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堀井On-Line
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2014年12月07日(日)
* 昨日は同級会と、上野の国宝展 昨夜は、日本橋で大学の同級会があった。5〜6年前から休むことなく出席をしているが、 二代目が殆どで、何かしら気品が漂っているのが気にいっている。 今回は白馬のホテル 経営者と、私の二人が地方からで、他は首都圏在住の人たち合計15名の出席者。 面白かったのが、23時過ぎに家に辿り着いて、さっそく、お土産にもらった魚の漬物を前に、 デジカメの写真を見ながら家内と話をしていたところ、TVから、同級生が経営する店内の 同じ会場が映し出されたこと。美味しいランチの老舗店の紹介内容だった。 何時も思うのが、料理は格別。 食べるほど、その味には驚かされる。 ところで、昨日の午前中、地元の長岡は雪が激しく、行くのを躊躇い、幹事に欠席の 電話を入れたが電源が切れていた。ところが、昼過ぎに、小降りになったので、最近の 判断基準に入れている『迷ったら、ポジティブに!』と、思い切って出発することにした。 そこで以前から予定を通り、会の三時間前に上野に行き、上野の国立博物館で開催 されている『日本国宝展』を見たが、これが思いのほか良くて、制限時間ギリギリまで 見ていたため、同級会には10分ほど遅れてしまった。 全国から仏像、茶器、着物、 絵画、屏風などが集められていたが、驚きの連続。この会の幹事が、私の近況報告を聞き、 「実は私も、昨日、二回目に行ってきた」という。 ところで、出席者15人の各自が5分ほど 近況報告をしたが、商売の具体的内容もあったが、やはり、ガン、糖尿、脳梗塞、心臓疾病 などなど生々しい病気が中心。欠席者の、脳梗塞の寝たきりの具体的内容には・・
・・・・・・ 4648, 一年で全米記憶力チャンピオンになれた理由 ー4 2013年12月07日(土) 『一年で全米記憶力チャンピオンになれた理由』ジョシュア・ジョア著 * 記憶の宮殿 ー� ーP・122 《・「記憶の宮殿」といっても宮殿でなくてもいいし、建物である必要はない。 街の通りを思い浮かべてもいいし、駅、架空の生物でもかまわない。小さくても大きくても、 屋外でも屋内でも、現実にあるものでも想像上のものでも、とにかく「ある場所から 次の場所に移る際の順番がわかりやすい想像しやすいもの」であれば何でもよいのだ。 ・全米記憶力選手権で4回の優勝を勝ち取ったバグウッドは世界的建築雑誌 『アーキテクチュラル.ダイジェスト』で特集されていた豪華な家々にイメージを置いている。 ・マレーシアの気鋭の記憶力王者、スウィーテーイは、自分自身の身体の部位を使って、 『オックスフォード中英辞書』の全1774ぺージ、5万6000語を憶えた。 ・オーストラリアやアメリカ南西部では、先住民族のアボリジニやアパッチ族が独自の 「場所法」を編み出していた。ただし、建物を使うのではなく、地元の地形図を利用して 物語を作り、風景を織り交ぜた歌に仕立てていた。小高い丘、岩、水流がそれぞれ物語の 一部を担う。 「神話と地図が符号しているのです」と、ミッソーリ大学で記憶と言い伝えの 研究をしている言語人類学者のジョン・フォーリーは言う。しかし、物語を風景に 埋め込むことで、ある悲劇がもたらされた。先住アメリカ民族は政府に土地を取り上げられた ことで、故郷だけでなく自分たちに伝わってきた神話も失ってしまった。 ・「ジョシュ、わかってほしいのは、人間は本当に場所を憶えることに長けているってことだ」と、 エドが言った。「例えば、君が初めて行った誰かの家で5分間だけ1人になって、好奇心が 湧いてきたとする。5分間でその家のことをどれだけ憶えていられると思う? おそらく、 それぞれの部屋の場所と間取りだけでなく、方角や装飾品、家具の配置や窓の位置 まで憶えられていられるはずだよ。意識していなくても、自分自身が気づいているという ことにすら気づいていない何百もの物の場所や、いろいろな特徴を憶えているものなんだ。 そういった情報を足していったら、ちょっとした短編小説ができあがる。 でも、僕たちは それを記憶の功績として残したりはしない。 ただ空間記憶を消費しているだけなんだ」 ・「記憶の宮殿」の基本的な考え方は、自分のもっている素晴らしい空間記憶を利用して、 脈絡なく並んでいる情報を組み立て格納することだ。 大切なのは、よく知っている 場所を 「宮殿」に選ぶこと。「最初の宮殿は、君が育った家は平屋?・・・》 ▼ これを読んで、自分には記憶力がないと決めつけ、記憶以前の対象の認知を疎かに していた事に気づかされた。確かな認識をしてないなら記憶が曖昧になって当然。 記憶力が弱いというバイアスが、認識力そのものを弱めていたのである。単純だが、 この本を読むごとに、認知力と、記憶力が強まっている。まず、対象に集中しイメージを つくる。そして、自宅の庭と玄関周りと、自宅内の幾つかに貼り付けていく。 これをスムースにするには訓練しかない。それにしても面白い! これを応用して、『思い出の宮殿』が出来るのではないか・・ 過去の創作になるが、 いや深入りをしない方がよいか?『思い出の宮殿』と検索に入れても、この言葉の ヒットが無かった。 夜半、少し試みたが、無呼吸になっていた。 ・・・・・・ 4283, 日本人の思い −2 2012年12月07日(金) 「日本人の思い」ー ほぼ日刊イトイ新聞 著 このアンケートの面白さは、アンケート結果の「エッ」という意外性と、 「やはり同じだ」という同調性である。 * 「あなたは、センスが良いですか?」に対して、センスが良いと答えたのは54%、 悪いと答えたのは46%で、微妙な数値である。自分はセンスが悪いと思い、チャンスが あればファッション店のウィンドウ・ショッピングをしている方が結果としてセンスが良くなる ケースが多い。 日本人は、大衆が洋服を着るようになって日が浅い。 最近の若者は体形が良く、TVやファッション誌などから情報が入手可能。 ファッション・チェックという番組まである。 * 「あなたは、宗教心がありますか?」では、宗教心があるが4割に対し、ないが 6割になっている。年齢的にみて高齢者ほど宗教心が高くなっているが、死が 近づくにつれ、神にすがりたくなるようだ。 * 「あなたは、軽いですか?」に、7割が軽くないと答えている。年齢別の統計値を見ると、 50歳代の男性の3分2が軽くないという答えが、60歳代になると逆転し、3分1と軽くなる。 30歳前半の4分3が軽くないと思っているから、社会的責任が、その思いに影響をして いるのが分かる。 * 「あなたは、しつこいですか?」に、6割が、「しつこい」と答えている。これは以外である。 年齢的にみると、14歳以下の8割が一番しつこく、歳を得るに従って、 しつこさが薄れていく結果。 * 「あなたは、生意気ですか?」に対し、7割が生意気と答えている。 見渡すと、大体は「小生意気」だが。 * 「あなたは、直感的ですか?」に対して、4分3が直感的と答えている。 五分五分と思ったが、意外。 * 「ダイエットを意識していますか?」に対し、女性は8割、男性は5割5分が 意識していると回答。 * 「ケチか、どうか?」に対し、3分の2が、ケチと答えている。 ケチをしないと、この世知辛い中で生きていけない。 * 「美男(美女)ですか?」に対し女性の3分の2、男性の4分の3が、 そうでないとの答え。 客観的にみて、そんなもの。 ▼ 8割以上は、前回、書いた「音楽が好きで、旅が好き!。よく本を読むが、エッチ。 恥ずかしがりやで、よく笑う!」それでは大方の3分の2の人といえば上記である。 これを要約すると「センスが悪く、宗教心はなく、軽く、しつこく、生意気で直感的。 女性はダイエットが常に頭にあり、ケチで、容姿に自身がない。」 これが大方の日本人が思っていると分かれば、劣等感も心が軽やかになる。 ・・・・・・ 3908、ファイナル・クラッシュ ー1 2011年12月07日(水) 「ファイナル・クラッシュ 世界経済は大破局に向かっている!」石角完爾著 知人に紹介され読んだが、解りやすい内容。 大まかに要約をすると、 ≪ アメリカが国内消費を促すために下層階級の住宅資金を野放図に貸出し、ローンを 債権として組み合わせて全世界に売り出した。プライム・ローンをベースにしたCDS。 それらが7京という途方もない不良債権として世界の国家や金融機関に眠っている。 アメリカは世界の主軸通貨の立場を利用して、ドルを刷りまくっていて、そのドルを アメリカ国債と交換し、帳尻を合わせてきた。加えて新興国の発展も含めて人口の急増が とめどなく進み、食料不足をおこしている。ドルとユーロとアメリカ国債のバブルで、 その破裂は目の前に迫っている。 ここに及んでソフトランディングは無理、 ハードランディングを避けられない。日本はGDPの二倍以上の1千兆円の国債を発行、 この暴落も何時起こるかもしれない事態。家族も資産も海外に早いうちに避難すべき。 その先はオーストラリアかシンガポールが最適。最終章は目前である・・≫ ▼ 新聞報道で連日、欧州危機の報道が続いている。 目先、問題を先送りをして 凌いでいるが何時、火の手が上がるかの瀬戸際。ある朝、起きてみると・・ それは想像を絶した本格的世界恐慌のノロシである。印象に残った部分を 何回かに分け書き出してみる。 ◎ 第一部 パーティー・タイム− 負債の泉 「もしアメリカの人々が銀行に通貨の発行量の調節を許すなら、第一にインフレにより、 次にはデフレにより、銀行と企業は成長し、そこら中にはびこって人々の財産を奪うだろう。 そして子供たちは、彼らの父親が征服した大陸で自分たちがホームレスになっている ことに気づくことになるだろう」−トマス・ジェファーソン(第三代アメリカ合衆浄大統領) ○アメリカの住宅バブル アメリカ人の多くは、ジュニア・ブッシュが大統領であった時代、ただで酒をふるまわれて 酔いしれていた。酒の正体は、低金利でいくらでも使えるクレジットである。 二〇〇一年の 911による消費の減退を避けるため、緩和的な金融政策と減税が実施され、それによって 金利が下がり、借金をして消費することが容易になったのだ。金利が下がったことで ローンを組んで不動産を購入する人が増え、その結果、住宅価格は急上昇した。 それ以前からアメリカにおける住宅価格は二五年にわたり上昇していたのだが、 二〇〇〇年以後ほんの数年で価格が二倍にもなった地域もある。 2004年から2005年にかけアメリカの平均的な住宅価格は一三%も上昇している。 しかしこの時期、この程度の上昇はスペインやポルトガルでも珍しくなかった。 つまり不動産価格の上昇は世界の多くの地域で同時に起きた現象だったのである。 これは、アメリカの金融緩和が生み出したものだった。 アメリカが世界の他の国に比べて 重要なのは、アメリカが世界最大の消費国家であり、過剰生産される品々を全て 引き受けているからである。アメリカ人は自分たち自身のお金だけでなく、とくに中国、 日本そして途上国がためているお金まで自分のもののように使っているのだ。 そのためにアメリカの金融緩和は世界の景気を上向かせ、資産価格を上昇させてしまう。 この金融緩和はしかし、無理のある政策だった。 ・・・・・・・ 3543, つれづれに ―物忘れ 2010年12月07日(火) * 物忘れ 最近に物忘れが多くなった。ボケなのだろうかと、不安にもなる。 先日、大学の同級会があったが、まず乗車時間を勘違いをして一列車遅れ。 乗って直ぐに携帯電話を忘れてきたことに気づきく。その上に、同級会が終わって 東京駅に着いて店にコートを忘れてきたことに気づくしまつ。折りたたみ傘は、 ニケ月に一度の割りで失くすので、1千円以下の傘しか買えない。 人間は忘れるから生きていけるが、もの忘れは困ったものだ。会社も自宅でも、 パソコンに予定などはポストイットに書きつけ貼っている。また自分の掌の親指の 下にメモる習慣は二十年前より実施をしている。 * 大学の同級会 大学の同期会が学校の事務局主催で10年に一回ずつ行われている。 20,30,40周年の会には出席した。(10周年の会は、会そのものが行われていなかった) その都度、二次会、三次会と盛り上がり、色いろな人生を垣間見る。4百人、3百人と、 参加者は少しずつ減っていくが、出席者のメンバーは、ホボ同じである。 教養課程の1・2年の同級会は首都圏在住の人たちで開かれていたが、去年から 誘われるようになった。迷ったが、往復の汽車賃は 二次会、三次会の飲み代と割り切れば、色いろな世界を見れるのもよいと出席した。 他の用件と重ねれば、隔年ぐらいの参加は良いだろう。あまり会合には参加をしないが、 学校関係だけは第一優先にし出席してきた。進学する都度出会う人の地域が広くなる。 小、中学、高校、大学と、出会う人の出身地が広がっていくのが面白い。幼稚園は 駅前の商店主の子供の世界。小学校は駅前から、その範囲が10倍のテリトリーになり、 中学校は商店主の子が主だったのが、先生やサラリーマンの子供、そして越境入学がいた。 高校は中越地区に広がり、大学は全国区。その都度、自分の過去の世界が小さくなる。 そして、就職・・ だから、同級会は、その年齢の自分に出会うようで、何とも感慨がある。 それにしても数奇の人生がある。 ・・・・・・・ 3168,人生に関する閑話小題 ー2 2009年12月07日(月) * 孤独な老人 毎朝、散歩をしていると色いろな人とすれ違う。犬と組み合わせでみると、より人生を 垣間見ることができる。80歳半ばの老人が小型コリー犬を連れて土手を散歩している。 その犬が10m位の距離にくると緊張で固まってしまう。通りすがるまで、その犬を老人が 宥めている。 何度すれ違っても、それが変わらない。観察するうちに気づいたが、 その人が固まるから、犬も固まる。2〜3度挨拶をしたが、その都度犬が吼えかけてきた。 それを宥めているが、「いいこ、いいこ、ほえないの」と毎回言っている。 何か二つの生命体に孤高の空気が漂っている。 * ある人生 (字数制限のためカット 2011年12月7日) * 鬱病、欝症について 何々病と何々症の、違いは、周辺に迷惑をかけるかどうかが基準でしかない。境界は、 いい加減だが、慢性化しているかどうか、重症かどうかもある。 精神も肉体と同じで、 傷ついたり、疲労もする。この不況でリストラされたり、疎外され、ストレスが蓄積し、ガスが 充満もする。自殺者の多くが鬱病という。その反対に躁がある。多かれ少なかれ、人間は 躁と鬱の波の上で生きている。ニュースといえば、だいたいマイナーを報じる。 また聞くほうもマイナーの話題を好むから、まともに受け取っていたらマイナーな情報に 多く影響を受けることになる。時代は、100年に一度のマイナーである。 ・・・・・・・・・ 2803, イングランド・ツアー ? 2008年12月07日(日) * 集団スリに狙われて −2 前回に集団スリの話を書いて、これまでのスリや偽札交換詐欺について思い出した。 ブラジルのリオのカーニバルとイグアスの滝に行った時のこと。「ショッピング・センターには 少年の集団万引きに注意してください。特にウィンドウ・ショッピングの時に囲まれて、後ろ ポケットの財布を抜かれるケースが多い」という。面白そうなので、後ろポケットにサングラスの ケースを入れて、通路を歩きながらウィンドウ・ショッピングをした。腕時計のウィンドウを 見ていたら15歳位の少年が三人、両側と後ろに囲まれた。子供が腕時計を見るわけがない。 これが集団万引きと直感し、スーッと離れて後ろを見ると、私を見ていた中年の男と目があった。 その男、ニヤリと笑ったので、わざとメガネケースを出してカラカッタことを知らせてやった。 ただ、それだけのことだが・・ 万引きといえば、スイスに行った時のこと。電車の乗り継ぎで、駅の土産店に入ったところ、 人で身動きが出来ないほどだった。他のグループの日本人が「この店中に女の万引きが居る」 という話し声が聞こえてきた。そこで自分の財布に注意しながら万引き女を探すことにした。 初めての経験である。その場合、見るのは‘目’と気づいた。30人位の人混みなら直ぐに分かる。 三十歳ぐらいの女で、中年女性のバックをジッと見ている。これだなと、その瞬間を待った。 しかし連れに店外から呼ばれて、せっかくの場面を見ることが出来なかった。 * 旅行の全てを楽しまなければ「せっかくの旅行、高いコストを出して行くのだから、 勿体ないじゃないか」 これは人生と同じである。 三十回目辺りから、機内の席の 12時間の移動の苦痛が最小になった。特に初日の成田から目的地の機内がキツイ。 キツイが反面、自由な時間が幾らでもある。それを楽しむには、音楽かTVが最座席の 前面に液晶TVと音楽、そしてゲームが出来る。家内も行き帰りの、この時間が一番楽しい! という。帰りの機内で、最新の映画を4本も観たという。私は、持っていったiPodの音楽を 休み休み聴いて過ごした。その御陰かどうか、殆ど疲れが残らなかった。今回の機内の TVが最先端のものだった。映画や音楽などがネットで結ばれていて、無数の中から 選択可能なのだ。現実にも可能なのだろうが、実際に使って初めて情報の進化を実感できた。 凄い時代なのである。世界の広さと、深さを、家でも無限に手軽に入手できるのである。 これまでは本とマスコミが中心だったが・・それなら情報機器を可能な限り使ったほうがよい。 ipodで旅行先に選択した2千曲を持っていけるのだから。 ・・・・・・・・・ 2007年12月07日(金)
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2014年12月06日(土)
【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】ショーン・エイカー著 * 法則4:再起力〜下降への勢いを利用して上昇に転じる 人生で何事も思うようになることはありえない。 人は「うまくいったか」 「失敗したか」のどちらか二択で物事を捉えがちだが、ここに「第3の道」が 隠されているケースが多い。その為には、節目を自らつくり、強く打たなければ ならない。予定挫折である。そこには、「失敗した後に学んで強くなり、最後に 上手くいく再起する力」が出てくる。心理学では「心的外傷後の成長」と呼ぶ。 多くのベンチャー投資家は、ビジネスで大失敗した人物しかマネージャーとして 雇わない。マイケル・ジョーダンは高校時には控え選手だった。 「私は何度も何度も挫折した。それがいまの成功をもたらした」と。 第三の道は見えにくく、近視眼的に物事を見がちになるが、長期的な立ち 位置を客観的に認識する知識が必要になる。 ≪ ◎ 第三のの道を見つけること 人間の脳は、勤勉な地図製作者のように、頭の中の地図をしょつちゅう訂正して 作り直している。複雑で変転するこの世界で、そうやって私たちをナビゲート してくれている。 こういう能力は、何千年もの変化の過程を経て人の脳に 組み込まれた。人類は生存のため、環境の物理的な地図を作り、食料や パートナーを得るための戦略を立て、それぞれの行動がどんな結果を もたらすかをプランする必要があった。(略)・・何かを決断するときには、 このようなマッピングが頭の中で必ず行われる。このマップには「現在地」 (現状)が出発点として示され、そこからいろいろな道が放射線状に出ている。 道の数は決断の複雑さによって異なり、その瞬間の思考の明晰さによっても 違う。最良の決断ができるのは、明解でクリエイティブな思考により、可能な 道すべて把握し、それらの道がどこに続くかを正確に予想できたときである。 しかし、ストレスを受けているとき、窮地にあるときには、多くの人が一番 重要な道を見落としてしまう。それは、上方に向かう道。 危機や逆境から 延びる道は3つある。 1つは、いまいる場所をぐるぐる回る道。ネガティブなできごとは変化を 生まないため、いつのまにか出発点に戻ってきてしまう。 2つ目の道は、さらに悪い結果へつながる道。悪いことが起き後に、そこから 更に悪い状態になっていく。 こういう道があるために、人は事態に立ち 向かったり、難題に桃戦したりすることを逃れる。 3つ目に、私が「第三の道」と呼ぶ道がある。これは失敗や挫折から始まり、 人をより強くし、困難のさなかにこの道を見つけるのは易しいことではない。 経済不況でもその他の危機でも、そういうときに作られる脳の地図は 不完全なことが多いし、皮肉なことに、ポジティブで生産的な道が一番 見えにくくなっているからだ。無力感や絶望に覆われていると、そういう直が 存在することすら信じられない。 だから探そうともしない。しかしこれこそ、 ぜひとも探さぶければならない道である。そこで、「第三の道」を発見できるか どうか、挫折に打ちのめされるか、そこから立ち上がれるかを、分けられる。 挫折を「成長の機会」ととらえられる人が、その成長を実現できる、 ということを多くの研究結果が示している。逆に、挫折を「この世の終わり」 ととらえるなら、その通りになる。 ≫ ▼ 私の経験でも、節目で「第三の道」が現れ出てきた。 思いもよらないチャンスが、そこにあった。 それが運命を変えてくれた。 三年前の節目の「第三の道」とは何だろう。 足元を見直し、内省をより深く すべきということ? 日々を味わう? 実際、自然の成り行きで、そうして いるが・・ 今さら第三の道でもないか! 「死の淵に立ってこそ分かること、 後悔することを、今、経験しろ」ということか。 日々を楽しみ、味わって 過ごせば、第三の道を歩くことになるが。 ・・・・・・ 4647, 閑話小題 ー「考えないこと」こそ罪 ー2 2013年12月06日(金) * 「考えないこと」こそ罪 ー2 人間が考えないのは、「馬鹿の壁」に取り囲まれているからである。その「バカの壁とは何か?」 をネット検索すると・・・ 《「養老 孟司の『バカの壁』を解りやすく説明してください」の問いかけに対し、 「人間は、外界からの刺激を感知する際に、その刺激に対してX(エックス)という変数をかけている。 例えば私たちは、自分が大好きな歌を聞くときには、「その歌」×「限りなく大きなX」に導かれる 値を刺激として受け止めています。一方、まったく興味のない歌を聞くときは、「その歌」× 「限りなく0に近いX」から導かれる値を刺激として受け止めています。そのため、前者の刺激が 非常に大きく、その人に対して多大な影響を持つのに対し、後者の刺激は「空気」のような存在です (レストランの有線放送が良い例)。「バカの壁」とは、こうした「外界からの刺激に対する 無意識の判別」を指す言葉だと理解しています。もし全ての刺激に「大きな変数」をかけてしまうと、 その結果頭に入ってくる刺激に対応しきれなくなるため、刺激の必要不必要を判別するこの機能は 非常に重要です。それは外界の刺激に対する「目隠し、壁」としても働いている。》 ▼ バカの壁は決してマイナスだけでない。問題は、自分のそれを意識できるかどうか。 人間である限り誰もが考えている。問題は、より広く、より深く掘り下げて考えようとしないこと。 現在、アベノミクスのミニバブルが起きつつある。15〜6年前のデフレ直前1990年代半ばに似ている。 