件が二年半以内の建物の着工。現場での
一年だけの現場経験では、まだ精神的体力が足りないのは自他とも認めるところ。
あと二年の経験が必要と当時、厳しさで知れ渡っていた金沢の「いとはん」
に二年の条件で入ることになった。その後、そこで私が何か事業を立ち上げる
前提があった。 成る程、「いとはん」は聞きしに勝る厳しさ。西友の資本傘下
に入った直後で、社内全体は動揺の渦の中。 金沢は加賀百万石の気風があり、
気位の高さと、どんよりした暗さと、人間味の深さがある独特の空気。 
 男は武士顔、女は京都顔。何ともいえない味がある。外づらは良いが、
内づらはウワサ社会の城下町である。社内は、被占領会社の惨めな空気が
ドップリと浸かっていた。 そして色いろあった一年半後に、実家の姉から
「父が末期ガンで、あと一年!」という知らせが入った。20歳の時に創業
人生を決めてから、この瞬間までが、「創業の準備期間」になった。 
振り返ってみると、激しく厳しい経験だったが、全てが合理的。特に、
産能大の一年は勉学と、千城台の土地購入は人生を大きく変えることになる。
・・・・・・
3650, 精神科医師の幸福論 ー2
2011年03月24日(木)
 * 精神科医師の恋愛論とは?
 ーなるほど、面白い恋愛論である。まずは、その箇所からー
≪ 昔ならば片思い程度で済んでいたものが、スターの追っかけやストーカー
 と派手になってしまうのは、今の「自分」への不満がそれだけ強く、相手を
脱自の手段とすることに躊躇がないからだ。 ・・ 恋愛とは、本来、相手の
幸福を願うことであるから〈お互いが、人生を満足できるように親切をすること
〉と定義すると、ここでも、�−1お互いの人生が満足のゆくようなもので
あるように望み、手助けすることと、�ー2 お互いが人生に満足できる人間に
なることを望み、手助けすることのふたつの領域があることになる。しかし、
恋愛では、先に述べたように、新しい自分になって、見るもをの聞くものが
新鮮になるという脱自が起きなくては、それこそ恋愛という感じにはならない。
つまり�こそが、恋愛の本質的な領域だということになる。それはどういうこと
かというと、�の、プレゼントを贈り合い、おいしい食事を共にし、一緒に
旅行・映画に行き、楽しい会話をする… といったモノ・コト(経験)の数々は、
それだけでは恋愛にならないということで、実際、以前の時代は、相手がこの種
のサービスを提供しようとすると、賢い女性たちは、「あんまり甘やかさないで
下さい」と断ったものだった。次に�の領域はというと、これまたふたつあって、
�ー1 は、一緒にいると、(自分ひとりでいるよりも)のびのびとでき、
リラックスできるというようなこと。ここでは、のんびりと二人で町を歩いて
回ったりすることに象徴されるように、かなりはっきりとした幸福感のような
ものが意識されていて、それは結婚を決意するときの理由に「一緒にいても気を
つかわないですむから」とか「彼といると、寛げるんです」というのが多く
挙げられることからも分かる。それに対して、�−2の領域の、二人が互いに
高めあうというのは、今は、全く人気がない。というのも、人生の課題を
達成して自分を高めるというのが、たとえ恋愛していようが、相手から干渉
されてはならない個人の最も重要な領分だからである。≫
▼ 愛・恋は自我の変容でしかないが、�、�−1、�−2の間で揺れ動く
 ところが恋愛心理なのだろう。年齢によっても変化をする。この視点で、
色々な恋愛をみるにつけ、それぞれの歪みが見えてくる。
その歪みこそ、恋愛の恋愛の所以になる。
・・・・・・・
3285, 人みな骨になるならば ー4
2010年03月24日(水)
  *文化・文明は「裸のサル」を守るカプセル
 ーまずは「文化:文明はサルを守るカプセル」説の部分を抜粋するー
 文明の総体は全て物質的な鎧にすぎない。だいたいにおいて物質的な侵害
からは防いでくれるが、それでも疫病や事故といった不運を増やすことも
減らすことも在る。 ・・サバンナの頃の不運は減ったが、大都会に住むこと
による不運がとって変わっただけである。幸いなことに文明には文化といった
非物質的な相棒が付き物だった。つまり我われは文明という即物的なカプセル
とともに、文化という精神的なカプセルにも守られている。・・
「疑似環境」こそが文化に他ならない。ヒトと宇宙の間には文明や文化という
疑似環境が作られるのだ。文明も文化も、第三惑星に棲息する弱々しい
「裸のサル」を守るために、そのサルによって分泌された粘液性のカプセル。
しかもカプセルの一部がこのサルの自我なのである。人間集団は自ら分泌した
文明と文化というカプセルにより自らを防御する。なによりもまず寒暑、飢餓、
外敵などからわれわれを守る。いわば人類の生命線を守っている。
また人間の心理が物理的宇宙から浸蝕されていくのも防ぐ。いわば宇宙と人間
のインターフェイスであり、人類の守護神である。それほどの守護神が宇宙の
冷淡さや不条理から、われわれの心理を守らないはずがない。われわれ人間集団
の内部に、それなりの合意が得られそうなルールが誕生する。掟、タブー、
戒律、法その他である。これらによって、われわれの集団内部に限って理不尽は
最小限に磁められることが期待される。だれもがゆえなく害せられてはならず、
また一定の手続きによってのみ加害者は処罰されるようになる。かくして法治
国家のもとで暮らすかぎり、社会生活の上で勧善懲悪や信賞必罰といった道理
がおおむね通用するようになった。
▼「文明も文化も、第三惑星に棲息する弱々しい『裸のサル』を守るために、
 そのサルによって分泌された粘液性のカプセル。・・ いわば宇宙と人間の
インターフェイスであり、人類の守護神である。」というのは言いえて妙。
そんなものに一々汲々とするな、というのも肯ける。 所詮そんなものは、
人間世界の中の通貨のようなもの。神も、文化・文明も、人間が共同幻想で
つくり上げた分泌物でしかないのは、身近な故人の脳をイメージとして透して
みれば明らかのこと。映画の「猿の惑星」の文化・文明と、人間のそれは
ドコが違うというのか。
 ・・・・・・・・・
2910, 閑話小題 
2009年03月24日(火)
 * ジュンク堂が大日本印刷に買収だと
 数年前に新潟駅南〈裏)に大型書店チェーンのジュンク堂が出店した。
御蔭で、隔週は必ず行くようになったが、それでは買うかというと買わない。
面白そうな本をメモを取りアマゾンで買う。持ち帰るより、年間送料契約
2千円を払えば後は幾ら注文しても送料はかからない。それと一度冷静に
なれるので、衝動買いを避けることもできる。
   (字数制限の関係でカット2,012年3月)
 * パーク24が「マツダレンタカー」を買収
(字数制限のため、カット2010年3月24日)
・・・・・・・・
2546, パリ高級娼婦館女主人の告白 −4
 2008年03月24日(月)
やくざや娼婦の世界にも階級がある。差別だけは人間の性なのである。
弱肉強食の世界では、ついて回ることと割り切るしかないのか。
  *やくざと娼婦の階級
やくざ社会の人間たちは、自分たちの行動をさして自覚もせず、
大きな子どものようにふるまっていました。彼らはグループに属し、
その中で権利と義務を持ち、名誉の掟`というルールと階級を重じていた。
 ・階級の一番上には詐欺師、
 ・次に力自慢の暴力分子(カツアゲ・・・)
 ・そして一番下に売春婦のヒモがいました。 ヒモたちは、さらに
  自分たちの女が勤める場所別で、それぞれの階級に分かれていた。
  ドレーヌ寺院の界隈、オペラ座界隈、ブロデル通り界隈といった具合に。
 ・犯罪者の最下級は強姦犯でした。
(字数制限のため、カット2011年3月24日)


5121,「魂」の思想史 ー��

2015年03月23日(月)

