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堀井On-Line
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2015年03月08日(日)
* 韓国が変 今さらだが、ますます韓国が変。韓国フェリー転覆事故、そのセウォル号 オーナーの変死事件。そして大韓航空の一連が収まったら、今度は米国大使 への傷害事件。あまりに何もかもが雑。 前大統領と現大統領の素質もあるが、 政権維持のための日本に対するバッシングは見え見え。韓国は、ほぼ米国に 経済占拠をされ、殺伐とした空気。隣には北朝鮮が存在し、米国の経済圧力 との板ばさみ。国民の7〜8割が海外移住を望んでいるというが。 それらを象徴する事件。これも近未来の日本の姿? 世界が動乱期に入って、 一番弱い?朝鮮半島が、その象徴として現れ出た事件。とすると次は日本? 南欧?中国? 大統領が換わるたび、その劣化が鮮明に見えてくるのも、 如何なものか! ところで、ネットに以下のような日本との対比があった。 1.日本人男性と女性ともは韓国人より「やや小柄」 2.性格は日本人より直情的、直感的 3.日本人の平均年収は韓国人の約2倍 4.韓国は日本よりも少子高齢化が進んでいる 5.韓国の失業率は世界で2番目に低い 6.韓国の学生の読解力は世界一位 7.美容整形をしたことのある韓国人は日本人の2倍以上 8.韓国の強姦件数は、日本の40倍以上 9.窃盗事件、殺人事件ともに日本が件数が少なく、麻薬事件は日本が多い 10.韓国人の幸福度は低く、自殺者が多い。自殺率は10年世界一 隣国のことを言ってはいられないのが日本。国家予算が、収入に対して 二倍になっても、その削減が出来ない事態。目先、5年後の東京オリンピック に目を向けさせ、その事実から自己逃避をしているだけで、そのツケはくる。 ある日、国債と、株式相場の暴落となって襲いくる。で、「日本は、もっと変」 ・・・・・・ 4741,閑話小題 ーソロモンの指輪の物語 〜1 2014年03月08日(土) * 「ソロモンの指輪」の物語が面白い! まずは、ーネット検索の内容からー 【 昔、ソロモン王は、悪をはたらく72人の悪魔たちを真鍮でできた器に 入れて封じ、湖底深くしずめたとされます。しかし時を経て、そうとは 知らないバビロニアの民が湖底より引き上げて、封を開けてしまった。 かくして人と悪魔がともに住む時代がやってきた。時が経つにつれ、ソロモン 王自ら望まなかった名誉をも手に入れていた。外国の女性もふくめ妻700人、 側女300人も仕えさせるほどとなっていた。賢明なソロモン王でも、長い間 ライバルもなく、一人勝ちの状態が続けば慢心する。それを見た神が罰として、 悪霊を遣わした。 その悪霊は、ソロモン王に化けて、知恵の象徴である ソロモン王の指輪を奪い、海深くに投げ捨てた。悪霊はその後、ソロモン王に なりすまし、本物のソロモン王を城から追い出した。指輪を失ったソロモンは、 知恵も誉れも無くし、自分を王だといっても信じてもらえず、物乞いしながら 生きながらえる毎日でした。やがて3年の月日がたち、ソロモンは、別の王国の 王宮料理人と知り合い、見習い料理人となりました。 そのうち彼の料理が気に 入られ、そして王女に慕われるようになりました。 やがて二人は結婚を決意。 しかし、王様は、料理人との結婚を許さず、二人を砂漠に追放した。 二人は砂漠を彷徨い歩くうち、運よく海岸へ出て、とある漁港へたどり着く。 空腹を満たすために、そこの漁師からなんとか水と魚を分けてもらい、魚を 調理しようとお腹をあけると、神の名が刻まれた指輪がでてきました。 その昔、悪霊に海へと捨てられた彼の指輪だったのです。それを指にはめると、 たちまち力が蘇った。ソロモンは、その指輪を着けてエルサレムに戻り、偽の ソロモン王を倒して王座を取り返ました。 そして、ともに砂漠をさまよった 王女を唯一の妻として一生幸せに暮らしました。】 ▼『ロード・オブ・ザ・リング』(2001年)からの三部作と、前日譚にあたる 『ホビットの冒険』が3部作として、2012年から2014年にかけて2部が公開され、 2部まで、都合5作を見てきたが、これが面白い!旧約聖書外伝のこの 「ソロモンの指輪」が原型かどうか? キリスト教圏の人たちにとって、 誰も知っている物語。その辺りが、欧米と日本人の見方の違いになるが・・ ところで、生まれてこの方、指輪などしたことがなかった! ・・・・・・ 4374, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー6 2013年03月08日(金) * 平等も格差も遺伝子に組み込まれている 「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲著 チンパンジーに、既に平等が埋め込まれているとは驚きである。 長年の間の試行錯誤の結果である。ということは、それから進歩した人間は、 平等から一歩進めて「公平」という概念になる。この辺りが一番難しい。 容姿も、能力も、人種も、生まれてきた環境も、その人によって違っている。 当然のことながら、人間は不平等に生まれつく。しかし、チンパンジーの 遺伝子に平等も格差も組み込まれている意味を考えてみる必要がある。 ーその辺りを抜粋するー ≪ 二頭のチンパンジーを、真ん中をガラス窓で仕切った部屋に入れ、 片方にキュウリを与えるえるとおいしそうに食べる。ところがもう一方の チンパンジーにバナナが与えられると、いきなり怒り出して、手にしていた キュウリを壁に投げつける。さっきまであんなにうれしそうだったのに。 霊長類学者のドゥ・ヴァールは、こうした観察結果から極て重要な発見をした。 平等はチンパンジーにとって、けっして譲ることのできない「基本的猿権」。 ぼくたち人間も、「平等」に強いこだわりをもっている。人種差別でたくさん の血が流れるのも、バックパッカーがぼったくられに延々と文句をいうのも、 同じ人間として平等に扱われていないと感じるからだ。でも平等が遺伝子に 刻み込まれた生得的な価値観なら、なぜ世の中は格差社会になるのだろう。 それは、「格差」もまたぼくたちの遺伝子に刻印されているから。 初対面の二頭のチンパンジーを四角いテーブルに座らせ、どちらにも手が 届くところにリンゴを置くと、互いに取りあう。負けがつづくと威嚇の表情を 見せるが、喧嘩にはならない。互いに先取者に所有権があることを認めている。 ところが同じことを何度も繰り返すうちに、どちらか一方がリンゴに手を 出さなくなる。からだの大きさなどさまざまな特徴から二頭の間で自然に序列が 生まれ、いちど階層が決まると、下位のチンパンジーは上位者にエサを譲る ようになる。保育園や幼稚園でも、子どもたちを集団で遊ばせるとごく自然に 階層が生まれ、リーダーが決まる(とくに男の子の場合、この傾向は明瞭)。 サルやヒトには、相手と自分の関係を測り、無意識に支配したり従ったりする 強力なちからが働いている。人間の耳には、五〇〇ヘルツより低い周波数は 意味のない雑音(ハミング音)としか聴こえない。ところがぼくたちが会話を すると、最初はハミング音の高さがひとによってまちまちだが、そのうち 全員が同じ高さにそろう。 ひとは無意識のうちに、支配する側に ハミング音を合わせるのだ。≫ ▼ サルの研究では、サルと人間の重なる部分から、人間の本質を探っていく。 特にサル社会の「平等」と「格差」との微妙な調整がポイントとなる。 生まれて死ぬまで、高校、大学、会社、事業、結婚相手などの選定が延々続く。 その結果、都会では、住む地域まで格差ができる。その最たるものが皇居。 アフリカの王族国家を見れば、システムの馬鹿馬鹿しさが見て取れるのに、 自国になると分からない。 ・・・・・・・ 4000, 4000回の随想日記 2012年03月08日(木) 千、二千、三千回目に、それぞれの感想を書いてきた。旅行中も「書きだめ」 をしたのを知人に頼んでアップをしていたので、ほぼ休まず書いてきた。 自分でも11年近く四千も連続して書いたと驚いている。次は五千が目標だが、 四千回を契機に、時どき休むことにする。また五千回に到達した時点で半年位は 休むつもりである。この程度の文章は誰でも書けるが、一応自分で納得した 内容を書き続けるのは大変である。充実感があり、習慣化したから可能だった。 「チョット聞いてよ。こんなことがあったよ!」という長屋のハッツァンが、 クマサンに自慢気に話している感じである。もちろん、自分のために整理し 知識として残すのが目的だが、せっかくの獲物?を共有することで、学び続ける 動機づけにしている。気楽に、面白可笑しく、バカ丸出しで、地頭で、書いた ため、それが、そのまま伝わっていたはず。それも四千ともなると、自分の脳内 そのものでもある。自分の貯めた文章を毎朝、同月同日分を読む楽しみは格別。 今では、その日書いた分を含めると11年分の同日の自分に出会っている。 書いたことも、その内容も、ほぼ忘れた文章が、早朝に読み返すのは不思議で 奇妙な感覚になる。だから倒産とか、それに関わる嫌な日々も、この御陰で毎朝、 心が洗われる。 文章を起承転結でまとめるのはプロならいざしらず、気力が 無いと無理。 但し、一度、その習慣をつければしめたもの。しかしブログに 字数制限があるため、当日分の書いた分だけ、過去に書いた文章をカットする。 それが、身を切る思いになる。しかし、それが好い加減な文章を書くと数年も しないうちに、自分の手で削除することになるので、内容の質を落とせなく なる効用がある。 文は、一度書き、アップすると、あとに戻せない。 何気なく書いたために明らかに傷をつけた人が何人かいる。 注意はしているが、厳重な注意が必要だが、それが見えなくなってしまう。 時系列に書き続けていると、ある意味で、メモ帳、雑記帳にもなるが、毎日、 書き連ね、別ボックスに分類すると、違った意味で、価値が出来てくる。 また分類ボックスの一番下に、過去の文章の検索が出来るようになっている。 時々、検索をすると、キーワードの入った文章が出てくる。もし、秘境旅行、 と入れれば、過去に書いた文章が時系列に出てくる。これは記憶の検索になる。 以下の、千、二千、三千も、それぞれ検索で調べたもの。 ・・・・・・・・ 2003/12/30 1000, \(~o~)/千日の随想日記! 1昨年の5月2日から今日の12月30日までは973日である。 更に旅行をして休んだ一回分の日にちを加えると約35〜40が合わない。 調べてみると206〜222とか250,251辺りとか何箇所かが間違いている。 しかし小説風の「宗親日記」が大体その位の数を書いているので、合わせて 一千回の到着日とすることにした。あくまで自分ひとりの記念でしかない。 子孫への永久保存版としてー「子供や孫に見せるように」と、また「遺言」 のつもりで書いてきた(書き始めて一年位経ってからだが)。 だから続いたのだろう。自分の父親や、祖父がこのような文章を残していたら、 実際のところ面白いだろう。いま考えてみると、随想日記を書き始めた日を境に 自分が間違いなく変った。一日一日が充実してきた。20〜30人位?の人に 毎日読まれていると思うと、見守られているような感覚になる。作家などの 物書きが必死になって書くのも解るような気がする。死ぬ前に全てを消し去る のもよいし、また書き残すもよいのだろう。いずれにしても50年以上は残らない のだろう。いや死んだと同時に消滅してしまうか。そうすると生前葬の 遺言みたい、いや墓みたいなものだ。 ところで実感としていうと 一番勉強になり良いのが、自分。 ・テーマ探しに46時中頭が1杯 ・そして構成に苦労して ・書き上げた後に、何回か書き直し ・誤字と矛盾をさがす そのプロセスで内容を練り上げることが、思考を練ることになるからだ。 といってこの程度の内容であるが。ス〜と書ける日はよいが、全く書けない 日がある。それでも何とか書くからよいのだ。 ・・・・・・ 2006/09/25 2001, 二千日の随想日記! おはよ〜!(*^ワ^*)i (~O~)ふぁ・・ この随想日記が昨日で2千回目になった。母の十周忌の命日というのも 何かの因縁である。 (字数制限のためカット 2014年03月08日) ・・・・・・・ 3634, 閑話小題 2011年03月08日(火) * てっぱん 毎朝のNHKの連続TV小説の「てっぱん」が面白い。私生児?の19歳の女性の 目を通して家族問題をテーマにしたもの。舞台は大阪と尾道。下宿先の訳あり の住人たちが個性的で人情があり、互いを支えあっているという設定。 実際の社会は、この夢のような暖かさはない。逆に虐めと見下げの中で、 本人は崩れていく。往年の美女、藤純子がお祖母さん役で、番組そのものを 引き締めている。全体に流れている湯気が出ているような暖かさは、 家族崩壊が問題になっている中、大きな問いかけになっている。 それにしても、19歳のヒロインの持てること。逆に周囲の男たちの持てない ことが何か不自然である。 それがTV小説であるが。それと、ここには悪役、 三枚目役が全くといってよいほど出てこない。 それも良いのかもしれない。 * 携帯電話の買い換え 先日、家内の携帯電話の買い替えのお付き合いをした。 私の携帯電話を 半年ほど前に、iPhonからドコモに買いかえたばかりなので、家族割引 もあるので家内もドコモにした。 私も家内も型落ちのゼロ円のもの。 しかし半年前には2〜3万はしたもの。その二つを比べると、その差に驚いて しまった。携帯は日進月歩なのである。売り場は半分はスマートフォンで占め られていたが、これまでの携帯電話ではカメラ機能が強化されたものがメイン。 数年で、大部分がスマートフォンになるのだろう。世界中の情報が、これら 端末情報機器から大量に流される時代。一時代前までの社会的格差は、その まま情報格差に比例していた。それが、フラット化していけば、社会的格差が、 これまでと違ったカタチになってくることになる。これが北アフリカ、中東の アラブ圏で起こっている変動として現れている。パソコンも、卓上、ノート、 そしてタブレット型と進化をしてきた。携帯電話からスマートフォンへ雪崩を うって移行を始めたが、これがどの方向に変化していくのか? スマート フォンとタブレットの境目は、どの辺になるのだろう? 35歳が子供の頃から ゲーム器やパソコンに慣れ親しんで育ってきた年代の分岐点となる。 その人たちが社会の中心点になろうとしている現在、時代は大きく変わった。 もう化石人間などという言葉は、誰も使わなくなった。誰もが使えるように なってきたからだ。しかし、情報格差は、違う意味で果てしなく広がり出した。 ・・・・・・・・・ 3269, ドル亡き後の世界 2010年03月08日(月) 「ドル亡き後の世界 」副島 隆彦 (著) 10年ほど前から、著者の副島の本を何冊か読んできた。 何か山師的な表現で眉唾ものだが面白い。外れも多いが潮流は的を得ている。 この本も買おうか迷ったが思い切って注文をした。(そして、土・日曜の二日間 ジックリと読んだが、これからの具体的な恐慌のスケジュールが書いてある。) ー以下は、ポイントを荒筋にまとめてみた。 恐ろしいことだが、こんなもの。 ・FRBの「景気回復宣言」は大本営発表で、大嘘。 アメリカの景気は冬季 オリンピックが終了後の2010年3月頃から崩れ始め、いったん持ち直すものの、 2010年末にアメリカは恐慌に突入し2012年が大底となる。 まずは株、為替、債権は世界的に暴落し「金融恐慌」が顕著になる。 一ドルが80円を割り、60〜70円代に、ダウ平均は6000〜7000ドルまで低落、 日経平均も5000円を割る。 ・オバマ政権は経済的な失敗から任期途中で辞任する。 ・日本はいまだ米国債を購入しているが、中国は米国債を徐々に売る準備を している。RMBS、CMBS、CDOなどの金融派生商品のリスクが一気に顕著になる。 ・アメリカは借金を返せなくなり、デノミ、計画的インフレを引起さざるを得ない。 ・このプロセスで、中国のプレゼンスは必然的に高まる。 アメリカ中心の世界は崩壊し基軸通貨としてのドルは地位を失う。 ・個人資金の保護のためには「金」や成長可能な日本株を底値で買うべし。 (株価が5000円を割ったとき) ・国家戦略において、アメリカの国家戦略に勝る国はない。軍事力は他国を 圧倒、食料も世界一、金(ゴールド)も圧倒的に保有。ドル暴落で借金棒引き、 穀物の暴騰などで逆に潤う。アメリカの借金や財政から考えて、ドル暴落や 大恐慌が起こって一番得をするのはアメリカである。 結局は世界が アメリカは借金の棒引きをしてしまう。これが国家戦略というもの。 ・1ドル=10円時代の到来も有りうる。日経平均は4,500円を割るのは二年以内? ・ドルの暴落後は、ハイパーインフレーション、そしてデノミが起こる。 日本は米国債や外貨を溜め込んでいるので、日本国民の資産が吹っ飛ぶ 可能性が大。既に800兆円もアメリカに貢いでいる。 ・アメリカは現在、増刷した紙切れドルで米国債を買う禁じ手を使っている。 アメリカ自身がもう自国通貨を信用していない。各国の大使館に現金を 送って現地通貨に替えている。2012年の底を経て、3年かけて世界の 覇権はアメリカから中国に移る。したがって2015年には中国が新しい 世界覇権国になると予言。 上海万博が開かれる5月1日から10月31日 までは、世界経済や相場に何度か暴落はあっても決定的なものにはならない。 上海万博が無事終わったその後にアメリカ発の大恐慌が起こり、世界経済は 地獄を見る。その過程では、日本でも日経平均が一時、5000円を割り、 1ドルが70円を割ると言う。 ▼ 以上だが、100年、いや500年に一度の変わり目、 これより劇的なことが起きても不思議ではない。 ・・・・・・・・・ 2894,厭世的時勢に、楽天であること 2009年03月08日(日) 「厭世」とは、まず自己を厭うがゆえに世界を厭う心の習性をいう。 「楽天」とは、幼児の頃から両親を初め周囲から愛され、それ故に自分を 愛する心の習性をいう。人生を振り返ると、悲しいこと、苦しいこと、不安、 恐怖心など、多くの精神的苦痛があったが、なぜノイローゼや自殺に追い込まれ なかったかというと、それ以上に楽しい、面白いこと、明るい展望があったから。 いや、それを見守ってくれる家族・友人があったからである。そのもとは幼児 体験、そう両親の絶対的な愛情が基本。楽天性は、まずは親子関係の中でジックリ と育てられる。基本的に親は子どもに絶対的な愛情を降り注がなければならない。 しかし家庭内にも色いろの事情がある。幼児期に父が事業に失敗してしまったり、 両親の不仲もある。最近では離婚確率が家庭内離婚を含めると過半数。 その中で自分を楽天的性格にするためには、教養を自ら積むしかない。 最近になって「楽天は意思」とつくづく思う。人間は誰でも心の底は楽天で ないと生きていけない。「自分だけは大丈夫!」と思っているからこそ、 エネルギーが、生命力が、発露してくるのである。いずれにしても、誰もが 直ぐに死んでしまうのだから、生きている間は、面白可笑しく生きること。 ただし、将来の見通しだけはシッカリと立てた上だが。だから楽天には長期的な 生存確保が前提になる。毎日、安心して日々を過ごせる生活力があり、時代の変化 に堪えられる力を持ち、それ故に互いの信頼を維持できることが基本になくては。 その前提がないと心が不安定になり、厭世家になるのである。楽天家過ぎて ホームレスになった人はいても、楽天的なホームレスは、一部を除けばいない。 このブログをみると悲観論者と思われるかも知れないが振り返ると楽観主義者?。 (字数制限のためカット2,012年3月8日)
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2015年03月07日(土)