その後に2001年の9・11テロ、2008年のリーマンショック、そして、2011年の東北大震災が起こった。 現在の私の立ち位置の高台からは津波(恐慌)の本体が見えるが、眼下の海辺近くの街中で、宴会で 酔い遊んだり、仕事をしている人には、次の大津波が見えない。それを察知するに、自頭で考えるか、 情報に対する己の勘しかない。そこで、近い将来の犠牲者達が、高台に避難した人を不思議そうに 見ている。 笑っているのもいる。ところで、『そういうアンタ、考えているの?』と言われると、 『ウ〜ン!』になる。 石原慎太郎がつくりあげた尖閣列島の国境問題。下手をすると戦争だが、 今の日本には、これで良い。目先に迫った危機が、ピンとこないようだ。「考えない」のはの罪で あり、罰になる。最初の余波で浚われた罰を受けた私が言うのだから、間違いない。 ・・・・・・ 4282, 閑話小題 ー人生、面白くなければ 2012年12月06日(木) * 人生は面白くなければ生きる価値がない レイモンド・チャンドラーの小説に出てくる、フィリップ・マーロウの 「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」の言葉をもじった、 「人生は明るくなければ生きていけない、でも面白くなければ生きる価値がない」の言葉を、 ある本でみつけた。 高杉晋作の都都逸、 「おもしろき こともなき世を おもしろく」に、相通じていている。この年齢になり、 世相も心も暗くなりがちになると、一日一日を如何に面白く時間を過ごすかが課題になる。 その辺は、長年かけて鍛え上げてあるが。ただ明るく面白ければいい、のではない。 その人の人生を貫く信念がなければならない。 * 書斎の楽しみ ! 去年の春以来、書斎に一日4〜5時間はいる。この随想日記の下書きや、読書、 そしてネット・サーフィンが主。他には、日記や、音楽を聴いたり・・・ 早朝2時間、 午前中2時間、夕方1時間。 この三本柱の時間帯と、寝室に7時間、スポーツジムに2時間。 居間に6〜7時間。早朝のミニ・サイクリング1時間(冬季を除く)。他には風呂とか、 図書館など数時間になる。 この判で押したようなアカデミック?な生活をしていると、 孤独な孤高のゾーンに奥深く入ることが時おりある。ポタリングで信濃川の土手や橋を 引きチャリをしている時にも、そのゾーンがやってくる。だから続くのである。 特に書斎では思いもよらない過去の思い出、思わぬ気付きが奥深くから湧き出ることがある。 読書も然り、書き手の世界に入り込み、その琴線に触れる時、このゾーンに入り込む。 雑念を超えた時空の世界である。 作家とか芸術家は、その世界を広く深く持っていて、 そのゾーンから何かが伝わってくるのだろう。魂という言葉があるが、このゾーンと 繋がった心の状態をいうのではなかろうか。 ・・・・・・ 2011年12月06日(火) 3907, ルソーの孤独 2009年12月1日の随想日記「人生に関する小題」の中で、現在の私を予感させる文章があった。 ≪【 わたしは地上でたった一人になってしまった「孤独な散歩者の夢想」は、64歳のときに書き始め 2年後の死ぬ直前に終わった文章、ルソーの絶筆である。「第一の散歩」から「第七の散歩」まで あり、その後「八、九、十」がメモのような文章が続く。冒頭で、「こうしてわたしは地上でたった 一人になってしまった。 人なつっこい人間でありながら、万人一致の申合せで人間仲間から追い出されて しまったのだ・・ わたしは、かれらから離れ、すべてのものから離れたこのわたしは、いったい何者か」 と問う。「自分に残されたことは、すべての世間から放逐された自分はいったい何者なのかを探求する ことだけなのだ」と自覚する。】私の周辺の倒産時の男たちの気持ちは、まさに、このようだ。 多くの取引先、部下を路頭に迷わせ、自分の存在の卑小さと、嫌らしさに自己嫌悪を独りする。 自分は何者なのか? ただ、歩くこともままならぬ、折れてしまった、これ(私)!である。≫ ▼ この文章を書いた二年前から、倒産を決断するまで売上下降が続くとは夢にも思わなかった。 そしてトドメが東北大震災。税理事務所の30年来の担当Jさんが、「初めは気が張っているが半年も 過ぎれば、ジワジワとボディーブローとして効いてきますよ」と忠告してくれた。地方の大方の会社に、 この大不況が直撃していることも事実。 大津波の前兆の波が、特に敏感な立ち位置の当方に先に直撃 したが、本体の波が来るのは今年から来年にかけて。(但しG20が時間稼ぎをして来年に先送り) どのようにシュミレーションをしても、本体の津波がやってくれば海岸線に近い三次産業、輸出関連 産業は、致命的大打撃を被る。ところが津波に一番危ない会社ほど、大津波に気づかず高台に逃げて いく人を嘲笑う? ルソーの孤独感は、独り死に直面した時に誰もが経験することになる。 ネット上にブログを10年間書き続け、墓としての思いを入れ続けてきたので、ルソーの孤独感は無い。 しかし、この10年間に多くの友人知人が亡くなっている。亡くなる直前に、ルソーのような 絶望的な孤独感にさい悩されたはず。 このルソーの孤独は、虚無という真っただ中に漂う私が、 壊れていく恐怖が伴う。談志も死を前に強がりを言っていたが・・・ ・・・・・・・ 3542, 価値観の中心の書き換え −4 2010年12月06日(月) * そもそも「成功」とは何ぞや? ーここで成功とは、そもそも何かという著者の論理が、言いえて妙である。ーまずは、その辺より 【 大金持ちになりたいかと訊かれれば、ほとんどの人間が手を挙げるだろうが、だからといって、 なにがなんでも絶対になりたいとか、人生の目標の一番に「成功」(大金持ちになること)を掲げて 生きていきたいわけではないのである。成功本を書く著者たちは、人生の最大価値を「成功」に 置いているようである。つまり金を儲ける「仕組み」を作ったら、あとは「こっちの水は甘いそ」 とかいいながら、左うちわで遊んで暮らすというのが理想の生活だと考えている。 人間を金持ちとそれ以外に二分し、金持ちだけが「自由人」で、それ以外は「不自由人」だ、 などと幼稚なことをいって恥じるそぶりすらない。もしめでたく「成功」したとしても、それは全の なかの一つの要素に過ぎない。ところがかれらはそれが人生のすべてで、それがなければ人生ではない、 みたいに考えているらしい。「成功」が人生の最上位に立っているのだ。かれらにとってすべての 価値判断が金を持っているかいないか、だけのように見える。 頭のなかにはつねに、いかにして金を儲けるかというだけのようだ。「自由」であるほずなのに、 「不自由」なのかもしれない。有り余るほど金があるのなら、本なんか書かないで隠遁していれば いいのに、やほり「名」が欲しいのだろう。けれどかれらには金はあるかもしれないが、 どう転んでも「名誉」だけは手に入らない。「プライド」もない。・・・・・・ 人生で大事なことは「過程」そのもの。それが目標を[[実現していく過程」であろうとなかろうと、 目標が「実現」しようとしまいと「過程」がそれ自体が大事である。それらの「成功」という言葉が 馴染みにくいと思っていたら、全部アメリカ人の好きな、大げさかつ幼稚な言葉であるサクセスや グレートやドリームの受け入れだったからではないか。】 ーまずは、彼の批判している成功は、衰退し右肩下がりの時代背景からみた成功に対する目線でもある。 高度成長期では大方の人からは受け入れられない見方である。現在は、多くは成功は無理。ならば、 それぞれが自分の価値を見出し、追求していくプロセスを大事にするしかない。情報化で価値の 多様化が進んでいる現在、何をするにも、それぞれスキルが必要である。人生に今さら成功も 失敗もない?いや、ある? 人生を旅に喩えると、やはり良った旅と、良くない旅がある。 旅の準備を充分してきたか、災難を無難に乗り越えられるか、その知識は必要。 成功とは良かったと思える旅のことになる。 良かった思えば、良い旅になる。 でも、良くない? 修行が足りないのでは。 ・・・・・・・・ 3167, シュリーマンの話 ー4 2009年12月06日(日) ー抜粋のつづき 彼は貴族ではない。清国と日本の支配階級を対比しているのではなく、市井の人々のこまごまと した暮らしぶりの中から、日本の庶民や下級武士、坊さん、はては花魁に至るまで、きれい好きで潔く、 親切な人々を事細かく書き残しているのである。彼は、玩具、織物、刀剣、象嵌細工、木彫り等々を 見て、日本の工芸品は蒸気機関を使わずに達することのできる最高の完成度に達していると評する。 教育についても、「ヨーロッパの文明国以上に行き渡っている。アジアの他の国では女たちが完全な 無知の中に放置されているのに対し、日本では、男も女も皆仮名と漢字で読み書きができる」と称賛。 彼のために、彼の目が日本びいきであるために曇っていたのではないかという疑いを晴らしておきたい。 幕末当時、日本には1万5千の寺子屋があり、武士は100%、庶民男子50%、女子20%、江戸市中で7 0%の識字率で、当時のロンドンの識字率30%などを断然凌駕し、何百年も世界一を続けていた事を 申し上げておきたい。彼のたどり着いた疑問は二つ。 《 一つは深奥なる体系的な宗教が存在しないこと。もう一つは、「ここでは君主が全てであり、 労働階級は無である。にもかかわらず、この国には平和、行き渡った満足感、豊かさ、完璧な秩序、 そして世界のどの国にもましてよく耕された土地がある 》という到達点であった。 シュリーマンの旅行記が今密かなブームを呼んでいるという。失いつつある懐かしい日本の原風景に 触れることができるからであろうか。 最後に本書の訳は素晴らしい。気品と気骨に満ちた石井和子 さんという老婦人の訳である。たまたま旧知の関係だったご子息にお聞きしたところ、数年前 ご逝去されたとのこと。お会いできなかったのは誠に残念である。以上【文芸春秋7月号 但木敬一著】 〜〜 戦国時代、そして幕末・明治初期に日本を訪問した外国人の旅行者の報告書は、この旅行記とほぼ 同じである。日本人が清潔で、礼儀正しく、親切で、勇気と正義感を持ちっており、教育熱心で 識字率が高く、日常の生活用具や工芸品などの技術水準が高い。 また武士の倫理観の高さである。 日本人は中世の頃から誇り高く、質実剛健で、教養が高く、公平な社会を築いていた。 しかし、戦後60数年のアメリカ占領教育で、それらが多く失われてしまった。NHKが「天地人」や、 「坂之上の雲」などを放送するのも、あるべき日本人像に立ち返るべき時と、言いたいからである。 ・・・・・・・・ 2802, イングランド・ツアー 2008年12月06日(土) *集団スリに狙われて 観光地には、必ずといってよいほどスリがいる。何度か危ない場面はあったが、隙さえ見せなければ 大丈夫と思っていた。南イングランド・コッツウォルズのブロードウェーの自由散策時間も終えて、 バスの待っている駐車場に行ったところ、添乗員が少し時間があるのでトイレに行ってきてください とのこと。200メートル先のトイレに一人で向かったところ、誰も居ないトイレの前に30歳過ぎの 男達が三人、私を見ている。大きな駐車場に我われのバスが一台。 (字数制限のためカット 2010年12月6日) ・・・・・・・・・ 2007年12月06日(木) 2437, ファッションを哲学する ヾ(≧∇≦*)ゝおはよんよん♪
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2014年12月05日(金)
* なぜか結婚できない人たち TVのトークショーで、「なぜか結婚できない男たち・女たち」をテーマで放送していた。 結婚相談所のアンケートで、 ★ 「なぜか結婚できない男たち」で、嫌われる順に、 1位が、実家暮らしの男、それも一度も独り暮しの経験のない人 2位が、趣味への拘りが強い 3位が、女性に高収入を求める 4位が、上から目線 5位が、ペット中心の生活の男性 ★ 「なぜか結婚できない女」では、 1位が、専業主婦を希望している女性 2位が、同性からの支持が高い 3位が、恋愛に困ったことが少ない 4位が、母親と友だちの女性 5位が、化粧や服装などの自分磨きに走りすぎた女性 となっている。 猫とか、犬などのペットを飼うと、その方にエネルギーをとられて、 異性までエネルギーが回らなくなるというが・・ 実家で炊事洗濯を母親が用意をして、趣味の世界を持っていて、女性の収入を当てにして、 上から目線で女性をみて、家にペットでもいたら、特定の女性に固定されるのは面倒になる のは分かる。 女性も同じで、この不景気の中、専業主婦が理想になる。そして女同士で群れ、 母親と友だちのようにして、自分を飾り立てていた方が良いが、そんな女は男は真っ平。 極々近くに、これそのままの男と女がいるが・・ おまけに、コンビニや宅配サービスが 充実をしている現在、収入面さえシッカリしていれば、結婚などしたくないのは分かる。 それも、9割以上が実質破綻している結婚の生態を両親に見せつけられていれば尚のこと。 驚くのは、ヨーロッパの離婚率の高さ。最も高いのがベルギーで、なんと7割強の夫婦が離婚。 その次がポルトガルで68%、次いでハンガリーが67%だった。なお日本は、2010年時点で36%、 というから驚き。今では、4割? 時代は大きく変わってしまった。とすると後妻業、後夫業 という仕事としての夫婦業が出てくるのも必然か。 そう割り切らねば絶対に無理? ・・・・・・ 4646, 一年で全米記憶力チャンピオンになれた理由 ー3 2013年12月05日(木) 『一年で全米記憶力チャンピオンになれた理由』ジョシュア・ジョア著 * 人は、思いのほか、遥かに記憶力がある! 以下の一節には驚いた。一枚の写真だけでは分からないが、隣に違う写真を並べる ことで、記憶が浮かび上がる現象。それが30枚でなく一万枚でも殆ど憶えている事実。 これを利用したのが速読法の『事前に、ページ全体を凝視するか、流し読みをすれば、 遥かに読書の速度が上がる』ことが納得出来る。私たちは、鍵や物事の名前を忘れ 嘆いているが、「最大の忘れものは、私たちはごく稀にしか忘れないことを忘れていること。」 物覚えが悪いと自分自身、決め付けているのである。『私は記憶力が少ない。 それも二面があり+−0』という暗示を、この年齢まで引きずってきた。 ーその辺りからー 《 エドは、「僕はイギリス生まれ。だから、社会生活を満喫するよりは記憶でもしようと 思わざるをえなかったんだ」と自虐的なジョークを混じえた自己紹介のあと、70桁の 数をほんの1分で憶える」がかかった時間の3分の1だ)という正真正銘の記憶力を 披露し、続いて高校生と私の記憶力テストに移った。「これから君たちに写真をたくさん 見せるよ。すごく速いスピードでいくからね」「できるだけたくさん憶えてね」。 そう言うと前の映写幕に、次々と写真が映し出された。0.5秒足らずで次の写真に 移っていく。ソニー・リストンに勝利したときの・アリ、・月面上につけられたニール ・アームストロングの足跡、フリードリヒ.ニーチェの『道徳の系譜』の表紙、赤いバラ…。 写真は全部で30枚あった。あっという間に次の写真に移るので、全部どころか一枚でも 思い出すのが難しいような気がした。それでも私は全神経を注いで一枚一枚、脳に 刻みつけた。最後の写真のあと、部屋は真っ暗になり、再び照明がついた。 「憶えているかい?」に「思いません」と私の前の女子高生が皮肉めいた口調で答え、 幾人かがクスクス笑った。「そう、それが聞きたかったんだ」とエドは答え、腕時計を 見て時間を書きとめた。-- 30分後、次々と見せられた写真の記憶が忘却曲線に したがってかなり消えてから、エドは、新しいスライドを見せていった。今度は2枚の 写真が並んでいる。1枚は先ほど見たもので、もう1枚は初見のものー左側にアリ、 右側に泡を出している解熱鎮痛薬の写真だった。エドはさっき見たほうの写真を 指さし言った。簡単だ。アリの写真はさっき見たもので、アルカセルツァーは違うと 誰もがわかった。エドは「ね、簡単に思い出せただろう」と言ってから、次のスライド ー左側に一匹の鹿、右側にはニーチェの本1に移った。これも全員が正解した。 結局、全員が30枚を全部答えることができた。「さあ、面白いことがわかっただろう」。 エドは教室の前方を教授さながらのポーズで歩きながら言った。 「1万枚のスライドを見せたって、君たちはちゃんと答えることができるはずだ。 君たちの記憶力はそれくらい優秀なんだよ」続いて彼は、1970年代に行われた、 よく引用される実験について話した。今やったのと同じような方法で行われた テストだが、30枚ではなく1万枚を憶える(このテストには1週間かかった)。 憶えるには多すぎる量だ。一度見ただけで憶えるならなおさらである。》 ▼ ドッキとする一節である。「なんてこった〜」である。毎日読む新聞も本も、 一度、スキャニングをした方が良いことを分かっていても、していなかった。 それと『私の記憶力が弱い!』というバイアス(思い込み)の強さに今更である。 もっと強いバイアスに囚われているはず。「余命半年!」と宣言され見えてくるのだろう。 ・・・・・・ 4281, 日本人の思い −1 2012年12月05日(水) * これが日本人? 「日本人の思い」 ー ほぼ日刊イトイ新聞 著 これは、ネットの人気サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で、毎週のアンケート50回の 「日本人の思い」のテーマの回答! ー 八割以上、イエスと答えた内容をみると、 「音楽が好き!」は 96.2%! 「旅が好き!」は 84.7%! 「よく本を読む!」は、 81.2%! 「エッチです」は 84.6%? 「恥ずかしがりや」は 82.4%! 「よく笑う!」は 81.8%! この結果からみると、ー音楽が好きで旅が好きで、エッチで恥ずかしがりやで、 よく笑いよく本を読むー これが、日本人!である。 しかし、意外な結果も多い。 * 日本人の67%が「私は働き者でない」と思っている。多くは、逆の3分1と予測していた。 自分を振り返ると、この結果は理解できる。心の奥では、働くより遊んでいた方が 良いと思って当然。 * 「あなたは、運がいいですか?」に対し、76%が、運が良いと思っている。 「自分が生まれてきて、ここにいるだけで充分に運が良い」と思っているから健全である。 *「あなたは、持てますか?」に、62%が「持てない」と、答えている。 年齢別でみると、 持てるピークは50歳代で60%が「持てる」と答えている。社会的立場の充実感が 人を惹きつける。若いときは、どっちに転ぶか分からない不安定さが緊張感を醸し出し、 それが異性や友人を惹きつけが、50代は経験からくる充実感が吸引力になる。 私は、50代の10年間で30年分を生きた感がある。 *「あなたは、親切ですか?」の問いには、53%が親切と答え、 47%が、親切でないと拮抗しているが、そんなものか。 *「あなたは、健康ですか?」には、7割が健康と答えている。 逆にいうと3割が病を持っていることになる。 ー続く ・・・・・・ 3906, 閑話小題 2011年12月05日(月) * 一昨日は大学の同級会。 大学1・2年時の同級会が服部栄養料理学校の服部幸應さんを中心で開かれている。 首都圏に住むグループの会で、遠距離の地方出身には声がかからない。その会の幹事が 武澤ゼミ仲間だった縁で去年初めて参加してみた。しかし春先に色いろあったので今年は 不参加と決め込んでいた。ところが、そのクラスで親しかった男が42年ぶりに参加と聞いて、 急遽、出席することにした。彼は全国を転勤した後に、終の住まいを仙台空港近くにし、 釣りとゴルフ三昧を決め込んでいた。ところが東北大震災の津波で九死に一生を得て、 現在は実家のある前橋に戻り、新たに住居を購入した。私の大学で初めての友人で、 私が入っていたクラブに引き入れた経過がある。卒業後は全国の転勤もあり、大学関係の 会には一切、顔を出したことはなかった。 会った瞬間、私は「おい変わったな!」で、 相手は、「全然、変わってないな!」である。今回の会の出席者は17人で、去年とほぼ同数。 私も一応東北大震災の経済被災者だが、彼と私の話に他の出席者は、目をパチクリ。 その友人は明るく振舞っていたが、やはり痛手は隠せない。そういう私も、そう見えていた のだろうか。 ところで、ゼミで一緒の人と、久しぶりの再会の友人が異口同音に、 「堀井のこと、絶対にリスク管理をしていたはず。学生時代から用心深かったので、会社と 個人は分けていたと思っていた」と言う。 地元の友人が、全く同じことを言っていたので、 逆に驚いてしまった。性格は昔も今も変わっていないということ。 それをもって計画倒産と揶揄されるが、20年、30年の長期投資、リスク管理をして おくのは当然である。家族を一切、会社に入れないとか、連帯保証をさせないとか。 破綻の恐ろしさの両親の教えもあるが。 * 有楽町・東京駅の再開発 最近、有楽町周辺に行って驚いたのがJR駅銀座口出口の変わりよう。 この10年で次々と大型ビルなどの再開発がオープン。ニュースで知っていたが、 実際に現場に立った実感は違うもの。 特に秋葉原や有楽町駅銀座口の雑然と していた飲食街が一掃されて、近代ビル街が出来ると、その変わりように驚いてしまう。 家内がJRの2〜3ヶ月に一度出す格安料金で、東京のスポットを回るのを楽しみに しているが、何か分かるような気がする。 都会は、脳が外部化したものというが、 成るほど、そのとおりである。また東京駅の丸の内の再開発ビル群にも驚いてしまう。 丸ビル、新丸ビル、そしてオアゾも地下で通路が行き来できる。たまに行くには良いが、 都会暮らしは、私にはそぐわない。とはいえ、田舎の閉鎖性も、どんよりして好きでない。 ・・・・・・・ 3541, 価値観の中心の書き換え ー3 2010年12月05日(日) 誰もが、人生の節目は価値観の中心の変わり目になる。 それが小中高校の進学時だったり、社会人になる時だったり、家庭を持ったり、大病を 患った時だったり。若いときは成功物語を夢見、そして挫折を繰り返しながら、中心の 価値観が変貌していく。節目を打つとは中心の思い切った書き換えということになる。 社会に出て10年スパンか、20年スパンで、節目を自分で作っている人を時々見かける。 人生設計をし、それに従って生きるのも道理。起承転結という文章作法(あるいは 四コマ漫画)のとおり、起=0〜19、承=20〜39、転=40〜59、結=60歳〜 を、 区切りとする視点も、分かりやすい。文章作法では、一番大事なのが「転」というから、 40〜59歳が胸突き八丁で大変だが、心して生きなければならない時期。 しかし振り返ると、それぞれが同じ位、重要であるのも事実。19歳までは、基礎づくり、 39歳までの20年全力投球、59歳までは苦しみ、楽しみを味わい、60歳以降は、 それまでの経験を振り返り、鳥瞰した目で人生の仕上げに入る時期になる。 「価値」に一番近い言葉として「意味」がある。人生の意味を突き詰めると、 自分の物語をつくっていくことになる。そうすると自ずから人生観の中心に自分の理想、 挫折などの経験が、物語の要素になる。どれがベストという訳にはいかない。 それぞれの人生があるから。