   
         「魂」の思想史: 近代の異端者とともにー酒井 健 (著)
 魂と心について、これまで多くここで取り上げてきた。秘境の大自然で
感じる神秘的感動は、そこに宿る神霊と、自分の魂との邂逅になる。
だから、急き立てられて、行くのである。この邂逅は、心の奥底に蓄積
され熟成され、次の神秘的感動に磁石のように引き付けられていく。
  ーまず、アマゾンのないよう説明よりー
≪ 合理主義と功利主義を基調とする近代。ゴッホ、ニーチェ、ボードレール
から岡本太郎、三島由紀夫まで―、彼らは時代の趨勢に齟齬を覚えつつ、魂の
声に引き寄せられ、思策と表現を行った。曖昧で無限定な概念でありながら、
人々を揺り動かしてきた「魂」とはいったい何か。人間の内部と外部を通わせる
その働きに、著者は現代人が見失ってしまったものを看取する。
近代の異端者を通して生の息吹に触れる異色の思想史。≫
▼ 魂の振動といえば、大自然や芸術作品だけでなく、父親との
 魂との邂逅の経験がある。それ以来、10年あまり、変な感覚が
とりつかれていたが・・ 今では抜けている。〜以前書いた内容から〜
≪  霊的体験‐  平成4年 7月
20年近く前になるが、父の死後49日まで何度か不思議な体験をした。
死後一週間位か妙な夢をみた。私自身父の気持が乗移り、“死にたくない。
もっと生きたい、生きたい!”という“念”になった夢である。
夢の“念”は父そのもの。父と一年身で苦しんだ為に“念”が自身に、
実感できた。目覚めた時、父が‘なんだ自分はこうして生きているではないか’
という内的体験。夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になった実感。
これだけは経験した人間ではないとわからない。また死後二〜三日後の夢も
強烈な夢(?)であった。夜半に強烈な恐怖感がおそってきた。その時、
父のベットで寝ていたが、“おやじ助けて!”と思ってしまった。
と同時に廊下を隔てた仏間より強烈な“引力”が足をひっぱった。
その瞬間ベットにしがみついたが、隣に寝ていた母がスクッと立ちあがり
トイレに行った。全身汗びっしょりになっていた。まだまだ不思議な
出来事が多くあった… あれ以来、10数年にわたり、幽体離脱とか、
妙な霊的体験などを多く経験した。 最近は少なくなったが・・ ≫
魂とは何かの解釈もあるが、脳には底知れない何かが刻みこまれている。
そこには地球上に生命が誕生して20億年の経験が記憶されているのだから。
・・・・・・
4756,閑話小題 〜スポーツセンターの景色
2014年03月23日(日)
  * ホリデイ・スポーツセンターの景色
 スポーツセンターに通い始めて3年になる。中学、高校の同級生数名が
来ているが、時間帯が違うため、あまり顔を合わせることはない。色いろな
コースがあって、フルコースが8100円(税抜)、デイコース10〜17時が5500円
(税抜)、他にもペアーコース、夜間コースなどがある。私が通っているのが
デイコースで、金曜日定休と、日・祭日が不可である。 閑散の時間帯が
12時から14時で、13時前〜15時前が私の滞在時間である。デイ会員の時間帯は、
30〜60歳代の中高年の女性が過半数以上を占めている。その他は、リタイアー
の初老から、夜勤の仕事の人、夜間高校生、スナックのママさん風の人。
おお方、群れる人と、ソロの人が分かれ、私はソロ。見知らぬ人との何気ない
世間話が私は苦手。そのため学校関係と仕事関係の知人と挨拶をする程度。
ジムで顔見知りの人とは殆ど挨拶も会話をしないで、自分の決めたコースを
消化して、帰ってくる。それでもスポーツクラブの雰囲気が、明るく開放的で
気に入っている。ここのキャッチコピーが『遊ぶ、楽しむ、フィットネス』 
《身体を動かすことの楽しさ、汗をかく爽快感を求めていて、「楽しく体を
動かしていたら、知らない間に効果が出ていた」というような、初心者や運動が
苦手な人が気軽に楽しめることをコンセプトとした店づくり》とあり、
そのままが雰囲気として現れ出ていて、私にはベストのシステムである。
早朝から、読書、パソコンなど、独りで、決まった日程を淡々とこなして
いる中、人いきれの中でのエアロなどの共同動作が気持ちを和らげる。 
     ー以下はホリデイHPの紹介文ー
【 従来のスポーツクラブはどちらかと言えばアスリートやスポーツ愛好家を
 ターゲットにしてきたが「当スポーツクラブ」は競技力や技術力の向上を
目指すのではなく、運動本来の「楽しさ」を伝え、運動を通じて「健康」に
なってもらうことを第一に考えています。「ホリデイスポーツクラブ」が
目指しているのは、会社員が会社へ行ったり学生が学校へ通うように、
「ホリデイスポーツクラブ」が人々の日常に溶け込み、継続して毎日楽しく
適度に体を動かしていただくことで多くの人々が健康になっていくことです。
『遊ぶ、楽しむ、フィットネス』をキャッチコピーに、まずは体を動かすこと
の楽しさ、汗をかくことの爽快感を多くの方に知っていただき、「楽しく体を
動かしていたら、知らない間に効果が出ていた」と言っていただけるよう、
初心者や運動が苦手な方が気軽に楽しめることをコンセプトとした店づくりに
取り組んでいます。】
 自宅から車で3分のSC内に、月に6千円足らず(20日間として、
一日に3百円)とすると非常に価値がある。
・・・・・
4389, 「うつ」かもしれない ー4
2013年03月23日(土)      
 * 「うつ」による自殺  ー「うつ」かもしれないー 〜磯部潮著
 自殺の八割が精神疾患になっていて、その六割がウツ病。何と自殺者の
半分がウツ病による。自殺は一昨年まで10数年間、3万人を超えているが、
実際は4万と推測される。ということは二万人がウツ病による自殺をして
いる恐ろしい病である。もし原発の被爆で毎日55人が亡くなったとしたら、
外国人の大方は即刻、帰国するはず。それが何故か、ウツ病に対して
騒がない。ガンと同様に初期発見・早期治療をすれば大部分が治るのに、
それには疎い。「ウツ」による自殺を促進する最大の因子は「視野狭窄」。 
絶望感にとりつかれ、「自分は絶対に治らない」「治ったところでどうなる」
という考えにとれわれ、結果として死にたくなる。全ての人に心を閉ざし苦しむ。
前の会社の取引先の営業が高校の後輩もあり懇意にしていた。 ところが、
責任者になって暫くすると重い躁鬱病になった。その過程で、私のところにも
相談に来ていた。「躁鬱は、あくまで病気の一つ、恥ずかしがることはない。               
医者に行って治療すれば回復する。ただし放置したりすると手遅れになる
恐ろしい病」と、再発する都度繰り返し説いていた。そのうちに、会社の
役職を降り、平社員として営業を続けいていたが、最期は癌で亡くなった。
 親戚の人の自死の葬式に参列した時に、誰かが「何で自ら死ななければ
ならないのでしょうね」と囁いたところ、「死ぬほど苦しかったためですよ」
と、誰かが答えたのが印象に残っている。心も治療しないで放置しておけば、
傷口がタダレて苦痛は耐えきれなくなるが、第三者は全く気づかない。
数年前、幼馴染が倒産、離婚、引きこもり、アル中で崩壊していく過程をみた。
最後は娘の住んでいる県外に行ったが、壮絶そのもの。幼児期から、このような
話を聞かされ育てば、万一に備えるのは当然。ウツは、その知識と前向きの心
(言葉)の習慣化が必要である。心は壊れやすく、儚く、繊細。 
だから大事に扱わないと!
・・・・・
4015, 閑話小題
2012年03月23日(金)
   * つれづれに
 変わりばいのない日が続くが、それも良い。 首都圏、特に東京の下町に
住む人たちは、直下型地震で不安だろう。震度7は、観測以来、神戸震災と
中越地震と東北大震災以外に起きたことがない。そのため大都会の直下型の
場合、なすスベがない。引っ越す決断も下せないし、下町の人ほど都会っ子の
軽さも重なって長野、高崎、新潟に住むのは都落ちという惨めさが強い。
 私が東京在住だったら、一年以内の引越しを考える。勤務が東京で仕事上、
難しいなら大宮か熊谷に引越し、そこから通勤する。夜間か土日の直下型地震の
場合は被害を免れるのでリスクが半減する。 家族のリスクが半減する上に、
帰る家が残る。 ところで去年の今頃は、会社の閉鎖を決定、無我無中で整理の
手順に入っていた。同時に東北大震災と、原発事故が進行中で、非常事態の
刺激的な日々。 何ごとも動き始めると、次々とすべき手順が現れ出てくる。 
決断を少し早めると打撃は半分で済むが、少し遅れると二倍になる経験則を
持っていたため、マイナスエネルギーの重圧は4分の一で済んだ。止め時は、
あの三月末しかなかった。 べき時に、べき決断をして本当に良かったが、
奇しくも30周年記念日の前日に会社消滅とは・・・ 
   * ウドンの素
 自宅での昼飯は大方、カレーか冷凍の讃岐ウドンかキシメンかチャーハン。 
冷凍ウドンとキシメンには、私が業務スーパーで買ってくる「ウドンの素」
を使っている。 ところが先日のTVで、このウドンの素が多くの下味に使える
料理の紹介特集をしていた。鍋の下味、味噌汁、生ラーメン、チャーハン、
生卵、卵焼き、炊き込み飯、などが格段に美味しくなるという。ウドンのダシ
といえば、昆布とカツオとの混合。それが素なら、ウドンダシ以外に使えて当然。
何ごとも、その枠を取り払うと、色いろ応用できる事例。家での隠し味は昆布の
出汁を使っているが、それにカツオ節を混ぜれば同じ? 
以前、「ホテル・レストランショー」で、カツオ節を粒状にしたダシ専門
会社が出店していた。 ウドンの素をを納豆にかけてみたら、なるほど美味い。
色いろなフリカケがスーパーに並んでいるが、隠し味の素のネタが、あるはず。
春の高校野球を含めて、サバンナもサバンナ(日常生活)なりに、面白い。
 ・・・・・・
3649, 地震 ーつれづれに ー10
2011年03月23日(水)
  * 日本経済がどうなるのだろうか?
 リーマンショックで死に掛かっていた日本経済は今後どうなるのだろうか? 
  ● まずは聞き及んでいる危なそうな話。
△ 地元のNSGなどの専門学校と、新潟大学などが卒業式と入学式を自粛。
  そのため稼ぎ時の美容室とホテルが大打撃。
△ 優先的に被災地が優先されるため、地元業者への建材の入手が困難になり、
  経営の根幹に関わる問題になっている。物から人へと民主党の政策のため、
  今回のような震災になると重機の絶対量が国内で激減。
   このような事態になると民主党の政策そのものが否定されたことになる。
△ 公務員の期末、期首の移動の歓送迎会が殆ど中止勧告。この時期に、
  当てにしてきた飲食店も大打撃。駅前などの繁華街は閑散としており、
  入店客は皆無の状態。
△ 注文していた商品が入荷したと家電チェーンから電話があったが、
  「節電のため、午後一時からの営業時間」という。学生が上京などで
  家電を揃える時期にである。
△ IT化で出張などが激減している上に、日帰り圏の地方の駅前ホテル
  などが大打撃を受けている上に、これ。厳しさが身に沁みる。
△ 高校野球の特別枠の佐渡高校では応援団を出さないことに決定。
△ この震災は12〜16兆円の直接損失というが、間接損失を含めると、
  その何倍になる。国民総生産はマイナ10数パーセントの可能性がある。
△ 東北・関東の農業、牧畜は雨などの水で汚染され、壊滅状態に。
△ 計画停電は夏まで続く上に、ガソリン不足が経済の足を引っ張る。
  ピークの夏では25パーの電力不足になる。恐ろしい限り。
・・・・・・・・
3284, リーマンブラザーズ、最後の4日間
 2010年03月23日(火)
この三連休は、家で大相撲やプロ野球、そして録りだめていた映画を見てすごス。
その中で「大暴落 サブプライムに潜む罠」の続編 「リーマンブラザーズ 
最後の四日間」を二度みてしまった。実録的なドラマ仕立ての内容だから緊迫感
が満ちていた。多くの本やNHKのドキュメントを見ていたため、引き込まれて
しまったのだろう。ギリギリまで何とか救済されると思っていたリーマンの
重役達の姿がリアルである。
 ーまず「リーマン・ブラザーズ最後の4日間」の解説をWOWOWのHPからー
世界金融危機を象徴する、米国の大手証券会社リーマン・ブラザーズの崩壊。
それまでの舞台裏を、実話に基づいて描いた英国発ドラマ。歴史に残る4日間を
再現した衝撃作。2008年秋に始まった世界金融危機を象徴するリーマン・
ブラザーズの崩壊。それに至るまでの内幕に迫った英国のTVムービーを
《WOWOWプレミア》で日本初放送。 世界金融危機からほぼ1年後の09年9月に
英国BBCで放送されたばかりの最新作だ。 2008年9月12日の金曜日。
NYのタイムズスクエアにあるリーマン・ブラザーズの本社に激震が走る。 
米国第4位の規模を持つ証券会社・投資銀行であった同社だが、前年に発覚した
サブプライムローン問題の影響で、同年6〜8月期の純損失が39億ドルにも達した
と判明したからだ。それから同社が倒産するまでの4日間、同社の経営陣は
合衆国政府などに救済を求めながら何とか社の延命をめざしたが、同社の株価
の急落を止めることはできなかった。 しかしその背後には金融界や米政府を
含む様々な思惑がうごめいていた…。
実話に基づき、歴史に残る数日間をリアルに再現した衝撃の実録ドラマだ。
▼ メルリリンチ社社長とバンク・オブ・アメリカの社長の買収交渉の株式
買取の値段交渉の場面がシビアである。当時の財務長官のポールソンが
アメリカの金融機関の長たちと難局を協議する場面も圧巻。ポールソンが、
リーマンを見放したときの言葉、「何処から倒れるかだ、まずリーマンが
倒れただけだ」が印象的。
・「人は99パーセントが動物で、1パーセントが人間。その一パーセントで
変になってしまう。しかし貴方たちは、その逆と思っていないか?」
(字数の関係でカット2012年03月23日)
 ・・・・・・・・・
2909, 寝入る瞬間を経験したことがあるか? −2
2009年03月23日(月)
 学者・マギー著「哲学人」が、自宅近くの長岡中央図書館にあった。
この本の冒頭に、5歳の頃に「寝入る瞬間がわかるかでどうか」を3歳上の姉
に聞いたところ、「そんなことを憶えている人がいるわけがないでしょ」と
軽く言われ、そこで自分の眠る瞬間を見張っていたが、出来なかったという。 
それをキッカケに7〜8歳の時に指を見つめて一本ずつ曲がるかどうか
試したら、一本ずつ曲がったのを驚きの目で見つめたという。そして10歳
では・・と、身近な疑問が次々と起こってきたという。400pの分厚い本
で上下巻あったが、30分ほど図書館で「寝入る瞬間の経験を何故できないか」
の部分を調べたが、調べた限りではなかった。 これは簡単に論証するには
至難ということである。 カント哲学の分野ということだろうか?
 前回、軽くその答えを書こうとしたが、訳の分からない内容になったのは
当然のこと。マギーが、その後の人生で寝入る瞬間の経験をしたことはなかった
ようだ。もし経験していれば、正直にそこで書いているはずである。 
それを経験したことのない人や、哲学的に「寝入る瞬間を経験することが不可能
と論証された」を信じる人がいるとしたら、私の経験はウソと判断するはず。
しかし、私は間違いなく、その瞬間を経験したのである。数十分の一か、数百分
の一の刹那であったし、それは夢ではなかった。「あ、見た!」という感覚を
今でもはハッキリ記憶している。マギーが「寝入る瞬間を何故、経験できないか」
の論証があるとしたら、如何なる論か推測したが、あまりの好い加減と恥じて、
それならと懲りずに考えたみた。こと、この件に関して私は実際の経験をして
いるのであるが、そうであれば、この大哲学者より私の経験が優っている。
それなら、もし彼が好い加減な論の推測を気楽にできることになる。 
  ーその後の推論は次のようになるー
「寝入る!と思って寝れない。ということは意志では無理である。意志の奥に
ある無意識が引き込む世界で、意識の世界でコントロールは出来ない。その瞬間
は膨大な無意識の世界が意識を無に引き込む刹那な瞬間であり、それは意識は
捉えるには、その瞬間はあまりに短い。その瞬時を見るなどありえないほど、
膨大の瞬時の集まりが大きい。 更にいうなら、無意識(寝入った世界)が
引き込む精神作用は意識世界の作用でコントロール出来るほど浅くはないのは
経験済みである。その瞬間を見るのは、神の姿を見るのに等しいといってよい。
無意識とはそれ位、生物の膨大な記憶が刻印されている。・・ ー
 こんなところだろうが、好い加減なことは大して違いがない。
「神の姿を垣間見た」と類推するのは、言い得て妙だが。
・・・・・・・
2545, パリ高級娼婦館女主人の告白 ー3
2008年03月23日(日)         ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]
 女主人の一番の栄誉が、J・F・ケネディが館に来訪したことだろうか?
当時、こういうことを言ったら消されただろうが、時間の経過で身に危険が
ないと判断したためだろう。真偽のほどは解らないが嘘までデッチあげない
だろう。所詮ズボンから下のことは、こんなものだろう。政治家は言葉である。
国民に方向をしっかり告げて、底からエネルギーを沸かせればよい。
ともかく、この本、どの部分を読んでも、具体的でおもしろい!
 ーー
ある朝、私はアメリカ大使館から電話をもらいました。「大変重要な人物)が今、
パリにおしのびでいらしていますが、最高に品格のある女性を望まれています」
その話し相手はつけ加えて言いました。
「彼に、その女性があなたの館から来たということを、知られてはいけません。
 私たちは彼女のことを、大使の友だちのマヌカン(モデル)として紹介します」
「まったく問題ございません。私のところにそういった場にふさわしい
パーフェクトなイギリス女性がおりますので、彼女を送ります」  
翌日、娘はとてもエキサイトしてオフィスにやってきました。
「クロード、大統領だったのよ」「えっ、どこの?」と、地球の
支配者達に、何の感動を覚えなくなっていた私は、ぼんやりと尋ねました。
(字数の関係でカット2011年03月23日)