「毛沢東の大飢饉〜史上最も悲惨で破壊的人災」 フランク・ディケーター(著) * 毛沢東の大飢饉 もう四半世紀前の1989年になるが、北京経由の桂林へのツアーで、 現地人ガイドが桂林で何気なく発した言葉に驚愕をした。 『文化大革命の時、それぞれの村に死体が山のように積まれていた。 私の村でも、積まれているのを見た。桂林では、あそこ!」と、指をさす。 現地で生々しい虐殺の話を聞くのは初めて。日本では、聞けない話。 旅行当時、北京の天安門広場近くには通勤途上の人民服の人が乗る自転車で 溢れていた。 資本主義的近代化?に向かう一歩手前の中国の姿だった。 〜アマゾンの案内より〜 <15年以内にイギリスを追い越す」と宣言した毛沢東が始めた「大躍進」 政策は、人肉食すら発生した人類史上まれに見る大飢饉と産業・インフラ ・環境の大破壊をもたらした。香港大学教授が中国各地の公文書館を精査。 同館所蔵の未公開資料と体験者の証言から「大躍進」期の死者数を4500万 (大半が餓死。うち250万人が拷問死、裁判なしの処刑死)にのぼると算出。 中国共産党最大のタブーの全貌を明らかにし、北京が震撼した衝撃の書!> =投稿者の内容より= ≪ もし地獄というものが、あるとすればこの時期(1958〜1962) の中華人民共和国の姿であろう。この大躍進の前に、小躍進という大災害 があり、主としてスターリンのソホーズ・コルホーズを、中共がまねをして、 同じような飢餓と腐敗を味わったのであるが、たくみに、フルシュチョフと 張り合う形で、イギリスの鉄鋼生産量を追い抜くという、ばかげた、いや、 恐ろしい計画が、毛沢東がその権力維持の為に、発動される。それが大躍進 という地獄。共産主義国家において、しかも独裁者のもとでは、一度動き出した、 この地獄のプランは止められない。止めようとする者は地獄に落とされる。 およそ、考えられる地獄の様相はすべて盛り込まれている。単に餓鬼地獄だけで なく、暴力、強姦毒殺、自殺のような他殺、親殺し、子殺し、人身売買、人肉や 泥、糞尿を食べる人、食べさせられる人、あらゆる冷酷のかたち、あらゆる サデズムの形態で現実におこなわれる。発狂、逃亡、集団死、強盗、暴力 あらゆる悪徳、腐敗、無恥、がどのようにどこでおこなわれたかを、綿密に 書いていく。墓場から死体を掘り出し、あるいは飢餓で死んだ死体を肥料に してまく。この歴史を国民に教えることはタブー。このような地獄のうえに、 その誤りを指摘する劉少奇を粛清するために、毛沢東は第一次文化大革命、 第二次文化大革命へと権力維持装置をフル回転させるわけだが、ここで 日本でも教養人にファンの多い周恩来などは、自分の命を守る方に うごいていたこと忘れてはならない。身近な人が、身近な人に襲い掛かり、 子供といわず、婦女子、老人をたたき殺す、その異常死の数4500万人 ともいわれた大躍進の地獄は、人々の心から、忘却されてない。≫ ▼ これに文化大革命を加えると、7〜8千万人が死んだというから、 人口の一割に当たる。もし日本だったら一千万人が犠牲である。 1958〜1962年なら私が中学校の頃、隣国では、こういう惨劇が! ・・・・・・ 4740,<つまずき>の事典 〜 ー8 2014年03月07日(金) * 「他人歓迎」 <つまずき>の事典> 中村邦生編著 既に亡くなったが、長年、連続テレビ映画の『ララミー牧場』の解説をし、 「さよなら、さよなら、またお会いしましょう」で終わる名調子の淀川長治 の言葉を紹介している。 ☆ 『 映画は、ただ娯楽というだけじゃなくて、いつでも人間勉強させて くれるので、私は映画に命をかけました。ちょっと大げさですけど、映画 への愛が今日の私を作りました。(中略)そして私は、映画から3つの 言葉を学びました。「がんばれ、苦労、来い」。二番目は「他人歓迎」。 “他人”という言葉を持ちなさんな、みんな仲間と思いなさい、映画は、 そう言っていました。もう一つは「私はいままで、嫌いな人に一人も会った ことがない」。映画を見ていて、こういう言葉が出てきた時に、私はメモ しました。家に帰ってから、それを身につけようとして、今日まで来て、 どうやらどんな人とも仲良しになれる気持ちになりました。愛は、本当に、 豊かな人生をもたらしてくれます。』 :淀川長治「美学入門」より 〜ネット調べると、以下も、なかなか良い〜 ☆『愛というものがあるからこそ、人間は美しく生きられる。 愛のない人間は汚い。お金だけで行きている人間は汚い。 アメリカの言葉にもあります。「金で買えるすべてのもの、それは悪魔 でも買える。しかし・・金で買えないものを持っているのが、人間。」 それは、愛ですね。愛は金では買えませんね。そういうことも映画から 教えられました。』 :「大人の学校ー入学編」 ☆『キザな言い方だが、講演するときもこのあと私はきっと死ぬのだと 自分に言い聞かせることにしている。するとその講演に命をかける。 二時間がまるで20分ぐらいの勢いでしゃべってしまう。講演の後は 汗でびっしょり。けれども不思議なことにこの方が疲れない。思いっきり やったという私だけの満足感が疲れを忘れさせる。』『人は必ず死ぬ。 一日を十分生きなければ損だ :格言[いつも人生最後だと思う] ☆『チャップリンは幼少時代ひどい苦労をなめた。貧しさのあまり頭が変に なった母とチャップリンは二人暮らしになった。父を5歳で失った時に 母は発狂した。腹違いの9歳の兄はこの家から逃れて船のボーイになった。 5歳のチャップリンは食べるものがなくなってマーケット裏に捨てられた 残飯を拾ったこともあった。その苦労がのちのチャップリン喜劇の中で いかに生きて描かれているかがわかるのである。それにこの母が実は 偉かったのである。気が鎮まって正気を戻すと、小さな我が子を枕辺に呼び 「イエス様はお前が運命を全うすることをお望みなのだよ」と何度も諭した。 つまり自殺をするなということである。それは小さな我が子に言うよりも 苦しい自分に言って聞かせたのであろう。 そのチャップリンの苦労が のちに幸せの花を咲かせたのである。思えば神様は人間を豊かに幸せに するためにいつも苦労させるのだ。:格言[苦難のあとに幸せの花が咲く] ▼ チャップリンのコメディの基本となる「悲惨な生活の喜劇化」。 彼の芸は道化師の芸からの頂きで、「サーカスのネタばらし=自分自身 のネタばらし」である。少年の頃から、お金を稼ぐため、大道やステージに 立って注目を集めるために道化師の芸を盗んだ。子供の頃の生活のための 知恵は、万人の心をうつ。『一日を十分生きていれば、どんな場面でも 乗越えることが可能である』が、それが一番難しい。 『一日を充実させる』さえ心掛ければ、十分! ・・・・・ 4373, アフォノミックス 2013年03月07日(木) * アベノミクスは、アフォノミックスか アベノミクスを揶揄して「アフォノミックス」とは、よくいったものだ。 経済評論家浜規子が先日、アベノミクスを問われ、「アフォノミックスそのもの。 死に掛けている病人にホルモン剤を投与するようなもの。気持ち悪い。今さら 経済成長などおかしい!」と切り捨てていた。日銀総裁の黒田氏の国会答弁の 内容についてどうですかに対して、「日銀総裁になりたいポチが尻尾を振って いるだけ」と、これまた辛らつだが、当を得たりと納得をした。 この事態を招いた戦犯の主犯格の安部と麻生が、首相、副首相とは漫画の世界。 殆どが、それを知っているから恐ろしい。7月末の参院選までのミニバブルか、 あと二年が限界とみてよい。それでも見渡す限り阿部しか見当たらないのが現実。 一度、チャラにになるなら、早めに息の根を止めるのも仕方がないのか。 この付けは、5年、10年後に覆いかぶさってくる。ところで韓国経済が変。 円安も効いて、あの元気にみえていた経済も崩壊過程。 輸出依存度を見ると、 日本 14% 、中国26%、アメリカ10%に対し、韓国は50%。日本は貿易立国と 言 われるが、実際には内需大国。それにしても韓国の輸出比率が異常に高い。 欧州危機と中国の経済停滞の影響を直撃し、急激に悪化している。 世界的動乱になると、国力がある方が有利。資源があり、海軍と空軍が断然 強いアメリカが当分は世界をリードする。体力を疲弊してしまった日本は、 当分、アメリカの属国として生きていくしかなく、TPPの参加は当然のこと。 明治維新も、太平洋戦争の敗戦も、今回も、アメリカに屈した開国になる。 アメリカにとって、どれも世界戦略の一つでしかない。韓国、台湾、日本が、 アメリカの軍事、経済の中国に対する前線基地。中国も北朝鮮を庭先の番犬で 飼っている。ここにロシアが絡んでくると、1930年代から太平洋戦争の様相に 酷似してくる。とすると、保守本流の安部と麻生の出番も分からないでもない。 「天気晴朗なれど、波高し」である。いや、「能天気なれど、波高し?」 ・・・・・・ 3999, 宇宙は本当にひとつなのか ー4 2012年03月07日(水) * 暗黒エネルギー ー 次に宇宙の全エネルギーの73%を占める暗黒エネルギーについてー 【 暗黒エネルギーは暗黒物質と並んで、宇宙を作るものの中で正体がわかって いないものです。正体不明のエネルギーなので、暗黒エネルギーといっている。 暗黒物質のほうは10年以内にその正体が明らかになるのではないかと期待が 持てるようになってきたが、宇宙の全エネルギーの73%を占めると考えられて いる暗黒エネルギーは、まだ糸口がつかめていない。今のところ、私たちは 暗黒エネルギーを見ることも感じることも出来ない。しかし宇宙のエネルギー の約四分の三を占めているものが、どこか一部の場所に偏って存在するとは 考えられないので、私たちの周りに既に存在することになる。 暗黒物質も、 暗黒エネルギーも、それが分かっていないのに、物質とエネルギーとに分けて いるのはなぜか。一番の違いは、宇宙が大きくなると暗黒物質は普通の物質と 同じように薄まるのに対し、暗黒エネルギーは薄まらない。 暗黒エネルギーを発見するきっかけは非常に遠くの宇宙で起きた超新星爆発。 超新星の観測から宇宙は常に膨張し、その膨張速度は速くなっていることが 分かった。宇宙には、目に見える星や銀河などより、目でみることの出来ない 暗黒物質のほうが多く存在する。ところが、宇宙が広がっていけば、その分 薄まっていきます。そうなると、宇宙のなかのエネルギー密度が低くなり、 宇宙の膨張速度は遅くなると、物理学者は考えていた。ところが、観測結果は そうでなかった。宇宙が大きくなるにつれて、どこからからエネルギーが 湧き出る。何故そうなるのか。それは宇宙が大きくなっても薄まらない 何かがある。それを暗黒エネルギーと名づけた。】 【 宇宙の体積が大きくなっても、膨張速度は速くなっている。宇宙が広がる たびに増え続るエネルギーが必要で、そのため考えられたのが暗黒エネルギー。 有力な仮説は真空も粒子は反粒子が出来ては消えてを繰り返してエネルギーを 持っている説。この説により真空エネルギーを計算すると120桁も大きな値に なり宇宙は引き裂かれてしまうことになる。そこで素粒子を点でなく、小さな ひもだという超ひも理論が登場し、宇宙は1次元の時間、目にできる3次元、 小さな異次元が6次元(カラビ・ヤウ多様体)の10次元ということになる。 超ひも理論は重力を含む力の統一が出来る可能性がある。超ひも理論は特異点 を持つブラックホールが熱を持つという問題に解を与えた。アインシュタイン の重力理論はまちがっていて、宇宙は加速膨張しないとする人たちがいる。 彼らは超ひも理論の一つにより泡宇宙となるとの提案をしている】 ▼ 「宇宙の体積が大きくなっても、膨張速度は速くなっている。 宇宙が広がるたびに増え続けるエネルギーが必要で、そのため考えられたのが 暗黒エネルギー。 有力な仮説は、真空も粒子は反粒子が出来ては消えてを繰り 返してエネルギーを持っている」という説が分かりやすい。真空の中に エネルギーがあるというと、仏教の「空即是色」が思い浮かぶ。 この本を キッカケにし、「宇宙オタク」のブログを幾つか見たが面白い。 広大な宇宙に興味を持つと、シャバの世事に囚われている自分が見えてくる。 ・・・・・・・ 3633, 「中東革命」の行方 −2 2011年03月07日(月) * 新たな独裁の可能性にマスコミは甘すぎる? ー 次の視点も、なかなか考えさせられる ー ≪1月から2月に掛けてチュニジア、エジプトで次々と起こった民主革命に ついて、筆者に思い浮かぶのがこのトックヴィルの洞察だ。この革命に対する マスコミの反応は一言でいえば慎重な楽観主義である。通常、国際ニュースに ついて、国内と海外の新聞の間に切り込みの鋭さの違いがあり、立場にも若干 異なる点が見られるのだが、今回の場合、内外格差も国内格差もほとんどない。 おそらくアメリカ国務省でさえ事態を掌握できないほど急速に出来事が展開した ためなのだろう(なぜ、出来事の展開がかくも急速だったのかという点について、 各紙はアラブ世界へのインターネットの普及を原因として指摘する)。 チュニジア、エジプトの国民が腐敗した独裁体制と平和裡に決別し、民主化を 実現したという「美談」にも関わらず、内外のマスコミが手放しでこの出来事を 賞賛できない理由は、言うまでもなく「イラン革命」の経験である。 民主化は結構だが、それが結局、強硬なイスラム思想に立った新たな独裁体制に つながったら困ると認識されているわけ。トックヴィルの洞察が重要なのは まさにこの点だ。結局、新たな独裁制に行き着くのか、イスラム原理主義が 中東に浸透する結果になるのか、それを占う大きな要因は、今後、民主主義 への体制移行期においてどれだけアナーキーが深刻になるかである。 今回のチュニジア、エジプトでの民主革命は、この点に若干希望が持てる。 なぜなら、流血を伴うことなく実現されたからである。暴力によって生まれた 新体制は、その維持のためにも暴力を必要とする。同時にその暴力に反発する 国民の暴力を誘発する。今回はそれを避けられるかもしれない。もっとも エジプトの場合、軍による移行体制という現状から、民主革命はまだ序の口。 もし今後、軍が強圧的な態度に出て、国民の反発が強まった場合、次の衝突 では流血が起こる。アメリカを中心とする西側諸国は、軍を監視して移行期を スムーズに進展させる責任を持つ。≫ ▼ イスラム教が、何で民主化というのか? 彼らの民主主義は独裁打倒 ということで、欧米の民主主義とは違う。要は、他の文明圏との経済格差が TVなどで露出されたこともある。特に恵まれてない若者層に不満が浸透している。 独裁者たちの国家の私物化も露骨。同じことは欧米でもあるが、それぞれの 階層の中で飼いならされ満足しているのだから今さら ・・・・・・・ 3268, 哲学者は神について、どのように語ったか ー4 2010年03月07日(日) * キルケゴールの「宗教的実存」 キルケゴールは、「個人の生は3つの段階を経て深化する」と主張した。 1、美的実存: 美しいものを求めて、そのときそのときの享楽を求める 生き方である。 ドンファン的生き方。 2、倫理的実存: よいことをし、社会的の規律を守り、習慣などに従い、 全てに道徳的な生き方。 3、宗教的実存: 神である絶対者との関係の中で生きることにより、 真の人生を手に入れることができる生き方。 この宗教的な生き方も、二つに分けた。「宗教性A]と「宗教性B]である。 「宗教性A」は、自力救済を試み、自分の主体や理性によって自分を支配しよう とする。しかし、それはキエルケゴールによると罪になる。 支配するのは神である。(字数の関係でカット 12年03月7日) ・・・・・・ 2893, 年寄りの持病自慢は、老人の猥談だと! 2009年03月07日(土) 50歳半ば頃から同級会では、年金か成人病の自慢のしあいか、 誰かの死の話が中心になる。青春時代に自分の体つきや身なりを気にしたり、 性体験を陰で話したり、猥談を話したくなる時期があるが、それと同じく、 自分の「体調」や「病気体験」について語りはじめる老人の「健康談議」を 「老人の猥談」というらしい。五十歳代半ばの下半身の衰えは男の共通の話題。 その次は癌体験か糖尿病か心臓病などの成人病の披露のしあい。 (字数の関係でカット 12年03月7日) ・・・・・・・・・ 2529, 山田風太郎 のアフォリズム 2008年03月07日(金) 彼の本が好きで、何冊か図書館で借りて読んできた。暗い中に何ともいえない 温みがあり、2年に一度は彼の本を読んでいる。また亡くなる前に朝日新聞に 『あと千回の晩飯』が連載したことがあった。なかなか文に鬼気迫る内容だった ことを憶えている。 先日も『人間魔界図鑑』を借りて読んだが、著作群の中から の警句やアフォリズムなどを一冊にまとめたもので読みやすい。 手元に置いておきたい本と判断し、アマゾンの中古本を注文することにした。 以下の文章は 「人生(時間)のセイムスケール」というHPの中の山田風太郎 のアフォリズムなどを抜粋コピーしたもの。 ★「神は人間を、賢愚において不平等に生み、善悪において不公平に殺す」 ★「我が命は地球より重い。他人の命は犬より軽い」 ★「人は生まれ、苦しんで死ぬ。人生の要点はそれでつきている」 ★「みんないう。いつか死ぬことはわかっているが、「今」死にたくないのだ」 ★「---いろいろあったが、死んでみりゃ、なんてこった、 はじめから居なかったのとおんなじじゃないか、みなの衆」 ★「死が生にいう。〈おれはお前がわかっている。 しかし、お前にはおれがわかっていない〉」 ★「死の瞬間に何人も悟るだろう。--人生の目的なるものが、 いかにばかばかしいことであったかを」 ★「生きながらそれは、多少ともすでに神曲地獄篇の相を帯びている」 ★「いかなる人間も臨終前に臨終の心象を知ることができない。いかなる 人間も臨終後に臨終の心象を語ることができない。何という絶対的聖域」 ★「生は有限の道づれ旅 死は無限のひとり旅」 (字数の関係でカット 09年03月7日)
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2015年03月06日(金)
* 絶食系男子・女子 いつの時代にも、様々な男女のタイプがいる。学生時代は、志すところが あってか、機会は有り余るほどあったが、特定の相手はいなかった。卒業の 半年前に、ゼミの教授に「学生時代に相手を見つけておきなさい」と言われ 焦って探したが時、既に遅かった。しかし、勤務先は女性の職場、それぞれの 転勤先には、こんな美人が実際に存在しているのに驚かされた。対象の年代は、 団塊の世代で、私の世代は終戦直後の男の絶対数が少なく、環境として非常に 恵まれていたため、一人に固定されると、その特権を放棄することになる。 そこでフワフワしているのが、最適。それも、22〜27歳の間だけ。 昨今、 肉食系、草食系と言われていたが、今では絶食系男子、女子が増えているとか。 過去に一切、付き合ったこともないし、その気がない?と街頭インタビューを していたが、「傷つくのが怖い」「自信がない」「面倒だ」「理想の人が いないし、いても相手は無理」とか、様々。どれもこれも身に覚えがある。 誰も無意識で、自分のレベルより1〜2ランク上の相手を望むが、情報化は、 それをテレビや、ネット上で具体的に提示する。そのうち、それが最低条件に 変化していることに気づかない。悪いことに、映画やTVドラマで、理想的 ヒーローやヒロインの虚像を焼き付ける。現実に、そんな相手は存在しないし、 いても相手はミスマッチとなる。で、どえらい失恋を重なるうち、諦める しかない。次は拒食系男子・女子が出てくる? ところで、その番組の中で、 「レンタル彼女・彼氏」があるという。ただ数時間デートをするだけで、 何も?無しで、二万数千円。その方が気楽で良いという。解らない時代だ。 ・・・・・・ 4739,<つまずき>の事典 〜 ー7 2014年03月06日(木) * 私は人一倍こわわがり屋!(植村直己)<つまずき>の事典>中村邦生編著 誰でもこわがり屋で、神経質である。もし、そうでないなら無知か、無神経 である。それを登山家の植村が逆に準備を周到にすることで乗り越えてきた。 私も、人一倍こわがりで、神経質の性格を乗越えてきた。初めてのケニアも、 生きて帰れるかどうか、到着するまでは恐ろしさで震えていた。でも、 サファリ地区に入れば、何とことはない、世界で名だたるレジャーランド。 要は、決心できるかどうか。人生と同じである。 ーその辺りを抜粋ー 《 ☆ 人から「そんなに次次に危険を冒してこわくないのか」と、よく 聞かれるがとんでもない、私は人一倍こわがり屋。危険に直面したとき、 自分だけはなんとしても生きたい、と思うのである。普段の生活では表に出ない 利己的なものが、危険に遭遇した時、あらわれるのである。ー植村直己『冒険』〜 植村直己(1941~84)は登山家・冒険家。兵庫県生まれ。モンブラン、 キリマンジャロ、南米のアコンカグア、エペレスト、北米のマッキンリーと 世界初の五大陸最高峰登頂者となった。チョモランマを除いては単独登頂。 他にも、アマゾン川を筏で下ったり、北極圏一万二千キロを犬ゾリ単独走破 などを成し遂げた。この希有の冒険家も明大山岳部に入りたての頃は、 新人の中でも最もパテが早く、使いものにならなかったという。 この『冒険』は一九八○年刊行の自伝的冒険記。引用は単独行への新たな 挑戦を語る章の一節。この「利己的なもの」という言葉に続けて、 「北極圏の犬ゾリ旅行のとき、ひとたび食糧が欠乏して生命に危険を感じると、 それまで家族のように接してきた犬も食糧に見えた」と告白している。 植村直己は「未知の世界に立ち向かうとき、私はあらゆる準備に時間をかける。 そして、成功への可能性が見つかったとき、初めて行動に移る」と自他ともに 認める慎重居士であった。しかし一九八四年、マッキンリーの冬期単独初登頂 に成功した帰路、消息を絶った。43歳の誕生日を迎えた後であった。 この登頂は南極大陸横断という挑戦に備えてのことだった。》 ▼ 長期の設備投資の事業をしてきたが、20〜30年以上の投資のため、 多くの時代の波に曝されることになる。判断と、決断は、それを前提にするが、 そんな先が読める訳がない。そこに底知れぬ恐怖感がまとわり付く。そのため、 万一の備えをつくっておくしかない。今回の一連で、大部分の人が計画倒産と 思ったようだが、そんな小利口なことなど、私に出来ようがない。出来るのは、 再投資の度に、リスク管理を積み重ねてきた。そこには利己的な自分が顔を出す。 気が小さく、愚鈍で、利己的な自分と常に出会うことになる。 だから綺麗ごとが綺麗ごとと自覚できない人の心中が透けて見えてくる。 ドラマと、現実は違う。その内面は、ドラマでは表現できない。 それは、自分で経験するしかない。 ・・・・・・ 4372, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー5 2013年03月06日(水) * セックス原理主義から遺伝子中心主義へ 「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲著 フロイトがユングにとってかわって久しい。そのユングも科学の進展のためか、 これまた時代遅れになっている。フロイトの説くエディコンプレックスの人間の 本性は、あまりに極端である。身近にいると、性欲対象から逆に外れてしまう。 幼児期からの女友達と結婚するケースが殆ど無いことをみても分かること。 ーまずは、その辺りを抜粋してみるー ≪ 幸いなことに現在では、エディプスコンプレックスがまったくのでたらめ だということが証明されている。フロイトは、男の子の母親への欲望は生得的 なもので、それを文化的に抑圧し近親相姦をタブーとすることで社会が成立して いると考えた。でもそうすると、ヒトとほとんど同じ遺伝子を持ちながら 文化的なタブーのないチンパンジーやオラウータンなどの類人猿は、近親相姦で 子どもを産んでいることになる。ところが詳細な野外調査によって、彼らが じつに巧妙な方法で近親相姦避けていることが明らかになった。たとえば人間に いちばん近い類人類ボノボは、思春期になるとメスが冒険的になり、故郷を 離れてほかの群れに加わる。それに対して内気な雄は、母親とともに群れに残る。 この無意識のプログラムによって、ボノボの兄弟姉妹が性交することはない。 遺伝子的にみて、近親相姦はきわめて不利な繁殖方法だ。・・ ・・・いま精神分析に代わる新たな‘こころの原理’が登場してきた。 ダーウィンの進化論を、遺伝学や生物学、動物行動学、脳科学などの成果を 踏まえて検証し発展させようとするもので、進化心理学(進化生物学、社会生物学) と呼ばれている。