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堀井On-Line
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2014年11月27日(木)
『人は死ぬとき何を後悔するのか 』小野寺 時夫 (著) * 2500人を看取った医師が知る「間際の心」 『死ぬときに後悔すること25』大津秀一(著)の読書録など「死に際の後悔」について 書いてきたが、これも重厚な内容。この20年〜30年間、死についての本を多く読んできた。 そこには、死とともに、いかに生きるかが、逆反射で見て取れた。ーアマゾンの説明よりー 《 外科医、ホスピス医として2500人以上の死と接してきた医師の小野寺時夫氏が見た、 様々な「死に際」。人生の最期の場面に、その人の生き様がすべて現れるという。 しかし、死生観を持たない日本人は、すべからく「哀れな死」を迎える人が多いと著者は言う。 死に際に後悔をしないためには、どんな生き方をすればいいのか。 「人は生きてきたように死ぬ」「死」を考えることは、よりよき「生」を考えることである。》 ー別の本の話になるが、数多くの患者を看取った女性介護人が振り返る老若男女の 「最期」の言葉、『死ぬ瞬間の5つの後悔』ブロニー ウェア(著)の「5つの後悔」が明快である。 1 自分に正直な人生を生きればよかった 2 働きすぎなければよかった 3 思い切って自分の気持ちを伝えればよかった 4 友人と連絡をとりつづければよかった 5 もっと幸せを求めればよかった 〜以上が、人生に対する正直な後悔の気持ちだが・・(・・;),(--;),(__;).(~_~;), ▼ 去年の春先、小学校の同期性が男女13人集まった。そのうち4人が男だったが、 既に一人が膵臓ガンで、あと一人が、余命が長くなさそうなガンになっていた。 当人にとって、死は内的な「ブラックスワン(絶対に有得ない出来事)」とはいえ、 必ず直面する問題。その余命長くなさそうな男は、「まさか、自分が・・ 80歳までは 生きれると思っていた!」と慌てふためいていた。ボロニーウェアの場合、誰一人として、 もっと金を残しておけばという人はいなかったと・・ 殆どの人が後悔をするのが人生。 問題は、それを少なくする生き方である。ならば、5つの後悔の逆の生き方をすればよい。 『自分に正直に、働きすぎず、自分の気持ちを思い切って伝え、友人とは連絡を取り続け、 幸せを追い求める人生を生きる』 そう考えると、自分の場合どうだろう? (=_=;) やはり後悔先に立たず? 後悔しても、何でもやってみる生き方も捨てがたいが! 小林秀雄は「私の人生観」で、《 武蔵の言葉で、「我事において後悔せず」 (われ、ことにおいて、こうかいせず。)これはもちろん一つのパラドックスでありまして、 自分は常に慎重に行動してきたから、世人のように後悔などはせぬというような浅薄な意味 ではない。今日の言葉で申せば、自己批判だとか、自己清算だとかいうものは、みな 嘘の皮であると、武蔵は言っているのだ。そんな方法では、真に自己を知ることはできない、 そういう小賢しい方法は、むしろ自己欺瞞に導かれる道だと言えよう、そういう意味が あると私は思う。》と述べているが、極限を生きてくれば、後悔などすることはない、ということ。 ・・・・・・ 4638, デフレの真実 ー金持ちの本音 ―� 2013年11月27日(水) * 資本主義社会は、金持ちが有利につくられている! ー庶民は知らないデフレの真実ー森永卓郎(著) 要点を絞り込むと、資本主義社会の金持優遇が明確に見えてくる。 消費税が5%から10%に増税される反面、金持ちや企業の減税がなされる。 英国で1979年にサッチャーが首相になると、9年かけ、これまでと真逆の政策を実行した。 25%から83%まで11段階あった所得税率を25と40%の二段階にした。その反面、 消費税を8%から15%へ引き上げた。金持ちの所得税を半減し、庶民が負担する消費税は 二倍近い増税である。これは1982年のフォークランド紛争を利用して、勝者・サッチャーの 政策を支持させて、この金持優遇の税制改革をした。弱肉強食社会こそ国力を上げるという 美名の元に。現在、TPPの話し合いが続いているが、日本にとってはマイナス。 環太平洋沿岸国の関税などを撤廃して、アメリカ主導の貿易圏を作りましょう!というが、 これは弱肉強食の強者に有利な制度。狙いは、日本人が溜め込んだ郵貯。 それを民間にして、本体の株式と、預金を狙っているのは自明である。ー金持優遇の一節より 《 金持にとって、デフレは天国だ。私が持っている3億の価値は、デフレで1%下がった だけで300万分の価値が上がると同じことになる。資産がさほど無いけれど、おいしい 既得権を握っている人はデフレは好都合。庶民は転職が難しくなったり、リストラにあうが、 終身雇用の公務員はリストラはない。デフレは、この人たちの暗黙の了解で行われている。 管弦楽団と同じように、オーケストラのメンバーはタクトを見れば、具体的指示がなくても 指揮者の意図を読取り演奏ができる。それと同じことが、世の中で行われいるのだ。 ・・ 消費税増税で10%になった場合、庶民は収入の80%を消費に回すのに対し、 金持ちは20%で済む。社会保険は収入に対してかかるのに、庶民の払う消費税は、 80%のうちの10%で収入の8%になるが、金持ちは20%×10%だから、2%で済む。 だから金持ちと、庶民は消費税一つとっても違うのだ。》 ▼ 著者は、だから金持にならないとワリを食うと強調する。まず、一年分を貯めろ、 次に三年分。そして、それを投資のタネ銭にしろ!という。 この辺りから、 「君は一万円を破れるか?」の著者と、大きく違ってくる。本音は誰も貧乏より金が あった方がよい。その目安は、金に心配しないで済む収入と、貯蓄。 一説では、300〜400万の収入と2千万の預金。あとは、さほど変わらない?という。 しかし、これも思い込み? 生物の進化は優勝劣敗があればこそだが! ・・・・・ 4273, 100の思考実験 2012年11月27日(火) 「100の思考実験: あなたはどこまで考えられるか」ジュリアン バジーニ(著), ー 内容紹介(アマゾン) ● これは「読む」本ではありません。「考える」本です。 ● 「列車の暴走で40人が死にそうなとき、5人だけ死ぬほうにレバーを切り替えられる としたらどうする」NHK「ハーバード白熱教室」で取り上げられた「トロッコ問題」のように、 古代ギリシャの時代から哲学者たちは「思考実験」を“考えるためのシミュレーション・ツール” として用いてきました。 身体と脳・自意識・生命倫理・言語・宗教・芸術・環境・格差など、 多岐にわたるテーマから選りすぐった簡単に“答え”の出ない、哲学・倫理学・論理学の 100の難問があなたをぐらぐらと揺さぶります! ★【書評から】 「読んでいて思わず引きこまれる。知的で愉快で、型破り。 巧みでセンスのよい構成。 誰かと議論したいのに、相手が見あたらないとき、繰り返し 手にとりたくなる本だ」 「楽しんでできる頭の体操」「何度も考えることこそ、明敏で切れ味 のよい本書の意図するところだ」 「この本はさながら、 道徳哲学の“数独”。 身動きできない地下鉄の中でも、“思考実験”のどれかに取り組めば、たちまち 通勤地獄から抜け出せる」 ▼【私の書評】 考えさせられる本である。まず一番私が考えさせられたのは、 「楽しみの法則」である。≪ キャリア上の躍進を続けてきて、ようやく、二つのチャンスが 同時に舞い込んだ。ふたつの国の大使である。 どちらも南太平洋の小さな島国で、 ひとつは、厳しい法律があり、婚外セックスも飲酒も麻薬も大衆的娯楽も、 贅沢な 食事まで禁じられている。許されているのは美術や音楽といった高尚な楽しみだけ。 実際に国が、それらを推奨していたため、世界屈指ののオーケストラやオペラや美術館や 劇場がそろっていた。もうひとつ、 知的にも文化的にも砂漠のようだった。 しかし、快楽主義者にとって天国で知られ、何もかも許されていた。≫ このふたつの判断、自分だったらどうするだろうか。 学生時代の四年間の過ごし方に 似ている。学生時代の遊学で、有り余る時間の中で何をするかは、本人の自由。 この問いのように、学びに中心を置くか、 遊びに中心を置くか、大きく迷うところ。 都会での遊びも、学びも、学生時代しか出来ないことがある。 問題は、どう考えるか。 人生でも同じことがいえる。往々にして、二つの両立は、なかなか難しい。私の場合は、 「硬派のレールの上を軟派に生きる」を意識していたが。低俗の遊びには、高い税金が かけられ、崇高な遊びには、 推奨金が出るケースが多い。とはいえ、どちらも実際に 経験してないので、本人にとって、選択した以外の方は、うかがい知ることはできない。 この歳になり過去を振り返って、この問題がフラッシュのように思い浮かぶ。 あの誘惑に乗っていたら??・・ で、私なら? 答えは明白である。高尚の方である? 何故なら、快楽の楽しみは、帰国した時にチャンスは無限にあるが、高尚の方は、 帰国した時に雑多な日常の中では、じっくり浸る時間が取れないからだ。その人が、 それまで苦労して手に入れた高尚な?大使職である。 その職に相応しい時間を 味わうのは当然の理である。とはいえ、大きな後悔も残るだろうが。 ・・・・・・ 2011年11月27日(日) 3898, つれづれに ー景気の話ー * 金融株は、どうなっている? 久々に金融株を見て驚いた。何と野村證券が230円、三井住友銀行が2000円 (額面を換算で200円)、みずほ銀行が100円割れ。東京三菱が330円とあった。 野村證券は5年前の10分の一、みずほ、三井住友が6〜7分の一以下。銀行株が 100円を割ると危険水域を超えるというから、みずほ銀行は非常に厳しい事態。 いかに、リーマンショックの影響が大きかったかである。EU危機も何処かの国が デフォルトでもすれば、欧州だけでなく、世界中の銀行の連鎖倒産が起る。 日本国債務のGDP比が220%もあり、ユーロ圏の90%程を大幅に上回り、アメリカの 100%、イギリスの80%に対しても、あまりに多いことが分かる。その日本が、 このままでいられる訳がなく世界の投機筋が日本を狙うのも時間の問題。 日本人が1400兆円の金融資産を保有しているというが、その多くがアメリカ国債に 変わっている。日本が本当に健全なら、日本の三大メガバンクの株価が、ここまで 落ち込むことはない。その中で消費税の10%へのアップを与野党がこぞって反対を している現状は情けない。とはいえ経済の疲弊度からみて、内税のコストを中小企業が 吸収するに限界を超えることになる。 * 70インチTV 新聞報道で70インチのTVが売り出されたとあったので家電で見てきたが、 想像以上に大きい。50インチの二倍近い画面であれば当然だが、一般の家庭の 居間に果たして収まるか疑問もある。大型TVは大きいほど良いが・・ あれでデナーショーを見たら現場感覚に近い迫力を感じ取ることが出来るだろう。 50インチのTVを見た時の驚き冷めないうちに、二倍の大きさになっている。 こういう不景気の時代、家でTVを見ているのが一番安上がり。 ・・・・・・・ 3533, 竹森俊平の「漂流を始める世界経済」 2010年11月27日(土) 経済専門雑誌「Voice」12月号に、竹森俊平「漂流を始める世界経済」があった。 彼はリーマンショックの直前に、それを予測するような著書「資本主義は嫌いですか」 を出版している。直ぐに読んだが、そこで「紙切れ通貨制度」の功罪を呈示し、そこから 生じる厄介な問題がいくら抱えても、われわれは管理通貨制度と、うまくつきあって いくしかない!と論じている。「漂流を始める世界経済」の中で彼は、2011年の記憶を あらかじめ消去してしまいたいほどの経済惨状を予測する。 【 来年には世界経済が二番底に陥る可能性が高く、その様相が悲惨になるからだ。 主要国指導者は己の判断ミスを認めず、責任を外国に転嫁し保護貿易主義に走る。 しかし保護主義によって事態が好転しないため、指導者への信頼は一層地に墜ち、 その後の操縦席に人がいない状態になり、世界経済の漂流が始まるという。 そこで二番底は、ギリシャ危機以降、PIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、 ギリシャ、スペイン)の破綻と考えたが、それを撤回した。 ヨーロッパのエコノミストや 政治家と、逆に財政刺激策の継続を説くアメリカのカウンターパートとを比べると、 景気浮揚に失敗するのはヨーロッパと思われるが、ヨーロッパの政治エリートは、 大衆の意向に反して豹変が許されている。「状況が変わった」と、今までと百八十度 異なる政策をとることも可能である。しかし選挙民の思惑にがんじがらめなのがアメリカ。 失業率9%台の高止まりも、本来、緊急景気対策費65兆円のおかげで、その程度で いられると読むべきだが、「巨額な対策費にもかかわらずそんな効果しか上げられない のか!」と受け止めるのがアメリカ国民の実態。 さらに今年末には前政権による 所得減税が終了し11年からは増税が始まる。「ティーパーティ運動」が声高に叫ぶ 「これ以上無駄な税金を使うな」を、政治家が無視できなくなる。ということは、二番底が どこかで発生するとみてよい。 今や二番底と保護貿易主義という暗雲がたち現われている。 ここで世界は問われているのは政治のありようである。】 ・・・・・・・・ 3158, 金を通して世界を読む −1 2009年11月27日(金) 「 金を通して世界を読む 」 豊島 逸夫 (著) このところ、金の価格が動き始めてきた。年初からみると、4割の上げで3500円。 銀が9割上げていることからみて、まだ上がるという強きの見方が大勢である。 この本、半年前に買って目を通したが、あまり積極的には読んでなかった。 しかし、ここで新聞などで金の値上がりが報じられたこともあり、再び読み始めたが面白い。 まずは、その一分内容を書いてみる。 ・ 投機を目的とするか、投資なのかをハッキリすべし。 ・ 金は一般的に「有事の買い」といわれるが、実は「平時の買い、有事の売り」である。 ・ ドルは200年、金は2000年の通貨の歴史がある。 ・ ドル発券国のアメリカの外貨準備に占める金の割合は70パーセント以上。 中国・日本は1%に過ぎず、巨額のドルを保有。欧州のドイツ、フランスは50パーセント以上。 中国の金の生産量が南アを抜いて世界一位。その日本は、金が高騰すると、貴金属の リサイクルが進んで、一転輸出国になる。これは国力衰退の象徴である。 ・ 金は30年前の5千数百円をピークに停滞が続いたが、10年前の1999年から 長期上昇トレンドに入る。10年前の底値は250ドルである。現在は1200ドルに近い ので10年で5倍近い値上がりになる。 ・ 実物資産の不動産と比較すると、金には *固定資産税がかからない。 *売買市場が完備されており、日々の価格も 外為同様に公表される。 *小分けが出来る。 *資産の隠匿手段として最適 *利息などキャッシュフローを生まない。しかし、これがアラブなど中東の金持ちにとって、 アッラーの教えに反しないので金保有は都合が良い。 〜〜 以前にも少し「金」について取上げたが、金といえば商品取引業者の餌食になる 「金の投機」が思い浮かぶ。目先の動きの先物で利ヤザを稼ぐ際どいもの。 著者は、 その道のプロだが、長年の結果が8勝7敗だが、そのプロ筋では8勝の結果は評価は高い。 金投機のプロは8勝7敗で生き残り、7勝8敗で消えていく世界。その8勝と7勝の一勝の差は、 「損切り」。 問題は負けが込んでいたときに、いかに手早く見切るか、それが出来ないという。 今に戻ると希望的観測を持ちたがるが、よほど強い意志がないと出来ないという。 だから、相場のプロも自分個人の資産運用に関しては純金積み立てと決めている。 相場に魔法の杖がないことを骨身にしみているので無益なゼロサムゲームには参加しない。 仲間のデーラーも同様だという。 そういう世界が投機筋ということだ。 恐ろしい世界である。 ・・・・・・・・ 2793.ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法の言葉・・2 2008年11月27日(木) 「自分を大切にするものは、他人も大切にできる」とするなら、「自分を大切にしないものは、 他人も大切にしない」ことにある。こういう人間、本当に多いよな〜、と思っていたが、 じゃあ、御前さんはどう?と言われると、酒飲みすぎて、命を縮めているじゃないか。 そして酒の勢いで他人を傷つけているじゃないか?と言われれば、成るほど、納得する。 「自分の意志の主人となり、良心の奴隷となれ」ユダヤの諺)は至言である。 ーーー 「ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法のコトバ 」−2 読書日記 【第一の法則】 ▼ 自分を大切にするものは、他人も大切にできる。 「自分が ありのままの自分でいられるような人生を 謳歌するためには、音楽家なら 作曲し、画家ならば絵を描き、詩人であれ詩を書くのだ。自分の命にそった生き方を 選ぶことが、人間にとって、もっとも自然な姿なのである」エイブラハム・マズロー ▼「無理して人と違う自分を演じようとする必要はない。 良い結果を出そうと頑張れば それだけでじゅうぶん人とは違う自分を演出できるのだ」 アーサー・フリード 「盲人の国では片目の男は王様だ」 ユダヤ人の友人のことば ▼「自分を信じるのだ。自分の力は、自分が思っている以上に あるものだ」ベンジャミン・スポック ▼「自分に対してとことん正直になること、それが心身に良い影響を与えるのである」 ジークムント・フロイト ▼「いつも自分一の外側に、カや自信の源があると信じて捜してきました。でも、本当は 自分の内側からにじみ出てぐるものなのです。 いつだって 自分の中にこそ、強さや自信の 源はあるのです」アンナ・フロイト ▼「世の中を敵にまわして戦う時は、世の中につけ!」 フランツ・カフカ ▼「よく、あの人はまだ自分を探し終えてない、などという人がいるが、 そもそも自分とは 探すものではない。 みずからが創り出すものである」ユダヤの諺 ▼「みんなにイイ奴とは、誰の友達でもない」 ユダヤの諺 ▼「自分の意志の主人となり、良心の奴隷となれ」 ユダヤの諺 ▼「わたしのモットーは、心に生じる罪悪感を 決して疑わないこと」 フランツ・カフカ ・・・・・・・・・ 2007年11月27日(火) 2428, 自分を理解するため他者・コンピューター −2 才ノヽ∋―_φ(≧ω≦*)♪ (カット 14年11月27日)
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2014年11月26日(水)
* つれづれに 年金生活に入ると経済世情に疎くなると聞いていたが、そのとおりである。 景気に大きく左右される一つが歯医者というが、半年ぶりに歯石をとりに先週二回、 歯医者に行ったが、いずれもガラガラ。またスポーツセンターも、3年半前の開業時 から何割か減ったようだが?
