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堀井On-Line
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2014年07月20日(日)
ー『意味としての心ー「私」の精神分析用語辞典』北山修著ーより * 空虚の穴埋めと、意味の発見 〜意味の意味について、再び! 4年前の随想日記で <「人みな骨になるならば」頼藤和寛著>の『意味の意味について』 について書いた。 【・・・ われわれの一生は無意味かもしれないし、意味のあるものかもしれない。 それを決めるのは、われわれ一人一人の思い込みにすぎない、と言わんばかりである。そして、 やはり「思い込みにすぎない」のである。 自分の人生には意味があるとするあつかましい人物と、 宇宙規模で考えれば無意味だとする謙虚な人物との、いずれが正しいか判断する根拠などない。 思いたい放題であり、思った者勝ちのようなところがある。… 】 〜要は、「人生の意味など適当な意味付けでしかない!」ということ。価値観の価値に、 非常に似ていて、人生色いろ!の理屈付け。それでも、そのことを考えないより遥かによい。 『意味としての心ー「私」の精神分析用語辞典』北山修著ーの中に、 「意味」について解りやすい解釈がある。『意味というミ』の小テーマで、 《 意味とは、意=気持、を充実させることである。 私たちの自己は広がりであり、空間で、 器、容器をイメージさせる。そして、たえず欠如や不足、欠乏を抱え込み、その内容が満たされて 豊かになることが、これらの充足願望に共通する目標であります。その逆の不満や不足を意味する 「満たされない」「足りない」「充実しない」は不幸で不快であり、これが重なると「虚ろ」「空っぽ」 「空虚」など、寒々した空洞体験を出現させる。その空虚の穴埋として、実のあるものを生み出すこと、 多く表現することなどで、充満することで満足する。その充満が得られ、その充満の限界をこえかけ ギリギリのところに止まるならば「たまらない」という快感につながることもある。 そして記号というカラの器を充実させるのが読み取られて味わわれる意味内容であり、 この意味のミも、記号のミになのなのでしょう。 》 現在、シリーズで書いている『事業人生を決心して45年、の語りなおし』は、3年前の結果を 踏まえた物語の書き直し! それぞれの節目の要素と、物語の根こそぎの『意味』の変更。 『意味』に一番近い言葉は「価値」だが、その意味は「物がもっている、何らかの目的実現に 役立つ性質や程度。値打ち。有用性。」 目的により、それぞれ人により違っている。 「意味」の『意』は「気持」。『味』は、ミ。満るのミ、記号で言う、身、実、につながる。 その時々の節目で、何が満ち、何が実として、あったか? 逆に、何が足りなかったか、 の棚卸は、ある意味、内省になる。 〜「人間、生まれて、飯を食べ、糞をして、死ぬ、ただ、 それだけ( )」のカッコ内に「?」を入れるか、「!」か、大きく『意味』o^_^o) が違ってくる。 ・・・・・・ 4508, どうせ死ぬなら「がん」がいい ー3 2013年07月20日(土) 『どうせ死ぬなら「がん」がいい』近藤 誠 (著), 中村 仁一 (著) 第二章 医療に殺される 現代医療の根源を問う問題である。現代医療の肯定派の医師との公開討論は直前に ドタキャン。それだけ、根は深い。 裸の王様と同じで、誰かが現代医療の病巣を指摘しなければ ならなかったこと。このような問題を今まで聞いたことがない。 としても、世界で一番の医療 システムであることは、認めてよい。延命医療の盲信が良くないのである。 数年前の 「インフルエンザ・パンデミック騒ぎ」の時、世界のタミフルの7割が日本に流れたという。 振り返ってみれば、普通のインフルエンザより、遥かに致死率が低かったのである。 これは薬品メーカーの陰謀?=販売戦略でしかなかったが、その総括は全くなされてない。 これと同じで、盲信していると、医療そのものに殺されるてしまう。 父親も、同級生も、 治療で、苦しまないで死ねたのが、盲信したため、拷問のような苦痛? の中で死んでいった?と思うと、すえ恐ろしい。 ー第二章 医療に殺されるー 目次の小項目には、その恐ろしい現実が、そのまま書かれている ・「がんにかかるとすぐ死ぬ」イメージは医者が作った ・99の死屍累々は隠して1の成功例だけを強調 ・胸部CT検査2回で「避難」レベルの彼ばく ・「免夜力とがん」と「笑うとがんにならない」のウソ ・病院に寄りつかない人は確実に長生き ・検診は受けない、自分の血圧も知らない ・がんになったら太りなさい。コレステロールが低いほど早死に ・今までの日常を保ちながら、がんとつき合っていく ・高血圧のガイドライン操作で薬の売り上げが6倍に ・教授が執刀? それは危なかった ・同窓会に行かない理由 ・日本人の寿命が廷びた原因は医療ではない ・「予防医療」センターは「患者を呼ぼう」センター ・医療検査に近づかないと人生終盤が有意義に ・余命3ヶ月がはやる理由 ・「医者は治療をすすめる」これは永遠に変わらない ・財政難で検診が変わる ・がんやインフルエンザを「めしのタネ」にする人々 ・世界のタミフルの7割が日本に流れた… ・ワクチンやってもインフルエンザにかかります ・医療で死にかけても「信仰」は消えない ・医療は桐喝産業。不安をあおって患者を増やす ・ネズミの実験で成功しても人間の体は別もの ・2つの薬を抱き合わせる「新薬」商法 ・老化と言われたくない症候群 ・大学病院はいい「実験」を受けられる病院 ・医療体制はもうじき崩壊する ・日本人のスリムな体形が手術向きだった ▼ 誰も目先、死にたくない。老いてからのガンを老化現象とみるか、病とみるかで変わってくる。 現代医療の信頼も共同幻想でしかない。スポーツセンターの血圧計で、測定したら ギリギリ?の125〜140。子供の頃、両親から聞いていたのが、年齢+90が高血圧の目安だった。 ところが、そこには130と、説明書にある。 私の年齢からすれば2割も目安が下がったことになる。 とはいえ、現状の自分の数値を知っておく必要もある。 ・・・・・・ 4134, 「夏目漱石の自己本位」 ー3 2012年07月20日(金) 『定年後 ー豊かに生きるための知恵』 加藤仁著 * 他人志向型人間 「自己本位」の対照に「他人志向型」人間がある。学生時代のゼミで読むよう指定された本に リースマン著『孤独な群集』があった。 以前にも少し取り上げたことがある。 ー 大まかにいうと 《 都会の群衆は、それぞれが孤独であり、他人に対して無視を装っているが、実は非常に敏感で、その視線を気にしている 「他人志向型人間」が多い。これは都市という空間が、人工で創られているためで、各々は個々に分断されているため内情を 知りたいのである。要は内幕情報屋的傾向の強いのがが都会人。》が、私の記憶として残っている。 そこでアマゾンで調べてみると、【 この本が書かれた1950年代アメリカというのは非常に興味深い10年間であります。 戦後の繁栄を謳歌し、今や万人の上にアメリカの夢が輝いている、そういう光がある反面、冷戦が社会にもたらす緊張、そして 勃興する消費主義、台頭する大企業、人々は次々と「長いものに巻かれ」て自己の表現よりも大樹への忠誠とへつらいという 軍門に降っておりました。そんな時代の空気を吸い込んで書かれたこの書の主人公は、やはり、他者の視線を例えば会社で 四六時中気にするような、「他人志向型」人間であり、仕事によって自己表現をするというかってのアーティストたちとは異なり、 仕事を家計の質を得るための手段にすぎぬと割り切って、自己表現の場を瑣末な消費主義に求める、そんな連中であります。】とある。 都会の中にあって、誰もが、それは素振りも見せず、それぞれが自己本位で生きていかざるをえない。しかし、心は空虚の 孤独な群集と化してしまう。特に勤め人は、都会暮らしで日々の仕事に忙殺され、自己本位というより、組織という集団の中に 自己を見失いがちになる。そうであればこそ、その中に自己本位のライフワークを確立しておかなければ漱石のような鬱病に 陥ってしまう。そのような世界から、自己本位人間に定年後こそ移行すべしと著者は勧める。その変化が出来ないで、定年後も 仕事仲間と付き合うのが一般だが、「昔の首輪を付けたまま群れをつくり、街中をさ迷う犬」に喩えられる。一度、孤立をして、 孤独の世界をつくり、そこで新たな自分と対峙しないと、そう簡単に自分は変えることは出来ない。他人志向も達観すれば、 それはそれで良いのだろうが・・・いい歳をした老人が群れて、我を忘れて他人の噂をしている姿もいただけない。 特に男は! ・・・・・・ 3768, 福島原発事故は実際、何処まで深刻なのか? 2011年07月20日(水) 大震災と、それに伴なう福島原発事故が起こって4ヶ月以上になるのに、一番深刻と思われる原発事故の深刻度がハッキリしない。 先日、図書館から借りてきた「新潮45 〜6月号」にー特集・震災後をどう生きるかーがあった。実に、現在知りたいと思っていた、 哲学者や、学者、その道の評論家が、それぞれの視点で論評を書いていた。 現在、一般的に知られている事実を科学作家の竹内薫が 次のように、書いていた。 【 マスコミも含めて、日本人の多くが原子力発電の基礎知識をほとんど持っていなかったことで、いまだに多くの誤解がまかり通っている。 スリーマイル島とチェルノブイリの事故の違いも知られていないようだ。 ・スリーマイル島ではメルトダウンが起きたが、格納容器が破壊されず、環境への影響はほとんどなかった。 ・チェルノブイリは、まともな格納容器すらない、旧東側の原発であり、原子炉が爆発して(核爆発ではない)、放射性物質が成層圏にまで 吹き飛ばされた、未曾有の大事故だった。 旧ソ連は事故を当初から隠蔽し、海外で放射性物質が検出されて初めて大騒ぎになった。 ・今回の福島事故は、深刻であることは間違いないが、スリーマイル島の事故を超え、チェルノブイリより被害が小さい事故、 というのが世界中の科学者・原発エンジニアの共通する見解だ。 ・最悪の事態を迎えたとしても、格納容器が内部の蒸気圧に耐えられずに爆発し、高度500メートル付近まで放射能物質が飛散し、 周囲に拡散するにとどまるという。4月12日に事故の深刻さが「レペル7」と認定され、「ほれみろ、チェルノブイリと同じではないか」 という論調のマスコミもあらわれたが、政府が「チェルノブイリではない」と主張しているのは、ある意味、正しい。・・・・ 】 ▼ 世界の科学雑誌は、一般的に事態を冷静に見ており、原発事故を「1.未曾有の自然災害」×「2.40年前の技術水準の原子炉」 とし、数十年かけて再生可能エネルギー技術をスケールアップするまでは、原子力発電を使い続けるべきとしている。 日本のTVを見ていると、まるで世界中が原発反対で一致団結をしているように思われるが、それは正確でないという。 また、「想定できたはずの人災」にすり替えようとした動きは、後だしジャンケンであり、原子炉の破壊が人災というなら、 2万人以上の死者を出した大津波に対しての、10メートルの防波堤に対して、更に大きな人災論をマスコミは騒いで良いはず。 これまでの過剰反応は収まってきたが、それでも大気にばら撒かれた放射性物質の影響は、次第に身近に来ている。 問題は、若い人である。その中で、幼児が、10〜20年後に、ガンなどになる可能性が出てくること。 私たちの年代には、どっちにしても、先は限られているので、騒ぐこともないので、国全体としては落ち着いているのである。 とはいえ、この事態は健康面だけでなく、政治経済などの先行きに予断を許さないことは間違いない事実。 それに気づいた人たちが、観光地、温泉などに徐々に戻りつつあるようだ。まずは、この夏の電気エネルギーの供給。 ・・・・・・・ 3403, マイナス思考講座 2010年07月20日(火) 「マイナス思考法講座 ープラス思考をやめれば人生はうまくいく」 ココロ社 (著) ーアマゾンの内容紹介より 前向きなポジティブ思考で「その気」になっても実際には何も変われていない、ってことありませんか? そんなあなたにこそオススメしたい最終兵器がマイナス思考! 落とし穴だらけのポジティブ思考を捨て、 仕事・人間関係・恋愛で本当に役に立つ“戦略的マイナス思考”を身につけよう。 本当の成長は、徹底的な絶望から始まるのです! 人気ブロガーによる究極の自己啓発書! ▼ この本はまだアマゾンの内容紹介と、読者の感想しか読んでない。なるほどと思う部分と、何も知らない何の経験のない人が 読んだら誤解を受けそうでもある。 プラス思考・肯定思考は意志そのものである。それに対しマイナス思考は感情面が強い。 したがって、二つをミックスしながら考えを進めてこそ、思考が高まる。 単純なマイナスも、プラス思考もない。 一般にいうプラス思考は、マイナス思考を乗りこえた上の積極的な働きをいうのであって、頭の軽い明るい人の軽薄思考とは違う。 ここで「絶望ワーク」という、14の講座が展開されているが、もちろん、それらを乗り越えた上の思考であることは当然である。 先日の全国紙上で、アメリカの「肯定思考法」の行きすぎに疑問を呈している論があった。ただ、それだけで良いはずはないのは、 誰の目にも明らかだが。 格差という視点からみて、肯定思考は「一段上にアップスケールなど考えるより、現状を肯定し、 それを受け入れるべし」と捉えがちになる。 マイナス思考なら、「現状を絶対否定をして社会全体を破壊するか、現状に満足している 自分を否定する」ことになる。 そうすると、ヘーゲルの正・反・合の適応が考えられる。正=プラス思考、反=マイナス思考、それら から導き出されたランクアップした思考こそ、練りこまれた結果となる。 マイナス思考で準備をして、プラス思考で実践を することがより有効になる。 思いもよらない失敗をした時、我を取り戻すために必死になって、マイナスを取り繕うために、 プラス面を探し出し気持ちの動揺を最小にする作用として、プラス思考を使うケースが多い。 しかし徹底的に、そのマイナスの 中心点をみるためには、マイナス思考は重要である。 とはいえ、人生は「にっこり笑ってハンカチーフ!」でなければ、 生きられない局面が多い。 だいたい、「マイナス思考講座」という題名の本が出ること自体、世界が金融恐慌だからだ。 今後、10~20年は、いや50年スパンで歴史的大混乱は避けられない中で、「マイナス思考」を持つのが自然であり、 「プラス思考・肯定思考」そのものが、不自然になるのは当然である。明日にでも、この本が送付されてくる。 ・・・・・・・・ 3028, 『死ぬときに後悔すること25』+2 2009年07月20日(月) 『死ぬときに後悔すること25』 緩和医療医・大津秀一著 《人生の目標は、『死ぬ時に後悔しないこと』》と言ったのは、日蓮だが、この本は新聞の書評で知り、ネットで概要を 調べたもので、実際には読んではいない。しかし、それだけでも、その骨子をしることは出来たようだ。 その骨子とは 〜〜 末期医療の現場で1000人の死を見届けた医師が書いた本で、「人は亡くなる時にどんなことを後悔しているのか」をまとめたもの。 人は生きている時に、「仕事で出世したい」「人生に成功したい」「お金持ちになりたい」とか思うのが常かもしれないが、 最期を迎える時に思うことは、どうも違うようだ。 ーその25のこととは?ー 健康を大切にしなかったこと △ たばこをやめなかったこと ○ 生前の意思を示さなかったこと ○ 治療の意味を見失ってしまったこと ? 自分のやりたいことをやらなかったこと ◎ 夢をかなえられなかったこと ○ 悪事に手を染めたこと ○ 感情に振り回された一生を過ごしたこと ○ 他人に優しくなれなかったこと ○ 自分が一番と信じて疑わなかったこと ○ 遺産をどうするかを決めなかったこと △ 自分の葬儀を考えなかったこと ○ 故郷に帰らなかったこと ○ 美味しいものを食べておかなかったこと ◎ 仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと ◎ 行きたい場所に旅行しなかったこと ◎ 会いたい人に会っておかなかったこと ◎ 記憶に残る恋愛をしなかったこと ??? 結婚をしなかったこと ○ 子供を育てなかったこと ○ 子供を結婚させなかったこと ○ 自分の生きた証を残さなかったこと ◎ 生と死の問題を乗り越えられなかったこと ○ 神仏の教えをしらなかったこと ○ 愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと ○ (字数制限のためカット 2011年7月20日) ・・・・・・・・・ 2663, 「哲学づくと、どうなるか」 2008年07月20日(日) この随想日記を7年以上毎日書き続けたためか、以下のように左から右へと変わってしまった。 但し重心だが。 ということは、過去の自己否定の辛い日々になっている? 根本を突き詰めない日々 ー> 考える日々(考えざるを得ない日々)) 日常に流される日々 ー> 新しい知識を求め続ける日々 役立つことを追求する日々 ー> 役に立つとか立たない外を求める日々 常識を加える日々 ー> 常識を根本的に疑う日々 実生活のプラスを加える日々ー> 真実とは何かを求める日々 マスコミに左右された日々 ー> 自分の道理を最優先にする日々 群れを求める傾向 ー> 孤独の時間に重心を移動 要するに自分の話す言葉、書く言葉を大事にするようになった。その反面、これまでの表層的な自分を思い出しながら赤面している。 そういえば、二十・三十歳代半までは右側の傾向が強かったようだが・・・ インターネットと、印刷の発明とドチラが人類にとって 大発明になるのかといえば(私自身の判断だが)数段、インターネットだと思う。その人類の大きな転機の大事件に立ちあっている。 それぞれがブログを通して「語ること」を始めたのである。ブログで語り始めて、語りを継続をして、私の場合、哲学づいたのである。 自分の知識と経験の限界を知ることは、何か空しい気もする。 知っていることより、知らないことが膨大に広がっているのを知ると、 先ほど書いた右側の傾向になっていくのである。それにしても、面白い岐路を生きたものだ。 ・・・・・・・・・ 2007年07月20日(金) 2299, また地震!どうなっている?まったく! ー3 「柏崎原発直下に断層」 ー耐震設計の前提崩れるー これが昨日の地元紙の新潟日報一面のトップ記事である。 更に一面の下にある「日報抄」というコラムに以下のようにあったが、これしか書けないのがマスコミの限界だろう。 (字数制限のためカット 2010年7月20日)
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| 4874,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー41 |
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2014年07月19日(土)
* 創業時の取引先の営業関係者が、ほぼ亡くなった! 毎年の忘年会の常連メンバーを思い浮かべると、ホテル創業時の営業担当の3分の2が、 亡くなっていた。30数年前からの営業関係者なら、さもありなんだが。大体が60歳前半のガン。 70歳過ぎが、二人。その中で、80歳過ぎまで10数年間、古町の老舗料理屋を毎月通っていた 近くの不動産屋の遊び人?がいた。 倒れた前日、飲みに誘われたが、先約があったため、 他の?かと飲んだ後、さらに自宅で酔いに任せウィスキーを、一本を空にした翌朝、脳溢血で 意識不明になっているのが発見され、一年後に意識回復することなく亡くなった。 酒の壮絶死は、後先、身近で見たのは、初めて。私も一つ間違えれば? 営業担当もあって、 ガン死が殆どだが、建設関係は、酒によるガン悲話 <夫の意に反しての単身赴任の結果、 ガンで亡くなり、そのショックで奥さんが重いノイローゼに・・云々> <営業の酒席の過多でアル中で、離婚>などを多く聞く。営業担当は、飲み屋の付けを 抱えているため、競争関係者に、その支払いの代償に、自社の利益に反する情報を売ることもある? * つれづれに 〜語り直しは、内省! 装置産業は、創業で当てれば天国だが、後は何もすることがない。 立上げで、勢いをつければ枝と幹が出来たようなもの。日常業務は、支配人、マネジャーの仕事。 一棟目の一周の春夏秋冬を経験すれば、二棟目以降は一ヶ月も過ぎると、何もすることが無くなる。 そこで事務所で本を読むか、年二回、海外旅行で刺激を得ることになる。あとは、お決まり小人 閑居して酒。しかし、お客の生命を守る危険な仕事。 火災、ヤクザの脅し、酔客などの苦情、 自殺など、いつ何時、何が起きても対応しなければならないため、常に緊張感が必要になる。 リタイア後、その縛りと、45年間の刷りこみから解放感で、宙に浮いているよう。 『現役時代は良かった』の心持ちはゼロ。現在も、そのまま同じ。同年代の人の仕事の話を 聞いていると『 』。 振返ると、その持て余した時間が、人生にとって大きな贈物だったことが、見えてくる。 これは振返ってこそ見えてくること。そうと、当時、もっと意識をしていたら、味わい方も違っただろう。 過去は、変えられないが、見方、解釈は変えることが出来る。 それもこれも、どうでも良いことだが。 ・・・・・・ 4507, どうせ死ぬなら「がん」がいい ー2 2013年07月19日(金) 『どうせ死ぬなら「がん」がいい』近藤 誠 (著), 中村 仁一 (著) 対談ということもあり、目次の小項目がテーマが、ずばりキーワードになっている。 これを並べれば概要になる。 どれもこれも、今までの思い込みと真逆な内容。「ガンは悪性なら助からないし、良性なら助かる」それが分かってない。 それを延命させようとしただけ苦痛を与える。自然死こそ本人のため。私も20年にわたり毎年、胃腸や肺を胃カメラや CTスキャンなど半日検診を欠かさず受けてきた。結果からすると、2~3年に一度でよかったのでは?必要がなかった? 早朝ウォーキングを毎日一時間以上を続けてきたことと、ストレスを溜め込まないことが、私の健康法だった。 一章 がんの誤解を解く ・どうせ死ぬなら「がん」がいい ・治療しなければ、がんはけっこうな病気 ・がんが痛むのではない。治療で痛むむ ・がんの9割に抗がん剤は無意味 ・抗がん剤が「効く」とは、しこりが一時小さくなるだけ・「腫瘍内科医になるのは、おやめなさい」の意味 ・ひとりも痛まない老人ホームの「がん放置患者」 ・胃がんも肝臓がんも放置すればラクに死ねる ・手遅れの幸せ。