|
堀井On-Line
| 4865,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー33 |
|
|
2014年07月10日(木)
* つれづれに 〜事業を通した「力と、遊びと、学びと、その背後の闇」 事業を通して多くを学んだ。その一つが金沢でのこと。追込まれ、気持ちが深く沈んでいた時、 内なる声が浮かんできた。「私は、ここに学びに来ている。順調で満足しているより、この事態こそが 学びではないか。こんな惨めな状態は二度と経験はできない。現状がマイナスほど、逆にプラスに なるはず。そんなことも分からないのか!」と。そこで現象を改め見直すと、全てが違って見えてきた。 逆境は学び、順境は遊びと、割り切ればよいということか。 3年前も、そのことを思い出し、 「こんな経験、二度とない。倒産の当事者に成りきって、今すべきことを一つずつ処理をしろ」の、 内なる声にしたがい冷静?に取組めた。これは、節目時の対処を何度か経験してきたこともある・・ それをみていた、月次の経理監査で30年、来社をしていた税理事務所のJさん曰く、 「楽しんでいますね!貴方は現在、何が起き、どういう立場にいるか分かっていない?」と、呆れ顔。 それに「分かっていないのは彼方!」とも言えない。 偽悪的にいえば「これで創業から終わりまで 起承転結の全てを経験できる! これは立上げからの行蔵を持った私の45年の最期の仕上げ!」 の気持ちが、身体も心も自由にしてくれていた。 表立った心は沈んでも、こころ根まで折ることはない。 痩せ我慢としても、冷たい視線?に対し、逆照射をしているしかないが。 ブラックスワンの長期的対策をしてない中小企業の9割?以上の方々が、その視線で、 面白おかしく中傷している自分の姿が分からないのが、ブラックジョーク。 他人には、隠れた4 5年が見えないし、見ることもない。 学び、遊び、働きと、それらから解き放された自由な心、 の4分類で考えると、人生が鳥瞰して見えてくる。 「学び」を切口にすると、マイナスの出来事が 真逆に見えてくる。「遊び」も同じ、現象そのものを遊べばよい。 失敗も、遊びで括ると、ケセラセラ! に、思える。 「働き」で括ると、戦略的失敗も、無我夢中だから・・になる。 全てが意味(価値)づけが可能ということ。 この3つの括りも、宇宙的括りの解き放された 自由な切口で、包み込めばよい。死んで3日もすれば、300年前、死んだのと同じになるのだから。 人生の鳥瞰は面白い! ・・・・・・ 4498, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー1 2013年07月10日(水) * 現役医師の「自然死」のすすめ 『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著 以前から、新聞や雑誌などの見出しをみたり、書店で立ち読みをしていた本だが、偶然、図書館の返却コーナーで見つけ、 読んでみて驚いた。現在の医療のありかたを根底から否定している内容である。生殖能力を終えた動物は、延命などの 無駄な努力をしないで自然死をしなさい。その無駄な努力は、医師などによる洗脳によるもの。それも特老施設の配置医が、 長生きしている特老の死を見るにつけ、薬で何とか生き延びた結果の、痴呆老人の目線から、書いているから 考えさせらる。 =まずは、概要の部分を抜粋する= ≪ 医者にも格付けがあって、大學病院の医者が頂点で、旧国立病院や日赤、済生会、県立、市立などの税立病院と続き、 次が民間の大病院、中小病院の医者で、一番下が町医者といわれる開業医で、老人ホームの医者はさらにその下ですから、 いわばホームレスレベル。ですかから、県立病院の部長であっても、開業した途端に最下位の町医者に転落するわけです。 世間では、「そんな小さな町医者では駄目」というのがふつうなのですから。考えてみれ当然です。・・・ ・・配置医はホームレスレベルという構図です。その老人ホーム勤勤も12年目に入り、最後まで点滴注射も、酸素吸入も いっさいしない「自然死」を数百例もみせてもらえる、得がたい体験をしました。病院では、最後まで何かと処置をします。 いや、しなければならないから、「自然死」はありえません。 在宅における死も、ふつうは病院医療を引き継ぎますから、 ほとんど「自然死」はないっていいでしょう。また、医者の方も、何もしないことには耐えられないでしよう。 しかし、それは、穏やかな死を邪魔する行為なのです。ですから、殆んどの医者は「自然死」を知りません。 人間が自然に死んでいくのを、見たことがありません。だから死ぬのにも医療の手助けが必要だなどと、いいだすのです。 「死」という自然の営みは、本心、穏やかで安らかだったはずです。それを、医療が濃厚に関与することで、より悲惨で、 より非人間的なものに変貌させてしまうのです。世の中で、一番の恐がりなのは医者でしょう。それは悲惨な死ばかりを 目のあたりにしてきたせいだと思います。・・・ がんでさえも何の手出しもしなければ痛まず健やかに死んでいきます。 以前から死ぬならがんに限ると思っていました。近年、年寄りのがんの自然死を70〜80例みて、確信に変わりました。 繁殖を終えた年寄りは「がん死」が一番のお勧め。「手遅れの幸せ」を満喫するには、「がん検診」や「人間ドック」など 受けてはなりません。病院通いが多いのは、医者たちが、「健やかに老いなければなりません」と洗脳してきたせいもあります。 今、年寄に対する、重圧は、かなりのものは、健康食品やサプリメントの売れ行きをみれば分かります。本来、年寄りは、 どこか具合の悪いのが正常なのです。不具合のほとんどは老化からがらみですから、医者にかかって薬を飲んだところで、 すっかりよくなるわけはありません。昔の老人のように、年をとればこんなものと諦めることが必要です。ところが、 「年のせい」諦めようとせず、「老い」を「病」にすり変えます。 なぜなら「老い」は一方通行で、その先には、 「死」がありますが、病気なら回復が期待できますから。人は、生きものである以上、死ぬという運命は免れません。 最先端医療といい、再生医療といい、所詮、「老いて死ぬ」という砕内での話です。年寄りは、あまり近づかない方がいい。≫ ▼ ‘まえがき’の一部だが、これが概要である。これを読んで、さっそく、『どうせ死ぬなら「がん」がいい』という 近藤誠と著者・中村仁一の対談集を買ってきた。まだ目を通した段階だが、多くの共通点がある。上記の‘まえがき’ の内容である。ガンには良性と悪性があって、悪性は、どのみち助からない。それを延命するのが果たして当人に 良いのだろうかという素朴な疑問がある。裸の王様ではないが、誰が声高に主張するかだった。それを放射医と、 特老の配置医が公にしたのだから反響は大きいの当然である。この本も特老の医師という視点で、壮年以下の年齢の 人には当てはまらないが、参考にする部分は多くあるはず。根底から私の先入観を覆す内容である。そういうこと! ・・・・・・ 4124, 老後の備え 2012年07月10日(火) 「老後に後悔しない10の備え」三浦朱門著 ー� * 老後の備え ーあってもなくても、虚無 学生時代に社会学を専攻した。社会といえば人間の集団をいう。個々にみれば人間学ということになる。人生とは、 その人間の始まりから終わりまでをいい、老後は最後の2割ぐらいの時期。その備えを人生の半ばの中年期から如何に 準備するかを問うているのが、この本。 その時々に、やるべきことを明確にして全力で生きれば老後の備えなど考える こともないが、とはいえ、長年かけた準備は必要である。 私の場合、何度も書いているが 、「50歳代の10年間に30年分の人生を生きること」が人生の最終の備えの仕上げであった。 この御陰で60歳になってから、精神的に非常に楽になった。し残したことが少ないという実感は他人に対しても自分に 対しても余裕を持てる。40年近い事業人生は常に最悪の事業破綻の心配が纏わりついてきた。その恐怖感が逆に リスク管理をさせることになった。 倒産すれば全て失うし、失業保険もないし、退職金もない。まる裸になってしまう。 その危険の海の中でこそ智恵が出てくる。しかし、想定外の事態が起こるのが事業。その事業破綻の備えは人生の備えと 大きく重なる。破綻の備えを事業計画の組立の中に入れておくのは基本である。 私は、第一に「家族は事業に直接 関わりを持たせない」であった。家業と事業の違いは、会社規模に関係なく家族・親戚を事業に関わらせているかどうか。 家業は家業で、それはそれで良い。ただ危険度は高いが、長年かけた備えの知恵がある。家内の実家を見ていると、 つくづく感じる。何があっても生き延びる体質がある。長年かけた老後の備えに、日記帳的記録を書き続けることがある。 私の場合、このブログ。大きな挫折で虚無に陥りそうな気持ちを何とか支えてくれている。 この著書は、 「老後に後悔しない10の備え」を勧めているが、老後に至った現在、「今から」より、「今更」の内容。 行蔵の中身の質量を高めておけば、それが老後に生きてくる。 それぞれの人の視界にみえる地平線内の景色は、 その人だけのもの。 目先の生活の心配をしないで済む余裕があれば良いが、時代が時代で一寸先は闇である。 その中にあって、孤独に耐えらる教養と趣味。この二つをベースとした構えを中年から本気になって構築すべきである。 ところで、老後という言葉。死ぬまで、その人に纏わりつく不安の化け物にも思える。それは還暦から20年以上も 生きなければならない分、大きくなっていく。人生は何とかなるもの。何ともならない時は、自分は無になっている。 だから「いま・ここ」で、精一杯生きるしかない。ただそれだけ。 ・・・・・・ 3758, ユング ー 1 2011年07月10日(日) < ユングー地下の大王 コリン・ウィルソンー� > 15〜6年前に、この本を買って読んだ時の衝撃は現在も残っている。それ以前にスェーデン・ボルグの 霊に関する本を読んだことがあったが、この序文からして、一挙に著者によって、「ユング」の異様な世界に引き込まれてしまった。 6年ほど前に、文芸春秋の誌面で立花隆が、「ユング」について、書いた時、ここで取り上げた。 ユングといえば、 超常現象と霊について、心理学者として真正面から向き合った人である。それでフロイトと袂を分かった。 日本では河合隼雄と秋山さと子が、ユング研究で知られている。また江戸時代に明恵という坊様が、夢世界の著書を書いている。 著者のコリン・ウィルソンは、これまた面白い人物で、「アウトサイダー」以来一貫して、「現代人の精神の貧困を問題視し、 その原因と克服の道は何か」を問い続けてきた人物。この著書は、序文から終わりまで、息をつかせないぐらい濃い。 オカルト、 共時性(意味ある偶然の一致)、能動的想像など、ユングの神秘的側面を明快に説いている。この本を読み返したと同時に、連日、 不思議な夢を見ている。私の人生の節目時に、ユング心理学を通して自分を振り返るに丁度良い機会と、怖いが、オカルト世界を再度、 覗いてみたい。一笑にふすなら簡単だが、この世界は踏み込んだものしか知ることが出来ない。この10年哲学を独学してきたので、 オカルト世界を探索し戻ってくる命綱(哲学が)と気休めもある。ユングは、内面の対話を重視した心理学者。ソクラテスの対話法にも 影響され、患者との対話と、バランスを重視した。「汝自信を知れ」を潜在意識に求め、それまで科学者がタブーにしてきたオカルト 世界の神秘世界に正門から入っていった。ユング関係の本を数冊、目を通しため、毎日、明らかに潜在意識の地下世界の夢を見ている。 この手の世界は自分の内面の意識下の何かを刺激する。 以前から、ここでも書いているが、人より強い?霊感が私にある。 ネット世界になってから、この手の話題は静まった。 直感、霊感より、ネットによる認知が強くなったのでは?と思われる。 何が今さらユングだが、それでもユングはユングである。それで何を知ることが出来る? 宇宙の外のXとやらを何でもよいから、 ネットで公開したら良いではないか。神秘主義など、情報不足のなせる技。で、終わってしまう。 ・・・・・・ 3393, 閑話小題 2010年07月10日(土) * お金の恐ろしさ 金の持つ威力、魔力は今さら言うに及ばない。では、その恐ろしさを本当に知っているかというと疑問? その魔力の金を金融工学で創りあげ、破壊したのがアメリカである。 金があれば世界の9割が自由になるし、 無ければ今日明日の飯の心配をしなかればならない。 1万円を持って千円の買い物をするのと、1千円を持って 1千円の買い物をするとでは気持ちの余裕が違う。 身近で金にまつわる人間模様を見ていると、その恐ろしさを実感する。 親戚が親からの相続で大金が入ったところが、人相と着ているものが様変わをした。環境=条件が人をつくる典型的事例である。 逆の話しは幾らでもある。 だから、その恐ろしさを充分に知り尽くさないと・・・・ * 再びユーチュウブについて考えてみる! (字数の関係で中間カット2012年7月10日) * 不機嫌とイライラ 歳をとるとともに人間は円熟していくと青年期までは思っていた。ところが社会に出て、仕事を通してみる年寄りは 機嫌の悪い偏屈の人の方が多いことに気づいた。 30年前から駅前で事業を始めて出あった老人の何割かは、明らかに不機嫌と イライラの塊のような人が多いという事実がある。 しかし今度は自分が60歳を過ぎた辺りから、イライラが多くなってきた。 それは肉体の老化の上に、精神の老化もある。あの出会ったイライラした老人の不快を自分が、その歳になって始めて気づいたのである。 なるほど人生は60歳までと曽野綾子が述べていたが、その一端が分かってきた。それと社会は年寄り向きには出来ていない。 円熟なんぞは、年寄り仲間でしか通用しないのも、道理である。むしろ不機嫌、イライラは避けることの出来ない事態と割り切って、 人に見せないようにカモフラージュすべきである。 自分もそうであるように、同年代の知人も老化現象が起こっている。 他人から聞いた片耳で喧嘩を仕掛けてくる、それを、待ってましたとばかり受けて立つ、というような老化現象を自分にみる。 先のことを考えられなくなると、過去の経験がフラッシュのように思い浮かぶ。 40年前のことを思い出して独り怒ってみたり、 ニヤニヤしたり、年老いた幼児である。これが高じると痴呆症ということか。 晩年は、冬景色ということか。 ・・・・・・・・ 018, 旅する力 ー深夜特急ノート ー2 2009年07月10日(金) 「旅する力ー深夜特急ノート」 沢木耕太郎著 読書日記 第一章 旅という病 * スタインべックの『チャーリーとの旅』には、 子供のころ、たまらなく何処かに行きたくなると、大人は私に「大きくなれば、そんなにむずむずしなくなるよ」といったものだ。 年齢から見て大人の歳になると、中年になれば収まる、と言われたものだ。いざ中年になると、今度は「もっと歳になれば、 その病は治るよ」といわれた。 いま58歳だが、これだけ歳をとれば大丈夫のはずだが、いっこうになおらない。 解)年齢ごとに行きたくなる場所が変わっていく。だから、その歳ごとに行けるところに行くのが理想的。 時間の隙間を見つけ強引に行くしかない。定年後に行こうとしても、限界がある。準備を充分してもだ。 * もし旅が病だとすれば、私がそれに冒されたのはいつのことだったのだろう。ひとり電車に乗って行った あの旅においてだったのだろうか……。その小さな旅がすべての始まりだったかもしれない。 「最初のひとり旅はたった一日で逃げ帰ることになった」 中学生の時、伊豆・大島の三原山を登る途中、 テントを張っている若い男性から「泊まるところが決まっていなかったら泊まってもいいよ」と声をかけられ、 泊めてもらうつもりだったが、犯罪者ではないのかとの疑問が恐怖に変わり、山を下りるとそのまま東京に戻ってしまった。 「たくさんの経験を積んだ今なら、その男性を冷静に判断しただろうが、その時は、誰かが親切にしてくれた場合、 それがどういうことなのかを判断する力量がなかった」 解)私の旅の病は《学生時代の30日間の欧州旅行であった。》 自分を取り囲んでいた殻が、大きくヒビが入り、 半年間は放心状態であった。 日が経つほど、ヒビの割れ目が大きくなっていくのが分かった。その翌年に、北海道の一人旅や、 そして九州、紀州、能登と一人旅をした。一人旅は、一歩踏み出せば気楽で良いことを、その体験上知ったが、世界に出て行く 器量はなかった。 もし可能性があるとしたら、20代までだろう。 私の場合は。 あの21歳の時の旅行は、 私の人生を大きく変えた。 今から考えてみると、 ・世界は広いこと ・人間も社会も普遍的な部分と異質の部分の両面を持っていること ・自分の目線は、多くの世界の目線の一つでしかないこと、この三つを二十代の経験から知ったのである ・・・・・・・・ 653, サッカーやオリンピックで、何故ひとは熱狂するのか 2008年07月10日(木) あまりサッカーの歴史のない日本人が、欧州や南米のサッカーの盛り上がりに、「何故あそこまで熱狂するのか?」 戸惑うことが度々ある。人種間や、国家間の代理戦争?とは気づいてはいたが、ある本にその辺の事情が詳しく書いてあった。 巨人阪神戦が盛り上がるのは、関東人対関西人の、特に関西人のコンプレックスのハケグチということか。
|
|
|
| 4864,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー32 |
|
|
2014年07月09日(水)
* ホテルと学生ショップのオープン ホテル一角の学生ショップは、メーカー社長と新潟市内の販売権の移動も話が ついていた。更にペガサスの立地セミナーで確実に値上するはずのバイパスと 生活道路のクロスしたポイント箇所を把握、長岡郊外の二つの更地を購入していた。 それが数年で倍近くに値上がりをしていた(税制の関係で5年後売却)。 千葉・千城台ビルの売却資金が、次期計画の基礎資金を予定。 後で気づいたが、この二ヶ所こそが、郊外型ビジネスホテルの立地。それを薄々 気づきながら売却したのが、私の限界。当時、郊外型ホテルに取り組んでいたら、 数十棟のホテルチェーン展開が可能だった。しかし、リーマンショックで、 これも間違いなく壊滅の道を歩んでいたから同じ! 現に郊外型ホテルのルートインとαー1が、現在、苦境に陥っている。 振り返ると、節目の時々こそ、アップスケール(脱皮)の機会があった。 予定挫折で節目を自ら作り、転進した時にチャンスが生まれていた。 そこで、孤独、孤立に自らを置いた第一歩からから、創業が始まる! 決断をして、大風呂敷を広げ、行動を起こしてしまえば、もう後には引けない。 しかし今度こそ、白紙である。目先の問題は、経営計画書の作成と、ホテルの設計と、 千葉・千城台ビルの売却。それと、有り余った手持時間を使った「宅建資格試験」の セミナー通い、から出発。 フロントやベッドメイクなどホテル業務など何も知らないため、ただ呆然自失。 そこで考えたのが、ホテルの一括の運営委託。その場に立てばこそ、知りえたこと。 最終的には、ビルメンテと、ベッドメイクだけにして見積もりを4社に取ったところ、 開けてビックリ玉手箱! 47万、140万、240万、320万である。詳細を見ても同じ。 何で、これだけの差が? とんでもない世界に自分が飛び込んでしまったことを 改めて実感した一現象である。最終的に、これにフロントの夜間委託を加えた。 そして片腕の人材だが、これが、帯に短し、襷に長しで、見つからない。 最後の最後に、リクルート本社の中途採用部門を通して、マネジャーを採用することになった。 その他の学生服ショップとフロント要員は、中途採用と新卒を6人を採用した。 オープン前に、何日か研修したが、寄せ集めのため、バラバラで手ごわい相手。 その上に学生ショップのオープンでは、学生服メーカーの思うまま、なすがまま。 相手は、既成の組織がある上、内装費の一千万円近くを出させてのだから、耐えるしかない。 次は、付属のレストランである。そこで、コーヒー卸「Sコーヒー」の営業担当に相談すると 『任せてください!そんな難しくはないですよ。一人、面白い男を紹介するので、任せれば良いですよ!』 で、開業直前に本人が乗込んできて無事にオープン。 そこで飲食業界の一種独特の世界を知る! ホテルなど、よくぞやったもの! 全てが綱渡りで、赤裸々の自分が露出するが、それこそが 己を導いてくれる。 咽喉過ぎれば熱さ忘れるから人は生きていける! ・・・・・・・ 4497, 怒らないって本当は恐い! ー12 2013年07月09日(火) * 怒らない作法 『怒りの作法』小川仁志著 矛盾しているようだが、ここで「怒らないという方法」について言及している。 ≪ 怒らなくても問題が解決する時に、あえて怒る必要がない。その場合、静観する勇気も必要で、淡々と処理をする。 相手が怒っている場合、特に注意すべき。ネガティブの人、卑小な人を相手にすると、同じレベルまで落ちる危険がある。 ニーチェは、他人の成功を妬んだり、自身の弱さを他人への復讐心に変えていくような人間を「ハエ」と表現、そこで 「そんなハエを叩いて人生を過ごしてはいけない」と警鐘をならす。もう一つ、人間が一人考え行動できることに限界がある。 そういう限界に謙虚になるのも必要なこと。怒って解決できる物事ばかりでない、気が熟するの待つことも必要である。 その間に、知恵を増やすか、仲間を増やし、力を増やしてから、改めて怒れば良い。その意味で、信長型ではいけません。 待つという意味では秀吉型でも足りない、家康型でなければいけません。・・・≫ ▼ 一連の事業撤退のプロセスで、地方経済の惨状認識の実感と周囲の段差に驚き、怒りさえ感じた。 商売柄、津波の到来が早い立ち位置にあっただけだが。 ニーチェは、「ハエ」と表現したが、私は「シラミ」である。 そういう私もシラミだが、ただシラミを自覚している。いや自覚できないのがシラミだから? 私は?・・ だから、そろそろ気持ちに余裕が出来て、改めて見渡すと、危険度が増しているのが分かる。民主党も酷いが、自民党も酷い。 あの戦犯の二人が首相と副首相になり、更に悪い間違いをしようとしている。その付けを支払うのは国民である。 