阿部首相の思い切った解散。どのように国民が判断するか。圧倒的多数の議員数を 1〜2割減らしても、残り任期の2年を4年に延ばした方が得策と考えたのだろう。 とすれば、今しかない。二割は減るだろうが、来年なら四割は減るだろう。 政治家はしたたかだ。三割減なら首相辞任になる?ため、思いきった賭けでもある。
こう思いのまま書いていると、年齢相応の胡散臭い自分に気づかされる。 68歳では当り前だが、精神年齢が40歳半ばで留まってしまったようだ。 年齢は、時節時節が初体験。老いるたび世の中の端に徐々に追いやられている。 それも仕方がないが・・
年寄りの婚活も注意もの。【京都青酸カリ殺人】で、連続不審死が7人になったが、 商品取引で失敗した老女が、婚活で金持ち独居老人を探し出し、殺して資産を奪う手口。 被害額が8億とか。ここまで放置していた警察も警察。 こういうのが、ファージーを含めると多くあるのだろう。彼女の結婚相談所での 希望用件が、「高齢で、身寄りのない、年収一千万以上、病弱の人の面倒がみたい」 というから恐ろしい。引っかかるのが真面目な人で、勝手に相手も真面目!と思い込んで しまう人。 やもめの男性で、家に引きこもれば、一週間、二週間、誰とも話さない人が 多くいるようだ。殺さないにしても、こういう類が増える?(;"ε")σ アナタ σ("ε":) ・・・・・・ 4637, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか ー5 2013年11月26日(火) 『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著) * ウィークカップル ウィークカップルの現実をみると、近い将来の日本全体の現実が思いやられる。高齢者を含めた 単身世帯の寄与率が2001年で41%。(*寄与率とは、貧困世帯全体に占めるそれぞれの世帯累計の%) 母子家庭を加えると45・8%。この12年で、更に悪化しているため過半数は軽く超えている。 ・(夫の年間所得が100万円未満という超低所得階級における妻の有業率は)1982年に比べて、 調査年ごとに低下しており、20年で10ポイント近く低下している。このことは、夫の所得が低い にもかかわらず、妻が働かない夫婦の比率が上がっていることを示している。・・衝撃的なことは、 夫婦の合計所得の最も低いグループと、最も高いグループとで、実に年間800万円以上の 大きな所得格差が生まれていることである。恐ろしいのは、子孫まで受け継がれること。 ・夫の年間所得が300万円未満であれば、妻の年間所得も200万円未満という割合が 70%を占めている。 つまり夫も妻も低所得という組み合わせが非常に多いことがわかる。 ・年間所得1600万円以上の夫では、妻の年間所得も1000万円以上という夫婦が約13%おり、 パワーカップルの象徴と言える。 ・貧困状態にある夫婦は学歴が低い傾向があり「男性の17%が中卒、3分の2が高卒、 女性も中卒が15%、高卒68%」になっている。また、若い夫婦に関しては、配偶者がいても 貧困に苦しむ世帯が少なくない(配偶者がいる20代男性の26%、20代女性の約20%が 貧困状態)。ウィークカップルの典型例とは、「ともに低学歴かつ低収入で貧困にあえぐ 若年夫婦である」と結論。 ▼ ネット検索で、《 日本の母一人子一人の母子家庭で、貧困率が57・9%で、OECD平均 の21%の3倍近くと飛びぬけ2007年(平成19年)の国民生活基礎調査では、✩単身者で手取り 所得が127万円、✩2 人世帯で180万円、✩3人世帯で224万円、✩4人世帯で254万円が貧困層。》。 現在、三組に一組が離婚するというが、子持ち離婚の6割が貧困家庭に陥る。 著者は、 「貧困になりたくなければ離婚だけは避けるべき」という。先日、書いた、タクシードライバー の嘆き「母子家庭に育ち、直ぐに働いて、転職を繰り返したあげく水商売に、ホステスと結婚した 妻が客と浮気。1人娘の引き取りで裁判で勝ったが、その子も手元から離れ、 現在90歳の母親と一緒。 現在の収入では、生活がギリギリ。人生何も良いことが無かった」。 一度貧困に陥ると、三代、四代、と続く典型的ケース。それでも、結婚できた人は良いか? 人生には、登り坂、下り坂、まさか、の坂が待っている。どの坂も、平坦な道より味わいあるが? 厳しい事は確か。陥るのは一瞬だが、這い上がるのは何代もかかるから始末が悪い。 「親の因果が、子に祟り」 他人ごとでないか? ・・・・・・ 4272, 閑話小題 −つれづれに 2012年11月26日(月) * 過去の随想日記を改めて読み返すと、結構、面白く可笑しい時間をすごしている。恵まれていた 時代に生きていたということか。 自分が経験したことや、本を読んで納得した以外のことは、 全て想像と思い込みでしかない。それは他人にも言える。一歩退いて、きし方を振り返ると、 その時には気づかなかったことが今になって気づくことが多いが、それも思い込みでしかない。 「事実などない、あるのは認識だけである」という道理がある。事実が真実とは限らない。 そのことを知識だけでなく、人生経験から理解出来る人と、理解出来ない人がいる。 とはいえ、真実と思い認識していることも、怪しいもの。 * 情報化=ネット社会が世の中を根こそぎ変えている。ひと昔なら想像すら出来ない情報機器 から限りなく情報が入ってくる。さらに一人ひとりの情報発信基地を持てるようになってきた。 しかし情報が豊富になって、人間が豊かになったか?というと、そうではない。むしろバカに なっているところが多いのは自分自身を見ればわかること。それでも年々、面白くなっている。 こういう時代は、落語の御隠居とか、はっつぁん、熊さんみたいな、暇人ほど良い。 それに教養のベースがあれば、ネット社会では色いろな世界と繋がることが出来る。 繋がった先の世界から逆照射して、自分の世界を見ることが出来る。 * もう、以前のような事業生活には戻りたくない。右下がりの世相もあるが、今ぐらい状態が 丁度良い立ち位置である。専業主婦は、暇の効用を知り尽くしている。バーチャルのTVの 世界と、人工頭脳空間の都会を彷徨う楽しみを知っている。人生は夢幻と割り切ってしまえば、 これだけ面白い時代はない。自分が幻想する前に、誰かの幻想空間が我々を魅了する。 それは、逆に私たちの空想、幻想の力を削いでしまう。 * あと一月あまりで、今年も終わる。間違いなく、株の暴落か、イスラエルによるイラン攻撃が あると見ているが、今のところ、静粛を保っている。この時期の衆院解散が吉か凶となるか? どちらにしても、政権交代は必要。ここでシャープ、ナショナルに引き続いてソニーの格付けが 危険水域まで下がった。2〜3年前では考えられないこと。戦後の日本の家電を引っ張って きた世界に名だたるブランドの会社がである。恐慌前夜の風景といえば、その通りだが。 まあ新幹線最終駅の、あの業態で、これほど堅い商売と思っていた私の事業が、 いともあっさりと終わるのだから、何も不思議でないといえば、それまでだが。 ・・・・・・・ 3897, 腰痛は、脳内システムの不全が原因 ー2 2011年11月26日(土) 先日、鎌倉の散策で起伏の激しい坂道を歩いていたら腰痛がきた。 その前日、スポーツジムでツイストのマシーンをしすぎと相まったこともある。 鎌倉の坂道で頭に浮かんだのは、腰痛はストレスなどで脳内の痛みをコントロール機能が 弱まるためか? の疑問。その時、三人の間で海外旅行の話に気持ちが集中したためか、 腰痛のことを忘れていた。 成る程と実感したが7ヶ月もスポーツジムで鍛えた割に、 いとも簡単に腰痛が出るとは・・ しかし帰りの駅のタクシーの乗車の間に腰痛は嘘のように 消えていた。そして翌日起きると、ほぼ全治。やはり腰を鍛えていた効果があったようだ。 鎌倉は坂の多いところ。 ところで二年以上、重症の腰痛が起きてない。今回のように少しは出ても直ぐに元に戻る。 しかし人生の節目の後遺症のストレスは消えていないので、注意しなければならない。 私の場合、 多くの腰痛対策の複数効果が明らかに出ている。 腰痛は完治は無理。重症にならないように 付き合うしかない。身体全体を冷やさないこと、常にエビ反りマシーンで背筋を伸ばすこと、寝室と、 居間と書斎の椅子に低反発マットを敷くこと、冬期間は腰にホッカイロを当てること、など注意を 怠らないなどである。 脳内システムといえば、スポーツジムでインストラクターが、 「ストレッチの時に、腰のストレッチだったら腰に、大腿部だったら、大腿部に気持ちを集中 してください。そうすると、効果が数倍上がります!」という。 実際に、そこに気持ちを集中 すると成る程、効果的なのが分かる。 人間の気持ち=脳は不思議である。 でも、寒くなると軽い鈍痛が、常に付きまとう。 ・・・・・・ 3532、何か哀しい北朝鮮 2010年11月26日(金) どちらが先に砲撃をしたか分からないが、28日の米韓の合同演習の直前というところが ポイント。その二日前に、金親子が砲撃をしてきた基地を視察した?ということからみて北朝鮮 の先制と報じている。12月4日に日米による尖角列島付近の合同演習も控えているので、 中国と北朝鮮が打ち合わせを充分にした上の攻撃と見ることも出来る。 これはアメリカにとって黄海での原子力空母派遣の大儀名分を手に入れたことになる。 韓国軍の中に前回の哨戒艦の撃沈に対し沈黙をせざるを得なかった反発から、 アメリカ空母からの攻撃の誘発を狙った砲撃を北朝鮮に仕掛ける兵隊が出て一挙に 全面戦争もありえる。アメリカにとって、北の原子炉を破壊するに丁度良い機会になる。 そうあって欲しくないが、アメリカも何を考えているか分からない得体に知れない国。 あのドン様も、病気であとさき短いと考えて、自分の命と道づれに戦争の中で死を選択しても 不思議でない。と同時に、日本にテロを仕掛ける可能性もある。昨日の新潟駅には、いやに 警官の姿が目立っていた。この数日は、黄海から目を離すことは出来ない。 あの「緊張感のない息子の顔」からして、瀬戸際を越えてしまう可能性は充分。 中国も、一つ判断を違えれば、動乱になるほど多くの問題を抱えている。またオバマも 中間選挙の敗戦で追い詰められている。北京万博、アジア大会、そしてアメリカ中間選挙も 終わり、この辺で、朝鮮で一騒動を起こすに丁度良いタイミングである。年末まで、あと少し。 今年の後半期のイベントは、これになるのか? 欧州はアイルランド危機で、極東の小紛争で しかない。アメリカも体力が消耗し尽くしているのを見込んだ上の、北の仕掛けで、 我慢するしかないのか、ここも。 もし、全面戦争になったとしたら、アメリカにとって 一番有利な展開になる。中国と日本に対する威嚇という面でも。ところで「何か哀しい北朝鮮」 からすると、この国の現状は「何か惨めな日本」「何か哀れな日本」ということになる。 ・・・・・・・・ 3157,つれづれにー 閑話小題 2009年11月26日(木) * 金か〜 金の動向が気になってはいたが 一月前あたりからジワジワ動き出してきた。 金が上がるのではなく、他の貨幣が下がるのだという理屈は言いえて妙である。 住宅価格下落をよんで、下げで大もうけをしたジョン・ポールソンが近く金《ゴールド》を 中心としたファンドを始めるという。彼のことだから、3〜5年の最低のスパンで金に 兆単位を投資するというのだから、ズッシとくるのは当然である。 恐らく、2〜3倍の高騰を予測しているのだろう。銀も、一年前から高騰を始め、 年に90パーセント以上も値上がりをしているというから、銀に正比例すると、金はまだ 40パーセントというから、50パーセントの値上がりが見込めることになる。 そうはいかないのが、相場の世界の恐ろしさ。どうなることやら。 * その時、犬が吼えた ワン! まだ忘れることが出来ないが、ウソのような本当の話がある。 学生時代のドイツ語の授業のことである。 ドイツ語を日本語に誰かが訳していた時のこと。 「そこで犬が吼えた」と訳した時に、ハカッタように何処かから犬が「ワン!」と吼えたのである。 部屋中、教授も含めて大爆笑だった。 あれほどの面白タイミングの面白い偶然は、後にも 先にもない。あれから44年もたったか。年齢を重ねると、一年前も、50年前も同じようなものか。 *「ランチョンテクニック」 食事をともにした相手に心を許しやすい心理傾向を「ランチョンテクニツク」という。我われは 自律神経が午前中と午後とでは働きが違うが、これは人類がまだ狩猟生活に明け暮れていた頃 の名残で、「交感神経」が「闘争と逃走」を、「副交感神経」に、午後は「休憩と食事」のモードを 司っているからである。つまり朝から昼にかけては論理が支配する「論理モード」に、夕方 以降は「感情モード」になっている。これをさらに応用すれば、ランチ時は「論理モード」なので、 契約や提携などビジネスモードのシビアな話をしても「ランチョンテクニック」で緩和される。 そして「感情モード」の夜に食事をする相手は、ビジネスの話はそこそこに親密度がアップ する接待モードが効果的になる。 だからロジカルにビジネスの話を進めようとする外国企業はランチを共にすることを好み、 取引先との人間関係を大事にしたい日本は夕食を共にしたがる。 そういえば、自分をみるに、 朝一番には、この随想日記の最後の仕上げをし、出社した後には前日の数字を見て、 新聞と手帳や手書きの日記帳に何やら書きつけ、それが終わると遊びモードに入ってしまう。 自由に気ままにインターネットをしたり、本を読んだり、とにかくリラックスをして考える。 ・・・・・・・・・ 2792.ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法の言葉・・1 2008年11月26日(水) ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法のコトバ −1 「ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法のコトバ 」 スティー ブ・モリヤマ (著) この本はユダヤ民族に流れる哲学や思想が151の名言・フレーズとして紹介されている。 図書館で借りてきて何気なく読んでみたが、中味の濃い内容が次から次へと出てくる。ユダヤ流 「成功のヒミツ」は、ビジネスの成功者やノーベル賞受賞者は人口比でみても多いのですが、 ユダヤ人の成功哲学には「金儲方法」の類はまったく見当たらない。実践の結果として、財力や 知性が身につく教えが多い。彼らに一貫しているのは、「知識」ではなく、「知恵」に対すこだわり。 彼ら成功者たちは、先人や親からのそうした教えを自分で消化し、実践している。 ー以下は、この本の説明文と、9つの成功法則である。 〜〜〜 この本ではユダヤ流・成功法則を以下の9項目に分け、各項目に関連するユダヤ人成功者 たちの名言を付記している。各法則を一つ一つ文字でこと細かに説明するよりも・この方が より効果的に行間に流れているユダヤ哲学を伝えられるのではユダヤ人は他人と差別化 することを重視しているため、多種多様の解釈がでてくるが・読者の置かれている状況も 多種多様である以上、そのほうが具体的事例に当てはめやすいかもしれない。 ●ユダヤ流・成功法則 1 自分を大切にするものは、他人も大切にできる。. ●ユダヤ流・成功法則 2 なんでも鵜呑みにするな人間は鵜ではない。 ●ユダヤ流・成功法則 3 口はひとつ、耳はふたつ。 ■ユダヤ流・成功法則 4 カネを追うな! お金には追われるようになれ。 ●ユダヤ流・成功法則 5 「学ぶ」ことは「知る」こと。「知る」ことは「変わる」こと。 ●ユダヤ流・成功法則 6 失敗を恐れるな。やろうともせずに逃してしまう チャンスこそ、恐れるに値するのだ。 ●ユダヤ流・成功法則 7 何もしないことこそ、最大のリスクなのだ。 ●ユダヤ流・成功法則 8 無から有を生み出す喜びを知れ!それには「質問力」が大切。 ●ユダヤ流・成功法則 9 笑ってツキと若さを引き寄せろ! 〜〜〜 これらの内容は、著者が過去十余年にわたってヨーロッパで働きながら集めた世界中の ユダヤ人による 名言の一部である。収集した約1万の名言の中から厳選したというだけはある。 ・・・・・ 2007年11月26日(月) 2427, 自分自身に「なる」こと (。・ω´・)っノXXXXXXXXXX>C【才ノヽ∋―】 人生を振り返ると、全てが自分自身に「なる」ためのプロセスのような気がする。 先日、小学校の同期会があったが、それぞれの生き方をしてきたとしても、突きつめてみれば 「自分らしく生きてきたかどうか」である。人生の質でも濃さでもない。そんなことは生きてきた、 生きていることからみれば、些細なことである。死線を何回か乗り越えてきた人、北アフリカと フランスに十年住んでいた人など、色いろな人生を背負った、それぞれの人生を垣間みて、 「人生で何をしたかより、その人らしい生き方をしたかどうか」こそ、振り返った時に問題になる。 残るのは「本人らしさ」だけである。 以下は、『哲学の教科書』・中島義道ー の中の文章である。 (字数制限のためカット 2014年11月26日)
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| 5003,河合隼雄 ー私が語り伝えたかったこと 〜③ |
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2014年11月25日(火)
ー「私が語り伝えたかったこと」河合隼雄著 * 先住民の老人たちの品格ある姿 ユングがみた先住民の品格ある老人たちは、「自分の生の価値」を確信していた。 人生を自信を持っていく抜くためには、「生の価値(意味)」を知っておかなければならない。 それを知り得るかどうかで、人生は大きく分かれてくる。その一番手っ取り早いのが読書。 ー以下は、考えさせられる内容であるー ≪ 民俗学者の柳田國男は、自分の近所の人で、いつも落ち着いて人間ができていると 感じさせる人が あったので、その人に話しかけてみた。そして、その人の安定した 生き方の秘密を発見した。その人は自分は死ぬと「御先祖様」になると確信していた。 死んでも自分の霊は御先祖様の一員として迎えてもらい、それを子々孫々が祀ってくれる。 柳田は、このように「遠い将来」のことについて確かな見とおしを持っている人が、 落ち着いた生活をしているのは当然のことと思う。 まったく異なる例をあげてみよう。 スイスの分析心理学者カール・ユングは1929年頃に、アメリカ先住民のプエブロ族を訪ねる。 彼が非常に心を打たれたのは、その品格のある姿。ヨーロッパの老人たちと比較すると、 そのたたずまい、容貌などがまったく異なっていて、犯し難い尊厳性を感じさせる。 そのうちにその秘密がわかる。ブエブロの長老たちは高い山に住んで、自分たちの祈りの 力により太陽の運行を支えていると信じているのだ。 彼らの存在感のスケールが大きい。 彼らが祈りを怠ると、世界中のすべての人々が太陽を朝に上ることができなくなるのだろう。 あの老人たちの品格が高いのも当然と納得する。 自分の生のスケールが今生きていること のみではなく、死後や宇宙にまで拡大される。 この話を知って、高齢者の生き方について考えさせられるが、さりとて、現代人として、 高齢になると太陽の運行はおろか、家計の運営にも関係なくなるのではなかろうか。 現代人のなかのどれだけの人が、御先祖の一員になることを確信したり、祈りによって 太陽の運行にかかわると信じたりできるだろう。・・ ≫ ▼ この老人の信念が、宗教の原点だろう。”井の中の蛙大海を知らず ”とは、 『狭い世界に閉じこもっているものには、広い視野や考え方はできない。』の意味だが、 以下の意味もある・・ �井の中の蛙大海を知らず されど 空の深さ を知る �井の中の蛙大海を知らず されど 天高き を知る �井の中の蛙大海を知らず されど空の蒼さ は知る �井の中の蛙大海を知らず されど空の広さ を知る �井の中の蛙大海を知らず されど井戸の深さ を知る (ネットより) とすると、世間様も、あながち否定はできないことになる。品格ある人は、時間軸と 空間軸がきっちり出来ているから、自分の価値に確信出来るのである。少し考えれば、 137億年のビッグバン以来の歴史に、この自分がつながっていることが分かる。 ・・・・・・ 4636, 年齢(よわい)は財産 2013年11月25日(月) * 年齢と財産の結び目から見える女の一生 ー「年齢(よわい)は財産」日本ペンクラブー 以前、この本の中の瀬戸内寂聴の以下の文章を読んで、何もかも洗いざらいに曝け出す 作家の覚悟に圧倒されてしまった。「作家は、大道に素っ裸で大の字になる覚悟がなければ」 という彼女の言葉を思い出していた。(他の作家も似たような、言葉を残している)両親の 創業時の修羅の姿に似ている。生きることが、だいたい大道に素っ裸で寝ているようなもの。 で、自分の姿は見えないが、他人の素っ裸の姿を囁いているが、その実、それが自分への 猛毒になっていることが解らない! 《 私は二十六歳の真冬、夫と子供の家を出奔した。その時、夫は私の着ている オーバーもマフラーも脱いで行けと路上に追いかけてきていった。尤もだと思い、 その場ですべてを脱ぎ、着のみ着のままで歩きだした。 夫の声が追った、財布も 置いて行けと言う。 ちょっと考えたが、やはり尤もだと思い、それをきちんと畳んで 路上に置いたオーバーの上にのせた。私はふり向かず、電車の線路づたいに、 ひたすら歩きつづけた。 私の人生再出発はこうして無一文で始まった。 線路を一時間ばかり歩いて、東京に嫁いでいた故郷の女学校の友人の家にたどりつき、 彼女が柱にぶっつけて割ってくれた素焼きの桃の形の貯金箱から、座敷にあふれ散った 銅貨を全部借りた。かき集めて、東京から京都まで鈍行の汽車賃になった。 京都で東京女子大の友人の下宿に転りこみ、下着から靴まで借りて、職を探した。 ようやく勤めた小さな出版会社がつぶれ、京大の付属小児科病院の研究室に移った。 そこで少女小説を書き、投稿したところ、みんな採用され「ひまわり」の懸賞も当選した。 正式に離婚出来たのと、故郷の父が死んだのをきっかけに、背水の陣を敷いて上京した。 