安らかな自然死 ・がんの9割は「末期発見・治療断念」「放置」がいちばん ・家族ががんだとわかったら ・人間ドックを受けたために、がんで玉砕 ・いくらでも見つかる「潜在がん」「がんもどき」 ・がんの集団検診をやめたら、がんが減った" ・この半世紀、日本人の融がん死亡率は変わっていない ・姉の乳がんが「乳房温存療法」「がん放置療法一のきつかけ ・150人以上の「がん放置患者」を謬て理論と事実が一致 ・本物のがんと「がんもどき」 ・本物のがんは、見つかった時点で転移している ・「早期がんを手術で取ったから助かった」の誤り ・手術は「人工的な大けが」。傷口が痛み、がんがはびこる ・スキルス胃がんも切らない方が余命が延びる ・「抗がん剤が効いた」という論文のカラクリ ・腹永も消える、安らかな自然死 ・「治僚しない」ことに耐えられない日本人 ・「やるからには徹底的に」が医者の性格 ・手術で大きな後遺症を抱えて寿命が縮む ・症状のない前立腺がんを放射線で虐殺 ・放置すれば最後まで痛まない胃がん、肝臓がん、食道がん、子宮がん ・消えるのは「がんもどき」。末期がんからの生還例はない ・1%の可能性だけ見て99%を考えない" ・西行が桜の下で死ぬ夢を叶えるためにしたこと ・治療を拒み、飲まず食わずでスーッと逝った" ・食べないから死ぬのではなく「死に時」が来たから食べない ▼ どれもこれも「ガンを老いの病と捉え、抵抗をしないで、従うしかない」ということ。 西洋医学に限界と無理がある。目先、医療知識のない患者は、医師の方針に従うしかなく、恒例の手術か、 抗がん治療に入っていく。誰もが自然死を選ぼうとしないのは自然の成り行き。で、管に巻かれて悶え死んでいく。 「この論を信じるべきか?」 で、真逆の真逆の論?「がんで死なない生き方」中川恵一著を借りてきた。 ・・・・・・ 4133, 「夏目漱石の自己本位」 ー2 2012年07月19日(木) 『定年後 ー豊かに生きるための知恵』 加藤仁著 「自己本位」が無作法に行われたら人間社会は成り立たない。そこには当然、心得がある。 それを厳格に守るのが個人主義である。我々は社会の中に生きている。社会にはルールや心得がある。 それを知った上で自己本位で生きていかなければならない。 * 当然、「自己本位」に心得がある! ≪「他人本位」から「自己本位」に生き方を転換するには、三ヵ条を心得ておかねばならないと漱石は言う。 第一に、自分の個性の発展を遂げようとするならば、他人の個性を尊重しなければならない。 第二に、自身が有する権力を行使しようとするならば、それに付随する義務を忘れないこと。 第三に、自己の金力を示したいのであれば、それに伴う責任を重んじなければならないことである。 講演の最後に、漱石はこう言いきっている。《 ただもう一「つ御注意までに申し上げて置きたいのは、 国家的道徳というものは個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見える事です。元来国と国とは 辞令はいくらやかましくっても、徳義心はそんなにありゃしません。詐欺をやる、誤魔化しをやる。 ペテンに掛ける、滅茶苦茶なものであります。だから国家を標準とする以上、国家を一団と見る以上、 よほど低級な道徳に甘んじて平気でいなければならないのに、個人主義の基礎から考えると、 それが大変高くなって来るのですから考えなければなりません。》≫ ▼ 漱石は「自己本位」という金鉱を見つけたことで、その後の進むべき道を見い出した。 聴衆に対して「もしどこかにコダワリがあるなら、何かを掘り当てるまで突き進むと、各人各様にもって生まれた 個性がそこにぶつかり、初めて腰がすわる。そこに腰を落ち着けて前進していくと、個性に磨きがかかり、発展し、 幸福感と安心がもたらされる」と、説く。このことは定年退職者にも、同じく当てはめることが出来る。 若さを失う要素の一つは周囲に流されやすくなり、他人本位になることがある。まだ江戸時代の滅私奉公の 気持ちが抜けきらない時代に、「自己本位」を言ってのけたのだから、驚いてしまう。単一民族で、島国では、 互いを大事にするあまり他人を意識過ぎて、自分を確立する機会が減ってしまう。特に勤め人は孤立に弱い。 ・・・・・・・ 3767,閑話小題 2011年07月19日(火) * 女子ワールドカップ・サッカーで日本が優勝 テレビで話題を盛り上げるため、日本が優勝すると笑いながら言っていた解説者はいたが、殆どの人は、 「日本が優勝するなど有得ない」と思っていた。ところが昨日、一般の予測に反し日本女子が優勝をしてしまった。 ドイツに買ったのだから、日本がアメリカに勝っても不思議ではないが、24戦して22敗、二引き分けの相手である。 もし勝つなら「何とか引き分けに持ち込んで、PK戦で勝ちを拾うしかない」と、思っていたのが、正夢になってしまった。 結果的には大震災と原発事故で瀕死の状態の日本に米国が勝ちをプレゼントしたことになる。 米国の一方的な攻撃の中で、 耐え抜いてPK戦に持ち込んで勝利したのだから、恐れ入る。 その中で、神憑り的な幸運が試合の随所でみられた。 明らかに弱者である日本は、一方的な攻撃に耐え抜く弱者の戦法が、最後に幸運を引きよせた結果を生んだ。 最悪の事態の時に、最悪の出来事を呼び寄せることを「布置」と、先日、ここで書いたが、逆に、この時期に有得ない幸運?を 引き寄せることも「布置」というのだろうか? * メタボの雀、再会 昨日の朝、女子サッカーを見た後、何時もの信濃川の川辺のサイクリング・コースのベンチで、ストレッチをしていると、 前に書いたことがあったメタボの雀が、何時もの通り、50センチ位のところまでやってきた。このところ見かけなかったので、 餌が無かったが、ポケットに手を入れ撒いたふりをすると、そのあたりを必死に餌を探している。 信濃川の雀、その後、 何気なく自転車に乗りながら観察しているが、餌が豊富なのだろう、全体にメタボ気味のようだ。 * そろそろ、軽い鬱になりそうな 三月末を区切りに、自宅に中心の生活に変わり100日余りになる。だんだん慣れてはきたが、そろそろ軽い鬱がきそうか。 早朝、この随想日記の仕上げと、電動アシストのチャリで信濃川土手のサイクリング、そしてスポーツセンターと、午前中は過し、 午後は流しに入る。 映画館、SC、図書館に行ったり、読書をしたりで、時間がたっていく。しかし、今度は余裕が出来てくると、 周囲の人の視線が見えてくる。 事が事だけに獄門打ち首のサラシの身の上か、1〜2年は蟄居閉門である。 本人には、そんな意識は少ないが、あの視線は、やはり、そういうことか?という感がする。 元もとアウトサイダーを基本と してきたので、「その辺の輩」への逆視線はある。 私も人間、環境の動物。今さらか・・ それ以前の初老性欝か、大震災の背景も? ・・・・・・・ 3402, 「壊れ窓理論」の経営学 2010年07月19日(月) 「壊れ窓理論」の経営学 ー犯罪学が解き明かすビジネスの黄金律 ー M・レヴィン (著), ーアマゾンの内容説明からー 小さなことが大きな成功と失敗を生む! 「壊れ窓理論」とは、小さな犯罪(壊れ窓)を放置すると大きな犯罪を招く、 だから小さな犯罪を取り締まれ、というものだ。この犯罪学の理論をビジネスに当てはめたのが、本書である。 有名企業の豊富な事例をもとに、あなたの会社の「壊れ窓」を防ぐ方策を伝授。 =まず、その要点をまとめてみると・・= ≪ 「ニューヨークの凶悪犯罪が減ったのは地下鉄の落書きを消したから」 「あなたの会社にも壊れ窓はないか?」という再三の 問いかけと、ささいなことを大事にするか疎かにするかで大きな差がつくという指摘にドキッとさせられる。 序文の一行目に「汚いトイレとは、壊れた窓である。・・・」とある。「一枚の割れた窓のようなチョットした綻びが、 毎日そこを通りかかる人々に向かって強いシグナルを発する。 壊れたまま修理されてなければ、建物の所有者はそれに 気づいてないか、目をつぶっているという意味だ。 ということは、近辺では窃盗や破壊行為や暴行など、もっと深刻な犯罪が 見逃されていたかもしえない。 少なくとも、誰も目を配っていないのは明らかだ。これが壊れ窓理論の核心である。」と・・・ ここで、さらに鋭く「もし、あなたが経営者で、小さなことはどうでもよいと本気で思っていたら、本書を是非とも読んで欲しい。 あなたの会社を救えるかもしれない。ともかく、些細なことがビジネスの成否を大きく分けるというのは、どれだけ強調しても 足りない。・・・壊れ窓とは汚れたカウンターかもしれないし、見つけにくい場所に置かれたセール商品、適当に羅列された メニュー、態度の悪い従業員かもしれない。≫ ▼ 耳が痛い。あまり細部に口を出すのは管理・監督まで指示するから、と目を瞑ること自体が出発点から間違っているのである。 忘れていたことである。 内部的にも、その辺を見られる。そういう目で色いろな店とかを見て合せ鏡にするのも良い。 自分自身の壊れ窓、身近の人の壊れ窓、知人の壊れ窓、という視点で、その性格を見ると面白い。 私は?癖、 はたまた??か。 ズット壊れたままか。何度も修理をしてきたが、何時の間にか・・ 誰か笑っているけど、壊れているのを自覚してない方が恐ろしい。 ・・・・・・・・ 3027,アキバ・オタク文化 2009年07月19日(日) 現在、秋葉原が注目を浴びているが、秋葉原は昔から時代の10年先を行っていたという。 現在は秋葉と、中野ブロードウェイは「お宅」だけでなく、外国観光客のスポットになっている。 引きこもりのオタク文化は、新自由主義の変化が引き起こした歪みの側面がある。 しかし電器商品や、萌えとか、コスプレなどのファッションは面白い独自の世界を形成している。 ーウィキペディアによると ・まず戦後、闇市から出発。 ・1960年代に入り、家電の街になって、・70年代になってオーディオの街に、 ・80年代がマイクロコンピューターの街になり、・90年代でマルチメディアの街に、・2000年代になってオタクの街になった。 ≪字数制限のためカット 2011年7月19日≫ ・・・・・・・・・ 2662, 閑話小題 2008年07月19日(土) *図書館の、ある光景 もう三月になるだろうか、昼休みに図書館の、あるコーナーに行くと、その二メートル先の立ち席の机に三十冊ほどの本を積み上げ、 腕まくりをしてノートに書き写している40歳位の男の人がいる。週に一度は、そのコーナーに行くので互いに意識?をする。 座り机が幾らでもあるのに、立って調べている。その方が気持ちを集中出来るからである。 研究者なのだろうが、ただ者ではない雰囲気を漂わせている。 何事かと、思うのは当然だろう。 *地球儀 ≪字数制限のためカット 2010年7月19日≫ ・・・・・・・・ 2007年07月19日(木) 2298, とどまりたまへ旅人よ わきめをふらで急ぎ行く 君の行衛(ゆくえ)はいづこぞや 琴花酒(ことはなさけ)のあるものを とどまりたまへ旅人よ ーー 藤村の、この言葉を若いときの自分を振り返って、投げかけてやりたい言葉である。 「わきめをふらで」何を目指していたというのか?‘お前、何を焦っているのか、もっと今・そこをみたら!’と。 時は戻らない、しかし、しかし!・・である。 それが青春なのだろう。ただ、精一杯生きればよい!ということではない。 といって、精一杯生きなければならない時節もある。誠実に生きることだ、自分自身に。そして、その時、そのことに。 しかし、とどまっていては駄目な時もある。 わきめをふらないで歩む時も! まっすぐに、歩かなければならない時もある。 とどまることも、必要ならとどまることだ、琴花酒とともに。 楽しんだら、酔いがさめたら、立ち去ることだ、それが人生だから。 ーー 島崎藤村 「若菜集」ー『酔歌』より 旅と旅との君や我 君と我とのなかなれば 酔ふて袂の歌草を 醒めての君に見せばやな ≪字数制限のためカット 2012年7月19日≫
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2014年07月18日(金)
* 初孫が産まれた 一昨日の夕刻、二番目の息子から予定日より半月早い、女児出産の電話が入った。 68歳の初孫である。家内が東京に出かけていて留守だったが・・ 嫁さんが、高齢出産?で、 万一を考えて、二ヶ月前から入院をして大事をとっていた。 出産前に男女の識別は分かっていた? のだろうが、何も言わないことから、女児だろうと推測をしていた。 亡くなった一番上の 姉夫婦に孫がないので、もしかして私たちも?と諦めかけていたが、これで御祖父さんの仲間入り! 孫は可愛いというが、これだけは持ってみないと? * つれづれに ー大相撲の若手人気力士『遠藤』の災難 現在「遠藤効果」もあって大相撲人気が戻ってきた。一年前とは大きく違ってきた。 八百長が少なくなり?、モンゴル、ロシア、東欧、フィリピイナの混血、エジプト人などの真剣勝負が、 内容を面白くしている。そこに去年、学生横綱だった『遠藤』が数場所で、幕内に上がってきて 停滞していた大相撲人気に火をつけた。姿かたちと相撲内容に花がある力士で、見ていても面白い! 早速、『永谷園』のコマーシャルに出演し、取組み前の懸賞金が連日、出るようになった。 ところが今場所から、その数が横綱よりも多くなってしまい、最後の仕切りでは、館内では横綱を 超えた大声援。 そうすると何が起こるか。横綱に勝つのは至難の技だが、自分と同じ位の力量の 遠藤に勝てば、給料分の懸賞金が手に入る上に注目される。そのため、嫉妬とライバル心を加え、 目の色を変えて挑んでくる。遠藤にすれば堪ったものではない。その中で、最後は6〜7勝を するのだから、やはり力量があることは確か。これに白鵬、朝青龍レベルの新人、二人(照の富士、 逸ノ城)が加わってきて、他の若手にも火がついてきた。しかし、遠藤以外に日本人の有望力士が 見あたらないのが気にかかる。 ところで、三役昇進のタイミングに遠藤の四股名が『清水川』 に決まったと数ヶ月前の朝日新聞にあった。清水川は1938年に追手風部屋を創設した、 追手風の生みの親であり、元大関の名前。遠藤をはじめ、勝っても、負けても面白い相撲をとる 力士が、このところ、多く見かけるようになった。数年前の、大相撲存亡の危機での取組みの成果が、 一挙に出てきたということ。 ・・・・・・ 4506, どうせ死ぬなら「がん」がいい ー1 2013年07月18日(木) 『どうせ死ぬなら「がん」がいい』近藤 誠 (著), 中村 仁一 (著) 『大往生したけりゃ医療とかかわるな』の中村仁一と、『がん放置療法のすすめ』の近藤誠が 「がん」と「死」を語った内容。二人は20年以上前から、「がんは手出しをしなければ、痛まず 穏やかに死んでいける。治療せず放っておいた方が生存期間も長い、医者の常識に騙されるな」 と説いてきた。 まずは、ーアマゾンの内容紹介ーより ≪がん、そして医療の常識を覆す異色の医師対談。がんは放っておくと増殖・転移し、痛みに のたうち回って死に至る…という悲惨なイメージは、医療界のでっちあげだった。20年来、 「『がん死』のお迎えは最高。ただし、治療しなければ」(中村)、「がんの9割に抗がん剤は効かない。 患者よ、がんと闘うな」(近藤)と言い続け、実際に多くの「がん放置患者」の穏やかな臨終を 見届けてきた2人が、がんという病、医療の実態、そして人間の死について語り尽くす。≫ ー 印象に残った箇所を幾つか、書き出してみた。これ知っているか知らないかでは大きく違ってくるー * 抗がん剤の有効判定が(⇒がんのしこりが一定程度小さくなるだけで)延命効果は実証されて いないこと、逆に抗がん剤で 大きなダメージを受けるのは正常細胞、不必要な手術と抗がん剤の 副作用が苦しみ悲惨な最期を迎える要因でしかない、 日本人に多い固形がんは抗がん剤は 効果なしなら、やめるべきだ。 * 50歳を過ぎた男性の2人に1人は、死後解剖すれば前立腺がんが見つかる。 これは放っておいても大きくならない潜在がんで、何の害も及ぼさない。また、甲状腺がんも、 精密に検査できるなら、日本人の3人に1人はかかっている。 しかし、実際に甲状腺がんで亡くなるのは、全ての死亡者の中のわずか0.1%。 つまり、1000人に1人のみである。* 現在の医学技術で「早期がん」として発見できるのは、 直径1センチ前後の大きさである。しかし、この程度の大きさは、 がんの一生の中では 30回くらい細胞分裂を繰り返した後の晩期の段階である。* 最近の研究では、 「がんは大きくなってから転移する」というのは間違いであることが明らかになってきて、 「がん細胞はできるとすぐに転移する能力がある」の方が正しい。 * 著者の経験によれば、逸見政孝さんのようなスキルス性胃がんの場合、胃の全摘出手術を 受けずに放置した患者で1年以内に死亡した例は皆無で、ほとんどの人は3年以上生きていた。 * 世間でがんと診断される病気の中には、本物のがんと、がんもどきがある。がんもどきは治るが、 本物のがんは発見された時すでに他に転移を繰り返しているので治らない。がんもどきは 放置しておいても命に関わりがないので、手術をしてもしなくても 同じ。本物のがんは手術しても すぐ再発するし、手術で体力が落ちることからかえって死期を早める。本物のがんを放置した患者の 多くは末期になってもほとんど痛まない。患者の多くは最後まで意識を持ちながら、苦しむことなく 枯れ死んでいく。 がん治療しようとすると、治療による痛みに苦しめられ、通常の人間らしい 暮らしを根こそぎ奪われてしまう。 というわけで、がんは治療せずに放置するに限る……。 *「予防医学は患者を呼ぼう医学」「大学病院は、いい実験を受けられる病院」など・・・ *「早期発見と早期治療でがんは治る」という世間の常識とは、現実はまったく逆である。 悪性は、関係ない? ▼ 「悪性のガンなら、遅かれ早かれ死んでしまう。それなら手術や抗がん剤などの治療など すべきでない」という 二人の主張するのも道理で、身近の人のガン死をみていると同感である。 とはいえ、ガンで死なない注意をしているかどうかで大いに違ってくるのも確か。 タバコを吸い、酒をビールなら二本、日本酒なら2合以上を飲み続け、ストレスと運動不足などが 加わると、ガンリスクは大きくなるのは当然である。還暦まで生きたら、後は野となれ山となれ、か。 ・・・・・・ 4132, 脳の中の小さな存在 2012年07月18日(水) 体操の内村航平のインタビューの中の言葉に驚いた。「どうして一秒の間に、あれだけの回転が出来るのですか?」の問い に対する答えが凄い。「私の脳の中に小さな自分がいて、彼が冷静に自分を見ていて次の指示を出している。終わってからでも 内容を憶えていて、間違いを正してくれる」等であった。 これは訓練の繰り返しで、色いろのことを自問自答する中から自然に 出来上がった「セルフ」である。その精度が高いため、世界のトップになれたのだ。その小さな存在には科学的訓練のベースの 裏づけがある。擬人化した「セルフ」には、無意識のレベルに達した自己客観視する自分が、幾重に重なっていて、直感的連 続動作を冷静に見つめていて、瞬間の動作を修正している。柔道でも、同じような話を聞いたことがある。世界のトップクラス 相手の攻撃に対した防御は、考えて対処するのでは無理、練習の重なりで直感的反射防御まで訓練していないと防げないという。 世界一流まで持ち上がたレベルの高い「小さな存在」に、自分を委ねているのと同じである。 親とか、小さな地域的価値観から一歩も踏み出すことが出来ない「小さな自分」に縛られているそれもあるが、その辺の 下世話な内容は、ここでは止めておく。ここは世界的アスリートの話。 天才的芸術家や小説家などは、その小さな自分が、 冷静に現象の中の本質を直感して、それを脚色、新たな創造をする。野球のイチロウにしても、こういう右脳と、左脳の論理が 組み合わせが出来た上で、脳の奥で瞬時に動作を指示する司令塔があるようだ。 将棋や囲碁の名人にも同じである。 少し話は変わるが、毎朝、過去の、この随想日記を読みかえしているが、毎日繰り返していると、読み返している自分が 別人格として存在しているような妙な気持ちになる。3、5、10年前の同月同日の自分と対話している毎朝の自分の存在である。 私=自分は、それぞれの瞬間瞬間いて、これを書いていた。しかし、時間の経過と同時にTPOSは変化していく。その上に自身も 変わっていくため、それぞれを含めた自身の範囲として、「自分」が立ち上がってくる。哲学的になるが、脳の奥の小さな存在は、 言葉だけでなく、直感も持っている。そのセルフの直感こそ、天の閃きになる。それでも上手くいかないケースもある。 世界を知れば知るほど、自分の卑小さを直感するが、小さな存在は確実に真の言葉と直感は研ぎ澄まされていく。 真なる自己、真実の時は、感謝、感激、感動、極限の時、静粛の中に存在する。 この瞬間は永遠である。 ・・・・・・・ 3766, ユング ー9 2011年07月18日(月) 〈 ユングー地下の大王 コリン・ウィルソンー� 〉 * 幽体離脱とは 事故などで仮死状態の時の幽体離脱の色いろな体験談を聞くが、共通点がある。 私も何度か幽体離脱と思われる経験をしたことがある。突き詰めれば夢だろうが・・夢にしては、あまりにリアルである。 ユングが六八歳のとき、散歩中凍った道路で滑って、くるぶしを折って、その二、三日、はげしい心臓発作に襲われた時に、 幽体離脱をし地球の大気圏の境目辺をさ迷った時の体験の手記がある。 幽体離脱は、人間の限りないエネルギーが、 あるキッカケで、その外に出てしまい、外から自分の肉体を眺めているイメージをいう。 【 ユングはこの神秘に対して一つの鍵を与えるように思われる一つのケースを挙げている。彼は一人の女性の患者が難産の末に 死にそうになり、彼女自身が自分の肉体の上方の空中にあって、自分の肉体を見下ろしているような感じになったと述べている。 彼女は医者がヒステリックになったのを見ることができた。それから、彼女の家族が入って来た。彼女は彼らの反応を見た。 彼女は自分の後ろに春の花が咲いている公園のような不思議な光景があることを知った。それは「別の世界」への入口である ことを彼女は知っていた。彼女は、もし自分がそれを見たら、自分の体を再度入れたくなるかもしれないことを知っていた。 それで彼は目をそむけ続けていた。彼女が目を覚ましたとき、看護婦に自分が見たことを話すことができた。 看護婦は、この患者が医者やその他のことについて言ったことを正しいと認めざるを得なかった。】 【 ユングはあからさまに言うことはあきらかに気が進まないが、彼が一般的な意向は明白である。 一九四四年に彼自身が死に近づいた経験をしたために、彼は心は肉体から独立していると確信するようになった。 これは、死後の生活が実在しているという意味であるように思われる。