堀井On-Line



5086,タガメ女の正体  ー��

2015年02月16日(月)

         ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著)
 子供の頃、小川で見かけたタガメが、カエルなどを主食にした肉食昆虫で、
捕食する姿から、夫婦に例え、「世の亭主は、すべからず女房にお金も人生も
吸いとられる」という切口が、なかなか説得力がある。〜その辺りから抜粋〜
 ≪ タガメとは、体長5〜6・5�僂瞭�食の大型水中昆虫 ・・
 今から一〇年以上前、私はNHKのハイビジョン番組を観ていました。
琵琶湖近くにある〆里山の四季を追いかけるというもので、写真家の指導のもと
撮影された映像はそれは美しく、素敵だなあと目を奪われていると、初夏の水田
風景のなかでショッキングな映像にでくわしました。それはタガメの捕食シーン。
 じつはタガメというのは肉食で、魚やカエルを獲物にしています。
場合によっては、自分よりも身体が大きい生物をいったいどうやって捕まえる
のかというと、これがなかなかエグいやり方なのです。
 その映像では、まず土のなかに身を潜めて獲物がくるまでじっと待ちます。
そして、カエルが近くにやってきたらガバッと飛びつき、鎌状の前脚でガッチリ
と挟んだら、鋭い注射針くちばしのような口吻(鳥でいう噛)を刺します。
タンパク質を溶かす消化液を注入するのです。カエルも当初は異変に気づき、
「バタバタと必死にもがいているのですが、タガメの締め付けはハンパでは
ありません。やがて気力を失ったのか全身に毒がまわったのかグッタリ。
体内の消化液で溶かされ、肉をチューチューと吸われて絶命してしまいました。
番組ではそこまで映してはいませんが、タガメに吸い尽くされた獲物は骨と皮
しか残りません。言葉ではさほどではありませんが映画『エイリアン』を彷彿
とさせるグロテスクな捕食方法。タガメが「水中ギャング」と呼ばれる所以。
 そんな捕食シーンをハイビジョン映像で目の当たりにし、息をのみました。
自然界とはいえ、やはりひとつの命が奪われるシーンというのは衝撃的だった
ということもありますが、私にはこれが別の場面と重なって見えたからです。 
 『これって男と女の関係にそっくりじゃないか――』
 女はガッチリと男を捕まえて、月一万円という小遣いで身動きがとれない
ようにし、チュフユーと夫の収入と社会的なリソースを吸いつくすつ男たちは
といえば、最初はバタバタもがくも、やがて諦めたようにグッタリとして、
ゆっくりと収入やリソースを吸い尽くさ最後は骨と皮になって死んでいく。≫
▼ タガメ女の餌食の「カエル男」は、妻の洗脳で「ATM」と揶揄される
 タガメ女の搾取と奴隷生活を巧みな洗脳と人格改造により「それなりに幸せ」
と勘違いさせて心の平衡を保ち、保てない人間は職場で溢れたストレスを
パワハラ、セクハラ、不倫で発散させる。タガメの顔写真が、女性の股間に
見えてきた。これでカニバサミされ、一度食らいついたら骨の髄まで(ノД`) あ゙
・・・・・
4721,末期がん、その日のための予習を ー5
2014年02月16日(日)
     ー「末期がん、その不安と怖れがなくなる日」樋野 興夫 (著)
 死にいく者を見送るのは辛いが、最も重要なこと!見送る方も、その経験が
自分自身の末期の予習になる。父が余命一年と身内に宣言され、それを察知した
父親の死への不安と恐怖を身近で感じ取った。そして現在、ほぼ同じ年齢に
なり、自分にも、同じような事態が、さほど遠くない近未来にやってくる。
御陰で、長年かけてその時に対し、多くの知識を入れてきた。その時は、
その時だが、長年かけて積み上げた知識は生きる意味を学ぶことであった。
 最後は何もかも失ってしまう人生の残酷さ。これを前提に生きれば、
何事も捨身で立向かうことが可能だったが?
  * 第四章 だいじな人との貴重な時間
・患者は病気のことを話したがっている ーだから、患者の集まりがにぎわう。
               (患者を人間、病気を自分に置き換えられる)
・親しいからこそ話せないことがある ー「がん哲学外来」も、そのためにある。
                  (だからがん患者の体験談の本が売れる)
・患者の日常を支えるのは家族    ー死を前にした生への欲求の乾きを
                    満たすのは家族でも無理!
・30分間黙ったままいっしょにいられる関係 ー傍にいるだけで、来てくれる
              だけで充分。孤独地獄の中、藁をもすがる思い。
・「する」ことより「いる」ことのやさしさ ー御隠居生活の移行は、
              「何かをする」から「世に存在する味わい」へ。
・家族にも見えにくい患者さんの本心 ー当人と、周辺の人の理解は至難の業!
                   割り切るしかない?
・愛しているなら心配するなー心配と愛情は違う。家族は愛情で包むしかない!
・正論が正しいとはかぎらない、  ー家に帰りたい!に対し、同じ無理でも、
                   言い方一つで、傷つけない注意を!
・「がんばれ」が患者の負担になることもー「がんばっているのに、がんばれも」
・家族の「交替要員」はいない ーだから、最期まで見送る覚悟を立てるしかない。
・患者を「第一」に考える ーそのためには、当人にとっての優先順位を考える。
・家族の思いより患者の思い    ーだが、その立場の違いは無限大。
・がんを誰に知らせるかは状況次第 ー患者の立場になって。
・病院への遠慮はいらない     
・病気になる前にしておくことがある ーこの「その日のための予習」は、
                   その最たるもの。
▼ 末期がんのための予習も、変なものだが。とはいえ、その時になって
 からでは無理。死刑宣告と、ほぼ同じ。自分一人が、突然、奈落の底に
落とされ、絶望と、恐怖に、恐れおののくのである。そこで、人間は神を
創作し、常に共にいてくれ、最後は天国に召されるという物語の刷り込みを
数千年にわたり、してきた。最後は、神様にすがるしかない弱い存在が、
知識を持ってしまった人間である。
・・・・・
4354, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー6
2013年02月16日(土)
 「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
   * 感動体験を書く
「言葉にならないほどの感動」は数限りしてきた。言葉にしてないが、
感動の場面は脳にシッカリと刻まれているので、それを言葉に替えて文章
にすると、当然よい文章になる。人生を振り返ってみて、自主独立に過ごせた
ことと、感動を目いっぱい経験できたことが、何よりも変えがたい。 
 ー以下は、そのあたりを纏めたものー
≪ 感動したことを思い出し書きなさい、感動したことは忘れない。
 高校時代の同窓に小学校の先生をしていた女性がいます。彼女はやはり
「作文は感動したことを書かせることよ」と話していました。子どもならず
とも感動した話というのは、人に話したいという思いが強いものです。
感動とは心を動かされること。自分の心が動いたということは、とりも
なおさず「そこに自分がいる」ということです。作文が主として自分自身
の表現であることを考えても、感動体験は最上の題材になる。 
感動には二つある。 外からの感動と内から感動です。外からの感動は、
映画をみたりTVでドラマをみたり、本を読んだり、人の話を聞いたりして
経験する。もう一つの内からの感動は、何かに挑戦して得られる感動です。
山登りや受験に合格したとか、達成感にかかわるもの。
 そこで感動と感激の違いというと、「感動」は大自然の美や映画、絵画など
価値のある他者に向けられたもの。「感激」は入試に合格したとかの自分に
かかわること。というと、感激も感動の範疇に重なる。 何かに「あっ!」と、
思ったら、そこに自分があると思えばよい。女性初の国会議員の故加藤シズエ
さんは、一日10回の感動をモットーにしていた感動人間でした。
彼女の対談集に興味深い話が次々と出てくる。「脳というのは不思議なもので、
普段はいちいち覚えたつもりがないことでも、感動して思ったことはどこかの
引き出しに入っている。誰が整理するのか、その脳が整理して必要に応じて
出てくる。なまじ、記憶で試験勉強で覚えたより、感動で覚えることの方が、
自分の身につくということ」という。 ≫
▼「感動した時に、そこに自分がいる」には、納得する。この在庫を多く持って
 いると、色いろな引き出しから、必要に応じあらゆる思い出が引き出せる。
感動体験を意識して文章化をしておくことは最重要のことになる。感動体験
の総体が、その人そのものといえる。感動は求めれば得られること。
特に大自然の懐で体験できる。それも、内なる経験は、そこへの旅路の行程を
乗り越えて、そこに至った喜び、そして、そこにしかない大自然の美しさの
感動が相重なり、至高体験になる。 そうこう考えると、まだまだ文章化をして
ないことになる。書くことが無いとは、書く能力が足りないということになる。
・・・・・・
3979, よかまん ー2
2012年02月16日(木)
  「‘11年版ベストエッセイ集’人間はすごいな」会田誠(美術家)
  ーよかちん節の由来ー
 これが??大学の大根踊りレベルだったら別に、そんなものだが、東京芸大
の宴芸というから中和される。それも自分の個展の入口に堂々と、というのも良い。
品のないこと?この上ないので人には話すことでないが、面白さは格別。
卑猥な芸?も、書き方一つで抵抗なく読むことが出来る。若い時節の男の性欲は
男なら分かるが異常に強い。それを酒宴で、露骨に踊ってみせるのも一興。 
神楽のヒョットコ踊りに、巨根の棒を振舞わして、オカメとの踊りを見たが。
その亜流だろうが、品はないが罪がない。 顔をしかめる人も多いだろうが、
よくぞ・・である。 ー前回の続きからー
≪ 美術大学に代々伝承されてきた宴会芸に「よかちん」があります。
 僕は今から四半世紀以上昔のこと、美大の新入生歓迎コンパか何かの席で
初めて見たように記憶しています。どんなものかというと、宴もたけなわな頃、
やおら全裸の男が登場し、一升瓶を股間に挟んだまま、手拍子をとりつつ
"数え歌"を歌い始めます。
「一つよかちん、なんじゃいな。ひねれば、ひねればひねるほど、よかちんちん。
 あ〜あよかよか、よかちんちん」 この「ひねれば、ひねればひねるほど」
のところで、一升瓶を男根に見立てたアドリブによる(この場合"ひねる")
ゼスチャーが入ります。口述的に受け継がれる芸なので、歌詞のバリエーション
は様々なようですが、僕が知っているところでは、数え歌は以下のように続く。
二つー振れば、三つー見れぱ、四つーよじれば、五つーいじれば、六つー剥けば、
七つー舐めれば、八つーやれば、九つー擦れば。そして十でとうとうよかちんちん
ー と結ばれます。つまりこのような色々な体験をさせれば、良いチンポ
(よかちん)に成長するという、まったくもって脳味噌パーな、でも憎めない
庶民的下ネタ芸なわけです。あと、どうやらルーツが九州ということもあって、
九州男児的マッチイズムの匂いもぷんぷんと漂っています。学徒出陣で出征する
美大生を「よかちル」で送ったという、泣き笑いの昔話をネットで見つけたので、
おそらく戦前からあったものでしょう。浪漫主義華やかなりし明治後期、
青木繁など九州出身者が東京美術学校(現・東京藝術大学)の乱痴気騒ぎの
飲み会で、郷里のお馬鹿芸を披露して喝采を浴びたーそんな空想を僕はして
しまいますが、もちろん定かではありません。いずれにせ、少なくとも僕が
美大生だった1980年代後半まで、油絵科を中心に脈々と受け継がれてきました。≫
▼ この後の文章に、よかちん節があるなら、よかまん節があってよいだろうと、
創作したのが面白い。私も、品位が邪魔をして?
  そこまで思いもよらなかった。一升瓶の代わりに、ザルとは・・ とは。 
Youtubeで調べたが、さすがに無かった。  ーつづき
 ・・・・・・・
3614, 哲学は死の練習になるか
2011年02月16日(水)
 * 哲学は死の練習になるか   ー木田元
死についての特集の中に、木田元の文があった。なかなか考えさせられる
  ーまずは、その抜粋からー
≪ 哲学者ハイデガーは『存在と時間』で「自己の死」についてこう述べている。
 自己の死は「誰にも替わってもらうことができないし、誰の助けを借りる
こともできず、それがくることは確実だが、いつくるのかは決まっておらず、
その先にまわってみることなど決してできない、自己の究極の可能性」と。
そしてハイデッガーは、人間にとって「本来的な生き方」とは、この自己の死を
不断に見据え、それに覚悟を定めて生きる生き方、つまり「死に臨む存在」
なのだと主張するのだ。・・・ 自己の死についてのハイデッガーのこの見方は
まことにユニークだが、まるで『はがくれ葉隠』のように、つねにおのれの死を
見据えて生きるというのが、いったいどういう生き方なのか、私にはうまく
のみこめない。自己の死についてのハイデガーのこうした主張に対しては、
少し年少のフランスの哲学者サルトルも『存在と無』で異論を唱えている。
彼にとって死は私のすべての可能性を無にし、私の人生からすべての意味を
除き去ってしまう、まったく不条理な偶発事なのである。彼に言わせると、
私の誕生が選ぶことも理解することもできない不条理な事実であるのと同様に、
私の死も、理解したり対処したりすることのできない不条理な事実なのだ。
ここで面倒な議論をする気はないが「自己の死」に関してだけは、私もサルトル
に一票を投じたい。こちらの方が私の感じ方に近いからだ。 ハイデガー自身、
『存在と時間』で持ち出した死生観の根にあるのは自分の個人的信念で
あることを認め、どんな哲学的思索も、結局こうした個人的信念を出発点にせざる
をえないのだと主張していたそうである。・・・つまり、私たちは生命の大きな
流れの中から飛び散った一滴のしずくのようなもので、しばらくはそうした個体
とし生きているが、やがてまた元の大きな流れに引きもどされ蕩々と流れてゆく。
それが個体にとっての死なのだ、とそんなふうに思うようになってから体調が
落ちて、あまり永くは生きられそうもないなという気分になったときも、
それほどジタバタしなくなったような気がする。こうした一種アニミステイック
な死生観を整理し体系化すると神道のようなものになるのではないかと思うのだが、
あまり体系化などしない方がよいのかもしれない。 本当に死が間近にせまった
とき、肉体的苦蒲のなかでこんなとりすましたことを言っていられるかどうか
自信がないが、これが今のところ私の死をめぐる想いである。≫
ー以上だが、言葉を持ってしまった人間は、他者の死を身近にみて、自分の死
を思い抱くようになった。死んだ人は、その瞬間に何もないが遺体が残る。
それが死と勘違いするから、妄想が起こるのだが、その妄想を理性で乗り
越えようとしても、それも無理の話である。木田元は、滔々と流れていく
大河に引き戻されて一滴が固体の死のイメージを述べているが、毎年同じ
木に咲く桜の花とも、それぞれのイメージがあるもの。
 ・・・・・・
3249, 最近のベーカリー事情
 2010年02月16日(火)
  * ベーカリーのファーストフード化
 数ヶ月前から週に2〜3回は新幹線の改札口に近いベーカリーで通勤途上、
昼飯用のパンを買っている。サンドイッチや、ナンで惣菜を包んだものや、
カレーパンなど種類が多くあり、値段の割りに美味しい。中でも食べられる。
300円から500円で済み、外食の半値で済む。他に構内スーパーにある弁当とか、
専門店街の菓子屋が売っているオニギリを買っている。その御蔭か週一も外食に
出なくなった。要は気晴らしに出ていた外食が面倒になったのだ。
 ところで、知人が「カテゴリーキラーの外食が新潟郊外の
青山に去年の暮れにオープンした」と話してくれた。
・テイクアウトも、イートイン(店内でも食べる)も出来るベーカリーで、
 レストランのような外観と、イートインのできる客席はレストラン風
・ポイントは、コーヒーが無料で、二杯目が20円
・家族3~4人で、1500~1800円で食事のできる店というのが受けている・・・
 その話を聞いて、「ラブラ万代の地下にあるベーカリーが、コーヒー無料
 にして、その脇にある自由食事スペースのテーブルと椅子をレストラン風
 にした感じ?」というと、その通りという。 成るほど、親子三人でパンや
 ミニピザを2〜3個ほど食べても、コーヒーが無料なら2000円以下で済む。 
 長岡と新潟の新幹線構内にあるベーカリーで、パンを買った
 (字数の関係でカット12年02月16日)
・・・・・・・・・
2009年02月16日(月)
2874, 成長モデルから 脱成長モデルへ  −2
「規制されたモデル」といえば、戦後日本の20数年の日本経済のモデル
が理想であるが、これは成長モデルそのもの。結局は資本主義経済はバブルの
繰り返すしかないのである。その本質はネズミ溝であるからだ。
 その繰り返しの中で、自由と平等を如何に両立させるかという難しい問題は
人類の永遠のテーマと重ねる。突き詰めると、どれもこれも共同幻想。 
共同幻想でしか人類はコントロールできないとすれば、共同幻想の「正・反・合」
を繰り返すしかない。 更に前回に続いてポイントの部分を抜粋する。
 〜〜 
 *『自由放任的競争』から『規制された競争』
「ケインズが終生説いたのは、実は、グローバリズムへの警戒なのである。
『頽廃的で国際的で個人主義的な資本主義が世界をかけめぐり、国内経済
を破壊することこそ、彼は恐れたのである。『それは、知的でなく、美的で
なく、公正ではなく、有徳ではない。われわれは、それを嫌っている。
いまやそれを軽蔑し始めている』とさえ彼は書いている。
この『資本の気まぐれな浮動』から、一国の経済を守らなければならない。
(字数の関係でカット11年02月16日)
 ・・・・・・・・・
2008年02月16日(土) 2
 509, 新・知的生産の技術 −2
好感の持てる人である。東京の知人が言うには「最近、東京では健康を兼ねて
スポーツタイプの自転車でチョットした移動に活用している人が多くなる。」
という話を聞いたばかりなので、成るほどと感心した。この人の場合は、
携帯用のナビまでつけている。ナビは個人の行動まで自由にしているようだ。
ここまで電子機器が発達し、ソフトも高度化したなら、己を空しくして逆に
無駄取りをして合理化に徹したほうが良いに決まっている。その意味で、
この本は批判が多いかもしれないが、見習うべきことがあまりに多い。
ここまでグーグルが世界に支持をされるには、それなりの内容があるはず。
なら、限度のある自分を徹底的に排除をして、己を空しくして圧倒的なベスト
に従ったほうが良いという彼女の問いかけが、シンプルで訴える力がある。
・補助脳としてのパソコン
・フォトリーディング、親指シフト、マインドマップなど、自分のOSを整え
・アナログとデジタル入力のバランスを使い分け
・マスメディア情報を減らし、実体験、他者体験、良書を三大情報源とする。
・自分以外の感覚器、特に耳をもっと活用する
・そして睡眠はよくとり、運動をよくする
だいたい、これにブログや日記、メモをよく取ること、これが言いたいこと。
大部分が進学にエネルギーの大部分の人が取られているとき、このような
合理性で自己研鑽に勤めれば、そこそこのことが出来ることだ。


5085,真の友人 ー楽しく生きる一日一話 〜③

2015年02月15日(日)