すべては行き当りばったりの身の処し方で、いつでも経済を度外視していた。 家を出たのが二十六歳で、京都暮しから上京したのが二十九歳であった。 少女小説で食べつなぎ、「文学者」で小説の勉強をさせてもらい、小田仁二郎と同人雑誌 「Z」を出し、新潮社同人雑誌賞を受賞したのが、三十五歳であった。 大人の小説で お金を貰ったのは、これが初めてであった。 この賞のおかげではじめての本を出してやる といってきた出版社があり、私は大喜びで原稿を渡した。『白い手袋の記憶』という本は、 再版までしたが、印税は一銭も貰えず、かえって社長に騙されて、五万円だか十万円 だか取られてしまった。ちょっと二・三日貸してくれといわれて出したのが返って来ない。 それでも本が残ったからいいと私は喜んいた。・・・ 四十二歳の末、中野本町通りの質屋だった蔵つきの家に引越した。ここも借家だったが 日白台のアパートより高い家賃がとどこおりなく払えた。 四十四歳で京都に家を買つた。 西ノ京原町で、西大路御池通りだつた。どの引越にも、男の問題がからんでいた。 京都の家はお金がなく、すべてを銀行で惜りた。信用貸しの形で銀行が金を貸してくれる ほど、私自身が財産になっていた。その時の保証人になっくれたのが、祇園の女将で、 私は二度しか会ったことのない人だった。五十一歳の時、さすがにタフな私もつくづく 疲れて、その生活を一挙に破壊するには死ぬか出家をするしかないと思いつめ、 出家を選んだ。五十二歳の時、御池の家を売って、足りない分は銀行で借りて、 嵯峨野に寂庵を結んだ。」・・・ 》 ▼ 寂聴の人生の粗筋が、それぞれの年齢と財産の網目で垣間見ることが出来る。 三谷佐知子のペンネームで、ポルノまがいの小説を書き賞を貰うが、「子宮作家」と まで呼ばれるようになる。当時の彼女の顔の写真を憶えているが、手練手管の水商 売女という感がした。純粋な反面、それが自分の衝動に素直であるため、激しい人生に なってしまう。それを小説のネタにする。自作自演の人生を純粋に生き抜いた結果が、 死ぬか、出家の選択になる。そして、あの穏やかな寂聴が、そこにいる。 何人、男を潰したのだろう? 潰すというより、食べてきた、が本当だろう。家族からしたら、 『何が寂聴。悟りすまして、よく言うよ!』である。でも人生は激しく活きたもの勝ち! 寂聴名言集で、「どんな悲しみや苦しみも必ず歳月が癒してくれます。 そのことを京都では『日にち薬』と呼びます。時間こそが心の傷の妙薬。」 「私の悪口を言った人はみんな死にました。」 「子どもは、悪口を言われて伸びることはありませんよ。悪口は他人が言いますからね、 肉親は褒めてやらなきゃいけない。どこ褒めようかなって探すのが親の努めと思いますね」 これでも林芙美子の激しさと比べれば・・誰も人生、助けてくれないが「地獄に佛」はいる! ・・・・・・ 4271, 法則は思考のショートカット −3 2012年11月25日(日) * 明日できることを今日やるな「知っているようで知らない法則のトリセツ」水野俊哉(著) マニャーナの法則とは、「仕事を洗い出し、明日以降でよいものはとりあえず 先送りにし、今日やると決めたことだけをやること」仕事で、やるべきことをリスト化し、 いつまでやるかをコミットメントするとよい。英国のビジコンのマーク・フォスターが 提唱した法則。 明日やる仕事をリスト化すると、今日の仕事は、昨日リスト化した 仕事だけをすればよい。リストを明確にして、優先すれば、今日すべき仕事だけに 集中できる。明日の仕事をリスト化できれば、一週間、一ヶ月と計画のリスト化 が可能になる。逆に、下手に明日以降の仕事をすると、今日の仕事がおろそかになる。 やるとしたら、明日以降の計画を考えていた方がよい。的を得た法則である。 今日やるべきことを確実にこなす事こそ一番重要である。我われは、今日の仕事を 中途半端にして、明日以降の仕事をしていまいがちになる。 明日の仕事のリスト化は改めて考える行為である。 成るほど理に適っている。 * ハロー効果 学生時代に知った法則で、いやに鮮明に記憶として残っている。 一つのことで顕著な特徴があると、他の評価まで歪んでしまう心理状態をいう。 人は美人というだけで性格まで良くなってみえたり、言葉遣いが丁寧というだけで誠実な 人と思い込んでしまう。その心理傾向は、背中から、まるで光がさして見えるため、 背光効果=ハロー効果といわれる。一流企業の業績や人事制度についての評価が いかに、このハロー効果で歪められているかが問題。 一流大学を出ているだけで 優秀とは限らないのと同じ。 * ピーターの法則 これも学生時代に知った法則。Aさんは平社員に能力を発揮、係長になり、 そこでも活躍し、課長、そして部長になる。しかし、その能力は、それが限度。 そして、そこに留まり続けると、ハツカネズミが回転の輪を何時までも回り続けるのと 同じで、ロボットのような限りない無能化に陥ってしまう。 それが、すべての階級で同様なことが起こり、やがて無能なA部長、無能なB課長・・と、 能力の限界に応じた最終段階に達したバカばかりになってしまう。いずれの会社も、よく 見れば無能者の群れ。これを「ピーターの必然」と言い、「やがてあらゆるポストは職責を 果たせない無能な人間によって占められる」ことになる。いずれの破綻原因は、その果て。 それもあり10年転職、10年転業説が出てくる。その度、悪くなるのが殆ど?だが・・・ ・・・・・ 3896, デフレの最近事情 2011年11月25日(金) 先日、鎌倉に日帰りで行ってきた。JRの期間限定の特別料金で新幹線往復も含め 昼飯付きで一万円。大よそ半額である。その数日前に家内がディズニーランドに遊びに 行った時、義妹と御台場のホテル日航に泊まったが、交通費と宿泊代を含めて 一万八千五百円。割引パックの場合、景色が良くない格下の部屋になるが、 「今日は特別、良い部屋にしておきました」と、東京湾が一望できる部屋に泊まったという。 デジカメで撮った東京湾の景観と部屋からして二人で三万はする部屋。ホテルには客が 少なく、家内がいうに「 サービスをしてくれたのでは?・・」とか。 これも大よそ半額割引。 それとシネマが60歳以上が千円、これも充分価値がある。また毎月の一日が、年齢に 関係なく全て千円で、その日に客が殺到する。 何度か書いているが、最近ランチを 週二回は食べに行っている。(そのうち、一回は家内と一緒)家内が情報を仕入れ、 ついていく。それもあってランチとはいえ十分満足できる内容である。 牛肉も、高級魚も、 不況のため、居酒屋や、回転寿司のネタになるほど、値下がりをしているためである。 鎌倉コースは行きも帰りも新幹線の自由席は満席に近い状態。行きは旅行客と通勤客が 半々。寺から鎌倉駅までのタクシーの運転手に、「景気は、どうですか?」と聞くと、 「大震災直後の売上は半分まで落ち込んだが、現在は、それでも回復してきたが、 元に戻ってない」という。 このデフレの中、事業主はギリギリの状態。 その上、資産デフレも重なり、経営資源の枯渇が激しく経営を圧迫している。 これにTPPの参加問題もある。これは農業だけでなく輸出関係も影響してくる。 デフレに大きく関係しているのが情報化である。ここで携帯電話がスマートフォンに 変わりつつある。それが、少しでも安くて、良いものを提示してくれる。 お客にとって ベストだが、売り手にとっては常にベストを維持しなくてはならない。 消費者は収入が減っている上に、情報だけは過剰に?流れ込んでくる。 事業側はコストがかかる反面、お客の目は厳しくなっている。 デフレ以上に恐ろしいのが、次にやってくるハイパーインフレ。 二年前の同日(下にある)に、偶然、デフレについて書いていた。 ・・・・・・ 3531, 専門家を疑ってかかれ! 2010年11月25日(木) * 「ローゼンハン実験」 ー専門家の先入観を疑え― 先日の朝日新聞の勝間和代「人生を変える法則」のシリーズに、以下の実験に 関する法則の紹介があった。 医学など、こんなものだろうが、アメリカ的で何とも面白い。 まずは、その内容から・・ 【 精神分析学に、「ローゼンハン実験」という有名な実験があります。これは、1973年 に米国の心理学者のデービッド・ローゼンハン博士が友人7人を募り、8人で12の病院に 「幻聴が聞こえる」と訴える偽(にせ)患者を装って診察を受けに行ったところ、診察に あたった医者がそれを詐病と見抜けず、全員入院させられて、薬物治療を受けることに なったというもの。この実験は、医学界から大変な反論と反響がありました。 ある病院は、偽患者はかならず見分けられると主張し、ローゼンハンに、好きなだけ 偽患者をよこせと勝負を挑みました。 じつはこのときも、ローゼンハンの完勝でした。 なぜなら、この病院は、3カ月間で診察した193人の患者のうち、41人が偽患者だと 見抜いたと発表しましたが、なんとローゼンハンはこの病院に一人も偽患者を送りこんで なかった。もちろん、当時と現在では、精神疾患に対する診断基準が違うため、いま、 偽患者を装って受診しても即入院とはならないでしょう。しかし、経験則に重きをおく医学 では、医者が、短時間で患者の訴えの虚実を見分けることは大変、難しく、なんらかの 病気の診断を下そうとしてしまいがちだというのです。 現代で、同じような偽患者による追試を行うと、入院こそさせられませんが、念のため、 ということで薬が処方されることがあるでしょう。これも、医者が、患者の期待に、なんとか 応えようとするためです。この実験の教訓は、専門家たる医者の立場からみると、 先入観にとらわれてはいけない、ということです。さらに、患者が嘘をつく可能性を念頭に 置き、物事を熟知していると自負するあまり、あるパターンに押しこめて理解しようとして いないか、常にチェックすることです。また、患者の立場からみると、こちらからの情報が 正確に伝わらないと、誤診を犯す可能性があるということを理解しておくべきでしょう。 しかし、この実験から、「専門家はあてにならない」と即断すべきではないと思います。 専門家も間違える可能性を念頭に置きながら、互いに信頼関係を築き、ベストな情報を 交換し合うことが必要でしょう。 (勝間和代ー経済評論家)ー2010年11月22日 】 ー 医者も間違えることをことを患者サイドは、常に意識しておかなければならない。 要は、医者も能力の差があり、正確な診断を下せるとは限らない。それが精神疾患と なれば、尚更である。これは、医者だけでない。社会一般にも言えること。専門家と 称する人が言うことが、常に正しいとは言えないということだ。引退近い力士が、 負けが込むと医師から色いろな病気の診断書の墨付きをもらい休場する。 見ているほうからすれば、力の衰えからくる実力で負けが込んだのは一目瞭然。 医者も阿吽の呼吸で診断書を書く。 ところで、考えてみれば、人間の認識ってのは、 全てが先入観でしかないのでは? ・・・・・・・ 3156,デフレ・スパイラル 2009年11月25日(水) 政府が先日、三年数ヶ月ぶりにデフレ・スパイラルに入ったと宣言をした。 この宣言は消費者の財布をますます閉めることになるが、賃金・GDPも17年前の 水準まで落ち込んでおり、購買が減るのは当然。そういう当ホテルの客単価もピーク時の 3分の2である。ネット予約の顧客が全体の四分の一になっているが、破格値である。 そういう私も本の半分以上はアマゾンで中古本を買う。カメラや、ブルーレイ録画機も、 健康機器も、電気自転車も、何でもかんでもネットで一番買い得のものを選ぶ。 また週初めは通勤途上の新潟駅で、週末の売れ残りのバナナか、村上牛の値下がり 品を買う。家内は初めの頃は買ってくると怒っていたが、今では逆に頼まれる始末である。 新潟駅駅ビルにビッグカメラがあるので度々、カメラや薄型TVを見にいくが、この数年で 廉くなっているのが分かる。先日、長岡のアピタの隣のシネマ館にいったが、60歳以上は 千円である。 またユニの衣料コーナーで驚いたのが紳士服。二着で一万五千円だったが、 柄も生地も悪くない。思わず買いそうになってしまったが、踏みとどまった。 デフレ宣言を報じていた新聞をみていたら、紳士服の単価が一年で4割以上もダウン しているとあった。家内がジーンズが好きで、微妙なカタチで購買を決めるというが、 廉くても、その微妙な部分はチャンとデザインに取り込まれていて悪くないという。 既に大手スーパーや百貨店などは、究極の消耗戦に入っているが、こうなると弱い ところに打撃は大きくなる。その山が年末年始にくるはず。 ユニクロも、デフレを察知し、60週記念売り出しで思いきった値下で先手を打った。 大盛況だったというから、他店の出鼻を挫いたことになる。それだけ、ユニクロは大きな 影響を与える.デフレは厳しいが、消費者の節約にとっては良いことになる。 しかしハイパーインフレが始った訳でないのが、まだ救い。金がジワジワ値上がりを 始めてきた。大荒れの一現象だが、見逃せないことである。 ・・・・・・・・・ 2791, 新型インフルエンザ 2008年11月25日(火) このところ、連日のようにTVで鳥インフレエンザの脅威について報道している。 60年か70年に一度は、必ずといってよいほど大流行が起こるが それが近々という。 世界で最大、一億5千万人が死亡、日本では60万人と言われているが、 鳥インフルエンザH5N1型の場合、感染の六割が死亡するといわれる。 半数が感染した場合、三割とすると????万人である。 ・・・・・・・・ 2007年11月25日(日) 2426, 「おばあさん」初体験 |* ̄o ̄|お|* ̄O ̄|は|* ̄。 ̄|よ 朝日新聞の「生活」のページのーひとときーという欄に切実な投稿があった。 家内が読んで「もう直ぐこういう経験をするかもね!」と教えてくれたのである。 一年ほど前に山の手線で偶然にシルバーシートの前に立ったことがあった。 若い人が座っていたが、その時に「もしかしたら、席を譲られるのでは」という不安感に 陥ってしまった。結果として譲られなかったが、次の駅が来るまで頼むから譲らないでと 願った経験がある。 (字数制限のためカット 2010年11月25日)
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2014年11月24日(月)
* 早朝、独り思うこと 現在の毎日の課題は、「既に残された時間は少なくなった分、 生きる面白さを味い尽くさないと!」になる。 生きる面白さは充分に味わってきた。そして、あと何年、 生きるか分からないが、これからも、その余白に生きる面白さを 味わい付け加えることになる。生きる面白さには、味気ないことが 背後に膨大にあるが、それはそれで充分、価値があること。 暇もあってか、過去をジックリ思い出すことが多くなった。 その度に多くの現象を改めて多面的にみることができる。 面白かった!という記憶が、非常に多いが、知らぬ間に、 面白くない記憶を消し、目をそむけてきた。 とにかく、読書時間を持っていたことと、行動してきたのが 良かったのだろう。両親の影響も、あまりに大きい。
「何事も取り組んだことが面白く楽しくなるまで、集中し続ける」 が、両親から学んだこと。そのために、世の中の流れをつかみ、 無駄を見極め、そのエネルギーは最小にすること。 一般の価値観は、娑婆の価値観。自分の価値観を見据えること。 そのためには、俗にいう「C」さん達と、距離を置くこと。 要するに「世間」を見切ること。それを20代から実践したため、 『色即是空、空即是空』の心持ちに少しでも近づけた? 早朝の時間の活用が、それを手助けてくれた? そうでもないか。
ランチに週二回いっていたのが、今では週一である。 <昼飯は本来、ジャンクフードで、抜いても良いのでは!> と思い立ってからだ。スナックとバナナ一本で充分と思えば、 それでもよい。実際のところ、惣菜売り場のパックの『つけ麺』か、 インスタントのカレーライスで、腹持ちがする。年齢もあるが・・
・・・・・・ 4635, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか ー4 2013年11月24日(日) 『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著), (その他) * パワーカップルの最たる医師同士と、法曹界の収入は? ー要所を抜粋するとー 《 現在、医師の女性の占める割合いは20%。50年前は10%。現在の医学部の女子学生は40%を 占めている。とすると近い将来、半分近くが女医になると読み取れる。今だ役所、企業での女性の位置が 低いが、医療現場では、さほど、その障害がないことが挙げられる。現在、一億以上の高所得者のうち、 7人に1人が医師である。特に、開業医の収入が多いことは、巷に知られている。男性医師の4人に1人、 女性医師の3分の2が、医師と結婚している。男子が少ないのは、収入が多いので、専業主婦の相方でも 困らないことがある。医師以外に、36・5%が薬剤師、看護婦、医療技能職の医療従事者がいる。 ちなみに、学生時代知り合った場合、に妻の方が子供育てを考え、負担の比較的軽い、精神科、眼科、 皮膚科を選ぶケースが多いという。開業医が2千5百万、勤務医が、その半分の1230万。 医師カップルは2千〜5千万。開業医で夫婦で運営すれば、一億超えることも珍しくない。 医師夫婦こそ、スーパーカップルといえる。》 ▼ 収入から見ると、医者は一種の特権階級の住人。 医師のパワーカップルに比べ、法曹界の収入は 心もとない。女性が司法試験に合格し弁護士になるプロセスが大変な割に収入が少ないこともあり適さない こともある。男性弁護士からみて、弁護士の妻は6・6%にとどまり、医師の比率から見て6分の1になる。 それだけ医師の収入条件が良い。難関の司法試験に合格し、司法修行を終えても、法曹職を得られない人が 2割もいる。しかし、米国社会の後追いをする日本も、訴訟社会になっていくので法曹職も、将来性がある。 情報化、グローバル化社会は、弱肉強食、一強多弱が更に進み、階級社会が固定化する。そこに生じてくる のは激しい階級間闘争。とすると、第三次世界大戦が東西冷戦とすると、 第四次世界大戦は、民族間と、 階級間の、果てしない戦争になる。それも、テロという手段が頻繁に使われる不安定な社会が現れ出る。 その反面、パワー階級は、今もだが・・ 特別区という別世界に住むようになる。まあ、あまり明るくない 殺伐とした近未来が待っている。TPPは、アメリカ社会に右ならいということ。厳しい階級社会が、 本格的に来るということ! 第二次大戦から20年余の社会主義化した、あれは、むしろ奇跡? 地元の病院の眼科の先生が夫妻と聞いたことがあった。 歯医者はドクターではないが・・収入は似たようなもの? ・・・・・・ 4270, 法則は思考のショートカット −2 2012年11月24日(土) 「知っているようで知らない 法則のトリセツ」水野 俊哉 (著) * ほめるこつ、「条件付け」「ウィンザー効果」「コミットメントと一貫性」 部下が功績をあげた時、ほめる際に食事に連れていくと、それが当り前になる。これを「連続強化」と いうが、何度かに一度は、何も褒美を与えない。これを「間欠強化」という。何時も与えられている褒美を 与えられないと、部下は褒めて欲しいために尽くしたくなる心理になる。これを「条件付け」の法則という。 これは、『新婚さん、いらっしゃい』というバラエティ番組で、新夫が相手を口説く時に、毎日のように 電話をしたが全く相手にしてもらえなかった。そこで当分、連絡しない間を入れたところ、女性の方が 不安になってデートに応じるようになった」という話題を思い出した。 また「ウィンザー効果」 というのもある。直接褒めるのではなく、間接的に褒めて相手に伝える方法。褒め育てる方法もあるが、 初めから徹底的にしごいて、育てる方法もある。「コミットメントと一貫性」である。新入社員を 入社前に徹底的に鍛えあげると、忠誠心が大いに高まるという。 いずれにしても、組織には必ず20%の 怠け者が存在するので、手抜きは避けることはできない。 * エメットの法則 「仕事を先延ばしは、その後片付け仕事の2倍の時間とエネルギーを要する」というリタ・エメットの 提示した法則がある。この法則があるとは知らなかったが、私は経験則で知っていた。私のごく身近に何事も 先送りする人がいる。とにかく、後回し。見ていると、数倍もかけて、その後始末に追われている。 若いときに社会(仕事)で鍛えられなかったためだ。 事前の準備は、時間厳守と同じく仕事の第一原則。 この不況で、新卒で正社員になれなかった人は、ビジネスの第一原則を徹底的に叩き込まれてない。 そのことを企業の人事担当は着目するため、まともな会社には、なかなか入社が難しい。同じことだが、 去年春の決断時に弁護士に、「少し早い決断は、打撃が二分の一で済む。少し遅れると二倍になる。 今回の決断は少し早目だが、一瞬の差で、差し引き4分の1になる。それなら、今決断します!」と、 最終結論を出した。そして一年後、弁護士に、「今回は見切り千両いや万両でした。半年でも遅れていたら 5物件は売れなかったでしょうね」と、言われた。実際に私も、そう実感している。 あの東北大震災の影響は、マスコミは大きく騒がないが、日本人の消費行動を根こそぎ変えている。 近未来に必ず起こる恐慌と、大地震をふまえ、消費マインドが更に冷え込んでしまった。 老後は太平洋側に住居を移したいという気持ちが少しあったが、今や全く消えうせている。札幌か、 函館なら考えてもよいが、それなら現在と大して変わらない。何事も「先手、必勝」、 「今日すべきことは今日中に」である。 ・・・・・・ 3895, 「現代型うつ」とは 2011年11月24日(木) 新しいタイプの鬱病が多く見られるようになっていると、NHK「クローズアップ現代」で取り上げていた。 これまでの鬱病は、自分を責め、劣等感に陥って不眠になったり、閉じこもりなったりした。しかし最近では 「現代型うつ」という新現象が以前ここで「エイズより怖い性病」として「何事も他人のせいにする若者」の 性癖を取り上げた。その結果が「現代型うつ」として社会問題になっている。20〜30代の若者を中心に 増え続け、抗うつ剤など従来の治療法が効きにくいため医療現場は混乱しているという。