事実、一九三四年に書いた「魂と死」という論文で、 彼はもうすんでのところでこのことを肯定しそうになり、生命とは「死という究極の目標」の一つの準備だという考えを、 世界の宗教は受け入れているように思われると注釈している(ここでも彼はことばを慎重に選んで話しているので、だれも、 死後の生命を信じていると、彼を非難することはできない)。このような「体外遊離経験」はー「意味のある偶然の一致」と 一まとめにして考えると、宇宙が混沌とした集合でないことを確実に示している。 ーP183 】 ▼ 体の外に出た自分を眺めている夢は、あまりに現実的過ぎる内容である。人間の脳は、あまりに奥行きが深い。 夢は犬でもみるが、人間は幻覚をみる。その幻覚が思わぬ人知をこえた幽体離脱を生み出すだすのだろうか。 ・・・・・・・ 3401, おテレビ様と日本人 ー5 2010年07月18日(日) 何か、この本を読んでいて他人事のようでありながら、実は自分自身のことではないか? 自分が、そのまま嘲笑されているのではないか?と感じとり自分の過去を振り返ってみた。 テレビが家に入ってきた50年前の中学校二年の頃に、熱中して成績が落ちる一方であった。そして、 ある時にハッと気づき急遽、高校受験に熱中したが、タッチの差でギリギリセーフあった。 高校時代はテレビなど見ている余裕は全くなく、ただ授業についていくのに精一杯。 ある意味で健全?だった。 ところが、東京の学生時代の二年目にテレビを買ってしまったのが大失敗と、これを読んで気づいていた次第。 私も御多分にもれずテレビ大好き人間。 相撲に、プロ野球、ドラマ、映画、etc、と、これまで、バカ製造機の餌食になっていた。 それでも毎日、数時間の読書をしてきたから半分はブタ化を逃れたと、心の中で言い訳をしている始末。 私と比較ならないほど更に家内がTV好きなので、そのブタ化が合せ鏡のように見て取れる。 反面、学ぶところもある。ほぼ一切のジャンルを問わないで、世界、日本のナンバー・ワンのものを見ている。 スポーツといえば、ゴルフ、テニス、サッカーなどの騒がれ中継されているもの。 教養?番組では絵画、クラシック、各種演奏会。 映画も名作と騒がれていたものの殆ど。これほどのものなら、 TVの弊害というより、有用だろう。 世界一流の絵画を解説つきで見ると、成るほど理解度と、対象の輝きが更に増す。 ということは、有害になってブタ化していたのは、むしろ私のほうではないか? まあ、いいか! そこで私が録画をしたTV番組のタイトルを改めて見てみたが、著者のいう毒番組が過半数以上?。 現在では、代議士まで、いかにTVに出て、自分をさらすかに苦心をしている。実際のところ、それが次の選挙対策なる。 彼らにとって、選挙民の投票で現在の地位が保たれているからだ。政治家としての能力より、タレントしてのパフォーマンスが 要求される。 だから、あの宮崎県知事なっている何某が、臆面なく御笑いパフォーマンスで役割を果たしている。世も末だ その意味、愚衆から選ばれた政治家が政治をした結果が愚衆政治になっているのである。 TVの出だしの頃、西部劇などで、白人の主役がインディアンに襲撃にあい、反撃して殺しているのを喜んでみていたが、 あのインディアンは、我われの姿でもあったのである。白人=善人、インディアン=悪人という洗脳でしかなかったのである。 ハリウッド映画が全盛を極めているが、その内容には隠された洗脳ものも多く含まれているのである。 ・・・・・・・ 2009年07月18日(土) 「生の科学、死の科学」 −養老孟司 対談集ー 3 【生きる哲学との出会い】 ー橋口譲二(写真家)ー *清水次郎長や殿山泰司の顔がなくなった 養老 いまの日本に「清水次郎長の顔がなくなった」と、TVに写真が出たときに‘あっ’と思った。 ちょうどブータンに行ってかえってきて、向こうにはよくある顔だったんですね。 人生やることは大体やってきて、修羅場も踏み、この辺で落ちついたという『まあ、こんなものだ』という顔。 そういう顔が日本人からなくなった。 ブータンの顔は日本人によく似ている。モンゴロイドがゴチャゴチャの混ざった顔。 ・・・そこで思い出したのが、黒澤明「七人の侍」です。 あの役者の顔が、幾らでもいるのです。 橋口 侍のような顔がなくなったのはのは、何でだと思います? 養老 「都会になったから」です。 都会人の顔になった、役人の顔になった。一種つくられた顔です。 橋口 何時ごろだと思います。 養老 気がついたのは15〜20年前からです。「面構え」「面魂」という言葉が死語になった。 橋口 僕が新宿の街角で少年達の顔を撮りはじめたのが1981年で、その頃からと今とでは変わりました。 それはバブルの影響が大きい。バブルは人をとにかく豊かにして、しかし努力をして得たものでないので、落ちていったと思います。 文化の享受の仕方が一面的になったというか、何か平たくなった印象です。以前に新宿にいたのは、いわゆる不良で、彼らは、 自分を取り繕っていないし、自分を隠していない。不器用で、去勢されてない。 ブータンの役人の顔が日本人に似ているのは、ある種、器用で要領のいい日本人の顔が浮かび上がってくる。 ーー 情報化の影響もあるのだろうが、世界が情報で溢れかえって、地区地区の土着の味が無くなりつつある。 日本の地方の辻浦々まで、情報が行き渡って、その地区の特有の人間性とか祖先から受け継いできた 風習が損なわれて きているからである。 意識の全国総都会化で、地方のブロックが希薄になってしまった。 また時代のエネルギーが消沈している時は、脂ぎった者同士が塀の上で争う場面が少ないということか。 ・・・・・・・・・ 2661, 読書の価値について 2008年07月18日(金) 読書について、ある哲学書に、その意味=価値が丁寧に説明してあった。学生時代に、読書の必要性を感じ取った。 そして、卒業まじかになって、その絶対量の少なさに唖然とした。そこで社会に出てから毎日、最低二時間は読書をすると、 自分に誓ったことを憶えている。高等教育で一般教養を教える目的は、「学校教育が終わった後でも学び続ける人間をつくること」 というから、一応、その成果は少しはあった???ようだ。 考え、問いかけ、答えを自分で得る方向に努力する素養である。 以下は、哲学講義書「考える快楽ーグレイリング先生の哲学講義」の《読書》についての中の一節である。 ーP251 《読書》*一冊の本を読むことから、いったい何度、人は新たな人生を歩みはじめたことだろう・・・読者は多少経験をつめば、 読書を通じて、歴史、喜劇、悲劇といった多様な人間の経験を、あたかも飛翔するワシのように俯瞰することができる、偉大な国へと 進むようになる。 そして、読書に意識を集中できるようになれば、差しだされた豊潤な世界から多くを得ることができるのだ。 読書の鍵は、集中という言葉にある。 どんな教育であれ、後世に遺すことができる最善のものは、熟考と疑問をもつ習慣だ。 読書は受け身の行為になりうるし、一時の気晴らしに過ぎない娯楽になる場合もある。たしかに多くの本は、読者がそれ以上の ものを必要としないくらいにたっぷりと技巧をこらして書かれているし、べつにそのことが悪いわけではない。 しかし、それ以上のものを求めようとすれば、読書は受け身ではなく、能動的な行動にならねばならない。 (字数制限のためカット 2012年7月18日)
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| 4872,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー40 |
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2014年07月17日(木)
* 類似ホテルが2年もしないうちに! 2年もしないうちに、このコピーホテルが隣地にオープンしたのに驚いた。近くの居酒屋の主が 隣の旅館を買収をしたのを、全く同じレイアウトで建ててきた。 不意打ちだが仕方がない。 私の後を追うように、駅裏に二棟、合計350室まで・・ 更に、ある不動産会社の紹介で富山の 材木商が訪ねてきた。 その翌年から、全国に大量出店をした『αー1』の社長である。 『百億の不動産があるが、その有効活用にビジネスホテルを考えているが、如何なものか?』 かの調査である。そして10年もしないうちに、至近距離に200室のホテルを建ててきた。 現在は?数千室もあるだけに引くに引けない? 簡単にコピー可能なこれ、何の価値がある?と、 深刻に考えてしまった!その時が、節目。 決断するまで考えられなかったのだから、私もしれたもの。 当時、雑誌記事で『一時期、ビジネスホテルを成功させたが、嫌気がさし転業した』人の手記を読み、 方向を考えたが、350室から500室への拡大戦略を止めることはなかった。 長期の装置産業のホテル業を選択したことに問題があったが、10年間の期限を切らなかった方が 問題? 長期装置のため、暇を持て余し『ぼんやり時間』を充分満たすことができた収穫でもあったが・・ 「上手く転進して二桁のホテル展開をしていたより、豊潤な時間を充分に味わうことが出来た」 という見方も出来るが、どうだろう? 現在の、αー1、ルート・インの姿。 どの道、好きで選んだ道、 「毒を食わらば皿までも」か。 それでも万一の備えがあったので、最悪に至らず、こんなことを 書けるのだろうが。 20年目で気づいたことは、「この事業の営業指数が日本経済の先行指数として 現れ出ている!」ということ。装置産業だけに金利、原油価格、為替などが直接コストに跳ね返ってくる。 今だバブル崩壊による深刻なデフレから立直れずにいる日本の近将来に悲観的なのは、 先行して大波に流された自分の裏づけがあるため。 どの道、遅いか早いかの差だが。 この時期の東京オリンピック開催は?それを覆い隠す目暗ましでしかない。阿部首相の隣に苦渋に 満ちた?副首相の顔を見るにつけ、それもヤムナシが、政冶? 隠れた‘世界恐慌!’ なぜ直視しない? ・・・・・・ 4505, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー5 2013年07月17日(水) 『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著 死んでいくにも準備が必要である。 それが具体的に分かりやすく書いてある。筆者の主催の「死を考える集い」から 生まれたのだろうが、分かりやすい。 私も年内には、幾つか選び、実施するつもりである。あまり気持ちが良くないが、 死に装束、骨壷、棺桶、位牌は通販で取り寄せることができるし、戒名は自らつくってあるので、書き込めばよい。 遺言も、このコーナーで書いたこと、そのものになるが。ブログをネット上の墓場と想定して書いているので、 別に必要がない。 問題は物の整理だが、「物」より「こと」を重視してきた事もあり、物は殆どない。 会社も消滅、自宅は家内名義。 一番、重要なのが、「事前指示書」である。 * 「自分の死を考える」ための具体的な行動十五カ条 1.遺影を撮る 2.遺言を認(したた)める 3.別れの手紙、録音、録画を準備する 4.「余命6カ月」を想定して、したいことの優先順位を書き出す 5.死装束を誂える 6.骨壷を用意する 7.棺桶を手に入れる(入ってみる) 8.事前指示書を完成する 9.献体、臓器提供の手続きをする 10.墓地、霊園を手に入れる 11.戒名をもらう 12.散骨の手続きをする 13.人生の節目に“生前葬パーティー”を行う 14.事あるごとに家族や周囲と「死」について語る 15.物の整理をする ひとつひとつの項目に対して自分なりの答えを出して、具体的に行動すことで死がより身近なものになります。 死がより身近になるということは、生がより身近になるということでもあります。 ▼ 特別養護老人ホームの医師になって四百人近い老人の死に立ち会った体験から、著者は「自然死」の本当の姿を 知らない現代医療の本質的問題点をついている。 同時に「私たちも患者のひとりになり得る」医療に対し、 “まともな”あるべき姿はどうあるべきか、死をどうとらえるべきか?を問うている。そして50〜60歳代になったら、 近代医療と関わるな、まだ末期ガンを幸運と捉え死んだほうが良策という。 以下の去年の同月同日の内容が関連している。 ・・・・・・ 4131, 夏目漱石の「自己本位」という生き方 2012年07月17日(火) ♠ 夏目漱石の「自己本位という宝の発見!」 〜『定年後 ー豊かに生きるための知恵』 加藤仁著 著者は、25年にわたり定年退職者の退職者の取材を続けてきて、ゆうに三千人を超えているという。 「はじめに」で、まず夏目漱石の47歳時の講演『私の個人主義』で、当時としては思い切った「自己本位の勧め」を取上げている。 私の場合、20歳の時点で創業を決意した時から、「自己本位」になっていた。しかし勤め人にとって、定年後が第二の人生の創業になる。 「定年後の人生こそ、自己本位であるべし」が痛いほどよく分かる。他人の思惑から遠く離れた自己本位の生き方に大きなヒントがある、 という言葉が痛いほど分かる。定年後は自己本位への第一歩から始まる。ー以下は、漱石の『私の個人主義』の中の一部を抜粋したものー ≪ *「 私はこの世に生まれた以上何かしなければならん、といって何をして好いか少しも見当がつかない。私はちょうど霧の中に 閉じ込められた孤独の人間のように立ち竦んでしまったのです。・・ そのころ、明治33年、33歳の時に、文部省から突然、英語研究のためとして、英国留学を命ぜられる。そして1年が過ぎ、苦悩が 極まった時に、あることに気づきます。自分はこれまで「他人本位」だったのではないか、そして、それこそが「空虚さ」や 不安の根本原因だったのではないかということです。 (私の個人主義) *「今まではまったく他人本位で、根のない『うきぐさ』のように、そこいらをでたらめにただよっていたから、駄目であったという ことにようやく気がついたのです。私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んでもらって、後からその品評を聴いて、 それを理が非でもそうだとしてしまういわゆる人真似をさすのです。(〜中略)ましてやそのころは西洋人のいうことだといえば 何でもかでも盲従して威張ったものです。だからむやみに片仮名を並べて人に吹聴して得意がった男がどれもこれも皆是なりと いいたいくらいごろごろしていました。(〜中略) つまり鵜呑みといってもよし、また機械的の知識といってもよし、とうてい わが所有とも血とも肉ともいわれない、よそよそしいものをわがもの顔にしゃべって歩くのです。しかるに時代が時代だから、 またみんながそれを賞めるのです。」(同前) ー苦しみの中から、漱石はあることに気づきます。それが「自己本位」。「自分を主体にし、個性を大切にする」ことに気づいたことで 「他人本位」が自身の根源的な問題であると気づいた漱石は、「自己本位」こそが「空虚さ」から脱出する鍵を握っていると考える。 つまり、外から無批判に「鵜呑み」で受け入れた「よそよそしい」知識や価値観を用いて生きるのではなく、丁寧に吟味し咀嚼して 「わが血や肉」と呼べるものを自分の中に養成し、それにもとづいて生きる生きかたに目覚めたわけです。 *「私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってからたいへん強くなりました。彼ら何者ぞやと気概が出ました。(〜中略) その時、私の不安はまったく消えました。私は軽快な心をもって陰鬱なロンドンを眺めたのです。」(同前) ー 1914年に学習院での講演で、47歳の漱石は、それまでの人生における煩悩を告白し、いかにして袋小路から抜け出したかを語っている。 「他人本位」から「自己本位」に脱し、自身の神経衰弱を克服した漱石は、次代を生きる若き聴衆に向けて、次のように熱く語りかけている。 『 ああここにおれの進むべき道があった!ようやく掘り当てた! こういう感投詞を心の底から叫び出される時、あなたがたははじめて 心を安んずることができるのでしょう。(〜中略)もし途中で霧か靄(もや)のために懊悩していられるかたがあるならば、どんな犠牲を 払っても、ああここだという掘り当てる所まで行ったらよかろうと思うのです。(〜中略)だからもし私のような病気に罹った人が、もし この中にあるならば、どうぞ勇猛にお進みにならんことを希望してやまないのです。もしそこまで行ければ、ここに俺の尻を落ちつける 場所があったのだという事実をご発見になって、生涯の安心と自信を握ることが出来るようになると思うから申し上げるのです』(同前)≫ ▼ この漱石の言葉は、現在でも、私たちに強く響いくる。当時の学習院での講演で、「自己本位」を説いたのだから、さすが漱石である。 キリストも、「自分を愛するように他人を愛しなさい」と言ったのであって、他人を優先して愛しなさいとは決して言ってない。 ・・・・・・ 3765, ユング ー8 2011年07月17日(日) フロイト邸でおきた、ユングのオカルト現象は有名だが、フロイトは半信半疑だったようだ。 ユングには、特殊の超能力があったのは事実である。以下のフロイト邸での出来事は、知る人ぞ知る事実である。 【 一九〇九年三月、ユングとエンマはウィーンのフロイドを訪問した。 そしてフロイト邸で、「本棚のボルターガイスト」 という有名な事件が起ぎた。「オカルト現象」に関しては、フロイトは完全に懐疑論者だった。 一九〇九年までに、 心霊現象のまじめな研究者によって、ボルターガイストー物を投げる霊ーは、通例は精神的な悩みのある思春期の人と 関連があることがあきらかになった。そしてこれから、ボルターガイスト活動は、思春期の人の無意識的な心、 いわば、はげしい内部葛藤の「外在化」ーによってともかく引き起こされるという説が生まれた。ユングはこの説を信じ、 ボルターガイスト活動を「外在化現象」とよんだ。フロイトとユングが超常の実在について論じていたとき、突然本棚から 大きな爆発音が起こり、二人とも跳び上がった。「そら、これが外在化現象の一つの実例ですよ」とユソグは言った。 「ばかな!」とフロイトは言った。「いや違います。私が正しいことを証明するために、しばらくすると、もう一度 音がすることを今予言します」。ユソグがこう言ったとき、本棚で第二の爆発が起こった。フロイトがその後ユングに出した 一通の手紙から判断すると、フロイトは半分以上納得したらしい。しかしその後フロイトは数回こういう音を聞いた。 そこで彼は、なんらかの自然の原因があるという結論に達した。ユングはフロイトと議論すると横隔膜が熱くなるのを 感じたから、自分がそれを引き起こしたのだとかたく信じていた。フロイト派の注釈者たちは、音は、乾ききった本棚の 木材から起こっただけのことだといつも主張していた。しかし実際になにが起こったのかを知ることは、今日では不可能である。】 ▼ 父親が亡くなった直後から10年間あまり、私に特殊な感覚が身についていた時期があった。 (偶然の一致が、あまりに多いのは)現在も残っている。この10年は哲学にはまり、論理的になったこともあり、その感覚が 薄れてしまったようだ。人間の存在、いや、自分の現にある存在の方が遥かに不思議というのが哲学。実際に、そのとおりである。 ・・・・・・・ 3400, おテレビ様と日本人 ー4 2010年07月17日(土) * 泥を食う豚、&、バカにつける薬としてのテレビ ここまでアメリカによって非植民地化人間に仕立てられてしまった日本。 これまで何を考えてきたのか、 何をしてきたのか、を考えさせられる言葉が続く。冷戦下では、敗戦国として、これしかなかったのだろうか。 一人の日本人として考えなければならない。あてがわれた憲法を今も大切に、誇りを持って維持している健気さ! ーP196ー【 私は現在の地球上の国々に別称をつけている。印象的な、いくつかの例を挙げれば次のようなもの。 虎視耽々の虎(中国)、手負いの猪(アメリカ)、砂漠の狐(イスラエル)、遠吠えの狼(ロシア)、 追い詰められた野犬の群れ(中近東)、老衰のハイエナ(イギリス)、踊るチンパージン(韓国)、叫ぶ山猿(北朝鮮)、 昼寝のイタチ(フランス)、うずくまるピュ―マ(ドイツ)などである。 それでは日本は何かというと、無論、「泥食う豚」というところだ。これ以上ぴったりのイメージは今のところない。 ・・・食うている泥とは、無論テレピだ。一昔は日本人は「蓼食う虫も好き好き」だった。どちらかというと雑食系の日本人は 個性があった。変人奇人、変わり種、自説を曲けない一徹者、頑固おやじ、へそ曲がり、そういう人たちと議論するのは楽しかった。 ところが今の日本人は、一億全員、同じ声しか出さない。 「ブー」である。・・・・】 ーP211【 アメリカがサダム・フセインを殺さねほならなかった理由は、自分たちの知性を殺人という悪にすりかえての国際法に 頼ったからだ。 フセインに知性がない暴虐だと裁断し、自分たちには知性があることを立証するために911で立証し、完全に 他の絶対多数としてのバカたちを騙し、石油、経済安定という偽善を打ち立てたのだ。でなければ、バカはもっと、 とめどなくバカをし、知性の善を弱さとしてしまい、とめどない混乱が起きる。 知性の善用は、即、悪であり不幸の原因となる。 なぜこんな大矛盾の不幸が人間に起きているか。 テレビと人間の関係がそれ明かす。 機械が知性を先回りしすぎたのだ。 もし兵器が、この時代でもまだ弓矢の段階だったら、現在の国際紛争も丁度均衡が取れているだろう。現在の人間の知性は、 弓矢並みであり、それがフィットしているのだ。 アメリカがイラク・アフガンに攻め込むのも、鉦や太鼓で鎧兜程度であれば、 これほど「悪」がはびこり、「悲惨」が現実になることはない。人間はいまだにこの「悪」と「悲惨」を征服し、 解消できないにもかかわらず、核兵器を持ってしまった。 テレビを持ってしまった。 それを知性化し、知性利用することは 不可能だ。 どうしてもテレビを悪用するしかない。 唯一の「バカにつける薬」こそ、テレビなのだ。 残るのは、ほんの僅かな、知性ある人間が悲憤慷慨し、嘆き哀しみ、絶望し、諦める現実だけだ。】 ▼あの911事件は明らかに、私たちがテレビで植え付けられたものであり、真実とは大きな隔たりがあると信じて疑わない。 単純にアメリカ公共事業の戦争屋の仕掛けた罠だけと言い切れないが、逆にアルカイダの単純テロではないことは間違いない。 それらが入り乱れた複合的な結果だったとみるべきか。いずれにしても日本人との差は歴然としている。