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堀井On-Line
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2015年02月26日(木)
〜「人間であること」時実利彦著 ある本に、44年前に読んだ『人間であること』が紹介されていた。早速、 倉庫内の書棚で探し出し目を通しているが、当時、読書録をつけてなかったため、 印象に残ったページの折り目と、傍線の箇所と、少しの書込みしか、当時の記憶 はなかった。要約をノートに記録しておく必要性に気づかなかったのが青年期の 最大のミスで。そこで14年前から、随想日記で、公開し記録として残すこと にし現在に至っている。 それ以前の20年間、2ヶ月に一度、社内報に 『事業百訓』として書いたのがあるが。 『人間であること』を改め読み直すと、 考えさせられる内容。44年の経験が、その意味を理解する裏づけになったため である。 当時、こんな格調の高い?本を読んでいたと我ながら感心するが、 真に理解していたかというと、疑問である。 ここではページ順でなく、 印象に残っている部分からランダムに選んでみる。まずはー遊ぶことーより。 * 遊ぶこと ーA 〜まずは、要約から〜 ≪ オランダの分明史家のホイジンガーは、私たちの人間のあらゆる文明は 遊びから始まったみてとり、‘ホモ・ルーデンス’(遊ぶ人)という書物を 書いている。彼の論旨には全面的に賛成できないとしても、「人間のある姿」と 一つの側面を捉えている。赤ん坊は赤ん坊なりに、子供は子供なりに、大人は 大人なりに、遊びを楽しんでいる。遊びは、動物も遊んでいる。日本猿の子供も よく遊ぶが、7〜8歳でピタリと遊びを止める。しかし、人間だけは、遊びを 止めない。この答えは、脳の本質を、その仕組みに即すると出てくる。 遊びを四つの異なる精神によって演出されている。 四つの遊びにはそれぞれ異質で、その存在意義がある。 ・第一の遊びは模倣するという心にかきたてられた行動である。動物の脳は、 生まれた時、殆ど成熟しているが、未成熟な部分が模倣行動(遊び)で成熟、 発達する。よく遊ぶ動物はサルであるが、大人になると遊ばなくなる。 しかし人間は大人になっても遊ぶ。それは人間だけが遊びを必要とする前頭 連合野を発達させているからである。私たち人間は、第二、第三、第四、と あの手この手で遊びをやている。・・・ つづく ≫ ▼ 第一は模倣、第二は憂さ晴らし、第三は勝負ごと、第四は創造である。 それらは次回になるが、私の母が、『仕事も、勉強も、何事も、遊びに なるまで打ち込むこと』と教えてくれたが、第二、第三は、馬鹿でも出来るが、 問題は第四。これは人間だけが出来る遊びという。この随想日記も、 14年の時間の結果、遊びになっている。 〜つづく ・・・・・・ 4731,閑話小題 ー結婚生活は、忍耐、努力、諦め! 2014年02月26日(水) * 結婚生活は、忍耐、努力、諦め! 朝日新聞の土曜版に、美輪明宏の人生相談‘悩みのるつぼ’があるが、 これが面白い!先週は、結婚歴33年の57歳男性の「妻に振り回されて いるのですが・・」の相談。 《・質問 <私はマイペースの行動して個人の時間を大事にしているが、 妻は何時も他人のことを気にし、何か不安があると、口にし、私に共感を 求めます。総合的に私は、その妻に振り回されています。> に対して、 ・答は <いい歳をして何もわかってない。男女は精神的にも、生理的にも 違っていて考え方が根本的に違うもの。結婚生活とは、忍耐、努力、諦め 以外のなにものでもない。これが、その正体であり、本質。現在、日本の 若者たちの間で「シェアハウス」が流行している。言わば共同下宿で、 一人で生活するのが経済的、精神的に難しかったりする若者が暮らす。 他人を必要としない時には、離れた部屋にいて、人の息づかいを感じたい時 には、共有スペースに出ていって話をしたりする。結婚とは、そういうもの では? 還暦過ぎて、家に一緒にいるケースが多くなると、この姿勢が 必要になる。妻を亡くしたことをシュミレーションしてみて、そのプラス マイナスを考えれば、自ずと答えが出るはず。妻のマイナスだけを見ずに、 プラスもを考えて、感謝をしてみれば!> 》と、ギレがよい。 家に入って3年近くになるが、互いに我が強いため大変だが。その間に、 40年以上の結婚生活で至った結論が、上記の「シェアハウスと思えばよい!」 この三年間では、互いの居間の滞在時間を半々にすること。私がいる時間帯は、 家内は食事の支度など家事をして、私が書斎で読書とパソコンや、寝室で ドラマなどを見る時間帯は、家内が居間と、棲み分けている。 就寝時間も私が20時過ぎ、家内が0時。起床時間は私が冬場4時半、 夏場が4時。家内は7時過ぎ。結婚以来だが、互いに自分のスケジュールを 淡々とこなすが、2〜3ヶ月に一度は恒例の喧嘩になるが、数日で元に戻る。 そこに自然と「忍耐、努力、諦め」が滲み出る。色いろ見てきて「独り暮しの 厳しさ」が分かるため、まず我慢、忍耐!だから、互いに違ったライフワーク と、共通の趣味が必要。定年期を向えた日本中の団塊世代が、家庭内では、 忍耐、努力、諦めの鍛錬の諍いが生じている。私のように、立場が180度も 逆転した者にとっては、この実感が強い! ・・・・ 4364, 嘘と真実 −3 2013年02月26日(火) ー『「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲著』よりー 嘘といえば、超能力と霊媒である。少しは本物もあるのだろが、99%は タネがある。所詮は、思い込みでしかない。世の中の現象、嘘と真実が丁度よい 塩梅で混合している。営業活動は9割方は、これを知り尽くしたもの。絶対量と 質を持ったものが、知らないものへ都合良く誘導する。政治など、まさにこれ。 * サイキックマフィア ≪ 50年前の1961年の頃、世界心霊主義者協会の理事で、世界で最も 金を取る霊媒師の一人だったラマー・キーンは、全米各地で交霊会を催し、 神秘体験を求める人たちの前で霊視能力や念動作用、心霊療法などさまざまな 奇跡を演じてみせる。スター霊媒ともなれば湯水のごとくカネが流れ込み、 王侯貴族のような豪邸に暮し、美女をはべらせ最高級のレストランで食事をし、 一流のナイトクラブで札束をばら撒く夢のような生活が待っている。 彼がほかの霊媒とちがっていたのは、虚飾の生活に倦んで正直な生活に戻ろう と思い直したことだ。彼は『サイキックマフィア』(太田出版)という本を書き、 ‘幽霊ビジネス’のカラクリを暴露した。交霊会では、さまざまな"奇跡"が 演じられる。物体移動の実演も、そのひとつで、こんな感じだ。 会場から指名され壇上に上げられた男に、霊媒が訊く。「免許証をなくされたん じゃない」怪訴そうな顔で、男は反論する。「そんなはずはないよ。免許証は いつも財布に入れていたんだ」 「だったら、確認されたらどうですか?」 男が財布を開けると免許証はどこにもない。「お捜し物はこれですか?」 霊媒は、胸ポケットから男の免許証を取り出してみせる。もう少し手の込んだ ものがある。交霊会で、年配の女性に霊媒が尋ねる。「最近、大切なものを 無くされたのではないですか?」そして、それを出してみせる。何ということは ない。スリを雇って予め抜き取っていた。交霊会前に、広告などで参加者を募る。 霊媒は、その中から適当な人を選んで、人を雇って花を届けさせ、家の中の様子 をうかがい、情報を取る。そして、あたかも霊感があたったように、 その詳細を全員の前でいう。 ≫ ▼ 要は事前に情報をとっていて、手品のように効果的に使えばよいだけ。 どんな社会にも、神秘体験に惹かれる人たちがいて、‘本物の神秘体験’ を求めてオカルト世界を放浪する。そんな彼らのために、‘超能力’を演じ、 効率的に搾取する仕掛けができている。そしてサイキックマフィアが、 そういう連中の情報を互いに流している。キーンが、活躍したのは1960年代。 あれから半世紀が過ぎ、科学は進歩してが、そのテクニックは更に進歩した。 手品師が、こぞって霊媒師に変身していった。 ・・・・・・ 3989, カーネーション 2012年02月26日(日) 朝の連ドラ「カーネーション」、初めから見続けてきたが、なかなか面白い。 デザイナーのコシノ三姉妹の母親と実家の商家を題材にしたドラマ。初めの 触れ込みは、「NHKの朝ドラで、一番がらの悪いヒロイン役」だった。これを 見るにつけ、私が育った実家が思い出される。このドラマの数十倍の濃さと 激しいドラマがあった。父が亡くなった後の私の代も次々と問題が起きていた。 商家の家族には、あらゆる問題が全て現れ出る。この連ドラには、ヒロインの 三姉妹の母親の業が、赤裸々に表現されている。和装店から洋装店への業種 の転換と、親娘の商売上などの葛藤などの実話が背景にあるため非常にリアル。 また主役のタレントも役に憑依したような熱演。ヒロインの思い込みの強さと、 目の前の障害に身体ごとぶつかっていく姿は、私の20歳、30歳の頃の姿を 見ているようである。あの赤裸々の柄の悪さ?は、時代の変化に対応するに 自然に出てくる姿。 時代は商売に関係なく先に動いていく。その変化対応に 捨て身で取り掛からないと難しい。その辺を、このドラマは上手に脚色。 実在のコシノ三姉妹の子供の頃からの取っ組み合いの喧嘩も、リアル。 私が事業を始め気づいたことは、事業に家族や親戚を入れないのが鉄則。 事業は極限の限界の連続。そこで相打ちになる。コシノ三姉妹は、そのことに 気づいていたようだ。三姉妹の母親の子育ては、殆ど祖母が担っていた。 浮き役としてのオバアサンの役割が、そこにある。人類の進化にオバアサンの 存在の役割があったという説がある。経験の知恵伝達をオバアサンを通して、 子孫に教えを伝える役割である。その役割を、とぼけたオバアサン二代が、 巧妙に果たしている。 それぞれが主体的に生きてこそ人生ということか。 いずれにしても同じことだが・・・ ・・・・・・・ 3624, 自己の探究 ー1 2011年02月26日(土) 「 自己の探究 ―自己とつきあうということ 」和田 渡 (著) ーアマゾンの内容 悩む人にも、悩まない人にも。偉大な思想家たちの思索をたどりながら、 他者や世界と繋がる自己発見への旅。モンテーニュら偉大な思想家たちの 思索を辿りながら、誰もがそこから逃れられない厄介な「自己」とのより よい関係の構築を模索する。 ーー 哲学史から、世界との関係より、自分自身との関係を重視した思想家たち、 ソクラテス、モンテーニュ、パスカル、アミエルなど、を取り上げている。 「自己」の哲学的意味を知りたい人が、その思想家を見つけるための 「カタログ」でもある。どのページを開いて、4〜5行を読むと自己に 対する意味が自己完結しているように書いてあるのが良い。 ≪ 自己への問いは、いわば、われわれに課せられてくる問いなのである。 日常に亀裂がはいり、自己の存在そのものがひとつの問題であることに 気づかされる時が、われわれに訪れるのである。ひとたびこの問題に遭遇 すると、自己は一種の棘となってわれわれを苦しめることにもなる。 ----しかし、その歩みを通じて、自己がどのような存在であり、自己として 生きることがいかなることかが少しずつ見えてくるであろう。自己への旅は、 われわれが自己の多様な側面を解きあかしていく思考の経験であり、 自分との対話や反省の試みを介して自己を掘りさげていく経験である。 ≫ ≪ 自己探究という冒険には、終わりがない。それというのも、自己は不断に 変化することをやめないからであり、自己を探究する視線にも変化が伴うから。 それゆえ、この冒険は、変化するものをめざす視線と、それ自身が変化する視線 とが交錯するなかでくりひろげられる絶え間ない自問自答の過程である。 そこでは、見えていなかった側面が見えてくる、自分に疑いなく見えていたと 思っていた側面が疑わしくなる、自分の見方の狭さ、窮屈さが見えてくる、 もうひとつ先を読む見方が自分に求められてくる、というようにして自分を 軸にした思考がくりかえされる。この思考は・柔軟性を欠けば、こり固まって 偏狭な自閉的世界へと入り込んでしまうのかもしれない。 ≫ ▼ 60歳を過ぎてから、自分では見えていたと思っていた側面が疑わしく なってきた。 老化とは偏狭な自閉的世界に入るプロセスでも。最近、 自分の中に以前から下町などで見た歪んだ顔の老人の姿が合せ鏡になってきた。 自分の老いを見つめることも自己探究。 ・・・・・・・ 3259, 世界の深さは、世界を読む人の深さにかかってくる 2010年02月26日(金) *蒟蒻問答 八五郎。昔の伝で上州は安中で蒟蒻屋を営む六兵衛を頼ってやって来た。 六兵衛さん曰く「丁度村の寺に住職が居なくて困っていた所だから、そこの 住職になれ」と勧められた八五郎、気楽に過ごしていたが、ある日、諸国の 僧侶が問答をしたいとやって来たから、大変。当時は、問答をして負けた方が、 寺を明け渡して出て行かなくてはならない決まりがある。八五郎は、仕方なく、 その日は住職は留守だとして旅の僧を引き取らせますが、また来ると言われ、 困った八五郎六兵衛に相談、六兵衛は自分が住職になって適当に追い返すと 言うので八五郎は代わってもらう。次の日、早速旅の僧がやってくると、 住職になりすました六兵衛。 僧の前に座ったきり口をきかない。 旅の僧は住職が無言の行をしているのだと勝手に思い込んで、身振り手振りで 問答をしようする。自分の胸の前に、指で小さな丸を作って前に突き出すと、 住職に成りすました六兵衛、若い僧を睨み付け、両手を大きく動かして円を書く。 (字数制限のためカット 2012年2月26日) ・・・・・・・・ 2884, 被膜で隔てられて 2009年02月26日(木) 「ことばの顔」ー鷲田清一 中公新社 被膜に隔てられてー ミッシェル・セールの哲学 ーもし君が身を救いたいと思うのなら、君の皮膚を危険にさらしなさいー 何気なく読んでいたら鋭い指摘に、深く納得。 ーその一部をまとめてみるー 私たちは傷つくことを深く恐れているらしい。いつも被膜越しに、 防禦壁ごしにものに、出来事に関わろうとする。関心がないわけではない。 強く惹かれるけれど、それにふれて、ぶれてしまうことを恐れるのだ。 そう、火遊びをこわがるのだ。とりかえしのきかない痕跡が残ることを 怖がるのだ。TV、ビデオをまるでマジックミラーをのぞくかのように、 まるで透明人間のように、他人のプライベート空間に入って行きたいと思う。 あるいは殺人事件の現場、他人のセックスを身近でみたいと思う。 それも自分がその場に身体をもつことなく。 ・ホラーや怪奇のビデオは今も人気がある。 バラエティ・ショーも、 この場合は、自分も実は観たいし参加したいが、画像を通せば簡単に 参加した気分になれる。 ・TV、インターネット、携帯電話、など全てが被膜を通している。 ・透明ラップ ー>スーパーの魚や肉も同じ。調理済みにしパックされている。 私たちは、自分の皮膚をさらさない、避難所に立てこもったままで、しかし 他者に、異物に関わりあいたいと願う。いや、現代ではその被膜こそが、 唯一の対象なのかもしれない。物ではなくて媒体そのものが最初の、異物と 思われない異物なのかもしれない。そうすると、他人でも物でもなく、媒体 という遮蔽膜が私の環境になっているかもしれない。セールは、(内部)を 皮膚という表層の効果としてとらえた人だ。皮膚と皮膚とが接触するところに 〈魂〉が生まれると考えた。唇を噛みしめる、額に手を当てる、手を合わせる、 括約筋を締める、そうすると〈魂〉が生まれる、と。そう〈魂〉をさらした ゲームの中で、ひとはじぶんの存在に触れる。そう、傷の中で、時間がなにか のきっかけで思い出したように疼かせるあの傷の中で、そう、負った傷だけ、 たしかに〈わたし〉は存在する。少なくとも「美には傷以外の起源はない」。 そういったのはジャン・ジュネである。 ーー 以上だが、中高年になって人生を振返ると、この言葉の深さが思い知らされる。 最近になって、傷の痛みが深く疼く。嫌な記憶がフラッシュのように蘇る。 しかし、その痛みの分だけ〈わたし〉は存在してきたのである。 〈魂〉をさらした分だけ、自分は生きてきた。 そして、その痛みに疼くこと、 それが生きていることになる。情報機器で私たちは何時の間にか囲まれてしまい、 我が身を危険にさらすことが少なくなっている。それが、自分自身の真の危機 であることをしらないで・・ そういう私も年齢を重ねるごと(皮)膜が厚くなる。 それが老いるということなのだろうか? この恐慌で世界中が情報機器の便利さも 重なり、内籠り傾向になってきた。それが実は恐ろしいことである。 充分に皮膚をさらした後なら、まだ良いが。中年クライシスや、初老性鬱病は、 その過剰や過小を起因とする。 充分すぎるぐらい曝してきたか? こんなものか? 傷の疼きに聞いてみよう! ・・・・・・・・・ 2008年02月26日(火) 2519, ジム・ロジャーズの講演 −1 2年前にジム・ロジャーズの本を二冊読んだが、なかなか面白い。 その彼が日経新聞の主催の講演会で述べた内容が、この日曜版に載っていた。 大まかの内容をまとめてみた。 〜世界の大きな流れとして、 *21世紀は中国の時代。= 中国で何か問題が起きたときは投資のチャンス。 20世紀はアメリカの、21世紀は中国の世紀。娘は完璧な中国語を話せる。 2003年生まれの娘にとって一番身に付けさせたいスキルだったので覚えさせた。 *アメリカ離れ進む= 私の娘はアメリカドル預金を持っていないし、私も資産を ドルから撤退させるつもり。株式もアメリカ及びアジアで現在株価は下っている。 配当利回りなどいかなる指標を使ってもアメリカの株式は割高。 3〜4年周期で上がったり下がったりするだろう。短期売買で儲ける 人々もいるだろうがすすめはしない。 *日本株= アメリカ株に投資するよりは良いので多少持っているが、 アメリカの影響を受けない会社に投資したほうがいい。アジアの 水・農業 関連また中国人の観光に関する会社ならアメリカの影響を受けないので有力。 私は日本では高齢化関連の会社、幼児関連の会社などをもっている。日本の商品 のブローカーはこれからリターンが楽しみだ。日本は現在少子化対策をあまり していないが、やがて少子化対策に動くと信じ幼児関連の会社に投資している。 (字数の関係で中間カット11年02月26日)
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2015年02月25日(水)
* 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜③ 佐伯啓思著 (7・A) ≪ 端的に言えば、近代文明はヨーロッパという独自の「文化」の中で 成育し発展してきた。それが完成すると、普遍的な<文明> として世界化。 しかし、この文明化は、その< 文明> を生み出す「文化」のエネルギーを 枯渇させる。たとえば、ヨーロッパがキリスト教の神学的教養との闘争を経て 生み出した近代科学は20世紀に入ると実証科学としていかにも形式化された。 主権国家や国民国家も、ローマ教会とのプロセスで世俗的権力の自立を目指す ヨーロッパの歴史から出てきたが、20Cに入ると、アジア、アラブ、アフリカ など、あらゆる地域が国民国家へと編成された。中東など、地図を広げれば 分かるが、砂漠の真中に見事に一本の直線で、人工的に国民国家が作り出された ことが分かる。民主主義も、王権との闘争の中から、古代ギリシャやローマを 参照しながら作り出された。だから、ヨーロッパでは民主主義への警戒感も 強かったが、20Cに入ると民主主義こそは理想的で普遍的な政治体制となった。 アメリカのウイルソン大統領は、第一次大戦への参戦にあたり、アメリカは 「世界の民主主義を守る」と言った。ヨーロッパが生み出した近代は普遍化され、 世界化され、普遍文明とみなされ、これを代表するのはアメリカであった。 2 0Cになるとアメリカは急に移民国家の様相を呈した。ロシア革命を逃れて ロシアや東欧から流れ込み、ナチズムを逃れてユダヤ人が流れ込み、職を求めて アジア人が流れ込んだ。→ アメリカは多様な民族や人種からなる「世界の縮図」 となり、アメリカこそは、「世界的な普遍文明」を代表することになった。 アメリカこそが、「民主主義」を代表するだけでなく、それを「世界化する使命」 を帯びるようになった。かくして、実証主義、科学技術、市場経済、民主主義、 自由な個人、基本的人権といった観念は、『グローバル・スタンダード』と 見なされていった。これが近代主義というもの。 アメリカなる国が、この 近代主義を理想としグローバル化を推し進めた。特に20世紀の二つの戦争後、 アメリカ的な近代文明が世界へと拡散する時代。それが一気に爆発するのが 1990年代以降、ソ連社会が崩壊し、冷戦が収束してからだった。 ▼ イスラム国が、欧米がつくり上げたアラブ国家の枠組みを否定し、 マホメットがイスラム経をつくった原点に立ち返り、新たなイスラム国家を つくろうという理念は、発生して然るべきだが、、奴隷制度の復活とか、首切り 処刑や、その写真公開は容認できようはずがない。欧米が、近代になって 各地域の部族の首長を巻きこみ、勝手に線を引いて都合の良い国家をつくって、 そのまま現在に至っている厳然たる事実がある。9・11テロも、アメリカが 国家的陰謀で、テロを見逃していたという説もある。そして、アフガンと、 イラクの利権を狙った?とか。世界の隅々まで高性能の情報機器が普及し、 ネット社会が覆ってしまったことが、ニヒリズムに落ち込む結果となった。 偶然だが、以下の文章につながる! ・・・・・・ 4730,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー4 2014年02月25日(火) * 口ーマ帝国の繁栄と共通する国際巨大資本 〜� ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著 少しテーマと違う内容だが、国際巨大資本が、ますます肥大化をしている 反面、その恩恵を受けてきた新興国も変調の兆しが出てきた。巨大資本と ローマ帝国の繁栄と衰退を類推して、その将来を見通すと・・ーその辺りからー 《 ローマ帝国が衰退した第一義的な原因は、ゲルマン人の侵攻とされています。 しかし、その背景をより深く洞察すれば、�ゲルマン人に国を取り囲まれて、 新たな領土の獲得が困難となったこと、�その結果、戦争奴隷を獲得できなくなり、 ローマ帝国の経済基盤であった農業が衰退したことーのふたつが、実質的な衰退 の原因となったことがわかります。欧州から小アジア、北アフリカまでを制覇した 巨大帝国は、ゲルマン人の武力ではなく、自らの経済力の弱体化によって歴史から 姿を消したのです。 この構図は、現代の国際巨大資本が、新興国や途上国で 資本主義の領上を拡大している姿と似ています。欧米の巨大資本は、労働力の 安い新興国や途上国に工場を設け、安価な製品を先進国に送り出すことによって 巨額の利益を上げてきました。 ローマ帝国が領土を拡大できなくなってから衰退したのと同じように、 労働力が安価な国を追い求めるフロンティア開拓式の資本主義は、いずれ限界に ぶつかります。実際に中国では、急激な経済成長によって沿岸部では人件費が 高騰しており、価格を武器に輸出を拡大することが難しくなりつつあります。 