このタイプは幼い頃 から大事に育てられ怒れた経験がなく傷つきやすい。本人に被害者意識が強く、他人のせいにする傾向がある。 人依存の典型である。 ここでは取り上げたケースとは・・ ≪ 東京のIT企業・信興テクノミストでは、電車にカバンを置き忘れた入社2年目の社員に上司が注意 したところ、体の不調を理由にうつ病の診断書を提出、休職した。 ところが、社員寮を尋ねると本人は 不在で、同僚と頻繁に飲みに外出していることが判明。その後4人の社員が会社を休む事態が続き、総務部 部長は頭を抱えているという内容 ≫ ある病院院(福岡県)では、患者同士のグループミーティングを取り入れ、自分の心の弱さに気づいて もらい、7割の患者が復職を果たしたという。自分で事業を幾つか起こし、全てが直接跳ね返ってきたため、 他人のせいにする余裕など、あるわけがない。その反面、色いろの場面で人のせいにしたがる大の大人を多く 見てきた。一番の身近の夫婦間が、その典型。 その果てが三割の離婚率。また会社内の仕事の場では、 上下、横の関係の中で、色々の摩擦が起きてくる。ところが、内面は鍛えられてないので、落ち込んでしまう。 欝は、その落ち込んだ気分から立ち上がれないで社会生活に支障をきたす病。生きていくことはトラブルと 壁を解決をするプロセス。それを自分以外に原因を見つけようとする積み重ねが、欝への道程になる。 自己を見つめる事がないから、自分の歪みが見えない。「電信柱の高いのも、郵便ポストが赤いのも、 みんなアナタが悪いのよ」になってしまう。 その結果、心の底に鬱憤というヘドロが蓄積されていることに 気づいてない。 情報化が、内面の芯の部分を鍛えるチャンスを潰している結果もある。韓国は徴兵制度があり、 鍛えるべき時に徹底的に鍛え上げるシステムがある。 その上に最近では大学受験戦争が激しい。 その結果、 日本は韓国に明らかに遅れをとってしまった? 現代型うつが、現代の若者の一現象とすると、日本の将来に 悲観的になりざるを得ない。 ・・・・・・・ 3530, ハーバード白熱教室 ー2 2010年11月24日(水) 海難で生きるために三人が一人の人肉を食べてしまった事件で、多くの問題が出された。 海の遭難現場での異常事態で、どの答えが正しいとはいえないが、これをヒントに正義を論じ、考えることは 可能である。次にサンドル教授は、「イチロウの年俸は高いか?」を問題定義をしている。イチロウの年俸は 15億円。それに対し、日本の教師の年俸は400万、400倍。オバマは3600万だから、その40倍。 イチロウの年俸が高すぎるという意見と、妥当という意見を生徒から導き出して、議論を進めていく。 これも、美徳と貢献などの問題を提起し、議論を導き出していく。何でアメリカ大統領の40倍の報酬が妥当か、 逆に、それは不当すぎるほど高いと言えるのか等々を・・ この問題には自由と平等・公平の問題が含んでいる。 二時間目からは「戦争責任について」である。そこで生じた道徳的義務と責任は *個人的なものと、 *集合的なものと、分けて考えられる、としている。カントは「責任は自分自身の自由意志と、選択によって 生じる」という立場、要は純粋実践理性よって生じるという。 道徳の根本原理によって、普遍原理に達する ことが出来る、という。アリストテレスは、「責任は、よき生についての私たちの考えによって成立する」 という立場。 次に「義務」について、「殺人を犯した家族を警察に突き出すべきかどうか」を事例に議論を 進めていく。家族の立場をとるか、社会を優先させるべきか、当然に意見が分かれてくる。互いの議論の中から 問題を捉えていく。彼の授業は、古代哲学者や近代哲学者などの思想を現代の問題に結びつけるやり方で、 対話をしながら考え方そのものを教えていく。 先に書いた私の学生時代のゼミの授業の進め方、すなわち 「自分自身で考えること、それを進めることが、本当の教育」であるということだ。判断、決断する前に、 独りで考えを進められる能力が教養である。我われは、誰もが哲学をしている。そのレベル、効率化の向上は 可能である。パソコンから類推すると、解りやすい。哲学(考えることを考える)は、全ての人にとって 最も重要である。何故、生きるのか、何故死ぬのか?人生に意味があるか? ・・・・・・・・ 3155, 「 2012 」 2009年11月24日(火) * シネマ 「2012」 その迫力の凄さの予告をみて、初日の幕開けを観てきたが、期待以上の内容であった。 現在のCGの技術をフルに生かした映画であり、次から次へと想像を絶する破壊の画面が続く。 映画館の大画面と音響で観るから良いのである。 特に後半は次から次へと都市破壊の映像が映し出され、 思わず座席にしがみついてしまうほど。都市破壊の場面や大津波は圧巻!エベレスト山頂近くまで洪水が 押し寄せ、ワシントンのホワイトハウス、自由の女神、ハワイ、ローマのバチカン、エッフェル塔などが、 次々と破壊していく場面などは観るだけの価値はある。 これを映像で観ている自分が不思議に感じた。 「マイケル・ジャクソン」と同じく、上映中に、いま一度見たいと思えたから、お勧めである。 ーまずはHPの紹介文からー 2012に世界が終わる!マヤ文明の黙示録的予言を描いたSF映画である。 天文学や数学に長け、高度に発達しながらも謎に包まれたまま消滅した古代マヤ文明。マヤ人のカレンダー であるマヤ暦は極めて正確なものとして知られているが、その暦は西暦2012年12月21日で突如終わっている。 いつのころからか、その理由は「2012年には地球が滅亡する」というのが西洋世界では通説となり、 多くの書物が著され、数多くの人がこの説に現実的な恐怖を抱いている。 この2012年を舞台に、 その終末世界と人類が生き残れるかどうかを描いたデ超大作が『2012』である。『ID4』 『デイ・アフター・トゥモロー』など、過去幾度も“地球的危機”を描いてきたエメリッヒ監督が ついに地球の滅亡を描き出す! 〜 2009年。太陽の活動が活発化し、地球の核が熱せられた結果、3年後に世界は終わりを迎える。 この驚愕の事実をいち早く察知した地質学者エイドリアンは、すぐに米大統領 主席補佐官に報告。 (字数の関係でカット2011年11月24日) ・・・・・・・・ 2790, 閑話小題 2008年11月24日(月) *金融危機 あれこれ AIGが8兆円を使い切り、追加支援をいれて15兆円に拡大しているが、米国政府も見切りを つけなければなるまい。見切りをつけたと同時に本格的な恐慌になるので、手の打ちようがなく果てしなく ドル投入しなければならない事態。当方の保険は日本のアリコに入っている。 日本は大丈夫というが、 日本の保険会社の何処も買収に腰が引けている。 他にも、政府系のファニーメイが赤字2.9兆円。 更に家電チェーンのサーキットシティも倒産(負債2,300億円)。現在は、ビッグスリーのGM、 フォード、クライスラーも倒産の秒読み、全米の銀行ナンバー1のシティも重体という事態。その中で、 十一月になってからホテル宿泊も影響が出始めてきた。 やはりタダゴトではない状況になってきている。 日々、事態は深刻度を増しているのに日本政府の機能は混乱しているというから、どうもこうもない。 *定額給付金の愚挙 定額給付金について、全国世論調査では反対が、賛成の二倍。決定のニュースを見たときに思わず 咳き込んでしまったが、それは私だけではなかった。あの人の知能レベルが、定額給付金の愚挙になった ということ。怒りより日本の行末の方が心配。日本中は、この時期に、この程度の人物が首相と呆然状態である。 100年に一度の経済危機と言いながら、その対処が目先の選挙対策の苦し紛れの金ばら撒きをしている姿は 何だろ?。これで、自民党政権は全くのレイムダック。【医者は社会的常識に欠けている】は、 よく言ってくれたが・・・ *散歩の光景 一年ほど前から、朝のウォーキング途上(冬場を除いて)80歳位のオジイサンが土手に立って、 通りすがりの人に親しそうに話しかけている。 軽い痴呆が入っているようだが、それでも一人で来て、 帰っていく。(字数の関係でカット2011年11月24日) ・・・・・・・・・ 2007年11月24日(土) 2425, 自分を理解するための他者・コンピューター −1 ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ] ーまずは、私の感想文からー
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2014年11月23日(日)
* つれづれに〜5001回 一昨日で、随想日記が5千回になったが、一日一テーマの作成の重圧は、ストレス になるが、これも慣れ。一線から離れると、これが丁度良いストレスとエネルギーの消耗 になる。 としても、5千日連続して書き続けたもの。この習慣は、頭を使いざるを 得ないことと、自分しか書けないことを書き残せるところが最大の魅力。 テーマを探し、決まったら、一気に書き上げ、書き直し書き換えに全力をかけるしかない。 これはストレスでストレス発散をしていることになる。 自分が何かを感じなければ、未来の 私に、それをを伝えることができない。 だから、心のアンテナが敏感になるのが良いようだ。 未来の自分が再読するため、嘘とか中途半端なことは書けないから、まず正直に書くしか ないが、読み直すと、それでも、偽善、偽悪も、露悪、露善が出ている。 そこを第三者が見ているのだろうが、その緊張感が面白く、反面、恐ろしい。 毎日、書き続けていると、日常に浸り流されている自分が鮮明に見えてくる。 それも、この年齢では平凡な日々を感謝しなくてはならない。 早朝、この文章を書き直しを したり、過去数年分の同月同日分を読み返すことは、一種の内観。そして「何をしてきたのか、 考えてきたのか、この男は!」と・・ それにしても、文筆家の言葉はアマチュアや、素人とは全く違う。それで、生計をたてて いるから当然だが。それにしてもである。それは、書き続けたからこそ分かったのだろうが。
・・・・・・ 4634, 閑話小題 〜また一人、奥さんからの年賀欠礼の葉書 2013年11月23日(土) * また一人、奥さんからの年賀欠礼の葉書 また一人、創業時からの営業担当の奥さんから年賀欠礼の葉書が届いた。 創業を始めて40年、地元に帰ってきて、38年も経てば、その時節ということか。 「東芝エレベーター」の営業担当の馬場さんで、この8月に亡くなっていた。 長岡の大手通四角の物件から始まって、都合、五台のエレベーターを入れていた。 その都度、本当かどうか、ギリギリの値段で入れていたため、会社から厳しい視線で 見られていたとか。サッパリした性格で、私とは相性が合ったようだ。毎年、会社の 忘年会に出席してもらった常連の一人。10年前に定年退職して、自宅近くの公用地・ 500坪を借りて、野菜つくりをしていた。 定年後も、前の会社の事務所に訪ねてきたり、 新潟駅前の町内の懇親会で酒を酌み交わしていた。 彼から酒飲みで学んだことは、「自棄酒など、美味くない酒は飲まないこと。 さらに落ち込む!」である。長岡の実家の商業ビル建設を建てかえていた時の修羅場の 姿を見ていた数少ない人である。それもこれも、過ぎてしまえば、夢幻である。 当初からの忙新年会の上席で残っている?人は、数人だけになってきた。 「ひとは先、我は後」。 享年、74歳。 ご冥福を! * 昨夜は、高校同級生の偲ぶ会 昨夜は、昨年の今頃に自死した高校の同級生の「K君を偲ぶ会」が長岡駅裏の居酒屋 で開かれた。出席者は16名。商売上の事由というから、他人ごとではない。 30年近く、 この同級会は毎年開かれているが、常連組17〜8人のうち、これで5人が亡くなった。 幼稚園から大学までの同級生で、自死は始めてである。自死には、それだけの事由がある。 明るく、サッパリした性格の反面、神経が繊細。 高校では山岳部に属し、趣味は落語を 聴くこと。 偲ぶ会の寄せ書きは、如何なことか、と思ったが、色紙に、それぞれが一言、 書き留めて仏前に添えてもらうことにした。 * 雪下ろしの雷 冬の雷を「雪下ろし」という。11月の雷は初雪の前兆で、轟音がすざましい。 その後の雷は、激しく降る合図になる。今年も、例年と同じ下旬。直ぐに降雪するか、 1〜2週間後に50センチ位の積雪になる。 一度、消えるか、降ったり止んだりし、1月半ばか、下旬に2M位の積雪になる。 それが消えるのが四月の初旬の頃。 ・・・・・・ 4269, 閑話小題 ー虚無より傷心が上 2012年11月23日(金) * 人生、虚無より傷心が上? W・フォークナーの言葉に、「人生は虚無より傷心が上」がある。 両親が大戦の長岡空襲で財産の全てを失い、第二の創業を幼児から少年期にわたり 目の当たりにしていた。 そして自分も創業人生を過ごしたいと20歳の頃に決心し、 去年まで挑戦と挫折を繰り返した45年間。その心血を注いだ事業も、3つ(9・11、 9・15、3・11)の歴史的震災?で、呆気なく消滅してしまった。 口ではカラ元気なことを いっても、やはり深く傷ついている。とはいえ「何も人生をかける機会がない、虚無の人生」や、 「上手く後継者の譲ったハッピーエンド」より、傷心している現在の方が良かったと思っている。 いや、自分にそう言い聞かせている。節目には挫折感がともない、深く傷つき、虚無が覆う。 何事もない虚無や順調な人生より、傷ついた後の虚無の方が、(ドーナツの穴のように) 傷口が取り囲んで虚無を浮きだたせる。何度か、そこ知らないほどの虚無感に陥ったことが あった。半年位だっただろうか。何事にも自信が無くなり、虚脱状態で、ただ独り、極小に 縮んで滅していくような妙な感覚。 現在も、ひとつ間違えると、陥る可能性があるのが解る ので、ブログを書き、スポーツジムに行き、読書をするなどで自分に隙を見せないようにしている。 ただ愚痴を言い、他人を標榜するしかない老人を多く見てきたので、その愚だけはしたくない。 しかし、知らぬ間に愚痴を独りで呟いている自分がいる。 先日も、近くの道路で大声で 愚痴を喚きながら歩いている老人を見た。家内がよくスーパーで買物をしているのを 見たというから、痴呆の独居老人らしい。心の傷口が化膿しているのだろう。 男ヤモメの痴呆症は近くの親族は苦労する。「人生、傷心、時どき虚無」か。 いや、「虚無、時どき傷心、のち躁鬱」か。毎日が、心の天気模様のよう。 台風もたまに来るが。 服装と、心と、身体の管理だけは十分に気をつけてないと・・ ・・・・・・ 3894, ギリシャの次は・・ ー2 2011年11月23日(水) 前回、取り上げたPIIGSの国債の数値化を、改めて考えてみる。 ・ ギリシャ 32.29% ・ ポルトガル 11.52% ・ アイルランド 8.22% ・ イタリア 7.28% ・ スペイン 6.43% ギリシャの32・29%からみる。EUが今回、国債の残高の半分を免責、「ギリシャが現在の 国家の支出を大幅にカットしても、 数年もしないうちに行き詰まるのは明らかな数字である。 あくまで延命である。それに、他のPIIGSの金利も、この数値からみて、重体である。 これらの国のトップは殆ど、ここで変わったが、それで問題は片付いた訳でなく、間違いなく 破綻が近づいている数値。もしもの話をしても仕方がないが、日本国債が今後どうなるかである。 現在の10年もの国債は1・47%であるが、何時、国際的 投機筋に狙われるかである。 現在の利払いだけでも千兆の一%としても10兆円になる。その上に返済をしているので、 既に国家予算の半分が、国債に向けられている。ある日、国債に対して不信感から売り 浴びせられたら、国債金利は高騰する。考えただけでも末恐ろしい。首相を一年ごとに 変わるので長期的政策を持てずに、無責任の垂れ流しの予算しか組めないのが現状。 その破滅的システムが、この数年、続いている。 アメリカにとって、それがベストのため変えられないこともある。5年、いや、もっと早く IMFの管理下に入って徹底的なリストラを行われるしか手立てはない。そのキッカケは ハイパーインフレ? それでも消費税が5%で、欧米の平均値の20%まで15%のノリシロ がある。 また、国民の預金が1千兆円以上ある。それも、アメリカ国債を買わされている・・ ギリシャか、イタリアが破綻すると、リーマンショックの比較にならないほどの大混乱に なるというが、その具体的な状況は誰も想像つかない。 一線をひいてみると、なる程、より鮮明に見えてくる。 ・・・・・・・ 3529, ハーバード白熱教室 ー1 2010年11月23日(火) 一昨日(日曜日)のNHK・TVで15時から2時間、東京大学での日本版アンコールの サンデル教授の授業をを見た。ハーバード大の彼の講義には、毎回1000人以上の 学生が出席しており、1636年に創立された同大の歴史上、最大の履修学生数を誇り、 あまりの人気ぶりに、大学側は非公開の原則を覆し、初めてメディアに講義を公開した。 その一つを以前に見たが、私でも理解できる内容であった。 日本でのアンコール版は、一般から応募した1千人の生徒との質疑応答を中心としたもの。 元のハーバード大の授業内容は、米国のボストン公共放送局が制作し、昨年、全米ネットで 放送した放送権を買い取ったNHKが邦訳をつけ、今年4月から全12回での放送を始めたもの。 東大の大教室には一般から募った1000人以上の参加者が詰めかけた。 彼の講義の特徴は、 サンデル教授が提示した究極の事例研究を通して考えさせていく手法である。 始めのテーマは「正義とは何か」である。 まず正義を、彼は3つ上げてた。 * 幸福の最大化 (ベンサムの最大多数の最大幸福) * 人間の尊厳に価値を置く (カントの主張) * 美徳と共通善を育む (アリストテレス) 初めのテーマは、(18世紀に実際にあった事件=)難破した船乗りが救助を待つ間、 最も衰弱した1人を残りの3人が殺し、その肉を食べて飢えをしのいだという実話を挙げ、 「道徳的に許されるか」との問いを投げかける。まず初めの学生は、「3人が生き延びる ためには必要だった」「被害者の同意があれば許される」という立場、しかし他の学生 からは「どんな場合でも殺人は殺人」「食人は許されない」という否定論が出てくる。 色いろな議論の中から、初め上げたベンサム、カント、アリストテレスの立場の哲学を 導き出し、会場の生徒たちを巻き込んでいく。サンデル教授は、学生たちの意見を 踏まえた上で、「最大多数の最大幸福を求める行為が望ましい」と主張した18〜19世紀 の政治哲学者ベンサムの功利主義が、常に正しいとは限らないことを示唆したり、 カントの立場も示唆したりする。 この授業で奇妙な既視感が浮かんできた。そう、私が度々、ここで書いてきた、 学生時代の人事管理の武澤ゼミでの放課後の週二回のゼミである。人事上のトラブルを、 ある一管理職が書きつらねた難問の文章を渡され、次回に、それについて15〜6人が 議論する。 初めはランダムに背後にある問題を抉り出して、最善の解決策を考え出していく。 次々と、問題に対する意見を搾り出すが、そこには教授が難しそうな顔をして目たないように 座っている。したがって甘い指摘は許されない緊張感が張り詰めている。 もちろん甘い意見は、その後の誰かに指摘され潰される。2時間の議論を終えて 部屋から出たときには、太陽が黄色に見えるほどだった。そこで思い知らされたのは 絶対的知識不足である。 一年前の欧州一ヶ月の旅行で破壊された固い壁が、 さらに粉々になっていた。時間をかけ考え考え考えること!人生それしかない。 ・・・・・・ 3154,低反発マットと腰痛 2009年11月23日(月) 低反発マクラを使ってみて想像以上良かったので、居間用のクッションとしてマクラに バスタオルを巻いて使っているが、その後、ベッドに低反発マットを敷いて寝ている。 使い始めて2ヶ月ほど経過するが、マクラと共に非常に良い。腰痛も少なくなったようである。 寝返りが、これまでの半分以下になったようだ。それと横向きが少なくなった。人は平均、 左右、仰向けなど平均10回ほど寝返りをするが、それが4〜5回?ほどになった。 だいたい寝返りの時に目がさめるから、少なくなった分、良く寝れることになる。 それは腰や肩の部分が身体に合わせて包み込むような感じで、マクラと首も同じである。 実感として、寝心地が二倍は楽になったようだ。 これだけは実際に数ヶ月、寝てみないと 分からない。特に腰痛の人にはお勧め。 この特徴は身体との接点の部分だけが沈み 込むことにある。シートの方が身体に合わせてくれるのである。 誰もが寝入りの数時間は 熟睡するが、その後、身体と布団の接点部分の重圧で寝返りが多くなる。 ところで、ビックカメラには低反発のマクラ専門コーナーがある。私のはニトリで2千円だが、 そこは4千〜2万以上。どこが違うのか聞いてないが、低反発の沈み具合が違うのだろう。 他にマットの素材にゲルマニウムやセラミックが混入されているのもある。 (私は、枕の下にゲルマニウム石を置いている) 低反発マットもニトリで6980円の 値下がり品を買ったが、通販では1〜2万円が通り相場である。ベッドには、低反発枕と、 その下にゲルマニウムの鉱石、それに低反発マットをセット、目にはゲルマニウムの アイマスク、耳には、100円ショップで買った耳栓をしている。 その積み重ねの結果は 充分出ている。 良さでは、低反発マクラ、マット、耳栓、アイマスクの順である。 就寝は人生の三分の一を占める割に、人は無頓着である。この低反発マットを使って 気づいたが、ウォーターベッド、これ良いんじゃないか? もちろん、ハンモックも良いが。 ・・・・・・ 2789,人生ゲームを楽しまむため、生まれけん! −2 2008年11月23日(日) 人生ゲームの基準を、私ならどのようにするかを考えてみる。 昔から言われているように「良く遊び、良く学び、良く働く」を目安にすると解りやすい。 ・どのような趣味をもって、ライフワークにしてきたか。 ・どのような仕事に従事して、楽しんだか。 ・長年かけて教養を積み上げてきたか。 ・それらを達観できる視線を、自分の孤独の世界で創りあげたか、である。 人生の価値基準は心の内の問題だから、第三者がとやかくいえることではない。 この4つを、どうバランスよく拡大、深耕したかを、自分のゲームとして楽しんだかが 人生ゲームを楽しむことと、定義づけてみた。鼻歌を歌いながらスキップするしかない 場面も人生には往々にある。人生には、ある程度の長生きも必要である。 人生を楽しむには、楽観的で、能動的でなければなるまい。そのためには、常に楽し い明日をイメージして、その実現の準備を地道にすることだ。耳には、何時も心地良い 音楽を流すことは、誰でもできる。 目は、大自然の風景や、美術館で良い絵や陶器を みたり、本やネットで良い写真や、ビデオで映像をみることができる。 鼻や口は、季節季節 の新鮮なものを食べればよい。誰でも、身の回りに楽しめることは幾らでも転がっている。 「おもしろきなき世を おもしろく」は、長州藩士、高杉晋作の辞世の歌である。 彼が死ぬ間際に、そばにいた野村望東尼(福岡の女流歌人)が受けて、 「すみなすものは心なりけり」と下の句をつけたというが、成るほど上手い歌である。 いずれにしても、ゲーム化した段階で、自分を客観視する冷静さを持つことになる。 何が起きても 「その時は、その時。 それも、また娑婆経験」と、魂が、自分の心に 語りかける冷静さこそゲーム化で身に付けることで可能になる。 人生を振り返ると、 全く下手なゲーマーの自分が見えてくる。そういえば、最近、「人生ゲーム」という ゲームがマスコミで話題になっている。 ・・・・・・ 2006年11月23日(木) 2060, あたりまえなことばかり −14 (o_△_)oゴロン(o_ _)o.。o○グーオハヨ〜 {人が死を見るのは「死体」であって、「死」そのものではない。 「存在しないこと」であるところの死が、目に見えるわけがない。 見えるのは物質としての「死体」なのである。しかし、多くの人は、この両者を混同する。 死体を見たことによって、死を見たと思うのである。見たことで、死を理解したと思い込む。 こうして、自分の死の観念を、他者の死体という現実で、現実のものと思い込む。} 恐らく人類の一番の思い込みが、死であろう。 無を言語化したのと、死を言語化して、 それに恐れおののいているのに酷似している。 尽きる間際の混乱を恐らく恐れているのだろうが。 「生など一瞬の稲妻でしかない」と、思いつつ恐怖のどん底のパニックなりつつ、 ヨタヨタと消えていくのだろう。 面白そうだが・・せめて極上のモルヒネで最高の気分で (字数制限のためカット 2014年11月23日)