5120,「魂」の思想史 ー①

2015年03月22日(日)

    
       〜「魂」の思想史: 近代の異端者とともにー酒井 健 (著)
   * 「魂」とは何か
「魂」の思想史などと、難しい問題を勇敢に取上げたものと恐れ入る。
それもゴッホ、ニーチェ、ボードレールの魂についてなら、面白いはず。
 その‘まえがき’の魂の解釈が、明快で、解りやすい。  
≪  〜魂、その捉えがたさ、その恐ろしき魅力〜
 もやもやとした何か、そのたましいとは何なのでしょうか。
「人の生命のもとになる、もやもやとしていて決まった形のないもの。
 人が死ぬと、肉体から離れて天にのぼると考えられていた」 が、
 辞書にある説明です(『新漢和大辞典』)。
漢字で「魂」と書きますが、同じ辞書によれば、左側の偏「云」が
「雲、もやもや」を表し、右側の「鬼」は「おぼろげな形をして、
 この世にあらわれる亡霊」となります。似たような言葉に霊があります。
漢字の成り立ちから意味をさぐると、上部の「雨」と「一」の文字が
「連なった清らかな水たま」、下部がそれに接する清らかな(巫)を表し、
合わせて転じてできた意味が「水たまのように冷たく清らかな神の力や
たましい」となります。魂の雲、霊の雨水は、単なる比喩ではありません。
これら漢字の文化を成り立たせ支えてきた人々は、雲や雨水に霊魂を感じて
いたのです。人間の内部だけではなく、外部の自然界にも魂や霊を感じて
いたのです。 この感じ方は、西洋の宗教用語でアニミズムにあたります。
生物だけでなく、石や水などの無生物にも生命、霊魂を認め、その特別な
表出に神聖なものを感じとっていく立場です。洋の東西を問わず、宗教の
基層になりました。 注目したいのは、このアニミズムという言葉の語源、
ラテン語のアニマです。このアニマのもともとの意味は、そよ吹く風の息吹
であり、そこから大気、人間の吐く息、生命、そして魂という意味が生まれた。
魂という言葉はここでも自然界とつながりを持っていたわけです。仏語
で、魂を意味する言葉、アームの語源はこのアニマです。英語で魂はソウル
ですが、この語源はどうやら、ドイツ語の魂ゼーレと同じく、古ゲルマン語
の湖あるいは海を意味するサイウィズにあるらしいのです。人間の魂は湖
あるいは海から生まれ、肉体の死後そこへ帰っていくという古いゲルマン人
の伝承に端を発しているようです。もやもやとした雲、数限りない雨滴が
どこからともなく吹き寄せる風の流れ、大きな水の広がり。・・ ≫
▼ 42年前に、父親が亡くなって数日、父親の魂が、私の魂に入ったような
 体験をした。以前書いた内容は次回で再び取上げるが、不思議な経験である。
これだけは、実際に体験しないと分からないこと。 人の心は複雑怪奇で
奥行は深い。池田昌子の著書に、『魂とは』を図書館から借りてきて読み
始めたが、これが面白い。5年ほど前に『魂』をキーワードに、本人の
著書を元に、再編集したもの。  ー宿命は魂にありー 池田昌子
・・・・・・
4755,そんなに長生きしたいですか ー7
2014年03月22日(土)
    『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部 羊著
  * 早いーうまいー安いー
 現状の終末医療の現状を知れば知るほど、恐ろしくなる。以下の内容が現実。
《 ある医療講演会で、こんな話を聞きました。「早い!うまい!安い!」
 という看板のスライドを見せて、これはある牛丼屋の宣伝文句ですが、
うしろに「治療」という言葉をつけると、そのまま病院のキャッチフレーズに
なるというのです。たしかに、早い治療、うまい(上手い)治療、安い治療は
患者にとって最良のもの。講演者はさらに続けて言いました。
「『治療』の代わりに、「死」という言葉をつければ、今度は理想の末期医療
になります」早い死、うまい死、安い死というわけです。なるほど、うまいこと
を言うなと、私は感心しました。・・ その発想だけでは現実は立ち行かない。
患者はほとんど見込みがなくても治療を求める、医師は治療すればするだけ
儲かる、この状況では、医療費が膨大になって当然。そろそろ冷静になって、
現実をしっかり受け止め、無駄な延命治療から死を支える医療に転換すべき
ではないでしょうか。 死を支える医療は、よけいな治療をしません。
医療費が安くなれば、患者側も自己負担が少なくてすむし、国民の医療費も
削減されます。これで困るのは、無駄な治療で収入を得ている医師だけでしょう。
早い死というのは、患者を見捨てることでありません。苦しむ時間を短くする
という意味です。病気や老いと闘いながら、精いっぱい生きてきた人も、死が
近づくとどうしても衰弱します。食事や排泄などが自力でできなくなり、これ
以上生きることの意味が見出せなくなってしまいます。それを理想主義的な
励ましで無理にがんばらせたり、延命治療で長引かせるのは残酷なことです。
死は自然の成行きですから、どこまでも抵抗するのは不毛です。極論かも
しれませんが、死が避けられない状態になってから、少しでも長くとあがくのは、
手遅れだと私は思います。そうなる前に時間は十分あったはずです。・・・ 》
▼「終末期医療費が全老人医療費の2割を占める!とか、国民一人が一生に
 使う医療費の半分が、死の直前の二ヶ月に使われる!」という報告がある。
だから、医療側からすると、可能な限り生かしておいて方が良いことになる。
生かしておいて拷問の苦しみを与え、その治療費を膨大に絞るとる末恐ろしい
現実が、そこにある。末期ガンは、どのみち助からない。だったら死をサポート
する医療があるべきである。これでは入院前に、青酸カリか、致死量の睡眠薬を
準備をしておくべきと、考えてしまう。そう簡単には、死ねないのである。 
良くも悪しくも死ぬまでは生きている。死ぬのは挫折でも、何でもない。
目出度いことなに、何で延命をするか、それが利益のためなら、
犯罪的システムではないか。
・・・・・・
4388, 「うつ」かもしれない ー3
2013年03月22日(金)           
* ウツの治療 ー「うつ」かもしれないー死に至る病とどう闘うか〜磯部潮著
 ウツ症とウツ病の境は、日常生活に支障をきたすかどうか、軽症か重症かは、
「死にたくなる度合い」がが目安という。逆にいえば、それだけ苦しいのである。 
身近にも自死した人が何人かいる。共通しているのは、真面目で、几帳面、感情
は表に出さず、周りの人を思いやる心優しさがある。また、考えに弾力性がなく、
自分一人に固まっている。 こういう人が暴発すると秋葉原の無差別殺人のよう
になる。私がウツ病に何で興味があるかというと、人間の原点が、見え隠れする
かである。人生は生易しくはない。要は難題への対処である。息をつくところが
ないと、ストレスが蓄積していく。ウツの治療には、「薬事療法」と「認知療法」
がある。薬事療法は、医者と相談して症状にあった薬をみつけ最小を前提に治療
すること。それに対し認知療法は、ウツの人の持つマイナス思考、悲観的考え方
を修正するスキルをいう。私は昔から、その類の本を身近において常に手に
取ってきた。その一つに中村天風の一連の「積極一貫」の哲学の本がある。
これは本当によい。 ウツによる歪みが固定化されると、「視野狭窄」に陥り、
自殺の危険性が出てくる。だから普段より予防剤として、少し気持ちが落ち
込んだとき手にする習慣をつけておくとよい。この本にある、
「「5つのコラム」も心のコントロールによい。
1枚の紙に5つのコラム(欄)を作って、何か問題が起きたときの状況や
自分の考えを書き留めていく方法で、頭であれこれ考えるよりも、冷静に
客観的に検討することができる。5つのコラムのうち、(状況、感情、自動思考)
の3つは、自分の「認知のゆがみ」をはっきりとさせるのに役立つ。
あと2つのコラム(別の見方・考え方と最終的な心の変化)を合わせて
書いていくことで、「認知のゆがみ」を直すに役立つ。
 第1コラム 状況(気持ちが落ち込んだり、不安になったときの出来事)
 第2コラム 感情(不安、怒り、悲しみなど))
 第3コラム 自動思考(不快な感情を経験するときに心に浮かんだ考え)
 第4コラム 自動思考とは別の見方・考え方
 第5コラム 最終的な感情と考え(心の変化)
ここで詳細を省くが、ネット検索で「5つのコラム」で調べると、事例が
数多く出てくる。 著者は、日常生活での日々の習慣づけは大変なので、
第三と、第四だけを頭に思い浮かべるシュミレーションを薦めている。
書いるうちに自分の思考の癖が見えてくるだけでも効果がある。
心は荒馬のようなもの、時間と愛情をかけて乗りこなしていくしかない。
 ・・・・・・
4014, 事業生活39年の、独り語り ー3
2012年03月22日(木)
  * 武澤ゼミ (20歳の頃 ーある教授との出会いー3)
 高度成長の真っ只中、創業人生が面白そうと20歳の時に思い立ち、色いろ
の教授に触発された。その最大の恩師が、人事管理の武澤教授である。
その後も、ゼミOB会に2〜3年に一度は参加していた。10年前に亡くなられた。
【 1024, 22歳の日記−2   ー武澤ゼミについて