また、「リーマンショック」による世界不況で、欧米の消費は冷え込み、 先進国への輸出によって高成長を実現してきた新興国や途上国は、かつての 高成長を保てなくなってきました。これらの国々に工場を建設して製品を輸出 していた欧米の巨大資本も、同様に成長を保つに四苦八苦しています。 農産物の生産が立ち行かなくなって崩壊に追い込まれたローマ帝国と同じように、 国際巨大資本も"国際分業体制"というビジネスモデルの限界にあと10年か20年で 到達しようとしている。時代や場所が違っても、同じ状況と条件がそろえば 歴史は繰り返すのである。・・・ 》 ▼ 世界はアメリカによって実質支配されており、グローバル化などは、 アメリカ規格の基準の順守を前提としている。情報化によるネット世界も、 その大元はアメリカが握っており、おお方がコントロールされている。 近代化=西欧化だが、それが果たして幸福を意味するか?というと、どうも おぼつかない。金=神では、幸せになれる訳がない。 私自身を振り返ると、 一日の三分の一以上は、テレビかパソコン生活。確かに面白く、便利だが、 少し不自然。スポーツジムや、電動アシスト自転車にしても、これまで無かった マシーンを使った文明のリキ。せっかくだから、使わない手はないが、 それに比例して幸せになったかというと疑問である。しかし、私自身、 毎日が面白く、楽しく、時間が足りないほどで、一日がアッという間に 過ぎ去るのも確かで、近代化の恩恵を充分に受けている。 幸不幸は、近代化が云々の問題ではなく、生き方の姿勢の問題である。 現代のローマ劇場が情報機器ということか。 ・・・・ 4363, 書くことが思いつかない人のための文章教室 ー7 2013年02月25日(月) 「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著) * 情景描写の効果 ー鱒寿司の話 伝える効果の「人プラス物」の他に情景がある。その中でとりわけ生活情景の ワンシーンは抜群。その幾つかが紹介されているが、むしろ私の子供時代の 思い出になっている「鱒寿司の話」を書いてみた。 ≪ 子供の頃、父が店の仕入れの御土産に、北陸まわりの車内販売で、鱒寿司を 買ってきてくれた。笹の葉に包まれた鱒寿司は、当時の家族にとって最上の 食べ物だった。それを家族が集まり八等分の一切れが分配される。 その大きさが微妙に違っているのを固唾をのんでみているが、末っ子のため、 最後の一切れが私に配られる。それに醤油を一タリつけて食べると、それが 美味いのである。ケーキを切って食べるのと似ている。それから何年後に、 義兄が、車内で思いついて土産に買ってきた。その時の話が印象に残っている。 隣席の人が、車内販売の鱒寿司を幾つか買う義兄に連られて買い求めて、早速、 食べた。ところが期待したほど美味いと思わなかったのか、不思議そうに、 「それほど美味くないが、どうして、こんなに買うのですか?」と尋ねたので、 義兄は、「これは家族が集まり、幾つか切った一切れを団欒しながら食べるから 美味しいので、一人で列車内で食べるものでないですよ!」と教えたところ、 その人も納得していたという。≫ ▼ これを書いていて、鱒寿司を兄姉と分かちあって食べた当時の情景が、 鮮明に思い出てくるから不思議。 ウィキペデアによると、 【鱒寿司は、富山県の郷土料理。駅弁としても知られ、鱒(サクラマス)を 用いて発酵させずに酢で味付けした押し寿司の一種。】とある。今では、 スーパーなどで催事で時々、見かけるが買う気になれない。小学校の5年から 高校を卒業するまで、長岡駅裏に8年住んでいた。そのため、そこの生活が、 いやに懐かしい。母親が極度の「うつ病」になり、心筋梗塞を誘発し、あわや 死にそうになったり、近隣の遊び友達と遊んだり、十姉妹や文鳥、カナリヤを 飼ったり・・ あの受験勉強さえなければ、良いことずくめ。 読書を薦めてくれる人はいなかった。 ・・・・・ 3988, 閑話小題 2012年02月25日(土) * アマゾンの「なか見!」が良い ネットの立ち読みとして最近、アマゾンのサイトの「なか見!」 を覗いているが、これで本一冊の半分以上の情報を得ることが可能。 その上に類似本が自動的に紹介されるので次々とチラ読みができる。 さらに、読者からの感想投稿文の要約が幾つかある。iPadで月々450円を 払うと多くの週刊誌や月刊誌を立ち読みでき、毎日の楽しみの一つである。 その何冊かはバックナンバーをダウンロードすることが出来る。 バックナンバーでも、コラムとか、趣味のコーナーに面白いのが多くある。 去年の春にリタイアーし、気持ちに余裕ができ、腰を据えてネットや書籍を 読む環境が出来たのと、40数年の縛りから外れたのが大きい。 アマゾンのチラミの「なか見!」も、慣れてくると濃厚な読書タイムになる。 あらためて「本はすごい!」「ネットはすごい!」と、実感する。 本屋の立ち読みをネットで可能になるのである。図書館と、近くのSCにある 蔦屋の書籍コーナーと、アマゾン内の書籍検索が、現在の私の情報収集の ネットになっている。 ネット上に、まだ知らない有効なサイトが溢れて いるのだろうが、私のレベルでしか、有っても、理解できないことも確か。 その人の経験と知識の範囲でしか、物事は理解できない。 だから好奇心と実行力が必要になる。 * 生涯単身者 私の従兄弟と私の兄を含めた17人のうち、早死にした私の兄三人を 除いて14人が結婚している。兄三人は既婚年齢を超えないで亡くなったので、 全てが既婚といえる。しかし私の息子を含めた甥っ子が9人にうち未婚が4人。 これから一人が結婚しても、三分一が生涯未婚の可能性がある。50歳まで 未婚の人の割合を「生涯未婚率」というが、1985年までは1〜3%で推移 していたのが、5年後の1990年に二倍の5・6%、2005年には16%で 6人に一人の割合に、現在30歳が50歳になる2030年には男30%が、 女22%と予測されている。今までの家族単位に重きを置く社会通念が、個人 単位になり、生活もコンビやスーパーで調理品や日用品を手軽に買うことが 出きる。目先、結婚する必要性がないのも大きな要因になっている。 ペットの犬は、子犬から飼わないと飼い主とはシックリいかない。 人間も同じで、適齢期を超えた者同士は、丁度良い相手と出会う確率は 歳を重ねるごとに低くなる。 30歳前後の男女と、40歳を超えた 男女とは、相性が年々悪くなっていく。 ・・・・・・ 3623, 日本人発明の食べ物 2011年02月25日(金) カレーはインドのものだが、ライスの上に乗せてカレーライスたるものを 作ったのが日本人である。日本人は西欧の香りのするカレーを、ハイカラ、肉食、 手軽というカレーライスに仕上げた。明治の頃に明治政府が肉食を勧めるために 天皇が肉を食べてみせた。そして仮名垣魯文がカレーレシピを作ったのが始まり。 カレーといえば新宿の中村屋の純印度式カリーは有名で、香りが何ともいえない。 これは、東京帝大前のパン屋のハイカラ文化の経由。そして、極めつけが、 インスタントカレールー。 これで誰もが手軽に夕飯にカレーをつくれる ようになった。これは、同じ頃に「すき焼き」が日本特有のものとして大衆に 浸透していった。 更に、『きむらや』は明治七年に銀座に進出し、やがてパンに アンを入れたものを売り出したのが始まり。これもカレー、すき焼きと共に 日本文化の一つになっている。これは饅頭の皮をパンに思いついたのだろう。 そして戦後になって、『チキンラーメン』と『カップラーメン』である。 日本というより世界屈指の発明である。これは日清食品の、創業者の安藤百福が つくりあげたもので、今や年間一千億食も食べられている。世界の一人当たり、 15食以上も食べられていることになる。 宇宙食として、災害や紛争の救援食 として、世界中の津々浦々まで浸透している。最近では、回転寿司である。 酢飯と魚が丁度、健康ブームとあいまって、爆発的に進出をしている。 古来からあるもの食文化を、外来のものとアレンジをして新たに日本人好みに 変えてしまったもの。最近は米粉を材料としたパンや麺なるものが出てきている。 ところで、話しは違うが、日本の夜の世界のクラブ。着飾った女性が客に サービス(踊ったり、歌ったり、話し相手になったり)する業種は日本だけ。 外国は、何?の前段階の品定めならあるが、ただ、接客や、雰囲気を楽しむのは 日本だけ。これは昔からある芸者遊びを現代版にしてものだが、何か、 上記の日本特有の食べ物と、進化過程が似ている。 ・・・・・・・ 3258、日米「振り込め詐欺」大恐慌 −1 2010年02月25日(木) 日米「振り込め詐欺」大恐慌 ー 私たちの年金・保険は3分の1に削られる 副島隆彦/著 [要旨]オバマ大統領は2年で辞任し、世界は緊急の金融統制体制(預金封鎖) に突入する。日経平均は4500円を割り込んで最安値を更新。金(ゴールド) も買えなくなるから、今のうちに金にしがみつけ。 これから2012年までに何が起きるのか? 「9.15のリーマン(破綻)ショック」を事前に言い当てた著者の提言。 年金などもらえると思ってはいけない。ドルは大暴落し、日本もアメリカと 一緒に沈む。暗黒の世界に突入して以後の3年を予測。 ーカバー裏 ・ 米国債とドルの大暴落でこれから「アメリカ発の世界恐慌」が始まる ・ オバマ大統領は2010年にドルを半値まで切り下げて辞任する(後はヒラリー) ・ FRBと米国務省は今から2000兆円のドルを刷り散らす ・ アメリカの「振り込め詐欺」(ネズミ講)で日本の700兆円が奪われた ・ 日本の年金資金の半分が吹き飛んで、もう年金は3分の1になる ・ NYダウ平均は3000ドル台へ、日経平均は4500円を割り込む ・ 大銀行、大証券といえども潰れないという保証はなくなる ・ 日本も緊急の金融統制体制(「預金封鎖」)に追い込まれる ・ 金(ゴールド)もいずれ買えなくなる 〜〜 この本は、去年の4月30日に発刊されている。アメリカの執拗な日本に対する 謀略は、著者が言うとおりになっている。鳩山の脱税容疑、小沢の政治資金問題で、 元秘書の逮捕など、あまりに露骨な日本攻撃である。ここで、さらにトヨタの 狙い打ち。そして、裏ではアメリカ国債の押し付けが行われている。 そのアメリカは、何処も買う余力がないので、日本にアメリカ国債を買うように 執拗に迫っている。それが、アメリカ「振り込め詐欺」である。 実際のところ、何処が違うのか? 同じである。 ・・・・・・・・ 2883, 現在のクラッシュは全面事故そのもの 2009年02月25日(水) 「現代思想」ー金融恐慌特集ー の中で、 都市学の研究家が、スリーマイル島や、チェルノブイユ原発事故などを 取り上げている仏国のジャーナリストが、今回の金融危機を一連の原発事故と 同じ視線で捉えているところが新鮮である。「歴史」の加速現象が、これらの 重大事故の主要な原動力として捉える。 これらは偶然ではない。 「歴史の加速」より、現実的なものへの加速への移行ではないかと。 このことを「進歩」という。我われは、「現実主義」の時代を生きているが、 一歩ふみこんで「瞬間の時代」に入ってしまった。このような「できごと」を、 切断という特異《唯一無二》の出来事の分析をすることを勧めたい。 《事故》は一つの発明であり、創出された作品である。「金融活動」は 一つの仮想世界を創出した。しかし、これも現実の一部。この仮想世界は、 植民地に喩えることが出来る異邦性の一形態である。移住可能な遊星の神話。 今回の金融クラッシュの被害者は、サブプライム・ローンをかけた人々である。 彼らは住拠を失いつつある人々である。金融クラッシュは、国家そのものを 不安定にしつつあり、株価や土地などの価値を落としていく。我われは未来の 生きられなくなってきている。そこで、現在しか生きられないが、現在にさえも 生きられなくなっている。それが我われが現在経験していることである。 これは、原発事故が現に起こったときと同じこと。人は「起きていること」 を見抜かなければならない。無理解は恐れを大きくする。 私たちには恐れている暇など与えられていない。最も恐れるべきは、生活の 全領域まで及ぶ、個人的で内密的やる気無さです。 あれやこれや、個人として行うことに及び腰になることである。 ーーー 解)解ったような解らないような内容だが、要は地球全体に大きな影響を及ぼす 大災害と捉え、割り切って手を打つべきということ! とにかく次の爆発を 最小限にし、多くの教訓を吸収すべきである。従って、チュルノブイユ原発事故 と同じく二度と起きないように原因を展覧すべきである。ところで、昨日の昼飯 で寄った喫茶店にあった「週刊ポスト」の中で‘たけし’が「今回の大不況は 災害だから、派遣切りにあったホームレスに仮設住宅を与えろ、っちゅうの!」と、 のたまっていた。もしかしたら、誰かが知恵を与えたのでは?と思ってしまった。 世界を覆った大惨事と捉えれば、日本中に一人当たり1万2千円をばら撒くより、 緊急宿泊施設こそ優先すべきことである。そこで、麻生のズレタ感覚を面白おかしく 茶化していた。職安で、仕事を探しに来た若者を相手に「自分の目的を持って 仕事を探しなさい」と言った世間知らずは、あまりに御坊ちゃまと!今さらだが。 シェルターぐらいは作った方がよい。アメリカは教会が、その役割を果たして いるというが。
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2015年02月24日(火)
ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著) * タガメ女度チェック カエル男に続いて、タガメ女度のチェック。 まあ、世の亭主、良いように飼い馴らされたもの。他人事ではないか! ☆ タガメ女度チェックシート 1.規則正しい生活を送っており、周囲から「ちゃんとしているね」と言われる 2.パートナーには「0時には帰る」という“カエルコール”を義務づける 3.相手が失敗をすると、「ほら、だから言ったでしょ」と言う 4.いかに自分が日々の家事(仕事)を頑張っているかを周囲にアピール 5.習い事に夢中になっている 6.休日は友人と会ったり、イベントが目白押しだったりで忙しい 7.マンションの階層にこだわりをもっている(戸建ての場合は家の立地) 8.近所からどう見られるかにはかなり敏感だ 9.スマホではなくガラケー(ガラパゴス・ケータイの略。 日本国内では便利だが世界標準ではない)でドコモユーザーだ 10.住宅ローンを組み、「郊外のベッドタウン」で暮らしている 11.結婚願望は強かった(強い) 12.まとまったお金は投資型の運用よりも郵貯や積立保険にまわす 13.アルバムが充実している 14.誕生目やクリスマスパーティなどのイベントを企画するのが好きだ 15.ディズニーランドが大好き 16.女子会では“意味のない会詰”を延々と続けられる 17.身近に独身のオタク男性などがいると不安になる 18.「主人は〜」(カレは〜、)というのが口癖だ 19.PTA活動(行事)では積極的に「役職」につき、懸命にこなす 20.働きながら子育てをする女性や独身女性とはあまり親しくしない ・0〜4:タガメ女度20% ・5〜10:タガメ女度50% ・11〜15:タガメ女度80% ・16〜20:タガメ女度100% ▼ 家内は問題なので、姉の一人を想定すると何と80%? 傍目でみても、それは大変? 専業主婦を持ったサラリーマンなら、 タガメ度80%は仕方がないか。婿取り娘なら100%? 「このオレに あったかいのは インコだけ」 「領土権 妻はリビング 俺仏間」というところか。 ・・・・・・ 4729,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー3 2014年02月24日(月) * クラインの壺と、パラノ型、スキゾ型人間 〜� ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著 自分の節目を書いているような? 男女の組み合わせも、このようなペア が多い? 私が?パラノで、家内が? 「パラノ」と「スキゾ」について、 浅田氏は『逃走論』で、次のように解説しています。 《・「パラノ型というのは偏執型(パラノイァ)の略で、過去のすべてを微分 統合化して背負いこみ、それにしがみついているようなのを言う。パラノ 人間は《追いつき追いこせ》競走の熱心なランナーであり、一歩でも先に 進もう、少しでも多く蓄積しようと、目を血走らせて頑張り続ける」 (『逃走論』)、それを読んでわかるとおり、これは前項で説明した 「脱コード化」(近代資本制)社会における典型的な人間の姿を言い表わす。 ・それに対し、「スキゾ型というのは分裂症(スキゾフレニー)の略で、そのつど 時点ゼロにおいて微分ー差異化しているようなのを言う。スキゾ人間は、 「追いつき追いこせ競走に追いこまれたとしても、すぐにキョロキョロ あたりを見回して、とんでもない方向に走り去ってしまうだろう」 要するに、お金を求めてクラインの壺をぐるぐる回り続けるパラノ人間 に対し、その行為を全く拒絶して、自分の思うままに生きるのがスキゾ人間 であるということです。浅田氏は『逃走論』のなかで、パラノ人間は成長 社会においてのみ肯定されるという本質を見事に探り当てています。 頑張れば、それなりに結果(地位、報酬など)が得られる社会だからこそ、 《追いつき追いこせ》の運動が活発化するのであり、それを否定するスキゾ 人間は社会から異常者としてつまはじきにされます。いわゆる「おちこぼれ」。 しかし、高度成長期ならいざ知らず、このデフレの時代には、パラノ的 価値観の方が、むしろ異常と捉えられる。》 ーネットで、この説明を解りやすい例えの内容があったー 【 1980年代、浅田彰氏を中心に、人間はパラノ型とスキゾ型の二つがある、 と説く。・パラノは偏執型(パラノイア)のことで、十億円もってる 吝嗇家が、あと十万、あと五万、と血眼になってるみたいな。 ・スキゾってのは、つねに《今》の状況を鋭敏に探りながら一瞬一瞬に すべてを賭けるギャンブラーなんかが、その典型だ。もっとも基本的な パラノ型の行動といえば、《住む》ってこと。一家をかまえ、そこを センターとしてテリトリーの拡大を図ると同時に、家財をうずたかく蓄積。 妻を性的に独占し、産ませた子供の尻をたたいて、一家の発展をめざす。 このゲームは途中でおりたら負け。《やめられない、とまらない》で、 パラノ型になってしまう。これビョーキだが、近代文明はまさしくこうした パラノ・ドライヴによってここまで成長してきた。成長が続いている限りは、 それなりに安定していられるが、事態が急変したりすると、パラノ型は弱い。 砦にたてこもって奮戦したあげく玉砕になりかねない。ここで《住むヒト》 にかわって登場するのが《逃げるヒト》。何かあったら逃げる。 ふみとどまらず、とにかく逃げる。そのため身軽じゃないといけない。 家というセンターをもたず、たえずボーダーに身をおく。家財をためたり、 家長として妻子に君臨したりはしないから、そのつどありあわせのもので 用を足し、子種も適当にバラまいておいてあとは運まかせ。 頼れるのは、事態の変化をとらえるセンス、偶然に対する勘、それだけだ。】 ▼ 家庭内をみれば、旦那がパラノ型で、妻がスキゾ型。定年前の男なら、定年 までは、パラノ型で、その後は、スギゾ型。私自身は、50歳まではパラノ型で、 それ以降は、スキゾ型に比重が移動。そして65歳からは、完全移行になった。 こう振り返ると、15年間の準備期間があったことになる。 クラインの壺の渦中だと、自分自身が見えなくなっていた? ・・・・・・ 4362, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー4 2013年02月24日(日) * 親しい友人は何もしてくれない理由 「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲 著 生きてきて感じることに、「親しい友人は何もしてくれない」という厳然たる 事実がある。当たり前のことだが、友人に物事を頼ること自体が間違っている。 が、全く違う理由がある。 ーその辺を著者は次にように述べている ≪ 親しい友人同士は、長い付き合いのうちに、頼りあった友人関係は責任が 伴うため淘汰されることを経験上知っている。強い親しい友人は似たような 仕事か環境であるため、助け合うに不向きである。知人の方が弱い絆で責任も 伴わないし、違う分野の世界だけ広い世界を持っている。そのため貨幣世界の 人の方が割り切って紹介しやすい。 貨幣空間の成功者は、人と人を結ぶことに 喜びを見出している。優秀な人材を紹介することで人間関係の貸借対照表に 資産を加えることが出来ることを経験上、彼らは知っている。 紹介された方は 心理的負債は負うが、これは金銭と違って返済義務はない。世界中のすべての人 と6次以内でつながるスモールワールドの貨幣空間では、たくさんの弱い絆の 向こう側に大きな鉱脈が眠っている。グローバル時代のビジネスでは、その ‘真理’を本能的に知っている人が、成功を確実に手に入れることが出来る・・≫ ▼ ビジネス社会をみると、有能の人は、人間関係の貸借対照表の資産が多い。 私など人間関係論を専門にしてきた割に全くというほど資産も、負債もない。 独りの世界も良いが、それにしてもである。ビジネスの世界を離れれば、 その資産もアテにならない。そこでネットで検索すると 《 友情は、共感や信頼の情をもって互いを肯定し合う人間関係、もしくは そういった感情のこと。友達同士の間に生まれる情愛のこと。しかし、それは すべての友達にあるものではなく、自己犠牲ができるほどの友達関係の中に 存在する。》とあった。 基本は「人は人 我は我 されど親しく」である。 群れた老人ほど(若者もか)、不釣合いのものはない。最近、暴力団にかわって 「半グレ」が話題になっているが、自立できない半ガキの群れそのもの。 半子供だから群れるしかないのも分かる・・ やはり法律で締め上げるしかない。 何かしてもらう目的で、セッセと人と人を結びつけ、人間関係の資産を増やす 貨幣空間も、これまた面白いようだ。逆に、それとは全く違った資産勘定も 必要だが、歴史上の偉人とか小説上の人物でも親しい人は作ることができる。 ・・・・・ 3987, 宇宙論のコペルニクス以上の大転換 (宇宙は本当にひとつなのか) 2012年02月24日(金) 宇宙は本当にひとつなのか ー1 * 我々の宇宙は10の500乗分の1個でしかない! 2003年を境に宇宙論は、コペルニクス的大転換に匹敵するほど大きく変った。 コペルニクスが地球が宇宙の中心と思っていたところに、実は太陽が中心で、 その周りを地球が周っているに過ぎないと主張した以上の衝撃的進展という。 それは、観測の結果から宇宙全体のエネルギーの内訳が明らかになった。 星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは宇宙全体の4・4%で、 目に見える星や銀河は、宇宙の中のほんの一部分でしかないものだった。 ここで、残る96%は何か?というと23%が暗黒物質で、約73%が暗黒 エネルギー。それを合わせると、残りの96%になり、元素のエネルギーを 合わせると100%。しかし、その正体は殆ど分かってなかった。 つまり、宇宙の殆どが分かっていなかった。ところが、その暗黒物質が分かる 一歩手前まで来たのである。この暗黒物質の研究から出てきた考えが、宇宙は もっと沢山、もしかしたら10の500乗個もあるかもしれないという宇宙多元論。 