「上を見れば限がない。横を見れば情けない、 下を見れば底がない」のが比較の世界。所詮は、死んで三日も経てば、過去の人として 忘却の彼方に消えていく。「価値観の中心の書き換え」も生きていればこそ。 それが出来るのは「いま、ここ」だけ。 「人生の意味など何も無い!で、 いいじゃないか!」も、事実。 「日々是、己に口実!」もある。 ・・・・・・・・ 3166,シュリーマンの話 ー3 2009年12月05日(土) 5年前に、シュリーマンの話を二日続けて書いた。映画の「トロイ」を放映が キッカケである。その時の内容は彼の人生と勉強法だったが、たまたま図書館で 借りた「09年ベストエッセイ集」の中で、「リーマンの見た日本」のテーマで (文藝春秋に記載)載っていた。作者が但木敬一前検事総長というから、なお注目した。 ーその面白そうなところを抜粋したー ・ 私の家の菩提寺は、品川にある東禅寺である。幕末の頃、この寺はその一部を イギリス公使館として使わせていた。1861年とその翌年の二回にわたり、攘夷派 浪士の襲撃を受け、多数の死傷者を出した。広い庭と複雑な屋敷の造りが幸いして オールコック公使は難を逃れたが、当時の刀痕は、今なお柱などに残っている。 シュリーマンがこの寺を訪れたのは1865年、明治維新の3年ほど前の6月である。 「シュリーマン旅行記 清国・日本」には、「ほうぼうの障子紙に、この襲撃のときに できた大きな血痕がまだ残っている」と当時の生々しい情景を伝えている。 トロイやミュケナイの遺跡を発掘した天才児シュリーマンを知らぬ人はなかろう。 元々ドイツ人であるが、強運と天才的な商才にめぐまれ、ロシアで巨万の富を築いた。 少年の頃からの夢を果たすべく、41歳で全ての経済活動かを止め、世界漫遊の後、 古代遺跡の発掘に取り組んだ。 ・ このシュリーマンが巡り会った清国と日本、それは全く違う国であった。 彼は横浜に入った時、子供を背負った女などの乗った無数の小船に取り囲まれて いないことに気づき、日本に到着したと実感した。中国では、物売りの小船に囲まれる。 しかし陸まで運んでくれた艀の船頭の請求金額の余りにも控え目な額に「これでは ぎりぎりではないか」と大いに驚き、褌と入れ墨で働く日本の労働者の律儀さを体感する。 更に、税関の役人である武士の清廉さに出会って、彼の日本人好きは決定的になる。 役人は彼の荷物の開披を求めた。彼はこれを免れようと役人に金を渡そうとする。 役人は、「自分は日本男児であるから、心づけに吊られて義務をないがしろするのは 尊厳にもとる」とその受け取りを拒否した。 にもかかわらず、役人は最後まで礼儀正しく 好意的で親切。清国の税関での見聞に対比して、その違いにビックリするのが分かる。 以後、彼の日本びいきは最後まで一貫している。 ・日本の民家のたたずまいから、家具の簡潔さ、畳と正座と布団の関係、公衆浴場、 髪結いから懐紙に至るまで子細に観察した上、「日本人が世界で一番清潔な国民で あることは異論の余地がない」と断じる。 何日も持ち歩くハンケチよりも鼻紙の方が 清潔であるヨーロッパ文化に対する異論まで持ち出し、「家々の奥の方には必ず花が 咲いていて、低く刈り込まれた木で縁取られた庭が見える。 日本人はみんな園芸愛好家である。日本の住宅はおしなべて清潔さのお手本である」 と絶賛する。 =それにつけても、現在の日本は!と著者はいいたいのだろう。 つづく ・・・・・・・・・ 2801, イングランド・ツアー 2008年12月05日(金) 時系列でなく、まずはロンドンから書いてみる。ロンドンには学生時代に来たことがあるが、 あまり良い印象は残ってない。ロンドンブリッジと、バッキンガム宮殿と、ウエストミンスター 大聖堂と、地下鉄に乗った記憶と、大英博物館に入って、そこで日本人留学生二人が 私と友人を丁寧に案内してくれたことがあったが、そのこと位しか憶えてなかった。 今度は、大英博物館とナショナル・ギャラリーとピカデリー・サーカスの繁華街を中心に 絞って見てまわると決め、走るように見てきた。初日に、大英博物館の主だったコレクション を現地添乗員がダイジェスト的に(一時間)説明してくれた。翌日、午前中はオプションの ウィンザー城の見学、 午後はナショナル・ギャラリーと(再び)大英博物館に行ってきた。 *まずはナショナル・ギャラリー。 ダビンチ、セザンヌ、ゴーギャンなどの絵画が展示されていた。特にゴッホの『ヒマワリ』の絵に 身が竦んでしまった。 周りに誰もいないところで、独り数分間対峙できたのは至福の時間であった。 絵からは作者の波動が出ているというが成るほど、こういうことなのかと思い知らされた。 絵から一対一で直接、このような作家のエネルギーを感じ取ったのは初めの経験である。 入館料は、大英博物館も、ナショナル・ギャラリーも無料。 世界のお宝が無造作に置いてあるのだから如何に底力があるかである。 *次に大英博物館。 エジプトやギリシャの遺跡を見てまわってみて、国宝級の多くが英国に奪略されて 大英博物館にあるのを聞かされていた。それが何気なく展示されているのは、 世界三大博物館の貫禄である。ここは250年の輝ける歴史があり、多くの資産家や 外交官などの寄贈で、世界中のコレクションが集められている。 その中でも、一番のコレクションといえば、『ロゼッタ・ストーン』である。 ウキィペディアによると、【ロゼッタ・ストーンは1799年7月15日、ナポレオン・ボナパルトが エジプト遠征を行った際、フランス軍のブシャール大尉によってエジプトの港湾都市ロゼッタで 発見された。 縦114.4cm、横72.3cm、厚さ27.9cm、重量760kg。 暗色の花崗閃緑岩 からできていて、岩には文字が刻まれており、エジプト語とギリシャ語(コイネー)の2種類の 言語で書かれており、3種類の文字で記されていた。その内容とは、ヘレニズム期の エジプトプトレマイオス王朝プトレマイオス5世エピファネス施政下の紀元前196年に 開かれたメンフィスの宗教会議の布告を書き写したものである。 同一の内容が、 エジプト語は神聖文字(ヒエログリフ)と衆文字(デモティック)、ギリシア語はギリシア 文字で刻まれている。】以上だが、ガイドによると、これは大英博物館での一番の コレクションという。また黄金のヨガのスタイルの彫刻が圧巻。 ネットで調べた内容から・・・ (字数制限のためカット 11年12月05日) ・・・・・・・・・・ 2007年12月05日(水) 2436, 2008年平成大恐慌が日本を襲う! オハヨウ (∀`* ゴザイマス!
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2014年12月04日(木)
【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】ショーン・エイカー著 * 法則3: テトリス効果 ー まずは、テトリス効果の意味を、要約すると ≪ テトリスという強い中毒性の強いゲームがある。一度、はまると、街を歩いていても、 本屋の本から電気屋の段ボールまで、何でもテトリスに見えて組み合わせたいと思ってしまう。 周囲に、この「テトリス効果」にとらわれている人がいる。いや、誰もが、何らかのカタチで、 同じように無意識で実行する習性を持つ。思考や行動が一つのパターンにはまって、そこから 逃れられない人。しかも、それは、ネガティブのパターンである。 このテトリス効果は良い方向にも悪い方向にも働く。刑事は、知らぬ間に不正を探している。 警察官は、家族まで不正探しの習性がついてしまう傾向が強くなり、一般人からみたら異様に 見えることがある。税理士は監査などで、毎日細かい経理のミス探しを続けるため、家に帰って からも家族のあらを探しをする傾向になる。これらは負のテトリス効果だ。 逆に、良い方向に働くと、テトリス効果は抜群の効果を発揮する。 ここで、「今日あった3つの良いこと」の振り返りがある。一日に5分、この作業を毎日繰り返す ことで、脳内に、ポジティブな自分をスキャンする回路が生まれ、徐々にポジティブな部分を 見つめるようになる。意識的にポジティブなことを考えることで、それまで頭にあった ネガティブなことを意識から追い出すことができ、心が安定する効果がある。・・ 科学者によると、我々に入ってくる情報のうち、およそ100分の1しか覚えてないという。 他は効率よくフィルターではねられて、脳の中のごみ箱箱に捨てられる。我々は見ようと思う ものしか目に入らない。自分が買いたい車か、買った車しか目に入らない経験があるだろう。 ・・脳が常にポジティブな面をスキャンしてそれに注目すると、最も重要な3つのツール 「幸福」「感謝」「楽観性」の恩恵を受けることができる。恩恵は、「幸福優位性」で述べた。 二つ目の有益なメカニズムは「感謝」である。ポジティブな感情で持つ機会が増えるほど、 感謝の気持ちを覚える。感謝を常に忘れない人たちは、活発で、心の知能指数が高く、 寛容で、抑うつになりにくく、不安や孤独も感じないことが、多くの研究が証明している。 三つ目は「楽観性」。脳がポジティブの事柄を多く拾上げるほど、いいことが続くと思えるので、 ますます楽観的になる。ある研究によると、楽観主義者は、悲観主義者に比べてより多くの 困難な目標を立てる。そして、その目標達成のために多くの努力を注ぎ込み、困難に 長時間立ち向かうので、障害を比較的簡単に乗り越えることが実証されている。・・・ ≫ ▼ 私は商家で育ったため、何事も損得で考える傾向が強いことに学生時代に自覚したとき、 ゾ〜ッとしたことがある。社会には、損得以前に、善悪、嗜好、倫理など、様々な道理がある。 それを知るのが教養である。 私が一番警戒している、『世間様』がテトリス効果で、小さな 世界の価値観に縛られ、思考や行動が凝縮した人たち。小さな岩穴の中で、大きくなり、 その穴から出られなくなった山椒魚そのもの。誰もが、少なからず持っている要素だが。 うつ病は、その穴の中で精神が圧迫された状態から生じる症状である。 ・・・・・・ 4645, 一年で全米記憶力チャンピオンになれた理由 ー2 2013年12月04日(水) 『一年で全米記憶力チャンピオンになれた理由』ジョシュア・ジョア著 * 古代ギリシャの記憶術の誕生 ー「シモデスの記憶術」 この本は、科学ジャーナリストが、古代ギリシャの時代から知識人の間で受け継がれて きた記憶術で、1年後に記憶力全米チャンピオンに輝くまでを描いた実験ドキュメンタリー。 ベストセラーになったが、当然の内容である。記憶をまず洞窟の岩壁に書き残し、次に 石片、木片、動物の革、紙、そして今ではデジタルに変化してきた。それが外部記憶装置。 そのため、ネット検索で、一瞬にして世界中の情報を取ることが可能になった。 その中で記憶力が、どこまで必要なのだろうか。 ー「シモデスの記憶術」を検索するとー 【 奇跡的偶然で助かったシモデス。身内や知人を崩れた瓦礫の中から遺体を掘り出したが、 酷く押しつぶされ見分けも付かない。しかしシモニデスは、パーティに参加していた人達が、 どこに座っていたかの記憶を頼りに、その位置から身元を判別し、一人一人を埋葬することが できた。この経験からシモニデスは、記憶術(座の方法)を思いついた。 『鮮明な記憶 というものは、順序や場所と関連付けられた場合、鮮明に蘇ること』を発見した。 この「座の方法」=「記憶を鮮明の保持する方法(記憶術)」は、 1、何かの場所を選ぶ 2、記憶したい物事のイメージを描き 3、それぞれの場所に関連付けていく方法で、 現代記憶術で言う「場所法」です。シモニデスは更に、『場所の順番が物を護ってくれ、 物のイメージが記憶そのものを護ることになり、我々は、場所を蝋板代わりに、イメージを 文字代わりにして、関連付ければいい』と、記憶術の真髄を述る。これが2500年前に 発見された記憶法である。 】 ▼ 早速、事例にした、熊、ゴミ、靴、大学、ドラマ、トラックなどをイメージし、自宅の駐車場、 庭、玄関、居間に貼り付けた。そして一日後、思い出してみたら完璧に憶えていた。 ベテランでも時に忘れるが‘記憶の不備’でなく‘認知の不備’という。ここで、紹介していた 実験に考えさせられた。学生たちに30枚の写真をスライドで見せて、憶えているか? と聞いたところ、全員が笑って、憶えているわけがないという。そこで、その一枚一枚の 横に違う写真を貼り付けて、見せたところ、最初にみた写真を、全員が憶えていた。 人間は、一度見たもの、経験したことの殆どを記憶しているという。 48回の海外旅行の行先の旅番組を見るのが楽しみの一つだが、行ってなければ、 見ないし、その時の、記憶と番組が混合し、再び、そこに行った気持ちになる。 番組の映像が、この二枚並べたスライドと同じ効果が働き、少し違う風景から、 実体験の記憶が蘇ってくる。だから何でも見てやろう、挑戦してみようという 積極一貫の精神が必要ということ。 考えさせらる本である。 ・・・・・・ 4280, 閑話小題 ー随想日記のテーマの見つけ方 2012年12月04日(火) * 随想日記のテーマの見つけ方 11年7ヶ月、休むことなく、この随想日記を書き続けてきた。一つの張り合いになって いるが、問題はテーマのネタ。これが難しい、というより思い浮かばない。TVや新聞から 思いついたり、雑談で思いついたり様々である。二週間に1〜2度、図書館で10冊を 借り換える。それを机の左に積み重ねておき見つけるのが半分くらいだろうか。 自分が面白い、成るほど、と納得する内容でないと後で読み返した時、心に振動しない。 その為、本探しから違ってくるが、これが良い。それと、たびたび自分のワダカマリを テーマにする。これは考えることになり、解消の切欠になる。 去春以来、何のワダカマリをテーマにしてきたのは、そのため。 赤裸々過ぎたが。 その時々のテーマを探すのは、人生にとって最重要事項。それを続けることは最上の 習慣化だが、12年近く実施しているわりに教養が増した感がない。書いたと同時に 完全に忘却するためだろう。しかし、この習慣、一度身に着けると良いことが多々ある。 何か事があると、その場でキーワードを探し文章化してしまう。3つも見つければ、 完成に近い。それは、考えることそのもの。それを後でパソコンに書き込むが、メインの キーワードをテーマに入れる。そこで違うテーマに変更する場合がある。 毎日書いていると、その辺が何とも面白い。 プロの書き手はテーマを依頼されると、 数十冊、数百冊の本を集め、目を通すという。その過程で内容の荒筋をつくり、その後、 内容の肉付けをしていく。 現在ではパソコンとネットがある。アマゾンなどから多くの 資料の入手が可能になった。4千も超えると、同じような内容を知らぬうちの繰り返し 書いている。現在のような、有り余るような時間の中では、テーマ探しは、けっこう 面白いもの。それにしても、下記のテーマと文章を読み返すと、赤裸々で、心根が、 そのまま現れ出ている。今さら、虚飾も何もないと開き直るしかない! ・・・・・・ 3905、さらし首の独り言 2011年12月04日(日) あの日から八ヶ月、現在置かれている立場は打首獄門の刑場のさらし台の首のようなもの。 しかし、それが面白い。その首が目をパチクリし見物人の評価している目線と心境が、である。 それも、「その辺の世間様レベル」の目線が、かって憶えのある自分の目線として蘇ってくる。 カント哲学の具体例とすると分かりやすい。見物人は、それぞれ知っている範囲の情報と 知識で烙印を押し付けてくる。それは自分のことを言っているに過ぎないことを全く 自覚していない?愛らしさ。人生の満足度が低い人ほど、自分の影としての対象として 鬱憤をぶつけている。それが世間様の犠牲者、「その辺の輩」という所以。 自己卑下を他の対象に投影するに一番手っ取り早い世間話のため、その視線が、そのまま、 その人となり。 他者を批難することは、自分を更に卑下しているだけの理屈が分からない。 それが身近ほど辛辣になるから、人間観察にはもってこいになる。 元もと卑しい臭いのする人は近づけないつもりだったが、実は違っていた? しかし、 それが人間の赤裸々の姿。これは「自己確立の出来ているかどうか」の基準で見ると、 直ぐに分かる。 この10数年、独学で哲学を学んできた?が、自分の頭で考えること、 現象の中にある事実と、その中の真実。その真実も、本当に真実なのか、それとも カントの言う、自分の経験と知識の範囲の思い込みなのか?という自問自答。 その意味では「その辺の何=自己卑下の人」も、実は私自身が貼り付けた言葉でしかない。 世の中、何も考えてないと思える人が多い。特に老いてくると、それが露出する。 それが、この文章を書いている自分に当てはまるから、これも自己卑下。 これは、実はお互い様ということ。人生は悲劇と喜劇は紙一重。 悲しくもあり、 可笑しくもありが人生、と実感する日々この頃である。 ・・・・・・・ 3540, 価値観の中心の書き換え ー2 2010年12月04日(土) * 石井一男という画家 「ビジネス書 大バカ事典」勢古浩爾・著の中で、数多のいい加減なビジネス書をなで斬りを している反面、こういう画家には優しい眼差しを向ける。さっそく、ネットで絵をみたが息を飲む ほど素晴らしい。一種の自閉症?なのだろうが、画家の魂が対象の画中の女性や花から 迸り出ている。何か自分の世界の中で作り上げた女性像が彼の魂から溢れ出て迫ってくる。 何が成功か、そんなものと、勢古がいうのも理解できる。 ーまず、勢古の文章からー 【 石井一男という画家である。TBSの「情熱大陸」という番組で知った。 人付き合いが苦手で、49歳までアルバイトだけで生計を立ててきた。それも、人とあまり 関わらなくてもいい仕事ばかりを選んだ。神戸在住で長屋の二階にひとりで住んでいる。 母親が購入したものだから部屋代は必要ないが、生活費は月七、八万円。酒も煙草も パチンコも一切やらない。喫茶店にも滅多にいかない。 夕食は近所の惣菜屋で100円に 値下がりした惣菜二種類と100円のパック入りごはんを買って済ます。 しかしそれらを きちんと器に移して盛る。可愛いことにみかん一個のデギトもつける。それをひとりで正座して 食べる。絵を描いてきた。だれにも師事せず、どの団体にも属さず、途中休止した年月も あるが、たったひとりで描いてきた。ときおり行く画廊の主人が書いた文章を読んだことが きっかけだ。この人なら自分の絵を見てもらえるかもしれないと思い、手紙を書いた。 この気持ちはじつによくわかる。ちょっとだけ大きい世界に開くこと。そして、ひとりの 承認者がいてくれたら、と願うこと。主人は石井の絵を見て「こんな人がいたのか」と驚き、 個展を開いた。石井一男の絵は49歳ではじめて陽の目を見た。人々の目を惹きつけたのは、 ルオーの画風に似た純粋な「女神」シリーズである。目を瞑った慈母か天使のような顔が 描かれている。その絵を見た人のなかには、涙を流す人がいた。わたしが好きなのは、 後藤正治『奇蹟の画家』の冒頭に載せられた黒一色の「女神」(二〇〇八年)である。 表情がいい。石井その人もまた、絵に似て、いい。長身で痩身。照れ屋で寡黙である。 無愛想ではない。温厚である。恥ずかしそうな笑顔である。1943年、神戸生まれ。 父親はフィリピンのルソン島で戦死。祖母と母の三人で暮らしてきた。その祖母も亡くなり、 現在、母は九〇代になり老人保健施設で暮らしている。この個展で100万円の 収入があった。しかし石井はそれを貰うことを拒み、ある団体に寄附しようとしたのである。 画廊の主人はそれを思いとどまらせた。絵を見てもらえるだけで満足だったのかもしれない。 それ以上の反応は、おそらく過分なものだったのだろう。その後、個展は大阪や東京でも 開催されるようになり、作品もほとんど完売するという。 固定ファンもついた。 小さくて静かなブームになっているといっていい。だが、石井一男の生活は以前と まったく変わらない。マンションなどに移るつもりはまったくないという。 長屋の二畳と六畳一間の部屋。母親を見舞う。生活費は相変わらず月7.8万。・・・】 ー 勢古の本を読むのは数年ぶりだが、なかなか味わいが出てきた。 ところで朝のNHKのドラマ、 今年になってから、「ゲゲゲの女房」以来である。時間帯を7時半からBSで放送したこともある。 現在は、「てっぱん」である。下宿屋の人間模様を藤純子を主役?としている内容だが、そこに自閉症の 初老の画家がいる。石井一男がモデルなのだろうかと思ったが・・ ネットでみた石井一男の絵に、一瞬で虜になってしまった。パソコンにファイルしたが・・ ・・・・・・・・ 3165,金本位制が復活? −2 2009年12月04日(金) *ーそれでは、「アメリカ金本位制復活論」の高橋靖夫が文藝春秋に記載した 一部を抜粋するー 1971年8月15日、ニクソン大統領は突然、金とドルの交換を停止した。世界を仰天させたこの 「ニクソン・ショック」によって、金は「通貨としての役割」を否定され、たんなる「商品としての地位」 に追いやられた。 当時の通説は、「モノづくり」で競争力を失った米国が、ドルを守り切れなく なったために「ブレストンウッズ体制を自ら放棄した。 ところがその後の米国といえば、崩壊 どころかドル覇権を拡大し、冷戦終結後にはユニテラリズムを振りかざす唯一超大国として 「独り勝ち」を達成した。では、「崩壊」したかに見えたニクソン・ショックの狙いはなんだったか。 ブレストンウッズ体制下では、アメリカは1オンス35ドルで各国政府の保有する金の交換を 保証していたため、赤字の増加は金の流出につながる。そこで米国は”負けたふり”をして 「失った金の再備蓄」を密かに狙ったのだ。 米国は金とドルの交換という「責任」を放棄しながら、基軸通貨特権を享受しつつ、 固定相場制から変動相場制への制度変更を仕掛けたのだ。と同時に、金の通貨としての 魅力を否定することで金相場を下落させ、失った金を安く買い戻せるように仕掛けた。 つまり金本位制を停止した時からすでに、再び金本位制に戻す機会を狙っていたのである。 むろん、そんなことは、経済白書で発表されることも、ウォールストリート・ジャーナルに 書かれることもない。しかし、米国が金を「捨てた」かのように見せつつ、決して金の価値を 忘れていなかったことを記す状況証拠なら、幾らでもある。 たとえばニクソン・ショック からわずか3年後の74年12月、米国は奇妙なふたつの政策を実行した。 ▲40年ぶりの「国民の金所有の自由化」 金先物市場の狙いは「ロンドンから金の価格決定権を奪う」こと、そして金所有の自由化は 「民間による金の備蓄を進める」こと。共に戦略的な「米国による金の囲い込み」である。 米国の金相場の操作は極めて巧妙だった。ヨーロッパの投機家たちを抑え込むために、 74年12月31日、国家備蓄のなかから200万オンス(約62t)の金を放出すると発表し、 相場の「冷やし玉」にした。 同時に有力金融機関には「不買キャンペーン」を行わせた。 その結果、金価格は74年12月31日の「国民への自由化」の197.5ドルをピークに、 75年6月の130ドル近くまで下落を続けた。こうして米国国民は安い価格帯で 金を買うことができるようになったのである。 (字数制限のためカット 2010年12月4日) ・・・・・・・・・ 2800,イングランド・ツアー 2008年12月04日(木) 昨日、イングランドのツアーから帰ってきた。この世界恐慌前夜に行くべきかどうか 迷ったが、少なくとも年一の海外に出る習慣は守るということで、決断した。 29名のツアーで、イングランドの北の湖水地区と、古い町並みのコッツウォルズ地区、 ロンドンをバスで回るツアー。英国は秘境ツアー御宅にとって、毛色の変わった場所だが、 たまたま現在の中では一番、価値があると判断をした。私の評価基準からして、80点以上は 無いだろうと思っていたが、その通りであった。しかし、今回の旅行は75点の評価だから、 まあ良かったということになる。湖水地区の自然を散策するイメージに引き付けられたが、 奥深く行く探索する内容ではなかった。二日じゃ無理だが。 それよりコッツウォルズ地区の 古い村の景色の美しさには感動をした。一箇所が二泊ずつ三箇所に泊まるため、非常に 楽な日程だった。格式の高いところや公共に対する意識が高いところは日本に似ていた。 いや日本が、イギリスに感化されたということだ。 ー印象を思いまま書いてみると ・島国で、立憲君主制?で、緑に覆われているところが、 日本に似ているので、違和感が少ないのが印象的である。 ・面積は日本の本州とホボ同じ大きさで、 ・人口が6000万人、 ・平地面積が80%で、日本の16%とは違う。 そのため、日本人は非常に大きく感じるという。 ・小さい国土のわりに食料自給率は80%もあるという。 (字数制限のためカット 2011年12月4日)