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2014年11月22日(土)
* 随想日記も5千回に 気持ちを入れた文章は足跡として残る上に、過去の同月同日に再び、その時の自分と出会える。 5千回は、以前より大きな目安としていたので、やはり感慨が深い。とにかく続けることだが・・ この随想日記と、50回の海外ツアー(来年達成)と、新潟駅前事業が、この30年の大きな 行蔵だが、これ、何の価値(意味)があるの?と、改めて問いなおせば、何もない。 ただ、ひたすら生きてきた中で、これがあっただけ。面白く、厳しい場面が多くあったが、 悔いは無い。いや、そう思うしかない。 読み返すと千回までが大変だったのが見てとれる。5分遅れでアップできなかったことが 一回あったが、我ながら五千回もよく続いたもの!学生時代に日記と、卒論を書いた以外は、 社内報に二月に一度、書く以外は、殆ど書くことはなかった。それまで本を読みっぱなしで、 ダイアリーにメモ書きで残す以外、感想も、要約も書き残すこともなく、一番大切なことを してなかったことに気づいていた。そこでHPの存在を知り、記憶の雑記帳としてネット上に 公開すればと、思い立った。そこに、通勤途中に開業したばかりのパソコン教室を見つけて 本格的にのめりこんで行った。当時は、まだブログの出だしの頃で、手作りのHPだった。 それが、今でも、エンピツの「随想日記」と、「分類」として続いている。 そして7年前に、二つのフォロー用に始めた、「はてな」のブログに、殆どが移動していった。 そのことに気づいたのが一月前。 13年の日時もあって、「ヤフー」のブログを加えると、 400人の閲覧になっている。もっとも、最大のファンは同月・同日の自分と、未来の自分だが。 アップをした瞬間、その全てを忘れるため、読み返すと奇妙な気持ちになる。 なるほど、言葉は言霊!「その瞬間の自分は、集中すればしただけ残るんだ!」を、 読み返すと分かる。 ーまずは初回からー ―― ウオーキングについて 2001年05月04日(金) 7〜8年前より 1日平均 15000歩、歩ている。土日曜祭日は23000歩 は歩く。気功、 屈伸、地蔵様へのおまえリ、瞑想、太陽視、呼吸法、肯定思考訓練など全部取り入れてある。 趣味をとうりすぎてライフワークである。酒を多く飲みすぎた時など毒素が抜けるのがわかる。 日経新聞のコラムで1日7〜8万歩も歩いている人の文章を読んだ事があるが、上には上が あるもの。 10年前に書いた文章をコピーしてみる。−> 【最近、造った言葉で“夜明けのリゾート・タイム”がある。(江藤淳の“夜の紅茶”をもじった) �早朝(4時半〜5時半)起床 �近くを一時間散歩 �テレビ体操 �瞑想 �家族全員のお祈り �食事�風呂と続く。特に散歩が非常により。山の彼方をみながら複式呼吸をして歩く。 季節ごとの草花や鳥をみながら川のせせらぎを聞き、時々に般若心経をとなえる。 この散歩に全てが含まれても過言ではない。 これを実施して4年、副産物としてアフター・ファイブに出あるく事と、酒量が激減した事だ。 健康食品を口にする事も加えて七kgも体重が減った。時々不節制が続くと散歩していると 身体がだるく重くなるのがはっきり判る。また朝の風呂も非常によい。当初は疲れが残ったが なれると気分爽快になる。早朝型のきっかけは松下電器の山下俊彦元社長の講演を聞き 感激して自ら挑戦してみた事だ。登山がライフ・ワークであり、その訓練も含め毎朝3時半起床。 1時間半10km歩くという。そして読書とシャワーをあびるとの事。夜は定時がくるとすぐ帰宅。 夜のつきあいは一切断っている。これが逆に考える時間と、心の余裕をつくったのでないか。 山下跳び(飛躍的出世)の秘密もこれがポイントではないか。平成3年 5 月 】 ―― 4000, 4000回の随想日記 2012年03月08日(木) 千、二千、三千回目に、それぞれの感想を書いてきた。 旅行中も「書きだめ」をしたのを 知人に頼んでアップをしていたのでほぼ休まず書いてきた。自分でも11年近く四千も連続して 書いたと驚いている。 次は五千が目標になるが、四千回を契機に、時どき休むことにする。 また五千回に到達した時点で半年位は休むつもりである。この程度の文章は誰でも書けるが、 一応自分で納得した内容を書き続けるのは大変である。充実感があり、習慣化したから 可能だった。「チョット聞いてよ。こんなことがあったよ!」という長屋のハッツァンが、クマサン に自慢気に話している感じである。もちろん、自分のために整理し知識として残すのが 目的だが、せっかくの獲物?を共有することで、学び続ける動機づけにしている。 気楽に、 面白可笑しく、バカ丸出しで、地頭で、書いたため、それが、そのまま伝わっていたはず。 それも四千ともなると、自分の脳内そのものでもある。 自分の貯めた文章を毎朝、 同月同日分を読む楽しみは格別。今では、その日書いた分を含めると11年分の同日の 自分に出会っている。書いたことも、その内容も、ほぼ忘れた文章が、早朝に読み返すのは 不思議で奇妙な感覚になる。だから倒産とか、それに関わる嫌な日々も、この御陰で毎朝、 心が洗われる。 文章を起承転結でまとめるのはプロならいざしらず、気力が無いと無理。 但し、一度、その習慣をつければしめたもの。 しかしブログに字数制限があるため、 当日分の書いた分だけ、過去に書いた文章をカットする。それが、身を切る思いになる。 しかし、それが好い加減な文章を書くと数年もしないうちに、自分の手で削除することに なるので、内容の質を落とせなくなる効用がある。 文は、一度書き、アップすると、 あとに戻せない。何気なく書いたために明らかに傷をつけた人が何人かいる。 注意はしているが、厳重な注意が必要だが、それが見えなくなってしまう。 時系列に書き続けていると、ある意味で、メモ帳、雑記帳にもなるが、毎日、書き連ね、 別ボックスに分類すると、違った意味で、価値が出来てくる。また分類ボックスの一番下に、 過去に書いた文章の検索が出来るようになっている。 時々、検索をすると、キーワードの 入った文章が出てくる。もし、秘境旅行、と入れれば、過去に書いた文章が時系列に出てくる。 これは記憶の検索になる。 ―― 3000、3000回か〜 2009年06月22日(月) この随想日記が3000回になった。1000回、2000回の時ほどの感慨がない。 書き続けることに慣れてきたのだろう。 誰に頼まれたわけじゃなし、ただ習慣だから 続けているだけ。確かに、続けているとプラスにはなる。 考えざるを得ないからである。 それと、常に何か書くことがないか注意を周囲に向けるようになった。 その現場で、 キーワード探しと、その組み合わせをするようになっている。 書くことを職業にしている人は、考えることを職にしていることになるが、 紺屋の白袴で・・・・? ところで、千回、二千回の時に何を書いていたか、調べてみた。 なるほど、今回も同じような気持ちである。ふと、気づいたが、自分とは時間の経過と 同時に広がっているということ。それと、心の底の変わらない‘X’が魂ということになる。 ―― 2000, 継父 2006年09月24日(日) (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜 今日は母の命日で、亡くなってまる十年経った。 この随想日記2000回と重なるところが不思議である。 早かったのか遅かったのかというと、大昔のような気がする。 5年半の間、痴呆症になっていたが死に際の入院まで オシメをすることがなかった。
痴呆症を切れ掛かった蛍光灯に例えると分かりやすい。 始めは時々切れてはつくが、その回数が増えてくる。 マダラボケがジワジワと悪化すると被害妄想や、 抑えていた悪口・陰口が始まる。 心が腐っていくのが手に取るように解る。
マダラボケは一緒に生活をいていると疲れるものである。 亡くなって一月後になって、 「人様はなんて楽な日常を過ごしているのだろう!」と、驚いてしまった。
両親の一生をみると、人生の深さを思い知る。 戦争は全ての国民に深い傷と重石を担がせる。 第二次大戦直後に生まれたが、 あと十数年早く生まれていたら戦争にとられて・・・
ところで母の命日なので供養として、 母の幼少時の、絵に描いたような地獄絵の世界を話してみよう。 そして、それが長男・次男の死の間接的な死の原因になってしまう。 この話を故人になったが教育学者の森信三さんが間接的に聞いて、 「自分の主催している会で話して欲しい」と依頼があったが、断ってしまった。 20年前で母が生存中なことと、それを多くのセレブの前で話すには 自分が出来てなかった。 その時、是非話しておけばと悔いが残っている。 母が幼児の頃、父親が母の兄と姉を残して亡くなってしまった。 (奇しくも昨日 TVのWOWOWで「世界で不幸な物語」という映画を観た。 3人の資産家の孤児が、里親に命を狙われ転々とする筋書きであった) 家が商売をしていたので残った母の母ー祖母は男後家をもらうしかなった。 そして祖母と男後家との間に4人の子供が生まれた。 そこで何が起こるだろうか? この設定は、言わずもがなの結果になる。 義父による実子との差別と、徹底的な虐めである。 3人の末であった母に、特に虐めがいったという。 それが母のトラウマになってしまった。 ーつづく さて墓参りだ! ーー 書いた後に気がついたことだが、 ほぼ同じ文章を、2年前に書いていた。(後にコピー) 次回は更に深く母の一生を掘り下げて書いてみよう。 (。・ω・)ノ☆゚+.バイ! ーー 1000, \(~o~)/千日の随想日記! 2003年12月30日(火) 1昨年の5月2日から今日の12月30日までは973日である。 更に旅行をしていて休んだ一回分の日にちを加えると約35〜40が合わない。 調べてみると206〜222とか250,251辺りとか何箇所かがぬけている。 しかし小説風の「宗親日記」が大体その位の数を書いているので、合わせて 一千回の到着日とすることにした。あくまで自分ひとりの記念でしかない。 子孫への永久保存版としてー「子供や孫に見せるように」と、また「遺言」 のつもりで書いてきた(書き始めて一年位経ってからだが)だから続いたのだろう。 自分の父親や、祖父がこのような文章を残していたら、実際のところ面白いだろう。 いま考えてみると、私にとって随想日記を書き始めた日を境に自分が 間違いなく変った。一日一日が本当に充実したのだ。 50人位の人に毎日読まれていると思うと、誰かに見守られているような 感覚になる。作家などの物書きが必死になって書くのも解るような気がする。
死ぬ前に全てを消し去っていくのもよいし、また書き残すもよいのだろう。 いずれにしても50年以上は残らないのだろう。いや死んだと同時に消滅してしまうか。 そうすると生前葬の遺言みたい、いや墓みたいなものだ。 ところで実感としていうと 一番勉強になり良いのが、自分であることだ。 ・テーマ探しに46時中頭が1杯 ・そして構成に苦労して ・書き上げた後に、何回か書き直し ・誤字と矛盾をさがす そのプロセスで内容を練り上げることが、思考を練ることになるからだ。 といってこの程度の内容であるが。 ス〜と書ける日はよいが、全く書けない日がある。 それでも何とか書くからよいのだ。 書きつづけていると、自分自身が変っていくのが良く解る。 書くということは、考えるということであり、考えを纏めることになる。 書き続けることは、書き重ねることになる。 書き重ねて、それを読み返すことは内面の深層に入り込むことになる。 深層の自分は、ユングではないが万人にあい通じる部分が出てくる。 その共通面と、違う面を自分で見つめることが可能となる。少し難しくなってきたが。 来年からは「閑話休題」や「あはははは」とか、ソフトな内容を挿んだり、 土日を休むとかして、今のエネルギーを半分にしようと思っている? このまま続けると、ある日突然「や〜めた!」ということになりそうだ。 千回千回と思いながら、書き続けてきたのだから、やはり転換期だ。 来年は待ったなしにリストラー事業構造の転換の年、頭を仕事に 切り替え集中しなくてはならない。 それとも、「2千回2千回!」と唱えなおそうか? どうなるか?自分でもわかりません。 ー本当に読んでいただいて有り難うございました!
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| 4999,河合隼雄 ー私が語り伝えたかったこと 〜② |
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2014年11月21日(金)
ー私が語り伝えたかったこと〜河合隼雄著ー * 般若心経の勧め ~(-ノ-)/Ωチーン 般若心経を暗記をしてから30年近く経った。この間に、数十人に暗記を勧めた。 当時、息子二人も、毎朝の仏前の読経をきいて面白がって暗記をした。何万回、 唱えたことだろう。唱えた分そのままが、心の底に蓄積されている感がする。 今は、数日に一度だが、唱えること自体に意味があることを実感する。 ポイントは、ゆっくりと、一言一言を区切ること。創造工学の中山正和の講演で、 「運を強くしたいなら、般若心経を暗記しなさい」という勧めを受けて、必死で憶えた。 これを一度憶えてしまえば、ふと汽車待ちのベンチや、夜半に眠れない時など、 唱えることが出来て、頭がクリアーになる。 ーその辺りからー ≪ 会社で出世して係長から課長になっておめでたいのは確かだが、見方を変えれば 係長級のストレスからさらに大きな課長級ストレスを抱えることにもなる。それほどの 大ストレスを癒すには通常の意識レベルを、違うレベルの意識に持っていくという作業が すごく大事になる。そのため何をすればよいかといえば、一番簡単な方法の一つが毎日、 「般若心経」を唱えることなんです。訳はわからなくていい。とにかく唱える。 そこで大事なことは、へたに解釈してはいけないこと。ただ、ありがたいと思うことが 大事なんです。 また、例えば会社でも、朝みんなで社訓を唱えたりするでしょう。 あれだって意味を考えてなくて怒鳴るから効果があるのです。まともに考えたら 馬鹿臭くなるのではないでしょうか。 ーそういう意味で、「教育勅語」などは、その典型だったわけですね。 そうですね。僕ら、小学校のとき、何にも意味わからないことを聞いて全部暗記してました。 ーある種の呪文なんですね。. そうです。現代人には、ある意味でそういうものがなくなってしまった。 いわゆる近代主義というのは呪文を全部否定したわけです。呪文を否定して何でも 意味を考えて、何でもわかると考えてしまった。そうすること自体がすごいストレスを 生み出してしまった。つまり「般若心経」を例に取れば、それをわかろうとするのではなくて、 単に唱えることに意義、つまり心を癒す作用がある、ということですね。 ただ、それで 完全にわかったと思ったら、もう駄目だと思います。理解するより唱えることに意味がある。 「般若心経」は。‘ありがたい’と思うことが大切だ、ということです。(p178) ≫ ▼ 「般若心経」を唱えている間は、別時空に入ったような感覚がする。《現象は、五感は 夢幻でしかない、それを自覚しなさい》ということ。《南無阿弥陀仏》《南無妙法蓮華経》 《南無観世音》も一心に唱えている時は、心が魂の世界とつながっている。 魂とは一心不乱に対象に没入している時の心の状態をいう。ひたすら、念仏や、 般若心経を唱えている時こそ、自分が自分になる。 南無..(-人-) Д│ ―― H0605 般若心経のすすめ 十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”という講演で、般若心経の すばらしさを聞いて一ケ月がかりで丸暗記をした。今まで何万回唱えただろうか。 当社では入社教育で丸暗記が必須。二人の子供ま毎朝の仏壇での私のお経の為か 丸暗記をしてしまった。十年間の経験より(私の実体験より)直観した事を列記すると �自分サイズの時空を超えた一つの視点をえた �心臓音に波長があっている(リズム) �α波がくみこまれている �“念”がこの中に入っている �お寺・神社等で唱えるとTPOとして、 その場のイメージが鮮明に残る �情報雑念等を切断、整理をする働きがあり、 結果として“運=無意識の判断”を左右する �これをくり返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき、 自己の中にその中空がつくられる �夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、等々限りない。 立花隆と宇宙飛行士との対話の中で 「彼等は地球をはなれた体験の中の一瞬に、 キリストや仏等の教祖が苦難の上で直感した“絶対無”を観た」 のではないかと言っている。 それは般若心経をくりかえしの中で、 少しでも近づける様な気がする。 ―― 2001年06月11日(月) [49] 一期は夢 ただ狂え