たくさんある宇宙の「たまたま」真空のエネルギーが十分小さかったものが わずかあり、私たちの宇宙は、その一つだったという説。殆んど宇宙のことが 分かってなかった事実と、我々の宇宙は、気の遠くなるような多くの宇宙の一つ でしかない裏ずけがで始めてきた。 学生時代にビッグバンとブラックホールの理論を知ったときの新鮮な驚きを 今でも憶えている。その後の科学の飛躍的進展で、宇宙のことが格段に知られる ようになった。その一つにブラックホールの先が違う宇宙への入り口ではないか という説。それが2003年を境にコペルニクス的大転換以上に変わったという のを最近、知ることになった。哲学が宇宙の外があるかどうかを論じているが、 科学は、宇宙はもっと多くあり、10の500乗もある可能性を論じている。 科学が哲学を遥かに超えたことになる。 永遠の中の有限の存在を知った人間が、 その苦しみを緩和するためつくり上げた神も、多元宇宙論を知ると、所詮は、 そこまでということが分かる。 私にとっても、衝撃的大転換である。 137億年前のビッグバンで我々の(今度から、我々の、を付ける)宇宙が 出現し、その広がりには千から2千億の星からなる銀河が、100億もある。 そこには星の消滅の時に生じる空間の歪みが、ブラックホールになり、周辺の 星を吸い込んでいる。それは、どうも他の宇宙に通じる通路と思われる。 これが、私の知っていた宇宙である。それが、気の遠くなる数の多くの 宇宙の一つというと、根本が変わってくる。 ・・・・・・・ 3622, お姥捨てるか裏山へ 2011年02月24日(木) 「日本の名著名言事典」より ー1 * お姥捨てるか裏山へ 「楢山節考」 深沢七郎著 ーまずウィキペディアの「あらすじ」からー 山に囲まれた信州のある村。今年も楢山の歌が歌いだされる季節になった。 村の年寄りは七十になると楢山まいりに行くのが習わし。六十九のおりんは それを待っていた。息子の後妻も無事見つかって安心したし、山へ行く時の 支度はととのえてある。 済ませることはあともう一つ …。 −塩屋のおとりさん運がよい 山へ行く日にゃ雪が降る− 自分が行く時もきっと雪が降る…おりんはその日を待ち望む。 孝行息子の辰平は、お供で一緒に行くのだが、気が進まず元気がない。 しかし家計を考えて年明けも近い冬の夜、誰にも見られてはいけない という決まりで背中に母を背負って楢山まいりへと出かけていく。 辛くてもそれが貧しい村の掟なのであった。ー以下の部分が凍りつくようである ―「日本の名著名言事典」紀田順一郎著より 「お姥捨てるか裏山へ 裏じゃ蟹でも這って来る 這って来たとて戸で入れぬ 蟹は夜泣くとりじゃない」 山深い村で昔、年寄りを裏山に捨てた因習がある。 或る時、老婆を捨てたところが這って帰ってきてしまったので、家の者たちは 「這って来た、這って来た、蟹のようだ」と騒いで戸をぴったりと締めて中へ 入れなかった。家の中では小さい子が蟹が本当に這つて来たのだと思い込んで しまった。 老婆は一晩中、戸の外で泣いていた。その泣き声を聞いて子供が 「蟹が泣いている」と云ったのである。 家の者が「蟹じゃないよ。蟹は夜 泣いたりしないなよ、あれはとりが哺いているのだ」と子供などに話しても わけがわからないので、そう云ってごまかしてしまったのである。 この村では、白米は年に一度の楢山祭の時や、重病人でなければ食べられない。 早くに嫁を貰うことは愚かなことで、それは少ない食料が減るからである。 「曾孫が生まれる」のは多産や早熟の者が続いているということで、嘲笑の対象。 老いても丈夫な歯を持っているのも恥ずべきで、食い意地が張っていて、浅ましい と見做される。この村は七十になった老人は、裏の山へ捨てられる。息子が背板に 老いた親を乗せ楢山に登っていく時に一言も喋らず、後ろを振り返らないが山の掟。 ▼ それほど遠くない時代に日本の山間部には、こういう風習があったようだ。 現在の日本は不況不況と騒いでいるが、実際に、こういう時代が来ないとは いえないことを知らない。隣国の北朝鮮が、これに近い惨状といっても、現実 としては考えられない。それにしてもリアルである。都会などの餓死などの 孤独死があるが、楢山考と何処が違うのだろう。 ・・・・・・ 3257, 閑話小題 2010年02月24日(水) * つれづれに 半年に一度位、随想日記、書くネタも何も尽きて呆然とすることがある。 この数日が、それだろう。 そういう直後に多くのネタが湧き出てくることも 経験的に知っている。書き続けることの効果を実感しているから維持できるが、 書く気力が萎えるのは如何しようもない。 * 消費税のアップ 今年度の国家の税収が、予算より2割のダウン。90兆の支出に対して37兆の 収入しかないという異常事態。こうなれば、消費税のアップしかない。という ことで、緊急に「来月から議論に入る」というが、目先の増収の手立てはない。 それにしても、あれだけの綺麗ごとで支出をしておいて、何おかいわんである。 パーセントのアップは、我われの収入が5パーセントダウンと同じことである。 これでは、ますます消費意欲が減る。消費税分を値上げはできないところが 大部分だろうから、恐慌にますます拍車をかけることになる。 5年先は、いや3年先の景気を考えると背筋が寒くなる思いである。 *政界の再編成が動き出した 民主、国民新党の自民党切り崩しで、二人が移動し、参院の過半数を確保した。 これで社民党の連立からの離反が時間の問題になってきた。次の仕掛けは、 公明党との連立か、自民党の若手をゴッソリと狙うかである。 *保険業界の現状 昨日、取引先の保険会社の社長が来社、少し早いが長岡まで車で送ってもらう。 保険業も3〜4社の大手の寡占化が始り、弱肉強食が鮮明になりつつあり、保険の オバサンや、中小の保険会社の淘汰が激しくなるという。5年で200万人が40万人 に激減し、保険屋難民が彼方此方で溢れるとか。 何処も同じである。 ・・・・・・・ 2009年02月24日(火) 納棺師ーおくりびと 米ロサンゼルスで行われていた「第81回米アカデミー賞」の外国語映画賞 部門にノミネートされた「おくりびと」が外国部門賞に決定した。 この映画の 概要といえば、ひょんなことから遺体を棺に納める“納棺師”となった男が、 仕事を通して触れた人間模様や上司の影響を受けながら成長していく姿を描いた 作品である。10年ほど前に長岡市内の叔母が亡くなった。分家でもあるので 葬式の主催者として準備を手伝うことになった。たまたま喪主の弟の知り合いが 葬儀場の担当者で納棺師であった。納棺師という職業に興味をもって、色いろ たずねたところ、転職の経緯から、納棺師からみた色いろの人生模様を詳しく 聞くことができた。 以前に火葬場の火夫の手記を読んだことがあるが、 納棺師の話は初めてである。 印象に残ったまま書いてみると ・小さな子どもが亡くなった葬儀は、正視できないほどの哀しみが満ちている。 (字数制限のためカット 2012年2月24日)
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2015年02月23日(月)
ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体 〜深尾 葉子(著) * カエル男度チェック 有難いことに、タガメ女と、カエル男度チェックシートがある。 まずは、☆カエル男度チェックシート ( )内は、私自身のチェック 1.パートナーや家庭を大事にしている (○) 2.周囲から「愛妻家ですね」と冷やかされたり、「恐妻家」と呆れられる(?) 3.気がつくと、「うちの女房が」「家内に聞かないと」の言葉がでている(×) 4.住宅ローンを組んでいる(×) 5.月の小遣いは一万〜三万円と決まっている(×) 6.職場にいるとなによりも落ち着くので、朝出勤をするときの気持ちは 憂鬱というよりもウキウキしている(×) 7.時には、家に帰りたくない夜があってわざと寄り道をして帰宅する(×) 8.フェイスブックに奥さんや子どもたちの写真をひんぱんに公開している(×) 9.学生時代よりも社会人になってからのほうがよくモテたと思う(?) 10.よく部下や後輩に仕事を押しつけてしまう(?) 11.職場や周囲からは「コワモテ」だと思われている(○) 12.部下の指導力には自信がある(?) 13.周囲からは面倒見がいい親分肌だと思われている(×) 14.酔うと居酒屋の店員やタクシーの運転手に威圧的なことを言う(?) 15.大きな声では言えないが、けっこうセクハラっぽい言動をしてしまう(?) 16.渡辺淳一の小説が好きだ(×) 17.じつは若い愛人がいて、仲間内ではよく"愛人自慢"(浮気自慢)をいう(×) 18.女性と交際をしているときは、白分が主導権を握っていると思う(×) 19.正直に告白すると、マンガの「島耕作」のような生き方に憧れている(×) 20.たまには「俺も辛いんだよ」などと甘えたことを周囲に言ってみたい(×) ☆ あてはまった項目の数で、 0〜4:カエル男度20% 5〜10:カエル男度50% 11〜15:カエル男度80% 16〜20:カエル男度100% (?)を0・5として加えると、私のカエル度 30%? 主観と傍目は違う? だから共生していける!いや、共演? 実演? ・・・・・・ 4728,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー2 2014年02月23日(日) * クラインの壺と、パラノ型、スキゾ型人間 〜� ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著 時代はバブル崩壊辺りから変わってしまった。と共に人間の生き方も、 ここで大きく変化を始めてきた。資本主義の論理の限界もみえた中で、 貨幣に縛られ振り回されている枠を見直そうという動きも出てきている。 先進国といわれてきた人たちと、後進国といわれる地の人たちの文化と、 果たしてどちらが優れているか? それが構造主義である。 ー以下の解釈が、明快であり、納得できるー 《「脱コード化」社会においては、貨幣が王に代わって社会の頂点に 君臨するわけではありません。貨幣は、頂点と底辺の間(言いかえれば 「王座」と「世俗」の間を行ったり来たりと、めまぐるしく回転運動します。 人々は貨幣を追い求めるため、それを資本として活用することで商品や サービスに換え、より多くの貨幣を手に入れるという生産活動を繰り返す。 「もっと豊かに」「他人より幸福に」という人々の思いに突き動かされて、 貨幣は資本となり、資本はさらに貨幣を生み出し、それが資本として再投下 されます。貨幣はそのような無限の運動を 繰り返すのです。 このように、貨幣が「王座」と「世俗」の間をぐるぐると回り続ける様子を、 浅田彰氏は『構造と力』の中で、「クラインの壺」をモデルに使って解説。 「クラインの壼」とは、境界も表裏もない壺のことです。 実際の三次元世界では存在しえない形状ですが、円錐形である「超コード化」 社会との対比として、動的な「脱コード化」 社会のイメージを明確化 するために、このモデルを採用した。ここで注目したいのは「脱コード化」 社会においては、「貨幣が、人間の欲動をクラインの壷における反復運動の エネルギーに転換させることによって、秩序を維持するための装置として 機能している」ということです。・・・ ここの狙いは、哲学的な「ものの考え方」や「もののとらえ方」を身につけ 「経済予測」に生かす方法を説明することにある。・・現代の資本主義社会は、 人間がお金によって動かされ、生かされる社会であり、人間が幸福になれない 理由はそこにある、という話をしました。では、どうすれば人間は幸福に なれるのでしょうか。そのひとつの答えとして、浅田彰氏が『構造と力』に続く 『逃走論』で提示するのが、「パラノ」人間から「スキゾ」人間への転換です》 ▼ 最近、シルクロードの一つの村々の人たちの姿と、アメリカの都会の人たち の姿を比較すると、果たして彼らが先進をしているか疑問に思わざるをえない。 フンザの老人と子供の澄んだ姿と、あのファッションの姿を比べれば一目瞭然。 アメリカの主軸通貨のドルと、米国債を、貨幣と資本に当てはめると面白い。 アメリカ資本が二種類の紙切れで世界を牛耳ってきたことが見えてくる。 その循環の大元を握っていれば、紙切れの発行をするだけでモノが手に入る。 パラノ人間が、スキゾ人間から、ものを収奪してきたのが人類の歴史といっても 過言ではない。ブータンのように、地政学的に隔離されていれば、それはそれで 良いが。だから、生き方として、実社会人の時は、パラノ型で、50歳を過ぎた 辺りから、スキゾ型になる、そのため定年がある。森からサバンナである。 ・・・・・・ 4361, 嘘と真実 −2 2013年02月23日(土) 「うそつきーうそと自己欺瞞の心理学」チャールズ・V・フォード著 * うそつき この本は、「嘘と真実−1」を書いた後で、図書館で見つけた本である。 この年齢になり人生を振り返ると、鮮明に己の行蔵がみえてくる。そこには、 自分に対する都合の良い言い訳や、無意識の浅ましい自分の嘘が浮かび上がる。 特に青少年期にまず身につくのは自分を騙すこと。自分の未熟さを認めたく ないため、ウソで自身に対する「日々是口実」になる。身勝手の本性に小理屈 をつけ、まず自分に対する言い訳を考え、それを信じてしまう。 だから生きていられることもある。 ー以下は、この本の訳者の‘あとがき’中で語られている至言と いわれるフレーズ。 これだけで、要約になる。 「人は自分にうそをつくために他人にうそをつく」 《まず人は自負心を保つために自分にうそをつく》 「人間は、自分のいうことを自分で『信じている』とき、より効果的うそをつく」 《犯罪者の起点は、ここから始まる》 「うそをつく人間とつかれる人間の両者が共謀して事実をわい曲する」 《基本的技法は相手の聞きたがっているウソを語ること》 「うそのつき手あるいは聞き手のいずれか一方が主犯というわけではない。 うそは双方向通行の人間関係による力学的作用である」 《 落ち目の会社にある不信の構造に見られる? 》 「優秀なセールスマン同様に政治家もまた、選挙民を相手に、選挙民の聞き たがっていることを語る。この関係は双方的なもので、政治家が有権者の 自己欺まんを代弁することもある」 《権力を求める政治家に自己愛的な人が多く、その特性がうそを助長する。 これ、恋愛もいえる。人が真実のなかに求めているのは『いいニュース』だけ」 《集団内で相互に強化される自己欺瞞が、恐ろしい問題をひきおこす。 現在の国内政治にも心当たりあり! 》 「正真正銘の真実を聞かされてがまんのできる人間はそうはいないものである」 《逆にゴマすりも、熟練にまで高まると・・》 「幸福は、その希少性からして一つの精神障害として分類されるべきもの」 《病的嘘つきは、脳機能不全と関連が多い》 「男が女に、また女が男に自分を見せる際には、隠れた本能的な力が ある種のうそを助長する」《だから恋愛が成り立つ》 「うそを語る特権なしには、文学をはじめとして芸術の世界は存在しえない」 「人間の語る身の上話などというものは、いかに筋が通り、もっともらしい ように思われるものであっても、その人の過去の歴史的事実とはあまり関係 のないものだ…」《過去は、書き直され再編成され全く違ったものになる》 「…自分の人生に首尾一貫したものや意味を見いだそうというときには、 正確な歴史的事実など重要ではないということもある」 「真実やうそというものは、それ自体では道徳的なものでも非道徳的なもの でもなく、単なるコミュニケーションの形態にすぎない。その道徳的価値が判断 されるのは、他者との関係においてそれがいかに用いられるかによってである」 《リアルのウソが効果ある》 「自分にうそをつくのが下手な人は、うつ病になりやすい」とあるが、 人間は自分の真実の実像を見ていたら耐えられないのは自明である。そして、 「人はうそをつく能力は高いが、うそを見破る能力は低い」という欠点がある。 「うそは人間関係の調整、不安や苦痛への対処、種としての存続、個人として 栄えるために不可欠の要素」がある。自分が「不完全である」という事実を 受け入れられないために、他者を批判し、他者を犠牲にすることにより、 自分への批判をまぬがれようとしている(自己愛)人間が存在する。 ▼ 性悪説の上で、性善説を説けば良いのか? それは他者だけでなく、 自分を見つめれば分かること。本当のことってあるのだろうか? 本当と思っているだけではないか? 時間の経過で、うそも本当になり、 本当もうそになる。利口者の自己欺瞞、馬鹿の正直者、その間に揺れるのが心。 利口者の正直者もあるし、馬鹿の自己欺瞞もある。 ・・・・・・・ 3986, 生保に入るバカ、入らないバカ ー3 2012年02月23日(木) ここで、著者は、保険会社の危なさを次のように書いている。 ≪「生保」という商品は不思議で、ふだん買い物をして、商品を持って帰る段 になって、買ったものが買い物袋に入っていない(しかも10万〜15万円分 足りない!)のに気がつかないのは、変だろう。(p.144)≫と・・・ セールスは顧客のためにというのは嘘で、会社のために、顧客の無知に付込んで 契約をする。それも弱者の不安を掻き立てて。最近は、成人病でポックリという のが多いが、40歳後半までに死ぬ確率は非常に低い。65歳まで亡くなる 確立は2割である。それを死ぬか死なないかの5割の確率で命をかけた博打 をするのだから、保険屋が儲かるのは自明。(詐欺的)要素を持った商品を セールスが言葉巧みに、貧しく無知の主婦を狙い撃ちにさせる。保険会社ビルが 立派なのは、顧客を信用させる小道具のため。国家予算と保険の売上が同額 というのだから呆れる以前に、むしろ感銘を受ける。 ー それでも生命保険に入りたい人に「生命保険のカラクリ」著者の 岩瀬 大輔は次のような心掛けを勧める ◎ 生命保険にかしこく入るための7か条 一、死亡・医療・貯金の三つに分けて考えよう 二、加入は必要最小限、を心がけよう 三、まずは中核の死亡保障を、安い定期保険で確保する 四、医療保障はコスト・リターンを冷静に把握し、好みに合ったのを選ぶ 五、貯蓄は金利が上がるまで、生保で長期の資金を塩漬けは避けよう 六、すでに入っていても「解約したら損」とは限らない。見直そう 七、必ず複数の商品(営業マンではない)を比較して選ぼう ◆ 数年前のことだが、家内が街中で見知らない女性にスカウトをされた。 それが保険勧誘員。「何か保険セールスに御似合いのようで、如何ですか」 と勧誘されたと嬉しそうにいう。「典型的保険セールスのキャッチじゃないか。 カモがネギをしょっているように見くびられただけ。まさか乗ってしまったん じゃなだろうな」と、私。 断ったというが、なる程!幾らでも手があるもの。 保険のブラックボックスは、あの契約書。好き放題、手前勝手でも法律の限界を 守って、全国レベルの経験則が入っている。相手は単独の無知の大衆。 マスコミも広告もあるので、それに触れない。私の両親は、数千万はゆうに 払ったがバックの話は聞いたことがない。Oとかいう関西系の保険屋の男に 食い物にされていた。 ・・・・・・ 2881,アメリカの住宅金融の惨状とは −2 2009年02月23日(月) ーサブプライム金融恐慌の構造と意義ー伊藤 誠 −2 (現代思想ー金融恐慌特集) ここで著者は二階の建物で、このサブプライムローンを分かりやすく説明。 1Fが、借りてと貸しての間の第一次住宅金融市場をめぐる問題 2F が、一階部分で形成された住宅抵当権を集めて抵当担保証券として束ね、 販売し取引する第二次市場の問題としている。 ここでは書かれてないが、隣のビルに格付け会社があり、隠れ通路でつながる。 格付け会社の直ぐ上の階には保険会社があって、そこが保険をかけることで 格付けを上げる仕組みになっている。そして、それを世界の金融機関に ばら撒いていったのである。本人たちはプロの金融マンという自覚だったが、 その実態は態の良い詐欺でしかなかった。本人達の何割かは気づいていたが、 とにかく歩合を稼ぐことしか頭にない連中であった。特に世界を壊滅的に までしたのは2Fにおいて重層的証券化をしたことに関わっていたことである。 −− このように視覚化して、この問題を考えると分かりやすい。この問題の性質が 悪いのは、2Fの連中が、一階に御客を選ばず住宅を売りつけを推奨したこと。 1Fのものにとって、誰でも良いといえばホームレスにさえ住宅を売りつけた。 更に、住宅の値上がりを前提として、車のローンまでつけていたのである。 その毒に変わる可能性のあるサブプライム・ローンを、他の債権に一割の割合で 混ぜて束ねて売ってしまったから、他の9割の債権まで、腐った債権になって しまったことは、何度も書かれてきたことだ。その債権は、世界中の金融機関、 そして資産家、中産階級の資産運用として売られ不良債権化しつつある。 この金融恐慌は、世界恐慌に発展・転化するだろうが、「世界恐慌」を専門と する学者は、1929年の世界恐慌より遥かに大きい者になるという。 この恐慌は三年にわたり深化して、株価の暴落に続き、銀行恐慌の三次にわたる 波状的な大波に見舞われ、アメリカの全銀行の四割の倒産、失業率25パーセント、 デフレスパイラル、世界農業恐慌、再建金本位制による国際通貨体制の崩壊、 国際貿易の収縮、経済生活の崩壊をもたらした。 今回は、これに近い、それ以上ではないかという恐怖が広がり始めている。 しかし、日本の巨大なバブルの破裂、アジアの経済危機、ITバブルの破裂に 加えて、今回の経済危機でも何とか大崩壊が現在でも免れているのは何故? 諸説あるが、今度考えてみる。 ・・・・・・・・・・ 2008年02月23日(土) 2516, 人は何年先に標準を合わせるべきか? (。´_`)ノおはぁ。 以前、経営セミナーに通っていたとき、 ー短期目標は5年先に焦点を合わせて現在の戦略を立てるべきである。ー という言葉が印象的であった。しかし、それを実行しただろうか?というと 非常に疑問である。9・11事件など思いもよらない事件が起きるご時勢だが、 逆に5年というと、読めるのではないだろうか。現在の世界情勢と日本情勢 からみて、この5年間は間違いなく大乱である。根っ子は情報化を起因とした グローバル化からくる、民族、国家などの既存の体制の崩壊と、創造が始まる からである。 その意味で、それぞれが選択と集中をした生き残りをしなければ ならないのである。 まずはアメリカと中国が大きなポイント。
人間にとっても5年先を読んで現在は何をすべきか考えるべきである。 大方の人は7年と、10年か、どちらかがサイクルである。 それは、その人によって違ってくるが、7年をサイクルとするとき3年、5年を 中で切るとよい。「へ」を7年とみると、三年が右上がりで、4年が下がりになる。 これは商売を始めたときの目安となる。 だから、売り上げや利益を維持しよう としたら翌年から新たに「へ」の字の初年目を始めていなければ三年目のピークを 維持が出来ない。毎年、創業を始めるような革新をしなけらばということ。 「日々新たに」革新してないと現状維持が出来ないということである。 その辺を、しっかりと見極めてないと、右下がりから逃れることが出来ない。 これが意外と出来ないのである。50歳の人だったら57歳の自分を想定して、 現在何をすべきかを考えなければならない。60歳でもよいが・・・ 私の場合は+7年=69歳の自分、そこから逆算して現在は何をしたらよいか 考えるべし!ということになる。 それもこれも、どうでもよいか? という声が、聞こえてくるが!