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2014年12月03日(水)
【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】ショーン・エイカー著 * 法則2: 心のレバレッジ化 この法則は、マインドセットを変えて「気の持ち方を鍛えよ」ということ。 オバマが大統領になってから、黒人生徒の成績が飛躍的にのびて白人との差が無くなった。 黒人の自己不信が白人との成績の差になっていたが、オバマ効果で、無くなったという。 三年前の節目時などで実感することは、どんなことでも、少し視点、支点を変えてみると、 全く違ってくること。過去の経験で、ある程度は分かってはいたが、最悪?の事態が、 もしかして、最善ではないかという支点を変えると、その要素が幾らでも見えてくる。 ーその辺からー ≪・シーソーで、支点を動かせば状況は変わる。大きな子の方に支点を近づければ、 その子の側が持ち上がりやすくなる。もっと近づければ、今度は小さい子の方が大きな子 よりも効果的に体重を使えるようになる。さらに近づければ、最後には小さい子はシーソー から降りても、指一本でシーソーを動かし、大きな友達を持ち上げることもできる。つまり エネルギーが働く点を動かせば、シーソーを「天秤」から「強力なてこ」に変えられるのである。 これがまさに、アルキメデスの言わんとしたこと。十分な長さのテコと、これを置くことの できる台(支点)があれば、地球を持ち上げることさえできる。 私は、人の脳もこれと 同じように働くのではないかと思った。潜在的な可能性を最大にする力は、二つの重要な 要素に基づく。一つはテコの長さ、つまり「自分が持っていると信じる潜在能力や可能性」、 もう一つは支点の位置、つまり「変化を起こす力を生じさせるマインドセット」の二つである。 ・チームは幾つかの実験を行なった。アジア人女性を集めて2日に分けて同じ難易度の 数学のテストを受験させ、最初のテストの前には「女性は男性に較べて数学が苦手」 という話しをし、それを考えてもらってから試験を開始した。次に2回目のテストの前に 「アジア人は他の人種よりも数学能力が高い」という話をし、それを考えてもらって受験 させたところ、2回のテスト問題の難易度は同じだったにも関わらず、2回目のテストは 1回目より飛躍的に跳ね上がった。難しい案件や困難な仕事に立ち向かう時には、 意識して自分が優れていると、自分が自信を持っていると考えるようにすれば良い。 ・他に「自分の能力はどんどん向上する」と考えている学生と、「自分の能力は固定 されている」と考えている学生をそれぞれグループにし、一定期間ごとに英語の能力を 計測した香港大学の事例も興味深い。もちろん「自分の能力はどんどん向上する」と 考えている学生の成績はどんどん良くなり、「自分の能力は固定されている」と考えている グループの英語の成績はほとんど伸びなかったという。「うまくできる」と思っている人は うまくできる。そして「ダメだろう」と思っている人はうまくできない。ならば、自分の中にある 「小さな自信」の「てこ」の場所を変えて支点をずらすことで、「心のレバレッジ」がかかり、 徐々に大きな事柄にも自信を持って取り組めるようになるのだ。≫ ▼ 人生の節目は、マインドセットを変えるチャンス。節目で、その種の本を読み、 噛みしめてきた。大きな挫折には、多くのチャンスが隠されているが、問題は、それを 見つけること。 節目では、過去をオフをし、新たなチャンスをトレードすること。その時に 心のレバレッジが働く! 三年前の支点変更に対するキーワードが、「森の生活から サバンナの世界へ」であった。 ・・・・・・ 4644, 一年で全米記憶力チャンピオンになれた理由 ー1 2013年12月03日(火) 著者自身の実験ドキュメンタリーにした面白い本。冒頭の一節からして読者を引き込んでいく。 外部記憶としてのデジカメ、パソコン、ネットが際限なく進化している現在、今さら内部記憶力が、 何になる?と、誰しもが思うこと。しかし、その脳も、殆ど使われてない。 私のように、特に忘れやすいものにとって、惹かれる内容である。 ー内容紹介ー { 古代ギリシャで知識人の必須のツールであった「記憶術」と、最先端の脳科学や一流の プロたちの技術習得の秘訣を学び、全米記憶力選手権で優勝するまでの1年を描いた 全米ベストセラーの話題作。われわれ一般人でも、訓練すれば記憶の達人になれるのか? 記憶力はせいぜいで人並みであると自称する新進気鋭の科学ジャーナリストが、 古代ギリシャの時代から知識人の間で受け継がれてきた由緒正しい記憶術を武器に、 1年で記憶力の全米チャンピオンに輝くまでを描いた実験ドキュメンタリー。 著者が体験した記憶力訓練の記録であり、また記憶力の競技会という奇妙な世界に 生息する愛すべき変わり者たちの物語である。古代から中世にかけて、知識人の必須の 教養であった「記憶術」の歴史も語られる。脳と記憶についての科学的な考察もある。 記憶の魅力に取り憑かれた著者が、好奇心の赴くままに記憶の世界を縦横無尽に 駆けめぐる。面白さと、知的興奮を与える1冊。} =まず冒頭の一節から= 《 紀元前5世紀の悲劇の宮殿。生き残ったのは彼だけだった。しばらくし人々がやってきて、 瓦礫をかき分け、捜索を始めた。指輪でも履物でも何でもいい。そこに埋もれているのが 自分の身内だと教えてくれるものが見つかることを祈って。その少し前、古代ギリシャの 詩人、ケオスのシモニデスは、テッサリアの名士、スコパス家の祝典で歌を披露していた。 歌を終えて席に着くと、使者が彼の肩をたたいた。2人の男が馬でやってきて、 伝えたいことがあるので外で待っているという。彼は再び立ち上がって、扉に向かった。 外に出たまさにそのとき、宴会場の屋根がものすごい音を立て崩れ落ち、大理石の かけらと埃が舞い散った。今、彼は、がれきと死体の海の中に立ち尽くしていた。 さっきまでにぎやかな笑い声が響いていた空間には、ただ陰鬱な空気が立ち込めている。 人々が必死になってがれきを掘り起こしていくが、瓦礫の中から引っ張り出された死体は ひどく損傷していて、誰のものとも見分けがつかない。誰がどの席に座っていたかわかる者も いないのだろう。 シモニデスはあらゆる感覚を自分の周囲に集中させ、頭の中で時計を 巻戻した。その時、記憶の概念を変える奇跡が起こった!―大理石のかけらが積み 上がって柱になり、その上の装飾部分も蘇った。石のかけらは食器に、がれきから 突き出ていた木片はテーブルになった。彼は客人の一人ひとりに目をやった。 皆、悲劇が迫っているとは知らずに席に着いている。一番前の席でスコバスが笑っている。 彼の向かいには友人の詩人が座っていて、皿のソースをパンですくっている。 貴族の男性が気取った笑みを浮かべている。 窓を見やると、使いの者が、こちらに 向かってやってくる。何か重要な知らせがあるようだ――。シモニデスは目を開けた。 そして、混乱する人々の手を取り、ゆっくりとがれきの上に歩を進め、彼らの愛する人が 座っていた場所へと案内した。これが、記憶術が誕生した伝説の瞬間である。 》 ▼ 次回に、「シモニデスの記憶術」について書いてみるが、記憶にイメージを使うことも 知らずに、この年齢まできた。試験などの記憶は、とにもかくにも何度も口に出して繰り 返すか、紙に書いて、それを何度も読み返す程度であった。12年前に、読書の要点とか、 その時どきの思いを、ブログに書いて、時系列と、分類をすることを思い立った。 ブログが出始めの頃で、これは個人用のHPだった。それを公開することで、逆に客観性を 持たせ、内容のレベルを落とせない?ようにした。外部記憶装置をネットに公開したことになる。 だから、底の浅い自分が、そのまま表出するが、今さら!と割り切ってしまえば、 これはこれで自己実現になっている。 ーつづく ・・・・・・ 4279, 閑話小題 ー中小企業420万社、円滑法適応は一割弱 2012年12月03日(月) * 中小企業420万社、円滑法適応は一割弱 先日の朝日新聞の記事に「中小企業支援 息切れ」という記事があった。ーその概略はー ≪ 中小は来春の借金返済を先延ばしする「金融円滑法」の期限切れを向かえるが、 景気が更に悪化するなか、倒産が増え、不良債権がふくらむ恐れが出てきた。 全国の中小企業420万社のうち、円滑法の適応を受けているのは30〜40万社と 一割弱が適用をされたという。そのため、08,09年に1万5千件を超えていた中小の 倒産が、10、11年には一割減の1万3千前後に、今年も似たような件数で終わりそう。 円滑法の狙いはリーマンショックによる急激な経済悪化を和らげ、会社を立て直す機会を 与えることだった。だが、改善は進まず、繰り延ばしをする会社が多く、依存症になっている 状態。一年の時限立法も、二度も延期されたが、来年も、この事態では繰り延べもありうる。≫ ▼ 私も、この金融円滑法で何とか生きつないだが、それでも売上減は激しく、ダウンした。 リーマンショックによる地方経済への打撃は、想像を絶するほど。地方では三割の中小は、 今日明日の資金繰りにおわれているのが実情。マスコミが、このまま打ち切りをした場合、 その半分の20万社の倒産もありうるというのも、あながち暴論とは思えない。 一割としても3万社で、二倍になる。さらに東北大震災が大きく消費マインドを冷やして しまった。この記事で、思いのほか金融法の適用が企業の一割に満たないのと、 倒産が一年に一%もないのに驚いた。装置産業ほど借金が無いのだろう。 私の事業では装置産業のため一番、不景気に敏感な業種だったため、いち早く、 影響を受けたことになった。 来春に延期しても、その翌年は消費税の増税があり、 延期せざるを得なくなる。その前に大クラッシュが起き自壊する?から、延期も、 断行も大して変わらない? この冬の寒さは特にこたえる! ・・・・・・ 3904, 精神力ーその偉大な力 ー5 2011年12月03日(土) * 決意の力は魔力のよう 何かをなすに、まず決意が最重要になる。決意が出来ないため、乱れた心や、 乱れた事態が身の回りに起こるのです。そのためには、熟慮を早々して合理的前提から 決意をすること。エマソンの言うとおり「人間は生命を受けた宇宙の一片」である。 人間は己にめざめ、己を自覚する宇宙の一片である。その一片が、大生命力を表現したい のである。・・・<人は、どんな事態にも正しい抜け道がある> <どんな事態にも解決がある> そう信念として持ち、行動すればよい。そのためには、 何が正しく、何が正しくないかを見極め、一度見極めたら、決意をすることである。 ソクラテスは「善き人に起きることは、常に善きことです」「善き人には悪は来ない」と言い、 ダビデ王は「正しき人は見捨てられない」と言った。・・ もし私たちの知るよりも、いっそう 高い水準の正直さと高潔さを持って行動し、自分の側だけでなく、相手の側も考えるなら ――そして正しい決意や、積極的信念や、同情や、愛を経て、大生命力が善のみを 渡してくれると知るならば――その時は必ず正しい結果のみが続いて起こってくるものです。 * 成功も失敗も、精神がつくる 精神ー信念の、あの無限の素質を使うことができる唯一の場所は、私たちが思考するところ。 その思考の力は、マイナスに働く傾向が強い。そこで、自分を深くみて、その奥の無限の 素質や能力の泉を見い出せば、マイナスを乗り越えることが可能になる。 そのためには、正しさを見極め決意すること。 マイナスの雑草を抜き取り、新しいタネを蒔かなければなりません。 ▼ 迷いに迷っていたことが、最後の最後に決意した時に、それまでの迷いがス〜ッと 消え去っていく経験は誰も持っている。決意をしてしまえば、後は、それまで障害と思って いた事態の解決のための手段を探す手順になっていく。それでも、その見極めが甘く 間違った方向に踏み出すことがある。その時、結果が悪魔のように襲ってくる。 それでも考え尽くした後で、自分の勘の命じる決意の通り歩むしかない。 決意の成否の重要さを知るほど、事前の調査など準備の必要性が分かってくる。 決意のためには考え尽くさねばならない。そのことが重要になる。それでも失敗がある。 ・・・・・・・ 3539, 価値観の中心の書き換え 2010年12月03日(金) * 人生の転機 なかなか面白い人生に出会った。「価値観の中心の書き換え」の話である。こういうことに 人生の早い段階で気づいて、転進する人もいるのである。凡人には出来ないこと。 父親の存在もあるのだろう。多くの矛盾した気持ちもあったろうに・・・ 【 ジョン・ウッドは大学院を出て九一年から七年間、マイクロソフト社で猛烈に働いた。 人が羨むような多額の報酬を得ていた。広くて快適な部屋、運転手つきの車、制限なしの 出張旅費。そんな男が初めての長い休暇をとりネパールにトレッキングにやってきた。 偶然、ある村の小学校を訪ね、図書館はあるものの本がまったくない現実を知った。 ネパールの非識字率は七〇%である。子どもたちは勉強したくても教材がない。 ウッドは自由に本を読めた少年時代の自分を振り返って身につまされ、先生と子どもたちに 今度来るときは本を持ってきますね、と約束した。それが始まりだった。 仕事に見合う報酬はもらっていたが、つねにプレッシャーとストレスがあふれていた。 「墓に入ったら好ぎなだけ眠れるから」と、自分に言い聞かせていた気もする。 でも七年間ずっと、ある疑問を感じてもいた。これが人生のすべてなのだろうかー働けぽ 働くほど稼げるということだけが。僕は企業戦士の特殊部隊として生ぎる道を選んだ。 休暇はとりたいやつがとればいい。本物の戦士は週末も働き、航空会社のマイレージを 何万マイルも貯めて、拡大しつづけるマイクロソフト大国で自分のミニ王国を築く。 忙しいと文句を言うのは、会社の将来を考えていない証拠。 『マイクロソフトでは出会えなかった天職』ジョン・ウッド・ランダム八ウスウッドは 友人たちに本集めに協力してもらい山のようなメールを送った。徐々に本気になっていった。 やりがいを覚えるようにもなった。一年後、四四〇キロの重量の本を持って、ウッドは 父とともにネパールに帰ってきた。学校では歓迎式典が準備され、感謝の言葉と笑顔に 迎えられた。カトマンズの僧院で自問する。鐘が鳴り、数秒間の沈黙が流れ、 そして三〇人の修道僧が、のどを低く鳴らしてお経を唱えはじめた。暗がりのなかで 数百本のろうそくが揺れている。僕の心のなかは、平穏どころか大混乱していた。 二つの強い力が正反対の方向に引ぱり合っていた。マイクロソフトは僕を昇進させ、 二日後にはいつもの生活に戻らなけれぽならない。でも反対側では、僕にとっての 優先順位が急激に変わりつつあった。数百万人の子供が本を読めずにいるというのに、 台湾で来月ウィンドウズが何本売れるかということが、本当に重要なのだろうか。 ネパールの子供一10人中7人は生涯読み書きができないというのに、香港の電子商取引 ビジネスで先手をとろうとか、中国の海賊版対策に力を入れようとか、そこでウヅドは マイクロソフトを辞めて、この仕事に従事する決意。 ふつうではちょえられない決断である。 ・・・これは価値観の中心に置かれたものの書き換えである。人によって価値観の中心に 置かれたものはさまざまである。その周縁にもいろいろな欲望が分散している。 しかしウッドの価値観の中心が「成功」から「奉仕」へ入れ替わったのだ。 かつて不動の神として中心に鎮座していたものは周縁に吹き飛ぽされたのである。 (字数制限のためカット2011年12月3日) ・・・・・・・ 3164,「物語」と「小説」 2009年12月03日(木) 「物語」と「小説」の違いは?をネットで調べたら、 ・「小説」は“文字によって記述された「物語」”と定義。「物語」は―古老が話す口伝や、 御伽噺などのなさまざまな形式などの“おはなし”。その違いは“その<おはなし> を伝達する手法が、文字表現に限定されているか、されてないかにある。 ・ 基本的には、物語は「出来事の連鎖」によって成り立つものを指す。 き手の「それからどうした、それからどうした」という欲求をみたしていく性質を持っている。 一方、小説の概念は近代以降のもので、単に出来事の連鎖に止まらず、出来事と 出来事の間に相関的な意味のつながり(因果関係)が存在するように書かれたもの、 といわれる。 ーー 以上だが、脚本家の山田太一は、その違いを ≪「誰かから聞いたかは忘れたが、『小説には人生があり、物語にはない』という定義が 頭に残っている」とある。「シンデレラ」や「白雪姫」が人生を語ってない、とはいえない。 しかし、物語は人生の細部の現実を語ってはいない。その代わり、ありそうもない話の 楽しさがあるし、だからこそ込められている寓意も、端的な人生の要約もある。 一方、小説は「ありそうもない話」も、人生の細かな本当を積み上げて「ありそうな話」に してしまう装置である≫と述べている。我われは何かのカタチで自分の物語を持っている。 それを文章にすると私小説になるが、とすると、山田太一の言うことは微妙に違ってくる。 誰にもそれぞれの人生があるからだ。そして、そのストーリーは、聞く人を惹きつける。 10年前のことだが、80半ばの叔母が亡くなる少し前の法事の席で、《 私が一番悲しかった ことは、戦時中に一歳の赤ちゃんを死なせたこと。医院から死んだばかりの背負ったいる 赤ちゃんの身体の温みが無くなっていくのが分かるの。辛かったわ!》 彼女の一番辛かったことを最後に物語りかったのだ。 その悲しみが、そのまま伝わって くるようだった。小説家は、そういう事実を重ねて小説を構成していくから、虚構の世界に 引き込まれるのである。 ・・・・・・・・・ 2799.ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法の言葉・・8 2008年12月03日(水) 【第7の法則】 何もしないことこそ、最大のリスクなのだ。 「みんな自分より賢いんだ。みんな自分より才能がある。みんな自分より背が高い。 みんな私より髪の毛の色が綺麗だわ。みんな私より可愛いわ。 みんな自分より運がいい。 みんなコネをもっているけど自分にはない… (字数制限のためカット 2014年12月3日)
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2014年12月02日(火)