    * 真の友人    【本日「いいかげん」日和 】ひろさちや (著)
 私に真の友人がいただろうか? 学生時代からの友人が存在するし、
仕事での付合いから、気心が知れた人が何人かいる。そういう人は、年に
一度か、数年に一度しか会わないが、それで十分。この随想日記は、一方的
に、友人にトッテオキの情報を知らせる感覚で書いている。 その意味で、
ビュアーは私と会っていると同じ? しかし残念ながら、知人で同じ感覚で
ブログを書いている人はいない。今ではソーシャル・ネットワークもあるが、
何か参加する気になれない。 ー以下のドイツ人の友人観に同感するー
≪  ある日本人がドイツ人に尋ねられた。
 「あなたに友人はどれくらいいますか」
 日本人は、『さあ、百人か二百人くらい……」と答えたが、
 それを聞いてドイツ人は驚いたという。 
  ドイツでは、その人のために自分を犠牲にできる人 
 ――自分が何も言わなくても、自分をわかってくれる人――
 この二つの条件が満たされて、はじめて「友人」と言えるそうだ。
 だとすれば、百人も二百人も友人がいるわけがない。
  ドイツ人が驚くのも無理はない。
 わたしたち日本人は、いささか「友人」を安売りしているのではないか…。
 簡単に友人ができる、友人をつくれる、と思い込んでいる。
 だから、自分に友人がいないとさびしくなる。
  しかし、真の「友人」というものは、一生に一人得られるか否か、
 といった存在なのだ。そう考えると、いま自分に「友人」がいなくても
 悲しむ必要はない。これから死ぬまでのあいだに、真の「友人」に
 めぐりあえぱいいからである。きっとチャンスはあるであろう。 ≫
▼ 以前、トーク番組で、『私には友人がいません!』といってのけ、
 周囲が一瞬、静寂になった、のが印象的だった。これを公然と言放つには
 強さが必要である。20歳時に、両親の後姿から、創業を決意した時から、
 自ら友情を求めない孤独業、一種の自閉症になっていた。といえ、友人は
 存在していたが。 創業を決意して見えるのは、自分の卑小、無能だけ。
 しかし、今さら後には退けない袋小路で、その都度、友人ができていった。
・・・・・・
 720,シェールガス革命 ー1
2014年02月15日(土)
 数年来、アメリカのシェールガス革命がマスコミで取り上げられた。
アメリカ国内で格安のシェールガスが生産され、エネルギー確保のための原油
輸入から解き放された。その反面、恩恵を受けていた中東やロシアが、原油価格
は下がり続けることになり、世界のエネルギー市場の構造は一変すると予想。
しかし、地下水などの環境汚染問題が出てきている。何事も負の側面は付く。 
 ーあるレポートが、その辺りを詳しく述べているー
   * シェールガス革命がもたらす、5つの大変化  ー泉谷渉
《 現在、アメリカを中心に起こっている「シェールガス革命」は100年に
 一度の大変化と言われている。それはこの変化が単なるエネルギー分野に
おける変化にとどまらず、産業、社会、政治・外交などあらゆる分野に及んで
いくことが予想されているからである。それゆえに「革命」と言われるのだ。
では、今後、シェールガス革命が本格的に進行していくことで、具体的に
どのような変化が起こるのだろうか。次の5つの点を中心に、
この大変化の行方を読み解いていきたい。
 シェールガス革命で起きる「5つの大変化」
1)アメリカ経済は金融、製造業ともに復活し、世界経済をリードし続ける
2)シェールガス革命に伴う大規模投資で、日本の技術力が必要不可欠に
3)資源価格の下落によって、国際関係のパワーバランスに大変化が生じる
4)エネルギーコストの大幅下落で、航空産業が飛躍的に成長する
5)エネルギーコストの下落は製品価格を押し下げ、デフレが深化する 
 まず、安価なエネルギーを手に入れたアメリカは、急速に経済を復活させるに
違いない。現在、アメリカは幾つもの大型ガス火力発電所を建設し、電力会社の
統合を進めるなど、シェールガス社会へ向けて産業シフトを急ピッチで進める。》
▼ 以前ほど原油価格にマスコミが敏感でなくなったのは、このため。
 また急遽、ロシアのプーチンが北方領土などで軟化をしたのは、日本にガスを
売りたいため。日本近海にも世界有数のメタンハイドレート埋蔵量を持つとされる。
本州、四国、九州といった西日本地方の南海トラフに最大の推定埋蔵域を持ち、
北海道周辺と新潟県沖、南西諸島沖にも存在する。日本海の尖閣・竹島を始め
とする領土問題は日本海側のメタンハイドレートが目的とされている。
・・・・・・
4353, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー5
2013年02月15日(金)         
 * 「人プラス物」で書こう!    
       「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
≪ 描写力の持つ伝える力やイメージを喚起する力を、さらに高める手立てとし、
「人プラス物」で書くのがあります。具体的描写の大切さは既に説明しましたが、
その描写の中に人と物をうまく取り入れるだけで、その場面はさらにくっきりと
浮かび上がります。物は広く考えてください。事物ととらえていただいても
けっこうです。より伝わる文章表現は「人プラス物」です。 
 ・・ こんな川柳があります。
  歯ブラシはそっと寄り添うケンカ後も夫に先立たれた奥さんは
 こんな句を詠んでいます。
   夫逝きなかなか減らぬ歯磨き粉
 ぼくは津村節子さんの短編『遍路みち』のこんな場面を思い浮かべました。
洗面所のコップの中の二本の歯ブラシを見ると、一本も虫歯のないことを自慢
していたことを思い出した。夫の母親が、おまえは口もとがいいね、と言って
いたという話をからかいながらロにすると、かれはふざけてロ角を少し上げて
笑ってみせた。育子はその笑顔を思い出して鳴咽した。「夫」は四年前に
亡くなった吉村昭さん、「育子」は著者自身でしょう。身近な人の死は新たな
形を持ってやってくると言いますが、それは物と一緒の場合がけっこう多い。  
 こんな川柳もあります。
   亡夫の靴へふと足入れてみたくなり
靴底に足を入れていく感覚から悲しみの深さが伝わってきます。
「人プラス物」は伝える力をいかんなく発揮する。その靴ですが、奥さんをガン
で亡くされた国立がんセンター名誉総長である垣添忠生は著書『妻を看取る日』
の中で、ありし日の一日をこんなふうに描いています。
【病室では妻に少しでも明るい気分で過ごしてもらおうと気を張っていたが、
病院から一歩外に出た途端、動き続けている世界に一人でいることになるのだ
という言いきれない孤独感に襲われた。師走を迎え、買い物客でにぎわう銀座
通りを一人歩く。まわりの人はみな幸福そうに見えた。私のように、心の中に
嵐が渦巻いている人もいるというのに……。雑踏の中に身を置くと、自分の
まわりにだけ冷たい風がまとわりついているような気がした。そんなとき、
よく立ち寄った病院近くにある帝国ホテルだ。その地下に靴磨コーナーがある。
そのベテランの職人さんの仕事ぷりを見ながら、たわいのない会話を交わす
と心が和んだ。靴革は見違えるようなツヤを取り戻した。】
▼ 文章に、その時々の物を意識し持ち込むと心の状況が鮮明に浮かび上がって
くる事例である。納得である。金沢のどん底時代の気持ちを表現するに、
「私の供は学生時代から使用していた布団と、20冊ほどの愛読書と、木製の
組立本棚と、机と蛍光灯だけ。二人部屋の同室の男は二つ年下の同窓の大学の男
だが、何か軽く生活観がない。 同期生は12名。」と表現すれば当時の状況が
現れ出てくる。ただ、「気持ちはどん底」の一言より、文章に幅が出る。
物と状況の描写は、それだけ重要になる。12年も書き続けてきて、この程度の
ことすら知らなかったが、量を書いてきたからこそ気づくこと。毎日が気づきと
驚きの日々である。すべからく人は無知で涙を流す。
「人プラス物」に、僅かな金か〜 
・・・・・・
2012年02月15日(水)
3978, よかまん
  * よかちん節
 学生時代に早大を中心にした学生寮に寄宿していて、三月に一度の割合で、
何処かの部屋で数人が集まり飲み会が開かれていた。 そこで興に乗ると出て
くるのが、よかちん節か、数え歌、そして終は肩を組んで、「琵琶湖周航の歌」
か「知床旅情」で終る。 よかちん節を初めて聞いたというか、見た時には、
ただ驚いた。私が親しくしていた早稲田の男が、やおら下着になって一升瓶を
股間に挟んで、奇妙な振りで数え歌を歌い踊り始めた。
 実家が商家だったこともあり、年に二回は宴会が行われ宴会芸の際どいのを
見てきたが、これほど露骨で面白いのは初めて。そんな遥か彼方の記憶が
浮かんだのは、先日、図書館で借りてきた「‘11年版ベストエッセイ集’
人間はすごいな」の中の『よかまん』の文である。「よかちん」芸は東京芸大
の宴会芸が出どころとか。 その、さらに元は九州らしいが。「よかちん」
でなく何故か「よかまん」とあったので不思議と思いつつ読んで、仰天。 
次回から、少し長いので数回に分けて紹介するが、ベストエッセイに選ばるに、
ここまでやらないと無理。 そのまえに、ネットで調べた「よかちん節」から・・  
 下品で、猥雑なのは勘弁を!(二段目から参加者全員がはやす)
ひとつ 一つひねってよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
ふたつ 二つ振ってもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
みっつ 三つ見つめてよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
よっつ 四つ よっぽどよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
いつつ 五つ いつでもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
むっつ 六つ むしってよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
ななつ 七つ なめてもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
やっつ 八つ やっぱりよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
ここのつ 九つ こすってよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
とお  十で とってもよかチンチン よかよか よかよかよかよか よかチンチン
▼ 書き手は芸大出身の美術家で、その個展に、これを・・ 
 とにかく面白いエッセイ。次回を楽しみに!
  ・・・・・
3613, 旅ばなし 小題
2011年02月15日(火)
  * マッターホルンの登山ツアー
 先日、BS/TVでマッターホルン山頂の登山ツアーを放映していた。
それもNHKの女性ディレクターが、それにチャレンジをする内容。
ここはアルプスの中で最後まで登山を許さなかった標高は4478メールの魔の山。
140年前に初めて英国の7人の登山家によって征服された。しかし下山の途中に
4人が足を滑らせて死んでしまった。その山頂へ地元のプロ登山家のガイドが
先導して登る内容を克明に記録した内容。もちろんクライマーは経験者で、
登山前に近くの山頂へのロッククライミングで、その人の能力がガイドによって
試され、合格者のみが登山が許される。コースは決まっているので何組も同じ
コース登っていたことには驚いてしまった。もちろん、一つ間違えば滑落して
死んでしまう。頂上には、登って休んでいる先着者が何組かいて、パラダイス
を眺めていた。そのガイドは70回以上登っているという。 その頂上から見る
パノラマの素晴らしいこと、この上ない。スイスには何回か行っているが、
学生時代の車窓からみた景色の美しさは今でも忘れることが出来ない。
スイスツアーにトレッキングのコースもあるが、山は、その時の天候で大きく
左右される。外れたら、山頂からの景色は霧一色で覆われて何も見えない
リスクが伴なう。近くの丘のビューポイントからのマッターホルンは絶品。
天候に恵まれた場合になるが、スイス山岳ツアーはお勧めである。
ここと、カナダのロッキー、ヒマラヤ、北スペインのピレーネの絶景は、
深く心に刻みついている。一度行ったところは、TV放送で再び楽しめてよい。
 ・・・・・・・
3248,  閑話小題 
 2010年02月15日(月)
 * 力量と品格
 朝青龍の引退について、少し前になるがNHKで特別番組を組んでいた。
その中で「強さが抜群だが、品格に問題だが、その品格というのが、いま一つ
分からない」と、解説の元横綱の北の富士が話していた。「国家の品格」という
本もあり、それについて書いたことがある。「知識とか経験の裏づけから滲み
出る人間性」と、私は理解している。その番組で、北の富士氏は
「一般にいう常識を守ること」と述べていた。一般でいう常識とやらも何だか
分からないが、知識の裏づけのない常識ほど己を抹殺してしまうものはない。
大相撲は品があっても、強くなければ誰も認めない。強い上に、神秘的な綺麗な
オーラみたいなのが出ているイメージを品格というのだろうか。相撲は、神事
に後に余興で力比べをしたことから始った。儀式の一つだから、歌舞伎みたいな
神秘を保っていなければならない。それも、その最高の位にいる横綱は神秘的
イメージも必要というのも理屈である。
  * その人物を知るには
その人物を知ろうとしたら、
・子供時代に、どんな環境かー家族構成と自分の立ち位置(長男、次男・・)
・学生時代など、青春時代に何を求めていたのか? 人生に何を求めたか、
・何を恐れ、何に笑い、何に怒り、何を喜び、何を悲しんだのか、
・何の仕事をしてきたか、
・仕事以外のときに何をしているのか、
・誰を愛してきたか、
・それぞれの時代の友人は、どんな人だったか、  
・奥さんが、どういう人か、子供がどのような人物に育っているか、
・本棚には、どの本が並んでいるか、
  人生を振り返れば自分の外枠が見えてくる。
・・・・・・
2873, 成長モデルから 脱成長モデルへ  −1
2009年02月15日(日)
「もはや成長という幻想を捨てよう」ー佐伯啓思  
 中央公論 08年12月号が、なかなか説得力のある内容であった。   
  ーまずは、そのいくつかを抜粋してみる。                    
「今回の経済危機の原因は長期的に見ると、20世紀を通じて続けてきた
アメリカ型資本主義による経済発展の行き詰まりである。 資本主義の本質は、
物的生産力を無限に拡張していくことにある。だが先進国では70〜80年代
に社会が成熟段階に達してしまい、人々がさほどモノを欲しがらなくなった。
その結果、製造業に投資しても大きな利潤が出ないので、余ったカネを金融市場
に集めてバブルを常に起こすことで、経済発展をしてきた。人々が高いお金を
払ってまでも手に入れたいと思う『モノ』がもはや亡くなりつつある、という
ことであろう。だからそ、製造業は、過酷なまでの価格競争によって、価格を
下げるほか無いのである。・・
今日、『経済活動の過剰』という問題に真正面から取り組むべきではなかろうか。
確かに、今日、資源はますます希少となり、食糧も希少化しつつある。
食糧の奪い合いが始まろうとしているし、アメリカ人は借金をしてまで
貪欲にモノを買い続けている。人間の欲望は無限であり、モノは有限である。」
  ーー
「グローバル化の第2の波である帝国主義の真相を、英国の経済学者である
ボブソンは恒久的な消費の低下にあると見ていた。・・ケインズこそ、現代
資本主義の最大の問題を消費の低迷に見ていたのである。かくも豊かな社会が
到来すれば、人々はもはやその関心を『モノ』には向けなくなるであろう。
その結果、消費は低迷し、それが資本主義の長期的停滞をもたらすだろう、
というのがケインズの予想であった。『豊かさの中の停滞』である。
豊かさのまっただ中でこそ資本主義は深刻な問題を生み出す、というのである。」
  ーー
「『貧困への恐怖』と『豊さへの渇望』がもはや経済活力の源とならない。
・・もしそうだとすれば、規制緩和や市場競争促進政策は、いっそうの生産能力
過剰をもたらすだけのことであり、それに伴う有効な需要の伸長がないとすれば、
よほど無理なコスト競争、価格競争をしなければ企業は存続できないであろう。
(以下字数の関係でカット 12年02月15日)
・・・・・・・
2008年02月15日(金)
2508, 世界をだました男
 「世界をだました男」 (新潮文庫)    ー読書日記
         フランク アバネイル (著), スタン レディング (著),
以前にビデオレンタルで借りてみたが、あまり印象に残っていない。
先日たまたま図書館で借りてきた後に、アマゾンの中古本を買って読んだが、
なるほど面白い!殆どが実話というが、さかりのついた男のあの手この手の
必死さが面白い。色いろな示唆のある内容で満ちている。この内容の概略を
まとめるだけの価値はある。生粋の詐欺師の話として割り切って読むと面白い。
政治家は、この手の詐欺師まがいが多いのは見ているとわかる!
ーー
6歳から21歳までアメリカやヨーロッパで詐欺を繰り返して二百五十万ドルを
荒稼ぎだした。連邦刑務所で服役後、数々の職業を経て、その手法を逆手
にとって詐欺対策コンサルタントに。(以下字数の関係でカット09年02月15日)


5084,閑話小題 〜夜明けのスキャット ー⑤

2015年02月14日(土)

   * 夜明けのスキャット −⑤
 一昨日の夢が奇妙! ある男、昨年、ガンになって、慌てふためいていた。
誰かの弱り目をみると、攻撃をしないでいられない性分。ビジネスでも、強者
にはヘツライ、弱者を叩くのが幸い?してか、一応はミニ成功者?で、会で顔
をあわせる度、三度続けて嫌味。その結果?ガンか、大事故?と予知したら、
ガンの結果。 ところが、その会の幹事会があると、先日、電話が入った。
 それもあって、早速、その男の夢をみる事になった。 〜その荒筋は〜
≪ その男が暗い部屋で独り座って、死の恐怖に恐れおののいていた。
 そこで急に仏心がおきて、『どうすべきか教えようか?』と、話しかけると、
『頼む!』と。そこで、『身辺整理を直ぐしなさい。始末は自分でしか出来ない
こと! 残される者にとって、死後、予め整理した分、楽になる上、その行為
そのものが、死の恐怖を和らげる。』と。ところが本人、急に表情が硬くなり、
苦悶の様子。複雑な家庭環境があるのだろうと思ったところで目が覚めた。≫  
 脳は奇妙な物語をつくるもの!(思いこみで)善意を押し付けるべきでない
ことが、ここから学べるが、まあ「身辺整理」という言語が出てきたもの。
   * この奇妙な違和感は何?
 幸福な貧乏人も、不幸な金持ちも存在する。もちろん幸福な金持ちも、
不幸な貧乏人も存在する。 実際に倒産に至って実感したことは、自分も
倒産=悪、と思い込みが、実は過ち!と、この経験であい知った。
 何事も、良い要素、悪い要素が積み重なる重層構造がある。「資金繰などで、
身動き出来なくなる前に、予め到達ラインを決めておいての決断が悪い!」
というなら別だが。倒産=悪の固定観念が中小企業の過半数近くの資金繰り
地獄を招いている。そういう人たちこそ、諸手を挙げて喜ぶから始末が悪い。
その辺が当事者として大きな違和感が生じる。「まさか(坂)自分が!」は、
企業も、個人も、避けて通ることは出来ない坂。 私も含めて、あまりに
ブラックスワンに、無防備、無準備、無知過ぎ! しても同じ? いや違う!
・・・・・・
4719,「余命3カ月」のウソ  ー3
2014年02月14日(金)
 * 苦しみ抜いて死に至るがん治療 ー「余命3カ月」のウソー近藤誠 (著) 
 著者は、現在のがん治療は拷問するために生かしておくようなもので、角を
矯めて牛を殺す喩えそのもの。がんを治そうとして本体を痛めつけ、死に至ら
しめる危険が大きい。ー以下は、その典型。知り尽くしているのに、であるー
《 名誉総長はこう語っています。{妻は抗がん剤のつらい治療も受けてくれ
 ました。1回目はマーカーが下り、喜びました。しかし、2回目からは効果が
なく、副作用ばかりが出てきた。薬を代えたのですが、今度は口内炎、食道炎が
ひどく、食べるのもつらそうで、かわいそうでした。医師も転移したリンパ節
1個は治せると思っていたはずで、前向きに治療していました。
 しかし、最後は敗戦処理のような感じにもなりました。抗がん剤の効果を
本当は信じていなくても、前向きに闘いたいという気持ちでした}。妻が余命
3ヶ月と思われる時期を迎えても、「緩和ケアのことは考えませんでした。
迷うことなく再入院し治療を」と、玉砕しか考えていない。ふともらした
「敗戦処理」「抗がん剤の効果を本当は信じていなくても」という言葉に、
がん治療の恐ろしさが集約されています。医者はこのように「がんと闘う」の
一点張りで、効果を信じてもいない残酷な治療を患者に次次へと平気で押し
つけるのです。患者がどれほど苦しみ、弱っていようと。がんセンター名誉総長
の妻は一度だけ「こんなつらい治療を受けたのは、あなたのためですよ」
とつぶやいたそうです。・・・ 》 
▼ 老人ホームの専門医の中村仁一が、「ホームでの放置患者は、ほとんど
 苦しまず亡くなっている」という事実が、上記の名誉総長の妻の悲惨さの
逆を物語る。私の父がスキルス性胃がんになって、余命半年〜一年と身内に
宣告された。そこで当時名医といわれた東京女子医大の中山教授に執刀して
もらったが、一年で亡くなった。父は亡くなる直前、「あれほど苦しむなら、
死んだ方がまし、同じならしない方が良かった!」と、こっそり打ち明けた。
死ぬ間際の肉体的苦痛は、それは酷く、「結果はどうであれ、モルヒネを
うって苦痛を止めてくれ」になっていた。 がん死か、痴呆老人になって紐に
繋がれ死んでいくか、どうするか?と言われたら、私は前者の選択になる。
酒の飲みすぎの罰として、モルヒネの効きは飲んだ量に比例して悪くなる。 
神は生きていたくなるほどの苦痛を与え、天に召されるようだ。だから
生きている内、五感と肉体がしっかりしている内、楽しめる内に、積極一貫
に生きるしかない。成るほど、後ろに感じた死神が、そろそろ横並びになり、
数年後は正面から? 死ぬべき時には死ぬが良い!ということ。
・・・・・・
4352, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー4
2013年02月14日(木)
    「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
  * 独自の視点の手立て ー納得/共感/驚き・不思議
 以下は、著者が新聞や雑誌の切り抜きを、「なるほど、納得したり、そう、
そのとおりだ、と感じ入って共感したり、そんなことができるんだ、と驚いた
ことなど」を、納得/共感/驚き・不思議三つのファイルにした中から
選んだ抜粋。分かりやすく納得する。
≪ �納得 ー漫画家・黒鉄ヒロシー たとえば酒場で男女が別れ話をしていて、
 どっちの話を聞いても真実がわからない。 そこにバーテンダーが、
「2人ともバカなんですよ」と言われて問題がす〜と氷解することがある。
 取り入れなければならないのは、このバーテンダーの視座でしょう。
  �共感  ーホスピス医・徳永進ー  日常生活ほど幸せを作るものはない。 
 勤務医のころ、「死の前にしたいことは何ですか」と聞いたら、
「道を歩いてみたい」と言った女性がいたんです。きっと素晴らしい道に
違いない、とついていったら、ありふれたアスファルト道路。右に曲がると、
スーパーがある。いつもの買い物をしてご主人の酒のつまみを作る。
日常が命を支えてるんです。
  ーエッセイスト・岸本葉子ー  覚えている景色があります。
手術して一年もたたない夏の日、マンションの猫の額ほどの庭に下り、草むしり
をしました。汗をかき、終わってきれいな庭を見たらとても満足感がありました。
草むしりとがんは直接関係ありません。しかし、その時「ストレスの原因を取り
除けなくても、スーレスを軽減することはできるのではないかと思いました。」
 �驚き・不思議  ー明治大学教授・諸富祥彦ー(若いころ、ドン底の気分で、
電車にび込みそっになった。どうして思いとどまることができたを自ら語って)
心理学を勉強していてよかった。脱同一化という手法です。一歩下がって自分を
眺める。例えば、「死にたい自分はそこ、私はここ」と、大きな声で言うのです≫
▼「独自の見方」も3つに分類しておくと、自然とテーマが浮き上がってくる。 
 驚き・不思議の意識を持ち世界や、ネットを見れば、数限りない情報が広がる。
そして、共感し、納得する。驚き、感動する心こそ最重要になる。「納得/共感
/不思議・驚き」のキーワードを頭の棚につくっておき、目にふれた情報を、メモ
するか、切り取り、ファイルすれば、テーマのネタ探しのベストの習慣づけになる。
・・・・・
3977, 人生を振り返る時節に
2012年02月14日(火)
 還暦を過ぎ60代半ばを越えて、そろそろ人生の整理に入る時節に入った。
一年近く前に会社も倒産し、事業人生えを終えてしまった。後悔も、未練
も全くないのが自分でも不思議である。しかし時間に余裕が出来、気持ちも落ち
着いた現在、人間は時代の波に漂う存在でしかないことに思いやられる。
 出身の長岡市が生まれる直前の戦災で、両親も含めた我家全て焼け出された。 
子供の頃の記憶は3歳位から始まるというが、私は生後三ヶ月から始まっている。 
大人数の中で育ったこともあるのだろう。 長岡の商店街の真っ只中で何時も
独りで遊んでいた。その習性が、そのまま現在に至っている。 幼児の頃から
住み込み従業員と10人の家族の中で、常に周辺の人の顔色を窺っていたが、
それが刺激的であった。そして年齢を重ねるのと同時に、経済が成長していく
右上がり社会で、その豊かさを享受してきた人生だった。それも20年前の
バブル崩壊で、一挙に右下がり経済になり、それと正比例した引き潮に私の事業
も浚われてしまった。それでも66年を振り返れば、ベストの時代に生きることが
出来たと両親に国家に天(運命)に感謝している。人生の満足度では90点以上。
しかし振り返るとフラッシュのように恥ずかしい場面が次々に思い出される。
それでも嫌なことより、良いことが数倍あった実感が気休めになる。 
時代と家庭に恵まれて、社会に出てからも独学を続けてきたこともある。 
で、これだが問題はこれから。 老齢は、おのずから病気、老い、死の問題が
背後から追い越し目前に突きつけられる。 自然と気持ちが暗くなり、慢性
老人性鬱症が付きまとう。初老の心象風景とはこんなものかと思っているうちに、
中老になっていく。人生それぞれの年齢の心象風景は、それなりに微妙な味がし
面白い。やはり、読書と芸術と自然に深く触れることが晩年の味。人生万歳!
・・・・・・・
3612, 無縁社会
2011年02月14日(月)
「無縁社会 〜新たな“つながり”を求めて」NHKスペシャル 2月11日
  =内容=
‘社会に居場所がない’―― ‘無縁’となる人たちは高齢者だけでなく、
すさまじい勢いで低年齢化し、日本列島に無縁社会が広がっている・・・。
「未婚で高齢の親と同居しています。私も無縁死するかもしれません」
「介護で仕事をやめざるをえなくなりました。日々、自分は無縁だと感じます」
無縁社会の放送を見てNHKに寄せられた一万件を超える声。多くは20代から
50代の働き盛りの世代からだ。未婚、離婚、失業、職場での人間関係の希薄化。
若い世代を無縁社会に引きずり込むきっかけはあらゆるところに転がっている。 
この世代に広がる自殺や心中。無縁化した若者たちが社会での居場所も、自分
の存在意義も見失い「無縁死せざるをえない、無縁死してもかまわない」
と考えるようになっている深刻な現状が浮き彫りになる。‘心の居場所’を
作りたい―無縁化した人たちが再び、社会とつながるための様々な試みを通じ、
無縁社会を乗り越えるための処方箋は何か、解決の道筋を模索していく。
▼ この金・土曜日の二日間にわたり、ゴールデンタイムにNHKで放送
されたが、考えさせらる内容だった。知人に孤独死で亡くなった人がいたが、
これは誰もが今後起こりえる問題。 ここでは、正社員をやめさせられ、
非正規社員をしながら食い繋いでいる中年に差掛かった人たちを追っていた。
 また自分が社会から必要とされてないのでは?という挫折感が心底の重しに
なっている。 「縁」という言葉は日本特有の言葉。 一神教の世界では、
絶対神 X を発明し、常に祈ることで神様と共に生きている。 
 聖書が常に傍らにあり、休日には教会に行けば、そこには信者仲間がいる。
しかし日本には身近な周辺の因縁社会が、その役割を果たしてきた。
しかし最近ではプライベート的には、会社も、近所の人たちとの関わりあいが
希薄なってきている。 その中で縁を作るのも並大抵でない。一神教徒から
すれば、その辺がリアルに見えてくる。しかし、彼らの切実な叫びから
聞こえてくるのは凍り付く孤独感。ふと孤独死をした知人の魂が
「御前さん分かるか、この気持ち?」と語りかけてきた気がした。
が、最期は誰もが独り死ぬ。仏様の像の小指と死にいく者の小指に赤い糸を
結んで見送る風習があるが、やはり最後は神様しかないのか。
そういえば無縁墓を両親に頼まれて、毎年、ひとつお参りしているが・・
 ・・・・・・・・
3247, 時事放談
2010年02月14日(日)
 アメリカの露骨な日本タタキが始った。小沢、鳩山の次はトヨタのバッシング。
国内でも時を待ったようにプリウスが槍玉に上げられた。アメリカにとって丁度
良いネタ。次はドル安、円高圧力の再開である。日本を揺さぶるなど朝飯前、
次は年度末にかけて株式あたりの揺さぶり。アメリカの海外に向けての揺さぶりは
北朝鮮かイラン。中国も上海万博までは景気を維持するだろうが、その後の反動期
に狙われる。中国人は「流砂の民」。まとめようとしても 指の間からサラサラと
落ちてしまう。大きな権力で枠組をつくっておかないと体制は崩れてしまう。
しかし20数年続けてきた「一人っ子政策」のプラス面もある。下々は底から
這い上がりたい一心に両親が二人がかりで全エネルギーを注ぎ込む。 
本人は堪ったものではないが、エネルギーが 集中されるから教育効果は大。
日本は、その間にアメリカの骨抜き政策の効果で「ユトリ教育??」が完成。 
(字数の関係でカット2012年02月14日)
・・・・・・・・
2872, 貧困率 
2009年02月14日(土)
 最近になって、「貧困率」という言葉が話題になることが多い。
 −そこでウィキペディアで調べてみた
  貧困率は、「絶対的貧困率」と「相対的貧困率」とに大別される。
・絶対的貧困率
 当該国や地域で生活していける最低水準を下回る収入しか得られない国民が
 全国民に占める割合の事。相対的貧困率よりも実状を反映しやすいという
 特徴があるが、逆に言えば、「生活していける水準」をどのように設定するか
 によってさまざまな基準があり、設定者の主観が入りやすいという危険を持つ。
・相対的貧困率
 国民の経済格差を表す指標で、「年収が全国民の年収の中央値の半分に
 満たない国民の割合」の事。絶対的貧困率と違い数学的な指標なので主観が
 入りにくい。しかし絶対的貧困率と異なり国によって「貧困」のレベルが
 大きく異ってしまうという特徴を持つ。この為裕福な国Aにすむ人が
 相対的貧困率の意味で「貧困」であっても、貧しい国Bにすむ人々よりも
 ずっと豊かな暮らしをしている、という事もありうる。よって相対的貧困率は
 「貧困率」という名前であるが、貧困を表す指標ととらえるよりも国民の経済
 格差を表す指標ととらえたほうが正しい。
 −−以上だが、貧困率がアメリカは17パーに次いで、日本は15パーの二位。
 アメリカでは黒人・ヒスパニック系が25〜30パーセントに対して白人は10パー。
2000年には日米ともに13・5パーだったことから、その数字はジワジワと上がる。
社会保障の行き届いている北欧はわずか5〜6パーからみれば、異常な数字。
現在の日本の平均収入が307万円だから、大よそ150万がラインだが、実際には
月15万×12ケ月=180万辺り。総中流時代という言葉が懐かしい時代になった。
「ゆとり教育」の世代が社会の中核になってきたが、ますます貧富の差が大きく
なる要素が増えてしまった。 とはいえ社会主義政策の結果の総貧困社会も困る。
社会主義者は現在でも、やり方が間違っていただけと言ってはいるが・・
貧困の恐怖が人間のエネルギーの元になってきたが、それさえ感じられない世代
を「ゆとり教育」が作りあげてしまった。結果として、能力カースト制度を子供
時代から作り上げてしまった罪は大きい。国が衰える背景には、マイナスの
重なりがある。情報社会は、格差の実態をアカラサマに露出するから鬱積が
溜まり爆発するのである。自由主義の拡大は、結果として豊かになる自由もある
が、貧困になる自由もある。「自由、平等、博愛」は人類の永遠のテーマ。 
これも動物である限り共同幻想ということ?
・・・・・・・・・
2008年02月14日(木)
2507, 地頭が良い人      b(’0’)d おっ w(゚Д゚)w ハァ?
 私の知人に何人か、地頭の良い人がいる。本人も自身の地頭の良いことを
自認している。これは学歴の高低ではなく、彼は常に何かを目標を立てて、
ポイントを把握して、最重要順に実行する手順に入る習性が身についている。
人生の節目を知っており、その時節には自然と変身を始めている。こういう人は、
人の話を良く聞く。そして、その話(情報)を、己の言葉に置き換え行動の手順
に置き換える。小林秀雄の「無私の精神」という文章に行動家の精神パターンを
書いていた。行動家は無私の精神構造になっていて、全てを知った上で、己を
抑え目標を達成する。ある意味で、それをゲーム化をして楽しむことのできる人。
ところで、昨日の日経新聞の新聞広告に「地頭を鍛えるー問題解決に活かす
『フェルミ推定』」−という本があった。気になったので、アマゾンで内容を
調べてみた。買うほどの内容ではないが、一応、概略を私なりにまとめてみた。
 ==
 地頭力とは「未知の領域で問題を解決していく能力の事で、環境変化が激しい
過去の経験が未来の成功を保証するとは限らない現在において重要な 能力と
定義される。まずは、IT化によって手軽な情報を安易に利用してコピーする
『コピペ族』が増加しているが、真に頭を使いこなす者は減少していると
前書きで述べている。地頭力の本質は、「結論から」「全体から」「単純に」
考える3つの思考力である。すなわち「結論から」考える仮説思考力、
「全体から」考えるフレームワーク思考力、「単純に」考える抽象化思考力だ。
地頭が良い人とは この3つの思考力は鍛えることができるものであり、地頭力を
鍛える強力なツールとなるのが「フェルミ推定」である。「シカゴにピアノ調律師
は何人いるか?」。こうした荒唐無稽とも思える問いへの解答を導き出す考え方の
プロセスを問うのが、「フェルミ推定」だ。「フェルミ推定」と呼ばれるのは、
「原子力の父」として知られ、ノーベル物理学賞受賞者でもある、エンリコ・
フェルミ(1901~1954)に由来する。本書では、「日本全国に電柱は何本あるか?」
といった例題やその解答例から「フェルミ推定」のプロセスを紹介しつつ、
「好奇心」「論理的思考力」「直感力」という地頭力のベースとそれらのベース
の上に重なる仮説思考力、フレームワーク思考力、抽象化思考力の3つの構成要素
とその鍛え方を解説している。」未知のテーマに向かうとき圧倒的に効率よく
対処する方法、思考力を 鍛えるための方法、仕事のアウトプットを増やす方法
として大変参考 になる。特に「完璧主義」的傾向のある人はこういう現実的な
やり方 もあるのだということをインプットしておくことはきっと自分の能力
をさらに高めるきっかけとなるのではないかと。地頭力とは「未知の領域で問題
を解決していく能力の事で、環境変化が激しい過去の経験が未来の成功を保証する
とは限らない現在において重要な 能力と定義される。「フェルミ推定」とは 
把握する事が難しく、ある意味荒唐無稽ともいえる 数量について何らかの
推定ロジックによって短時間で概数を求める方法です。
(字数の関係でカット2012年02月14日)