その自民党に国民が多く支持いているのだから。 確かに政治的にみて憲法改革は必要。 甘い餌で釣ることもありだが。 怒るには覚悟がいるが、怒らないことにも覚悟がいる。 その場をともかく遣り過し、タイムラグを置く。 そのため「シラミ」と頭の中で繰り返す。これが一番、効果があるが、「三ヶ月に一度は、嫌なことはあるもの」と覚悟。 まあ、面白いもので慣れ。シラミ、ハエは事実は事実であると確信すると割り切れる。「娑婆娑婆」である。 その意味で、この経験は私の人生の物語にとって必然だったことになる。 受け止め方の問題でしかないが・・・ ・・・・・・ 4123, 予言の書「日本の自殺」 ー11 2012年07月09日(月) * 戦後民主主義の弊害 アメリカに与えられた擬似民主主義を、現在でも大事に守っている府ぬけた日本も、ここまでくると呆れ果ててしまう。 まずは憲法改正と、原爆所持は最低条件である。そして海洋国家として空母を7〜8艘の配備をすべきである。決して極右的発想でない。 中国と北朝鮮が隣接して隙を伺っている現実が、その必要性を求めている。この国民では無理だろうが・・・ ー 次の箇所が正しく疑似民主主義の徴候を書き出している。所詮は、アメリカに充てがわれた民主主義国家。 【 平等主義のイデオロギーに限らず、「戦後民主主義」という名の疑似民主主義のイデオロギーは、すべて現代1975年時の日本の 「自殺のイデオロギー」として機能している。それをわれわれが疑似民主主義と呼ぶ理由は、それが民主主義本来のあり方とは似て非なる ものだからである。それは混沌とした意識にとっては確かに民主主義と大変類似したものに見えるかも知れないが、決定的に重要な いくつかの本質点において、本来の民主主義とは明確に異質のものだからである。 〜疑似民主主義は次のような幾つかの特徴を持っている。病理診断の言葉を使うならば、これを疑似民主主義の徴候群と呼んでもよい。 * 疑似民主主義の第一徴候群は、その非科学的性格である。疑似民主主義は、イデオロギー上の独断的命題の無批判的受容から出発する。 そのドグマに従って行動するなら、必ずや全人類の解放が実現され、一切の社会問題が完全な解決をみるであろうと、そのイデオロギー は主張する。その命題は唯一、絶対的なものであり、完全で、誤りなきものである。問題の鍵は、どれだけ多くの大衆が、どれだけ強く、 また熱烈にこの福音を信ずるかにかかっている。 「信ぜよ。さらば救われん」なのである。 * 疑似民主主義の第二徴候群は、その画一的、一元的、全体主義的性向である。多数決原理の誤った認識の仕方に端的に示されている。 疑似民主主義は本来、多元主義のための一時的、かつ極めて限定された調整のための手段、便法として工夫された多数決を、一元主義、 画一主義、全体主義のための武器に巧妙に転用するのである。 多様なものの見方の存在を否認する方向で作用することになる。 * 疑似民主主義の第三徴候群とは、権利の一面的強調の仕方にある。 疑似民主主義にとっては、義務も責任もどうでもよいことである。 できるだけ権利、権利と主張し、取れるだけのものは取り、しかも義務と責任はできる限り拒絶する。 * 疑似民主主義の第四徴候群とは、批判と反対のみで、建設的な提案能力に著しく欠けるということである。 個人や社会のアラ捜しをすることは、易しいが、問題解決の提案は骨の折れることであり、責任も生じる。 * 疑似民主主義の第五徴候群とは、エリート否定、大衆迎合的な性格である。真の民主主義はエリートやリーダーシップを否定する ものでないばかりか、それに重い責任を課するものである。専門家を否定し、リーダーシップを否定するなら、その結果として、 どうしようもない衆愚政治の泥沼に落ち込んでいくほかない。 * 疑似民主主義の第六徴候群とは、コスト的観点の欠如である。 疑似民主主義は、その権利主張の一面的性格、提案能力の欠如、 大衆迎合主義などから、大衆の気に入りそうなことを並べたてるだけで、その制約条件を覆いかくそうとする。 こうした偽善的なポーズで、大衆の人気取りをしている限り、国家は破産し、社会は滅亡するしかないのである。 】 ▼ 以上の懸念のとおり、これらの症候に冒された隠れ社会主義政党が与党になった結果、収入の二倍の国家予算を組み、 動きが取れない事態をつくっても平然としている。それも国民が擬似民主主義の徴候群におかされた結果だが、それにしても酷い。 ・・・・・・・ 3757, 下流の宴 2011年07月09日(土) NHKで「下流の宴」という面白そうな連続ドラマをあったが、見るほどでないと見過ごしていた。 しかし、先日の夕方に二回分の再放送を見て、そのシビアの内容に苦笑してしまった。エリート・サラリーマンの母親(医者の娘)の 息子が中卒でフリーター。 何とか受験校に心を入れ替えてチャレンジさせたいのに、その彼女が、母親の目には下流家庭の娘。 その娘に、「私は医者の娘、旦那も一流会社勤め。貴女のような家庭とは身分が違うのです」と言い放つ。しかし、その旦那は、 リストラ対象で自分たちも下流に?なろうとしている、で・・・侮辱を受けた娘は、「私が医大に入学すれば、結婚を許してくれますか?」 というところで、終わった。しかし、これはあくまでドラマでしかない。小中学校の基礎が出来てない人が、猛勉強で今さら! が現実。 私の一番上の姉が、その母親に考え方がそっくり。婿取り娘で、長岡社交界が彼女の庭。彼女が意識している庭の住人は、上流だとは 当時も、現在も私には思えないから喜劇にしかみえない。もちろん、その人たちは上・中流など全く意識にはない。 自分のことを一番知っている? しかし学歴と学力のない姉は付き合いを、その庭の人たちに絞り、見栄に全てを入れていた。 (字数の関係上カット、2012年07月09日) ・・・・・・・ 3392, 911・考えない・日本人 ー8 2010年07月09日(金) 「911・考えない・日本人 」林 秀彦 (著) 著者の哲学についての解釈が書いてある。自身の言葉だからこそ、納得する。 特に「哲学することの要点は、驚異と認識、懐疑と確実性、自己喪失と自己発見。」は、分かりやすい。 = 哲学とは = (P−217) * 科学のように進歩発展があるものではなく、その確実性を求めるものでもなく、人間が共に語り合って確認しあう過程のこと。 * 哲学とは、人間が「目覚める」ための試みである。 * どんな人間でも、自分が人間であることを意識し、自分の運命や経験を意識すれば、誰でも参加できるものが哲学。 * 哲学は、誰でも、人間である限り手にすることができるものである。 ただし、他人に教えてもらって覚えるものではなく、自分自身でトライするものである。 * 哲学は真理を自分のものにすることが目的ではなく、それを求める過程のことである。 * 哲学は人間同士の交わりである。 * 哲学は自分が人間となるために現実と関係を持ち、その現実に集中することである。 * 哲学の根源は、人間が森羅万象に持つ驚きと疑いから発するものである。徹底的な疑いが心の中に起きていない限り、 哲学することは不可能である。 * 哲学の起源はそれぞれの人間が、自分自身の弱さと無力さを認めることであった。その自分のカの及ばないことを 無関係だと思い、無関心になるならば、人間は哲学を失い、非人間化する。 * 世界の存在は頼りないものであり、信じられないことに満ちている。それらに疑問を持ち、考えない限り人間は人間の価値を失う。 * 人間が人間同士助け合う動物だという考え方は欺瞞であり、常に人間は孤独であり、平和には常に限界がある。 故にどんな場合でも人間は自分独りで自分にとって確実なことを見出さなければならない。それが哲学することである。 * 人間が自分の挫折をどのように経験するかということが、その人間を決定する要点 * その個人的な困難と困惑の中から、目標を探り出すことが哲学である。 * 哲学することの要点は、次のようものである。すなわち、驚異と認識、懐疑と確実性、自己喪失と自己発見。 〜〜 独りで血の滲むように考えてきたことが、上記のことから読み取れることが出来る。多彩な経験と挫折が豊富?にあるからだ。 人間は考えるからこそ、人間の人間たる所以である。より多く世界を見て、より多く考え、感動すること!それが哲学につながる。 ・・・・・・・・ 3017, 閑話小題 2009年07月09日(木) * 中国のウィグル地区の暴動について (字数の関係上カット、2008年07月09日) ・・・・・・・・・ 2652, 人間、互いに理解不可能なのは、如何して? 2008年07月09日(水) ある哲学書(*ー参照)の中に、何故人は互いに理解不可能なのかを分解していた。。 長男がUターンで帰ってきて、再就職のことなど、節目ということもあり、話を始めるが全く互いに通じない。 それでいて、居酒屋などに誘うと親子三人が仲の良い家族になる。 そのことを、知人に話したところ、 ・一人は、「親子で対話など有り得ないこと、会話さえないのが実情だろう。親子であるのは、ただ説得だけ」。 ・そしていま一人は、「私の息子は三十半ばになるが、今まで会話さえ殆どしたことがない、 最近になって上京した時に ご馳走をしてくれと、電話がきだした。会話さえ、していること自体で充分」。 そういうものか?と、思いつつ、それでも何とか成らないものかと思っていた矢先、わかりやすい道理に出くわした。 <*?(哲学ワンダーランド・貫成人著)第一章の?「話せばわかる」1?3)> ーまずは、その部分を書き出してみる。 ーひとは誰でも、自分の「地平」に束縛されているー 二十世紀ドイッの哲学者ハンス・ゲオルク・ガダマー(1900?2002年)は、‘理解しえないものをいかに理解可能にするか’ をきわめる「解釈学」を構想した。かれによれば、人々がお互い理解不可能なのは各自が持っている「地平」が異なるからである。 たとえば、物置から古い掛け軸がでてきたとしよう。その値打ちを判断するには相当の経験と知識を必要とする。 それに、そもそもそのようなものに価値があると考えていなければ、その価値を判定しようとも思わない。 実際、古いものには価値がないと思われていた明治初年には、貴重な文物が安値で買いたたかれて海外に流出した。 およそ何かを判断するときには、一定の知識や価値に頼らざるをえない。そのような判断や価値付けの拠り所となるものを ガダマーは「地平」とよぶ。大海原や砂漠に立ったときに三六〇度ぐるりを水平線、地平線が取り囲む。「地平」とは、 地平線の内側、自分が立っている足下とは逆に、地平があればこそ、その中にある何かを認識することができる。 もちろん、今わたしが位置する地平の外側にある対象も、わたしが移動すれば見えるようになる。 しかし、そのとき地平もわたしと一緒に移動しており、したがってその対象が地平の内部にあることには代わりはない。 物置から出てきた掛け軸の場合、この地平にあたるのは、骨董品を貴重とする価値観、その値打ちを判定するための経験、知識だ。 一定の価値観や知識があればこそ、古びた品物をそのまま捨ててしまうのではなく、目をとめ、値打ちを判定することができる。 あらたな経験を積み、地平が移動し、拡大すれば、これまでわからなかったものの値打ちもわかるようになるだろう。肝心なことは、 自分の足下にある地平を通常、ひとは意識しないということである。自分にどれだけの経験があるのか、どのような価値基準をもって いるのかのリストをもっている人は誰もいない。いつの間にか身につけた価値観や経験に応じて、ひとは、その場の諸問題に対処する。 その結果、各人は、自分でも気づかないまま自分の地平に束縛されている。 なにしろ、自分がどのような価値観や経験を 持っているかを客観視する方途はないのである。 しかも、このように地平に幽閉された状態であるかぎり、 それぞれは自分がそれまでに身につけた価値観や経験から、身の回りのすべてのもの、したがって他人をも判断するしかない。 もし、相手が自分とは異なる地平に立っていれば、その相手の言うことや、やることはまるで理解の範囲外ということになる。 古物に意味を認めない人物には、物置の掛け軸を二束三文で売ってはいけないという人物の言うことは理解できないのである。 では、この状況が変わることはありえないのだろうか。自分とは異なる他者を理解しうるためには、各人が「心を開いて」 いなければならないとガダマーは言う。他人の言葉や行為をすべて自分の地平の枠内で処理しているかぎり、そもそも 【自分とは異なるものがいる】ということ自体に気づくことはない。けれども、何かのきっかけで、自分が何らかの地平に とらわれていることに気づくときがある。そのときはじめて、ひとは自分の地平を対象化し、相対化するだろう。そして、 それまで自分がとらわれていたのとは別の地平もありうるということに気づくことになる。 官僚出身者特有の話し方をしていた 政治家も、落選が続けば、土地の人たちの言葉でしゃぺり、かつ、自分の意見を伝えることができるようになるだろう。 ▼ 他人から理解してもらえないという嘆きほど、バカバカしいことは以上からみても解るだろう。 一人の人間を理解するなど、到底不可能でである。自分でさえ理解できないのに。ただ馬鹿なオッサンだけは解るが!
|
|
|
| 4863,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー31 |
|
|
2014年07月08日(火)
* 都銀支店長の全面協力が、出発第一歩! 〜後半編へ 時は、1980年3月1日。都銀・営業のTさん(兄と私の嫁を世話をした恩人)の上司である支店長が、 私に面会したいという連絡が入っていた。当日、本店の朝礼で辞任挨拶をした足で銀行に行った 応接室で、辞めるについての経過と、今後の事業計画を述べたが、それを黙って聞いていた支店長が おもむろに、『現状のままでのホテル計画なら賛成できないが、貴方が会社を辞め、以前に手がけた 千葉のビルを売却して始めるのは筋が通っている。 当行とし今後の資金計画の全てを面倒を みます! まず千葉の貸ビル売却からですね!』と。 金融の知識や、長期資金調達方法が皆無の私にとって、渡りに舟の信じられない言葉! 小説のような話である。何ごとも、実績? 直前に辞任の挨拶をしてきた帰りに、次の事業計画の 最大の理解者を得て、最大課題の解決の糸口を得たとになる。 その間、僅か一時間。幸先良い 出発になった。地銀の役員クラスでは、無理! 今の私が都銀の支店長なら全面協力をするが・・ 地方豪族化した彼らでは? それもあり、今回の私の結末は、地方豪族システムの価値観で 染まった地元権力の残存者には最高の物語? あと一つ、現在も酒友だが、当時の相互銀行の計算センターの部長が、そこの契約コンサルタントの W先生が、私の事業計画を聞きたいという。そこで、ありのままを話すと「この事業計画は間違いない でしょう!」の、お墨付き。私にすれば15年間の捨身の計画だが、誰も、それを知らない。 もし都銀の支店長の全面協力が無かったら、その経営コンサルタントと契約することになった? その後、姉夫婦の倒産の後始末と、義父の会社の不動産トラブル解決をして貰うことになったが・・ 既に20数年前に亡くなった。 ・その前の節目は、産地の大手問屋の全面協力と、暖冬で暴落した冬物で大当て、波に乗せた。 ・千城台ビルの二店舗は、商社のS氏が面倒を見てくれた。 ・その前のジャスコ辞任後の産能大時代では、千葉の新興住宅地の中央四つ角商業地の 売出し記事をみて応募、抽選で当選、次へのステップになっていた。 ・今回は、都銀支店長が全面協力の約束。 節目節目で、何もかもがプラスに働いたのも、右上りの時代に捨身で挑んだため。 どれも紙一重で、思わぬ因縁がプラスに導いた。捨身で、全力で節目に挑めばこそである。 ・・・・・ 4496,怒らないって本当は恐い! ー11 2013年07月08日(月) * 怒りへの反発を覚悟し、耐えて生きる 『怒りの作法』小川仁志著 怒りっぽい私は、常に反発されてきたが、それぞれの問題の中心点を凝視、考えることで何とか 乗り越えてきた。考え続けると、いつの間にか、その答えが導き出されてくる。だから、この「怒りの 精神論」が身にしみる。 ーその辺りからー ≪ まずは怒りの精神論。 怒りは強いメッセージを発する。当然、それに対する共感と反発が 出てくる。そのメッセージが強いほど異論が噴出するのは必至。それを予め承知した上で怒る 必要がある。その覚悟がないと、大きは精神的打撃を受けたり、怒りに臆病になってしまう。 だから怒りには覚悟と準備が必要になる。覚悟とは予め事の困難さを了解し、受け止める心構え。 それはある種の決断といってよい。決断なしに闇雲に怒ると、後で後悔することになる。 怒るべき時に、決断して怒らないとチャンスを逸してしまう。怒りは一日24時間の中の例外事項で、 怒るべき時に怒る一瞬の決断が必要ということ。 ひとたび怒ると決断するには、どんな反発が 来るか、どう対処すべきかを想定しておかなければならない。 反発には、積極的に否定してくるのと、消極的に無視してくるのがある。 特に積極的に否定してくるのは厄介である。そこで重要なことは、反発を予め予測して、 その際の自分の出方を決めておくこと。それさえしておけば、対処が数分の一で済ますことができる。 そのためには経験の積み重ねが必要だが。 心の準備が出来ていたとしてもへこむのが人情。 そこに心の強さが必要となる。 そのために自分の主張が正しくなければならない。 正しければ、怒りは無駄にはならない。 この国では、怒りは仏教文化の影響もあって マイノリティに捉えられがちである。そして、孤立をしてしまう。心の強さとは孤独の強さをいう。 岡本太郎は、「孤独ということは絶対に社会的だ。孤独者とは肉体的にも精神的にも、 他からの制約を誰よりも鋭く感じ、それに傷つきながら、なおも絶望的に挑む人間である」と言っている。 誰からも理解されなくとも、それでも挑み続ける人間を孤独者と捉えている。 孤独とは怒りと深く結びついていて、それらがともに創作の根源になっている。・・・ ≫ ▼ 怒りを表出するには覚悟がいる。その場で怒るか、タイムラグを置くか。過去の怒りが、 数十年の時を超えて、蘇ることが、最近ちなみに多くなってきた。50歳位までは過去を振り 返らないようにしてきた。しかし、還暦を過ぎた頃から、思わぬ記憶がフラッシュバックすることが 多くなってきた。「遠き日は 年とるごとに 近くなり」である。 それもマイナーの怒りの記憶が多く占める。それにしても己の無知蒙昧には独り怒った後に 自嘲することになる。過去は決して消えてなく記憶の奥に刻印されている。だから、老いて 心身が緩むと過去の封印された記憶が、あちこちから飛び出してくる。 それも面白いが・・ 過去は現在の記憶でしかない。そこに脚色も嘘も加わり、 その都度、書き変えられ、違ったものになる。 ・・・・・・ 4122, 閑話小題ーつれづれに世相 2012年07月08日(日) * つれづれに 激変する世界と日本の渦中で、一戦を退いた立場で鳥瞰している毎日が刺激的である。情報化社会の本格的到来で 情報はネットから簡単に手に入る。世界は既に恐慌突入か、その一歩手前で一年先の経済見通しは全く見当がつかない事態。 10年前に現在の事態を誰が想像しただろうか。 80年前の世界恐慌より遥かに大きい恐慌前夜というが、実際のところ 起こってみないと分からない。しかし、ただ事でないことは確か。こういうカオスの中では、軍事力しか頼ることが出来ない。 それも原爆の保持が前提である。この国は被爆国という建前で、保持をしないという国是?がある。 しかい世界の常識は、 この国では通じない。 目先の世界恐慌は避けて通ることは出来ないことは誰の目にも明らか。 20G会議も、目先の 対処療法しか対策がたてられない。 不安を煽るようなことばかり書いているが、リーマンショックは起こってしまった。 その原因となった不良債権が世界中の銀行、政府、企業の金庫に塩漬けで置かれている。それが債権市場か、株式市場で暴落が 起こった時に、表立ってくる。その火薬庫に火の手が近づいている。ロンドンオリンピックも、この状況の中では盛り上がらない。 数ヶ月ぶりにいった居酒屋の主人の話では、長岡の飲み屋街は、惨憺たるもの。これも20年近く言われ続けてきたことだが、 他に働き場が無い上に、一日一日を生き抜いているだけ、という何時もの悲鳴に似た愚痴。歳が歳だけに、行き先は死だけと真顔。 前の事業の整理も終わって身軽になり、身体が浮いたみたいに気軽だが、日ごと何か気が抜けていく。リーマンショック以来の 経営危機の立場から解放された分、逆に身辺が見えてくる。世間的価値観を割り切ってしまえば、けっこう面白いことに満ちている。 しかし実際のところ明日、死ぬかもしれない舟板一枚下は地獄もある。それが人生。天国も地獄も、娑婆にありということか。 何はあれ後悔はないし、ほどほど満足している。自主独立を貫けたのが最大の収穫?最後は自問自答で自分を説得するしかないか。 ・・・・・・ 3756, ジャズについて(�) ー「ジャズ完全入門!」� −20 2011年07月08日(金) ー 「ジャズ完全入門!」 後藤雅洋著 ー � * 楽器編成の基本は、ビッグバンドにあり! ーP・60 【 ビッグ・パンドにはそれこそ膨大な組合せがあるが、思い切って要約してしまえば、ジャズの入門者には次の三つを覚えれば十分だろう。 それは「ビッグ・バンド」「スモール・コンポ」「ビアノ・トリオ」の三バターン。そしてこの三形態も、基本はビッグ・バンドにあるので、 まずこれを見ていこう。ビッグ・バンドの土台を支えているのはリズム・セクション。 リズム・セクションというのは、ピアノ、べース、 ドラムスそしてギターから成っている。なぜこれらの楽器をリズム・セッションと呼ぶかと言えば、ジャズの要のリズムを提供するからだ。 だがベースとドラムスは先ほどの説明から分かるとしでも、初めての人は、ピアノとギターがリズム楽器というところがわかりにくいかも。 クラシックでは、ピアノは、オーケストラをバックに従えたピアノ協奏曲を例に出すまでもなく華麗な主役であり、ロック・ファンにとって、 もちろんギター・ソロが目玉になっている。しかしロックでもサイド・ギターが渋くリズムをカットしているようにジャズのビッグ・バンドも、 ギターはコードを掻き鳴らしつつリズムを提供している。