世の中はチロルにすぐる チロリチロリ 何ともなやなう 何ともなやなう 浮世は風波の一葉よ 何ともなやなう 何ともなやなう 人生70古代稀なリ ただ何事もかごとも 夢幻や水の泡 笹の葉に置く露の間に あじきなの世や 夢幻や南無三宝 燻む人は見られぬ 夢の夢の夢の世を 現がおして 何しょうぞ くずんで 一期は夢よ ただ狂へ 閑吟抄 470〜480年位前、富士山の近くに庵を開いていた名も知らぬ男 が古今集をまねてつくった歌の一つ。 ‘人生など一瞬でしかない。なら狂ったようにしたいことをして生きたいものだ’ と言う内容である。今年の年賀状にこの一節を載せたほど、感じろところがあった 内容だ。500年前この無名の男の人生‐過去に何があったのだろうか? 今500年の時空を越えて、激しく共感するのはなぜか! ・・・・・・ 4632, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか ー3 2013年11月21日(木) 『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著) * 早慶・東大卒のお相手の学歴は? 《夫から見た場合、妻の大学カテゴリーは大きくぱらついている。ところが女性を基準にすると、 別の結果が見えてくる。 まず、同じグループの大学を卒業した組み合わせが非常に多い。 具体的大学名までは分らないが、同大学の男性と結婚する人が多いのであろう。 「旧帝一工(旧帝大.一橋大・東工大)グループに注目すると、同グループの男性の比率が 約64%に達する。次いで「その他の国公立大」「GMARCH(先述のMARCHに学習院を加える) や「関関同立(関西、関西学院、同志社、立命館)ほか」という比較的入試の難易度が高い 大学卒の男性が続く。・・名門大学とされる「旧帝一工」「早慶」の両グループを卒業した 女性は、同グループを卒業した男性との結婚を望み、実現させている。そうした夫婦は、 パワーカップルの代表例である。ただ、それらの大学で学ぶ女性の数は男性と比べ 少ないので、彼女たちに選ばれなかった同グループの男性は、他の大学を卒業した女性と 結婚することになる。これが男性側から見た、女性の出身大学の散らばりの理由である。・・ 東大卒の105名の女性の場合、同窓の東大が70人と三分の二を占め、他の国立を 含めると、94名で、9割を占める。男性の東大卒19名のうち、東大卒女性は少ないが、短大4名、大卒13名と 高学歴が多い。御茶ノ水、津田塾、フェリス、上智、慶応、ハーバードと難関のところが多い。》 ▼ 難関校の女子は女性比率が低いため、よりどりで、三分の二が同じ大学生と結婚。 男の方は一流女子大生と結婚に至るケースが多い。女性の場合、まず家柄、大学の ブランド、相性、次に容姿の順になっていく。それさえ気にしなければ、それぞれの勤め先 には、地場の美しい魅力的女性がいる。20代前半は花の時節。とはいえ、一生抱える となると?その人を知ろうとしたら奥さん(旦那)を見ろ!という。 その人、相応の相手とすると? 深く考えるのは止めておく。 若い女性は、自己評価が 思いのほか高い。その自覚を持たない人が多い。 そのため?行かず後家を多く見かける。 秘境ツアーで見かけるが、それは大変な人。プライドが高く、唯我独尊、傷つきやすく・・ 2〜3回に一度はいる。自分も同じか? 話を戻す。パワーカップルといえば、20数年前、 東京のパレスホテルの経営セミナーの夕食の時、隣席の人と名刺交換をした。 グリーハウスという全国有数の企業の社内食堂を受託する給食ビジネスを展開していて、 飲食業界では有名人。駅などで見かける「サボテン」という豚カツ店、デリカのチェーンも 展開している。 セミナーでは、可能な限り気楽に名刺交換をするのが慣わし。 異種業種からの情報が入るためである。私の名刺を見て、「私の家内は、実は柏崎出身 なのですよ!」というので、「私もです。柏崎には親戚や、仲人がいるのでよく知ってます。 どちらの娘さんですか?」と聞くと、「ブルボンです」と。「私の仲人とブルボンの社長が 幼馴染で、非常に親しくしていると、聞いてます。ところで何処で知り合ったのですか?」に、 「母が慶大のOB女子会の役員をしていて親しくなったのが家内の母親。 その関係で・・」 大手のオーナー会社トップのパワーカップル?である。 で、衰退系の会社?まず昼飯から合理化をするからだ!そういうこと! ・・・・・・ 4267, つれづれに ー衆院選・政治談議 2012年11月21日(水) * 次の内閣は安部首相で、石原が副首相か 消去法からすると、まず民主が消え、自民も駄目、公明、共産、社民は論外。 その他のミニ政党も烏合の衆の範囲。そうすると日本維新の会しかない。中心人物 二人が東京都と大阪市の首長として改革した実績が光っている。その実績をもって 二人が国政を改革をするというなら、期待するのは当然の理。 おそらく、自民が180〜200票で、維新の会が80〜100票前後で、「安部首相、石原が 副首相」か、逆の「石原首相で、安部副首相」の超保守的強権内閣の可能性が出てきた。 こうなると、改憲や領土問題などで一挙に中国や韓国との間に摩擦が生じる。 また、国内的にみても荒療治が行われることになる。 公明党も、時の権力に擦り寄るのは 自明。ここで強大な救国内閣という名の下に思い切った荒治療をすべき時期でもある。 一歩退いて改めて日本を、世界をみると、実相が鮮明に見えてくる。 日本は既にEUのPIIGS並みに陥っている。ここで本気に改革しなくては周辺各国から 狙い撃ち状態になる。いや、既になっている。 国家非常事態の特別立法をつくり超権力を 持って腐った病巣を切り捨てるべき時節。 野田首相は、それでも真ともだったが民主党の 3年あまりは酷かった! しかし、このところ安部が、政権をとったら国債の日銀の 引き取りをさせるという。これを始めたら国家滅亡と前からいわれていた。個人国債も同じだ。 自民だけには政権をとらせてはならないが、では誰がというと、石原と安部しか見あたらない。 どちらにしても先行き真っ暗である。 安部・自民は時代の逆戻りという感が非常に悪い。 国民には自民党へのトラウマが根強く残っていることを、彼らは分かっているのだろうか? この選挙で、日本の将来は大きき変わることになる。ご隠居の視線で劇場型政治と 割り切っている分には面白いが、壊滅は、どうも・・ ・・・・・・ 3892, 顔を哲学する 2011年11月21日(月) 家中心の生活に入って8ヶ月になろうとしているが、平日のバラエティーは化粧と ァッションを取り扱った番組が多い。それほど顔が大事にしては、「何故、これほどまでして 人は化粧をするのか」という疑問と、答えをあまり聞かない。顔について哲学した学者といえば、 レビィナスである。 顔は、その人の魂の表出でもある。 特に女性は、そのバランスの釣り合い (美系)によって人生さえ変えてしまう力がある。全身の肉体のバランスが、そのまま顔に 集約されて出てくるからだろう。口は女性の性器に鼻は乳房?を表現しているという。 顔面の評価認識は時代と、国により変化している。また脳の中にそれ専用の部位がある ことから、生物的に有意な機能があると考えられる。美醜の存在は、それが単に コミュニケーションのためだけでなく、身体機能や脳機能の優劣選択のシンボルとなっている。 そのことは目は脳、鼻は肺、口は胃と同じ細胞から分裂して形成される事から推察される (だから胃が荒れると唇も荒れる)。美人を優れた男が獲得する事が続けば、結果的に 身体的な強さと顔の美しさが相関するようになるのが当然である。その意味で顔は、 その人の家系の表出と見てよい。韓国では、女性の整形はごく普通のように行われている。 整形も、化粧も、顔のバランスの崩れを修正し、美形に近づける。顔の中で眼だけが、 内臓が露出している。目は脳の細胞と同じで、人の心が、そのまま現れ出てしまう。 だから女性は目元、睫毛、眉毛に注意する。イスラム教徒の女性が、ベールで顔を隠すが、 欧米人が酷く嫌い、恐る。顔・形を隠すからである。また、双子を除けば万人、それぞれ 違っている。その人の認証のサインである。 そうこう考えると、顔・形に、特に女性が 集中するのは至極当然である。 それと姿勢があるが、これも年齢と共に崩れていく。 ・・・・・・ 3527, 円高より深刻な国力低下 2010年11月21日(日) 18日の産経新聞の一面の「日本の未来を考える」で、 東大の伊藤元重教授の「円高より深刻な国力低下」の論説がよい。 ーこの内容を大ざっぱにまとめるとー ≪ 現在の円高は1995年に比べると、アメリカの物価などを考慮すると、30〜40パーの円高 に過ぎない。しかし、産業界の実情を聞くと、どうも、その時のレートより今の方がきつそうだ。 それを考えると、15年間で日本の経済力が落ちてしまったのではないか。言い換えると、 周辺国の競争力が上ったのである。これは、円高を嘆くより、経済力、国力の低下を 嘆かなければならない。≫と言うのだ。 この20年間、海外に出て、日本に帰ってきて、 新聞と週刊誌を飛行場で買って読むが、年々、紙面から出てくるエネルギーが目だって 落ちている実感がしていた。 最近は、それも慣れてしまい、それすら感じない。 様子が変わったのがバブルの崩壊からである。一度、1995年に持ち直したに見えたが、 数年もしないうち、再び下がり基調になってしまった。金融再編成で都市銀行が、三つに なったり、証券会社が淘汰された時期。そこに、2001年のリーマンショックである。 そこで、まず地方の弱体化が本格化した。その間に、関東・東海地区は、金融と輸出で大きく 潤ったが、地方は弱肉強食の弱肉になってしまった。そして、2008年のリーマンショックで、 関東と東海に原爆ニ発が落とされた位の大打撃を被った。しかし、同時にとって、地方の 更なる衰弱になっていった。悪いことに自民党の自滅で、民主党が政権を取ってしまい、 更に国力が削ぎ落とされてしまった。これで、まだ大底についてないのが実情で、 この数年で大底が待っている。そして、二番底の可能性がある。それを前提に現在を、 そして、この20年、30年を振り返ると、アメリカによる、日本の愚民化政策が見えてくる。 それが現状と、数年先に予測されるだろう惨状である。 大学生の半分近くの就職先が見つからない事態を、10年、20年前に誰が予測しただろう。 この地方経済の惨状もである。高度経済成長の時代の陽気さと、現在の暗い世相の段差が 分かればこそ、国力の低下を嘆くのであって、それを知らない若人たちは、こんなものと思って いるのか。まだ円高だからよいが、円安になったら、国力の衰退など言っていられなくなる。 ・・・・・・・・ 3152, ラ行の受身形 2009年11月21日(土) 「年齢(よわい)は財産」〜日本ペンクラブ編 の随想集の中にあった土居伸光氏の【言葉遊び】ーラ行の受身形ー がよい。 ーその概要を短く纏めてみるとー 10数年前に末期癌で亡くなった奥さんの、死に至る過程を見つめ、彼女が否定的で 受け入れたくない出来事に対して使われる言葉が、感謝へと転換していく姿を愛情を 込めて書いている。 ラ行の受身形とは・・・ ・叱られた ・文句を言われた ・虐められた ・騙された ・裏切られた ・嫌われた これらは私達が日常でよく使う受身形。 どちらかというと、否定的で受け入れたくない出来事に使われることが多い。そこで、 「叱られた→叱っていただいた」「嫌われた→嫌っていただいた」など、ラ行の受身形を転換を すればよい。その結果として、感謝の心を増幅させるだけでなく、人を大らかにし、強くさせる 力になる。奥さんは、絶えることなく襲ってくる激痛に逃げ出すことはしなかった。 直観力が強くなったのだろう、激痛を事前に察知して、仏壇の前に正座をし、ローソクと線香を 灯し、祈りながらそれがやってくるのを待った。その後姿に、著者は揺るぎない彼女の覚悟が 読み取れた。 そして、ある日、「問題は、すべて私の中にある。ガンを早期に発見できなかった のは病院ではない。ガンそのものが、問題ではない。ガンは自らがつくり出したもの。 ガンは自分自身。誰も悪くない」と耳の疑うような言葉が彼女の口から飛び出した。 その言葉を境に、奥さんは大きく変わっていった。・・・ 激痛を乗り越える過程で受身だった 彼女は感謝の心に変わっていったのだ。そして余命半年といわれていた奥さんは三年生きた。 我われは老いの進行と共に、頭や身体は思い通りには動いてくれなくなる。 第三者から「ラ行の受身形」の言葉=《叱責、文句、虐め、騙し、裏切り、嫌悪》が、 未来の自分に投げかけられる可能性がある。 その都度、心が大きく揺れるようでは、 人生の平安はほど遠くなる。ラ行の受身形を転換し続けることで、すこし謙虚になった ように思うという。文句を言われるのは、文句を言われるようなことがあったからと気づく。 そう考えると、自分の至らなさが見えてきたりする。そうすると、文句を言った人に、怒りでは なく感謝の気持ちがわいてきて、嫌な人物がそうでなくなってくる。 今の私には嫌な人物は 一人もいないという。 単なる言葉遊びと思われるかもしれないが、やってみる価値は 十分ある遊びである。この遊びの素晴らしいところは、使っても目減りをしない。 使えば使うほど心は確実に成長し、その結果は微笑みという形をとって顔に 現われてくると、無邪気に信じてくるようになる。 ー 味わ深い内容である。 この続きも良いので次回に書く。 これは先日書いた 「要は、受止めかた次第」の具体例と考えるとよい。 その意味で、この文章に偶然出会った のが不思議である。書いていて思い出したのが「もとは、こちら、そのままけっこう」である。 実際に現在抱えている幾つかの問題に対して言葉遊びをしてみたら、直ぐに「そんな問題じゃ ないだろう」と、心(言葉)が噴出してきた。 しかし、「遊び、遊び!」と自分に言い聞かせ、 何度か言葉遊びを繰り返すと、あれだけ腹立っていたことが収まってくるから不思議である。 色いろな悟り方があるもの。 ・・・・・・・・・ 2787, 不況景色 2008年11月21日(金) (字数の関係でカット 2014年11月21日)
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2014年11月20日(木)
「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹 (著) * 世間とは、差別社会の日本的用語! 日本の世間にも、欧米社会にも歴然とした格差があるが、高度経済成長と、 バブルと、崩壊を経て、中流階級が、総下流になりつつある中、世間様では窒息感が 強くなって、世間様のイギリス化が始まっている。 この傾向は、今後ますます強く なっていくことになる。 ーその辺りからー ≪ 八○年代までは相対的に景気がよかったため、人びと余裕というものがあった。 「世間」の贈与・互酬関係」や異通の時間意識」は、「お互い様」という相互扶助」や 「やさしい関係」という「共生感情」を生みだす。これが「世間」のウチでセーフ ティネットとして機能していた。ところが、九〇年代以降の不況の時代に入ると、 人びとにこうした余裕が失われ、セーフティネットとしての「世間」の機能が だんだんと後退し、「世間」の「権力性」「抑圧性」といったネガティブ面だけが 目立つようになった。「世間」の「息苦しさ」や「閉塞感」が、前面にせりだした。 この変化を、私は資本主義の「中世」化とよんだことがある。 九〇年は、 オングのいう「第二次的な声の文化」が始まる時代と符合する。 オングは九〇年代以降、電子メディアの普及によって、文化の伝承という点で、 ちょうど「中世」のような状況があらわれたという。「中世」の特徴は身分社会に あるが、「世間」もまた「目上・目下の関係」としての身分関係を重視する人的 関係である。この資本主義の「中世」化によって、世間」がせりあがってきた。 ・・(中略)例えば英国の階級社会とは、何なのか。イギリス生活が長い ジャーナリスト林信吾によれば、英国の階級制度は、上流、中産、労働者 階級に明快に分けられる (『しのびよるネオ階級社会』林信吾)。 ☆ まず上流階級と中産階級を分ける基準は身分。これは古い貴族制度が のこっているためで、上流階級には王室をはじめとする貴族や代々の大地主 などが入る。これはまあ、わかりやすい区別である。 ☆ つぎに中産階級と労働者階級を分ける基準は、収入や資産もあるが基本的 には職業であるという。 これはみた目で区別するのは少しむずかしい。 中産階級に属するものとして、医師や弁護士などの専門職のアッパーミドルクラス、 高学歴のエリートサラリーマンなどのミドルクラス、一般的なホワイトカラーや 下級公務員、零細自営業者などのロウアー・ミドルクラスがある。 ☆ 後に労働者階級に属するのは、特別の資格やスキルを必要としていない 仕事に従事している者。 ロンドンでは、二階建てバスの運転手は労働者階級 だが、むずかしい試験に受からなければならないロンドン・キャブの運転手は、 ロウアー・ミドルクラスだという。 ・・英国でおなじみのパブでも、1軒のお店のなかで、中産階級向けの ソファやスツールに座って飲む「サルーン」と、労働者階級向けの墓本的には 立ち飲みの「バー」が分かれていて、入口まで別。≫ ▼ 欧州は人種の坩堝のため、飲食店は長年かけて以上のようなシステムに なっている。日本も、ますます、この傾向が強くなっていくのだろうが・・ 実際、日本も表立ってないが、客単価で、えり分けをしている。 世間とは、それぞれ階層の「目上・目下」の人的関係に過ぎないが、当人たちに とっては大問題である。大学、高校、中学、小学校の同級会に毎年のように 出ているが、そこには、階層差が歴然としている。その上、それぞれにも 明確に存在する。それを見てきたため、創業時の事業設計から万一の備えを 組み込んでいた。 娑婆は面白い! それも所詮は、共同幻想でしかないが。 ・・・・・・ 4631, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか ー2 2013年11月20日(水) 『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著) * 学歴の組み合わせは? 《 1000人にアンケート調査を行い、結婚相手の学歴、とくに大学名を挙げ、 どのラインを理想とするか、あるいは、ぎりぎり妥協できるかを問うている。 この調査から、日本の学校間格差、男女差、心理的な葛藤など、様々がわかる。 ・まず中卒、高卒の男女で相手に大卒を望む人は非常に少ない。高卒女性では 大卒男性を望む人もいるが、そのなかで大学名にまでこだわらない人が大多数。 ・男女差に注目すると、男性よりも女性のほうが相手の大学名にこだわる。 大卒男性は女性の大学は無名でよいという人がかなりいるのに対して、女性の 場合は自分の大学よりも名門度が高いか、同程度の大学の男性を望んでいる。 ・「国立大・早慶上智クラス」卒業の女性の64%が同クラス卒の男性を理想と しているし「MARCH(明治、青山、立教、中央、法政)クラス」卒、および 「成蹊・成城・明治学院クラス」卒の女性の過半数が「MARCHクラス」卒以上の 男性を理想としている。なぜ入学の困難な名門大学で学ぶ女性は、 相手男性も同クラスの大学卒であることを希望するのか幾つか考えられる。 難関校に入学する女性は少数派なので、自分に自信がある。自信があれば、 男性にも同等ないしそれ以上の大学を希望するのは自然である。 一方で、 男性は劣等感を抱く可能性があるため、自分より格上の女性を避ける傾向が あるとされる。》 ▼「東大」「旧帝一工(旧帝大.一橋大・東工大グループ)」「関関同立(関西、 関西学院、同志社、立命館)」「MARCH(明治、青山、立教、中央、法政)」の 色分けは、私の学生時代から、あまり変わらない。有り余る自由の中で、何を していたかが大きい。としても大学は、それぞれの人生に大きな影響を与える。 血筋、大学、結婚相手のレベルで、人生が決まるか?というと、そうでもないから 面白い。しかし8割は大きく左右する。 毎年、中学、高校、大学の同級会に 出て感じる事は、進学するにつれ、世界が広まる奇妙な感覚。 中学は駅周辺、高校は中越地区、大学は首都圏周辺と全国区へと広がる。 義兄に東大、一橋卒、中央・法科と、長岡商業卒がいる。姉は、大手高校、 ドレメ、実践女子短卒が二人。なるほど、その組み合わせが、そのままが、 その人となり?結婚相手の当たり外れかは、棺桶の蓋を閉めるまで分からない? 結婚相手と両親、学校、生活の質(読んだ本と趣味の質・量)で多方が決まる? 諸条件は、原因? 運もある?(★>Д<★) ・・・・・・ 4266, 法則は思考のショートカット −1 2012年11月20日(火) 「知っているようで知らない 法則のトリセツ」 水野 俊哉 (著) 今さら法則もないが、しかし面白い本である。ーまずアマゾンの内容紹介からー 【 内容紹介: 巷にはさまざまな成功法則や戦略書がある。いったいどの法則が 実際に使えるのか、そしてどのような場面でどんな法則を使うべきなのか、迷って しまうことも多い。そこで本書ではどれが有効か、ケース別、TPO別に解説する。 ナポレオンヒルから行動経済学までを完全網羅! △ 世の中はこんな「法則」で回っている! 組織には必ず20%の怠け者が存在する 会議では自分の意見に反対する人は正面に座る傾向がある 一度Yesと答えてしまうと後でNOとは言いづらくなる 先延ばしした仕事は、処理に通常の2倍の労力を要する等 不安定な時代に知っておくべき法則」 がある。 人生の「ショートカット」となる「法則」の数々が、この一冊に! 】 ▼ ざっと概要は、こんなものだが、取り扱い方というより多くの知らない法則が 各分野に多くあるのに驚いた。それらの法則を知っているか知らないかは大きい。 「法則の取り扱い方」の説明書より法則の紹介書。「法則」を多く知り、用いる ことが出来れば、人生、数倍、いや数百倍も豊かに人生を生きることが出来る。 しないで済む苦労も事前に避けることが可能。長い歴史の中で科学も人生も、 ほとんど先人が既に経験済み。法則は、それらを経験則として凝縮されている。 それを知るほど、世界を広げることが出来る。三年前に出版された本だが、 過去に、このような本は数多あったはず。多くの「法則」、知っていても本当に 理解していたか?というと疑問である。ここで法則を、職場関係と仕事の法則、 ビジネス一般、心の法則、勉強の法則、そして成功本の成功法則など分けている。 半分近くは、これまで読んだりして少しは知っていたが、全く知らない法則も 多く紹介されている。何気なく目次を見た中で「好意の互恵性」の法則があった。 「好きになると、好かれる。好かれると好きになる」とかいう法則である。 これも一方的に思い過ぎたり、思われ過ぎると逆効果になるが、ほどよく 人間関係に適用すれば、職場などの人間関係で有効になる。 次回から、今まで知らなかった面白そうな法則を選んで紹介する。 ・・・・・・ 3891, 腰痛は、脳内システムの不全が原因 2011年11月20日(日) 先日のNHKTV番組「ためしてガッテン」で、腰痛を取り上げていた。 腰痛について、ここで何度も取り上げてきたが、内容は、思わない展開であった。 大雑把にまとめてみると、<腰痛の痛みは、椎間板ヘルニアと思われていたが、 その痛みはストレスなどで脳内にある痛みを抑える脳機能の働きが弱ったためで、 犬や他のことに気を散らせると大きく改善する・・云々>という内容。今でも半信 半疑である。 ーまず「ためしてガッテン」のHPの内容紹介を、箇条書にしてみるー ◎ 日本人の8割が一度は経験するといわれている腰痛が、実は 「国民的大誤解」があることがわかった。まず、「腰痛の85%が原因不明」という。 ◎ さらに、主犯と考えられていた椎間板ヘルニアさえ犯人じゃない? 町の人に尋ねると、半分の人たちがこの椎間板に原因で、ひどければ手術! と信じていました。 ところが、これが国民的大誤解。 ヘルニアを切除して、 神経の圧迫が無くなったのに、痛みが消えない人。さらに、ヘルニアがあるのに 痛みがない人が続々とみつかりました。「ヘルニア手術」をした場合と 「手術以外の治療」をした場合を比較しても、2〜10年で患者の回復満足度に 差がないことも明らかになってきた。 ◎ そんなナゾ多き痛みに、50年に1度という大発見がありました。 それはなんと「脳」と「腰痛」の意外な関係。「犬」を飼ったら大幅に直った! という事例がある。神経が、痛みに集中していたのが、犬に気持ち分散した ためである。研究者が注目しているのが「脳」と「腰痛」の意外な関係。 様々な論文で、ストレスが高まると「腰痛」が増えることが指摘されて いましたが、その理由は解明されていませんでした。福島県立医科大学が、 原因不明の腰痛患者の脳血流量を調べたところ、7割の腰痛患者が、健康な 人に比べて血流量、つまり脳の働きが低下していたのです。 