 何度か書いた事があるが、ゼミについて考えてみる。この時期は、武澤ゼミと
寮とクラスメイトなどの過去4年間の友人が、ほとんどを占めていた。その中で
武澤教授の影響が大きいことが、当時の日記からうかがい知ることができる。
ゼミでは、一週間前に社内トラブルの事例(ケース・スタディー)の用紙を
渡される。その間に対処を考えて、全員で徹底的に議論をする。 
その後、その事例研究のベストの答えの用紙を見せられる。そこで私たちの
出した結論と、その差異について更に議論をする。また二班に分かれて、
それぞれが議論した結果を持ち寄り、互いに議論する。その結果、知っている
限界の知識と体験をもとにした、それぞれの地言葉(赤裸々)の議論になる。 
教授は要所要所以外はほとんど話さないで議論の推移を聞いている。
考えるヒントを与え、議論を通して「考えること」を促す。そして
「考えることは如何いうことか」と、一歩踏み込んでいく。そこに各自の
知識不足を自ら気づく仕組みになっている。当時の日記を写して気づいたが、
ソクラテスの「対話法」の真理追究を、そこで体験させていたようだ。 
素朴に深い疑問を常にもって、社会や世界を見る目を持たせるのが目的。
対話の訓練が友人に受けたのだろう、卒業まじかに多くの友人が私に集中
してきた。誰もが卒業という節目で迷っていたからである。武澤ゼミで学んだ
ことは、社会に出て、事業の組立てなどに非常に役に立った。冷静な事実の
把握と、仮説の積み上げと崩しの、繰り返しの中で計画の練り上げをして
いくのと酷似していた。要は地頭で考える訓練であった。 】
▼ 振り返ってみて、事業人生で学生時代の3人の教授と、コンサルタントの
 渥美俊一に大きな影響を受けていた。渥美コンサルタントは、カリスマ的
流通革命の指導的立場にいた。 学生時代に、鈴木教授に「意志」の自覚。
野田教授に「統合(経営)」。武澤教授に「分析(冷静)」を学んだ。
独り総括をしていると、「私の人生は結局は何だったのだろう?」という、
基本的な問いが、立ち上がっては消える。人生など何の意味(価値)もない
こと位は分かっていても・・哲学を学生時代に、より深く追求しておくべき
だった。それもこれも還暦過ぎれば、それがどうした!でしかないとしても。
・・・・・・
3648, 地震 ―つれづれに  ー9
2011年03月22日(火)
  * 日本経済はガタガタ
 TVで、新宿・歌舞伎町、新橋駅界隈、秋葉原、渋谷などの先週末の繁華街や
箱根などのリゾート地の客の激減の様子を放映していた。魚河岸では7割も普段
よりお客が激減しているという。 街は節電で、真っ暗で、放射能が漂っている
かもしれない中、外食も買い物もする気にもなれない。先週の長岡駅と新潟駅中
専門店の店内には、お客の姿は皆無なほど見られない。朝から晩までTVで、
100年、1000年来の大震災の惨状や、原発の放射能漏れが報じられていれば、
買い物や外食をすること自体、後ろめたい気持ちになる。これが短期的現象で
すめばよいが、そうはいかないだろう。3月11日から日本は全く違う時代に入った。
比較的東北から離れている関西以南は、関東に比べて落ち着いているが、これも
時間の問題。損害は12兆円というが、原発事故への不安心理が景気にもたらす
影響はあまりに大きい。 昨夜、自宅近くのイタ飯屋のサエゼリアには避難民
のグループで満席であった。 着の身着のままの服装が痛々しい。
  * 想定外の歴史的惨事に、あまり責任を追及しないがよい!
 この地震は想定外の歴史的大震災。原発がたまたま巻き込まれ本州全体が
壊滅する可能性もある。政府対応が悪いとか流布されているが、それより被害を
最小に収めることが最優先にされるべき。その中で民主党が野党に協力を求めた
にも関わらず拒否をした。彼らは今だ、この惨事に対する認識が薄い証拠である。
現在の日本の稚拙な実態が、そのまま現れ出てしまったと言えよう。 
ここは災害大連合内閣で望むべきで、これで自民党は最期の命綱を自ら切り
落としてしまった。数日内に自民党バッシングの嵐になる可能性がある。
民主も酷いのは分かるが・・・ 
 ーー
3283, 人みな骨になるならば −3
2010年03月22日(月)
 人生、60歳を過ぎて、そろそろと考えていた矢先に、この百年か五百年に
一度の大恐慌である。「最後のレッスンを神が与え給ってくれたのか」と気を
取り直し取り組んでいるが、それでも弱気になると、
「自分の人生とは果たして何だったのだろうか」という原点的な問いかけが出る。
 一応、人生の課題は無難に? 解いてきたつもりだったが・・。
丁度、良いタイミングにー「人生の課題」という幻想ーという言葉が飛んできた。  
  著者は私と同じ年齢で、9年前にガンで亡くなっている。 私の中・高校の
同級生が、この10年間で何人も亡くなっている。その彼等の天国からの代弁
とイメージをして読むと、なかなか味わい深い内容として聞こえる。
 死者の視線で見れば、人生の課題も何もかもが幻想でしかないのである。
それが虚無ということ。
  * 「人生の課題」という幻想 ーの項目の一部を抜粋
「時々、宇宙における自分たちの位置を思い出してみることで、我われを
幻惑する我われ自身の分泌物たる通念を相対化してみるのは、どうであろうか。 
『人生の課題』というのは一つの幻想である。事業といっても世間に流通して
いる貨幣や評判を集めているだけである。国事に奔走するといっても、特定の
サル集団と利害を共にしているだけのこと。マイホームの夢は巣作りでしかない。
 有名になることは多くの人に個体識別されるという意味である。もちろん、
そうした目標は馬の眼の前にぶら下げる人参ほどの効果はあるだろう。
馬が走るには、何らかの動機が必要で、少なくとも何かから逃げるといった
走り方より、何かを目指した走り方が元気が出る。人参を追っている馬は、
虎から逃げている馬より、幸せだろう。何よりも重宝するのは、このような
鳥瞰的な視点を得ることは、われわれが『人生の課題』達成に敗れたり疲れた
時にそれを天空から鳥瞰して、それほど大したことがないと達観することを
容易とする。どれもこれも宇宙の一大事にはほど遠い。われわれが失恋したり、
事業に失敗して大騒ぎをすることも、宇宙から俯瞰すれば似たようなレベル
でしかない」(p116) ー幻想としても、目先の課題をキーワードに
解決すること、それが「骨になる間」のお勉めでは?と、思うのだが。
 それも、これも、「衣食たって礼節を知る」が、あってこそ
云えるのではないか。これも、幻想か?
  ・・・・・・・・
2908, 「ドレス」という名のクラブ?
2009年03月22日(日)
 二年ほど前に、クラブの新規開店の案内と一緒に1千円の割引券入りの同封
された封筒が手元にきた。「ドレス」という名が印象的で、「同じドレスなら
『赤いドレス』の名のほうがインパクトが強いのに」と思いつつ、記憶から
消えてしまった。 その一年後に、開店一周年記念の案内が再びきたので
チャンスがあったら一度行ってみようかと思いつつ、これもまた記憶から
消えてしまった。ところが、先日連れの人と居酒屋で飲んだ後、何時もの
スナックに向かって歩いていたら、「ドレス」が入っているビルの前で、
そのことを思い出し、入ってみることにした。 
(字数制限のためカット 2012年3月22日)
・・・・・・・・
2544, パリ高級娼婦館女主人の告白 ?2
2008年03月22日(土)
 ともかく内容が異世界である。だから面白いのだが。こういう人間のベース?
の世界を、真っ只中の人物が書いているのだから、一言一言が生々しく小説の
ようである。 特に性欲からくる人間的な本性がリアルである。人間研究という
面で、顕わで可愛いが、人間の一番、弱い側面でもある。 娼婦の後ろにヒモの
存在が、あまりに悲しい。髪結いの亭主とか似たような男は周辺に幾らでも居る。
「娼婦に殆どヒモが居る」というのは始めて知ったが。こういう連中が都会には
蠢いていて、鵜匠のように見えない糸を操っている。
 次の内容を少し脚色を変えた物語が、今でも現在進行中なのである。。
  *娼婦はヒモがつくる
彼女たちの大部分は、田舎からパリにお手伝いの口を探しにやってくるのです。
当時 ジュロと呼ばれていたヒモは、金持ちのようにしゃれた身なりで、彼女
たちの到着を駅で待ち伏せしていました。娘たちは小さなスーツケースを持って、
ちょっと途方に暮れた様子で、プラットホームに降り立ちます。
手に雇い主の女主人の住所の書かれたメモを握りしめ、とまどっています。
男は何らかの口実を見つけて、娘たちに近づくのでした。こうして、娼婦獲得
のため、お定まりの小粋なラブストーリーが始まるのです。
「地下鉄はあそこですよ。でも、その前にコーヒーでも飲みませんか」
田舎の雌牛たちになれ親しんできた娘にとって、都会のざわめきはいらつきを
覚えます。カフェの中で初めて出会った男に自分の行く先を説明するのでした。
彼は驚いて「へえ。君の行く先って、あの夫人のとこ,.」「あなたはその方
のこと、ご存じなの?」と、娘はさほど驚きもせずに尋ねます。
「もちろん、彼女を知らない人なんかいないよ。
   (字数制限のためカット 2011年3月22日)