そしてピアノもまったく同じことをやっているのだ。そしてそのコード・サウンドを 押さえたリズム・セクションに乗って、ビッグ・バンドの花形楽器ホーン・セクションがバンド・サウンドを吹き鳴らす。 ホーン・セクションというのは、おのおの数名からなるトランペット、サックス類、トロンボーンのことを指し、これにサックスを受け持つ ミュージシャンが適宜楽器を持ち替えて、たとえばフルートなどを吹いたりする。またスイング時代のバンドでは、ベニー・グッドマン・バンド のようにクラリネットが加わることが多かった。】 ▼ ビッグ・バンドの楽器編成を基として、ピアノ、ベース、ドラムス、ギターがリズム・セッションの基本。 ジャズファンの、まず初め憶える第一歩である。 そこからピッグ・アップしたのが、スモール・コンポとなる。 トランペットはジャズの花形だが、リズム・セッションにならない。 * ジャズの花形楽器、トランペット 【 ジャズの歴史のところで、サッチモの吹いたトランペットの親戚のような楽器としてコルネットが、1920年代は主役だった。 しかしモダン期以降は逆転して、ほとんどがトランペットに変わっていった。トランペットはジャズを代表する楽器といって過言でない。 よく通る高音域と華やかな音色の輝きが、ジャズのダイナミックな特質と一致しているからだろう。実際ルイ・アームストロングを はじめ、一時代を築くようなミュージシャンにはトランペッターが多い。代表例はマイルス・デーヴィス、クリフォード・ブラウン、 そしてリー・モーガンだろう。】 ▼ トランペットが主流なら、トランペットが聞こえたら、モダン・ジャズとみてよい? ・・・・・・・ 3391, 911・考えない・日本人 ー7 2010年07月08日(木) 「911・考えない・日本人 」林 秀彦 (著) * 陽気なロボットが、日本人の原型 (P−192) ≪ 三歳児以下の日本人。自分を客観視するアイの代名詞を持たず、他者を客観視するユーを持たず、故に内言語が生まれず、 故に反省意識が生まれない。故に知性が育たない。故にその近代史は「突き当たり」の連続だった。故に人類で唯一無二の 原子爆弾被爆経験民族の栄に輝いた。「過ちは繰り返しません」と、善のアメリカに原爆を頂いた悪の日本人は、 見当違いの悔恨の思考を働かせて死者に誓い、賑罪をし、より一層の悪化を改善と信じた。こうした日本人の三歳児性は、 無論原爆の出現やその被爆とは関係ない。 われわれ日本人は動物心理をの水準を超えたことは一度もないのだ。 知能ではなく、心理として狸や狐と大差ないということだ。彼らも内語を持たず反省意識を持たないからだ。 原爆を落とした悪よりも、落とされた状態をつくった自分のほうに悪を見る脳みそは、内言語と反省では作りえない 言語以前の反応である。ニャーという猫言語が、ワンという犬言語に尻尾を巻いた心理・外言語構造である。 動物には外言語しかない。いや、言語ではなく、吠え声、鳴き声だ。日本人はその「音」を使ってきた。 「訓」ではない。もはや音と訓の区別もつかない。どっちがどっちだっけ?ハヤシ?リン? ・・・ 人間が人間の条件とされたものを次第に失っていく西欧社会や、アメリカでは「陽気なロボット」(自己満足した 卑小な人間の形容)。人間としての尊厳さも、崇高さも字のとおりの意)とか、色いろある。どれも絶望的に 人間性を失った人間を嘆く言葉であり、その論証には反論の余地がない。≫ ▼ この辺の論も外から見た日本人の姿をシビアに表現している。あまりにアメリカに飼いならされ良いように収奪されても、 それさえ気づかない三歳児以下の日本人の滑稽さを嘆いている。「アイ」と「ユー」さえ持ちえず「ウィ(我われ)」しか言えない 幼児性から抜け出れない日本人。そして、あと二年後にアメリカは??を宣言、日本が持っているアメリカ国債と、 ドルの価値を半減にしてしまう。それが分かっていても、どうもこうもならない陽気なロボットの日本。それが現状の様相である。 ・・・・・・・・ 16,旅する力 ー深夜特急ノート ー1 2009年07月08日(水) 「旅する力ー深夜特急ノート」 沢木耕太郎著 ー読書日記 深夜特急を初めて読んだ時の興奮を今でも憶えている。その後、TVでもドラマ化されたが、これも良い脚本であった。 その後、彼の本を何冊か読んだが、それに勝るものはなかった。 この本も、沢木の旅好きの子供の時からの由来と、 旅の指導書のようであり、なかなか説得力がある。 深夜特急の読者を狙っているようだが、そうだとしても納得できる。 全体の総評を書こうかと思ったが、一章か、二章単位で印象的な部分を記録として書き残しておいた方が良いと判断して、 何回シリーズで書くことにした。 まずは ー序章 旅を作るー から 一行目の出だしからして惹きつけられる。 *「旅とは何か。その答えは無数にあるだろう。私には大槻文彦が『大言海』で記した次の定義が最も的を射たもののように思われる。 《家ヲ出デテ、遠キニ行キ、途中ニアルコト》ー・・・しかし、旅は同時に、終わりがあるものである。始まりがあり、終わりがある。 そこには旅を作る、という要素が入り込む余地が生まれるのだ。人は旅をする。だが、その旅はどこかに在るものではなく、 旅をする人が作るのだ。・・・ (解説)旅と旅行の違いは、「旅は、その途中を味わうことを目的とし、旅行は目的地に行くことを主にすることをいう」 ということは知っていた。私にとっての秘境・異郷の旅はとりあえず遠くに行くこと、そして文化・文明というより、大自然に 触れることであった。それは目的地だけでなく、その移動の中に垣間見る景色にあることが多い。 *「余儀ない旅」ではなく、「夢見た旅」を始めようとするとき……既に旅の姿が整えられていく。 夢が生まれ、それを具体化し、実現する。そのようにして、旅を作っていく。しかし、人によって その作り方は違ってくるだろう。だから似た夢でも、まったく違った旅になってくるのだ。 (解説)一回の旅行は、終わって帰ってきても終わりがない。その旅行記を書いて総括し、写真を整理し、そして、 その後にガイドブックや、ネットで情報を取って記憶を再編集する。そして、何時かTv番組で放送をしているのを見る。 その都度に一度行った旅行が再編されるのである。だから、どんどん自分が膨らんでいく。 とにかく一度その地に足を入れることである。 そうすると、作った旅が自ずから動き出していく。 ・・・・・・・・ 2651, ロジャーズ 中国の時代 −1 2008年07月08日(火) 最近の中国事情の本を読むのは、邱 永漢 の中国関連の本以来である。この本は、目から鱗である。20年近く前に中国を訪れて以来、 5年前に北京を訪れてその変貌ぶりに唖然としたが、この本によると、更に変わっているようだ。ただ、その劇的な成長に対する反動が、 どういうカタチでくるのか問題だが。そのクラッシュ後の中国は、これを読む限りより大きく成長するのではと思われる。 ジム・ロジャーズは、中国の成長をいち早く見抜き国際商品の高騰を予言した冒険投資家。これは中国株投資の手の内を明かした 全米ベストセラーになった本。どのページを開いても、唖然とする内容である。この十年間で、耐久消費財の生産能力は、驚くなかれ 100倍になったのである。ロジャーズは、「現在の中国は、1800年代終わりのアメリカは、こんなものだったと思われる」という。 ソ連のように分裂というカタチを通るのか? これだけの大国を束ねるのに、一党独裁という強権も必要なのか? 独裁国家がオリンピックを開催すると破綻する事例からみると、やはり同じ道を通るのだろう。 この本の、次の一節が現在の中国の偽ざらない本音であろう。 ≪ 中国人の友だちが言うには、「中国は貧乏のどん底から這い上がってきた。 経済改革の夜明け前の一九八○年、購買力平価で換算した 中国の一人当たりのGDPはたったの四一〇ドルだった。 当時の米国は一万二三三〇ドルだ。第二次世界大戦以降、世界経済が何十年にも わたって成長している傍らで、私たち中国人は完全に孤立してしまっていた。扉を閉ざして社会主義の桃源郷を作ろうとしていたのだ。 私有財産は許されない。何から何まですべて国の持ち物だ。民間企業もない。全部中央政府が管理しているからだ。競争もない。 食べ物も着る物も、それこそ調理油まで配給制だ。いつも、何とか生きていけるぐらいしかもらえなかった。 サービス業なんてものはない。人民に仕えるのが当たり前で、仕えてもらうなど論外だったからだ。 仕事や職種、勤め先を変えたり、 新しいことを始めたりするのも不可能だった。生まれたそのときから何になるかは決められていた。 資本市場もない。 資本は諸悪の根源のレッテルを貼られていた。そんなふうだったから、私たちが生きている間に世の中が、 こんなに変わったのは、一九八0年代の初め以来、成長率は平均九%であり、中国経済の価値は一〇年毎に倍になった。」≫ といって、先月の上海の証券取引所の株は半値近くまで下がってしまった。 下がりきった有望株を、地頭で考えて長期的に投資すべきということである。 ・・・・・・・・・・ 2007年07月08日(日) 2287, ちょっとした勉強のコツ −1 (´∀`σ)σ オハYO! ー読書日記ー 外山滋比古氏の著書(エッセイ)である。7年前に発行された本だが、内容は新鮮である。 この本を図書館から借りるのは三度目であるが、何度読んでも新鮮に感じるのは、内容が濃いからだろう。 冒頭からして、 深く考えさせられる。特に、現在の日本は「オーストラリアの蜜蜂」以下?になりかけてはいまいか? 何度読んでも考えさせられる内容である。2003/01/11 に「ハングリー? 」というテーマでも、少し取上げたことがある。 敢えて、いま一度考えなおすのも良いだろう。それだけ、オーストラリアの蜜蜂化した若者の「下流社会化」の問題の根が深い。 ーオーストラリアの蜜蜂ー ( 字数制限のためカット 2011年7月8日 )
|
|
|
| 4862,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー30 |
|
|
2014年07月07日(月)
* 本来、この事業構想は正しかったのだろうか? ー前半、終了ー この事業は、280室で駅前シリーズを終えた後に、郊外型ホテルへ切替えるか、事業売却かであった。 そこで節目を作るのが、学生時代に構想した創業型事業人生。それを作らなかったのが、三年前の結果に繋がった。 1985年のプラザ合意直後から生じたバブルと崩壊は、明治維新と、太平洋戦争敗戦と同じぐらいの大きな節目である。 アメリカの陰謀による経済敗戦であり、更に9・11テロ、9・15のリーマンショック、3・11の東北大震災である。 それが私の事業にも直撃、これまで深手になることを読めなかったのが致命傷になった。 創業当初の10年間で、 ユデ蛙になったためである。「ご覧とおり、そのまま結構」である。 これを書いて気づいたことは、創業時に 転売した二ヶ所の土地が、実は郊外型ホテルの立地だったこと。あの時に「もしか、ここがホテル立地?」という 想いはあった。しかし、新幹線開業した直後の上越新幹線最終駅前の周辺に、執着するのも仕方がない? あと講釈としても、十年目に大きな節目を作るべきだった。進むべきか、立止まるか、引くかのサイン?があった。 その時、そのサインを読み違え、戦略を新潟駅周辺に280室から、500室の拡大戦略をとってしまった。 当時、大型チェーンの駅前などの繁華街店舗が急激に衰退していった。 その頃に、ペガサスでは、駅前立地から 本格撤収を指示していた。事業構想は10年スパンか、駅前周辺300室内なら正しく、それ以上は致命的間違い! 新潟駅前シリーズは、バブル崩壊による日本経済、特に地方の衰退が本格的に始まった中で、舵取りを間違えた 結果、最期は、これ。直接原因はリーマンショックと、東北大震災?で、間接原因は500室の駅前への過剰投資。 だから、諦めはついている。歴史的バブル経済の崩壊にかかわらず、逆に新潟駅前でバブッタのである。 これが直接原因で、最後の二つは、駄目だしの間接原因ともいえる。物語として、私には、これが丁度良かった! 〜と、思うしかない。 そして、反省の日々! そして、外海には、更なる大津波の音がする。内海では、 その中、祭り(東京オリンピック)の準備でミニバブル! 高台からの下界の景色を、妙な気分で見るのも? 「天気晴朗なれど、波高し!」が内海の景色! ここからみえる人生68〜75年の最期の祭り?が、面白そうだ。 ・・・・・・ 4495, 怒らないって本当は恐い! ー10 2013年07月07日(日) * 石原と橋下の怒りについて 『怒りの作法』小川仁志著 怒りといえば、石原と橋下である。TVで常に怒っている。アメリカの間接統治のために与えられた憲法さえ変えることが 出来ないのが二人の怒りの根にある。更に実質的に日本は官僚が支配している実態に対しても怒っている。 二人とも怒りを 実に巧く使い、改革を実施してきた。実質、占領下の現状に対し、怒るのが当たり前だが、それを表立てると何故か失脚をする。 歴代の首相も何故か、独立を企てると失脚してきた。 アメリカにとって一年の首相交代は間接的統治に理想的である。 ーその辺りから抜粋して考えてみようー ≪ 橋下大阪市長と、もう一人石原都知事の二人は、事柄に対して本当に怒りを示せる人物だということができます。 彼らのメッセージはしっかりと伝わるのです。それが人気の秘訣でもあるのでしょう。彼らはまず怒ります。 そしてその怒りのモードに諭理を載せます。なぜ怒っているのか、なぜメッセージを発しているのかが明確なのです。 そして筋が通っています。ただ、両者の怨りの根源は大きく異なります。石原都知事の場合は、偏った保守思想に恨源が あるのに対して、橋下市長の場合は、世の中の不合理さに対する怒りに恨源があります。 石原都知事は外国人に対する 差別的発言に顕著なように、自分の思想に反する事柄を排除しようとするエネルギーが怒りの源泉となっているのです。 これに対して橋下市長の場合は、弁護士出身だからというわけではないでしょうが、世の中の不公平に対して挑戦しようする。 ・・・ そんな橋下市長がぶち上げたのが大阪都構想です。大阪市を特別区に分割し、他の市と一緒に再編してまとめようという。 これによって、大阪市が副都心として活性化するというわけです。 同じ独裁的イメージを醸し出す二人ですが、いわば石原知事が偏向思想に基づく自己中心型独裁であるのに対して、橋下市長は、 奇しくも彼が解放と表現したように人民開放型独裁のです。この違いは偏りに怒りの恨源の違いに基でづくものといえます。 私もこうした橋下市長の怒りの根源には、石原都知事の偏向思想と連って大いに共感します。この共感を持てるかという点は、 実はメッセージの威力に影響を与えます。というのも、共感とは納得感であって、誰もが納得できるというこは、それだけ 論理的だということだからです。≫ ▼ 東京と大阪の首長までは、彼らの手法が有効に働いたようだが、こと国政においては難しいようだ。遅かれ早かれ 政治的謀略で消え去る可能性が強い。しかし、ここは怒りの話。都会人なら、二人の怒りを理解できたとしても、 それが全国区となると、民度からして、理解できないのである。その意味で、二人は怒りが洗脳され、安穏とした 日本という国の実態に怒りが向いているだろう。それにしても怒らなすぎる日本人は! 考えないからだ。 怒りが私の人生を狂わせたと、少しは思っていたが、そうじゃない、怒りこそが、大きな原動力になっていた。 歳をとったら、少しは大人しくした方がよいが、これでは怒って当然のこと。 「怒り」の肯定論があるとはね! ・・・・・ 4121, 空腹感のすすめ 2012年07月07日(土) 「老後に後悔しない10の備え」三浦朱門著 最近、「空腹の勧め」をTVなどで紹介しているのを見かける。以前も、ここで飽食の猿と空腹の猿の生存年齢の 違いを取り上げたことがあった。 生物は長年、飢餓の境目に生きてきたため飽食に対しての身体が出来ていないようだ。 著者は、空腹感状態の方が身体に良いという。私は終戦直後に生まれ、それも大人数の兄姉の末っ子だったたこともあり、 今でも腹八分目は食べないと気が済まない。 ー以下は、そのくだりー * 空腹のすすめ ≪ 人間にかぎらず、動物というのは空腹であるのが健全な状態である、と言う。空腹である、ということは、摂取した 食料が体に採り入れられ、それが身体各部の必要なエネルギーになり、新しい細胞を作っている、ということであって、 動物の体を作ってゆく、という面では生産的であり、体内に蓄積されたエネルギーを消費するという面では消費的な活動を しているのである。空腹というのは、今、体内に採り入れた養分をしかるべき所に配分しております、という合図なのだ。 それで、もう体の中の余分なエネルギーは残っていません、というのが疲労であり、休息と食事の時間、ということになる。 それなのに、生物の中でも最も恵まれた動物である人間は、空腹を感ずると、すぐに食べはじめる。体を生産的なことに 動かしながらも、食べ物、飲み物を口に入れる。考えてみてほしい、空腹感は、あれで結構、好ましい状態なのではないか。 少なくとも食いすぎの状態よりも、気持ちがいい。「腹が減ってきた。何を食おうかな」と私たち祖先は考えて、 獲物になるものを探したのであろう。空腹はそういう根本的な動物の行動を促す動機になる。 それなのに現代の日本のような先進国では空腹を感ずると、食料が手に入る。戦前の家庭婦人の場合は違った。 朝から掃除、洗濯、昼食は残り物でいい加減にすまして、午後は洗濯物をとり入れて、アイロンをかけて収納する。 さて一休みという段階で、ちょっと空腹感を覚える。空腹になって、それでは夕食のメニューを何にしようか、その材料を 買いに着物を着替えて、駅前のマーケットに買物に行こう、夕食は何ということはまだはっきりしないが、マーケットに 行けば、その日の安いもので、亭主の好さなものが見つかるだろう。つまり空腹が夕食の準備、そのための買い出しと いった新しい行動をうながしたのである。こうやって、夕食の準備をして、子供には先に食べさせて、寝かしつける。 自分は空腹をガマンして、午後八時ごろに帰宅する亭主を待つ。≫ ▼ そういえば独身時代、三食を自分で準備をして食べていた頃は、時間が来たから食事をするというより、 腹が減ったため食事をしていた。そのためか、何を食べても美味しかったことを憶えている。この年齢だと、 腹5分位が丁度よいというが、まだ腹8〜9分目まで満たさないと物足りない。 人間は精神的空腹感も同じように必要か! 青年期の精神的渇望感が懐かしい。 ・・・・・・ 3755, 夢はリアル 2011年07月07日(木) 昨日の朝の夢は、生々しい内容である。 ーその内容とはー 【 経営破綻しそうな会社を引き受けないかと言われるが断る。そこに社長の奥さんがいたので、 「助言はするので、あなたが引き受けるべきです」というと、「二つの経済震災と、自然震災で失敗したというが、 そんなのは言い訳、この事態でも乗り切れてこそ、真っ当な経営者。貴方の言うことは当てにならない」と、言われた夢。】 生々しい、辛らつの指摘であり、その指摘は至極当たり前の道理である。 意識、無意識を含めて、今回の破綻の8割は、 3つの震災が原因と思っているが、反面、それは黙っていればこそ。それを堂々と、ここで書き、また周辺に公言している 脇の甘さが、現在の私。 心底(沼)でドロドロしていたのが変容して、具体的に夢になって自分を責める。 2割の見方こそ8割の道理がある。 それを前提と考えてみると、「9・11からの長期低迷で売上が三分の二になり、 更に7年後の9・15=リーマン・ショックから二年半で三分の一になったことは果たして想定出来なかったのか? それも、三年目に入っても売上が2割以上も続けて落ち続けていたが、二年目で収まると楽観視していた、 リーマン・ショックの経済大震災に対する認識の甘さ。 いや、ギリギリのリストラは実施してきたが・・・ 夢は、誰も思っていても直接いわない事実を、潜在意識が生々しい幻影で教えている。 あの眼差しを見れば感じるか? 30年で一応、事業のフルコースを味わったことになる。10年登り、10年緩やかな降り、そして10年で、絵に描いたような 急激な降り。 それに対し、手をこまねいているしかなかった長期装置産業の宿命。そんなことは、分かっていたことでしか ないのでは?と、言わんばかりの、夢の中での指摘。 それを赤裸々に書いている現在の私がいる。「喜劇と悲劇は紙一重で しかない、というのは、このことか」という心の声。 それでも、仕方がないと、独り嘯くしかない。自嘲か、これは。 と同時に、それをも事業のコースと楽しんでいる変な自分こそ、私そのものか。 意味など、あと講釈。 ・・・・・・・ 3390, 閑話小題 2010年07月07日(水) * Yotube の世界 ビデオ・カメラを購入しアップロードをした機会からYoutubeを見るようになった。 それから面白い画像の紹介を私のブログ「バード・ウォッチング」で、毎日のように紹介している。 世界中でYoutubeの面白映像の話が会話の中で取上げられているのを真似たのである。 そうすると意識して探すようになる。ブログには一日一枚の写真を載せているが、適当の写真を探し出すのが大変だが、 それよりもズット楽である。 「面白い、衝撃的、軽いもの」を中心にアンテナを立てているが、次から次へと 底知れず出てくる。一日20憶のアクセスも分かるような気がする。 * 角界賭博の処分は妥当? (字数制限のためカット 2011年7月7日) ・・・・・・・・ 3015,エジプト・ピラミッドの謎 2009年07月07日(火) 一昨日の日曜夜のーNHKスペシャル・エジプト発掘 第1集 「ピラミッド 隠された回廊の謎」が面白い。 一昨年、二度目のクス王のピラミッドを見学してきたが、あの巨大なピラミッドを5000年前にどのようにして造ったのか、 これまでも多くの番組で取り上げていた。 その中で一番尤もらしいのが、「砂漠の砂をピラミッドの周囲に建設の高さに 積み上げて、巨石を運び上げる方法」であった。しかし、今回の説は違っていた。 岩を上に搬送するトンネルを螺旋状に 造りながら上に運ぶという説だった。 近くの崩壊した小さなピラミッドにも、そのような痕跡が見て取れた。 