アメリカの ノースウエスタン大学がさらに詳しく調べると、活動が特に低下しているのは 「側坐核(そくざかく)」という部分であることがかってきました。「側坐核」は、 痛み信号が脳に届くと、鎮痛物質を働かせる命令を出すと考えられています。 これによって、脳は大きな痛みを自動的におさえていたのです。ところが、 慢性的なストレスを受けると、側坐核の働きが低下。鎮痛物質に命令が いかないので、痛みがおさえられず、激痛を感じてしまうのです。 ストレスが痛みの原因を作るのではなく小さい痛みを強めて激痛を 生み出すことが分かってきた。脳の鎮痛システムが働かなくなるので、 痛みが増加しているというのです。 ▼ 腰痛を47年も抱えてきた私にとって、まだ信じられない結果である。 腰痛解消のため、30年前から早朝のウィーキングを続けており、二年前からは 低反発クッションと枕を取り入れたこともあり、重い腰痛は起こらなくなった。 そして、半年前からはスポーツジム通いで、更に改善をしている。 それが、 ストレスによる脳の働きの低下により重くなっていると、いう。そんなものではない! というのが、私の現在の心境。 しかしストレスは万病の元である。 ストレス無いのが一番のストレスというが。 ・・・・・・ 3526, 死に至る地球経済 ー2 2010年11月20日(土) 「死に至る地球経済」 浜矩子 著 ー今だ一番底に落ちてない世界経済ー 今だ、底に落ちてないのに二番底というのは矛盾がある。 来年から再来年に、一番底が来るのは流れからみて当然。そして、その後に 数年して二番底が来る。プライムローンなどの不良債権は、まだ表ざたになされ ないまま、銀行、企業、そして自治体などに塩漬けにされている。 しかし、そのままにしてはおけない。 ■ランダムに印象に残った部分を書き出してみた■ *「二番底」と言うが、問題がある。ここまでの地球経済は、しっかり一番底に 足がつかないまま、無理して舞い上がることを強要された恰好で推移してきた。 このリーマン・ショックをもたらした諸々の歪みを是正され修正されるプロセスを 貫徹されないまま、当座凌ぎの緊急対策で経済活動を離陸させた。 二番底というのは、失速し、谷に落ちた経済活動が、一度は活力を取り戻して 谷底から這い上がったのに、再び力尽きて谷に落ちた場合である。 今回のは、谷に落ちていく途中で、つかの間の踊り場が人為的に繰り出されて 一息ついた感じである。大底に向かっての小休止に過ぎない。 そんな小休止の踊り場はぐらついている。G20の「成長に優しい財政再建」 の苦肉の言い回しが、この厳しさを実によく言い表している。 * PIGS(ポルトガル、アイルランド、ギリシャ、スペイン)の国々は「豚箱入り」 * アメリカとPIIGSはキリギリスで、ドイツはアリ。 日本は「アリの民間」と 「キリギリスの政府」と喩えられ、「アリギリス」だ。 アメリカは、これから アリギリスを目指そうと言うが・・・ * 日本のお家芸は「量的緩和」と「金利引き下げ」である。 *「自国さえ良ければいい」的な通貨安競争は一時的には自国の利益を 増やすが、各国が密接に関連している世界経済では、巡り巡って自国への 強烈なカウンターパンチとなりかねない * ガルブレイスの言葉、「政治は可能性追求の技にあらず。 それは選択の技である。 選択肢は、悲惨なるものと耐え難きもの。 二つに一つだ」(61-2頁) (字数制限のためカット 11年11月20日) ・・・・・・・・ 3151、災害で助かる人、助からない人 2009年11月20日(金) 韓国の釜山の火災で日本の観光客が亡くなったり、浜松のマージャン店火災で 7人が死傷したが、色いろの現場で助かる人と助からない人が出る。 一般的に 地震や火災などに遭遇したとき、人はどのような心理状態で行動するのか? まず、どちらが正しいか?という質問。 1 地震や火事に巻きこまれると、多くの人々はパニックになる 2 地震や火事に巻きこまれても、多くの人々はパニックにならない 答えは2という。 日本や欧米の研究でも、避難の指示や命令があっても、大部分の人間は 速やかな避難行動を取らないという。指示する側が人々に安心感を与える ために状況の深刻さを軽めに伝え、その結果、手遅れとなることもある。 一般的には、実際の災害現場では幾つもの要因が偶然に重ならない限り パニックなど起きないという。過去の大災害時に助かった人で一番死亡 しやすいのは年齢の高い「男性単身者」。逆に一番助かりやすいのは「家族」で、 行動を共にする人がいること。 また若い人ほど生存確率は高い。 家族による信頼感と無償の援助、心理的な安心感が生存確率を二倍にも 高めるということ。マスメディアや近所つきあいの接触の多い人間は、早めの 避難行動を取る傾向があり、助かりやすく、また金持ちほど助かりやすい データもある。大金を残して死ねるかという執念があるからか。 状況判断が的確に出来るか、そして前もって災害の恐ろしさの情報があるか どうかが分かれ目になる。 少し話は逸れるが、地震や大火災は、都市の時間的流れを強制的に進める 効果がある。神戸の震災は復興はしたが、経済的な後退感は否めない。 それは神戸が経済的には下降期にあったからだ。逆に関東大震災の東京は、 それを機に都市計画を整備し、震災以前よりも首都として成長することが できたのである。都市が成長期の災害は一層の成長をし、衰退期の災害は 一層の衰退につながる。 人生も事業も同じようなものか。 飛行機事故で 数人助かった人の顔は、何か共通の異相をしているのにお気づきですか。 :天声人語に以下のような文章があった; 警察によると、幅約1.4メートルの落石が駐車場フェンスを突き破り、 駐車場に停まっていたキャンピングカーを貫通した (字数制限のためカット 11年11月20日) ・・・・・ 2786, 人生ゲームを楽しまむため、生まれけん! 2008年11月20日(木) ー次は、ある雑誌(文藝春秋)の中にあった、角川春樹の文章であるー 【 私は平成五年八月二十八日、麻薬取締法違反で逮捕され、ニ年五ヶ月、干葉 拘置所に拘束されていた。その間、私を悩ませた課題は、「自分は何故生まれ、 何処へ還るのか」という古代ギリシャ以来の疑問であった。 ある時、一冊の本が差し入れられた。立花隆の『宇宙からの帰還』である。 その中で私を惑動させたのは、宇宙飛行士のエド・ミッチェルの、次の発言。 〈すべての存在がそれぞれにその役割を担っているある神的なプランがある。 そのプランは生命の進化。個別的生命は全体の部分である。個別的生命が 部分をなしている全体がある。すべては一体である。 この全体の中で、人間は神と一体だ。宇宙は創造的進化の過程にある(略)。〉 彼の言葉が、完壁に理解できたのは、平成十年の大晦日である。 朝から二度倒れ、四度嘔吐した。その時、突然、次の唱句が天から降りてきた。 年ゆくや天につながるいのちの緒 春樹 この瞬間、あらゆる生命が宇宙意識と繋がっていること、宇宙は一つで あることを直感したのだ。エド・ミッチェルが宇宙で体験したことを、私は地上で 体験したのである。そして平成十六年九月一日、私は静岡刑務所の独房で、 自分の意識が宇宙の果てまで辿り着いた時、逮捕されて以来の長い間の 疑問があっけなく感受できた。 答えは、人間は人生ゲームを楽しむために 地球に生まれて来た、ということだった。】 ▼ 人生のゲーム化については、ここで何回か書いているが、彼が他の人と 違うところは、そのコンセプトのもとに雑誌を刊行したことと、刑務所の中で、 絶望の底で、実感として掴み取ったことである。‘ゲームとは、到達地点を決め、 その間に障害を置いて、如何に効率よく到達するかを競う遊び’である。 人生ゲームの醍醐味は、死の完成までの障害を乗り越えるプロセスを如何に楽しみ、 味わうかにある。 それも命がけに取り組むほど、ゲームが面白くなるのである。 【 父母に 呼ばれてこの世の 客となり用が済んだら はいさようなら 】 という一休の詩がある。せっかく、客として呼ばれたからには、この世の 人生ゲームを充分楽しまなければ、生まれてきた甲斐がないじゃないか! ということだ。そうこう考えると幸せの4階建ての4Fが、克服できない苦難や 悲しみ、というのが少しは分かるが。 4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。 3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。 2階:獲得した「快」を永続させる。 1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。 人生ゲームは、このビルの中で遊ぶようなものである。 何か際どい話になってきたが。
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2014年11月19日(水)
「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹 (著) * 「格差」拡大による「そねみ・ねたみ」の肥大化 建前が平等の社会にあって、格差が拡大すると、自分より上に対する「そねみ・ねたみ」 が拡大する。 逆に下に対して、陰湿な苛めなど差別をするのが人間の性である。それが 世間様というもの。その互いに発する毒の共同幻想で実は本人たちの脳がやられる。 問題は自覚できないこと。 ーその辺りからー ≪ つまり自分と同じ」だと思っていたお隣さんが、ある日突然ベンツを買ったとすれば、 それは自分と「同じ」 ではなくなる。ビミョーな「格差」が生まれたときに、他人にジト−ッと 嫉妬する独特の心理が生まれる。 この日本人特有の嫉妬について、正高信男さんは 以下のようにいう。 【 いかに時代が変わろうと、日本人は基本的に非常に嫉妬深い。いじめも、モンスーン 気候の風土と正比例するように、ジメジメしている。だから、分よりも注目されている人間に 対しては、いくら口先で褒めても、内心はムカツク要素を秘めている。昔でいえぽ、胸くそ悪い とでもいうのか。単に不愉快ではすまない。 いつまでも梅雨が上がらないようなしつこい 陰湿さがある。嫉妬心も消えない。(『他人を許せないサル』)】 ・・(略)自分は自分、他人は他人という個人主義ではないから、自分が他人に比べて 損をしていないか、得をしているかがいつも気になって仕方がない。横並び一直線で 暮らしていた時代は成功した者とそうでない者のデコボコの差がほとんどないから、嫉妬の 質も深刻ではなかったかもしれない。が、現代のように勝ち組、負け組の区別がはっぎりして、 所得格差も以前よりひどくなり、社会システムがより欧米化されると反応は過敏になってくる。】 ▼ 地方では勝組は少ないが、大都会は中国などの勝組の観光客も相まって、歴然とした 格差が現前している。それが面白い!と言えるのは、余裕のある立場の人たち。そこは一度 沈んだら、二度と立上がれない世界。他人事ではないが・・ 日本は国家として明らかに負組に なってきた。その結果、国内には、ジメジメした空気が漂い、今まで無かったような殺人事件が 多発する。そして、それを揶揄して楽しむ歪な空気が漂う。 そこに欧米のような個人主義 でないが故に生じる共同幻想で集団で脳をやられる。 江戸末期の「ええじゃないか!」 の馬鹿踊りが形を変えて出てきたのが、『東京オリンピック』である。 この共同幻想を楽しみながら、最期の宴を国家とともに終るのもオツナモノか。 ・・・・・・ 4630, 閑話小題 ー相棒 〜国民的刑事ものシリーズ ー2 2013年11月19日(火) * 相棒 ー愛人と共謀の夫殺し 昨日の『相棒』は、二回完結型の後半もの。概略は 《 有名女優が、内縁の夫の作家を愛人のマネジャーと共謀して撃ち殺す。 強盗の仕業にするが、右京が追い詰める。ところが調べているうちに、内縁の夫は 女優の実の父であることが判明。子供の頃に両親が離婚。 亡くなった母親が残した アルバムから、半年前に知るが、父は、そのことを知った上に、女優と内縁の関係になって いた。そのことに同情したマネジャーと共謀し・・ しかし、そこには二人の純愛があった。 逮捕をされる時、マネジャーが相棒二人に、結婚届けを託すラストシーンが、涙を誘う。》 話は、これからである。 ああ終わったか、とチャネルを回そうとすると、TV局も、視聴者 心理をしってか、冒頭から、ニュースの触りを持ってきて、引きとめようとする。 ところが、冒頭のニュースが、これに似ている裁判の内容。「裁判で、被告が突然、 自分は主犯でなく、殺害した被害者の奥さんと共謀してやった」と主張、その奥さんは、 証言で「ストーカーの被告が勝手につくった物語」と、両者の言い分が対立、と報じていた。 被告の証言で、「以前、奥さんから、本人がつけている香水をもらった」と、それを提出した のに対し、奥さんは、・・まあ、テレビドラマそのもの。偶然としてもTV局は、してやったりの タイミング。奥さんらしき人の写真が流されていたが、被告も、奥さんも普通の感じ。 今週のマスコミは、この問題で大騒ぎだろう。『相棒』の話題、軽いので、テーマとして 迷ったが、こうなると、良かったことになる! それにしても、視聴者の多くは、主犯は? 二人共言い張れば、通る? * 何もする必要が無いのが、御隠居生活 思いのほか、御隠居生活に馴染んでいるが、準備期間を含めた事業人生から 解放された気楽さがある。大きな成功を必死に求めていた自分が、可愛らしく思えるのが 御隠居の視線である。以前も書いたが、家内が不思議そうに、「毎日、単調な生活で刺激も 無いようだし、つまらなくない?」と聞いてきた。 その答えは、「実際に、事業をしていると、 寝ても覚めても極度の緊張状態。それは良いこともあるし、嫌なこともある。 現在も、同じこと。これはこれで、淡々として良いし、逆に詰らないこともある。 どっちも同じこと」が、偽わざる気持ち。滑り台に例えると、早朝が一番上で、就寝が一番下。 寝起きに、この随想日記の添削をして、アップ。30分の瞑想、ポタリングへと続く。 そして朝食とり、八時またぎでTVを見て、風呂に入り、九時半からパソコンと読書に二時間、 費やす。そして、・・と、淡々と何時ものとおりの習慣を繰り返す。重要度からすると、徐々に、 下がっていくから、楽といえば楽。午後からは、スポージム、読書、ドラマの視聴といった 流しになる。面倒なら飛ばせば良い。どれもこれも誰に頼まれた 訳でない。 森の生活では、少し不安だったサバンナも、慣れてしまえば、これはこれ。 50年近い、読書習慣が支えである。 ・・・・・・ 4265, この非常事態に、万一の備えがあるの? −2 2012年11月19日(月) 私の場合、記憶が1歳の頃からある。そして両親の商売の一喜一憂が、そのまま普段の 生活に直に伝わっていた。終戦直後で、新しい事業を両親が模索していた時期のため、 今から振り返ると、何ともいえない張り詰めた緊張感があった。「どこどこが倒産した」 「店を出したが、少し良くなると天狗になり夜逃げをした」などが、日常会話。それもあってか、 自分が瀬戸際に直面した時に、不謹慎だが、デジャブというか、その自分を冷笑し楽しんで いる視線があった。現在も一部それがある。それらの幼児体験もあり、万一の備えを 無意識に次々と重ねていた。悪化と同時に、自動的に手順をつのが自然の道理。 30年間(事前の準備期間を入れたら45年間になるが)、創業から整理までの起承転結の 一サイクルの経験をしてみて、手じまいも、事業の最大のイベント。 最悪に見えた経験も、 奇妙な感情が支配していた。あと講釈だから、言えるのだろうが。15年以上かけ準備をし 立ち上げた事業を、その衰退を見届け、自分の手で潰すのも事業経営の一環であり、 後悔も無念の感情も残らないのも道理。 で、この本体の経済崩壊の大津波、地方では 既に到来している感がする。大方は茹で蛙状態で、知ってか知らぬふり? 年末の選挙前後辺りにクラッシュの可能性の仮説はたてておくべきだ。年越しの 可能性もあるが、遅かれ早かれ恐慌は起きる。 日本で、この2千年の間に4回の 東日本で震度8クラスの大地震があった後、10年以内に、いずれも首都圏で直下型地震が 連動して起こっていた。 西日本では18年以内にM8クラス以上の巨大地震が起きている。 経済の7割が集中している太平洋ベルト地帯が破壊されてしまうのである。恐ろしいが 日本には失われた20年で経済が壊滅的状態。そこに少子化もあり、分かっていても、 資金が追いつかないのが、現実である。それと世界的恐慌と、デフレの問題がある。 ある日突然、何かの切っ掛けで、世界は機能不全に陥ってしまう危険がある。 そうすると、弱い国に矛先が向かう。その弱い国が、日本となる危険が非常に強いのである。 バフェットが、一度売り抜けた金を再び大量購入をした。 イスラエルが、先手をうって ガザ地域で戦争を仕掛けている。イランへの攻撃が始まるか? ・・・・・・ 3890, ギリシャ/イタリアの次は・・ 2011年11月19日(土) ギリシャが何とか目先の命を繋いだが、これも解決したわけでなく問題の先送り。 その直後に、待ってましたとイタリアがマナ板に上がり、IMFの管理下に置かれて徹底的な 国家の合理化が図られる。 イタリアには一度就職をすると簡単に人員整理が出来ない 法律がある。イタリア人は、それを逆用して働かないで給与を貰う体質が染み付いている。 グローバル化の世界では競争力がなくなり破綻するのは当然。IMFの厳しい合理化にイ タリア人気質が耐えられるか?というと、非常に難しい。ギリシャ、イタリア、スペイン、 ポルトガルという一時代を築き上げた国が次々と国家破綻の瀬戸際になっている。 リーマンショックがキッカケで、世界の多くの国が積年の矛盾が噴出し、一挙に激変の 様相になっている。それに対して指導者は、その対策が全く立たない事態で、その場限りの 対処しか考えられないのが現状。あとは何時何処で火を吹き出すか。1999年からG7に ロシアを加えた蔵相会議が開催されてきたが、リーマンショックを契機に世界の主な国の 12ヶ国を加えたG20が年に1〜2度のペースで開催され、その対策が検討されている。 そこで何とか恐慌を食い止めているが、それも秒読みになってきた。イタリアに続いて スペインの国債利回りが7パーになろうとしている。ここもIMFの管理国になるのだろうか。 ギリシャ危機の9月のギリシャ国債のりまわりが136パーセントというから驚き。 現在の32パーも、危機ラインを遥かに超えている。日本だったら1千兆の利回りだから、 329兆円の利回りになる。国家収入の10倍になる。そのギリシャと程度が同じで、 数年後には、似た状態になるとしたら、ここで叫び続けていることは、まだ楽観的範疇。 例の国の国債の利回を見て、呆然。近未来が見えている。 <10年もの国債の利回> ぷかぷか煙草を吸いながら川辺で車に寄って 引き潮を見ていた東北大震災の被害者の姿が目に浮かぶ。 ・ ギリシャ 32.29% ・ ポルトガル 11.52% ・ アイルランド 8.22% ・ イタリア 7.28% ・ スペイン 6.43% たまたま、この数年来の同月同日に予告編?を書いていた。 ・・・・・・・ 3525, 死に至る地球経済 2010年11月19日(金) [死に至る地球経済」浜矩子 著 ー内容紹介ー ギリシャ危機に端を発するソブリンリスクを抱えたEUや、人民元の動向が注目される 中国など混迷が続く世界経済。長期低迷を続ける日本経済も、デフレ、資源価格の高騰、 財政危機というトリプルショックを迎えている。今、進むべき道はどこにあるのか。 グローバル経済の新しいあり方を視野に入れ、現状を分析し未来を模索する。 (第1章)では、G20サミットの苦悩にみる政策主導型成長の限界を論じ、 「成長に優しい財政再建を目指すこと」の困難さについて述べている。 (第2章)ソブリン・ショック=国家破綻の脅威についてで、グローバル時代の恐慌は、 いったん始れば国家財政で押さえ込むスケールを遥かに越え広がり、セスキュー 隊員を遭難させ、その隊員の遭難が更に恐慌を深める (第3章)終焉近い基軸通貨体制 ートリフィンのいわゆる「流動性ジレンマ」論を 踏まえての基軸通貨システムへの代替論の提示)、どうしても「地域通貨」に 一つの解答を見出したくなるという (第4章)ポスト・リーマンのグローバル金融の模索、ー再暴走か、大縮減かの 瀬戸際に立つ緊迫状態 (第5章)中国は果たして救世主になれるか? 世界経済における中国の存在意義と それが生み出す諸問題、経済活動は、成長と競争と分配を三辺とする三角形。 中国は、はなはだ歪で成長だけの一輪車。 (第6章)そしてわが日本はどうすべきか。総中流に向けて忙しく働き、皆が豊かに なっていく時代の状況は変わってしまった。「下流社会」という言葉も出ている中、 誰もやらないことをやるのが政策の仕事。 ▼ 著者は、辛口の経済学者として著書、雑誌で度々みかけ、その論調も痛快である。 エピローグで、ここで再び世界を不安感が覆いはじめていると警告。その不安を呼び 覚ましている言葉を二つあげている。その一つが「財政破綻」。二つめが「二番底」という。 財政破綻は、国家破綻を意味している。その二の「二番底」は「死に至る危機」が襲う 恐ろしいこと。これは当初からあったが、目先の緊急措置で当面の間、乗り切ったに過ぎず、 根本問題の先送りをしただけ。その先送りの問題が、再び立ち上がっている。 「国家財政破綻」これが、恐ろしいのである。欧州では、理想的なEUが発足されたが、 さっそく、この金融恐慌で、その脆さが出てしまった。先行き、真っ暗で、世界恐慌への 引き金を引きそうな事態に。 ・・・・・・・・ 3150,「要は如何受け止めるか」である! 2009年11月19日(木) 「いやな気分の整理学」―論理療法のすすめ 岡野 守也 (著) 最近、どうもこうも不機嫌なことが続く。年齢的からみて通らなければならない 60歳前半の欝症だろうか。それまでは、いやな事があっても次の事象が起これば直ぐに 切り替えが効いたのが、年齢的な衰えからから、以前のように切り替えに時間がかかり 何時までも引きずってしまう。 いやな出来事A(失敗・陰口・争い)→ 結果C(落ち込み・腹立ち)が生じると、それは 失敗や陰口と思いこむ。