5119,がんばれ〜!の絶叫 

2015年03月21日(土)

    * 風に立つライオン 
 映画の冒頭の場面が、アフリカの大地を少年たちが横一列に手を組み
歩いていく。そして、暫くして地雷の爆発がする。子供を使った地雷探し。
ケニアの病院研究所から国境近くの病院に派遣された医師は、そこが
実質、野戦病院であることを知る。そこは戦闘で腕や足を切断したり、
縫い合せる治療が中心の中で、主人公が、日の出の中、大地に向かって、
「がんばれ〜!」と何度も絶叫する。しかし終盤、極限の日々の中で、
自身に向けた絶叫と告白する。 見終わった後、内容が重いため、面白い
とか、ストレス解消より、何も考えられなかった。しかし、夜半、映画の
様々なことが、思い出されてきた。最後は、殺された後、行方不明になる。
 さだまさしが、この話を知り、感動して書いた原作『風に立つライオン』
を映画化。 そのまま題名の曲名にした歌がある。 〜内容説明から
≪1987年、日本人医師・航一郎(大沢たかお)は、大学病院からケニアの研究
施設に派遣される。アフリカ医療に生涯を捧げたシュバイツァーの自伝に感銘
を受け医師を志した航一郎にとって、それは願ってもいないチャンスだった。
しかし、それは恋人との長い別れも意味していた。父の跡を継ぎ、女医として
離島医療に従事する貴子(真木よう子)を遠く日本に残さなければならなかった。
理想を胸に研究と臨床の充実した日々を送っていた航一郎は半年後、現地の
赤十字病院から1か月の派遣要請を受ける。物見遊山のつもりで赴いた彼は、
重傷を負って次々運ばれてくる少年が、みな麻薬を注射され戦場に立たされた
少年兵である事実に愕然としながらも、この病院への転籍を志願する。
過酷な状況ながらも生き生きと働く航一郎は、医療団からの信頼も厚かった。
一方、同病院に看護師として派遣されてきた和歌子(石原さとみ)は、確かな
スキルと手際の良さで、航一郎と時折ぶつかりあいながら互に認め合っていく。
そして、心に傷を抱えた少年たちを「オッケー、ダイジョブ」と温く包み込む
航一郎は、いつしか少年たちの良き友であり、師となっていた。
そんなある日、病院に少年兵・ンドゥングが担ぎ込まれる。 彼は銃傷よりも、
両親を目の前で惨殺され、麻薬でかき消された心の傷が甚大だった
 ― 航一郎は、そんな彼の心の闇に真正面から向かっていくのだが…≫
▼ 20代30歳代の頃、もう極限!という場面で、左手を充電池に、右手を
 手動のトッテに見立て回転をし自らに充電する仕草をしていた。もう一つ、
自分をボールにイメージをし、初めは小さく、徐々に、大きくバウンドさせる
イメージ。本能的行為だったが、不思議なことに、極限ほど、気力も体力も、
湧き出る。そうこう考えると、極限の彼が絶叫をしないでいられない気持ちが
現れ出ている。 重いが、心に残る内容。 エンディングの歌が良い!
・・・・・・
4754,そんなに長生きしたいですか ー6
2014年03月21日(金)
       『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部羊著
   * 「表の安楽死」「裏の安楽死」
 ガン末期の殆どは安楽死だが、当然、裏と表が存在する。ーその辺りからー
《 安楽死は、患者を死に至らせるというショッキングな行為である。
 方法としては、人工呼吸器はずし、塩化カリウムの注射のほか、筋弛緩剤や
インシュリンの致死量投与などがあります。いずれも患者には強い苦痛は
ありませんが、おどろおどろしい印象は拭えません。このように必ず死に
至らしめる方法を使う安楽死を、私は「表の安楽死」と呼びたいと思います。
それに対して、「裏の安楽死」は、必ず死に直結するわけではないけれど、
ほぼそれに近い行為を指す。「積極的」「消極的」という呼び方もありますが、
「表」「裏」のほうが実態に近いと思います。「裏」の安楽死は、当然のこと
ながら「表」よりはるか以前から行われていました。方法は、大量の鎮静剤の
投与や、強心剤の中止、透析や血漿交換や人工呼吸の見送り、栄養の漸減など。
誤解のないように書き添えますが、もちろん必要もないのに大量の鎮静剤を
投与するわけではありません。耐えがたい苦しみを見かねて投与するのです。
苦痛が激しいと、通常量では眠らないので必然的に大量に使われる。
そのとき、家族には副作用で死ぬかもしれないとは必ずしも説明しません。
自分たちが、安楽死を選択したという意識を与えないためです。・・ 》
▼ ここで一人の女性の安楽死をさせるかどうかギリギリの、ケースが
 書かれている。安楽死を懇願され、迷ったが留まった。その結果、一時的に
良くなったが、その後、さらなる苦痛の挙句、亡くなった。懇願されたときに
死なせてやればよかったか、一時的にでも回復したことで良しとするか・・  
普段は医者の口から語られない患者の悲惨な苦痛が、あまりに生々しい。
死ぬ時は、多かれ少なかれ悶絶をして亡くなっていくことは分かっているが・・ 
身近な人の臨終に何度か立会ったが、最後は、家族の了解の中で、医師が呼吸
装置を外し、息を止めている。時どき、積極的安楽死を槍玉にあげた問題が
生じるが、拷問のような苦痛の中で、安楽死をさせるのは当然である。
自分の死を考えると、牛丼屋のように、「早く、うまく(上手)、安く」
あげて欲しい!のは誰しも同じことになる。
・・・・・
4387, 暴走老人!
2013年03月21日(木)
               「暴走老人! 」藤原 智美 (著)
「暴走青年、暴走中年?」のように生きてきたので、今さら暴走老人でもない。
しかしツアーで関西系は言いたい放題が多い。特に大阪のオバチャンより
オジサンが図々しいが、最近は関西系老人が目立っている。歳を重ね歯止めが
きかなくなったのだろう。数ヶ月前に近所を徘徊している痴呆?老人に、
傍につかれ怒鳴られ続けられ、殴りかかれそうになった。最近2〜3度、
顔を見たことがあった老人。何か怒りの先をみつけ、毒を叩きつけているよう
だった。 駅前派出所に届け出たが、怒鳴りでは事件にならないという。
激変する時代から放置された人生に怒り(毒)が蓄積しているようだった。
新潟駅前周辺の地元老人に、こういう人たちを多く見かけた。他人事ではない。
酒を飲んだ自分に時々、彼らの影をみてしまう。ーアマゾンの内容よりー
【待てない、我慢できない、止まらない「新」老人は、若者よりもキレやすい。
現代社会に大量に生み出される孤独な老人たち。その「暴走」の底に隠されて
いるものとは? 老人たちの抱えた、かつてない生きづらさを浮き彫りにする。】
 ーレビューよりー
≪ 小説家の著者は、私と同様、日常生活でたまたま見かけたこれら
「暴走する老人」たちの姿をきっかけにして、現代の激変する「時間」感覚、
「空間」感覚、そして今やマニュアル化した「感情」に老人が暴走する理由を
探るが、あくまでも「暴走老人」は手がかりであり、本質ではない。著者は、
暴走行為は激変する環境に乗り遅れた、あるいは読み違えて「孤立」した
人間の反動的行動と指摘。つまり、断絶的な世代間ギャップが問題ではなく、
暴走はあらゆる世代に共通する連続的な現象となりうるのである。
感覚がまちまちな孤立した個人間の感覚の衝突は、さながらホッブズのいう
「万人の万人に対する闘争」状態である。しかも、個人を律するはずの常識や
規範さえも、日々更新され続けており、今後も加速度的に拡大していくに違い
ない。急激な情報化社会が逆説的に孤立を生み、闘争(=暴走)状況を作り出し、
それももはや止めようがないというのであれば、私は生きていくために今後
どうすればいいのか、途方にくれてしまう。 ≫
▼ 老化は、肉体面では自覚できる。しかし精神面での弛みも出るのである。
 決して孔子の教えのようにはならない。「・・、40にして迷わず。50で
天命をしる。60で耳に順う。70にして心の欲する所に従って、のりをこえず」
ところが、これが真逆になる。「40にして迷い、50でも天命など遥か彼方。
60で自分の人生を悔い。70歳にして呆然自失で暴走化する」これが、最近
みられる老人である。高度成長期の良き時代に生きてきた世代が、低成長の暗い
時代に、老人の枠に入れられ情報機器を使いこなせず、取り残され、直ぐに
切れてしまい暴走を始めたのである。あの歪んだ老人と、理想的な老人像とは、
あまりに懸け離れている。この時代は40〜50年の変化は、昔の4〜5百年
  の変化に等しい。その変化に取り残され、一人彷徨い切れる。
そういう私も似たりよったり。粗大ゴミの成れの果てか。
 ・・・・・・
4013, 事業生活39年の、独り語り ー2
2012年03月21日(水)
  * 野田一夫教授のこと(20歳の頃ーある教授との出会いー2)
 それまでの、寮とクラブが中心だった付き合いが、この頃から微妙に変化
していった。専門課程の三年になると卒業後が見えてくる。そこでドラッガー
を日本に紹介した野田一夫教授の「経営学」を選択した。その授業に驚いた。
≪ 2002/02/28 20歳の頃ーある教授との出会い−2(随想日記より)
 経済・経営系の人なら、この人の名を知っているはずだ。ドラッガーの訳者。 
忘れられない授業があった。確か3年の時の6月の初旬あたりである。 講座は
「経営学」である。 その時の感激を今でも憶えている。学生時代の自分の中で
色々な内面のビッグバンがあった。 その中で「Aクラスのショック」であった。
ーその内容とはー【 諸君、同じ人間として生まれたからに、せっかくこうして
学んで人の上に立とうというなら、ロマンローランの「ベートーベンの生涯」
をぜひ読んでみなさい!ベートーベンは音楽家でありながら、難聴になった。
音楽家にとっての難聴は致命的。それを乗り越え、その心を作曲したのが
「運命」である。この本の中の彼の手紙に「絶望を突き抜け歓喜に!」
「良くかつ高貴に行動する人間は、その事実に拠ってだけでも、不幸に
耐ええることができる!」という言葉がある。不幸のどん底の中の意志の言葉
だから素晴らしいのだ。この本を買って繰り返し読みたまえ!これから諸君は
何らかの形で指導者になる人間だ。 素晴らしい本を読みたまえ。
勉強をもっともっとしたまえ。何処でも席を座るならこそこそ隅に座るな!
真ん中に座りなさい。】 大体がこんな内容であった。
 この時から何かが変わったように思えた。野田一夫教授は当時、ドラッガーの
訳者として高度成長期の売れっ子教授で、今でいうタレント教授的なところが
あった。自信と個性の塊のような人で、人をある方向に駆り立てるカリスマが
あった。その後立教を辞めた。多摩大学の創立総長として、何度かTVで
お目にかかった。更に宮城大学も同様に創立に関わり総長をされていた。
ドラッガーが愛読書になったのも野田教授のお陰である。 ≫
▼ この授業の直後、30日の欧州一周旅行に出発をした。そのカルチャー
 ショックは、あまりに大きな衝撃であった。21年間の小さな固定観念が
根こそぎ壊された。欧州文化と文明に直に触れ、また夜は連日、飲み歩き。
毎日、見るもの聞くものが、面白く、驚愕の連続。 この時期に、黄色人種の
日本人である自分を逆照射はベストだった。自分は、世界の広さも、深さも、
実は殆ど知らなかったことを、知ったということ。しかし、求めれば、知識も、
経験も、富も、自分の努力で得ることが出来ることに目覚めた。
その準備期間が学生時代ということに気づいた旅行になった。
・・・・・・
3647, 自己の探究 ー2
2011年03月21日(月)
    「 自己の探究 ―自己とつきあうということ 」和田 渡 (著)
 第二章の「関係としての自己」で、ソクラテスと自己の問題をあげている。
   * 汝自身を知れ  ー P28 ー
人間は無知であり、無知であることに対しても無知なのである。それゆえ
ソクラテスが強調したのは、何よりもおのれの無知に気づき、すこしでも
無知でない状態へと自己を導くことであった。そのためにこそ、自己は配慮
されなければならない。 無知な状態を脱して、真の知を得るためには、
よく生きる努力、自己の魂への配慮を欠いてはならない。そうしたソクラテス
の信念は、『ソクラテスの弁明』のなかのアテーナイ人への呼びかけに明らか。 
世にもすぐれた人よ、君はアテーナイという、知力においても、武力においても、
最も評判の高い偉大な国都の人でありながら、ただ金銭を、できるだけ多く
自分のものにしたいというようなことにだけ気をつかっていて、恥ずかしくは
ないのか。評判や地位のことは気にしても、思慮や真実は気にかけず、精神を
できるだけすぐれたものにするということにも、気もつかわず、心配もして
いないというのは。 金銭欲や名誉欲といった誰もがとらわれやすいものから、
真実をめざして精神を配慮する方向への転換を説くソクラテスは、当時嫌味な
老人として嘲笑と反発を買ったかもしれないが、自己に向かう態度を頑固な
までに強調する。彼は、自己が金銭や他人の思惑などにひっぱられやすいもの
であると考えた。それゆえに、%A


5118, 社会主義の実現を信じた狂信者という悪魔 〜3

2015年03月20日(金)