ーNHKのHPの番組紹介からコピーからー 【 今から約5000年前、エジプトの砂漠地帯に忽然と現れたピラミッド。その後500年あまりに渡ってピラミッドは建造され、 その数は現在確認されているだけでも100個を越える。その中でも最大規模を誇るのが、世界遺産にも登録されている 「クフ王の大ピラミッド」。高さ147メートル、底辺の長さ230メートル。世界最大の石造建造物である。平均2.5トンの石を 300万個積み上げて造られている大ピラミッド。地上60メートルの場所には、重さ60トンもの巨石も使われてる。クレーンも ない時代に、この巨大ピラミッドをいったいどうやって造ったのか? 古来、様々な研究者が謎解きに挑んだが、答えは出ず、 古代エジプト史上、最大の謎とされてきた。ところが今回、ついにこの謎を解き明かしたという人物が現れた。 フランス人建築家ジャン・ピエール・ウーダン氏である。彼は、最新技術を駆使し、建築家の視点から、「内部トンネルを 使って建設した」という独特の説を世界に発表した。番組では、ピラミッドの登頂調査をはじめ、ウーダン氏の ピラミッド調査に同行取材、神秘に満ちた、大ピラミッド建造の謎を興味深く解き明かしていく。】 ▼ ー以上だが、近年になって、ピラミッドの近くに、その建設に従事した労働者の村が発掘された。 その調査から分かったことは、4000人の労働者が20年の歳月をかけて造られたという。 (字数制限のためカット 2012年7月7日) ・・・・・・ 2650, 資源世界大戦が始まった 2008年07月07日(月) 図書館で「アメリカ狂乱」とともに借りた元NHKの日高芳樹の本である。サブプライム問題から始った問題は、 アメリカの覇権の終了なのであろうか。その中にあって、資源のない日本はどの方向にいくべきか?などを問うている。 やはり、この本を読む限りに日本の行く末は悲観的になる。アメリカの属国でしかなかった日本が自立する道はあるのか。 「資源世界大戦が始まった 2015年日本の国家戦略 ー 」日高 義樹 (著) ー内容紹介 独裁国家・北朝鮮が大国アメリカを揺さぶる現況は、ヒトラーが台頭した1920年代に酷似している!? 米国の要人と直接 対話して得た独自情報から、日本と米国の数年後の未来を高確度で読み解いた、衝撃の最新作。政局の混迷が深まる危うい 日本の行く末を、大統領選を控え、変わりゆくアメリカの世論と政策、政界の要人たちの発言をもとに近未来を予測。 ーカバーの折り返しー アメリカの力の後退と中国の台頭は世界に、1930年代の再現ともいえる混乱をもたらそうとしている。 この本では、国際社会で現在起きている情勢を世界的な視点から整理すると同時に、 日本は自らを守るための国家戦略をいかに立てるべきかを考えてみたいと思う。 <序章より> ー大ざっぱに、概要をまとめるとー (字数制限のためカット 2010年7月7日) ・・・・・・・・ 2007年07月07日(土) 2286, LSDを一服した状態とは、どんな状態? ー1 おはよー (((。・-・)从(・-・。)・゜ 植草甚一の「カトマンズでLSDを一服」という本が面白い。 ただし、30年前の本で、著者もこの本を出した直後に亡くなった。 しかし内容は、朽ちてはいない!「植草甚一スクラップブック」の一冊でNO/11になるが古今東西、植草甚一の読んだ 麻薬に関する記事・文献などが話題になっている。図書館で借りてきた本だが面白そうなので、ひととおり目を通して、 中古本だが、直にアマゾンで注文をいれた。 麻薬のトリップに対して興味がある。しかし麻薬をまさか使うことは出来ないし、 中毒になったら取り返しがつかない。といってバッド・トリップやグッド・トリップの状態を経験してみたい誘惑もある。 まあ、死ぬ直前の楽しみにしておいた方がよい。ならせめて、どういう状態なのか、知識として知りたくもなる。 手元に何冊か、その状況を紹介した本がある。私の枕元にはトリップの状態に近づける音楽のCDのセットがある。 買って10年近く、寝る前などに聴いてきたが、そのためか寝つきが非常によい。酒を飲んだホロヨイの気分と同じである。 私の場合、秘境旅行や、酒席などの盛り上がりなど、至高体験を数多く経験してきたので、少しアルコールを飲んだり、 寝る前の音楽で、直にトリップしやすい蓄積がある。 体質的に脳内には回路が出来ている、ということ! その体験の倉庫に入るようにすればよい。以下は、この本の冒頭に出てくる心理学者ジュラール・ボルの「麻薬への旅」の中の 一節である。麻薬のトリップの状態を書いた本を何冊か持っているが、どれも似ている。 ともかく、面白く解りやすいので紹介しておこう。 ーー1967年10月から著者ボルの2年間の経験談であるーー ーーー p・12~13「カトマンズでLSDを一服」 (字数の関係上カット2008年7月7日)
|
|
|
| 4861,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー29 |
|
|
2014年07月06日(日)
* 新規事業の構想とは 新規事業は《「①現金商売で、②箱物を絡めた、③妻子などの親戚を入れない、④転売可能で、⑤手堅いこと」 を前提に、自らを捨石と割り切る!》と、自分にダメ押しをした。 そして、千葉・千城台ビルと、長岡郊外の 更地を売却をして、新潟駅前の更地一点にエネルギーの集中を、第一歩とした。それに躊躇があるなら、 覚悟が出来てないことになる。 独り落下傘で敵地に舞い降りる決死の覚悟だった。まずは、千葉と長岡と同じく、 孤独、孤立からの出発である。 不安と緊張の中で、漆黒のような闇に向かって、ただ一歩ずつ進むしかない。 ところで、ホテル名は、学生服メーカーのブランドを付け『ベンクーガーホテル』にした。その上にツイン、 ダブルルームをカットしたシングル専門にして、税・サ込3980円の価格破壊を仕掛ければ、成功確率は500%! の確信が生まれていた。これで15年間の準備は一応、出揃った。「新しい酒は新しい皮袋に盛れ」とは 《新しい内容や思想を表現するために、それに応じた新しい形式や方法が必要であるということ。すなわち、 いつまでも古い形式にこだわってはならない、というたとえ。》をいうが、創業も同じ。まず第一歩は独りになり、 己を無にして市場に聞きながら、踏出すのが基本。 事前調査で、ビジネスホテルは月〜木曜日が、ほぼ満室、金土が5〜6割、日曜が3割、平均稼動は8割が目安。 それに対し、学生服は平日が閑散日で、土日が、その三倍の売上げの世界。 平日はフロントに、土日はショップに シフトをし、回わせば、究極の合理化になる。その上、学生服の荒利が4割近くで、値引きはゼロ。軌道に乗せれば、 大いに利益貢献をもたらす。 しかし、学生ショップと、ビジネスホテルの融合は、短期的にはプラスに働いたが、 長期的に失敗。学生服は制服の自由化で右下がりの衰退が始まっていた。 ホテル名にするなど、言語道断と、 十年近く経って気づくことになる。しかし、創業時の二ヶ所の土地転しと、学生ショップの利益は、二、三棟目の ホテル開業に大きく貢献していた。これはこれで、良かった? それにしても、何だろう、この男? ドンキ? ・・・・・ 4494, 怒らないって本当は恐い! ー9 2013年07月06日(土) * なぜ世界中でデモが起こるのか 現在、北アフリカと中東をはじめ世界中でデモが起きている。デモは集団による政治のメッセージである。 ここでは、格差問題が若者を中心に怒りとして燃え上がった。その背景には携帯電話という情報機器の普及で、 体制側の腐敗と貧富の格差の情報が隅々まで流されることがある。日本のデモのようにお祭り騒ぎで練り歩くだけでは 怒りは伝わらない。怒りが伴った暴動こそ、その意思が伝わる。 ーまずは、その辺りからー ≪ 議論と同じ意味で怒りを道具になるのは、メッセージを伝える感情だからである。つまり行動である。その中で、 一番わかりやすいメッセージの伝達行動は、デモでないだろうか。 通常、デモは政治的メッセージを発信するために、 集団で練り歩く行為をいいます。デモンストレーションの略ですが、語源は「示す」という意味を持っている。したがって、 デモの本質は、人々が自分の意思を示す行為である、と言えるのである。しかし漫然と歩いているのでは効果がない。 怒りが示されると俄然と効果が現れてくる。世界で変革を求めるデモが起きているが、それはもっと非日常的な非常事態であって しかるべきである。しかし先進国のデモは、そうでない。特に、日本のデモは、どれもお祭り騒ぎである。それは去勢されたから。 安保闘争の時に圧倒的な取締で潰えた後、すっかり大人しくなってしまった。それでも、唯一怒りを伴ったデモらしきものは 反貧困を掲げた運動だった。派遣切りをはじめ、人をモノ扱いにするような新自由主義的な自民党政治に対し、さすがに人々が 怒った。この運動で自民党政治の行き詰まりもあって、ある程度効果があって、一度政権が交代した。そして、誰もが、貧困が 解消されたかに見えたが、実際は自民党的体質を変えることは出来なかった。反貧困の湯浅誠が、内閣参与という形で迎え いれられることで去勢されてしまった。・・ ≫ ▼ 携帯電話、スマホは、国境を超えて情報を一瞬のうちに世界に行き来する。今さらグローバル化を元に戻すことは不可能。 それは情報を通して、世界が平準化していくことを意味するが、様々な格差の拡大を生む。その怒りが世界中に噴出するのは 避けがたいことになる。現に中国が年間十数万件も暴動が起きている。それが一斉に起きてないから内乱になってないだけ。 社会には、貧困、格差問題は常に存在する。問題は、グローバル化が貧困、格差を拡大する力になるからである。 ということは、世界各地で起きているデモや暴動は、ますます激しくなっていく。時の権力者は、その矛先を自国より 弱い周辺国に向けるため、国境問題を操作する。グローバル化は戦争の機会を促進することになる。 ・・・・・・・ 4120, オニババと、粗大ゴミ 2012年07月06日(金) * 女の変容 「老後に後悔しない10の備え」三浦朱門著 流石に20歳年上の書いた老いについての話は参考になる。 奥さんが曽野綾子なら旦那に対しても厳しいはず。特に、 「男から見る女性の、対男性の態度に四つの時期」が面白い。女性は更年期を過ぎる頃から第四期のオニババ化が始まる。 ーその辺りを抜粋するー ≪ 男から見ると、女の対男性の態度に四つの時期がある。 ・ 最初は男を敵視し、警戒し、ことさらに無関心を装う思春期。 ・それから特定の男あるいは男たちには打ち解けて、彼のことに心遣いを示し、男としては、うん、この女は優しくて、 オレの世話を何くれとなく見てくれる、と思わせる。これを青春期とする。これは結婚しても数年は続く。 ・第三期はオバサン期である。オバサンは家庭の主として独裁権を振るう。それに従わない者は、子供であろうと亭主であろうと 容赦しない。彼女の独裁権が及ばないのは、舅と姑だから、彼らへの鬱憤は専ら、亭主にむけられる。舅、姑は亭主の親だからである。 ・第四期がオニババだが、こうなると、彼女は世を呪い、人を恨み、身のまわりのあらゆる物が、自分の意図と違う状況にあると、 すざまじい勢いで叱りつける、そのくせ、自分は何もしない。人に指図してやらせるだけである。この場合の指図される相手は、 多くの場合い、亭主しかいないから、オニババの夫としては、少なくとも肉体的には健康であることが望ましい。≫ ▼ 数ヶ月前に、色いろあって自宅の名義が家内に変わった。予測はしていたが、急に態度がオーナー然として、私は宿六扱い。 ペットに餌をやっていたのを見て、「居候が居候に餌をやっている」だと。オニババ化の一場面である。この数年で、団塊世代が 大量に定年を向かえ家の滞在時間が多くなった。現在、日本中がオニババと団塊粗大ゴミがイガミアッテいる。私など平均4時間は外出。 ちらほら愚痴が聞こえてきているが、当人にとっては切実の問題。 以前読んだ、あるエッセーにあったが、 定年になった時に、 「食事以外は外出するか、自室以外に出ないよう」妻に言い渡されたという。まあ、現在の私も似たようなもの。 家が大きいので、まだ助かっている・・ 更年期を過ぎ、身体が老化を始めると過去の思い出が大きな比重を占めてくる。 人間の記憶の大部分がマイナーで占められている。記憶は主語が消えてしまうので、そのマイナーを身近の人に見ることになる。 その槍玉が連れ合いになり、オニババ化が進んでいき最悪、熟年離婚になる。せっかく、会社の嫌な上司から解放された挙句に、である。 ・・・・・・・ 3754, ワシも族か〜 ー� 2011年07月06日(水) あるブログにあった「ワシも族」、によると、 【 ・定年で毎日が日曜日状態になった父さんが、・家でやることもなくゴロゴロ ・妻がどこかへ行こうとすると「ワシも一緒に」と着いて来る男性を指す。 一般的のサラリーマンは、「定年になったら、あれも、これもやりたい」と考えるが、何をしても中途半端で飽きてくる。 定年で急にはじめても、アマチュアになるには遅すぎる。最低で10年の準備が必要。 そこで、妻に縋るしかない。 TVのワイドショーで「ワシも族・度」が紹介されていた。 1)近所で人当たりが良いが、家では無口 2)夫が家事をするのは「手伝い」と思う 3)妻の予定や行動をよくチェックしている 4)妻にはつい、つらく当たってしまう 5)妻の家事に手は出さないけど、口は出す 6)妻のお出かけにはよくついていく 7)妻子を養ってきたとの自負がある 【判断基準】・3個以下:とりあえずは大丈夫? ・4〜5個:ワシも族の素質、十分です ・6個以上:要注意!見捨てられるかも 会社人間の習性で、「自分では手を出さずに、命令すること」「部下が作成したものを批評し、自ら積極的に行動しない」が 習慣化しているからだ。 】 ▼ 「ワシも族」といえば、私の夫婦間では、家内の方が前より「私もやりたい」と、言う方。女なら、それは愛嬌だが。 私がネットに夢中になれば、見よう見まねでネットで情報をとったり、ネット・ショッピングに夢中になったり。 海外旅行といえば、初めは反対するが、私が申し込む直前に「私も行く」と、のたまう。大反対をしたもの(ハンモック・チェアーや、 健康機器)を良さそうかどうかを見極めてから、都合の良い理屈をつけて始める。 それが、今度は逆転である。 私も暇時間のつぶし方は得意だが家内には敵わない。相手は38年、年中である。 一般的には仕事にネルギーを奪われ、 ライフワークの趣味を作り上げてこなかったツケが、定年後にくる。でも、それでも妻の後についていくだけ、まだましか。 いくら東京が好きとはいえ、5日連続とは!驚くより呆れる。「ツアーに出ているよう」だと! 内容からして価値あるツアーだが! ・・・・・・・ 3389, 911・考えない・日本人 ー6 2010年07月06日(火) 「911・考えない・日本人 」林 秀彦 (著) ■ 自問自答が知性を磨く (Pー189) 他者との対話とは別に自分自身との対話=自問自答がある。 著者の考える=「哲学する」についてが、なかなか面白い。 ≪ 哲学について、ポール・ソシャールの『言語と思考』には次のように書かれている。 *「子供は三歳半ごろ自分を指す代名詞〈私=I〉を使いはじめ、そのときに動物心埋の水準をはっきり乗り越える。 …つまり反省意識という人間の段階は、言葉に結びついている。思考が内言語(註:個人の頭の中だけに聞こえている言葉) であるからこそ伝達できるのであり、意識状態の科学である心理学もできあがるのだ」 *「(I)の言語化と(you)のそれとは切り離せない。それは対話の言語化である。自己の想像した対者との対話も含んでいる」 *「人間では、言語は外言語であると同時に内言語でもあるので、外言語としてはコミュ二ケーションの役を果たし、 内言語としては思考と反省意識を確保する」 *「人間を理解し、その水準を見定めようとするものは、言語問題に取り組まなくてはならない」 *「言語は人間の発明したもののうちで最高のものである。人間は話すからこそ知恵があるのだ。人間の身体は原初から 何も変わっていない。変わったのは精神の働きだけだ。人間は言語のおかげで自己を完成し、知性を発展させてきた」 *「言語の無限の能力は単なる感情や状況を示す信号だけでは満足しなくなる。…… 言語は対象を離れ、独立する。 本質的にコミュニケーションの手段ではなくなり、思考の道具となるのだ。人間だけがこの〈内言語〉を持っている。 内言語はもはや言語ではない。発音されないからだ。音情報は脳に移動され、自己の意識化を助ける」 *「人間は言語化されていない思考を心に浮かべることはほとんど不可能である」 まだいくらでも引用したい文章はあるが、読んでいてもつらくなる。なぜなら言語段階から見ると日本人が人間として いかに未成熟かが歴然としてくるからだ。特にこの「反省」「内言語」の段階は幼児並みに思えてくる。 どうやらわれわれの大脳皮質は、前述した角田説の逆作用で、成長を停止しているとしか考えられない。 饒舌な内言語の会話が知性を磨く。連続的な自問自答である。われわれは内言語の失語症を起こしている。 だから「失理症」に陥る。主語のない「味言語」は、結局主観と客観の区別がつかない。 それが「無反省」、つまり精神の言語化、あるいはまた逆に言語の精神化を妨げる。 ≫ ▼ 子供が、(自分)という言葉を持った瞬間から人間になるというが、そこから、自分に対するyouが出現する。 いや、youが(自分=I)を創出する。それが、動物と人間の境目になる。人間の記憶が、その辺から始るのは、 自分という言葉を語るからで、その時から人間は飛躍的成長が始る。また日記が人間の成長に大きな役割を果たすのは、 それを一度、ノートに外に出すことで内語を外語とする作業の中で考えることになるからである。サルトルの対自、即自である。 偶然だが、去年の今日、同じようなことを書いていた。 面白いものである。 ・・・・・・・・ 3014, 魂とは何か 2009年07月06日(月) 「魂とは何か」ー池田晶子著 −2 何度か魂については、ここで何度か取り上げてきた。 先日、「戒名は自分で付けよう」という本を読んで自分と、家内と、二人の息子の戒名を作ってみた。 そのためか? 近くの図書館で池田晶子の「魂とは何か」という本を見つけ借りてきた。池田は二年前に亡くなっているが、 この本は10年前のリメーク版である。ここで頭脳明晰な池田晶子が、魂となると歯切れが悪い。それもあってか、 この一週間は、「魂」漬け。 魂というと、「霊」と「私」「精神」「心」が浮かぶ。「心」は、TPOSで変化するが、 「魂」は「それを見守っている、産まれ、死ぬまで変わらない自分そのもの」。池田は、ヘーゲルなどの論を借りて、 〈魂〉は「考える」より「感じる」ものだと、「思考感覚」という。魂の表現を、無理を承知で言葉にしている。 《その一部を抜粋してみる。》 ーひょっとしたら「〈私〉が魂」なのでなく、「〈私〉の魂」という言い方もなく、「魂の〈私〉」に近い。ー *この部分も鋭く、というより頭の底からひねり出している。 ー以前、誰だったか神秘主義者の本を読んでいて、ひとりの人間を構成するものは、「肉体と精神と魂」という 言い回しがあって、深く腑に落ちたのだったが、それは正確だろう。 肉体とは個別だが物体であり、 精神とは物体ではないが非人称であるなら、その人を他の人ではなくその人たらしめている当のものとは、 他でもない、〈魂〉ということになる。 なぜそれを〈私〉と、私は言わないのか。 〈私〉とは、おそらく、たんなる形式であろう。 あえて「たんなる」と言うのは、形而上的な形式と形而下的な内容とを、 思考によって峻別した時、そこに残る内容は、形式からみれば、なお不可解なままだからである。 内容のない形式とは、 論理としては可能であっても、思考が驚きによって始まったその振り出しへ戻れば、謎は依然として同じである。 すなわち、なぜ〈私〉は、この人間なのか。 なぜ〈私〉は、この人間なのか。 なぜそれを〈私〉と、私は言わないのか。 〈私〉とは、おそらく、たんなる形式であろう。あえて「たんなる」と言うのは、形而上的な形式と形而下的な内容とを、 思考によって峻別した時、そこに残る内容は、形式からみれば、なお不可解なままだからである。内容のない形式とは、 論理としては可能であっても、思考が驚きによって始まったその振り出しへ戻れば、謎は依然として同じである。 すなわち、なぜ〈私〉は、この人間なのか。なぜ〈私〉は、この人間なのか・・・ー ▼ 魂を明快に表現出来るなどありえない。それでも何度か読み返しているうちに、少しずつ、その中心に近づいていく。 我われは、大自然に触れたり、世界的な芸術作品をみた時に〈魂が振動した〉という。実際に私も何度も、いや何十回も経験している。 あの時の「魂の振動」という時の魂とは何だろうか? べネゼイラのテーブル・マウンテンのキャンプで見た夕景。 あの荘厳な景色で感じた魂の響き。 人間を遥かに越えた大自然の時間の蓄積と、美と、荘厳な一瞬に、自分が、その中に融けて 永遠と共鳴し、「私が、いや私の先祖が産まれる遥か前から存在している命と魂が共鳴している」瞬間の「魂」とは何だろう。 登山好きの人は、早朝などに独りで、それを直感しているのだろう。 宇宙の響きというのだろうか? ・・・・・・・・・ 2649, 閑話小題 2008年07月06日(日) *凄惨な事件のあとのマンションは? 昼飯に喫茶店に行って週間ポストを読んでいたら、以前から知りたいと思っていた記事に出くわした。 最近、週間ポストが面白い。 定年を迎えたシニア(団塊の世代)にも客層を広げたようだ。 セレブのバラバラ殺人や、江東区の凄惨なバラバラ殺人事件の部屋が、既に他の住人が入居をしているという。 まずは、セレブの殺人現場になった部屋は、女性が入っているという。家賃は20万円だったが、5万円ダウンの15万円。 江東区の方は2万引きの7万円で、これもまた入居済み。こういうイワクつきのマンションの販売価格は大よそ2割のダウンが相場。 こういう事件があると、わざわざ値下がりを期待して部屋探しに来るという。 何とも感じないらしい。家主の方からしたら、 事件のほとぼりが冷めるまで待つより、何割か下げて貸した方が得と判断するようだ。地方なら、嫌がられるかもしれないが、 都会は冷めているということだ。いや借りる方に変わった人がいるということだ。絶対数が多いということか。 *深刻なスタグフレーションへ突入? (字数制限のためカット 2012年7月6日) *ツタヤのネットレンタルに入会してみた (字数制限のためカット 2012年7月6日) ・・・・・・・・ 007年07月06日(金) 2285, バーナム効果 詐欺師や占い師や、健康食品のネズミ講などで、相手を信じこませる言葉のつかい方に、「バーナム効果」という手法がある。 ーネット百科辞書の「ウィキペディア」によるとー 「誰にでも該当するような曖昧で一般的な性格をあらわす記述を、自分だけに当てはまる正確なものだと捉えてしまう心理学の現象」 という。アメリカ合衆国の興行師・バーナム にちなんで(心理学者のポール・ミールによって1956年に)命名された。 アメリカの心理学者バートラム・フォアの名をとってフォアラー効果ともいう。 ▼ 被験者に何らかの心理テストを実施し、そのテスト結果を無視して以前に被験者とは無関係に用意した 「あなたはロマンチストな面を持っています」「あなたは快活に振舞っていても心の中で不安を抱えている事があります」といった 診断を被験者に与えた場合、被験者の多くが自分の診断は適切なものと感じてしまうが、これはバーナム効果によるものである。 (字数制限のためカット 2010年7月6日)