5083,閑話小題 〜地方の(生活)現場では ー②

2015年02月13日(金)

   * 新幹線の実質大幅値上げ
 北陸新幹線の開業日の3月14日からのJRの県内料金値上げのパンフレット
を家内が駅から持ち帰った。開業日から上越新幹線乗客の激減を読んでの値上。 
3000円の長岡〜新潟間のS切符が廃止、4200円は4割アップになる。 
 私自身、30年間にわたり、この間をS切符通勤をしていたが、月に20日
通っていたので、月間24000円の値上がり。もう、通わないので、関係ない
としても。JRは、新潟県の横丁化、幹から枝化に、悲観的予測があるため?
それにしても4割アップはないだろう。地方創生というなら、二割下げたら!
 元気がよいのは、銀行関係者、公務員、一部建設業者。 元気がないのは、
農業関係者と、駅前周辺の事業者と、国民保険の年金暮し。その差が更に開く。 
 これでは、朝は、味噌汁、飯、フリカケ、納豆、前日の残りの一品。
昼はウドンかラーメン。夜は鮭か干物の焼物、揚げ物、飯と、慎ましい生活だが、
お年寄りの生活には理想的。 考えてみれば、何れも同じようなものか?
晩酌さえなければ、何とかなるが、その酒と肴が大好きとくるから・・
 TPPは、結果として地方経済を、さらに衰退化をおし進める。
地方創生とよくいうよ!だが、そうもしないと、その惨状は酷くなる一方。
家内からみて、消費財の値上げが、ただならぬ!というが、安い値下品 
を探し、買うのをゲーム感覚で楽しんでいる風。200m先にスーパーが
あるのは、非常にゲームに有効である。何ごとも楽しみに引上げればよい。
 二人の息子の育ってきた時代背景を見ると、私たちと、あまりに時代格差が
あまりに大きい。この格差は、経済学的にみても、縮まることはないという。
 この新幹線の大幅値上げ、ハイパーインフレの予兆でなければ良いが!
・・・・・・
4718,「余命3カ月」のウソ  ー2
2014年02月13日(木)
* 5年生存率と、20年目の転移・再発ー「余命3カ月」のウソー近藤 誠(著) 
 近藤誠と中村仁一の主張、知れば知るほど納得する。【悪性ガンは治らない。
ならば手術も抗癌剤治療は不要。いい加減な余命期間は聞かないこと。
健康診断などしない、どのみち結果は同じである。現代医療を盲信するな。
そういわれれば思い当たることばかり。  ーその辺りをまとめてみるー
・スーちゃんこと、タレントの田中好子が、最初の手術から19年目に再発し、
 アッという間に亡くなったが、これは数百人に一人の特殊なケース。
「5年生存率」とよくいうが、本物のがんでは、治療して残ったがんは
 2〜3年以内に検査で見つかり、亡くなるケースが多い。そのため、数年で
 見つからなければ、大丈夫と言われる。がん細胞も冬眠するケースがあり、
 眠りからさめると性格が変わるケースがある。
・がんが消えたというのは、検査がズサンで、勘違いしたケースでしかない。
・食道がんは、手術による死亡が3〜10%もあり、?期でも5年死亡率が
 50〜60%。この生存率は手術をしないのと同じで、手術は無意味。
 ということは、?期以上なら手術をしない方がよいことになる。食道がんの
 死因は肺や肝臓などへの転移によるものがほとんど。食道がんの全摘は、
 後遺症・合併症の多い手術で、術後ののダメージは非常に大きい。
・食道がん、胃がん、肝臓がん、乳がんのような固形がんのすべてに、抗がん剤
 はすすめられない。延命につながる実証がないのに毒性が強く、副作用に
 苦しむことになる。その毒性は老いるほど、喫煙経験があるほど、強くなる。
・転移が見つかった場合の術後の生存率は12%。なら、その時の手術はすべき
 でない。抗がん剤も同じである。以前、治療法が無かった時代には、どんな
 臓器のがんでも、死は穏やかなものだった。がんが恐ろしいと思われるのは、
 治療のせいで、無意味な手術や抗がん剤治療がもたらす生き地獄が恐ろしい。
・リード・タイム・バイアスという言葉がある。例えば、6ヶ月の大腸などの
 悪性がんの生存が、CTスキャンなどで早めに発見、24ヶ月に延びたが、
 1センチのがんが8センチになるに18ヶ月かかるとすると、延命の新薬の
 効果に関係ないことが分る。医師は、見掛け倒しの延命を知っているが、
 誰も口に出さない。薬で売上を上げたいため。
・余命は、聞かないこと。当てずっぽうでしかなく、聞いた患者は、それに
 引き込まれ、その範囲で死んでいく。医師は患者と身内に短めに言っておけば、
 延びた分、喜ばれるため。
▼ 10数年来、中学、高校の同級生が数名、がんで死んでいるが、発見され
 一年以内に亡くなっている。胃がん、食道がんは、白血病によるが、悪性は
2年以内、1年が目処になる。原因は、ストレスによる飲酒とタバコ。
還暦過ぎれば、この二人の説に従うのも一つの道。色いろのケースがあるので、
最後は自分の選択になる!良く生きるか、長く生きるか? 良く長く生きたい!
が、振り返れば、みな同じ。「ひとは先、我はあと!」
・・・・・・
4351, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー3
2013年02月13日(水)
      「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
  * いい文章とは? そもそも文章を書くとは何?
 そう簡単に、いい文章など書けるわけがない。「自分が納得した文章を
書き上げる」ことを心掛けた結果として、時にまともな内容がある程度。 
まずは何事も継続し量を書くしかない。そうすると本音が自然と出てくる。
一々飾らなくなるためだが、長年続けると建前で生きている人の心根の浅さが
見えるようになる。本音を隠していると、その本音が枯れ果てて、何時の間に
「ゾンビ」になっている。ただ世間話しか出来ない夢も希望も知性のない人種。 
  ー次の内容が、文章の書き方について解りやすく述べているー
≪ いい文章とは? と問われても、そもそも文章って何なんだろう、文と文章
 とは違うのだろうか。・・文というのは一つのまとまった内容をひと続きの
言葉で表したものです。多くは最後に句点(マル)がついています。その文を、
意味がわかるぎりぎりのところで短く区切ったものを文節と言います。
文の間に「ネ」を入れてみればわかります。「的確な(ネ)表現の(ネ)
文章を(ネ)書きたい」これは四文節から成り立ちます。この文節でつながる
文を二つ三つと重ねて、自らがとらえた事象を考え、意見などを筋立てて
書いたのが文章です。全体をたとえると、「いくつかも節のある一本の竹が
文で、何本も集まって形を成している竹林が文章です」。
 その「いい文章はとは?」ですが、内容が的確に表現されているです。
文章は、その人自身のものでなくてはならない。・・体験は単に身の上に
起きた出来事ではありません。人間の意識が強く働いた結果なのです。
そのときに思ったこと、考えたこと、さらには織り成す感情とともに、大脳皮質
の側頭葉のところに長期記憶として保存されます。文章を書く上でその記憶が
必要になると、やはり大脳皮質にある前頭葉が「こういう記憶を」とリクエスト
します。ですから、自分というパーソナリティを形成している体験こそが文章の
最も大きな源泉、おおもとでして、作文というのはそのおおもとから記憶化された
自分自身を引き上げて言葉にする作業にほかなりません。といってそれらは
そのまま言葉になるというものではありません。第一、記憶自体、大喜びした
とか大泣きしたとか、特別な出来事を除けばそれほど鮮明ではないでしょう。
なかには部分的にしか浮かんでこないものもあると思われます。しかし体験も
言葉もすべては自分の中にあるわけ。それを投げ出さないかぎり文章化は不可能。
また文章は、自分にしか書けないことを、誰が読んでもわかるように書き直す
ことです。 ・・・ ≫
▼ 側頭葉残された「思い出」は、その人にとって意味があるから長期保存と
 して残っている。だから、書き出せば、その意味の解明になるし読手も面白い。
記憶に残っているだけで意味があり、その人の本質が隠れている。文章を書く
のは恐ろしく面白いのは、そのため。脳は物語にすると記憶に残るのは、筋書き
を求めているため。で、こうして毎日「あれこれ」を起承転結にし纏めている。 
記憶にガラクタしか残ってないのは、どうして?
・・・・・・
3976, 閑話小題
2012年02月13日(月)
  * 冬は濁り酒と辛口の酒のミックスに限る
 二年ほど前から10月から3月にかけて、濁り酒と辛口の酒を一対一の混ぜ
合わせて飲んでいる。濁り酒だけだと甘過ぎ、かつ癖が強いので、何気なく
紙パックの酒を混ぜてみたところ、これが良い。濁り酒は菊水酒造の「五郎八」
(1980円)。辛口は全国ブランドの普通酒を混ぜ、燗にする。
これに水代わりでノンアルコールビールを一本飲む。これで、酔いが襲ってくる。 
濁り酒も色いろ飲んでみたが、値段の割りに「五郎八」が美味い。混ぜ合わせると
水割りにしたように和らぐ。慣れると麹の深みを感じる。一挙に酔いが回るため、
つい飲み過ぎることもない。3千円と千円の酒のミックスと、二千円の酒は、
どちらが美味いのだろうか? 以前、事務所の飲み残しの酒、何種類かを一本の
瓶に入れて冷蔵庫で寝かせて飲んだことがあるが、それが極上の味。
「吉田類の酒場放浪記」という番組で、京都の居酒屋の女将が色々の種類の酒を
カメに入れて当店ブランドにしていた。 自分ブランドは一合パック二つを
混ぜれば可能である。濁り酒と辛口酒のミックスは自分ブランド酒をつくって
いたのである。 混ぜないで二つを交互に飲んでみたが、辛口が負けてしまう。 
ケチ臭い話だが、話題としては面白い?ホットビールとか、焼酎のビール割とか。
 ・・・・・・・
3611, 大相撲八百長事件 ー3
2011年02月13日(日)
 二人が勝ち負けを決する個人競技である限り、そして個人の意思が携帯電話や
パソコンで簡単に行き来できる現在、「八百長をするな!」という方に無理ある。 
お互いに四つに組んだ時に互いの耳と口が至近距離になる。そこで20、30万
と仲間同士の符丁を決めておけば、阻止など出来るわけがない。「自動車事故死
が数千人もあるので、自動車を廃止してしまえ」と主張するようなもの。
まずは交通違反を止めろと言っても、これも無理の話。八百長に関して、
今回のように発覚したら厳罰を科せばよい。「八百長が絶えないから大相撲を
公益団体を外してしまえ」という論理に無理がある。この怪しげな興行世界が
日本伝統のマイナーの側面である。これを解説者では一部の人しか主張してない。
だから、今回も、4人は追放、疑問のある10数名を三場所の出場停止をして
幕引きをするだけでよい。 日曜日の夕刻のお笑い番組の「大切り」は、作家が
いて、そのストーリーにそって、落語家が珍妙なやりとりをする。
一時、週刊誌が、このことを槍玉に上げたが、メンバー全員それを否定した
コメントをしていた。それは当然である。160キロ平均もある鍛えぬかれた大男
が、全力で15日間も続けてぶつかりあったら、どうなるか分かりきったこと。
幕内・数十人の閉鎖社会の中で勝ち星の貸し借りがあるのは当然で、それを含めて
楽しむのが大相撲の面白味である。だから、私は初日と千秋楽は幕下から見る。
初日は貸し借りのない真剣勝負が見られ、千秋楽は出てくる互いの力士の勝ち
星を見て、暗黙のうちにドチラが勝つかを予測しながら見るのである。
見る方も分っていて見ている。私が知る限り、ほぼ100パーセント、貸し借りを
している。日本文化は談合世界の中で育ってきたのである。麻薬などで追放に
なった元外国人力士などから、多くの実話が出てくるのだろうが、交通事故に
気をつけた方がよい。
・・・・・・・・
3246, 新・欝の時代  −2
 2010年02月13日(土)
  * 「うつ」9つの症状
 うつ病について何度か書いてきた。私は、うつ病は、普通の風邪や胃腸病
などと同じで、精神も発熱したり、傷口が化膿するのは自然であり、手当てを
すれば治ると思ってきた。 知人に、重い躁鬱の人がいたが、医者より私の
見立てに信頼を置かれ、20年近く相談にのった。数年前に癌で亡くなったが、
それは見ていても気の毒であった。「精神の束の大元が制御不能になってしまう」
というのが私の捉え方。その時は病院に入るか静養をとって回復を待つしかない。 
うつ病はれっきとした病気。うつ病は「気分がひどく落ち込んだり何事にも
興味を持てなくなったり、おっくうだったり、なんとなくだるかったりして
強い苦痛を感じ、日常の生活に支障が現れるまでになった状態」。この状態は、
日常的な軽度の落ち込みから、重いものまであり、原因について諸々ある。
「悲しくて苦しくて涙がこぼれ落ちそうになり、胸が強く締めつけられるような
状態が何日も、時には何ヶ月も続くという。うつ病は、内因性うつ病と、
心因性うつ病とに分けて考えられていた。しかし、内因性うつ病でも発症の
きっかけとなる心因があることが多いため、症状の形で分類されるようになった。
 *うつ病の基本的な症状は以下のようなもの
            (○は大丈夫、 ×はその傾向あり、 △は少し)
1.強いうつ気分    ○        2.興味や喜びの喪失    ○
3.食欲の障害     ○        4.睡眠の障害       ○
5。精神運動の障害(制止または焦燥)○  6.疲れやすさ、気力の減退 ○
7.強い罪責感     ○        8.思考力や集中力の低下  ○ 
9、死への思い     ○ 
 このうち、5つ以上が、二週間以上続いた場合に「うつ」と診断される。
私は最近、少し欝っぽいと思っていたが、全部○、全くの思い込みだった。
(1、の強いうつ気分)が、(少しうつ気分ぎみ)だけのこと。何かガックリ?
 ときた。 4つが△なら、軽いウツとってもよいが。 高島忠雄や、小川宏の
「うつ」の症状を聞くと凄惨である。恐慌の時代、ある日突然に株と国債の暴落、
それからくる経済麻痺が何時起きても不思議でない。大部分の人にとって、
生活環境が激変する可能性がある。数年前の調査では、国内のうつ患者は
250万〜300万人とされ、今では500万人の可能性も。高齢者の大部分は、
老人性鬱症という。生老病死の問題が身近になれば仕方がないが・・人生の秋か!
  ・・・・・・・・
 2871、 構造改革路線の罪
 2009年02月13日(金)
「文藝春秋・三月号」や、昨日の読売新聞に、構造改革推進派だった
三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長の中谷巌氏が、新自由主義からの
「転向」宣言を寄稿している。
*まずは三菱UFJリサーチ&コンサルティングのブログに、彼のコラムが
 載っていたので、要所をコピーしてみる。
「なんでも市場に任せるべき」「国がどうなるかは市場に聞いてくれ」という
新自由主義的な発想に基づく「改革」は無責任だし、危ないのではないかという
ことを強調したいのである。実際、グローバル資本主義は巨大なバブル崩壊を
招来し、世界経済に多大の損害を与えたし、平等社会を誇っていた日本もいつの
間にかアメリカに次ぐ世界第2位の「貧困大国」になってしまった。
そのほかにも医療難民の発生、異常犯罪の頻発、食品偽装など、日本の
「安心・安全」が損なわれ、人の心も荒んできたように見える。これを放って
おいてよいのかという問題意識である。 新自由主義的改革においては、
「個人の自由」を「公共の利益」に優先させ、あとは小さな政府の下
「市場にお任せ」すれば経済活性化が可能になるという考え方をとるが、
それが上記のようなさまざまな副作用を生んでしまった。したがって、
「改革」は必要だが、それはなんでも市場に任せておけばうまくいくといった
新自由主義的な発想に基づく「改革」ではなく日本のよき文化的伝統や社会
の温かさ、「安心・安全」社会を維持し、それらにさらに磨きをかけることが
できるような、日本人が「幸せ」になれる「改革」こそ必要であると考えたわけ。
そのための方向性はもっと勉強しなければならないが、とりあえずは、
「貧困大国」の汚名を返上する改革が必要だろう。底辺を底上げし、貧困層が
社会から脱落していくのを防ぐこと。 このことが重要なのは、「日本の奇跡的
成長の原動力であった中間層の活力を回復しないと日本の将来はない」と考える
からである。日本が富裕層と貧困層に2分されてしまえば、社会は荒み、
日本の良さが失われるだろう。 (字数の関係でカット2011年02月13日)
・・・・・・・・・
2008年02月13日(水)
2506, 新・知的生産術 −1     ≪( \(・ω・)/ )≫オハヨゥ☆
 効率が10倍アップする新・知的生産術 ―自分をグーグル化する方法 ー
                   勝間 和代 (著) ダイヤモンド社
 本屋で何度か立ち読みをしたが、「自分をグーグル化する方法」という言葉
が気になって思い切って買った。買うほどの内容かどうかは人によるが、参考
になる部分は多くあった。経済評論家・公認会計士として活躍している著者自身
が実践する効率的情報収集術だから、人脈形成術、読書術など説得力はある。
・IT機器を自身の脳の補助に使い効率を上げ、
・フレームワーク化・簡略化・階層化を駆使して絞込み、
・原理原則を組み立てて、
・GIVEの5乗で情報を共有し人脈作りに役立てるのは、情報化社会の流れを、
そのまま実践した中で得た習慣であろう。私自身、このHPを開いて、確実に10倍は
知識のインプットと、アウトプットは増えた。だからどうなったということはない! 
ただ面白く、やりがいがあり、充実感があるから、現在もつづけている。
その結果、この卑小な人間性を曝け出してしまった反面、公開することで
(私レベルの)質を落とさないように維持をすることができた。その結果、
「考えざるを得ない日々」を作り上げたつもりが??・・で、この程度。
私が著者から学んだことは、ともかく月に15万円の本を買い続けて、
1ヶ月に100冊の本を読み?、そして、それから得たことをギブの5乗の気持ちで
与える姿勢である。良質な情報源(実体験、他者体験、良書)から効率よく
インプットし、各種手法(ピラミッド・ストラクチャー、MECE、ブログ)にて
アウトプットする。それを繰り返すことにより、自分の読み書き能力、
情報処理能力が高める手法である。「1%の本質の見極め」そこから
「具体的な目標設定と目標達成のための 無駄の徹底的排除」の見逃せない習慣。
勝間流1%の本質を見極める6つの技術
 ・フレームワーク力をつける ・ディープスマート力で経験値を重ねる
 ・失敗力をつける      ・ベストプラクティスの共有で学びを分けてもらう
 ・自分の価値を出せないところはバッサリ捨てる ・本代をケチらず良書を読む
『ノートパソコンがある・なしでは、カーレースを車で走るのか、徒歩で参戦
 するかの違いがある』は、全くそのとおりである。奈良時代に、ジェットヘリ
の喩えと、同じである。     ーつづく