ダウィンの理論は、生物は自然淘汰によって、より効率的に 子孫を残こそうに進化してきたというものだ。長い進化の過程を生き延びて こなければいまここには存在しないのだから、これは考えてみれば当たり前で、 コロンブスの卵みたいな話だ。 この単純な理論で、キリンの首が長くなったり、クジャクの尾羽が絢欄豪華に なったり、生物学的にはチンパンジーと大して変わらないヒトがとてつもない 知能を持つようになった理由がきちんと説明できる。進化論はナチスの宣伝に 利用されたり、聖書の教えを否定する冒�と批判されたり、なにかと評判が 悪いけれど、現代の進化論(新ダーウィニズム)はさまざまな知の領域を横断 してとても洗練されたものになってきている。 ・・・ ≫ ▼「遺伝子は、自らが生き残るために生物の身体を使う」という。 当分は新進化論が主流だろう。結婚相手は、北海道とか、九州など遠くの 地域の人の方が、遺伝子的にも良いと聞いたことがある。地方から一度、 都会に出たほうが、色いろな人と接する機会が多くなる。それは海外にも言える。 その遺伝子の性格は非常にエゴが強いときている。遺伝子も、乗り移った身体が 弱ければ、そこで終わってしまう。 ところで、孔雀の絵柄、誰がデザイン したのでしょうね。 ・・・・・・・ 3998, 宇宙は本当にひとつなのか ー3 2012年03月06日(火) 「宇宙は本当にひとつなのか」 ー村山斉著 「暗黒物質ーダークマター」「暗黒エネルギー」「多次元宇宙」「多元宇宙」 が、この本のキーワード。まず「暗黒物質ーダークマター」から取り上げる。 * 「暗黒物質ーダークマター」とは? 目で見えなくて正体不明だが重力を持つように観測されるものを暗黒物質 と呼ぶ。銀河は遠くに行っても星やガスの速度は遅くなっていない。このため には、見えない物質(暗黒物質)が銀河の端に行くほど増加していなければ ならないことになる。また、遠くの銀河団の光が巨大な重力により曲げられる。 これから暗黒物質が存在していることがわかる。そもそも、この暗黒物質が なければ、地球も、太陽も、星も、銀河も生まれなかった計算になる。 この暗黒物質は何物とも干渉しないので、今この瞬間にも私達の周辺、身体を すり抜けている。暗黒物質の有力候補がアクシオンと、超対称性粒子の ニュートラリーノであると理論的に予言、期待されている。 ニュートリノ観測結果から、銀河系の中にある星はすべて原子できていると結論。 銀河系全体では、その中心からの回転速度の観測から、見えないが重力を持つもの (暗黒物質と命名)が存在し、宇宙進化のシミュレーションから暗黒物質が 存在しないと現在の宇宙は存在しなかったことになる。最新の宇宙研究の現場で、 この「暗黒物質」をつかまえる一歩手前まで来ている。現在、仮説としては、 「暗黒物質は異次元から来る使者という可能性」が、まじめに議論されている。 ー以下は、暗黒物質についての箇所であるー 【 私たちは学校で、万物は原子でできていると習いました。 ですが、その原子は宇宙全体の5%にもならないのです。ここで疑問に なるのが、残りの95%は何なのか。実は約23%は暗黒物質で、約73%を 占めるのが暗黒エネルギーなのです。全部足すと誤差の範囲でちゃんと 100%になります。暗黒物質も暗黒エネルギーも、名前はついていますが その正体はわかりません。】 【 この考え方が最初に提起されたのは1933年のことです。銀河団の銀河 の運動を観測したフリッツ・ツビッキーが、最初にそういった。最近の観測では 銀河団のほとんどが暗黒物質でできている。どうしてそれが分かるのか? 重力レンズ効果を利用し暗黒物質の分布が分かります。重力レンズ効果とは、 アインシュタインが予言したもので、光は重力に引っ張られて曲がる。 そのため、遠くにある銀河や星の光は変形して地球に届く。この重力レンズ 効果が、今は正確に測定することができるようになったのです。暗黒物質の 分布地図作りではっきりしたことは、暗黒物質は原子ではない、つまり宇宙に ある物質の8割以上は、原子ではないということ。】 【 暗黒物質は、ニュートリノ以上に、他の物質と反応せずに、地球なども すぐに通り抜けてしまう物質です。電子やニュウトリノと同じような小さな 粒々の粒子だと思われる反応はしない重い素粒子と想像される。】 ▼ ビッグバンから、この宇宙が始まったというが、その元になる素粒子が、 どうして生まれたかは謎のまま。暗黒物質が、他の宇宙から来たというなら、 ビッグバンの原因が、暗黒物質が来た原因を探し求めていく中で分かって くるのでは?と思われる。 ・・・・・・・ 3632, 「中東革命」の行方 −1 2011年03月06日(日) * 「中東革命」をなぜ手放しで喜べないか 竹森 俊平(慶大学教授)の中東革命をなぜ手放しで喜べないかの、 毎日新聞の論説が面白い。「アメリカのデモクラシー」を著した19世紀の フランスの社会思想家、トックヴィルは民主主義の支持者だったが、 同時に民主化された国の先行きに不安を抱く「慎重な楽観主義者」であった。 そのトックヴィルの洞察とは、 ≪ 貴族が政治を支配する君主制の下では、社会はいくつもの階層に分断 されるが、個々の階層内での団結は強い。そのため国は「利益集団」の連合体 という形態を取り、その集団の抵抗があるため、国全体を君主の意思で自在に 動かすことは困難で、君主制が「独裁政治」に転化することは稀である。 これに対して、国民の間の身分の差を認めない民主主義の下では階層に基づく 利益集団が消滅し、誰もが一個人にしか過ぎない。しかるに、巨大な社会の 中での個人の力は僅かだから、国民は「個人」として行動する場合には微弱。 そのため国家、社会の動きに国民は脅える。とくに一番国民を脅えさせるのは 「アナーキー」である。しかも軍事的革命によって民主主義が確立した場合に 国民のアナーキーへの恐怖は大きくなる。 力によって維持されていた体制が、 その力とともに崩壊したあとの混乱を誰もが経験しているからだ。 結局、この無政府への恐怖が、国民を「絶対権力願望」へと駆り立て、 独裁制を生む。 こうした経緯で誕生した独裁制は、君主制の下で発生した 独裁制よりも強権的である。なぜなら君主制の下では、国民は「意に反して」 誕生した絶対権力に対し抵抗し続けることができるが「意に従って」誕生した 民主主義の下での独裁制には抵抗し難いからである。 しかしマスコミは 「慎重な楽観主義」として民主主義をみている。≫ −つづく ▼ 独裁国家の崩壊は、王政国家の崩壊より性質が悪くなる。 今回のエジプト、チュニジア、リビアのような時代遅れの独裁国家の存在 を許し、崩壊後も同じような独裁者を生むことになる。スターリンも然り。 王政が軍事独裁者が取って替わっただけでしかない? 北朝鮮も、中国の 共産党の体制も、同じ似ている。軍隊は共産党所属である。だから騒動が 起きても、軍部は民衆より共産党につくしかない。共産党もそのの子弟が 代々上層を占めている。競争社会は格差を生み出し、その蓄積が社会構造を 作ってきた。その構造が突然、崩れても新たな理想的なシステムは、 簡単につくれるはずがない。 ・・・・・・・ 3267, 哲学者は神について、どのように語ったか −3 2010年03月06日(土) 中世が終わると、キリスト教の影響から脱した反動から16世紀以降特に、 素朴な信仰は色あせてくる。その中で、バスカルは神への信仰を語っている。 人間は卑小なものだが、その卑小さを知るがゆえに偉大であると。彼は、 「人間は考える葦である」という有名な言葉がある。「人間は一本の葦に すぎない。自然の中でもっとも弱いものである。だが、それは考える葦である」 すべての人間は幸福を目指して行動をするが、最終的には「人間は死刑囚だ」 と嘆き、その不幸から逃れるためには来世の幸福を望むしかないと考える。 遺稿に遺作の「パンセ」がある。《パスカルの賭け》という断章がある。 「神は存在するか、しないか。きみはどちらに賭ける?― いや、どちらかを 選べということがまちがっている。正しいのは賭けないことだ。― そう。 だが、賭けなければならない。君は船に乗り込んでいるのだから。」 すでにこの世に生きている以上、この勝負を降りることはできない。 賭けないということ自体が、結果的に一つの選択となるからだ。 賭け金は自分の人生である。神が存在するという方に賭けたとしよう。 勝てば君は永遠の生命と無限に続く喜びを得ることになる。 しかも、君の人生は意味あるものとなるだろう。賭けに負けたとしても、 失うのものは何もない。反対に、神は存在しないという方に賭けたとしよう。 その場合、たとえ賭けに勝っても、君の儲けは現世の幸福だけである。 死後は虚無とみなすわけだから、そこで得るものは何もない。逆に負けた とき、損失はあまりに大きい。来世の幸福をすべて失うことになるから。 ▼ なるほど、理にかなっていると学生時代に「パンセ」を読んで納得した ことがある。パスカルは、理性を根拠に神の存在を証明したデカルトに反対す。 有限な人間の理性では、無限な神を理解できない。神を理解できるのは 「心」と、えた。彼が考えた神は「ヤコブの神」という。旧約聖書の登場人物 たちの語りかけ、導いた神こそ本当の神であり、デカルトの神は「哲学者の神」 にすぎないという。若いときの私にとって、非常に新鮮な感覚で、 大きな影響を受けた一人である。 ・・・・・・・・・ 2892, オーラをみたことがあるか? 2009年03月06日(金) オーラを見たことがあるか?というと、殆どの人は見たことがないのでは? 一般的にオーラがかるというと、「貴乃花を見たときに、オーラが見えた」 という人は、弟子に前後5〜6人に囲まれて熱狂的なファンの間を歩いている 姿の全体のエネルギーの威圧感を言っている。「光の手」という本に、 「人間の体にはエネルギーフィールドがあり、7つのチャクラがある云々」 とあった。それを一般的にオーラというのだろうが、実は私は一度だけ オーラを見たことがある。15年ほど前、母が痴呆症になった時に三年ほど 毎朝、車で20分の長岡ニュータウンの丘陵公園に母親を連れて、車椅子で 誰も居ない広場の散歩道を歩いている時のこと。大きな広場を坂道をやっと 上がりきった瞬間に前方から朝の陽光が雲間から私たち二人を照らした。 その時に車椅子の後ろから見た白髪の母に虹のようなものが包みこんでいる のが見えたのである。 逆光が私の位置から母の白髪を通して見たため光の 加減もあったのだろう。早朝の誰も居ない坂道の幻想的背景もあってか、今も 心に焼き付いている。その半年後に二番目の姉夫妻が千葉から母を訪ねてきた。 その時のオーラの話をしたところ、そこに行きたいという。そこで母と姉夫婦 と私の4人で車でドライブがてら行ってみたところ、そこで義兄が面白い ことを言った。「私が学生時代に登山で似た体験をしたことがある。 早朝の山頂で日の出をみていた時のこと。自分の影が朝日に映し出された時に、 その光景がオーラのように感じ取られ何とも不思議な感覚になった。 その感覚とソックリのような気がする」とのこと。自分のオーラを影の中で 見たのだろう。これは経験した者でなければ分からないこと。 自分の感覚にはバクテリアの発生から進化を20億年以上かけてしてきた 蓄積がある。それを何かの折に、底知れない何かを感じるのは何ら不思議 のことではない。 この年齢で人生を振り返ると、色いろの経験をしてきた のである。過去に数百、数千億人が人生を過ごしてきたのだから、 信じられないほどの蓄積が存在している。それを可能な限り知ること、 これも生きるということである。まったく、人間には自分というバカの壁が 強固に張り付いている。 しゃ〜ないが・・・
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2015年03月05日(木)
* 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜⑦ ー価値は、すべての観点から見たものに過ぎないー 「価値」を、一つの点に修練される「遠近法」の、それぞれの立ち位置 の観点でしかない、というのも面白い! 今まで「価値」の意味の解釈で、 最も合点がいく。情報化で、それぞれが違った立居地から情報の受発信が 出来るため、それが逆にニヒリズムを起因する。 (13) ≪ 誰もが、広い意味で、何かの「専門家」になってしまっていて、 特定の論点にしか関心を持てなくなってしまった。それぞれの観点を総合 することが出来ないのである。かくて、我々の世界像は、巨大なピカソ状の 壁画のようなもので、そこには統一もなければ、まともな論争も生じない。 全てがちぐはぐだ。それこそ、ニヒリズムの特質で、ニーチェも言うように、 ニヒリズムとは、統一も、目的も、真理も失われた状態である。≫ (14)≪『ではどうすればよいのか。このニヒリズムの時代には、残念ながら 容易に答えなど見つけられるすべもないのです。ニーチェは、価値は、全て ある観点から見たものに過ぎない、といいました。確かな真理などという ものはない。ただ、様々なパースペクティヴ(= 観点、見方)があるだけだ、 というのです。われわれは、結局、特定のある「パースペクティヴ」から 見ているに過ぎない、というわけです。その意味では、誰もがある特定の 専門家もどきにならざるを得ません。それはそうでしょう。そのことが悪い わけでもないのです。・・ 「パースペクティヴ」といったときには、 すでにおぼろげながら、ある遠近法が忍び込んでいるのではないでしょうか。 ある特定の観点、という自覚そのものが、おぼろげながら遠近法を想定して いるのではないでしょうか。少なくとも、様々な「パースペクティヴ」が バラバラになっては困るのです。それらの観点が文字通り、ひとつの点に 収斂してくれなければ困るのです。・・この遠近法の収束点を与えるものは、 やなり、我々の構想力以外には無い。この構想力は、決してグローバルな 市場競争や大衆化した民主主義や新しい技術革新の延長上に置かれるもの ではありません。それらは、世界を一層混沌へと落し込むでしょう。』≫ (15)≪『そうではなく、われわれが、われわれの歴史的経験と文化を確認 しつつ、しかも日常の常識(コモン・センス)に立ち返って将来の社会像や、 よき生というものを構想する力というほかないでしょう。それは決して 専門主義からは出てこないものなのです。一種の総合力と構想力なのです。≫ ▼ ニヒリズムでは、世界は救われない。やはり総合力、構成力が必要である。 民主主義、自由主義が正しいと信じてきて、今さら何を信じろ!というのか。 長くとも、10年先に生きているかどうかと、考えると虚無になるが、せっかく 地球に奇跡的に生を受けたのだから、知る限りの知識と経験を貪欲に求めて やろう、と生きるべきだが。 ・・・・・・ 4738,<つまずき>の事典 〜 ー6 2014年03月05日(水) * 据え膳食わなねど高楊枝の後悔と・・ <つまずき>の事典>中村邦生編著 人生の黄昏時になると、若い時の愚行と共に、 絶好の機会でありながら、犯さなかった愚行の悔い?が交差する。 ーここで紹介している内容からー 《「男が最も悔やむ愚行は、絶好の機会でありながら犯さなかった愚行です。」 ヘレン・ローランド『男への案内』 ヘレン・ローランドは、アメリカのジャーナリスト・作家・主に若い女性への 愛と結婚をめぐるユーモラスで、皮肉な寸言を得意とした。例えば、「結婚前、 男はあなたの言ったことを夜中あれこれ考えて眠らずにいるが、結婚後はあなた の話がまだ終わらないうちに眠ってしまうものなんです」といったように。 o(・`ω´-+) --☆Wink…o(;-_-;)oドキドキ♪ _+)(/_;) 引用の警句「絶好の機会でありながら・・」を読んで、忸怩たる思いが込み 上げてこない男はいないだろう。もちろんこの種の「愚かさ」は、特に男だけに 限られたものではないが。しかしこれはやはり男のもの。つまり「悔やむ」 という未練の引きずり方のだらしなさにおいて、男独自のものである。 そもそも「絶好の機会」などというものからして、常に後になってみなければ 気づかないようにできている「機会」なのだ。》 (“o(>ω<)o”))オシイー!! ▼「あの時、もし、愚行をしてしまったら、どうだったか」を考えると、 やはり留まる理由があったから。逆に「愚行の失敗の結果が現在の自分」 と思うと、これまた複雑な心境である。「踏みとどまって良かったのか、踏み とどまらずに云々・・」などを考えることが、引きずっている男の哀しさ。 結婚を考えると、解りやすい! 男は強力な下半身のエネルギーによる愚行で 結婚相手の判断を狂わせ、一生かかって後悔する。その結果が世の男たちの、 姿だが。「若気のいたりの愚行が無いのが一番の愚行、若気のいたり!」と、 今東光が身の下相談で言っていたが。 「いい女、いい男」は、「いい女、いい男に見えるため、思えるだけ!」 というのが解らず、家庭内離婚を含め、大部分が一生かかって後悔する。 人生の大部分が愚行で成立している。「絶好の機会」は「絶体的危機」だった。 ・・・・・・ 4371, 歳を取りそこねる人たち ー3 2013年03月05日(火) 「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち」春日武彦(著) * 嫌なジジイの自覚 人は歳をとるにつれ、嫌なジジババになっていく定めにある。肉体と精神が 緩んでくる結果である。自分で気づかないが、世代の違う人から見れば、60歳 過ぎればシッカリした老人である。 ーシビアに述べている部分を抜粋するー ≪ おそらく、わたしは老いていくに従い偏屈で意地悪で寂しい老人となって いくであろう。ひと筆描きの描写で事足りそうな「いやなじじい」で片づけ られてしまうだろう。いやなじじいであることはその通りであるにしても、 そのようにタイプ分けされてオシマイー そんな呆気なさが付いて回る老人たち の孤独感や屈託には、そうした粗雑な決めつけを受けがちな立場に由来している 部分が予想以上に大きい気がしてならない。 とはいうものの、たとえば人品 卑しからぬ「かくしゃく」とした老人がアンフェアなことをすると、わたしは 必要以上に失望し立腹してしまう。イメージに忠実でなかったから、と。 強がりを言ってまでも独りぼっちの生活を送っていた井杉あやが、風邪を契機に 急に弱気になったりすると、左知子は裏切られたように感じてしまう。 勝手なものである。老いることとは、自身の在りようを一方的に決めつけられ、 それを甘受させられることなのである。つまり物語を押し付けられることに 他ならない。しかもその物語は、なべて安っぽく底が浅い。 不良少年にまつわる物語のように。 P−66≫ ≪ 60歳あたりで急に妄想的になったり、精神的に不安定になる人が結構いる。 改めて考えてみると、彼らの胸の内に若さに付随する筈の楽しいことや 充実感を享受し損ねたという未練や不満が「損をした」という感覚で漂っている のではないだろうか。その恨みの気持ちが、世の中から取り残された、見捨て られたという実感と合体すると、そこに被害者意識が生まれることになる。 それは往々にして「だから自分は何をしても許される」といった放漫さや尊大さ につながる。そうした心の動きが、異様なほどの自己中心的な行動として顕現 することになるのではないか。たとえば暴走老人や高齢者の万引きとか。P−208≫ ▼ 噂話そのものが、安っぽく底が浅いもの。その物語が、さらに書き加えられ 魔女狩りのようになっていく。特に老人は、その手の名人になっていて、歳を 重ねるにつれ嫌なジジ、ババに色濃くなっていく。往々にして人生の総括期に、 思いもよらないことになり、それまで全く気付かない肯定すべき材料が一挙に 自己嫌悪の対象に下落してしまう事態になる(私も)。癌だったり、連れ合いの 喪失、初老性欝、事業の倒産など生々しい事態が急に圧迫する。 円熟などの妄想は一瞬に吹っ飛ぶ。いきなりオセロゲームのように人生の 行蔵が裏返しになってしまう。それも、こういった事態は幾つか重なる。 不幸論は、こういうところから成り立つ。問題は、独りに成りきれるかどうか。 孤独に徹っし、受け入れるかどうか。それらも含めて、人生を味わう心掛けが 最後の一里に必要になる。他人に嫌しさは見えても、自分のそれは見えづらい。 ・・・・・・ 3997, ビジネスマン退職後の誇りある生き方 ー3 2012年03月05日(月) ービジネスマン退職後の誇りある生き方章ー キングスレイ・ウォード著 この本の中で7人の人が提唱している「若いための十の秘訣」がある。 その共通点は、次のようになる。これは年齢に関係ない人生の秘訣でもある。 * 若いための十の秘訣 1、人生に好奇心を持ち、冒険を恐れない ー自主的であること 2、あらゆる年代の人たちと接する場を持つ 3、何ごとも最善を尽くせ ー諦めず、忍耐強くあれ 4、楽天的であれ、これは考え方の訓練で可能になる ー障害を挑戦と受け止める 5、ユーモアのセンスを持つ 6、運動をする。散歩、ヨガと、スポーツジムなど。 ー健康が一番の財産 7、教養を身につける。そうすれば、いろいろな人たちと気楽に付き合える 8、家族、友人を大切に ー友好の関係を当たり前でなく、 壊れやすいものとして維持とメンテに心がける。 9、自分自身の最大の長所を見つめ、自分を好きになれ ー本来の自分を受け入れること 10、今日一日を大切に生ききること ▼ どれもこれも、老化は逆の力が働くもの。ここには書いてなかったが、 これらを実現するための少々のお金が必要である。それと思いやりと、家族。 一つバランスを崩すと、誇りない人生になってしまう。 ・・・・・・ 3631, 入試投稿漏えいには驚いた! 2011年03月05日(土) 韓国で数年前に摘発された入試漏えい事件からしばらく経つが、 日本でも似た事件が発生した。起こるべくして起こった問題で、氷山の一角か どうかは誰も今のところは分からない。中国ではビジネスとして成立っていると マスコミで報じている。眼鏡などに超小型の撮影機を埋め込んで、それを 近くの受信機で受け取り、回答をメールにして携帯電話などに送り込めばよい。 犯人は逮捕されたが、これらから大掛かりな不正合格ビジネスが成立してくる? 機器の高度化に防犯がついていけるかどうかだが、無理だろう。 