|
|
|
| 4860,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー28 |
|
|
2014年07月05日(土)
* 15年の準備期間の総括! ―チェーンストア理論とは 多くを学んだ割りに、大きく脱皮出来なかったのは、「根が怠け者」ということがある。 だから、20歳で創業を目指すと決心したことで、何とか人生を全機(人間としての機能フルに生かす) でないとしても、その数分の一は生きることが出来た。終戦直後に生まれ、地元長岡の焼け野原からの 時代は間違いなく右上りの時代。 アメリカ占領統治から独立の過程で、アメリカ的合理主義が求められていた。 その一つの現象が、アメリカのチェーンストア業態。未開の大陸、流通業の小売で、合理的業態として、 セルフ方式のチェーンストアが、アメリカ全土にあった。 JC・ペニー、シアーズ・ローバックが当時の 雄であった。 現在ではウォルマートなどが主だが・・ 学生時代に、日本の流通革命を目差すペガサス・クラブと、流通コンサルタント・渥美俊一の存在を知る。 当時の都市の駅前には、業種店の百貨店と中小小売店が賑わいを見せていた。そこに業態店のスーパーを 中心とした新たな流通バイパスの業態店を!というから、これ!と思うのは当然。 ちなみに業種店とは、 駅前に残存するが、メーカーなどの売り手サイドの括りで、問屋を仲介にした仕入を主にした店で、 「何を売るか」で、括られる。それに対し業態店とは、「どのように売るか」で括られた店。 セルフ方式で安く売るスーパーや、ディスカウント店である。 コンビニは、車で10分の商圏の中、 10分以内に消費する商品を、24時間営業を、売りにしている。それに対し、駅前・駅中の靴屋、 化粧品店は、あいも変わらず? その為、何時の間にか、スーパーや、ネットで、売上げは激減状態! 卒論に「流通革命」をテーマにしたこともあり、チェーンストアのシステムの話になると我を忘れるが、 これ、はまると、意外と面白い! その中で、一番の要は、チェーンストア統一伝票と、その伝票に バイヤーが書き込む仕様書発注である。それさえ、詳細に書けば、それが、そのまま契約書にもなる。 これが曖昧だと、売り手が曖昧な商品を納入可能になる。 ある規模になれば、生産地で、直接、メーカー と共同開発の特別発注が可能になる。 このところ、イオンが、イオンブランド品に比率を上げているのは、 競争激化による。 そこで、トレード・オフで、ホット商品の無駄をはぶいて数段の値段を下げで、 カジュアルにする。アメリカのディスカウントチェーンは、メーカーと組んで、商品開発から取組んだ 商品を売る、業態店をいう。 値下がり品だけを売る店は、チープ店である。 小売を科学するとは、流通戦争の中で、生延びる中で生まれてくる。だから、商売のヒントと原則が、 数限りなく積上げられてある。 その中で面白いのが、ロスの概念! 商売をすれば当然、ロスが発生する。 これを、元から予測して、「発生は仕方がないが、最小にする!」という考え方。 これ、人の生き方にも当てはめることが出来る。「思いのまま生きた分、心の傷も、喪失感が多くなるが、 それ以上に得ることがある!」と、言い換えることが出来る。 冒険を恐れて、周囲の価値観の範囲で、 人生を終える時に、やりたかったが、やれなかった機会ロスがあまりに多かったことに気づくが、既に遅し! そのゾンビが、巷に多い。 その辺の輩である! その敵は、逆の人生を生きてきた人! ・・・・・ 4493, 怒らないって本当は恐い! ー8 2013年07月05日(金) 人間を閉じ込める心の壁と構造について、何度も書いてきた。「〜をしてはいけません」という心の壁。 それについて何も考えずに、そのまま一生を終えてしまう。そして、心の奥で両親を憎むというのが、親子の関係にある。 それに反発し、両親の元から離れるのが親離れになるが、それが出来ないとミニミニワールドでつい果ててしまう。 そして、それを打ち消すために、その価値観を家族をはじめ、周辺に押し付けてしまう。それも無知の自覚無しときている。 小さいほど、満ち溢れたエネルギーは毒を強くする。それで、まずやられるのが自分自身。あの老人たちの暗い顔が証拠である。 ーその辺りからを抜粋してみるー * フロイトの心の構図と怒り ≪ 怒りという感情を持たないようにするのではなく、いかに上手くコントロールするかだが、精神分析医のフロイトは、 歴史上初めて、人間の心の構図を明らかにした。彼は私たちの心は、実は三層構造になっているという。 まず人間の根底にはエス、あるいはラテン語でイドといわれる無意識の心的エネルギーがあるという。 これに対し、悪さをすると叱られる父親の存在に象徴されるような、ある種の規範意識が対立します。これを超自我という。 これは両親の道徳観が子どもの心の中に内在化されたもの。従って超自我の多くは「〜してはいけません」という禁止の 形をとります。これは行為だけでなく、不道徳の思いに対しても作用する。そうして両者は対立することになる。 その両者を調停するのが自我です。両者の対立をうまくコントロールしたり、阻止したりする機能を働かせることで、 自我は発達していく。それは思考をつかさどる意識の領域にほかならない。つまり、心というものは、学校での三者面談の ような構造になっている。先生役の自我は、常に緊張状態に置かれていて、いつ爆発してもおかしくない。これを防ぐのが 防衛機制という機能です。人は自我を維持するのに危機を感じたとき、無意識のうちに、その危機を避けようとします。 たとえば不愉快の過去を忘れてしまうために、持ちたくない意識を外に締め出します。これは「抑圧」という防衛機制の一種です。 また、本当の欲求が満たされなかったから他のことを行ったのに、それを正当化するため丁度の良い理由を見出すことがある。 手の届かないブドウを、酸っぱいに違いないと決めてかかるキツネのように。 これを「合理化」という。さらに、自分の願望と 裏腹の態度や行動をとる「反動形成」も防衛機制の一つです。したがって怒りの感情をコントロールするというのは、 フロイトのいう自我が正常に機能して、防衛規制がきちんと働くことによってはじめて可能になる。それができないと キレまくることになる。怒りをコントロールするためにも、自我の形成が大事になってくる。 自我は思考を鍛えるということにつながっていきます。欲望と規範の間で格闘する自我とは、計算であり、配慮であり、 決断にほかならない。・・・思考を鍛えて怒りを飼い慣らすことができれば、日常世界がもっと豊かになるはずです。 ≫ ▼ サラリーマンが、いちいち怒っていたら、組織の中で生きていくことは困難になる。だから、まず、気持ちを 押しとどめるしかない。上記の「抑圧」も「合理化」も「反動形成」も、嫌が上にも身につけるしかない。 そして、それが性格形成の元になる。組織そのものが一つの人格として三者面談を形成してくる。それが組織人というもの。 それも給料の内と割り切るしかない。そこに埋没しないためには、ライフワークとしての趣味を持つしかない。 怒りは、その行き詰まった自分を考えるキッカケになる。「エス」「超自我」「自我」の心の構図の論は怒りを考える上で、 理解しやすい。「自我」にとって、怒りこそエスを正しい方向に導いてくれるということを。それも若いうちにである。 ・・・・・・ 4119, 閑話小題 ー平均寿命と医療費 2012年07月05日(木) * 平均寿命と医療費 あるレポートに「世界一高い医療費を払っているアメリカで78・3歳、最低の北朝鮮でも67歳の平均寿命」とあった。 アメリカとキューバの平均年齢は全く同じだが、キューバの医療費はアメリカの一割でしかない。北朝鮮では年間、たった一ドル。 社会主義という背景もあるが両国とも最貧国。 皮肉ではないが栄養失調ギリギリの粗食は健康に良いらしい。 ちなみにロシアが65歳、インドは64歳である。 日本の医療費は、先進国の平均値より低いが、女性が86・4歳、 男性が79・6歳,男女平均83歳と世界最長である。こと医療体制をみると、日本は色いろの問題があるにしては 最良のシステムになっている。現実的にみて、財政破綻状態だが決して住みにくい国ではないようだ。 * アメリカの学費ローンの実情 アメリカでは所得水準が下半分以下の家庭に生まれたら、返済義務のない奨学金を獲得して大学に入ることは不可能という。 入学金とか学費などの学費ローン(総額9兆円)は、全米の学生の三分の二が借りているほど一般的とか。 しかし、このローンの仕組みも多くの問題を残していて、卒業直後に計画的自己破産による棒引きケースが続出した時期があった。 その当時のクリントン大統領が、罰則として大学を中退しようが自己破産しようが、学費ローンだけは永遠に返済しなければならない 法制化をした。それは当人の許諾を得ずに給与天引きでローン返済をする厳しいもの。アメリカは学費ローンに限り厳格のようだ。 日本では本人の学費ローンは、あまり聞かない。大体が親がローンを組むケースが多い。それにしても日本の大学進学率が五割を 超えているのは問題である。まだ三割なら分かるが。もっともアメリカも5割を超えている。ドイツは三割強、先進国は4割前後と いうから、日本が取り立てて高い訳ではない。 私の年代では18%だったが。 ・・・・・・・ 3753,ワシも族か〜 ー� 2011年07月05日(火) 私もついに「ワシも族」になってしまった。 家内は、この数年来、JR東が2〜3ヶ月に一度の3〜4日間乗り放題のサービス期間、 毎日、日帰りで東京名所見物を楽しみにしている。 8時過ぎの新幹線に乗って、18時過ぎに長岡に着く列車で帰ってくる。それも、 何年も続けていると、予めネットで調べていた行き先をこなすのも手馴れたもの。 妹や義理の姉を度々、従えて行く。 ついに暇を持て余している私も「ワシも族」として、家内に従っていくことになった。 行き先は、国立新美術館で行われている 「ワシントンナショナルギャラリー展」である。 乃木坂の美術館としか知らなかったので、まさか近年新しく出来た(黒川紀章設計) 国立美術館とは露知らず、ついていって吃驚! それもワシントンのナショナルギャラリーの印象派とポスト印象派の、多くの作品を 目の当たりするとは・・。見学者の行列にそって作品を観るごとに驚いている次第。初めのうちは、何だ、この程度かと思っていたが、 次々と有名画家の写真集や、TVなどで観た有名な絵画が出てきたのに驚いた。絵画から出ているエネルギーの直感こそ魂。 ーこのHPの紹介文よりー 「 ワシントン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する12万点の作品の中でも、特に質の高さと絶大な人気を誇るのが、その数 およそ400点の印象派とポスト印象派の作品群です。本展では、その中から日本初公開作品約50点を含む、全83点を紹介します。 クールベやコローらバルビゾン派や写実主義を導入部とし、印象派の先駆者といわれるブーダンやマネを経て、モネ、ルノワール、 ピサロ、ドガ、カサットら印象派に至り、セザンヌ、ファン・ゴッホ、ゴーギャン、スーラなど、それぞれの表現によって 印象派を乗り越えていったポスト印象派に続きます。 17年ぶりに来日するエドゥアール・マネの《鉄道》、日本初公開の フィンセント・ファン・ゴッホの《自画像》、ポール・セザンヌの《赤いチョッキの少年》、そして同じくセザンヌが父を描いた 初期の名作《『レヴェヌマン』紙を読む父》など、いずれもワシントン・ナショナル・ギャラリーの「顔」、美術史において印象派、 ポスト印象派を語る上で欠かせない名作の数々。 まさに、「これを見ずに、印象派は語れない」 http://www.museum-cafe.com/report/5333.html http://totemokimagure.cocolog-nifty.com/zakkan/2011/06/post-d2d9.html 次回は「ワシも族」とは、どんな人種か? について・・ ・・・・・・・ 3388, 911・考えない・日本人 ー5 2010年07月05日(月) 「911・考えない・日本人 」林 秀彦 (著) * 日本史は最低のドラマか? = さすがに、古事記と日本書紀がつまらない物語とは書いてない。日本史である。辛辣だが、この視点も必要 = ー以下は、内向きになっている日本に対する忠告である。ー ≪ 日本史は最悪の作家の書いた最低のテレビドラマで、これではいくら視聴者のIQが低くても視聴率は取れない。 善悪という山場のない、ドラマのない国に、私はくたびれている。神と悪魔の戦いがない国ほど、グウタラな国はない。 そして・山場がないという意味は、意味がないということなのだ。善もなく、悪もなく暮らす。何事にも意味を求めずに生きる。 一体、何がその生活に残るか ? 考えてくれ、頼む! 善が悪に勝つこともなく、悪が善に勝つこともない。戦いはなく、葛藤は その一日に、一生に、歴史に、ない。そんな生活と歴史に残るものは何か?ほら、答えはあなたの今にあるじゃないか。 自分の今日の生活にあるじゃないか。 ・・・・ たとえば、歴史上、最も男性的な日本男性は誰か。日本武尊だとしよう。ヘラクレスと比較すればいい。日本史最大の賢者は誰か。 聖徳太子だとしよう。アリストテレスと比較すればいい。日本最大の武将は誰か。織田信長だとしよう。アレキサンダーと 比較すればいい。日本最大のバカタレ(バカタレント)は誰だ。ビートたけしだとしよう。マイケル・ムーアと比較すればいい。 一方はただの世渡り上手な傲慢なバカだが、一方は真摯なインテレクチュアルであり、かつ前者には皆無な勇気の美徳を持ってい。≫ ▼ 辛辣である。 島国で海が要塞になっていて、小さな世界で安穏できる自然環境が日本を考えないで済ませている。 しかしネットで世界が結ばれ、その中で生きるしかない現代では、それでは済まされない。アメリカ史を考えてみれば、 日本史より低いドラマだろうか? その質は、歴史の長さと地政学に関係してくる。高度成長期の真っ只中に日本のTV業界の 脚本家として名を成し活躍したぶん、現在の日本の現状とのギャップが鮮明に見えるのである。隷属国家の考えない日本の姿が、 あまりに酷く悲しいから書くのである。茹で蛙の日本人、ここで民主党に政権を与えたが、あの政策をみていると、彼のみたまま。 二大政党という劣悪な政争ドラマが、それを証明している。「その姿は、自分の今の姿にあるじゃないか」が考えさせられる! ・・・・・・・・ 3013,戒名は自分で付けよう ー3 2009年07月05日(日) 有名人は、どのような戒名を付けているか興味がわくが、この本には、それがあった。 それぞれの坊様が知恵を絞ってつくったのだろうが、なかなか味がある。 時代の影響にされるのは当然である。 まずは、それを見てみよう。 美空ひばり 慈唱院美空日和清大姉 石原裕次郎 陽光院天真寛裕大居士 三島由紀夫 彰武院文鏡公威居士 力道山 大光院力道日源居士 古賀政男 大響院釈生楽 嵐寛寿郎 寛寿院照誉威兄演達居士 ≪字数制限のためカット2012年7月5日≫ ・・・・・・・・・ 2648, 座敷童子と出会える宿 ー2 2008年07月05日(土) 座敷童子を売りにしている旅館が、他に「緑風壮」がある。 実際、どうなのだろうか? 一度、面白そうなので行ってみたいが。 ーまずは昨日の続きから *優しい妖怪* 夜9時頃、旅館に帰ると、ビデオで座敷童子についての研修がある。 その後、ワイドショーの録画で「私は確かに菅原別館で座敷童子を見た」という証言を見る。 そこで、座敷童子がいるという刷り込みがなされるのだ。 9時半頃に研修が終わり、その後、旅館の若旦那が各部屋を回り、座敷童子の居場所を教えてくれる。 筆者の部屋にやってきた若旦那は、「今日はテレビの裏あたりに居る。男の座敷童子だ」と言う。 私は疲れていたので、すぐに眠ってしまった。深夜1時頃、お手洗いに行くために起きて、部屋にもどってきた。 それから、少し経ったところで、私は確かに座敷童子を見た。女の子の姿をした座敷童子で、身長はーメートル弱である。 (字数制限のためカット2011年7月5日) ・・・・・・・・・ 2007年07月05日(木) 2284, 10歳の放浪記 ー2 *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ この番組の中で、教職員を前に上条さなえさんの講演の一部を放送していた。その内容がユニークである。 「あなた方仲間に年配の口うるさいオバサンがいるでしょう。 彼女らを嫌わないでください。彼女たちは誰からも 愛されなくなってしまったのです。誰からも愛されなくなると、人を愛せなくなるのです。先生の仕事は子供を愛することです。 人を愛することです。その為には人に愛されなければなりません。さらにそのために、まず自分を愛せなくてはなりません」 という言葉が何とも説得力があった。一年間のホームレスの後、養護学校に初めて行ったとき、アンパンを食べようとしていた 自分に、男の先生が「自分の弁当と交換してほしい、東京のアンパンが食べたい」と、家庭の味のする弁当を交換してくれた。 その時、「必ず良い人間になる」と自分に誓い、先生になりたいと決心をする。 教育に無条件の愛情以上に何の能力が必要なのだろうか。 ヤクザが気の毒に思い、10歳の子供にいう。 「俺のような人間になっては駄目だ。人間真っ直ぐに生きなくてはいけない」これも、自己否定からくる 良心からの説得力のある言葉である。「うらやましがられることもあるけど、やっぱり平凡な人生がよかった。 まず親が『幸せ』と感じなければ、子供も幸せになれない。それぞれの自分の人生に価値を見いだしてほしい」 「私の書く小説すべてがハッピーエンドに終わるのです。色いろな経験から、そうしなくてはならなくなったのです」の言葉が重い。 最近、14歳というのがキーワードになっている。中学二年生、誰もが覚えがあるだろう、あの揺れ動いていた時期の日々を。 誰も周囲から居なくなって、自分ひとりが取り残されてしまったような不安の日々。ひとつの節目だが、その前の十歳も 大きな節目となる。そこで決まってしまう時期でもある。初めて自分の自我に目覚め、人間としての最初の?壮烈な戦場がある。 そこには虐めと、虐められるギリギリ中で、人間としてのベースがつくられる。彼女のような経験は特殊だが、 しかし大きく揺れる時期でもある。一番問題なのは、親が全て取り仕切り、自主性を刈り取ることである。 10歳の子供が、ケネディーの「国家が何を自分にしてくれるかより、国家のために自分が何ができるかを問え」を 「親」に切り替えるとは、驚きである。 (* ̄∀ ̄)**SeeYou
|
|
|
| 4859,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー27 |
|
|
2014年07月04日(金)