5082,閑話小題 〜地方の現場では

2015年02月12日(木)

   * 佐渡経済からみえてくる地方経済の惨状
 ネットサーフィンをしていたら、ウェブ版産経新聞に以下の記事が載っていた。
内容は、去年4月のものだが、3月14日の北陸新幹線の開通で、更に追い詰め
られることになるが、止めるに止められないのが実情。 固定資産と、水道料金
の滞納の金額からみて、かなり重症。これは一部であって、地方経済全体が死に体
状態である。地方再生というが、土台無理。 その大都会も、行き着く先は、
ブラックホール化現象になる。周囲を吸い込んでいくが、最後は自滅状態。
≪ 〜【島が危ない】第2部 佐渡に迫る影 産経ウエブ 〜
 ◎ 一時、年間120万人の観光客で溢れていたが、長年にわたり減少が続き
 昨年は53万人にまで減った。島の主力産業だった観光業界は縮み続けている。
元県議の清野正男(64)によると、景気がよかったころの上客は全国の農協。
東京オリンピックと新潟国体以降、観光バスを連ね、百人規模の団体で訪れた島
には、大型ホテルができ、木造の小さな旅館も大きなホテルに変わっていった。
◎ 観光業の深刻さを表す数字は多い。平成24年度末現在で佐渡の固定資産税
 滞納者をみると、滞納額の1位から9位までがホテル、旅館業者。1位は
1億2255万円、2位は7307万円、3位は4102万円…と8位までが
1000万円以上だ。水道料金滞納者も、滞納額の1位から5位までがホテル、
旅館業者。1位は3397万円で2位は965万円。いずれも100万円以上を
滞納している。 ホテルや旅館の関係者からは悲鳴ともいえる声が聞かれる。
「道の駅がタダ同然だったように、値段うんぬんというより、どこでもいいから、
 うちのホテルを買ってほしい。このままやっていても赤字が膨らむだけだ」
「中国でもどこでもいいから買ってくれるところがあれば喜んで売りたい」
「佐渡にはアベノミクスという言葉はない」
◎ 観光客激減にもがく佐渡。「トキや佐渡金山で話題を呼ぼうとしているが、
 なかなか難しい」と市議会の祝(ほうり)優雄議長は苦悩の表情をみせる。
甲斐市長は中国による観光施設の買収にも言及した。
「中国が山林をあさっているという形跡はないし、ホテルを買い占められている
こともない。むしろ、反対に高く買って経営でもしてくれればありがたい」
 そこには、経済疲弊から脱却するため、韓国に近づいていった長崎県・
対馬と同じ構図が見えてくる。(宮本雅史) ≫
▼ 佐渡経済の惨状は、以前から聞いていたが、こんなもの。4年前、決断が
 出来なかったら、佐渡の同業者と同じ事態に至っていたのが実感できるため、
悲鳴が直接伝わる。 地方再生の名のもとに、地方経済の惨状は覆い隠される。
 これがアベノミクスの実態。政権は、任期さえ乗切れば好いだけ!
・・・・・・
4717,閑話小題 ー45年前の自分
2014年02月12日(水)
  * ゴーストライターの報酬は?
 一般的にゴーストライターの報酬の相場は幾らほどか?書籍、音楽の印税は
その一割が作家や作曲家の取り分になる。だから、ミリオンセーラーには、億
以上の報酬になる。「現代のベートーベン」のゴーストライターの場合、20曲で
700万。一曲35万円は決して安くはなく、CMソングで、40〜50万。
フォークとかは100万が相場。 時と場合で、ゴーストに印税10%のうち、
2〜3%が支払われることもある。物書きの場合、200Pで100万前後(50
〜130万)で、雑誌のコラムの場合は2〜3万。有名作家や作曲家は、ゴースト
ライターから出版社や、レコード会社に認められ世に出てきた人が多いようだ。
で今回、本当か嘘か、男同士の愛情関係の縺れ?と誰かタレントが話していたが、
話題としては面白い! ゴーストライターの存在は、この世界においては暗黙の
了解事項。前提の絶対の秘密事項の約束事からみて、何故、この時期に、発表
するのか疑問であり、愛憎関係?と考えると、成るほど? 笑点の「大喜利」
の巧妙な落語どうしの遣り取りも、放送作家のつくったもの。 
子供のゴーストライターは、両親?父、母?それとも先生?
   * 45年前の自分と向き合って
 毎年、この時節になると、学生時代の社会に飛び出す直前の日記を読み返えす
ことになる。当時の逼迫した不安と期待が相まった緊迫感が懐かしい。それも
年々、リアルに記憶が鮮明に蘇る。「遠き日は年とるごとに近くなり」であり、
書き残す重要さを改めて思い知る。書いてない期間の記憶は、空白に近く、
具体的記憶は蘇えらない。書いたそこには、息づいている当時の私が存在する。
当時の友人と何十年ぶりに会ったところ、『堀井は、用心深かったからな。
今回の件を聞いても、手立ては必ずうっていると思っていた! 汗かきも、
顔色がツヤツヤしているのも変わってない』という。当時から心配性で、何事
にも用心深く逃げ口を用意をしていた。それを40数年ぶりに会った友人に
指摘されると、本質は何にも変わってないことになる。「真面目な路線上を、
面白可笑しく」は、当時も今も同じ? しかし45年間の激動は、思いのほか。
それと、情報化社会も想像を絶するSF世界。毎日が、刺激的で、面白く、
夢のようでもある。当時の自分に言いたい! 『その気持ちを忘れずに、
学び続けなさい! 相手と自分を思いやる気持ちを忘れずに!』 
・・・・・
4350, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー2
2013年02月12日(火)
 *「思う」と「思い出す」の違いは?    
      「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
ー この違いを具体的に述べている箇所を抜粋してみる。
≪  ◎ まず「思う」を列記してみると
 ・さびしい  ・孤独感  ・人間の幸、不幸  ・忙しいとか慌ただしさ
 ・一年の反省 ・街のあかり ・年末行事のこと
   ◎ 次に「思い出す」の列挙である
 ・暮れも押し詰まったころの祖父の卦報
 ・船上でのメリークリスマス体験。遠く見えるみなとみらいの夜景
 ・祖父母の家に帰省する時の父の革ジャン ・パーの匂い  
 ・親戚一同でやる暮れのそば打ち
 ・ラグビー早明戦前の一週間に、一年生みんなで夜通しでやった
  グラウンドの落ち葉拾い
 ・所属していた吹奏楽部の厳しい練習の日々。
 ・野球部恩師の死(もうすぐ一周忌  ・センター試験に向けての勉強 
 など「思う」ことと「思い出す」ことではこんなにも違うのです。
原稿用紙に向かって何も浮かんでこないとき、いかに乗り切るか。その手立て
としては具体的に描写しやすく、かつ書き進めやすい題材が並んでいる。それ
には「思う」ことより「思い出す」こと。 これはぜひ覚えておいてください。
「師走」というテーマで「さびしい」「孤独感」といったことをいくら
文章にしようと思っても、それらは心の中のことですから目に定かでない。
五感も働かないから描写もできない。 最悪、一行すら書けないということに
なりかねません。ちなみに司馬遼太郎の『関ヶ原』は、こう書き出されています。
「いま、憶いだしている」 作品は大小、長短を問わず、「思い出す」ことを
おいては始まらないのです。・・ たとえば「つらい」というのは心に抱く思い。
皆さんは「つらい」はつらいと表現すればいいのでは、と言うかもしれませんが、
「つらい」というだけの言葉なら、A君の「つらい」もB君の「つらい」も
みな一緒だということになります。でも、同じつらい体験と言っても、人が
違えば体験そのものも異なるはず。心に抱く感情も人それぞれでしょう。
それをみんな同じ「つらい」という形容詞で表現していいものかどうか。
つまりどうつらいのかが具体的に書かれていないと、自分の心にある思いを
ちゃんと表現したことにはならないのです。そうだとすると、自分がつらいと
思った出来事(体験)を細かく描写して、読んだ人に追体験してもらい、
そのときの胸中を察してもらう表現法を心がけるべきなんですね。
▼「思い出す」は、状況の具体的再現ということになる。果たして詳細に
 記憶が残っているかどうか? を、自分の幼稚園時代を具体的に思い出すと、
意外と記憶が戻ってくる。更に小学、中学、高校、大学時代に焦点をあてると、
記憶が戻ってくる。その機会は同級会か同窓会でしか焦点を合わせることがない。 
ガンなどの病気で、「あと半年」と宣言されると、急に過去の記憶が溢れかえり
出てくる。あと僅かと思うと、自分の人生を具体的に思い出し、味わい懐かしみ、
物語として編成する。これを訓練するに、日記や随想を書く習慣が必要になる。
・・・・・・・
3975, iPad購入半年、経過報告
2012年02月12日(日)
 再びiPad購入半年の途中経過報告である。居間と書斎の二台の卓上型パソコン
のiMacに、iPadが新たに加わり、生活パターンが変わったことは何度か書いた。 
先日、新たに書籍を70冊を電子化のため業者に送ったが、愛蔵書の電子化は
合計120冊。蔵書の電子化は一応終了だが、これで何処にいても書斎にいる
気持ちになれる。それにネットで購入した電子本が入っている。
 タブレット一枚を持ち歩けば、何処にいても自分の居場所にいるような
不思議な感覚になれる。タブレットの読書は抵抗がないか?と問われれば、
まったくない。 三台のパソコンの画面のファイルに入れておき、ことある
ごとに開けるのがよい。 タブレットPCの柱として、
◎読書◎ゲーム◎お気に入りブログの閲覧◎電子新聞、雑誌の閲覧◎メモ。 
便利なのは、常に手元におき、気楽に立ち上げ、直ぐ目的のウィンドウにたどり
付けること。そのためチョットした隙間時間を有効に面白く使うことができる。 
卓上パソコンは、電源を入れ、スタートボタンをクリック・・の時間がかかる。
それに対しタブレットは極めて短時間で済む。 それと自分の気に入った蔵書
を入れたのが良かった。 一度読んだ本は自分の一部のように感じるもの。 
読書の効用に何ども繰り返し読むことがある。繰り返す間に、知識が熟成される。
それがタブレットに入れると気楽に繰り返しが可能になる。ノートパソコンを
自分の鞄、書斎とみたて使っている人がいるが、タブレットPCで、その感覚に
なってきた。 購入時に半年を導入期としてきたが、一応、及第。iPhon
より私には相性が良い。「事業も終え5ヶ月後、気持ちが落ち着いた頃に
iPadを購入、気持ちを紛らわせてきた。 そして、半年を経過した現在、
それに同化を始めてきた」ということ。 現在、タブレットPCが、スマート
フォンの陰に隠れているようだが、そろそろ、タブレットPCにエネルギーが
向かい始めた。 ところで有機Elの画面がタブレットに向いているようだ。
画面の鮮度と薄さと軽さが次のメーカーの争いのポイントになる。 
これに居間の大型液晶TVとの連動もポイント。
  ・・・・・・・・
3610, 大相撲八百長事件 ー2
2011年02月12日(土)
 八百長事件は昔から深い闇に包まれてきた。ウキィペディアに、その一端
が書かれている。あの名解説の北の富士に以下の恐ろしい?過去があった。
初場所では八百長に関しては歯切れの悪いコメントをしていた。
≪橋本 成一郎(1940年 - 1996年4月14日)は、元大相撲力士で、元横綱・
北の富士の現役時代の名古屋後援会副会長、元関脇・高鐵山の大鳴戸親方が
経営した大鳴戸部屋の後援会会長。元力士で力士時代は幕下まで昇進した
ことがある。廃業後はバーやキャバレーを経営し、昭和40年代には北の富士の
名古屋後援会の副会長を務めた。元大鳴戸親方の著書によれば、第52代横綱・
北の富士の横綱昇進・優勝では八百長資金面などをバックアップ。 
黒幕として暗躍したとされ、多大な尽力があったとされている。北の富士と
決裂してからは、独立した元高鐵山の大鳴戸部屋の後援会会長とし大鳴戸部屋
の最大のタニマチとして存在した。週刊ポスト誌上では、元大鳴戸親方とともに
角界の八百長体質などの裏事情を暴露。しかし、1996年に元大鳴戸親方と同じ日
・同じ病院・同じ病気(肺炎)で死亡(同時刻とされることも多いがこれは誤り
であり、元大鳴戸は午前4時45分、橋本は午後7時48分に死亡している。≫
 この事件は報道規制のためか? あまりマスコミは騒ぐことはなかった。
しかし誰もが、この事件は不可解であり、何?がらみと思っても、声を高く
いえない不気味さが付きまとっていた。先日、地元紙の新潟日報で取上げていた。
そこで、優勝のかかった勝負は230万円で、橋本は、これまでいくら使ったか
数知れずという。何で橋本が告発に踏み切った理由は感情のもつれである。
北の富士は潔く早々、弟子の千代の富士に親方の座を譲った背景に、こういう
事件があったのである。 興行世界の一端が垣間見れる。
 ・・・・・・・・
3245, アメリカ一極は終了したのか?
2010年02月12日(金)
 欧州のユーロが、ここにきてジワリ下げてきて、1ユーロ120円割れ
直前で数年前の三分の二である。PIIGS(ポルトガル、イングランド、
イタリア、ギリシャ、スペイン)といわれている国も破綻懸念。
その上に、中東欧のルーマニア、ハンガリーなどの危機もある。ドバイの
バブル破裂の今後も、どうなるか先が見えてない。日本も異常な財政赤字で、
国家も経済も疲弊しきっており、いつ経済の底割れが起こるか分からない事態。
 今年は欧州か日本が発火点になる可能性がある。ところが発火点のアメリカは
大きな変動がみられないのもおかしな話。彼等は不良債権を発行し世界中から
過剰輸入をしたが、その見返りはドル札とアメリカ国債、それと怪しげな債権を
発行しただけ。発行残高の数字が増えただけで、いざとなれば踏み倒せばよい。
支払ったドルも、行き場が無いのでアメリカに戻ってくる仕組み。
 リーマンショックからの金融恐慌で「アメリカの一極体制が終焉した」
と思っていたが、経済雑誌に欧米の数人の学者が、
≪ 経済の寡占化には、歴史的にみても必ず軍事的な圧倒的な優位が必要で、
 アメリカが、いまや圧倒的な軍事力を有している。特に海軍の戦力の影響が
大きく、地勢的に見てアメリカは大西洋と、太平洋に面しており、その海軍力は
世界で圧倒的に強い。中国はもちろん、ロシア、欧州も、どこも、その力は無い。 
その力を背景に、今後ともアメリカは世界一極の中心でありつつける」≫ という。
大英帝国をつくった英国も、当時は大艦隊で世界を圧していた。スペインも同様。
世界が不安定になるほど海軍力がものをいう。 海軍力の上に、さらに圧倒的な
空軍も、核弾頭もある。中国と2G体制など、おこがましいというのがアメリカ
の本音。 日本など、隷属国でしかないのは自明のこと。その暗黙の上で、世界が
成り立ってきた。ところが、この世界恐慌でアメリカ一極体制が本当に終わって
しまったのだろうか。それとも圧倒的な軍事力と情報産業で、その主導権を
持っている強者の立場が、これから続くかどうかの見極めである。
残念ながら、続くのではという論に一理あるようだ。アメリカ一極支配は、
まだ始ったばかりか?それとも飛躍的情報革命の進行は、それさえ呑み込んで
いくか?その辺が面白いところ。この数年が見ものなど、いっていられないか。  
・・・・・・・・
2870, 北半球のミツバチの四分の一が失踪
2009年02月12日(木)
 この日曜日の毎日新聞「今週の本棚」の書評「ハチはなぜ大量死したのか」
ローワン・ジェイコブセン著-に驚いてしまった。(内容はYahooにコピー)、
2007年の春までに北半球のミツバチの実に四分の一が失踪したという。
 結論からいうと
 ーこの「蜂群(ほうぐん)崩壊症候群」の原因は単一でないが最大の背景は
工業化された農業。不自然な管理がハチたちに強いストレスを与え、免疫抵抗性
を弱め、ダニやウィルスに対する防御を弱めたのである。そこに農薬の複合汚染が
重なり、精密な社会生活を営む巣全体の活動をいわばアルツハイマー状態に陥れた。
病み疲れた働き蜂たちは、採餌の出先で倒れ、巣に戻れず、ただ死んでいった?ー
 それは「もう一つの人間社会を見る思い」と著者は人間の姿に重ね合わせている。
管理され、同一の花畑だけを移動されて、蜜を取らされて、毒(農薬)まで摂取
していれば、当然の結果。自宅で十年ほど前から、ハエと蚊が少なくなった。
夏になると町内単位で各家の庭に毎年薬の散布をしているのが影響している?
 それと近くの河の中に堆積した土砂を徹底的の運び出したこともある。
散歩していて虫の数が激減してしまったのである。ハチの姿は都会で働いている
人を冷静に見れば、酷似している。管理され、会社と自宅という箱の間をラッシュ
の電車で移動する毎日。それが都会人のカッコよさと共同幻想をもって生きて、
定年で初めて働きバチだった己に気づく。一年間、気温良好なオーストラリアで
蜂蜜業を初めたが、大失敗をした内容を書いたことがあった。 四季の変化の
ストレスが無いことと、冬のために蜜を蓄える必要がないため蜜を採らなくなった
のである。都会でノイローゼ、自殺が問題になっているが、自然に触れる機会が
少ないのも原因だろう。この大恐慌も、あまりに不自然な現状を考えるチャンス
を「大自然」が与えたのである。
・・・・・・・・・・
2008年02月12日(火)
 2505,  将来の不安−5    ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゚・:*☆
現代をマイナスの視点で照射すると、「不安の時代」といえるだろう。
修羅場を幾つも乗り越えてきたものにとって、「何が不安?」と笑ってしまう
だろう。イスラエル人が日本にやってきて、「この国が不安の時代」と聞いたら
フキ出すだろう。十年ほど前、イスラエル旅行中に「アメリカの高校で乱射事件」
があった。その時の現地に住む年配の日本人ガイドが、「イスラエルでは、ああ
いう事件は起きません!常に敵に囲まれていて内輪もめなどの余裕などない。
兵役中の家族の一員が家に小銃を持ってきたり、町やバスの中には機関銃を
持った兵士が乗っている。アラブ人との殺戮が日常化しているイスラエルに
とって、あのような事件は呆れる以前である」と語っていた。
社会の不安感が、蔓延しているのは逆に言えば平和ボケの結果。アメリカ
の心理学者のシーベリーは「不安は、否定的な結果にすべての注意を向けること。 
不安を持つと、思考や感情の流れを建設的にコントロールすることができなくなる」
「不安は、あらゆる不幸を背負った自分が本当の自分であると、間違って否定的に
考えることである」という。あらゆる不幸を背負うなど思ってしまう。
不安に取り付かれるのは、無知そのものを起因している。そのためには知ること。
だいたい、不安とは世間に対しての意識が起こしている不安定な気持ち。
その世間とは何か?と考えると、身辺の7〜8人だろう。それも程度の低い。
その辺から見据えないと、自分の生きかたが歪んでしまう。夢を常に持ち、
一人で遊ぶ術を身につけていれば、不安感は最小になる。それもこれも、やはり
読書の積み重ねのベースを必要とする。自分を心の底から信じられなければ、
自分の夢を持ち続けなければ「最後は死ぬ?」という人生の一大事を知った
人間の不安を麻痺させることは出来ない。逆に、根源的な問題から目を逸らす
ためには、群れて笑っているしかないのか? それで解消できるなら、それは
それで良い生き方である。笑えるうちに笑っておけばいい!感動できるうちに
感動しておけばいい! 直ぐに泣くときが来るのだから。その時はそれを受け
入れるしかない。あとは野となれ花となれ!しかないだろう。
不安など恐れることもない!宇宙の微細の微細が何をしても、考えても同じ。
一人不安にさい悩まされている。
 (1〜4は、2005年6月3日、7月1,3,6、7日記)


5081,悪夢の21世紀 ー2

2015年02月11日(水)