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| 5092,閑話小題 〜『悼む人』が良かった! ー② |
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2015年02月22日(日)
* 『悼む人』が良かった ー② 『 誰に愛され、誰を愛していたか。何を感謝されたか。 確かに貴方が生きていたことを私は憶えています。 』 8人兄姉の末っ子に生まれ、両親に溺愛され?育ったことが、 私の人生の最大の恩恵である。それにも+−の両面がある。 小中学校の同級生を思い出すと、既に亡くなったが、義母に憎まれ 育った子や、戦災孤児で寺男のような生活環境で育った子もいた。 5〜6坪の居酒屋の2Fの4畳半の屋根裏に母と二人住んでいた子も。 家庭環境の格差は大きな問題。人生は不条理で覆われている。 家内も私も両親に溺愛されて育ったが、愛情を受けることには慣れては いるが、逆に愛することが苦手。これも大問題で、最大の欠点になる。 創業を志したことで、感情を抑えてきたことが、果たして正しかったか。 それが現在の私の中(自己対話)での最大のテーマになっている。 45年、無我夢中で取組んできたことが果たして正しいことだったか? 後悔は少ない?が、無我夢中で生きていたことは確かに憶えている! 『 誰に愛され、誰を愛したか。何を感謝されたか。』の問いが、突き刺さる。 高度成長期の20歳で創業を決意したとき、 ‘結果はどうであれ、やらない後悔より、やってみた後悔’の道を選んだ。 撤収を決意した時、何の躊躇いもなく行動に移せたのは、出始めに、 失敗への受容の覚悟をしていたことがある。 創業とは、 『 誰かに恨まれ、誰を憎んだか。 そこで何を失ってきたか。 しかし、 確かに、全身全霊で生きていたことだけは私が憶えています。』である。 その結果、「ご覧のとおり、そのまま結構!」と受け止めるだけ。 中原中也‘帰郷’の一節「 ああ おまえはなにをして来たのだと… 吹き来る風が私に云う」が、心の底から私に語りかけてくる。 その答えは、「面白かった! ただ面白かった ひたすら面白かった」 何か辞世の言葉のような、自分への悼みの言葉になるが。 ・・・・・・ 4727,閑話小題 ー「受け継ぐ〜京都 老舗料亭の代替わり〜」 2014年02月22日(土) <プレミアムアーカイブ 2/19(水)9:00〜11:05 > * 受け継ぐ〜京都 老舗料亭の代替わり 最近の日常生活に、午前中のNHK・BSの過去の名作番組を見ることが多い。 これが未知の世界を垣間みることができ、下手な読書より遥かに良いことに 気づいた。 今回は7年前の番組。 ーその番組内容によるとー 《400年の歴史を持つ京都の老舗料亭「瓢亭」が、転機を迎えようとしている。 14代目主人で日本料理を代表する重鎮・高橋英一から、15代目となる息子・ 義弘への代替わりである。 挑戦することで新鮮な魅力を生み出し続けてきた 京料理の魅力の神髄を、新しい和食を捉えようと格闘する15代目と、彼を 励まし育てていく周りの老舗料亭の主たちの姿を通して描き、 京都の伝統文化の奥行きと幅の広さを浮かび上がらせる》 ▽「京都の老舗料亭の代替わり」となれば、静かな寝室で二時間かけジックリ、 その世界に入ってみた。京都の歴史が作りあげてきた独特の京料理の世界は、 奥行が深い。ライバル店の主が競合店の調理場に、平気で入って、料理場の 様子をみる。お互いにフリーの長年の京都独特の慣習という。また、先代が 亡くなった場合、その知りあいが、他店の後継者の面倒をみる。 京料理の世界が共同体のようになっている。また100店以上の料理店が 互いに腕前を競い合う展示会が年一回は開かれ、それぞれ新商品を展示する。 これぞ京都の古くからの原風景の世界が映し出されていた。 * 記憶のモザイク 以前行った旅行先の写真をネットで探し、気に入った何枚かをファイルに 入れ、改めて見ていると、タイムスリップをしたように、当時の光景が蘇る。 その先が異郷・秘境のため、強力に脳に焼きつき残っているが、撮ってある 写真は、さほど良くない上に、記憶が年々薄れていく。しかし、その時の感動を 思い出しながら、画像検索にキーワードを入れると、忘れていた記憶が鮮明に 戻ってくる。その写真が磁石の役割を果たしてくれる。情報機器の進化が、 同じような体験をしてきた人たちの画像がネット上に溢れ、次々と新鮮な それぞれの瞬間が現れ出てくる。現地で実際に見ていた光景が、きめ細かく、 広範囲に、新たに追体験が可能になる。例えば長岡花火のフェニックス。 自分が撮った写真よりネット上の写真の方が遥かに臨場感がある。 「パンプローナの牛追い祭り」や、「リオのカーニバル」のなどの熱狂は、 現場に実地に行かないと味わえない。しかし、当時の感動を思い浮かべながら、 検索で現れ出てきた写真を見ていると、当時と同じような追体験が可能である 当時の朧げながらの記憶も、ネット上の写真から生々しい記憶に置き換える ことができる。 ケニアの丘で見た夕景。そこに足の骨折で取り残されたヌーが 印象に残っている。いつ獣に襲われるかもしれない恐怖で立ちすくんでいる姿が、 痛々しいが、何とも美しい。それらの記憶が脳の染み込んでいるためか、 ネット上のアフリカの夕景が違って見えてくる。
・・・・・・ 4360, 閑話小題 ー久々の百均ショップ 2013年02月22日(金) * 久々の百均ショップ 仏壇用のライターと、チャックが壊れたのため、衣服用の両面マジックテープ を探しに『百円ショップ』にいってきた。半年ぶりである。「日本の主婦は世界で 一番、頭が良い」というテーマのTV番組があった。 百均ショップの商品を、 材料にし、組み合わせて新たなインテリアを作ることを趣味にしていた主婦を 紹介していた。恐らくネット世界で情報が流れているのだろう。私の周りには、 この数年来、買い集めた百均の小物が100はくだらない。100円だから 欲しくなるものは数多ある。以前、針に糸を通す道具があれば、と思っていた。 子供の頃、市場で針通しの小物を売っていたのを見たことがあった。 で、探すとあった。極細の針金が二つ折りになっていて、それを針の間に入れて、 出た先で糸が通る位の空間ができ、そこから引き出すことで糸を通すというもの。 成るほどである。 家内が目が悪いので、ボタンの縫いつけや、ほつれ等は 私がすることが多い。これも慣れると面白い。あとiPadのスタンドがあった。 ネットで買ったものがあるが、かさ張る。 単行本用の書見台にも使えるので 衝動買いをしたが、実際使ってみてなかなか良い。30分、5百円の ディズニーランドと思えば良い。で、要らない物が、溢れかえっている。 * 久々の夢の中の母 最近あまり母親の夢をみてなかったが、一昨日の朝方、母が出てきた。 それもリアルに。ふと眠りから覚めると、居間の炬燵で母が隣に寝ていた。 夜半に私も転寝をしていて、母親に声をかけた。80歳代半ばの年令で、夢では 呆けてはなかった。夢は現実との境が無くなっている。毎晩、寝ている場所が 母親が寝ていた同じ位置にあるためである。末っ子ということもあり両親から 特別愛され育った。また、その後姿から多くのことを学んだ。父親の死亡年齢に、 あと4年足らずになった。本当に良い両親に恵まれて良かったと年齢を重ねる たび思いが深まる。父親との差はあまりに大きい。両親とも、常に何かテーマを 見つけて追い求める人だった。意識として両親から出発して、最期は、 そこに戻っていくのか。 ・・・・・・ 3985, 生保に入るバカ、入らないバカ ー2 2012年02月22日(水) 生命保険は生命を賭け対象にした博打。保険屋が騙すのも悪いが、騙される のも問題。確率論を背景に不安心情につけこんだ悪質?商法が生保の本質。 彼らは必要悪と嘯くが、それも程度の問題。 欧米の二倍の9割の世帯が、 3倍〜8倍の額の契約、というと10倍以上の額を生保に支払っている異常さに 誰も気づいていない。 国家予算と同額が生保の餌食とは、日本沈没も当然。 愚かさという点では、他人にいえた柄でないが・・ 私が生命保険嫌いのため、 家内は、こっそりと家内名義の給料の全額を40年近く預金をしていたことを、 後で知った。ある意味、それが正解。死ななかったこともあるが、塵も積もれば山。 それが現在の命綱になっているが、それを生命保険に注ぎ込んでいたら、数分の一 も手元に残っていなかったはず。その辺の詳しい内容は、≪生命保険のカラクリ (文春新書) 岩瀬 大輔 (著)≫に詳しく書いてある。 その一部を抜粋する 【▼ この仕事を始めてわかったのだが、生命保険を理解できていない人は、 決して少数派ではない。ビジネスパーソンも主婦も、若者も年配の方も、 そして金融のプロでさえ、同じく生保の仕組みについては理解できてない(p.70) * 多くが巧妙に近づいてくる女性セールスとの「付き合い」で契約し、 「月々いくら」という状況で気楽に契約しているが、1,500万円近い商品に 関して理解していない。 ▼ 日本の生保業界の現状といえば、専属のセールスの人海作戦のネットを 張り巡らせがビジネスモデルのために、組織として高収益の保障性の商品を 販売してきた(p.43) ▼ 生保業界では長きにわたり、「顧客のニーズに合った商品は何か」でなく、 「既存の販売組織を維持するために必要な商品は何か」という観点から、 高収益を確保できる商品開発がおこなわれてきた。(p.46) ▼ 売り手である保険会社と買い手である国民との間に、大きな情報格差が あることを前提とした既存のビジネスモデル(p.189) ▼ 生命保険商品の3つの機能(p.81) 1. いざというとき、残された家族のための所得保障→遺族保障(死亡保障) 2. 病気・ケガによる入院・手術のための保障→医療保障 3. 将来に備えるため→生存保障(貯蓄・年金) 】 * 家庭の大黒柱が死んでも生活に支障のないのに保険に入る人をバカという。 それを積立にしたほうが、二倍も得になる。その本質は「弱者救済を建前とした タカリの類」で、貧困ビジネスそのもの。豊かな人は、そんな不安は本来、 全くないのと、保険のいかがわしさの情報を持っている。いずれにしても 情報格差で搾取を業にしていることは事実。千五百万の買物の中身はカス。 ・・・・・・・・ 3620, ちょいとした 小話 2011年02月22日(火) 経済学会にて、ある重大な定理について、多くの質問があった。 イギリス人: 「その定理は経験によって裏付けられているだろうか?」 ドイツ人 : 「その定理はいかなる基本定理から演繹されたものであるか?」 フランス人: 「その定理をフランス語で言ってください」 日本人 : 「あなたの先生は有名ですか?」 ―― ・賢い男 + 賢い女 = ロマンス ・賢い男 + アホな女 = 妊娠 ・アホな男 + 賢い女 = 不倫 ・アホな男 + アホな女 = 結婚 ・賢い上司+賢い部下=業績順調・賢い上司+アホな部下 =余剰人員即削減 ・アホな上司+賢い部下=能力主義昇進・アホな上司+アホな部下=長時間残業 ―― なんでもゲームにしてしまう夫婦がいた。何事につけ勝負を競い、 たがいに掛けあうのだ。その結果、夫は常に欲求不満だった。というのも、 結婚して以来彼は妻に一度も勝つことができなかったからだ。だが夫は自分が 負ける心配のないゲームを思いついた。子供の頃よくやったオシッコ飛ばしだ。 壁に向かって、どちらが高くまで飛ばせるかというあのゲーム。 構造上からいって、自分が勝つことは確実だった。「さあ、ごらん」彼が言った。 「あの壁に向かってオシッコをするんだ。高くまで飛ばしたほうが勝ちだ」 「分ったわ。面白いゲームね。私に先にやらせて」妻は足を広げ、スカートを まくりあげて狙いをつけた。壁の約二十cmの高さの所に彼女の痕がしるされた。 「よし」男が言った「今度は俺の番だ」彼がジッパーを引き下ろし、モノを取り 出して準備を整えたとたん妻が声をかけた。「待って。手を使うのはナシよ」 ・・・・・・・ 3255, 「都市主義」の限界 −1 2010年02月22日(月) 「都市主義」の限界 養老 孟司 著 〜読書日記 ーまずは、概要となるポイントの文章を書き出してみたー *仮想社会とは、ネットやTVなどのバーチャルなものではなく、我々の脳内に 作られた社会(=都市)であり、脳による判断のみで社会を構築していくこと への恐怖が伝わってくる。「戦後社会の変革を、私は『都市化』と定義してきた。 ・・ 戦後の日本がいかに都市化されたか、それがいかに行き過ぎたか、それは もはや歴然としている」 『都市化』を脳化ともいう。 都市の全ての物は 脳が作り出した意識の産物であり、それと対局にあるのが都市生活者が全く 意識の及ばなくなった自然である。 日本もヨーロッパもアメリカもその状態 にあり、現代社会に起きるありとあらゆる問題はそのことに帰結するという。 少子化に決定的な解決がないのは、子供は「自然」である、と著者は主張。 自然は都会で排除されるものである(子供も然り)という。また、都市で起こる (悪い)ことはすべて「他人の所為」という視点があるからだ。 *文化大革命では「批林批孔」を行っていた。このとき、中国の二大思潮は 儒教と老荘思想であり、「文化大革命=老荘思想」「中国旧体制=儒教」 なのだとおぼろげに感じた。「都市主義」対「田舎主義」として、儒教対老荘 思想、文化大革命も説明している。 *日本で学園紛争がおきたが、同時に中国では文化大革命が、フランスでも 「ラテン区」の騒動がおきている。これらの学生の動きが世界で同時におきた のはなぜか? それを氏は「都会と田舎の対立」だったと規定する。 都会化するためにはエネルギー供給が不可欠である。そのころ石油が安価に 供給できる体制が整ったことにより、世界中で都市化が急速に進展した。 *急激に進展する「都市化への反応」が世界各地でおきた学生の反乱だった。 当時の運動は、反体制を標榜した。 体制」とは、「人間が意識的に作り 出したもの」である。しかし、当時の若者自身が「田舎」を引きずっており、 大学は「封建的」で「田舎」的。当時の若者は「都会」的であることを志向 して「田舎」的である大学に反発、同時に彼らは「都会」主義に反発もして、 文化大革命の「田舎」主義にも共鳴した。 ▼ なかなか、面白い切り口である。多くの国ではの人口の三分二が大都会の 周辺に住んでおり、その半分〜三分の一が首都圏に住む。東京都民の増加が 止まらないで、何時の間にか1300万人を超えてしまった。首都圏には大よそ 三分一が住んでいる。彼等は、異常な位にそれ以外に住む人を「田舎もの」 と差別。 自分たちは文明の最先端で文化的な生活をしている。 彼方此方で催事があり、それに触れる機会が多いのは事実だが、不自然な 生活環境である。 「都会人が優位という感情が、目くそ鼻くそを笑うレベル でないことは学生時代から認識をしていた。そこで産まれ育った人の固定観念は 想像を絶したことを知った。機能を優先させて不自然な環境に住んでいることが 自覚できない。偶然に、下記の同月同日の上海のターミナルの文章が間接的だが、 同じ問題を提起している。 ー つづく ・・・・・・・ 2880,上海のバスターミナルにて 2009年02月22日(日) 19日の「NHK・BSの世界のドキュメンタリー」が、迫真に迫っていた。 今年の中国の正月にあたる「春節」に、上海で撮られたもので、中国の出稼ぎ 労働者の現状を生々しく追ったもの。ーその部分NHKのHPの番組紹介からコピー 《 再訪・上海バスターミナル 〜不況下の帰省ラッシュ〜 》 中国の人々が年に一度、故郷の家族と水入らずで旧正月を祝う「春節」。 NHKが2年前に取材した、好景気に沸く上海の長距離バスターミナルは、春節の 直前90万人もの帰省客が押し寄せ大混乱に陥っていた。人々は貧しいながらも 明日への期待を膨らませていた。しかし今年のバスターミナルは、打って変わり 閑散としていた。世界経済危機の荒波を被り、出稼者の多くが仕事や生活の基盤 を根こそぎ奪われ、すでに帰郷していたのだ。それでも大晦日のターミナルには、 追いつめられながらも故郷で春節を迎えたいと願ってやまない人々の姿があった。 バス代を工面するのがせいいっぱいで、土産も買えず身一つで帰省する農民工。 給料が支払われず、妻子だけを帰省させて一人上海に残る工員。故郷に残した 我が子に会いたくて、リストラされた夫の反対を振り切って来た母親。 (字数の関係でカット2012年02月22日) ・・・・・・・ 2008年02月22日(金) 2515, iMacの感想! −2 オッ ヽ(゚∀゚)ノ ハー Macを買ってから一月ほど経つ。 これを入れてから2週間もしないうちに4棟のホテルのロビーに6台、 事務所に二台、自宅も含めて9台を導入した。とにかく画面が綺麗なことと大きい ことでパソコン環境が一変した。そのキッカケが年に数回事務所に訪ねてくる知人が 三年前のパソコンを見て「そんな古いパソコンを使っているのは如何なものか?」 といわれたことである。何かピンとくるものがあり、直ぐ近くある「ヨドバシ カメラ」に、パソコンを見に行ったところ、最新のオールインワンの「iMac」 を見て気に入り、即座に事務所に一台入れた。旧来のノートパソコンの隣で比較を してみて驚いてしまった。 (字数の関係でカット2010年02月22日)
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2015年02月21日(土)
* シネマ、 『悼む人』が良かった! 事故現場で、地に躓き、右手を頭上に挙げ空中に漂う何かを捕らえるように 自分の胸へ運ぶ。左手を地面すれすれに下ろして大地の息吹をすくうかのように 胸へ運び、右手の上に重ねる。目を閉じて、何かを唱えるように唇を動かす青年… 『 誰に愛され、誰を愛していたか。何を感謝されたか。 確かに貴方が生きていたことを私は憶えています。 』 悼むことは、愛を憶えておくことだ!どんな人にも、様々な愛のカタチがあると、 作家・天童荒太の直木賞受賞作『悼む人』を堤 幸彦が映画化したもの。 イスラム国とか、奇妙なテロ集団が殺伐とした殺人を公開している現在、 ベストのタイミングの内容である。 〜まず、映画サイトのブログより ≪ 天童が『悼む人』を書くに至った発端は、2001年、9・11同時多発テロ事件、 およびそれに対する報復攻撃で多くの死者が出たことだった。これらの悲劇 だけではなく、世界は不条理な死に満ちあふれていることに改めて無力感を おぼえた天童に、天啓のように死者を悼んで旅する人の着想が生まれた。 彼は実際に各地で亡くなった人を悼んで歩き、悼みの日記を三年にわたって記し、 その体験を元に2008年、『悼む人』を刊行した。そして2011年、日本は再び 大震災に見舞われ、我々は改めて不条理な死と向き合う事を余儀なくされた。 人はなぜ生まれ、なぜ死ぬのか。ふいに目の前から消えてしまった者に対して 誰もが抱く行き場のない思いをどうしたらいいのか。病や事故のような逃れよう のないことであれ、殺人という加害者によることであれ、かけがえのない「生」 を損なわれた時、人は深く傷つき、苦しむ。静人は旅をしながら、「生」を 奪い奪われる人たちと出会っていく。母を見殺しにした父を憎む男。愛という 執着に囚われて夫を殺した女。末期癌療養に病院でなく自宅を選ぶ母親…。 静人自身も、大好きだった者の死を忘れるという行為に自らを責め続けていた。 「誰に愛され、愛したか、どんなことをして人に感謝されていたか」 死者に対してこの3つを見つめ、記憶することで、逃れることのできない 「死」を、「愛」によって永遠の「生」に変える。これが、人のできる最善 なのではないか。静人の〈悼む〉行為はそう語りかけてくるようだ。 その「愛」の記憶は、見た人の数だけ無数にある。静人が黙々と死者を訪ね、 その愛の記憶をひもとき、呪文のように言葉にし、祈る姿を見ながら、観客は 個々の「愛の記憶」を呼び起こしていく。そして、自分は誰を、どんなふうに 愛し、誰かに、どんなふうに愛されたであろうか。また、これから誰を愛して いくだろうか。そんな思いにも繋がっていく。≫ ー評価〜90点 ▼ この映画を観ながら、そして、夜半、誰から愛され、愛し、感謝されたか、 を考えさせられた。最近、思い出てくる記憶は、純粋な気持ちで、感謝された シーンと、言葉である。その時は、何とも感じなかったことが、数十年の時を 超えて、フッと蘇ってくる。「ダカメ女の正体」の真逆の愛と感謝の照射! ・・・・・・ 4726,シェールガス革命 ー3 2014年02月21日(金) * シェールガス革命の拡大で日本経済も大復活? 「石油危機で原油150ドルに!」という見出しを、あまり耳にしなくなったのは、 世界的不況に加えて、次のエネルギー源のシェールガス開発が進んでいるため、 その技術を日本が大きく担っていることは、あまり知られてない。 ーまずは、その辺りからー 《 米国では、急速にシェールガス社会へとシフトが進み投資ブームになって いるが、それを技術的な面で支ているのが日本。もっと言えば、日本の技術力 がなければ、アメリカのシェールガス社会へシフトは実現できないと言ってもよい。 大阪ガスはアメリカのテキサス州で開発権益を取得。現時点で、シェールガスの 本格的採掘は米国やカナダに限られているが、今後、急速に世界的規模で拡大 していくことになれば、日本がもつ圧倒的な技術力が世界市場で席巻することに なるのは確実。さらには、シェールガス革命のメリットは、製造業の世界だけで なく、日本の社会全体が享受できるようになる。石油よりはるかに安いシェール ガスが手に入って、シェールガスを燃料とする火力発電が増えれば、電力の 供給価格は下がる。