本人にすれば、カンニングにネットを使っただけで、これほどの大騒ぎになる とは思ってなかったようだ。 せいぜい、学校当局の厳重注意ぐらいしか考えて いなかったのでは。この手際からすると、帯電話を使ったカンニングのキャリア ではないか?と疑われる。過去の分まで記録が残っているはずだから、キャリア なら情状酌量の余地はなくなる。そうこう考えると、かなりの受験生が、 これまで入試投稿で合格をしてきたと疑うことができる。こういう暗記した 問題を解く入試方式はアジア特有のもの。そろそろ、入試そのもののあり方を 考える時に来ている。高校までの、本人の総合評価と、大学独自の能力検定 などを加味した判定方式など・・ それより大学の選定によって、その人の 人生が大きく変わることも間違いはない。京大が早稲田、同志社より、よい とは限らないが、そこで出会う教授、先輩、友人等から受ける影響は膨大。 学校のブランドは伊達ではないことも確か。一流大学のビリの方が、三流大学 のトップより格段に良いことは、周知の事実。「田舎の学問より、京の居眠り」 という諺がある。 ・・・・・ 3266, 大阪市の支出の半分が生活保護費 2010年03月05日(金) 昨日の朝のTVで「大阪市税の6091億の半分近くが生活保護費 (2863億)に消えている」と報じていた。大阪は他より生活保護を受け やすいとは、聞いてはいたが・・ 13世帯に一世帯が給付を受けており、 アパートの前に「このアパートに入居すると生活保護がもらえます」 という看板が出ているのがあるとか。 他と比べると5倍以上である。 人口230万人で国の2%で、国の1割の生活保護費である。ネットによると、 大阪市の予算は1兆7千憶円。国や大阪府の交付金、その他税収で、公債発行は 千二百憶で済んでいる。市債合計は5兆円))夕張の次の、市の破綻の候補。 「これは日本の将来の姿?」とキャスターがコメントをしていた。 これでは厚生年金や国民年金などかけないで、最後は大阪市に移住して生活保護 を受ければよい。大阪は、社会党と共産党の支持基盤が前より強い地区。 これが成れの果てといわれても仕方がない。民主党が自民党の自壊のため政権を 取ったは良いが、綺麗ごとを並び立てた22年度の予算。税収の二倍以上の予算。 国家破綻へまっしぐら。 大阪市の拡大版を国家として、やろうとしている。 もう国家としてのコントロールが不可能と市場が判断をすれば、 国債と株式の暴落圧力が一挙に高まる。 ・・・・・ 2891, 末期自民党政権 2009年03月05日(木) 自民党が最後の醜態を露出している。その最後に相応しいのが麻生首相と 思えば腹が立たない。どうして、こうなったのであろう。 以前のような ドスのきいた首相がいなくなった。 ・三角大福中は、叩きあげで派閥を率いていた。 早くいえば「汚職」ギリギリの塀上で集金し手下の面倒をみていた。 ・その後、安部晋太郎、宮沢喜一、竹下登という半二代目が派閥を率ていた。 ・更に小粒の村山、橋本竜太郎、小渕、森などが続いて ・小泉が一言パフォーマンスを駆使して改革という幻想を 国民に抱かせて何とか自民を持たせた ・極めつけが直近の安部、福田、麻生首相である。ひ弱な二代目、 三代目が とても一国を率いる器ではない。 劣化の最たる者が政権にきゅうきゅうしている姿は、亡国の醜態そのもの。 首相は学歴とか、血筋で務まるものではない。それぞれの世界で、 叩き上げでのし上がったものしか、国のトップになれない。 下から這い上がってきたからこそ、庶民の気持ちをくみ上げることができる。 麻生に関しては全く大衆の生活が分かってないのを大衆が直感で解った。 第二次大戦を潜り抜けてきた連中が消滅してしまった。では、なぜ彼等が首相 になれたのか?といえば、彼等でもやれる環境が、そうさせたのである。 そしていざ地球規模の危機に際して、これほど程度の低い首相に国民は茫然自失。 あのレベルの失言で済んでいるだけ!まだ良いとしなければならない。 実際は致命的ミスが出ないかハラハラ。それだけではない、自民党そのものも 劣化の最たるもの。ところで今度の小沢の第一秘書の逮捕は、タイミングから 見て明らかに国策逮捕である。検察の頭からして腐りきっているから始末が悪い。 これで更に国民に自民は嫌われること必定。これは歴史に残る腐りきった 自民と検察(官僚)の仕組んだ猿芝居として残る。日本は世界恐慌に先駆けて 突入したというのに。4〜5月には株価が6千円はおろか5千円を割るのでは? ・・・・・・・・・ 2008年03月05日(水) 「千年、働いてきました」 「千年、働いてきました」ー老舗企業大国ニッポン が面白い。 三ヶ月に一度、金融を中心にコンサルトをしてもらっている林さんから、 是非面白いから読んでみたらというメールが入った。さっそくアマゾンから (中古だが)この本を取り寄せたが、成るほど面白い。 まずは最も面白い部分を書き出してみると *「世界最古の会社はどこの国にあるだろうか?」。企業の寿命が30年と いわれる中で、我が国日本に578年から創業している会社がある。 聖徳太子に招かれ百済(中国)から来た職人の技術を持った会社である。 ・他にも、創業して千三百年にもなろうかという北陸の旅館、 ・千二百年以上の京都の和菓子屋 ・同じく千百年を超える京都の仏具屋 ・千年を超える薬局といった具合に、開業当時に思いをはせると、 気が遠くなる店や会社ばかりである。 *日本には創業100年以上の老舗企業が10万社以上あると推定されている。 これほど老舗が多い国は世界でも例がない。こんなにあるのは、 アジアだけでなくヨーロッパにもない。 *伝統は革新の連続である。 *製薬トップの武田薬品(1781年)、大手ゼネコンの鹿島建設(1840年)や 竹中工務店(1610年)、化粧品トップの資生堂(1872年)、ゲーム機の 任天堂(1889年)、楽器最大手のヤマハ(1887年)など・・ 大手デパートの ほとんどが江戸時代に創業した呉服店から発展しているし、三井、住友 の様なロスチャイルドより古い歴史を持つ財閥も存在する。 *初代目から11代目に当たる福田さんは、こう言った。 「身の程をわきまえるというのが、ずうっと貫かれてきたのではないかな。 バブルの時など、それはもう土地を買えとか言われたんですが、・・ 『コア・ミッション』=使命の核心=から離れてはいけない、 というのはわかっていました」(字数の関係でカット2012年3月5日)
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2015年03月04日(水)
* 空を飛びまわるニワトリ 以前だが、TVニュースのレポートで、神社で野生化したニワトリが、 樹木の枝を飛びまわっている姿の記憶がフラッシュしてきた。このニワトリ、 野犬に追われ、やむなく飛んでいるうちに、飛べるようになったようだが、 これは、人間の能力と同じ現象ではないか。野犬から身を守る生死の境で、 普段、使わない本来もっている羽の機能を使ったためである。生命が生まれて 20億年、現在の人類の祖先から20万年、経過している。脳には、生命として、 動物として、人間として、あらゆる生死をかけた経験が蓄積され、それを使い 生き残ってきた。その記憶が脳と身体に刻印されているのが、究極の危機から 目覚めてくる。その一つに火事場の馬鹿力がある。後家の踏ん張りも? 私なんぞ、境内の木々の枝をコケッコと鳴いて飛びまわるニワトリ? 枝の上から、柵内の飛べないニワトリをみていると、何か人間の姿に? * つれづれに ☆ この30年近く、我家のペットはインコ。いまので10代になるが、 名前は「ピー子」。7代まではボタンインコだったが、8代目がメキシコ・ コガネインコ、そして4年前から、世界で最も小さいルリハ・インコである。 性格が大人しく、絵から抜出したように可愛いが、年を重ねる度に、野生が 顔を出し、攻撃的になる。外出先から帰ると、駐車場から察知し鳴きさけぶ。 このインコも驚いた時に、飛んで逃げるが、普段は飛べない。人間と同じだ。 ☆ 先週の金曜日に観たシネマ『アメリカン:スナイパー』を観た。 中東で160人を射殺したスナイパーが、退役後、心的外傷を負った男に射殺 される。その心的外傷の男が何ゆえ射殺したのか考えてみたが、私の結論は、 「自分が殺害したアラブ人への償いを、その英雄を射殺することで果たした?」 と考え至ったが、どうだろう。 キリスト教原理と、イスラム原理主義 との戦いが、21世紀の大きなウネリになる。 もう、おちおちアフリカ、 中東に旅行に行けなくなってしまった? ・・・・・・ 4737,<つまずき>の事典 〜 ー5 2014年03月04日(火) * 思い出のグリーングラスの意味 <つまずき>の事典>中村邦生編著 半世紀近く前の学生時代、トム・ジョーンズが大ヒットを飛ばし、森山良子が 日本版で歌った「思い出のグリーン・グラス」の歌詞の意味を、この本で初めて 知った? 当時、その意味を知っている人が多かったのだろうが、現在になって 知ろうとは! この原曲の本当の意味は「若い死刑囚が、執行の朝、望郷の夢 から醒めた哀しい歌だった」 当時、何も知らなかったのか? 知っていて、その心情を深く思わなかったのだろうか?その方が、もっと酷いが。 当時の底の浅さが、思いやられる! 多くの人が死の直前に走馬灯のように思い 出す故郷は、こんなものだろうか。ーあるブログから、元歌の歌詞の訳を引用ー ーー 故郷の街並みは昔と同じ 列車を降りると 両親が迎えに来てくれている 通りを走ってくるメアリーが見える 金髪でさくらんぼのような唇の 故郷の緑に触れるのは気持ちが良いものだ そうなんだ 皆が迎えに来てくれる 両手を差し伸べて 優しく微笑みながら 故郷の緑に触るのは気持ちが良いものだ
古い家はまだちゃんと建っている 壁は干からびてひび割れてはいるけれど そして僕が遊んだあの古い樫の木もある 愛しいメアリーと一緒に小道を歩くんだ 金髪でさくらんぼのような唇の 故郷の緑に触れるのは気持ちが良いものだ
そして僕は目覚める 辺りを見回してみる 僕は灰色の壁に囲まれている そして気づくんだ そうなんだ 僕は夢を見ていたんだ と 看守がいるし 悲しそうな顔をした年老いた牧師がいる 夜明けには 腕を掴まれ歩くんだ それから僕は故郷の緑に触れることになる
そうなんだ 皆が僕に会いに来るんだ あの古い樫の木陰のところに 皆は僕を故郷の緑の下に横たえるんだ ーー ▼ Youtubeで、この歌を改めて聞いてみた。 この意味を知ってから聴くと、 歌が違って聴こえてくる。私の幼児の頃の家と、家族と、店の人たちを、 思い浮かべると、魂の故郷に帰ったような気がする。熟年になってきて、 死が近い将来?に近づいてきた現在、この歌の味わいは、ことさらである。 そういえば、この随想日記で「白い雲に乗って」のテーマで、 書いたことを思い出した。〜以下 ・・・・・ 2007/02/10 2139, 白い雲に乗って ー両親の思い出 ー1 夜半に幻想的な夢をみた。 小さな白い雲があった。 それに乗ると、ふかふか浮いて異次元の世界に引き込まれてしまった。 そこは4歳の頃の世界におりたようだ。 すべてが鮮明な蘇った当時の世界が浮かび上がってきた。 両親がいて、兄達と姉達、そして多くの従業員がいた。 そこは越後長岡の十字路のど真ん中にある当時の私にとって大きなビルの中。 一階が店、二階に事務所と倉庫があり、三階に家族の住まいと台所、 四階には従業員と姉達の部屋があった。 白銀に輝くファンタジーの中に包まれていた。
三階の住まいに猿のタロー、そしてタマという茶色の猫がいて、 そこでラジオから童謡とか歌謡曲が聞こえていた。 店には若い女店員が多くいて、ぼくを「ハッちゃん」 と頭を撫ぜてくれている、正に当時の真っ只中にいた。 コロという生まれたばかりの白黒の小犬を運一・兄が拾ってきた。 そして三毛猫のタマとコロがジャレている。 その空間には何時も緊張感がただよっていた。
燕が飛んできて窓に当たって死んでしまった。 初めて死をみた瞬間だ。いやに首の下の赤い色が印象的だ。 そこを出たところには大きな通りがあり、多くの人が歩いている。 小さな三輪車で駅の方に行くと右手に小さな公園があり、 その脇に池があり小さなスイッカスが水上を泳いでいた。
そうだ、ここは公会堂の裏にある小さな山の上に神社が祭ってある公園。 周りを見渡すと植木の展示会が開かれていた、多くの植木鉢がところ狭しと 並んでいる。その先に大きい広場があった。それは阪之上学校の運動場。 何時も遊んでいる近所の子がいたので声をかけると、スーと消えた。 夢をみているのだろうか?いや、夢のはずがない。 ぼくは間違いなく、ここにいる!
・・・・・・ 2007/02/18 2147, 白い雲に乗って ー2 b(^o^)dおっ W(^O^)Wはー♪ 先日のつづきの夢をみた。半分は覚醒をしていたのかもしれない。 前回の夢が契機になって当時のイメージがドンドン出てくる。 如何いうことなのだろうか?それは57年前の世界そのものである。 その世界から此方をみている感覚と、此方の感覚の間にある塀の上での 微妙な世界に立っているようだ。 ーー 白い雲に乗って再び、その世界(4歳)へ行ってきた。 そこは前回よりリアルな当時の世界があった。 中央保育園の面接があるというので、目新しい服を着せられて、 母の手に引かれて「同じぐらいの小さい子が多くいるところ」に行った。 そこは家から10分ほど歩いた小さな小路にあった。 面接のオジサンがニコニコしながら、色々なことを聞いてきた。 母に前もって聞いていたので、驚くほど上手く答えた。 恐らく入れるだろうと思った。 家(店)に帰った後、三輪車に乗って前の安栄館というビルの 同じくらいの友達のところに行った。 やはり最近できた大きなビルのところの子だ。 何か遊んでいると楽しい!
その数日後に場面が変わり、幼稚園の合格のしらせがきた。 手紙を待っていたが、何時までたってもこないので、お母さんが 「落第したのかもしれないけれど、そんなことないはずだが・・」と言う。 ガッカリしていたところ、合格の葉書がやっと届いたが、凄く嬉しい。
クリスマスの飾り付けのため、二番目の姉の恭子と近くにツリー の飾りを買いに二人で行った。大きな雪がフワフワと降っている。 ツリーに吊るす色いろなものを二人で選んだ。 小さな家とか、星とか、動物とか、人形などがあった。 それを袋一杯に買って家に帰って3Fの食堂で飾り付けをした。 ラジオのクリスマスの音楽を聴きながら、それを他の姉たちと 飾りつけた。ツリーの電飾がいやに奇麗だ! こんな楽しい気持ちは初めてと喜んでいる自分を誰かがみている。 あれは誰だろう? 翌日の朝、枕元に箱に入ったサンタの贈り物があった。 雪が、ドンドン降っていて窓の下は雪で埋まりそうだ。 突如、周りを見渡すと誰もいない空間になってしまった。 何処に行ったのだろう、皆は! 白い靄がかかり、その中で恐ろしさが襲ってきた。 目をつぶって白い布団を被った。 目が覚めると、そこは寝室の布団の中であった (o ・д・)ツ バイ! ズットここにいるのだ。 何で、ぼくは、ズ~ットここにいるのだろうか? 忘れたが何か遠い遠い旅をしてきたようだ。 何の旅だったのだろうか、僕はどこにいってきたのだろうか? そこで、無性に悲しくなり大声で泣いてしまった。 泣いても泣いても、あの遠くのズット向こうの世界は戻れない! ぼくはもう、あの遠い世界には返れないのだろうか? ふと脇をみると小さなコロが悲しそうな顔をして、ぼくをみていた。 でも、コロがいたので安心をして三輪車を引っ張りながら家路についた。
両親は忙しそうに働いている。 その横で姉達は今度法事で着る洋服を試着して笑っている。 その後に夕飯の時間がきて、丁度みんなで食べようとしていた。 父チャンがいて、ぼくも含めて子供達が8人が勢揃いをしてご飯を食べた。 外がいやに賑わしいのでみると、長岡祭りの山車が次々と通っている。 三階の窓から手を振ると、屋台の上から男の人が笑いながら手を振り返した。 何かそれをみていたら、嬉しくてケラケラ笑ってしまった。
しばらくすると父親が今日の売り上げを持って、下にある店から 上がってきた。札を十枚ずつ数えて束にまとめて小さな金庫に入れている。 嬉しそうな顔をしている。何か自分が白い雲の中で浮いているような 感じがしている。ふと目が醒めると、隣に両親が寝ていた。 あ〜ぼくは、一人ではないんだ!よかったと独り言をいっていた。
ここは間違いなく大手通の世界である。 どうして、ぼくはここにいるのだろう! それにしても、それにしても、どうして浮いているのだろうか? というところで、目が覚めてしまった。 幻想的な遥か彼方の遠い世界に舞い戻ったのだ。
・・・・・ 2007/04/25 2213, 白い雲に乗って ー3 (・_・) ノ オハヨウ! お風呂に入った直後22時過ぎにクラッシック音楽を聴きながら就寝する。 就寝30分後に爆睡を4〜5時間した後、午前の3〜4時に一度目が覚める。 そして冬時間の起床時間が5時半、夏時間は5時に起床する。 起床前の2時間が半睡状態の時間になる。 その時間が、ある意味でゴールデン・タイムになる。 夢をみたり、夢と現実の塀の上を遊ぶ?のである。
以前、書いた「白い雲にのって」は、半覚醒で子供時代に立ち返った 内容を書いた。夢のような、魂の故郷を漂った白昼夢の世界の描写である (いや白朝夢か)。白い雲に乗ったイメージで当時の思い出の世界に 入ると、記憶がドンドン出てくる。脳の奥行きの深さに驚いてしまう。 ある意味で夢と同じぐらい深い脳の領域に思える。 50〜60年前の赤ちゃんから幼児の記億の世界は、魂の世界である。 殆んど忘れてしまった、古い古い記億の痕跡への旅である。 立ち返って気がついたのは、それからの人生の激しい時代の記億より、 ず〜と刺激の強い世界の思い出である。
白銀色の毎日が新鮮な経験のシャワーを浴びているようで、 愛情に包まれた夢のような日々であった。ドラマをみているような、 自分そのものが舞台劇の小さな子供の役者を担っていた。
初めての大きなショックが、柏崎の親戚の近くの海を初めてみた時である。 それまでは近くの公園の池しか見たことがなかった。 海のコバルト・ブルーを見たときの驚きは現在でもはっきり憶えている。 それと、舟と漁師の姿と磯のカオリも記億に鮮明に残っている。 よほどショックだったのだろう。
ところで、私が生まれたのは第二次大戦の終戦の5ヶ月後の 1946年1月15日である。越後長岡の東神田で産湯をつかり、 長岡駅から100�先繁華街の四つ角に三月後に戻ってきた。 百日風邪になり、「もしかしたら駄目かもしれないと医者に言われた」 と、父は口ぐせのように言っていた。 私の名前は八人兄弟の末で「八郎」というが、実際は九人目で、 もう一人2歳で亡くなった兄がいた。 父が42歳、母が38歳の時の子供である。 そのためか、特に父親にはペットのように特別愛されて育った。 16歳、14歳、年上の兄と、その下に姉が4人、その下にすぐ上の兄がいて、 最後に私という構成であった。(2~3歳違いで、双子、年子は一人もいない) 終戦直後で両親は大家族の生活維持のため人一倍働かなくてはならない 条件があった。産まれてから10年間の長岡のど真ん中の大手通の生活は 刺激の強い環境にあった。
東神田から大手通に連れてこられた生後三ヶ月後の記憶が残っている。 リンタクに乗せられて、大手通の家に行った記憶である。 そこでは、「福ちゃん」という喫茶店をしていたが、一年もしないうちに止め、 衣料品店に転業をした。
そして2歳になった頃に、その店兼住宅を丸太を下にいれ、転がしながら、 近くの公会堂の前に引きずっていき、仮店舗を開きながら4F建のビルを建築。 個人名義のビルは国内で始めてと市役所で言われたとか? その記憶が一つ一つ記憶として残っている。 人生を振り返って一番楽しい日々といえば、10歳までの大手通の ビルの立ち上げから、店の開店、そしてそこで起こった悲喜 交々も日々だった。 本当に刺激的な日々だった。 ヾ(@⌒▽⌒@)ノ バイ
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2015年03月03日(火)