【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】ショーン・エイカー著 * 幸福の概念と、幸せな人 それぞれの内容一つ一つに含蓄があり、納得させられる。その法則とは・・ 法則1 ハピネス・アドバンテージ〜幸福感は人間の脳と組織に競争優位をもたらす 法則2 心のレバレッジ化〜マインドセットを変えて仕事の成果を上げる 法則3 テトリス効果〜可能性を最大化するために脳を鍛える 法則4 再起力〜下降への勢いを利用して上昇に転じる 法則5 ゾロ・サークル〜小さなゴールに的を絞って少しずつ達成範囲を広げる 法則6 20秒ルール〜変化へのバリアを最小化して悪い習慣をよい習慣に変える 法則7 ソーシャルへの投資〜周囲からの支えを唯一最高の資産とする ー以上だが、再起力、20秒ルールには特に新鮮な驚きを感じる。 ★ 法則1、「幸福感は人間の脳と組織に競争優位をもたらす」 ごく身近に、幸せを絵に描いたような人がいる。その母親が、この数段も幸せそうな人だった。 しかし唯我独尊、自分の周りに太陽がまわっていると信じて疑ってない。観察すると、ポジティブ 感情が異常に高く、≪私は特別の存在≫とのたまう。誰の心の底には、近い感覚があるが、 年齢とともに片隅に追いやられるが、この感覚が衰えてない。『絶対幸福の人』というのだろう。 ー幸せの概念についての箇所を抜粋してみるー ≪・私にとって幸せとは、「自分の可能性を追求して努力するときに感じる喜び」である。 幸せは主にポジティブ感情によってもたらされる。幸せというのは、条件でも状況でもなく 「心で感じるもの」だからだ。研究者によっては、「幸せ」という言葉を避けて、基本的に 同義の「ポジティブ感情」とか「ポジティビティ」という言葉を使う人もいる。 ・ノースカロライナ大学のバーバラ・フレドリクソンはこの分野で、世界でトップクラスの研究者。 彼女は、「喜び」「感謝」「安らぎ」「興味」「希望」「誇り」「愉快」「鼓舞」「畏敬」「愛」 という最も一般的な10のポジティブ感情について説明している。 このリストを読んだだけで、幸せの豊かなイメージがわいてくるだろう。・・(略) ・ノートルダム教育修道女会に属する18O人の修道女たち(全員1917年以前生まれ) の古い日記である。彼女たちは毎日、思ったことを自伝風に日記に書くように言われていた。 50年後、ある優れた研究者のグループが、この日記に含まれるポジティブ感情をコード化 を思いついた。 20歳のときの幸福度が、修道女たちのその後の人生にかかわりがあるか どうかを調べたのである。そして、かかわりは大いにあった。楽しそうな内容を書きつけて いた修道女たちは、ネガティブな、あるいは普通の内容を書いていた修道女よりも10年近く 長生きした。修道女たちが85歳のとき、幸福度が高い方の25%に入っいた人たちの90%が まだ存命だったのに対し、幸福度が低い方の25%に入っいた人たちは34%しか残って いなかった。20歳のとき幸福度の高かった修道女は、自分が長生きすると知っていた わけでない。彼女たちの長生きは幸福感がもたらしたもので、その逆ではない。≫ ・4歳の子供を2つのグループに分けて、同じような知的な作業をさせる。 「積み木を組み合わせて別の形を作る」というようなことだ。その時、片方のグループには 作業開始前に「何か嬉しかったことを思い出そう」と指示を出してから作業をスタートさせる。 もう一方のグループには何も指示しない。すると、明らかに「嬉しかったこと」を思い起してから 作業をスタートしたグループの子供達がスピード速く積み木を組み合わせることができるのだ。 まだ4歳で、大きな幸福経験を積んでいないような小さな子供達でも、このように差異が出る。 ▼ 最後の挫折付きだったが、創業人生は「自分の可能性を追求して努力するときに感じる喜び」 の日々でもあった。それに10のポジティブ感情(「喜び」「感謝」「安らぎ」「興味」「希望」 「誇り」「愉快」「鼓舞」「畏敬」「愛」)もあった。だから、挫折感とか、後悔は思いのほか少ない。 それらは、数十年の毎朝の読書習慣が培ったもの。で、日々是好日、いや日々是口実か。 ・・・・・・ 4643, 老後の生活破綻、そして死 ー2 2013年12月02日(月) 「老後の生活破綻 - 身近に潜むリスクと解決策」西垣 千春 (著) * 経済面から見る、高齢社会の現実 バブル崩壊後、弱肉強食の傾向が強まり、高齢者の生活にシワ寄せが来ている。四人に一人が 「苦しい生活」を余儀なくされ、四割が平均年50万の持ち出し。国民年金のみの収入だけなら、 厳しいのは肯ける。二ヶ月に一度の年金支払い日の午前中の銀行の殺気立った高齢者の姿から、 ギリギリの生活が見てとれる。ある2千円均一のスナックは午後からオープンしているが、 年金支払い当日は、二ヶ月に一度の楽しみのため、ほぼ満席? 世知辛さの一端である。 ーその辺りから抜粋ー 《 ☆ 貧困につながる格差 最後に指標の三つ目である「経済」、すなわち家計や暮らし向きは ・高齢者単独世帯の平均年間総所得(家計調査2008年)は175万円。 ・夫婦のみの世帯では409万円である。 ・内訳を見ると、夫婦二人世帯で、所得に占める公的年金の割合が65%、単独世帯では74%であり、 高齢者世帯の多くにとって公的年金は主な収入源である。なお、単独世帯には女性が多く、 遺族年金に頼っている人が多い。高齢者のみの世帯では、稼働所得(仕事で得る収入)が約二割、 公的年金が約七割を占めている。 ・高齢者世帯には、一般世帯の平均所得を上回る、600万円以上の世帯が約8%存在する一方で、 100万円以下という、非常に所得の少ない世帯が15%も存在する。また、収入が100万円〜200万円の 世帯が最も多く、全体のほぼ四分の一を占めている。高齢者の新たな就業機会は殆どないに等しく、 所得の増加は見込めない。つまり経済的に厳しい状況は最後まで続く。 ・「相対的貧困率」という言葉は、2009年に初めて広く報道された。OECDの定義では、等価可処分 所得(世帯の可処分所得を世帯員数の平方根で割った値)が全国民の等価可処分所得の中央値の 半分に満たない国民の割合である。2006年の時点で、日本人の相対的貧困率が15.7%という数値は 衝撃であった。最大の理由は、ひとり親家庭、とくに母子家庭の収入の低さが挙げられるが、 高齢者の貧困層の影響も大きい。高齢期に入ったばかりの「若い高齢者」は、人生で貧困を経験して こなかった人が多い。いざ仕事を辞めたとき、もし十分な貯蓄がない場合が悲惨である。 ☆ 四人に一人が「苦しい生活」 ・日本は国民皆年金・皆保険制度が整っている。生まれてから死ぬまで、心配なく過ごせる システムのはずである。しかし先ほど見たように、高齢者によって、老後に費やせる生活費には 大きな開きがある。40.4%の高齢者が、毎月または時々赤字になる状況で生活している。 現在の暮らし向きが「大変苦しい」と答えている人が7.2%、「やや苦しい」が19.2%、 ほぼ四人に一人が厳しい生活状況に置かれている。 ・高齢者世帯のなかでも勤労者がいない世帯では赤字の割合がさらに高く、平均で毎月四万円余りの 赤字となっている(総務省「家計調査」2008年)。一年間ではおおよそ50万円の赤字である。 30年の余生とすると1千5百万が必要になる。 ・65歳から69歳で就業していない人の割合は、男性で5割、女性で7割。年齢が高くなるほど 割合は高くなり、収入も減る。つまり、歳をとるにあたり、経済的な不安をなくそうと思えば、 勤労者である間に貯蓄が必要になる。》 ▼「65歳から69歳で無就業は、男性で5割、女性で7割」とあるが、逆に、男半分、女3分の1 近くが就業している。自営業や農林漁業がプラスされても、やはり多い。市営住宅に入り、 光熱費と食費を切り詰めても、医療費などで15万円がギリギリ。4人に一人が「苦しい生活」 のが現実。核家族化で子供からの収入もあてにならず・・この厳しさは、日ごと増す。 ・・・・・・ 4278, 閑話小題 ー昨夜は、大学の同窓会 2012年12月02日(日) * 昨夜は、大学の同窓会 大学の同級会に(三年続けて)日本橋まで出かけてきた。同級生が有名な甘粕の魚料理店の社長で、 料理は絶品。以前から首都圏在住の人だけで毎年、師走の第一土曜日に開かれている。地方の人たちが 集まるようになったのは、この数年前からである。服部料理学校理事長をしている染谷(源氏名、服部) さんを中心にした親睦会の要素がある。大よそ20名弱が出席。 今回は武澤ゼミで一緒だった 田島さんが出席をしていた。幹事役の男も武澤ゼミなので、三人が揃うことになった。 10数年前の大学主催の卒業30周年記念の時は、青森周りで新潟に遊びに来たことがあった。 中小企業や、料理屋、商家の師弟が多いため、この不景気、明るい話は少ない。ところで、 目の前の男が自己紹介で曰く、「実をいうと仕事が、ここにきて急速に拡大し上手くいっている。 インドネシアの生産拠点を移したのが、その原因で、今では国内の工場の生産高を超えている。 そこは、日本人に対する感情が良好的で、自動車とオートバイのシェアが異常に高い。 その部品を生産し、そのまま、地元に流しているため効率が上がっている。最近はベトナム、 タイにも流すようになった。」と。半月ほど前にNHKで、上手くいっている会社の現地レポートを 放映していた。本人がインタビューを受けていたが、その話を聞くまでは当人とは全く気づかなかった。 いずれの世界も5パーセントは、大当たりをしているのがいる。 * 最近の袋ものラーメンが美味い 何気なく週刊誌を読んでいると、「最近の袋物ラーメンが美味い!」という特集記事が出ていた。 家内に、その話をすると、「聞いていたが、今度、買ってくる!」ということで、早速、日清の 「ら王」を買ってきて食べてみたが、思いのほか美味しい。週刊誌の記事では、「ラーメン屋が、 こんな美味しいラーメンを売られたら困る」と言っていたというが、成るほど納得。ラーメン屋が、 これにチャーシュウと葱を乗せて出されたら、気づかないだろう。 日経トレンディの2012年 ヒット商品第4位に入っていたのが「マルちゃん正麺」。 家内が言うに、「スーパーでは、 全国的に売切れで手に入りにくい」といか。 何か技術改良がなされたのだろうが。 で、このところは昼食は、これにチャン飯! * 昨日の早朝の夢 昨日の朝方に面白い夢をみた。幼稚園時代の写真があって、そこに父親が幼稚園児の中にいる。 そこで父親と同クラスの写真の顔を一人ひとり見ていると、急に胸が苦しくなり目覚めた。 夢の中の写真に集中し過ぎたため、生身の方の呼吸をしていなったようだ。5分位の深い呼吸で 息を整えたが、15分位は何ともいえない気分の悪さ。 写真はカラーで、それぞれの園児が可愛 らしく浮かび上がっていた。父は40歳後半で、夢でも丁度その頃の年齢。脳は、面白い創作をする。 ・・・・・・ 3903, 精神力ーその偉大な力 ー4 2011年12月02日(金) この年齢で昔読んだ本を読み返し、書評を書いていること自体が奇妙である。 精神論というと現代では怪しげに思ってしまうが、それを信念と置き換えて考えると違ってくる。 人は、それぞれの信念に従って生きている。問題は、それを前向きの思考にするか、どうかである。 世の大部分が、後ろ向き人である中で、よほど強固なベースがないと大勢に流されてしまう。 そこで、一歩二歩離れるか、孤独の時間を確保して自分の信念を守らなければならない。 信念という言葉には語り尽くせないほど奥行がある。 * 信じることの魔術 信念を変えることで体験の世界が変わります。信念は本人の精神の一つのあり方です。 大生命の力を信じなさい。大生命を見ることが出来ないし、信念も見えないが、それを通して行う ことは見えます。確証を見ることは出来るのです。信じることを前向きなことに使うことこそ鍵がある。 * 人生の四つの基本 ・ 第一は、大生命力すなわち【神】の善さ、完全さ、信頼性、敏感さなどに積極的信念を置くことです。 知性的で善良な愛の生命力が、あなたをこの世に送ったのです。 大生命力は悪いのではなく善いということに気づくべきです。 ・ 最二に、自分が偉大な【人間】であることに気づくべきである。神性を持つ持つ大生命力が 人間として個性化して、人格化して人間というものが出来たと認めるべきである。 自分を下等と思えば下等に行動し、他人もあなたを下等と思うでしょう。 しかし、自分が大生命の化身と気づけば、その能力が、あなたの自由になるのです。 ・ 第三に、運不運という、あらゆる信仰を捨てて、大生命力の【法則】に従って行動すべきです。 大生命力の流れの中に、みずから新たな原因を注入し、自分のために新しい思想を受け入れ、 新しい体験を持つことを信じるべきです。 ・ 第四に、人格の【不死】を信じなければならない。他界しても自分は生きていると信じなさい。 これは実用的です。そう信じて行動すると、目の前の難問が何時か解決すべきことでなく、 今すぐに解決すべきことになる。この四つの基本的なこと―神、人、法則、不死―に、 積極的な信念を置けば、何に対しても否定的な信念を持つことがなくなります。 ▼ 基本の一つの【法則】と中村天風の説と、ほぼ同じ。 積極一貫こそ、人間を宇宙の進化に 従って生き、発展する術。積極的な前向きな信念に一つまとまり塊になって一つの方向に歩くことこそ、 人間の健全な姿。精神力=信念を自分の帆にして人生に吹く風を利用し堅実に前に進めばよい。 当時これらの精神論が極限の中での道標となり心を支えていた。 現在は哲学? ・・・・・・・ 3538, メビウスと、自・他 2010年12月02日(木) * 他人とは何か 池田晶子の「自分の内側と、その対比としての他人」についての考察がよい。 「14歳からの哲学」の『他人とは何か』で、以下のように述べている。 【「自分が存在しない」ということは「ない」ということも、先に気がついたことだったね。 だから、やっぱりすべては存在するんだ。存在しないということはなくて、世界も他人も存在するんだ。 すべてが自分として存在するんだ。なぜなら、自分でないものが存在するということはないからだ。 「他人」なんてものは存在しないと最初に言ったのは、この意味だ。 他人の存在を認めないとか、 世界には自分しか 存在しないとか、そんな子供じみたこと話をしているんじゃない。 これは本当に深くて、本当に難しい話なんだ。これも、ここだけの話だけど、このレベルの議論に ついてこれるのは、本当に少数だから、君は、そういう大人を目指せばよい。 ・・ 大きい自分に小さい他人同士がつながっているからだ。 大きい自分のう〜んと深いとろまで 到達しているような人、たとえばお釈迦様とかキリストとか、そういう人なら、他入の痛みも他人の心も、 自分の痛み自分の心として、きっと一瞬でわかってしまうに違いない。「メビウスの輪」を知ってるね。 内側を辿って行ったら、そこは外側だったというあれだ。君は、「自分の内側」と言った時、体や心の内側 のことを思うね。でも、その内側が、外側の自然法則によって動いているのなら、 その内側って、 じつは外側のことじゃないだろうか。内って、外なんじゃないだろうか。「自分の内」「自分の外」なんて、 よく考えれば、決して言うことはできないことなんだ。なぜなら、すべてである自分には、内も外もない。 じゃあ「自分の外に存在する他人」という言い方で、人は何を言っていることになるのだろうか。】 ▼ 「心の内側を辿ると、そこは外だった」は言いえて妙である。すべてが自分として存在すということを、 メビウスの輪から考えると分かりやすい。世界の秘境や異郷に行った先は、自分の内になり、外にもなる。 行けばこそ。そして、それぞれの延長が、それぞれ続いている。記憶がメビウスの輪になり、それが大きく なリ続けている。帰ってきてからでも、そこの旅番組やネットを見たりしながら、その旅行の延長線上に 加わるからだ。家内が度々言うが、「行かなければ、他の番組を見ている」のである。自分が存在 してなければ、地球など知りえない。 死んでしまえば、地球が消滅したと同じことになる。 その己の存在にとって、他者も自分もないのである。 ・・・・・・・ 3163, 金本位制度が復活? 2009年12月02日(水) 昨日、日経新聞を何気なくみていたら、以下のような記事があった。 * 中国政府高官「金保有、10年以内に1万トン」ドル安で買い増し論 30日付の中国紙、中国青年報によると、国務院(政府)国有重点大型企業監事会の季暁南主席は 2兆ドルを超す外貨準備の運用について「金の保有量を3〜5年以内に6000トン、8〜10年以内に 1万トンまで増やすべきだ」と指摘した。現在の保有量は約1000トンで、1万トンへの買い増し実現可能か 微妙だが、ドル安が続くなかで政府内で金の買い増し論が勢いを増しつつあるもようだ。中国の外貨準備高は 9月末時点で2兆2726億ドル。うち約7割をドル資産で運用し、金の比率は2%弱にとどまる。 最近のドル安を受け、政府内では外貨準備の運用をドル以外に振り向けるべきだとの議論が再燃しており、 なかでも金は「安全資産」として評価が高まっているとみられる。 ワールド・ゴールド・カウンシルによると、金の保有量(今年9月時点)は米国が8134トンで世界一。 ドイツの3408トン、イタリアの2452トンが続く。季主席は外貨準備運用の直接の担当ではないが、 今回の発言は政府内の多数意見を反映しているとの見方が多い。(北京=高橋哲史) (11月30日 19:45) ―― 以上だが、最近になって、米国の金本位論が再燃し始めているようだ。 (字数制限のためカット 2011年12月日) ・・・・・・・・ 2798.ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法の言葉・・7 2008年12月02日(火) ー失敗を恐れるな! 「自分のカでは どうにも ならないことは、心配するな」 という言葉、今度の恐慌で、 心配の極みで読んでみて、ホッとした道理である。 まあ、仕方ないことは仕方がない。 【第6の法則】 失敗を恐れるな。 しようともせずに 逃してしまうチャンスことこそ恐れるに値するのだ。 〜〜〜 「人間ができる 唯一の独創的な行為こそ、間違えることなのである」 ービリー・ジ。エル 「人には正しいことだけでなく、間違ったことをする権利もあることに気づいたとき、子供は大人になる」 ートマス・ザス 「意味のある努力は、やってみる前には 簡単には見えない。だが、実際にやってみて結果が良ければ、 その時点から振り返ってみると、簡単であったように 思い返せるものである」ーエドワード・テラー 「自分のカでは どうにも ならないことは、心配するな」 ーユダヤ人の友人のコトバ 「金をなくしても、何も失わない。 誇りをなくせば、多くを失う。勇気をなくせば、すべてを失う」 ーユダヤ人の友人の言葉 (字数制限のためカット 14年12月2日)
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2014年12月01日(月)
【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係ショーン・エイカー著 * 成功すると幸せになるのではなく、幸せな人間が成功をする! 面白い本である。身近の人をみると、この意味を実感する。こと自分をみても、事業の 最終段階でリーマンショックと3・11地震に遭遇し、倒産という事態に陥っても、不幸と 思ったことは一度もない。この程度で幸福感が破壊されるわけもなし、私を勝手に不幸と 思い込んでいる9割以上が、時代が激変する中、遥かに私より状況が悪い?ことを知って いるからだ。いずれ誰も「死」に直面するが、それを不幸と思うか、幸運と思うかである。 もし死なないとしたら、どうだろう。ここでいう幸福の説明が分かりやすいが・・ それは次回に。 「人間は成功すると幸せになるのではなく、幸せな人間が成功するのだ」を、言い替えると、 「人間は失敗すると不幸になるのではなく、不幸な人間が失敗するのだ」になるが、 実際のところ、不幸ではなく、むしろベストだと捉えている。 裏表の捉え方の問題、 いや、これも幻想である。 ☆ 内容紹介 ( ゚^∀^゚)σ゚。ヶヶラヶラ (人´∀`)┌iiii┐はっぴー ≪「自分は幸せだ」と思える人ほど、よい結果を生んでいる。ハーバード大学で人気 第1位の講師直伝!最先端のポジティブ心理学が解き明かす「成功」と「幸福」の驚くべき 関係。 世界中から秀才が集うハーバード大で学生から絶大なる人気を集める「幸福学」 講座で講師を務めた著者は、厳しい競争環境でも前向きな精神状態を作り上げて 抜きんでる人とプレッシャーに負け行き詰る人の違いはどこかを追求。 本書では、ハーバード大生や著名企業のプロフェッショナルへの実証実験を踏まえ、 成功をめざしてやみくもに努力するのではなく、幸福感や楽観主義をもつことが学業、 仕事での成果に、組織の生産性向上、チームワークの強化に結びつくという事実を 浮かび上がらせ、その要因を幸福優位性(ハピネス・アドバンテージ)と名付け、 7つの法則にまとめた。自己啓発から組織マネジメント、教育と幅広く応用可能で 示唆に富んだ一冊。グーグル、コカ・コーラ、IBMなど世界的企業で採用され、驚異の 効果をあげたメソッド。『努力すれば成功する。成功すれば幸せになれる』の図式は 間違いということだ。努力して結果を出した人は、往々にしてさらに高い目標を設定し、 成功と幸せを先送りしてしまう。 すなわち、幸せは『成功に先行する』のであり、単なる成功の結果ではないのだ。 簡単に言おう。人間は成功すると幸せになるのではなく、幸せな人間が成功するのだ。≫ ▼ 学生時代から幸せそうな人は、今でも幸せそうであり、不幸そうなのは、今でも不幸そうである。 よく観察すると、「性格的に清潔感があり、明るく、真面目で、両親に愛された人が幸せそう。 その逆に、捻くれ、苛めっ子は、不幸そうであった?」 これも、私がつくったミニ物語でしかない。 現在の、こつこつ積み上げた生活習慣は、この本の中の「幸せの状況」そのものだが・・ どうだろう、幸せだろうか?少なくとも不幸ではない。それで十二分としなくては! ヽ(´∀`。)ノ:。 [*☆*ォ前バヵ? ー次回は、幸福優位の7つの法則についてー ・・・・・・ 4642, 老後の生活破綻、そして死 ー1 2013年12月01日(日) 「老後の生活破綻 - 身近に潜むリスクと解決策」西垣 千春 (著) 老後の生活破綻の不安は、多かれ少なかかれ万人の課題。敢えて目を背けず直視 すれば、問題を少なくすることは可能。周りに破綻事例は多くあるが、一歩間違えれば 自分自身の問題になる。 まずは、ーアマゾンの内容紹介ー より {認知症、病気、詐欺、事故、子どもの失業 ―老後の生活にはさまざまなリスクが潜む。 そして一度問題が生じると、周囲に気づかれないまま生活が破綻してしまうことも、現代の 日本社会では少なくない。高齢者を助けるサービスはたくさんあるのに、なぜ十分に 活用されないのか。苦しむ高齢者を一人でも減らすため、また、自分や家族がそうした 事態に陥らないために何が必要なのか。豊富な実例とともに考える。} ▼ 一年前に高校の同級生Kさんが自死をした。商売上の借金による苦悩の末と推察される。 他人ごとではない。私の事業は20年、30年以上に渡る装置産業のため、思いもよらない 時代変動も事業計画に入れておかなければならない。26歳時に事業計画に入り、一年後に 貸ビルが完成した前後に石油ショックが発生。新興住宅地中央の商業地前の、数百世帯の マンション群の計画は全て中止。事前の思惑が狂ってしまい、ただ茫然。 6箇所のテナン トスペースは、空。まずは食い扶持にと、その一角で、養老の滝FCに加入し、焼き鳥屋を オープン。何とか目先の目処をたてた。しかし、この出発時の大波が教訓になった。 《人生も事業も、不測の事態が起こることを前提に、事業計画、人生設計をたてること!》を、 骨の髄に刻むことが出来た。 その経験が無かったら、事業撤収も最悪の事態を向かえて いただろう。だからKさんの自死は他人ごとでは無い。商売や事業破綻は凄惨そのもの。 しかし誰もが何らかの形で「人生の破綻?=死」か、その前の「老後の生活破綻」が訪れる。 具体例として、ここで「事例で見る生活破綻」を6つ載せている。人生の幸福度は「健康」 「家族」「収入」で決まるが、老後は過去の問題が蓄積している上に、脳も肉体も衰える。 そして、介護期間が平均10年とすると決して明るい未来でない。一年,一日、一時間一時間 を充実して生きるしかない。「人生、生きているうちが花」。「K君を偲ぶ会」で垣間見た、 それぞれの「老病死」への不安。で、クラス会の次回の幹事の他に、ジョークも含め、 今回の「偲ぶ会」の幹事から次会の「偲ぶ会」の幹事にM君が指名。 年齢からして1〜2年ごとになるはずだが・・誰ひとり次は自分と思っていない。 M君、私に「次は、御前だ!」 ・・・・・・ 4277, この非常事態に、万一の備えがあるの? −5 2012年12月01日(土) * 創業準備、創業、盛業、衰退、倒産で、合計45年 人生で一番辛い一つの倒産を経験をした。 創業を決意し、その事業準備と立ち上げの 苦労からみれば、リスクヘッジもあったが、最後の苦しみなどのエネルギーは数パーセント にも満たない。現在、比較的平然としていられるのは、面の皮が厚いのではなく、 総合スパンの45年か、新潟駅前シリーズの31年スパンの物語の終わりの一場面と 見てるから。二代目経営者は、その隠された汗水の経験がない?ため、激動に対して 開き直りが出来ないのである。だから言動が軽くなる。極限の苦渋を味わってないため、 限界が分からないのである。そのため他人の苦境に冷たく、表面的な上面しか見るれない。 それ故の強さもあるが・・ 今回も、彼らの視線の低さが露骨に見え隠れしていた。 その辺りが一番、面白いところだが。文章作法の「起承転結」を事業に当てはめてみると、 その辺が分かりやすい。「起」が事業創業の決意と、その準備期。「承」は、具体的な 創業と右上がりの拡大時期。 「転」は、ピークから右下がりの転換期。 「結」は、終焉。 45年スパンで実際に幾つか事業経験し、9・11、9・15、3・11の歴史的大震災の 三連発で「結」を‘最悪の事態’で終えた。が、少しの無念さは残ったとしても、 「あれでは仕方がないが、面白かった」という諦念がある。 それもこれも自業自得。 「起の経験も、終わりの結の経験してない人が、非難などもってのほか」という思いがある。 これは創業経験者には分るが、未経験なら分かろうはずがない。人は、経験と知識範囲しか 物事は知りえない! これが一連の事業経験から得た最大の教訓! 