そうなれば、アメリカと同じように、日本の製造業の競争力 が高まるとともに、工場の国内回帰にもつながる。その結果、雇用も増え、 経済成長にも貢献することになるだろう。》 ▼ アメリカ経済の復活は、日本にとっても大きなプラス要素だが、アメリカ への属国化が、更に強くなる。タイミングが良かったのか悪かったのか、 東北大震災で原発安全神話が根こそぎ壊れてしまった。同じ危険なら、まだ 危険度の低い自然化石エネルギーへの選択に流れに変わろうとしている。 ということは、地球温暖化と、自然破壊がますます進むことになる。 人間は、自ら作りあげた文明で、自らを破壊する運命にある。最近、パキスタン のフンザの住民の写真を何枚か見たが、何とも純粋で綺麗な目をしているが、 それに比べ日本も含めた先進国の人たちの人相の悪いこと! 「シェールガス革命の拡大で日本と世界経済も大復活」というより、 それが人類の未来にとって、最悪の結果になるのでは? ・・・・・・ 4359, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー3 2013年02月21日(木) 「残酷な世界で生き延びる・・」橘玲著 * 貨幣空間は、友達のいない世界 40年以上も事業の世界にいたため、貨幣世界にドップリと浸かっていた。 何はさておき事業を最優先にしないと、競争社会では生きていけない。 事業の性格上(装置産業)、人間関係の貸借表の資産を増やす必要がなく 楽だった側面がある。 ー以下は、政治的空間と、貨幣空間の違いを明確に述べるー。 ≪ 友人や知人の政治空間の基本は、敵を殺して権力を獲得する冷酷な パワーゲームだ。それに対して貨幣空間は、競争しつつ契約を尊重し、 相手を信頼するまったく別のゲームが行われている。人間社会には富を 獲得する手段として、�相手から奪う(権力ゲーム)�交易する(お金ゲーム) という二つの方法がある。権力ゲームは複雑だが、お金ゲームはシンプルだ。 誰だってシンプルが良い。だから必然的に貨幣空間が政治空間を侵食していく。 また中間共同体では、それが顕著になる。それはPTAや自冶会、会社の 同期会のような「他人以上、友達未満」の人間関係の総称だ。しかし日本や 欧米社会では、貨幣空間の膨張により、共同体が急速に消滅しつつある。 そんな活動は、お金を払ってサービスを受ければよいというわけ。 貨幣空間があれば、それだけで十分という人が増えてきたのである。 それは、「友だちのいない世界」の出現で、愛情空間がダイレクトに貨幣空間 (市場)と向き合う新しい世界に生きるようになってきた。友人のいない世界 は、愛情空間は夫婦や親子、恋人単位に最小化し、人間関係はますます濃密で 複雑になっていく。かっての人間関係は村的な共同体に分散していたが、 いまでは極限られた一人か二人にすべての感情が集中している。・・・ ≫ ▼ 現在、団かいの世代が定年になり、子供たちが巣立った家庭内では老夫婦の 権力闘争で大変だろう。他人事でないが・・ これらからして、教養と、 ちょっとした小金を持って貨幣世界を独り生きるのがベストに思える。特に 歳を重ねると、残忍の愛憎空間は残酷である。とはいえ、弧族も辛いもの。 どちらも辛いなら、あとは選択の問題になる。貨幣空間もリッチかプアーかで、 全く違ってくる。「金に換えないものもある?そりゃ金額によるだけさ!」 という小話がある。「数百億の資産を残して死んでいくのと、それを全てを 面白可笑しく使い果たして死んでいくのと、どちらを選ぶ?」のの問いの答は、 その人による。私は後者を選ぶ。しかし愛憎空間、いや愛情空間に生きてきた 人は前者になる? 現に、一桁下げると自分自身の問題になる。 で、「この結果!」という、落ちになる。父親は面白楽しく生き、資産を残し、 それら全てを生前贈与をして死んでいった。お陰で人生を面白可笑しく 生きられた。 一度限りの人生。三度、万歳と感謝! ・・・・・・ 3984, つれづれに ー地震 2012年02月21日(火) * 大地震後の数年は非常事態である 地震学者によると「大地震後の数年間は非常事態という歴史的事実がある」 という。それも500年に一度の大地震は特に非常事態。噴火も厳重注意。 週刊誌の見出しが決して過激でないようだ。 歴史的大地震で日本の全体が 大きく歪んでしまい、その連動が起る前提で対策を取るべき事態である。 特に東海、東南海、南海トラフ地震と関東直下地震が起こる可能性が高く、 今回の東北地震の規模に匹敵するという。その沿岸にある浜岡原発の休止も やむを得ない。知れば知るほど、この東北大震災が大規模だったことが 分かってくる。それも津波による原子炉の破壊も加わったことも深刻。 奇しくもリーマンショックで、500年にわたった欧米中心主義の終焉も 重なり恐慌前夜。その上に首都圏周辺で小さな地震が頻発し、5年で5割 前後の確率?で直下型地震が起こる可能性があるというから・・ 首都圏 在住の人は東海・東南海・南海地震か、直下地震が5年で5割の確率を前提 とし対処するのが筋。ということは、福島第一原子炉による放射能の影響を 加えると、幼児のいる家族は移住を考えるべきだが・・ あとは、勘? * 今の政治はやるやる詐欺か 日本の二大政党政治というと聞こえが良いが、野党は政権を奪取するため 政権与党のマイナス面をとらえ綺麗事の政策を並べ立て、政権を取った時は、 よりよい政策を実行しますと約束をする。いざ政権を取リ実行段階になると、 それは野党時代の綺麗事。その妄想実現のため予算の散蒔きで凌ごうとし借金 の上乗せをする。その結果、国家収入の二倍の予算をたてざるを得なくなり、 現在は国家破綻一歩手前。 それでいて、その数分の一も実行できない 「やるやる詐欺」。 もう限界に来ているが、野党側は、同じスタンスを とるしか方策はない。しかし一番悪いのは騙される国民。ところで小沢一郎が 「消費税の増税をしたら日本が危ない」と反対をしたが、冷えきった景気の 上に、企業もギリギリの経費節減の上の5%アップは実際に危ないコストアップ。 その上に、電気、ガスなどコストアップになれば民主党そのものが危ない のではなく、日本が危ないのは本当だろう。 とはいえ、上げないと国家予算 が成り立たなくなる。要は、袋小路にドンドン追い込まれてしまった。 そのツケは弱者に集中してくる。 ・・・・・・・ 3619, 忘却の整理学 −4 2011年02月21日(月) 「 忘却の整理学 」外山滋比著 * 忘却はゴミ出しに似ている 忘却は、ゴミ出しに似ている。この情報化の時代に必要としない情報は、 どんどん捨てた方がよい。そのままに放置しておくと神経に良くない。 「忘却不全症」は、大変なことになる。アメリカに過去の記憶を殆ど憶えて いる女性がいるという。何歳の頃の日付をいうと、殆ど思い出す。 これは本人にとって非常に苦痛である。 自分を考えただけで、ゾッとする。 忘れるから生きていられる。忘却は不純、不要、よけいなことを洗い落として、 昇華、純化させる作用がある。フロイトは「人間には、嫌なことを忘れさせ、 良かったことを憶えている癖がある」といっている。海外旅行中は普段の 数倍の質量の経験をする。良いこと三分の二、嫌なこと三分の一の思いをする。 そこで嫌な思いを意識的に捨てることにしている。 帰路の飛行機や列車で、 連れ合いと良いことだけを少しオーバーに話し、マイナーの話は絶対にしない。 復習すれば記憶に残ることを経験上、知っているから記憶の調整をしてしまう。 その記憶のコントロールは非常に重要になる。人生でも、これが出来るかどうか。 人の悪口・陰口を趣味にしている人を見かける。他者批判は自分の影を言って いる過ぎないことを知らないのだ。そのゴミが記憶に溜まって悪臭を放って いる自分のことを。その辺に教養が出てくる。忘却のノウハウも教養になる。 ところで痴呆症の現象では、明るいヘラヘラした人の方が多い。何割かは、 怒りの比重の大きい人がいる。性格もあるが、脳は最期は苦痛を与えないように 出来ているようだ。ボケたが勝ちか! 天然ボケもいるが。 若かりし頃に、 脳が加熱をしすぎて変になりかけた時、加熱で浮き上がってきた思いを、ノート に書き出し、乗りこえたことがあった。これもゴミ出しの一つか。 比較的、文章を抵抗なく書けるのも、こういう経験がある。 書く行為も、ゴミ出し? かいな。 自分では宝のつもりだが・・ ・・・・・・・ 3254, 大恐慌 入門 −2 2010年02月21日(日) ここで考えさせられる一文がある。P241) < 古今東西、99%までの人が最終的に投資では儲かりません。 1〜2年、仮に10年間儲けたにせよ予期せぬ変動やトレンドの変化に対応 できず、全て吐き出すのです。 *1980代には生保をはじめとする金融機関は大量の米国債を保有していた ものの、急激な円高で損失を出した。 *1990年から始ったバブル崩壊では、大手銀行が持ち合いの株の大幅評価損で 業績悪化もあいまって、公的資金の導入を余儀なくされた。2003年までの 株式の暴落で年金基金の存続が危ぶまれ、数多くの年金が解散、やはり国民の 財産だった株式を売却をした。これらは、外国人投資家が買い捲った。 【投資で儲けることができないのは、投資家が大きなトレンドの変化に対応 できないということ】です。投資の世界では、トレンドが一方向、特に 上げの時は比較的簡単なのです。 日本の1945年から1990年までの日本、 または2003年から2008年までの世界の株式市場などです。 基本的に買って持っていればよいのです。 (字数制限のためカット 2012年 2月21日) ・・・・・・・・・ 2879, アメリカの住宅金融の惨状とは 2009年02月21日(土) ーサブプライム金融恐慌の構造と意義ー伊藤誠−1(現代思想ー金融恐慌特集) これまで金融恐慌系の本を20冊近く読んだが、実際の数字をみることが なかった。ところが先日読んだ本の中に、非常に分かりやすくあった。 この数字からみても、アメリカ崩壊という言葉は、決してオーバーではない。 ーその内容とは、 ・住宅金融は2002年から2006年までの景気回復と住宅ブームを圧倒的にリード する役割りを果たした。この時期の米国経済の四割は住宅市場に依存する もので、結果として住宅金融の残高は2006年には13兆ドル(ドルを当時、120円 とすると15000兆円)になり、当時の米国GDPと同額になっていた。 このうちサブプライム・ローンが13パーセントを占めていた。 ・サブプライム・ローンの一戸当たりが20万ドルとされており、850万世帯 (一家が三人として)2500万人がこのローンを背負っていたことになる。 住宅ローンが13兆ドルとして、平均40万ドルとすると何と3250万世帯、 三人家族とすれば人口の三分の一が、この時期に住宅ローンによって住宅を 得たことになる。−日本のバブル直後の住宅ローンの残高が140兆円というから、 約十倍。それだけでも米国のサブプライム・ローンの方が大きいことになる。 人口は2・5倍だから、一世帯あたりとすると日本の4倍の大きさで、 いかに莫大で深刻かがわかる。 ・10年間で米国の住宅価格が2倍当たりになっていたというから、半減する ことになれば、米国人の三分の一が深刻な経済状況に陥るのは明白である。 特に値上がりを前提で買っていたサブプライム層にとって深刻である。 ・昨年の6月に米国の住宅ローンの8・8%、480万世帯が返済未納か、差し 押さえになり人口規模では千五百万人近くが、住居を失う脅威に曝されている。 一昨日にオバマが米国住宅市場の再生策を発表したが、簡単に解決できる レベルではない。7兆円の900万世帯を対象にする再生策だが、一世帯 当たり単純にわっても80万弱でしかない。自動車と住宅は、向う5年分の 先取りしているというから、最低でも景気回復に5^6年はかかることになる。 あの「金持ち父さん」が10年近く前に、本屋に平積みしてあったが、 アメリカでは、この本に従った多くの人が、「貧乏人父さん」になっていった のである。 実をいうと私も読んだが・・・ ・・・・・・・・・・ 2008年02月21日(木) 2514, 賢人の知恵 − +.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゜・:*☆ ーまずは、この本の「はじめに」をコピーしてみる。 著者のバルタザール・グラシアンは、17世紀のスペインで活躍した著述家であり。 イエズス会の修道士。神学者アルトゥール・ショーペンハウエルはグラシアン の著作のドイツ語訳を手がけ、日本では森鴎外が部分的な日本語訳を発表しました。 哲学者ニーチェは「ヨーロッパはいまだかつて、これほど精妙にして複雑な 人生の道徳律を生んだことはなかった」と記して、またショーペンハウエルも 「人生のよき手引書である」という言葉を残しています。そして現代でも、高名 なテノール歌手であるルチアーノ・パバロッティが愛読書としてグラシアンの 書を挙げているなど、欧米では今もマキヤベリ『君主論』と並ぶ不朽の名著と して読み継がれているそうです。(字数制限のためカット2011年2月21日)
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2015年02月20日(金)
* 恋愛結婚に恋愛なし ほぼ大部分の人は、結婚して暫くすると、何か奇妙な感覚になる。 そして、相手を間違えたと誤解する。誤解でも何でもない。 元もと、結婚=幸福は思い込み、共同幻想でしかない。だから今では 三分の一が離婚する。家庭内離婚を含めると、9割が破綻しているのが、 実情のようだ。偽装の幸せ家族を、「幸せの実演」とは言いえて妙である。 ≪ ここで指摘している「タガメ女」と「カエル男」の定義は我々が潜在的に 抱えていながら口に出すことができない「恐怖」をズバリ言い当てている。 そもそも「結婚」や「家庭」を、無前提で「幸福なものとするのは、幻想や 思い込みにすぎず、捕食者が獲物の「生」を奪うことで維持されている現実を 直視する恐怖がある。幸せであるはずの結婚と家庭が、何故か息苦しい、張合 がない、なぜか心底幸福感が得られないのか?その答えは、この婚姻関係が 愛しあった結果でなく、捕食者と獲物の関係だからです。それに気づいても 口に出せない、出したら自分が不幸と認めなければならない。今、口に出す 「幸せ」は実は偽装されたもので、「幸せ実演」「周囲への誇示」のため、 結びついただけの関係を認めなければならない。タガメに箍をはめられ、 血肉を吸い取られたカエル男。その大群が満員電車に揺られ・・ ≫ ▼ 結婚以来、何かモヤモヤした感情と原因を、ズバリ指摘している。 認めたくない人は、問題の根源の「タガメ女」と「カエル男」から 目を背ければよい。「所詮、男はそんなもの」「男のすべては消耗品」 で、直視しないできたツケが、第二の人生にまわってくる。・(ノД`)ヽ(゚ω゚= 身近な4人の姉をみていると、まさに捕食者のそれ。いや、家内も! 植木等の「スーダラ節」が、カエル男のそれ。ヤケッパチになるしかない。 戦略的カニバサミで捕食され、一生、毟り取られる人生! (w_−; ウゥ・・ ・・・・・・ 4725,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー1 2014年02月20日(木) * 王様の代わりに貨幣が君臨するのが近代資本主義? ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著 事業の結果が、この有様だったが、何かさばさばして心身とも空を浮いた ようで、「ほどほどで、後継者に引継ぐより、これがベスト?の感覚は、 何だろう?」と考えていたが、そのヒントが、この本にあった。 森林でこそ事業経営も面白いが、そこを出てしまえば、充実していたか の満足感の違いだけ。問題は、その後の準備をしていたかどうか。 ライフワークがあったかどうか。 脱コード化の次への準備こそが、必要 だったことになる。王様の支配から資本支配にかわった体制が近代資本主義 であり、金の力が、国も、個人の価値基準になっている。しかし、この近代 資本主義も、一部に力が集中する弊害があって矛盾が出始めてきた。 ーその辺りを抜粋ー 《 ドォルーズとガタリは、人間の欲動が制御され、文化が形成されていく 過程を次のように発展段階的に説明する。 �コード化(原始共同体)=個個人の平面的ぶつかり合いで秩序形成が出来る �超コード化(古代専制国家) =王様が秩序形成 �脱コード化(近代資本制) =王様に代わり貨幣が君臨する ・「コード化」とは、拡散する人間の欲動を一定方向に導くこと、つまり 「秩序形成」と考えればいいでしょう。『構造と力』では、「コード化」 から「超コード化」までの過程が描き出されています。 ・「個人対個人」を原点とする平面的なぶつかり合いによって「秩序形成」 (コード化)が進行し、やがて王を頂点とする「垂直的な秩序形成」 (超コード化)に発展するという流れです。 ・「超コード化」に続く流れとして、いままさにわれわれが生きている 「近代資本制」(脱コード化)社会の構造と、それを乗り越えた先にある、 新たな世界の姿を描き出そうとしています。そしてこの部分が、 「現代人が幸福になれない理由」と、その突破口を示しているのです。 ・「超コード化」(古代専制国家)された社会では、王を頂点とする秩序に よって社会の安定が保たれます。この「安定化の仕組み」こそが、 ドゥルーズとガタリらの構造主義者が説く「構造」にほかなりません。 ・ しかし、われわれが生きる「脱コード化」(近代資本制)された社会に おいては、すでに王は存在しません。英国やオランダ、スペイン、タイ など、いまでも「王国」は存在しますが、そのほとんどは、日本の天皇と 同じように象徴的存在と化しています。ドゥルーズーーガタリによれば、 「脱コード化」社会において、王の代わりに秩序を生み出す存在とは 「貨幣」になります。「超コード化」社会における「安定化の構造」 (秩序の枠組み)は、王を頂点とする円錐形を形成しています。》 ▼「脱コード社会では、人はお金への欲動に突き動かされるが、お金を得る とさらなるお金を求め資本として再投下、もっと多くの金を得ようとする。 際限なく人は、これを繰り返す」これが、現代資本主義の正体である。 だから幸せにはなれない。それも情報化、グローバル化が、一部の強者に 力が集中させてしまう。しかし貨幣の正体は、情報そのもの。人間の持つ潜在 の自然の大きな力が、プラスにも働くのでは?という楽観論を信じたいが・・ ・・・・・・ 4358, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 −1 2013年02月20日(水) 「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」 橘玲 著 *「藍を捨ててバザールに向かえ。恐竜の尻尾のなかに頭を探せ。」 「藍を捨ててバザールに向かえ。恐竜の尻尾のなかに頭を探せ。」 分かりやすく言うと、「大それた成功を求めず、自分にあった生きる領域で 一番を目指し、上手くやれ!」ということ。この本には新鮮な切り口の事例が 多く面白い。次回から幾つか紹介する。特徴は弱者の戦法というところか。 これから長く続く乱世に生き延びるには、大成功など求めず、自分の強みを 最大限生かし地道に勝ち抜くしかないという著者の論も一理ある。 ー内容紹介・アマゾンよりー 伽藍を捨ててバザールに向かえ!(恐竜の尻尾のなかに頭を探せ!) ワーキングプア、無縁社会、孤独死、引きこもり、自殺者年間3万人超など、 気がつけば世界はとてつもなく残酷。だが「やればできる」という自己啓発 では、この残酷な世界を生き延びることはできない。必要なのは、「やっても できない」という事実を受け入れ、それでも幸福を手に入れる、新しい成功哲学。 自己啓発の伝道師たちは、「やればできる」とぼくたちを鼓舞する。でもこの本 でぼくは、能力は開発できないと主張している。なぜなら、やってもできないから。 人格改造のさまざまなセミナーやプログラムが宣伝されている。でも、これらは たいてい役には立たない。なぜなら、「わたし」は変えられないから。 でも、奇跡が起きないからといって絶望することはない。ありのままの 「わたし」でも成功を手にする方法(哲学)がある。残酷な世界を生き延びる ための成功哲学は、次のたった二文に要約できる。 「藍を捨ててバザールに 向かえ。恐竜の尻尾のなかに頭を探せ。」なんのことかわからない? そのヒミツを知りたいのなら、これからぼくといっしょに進化と幸福をめぐる 風変わりな旅に出発しよう。(本書「はじめに」より) ▼ ここで、≪人間は知能、性格、肉体など遺伝による初期能力の違いにより、 現代社会において成功できるかどうか決まる。努力や訓練や方法論によって、 「よりよい=より豊かな」自分になることは大方の人はできない。 「人間の能力は平等。努力すれば皆幸せになれる。」という建前を否定し、 人間は生まれながらに「不平等」であるという 前提に立ちながら、 「それでも幸せに生きる」ための方法を提案する。「より認められる」には、 大きな成功を求めず、「自分が好きな分野でいちばん」になるまで対象を 細分化し、集中しろ」。そのための仕組みを“自分で設計”すれば、幸福の 新しい可能性が見出せる。≫と説く。伽藍の世界でも同じ戦法で生き抜く しかないが、普通の人は尻尾の中の勝ち組になるしかない。 自分の強みを生かし、小さなテリトリーの一番を探し、追求しろということ。 それより、「世界は残酷」をまず知ることだ。 ・・・・・・ 3983, 生保に入るバカ、入らないバカ ー1 2012年02月20日(月) 私は保険に入らないバカだが、それぞれ考えがあるので一方的に決めつけは できない。 