そして、2012年には? ・・・・・・・・ 3025, 閑話小題 2009年07月17日(金) * マッチ・ポンプ ーウィキペディアによるとー 【 マッチポンプとは「マッチで火をつけておきながら、それをポンプで消す」というように、自分でわざわざ問題を作り出して おきながら、そ知らぬ顔で、自分がそれを解決することで賞賛や利益を得るような、偽善的な自作自演の手法を意味する 和製英語である。1966年、黒い霧事件第一弾の田中彰治代議士事件で初めて使われ、元々は金品を巻き上げる意味で使われた。】 色いろのケースがあるが、同じことを繰り返すうちにアシアトを残す。 金銭・物品が絡めば犯罪である。 そして、一番大事な信用と信頼を無くす。 人間関係は、信用の上に成り立つ。 * 自民党の末期現象 (字数制限のためカット 2010年7月17日) ・・・・・・・・ 2660, 幸福の4階建て ー2 2008年07月17日(木) 「克服できない苦難の中こそ、幸福がある」とは? それも最上階の幸福というのは何故か? 頭の中が混乱して、今も考え続けているが、実感として解らない。エイズになった人が、果たして幸福なのだろうか? ガン末期の人が、ライ病の人が、最上階の幸福なのだろか?明日の朝、特攻で旅たつ若者が幸せだったのだろうか? (実際にあったかどうか別として)キリストが十字架で意識がモウロウとした中で「神よ私を見捨て給うのか?」という ギリギリの苦悩が、幸福だったのだろうか?深い絶望のうちに自らの命をた断たなければならない者が幸福なのだろうか? 自分の不注意で子どもを死なせてしまった母親の絶望が幸福なのだろうか? 問題提起としては重く、深いが何か反発の方が強い。 もし「克服できない苦難の中にこそ、幸福がある」と思えたら、それだけで苦難を幸福に切り替えていることになる。 その切口からすると、軽く否定するこもできない。崇高な幸福は、そんなに甘いものではない?ということからみても 「克服できない苦難の中こそ、幸福がある」というのも筋が通っている。不幸の真っ只中の、その中心に実は幸福がある! ということなのであろうか? 「どん底になったら、その底を掘れ」というが、そういうことなのか? 人生を振り返ると、実感として、どん底?から水が湧き出てきたのは解る。その水が自分を支えてくれていたのも解る。 苦難の中にこそ、大きな喜びがあった。事業では、問題にブツカッタとき、その問題の中心に解決の鍵があった。 (その理屈は知っていた)それからみると、最上の幸福は、克服できない苦難の中に、幸福があるというのも筋である。 ところで、屋上は何だろうか? それより、4Fの意味である。「克服できない苦難の中こそ、幸福の『鍵』がある」なら解るが。 もし、この言葉が理解できたら、過去の出来事に対する視点が全く変わる。いや、現在の世界観も根本的に変わる。 ・・・・・・・ 2007年07月17日(火) 2296, また地震!どうなってる?まったく! 才ノヽ∋? (゚▽゚*)♪ 昨朝の10時過ぎ、居間で家内とお茶を飲みながらTVをみていたら突然、地響きと同時に揺れが始まった。 アレヨアレヨと思っているうちに、揺れが大きくなって、横揺れから縦て揺りになり茶箪笥の食器が飛び出してきた。 あわてて裸足で食器やガラスコップの破片の中、開きドアを閉めにいった。慌てるとは、このことだろう。 破片で怪我をしなかったものだ。前回の揺れより大きいような気がしたが、気のせいではないかと思った。 すぐに玄関外の獅子の置物を見たが横に傾いていただけ。庭の石灯籠も小さいのが3つ飛び散っているだけで、 他の5つは大丈夫だった。前回の地震で壊れものは破壊されてしまったので、被害は三分の一以下であった。 これでは長岡市内で大きな被害が出ているはずだ!近くに住む実兄に電話をしたら、以前ほどではないという。 TVでは、六強というから前回より激しいことになる。午後三時過ぎに至近にあるスーパーとドラッグストアが開いているかどうか、 ウォーキングの途中に立ち寄ってみたが、二軒ともしっかりオープンしていた。スーパーの酒売り場は何ともなかったかのように 整然と並んでいた。かなりの量の酒ビンが割れていただろうに・・・。惣菜と弁当は買出しのためか商品量は少なかったが、 他はチャンと元通りに並んでいた。地震の危機管理の訓練がしてあったのだろう! まあ、合格というより、流石である! (字数制限のためカット 2012年7月17日)
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| 4871,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー39 |
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2014年07月16日(水)
* 客室は一日限りの限定販売、在庫の翌日持越し不可品! 色いろあったホテルの立上げも、学生ショップ共々、軌道に乗せることが出来た。 そこで、気づいたのが、<どんなにお客に支持されても、客室在庫以上は売れないこと。イベントなどで一万人が市内に溢れかえっても、 それ以上は、機会ロス。 逆に当日に売れ残った客室の在庫持ち越しが不可能であること> この辺が、この商売の限界で、物販やファッションのような面白みが全くない。 ホテルの立上げは派手で面白いが、その後は、客室という単品を売る地道な商売。 ハレと、ケ(質素)がハッキリしている。 まだ学生ショップを兼用をしている時は、面白味があったが、撤退すると、宿泊客の自殺や苦情以外は、変わりばえのない日が続く。 それも新築、増築が続いている内は、刺激があったが・・ そうこう振返ると、10年が節目時? それもあって、準備期間15年間は、書くネタは幾らでもあるが、ホテル開業後の15年目以降からは、あまりネタがない。 この辺りから母の軽い痴呆症が始まり、その介護と、ストレス解消の秘境旅行に、暇に任せ行くようになっていた。そして、バブル崩壊の潮流の変化が、デフレと共に表立ってきていた。 20以上あった都銀が、3つに集約された時期である。 そして、母が亡くなった後の2001年の9・11テロから、地元を含めた地方経済は大きく落ち込んでいった。 それがそのまま、当方の業績に跳ね返えっていた。その3年後の中越地震、6年後の柏崎沖地震である。 さらに1995年にマイクロソフトがウィンドウ95を出してネット社会が本格的に普及を始めていた。 そこに携帯電話など情報機器の進化で、根こそぎ、ビジネスのあり方を変ってきた。 当初、付帯売り上げを含め6千円あった客単価が、最後は3分2以下まで落込み、これに客数が3分の2になって、会社整理段階で、売上高が3分の1になってしまった。 振返って考えるほど、10年目辺りが、郊外への転進か、撤退時であった。 この事業、有余った余剰資金と不動産を持ってする事業。私のような小資金しかない者は、期間限定で、転進する場合を除いてすべきではない!ということ。 実際に身に沁みた痛みを伴った言葉である。 そんなこと解っていた筈だったが、バブルは、見境をつかなくさせていた。 でも、心底、面白かった! ・・・・・ 4504, 閑話小題 ー最近の大相撲が面白くなった 2013年07月16日(火) * 最近の大相撲が面白くなっている 朝青龍の一連の不祥事も冷めやらぬ内に、「野球賭博」と「八百長」問題が続き、多くの力士が 追放され、体質も一新?以前のような馴合い相撲が出来なくなったこともあってか、勝負への気迫が 格段と増し、このところ面白くなっている。 TVで50年近く観戦してきたが、これだけ真剣で 引き締まっっているのも珍しい。大相撲の面白さは、わずか数秒の間に、多くの要素が詰まっている ことにある。ところで、横綱が下位力士に張り手をするのを見る度に、怒りを感じていた。 逆に下位が横綱の顔を張るのは厳しい上下社会でタブー視され、殆どなかった。ところが、先日、 若手力士が横綱の顔を張ったのには驚いた。これは横綱を含めた一門の力士から出稽古などで、 報復されるだろう・・ また、今度はアフリカ出身の力士も出てきた。 外国人への開放は、 モンゴロイド系だけに絞るべきと思うが、今さら後には戻れない。神事の余興で神社で行われていた 力比べが、興行として発展したもの。 ムラ社会の中で、ある程度の八百長はあって然るべき。 柔道の世界にレスリング選手が参入してくるのと同じで、大相撲の性格も変わっていく。 あの小さな円で、色々な人種が一瞬の技を競うのも面白い。やはり外国人に開放したのは 正解ということか。 * 今さらだが、どうも世界経済が変である 世界経済を引っぱってきた新興国が、ここにきて変のようだ。あれだけ元気の良かったブラジルが、 何と「来年のワールドカップの当地開催反対のデモ」が起こっている。経済効果も考えると、マイナス よりプラスの要素が多いはず。経済的反動で、一般市民の経済的困窮が開催反対運動につながって いる。あれだけサッカー好きの国民が反対するのは、よほどのことだろう。これまで元気だった 新興国が3重苦にあえいでおり、近い将来、世界的金融危機が近々に勃発しそうな様相である。 数ヶ月前まで一オンス1800ドルまで高騰していた金の価格が1200ドル前後まで落ちている。 積極的に買いに入っていた中国、インドなどが緊急に売りに出たため。 20Gで世界の主だった首脳が集まり、持ちこたえていた世界経済に黄色の点灯である。 インド中央銀行がドル売り介入をしたと見られ、世界各国が微妙な空気になっている。 エジプトは小麦在庫が50万トンを切ったと言われる。これは一ケ月で80万トン余り消費する中で、 半月しか備蓄がない中の政治混乱。これに食糧暴動が発生するリスクが高くなっており事態は 危機的状況。更にEUも、中国も、危ない。表立つまでは、今までの延長だが、一度起こってしまえば 一挙に燃え立つのが世界経済。グローバル化は弱肉強食を果てしなく強くするが、弱者はネットで 繋がり、強者を攻撃する構図の混乱は当分、続くことになる。壮年まで、敗戦から高度成長期を 生きてこられたことに感謝ということか! ・・・・・・ 4130, マネー大動乱 −3 2012年07月16日(月) * ユーロの崩壊の可能性? 「日本と世界を直撃するー マネー大動乱」 増田悦佐著 リーマンショックをキッカケに欧米が没落過程に入ったといってよい。世界は人種間、民族間、国家間、すべからく フラットになっていくプロセスに入った。それが良いか悪いかは解らないが、これまでとは全く違った激流が押し寄せてきている。 本格的情報化社会のもたらした新時代の到来である。その中でユーロ圏という人工的な経済共同体が出来たが、壁にぶつかり 右往左往している。南欧系を抱え込んだため、大きな価値観の差が大きく立ちふさがっている。もしユーロの崩壊ともなれば、 数千年続いてきた白人主導社会の崩壊に繋がる可能性が強くなる。 ー 以下はそれを指摘している部分である。 ≪ ユーロというあまりにも人工的にでっち上げられた共通通貨が採用されたことで、これらの加盟国の勤労倫理が改善するとか、 借りたカネは返さなければならないといった市民社会の倫理が浸透するとかの変化があったのだろうか。人間の働き方や生き方は、 制度が変更されたからといって5〜10年でガラッと変るものではない。むしろ、突然変わってしまったら、南欧ののんびりした 雰囲気を満喫きた観光客を失望させてしまうだろう。 ギリシャ、ポルトガル、アイルランドあたりでの危機対応策が公式に 債務不履行と認められるかどうかは別として、何らかの債務不履行なしでユーロ圏金融市場が再建できると考えるのは白昼夢に近い。 ここにきて格付けが大きく引き下げられたイタリアも、かなり危ない。このへんの金融市場の混乱は既定の事実で、あとは実際に 起きるのがいつになるかというタイミングが興味の焦点ということになる。 すぐにもやってくるヨーロッパ発の金融危機が打ち上げ 花火のように派手なものになろうと、比較的地味に抑えることができようと、これからのヨーロッパ経済が回復のない没落過程に 入っていくことだけはまちがいない。これは、決して世界にとって悪いことではない。大した働きもないくせに、夏は一〜二ヵ月の バカンスをとり、「ヨーロッパはアジア、アフリカ、中南米の人間より生まれつきできがいいのだから、いい生活をして当然だ」と 思いこんでいる連中は没落して当然なのだ。 第二次世界大戦が終わるまで(フランスやベルギーの場合は、一九六〇年代まで)、 この手前勝手な思いこみが通用していた最大の理由は、アジア、アフリカ、中南米の植民地を収奪していたからだ。イギリスが その典型だが、戦後のヨーロッパは、慢性的な経常赤字を垂れ流しながら、慢性インフレによる合法的な借金踏み倒しをすることで、 稼ぎよりいい生活をし、欧州諸民族の人種的優越性という虫のよい思い込みを維持してきた。 そういう連中が、やっと身の丈に 合った生活水準に引きずり下ろされるのだ。まじめに働ぎ、自分たちの稼ぎの範囲内で生活してきた人たちにとっては、 なに一つ悪いことはない。むしろ、そのタカリ屋たちが、没落すれば、自分たちの取り分が増える。アジア、アフリカ、 中南米の人たちには、間違いなく歓迎すべきことである。≫ ▼ 白人主導のシステムとして、マネーを支配下に置くことがある。これまではドルだったが、それに対抗すべしと欧州が ユーロという共同通貨を作り上げた。しかし、それが崩壊の一歩手前に陥っている。恐らく、これから数十年かけて、新しい 通貨システムが構築されるだろうが、その間は恐慌と戦争などの大混乱が生じる厳しい時代に入った。問題は何時、発火するか。 ・・・・・・・ 3764, ユング ー7 2011年07月16日(土) * 集合的無意識と、元型 潜在意識には、個人が長い年月を経て蓄積してきたさまざまな人生経験にとどまらず、個人を超えた「普遍的なもの」と アクセスする場合がある。この「普遍的なもの」から送られてくるメッセージによって、人類の長い歴史や文化という 大きな文脈の中における、自分の本質的な位置をとらえることができる。 ▼ 時間と空間を超えて、すべてにつながっているもの <集合的無意識と、元型> 〔1〕人類に普遍的に存在する「集合的無意識」 潜在意識には、個人の過去の経験とは無関係な誰もが普遍的に所有している無意識層があり、ここに、時代、国家、 地域、 民族、文化、さらにはすべての人類における「共通の意識」があると考え、これによって、人類が考え方を 自然に共有できるとも考えた。 このような人類に存在する深層意識の共通点を「集合的無意識」とした。 〔2〕集合的無意識に触れるから、自他との会話が可能になる 古今、時空を超えた地域の神話や昔話が心をとらえたり、そこに自分と似たような人物を見出したりする。 また時代や地域の異なる宗教に真理を見出すことが出来ある。 時代や地域を超えた「普遍的なもの」に「自分」の本質的な位置を理解することができます。 〔3〕元型 集合的無意識を構成しているものを「元型」と呼び、世界各地の神話や伝説、遺跡や壁画、宗教、芸術、小説、映画、夢で 「普遍的なイメージパターン」を生み出している。元型は、子を生んで育む母性イメージとしての「母親元型」、 厳格に教え導く 父性イメージとしての父親元型」、男性の心の中の女性的な部分(女性像)である「アニマ」、女性の心の中の男性的な部分 である「アニムス」、 社会に適応するために身につけた外向きの顔である「ペルソナ」、自我を形成する過程で 発達させることができずに抑圧さえた人格である「シャドー(影)」などがある。 〔4〕自己 特に重要な元型は「自己(セルフ)」と呼ばれるもの。 これは「完全なるもの」「最高なるもの」を意味し、この元型から 生み出されるイメージパターンは、悟りや解脱などの宗教的境地や、イエス像・天使像・仏像などの頭上や背後にある光の輪、 あるいは、金やダイヤモンドなどのような物質に与えられた特別な(尊い、神聖な)意味などが挙げられる。 「自己(セルフ)」の元型は、自分らしくない人生を生きている場合や、自分の人生が意味のないものに感じられる時に、 生きる意味を与えたり、自分らしい人生を選択していくための力となったりする。 ◎ 我々が自然に安らぎを感じたり、太陽を崇拝することは人類に共通すること。その共通するものがあるからこそ、 我々は自分とも他人とも対話したり、つながることができる。民族に伝わる神話や昔話が、それぞれの民に共感するのは、 それぞれの集合的無意識が働くからである。ところでペットにも集合的無意識があるんじゃない?共通項があるから可愛いのでは? ・・・・・・・ 3399, おテレビ様と日本人 ー3 2010年07月16日(金) * 限定的な陰謀、対極的な陰謀 ここまで書いて良いものかと思うほど辛らつだが、これが真実である。 さらに「ゆとり教育」で植民地人間=ブタ化の完成である。 (字数の関係でカット 12年07月16日) ≪ヤフーのブログ「バードウォッチ」に転載します!≫ ・・・・・・・・・ 3024,明治・大正と昭和・平成の符号説 2009年07月16日(木) 「生の科学、死の科学」 −養老孟司 対談集ー 〜2 【憂国の時代】 ー関川夏央ー *明治・大正と昭和・平成の符号説 この中で、関川が語っていた明治・大正と昭和・平成の符号説が面白い。 ーその概要をまとめるとー 現在の激変の時代を幕末から明治維新期に例えると分かりやすいが、明治・大正と昭和・平成の符号説というのがある。 「時代の状況」がそっくりに見えるのである。その平成も大正時代を越えて21年になる。 大正という時代は、 明治の近代国家づくりが日清・日露戦争を経験し完成。「大正デモクラシー」という教養を尊ぶ自由な時代。 第一次大戦の好景気があり、関東大震災があり、その5年後と言えば昭和の大不況の真っ只中。昭和・平成といえば、バブルと、 その崩壊、平成不況と阪神大震災とピッタリ符合する。そうすると、次にくるのは第二次世界大戦ということになる。 これから10年間は大恐慌の嵐が吹き荒れ、そして戦争? それとも、既に戦争があり、全ての国が敗戦したのだろうか? (字数の関係でカット 11年07月16日) ・・・・・・・・・ 2659, コールド・リーディング 2008年07月16日(水) 本の新聞広告に「コールド・リーディング」という言葉が目についた。 そこで、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』で調べてみたら面白い。 ーー ・コールド・リーディング(Cold reading)とは話術の一つ。 外観を観察したり何気ない会話を交わしたりするだけで相手のことを言い当て、相手に「わたしはあなたよりもあなたのことを よく知っている」と信じさせる話術である。「コールド」とは「事前の準備なしで」、「リーディング」とは「相手の心を読む」 という意味である。詐欺師、占い師、霊能者などが相手に自分の言うことを信じさせる時に用いる話術であるが、その技術自体は セールスマンによる営業、警察官などの尋問、催眠療法家によるセラピー、筆跡鑑定、恋愛などに幅広く応用できるものであり、 必ずしも悪の技術とは言えない。 ・よく似たものでショットガンニング(Shotgunning)も、超能力者や霊能者を自称する者が用いる技術である。 彼らは実演する相手に大量の情報を話すが、そのうちのいくつかは当たるため、相手の反応を見計らいながら その反応に合わせて最初の主張を修正し、全てが当たったように見せかける。 エドガー・ケイシー、ジョン・エドワードらはショットガンニングの疑いがもたれている。 ・コールド・リーディングの技法として、実際のリーディングを始める前に、読み取る者は相手の協力を引き出そうとする。 「私には色々なイメージが見えるのですが、どれも明確ではないので、私よりあなたの方が意味が分かるかもしれません。 あなたが助けてくだされば、二人で協力してあって導き出しましょう」という。これは情報を引き出そうという意図である。 そして分からないように相手をよく観察しながら、誰にでも当てはまりそうなごく一般的な内容から入る。 *「あなたは、自信がなくなる感じのすることがあるようですね。特に知らない人と一緒にいるときなどです。 そのように感じますがどうですか?」(バーナム効果を参照) または、観察に基づき、より具体的にみえる内容 (実は具体性はあまりない)に踏み込んで推測を行う。 *「私には年老いた婦人があなたのそばによりそっているイメージが見えます。 少し悲しそうで、アルバムを持っています。このご婦人はどなたかお分かりになりますか。」 *「私はあなたの痛みを感じます。多分頭か、もしくは背中です。」相手はこれら具体性のない推測に対して、びっくりしたり 思い当たることを話したりするなどの反応をすることで、リーディングを行う者になんらかの情報を明かしてしまうことになる。 これを基礎に、リーディングを行う者はさらに質問を続けることができる。推測が次々当たれば、相手はリーディングを行う者への 信頼をどんどん深めてしまう。もし相手に推測を否定されたとしても、態度を崩したりうろたえたりせず、威厳をもって 「あなたは知らないかもしれないが実は私にはそのように見えるのです」と言い張るなど、信頼を損なわずうまく切り返す方法がある。 コールド・リーディングには確立した技術がある。多くの演者がこの技術を習っており、能力者を装って一対一の占いを行ったり、 ジョン・エドワードのように「死者と対話する」などと題した公開の場で、観客に死んだ近親者からのメッセージを披露したりする。 演者の中には、観客について言い当てて大喝采を受けてからはじめて、実は超能力は使っておらず、心理学と コールド・リーディングの知識だけあればできるとばらすものもいる。 ▼ 以上だが、少し前は宜保愛子、最近では細木数子などが、この手法を使っていた。 スタッフに相手の下調べをさせたり、待合所に隠しマイクを設置して、情報をとる「ホット・リーデング」がある。 (字数の関係でカット 11年07月16日) ・・・・・・・・・ 2007年07月16日(月) 2295, 中島義道の「池田晶子」追悼文 -1 ・д・)ノ〔● ォ'`ョゥ○〕 自ら書いているように奇人変人の哲学者の中島義道が、池田晶子と知り合いであり、彼女への追悼文を、 ある月刊誌の中で見つけて驚いてしまった。この随想日記も中島は何回か取りあげてきたが、その奇人ぶりには読んでいて、 あきれていた。唯我独尊で、ただへ理屈?を並べ立てている姿、誰かに似ている。かた方の変人の雄の池田と知り合いで、 その追悼文を書いていたとは! 中島にしては、前半はシンミリとした感じであった。何か自分に劣らない奇人の死に 戸惑っているようだった。中島は池田を哲学者と認めてないようで、哲学者でも哲学研究者でもなく、著述業として切り捨てている ところが、彼らしい。昨年から池田晶子にはまってしまっているが、亡くなったことで更に、もう一歩踏み込んでいる。 とにかく根源的で、純粋であるのがよい。その彼女の姿を中島がどの様に見ていたかを知るのは面白くないわけがない。 哲学者の間では彼女は無視された存在であり、著述家としてしか、見られてなかったようだ。 哲学者にとっては哲学用語を一切使わないのは、それだけで、相手にされなかったのだろう。 初心者向けに絞って、哲学みたいな文を書いている女とみられていたようだ。 前半は、中島が見た池田の哲学学者仲間としての心象。 後半は、中島独特の批判で構成されている。 まずは、前半の中島の彼女の心象から・・・ ー 月刊・新潮45?2007年・5月号ーより P-152 池田晶子さんが亡くなった。四十六歳の若さである。新聞報道は三月二日の読売新聞が最初だが、私は翌三日の朝日新聞で知った。 昨年末、新潮社の編集者と忘年会と称して呑んだとき、彼女が癌を患っていることは聞かされていた。その口ぶりから、 末期ということはわかったが、こんなに阜く逝くとは思わなかった。ショックはないと自分に言いきかせていたが、 その日大学にいても彼女のことばかりを考えて過ごした。いままで意図的に避けてきたが、ある種の独特の形で哲学に 携わった彼女に対する自分の気持ち(評価)をごまかすことなく語ってみようと思う。 (字数の関係でカット 10年07月16日)