* ニーチェが看破したキリスト教の価値観 (12)≪ 思想家ニーチェは、来る200年はニヒリズムの時代になる、と言った。 ニーチェが死んだのは世紀の変わり目1 9 0 0年だった。ニヒリズムは人々が 共有できる大きな価値観の崩壊。キリスト教が約束した福音も近代主義の福音 も、ヨーロッパが生み出した大きな価値観であった。人々の幸福を保証する ものだったはず。ニーチェはそんな価値観は脱ぎ捨てろと言った。キリスト教 や近代主義の理想にとらわれては駄目と言った。そんな幸福はちっぽけなもの だし、人はそんな価値によっては幸福になれないと言うわけ。 ニーチェは キリスト教は人間を見苦しいまでに自虐的な存在にし、自由や平等や人権などを 唱える近代社会は極めて偽善的で欺瞞的ないやらしい社会だ、と言った。 今日アメリカがグローバルな正義として打ち出している自由や民主主義、平等 や人権、公正な市場経済などは、ニーチェの発想からすれば、何とも欺瞞に 満ちたインチキくさい正義だとの論理。ニーチェの言い分が全面的に正しいか は別としても、今日、最早、自由や民主主義、平等や人権、公正な市場経済 など無条件に信じられない。この「正義」の背後に、「力」の競争や闘争が 隠されていることに誰もが気づいてしまったから。だから、市場しか見てない 者は、規制改革を徹底して行い競争を強化すれば経済は効率化できる、という ことしか眼中にない。成長戦略しか見ていない者は、教育から観光から エネルギーから人間の生命や医療まで、すべていかにG D Pを押し上げるか、 の観点からしか見ていない。人権主義者は、女性の職場であれ、家庭であれ、 学校であれ、人間関係を権力関係としてしか見ていない。政治学者や政治 評論家は、もっぱら政治を民主化という観点からしか見ていない。ある種の ナショナリストは、すべて中国が悪い、韓国が悪い、という観点に立つ。 一方、平和主義者は憲法9 条にしか関心がない。≫ ▼ ニーチェは、近代社会を偽善的、欺瞞的、社会と看破し、その根源が キリスト教にあるとした。人生振り返って、哲学では、ニーチェに一番、 影響を受けていた。特に欧米主義にドップリ浸かっている自分に徐々に 気づく過程が私の人生だった。世の論説をみると、ニーチェが看破した 価値観に即して論じているようだ。そして、世界は益々動乱になっていく。 20世紀の半ば1946年に、地球上に人間として生まれ、21世紀を15年を生きたが、 あの世からの視線で見直すと、面白い時代の狭間を生きてきた事を思い知る。 ・・・・・・ 4736,<つまずき>の事典 〜 ー4 2014年03月03日(月) <つまずき>の事典> 中村邦生編著 * 言ってはならぬ、闘いが無益などと 人生の終盤に、あまり良い結果ではなかった?が、自分の人生を 全面否定する気持ちは最小である。気持ちは「天気晴朗なれど、波高し」。 この詩は、誰にでも訪れる人生の終焉で、励ましを与えてくれる。 《 言ってはならぬ、闘いが無益などと 努力も傷手も無駄などと 敵はなお息絶えず、怯むこともなく 事態は相も変らず元のとおりだ、などと。 ーアーサー・ヒュー・クラフ「言ってはならぬ、闘いが無益などと」P-44 アーサー・ヒュー・クラフはイギリスの詩人。ラグビー校でトマス・アーノルド に習い、その息子マシューと生涯にわたる親交を結んだ。マシュー・アーノルド の追悼詩の傑作「サーシス」はクラフを悼んだもの。「言ってはならぬ、 闘いが無益などと」は窮地にあってなお不屈の心をうたった詩として知られる (引用は冒頭の一節)。また第二次大戦中にチャーチルがルーズベルトへの放送 の結びにこの詩を引用し、イギりス国民を励ましたという逸話を持っている。 クラフには「一度も闘わないよりは、闘って敗れた方がましである」 という有名な言葉もある。 》 ーネットで、調べたところ、以下の訳があった。 【 悪戦苦闘しても無駄だ、 骨折り損だし、怪我をするだけだ、 敵は一向に怯(ひる)まないし、逃げる気配もない、 結局元の木阿弥だ、などと言ってはならない。 希望を抱いて馬鹿をみるなら、心配が杞憂に終わることもある。 もしかしたら、ここからは見えない戦場の一隅で、 まさに今、君の戦友が逃げる敵を追っているかもしれない、 君さえいなければ、勝利は味方のものかもしれないのだ。 疲れきった様子で浜辺にうち寄せている波も、 いくら苦労しても一歩も前進してはいないように見える。 それでも、ずっと彼方の湾や入江では、じわじわと、 そして、黙々と、大きな潮がみちかけているのだ。 夜明けの時にしても、東側の窓からだけ、 光が射してくるのではない。 東の空に太陽が昇るのが、どんなに遅々としていても、 西の方を見るがいい、天地はもう明るくなっているのだ。 ー平井正穂編『イギリス名詩選』より 】 ▼ 現在の私に、一言一言が実感として響いてくる。 何もしない人ほど、 いや出来なかった人ほど、「闘いが無益で、努力も痛手も無駄」と言い張る。 闘いもない、さしたる努力もない人生ほど、毒が溜まり、精神を腐らせている。 その毒を、他人に?に向け、吐き出すしかない人々の哀れさを、この節目で タップリと見せて貰った。「世界は広い。そして深い!」人類は成功によって 導かれてきたが、その背後には99%の失敗と挫折がある。それが人生だ。 ・・・・・・ 4369, 書くことが思いつかない人のための文章教室 ー8 2013年03月03日(日) 「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著) * そもそも書く手順とは 12年間、毎日書き続けてきた。そして文章作法の本も数冊、読んできた 割りに満足出来る内容に全く至ってない。しかし、この本には多くの基本を 改め確認することが出来た。以下のルールも量を書くうちに身についてきたが、 話の筋たてのヒントが理路整然と書き連ねてある。ー私なりに、要約してみた。 ≪ ー まずは箇条書き、そして起承転結 ・ まず頭に浮かんだことを箇条書きにする。そして、それを起承転結の順に ナンバーをふる。起承転結は漢詩から生まれたもので、起句、承句、転句、 決句、からなる。起句で文章を起こし、承句でこれを承(う)けて、転句で その単調さを破り、内容をガラッと一転させ、決句で全体をまとめる。 その中で一番大事なのは「転」。この捻り、転しが、その人の特徴になる。 ・ 行き詰ったら、初めから読み流し最初からの流れに乗ること。 これを面倒ぐさがらずやること。すると、すっと次の考えが出てくる。 他に、散歩に出ること。頭が煮詰まって何も浮かばないときは、その方が、 新しい考えが浮かんでくる。 行き詰らない方法として、「また」 「そして」「しかし」「おそらく」「たぶん」といった接続詞や副詞も、 文章を前進する働きをしてくれる。要は、次の文章が浮かんでくる ところで、一休みの働きになる。 ・ アイデアはすぐに書き留める ー何処であろうと、思いついだ時に メモをとっておくこと。とにかくメモ魔になる。書き留めることは、脳に 刻み込むことでもある。長期保存された事柄は、書き留めたことが多い。 ー 現在・過去・未来の順に書く ・ 現在は、今の状況、過去は、その今の状況をもたらした背景、そして 未来は、その状況が今後どうなるかーですから、その順に書いていけば 話の筋が組み立てられる。情報伝達で、この3つは欠かせない。 ・・文章は自由自在に「時」を操ることが出来る。文章は現在の状況を 書きつつも、近未来、近過去を行ったり来たりできます。 ー 書き出しで興味を引く ・ ハッとすることをズッバと書いて興味を引く。 気の利いた一文で、さっさと終わる ▼ プロの書き手には、それなりの定石がある。量を書けば良いのではない。 量から質を高めるには基本が必要になる。定石を知っているといないとでは 大きく違う。「現在」を基点に、「過去」そして「未来」の順を意識する、 しないのとでは、大きく違ってくる。この12年間で、論理脳が出来てしまった ようだ。 ああでもない、こうでもないと、独りで言葉を組み立てている。 感じ取り、思い、考える。これを自動的に脳内で誰もがしていることだが、 問題は文章化をして残すかどうか。 「で、残して、どうなるの?」という 問いには、「どうも、こうもなりません!」
・・・・・ 3995, 宇宙は本当にひとつなのか ー2 2012年03月03日(土) 「宇宙は本当にひとつなのか」 村山斉著 先日、「 宇宙論のコペルニクス以来の大転換 」について書いたが、 そのタネ本が、この「宇宙は本当にひとつなのか」。私にとって、世界観が ひっくり返るほどの驚きである。オーバーにいえば夜半に目がさめ、これを 考えると息苦しくなるほど。宇宙の果てがあるかどうか、時間の始まりが あるのか、神の存在とは、自由とは何か、どこまで自由になれるのか? などの問いは、この本を読んでしまうと根底から揺らいでしまう。 前提が宇宙がひとつ、だったのが、10の500乗の宇宙の存在の可能性を 突きつけられれば、今までの宇宙論と、世界観は何だったのか?になる。 コペルニクスの地動説が事実と知ったキリスト教徒のようなもの。 これは万物の存在に根底から問い直しを迫った宇宙論になる。 「 宇宙で原子でできている目に見える物質は5 %に満たず、残りの約23 % は正体不明の暗黒物質(ダークマター)と、73 %の暗黒エネルギーが占める。 それが、どうもあるらしい。ということは、宇宙の約96%は正体不明で、 それらは他の宇宙から、私たちの宇宙に流れ込んできている 」という途方も ない説。まず「 第一章 私たちの知っている宇宙 」から、幾つか書き出す。 * 私たちの知っている宇宙 ・ 地球が太陽の周りを回る速さは、秒速 30 km。 ・ 星の成分は光を分析することで解る。温度が高い場所ではどんな物質でも ガスになる。光がガスの中を通るとガスにより決まる波長が吸収される。 このスペクトラムの欠けで元素がわかる。 ・ 宇宙の年齢は137億年。宇宙が膨張して38万歳のときに電子と原子核が くっついて光が真っ直ぐ進めるようになる(宇宙の晴れ上がり)。 このときの光が宇宙背景放射である。 地球の年齢は約46億年。 ・ 2006年8月に冥王星は惑星から準惑星に格下げになった。光の速度で4時間。 月は7分。 太陽系の中で恒星は太陽だけ。次に近い恒星はケンタウルス座 プロキシマ星で4.2光年。 我々の天の川銀河には約2000億個の星がある。 太陽系は中心から28千光年離れた端に近い場所にあり、天の川銀河では、 まだ若く星や惑星が生まれている。太陽系は銀河の中心を秒速220kmで動く。 ・ 銀河団より広い6.6億光年でみると、銀河は一つの点になり、線のように つながったフィラメント構造と空洞になった泡になる。 これを宇宙の大規模構造という。 ・ 60億光年くらいの範囲で見ると、宇宙はだいたい均質で同じような性質を もっている。 これを宇宙原理という。 ・ スイス・ジュネーブ郊外の地下一周27kmの世界最大の加速器「大型ハドロン 衝突型加速器」でビッグバンを再現する実験を行なっている。ここでは、 ブラックホールをつくる計画があり、できれば4次元以外の次元、つまり、 異次元があるという証拠になる。そうすれば、異次元の中を運動する物質の 暗黒物質の正体もわかるかもしれない。 ▼ この数年来で最も面白く、ショックを受けた本である。このところ、 ショックのことが多い。異次元世界、いや異次元宇宙があるとはね。 ・・・・・・ 3629, 閑話 小題ー二題 2011年03月03日(木) * クライストチャーチ ニュージーランドはチョットした旅行やショートスティーには良いところだ。 オーストラリアの右下にある日本の北海道と九州が上下に並べたような島国。 北より南の島の方が見るべきところがおおい。私には非常に良い印象が残る。 今回の地震があったクライストチャーチは南の島のオーストラリアよりにあり、 ロッキーのバンフに雰囲気が似ている。この国は、こじんまりとした自然豊か だが、冬はかなりの寒さになる。近くにあるクインズタウンの小さな街並みが すばらしい。クライストチャーチは観光地だが、最近は日本人学生の語学研修 に人気がある。クイーンズタウンから6時間ほどにある氷河のミルフォード サンドが印象に残っている。山あり、氷河あり、港があり、高原ありで、 日本人が好む国である。一見、豊かそうだが、実際はそうでもなさそうだ。 そういえば、現地人の姿は全くといってよいほ見かけなかった。 ーニュージーランドのバンジージャンプー H7・05 四十三mの渓谷の吊橋より足首に一本のゴム紐をつけて飛びおりるゲーム。 まさに“身も氷るおもい”そのものであった。あの飛びこみ台は死刑台と同じ 感覚ではないかとその瞬間思えた。立って下を見た瞬間まさに金縛りそのもの。 自分は何でこんな事をしてしまったのか。 まさか自分がここより飛びおりる? …本当に恐怖のどん底とはあの瞬間であった。そういえば現地の日本人ガイドが 私の申し込みに、四回も私の目をみて念をおしたのも頷けた。また、その後に のったジェット・ボートの現地の運転手が、その事を聞き“クレージー”。 * ‘ありがとう’と‘ごめんなさい’ 人間の精神活動の根本に、この二つの言葉がある。 これを使いこなせれば 人間関係は、よりスムースにいくのだが。それが意外とむずかしいのである。 子供に対する躾で、この二つの言葉を素直にいえるようにするのが、第一歩。 それと‘おはようございます’‘こんにちは’‘おつかれさま’‘ごくろうさま’ は社会人の初めに訓練される。最近の若者に、この言葉が聞かれなくなっている。 今年の学卒の3割は、就職ができないが、正社員とアルバイトの差が、この辺の 一年間の訓練、躾が入っているかどうかの大きな分岐になる。フリーター癖の ついている人は、まず挨拶がまともに出来ない。これは20歳前後までに訓練 されないとなかなか組織人として長年生きていくに難しくなる。 ありがとう、ごめんなさいは、互いの心を開かせる働きがある。 外国旅行では、サンキュー、ソーリーは、イエス、ノーより頻繁に使う。 互いに迷惑をかけないが、基本にあるからだ。 ・・・・・ 3264, 哲学者は神について、どのように語ったか ー1 2010年03月03日(水) 神について「一神教と多神教について」以外はは書いたことは殆どなかった。 書けるほどの知識も宗教体験もない。そんな恐ろしいことがかける訳がないし、 結果として無知を曝け出すことになる。今さらだが。それなら、哲学者が神に ついて、どのように書いてきたかなら調べることが出来る。 もし、あと半年しか命がないとしたら、永遠の命の存在としての神について、 真剣に考え救いを求めるだろう。「あの世は、あるのだろうか」 「生まれ変わりは」「この私の人生とは何だったのだろうか」 「神が存在するとしたら、自分は、その大元に帰っていくのだろうか」等等・・ 古代のプラトン、中世のトマス・アクィナス、近代のカントなどの哲学者が、 神について書いている。 * まずはプラトンのイデア界(本物の世界)の考えが面白い。 【 我々が生きる、今ここは、人が真に生きる世界ではない。前世のイデア界の 世界で、完全な美や真実を目にしている。しかし生まれてきた現世では、 そのことを忘れていて、この「世」の美しいもの、真実、良いものをみると、 それを思い出す。このイデア界の憧れは、この世ならぬ完全なものへの憧れで、 この世の中での有限なものの恐怖と表裏一体としている。】 * 次にローマ帝国期のAC3頃のプロティノスは、 【 プラトンの哲学の流れをくんで、プラトンのイデアと同じく、この世に 根拠を与えているものを想定し、それを一者(ト・ヘン)となずけた。 それは絶対的な超越者、人間が把握することも、表現することも出来ない。 それは一者でさえなく、存在に先立ち、すべてを含む完全なものという。 一者は完全なるがゆえに、力が満ち溢れ、外に溢れ出る。世界は、一者からの 流出物と位置づけている。この一者からヌース(精神)が生まれる。 これが一者の思惟の世界。これがプラトンのイデア界にあたる。そして、 プシュケー(霊魂)が生まれる。さらにこれが、ヌース(精神)からイデア を受け取り、物質と結びついて、我われが感じ取る感覚の世界をつくる。 これが世界をつくられる。流出のプロセスである 】 【 一者は、流出を行っても完全性を損なわない。太陽の光がどんなに 照らしても、その力を失わないのと同じである。ただ、遠ざかると太陽の ように光も熱も弱まるように、そのレベルが低くなる。ヌース、プシュケ、 物質の順に、一者から遠い存在になる。】 【 人間は、物質である肉体を持ち、そこに霊魂を持っている。その物質に 逆行して、一者を目指すのが人間のあるべき姿。それは忘我の境地でなされ、 そこで人は知性の光に満ち溢れる。一者のことをプロティノスは「神」という。 忘我の境地になれば、人間は神と神秘的な合一が果たせる、という 】 ー 以上だが、プラトンにしろ、プロティウスにしろ、説得力がある。 プロティウスの論理と、そのイメージは、キッチリと頭に叩き込んでいた 方がよい。 いざという時の生から死へのイメージが沸いてくる。般若心教と 同じような感覚として、安らかな気持ちになれる。考えぬかれたイメージ。 ・・・・・・・・ 2889,プーチンのリスト 2009年03月03日(火) 一昨日の三月一日のNKKスペシャルの「 揺れる大国 プーチンのロシア 《プーチンのリストー強まる国家資本主義?》 」が、今後の世界の方向を暗示 する内容であった。米国もまたAIG、シティ、GMなどを政府管理下におき 建直しを図ろうとしている。 ーまずは、NHKのHPより、その番組説明をコピーしてみるー オイルマネーの流入で、いちやく経済大国となったロシア。去年秋の金融危機 以降、プーチン首相のもとで進む経済対策、支配の強化によって、財界はかつて ない大混乱に陥っている。ロシア経済の繁栄を支えてきた外国資本が一気に去り、 頼りは国家が貯めこんだ資金だけとなった。ソ連邦崩壊後、市場経済化の中で 急成長してきた新興財閥は巨額の負債を抱え、国の支援を受ける代わりに国から 送り込まれた監視役を受け入れざるを得ない状況に陥った。 プーチン首相は、国家が蓄えた巨額の資金を振り分ける企業を選別する 「プーチンのリスト」の作成を指示。財閥たちはリスト入りをかけて熾烈な 争いを繰り広げ、そのことがプーチンによる財界支配を強化していく。 (字数制限のためカット 2012年3月3日) ・・・・・・・・・ 2525, 国家を斬る 2008年03月03日(月) 「佐藤優 国家を斬る」佐藤優, 宮崎 学,(著) ー読書日記ー 佐藤優のみならず、イーホームズ・藤田東吾社長、そしてヤメ検の田中森一 の本を読んで国家の腐敗、特に官僚の腐敗の実態に、ただただ驚く。それが 司法の検察まで及んでいるのだから救いがない。 元々、腐っているのが、露見しただけということも言えるが。 (字数制限のためカット 2011年3月3日)
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2015年03月02日(月)
* 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜⑤ ー 自由、民主主義の普及こそ混乱の元凶ー 最近では、「アラブの春」の一連の独裁国家の打倒。その結果、現れ出た のが、「イスラム国」。キリスト教原理主義のアメリカが主導する世界に対し、 独裁者から解放されたイスラム教徒たちは、対抗するためイスラム原理主義に 向かうのは自然だが、それにしてもモハメッドの頃の戒律厳守とは・・。 ( 9 ) ≪ 欧米的価値観の勝利? 現状はそれどころではない。 イスラムとアメリカの対立が益々激化。民主化したはずのアラブは混迷に 中に迷い込み、新興国を巻き込んだ市場経済のグローバリズムは、資源や 市場をめぐる果てしない競争へ突き進んでいる。しかし、自由、民主主義の 普遍性、市場競争の普遍性などの近代主義こそが混迷を招く張本人。 だから、事態はかなり厄介である。近代主義を押し進め、グローバル化 していることそのものが問題。だから、今日生み出されている様々な 危機的な事態を乗り越える方法が見当たらない。自由、民主主義、 人権思想、市場経済のグローバル化や技術革新によって問題は解決しない。≫ (10) ≪ 人々の自由が拡大すれば拡大するほど、人々は益々自由を求め、 その自由は相互に衝突する。それを調停するのは最後には「力」になる。 民主主義は問題を解決しない。民主主義そのものが、多数という「力」の原理。 イスラム教のような人民主権でなく「神権政治」を訴える宗教が出てくれば、 民主主義は有効性を失う。人々が豊かさを求めて市場競争をするほど、利害は 衝突する。グローバルな市場競争は、徐々に帝国主義的な様相を示してゆく。≫ (11) ≪ 今日の世界的な人口増加と新興国の経済成長を前にすれば、 資源問題、環境問題、食糧問題の三点セットは、すでに世界的な問題。 世界的な問題とは、「世界」が我々の外にあるものではなく、我々も そこに含まれ、いやがおうにも当事者になってしまっているという意味。≫ ▼ 中東問題は、数千キロ離れた海の向こうのことだったが、ネット社会は、 その生々しいテロや処刑を一瞬にして現前させる。この川崎中一殺人事件は、 明らかに、イスラム国の斬首の映像に影響されたもの。「目には目を、歯には 歯を」は、ハンムラビ法典や旧約新約両聖書に出てくる。我々は、これを 「やられたらやり返せ」という意味で使っているが、同害報復までの法で、 過度な報復を防ぐためである。「倍返しとかダメ」と。4000年前、すでにこの ような、争いの拡大を防ぐ知恵があった。原理主義の衝突はニヒリズムを生む。 老いは、日々、ニヒリズムを強くする。しかし、生きているうち!いまのうち! で、二年前の内容が、偶然だが続く! ・・・・・・ 4368, 歳を取りそこねる人たち ー2 2013年03月02日(土) 「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち」春日武彦 (著) 「老いると独自の当惑や釦の掛け違いによる問題、恥や失望や悔しさが待ち 受けている」というのが本当のところ。そして最期は死ぬのである。 その中で幸福であるために、幸福とは何かを常に自省しなければならない。 * 幸福のふたつの文脈 ≪ 近頃の私は、幸福が二つの文脈から成り立っていると実感するようになった。 ・ひとつは日常における安寧とか平和とか、つまり波風の立たない平穏の毎日 である。それは往々にして退屈に感じたり、無価値に映る。だが、大病を 患ったり危機の状況に追い込まれると、つくづく【当たり前の日常】 の有難さに気づく。現代社会における大問題として、年齢を重ねたなりに 淡々として、維持していく筈の【当たり前の日常】が、老人にとって 手の届かない危惧が挙げられてないだろうか。 ・幸福におけるもうひとつの文脈は、それこそラッキーなこと、嬉しいこと、 楽しいこと、満足感を得ること―― そのよう躍動的で高揚感をもたらす事象 との出会いであろう。こちらは個人差が大きく、ある人にとって十分喜ばしい ことが、別の人にはむしろ物足りなさや悔しさを惹起することなど幾らである。 こうしたことも、歳を重ねて肩の力が抜けてくれば、それこそ春の訪れを 告げる日差しの変化とか、隣人から土産にもらった鯵の干物の美味さとか、 窓の向こうに見える教会の屋根の赤い色と自宅で飼っている金魚の赤色とが まったく同じ赤であったことに今さらながら気付いた軽い驚きであるとか、 学生時代に読んだ小説を再読してやっとその素晴らしさを悟った喜びとか、 そういったもので十分に幸福の文脈を形成し得るに違いない。ガッツポーズ をしたくなるような晴々しい出来事に遭遇しなくとも、さりげなく幸福の滴を 感じ取ることができる。それが年寄りになることの醍瑚味だと信じてきた (へいや、今でも信じている)。… ≫ ▼ 幸福とは、当たり前の日常を受け入れる「受容」と、驚き、楽しみ、 満足感をえる「新鮮な事象との出会い」にある。自虐的な性格もあり、 倒産すら楽しんでいた自分がいる。ならば、老いていく自分を楽しむには、 これは最適。 ー次のアマゾンのレビューが解りやすいー 《 老いるとはいかなることか、そのかたちの探求を試みる。自己の人生の なかで出会ってきた様々に個性的な老人たちや、小説に描かれた味わい深い 老人たちを参考にしながら、その探求の過程において示されるのは、著者の 考える素敵な老いや適切な「年寄り」のかたちも若干はあるが、ほとんど、 みっともなかったり、哀しかったり、ときには常識をはずれさえするグロテスク な老いの姿。