           『月刊「新潮45」12号』ー悪夢の21世紀ー
 グローバル化は、白人優位の欧米文化の普遍化を意味するが、100年前に、
文明史家のシュペングラーが、その限界を指摘していた。現在は、それが表
だって本格的混迷期に入った状況である。イスラム教徒には、狂気を持った
独裁者が必要で、民主主義は似つかわしくない。 
   * 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜②    佐伯啓思著
( 5 ) 今では世界中、問題だらけ。一方、日本は、外国人から不思議がられる
 ほどのお祭り騒ぎも見られるが、少なくとも世界が置かれている状況を見ると、
 仮装ごっこなどをやって嬉しがっている場合ではない。
  新聞ジャーナリズムも政治家も、現在の世界で生じている相当に深刻で、
 ある意味では破滅的な事態に、眼が飛び出さんばかりの好奇心と実証的厳密さ
 を持って対応してしかるべき。我々の能天気な日常風景とは別に、日本を
 取り巻く状況は実に深刻化しつつあり、我々の日常を組み立てている目に
 見えない骨組みがグラグラ揺らぎだしているように思える。
(6) 100年前に第一次大戦勃発。3、4ヶ月で終わるかとの期待を裏切り、
 4年半続いた。終戦後に世界が一変。欧州が疲弊し、アメリカとソ連が台頭。
 歴史を積み重ねてきた欧州に代わり、歴史を破壊する実験国家のアメリカと
 ソ連が、世界を動かし始めた。文明史家シュペングラーの「西洋世界の没落」
 (1918年)によれば、『欧州は、優れてダイナミックな想像力をもった「文化」
 によって科学を生み出し、産業を生み出し、経済を発展させ、優れた経済制度
 を生み出した。しかし、それが成功し、普遍化すると共に、世界に伝播する
 <文明> となり、欧州から離れていった。 この近代文明は、それを生み
 出したヨーロッパ文化から切り離されて、形式化し、極めて技術的なもの
 となり、味気もなく、内容の浅いものとなった。』
▼ まだ東北大震災ショックから立ち直れない日本。この二人の斬首の画像は、
 寝ぼけ眼の日本に大きなショックを与えた。アメリカは、世界基軸通貨の
ドルを、リーマンショック前後から、三倍に増加したが、殆どドル安には
ならなかった。三割ではなく、三倍も増やしたの係わらずである。
そして、致命的大打撃を受けた金融機関に流し込んで、その窮地を救った。
しかし、欧州も日本も、その手立てを持たない。損害を被るのは弱者の構図。                         ・・・・・・
4716,「余命3カ月」のウソ  ー1
2014年02月11日(火)        
               ー「余命3カ月」のウソー近藤 誠 (著)                            
   ーアマゾン・内容紹介ー
☆「進行性胃がんで、余命3カ月です。今すぐ手術を」医者にこう言われたら、
 あなたなら、どうしますか? 本書を読めば、余命宣告のカラクリと、
 がん治療の真実がわかること間違いなし! 医者のすすめる「がん治療」で、
 あなたの余命が削られないように、話題沸騰の近藤誠医師が余命宣告の
 ウソにメスを入れた1冊です。
☆ 歩いて通院できるほど体力のある人間が、ある日突然「余命3カ月」
 と診断され、手術や抗がん剤治療の挙句、本当にあっけなく死んでしまう
 ―このような悲劇を身の周りでも見聞きされていないだろうか。
 実は、余命宣告の多くはいいかげんである。治療が命綱の医者にとって、
 余命は短く言うほど「うまみ」が増すのだ。余命を告知される病気は、
 圧倒的に「がん」が多い。がんの本質に迫り、余命宣告のウソを
 暴くことで、患者本位の治療を提言する。
  ーアマゾンのカスタマー・レビューよりー 
・ガンには「本物のがん」と「がんもどき」の二種類あり、本物のがんの殆どは
治療では治らならない(見つかるころには転移してる)。治るのは「がんもどき」
の方だが、それはほっておいても問題のなかったもの。つまり、がん治療はいずれ
の場合にも無意味なものであり、むしろ副作用や感染症や合併症などのリスクが
あるぶん有害であるというのがこの本の根幹に流れる主張です。無駄にあがいて
苦しむより残りの人生をいかに楽しむかというのは価値観の一つとしてありだと
思います。私は共感しませんが。
・例えば、固形がんにたいして抗がん剤が延命に役立つと証明する臨床データ
はないなど、全体的に引用や紹介されている情報は偏っていて、都合のいいもの
だけを持ってきている印象はぬぐえません。がん治療なんてまだまだ未知の分野
で様々な主張があると思いますが、それについては全く触れられてない。
でも結局何が正しいかなんて私のような素人には分からない。私はこの本読む
まで何もしないという選択肢があることを考えもしませんでした。自分や身内が
ガン宣告され、今後の選択肢を模索してる人にとってこの本は選択肢を一つ
広げるヒントになる。この通りにするかどうかはおいて置いて。
▼ この数年来『どうせ死ぬなら「がん」がいい』(中村仁一・近藤誠対談)
 『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(中村仁一)
 『末期がん、その不安と怖れがなくなる日』(樋野興夫)など、怖しい本を
 敢て、取り上げてきた。それに加え、この本である。書店では見かけていたが、
 図書館にいつの間にか並んでいたので借りてきたが、これも、早速買った。
 その時になった時に、慌てないための予習である。これらの本などに影響され、
 4年前から、20年続けてきた年一回の,一日人間ドックを中止にした。
 上記のとおり「どのみち助かるのは助かる!助からないのは助からない!」
 と、判断した。 が、もう一つは平均看護期間が男9年と知ったこともある。 
 男は平均70歳で介護が必要になり、79歳で亡くなる。 介護で9年間を
 薬つけで生きるより、余命数ヶ月で死ぬのも悪くない。平均からみて、元気で
 いられるのは、あと2年?だが、実感が無いのは何故? 老人性鬱症状が日々
 強くなり、他人の粗探しで人相まで年々歪んでいくのが老人。
 気持ちは、50歳前半! 実際のところ、そのギャップが大きい!
・・・・・・
4349, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー15
2013年02月11日(月)
   * 床の間は、本来、仏の座る場所だった
 日本家屋の様式を取り入れている家には大抵、床の間が存在する。
そこには掛け軸、生け花、木彫りの熊などが飾ってあるものだ。床の間は室町
時代の書院造りに由来する。書院造りとは禅の思想にもとついて設計された
建築様式であり、書院とは幽玄を悟るための部屋とされる。床の間は書院の
中にあって仏を祀る場所、つまり仏が座る場所であった。そのため床の間は
部屋の中でもっとも上等な場所とされる。人間が座る場所よりも一段高く設置
されたり、板張りの床が普通であった時代でも床の間だけは畳を敷いたりした。
宴会の席などでいう上座は床の間の前に設けられるが、これは仏に近い場所が
上座にあたるという昔の慣習の名残である。もともとは仏を祀る場所であった
床の間だが、時代とともに形式が省略されていく。仏像は仏画となり、また
すぐれた僧侶の筆跡や経の一部となった。そしてしだいに美術品が飾られる
場所となったのである。このように床の間は聖なる場所であるから、けっして
テレビを置いたり、物置にしてはならない。仏壇の横には床の間があるのは、
そこに仏様が座るためと、今になって気づいた次第。
   * どこまでが宇宙か
 どこからが宇宙か、その前に何時から宇宙が始まったか?という問題が、
これまで世界中の昔より科学者を悩ませてきた。 天体観測の進歩で、星が
遠くに離れていくのが解り、それでは、逆に時間を遡って、その始まりを計算
した結果、137億年前にラグビーボウル大の素粒子が爆発したビッグバン説が、
現在知られているところ。しかし、観測結果から、宇宙全体のエネルギーの
内訳は星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは、宇宙全体の
4・4%しかないことがわかった。それでは何か? 実は23%の暗黒物質と、
約73%の暗黒物質を占めていたことである。膨張している先の宇宙の物質が
希薄化している筈だが、それが同じということは、他の宇宙から、
そのエネルギーが、流れ込んでいるのではという仮説が出てきた。この宇宙の
他に、10の50乗分の宇宙があるかもしれないという。 ところで、一般
でいう宇宙は、どこから設定するというのか。1967年の『宇宙条約』でも
明確にされてない。地球の空気が無くなる辺りとか、宇宙船が燃え尽きない
90〜110キロ辺りとか、議論がされている。アメリカは、その辺に対して
消極的になる。上空の領有権の問題が絡んで宇宙船を自由に飛ばせないからだ。
・・・・・・
3974, 超円高というが
2012年02月11日(土)
 現在の円高を考える相対的基準に、「ビッグマック価格」がある。
アメリカで4ドル、日本が320円で、一ドル80円で日米が同じ値段になる。
現在のドルは77円だから、ほぼ同じ値段になる。ちなみに中国は半額、スイス
は二倍。2000年には円が107〜108円だった。11年間でデフレの
日本は物価値上がりはゼロだったのに対し、アメリカの消費者物価指数が
30パーセント上がっているので、円高で相殺され調整されたことになる。
日本はバブル崩壊から現在に至るまで、物価の上昇率がほぼゼロなので、
日本の円高は当然のこと。20年前の円は125円で4割ほど上がっている。
 円高は、さらにデフレ要因になる。海外から3〜4割も安い商品が輸入
されれば、その分、国内の企業は値下げ圧力が加わり弱体化していく。
特に体力のない地方の中小企業は、この20年間で消耗、弱体してしまった。 
その結果として国の信任を失い、株式や、近い将来の国債の暴落要因になる。 
日本の国債発行が何と一千兆円になろうとしており、国内の1400兆に
のぼる預金のうち、300兆円の個人債務を除く1100兆に近づいており、
あと数年で、毎年40兆円の国債の発行も限界。その時が国債の暴落である。 
国債の暴落は、即金利の上昇になり、4%も上がれば40兆円という実質国家
予算と同額になる。そうこう考えると、ドルの信用の失墜で円高は、この数年
は続いた後、円安という地獄が待つ。それはハイパーインフレという形で、
国民の預金の価値を下げ、中産階級の大部分が貧困層になることを意味する。
更に当分の間、大地震リスクが伴うので、国内企業も外資も、海外への逃避が、
本格化する。 恐ろしい限りだが、ここに至っても、アメリカに充てがわれた
憲法を大事に温存し、自死に向かう道を修正できない。いずれにしても、
10年は茨の道になる。超円高と思い込んでいるが、実は円高でない。
円高は50円あたりで、一度、いって、150円か200円まで円安になる。
そのプロセスで、日本は貧乏国になる。アメリカは、紙切れの価値が下がった
だけで、傷つくのは威信である。
・・・・・・・
3609,  閑話小題  
2011年02月11日(金)
  * 多数人数の末っ子は・・
 新幹線の帰路の車内で、少し離れた席からビールを飲んで話している
グループの一人の言葉にハッとした。「自分は大人数の兄弟の末っ子のため何時
も許されてきた。だから、この歳になっても、失敗しても、争いごとが起きても、
許されるのが前提と何処かで思っている。自分には末っ子の甘さが付きまとって
いる」という。これは何か自分が常日頃思い続けてきたことを、誰かが代弁して
いるようだった。三つ子の魂は現在でも付きまとっている。だから女性は親分肌
の長女で、包み込んでくれるような人に惹かれる。ちなみに家内は長女で生意気
だが、最後は赦してくれる? 常日頃、赦していただいて有難うございます。
エッ、赦してない!我慢しているだけですか。よく見ると、長女と多人数の下の
方の次男、三男の組み合わせが多いのは自然のなせる業。逆に長男は次女、
三女がよい?その辺を間違うと離婚が待っている。
  * 日本の政府は巨大か、それとも普通か?
 以前より日本の政府は巨大か、それとも普通か?の議論がある。
ここで民主党が政権をとったはいいが、何の間違いで極左が政権の真ん中にきた。
学生のころの都知事だった美濃部の国政版が現在進行中。3月か6月に自滅する
しかないが、これを立て直すに時間がかかるだろう。そこで、果たして日本は
世界の中で、政府として普通サイズか、巨大なのだろうか? 二重構造で、実は
世界で一番の水脹れの国家になっている。そのため国家財政破綻直前のところに
社会主義者が政権の中枢になってしまったから、何をかいわんである。
一般会計では決して大きくないが、特別会計という母屋の隣の離れが、母屋の5倍
以上はゆうにある。官僚と保守政権が数十年かけて国民の目に母屋しか見えない
ようにして、離れで使い放題。 早くいうと構造詐欺。この財政破綻状態に陥って
も何も変られない事態。 ここを捻って浮かした分を福祉にまわすと極左政権が公約
したが、離れの住人と官僚は、それを軽く明け渡すほど柔ではない。その結果、
財政赤字が更に悪化、最後のダメ押しをしてくれた。その結果、それが大きな圧力
として我われに襲い掛かってくる。IMFの元で再生を図らないと駄目なのか?
 ・・・・・・・・
3244, 真の価値に添う生き方
 2010年02月11日(木)
 私たちは、中年以降のある時期を過ぎると「真の価値に添った生き方に転換
する時期」がくる。死に直面したり、身近の人の死で深い悲しみを経験したり
して、永遠の中の自分の一生の短さを目の当たりにし、世間的な成功、名声、
欲望、快楽、豊かさなどの有限性など取るに足らないと思い、内向的になり、
芸術、大自然の無限性、人間の心温まる邂逅、真理への傾倒、思いやりなど、
全く違う価値観に転換する機会を得る。それまで、宗教や、倫理系の団体などが
述べてきたことに気づくといってもよい。仏教の経典にしろ、バイブルも、
世間から離れた永遠の道理を説いている。 世間の認める属性にガンジガラメの
人にとって、その転換は仙人の様に見えるのだろうが、属性は永遠の中では虚飾
であり、何の価値も無いことなど、義理で参列した葬式でさえ気づくことである。
人間の命そのものより大事なものがあるとすると、相手に無条件で与える愛で
あり、犠牲になる勇気であり、誠実性そのもの。 それに気づくかどうかが、
中年期に、大きな危機を経験し、永遠の存在、宇宙から一歩踏み出し、その外
から自分の意識を冷徹にみるイメージを瞬間でも経験できたかどうかである。
私も人生の危機を何度か経験してきたが、その時に、以上のような、何が大事で
何が重要でないかを、見極めて、敢えて世間的な価値を求める視点を持った
こともあると、いえば嘘になるが、そこまで考えつくして魂を入れないと事業
など立ち上げることなど出来ないことも事実。 だから、ある時期から秘境・
異郷ツアーに嵌ってしまったのは、そこでの見聞は、普通の時間の中から一歩
外に出て、世界の大自然と、遺跡、芸術、風俗に接することで、日常の価値観が
砂粒でしかないことに気づくことである。些細な世間は必滅であり、大自然や、
芸術、愛、誠実性は、不滅であるということが、短時間としても、錯覚?
としても見て取れるからである。 だから、中年以降は、読書といえば、
自然と哲学書に惹かれていくのである。また、好きな音楽に没頭する時間とか、
映画鑑賞も、永遠を直感する契機になるのである。日常という世間の中で
我われは生活をするために、必死に同じ行為をアクセク繰り返す。それは何故。
その繰り返すことが、目的になってしまっているからである。そして、その
日常に質が小さな世界の中で少し良いことに満足し、少し下の人を卑下し、
上の人に嫉妬をしているに過ぎないのである。 その中でも、永遠に接する
ことの出来る時間は幾らでもある。一歩外に出て、近くの森に早朝行ってみる
とか、自転車で川のほとりで日の出を見るとか、週末に畑いじりをしたり、
数えればきりがない。 してないのは、日常にドップリと浸かりすぎという
ことに気づいてないからである。
 ・・・・・・・・
2869, 閑話小題
2009年02月11日(水)
   * 内閣不支持が14パーセント
 朝日新聞の全国世論調査で、内閣の不支持が14パーセントという。
居座れば居座るほど支持が下がる理由を本人は分からないのだろう。
比例投票先は自民が42パーセント、自民が22パーセントの結果は当然。
解散をすれば惨敗だが解散を引き伸ばすと不支持が拡大していくから、小泉
でも担ぎ出して、半分近くが党を割って出て、その後連携する位しか手が無いが、
それさえ出来ないのが現状。地に落ちた自民党が利権を守るためには、その位の
ことをするだろうか? そんな玉など、居るわけな?
  * インフレエンザ予防で「家族の帰国指示」
 見捨てて置けない記事があった。昨日の朝刊に「パナソニックが鳥インフレ
エンザの世界的流行の危険が増したため、欧米とオーストラリアなどを除く駐在員
家族の9月末までの帰国命令を出した」と報じていた。私らの知らない情報がある
のだろうが、何か危なくなってきたことは間違いない。爆発的流行の一歩手前と
いうことは、間違いなさそうだ。どうなるのだろうか?
  * 野村證券の株価が5百円割れ
 野村證券の株価が5百円割れと新聞にあったので、ネットでチャートをみた。
10年前の7分の1、2年前の6分の1、リーマンショックから3分の1に。
日本がバブル時代には、アメリカの投資銀行と類似したことをしていた報いである。
アメリカの債権も売りさばいていない訳がない。 最近は日本国債を売っていると
いうから・・ 彼等の手は、担当が替わったという誠実そうな手書きの文を送って
きて営業にやってくる。ネット証券と、過去の悪行?のため、信用はゼロに等しい。
存在そのものが、必要悪。 なら、近寄らないことである。 アメリカの消滅した
投資銀行と何処が違うというのだろう!
・・・・・・・・・
2008年02月11日(月)
 2504, まっ、いいか!     (。・∀・)ノ゛おっは〜
 最近、独りで「まっ、いいか!」と呟くことが多くなっている。
年齢の為だろうと思っていた。 そこで検索で「まっ、いいか」と入れたら、
「まっ、いいか」と言える子を育てよう協調性のある、柔軟な心の育て方    
                   諏訪耕一/著 という本が出てきた。
[要旨]
本書では、子どもに柔軟な心を育てるための心の成長段階に応じた接し方の
ポイントを、幼稚園・保育園や家庭での27の事例を通して具体的に紹介します。
子どもの理解に必要な、子どもの心の成長の段階や環境との関わりについても
くわしく説明します。
[目次]
第1章 子どもの「心」の成長と環境(心は育てられる?
;子育ての移り変わり―子どもの育ちをうながす環境;心の成長表
;心の成長に応じた「柔軟な心」を育てる接し方)
;第2章 子どもに「柔軟な心」を育てる具体的な接し方
(乳児期―誕生から十二〜十八カ月ごろまで
;幼児期(前)―十二〜十八カ月ごろから三〜四歳(第一反抗期)ごろまで
;幼児期(後)―三〜四歳ごろから六歳ごろまで
;児童期(前・後)―六歳ごろから十四〜十五歳ごろまで)
これを読むと決して、マイナスの言葉ではなく、むしろプラスの言葉のようだ。
決して良い状況ではないが、何とかなるさ!という陽気さ、目の前の事態を、
そして運命を受け入るよう諦めと明るさを感じる。上記をみると柔軟な心と
いうことになるが、好い加減な言葉にも思える。好い加減な心」が良いのか
どうかわからないが・・・・
~
 〜字数制限のためカット 2015年2月11日〜


5080,悪夢の21世紀 ー1

2015年02月10日(火)