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| 4870,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー38 |
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2014年07月15日(火)
* 設計と、建設と、ゼネコン・シンジケート ビル設計の私の方法は、各階の平面図を設計士と話合い何度か書換えながら穴があくほど凝視する。 その過程で他の戦術などを考える。そうこうしていると、夢の中で、その場に立つまでになる。今では3DやCGが あるが・・ 問題は設計担当者と自分のレベル。それが、そのまま出る上に、後になって隠れた問題が出てくる。 千葉の千城台と、実家の商業ビルの基本設計担当者が、事務所を辞め独立していた。 その担当者とは呼吸が合い、 創造(想像)力が引き出されていた。が、彼は私を全くの素人と見ていた。私の場合、創造工学などの本を何冊か 読み込んでいた。また学生時代のゼミなどで、ものを考え出したり、作り上げるに、何も捉われのないピエロ役 「X」を仮想し、暗黙のうちに誰かが演じ、飛躍した案を正・反・合を繰り返しながら練り上げていた。 千葉、 長岡の手掛けた二つのビル設計も、私がピエロ役(暗黙)をしていたが、それを未熟?にしか思えなかったのか、 一度会った後、居留守を使ってきた。それより、千葉と長岡の露わな姿を身近で見ていたこともあったか。 この人物、一棟目のホテルの成功をみた後、改めて組みたいと言ってきたが、許せないのが私の限界。 既に故人だが、設計担当としては神がかり的であった。 長期投資は、時代の変遷を乗越えなければならないため、 長期的視点(神的視線)が必要になるが、ところが分かってないのが多い! 創業は、その都度、会計事務所も、 設計事務所も、何もかも変えるのが筋だが・・ その甘さが、贅肉として、付いていた。 当初のビル建設から薄々気づいていたが、建設業界そのものがゼネコン・シンジケートの存在であること。 当時のビル建設の99%は、その談合で決定されていた。あとの一%は、関係者の熟知した中で、何とか?・・ その網の中で、私は小虫レベル。その都度、何とか努力をしたが、長年かけた膨大かつ緻密の網目で、雁字搦め。 10数年前に社会的大問題になって、大きく変わったというが? 今でも巧妙に、マフィア化し、巧妙に現存? 相手をパターン化し、シンジケートが談合で決めた粗筋どおりに、施主を躍らせる集団詐欺的要素が強い世界。 装置産業は、これと、税制のカラクリで、長期的に存続するのは至難の業である。軌道に乗ったころには、 時代遅れの産物になる。だから、長期の装置投資をする時に、当初からシェルターを組込んでおくしかない! 創業は上手くいけば天国、失敗すれば地獄。その中間にあるのが煉獄。そこは <キリスト教の教義において、 小罪を犯し地獄に行くまでに至らないがすぐには天国へ行けない霊魂が、苦しみを受けながら浄化 され最後の 審判を待つ場所、その状態> 老後は、誰しも煉獄状態? 創業は、地獄、天国、煉獄が直に味わえる。 で、シェルター内は、煉獄? 建設業界は、生き馬の目を抜く修羅世界でもある。偶然だが、以下の文章に続く! ・・・・・・ 4503, 実録・ゴールデンブリッジからの身投げ 2013年07月15日(月) 先日、蔦屋で本を一冊買ったところ、レジの人がいうに、「今なら、シニア様なら無料でDVDが借りられます」という。 そこで借りてきたのが、『ブリッジ』。軽い気持ちで、身投げ自殺のドキュメントのタイトルにひかれ借りてきたが、 初めから終わりまでシリアスで見入ってしまった。次次とサンフランシスコのゴールデン・ブリッジから身投げをして いくのが映し出され、遺族や友人が、インタビューに答えている。このところ『大往生したけりゃ医療とかかわるな』や 『どうせ死ぬなら「がん」がいい』の読書録と、その下書きを書いているので、死にゆく者の心模様がシリアスに伝わる。 橋の手前で、死のうか迷って考え込み、決断する悲痛な姿が痛ましく映し出されている。 バンジージャンプのように、 飛び込んでいく。身近の人の証言では、ほぼウツ病で、それが高じ自殺に到る。生きているのが辛く、死にたいのである。 反面、誰かに助けて欲しい気持ちが迷いを生み出す。その中で、一人、助かった人がいた。足から落ち、上手く靴が 水面に突き刺さって衝撃を和らげた上に、水中でサメかアザラシ?が踏み台になり、押し上げられたという。 普段なら40Mの落差の衝撃で亡くなるが、このブリッジは66M。内容は暗く恐しいが、心の闇が、身投げを通して 浮かび上がってくる。 ーウィキペディアによるとー ≪『ブリッジ』(原題:The Bridge)は、2006年に公開されたアメリカのドキュメンタリー映画。社会の禁忌としている 『自殺』をテーマにしている。観光の名所のゴールデンブリッジに1年間カメラを設置し、自殺者の様子をカメラに収めた。 後に遺族にインタビューをし、そこから自殺を図る人々の様子を映しだそうとしている。映画では24人が、橋から66Mの 高さから海面に向かって飛び降りている。監督のエリック・スティールはこの映画を取る際、映画の宣伝効果で自殺者が 増加しないように極秘に行っていた。 また、橋の柵に足をかけたら管理局に通報することをルールとして定めていた。 映画は主に橋とその周囲の日常を撮影した風景、自殺者の飛び降りるシーン、遺族や友人、目撃者へのインタビュー、 遺書などから構成されている。中でもインタビューの映像が多く、自殺者の情報はインタビューの情報でしか語られない。 自殺者の多くが精神的な病やトラブルを抱えていることがその中で分かる。≫ ▼ 2006年の時点で、この橋からの自殺者は年に24人もいるというから、全員撮ったことになる。次から次へとブリッジ から飛び降りるが、躊躇しているうちに警官や近くの人に、取り押さえられた人が数人いた。 生死の問題もあり、 それぞれの人生が浮かび上がる。ゴールデンブリッジという名所が、ロマンチックな気持ちを駆り立て、志願者が 国内から集まってくる。県内なら新潟の万代橋が河口に近いため海に流され、死体が上がりにくいとか。人知れず 消えている人がいるのだろう?テーマがテーマだが、決して後味が悪くないのは、シリアスすぎて、実感がわかない為? 死ぬには死ぬ理由があるはず! ・・・・・ 2012年07月15日(日) 1129, マネー大動乱 ー2 「日本と世界を直撃するー マネー大動乱」 増田悦佐著 アメリカの金融業界と他の産業の格差は二倍。そして製造業が商業より三割り高い。日本もアメリカほどでないとして 同じ傾向にある。最近では公務員が民官に比べて2〜3割以上も高いことが問題になっている。強い立場を利用して 御手盛りをしているのである。情報化もあり、一強多弱の傾向が全ての産業で強くなってきた。日本の自動車業界も 日本資本はトヨタとホンダぐらいしか残っていない。家電にいたっては総崩れの様相になってきている。 グローバル化は世界各国の垣根を超えた戦いになり、一強しか生き残れない事態になる。 ー 第二章 アメリカの金権社会は、荒治療でしか直せない ー * 産業間格差と、一業界一社の時代 ≪ 日本の金融業界の給与水準は、その他産業の20〜30パーセント増しくらいである。これがアメリカだと、その他全産業の倍。 20〜30パーセント増しではなく二倍なのだから驚いてしまう。製造業と商業の給料ベースを比べると、日本では製造業が商業の 15〜16パーセント多いだけだ。これがアメリカになると、製造業は商業よりも30パーセントは高くなっている。あらゆる職種に ついて給与水準の差が大きいのがアメリカの特徴なのだ。当然、給与がいい産業には誰れもが殺到するから、どうしてもその 産業は慢性的に人員過剰になる。いくらでもスペアは利くからリストラもしやすい。逆に、低賃金のところは慢性的な人手不足に なりがちだ。人手不足だから時給を上げて人を手当をしようとすると採算割れになるので、他ではどこにでも採用されそうも ない低賃金労働者で久場を凌ぐしかない。移民には絶好の勤め口だが何時までも経っても生産性が低いままだ。 結局、会社ごと、産業ごと衰退してしまう。 アメリカに比べると、日本はどの産業を見渡しても収入に大きな格差がない。 人手不足も人員過剰も極端ではない。それでいながら採用する会社側は「人員過剰の人手不足時代だ」と愚痴をこぽし、 雇われる側は「天職に転職したい」と夢ばかり追いつづけている。どちらの陣営も自分たちがいかに恵まれた環境にあるか ご存じないが、一般庶民が夢を追い、高い要求水準を主張しつづけられるのは文句なくよいことだ。 参考までに、お隣の韓国は教育水準がますます高くなっている。だが、1997〜1998年の大不況でIMFが乗りこんできて、 大企業は一産業一社というアメリカンスタイルにつくり変えてしまった。おかげで、それまでの7〜8つの財閥が競争して 採用活動を展開していた時代は遠い昔、企業の求人活動はすっかり衰退している。 電機.電子ならサムスン、自動車なら現代に 採用してもらえるかどうかで、その後の人生が天と地ほどもちがってしまう。 同業で生き延びているのはクズ同然のその他 大勢企業だけだから、敗者復活戦もありえない。同じ電機業界でも、パナソニックもあればソニーも日立も東芝もあるという 構造はいま、世界中でも日本だけになりつつある。ドイツもかつては大きな産業ごとに代表的な企業が3〜4社ずつあって しのぎを削っていた。これがドイツという国家の活力になっていた。いまはそんな状況ではないぜいぜいフォルクスマゲンと ダイムラーペンツ、BMWを抱える自動車くらいしか、複数の企業が切磋琢磨して高い技術水準を維持できる産業は残っていない。 こうして改めて見渡すと、いまや基幹産業ならどれを取っても少なくとも三〜四社の大企業同士の激しい競争が続いている 国というのは、日本だけなのだ。 あとはどこでも、基幹産業それぞれで国際競争に打って出て通用する企業は一社だけという「競争」環境になっている。≫ ▼ 情報化によるグローバル化が産業間格差と、一業界一社の時代を作り上げたといってよい。但し、その周辺で、それにとって 変わる群れがいることが前提になる。問題は個人レベルの格差に直接影響すること。日本の産業も大きな亀裂が出来たようだ。 ・・・・・・・ 3763, ユング ー6 2011年07月15日(金) * この東北大震災を、ユングの「布置」とし日本国家に置き換えてみると! 10年前の9・11テロと、3年前の9・15のリーマンショックで大打撃を受け瀕死の事態に、今度の3・11の東北大震災と 福島原発事故が重なり襲った。 これを「二つの歴史的経済震災」に対する、この東北大震災は「めぐり合せ」(布置)と考えると、 この大地震の意味が見えてくる。 世界的経済震災が二つ日本に直撃した。それで経済基盤が弱い東北・北海・北陸など地方経済は、 これ以上ないほど疲弊をしていた上に、このめぐり合わせである。 ただ偶然が重なっただけでなく、そこに意味を見出すべきである。 また世界全体からみれば、地球温暖化の中で原子力の是認が流れになっていた矢先のこれ。「西洋的合理主義に対しする根底からの 見直しのサイン」と、この「布置」=めぐり合わせを見るべきではないか。 日本もグローバル化の時代の中、西洋的合理主義の考え方を、根底から変える機会と見るべきである。 また同時に開放も図る サイン?ではなかろうか。 外国人を入れるだけでなく、外国に日本人も出ていくべき時期にある。現在の政治体制では日本は 成り立たなくなっているが、現在の日本は自己修正能力が失われている。 この「布置」は、この震災が最後のダメ出しとして、 否応なく壊滅的状態まで個人から国家までの既存のシステムの破壊が進むことになる。 世界は日本を先駆けとして、その崩壊と 先行きを冷静に学習することになる。 これは取ってつけた民主主義と、隷属国家の末路として捉える。波乱の中で現状を変えるのは、 信長か、秀吉のような下克上で、成り上がってきた者である。 日本も世界も、思い切ったダウンサイズの時期に来ている。 この10年間の、幾つかの自然災害の頻発は、地球規模の大転換へのサインである。まさに、その時に、9・11、9・15の 経済大震災である。やはり、来年後半にかけて、世界は政治的、経済的に大津波が荒れ狂うことになる。 その中で、全体が、 より合理的な、身丈にあった生活になっていくのでは? 現に、日本は、その一歩を踏み出している。 ・・・・・・・・ 398, ゴリラは人間の隣人 ー1 2010年07月15日(木) ビートたけしと、ゴリラ学者の京大大学院教授・山際寿一の「ゴリラは人間の隣人」をテーマにした対談が面白い。 山際寿一の「アフリカでのゴリラ研究の現地ドキュメント」を数年前にTVで見たことがあった。 ーまずは、印象に残った部分からー ≪ゴリラと人間は97パーセント以上同じ遺伝子を共有しているとか。ならばゴリラが分かれば人間も分かる?・・・ 遺伝子かみると、オラウータン、チンパージー、ゴリラは「ヒト科」に属しており、人間に非常に近い存在。 サルとの差の方が遥かに大きい。 では、「人間と類人猿と大きく違うところは何か」というと、人間は劇を作ること。 類人猿のゴリラやチンパンジーは、劇を見ていても意味が分からない。その中に入っていけない。 劇中で、AとBという人間がいたとして、それぞれの行動を見ながら、どういう思惑で、何をしようかと、劇中の人物に 共感しながらみるが、しかしチンパンジーやゴリラは、それが分からない。彼らは現実に起こって事実からあまり離れられない。 しかし我われは現実から離れて、空想の中でドラマを作ることができるわけ。≫ ▼ ー以上だが、これは人間にもいえること。 本を読み込んでない人は現実の世界から離れることができない。 現実を形而下とすると、形而上の言葉の訓練がないので想像力や空想力が弱い。小説を読むとは、文字から作者の創りあげた イメージの世界に入り込むことである。 本を多く読み込んでいる人と、ほぼ読まない人とはゴリラと人間の差ほどがある、 というと言い過ぎになるか? その位、本を読み、考えることは人間の人間たる所以である。 人生設計を前もって作っておいて、 それに従い生きることは自分の人生劇を作ることになる。 必死に生きてきた人は、形而上も形而下の質量が豊富になるので、 言葉とイメージは、それに比例して出来てくる。ゴリラと人間の差は考え、イメージする質量が圧倒的に違うということになる。 情報手段としての言葉がキーワードということ。 街に徘徊するヤクザは、ほぼゴリラの原型の世界とみれば分かるだろう。 時どき弱者を見つけてデモンストレーションをしたりするが、他者への迷惑は、あれほどかけない。 ーつづく ・・・・・・・・ 3023,衝撃的な「ひらめきの話」 2009年07月15日(水) 「生の科学、死の科学」 −養老孟司 対談集ー 養老孟司の対談集に、慶応大学教授で映像作家の佐藤雅彦の話が衝撃的であった。 ー彼の語っている一部分を書き出してみるー 【 その日、家の窓から外を見ていたら、まだ見たことのない映像がガーんと出て、今までの中で一番大きかった。 それが、三年後に、100万本ソフトになった『IQ〜インテリジェントキューブ』というゲームです。この世界観が突然出て、 動けなくなってしまった。 暗い画面に、あるステージが浮いている。向こうから巨大な四角いキューブがガンガン来て、 その前を七人とイヌ一匹が逃げ惑い、僕はその人たちに『右に行け』とか『危ない』とか、叫んでいるのです。しばらくして、 これが僕がやったことがないコンピューターゲームなのかと思って、一週間後に、ソニー・コンピュータエンタティメントに のこのこ出かけていった。僕は一線級のディレクターの誰かに話を聞いてもらいたかったのですが、話を聞いてくれたのは ポロシャツ姿のおじさんでした。拍子抜けをしたのですが、気を取り直して「この人に望みを託そう」と決めて、 頭の中の世界観を話したら、僕のことをジッと見て「その話は面白いよ、僕と契約しないか」「えっ」。 そのポロシャツのおじさんは、何と幸運にも副社長だったのです。 】 【 甥にと東京駅でお土産に買ったルービック・キューブをいじっていたらバーンと構造が見えた。当時27歳の時です。それからです、 わけもなく頭に映像がクルクル流れるとか、カタカタというか、とにかく勢いよく動くのが始った。 それまでは‘AならばB、 BならばC,ゆえにAならばC」と理屈でやっていたのが、そんなことでは現実の問題は追いつけないのです。 20歳代前半は酒でも 飲まないとやっていけなかったのが、あのルービック・キューブ以来、一滴も飲まなくなった。 飲みたくないのですよ。 これ以来、わけがわからないけれど面白いというような映像がいっぱい見えるようになって、それでCMプランナーになったのです。 そうしたらスポンサーから話がくると、♪《スコーンスコーン コイケヤスコーン》とか♪《バザールでござーる》 みたいなのがどんどん頭に中に来て・・・・・・・。》】 ▼ モーツワルトが似た状態で「作曲モードに入ると、完成した音楽が宇宙の彼方から聞こえてくるようだった」というが。 現実にこういう話を聞くと人間の脳の不思議さを感じる。特に天才脳の・・(天才は梅毒による脳のロックの開放説もある) ・・・・・・・・・ 2658, 幸福の4階建て 2008年07月15日(火) ヾ(●´∀`●)GOOD MORNING!! 京都大学の工学部の新宮教授が、古今東西の幸福論を読み漁った成果としての「幸福の4階建て論」説が面白い。 《「幸福ということ?エネルギー社会工学の視点から」 新宮秀夫著 》 「新ストレス学説」の創始者・ハンス・セリエ(1907-82)は、そこで、《人間はあまり[[無事」だけでは、死ぬ時にガッカリする。 「ストレスは欠くことのできない人生のスパイス」こそが重要》と主張しているが、 その部分から触発されて、幸福論を4つのステージに分類した。これが面白い。 4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。 3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。 2階:獲得した「快」を永続させる。 1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。 ・幸福の1階は人間の本能的な「快」、つまり富、恋、名誉を得て、それを増やすことである。 ・2階は獲得した富や名誉を永続させることである。 そこに時間的要素を入れ、いかに長続きさせること。 ・3階は苦難や苦しみを経験し、これを克服することである。自己実現の要素が入ってくる。 ・4階は克服できない苦しみや悲しみの中に究極の幸福があるのだという。これは解かりにくい。 さすがに、教え子達に猛反発を受けたそうだ。 1、2階の心の感動よりは、3階の苦悩や、難問を乗り越えた方が、より感動を得られることを経験的に知っている。 「感動することが幸福」なのだと看破している。確かに1、2階による心の感動よりは3階の自己実現のほうがはるかに 大きな感動を得られる。苦難を乗り越えた成功体験を知った人たちは自発的かつ前向きになる。 成功の対価としてのお金はもはや副次的なものとなってくる。 達成感が生きがいになるのである。 しかし新宮教授は、その上のランクとして、克服できない苦痛や悲しみの中に、幸福があるという。 この辺は、解るような解らないような。 三階までは、この世の幸せ。 4階は克服できない苦しみの中でこそ強まる天国の世界の願望と、その混濁した中の幸せ。 その苦しみの中で、己が融けてしまう状態が幸せということのようだ。 (字数の関係でカット2009年7月15日)
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| 4869,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー37 |
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2014年07月14日(月)