他者と生き別れ死に別れた孤独のなかで、死の可能性が充実した ゾーンへと入っていく時、空間の戸惑いのなかで、人間が抱えている厄介な ものが唐突にあらわになる。老いるとは、あらゆる出来事に対する達観した 精神の獲得といったようなものではなく、人生が与えてくる難儀さに傷つけ ながら、なんとか過ごしていくことではあるまいか。》 肉体も精神も老いぼれ朽ち果て、無になる。それで良いではないか。 ただ、噂話や愚痴を言い合う老人の群れに入らないことだ。 ・・・・・・ 4735,閑話小題 ー冬期オリンピックも終わり 2014年03月02日(日) * 冬期オリンピックも終わり 「オリンピック騒ぎも終わりつつある。お祭りだから、何もいうこともない!」 なら、話が始まらない。ワールドカップのサッカーと同じように、国家の威信を 背負っての闘いだから熱くなる。期待とおりメダルを取れた人も、取れなかった 人もいた。オリンピックには魔物が棲むという言葉のとおり、思いもよらない ハプニングが起こる。 極限の緊張の中で、プラスにもマイナスにも身体が 違った反応をする。フィギアの浅田麻央、引退表明をしていたのが、ここで急に 妙なことを言い出した。もう選手寿命が明らかにピークを過ぎたのは、誰の目 にも明らか。 幼いのだろうが・・ この娘は、今が辞め時!葛西選手とは違う。 * 今年の雪国長岡は、この十数年来の少雪 表日本を含めた日本中が寒波に襲われ大雪で騒いでいるが、こと豪雪地区の 越後長岡は、10年来の少雪だった。例年は、12月半ばに70〜80cm位積もり、 その後、1月半ばから下旬にかけて、1・5〜2m位の積雪になるが、今年の 二度目の積雪は例年の半分以下。この時期、(庭師や建設業者などが副業) 除雪業者は、完全に当て外れ。豪雪は稲作にとって地下水の貯水源になるため、 降らないと何らかの影響が出てくる。 で、先日、1月初旬以来、一時間程の ポタリング(自転車散歩)をしてきた。近くの土手を、自転車一台が通れる ほど、地面が雪間から出ている所を恐る恐る走った。しかし雪に乗り上げ、 アワヤ転倒になりかけた。まさか二月の下旬にポタリングとは・・ さすがに、信濃川の土手は走行不可。 今日の午後も予定している。 ・・・・・ 3994, 時代が生んだ、ボーカル・アンドロイド 2012年03月02日(金) * 初音ミクには驚いた 最近、NHKニュースや「クローズアップ現代」で取り上げられた 「初音ミク」には驚いた。 検索で調べたブログに次にようにあった。 ≪ ◎ 思いが伝わる声を作れ 〜初音ミク 歌声の秘密〜 ステージ上で歌って踊る日本発のCGキャラクター「初音ミク」。 世界中でライブが開かれ、人気が急上昇している。人気の秘密は、 その自然な歌声。ある声優の声を録音し、その声の素材から合成しているが、 人間の脳の認知の仕組みに最新技術が組み込まれている。 最近、音声合成技術は飛躍的に進歩し、社会に深く浸透し始めている。 特に注目されているのが医療の分野。声帯の切除を行う喉頭がんや、ALS など進行性で筋力が低下する運動ニューロン疾患などで、声をだすのが 難しい人たちに、音声合成技術によって、再び自分の声を取り戻して もらおうというのだ。音声合成技術の最先端を伝える。 ≫ ≪ ◎ 初音ミクーカルチャー&エンタテインメント パソコンの音声合成ソフトによって作成されたボーカル・アンドロイド。 札幌に本社のあるクリプトン・フューチャー・メディアが2007年8月に発売した 『VOCALOID2』で、現実には存在しないバーチャル・シンガーである。メロディ と歌詞を入力すると、合成音声がその通りに歌う。YAMAHAが長年研究してきた 周波数ドメイン歌唱アーティキュレーション接続法を採用しているので、 母音と子音がなめらかにつながり、実際の人間と変わらないような日本語に なっている。キャラクター・ボイスは声優の藤田咲の声だが、それを元にし、 自身でパソコンの画面上のピアノのキーでメロディを打ち込み、歌詞を日本語 で入力することで、音声合成された声でメロディに合わせて自在に歌わせること ができる。強弱の変化やビブラートをつけたいときも、音符をダブルクリック するだけで簡単に編集できる。まるで音楽CDのプロデューサーやディレクター の気分になることができるソフトなのである。 ≫ ▼ いまではカラオケで好きな曲を歌うと、モニター画面に初音ミカの歌声と 姿が出てくる。 また初音ミカのライブが開催され、会場にはバーチャルの 初音ミカが現れ、歌い踊る。こうなるとSFの世界である。 Youtubeには、 そのソフトを使った多くの初音ミカが歌う音楽が投稿されてある。それは バーチャルのCGキャラクターを通して、自分の曲を世に問うことになる。 設定が年齢が15歳、身長が158センチだそうだ。 バカみたいと言えば、そうだが、ライブの映像の歌とフリは面白い! ・・・・・・・ 3628, 閑話小題 2011年03月02日(水) * 女子高生が電車内で毛を剃っていた 先日の朝日新聞(全国版)投稿欄で中年女性の投稿に目を奪われた。 「電車内のこと、小千谷辺りで女子高生がやおら剃刀で脛毛を剃り始め、 さらに腿の毛まで剃っていた」という。化粧をしていたとか、スカートから ジーンズを変えている目撃談はあるが、ついに毛まで電車内で剃るとは恐入る。 その手順からして、今回が初めてとは思われなかったという。 年々、中高生の質の低下が問題になっている。新幹線内では見かけないが、 在来線や駅構内での学生の横暴無人の言動に唖然とする。こうなると質の低下 云々の話では無くなってくる。携帯電話、パソコンなどから、色いろな情報が 入ってくるが、それぞれのレベルに無制限に入るのだから、プラス・マイナスの 拡大が進むことになる。以前、有名カメラマンが電車内の女子高生の荒れた 写真を公表した。魚は頭と尻尾から腐るというが! 「今の若い者は!」という古来からの小言がある。 今さらだが・・・ ・・・・・・・ 3263, つれづれに 2010年03月02日(火) * 冬季オリンピックは終わったが オリンピックの賑わいも、昨日まで。今日からは現実がまっている。 この商売は不景感が直に伝わってくる。実感は「大津波が静かに荒れている!」 というところか。狼少年ではないが、狼がいても今さら騒いでも仕方がないと、 鍵をかけて家の中でジッとしている、という喩えか。民主党、本当に大丈夫? 革命ごっこはいいけど、社会と経済が壊れてしまえば、もともこうもない。 * 「津波と高波と高潮の違い」とは 「高波、大波」は、一般的な波で大きな波。「高潮」は、台風などで水面が 盛り上がる現象。気圧がさがる事によって、水が上に持ち上がる現象をいう。 カトリーナの被害はこれである。「津波」は、地震などによる海底の振動や隆起 によって水が持ち上げられて起こる。持ち上がった水が周りに広がっていく現象。 震源地の周囲が一様に一時的に水面が上昇、海岸線の海面が一気に上昇して、 津などの内陸まで水が押し寄せる。チリ地震のように地球の裏側まで到達する こともある。「津波」と「高潮」は「水面が上昇する」現象において同じ。 海底の隆起によって起こった水の盛り上がりは、当然元の水位に戻ろうとする ので、津波による水位変化は一時的。高潮は、気圧が上昇するまで続く。 津波は地震だけでなく土砂崩れで湾が一気に埋まってしまったりする場合にも 起こる。「津波」が英語で「TSUNAMI」なのは、ハワイの日系人が「津波だ」 と言ったことが語源とされている。潮が一気に引いたのを見て、日系人が経験則 から「津波がくる!」と避難を促したことが切っ掛けである。 チリ地震をきっかけに、数年前に起こったインド洋の津波の映像を幾つか iTuneでみた。現在、100年に一度の恐慌という大津波が世界を襲っている ことと重ねると、とんでもない事態がわかる。まず日本に、そして欧州に、 そして、中国に連鎖していくのだろうが。 ・・・・・・・・・ 2888, 天地人と先祖 2009年03月02日(月) 現在、「天地人」を日曜日の20時の連続ドラマで放送している。 NHKの、このゴールデンタイムのドラマは20年来見なかったが去年から み始めた。今年は地元越後の上杉家・家老の直江兼継が主人公で、先祖の縁が あるので面白い。堀井の家系は小父谷市近郊の片貝に、30代近く続いた総本家 がある。4代前の祖先が江戸末期に長岡に出てきたと子供の頃から聞いていた。 その堀井家の総本家に父が亡くなる数年前に訪ねていったという。ご先祖様は 上杉謙信が亡くなった後の起きた御家騒動【御館の乱】で負けた影虎の家来で、 その火中に小父谷郊外の片貝の池津の村に落ちてきたという。 (字数制限のためカット2011年3月2日) ・・・・・・・・・ 2524, 酒は涙か溜息か 2008年03月02日(日) 「酒は憂さ晴らしに逆効果 」ー東大がラットで実験ー という記事が先日の地元紙に載っていた。 ーまずは、その内容をー 憂さ晴らしに酒を飲んでもむしろ逆効果? 嫌なことを思い出した直後に アルコールを摂取すると、かえってその記憶が強められることを松木則夫 東京大教授(薬理学)らがラットの実験で見つけ、28日までに米専門誌の 電子版に発表した。人の場合なら、嫌なことを忘れようと酒を飲んで一時的に 楽しくなっても、翌日には楽しいことを忘れ、嫌な記憶が強く残ることを 示しているという。松木教授は「酒を飲まずに、嫌な記憶に楽しい記憶を 上書きしてしまうのが良いのでは」と“しらふの気分転換”を勧めている。 実験で、かごに入れたラットに電気ショックを与え、恐怖を学習させると、 かごに入れただけで身をすくめて固まるようになる。チームはいったん 固まった直後のラットに飲酒相当のアルコールを注射した。その結果、 注射しないラットと比べると、かごの中で固まり続ける時間が長くなった。 その効果は2週間続き、記憶が強くなったと判断されたという(共同通信社) ▼ 以上だが、20年以上前になるが、ある取引先の営業の人に 「私は、不味い酒は飲まない。自棄酒とか、気分を紛らわせる酒は、ますます 気分も体調も悪くする。 楽しい酒を選んで飲めば気分は更に良くなるが、 その逆を金を出してすると逆効果になる。」と言われた。その日以来、忠実に 守ってきた。10年ほど前に、高校の同級生に「おい堀井、御前な、自室で 酒を飲んで、二日酔いをした経験をしたことがあるか?」と言われ、 そういう経験の記憶は殆どない。色々の挫折の末に独りで部屋に篭って飲み ざるをえない酒の味を言いたかったのだろう。そいうば私の好きな歌に 古賀政男の「悲しい酒」がある。 1 酒は涙か 溜息か 心のうさの 捨てどころ 2 遠いえにしの かの人に 夜毎の夢の 切なさに 3 酒は涙か 溜息か かなしい恋の 捨てどころ 4 忘れた筈の かの人に のこる心を なんとしょう 「かの人」を、「かの憂さ」、「恋」を「傷」と置き換えると、 中小企業のオヤジや、サラリーマンの赤提の憂さ晴らしと同じになるか! これを歌っていると何とも面白く楽しくなるのは如何いうこと? 飲まなきゃ、やってられないことは、よーく解るが!「しらふの気分転換」 じゃ晴れないから飲むんじゃないか!ったく!! ってのが、おちか!
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2015年03月01日(日)
* 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜�� 20世紀にソ連、中国と、科学的ユダヤ教にカタチを整えた社会主義も、 現実社会では通用しないことが実験の結果分かった。そして21世紀。 スマフォなどの情報機器とネットの普及で、情報格差が無くなりつつあるが、 そこは情報コントロールがきかない世界。混乱は、日々、激しくなっている。 (7・B )≪ しかし実際にアメリカには色々な側面がある。 「自由」と言いながら 結構「規律」は厳しく「国家の力」も強い。 「民主主義」と言いながら「差別」もかなりある。「平等」を唱えながら 大きな「所得格差」がある。「個人主義」や「自己責任」と言いながら、日本 などよりは、はるかにコミュニティーやボランティアが発達し、キリスト教の 影響の強い宗教大国。だから、アメリカといって単純に一括りには出来ないが、 ここで言うのは、「近代主義の福音」を使命としているのがアメリカだった。 この近代主義の福音は、< 自由や民主主義の確立、市場経済の拡大、絶え間 ない技術革新により、人は一層大きな幸福を手に入れることが出来ること> であり、「聖書の福音」に代って、現代ではこの世俗的な福音が新たな宗教に なった。アメリカこそがその伝道師の役割を買って出て、今日、世界中の かなりの人々 が、この福音を信ずるようになった。 アメリカは、この世俗的な福音によってグローバル化を徹底して推進。 ( 8 ) その帰結はどうだったか? 最終的な答えは出ていない。 アメリカの歴史観、例えばフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』では、 いずれ、自由や民主主義、人権思想、市場経済などが世界化して、そこで 「歴史は終わる」はずだった。市民革命によって市民の自由や平等が確立し、 第一次大戦によりドイツやオーストリアの皇帝主義が排除され、第二次大戦 によりファシズムが打倒され、冷戦によって社会主義が葬り去られた。 その後の対テロ戦争やイスラム過激派との戦争に勝利すれば、自由、民主主義、 市場経済などの理念は世界化し、「歴史は終わる」はずだった。≫ ▼ 世俗的福音で、世界は平準化されるはずだった21世紀が、我々の目の前に 姿を現してきた。20紀はイデオロギーの戦いで、数千万の人民が虐殺された。 それを踏まえた21世紀は、比較的安定した時代を予測していたが、それは 幻想で、現実は、もっと激しいイスラム原理主義と、キリスト教原理主義の 壮絶な争いの様相で始まった。人類滅亡の可能性すらありえる様相である。 ・・・・・・ 4734, 心を上手に誘導する方! ー3 2014年03月01日(土) 「心を上手に透視する方法 」トルステン・ハーフェナー (著) *「凄くプライベートのことを質問してよいですか?」 この本にあった、人の心を惹きつける一言「凄くプライベートのことを 質問してよいですか?」である。同じ質問でも、この一言を置くと、質問された 相手も、周囲もエッと注目をする。たったこれだけで、である。 「あなたの趣味は何?」というより、「凄くプライベートな質問だけど、 あなたの趣味は何ですか?」と聞かれれば、エッと思ってしまう強烈な添え 言葉が、これ。「凄くプライベートのことだけど、(間をおいて)昨日、偶然 入ったラーメン店が大当たりで・・」というと、ありきたりな話でも、凄く プライベートの話を聞いてしまった気持ちにさせる。 「凄くプライベートの質問だけど、どうして、そんなに綺麗なの?」と、 今度、誰かに言ってみようか? 冗談だが。ところで「凄くプライベート のことだけど、私、堀井さんのファンなの」と、言われたことがある。 当人にフィアンセがいたので、気楽に言ったのだろうが。その時は何とも 思わなかったが、40年以上の年月が経った現在、この一言を、これを書いて いて、遠い記憶の底から湧き上がってきた。当時、失意のドン底の時だから、 少し光っていたのだろう。今度は、その引き継ぎで、若い女性にでも言って やりたいが、若い時分に若い人に言われたから良いのであって、この年齢だと 誤解されかねない? スポーツジムか、趣味の会で、誰かが突然、 「凄くプライベート・・」と前置きして、「貴方の趣味は何ですか?」と 聞いてきたら、〈よくぞ聞いてくれた(内語)〉と、勿体なぶった上に、 喜んで話すはず。 まず秘境ツアー、ブログ、週一のシネマ通い、そして ポタリングに、酒の失敗談にと材料は幾らでもある・・ とすると、ブログで毎日書いているのが実は、これ。だから見る方から したら面白いのだろうが、結局は自慢話?それを知っているから、書く方も、 偽善より露悪、いや偽悪の内容になっていく。でも、それが自分の心の傷を 癒やす? ところで、凄くプライベートのことを質問してもよいですか? ・「あなたは、何ものですか?」 ・「何で、ここにいるのですか?」 ・「いま現在、充実してますか?」 ・「自分の人生、肯定できますか?」 ・「今の答えは、本当ですか?」 これを何度か、考えてみると、底の浅い自分の心が透視できる! ・・・・・・・ 2003年03月02日(日) 697, ルーツー2(縦人脈) ーその資料によると 先祖を遡ると「平家の侍」であったが「源平の戦」で負けて、落人となって 富山から上越と逃れてきた。そして「上杉家の家来」になった。上杉謙信の 時代、上越の高田の先にある新井市の郊外にある「鮫ヶ尾城」という出城の 城主であった。謙信の死後、跡目相続の争いの「お館の乱」に巻き込まれて、 小千谷の郊外の片貝の近くの「池津」の村に知人を頼って逃れてきたという。 その時の先祖の名前が「堀井宗親」と「堀井四四太郎」という。 一緒に逃げてきた名前が馬場、小黒、大矢とか。その後、そこで百姓をして いたようだ。ルーツというほどのものではないが、平家・上杉という流れと、 関西ー富山ー新井ー小千谷ー長岡の流れがある。また、武士ー百姓ー商人と いう流れも時代によって変わってきている。金沢にいた時(25歳)によく いった店が落人焼きの「平家」であった事を思い出した。 また第二新館の鉄骨が富山の「堀井鉄工所」であった。その検査に富山に 行った時に会った社長は正しく「堀井ヅラ」。その時入った食堂の電話帳で 堀井の名を調べてみたら、三桁に近い堀井の姓があった。上越市も新井も 小千谷も本当に多いのだ。長岡は10あるかないかで、新潟市では数人だけ。 20年近く前に家内と子供と、ドライブがてら鮫ヶ城に行ってきた。 車を止めて独りで歩いて城跡に行ったが、そこに立った時に何ともいえない 気持ちになった。何か昔の記憶が沸き立ってくるようなフワ?という感覚で、 何かオーラに包まれたような気分である。この気分は柏崎の「極楽寺」 に行った時に同じ気分になった事があった。そこで亡くなったある僧の墓を 訪ねた時だった。人間の脳には全く知られてない領域を感じた瞬間であった。 家のルーツ探しから500年ー1000年スパンの鳥瞰ができたのが最大の 収穫だ。それと「自分とは何か?」を考える一つのヒントになったことだ。 ・・・・・・・・・ 2002年03月02日(土) 347,心の陰 人を指さしたとき、他の指は全て自分のほうを向いている。 人を非難するのは、結局自分の影を非難しているに過ぎないことをいっている。 「他者認識は不可知」という論がある。ー他人のそれを認識はできない、認識 したらもう他者のそれでなく自分のそれを認識しているに過ぎないー これが理解できるかどうかで、「人生に背負っている人間関係の重荷」が 半分か三分の一に軽減する。特に「嫌いな人間」に対して「自己の嫌いな部分」 をみているにすぎないからである。自己脱皮のできない「子狐」どもを嫌って いるのは、今でも脱皮できなかった自分の部分を見ている。 自分もその「子狐」で、少し程度がいいだけだからだ。 私の嫌いな「教養のないオバサン」結局教養のない現実志向も、 自分のある一面であるからだ ・・・・・・ 3993, 閑話小題 2012年03月01日(木) * ペットのインコ 雀ぐらいの大きさのルリハインコのピーが我が家に来て一年あまりになる。 前のインコの存在感が大きくケタタマシかったので、今度は小さな大人しい インコにした。 とにかく可愛い。少し攻撃的だが人懐こく、常に鳴き声で 呼びかけてくる。そこでガラス越しのベランダに目をやると、止り木で デスプレイの連続回転を続けて7〜10回はする。とにかくかまって欲しい ようだ。前のインコを風邪で死なせたこともあり、この越冬は注意しているが 何とか越えそうだ。 ペットも家族に同化してくると心があるのが分かる。 カゴを置いてあるベランダにはサッシの囲いがあり外気とは一応遮断されて いるが、それでも殆ど寒さは変わらない。障子を開け姿がみえている時は 大人しいが、閉めると騒ぎ出す。二日か三日に一度はヒステリックが起き、 狂ったようにカゴの中で飛び回る。本来なら餌を求めて森を飛び回っている のが、小さな空間に押し込まれ、飽食なら、さもありなん。 * 「貯蓄ない」世帯、過去最高の28・6% ネットのニュースに、次のような記事があった。 【 金融広報中央委員会が22日発表した2011年の「家計の金融行動に 関する世論調査」によると、2人以上の世帯で「貯蓄がない」と答えた 世帯の割合が28・6%に上り、調査を始めた1963年以来、過去最高 となった。 貯蓄の平均値は1150万円で、前年より19万円減った。 人々の実感に近い中央値(答えた世帯の中間の値)は前年より80万円 少ない420万円だった。貯蓄残高が1年前に比べて「減った」世帯は 40・5%で、「増えた」世帯(21・3%)の2倍近くになった。 減った理由は「収入が減ったので取り崩した」が43・3%で最も多く、 景気減速が家計に大きな影響を与えている。調査は11年10〜11月に 全国8000世帯を対象に訪問と郵送で行い、回収率は47・5% 】 ▼ 家電などの一般ローンと住宅ローンの残債もあるので、実際の家計は 苦しいはず。平均値と中央値の大きい乖離は、老齢化した金持ちに預金が 偏っているため。 世代間格差も、今後ますます広がる傾向にある。 失なわれた20年で、急速に家計が苦しくなった実感がヒシヒシと伝わる。 二人以上の世帯で貯蓄ゼロが三割、中央値が400万は厳しい。 持家があっても、資産価値が暴落ときたら、家計をしめるのは自然の理。 それに地震列島が大きく歪んで動き出したときたら・・ ・・・・・・・ 3627, 「生きがい」について 2011年03月01日(火) 「生きがい」という言葉を最近、以前ほど聞くことが無くなったが、 私の学生時代は「生きがい論」ばやり。「この子は、私の生きがいなの」と 母親が子供に対していうケースとか、趣味に没頭している時などに対していう。 「現在している仕事に生きがいを感じない」と聞くこともある。この不況の 中では生きがいより、食べていく方が優先される。