創業準備の事業設計段階から、万一の場合の「シェルター」を組み込んでいた。 それが、大方の人には理解できない。喩え話でいえば、「外海の大波が内海に 迫っている中、ゴルフ場で、仲間内の噂話に夢中!の人達」に外海の津波が分からない。 いや、目ざといのは、とっくに逃げている? 本来は、何事も「起承転結」より「起承転々」 の方が良いが、乱気流の中では、「転々」は、大きくリバウンドする危険が大きい。 先月、三週続いた不景気がらみの身辺の一連の出来事、来月はないだろうが? ・・・・・・ 3902, 精神力ーその偉大な力 ー3 2011年12月01日(木) この本を読み返すと、20歳代の気持ちに帰ったような心持ちになる。カスターがいう 精神とは信念である。信念は順調時より障害が立ちはだかった時に現れ出てくる。 その時に知恵と叡智が心底の信念の蓋から湧き出てくる。信念から湧き出た知恵と 叡智を力にして、それを乗り越えた時に、自然(神)は真の喜びと生きがいを与えてくれる。 ー 印象に残った箇所を抜粋してみる ー ー精神論は、夢がある。 * あなたは何か? 魂の定義は「それ自身にめざめたあの力」というしかありません。自分自身について、 より深い、より根本的真理を知りうる人は、おのれにめざめたポイントであって、大生命力に 属し、己の意のままに採択を行うポイントだと知っています。・・ごく少数の人のみが意識的に 心の操作ができるのです。人間はおのれみずからに真に目覚めた知覚するポイントであって、 自由意思の完全体としり、おのれの精神に指令し、感情を統御し、身体を使いこなせるまでは、 結局、眠れるに等しいのです。・・ 自分の体験や、自分の世界のうえに支配を及ぼすのは、彼みずからについての真理に 目覚めることが前提です。・・ 私たちは、大生命力が人と化したものです。いずれも 大生命力の人格化です。誰しも、自らの中に大生命力の知恵、才知、偉大、表現の要具など 全てを包み持っています。・・ 各自の採択する力が各人を分けるので、その人は、 まさしく一人の神であり、その採択が、私たちに何が起こるか、未来が幸か不幸か、 成功か失敗かを定めるのです。 * あなたの内の魔力的力 必要なのは正しい考え方だけ。 それを信頼することで正しい答えが来ることになる。 ・・多くの人は、真理に直面したがらない。そして否定的な考え方が、不幸の体験を引き 寄せるのである。だから思考=信念に気をつけなければならない。何をなすべきかに ついては、内心の直感にたより、最深の潜在意識に従って行動すれば、物事は良い方向に 動いていくのです。そこに魔力的力が生じてくる。 * 内心に案内者を持つ 自分の中を見ると、内心の案内者と呼ばれる能力があるのが分かる。虫の知らせや、 霊感などによって、理性を超えた予知を感じ、その方向に行くと、そのとおりであったことが、 なんべんもあったでしょう。あなたの内部には何かがあります。それは心の水準に従い、 あなたを導いて、正しいときに正しいところに、正しい言葉を使わせ、正しい方法で、 正しいことをさせます。あなたたち自身の中には、理知と知恵があります。この特性が、 思わしいほど多いと感じる人は、誰もいませんが、その知恵と叡智を使って体験することに 限界を感じる人はいないはずです。その叡智と知恵は、無限に、その人の内にあるのです。 私たちの中には、喜びや楽しさの特質があります。それが少ないとしたら、それは、その人に 少ないからでなく、その道筋を知らないだけ。その能力こそ、内心の案内者といえるのです。 その人を探し出すのは、その人だけです。大生命力が、その仮身となって、呼びかけられる のを待っているのです。「良きこと、悪きことはないのです。ただ思いが、それをつくるのです。」 ・・・・・・・ 3537, 上質な人生 2010年12月01日(水) 図書館で【上質な人生へようこそ】ー『セオリー』vol.12 ーという特集の雑誌をみつけた。 まず人生に上質などあるのか?という平凡な反発があったが、テーマからして面白そうで 読んでみた。期待に反して? なかなか奥行きの深い言葉が次々と出てきた。 下質な人生なら、周辺にいくらでも転がっている。誰もが、自分を少しは上質と思っている から生きられるのである。私に、「貴方にとって上質な人生とは、どのような人生か?」 と問われれば、「自分のやりたいことを早く見つけ、生涯を通して楽しむことが出来て、 最後に面白くて、良かったいえる人生」と、迷わずにいう。それぞれの人生があるから、 他人が比較するものでない。そのためには努力と忍耐と勇気が必要。 □ この特集の中で印象に残った言葉を抜粋してみる *「お金の使い方で分かります」イタリア人は貯蓄をゼロにして、この世をさる。 「家と車について考え方を変えるー家と車に日本人は金をかけすぎ。小さな家でもいい じゃないか!家と車のローンで一生を終えてしまう人生に疑問。 お金の準備、遊びの準備が必要」大前研一 *「他人の基準にふりまわされ、ゆたかな人生を追い求めるほど、『上質』とはかけ離れていく。 物が溢れる今の時代だからこそ、自分の基準で(ほどほど)を知ることが必要」 「仕事も人生も、型を極めながらも肩の力が抜けた、ある種の軽やかさを持つところに、 真の上質が宿るのです」 「女性の品格」著者・坂東真理子 *「『将来なんてものは、どこにも存在してない。 現在幸福である以外に、幸福であることはあり得ない。」 池田晶子 *「『また会いたい』そう思わせる人が、上質なんだと思う」 ▼ 中学校にしろ、高校にしろ、やはり上質というか、品の良いのはいた。残念?なことに、 それがそのまま成績にも、その後の人生にも大きく影響をしていた。品性が良いだけでなく、 バランス感覚が違っていた。この年齢になってから、若いときに出会ってきた人などを改めて 照射してみると、全く違った基準でみることになる。品性だけは、隠しようがないもの。 やはり、家柄や、生まれ持った本人の性質があるようだ。なるほどカントがいう『良心』が 親から受け継がれてきた人と、その逆の人とでは、長い人生で大きな差が出るもの。 それが端的に出るのが、酒癖、女癖である。
・・・・・・・・ 3162,人生に関する小題 2009年12月01日(火) * 人生は玩具箱 「人生とは畢竟、運命の玩具箱だ。人間とはその玩具箱に投げ込まれた人形だ。」(有島武郎) 言いえて妙である。 そこには、これまで乗った車、住んだ家、他の人形もある。「玩具の喩えを 他人に喩えるのは問題である」と、いうのは別の機会にする。そこで「人生は宝箱」という 言葉が思い立つ。(恐らく誰かが比喩をしているはず)行蔵の一つ一つが宝とすると、 幾らでも宝はある。 それでは「人生はゴミ箱」というと、それほど無いのは、無意識で 自分の心をコントロールしているためか?そうでもないか?お宝は、心の底から感動したこと、 全身全霊で何かに打ち込んでいた時と事をいう。反対にゴミ箱は中途半端な時間を過ごして いた時?無駄も必要だから、それは違うか。 * わたしは地上でたった一人になってしまった 「孤独な散歩者の夢想」は、64歳のときに書き始め2年後の死ぬ直前に終わった文章、 ルソーの絶筆である。「第一の散歩」から「第七の散歩」まであり、その後は「八、九、十」が メモのような文章が続く。 冒頭で、「こうしてわたしは地上でたった一人になってしまった。 人なつっこい人間でありながら、万人一致の申合で人間仲間から追い出されてしまったのだ・・ わたしは、かれらから離れ、すべてのものから離れたこのわたしは、いったい何者か」と問う。 「自分に残されたことは、すべての世間から放逐された自分はいったい何者なのかを探求する ことだけなのだ」と自覚する。私の周辺で倒産時の男たちの気持ちは、まさに、このようだろう。 多くの取引先、そして部下を路頭に迷わせ、自分の存在の卑小さと、嫌らしさに自己嫌悪を 一人する。 自分は何者なのか?ただ、歩くこともままならぬ、折れてしまった、これ!である。 *「人生は軍務のようなもの」と考えれば楽 エピクテートスの「人生談義」の中に、以下のような言葉がある。 《 人生は軍務のようなものであるのを諸君は知らないか。 或る者は歩哨をやらねば ならないし、また或るものは戦うために出て行かなければならない。 (字数制限のためカット、11年12月01日 ・・・・・・・・・ 2797.ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法の言葉・・6 2008年12月01日(月) ー「学ぶ」ことは「知る」こと。「知る」ことは「変わる」こと。 ダーウィンの次の言葉が好きだ。「もっとも強いものが生き残るのではなく、最も賢いものが 生き残るわけでもなく、唯一生き残れるのは、変化できるものである。」だから「学び」「知り」 その結果、「変わる」ことしか生き延びることが出来ないのだ。それにしては、あまり代りばえ しないのは、如何いうことか・ ーーー 「第5の法則】 「学ぶ」ことは「知る」こと。 「知る」ことは「変わる」こと。「その瞬間に、わたしは自分が本当に やりたいことを確信した。誰かのためではなく、打算的でもなく、自分の中のにある純粋な興味 から、ただただ、それを学びたいという 気持ちが芽生えたのだった」 エドワード・テーラー 「学ぶということは、これまで理解していると ずっと思い込んでいたことに対して、 突如としてまったく違った見方をすることです」 ドレス・レシング 「教育とは、学校で習ったすべてのことを 忘れてしまった後に、自分の中に残るものをいう。 そして、そのカを社会・が直面する諸問題の解決に役立たせるべく、みずから考え行動できる 人間をつくること。 それが教育の目的といえよう」 アルバート・アインシュタイン 「学べば学ぶほど、 自分がどれだけ無知であるかを思い知らされる。自分の無知に 気づけば気づくほど、よりいっそう学びたくなる」 アルバートアインシュタイン 「どんな教育もつきつめていけば、独学につながる。 その意味で、独学が唯一の教育であると、私は確信している」 アイザック・アシモフ 「知恵を獲得する過程で、忍耐があれば、すでにその半分は手に入れたようなもの」ユダヤ諺 ・・・・・・・ 2007年12月01日(土) 2432, 田淵節也 −「私の履歴書」最終日 オッ ヽ(゜∀゜)ノ ハー
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2014年11月30日(日)
『人は死ぬとき何を後悔するのか 』小野寺 時夫(著) * 治療を後悔する人が多すぎ 読むにつれ憂鬱になるのが、病院経営の利潤が優先され患者はグチャグチャに される実態?である。父が亡くなる直前にポツリといった一言、「あんなに苦しむなら、 手術をしなければよかった!」 死を覚悟した時、「どのみち助からないのに、 あの激痛を長時間も耐えなければならなかったか?」の疑問が生じるのは当然。 ー治療に対する後悔する原因を要約するとー ・ここで外科医だった当事者の著者が、末期ガン者の手術のやり過ぎの実態に強い 疑問を投げかける。 転移している場合、根こそぎの切除は不可能にかかわらず、 大掛かりな手術をするケースがあまりに多い、と。 食道ガンの名医が、転移している 膵臓ガンも切るため、その方が好い加減な手術になる。 ・日本では、「手術して直る可能性が高いのか」「再発する可能性が高いのか」 「再発するならどれ位生きれるのか」などを、医者が説明せず、患者の方も医師に 質問しないのが普通だが、欧米人には考えられないことという。 ・抗がん剤が効くのは、ある種の白血病、悪性リンパ腫、睾丸ガン、小児ガンで、7割位 の人に有効で、5年生存率も6割を超えている。 問題は、それ以外のガン。 延命効果があるのは10人に1人。著者が外科医だった頃、試みた中で殆ど効果は なかった。 新薬治験という誘惑があるが、これも薬品会社のモルモットかわりか、 法外の費用になる。新薬治験効果があった話はほぼ聞かないという。 ・また民間療法も、あまりの法外の費用面で、「一千万単位の借金を背負った」という話が あまりに多いとか。家族が苦し紛れで、自宅を抵当に入れケースである。これなど、 少し冷静に考えれば、効果などある訳がないが、溺れるもの藁をもすがるで、家族全体が 破滅に向かう。代替治療という‘無法地帯’が、世の中にはある。岩盤浴、低周波装置、 ガン免疫療法などなど、幾らでもある。しかし、著者の知る限り、全て効果は無かったという。 ▼ 高齢の転移したガンの手術は考えた方がよいことになる。治療の後悔も、情報と知識 不足が原因。それで目先は助かっても、長期間の苦しみが待っている。人生の晩年は、 厳しい『生老病死』が待つ。やはり「手遅れで余命半年」が、一番良い? その瞬間から 地獄のような日々になるが、これも人生。同年代の4人に1人は、そうして逝った! どうしたら良い? 今を充実させ、楽しむしかない。「死んで花実が咲くものか」で、 死にかける前に、元気なうちでなければ、再びよい目に会えない。 さて今日は何を楽しもうか? 面白そうなことは幾らでもある・・ ・・・・・・ 2013年11月30日(土) 4641, 閑話小題 ー「考えないこと」こそ罪 朝日新聞の‘論壇時評’で、作家の高橋源太郎がー暗い未来「考えないこと」こそ罪ー をテーマに書いていた。「馬鹿な考え休むに似たり!」としても、社会の常識を疑い、 逆照射をしたり、哲学書を生半可とても、融かすように学び続けるしかない。だから、 考えようとしない人は直ぐに分る。まともな順にA,B,Cと分け割り切っている。その全ては、 過去の自分の行蔵に含まれており、険しい山道の道標の自分の姿でもある。 死刑囚の『無知の涙』永山則夫著という書があるが、「考えないこと」からくる罪は、 無知から生まれ出る。 過去の記憶のフラッシュは、B,Cの自分の行蔵が殆ど。 他人の評価は別として、私自身としてAに到着したのは、還暦辺りか、それとも65歳の辺り。 いや、Cのまま? ABCが混在しているのが人間だから人生は面白い。 経済震災と自然震災もあって? この結果に終わり、あたかもオセロの白駒が、黒駒に 変わったような経験をしてから、更に考えざるを得なくなっている?筆者は「日々の暮らしに 目を奪われ、考えないことが、如何に罪を積み上げていくことを知るべき」という。 ーその辺りの一部よりー 《「憎悪の差別語をまき散らして憎悪をかき立てる『凡庸な悪』と、社会は如何に向かい 合うべきか」の座談会の出席者たちは、いわゆる「在特会」の「朝鮮人は死ね」といった ヘイトスピーチの主張に、かってハンナ・アーレントがユダヤ人虐殺の中心人物であった アイヒマンについて語った「凡庸な悪」を見いだす。深みのない「凡庸な悪」であるからこそ、 底無しに広がってゆく可能性があると指摘。彼らは特殊なのではない。 私たち社会の中に、彼らの考えに同調する素地があるのだ、と。 だが、その「凡庸な悪」に染まり、世界を滅ぼそうとしているのは、「在特会」とそれを 支持している人たちだけなのだろうか。アーレントは、アイヒマン裁判を傍聴し、彼の罪は 「考えない」ことにあると結論づけた。彼は虐殺を知りながら、それが自分の仕事である からと、それ以上のことを考えようとはしなかった。そこでは、「考えない」ことこそが 罪なのである。私たちは、原子力発電の意味について、あるいは、高齢化や人口減少に ついて考えていただろうか。そこになにか問題があることに薄々気づきながら、日々の 暮らしに目を奪われ、それがどんな未来に繋がるのか「考えない」でいたのではないか。 だとするなら、わたしたちもまた「凡庸な悪」の担い手のひとりなのかもしれないのだ。》 ▼ 年末年始になると、中学、高校、大学、そして趣味などの忘年会に出席する。 学歴が上がるほど、「凡庸の悪」の人が間引きされ?少なくなる。それが、その場の 空気を綺麗にする。「凡庸の悪」の傾向の強い人は、とにもかくにも考えない。 その代わりに、他人との比較と噂が主たる世界。そこから出る毒ガスで脳が侵され、 噂を嘘に変えていく「凡庸な悪」の担い手、無知の涙に浮かぶシラミ。で、どの会にも 一定の割合で存在する。逆に「考えるとは何か?」という問いかけは哲学の問題。 「考えないことの罪」は、人類そのものの原罪である。だから、人は学び続けるしかない。 その結果、我が内なる(過去・現在)B・Cに出会うことになる。その姿を見ている視線が、 Aなる自分、考える自分になる。 ・・・・・・ 2012年11月30日(金) 4276, 100の思考実験 ー2 「100の思考実験: あなたはどこまで考えられるか」ジュリアン バジーニ (著), * ギュゲースの指輪 次に印象的だったのは「ギュゲースの指輪」である。 ウィキペィデアに次のようにあった。 ≪ カンダウレス王の治めるリュディア国に住む牧人のギュゲースはあるとき地震にあった。 地震の後に畜群を放している山の手に洞窟が現れたのを見つけた。入ってみると中には 玉座に遺体が置かれていた。その遺体は金の指輪をしており、ギュゲースはその指輪を 盗み出した。戻ってきたギュゲースは指輪を身につけてあれこれと探るうちに指輪を内側に 回すと透明になって体が見えなくなり、外側に回すとまた見えるようになることに気づき、 悪だくみを思いついた。家畜の様子を告げる伝令として宮殿に入ると、透明になって后に 近づいて姦通、密謀してカンダウレース王を殺し、位を簒奪した。 豪富で知られるクロイソス王はギュゲースの子孫である、という伝説が当時行われていた。 プラトンは「国家」の談義では兄グラウコンがこの話を引用して「人は知られなければ 悪事を働くのものだ」と述べて、プラトンのこれに反対する形で「悪事は知られなければ 構わないという考えは良心を腐らせ悪しき結果となる」と述べている。≫ ▼ ギュゲースの指輪は、人間の心の奥に潜んでいる不道徳性を試す物語。 人にさえ 知られなければ、誰も誘惑に駆られ多くの悪事をするが、他人になると声高に非難をする。 もし、私がギュゲースの指輪を持っていたとしたら、恐らく何をしでかすか分からない。 見せかけの自分と、本性の自分は全く違うことは、自分の心を考えれば分かること。 「指輪物語」は、これをヒントにつくられたという。 ギリシャの哲学者プラトンが、2千数百年も 昔に、この人間の性を物語にしていたというから恐れ入る。性善・性悪説の論争に似ている。 若い時には純粋で理想に燃えて社会に出るが、何年もしないうちに垢に汚れ、何時の間にか 良心を腐らた世俗人になってしまう。それを他人には見えるが、自身には見えないから、 その矛盾が直接、自分に跳ね返ってくる。その結果、精神分裂になり、自分の壁を つくって篭ることになる。それからして、カントの道徳律は重要である。「仮言命法」としてではなく、 「定言命法」である。仮言命法とは,「もし…なら…べきだ」というもの。道徳律においても、 「もし人から信用されたいのならば、嘘をついてはいけない」「早起きは三文の得」などがそれ。 それに対して、条件なしに「…すべきだ」とだけ命ずることを定言命法(無上命法)。 人間、良心に反する行為は、すべきでないということ。しかし、・・ この「しかし」が、 人間を迷わせる内語になる。悪事は結局、回りまわって自分に帰ってくる。で、・・! ・・? ・・・・・・・ 2011年11月30日(水) 3901, 精神力ーその偉大な力 ー2 ▼ 世界でもっとも重要なもの 著者が言わんとすることは、「原因の世界に住んで努力を続ければ何事も必ず実現する。 成すべきことを成し遂げれば、何事にも光がさし込む」ということ。精神力とは信念のことを いい、確たる目標に対する継続した努力をすれば、その努力が信念になっていく。 そこには、当然に難題が立ち塞がるが、それには必ず対策がある。そう信じることが信念。 ここで、エマソンの次の言葉を引用している。「すべての個人には共通の一つの心がある。 各人は、同じものの一つ一つの、また同じものの全部の入口である。この普遍の精神に 触れた人は、実存するもの、あるいは、行われうることすべてへの仲間入りをした人である。 これこそ唯一の、そして最高の力だからである」 この辺は、中村天風の積極一貫の精神と 同じ。精神ー信念は、自然界が全ての人に贈った要具である。 それを使いさえすれば人生は美しく、光栄に満ちたものになる。 ▼ 人が知識を得る三つの方法 ◎ 知識を得るには、科学的方法があり、経験と実験によるわけ。 ◎ 二つ目は哲学的方法であり、それは理知による。 ◎ 三つ目は宗教が用いる神秘的方法もあり、内心的に感知する。 この三つを組み合わせたときこそ、満足する結果が得られることを著者は見出した。 ▼ 人生は胸おどる冒険 、苦難は間違った考え方の結果 「大生命力は実在します!それを生きなさい。 人は大生命力のなかの、自覚を持つ ポイントです。精神は大生命力の法則、生命が作用する方法、創造のための大生命力の 要具です。それを使いなさい!」そのためのドアは、本人が開けなければならない。 不快、失敗、不満などの苦痛は、当然なすべきことをしていない結果に過ぎない。 その苦痛は心の使い方を不健全に使っていることを忠告しているに過ぎない。 その反対に、幸福や裕福や健康や心の平和を、正しく考え、正しく行なっていることに 報いる自然界一流の方法です。 ホランドの詩に次のようなものがある。 「 天国は、ひと跳びに行けるところではない 登るはしごを建造するのだ 低い地上から、まる天井の空まで―― はしごの横木を一つ一つ登っていくのだ 」 いかに思うべきかを学ぶことは、いかに生きるかを知ることだ」と、皆知っている。 しかし信念の在り方を変えなさいと力説する人たちも、どうすれば、それができるかを 教える人は、非常に少ない。 ・・・・・・・ 2010年11月30日(火) 3536、沈黙せよ! 「語りえぬものからの問いかけ」という東大駒場〔哲学・宗教・芸術〕連続講座ー 《「言い表せないもの」の詩学 −チュッチェフ『沈黙』の逆説ー沼野充義 》の「沈黙」 という詩に、思わず息を飲んでしまった。 何か、毎日、自分が書き続けていることを 根底から否定されたようである。否定されるほどのものも無いことを私が一番知っている から書いているだけ。 ーまずは、以下の文と詩からー 【 チュッチェフには「沈黙」と題された詩がある。この詩人は、ドイツ・ロマン主義の影響の 色濃い哲学的・思弁的な作風で知られ、バラティンスキーと並んでロシアにおける思想詩の 系譜の一人とみなされている。「沈黙」も、そういった傾向を代表する彼の初期の代表する チュッチェフ初期の代表作の一つで、ロシア人なら誰もが知っているほど有名なものです。 文豪のトルストイはこの詩に感激し、「なんという驚くべき作品だろう! これ以上の優れた 詩を私は知らない」とまで言ったと伝えられていす。それほど有名で優れた詩であれば、 これまで多くの専門家によって数多くの研究や解釈がなされてきたのも、また当然のこと。 ・・ 翻訳で読み、解釈するという作業にはどうしても限界がありますが、そのことを肝に 銘じたうえで、しかしそれでも何かを読み取ることができるかどうか、読解を試みてみましょう。 ー 沈黙! ー 沈黙せよ、隠れよ、そして隠せ 自分の気持ちも夢も― 魂の深みでそれらは 夜の星のように黙々と 昇っては沈むことを繰り返しているがよい それに見惚れ、沈黙せよ!