   * 「ニヒリズムに落ち込む世界」 〜��
 イスラム国による日本人二人の斬首と、ヨルダン人パイロットの火あぶり
の処刑の写真には驚いた。このテロ集団の名を聞くようになって、まだ半年で、
世相が様変わりした感がする。 図書館で『月刊「新潮45」12号』
ー悪夢の21世紀ーの特集を借りてきた。 その冒頭の佐伯啓思のレポートが、
このニヒリズム的世相の背景を書いてあるが、なかなか秀逸。 
 〜簡潔に纏めたのをネットで見つたのを、数回分け掲載予定。                    
● 特集: 悪夢の21世紀   『月刊「新潮45」1214.12』
   「ニヒリズムに落ち込む世界:京都大学教授佐伯啓思
1、20世紀は二つの大戦と米ソ冷戦によって特徴づけられた「戦争の世紀」。
2、21世紀はもはや大規模戦争は起こり得ないといわれたが、安定した
  世界秩序どころか、今日、世界は益々不安定化している。
  局地戦や地域紛争はいくらでも生じている。
(1) ・21世紀に入た直後、9.1 1テロ。イスラム過激派と米国の対立は深刻化。
・エジプト、リビアなどの独裁政権の崩壊と民主化運動(アラブの春)が生じたが、
 予想通り失敗に終わり、混迷の中から「イスラム国」なる極端なイスラム国家
 の建設運動が発生した。
・イスラム国建設に失敗しても、このグループは「中心をもたないテロ組織」と
 なり、各地でテロを起こすだろう。米国はこれに対抗する有効手立を持たない。
(2) 2008年のリーマンショック:ドルを多量に刷りまくり、金融市場や不動産
 に金を回し、バブルを引起こして景気を牽引する「金融資本主義」の崩壊。
(3) 2010年のギリシャ財政危機。E U全体の不安定化。
 EUはもともと矛盾を内包:通貨統合で経済は統合したが、政治は統合せず。
 →財政・政策の意思決定は各国バラバラ。→ EU全体が繁栄していればよいが、
 ひとたび綻びが生じると、調子の悪い国の政治は不安定化、それがEU全体に
 及ぶ。ギリシャに続き、ポルトガル、スペイン、イタリアは財政危機となり、
 フランスでもEU批判派の勢力急伸。EUはいつ崩壊してもおかしくない状態。
(4) 急成長して、急激に大国化・強国化した中国の動向。ロシアの動向。
 この両国がこれほど大国化するとは、21世紀に入るまでは予測出来なかった。
 特に中国の海外進出は顕著で、国際法もなにも平気で蹂躙する傍若無人ぶり。
 東・南シナ海のみならず、中東、アフリカへも進出。しかも、国内では
 格差問題、少数民族問題、一人っ子政策の帰結のいびつな人口構成を抱える。
▼ イスラム国は、今回の一連で、日本という都合のよい標的をみつけた。
 寝ぼけ眼の、??面した首相が、人道支援で、百億円の資金提供を声明。
それなら、自分たちにも、さもなくば、首を切るか、日本国内でテロを起こす!
と・・ プロバガンダに丁度よい材料で、日本ならリスクは少ない。
この戦い、エンドレスで続くことになるが、これも情報化が根本にある。
・・・・・・
4715,閑話小題 ー時どき、10年前から現在を振り返えり
2014年02月10日(月)
  * 時どき、10年前から現在を振り返えって 見えてくるのは!
 株式のチャート見るように、その時どきから、5、10年間を振り返えると
 思いもよらない事件に遭遇していることが分る。では2004年の2月から2014年
 2月まで、何が起きたか?を調べると想像を絶することばかり。先の10年間は、
 これより遥かに大きな自然災害と経済震災に間違いなく遭遇することになるが、
 これだけは起きてから分かること。 時系列であげると!
・2004年に、中越地震とスマトラ沖地震、
・2007年に、中越沖地震、
・2008年には、ミャンマーでサイクロンで死者・行方不明は13万4千人以上。
 5月12日- 中国で四川大地震発生。M8.0、累計で4千万人以上が被災し、
 6万9千人が死亡。米国でリーマンショックが発生。
・2009年1月20日 - バラク・オバマがアメリカ合衆国建国以来、初の黒人
 大統領とし第44代米国合衆国大統領に就任。
・2010年には、チリとハイチで大地震。ハイチでは30万以上が死亡。
・2011年に、東北大地震で2万人近くが亡くなり、福島第二原子炉が破壊された。
 チュニジアのジャスミン革命が各国に波及し、アラブ各国で独裁政権に対する
 デモに発展。エジプトでムバーラク政権が崩壊、リビアでNATOが軍事介入し
 半年間の内戦の末にカダフィ政権が崩壊した。(アラブの春)アルカーイダ
 の最高指導者とされるウサーマ・ビン・ラーディンが、パキスタン・
 アボッターバードにて米国の特殊部隊との銃撃戦の末に殺害される。
▽ 東北大地震の直後、私の事業もあっけなく消滅。 時系列でみると、
 10年前に、こんな予測は誰も信じない。が、現実には次々に起きている。 
 とすると、2014/02〜2024/02年は、より大きな自然、経済災害があるはず。
 それを前提に対策を立てておく必要がある。まさか地元の中越地区に二度も、
 大地震があるなど思いもよらなかった。考えられるのは、首都直下型地震、
 南海トラフ地震、富士山の噴火の可能性が高い。また静かな世界恐慌?が
 表立ってくるのも自然の成りゆき。その中で、情報革命が劇的に進んでいる。 
 パソコンがスマートフォンや、タブレット型に収まるとは、当時は考えられ
 ないこと。次の10年は、メガネ型、腕時計、ジャケットなどの身体の一部
 になる装着式。危険な大震災の可能性と、反面、面白い時代になる。
 ブラックスワンがいるが、大部分はホワイトスワン。私個人としての
 ブラックスワンは、「死」。5分5分、いや6分が到来?で、その日のため
 の予習を楽しんでいる。一応、やりたいことは、やり終えた実感は、
 小さい範囲としても、気が楽である。 それも吹っ飛ぶのだろうが。
・・・・・
4348, 書くことが思いつかない人のための文章教室
2013年02月10日(日)
      「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
 *「思い出」を簡素に書き出せば、それで立派な文になる!
    まずは ー内容よりー
≪「文章を書く」とは、長い間の記憶から体験を引き出し描写することだ。
 自分にはそんな特別な経験はないと考える人でも、
・うまい引き出し方さえわかれば書ける。また、伝わる文章にしたいなら、
 くどくど説明してはいけない。とにかく描写せよ。
・細部に目をこらして書けば、真に迫る。たとえばさびしい気持ちなら、
 「さびしい」と書くな。さびしさを表わす「物」を描写してそれを伝えよ 
 ―ベテラン記者で名コラムニストが、ありきたりにならない表現法から、
 書く前の構成メモ術まで使えるコツをやさしく伝授。≫
▼《「文章を書く」とは、長い間の記憶から体験を引き出して描写すること。》
 この本の要点は、この一文に要約されている。12年近く、一日に2時間以上
かけて、この随想日記を書き続けているが、膨大なエネルギーを入れ続けても、
この程度。今の私にとって、これがベストの習慣。そこで一番の難しいのが
テーマの設定。そうそう毎日、ネタは出ては来ない。全く浮かんで来ないときは、
気まま、思いのまま書いた些細なテーマの「閑話小題」が逆に面白いと言われる。
その日常のことは、もう一つのブログ「バードウォッチ」に書いているので、
更に見つからない。数度に一度は、そこの文章をカットし、閑話小題として
随想日記に書き直している。兎にも角にもテーマのネタ切れに毎日のように直面
している。そこに図書館でこの本を発見した。そこで、たまたま手元にあった
随筆集を目を通したら、全てが体験の思い出。フッと浮かんだ体験を意識し
書き出せば良かった。これまではキーワード探しに気持ちが向っていたが、
「思い出」でよかったのである。随想は、その人特有の「思い」を書くものだが、
「思い」を書こうとするとテーマなかなか出てこない。「思い出」なら、誰に
でも生きてきただけある。それを気楽に書けばよい。体験談は、自分にとって
当り前の記憶でも、第三者からみれば、これほど面白いものはない。 
著者は、「良い文章とは?」に対し、「内容があること、そして、それが的確に
表現されていること。この二つが借ものでなく、その人自身のものであること」
という。そのため、思い出を素直に具体的に書けばよい。
 経験を書くことを「ひけらかす」と思い、躊躇していたら良い文章は書けない。 
たったこれだけの事を、12年間も書き続けてきて、殆ど意識しなかった。
それぞれの人生は、唯一無二の体験の蓄積。それをそのまま表現すれば、
これほど面白く、興味深いものはない。だから、ツイッターなどの何気ない
呟きの公開が爆発的に世界中に受け入れられた。 ということは、これは、
メモ的雑記帳を総称して「随想日記」と言っているにすぎないことになる。 
随想と、他と分ければよいのである。それも12年も書き続けると、お分かりの
とおり、同じ事を、見方を変えて繰り返することになる。 続けることは大変!
・・・・・・
3973, 被爆と喫煙リスク
2012年02月10日(金)
 * 改めて知る、喫煙の恐ろしさ!
現在、放射線被爆が問題になっているが、100ミリシーベルトの被爆で
がん死亡率が0・5%増加し、これ以上増えると直線的にリスクが上昇することが
分かっている。 しかし喫煙では、ガンによるリスクは1・6倍に上昇するが、
それに匹敵する被爆量は2000ミリシーベルト。受動喫煙でも100ミリ
シーベルトになる。飲酒、野菜嫌い、運動不足、塩分のとりすぎなど
「巨大リスク群」からみたら100ミリシーベルトなど僅かな誤差レベル。 
但し、幼児を除いての話だが。そうこう考えると、幼子のいる家庭以外は、
それほど心配することもないことになる。「正しく怖れよ」といえる範疇。 
ある資料によると、内部で働いていた東電社員の最高値が678というから、
それでも喫煙者の危険度の三分の一でしかない。私は人間ドッグでCTスキャン
を20年近くも受けているので、かなりの被爆を受けたことを最近知った。
原発事故の被爆が恐るに足らずと言うのではなく、幼児と成人を同じレベルで
考えることはない、ということ。一般的には、放射能が大気に放出し、地面、
海、川に降り注いで、それが農作物や家畜を通して人間の体内に蓄積される。
その内部被爆の危険性は確かに大きい。問題は、その影響が出てくるのは
数年後、数十年後である。そのため子供を持つ親としては、万一を考えて、
その地を離れるケースが多い。 現に東北、関東に在住の子息を帰国させる
ケースが多い。煙草の喫煙のリスクには慣れてしまい平然としているが、
被爆リスクには神経質過ぎるのも問題である。 被爆リスクの問題から、
喫煙の恐ろしさを確認した。危険率1・6倍は、あまりに大きなリスク。
3000ミリシーベルトの死亡率が5割とすると、喫煙者が酒を飲み歩き、
珈琲を何杯か飲むと同じレベル? 分かっていてか、自制不能か、破壊
された原発内の作業員の10倍のリスクを負っている認識がないだけ。
 緩慢なる自殺というより、トリカブトの自殺に近いか。 
これも、タバコを痛飲に置き換えると、自分にも当てはまる。
 ーーー
3608, 人生には3つの坂があるというが
2011年02月10日(木)
 以前にも書いたことがあるが、人生には上り坂、下り坂、そして「まさか」
の3つの坂がある。この言葉は大河ドラマの毛利元就の中でも言っていた。 
この十年を振り返ると「まさか」の連続であった。2001年の9・11テロから始まり、
地元では大地震が二つ、世界では数万人以上の死者が出た地震が相次いだ。
 その間に携帯電話がスマートフォンに進化、ノートパソコンから板状の
タブレットパソコンに重心を移行始めた。政治ではアメリカで最初の黒人大統領
が選出された。そして現実社会とは別に、いま一つネット社会が出来てしまった。
そしてHPからブログに進化し、さらにミニブログのツイッターや動画サイトの
Youtubeが出現してきた。今年に入ってネット普及の結果、一瞬にして
チュニジア、エジプト、イエメンなどの独裁政治がドミノ倒しになっている。
その飛び火が、アルジェリア、シリア、リビアに及ぼうとしている。経済面では、
2008年のリーマンショックで、世界恐慌に陥る寸前の様相。 次の「まさか」が
何かを知りえないから「まさか」になるのだが、その背景にあるのは、半導体の
「ムーアの法則」といわれる日進月歩の進化である。 この法則は、1965年に
インテル社のムーアが「LSIのチップ上に集積されるトランジスターの量は、
18〜24ヶ月ごとに二倍になる」という法則で、45年経過した現在でも続いている。
これは微細加工の技術よるもので、現在では一センチ角にトランジスターが
地球上の人間数を遥かに上回るほど乗る集積度というから驚きである。 
私が中学生の時に初めてみた、あのトランジスターが一センチ角に100億以上も
乗るのである。10年に一度位に、もう限界に来たと騒がれるが、何時も、それを
乗り越える技術が出来る。それとネットが結びつき、それぞれの情報基地を結び
つけるのだから、情報は一瞬のうちに世界中を飛び回る。10年前に、現在の姿を
誰が予測できただろうか。それ以上に、今後10年の変化は加速度的に進むとしたら、
どのような姿であろう。この十年の変化以上のことは間違いないとすると・・
 ・・・・・・・・
3243, 新・欝の時代
2010年02月10日(水)
 去年暮れの週刊朝日に、作家の五木寛之と在日韓国人の政治家カン・サンジュン
との対話‘まだ続く「鬱の時代」’が考えさせられた。「これからはすべての分野が
鬱の方向に進んでいく」と、前回の2008年の二人の対談で、そう語った。そして
リーマンショックが起こり、世界、そして日本は先の見えない不安に覆われている。 
ここで二人の対談の要旨を纏めてみると、
・グリーンスパンが100年に一度の危機といったが、そんなものではない、今起きて
 いるのは300年〜500年に一度の恐慌である。現在の世界を支配しているのは
 キリスト教的文化圏。その基盤にある人間至上主義からぬけださないとー五木寛之
・我われの社会は、自由であって人は固定化されないのが大原則のはずなのに、
 現実は格差社会。この問題は、格差があることが問題ではなくて、格差が固定化
 されていることが問題である。  ー五木
・2010年を予感してみると、一瞬、小康状態の年になる。嵐の前の静けさです。 
 でも、その後、暮れから11年にかけ、二番、三番の、大恐慌がやってくる。 
 平安末期から鎌倉への変動のような大変な時代がくるだろう。
 戦後の預金封鎖や円の切り替えなどを思い出す。  ー五木
・こういう不安の時代、人間は「個人」を再発見することになる。 平安期から
 鎌倉にかけての飢饉のとき、人々は身分に関係なく、こころの闇を見つめた。 
 それが一連の現在の宗派の教祖をうんだ。
・2010年の明るい兆しといえば、いろんな関心の中心点が変わってくる。
 これまで医学の辺縁にあった精神科、免疫学、公衆衛生などが中心に
 おかれて、新しい光を浴びることになる。
・そういう時代の中、「諦める」ことからスタートしなければ。 諦めるは、
 「明らかに究める」という読み方をする。今の日本の有り様や自分自身の心や
 地位を「諦める」ことで、新しいスタートをきる。
・「人生とは荒涼たるものだ。人間が生きていることは凄惨なものだし、
 死ぬことは荒涼たるものだ」と五木は『人間の運命』で書いている。 
 ただ、そこを超えると、光が見えてくると!
 ――  以上だが、二人とも暗い性格でマイナーになるが、
 こういう鬱の時代だからこそ彼等の見方も必要になる。どうみても、
現象面では21世紀に入ってから変であるのは周知のこと。最後の打撃だった
9・11テロと、リーマンショックで、これまでの価値観を根底から破壊した。
ソ連が破壊した時は、700年来のロシアそのものが崩壊したとの見方があった。
それに続いた欧米資本主義の崩壊は、世界にとっても日本にとっても、
近代資本主義=欧米主義の 終焉と五木は言うのである。
 その辺のところを押さえてないと、目先の楽観論に惑わされる。
 ・・・・・・・・
2009年02月10日(火)
「強欲資本主義ウォール街の自爆」神谷英樹著    ー読書日記
投資銀行家として24年間、ウォール街の現場で「アメリカ型資本主義」
の有り様を見た批判の書。内幕暴露モノ的で面白い内容である。
アメリカの金融街、特に巨大投資銀行の貪欲な人たちの、異常な資本主義の実態
を暴いている。 そして米国民の過剰消費という「悲しさ」「欲深さ」を指摘。
アメリカの金融が収益全体の4割を占めてしまった。 その先頭を走り続けた
ウォール街の暴走と自爆が、今回の恐慌を生み出したのである。
アメリカの社会と人間の劣化をどう立て直すかを問いかけられたのが金融危機。 
暴走を食い止めるためにルールの根本的修正が必要である。
 ーまずは印象に残った部分を抜粋するー
・「悪いのはアメリカンスタンダード、ウォール街の強欲である」
・「今日の儲けは僕のもの、明日の損は君のもの」 ハイリスク・ハイリターン
 のビジネスを行い、成功報酬はしっかりもらうが、巨額の損失がでたら無関心。
 失敗したら、尻拭いは国民の税金任せがモラルの無いのがウォール街の実態。
・「モノ作り」ができなくなったアメリカが「金融立国」を目指し、成功したか
 に見えたが、行き着いた先は、顧客に目を向けず、数字と戦う強欲な人間たち
 が金を集めるだけの世界。 その結果、1929年の大恐慌以来といわれる悪夢が
 金融界を襲っている。
・「世界一極支配のアメリカ中心世界感」が崩壊し始めた。
・ 市民の消費三昧主義、今借金して楽しんで(消費して)、
  負債は先延ばしの生き方に走る市民。
・「金融マンは実業を営む方たちの脇役に徹するべき」。
 「主役である実業を営む方たちの事業構築を助けるのが金融本来の仕事の
 あり方であり、それこそが身分相応。」しかしファンド・マネージャーに
 興味があるのは、『株主の利益』と『自分の収入』だけである。
・トップラインとボトムラインの間にある項目をいかに圧縮するか熱心に
 取り組むだけである。「給料を減らす。社員を減らす。仕入先を泣かす。
 最大限に借り入れてレバレッジを効かし、支払い金利を膨らませ、税金は
 極力圧縮する。かれらにとっては、これこそが経営の神髄となる」
・アメリカをはじめとする先進諸国、そして世界。借金と消費ならず浪費社会、
 浪費に頼った成長政策。「借りた金で今日を愉しむ」「借りた金で投機する」
 「ノンリコースで借りた金は、返せなくなったら担保物権の鍵を渡せば終わり」
 それを法律で認めてしまった。
・資本主義の行き着いた先が金融市場の国有化とは何たる皮肉であろうか
・日本もアメリカも、経済社会がバブルにまみれ、強欲と拝金に席捲された
 ときに、人の心から大事なものが失われてしまった。 何でもデジタル志向で、
 「0か1」しかない。その中間が配慮できない。
▼ 以上が、印象に残ったところである。「『自由も、放任すると、こうなる』
 という歴史的汚点として、ブッシュから遡ってレーガンまでの大統領の各々
がたが、残る」と思うと何とも不思議な気持ちになる。特にブッシュ親子は
歴史上最低の 指導者として数千年も弾劾される。 哀れといえば哀れ。
 ・・・・・・・・・・
2008年02月10日(日)
2503, 閑話小題 
 *長岡の呑み助から見た夜の世界
毎週のように不景気の実態の話をしているが、地方経済の衰弱ぶりは生々しい。
一昨夜は、中学の同期の女性のスナックに入ったら、今月で27年間の店を閉店
するとか。スナックの中では名前は知れわたっている店で、2年に一度位、
合計7〜8回はいっていた。
 *大相撲の国技の意味
(字数の関係でカット 2015年02月10日)


5079,閑話小題 〜夜明けのスキャット ー��

2015年02月09日(月)

   * 夢の中の幽霊の老夫婦
 何時まで続くか分からないが、夢日記を続けていると奇妙な感覚になる。
今度の夢は、霊界に入り込んだような物語。 以前、一度行ったことがあった
民家の軒先が小さな貸本の店。そこに入ると小さな店内が取り払われていて、
御婆さんが業者みたいな人と話をしている。たしか連れがいたはずと、奥に
声をかけると、80歳過ぎの爺さんが出てきた。「もう店をやってないのですか」
と聞くと、奥から書棚とか、台を引っ張ってきて、本やビデオを並べ始めたので、
自分が奥の座敷に上がる。元もと、爺さんの本やビデオを貸出していたようだ。
ところが何か不自然で、この老夫婦、実は、この世の人でなく、既に亡くなって
いるのを気づかないで、そのまま家に居るような? 
 そこで、「もう、あなた方は、死んでいるんですよ」と言ってよいものか、
迷っているうちに目が覚めた。 ただ、それだけの内容だが・・
   * つれづれに 〜あと少しで4年ですか!
 あと二ヶ月で、御隠居生活に入って4年、長いようで短い感がする。 
変化したことは、外で酒を飲む機会が半分近くなったのと、少し肩身が狭い?
ぐらいで、違和感は少ない。4年前に決めた日課どおりの生活が今も続く。
 気ままで、誰の干渉を受けない日常は極上だが、あるとすれは家内の壁。
書斎コーナー、寝室、スポーツセンターで、半分の時間は開放されている。
 40年、事業に集中していたエネルギーを、自由に使えるのが非常によい!
この随想日記を14年近く書き続けてきたお陰で、気持ちを言葉でハキ出す
ことで、心に羽根が生えたように飛びまわり、開放される。
 ここは閉鎖社会の城下町。月に一度は聞こえよがしの嫌味か、卑しい視線を
受けるが、これも想定内。尾ひれはひれで、とんでも人間になっている
のだろうが、これも20歳時に起業を決心した時点で、割り切ったこと。
そのまま受け入れている。 世間とかいう修羅世界への私の視線が遥かに
冷たいことを、私が一番知っている。 死んで三日もすれば、300年前に
死んだと同じと考えれば、殆どの怒りや悩みが消える。 無知は罪!
 古希あたりから、さほど長くない先に死ぬことを前提に、モノゴトを考え、
判断するというが。去年、宅建主任免許の書換え、必要ないと、しなかった。 
・・・・・・
4714,現代のベートヴェン 〜2
2014年02月09日(日)
‘現代のベートヴェン’のゴーストライターのライブの記者会見は、
 「事実は小説より奇なり」を、そのまま地でいく内容。 
 物語風に、現代のベートヴェンの経緯をまとめてみるとー   
              <私もミーちゃんハーちゃんになったもの>
《 18年前に(仮に彼をAとする)Aが作曲家で一旗上げようと思い立った。
 が、才能がない。そこでA自身をタレントにして、作曲はゴーストライター
に任せることを思いつく。親が被爆者であるのを利用し広島被爆二世の作曲家
として売り出した。しかし、それだけでは、いま一つインパクトが足りない。
そこで全聾の悲劇を加えることを思い立ったところ、これが大当たりになり、
NHKスペシャルで放映される。ところが、あまりに売れたため、ゴースト
ライターが恐ろしくなり、止めたいと言い出したが、Aは引き下がれない。
そこで自殺を仄めかして、作曲を強要。とこが、オリンピックのフィギア
スケートのテーマ音楽に取り上げられ、その重圧にゴーストライターは自滅。
週刊誌に、真相を告白。そこで共同会見が行われ、全聾もバラされた・・ 》
▼ これに殺人を絡めれば、刑事シリーズの『相棒』物語になる。
 現に似たストーリーがあった。また、その謝礼金額の安さにおどろいた! 
現代のベートベン・Aの後ろ盾に、誰か企画立案者などがいるはず?
問題は、この件が刑事事件になるかどうか? 会見の記者の質問の鋭さは流石。 
著名なシンガーソングライターに、こういう類の話が多いだろう。「たけし」
には週刊誌の連載や書籍があるが、彼に公然としたゴーストライターがいる。
しかし誰も咎めはしない。「たけし」だからだ。ゴーストライターが本人と対話
しながら、内容をまとめるのだから、別に問題はない。以前、ここで取り上げた
プレーボーイの元編集長の島地勝彦は、有名作家のゴーストライターを自認、
堂々と『乗り移り人生相談』を出版している。二年前に、そのものズバリの
『ゴーストライダー』というハリウッド映画を見たことがあった。
『戦場のピアニスト』などのポランスキー監督が、ロバート・ハリスの小説を
映画化したサスペンス。<元イギリス首相のゴーストライターとして雇われた
平凡な男が、ある秘密に吸い寄せられていくさま>が描いてあったが、
これが面白い!これを題材にした小説をゴーストライダーと組んで出版すれば、
面白いものが出来ること受けあい!
・・・・・・
4347, 暴力団  ー3
2013年02月09日(土)                        
 * 実際にホテル現場であった手口とは   「暴力団 」溝口 敦 (著)
 現場の苦情処理はチーフとマネジャーが対応していたが、ホテルが4棟に
分かれているため支配人と副支配人も直接受け持つ。最後は支配人に来るが、
私のところに来ない。私が出れば浮き役が無くなり引っ込みが効かなくなる。
脅す方も、社長が出た時は、警察に直結するため口先で出せと言っても本気
ではない。彼らは、常日ごろ刑事が宿泊者チェックに来ていることを知らない。
だから脅すのだろう。 しかし常に夜半に刑事が警察にいるわけでない。
刑事とて公務員。基本は自助努力しかない。普段から指名手配書をフロント内に
貼り付けておき積極的に通報するようにしているので、好意的に対応してくれる
が、脅しと分かっていても民事である。そう簡単に表立った口出しはしない。
 ところで、現場での手口である。開業2年目頃の、初めての脅しを鮮明に
憶えている。明らかに暴力団風の男に電話を受け継いだところ切れてしまった。
そこで、「数百万の商談が壊れてしまった。弁償しろ!」と凄んできた。 
明らかに脅しだが、電話の取り次ぎのミスも仲間と仕組んだのは明らか。
さてどうするか・・ ただ謝るしかしかないが、彼らは、そう簡単に脅しで
金が取れないこと知っているので執拗。 最後は、諦めたが! 似たような
ケースで副支配人が二人組にナイフを突きつけられ、数万、強奪されたが、
逃走中に警察に逮捕された。ナイフが逃走の車中にあったので立件が出来たが、
もし無かったら、そのまま釈放されたという。4〜5年前には水商売風の
アベックの女性が、風呂の石鹸を使ったら肌が荒れたと病院に行き、その
診断書を見せて何とかしろ!と凄んできた。これも刑事に相談しても、
難しいという。「示談はしない、裁判所を通して下さい」と突っ張ると、
「10万円で手を打とう」と言ってきた。具体的金額を言うと脅しになり
警察は介入すると聞いていたので、連絡。警察もチンピラの脅しの対応など
御手のもの。 二人が外出をするのを待って、後から歩きながら、
「私は刑事だが、地元の組に挨拶をしてやっているのか?やっているとしたら
組の責任もあり大問題。挨拶無しでは、ただで済まないぞ、どっちなのだ!」
と、気合をかけたら、逃げるように二人は消えた。事務所に、恐喝をしてきた
宿泊の二人組が執拗に電話で脅してきたので、録音をして警察に提出したが、
これまた逃げるように消えたこともあった。要は、ケチなチンピラだが、
持って生れた天性があるが、簡単に屈しない相手を見分ける嗅覚もある。
間違って直接電話に出てしまった時は、瞬間、電話を切る。2〜3回繰り
返せば、二度と来ない。脅しようがないからだ。直接、事務所に乗り込んで
きたことは、一度も無い。それをすると強盗になるからだ。
何度か、彼らの脅しの現場を至近で見たことがあるが、当事者でない
としても、恐怖のどん底に突き落とされる。
・・・・・・
3972, 閑話小題
2012年02月09日(木)
  * 大地震が夜半に起きないのは何故
 関東大震災、神戸淡路大震災、中越地震、柏崎刈羽地震、この東北大震災、
そして海外ではスマトラ沖大地震、四川大地震、ペルー地震と、小さいのは
別として、最近の大地震は何故か殆どが日が明るいうちに起こっている。
太陽系の引力にも関係しているのだろうか?もし東北大震災が夜半だったら、
数倍の死者が出ていたはず。日の入りの時間は約半分として、上記の最近の
地震全てが日が明るいうち、というのも偶然にしては?台風も、不思議に
週末に集中する。
  * 単身女性の3割がワーキングプアー?
 先日、TVで単身女性の3割がワーキングプアーと報じていた。
個々人の事例を紹介していたが、男性のような暗さがない。その生活も決して
不満でなく、それなりに満足している? 心のどこかに「白馬の騎士が迎えに
来てくれるかも?」の願望があるのだろうか? 女が一人で生きていくのは
甘くないが、今さら元に戻れない。まだ社会に余裕があるから明るくいられる?
時代が、さらに厳しくなった時に、その明るさはなくなる。母子家庭の過半数
以上がワーキングプアーというが、単身女性も加え、女性の時代という掛け声と
現実の違いはあまりに大きい。 国民の平均所得の半額以下の収入の人をプアー
というが、その規定を見直すことも必要の時期にきている。
プアーの言葉が世に出てきたため、意識をするようになっただけか?
右上がりの時代から右下がりの時代の対比からみて、明らかにプアーの時代
になったことは確かである。この言葉の規定からすると、国民年金生活者は
全員プアーになってしまう。プアーだが、情報だけはリッチの時代。
・・・・・・・
3607、絵になりますね
 2011年02月09日(水)
「この風景、何処から撮っても絵になりますね」など、風景、場面の美しさを
表現するのに「絵になる」という。「アート画転換ソフト」は、その言葉の
とおりにデジタル化した写真を絵画やアート画などに転換してくれる。
絵を描くのはプロでも大きなエネルギーを要するが、気楽に一瞬のうちに転換
してしまうから驚きである。デジタル写真を絵に転換すると、何故、気持ちが
響くのだろうか? そもそも絵とは何か?
  ーそこで「絵」とは何かをウキィペディアで調べてみたー
≪ 絵画は、板や布、紙、壁といった支持体と、絵具などの描画材料による
 特定の支持体に対する描画で成立したもの。板や布に描かれた油彩画や
テンペラ画、フレスコなどで描かれた壁画を指す。紙に描かれた水彩画などは
含めるが、木炭や鉛筆で描かれたものは含めない。≫ 
 この説明では、書かれた絵の意味することの説明にはならない。
絵は描く人の直接手描きの主観と気持ちが入っている。対象に集中した魂が
絵画の絵画たる由縁である。それからして、この転換されたデジタル絵画写真は、
果たして絵画と言えるのだろうか。先ほどの「板や布、紙、壁といった支持体を
パソコン画面かネット上に替え、絵具などの描写材料がデジタル写真による
支持体とした描画で成立したもの」とすると、デジタル絵画としての立派な絵
になる。手描きはデジカメで現場で撮ったことに置き換えられる。
そう、これはバーチャルペインターという絵画ロボットが描いた立派な
芸術である。それは、誰もが過って見たことのない新しいバーチャルの世界
であり、これまでは一部の専門家しか出来なかったアート画を、気楽に絵画
ロボットが変幻自在に描き上げてくれる。そこに現れ出るのは、今までは
絵としては表現出来なかった、異次元のデジタル芸術の世界が創造される。 
実際に、過去のアナログの写真をデジカメで取り直し、ロボットで絵画転換
をする度に過去が新たによみ返ってくるようである。その現場で写した写真が
アート画になるとは、数年前までは、誰も想像すら出来なかったことである。
IT化の凄みの一例を垣間見ている。成るほど、20、200万年に一度の
境目で見えてくる現象はこんなものか。
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3242, 葬式は、要らない
2010年02月09日(火)
「葬式は、要らない」 島田 裕巳 (著)
 ーアマゾンの内容紹介よりー
 日本人の葬儀費用は平均231万円。これはイギリスの12万円、韓国の37万円と
比較して格段に高い。浪費の国アメリカでさえ44万円だ。実際、欧米の映画等で
見る葬式はシンプルで、金をかけているように見えない。
対して我が国といえば巨大な祭壇、生花そして高額の戒名だが、いつからかくも
豪華になったのか。どんな意味があるのか。古代から現代に至る葬儀様式を
鑑みて日本人の死生観の変遷をたどりつつ、今激しく変わる最新事情から、
葬式無用の効用までを考察。葬式に金をかけられない時代の画期的な1冊。 
〜この一冊を読んでいるといないとでは、葬式費用は大きく違ってくるはず。
先日の新聞広告に、この本の見出しをみて、以前にあまりに高い葬式費用に
ついて書いたことを思い出した。図書館の本棚に「葬式僧侶と、葬式業者の
ボッタクリ」の内情が書いてある本が数冊ならんでいる。それを宗教学者の
島田裕己が書いたのだから、説得力も増す。最近、不景気も重なりジミ葬の
流れが出来始めてきた。さらにGMSのイオンが葬式に参入するという。 
これは葬式業者にとって大きな脅威である。身内の死で慌てふためいている人
の隙を突いて、世間様並みにというキーワードで、タカルのがナリワイ。 
戒名など、自分でつくれるし、そのほうが葬式坊様につくってもらうよい、
ず〜〜〜とよい。ネットで「戒名のつくり方」とでも入力をすれば、
幾らでも基本が書いてある。直葬でけっこうと、いいづらいのが日本!〜
 * 直葬とは
 葬式をせず火葬だけすることを「直葬(ちょくそう)」という。
これまで我が国では、人が亡くなってからは死亡→通夜→葬儀・告別式→火葬
というステップを経るのが一般的でした。これに対し、死亡→火葬と、
途中の儀礼・イベントを取り払ってしまうのが直葬です。
※ 直葬に対応してくれる葬儀会社をネットで探すには、「直葬+プラン
+(地域名)」で検索するか、葬儀会社特有の呼び名である「火葬式+(地域名)」
で検索するのが、おすすめです。
 * 直葬をどのくらいの人がしているか?
正確な統計はないが、専門家の推定では、2008年時点で東京都下の20〜30%、
地方の5〜10%が直葬だと見られます。直葬そのものは生活困窮者や天涯孤独者
については昔から行われてきたが、一般に広まり始めているのが、最近の特徴。
 * なぜ直葬が増えているのでしょう。
 あくまで仮説に過ぎませんが、次のような要因が考えられます。 
平均寿命の伸長(つまり死亡年齢の上昇)により、社会的儀礼としての葬式
の必要性が薄れた。 格差社会の進展で、生活困窮者そのものが増えている。
宗教、とりわけ仏教離れ。葬式を金銭や時間、手間の点で「ムダ」と考える人が
増えているメディアでの報道により、直葬が「市民権」を得つつある。
 http://www.yuigon.info/keywords/chokuso.html ー遺言情報局
 ・・・・・・・・・
2867, 「ほめる」言葉  − 4
2009年02月09日(月)
人は9割がたが褒められた事がキッカケで成長するという。子どもの頃を
振り返ると納得する。母親が38歳時の子どもだったこともあり、母はことある
ごとに褒めていてくれた。また4人の姉の存在が女性心理からみた
褒める以前の知職を経験的に教えられた。
・下手に女性を褒めないこと ・嫌らしくしないこと ・媚びないこと 
・心を開いているようで開かないこと ・優しくすること 
・何気なく褒めること ・噂話は絶対にしないこと、などである。 
褒める以前に、その人の品性の裏づけがないのは、相手の心に響かない。 
話しは変わるが、十年ほど前のこと。同級生が300人ほどの何かの講演会の
締めの挨拶に立った。その会の後に。同級生が十人ほどいたので急遽、親睦会
を開くことになった。和気藹藹と飲んだ後に、その男が隣に来た。
「挨拶は如何だった?」と聞かれたので、「御前さんも、やっと面(ツラ)
が出来てきたな」と言うと、すかさず「どういう面だ?」と一歩つ込んできた。
そこで思ったまま「我われに笑されている自分を、笑っている面だ。
それが何とも味があった」と、その時の本人の嬉しそうな顔は、忘れられない。 
上手く褒めた時は、褒めた方も嬉しいのである。このところ「褒め言葉」系
の本を数冊読んだためか、無意識で相手を褒めている自分が、そこにいた。
何時の間にか、それが無くならないように習慣の核にしないと。 
先生は幾らでもいるのだから!
 