       ―ポル・ポト―ある悪夢の歴史〜フィリップ ショート (著)ー
 * ポル・ポト ―自国民の二割を虐殺した男
   〜まずはアマゾンの商品説明より
≪ カンボジアで二十世紀の歴史に汚点を残す大量虐殺がなぜ起きたのか?
 人口700万人のうち150万人が犠牲になった、クメール・ルージュ/カンボジア
共産党首領ポル・ポトの伝記。極度の秘密主義を貫いた彼の生涯は、これまで
闇に包まれていた。しかし本書は、その軌跡を追い、クメール・ルージュ組織、
粛清、権力奪取、大量虐殺、失墜、死までを、綿密な取材とインタビュー、
膨大な資料を駆使して克明に描き出した、「決定版」といえる大著。
 パリ留学から帰国したポル・ポトはクメール・ルージュを組織し、都市=
ブルジョア思想に毒された場所、農村=革命の前衛という図式を掲げて農村を
オルグ、独自の共産主義路線を推し進める。彼は背後に隠れ、血の粛清に
基づく恐怖政治で支配を固め、プノンペン占領を果たす。都市人口の大量移動、
通貨・商業の廃止、家族制度の廃止と共同の食事、強制労働など、極端な空想
社会主義は多大な犠牲者を生むことになる。まさに「悪夢の歴史」だ。
大量虐殺はなぜ起きたのか? 蛮行と悲劇の全貌を暴いた本書は我々に問い
かけるが、それは重く、根深い。≫
▼ ポルポトは空想社会主義を信じ、通貨・商業の廃止、強制労働、家族制度
 の廃止を貫き、反抗する者はすべて拷問・虐殺。結果として国民の4分の1を
抹殺した。両親から引離された子供が、その拷問の執行者。1970年頃から2000年
頃までのカンボジアで起きた権力闘争や虐殺などの詳細の多くの書籍で語られ
ているが、その内容たるや、想像を絶している。出世のため、地方の役人が
しでかし、それを見て見ぬふりの毛沢東とは違い、その指示をした確信犯。
ヒトラー、毛沢東、スターリンに匹敵する虐殺が、10数年前までアジアであった
事実は何とも痛ましい。国力の向上には優勝劣敗の弱肉強食のシステムが必要
だが、大多数を占める弱者を如何に守るかが問題になる。それも文化人を狙い
うちにしたのだから、絶望的な所業である。他にも、中国による、チベット民族
120万人の虐殺があるが、何故か世界のマスコミは誰も語ろうとしない。
・・・・・・
4753,そんなに長生きしたいですか ー5
2014年03月20日(木)
      『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部 羊著
  * 老人力より、満足力、感謝力を
 著者は私より10歳若いので、老いの実感が少し違うのは仕方がない。
老いは、60歳代は重症の病がない限り、ある意味、一生で最良の時節!
が分ってない? 夕暮れ時の楽しさである。70歳代も、その延長とみるのは、
無理があるが、人による。兄姉4人が70代だが、実際の心情は分からないが、
不幸でもなさそうだ。問題は、後期高齢者といわれる75歳以降。 
 ーここで紹介しているインディアンの教えの次の一節が良い!
《  おまえは(若者)わたし(老人)に言う、
    去年という年に住むご老人よ、
    昔の歌を歌うご老人よ、
    目を覚まして
    現実の世界を見てごらんなさいと。
   わたしはおまえに言う、
    どこにも住んでいない若者よ、
    雑音しか聞くことのない若者よ、
    世界はわたしの内部で育ってきた
    だからわたしは歳月とともに豊かなのだ。  
       (「今日は死ぬのにもってこいの日』ナンシー・ウッド著              
  老人は弱るからこそ、深い知恵をつけられる。失敗し、挫折し、何度も
  あきらめを経験するからこそ、新しい地平が見える。若さや元気ばかりに
  すがりついていては、知恵や満足から遠ざかるばかりです。
  だから幸福な老後を目指すなら、自らの境遇をあれこれ言う前に、
  満足力のをつけたほうが早道ではないか。
  ・・ 老人の知恵として、欲望にはきりがないと悟り、‘無頓着力’
  ‘満足力’‘感謝力’をつけたほうがいい。 それができれば、
  浅はかな若者たちも自然な敬意を抱くようになるでしょう。 》
▼ 若いうちは、感激力、感動力、感涙力が優先されるが、老いたら、満足力、
 感謝力、諦念力が必要というのは、現在、実感していること。ここでいう
「世界はわたしの内部で育ってきた だからわたしは豊かなのだ」は、老いて
こそ、実感できる言葉。老いれば老いるほど、世界は私の中に収まり、さらに
広がっていく!ネット社会は、その点、非常に便利になる。今のところ長生き
したいが、歳を重ねるにつれ、どう変化していくか? 歳月、人を待たず。
・・・・・・
4386, 「うつ」かもしれない ー2
2013年03月20日(水)
     ー「うつ」かもしれない ー死に至る病とどう闘うか〜磯部潮著
 ウツは躁鬱の躁の反動による「哀」の肥大による。その他にも連れ合いの
喪失、病気、失敗、トラブルなどあるが・・ バランスをとるには気分を切り
替えて、その肥大に喜と楽を加えることだ。これは意識すれば可能である。
   * ウツは、「喜怒楽」の低下による「哀」の相対的増加による
≪ 「うつ」というのはある意味、人間の正常な反応の一つです。喜怒哀楽の
「哀」であり、私たちの日常に溢れています。ではなぜ「哀」だけが突出するか。
実は、こういう疑問の立て方に最大の欠陥があるのではないか。つまり「哀」
の突出ではなくて、「喜怒楽」の低下による「哀」の相対的増加こそが、
「うつ」をもたらしていると思うのです。人間の基本的な感情である「喜び」
「怒り」「楽しさ」は、ある意味、積極的な他人との関わりのなかでしか
産出され得ない。それに対し「哀しさ」は、積極的な他人との関りだけでなく、
関りから撤退することでも産出されます。つまり、対人的な関わりの希薄さの
先鋭化こそが、「うつ」の増加を促進させる最大の因子ではないかと思う。
戦争のときに「うつ」が減るとされるのは、戦時中は人々の結びつきが強く
なるからかもしれません。現代は価値観の多様化した社会だと言われています。
そして思考力に若干の柔軟性を欠くとされる「うつ」の人たちは、そのような
価値観の急速な変遷に対応することが困難であるために、「うつ」になると
考えられてきました(10年程前までは、診断根拠として「うつ」になりやすい
性格「病前性格」が重視されていました。価値観の急速な変化に耐えられない
ために「うつ」になるというのは、「病前性格」があると想定した上での
仮説です)。そういう一面も確かに存在するでしょう。≫
▼ ウツを「喜怒楽」の低下による「哀」の相対的増加によるという見方は
 初めて。そのため独り遊びが出来れば、ウツになりようがない。独り遊びは
喜怒楽を満たしてバランスをとる効果がある。 女性が男の二倍もウツ病になる
のは、独り遊びのチャンスが少ない社会構造にもある。 今回も、二年間が
大きな節目と精神面には気をつけていた。まずは、冬期間二時間、夏場は三時間
の運動をする。この随想日記に集中する。週に一回はシネマに行く。読書の時間
を必ず持つ。就眠直後の4〜5時間は熟睡する工夫をした。スーパーやドラッグ
ストアで、一人で酒と肴や身の回りの買物をする。月に1〜2度は飲みに出る。
年に数度は地元から出ること、などを意識的にすることで何とか乗り越えてきた。
これは喜と楽を自分でつくり出すことになる。一日一生と、淡々とスケジュール
をこなしていれば、哀しみは肥大しない。それが出来ないのが、病。これも無知
による要素が大きい。群れてきた人は特に注意!「独りになれよ!群れてないで」
・・・・・・
4012, 事業生活39年の、独り語り ー1
2012年03月20日(火)
  * 意志の確定
 倒産から一年経つ。 過ぎてしまえば、アッという間だったが、ハードラン
ディングであることは間違いない。一年間は頭を冷やすということで事業総括
をしなかった?9・11テロ以来の10年の年計グラフの数字が、時代の大きな
断絶、「20世紀型既存業態の事業は全て終わった」と、語りかけていた。 
ネット世界が、もう一つ、現実世界の上に出来上がり、グローバル化を促進、
NO・1しか事業として成立しえない世界が現れてきた。そう見極め判断すれば、
割り切るしかない。そして、リーマンショックと、東北大震災である。 
私にとって40年近い事業が、この結果に終わったことは致命傷。
しかし事業人生の総括を一年経った現在、しておかなければならない。 
元々、実家が商家であり、終戦直後に生まれた時から、創業の真っ只中が幼児期
だったため、激しい日々が3つ児の魂に刻まれていた。 そして20歳の時に、
自分も創業をしたい!という気持ちが立ち上がってしまったことを以前ここで
書いていた。 まずは、そのコピーから
  * 20歳の頃ーある教授との出会い-1 2002/02/25
≪ この頃は大きなターニングポイントの時期であった。土がたっぷり付いて
 いた田舎青年が、それを必死に振り払い「自分に目覚め始めよう」としていた
時期であった。キリスト教倫理の教授に「将来の自分の設計」のテーマを夏休み
に与えられ、「生まれて初めて」に真剣に将来を考たレポートを出した。
その内容に対し心の入った文章の返事が返ってきた。200人の学生に対し、
これだけ長い心のこもった返事を書くもかと感激をした。それとも
「自分の熱意を込めた内容に対する特別の返事」だったのか? 
鈴木教授という名前と、授業内容が心のこもった内容であった事を憶えている。
私のその時書いた内容は、一ヶ月考え抜いた内容。初めて第三者に自分の心情を
書いた。いや書かされたのかも知れない。要旨は「両親の生き方」に対し
姉兄はその激しさ厳しさにしり込みをした。そして安易な生き方を選んだが、