日本の生命保険の世帯加入率は90%で、共済と生保を合わせた 年間保険料が40兆にのぼる。一世帯が年間に支払う額が平均45万円で、 22年で1千万、33年で千五百万になる。人生で生保が住宅に次ぐ高い買い物。 しかし加入者の方は、その意識がない。欧米の加入率は、フランスが6割、 アメリカが5割、ドイツが4割、イギリスが3割6分と、日本の大よそ半分。 いかに日本が高いかである。死亡保険の保険高は突出して高く、2000年 だが、日本が1600万、アメリカが600万、イギリスが260万、ドイツが 200万だった。生命保険の加入経路の7割が保険のセールスで、親戚や友人の 紹介をされ、加入するケースが圧倒的に多い。生保の営業方法は義理(G)、 人情(N)、プレゼント(P)の頭文字をとったGNP営業の典型。 バブル崩壊後に、その営業職員の膨大の経費を維持するため、収益の高い 死亡保険を大型にした保険会社に有利な、複雑化した、顧客無視の営業をする ようになった。 その頃、保険会社は、それまでの顧客にとって有利の商品を 解約させ、セールスを使い利回りの悪い商品に切り替えさせていった。 その辺(01〜05年)から保険会社は悪質な営業説明で本来加入できない 病歴のある顧客に加入させ、その後、契約不備を理由に保険金拒否をして社会的 大問題になった。 何と37社で130万件に至ったという。 早くいえば、セールスレディーというオバサンを集めて、GNPで、 その人脈を食い尽くす。それは巧妙なテクニック、何も知らない素人を、 ほぼ騙しで契約をさせる悪質集団という側面を持つ。フレンドリーに長年 かけ知人・親戚に入り込む。合理的の欧米人の二倍の加入率は、組織的意図 がないと無理。 生保で、まともなのは学資保険ぐらいのもの。 22歳まで死んだときに子供の学資を保証するのは、一応、理に合っている。 それ以外の商品の多くは、客単価を上げるための巧妙な商品。読みも理解も できない契約書に巧妙に生保にとって有利な条文が入れてある。 見方によれば合法的組織犯罪に近い集団。それなら預金の方が良いが、 相手はフレンドリーのプロ。その辺の理屈が理解できない人たちの不安に 付け込むのが営業センス。 ・・・・・・ 3618, 忘却の整理学 ー3 2011年02月20日(日) 「忘却の整理学」外山滋比著 ここで、著者は早朝に目をつける。どうも、夜の間に忘却が起こることは たしかであると。忘却が頭を働かせやすく、きれいに整理をしてくれるとすると、 一夜明けた朝がモノゴトを考えるに適しているのは当然である。昔から、それに 気づいていた人は少なくなかった。イギリスの詩人のウィリアム・ブレイクに 次のようなを紹介してある。 朝、考える ひるは はたらき 夕がた 食し 夜は 眠れ まず 朝いちばんに思考せよ である。 他の仕事は、そのあとでよい。 昔、中国の役所は、朝、日が昇ると同時に開始されたという。 それで、 「朝」廷で、効率的であることを知っていたのである。日本の諺に、簡単の仕事 を「朝飯前の仕事」というのがある。 本来は朝飯前に手がければ、簡単な仕事 でなくても、頭は整理されていて、仕事の判断、手順がたしかで処理が早くなる ということから来ている。もう一つ、思考に向いているのは夕食前である。 その時間は早朝と同じで、働いた後で、空腹も加えて脳が活性化している。 更に勧めているのが昼休みの短時間の昼寝。そこに僅かな時間でも睡眠をとる ことで、忘却の要素を入れることになる。最近、再開をした 「モーニング・ペイジ」がある。 白紙の大学ノートに30分位、思いのままを 書き付ける。早朝だから、自然に出てくる言葉は、外部情報に染まってないサラの 内部?から声を掬い取ることになる。ところで以前に、過去の全てを忘却した男 の映画をみたことがある。その時に過去の記憶こそ、人間形成をしていると思い知る。 ということは記憶と忘却の形が、その人物形成をしていることになる。 忘却の、いま一つの方法は、より刺激の強い経験を挟むことだ。忘れようとしても 忘れられないなら、より刺激の強い何かを探し、そこに気持ちを切り替えることだ。 それは前向きということになる。後ろを向いて記憶を強化ばかりしてないで、 目先を変えることが忘却の一番の方法。 ーつづく ・・・・・・・・ 3253, 置き引き? 2010年02月20日(土) 一昨日、新潟の万代シティの近くのマクドナルドで海老バーガーを食べて、 最後にポテトフライをつまんでいた。半分ほど食べたところ腹は一杯。持って 帰るか、食べて帰ろうかと。 で、そこからである。60歳後半の暗い顔をした 男がやってきて、私が一番奥に座っている隣席をみて、そのまま店頭にある 売店の方に戻っていった。自分の席でも確認して注文した商品を取りにいったと、 ポテトフライを摘みながら思っていた。ところが女性の一人客がきてバックを 置いて店頭のほうに戻っていった。その直後に男が戻ってきて、その席をジッと 見ている。自分の座ろうとしていた席を取られて他の席を探しているのだろうと 思っていた。 ところが、もう一人の女性客が目前の席にバックを置いて 店頭に行った。その男、再び戻ってきて、後に来た客のバックを見ている。 その時は、その男、自分で座ろうとしていた席を二度まで取られて、それを 見ていたのだろうと思っていた。しかし私の一つ置いた席の女性が何か不審 そうな感じで、その男を見ている。 (字数制限のためカット 2012年2月20日) ・・・・・・ 2878, 閑話小題 2009年02月20日(金) *大型店の出店の目玉商品を検証してみた 新潟駅構内に「ビッグカメラ」が今日オープンする。昨日はプレオープン というので昼休みに行ってみたが、県内最大規模の一万?というだけあって広い。 三層の店舗になっており、四階から八階までが駐車場で駐車台数が800というから 本格的である。新幹線、在来線、バスのターミナルが集結しているので駅中 ショッピングセンターとしては、これ以上ない場所である。至近距離に大型書店 があるので、既存の専門店を含めると大ショッピングセンターになる。。 これで駅中の100メートルほどにある「ヨドバシカメラ」が、最終的には撤退 をせざるを得なくなるかどうかだ? これに大型のファッションのH&Mと ユニクロでも出て来れば更に面白くなる。配っていたチラシの毎日の超目玉商品 の中から、「コンパクト・デジタルカメラ」を選んで、価格ドットコムで7〜8点 調べてみた。しかし半分は同じ位、半分は、その7割の値段であった。 バイヤーも調べての値段設定だろうが。イメージとして安いのを優先しているよう。 2GBのSDカードを特価台で囃してしたが、780円など廉くも何でもない。 PCデポでは三枚で980円。新聞の4面の大きさのチラシに9日分の日替わり 特価品を出していたが、買うほうからしたら何処かに欲しい商品があるだろう から、見ていて面白い。店舗と同じである。この大恐慌?の中、家電の売上が 激減しているというから、経営のサイドも大変だろう。 *県民所得差 先週になるが県民所得の2006年度が発表された。(以前も少し書いたが) この数年は、それほど変わってないが今年度は様変わりするだろうが・・・ 1〜7位までは前年と変わらず。 東京が480万でとトップ。 沖縄が209万で最下位。 丁度中間の23位が福島で278万。 新潟県が273万で25位。 全国の平均が307万円。 (字数制限のためカット 2012年2月20日) ・・・・・・ 2008年02月20日(水) 2513, 思い込み *緊張と深呼吸 この歳になって、思いもよらない思い込みや、間違いに気づくことがある。 先日のTVで「受験の際、緊張しない方法」について、オヤッと思わず 考え込んだことがあった。「受験場では、深呼吸をしないこと!ほとんどの人は 逆と思い違いをしている。深呼吸はすればするほど、緊張度が高まります。 なるべく深呼吸をしないように、小さく息をするように心かけて下さい」という。 こんなことを聞いたのは始めてである。私の場合は、緊張する場面は、人知れず 深呼吸をしていた。心を落ちつける要点は、深呼吸であるのは自明のことである。 しかし、それが過ぎると緊張を柔らげるところか、逆の効果になるという。 改めて振り返ると、多々、思い当たることがある。その人により、緊張する場面が 違っても、それぞれ極度に緊張する場面があるという。色々の人を見てきたが、 驚くほど多様である。その時の体調によったり、温度差の大きい部屋に入ったり、 食後など、自律神経などの狂いにより、何でもないことに赤面したり、極度の 緊張でパニックになったりすることは多くありすぎて、書ききれないほど。 そして誰もが自分だけではないか?と、それぞれが思い込んでいる。 自分は、緊張症だ、赤面症だ、精神質症だ、・・それぞれが思っていることを 知らないのである。そんなことを言っていたら、生きていけないから乗り越えて いるだけである。それはよいとして深呼吸が緊張を高めるとは、この歳になる まで気づかなかった。「リラックスするには、深呼吸をしなさい。 ただ、一度だけにしておきなさいよ。し過ぎると、逆に過呼吸になり 緊張は高くなり逆効果になりますよ。 呼吸は、小さく整えて気持ちを 息に持っていきなさい」ということ。
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2015年02月19日(木)
ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著) * 魂の脱占領化 この著書で紹介されていた、「魂の脱植民地化」とは、言いえて妙。 この随想日記で、言い続けてきたことが、たった一言で言い表している・・ 「終戦の半年後に生まれ、アメリカの占領下、魂まで植民地化された自分に 学生時代から気づいてはいたつもりさった?が・・ しかし、私もダカメ妻? に絡めとられて40年、何時の間に前期高齢カエルになっていた、? いや、! 〜ネット検索をすると、以下の内容があった! ≪「魂の植民地化」とは、自由なはずの魂の活動が、人間社会によって呪縛され、 本来の自分を発揮できない状態のこと。国家による植民地化だけでなく、 親や学校、共同体、社会の空気・思想などが個人の魂を呪縛し植民地化する。 それによって偽装された自分によって、本来の情動や感情が、いかに抑えられ ているかを、まず自覚しないと。≫ ≪「不幸の均霑(キンテン)」という言葉は、第二次世界大戦下に、 「不幸が平等であるべきだ」という日本国民を縛付けた恐ろしい概念。 それが69年経っていまだに、日本人の心の中に生き続ける。これを作動させて いるのは個人個人の『蓋』と『箱』という人間の魂と言動を分断する装置だ。 『意図的に自らの言説空間にとって都合の悪いことを「認識しないことにする」 ことで、場の論理を維持する。』「和を以て貴しとなす」と云われるように 日本人独特の価値観がこれに拍車をかける。社会に対し不平不満や誹謗中傷 をぶつける前に、自らの感情の源泉はどこにあるのか考えることが 「不幸の均霑」という呪縛から抜け出す唯一の方法に思う。 ≫ ▼ 諸悪の根源である『世間』という幻想。それに縛られた状況が作り上る 窒息状態が人間を小さな岩穴に閉じ込め、歪んだ結果、病になる。その箍を 極力、意識し、そぎ落としてきたつもりだったが・・ それは具体的にいうと、 世間という妄想。この力が働くのは誹謗中傷で現れる。 これこそ、不幸な 人たち、何も出来ない魂の膿である。彼らの情報は、世間的価値の妄想で 作り上げた「裁き」という誹謗中傷。それが対象だけでなく、自分を毒殺 していることが自覚できない。これが世間の「魂の占領化」である。 毒殺された植民地現人が、ゾンビ化し彷徨って、不幸の均霑をしているのが、 娑婆。だから、自分の周りに柵を巡らし、ひと時でも宙遊の時を持たなければ ならない。その為、教養(魂の脱占領化)が必要となる。 ・・・・・・ 4724,シェールガス革命 ー2 2014年02月19日(水) * 資源大国の地位を失いかけている中東やロシア そういえば、以前ほど原油価格に対し敏感でなくなっているのは、 静かな恐慌?で原油需要が減っているのに加え、アメリカのシェールガス革命 が進んで自前でまかなえるようになったため。 この数十年来のエネルギーの 高騰で、この世の春を謳歌した中東、ロシアも、その恩恵が少なくなってきた。 ロシアのプーチンが北方領土問題で、軟化してきたのも、そのため。 公害問題もあるが、間違いなく新しいエネルギーに重心が移ろうとしている。 ーその辺りからー 《 シェールガス革命が進めば進むほど、エネルギー価格は下落していく。 とりわけ、これまでエネルギーの中心にあった石油ほどその影響を大きく 受けざるを得ない。今後、原油価格はどんどん下がり続け、世界のエネルギー 市場の構造は一変することが予想される。周知のように、冷戦崩壊後、経済的に 貧窮していたロシア経済を救ったのは石油や天然ガスなどの資源である。 一般に、原油価格が1バレル80ドルを割り込むと、ロシア経済は苦しくなる。 ロシアは国内産業が未成熟なため、多くの製品を海外から輸入する必要がある。 意外に知られていないが、ロシア最大の弱点は農業。ロシアは多くの農産物を 海外からの輸入に頼っているが、資源が高値で売れないと、外貨を稼ぐことが できなくなってしまうのである。そこでロシアのプーチン大統領は、天然ガスを はじめとする資源をアジアに売り込もうと、日本にも積極的にアプローチ。 北方領土問題でのやや軟化姿勢はその苦悩の表れなのである。 同じように、経済的に厳しい状況に追い込まれるのが中東の産油国である。 1973年に石油危機が生じて以降、中東は現在まで40年もの間、大きな政治力を 発揮してきた。それはひとえに石油の賜物と言ってよい。しかしながら、今後 は中東の産油国に頭を下げなくとも、エネルギーが手に入るようになる。今後、 石油は単なるエネルギー商品の一つにすぎなくなる。中東諸国の凋落に合わせて 苦境に陥ることが予想されるのは、英国ロンドンのシティである。 これまで中東のオイルマネーを一手に集めてきたシティは、中東の地位低下と 一蓮托生になる。シェールガス革命後、欧州の中心は、金融においても 実体経済においても、急速にドイツへと移ることになるだろう。》 ▼ 日本も脱原発問題を踏まえ、国内の資源開発に乗り出すだしかない。 しかし、その海域は地震発生と津波のリスクが存在する。それよりも、 全体の需要が減っていくため、さほど面白みのない分野なのかもしれない。 これもあって、アメリカが当分の間は、力を取り戻すことになる。 何があってもアメリカには、ドルという主軸通貨が健在だ。中東の原油の 決済通貨を盾にドルの裏付けにしていたものをシェールガスが加わるのだから。 ・・・・・・ 4357, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 −2 2013年02月19日(火) 「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」 橘玲 著 * 愛情空間、友情空間、貨幣空間 私たちは、まず家族、そして友人を第一に考える。そして職場の仲間、 定年になれば趣味仲間になる。しかし貨幣を媒体とする買い物やサービスを 受ける付合いもある。それらの空間を、愛情空間、友情空間、貨幣空間という。 家庭、職場、お店という空間である。その中で、いざとなると金である。 その魔力に、その隠された本性が現れ出る。貨幣で世の中の9割以上を 買うことが出来る実感がする。その本質は交換手段だが欲望を満たす手段。 金は自由そのもの。勤め人が我慢して働くのは、自分の自由を労働という 不自由と交換するため。しかし得た賃金は、自由そのものになる。 その交換の場を貨幣空間という絶妙な表現が良い。お金ほどグローバル価値 のものはない。空気と同じで、それが無くなれば今日の食事もままならない。 ーその辺りの要約すると ≪ 私たちにとって、一番大事なのは、家族や恋人などの関係である。 これが八割ほどとみてよい。そして残りの19%が友人関係。ここには 会社などの人間関係も含めて「政治空間」という。そして残りが貨幣関係。 この関係は商品などを通して世界中ともつながる。中国製のユニクロの シャツなどは、その典型である。その関係は空間にある。 ・愛情空間は2〜10人ぐらいの小さな人間関係で、半径10Mぐらい。 ところが、この小さな世界が、人生の大半を占める。人間は太古より、 愛情空間の出来事の中で、愛情を作ってきた。人間社会は親族のネット ワークで構成されていて、それを最優先をしても、誰も咎めをしない。 愛の至上主義は、生命の進化の過程で人類の遺伝子に組み込まれてきた。 だから、愛が無くなるなどありえない。 ・友情空間は、最大でも20〜30人ぐらい(普通は10人前後)、 半径100Mほどの人間関係。政治空間まで広げても100人ぐらいでしかない。 友情空間が大事なのも、人間が社会的動物だからだ。狩猟採集の時代、 過酷な自然環境のなかで人類の祖先は群れをつくって身を守ってきた。 群れから追放されることは死を意味していた。 ・貨幣空間は、人間関係においては、わずかに1%だが、実際の範囲は、 90%、いや99%を占めているといってよい。貨幣空間は、農耕と取引 によって成立してから僅かに一万数千年しかない。ここに私たちが、貨幣空間 に極めて少ない価値しか認めない理由がある。進化の歴史の重さによって、 愛情や友情という人間関係に比べ、貨幣を介するつながりの重要性を正しく 理解できないのだ。≫ ▼ その貨幣価値は、一歩、愛情空間と友情空間を出ると、ほぼ全てが 貨幣空間になる。新幹線に乗り、東京で同級会に出席してみれば分かる。 その会も、友情空間と貨幣空間のミックス。家を出て、帰るまで、全てが 貨幣空間になる。現実のシビアさと、家庭の温度はあまりに大きい。 とはいえ、愛情空間と友情空間も、残酷で残忍の一面がある。 愛憎空間というか。 ところが、これにネット空間が別に出来て、 現実社会を覆ってきたのだから・・・ ーつづく ・・・・・・・ 3982, スポーツジムに10ヶ月 2012年02月19日(日) スポーツジム(SJ)に通い始め、あと50日で一年になる。 金曜と日曜が公営のミニSJで、それ以外が近くの大型の民営のSJに通う。 一挙に緊張感から解放された反面、ストレスによるウツ予防対策として身体を 動かすことと、セカンドルームとしての場所の確保には、うってつけ。身近の 人の倒産劇で、ストレスが暴発したり、酒浸りになり廃人同様になったのを見て いるので、とにかく運動でストレス解消と、二つスポーツジムに通いだした。 元々、二年前からの早朝のサイクリング一時間を習慣化していた(4〜11月)。 それを加えて一日三時間は運動をすれば、目先の辛い一年を乗り越えるだろう と始めた。 気分転換には良い反面、地元のため知れ渡ったのだろう、冷たい 視線や聞こえるような陰口もあったが、内語の「シロアリ」の10回の繰返しで、 実際にそう思えるため、丁度良い呪文になっている。シロアリは弱音に敏感、 何とも思わなければ直ぐに消えていくのは世界共通の道理。一年近く真面目に 通った結果、数年来の足腰の重さが五分の一か、十分の一になり、腰痛もほぼ 解消。 それも時間が経つにつれ良くなるのが分かる。6つの運動マシーンと、 その間にステップ台が交互に円環に並んだ中央に、若い女のインストラクターが ポップ系の音楽に乗って指導する踊るようなイージーラインがよい。この歳で、 ただ踊れといっても無理だが、運動ならできる。立ち話で「今日は、まだ一回目」 というから、一日何度も来ている人がいるようだ。温泉プールに、風呂、サウナ、 ロビーがあれば、格安の娯楽施設でもある。 フリーの世界=御隠居の世界も 入ってみれば、楽しいもの。 昨日フロントで、「今日で200回目です」と 言われた。10ヶ月と10日になるので、祝祭日と定休日を除くと、ほぼ皆勤。 現職を含め、お薦め。 ・・・・・・・ 3617, 一連のアラブ世界の騒動は 2011年02月19日(土) 今年に入って早々から始ったネットで触発されたデモで、アラブ諸国が次々 と政変に至る事態に陥っている。これは、当分の間は続くだろうし、事態は 思わぬ方に発展していく可能性がある。ネット社会に移行しつつある現在、 日本では、まだ地位と肩書きが高ければ偉いと思っている人が多い。 しかし情報が優先されるネット世界では、そんなものは何の価値も持たなった。 アラブ諸国のような旧態依然の権力構造国家が、ネット人間によって、当然 のごとく軒並みに崩壊過程に入ってしまった。 年寄り優先、性差別、情実、 肩書き故に威張っていた絶対権力者は、若いネット社会人には、無能な漫画的 老人として、ある日、突然、追い落とされてしまう。それでは、彼らの中の 優秀な人材が、急にとって代われるかというと、そうはいかない。 情報ネットはフラット化で平等社会にする良い動きもある。 が反面、真の実力 が求められる競争社会でもある。情報社会と知識社会とは違う。情報社会は、 情報が優先されるが、それが知識にまで到達してないレベル。これまで権力 構造の上層部しか持てない情報が共有されるから、否が応でも過去人間は 早々に淘汰される。 ここで知識と情報の違いは何だろうか?という問いが たってくる。 情報は、本やネット、マスコミ媒体、そして人など、外部から 入ってくるもの。知識は、一度自分の中で消化され血肉になって内側から出る。 だから情報社会は恐ろしい。事実は一瞬で流れるが、真実は伝わりにくい。 しかし、一部に偏っていた情報がフラット化をする作用がある。日本では、 現在アラブで起こった問題は、この10年間、いや20年かけて起きて、権力 構造を変えてきた。