第三章 相手の成長をうながす「ほめ言葉」 
  ー相手の小さな進歩を見逃さない-精神対話士 Mさん
   −以下は字数の関係でカット(2010年02月09日
・・・・・・・・・・
2008年02月09日(土)
 2502, 「体験と偏見による養生の実技100」
「体験と偏見による養生の実技100」の例が、主観的だが面白い。
  その中で6項目を書き出し、考えてみた。
13、中心は辺境に支えられる。心臓や脳を気遣うなら、
  手足の末端を大切に。指先、掌、足裏など。
  解)フランスの、あの「成り上がり大統領」に聞かせてやりたいもの。
35、人生50年というのは正しい。それ以降はオマケと感謝の日々を送る。
  朝、目が覚めたときには、胸の上で手を合わせて、「きょう一日の命を、
  ありがとうございます」と言う。眠りにつく前には、同じく「
  きょう一日の命を、ありがとうございました」と言う。
  解)もともと、おまけと考えればよい。死を悟ったときに気づくこと。
50、仏教では「われありて、かれあり」という。笑うことは心身によいが、
  泣くことも同じ。涙は魂を浄化する。
  解)泣き笑いか、人生は! (字数の関係でカット2010年02月09日)


5078,ツィッター、その雑念のゴミばこ 〜3

2015年02月08日(日)

         『ツイッター、その雑念のゴミばこ』横尾 忠則(著)
   * 歯がボロボロ落ちる夢
 どうも歯医者が苦手で、朝晩に丁寧に歯磨きをしてきた。それでも4〜5年
に一度は、虫歯の治療に行っていた。ところが二年前に、詰め歯がとれて、
5年ぶりに治療にいったが、4ヶ月間、毎週のように通院することになった。
ところで、この本に、歯周病についての呟きがあった。〜その辺りを抜粋〜
―― ぼくは60代まで歯医者知らずで来た。それが、2、3年前から肩がこると
 親知らずが時々痛む。今さら抜かなくてもいいでしょうと親しい歯医者に
言われているので助かっている。まだ抜歯の経験がないが、体内から頭蓋骨
の一部を抜きとるなんてこんな恐ろしいことはない。 :May6,201018・42
―― 以前、歯がボロボロ落ちる夢を何度か見た。身近の人が死ぬ予知夢だと
言った人がいたが誰も死ななかった。そういえばぼくの絵の女性は老婆みたいに
歯がボロボロに抜けている。なぜこんな絵を描いたのだろう。May6・201018;46
▼ 最近は、歯がボロボロ落ちる夢はみなくなったが、以前は、一年に一度は、
 みていたが、何か薄気味悪い夢であった。それが一般的にみられる夢と、
この書で初めて知ったが、歯周病のサインだったのだろう。〜ネットによると、
≪ 歯周疾患の有病率は「歯周ポケットを有する人の割合」で示され、
この割合は年齢が上がるにつれて高くなる傾向にあり前期高齢者で53%、
後期高齢者で62%。「国民の8割が歯周病」というが、「健全」以外の割合を
言うのであって、診査した歯のすべてが「健全」と判定された場合のみを指す。
少しでも歯石がついている場合には、健全と評価されなく、「8割が歯周病」
というのは、大げさな捉え方。≫ とある。
 二年前に、診療をしてもらった時、個々の歯の歯周病の進み度を2とか3
と看護師が記録をしていたが、2,3は、まだ許容範囲とか。
・・・・・・
4713,<つまずき>の事典 〜「男神話」   ー3
2014年02月08日(土)
                 <つまずき>の事典> 中村邦生編著
  * 「男神話」のバイアス
 森林(俗世間)から、サバンナ(御隠居)に移り住んでみて、森林生活の
思い込みが如何に主観的過ぎたかを思い知る。「男神話」のバイアス
(思い込み)への疑問はサバンナに出て初めて気づいたこと。
 ー以下の文章は、その辺りを、鋭くついている。 
《 私はいつも男であることを嫌悪してきた。男らしさに対するアメリカでの
 全般的な考え方は、憐れむべきもので、一生涯のあいだ寸法の合わない上着
を着ていなければならないことに、似ている。(対照的に、女性らしさとは裸身
を意識する耐えがたい抑圧感ではないかと私は想像している)。「男らしくしろ」
という言い方にしても、侮辱的で、人を罵倒するような感じを受ける。
その意味は、ばかになれ、非情になれ、従順で軍人のようになれ、頭を使うな、
といったことなのである。ーポール・セルー「男神話」エッセイ「男神話」
のなかでセルーがこだわっているのは、アメリカ社会の中で「男らしさ」
の追求がいかに男たちに抑圧的な役割を強いるものであるかという点である。
何しろアメリカの元大統領の例に示されるように、週末の休暇にカウボーイの
格好をしてみせて、常に強い男の演出をしなければ自らの政治生命に支障を
きたす社会なのだ。物を書くという仕事に関しても、男らしい職業と言い難いが
故に、アメリカ作家の多くは自らの「男」を証明するために、大酒飲みである
ことを自慢したり、金銭的成功をめざしたり(富は男らしさの象徴)、ヘミング
ウェイのようにライオン狩りをしたり、といったように、これまで「血のにじむ
ような努力を重ねてきた」のだ。ついにはセルーが「男であることは、特権的で
あるどころか、むしろ無慈悲で懲罰的、重荷である」と嘆くまでに至るを聞けば、
もう他人ごとに思えず、意気消沈する男たちも少なからずいるにちがいない。》
▼ 「男は男らしく、女は女らしく」は疑問の余地がないはずと信じてきた。
 しかし振り返ると、実際に男らしかっただろうか?どうだろう?「男神話」を
信じて、男らしくあろうと必死だった姿が、滑稽で可笑しく、漫画的に思えるは、
熟女?が、よい年をして、「女神話」に乗せられ、高価の化粧品を買って、
必死に化粧台に向かっている滑稽さと同じ。昨日も、ハリウッド映画をみてきたが、
「男神話」そのもの。いま問題になっている「現代のベートベン」も、その虚像
を演じた男の終末劇である。そういう私も、「男神話」を信じて疑わなかった一人。 
信じて演じているが、コスプレ? その視点で世の中を見ると、全てコスプレ?
そうみれば、逆にコスプレを楽しんだ方が面白い?「男」をコスプレしてきた?
・・・・・
4346, 暴力団  ー2
2013年02月08日(金)
           「暴力団 」溝口 敦 (著)
 世界で不法集団が街の真ん中に堂々と事務所を開いているのは日本だけ。
それを一般国民も認めているから最後進国並み。
10数年前になるが、個人経営の居酒屋に営業時間、堂々と組員が営業をする
のだから驚いた。それも暴対法が出来てからは、無くなったようだ。
悪しき民主主義が、こういう人たちの権利も擁護をしていることも事実。
 ーアマゾンのレビュー(感想)にあった次の要約は、分かりやすいー
≪・序盤には、日本の暴力団の概略とその活動内容について書かれています。
 シノギについても、いろんなシノギがそれぞれどういう活動で、どういう
 歴史を持ち、どういう風に行われていて、時勢にはどういう傾向が有るのか、
 どれくらいの収益を上げているのかが、具体的に書かれています。
 また、暴力団だけではなく、隣接する業界(風俗や解体、産廃業界等)が
 どういうふうに関わっているのか(たとえば、ソープやパチンコホール等の
 暴力団へのみかじめ料の基準)などが書かれている。
・中盤では、暴力団員的気質や構成員間の人間関係、刺青の意味・種類や入れる
 動機、アメリカやイタリア、チャイナやタイワンのマフィア、香港の三合会、
 などとの比較を通じて、暴力団とカタギの社会とのかかわりについても言及
 してあります。また、暴対法や暴排条例をはじめ、警察や行政組織、刑事法
 とのかかわり(ウィークポイント)について言及してあります。
・終盤では、従来の暴力団という性格の組織は維持できなくなりつつあること、
 また、それと関連して統制されなくなったアウトローが暴力団にかわる勢力
 (わかりやすく言えばオレオレ詐欺をやっている連中や、海老蔵の事件を
 起こした暴走族上がりのハングレ集団)として台頭の記述があります。≫
≪ 暴力団に会わずにすめば、それがベストだが、会うことになってしまった場合
 の対応などはとても参考になる。ICレコーダーなどの録音機をテーブル に置き、
 「録音させて頂きます」など相手の了解を得る。会っても暴力をふるまわれる
 可能性はほぼゼロ、警察に引張られるので暴力は振るってこないと安心していい。
 相手が脅してきた時は「私たちでは対応できないので警察官に立会って貰います」
 と対応、正面からぶつかることを恐れない、妥協しない相手と思わせること。
 「誰が、どの様な権利と名目を持って、主張しているのか」という点を
 見失わない様に努め、毅然と対応することが重要と。 ≫
▼ 不況の上に暴力団対策法、暴力団排除条例が次々に施行され、
 警察の取り締まりも厳しさを増す中、下っ端の生活は厳しく高齢化が進んでいる。
 台湾の「流氓」は20代前後が中心なのに、日本の広域団体の直系組長クラスは
 高齢化が進み、六代目山口組の「若頭補佐」で40代はゼロ、五代目時代は数名
 いるという。 台湾は若年化、日本は高齢化である。イタリアの「マフィア」は、
 「3名以上で構成され、危害を加える恐れのある者の集団」と人数まで、設定
 されているのに対して、日本の法律では人数などは言及がない。
 「半グレ」は暴力団とも対決できる新集団で、盛り場を変えている。
 暴走族上がりの半グレ集団の関東連合。かつては暴力団員の予備軍だったが、
 半グレは暴力団になろうとはしない。なっても稼げないからだ。
 新潟駅前には、得体の知れない若いグループが屯をし、酔い客や、若い女性に
 声をかけ、店やホステスの勧誘をしている。駅構内の新幹線のコンコースで
 5〜6人が横に並んで声をかけている姿は、もはや司法国家とは思えない。
 警察の動きを携帯で連絡をし合って神出鬼没に姿を現す。逆に4〜5人が
 若い警官二人を無言で取り囲み凄んでいる。荒んだ時代背景がある。
・・・・・・
3971, 閑話小題 
2012年02月08日(水)
  * 携帯とスマートフォン、複数所持7割
 TVの街頭アンケートで、携帯とスマートフォンの複数所持が7割とあった。
私自身、iPhoneのタッチ式の文字が小さくて相性が悪いこともあり、
普通の携帯に逆戻りをした経緯がある。しかし、流れはスマートフォンに雪崩
をうったように切り替わったようだ。街頭インタビューでは、携帯を電話専用に、
スマートフォンをパソコン代わりの情報収集に使い分けているケースが多かった。 
他に、会社用と個人用とか、二台にして使い分けた方がスマートフォン一台より
格安になるとか、色いろな使い分けがあるようだ。 私の場合、iPadを
簡易型パソコンと割り切って、使いこなしているので、携帯に変えたのが逆に
良かったことになる。若者達は、ネットゲームで互いに遊んだり、仲間同士、
ナビを使って現在いる位置を共有したり、テレビ電話をネットで繋げたりして
遊んでいる。 何度も書いているが、iPadで日常生活が変わってしまった。
暇さえあればiPadである。他にも多機能TVも、居間生活を変えた。 
数百の録画か、過去一週間の地上波のゴールデンタイムの面白そうな番組か、
WOWOWの中から選択できる為、面白いものばかり。家内がTVを見ている
時は、パソコンかiPad。横になってiPadで新聞、書籍が見れるのが、
カウチポテト族には有難い。
  * 三丁目の夕陽
 少し前になるが、「三丁目の夕陽」をみてきた。これで3回続けての
シネマ通いになった。こと話題になった映画に関して、外れと後悔したことは
殆どない。 所詮は、すべて夢幻。 現実も、映画も、小説も、全てが虚構。
そう割り切って楽しめばよい。世の流れを、そのまま受け入れればよい。 
ミーちゃん、ハーちゃんを楽しむ。これが家内から学んだこと。それも人生経験
を積んだ後でこそ、その味わいが深くなる。思い込み、先入観が世界を狭くする。 
高度成長期に向かって動き始めた昭和30年代半ばから後半が、時代背景。 
 団塊の世代向けにつくられた映画だが、当時は夢に向かって誰も必死に学び
働いていた、その頃の仄々とした空気が上手く映し出されていた。
そしてバブルと、バブル崩壊、そして右下がりの20年を経て現在に至っている。
暗く淀んだ不景気の中で、明るい未来の予兆が国全体に漂っていた時代を
懐かしむのも何とも複雑。
 ・・・・・・
3606, 大相撲八百長事件
2011年02月08日(火)
 結局、これも携帯電話から致命的な証拠を残してしまった。
去年7月に野球賭博で力士の携帯電話が押収された時から、一部親方衆から
八百長の記録が表沙汰になるのでは?と危惧されていた。力士は携帯の内容を
消去をしてしまえば大丈夫!と思っていたようだ。 しかし携帯の記録は
専門業者を使えば直ぐに現われてくる。 ここで分かったことは、十両の一勝の
相場が20万円。そして互いの前後の場所の貸し借りで清算されるか、違う力士
との貸し借りにも融通されていたことである。「関取の互助会組織」が暗黙の
うちに出来ていて、大関や、十両などからの陥落の際にやり取りされていた。
勝ち星の貸し借りの噂は私が子供の頃からあった。その辺を暗黙のうちに了承し
見ると千秋楽の取組みは面白く、幕下から幕内の大部分を見てきた。
本来、相撲取りに道徳など求める方がおかしい。それらのイカガワシサを含めた
スポーツ兼芸能世界を楽しむのが好角家であり、目くじらを立てる方がおかしい。 
ここで、何故に警察が野球賭博で携帯電話から得た八百長の決定的証拠を表沙汰
にしたのか? 誰もがエッと思ったはず。そんなに警察も野暮ではないはず。
そこには一部報道されている相撲賭博疑惑があるからでは?暴力団が仕切って
いる賭博組織の摘発のため?と思うのは私だけではない。その前に尻尾切りで、
ウヤムヤになるのか? その辺の筋たてを見ている方が面白い。もう一つ政変の
前には意図的に「目くらまし」の事件を立て国民の目を、逸らす力が働く。
3月政変への御膳とみると、成るほど合点する。 相撲を長年みてきた者として、
過去の関取の大部分は、何らかの形で八百長をしてきていると確信している。
最近、怪我の相撲取りが多いのは、八百長がやり辛くなってきたためともいう。
力自慢の見世物という興行世界なら、暴力団や花柳界との出入りがあって当然。
芸者遊びをTVを通し楽しむ世界でしかない。その異質の世界を、一般の常識で
縛ろうという方が不自然。 「相撲取り、関取落ちれば、ただの馬鹿(デブ)」 
チョンマゲをつけ、褌姿で、裸でぶつかりあう神事を割り切って楽しめば良い。
やはり日本的ウヤムヤの延長しかないのか?
 たまたま二年前に、大相撲について書いてあった。
・・・・・・
2866, 大相撲が神事? 
2009年02月08日(日)
 大相撲が日本人力士の大麻吸引で、ますます面白くなってきているが
「大相撲って実のところ何だ」というと、いかに曖昧である。「国技」?
法的には何もない。ただ税金は全面的に免除されていて、理事以上の利権
のネタでしかない。  (字数制限のためカット 2012年2月日)
・・・・・・
3241, 中学同期会にて
2010年02月08日(月)
 中学校の同級・同期生は「選りすぐり前の色いろな社会の原型」
を見ることができる。地方・城下町の駅周辺とくれば尚のこと。 
サラリーマンの家族より、商売人の長男・長女で、家を継いでいる人
が多いのが特徴。ここにきて地方都市の衰退の影響を直接受けて、
全体的に沈んだ雰囲気である。200年近い老舗を廃業した人が
「廃業させてしまったプレッシャーが大きく心に圧し掛かっている」と、
語っていた。新潟県は公共事業王国だった反動は大きく、農工業も中国などの
輸入品に押され県全体が悪化している。それに従い、高齢化も含めて元気が
無くなってきている。同年齢の姿を見て、自分の年齢にハッとする。
たまたま、4年前の昨日の随想日記にあった「老いのキー概念」が、
同じ年代の置かれた状況から見えてくる。
(1)居場所がない(2)社会的役割の喪失(3) 貧困と孤独 
(4)生と死の間のさまよい(5)青春への希求ー自分に青春がなかった
 という疑問等 (6)老年危機ー生きる意味の喪失(7)枯れへの悶え
(8)矛盾する心性(自分の人生の肯定・否定の自問自答)(9)ボケと過敏  
(10)成熟と衰え、その一歩手前というところ? どれもこれも、これから
  誰も直面する問題が羅列されている。還暦を過ぎてから 
(8)矛盾する心性(自分の人生の肯定・否定の自問自答)が覆いはじめている。
  それ以外は、まだだが、いずれじわじわとくるのだろう。  
  人生60、いや70歳代が一番良いというが、準備をしてきたかどうか?で、
  その質が左右する。中学校、そして高校と30年近く同期会が毎年の
  ように開かれているが、地方だからこそ可能なこと。
・・・・・・・・
2008年02月08日(金)
 2501, 無くてはならぬもの −8
 おはよ〜(>ω<。)!!
人生を振り返ると全く、恥ずかしきことのみ多かりき!である。自分の輪郭が
ハッキリして、その卑小性に独り嫌悪感に陥る瞬間が多くなる。これが人生の
秋口の心の風景。 早くいえば基礎教養は足りなかったのである。
俄然と読み始めたのが20歳位だったのが遅かったためだろうか。40年以上は、
一日2〜4時間は読み続けてきた。しかし思春期の読書量が足りなかった。
それも、家庭文化のレベルということもあるが。しかし子供のころから葬式など
で法話を聞き続けてきたし、書画骨董の一流品を見続けてきたし、それでも両親や
兄姉から色々な教えを受けてきたし、生き様を見てきて、このレベルである。 
独り溜息をつく日々である。 後は、どう自分と折り合いをつけるしかない!
ただ面白かったが・・・この一点が救いである!若き時の自分の声のように当時
の沁みた言葉が、本を通して語りかけてくる。
 P−37 アンドレ・ジイドの『狭き門』という小説は諸君のなかにも読んだ
人が多いだろうと思うが、狭き門という題は聖書の有名な言葉からとったもの。
イエスの言葉。「狭き門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。
そして、そこからはいって行く者が多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。
そして、それを見いだす者が少ない」(マタイによる福音書七の13−14)
この「命にいたる門」ということも、ほんとうの自己を見いだす門という意味。
私たちはすぐにあの夏目漱石の『門』という小説を思い起こすであろう。
あの漱石の『門』の主人公は、友人の妻を奪って自分の妻にするのであるが、
そのエゴイズムのなかで苦しんだあげく、鎌倉の円覚寺に行って坐禅をして
悟りをひらこうとするが、どうしても救われないでまた門をあとにして舞い
もどってしまう。諸君は、ほんとうの自己を見いだすために、どのような門
からはいろうとされるだろうか門はたくさんあるようだけれども、他に道は
ないのかもしれない。「求めよ、されば、与えられるであろう。
捜せ、されば、見いだすであろう。門をたたけ、さればあけてもらえるであろう」
(マタイにょる福音書七の七)とまたイエスはいうのであるが、道を求めるという
心を起こすことが先決問題であるだろう。
 P−38 「何事も人からしてほしいと望むことを、人々にもそのとおりにせよ」
多くの人が、この黄金律を人生のモットーにして生きてきたことを告白している。
自分が幸福になるために、人から多くのことをしてほしいという思いである。
それなら、人々に対してもそのことをしてやるべきである。人から親切にして
もらって嬉しかったら、人にも親切にしてあげるべきである。
 (字数制限のためカット 2012年2月日)