自分は父の生き方を選ぶことにする。 今になって特に「父の生きかた」に
男として魅力を感じるようになった。もしかしたら、「兄二人が20歳過ぎで
不幸な死に方をした」ことも書いたかもしれない。心のこもった返事とは
「その中で、よく父の生き方を肯定をした。そしてその生きかたを選んだ貴方の
決心が心から嬉しい。貴方が自分自身で考え抜いて判断したこと、そのことが
素晴らしい!」というな内容。この時点で自分の生き方が変わった。
いや決まったように思える。もともと決まっていたのかもしれないが。 
 俄然それから目標がハッキリした。
「事業を起こそう!人と違った生き方をしてやろう!父が目標だ!≫
▼ それから45年後に倒産に至ったが、傷は、それほど深くない。
 ハッピーエンドとしても、大して変わりがないというと、虚勢になるが、
しかし私の人生は肯定するしかない。しかし充実はしていた。これを書いた
夏休み以降から俄然、日々が面白くなった。まずは、自分づくりが始まった。 
志を立て、目標を持つと人生は変わる。そして授業の科目を見渡すと、全てが、
そのための学問。そして、寮の先輩も同僚も、全てが個性的人間に見えてきた。 
丁度、将来に目覚める時期だった。
・・・・・・
3646, これまでの人生は何だったの?
2011年03月20日(日)
 地震 ―つれづれに 二題 ー9
  * これまでの人生は何だったの?
 九死に一生を得て、避難所に来た人のインタビューが生々しい上に哲学的。
ある中年女性が、「全ての生活を失って、これまでの生活と人生は何だろうか
考えてしまった」と呆然自失とした言葉が印象的。死など考えてもみなかった
人が突然、「あと数ヶ月」と宣告されて、これまでの人生を振り返った時の
言葉と同じである。これまでの生活全て目前で喪失してしまった純朴な人が、
走馬灯のように現象世界を呆然と振り返ったとき、「人生50年夢幻」の実感が
みてとれる。これは、まる一週間前に起きてしまった日本という国にとっても
同じ。この日を境に日本は、大きく変わってしまったのである。この事実を
見極めないと、判断を間違ってしまう。 また、「現在起こっていることが、
いまだ現実として受け入れられない」という言葉も、悪夢としてしか受け
とめられないのである。空ろな顔をした少女が行方不明の母親を探しながら
絶望的な声で「オカーさん」と叫んでいる姿は何をか言わんである。
一瞬で大津波が生活に襲ってきたとき、ただヒタスラ逃げるしかない。
そこで助かった人は、身ひとつしか残ってない。家族と家など全て失い、
避難所で何もなすすべが無い人が多く見かけられる。まさにホームレスの状態。
「私一人が生き残ったが、それが良かったかどうか、今でも分からない」
は、厳しい!
   * TVを見るたびに、絶望的な事態になっていく!
 ホウレン草と牛乳に基準値を超える放射能量が検出されたのに続き、
今度は水道から放射性ヨウ素が検出された。福島の、この時期のホウレン草
はビニールハウスでの栽培というし、牛乳の中にというと、タダゴトでない。
かなりの放射能が既に放出されているという事実を表している。最悪に向かって
ことが進むと、本州は壊滅するというのが。決してデマでないことになる。 
死の雨が農産物に行渡れば、我々に待っているのは言わずと知れたこと。
だから在日の外国人は、そそくさと帰国していったのである。函館か、九州に
でも長期旅行と考えてもみたが、何を今さら・・ 充分に生きてきたから、
数年早いか遅いなら、ジタバタすることもない? 
この数年、地球破滅を取り扱った映画を何本かみてきてが、
直面するとは、今でも信じられない日々である。 
・・・・・・・・
3281, 5千台、トヨタ車販売をした人の死
2010年03月20日(土)
 会社の車の保険の更新が毎年、この時期にある。いつもトヨタの営業の人から
電話がある時期にかかわらず、電話が来ないので事務の人が電話をしたところ、
「二日前に急に具合が悪くなり病院に行ったが、肺炎で昨日亡くなった」という。
そういえば去年のいま時分、数年ぶりに事務所に訪ねてきたが、ビックリする
ほど痩せこけていた。本人が言うには、「インドに行って帰ってきたら歩けない
ほど目眩がしたので病院に行ったら、何か訳の解らない奇病。 半年間、入院
をしていたが命にかかわる病だった」という。「たまたま紹介をしてもらった
先生が良かったので助かった」とか。初めに見てもらった病院の先生が好い
加減な先生で、処方箋の薬を貰いに行った薬局の窓口に人が、「あの先生は
当てにならない、他の病院に行った方が良いですよ」というので、知人の紹介で
新しい医者に行ったところ、奇病が分かって半年間、入院し命が助かったという。 
この中に現在の医師問題など多くの医療問題が隠されている。 
で、昨日の地元紙の朝刊に、本人の死亡広告が出ていたが、アッサリと人は
亡くなるものと驚いた。 加齢とともに、こういうことが多くなるのだろう。 
(字数制限のためカット 2012年3月20日)
 ・・・・・・・・
2906, ユングの世界のような夢
2009年03月20日(金)
 最近不思議なユング的?な夢をみる機会が多い。夢自体が不思議であるが。
  ーその一つを披瀝してみよう
 あるビルのような場所にいて、右の数メートル先にエレベーターがある。
そのエレベーターは、違う次元へ上がるようで、危険なイメージが漂っている。
ところが、上からエレベーターが下りてきて、数人の人間がドアから出てくる。
ところが全身何も着てない上に、全身が全て皮膚だけのノッペラの人間のカタチ
をした一団。階上から逃げてきたようで、私が反対にある違うエレベーターに
彼等を誘導し下界に連れて行く。その後そこに戻るが、禁断の上階への
エレベーターに乗ってみたくなる。思い切って乗ると、いつの間にか異次元の
天空に自分がいる。 時は40年前の20代前半である。そこには当時の
懐かしい人がいる。何もかも解放された天空の中で、全てが許されて洗い
流されている。しかし自分は、ここいることに疑問を持つ。もしかしたら、
あの皮膚だけの人たちと同じように、自分のそれからの過去が消されるのでは
と不安になる。 そのあたりで夢から醒める。
▼ 出来すぎたユングの世界ともいえる内容である。死と生の二つが重なり
 あった内容とも解釈できる。上階へのエレベーターで上がっていった先は
時空を超えた純粋意識。下界へのエレベーターは現実社会の世界で、横に
流れている日常である。面白いのは上階〈上界)から降りてきた人が
ノッペラの皮膚だけの(個性を削ぎ取られた)人間集団である。
その彼等を違う下り専用のエレベーターというところも面白い。心の構図
ということか。この随想日記で、人生をビルに喩え、10年単位でフロアーを
分けて何をすべきか云々を書いたのが影響したのか。その時に屋上から
見える外界のイメージが天国へと一歩踏み込んだ場所だろうか。
 ・・・・・・・・
2542, ロシアの小話、8つ( おまけ ) ー2
2008年03月20日(木)
・交通事情
*東京発モスクワ向けアエロフロート機内で突然モーターが動かなくなった。
 乗客はパニックに陥った。すると操縦席のドアが開いて、パラシュート姿の
 機長が出てきた。「皆様ご安心下さい。地上に救援を求めに行ってまいります」
*新潟発ナホトカ行きの大型旅客船が沈みかけている。 船内放送「乗船の
 皆様方の中で、切符を分割払いでお求めになったお客様。どうぞ1番初めに
 救命ボートにお乗り下さい」
・「もしもしニコライ先生ですか?女房が盲腸の発作で大変なんです。すぐに
 来て下さい!」「落ち着きなさい。あなたの奥さんは私が3年前に盲腸の手術
 をしましたよ。いいですか?人間には2つ目の盲腸はありえないんですから」
「はい、その通りです。でも先生、人間に2人目の妻がいても不思議ないですよね」
・「酔っぱらうってどういうこと」「ここにグラスが二つあるだろう 
 四つに見え出したら 酔っぱらったってことだ」
 「お父ちゃん そこにグラスは一つしかないよ」
・ 「あなた、指を入れるときは、指輪はずすっていう約束だったじゃないの」 
 「これ、腕時計だよ」
・旦那が予定外の帰宅。妻は愛人を無理やり窓から飛び下ろさせた。 
 落ちながら男は思う、「神様、私はなんて愚かなのでしょう!彼女のところ
 に首を突っ込んだが最後、今地面に叩きつけられて私は死ぬ。家には妻、
 子供、団欒。あそこに座っていれば、テレビでも見ていれば、茶でも
 飲んでいれば....。」 ボサッ。 柔らかい土の上に落ちました。
 体を起こし汚れを叩き落として、「畜生、頭の中にやたらとくだらん
 ことが浮かんで来るもんだぜ。」
・一人の男がバーに入り、バーテンダーに賭けを申し出た。 彼は言った。
「あそこの床にグラスを置いて、20フィート離れたとこから小便を一滴も
 こぼさずに命中させてやる。これに50ドル 賭けよう。ただし、こぼれた
 小便はお前さんが掃除しなけりゃならんがね 」 バーテンダーがこの賭けに
 乗ったので、男はグラスを床に置いた。そして、そこから20フィート(約6m)
 離れると、小便をバーの中全体に撒き散らした。小便は通路、床、バーの
 中にいた者のグラス、そしてバーテンダーにまでひっかかった。
 バーテンダーは、勝ち取った50ドルに笑みを浮かべながらバー内を清掃した。
 すると、賭けに負けたはずの男が笑い出した。 バーテンダーは訊いた。
 「おい、あんたは50ドル負けたんだぜ。なんで笑ってられるんだ 」
 男は答えた。 「外の歩道に突っ立ってるヤツがいるだろ。オレは、
 あいつに200ドルを賭けたのさ。このバーに入って、小便を撒き散ら
 して、バーテンダーに、笑みを浮かべながら掃除させてやるってね 」
(字数制限のためカット 2012年3月20日)