* 15年の準備期間の総括! ー2 この準備期間の15年は、緻密に練られたようだが、実際は成行きの要素が多かった。 事業を立上げ、それを転売をする度にアップスケールする創業を求めた結果が、自然に準備そのものになった。 私の性格が外交的というより、内省的のため、その都度、非常な緊張感が付きまとっていた。医者に診てもらったら、 恐らく、自律神経失調症か、対人恐怖症と診断されただろう。人間は、気づかどうかだが、全ての精神症の要素を 持った総合体で、問題は、そのバランス。その中で、特に初対面の相手との対面が苦手だったが、いざとなれば腹は 据わるもの。その「いざ」の場面から、自ら逃げるから、精神症から精神病に陥ってしまう。 絶対的父親の元で育った八人姉兄の末っ子が、父親のような創業を、何を血迷ったか求めれば、精神的限界に 立たされて当然である。何とか、その都度、本屋の中の天使に導かれ手にとった本で、乗り切っていた。 その中で、様々な場面で、多くの判断が求められた。 ・大きな問題の一つが、連れ合いである。 右腕タイプか、全く商売の興味を示さない家庭的な人? 結果として選んだのが、後者タイプだったが、どうだろう? これだけは答えが出ない人類永遠の課題! 右腕タイプは、事業が拗れた場合に、相打ちという自滅の危険が生じてくる。 巷に多々みかける! ・次が、現場の要の人材である。これが、なかなか定まらず、直前まで手こずっていた。職安やリクルートを 介して何人かと面接をしたり、数ヶ月間、使ってみても、相性が合うのが見つからない。大問題だったが・・ ・出揃った事業資産は、駅前の土地(当時の時価1億円)と、長岡郊外の更地二ヶ所と、現金1億(千城台の売却)。 そこで《事業資産は、博打場に投入した掛札!二度と手元に戻らないと、割切ること!》と、何度も自分に念を押す! それまでの実家の急場の助っ人の立場が、今度は、全てが直に跳ね返ってくる白刃の真只中! 本番の創業が始まる。 出発点で、5百%の成功確率の準備を整えていた手ごたえは、あった。しかし最後は「後は 野となれ 山となれ!」 ・・・・・・ 4492, 怒らないって本当は恐い! ー7 2013年07月04日(木) * アポロン(光)とディオニュソス(陰) ≪ プロレスで人気レスラーが最初はヒール役に椅子で叩いたりひどいことをさせます。観客を怒らせるためです。 そして観客に、「どうしてもっとやり返さないんだ」というストレスを十分ため込ませた後、一気に反転攻勢に出るわけです。 そうすると観ているほうは、ついに発現した怒りのマグマにカタルシスを感じ、すっきりするわけです。 そもそも人間の感情として怒りが具わっているという点については、哲学者たちもいろんな形で論じています。 たとえばニーチェが『悲劇の誕生』という本の中で、アポロンとディオニュソスという対照的な世界観を描いたのは、 そのことをいいたかったからです。 アポロンは美と光の神、ディオニュソスは、狂乱と陶酔の酒神、激情の神です。 古代ギリシア人たちは、アポロン的、つまり表面的に見ると明るくて楽天的だと思われていたのですが、決してそんなことはない。 実は人生の暗黒の側面と激しく戦って、それを征服し、苦しみも哀しみ為すべて受け入れた人たち、いわばディオニュソス的な 側面があるわけです。その意味では、アポロン的なものはディオニュソス的なものの影であって、本質的なところで苦しさを 受け入れているからこそ、彼らは強く明るく生きていけたのです。 つまりニーチェによると、ディオニュソスに象徴される 怒りの感情は、むしろ人間の本質であるともいえるのです。・・・もともとニーチェの思想というのは、怒りや苦しみを、 あるがままに受け止めることによって、はじめて人は善き人生を送れるとするもの。これが彼の超人思想の根幹ですから、 その意味で怒りは避けるべきものではなく、素直に受け入れるべき感情にほかならないといる。 ≫ ▼ 誰にも光と、陰の側面を抱えて生きている。それが厚み、深みである。山高ければ谷深しである。 人生には美と光の日々と、狂乱と悲観の暗黒の日々がある。また、それが混合している。それも光の当て方で幾らでも 変わって見えてくるから面白いのである。 両親や、社会のバイアス(先入観)に縛られ、光の当て方さえ知らずに、 小さな岩場の穴に閉じ込められていることさえ、知らずに一生を終えるのが全て人の人生である。 他者に原因を求めるだけでなく、また自分に原因を求めるでなく、問題そのものに原因を見出すことが正しく怒ること。 怒りを生み出している原因は客観的なもの。それは粘り強くなければ得ることができないため自然と粘り強くなる。 今まで、感情についての考察の論を読んできたが、「怒り」を、これほど肯定している本は珍しい。 怒りっぽい私にとって救いになるが、考えてみれば気が短いだけ。確かに怒りに光と陰がうかび出る。 自分に怒り、相手に怒り、社会に怒り、国家に怒り、運命に怒り、人生に怒っていたら、せっかくの人生が台無しになるが、 正当に怒れば、道は開けるというのか? 問題は、ディオニュソスを、どう扱うかということ。本当に恐しい相手だが! ・・・・・・ 4118, 財政恐慌 ー5 2012年07月04日(水) 「 財政恐慌 ーついに金融と財政の死に至る無限ループに突入した 」浜矩子 (著) 財政恐慌の原因について、明快にプラザ合意によるバブルと崩壊と指摘している。悪いことに、国家リストラを建前でいいながら、 政治家も国民も、目先の安易を選択し続けてきた。そして、この財政の惨状に至っても、「成長なくして生存なし」と曰っている。 その合意もアメリカの強要で、後で考えてみれば陰謀としか思えないもの。 しかし、そのアメリカも金融バブルの崩壊である。 * あの時が、つまずきの始まり ≪『 日本が間違えたのは、1985年のプラザ合意時だと思う。あの時、日本は新世界への大飛躍の入り口に立っていた。 ドルの過大評価が修正されることの裏返しとして、円の価値が上がる。それに伴って、日本経済の体質と構造が変わる 』ハズだった。 日本の取った政策はあくまで「円高不況回避」「輸出立国の看板は下ろさない」であった。悪魔に魂を売ったファウストのような 日本経済のファウスト症候群の原点だった。その結果が、言わずと知れたバブル経済の出現だ。その時に先送りにされた課題が現在の 我々に重くのしかかっている。≫ ▼ あの時から27年間、バブルと崩壊を経た後、ただひたすら財政投入を繰り返し、一千兆という膨大な借金を積み上げてしまった。 考えてみたら私の新潟駅前事業シリーズ、あの時からホテル拡大が本格的に始まった。投資の資金計画さえ立てれば銀行が応じてきた。 そして目先は計画通りに順調に売上が上がったが、目標数字は三年もしないうちに計画より下回っていた。要は、プラザ合意の 背景があって資金需要先が必要だったのである。新幹線開通の勢いと、価格破壊の戦略もあったが、プラザ合意のアダ花でしかなかった。 時代の流れに乗り、その後、激流に流されただけ。それを乗り越えるのが経営。この大津波の飲み込まれたのは、それまででしかない。 何とか近くの山に逃げることが出来たが、山上から見えるのは内海の向こうの大津波。しかし、防波堤の内側の人たちは、のんびり 内海を眺めているため、叫び声が聞こえていない。逃げた人たちが山の上で手を振っているのを見て笑うだけ。江戸の長き眠りを アメリカの強引な開国要求で醒まされ、無血革命で近代国家造りを余儀なくされ、その膨張の結果、日米大戦に引きずりこまれ敗戦。 その後はアメリカの属国として世界第二位の経済大国になった。しかし、プラザ合意を強引にアメリカにのまされて、バブルと崩壊の中、 ドルとアメリカ国債という紙切れで溜め込んだ資産を収奪されている。それもこれも娑婆娑婆! 所詮はイエロー・モ(ヤ)ンキーか。 ・・・・・・ 3752, 創業と 野良の話 2011年07月04日(月) ゼネコンは慢性供給過剰状態が30年以上続いている。 某ゼネコンの担当で、4棟を一緒に手がけたMさんから聞いた話だが、 その本社の営業会議で上司が営業の不甲斐なさを責め立てるに、「野良猫でさえ自分の餌は探してくる。それさえ出来ないのは、 野良猫以下だ!と、罵倒されてきた」と、愚痴を聞かされたことがあった。その時、「この人は何も分かってない、野良猫は都会の中、 野生の本能を使って食扶持を探している。生き馬の目を抜くゼネコンの営業は、とことん飢えた野獣の感覚を研ぎ澄まさないと、 その中で勝ち抜けない」という比喩を言ったのである。 大手ゼネコンの中で、中堅ゼネコンの営業が、修羅場の闘いの中で、 獲物を獲得するに野良猫の感覚を持たなければならない。この厳しい環境の中で、営業は大変である。ここで同じ話をしても、 その言葉を解釈出来る人と、侮辱されたという受け止め方しか出来ない人が分かれる。 私の知人が大手の??を早期退職をして、「独立をしたいので助言をして欲しい」と頼まれたことがあった。その時に、長年、 大組織を背景にした人が果たして一匹狼になれるものか、本人も、相談された私も疑問であった。 振り返ってみて、よくぞ、 こんな失礼なことを言ってしまったと冷や汗ものだが、「高級住宅に住む宅上犬が、飼い主の家から出て野良犬になるようなもの、 外に出れば、餌を自分で探さなければならない。外でゴミ箱もあさらなけれならない事態もある。その覚悟があれば、上手くいく」と。 それでも本人は嫌な顔をしないで?聞いていた。 そのまま、その道に突き進み、経験を生かして第二の職業で自己を確立している。 そういえば、以前にも同じような相談を受けた人が、もう一人いた! その人も二転三転の後、第二の人生をハッピー・リタイアーをした。 ギリギリの野生に立ち返り、見栄も外見もかきすて、ただ成功させるに、どうしたら良いか、考え、準備し、身体が宙に浮いた状態で、 計画をこなしていくかどうかで何とか自立出来る人が1〜2割、いや、もっと確率は低い。それほど自立は難しい。 だから、野良犬、野良猫という例え話で、創業のシビア(動物的野生)の必要性を、経験から説くが、その覚悟を反応でみる。 本人は、「頭を垂れて自分の方から聞きにくる第一歩からして、計画のチェックをしにきているに過ぎない。」 で、初めは上手くいっても、私のように震災三つで、はい、さようなら!である。 何かをやろうとしたら、準備、準備、準備。 準備さえしてあれば、野良猫でも野良犬でも、なれる。 野良犬、野良猫を宅上で軽蔑し、頭で考えていただけで準備なしに、 やれば結果は火を見るより明らか。 否定の視点でしか対象を見ることが出来ないから、その中心点と、その奥にある、血と汗を 感じ取ることが出来ない。場数を踏むか、多くの事例を見て消化してきたかが、大きく左右する。 それとて死んでしまえば皆、同じ。 ・・・・・・・・ 3387, 金融のミニ講演 2010年07月04日(日) 一昨夜、新潟の駅近くのイタメシ屋で金融のミニ講演会に出席した。 日系カナダ人の保険業の社長で、香港とシンガポールに支店を持っている人の生の金融情勢も面白そう、と。。 ーその要旨といえばー ・日本国家の金融もギリギリのところに来ているので、海外に口座を作って何割かの金融資産を出した方がよい。 その手伝いが自分の仕事の一つという。世界中の10位の通貨にして置いておくのでリスクヘッジが簡単にできる、とか。 (字数制限のためカット 2011年7月4日) ・・・・・・・・・ 3012,死ぬまでに知っておきたい5つの秘密 2009年07月04日(土) アメリカのケーブルテレビ局の番組で(死ぬまでに知っておくべき五つのこと)の制作を著者が依頼されたことに端を発して、 周囲の人たちから「幸福な賢人」と見なされている1万5千人の高齢者を探し、その中から235人の60歳以上の高齢者に 「幸福な人生を生きるための秘訣」についてインタビュー。 彼らの言葉から浮かびあがってきた その「幸福に生きる秘訣」を、「5つの秘密」としてまとめると 1 自分の心に忠実であること 2 思い残すことのないように生きる 3 愛になれ 4 いまを生きよ 5 得るよりも与えよ 今さらの内容だが、それでも1万5千人の統計の結果と言われると、いやに納得するが目新しいものはない。 〈 自分の好きなことをライフワークにして生きてきた者にとって、何を今さら 〉である。 そうじゃないのが大部分だから、こういう番組が出来、こういう綺麗ごとになるのだろう。 といって、否定するものではない。 ーそれよりも、その中で紹介している賢人たちの発言が印象に残る。ー 「自己実現と好奇心と探求に情熱的に取り組むことだ」 ウィリアム 64歳 「人の顔色をうかがうな」 ドン 78歳 「あわてて幕を引くな。アンコールか第四幕がつきものだから」 ジョシ 79歳 「自分の心に従い、こうありたいと願う人間になりなさい」 ボブ 59歳 「お金を目標にしてはだめ。節約し、楽しめる仕事を選びなさい」 メイ 72歳 「つねに、することを五つ以上、見つけなさい」 ルーシー 101歳 「自分や人を深く尊敬しなさい。人を傷つけてはならない」 ジュリアン 76歳 ー何事にも興味を持ち続け、周囲には積極的に働きかけ、明るく生きなさい、とうことだ。 周りをみると、歳を重ねるに従い胡散臭くなっていくのが大部分。 人のことを言えるか、と言われそうだが。 特に、中途半端に生きてきた自主性の無い人ほど群れたがるから「薄汚れたジメジメした悪臭」が漂っている。 その逆の「不幸に生きる、5つの秘密」という人間になっていく。 1、仲間を大事に、助け合い、自分を高め、奉仕に努める 2、世界は色いろなことに満ちている、独りでは出来ないので、そういう仲間を求めて寄り添い、 悩みを分かちあうことこそ、老後にまず必要である。 3、愛されるために、自分は生きる。 愛される人間になりましょう。 4、過去の人生を振り返り、その思い出を大事にする。 5、死んでしまえば、それまでよ。 生きているうち、元気なうち。貪欲に人生を求めましょう。 やはり老人は孤独が似合っている。孤独に耐える老人であるべきである。持って産まれた性格もあるが。 ・・・・・・・・ 2647, 座敷童子と出会える宿 ?1 2008年07月04日(金) 借りてきた「新潮45」の5月号を読んでいると、外務省休職中の佐藤優の手記が載っていた。 それが《私の出会った「日本の妖怪」》という、彼らしくない内容であった。 そこには「座敷童子」と出会った体験記が 書いてあった。彼には圧倒的多数の人にとって予想外のことを勘で当てることがしばしばあるので、それが霊視能力と 勘違いされることがある。 その彼と座敷童子との出会いの体験記が面白くない訳がない。東北には、座敷童子が出るのを 売りにしている旅館が何軒かあるという。宿泊業をしているものにとって、妖怪を売りにしている逞しさに驚くばかりである。 それも、二年先まで予約で満席というから、驚きである。何かファンタジーがあって、面白いキャラで何とも微笑ましいのがよい。 妖怪に会うと幸福になるというのが、またミソである。たまたま、新幹線の座席の前に置いてある小雑誌の特集が [東北の妖怪・特集」であった。 ー まずは、そのサワリを抜粋してみる ー *「座敷童子が出た!」 大学生、社会人になって、妖怪のことは、ほとんど忘れていた。私が妖怪を再びリアルに感じるようになったのは、 2年前に岩手県盛岡市で座敷童子に会ってからのことだ。先程、内地の妖怪は「人間に災厄をもたらす奴らがほとんどだ」 と言ったが、もちろん、例外もある。座敷童子は例外的に幸福を呼ぶ妖怪なのだ。座敷童子東北地方で、家の中に出現ナる、 子供の姿をした妖怪。これが居ている間はその家は栄えるが、いなくなると没落するといわれている。 子供には姿が見えても、大人には姿が見えない。岩手では、いくつかの小学校に「座敷童子」が現われた。 生徒と遊びたわむれたり、夜九時ごろ、無人の教室で机やいすの間をくぐっては楽しそうに遊んだりした。 やはり、その姿は子供だけにしか見えなかったという。〉(水木しげる『図説日本妖怪大全一講談社+α文庫) (字数制限のためカット 2011年7月4日) ・・・・ 2007年07月04日(水) 2283, 10歳の放浪記 才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*) この日曜日の朝、偶然にBS・NHKハイビジョンで「私が子供だったころ」を観て、思わず涙が溢れてしまった。 昭和25年、東京生まれの児童文学作家・上條さなえさんの実話。 10歳の時、父親が事業に失敗し家族離散、父親と池袋でホームレスの生活を1年過ごし、 その後児童福祉施設を経て、後に小学校教員になった経歴を持つ。 その過酷な子供の頃の生活を「10歳の放浪記」と題して本にした。あまりにも悲しい過去のため出版は躊躇していたが、 出版社から「いじめ問題や親子問題が多い現実にひとつの警鐘を」とくどかれ思い悩んだ末、出版したという。 この本を忠実にドラマ化したのが、TVの内容であった。 ーその大筋を書いてみるー 不動産業をしていた父が事業に失敗して一家は離散。父と東京・池袋の簡易宿泊街で暮らした。 酒浸りの父に代わってパチンコでかせいで夕食にありつく毎日。高度経済成長期の昭和35年の頃の、学校に行けなかった 1年間の生活を淡々と描写してある。父とふたり、池袋のドヤ街でその日暮らしをしていた彼女を支えてくれたのは、 街で出会ったパチンコ屋の兄さん、やくざのお兄さん…など普通の人々である。 弱者に対して優しかった時代であった。 そこは池袋駅西口を背にして左に数分歩くと、東京芸術劇場がみえてくる。目的地はその斜め向かいにあるホテルメトロポリタンだ。 かつてそこには1泊100円の簡易宿泊所があった。昭和35年、小学5年生上條は、当時43歳だったその日暮らしの父親と2人、 やむなくのホームレス生活だった。10歳という年で、道にお金が落ちていないか、道をさまよい、パチンコ屋の前で玉を拾い、 パチンコをする。1個、2個、3個と球が無くなり、4個目にチュウリップに入り玉が出る。5個目の球が、途中でひっかかると、 隣のおばさんが「このスイッチを押すと店員さんが来てくれるよ」と、教えられ、ブザーを押す。そこの店員が機械が壊れたと思い 「どうしたの」聞いた。さなえは自分がどうしたのかと聞かれたと思い「お父さんが病気なの」とかぼそい声で答えた。 それを聞いた店員は気の毒に思い、多くの球が出してやる。さらに金に換える方法を教えてくれた。 教えられて行った景品屋のヤクザが同情して、高い値段で買い取ってやる。それから毎日、パチンコに通い、生活を支えた。 しかし、ついに父が言う、「なぁ、なこちゃん、父ちゃんお前を育てるのに疲れちゃったよ」「なこちゃん、死のうか」しかし、 「子どもって、かなしいよね。大人に決められたら逆らえないし、どんないやなことだって、がまんしなきゃならないもんね」 「でも、なこちゃんは幸せだよ。お父さんも、お母さんも、お姉ちゃんも、いるから」。 いつも友のこの言葉を反芻し、 壊れていく父を励まし、生き抜く。こうした放浪の状態では、学校に通えなかったが、簡易宿泊所でドリルを使って勉強したり、 ヤクザから算数を習ったり、映画館に通い洋画の字幕などを見て勉強をする。お金がないのに映画館に通えたのは、 「中に父親がいるの。探してもいい?」と受付の人に言って、映画館に「フリーパス」で入っていく智慧を使う。 (字数制限のためカット 2011年7月4日)
|
|
|
| 4858,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー26 |
|
|
2014年07月03日(木)
* 15年の準備期間の総括! このテーマを書き始めて改めて思うことは、30年間の新潟駅前のホテル事業そのものより、 その準備期間の15年間の方が遥かにインパクトが強く、どの場面も、私の実力の極限?を 超えていた。無心で取組んだ問題の中心点に立向かい、堪えていると、その能力が何時の間に 蓄えられいく。 その立ふさがった壁、岩盤にこそ、問題解決の糸口が隠されていた。 そのためには、まず立ち向かうしかない。 節目ごとに、それまでの全てをかなぐり捨て、 それまでの実績を一度‘空’にして、立向かう中で、新たな色(現象)が立ち現れてくる。 何も無いと、逆に、自由に何でも取組め、かつ考えることが出来ることになる。 コップの水を一度、空にすればこそ、新しい水を入れる事が可能になる。3年前の結果が、 ベストと実感出来たのは、多くを失えばこそ、新たな出発が可能になったからだ。 これを書いていても、それぞれの節目では後悔しても、今からみれば、それはそれで!と、 その時の己を容認するしかない。 15年間の自己配転の繰返しの中で、基礎知識と基礎経験を 積上げた。一に準備、二に準備、三に準備である。この結果で最後は終わったが、これが私の限界、 「御覧のとおり、そのまま結構!」である。 これが限界と本当にいえる程でもないことは、 わかってはいる。しかし、私にとっての限界は、どれもこれも超えていた。 ・20〜34歳までが完全独立の準備期間。 ・新潟駅前シリーズ前半15年が50歳で、第二の節目。 ・最後が65歳、事業人生の最後の節目になる。 いずれの場面でも、何はともあれ、目先の創業の成果を上げるしかない! 創業は、いや事業は大相撲でいえば、14勝1敗では駄目で、最低でも8勝7休でなければならない。 まずは、真剣勝負の場に、自分を置いて、あとは出たとこ、しかない。 どの場面でも、順調に枝と 幹をのばし、張っている時より、節目の時節の方にチャンスが隠されていた。 白紙に戻して、考えるからだ。極限にたつと、それまで得た知識、経験の蓄積が表立ってくるため、 それらが消化されるため、「人生に、無駄は無し」になっている。 語り直しだからいえるが、挫折をした下向きの時ほど、上向きへのヒントを拾うことが可能ということ。 それと、両親の愛情を直に受けていたことが、非常に大きい。これは準備以前のことになる。 この辺が、心の芯になる。 それと高度成長の時代も含めて、全てに恵まれていた。 これが下地にあって、この結果にも何ら後悔はない。 手作りヨットの遊びは、運航も良いが、 準備期間が一番、面白い!今だからこそ言えることだが・・ なかなか、書き直しもエネルギーがいる! ・・・・・・ 4491, 怒らないって本当は恐い! ー6 2013年07月03日(水) 『怒りの作法』小川仁志 著 * 怒りの蓄積がストレスになるが、解消の中にお宝がある 怒りには、ストレスがたまるデメリットがある。しかし、それを正しく利用すればメリットになる。 2年前の節目時に、まず考えたのはウツ病対策である。身体を動かすこと。暇を持て余さないこと。 周辺の「C」さん?の毒素に触れないことである。それでも、3月に一度は仕方がないと割り切ってはいたが、 彼らの毒はCなるが故に強い。 で、何より身体を動かすことが、まずは基本。そして、滅多に味わえない経験を、 先人の言葉の中から探し出すこと。そして、最もストレス解消になったのは、この経験と思いを言葉として表現することだ。 「C」さん? の卑しさを言葉として表現し得た時の快感は、既にそれでストレス解消になる。 ただ、その人に、 その自覚さえないから、罪もない。 ここで紹介している子どもの養育概念に「セキュア・ベース」という言葉がある。 「心の安全地帯」と訳される。子どもが安心して外の世界に出ていけるのは、親の存在があるからである。 誰しも自分の心の平静を保つことのできる場所や状態を求めている。とりわけこの理不尽な社会においては、なおのこと。 怒るという行為は、押しつぶされそうな心を、正常な状態に戻す機能を果たします。 怒ることが出来るから、 人は安心して理不尽な世の中を歩いていけるのである。映画の物語からして、そうだ。普通、怒りが人を不愉快にするが、 でも主役が冷静に、暴力に対し暴力を持って対峙して問題を乗り越えたときの快感を味わいに映画館に行くのである。 その怒りは、見るものを心地よくさせる力を持つのである。だから、この2年間はウツ病予防と割り切ってハリウッド映画を 毎週のように通った。主人公と同化して、ネガティブの怒りにポジティブに怒りことで、ストレスを発散し、セキュア・ベース をつくっていたことになる。平静を装っているが、実は、受けているストレスは同じ。しかし、それなりの防具を着ているだけ。 しかし、一番身近な家内は、ここぞとばかりに、全身で傷口を直接、蹴り上げてくる。 そう人生は、甘くない。