5077,閑話小題 〜夜明けのスキャット ー③

2015年02月07日(土)

   * 単純ですから・・
 先日、横尾 忠則(著)『その雑念のゴミばこ』の ー単純ですからーを
テーマに書いた影響もあるが、一昨日朝方の夢が面白い。〜その内容とは〜
《 40数年前の金沢シリーズの夢が毎日、続く〜勤務先の売場を歩いていると、
 チーフの二人の女店員の話が聞こえてきた。『堀井さん、彼女が居ない
んだって、絶対に変よ!』と。ムカッとし、『聞こえたぞ!なら変かどうか、
試させろ!』と私。スッと逃げるかと思いきや、『私、単純なの、直ぐ
その気になるの!』という相手は、ツワモノ! しかし、第三者が聞いて
いて拙いと躊躇。チャンス!とするか、危険過ぎるので止めておくか? 》
という潜在脳が作りあげた物語。覚めてみれば? 夢の中でリスクを考え
自制した私も私!古希を過ぎて、こんな夢をみるのも若い? 程度が低い?
 この夢物語は更に複雑?に次のステージに。
《 その数ヶ月後?その女性、彼氏の子を宿し急遽「出来ちゃった婚」で、
退社場面。あの時、勢いで何?なら、私は違った男の子を育ていたと冷や汗 》
 夢に落ちまで付くところが面白いが、夢は夢。潜在意識は、おもろい物語を
創作するもの。当時、これに近いことが日常茶飯事? その一つが夢で再現? 
「君子危うきに近寄らず」だが、せめて夢なら、どうだろう? 落語に
『燗をしているうちに夢が覚め、冷酒で飲んでおけば』と後悔する小話がある。
 昔、大手生命のキャリア某さんと酒を飲んだ時、『保険のオバサンを使う時、
塀の上でギリギリの危ない状態に自分を置かないと、営業成績は上がらない!
特に40歳前後の、あと一花咲かせるか、小母さんで終わるかの女性が一番、
美しい!』という含蓄ある言葉が印象的。確かに若い女性の職場は難しいが、
オバサンは更に難しい!とか。女性職場の男の役割に、じゃれホストの要素?
がある。過半数は一つ間違えると少し危ない状態に身を置くのがコツとか?
 何事も「咽喉過ぎれば熱さ忘れる」だが、極限だからこそ面白さが増す。
峠道、全てが夢幻、夢の跡。ー何ともなやのう うき世は 風波の一葉よー
・・・・・・
4712,閑話小題  ー現代のベートヴェン
2014年02月07日(金)
   * 「現代のベートーベン」のゴーストライターの会見!
 昨日の午後、スポーツジムから帰って居間でお茶飲みTVを見ると、
ゴーストライター・新垣氏の記者会見が始まった。家内は朝から待って
いたようだ。それはTVドラマの一場面のようなシリアスな内容。 
  ーまずは週刊文春 の概要よりー
《 広島生まれの被爆二世で「全聾の作曲家」、佐村河内守氏(50)が、
実際は自分で作曲をしていなかったことがわかった。
 桐朋学園大学作曲専攻で非常勤講師を務める新垣隆氏(43)が取材に応じ、
佐村河内氏のゴーストライターをしていたことを明かした。 氏の代表作
とされる『交響曲第一番HIROSHIMA』や、フィギュアスケートの?橋大輔選手が
ソチ五輪のショートプログラムで使用する曲『ヴァイオリンのためのソナチネ』
も、新垣氏が作った楽曲だった。 新垣氏はこう語った。「公表するべきか
逡巡しましたが、事実を明らかにして自分も詫びなければと思い至りました。
このまま事実を伏せ続ければ、五輪という大きな舞台までもが氏の虚構を強化
する材料にされてしまうのではないか、と」
 また、昨年3月に放送されたNHKスペシャル『魂の旋律〜音を失った作曲家』
で、佐村河内氏が東日本大震災の被災地を訪ね、津波で母親を失った少女の
ために『ピアノのためのレクイエム』を作曲する様子を密着取材したが、
この曲も氏の指示で新垣氏が作曲したものだった。番組では、氏は「全聾」
ながらも「絶対音感」を持つ「現代のベートーベン」と紹介された。》
  ーネットで会見の要所を抜粋するとー
・佐村河内氏は聴力を失っているとされているが、「私の感覚では耳が
 聞こえないと感じたことは一度もありません」。「彼とは普通のやり取りを
 していた。(耳が聞こえないというのは)違うのではないかと思います」。
 作曲をする段階でも「私が録音したものを彼が聴いて(その場で)彼が
 それに対しコメントするということもありました」と具体的な例を挙げ
 「耳が聞こえないことを装っていたと思うのか」との問いにも「はい」
 としっかりと答えた。
・障害者手帳は「1度だけ見せられたことがある」。その時期は
 「彼が自分が耳が聞こえないんだというスタンスを取った、ゲーム音楽が
 発表された後(彼が35歳)あたり」「これからはそういう形で行くという
 話を聞いた記憶はあります」と、その時を境に、外に向けて
 “耳が聞こえない”ということを売りに音楽制作活動をするようになった。
・「最初は私にも耳が悪いことを示していたが、やり取りをしている
 うちに装うこともなくなっていった」。
・「私は佐村河内さんの共犯者です」。「最初に、耳が聞こえないのだと
 言い出した時は戸惑いました。その必要があるのか疑問だった。でも、
 それはこのような環境に立つための方法なんだと了承した。彼は自分の
 キャラクターを作り、世に出した。彼のイメージを作るために、私が協力を
 したということだと思う。私にとってもゴーストとしての役割を果たすため
 には、それ(実は聞こえるという事実)が知られてはならないので、
 なるべくそれがやりやすいような状況を望んでいたのは否めない」
 と自らも「共犯者」として偽りの片棒を担いだことへの思いを語った。
▼ これだけ派手にマスコミを賑わし「現代のベートーベン」と言われた
 「全聾の作曲家」が、ゴーストライターに、記者会見で、暴露される前代
未聞の内容。本当か嘘か、18年間に20曲で700万は、安すぎる。せめて7000万
なら分かるが。其の辺がネックのように思えるが、どうだろう。これは高橋選手
が出場する直前のタイミングを狙ったのは何故?という疑問がたつ。
自作自演の現代のベートベンを演じた佐村河内も、バレなければ、それはそれで?  
これで、オリンピックも、都知事選も、半分は、この方に目が向けられる。 
細川が全聾の作家とすると、ゴーストライターが誰?アメリカのシェール会社
あたり? 彼が勝てば、原子炉全廃に一気に世論が変わる!で、
・・それより、株価の暴落が?
・・・・・
4345, 暴力団  ー1
2013年02月07日(木)
                  「暴力団 」溝口 敦 (著)
 暴力団といえば、ホテル業など狙われやすい。植木鉢や門松の名目で一度、
払えば当然の権利?として付込んでくる。開業当初は執拗に迫ってきたが、
30年間、一度も屈したことは無かった。流しの半グレが客の立場を利用し
タカリってきたが、一度も払わなかった。些細なことでも警察の相談するのが
鉄則。「あそこは警察に直ぐに電話をする」「絶対に払わない」という
情報は、その筋では周知になる。脅された担当は「命が幾つあっても
足らないほどの恐怖」とこぼす。 まずは ーアマゾンの内容紹介ーより
【 島田紳助、衝撃の引退! 人気タレントの社会的生命を閉ざすほど、
 よくスキャンダルになる「暴力団」とは、 そもそも何なのでしょうか?
芸能界だけではなく、あなたの会社や家庭にも秘かに忍び寄っているのかも…
社会の裏にに巣食う「わるいやつら」の正体とは?  [こんな情報が本書で
とてもよくわかります]  ・暴力団はどこにいるのか? 
・暴力団のリクルート活動とは? ・学歴、年収、出世の条件とは?
・芸能人となぜ親交するのか? ・覚醒剤や野球賭博でどのように儲けるのか?
・女はヤクザになれるのか?・なぜヒモが多いのか?・刺青や指詰めのワケは?
・警察との癒着は? ・ヤクザが 恐れる集団とは何か? ・もし出会った
 しまった時の対処法は? 無法な「わるいやつら」にペンで対峙し、
 日本最大の山口組も、暴対の強面警察官も唸らせたノンフィクション作家が、
 「現代極道の基礎知識」を世界一やさしく解説しています。】
   ー要約するとー
≪・暴力団が儲からない商売になっており、絶滅危惧種になっている。
 ・暴力団に代わり、半グレ集団の元暴走族的犯罪集団が勢力を伸ばしている。
 ・暴力団対策法が余り有効ではない一方で、昨年から全都道府県で制定されて
  いる暴力団排除条例は絶大な効力を発揮している。
読むと、いい女を連れて高級車を乗り回すかつてのイメージは完全に払拭される。 
組の若い衆が問題を起こすと組長にまで、警察の手が及ぶ現状の組長は哀れ。
暴力団は斜陽にあり、高齢化が進み、新人のリクルートが進まず、組織が硬直化し
活力を失いつつある。バブルの時は地上げや株式相場で儲けたものもあったが、
今や彼らも風前の灯。失われた20年の直撃をもろに受け、財布は限りなく軽くなり、
派手な生活は出来なくなった。かわって出てきた半ぐれ集団も置かれた状況は同じ。
彼らが持て囃された30年前は遠い過去で、暴走族そのものが全国的に
「絶滅危惧種」状態。最近六本木のクラブで起きた金属バットで殴り殺す事件も、
半グレの関東連合が絡んでいたが、特定の被害者をグループで襲うという行為
自体が女々しいと・・ 本書に「政治家は悪い政治家もいれば良い政治家もいる。
警察官にも悪い警察官もいれば良い警察官もいる。しかし暴力団だけは悪い
暴力団だけで、良い暴力団はいません」とある。そこで求められる資質は、
他の職業にも言えるが、空気を読むこと、相手の顔色をうかがい、少しでも
怯んだ様子を見せれば、たちどころに居丈高になり、弱みを突いてくる。≫
▼ ネットで結ばれた緩やかな半グレ集団が、暴力団にとってかわりつつあるが、
 これとて絶滅倶種。現役のころ、こういう 得体の知れない人種が常時
7〜8人は宿泊していた。それを常に刑事が調べ、後をつけたり、職務質問を
したりし逮捕する。五年、十年のホテル難民も常時、宿泊していた。
その強請りも暴対法が出来てから激減していった。
・・・・・・・
3970, 大型クルーズ船長のオソマツ!と、私
2012年02月07日(火)
 イタリアの大型クルーズ船長の言動に対して日本のマスコミは、騒がない。
世界の航空会社で最低といえばイタリアとインド。海外ツアーで旅行代理店は
イタリア航空を組みこんだものは少ない。 良くいえばラテン系の大らかさ、
悪く言えば大雑把で好い加減。その結果トラブルが非常に多い。 近隣に
サービスとは無縁のイスラム系の国があるので目立たないが、先進国といわれる
国の中ではルーズさに関しては最悪の国。 5千数百人の乗客の船長が我先に
救命ボートに乗って逃げ出す失態は、国家そのものの恥でもある。 
呆れる以前の問題で、誰も馬鹿馬鹿しく批評すらしないのが笑いを誘う。 
その言い訳が二転三転し、イタリア人らしい。 
  ー ネットのニュースーより
【イタリア中部ジリオ島沖で起きた大型クルーズ船「コスタ・コンコルディア号」
の座礁事故で、英BBC放送は18日、伊主要メディアの報道として、過失致死
などの疑い同じルートを通ったことがあるとし「今回は転進を指示するのが遅れた」
と語った。スケッティーノ船長の捜査当局に対する供述調書の内容を伝えた。 
それによると、船長は、乗客を船上に置き去りにして先に船を離れたことを認めた
うえで、自らの意思に反して岸へ運ばれてしまったと供述。 座礁した船の上で
転び、偶然、救命ボートの中に落ちたと主張しているという。 船長はまた、
船を島に接近させすぎたことが事故の原因と認めたうえで、以前にも3、4回、
接近させたと話している。 】
▼ ここで、今回の沈みゆく倒産劇の私が、この船長に重なるところがあった? 
 という思いが出ている。私の場合、何とか二人の年金で生活をしていけるが、
従業員たちは、この時代に生活していくのが至難。 事業を始める時、「始めた
からにはリスクが伴う。全てを失っても後悔はしない」と最悪の想定をしていた
ので割り切りは早い。しかし社員の立場は覚悟が違う上に、生活がかかっている。
生活が確保されている私をみて、あの船長と同じようにみえて当然。そのブザマ
な姿が自分に重なる! これも事業の起承転結の結。リーマンショックからの
売上激減の日々が大変だったので、この厳しさには平然としていられるが、
夜半に独り、あれこれ考えると凍りつく思いがする。これも覚悟の上で始めた
こと。45年の総括は2ヶ月後に行うが、創業準備の15年間の方が、
この事業の30年の数倍の厳しさとエネルギーを要した。準備を十分にして、
時流の風に乗せてしまえば、あとは自動的に流れていく。準備期15年の満足度
80点、30年スパンは60点、45年間で均して70点。最悪の結果としても。
惨劇を身近で多く見てきて、電光石火で終えたのは、不幸中の幸。 
全ての人の人生は本来、無様・・・ 私も、その一人と思えば気持ちが楽。
あの船長、天国から地獄。マフィアからも狙われる!
・・・・・・
3605, 大行進〜中国“小皇帝
 2011年02月07日(月)
 BShi で2月5日(土)午後8:00の
「大行進〜中国“小皇帝”たちの孤独〜」が濃い内容。〜まずは、紹介文から
≪ 急激な経済発展で増加した中国の新富裕層。たった一人の子どもが大事に
 され、何不自由ない環境とモノや金が与えられる。“小皇帝”と呼ばれるその
子たちの中には、親に暴力を振るうなど、問題行動を起こす子どもたちが増加。
そんな手に負えない「悪童」らを更生させようという、型破りな民間学校が
10年前に開校した。名物授業は2週間以上も歩き続ける400キロの「大行進」。
10tトラックで寝起きして毎日およそ8時間、平均40キロを歩き、精神的な
達成感と自信をつけさせること、そして農村にホームステイさせてもらい、
社会体験を積むことが目的だ。番組では大行進する子どもたちに密着。
家庭の問題や将来への不安など、彼らの本音に耳を傾け、歩き続ける中で
自分を見つめ、成長し、あるいは葛藤する姿を追う。≫
▼ 深く考えさせられる内容。日本で似ているのが「戸塚ヨットスクール」。
 これほど厳しくはない。ここで収容されている何人かの小皇帝を通して、
それぞれの親子関係と本人の抱えている問題が浮き出てくる。
何らかの問題は家族の中にある。 集団生活の中で、日記を書くことや、
掃除、互いへの思いやりが出来ていくプロセスを淡々と映し出されている。 
家庭生活を通して父親、母親、そして兄弟から多くを学んで育っていくが、
両親が共働きで一人っ子にはモデルがない。その結果、親も子供も戸惑う。
10歳までの教育、躾で人生は大方決まってしまう。それを10代後半に修正
するのは並大抵ではない。 考えてみたら大人数の家族の中で色々の葛藤と、
教えがあった。身近に、色々な人生を見るのは刺激が非常に強い。
ある意味では、この訓練校の中のようである。中国の一人っ子政策の歪みは
マクロ的にも必ず出てくる。「流砂の民」の傾向が強くなり、エゴ丸出し
国家の要員になる。 日本人の無気力より良いか?
・・・・・・・
3240, 一日、一回でよい
2010年02月07日(日)
「一日、一回でよい!」が、一ヶ月間の諺の‘日捲り’にあった。ツイッター
を始めようかどうか迷っていた時、「まず一日一回書き込むことから始めた」
という勝間和代の言葉に触発され、まず一ヶ月間続けてみようと実施してみた。 
成るほど続けていて「広い異世界を垣間見る面白さ」に気づかされた。 
一日には、朝、昼、晩、夜半と一つのリズムがある。これに沿って一つずつの
習慣を積み上げ、第二の天性を作りあげることでプラスの変化をもたらすことが
可能になる。ウォーキング、随想日記、起床直後の仏前の祈り、新幹線車中の
読書など、一日単位の習慣の重なりがある。その一日単位の習慣の組合わせが、
その人そのものとなる。さらに週一度の習慣、そして、月、年に一度の習慣を
付け加えていく。特に朝晩にベストの習慣を身につけることがポイント。
洗面、トイレ、風呂、三度の食事も、子供の頃から習慣付けられてきたもの。
 秀才とは、予習、復習の習慣のある人。天才とは得意を遊びにした人。 
一日千回、せめて百回「ありがとう」を繰り返すとか、般若心経を唱えるとか、
考え方の意図的なカタチつくりも必要である。『まずは一日、一回の厳守から』
習慣づくりは始る。しかし、これがなかなか難しい! 年に、月に、週に一度
といえば、色いろある。それを自分の絶対言明にして、その実行をしていくこと
が自分つくりということだ。この随想日記も、出始めは同じだった。 
あと一年三ヶ月で十年になる。
 ーたまたま去年の同日に、同じようなことを書いてきた。
・・・・・・・・・
2865, 一つのことに一万時間没頭
2009年02月07日(土)
 昨日の日経で、三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長の中谷巌氏が
全面を使った広告で「今、若者たちへ」という次世代に贈るメッセージを
語っていた。その中に「一つのことに一万時間没頭しよう リベラルアーツ修め、
『志』を打ち立てよ」がよい。 ーそれを要約すると
・若者は「とんがる」のが20代の仕事! 
 自分の能力の限界に本気に挑戦する数年を過ごすべき。
・そのために何か一つのことに一万時間を費やすべきだという
 『一万時間説』を唱える。
・そうするとヒトカドの人物になれる。プロとして認められれば同じような
 集まりである『鉱脈クラブ』に入会できる。
・大事なことは、一万時間も費やして獲得した人脈、知識、スキルを
 その後人生にどう生かすかである。 
・そこで求められるのが「志」、30代に志磨きをすることが必要となる。
 志を磨くには、まず、自分が何のために生まれてきたか、社会のために
 何をなすべきかという『自己認識』が必要。
・そこでは、国際社会で通用する高い教養が必要になる。 
 その第一歩が自国の日本のことを深く知ることである。人間性を磨く、
 要は教養を深め、専門性を磨き、人を説得する努力が求められるということ。
 −−
 これは決して若者だけではない。我われにも当てはまることだ。
一万時間という言葉で気づいたことは、この随想日記、8年弱続けてきたが、
8年×365日×3時間=8760時間で、あと二年で一万時間になる。なるほど、
と自分で納得している。あくまでアマチュアだが、一日も欠かさず続けた効果は
絶大であった。 あと2年で10年が大きな節目である。書き続けることの深さを
体感できたのが最大の収穫である。塵も積もれば山である。20人位の人が
見続けていたようだが、いや30人か? その人たちとは、ここでいう鉱脈
クラブでつながっているのだろう。8年間で自分が大きく変化してしまった。 
 ー効果の一部を思いのまま書いてみると 
・一番の収穫は、書くことが面白くなったことだ。 
・それと自分に自信が持てるようになったこと。 
・自分の限界がはっきりと見えるようになったこと。
・プロのモノ書きの凄みが見えるようになったこと。 
・本の速読が飛躍的についたこと。 
・ものごとの本質の把握力がついたこと。などなど、あげると限がない。
 もっと分かりやすくいうと、以上の文章を三十分で書けるようになった
 ことである。 で、どうした?どうもしないが!定年後に何をすべきか? 
 これまで出来なかった何かを見つけて一日十時間、三年間集中してみたら!
 群れてないで。 

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