5117,カエル男の末路 −2

2015年03月19日(木)

       ー日本社会を埋め尽くすカエル男の末路ー深尾葉子著 
  日本社会を築いてきたのがカエル男。「依存としがみつき」を良しとして
 物事の本質(国債、原発事故、政治改革等)にメスを入れない?政治と社会。
そのカエル男社会の治安を乱したホリエモンは、世論に推された検察のシナリオ
で逮捕された。小さな井戸では蝦蟇カエルは、ジャマのようだ。
   * カエル男の4つのタイプとは
 ★ 依存型カエル男(妻にしがみつく) 
  〜月の小遣い1〜3万。独立や転職を「妻、子供がいる」
  と断念したことがある。私服がダサい。妻の話をよくする。〜
 ★ 攻撃型カエル男(家庭外で鬱憤を晴らす)
  〜議論が大得意。親分肌。ミスを部下に押し付ける。使えない部下を
  怒鳴りつける。接客態度が悪い居酒屋で、怒鳴りつける。
 ★ 自己犠牲型カエル男(終身雇用にしがみつく)
  〜35年の住宅ローンを組んでいる。何年もスーツとYシャツ以外の
  服を買ってない。自分は「そこそこ甲斐性がある」と思っている。
  自分は定年まで会社に居れるが、若い後輩は気の毒と思う。
 ★ 現実逃避型カエル男(自己啓発と絆に逃げ込む)
  〜若い愛人がいて、仲間内で不倫自慢をしている。酔っ払うと
  愚痴を言ってしまう。会社は居心地が良く、サービス残業も良しとする。
  休日はイオンや、ヨーカ堂で過ごすことが多い。
▼ 攻撃的型と、現実逃避型カエルは、我身に覚えがある。どの要素を
 誰もが少なからず持っている。『今夜は遅くなる!、○時にはカエル』と、
あいも変わらず毎晩、鳴いている。ひたすら均質性を求める池や田圃では、
彼等のコピーの子カエル、子タガメを再生産をする。大都市へのアクセスが
30分以内が国民の7〜8割を占める日本で、このシステムに何の疑問を
持たない善良な人たちが、日々を過ごす。この「箍」から逃れるには、
アメリカ的価値観から逃れれば良いが、そこは世間様とかが立ちはだかる。
 このシステムは、悲しいかな、敗戦国日本の行きついた姿。これに
スマフォが行渡ったのが、現在の社会現象に現れ出ている。
・・・・・・
4752,閑話小題 ー6年ぶりのパソコンに挑戦中!
2014年03月19日(水)
   * 6年ぶりのパソコン
 四月半ばのWindowsXP終了にともなって、新しいパソコンを導入して三週間。
(年金暮しで、ローンだが)これまでのPCは、iMacにWindowsVistaをのせて
6年以上使ってきたが、XP終了後からは本来のMac画面を切り替えて使う予定。
現在、ブログは今までのPCを使っているが、徐々にWindows8に移行をしていく。
 数ヶ月かけ、迷いに迷った末に選んだのは、ソニーの21インチのテーブル
トップ(大型タブレット)と、デスクトップの両用が可能。「型落ち」
(一シーズン前の秋冬シリーズもの)で、三割以上の値段が下っていた。
3・9キロと軽いので、居間と寝室と書斎に手軽に持ち運べて、使い勝手は
理想的。ほぼタブレットPCと同じ機能で、充電が出来て、WiFi機能もあり、
家では、無線で何処でも持ち運び可能。当然、6年前のVistaとの使いかって
の段差が大きい!「パソコンは四年で入れ替えるべし」の意味を実感している。 
SEの知人の助言、「新規の選定は、タッチ式が前提!」も、なるほど納得。
 パソコンは、デスクトップ、ノート型も、「タッチ式、直感的画面操作」
の流れである。 これで一挙にパソコン難民が使いこなせることになる。
慣れるに、iPadと同じく3ヶ月〜半年はかかるが、面白い!iPad以来の興奮。
旧来のWindows/Vistaが、本来のiMacになるので、アップスケール(脱皮)。
iPadも含めて果てしない情報機器の進化の恩恵である。この進化も、メガネ、
腕時計、チョッキなどウェアラブルPCになっていく。 面白い時代である。
   * 追憶の写真旅
 Yahooのブログに、過ってツアーで行先の写真を、ネット上で探し載せて
いるが、これが奇妙な感覚で面白い!同じ対象を違う人の視線で見ると、
自分が見ているような錯覚が起こる。例えば長岡花火を、後日、ネット上
からみると、分かるはずだが、違う視線を幾つか加えると、その時の臨場感
が鮮明に思い出される。実際は、混雑の中のお祭り騒ぎが加わり、面白み、
迫力が違うが、それでも、ネットで行先の写真をみて、感じとった一瞬は、
当時を彷彿させる。現場感覚があるのが、追憶の旅を面白くする。
それはTVの旅番組で同じ。後退的だが、情報化の恩恵の味わいも良い。
・・・・・・
4385, 「うつ」かもしれない ー1
2013年03月19日(火)
     ー「うつ」かもしれない ー死に至る病とどう闘うか〜磯部潮著
 うつ病に関しての書評を幾つか書いてきた。
【2012/05/09 本当は怖い抗うつ剤】
【2012/01/23 他人を責める「新型うつ」について】
【2011/11/24 「現代型うつ」とは】
【2010年02月13日(土)「うつ」9つの症状】【3246,新・欝の時代】
【2007/06/05 2254 ビョーキな人々探訪記 *鬱病について】
【2006/10/27 2033, 躁鬱病について】【2005/12/18 1720, 生きるのがつらい】
【2003/07/15 「阿弥陀堂だより」−映画日記】 よく書いたものだ。
 平均、それぞれ4回として、9×4=36回は書いたことになる。
それぞれの視点で切り口を変えた本は、病気というより人間の本質を教える。
著者は年に何人も死なせている。だから、うつ病の恐さを知り尽くし警告する。
  ーアマゾンの内容紹介ーより
【 私が精神科医として働き始めて、二〇年近く経ちます。その間、私自身が
 把握しているだけで数十人のうつ病の受け持ち患者さんが自殺しています。
必ず毎年、数人の患者さんが自殺してしまうのです。そしてその度に
「もっと適切な方法があったのでは」「私が主治医でなければ自殺しないで
済んだのではないか」という慚愧の念に強くとらわれます。(略)・・
 今回、うつ病の本を書くにあたり、これまで私の記憶から排除しようと
していた、死に至った患者さんたちのことを思い起こしました。(本文より)】
 ここで、一般に「「うつ」は、心のカゼであり、早期治療でクスリを飲めば
治る」というような解説が多いが、著者はこのような考え方を明確に否定し、
「うつ」に罹った人のうち一定数は必ず自殺する」という認識をしている。
 本来「うつ」としてきっちりと治療すべき人を「自律神経失調症」として
安易に診断していたり、「うつ」で休職した人を無理に早く職場復帰させる
ことはとても危険であるという。
 以下の九項目のうち五つ以上該当し(1と2のどちらか含まれる)、
  それが二週間以上続いていたら「うつ」と判断される。
1、一日中気持ちがしずむ 2、これまで好きだったことが楽しく感じられない
3、急に体重や食欲が落ちる 4、眠れない、あるいは眠りすぎる  
5、ソワソワと落ち着かなくなったり、反対に動作が鈍くなる
6、毎日体がだるく、なにもする気がしない  7、自分をダメ人間だと考える
8、なにも決められなくなり集中して考えられない  9、死にたいと思う
▼ 多くの「うつ」に関する本を読み、身近の人の相談にのったり、青年期の
 ウツ症状の時、独りで本などを読み乗り越えてきたが、人間の心身は生もの。
いつなん時、襲いくるか分からない。これは慢性病になる可能性があり、下手
をすると死に至る病。九項目の中で、一つか二つはあるが、それも一瞬の間だけ。 
そういえば、節目時に、「虚無感」に陥ったことがあった。あの不思議な捉え
どころない自信喪失というか、虚無感、脱力感。 振り返ってみても底知れぬ
心の状態である。現在の私の状況、最もウツになりやすい事態だが、戦争時に
ウツは出ないのと同じ。それと遊んでいる? とすると痴呆かい
・・・・・・
4011, ビジネスマン退職後の誇りある生き方 ー4
2012年03月19日(月)
   ービジネスマン退職後の誇りある生き方章ーキングスレイ・ウォード著
 * 実業界には三種類の成功者群がある  ー 翻訳者の、後書きより ー
【 実業界には、三種類の成功者、つまり二億ドル人間と、二千万ドル人間と、
 二百万ドル人間がいるといわれます。二億ドル人間は、自分の起こした事業を
世界的規模に育てあげて市場を征服することに夢を託す本来的な企業家、実業家。
その結果蓄積される個入の財産は二億ドル(約二百四十億円)を下らないでしょう。
一方、二千万ドル人間は、むしろ経済的な成功の成果である富で普通の人には
できない豪華な生活、つまり豪邸に最高級車、使用人がいて、海外の別荘で
ゴルフといった生活を楽しみたい人たちです。二千万ドル(約二十四億円)以上
の財産がなければ、そのような生活は望めません。そして二百万ドル人間は、
ウォード氏のような人たちです。製造業の例をあげるなら、二億ドル人間は
ホンダの創業者本田宗一郎、二千万ドル人間はホンダと創業をともにした
本社の幹部や部長たちと、関連会社の部品などの経営者たち、二百万ドルは
自営業の域を出ない下請けの町工場の事業主ということになるでしょう。 
二百万ドルは家族を養い、善良な市民の務めを果たしながら二百万ドルの資産
を築けば、よくやったと自分をほめてやれる、ごく普通の金銭感覚を失わない
市井の入です。本書で述べられているウォード氏の意見が私たちの共感を呼び、
私たちにとって適切な助言になるのは、ウォード氏がビジネスマンとして
成功しながらも、市井人の心を失わない二百万ドルであるからです。 
お金は生活を保証するもの、人生にはお金で買えないもっと大切なものがある
というのがウォード氏の持論です。大企業の創業者の人並みはずれた才能、
努力、そして時代を彩るまばゆいばかりのドラマをウォード氏に期待する
ことはできませんが、人生の成功者としてのウォード氏の功績は、決して
彼らに劣りません。ウォード氏は普通の人たちの普通の悩みや喜びを語る
ことによって、人生の成功者になるための秘訣を明らかにしています。 】
 ▼ 三種の成功者の分類が面白い。 娑婆は、それで色分けをして
人の価値を決めていく。日本でも、この数値が百〜二百万、千〜二千万、
一〜二億ドルと少し下がるが、こんなもの。これが人間の価値と信じて
疑わないのが、俗に言う世間様。一歩ひいてみると滑稽に見えるが、世の中
の9割が金で買えるという幻覚の中にいると、それはそれで目安になる。
3つの震災で実業界から退場してみて、「娑婆など死んで三日も経てば、
‘それがどうした!’でしかない儚い世でしかないのが分かる。
逆に、これも肯定してみるのも一つの理で面白い。事業人生を決心してから
去年までの45年間は面白かったが、赤裸々の人生。しかし45年間を通じて
人間社会の実態を多くを学ぶことが出きた充実感が残った。
それも3つの大震災で崩壊。敗者の弁かい!
 ・・・・・・
3645, 地震 ―つれづれに  ー8
2011年03月19日(土)
  * 震災 まる一週間
 地震も、昨日でまる一週間になる。当初は、ここまでの大震災とは思って
もいなかったが、時間が経過するにつれて、歴史的な大震災の姿が現われ出て
きている。その上に原発事故の誘発である。大津波だけでも歴史的大災害の上に、
大爆発をして日本中が被爆をしたら本州全体が破綻してしまう可能性がある。
3月11日から日本は、全く違う国になってしまったのである。村山が首相に
なった時に神戸震災、そして今度の首相で、この大震災である。現在、我われは
誰もが身近にデジタルカメラとビデオを持ち歩いている。そのために生生しい
写真とビデオが、あらゆる角度から映し出されている。それが規制無しでネット
で多く飛び交っている。その結果リアルの現実が直接、目前に突きつけられる。 
一つ例に挙げると、私の学生時代の友人が、仙台を気に入って終の棲家として
仙台飛行場近くの漁村に住んでいる便りを貰った。恐らく巻き込まれたのでは
と、その村の名前を検索したところ、その地の震災の惨状の写真が、その村の
ブログに載っていた。跡形もない村の惨状に、驚いてしまった。。
   * 原発事故のリアルな現実
 福島原発事故で、20〜30キロ内の屋内退避が県外退避に転換され
大型バスでの移動が始った。この圏内には14万人が居住していて、今後、
一斉に退避が始まるが、問題はガソリンや食料がないこと。米国などでは、
80キロ圏内の避難を指示しているが、福島原発の80キロ圏内には、更に
数十万人がいる。最悪の大爆発が生じて、放射能が日本中を覆うことになれば
日本壊滅になってしまう。 それが、この数日中に発生する可能性が大と
いうから、何をいわんかである。 リーマンショックで疲弊している上に、
この大震災と原発事故の二重の打撃は、日本経済は致命傷になってしまう。 
まず早急に消費税などの直接税が20パーセントも現実問題になる。
これは15パーの収入減と同じことになる。もちろん、この事態では当然、
受けいれるしかないが、体力を消耗してしまった中小企業は致命傷になる。
日本全体が被災者という現実がある。
 ・・・・・・・
3280, 人みな骨になるならば ー2
2010年03月19日(金)
  * わたしは特別か?          
ー まずは、次の部分の抜粋から  P−41
自分だけは大丈夫と感じる原初的な感覚を、E.エリクソンは「基本的信頼」
と名づけた。幼児期における適切な保護か養育者との愛着関係によって成立して
いるかに信じられている。個人差はあるだろうが、相当の怖がりやでも心の底に、
「自分だけは大丈夫だろう」という最低限の楽天性が備わっている。たしかに、
数百の卵子と、数億個の精子のうちの、一つずつが合体することでも大変な
奇遇である。・・ われわれは生きているというだけですでに、宝くじを三回
買って三回とも当たったぐらいラッキ-な人物なのである。そのことを特別な
存在だと感じても不思議ではない。もちろん、自分が特別だと感じる根拠はそう
した生物学的事実によるのではなくて、われわれが直接的体験として自分しか
与えられていないといった心理学的(認識論的)事実に基づいている。 
われわれは各自の心しか直接に知ることがない。それ以外はすべて憶測である。
目の前にある花やコップでさえ、自分の感覚を信じないことには「在る」と
断定できない。ましてや自分以外の全人類は「在る」のかもしれないが、他方
すべてが幻影や書き割りのようなものなのかもしれない。コギト(われ思う)は
不確かだが、スム(われ在り)だけは確かなのだ。そもそも現在の自分の在り方を
「存在」と規定しないかぎり、それ以外に存在を規定する原理はない。
しかし、そんな特別な存在が地球上に何十億とひしめいているらしいのである。
そのことを認めたとたんに自分が特別でもなんでもないことを思い知らされる。
なにしろ、自分は特別だと実感している人間が自分以外にも六十億近くいる
ようなののだ。これならあきらめるしかない。わたしは特別な存在ではなく、
せいぜい六十億分の一の特別さにすぎない。宇宙において、わたしが生まれたり
死んだりすることの重要性は、地球の裏側でアンデスのインディオの一人が
生き死にすることの重要性と何らかのかわりのないものである。・・・
「人間は特別」という価値観は人間だけにしか共有されてないからである。
 ー
 人間は誰も、自分は特別の存在と思っている。で、還暦を過ぎて、そろそろ
ゴールが目前と感じ、自分の存在が必要とされないと気づいた時、特別の存在の
はずの自分が、逆に邪魔なものと思い悩むことになる。初老の身体の変わり目と、
それに気づく時期が重なり鬱症・鬱病という人生の節目が訪れる。 
宇宙の視点からみて「わたしは特別ではない」のは当たり前。
その当たり前のことを知らないまま、一生を終える。
・・・・・・・・・
2905, 寝入る瞬間を意識したことがあるか
 2009年03月19日(木)
 * 寝入る瞬間を経験したことがあるか?
ある随想に、「寝入る瞬間を経験しようと狙っているが、まだ経験をしてない。
それは死ぬ瞬間に類似しているのではないだろうか?云々・・・」とあった。
以前ここで書いたことがあるが、10年ほど前に、その経験をしたことがある。
その時に「過去の二万回で初めての経験だから貴重の経験だろう。無へ狭間の
瞬間の実感してみた」と記憶として刻印した。 具体的に、どうだったか?
というと、「TVを消した時の画面の感覚で、一瞬のスッと小さな点に意識が縮小
し消えいく感覚。もしかしたら、死ぬ時は、あの感覚ではないだろうか。」
一般的に多くの人が経験していることなのか、してないかは、私は知らない。 
先日、図書館で借りた「現代哲学がわかる」というAERAMOOKという
雑誌の特集号の中で、マギーという哲学者が「哲学人」という著書で、
「何故、人は眠る瞬間を意識できないか?」というテーマで論じていると。
(詳細は書いてなかった)とすると、その瞬間は意識できないことになる。
しかし私は、その一瞬を捉えたのは間違いない事実。私が特殊経験をしたのか、
それともマギーが正しいのか? ネットで「寝る瞬間をけいけんしたか」と
検索したが解答はなかった。ーマギーの「何故、寝入る瞬間を把握できないか」
の論旨を知りたいが、私の推論をしてみる。<寝入ったとは意識が無くなると
いうことだ。 意識が無意識への瞬間など捉える由はないのは、その瞬間の
無の際を経験しようがないのは自明のことだ。見たという一瞬の知覚は、
まだ寝入っていない意識であり実は寝入ってなかったのである。
意識から無意識への移行の瞬時など膨大な無意識が小さな意識の一瞬の補足
できようがないのである。向こう側(寝入ったサイド)から見ると、その
瞬間=扉は、すでに無の世界である故、その瞬間など捉えられない・・ >
ーマギーは、こんなわけの解らない論旨ではないはずだが。しかし、私は
間違いなく、その瞬間を捉えた事実は事実としてあるし、夢ではなかった。
マドロミの中で、漂うことは何時ものことだが。
今度、この本を読んでみるつもりである。
・・・・・・・・・
2541, ウェブ時代 5つの定理 ?3
2008年03月19日(水)
まず梅田望夫の第四の定理について述べている部分を抜粋してみる。

 < 過去  INDEX  未来 >


horii86 [HOMEPAGE]