・・・・・・ 4117, 財政恐慌 ー4 2012年07月03日(火) ー ユーロ危機に対する質問群 ー 「財政恐慌 ーついに金融と財政の死に至る無限ループに突入した」浜矩子 (著) ● 1、我々は今どこにいるのか 2、いかにしてここにきたのか 3、なぜ、ここにきたのか 4、我々はどこに行きたいのか ≪ 1、今どこにいるのか? =今、我々は閉塞感のさなかにいる。 2、いかにしてここにきたのか =高度成長期が終わり、ニクソン.ショックがあり、プラザ合意があり、バブル経済を経て、 失われた一年に見舞われ、小泉劇場に踊らされ、リーマン・ショックの衝撃を味わい、格差の深化におののき、 衰退国家化することを恐れつつ、ここにきた。 3、なぜ、ここにきたのか? =ここに至る変転の節目節目で、タイミングを逸し、 流れに身を任せ過ぎ、時流に飛びつき過ぎ、変身を恐れたから、ここにきた。 4、どこに行きたいか?=我々は、ほっと安心できるところに行きたがっている。デフレや失業や 年金問題や、通貨戦争や国々の財政破綻などを心配しなくていい。そのような安らぎの天地を求めている。 ● 行きたいところに、我々はいかにして行きたいのか どれくらい遠くまで行かないと、行きたいところに行けないのか ≪今、必要なのは、成長戦略ではなくて成熟戦略だ。大きく積み上がった富をいかに上手に分かち合うか。そのための 新しいメカニズムを考案していくことが必要だ。そのために、これまでの集権的管理のメカニズムを改変する必要がある。 中央から全方位にばら撒く時代は終わった。地域社会の自己決定力と自己展開力をどう強めるかである。≫ ● 行きたいところに行けた時、そこが行きたかったところであることを、我々はどうすればわかるのか ≪自分にとって最適の場所に着いているのに、それに気づかない、これは怖いことである。成長よ再び。円高よ去れ。 そう願うあまり、対応によっては、着いたはずなのに、その場所を忌避していのではないか。 昨日の答えで、 明日の質問に答えようとする。≫ ● 我々は地図を持っているのか =持っているのは古い地図ではないか?むかし居たところに戻る地図ではないか。 ● 我々はなぜ元いたところから立ち去ったのか =元いた場所が不相応になったため、成長期から成熟期になったため。 ● 我々はここで立ち止まりたいのか =この場所の良さを引き出していくしかない。 ● それとも、我々は元に戻って最初からやり直したいのか =それは無理。それなら、ここを新しい出発点にすればよい。】 ▼ 以上だが、アメリカの支配下で、一時的にしろ世界第二位の経済大国になれた。しかし、既に、その時は終わってしまった。 そのことを、まずは悟らなければならない。数年以内に、貧乏国に陥ってしまう。日本こそが財政恐慌の最たる国である。 ・・・・・・ 3751, 閑話小題 2011年07月03日(日) ▼ 西鶴人情橋 図書館で古本の無料配布で貰った10冊の一冊、「西鶴人情橋」を、何気なく手にとって読んだところ、これが面白い。 300頁を毎日1時間半平均で四日で読み上げた。作家は吉村正一郎。初めて聞く名だが、物語に引き寄せられ、 ドップリと吉村の世界に引きずりこまれた。 西鶴と主役の侍を通した江戸時代の大阪の物語だが、正統派の侍に対比させ、 アクの強い西鶴の人間性を浮かび上がらせている。脇役の西鶴が実は主役のところがミソ。 ーアマゾンで概要をみると・・ 【俳諧師から草本作家への転身をはかる井原西鶴。亡父ゆずりの豪剣をふるう磯部信十郎。二人の奇妙な友情を軸に 織り成される人間模様の数々。米相場を左右する大坂商人たちの葛藤と幕閣中枢の暗闘には、謎の美剣士がからむ。 ―剣あり、恋あり、友情ありの、浪花元禄時代絵巻。第3回時代小説大賞受賞作。】とあった。 なるほど小説大賞なら面白いはず。 こういう何気なく読み始めた本を一気に読むことは以前なら、無理である。 最近になって気づいたことだが、会社経営は膨大のエネルギーが取られていたようだ。 しかし一度、肩から外れると、 こんなに楽かと驚いている。 余世に入ったということか! 10年続けてきた、この随日、もうそろそろ他に切り替えたら? ▼ 扇風機が売り場からホボ消えていた 物持ちの良い我が家の20数年年近く使った二台の扇風機と二台の冷房も寿命がきたようだ。 (字数の関係でカット 12年7月3日) ・・・・・・ 3386, 911・考えない・日本人 ー4 2010年07月03日(土) 「911・考えない・日本人 」林 秀彦 (著) * たまたまその日は・・・を取りさってみると ーP/80 出来事の真相を見極めるのに最も有効な手段は、その起きたことに対する情報の中に、どれほどの偶然が含まれているかを 見極めることだ。偶然が多ければ多いほど、その情報は捏造性が高い。偶然を取り去れば、残るのは必然要素なのだ。 必然には矛盾がなく、偶然には矛盾がある。 911 に関するアメリカ政府の発表した情報には、偶然がギュー詰めになっている。 たまたまその日は……、といった矛盾だ。 どんな小さな偶然でも、それを丹念に取り除いていくと、必然要素が残る。 たまたまその日、二十四時間迎撃体制を取っている戦闘機の発進がニューヨークのすぐ近くにある米軍基地から遅れた。 たまたまその日ブッシュはフロリダの小学校にいた。 たまたまラムズフェルドを含め、ペンタゴンの幹部たちは、直撃されたビルの正反対側にいた。 たまたまその日は貿易センタービルのオフィスには、政府関係者は出勤していなかった。 しかもたまたまそのビルの中には、CIAやFBIはじめとする政府の秘密情報機関が多く入居していて、 たまたまそこに保管されていた重要な秘密書類は灰儘に帰しった。たまたまその存在が完全に抹殺された。、、、、 たまたまアルカイダの幹部は、その日ワシントンにいたし、同じようにたまたまテキサスの別荘 (ブッシュ家のたまたまご近所)にいたビン・ラディンの一家は、他のすべての民間航空機がアメリカ上空の 飛行を禁じられているにもかかわらず、たまたま何機の飛行機を乗り継ぎ、事件直後に国外に脱出した。 構造学的にも物理学的にも、あの種の外的傷害ではパンケーキ現象でビルが崩壊するすることはありえないのに、 たまたまああの二棟(及びもう一棟)とも、同様の崩壊現象を起こした。これらはブロッカーズやポール・トンプソンの 著書には、これらの「たまたま」が羅列されている。 ・・・問題は、たまたま彼等を訴えている人々が、無力ということ。 ▼ これらの偶然が、あまりに多い今回の事件。 どうみても変だが、マスコミは、それを取上げようとしない。 そういえば真珠湾の攻撃の時も、明らかに情報が漏れていたのに、アメリカは見て見ぬふりをしていた。 あの攻撃で、一番メリットがあったのは、アメリカの公共事業の軍需産業であり、その情報でメリットを上げた 投資銀行である。株も為替も、その情報を知った上での買いが入っていたのは、周知の事実である。 ・・・・・・・・・ 3011,アンカリング効果 2009年07月03日(金) 「世界は感情で動く」 ー6 読書日記 ー 行動経済学からみる脳のトラップー *アンカリング効果 船が錨(アンカー)を降ろすと船と錨を結ぶ鎖の範囲し動ごけなくなることからくる比喩で、最初に印象にの残った数字や 言葉に影響されることを言う。店頭で、1万円に赤線を引いて7千円を見ると、お買い得と思ってしまうことをいう。 「本日限り」「女性半額」「先着10人限り」等の、色いろなアンカーが待っている。 我われは、知らないうちに自分でアンカーを降ろしている。 いま一度、それを点検してみる必要がある。 アンカリング効果は、偏りや歪みを意味し、転じて偏見や先入観という意味の一種である。 ・物事の交渉、売買の判断をする際に、初期判断条件として始めに印象に残った数字(値段)や物(品質・量)が、 その後の判断全体にまで影響を及ぼす心理の傾向を指す。 ・アンカーとは、不確実な事象を予測する時に特定の特徴や情報の断片をあまりに重視することを指し、 最終的な決断、結論までアンカーを過度に注目、意識してしまい決定される事象のことをいう ーアンカリング効果として、面白い事例があげられる。 「紙を半分に折り、また半分に折り、この動作を100回くりかえす。そうしたら紙の厚さはどれほどになりますか?」 大多数の人は1メートルくらいと答え、一番大きな数字をあげる人でも、厚さ数十メートルである。 しかし正解は、地球から太陽までの距離(約1億5千万キロメートル)の800兆倍なのだ。そんなに!と驚くかもしれないけど、 計算したらその通りなのだ。「紙は薄っぺらいもの」という固定概念という脳のトラップに見事に嵌っているのである。 初めてついた仕事しか出来ないと思い込んでしまう人が多い。これもアンカリングになるのだろうが、 人は、その仕事に錨を下ろして鎖の範囲を決めて、他のことは絶対に出来ないと決めてしまう。私の見る限り9割?の人が、 そうである。 考えてみれば、自分で勝手に思い込んでいるだけのこと。転職や転業は、例えると、ある箇所に穴を掘っていて 、一度そこから出て他に似た穴を掘るのと同じである。それは経験を重ねると解ること。一見違うようだが扱う対象が違うだけ。 それが理解できないのである。 そして多くの人は、その穴から一生出ることが出来ない。 人生は誰も同じだが。 カミサンもアンカリングか。 これは梃子でも動かない。 ったく! ・・・・・・・・・・ 2647, アメリカ狂乱 ー2 2008年07月03日(木) この本の次期大統領の行方以外のテーマ、アメリカの「偽札事件」の背景を解りやすく説明している。 成るほど、この問題は簡単に片付くわけがない。 ーその要点をまとめてみたー 実際のところ、アメリカ経済はそれほどおかしくはなっていない。すでに述べたようにこれまでの不況にくらべると、 いまのアメリカには資金があふれている。アメリカの経済専門家はこう言っている。「アメリカには資金がいまや 有り余るほどある。企業もふんだんにお金を持っている。うまくいっていないのは金融システムだ」 この説明は きわめて意味深長である。これまでアメリカは常に資金が不足してきた。アメリカの人々はお金が入ればすべて使ってしまう。 消費がアメリカ経済の六十パーセントを占めているのだ。だがアメリカ自体が強くて豊かな国であるため、世界の人々が アメリカに資金を持ち込み、アメリカは資金がないにもかかわらず景気を拡大してきた。 歴史的にみてもこの事実は明らか。 *1970年代に金本位制度をやめ、円を切り上げさせることによってドル安を実施した。 実質的なドルのインフレーションによってアメリカ経済は不況を脱し、経済が拡大をした。 *1980年代はレーガンがアメリカの国有地をせっせと売ってサウジアラビアなど中東のオイルマネーをアメリカに取り込み、 アメリカ経済を拡大した。 *1990年代には、世界に先んじてクリントンがIT革命をおし進め、世界中の資金を集めてアメリカ経済を豊かにした。 *2000年代、ブッシュは強いドルと土地、住宅バブル政策によってグローバル化した世界の金融界から資金を集め、 アメリカ経済の好況を維持した。 この強いドルと住宅バブルを続けるためにアメリカ政府が必要としたのが、 サブプライム債券である。サブプライム債券という言葉が経済用語として確立しているかどうか分からないし、 この問題について経済専門家が明確に説明をしているわけでもない。 (字数の関係でカット 12年7月3日) ・・・・・・・・・ 2007年07月03日(火) 2282, ハンモックを設置! (p≧w≦q)オッ☆ ハァァァァァァ♪ 新幹線の座席前においてある通販のパンフレットに結構面白いものがある。(ただし値段は、ネット上の価格の2?3倍する!) その中にフレーム付きのハンモックがあったが、2万円近くする。 そこでネットで調べたら、多くの種類が売られていた。 (字数の関係でカット 11年7月3日)
|
|
|
|
2014年07月02日(水)
* ぼんやりと、考えてみると! 時間とは何だろう? このところ、鳥瞰的に30数年前の時間を超えた過去の語り直しをシリーズで 書いているが、「遠き日は年とるごとに近くなり」の感が、ますます強くなっている。 新しい気づき、 切り口から見える当時が、新鮮に思えてくる。死んでしまえば、全てが永遠の彼方に消えてしまう のか?それとも、永遠に経験は刻印され残るのか? 私と行蔵の記憶の刻印から成立しているのか? その刻印も、後で書き換えることが可能なのか。 世間の流説は、ほぼ嘘だが、それを疑わずに信じるものには、それは真実の記憶になるのか? バカがバカと自覚できないのが世間様。その彼らが作った妄想を真実がごとく信じ、まかり通るのが 俗世界。そこでしか生きることが出来ない私たち人間? それも小さな世界の中。 過ぎ去った昔と、現在。宇宙的時間からみれば、同じ様なものだが、間違いなく、時間差の中で 違う人が存在している。それが、自己と、自分の、言葉の意味の違いになる? 刻々変化する 世界と、自分の受け止め方の変化。両者とも、儚い泡のようなものでしかない。 なるほど、《ぼんやり》とは、「闇」―蛍と星にある背景。「独」―独りでいること。 「閑」―逆茂木に囲まれ時空。「怠」―勤勉だけでなく、怠慢も善。「懶」―心の余白。の様というが、 過去を覗き見ると、それが、ぼんやりと、解るような? 《ぼんやり》と、《無我夢中》の言葉の対比が、 何とも面白い。これからして、無我夢中は、光、輝きになるが・・ 人生を取り囲んでいるのが、先の5つの一字の漢字。 ぼちぼち、過ごすしかない。 * 夢と現実の境目で 一月ほど前に、久々に大学時代の友人に電話をしたところ、数日後に大腸検査をすると浮かぬ声。 知人で何人か死んでいるのと、検査も初体験で、そのことで頭が一杯で、落ち込んでいるという。 その後、その結果がどうか?は、大腸だけに電話を躊躇った。そこで、先日、思い切って携帯に電話を 入れたが不在。 その夜半の夢の内容が、《 居間でウトウトしていると、当人から電話。 非通知だっが、私ではないか?と、折り返しの電話。そこで『検査の結果は、どうだった?』と聞くと、 『う〜ん』しか答えない。そこで『入院をしているの?』と聞くと、曖昧な生返事。 まずかったかな?と 後悔したが、時すでに遅し!》 ところが、朝起きて、暫くして、あの会話は、居間で転寝の現実の電話か、夢だったか分からない。 そこで携帯の着信記録を見て、夢と確認が、今度は、あれが正夢では?と、気になって、性懲りなく、 電話をしたところ、『ああ、あれ! 単なる胃腸の疲れで、何ともなかったよ!』と、明るい声。 ・・・・・・ 4490, 怒らないって本当は恐い! ー5 2013年07月02日(火) * 哲学者と、ジェファーソンの教訓 『怒りの作法』小川仁志 著 ここで、哲学者は怒りについて、どのような教訓を残しているか取り上げている。 ・ギリシャの哲学者ピタゴラスが、「怒りは無謀をもって始まり、後悔をもって終わる」といっている。・・・ ・デカルトは『情念論』の中で「怒りによって真っ赤になる人は、怒りによって真っ青になる人より恐ろしくない」と表現している。 赤くなる人は、頭に血が上っている人でラッパ型。青くなる人の方が余程怖い。最初は事態の深刻さに青くなる、しかし、その後 恐ろしいほど冷静に対処することができる実務型。 ・ストア派哲学者セネカは、「憤怒より己を抑えるには、他人の怒れるときに静かにそれを観察することなり」と提案。 ・アメリカ建国の父トーマス・ジェファーソンは、「腹が立ったら 何かを言ったりしたりする前に10まで数えよ それでも怒りがおさまらなかったら 100まで数えよ、それでも駄目なら 1000まで数えよ」というのがある。 決して我慢をしろというのでなく、その間に冷静になって考えろ!考えた分、良い結果が生まれるということだ。 ピタゴラスの教訓は、直情型の怒りに対するもの。怒ってばかりいては短い人生のロスになるが、ボッとしているのも。 ▼ 「腹が立ったら、10、100、1000まで数えよ!」は、その間に冷静に考えろということ。私の場合、「二年スパンもの」。 正しい怒り方、すなわち問題解決型怒り方とは、粘り強い思考を持って、正しいエネルギーを使うことになる。 怒りは、目を外らさないで中心点を見続けていると、時間の経過で殆んど収まる。その鎮静に膨大のエネルギーを 投入するが、そこで多くの認識が出来てくる。 この倒産劇の中で、多くの怒りを経験し教訓も得た。 怒りにも、私憤と義憤があること。救いようのない怒りと、 救いのある怒りがあること。 何事も実際に自分が経験してみないと分からない。 今回の一連の私憤はデカルトのいう、「青くなる怒り」である。世界は既に世界が恐慌に深く踏み込んでしまっている。 その直撃で青くなったのは、世界恐慌のウネリの到来を感じたからである。それも、後に控えている歴史的大津波の 到来が見えたからだ。地元も含め、地方の中小・零細の8割以上はただ呆然と立ち竦んでいる。残る2割の多くも、 時間の問題でしかない。その中で、何処かの首相が、10年後の一人あたりの所得を150万円増やすと曰わいている。 耳を疑うより、怒りが込み上げて来たが、これは公憤である。 「腹が立ったら、10、100、1000まで数えよ!」というが、 挫折は、「二年(スパン)もの」。私の場合は、どうだろう? 自分も周囲に対しても、腹の底から笑えたが! 「怒らないって本当は怖い!」は、現在の自分にピッタリ。現在、もっと笑い、怒り、哀しみ、楽しめということか。 チロリ ・・・・・・ 4116, 財政恐慌 −3 2012年07月02日(月) 「 財政恐慌 ーついに金融と財政の死に至る無限ループに突入した 」浜矩子 (著) 英国の怪物的俳優で異様な喜劇俳優アトキンソンことミスター・ビーンの過っての持ち役の一つがサー・ベンジャミンだった。 サー・ベンジャミンは、ロンドン市長主催の晩餐会の栄えある舞台で、「人生の不確実性」について語った内容が新鮮である。 この著書で、欧州危機について、この質問を、そのままに答えている形式になっている。 * ミスター・ビーンに聞こう 【・・・ これを考えていくにあたって、皆さんにご紹介申し上げたい人物がいる。 その人の名は、サー・ベンジャミン・フレッチャー。 イギリスの大物政治家で自ら交通大臣や社会保障大臣を歴任・下院議長も務めた。彼は架空の人物である彼を演じて大反響を得たのが、 ローワン・アトキンソンである。イギリスの怪物的俳優で異様な喜劇俳優だ。 物言わぬドタバタ男キャラクター、「ミスター・ビーン」 としての彼をご存知の皆さんは多いだろう。ミスター・ビーンは何も言わない。だが、アトキンソンは実は極めて多芸な俳優さん。 七変化的な役柄の演じ分けが得意だ。そんな彼のかっての持ち役の一つが、サー・ベンジャミンだった。 サー・ベンジャミンは、 ロンドン市長主催の晩餐会でスピーチに立つ。 市長の晩餐会はイギリス恒例のビッグ・イベントである。その栄えある舞台で、 サー・ベンジャミンは「人生の不確実性」について語る。 その中身は、あたかも今日の日本を語っているがごとくだ。 「今日、イギリスは一三八○年以来最大の経済危機に直面している」と、サー.ベンジャミンは口火を切る。なぜ一三八○年なのかは よくわからない。・・ここから、その「我々がみずからに投げかけるべき質問群」が並べ立てられてた。この紙面上に再現してみよう。 ー 我々がみずからに投げかけるべき質問群 ー ● 我々は今どこにいるのか ● いかにしてここにきたのか なぜ、ここにきたのか ● 我々はどこに行きたいのか ● 行きたいところに、我々はいかにして行きたいのか どれくらい遠くまで行かないと、行きたいところに行けないのか ● 行きたいところに行けた時、そこが行きたかったところであることを、我々はどうすればわかるのか ● 我々は地図を持っているのか ● 我々はなぜ元いたところから立ち去ったのか ● 我々はここで立ち止まりたいのか ● それとも、我々は元に戻って最初からやり直したいのか 】 ▼ これを現在の自分と書き換えて自問自答して考えると、面白い。ここで著者は、対象をユーロ危機に置き換え質問に答えている。 それぞれが個々のテーマとして成り立つ質問群。私たちは9・15ショックという大地震直後の大津波来襲を目前にした茹で蛙。 遊びなされ! ・・・・・・・ 3750, 自分の居場所のみつけかた ー� 2011年07月02日(土) 「自分の居場所のみつけかた」 ー 斉藤学著 人生はままならぬもの。特に少年・青年期は傷つきやすい時期。ところが中年期、そして晩年期に入ると、過去の出来事のガスが 心の底の沼に溜まり、いつの間にか泥沼になって猛毒が湧き出てくる。 それに老化が重ねると、その毒で脳がやられ下手をすると、 重症の鬱病か分裂病になる。 それを防ぐには孤独に徹し、先人の知恵などを借りて洗浄をしないと老醜を曝すことになる。 憎しみが重度になると、主語(相手)を選ばなくなり、憎しみの連鎖が始まる。以下は怒りと憎しみの意味が分かりやすく書かれている。 【 ● 怒りに羨望が絡むと「憎しみ」に変わる ーP・118 「怒り」と「憎しみ」の間には少し差があります。怒りは、相手に欲しいものをおねだりしてももらえないというときの感情です。 まだ相手の愛を求めています。赤ちゃんが「オギャー」と泣いて、お母さんのおっぱいの必要を示す。これを「怒り(アンガー」と言います。 そこに「羨望(エンヴィー)」が入ってきます。これは相手が持っているものを、本来自身が持つべき、とその人から取り上げたくなる感情。 「エンヴィー」という言葉の由来は、「横目で睨む」です。つまり、人の持ち物を睨む。それを取り上げたいという感情。 怒りに羨望が絡んでくると「憎しみ」になります。「嫉妬」というのは男女の関係で、自分の持っている人をとられるのでないかという焦燥、 怒り、不安の複合した感情です。 取られることを恐る感情、取ろうとするのも憎む感情です。ここにも「憎しみ」があるわけですが、 男女関係が絡まないエンヴィーとは区別されます。 嫉妬は人聞関係を破壊しません。むしろ人間関係を破壊されることを恐れる感情ですが、 憎しみ、憎悪は人間関係の破壊に結びつきます。もう一度、赤ちゃんとお母さんの関係で考えてみると「おっばいが欲しいのにもらえない」 というときに発生する感情はアンガー。お母さんはいいもの(おっぱい)を持っていて、弟だの妹だのがどんどん出てくるお母さんが 持っているものをみんな自分のものにしたいと思ったら、これはエンヴィーになります。 