やはり生きがい論は経済 成長の時代にあっている。 「生(活)きている、かい!」ということ。 *この子が生きがい、という時は、この子の幸せのため骨身を削って 働いている時にいう。自分の子供、家族に献身している幸せである。 *夢や希望に向かって没我をしている時にも「生きがい」という言葉が出る。 両者とも未来に向っている時の充実感がある時である。 また、そこに価値=意味を感じ取ることが出来る時に「生きていて良かった」 「生きている価値がある」と思うのである。 ところで、「生きがい」という言葉は、日本だけの特有の言葉という。 哲学は人生の意味、価値は論じるが、それを主体的に感じとる 「生きがい」は、日本人特有のもの。ネット辞書には、「生きるに値するもの。 生きていくはりあいや喜び」とある。「生きるに値するもの」とは、対象の中に 見出すことだから、まず自分の価値を見定めていなければならない。 そのためには時間をかけエネルギーを注いで、多くの困難を乗り越え満足 出来た結果、心の底から「生きがい」が生じる。従って、若い人が 「生きがいを見出せない」というのは、当然のことで、それほど薄っぺらなもの ではない。しかし若いうちから「生きがい」に足る目標、対象を探すことは必要。 基準は好きになれるかどうかである。何ごとも無我夢中になれる対象に 向かっていけば、それが生きがいになる。 ・・・・・・・・ 3262, 久々のジョーク −8 2010年03月01日(月) * レストランで財布を落とした男「千ポンド入りの財布を落とした。見つけた 人に百ポンドはらうぞ!」というと、奥のほうから「俺は二百ポンド払う!」 * 教会での結婚式に参列していた小さな男の子が小さな声で母親に訪ねた。 「ママ。あの女の人ドレスはどうして白いの?」 「白いウェディングドレスは,幸福の色なのよ。人生で一番幸せな日に着るの」 「フーン」男の子はしばらく考えて,また聞いた。 「じゃ、ママ。なんで隣の男の人は黒い服を着てるの?」 *「ママ、新婚旅行って何?」「結婚したばかりの男の人と女の人が一緒に 旅行することよ」「ふうん、ママもパパと行ったの?」 「行ったわよ、とても楽しかったわ」「その時ボクも一緒に行ったの?」 「もちろん行きましたとも。「行きはパパと一緒に、帰りはママと一緒にね」 * A子が久しぶりに車を運転していた。 その時、母親が心配そうな声で 彼女の携帯に電話を掛けてきた。「もしもし、A子?母さんよ。今どこ?」 「東名高速に入ったところ」 「東名高速!気をつけて!今ニュースで言ってた んだけど、そこを逆走してる狂った女がいるんですって。あなた見なかった?」 「見た見た!一台じゃないわよ」「え?」「さっきから何百台も逆走してるわ」 *「どうしたんだ?そんな暗い顔をして」「ああ…。実は俺、もうすぐ父親に なるんだ…」「本当か! おめでとう! でもなんで喜ばないんだよ?」 「妻にまだ話してないんだ…」 * 週刊誌の人生相談のコーナーに、読者から次のような手紙が送られてきた。 「ボクは20歳の独身男性です。六ヶ月前から、誰が見ても魅力いっぱいの女性と 同棲しています。彼女は美しくて、利口で、愛想がよく、かわいらしくて…… 僕たちはお互いに声を張り上げたことなど一度もありませんし、口げんかで 二人を包み込む青空にかげりがさすなどといったこともありませんし、 そこでお伺いします。僕は彼女と結婚するべきでしょうか?」 回答者はただ一行、こう返信した。 「そんな素晴らしい関係を台無しにするのは、おやめなさい」 ー字数の関係でカット(2012年0301) ・・・・・・・・・ 887,日本は輸出立国か? 2009年03月01日(日) 野口悠紀雄は、その著書で、 「アメリカの金融立国に対応して、日本も円安に誘導して資金をアメリカに 供給し、かつ円安メリットを最大限利用し輸出立国をつくりあげた。 金融恐慌は日本も同罪である」と断じている。しかし統計の数値からみて、 果たして日本が輸出立国かという素朴な疑問が生じるのも事実である。 他国のGDPの輸出比率をみてみると、意外なデーターがある。 ・中国 37パーセント・韓国 37パーセント・ロシア 30パーセント ・欧州平均 50パーセントの数字。(中は大きなばらつきがあるが) ・原油輸出国のクエート 56パーセント。他の産油国では90以上だろう。 対して日本は 15パーセント なのである。間違いだろと思ってしまう数字。 これからみると、日本は輸出立国と果たしていえるのだろうか。しかし輸入も 13〜4パーセントがあるので輸出は必要である。 ー字数の関係でカット(2012年0301) ・・・・・・・・・・ 2008年03月01日(土) 2523, 賢人の知恵 ?2 面白そうなところを幾つか選んで、考えてみる!人間や、それを構成して いる社会などは数百年経っても、簡単に変わるものではない! 人間は全て、 飯くって、?!して、寝て、死ぬのだからだ。 ーー “知恵を備えていることが最大の幸運であり、それがないことが最大の不運だ” ー解ー 知恵は知識が醸成され出てくるもの、そうでないのは浅知恵。 “言葉は飼いならされてない野獣と同じ、一度解き放つと戻ってこない。” ー解ー 全く、これでどれだけ無駄をしてしまったか! “第三者の悪口を言うのは、下手な駆け引きでしかない。” “運のいい人を見分け、ついていない人からは逃げるに限る。” “大事なのは知識より知人である。” “落ちぶれた人とはかかわりを持たないほうがいい。” “友人に貸しがあるなら、つまらないことで返してもらわないこと” “うそをついてはいけないが、すべてを明らかにする必要もない。 ” うそも方便だが、その方便がつけないから・・・? “敬愛される立派な人と行動を共にしていれば、その威光のおかげで、 こちらまで輝いて見える”と言う反面次の次のページで、 “「自分より光っている人は、・・相手の方が常に注目や栄光を集め、 こちらはそのおこぼれにありつくだけだ。 ・・自分より優れた人とではなく、平凡な人と肩を並べて歩くこと” “平凡な人と付き合おう。自分より優れた人と一緒にいると自分が 目立たないから。”など、矛盾もしている。 “みんなが王になれなくても、一人ひとりが王にふさわしい行動を目指す ことが可能だ” ー解ーこれが少し分かりかけたのが、最近になってから。神と言換えてよい。 “自分という作品を完成させようではないか” ー解ー この人は、牢につながれたのが完成か?でも、この方が素晴らしい! ”賢人は、何ごとも偶然はないことを知っている。ただし運命に身を任せるより、 自ら運命を切り開いていく人になろう。よく考えればチャンスに敏感でいる こと以外に成功の道がないことがわかるはずである。” ー解ー 何がチャンスか、それを常に問いかけていないと敏感になれない。 “持てる資源を一度に使い切らないこと。今の境遇を保ちたいなら、後方に備え・ 蓄えを用意しておこう。失敗の恐れがあっても、利用できる援軍があれば力は 倍になる。後方部隊は、前線より重要といえるだろう。彼らは信頼と不屈の 精神で成り立っているからだ。常に大事をとることを考えよう。 ー解)当時の彼に孫子を知るはずないが、孫子の兵法と同じことを述べている。 “人には七年ごとに転機があるという。これを精神向上のためのしよう。 最初の七年は知性の誕生で、その後七年ごとに新しい美徳が輝いてあらわれる。 この間に起こる変化を意識して、うまく手助けしよう。変化は新しい地位や 仕事などの形でごく普通にあらわれるかもしれないが、かなり大きくなるまで 気がつかないときもある。人は、二十で孔雀のように気どって歩き、 三十で獅子のように吠える。四十で酪駝のように節制家となり、五十で 蛇のような陰険さを身につける。六十はくだらない犬、七十はする賢い猿、 そして八十は……、何も言うまい。” ー解)ーくだらない犬のとしになったか? それにしても辛辣である!
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2015年02月28日(土)
〜「人間であること」時実利彦著 * 遊ぶこと 〜勝負すること ・ 第三の遊びは勝負をすることで、前頭連合野にそなわっている競争意識、 そのうらはらの劣等感や嫉妬心などの暴発をやわらげようとする。 人間はオリンピックを頂点に、様々な勝負事を考え出した。勝負の世界には、 職場の上下は関係ない。仕事の上の鬱憤を、マージャンや、ゴルフ場で晴らす ことが出来る。これは、動物世界にはない。 ▼ 今ではワールドカップが、その頂点になっている。これは一種、代理戦争 のようである。もう一つ、仕事や事業をゲーム化して、自分自身との勝負事に してしまう自己達成がある。 度が過ぎると勝負依存症になる危険が潜む。 * 遊ぶこと 〜創造の喜び ・ 第四の遊びは、仕事や芸道、日常の行為に創造の喜びを体得することで、 もっとも人間らしい人間だけができる崇高な遊びの行為である。趣味に 生きるということも、そのねらいは同じ。この4つの遊びには、それぞれの 存在意義があるが、最初の三つは誰でも出来るが、問題は、この、芸道や、 仕事に、「創造の喜び」を体得することである。人間の尊厳というが、この 創造の喜びを具現している姿に当てはめることが出来る。どんな僅かな仕事 でも、どんな厳しい仕事でも、そこに喜びの心が体得できる人間としての 遊びをしたい。 ▼ 仕事でも、創業でも、趣味の世界でも創造の喜びを見出すことが出来る。 子供のセーターを編む母親の姿が、それを物語っている。 小さいながらも小さな商業ビルなどを立ち上げてきた。初めて手がけた時に、 問題の全てが吐き出された。創造には、まず難問が次々と襲いかかってくる。 そこで、思いもしなかった内なる底力が、湧き出てきた。その過程が、創造 行為になり、そのまま次に繋がる。主体的難問解決過程を「遊び」にすればよい。 ・・・・・・ 2014年02月28日(金) 4733,心を上手に誘導する方! ー2 「心を上手に透視する方法 」トルステン・ハーフェナー (著) * 「思い込み」だけでも減量(何でも)できる! 「思い込み(バイアス)に縛られ、何も考えないで一生をおくってしまう」 マイナス面もある。が、その思い込み「世界は、あなたが考える通りにある」 を、プラスに転用すればよい。人間の思いには膨大な可能性を含んでいる。 その思い込みを科学的にやろうという類の本が数多、販売されている。 ーその辺りを抜粋するー 《 ある調査によって、こういった現象の結果が身体にも影響して出てくると 証明された。その調査では、ホテル勤務の肥満ぎみの部屋係の人々が二つの グループに分けられた。肥満方のグループには、部屋の掃除をするとスポーツ をしたときと同等の負荷が身体にかかり、客室を掃除するだけで痩せる効果が あるという調査結果を伝えておいた。もう一つのグループには、そのことを 伝えなかった。結果はどうだろう。「スポーツ」効果を伝えたグループの被験者 ほぼ全員が、それまでの生活を変えることなく三週間後に減量に成功したのだ。 もう一つのグループは、体重が減らなかった。この調査結果にもとづけば、 「被験者は自分が痩せると期待していた。だからその効果が表れた」という 研究者の主張は正しいだろう。我々のもつ期待は、ほかの人のことをどう 思うかにも影響する。初対面の人を紹介されるとき、非常に成功した重要人物 として紹介された場合と、どんな人なのか説明なしに紹介された場合とでは、 相手に対する私たちの反応はまったく違うだろう。私たちは無意識のうちに 相手のイメージを自分の期待に合うようにつくり上げてしまうのだ。 この現象は、研究によって裏づけられている。・・ また、ある学校の教師たちに、あるクラスから無作為に選んだ生徒の グループに、他の生徒と比べ、成績が平均以上だったという情報が与えられた。 すると年度末に、ある結果が出た。成績がよいとされたグルーブの生徒は、 ほかの生徒より格段によい成績をとった。ほかの生徒よりもよい成績が期待 されたグループの生徒は、より好意的に評価された! もしかすると、教師は このグループの生徒に甘くなっていたのかもしれない。そして、ほかの生徒に 対するのとは異なる口調で話しかけていたかもしれない。とにかく教師の期待 だけで、そのグループの生徒が変化したことは事実である。 つまりこういうことが言える。私たちが受け取る情報がどんなものであれ、 それを受け敬ったことの結果がいつでも表れる! 私たちの文化、経験、五感、 期待が、私たちを取り巻く世界を唯}無二のものにしている。 だから、 世界は誰にとっても同じというわけではない。先に触れたように、 世界は私たちがとらえるままにある。》 ▼ リタイアをして、つくづく気づくことは、「思い込み」にガンジガラメに 縛れれていた、それまでの自分。それはプラスにもマイナスにもある。 「人間は、思い込みの中でしか生きられない」ことも確か。思い込みを、一度、 離れるために、読書、瞑想が必要になる。思い込みを、冷静に見つめるため、 「良く遊び、良く学び、良く働く」を基準にしているが、もう一つ、空を イメージしている。前者をドーナツとすれば、真ん中の穴が、空と例えると、 少しは理解できる?で、「思い込み」をドーナツとすると、穴は内的無意識、 ドーナツの外側の周辺が、がユング心理学のいうところの「集合的無意識」。 他のドーナツも、コーヒーもある。 ・・・・・・ 2013年02月28日(木) 閑話小題 ー熱気球事故 * 熱気球事故 一昨日、エジプトで熱気球が墜落して日本人4人を含む19人が死亡した。 ルクソールといえば、屋外博物館といわれるほど多くの遺跡群がある。そこは、 エジプトの都テーベがあった場所で、市域はナイル川によって分断されている。 日が昇る方角であるナイル川の東岸には、カルナック神殿やルクソール神殿 など生を象徴する建物が、日が沈む方向のナイル川西岸には死を象徴する、 王家の谷や王妃の谷などがある。王家の谷にあるツタンカーメン王墓は有名。 先週、シネマで「ヒンデンブルグ」をみたが、これも超大型の熱気球である。 熱気球は、初めて行ったケニアのマサイマラで、乗ったことがあった。 7〜8人の定員で、カナダ人のペアのカップルが船長と副船長だった。 オプションで、草原での朝食付きで2万5千円。早朝も真っ暗な中、迎えの ジープに乗って気球のところまで行く。ジープは、我われを置いて直ぐに 気球の到着する場所へ直行し我われを待つ。出発基地の広場にある気球に、 ボンベの熱風を吹きつけ、膨らます。温風が空気より軽い原理で風船は上昇。 吊らされるバスケットは垂直になっていて、その手すりの内側にしがみ付く。 そして、飛び立つと垂直のバスケットは水平になる。一度浮いてしまうと、 安定をして乗りこごちは良い。それもマサイマラの草原の日の出が見れる ように時間に設定しているため、景色はこの上ない。着陸地まで一時間近くの 御来光と大草原を見る空の散歩である。シマウマやヌーの群れが眼下にみえる。 目をこらすとライオンが二匹、気球に驚いたのか走っている。改めて感動が よみかえってくる。ルクソールに一歩、足を踏み入れた時の衝撃は今でも 鮮明に残っている。5千年の歴史が、そのまま伝わってきたからだ。 この気球からの景色も絶景だろう。私が行った時には時間的に余裕がなく、 乗らなかったが、一万円なら安いし、価値は十分ある。 今回の事故は、着陸時にガスバーナーの管が折れて3Mの地点から300M まで上昇して爆発し墜落。船長は、飛び降り命に別状はなかったが、他の 19人は亡くなった。300Mの上空では助かるわけがない。 旅先で、セスナやヘリの遊覧飛行のオプションがあるが、これが絶品である。 他にマッキンレー、イグアスの滝、アスカの地上絵、テーブルマウンテン などで乗ったが、人生の絶頂のトキである。残念なのは、エベレストの飛行が 天候が荒れて中止になったこと。あまり書かないが、かなり際どいことが 何度もあった。「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」である。 不運は仕方ない! ・・・・・・ 3991, パチンコ店が何故、廃止にならないのか ? −2 2012年02月28日(火) * パチンコ屋の仕掛け パチンコの売り上げ、10年前に30兆円、現在では20兆円という。ギャンブル 総額が30兆というから、大部分がパチンコ・スロットの売上げが占めている。 子供を含めて一人あたり15万円。これは明らかに賭博であるが、どういう訳か 廃止論が出て来ない。この国は、政界、警察、広告、メディアがパチンコ業界と 癒着?の実態がある。それがあって当然というのも異常。チョットした市の郊外 には必ずパチンコ屋がある。 ギャンブルと見なされてない遊びの文化のようで 何の規制もない。 受験が終わって、友人と初めて行ったのがスロットマシーン とパチンコ屋。 やっと大人を感じる時である。人がギャンブルに嵌りこむのは、 大損しても、稀に勝った快感の記憶が残り、その味を求めて繰返す仕掛けがある。 業者の方は、勝った際の高揚感や恍惚感を高める工夫をする。 パチンコ店の音楽やパチンコの光と音などである。 そして勝つための技術が 必要と錯覚させる仕掛けをつくる。負けたのは、勝つための技術料金と錯覚 させる。 もう一つ巧妙なのは、ニアミスの仕掛け。スロットの場合、AAAが 当たりの場合、ABAや、AABが出ると、「当たり損ねた」と考える。しかし、 外れは外れでしかない。その辺の気持ちを逆用するようゲームは出来ている。 ギャンブル依存症の人は、脳内に勝った時に出るドパーミンが長年の間に 多くなっている。 それは麻薬中毒の似ている。iPadを購入して以来、 パソコンゲームに嵌っている。 あるゲームの場合、達成すると、音楽と金色の 星が三つでる。失敗すると、グフフ!とバカにしたような笑い声と軽蔑の絵が出る。 それも、あと一歩のところで達成できないようになっている。金を賭けている 訳でもないのに、やり始めたら、止めるタイミングが無くなりトイレさえ行け ないほど熱中する。難しい本を読んだ直後には非常に効果的である。 私の周辺でパチンコが趣味というのは一人もいないため、20〜30兆円が ピンとこないが、この金額は国民の何割の人は中毒に近いと伺わせる。 韓国は、悲惨な悲劇の続出で禁止されてしまった。この不景気で、業界は 壊滅的打撃を受けているはずだが、何故か倒産の話は聞こえてこない。 ・・・・・・ 2011年02月28日(月) 3626, デトックス ーまず「デトックス」を、ネット辞書で調べるとー 【 「解毒」や「浄化」という意味で、人間の体内にたまった重金属や、 余分なミネラルなどを取り除く健康法。体調がよくなる、肌が若返る、 生活習慣病の予防となる、などの効果があるといわれている。従来の健康法は サプリメントなどによって足りない栄養素を補うという足し算方式だったが、 これは余分なものを取り除く引き算方式。人間の体内には、食品や水道水など を通じて鉛やアルミニウム、ヒ素などが細胞のタンパク質などとくっついて 蓄積されており、これらはわずかな量でも体に悪影響を及ぼすことが、 最近の研究でわかっている。 脂肪を分解する酵素の働きを妨げるため、 ダイエットがしにくくなることも指摘されており、これらを体内にためない ためには、効率よく排出する食事に心がける必要があるという。 ゴボウやコンニャクなどに含まれる食物繊維は、余分なミネラルが体内に 取り込まれるのを防ぐ働きがある。タマネギやリンゴ、コリアンダー、ニラ、 ニンニクなどは、重金属をとらえて体外に排出する。肝臓の解毒力を高める 亜鉛やセレンを含む緑黄色野菜などを組み合わせて、取り込まれた毒素を 排出するのが効果的である。 また、不要な成分を取り除く「デトックス サプリメント」も発売されている。 】 ー以上だが、これとは別の話になるが、活性酸素が人間に溜まると、 これが病気を誘発する。冬を除いて毎日散歩を続けているが、雨などで 数日休んだ後に、久々に歩くと身体全体に溜まった毒素が体外に排出していく 感じがする。これが身体に溜まった活性酸素の排出か?と思ったことしばしば。 身体に新鮮な酸素を入れると血液が洗われる。またストレスも毒素になる。 知らないうちに溜め込むと病気を誘導する。毒を入れないことと、溜めないこと。 インスタントや冷凍食品の防腐剤、米や野菜にふりかけられた防虫剤などが 長年にかけ我々の身体に蓄積されている。体内の毒素のデットストックを デトックスするということ。私もデトックスサブリメントとして二種類の酵素を 飲み続けている。とはいえ、毒はたっぷり溜まっているのだろう。子供時代は インスタント食品や、防虫剤がかけられた米・野菜は無かったので良かったが、 団塊世代の後の世代の人たちは、これから後遺症が出てくるはず。 だから、この言葉が注目されているのである。 ・・・・・・・ 2010年02月28日(日) 3261, 日本の将来が暗いのは? 現在の日本が目先に直面している問題は大よそ ・二番底は回避できるか ・財政破綻は防げるか ・米国と中国のどちらに頼るか・企業経営は長期低迷を脱するか ・民主党に期待できるか ・政界再編成が、どうなるか ・当面の少子化をどうするか ・消費税を早急にアップできるか 日本人の平均生存年齢が80歳以上で、世界で一番高いのは知っていたが、 年齢の中央値が44歳とは驚いた。 各国の年齢の中央値は 日本 43.9歳 米 36.7歳 中国 35.2歳 ベトナム 27.5歳 メキシコ 26.7歳 ブラジル 28.8歳 ロシア 38.5歳 日本だけが異常に高い数字。 これは国民の年齢と捉えることができる。 これでは日本の将来に対して不安が生じるわけである。 この恐慌の中で、結婚適齢期の人たちの結婚時期が遅くなり、結婚しても、 せいぜい一人っ子。当分は平均値が上がるだろう。 それは、即、国家税収の減少につながる。 暗くなるのは当然である。 ・・・・・・・・ 009年02月28日(土) 2886, ハリウッド映画のような「アメリカ物語」 2009年02月28日(土) 今回の金融危機は、歴史の残る大事件であることは言うまでもない。 そして、この金融クラッラシュは、起こるべくして起こった出来事。 史上最低?のブッシュ大統領を8年間に渡って我われは毎日のように見せ つけられた。そして最後の置き土産として、これまで無かった世界恐慌を 遺してくれた。 何か安物のハリウッド映画を見せられているようだ。 その悪役ブッシュに替わり、善人を演出して颯爽とオバマという史上初の 黒人大統領がデビューしてきた。出演のスターは悪党のブッシュ元大統領、 その補佐としてポールソン商務大臣、ラムス元国防大臣、黒人女の国務大臣 のライス、前大統領のクリントン、その奥様のヒラリー、ブッシュの親父の 大ブッシュ元大統領。更に、その前のレーガン大統領と役者が登場。 彼らにとっての悪役は、アルカイーダのオサマ・ビン、イラクのフセイン、 北朝鮮の金日生に金正日、ロシアのプーチン。脇役は日本の小泉、イギリス の歴代首相、などなど、書けば限がない。30年をかけて完成したアメリカ 金融帝国(大統領ブッシュ)に、アルカイーダのオサマ・ビンが2001年 9月11日、乗取った旅客機三機でニューヨークの金融ビルと国防省に突入。 アラブ対ユダヤの対立項をつくる。それに激怒したアメリカは、その本拠地の アフガンと、疑惑いイラクに戦争を仕掛ける。イラクに関しては、その実、 油田狙いと、原油決済のユーロへの転換を阻止することが後で判明。 その戦費捻出のためアメリカを牛耳ってきたユダヤ人を中心に、秘策を考える。 さらなるアメリカ需要拡大のために黒人や中南米から流入してきた貧しい人 たちに住宅と自動車を売りつけ、それを証券化して(格付け機関の偽ラベル 張りをして)世界にばら撒く。その上に世界中から輸入をして、見返りに、 紙切れのドルをドンドン刷って交換する。 一度支払ったドルを、今度は アメリカ国債と交換させて回収すれば、戦費を稼ぐことが出来ると・・ 国家謀略である。そこで目をつけたのが、日本と中国である。まずは日本に 円安を誘導して日本の輸出産業にとって優遇を与えて、紙切れと交換する 計略を練りあげ、間接誘導。そして中国には自由主義経済圏への参加費として、 外貨準備金としてのドルの備蓄を誘導。ドルの替わりに中国製商品を輸入する ことに、まんまと成功。しかし、それにも問題が発生してきた。 右上がりに 上がりするはずの住宅価格が値下がりを始めたのである。そこをキッカケに、 そのシステムが根こそぎから崩壊が始る。 そして、この金融危機である。 そこで対立党の民主党に黒人大統領を選出させて「チェンジ、ウィ・キャン」 とか言わせて、その影で国債を強引に、これまでのように押し付けようとする。 特に日本は丁度良い隷属国家... ・・・・・・・・・ 2008年02月28日(木) 2521, つれづれに *新大学生の同棲率が6割だと! 先日、長岡の知人が事務所に訪ねてきたときの話 「来るときの車の(地元局の)BSNラジオで、新潟大学の150人の学生の アンケートの結果、友人を見ていて同棲率が、6割という。筑波大学に続いて 日本で二番目というから驚いた。自分は早稲田だが、殆どいなかった。 それにしても地方大学とはいえ一期校だった新大の学生がね〜。 信じられない」と、憤っていた! (字数制限のためカット 2012年2月28日)