心はどうしたら自分を言い表すことができるのか 他人にお前のことがどうして理解できようか お前の生きがいが他人にわかるだろうか 心に思うことも口に出せば嘘になる 泉を掘り返しても、水をかき乱すだけだろう ただ泉の水を飲み、沈黙せよ!
自分自身の中で生きることだけができればよい お前の魂の中にはまるまる一つの 神秘的で魔法のような思念の世界がある その思念を外の騒音がかき消し 昼の光が追い散らしてしまう それら思念の歌に耳を傾け、沈黙せよ! … 〜〜 「 ・・・・・ 」この詩について、何かを語れといっても・・ 「HP読みながら、いつも思っていた!」って言わない。 思念公開も面白いもの。 土いじりや、趣味の世界、神への思念に没頭すると、沈黙せざるを得なくなる。 ーつづく ・・・・・・・ 2009年11月30日(月) 3161,つれづれに ー閑話小題 * 円高 85円 為替が円高・ドル安に動き出してきた。 それにつれて金の価格もジワリと上がってきている。 年末に向かって周辺も冷え冷えとし、殺伐としてきている。 年末年始は大荒れになるのか、 それとも何とか中小企業特別救済で乗り切れるのか? 公共事業の大幅カット、そして ボーナスの減額、デフレスパイラルによる不況の深化などで、一日一日と厳しさを感じる。 この上に円高というから、救いようがない。社会はますます内向きに成りざるを得ない。 * 「坂の上の雲」がNHKドラマの初回が放送されたが 「坂之上の雲」が日曜日夜のNHKで数回シリーズのドラマとして放送が始った。 私たちの年代の多くが、この小説に大きく感化された。 筋立ては、秋山兄弟と正岡子規の 生きかたを通して、明治時代の人間像と時代背景を書いている。 (字数制限のためカット、11年11月30日) * 同じ映画を二度みたのは始めて! 土曜日にシネマ「2012」を再び観てくる。映画を二回つづけて観るのは初めてである。 (字数制限のためカット、11年11月30日) ・・・・・・・・・ 2008年11月30日(日) 2796.ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法の言葉・・5 ー 金を追うな、金に追われるような人間になれ ー 【第4の法則】 金を追うな、金に追われるような人間になれ 「空気人間になれ」 (ゲットーに住むユダヤ人は隙間で生きていかなればならなかった。自分に対する誇り、 自尊心が確立されているから、仕事の体裁などにこだわることはない。チャンスとみれば 偏見に囚われずに何でもやる。元手が少なくても、わずかなチャンスを確実にっかみ、 成功に近づいていく。空気のように軽く、どこにでも入っていく。それでいて、空気のように 誰もが必要とする資質を兼ね備えた人間。苦難を空気化した人、それがルフトメンシュ。) ユダヤの知人の言葉 *「この仕事で 豊かな気分になることはない。ただあるのは、どれだけ稼いでも、 新しいレベルの相対的貧困感に 苛まれること」 ユダヤ人の知人のコトバ *「神がお金について どう考えているのかを 知りたいのでしたら、 どんな人に神が お金を与えたのか を観察してみるといいでしょう」ドロシー・パーカー *お金は手段にすぎません。自分が行きたいところには 連れていってくれますが、 *11ポ・ドの金塊よりも、 1オンスのツキのほうが 価値がある」 東欧ユダヤ社会の諺 *「人生は、賢者にとっては 夢であり、 愚か者にとっては ゲームである。 金持ちにとっては 喜劇であり、 貧乏人にとっては 悲劇である」ショーレム・アレイヘム ・・・・・・・・・ 2007年11月30日(金) 2431, ネット君臨 ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]○o。 「ネット君臨」−毎日新聞取材班ー(出版・毎日新聞社) −読書日記 この本を図書館で見つけ、読んで驚いてしまった。この春先に毎日新聞が連載したものを 本にしたものだが、この連載は大きな社会問題を提起、幾つかの規制の法案ができる キッカケになった。私も政治や、ゼネコンなどの談合に批判を書いているが?言い方には 気をつけなければと自戒させられた。 マイナーの人?いや色いろな考えの人が見ている。 それにしても、ネットによる虐めの陰湿さには驚いてしまう。特に「2ちゃんねる」上における、 匿名による誹謗・中傷の内容は、人を死に至らしめるほどの内容に満ちている。 毎日新聞の連載をまとめた本だが、ネットのマイナス面に絞っているのも、ネット社会の 規制を考える面で、良いこと。 *まずはアマゾンの、この本の紹介文から ー内容紹介ー 匿名社会の恐怖、拡大するネット犯罪…。ネット社会の急速な進展は、我々の生活 に便利さや効率をもたらす一方、さまざまな負の部分を生み出している。ネットは我々を どう変えるのだろうか。また我々はネット社会をどう築けばいいのか。ネット社会に警鐘を 鳴らした毎日新聞取材班の大反響連載「ネット君臨」の書籍化。本書では、国内最大の ネット掲示板「2ちゃんねる」に代表される匿名による誹謗・中傷が人々の暮らしに深刻な 影響を与えている実態を現場から報告。「2ちゃんねる」の管理人ひろゆき(西村博之)氏 にインタビューしている。さらに国の政策がインフラ整備に偏り、企業や個人の マネーゲームを生んでいる実態や米国、韓国、中国のネット犯罪の現場をルポ。 ー概要ー マスコミがこれまで殆ど触れてこなかったネットの問題点に真正面から切り込んでいる。 難病(拘束型心筋症)の上田さくらちゃん(四歳)がアメリカでの心臓移植をうける費用 (約一億三六〇〇万円)を賄うために「さくらちゃんを救う会」が結成され、ボランティアによる 募金活動が開始された。(字数制限のためカット、09年11月30日)
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2014年11月29日(土)
『人は死ぬとき何を後悔するのか 』小野寺 時夫 (著) * あるレビューより ーまずは、アマゾンのレビューを要約するとー ≪ 日本のガン治療の疑問を述べている。著者はあくまでも高度の進行がんにおいては 手術・抗がん剤治療、免疫療法をするのではなく痛み・苦しみを和らげながら静かに看取る 方を良しとしている。タイトルの「何を後悔するのか」はまさしく「効果の無い、苦痛を伴う無駄な ガン治療は後悔えをする」に他ならない。著者も57歳のときに喉頭がんを経験。 妻が劇症の白血病を発症すると休職して介護に専念。気力体力の限界まで精魂を 傾けられたことは大きな心のやすらぎである一方、死の直前、呼吸困難で苦しませ、 穏やかに逝かせてやれなかったことへの悔恨にさいなまれていた。どの言葉のひとつ ひとつが説得力に満ちていて、実践的な「死に方準備ケーススタディ集」でもある。 ・がんは大急ぎで治療する必要がないのです ・死は生の延長上の遠い淵にあるのではない。人は“死にまとわれながら 生きている不安定な存在 ・死に直面すると、金、権力、名誉のある人の方が、不安、怒り、落ち込みが強い それまで力のあったものが、死には全く役立たなくなるから ・生前に本当によく尽くし合っていなければ死ぬときによい介護を受けられない 死ぬときに奥さんのいじめが気にかかる人は、恥を忍んで奥さんに詫びるか、 今からでも懸命に尽くす姿を見せるなどの対策を講じておくのが安全 ・唯一確実なボケ予防策は「高齢になっても女性に関心を持ち続け、行動すること」 ・死ぬ時に至って自分の生き方を他人と比較するのは全く無意味 ・高齢になってもよく歩いている人ほど「コロリ死」が多い ・ホスピスの入院患者で、何かに没頭して楽しめる人はとても幸せな人 ・死を迎える部屋は個室がお勧め ・「鎮静(麻酔などで苦痛を抑え入眠状態にする。続けると数日で死に至る)」は、 早めに医師に願っておく。それもひとつの死生観。死の準備は本来、病状に応じた オーダーメードであるべき ・日本は多くの人が「自分の望まない死に方」をしている国 ・孤独感が原因の激痛がある ・「低カロリー、低たんぱく質」でゆるやかに最期へ向かう… ≫ ▼ この要約を読み返すたび、どれもこれも更に深く心に染みる。 近い将来、恐ろしい 現実が間違いなく待っている。恐ろしいが、覚悟はしてないと。心の拠りどころは、 50歳代の10年間で、30年分を圧縮し過ごしたこと。さらに、このブログに行蔵や、 思いや、青春時代の日記などを書き残したことが心強い。この奇跡のような私の生。 ビッグバン以来、ここまで続いている、この「私」という存在。それを満足し生きてきた だけでも、充分に元を取れた感がする。この文章を書いていて気づいたことが、 後悔の逆は、感謝、感激、感動、満足、ということ。 老いの『俺たちに明日はない』の日々を楽しめるかどうか、だが。 ・・・・・・ 4640, 閑話小題 〜都知事の狼狽 2013年11月29日(金) * 「徳洲会」資金提供問題で、都知事の狼狽 ーまずネット記事よりー《 猪瀬直樹知事が大手医療法人「徳洲会」から5,000万円を 受け取っていた問題で、猪瀬知事は、会見でも、個人的な借金だとする点を強調している。 さらに現金受け取りの前の和食店での面会についても明かした。猪瀬知事は「借用証 徳田 毅殿 (去年)11月20日5千万円也、僕の住所とサインです」(その借用書は最近 作ったものでは?)の質問に「それは誤解。これは、間違いなく原本」と述べた。》 この一連の会見の内容からして、明らかに逮捕に準じる資金提供。検察も逮捕をする しかない?だろう。政治家としての叩き上げではないため、副都知事の場合と違った トップの立場の身の処し方が出来なかった。マスコミ上がりの正直さが、そのまま表立ってか シドロモドロ。言い訳するほど、自分の立場を悪くする。政治世界は一寸先は闇。 これで逃げ切ることは難しい! 2020年まで安泰と思っていただろうに。 それとも、石原慎太郎の知恵で難局を何とか乗りるか? * ストーブリーグが面白い 落合の中日のGMの就任で、ストーブリーグが俄然、面白くなってきた。巨人の小笠原が 中日に、逆に中日の井端が巨人に移籍。他に、広島からFA宣言した大竹寛投手(30)が、 巨人への移籍を表明した。更に、有力選手2〜3人が移籍してくるだろうから、これで来年の 巨人の独走がみえてきた。その巨人を他球団が叩き潰し、原監督を引きずり物語が面白そうだ。 ーネットの記事からー 《 落合GMは井端は「戦力外の選手には金額提示はしない」と、来季の構想外では なかったことを強調。そのうえで「彼に対してはそれなりのものを例年払ってきた。 故障でメスも入れたし、億以上を出すリスクを球団が背負えるか、という判断」と、年俸大幅 ダウンの提示を説明した。球団は井端に対し、野球協約に定める年俸の減額制限を大幅に 上回る今季年俸1億9000万円から1億6000万円減の3000万円を提示したとみられる。 ▼ 小笠原が3000万、井端は4500万と大幅ダウンという。厳しいものだが、それでも 井端の方が、お買い得? 原監督は、優勝をしていれば今期で辞め時だった。早く言えば 飽きてしまった!ということ。 江川監督、ヘッド兼任のバッテリーコーチに桑田、GMに 野村元監督あたりが面白そうだが! 更に「巨人は27日、西武から国内FAを宣言した 片岡治大内野手(30)と都内のホテルで初交渉」というニュースで報じていた。 ・・・・・・ 4275, この非常事態に、万一の備えがあるの? −4 2012年11月29日(木) * 長岡冬景色 ーある同級生の死 昨日の朝、高校の同級生から電話が入った。20年以上、毎年開かれていた同級会の メンバーの1人が一昨日の夜、自殺をしたという。近郊の町で家業を継いでいる人で、明るく サッパリとした性格で皆から好かれるタイプ。本人が居るかどうかで、同級会の明るさが 違うほど。その男が自殺とは、一瞬耳を疑い、息を呑んでしまった。「この非常事態に、 万一の備えがあるの?」を、今月の15日に、ここで書いた。 その前日の地元紙に、 * 同級生の老舗会社の倒産記事が出ていた。20年前に工場が火災で全焼、しかし 保険で建替えて、無借金経営と聞いていた。 * その翌週には、計算サンターの社長をしている会社が、TVと新聞に大々的に、 「不正に雇用調整給付金を受給。それも内部告発により調査の結果。不正分を全額返済 のため、刑事告訴はしないが、悪質なため発表した。」と報じられた。全国ニュースに ならなかったのが不幸中の幸いだが、銀行系もあり処分は厳しいと推察される。 * そして今週は、彼の自殺である。 親戚や近所の自殺は身近であるが、同級生は初めて。 まさか、このテーマで書いた警告が、そのまま、ごく身近で直ぐにたて続けて現われ出るとは。 3人とも傍からみれば、これ以上の堅実経営はないかと思われた会社。 そのため、ことさら驚きは大きい。それにしても自殺とは、よほどのことがあったのだろう。 同級会のメンバー内の話としては、去年春に私が先ぶれに破綻。そして、この11月に たて続きに3人が、続いたことになる。 以前から、「2012年問題(時代の断層の年)」 が言われてきたが、今のところ何も起きていない。しかし極身近から、このように生々しく 起こるとは思いもしなかった。 恐慌の大波は根こそぎ、全てを破壊していく。 これが地方の特殊要因でなく、世界、日本レベルの大波の地方の一現象でしかない ところが恐ろしい。まだ経済の大津波(恐慌)の本体は外海、到達は来年辺り? 3900, 精神力ーその偉大な力 ー1 2011年11月29日(火) * 「精神力ーその偉大な力」 ダン・カスター著 学生時代の卒業間近から27歳までの修行時代から事業創業期の精神は緊張と 不安の極限にあった。あまりに突き当たった壁が厚く、自己確立が曖昧だった内面は粉々に なりかけていた。しかし、それを表立てることは許されない節目時。 傷つき荒れ狂った気持ち を自分で何とか立て直さなければ、絶壁の谷底に転がり落ちる綱渡りの日々。その中で、 狂わないようにバランスをとらなければならない上に、自分を奮いたっていなければならない。 その日々の中で、学生時代の終わりの頃に読んだ、このブリストルの「精神力を活かす」と、 ダン・カスター著「精神力、その偉大な力」が心の支えになっていた。そこには色の違う 傍線が幾つも引かれている。経験を重ねるうちに、この手の本は安物の精神主義の本で しかないと疑問を持つようになっていた。 40年経った現在再び、読み返しているが、 決して安物の精神論の本でないことが分かり安心をした。マーフィーの成功法則の下地に なっているのではと、思われる。 特に「精神力ーその偉大な力」は、先がさっぱり見えない 不安感と挫折感の中で、何度も何度も読み返したことが懐かしい。節目時に読んだ本は、 節目時の自分の心でもある。 40年の年月は長い!そこで失ったものと得たものが私自身。 一月程前に、信濃川の大手大橋を歩いていたとき、地球の芯からの声が聞こえてきた ことを書いた。自分の独り言であるのは敢えて言うまでもないが、魂の芯から出ていることは 違いない。時どき、その声と対話をしたり、中心点に気持ちを収集して、そこの蓋を開ける イメージを持つ。そして、そこからエネルギーが心に溢れ出てくる感覚を持つ。 また、その蓋の向う側に無限の宇宙の時空をイメージする。 気持ちが弱った時など非常に 有効に働く。その下地が早朝の散歩の途中にしていた呼吸法。気持ちを地球の中心点まで 到達するイメージを持ち、中心点を擬人化して挨拶したり会話をしていた下地があった。 散歩をポタリングに変え、しばらく、その呼吸法をしてなかった。ところが、サイクリングの 途中にウォーキングを取り入れて大手大橋を‘引きチャリ’をしていた時、脳の底から独り言で 話していた擬人化したイメージの声が聞こえてきたのである。 一月前の随想日記に同じことが書いてある。その芯と声が、この「精神力」と同じである。 心の底のエネルギの源泉を探し出し元気を創造しろということ。次回から、少し書き出して みるが、過去を振り返りながら心の源泉の湯に浸かっている気分か。 精神を哲学するのも、面白い。精神=信念=「絶対言明」+エネルギー。 意志に似ているが、少し違う。意志の哲学といえばショーペンハウアー。 その影響を受けたのがニーチェ。 ・・・・・・・ 3535, つれづれに ー 閑話小題 2010年11月29日(月) * 自分の初めの感じたことを信じなさい! 夏の終わりごろにニューカレドニアに行った時の話。 ホテル内の土産店で若い女性二人が 土産物で迷っているところ、60歳代半ばの日本人男性が話しかけていた。「自分の初めの 感覚を信じなさい!」と。「私に、そんなことを言ったら『アフォか、御前は!』と思うが、若い女性 なら良いか?」と独り言を頭の中で呟いていた。 その言葉は、正しくもあり、間違いでもある。 これは経験からいえること。経験の浅い人になら、自分の感覚を信じて、まず決断をし、 その結果をフィードバックする方が、躊躇して何もしないより良い、ということになる。 それを信じて軽い気持ちで判断をして大失敗を数限り経験してきた私にとって、そんなことは 若い女性にしか言えないこと。その人に何か怪しげなバナナ的雰囲気を漂わせていたが。 同じ言葉でも、受止め方は年齢、知識・経験の質量で変化する。 * 尖閣ビデオでYoutubeが注目される もう古い話?になったが、海保のビデオ流出事件でYoutubeが更に注目を浴びてきた。 Youtubeは10分の制限があるが、個々人が撮影したビデオを自由に投稿できるもの。 僅か5年前に若い二人の米国人によってつくらたサイトで、一年後にGoogleに2000億円で 売却された。日本にも、その翌年2007年に上陸、瞬く間に普及した。 一日20億回のアクセスがあり、このサイトから世界的に有名になる人が続出。 数ヶ月前から面白そうなものを私のブログに貼り付けている。過って見たことがない面白い 映像が次々と見つかる。TV番組でも、世界の面白映像として毎週紹介する番組が既に 出来ているが、その多くは見たもの。 面白いビデオの右側に関連したビデオの写真が 貼り付けられ、アクセス数が書かれているので、関連したビデオにネットサーフィンできる。 そこで、思いもよらない世界を垣間見るケースが多くなる。コスプレ、ラップ、ペットなど、 知らなかった世界を知ることが可能である。ところで、あのビデオについて石原慎太郎が 「売国奴の治世者が、英雄的行為をした人を国辱罪で訴えるという奇妙な現象が起きている」 と発言。言い得てるが、それが東京都知事ときている。 訴えると脅され、「チャンと受けて たって証言をする」といったら、何も言わなくなったとか。 面白いと笑ってられないのが、この国の現状。 ・・・・・・・・ 3160, ドバイが債務不履行! 2009年11月29日(日) アラブ首長国連邦のドバイの資金繰り悪化が表面化した。数年前にドバイの発展する 様子をNHKスペシャルで放送したが、石油で得た資金で競って超高層ビルを中心とした 新都市の様相には驚いた。 世界のクレーンの3割が、そこで動いているという信じがたい ことも報じていた。大金持ちの若い御婦人が高級ショップで「もう、買うのに飽きてしまった、 ツマラナイ!」と云々。 ( 字数制限の関係でカット 2011年11月29日 ) ・・・・・・ 2795.ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法の言葉・・4 2008年11月29日(土) 【第三の法則】 口はひとつ 耳はふたつ 「神が人間に二つの耳と一つの舌を与えたのは、話すよりも聞くことを重視したからである」 ーユダヤの諺 「口を閉じれば閉じるほど、自分の話を聞いてもらえる」 「噂はかならず三人の人を殺す。噂をばらまく人、疑問を抱かずに噂話を聞く人、そ して噂の対称になった人」 「美徳と称するものは、 他人の嫉妬を刺激するものだが、控えめであることだけは例外だ」 ーユダヤの諺 「捕まえた鳥を逃しても、また捕らえることが出来るかもしれないが、一度発した言葉を 取り返すことはできない」ーユダヤの言葉 「知恵に近づくには、まず沈黙し、次に相手の話に耳を傾け、第三にそれを自分の中に吸収し、 最後は人に教えてみることだ」 ソロモン・カビロール (字数制限のためカット09年11月29日) ・・・・・・・・ 2007年11月29日(木) 2430, <おばあちゃん> 『いのちの書』ーより 「ちくま哲学の森」シリーズの第2巻の『いのちの書』という生死の関する22人の内容が 驚く内容の連続である。死刑の立ち会いの詳細、実際に拷問にあった本人の手記、臨終の こととか。死に関しては、日常の中では、誰もが見てみないふりをする。 しかし書き手が言葉として書き連ねると、それ自体が物語になるだけの深みを持つ。 この本の冒頭の金子光晴の詩がよい。 <おばあちゃん> 金子光晴 『若葉』のおばあちゃんは もう二十年近くもねてゐる。すべり台のやうな傾斜のベッドに 首にギプスをして上むいたまま。はじめはふしぎそうだったが いまでは、おばあちゃんときくと すぐ<ねんね>とこたえる『若葉』。なんにもできないおばあちゃんを どうやら赤ん坊と 思ってゐるらしく サブレや飴玉を口にさしこみにゆく。むかしは、蝶々のやふにへんぺんと 香水の匂ふそらをとびまはった おばあちゃんの追憶は涯なく、ひろがる そしておばあちゃんは考える。 おもひのこりのない花の人生を 『若葉』の手をとって 教へてやりたいと。ダンディズムのおばあちゃんは 若い日身につけた宝石や毛皮を みんな、『若葉』にのこしたいと。できるならば、老いの醜さや、病みほけたみじめな おばあちゃんを 『若葉』のおもいでにのこすまいと。おばあちゃんのねむっている眼頭に じんわりと涙がわき 枕にころがる。願ひがみなむりとわかってゐるからだ。 