ですから、愛情というのは考えてみるとかなり厄介なもので、一つ間違えると怒りに、もっと間違えると憎悪に転換します。 そういう「関係」に身を置くのが厄介だと思うと、逃亡心が生まれてくる。こんな面倒な関係からは離れたくなることもあるでしょう。 昔の東洋人の思想の中には、そういう面倒な関係が嫌だというものがありますね。 いろいろな欲望や感情が渦まいた俗世から離れて、 仙人のように淡々と生きる生き方に憧れるというものです。それをやるとなると、どこかで線を引いて、人間関係からリタイアすることを 考えなければなりません。あれこれ面倒なことがあるうちは、山の中で仙人のように暮らすことに憧れるかもしれませんが、いざ本当に離れた ところで一人暮らすとなったら、今度は記憶の中の人間関係にわずらわされることになる。 人間は人の中でしか生きるしかないのです。】 ▼ 大人数の兄姉の中で、私が両親の住んでいた実家に住みついて家屋敷などを引き継いだため多くの葛藤があったのが世の倣い。 「怒り」×「羨望」=「憎しみ」は肌で嫌というほど感じ取ってきた。私も家内も愛情を限りなく受けてきたが、逆の与え方は上手くない。 「自分」というものは、自分一人の閉鎖系で成り立っているより、人との「関係」として成り立っていると著者は強調している。 「愛」というのは、そういう関係性を言っている。 だから、年齢を重ねるほど人間関係は丁寧に扱わなければ。 「ピーク、エンドの法則」がある。 記憶は、ピーク時と、終わりが引き立ってくる。その数パーセントで、8割以上の記憶を決まる。 ドロドロの経験が少ない人は、その辺の構えが甘くなる。 心の奥の沼に大切な人生経験をマイナーにして落とし込んでしまう。 ・・・・・・・・ 3385, 911・考えない・日本人 ー3 2010年07月02日(金) 「911・考えない・日本人 」林 秀彦 (著) ー以下の箇所は、欧米の一神教と無宗教の日本の差でもあるー * 生存に必要な要素、それは悪 (P・62) ≪ 男のいない日本に、「男らしさ、勇気」があるわけがない。 白人の根本的な善悪の問題は道徳科目ではない。哲学科目だ。 当然、日本にあるわけがない。 日本の悪は改心と謝罪の対象である。 白人の悪は復讐の対象である。 根本的に異質だ。 人間の生存に不可欠な、最も重要な要素は何か。 悪である。 悪を身につけない限り、生きられない。 人間を悪から解放するものは、より強力な悪しかない。 悪がないことは善か? ノー。 それは無知であり、バカだ。 生きる条件、つまり《人間の条件》を持たないということだ。 そしてここに911の問題が拡大される。あの出来事の真の意味を理解できない限り、今後の人間の条件はない。 「神は死んだ」というニーチェの言葉を、もっと深く理解しなくてはならない。 だが、悪がわからなければ、神もわからない。 悪のない日本には、死ぬ前から神は存在していなかった。 存在しない神は死ぬこともできない。つまり「意味」がない。 意味――、神と悪は鶏と卵だ。ねえ、ちょっと、ほんとに・・ 冗談じゃなく、日本史をよく勉強してごらん。 そして、その後で世界史を勉強してごらん。 そうすれば、いまなぜ日本が。これほどに惨憺たる状況にあるのか、実にハッキリ、完全に分かるんだ。 ▼ 「人間の生存に不可欠な、最も重要な要素は何か。悪である。悪を身につけない限り、生きられない。 人間を悪から解放するものは、より強力な悪しかない。悪がないことは善か? ノー。」 これは、ユダヤ教などの一神教の考えかただが、島国の日本人には考えられない思考法。アラブ・欧州には 悪が身近に常にあるから、考えるしかない。 現在の惨憺たる状況は、過去の歴史をみれば分かること。 僅か30年前に隣国中国では、呆けた老人・毛沢東の方針で、2千万とか3千万人が虐殺されたのである。 あれが悪か善かは歴史が証明するが、あの世界では、善人は悪党の片棒を担がされるか、殺される。 現在、日本はアメリカに60年以上かけて隷属的人間に変えられた。思考が出来ない哀れな人間にである。 =偶然、以下の「垂直の言葉」に思考について書いてあった。 面白い偶然である。= ・・・・・・・・・ 3010,垂直な言葉 2009年07月02日(木) 「魂とは何か」池田晶子著 ー読書日記 池田晶子の「魂とは何か」という本に、「垂直な言葉」というがあった。 横に流れる時間に対して、垂直の時間=永遠の時間、という言葉がある。 「今という瞬間の中にこそ、永遠がある」を宗教的、哲学的に考えていくと、感動、感激の瞬間に 感じた垂直の時間の意味の一端を理解することができた。 ところが、今度は「垂直の言葉」である。 池田晶子は判りやすい。 いや、判ったような気にさせる、と言うほうが本当である。 ーまずは、その部分である。 P-217 * 考える不思議、「常識」の不思議 【対談】石川好×池田晶子 池田 当たり前のことを言われても、何を言いたいのか読み手がわからない、と受け止められているのではと。 石川 それは、あなたの言葉が垂直だからですよ。 池田 以前に、おまえは右か左かと訊かれたので、私は垂直だ、と答えたことがあったけど。 石川 そうそう、その意味。日本人の中で、言葉を横でなく縦に、垂直に降りていくものと自覚的に使っている人は、 めずらしいと思うんです。 なぜかというと、日本の風土の中に、垂直に考える習慣がないからね。横の社会なんですよ。 (字数制限のためカット2,012年7月2日)
|
|
|
| 4856,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー25 |
|
|
2014年07月01日(火)
* 無我夢中の面白い4年半であった! ただ、ひたすら必死に過ごした日々。 この頃に再読をしていたのが「無私の精神」(小林秀雄著)。 「有能な実行家は、いつも自己主張より物の動きの方を尊重しているものだ。 現実の新しい動きが看破されれば、直ちに古い解釈や知識を捨てる用意のある人だ。 物の動きに順じて自己を日に新たにするとは一種の無私である。」 何も知らない中で、半狂乱状態だが、無私?で問題に取組んだ4年半。!その頃、激情を抑えた 状態の自分を孫悟空の如意棒に例えていた。「円形グラフ内の自我99%を抑えた1パーセントの 棒に自分に譬え、孫悟空の如意棒状態にすれば、何事も可能!」と。 対象に全身全霊を入れれば、 それは己の入魂の作品。 これは建物にも、システムにもいえる。 しかし時間が経てば、何の 未練も無くなるから、心は不思議。 大きく息を吸って大きく吐いた一呼吸の中に、4年半の現象が 入ったような感覚。 長年かけて積上げられた老舗の信用が背景に有るか無いかでは雲泥の差も、 実感。 現場と、幾つかのチェーン店のシステムの差が、明確であり、その差さえ埋めれば、 そのまま成果になるため、楽といえば楽である。 仕入は、問屋やメーカーにとっては、大のお客様。 慣れると、これほど気分の良い仕事は、他にはないだろう。反面、一つ間違えると、実績に直に 跳ね返える。本店が当時、7億近くの売上げとすると、4〜5億の仕入権限を持つことことになる。 それも、産地に現金支払条件で歩きわたるのだから、これほど、面白い仕事はない! 更に、これが博打的要素が強い相場物なら、ゲーム感覚になって遊びに昇華することも可能である。 前任者の数字を落とすことなく引継ぎ、本店ビルを建替え、残留の大半を入替え、 統一伝票システムと、部門別管理で数字を入れこみ、ホッとし、自分を振るかえると、今度は 自分自身の問題。そのまま留まると、実兄との舵取りの違いが表立つのは明白。 それと私に、権利という基盤が無い! それなら、再び外で!になる。 そうこうあって、一年間 暖めていた新潟ホテルシリーズが始まる。 そこで、引継ぎを兄に持ちかけると、その必要はないと、 信じられない言葉! 引継ぎなどなくとも大丈夫と信じて疑ってない。 「何も知らないことを、知らないのである!」‘何も知らないことを、知っていると知らないとは 雲泥の差’ 凍りついた瞬間である。他人事でない! 日々、何も知らないと自分に言い聞かせてないと、誰しも陥いること。 ・・・・・・ 4489, 怒らないって本当は恐い! ー4 2013年07月01日(月) * 怒りの四分類 『怒りの作法』小川仁志 著 ここで、直情型から、それをむしろ前向きに捉える問題解決型まで怒りを4つに分類している。 ーまずは、その辺からー ≪ 『怒りの方法』辛淑玉著の中で、「噴火型』「イヤミ型」「放火型」「玄関マット型」「問題解決型」に分類している。 ・噴火型というのは、怒りを感じた瞬間から攻撃的になるパターンだといいます。 ・イヤミ型はその場では対応せずに、まったく関係のないときに、ぐさっと胸に刺さることをいうパたターン。 ・放火型は、自分では怒りを表現せずに、周りを焚きつけて怒らせるパターン。 ・玄関マット型は、踏まれても踏まれてもじつと我慢して、怒りの感情を表に出さないパターン。 ・問題解決型は、怒りの素を見つけ、すばやく対応するパターンです。 そして読者には、最後の問題解決型の怒りを勧めています。 この分類は一見わかるような気もしますが、実はあまりうまく整理できているとはいえない。・・(中略) そこでむしろ、怒りを表に出すかどうか、問題解決に結びつけようとしているかどうかという二つの 指標によって分類すべきだと考えます。そうして改めて分類してみると、 �表に出さないうえに、問題解決に結びつけようともしない怒り、 �表に出さないが、問題解決に結びつけようとしている怒り、 �表に出すが、問題解決に結びつけさつとはしない怒り、 �表に出して、かつ問題解決にむすびつけようとする怒りの4つに分けることが出来る。 それぞれ見てみましょう。 △ まず� 表に出さないうえに、問題解決に結びつけようともしない怒りは、「自爆型」と呼ぶ。 彼らは、ただ単に怒っているものの、それを表情や言葉に表すことはありません。 だから他人は気づかないのです。 しかも怒りの原因を究明し、それを解決しようともしないのです。 したがって、怒りは自分の中で増幅し、しまいには心身を病んでしまうことになります。 あたかも怒りで自爆してしまうかのように。たちが悪いのは、自爆の際、他人を巻き込むケース。 つまりキレてしまい、他者を傷つけるのです。おそらくこういう人は、テロリストや無差別殺傷の 犯人に多い。 △ 次に、�の表に出さないが、問題解決に結びつけようとしている怒りというのは、 「勤勉型」といえます。 彼らも�と同じく怒りを表情や言葉に表すことはありませんが、 少なくとも問題解決に結びつけようと水面下で努力はします。 ただ、表に出さないだけに、周囲の理解を得ながら物事を進めるわけにはいかないのです。 △ さらに、�表に出すが、問題解決に結びつけようとはしない怒りは、「ラッパ型」といえます。 怒りを表に出すだけで、一向にそれを問題解決に結びつけようとはしないのです。 いわばラッパのように大きな音を立てて騒ぎ立てるだけで、問題を解決しようという建設的な 姿勢はこれっぽっちもない場合をいいます。自分の発言に満足しているだけなので、評論家に多い といえるかもしれません。ちなみにアメリカ軍の消灯ラッパをタップスといいますが、この語は 「終わり」を意味する比喩としてよく用いられます。ラッパ型の怒りには何の展望も描けないのです。 △ 表に出して、かつ問題解決にむすびつけようとする怒り、これを「実務型」の怒りということができる。怒りを表に出して他人に認知してもらおうというもので、それをキチッと問題解決に向けようというもの。≫ ▼ 一つの怒りに、この4つのプロセスを経る場合が多い。その痛みを時間の経過の中で 耐えている間に、考えるという働きが出てくるからである。怒りっぽい私など、何時も、 独り心の中で、このプロセスの中にいる。結局、全ての怒りは時間が解決する。 怒りはエネルギーの元と割り切るしかない。怒るだけ損でなく、怒るだけ得になっていく。 ・・・・・・ 4115, 財政恐慌 ー2 2012年07月01日(日) * 共同債の発行など気違沙汰! 「財政恐慌 ーついに金融と財政の死に至る 無限ループに突入した」浜矩子 (著) 連日のトップニュースがユーロ危機である。一つ間違えると世界恐慌になるからだ。ギリシャ、イタリア、スペイン、 キプロスと、その危機はモグラ叩きのように次々と出てくる。その都度、ドイツ、フランスを中心にしたEUが財政対策を打ち出し、 何とか乗り越えている。数日前も何とか緊急対策を打ち出した。しかし、ここまで来たかというのが、「ユーロ共通債」構想。 字のとおり、ユーロ圏として一本化した債権を発行することで、ユーロ圏で統一的に財政資金を調達しようとする代物。これまでの、 加盟各国が個別に国債を発行するのではなく、調達窓口を一本にしようとするもの。ブタちゃん=PIIGSにとって、これほど有難い 国債はない。ユーロと同じく、ごねて、どんどん共同債を発行してもらえるからである。ギリシャ、スペイン、イタリアにとって、 7%近い金利が遥かに低くなる。金利の低いドイツが逆に高くなるため認める訳がない。しかし、そうでもしなければ、 PIIGS各国は、財政破綻の限界に来ている。ユーロは暴落し、嫌われた通貨に成り下がった上に、共同債など、無理ときている。 何をしてもユーロ構想が、メルトダウンに入るのは時間の問題。 著者は、ここで「ある地域内で単一通貨を導入して、 うまくいく二つの条件がある。一つは、その地域内では、どこも物価水準、失業率、金利、賃金が同じ、要は、経済格差が 全くない状態であること。二つ目に、地域内に存在する経済格差を埋める中央調整装置の存在が前提としている。 この二つが存在しているかというと、否という。著者は、ドイツが前者の経済格差を無くする方向を求め、フランスは、 財政難諸国を救済する仕組みの強化を目指そうとするが、この二つは、根本的に相容れないもの。現在のユーロは、股裂きの 刑にさらされているという。ドイツもフランスも、今さら、ユーロ圏脱退も出来ない。それをPIIGSが、その足元をみて、 今までの安楽の延長の生活を求めている。それも、時間の問題が現時点である。何処かの国では、国債発行がGDPの二倍、 国家予算は税収の二倍になっても、その都度、首相を取り替えて、国家リストラを避ける。ユーロ圏は同じ道を歩きだしただけ。 PIIGSを、最終的に準加盟国という名目にして排除するしか存続の道は無いが、私の見立てになる。恐ろしい日々は続く。 ・・・・・・・ 3749, ジャズについて ー「ジャズ完全入門!」−19 2011年07月01日(金) ー 「ジャズ完全入門!」 後藤雅洋著 歴史については「音楽の本」のジャズの章に詳しくあったので、ここでは飛ばし、 「ジャズに使われる楽器とその編成」についての、ポイントを取り上げてみる。 【 ジャズで使われる楽器は、基本的にクラシック音楽と同じ。違うところは、クラシック音楽の音色のメインとなる弦楽器類 (ヴァイオリン、ビオラの類)はメッタニ使われず、ベースは、ジャズでは独自の演奏法を行う。クラシックで使われないもので ジャズ特有のものはドラム・セットで、この存在がジャズらしいリズミカルな躍動感を作り出すキーポイントとなっている。 クラシックの楽器類マイナス弦楽器(ベースを除く)プラスドラムセットがジャズ特有のタイトでキレの良いサウンドを作っている。 以上のように、楽器そのものより演奏法によってジャズらしさが出ている。 * まずは、リズムの強調。ジャズのベースは、音楽の最低音部を受け持つだけでなく、2ビート、4ビートといった 基本ビートがハッキリと聴き取れるよう、クラシックのように弓で持続音を弾かず、指で弦を弾いてリズムを明確にしている。 * 次に、楽器奏法の特徴は、ピアノ、トランペット、サックスといったクラシックでも使われる楽器が、どうしてジャズ特有の ダイナミックで個性的な聴こえ方をするのかという、楽器を「ミュージシャンの身体に引き寄せて」演奏しているからだ。 (以下、字数の関係上カット、2012年7月01日) ・・・・・・・ 3384, 911・考えない・日本人 −2 2010年07月01日(木) 「911・考えない・日本人 」林 秀彦 (著) ーアマゾン、内容紹介、よりー ≪ まだ信じているのですか? あの事件が真実だなんて。911の以前と以後では、人間の歴史は完全に代わり、 人間の条件も全く変わった。 これだけは確かなことである。 911は、人間が最後にたどり着いた最大の愚かさと、最大の悪の結晶だった。 これだけは確かなことである。 911は、ある一部の人間たち、私風に命名すれば「ファイナル・パワー・エリート」たちが仕組んだものである。 私は「911同時多発テロ」と呼ばれている事件は、すべて《彼ら》の自作自演であり、ヤラセであり、捏造であり、その他 どんな言葉を使ってもいいが、ブッシュ政府が公式に発表している内容とはまったく違うものであるということを、確信している。 なぜか? まず疑ったからである。疑わしい要因、要素が多すぎると感じたからである。次に考えたから、知る努力をしたからである。 そのときに私の持った精神状態は、「情熱」と呼べるものとほとんど同じものだった ≫ ー 以下の箇所は、家畜化された日本人への強烈な批判だが、言いえて妙である。ー(P/86) 【 給費留学生など、日本の若い頭脳がアメリカに召集された。江藤淳などもその中の一人だったが、あのようなろくでもない 日本人のクズが、モルモット代わりに研究されたのかもしれない。 確かにあのような男を典型的日本人モデルとして研究すれば、 その洗脳のたやすさ、誘導のやさしさ、また、一般的な人聞家畜化の手引き材料としては理想的だったに違いない。 その性温厚にして、地球上の人類の例外中の例外、闘争本能ほぼゼロ、嫉妬心ゼロ、執念深さ同じくゼロ、喉もと過ぎれば 熱さを忘れ、知性、理性、論理力はほぼ狐並み、言語、特に国語に対する認識・意識ともに幼児並み、借り物言語に痛痒を感じず、 哲学志向ゼロ。おだてにはすぐ乗り、《彼ら》の差し金で少し高い地位に就かせれば、黙っていても《彼ら》の意を先取りし、 率先して日本人を家畜化させるお先棒を担ぐ。あの当時のフルブライト奨学金で渡米した日本人の全リストでも作ってみれば、 そうした証拠が出るはず。その後彼らが、どのようなジャンルにおける、どのようなポジションで、どのような手先活動をしたか。 多分アカデミー関係が多いはずだ。教授や教師ほど、この使用人に適した職業もない。日教組と地下では連動している可能性も高い。】 ▼ この十数年、特に感じてきたことがズバリ書かれている。アメリカ占領国で日本人が家畜化されていることすら気づいていない 哀れさ、その手先が歴代の自民党であり、社会党(現社民党)である。特に著者が移住していたオーストラリアの視点からみると、 それがリアルに見えるようだ。 特に失われた20年で日本の劣化の激しさが鮮明になってしまった。 ― つづく ・・・・・・・ 3009,誰が電気自動車を殺したか ? ー2 2009年07月01日(水) GMがそのまま本気で電気自動車に取り組んでいたら、現在も世界NO・1の優良メーカーだったはず。 将来の先取りが本来あるべき戦略であったのに、それを自ら葬ったことで自分自身を殺すことになった。 この数年は多目的のSUV(スポーツ多目的車)という大型車に社運をかけてしまった。 そのうえ自社でローン会社をつくり、車だけでなく住宅ローンまで扱っていたという。 歴代のホワイトハウスのスタッフが石油会社の出身者で占められ、電気自動車の抹殺に組していた。 「誰がアメリカ合衆国を殺したか?」に題名を変えてもよいようなアメリカの縮図でもある。 腐りきったネオコンがアメリカを支配し、それに憎悪を抱いたイスラム原理主義者が9・11のテロを行い、 彼等の戦略に引きこまれ、アフガン、イラクに戦争を仕掛けてしまった。 (以下、字数の関係上カット、2011年7月01日) ・・・・・・・・・ 2645, アメリカ狂乱 ー1 2008年07月01日(火) 「アメリカ狂乱 ー次の大統領統は誰か」 日高 義樹 (著) 本屋で平積みしてあった本だが、何時か図書館に並んだら読もうと思っていた。それが数日前に、長岡の図書館で読んだら、 数十年近くに渡り、アメリカの国内事情と大統領選挙を見てきた著者の視点のためか多角的に分析していて説得力がある。 (以下、字数の関係上カット、2009年7月01日) ・・・・・・・・ 2007年07月01日(日) 2280, ビジネススーツ ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ! ー 超高層ビル=ビジネススーツ・ビル論 ー *半月ほど前の読売新聞に掲載されていた建設史学者の鈴木博之氏の「ビジネススーツ・ビル論」が面白い。 超高層ビルの外装を、ビジネス・スーツと類推するところがユニークである。 ー超高層ビルが林立すると、そこに立ち並ぶ超高層群は無個性化を始め、ビジネススーツのように縦ストライブの、 抑えた色調の外装パターンになり、外観からはビルの存在感を消そうとする傾向に入った。 それを「国際化」と見る人もいる。ー 概略は、このようである。 (以下、字数の関係上カット、2008年7月01日) ・・・・・・・・・ 2006年07月01日(土) 1915, スペイン画家・堀越千秋 ー6 \(^▽^*)おはようございます!(*^▽^)/ 文化とかという難しい?ことでなく、スペインの日常料理から現地の生活実感を垣間見ることができる。。 私など、三度行ったスペインのバールの美味い酒のツマミの印象だけで、「もし永住するならスペインが良いな?」 と思っていたら、一撃を喰らう内容があった。 ≪スペインの町でキョロキョロしている日本人旅行者たちは、「イヤァ、スペインは美人が多くて結構ですな」 など言いがちである。おまけに「スペイン料理は日本人の口にあっているし」とも言う。 「オリーブ油が如何だこうの言いますが、私は大丈夫です、美味しいですよ」という人がいる。 じゃあ、今夜みそ汁も白米も一切やめて、固いバンにオリーブオイルとラード(マンテカ)塗ってくてみなよ。 あんたの好きな烏賊のリンク揚げと、二週間続けて揚げて使ったオリーブ油で好きなスペイン・オムレツをこしらえて喰いなよ。≫ (以下、字数の関係上カット、2011年7月01日)
|
|
|
|