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2015年02月27日(金)
〜「人間であること」時実利彦著 * 遊ぶこと 〜うさ晴らし ≪ ・第二の遊びはうさ晴らしである。新皮質の理性、知性に抑圧されている 辺縁皮質の本能の欲求と情動の心をかなえさせる。人間は、集団生活の中で、 フラストレーションがおき、その辺緑皮質を乱しかねない。そこで、あらゆる 手段で、それを解消しようとする。それは原初から存在している遊び、つまり、 歌であり、踊りであり、お酒(酩酊)である。 新皮質は、アルコールに 非常に敏感で、辺縁皮質がまだまいってないのに、さっさと麻痺してくれる。 ほろ酔い人生は、「鬼のいぬ間の心の選択」、「うさの捨てどころ」になる。 もう一つの手段は、リズミカルな刺激を脳に与えることで、統合の座である 新皮質の活動が弱まり、理性や知性の抑止力が鈍り、そのすきに、心の憂さを 晴らしてくれる。 アルコールで脳を麻痺させ、歌をうたい、踊ることで、 溜まったストレスを発散させる。 (『ルバイヤード』小川亮作訳) こよい、また、あの酒つぼをとり出してのう そこばくの酒に心を富ましめよう 信仰や理知のきずなを解き放ってのう ぶどうの樹の娘を一夜の妻としよう これは、ハムヤードの有名な4行詩である。 ぶどう樹の娘は、ブドウ酒。酒の効用を心にくいまでに歌い上げている。≫ ▼ スポーツジムは「うさ晴らし」に最適である。ポップスなどの音楽を バックに、合同でエアロをするのも場所が場所のため、抵抗感がない。 居酒屋もカラオケもしかり。ストレスは万病の元、前向きに発散することだ。 事業も人生も、生きている限りフラストレーションが起きて当然。 その数倍のストレス解消のスケジュールを日常に組みこんでおけばよい。 だから花金(金曜)には、サラリーマンが居酒屋、スナックで羽目を外す。 これをやり過ぎて、何度か大失敗をした。しかし、これが無かったら、 ストレス障害で早死していた? 私の一番の「憂さ晴らし」は異郷ツアー。 仕事と、アルツハイマーの母との5年半の生活と、事業のストレスが重なり、 非常に危ない状態で、ストレスでストレスを解消するしかないと、敢えて、 短期間で発散できる恐怖の異郷ツアーに参加してきたが、これが即効!だった。 ・・・・・・ 4732,閑話小題 ー年金生活者になって垣間みえてくる貧困問題? 2014年02月27日(木) 年金生活に入って、事業人生の気の張りも緩み、かわり映えのない日々が続く。 年金生活になれば、娑婆ッケも抜け、今さら欲しいモノも、してみたいコトも 然程ない。還暦までが人生の面白いところ。あとは、自然の流れに身を委ねて、 日々、面白、可笑しく生きることを心掛けるしかない。生活に心配ない収入が あるかないかだが、自然に適応するから不思議。同世代が、二ヶ月後から古希。 残された人生の期間が、あと平均10年になる。そのうち9年間が介護を必要 とする、というから、そう甘くはない。比較的恵まれた環境の生涯だったが、 ここにきて、周辺が寒々とした空気になってきた。貧困問題である。 以前も書いたが、世界と比較した相対的貧困問題である。この東北震災の 影響が今後、さらに深刻になり、日本は貧乏国になることは避けられない。 以前にも少し取り上げたが、ーその辺りをネットでみるとー 《 日本の貧困率についての最新のデータ、OECDの2009年の統計によれば、 日本の相対的貧困率は16.0%で、この年に調査された中では、イスラエル 20.9%、トルコ19.3%、チリ18.5%に次いで4番目に相対的貧困が高い。 同年調査された韓国(15.3%)よりも高い率。2009年には調査されなかったが、 かねて貧困率が高いアメリカ合衆国が17.3%(2010年)、メキシコが20.4% (2010年)である。日本より貧困率が高いメキシコ、トルコ、チリはいずれも OECDには加盟しているが、先進国と言える経済力ではないため、日本は先進国 の中でイスラエル、アメリカに次いで3番目に貧困率が高い国になる。 逆に西欧諸国は大半が10%以下、全調査国中最も低いスウェーデンとデンマーク の5.3%を筆頭に、北欧の貧困率が低い。厚生労働省の調査では、日本の相対的 貧困は2009年の時点で16.0%は、データが存在する1985年以降で最も高い数値。 2007年の国民生活基礎調査で、日本の2006年の可処分所得の中央値(254万円) の半分(127万円)未満が、相対的貧困率の対象となる。これは、単身者では 手取り所得が127万円、2人世帯で180万円、3人世帯で224万円、4人世帯で 254万円に相当。日本は、かっての調査で北欧諸国並みの水準で「一億総中流」 と言われたが、1980年代半ばから2000年にかけて貧富格差が拡大し相対的貧困が 増大した。なお、ジニ係数と相対的貧困率は定義が異るので一概に比較は 出来ないが、単身世帯を含めたすべての世帯における年間可処分所得(等価 可処分所得)のジニ係数で国内格差をみると日本はアメリカ・イギリス・ カナダ・オーストラリアの英語圏諸国より格差が小さく、フランス・ドイツと ほぼ同程度の格差であった。相対的貧困率は、1980年代半ばから上昇している。 この上昇には、預貯金や不動産を所有しつつも収入は年金しかない「高齢化」や 「単身世帯の増加」、1990年代からの「勤労者層の格差拡大」が影響を与えている。 「勤労者層の格差拡大」を詳しくみると、正規労働者における格差が拡大して いない一方で、正規労働者に比べ賃金が低い非正規労働者が増加、また 非正規労働者間の格差が拡大しており、これが「勤労者層の格差拡大」 の主要因といえる。》と、やはり深刻である。 ▼ 年金生活に入って、家にいるケースが多い上に、見栄など、どうでも良い 年齢だが、それでも思わぬ出費が次々かさむ。リーマンショックによる静かな 恐慌と、大震災による影響で、マイナスの影響を受けるのは、貧困層。我われ 世代は「良い時代」を生きてきたが、これから「悪い時代」に生きることになる。 良い時代を知らないから、それが当り前? ・・・・・・ 4365, セックスがあいさつ代わりの類人猿 2013年02月27日(水) 『あなたのなかのサル』 フランス・ドゥ ヴァール 読書の合間に、Youtubeの他に、アマゾンのネットサーフィンをしている。 で、見つけたのが、この本である。ボノボの、この習性を知ってはいたが、 立ち読みでも面白い! これが人間の隠された本質かもしれない。 ーまずは、ともあれ、この中の一節からー ≪ セックスがあいさつ代わりの類人猿ボノボは、発見が遅かったにせよ 人間のタブーに接触のためか、あまり知られていない。何と一時間半に一回 セックスする。体格的にもずん胴なチンパンジーよりスマートで、より人間に 近いと思われるこの類人猿、そのため動物園にもTVのお茶の間にも登場しない。 このフリーセックスというか、挨拶代わりのセックスは、子殺しを防ぐことから 起こったのかもしれない。父親がわからなければ、外から来たオスに殺される ことが防げる。セックス相手のオスから庇護を与えられるからお得である。 ボノボでは若いメスは相手にされない。熟女が歓迎される。若いメスは性皮の 腫れをパスポートにして、新しい集団におちつくのである。ボノボはメスの ほうが権力をもつ。メスはほかの集団のオスともセックスすることによって、 オスの縄張りの意味をなくして、ボノボは平和な社会の可能性を開くのである。 人間はセックスを社会生活から隠す。あいさつ代わりのボノボと違って、 セックス相手をひとりのオスに絞ることによって、育児の支援を受けるのである。 ために家が必要になった。チンパンジーは劣位のオスはセックスをとがめられる。 人間はチンパンジーのように縄張り意識や外集団に対する攻撃心をもち、 メスを囲い込む。子孫や経済の共有がないから外集団との争いが絶えないと 思われるのである。ボノボのように子孫と食物の共有が広くおこなわれる 必要があるのではないかとヴァールはいう。人間はチンパンジーのように 縄張り意識や外集団に対する攻撃心をもち、メスを囲い込む。 子孫や経済の共有がないから、外集団との争いが絶えないと思われる。 ボノボのように子孫と食物の共有が広くおこなわれる必要があるのではないか とヴァールはいう。チンパンジーには集団での権力闘争や序列関係があり、 観察記録には如実にそれが現れる。人間はそれがあたかも存在しないか のように暮らすから、動物たちの観察記録が参考になる。 動物たちは序列を明確にする。それをボティランゲージではっきりとわかる ように表わす。劣位の者は腰を低くしたり、腹を見せる。 人間には序列があるはずだが、それを明確に表わさないし、ときには無意識に 行っているのに意識の底に潜りこませるのである。それを明確に意識の昇らせる ために、このようなチンパンジーの観察記が役に立つのである。≫ ▼ Youtubeに、この映像がある。(今日のバードウォッチに掲載) これをTVで放映は出来ないのは当然。人間に最も近い類人猿の永年かけた 知恵というから考えさせられる。食肉系女子を重ねると、いやに納得する。 近親間ではどうかは、分からないが、恐らくないのだろう。 考えてみれば、これが桃源郷の世界ということ? 一時間半に一回ですか! ・・・・・ 3990, 日本の、今そこにある危機 2012年02月27日(月) 産経新聞一面に世界協力銀行の企画部長の論説【日本の、今そこにある危機】 の論説が現在の日本の実態を分かりやすくまとめてある。これが現在の日本。 * 日本のGDP(一人あたり)2000年には世界第3位だったものが 2008年には23位に低下 * 国際競争力は1990年には世界1位だったが2008年には22位に低下 * プラント(生産設備)輸出では2006年に韓国に抜かれ、今や成約実績で 3倍以上引き離されている * 貿易収支は31年ぶりに赤字転落 * イギリスエコノミストは『自動車の海外生産比率が2003年の49%から 2014年には76%まで上昇する』と予測。 * 日本の国と地方の債務の対GDP比率は213%でイタリアの129%を 大きく上回っている。 * サマーズ元財務長官(オバマ政権経済顧問)は『日本はもう終わっている』 ▼ 莫大な借金を政府部門が抱えているのに金利が上昇せず、円高が続くのは、 債務の95%を国内で保有しているため。このマイナス・スパイラルも、 ますます加速しているが、これに対し政治が混迷をし思い切った対策が出来ない。 もう「日本は終わった」のか? 更に東北大震災と、首都直下型地震と、 東海、東南海、南海地震が待ち受けている。これから10年間は、日本は 激しく衰退するしかないのか。 首相は一年しか持たないで交代するパターンを 繰り返し、ある日突然、国家破綻の道をひた走り、国内は空洞化。国民は今そこ にある危機にさえ鈍感で、ゆで蛙状態。国が滅びるとは、こういう姿か。 充てがわれた民主主義の行き着き先が、これ。 ・・・・・・・ 3625, 人は人生に何を求めるのか 2011年02月27日(日) 人生の終盤に差し掛かり、ふと「人間は一生を何のために生きているのか?」 という学生時からの問いが再び俄然と立ち現れてくる。何度も問いかけ、問い かけられてきた問題だが、この年齢の、その問いかけは自分の人生の奥から 沸きあがってくるから学生時代のそれとは違ってくる。「己の魂を磨くため、 高めるため」というのが、現在のアリキタリな答えになる。キュープラー・ロス のいうレッスンとは魂を磨き高めるためである。それは社会的に成功したとか、 何かを残したとかいうことより、内側に一歩踏みこんだ自分独りだけの醒めた 問いかけと、その答えになる。 そこで、何度も問かけてきた、「魂とは、 そもそも何ぞや?」という根源的な話になる。魂とは= 物理的には、大宇宙の 中の微細な最大100年間与えられた肉体。それに対し、魂は、己の心の背後に 広がる内的宇宙と、そこに繋がっている己をいう。それは「いま、ここ」から 過去・未来に広がり宇宙に通じている。それを人間は一生をかけ心を通して広げ、 高め、開放していくことが、人生が求めること。 自分の人生が半年、三ヶ月と、 区切られたときに、己は果たして何を求めていたのか、問題が立ち上がる。 「人生は魂の研磨を通して己を高めること」とすると、そこに知識と経験が必要。 求める対象にエネルギーを集中していく過程で己を高めることそのことが人生。 よく遊び、よく学び、よく働く、こと。その3つを心がければ、自動的に求めて いるところに近づくはずだが。人生が何を求めているかというフランクルの哲学 になっていくが。 そんな難しいことを考えることもない。 今ここ、を大事にすればよいのだが! ・・・・・・・ 3260, 日米「振り込め詐欺」大恐慌 ー2 2010年02月27日(土) ーこの本の論旨というと 「アメリカ発の世界恐慌」がこれから始まるが日本はアメリカに洗脳された ままなら、アメリカと一緒に崖から落ちて行くだけ。オバマは2年で大統領を 辞任し、ヒラリー大統領が登場する。現在のままでは「日米振り込め詐欺構造」 では日本が潰される。既に「日米振り込め詐欺」で私たちの年金が吹き飛ば されたも同然で。日本の年金が国債などで吹き飛んで、近い将来には、3分の1 しかもらえない事態になる。しかし、これからはアメリカ処分案が実行される。 アメリカが処理しなければならない金額は4千兆円。 巨大バブル崩壊で 失われた世界の富は総額6〜8京円。その10分の1の処理が必要になる。 その中で、日本はアメリカの洗脳から脱却しなくてはならない。ここで更に 日本から60兆円を貢がせようと策動する。これからアメリカは横柄な態度で 次から次へと日本に政治謀略を仕掛ける。 ▼ 以上だが、隷属国家の日本は、民主党への政権移管でアメリカと日本の 官僚たちからの呪縛から解放される時である。日本が稼いできた金は、 ドル本位制度とかいうシステムで殆んど絞りとられてきた。この著書は一年前に 書かれたが、著者の言うとおり、鳩山の脱税、小沢の政治資金疑惑など、 明らかに日本の官僚がアメリカに策動された動きになっている。 そして、今度はトヨタバッシングである。 現在が日本にとって大きな節目。 思い切ってアメリカと間を置くチャンス。アメリカは露骨に日本の貯蓄を狙う。 この数年が経済危機に見舞われるが、大元のアメリカの傷は最小で済む。 「振り込め詐欺」というより、「抱き込み詐欺」に戦術を変えようとしている。 ドルを大幅に刷って、世界中のドルの価値を一方的に下げればよいだけ。 それがドル本位制の正体である。アメリカは軍事だけではない、小麦、 トウモロコシなど、食物の生産国である。軍事と食料で日本など簡単に コントロールできる。だから、いざとなると日本は腰が引けるのである。 人口減少と、戦後教育、とりわけ「ゆとり教育」で日本人は、確実に骨抜きに なってしまった現実がある。 頭と尻尾に、その傾向が大きく現れている。 ここで、政界再編成を早く実施して、新しい時代に向けた体制をつくらなければ ならない節目にきている。今さら鎖国もできないだろうし。 欧州、アメリカが駄目ときたら、紆余曲折はあっても、中国、インドの時代か! ・・・・・・・・ 2885,「思い出婚」というが! 2009年02月27日(金) 芸能関係の話も、たまには良いだろう。 (字数制限のためカット 2010年2月27日) ・・・・・・・・・ 2008年02月27日(水) 2520, ライバルはディズニーランド! ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゚・:*☆ *IKEAの日本進出 欧州を旅行をすると、首都の郊外で「IKEA」の店を見かける。 何度か入ったことがあるが、組み立て家具の店でゴチャゴチャと雑然と しているが面白い店である。本社はスェーデンにあるが、とにかくセンスがよく、 その割りに(欧州としては)値段が安い。北欧は家に招待しあい家具のセンスを 競い合うのが互いの楽しみという。そのインテリアはシンプル&スタイリッシュ で洗練されて、手頃な価格になり、日本の消費者にも支持されるのではないか。 それか店としてのエンターティ-メンか!100円ショップも似たようなことを言う! そのIKEAが数年前に船橋に開店したことは知っていた。 その後のニュースは聞いてなかったが、数日前の産経新聞の生活欄に 記事が出ていた。日本でも本格的に出展を始めるようだ。 ーーーー ーIKEAの日本進出ー *ライバルはディズニーランド それはIKEA日本進出の記者発表会でのことでした。競合はどこですか、 という質問に対して、イケア・ジャパン代表取締役はきっぱりとひとこと。 「ディズニーランドです」(字数の関係で中間カット2009年02月27日) ーー 日本では、ニトリ、大塚家具、東京家具あたりが、当面の大きなライバルになる。 日本人に組み立て家具が受け入れられるかどうかだが、私は大丈夫と思うが・・ まさか、日本でIKEAの店が見られるとはね! (。´_`)ノホンジャ! ・・・・・・・・・ 2007年02月27日(火) 2156, 幸福に驚く力 −3 (o_△_)oゴロン(o_ _)o.。o○グー オハヨ〜 *「物語」の持つ力* ー読書日記ー ーまずは、この本の中の「物語」の持つ力と不思議についての面白い ところを抜粋してみようー 河合隼雄の「物語とふしぎ」の中で、 「〇〇にとって納得のいく答えが物語になるのだ」 「正しい知識を供給しても人は納得できない場合がある」 「人間の体験した不思議とか驚きを心に収めるために物語はある」という。 人は科学的、客観的にはおかしくても、それでも納得できる方を選ぶという ことを遠い昔からしてきたのである。河合さんは、それを、「その人と世界 との関わりを示すものとして物語はある」といっている。 「物語とは何か」を根源に立ち返って考えさせてくれる、エピソードがある。 ある人が、南フランスに出かけていって、一面のヒマワリ畑の中にたった。 ところが、彼はヒマワリに圧倒されて、ほとんど気が狂いそうになったという。 その時彼は何をしたか。ゴッホのヒマワリの絵を必死になって思い浮かべた というのです。そしてその目の前のヒマワリと自分の間にゴッホのヒマワリ おいて、そうすることで初めて精神の均衡を保つことだできた。 そう話してくれました。つまり、私たちは本当に対象となるものに直に触れて いるように見えるけれど、いつもそこに何か借りてきて、それを通して対象と 触れ合うことを無意識のうちにやっているんじゃないか。自分と世界と直接結ぶ ということは物凄く大変なこと。だから、こうだよという物語、それを借りて くるんじゃないか。 いま私がいう物語には絵も音楽も入っています。 つまり自分は世界とどう関わったかに答え、それを一つの形にしたもの。 それを聞いた時に物語とは何か、ふっとつかめたような気がします。 ある波頭を見ていると、「あっ、北斎の波頭だ」と思わずつぶやく。 もし、北斎のあの版画を見ていなかったら、本当にあの波頭を捉えることが できたか? ある人がこうつかんで、物語にした。その物語を借りてくること によって、対象と向き合う。(字数の関係で中間カット2009年02月27日)
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