* 閑話小題 −なぜ、あなたはいつもお金が足りないのか? 『 なぜ、あなたはいつもお金が足りないのか?』小堺桂悦郎著ーに、45年間の事業で実感した真髄が、 そのまま書いてあった。《 ・・多くの経営者が、「儲けようとして損をしている」わけです。 誰しも、 自分から損をしようとする人はいません。ならば、まず徹底して、損をしないようにしましょうと、私は アドバイスをします 》 のぼせ上り、より儲けようと歯止めが利かなくなり、ミスに繋がっていく。ファッションなどの不良在庫の 発生原因の多くが、売れ筋商品の代替商品がヘドロ化したもの。 チョッとした違いに消費者は 敏感だが、売り手が気づかず仕入れをしてしまう。 売れ筋がベストとすると、その品切れを ベター商品で補おうとして不良在庫になって、損失につながっていく。 これ事業も、人生も全く同じ。 10年、20年かけ積上げた利益の保留分が、創業時の周到に準備を重ねた構えを忘れ、目先の ベターに妥協をした結果、損失に変えてしまう。新潟駅前では、それが駅から一番離れたのホテルと、 駐車場。これが、それまでの利益のみならず、本体の経営を揺るがすことになる。 ちなみにベストは、関越自動車道からの東バイパス沿い立地。その判断ミスが致命的な戦略ミス。 それを戦術的リストラでカバーをしても、所詮は無理。 3年前の結果は、ベストでなく、ベターの選択の 結果である。 現在も同じことが言えるのでは? 決して、ベストではない? 流れで、自宅に、 そのまま住んでいる。ところで、私の場合、どうだろう? 3年まえも、そうだったが、今日明日の 資金繰りに追われたことは、人生に一度もなかった。それは、むしろベストでなく、ベターだったのか? 「なぜ、人はいつもお金がたりないのか?」と、問われれば、「万一の備えと、その知識が足りないため!」になる。 ワーストは、ベターの服装を着て擦り寄ってくる。 で、このザマ! アベノミックスは、 決してベストではなく、ベターでしかない。ベストは何? 意図的なブラックスワンで、一度、現状を 清算をさせ、国家非常宣言をした上で、思い切った国家的リストラ。 当然のことだが! グローバル的 には秒読みに入っている。私、個人は、まさに、一歩先に・・ いや、そうせざるを得なかった!だけか。 ・・・・・ 4502, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー4 2013年07月14日(日) 『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著 *(末期ガンで早々}逝くも地獄、残る(死に損なうの)も地獄 『どうせ死ぬなら「がん」がいい』と『大往生したけりゃ医療とかかわるな』を読むと、老いることも、死にゆくことも、 決して甘くないことが分かる。そう遠くない未来を垣間見ているようで呆然とするが、これは目を背けることが出来ない。 子孫を遺す役目を終えた50歳から還暦辺りになったら、「がん死」がお勧めという。 余命6ヶ月と宣言され、幸運と私に 思えるだろうか? 何をしても少しでも長く生きたいと思うのが人情。 近代医学の成果で長生きをした結果、長生きをし 特老に入って死に逝く人を見送り、その悲劇を実感した著者の率直な実感だから説得力がある。 拷問ようなの苦痛を 味わった挙句、息を引き取るのが大半ならば、点滴、薬漬けを拒否し、自然死に近い状態で死んでいく方が良いのかも。 胃瘻と鼻チューブなどで延命させるのが果たして本人にとって良いのだろうか。医療サイドは、出来ること全てを注ぎ、 延命させるのが基本であり、家族も見殺しに出来ないという罪の意識が、拷問に近い状態でも生かそうとする。 それは逆に拷問のため生かしておくことと変わらない、のが分からない。鼻チューブから栄養をとる違和感は半端でないため、 患者は隙あらば引き抜こうとする。そこで両手を縛り付けるが、それは拷問と同じこと。患者は食べないから死ぬのではない。 死に時が来たから食べないのである。それを無理に生かそうとするため、拷問状態になる。「できるだけ手を尽くす」は 「できるだけ苦しめて地獄を味あわせる」と同じ意味になる。そうこう考えると早々と死ぬのも、ひとつの選択になる。 末期ガンで早々逝くも地獄、医療で死に損なうのも地獄。 このところ、中学、高校の同級生がガンや自殺で亡くなったが、 著者の見方によれば、これは生、老、病、死の苦しみを最小で済ませた幸運の持主。老いて逝くのも大ごとということ。 そうこう考えると自殺も選択肢の一つになる。そういえば、図書館で断食で自ら命を断つプロセスを事細かく記録した 文庫本があった。食を断つのは自死かどうかだが・・ 元気なうちに何?を用意しておくのも必要なことかも。 死ぬのは、生きてきたのだから仕方がないが、問題は死際の精神的、肉体的苦痛である。 やはり生きているうち今を充実させるしかない。「 今ヨリナキニ 」である。それと、 「今日という日は、残された日々の最初の一日」と、思い味あわなければならない。 地獄の瀬戸際で何をみるのだろうか? 幸せだった日々に感謝しながら、両親に両側を挟まれ光の中、消えゆくイメージを瞑想で中で創れるかもしれない。 死際の準備も、この著書にシッカリ書いてある。 次回になるが、なかなか含蓄がある。 母親は痴呆症になる前に、 全て準備をして私に託していった。本当は還暦前にしておくべきことだが、今でも遅くはない・・ 何事も準備である。 ・・・・・・ 4128, ヨガとは何?という素朴な疑問 2012年07月14日(土) スポーツジムのヨガに参加して4ヶ月になる。‘スロー’ヨガというから初心者向けだが、腰痛持ちもあって少し厳しい。 定員50人に、平均40人位が参加している。男性参加者が10名位で、片隅で目立たないようにしている。 その中、時どき 先生がヨガの説明をする。先日の内容は、「ヨガは瞑想法の一つ。無念無想になるために呼吸法と、色いろなポーズを取ることで、 そこに気持ちを集中して、頭を空ッポにするためのもの。従って、ヨガが上達したとか、しないとかは気にすることはない」という。 なる程!いいことを言われる。週二回、4ヶ月経った印象は、「腰痛解消のために病院で集団治療をしている感覚。」腰には良いが、 少し痛みが残る。それでも合計33回、ヨガを続けてきた成果が出始めてきた体感はある。 数十年かけて固まった足腰が、 徐々に解けているのがポーズの積み重ねで実感する。 ー そこでヨガの意味をネットで調べてみた ー ≪ ◇ ヨーガの意味と起源 ヨーガの起源をたどると、紀元前二千五百年程のインダス河流域のハラッパやモヘンジョダロなどの遺跡から、ヨーガの坐像の 印形が出土していることから、その頃を起源としているようだが、実際に「ヨーガ」という言葉が宗教用語として確認されているのは 紀元前五百年前後のベーダンタ時代で「ヨーガ」とは「馬を車体につなぎ、その馬車をコントロールして、道をはずさず、人生の目的地へ 行くこと」を意味していた。 カタ・ウパニシャッドでは 「真我(アートマン)を車主、肉体を車体、理性を御者、意志を手綱と心得よ。 賢者たちはもろもろの感覚器官を馬と 呼び、感覚の対象を道と呼ん でいる」と述べています。このことから「ヨーガ」とは、馬を車に 「つなぐ」が語源であり、意味するところは「結ぶ」「コントロールを する」「バランスをとる」との意味をもってきました。 又、少し遅れた同時代には釈迦族のゴータマ・シッタルダが悟りを開き、仏教がスタートしています。このお釈迦様も二十九歳の時、 王宮から出家して山野で六年間修行された後、ブッダガヤで瞑想し、悟りを開かれたのですが、その間、瞑想をしたり、断食をしたり、 野山で遊行した修行が、まさに当時のヨーガそのもの。その生きたお釈迦様の実際に語った言葉を、後に弟子が書き残したと云われる 「ダンマパダ(法句経)」の中にも、「ヨーガ」という言葉が語られています。「まさに智はヨーガより生じ、ヨーガなくして智は滅ぶ。 その道理を知りて、ヨーガを行じ、智を増大せしめよ。」「智」というのは、物事を分析するだけの知識(分別知)ではなく、知に日が ついて光あふれた、命の智恵「英知」と云われています。それを人々に伝える人を、かつて、日知り「聖人」と云ったのです。 このように「ヨーガ」とは、「結びつける」「コントロールをする」「バランスをとる」という意味と、その「修行法」「技法」として 発達してきたのです。 それでは何と何とを「結びつけ」「バランスをとる」のでしょうか? それは、�身体と心をバランスよく結びつける。�内なる私(真我)と大いなる我(宇宙)とを結びつける。 �人と人をバランスよく結びつけることなのです。仏教では、それを三宝と云って、�身体と心をバランスよく結びつけ解放した 人間存在を「仏(ブッダ)」といい�宇宙や自然の法則と自己とを調和させる生き方を「法(ダルマ)」といい、�人と人とが調和し 助け合う平和な社会を「僧(サンガ)」といって尊んだのです。そしてヨーガでは、その方法を、具体的な生活法(ヤマ・ニヤマ)、 運動法(アーサナ)、呼吸法(プラーナヤーマ)、瞑想法の階梯(プラティヤハーラ、ダーラナー、ディヤーナ、サマーディ) そして祈りの言葉・神の名(マントラ、ジャバ)等として、 私達に伝えてきているのです。 ≫ ▼ ≪「真我(アートマン)を車主、肉体を車体、理性を御者、意志を手綱と心得よ。賢者たちはもろもろの感覚器官を馬と 呼び、 感覚の対象を道と呼ん でいる」と述べています。このことから「ヨーガ」とは、馬を車に「つなぐ」が語源であり、意味は「結ぶ」 「コントロールを する」「バランスをとる」との意味をもっていた。≫が、ヨガの本質。内なる真我と大宇宙を結ぶ修行ということ。 10数年ほど前に、散歩で出会った地球の核の一点を擬人化して現在も話をしているXが、宇宙。向き合っているのが真我ということ。 ・・・・・・・ 3762, ユング ー5 2011年07月14日(木) ー「共時性」の幾つかの事例を、<「タオ心理学―ユングの共時性と自己性」ジーン・シノダ・ボーレン著>から抜粋ー 例1 ある女性が、妹の家が燃えているハッキリした夢をみて、妹が安全かどうか電話でたたき起したところ。 まさに、その通り火事になっていて、電話で目をさましたために命拾い。 例2 ある研究者が高度に技術的で分かりにくい問題にぶつかっていて、情報がえられず困っているとき、 ある基金募集のパーティーに出席したところ、たまたま隣の席に座った人が必要な情報を提供してくれた。 例3 ある女性がある町にやってきて、昔の同級生に連絡をとろうとしたけれども住所がわからず、 混雑したエレベーターに乗り込んだところ、たまたまそこに彼女がたっていた。 例4 ある人のことを考えているとき、電話が鳴る。 出てみると、私がちょうど考えていた相手だった。 例5 私はキッチンで夕食の支度をしながら、夫のジムに向かって、「テーブルに花が欲しいわ」と言いました。 子供達はそのとき外で遊んでいて、私の声の届かない遠くにいました。しばらくすると、娘のメロディが家の中にまっすぐに 入ってくると、手にピンク色の花束をかかえていて、「ママ、ここにあるわよ」、と言ったのです。 例6 人の死を知る能力のある人がいます。 ある人の場合、夢や白昼夢として、死ぬ人がスーツケースを持ってその人の前に 現れるのを見ます。そしてしばらくすると、そのスーツケースを持って現れた人が、亡くなったという知らせが届く。 ▼ 単なる偶然とは思えない、これらを、ユングは、共時性(シンクロ二シティ)と呼んだが、その人によって、 その要素の強弱があるようだ。私は、Aーabc、bーabc、Cーabcの9段階の二番目のAのb辺りか。 その人の持っている一つの感覚であり、それが物理的にあったり科学的に証明されるものではない。 前回も書いたが、事業の立ち上げや、ホテル計画を実行段階に入ると、必ずといってよいほど、身辺に普段は 起こらない事故とか、ごく身近な倒産、不幸が起こる。今回、それが共時性の前段階の「布置」ということを知ったが、 今度の当方の倒産でも周辺でも、事故、大病があった。私の場合、負債債権処理など、あと二年は要するから、 二年間は大病、大事故には心しなければならない。 ところで、今回の東北大震災。 国家を人間と喩えると、 明らかに「布置」の思えてしまう。 次回に取り上げるが、そう考えると、今回の震災のユング的見方が見て取れる。 ・・・・・・・ 3397, おテレビ様と日本人 ー2 2010年07月14日(水) *「第五の壁」とは何か. テレビを第五の壁とみなすのは面白い。そうすると、今度は第六の壁というと、パソコンになる。 パソコンには第五の壁も取り込まれ、一方的な情報だけでなく自分サイドも発信できるところが、今までとは違う。 だから、著者の心配がより大きくなるのか、それとも多くが解消されるのかは判断は出来ない。 第四の壁は、それでも生身の観客がいて、役者が直接触れ合える。しかし第五は、まさに流し手の思いのままになる。 ー以下の部分がTVの本質を言い当てている。決して、機械がプラスに働いてはいないことを自覚しないとー ≪ われわれの知る「第四の壁」とは、演劇舞台の部屋の装置が三方の壁に囲まれ、残る一方の壁が観客席に向けて 取り払われているそれをいうのである。「第五の壁」とは、もとより著者が火星人の口に託して名づけたテレピの異称である。 地球を襲撃して戻っていった火星人は、次のように帰国報告したという。 【人間と称する地球上の生物は、光線と空気と出入りのための大小若干の穴のある四つの壁に外界から遮断されて 暮らしているが、ほかにもう一つ、〈第五の壁〉とも称すべきものを所有している。それは四つの壁よりは小さく、 移動は自由で、どつしりしている不透明なガラスの壁だが、四つの壁の穴からはとうてい期待できないさまざまな風物や 生物がそこに現われ、かの人間なるものと同じように語り、むせび泣き、歌う。 それは四つの壁を征服する。 四つの壁を取り払ってしまうのではないが、四つの壁を止揚する不気味なカの持ち主である】 ……われわれは、テレビにたいして〈検察官〉になろうと、〈弁護人〉になろうと、忘れてはならないことは、 その間にもわれわれは〈第五の壁〉の照射にさらされているという事実である。〈テレビ時代〉に産声をあげる赤子は、 〈第五の壁〉の人工の光の中で歩きはじめるのである。 ― この本が書かれてから四十年以上が経過した。 半世紀ぶりに地球を訪れた火醒人が今度はどんな報告をするだろうか。 それは壁ではなく、実は底なしの地獄に落ちる ブラックホールの穴だったと綴告するだろう。テレビの発する光線は、結局突き詰めれば金銭の発する光だった。 それも巨大な額の金が絡む光である。人はそこでただ語り、むせび泣き、歌うだけではない。隣間的な音声でも映像でも、 そこには人間の醜い欲得が潜在する。ただ単に事実を伝達するだけに思えるニュースのコメントですら、一言、 「オバマ氏の当選は確実」と声を発したとたん、あらゆる場面での金が乱れ飛ぶ。テレビの扱う範囲にフィクション、 ノン・フィクションの区別はない。両者は調合され、統合され、まったく別種類の認識対象となる。 認識された潜在意図、である。 この別称こそ「陰謀」と呼ぷものだ。意図はあくまでも隠されている。 誰も意識していない。だが、番組制作には「洗脳」という潜在的な意図が常に基調を作っているのである。 こうした曖昧な感覚混合体が、結局は陰謀と呼ばれるものの正体、テレビの実態になるのだ。≫ 〜 今度は、TVにネットが組み込まれてくる。違った洗脳が始ろうとしていることになる。〜 〜〜 3022,閑話小題 2009年07月14日(火) * 池袋の早朝でみた荒んだ世界 * 自民党の末期 * 腰痛はつらい (字数の関係上カット12年07月14日) ・・・・・・・・・・ 2657, いちゃつき ー2 2008年07月14日(月) 前回に鷲田が宗教学者・植島啓司から聞いた話を書いた。 「‘解脱’は自分を遠ざけて、世界の中に自分を溶け込ませる技術で、‘救済’は逆に自分を開いて、 他人を迎え入れて他人で いっぱいにするというかたちで自分を溶かしてしまう。だから方法が違うんですよ。 (字数の関係上カット12年07月14日)
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| 4868,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー36 |
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2014年07月13日(日)
* 暴力団事務所がホテル至近に二つ! 開業前の一時期に、開設の事務所をゼネコンの現場事務所の背中合わせに、ベニヤ板一枚で仕切りを置いていた。 (その後、東跨線橋近くに移動したが・・) そのゼネコンの現場事務所に暴力団の二人が、恐喝に来て、一人は、 ドアの外で誰も入ってこないように見張りが立ってから、大声で、「何で挨拶の来ない!」「ここは、どこの縄張りか 分かっているのか!」とかの恐喝劇が始まった。修羅場を経験した私でも、ライブでベニヤ板一枚で聞くのは初体験。 その迫力は、自分でなくとも氷つくほどの恐怖である。現場事務所の主任が一人になるのを見届けて来たのだろう。 しかし現場主任は冷静沈着で、対応していた。その直後に聞くと『こんなのに金を出したら、市内の暴力団が次々と 来ますよ!」と平然としている。 その直後、近くの交番に電話をしても、「その程度では受付できません!」と 軽く受け流されてしまった。しかし、帰宅してから、その応対に腹が立ち、交番に激しく抗議の電話を強くした。 その結果、その暴力団事務所前にパトカーが数日間、見張ることになった。 それ以来、その後のホテル建設の ゼネコン現場事務所には、一切に暴力団は顔を見せなくなった。開業してから分かったことが、ホテルは、ヤクザ、 チンピラの絶好の凌ぎの標的であること。しかし一度、出したら、その筋に直ぐ知れ渡ってしまう。 当然、 30年間、一度しか脅し取られることはなかった。当時の副支配人は包丁を突きつけられ脅されたが、そのチンピラ 二人は、その後、県外の検問逮捕された。 開業後、1〜2年に一度は巧妙な脅しが定期的?に続いていた。 現場責任者が対応するが、酔い客の絡みと、ヤクザ、チンピラの恐喝のストレスは、想像の域を超えるという。 ホテルマンの教育で一番初めに受けるのが、客からの罵声に備えた訓練。 お客に扮したトレーナーが、大声で 無理難題を言うのを、ひたすら受け流す訓練。暴力団は、弱みを見せないで迷わず警察に電話をするのが基本だが、 民事と刑事の境目を彼らは熟知し巧妙に仕掛けてくる。何があっても直ぐに連絡するが、刑事とて公務員、あてに ならない! 前門の虎が、脅し客なら、後門の狼は私? 考えただけで、私でも怖ろしい! その後に、暴力団の 不当行為をなくす法律として、平成4年に「暴力団対策法」が施行されたのを境に、脅しが年々、減っていった。 それでも、手口は巧妙になって続いていた。今では、暴力団と知って宿泊をさせると、宿の方も罰せられる? 事務所も、それを隠して契約をした暴力団が逮捕されたニュースが流れていた。暴力団にしたら、年々、凌ぎが 厳しい絶滅動物になっている。 30年間、ニアミスは一度も無かったが、相手も、自動的に交番と、暴力団対策課に 連絡する相手は、一番の難敵。犯罪捜査に積極的に協力するフロントは、私設交番でもある。 そこに恐喝など、 無知なチンピラ以外に仕掛けてこないが、それでも仕掛けてくるから・・ 警察は全ては解決をしてくれないが、 直ぐに相談する習慣こそ、大事。一番悪いのは泣き寝入り! そういえば、一晩に43人が宿泊したことがあった。 ・・・・・・ 4501, 閑話小題 ーバランスボール 2013年07月13日(土) * バランスボール 腰痛の本は雑誌などの記事で読んだことがあったが、図書館から借りて読むのは初めてである。 母親が腰痛持ちだが、私もその体質を引き継いだようだ。腰痛は昭和38年の長岡豪雪で高校の屋根の雪下ろしでの ギックリ腰から持病になり、現在も完治はしていない。借りた本に、腰痛にはバランスボールが良いとあった。 書斎の椅子にバランスボールを交互に使うことを勧めている。 さっそくHCに行ったがサイズは大・小のうち、 その小しかなかった。小でも大丈夫だろうと1500円で買ったが、やはり小さい。台を置いて辛うじて使っているが不安定。 スポーツセンターのエアロの一つに「バランスボール」がある。当初、数回、参加したことがあったが今は参加していない。 これは直径80センチぐらいのゴムの厚いもので、この上に座ってストレッチやエビ反りや、上下のバウンドをする。 机の横において腰が疲れると椅子から、これに乗り換える。まだ3日なので効果は分からないが、直感的にみて良いようだ。 ところが、何時の間に家内が、居間のTV前で椅子がわりに使い出した。 この半世紀の間に、3年に一度位の割合で強い腰痛になっていた。軽いのは季節の変わり目で、年2〜3度の年中行事。 最後に重いのきたのが4年前の7月で、治るまで一月以上を要した。 この時のキッカケが、「パッション」という腰叩き専用のマッサージ機を購入した時のこと。あまりに腰が気持ちが良くて、 使いすぎて逆に重症の腰痛になってしまった。 それ以来、本気になって腰痛対策を幾つか取り入れた。 まずベッドに低反発枕と低反発マッド。会社の椅子には低反発クッションを。居間のTVの前には低反発クッションを導入。 それ以来、大きな腰痛は4年間、一切ない。2年前からのスポーツジム通い運動と、16ヶ月間、週二回のヨガ・エアロの 効果もあって、今では腰の重さが五分の一以下の軽さになっている。 特にヨガは腰痛の自己治療と思えるほどで、足腰の 歪みを修正してくれる。 借りてきた本によると、椅子に座った状態で、体重の三分の一の重量が腰にかかるというから、 私なら20キロである。毎日、4時間近くパソコンの前の椅子に座るので、その負担が実感している。 ・・・・・ 4127, 閑話小題 ーシネマ 2012年07月13日(金) * 相変わらずのシネマ通い 今年になってから平均して月3回はシネマ通いをしている。少し通い過ぎ?だが値段の割に価値を感じるからだ。 エネルギーを持て余している現在、手軽なストレス解消になっている割りに毒は少ない。物語に意識してドップリ浸かるのがコツ。 最近のシネマはデジタル特撮効果で画面も映像も圧倒的迫力がある。家でもWOWOWなどで映画やシリーズのドラマを見ている。 頭には決して良くはないのだろうが、面白いこと、この上ない。今年に入って特に面白かったのは、韓国映画の「マイウェイ・ 12000キロの真実」、邦画で「外事警察」、ハリウッド映画では「バトルシップ」というところ。千円のため、居酒屋一軒分で 月三回は価値がある。 最近では外れは殆んどないが、もし千五百円なら半分も行かないだろう。映画の開始前に予告が流されるが、 それに洗脳されてしまう。時代背景の家具や服飾を見るのが楽しみ、というのも年齢のため。 一つ酒を飲み交わす場面で、徳利は 江戸末期になって出まわるようになったもので、それまでは鉄瓶のようなもので温め、杯についでいた。19Cのロンドンを 背景にした映画は、時代考証を見るだけで面白い。 話は変わるが、先日、家電店で80インチのTVを見てきた。80万位だが、 ここまで大きいと迫力がある。月3回のシネマ通いは、たまたま面白いのが来ていたためで、1〜2回で充分である。 * オスプレーの反対運動 飛行機とヘリ兼用のオスプレーの反対運動、何故、あそこまで反対するのか不思議。沖縄に配備されると一番困るのは中国で、 都合が良いのは日本。飛行コースを決めておけば、別段、危険ということはない。ヘリコプターの役割もあるので、飛行機と違って、 滑走路を必要としないため何処からでも離発着が可能である。 反対理由は中国からの裏指示と疑うのは当然である。 沖縄の飛行場周辺の街は、基地のために後から出来たものが殆んどで、わざわざ基地を街の近くにつくった訳でない。何故か誰も、 このことを言わない。嫌な臭いがする反対運動である。 