その辺が、アラブとの知識構造が違うのだろう。 この毎日の随想日記は、情報の知識への転換プロセスと、書きながら気づいた。 私の触覚が捉えた情報を、起承転結の文章のパッケージ化してしまう。 そして忘却して、翌年から、毎年読み返すことで、情報から知識への転換をして いたのである。 鈍くても、5年、10年も繰り返して読めば、知識に転換する。 努力の割りに蓄積効果が自覚できないのは、基礎教養の土台に問題ありか・・・。 話しがそれた。もう一つのネット世界が、旧来の現実世界を破壊を開始した 一例である。 間違いなく、近い将来に中国でも共産党を 破壊するか、大改革を迫ることになる。ここで、モバイル携帯や、タブレット式 パソコンが爆発的に普及しだしてきた。これが更に、ネット世界の力を急激に 増す。 その結果は、誰も想像すら出来ない世界に突き進むことになる。 ・・・・・・・ 3252, 大恐慌 入門 −1 2010年02月19日(金) * 「大恐慌 入門」朝倉慶著 一昨年の9.15のリーマンショック以来、多くの恐慌関連の本を読んで 事態の大きさに呆然としたが、ここにきて少し小康状態を保っている。 冬季オリンピックが終わる頃から本格的な波が押し寄せてくる。既に恐慌は 起こったのである。現在は、緊急措置で平静を保っているだけ。そこで数日前 から数年前から去年にかけて読んだ金融恐慌関連の本を重ねて読み返している。 当時は読み過ごしてしまった内容にハッとすることしばしば。その一冊の 「大恐慌入門」朝倉慶著がある。読んだ時は、「色いろな学者の論を ダイジェスト的に纏めたもの」と気に留めてなかったが、一年後になって 読み返すと簡明だからこそ納得する。表紙裏に< これまでは「春の散歩道」。 これからデバティブ6京円というスーパーバブルが破裂する。 世界を覆う 「百年に一度の津波」にどう備えるか。> とある。9.15から一年半経つが、 アメリカの投資銀行は瞬間的にホボ消滅、GMとクライスラー、シティバンク、 日本では日本航空が破綻した。それ以外は、あまり目立った動きはなかったが、 これからCDSの破綻が表面化してくる。これに比べたらサブプライム問題は 公園の散歩みたいなもの。一昨年の大晦日に発刊されたが、著者の予告して いた通り世界各国に国家破綻が現実に問題になってきている。アイスランド、 ギリシャと深刻な問題が表面化してきた。 ・このスーパーバブルの崩壊は誰も止めることが出来ないし、 アチコチで火山の噴火のように吹き出るのは時間の問題。 ・オバマは、処理など出来ないで、その責任を問われる悲劇の大統領になる。 置き土産は、新ドルへのデノミか、大幅なドル安誘導。 ・資本主義の崩壊は、これから始まりCDSを抱えた金融機関や、企業の 淘汰が表面化する。 CDOは、まだ300兆円だが、これから5400兆円 のCDSの問題が出てきざるをえない。それを解決するのは、世界各国が現在 の貨幣量を果てしなく増加して、ハイパーインフレにし、その結果、新たな 貨幣への切り替えを世界中が一斉に実施、CDSをチャラにするしか方法は 残されてない。まず、ハイパーインフレに転じるに、あと一年はかかるから 来年から再来年の2012年末辺りに標準を絞っているようだ。 ・失業は欧米で9パーセントを超えているが、日本は救済処置で5パーを維持 しているが10パーは時間の問題。 〜まあ、そういうこと! これらを読む限り楽観論は、数年は考えられない。 ・・・・・・・ 2877, 自分らしくあれ! 2009年02月19日(木) クリントン女史が慌ただしく日本を駆け抜けていった。大学生との対話で、 ある女子大生の質問「女性なのに、どうして、そんなに強くなれるのですか」 に、「自分らしくあることよ」と、答えたのが印象的だった。 ーそこで「自分らしくある」ことを、哲学的に考えてみる。 まずその「自己」を考えると「他者」の問題にぶつかる。他者の中の 「これ=自分」は時間の経過と同時に発生?する。さっき向こうから 歩いていた「これ」が現在、橋に立っている。その時に、さっきの「これ」 が「自分」になる。生まれて今まで他者の間で生きてきた。その他者との 境界線の内側が「私」である。「自分らしさ」とは、それまでの人生で他者 との接点の「あり方」、あるいはその内側の蓄積である。その時点時点で、 何かを追求している在りようが「自分らしさ」である。何かに没頭していて 我を忘れている姿に「自分らしさ」が生まれてくる。初めから「自分らしく あろうと振舞ってはならない」ということである。役者が仮に信長を演じて いたとすると、役者が自分の個性を意識した時、大根役者に陥ってしまう。 我を忘れて信長を演じた時に出てくる味が「自分らしい」のである。 クリントン女史は、民主党の大統領候補、クリントン元大統領夫人、弁護士、 上院議員等々の顔がある。その役をこなしているプロセスで出来上がった個性が 「自分らしい」ということ。彼女の場合、どの役をこなしていても、肩書きより クリントン女史そのものが前面に出ている。これこそ、名優の証拠である。 言葉づらだけを捉えると「自分らしさ」を、多くの人は誤解する可能性がある。 自分らしくとは、取り組んでいる役割や、目標、そして遊びに自分を忘れること。 小林秀雄の「無私の精神」に達することこそ、「自分らしく」なることである。 「何ごとも、魂をこめてすること」で、自分らしさが生まれ出てくる。 ・・・・・・・・・ 2008年02月19日(火) 2512, iPod nanoを買ってみた! 先日、長男が帰省のおりに、ソニーのウォークマンを見せてもらってビックリ。 そこでiMacのパソコンを導入したので、iPodを買ってみようと思い立つ。 iPodの機種にはtouch、classic,nano,syaffle があるが、その中で何を選定するか、迷った末に、一番小型のnanoに決めた。 アマゾンから注文したが、2時間ほど夢中になって時間を忘れるほどであった。 選定の最後の決め手は小ささであった。直ぐに分かったことはタッチとプッシュ で簡単に操作でき、何よりシンプルなのが良い。 Macのパソコン同様に、 売り場を何気なく遠くからみるだけで、難しそうで近づきがたかった。 どのように数千曲もの音楽を、小さな器械に入力できるのかが、まず不思議で あったが、iMacを入れたおかげで、CDを差し込むだけで入力できることが 分かった。まずはミュージック、ライブラリーと開いて、iPodとコードを つなぐだけで、自動的に入力をしてくれる。 だから若者を中心に多くの人が 飛びついたのである。 (字数制限のためカット2011年02月19日) .........
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2015年02月18日(水)
* 某メガバンクの必殺カニばさみ ータガメ女の正体〜深尾 葉子(著) とっておきの逸話が紹介されている。できちゃった婚の「ちゃった」が、 この恐ろしい女の謀略を隠しているが、相手も然るもの! とにかく危ない! 誰にでも‘持て期’があるが、ひ弱なカエルに対し、「カニばさみ」は必殺技。 神様は、男の生理を、この技に耐えられないよう御つくりになった。 ≪ 「“カニばさみ”されないように気をつけろ!」 (p103〜戦略的妊娠) 某メガバンクの独身寮には近年、先輩から後輩へ語り継がれるこんな“警告” があるという。「カニばさみ」とはいったい何か。入行6年目のAさん(28)が 実体験を語る。一般職の女子行員(32)にいまの部署に移ってから先輩として いろいろ教わっていて、部署の飲み会の後、酔いの勢いでラブホに入ったんです。 いざ行為を始めようと避妊具をつけようとしたら、彼女が『今日は大丈夫』って」 そのまま言葉に甘えてノーガードで始めたAさん。だが、もう限界だと思って 腰を後ろに引こうとしたその時、信じられないことが起こる。「彼女の両脚が 僕の胴回りを挟み込み、ガッチリとホールドされた。振りほどくのも変だし、 『まあ大丈夫だって言っていたしな』と……」 流れに任せたAさん。 この時は、職場の上司に「出来ちゃった婚」を報告するはめになろうとは 夢にも思っていなかった─。 これが、いま独身のアラサー女性たちの間で にわかに急増する“カニばさみ”の実態。「独身のアラサー女性たちは、 とにかく若い社員を捕まえたい。だから、避妊をさせない。しかも、男の側も 上司や周囲から『早く身を固めろ』と圧力をかけられたりするから、結局 従ってしまいやすい」(ベテラン銀行員) 冗談と思われるかもしれないが、 バンクの男性社員間では、「お前もやられたか」「あの娘は‘カニばさみ’ をするように見えなかったけどな。」なんて日常茶飯で語られている。 ≫ ▼ 以前、名古屋の花嫁学校の授業の一部を紹介していたが、料理・洗濯・ 行儀見習いなどを教えていると思いきや、何と、〈 男の誘い方、魅力的 化粧と、ファッション、魚(男)の釣り方、漁り方、魚場の在り処 〉が要だった。 この書からみれば、ダカメ女に徹し、少しでも大きく、美味い魚の漁り方。 必殺カニばさみの戦略的妊娠は、逆に女子行員の中で、引継がれている? タガメも女道がある!これで一生が決まる幻想があれば、一生懸命になるは! ・・・・・・ 4723,哲学はなぜ必要か? 2014年02月18日(火) * なぜ人生に、哲学が必要なのか?(今更だが、あえて!) もう少し おまえσ(=゚ω゚=;)考えろよ!? 40歳を過ぎた頃から、哲学に興味を持ち始め、初心者用の本を中心に読み 続けてきた。知れば知るほど、奥行は深い。知人の叩き上げ?で一財を築いた? 男が、茶器造くりを趣味にしていると聞き、自宅に行き、一つ貰ってきたことが あった。その少し前に「スランプ気味」と話していたので、お礼にと初心者向け の池田晶子の哲学書を贈呈した。そこまでは良いが、私の一連の件で会う度に、 逆手に『俺は哲学書など読まないが、上手くいっている』と嬉しそうな嫌味。 これは、イギリスの哲学者で経済学者でもあるジョン・スチュアート・ミルが、 著書「功利主義」で唱えた【満足した豚よりも不満足な人間である方が、また 満足した愚か者よりも不満足なソクラテスである方がよい】の知識があったら 言えない言葉。「ものを考えず現状に満足して動物のように生きるな。やせても かれても思考する人間らしく生きよ」ということ。その男に何度か言われるうち、 酒も入っていたこともあって『茶器造くりでスランプというから哲学入門書を あげた。茶器とは作者の魂そのままが、表出するもの。スランプを乗越えるには、 魂とは何か?魂を入れるとは何か?を知らなければなるまい。作品に打込んだ 魂とは全身全霊を作品に叩きつけてこそ入るもの!それなくしてスランプを 乗り越えることなど出来ないはず!』と、怒り気味に話したが、この人には? 近くの社長をしている二人も、その男の嫌味に対し、私の理屈に同調?したよう だったが・・┃¨━(σ-`д・´)━╋┓ 魂といえば、ゴッホの「ひまわり」や、ピカソの「ゲルニカ」を前にし、 その波動が伝わって立ち竦んだことがある。茶器づくりも、茶道も、花道も、 コンピユータにたとえれば「エクセル」「ワード」などの「アプリケーショ ンソフト」に過ぎない。「ウィンドウズ」や「リナックス」といった 「OS(基本ソフト)」がなければパソコンのアプリが動かない。 何事も、そのOSとなる「ものの考え方」や「もののとらえ方」の基礎を 学ぶ必要がある。行詰ったら、「知のOS」を、グレードアップした上で、茶碗 造りなどのアプリを作り替える必要がある。その「知のOS」が "哲学"などの 教養にあたる。これからして、正解のない人生の課題に対処するにも哲学が 必要になる。人生の難問は生きている限り次々と生じてくる。 対処するには自頭で考えて乗り越えるしかない。その自頭のベースは教養から 生じてくる知恵、すなわち哲学になる。「哲学」(フィロソフィー)という 言葉は、古代ギリシャ語「フィロソフィア」(知恵を愛する)が語源。 この言葉は、哲学が「いかに知るか」「いかに学ぶか」を学ぶための学問で あることを教えている。知恵を愛するから、知恵が生まれる。反面教師 なら幾らでもいるが、相手から見れば、自分が最たる反面教師だろう・・ 人は己が知っていることしか知らない! (゚∀゚). (ノ・人・`)??はて? ドォスル?? (*・д・)ノ(・д・`*)ドォシヨッヵ o( ̄ー ̄;)ゞううむ o(´^`)o ウーr(-◎ω◎-) 考え中..... σ( ̄、 ̄=)ンート・・・σ(゚・゚*)ンート・・・ウーン (Θ_Θうーん・・(〃 ̄ω ̄〃ゞ ・・・・・ 4356, 閑話小題 ー因果一如 2013年02月18日(月) * 因果一如 白隠禅師の坐禅和讃の中に、「因果一如の門ひらけ」と云う一節がある。 「因果一如」は、因果応報に近い言葉。原因と結果は一緒という意味で、 原因を作ったときには、結果も同時に生まれるということ。結果はいつも 原因の中にある。 原因から出て行って、また原因へ帰る。 過去と未来に とらわれることなく今のその瞬間を大事に生きることにつながる。 なぜ人は死ぬか? 生まれてきたからだ。病気は、きっかけでしかない。 善悪、それは誰かが決めた基準で裏表同じこと。事業の倒産、それは創業を したため。きっかけは事業年齢がきて寿命が尽きたため。そうこう考えると 納得できる。現在のアベノミクス、これを因果一如で考えると、ハイパー インフレへの最終到達点。一度、清算した方が良いのかも。 * ヨガ・エアロの場にて 週に二回、スポーツジムの「ヨガ」に参加しているが、あと一月で一年。 欠席は4〜5回で、ほぼ皆勤に近い。週に三回、行われているが、火曜日と 木曜日に参加している。50人定員だが、毎回、ほぼ満員。幅60センチ、 縦120センチのヨガマットを縦にして、その中で先生の指導の下、50分間、 マントラなどの音楽を聴きながら、色いろなポーズをとる。室内はカーテンで 暗く、大人数のヨガは何とも不思議な気持ちになる。 「マット内は、自分の宇宙で、周囲を無視してください。」と何度も繰り返す。 9割は女性で、時間からして主婦が大部分。一年近く続けていたため、関節の 硬さは、かなり取れてきた。「スローヨガ」と名うっているが、だんだん ハードになっていく。私にとって、医院での腰痛治療のようで、背骨、足腰 の骨の矯正をしていることになる。ヨガは、元もと座禅など瞑想をしている 合間に、足腰の矯正をするためのもの。とはいえ、これで腰痛が良くなった というより、悪化防止という感覚。終わると、脳と身体がスッキリ した感覚になる。で、先日、私の近くでプッという音。ガス抜きのポーズで、 誰かが思わず・・ そこに、男は私ひとり。誰がみても・・ まあ、いいかで時間が過ぎていった。 ・・・・ 3981, 閑話小題 2012年02月18日(土) * 総下流の時代って言葉は変じゃない? 最近よく「総下流の時代」という言葉を見かけるが、少し考えれば分かるが 言葉自体が変じゃないか。その意味は、総貧乏。総下流とは今までの下流レベル に大部分の人がなると、いっているのだろうが。下流とは平均所得半分以下の 収入の人をいうが、そのレベルに大部分がなった時、それは下流ではなく、 それが中流になる。 終戦直後、大部分が貧困に喘いでいた時に、総下流など 誰もいわなかった。 戦争に負け占領され目先を如何にして食いつなぐかで 精一杯で勝ち組もいなかった。現在は一部が総勝ちで、大部分は敗者になるのは グローバル化時代では仕方がない。その一部の勝ち組の収益を、どう調整するか。 一時代前まで、総中流と大部分が信じていた良き時代があった。言葉に矛盾が あるが、総下流、皆でなれば怖くない? のか。 * スポーツジムに10ヶ月 スポーツジム(SJ)に通い始め、あと50日で一年になる。金曜と日曜が 公営のミニSJで、それ以外が近くの大型の民営のSJに通う。一挙に緊張感から 解放された反面、ストレスによるウツ症対策として、身体を動かすことにした。 身近の倒産で、ストレスが暴発したり、酒浸りになり廃人同様になったのを 見ているので、とにかく運動でストレス解消と、二つスポーツジムに通いだした。 元々、二年前からの早朝のサイクリング一時間を習慣化していた(4〜11月)。 それを加えて一日三時間は運動をすれば、目先の辛い一年を乗り越えるだろうと 始めた。 気分転換には良い反面、地元のため知れ渡ったのだろう、冷たい視線 や聞こえるような陰口もあったが、内語の「シロアリ」の10回の繰り返しで、 そう見えてくるから。 シロアリは弱音の気持ちに敏感、何とも思わなければ 直ぐに消えていくのは世界共通の道理。 真面目に通った結果、数年来の足腰の 重さが五分の一か、十分の一になり、腰痛もほぼ解消。 それも時間が経つに つれ良くなるのが分かる。6つの運動マシーンと、その間にステップ台が交互に 円環に並んだ中央に、若い女性のインストラクターがポップ系音楽に乗って指導 する踊るようなイージーラインがよい。更に、各種のエアロビも気持ちを高める。 ・・・・・・・ 3617, 一連のアラブ世界の騒動は 2011年02月19日(土) 今年に入って早々から始ったネットで触発されたデモで、アラブ諸国が次々 と政変に至る事態に陥っている。これは、当分の間は続くだろうし、事態は 思わぬ方に発展していく可能性がある。 ネット社会に移行しつつある現在、 日本では、まだ地位と肩書きが高ければ偉いと思っている人が多い。しかし 情報が優先されるネット世界では、そんなものは何の価値も持たなってきた。 アラブ諸国のような旧態依然の権力構造国家が、ネット人間によって、当然の ごとく軒並みに崩壊過程に入ってしまった。 年寄り優先、性差別、情実、 肩書き故に威張っていた絶対権力者は、若いネット社会人には、無能な漫画的 老人として、ある日、突然、追い落とされてしまう。それでは、彼らの中の 優秀な人材が、急にとって代われるかというと、そうはいかない。 情報ネットはフラット化で平等社会にする良い動きもある。が反面、真の実力が 求められる競争社会でもある。情報社会と知識社会とは違う。情報社会は、 情報が優先されるが、それが知識にまで到達してないレベル。 これまで権力構造の上層部しか持てない情報が共有されるから、否が応でも過去 人間は早々に淘汰される。 ここで知識と情報の違いは何だろうか?という問い がたってくる。情報は、本やネット、マスコミ媒体、人など、外部から入って くるもの。知識は、一度自分の中で消化され血肉になって内側から出るもの。 だから情報社会は恐ろしい。事実は一瞬で流れるが、真実は伝わりにくい。 しかし、一部に偏っていた情報がフラット化をする作用がある。 日本では、現在アラブで起こった問題は、この10年間、いや20年かけて 起きて、権力構造を変えてきた。その辺がアラブとの知識構造が違うのだろう。 この毎日の随想日記は、情報の知識への転換プロセスと、書きながら気づいた。 私の触覚が捉えた情報を、起承転結の文章のパッケージ化してしまう。 そして忘却して、翌年から、毎年読み返すことで、情報から知識への転換をして いたのである。 鈍くても、5年、10年も繰り返して読めば、知識に転換する。 努力の割りに蓄積効果が自覚できないのは、基礎教養の土台に問題ありか・・ 話しがそれた。もう一つのネット世界が、旧来の現実世界を破壊を開始した一例。 間違いなく、近い将来に中国も共産党を破壊するか、大改革を迫ることになる。 ここで、モバイル携帯や、タブレット式パソコンが爆発的に普及しだしてきた。 これが更に、ネット世界の力を急激に増すことになる。 その結果は、誰も想像すら出来ない世界に突き進むことになる。 ・・・・・・・ 3252, 大恐慌 入門 −1 2010年02月19日(金) * 「大恐慌 入門」朝倉慶著 一昨年の9.15のリーマンショック以来、多くの恐慌関連の本を読んで事態 の大きさに呆然としたが、ここで小康状態を保っている。冬季オリンピックが 終わる頃から本格的な波が押し寄せてくる。 既に恐慌は起こったのである。 現在は、緊急措置で平静を保っているだけ。そこで数日前から数年前から去年 にかけて読んだ金融恐慌関連の本を重ねて読み返している。 当時は読み過ごしてしまった内容にハッとすることしばしば。その一冊の 「大恐慌入門」朝倉慶著がある。読んだ時は、「色いろな学者の論を ダイジェスト的に纏めたもの」と気に留めてなかったが、一年後になって 読み返すと簡明だからこそ納得する。表紙裏に < これまでは「春の散歩道」。 これからデバティブ6京円というスーパーバブルが破裂する。世界を覆う 「百年に一度の津波」にどう備えるか。> とある。 9.15から一年半経つが、アメリカの投資銀行は瞬間的にホボ消滅、GMと クライスラー、シティバンク、日本では日本航空が破綻した。それ以外は、 あまり目立った動きはなかったが、これからCDSの破綻が表面化してくる。 これに比べたらサブプライム問題は公園の散歩みたいなもの。一昨年の大晦日に 発刊されたが、著者の予告していた通り世界各国に国家破綻が現実に問題に なってきている。アイスランド、ギリシャと深刻な問題が表面化してきた。 ・このスーパーバブルの崩壊は誰も止めることが出来ないし、 アチコチで火山の噴火のように吹き出るのは時間の問題。 ・オバマは、処理など出来ないで、その責任を問われる悲劇の大統領になる。 置き土産は、新ドルへのデノミか、大幅なドル安誘導。 ・資本主義の崩壊は、これから始まりCDSを抱えた金融機関や、企業の淘汰 が表面化する。 CDOは、まだ300兆円だが、これから5400兆円の CDSの問題が出てきざるをえない。それを解決するのは、世界各国が現在の 貨幣量を果てしなく増加して、ハイパーインフレにし、その結果、新たな 貨幣への切り替えを世界中が一斉に実施、CDSをチャラにするしか方法は 残されてない。まず、ハイパーインフレに転じるに、あと一年はかかるから 来年から再来年の2012年末辺りに標準を絞っているようだ。 ・失業は欧米で9パーセントを超えているが、日本は救済処置で5パーを維持 しているが10パーは時間の問題。 〜まあ、そういうこと!これらを読む限り楽観論は、この数年は考えられない。 ・・・・・・・ 2877, 自分らしくあれ! 2009年02月19日(木) クリントン女史が慌ただしく日本を駆け抜けていった。大学生との対話で、 ある女子大生の質問「女性なのに、どうして、そんなに強くなれるのですか」 に、「自分らしくあることよ」と、答えたのが印象的だった。 ーそこで「自分らしくある」ことを、哲学的に考えてみる。まずその「自己」 を考えると「他者」の問題にぶつかる。他者の中の「これ=自分」は時間の経過 と同時に発生?する。向こうから歩いていた「これ」が現在、橋に立っている。 その時に、さっきの「これ」が「自分」になる。生まれて今まで他者の間で 生きてきた。その他者との境界線の内側が「私」である。「自分らしさ」とは、 それまでの人生で他者との接点の「あり方」、あるいはその内側の蓄積である。 その時点時点で、何かを追求している在りようが「自分らしさ」である。 何かに没頭していて我を忘れている姿に「自分らしさ」が生まれてくる。 初めから「自分らしくあろうと振舞ってはならない」ということである。 役者が仮に信長を演じていたとすると、役者が自分の個性を意識した時、大根 役者に陥ってしまう。我を忘れて信長を演じた時に出てくる味が「自分らしい」 のである。(字数制限のためカット 2012年2月19日) ・・・・・・・・・ 2008年02月19日(火) 2512, iPod nanoを買ってみた! 先日、長男が帰省のおりに、ソニーのウォークマンを見せてもらってビックリ。 そこでiMacのパソコンを導入したので、iPodを買おうと思い立った。 iPodの機種にはtouch、classic,nano,syaffle があるが、その中で何を選定するか、迷った末に、一番小型のnanoに決めた。 アマゾンから注文したが、2時間ほど夢中になって時間を忘れるほどであった。 選定の最後の決め手は小ささであった。直ぐに分かったことはタッチと プッシュで簡単に操作でき、何よりシンプルなのが良い。Macのパソコン同様 に、売り場を何気なく遠くからみるだけで、難しそうで近づきがたかった。 どのように数千曲もの音楽を、小さな器械に入力できるのかが、まず不思議。 iMacを入れたおかげで、CDを差し込むだけで入力できることが分かった。 まずはミュージック、そしてライブラリーと開いて、iPodとコードをつなぐ だけで、自動的に入力をしてくれる。だから若者を中心に多くの人が飛びついた。 iMac(パソコン)のライブラリーのコーナーにCDや、インターネットで 購入した曲を記憶させる手間が少しかかるが、これはいたし方がない。 驚いたのは、CDで入力した曲の情報を自動的にテーマや、作曲者、入力順、 聞いた順に分類、羅列してくれることだ。さらに流れている音楽の広告も出る。 これはアマゾンやグーグルと同じ。(字数制限のためカット2011年02月19日)