ーー ある伯母が晩年に「歳をとることは、無念なこと」と言っていたとを、聞いたことがある。 偶然に去年、老いを取上げていた! ・・・・・・・・・ 2006年11月29日(水) 2066, あたりまえなことばかり −17 おふぁ ファ〜 そろそろ、死に支度モードに入らなくては、と思っていたが。チョッと待てよ! 死なないのだから、そんな準備などする必要はない。が、しかし歳相応にギアを変える 必要はある。還暦を過ぎたのだから・・両親の死に際に、二人とも同居していた。 そして「老いる」姿と、肉体的終末を看取って、決して歳をとるのも悪くはないと実感した 経験がある。さらに老いた色いろな人と人生を多く語り合った。だからこそ、老いることは まんざらでもないことを知っている。一つだけ「死は存在しない」ことを、彼らが知らなかった のを除けば。「死は観念でしかない」ことが、解るはずはないのは当然である。 母親が、痴呆になっても学ぼうとする姿勢が見えた。 魂は永遠の学びをしていく。 ただし、それなりの人生を活きてこそ、だが・・ ーーーーーーーーーー 老いは個人の生を超え ーーーーーーーーーー 人は、老いるという存在の現象を、なかなか素直に認めることができない。 それを否定的に感じてしまうのは、若さという経験を先にしてしまうからだ。 やがて人は、例外なく順番に40,50歳と年齢を重ね、老いるという現実を肉体の 事実として知ることになる。老いることは死と違って逃れようもない現実である。 生きられてしまった事柄とは、端的にかこである。それは動かせない事実である。 過去は動かせないと知るということは、自分の人生がそのようであったと、それ以外では あり得なかった、このとき、人は人生の一回性の秘密に触れているのだが、多くの場合 それは、それぞれの感情や感傷によって覆い隠されてしまう。記憶に苦痛の伴わない人は 幸福である。過去は動かせない、しかし動かせる未来もない。なぜ自分の人生はこのようで しかあり得なかったという、存在への問いが、溜息に等しいような老いの時間は哀しい。 生きるということを、物理的肉体の生存と定義するなら、老いていく過程として生きていくのは 肉体を失っていく過程である。しかし、我われの直感は、決してそんなふうに感じてない。 老いていくことによって、得ているものはたしかにある。何かが確実に増えていくと感じるもの、 それは何か。精神というより、むしろ魂。成熟するのは魂である。魂は成熟する。 「ソウル・メイキング」と呼ばれるもの。現代風の言い回しも、ソクラテスふうには 「魂の世話」となる。経験と時間を織り込みながら、魂であるところの人生を織り上げていくと、 いった意味合いらしい。縦糸に時間を、横糸に経験を、織り込みことで織り込まれつつ、 魂が自身を織り上げていく行程は、刻々老いてゆく肉体の老いとは反比例して豊かである。 いや、肉体の老いとは、それ自体が新たな経験の他ならないのだから。それすらも、 織り込みつつ色はその深さを増すのではなかろうか。人生とは、生死の間に存在する時間。 なるほど論理的には人生には生と死、すなわち一とゼロしか存在しない。 したがって、時間もまた存在しない。しかし、現実には人生は一とゼロの間に存在するもの、 すなわち無限である。有と無の間で生成する質である。質は論理でない。論理が指示する、 論理自身の影である。論理的には存在しない死を、しかし現実には存在するとして生きて いるという、このこと自体が人生の不思議である。その存在しない死が近づいてくる老いの 時間とは、いよいよ玄妙なものになっていくはず。 字数の関係でカット(2011年11月29日)
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2014年11月28日(金)
『人は死ぬとき何を後悔するのか 』小野寺 時夫 (著) * 死を忘れた日本人 41年前に、一年間、同居していた父親の死際を目の当りにした。その時の生への渇望は、 砂漠の真中に一人取り残された彷徨い人のようだった。その時から現在まで、多くの死に 関する書物を読んできたが、一般的に人は死に関し目を背けているようだ。ーその辺りからー ≪☆ ホスピスにくる患者に接すると、自分が死ぬということをあまり考えたことのない人や、 どうしても死を認められない人が増えている。若い人は当然だが、中高年の人にも多く、 特に、金や権力のある人にこの傾向が強い印象がある。自分は平均年齢までは生きられる と考えている人が多いが、その一方で、平均年齢に達しないで亡くなる人も多い。 ☆ 日本は「寝たきり老人」が世界一多く、脳卒中の後遺症、認知症などで自分で食べられなく なったため、胃瘻(腹壁から胃に管を通し食べ物や薬を流し込む処置)で生かされている人が 5万人以上もいる。北欧の老人施設を見学して驚くのは、寝たきりや胃瘻で生きている人が いないこと。これは日本の介護と欧米の介護の考え方の違いで、欧米はどんなに手 がかかっても、最期まで自力で歩かせ、自力で食べるように仕向け、それができなくなったら、 あまり手をかけない。意識がなく回復の可能性のない人に胃瘻で生かす考えはない。 ☆ がん患者の在宅死の率は、米国では8割、欧州で5〜6割、しかし日本では1割弱。 病院は死を迎えるには適切ではない場合が多く、住み慣れた自宅で、家族や孫の声を 聞きながら死んでいくのが求められる。 ☆ がんで助からないと分かると、ほとんどが「こういう病気で今死ぬとは思わなかった」と述べる。 実際には、人は常に死にまとわりつかれ生きている。人が死に向き合う時は、それまで身に つけていた社会的衣のすべてが剥がれ、むき出しの個人になる。繰り返すが、死に直面すると 金、権力、名誉など社会的衣は役立たない。「人は生きてきたようにしか、死ねない」死に直面 しても、その性格の本質が変わることはなく、自立心の強い人は死ぬときも動揺が少なく、 世の潮流に流されながら、他人や社会への依存心の強い人は死に向かうときに不安や 動揺が顕著になる。確かな死生観を持って、誠実に努力して生きてきた人は、死に様も 立派な人が多い。 死ぬということは 自然現象で、死には金も権力も全く無力である。 ☆「金で命は引き延ばせるか」金さえあれば世の中できないことはないと思っている人がいるが、 そういう人が死に直面すると、金ではどうにもならないことに憤慨して不穏な気持ちになる。 特に多いのは免疫療法に対する"思い込み"である。特別高価な免疫療法が効かないわけは ないと誤解している人が多い。民間の代替医療も高いほど 効くと誤解している人が多い。 ≫ ▼ 一部の望みは妄想でしかない。その妄想で、最期は悲惨な死をむかえるケースが多い。 元気なうちに、ノートかパソコンに、書き残しておくべきである。死の現場は悲惨である。 ・・・・・・ 4639, デフレの真実 ー金持ちの本音 ―� 2013年11月28日(木) ー庶民は知らないデフレの真実 ー森永 卓郎 (著) * 東日本大震災後の第三次震災恐慌が狙い目 貧乏人が金持ちになるには震災が狙い目?それが数年後の恐慌か、経済大変動というが、 御隠居の身で鳥瞰するには良いが、知れば知るほど末恐ろしい。震災恐慌では大部分が 被災者になり、弱者になる。金持ちは、海外に資産を移動して最小の打撃で済むか、焼け 太りになる。しかし、貧乏人にもチャンスがあるはず!と。 まずは、ーその辺りからー 《 関東大震災後に世界恐慌の煽りで、第一次震災恐慌が起こった。そして1995年1月に 起こった阪神・淡路大震災から2年後の1997年、橋本内閣は�消費税を3%から5%に 引き上げ、�特別減税を廃止、�会社員の医療費本人負担を2割から3割に引上げ、都合 9兆円もの国民負担を断行し、その後14年続くデフレの原因を作ってしまった。 恐慌ほどでないにしても、先進国でデフレに陥ったのは日本だけ。 これを第二次震災恐慌という。そして、この情勢から早ければ2014年、遅くとも2015年に、 第3次震災恐慌が日本を襲うだろう、消費税率は2014年4月に8%、遅くとも2015年に10%に 引き上げられる。一方で2014年には徐々に復興需要のカンフル魂剤が切れる―過去の例を 振り返っても震炎恐慌が起こる確率はかなり高いのだ。 どれだけ資産価格が下がるかを 正確に予測することほできない。しかし、第3次震災恐慌は、少なくとも1997年以降に起った のと同じくらいのインパクトを持っだろう。1997年から2010年までの13年間で、全国の 市街地価格指数に49ポイント下落し、日経平均株価は45ポイント下落している。 だから、資産価格の半額セールが始まると見てよいだう。・・・》 ▼「日本の二つの大震災の数年後に、恐慌か、それに比類する経済大震災が起こった。 だから、今回も起こるのでは?それも、来年か、再来年に?」という筆者の論も、ある面、 納得できる。アベノミクスの政策をみれば経済震災は至極当然。その時どう対処するか? その混乱を中国が虎視眈々と領土を狙っている上に、米国がTPPを隠れ蓑にした郵貯を 狙っている。「刺激的なことを書いているが、恐慌など起こってないじゃないか!」は、 「日本のバブル崩壊後の20年間で、何も起こってないじゃないか!」と、似ている。 二つの大震災、20以上あった都銀が3つになり、20年のデフレが続き、経済は疲弊。 世界ブランドの、パナソニック、ソニー、日立、カシオは地に落ち、ダイエー、西武グループ が消滅した。それと同じか、より激しい経済変動が静かに起こっている。かくいう私も、 大波に飲み込まれてしまった。 偶然だが、以下に金融面でコンサルティングをして 貰っていた林さんの著書の感想文があった。この春で、円滑法が打ち切りになったが、 表立った倒産の急増の話はない。どうして? と思うが、消費税の増税で金融を緩めて いるため。地元の知人の話を聞くと、景気悪化は止まっていない現実がある。 株価が上がっているのは、金融緩和の資金が実需でなく株式に回っているため。 これも金持優遇である。中国との領土問題など戦争の匂いもしてきた。 被害者は弱者の大衆になる。 ・・・・・・ 4274, 「金融円滑法の打ち切りの是非」を 世に問う 2012年11月28日(水) 「中小企業金融政策の理念」林憲昭著 * 初めてのアマゾンのレビューへの書き込み 以前、金融に関してコンサルティングをしてもらっていた林さんが、新著を出された。 何冊目になるだろうか。そこで一度、アマゾンのレビューを書いてみたいと思っていたので、 投稿してみた。赤裸々な事態を曝してよいものか、どうか考えたが、実名を出すわけでなく、 今さらと思い投稿した。 ーまずは、その内容からー ≪ 昨年の3・11直後、事業を断念して1年8ヶ月経ち、少し気持ちが落ち着いた矢先、 以前、読んだことのある著者の、この本を見つけました。9・11以来、売り上げが三分の二 になり、血の滲む思いでリストラを断行し、何とか目安がついた矢先にリーマンショックで、 さらに半分、合計で三分一まで激減。それでも金融円滑法と、雇用調整給付金で、何とか 持ちこたえていました。しかし、あと半年〜1年で資金が底をつくのが目に見えてきた矢先に 東北震災が発生。その直後に前倒しで会社を整理した。それでも複雑な思いがあります。 大きな肩の荷が下りて本当に良かった、という思いと、重大な経営ミスをしたわけでなく 震災ともいえる経済津波で長年培ってきた事業が消滅した無念さがあります。 大不況の中、大多数の中小企業は血の滲む思いで踏ん張っていますが、来年の三月で 金融円滑法の打ち切りになります。 著者が現場の窮状を目の当りにし、可能な限り 弱い立場に置かれた中小企業を、この非常事態に擁護すべき、という熱い思いが、 伝わってきます。来春このまま金融円滑法が打ち切られた場合、数千、数万の中小が 大きな岐路に立たされることは、私の経験からしても間違いありません。しかしグローバル化 の時代、3年も猶予を与えられたので打ち切りも致しかたがない、のも道理です。 悪いことに再来年には消費税の増税が控えています。ここで1〜2年、更に引伸ばしても 同じでは? というのも、既に事業から退いたから言えること。私の事業フィールドが 地方だったこともありますが、地域経済の冷え込みは、想像を絶しています。 著者の指摘で中小企業の金融政策関係者に大きく取り上げられ中小企業の助けになる ことを望みます。私が、3・11以降、あのまま事業を続けていたらと思うと背筋が寒くなります。 経済的大津波は、外海から内海に向けて押し寄せて来ているのが、私には見えています。 私は償却前赤字を事業断念の目安にしました。 情報化と、グローバル化による生産の 国内から海外へのシフトによる空洞化と、物価と資産のデフレの中小企業への直撃が、 この異常事態を引き起こしています。それを割り切り諦めるか、最後の最後まで踏み止まるか、 難しい問題です。小泉改革は、あまりに大手銀行よりで、私の経験からしても酷いものでした。 その方向に、自民党が政権をとった時に戻るとしたら、恐ろしい結果が待っているはずです。 その中で、丁度良いタイミングで世に問うている素晴らしい中小企業擁護論です。 多くに金融関係者に是非とも読まれることを勧めます。≫ ▼ 昨夜、TVで「来春の『金融円滑法の打ち切り』後は、弾力的に対応する」という コメントが流されていた。この著書が大きく影響したのか、タイミング的に同じだったのか? 世情の厳しさは、止まることはない。 ・・・・・・ 3899, 国債クラッシュ 2011年11月28日(月) 「国債クラッシュ―震災ショックで迫り来る財政破綻 」 須田 慎一郎 (著) ◎ 国債金利2%で発生 ? 図書館で何気なく手にした本だが、来年暮れの具体的な国債暴落のシュミレーションが 生々しい。この本の出版日が今年の6月末。それからして4〜5月に書かれたもの。 半年間の流れは、この本のシュミレーションより危機の度合いは激しい。ギリシャ危機で 世界恐慌一歩手前まで行ってしまい、イタリアがIMFの実質管理入りし、そしてスペインと ハンガリーが危険水域まできた。さらに一番安全とみられていたドイツ国債が三分の一も 売れ残ってしまった。 日米より遥かに健全?と思われているドイツ国債の売れ残りには 世界中が唖然とした。それならば日本は?の連想になる。この本のシュミレーションは 一年後の11月から12月の想定。この本を読み始めた直後に、ある人からメールが入り、 石角完爾『ファイナル・クラッシュ』(朝日新聞出版)が、シビアに現在の日本の危機が 書いてあると教えてくれた。また昨日の関西系TVの政治経済を話題にしたバラエティーでも、 この本を取り上げていた。アマゾンの書評を読んで、こちらの方がよりシビアと早速、購入した。 ー「国債クラッシュ」のアマゾンの内容紹介からー 2012年12月、ついに「その日」がやって来る。大震災が「財政破綻」の引き金をひく戦慄の シナリオを詳細シミュレーションで検証。3.11大震災以降、日本の抱える「財政破綻」という "時限爆弾"のタイマーは、確実に時を刻むスピードを上げている。国債の大暴落が 円・株・債券の全面安という、空前の「日本売り」を引き起こす戦慄のシナリオを詳細 シミュレーションで徹底検証。〜印象的な部分を、書き出してみると・・ *「具体的には長期金利2%が、実質的な[国債クラッシュ]の目安。その数値に達成した 場合、為替では、現在の様相がウソのように円安にぶれていき、それによる価値の 目減り分を嫌った資産の海外逃避が、いっせいに進み、円安の底なし沼にはまる」 *「マーケットには現実を正確に把握する力もなければ、結果を見通す眼力もない。 マーケットには不安に駆られやすく臆病で、かつ利己的な心理があり、それに従った 場当たり的な判断があるだけ」 *「国は国民から税金を取れないがために、国債を発行して『借りる』という形で茶を濁してきた。 国民は税金さえ取られなければ、国の借金体質には寛容だった。・・・そして危機が訪れるや、 企業や個人は自己防衛のため、いっせいに日本売りに乗る・・・」 *「日本国債とアメリカ国債は、よく見ると連動している。アメリカの金利が上がり出すと、 それにつれて国債の金利も上がる。と同時に、連動して日本の国債と銀行金利も上がる とすると、2%など直ぐにでも上がっても不思議でない。」 ▼ 何か不気味な風が日本を覆い始めている。それも来年の今頃のシュミレーションが 具体的な物語風に書かれているのをみると、不気味というより、恐怖を感じる。それも 半年前に書かれた時は、ドイツの国債が三分の一も売れ残るなど著者も思いもよらぬこと。 ・・・・・・ 3534, エコポイントの駆込み購入の愚! 2010年11月28日(日) * エコポイントは目先延命の劇薬、それが切れる来年は? 少し考えれば分ることだが「エコポイントの駆け込み購入」で、このところ家電チェーンが 賑わっている。しかし、この騒ぎが終われば値崩れが起きて、このポイント以上に値下がりを するのは火を見るより明らか。元もとエコポイント制度そのものが、恐慌に対する延命の カンフル剤で、目先の苦痛を避けるためのもの。しかし来年の前半には、この前倒しの反動が 大きくなる。薄型TVは典型的な相場商品、大きく値崩れをするのは火を見るより明らか。 そういう批判がないのは、マスコミがメーカーから広告を貰っているため。地デジ化は来年7月、 その間に大きく値下がりは当然のこと。その上に世界的恐慌の火の手が更に大きくなる。 他人事ではない、当方は460台のTVの買い替えがある。来年7月の瀬戸際ほど安くなる、 と仮説を立てたところ、このことに気づいたのである。エコポイントは、間接的には住宅、 家電、自動車メーカーに対する間接的援助ではないか。そのピエロが、それで買いに 走っている大衆。決して穿った見方ではない。誰も気づかないだけで、これはこれで良い。 それを声高にいうこともない。国家にとって目先の失業と倒産を避けなければならない。 しかし来年は、この反動で、日本経済は大きく落ち込むことになる。「来年、怖い!」が、 キーワードか。デフレ・スパイラルが更に大きくなる。総中流が、総下流社会に墜ちていく。 しかし、総下流が大部分なら、それが普通になり、総中流ではないか。 ブラックジョーク になるが、それが社会主義の理想とするところ。格差のない清貧の社会。 (以上、字数制限のためカット 2011年11月28日) ・・・ 3159,金を通して世界を読む −2 2009年11月28日(土) 「金を通して世界を読む 」 豊島 逸夫 (著) 住宅価格下落を予測して、下げで大もうけをしたジョン・ポールソンが近く金《ゴールド》を 中心としたファンドを始めるという。彼が3〜5年スパンで金に「兆」単位を投資するというから、 2〜3倍以上の高騰を予測しているはず。銀も一年前から高騰を始め、年に90パーセント 以上も値上がりをしているから、金はまだ40パーセントだから、50パーセントの値上がりと 考えることができる。 そうはいかないのが相場の世界である。まあ、どうなることやら。 ーこの本の中で、含蓄の深い部分を抜粋してみるー ≪ 日本で最も金が売れる地域といえば、京都である。 店舗の面積坪当たり最大の 金小売店も京都にある。京都には宗教法人が多く、資産も蓄積されている。 長年歴史の 波にさらされてきたからこそ、スイス流の「最後に頼りになるのは金」という考えも強いようだ。 ある金ディーラーが縁あって某名刹の住職と面談したときのこと。住職曰く「金は先の大戦 でもそのまま残り、資産として破損することはありませんでしたな」。 ディーラー氏答えて 「はあ、第二次大戦でも京都は空襲を免れましたしね」。 住職「なにをおっしゃる。 私の申しているのは応仁の乱のことです」。各県別に見ても、金が売れる地域というのは 必ずしも県庁所在地とは限らない。 現代の経済行政の中心地より、城下町であった都市の ほうが資産のストックは多いようだ。 郡山より会津、山形市より米沢、青森市より津軽、 というようなあんばいである。 (以上、字数制限のためカット 2011年11月28日) ・・・・・・・・・ 2794.ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法の言葉・・3 2008年11月28日(金) 【第二の法則】 なんでも鵜呑みにするな!人間は鵜ではない。 「世間において 常織とみなされていることに対して、疑問を呈する勇気を忘れてはならない。 健全な猜疑心こそ、ものごとの裏に潜む本質を見極める近道である 」 ロバート・ルービン 「誰もが同じように考えているときは、一人として真剣には考えていないもの」ウォルタ・リップマン 「貴殿の理論が狂っている、つまり突飛であるかという点では、我々の意見は一致している。 だが、正解になる可能性があるほど狂っているかについては、意見がわかれている。 私の直感では、まだ十分に狂っているようには思えないのだが」 ニールス・ボーア 「二つの文化のうち、それぞれの半分だけ足しても、一つの文化は 生まれてこない」 アーサー・ケストラー 「半分の真実といえば聞こえはいいが、本当は真っ赤なウソである」 ユダヤの掟 「権力とは 究極の媚華である」 ヘンリー・キ・ソシンジャー 「違うよ。そうじゃないんだ。君は、思考していない。ただ、論理に支配されているだけなんだ」 ニールス・ボーア 「嘘には三つの種類がある。 ウソ、 真っ赤なウソ、 そして統計」ベンジャミン・ディズレイリ ーーーーー 何事も、自分の頭で一度は精査することが必要である。それが、考えることになるのだ。 考えない方が良い人が多いが。 ・・・・・・・・ 2007年11月28日(水) 2429, 20世紀を生き、21世紀を覗き見て (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァ♪
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