話は変わるが、原発に対するアンケートで、「全エネルギーの25パーセントを原発が担っているが、15パーセント位が良い」、 が一番多い調査結果が出た。現在の日本は、「原発は危険だが、存続が必要」なことぐらいは、分かっている。このままいけば、 周辺各国から、寄って集って領土など資産を毟りとられてしまう。原爆被爆国だからこそ、原爆を持つ権利が十分ある理屈もある。 もう敗戦国の負い目から脱皮すべきである。67年も経って何が保証である。表立った再軍備をすべきで、原爆を持つべきである。 ・・・・・・・ 3761, ユング ー 4 2011年07月13日(水) 共時性とはシンクロ二シティの訳語で、ユングは、「意味ある偶然の一致」と言っている。 ユングのいう共時性(シンクロ二シティ)の定義を 「臨床ユング心理学入門」 山中 康裕著で、 第一の定義 非因果的連関の原理 第二の定義 「別々の出来事が、互いに因果関連はないが、時間的に一致してそのつながりに意味が感じられる事態を示すこと」 第三の定義 「別々の出来事が、時空間的に互いに一致して、しかもそこに意味深い心理的関連が感じられる事態を示すこと」 第四の定義 「心の世界と物質の世界をつなぐものとして考える場合」 等、定義している。 ここで山中 康裕は、「そのような心の現象は実際に多く存在し、従来の確率論で予測される期待値よりはるかに高い確率で生じている」 *また、河合隼雄は、「希望する人にとっては、共時的現象がよく見えるようになる。共時的現象は、実のところよく生じるが、 われわれがそれを把握していない、と考えられる。 「希望する」人は、心が広く開放されているので、共時的現象によく気づく」 *ジーン・シノダ・ボーレンは、「自然発生的な共時的出来事は、心の中の状況が活発に働き、強い情動を帯びるのに共鳴し、 それにともなって起こるものです」「心が霊的に中心化されてくると、タオに触れることによって、積極的に共時的出来事が おこるようになってくる」「まず、霊的な価値を求めよ。何事であれ、必要な形あるものはやがてやってくる」 「イエスは、人々をみちびくにあたって、神の国について教え、この最高の価値は人々の手元にあって到達できるものである ということを語りながら、それを求めるように説きました。私には、もしも人がまず神の国を求めさえすれば、 現実の必要をみたすために共時性が与えられるであろう、と語っているように思われる」と述べている。 ▼ 私も、この6番目の感覚を得るまでは、半信半疑より、ほぼ否定的であった。しかし、この感覚が内側から出てからは!一変。 作家の佐藤愛子も、この感覚を身についてから、その経験の本を出している。しかしネットを始めた頃か、哲学書を読み始めた頃から その感覚は急激に薄れていった。共時性は、人間の持っている、ある情報器官がはたらいた結果だが、現在の情報端末は、それを はるかに超えている。特にモバイル携帯は、人間の6感を超えて我々の存在のあり方を根底から変えようとしている。 で、過去分の 同月同月をコピーして驚いたが、7年前の7月13日に偶然、ユングの共時性について書いていた。これも意味深い偶然の一致していた。 ・・・・・・ 3396, 蛸が、サッカーの結果を予測 2010年07月13日(火) 蛸がサッカーの結果を8試合全部を当て話題になっている。面白そうなので少し考えたみた。 蛸からすればサッカーの勝負など関係がない。ただ、どっちに入るかでしかなく人間が騒いでるに過ぎない。 とはいえ偶然の一致?が、8回も続くことは有りえないから、何かがあるのか。 考えられることを挙げてみると ・蛸の予測に自信を持ったチームが勝ち進んだか、 ・誰かが予測をして蛸を人知れずに誘導しているのか、 ・蛸が水槽の外の誰かの顔を見て左右を判断しているのか、 ・上記など全てを直感で判断する超能力がある、 ・人間には知りえない何かの能力がある、等が考えられる。 マスコミが注目をしてたには、それなりの実績があったはず。 諸説が出てくるのだろうが、夢があり面白い。 何かトリック?を見つけるより、そのままにしておいた方がよい。理屈からみれば、何で蛸が人間どものゲームの勝敗を 当てなければならないのか? その理由など一つもない。当った当たらないは、人間が勝手につくり上げた虚構でしかない。 でも事実、試合前に勝っている方に入っているではないか?といえるが、その勝ち負けを設定しているのは人間様。 8回も当たったという人間様の論理そのものを疑う必要がある。ドイツの勝ち負けの視点からみている、そこに何かあるとみるべき。 とすると、水槽の中で、誰かのサインにしたがっている説が、有力に思える。 でも、そんなことは、どうでも良い。 スペインの優勝より大きな話題になったから、それで充分である。蛸は三年しか生きないというから次回は無理とか。 ・・・・・・・・ 3021,卒業40年周年か〜 2009年07月13日(月) 「大学卒業40周年記念の集い」に参加してきた。 20周年、30周年記念の集いにも参加をしたが、非常に良いメルクマールになっている。(10周年は、20数年前から企画されたので、 『集い』そのものが無かった)ところが数日前から腰痛が出て上京など無理の事態だったが、「這ってでも行く」と決めた瞬間から、 痛みが少なくなったには驚いた。 「前日の金曜日に銀座でクラブの仲間が集まろうよ」という誘いを断り、当日の土曜日だけを 出席すれば何とかなるのではと考えた。 しかし出席するとしたら、むしろ前日に東京に行って、クラブ仲間の会の出席は 一度ホテルで休んだ後で、腰と相談すればよい。 また当日に上京するよりも、前日に行って翌日のギリギリまでホテルで 待機して集いに参加すれば何とかなるはず。 ということで何とか二日間を乗り切ることができた。 最後は覚悟である。 しかし本当に重症だったら無理だったが。 10年ぶりの会は、前回と同じ位の盛況の賑わいで、400人位が集まった。 2500人のうち1700人に連絡がついて400人が出席。 総長の挨拶で、「この厳しい大学経営の中で非常に人気があり、経営も非常に良好、 長期的に改革を地道に続けてきた成果」と語っていた。この10年ぶりの再会で、各人とも人相も体系も老化がハッキリ見てとれた。 仕方がないのだろう。あと10年後は、もっと激しくなるのだろう。 気持ちとしては、これが最後の参加の集いと割り切っていた。 そのため一人ひとりの語らいが熱くなった。 我われは良い時代に青春時代を過ごしていたのである。この集いに参加する人たちは 現状がある程度、余裕のあるのだろう。何か気持ちがリッチに気持ちになれる。そこで受付でチェックをして胸札と名簿を貰い。 参加費は8千円、そこで何人かの知人と再会。 10人位が集まると、若い女性が、構内ツアーで新しい施設などの案内。 そして、学部ごとの写真撮影。その後、チャペルで集合ミサ。 総長の挨拶など・・・。 その後、学食で大立食パーティー。 その後、学校サイドが用意した二次会がある。しかし前回同様の1~2年の同級会が東武百貨店の14Fに用意してあり、参加する。 参加28名(途中で帰った人3名)その後はクラスで親しかった男と、居酒屋に移動し語らい、22時過ぎにホテルに戻った。 姿、形は変わっても気持ちだけは変わらないのが同期の会での良いところ。 総括として、今回も満点。 ・・・・・・・・ 2656, コミュニケーション力とは? 2008年07月13日(日) 中島義道の「コミュニケーション力」についての一考察が、面白い。これによると、あくまで家内と私の関係だが、 私がコミュニケーション強者で、家内はコミュニケーション弱者になる。しかし、如何みても家内の方が強者で、私の方が 弱者に思えてしかたがない。外国に行って、観光地や飛行場で隣の人に平気で話しかけ英語の勉強をしたり、宮城県の 医師会会長婦人と仲良くなり、ブランド店で見えの張り合いをしたり、ディナーで周囲の人と瞬間芸のようにハイソサエティー 婦人に変身をしてしまう。私など何時も微笑をたたえて無言である。 たまに酔って、その場を目茶目茶にすることもある。 中島のいう「コミュニケーション力」とは、私がいう「対話力」のことのようだ。対話をするには自分の主張を相手に理解させ、 相手の言っていることを理解し、できれば互いに一人では思いもよらない一段上の内容まで内容を止揚することである。 それは対「本」の著者ともである。 ーそれよりまずは、中島の、面白い部分を抜粋してみよう。 (字数の関係でカット09年07月13日)
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| 4867,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー35 |
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2014年07月12日(土)
* 駅前ホテルと旅館の社長たちの抗議 開業直前のこと、以前の会社の事務長が、わざわざ長岡から近況を知りたいと開設準備室に 訪ねてきて、世間話をしていると、開業予定地の真前のホテル社長から『これから、伺います!』と 一本の電話。 その事務長は長岡近郊で工場を経営していたが火災のため倒産した経歴を持つ人で、 威風堂々としている。しかし、前の上下関係もあって、私の前では表向きは服従だった! 当人は元社長なので、それは知り尽くしている。 その雰囲気の中、地元のホテル、旅館の主だった 社長連中が7〜8人、ドタドタと乗り込んできた。何だろう?と思ったが、要は、税込み3980円の 価格破壊に対する抗議と圧力のつもり? ところが、事務長は、その空気に固まってしまったが、 それが、彼らに恐ろしそうな人に見えたようだ。 それと、私にすれば15年間の準備期間を持っての 覚悟がある。烏合の衆になった彼らの方が、明らかに恐れているのを見て取れた。 そこで『私は、ホテル・旅館の組合に入る予定は、一切ありません。問題があるなら、訴えればよい ではありませんか! 名刺を見ると、素人の駆け出しの私にとって貴方たちは、神様のような存在。 それが、こんな、抗議をしてくるとは!』と、我ながら、冷静な受け応え。 彼らは、罵声を浴びせ ようにも、得体に知らない恐持ての来客が腕を組み座っている。その人が、私の一言で絶対命令的 に立ち上り席を譲るのを見て、気を飲まれたのが分かった。 第一、グリーン、ハイマート、 ステーションホテルや、その後、自死?した旅館の主も? で、ここで知ったのは、何とも大らかな 世界の存在。で、数分で、すごすごと、何をしにきたのか?曖昧のまま、帰っていった。それよりも、 事務長、何と面白い場面に出くわすことが出来たことか。 それとも極限の恐怖だったか? 私はゼロというより、面白かった!が。現在も、そのまま経営している彼らか、その子息が、 三年前に「そら、見たことか!」と喜ぶ姿が目に浮かぶが「それ、逆でしょう?」という考えは、 彼らには、あり得ない? 毎日が青色吐息で、この原油高!その世界が全ての彼は、止めるに 止められず!万一のシェルターの備えがあるかどうか? 「倒産や、廃業は悪い!」の銀行系 価値観の盲信が、自分を縛っていることすら理解できない。人様の財布の中までは分からないので、 これも私の思い込みか・・ 長岡も、新潟も、まずは、根こそぎの価格破壊が新規参入の役割。 だから、地元では創業など、すべきでない。それまでの売り方、商習慣を破壊するのが新規 参入者の役割。だから既存の人たちを根こそぎ否定せざるを得ない。で、駄目だったら、 止めればよい。そこに当然、軋轢が生じるが、それを受け止めればよい。そのまま、結構!である。 ・・・・・・ 4500, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー3 2013年07月12日(金) 『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著 * 年寄りの不具合は、すべて老化が原因か、老化がらみ 現代医療は、「老い」を「病」にすり替える。「病」は、回復の可能性があるためだが、老いはどうになるものでないのに、 病気扱いにして薬漬けにする。 老人性鬱も、老いれば誰でも落ち込む。それを病気といって薬を与えれば、自動的に薬中に なってしまう。で、それが高じてボケを早めるパターン。保険で薬が安く入手できるので、直ぐに病院に行くが、相手も 商売の要素が強いところ。病気という毒を、違う毒で征する危ない手法を駆使するところ。 ーそこで、この本で面白そうな要所を抜粋ー ・リハビリテーションは、リ(再び)ハビリス(人間にふさわしい)エーション(状態にすること)の合成語で、人間が人間にとって ふさわしくない状態に置かれた時、再びそれにふさわしい状態に戻すことを指し、病前の姿への復帰を意味するわけでない。 以前なら死んでいたものが、死ぬでもなく助かるでもなく、ただズルズルと生かされている事態が起きる。 ・「死」を、止めたり、治したりすることはできません。しかるに、治せない「死」に対して、治すためのパターン化した 医療措置を行います。これらは、せっかく自然が用意してくれている、ぼんやりとして不安も恐ろしさも寂しさも感じない 幸せムードの中で死んでいける過程を、ぶち壊しているのです。 ・点滴注射もせず、口から一滴の水も入らなくなった場合、亡くなるまでの日数がどれくらいかというと、7日から10日が多い。 ・「できるだけの手を尽くす」が、「できる限り苦しめて、たっぷり地獄を味わわせる」とほぼ同義になっているといっても、 いい過ぎではない状況を呈しています。 ・日本人は、病気や障害を理由に、甘えて依存しがちです。また、それを許す傾向にあります。こういうことをしていると、 欲しくない時にも、無理やり口の中に押し込まれるという「拷問」にかけられることになる。 ・死にかけの人間が医者にすがるのも、あまり感心しません。なぜなら、いかに生きるか、いかに死ぬかは人生の問題で、 医療で解決できる問題ではないからです。 ・初めから、本人が誰かに何かをしてもらいたくて、自分の足で立とうとせずにぐにゃぐにゃしていたのでは、両側から無理に 抱え上げようとしても、どうにもなるものではありません。今、老いも若きも、病気は医者に治してもらおう、苦悩は誰かに 解決してもらおうという、この手のひ弱な人間が日本中に溢れています。 ・現在の日本人は若さにこだわり、「年のせい」を嫌って認めようとはせず、近代医療に過度の期待を持ち、老いを「病」に すり替えています。なぜなら「老い」は一方通行で、その先には「死」が待ち構えています。 一方、「病」には、 回復の可能性があるからです。 ・・・年寄りの不具合は、すべて老化が原因か、老化がらみです。 今さら、医者にかかって薬を飲んでみたところで、若返らせることは不可能ですから、根本的には、どうにもなりません。 ・問題は、健康は、人生を豊かに生きるための手段であるはずなのに、それが目的になってしまっている点にあります。 本来、「健康は、こういう生き方をするために、この程度必要」というものでしょう。それが「生き方」もないのに、 「健康」だけを追い求めることに、どれほどの意味があるのでしょう。 ▼ 「還暦を過ぎたら、自然体で、あまり病院などに行くな。どの道、少し早かれ少なかれ亡くなるのだから」と、 特老の医師が言うのだから、内容はシリアスである。「表面的に健康に戻すために、毒を盛って、毒を征する」のが 実態なら、毒を毒のまま放置しておいた方がよいというのも筋が通っている。成人病で突然死した人と、特老などで 不自由な生活をおくっている人と、どちらの生き方を選ぶかというと、どうだろう? 介護生活が平均10年も 残されていると知った現在、末期ガンで余命半年も喜ぶべきかもしれない。不自由の長生きも辛いということ。 ・・・・・・ 4126, 第一感は叡智である 2012年07月12日(木) 倫理研究所の「日捲り」にあった言葉。 「第一感を働かせよ、これは叡智。 気がついたら間髪いれず実行。」と。 出来る人は、これを純粋に実行している。ひと呼吸を入れると必ず迷いが出る。その前に実行すればよいことを出来る人は 知っている。もし迷いが出ても、「迷った時は、可能な限り実行する」という駄目押しの信念を持てばよい。 即実行をしないと人生、後悔をする。そこで、「倫理研究所」のHPを覗いたら次の内容があった。 ー 万人幸福の栞17ヶ条ー ー逆も真なりー 1 今日は最良の一日、今は無二の好機 (今日は最悪の一日、今は無二の危機、と考え一日に挑戦する) 2 苦難は幸福の門 (順境は不幸の門) 3 運命は自らまねき、境遇は自ら造る (運命を考えるときは、境遇が悪いときだけ) 4 人は鏡、万象はわが師 (鏡を見すぎると、何が何だか分からなくなる) 5 夫婦は一対の反射鏡 ( 乱反射があるだけ ) 6 子は親の心を実演する名優である (子供は、親の歪み?) 7 肉体は精神の象徴、病気は生活の赤信号 (精神は肉体の象徴? 違うだろう。健康は生活の青信号?これも違う!未病もある) 8 明朗は健康の父、愛和は幸福の母 (陰鬱は不健康の父?、トラブルは不幸の母か? 裏表じゃないか、健康も不幸も?) 9 約束を違えば、己の幸を捨て他人の福を奪う (約束を守るだけでは不足? もう一歩踏み込んだ実行! 無理?) 10 働きは最上の喜び (方向が正しいなら良いが、間違っていれば、働くほど最悪の悲しみの道) 11 ものはこれを生かす人に集まる (使い切った後、いかに捨てるか?) 12 得るは捨つるにあり (得るは拾う人にあり) 13 本を忘れず、末を乱さず (本も、末も叩き壊せ、創造は、そこより始まる) 14 希望は心の太陽である (絶望から、全てが始まる。空即是色である。希望を目標まで具体化すべき) 15 信ずれば成り、憂えれば崩れる (疑いは、考える第一歩。憂いを乗り越えてこそ厚みのある実現がある 16 己を尊び人に及ぼす (人の美点を尊び、その結果、美点を吸収する。それが己を尊ぶことになる) 17 人生は神の演劇、その主役は己自身である (人生は悪魔‘=欲望’のなすがまま、欲望と後悔の織り成す絨毯である) ▲ これが裏表を成しているのが人生。だからこそ味わいが出てくる。だからこそ、明るい視点で人生を日捲りで確認する必要がある。 ー逆も真なりーは、居間で晩酌をしながら下書きしたもの。酔いで歪みが出てきたためか、すらすらと書けたが・・ 正・反・合の、反。 ・・・・・・ 3760, ユング ー 3 2011年07月12日(火) ユングといえば、「布置」と「共時性」である。 〈次数の関係でカット2012年7月12日ー ブログに貼り付けてあります!) ・・・・・・ 3395, 何故、名古屋の資産家の息子が麻布で? 2010年07月12日(月) 学生時代に30日間、一緒に欧州旅行した男が、何ゆえに麻布で撮影会社の社長になったのか?非常に興味があった。 その話を一昨日に会って聞いたが、チョットしたドラマ仕立て。 撮影会社といえばカメラマンとモデルやタレント、 そしてスタジオが舞台になる。撮影の世界は世間一般とは異質である。 人間関係が広く、うるさい上に腕の差が作品で明らかになる。 その世界で麻布周辺で三箇所のスタジオに80数人の会社を経営をしているのだから、そのプロセスの話しが面白くないわけがない。 その会社を独立させるまでの経歴がドラマ仕立てで面白い。三時間が瞬く間に過ぎてしまった。 プライバシーもあるので具体的に 書けないが、静岡の友人と、その話しを三時間に渡って聞き入ってしまった。 大学を卒業後、普通の会社に4年間勤務した後、 実家の貸しビル業に戻ったが、親父と衝突など色いろあった後、東京の撮影会社に勤務(弟子入り)。そこは百貨店の商品のチラシや パンフレットの写真を扱っていた。 そのうち一つの百貨店をイトーヨーカ堂が買収した時に、社長がスーパーの写真など 撮りたくないと拒否反応。そのため、わざわざ分社。その会社の責任者になったが、撮影写真一点あたりの価格が百貨店の半額以下に プライスを抑えられた。そこで知恵を発揮して採算にあうようにした。 その結果、ある時点から分社の方が組織的に大きくなり、 稼ぎかしらなった。それを良しとしない社長との対立。会社を辞めた、ところ過半数が辞めたので、やむなく会社を設立、 現在に至ったという。そこから一人の男の人生が見えてくる。寡黙な純粋な男だったがユニークな人生を生きることになるとは驚き。 そこの人間関係は非常な華やかな世界で、有名タレント、歌手、プロ野球の選手など、撮影で接するのが日常という。 それにしても、学生時代の色いろな友人から見えてくる人生は面白い。面白か、恵まれているから、会う機会ができるということもある。 このリーマンショック以降、経費削減の影響を直撃しているという。 最後は、人間性、品格で人生がつくられる、ということ。 ・・・・・・・・ 3020.旅する力ー深夜特急ノートー4 2009年07月12日(日) 旅する力 ー深夜特急ノート ー4 「旅する力ー深夜特急ノート」 沢木耕太郎著 読書日記 第三章 旅を生きる * そのたびの最大の幸運は、第一歩を踏み出した所が香港だということだった。のちになって理解することになるのだが、 香港から東南アジアを経てインドに入って行くのには、そこから徐々に異国というものに慣れていくのに理想的なルート だったかもしれない。気候とか水や食べ物といったものに徐々に慣れていく。湿気、暑さ、食べ物の辛さ・・・・。 だから、インドに入って下痢をすることもなかったし、どこでもすぐにその土地の食べ物を美味しく食べることができた。 解)そう言われると、成るほどと納得する。登山のように徐々に空気の希薄に慣れていくのは同じことか。 *私は、何時のころからか、新しい国に入ると、暇そうな人を見つけては言葉を教えてもらうようになった。 しかし、語学の乏しい私には、多くの単語を一度に覚えるのが難しい。そこで、次第に、 必要最小限の単語だけを教えてもらうようになった。 いくら 何 どこ いつ こんにちは ありがとう さようなら この二つのグループの7つの言葉さえ覚えていれば、まったく情報のない国に入って放置されても、なんと切り抜けることが わかってきたからである。もう一つ、宿も、かりに安宿も、中国人が経営している限りは 最低の清潔が保たれてしたし、 食堂も、どんなみすぼらしい店構えでも、中国人が調理をしては火が通った安全な食べ物を提供してくれる。 私は、やがて、どんなところに行っても、まずはチャイナタウンを探すようになる。 解)世界中どこに行ってもあるのが中華料理店で、味の外れは少ない。(一番外れが大きいのが和食の店) 何処に行っても、中国人がいるから、いい加減な料理も出せないのだろう。 ・・・・・・・・・ 2655, いちゃつき 2008年07月12日(土) 阪大総長の鷲田清一対談集「気持ちのいい話」に、なかなか含蓄のある話があった。 