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2015年02月17日(火)
まず、タガメ女の定義:田んぼに生息してカエルを捕獲するタガメのごとく、 収入や社会的地位のある男性を捕獲し、「幸せな家庭」というタガにがっちり はめて自由を奪い、リソースを吸い尽くす女性。夫、子供、ママ友など周囲の 人間関係をもタガによって呪縛する。搾取される男性を「カエル男」と呼ぶ。 〜概要をまとめると〜 ・現代日本社会には男性を搾取して弱らせる「タガメ女」なるものが存在し、 巧みに男を捕まえて専業主婦という地位に収まり、その後は様々な約束で夫を 箍(たが)にハメては、わずかな小遣いで働かせる。軽い筆致で現代社会の 極めて重大な問題を提起する。それは標準化された「幸せ」の形式を盲信する ことの危険性であり、それを「魂の植民地化」と呼ぶ。「エリートとの結婚」 「郊外の一戸建て」「年に一度の海外旅行」など、標準化された「幸せ」の 強迫は、強者、弱者 とも不幸にする。この問題の答は、読者が自分で考え、 一般の価値観に捉われないことである。 ・政府の施策やマスコミの世論誘導や、家電の普及で家事労働負担が劇的に 軽減されたにかかわらず「家事が重労働だ」というプロパガンダが成功した ことで、「男に寄生して一生楽に血肉を吸い続けるタガメのような害虫女」 が生まれてしまった。タガメ害虫女も、己の存在価値を賭けタガメ女同士 の見栄の張り合いや、夫や周囲に忙しさや幸せの演出を続けなければならない ため、決して幸せではない。 夫の犠牲の上に「専業主婦」という楽園を 作って女性が逃げ込んだ先が実は「タガメ同士が殺し合い潰し合う修羅界 の地獄」だという不都合な真実」がある。 ・箍にハメられ、カネと社会的リソースを「タガメ妻」にと吸い取られる カエル男が支配する日本社会に、「責任転嫁」「現実逃避」の病根がある。 タガメ女に箍めとられてカネと社会的リソースを搾取される「カエル男」 たちが、日本の政治、経済を動かし、部下や下請け会社、取引先といった 周囲の関係者を逆に搾取の”倍返し”で支配する。 ▼ 4年前に御隠居生活に入って、(現役の)森の世界の木や林での価値観が 如何に官製でしかないことと、世間様とかいう「魂の植民地人」の哀れさを、 改めて知った。それは40年近い現役時代の家内の目線は、タガメ女のそれ! ・・・・・・・ 4722,心を上手に誘導する方! 2014年02月17日(月) 「心を上手に透視する方法 」トルステン・ハーフェナー (著) *「自分は運がいい」と思っている人ほど、幸運に恵まれるのはなぜ 「マインド・リーディング」のテクニック&メソッドを紹介した本だが、 これは他人だけでなく、まず自分のマインド・リーディングに使えばよい。 それだけ、心は未知で、扱いにくいもの。ランダムに、面白そうな部分を テーマにするが、運、不運は、その最たるもの。運は判断の結果をいうが、 その為に必要なのが「観察力」である。このところ長年信じてきたバイアス に気づくことが多い。 『私はもの覚えが悪い!』と、数十年思い込んできた。 そのため、対象を観察さえしようとしないため、さらに、もの覚えが悪く なっていたことに、最近、気づいた次第。私は「運が強い」と思ってはいるが、 その運を呼び寄せるのは、長年かけた努力の集積の結果ということを経験上、 分っていた。運がいい、という思い込みなら、良いが。 ーそのあたりからー 《 自動車メーカーの創設者ヘンリー.フォードはこう述べている。 「あなたは、自分は何かがとても上手にできると思おうが、全然できないと 思おうが、どちらも正しい」 あなたの思考パターンが、目標を達成する 妨げになっていないかどうかをよく考えてほしい。なぜなら、それがあなたの 人生の運に大きな影響を及ぼすからだ。イギリスの心理学者、リチャード・ ワイズマンも、大規模な調査によってそのことを証明している。 ワイズマンは、人生における幸運と不運は本当に偶然によるものなのか、 それとも運のいい人と悪い人がいることを心理学的に説明できるものなのか、 ということに興味をもった。そこで、ワイズマンは、自分が幸運に恵まれて いると思っている人と、ついていないと思っている人を探し出した。 調査の対象になった人たちは「新聞に載っている写真の枚数を数えるように」 と言われた。その後、ワイズマンは被験者に、写真が何枚載っていたか尋ねた。 しかし、被験者には知らされていないもっと重要なことがあったのだ。 その紙面の中央に、ワイズマンはある文章をかくしていた。その文章とは、 紙面の半分くらいの大きさで、「実験の担当者に、これ見たと言えば、あなたは 百ポンドを獲得します」と書かれていたのだ。自分には運がないと思っている 被験者たちは写真を数えるのに必死で、その文章に気づかなかった。 一方で運が良い人たちはリラックスしており、もっと全体を見渡すことができ、 ほぼ全員が百ポンド手に入れた。ワイズマンはこのことから、運の良い人は、 運がない人よりもチャンスに気づくということを導き出した。私たちの思考は 私たちの行動に影響を及ぼし、不思議なことに幸運か不運のどちらか引き寄せる。 ワイズマンは、こう書いている。「楽観的な人は前向きでエネルギッシュで、 新たな機会や経験にオープンである。一方運の悪い人は、控えめで、頼りなく 心配そうな反応をし、目前にある機会を見つけて活かす気がないようだった」》 ▼ 運とは、判断の結果であり、判断には対象の観察力が必要になる。 過去の行蔵を見ると、失敗の場合は、観察をする詰めが甘かったケースである。 運を良くするには充分なる準備が必要で、浮ついて取り組めば、当然、そこには 失敗が待っていた。そう簡単に成功など出来る程、甘くはない。貧しい家には、 貧乏神が住んでいる。今回の一連でも多くのことを学んだが、それも捉え方一つ。 この結果が、『あ〜、運が良かった』と思えば思えるし、『あ〜、何て運が 悪かった!』と思えば、そうである。運が良った!と捉えれば、長年かけた リスク管理を幾つかしていたこと。運が悪いと思えば『長年の努力の結果が、 このザマ!神も仏もあるものか!』になる。モノは考えよう。 ・・・・・ 4355, 閑話小題 ー常日ごろがあるということ 2013年02月17日(日) *「今日という日は、残された日々の最初の日」 還暦を過ぎた頃より、「今日という日は、残された日々の最初の日」の言葉の とおりになってきた。44年前の学生時代の終わりの頃の日記のコピーを、毎年 この時期に読んでいるが、当時から現在に至る年数が長いような短かいような。 60歳を過ぎると「時間軸が横になる」というが、一年前も50年前も同じ感覚。 残された日々だけでなく、過去の時間軸も横になってきた。50歳を過ぎた頃に、 それ以降の残された20年、30年分の人生を捨て身で10年に圧縮し、前倒し 実行したのは、時間軸を横にしたのと同じことだった。横にして見えるのは、 「死」である。また、その裏にある「生」。どちらにしても、人は死ぬ。 そして数ヶ月もしないうちに、ほぼ忘却。それなら、今日という一日を目いっぱい 生きるしかない。人生は50歳を過ぎれば、人間は「残された日々」になり、毎日 が、その最初の日になる。それにしては、まあ、いい加減な日々を過ごしている。 ポイントは、「時間もお金も、‘いましかできないこと’のために使う」になる。 面白い映画を見て、良い音楽を聴き、腰をすえて本を読み、新たな世界に チャレンジし、より孤独に徹し、日々を過ごすことである。その意味では 自己評価は70点だが・・いや、50点か? * 常日ごろがあるということ 一線を離れ、毎日が日曜日のような平凡な常日ごろの日々が続く。 しかし、この「常ごろがあること」が実は素晴らしい。中学、高校、大学の日々 で懐かしいのは、当時の「常日ごろの生活」であるため。その年齢ごとの常日 ごろこそが価値があり、光輝いている。時代を背景にした、その時節の自分が、 そこにいる。だから現在も時代背景と、「常日ごろ」を味あうことが 必要になる。ところで真に味わっているだろうか? ・・・・・・ 3980, よかまん ー3 2012年02月17日(金) * よかまん節を女子芸大生に素裸で踊らせた よくぞ引受け踊った女子大生も凄いし、それをビデオで自分の個展で流した 会田誠にも恐れ入る。 ー 前回の続きから ー ≪ 最近非常勤講師として美大に呼ばれた折など、学生に「よかちん」について 聞いてみると、ほとんどが知らない」と答えるのです。せいぜいが「ああ、 ラグビーの連中がやってるアレですね。見たことはないけど、話だけは聞いた ことがあります」程度。どうやら絶滅寸前の状態にあるようです。 僕は 「ざまあみろ」と「こりゃいかん」という、まったく相反する感慨を同時に 受けました。・・ 芸大も近年ご多分に漏れずグローバル化の波が押し寄せて きており、和洋の相克に揺れた先人たちが必要に駆られ作った、ユニークな ジャパン・オリジナルの枠組みが、次々と使命を終えつつあります。 それは決しておめでたいニュースと感じられない、複雑に屈した自分がいます。 また「よかちん」絶滅の直接的な原因が、近年の美大における女子学生の驚く べき増加であることも分っています。僕の学生時代は少数派だった女子が、 今ではどこの美大でも完全な多数派に転じています。女性全般に芸術の才能が ないなんてよもや思いませんが、それでも極端な変化には不安を禁じ得ません。 同時に、少数派となった男子学生の全体的な覇気のなさ、いわゆる「草食」化 も気になるところでした。日本の美大と美術界は今後どうなるんでしょうか。 そんなことを諸々考えた上で、最近「よかまん」という新しい芸を作ってみた。 といっても「よかちん」の歌詞を少し変えただけなんですが。 "数え歌"の部分が以下のようになります。 一つ 開けば、二つ 触れれば、 三つ 見せれば、四つ 悦べば、五つ 入れれば、六つ ムズ.ムズすれば、 七つ 舐めさせれば、八つ 破れば、九つ 擦れば。 小道具の一升瓶は小さな ザルに変更しました。これを現在東京藝大で油絵を学んでいる、知り合いの 女子学生二人にやってもらいました。二人とも肝の据わった「肉食系」なので、 進んで全裸になってくれました。そしてそれを収めたビヂオを自分の個展会場で 流してみました。それで何かが解決するとは思いませんが、問題提起くらいには ならないかと思って。というか本当はこの「よかまん」が実際に芸大で流行して 定着し、新しい伝統が生まれるのを夢想するんですが…やっぱり無理ですかね。≫ ▼ 女と男は違うので、これが定着するとは思えない。あくまで一人の芸術家の お遊びだろうが、これに類したのは、芸者遊びの中では多くあるはず、あくまで 男を楽しませるもの。そういえば、以前の会社の忘年会で、メイクさんのツワモノ が男の人に座布団を女性の何に見立て、自分が箒を男の何にして・・・ という面白い芸があった。ご愛嬌の範囲だが。 ・・・・・・・ 3615, 忘却の整理学 ー1 2011年02月17日(木) 「忘却の整理学」外山滋比著 内容= 頭を働かせるにはまず忘れること。情報・知識でメタボになった頭脳 を整理し、創造・思考の手助けをするのは忘却なのだから。『思考の整理学』続篇 * なかなかオシロイ本である。 忘れること・忘却を中心に据えた本は 私が知る限り過ってなかった。呼吸は、まず息を吐き出さないと新しい空気は 吸えないと同じで、忘却によって整理され、きれいに片付いた頭で新しい知識や 情報などを取り入れられるために積極的に忘れろという。一度書いた文章をまず 寝かせたり、気分転換すると思いもよらぬ着想が得られたりするのは、忘却効果。 忘却が知識を選択的に頭の中で熟成させ、時間の風化作用で別次元の高みに体系化 する働きがある。 忘却はランダムに起こるが、それが個性を形作る。 ー‘まえがき’の以下の部分が、アラスジにもなっているー ・・どうして知識が独自の思考に結びつかないのか。両者間に忘却を考えないと、 説明がつかない。知識をいったんかなりの部分を忘れたあとで、もとの知識から 離れオリジナル思考の生まれる余地が生じる。忘却がないと知識は途方にくれる。 知識は利用されることを待っているのであって、それだけで、思考、創造をおこす 力をもっていない、 むしろ、そのままでは自由な思考の妨げになるおそれは十分。 そんなことをあれこれ考えていて、忘却論に思い及んだ。記憶と表裏をなす忘却が あるという考え。ナマの知識は使いものにならない。忘却をくぐらせて枯れた知識 のみが新しい知見を生み出す。大工は生木で家を建てないのと同じ。 忘却のアポロギア、弁明を思い立ったのは数年前のことだが、どうして忘却が これほど長い間きらわれ、怖れられ、卑しめられてきたのか。忘却を称えた ことばはないものかとそれとなく心がけてきたが、日本には見当らない。 おしなべて忘却性悪説である、・・ことにコンピューターが異常なほどの発達を とげて人間の記憶力の価値を暴落させている。知識人ほどその衝撃を強く受ける。 コンピェーターを念頭において人間の知的活動を考えたならば、創造的思考が もっとも人間らしい活動であることは明らかになるはずで、その独創の土壌に なるのが忘却である… そういう考えのもとに、この本に収められた諸エッセイ は書かれている。忘却論ではなく、忘却をめぐるエ・セイを集めたものである。 ーここに書いた内容は、アップした瞬間、ほぼ完全に忘却の彼方になる。 「いま、ここ」に集中すれば、忘却の後々に残る。それがよい! ・・・・・・・・ 3250, 新・マネー敗戦 −1 2010年02月17日(水) 以前、NHKスペシャルで「シリーズ マネー資本主義」を放送していた。 ■第1回“暴走”はなぜ止められなかったのか 〜アメリカ投資銀行の興亡〜 2009年4月19日(日)午後9時00分〜 ■第2回 “超金余り”はなぜ起きたのか? 〜カリスマ指導者たちの誤算〜 2009年5月17日(日)午後9時00分〜 ■第3回 年金マネーの“熱狂”はなぜ起きたのか 2009年6月14日(日)午後9時00分〜 ■第4回 ウォール街の“モンスター” 金融工学はなぜ暴走したのか 2009年7月19日(日)午後9時00分〜 ■最終回 危機を繰り返さないために 2009年7月20日(月)午後7時30分〜 ■ウォール街の“モンスター” バブルは再び起きるのか 2009年12月20日(日)午後9時45分〜 再放送も含めて食い入るようにみた。 紙切れ(ドルとアメリカ国債)を刷って、 再びアメリカに還流するシステムを追う番組である。そこには、紙切れで世界中 のものを手に入れる仕組みをインタビューや解説で解明していた。 それは正にアメリカが親のネズミ溝。それがアメリカ資本主義というらしい。 その最大の被害者は、もちろん日本。ところで先日、知人から「新・マネー敗戦」 を一時間ほど借りて、速読をしてみた。 大筋は、このアメリカ・ドル本位主義の構造の分析である。 * 「新・マネー敗戦」 岩本沙弓著 ーこの本の概要といえばー《 ネット参照 》 19世紀から20世紀にかけて繁栄した英国は、絶頂期でデフレに見舞われた。 しかし金本位制を廃止せず緩やかな没落の道を辿った。その英国に替わった 米国は、ドルを世界中に流通させ金本位制を廃止した。実物資産の裏付けのない マネーの誕生である。バブルが起きるたび、その対策として投入された膨大な ペーパーマネーはさらなるバブルの原因となった。自国通貨を基軸通貨として 世界に流通させ、ペーパーマネーを溢れさせた米国はさらに原油を用いて、 ドルの価値の維持と産油国経由の米国への還流を図る。 原油決済をユーロで 行う機運が出てきた際には、原油決済通貨をユーロに変更したイラクに対し 戦争を仕掛けてまで自国の繁栄を図ってきた。 それでも原油決済通貨の 変更がなされる現在では米ドル需要の減退は時間の問題。 字数の関係でカット(2012年02月17日) ・・・・・・・・・ 2875, ポルトガル人のみた信長と秀吉 2009年02月17日(火) 「日記をのぞく」ー日経新聞編の一編 ールイス・フロイス「日本史」ー の中で、ポルトガル人フロイスの見た信長と秀吉の姿が新鮮に写し出されている。 現在、「天と地」をNHKで放映しているが、直江兼継の見た秀吉と信長の姿と 重ねると面白い。 ーその部分を要約すると・・・ 1569年4月に、信長と京都の二条城の建築現場で引見、信長はフロイスを 気にいったようだ。フロイスは1581年3月、再び会うが、安土城を自慢した かったようだ。彼の見た信長は「中ぐらいの背丈で、華奢な体躯であり、髭は 少なくはなはだ声は快調で、極端に戦いを好み、軍事修練にいそしみ、名誉心に 富み、正義において厳格であった」「酒を飲まず、食を節し、人の扱いには きわめて率直で、自らの見識に尊大であった」「その鋭い観察眼で捉えたこの 武将の人物は、他の追随を許さぬ迫力と真実性が感じられる」その信長が 亡くなった後に、今度は秀吉を大阪城に訪問する。フロイスの「日本史」の中の 秀吉像は、信長像に比べておおらかではない。「彼は優秀な騎士であり、戦闘に 熟練していたが気品に欠けていた」「身長は低くまた醜悪な容貌の持ち主」 「抜け目なく狡猾」「極度な淫蕩で、悪徳に汚れ、獣欲に耽溺」・・ 秀吉の漁色乱交に、生理的は反発がうかがえる。1587年に九州に遠征中に 伴天連追放令を発した。 ▼ キリスタンの女性たちが抵抗したので、暴君の秀吉が怒り狂った、 とうのが彼の解釈だ。この「日本史」では、外国人ジャーナリスト?の目で 当時の日本と日本人が体系だって観察されている。その点では信長と秀吉を 現代人の感覚で観察している目に近いと言えるのである。更に、信長の 最期の姿が仲間の宣教師から九州にいたフロイスに詳細な報告が入る。 それによると、ー 1582年、6月21日、本能寺の変が起きる。明智方は本能寺 を襲い、「手と顔を洗い終えて身体をふいている信長」を見つけて背中を射た。 信長はその矢を引き抜き、長刀を手に戦ったが、「腕に銃弾を受けると、自らの 部屋に入り、戸を閉じて、そこで切腹をしたと言われ、また他の者は、彼は ただちに御殿に放火して、生きながら焼死したと言った」更に、「我らが知って いることは、その声だけでなく、その名前だけで万人を戦慄せしめていた人間が、 毛髪といわず骨といわず灰燼に帰さざるものは一つもなくなり、彼のものと しては地上に何ら残存しなかったことである」と・・・ ー 生々しい信長が直に伝わってくるようだ。
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