しかし論理療法のABC理論は、AとCの間にB(Belief)を入れる。 出来事・A → 考え・ビリーフ・B → 結果としての感情・Cとする。 「いやな出来事と感情の間に、それに対する受け止め方・考え方があり、それが感情的な 反応を決める」要は「どう受け止めるか」である。Bで肯定的思考に変えることで、暗い性格 から、明るい性格に換えてしまう。 論理療法の創始者エリスは「ねばならない」 「であるべきだ」「であってあならない」「はずがない」という非合理な思い込みが、不健康な 否定的感情につながると指摘。「絶対にうまくやらねばならない」「私の人生は完璧で あるべきだ」「こんな不公平があってはならない」という思い込みが、いやな出来事Aを いやな気分に変換してしまうとする。そこで、論理的な対話型セラピーによって、非 合理的考え方、イラショナル・ビリーフを解消するのが論理療法。 *「私はまったく無力です」という人には「歩いてここまで来られたのですから、歩行能力が あるんですよね?」と話を持っていき、ご飯を食べたのだから咀嚼力も消化力もあるし、 目が見えているから視力もあるじゃないですかという風に誘導。人間の心はおもしろいもので、 「自分は無力だ」と考えると、無力感が襲ってくる。「微力としても、力はある」と考えると、 少し力が涌いてくる。 思い込みの内容を意識して言葉として表出させて、論理的な説得を 繰り返すことで、感情の自己コントロールが可能な性格に変えようと持っていく。 肯定的思考法に似ているが、マイナス思考を無視するのではない。 *「落ち込み癖」を治すには ・「ダメな私」=自己非難 ・「かわいそうな私」=自己憐憫 ・「かわいそうなあなた」=他者憐憫を、まず止めること。 夫婦で慰めあっているのがいるが、 「可哀想な貴方たち」ということだ。 そのうち、互いにダメな貴方になるが。そのためには ミッション・ステートメントなど、自分の信念を箇条書きにして、それをビリーフにすればよい。 「出来事のうけとめ方」とは「自分で自分を説得すること」で、気分を合理的に整理する 方向に持っていくことになる。他にも気分を整理する働きとして、般若心教に、ウォーキング・ セラピー(こんな言葉はないが)に、日記に、カラオケに、秘境ツアーに、あげれば限がない。 私の場合は、嫌な気分の原因を集中して考え続けていると、ある時点で、消えていく。 その時間査定も、その中でしてしまう。初老性欝症状は軽く終わりそうだが、あと半年? その後は、慢性老人欝症かいな? ・・・・・・・・・ 2785, 恐怖指数 2008年11月19日(水) 11月17日付の読売新聞・一面の「編集手帳」が面白い。 【 アメリカで4年に1度、注目を集める経済指数がある。大統領選の行方を占う 指標とされる「ミザリーインデックス」である ◆日本語訳は「悲惨指数」「窮乏指数」と悲壮感が漂うが、要は物価上昇率と失業率を 足した数字のこと。これが10を超えると、米国民は経済失政に怒り、政権交代を望むという。 8年ぶりに民主党のオバマ氏が大統領選を制した今年、指数は6月から10を超えている。 歴代大統領では、指数が高かったフォード、カーター両政権は短命だ ◆ 政権交代との因果関係は定かでないが、指数が上がると政府の無策を嘆く人が 増えるのは間違いない。 実は日本も6を超え、1980年代前半以来の高さになっている。 経済政策への不信感は、相当に強いに違いない (以下、字数の関係上、カットー2008年11月19日)
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2014年11月18日(火)
「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹 (著) * 公共性と「世間」とは、同じでない! 往復一時間の新幹線通勤を30年続けてきたが、そこは全国レベルの公共の場。 時どき、台風などで在来線が不通になると、一般客で満席になることがある。 そこが、公共性のある新幹線車内の「社会」と、通学、通勤の客の「世間」のミスマッチの クロスになる。都会と田舎の違いは、両者がクロスしているか、いないかの差でもある。 それは、ネット社会でも同じことがいえる。 ーその辺りからー ≪「世間」は私たちを支配しているが、具体的にみえるモノではない。しかも「世間」は、 「広い世間」のウチに「狭い世間」が存在し、その「狭い世間」のウチにもまた「より狭い世間」 があるというように、一種の入れ子のような複雑な構造をもっている。 問題なのは、「世間」は「共通の時間意識」をもつために、「世間」のウチの人間にたいしては 相互に「配慮」しあい「優しい関係」をつくるが、「世間」のソトの人間は、人間だとは思わない という本質をもっていることだ。つまり「世間」は「世間」のウチにいる者を「身内」とよび大切に するが、ソトにいる者を「赤の他人」と排除する。公共性という概念が「世間」に似ているのは、 ある種の社会的強制力をもつからである。しかし「世間」が公共性と異なるのは、「世間」が つねにウチとソトという区別をおこない、「世間」の内部の原理がソトまで及ばないこと。 さきほどの例でいえば、「世間」のウチとみなされる町の駅はキレイに保たれるが、「世間」の 目のとどかない「世間」のソトとみなされる富士山の頂上では、この「キレイにする」「ゴミを 捨てない」という倫理・道徳は通用しない。日本は「旅の恥はか捨て」というとんでもない 格言があるが、これこそ、自分の「世間」のソトでは、「世間」がみていないので、タガが はずれて「なにをしてもいい」ということを意味する。 居酒屋で盛り上がっている人間は 「世間」をつくっているから、他の人間は「赤の他人」であり、人間だと思ってない。 「世間体」とか「世間の目」という言葉は、その内部だけで通用するのであって、その外では まったく機能しないのである。 花見でも同じで、世間はグループ内だけの話で、他の グループには通用しない。最近若い女性が電車の中で他人の目を気にしないで 化粧するのも、自分の「世間」を離れたところの行為。≫ ▼ ワールドカップで、日本人観客席が、帰り際に綺麗にゴミを持ち帰る姿が話題になったが、 これも「世間」の特質の現れである。その世間が、神様かわりをしているとしたら、三年前の 節目から突然、私の前に現れ出てきた神様気分の、あの連中をコミック的に思えたのは 当然至極。これは、実際に経験してみないと味わえない経験でもある。世間様世界は、 面白い動物で満ちている。とすると私は、珍獣? ・・・・・・ 4629, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか 2013年11月18日(月) 『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著), (その他) * 結婚相手に何を望むのか ー ∵ 「なぜ一夫一婦制なのか?」に、 第一に、子供を養育する義務があるのは、男女の関係を結んだ一組を明確にするためである。 大昔は、生まれてくる子供の親が特定できないことが多々あったため、養育に支障をきたした。 一夫一婦制で子育てを義務化することができる。第二に、キリスト教などの倫理観から生まれた。 性の乱れを防ぐ目的もある。第三に、弱者保護の目的である。権力、資産、容姿、体格、知能 などを有する以上、弱者と強者が出てくる。強者が多くの異性を抱え込んで、弱者が異性から 排除される事態を防ぐための人類の知恵としての制度という学説がある。 ∵ 「何故、男女が結婚をするのか?」に、「相補説」と「類似説」がある。 相補説は、互いに違った点をもち、補完できるような組み合わせの方が結婚生活は、 うまくいくと考える説。類似説は、素質の似た者同士の方がうまくいくという説。補完説 でいえば、経済力がない人は、経済力のある人を、精神的に弱い人は、心の強い人を、 背の高い人は、低い人を求める、ということになる。自分のない部分を相手に求める。 一方、類似説では、背の高い人は、背の高い人を、低い人は、低い人を、美男は美女を 求めるなど、同じ素養、素質を共有する方が、相手の欠点を気にしないで済む。 人と好み、育ってきた環境で異なる。人それぞれの優先順位で変わる。 ∵ 「未婚者は相手に何を望んでいるか?」に、 第一に、男女とも相手の人柄で、具体的に会話が弾み、結婚生活をスムースに進む相手、 第二に、「家事能力」である。第三は、男女とも大きく異なるのが、職業と、学歴。女性の 9割は経済力、男性は4割でしかない。まだ男女の役割分担の意識が高いが、学歴に関して、 男女とも同類婚を望んでいる。 ∵ 「見合いか、恋愛か、どこで出会うか?」に、 大まかに分けると、職場と、友人・兄弟姉妹を通じてが、それぞれ30%。 学校が10%。サークル、街中、アルバイト、見合いが、それぞれ5%と9割を越す。 見合いが低いが、結婚紹介所の出会いが、それを補完。 ▼ 世界のおお方が一夫一婦制のわけや、何故結婚をするのか、何を相手に望んでいるのか、 が解りやすい。殆どの人は、学歴も、家柄も、容姿のうち、二つが揃っていれば良しとして 結婚するしかない。誤解で結婚をし、理解し合って、離婚するのが、今では3〜4組に一組。 世の中、すべからく妄想でなりたっている。その最たるのが結婚の妄想。青年期を振返ると、 女性の方がシビアで、見るところを見ていたようだ。それで、決まってしまうからだ。 ・・・・・・ 4264, しまった! ー12 2012年11月18日(日) ー しまった! 「失敗の心理」を科学する ー ジョゼフ・T・ハリナン (著) * 人生の財産 ーこの著書を総括するー 瞑想は、静かに独り座し、心を沈め、バイアスのかかった自分を見つめ、かえりみること。 ある人は、「飛行機のビジネスクラスで世界を移動することを仕事の核にしている」という。 10時間以上の、まとまった時間、ただひたすら、黙想する。その時、深い何かに触れるという。 前回の旅行でエコノミーの席だったが、耳栓をし、同じように、ただひたすら黙想をしてみた。 「一万メートル上空で、時速千キロ以上のスピードの空間の半睡のような黙想体験は、言葉で 表現し得ない悟りというか、マドロミに包まれた夢のよう。 考えるでなし、何かの思いが 浮かんでくれば思うまま、半睡状態にいる。それが飽きることなく(トイレと食事以外)、 その状態。宇宙と一体になっているような、何かから解放されているような永遠な何かと 一体になっているような。疲れ果てたとき、決断したいとき、頭を整理したいとき、ただ、 あの空間で、飲食のサービスを気ままに受け、自然体で黙想するには理想的空間である。 高速の移動空間は、脳内活動を活発にすることは新幹線内での読書で経験していた。 学生時代の友人の娘が日航のスチュワーデスをしていて、小泉元首相が外国への飛行での 機内専用サービスの担当になった時の経験談を聞いたことがある。 「10数時間、お茶を一口飲んだだけで、ただ眠り続けていた」という。あれは疲れで 寝ていたと同時に、黙想?もあったのだろう。 過去に機内で同じ状態でいた時間はあったが、 ひたすら10数時間を黙想状態にしたのは初めての経験だった。 時間とお金に余裕があれば、 充分価値のある時間になると、納得。この経験から、ひとつの習慣が出来た。休日などで、 ふと何もすることが無いとき、独り寝室で半睡をする。大体30分〜1時間。ただ目を瞑り、休む。 この春から始めたヨガで、最後の5分、マントラを聞きながら大の字で弛緩する。 これも機内と同じ状態。好きなことに熱中している時も、これと似ている。この時間こそ、 人生の財産である。私には時間という財産だけは充分にあった。装置産業を選び、それゆえに 固定化されたマイナス面があったが、反面、自由になる時間が充分にあった。これこそ財産。 秘境ツアーに、読書に、パソコンに・・ 日本人には、何もしないと価値のない時間と思い込む 妙な習性がある。定年をむかえ、それまでの延長に生きている人が、あまりに多い。 私も似たようなものだが、改めて、じっくり時間の過ごし方を考えなければ! ・・・・・・ 3889, 積極的逸脱 ー2 2011年11月18日(金) 積極的逸脱は、その視点で捉えると多くの分野で見て取れる。 ベターに妥協せずベストを求めた結果の現象が逸脱になる。天才と秀才の差は逸脱を しているかである。秀才は決して逸脱はしないで、その世界の価値観の中で頭角する。 野茂がメジャーに行き、その後にイチロウ、松井秀喜が続いた。初めてのチャレンジは 逸脱と捉えられがちになる。彼らは天才、それとも秀才だろうか? 日本のレベルを超えているので、日本では天才、アメリカでは秀才? いやイチロウは アメリカでも天才だろう。そう考えると天才、秀才は比較の問題。とすると、自分で地元で、 積極的逸脱をしていたと思っていたのは、自己詭弁でしかなかったことになる。 単なるアウトサイダー、ハグレモノ。天才は、対象に没頭するあまり誤解のベールに包まれ 逸脱者として扱わた。ところで、酒や薬でトリップするのを積極的逸脱というのか?というと、 それは違う。前回、書いたが、40・50歳代に多くの問題が重なり、そのストレス解消の ため秘境旅行に数多く行ったが、これは日常からの積極的逸脱であった。 その総量のエネルギーと感動は、その他の人生の総量と同じぐらいはあった。 人生の積極的逸脱で見られるのは、40歳半ばから50歳で一線を引退し、早々に自分の 趣味の世界に入る人がいる。江戸や明治時代には多く見られたが、現代では経済的事情が あり、そんな優雅がことは難しい。 いや、それより、早々に産業廃棄物扱いをされてしまう 恐怖感が壁になっている。 私も結果からして、10年前に会社を売却して、第二の人生に 入った方が得策だった?と考えたが、それは後講釈。どちらにしても結局は同じ。 事業に「たら、れば」はない。積極的逸脱もあるなら消極的逸脱もあってよい。 一般にいう落伍者である。落伍による失意の果てに待っているのが自死。 これも、あの世への積極的逸脱と考えられなくもないが、好き好んで自死をする人は 皆無に近いから、消極的逸脱の果てになる。 鎌倉時代中期の僧侶一遍は時宗の開祖。 「捨聖(すてひじり)」と尊称された。捨てて捨てて捨て去った人。 ・・・・・・ 3524, 「人・ひと」と、「人間」の違い 2010年11月18日(木) 私たちは「人」と「人間」の違いを意識せず何気なく使っている。しかし、そこにはハッキリ した違いがあるようだ。 この違いについて膨大なエネルギーで和辻哲郎が研究している。 【 和辻哲郎は「人・ひと」と、「人間」の違いにこだわり、これがどのように混同されて 使われてきたかを、英語、フランス語、ドイツ語などと比較対照しながら、考察を進めてきた。 日本語に「われひとともに」という言葉があるように、「ひと」「人」はわれの人としての自覚から 始めて、他人を意味している。そのうち「ひと」は「人は言う」や「人聞きが悪い」などのように 世人・世間の意味に用いられるようになった。 では、「人間」という言葉はどうか。 これは、人に間の字を添加している。間を加えるとすると、すでに「ひと」「人」は、自、他、 世人を意味しているのだから、そういう人の間を意味し、そういう人の間の関係を示すという ことになる。人間とは世間であり、世界でもある。和辻は「法華経」や、その原典に関わる 古いインドの神話まで渉猟して、人間とはあくまで人間社会のことであって、天上や自然界に 関わるものでないことを実証している。】 ( 哲学者の言葉100 −稲垣真美著 p‐37 ) 〜「人間は、人の間の関係を示す」とすると納得する。人は人との関わりあいの中で、 人間になっていく。また、それは人だけでなく、我われを産み出してきた根源といわれるものと 発展していくが、それは、人間の意味に、あくまでも含まないとする。根源を含め人間というと、 それぞれの自己絶対化が生じてくる。人は人間関係、社会を通して人間になっていく。 書物を通した色いろな人物もである。「出会い」こそ、人を人間に変えていく。 ・・・・・・・・ 3149,つれづれに ー閑話小題 2009年11月18日(水) * 論理的思考とは 毎日、二〜三時間かけてレポート1〜2枚分の文章を書き続けて8年半経つ。 自分のメルクマールのため続けているが、この習慣で得たことは「インプットした知識もあるが、 各種の題材を探し出し、その要点をまとめ上げる過程で身に付いた本質を見抜く視点と、それを 起承転結にシンプルにまとめる論理力がついたこと」理構成力こそが、自分の核である。 その核?はウネウネとトグロを巻いているようで、ブラックホールのようなトンネルの先の別世界 に繋がっているようにも思える。大した論理構成力でないが、その蓄積と、その発酵は、 トンネルの先で起こっているようだ。純真の視点ということか。何かのイベントに参加すると、 その事象をスラスラと文章化できるようになったのが一番の収穫である。 それは記憶のパッケージ化をしていることになる。その蓄積は人生経験を豊かにしてくれる。 デジカメで日常の写真を撮り、そこに言葉を添えて毎日の日記帳にすれば、それだけで 豊かな気持ちになれる。 その人によるが。 * ブルーレイ録画機 7年間使ってきた、DVD録画機が故障を始めたのでブルーレイをネットで買った。 量販店の7〜8掛けである。 (字数制限のためカット2011年11月18日) * オモシロ、オカシク (字数制限のためカット2011年11月18日) ・・・・・・・・・ 2784, こんな経験したことありますか? 2008年11月18日(火) 下記に近いことを、私は何度も経験している。人間の五感が受けるのは、普段動いている 五感の範囲のことでしかない。犬は数万キロの彼方の子供の泣き声を感じ取れるというし、 象は遠くの仲間の音波信号を感じ取れる。以下の内容は不思議でもなんでもない。 普段は動かなかった感覚が動いただけのこと。絵に残った痕跡が著者の心の奥の何かに 反応し、墓に感応しただけ。でも、何ともいえない著者の心の内が顕れている。 *うぶだしや* (うぶだしや=遺品買取屋) 「大正の末か昭和初年でしょうか?職業画家のものにはみえない」それらは令嬢の死を いたむものだった。ほかにもたくさんの政界の名士が弔辞をよせていた。令嬢は長く病床に あッたという。肺を病んでいたのだろう、と私は思った。友達が学校に通い、結婚していく なかで、令嬢は、ずっと病床にあって、死病に向きあっていたにちがいない。 思えぱ、日本画に描かれているものは、彼女が送ることのできなかった女の幸せな日常 ばかりであった。彼女は、死にゆくなかで、絵筆をとり、現実には、自分が送る二との できない憧れの生活を描きつづけていた。そのせいか彼女の残した日本面はどこか畏様な 気配がただよっていた。日本画は通信添削で習っていたのか、絵の裏に、師匠の画評が 書き込まれていた。 彼女の遺品のなかに「磨かずぱ玉も鏡もなにかせむ学びの道も かくこそありけれ」と書かれた額があった。昭和皇太后の肉歌であった。 私が、それをながめていると、うぶだし屋が、そっといった。「これ!もう売ったんですか? 一枚だけでいいですから、ぼくに売ってください!」「ようござんす。まだ商売になっちゃいない。 一番、いいのをひとつ選んでおくんなさい」うぶだし屋は、大きくうなずいた。うれしそうであった。 私は、髪をたばねた少女が着物にエプロン姿で立ち、カフェで給仕をしている絵を一枚えらんだ。 お代は二千円。このうぶだし屋は、ただ同然で品物をゆずるときは二千円ときめていて、 だまって指を二本たてる癖がある。私はその絵を大切にした。箱にいれて、しまっておき、 ときどき取り出しては、うっとりとながめた。画中の女は、美しいというより、どこか寂しげ。 だが、あるとき、ほかの骨董屋に、こんなことがあったと、右のいきさつを話したら、その骨董屋の 顔色が変わった。「先生、そういう品はいけません。それ死人の念のこもった御品です。 悪いことは申しません。御縁が遠くなりますから、ご供養のうえご処分なさい」たしかに、 それからというもの、私はいくら結婚したいと思っても、まったく、縁がなかった。 (やはり、あの女の絵のせいではなかろうか…と思ったが、どうにも絵を捨てられない。 捨てられないと、こだわるほど、悪いことが起きそうな予感がした。 ところが、しばらくして、 信じられないことが起きた。ある妙齢の女性から花見の誘いをうけた。 顔は知っていたが、 それほど親しいわけではない。なのに突然、電話がかかってきて、「青山墓地の桜が縞麗だから 二人で見にいきませんか?」という。こういうことはまるでなかったから、素直に、誘いにのって、 いくこことにした。桜は美しかった。墓地に眠る人の命を吸っているから、美しいのだろうと。 私は、はずかしいから地面をみて、女性のうしろを、とぼとぼついて歩いた。 私は女性の顔をちらりとみた。青白い気品のある横顔であった。体が弱いのか、のどくびを 覆い隠す洋服を着ている。しばらく墓地をみてまわったところで、女性がいった。 「桜、きれいね」そのと教私は背後になにか気配のようなものを感じた。目をあげると、 そこには、信じられないないものがあった。あの日本画をかいた乃木坂の令嬢の墓石であった。 「享年二十七歳、昭和九年没」と刻まれていた。地の底から女が、じっと、こちらをみている ような気がした。 気味が悪くなって、それっきり、その花見の女性とは会わなくなった。 二十七歳で死んだ女の絵は、いまも私のもとにある。 ▼ 私なら、花見の女性と深い因縁があると考え、一歩踏み込む。 そして、その墓の若い女性を自分の守り本尊にし、毎年、花見に来て、墓に祈るだろう。 いや、感謝をする。何で気持ちが悪いのだろうか? まあ、いいか! これも解釈の一つで しかないが。 桜には霊気が満ちているというが! ・・・・・・・・ 2007年11月18日(日) 2419, 『楽天主義』 *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ! 『楽天主義』ーヘレン・ケラー著 ー読書日記 この本を図書館で見つけ、数ページ読んで、その行間から溢れ出てくる光のような メッセージに驚いた。
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