多田道太郎との対談の中で「気持ちがいい」とはなんだろうと考えたとき、それは「いちゃつく」という言葉に 行き着くという。最近の若い人は、スローセックスというか、最後まで行かないプロセスをダラダラ楽しむ感じが、 また良いと。鷲田は、女子高校生同士が、ベッドで何となくいちゃついている光景が、一番イメージしやすいという。 だいたい飲みにいって、ママとかホステスに何となく酒を飲んでいるのは、横から見れば子供に帰って いちゃついている姿に似ている。そういえば、私が以前に女性の職場に居たときのタブーは特定の人との親しい関係だが、 不特定多数と何気なく仕事の中でいちゃつくのは、誰も見てみぬフリをする。 それが女の職場の中の男の特権である。 誰とも目的無しに共同作業の中で引っ付いて、適当に仲良くするのは、幸福の最たるものである(この本で気づいたことだが)。 この対談集の中に、 鷲田が宗教学者・植島啓司から聞いた話として紹介している話が興味深い。 「‘解脱’は自分を遠ざけて、世界の中に自分を溶け込ませる技術で、‘救済’は逆に自分を開いて、 他人を迎え入れて他人でいっぱいにするというかたちで自分を溶かしてしまう。 だから方法が違うんですよ。 自分が相手の中に吸収されるか、逆に他が自分の中に浸透するか。どっちにしても、自分と世界の距離をなくして、 自分を触っているか。相手を触っているかわからないような『いちゃいちゃ状態』を宗教だ」という。 これから考えると少女が他人の体でいちゃいちゃしている状態や、部屋の中にぬいぐるみをいっぱいにしている状態と、 宗教の解脱、救済と、きれいにオーバーラップするという。 鷲田は、自分はこれまでの人生で最も欠けていたのが、いちゃつき、といい、寝転んで誰かと飽きるまで、とことんゲップを しそうになるまで、いちゃつき続けるのが、今の彼にとっての一番の幸せのイメージと正直に告白している。 セックスになると、 相手を満足させなければとか、社会的なこととか心理的な束縛がかかるから、いちゃつきの方がイメージとしてよいとか。 (以下、中間、略 11年07月12日) ・・・・・・・・・・ 2007年07月12日(木) 2291, 10歳の放浪記 ー3 この番組の中で、作家がドラマの中の10歳の頃の子役を抱きしめた場面を紹介したが、これは深い意味が含まれている。 この行為そのものが「究極の癒し」になるのである。精神症や精神病の原因として最近「トラウマ」が取りあげられている。 辞書でトラウマを調べると、「耐えられないような体験・その痕跡。内的原因(欲動興奮的)と外的原因(侵襲破壊的)がある。」 とある。特に幼少時のトラウマが大きな原因となっている場合が多い。癒し系の本には、その時の自分を思い出して、 イメージとして抱きしめることが、本人のトラウマの一番の治療になる、とある。ところで、NHK/BSで「わたしが子供だった頃」 のシリーズで、童謡作家の上条さなえさんの「10歳の放浪記」をドラマ仕立て観て、感動し、随想日記に二回にわたり書いてきた。 本を買おうかどうか迷ったが「図書館にあるかもしれない」と思って、買うのを控えていた。先日の日曜日に近くの図書館の ファンタジーなどのコーナーで探したが、無い。諦めかけたが、それでもと思い直し更に探したところ、あったのである。 ー以下は、この本の一番のクライマックスの場面であるー。 (以下、中間、略 09年07月12日)
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| 4866,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー34 |
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2014年07月11日(金)
* 開業前の戸惑い 店の先頭に立った切った張ったの千葉・長岡の8年間の生活から、今度は、小さいが社長の立場。 御客との直接接点がゼロになってしまった。 しかし、準備期間の一年は、開業直前までは何もかも 独りである。 学校に新卒、職安には中途採用、リクルートには東京まで管理職の募集に行かなければ ならないが、それらは長岡で経験済み。前宣伝も広告代理店と打ち合わせ、ホテルの備品の購入の 全てを自ら決定していく。それらが、直前に集中するため、加熱状態になるが、それが面白い? 既存の組織があれば、それぞれの部門の責任者を決め、一つずつ対話をしながら、決定していくのが、 それが無い場合、独り言を口に出して決めていく。 開設準備室のベニア板一枚、隔てたゼネコンの 現場事務所の主任が、それが何とも不気味だと、注意もされた。8年ぶりの今回も、独りからの 出発である。この慣れには、3〜6ヶ月は、かかるが、戸惑が先にたつ。 全て、置いた環境が自分を 慣れさせる。 ホテル開業の数週間前に、学生ショップの開店。その後、ホテル開業になる。 その間に、色いろなことがあった。ある30歳前後の女性が、開設事務所に履歴書を持って 訪ねてきた。『私は古町で、学生ショップの会社の事務をしている。ある長岡の問屋の方から、 貴方のことを聞いているが、貴方の経営戦略が面白そうなので、是非、事務に雇って欲しい』という。 私にすれば『エッ何?』の小説のような話。『商道徳上、いくら何でも、それは出来ないでしょう』 といっても、なかなか引き下がらない。最後は引下がったが、今度は『私が立場上、駄目なら 親友が働きたいというので、駄目もとで、面接だけでも!』と、本人を連れてきた。 それが品が、この上ない上流階級?ふうの御婦人。 私を余程の凄腕と勘違いをしているよう。 なるほど、長岡と新潟だけでも、これだけ割りきりが違うと、思い知った。 もう一つ、開業直前、地元紙に〈学生ショップを併設した面白いホテル〉の見出しで、記事を書いて 貰った。掲載された当日の夕方、自宅に一本の電話、『私は三条駅前で学生服を販売している者だが、 貴方のアイデアのホテル開業を羨ましく思う。間違いなく成功するでしょう・・云々』と、一方的な話。 何と答えてよいか分からず、「はい、そうですか、有難うございます」と、丁重に答えるしかなかった。 15年の準備期間を経た立ち上げ。 その戦略を褒めてもらったり、押しかけが来たり! 世の中は、 面白いもの。その間には、前の会社の、ある社員が訪ねてきて『会社がピンク色?に染まり、誰一人、 真剣に仕入れをしない。あるのは男女間の噂話。このままでは会社が潰れてしまう。クーデターを 起こすので戻って欲しい!』と必死の訴え! 私も命を張った大勝負の時節! で、断ったが、この計画、誰にも言わなかった秘話。その数ヶ月後、会社の危機を議論をした翌日、 心不全で亡くなっていた、という。彼の口癖が『とにかく、この会社が好き!』だった。 何とも哀く 気の毒な出来事だった。 この頃から、姉夫婦の立ち上げた会社の不調の噂も流れてきていた。 商売は常時戦場!決して生易しくない。 ・・・・・・ 4499, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー2 2013年07月11日(木) 『大往生したけりゃ医療とかかわるな 「自然死」のすすめ』中村仁一著 *「治療に関する思い込み度テスト」 「私たちの医療に対する信頼は思い込みでしかない」と著者は、医師の立場から切り捨てている。 私も変わっているので、このテストで○は2〜3つしかない。現在の医療を信頼してはいけないということ。 特に老人は、病院にとって金のなる木。信頼するほど真逆の結果、搾り取られるだけ!というのも、至極当然。 その結果、何とか長生きした先が特老というのも、極論とも思えない。還暦を過ぎたなら、病院でチューブで繋がれる 道でなく、自然死を選ぶのも一つの選択。 ーその辺りから抜粋ー ≪「医療の鉄則」があります。1、死にゆく自然の過程を邪魔しない 1、死にゆく人間に無用の苦痛を与えてはならない 今の医療現場では、この真逆が行われている。 私が主催する「自分の死を考える集い」の参加者に、 以下のような「治療に関する思い込み度テスト(信頼度テスト)」を行なった。 �ちょっと具合が悪くなると、すぐ医者にかかる �薬を飲まないことには病気はよくならない �病名がつかないと不安 �医者にかかった以上、薬をもらわないことには気がすまない �医者は病気のことなら何でもわかる �病気は注射を打つほうが早くよくなる �よく検査するのは熱心な医者だ �医者にあれこれ質問するのは失礼だ �医者はプロだから、自分に一番いい治療法を教えてくれるはず �大病院ほど信頼できる医者がたくさんいる �入院するのなら大病院・大学病院が安心できる �外科の教授は手術がうまい �マスコミに登場する医者は名医だ �医学博士は腕がいい �リハビリはすればするほど効果が出る いくつ◯がつきましたか? 奇人、変人の多い「集い」では、○印がゼロがかなりでした。 �の説明は学術専門誌の編集長・インゲルハイム氏の言葉の引用です。「ニューイングランド・ジャーナル・メディシン」 の編集長は「病気の80%は医者にかかる必要がない、かかった方がいいのが10%強、かかったために悪い結果になったのが10%弱」 と言いました。4世紀半以上も前の話なのに、今も反論がないそうです。病気を治す中心をなすのは、本人の自然治癒力です≫ ▼ これでも日本の医療制度は世界一のレベル。病院とはいえ、経営システムが必要で、一番の利益になる老人に、 可能な限りの医療を施すのも自然である。問題は、当人の死に方の選択になる。そのためには、このような視点を 知っておくべきである。少しの延命のため、無用の苦痛を与えるのが果たして治療といえるのだろうか? 40年前に父が大手術の一年後に亡くなったが、亡くなる一月ほど前にポツリ言った言葉が耳に残っている。 「あれ程の苦痛なら、手術をしなかった!」と。悪性のガンは、どのみち助からない。 なら、人間ドックも手術も無用と いうことになる。医者が自然死を勧めるほど実態は薬漬け、チューブつき。酒を飲んできた人は麻酔の効きが悪いというし・・ 死に際の厳しさは、実際は壮絶だろうが、生き返って誰も証言しようがない。生きているうち、楽しみ、味わうしかないのか。 ・・・・・ 4125, マネー大動乱 2012年07月11日(水) 「日本と世界を直撃するー マネー大動乱」 増田悦佐著 世界の激動する国際金融危機を解りやすくダイジェストに俯瞰した内容である。著者の視点で日本国内のついての悲観論と、 欧米や新興国についての楽観論に対して、まだ日本はマシと論じている。 それぞれの章ごとに、ポイントになる部分を 書き出して、それについて論じてみる。 世界のマネーは動乱に入ってしまった。 ー 第一章 アメリカは財務省・ウォール街複合体に潰される?! 〜上位一パーセントの総取り! 【 2007年で、最も裕福な1パーセントが合衆国の全ての資産の34.6パーセントを所有しており、次の19パーセントの人口が 50.5パーセントを所有している。要は、二割の人口が85パーセントの資産を占めている。逆に連邦政府が定める貧困ライン (4人家族で2万2千ドル=180万)以下の生活をおくっている人が4620万人。人口比にすると15パーセントも存在する。 信じられないことだが、生活保護やフードスタンプ(低所得者向け食料配給カード)など、国や州の援助がなければ 生活が出来ない人が47〜8パーセントもいる。失業率は2008年初頭で5パーセントだったのが、リーマンショックで 10パーセントを一時期超えたが、去年の秋には8パーセントまで下がってきた。ではオバマの失業対策が上手くいったか というと、そうでなく、職探しを諦めてしまった失業者が、労働人口から外れた「無業者」になって、失業調査から 外れてしまっただけ。・・アメリカの実質世帯所得は5万ドルで日本円すると400万円。これも下落傾向にある。】 ▼ ネットでその辺を調べたところ、「全人口の上位1%の税引後世帯収入の割合は1979年の約8%から2007年の17%に上昇、 2倍になった。全人口の上位5分の1の富裕層が受けとる税引後世帯収入は、1979年の43%からさらに上昇し、2007年には5 3%だった。言い換えれば、上位5分の1の富裕層の総額は、他の5分の4所得を超えている。」とあった。 現在の日本も、同じ傾向にあるようだ。特に地方の衰退は激しい。世界的みて富裕層といわれる人は100万ドル、 日本では1億前後の流動資産を持っている人をいう。だいたい1・8パーセントの世帯が入るとか。50数世帯に 一世帯というと、なる程、そうか?である。身辺を見渡してみて、豊かそうな人は、その位は持っていそうである。 そういう人たちは、何があっても、しぶとく豊かさを守る知恵がある。 ・・・・・・ 3759, ユング ー 2 2011年07月11日(月) < ユングー地下の大王 コリン・ウィルソンー� > あまりに有名な幻覚?だが、序文の冒頭から以下のような刺激的な内容から始まっている。 ーまずは、その部分からー 【 ユソグは六八歳のとき、日課の散歩中凍った道路で滑って、くるぶしを折った。その二、三日、はげしい心臓発作に襲われた。 彼は病院で酸素とカンフル注射で生き続けた。ユソグに付き添っていた護婦は後に、「私は、死にかけている人が一種の白熱光で 取り囲まれているのを見たことがありますが、あなたもそういう光で取り囲まれていましたよ」と彼に語った。 この状態でユングは、生と死の間をさまよった人々によってしばしば述べられてきた幻影のようなものを経験したらしい。 その第一は、約千マイルの上空から見られ、青い光に浸された海と陸地のある地球の幻影だった。彼は、赤味を帯びた黄色のアラビアの 砂漠や雪でおおわれたヒマラヤ山脈を見分けることができた。つぎにそのそばに、彼は阻石のような巨大な石の塊を見た。 しかしそれは、彼がインドで見たことがある、ある寺院のようにくり抜かれていた。その入口の近くに、一人のヒソズー教徒が結珈 趺坐め姿勢で坐っていた。ユソグはこう言っている。近づくにつれて、「私は、あらゆるものがはがされて行くかのような感じがした。 私が目指したか、欲したか、あるいは考えたあらゆるものや、走馬灯の様な地上の全ての光景が、消え去るか、私からはぎとられていった。 それは、この上ない苦痛の過程だった」。そして彼が、そのヒンズ教徒によって、灯心が一杯ともっている寺院内部に案内されたとき、 「私の真の仲間であるすぺての人々」にまさに会おうとしている様だという確信と、自分の生命の意義と自分が、この世に送られて来た 理由が突然わかったのだという確信をもった。そのとき、ヨーロッパの方角からなにかが彼のほうへ浮き上がって来た。彼は、それが 自分の治療をしていた医者だということがわかった。しかしこの医者は古代のコスー医療の神、エスクラピウスの寺院のあるところーの 支配者に変わってしまっていた。その医者はユングに、「あなたは死ぬことが許されないでしょう。少なくとも三〇人の女性があなたが この地球を去るという計画に抗議をしています」と説明した。ユングは、その幻影があせるにつれて、深い絶望感を感じた。自分は しぼらくの間死んでいて、それから生によびもどされると確信していた多くの人々のように、ユングはもどらざるをえないことに憤慨した。 その医者が古代の王の形をしてユングのまえにあらわれたので、彼は、この医者は死のうとしている ー実際その医者の死が、彼自身の 死の代わりになるのだろうーと信じた。一九四四年四月四日、ユングがベッドの上に坐ることを許された最初の日、その医者は熱のために 病床につき、その直後敗血症で死んだ。ユングが、彼の最後の患者だった。 それは幻影の時期であった。 「毎晩私は、もっとも純粋な至福な状態のなかに浮いて驚いた」。朝が近づくと、彼は「今灰色の朝が再びやって来ると、今灰色の世界が その贈り物の箱をもってやって来る」と感じたものである。そして彼が肉体的により丈夫になるにつれて、幻影は止んだ。ユングは幻影を、 ある形の夢か幻覚とみなさず、根本的な現実に対する洞察とみなした。「それは想像の産物ではなかった。幻影と体験はまったく 現実的なものであった。それらについて主観的なものはなにもなかった。それらはすべて、絶対的な客観視をもっていた」。 】 ▼ これは、まさかと思えるほど衝撃的だった。ということは、私には父親が亡くなって10年ぐらい、妙な霊感が身に備わった。 しかし、その直後に結婚し、様々な事業体験で極限の経験をしてきた中で、その新たな感覚が増強されていった。この感覚は他人に 言っても信じてくれないことは(自分が経験してない時を考えれば)分かりすぎるほど分かっていた。その中で、この文章である! ・・・・・・ 3394, おテレビ様と日本人 ー1 2010年07月11日(日) この本はテレビの与える弊害を書きつらねている。それも「7人の家族」「鳩子の家」テレビ・映画の脚本家として 活躍した人だから説得力がある。 テレビ局からの一方的な押し付けで思考力を奪ってしまう弊害は大きい。 4万年前の洞窟の絵文字から、人間は考え、それを他人に伝えてきた。その中から、他者の持つ複雑な考えの意味を理解しようと勤め、 自分の考えを進化してきたのである。そして人間は、「考える動物」として、他の動物と違って、飛躍的に文化・文明を蓄積してきた。 それが、テレビ様の御かげで、根本から破壊された。人間が創りあげたテレビという機械に、人間は勝ち目のない戦いをし、 それに隷属されている。 人生は短いのに、日本人の総白痴化が、ここで顕著になっている。 経済、政治について語る日本人の 内容の浅いのも「おテレビ」のお蔭という。 「911・考えない・日本人」と合わせ、納得させられう点が多い。 ーまずは、要約部分からー ≪ テレビのない時代、人間が余暇を過ごした方法の一つは読書だったから、テレビと本を比較すれば言いたいことがわかるだろう。 知的な刺激を求め、人間が本と親しんだその時間の大部分は、今テレビに奪われている。 本には良書と悪書の区別があった。 だが今、テレビに「良番組」「悪番組」などの識別をすることはない。あまりにも一過性で、人に判断の余裕を与えないからだ。 この番組はコマーシャルをはさんで、すぐ次の番組に移る。 焼け野原の都市に、本屋の数は少なかった。 古本屋はアリババの 洞窟のような魅力があった。実際本の起源は洞窟から始まっているのだ。 約四万年も前に、柔らかい岩や粘土に刻み込まれた 絵文字によって。人間は自分の考えを他者に伝えたい本能を持つようだ。また同時に人間は、他者の持つ複雑な考えの意味を 理解しようと努力を始め、自分の考えと同化させる努力を始めた。同意・同感するたびに、あるいは異論を抱くたびに、 人間は人間らしくなっていった。その結果、何万年もかけて地球上でたった一種類の珍種哺乳「考える動物」が誕生したのだ。 この珍種が、絶滅一歩手前にきている。本を失い、その代替としてテレビを与えられ、考えるカを失ったために。 もうすぐ人間の最大の敵は、再び歴史以前、石器時代と同じように、他の動物、野獣たちに戻る日が来るだろう。 考えるカがついてからの長い期間、人間の最大の敵は、無論、人間だった。それはお互いに自分の損得を優先して 考えるようになったからだ。それは単に金銭、物質の損得への考えだけではなかった。 何よりも人間は、人間らしい人生を 送ることへの損得を考えた。 短く貴重な一生を、どうすればより実りの多い時間で満たすことができるかの損得を考えた。 ( 字数制限のためカット 2011年7月11日) ・・・・・・・・・ 3019.旅する力ー深夜特急ノートー3 2009年07月11日(土) 旅する力 ー深夜特急ノート ー3 「旅する力ー深夜特急ノート」 沢木耕太郎著 読書日記 ー第二章 旅の始まりー * 果たして陸路でロンドンまで行けるのだろうか? 不安を抱えたまま躊躇していた私の背中を押してくれたのは、 1973年暮れに出た雑誌に載ったある文章の一節だった…。それは井上靖が書いた「アレキサンダーの道」という 紀行文の連載第一回の文章であった。掲載誌は「文藝春秋」の1974年の一月号である。その冒頭で井上靖は、こう書いていた。 《昭和48年の5月〜6月にかけて、アフガン、イラン、トルコの主として古代遺跡だけを漁って、自動車で巡った。 約一万キロくるまに揺られた荒い旅であったが、私にとってはすべてが初めての経験だったので、面白かった。 一行は、考古学の江上波夫、画家の平山郁夫両氏の他に、長島弘三、・・・などが同行された。これを読んだ時に 「アフガン、イラン、トルコ」というのは、まさに私が行こうとしているルートそのもの。・・・》 解)書物を通して、経験者が声が多くの人を動かす。経験の持つ力は、後進の人の力を喚起させる。 だから一生を通して読書はしなければならないのである。 * 出発に際して、持ち物の「一覧表」を作った。しかし、参考になる例を知らなかったので一人で考えるしかない。 旅先で新たに買うことも出来るものもあったが、旅先では買うのは極力抑えたい・・・・ 私はリストを作り変えることにしたが、それは無限の引き算をするようなものだった。 これらをバックにつめ、それを背中に背負い、ショルダーバックを肩にかける。その中味は以下の通りであった。 ・パスポート ・証明写真 ・トラベラーズ チェック ・現金 ・航空券 ・カメラ 持っていく本は、最後に三冊に絞った。『星座図鑑』『西南アジアの歴史』、中国詩人選集の『李賀』である。 解)旅行先では、意外と本を読む余裕はない。 その先々で、じっくりとする余裕があれば、その読書は 特別な意味を持つはずだ。 経験主義と合理主義の二つの効果が十二分に発揮する。 金沢の地で大本教の出口王二三郎の本を貪り読んだが、あれは私にとって鳥瞰の視点の一つを 得た機会になった。 人生は、何がなくとも、その時々の本である。 ・・・・・・・・ 2654, 結論で読む人生論 2008年07月11日(金) 「結論で読む人生論 ートルストイから江原啓之まで」勢古 浩爾 (著) ー読書日記 古今の人生論を批評しながら著者の人生論を展開する本。 著者の「わたしを認めよ」「まれに見るバカ」「この俗物が」を読んだが、非常に軽妙で、自虐的な文章が私の性に合って 面白かった。この人生論も、勢古の人生論批判で、「結局何なんだよ?」という彼の主観が面白い。まずは、アマゾンの内容 紹介文と、まえがき、の一部を紹介して、次からは、それぞれの章の面白そうなところを抜粋しながら、考えてみる。 人生論は、哲学と同じく読まなくてはならない。そこで培われたものが自分の人生の司令塔になるからである。 ーまずは、この本の概要からー ( 字数制限のためカット 2011年7月11日)
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